太平記 (Taiheiki) — 太平記(国民文庫) 太平記巻第七 不明 (Anonymous) 1366-1379 Taiheiki 太平記 Anonymous 不明 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Fiction フィクション Japanese 日本語 Text 本文 1368 たいへいき Taiheiki 太平記 たいへいき Anonymous 不明 ふめい
Titles ›
太平記 › 太平記(国民文庫) 太平記巻第七 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
太平記( 国民文庫 )
太平記巻第七○吉野城( よしののじやう ) 軍( いくさの ) 事( こと ) 元弘三年正月十六日、二階堂( にかいだう ) 出羽( ではの ) 入道道蘊( だううん ) 、六万余騎( よき ) の勢( せい ) にて大塔宮( おほたふのみや ) の篭( こも ) らせ給へる吉野の城へ押寄( おしよす ) る。菜摘河( なつみがは ) の川淀( かはよど ) より、城の方を向上( みあげ ) たれば、嶺には白旗( しらはた ) ・赤旗・錦( にしき ) の旗、深山下風( みやまおろし ) に吹( ふき ) なびかされて、雲歟( か ) 花歟( か ) と怪( あやし ) まる。麓には数千( すせん ) の官軍( くわんぐん ) 、冑( かぶと ) の星を耀( かかや ) かし鎧の袖を連( つら ) ねて、錦繍( きんしう ) をしける地の如し。峯( みね ) 高( たかう ) して道細く、山嶮( けはしう ) して苔滑( なめらか ) なり。されば幾( いく ) 十万騎( じふまんぎ ) の勢( せい ) にて責( せむ ) る共( とも ) 、輒( たやす ) く落すべしとは見へざりけり。同( おなじき ) 十八日の卯刻( うのこく ) より、両陣互に矢合せして、入替々々( いれかへいれかへ ) 責戦( せめたたかふ ) 。官軍( くわんぐん ) は物馴( ものなれ ) たる案内者( あんないしや ) 共( ども ) なれば、斯( ここ ) のつまり彼( かしこ ) の難所( なんじよ ) に走散( はしりちつ ) て、攻合( つめあは ) せ開合( ひらきあは ) せ散々( さんざん ) に射る。寄手( よせて ) は死生不知( ししやうふち ) の坂東武士( ばんどうぶし ) なれば、親子( おやこ ) 打( うた ) るれ共( ども ) 不顧、主従( しゆじゆう ) 滅( ほろぶ ) れども不屑、乗越々々( のりこえのりこえ ) 責近( せめちか ) づく。夜昼( よるひる ) 七日が間息( いき ) をも不続相戦( あひたたかふ ) に、城中( じやうちゆう ) の勢三百( さんびやく ) 余人( よにん ) 打( うた ) れければ、寄手( よせて ) も八百( はつぴやく ) 余人( よにん ) 打( うた ) れにけり。況乎( いはんや ) 矢に当( あた ) り石に被打、生死( しやうじ ) の際( あひだ ) を不知者は幾( いく ) 千万と云( いふ ) 数( かず ) を不知。血は草芥( さうかい ) を染( そめ ) 、尸( かばね ) は路径( ろけい ) に横( よこた ) はれり。され共( ども ) 城の体( てい ) 少( すこし ) もよわらねば、寄手( よせて ) の兵( つはもの ) 多くは退屈してぞ見へたりける。爰( ここ ) に此( この ) 山の案内者( あんないしや ) とて一方へ被向たりける吉野( よしの ) の執行( しゆぎやう ) 岩菊丸( いはぎくまる ) 、己( おのれ ) が手( て ) の者を呼寄( よびよせ ) て申( まうし ) けるは、「東条の大将金沢( かなざは ) 右馬助( うまのすけ ) 殿( どの ) は、既( すで ) に赤坂( あかさか ) の城を責落( せめおと ) して金剛山( こんがうせん ) へ被向たりと聞ゆ。当山( たうざん ) の事我等( われら ) 案内者( あんないしや ) たるに依( よつ ) て、一方( いつぱう ) を承( うけたまはつ ) て向ひたる甲斐( かひ ) もなく、責落( せめおと ) さで数日( すじつ ) を送る事こそ遺恨( ゐこん ) なれ。倩( つらつら ) 事( こと ) の様( やう ) を按( あん ) ずるに、此( この ) 城を大手( おほて ) より責( せめ ) ば、人のみ被打て落す事有難( ありがた ) し。推量( すゐりやう ) するに、城の後( うしろ ) の山金峯山( きんぶせん ) には峻( けはしき ) を憑( たのん ) で、敵さまで勢( せい ) を置( おき ) たる事あらじと覚( おぼゆ ) るぞ。物馴( ものなれ ) たらんずる足軽( あしがる ) の兵( つはもの ) を百五十人( ひやくごじふにん ) すぐつて歩立( かちだち ) になし、夜に紛( まぎ ) れて金峯山( きんぶせん ) より忍び入( いり ) 、愛染宝塔( あいぜんはうだふ ) の上( うへ ) にて、夜のほの/゛\と明( あけ ) はてん時時( とき ) の声を揚( あげ ) よ。城の兵( つはもの ) 鬨音( ときのこゑ ) に驚( おどろい ) て度( ど ) を失( うしな ) はん時、大手( おほて ) 搦手( からめて ) 三方( さんぱう ) より攻上( せめのぼつ ) て城を追落( おひおと ) し、宮を生捕( いけどり ) 奉るべし。」とぞ下知( げぢ ) しける。さらばとて、案内知( しつ ) たる兵百五十人( ひやくごじふにん ) をすぐ{ッ}て、其( その ) 日の暮程( くれほど ) より、金峯山( きんぶせん ) へ廻( まはつ ) て、岩を伝ひ谷を上( のぼ ) るに、案の如く山の嶮( けはし ) きを憑( たのみ ) けるにや、唯こゝかしこの梢に旗許( ばかり ) を結付置( ゆひつけおい ) て可防兵一人もなし。百( ひやく ) 余人( よにん ) の兵共( つはものども ) 、思( おもひ ) の侭( まま ) に忍入( しのびいつ ) て、木の下岩( いは ) の陰( かげ ) に、弓箭( ゆみや ) を臥( ふせ ) て、冑( かぶと ) を枕にして、夜の明( あく ) るをぞ待( まつ ) たりける。あい図( づ ) の比( ころ ) にも成( なり ) にければ、大手( おほて ) 五万( ごまん ) 余騎( よき ) 、三方( さんぱう ) より押寄( おしよせ ) て責上( せめのぼ ) る。吉野の大衆( だいしゆ ) 五百( ごひやく ) 余人( よにん ) 、責口( せめくち ) におり合( あつ ) て防( ふせぎ ) 戦ふ。寄手( よせて ) も城の内も、互に命( いのち ) を不惜、追上( おひのぼ ) せ追下( おひおろ ) し、火を散( ちら ) してぞ戦( たたかう ) たる。卦( かか ) る処に金峯山( きんぶせん ) より廻( まは ) りたる、搦手( からめて ) の兵( つはもの ) 百五十人( ひやくごじふにん ) 、愛染宝塔( あいぜんはうだふ ) よりをり降( くだつ ) て、在々所々( ざいざいしよしよ ) に火を懸( かけ ) て、時( とき ) の声をぞ揚( あげ ) たりける。吉野の大衆( だいしゆ ) 前後( ぜんご ) の敵( てき ) を防ぎ兼( かね ) て、或( あるひ ) は自( みづから ) 腹を掻切( かききつ ) て、猛火( みやうくわ ) の中へ走入( はしりいつ ) て死( しす ) るも有( あり ) 、或( あるひ ) は向ふ敵に引組( ひつくん ) で、指( さし ) ちがへて共に死( しす ) るもあり。思々( おもひおもひ ) に討死をしける程に、大手( おほて ) の堀一重( ひとへ ) は、死人( しにん ) に埋( うま ) りて平地( ひらち ) になる。去程( さるほど ) に、搦手( からめて ) の兵( つはもの ) 、思( おもひ ) も寄( よら ) ず勝手( かつて ) の明神( みやうじん ) の前より押寄( おしよせ ) て、宮の御坐有( ござあり ) ける蔵王堂( ざわうだう ) へ打( うつ ) て懸( かか ) りける間、大塔宮( おほたふのみや ) 今は遁( のが ) れぬ処也( なり ) 。と思食切( おぼしめしきつ ) て、赤地( あかぢ ) の錦の鎧直垂( よろひひたたれ ) に、火威( ひをどし ) の鎧のまだ巳( み ) の刻( こく ) なるを、透間( すきま ) もなくめされ、竜頭( たつがしら ) の冑( かぶと ) の緒( を ) をしめ、白檀磨( びやくだんみがき ) の臑当( すねあて ) に、三尺五寸の小長刀( こなぎなた ) を脇に挟( さしはさ ) み、劣らぬ兵二十( にじふ ) 余人( よにん ) 前後左右( ぜんごさいう ) に立( たて ) 、敵の靉( むらがつ ) て引( ひか ) へたる中へ走り懸( かか ) り、東西を掃( はら ) ひ、南北へ追廻( おひまは ) し、黒煙( くろけぶり ) を立( たて ) て切( きつ ) て廻( まは ) らせ給ふに、寄手( よせて ) 大勢( おほぜい ) 也( なり ) 。と云へ共( ども ) 、纔( わづか ) の小勢に被切立て、木( こ ) の葉( は ) の風に散( ちる ) が如く、四方( しはう ) の谷へ颯( さつ ) とひく。敵引( ひけ ) ば、宮蔵王堂( ざわうだう ) の大庭( おほには ) に並居( なみゐ ) させ給( たまひ ) て、大幕( おほまく ) 打揚( うちあげ ) て、最後の御酒宴( ごしゆえん ) あり。宮の御鎧( おんよろひ ) に立所( たつところ ) の矢七筋( しちすぢ ) 、御頬( おんほう ) さき二の御( おん ) うで二箇所( にかしよ ) つかれさせ給( たまひ ) て、血の流るゝ事滝の如し。然( しか ) れ共( ども ) 立( たつ ) たる矢をも不抜、流るゝ血をも不拭、敷皮( しきがは ) の上に立( たち ) ながら、大盃( おほさかづき ) を三度( さんど ) 傾( かたぶけ ) させ給へば、木寺相摸( こでらのさがみ ) 四尺三寸の太刀の鋒( きつさき ) に、敵の頚をさし貫( つらぬい ) て、宮の御前( おんまへ ) に畏( かしこま ) り、「戈■剣戟( くわせんけんげき ) をふらす事電光( でんくわう ) の如く也( なり ) 。磐石( ばんじやく ) 巌( いはほ ) を飛( とば ) す事春( はる ) の雨に相同( あひおな ) じ。然りとは云へ共( ども ) 、天帝( てんてい ) の身には近づかで、修羅( しゆら ) かれが為に破らる。」と、はやしを揚( あげ ) て舞( まひ ) たる有様は、漢( かん ) ・楚( そ ) の鴻門( こうもん ) に会( くわい ) せし時、楚の項伯( かうはく ) と項荘とが、剣( けん ) を抜( ぬい ) て舞( まひ ) しに、樊■( はんくわい ) 庭に立( たち ) ながら、帷幕( ゐばく ) をかゝげて項王を睨( にらみ ) し勢( いきほひ ) も、角( かく ) やと覚( おぼゆ ) る許( ばかり ) 也( なり ) 。大手( おほて ) の合戦事急也( なり ) 。