續千載和歌集

Shoku Senzai wakashū

作者複数 Various

續千載和歌集卷第十
釋教歌

929

法皇御製

菩提心論、日々漸加至十五日圓滿無碍の心を詠み給ひける

日に添へて影は變れど大空の月は一つぞ澄みまさりける
930

三摩地現前

月の爲何をいとはむ雲霧もさはらぬ影はいつもさやけし
931

十住心論の開内庫授寳

悟り入る十の心のひらけてぞ思ひのまゝに世を救ひける
932

弘法大師

眞如親王おとづれて侍りける返事に

斯計り達磨を知れる君なれば陀多謁多までは到るなり鳬
933

權僧正智辨

觀音院にて詠み侍りける

觀念のこゝろし澄めば山かぜも常樂我淨とこそきこゆれ
934

大僧正明尊

志賀にて浪の立ちけるを見て

志賀の浪虚空無我とは立たね共聞けば心ぞ澄み渡りける
935

前大僧正實承

如秋八月霧微細清淨光の心を詠み侍りける

霧に猶まよひしほどぞ秋の夜の月を隔つる障りとは見し
936

法印守禅

妙觀察智の心を

霧晴れてくもらぬ西の山の端にかゝるも清き月の影かな
937

前大僧正公澄

然此自證三菩提出過一切地を

三日月の雲居に高く出でぬれば霞も霧も立ちぞへだてぬ
938

了然上人

大日經成就悉地品、無垢妙清淨圓鏡常現前

曇りなくいにしへ今を隔てぬは心に磨くかゞみなりけり
939

覺鑁上人

鳥羽院の御時御なで物の鏡を給ひて奏し侍りける

眞澄鏡うつしおこする姿をばまことに三世の佛とぞ見る
940

鳥羽院御製

御返し

おしなべて誰も佛になりぬとは鏡の影に今日こそは見れ
941

法皇御製

眞言院の花を御覽じて

三つの世につねに住むべき理は散らぬ櫻の色ぞ見せける
942

前大僧正禅助

御返し

三の世に散るも散らぬも九重の花の色をば君ぞ見るべき
943

法印道我

有空不二の心を

空しとも有りとも云はじ今さらに眞の法の二つなければ
944

入道親王尊圓

法華經序品、照于東方を

春の來るかたを照して法の花開くる時を世にぞ知らする
945

源有長朝臣

我見燈明佛本光瑞如斯

昔見し春のひかりのかはらねば今も御法の花ぞ咲くらむ
946

法眼親瑜

方依品、漸々積功徳

墨染の袖にも深く移りけりをり/\なるゝ花のにほひは
947

前中納言定家

母の周忌に法華經をみづから書きて卷々の心を詠みて表紙の繪に書かせ侍りけるに、二卷の心を

をしまずよあけぼの霞む花の陰これも思ひのしたの故郷
948

近衛院御製

譬喩品

我が心みつの車にかけつるは思ひの家を憂しとなりけり
949

法印定爲

信解品、譬如童子幼稚無識の心を

知らでこそ結び置きけめ總角のいとけなかりし程の契を
950

僧都源信

藥草喩品

一時にそゝぎし雨にうるひつゝ三草二木も枝さしてけり
951

皇太后宮大夫俊成

待賢門院の中納言人々勸め侍りて法華經二十八品の歌詠ませ侍りけるに、授記品、於未來世感得成佛の心を詠み侍りける

いか計嬉しかり劔さらでだに來む世の事は知らま欲しきを
952

安樂行品、深入禅定見十方佛

靜かなる庵をしめて入りぬれば一かたならぬ光をぞ見る
953

涌出品、從地而涌出

池水の底より出づる蓮葉のいかで濁りに志まずなりけむ
954

前左兵衛督惟方

壽量品、作是教已復至他國

霧深き秋の深山の木のもとに言の葉のみぞ散り殘りける
955

權大僧都隆淵

方便現涅槃而實不滅度

しばしこそ影をもかくせ鷲の山高嶺の月は今もすむなり
956

法印成運

勸發品の心を

見ぬ人のためとやわしの山櫻ふたゝび解ける花の下ひも
957

前大納言爲家

諸行無常是生滅法と云ふ事を

常ならぬ世にふるはては消えぬとやげに身を捨し雪の山道
958

前大僧正忠源

仁王經觀空品を讀み侍りける時、郭公を聞きて

聞かぬ間は空しき空の時鳥今日はまことの初音なりけり
959

瞻西上人

色即是空の心を

くまもなき月を映して澄む水の色も空にぞ變らざりける
960

權大僧都嚴教

不妄語戒を詠める

草の葉の露も光のあればとて玉と言ひてはいかゞ拾はむ
961

權少僧都頼齡

草繋比丘を

草の葉をいかなる人の結びてかとかでも露の身をば置き劔
962

前大僧正良信

唯識論、智與眞如平等云々のこゝろを

雲晴れて空も光を見え分かずひとつに澄める秋の夜の月
963

覺懷法師

心清淨故有情清淨

にごりなきもとの心にまかせてぞ筧の水の清きをも知る
964

法印實壽

未得眞恒處夢中

晴れやらぬ心の闇の深き夜にまどろまで見る夢ぞ悲しき
965

法印顯俊

