續千載和歌集 (Shoku Senzai wakashū) — 續千載和歌集十九 哀傷歌 作者複数 (Various) Early 14th Century Shoku Senzai wakashū 續千載和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1319 しょくせんざいわかしゅう Shoku Senzai wakashū 續千載和歌集 しょくせんざいわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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續千載和歌集 › 續千載和歌集十九 哀傷歌 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
續千載和歌集 Shoku Senzai wakashū
作者複数 Various
續千載和歌集十九 哀傷歌
2042
後京極攝政前太政大臣
題志らず
消えはてし幾世の人のあとならむ空にたなびく雲も霞も
2043
法皇御製
百首の歌めされしついでに
人の世の習をしれとあきつのに朝ゐる雲の定めなきかな
2044
覺仁法親王
題志らず
瀧つせに早く落ちくる水の泡のありとはみえてなき世なり 鳬
2045
修明門院大貳
後鳥羽院かくれさせ給うける時御月忌始賀茂の祭の日にあたり侍りければ通忠卿の母の許に申しつかはしける
思ひきや葵をよそのかざしにて誰も泪のかゝるべしとは
2046
右近大將通忠母
返し
形見ぞとみるに泪ぞかゝりける葵はよその挿頭と思ふに
2047
圓光院入道前關白太政大臣
右大臣于時權大納言 のもとへ權大納言冬基さうぶの根を送り侍りける事を身まかりて後傳へ聞きて次の年の五月五日ねにそへてつかはしける
思へたゞおいの命のながきねに又ねをそへてなげく心を
2048
右大臣
返し
思はずよ去年の浮寐を形見にてけふ諸共に忍ぶべしとは
2049
大納言師氏
題志らず
朝がほの露に命をくらぶれば花のにほひは久しかりけり
2050
新院御製
朝がほの花は籬にうゑてみむ常ならぬ世を思ひしるやと
2051
永福門院内侍
何事かおもひもおかむ末の露もとの雫にかゝるうき世に
2052
前僧正道性
龜山院の御事を思ひ出でゝ
忘らるゝ時こそなけれあだにみしとゝせの夢の秋の面影
2053
慈道法親王
秋霧のはれぬ歎きも深かりきかくれし月のあかつきの空
2054
平惟貞
都へのぼりて侍りける時平宗宣朝臣にあひともなひて都に侍りしことを思ひ出でゝよみ侍りける
住みなれしみやこの宿に月を見ばひとり昔の影や忍ばむ
2055
昭慶門院一條
伏見院かくれさせ給ひにける秋龜山院の御事を思ひ出でゝよみ侍りける
うき秋のおなじ哀れに昔とも今ともわかずぬるゝ袖かな
2056
太政大臣
前大納言爲氏身まかりて後十三年にあたりける時誦經のさゝげ物をおくるとて
忘れじよ消えにし露の草枕たゞそのたびの長きわかれは
2057
前大納言爲世
返し
今さらにとふにも秋の草枕きえにし露のたびぞかなしき
2058
讀人志らず
身まかりける人の歌をかきあつめて人の許へつかはすとて
消えはてし露のかたみの言の葉に泪をそへてぬるゝ袖哉
2059
伏見院御製
龜山院かくれさせ給うて後昭訓門院御ぐしおろさせ給ひける時入道前太政大臣のもとにつかはされける
今日かはる袖の色にも露きえじあはれや更におき所なき
2060
式部卿久明親王
伏見院かくれさせ給ひにける時人のもとへつかはしける