と覚( おぼえ ) て、敵御方( みかた ) の時( とき ) の声相交( あひまじは ) りて聞へけるが、げにも其戦( そのたたかひ ) に自ら相当( あひあた ) る事多かりけりと見へて、村上( むらかみ ) 彦四郎( ひこしらう ) 義光( よしてる ) 鎧に立( たつ ) 処の矢十六( じふろく ) 筋、枯野( かれの ) に残る冬草の、風に臥( ふし ) たる如くに折懸( をりかけ ) て、宮の御前( おんまへ ) に参( まゐつ ) て申( まうし ) けるは、「大手( おほて ) の一の木戸( きど ) 、云甲斐( いふかひ ) なく責破( せめやぶ ) られつる間、二の木戸に支( ささへ ) て数刻( すこく ) 相戦ひ候つる処に、御所中( ごしよぢゆう ) の御酒宴( ごしゆえん ) の声、冷( すさまじ ) く聞へ候( さふらひ ) つるに付( つい ) て参( まゐつ ) て候。敵既( すで ) にかさに取上( とりのぼり ) て、御方( みかた ) 気の疲れ候( さふらひ ) ぬれば、此( この ) 城にて功を立( たて ) ん事( こと ) 、今は叶( かな ) はじと覚へ候。未( いまだ ) 敵の勢を余所( よそ ) へ回( まは ) し候はぬ前( さき ) に、一方より打破( うちやぶつ ) て、一歩( ひとまど ) 落( おち ) て可有御覧と存( ぞんじ ) 候。但( ただし ) 迹( あと ) に残り留( とどまつ ) て戦ふ兵( つはもの ) なくば、御所( ごしよ ) の落( おち ) させ給ふ者也( なり ) 。と心得て、敵何( いづ ) く迄もつゞきて追懸進( おつかけまゐら ) せつと覚( おぼえ ) 候へば、恐( おそれ ) ある事にて候へ共( ども ) 、めされて候錦の御鎧直垂( おんよろひひたたれ ) と、御物具( おんもののぐ ) とを下給( くだしたまはつ ) て、御諱( おんいみな ) の字( じ ) を犯( をか ) して敵を欺( あざむ ) き、御命( おんいのち ) に代り進( まゐら ) せ候はん。」と申( まうし ) ければ、宮( みや ) 、「争( いか ) でかさる事あるべき、死なば一所( いつしよ ) にてこそ兎( と ) も角( かく ) もならめ。」と仰( おほせ ) られけるを、義光( よしてる ) 言( こと ) ばを荒( あら ) らかにして、「かゝる浅猿( あさまし ) き御事( おんこと ) や候。漢の高祖( かうそ ) ■陽( けいやう ) に囲( かこま ) れし時、紀信( きしん ) 高祖( かうそ ) の真似( まね ) をして楚を欺( あざむ ) かんと乞( こひ ) しをば、高祖( かうそ ) 是( これ ) を許し給ひ候はずや。是程( これほど ) に云甲斐( いふかひ ) なき御所存( ごしよぞん ) にて、天下の大事( だいじ ) を思食立( おぼしめしたち ) ける事こそうたてけれ。はや其御物具( そのおんもののぐ ) を脱( ぬが ) せ給ひ候へ。」と申( まうし ) て、御鎧( おんよろひ ) の上帯( うはおび ) をとき奉れば、宮げにもとや思食( おぼしめし ) けん、御物( おんもの ) の具( ぐ ) ・鎧直垂( よろひひたたれ ) まで脱替( ぬぎかへ ) させ給ひて、「我( われ ) 若( もし ) 生( いき ) たらば、汝( なんぢ ) が後生( ごしやう ) を訪( とぶらふ ) べし。共に敵( てき ) の手にかゝらば、冥途( めいど ) までも同じ岐( ちまた ) に伴( ともな ) ふべし。」と被仰て、御涙( おんなみだ ) を流させ給ひながら、勝手( かつて ) の明神( みやうじん ) の御前( おんまへ ) を南へ向( むかつ ) て落させ給へば、義光( よしてる ) は二の木戸の高櫓( たかやぐら ) に上( あが ) り、遥( はるか ) に見送り奉( たてまつつ ) て、宮の御後影( おんうしろかげ ) の幽( かすか ) に隔( へだた ) らせ給( たまひ ) ぬるを見て、今はかうと思ひければ、櫓( やぐら ) のさまの板を切落( きりおと ) して、身をあらはにして、大音声( だいおんじやう ) を揚( あげ ) て名乗( なのり ) けるは、「天照太神( あまてらすおほみかみの ) 御子孫( ごしそん ) 、神武( じんむ ) 天王( てんわう ) より九十五代の帝( みかど ) 、後醍醐( ごだいごの ) 天皇( てんわう ) 第二( だいに ) の皇子一品兵部( いつぽんひやうぶ ) 卿( きやう ) 親王( しんわう ) 尊仁( そんにん ) 、逆臣( ぎやくしん ) の為に亡( ほろぼ ) され、恨( うらみ ) を泉下( せんか ) に報( はう ) ぜん為に、只今自害する有様見置( みおい ) て、汝等が武運忽( たちまち ) に尽( つき ) て、腹をきらんずる時の手本( てほん ) にせよ。」と云侭( いふまま ) に、鎧を脱( ぬい ) で櫓( やぐら ) より下へ投落( なげおと ) し、錦の鎧直垂( よろひひたたれ ) の袴許( はかまばかり ) に、練貫( ねりぬき ) の二( ふたつ ) 小袖を押膚脱( おしはだぬい ) で、白く清げなる膚( はだ ) に刀をつき立て、左の脇より右のそば腹まで一文字に掻切( かききつ ) て、腸( はらわた ) 掴( つかん ) で櫓( やぐら ) の板になげつけ、太刀( たち ) を口にくわへて、うつ伏( ぶし ) に成( なつ ) てぞ臥( ふし ) たりける。大手( おほて ) ・搦手( からめて ) の寄手( よせて ) 是( これ ) を見て、「すはや大塔宮( おほたふのみや ) の御自害あるは。我先( われさき ) に御頚( おんくび ) を給( たまは ) らん。」とて、四方( しはう ) の囲( かこみ ) を解( とい ) て一所( いつしよ ) に集( あつま ) る。其間( そのあひだ ) に宮は差違( さしちが ) へて、天( てん ) の河( かは ) へぞ落( おち ) させ給( たまひ ) ける。南より廻( まは ) りける吉野の執行( しゆぎやう ) が勢( せい ) 五百( ごひやく ) 余騎( よき ) 、多年( たねん ) の案内者( あんないしや ) なれば、道を要( よこぎ ) りかさに廻( まは ) りて、打留( うちと ) め奉( たてまつら ) んと取篭( とりこむ ) る。村上( むらかみ ) 彦四郎( ひこしらう ) 義光( よしてる ) が子息兵衛蔵人( ひやうゑくらうど ) 義隆( よしたか ) は、父が自害しつる時、共に腹を切( きら ) んと、二の木戸の櫓( やぐら ) の下まで馳来( はせきた ) りたりけるを、父大( おほき ) に諌( いさめ ) て、「父子( ふし ) の義( ぎ ) はさる事なれ共( ども ) 、且( しばら ) く生( いき ) て宮の御先途( ごせんど ) を見はて進( まゐら ) せよ。」と、庭訓( ていきん ) を残しければ、力なく且( しばら ) くの命( いのち ) を延( のべ ) て、宮の御供( おんとも ) にぞ候( さふらひ ) ける。落行( おちゆく ) 道の軍( いくさ ) 、事( こと ) 既( すで ) に急にして、打死( うちじに ) せずば、宮落得( おちえ ) させ給はじと覚( おぼえ ) ければ、義隆( よしたか ) 只一人蹈留( ふみとどま ) りて、追( おつ ) てかゝる敵の馬の諸膝( もろひざ ) 薙( ない ) では切( きり ) すへ、平頚( ひらくび ) 切( きつ ) ては刎落( はねおと ) させ、九折( つづらをり ) なる細道( ほそみち ) に、五百( ごひやく ) 余騎( よき ) の敵を相受( あひうけ ) て、半時許( はんじばかり ) ぞ支( ささへ ) たる。義隆( よしたか ) 、節( せつ ) 、石の如く也( なり ) 。といへ共( ども ) 、其( その ) 身金鉄( きんてつ ) ならざれば、敵の取巻( とりまい ) て射ける矢に、義隆既( すで ) に十( じふ ) 余箇所( よかしよ ) の疵( きず ) を被( かうむり ) てけり。死ぬるまでも猶敵の手にかゝらじとや思( おもひ ) けん、小竹( こたけ ) の一村( ひとむら ) 有( あり ) ける中へ走入( はしりいつ ) て、腹掻切( かききつ ) て死にけり。村上父子( むらかみふし ) が敵を防ぎ、討死( うちじに ) しける其間( そのあひだ ) に、宮は虎口( ここう ) に死を御遁( おんのがれ ) 有( あつ ) て、高野山( かうやさん ) へぞ落( おち ) させ給( たまひ ) ける。出羽( ではの ) 入道々蘊( だううん ) は、村上が宮の御学( おんまね ) をして、腹を切( きつ ) たりつるを真実( まんまこと ) と心得て、其( その ) 頚を取( とつ ) て京都へ上( のぼ ) せ、六波羅( ろくはら ) の実検( じつけん ) にさらすに、ありもあらぬ者の頚也( なり ) 。と申( まうし ) ける。獄門( ごくもん ) にかくるまでもなくて、九原( きうげん ) の苔に埋( うづも ) れにけり。道蘊( だううん ) は吉野の城を攻落( せめおと ) したるは、専一( せんいち ) の忠戦( ちゆうせん ) なれ共( ども ) 、大塔宮( おほたふのみや ) を打漏( うちもら ) し奉りぬれば、猶( なほ ) 安( やす ) からず思( おもひ ) て、軈( やが ) て高野山へ押寄( おしよせ ) 、大塔( だいたふ ) に陣を取( とつ ) て、宮の御在所( ございしよ ) を尋求( たづねもとめ ) けれ共( ども ) 、一山( いつさん ) の衆徒( しゆと ) 皆心を合( あはせ ) て宮を隠し奉りければ、数日( すじつ ) の粉骨( ふんこつ ) 甲斐もなくて、千剣破( ちはや ) の城へぞ向ひける。
