源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 夕霧の物語 小野山荘訪問

2 落葉宮の物語 律師の告げ口

3 一条御息所の物語 行き違いの不幸

4 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧

5 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る

6 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮

7 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語

出典
校訂

1 夕霧の物語 小野山荘訪問

2 落葉宮の物語 律師の告げ口

3 一条御息所の物語 行き違いの不幸

4 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧

5 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る

6 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮

7 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語

1 Tale of Yugiri Yugiri visits a mountain villa in Ono

2 Tale of Ochiba-no-miya A priest's information

3 Tale of Miyasumdokoro A misfortune of crossed letter

4 Tale of Yugiri Yugiri falls in love Ochiba-no-miya

5 Tale of Ochiba-no-miya Yugiri presses Ochiba-no-miya for a marriage

6 Tale of Yugiri Yugiri worries himself about Kumoi-no-kari and Ochiba-no-miya

7 Tale of Kumoi-no-kari Yugiri's wives

 1 夕霧の物語 小野山荘訪問 [1-1 一条御息所と落葉宮、小野山荘に移る]
まめ人の名をとりて、さかしがりたまふ大将、この一条の宮の御ありさまを、なほあらまほしと心にとどめて、おほかたの人目には、昔を忘れぬ用意に見せつつ、いとねむごろにとぶらひきこえたまふ。下の心には、かくては止むまじくなむ、月日に添へて思ひまさりたまひける。
御息所も、「あはれにありがたき御心ばへにもあるかな」と、今はいよいよもの寂しき御つれづれを、絶えず訪づれたまふに、慰めたまふことども多かり。
初めより懸想びても聞こえたまはざりしに、
「ひき返し懸想ばみなまめかむもまばゆし。ただ深き心ざしを見えたてまつりて、うちとけたまふ折もあらじやは」
と思ひつつ、さるべきことにつけても、宮の御けはひありさまを見たまふ。みづからなど聞こえたまふことはさらになし。
「いかならむついでに、思ふことをもまほに聞こえ知らせて、人の御けはひを見む」
と思しわたるに、御息所、もののけにいたう患ひたまひて、小野といふわたりに、山里持たまへるに渡りたまへり。早うより御祈りの師に、もののけなど祓ひ捨てける律師、山籠もりして里に出でじと誓ひたるを、麓近くて、請じ下ろしたまふゆゑなりけり。
御車よりはじめて、御前など、大将殿よりぞたてまつれたまへるを、なかなか昔の近きゆかりの君たちは、ことわざしげきおのがじしの世のいとなみに紛れつつ、えしも思ひ出できこえたまはず。
弁の君、はた、思ふ心なきにしもあらで、けしきばみけるに、ことの外なる御もてなしなりけるには、しひてえ参でとぶらひたまはずなりにたり。
この君は、いとかしこう、さりげなくて聞こえ馴れたまひにためり。修法などせさせたまふと聞きて、僧の布施、浄衣などやうの、こまかなるものをさへたてまつれたまふ。悩みたまふ人は、え聞こえたまはず。
「なべての宣旨書きは、ものしと思しぬべく、ことことしき御さまなり」
と、人々聞こゆれば、宮ぞ御返り聞こえたまふ。
いとをかしげにて、ただ一行りなど、おほどかなる書きざま、言葉もなつかしきところ書き添へたまへるを、いよいよ見まほしう目とまりて、しげう聞こえ通ひたまふ。
「なほ、つひにあるやうあるべきやう御仲らひなめり」
と、北の方けしきとりたまへれば、わづらはしくて、参うでまほしう思せど、とみにえ出で立ちたまはず。

 1 夕霧の物語 小野山荘訪問 [1-1 一条御息所と落葉宮、小野山荘に移る]
堅物との評判を取って、こざかしそうにしていらっしゃる大将、この一条宮のご様子を、やはり理想的だと心に止めて、世間の人目には、昔の友情を忘れていない心遣いを見せながら、とても懇切にお見舞い申し上げなさる。内心では、このままではやめられそうになく、月日を経るに従って思いが募って行かれるのであった。
御息所も、「大変にもったいないご親切であることよ」と、今ではますます寂しく所在ないお暮らしを、絶えず訪れなさるので、お慰めになることがいろいろと多かった。
初めから色めいたことを申し上げたりなさらなかったのだが、
「打って変わって色めかしく艶めいた振る舞いをするのも気恥ずかしい。ただ深い愛情をお見せ申せば、心を許してくれる時がなくはないだろう」
と思いながら、何かの用事にかこつけても、宮のご様子や態度をお伺いなさる。ご自身がお応え申し上げなさることはまったくない。
「どのような機会に、思っていることをまっすぐに申し上げて、相手のご様子を見ようか」
と、お考えになっていたところ、御息所が、物の怪にひどくお患いになって、小野という辺りに、山里を持っていらっしゃった所にお移りになった。早くから御祈祷師として、物の怪などを追い払っていた律師が、山籠もりして里には出まいと誓願を立てていたのを、麓近くなので、下山して頂くためなのであった。
お車をはじめとして、御前駆など、大将殿から差し向けなさったのであるが、かえって故人の親しい弟君たちは、仕事が忙しく自分の事にかまけて、お思い出し申し上げることができなかった。
弁の君、彼は彼で、気がないわけでもなくて、素振りを匂わせたのだが、思ってもみない程のおあしらいだったので、無理に参上してお世話なさることもできなくなっていた。
この君は、とても賢く、何とはない様子で自然と馴れ親しみなさったようである。修法などをおさせになると聞いて、僧の布施、浄衣などのような、こまごまとした物まで差し上げなさる。病気でいらっしゃる方は、お書きになるとができない。
「通り一遍の代筆は、けしからぬとお思いでしょう、重々しい身分のお方です」
と、女房たちが申し上げるので、宮がお返事をさし上げなさる。
とても美しく、ただ一くだりほど、おっとりとした筆づかいに、言葉も優しい感じを書き添えなさっているので、ますます見たく目がとまって、頻繁に手紙を差し上げなさる。
「やはり、いつかは事の起こるに違いないご関係のようだ」
と、北の方は様子を察していられたので、めんどうに思って、訪問したいとはお思いになるが、すぐにはお出かけになることができない。

 1 Tale of Yugiri Yugiri visits a mountain villa in Ono [1-1 Ochiba-no-miya and her mother move in Ono]
 Mame-bito no na wo tori te, sakasigari tamahu Daisyau, kono Itideu-no-Miya no mi-arisama wo, naho aramahosi to kokoro ni todome te, ohokata no hitome ni ha, mukasi wo wasure nu youi ni mise tutu, ito nemgoro ni toburahi kikoye tamahu. Sita no kokoro ni ha, kaku te ha yamu maziku nam, tuki-hi ni sohe te, omohi masari tamahi keru.
 Miyasumdokoro mo, "Ahare ni arigataki mi-kokorobahe ni mo aru kana!" to, ima ha iyo-iyo mono-sabisiki ohom-ture-dure wo, taye zu otodure tamahu ni, nagusame tamahu koto-domo ohokari.
 Hazime yori kesau-bi te mo kikoye tamaha zari si ni,
 "Hiki-kahesi kesau-bami namameka m mo mabayusi. Tada hukaki kokorozasi wo miye tatematuri te, uti-toke tamahu wori mo arazi ya ha."
 to omohi tutu, saru beki koto ni tuke te mo, Miya no ohom-kehahi arisama wo mi tamahu. Midukara nado kikoye tamahu koto ha sara ni nasi.
 "Ika nara m tuide ni, omohu koto wo mo maho ni kikoye sirase te, hito no ohom-kehahi wo mi m."
 to obosi wataru ni, Miyasumdokoro, mononoke ni itau wadurahi tamahi te, Wono to ihu watari ni, yama-zato mo'tamahe ru ni watari tamahe ri. Hayau yori ohom-inori no si ni, mononoke nado harahi sute keru Risi, yama-gomori si te sato ni ide zi to tikahi taru wo, humoto tikaku te, sau-zi orosi tamahu yuwe nari keri.
 Mi-kuruma yori hazime te, go-zen nado, Daisyau-dono yori zo tatemature tamahe ru wo, naka-naka no mukasi no tikaki yukari no Kimi-tati ha, kotowaza sigeki onogazisi no yo no itonami ni magire tutu, e si mo omohi-ide kikoye tamaha zu.
 Ben-no-Kimi, hata, omohu kokoro naki ni si mo ara de, kesikibami keru ni, koto no hoka naru ohom-motenasi nari keru ni ha, sihite e ma'de toburahi tamaha zu nari ni tari.
 Kono Kimi ha, ito kasikou, sarige naku te kikoye nare tamahi ni ta'meri. Zuhohu nado se sase tamahu to kiki te, Sou no huse, zyaue nado yau no, komaka naru mono wo sahe tatemature tamahu. Nayami tamahu hito ha, e kikoye tamaha zu.
 "Nabete no senzi-gaki ha, monosi to obosi nu beku, koto-kotosiki ohom-sama nari."
 to, hito-bito kikoyure ba, Miya zo ohom-kaheri kikoye tamahu.
 Ito wokasige ni te, tada hito-kudari nado, ohodoka naru kaki zama, kotoba mo natukasiki tokoro kaki sohe tamahe ru wo, iyo-iyo mi mahosiu me tomari te, sigeu kikoye kayohi tamahu.
 "Naho, tuhi ni aru yau aru beki yau ohom-nakarahi na'meri."
 to, Kitanokata kesiki tori tamahe re ba, wadurahasiku te, maude mahosiu obose do, tomi ni e ide-tati tamaha zu.

