國性爺合戰

Kokusen'ya kassen

近松門左衛門 Chikamatsu Monzaemon

國性爺合戰

序幕 平戸海岸鴫蛤の場

  • 役名==漁師、和藤内。
  • 老一官。
  • 和藤内妻、小むつ。

本舞臺、一面の波幕、太鼓入り大漁の唄にて幕あく。

[唄]

〓祝へ大漁平戸の濱へ、山は鯨か海豚の土手に、追込む磯は鯛ひらめ。

[ト書]

トこの唄へ太鼓入りにて、花道より漁師一先きに、片手に大太鼓を持ち叩きながら、後より同じく漁師二、三、四、大びくへ魚を一ぱい入れしを、櫂にて擔ぎ、出て來り、花道にて

四人

大漁ぢや/\/\。

漁一

イヤ、今日は夕方のそこりぢやから、いゝ加減にして上つて來たが、どのくらゐ漁があるか、實に數が知れぬではないか。

漁二

この生洲を平戸の明神樣へ供へて、大漁の御祝ひを申さねばならぬぞよ。

漁三

もっと、大漁を觸れてくれさつせえ。

四人

大漁ぢや/\。

[ト書]

トわや/\云ひながら舞臺へ來り、びくを下ろし

漁一

時に、今見えた珍しい船は、何であらうか、鯨舟でもなし、赤く塗つた形を見ると、唐の茶舟か唐人の遊山舟かゞ、この日本へ流れて來たのではござらぬかの。

漁二

さうぢや。楫は折れ、艪櫂はなし、何でも唐人舟の難船が、こちへ流れて來たに違ひござらぬが、波六どんの云ふには、よい女子が乘つて居たといふことだ。

漁三

馬鹿ア云はツせえ。それは貴樣かつがれたのぢや。なんであの異國舟に女子が乘つて居て、爰迄生きて來られるものだ。

漁四

イヤ、さうでござらぬ。おらが舟へ沖でぶツかつた時に、ちよつと目にかゝつたは、痩せおとろへた、よい器量の女子で、楊貴妃の幽靈のやうでござつたが、形といひ髮形ちといひ、畫に書いた唐の后のやうであつたわえ。

漁一

そりや妙ぢやの。マア斯ういふ事の分るのは、村の和藤内どのの所へ、この頃異國から來られて父御に聞いたが、いつち早いワ。

漁二

オヽ、さうぢや/\。大明とやらの御方ぢやといふから、こりや地頭樣などへ行つて聞くより、いつちそれがよからうわい。

漁三

さう云へば和藤内どの初め、父御の老一官とやらいふ人や、内儀の小むつどのも、最前濱邊へ出て行つたれば、その唐人船を見に行つたかも知れぬわえ。

漁四

これを明神樣へ供へたら、和藤内どのの所へ、尋ねて行つて見ようではござらぬかえ。

漁一

オヽ、それがつつち近道ぢや。そんなら皆の衆、ドレ、明神樣へ。

四人

お供へ申さうわえ。大漁ぢや/\。

[ト書]

トわや/\云ひながら太鼓を叩き、右の唄にて、四人上手へ入る。知らせに付き、波幕を切つて落す。

本舞臺、向う一面の海原、下手より沖へ突き出たる岩山の書割、上手中足程の岩山、磯馴れの松、澤山にあり、下手芦原の見切り、すべて備前平戸海岸の體、波の音にて道具納まる。

[ト書]

ト鳴り物打上げ、大薩摩になる。

[唄]

〓それ綿蠻たる黄鳥丘隅に止まる、人として止まる所に止まらずんば、鳥に如かざる可しとかや、爰は備前の松浦潟、波路遙に磯千鳥、見渡す干瀉すき返し、貝とりどりの面白し。

[ト書]

ト文句の切れ、賑やかな鳴り物、波の音になり、漁師和藤内、大縞の着附け、前帶、繻子の脚絆、藁草履、腰蓑にて岩に腰かけ、煙草をのみ、この前に大蛤、相引にて口をあいて居る。爰へ差しがねの鴫一羽飛び居る。これを和藤内、見込み居る見得にて、舞臺眞中へセリ上げる。

[唄]

〓和藤内きつと目を附け、

和藤

ハテ、面白し。

[ト書]

ト誂らへの合ひ方になり

[和藤]

我が父は大明國の忠臣、大爺鄭芝龍と云ツし者なりしが、くらき帝を諫め兼ね、自ら長沙の罪をさけ、この日の本へ筑紫潟、老一官と名を改め、和藤内に唐土の兵書を教しへ、我れも專ら軍法に心ゆだねしが、この鴫蛤の爭ひに依つて、軍法の奧義、一時に悟りたり。

[ト書]

トぢつと見やり

[和藤]

蛤は貝の質堅きを頼んで、鴫の來るを知らず、まつた鴫は嘴の鋭きに誇つて、蛤の口を閉づるを知らず。ムウ、イヤ、挑むワ/\。

[唄]

〓取る人ありとも白泡の、たゞ一突きと覘ひ寄る。

[ト書]

トこのうち鴫は蛤の口へ嘴を入れる。これにて蛤口をしめるゆゑ、鴫飛ばうとして動かれぬこなし。

[和藤]

ムウ、貝は放さじ鴫は放れんとして、前へ氣を漲つて後を顧みるに隙なし。爰に臨んで、我れ手を濡らさず、二つを一度に引ツ掴むにいと易きは、これぞ兩雄戰はずして、その虚を討つといふ軍法の祕密。幸なるかな父一官の生國大明韃靼は、いま鴫蛤の國爭ひ、合戰最中と聞き及ぶ。これより唐土に渡り、この理を以て彼の理を押さば、大明韃靼兩國を只一呑みに、我が日の本の名を上げん。ハテ、幸先のよき事ぢやなア。

[唄]

〓天を拜し、地を拜し、國の譽ぞ勇ましゝ。

[ト書]

ト立ち上がり、鴫蛤を後ろへ蹴返し、よろしく思ひ入れ。大薩摩の上げ。本釣鐘を打込み。少し闇くなる。爰へ幕明きの漁師一、櫂を持ち窺ひ出て

漁一

 怪しい奴め。

[ト書]

ト打つてかゝるを、ちよつと立廻つて突きやる。この時上手半腹、立木の間へ老一官、異國の氣附け、劔を附け、沓、竹の子笠をかざし、下手蘆原より和藤内妻小むつ、氣流し前帶、片褄はしをり、手拭を吹流しにして出て、三方一時の見得。本釣鐘、誂らへの合ひ方になり、兩人は和藤内を曲者と疑ひ寄る。この間へ漁師、櫂を持つてからみ、だんまりの立廻りあつて、トド三人、夜目に顏をすかし見やり

小む

ヤ、こちの人か。

老一

オヽ、忰であつたか。

漁師

なにを。

[ト書]

ト打つてかゝるを、和藤内、ちよつと立廻つて、ポンとかへすを、木の頭。

和藤

イヤ、ひやいな事の。

[ト書]

トこのもやうよろしく、波の音、一セイにて

ひやうし幕

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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