○千剣破( ちはやの ) 城軍( いくさの ) 事( こと ) 千剣破( ちはやの ) 城の寄手( よせて ) は、前( まへ ) の勢八十万騎( はちじふまんぎ ) に、又赤坂( あかさか ) の勢吉野の勢馳加( はせくははつ ) て、百万騎に余( あま ) りければ、城の四方( しはう ) 二三里が間は、見物( けんぶつ ) 相撲( すまふ ) の場( ば ) の如く打囲( うちかこん ) で、尺寸( せきすん ) の地をも余さず充満( みちみち ) たり。旌旗( せいき ) の風に翻( ひるがへつ ) て靡( なび ) く気色( けしき ) は、秋の野の尾花( をばな ) が末( すゑ ) よりも繁く、剣戟( けんげき ) の日に映( えい ) じて耀( かかやき ) ける有様( ありさま ) は、暁( あかつき ) の霜の枯草( かれくさ ) に布( しけ ) るが如く也( なり ) 。大軍( たいぐん ) の近づく処には、山勢( さんせい ) 是( これ ) が為に動き、時( とき ) の声の震( ふる ) ふ中には、坤軸( こんぢく ) 須臾( しゆゆ ) に摧( くだ ) けたり。此( この ) 勢にも恐( おそれ ) ずして、纔( わづか ) に千人に足( たら ) ぬ小勢( こぜい ) にて、誰を憑( たの ) み何( いつ ) を待( まつ ) 共( とも ) なきに、城中( じやうちゆう ) にこらへて防ぎ戦( たたかひ ) ける楠が心の程こそ不敵( ふてき ) なれ。此( この ) 城東西( とうざい ) は谷深く切( きれ ) て人の上( のぼ ) るべき様( やう ) もなし。南北は金剛山( こんがうせん ) につゞきて而( しか ) も峯絶( たえ ) たり。されども高さ二町( にちやう ) 許( ばかり ) にて、廻( まは ) り一里に足( たら ) ぬ小城( こしろ ) なれば、何程( なにほど ) の事か有( ある ) べき〔と〕、寄手( よせて ) 是( これ ) を見侮( みあなどつ ) て、初( はじめ ) 一両日( いちりやうにち ) の程は向ひ陣をも取( とら ) ず、責支度( せめしたく ) をも用意( ようい ) せず、我先( われさき ) にと城の木戸口( きどくち ) の辺( へん ) までかづきつれてぞ上( あがり ) たりける。城中の者共( ものども ) 少しもさはがず、静まり帰( かへつ ) て、高櫓( たかやぐら ) の上( うへ ) より大石( たいせき ) を投( なげ ) かけ/\、楯( たて ) の板を微塵( みぢん ) に打砕( うちくだい ) て、漂( ただよ ) ふ処を差( さし ) つめ/\射ける間( あひだ ) 、四方( しはう ) の坂よりころび落( おち ) 、落重( おちかさなつ ) て手を負( おひ ) 、死をいたす者、一日が中( うち ) に五六千人に及べり。長崎四郎左衛門( しらうざゑもんの ) 尉( じよう ) 、軍奉行( いくさぶぎやう ) にて有( あり ) ければ、手負死人( ておひしにん ) の実検( じつけん ) をしけるに、執筆( しゆひつ ) 十二人( じふににん ) 、夜昼( よるひる ) 三日が間( あひだ ) 筆をも置( おか ) ず注( しる ) せり。さてこそ、「今より後( のち ) は、大将の御許( おんゆるし ) なくして、合戦したらんずる輩( ともがら ) をば却( かへつ ) て罪科に行( おこなは ) るべし。」と触( ふれ ) られければ、軍勢暫( しばらく ) 軍( いくさ ) を止( やめ ) て、先( まづ ) 己( おのれ ) が陣々をぞ構( かま ) へける。爰( ここ ) に赤坂の大将金沢右馬助( かなざはうまのすけ ) 、大仏( おさらぎ ) 奥州( あうしう ) に向( むかつ ) て宣( のたま ) ひけるは、「前日( ぜんじつ ) 赤坂を攻落( せめおと ) しつる事( こと ) 、全く士卒( じそつ ) の高名( かうみやう ) に非( あら ) ず。城中の構( かまへ ) を推( お ) し出( いだ ) して、水を留( とめ ) て候( さふらひ ) しに依( よつ ) て、敵程( ほど ) なく降参( かうさん ) 仕候( つかまつりさふらひ ) き。是( ここ ) を以て此( この ) 城を見候に、是程( これほど ) 纔( わづか ) なる山の巓( いただき ) に用水( ようすゐ ) 有( ある ) べし共覚( おぼえ ) 候はず。又あげ水なんどをよその山より懸( かく ) べき便( たより ) も候はぬに、城中に水卓散( たくさん ) に有( あり ) げに見ゆるは、如何様( いかさま ) 東の山の麓に流( ながれ ) たる渓水( たにみづ ) を、夜々( よるよる ) 汲( くむ ) 歟( か ) と覚( おぼえ ) て候。あはれ宗徒( むねと ) の人々一両人に仰付( おほせつけ ) られて、此( この ) 水を汲( くま ) せぬ様に御計( おんはからひ ) 候へかし。」と被申ければ、両大将、「此義( このぎ ) 可然覚( おぼえ ) 候。」とて、名越( なごや ) 越前守( ゑちぜんのかみ ) を大将として其( その ) 勢三千余騎( よき ) を指分( さしわけ ) て、水の辺( へん ) に陣を取( とら ) せ、城より人をり下( くだ ) りぬべき道々に、逆木( さかもぎ ) を引( ひい ) てぞ待懸( まちかけ ) ける。楠は元来( もとより ) 勇気智謀相兼( あひかね ) たる者なりければ、此( この ) 城を拵( こしら ) へける始( はじめ ) 用水の便( たより ) をみるに、五所( ごしよ ) の秘水( ひすゐ ) とて、峯( みね ) 通る山伏( やまぶし ) の秘( ひ ) して汲( くむ ) 水此( この ) 峯に有( あつ ) て、滴( しただ ) る事一夜に五斛許( こくばかり ) 也( なり ) 。此( この ) 水いかなる旱( ひでり ) にもひる事なければ、如形人の口中( こうちゆう ) を濡( うるほ ) さん事相違あるまじけれ共( ども ) 、合戦の最中( さいちゆう ) は或( あるひ ) は火矢( ひや ) を消さん為、又喉( のんど ) の乾( かわ ) く事繁( しげ ) ければ、此( この ) 水許( ばかり ) にては不足( ふそく ) なるべしとて、大( おほき ) なる木を以て、水舟( みづふね ) を二三百( にさんびやく ) 打( うた ) せて、水を湛置( たたへおき ) たり。又数百( すひやく ) 箇所作り双( なら ) べたる役所( やくしよ ) の軒に継樋( つぎどひ ) を懸( かけ ) て、雨ふれば、霤( あまだれ ) を少しも余さず、舟にうけ入れ、舟の底に赤土( あかつち ) を沈( しづ ) めて、水の性( しやう ) を損( そん ) ぜぬ様( やう ) にぞ被拵たりける。此( この ) 水を以て、縦( たと ) ひ五六十日雨不降ともこらへつべし。其中( そのうち ) に又などかは雨降( ふる ) 事( こと ) 無( なか ) らんと、了簡( れうけん ) しける智慮の程こそ浅からね。されば城よりは強( あながち ) に此谷水( このたにみづ ) を汲( くま ) んともせざりけるを、水ふせぎける兵共( つはものども ) 、夜毎( よごと ) に機( き ) をつめて、今や/\と待懸( まちかけ ) けるが、始( はじめ ) の程こそ有( あり ) けれ、後( のち ) には次第々々に心懈( おこた ) り、機緩( ゆるまつ ) て、此( この ) 水をば汲( くま ) ざりけるぞとて、用心( ようじん ) の体( てい ) 少し無沙汰( ぶさた ) にぞ成( なり ) にける。楠是( これ ) を見すまして、究竟( くきやう ) の射手( いて ) をそろへて二三百人( にさんびやくにん ) 夜に紛( まぎれ ) て城よりをろし、まだ篠目( しののめ ) の明けはてぬ霞隠( かすみがく ) れより押寄せ、水辺( すゐへん ) に攻( つめ ) て居たる者共( ものども ) 、二十( にじふ ) 余人( よにん ) 切伏( きりふせ ) て、透間( すきま ) もなく切( きつ ) て懸( かか ) りける間、名越( なごや ) 越前守( ゑちぜんのかみ ) こらへ兼( かね ) て、本( もと ) の陣へぞ引( ひか ) れける。寄手( よせて ) 数万( すまん ) の軍勢是( これ ) を見て、渡り合( あは ) せんとひしめけ共( ども ) 、谷を隔( へだ ) て尾を隔( へだて ) たる道なれば、輒( たやす ) く馳合( はせあは ) する兵( つはもの ) もなし。兎角( とかく ) しける其間( そのあひだ ) に、捨置( すておい ) たる旗・大幕( おほまく ) なんど取持( とりもた ) せて、楠が勢、閑( しづか ) に城中へぞ引入( ひきいり ) ける。其翌日( そのよくじつ ) 城の大手( おほて ) に三本( さんぼん ) 唐笠( がらかさ ) の紋( もん ) 書( かい ) たる旗と、同( おなじ ) き文( もん ) の幕とを引( ひい ) て、「是( これ ) こそ皆名越( ながや ) 殿( どの ) より給( たまはり ) て候( さふらひ ) つる御旗( おんはた ) にて候へ、御文付( ごもんつき ) て候間( あひだ ) 他人の為には無用に候。御中( みうち ) の人々是( これ ) へ御入( おんいり ) 候( さふらひ ) て、被召候へかし。」と云( いつ ) て、同音( どうおん ) にどつと笑( わらひ ) ければ、天下の武士共( ぶしども ) 是( これ ) を見て、「あはれ名越( なごや ) 殿( どの ) の不覚( ふかく ) や。」と、口々に云( いは ) ぬ者こそ無( なか ) りけれ。名越( なごや ) 一家の人々此( この ) 事( こと ) を聞( きい ) て、安からぬ事に被思ければ、「当手( たうて ) の軍勢共( ぐんぜいども ) 一人も不残、城の木戸( きど ) を枕にして、討死をせよ。」とぞ被下知ける。依之( これによつて ) 彼( かの ) 手( て ) の兵五千( ごせん ) 余人( よにん ) 、思切( おもひきつ ) て討共( うてども ) 射共( いれども ) 用( もちひ ) ず、乗越々々( のりこえのりこえ ) 城の逆木( さかもぎ ) 一重( ひとへ ) 引破( ひきやぶつ ) て、切岸( きりぎし ) の下迄ぞ攻( せめ ) たりける。され共( ども ) 岸高( たかう ) して切立( きりたつ ) たれば、矢長( やたけ ) に思へ共( ども ) のぼり得ず、唯( ただ ) 徒( いたづら ) に城を睨( にらみ ) 、忿( いかり ) を押( おさ ) へて息つぎ居たり。此( この ) 時城の中( うち ) より、切岸( きりぎし ) の上( うへ ) に横( よこた ) へて置( おい ) たる大木十計( ばかり ) 切( きつ ) て落( おと ) し懸( かけ ) たりける間、将碁倒( しやうぎたふし ) をする如く、寄手( よせて ) 四五百人( しごひやくにん ) 圧( おし ) に被討て死にけり。是( これ ) にちがはんとしどろに成( なつ ) て騒ぐ処を、十方の櫓( やぐら ) より指落( さしおと ) し、思様( おもふやう ) に射ける間、五千( ごせん ) 余人( よにん ) の兵共( つはものども ) 残( のこり ) すくなに討( うた ) れて、其( その ) 日の軍( いくさ ) は果( はて ) にけり。誠( まことに ) 志の程は猛( たけ ) けれ共( ども ) 、唯( ただ ) し出( いだ ) したる事もなくて、若干( そくばく ) 討( うた ) れにければ、「あはれ恥( はぢ ) の上の損( そん ) 哉( かな ) 。」と、諸人( しよにん ) の口遊( くちずさみ ) は猶不止。尋常( よのつね ) ならぬ合戦の体( てい ) を見て、寄手( よせて ) も侮( あなど ) りにくゝや思( おもひ ) けん、今は始( はじめ ) の様( やう ) に、勇進( いさみすすん ) で攻( せめ ) んとする者も無( なか ) りけり。長崎( ながさき ) 四郎左衛門( しらうざゑもんの ) 尉( じよう ) 此( この ) 有様を見て、「此( この ) 城を力責( ちからぜめ ) にする事は、人の討( うた ) るゝ計( ばかり ) にて、其( その ) 功成難( なりがた ) し。唯取巻( とりまい ) て食責( じきぜめ ) にせよ。」と下知( げぢ ) して、軍( いくさ ) を被止ければ、徒然( とぜん ) に皆堪兼( たへかね ) て、花の下( もと ) の連歌( れんが ) し共( ども ) を呼下( よびくだ ) し、一万句の連歌をぞ始( はじめ ) たりける。其( その ) 初日の発句( ほつく ) をば長崎九郎左衛門師宗( もろむね ) 、さき懸( がけ ) てかつ色みせよ山桜( やまざくら ) としたりけるを、脇( わき ) の句、工藤( くどう ) 二郎右衛門( じらううゑもんの ) 尉( じよう ) 嵐や花のかたきなるらんとぞ付( つけ ) たりける。