 [1-2 8月20日頃、夕霧、小野山荘を訪問]
八月中の十日ばかりなれば、野辺のけしきもをかしきころなるに、山里のありさまのいとゆかしければ、
「なにがし律師のめづらしう下りたなるに、せちに語らふべきことあり。御息所の患ひたまふなるもとぶらひがてら、参うでむ」
と、おほかたにぞ聞こえて出でたまふ。御前、ことことしからで、親しき限り五、六人ばかり、狩衣にてさぶらふ。ことに深き道ならねど、松が崎の小山の色なども、さる巌ならねど、秋のけしきつきて、都に二なくと尽くしたる家居には、なほ、あはれも興もまさりてぞ見ゆるや。
はかなき小柴垣もゆゑあるさまにしなして、かりそめなれどあてはかに住まひなしたまへり。寝殿とおぼしき東の放出に、修法の檀塗りて、北の廂におはすれば、西面に宮はおはします。
御もののけむつかしとて、とどめたてまつりたまひけれど、いかでか離れたてまつらむと、慕ひわたりたまへるを、人に移り散るを懼ぢて、すこしの隔てばかりに、あなたには渡したてまつりたまはず。
客人のゐたまふべき所のなければ、宮の御方の御簾の前に入れたてまつりて、上臈だつ人々、御消息聞こえ伝ふ。
「いとかたじけなく、かうまでのたまはせ渡らせたまへるをなむ。もしかひなくなり果てはべりなば、このかしこまりをだに聞こえさせでやと、思ひたまふるをなむ、今しばしかけとどめまほしき心つきはべりぬる」
と、聞こえ出だしたまへり。
「渡らせたまひし御送りにもと思うたまへしを、六条院に承りさしたることはべりしほどにてなむ。日ごろも、そこはかとなく紛るることはべりて、思ひたまふる心のほどよりは、こよなくおろかに御覧ぜらるることの、苦しうはべる」
など、聞こえたまふ。

 [1-2 8月20日頃、夕霧、小野山荘を訪問]
八月二十日のころなので、野辺の様子も美しい時期だし、山里の様子もとても気になるので、
「何某律師が珍しく下山していると言うので、是非に相談したいことがある。御息所が病気でいらっしゃると言うのもお見舞いがてら、お伺いしよう」
と、さりげない用件のように申し上げてお出かけになる。御前駆、大げさにせず、親しい者だけ五、六人ほどが、狩衣姿で従う。特別深い山道ではないが、松が崎の小山の色なども、それほどの岩山ではないが、秋らしい様子になって、都で又となく善美を尽くした住居より、やはり、情趣も風情も立ち勝って見えることであるよ。
ちょっとした小柴垣も風流な様に作ってあって、仮のお住まいだが品よくお暮らしになっていらっしゃった。寝殿と思われる東の放出に、修法の壇を塗り上げて、北の廂の間にいらっしゃるので、西表の間に宮はいらっしゃる。
御物の怪が厄介だからと言って、お止め申し上げなさったが、どうしてお側を離れ申そうと、慕ってお移りになったのだが、物の怪が他の人に乗り移るのを恐れて、わずかの隔てを置く程度にして、そちらにはお入れ申し上げなさらない。
客人のお座りになる所がないので、宮の御方の簾の前にお入れ申して、上臈のような女房たちが、ご挨拶をお伝え申し上げる。
「まことにもったいなく、こんなにまで遠路はるばるお見舞いにお越し下さいまして。もしこのままはかなくなってしまいましたならば、このお礼をさえ申し上げることができないのではないかと、存じておりましたが、もう暫く生きていたいという気持ちになりました」
と、奥から申し上げなさった。
「お移りあそばした時のお供を致そうと存じておりましたが、六条院から仰せつけられていた事が中途になっていまして。このところも、何かと忙しい雑事がございまして、案じておりました気持ちよりも、ずっと誠意がない者のように御覧になられますのが、辛うございます」
などと、申し上げなさる。

 [1-2 Yugiri visits a mountain villa in Ono about August 20]
 Hati-gwati naka no towo-ka bakari nare ba, nobe no kesiki mo wokasiki koro naru ni, yamazato no arisama no ito yukasikere ba,
 "Nanigasi Risi no medurasiu ori ta'naru ni, seti ni katarahu beki koto ari. Miyasumdokoro no wadurahi tamahu naru mo toburahi gatera, maude m."
 to, ohokata ni zo kikoye te ide tamahu. Go-zen, koto-kotosikara de, sitasiki kagiri go, roku-nin bakari, kari-ginu ni te saburahu. Koto ni hukaki miti nara ne do, Matugasaki no woyama no iro nado mo, saru ihaho nara ne do, aki no kesiki tuki te, miyako ni ni naku to tukusi taru ihe-wi ni ha, naho, ahare mo kyou mo masari te zo miyuru ya!
 Hakanaki ko-sibagaki mo yuwe aru sama ni si-nasi te, karisome nare do atehaka ni sumahi-nasi tamahe ri. Sinden to obosiki himgasi no hanati-ide ni, zuhohu no dan nuri te, kita no hisasi ni ohasure ba, nisi-omote ni Miya ha ohasimasu.
 Ohom-mononoke mutukasi tote, todome tatematuri tamahi kere do, ikade ka hanare tatematura m to, sitahi watari tamahe ru wo, hito ni uturi tiru wo odi te, sukosi no hedate bakari ni, anata ni ha watasi tatematuri tamaha zu.
 Mara-uto no wi tamahu beki tokoro no nakere ba, Miya no ohom-kata no mi-su no mahe ni ire tatematuri te, zyaurahu-datu hito-bito, ohom-seusoko kikoye tutahu.
 "Ito katazikenaku, kau made notamaha se watara se tamahe ru wo nam. Mosi kahi naku nari hate haberi na ba, kono kasikomari wo dani kikoye sase de ya to, omohi tamahuru wo nam, ima sibasi kake-todome mahosiki kokoro tuki haberi nuru."
 to, kikoye idasi tamahe ri.
 "Watara se tamahi si ohom-okuri ni mo to omou tamahe si wo, Rokudeu-no-Win ni uketamahari-sasi taru koto haberi si hodo ni te nam. Hi-goro mo, sokohaka to naku magiruru koto haberi te, omohi tamahuru kokoro no hodo yori ha, koyonaku oroka ni go-ran-ze raruru koto no, kurusiu haberu."
 nado, kikoye tamahu.

 [1-3 夕霧、落葉宮に面談を申し入れる]
宮は、奥の方にいと忍びておはしませど、ことことしからぬ旅の御しつらひ、浅きやうなる御座のほどにて、人の御けはひおのづからしるし。いとやはらかにうちみじろきなどしたまふ御衣の音なひ、さばかりななりと、聞きゐたまへり。
心も空におぼえて、あなたの御消息通ふほど、すこし遠う隔たる隙に、例の少将の君など、さぶらふ人々に物語などしたまひて、
「かう参り来馴れ承ることの、年ごろといふばかりになりにけるを、こよなうもの遠うもてなさせたまへる恨めしさなむ。かかる御簾の前にて、人伝ての御消息などの、ほのかに聞こえ伝ふることよ。まだこそならはね。いかに古めかしきさまに、人々ほほ笑みたまふらむと、はしたなくなむ。
齢積もらず軽らかなりしほどに、ほの好きたる方に面馴れなましかば、かううひうひしうもおぼえざらまし。さらに、かばかりすくすくしう、おれて年経る人は、たぐひあらじかし」
とのたまふ。げに、いとあなづりにくげなるさましたまひつれば、さればよと、
「なかなかなる御いらへ聞こえ出でむは、恥づかしう」
などつきしろひて、
「かかる御愁へ聞こしめし知らぬやうなり」
と、宮に聞こゆれば、
「みづから聞こえたまはざめるかたはらいたさに、代はりはべるべきを、いと恐ろしきまでものしたまふめりしを、見あつかひはべりしほどに、いとどあるかなきかの心地になりてなむ、え聞こえぬ」
とあれば、
「こは、宮の御消息か」とゐ直りて、「心苦しき御悩みを、身に代ふばかり嘆ききこえさせはべるも、何のゆゑにか。かたじけなけれど、ものを思し知る御ありさまなど、はればれしき方にも見たてまつり直したまふまでは、平らかに過ぐしたまはむこそ、誰が御ためにも頼もしきことにははべらめと、推し量りきこえさするによりなむ。ただあなたざまに思し譲りて、積もりはべりぬる心ざしをも知ろしめされぬは、本意なき心地なむ」
と聞こえたまふ。「げに」と、人々も聞こゆ。

