太平記 (Taiheiki) — 太平記 ( 国民文庫 ) 太平記巻第二十二 不明 (Anonymous) 1366-1379 Taiheiki 太平記 Anonymous 不明 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Fiction フィクション Japanese 日本語 Text 本文 1368 たいへいき Taiheiki 太平記 たいへいき Anonymous 不明 ふめい
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太平記 › 太平記 ( 国民文庫 ) 太平記巻第二十二 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
太平記( 国民文庫 ) 太平記巻第二十二 ○ 畑( はた ) 六郎左衛門( ろくらうざゑもんが ) 事( こと ) 去( さる ) 程( ほど ) に京都の討手大勢にて攻下( せめくだり ) しかば、杣山( そまやま ) の城も被落、越前・加賀・能登・越中・若狭五箇国( ごかこく ) の間に、宮方( みやがた ) の城一所( いつしよ ) も無( なか ) りけるに、畑六郎左衛門( ろくらうざゑもん ) 時能( ときよし ) 、僅( わづか ) に二十七人( にじふしちにん ) 篭( こも ) りたりける鷹巣( たかのす ) の城計( じやうばかり ) ぞ相残りたりける。一井( いちのゐ ) 兵部( ひやうぶの ) 少輔( せう ) 氏政( うぢまさ ) は、去年杣山( そまやま ) の城より平泉寺( へいせんじ ) へ越( こえ ) て、衆徒( しゆと ) を語( かたら ) ひ、挙旗と被議けるが、国中( こくぢゆう ) 宮方( みやがた ) 弱( よわく ) して、与力( よりき ) する衆徒も無( なか ) りければ、是( これ ) も同( おなじ ) く鷹巣( たかのすの ) 城( じやう ) へぞ引篭( ひきこも ) りける。時能( ときよし ) が勇力( ゆうりよく ) 、氏政が機分( きぶん ) 、小勢なりとて閣( さしお ) きなば、何様( いかさま ) 天下( てんが ) の大事( だいじ ) に可成とて、足利尾張( をはりの ) 守( かみ ) 高経( たかつね ) ・高( かうの ) 上野( かうづけの ) 介( すけ ) 師重( もろしげ ) 、両大将として、北陸道( ほくろくだう ) 七( しち ) 箇国( かこく ) の勢七千( しちせん ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、鷹巣城の四辺( しへん ) を千百重( せんひやくぢゆう ) に被囲、三十( さんじふ ) 余箇所( よかしよ ) の向ひ城( じやう ) をぞ取( とつ ) たりける。彼( かの ) 畑六郎左衛門( ろくらうざゑもん ) と申( まうす ) は、武蔵( むさしの ) 国( くに ) の住人( ぢゆうにん ) にて有( あり ) けるが、歳十六( じふろく ) の時より好( このんで ) 相撲( すまふを ) 取( とり ) けるが、坂東( ばんどう ) 八箇国( はちかこく ) に更に勝( かつ ) 者無( なか ) りけり、腕の力筋太( すぢふとく ) して股( もも ) の村肉( むらにく ) 厚( あつ ) ければ、彼薩摩( かのさつま ) の氏長( うぢなが ) も角( かく ) やと覚( おぼえ ) て夥( おびたた ) し。其後( そののち ) 信濃( しなのの ) 国( くに ) に移住して、生涯山野江海( さんやかうかいの ) 猟漁( かりすなどり ) を業( げふ ) として、年久( ひさし ) く有( あり ) しかば、馬に乗( のつ ) て悪所岩石( あくしよがんぜき ) を落す事、恰も神変( じんべん ) を得るが如し。唯造父( ざうほ ) が御( ぎよ ) を取( とつ ) て千里に不疲しも、是( これ ) には不過とぞ覚( おぼ ) へたる。水練は又憑夷( ひようい ) が道を得たれば、驪龍頷下( りりようがんか ) の珠( たま ) をも自( みづから ) 可奪。弓は養由( やういう ) が迹( あと ) を追( おひ ) しかば、弦( つる ) を鳴( なら ) して遥( はるか ) なる樹頭( じゆとう ) の栖猿( せいゑん ) をも落( おと ) しつべし。謀( はかりこと ) 巧( たくみ ) にして人を眤( むつび ) 、気健( すこやか ) にして心不撓しかば、戦場に臨むごとに敵を靡( なび ) け堅( かたき ) に当る事、樊■( はんくわい ) ・周勃が不得道をも得たり。されば物は以類聚( あつま ) る習ひなれば、彼が甥に所大夫房( ところのだいぶばう ) 快舜( くわいしゆん ) とて、少しも不劣悪僧( あくそう ) あり。又中間( ちゆうげん ) に悪( あく ) 八郎( はちらう ) とて、欠脣( いぐち ) なる大力( だいぢから ) あり。又犬獅子( けんじし ) と名を付( つけ ) たる不思議( ふしぎ ) の犬一疋( いつぴき ) 有( あり ) けり。此( この ) 三人( さんにん ) の者共( ものども ) 、闇にだになれば、或( あるひは ) 帽子甲( ばうしかぶと ) に鎖( くさり ) を著( き ) て、足軽( あしがる ) に出立( いでたつ ) 時もあり。或( あるひ ) は大鎧( おほよろひ ) に七物( ななつもの ) 持( もつ ) 時もあり。様々質( てだて ) を替( かへ ) て敵の向城( むかひじやう ) に忍入( しのびいる ) 。先( まづ ) 件( くだん ) の犬を先立( さきだて ) て城の用心( ようじん ) の様を伺( うかが ) ふに、敵の用心( ようじん ) 密( きびしく ) て難伺隙時は、此( この ) 犬一吠( ひとほえ ) 々( ほえて ) 走出( わしりいで ) 、敵の寝入( ねいり ) 、夜廻( よまはり ) も止( やむ ) 時は、走出( わしりいで ) て主に向( むかつ ) て尾を振( ふつ ) て告( つげ ) ける間、三人( さんにん ) 共( とも ) に此( この ) 犬を案内者( あんないしや ) にて、屏( へい ) をのり越( こえ ) 、城の中へ打入( うちいつ ) て、叫喚( をめきさけん ) で縦横無碍( むげ ) に切( きつ ) て廻りける間、数千( すせん ) の敵軍驚騒( おどろきさわい ) で、城を被落ぬは無( なか ) りけり。「夫( それ ) 犬は以守禦養人。」といへり。誠( まこと ) に無心禽獣も、報恩酬徳( はうおんしうとく ) の心有( ある ) にや、斯( かか ) る事は先言( せんげん ) にも聞( きき ) ける事あり。昔周( しう ) の世衰へんとせし時、戎国( じゆうこく ) 乱( みだれ ) て王化に不随、兵を遣( つかは ) して是( これ ) を雖責、官軍( くわんぐん ) 戦( たたかひ ) に無利、討( うた ) るゝ者三十万人、地を被奪事七千( しちせん ) 余里( より ) 、国危( あやふ ) く士辱( はづか ) しめられて、諸侯皆彼に降( くだらん ) 事を乞( こふ ) 。爰( ここ ) に周王是( これ ) を愁( うれへ ) て■( い ) を安( やすん ) じ給はず。時節( をりふし ) 御前( おんまへ ) に犬の候( さふらひ ) けるに魚肉を与( あたへ ) 、「汝若( もし ) 有心、戎国( じゆうこく ) に下( くだつ ) て、窃( ひそか ) に戎王( じゆうわう ) を喰殺( くひころ ) して、世の乱を静めよ。然らば汝に三千( さんぜん ) の宮女を一人下( くだし ) て夫婦となし、戎国の王たら[し]めん。」と戯( たはむれ ) て被仰たりけるを、此狗( このいぬ ) 勅命を聞( きき ) て、立( たち ) て三声( みこゑ ) 吠( ほえ ) けるが、則( すなはち ) 万里の路を過( すぎ ) て戎国に下( くだつ ) て、偸( ひそか ) に戎王( じゆうわう ) の寐所( ねところ ) へ忍入( しのびいつ ) て、忽( たちまち ) に戎王( じゆうわう ) を喰( くひ ) 殺し、其( その ) 頚を咆( くは ) へて、周王の御前( おんまへ ) へぞ進( まゐり ) ける。等閑( なほざり ) に戯れて勅定( ちよくぢやう ) ありし事なれ共( ども ) 、綸言( りんげん ) 難改とて、后宮( こうきゆう ) を一人此狗( このいぬ ) に被下て、為夫婦、戎国を其( その ) 賞にぞ被行ける。后( きさき ) 三千( さんぜん ) の列( れつ ) に勝( すぐ ) れ、一人( いちじん ) の寵( ちよう ) 厚かりし其( その ) 恩情を棄( すて ) て、勅命なれば無力、彼( かの ) 犬に伴( ともなひ ) て泣々( なくなく ) 戎国に下( くだつ ) て、年久( ひさしく ) 住給( すみたまひ ) しかば、一人の男子を生( うめ ) り。其形( そのかたち ) 頭( かしら ) は犬にして身は人に不替。子孫相続( あひつづい ) て戎国を保ちける間、依之( これによつて ) 彼( かの ) 国( くに ) を犬戎国( けんじゆうこく ) とぞ申( まうし ) ける。以彼思之、此犬獅子( このけんじし ) が行( ゆく ) をも珍しからずとぞ申( まうし ) ける。