誠( まこと ) に両句ともに、詞( ことば ) の縁( えん ) 巧( たくみ ) にして句の体( てい ) は優( いう ) なれども、御方( みかた ) をば花になし、敵( てき ) を嵐に喩( たと ) へければ、禁忌( きんき ) 也( なり ) 。ける表事( へうじ ) 哉( かな ) と後( のち ) にぞ思ひ知( しら ) れける。大将の下知( げぢ ) に随( したがひ ) て、軍勢皆軍( いくさ ) を止( やめ ) ければ、慰( なぐさ ) む方( かた ) や無( なか ) りけん、或( あるひ ) は碁( ご ) ・双六( しごろく ) を打( うつ ) て日を過( すご ) し、或( あるひ ) は百服茶( ひやつぷくちや ) ・褒貶( はうへん ) の歌合( うたあはせ ) なんどを翫( もてあそん ) で夜( よ ) を明( あか ) す。是( これ ) にこそ城中の兵は中々( なかなか ) 被悩たる心地( ここち ) して、心を遣方( やるかた ) も無( なか ) りける。少し程( ほど ) 経( へ ) て後( のち ) 、正成( まさしげ ) 、「いでさらば、又寄手( よせて ) たばかりて居眠( ゐねぶり ) さまさん。」とて、芥( あくた ) を以て人長( ひとだけ ) に人形( にんぎやう ) を二三十作( つくつ ) て、甲冑( かつちう ) をきせ兵杖( ひやうぢやう ) を持( もた ) せて、夜中( やちゆう ) に城の麓に立置( たてお ) き、前( まへ ) に畳楯( でふだて ) をつき双( なら ) べ、其後( そのうし ) ろにすぐりたる兵( つはもの ) 五百人( ごひやくにん ) を交( まじ ) へて、夜のほの/゛\と明( あけ ) ける霞( かすみ ) の下( した ) より、同時に時( とき ) をどつと作る。四方( しはう ) の寄手( よせて ) 時の声を聞( きい ) て、「すはや城の中( うち ) より打出( うちいで ) たるは、是( これ ) こそ敵の運の尽( つく ) る処の死狂( しにくるひ ) よ。」とて我先( われさき ) にとぞ攻合( せめあは ) せける。城の兵兼( かね ) て巧( たくみ ) たる事なれば、矢軍( やいくさ ) ちとする様( やう ) にして大勢( おほぜい ) 相近( あひちか ) づけて、人形許( ばかり ) を木( こ ) がくれに残し置( おい ) て、兵( つはもの ) は皆次第々々に城の上へ引上( ひきあが ) る。寄手( よせて ) 人形を実( まこと ) の兵( つはもの ) ぞと心得て、是( これ ) を打( うた ) んと相集( あひあつま ) る。正成所存( しよぞん ) の如く敵をたばかり寄せて、大石( たいせき ) を四五十( しごじふ ) 、一度( いちど ) にばつと発( はな ) す。一所( いつしよ ) に集( あつま ) りたる敵三百( さんびやく ) 余人( よにん ) 、矢庭( やには ) に被討殺、半死半生の者五百( ごひやく ) 余人( よにん ) に及( およべ ) り。軍( いくさ ) はてゝ是( これ ) を見れば、哀( あはれ ) 大剛( だいがう ) の者哉( かな ) と覚( おぼえ ) て、一足( ひとあし ) も引( ひか ) ざりつる兵( つはもの ) 、皆人にはあらで藁( わら ) にて作れる人形( にんぎやう ) 也( なり ) 。是( これ ) を討( うた ) んと相集( あひあつまつ ) て、石に打( うた ) れ矢に当( あたつ ) て死せるも高名( かうみやう ) ならず、又是( これ ) を危( あやぶみ ) て進得( すすみえ ) ざりつるも臆病の程顕( あらは ) れて云甲斐( いふかひ ) なし。唯兎( と ) にも角( かく ) にも万人の物笑ひとぞ成( なり ) にける。是( これ ) より後( のち ) は弥( いよいよ ) 合戦を止( やめ ) ける間、諸国の軍勢唯( ただ ) 徒( いたづら ) に城を守り上( あげ ) て居たる計( ばかり ) にて、するわざ一( ひとつ ) も無( なか ) りけり。爰( ここ ) に何( いか ) なる者か読( よみ ) たりけん、一首( いつしゆ ) の古歌( こか ) を翻案( ほんあん ) して、大将の陣の前にぞ立( たて ) たりける。余所( よそ ) にのみ見てやゝみなん葛城( かづらき ) のたかまの山の峯の楠軍( いくさ ) も無( なく ) てそゞろに向ひ居たるつれ/゛\に、諸大将の陣々に、江口( えぐち ) ・神崎( かんざき ) の傾城共( けいせいども ) を呼寄( よびよせ ) て、様々( さまざま ) の遊( あそび ) をぞせられける。名越( なごや ) 遠江( とほたふみの ) 入道と同兵庫( おなじきひやうごの ) 助( すけ ) とは伯叔甥( をぢをひ ) にて御座( おはし ) けるが、共に一方の大将にて、責口( せめくち ) 近く陣を取り、役所( やくしよ ) を双( ならべ ) てぞ御座( おはし ) ける。或時( あるとき ) 遊君( いうくん ) の前にて双六( しごろく ) を打( うた ) れけるが、賽( さい ) の目( め ) を論じて聊( いささか ) の詞( ことば ) の違( ちが ) ひけるにや、伯叔甥( をぢをひ ) 二人( ににん ) 突違( つきちがへ ) てぞ死( しな ) れける。両人の郎従共( らうじゆうども ) 、何の意趣( いしゆ ) もなきに、差違( さしちが ) へ差違へ、片時( へんし ) が間( あひだ ) に死( しす ) る者二百余人( よにん ) に及べり。城の中( うち ) より是( これ ) を見て、「十善( じふぜん ) の君( きみ ) に敵をし奉る天罰( てんばつ ) に依( よつ ) て、自滅( じめつ ) する人々の有様見よ。」とぞ咲( わらひ ) ける。誠( まこと ) に是( これ ) 直事( ただごと ) に非( あら ) ず。天魔波旬( てんまはじゆん ) の所行( しよぎやう ) 歟( か ) と覚( おぼえ ) て、浅猿( あさまし ) かりし珍事( ちんじ ) 也( なり ) 。同( おなじき ) 三月四日関東( くわんとう ) より飛脚( ひきやく ) 到来して、「軍( いくさ ) を止( やめ ) て徒( いたづら ) に日を送る事不可然。」と被下知ければ、宗( むね ) との大将達評定( ひやうぢやう ) 有( あつ ) て、御方( みかた ) の向ひ陣と敵の城との際( あひだ ) に、高く切立( きりたつ ) たる堀に橋を渡して、城へ打( うつ ) て入( いら ) んとぞ巧( たく ) まれける。為之京都より番匠( ばんしやう ) を五百( ごひやく ) 余人( よにん ) 召下( めしくだ ) し、五六八九寸の材木を集( あつめ ) て、広さ一丈五尺、長さ二十丈( にじふぢやう ) 余( あまり ) に梯( かけはし ) をぞ作らせける。梯( かけはし ) 既( すで ) に作り出( いだ ) しければ、大縄( おほつな ) を二三千筋( にさんぜんすぢ ) 付( つけ ) て、車木( くるまき ) を以て巻立( まきたて ) て、城の切岸( きりぎし ) の上へぞ倒し懸( かけ ) たりける。魯般( ろはん ) が雲の梯( かけはし ) も角( かく ) やと覚( おぼえ ) て巧( たくみ ) 也( なり ) 。軈( やが ) て早( はや ) りおの兵共( つはものども ) 五六千人、橋の上を渡り、我先( われさき ) にと前( すすん ) だり。あはや此( この ) 城只今打落されぬと見へたる処に、楠兼( かね ) て用意( ようい ) やしたりけん、投松明( なげたいまつ ) のさきに火を付( つけ ) て、橋の上に薪( たきぎ ) を積( つめ ) るが如くに投集( なげあつめ ) て、水弾( みづはじき ) を以て油を滝の流るゝ様( やう ) に懸( かけ ) たりける間、火橋桁( はしげた ) に燃付( もえつい ) て、渓風( たにかぜ ) 炎( ほのほ ) を吹布( ふきしい ) たり。憖( なまじひ ) に渡り懸( かか ) りたる兵共( つはものども ) 、前( さき ) へ進( すすま ) んとすれば、猛火( みやうくわ ) 盛( さかん ) に燃( もえ ) て身を焦( こが ) す、帰( かへら ) んとすれば後陣( ごぢん ) の大勢( おほぜい ) 前( まへ ) の難儀をも不云支( ささへ ) たり。そばへ飛( とび ) をりんとすれば、谷( たに ) 深く巌( いはほ ) そびへて肝( きもを ) 冷( ひや ) し、如何( いかが ) せんと身を揉( もう ) で押( おし ) あふ程に、橋桁( はしげた ) 中( なか ) より燃折( もえをれ ) て、谷底( たにぞこ ) へどうど落( おち ) ければ、数千( すせん ) の兵( つはもの ) 同時に猛( みやうくわ ) の中へ落重( おちかさなつ ) て、一人も不残焼死( やけしに ) にけり。其( その ) 有様偏( ひとへ ) に八大地獄( はちだいぢごく ) の罪人の刀山剣樹( たうざんけんじゆ ) につらぬかれ、猛火鉄湯( みやうくわてつたう ) に身を焦( こが ) す覧( らん ) も、角( かく ) やと被思知たり。去程( さるほど ) に吉野・戸津河( とつがは ) ・宇多( うだ ) ・内郡( うちのこほり ) の野伏共( のぶしども ) 、大塔宮( おほたふのみや ) の命( めい ) を含( ふくん ) で、相集( あひあつま ) る事七千余人( よにん ) 、此( ここ ) の峯( みね ) 彼( かしこ ) 〔の〕谷( たに ) に立隠( たちかくれ ) て、千剣破( ちはやの ) 寄手共( よせてども ) の往来( わうらい ) の路を差塞( さしふさ ) ぐ。依之( これによつて ) 諸国の兵( つはもの ) の兵粮( ひやうらう ) 忽( たちまち ) に尽( つき ) て、人馬( じんば ) 共に疲( つか ) れければ、転漕( てんさう ) に怺兼( こらへかね ) て百騎・二百騎引( ひい ) て帰る処を、案内者( あんないしや ) の野伏( のぶし ) 共、所々のつまり/゛\に待受( まちうけ ) て、討留( うちとめ ) ける間、日々夜々に討( うた ) るゝ者数を知( しら ) ず。希有( けう ) にして命計( いのちばかり ) を助かる者は、馬( むま ) ・物具( もののぐ ) を捨( すて ) 、衣裳( いしやう ) を剥取( はぎとら ) れて裸( はだか ) なれば、或( あるひ ) は破( やれ ) たる蓑( みの ) を身に纏( まとひ ) て、膚計( はだへばかり ) を隠( かく ) し、或( あるひ ) は草の葉( は ) を腰に巻( まい ) て、恥をあらはせる落人共( おちうどども ) 、毎日に引( ひき ) も切らず十方へ逃散( にげち ) る。前代未聞( ぜんだいみもん ) の恥辱( ちじよく ) 也( なり ) 。されば日本国の武士共( ぶしども ) の重代( ぢゆうだい ) したる物具( もののぐ ) ・太刀( たち ) ・刀( かたな ) は、皆此( この ) 時に至( いたつ ) て失( うせ ) にけり。名越( なごや ) 遠江( とほたふみの ) 入道、同( おなじき ) 兵庫( ひやうごの ) 助( すけ ) 二人( ににん ) は、無詮口論して共に死給( しにたまひ ) ぬ。其外( そのほか ) の軍勢共( ぐんぜいども ) 、親( おや ) は討( うた ) るれば子は髻( もとどり ) を切( きつ ) てうせ、主( しゆ ) 疵( きず ) を被( かうむ ) れば、郎従( らうじゆう ) 助( たすけ ) て引帰( ひきかへ ) す間、始( はじめ ) は八十万騎( はちじふまんぎ ) と聞へしか共( ども ) 、今は纔( わづか ) に十万余騎( よき ) に成( なり ) にけり。