 [1-3 夕霧、落葉宮に面談を申し入れる]
宮は、奥の方にとてもひっそりとしていらっしゃるが、おおげさでない仮住まいのお設備で、端近な感じのご座所なので、宮のご様子も自然とはっきり伝わる。とても物静かに身じろぎなさる時の衣ずれの音、あれがそうなのだろうと、聞いていらっしゃった。
心も上の空になって、あちらへのご挨拶を伝えている間、少し長く手間取っているうちに、例の少将の君などの、伺候している女房たちにお話などなさって、
「このように参上して親しくお話を伺うことが、何年という程になったが、まったく他人行儀にお扱いなさる恨めしさよ。このような御簾の前で、人伝てのご挨拶などを、ほのかにお伝え申し上げるとはね。いまだ経験したことがないね。どんなにか古くさい人間かと、宮様方は笑っていらっしゃるだろうと、きまりの悪い思いがする。
年齢も若く身分も低かったころに、多少とも色めいたことに経験が豊かであったら、こんな恥ずかしい思いはしなかったろうに。まったく、このように生真面目で、愚かしく年を過ごして来た人は、他にいないだろう」
とおっしゃる。なるほど、まことに軽々しくお扱いできないご様子でいらっしゃるので、やはりそうであったかと、
「中途半端なお返事を申し上げるのは、気が引けます」
などとつっ突き合って、
「このようなご不満に対し情趣を解さないように思われます」
と、宮に申し上げると、
「ご自身で直接申し上げなさらないようなご無礼につき、代わって致さねばならないところですが、大変に恐いほどのご病気でいらっしゃったようなのを、看病致しておりましたうちに、ますます生きているのかどうなのか分からない気分になって、お返事申し上げることができません」
とおっしゃるので、
「これは、宮のお返事ですか」と居ずまいを正して、「お気の毒なご病気を、わが身に代えてもとご心配申し上げておりましたのも、他ならぬあなたのためです。恐れ多いことですが、物事のご判断がお出来になるご様子などを、ご快復を御覧になられるまでは、平穏にお過ごしになられるのが、どなたにとっても心強いことでございましょうと、ご推察申し上げるのです。ただ母上様へのご心配ばかりとお考えになって、積もる思いをご理解下さらないのは、不本意でございます」
と申し上げなさる。「おっしゃる通りだ」と、女房たちも申し上げる。

 [1-3 Yugiri offers to meet with Ochiba-no-miya]
 Miya ha, oku no kata ni ito sinobi te ohasimase do, koto-kotosikara nu tabi no ohom-siturahi, asaki yau naru o-masi no hodo ni te, hito no ohom-kehahi onodukara sirusi. Ito yaharaka ni uti-miziroki nado si tamahu mi-zo no otonahi, sabakari na'nari to, kiki-wi tamahe ri.
 Kokoro mo sora ni oboye te, anata no ohom-seusoko kayohu hodo, sukosi tohou hedataru hima ni, rei no Seusyau-no-Kimi nado, saburahu hito-bito ni monogatari nado si tamahi te,
 "Kau mawiri ki nare uketamaharu koto no, tosi-goro to ihu bakari ni nari ni keru wo, koyonau mono tohou motenasa se tamahe ru uramesisa nam. Kakaru mi-su no mahe ni te, hito-dute no ohom-seusoko nado no, honoka ni kikoye tutahuru koto yo. Mada koso naraha ne. Ikani hurumekasiki sama ni, hito-bito hohowemi tamahu ram to, hasitanaku nam.
 Yohahi tumora zu karuraka nari si hodo ni, hono-suki taru kata ni omo-nare na masika ba, kau uhi-uhisiu mo oboye zara masi. Sarani, kabakari suku-sukusiu, ore te tosi huru hito ha, taguhi ara zi kasi."
 to notamahu. Geni, ito anaduri nikuge naru sama si tamahi ture ba, sareba yo to,
 "Naka-naka naru ohom-irahe kikoye ide m ha, hadukasiu."
 nado tukisirohi te,
 "Kakaru ohom-urehe kikosimesi sira nu yau nari."
 to, Miya ni kikoyure ba,
 "Midukara kikoye tamaha za'meru katahara itasa ni, kahari haberu beki wo, ito osorosiki made monosi tamahu meri si wo, mi atukahi haberi si hodo ni itodo aru ka naki ka no kokoti ni nari te nam, e kikoye nu."
 to are ba,
 "Koha, Miya no ohom-seusoko ka?" to wi-nahori te, "Kokoro-gurusiki ohom-nayami wo, mi ni kahu bakari nageki kikoye sase haberu mo, nani no yuwe ni ka? Katazikenakere do, mono wo obosi siru mi-arisama nado, hare-baresiki kata ni mo mi tatematuri nahosi tamahu made ha, tahiraka ni sugusi tamaha m koso, ta ga ohom-tame ni mo tanomosiki koto ni habera me to, osihakari kikoye sasuru ni yori nam. Tada anata zama ni obosi yuduri te, tumori haberi nuru kokorozasi wo mo sirosi mesa re nu ha, ho'i naki kokoti nam."
 to kikoye tamahu. "Geni" to, hito-bito mo kikoyu.

 [1-4 夕霧、山荘に一晩逗留を決意]
日入り方になり行くに、空のけしきもあはれに霧りわたりて、山の蔭1876は小暗き心地するに、ひぐらし鳴きしきりて、垣ほに生ふる撫子1877の、うちなびける色もをかしう見ゆ。
前の前栽の花どもは、心にまかせて乱れあひたるに、水の音いと涼しげにて、山おろし心すごく、松の響き木深く聞こえわたされなどして、不断の経読む、時変はりて、鐘うち鳴らすに、立つ声もゐ変はるも、一つにあひて、いと尊く聞こゆ。
所から、よろづのこと心細う見なさるるも、あはれにもの思ひ続けらる。出でたまはむ心地もなし。律師も、加持する音して、陀羅尼いと尊く読むなり。
いと苦しげにし給ふなりとて、人々もそなたに集ひて、おほかたも、かかる旅所にあまた参らざりけるに、いとど人少なにて、宮は眺めたまへり。しめやかにて、「思ふこともうち出でつべき折かな」と思ひゐたまへるに、霧のただこの軒のもとまで立ちわたれば、
「まかでむ方も見えずなり行くは、いかがすべき」とて、
「山里のあはれを添ふる夕霧に
立ち出でむ空もなき心地して」
と聞こえたまへば、
「山賤の籬をこめて立つ霧も
心そらなる人はとどめず」
ほのかに聞こゆる御けはひに慰めつつ、まことに帰るさ忘れ果てぬ。
「中空なるわざかな。家路は見えず、霧の籬は、立ち止るべうもあらず遣らはせたまふ。つきなき人は、かかることこそ」
などやすらひて、忍びあまりぬる筋もほのめかし聞こえたまふに、年ごろもむげに見知りたまはぬにはあらねど、知らぬ顔にのみもてなしたまへるを、かく言に出でて怨みきこえたまふを、わづらはしうて、いとど御いらへもなければ、いたう嘆きつつ、心のうちに、「また、かかる折ありなむや」と、思ひめぐらしたまふ。
「情けなうあはつけきものには思はれたてまつるとも、いかがはせむ。思ひわたるさまをだに知らせたてまつらむ」
と思ひて、人を召せば、御司の将監よりかうぶり得たる、睦ましき人ぞ参れる。忍びやかに召し寄せて、
「この律師にかならず言ふべきことのあるを。護身などに暇なげなめる、ただ今はうち休むらむ。今宵このわたりに泊りて、初夜の時果てむほどに、かのゐたる方にものせむ。これかれ、さぶらはせよ。随身などの男どもは、栗栖野の荘近からむ、秣などとり飼はせて、ここに人あまた声なせそ。かやうの旅寝は、軽々しきやうに人もとりなすべし」
とのたまふ。あるやうあるべしと心得て、承りて立ちぬ。

 [1-4 夕霧、山荘に一晩逗留を決意]
日も入り方になるにつれて、空の様子もしんみりと霧が立ち籠めて、山の蔭は薄暗い感じがするところに、蜩がしきりに鳴いて、垣根に生えている撫子が、風になびいている色も美しく見える。
前の前栽の花々が、思い思いに咲き乱れているところに、水の音がとても涼しそうに聞こえて、山下ろしの風がぞっとするように、松風の響きが奥にこもってそこらじゅう聞こえたりなどして、不断の経を読むのが、交替の時刻になって、鐘を打ち鳴らすと、立つ僧の声も変って座る僧の声も、一緒になって、まことに尊く聞こえる。
場所柄ゆえ、あらゆる事が心細く思われるのも、しみじみと感慨が湧き起こる。お帰りなる気持ちも起こらない。律師の加持する声がして、陀羅尼を大変に尊く読んでいる様子である。
たいそうお苦しそうでいらっしゃるということで、女房たちもそちらの方に集まって、大体が、このような仮住まいに大勢はお供しなかったので、ますます人少なで、宮は物思いに耽っていらっしゃった。ひっそりしていて、「思っていることも話し出すによい機会かな」と思って座っていらっしゃると、霧がすぐこの軒の所まで立ち籠めたので、
「帰って行く方角も分からなくなって行くのは、どうしたらよいでしょうか」と言って、
「山里の物寂しい気持ちを添える夕霧のために
帰って行く気持ちにもなれずおります」
と申し上げなさると、
「山里の垣根に立ち籠めた霧も
気持ちのない人は引き止めません」
かすかに申し上げるご様子に慰めながら、ほんとうに帰るのを忘れてしまった。
「どうしてよいか分からない気持ちです。家路は見えないし、霧の立ち籠めたこの家には、立ち止まることもできないようにせき立てなさる。物馴れない男は、こうした目に遭うのですね」
などとためらって、これ以上堪えられない思いをほのめかして申し上げなさると、今までも全然ご存知でなかったわけではないが、知らない顔でばかり通して来なさったので、このように言葉に出されてお恨み申し上げなさるのを、面倒に思って、ますますお返事もないので、たいそう嘆きながら、心の中で、「再び、このような機会があるだろうか」と、思案をめぐらしなさる。
「薄情で軽薄な者と思われ申そうとも、どうすることもできない。せめて思い続けて来たことだけでもお打ち明け申そう」
と思って、供人をお呼びになると、近衛府の将監から五位になった、腹心の家来が参った。人目に立たないように呼び寄せなさって、
「この律師に是非とも話したいことがあるのだが。護身などに忙しいようだが、ちょうど今は休んでいるだろう。今夜はこの近辺に泊まって、初夜の時刻が終わるころに、あの控えている所に参ろう。誰と誰とを、控えさせておけ。随身などの男たちは、栗栖野の荘園が近いから、秣などを馬に食わせて、ここでは大勢の声を立てるではない。このような旅寝は、軽率なように人が取り沙汰しようから」
とお命じになる。何かきっと子細があるのだろうと理解して、仰せを承って立った。