されば此( この ) 犬城中( じやうちゆう ) に忍入( しのびいつ ) て機嫌( きげん ) を計( はかり ) ける間、三十七( さんじふしち ) 箇所( かしよ ) に城を拵( こしら ) へ分( わかつ ) て、逆木( さかもぎ ) を引屏( ひきへい ) を塗( ぬり ) ぬる向城( むかひじやう ) 共( ども ) 、毎夜一二( ひとつふたつ ) 被打落、物具( もののぐ ) を捨( す ) て馬を失ひ恥をかく事多ければ、敵の強きをば不顧、御方( みかた ) に笑( わらは ) れん事を恥( はぢ ) て、偸( ひそか ) に兵粮を入( いれ ) 、忍々( しのびしのび ) 酒肴( さかな ) を送( おくつ ) て、可然は我( わが ) 城( じやう ) を夜討になせそと、畑を語( かたら ) はぬ者ぞ無( なか ) りける。爰( ここ ) に寄手( よせて ) の中に、上木( うへき ) 九郎家光( いへみつ ) と云( いひ ) けるは、元( もと ) は新田左中将( さちゆうじやう ) の侍也( なり ) けるが、心を翻( ひるがへ ) して敵となり、責口( せめくち ) に候( さふらひ ) けるが、数百( すひやく ) 石( こく ) の兵粮を通して畑に内通( ないつう ) すと云( いふ ) 聞( きこ ) へ有( あり ) しかば、何( いか ) なる者か為( したり ) けん、大将尾張( をはりの ) 守( かみ ) 高経( たかつね ) の陣の前に、「畑を討( うた ) んと思はゞ、先( まづ ) 上木( うへき ) を伐( きれ ) 。」と云( いふ ) 秀句( しうく ) を書( かい ) て高札( たかふだ ) をぞ立( たて ) たりける。是( これ ) より大将も上木( うへき ) に心を被置、傍輩( はうばい ) も是( これ ) に隔心( きやくしん ) ある体( てい ) に見( みえ ) ける間、上木口惜( くちをしき ) 事に思( おもひ ) て、二月二十七日( にじふしちにち ) の早旦( さうたん ) に、己( おのれ ) が一族( いちぞく ) 二百( にひやく ) 余人( よにん ) 、俄( にはか ) に物具( もののぐ ) ひし/\しと堅め、大竹をひしいで楯の面( おもて ) に当( あて ) 、かづき連( つれ ) てぞ責( せめ ) たりける。自余( じよ ) の寄手( よせて ) 是( これ ) を見て、「城の案内知( しつ ) たる上木が俄( にはか ) に責( せむ ) るは、何様( いかさま ) 可落様( やう ) ぞ有( ある ) らん。上木一人が高名( かうみや ) になすな。」とて、三十( さんじふ ) 余箇所( よかしよ ) の向城( むかひじやう ) の兵共( つはものども ) 七千人( しちせんにん ) 、取( とる ) 物も不取敢( とりあへず ) 、岩根( いはね ) を伝ひ、木の根に取付( とりつき ) て、差( さし ) も嶮( けは ) しき鷹巣城( たかのすのじやう ) の坂十八町( じふはちちやう ) を一息( ひといき ) に責上( せめあが ) り、切岸( きりきし ) の下にぞ著( つき ) たりける。され共城には鳴( なり ) を静めて、「事の様( やう ) を見よ。」とて閑( しづま ) り却( かへつ ) て有( あり ) けるが、已( すで ) に鹿垣( ししかき ) 程近く成( なり ) ける時、畑六郎( ろくらう ) ・所大夫( ところのだいぶ ) 快舜( くわいしゆん ) ・悪( あく ) 八郎( はちらう ) ・鶴沢源蔵人( げんくらうど ) ・長尾新左衛門( しんざゑもん ) ・児玉五郎左衛門( ごらうざゑもん ) 五人( ごにん ) の者共( ものども ) 、思々( おもひおもひ ) の物具( もののぐ ) に、太刀長刀の鋒( きつさき ) を汰( そろ ) へ、声々に名乗( なのつ ) て、喚( をめい ) て切( きつ ) てぞ出( いで ) たりける。誠( まこと ) に人なしと由断( ゆだん ) して、そゞろに進み近づきたる前懸( さきがけ ) の寄手( よせて ) 百( ひやく ) 余人( よにん ) 、是( これ ) に驚散( おどろきちつ ) て、互の助( たすけ ) を得んと、一所( いつしよ ) へひし/\と寄( よせ ) たる処を、例( れい ) の悪( あく ) 八郎( はちらう ) 、八九尺( はちくしやく ) 計( ばかり ) なる大木( たいぼく ) を脇( わき ) にはさみ、五六十しても押( おし ) はたらかしがたき大磐石( だいばんじやく ) を、転懸( ころばしかけ ) たれば、其( その ) 石に当( あた ) る有様、輪宝( りんばう ) の山を崩し磊石( らいせき ) の卵( かひご ) を圧( お ) すに不異。斯( かか ) る処に理を得て左右に激( げき ) し、八方( はつぱう ) を払( はらひ ) 、破( わつ ) ては返し帰( かへし ) ては進み、散々( さんざん ) に切廻( きりまは ) りける間、或( あるひは ) 討( うた ) れ或( あるひは ) 疵( きず ) を被( かうむ ) る者、不知其数。乍去其( その ) 後は、弥( いよいよ ) 寄手( よせて ) 攻上( せめあが ) る者も無( なく ) て、只山を阻( へだて ) 川を境( さかう ) て、向( むかひ ) 陣を遠く取( とり ) のきたれば、中々( なかなか ) 兎角( とかう ) もすべき様( やう ) 無し。懸( かかり ) し程( ほど ) に、畑つく/゛\と思案して、此侭( このまま ) にては叶ふまじ、珍( めづら ) しき戦( たたか ) ひ今一度( いちど ) して、敵を散( ちら ) すか散( ちら ) さるゝか、二( ふたつ ) の間に天運を見んと思( おもひ ) ければ、我( わが ) 城( じやう ) には大将一井( いちのゐ ) 兵部( ひやうぶの ) 少輔( せう ) に、兵十一人を著( つけ ) て残し留( とど ) め、又我( わが ) 身は宗徒( むねと ) の者十六人を引具( ひきぐ ) して、十月二十一日の夜半( やはん ) に、豊原( といはら ) の北に当( あたり ) たる伊地( いづち ) 山に打上( うちあがり ) て、中黒( なかぐろ ) の旌( はた ) 二流( ふたながれ ) 打立( うちたて ) て、寄手( よせて ) 遅しとぞ待( まち ) たりける。尾張( をはりの ) 守( かみ ) 高経是( これ ) を聞( きき ) て、鷹巣城( たかのすのじやう ) より勢を分( わかつ ) て、此( ここ ) へ打出( うちいで ) たるとは不寄思、豊原( といはら ) ・平泉寺( へいせんじ ) の衆徒( しゆと ) 、宮方( みやがた ) と引合( ひきあひ ) て旌( はた ) を挙( あげ ) たりと心得( こころえ ) て、些( ちつと ) も足をためさせじと、同( おなじき ) 二十二日の卯刻( うのこく ) に、三千( さんぜん ) 余騎( よき ) にてぞ押寄( おしよせ ) られける。寄手( よせて ) 初( はじめ ) の程は敵の多少を量兼( はかりかね ) て、無左右不進けるが、小勢也( なり ) けりと見て、些( ちつと ) も無恐処、我前( われさき ) にとぞ進みたりける。畑六郎左衛門( ろくらうざゑもん ) 、敵外( そと ) に引( ひか ) へたる程は、態( わざと ) あり共( とも ) 被知ざりけるが、敵已( すでに ) 一二町( いちにちやう ) に責( せめ ) 寄せたりける時、金筒( かなどう ) の上に火威( ひをどし ) の胄( よろひ ) の敷目( しきめ ) に拵( こしら ) へたるを、草摺長( くさずりなが ) に著下( きくだし ) て、同毛( おなじけ ) の五枚甲( ごまいかぶと ) に鍬形( くはがた ) 打( うつ ) て緒( を ) を縮( しめ ) 、熊野打( くまのうち ) の肪当( ほうあて ) に、大立揚( おほたてあげ ) の脛当( すねあて ) を、脇楯( わいだて ) の下( した ) まで引篭( ひきこめ ) て、四尺( ししやく ) 三寸( さんずんの ) 太刀に、三尺( さんじやく ) 六寸( ろくすん ) の長刀茎短( くきみじか ) に拳( にぎ ) り、一引両( ひとつひきりやう ) に三■( みつすはま ) の笠符( かさじるし ) 、馬の三頭( さんづ ) に吹懸( ふきかけ ) させ、塩津黒( しほづくろ ) とて五尺( ごしやく ) 三寸( さんずん ) 有( あり ) ける馬に、鎖( くさり ) の胄( よろひ ) 懸( かけ ) させて、不劣兵十六人、前後左右に相随( あひしたが ) へ、「畑将軍此( ここ ) にあり、尾張( をはりの ) 守( かみ ) は何( いづ ) くに坐( ましま ) すぞ。」と呼( よばはつ ) て、大勢の中へ懸入( かけいり ) 、追廻( おひまは ) し、懸乱( かけみだ ) し、八方( はつぱう ) を払( はらつ ) て、四維( しゆゐ ) に遮りしかば、万卒( ばんそつ ) 忽( たちまち ) に散じて、皆馬の足をぞ立兼( たてかね ) たる。是( これ ) を見て、尾張( をはりの ) 守( かみ ) 高経・鹿草( かくさ ) 兵庫( ひやうごの ) 助( すけ ) 旗の下( もと ) に磬( ひかへ ) て、「無云甲斐者共( ものども ) 哉( かな ) 。敵縦( たとひ ) 鬼神( おにかみ ) 也( なり ) とも、あれ程の小勢を見て引( ひく ) 事や有( ある ) べき。唯( ただ ) 馬の足を立寄( たちよ ) せて、魚鱗( ぎよりん ) に引( ひか ) へて、兵( つはもの ) を虎韜( こたう ) になして取篭( とりこめ ) 、一人も不漏打留( うちとめ ) よや。」と、透間( すきま ) も無( なく ) ぞ被下知ける。