○新田義貞( につたよしさだ ) 賜綸旨事 上野( かうづけの ) 国( くにの ) 住人( ぢゆうにん ) 新田( につたの ) 小太郎義貞( よしさだ ) と申( まうす ) は、八幡( はちまん ) 太郎義家( よしいへ ) 十七代の後胤( こういん ) 、源家嫡流( げんけちやくりう ) の名家( めいか ) 也( なり ) 。然共( しかれども ) 平氏( へいじ ) 世を執( とつ ) て四海( しかい ) 皆其( その ) 威に服する時節( をりふし ) なれば、無力関東( くわんとう ) の催促( さいそく ) に随( したがつ ) て金剛山( こんがうせん ) の搦手( からめて ) にぞ被向ける。爰( ここ ) に如何なる所存( しよぞん ) 歟( か ) 出来( いでき ) にけん、或時( あるとき ) 執事( しつじ ) 船田( ふなだ ) 入道義昌( よしまさ ) を近づけて宣( のたま ) ひける、「古( いにしへ ) より源平両家( りやうけ ) 朝家( てうけ ) に仕へて、平氏( へいじ ) 世を乱( みだ ) る時は、源家( げんけ ) 是( これ ) を鎮( しづ ) め、源氏上( かみ ) を侵( をか ) す日は平家是( これ ) を治( をさ ) む。義貞不肖( ふせう ) 也( なり ) 。と云へ共( ども ) 、当家( たうけ ) の門■( もんび ) として、譜代( ふだい ) 弓矢( ゆみや ) の名を汚( けが ) せり。而( しかる ) に今相摸( さがみ ) 入道の行迹( かうせき ) を見( みる ) に滅亡遠( とほき ) に非( あら ) ず。我( われ ) 本国に帰( かへつ ) て義兵( ぎへい ) を挙( あげ ) 、先朝( せんてう ) の宸襟( しんきん ) を休め奉らんと存ずるが、勅命を蒙( かうむ ) らでは叶( かなふ ) まじ。如何( いかん ) して大塔宮( おほたふのみや ) の令旨( りやうじ ) を給( たまはつ ) て、此素懐( このそくわい ) を可達。」と問給( とひたまひ ) ければ、舟田入道畏( かしこまつ ) て、「大塔宮( おほたふのみや ) は此辺( このへん ) の山中に忍( しのび ) て御座( ござ ) 候なれば、義昌( よしまさ ) 方便( はうべん ) を廻( めぐら ) して、急( いそい ) で令旨( りやうじ ) を申出( まうしいだ ) し候べし。」と、事安げに領掌申( りやうじやうまうし ) て、己( おのれ ) が役所へぞ帰( かへり ) ける。其翌日( そのよくじつ ) 舟田( ふなだ ) 己( おのれ ) が若党( わかたう ) を三十( さんじふ ) 余人( よにん ) 、野伏( のぶし ) の質( すがた ) に出立( いでたた ) せて、夜中に葛城峯( かづらきのみね ) へ上( のぼ ) せ、我身( わがみ ) は落行( おちゆく ) 勢の真似( まね ) をして、朝まだきの霞隠( かすみがくれ ) に、追( おつ ) つ返( かへし ) つ半時計( はんじばかり ) どし軍( いくさ ) をぞしたりける、宇多( うだ ) ・内郡( うちのこほり ) の野伏共( のぶしども ) 是( これ ) を見て、御方( みかた ) の野伏ぞと心得、力を合( あは ) せん為に余所( よそ ) の峯よりおり合( あう ) て近付( ちかづき ) たりける処を、舟田が勢の中に取篭( とりこめ ) て、十一人まで生捕( いけどり ) てげり。舟田此生捕( このいけどり ) どもを解脱( ときゆる ) して潛( ひそか ) に申( まうし ) けるは、「今汝等( なんぢら ) をたばかり搦取( からめとり ) たる事( こと ) 、全( まつたく ) 誅( ちゆう ) せん為に非( あら ) ず。新田殿( につたどの ) 本国へ帰( かへつ ) て、御旗( はた ) を挙( あげ ) んとし給ふが、令旨( りやうじ ) なくては叶( かなふ ) まじければ、汝等に大塔宮( おほたふのみや ) の御坐所( ござしよ ) を尋問( たづねとは ) ん為に召取( めしとり ) つる也( なり ) 。命( いのち ) 惜( をし ) くば案内者( あんないしや ) して、此方( こなた ) の使をつれて、宮の御座( ござ ) あんなる所へ参れ。」と申( まうし ) ければ、野伏( のぶし ) ども大( おほき ) に悦( よろこび ) て、「其御意( そのぎよい ) にて候はゞ、最( いと ) 安( やす ) かるべき事にて候。此( この ) 中に一人暫( しばし ) の暇( いとま ) を給( たまはり ) 候へ、令旨( りやうじ ) を申出( まうしいだし ) て進( まゐら ) せ候はん。」と申( まうし ) て、残り十人をば留置( とめおき ) 、一人宮の御方( おんかた ) へとてぞ参( まゐり ) ける。今や/\と相待( あひまつ ) 処に、一日有( あつ ) て令旨( りやうじ ) を捧( ささげ ) て来れり。開( ひらい ) て是( これ ) を見( みる ) に、令旨( りやうじ ) にはあらで、綸旨( りんし ) の文章( ぶんしやう ) に書( かか ) れたり。其詞( そのことばに ) 云( いはく ) 、被綸言称敷化理万国者明君徳也( なり ) 。撥乱鎮四海( しかい ) 者武臣節也( なり ) 。頃年之際、高時法師一類、蔑如朝憲恣振逆威。積悪之至、天誅已顕焉。爰為休累年之宸襟、将起一挙之義兵。叡感尤深、抽賞何浅。早運関東( くわんとう ) 征罰策、可致天下静謐之功。者、綸旨如此。仍執達如件。元弘三年二月十一日左少将新田( につたの ) 小太郎殿( こたらうどの ) 綸旨( りんし ) の文章( ぶんしやう ) 、家の眉目( びぼく ) に備( そなへ ) つべき綸言( りんげん ) なれば、義貞不斜悦( よろこび ) て、其翌日( そのあくるひ ) より虚病( きよびやう ) して、急ぎ本国へぞ被下ける。宗徒( むねと ) の軍( いくさ ) をもしつべき勢共( せいども ) は兎( と ) に角( かく ) に事を寄( よせ ) て国々へ帰( かへり ) ぬ。兵粮( ひやうらう ) 運送( うんそう ) の道絶( たえ ) て、千剣破( ちはや ) の寄手( よせて ) 以外( もつてのほか ) に気を失( うしな ) へる由聞へければ、又六波羅( ろくはら ) より宇都宮( うつのみや ) をぞ下( くだ ) されける。紀清( きせい ) 両党千余騎( よき ) 寄手( よせて ) に加( くは ) は{ッ}て、未屈( いまだくつせざる ) 荒手( あらて ) なれば、軈( やが ) て城の堀の際( きは ) まで責上( せめのぼつ ) て、夜昼( よるひる ) 少しも不引退、十( じふ ) 余日( よにち ) までぞ責( せめ ) たりける。此( この ) 時にぞ、屏( へい ) の際( きは ) なる鹿垣( ししがき ) ・逆木( さかもぎ ) 皆被引破て、城も少し防兼( ふせぎかね ) たる体( てい ) にぞ見へたりける。され共( ども ) 紀清( きせい ) 両党の者とても、斑足王( はんぞくわう ) の身をもからざれば天をも翔( かけ ) り難( がた ) し。竜伯公( りゆうはくこう ) が力を不得ば山をも擘難( つんざきがた ) し。余( あまり ) に為方( せんかた ) や無( なか ) りけん、面( おもて ) なる兵には軍( いくさ ) をさせて後( うしろ ) なる者は手々( てて ) に鋤( すき ) ・鍬( くは ) を以て、山を掘倒( ほりたふ ) さんとぞ企( くはだて ) ける。げにも大手( おほて ) の櫓( やぐら ) をば、夜昼( よるひる ) 三日が間に、念( ねむ ) なく掘り崩( くづ ) してけり。諸人( しよにん ) 是( これ ) を見て、唯( ただ ) 始( はじめ ) より軍( いくさ ) を止( やめ ) て掘( ほる ) べかりける物を、と後悔して、我( われ ) も我( われ ) もと掘( ほり ) けれ共( ども ) 、廻( まは ) り一里に余れる大山なれば左右( さう ) なく掘倒( ほりたふ ) さるべしとは見へざりけり。
○赤松( あかまつ ) 蜂起( ほうきの ) 事( こと ) 去程( さるほど ) に楠が城強くして、京都は無勢( ぶせい ) 也( なり ) 。と聞へしかば、赤松( あかまつ ) 二郎入道円心( ゑんしん ) 、播磨国( はりまのくにの ) 苔縄( こけなは ) の城より打( うつ ) て出で、山陽( せんやう ) ・山陰( せんおん ) の両道( りやうだう ) を差塞( さしふさ ) ぎ、山里( やまのさと ) ・梨原( なしがはら ) の間( あひだ ) に陣をとる。爰( ここ ) に備前( びぜん ) ・備中( びつちゆう ) ・備後( びんご ) ・安芸( あき ) ・周防( すはう ) の勢共( せいども ) 、六波羅( ろくはら ) の催促に依( よつ ) て上洛( しやうらく ) しけるが、三石( みついし ) の宿( しゆく ) に打集( うちあつまつ ) て、山里( やまのさと ) の勢を追払( おひはらう ) て通( とほら ) んとしけるを、赤松筑前( ちくぜんの ) 守( かみ ) 舟坂山( ふなさかやま ) に支( ささへ ) て、宗( むね ) との敵二十( にじふ ) 余人( よにん ) を生捕( いけどり ) てけり。然共( しかれども ) 赤松( あかまつ ) 是( これ ) を討( うた ) せずして、情( なさけ ) 深( ふか ) く相交( あひまじは ) りける間、伊東大和( いとうやまとの ) 二郎其( その ) 恩を感じて、忽( たちまち ) に武家与力( よりき ) の志を変じて、官軍( くわんぐん ) 合体( がつてい ) の思( おもひ ) をなしければ、先( まづ ) 己( おのれ ) が館( たち ) の上なる三石山( みついしやま ) に城郭( じやうくわく ) を構( かま ) へ、軈( やが ) て熊山( くまやま ) へ取上( とりのぼ ) りて、義兵を揚( あげ ) たるに、備前の守護( しゆご ) 加治( かぢの ) 源二郎左衛門( じらうざゑもん ) 一戦( いつせん ) に利( り ) を失( うしなう ) て、児嶋( こじま ) を指( さし ) て落( おち ) て行( ゆく ) 。是( これ ) より西国( さいこく ) の路弥( いよいよ ) 塞( ふさがつ ) て、中国( ちゆうごく ) の動乱( どうらん ) 不斜。西国より上洛( しやうらく ) する勢をば、伊東( いとう ) に支( ささ ) へさせて、後( うしろ ) は思( おもひ ) も無( なか ) りければ、赤松軈( やが ) て高田兵庫( ひやうごの ) 助( すけ ) が城を責落( せめおと ) して、片時( へんし ) も足を不休、山陰道( せんいんだう ) を指( さ ) して責上( せめのぼ ) る。路次の軍勢馳加( はせくははつ ) て、無程七千余騎( よき ) に成( なり ) にけり。此( この ) 勢にて六波羅( ろくはら ) を責落( せめおと ) さん事は案( あん ) の内( うち ) なれ共( ども ) 、若( もし ) 戦( たたか ) ひ利( り ) を失( うしなふ ) 事( こと ) あらば、引退( ひきしりぞい ) て、暫く人馬をも休( やすめ ) ん為に、兵庫の北に当( あたつ ) て、摩耶( まや ) と云( いふ ) 山寺( やまでら ) の有( あり ) けるに、先( まづ ) 城郭を構( かまへ ) て、敵を二十里( にじふり ) が間に縮( つづ ) めたり。