同疏に覺知一心生死永奇と云ふ事を

押しなべて心一つと知りぬれば浮世にめぐる道も惑はず
966

前中納言定家

後法性寺入道前關白舍利講の次でに人々に十如是の歌詠ませ侍りけるに、如是力

水なれ棹岩間に浪はちかへども撓まずのぼる宇治の河舟
967

九條左大臣女

五百弟子品

おろかなる心からこそ我が袖にかけゝる玉を涙とは見れ
968

法印憲實

まよひこし玉の行くへもあらはれぬ身を空蝉の薄き袂に
969

西行法師

勸持品

いかにして恨みし袖に宿りけむ出でがたく見し有明の月
970

道基法師

壽量品

古にかはらず今もてらすなるわしのみ山の月を戀ひつゝ
971

權律師澄世

末の世をてらしてこそは二月の半の月はくもがくれけれ
972

前中納言定資

妙音品

身をかへて數多に見えし姿こそ人をもらさぬ誓なりけれ
973

刑部卿頼輔

後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首の歌詠み侍りけるに、釋教の心を

逢ひがたき法の浮木を得たる身は苦しき海に何か沈まむ
974

源兼氏朝臣

普門品、種々諸惡趣

遂に又いかなる道に迷ふとも契りしまゝのしるべ忘るな
975

前大僧正忠源

言語道斷心行所滅と云ふ心を

今はまた訪ふべき道ぞなかりける心の奥を尋ねきはめて
976

前僧正禅助

性助法親王かくれての頃法眼行濟法華經を書きて供養せさせけるに

さこそげにうつす光も照すらめ御法の花のさとり開けて
977

從三位氏久

前大納言爲家身まかりて後一めぐりに前大納言爲氏如法經書き侍りけるに捧物贈り侍るとて

むかし思ふ御法の花の露ごとに涙や添へてかき流すらむ
978

皇太后宮大夫俊成

一品經を書寫山に贈るとて添へて侍りける歌の中に

種蒔きし心の水に月澄みてひらけやすらむ胸のはちすも
979

後嵯峨院御製

思順上人扇を忘れてまかり出でにける後に給はせける

たとへ來し扇もさこそわするらめ月をも月と分かぬ心に
980

西行法師

無量壽經、易往而無人の心を

西へ行く月をやよそに思ふらむ心に入らぬ人のためには
981

前大納言爲氏

猶如淨水洗除塵身

おのづから心にこもる塵も無し清きながれの山川のみづ
982

圓胤上人

觀無量壽經、王宮會の心を

春やときみ山櫻にさき立ちてみやこの花はまづぞ開けし
983

照空上人

日想觀、應常專心繋念一處

夕づく日入江の蘆の一すぢにたのむ心はみだれざりけり
984

前大納言爲家

後鳥羽院の下野すゝめ侍りける十六想觀の歌に、水想觀を

底きよく澄ます心の水のおもに結ぶ氷をかさねてぞ見る
985

源空上人

光明遍照十方世界と云へる心を

月影のいたらぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ
986

蓮生法師

下品下生の心を詠み侍りける

道もなく忘れ果てたる故郷に月はたづねて猶ぞすみける
987

順空上人

佛開未始方便之恩を

雲と見て過ぎこしあとの山櫻匂ひにいまぞ花と知りぬる
988

俊頼朝臣

阿彌陀經、常作天樂の心を

笛の音に琴の調べの通へるはたなびく雲に風や吹くらむ
989

往生論、永離身心惱

苦しとも憂しとも物を思ひしは見し夢の世の心なりけり
990

前權僧正成賢

法印聖覺説法志侍りけるに銀にてはちすの葉を作りて水精の念珠を置きて遣しける

極樂のはちすの上に置く露を我が身の玉と思はましかば
991

法印聖覺

返し

さとり行く心の玉の光にてうき世のやみを照せとぞ思ふ
992

前大僧正道寳

眞言の發相尋ね聞きて後詞は聞きしにかはらで心いと深き由申して侍りける人の返事に

深しともおもひな果てそ法の水その源は汲みもつくさじ
993

權僧正桓守

前大僧正公澄谷川の我がひと流れと詠みて侍りける事を傳法のついでに思ひ出でゝ

結ぶ手の雫ぞきよき谷川のながれは末もにごらざりけり
994

權大僧都澄俊

代々の跡に及ばざる事を思ひて詠み侍りける

散りのこる法の林の木ずゑには言葉の花の色ぞすくなき
995

權律師定海

圓宗寺の法華會おこし行はれけるに參りて雪の痛く降り侍りければ

思ひきや庭の白雪踏み分けて絶えにし道の跡つけむとは
996

前大僧正禅助

題志らず

思はずよ畏き代々の法の道おろかなる身に傳ふべしとは
997

法皇御製

百首の歌召されしついでに

尋ね入る交野の風を受けてこそ法を傳へし宿はしめけれ
998

前大僧正道玄

嘉元の百首の歌奉りし時、山

我が山に千世を重ねしかひもなく薄きは三の衣なりけり