懸( かかり ) しかば三千( さんぜん ) 余騎( よき ) の兵共( つはものども ) 、大将の諌言( かんげん ) に力を得て、十六騎( じふろくき ) の敵を真中( まんなか ) にをつ取篭( とりこめ ) 、余( あま ) さじとこそ揉( もう ) だりけれ。大敵雖難欺、畑が乗( のつ ) たる馬は、項羽( かうう ) が騅( すゐ ) にも不劣程の駿足( しゆんそく ) 也( なり ) しかば、鐙( あぶみ ) の鼻に充落( あておと ) され蹄( ひづめ ) の下( した ) にころぶをば、首( くび ) を取( とつ ) ては馳( はせ ) 通( とほ ) り、取( とつ ) て返しては颯( さつ ) と破る。相順( あひしたが ) ふ兵も、皆似( に ) るを友とする事なれば、目に当( あたる ) 敵をば切( きつ ) て不落云( いふ ) 事なし。其膚( そのはだへ ) 不撓目( め ) 不瞬勇気に、三軍敢( あへ ) て当( あた ) り難く見へしかば、尾張( をはりの ) 守( かみ ) の兵三千( さんぜん ) 余騎( よき ) 、東西南北に散乱( さんらん ) して、河より向( むかう ) へ引退( ひきしりぞ ) く。軍( いくさ ) 散じて後( のち ) 、畑帷幕( ゐばく ) の内に打帰( うちかへり ) て、其( その ) 兵を集( あつむ ) るに、五騎は被討九人( くにん ) は痛手( いたで ) を負( おう ) たりけり。其( その ) 中に殊更憑( たのみ ) たる大夫房( だいぶばう ) 快舜( くわいしゆん ) 、七所まで痛手負( おう ) たりしが、其( その ) 日( ひ ) の暮程( ほど ) にぞ死( しに ) にける。畑も脛当( すねあて ) の外( はづれ ) 、小手( こて ) の余( あま ) り、切( きら ) れぬ所ぞ無( なか ) りける。少々( せうせう ) の小疵( こきず ) をば、物( もの ) の数( かず ) とも不思けるに、障子の板の外( はづれ ) より、肩崎( かたさき ) へ射篭( こめ ) られたりける白羽( しらは ) の矢一筋( ひとすぢ ) 、何( いか ) に脱( ぬき ) けれ共( ども ) 、鏃( やじり ) 更に不脱けるが、三日の間苦痛を責( せめ ) て、終( つひ ) に吠( ほ ) へ死( じに ) にこそ失( うせ ) にけれ。凡( およそ ) 此( この ) 畑は悪逆無道( あくぎやくぶだう ) にして、罪障( ざいしやう ) を不恐のみならず、無用なるに僧法師を殺し、仏閣社壇を焼壊( やきこぼ ) ち、修善( しゆぜん ) の心は露許( ばかり ) もなく、作悪業事( ことは ) 如山重( かさなり ) しかば、勇士( ゆうし ) 智謀の其芸( そのげい ) 有( あり ) しか共( ども ) 、遂( つひ ) に天の為にや被罰けん、流矢( ながれや ) に被侵て死( しに ) にけるこそ無慙( むざん ) なれ。君不見哉( や ) 、舁( げい ) 控弓、天に懸( かか ) る九( ここのつ ) の日を射て落し、■( がう ) 盪舟、無水陸地( くがぢ ) を遣( やり ) しか共( ども ) 、或( あるひ ) は其( その ) 臣寒■( かんさく ) に被殺、或( あるひ ) は夏后小康( かこうせうかう ) に被討て皆死名を遺( のこ ) せり。されば開元( かいげん ) の宰相宋開府( そうかいふ ) が、幼君の為に武を黷( けが ) し、其辺功( そのへんこう ) を不立しも、無智慮忠臣と可謂と、思( おもひ ) 合( あは ) せける許( ばかり ) 也( なり ) 。畑已( すで ) に討( うた ) れし後は、北国の宮方( みやがた ) 気を撓( たわま ) して、頭( かしら ) を差出( さしいだ ) す者も無( なか ) りけり。
○義助被参芳野事并( ならびに ) 隆資( たかすけ ) 卿( きやう ) 物語( ものがたりの ) 事( こと ) 爰( ここ ) に脇屋( わきや ) 刑部卿義助( よしすけ ) は、去( さんぬる ) 九月十八日、美濃の根尾( ねを ) の城に立篭( たてこもり ) しか共( ども ) 、土岐( とき ) 弾正少弼( せうひつ ) 頼遠( よりとほ ) ・刑部( ぎやうぶの ) 大夫( たいふ ) 頼康( よりやす ) に責( せめ ) 落されて、郎等( らうどう ) 七十三人( しちじふさんにん ) を召具( めしぐ ) し、微服潜行( びふくせんかう ) して、熱田大宮司( あつたのだいぐうじ ) が城尾張( をはりの ) 国( くに ) 波津( はづ ) が崎へ落( おち ) させ給( たまひ ) て、十( じふ ) 余日( よにち ) 逗留( とうりう ) して、敗軍の兵を集めさせ給( たまひ ) て、伊勢伊賀を経( へ ) て、吉野殿( よしのどの ) へぞ被参ける。則( すなはち ) 参内( さんだい ) し、竜顔( りようがん ) に奉謁しかば、君玉顔殊に麗( うるは ) しく照( てら ) して前席、此( この ) 五六年が間の北征( ほくせい ) の忠功、異他由を感じ被仰て、更に敗北の無念なる事をば不被仰出、其( その ) 命無恙して今此( ここ ) に来( きた ) る事、君臣水魚の忠徳再( ふたたび ) 可露故( ゆゑ ) 也( なり ) と、御涙( おんなみだ ) を浮( うかべ ) させ御座( おはしまし ) て被仰下。次( つぎの ) 日( ひ ) 臨時( りんじ ) の宣下( せんげ ) 有( あつ ) て一級を被加。加之( しかのみならず ) 当参の一族( いちぞく ) 、並( ならびに ) 相順( あひしたが ) へる兵共( つはものども ) に至るまで、或( あるひ ) は恩賞を給( たまひ ) 、或( あるひは ) 官位を進められければ、面目人に超( こえ ) てぞ見へたりける。其( その ) 時分殿上( てんしやう ) の上口( かみくち ) に、諸卿被参候たりけるが、物語の次( ついで ) に、洞院( とうゐんの ) 右大将実世( さねよ ) 未( いまだ ) 左衛門( さゑもんの ) 督( かみ ) にて坐( ましませ ) しが、被欺申けるは、「抑( そもそも ) 義助越前の合戦に打負( うちまけ ) て美濃( みのの ) 国( くに ) へ落( おち ) ぬ。其( その ) 国( くに ) をさへ又被追落て、身の置処( おきどころ ) なき侭( まま ) に、当山へ参りたるを、君御賞翫( ごしやうくわん ) 有( あつ ) て、官禄を進ませらる事返々( かへすがへす ) も不心得( こころえず ) 。是( これ ) 唯( ただ ) 治承の昔、権佐三位( ごんのすけさんみの ) 中将( ちゆうじやう ) 維盛( これもり ) が、東国の討手( うつて ) に下( くだつ ) て、鳥の羽音( はおと ) に驚( おどろい ) て逃上( にげのぼり ) たりしを、祖父清盛入道が計( はから ) ひとして、一級を進ませしに不異。」とぞ被笑ける。四条( しでうの ) 中納言( ちゆうなごん ) 隆資( たかすけ ) 卿( きやう ) 、つく/\と是( これ ) を聞( きき ) 給ひけるが、退( しりぞい ) て被申けるは、「今度の儀、叡慮の趣( おもむ ) く処、其理( そのり ) 当( あた ) るかとこそ存( ぞんじ ) 候へ。其( その ) 故は、義助北国の軍( いくさ ) に失利候( さふらひ ) し事は全( まつたく ) 彼が戦( たたかひ ) の拙( つたな ) きに非( あら ) ず。只聖運、時未到( いまだいたらず ) 、又勅裁( ちよくさい ) の将の威を軽( かろ ) くせられしに依( よつ ) て也( なり ) 。高才( かうさい ) に対して加様( かやう ) の事を申せば、以管窺天、听途説塗風情( ふぜい ) にて候へ共( ども ) 、只其の一端( いつたん ) を申( まうす ) べし。昔周( しう ) の未( いまだ ) 戦国の時に当( あたつ ) て、七雄( しちゆう ) の諸侯相争( あひあらそ ) ひ互に国を奪はんと謀( はかり ) し時、呉王闔廬( かふりよ ) 、孫子( そんし ) と云( いひ ) ける勇士( ゆうし ) を大将として、敵国を伐( うた ) ん事を計る。時に孫氏、呉王闔廬に向( むかつ ) て申( まうし ) けるは、「夫( それ ) 以不教之民戦( たたかは ) しむる事、是( これ ) を棄( すて ) よといへり。若( もし ) 敵国を伐( うた ) しめんとならば、先( まづ ) 宮中にあらゆる所の美人を集( あつめ ) て、兵( つはもの ) の前に立( たて ) て、陣を張( は ) り戈( ほこ ) を持( もた ) しめて後、我( われ ) 其命( そのめい ) を司( つかさど ) らむ。一日の中に、三度( さんど ) 戦( たたかひ ) の術( じゆつ ) を教へんに、命( めい ) に随ふ事を得ば、敵国を滅( ほろぼ ) さん事、立( たちどころ ) に得つべし。」とぞ申( まうし ) ける。呉王則( すなはち ) 孫子( そんし ) が任申請、宮中の美人三千人( さんぜんにん ) を南庭( なんてい ) に出して、皆兵の前陣( ぜんぢん ) に立( たて ) らる。時に孫氏甲胄を帯し、戈( ほこ ) を取( とつ ) て、「鼓( つづみ ) うたば進んで刃( やいば ) を交( まじ ) へよ。金( かね ) をうたば退( しりぞい ) て二陣の兵に譲( ゆづ ) れ。敵ひかば急に北( にぐ ) るを追へ。敵返さば堪( こらへ ) て弱( よわき ) を凌( しの ) げ。命を背( そむ ) かば我( われ ) 汝等( なんぢら ) を斬らん。」