○河野( かうの ) 謀叛( むほんの ) 事( こと ) 六波羅( ろくはら ) には、一方の打手( うつて ) にはと被憑ける宇都宮( うつのみや ) は千剣破( ちはや ) の城へ向ひつ、西国の勢は伊東( いとう ) に被支て不上得、今は四国( しこくの ) 勢を摩耶( まや ) の城へは向( むく ) べしと被評定ける処に、後( のち ) の二月四日、伊予( いよの ) 国( くに ) より早馬( はやむま ) を立( たて ) て、「土居( どゐの ) 二郎・得能( とくのうの ) 弥三郎、宮方( みやかた ) に成( なつ ) て旗をあげ、当国の勢を相付( あひつけ ) て土佐( とさの ) 国( くに ) へ打越( うちこゆ ) る処に、去月十二日長門( ながと ) の探題( たんだい ) 上野介( かうづけのすけ ) 時直( ときなほ ) 、兵船( ひやうせん ) 三百( さんびやく ) 余艘( よさう ) にて当国へ推渡( おしわた ) り、星岡( ほしがをか ) にして合戦を致す処に、長門( ながと ) ・周防( すはう ) の勢一戦( いつせん ) に打負( うちまけ ) て、死人・手負( ておひ ) 其数( そのかず ) を不知。剰( あまつさへ ) 時直父子( ふし ) 行方( ゆきかた ) を不知云云。其( それ ) より後( のち ) 四国の勢悉( ことごとく ) 土居・得能に属( しよく ) する間、其( その ) 勢已( すで ) に六千余騎( よき ) 、宇多津( うたつ ) ・今張( いまばり ) の湊( みなと ) に舟をそろへ、只今責上( せめのぼら ) んと企( くはだて ) 候也( なり ) 。御用心( ごようじん ) 有( ある ) べし。」とぞ告( つげ ) たりける。
○先帝( せんてい ) 船上( ふなのうへへ ) 臨幸( りんかうの ) 事( こと ) 畿内( きない ) の軍( いくさ ) 未だ静( しづか ) ならざるに、又四国・西国日を追( おつ ) て乱( みだれ ) ければ、人の心皆薄氷( はくひよう ) を履( ふん ) で国の危( あやふ ) き事深淵( しんえん ) に臨( のぞむ ) が如し。抑( そもそも ) 今如斯天下の乱るゝ事は偏( ひとへ ) に先帝( せんてい ) の宸襟( しんきん ) より事興( おこ ) れり。若( もし ) 逆徒( ぎやくと ) 差( さし ) ちがふて奪取奉( うばひとりたてまつら ) んとする事もこそあれ、相構( あひかまへ ) て能々( よくよく ) 警固仕( つかまつる ) べしと、隠岐( おきの ) 判官が方へ被下知ければ、判官近国の地頭( ぢとう ) ・御家人( ごけにん ) を催( もよほ ) して日番( ひばん ) ・夜廻( よまはり ) 隙( ひま ) もなく、宮門( きゆうもん ) を閉( とぢ ) て警固( けいご ) し奉る。閏( うるふ ) 二月下旬( げじゆん ) は、佐々木( ささきの ) 富士名( ふじなの ) 判官が番( ばん ) にて、中門( ちゆうもん ) の警固に候( さふらひ ) けるが、如何( いか ) が思( おもひ ) けん、哀( あはれ ) 此( この ) 君を取奉( とりたてまつつ ) て、謀叛( むほん ) を起さばやと思( おもふ ) 心ぞ付( つき ) にける。され共( ども ) 可申入便( たより ) も無( なう ) て、案( あん ) じ煩( わづら ) ひける処に、或夜( あるよ ) 御前( おんまへ ) より官女( くわんぢよ ) を以て御盃( おんさかづき ) を被下たり。判官是( これ ) を給( たまはつ ) て、よき便( たより ) 也( なり ) 。と思( おもひ ) ければ、潛( ひそか ) に彼( かの ) 官女を以て申入( まうしいれ ) けるは、「上様( うへさま ) には未だ知( しろ ) し召( めさ ) れ候はずや、楠兵衛正成( まさしげ ) 金剛山( こんがうせん ) に城を構( かまへ ) て楯篭候( たてごもりさふらひ ) し処に、東国勢百万余騎( よき ) にて上洛( しやうらく ) し、去( さんぬる ) 二月の初( はじめ ) より責戦( せめたたかひ ) 候といへ共( ども ) 、城は剛( つよう ) して寄手( よせて ) 已( すで ) に引色( ひきいろ ) に成( なつ ) て候。又備前には伊東大和( やまとの ) 二郎、三石( みついし ) と申( まうす ) 所に城を構( かまへ ) て、山陽道( せんやうだう ) を差塞( さしふさ ) ぎ候。播磨( はりま ) には赤松入道円心( ゑんしん ) 、宮の令旨( りやうじ ) を給( たまはつ ) て、摂津国( つのくに ) まで責上( せめのぼ ) り、兵庫( ひやうご ) の摩耶( まや ) と申( まうす ) 処に陣を取( とつ ) て候。其( その ) 勢已( すで ) に三千余騎( よき ) 、京を縮( しし ) め地を略( りやく ) して勢( いきほひ ) 近国に振ひ候也( なり ) 。四国には河野( かうの ) の一族( いちぞく ) に、土居( どゐの ) 二郎・得能( とくのうの ) 弥三郎、御方( みかた ) に参( まゐつ ) て旗を挙( あげ ) 候処に、長門の探題( たんだい ) 上野( かうづけの ) 介時直( ときなほ ) 、彼( かれ ) に打負( うちまけ ) て、行方( ゆきかた ) を不知落行候( おちゆきさふらひ ) し後( のち ) 、四国の勢悉く土居( どゐ ) ・得能( とくのう ) に属( しよく ) し候間、既( すで ) に大船( たいせん ) をそろへて、是( これ ) へ御迎( おんむかひ ) に参るべし共( とも ) 聞へ候。又先( まづ ) 京都を責( せむ ) べし共( とも ) 披露( ひろう ) す。御聖運( せいうん ) 開( ひらかる ) べき時已( すで ) に至( いたり ) ぬとこそ覚( おぼえ ) て候へ。義綱( よしつな ) が当番( たうばん ) の間に忍( しのび ) やかに御出( おんいで ) 候( さふらひ ) て、千波( ちぶり ) の湊( みなと ) より御舟( おんふね ) に被召、出雲( いづも ) ・伯耆( はうき ) の間、何( いづ ) れの浦へも風に任( まかせ ) て御舟( おんふね ) を被寄、さりぬべからんずる武士( ぶし ) を御憑( おんたのみ ) 候( さふらひ ) て、暫( しばら ) く御待( まち ) 候へ。義綱( よしつな ) 乍恐責進( せめまゐら ) せん為に罷向体( まかりむかふてい ) にて、軈( やが ) て御方( みかた ) に参( まゐり ) 候べし。」とぞ奏( そう ) し申( まうし ) ける。官女此由( このよし ) を申入( まうしいれ ) ければ、主上猶( なほ ) も彼( かれ ) 偽( いつはり ) てや申覧( まうすらん ) と思食( おぼしめさ ) れける間、義綱が志の程を能々( よくよく ) 伺( うかがひ ) 御覧ぜられん為に、彼( かの ) 官女を義綱にぞ被下ける。判官は面目身に余( あま ) りて覚( おぼえ ) ける上( うへ ) 、最愛( さいあい ) 又甚しかりければ、弥( いよいよ ) 忠烈( ちゆうれつ ) の志を顕( あらは ) しける。「さらば汝( なんぢ ) 先( まづ ) 出雲( いづもの ) 国( くに ) へ越( こえ ) て、同心( どうしん ) すべき一族( いちぞく ) を語( かたらひ ) て御迎( おんむかひ ) に参れ。」と被仰下ける程に、義綱則( すなはち ) 出雲へ渡( わたつ ) て塩冶( えんや ) 判官を語( かたら ) ふに、塩冶( えんや ) 如何( いかが ) 思( おもひ ) けん、義綱をゐこめて置( おい ) て、隠岐( おきの ) 国( くに ) へ不帰。主上且( しばら ) くは義綱を御待有( まちあり ) けるが、余( あまり ) に事( こと ) 滞( とどこほ ) りければ、唯( ただ ) 運( うん ) に任( まかせ ) て御出( おんいで ) 有( あら ) んと思食( おぼしめし ) て、或夜( あるよ ) の宵( よひ ) の紛( まぎれ ) に、三位( さんみ ) 殿( どの ) の御局( おつぼね ) の御産( ごさん ) の事近付( ちかづき ) たりとて、御所( ごしよ ) を御出( おんいで ) ある由にて、主上其御輿( そのおんこし ) にめされ、六条( ろくでうの ) 少将忠顕( ただあき ) 朝臣計( ばかり ) を召具( めしぐ ) して、潛( ひそか ) に御所( ごしよ ) をぞ御出( おんいで ) 有( あり ) ける。此体( このてい ) にては人の怪( あやし ) め申( まうす ) べき上( うへ ) 、駕輿丁( かよちやう ) も無( なか ) りければ、御輿( こし ) をば被停て、悉( かたじけなく ) も十善の天子、自( みづか ) ら玉趾( ぎよくし ) を草鞋( さうあい ) の塵( ちり ) に汚( けが ) して、自( みづか ) ら泥土( でいど ) の地を踏( ふま ) せ給( たまひ ) けるこそ浅猿( あさまし ) けれ。比( ころ ) は三月二十三日の事なれば、月待程( まつほど ) の暗き夜に、そこ共不知遠き野( の ) の道を、たどりて歩( あゆま ) せ給へば、今は遥( はるか ) に来( き ) ぬ覧( らん ) と被思食たれば、迹( あと ) なる山は未( いまだ ) 滝( たき ) の響( ひびき ) の風( ほのか ) に聞ゆる程なり。若( もし ) 追懸進( おつかけまゐら ) する事もやある覧( らん ) と、恐( おそろ ) しく思食( おぼしめし ) ければ、一足( ひとあし ) も前( さき ) へと御心( おんこころ ) 許( ばかり ) は進( すす ) め共( ども ) 、いつ習( なら ) はせ給( たまふ ) べき道ならねば、夢路( ゆめぢ ) をたどる心地( ここち ) して、唯( ただ ) 一所( いつしよ ) にのみやすらはせ給へば、こは如何( いかが ) せんと思煩( おもひわづら ) ひて、忠顕( ただあき ) 朝臣、御( おん ) 手を引( ひき ) 御腰( おんこし ) を推( おし ) て、今夜( こよひ ) いかにもして、湊辺( みなとのへん ) までと心遣( やり ) 給へ共( ども ) 、心身共( しんしんとも ) に疲れ終( はて ) て、野径( やけい ) の露に徘徊( はいくわい ) す。夜いたく深( ふけ ) にければ、里遠からぬ鐘( かね ) の声( こゑ ) の、月に和( くわ ) して聞へけるを、道しるべに尋寄( たづねより ) て、忠顕( ただあき ) 朝臣或( ある ) 家の門を扣( たた ) き、「千波( ちぶりの ) 湊へは何方( いづかた ) へ行( ゆく ) ぞ。」