 [1-4 Yugiri decides to stay at the mountain villa in Ono]
 Hi iri-kata ni nari yuku ni, sora no kesiki mo ahare ni kiri watari te, yama no kage ha wo-guraki kokoti suru ni, higurasi naki sikiri te, kakiho ni ohuru nadesiko no, uti-nabike ru iro mo wokasiu miyu.
 Mahe no sensai no hana-domo ha, kokoro ni makase te midare-ahi taru ni, midu no woto ito suzusige ni te, yama-orosi kokoro-sugoku, matu no hibiki ko-bukaku kikoye watasa re nado si te, hudan no kyau yomu, toki kahari te, kane uti-narasu ni, tatu kowe mo wi kaharu mo, hitotu ni ahi te, ito tahutoku kikoyu.
 Tokoro-kara, yorodu no koto kokoro-bosou mi-nasa ruru mo, ahare ni mono-omohi tuduke raru. Ide tamaha m kokoti mo nasi. Risi mo, kadi suru oto si te, Darani ito tahutoku yomu nari.
 Ito kurusige ni si tamahu nari tote, hito-bito mo sonata ni tudohi te, ohokata mo, kakaru tabi-dokoro ni amata mawira zari keru ni, itodo hito-zukuna ni te, Miya ha nagame tamahe ri. Simeyaka ni te, "Omohu koto mo uti-ide tu beki wori kana!" to omohi wi tamahe ru ni, kiri no tada kono noki no moto made tati-watare ba,
 "Makade m kata mo miye zu nari-yuku ha, ikaga su beki?" tote,
 "Yama-zato no ahare wo sohuru yuhugiri ni
 tati-ide m sora mo naki kokoti si te
"
 to kikoye tamahe ba,
 "Yamagatu no magaki wo kome te tatu kiri mo
 kokoro sora naru hito ha todome zu
"
 Honoka ni kikoyuru ohom-kehahi ni nagusame tutu, makoto ni kaherusa wasure hate nu.
 "Naka-zora naru waza kana! Ihedi ha miye zu, kiri no magaki ha, tati-tomaru beu mo ara zu yarahase tamahu. Tuki naki hito ha, kakaru koto koso."
 nado yasurahi te, sinobi amari nuru sudi mo honomekasi kikoye tamahu ni, tosi-goro mo muge ni mi-siri tamaha nu ni ha ara ne do, sira nu kaho ni nomi motenasi tamahe ru wo, kaku koto ni ide te urami kikoye tamahu wo, wadurahasiu te, itodo ohom-irahe mo nakere ba, itau nageki tutu, kokoro no uti ni, "Mata, kakaru wori ari na m ya?" to, omohi megurasi tamahu.
 "Nasake nau ahatukeki mono ni ha omoha re tatematuru to mo, ikaga ha se m? Omohi wataru sama wo dani sira se tatematura m."
 to omohi te, hito wo mese ba, ohom-tukasa no Zou yori kauburi e taru, mutumasiki hito zo mawire ru. Sinobiyaka ni mesi-yose te,
 "Kono Risi ni kanarazu ihu beki koto no aru wo. Go-sin nado ni itoma nage na'meru, tada ima ha uti-yasumu ram. Koyohi kono watari ni tomari te, soya no zi hate m hodo ni, kano wi taru kata ni monose m. Kore kare, saburaha se yo. Zuizin nado no wonoko-domo ha, Kurusuno no sau tikakara m, magusa nado tori-kahase te, koko ni hito amata kowe na se so. Kayau no tabine ha, karu-garusiki yau ni hito mo torinasu besi."
 to notamahu. Aru yau aru besi to kokoro-e te, uketamahari te tati nu.

 [1-5 夕霧、落葉宮の部屋に忍び込む]
さて、
「道いとたどたどしけれ1878ば、このわたりに宿借りはべる。同じうは、この御簾のもとに許されあらなむ。阿闍梨の下るるほどまで」
など、つれなくのたまふ。例は、かやうに長居して、あざればみたるけしきも見えたまはぬを、「うたてもあるかな」と、宮思せど、ことさらめきて、軽らかにあなたにはひ渡りたまふは、人もさま悪しき心地して、ただ音せでおはしますに、とかく聞こえ寄りて、御消息聞こえ伝へにゐざり入る人の蔭につきて、入りたまひぬ。
まだ夕暮の、霧に閉ぢられて、内は暗くなりにたるほどなり。あさましうて見返りたるに、宮はいとむくつけうなりたまうて、北の御障子の外にゐざり出でさせたまふを、いとようたどりて、ひきとどめたてまつりつ。
御身は入り果てたまへれど、御衣の裾の残りて、障子は、あなたより鎖すべき方なかりければ、引きたてさして、水のやうにわななきおはす。
人々もあきれて、いかにすべきことともえ思ひえず。こなたよりこそ鎖す錠などもあれ、いとわりなくて、荒々しくは、え引きかなぐるべくはたものしたまはねば、
「いとあさましう。思うたまへ寄らざりける御心のほどになむ」
と、泣きぬばかりに聞こゆれど、
「かばかりにてさぶらはむが、人よりけに疎ましう、めざましう思さるべきにやは。数ならずとも、御耳馴れぬる年月も重なりならむ」
とて、いとのどやかにさまよくもてしづめて、思ふことを聞こえ知らせたまふ。

 [1-5 夕霧、落葉宮の部屋に忍び込む]
そうしてから、
「帰り道が霧でまことにはっきりしないので、この近辺に宿をお借りしましょう。同じことなら、この御簾の側をお許し下さい。阿闍梨が下がって来るまでは」
などと、さりげなくおっしゃる。いつもは、このように長居して、くだけた態度もお見せなさらないのに、「嫌なことだわ」と、宮はお思いになるが、わざとらしくして、さっさとあちらにお移りになるのは、人の体裁の悪い気がなさって、ただ音を立てずにいらっしゃると、何かと申し上げて、お言葉をお伝えに入って行く女房の後ろに付いて、御簾の中に入っておしまいになった。
まだ夕暮のころで、霧に閉じ籠められて、家の内は暗くなった時分である。驚いて振り返ると、宮はとても気味悪くおなりになって、北の御障子の外にいざってお出あそばすが、実によく探し当てて、お引き止め申した。
お身体はお入りになったが、お召し物の裾が残って、襖障子は、向側から鍵を掛けるすべもなかったので、閉めきれないまま、総身びっしょりに汗を流して震えていらっしゃる。
女房たちも驚きあきれて、どうしたらよいかとも考えがつかない。こちら側からは懸金もあるが、困りきって、手荒くは、引き離すことのできるご身分の方ではないので、
「何ともひどいことを。思いも寄りませんでしたお心ですこと」
と、今にも泣き出しそうに申し上げるが、
「この程度にお側近くに控えているのが、誰にもまして疎ましく、目障りな者とお考えになるのでしょうか。人数にも入らないわが身ですが、お耳馴れになった年月も長くなったでしょう」
とおっしゃって、とても静かに体裁よく落ち着いた態度で、心の中をお話し申し上げなさる。

 [1-5 Yugiri steals into Ochiba-no-miya's room]
 Sate,
 "Miti ito tado-tadosikere ba, kono watari ni yado kari haberu. Onaziu ha, kono mi-su no moto ni yurusa re ara nam. Azari no oruru hodo made."
 nado, turenaku notamahu. Rei ha, kayau ni naga-wi si te, azarebami taru kesiki mo miye tamaha nu wo, "Utate mo aru kana!" to, Miya obose do, kotosara meki te, karuraka ni anata ni hahi-watari tamahu ha, hito mo sama asiki kokoti si te, tada oto se de ohasimasu ni, tokaku kikoye yori te, ohom-seusoko kikoye tutahe ni wizari iru hito no kage ni tuki te, iri tamahi nu.
 Mada yuhugure no, kiri ni todi rare te, uti ha kuraku nari ni taru hodo nari. Asamasiu te mi-kaheri taru ni, Miya ha ito mukutukeu nari tamau te, kita no mi-sauzi no to ni wizari ide sase tamahu wo, ito you tadori te, hiki-todome tatematuri tu.
 Ohom-mi ha iri hate tamahe re do, ohom-zo no suso no nokori te, sauzi ha, anata yori sasu beki kata nakarikere ba, hiki-tate sasi te, midu no yau ni wananaki ohasu.
 Hito-bito mo akire te, ika ni su beki koto to mo e omohi e zu. Konata yori koso sasu kane nado mo are, ito wari naku te, ara-arasiku ha, e hiki-kanaguru beku hata monosi tamaha ne ba,
 "Ito asamasiu. Omou tamahe yora zari keru mi-kokoro no hodo ni nam."
 to, naki nu bakari ni kikoyure do,
 "Kabakari ni te saburaha m ga, hito yori keni utomasiu, mezamasiu obosa ru beki ni ya ha! Kazu nara zu to mo, ohom-mimi nare nuru tosi-tuki mo kasanari nu ram."
 tote, ito nodoyaka ni sama yoku mote-sidume te, omohu koto wo kikoye sira se tamahu.