と、馬を馳( はせ ) てぞ習はしける。三千( さんぜん ) の美人君の命( めい ) に依( よつ ) て戦( たたか ) ひを習はす戦場へ出( いで ) たれども、窈窕( えうてう ) たる婉嫋( ゑんじやく ) 、羅綺( らき ) にだもたへざる体( てい ) なれば、戈をだにも擡( もたげ ) 得ざれば、まして刃を交( まじふ ) るまでもなし。あきれたる体( てい ) にて打笑( うちわらひ ) ぬる計( ばかり ) 也( なり ) 。孫氏是( これ ) を忿( いかつ ) て、殊更呉王闔廬( かふりよ ) が最愛の美人三人( さんにん ) を忽( たちまち ) に斬( きつ ) てぞ捨( すて ) たりける。是( これ ) を見、自余( じよ ) の美人相順( あひしたがう ) て、「士卒( じそつ ) と共に懸( かけ ) よ。」といへば進み、「返せ。」といへば止( とどま ) る。聚散( しゆさん ) 応変、進退当度。是( これ ) 全( まつたく ) 孫氏が美人の殺す事を以て兵法( ひやうはふ ) とはせず、只大将の命( めい ) を士卒( じそつ ) の重んずべき処を人にしらしめんが為也( なり ) 。呉王も最愛の美人を三人( さんにん ) まで失ひつる事は悲しけれ共( ども ) 、孫氏が教へたる謀( はかりこと ) 誠( まこと ) に当( あた ) れりと被思ければ、遂に孫氏を以て、多くの敵国を亡( ほろぼ ) されてげり。されば周( しう ) の武王、殷の紂王を伐( うた ) ん為に、大将を立( たて ) ん事を太公望( たいこうばう ) に問( とひ ) 給ふ。太公望答曰( こたへていはく ) 、「凡国有難、君避正殿、召将而詔之曰、社稷安危、一在将軍。願将軍帥師応之。将既受命、乃命大史卜。斎三日、之大廟鑽霊亀卜吉日以授斧鉞。君入廟門西面而立、将入廟門北面而立。君親操鉞持首、授将其柄曰、従此上至天者、将軍制之。復操斧持柄授将其刃曰、従此下至淵者、将軍制之。見其虚則進、見其実則止。勿以三軍為衆而軽敵。勿以受命為重而必死。勿以身貴而賎人。勿以独見而違衆。勿以弁舌為必然。士未坐勿坐。士未食勿食。寒暑必同。如此則士衆必尽死力。将已受命拝而報君曰、臣聞国不可以外治、軍不可以中禦。二心不可以事君。疑志不可以応敵。臣既受命専斧鉞之威。臣不敢将。君許之。乃辞而行。軍中之事不聞君命、皆由将出。臨敵決戦、無有二心。若如則無天於上、無地於下。無敵於前、無君於後。是故智者為之謀、勇者( ようしや ) 為之闘。気励青雲疾若馳々。兵不接刃而敵降服。戦勝於外、功立於内。吏遷士賞百姓懽悦、将無咎殃。是故風雨時節、五穀豊熟、社稷安寧也( なり ) 。」といへり。古より今に至るまで、将を重んずる事如此にてこそ、敵を亡( ほろぼ ) し国を治( をさむ ) る道は候事なれ。去( さる ) 程( ほど ) に此間( このあひだ ) 北国の有様を伝へ承( うけたまは ) るに、大将の挙状( きよじやう ) を不帯共、士卒直( ぢき ) に訴( うつたふ ) る事あれば、軈( やが ) て勅裁を被下、僅( わづか ) に山中を伺ひ以祗候労を、軍用を支( ささ ) へらる。北国の所領共を望む人あれば、不事問被成聖断。依之( これによつて ) 大将威軽( かろく ) 、士卒( じそつの ) 心恣( ほしいまま ) にして、義助遂に百戦の利を失へり。是( これ ) 全( まつたく ) 戦ふ処に非( あら ) ず。只上( かみ ) の御沙汰( ごさた ) の違( たがふ ) 処に出たり。君忝( かたじけなく ) も是( これ ) を思召( おぼしめし ) 知るに依( よつ ) て、今其( その ) 賞を被重者也( なり ) 。秦( しんの ) 将( しやう ) 孟明視・西乞術( せいきつじゆつ ) ・白乙丙( はくいつへい ) 、鄭( ていの ) 国( くに ) の軍( いくさ ) に打負( うちまけ ) て帰( かへり ) たりしを秦( しんの ) 穆公( ぼつこう ) 素服郊迎( そぶくかうげい ) して、「我( われ ) 不用百里奚・■叔( けんしゆく ) 言辱( はづか ) しめられたり。三子( さんし ) は何の罪かある。其( その ) 専心毋懈。」と云( いひ ) て三人( さんにん ) の官禄を復せしにて候はずや。」と、理を尽( つくし ) て宣( のべ ) られければ、さしも大才の実世( さねよの ) 卿( きやう ) 、言( ことば ) なくしてぞ立( たた ) れける。「何ぞ古の維盛( これもり ) を入道相国賞せしに同( おなじく ) せん哉( や ) 。」と被申しかば、実世( さねよの ) 卿( きやう ) 言( こと ) ば無( なく ) して被退出けり。
○作々木信胤( ささきのぶたね ) 成宮方( みやがた ) 事( こと ) 懸( かか ) る処に伊予( いよの ) 国( くに ) より専使( せんし ) 馳来( はせきたつ ) て、急ぎ可然大将を一人撰( えらび ) て被下、御方( みかた ) に対して忠戦を可致之( の ) 由( よし ) を奏聞( そうもん ) したりしかば、脇屋( わきや ) 刑部卿義助朝臣( あそん ) を可被下公議定( さだまり ) けり。され共( ども ) 下向( げかう ) の道、海上も陸地( くがぢ ) も皆敵陣也( なり ) 。如何して可下、僉議( せんぎ ) 不一ける処に、備前( びぜんの ) 国( くにの ) 住人( ぢゆうにん ) 、佐々木( ささきの ) 飽浦( あくら ) 三郎左衛門( さぶらうざゑもんの ) 尉( じよう ) 信胤( のぶたね ) 早馬( はやむま ) を打て( うつ ) て、「去月二十三日( にじふさんにち ) 小豆島( せうどしま ) に押( おし ) 渡り、義兵を挙( あぐ ) る処に、国中( こくぢゆう ) の忠ある輩( ともがら ) 馳加( はせくははつ ) て、逆徒( ぎやくと ) 少々打順( うちしたが ) へ、京都運送の舟路( ふなぢ ) を差塞( さしふさい ) で候也( なり ) 。急( いそぎ ) 近日大将御下向有( ある ) べし。」とぞ告( つげ ) たりける。諸卿是( これ ) を聞( きき ) て、大将進発( しんばつ ) の道開( ひらけ ) て、天運機を得たる時至りぬと、悦給( よろこびたまふ ) 事限( かぎり ) なし。抑( そもそも ) 此( この ) 信胤と申( まうす ) は、去建武( さんぬるけんむの ) 乱の始( はじめ ) に、細川卿律師( きやうのりつし ) 定禅( ぢやうぜん ) に与力( よりき ) して、備前備中の両国を平( たひら ) げ、将軍の為に忠功有( あり ) しかば、武恩に飽( あき ) て、恨( うらみ ) を可含事も無( なか ) りしに、依何今俄( にはか ) に宮方( みやがた ) に成( なる ) ぞと、事の根元( こんげん ) を尋ぬれば、此比( このころ ) 天下( てんが ) に禍( わざはひ ) をなす例( れい ) の傾城( けいせい ) 故とぞ申( まうし ) ける。其比( そのころ ) 菊亭( きくてい ) 殿( どの ) に御妻( おさい ) とて、見目貌( みめかたち ) 無類、其品( そのしな ) 賎( いやし ) からで、なまめきたる女房ありけり。しかあれ共( ども ) 、元来心軽( かろ ) く思定( おもひさだ ) めたる方もなければ、何( なに ) となく引手数( ひくてあま ) たのうき綱( あみ ) の、目もはづかなる其喩( そのたと ) へも猶( なほ ) 事過( すぎ ) て、寄瀬( よるせ ) 何( いづ ) くにかと我( われ ) ながら思分( おもひわか ) でぞ有( あり ) 渡りける。さはありながら、をぼろけにては、人の近付( ちかづく ) べきにもあらぬ宮中( きゆうちゆう ) の深棲( ふかきすまひ ) なるに、何( いか ) がして心を懸( かけ ) し玉垂( たまだれ ) の、間( ひま ) 求( もとめ ) 得たる便( たより ) にか有( あり ) けん、今の世に肩を双( ならぶ ) る人もなき高( かうの ) 土佐( とさの ) 守( かみ ) に通馴( かよひなれ ) て、人しれず思結( おもひむすぼ ) れたる下紐( したひぼ ) の、せきとめがたき中なれば、初( はじめ ) の程こそ忍( しのび ) けれ、後は早山田( やまた ) に懸( かか ) るひたふるに打( うち ) ひたゝけて、あやにくなる里居( さとゐ ) にのみまかでければ、宮仕( みやづか ) ひも常には疎( おろ ) そかなる事のみ有( あり ) て、主( あるじ ) の左( ひだん ) のをほゐまうち公( きみ ) も、かく共( とも ) しらせ給( たまひ ) しかば、むつかしの人目を中の関守( せきもり ) や、よひ/\ごとの深過( ふけすぐ ) るをまたず共( とも ) あれかしと被許、まかで出( いで ) ける時もあり。懸( かかり ) し程( ほど ) に、此( この ) 土佐( とさの ) 守( かみ ) に元( もと ) 相馴( あひなれ ) て、子共数( あま ) た儲( まうけ ) たる鎌倉( かまくら ) の女房有( あり ) ける。是( これ ) は元来( もとより ) 田舎人( ゐなかうど ) 也( なり ) ければ、物妬( ものねたみ ) はしたなく心武々敷( たけだけしく ) て、彼( かの ) 源氏の雨夜( あまよ ) の物語に、頭( とうの ) 中将( ちゆうじやう ) の指をくひ切( きり ) たりし有様共多かりけり。