と問( とひ ) ければ、内より怪( あやし ) げなる男( をのこ ) 一人出向( いでむかひ ) て、主上の御有様( おんありさま ) を見進( まゐら ) せけるが、心なき田夫野人( でんぶやじん ) なれ共( ども ) 、何となく痛敷( いたはしく ) や思進( おもひまゐら ) せけん、「千波( ちぶりの ) 湊へは是( これ ) より纔( わづかに ) 五十町( ごじつちよう ) 許( ばかり ) 候へ共( ども ) 、道( みち ) 南北へ分れて如何様( いかさま ) 御迷候( おんまよひさふらひ ) ぬと存( ぞんじ ) 候へば、御( おん ) 道( みち ) しるべ仕( つかまつり ) 候はん。」と申( まうし ) て、主上を軽々( かるがる ) と負進( おひまゐら ) せ、程なく千波( ちぶりの ) 湊へぞ着( つき ) にける。爰( ここ ) にて時打( ときうつ ) 鼓( つづみ ) の声を聞けば、夜は未だ五更( ごかう ) の初( はじめ ) 也( なり ) 。此( この ) 道( みち ) の案内者( あんないしや ) 仕( つかまつり ) たる男( をのこ ) 、甲斐々々敷( かひがひしく ) 湊( みなとの ) 中( うち ) を走廻( はしりまはつて ) 、伯耆( はうき ) の国へ漕( こぎ ) もどる商人舟( あきんどぶね ) の有( あり ) けるを、兎角( とかう ) 語( かたら ) ひて、主上を屋形( やかた ) の内に乗( の ) せ進( まゐら ) せ、其後( そののち ) 暇( いとま ) 申( まうし ) てぞ止( とどま ) りける。此男( このをのこ ) 誠( まこと ) に唯人( ただびと ) に非ざりけるにや、君( きみ ) 御一統( ごいつとう ) の御時( おんとき ) に、尤( もつとも ) 忠賞( ちゆうしやう ) 有( ある ) べしと国中を被尋けるに、我こそ其( それ ) にて候へと申( まうす ) 者遂( つひ ) に無( なか ) りけり。夜も已( すで ) に明( あけ ) ければ、舟人( ふなうど ) 纜( ともづな ) を解( とい ) て順風( じゆんぷう ) に帆( ほ ) を揚( あげ ) 、湊( みなと ) の外( ほか ) に漕出( こぎいだ ) す。船頭( せんどう ) 主上の御有様を見奉( たてまつつ ) て、唯人( ただびと ) にては渡らせ給はじとや思ひけん、屋形( やかた ) の前( まへ ) に畏( かしこまつ ) て申( まうし ) けるは、「加様( かやう ) の時御船( おんふね ) を仕( つかまつつ ) て候こそ、我等が生涯の面目( めんぼく ) にて候へ、何( いづ ) くの浦へ寄( よせ ) よと御定( ごぢやう ) に随( したがひ ) て、御舟( おんふね ) の梶( かぢ ) をば仕( つかまつり ) 候べし。」と申( まうし ) て、実( まこと ) に他事( たじ ) もなげなる気色( きしよく ) 也( なり ) 。忠顕( ただあき ) 朝臣是( これ ) を聞き給( たまひ ) て、隠( かく ) しては中々( なかなか ) 悪( あし ) かりぬと思はれければ、此船頭( このせんどう ) を近く呼寄( よびよせ ) て、「是程( これほど ) に推( お ) し当( あて ) られぬる上( うへ ) は何をか隠( かく ) すべき、屋形の中( うち ) に御座( ござ ) あるこそ、日本国の主( あるじ ) 、悉( かたじけなく ) も十善( じふぜん ) の君にていらせ給へ。汝等( なんぢら ) も定( さだめ ) て聞及( ききおよび ) ぬらん、去年より隠岐( おきの ) 判官が館( たち ) に被押篭て御座( ござ ) ありつるを、忠顕( ただあき ) 盜出( ぬすみいだ ) し進( まゐら ) せたる也( なり ) 。出雲・伯耆( はうき ) の間に、何( いづ ) くにてもさりぬべからんずる泊( とまり ) へ、急ぎ御舟( おんふね ) を着( つけ ) てをろし進( まゐら ) せよ。御運( ごうん ) 開( ひらけ ) ば、必( かならず ) 汝を侍( さぶらひ ) に申成( まうしなし ) て、所領一所( しよりやういつしよ ) の主( ぬし ) に成( なす ) べし。」と被仰ければ、船頭( せんどう ) 実( まこと ) に嬉しげなる気色( きしよく ) にて、取梶( とりかぢ ) ・面梶( おもかぢ ) 取合( とりあは ) せて、片帆( かたほ ) にかけてぞ馳( はせ ) たりける。今は海上( かいじやう ) 二三十里( にさんじふり ) も過( すぎ ) ぬらんと思ふ処に、同じ追風( おひかぜ ) に帆( ほ ) 懸( かけ ) たる舟十艘計( ばかり ) 、出雲・伯耆を指( さし ) て馳来( はせきた ) れり。筑紫舟( つくしぶね ) か商人舟( あきんどぶね ) かと見れば、さもあらで、隠岐( おきの ) 判官清高( きよたか ) 、主上を追( おひ ) 奉る舟にてぞ有( あり ) ける。船頭是( これ ) を見て、「角( かく ) ては叶( かなひ ) 候まじ、是( これ ) に御隠れ候へ。」と申( まうし ) て、主上と忠顕( ただあき ) 朝臣とを、舟底( ふなぞこ ) にやどし進( まゐら ) せて、其( その ) 上に、あひ物とて乾( ほし ) たる魚( うを ) の入( いり ) たる俵( たはら ) を取積( とりつん ) で、水手( すゐしゆ ) ・梶取( かんとり ) 其上( そのうへ ) に立双( たちならん ) で、櫓( ろ ) をぞ押( おし ) たりける。去程( さるほど ) に追手( おひて ) の舟一艘( いつさう ) 、御座舟( ござぶね ) に追付( おつつい ) て、屋形の中( うち ) に乗移( のりうつ ) り、こゝかしこ捜( さが ) しけれ共( ども ) 、見出( みいだ ) し奉らず。「さては此( この ) 舟には召( めさ ) ざりけり。若( もし ) あやしき舟や通( とほ ) りつる。」と問( とひ ) ければ、船頭( せんどう ) 、「今夜の子( ね ) の刻計( こくばかり ) に、千波( ちぶりの ) 湊を出候( いでさふらひ ) つる舟にこそ、京上臈( きやうじやうらふ ) かと覚( おぼ ) しくて、冠( かぶり ) とやらん着( き ) たる人と、立烏帽子( たてゑぼし ) 着( き ) たる人と、二人( ににん ) 乗( のら ) せ給( たまひ ) て候( さふらひ ) つる。其( その ) 舟は今は五六里も先立候( さきだちさふらひ ) ぬらん。」と申( まうし ) ければ、「さては疑( うたがひ ) もなき事也( なり ) 。早( はや ) 、舟をおせ。」とて、帆( ほ ) を引( ひき ) 梶( かぢ ) を直( なほ ) せば、此( この ) 舟は軈( やが ) て隔( へだたり ) ぬ。今はかうと心安く覚( おぼえ ) て迹( あと ) の浪路( なみぢ ) を顧( かへりみ ) れば、又一里許( ばかり ) さがりて、追手( おひて ) の舟百余艘( よさう ) 、御坐船( ござふね ) を目に懸( かけ ) て、鳥の飛( とぶ ) が如くに追懸( おつかけ ) たり。船頭( せんどう ) 是( これ ) を見て帆( ほ ) の下に櫓( ろ ) を立( たて ) て、万里( ばんり ) を一時( いちじ ) に渡らんと声を帆に挙( あげ ) て推( おし ) けれ共( ども ) 、時節( をりふし ) 風たゆみ、塩( しほ ) 向( むかう ) て御舟( おんふね ) 更に不進。水手( すゐしゆ ) ・梶取( かんどり ) 如何( いかが ) せんと、あはて騒ぎける間、主上船底( ふなぞこ ) より御出( おんいで ) 有( あつ ) て、膚( はだ ) の御護( おんまぶり ) より、仏舎利( ぶつしやり ) を一粒( いちりふ ) 取出( とりいだ ) させ給( たまひ ) て、御畳紙( おんたたうがみ ) に乗( の ) せて、波の上にぞ浮( うけ ) られける。竜神( りゆうじん ) 是( これ ) に納受( なふじゆ ) やした〔り〕けん、海上( かいじやう ) 俄( にはか ) に風替( かは ) りて、御坐船( ござふね ) をば東へ吹送( ふきおく ) り、追手( おひて ) の船をば西へ吹( ふき ) もどす。さてこそ主上は虎口( ここう ) の難( なん ) の御遁有( のがれあり ) て、御船( おんふね ) は時間( ときのま ) に、伯耆( はうき ) の国名和湊( なわのみなと ) に着( つき ) にけり。六条( ろくでうの ) 少将忠顕朝臣( ただあきあそん ) 一人先( まづ ) 舟よりおり給( たまひ ) て、「此辺( このへん ) には何( いか ) なる者か、弓矢取( とつ ) て人に被知たる。」と問( とは ) れければ、道行( ゆく ) 人立( たち ) やすらひて、「此辺( このへん ) には名和( なわの ) 又太郎長年( ながとし ) と申( まうす ) 者こそ、其身( そのみ ) 指( さし ) て名有( なある ) 武士( ぶし ) にては候はね共( ども ) 、家( いへ ) 富( とみ ) 一族( いちぞく ) 広( ひろう ) して、心がさある者にて候へ。」とぞ語りける。忠顕( ただあき ) 朝臣能々( よくよく ) 其子細( そのしさい ) を尋聞( たづねきい ) て、軈( やが ) て勅使( ちよくし ) を立( たて ) て被仰けるは、「主上隠岐( おきの ) 判官が館( たち ) を御逃( おんにげ ) 有( あつ ) て、今此湊( このみなと ) に御坐有( ござあり ) 。長年( ながとし ) が武勇兼( かね ) て上聞( しやうぶん ) に達せし間、御憑( おんたのみ ) あるべき由を被仰出也( なり ) 。憑( たの ) まれ進( まゐら ) せ候べしや否( いなや ) 、速( すみやか ) に勅答可申。」とぞ被仰たりける。名和( なわの ) 又太郎は、折節( をりふし ) 一族共( いちぞくども ) 呼集( よびあつめ ) て酒飲( のう ) で居たりけるが、此( この ) 由を聞( きい ) て案じ煩( わづらう ) たる気色にて、兎( と ) も角( かく ) も申得( まうしえ ) ざりけるを、舎弟( しやてい ) 小太郎左衛門( さゑもんの ) 尉( じよう ) 長重( ながしげ ) 進出( すすみいで ) て申( まうし ) けるは、「古( いにしへ ) より今に至迄( いたるまで ) 、人の望( のぞむ ) 所は名と利との二( ふたつ ) 也( なり ) 。我等( われら ) 悉( かたじけなく ) も十善( じふぜん ) の君に被憑進( まゐらせ ) て、尸( かばね ) を軍門( ぐんもん ) に曝( さら ) す共( とも ) 名を後代( こうだい ) に残( のこさ ) ん事( こと ) 、生前( しやうぜん ) の思出( おもひで ) 、死後の名誉たるべし。唯一筋( ひとすぢ ) に思定( おもひさだめ ) させ給ふより外( ほか ) の儀( ぎ ) 有( ある ) べしとも存( ぞんじ ) 候はず。」と申( まうし ) ければ、又太郎を始( はじめ ) として当座( たうざ ) に候( さふらひ ) ける一族共( いちぞくども ) 二十( にじふ ) 余人( よにん ) 、皆此儀( このぎ ) に同( どう ) じてけり。