 [1-6 夕霧、落葉宮をかき口説く]
聞き入れたまふべくもあらず、悔しう、かくまでと思すことのみ、やる方なければ、のたまはむことはたましておぼえたまはず。
「いと心憂く、若々しき御さまかな。人知れぬ心にあまりぬる好き好きしき罪ばかりこそはべらめ、これより馴れ過ぎたることは、さらに御心許されでは御覧ぜられじ。いかばかり、千々に砕け1879はべる思ひに堪へぬぞや。
さりともおのづから御覧じ知るふしもはべらむものを、しひておぼめかしう、け疎うもてなさせたまふめれば、聞こえさせむ方なさに、いかがはせむ、心地なく憎しと思さるとも、かうながら朽ちぬべき愁へを、さだかに聞こえ知らせはべらむとばかりなり。言ひ知らぬ御けしきの辛きものから、いとかたじけなければ」
とて、あながちに情け深う、用意したまへり。
障子を抑へたまへるは、いとものはかなき固めなれど、引きも開けず。
「かばかりのけぢめをと、しひて思さるらむこそあはれなれ」
と、うち笑ひて、うたて心のままなるさまにもあらず。人の御ありさまの、なつかしうあてになまめいたまへること、さはいへどことに見ゆ。世とともにものを思ひたまふけにや、痩せ痩せにあえかなる心地して、うちとけたまへるままの御袖のあたりもなよびかに、気近うしみたる匂ひなど、取り集めてらうたげに、やはらかなる心地したまへり。

 [1-6 夕霧、落葉宮をかき口説く]
お聞き入れになるはずもなく、悔しい、こんな事にまでと、お思いになることばかりが、心を去らないので、返事のお言葉はまったく思い浮かびなさらない。
「まことに情けなく、子供みたいなお振る舞いですね。人知れない胸の中に思いあまった色めいた罪ぐらいはございましょうが、これ以上馴れ馴れし過ぎる態度は、まったくお許しがなければ致しません。どんなにか、千々に乱れて悲しみに堪え兼ねていますことか。
いくらなんでも自然とご存知になる事もございましょうに、無理に知らぬふりに、よそよそしくお扱いなさるようなので、申し上げるすべもないので、しかたがない、わきまえもなくけしからぬとお思いなさっても、このままでは朽ちはててしまいかねない訴えを、はっきりと申し上げて置きたいと思っただけです。言いようもないつれないおあしらいが辛く思われますが、まことに恐れ多いことですから」
と言って、努めて思いやり深く、気をつかっていらっしゃった。
襖を押さえていらっしゃるのは、頼りにならない守りであるが、あえて引き開けず、
「この程度の隔てをと、無理にお思いになるのがお気の毒です」
と、ついお笑いになって、思いやりのない振る舞いはしない。宮のご様子の、優しく上品で優美でいらっしゃること、何と言っても格別に思える。ずっと物思いに沈んでいらっしゃったせいか、痩せてか細い感じがして、普段着のままでいらっしゃるお袖の辺りもしなやかで、親しみやすく焚き込めた香の匂いなども、何もかもがかわいらしく、なよなよとした感じがしていらっしゃった。

 [1-6 Yugiri tries to win Ochiba-no-miya's affection]
 Kiki ire tamahu beku mo ara zu, kuyasiu, kaku made to obosu koto nomi, yaru kata nakere ba, notamaha m koto hata masite oboye tamaha zu.
 "Ito kokoro-uku, waka-wakasiki ohom-sama kana! Hito sire nu kokoro ni amari nuru suki-zukisiki tumi bakari koso habera me, kore yori nare sugi taru koto ha, sara ni mi-kokoro yurusa re de ha go-ran-ze rare zi. Ika bakari, tidi ni kudake haberu omohi ni tahe nu zo ya!
 Sari to mo onodukara go-ran-zi siru husi mo habera m mono wo, sihi te obomekasiu, keutou motenasa se tamahu mere ba, kikoye sase m kata nasa ni, ikaga ha se m, kokoti naku nikusi to obosa ru to mo, kau nagara kuti nu beki urehe wo, sadaka ni kikoye sira se habera m to bakari nari. Ihi sira nu mi-kesiki no turaki mono kara, ito katazikenakere ba."
 tote, anagati ni nasake hukau, youi si tamahe ri.
 Sauzi wo osahe tamahe ru ha, ito mono-hakanaki katame nare do, hiki mo ake zu.
 "Kabakari no kedime wo to, sihite obosa ru ram koso ahare nare."
 to, uti-warahi te, utate kokoro no mama naru sama ni mo ara zu. Hito no mi-arisama no, natukasiu ate ni namamei tamahe ru koto, sa ha ihe do koto ni miyu. Yo to tomoni mono wo omohi tamahu ke ni ya, yase-yase ni ayeka naru kokoti si te, utitoke tamahe ru mama no ohom-sode no atari mo nayobi ka ni, ke-dikau simi taru nihohi nado, tori-atume te rautage ni, yaharaka naru kokoti si tamahe ri.

 [1-7 迫りながらも明け方近くなる]
風いと心細う、更けゆく夜のけしき、虫の音も、鹿の鳴く音も、滝の音も、一つに乱れて、艶あるほどなれど、ただありのあはつけ人だに、寝覚めしぬべき空のけしきを、格子もさながら、入り方の月の山の端近きほど、とどめがたう、ものあはれなり。
「なほ、かう思し知らぬ御ありさまこそ、かへりては浅う御心のほど知らるれ。かう世づかぬまでしれじれしきうしろやすさ1880なども、たぐひあらじとおぼえはべるを、何事にもかやすきほどの人こそ、かかるをば痴者などうち笑ひて、つれなき心もつかふなれ。
あまりこよなく思し貶したるに、えなむ静め果つまじき心地しはべる。世の中をむげに思し知らぬにしもあらじを」
と、よろづに聞こえせめられたまひて、いかが言ふべきと、わびしう思しめぐらす。
世を知りたる方の心やすきやうに、折々ほのめかすも、めざましう、「げに、たぐひなき身の憂さなりや」と、思し続けたまふに、死ぬべくおぼえたまうて、
「憂きみづからの罪を思ひ知るとても、いとかうあさましきを、いかやうに思ひなすべきにかはあらむ」
と、いとほのかに、あはれげに泣いたまうて、
「我のみや憂き世を知れるためしにて
濡れそふ袖の名を朽たすべき」
とのたまふともなきを、わが心に続けて、忍びやかにうち誦じたまへるも、かたはらいたく、いかに言ひつることぞと、思さるるに、
「げに、悪しう聞こえつかし」
など、ほほ笑みたまへるけしきにて、
「おほかたは我濡衣を着せずとも
朽ちにし袖の名やは隠るる
ひたぶるに思しなりねかし」
とて、月明き方に誘ひきこゆるも、あさまし、と思す。心強うもてなしたまへど、はかなう引き寄せたてまつりて、
「かばかりたぐひなき心ざしを御覧じ知りて、心やすうもてなしたまへ。御許しあらでは、さらに、さらに」
と、いとけざやかに聞こえたまふほど、明け方近うなりにけり。

 [1-7 迫りながらも明け方近くなる]
風がとても心細い感じで、更けて行く夜の様子、虫の音も、鹿の声も、滝の音も、一つに入り乱れて、風情をそそるころなので、まるで情趣など解さない軽薄な人でさえ、寝覚めするに違いない空の様子を、格子もそのまま、入方の月が山の端に近くなったころ、涙を堪え切れないほど、ものあわれである。
「やはり、このようにお分かりになって頂けないご様子は、かえって浅薄なお心底と思われます。このような世間知らずなまで愚かしく心配のいらないところなども、他にいないだろうと思われますが、どのようなことでも手軽にできる身分の人は、このような振る舞いを愚か者だと笑って、同情のない心をするものです。
あまりにひどくお蔑みなさるので、もう抑えてはいられないような気が致します。男女の仲というものを全くご存知ないわけではありますまいに」
と、いろいろと言い迫られなさって、どのようにお答えしたらよいものかと、困り切って思案なさる。
結婚した経験があるから気安いように、時々口にされるのも、不愉快で、「なるほど、又とない身の不運だわ」と、お思い続けていらっしゃると、死んでしまいそうに思われなさって、
「情けない我が身の過ちを知ったとしても、とてもこのようなひどい有様を、どのように考えたらよいものでしょうか」
と、とてもかすかに、悲しそうにお泣きになって、
「わたしだけが不幸な結婚をした女の例として
さらに涙の袖を濡らして悪い評判を受けなければならないのでしょうか」
とおっしゃるともないのに、わが気持ちのままに、ひっそりとお口ずさみなさるのも、いたたまれない思いで、どうして歌など詠んだのだろうと、悔やまずいらっしゃれないでいると、
「おっしゃるとおり、悪い事を申しましたね」
などと、微笑んでいらっしゃるご様子で、
「だいたいがわたしがあなたに悲しい思いをさせなくても
既に立ってしまった悪い評判はもう隠れるものではありません
一途にお心向け下さい」
と言って、月の明るい方にお誘い申し上げるのも、心外な、とお思いになる。気強く応対なさるが、たやすくお引き寄せ申して、
「これほど例のない厚い愛情をお分かり下さって、お気を楽になさって下さい。お許しがなくては、けっして、けっして」
と、たいそうはっきりと申し上げなさっているうちに、明け方近くなってしまった。