されども子共の親なれば、けしからずの有様哉( や ) とは乍思、いなと云( いふ ) べき方も無( なく ) て、年を送( おくり ) ける処に、土佐( とさの ) 守( かみ ) 伊勢( いせの ) 国( くに ) の守護( しゆご ) に成( なつ ) て下向しけるが、二人( ににん ) の女房を皆具足( ぐそく ) して下らんとて、元( もと ) の女房をば先( まづ ) くだしぬ。御妻( おさい ) を同様( おなじやう ) にと待( まち ) しか共( ども ) 、今日よ明日( あす ) よとて少しうるさげなる気色( けしき ) に見へしかば、土佐( とさの ) 守( かみ ) 猶( なほ ) も思( おもひ ) の色増( まし ) て、伴行( ともなひゆ ) かでは叶( かなふ ) まじきとて、三日まで逗留( とうりう ) して、兎角( とかく ) 云恨( いひうらみ ) ける程( ほど ) に、さらばとて、夜半許( やはんばかり ) に輿指( こしさし ) 寄せ、几帳( きちやう ) 指隠( さしかく ) して扶乗( たすけのせ ) られぬ。土佐( とさの ) 守( かみ ) 無限うれしくて、道に少しも不休、軈( やが ) て伊勢路( いせぢ ) に趣( おもむき ) けり。まだ夜を篭( こめ ) て、逢坂( あふさか ) の関( せき ) の岩かど蹈鳴( ふみなら ) し、ゆう付鳥( つけどり ) に被送て、水の上なる粟津野( あはづの ) の、露分行( ゆ ) けばにほの海、流( ながれ ) の末( すゑ ) の河となる、勢多( せた ) の橋を打渡れば、衣手( ころもで ) の田上河( たながみがは ) の朝風に、比良( ひら ) の峯わたし吹来( ふききたつ ) て、輿( こし ) の簾( すだれ ) を吹揚( ふきあげ ) たり。出絹( だしぎぬ ) の中( うち ) を見入( みいれ ) たれば、年の程八十許( ばかり ) なる古尼( ふるあま ) の、額( ひたひ ) には皺( しわ ) のみよりて、口には歯一( ひとつ ) もなきが、腰二重( ふたへ ) に曲( かがめ ) てぞ乗( のつ ) たりける。土佐( とさの ) 守( かみ ) 驚( おどろい ) て、「是( これ ) は何様( いかさま ) 古狸( ふるたぬき ) か古狐( ふるきつね ) かの化( ばけ ) たるにてぞ有( ある ) らん。鼻をふすべよ。蟇目( ひきめ ) にて射て見よ。」と申( まうし ) ければ、尼泣々( なくなく ) 、「是( これ ) は媚者( ばけもの ) にても候はず。菊亭殿( きくていどの ) へ年来( としごろ ) 参通( まゐりかよふ ) 者にて候を、御妻( おさい ) の局( つぼね ) へ被召( めされ ) て、「加様( かやう ) にて京に住( すみ ) わびんよりは、我が下( くだ ) る田舎へ行( ゆき ) て、且( しばら ) くも慰めかし。」と被仰候( さふらひ ) し間、さそふ水もがなと思ふ憂( うき ) 身にて候へば、うれしき事に思( おもひ ) て昨日( きのふ ) 御局へ参りて候へば、被留進( まゐら ) せて、妻戸( つまど ) に輿( こし ) を寄( よせ ) たりしに、それに乗れと仰候( おほせさふらひ ) しかば、何( なに ) 心もなく乗( のり ) たる許( ばかり ) にて候ぞ。」と申( まうし ) ける。土佐( とさの ) 守( かみ ) 、「さては此( この ) 女房に出抜( だしぬか ) れたる者也( なり ) 。彼御所( かのごしよ ) に打入( うちいつ ) て、奪取( うばひとら ) ずば下( くだ ) るまじき者を。」とて、尼をば勢多( せた ) の橋爪( はしづめ ) に打捨( うちすて ) て、空輿( あきこし ) を舁返( かきかへ ) して、又京へぞ上( のぼ ) りける。元来( もとより ) 思慮なき土佐( とさの ) 守( かみ ) 、菊亭殿( きくていどの ) に推寄( おしよせ ) て、四方( しはう ) の門を差篭( さしこめ ) て、無残所捜( さが ) しける。御所中の人々、「こは何( いか ) なる事ぞ。」とて、上下周章騒( あわてさわぐ ) 事無限。何( いか ) に求( もとむ ) れ共( ども ) なければ、此( この ) 女房の住( すみ ) しあたりなる局( つぼね ) に有( あり ) ける女( め ) の童( わらは ) を囚( とら ) へて、責問( せめとひ ) ければ、「其( その ) 女房は通( かよふ ) 方( かた ) 多かりしかば、何( いづ ) くとも差( さし ) ては知( しり ) がたし。近来( このころ ) は飽浦( あくら ) 三郎左衛門( さぶらうざゑもん ) とかや云( いふ ) 者にこそ、分( わき ) て志深く、人目も憚( はばか ) らぬ様( やう ) に承( うけたまはり ) 候( さふらひ ) しか。」と語りければ、土佐( とさの ) 守( かみ ) 弥( いよいよ ) 腹を居兼( すゑかね ) て、軈( やが ) て飽浦( あくら ) が宿所へ推寄( おしよせ ) て討( うた ) んと議( たばか ) りけるを聞( きき ) て、自科( じくわ ) 依難遁、身を隠( かく ) しかね、多年粉骨( ふんこつ ) の忠功を棄( すて ) て、宮方( みやがた ) の旗をば挙( あげ ) ける也( なり ) 。折( をり ) 得ても心許すな山桜さそふ嵐に散( ちり ) もこそすれと歌に読( よみ ) たりしは、人( ひとの ) 心の花なりけりと、今更思知( おもひしつ ) ても、浅猿( あさまし ) かりし事共( ことども ) 也( なり ) 。
○義助予州( よしうへ ) 下向( げかうの ) 事( こと ) 去( さる ) 程( ほど ) に四国の通路( つうろ ) 開( ひらき ) ぬとて、脇屋( わきや ) 刑部卿義助は、暦応三年四月一日勅命を蒙( かうむつ ) て、四国西国の大将を奉( うけたまはつ ) て、下向とぞ聞( きこ ) へし。年来( としころ ) 相順( あひしたが ) ふ兵其数( そのかず ) 多しといへ共、越前美濃の合戦に打負( うちまけ ) し時、大将の行末( ゆくへ ) を不知して山林に隠忍( かくれしの ) び、或( あるひ ) は危難を遁( のがれ ) て堺( さかひ ) を隔( へだ ) てしかば、芳野( よしの ) へ馳来( はせきた ) る兵五百騎( ごひやくき ) にも不足けり。され共( ども ) 四国中国に心を通ずる官軍( くわんぐん ) 多く有( あり ) しかば、今一日も可急とて、未明( びめい ) に芳野を打立( うつたつ ) て、紀伊( き ) の路( ぢ ) に懸( かか ) り被通けるに、加様( かやう ) の次( ついで ) ならでは早晩( いつ ) か参詣の志をも遂( と ) げ、当来値遇( ちぐ ) の縁( えん ) をも可結と被思ければ、先( まづ ) 高野山( かうやさん ) に詣( まうで ) て、三日逗留( とうりう ) し、院々( ゐんゐん ) 谷々( たにだに ) 拝( をが ) み廻( まは ) るに、聞( きき ) しより尚貴( たつと ) くて、八葉( はちえふ ) の峯空にそびへ、千仏( せんぶつ ) の座雲( くも ) に捧( ささ ) げたり。無漏( むろ ) の扉( とぼそ ) 苔閉( とぢ ) て、三会( さんゑ ) の暁( あかつき ) に月を期( ご ) す。或( あるひ ) は説法衆会( しゆゑ ) の場( ぢやう ) もあり、或( あるひ ) は念仏三昧の砌( みぎり ) もあり。飛行( ひぎやう ) の三鈷( さんこ ) 地に堕( おち ) 、験( しるし ) に生( おひ ) たる一株( ちう ) の松、回禄の余烟風( ほのか ) に去( さつ ) て、軒を焦( こが ) せる御影堂( みえいだう ) 、香烟( かうのけぶり ) 窓( まど ) を出( いで ) て心細く、鈴( れい ) の声( こゑ ) 霧に篭( こもつ ) て物冷( さび ) し。此( ここ ) は昔滝口入道が住( すみ ) たりし菴室( あんじつ ) の迹( あと ) とて尋( たづぬ ) れば、旧き板間( いたま ) に苔むして、荒( あれ ) ても漏( もれ ) ぬ夜の月、彼( かしこ ) は古( いにしへ ) 西行法師が結置( むすびおき ) し、柴の庵( いほり ) の名残( なごり ) とて立寄( たちよ ) れば、払( はら ) はぬ庭に花散( ちり ) て、蹈( ふむ ) に迹( あと ) なき朝( あした ) の雪、様々の霊場( れいぢやう ) 所々( ところどころ ) の幽閑( いうかん ) を見給( たまふ ) にぞ、「遁( のがれ ) ぬべくは角( かく ) てこそあらまほしく。」と宣( のたまひ ) し、維盛( これもり ) 卿( きやう ) の心( こころの ) 中、誠( げにも ) と被思知たる。且( しばら ) くも懸( かか ) る霊地に逗留( とうりう ) して、猶も憂( うき ) 身の汚れを濯度( すすぎたく ) 思はれけれ共( ども ) 、軍旅( ぐんりよ ) に趣( おもむき ) 給ふ事なれば不協して、高野( かうや ) より紀伊( き ) の路( ぢ ) に懸( かか ) り、千里( せんり ) の浜を打過( うちすぎ ) て、田辺( たなべ ) の宿( しゆく ) に逗留( とうりう ) し、渡海の舟を汰( そろ ) へ給( たまふ ) に、熊野の新宮別当( じんぐうのべつたう ) 湛誉( たんよ ) ・湯浅入道定仏( ぢやうぶつ ) ・山本( やまもとの ) 判官( はうぐわん ) ・東四郎( とうしらう ) ・西四郎( さいしらう ) 以下( いげ ) の熊野人共( くまのとども ) 、馬・物具( もののぐ ) ・弓矢・太刀・長刀・兵粮等に至るまで、我( われ ) 不劣と奉りける間、行路( かうろ ) の資( たす ) け卓散( たくさん ) 也( なり ) 。