新後拾遺和歌集 (Shin Goshūi wakashū) — 新後拾遺和歌集卷第十六 雜歌上 作者複数 (Various) Late 14th Century Shin Goshūi wakashū 新後拾遺和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1382 しんごしゅういわかしゅう Shin Goshūi wakashū 新後拾遺和歌集 しんごしゅういわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新後拾遺和歌集 › 新後拾遺和歌集卷第十六 雜歌上 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
新後拾遺和歌集 Shin Goshūi wakashū
作者複数 Various
新後拾遺和歌集卷第十六 雜歌上
1266
後嵯峨院御製
題志らず
八雲立つ出雲八重垣かきつけて昔語りを見るぞかしこき
1267
太上天皇
百首の歌召されしついでに、述懷
露も我が知らぬ言葉の玉なれど拾ふや代々の數に殘らむ
1268
圓融院御製
題志らず
光さす雲の上のみ戀しくてかけ離るべきこゝちだにせず
1269
入道親王道覺
天台座主になりて西山より出で侍りける時
心をば西の山邊にとゞめ置かむ廻逢ふべき月日有りやと
1270
從三位藤子
題志らず
長らへてうき世の果は三輪の山杉の過ぎにし方ぞ戀しき
1271
法印増運
いかにせむ我が立つ杣の杉の門過ぎこし老の驗無き身を
1272
津守國夏
かざし折る跡とも見えぬ梢かな檜はら重なる三輪の茂山
1273
法印俊憲
八十ぢまで長柄の山に存へて人こそ知らね代を祈るとは
1274
津守國量
山を詠める
故郷に間近ければやあし垣の吉野の山と名にし負ふらむ
1275
津守國冬
浦路より打ち越え來ればたかし山峯まで同じ松風ぞ吹く
1276
永福門院内侍
伏見山裾野をかけて見わたせば遙かに下る宇治のしば舟
1277
攝政太政大臣
延文の百首の歌奉りける時
朝霧に磯の波分け行く舟は沖に出でぬもとほざかりつゝ
1278
津守國冬
永仁六年十月、龜山院住吉の社御幸の時、遠島眺望と云ふことを仕うまつりける
朝夕に見ればこそ有れ住吉の浦よりをちの淡路しまやま
1279
冷泉前太政大臣
寶治の百首の歌に、海眺望
渡の原八重の潮路を見渡せば浮きたる雲につゞく白なみ
1280
太上天皇
百首の御歌の中に
夕汐の引く方遠く見渡せば雲にかけたるあまのうけなは
1281
左大臣
百首の歌奉りし時
若の浦の松に絶せぬ風の音に聲打添ふるたづぞ鳴くなる
1282
權中納言爲重
沖つ浪寄するひゞきをのこしても浦に鳴尾の松風ぞ吹く
1283
爲冬朝臣
磯浪と云ふ事を
潮風の荒磯かけて沖つなみ猶寄せかへるおとのひまなき
1284
從三位爲繼
寶治の百首の歌に、磯嚴を
潮風に荒磯波のいくかへり碎けてもまたいはにかくらむ
1285
源義春
題志らず
潮滿てばそれとも見えず澪標松こそ浦のしるしなりけれ
1286
等持院贈左大臣
貞和二年、百首の歌に
渡り來て身は安くとも浮橋のあやふき道をいかゞ忘れむ
1287
僧正定伊
題志らず
苔ふかき谷の懸橋年ふりて有るかひもなき世を渡るかな
1288
橘遠村
長らへば十綱の橋に引く綱のくるしき世をも猶や渡らむ
1289
讀人志らず
歎かじよ久米の岩橋とても世を渡り果つべき我身ならねば
1290
津守國冬
嘉元の百首の歌奉りけるに、橋
淺き瀬はたゞも行くべき澤田河まきの繼橋何わたすらむ
1291
源頼之朝臣
雜の歌の中に
逢坂の木綿附鳥や急ぐらむまだ關もりも明けぬ戸ざしを
1292
寶篋院贈左大臣
延文の百首の歌に、曉鷄