「されば頓( やが ) て合戦の用意( ようい ) 候べし。定( さだめ ) て追手( おひて ) も迹( あと ) より懸( かか ) り候らん。長重( ながしげ ) は主上の御迎( むかひ ) に参( まゐつ ) て、直( すぐ ) に船上山( ふなのうへやま ) へ入進( いれまゐら ) せん。旁( かたがた ) は頓( やが ) て打立( うつたつ ) て、船上( ふなのうへ ) へ御参( ごさん ) 候べし。」と云捨( いひすて ) て、鎧一縮( いつしゆく ) して走り出( いで ) ければ、一族( いちぞく ) 五人腹巻( はらまき ) 取( とつ ) て投懸々々( なげかけなげかけ ) 、皆高紐( たかひぼ ) しめて、共に御迎( むかひ ) にぞ参じける。俄( にはか ) の事にて御輿( こし ) なんども無( なか ) りければ、長重( ながしげ ) 着( き ) たる鎧( よろひ ) の上に荒薦( あらこも ) を巻( まい ) て、主上を負進( おひまゐら ) せ、鳥の飛( とぶ ) が如くして舟上( ふなのうへ ) へ入( いれ ) 奉る。長年( ながとし ) 近辺( きんぺん ) の在家( ざいけ ) に人を廻( まは ) し、「思立( おもひたつ ) 事( こと ) 有( あつ ) て舟上( ふなのうへ ) に兵粮を上( あぐ ) る事あり。我倉( わがくら ) の内にある所の米穀( べいこく ) を、一荷( いつか ) 持( もつ ) て運びたらん者には、銭( ぜに ) を五百( ごひやく ) づゝ取らすべし。」と触( ふれ ) たりける間、十方より人夫( にんぷ ) 五六千人出来( しゆつらい ) して、我( われ ) 劣らじと持送( もちおく ) る。一日が中( うち ) に兵粮五千( ごせん ) 余石( よこく ) 運びけり。其後( そののち ) 家中( けちゆう ) の財宝( ざいはう ) 悉( ことごとく ) 人民( じんみん ) 百姓に与( あたへ ) て、己( おのれ ) が館( たち ) に火をかけ、其( その ) 勢百五十騎にて、船上( ふなのうへ ) に馳( はせ ) 参り、皇居( くわうきよ ) を警固( けいご ) 仕る。長年( ながとし ) が一族( いちぞく ) 名和( なわの ) 七郎と云( いひ ) ける者、武勇の謀( はかりごと ) 有( あり ) ければ、白布( しらぬの ) 五百( ごひやく ) 端( たん ) 有( あり ) けるを旗にこしらへ、松の葉を焼( やい ) て煙( けむり ) にふすべ、近国( きんごく ) の武士共( ぶしども ) の家々の文( もん ) を書( かい ) て、此( ここ ) の木の本( もと ) 、彼( かしこ ) の峯にぞ立置( たておき ) ける。此( この ) 旗共( はたども ) 峯の嵐に吹( ふか ) れて、陣々に翻( ひるがへ ) りたる様( さま ) 、山中( さんちゆう ) に大勢( おほぜい ) 充満( じゆうまん ) したりと見へてをびたゝし。
○船上( ふなのうへ ) 合戦( かつせんの ) 事( こと ) 去程( さるほど ) に同( おなじき ) 二十九日、隠岐( おきの ) 判官、佐々木( ささきの ) 弾正( だんじやう ) 左衛門、其( その ) 勢三千余騎( よき ) にて南北より押寄( おしよせ ) たり。此舟上( このふなのうへ ) と申( まうす ) は、北は大山( だいせん ) に継( つづ ) き峙( そばだ ) ち、三方( さんぱう ) は地僻( ちさがり ) に、峯に懸( かか ) れる白雲( しらくも ) 腰( こし ) を廻( めぐ ) れり。俄に拵( こしら ) へたる城なれば、未( いまだ ) 堀の一所( いつしよ ) をも不掘、屏( へい ) の一重( ひとへ ) をも不塗、唯所々( しよしよ ) に大木( たいぼく ) 少々切倒( きりたふ ) して、逆木( さかもぎ ) にひき、坊舎( ばうしや ) の甍( いらか ) を破( やぶつ ) て、かひ楯( だて ) にかける計( ばかり ) 也( なり ) 。寄手( よせて ) 三千余騎( よき ) 、坂中( さかなか ) まで責上( せめのぼつ ) て、城中をきつと向上( みあげ ) たれば、松柏( しようはく ) 生茂( おひしげつ ) ていと深き木陰( こかげ ) に、勢の多少は知( しら ) ね共( ども ) 、家々の旗四五百( ごひやく ) 流( ながれ ) 、雲に翻( ひるがへ ) り、日に映( えい ) じて見へたり。さては早( はや ) 、近国( きんごく ) の勢共( せいども ) の悉( ことごとく ) 馳( はせ ) 参りたりけり。此( この ) 勢許( ばかり ) にては責難( せめがた ) しとや思( おもひ ) けん、寄手( よせて ) 皆心に危( あやしみ ) て不進得。城中の勢共( せいども ) は、敵( てき ) に勢( せい ) の分際( ぶんざい ) を見へじと、木陰( こかげ ) にぬはれ伏( ふし ) て、時々( ときどき ) 射手( いて ) を出( いだ ) し、遠矢( とほや ) を射させて日を暮( くら ) す。卦( かか ) る所に一方の寄手( よせて ) なりける佐々木( ささきの ) 弾正( だんじやう ) 左衛門( さゑもんの ) 尉( じよう ) 、遥( はるか ) の麓にひかへて居たりけるが、何方( いづかた ) より射る共( とも ) しらぬ流矢( ながれや ) に、右の眼( まなこ ) を射ぬかれて、矢庭( やには ) に伏( ふし ) て死にけり。依之( これによつて ) 其( その ) 手( て ) の兵( つはもの ) 五百( ごひやく ) 余騎( よき ) 色を失( うしなう ) て軍( いくさ ) をもせず。佐渡前司( さどのぜんじ ) は八百( はつぴやく ) 余騎( よき ) にて搦手( からめて ) へ向( むかひ ) たりけるが、俄に旗を巻( まき ) 、甲( かぶと ) を脱( ぬい ) で降参( かうさん ) す。隠岐( おきの ) 判官は猶( なほ ) 加様( かやう ) の事をも不知、搦手( からめて ) の勢は、定( さだめ ) て今は責近( せめちかづ ) きぬらんと心得て、一の木戸口( きどくち ) に支( ささへ ) て、悪手( あらて ) を入替々々( いれかへいれかへ ) 、時( とき ) 移( うつ ) るまでぞ責( せめ ) たりける。日已( すで ) に西山( せいざん ) に隠れなんとしける時、俄に天かき曇り、風吹き雨降( ふる ) 事( こと ) 車軸( しやぢく ) の如く、雷( いかづち ) の鳴( なる ) 事( こと ) 山を崩( くづ ) すが如し。寄手( よせて ) 是( これ ) におぢわなゝひて、斯彼( ここかしこ ) の木陰( こかげ ) に立寄( たちよつ ) てむらがり居たる所に、名和( なわ ) 又太郎長年( ながとし ) 舎弟( しやてい ) 太郎左衛門長重( ながしげ ) 、小次郎長生( ながたか ) が、射手( いて ) を左右に進めて散々( さんざん ) に射させ、敵( てき ) の楯( たて ) の端( はし ) のゆるぐ所を、得たりや賢( かしこ ) しと、ぬきつれて打( うつ ) てかゝる。大手の寄手( よせて ) 千余騎( よき ) 、谷底( たにぞこ ) へ皆まくり落されて、己( おのれ ) が太刀・長刀( なぎなた ) に貫( つらぬか ) れて命( いのち ) を墜( おと ) す者其数( そのかず ) を不知。隠岐( おきの ) 判官計( ばかり ) 辛( から ) き命を助( たすか ) りて、小舟( こぶね ) 一艘( いつさう ) に取乗( とりのり ) 、本国へ逃帰( にげかへ ) りけるを、国人いつしか心替( こころがはり ) して、津々浦々( つつうらうら ) を堅めふせぎける間、波に任( まか ) せ風に随( したがひ ) て、越前の敦賀( つるが ) へ漂( ただよ ) ひ寄( より ) たりけるが、幾程も無( なく ) して、六波羅( ろくはら ) 没落( ぼつらく ) の時、江州( がうしう ) 番馬( ばんば ) の辻堂( つじだう ) にて、腹掻切( かききつ ) て失( うせ ) にけり。世澆季( げうき ) に成( なり ) ぬといへ共( ども ) 、天理( てんり ) 未( いま ) だ有( あり ) けるにや、余( あまり ) に君を悩( なやま ) し奉りける隠岐( おきの ) 判官が、三十( さんじふ ) 余日( よにち ) が間に滅( ほろ ) びはてゝ、首( くび ) を軍門( ぐんもん ) の幢( はたほこ ) に懸( かけ ) られけるこそ不思儀なれ。主上隠岐( おきの ) 国( くに ) より還幸( くわんかう ) 成( なつ ) て、船上( ふなのうへ ) に御座有( ござあり ) と聞へしかば、国々の兵共( つはものども ) の馳( はせ ) 参る事引( ひき ) も不切。先( まづ ) 一番に出雲( いづも ) の守護( しゆご ) 塩谷( えんや ) 判官高貞( たかさだ ) 、富士名( ふじなの ) 判官と打連( うちつれ ) 、千( せん ) 余騎( よき ) にて馳( はせ ) 参る。其後( そののち ) 浅山( あさやま ) 二郎八百( はつぴやく ) 余騎( よき ) 、金持( かなぢ ) の一党( いつたう ) 三百( さんびやく ) 余騎( よき ) 、大山衆徒( だいせんのしゆと ) 七百余騎( よき ) 、都( すべ ) て出雲( いづも ) ・伯耆・因幡( いなば ) 、三箇国( かこく ) の間に、弓矢に携( たづさは ) る程の武士共( ぶしども ) の参らぬ者は無( なか ) りけり。是( これ ) のみならず、石見( いはみの ) 国( くに ) には沢( さは ) ・三角( みすみ ) の一族( いちぞく ) 、安芸( あきの ) 国( くに ) に熊谷( くまがえ ) ・小早河( こばいかは ) 、美作( みまさかの ) 国( くに ) には菅家( くわんけ ) の一族( いちぞく ) ・江見( えみ ) ・方賀( はが ) ・渋谷( しぶや ) ・南三郷( みなみさんがう ) 、備後( びんごの ) 国( くに ) に江田( えた ) ・広沢・宮( みや ) ・三吉( みよし ) 、備中に新見( にひみ ) ・成合( なりあひ ) ・那須( なす ) ・三村( みむら ) ・小坂( こさか ) ・河村・庄( しやう ) ・真壁( まかべ ) 、備前に今木( いまぎ ) ・大富( おほどみの ) 太郎幸範( よしのり ) ・和田備後( びんごの ) 二郎範長( のりなが ) ・知間( ちまの ) 二郎親経( ちかつね ) ・藤井・射越( いのこし ) 五郎左衛門範貞( のりさだ ) ・小嶋( こじま ) ・中吉( なかぎり ) ・美濃権( みののごんの ) 介・和気( わけの ) 弥次郎季経( すゑつね ) ・石生( おしこ ) 彦三郎、此外( このほか ) 四国九州の兵( つはもの ) までも聞伝々々( ききつたへききつたへ ) 、我前( われさき ) にと馳( はせ ) 参りける間、其( その ) 勢舟上山( ふなのうへやま ) に居余( ゐあま ) りて、四方( しはう ) の麓二三里は、木の下・草の陰( かげ ) までも、人ならずと云( いふ ) 所は無( なか ) りけり。