角( かく ) て順風に成( なり ) にければ、熊野人( くまのと ) 共( ども ) 兵船( ひやうせん ) 三百( さんびやく ) 余艘( よさう ) 調( そろ ) へ立( たて ) 、淡路の武島( むしま ) へ送( おくり ) 奉る。此( ここ ) には安間( あま ) ・志知( しうち ) ・小笠原の一族共( いちぞくども ) 、元来( ぐわんらい ) 宮方( みやがた ) にて城を構( かまへ ) て居たりしかば、様々の酒肴( さかな ) ・引出物( ひきでもの ) を尽( つく ) して、三百( さんびやく ) 余艘( よさう ) の舟を汰( そろ ) へ、備前の小島( こじま ) へ送( おくり ) 奉る。此( ここ ) には佐々木( ささきの ) 薩摩( さつまの ) 守( かみ ) 信胤( のぶたね ) ・梶原三郎自去年宮( みや ) 方( がた ) に成( なつ ) て、島の内には又交( まじは ) る人もなし。されば大船( だいせん ) 数( あま ) た汰( そろ ) へて、四月二十三日( にじふさんにち ) 伊予( いよの ) 国( くに ) 今張( いまばりの ) 浦( うら ) に送著( おくりつけ ) 奉る。大館( おほたて ) 左馬( さまの ) 助( すけ ) 氏明( うぢあきら ) は、先帝( せんてい ) 自山門京へ御出( おんいで ) 有( あり ) し時、供奉( ぐぶ ) 仕( つかまつつ ) て有( あり ) しが、如何( いかが ) 思( おもひ ) けん降人( かうにん ) になり、且( しばら ) くは将軍に属( しよく ) して居たりけるが、先帝偸( ひそか ) に楼( ろう ) の御所( ごしよ ) を御出( おんいで ) 有( あつ ) て、吉野に御座( ござ ) 有( あり ) と聞( きき ) て、軈( やが ) て馳参( はせまゐり ) たりしかば、君御感( ぎよかん ) 有( あつ ) て伊予( いよの ) 国( くに ) の守護( しゆご ) に被補しかば、自去年春当国に居住してあり。又四条( しでうの ) 大納言( だいなごん ) 隆資( たかすけ ) 子息少将有資( ありすけ ) は此( この ) 国( くに ) の国司( こくし ) にて自去々年在国せらる。土居( どゐ ) ・得能( とくのう ) ・土肥( とひ ) ・河田・武市( たけいち ) ・日吉( ひよし ) の者共( ものども ) 、多年の宮方( みやがた ) にして、讃岐の敵を支( ささ ) へ、西は土佐( とさ ) の畑( はた ) を堺( さか ) ふて居たりければ、大将下向に弥( いよいよ ) 勢( いきほ ) ひを得て、竜( りよう ) の水を得、虎の山に靠( よりかかる ) が如し。其( その ) 威漸( やうやく ) 近国に振ひしかば、四国は不及申、備前・備後・安芸・周防・乃至( ないし ) 九国の方までも、又大事( だいじ ) 出来( いでき ) ぬと云はぬ者こそ無( なか ) りけれ。されば当国の内にも、将軍方( しやうぐんがた ) の城僅( わづか ) に十( じふ ) 余箇所( よかしよ ) 有( あり ) けるも、未( いまだ ) 敵も向はぬ先に皆聞落( ききおち ) してんげれば、今は四国悉( ことごとく ) 一統( いつとう ) して、何事か可有と憑敷( たのもしく ) 思( おもひ ) あへり。
○義助朝臣( あそん ) 病死( びやうしの ) 事( こと ) 付( つけたり ) 鞆( とも ) 軍( いくさの ) 事( こと ) 斯( かか ) る処に、同( おなじき ) 五月四日、国府( こふ ) に被坐たる脇屋( わきや ) 刑部卿義助、俄( にはか ) に病( やまひ ) を受( うけ ) て、身心悩乱( なうらん ) し給ひけるが、僅( わづか ) に七日過( すぎ ) て、終( つひ ) に無墓成給( なりたまひ ) にけり。相順( あひしたが ) ふ官軍共( くわんぐんども ) 、始皇( しくわう ) 沙丘( さきう ) に崩じて、漢( かん ) ・楚( そ ) 機に乗( のる ) 事を悲( かなし ) み、孔明( こうめい ) 籌筆駅( ちうひつえき ) に死して、呉( ご ) ・魏( ぎ ) 便( たよ ) りを得し事を愁( うれへ ) しが如く、五更( ごかう ) に灯( ともしび ) 消( きえ ) て、破窓( はさう ) の雨に向ひ、中流( ちゆうる ) に舟を失( うしなひ ) て、一瓢( いつぺう ) の浪に漂ふらんも、角( かく ) やと覚( おぼ ) へて、此( この ) 事外( よそ ) に聞( きこ ) へなば、敵に気を得られつべしとて、偸( ひそか ) に葬礼( さうれい ) を致( いたし ) て、隠悲呑声いへ共( ども ) 、さすが隠無( かくれなか ) りしかば、四国の大将軍にて、尊氏の被置たる、細河( ほそかは ) 刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 頼春、此( この ) 事を聞( きき ) て、「時をば且( しばら ) くも不可失。是( これ ) 司馬仲達が弊( つひえ ) に乗( のつ ) て蜀( しよく ) を亡( ほろぼ ) せし謀なり。」とて、伊予・讃岐・阿波・淡路の勢七千( しちせん ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、先( まづ ) 伊予の堺( さかひ ) なる河江城( かはえのじやう ) へ押寄( おしよせ ) て、土肥( とひの ) 三郎左衛門( さぶらうざゑもん ) を責( せめ ) らる。義助に順付( したがひつき ) たりし多年恩顧の兵共( つはものども ) 、土居・得能・合田( あひだ ) ・二( にの ) 宮( みや ) ・日吉・多田・三木・羽床( はゆか ) ・三宅( みやけ ) ・高市( たけいち ) の者共( ものども ) 、金谷( かなや ) 修理( しゆりの ) 大夫( たいふ ) 経氏( つねうぢ ) を大将にて、兵船( ひやうせん ) 五百( ごひやく ) 余艘( よさう ) にて、土肥( とひ ) が後攻( ごづめ ) の為に海上に推浮( おしうか ) ぶ。是( これ ) を聞( きき ) て、備後の鞆( とも ) ・尾( を ) の道( みち ) に舟汰( ふなぞろへ ) して、土肥が城へ寄( よ ) せんとしける備後・安芸・周防・長門の大船千( せん ) 余艘( よさう ) にて推出( おしいだ ) す。両陣の兵船( ひやうせん ) 共( ども ) 、渡中( となか ) に帆を突( つい ) て、扣舷時を作る。塩( しほ ) に追ひ風に随( したがつ ) て推合( おしあひ ) 々々( おしあひ ) 相戦ひける。其( その ) 中に大館( おほたち ) 左馬( さまの ) 助( すけ ) 氏明( うぢあきら ) が執事( しつじ ) 、岡部出羽( ではの ) 守( かみ ) が乗( のり ) たる舟十七艘、備後の宮( みや ) 下野( しもつけの ) 守( かみ ) 兼信( かねのぶ ) 、左右に別( わかれ ) て漕双( こぎなら ) べたる舟四十( しじふ ) 余艘( よさう ) が中へ分入( わけいり ) て、敵の船に乗遷( のりうつり ) 々々( のりうつり ) 、皆引組( ひつくん ) で海中へ飛入( とびいり ) けるこそ、いかめしかりし行迹( ふるまひ ) なれ。備後・安芸・周防の舟は皆大船なれば、艫( とも ) ・舳( へ ) に櫓( ろ ) を高く掻( かい ) て、指下( さしおろ ) して散々( さんざん ) に射る。伊予・土佐( とさ ) の舟は皆小舟なれば、逆櫓( さかろ ) を立( たて ) て縦横に相当( あひあた ) る。両方の兵( つはもの ) 、よしや死して海底の魚腹に葬( さう ) せらるゝ共、逃( にげ ) て天下( てんが ) の人口( じんこう ) には落( おち ) じ者をと、互に機を進め、一引( ひとひき ) も不引終日( ひねもす ) 戦ひ暮( くら ) しける処に、海上俄( にはか ) に風来( きたつ ) て、宮方( みやがた ) の舟をば悉( ことごと ) く西を差( さし ) て吹( ふき ) もどす。寄手( よせて ) の舟をば悉( ことごと ) く伊予の地へ吹( ふき ) 送る。夜に入( いり ) て風少( すこし ) 静まりければ、宮方( みやがた ) の兵共( つはものども ) 、「是( これ ) 程( ほど ) に運のきかぬ時なれば、如何に思ふ共不可叶。只元( もと ) の方へ漕返( こぎかへす ) べき歟( か ) 。」と申( まうし ) けるを、大将金谷( かなや ) 修理( しゆりの ) 大夫( たいふ ) 、「運( うん ) を計( はか ) り勝つ事を求( もとむ ) る時こそ、身を全( まつたう ) して功をなさんとは思へ。只一人憑( たのみ ) たる大将軍脇屋( わきや ) 義助は病( やまひ ) に被侵失給( うせたまひ ) ぬる上は、今は可為方なき微運( びうん ) の我等( われら ) が、生( いき ) てあらば何許( いかばかり ) の事か可有。命( いのち ) を限( かぎり ) の戦( たたかひ ) して、弓矢の義を専にする許( ばかり ) なるべし。されば運の通塞( つうそく ) も軍( いくさ ) の吉凶も非可謂処。いざや今夜備後の鞆( とも ) へ推寄( おしよせ ) て、其( その ) 城( じやう ) を追落( おひおと ) して、中国の勢著( つ ) かば西国を責随( せめしたが ) へん。」とて、其( その ) 夜の夜半許( やはんばかり ) に、備後の鞆へ押寄する。