一かたに鳴きぬと聞けば里毎にやがて數添ふ鳥の聲かな
1293
西園寺前内大臣女
同じ心を
寐覺にも流石驚くあかつきを思ひしらずと鳥や鳴くらむ
1294
權大納言時光
延文の百首の歌に
今も猶つかへて急ぐあかつきを知らでや鳥の驚かすらむ
1295
攝政太政大臣
鳥の音に急ぎなれても年は經ぬいまは長閑けき曉もがな
1296
光嚴院御製
雜の御歌の中に
山里は明け行く鳥の聲もなし枕のみねにくもぞわかるゝ
1297
入道二品親王尊道
百首の歌奉りし時、曉
長き夜の老の寢覺は中々にかねより後ぞしばしまどろむ
1298
内大臣
曉更鐘と云ふ事を
聞きなるゝ野寺のかねのこゑのみぞ曉毎の友となりける
1299
淨阿上人
題志らず
老が身の寐覺の後やあかつきの木綿附鳥も八聲鳴くらむ
1300
前大僧正頼仲
數々に思ひ續くるむかしこそ長き寐覺になほのこりけれ
1301
源頼春朝臣
夜を深くのこす寐覺の枕とてまだ消えやらぬまどの燈火
1302
在原業平朝臣
背くとて雲には乘らぬ物なれど世の憂き事ぞよそになるてふ
1303
前中納言定宗
入道二品親王詠ませ侍りし五十首の歌に
人はみな越えぬる跡の位山後れてだにものぼりかねつゝ
1304
前大納言爲定
述懷の歌とて
位山あるにまかする道なれど今一さかぞさすがくるしき
1305
平政村朝臣
登るべき程はのぼりぬ位山これよりうへの道ぞゆかしき
1306
前大納言爲氏
弘安の百首の歌奉りける時
杣山の谷の埋れ木年經れど跡あるかたに引くひとも無し
1307
平常顯
題志らず
朽ち殘る名だに聞えよ埋木の花咲く迄は知らぬ身なれば
1308
前參議敦有
憂かりける汀の眞菰何時迄か越え行く波の下にしをれむ
1309
爲道朝臣
世の中は苦しき物かうきぬなはうきをも下に思ひ亂れて
1310
[9]A 9 子内親王
浮草の浮たる世には誘ふ水有りともいかゞ身をば任せむ
1311
信實朝臣
みづからの歌ども書き置くとて
袖濡らす人もや有ると藻鹽草形見のうらに書きぞ集むる
1312
一品親王寛尊
題志らず
藻鹽草流石かき置く跡なれや八十ぢを越ゆる和歌の浦波
1313
源義將朝臣
述懷の歌の中に
人並の數にとのみや和歌の浦の入江の藻屑書き集めまし
1314
讀人志らず
磨くなる玉と聞くにも和歌の浦の藻屑は最ど寄る方も無し
1315
及ぶべき便もあらば松が枝に名をだにかけよ和歌の浦波
1316
鴨長明
後鳥羽院の御時和歌所にさふらふべき由仰せられければ
しづみにき今更和歌の浦浪に寄らばや寄せむあまの捨舟
1317
讀人志らず
題志らず
偖も何時誰かは引かむ若の浦にまだ寄りやらぬ世々の捨舟
1318
順徳院御製
百首の歌めしけるついでに
和歌の浦や羽根打ちかはし濱千鳥波に書置く跡や殘らむ
1319
從二位家隆
題志らず
さても猶哀はかけよ老の波末吹きよわる和歌のうらかぜ
1320
前大納言爲家
今はとて世にも人にも捨てらるゝ身に七十ぢの老ぞ悲しき
1321
前權僧正雲雅
文保の百首の歌に
問ふ人の有らばぞ言はむ山里は思しよりも住み憂からぬを
1322
參玄法師
題志らず
猶深く山より山を尋ねてぞ捨てしこゝろの奧も知られむ
1323
津守量夏
世を背く山は吉野と聞きながら心の奧に何時しるべせむ
1324
法印慶運
遁れ來て住むは如何なる宿とだに人に知られぬ山の奧哉
1325
常磐井入道前太政大臣
弘長元年百首の歌奉りける時、山家
顯はれて我が住む山の奧に又人に訪はれぬいほり結ばむ
1326
法眼圓忠
同じ心を
松風を友と聞きても寂しさは猶忍ばれぬやまのおくかな
1327
元可法師
山里は住み果てよとや世のうさを來る人毎に先語るらむ
1328
讀人志らず
題志らず
山深き苔の下道踏み分けてげには訪ひ來る人ぞまれなる
1329
紹辨上人