思へたゞたのみしかげも色かはる深山の奥の秋の悲しさ
2061
後鳥羽院下野
前中納言定家身まかりて後前大納言爲家嵯峨の家に住み侍りける頃申しつかはしける
尋ねばやみぬ古への秋よりも君が住みけむ宿はいかにと
2062
前大納言爲家
返し
都人なにの色にかたづねみむしぐれぬさきの秋のやま里
2063
おなじ頃法印覺寛、思ひやる袂までこそしをれけれ秋のさが野のしげき夕露と申して侍りければ
朽ちぬべし思遣るだに絞るなるうき身のさがの秋の袂は
2064
新宰相
伏見院かくれさせ給ひにける秋の暮によみ侍りける
時雨さへかゝる秋こそ悲しけれ泪ひまなき頃のたもとに
2065
前權僧正教範
安嘉門院かくれさせ給ひにける時長月の頃いたく時雨のふりければ
聞くもうし涙の外の夕時雨ぬるゝをいとふ袖ならねども
2066
法印定爲
前大納言爲氏身まかりて長月の頃ひとめぐりにあたり侍りけるに津守國助おとづれて侍りける返事に
いかばかりしぐるとかしる廻逢ふ秋さへはての長月の空
2067
前大納言爲氏
京極院、御こと侍りて四十九日、九月盡日にて侍りけるに御佛事の間よみて御堂のうしろどにさしおかせける
なき跡はかたみだに猶留らで秋もわかれとちる木のは哉
2068
賀茂遠久
母身まかりて後よみける
立ちよりて時雨もしばし過すべき柞の杜の影だにもなし
2069
法印行深
入道一品親王源性かくれ侍りにける秋の頃前大僧正禪助に申しつかはしける
惜むべき日數も秋もくれぬとや露は泪のいろをそふらむ
2070
平宗宣朝臣
平貞時朝臣身まかりて後鹿の鳴くをきゝて
けふは又永き別れをしたひてや秋より後も鹿の鳴くらむ
2071
山本入道前太政大臣
藻壁門院少將身罷りて後、人の夢に見えて、あるかひも今はなぎさの友千鳥くちぬその名の跡や殘らむとよみ侍りける歌の心を辨内侍人々にすゝめてよませ侍りけるに
なき跡を忍ぶ昔の友千鳥おもひやるにもねはなかりけり
2072
藤原業尹
西行法師が庵室にて寄花思故人といふことを
すみすてし人は昔になりはてゝ花に跡とふ宿ぞふりぬる
2073
前參議雅有
左近中將定長身まかりにける頃思ひ出づる事ありて前大納言長雅のもとに申しつかはしける
人の世も我が身一つに悲しきは同じ心のやみぢなりけり
2074
源信明朝臣
朱雀院かくれさせ給うての頃
悲しさの月日にそへて今日よりは我が身一つに止るべき哉
2075
讀人志らず
人におくれてよみ侍りける
おくれゐて歎くだにこそ悲しけれ獨り闇路は君迷ふらむ
2076
太宰大貳重家
俊惠法師、母身まかり侍りにける時、申しつかはしける
思ふらむ心やいかになべて世のさらぬ別といひはなすとも
2077
俊惠法師
返し
いざや又さらぬ別も習はねば猶覺めやらぬ夢かとぞ思ふ
2078
前僧正道性
なき人を夢にみて
面かげを心に殘すおもひねの夢こそ人のかたみなりけれ
2079
前大納言良教
題しらず
はかなしやこれは夢かと驚かで長き夜すがら覺めぬ心は
2080
前大僧正源惠
夢の世をみてぞ驚く現にておくれ先だつならひありとは
2081
從三位氏久
智道上人身まかりけるよしきゝて
驚けば夢をのみきく世なりけりまどろむ程や現なるらむ
2082
平貞房
平貞朝の母身まかりける時よめる
現とも夢ともわかぬ面影の身にそひながら別れぬるかな
2083
源兼胤朝臣
後近衛關白前右大臣身まかりて後人のもとへ申しつかはしける
暫しこそうきを夢とも辿りしか覺めぬ現のはてぞ悲しき
2084
慈寛法師
題志らず
驚かぬ心ぞつらきめの前にさだめなき世の夢はみれども
2085
大江宗秀
うせにける人を夢にみて