 [1-7 It becomes daybreak while Yugiri is trying it]
 Kaze ito kokoro-bosou, huke yuku yoru no kesiki, musi no ne mo, sika no naku ne mo, taki no oto mo, hitotu ni midare te, en aru hodo nare do, tada ari no ahatuke-bito dani, nezame si nu beki sora no kesiki wo, kausi mo sanagara, iri-kata no tuki no yama-no-ha tikaki hodo, todome gatau, mono ahare nari.
 "Naho, kau obosi sira nu mi-arisama koso, kaheri te ha asau mi-kokoro no hodo sira rure. Kau yo-duka nu made sire-zire siki usiroyasusa nado mo, taguhi ara zi to oboye haberu wo, nani-goto ni mo kayasuki hodo no hito koso, kakaru wo ba sire-mono nado uti-warahi te, turenaki kokoro mo tukahu nare.
 Amari koyonaku obosi otosi taru ni, e nam sidume hatu maziki kokoti si haberu. Yononaka wo muge ni obosi sira nu ni si mo arazi wo!"
 to, yorodu ni kikoye seme rare tamahi te, ikaga ihu beki to, wabisiu obosi megurasu.
 Yo wo siri taru kata no kokoro-yasuki yau ni, wori-wori honomekasu mo, mezamasiu, "Geni, taguhi naki mi no usa nari ya!" to, obosi tuduke tamahu ni, sinu beku oboye tamau te,
 "Uki midukara no tumi wo omohi-siru tote mo, ito kau asamasiki wo, ikayau ni omohi nasu beki ni ka ha ara m?"
 to, ito honoka ni, ahare-ge ni nai tamau te,
 "Ware nomi ya uki-yo sire ru tamesi ni te
 nure sohu sode no na wo kutasu beki
"
 to notamahu to mo naki wo, waga kokoro ni tuduke te, sinobiyaka ni uti-zu-zi tamahe ru mo, katahara-itaku, ika ni ihi turu koto zo to, obosa ruru ni,
 "Geni, asiu kikoye tu kasi."
 nado, hohowemi tamahe ru kesiki ni te,
 "Ohokata ha ware nure-ginu wo kise zu to mo
 kuti ni si sode no na ya ha kakururu

 Hitaburu ni obosi nari ne kasi."
 tote, tuki akakikata ni izanahi kikoyuru mo, asamasi, to obosu. Kokoro-duyou motenasi tamahe do, hakanau hiki-yose tatematuri te,
 "Kabakari taguhi naki kokorozasi wo go-ran-zi siri te, kokoro-yasuu motenasi tamahe. Ohom-yurusi ara de ha, sara ni, sara ni."
 to, ito kezayaka ni kikoye tamahu hodo, akegata tikau nari ni keri.

 [1-8 夕霧、和歌を詠み交わして帰る]
月隈なう澄みわたりて、霧にも紛れずさし入りたり。浅はかなる廂の軒は、ほどもなき心地すれば、月の顔に向かひたるやうなる、あやしうはしたなくて、紛らはしたまへるもてなしなど、いはむかたなくなまめきたまへり。
故君の御こともすこし聞こえ出でて、さまようのどやかなる物語をぞ聞こえたまふ。さすがになほ、かの過ぎにし方に思し貶すをば、恨めしげに怨みきこえたまふ。御心の内にも、
「かれは、位などもまだ及ばざりけるほどながら、誰たれも御許しありけるに、おのづからもてなされて、見馴れたまひにしを、それだにいとめざましき心のなりにしさま、ましてかうあるまじきことに、よそに聞くあたりにだにあらず、大殿などの聞き思ひたまはむことよ。なべての世のそしりをばさらにもいはず、院にもいかに聞こしめし思ほされむ」
など、離れぬここかしこの御心を思しめぐらすに、いと口惜しう、わが心一つに、
「かう強う思ふとも、人のもの言ひいかならむ。御息所の知りたまはざらむも、罪得がましう、かく聞きたまひて、心幼く、と思しのたまはむ」もわびしければ、
「明かさでだに出でたまへ」
と、やらひきこえたまふより外の言なし。
「あさましや。ことあり顔に分けはべらむ朝露の思はむところよ。なほ、さらば思し知れよ。をこがましきさまを見えたてまつりて、賢うすかしやりつと思し離れむこそ、その際は心もえ収めあふまじう、知らぬ1881ことと、けしからぬ心づかひもならひはじむべう思ひたまへらるれ」
とて、いとうしろめたく、なかなかなれど、ゆくりかにあざれたることの、まことにならはぬ御心地なれば、「いとほしう、わが御みづからも心劣りやせむ」など思いて、誰が御ためにも、あらはなるまじきほどの霧に立ち隠れて出でたまふ、心地そらなり。
「荻原や軒端の露にそぼちつつ
八重立つ霧を分けぞ行くべき
 濡衣1882はなほえ干させたまはじ。かうわりなうやらはせたまふ御心づからこそは」
と聞こえたまふ。げに、この御名のたけからず漏りぬべきを、「心の問はむ1883にだに、口ぎよう答へむ」と思せば、いみじうもて離れたまふ。
「分け行かむ草葉の露をかことにて
なほ濡衣をかけむとや思ふ
めづらかなることかな」
と、あはめたまへるさま、いとをかしう恥づかしげなり。年ごろ、人に違へる心ばせ人になりて、さまざまに情けを見えたてまつる、名残なく、うちたゆめ、好き好きしきやうなるが、いとほしう、心恥づかしげなれば、おろかならず思ひ返しつつ、「かうあながちに従ひきこえても、後をこがましくや」と、さまざまに思ひ乱れつつ出でたまふ。道の露けさも、いと所狭し。

 [1-8 夕霧、和歌を詠み交わして帰る]
月は曇りなく澄みわたって、霧にも遮られず光が差し込んでいる。浅い造りの廂の軒は、奥行きもない感じがするので、月の顔と向かい合っているようで、妙にきまり悪くて、顔を隠していらっしゃる振る舞いなど、言いようもなく優美でいらっしゃった。
亡き君のお話も少し申し上げて、当たり障りのない穏やかな話を申し上げなさる。それでもやはり、あの故人ほどに思って下さらないのを、恨めしそうにお恨み申し上げなさる。お心の中でも、
「かの亡き君は、位などもまだ十分ではなかったのに、誰も彼もがお許しになったので、自然と成り行きに従って、結婚なさったのだが、それでさえ冷淡になって行ったお心の有様は、ましてこのようなとんでもないことに、まったくの他人というわけでさえないが、大殿などがお聞きになってどうお思いになることか。世間一般の非難は言うまでもなく、父の院におかれてもどのようにお聞きあそばしお思いあそばされることだろうか」
などと、ご縁者のあちらこちらの方々のお心をお考えなさると、とても残念で、自分の考え一つに、
「このように強く思っても、世間の人の噂はどうだろうか。母御息所がご存知でないのも、罪深い気がするし、このようにお聞きになって、考えのないことだと、お思いになりおっしゃろうこと」が辛いので、
「せめて夜を明かさずにお帰り下さい」
と、せき立て申し上げなさるより他ない。
「驚いたことですね。意味ありげに踏み分けて帰る朝露が変に思うでしょうよ。やはり、それならばお考え下さい。愚かな姿をお見せ申して、うまく言いくるめて帰したとお見限り考えなさるようなら、その時はこの心もおとなしくしていられない、今までに致した事もない、不埒な事どもを仕出かすようなことになりそうに存じられます」
と言って、とても後が気がかりで、中途半端な逢瀬であったが、いきなり色めいた態度に出ることが、ほんとうに馴れていないお人柄なので、「お気の毒で、ご自身でも見下げたくならないか」などとお思いになって、どちらにとっても、人目につきにくい時分の霧に紛れてお帰りになるのは、心も上の空である。
「荻原の軒葉の荻の露に濡れながら幾重にも
立ち籠めた霧の中を帰って行かねばならないのでしょう
濡れ衣はやはりお免れになることはできますまい。このように無理にせき立てなさるあなたのせいですよ」
と申し上げなさる。なるほど、ご自分の評判が聞きにくく伝わるに違いないが、「せめて自分の心に問われた時だけでも、潔白だと答えよう」とお思いになると、ひどくよそよそしいお返事をなさる。
「帰って行かれる草葉の露に濡れるのを言いがかりにして
わたしに濡れ衣を着せようとお思いなのですか
心外なことですわ」
と、お咎めになるご様子、とても風情があり気品がある。長年、人とは違った人情家になって、いろいろと思いやりのあるところをお見せ申していたのに、それとうって変わって、油断させ、好色がましいのが、おいたわしく、気恥ずかしいので、少なからず反省し反省しては、「このように無理をしてお従い申したとしても、後になって馬鹿らしく思われないか」と、あれこれと思い乱れながらお帰りになる。帰り道の露っぽさも、まことにいっぱいある。

 [1-8 Yugiri changes waka and leaves from there]
 Tuki kuma nau sumi-watari te, kiri ni mo magire zu sasi-iri tari. Asahaka naru hisasi no noki ha, hodo mo naki kokoti sure ba, tuki no kaho ni mukahi taru yau naru, ayasiu hasitanaku te, magirahasi tamahe ru motenasi nado, iha m kata naku namameki tamahe ri.
 Ko-Kimi no ohom-koto mo sukosi kikoye ide te, sama you nodoyaka naru monogatari wo zo kikoye tamahu. Sasuga ni naho, kano sugi ni si kata ni obosi otosu wo ba, uramesige ni urami kikoye tamahu. Mi-kokoro no uti ni mo,
 "Kare ha, kurawi nado mo mada oyoba zari keru hodo nagara, tare tare mo ohom-yurusi ari keru ni, onodukara motenasa re te, mi-nare tamahi ni si wo, sore dani ito mezamasiki kokoro no nari ni si sama, masite kau arumaziki koto ni, yoso ni kiku atari ni dani ara zu, Oho-tono nado no kiki omohi tamaha m koto yo. Nabete no yo no sosiri wo ba sarani mo iha zu, Win ni mo ika ni kikosi mesi omohosa re m?"
 nado, hanare nu koko kasiko no mi-kokoro wo obosi megurasu ni, ito kutiwosiu, waga kokoro hitotu ni,
 "Kau tuyou omohu koto mo, hito no mono-ihi ika nara m? Miyasumdokoro no siri tamaha zara m mo, tumi e-gamasiu, kaku kiki tamahi te, kokoro wosanaku, to obosi notamah m." mo wabisikere ba,
 "Akasa de dani ide tamahe."
 to, yarahi kikoye tamahu yori hoka no koto nasi.
 "Asamasi ya! Koto ari gaho ni wake habera m asa-tuyu no omoha m tokoro yo. Naho, sara ba obosi sire yo. Wokogamasiki sama wo miye tatematuri te, kasikou sukasi yari tu to obosi hanare m koso, sono kiha ha kokoro mo e wosame ahu maziu, sira nu koto to, kesikara nu kokoro-dukahi mo narahi hazimu beu omohi tamahe rarure."
 tote, ito usirometaku, naka-naka nare do, yukurika ni azare taru koto no, makoto ni naraha nu mi-kokoti nare ba, "Itohosiu, waga ohom-midukara mo kokoro-otori ya se m?" nado oboyi te, ta ga ohom-tame ni mo, araha naru maziki hodo no kiri ni tati-kakure te ide tamahu, kokoti sora nari.
 "Wogihara ya nokiba no tuyu ni soboti tutu
 yahe tatu kiri wo wake zo yuku beki