それ迄は厭はぬ物を山深み訪ひくる人のなど無かるらむ
1330
正三位通藤女
長閑にと求めし山の奧も又あくがれぬべくまつ風ぞ吹く
1331
攝政太政大臣
山家嵐を
心住む松のあらしもなれにけり遁るゝ山の奧ならねども
1332
源義將朝臣
百首の歌奉りし時、山家
寂しさはなれて忘るゝ山ざとを訪ひ來る人や驚かすらむ
1333
頓阿法師
題志らず
自づから又身を隱す人にだに住むと知られぬ山の奧かな
1334
祝部成景
靜かなる心の内の隱れがは遁れてけりと知るひともなし
1335
藤原長信
寂しさになれての後や山里の松のあらしも友と聞かまし
1336
讀人志らず
かねて我が思しよりも山里はなれぬる後ぞ寂しかりける
1337
惟宗貞俊朝臣
いづくをも厭ふ心の身に添はゞ此山陰も住みや捨てまし
1338
權中納言資教
あらましの其儘ならば山里に住むなる人の數や添はまし
1339
源頼之朝臣
寂しとて又住みかふる山里も猶聞き侘ぶる軒のまつかぜ
1340
權大僧都經賢
寂しさは思ひし儘の山里にいとふ人目のなど待たるらむ
1341
祝部成詮
よそに我が思やるより山里は寂しからでや人の住むらむ
1342
源頼康
訪はれぬを憂しと思ひし山里はまだ住みなれぬ心なり けり
1343
權大僧都隆縁
住むからにうき世とならば猶深く入りても山のかひやなからむ
1344
藤原康行
遁れ入るかひや無からむ山里も心に背くうき世ならずば
1345
蓮道法師
浮世より住み憂くとても身を捨てゝ後は出づべき山の奧かは
1346
源顯則
共に住む心も習へ山水をたよりとむすぶ志ばのいほりに
1347
前大僧正行尊
筧の水の曉になれば音の増るを聞きて詠める
寢ぬ程に夜や明け方になりぬらむ懸樋の水は音増るなり
1348
藤原頼清朝臣
題志らず
あらましに思ひしよりも山里のかけひの水は心すみけり
1349
藤原行輔朝臣
此里は竹の懸樋の末うけて軒端のやまにつま木をぞ取る
1350
法印慶運
前大僧正慈勝人々に詠ませ侍りける千首の歌に、田家
牡鹿ふす門田の霜の冴ゆる夜ぞもる頃よりも寢ねがてにする
1351
靜法仁親王
弘安の百首の歌に
露霜の洩らぬ岩屋に洩る物はこけの袂の志づくなりけり
1352
覺増法親王
述懷の心を詠める
世の中を憂しとは誰も言ひながら誠に捨つる人や少なき
1353
前大納言實教
古へは猶さりともと此頃の憂きを待ちけむ程ぞはかなき
1354
宗鏡禪師
雜の歌に
思ひ出づる心に浮ぶ古へを遠きものぞとへだてこしかな
1355
權中納言經定女
思出の無き古へを忍ぶるは身の憂き事やなほまさるらむ
1356
前大僧正圓伊
老いて猶憂かりける身を古は行く末とのみ頼まれしかな
1357
藤原行春
世の憂さは今はた同じ古への老せぬばかり志のばるゝ哉
1358
昌義法師
こし方に歸る道無き老の坂何を志るべに越えて來つらむ
1359
法印乘基
何時までと思ふ心に老が身の憂き程よりは世をぞ歎かぬ
1360
性嚴法師
歸りこぬ身の昔をば忍べども迷はむ後の世をばなげかず
1361
平重基
斯計り老ぬる身には命だに有らばと頼むあらましも無し
1362
讀人志らず
はかなくもさて幾程の思出にかへて厭はぬ浮世なるらむ
1363
源孝行
長らふる心よわさを命にてそむかぬ世こそ老となりけれ
1364
兼好法師
後の世を歎かぬ程ぞ知られける身の憂きにのみ袖は濡れつゝ
1365
權中納言公雄
嘉元の百首の歌に、述懷
世の中のうきに換へてし墨染の袖になみだの何殘るらむ
9 [9] The kanji in place of A is unavailable in the JIS code table. The kanji is Morohashi's Dai-Kanwa kanji number 6487.