城中( じやうちゆう ) 時節( をりふし ) 無勢( ぶせい ) 也( なり ) ければ、三十( さんじふ ) 余人( よにん ) 有( あり ) ける者共( ものども ) 、且( しばら ) く戦( たたかひ ) て皆討死しければ、宮方( みやがた ) の士卒( じそつ ) 是( これ ) に機( き ) を挙( あげ ) て、大可島( おほかしま ) を攻城( つめのじやう ) に拵( こしら ) へ、鞆の浦に充満して、武島( むしま ) や小豆島( せうどしま ) の御方( みかた ) を待( まつ ) 処に、備後・備中・安芸・周防四箇国( しかこく ) の将軍の勢、三千( さんぜん ) 余騎( よき ) にて押寄( おしよせ ) たり。宮方( みやがた ) は大可島( おほかしま ) を後( うし ) ろに当( あて ) て、東西の宿( しゆく ) へ舟を漕寄( こぎよせ ) て、打( うつ ) てはあがり/\、荒手( あらて ) を入替( いれかへ ) て戦( たたかひ ) たり。将軍方( しやうぐんがた ) は小松寺( こまつでら ) を陣に取( とり ) て、浜面( はまおもて ) へ騎馬の兵( つはもの ) を出し、懸合合( かけあひあひ ) 揉合( もみあはせ ) たり。互に戦屈( たたかひくつ ) して、十( じふ ) 余日( よにち ) を経ける処に、伊予の土肥( とひ ) が城被責落。細河( ほそかは ) 刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 頼春は、大館左馬( さまの ) 助( すけ ) 氏明の被篭たる世田( せた ) の城へ懸( かか ) ると聞( きこ ) へければ、土居・得能以下( いげ ) の者共( ものども ) 、同( おなじ ) く死なば、我( わが ) 国( くに ) にてこそ尸( かばね ) を曝( さら ) さめとて、大可島( おほかしま ) を打棄( うちすて ) て、伊予( いよの ) 国( くに ) に引返( ひつかへ ) す。敗軍の士卒( じそつ ) 相集( あひあつまつ ) て、二千( にせん ) 余騎( よき ) 有( あり ) ける其( その ) 中より、日来( ひごろ ) 手柄( てがら ) 露( あら ) はし名を被知たる兵を、三百( さんびやく ) 余騎( よき ) 勝( すぐ ) り出( いだ ) して、懸合( かけあひ ) の合戦に勝負を決せんと云( いふ ) 。是( これ ) は細川刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 目に余る程の大勢也( なり ) と聞( きき ) 、「中々何ともなき取集勢( とりあつめぜい ) を対揚( たいやう ) して合戦をせば、臆病武者( むしや ) に引立( ひきたて ) られて、御方( みかた ) の負( まけ ) をする事有( ある ) べし。只一騎当千の兵を勝( すぐつ ) て敵の大勢を懸破( かけやぶ ) り、大将細川刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) と引組( ひつくん ) で差違( さしちが ) へんとの謀也( なり ) 。さらば敵の国中( こくぢゆう ) へ入( いら ) ぬ先( さき ) に打立( うつたて ) 。」とて、金谷( かなや ) 修理( しゆりの ) 大夫( たいふ ) 経氏を大将として、勝( すぐつ ) たる兵三百騎( さんびやくき ) 、皆一様( いちやう ) に曼荼羅( まんだら ) を書( かき ) て母衣( ほろ ) に懸( かけ ) て、兎( と ) ても生( いき ) ては帰( かへる ) まじき軍( いくさ ) なればとて、十死一生( じつしいつしやう ) の日を吉日( きちにち ) に取( とつ ) て、大勢の敵に向ひける心の中( うち ) 、樊■( はんくわい ) も周勃( しうぼつ ) も未得( いまだえざる ) 振舞( ふるまひ ) 也( なり ) 。あはれ只勇士( ゆうし ) の義を存する志程、やさしくも哀( あはれ ) なる事はあらじとて、是( これ ) を聞( きき ) ける者は、皆胄( よろひ ) の袖をぞぬらしける。去( さる ) 程( ほど ) に細川刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 七千( しちせん ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、敵已( すで ) に打出( うちいづ ) るなれば、心よく懸合( かけあひ ) の合戦を可致とて、千町( せんちやう ) が原へ打出( うちいで ) て、敵の陣を見渡せば、渺々( べうべう ) たる野原に、中黒の旗一流( ひとながれ ) 幽( かすか ) に風に飛揚して、僅( わづか ) に勢の程三百騎( さんびやくき ) 許( ばかり ) ぞ磬( ひか ) へたる。細川刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 是( これ ) を見給( たまひ ) て、「当国の敵是( これ ) 程の小勢なるべしとは思はぬに、余( あまり ) に無( ぶ ) 勢に見( みえ ) ければ、一定( いちぢやう ) 究竟( くつきやう ) の者共( ものども ) を勝( すぐつ ) て、大勢の中を懸破( かけやぶり ) 、頼春に近づかば、組( くん ) で勝負を決せん為にてぞあるらん。然者( しからば ) 思切( おもひきつ ) たる小勢を一息( ひといき ) に討( うた ) んとせば、手に余( あまつ ) て討( うた ) れぬ事有( ある ) べし。只敵破( やぶ ) らんとせば被破( やぶられ ) て然( しか ) も迹( あと ) を塞( ふさ ) げ、轡( くつばみ ) を双( ならべ ) て懸( かか ) らば、偽( いつはつ ) て引退( ひきしりぞい ) て敵の馬の足を疲( つか ) らかせ、打物( うちもの ) に成( なつ ) て一騎合( あひ ) に懸( かか ) らば、あひの鞭( むち ) を打( うつ ) て推( おし ) もぢりに射て落せ。敵疲( つかれ ) ぬと見ば、荒手( あらて ) を替( かへ ) て取篭( とりこめ ) よ。余( あまり ) に近付( ちかづい ) て敵に組( くま ) るな。引( ひく ) とも御方( みかた ) を見放( みはなす ) な。敵の小勢に御方( みかた ) を合( あは ) すれば、一騎に十騎を対( たい ) しつべし。飽( あく ) まで敵を悩( なや ) まして、弊( つひえ ) に乗( のつ ) て一揉( ひともみ ) 々( もみ ) たらんに、などか是等( これら ) を可不討。」と、委細に手段( てだて ) を成敗( せいはい ) して、旗の真前( まつさき ) に露( あらは ) れて、閑々( しづしづ ) とぞ進まれたる。金谷( かなや ) 修理( しゆりの ) 大夫( たいふ ) 是( これ ) を見て、「すはや敵は懸( かか ) ると見へたるは。」とて、些( ちつと ) も見繕( みつくろ ) ふ処もなく、相懸( あひかか ) りにむずと攻( せめ ) て、矢一( ひとつ ) 射違( いちがふ ) る程こそ有( あり ) けれ、皆弓矢をば■( はづ ) し棄( すて ) 、打物( うちもの ) に成( なつ ) て、喚叫( をめきさけん ) で真闇( まつくろ ) にぞ懸( かけ ) たりける。細川刑部( ぎやうぶの ) 大輔( たいふ ) 馬廻( むままはり ) に、藤( とう ) の一族( いちぞく ) 五百( ごひやく ) 余騎( よき ) にて磬( ひか ) へたるが、兼( かね ) ての謀( はかりこと ) 也( なり ) ければ、左右へ颯( さつ ) と分れて引( ひか ) へたり。此( この ) 中に大将有( あり ) と思( おもひ ) も不寄、三百騎( さんびやくき ) の者共( ものども ) 是( これ ) をば目にも懸( かけ ) ず、裏へつと懸抜( かけぬけ ) 、二陣の敵に打( うつ ) て懸る。此( この ) 陣には三木( みき ) ・坂西( ばんせい ) ・坂東( ばんとう ) の兵共( つはものども ) 相集( あひあつまつ ) て、七百( しちひやく ) 余騎( よき ) 甲( かぶと ) の錣( しころ ) を傾( かたぶけ ) て、馬を立納( たてをさ ) め、閑( しづ ) まり却( かへつ ) て磬( ひか ) へたりけるが、勇猛強力( かうりき ) の兵共( つはものども ) に懸散( かけちら ) されて、南なる山の峯へ颯( さつ ) と引( ひい ) て上( あが ) りけるが、是( これ ) もはか/゛\しき敵は無( なか ) りけりとて、三陣の敵に打( うつ ) て懸る。是( これ ) には詫間( たくま ) ・香西( かうさい ) ・橘家( きつけ ) ・小笠原の一族共( いちぞくども ) 、二千( にせん ) 余騎( よき ) にて引( ひか ) へたり。是( これ ) にぞ大将は御座( おはす ) らんと見澄( みすま ) して、中を颯( さつ ) と懸破( かけやぶつ ) て、取( とつ ) て返( かへ ) し、引組( ひつくん ) では差違( さしちがへ ) 、落重( おちかさなつ ) ては頚を取らる。一足( ひとあし ) も不引戦( たたかひ ) けるに、宮方( みやがた ) の兵三百( さんびやく ) 余騎( よき ) 忽( たちまち ) に蹄( ひづめ ) の下に討死して、僅( わづか ) 十七騎にぞ成( なり ) たりける。