 Nure-goromo ha naho e hosa se tamaha zi. Kau warinau yaraha se tamahu mi-kokoro-dukakara koso ha."
 to kikoye tamahu. Geni, kono ohom-na no takekara zu mori nu beki wo, "Kokoro no toha m ni dani, kuti-giyou kotahe m." to obose ba, imiziu mote-hanare tamahu.
 "Wake-yuka m kusaba no tuyu wo kakoto ni te
 naho nure-ginu wo kake m to ya omohu

 Meduraka naru koto kana!"
 to, ahame tamahe ru sama, ito wokasiu hadukasige nari. Tosi-goro, hito ni tagahe ru kokorobase-bito ni nari te, sama-zama ni nasake wo miye tatematuru, nagori naku, uti-tayume, suki-zukisiki yau naru ga, itohosiu, kokoro-hadukasige nare ba, oroka nara zu omohi kahesi tutu, "Kau anagati ni sitagahi kikoye te mo, noti wokogamasiku ya!" to, sama-zama ni omohi midare tutu ide tamahu. Miti no tuyukesa mo, ito tokoro-sesi.

 2 落葉宮の物語 律師の告げ口 [2-1 夕霧の後朝の文]
かやうの歩き、慣らひたまはぬ心地に、をかしうも心尽くしにもおぼえつつ、殿におはせば、女君の、かかる濡れをあやしと咎めたまひぬべければ、六条院の東の御殿に参うでたまひぬ。まだ朝霧も晴れず、ましてかしこにはいかに、と思しやる。
「例ならぬ1884御歩きありけり」
と、人々はささめく。しばしうち休みたまひて、御衣脱ぎ替へたまふ。常に夏冬といときよらにしおきたまへれば、香の御唐櫃より取う出て奉りたまふ。御粥など参りて、御前に参りたまふ。
かしこに御文たてまつりたまへれど、御覧じも入れず。にはかにあさましかりしありさま、めざましうも恥づかしうも思すに、心づきなくて、御息所の漏り聞きたまはむことも、いと恥づかしう、また、かかることやとかけて知りたまはざらむに、ただならぬふしにても見つけたまひ、人のもの言ひ隠れなき世なれば、おのづから聞きあはせて、隔てけると思さむがいと苦しければ、
「人々ありしままに聞こえ漏らさなむ。憂しと思すともいかがはせむ」と思す。
親子の御仲と聞こゆる中にも、つゆ隔てずぞ思ひ交はしたまへる。よその人は漏り聞けども、親に隠すたぐひこそは、昔の物語にもあめれど、さはた思されず。人々は、
「何かは、ほのかに聞きたまひて、ことしもあり顔に、とかく思し乱れむ。まだきに、心苦し」
など言ひあはせて、いかならむと思ふどち、この御消息のゆかしきを、ひきも開けさせたまはねば、心もとなくて、
「なほ、むげに聞こえさせたまはざらむも、おぼつかなく、若々しきやうにぞはべらむ」
など聞こえて、広げたれば、
「あやしう、何心もなきさまにて、人にかばかりにても見ゆるあはつけさの、みづからの過ちに思ひなせど、思ひやりなかりしあさましさも、慰めがたくなむ。え見ずとを言へ」
と、ことのほかにて、寄り臥させたまひぬ。
さるは、憎げもなく、いと心深う書いたまうて、
「魂をつれなき袖1885に留めおきて
わが心から惑はるるかな
 ほかなるものは1886とか、昔もたぐひありけりと思うたまへなすにも、さらに行く方知らず1887のみなむ」
など、いと多かめれど、人はえまほにも見ず。例のけしきなる今朝の御文にもあらざめれど、なほえ思ひはるけず。人々は、御けしきもいとほしきを、嘆かしう見たてまつりつつ、
「いかなる御ことにかはあらむ。何ごとにつけても、ありがたうあはれなる御心ざまはほど経ぬれど」
「かかる方に頼みきこえては、見劣りやしたまはむ、と思ふも危ふく」
など、睦ましうさぶらふ限りは、おのがどち思ひ乱る。御息所もかけて知りたまはず。

 2 落葉宮の物語 律師の告げ口 [2-1 夕霧の後朝の文]
このような出歩き、馴れていらっしゃらないお人柄なので、興をそそられまた気のもめることだとも思われながら、三条殿にお帰りになると、女君が、このような露に濡れているのを変だとお疑いになるに違いないので、六条院の東の御殿に参上なさった。まだ朝霧も晴れず、それ以上にあちらではどうであろうか、とお思いやりになる。
「いつにないお忍び歩きだったのですわ」
と、女房たちはささやき合う。暫くお休みになってから、お召し物を着替えなさる。いつでも夏服冬服と大変きれいに用意していらっしゃるので、香を入れた御唐櫃から取り出して差し上げなさる。お粥など召し上がって、院の御前に参上なさる。
あちらにお手紙を差し上げなさったが、御覧になろうともなさらない。唐突にも心外であった有様、腹だたしくも恥ずかしくもお思いなさると、不愉快で、母御息所がお聞き知りになることもまことに恥ずかしく、また一方、こんなことがあったとは全然御存知でないのに、普段と変わった態度にお気づきになり、人の噂もすぐに広まる世の中だから、自然と聞き合わせて、隠していたとお思いになるのがとても辛いので、
「女房たちがありのままに申し上げて欲しい。困ったことだとお思いになってもしかたがない」とお思いになる。
母子の御仲と申す中でも、少しも互いに隠さず打ち明けていらっしゃる。他人は漏れ聞いても、親には隠している例は、昔の物語にもあるようだが、そのようにはお思いなさらない。女房たちは、
「何の、少しばかりお聞きになって、子細ありそうに、あれこれと御心配なさることがありましょうか。まだ何事もないのに、おいたわしい」
などと言い合わせて、この御仲がどうなるのだろうと思っている女房どうしは、このお手紙が見たいと思うが、すこしも開かせなさらないので、じれったくて、
「やはり、全然お返事をなさらないのも、不安だし、子供っぽいようでございましょう」
などと申し上げて、広げたので、
「見苦しく、呆然としていて、相手にあの程度でお会いした至らなさを、わが身の過ちと思ってみるが、遠慮のなかったあまりの態度を、情けなく思われるのです。拝見できませんと言いなさい」
と、もってのほかだと、横におなりあそばした。
実のところは、憎い様子もなく、とても心をこめてお書きになって、
「魂をつれないあなたの所に置いてきて
自分ながらどうしてよいか分かりません
思うにまかせないものは心であるとか、昔も同じような人があったのだと存じてみますにも、まったくどうしてよいものか分かりません」
などと、とても多く書いてあるようだが、女房はよく見ることができない。通常の後朝の手紙ではないようであるが、やはりすっきりとしない。女房たちは、ご様子もお気の毒なので、心を痛めて拝見しながら、
「どのような御事なのでしょう。どのような事につけても、素晴らしく思いやりのあるお気持ちは長年続いているけれども」
「ご結婚相手としてお頼み申しては、がっかりなさるのではないか、と思うのも不安で」
などと、親しく伺候している者だけは、皆それぞれ心配している。御息所もまったく御存知でない。