覺むるより頓て泪の身にそひてはかなき夢にぬるゝ袖哉
2086
權僧正憲淳
題志らず
風にちる眞葛が露は結べども消えにし人ぞ又もかへらぬ
2087
津守國冬
母の思ひに侍りける頃父にもおくれ侍りにしことを思ひ出でゝよめる
よしさらば此の度つきね我が涙又もあるべき別ならねば
2088
權僧正覺圓
無常の歌とて
聞きそふる世のはかなさに驚かで偖いつ迄の身と思ふらむ
2089
權大僧都忠性
なき人を思ひ出でゝ
折々にあらましかばと思ひいづる心ぞ今も變らざりける
2090
平氏村
平時常身まかりて後常にかきかはしける文のうらに經をかきて人の許よりおくられにければ
心だに通はゞ苔のしたにてもさぞな哀れとみづくきの跡
2091
法印憲基
從一位貞子身まかりける骨を高野山に送り侍るとて道にてよみ侍りける
行くさきの道も覺えず高野山これを別れのはてと思へば
2092
法印覺守
後二條院御忌の程に人々十首の歌よみ侍りけるに
御幸とは聞きなれしかどこの山の烟を果と思ひやはせし
2093
式乾門院御匣
題志らず
鳥部山はれせぬ峯のうきぐもやなきが數そふ烟なるらむ
2094
式部卿久明親王
三條入道内大臣の女身まかりにける頃
立ちのぼる烟も雲も消えにしを涙の雨ぞはるゝよもなき
2095
高階宗成朝臣
近衛關白身まかりにける事をなげきて
身にかへてとむる習ひのありもせば我ぞ今宵の烟ならまし
2096
蓬生法師
藤原經綱が妻身まかりて後夢に六字の名號を上におきて歌をよみてとぶらへと見え侍りけるとて人々にすゝめければよみてつかはしける中に
哀れ猶とまる命もある物をかはる習ひのなどなかるらむ
2097
前大僧正道昭
弟子におくれて歎き侍りける頃、無常の心を
末遠く思ひし人をさきだてゝしばし浮世に殘るはかなさ
2098
藤原重綱
平貞時朝臣身まかりける時人のとぶらひ侍りける返事に
おのづからとはゞおもひもなぐさまで又泪そふ墨染の袖
2099
讀人志らず
頼みて侍りける人の娘身まかりて侍りけるに色をば許しながら出家をばとゞめけれども思ひにたへずさまをかへて侍りけるに人のもとより衣をおくりて侍りける返事に
いとゞなほ涙の色のふかきかなふたゝびきつる墨染の袖
2100
藤原基任
觀意法師身まかりて後服ぬぎ侍るとてよめる
たちそめし時はうかりし藤衣又ぬぎかふるはてぞ悲しき
2101
左大臣
母の身まかりにける時思ひの外に服を着侍らざりければ
今年わがきるべき物を麻衣よそなるさへぞいとゞ露けき
2102
常磐井入道前太政大臣
後高倉院御はての日よみ侍りける
ぬぎかふる袖の別れの藤衣身にそふ露はさてもかわかじ
2103
行胤法師妹
贈從三位爲子まかりて五七日の佛事に經を送りけるつゝみ紙にかきつけ侍りける
三十日餘りけふとふ法の言の葉にしるや泪の露かゝるとは
2104
昭訓門院春日
返し
分きてかくとはるゝ法の言の葉やけふゆく道の知べなる覽
2105
藤原宗秀
爲道朝臣の十三年の佛事いとなみて侍りけるついでに、懷舊の心を
なき影の跡とふ今日の名殘さへくれなば又や遠ざかりなむ
2106
平時仲
平時村朝臣身まかりて後十三年の佛事などいとなみ侍りける時思ひつゞけ侍りける
生きて世にあらばと人を思ふにもけふこそは袖は猶萎れけれ
2107
前僧正道性
龜山院十三年の御佛事の頃、母の十三年、同じ年月にあたりける人のもとへ申しつかはしける
くらべばや誰かまさると十年餘り同じ三とせの秋の泪を
2108
前參議雅有
藤原雅行身まかりて後叙位に加階し侍りけるよし都より人の申して侍りければ
なき跡に猶立ちのぼる位山ありてきくよと思はましかば