其( その ) 十七騎と申( まうす ) は、先( まづ ) 大将金谷経氏( かなやつねうぢ ) ・河野( かうの ) 備前( びぜんの ) 守( かみ ) 通郷( みちさと ) ・得能弾正( とくのうだんじやう ) ・日吉大蔵( ひよしおほくら ) 左衛門・杉原与一・富田( とんだ ) 六郎( ろくらう ) ・高市( たかいち ) 与三左衛門・土居備中( びつちゆうの ) 守( かみ ) ・浅海( あさみ ) 六郎( ろくらう ) 等( ら ) 也( なり ) 。彼等は一騎当千の兵( つはもの ) なれば、自( みづから ) 敵に当( あた ) る事十( じふ ) 余箇度( よかど ) 、陣を破る事六箇度( ろくかど ) 也( なり ) といへ共( ども ) 、未( いまだ ) 痛手をも負( おは ) ず又疲れける体( てい ) も無( なか ) りけり。一所に馬を打寄( うちよせ ) て、馬も物具( もののぐ ) も見知( しら ) ねば、大将何共( いづれとも ) 知( しり ) がたし。差( さ ) せる事もなき国勢共( こくぜいども ) に逢( あう ) て、討死せんよりは、いざや打破( やぶつ ) て落( おち ) んとて、十七騎の人々は、又馬の鼻を引返( ひつかへ ) し、七千( しちせん ) 余騎( よき ) が真中( まんなか ) を懸破( かけやぶつ ) て、備後を差( さし ) て引( ひい ) て行( ゆく ) 。いかめしかりし振舞( ふるまひ ) 也( なり ) 。
○大館( おほたち ) 左馬( さまの ) 助( すけ ) 討死( うちじにの ) 事( こと ) 付( つけたり ) 篠塚( しのづか ) 勇力( ゆうりよくの ) 事( こと ) 斯( かか ) りしかば、大将細川頼春は、今戦ひ事散( さん ) じて、御方( みかた ) の手負( ておひ ) 死人を注( しる ) さるゝに、七百人( しちひやくにん ) に余( あま ) れりといへ共( ども ) 、宗徒( むねと ) の敵二百( にひやく ) 余人( よにん ) 討( うた ) れにければ、人皆気を挙( あ ) げ勇( いさみ ) をなせり。「さらば軈( やが ) て大館( おほたち ) 左馬( さまの ) 助( すけ ) が篭( こもつ ) たる世田( せた ) の城へ寄( よせ ) よ。」とて、八月二十四日早旦( さうたん ) に、世田( せた ) の後( うし ) ろなる山へ打上( うちあがり ) て、城を遥( はるか ) に直下( みおろし ) 、一万( いちまん ) 余騎( よき ) を七手に分( わけ ) て、城の四辺( しへん ) に打寄( うちよ ) り、先( まづ ) 己( おのれ ) が陣々をぞ構へたる。対陣( むかひぢん ) 已( すで ) に取巻( とりまか ) せければ、四方( しはう ) より攻寄( せめよ ) せて、持楯( もつだて ) をかづき寄( よ ) せ、乱杭( らんぐひ ) ・逆木( さかもぎ ) を引( ひき ) のけて、夜昼( よるひる ) 三十日迄ぞ責( せめ ) たりける。城の内には宗徒( むねと ) の軍( いくさ ) をもしつべき兵( つはもの ) と憑( たのま ) れし岡部( をかべ ) 出羽( ではの ) 守( かみ ) が一族( いちぞく ) 四十( しじふ ) 余人( よにん ) 、皆日比の与( くみ ) にて自害しぬ。其外( そのほか ) の勇士共( ゆうしども ) は、千町が原の戦( たたかひ ) に討死しぬ。力尽( つき ) 食( じき ) 乏( とぼしう ) して可防様( やう ) も無( なか ) りければ、九月三日の暁、大館左馬( さまの ) 助( すけ ) 主従十七騎、一の木戸口( きどぐち ) へ打出( うちいで ) て、屏( へい ) に著( つき ) たる敵五百( ごひやく ) 余人( よにん ) を、遥( はるか ) なる麓へ追下( おひおろ ) し、一度( いちど ) に腹を切( きつ ) て、枕を双( ならべ ) てぞ臥( ふし ) たりける。防矢( ふせぎや ) 射ける兵共( つはものども ) 是( これ ) を見て、今は何をか可期とて、或( あるひ ) は敵に引組( ひつくん ) で差違( さしちがふ ) るもあり、或( あるひ ) は己( おのれ ) が役所に火を懸( かけ ) て、猛火( みやうくわ ) の底に死するもあり。目も当( あて ) られぬ有様也( なり ) 。加様( かやう ) に人々自害しける其( その ) 中に、篠塚伊賀( いがの ) 守( かみ ) 一人は、大手の一二の木戸( きど ) 無残押開( おしひらき ) て、只一人ぞ立( たち ) たりける。降人( かうにん ) に出( いづ ) る歟( か ) と見ればさは無( なく ) て、紺糸( こんいと ) の胄( よろひ ) に、鍬形( くはがた ) 打( うつ ) たる甲( かぶと ) の緒( を ) を縮( し ) め、四尺( ししやく ) 三寸( さんずん ) 有( あり ) ける太刀に、八尺( はつしやく ) 余( あま ) りの金撮棒( かなさいぼう ) 脇に挿( さしはさみ ) て、大音( だいおん ) 揚( あげ ) て申( まうし ) けるは、「外( よそ ) にては定( さだめ ) て名をも聞( きき ) つらん。今近付( ちかづい ) て我をしれ。畠山庄司( しやうじ ) 次郎重忠( しげただ ) に六代の孫( そん ) 、武蔵( むさしの ) 国( くに ) に生長( そだつ ) て、新田殿( につたどの ) に一人当千と憑( たのま ) れたりし篠塚伊賀( いがの ) 守( かみ ) 爰( ここ ) にあり。討( うつ ) て勲功に預( あづか ) れ。」と呼( よばはり ) て、百騎( ひやくき ) 許( ばかり ) 磬( ひか ) へたる敵の中へ、些( ちつと ) も擬議( ぎぎ ) せず走( わし ) り懸る。其( その ) 勢( いきほひ ) 事柄( ことがら ) 勇鋭たるのみならず、兼( かね ) て聞( きこえ ) し大力( だいりき ) なれば、誰かは是( これ ) を可遮止。百( ひやく ) 余騎( よき ) の勢東西へ颯( さつ ) と引退( ひきしりぞい ) て、中を開( ひらい ) てぞ通しける。篠塚馬にも不乗弓矢を持( もた ) ず、而( しか ) も只一人なれば、「何程の事か可有。只近付( ちかづく ) 事無( なく ) て遠矢に射殺せ。返合( かへしあは ) せば懸悩( かけなやま ) して討( うて ) 。」とて、藤( とう ) ・橘( きつ ) ・伴( ばん ) の者ども、二百( にひやく ) 余騎( よき ) 迹( あと ) に付( つい ) て追懸( おつかく ) る。篠塚些( ちつと ) も不騒、小歌( こうた ) にて閑々( しづしづ ) と落行( おちゆき ) けるを、敵、「あますな。」とて追懸( おつかく ) れば立止( たちどまつ ) て、「嗚呼( ああ ) 御辺達( ごへんたち ) 、痛く近付( ちかづい ) て頚に中違( なかちがひ ) すな。」とあざ笑( わらう ) て、件( くだん ) の金棒( かなぼう ) を打( うち ) 振れば、蜘( くも ) の子を散( ちら ) すが如く颯( さつ ) とは逃げ、又村立( むらだつ ) て迹( あと ) に集( あつま ) り、鏃( やじり ) を汰( そろ ) へて射れば、「某が胄( よろひ ) には旁( かたがた ) のへろ/\矢はよも立( たち ) 候はじ。すは此( ここ ) を射よ。」とて、後( うし ) ろを差向( さしむけ ) てぞ休みける。されども名誉の者なれば、一人なり共( とも ) 若( もし ) や打止( うちとむ ) ると、追懸( おつかけ ) たる敵二百( にひやく ) 余騎( よき ) に、六里の道を被送て、其( その ) 夜の夜半許( やはんばかり ) に、今張( いまばりの ) 浦( うら ) にぞ著( つき ) たりける。自此舟に乗( のり ) て、陰の島へ落( おち ) ばやと志し、「舟やある。」と見るに、敵の乗棄( のりすて ) て水主許( かこばかり ) 残れる舟数多( あまた ) あり。是( これ ) こそ我( わが ) 物よと悦( よろこん ) で、胄( よろひ ) 著( き ) ながら浪の上五町( ごちやう ) 許( ばかり ) を游( およ ) ぎて、ある舟に岸破( がは ) と飛乗( とびの ) る。水主( かこ ) ・梶取( かんどり ) 驚( おどろい ) て、「是( これ ) は抑( そもそも ) 何者ぞ。」と咎めければ、「さな云ひそ。是( これ ) は宮方( みやがた ) の落人( おちうと ) 篠塚と云( いふ ) 者ぞ。急( いそぎ ) 此( この ) 舟を出( いだ ) して、我( われ ) を陰の島へ送( おくれ ) 。」と云( いひ ) て、二十( にじふ ) 余人( よにん ) してくり立( たて ) ける碇( いかり ) を安々( やすやす ) と引挙( ひきあ ) げ、四十五尋( しじふごひろ ) ありける檣( ほばしら ) を軽々( かるがる ) と推立( おしたて ) て、屋形の内に高枕して、鼾( いびき ) かきてぞ臥( ふし ) たりける。水主( かこ ) ・梶取( かんどり ) 共( ども ) 是( これ ) を見て、「穴( あな ) 夥( おびたたし ) 、凡夫( ぼんぶ ) の態( わざ ) にはあらじ。」と恐怖して、則( すなはち ) 順風に帆を懸( かけ ) て、陰の島へ送( おくり ) て後、暇( いとま ) を請( こう ) てぞ帰( かへり ) にける。昔も今も勇士( ゆうし ) 多しといへ共( ども ) 、懸( かか ) る事をば不聞とて、篠塚を誉( ほめ ) ぬ者こそ無( なか ) りけれ。