999

待賢門院堀川

久安の百首の歌奉りける時

長き夜に迷ふ障りの雲晴れて月のみかほを見る由もがな
1000

法務公紹

釋教の歌に

まよひこし暗のうつゝを歎きても心の月を頼むばかりぞ
1001

法印成運

人の法文尋ねて侍りける返事に

有明はもと見し空の月ぞとも知るこそやがて悟なりけれ
1002

從三位宣子

題志らず

濁り江の水の心は澄まずともやどれる月の影はくもらじ
1003

皇后宮

照しける光もよそのかげならでもと見し月の都なりけり
1004

宰相典侍

まよふべき闇もあらじな身を去らぬ心の月の曇なければ
1005

談天門院

おのづから法の道ある世の中に又立ち返り迷はずもがな
1006

前大僧正親源

めぐり逢ふ契もうれし説き置ける法の車の跡絶えぬ世に
1007

前大僧正慈鎭

日吉の社に奉りける百首の歌に

通るべき道は流石にある物を知らばやとだに人の思はぬ
1008

法皇御製

百首の歌めされしついでに

久方の空に月日のめぐるこそ迷ひを照すはじめなりけれ
1009

前大僧正範憲

春日の社にて詠み侍りける

和ぐる光を見ても春の日の曇らぬもとのさとりをぞ知る
1010

前大僧正良信

題志らず

明らけき御法に逢へるかひもなく浮世の闇に猶や迷はむ
1011

永福門院

始なく迷ひそめける長き夜の夢を此のたびいかで覺さむ
1012

入道前太政大臣

弘安の百首の歌奉りける時

尋ね入る道こそ今も難からめ迷ふをさぞと知る人のなき
1013

承覺法親王

釋教の心を

迷ひをばたがをしへより知りそめて誠の道の疑はるらむ
1014

前大僧正禅助

悟るべき道も心の内なればよそになしてはいかゞ迷はむ
1015

法印俊譽

受け難き身をしぼりてぞ迷ひこし本の悟の道は知りける
1016

民部卿實教

嘉元の百首の歌奉りし時、釋教

世をてらす光は人を分かねども我が身にくらき法の燈火
1017

前大僧正忠源

題志らず

かゝげ置く法の燈火後の世の長き闇路の志るべともなれ
1018

前大僧正範憲

いかゞして光添へましともすれば消えなむとする法の灯
1019

僧正覺圓

消えぬべき法の灯見るたびにかゝぐる人のなきぞ悲しき
1020

入道二品親王性助

弘安元年百首の歌奉りける時

消えぬべき法の灯かゝげても高野の山の明くるぞを待つ
1021

僧正道順

正和二年、法皇高野山に御幸侍りし時、代々の跡にこえて山の程御輿にもめされざりしかば思ひつゞけ侍りける

高野山みゆきの跡はおほけれどまことの道は今ぞ見えける
1022

覺鑁上人母

いかなりける折にか、申し遣しける

底きよき心の水の澄みぬれば流るゝすゑも西へこそ行け
1023

覺鑁上人

返し

のりつめる人をし渡す舟なれば西の流れに棹やさすらむ
1024

漸空上人

比叡の山を出でゝ淨土の門に入り侍りける頃月を見て

共にこそ山は出でしか同じくば西にもさそへ秋の夜の月
1025

彰空上人

題志らず

さのみよも入る月影も慕はれじ西に心をかけぬ身ならば
1026

如空上人

來迎の粧を思ひて詠み侍りける

豫て思ふむかへの雲のあらましも心にうかぶ西の山の端
1027

律師永觀

題志らず

世を捨てゝあみだ佛を頼む身は終おもふぞ嬉しかりける
1028

千觀法師

極樂の彌陀の誓に救はれて洩るべき人もあらじとぞ思ふ
1029

入道前太政大臣

百首の歌奉りし時

紫の雲をも斯くし待ち見ばやいほりの軒に懸かる藤なみ
1030

菅原在良朝臣

堀河左大臣雲居寺に詣でゝ歌詠み侍りけるに

紫の雲居を願ふ身にしあればかねて迎へを契りこそ置け
1031

二品法親王覺法

高野の庵室の前に藤の花の咲きたるを見て

藤の花我が待つ雲の色なれば心に懸けて今日もながめつ
1032

基俊

覺性法親王觀音を紫雲に乘せ奉りて其の心を歌に詠むべき由申し遣して侍りけるに詠みける

むらさきの雲のおり居る山里に心の月やへだてなからむ
1033

入道二品親王覺性

返し

隔てなき心の月はむらさきの雲ぞともにぞ西へ行きける
1034

前大僧正道玄

題志らず

昔より三國はるかにつたはれる法ぞこの世の守なりける
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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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