 2 Tale of Ochiba-no-miya A priest's information [2-1 A letter from Yugiri after the next morning]
 Kayau no ariki, narahi tamaha nu kokoti ni, wokasiu mo kokoro-dukusi ni mo oboye tutu, tono ni ohase ba, Womna-Gimi no, kakaru nure wo ayasi to togame tamahi nu bekere ba, Rokudeu-no-win no Himgasi-no-otodo ni maude tamahi nu. Mada asagiri mo hare zu, masite kasiko ni ha ika ni, to obosi yaru.
 "Rei nara nu ohom-ariki ari keri."
 to, hito-bito ha sasameku. Sibasi uti-yasumi tamahi te, ohom-zo nugi-kahe tamahu. Tune ni natu huyu to ito kiyora ni si-oki tamahe re ba, kau no ohom-karabitu yori tou-de te tatematuri tamahu. Ohom-kayu nado mawiri te, o-mahe ni mawiri tamahu.
 Kasiko ni ohom-humi tatematuri tamahe re do, go-ran-zi mo ire zu. Nihaka ni asamasikari si arisama, mezamasiu mo hadukasiu mo obosu ni, kokoro-dukinaku te, Miyasumdokoro no mori kiki tamaha m koto mo, ito hadukasiu, mata, kakaru koto ya to kake te siri tamaha zara m ni, tada nara nu husi ni te mo mituke tamahi, hito no mono-ihi kakure naki yo nare ba, onodukara kiki ahase te, hedate keru to obosa m ga ito kurusikere ba,
 "Hito-bito ari si mama ni kikoye morasa nam. Usi to obosu to mo ikaga ha se m?" to obosu.
 Oya-ko no ohom-naka to kikoyuru naka ni mo, tuyu hedate zu zo omohi kahasi tamahe ru. Yoso no no hito ha mori kike do mo, oya ni kakusu taguhi koso ha, mukasi no monogatari ni mo a'mere do, sa hata obosa re zu. Hito-bito ha,
 "Nani ka ha, honoka ni kiki tamahi te, koto si mo ari-gaho ni, tokaku obosi midare m. Mada ki ni, kokoro-gurusi."
 nado ihi ahase te, ika nara m to omohu doti, kono ohom-seusoko no yukasiki wo, hiki mo ake sase tamaha ne ba, kokoro motonaku te,
 "Naho, muge ni kikoye sase tamaha zara m mo, obotukanaku, waka-wakasiki yau ni zo habera m."
 nado kikoye te, hiroge tare ba,
 "Ayasiu, nani-gokoro mo naki sama ni te, hito ni kabakari ni te mo miyuru ahatukesa no, midukara no ayamati ni omohi nase do, omohi-yari nakari si asamasisa mo, nagusame gataku nam. E miye zu to wo ihe."
 to, koto no hoka ni te, yori husa se tamahi nu.
 Saru ha, nikuge mo naku, ito kokoro-bukau kai tamau te,
 "Tamasihi wo turenaki sode ni todome oki te
 waga kokoro kara madoha ruru kana

 Hoka naru mono ha to ka, mukasi mo taguhi ari keri to omou tamahe nasu ni mo, sarani yuku-kata sira zu nomi nam."
 nado, ito ohoka'mere do, hito ni ha e maho ni mo mi zu. Rei no kesiki naru kesa no ohom-humi ni mo ara za'mere do, naho e omohi haruke zu. Hito-bito ha, mi-kesiki mo itohosiki wo, nagekasiu mi tatematuri tutu,
 "Ika naru ohom-koto ni ka ha ara m? Nani-goto ni tuke te mo, arigatau ahare naru mi-kokoro zama ha hodo he nure do."
 "Kakaru kata ni tanomi kikoye te ha, mi-otori ya si tamaha m, to omohu mo ayahuku."
 nado, mutumasiu saburahu kagiri ha, onoga-doti omohi midaru. Miyasumdokoro mo kakete siri tamaha zu.

 [2-2 律師、御息所に告げ口]
もののけにわづらひたまふ人は、重しと見れど、さはやぎたまふ隙もありてなむ、ものおぼえたまふ。日中の御加持果てて、阿闍梨一人とどまりて、なほ陀羅尼読みたまふ。よろしうおはします、喜びて、
「大日如来虚言したまはずは。などてか、かくなにがしが心を致して仕うまつる御修法、験なきやうはあらむ。悪霊は執念きやうなれど、業障にまとはれたるはかなものなり」
と、声はかれて怒りたまふ。いと聖だち、すくすくしき律師にて、ゆくりもなく、
「そよや。この大将は、いつよりここには参り通ひたまふぞ」
と問ひ申したまふ。御息所、
「さることもはべらず。故大納言のいとよき仲にて、語らひつけたまへる心違へじと、この年ごろ、さるべきことにつけて、いとあやしくなむ語らひものしたまふも、かくふりはへ、わづらふを訪らひにとて、立ち寄りたまへりければ、かたじけなく聞きはべりし」
と聞こえたまふ。
「いで、あなかたは。なにがしに隠さるべきにもあらず。今朝、後夜に参う上りつるに、かの西の妻戸より、いとうるはしき男の出でたまへるを、霧深くて、なにがしはえ見分いたてまつらざりつるを、この法師ばらなむ、『大将殿の出でたまふなりけり』と、『昨夜も御車も返して泊りたまひにける』と、口々申しつる。
げに、いと香うばしき香の満ちて1888、頭痛きまでありつれば、げにさなりけりと、思ひあはせはべりぬる。常にいと香うばしうものしたまふ君なり。このこと、いと切にもあらぬことなり。人はいと有職にものしたまふ。
なにがしらも、童にものしたまうし時より、かの君の御ためのことは、修法をなむ、故大宮ののたまひつけたりしかば、一向にさるべきこと、今に承るところなれど、いと益なし。本妻強くものしたまふ。さる、時にあへる族類にて、いとやむごとなし。若君たちは、七、八人になりたまひぬ。
え皇女の君圧したまはじ。また、女人の悪しき身をうけ、長夜の闇に惑ふは、ただかやうの罪によりなむ、さるいみじき報いをも受くるものなる。人の御怒り出で来なば、長きほだしとなりなむ。もはら受けひかず」
と、頭振りて、ただ言ひに言ひ放てば、
「いとあやしきことなり。さらにさるけしきにも見えたまはぬ人なり。よろづ心地の惑ひにしかば、うち休みて対面せむとてなむ、しばし立ち止まりたまへると、ここなる御達言ひしを、さやうにて泊りたまへるにやあらむ。おほかたいとまめやかに、すくよかにものしたまふ人を」
と、おぼめいたまひながら、心のうちに、
「さることもやありけむ。ただならぬ御けしきは、折々見ゆれど、人の御さまのいとかどかどしう、あながちに人の誹りあらむことははぶき捨て、うるはしだちたまへるに、たはやすく心許されぬことはあらじと、うちとけたるぞかし。人少なにておはするけしきを見て、はひ入りもやしたまひけむ」と思す。

 [2-2 律師、御息所に告げ口]
物の怪にお悩みになっていらっしゃる方は、重病と見えるが、爽やかな気分になられる合間もあって、正気にお戻りになる。昼日中のご加持が終わって、阿闍梨一人が残って、なおも陀羅尼を読んでいらっしゃる。好くおなりあそばしたのを、喜んで、
「大日如来は嘘をおっしゃいません。どうして、このような拙僧が心をこめて奉仕するご修法に、験のないことがありましょうか。悪霊は執念深いようですが、業障につきまとわれた弱いものである」
と、声はしわがれて荒々しくいらっしゃる。たいそう俗世離れした一本気な律師なので、だしぬけに、
「そうでした。あの大将は、いつからここにお通い申すようになられましたか」
とお尋ねになる。御息所は、
「そのようなことはございません。亡くなった大納言と大変仲が好くて、お約束なさったことを裏切るまいと、ここ数年来、何かの機会につけて、不思議なほど親しくお出入りなさっているのですが、このようにわざわざ、患っていますのをお見舞いにと言って、立ち寄って下さったので、もったいないことと聞いておりました」
と申し上げなさる。
「いや、何とおかしい。拙僧にお隠しになることもありますまい。今朝、後夜の勤めに参上した時に、あの西の妻戸から、たいそう立派な男性がお出になったのを、霧が深くて、拙僧にはお見分け申すことができませんでしたが、この法師どもが、『大将殿がお出なさるのだ』と、『昨夜もお車を帰してお泊りになったのだ』と、口々に申していた。
なるほど、まことに香ばしい薫りが満ちていて、頭が痛くなるほどであったので、なるほどそうであったのかと、合点がいったのでござった。いつもまことに香ばしくいらっしゃる君である。このことは、決して望ましいことではあるまい。相手はまことに立派な方でいらっしゃる。
拙僧らも、子供でいらっしゃったころから、あの君の御為の事には、修法を、亡くなられた大宮が仰せつけになったので、もっぱらしかるべき事は、今でも承っているところであるが、まことに無益である。本妻は勢いが強くていらっしゃる。ああした、今を時めく一族の方で、まことに重々しい。若君たちは七、八人におなりになった。
皇女の君とて圧倒できまい。また、女人という罪障深い身を受け、無明長夜の闇に迷うのは、ただこのような罪によって、そのようなひどい報いを受けるものである。本妻のお怒りが生じたら、長く成仏の障りとなろう。全く賛成できぬ」
と、頭を振って、ずけずけと思い通りに言うので、
「何とも妙な話です。まったくそのようにはお見えにならない方です。いろいろと気分が悪かったので、一休みしてお目にかかろうとおっしゃって、暫くの間立ち止まっていらっしゃると、ここの女房たちが言っていたが、そのように言ってお泊まりになったのでしょうか。だいたいが誠実で、実直でいらっしゃる方ですが」
と、不審がりなさりながら、心の中では、
「そのような事があったのだろうか。普通でないご様子は、時々見えたが、お人柄がたいそうしっかりしていて、努めて人の非難を受けるようなことは避けて、真面目に振る舞っていらっしゃったのに、たやすく納得できないことはなさるまいと、安心していたのだ。人少なでいらっしゃる様子を見て、忍び込みなさったのであろうか」とお思いになる。

 [2-2 A priest informs Miyasumdokoro that Yugiri came out Ochiba-no-miya's room]
 Mononoke ni wadurahi tamahu hito ha, omosi to mire do, sahayagi tamahu hima mo ari te nam, mono oboye tamahu. Nittiu no go-kadi hate te, Azari hitori todomari te, naho Darani yomi tamahu. Yorosiu ohasimasu, yorokobi te,
 "Dainiti-Nyorai sora-goto si tamaha zu ha! Nadote ka, kaku nanigasi ga kokoro wo itasi te tukau-maturu mi-zuhohu, sirusi naki yau ha ara m. Akuryau ha sihuneki yau nare do, gohusyau ni matoha re taru hakana mono nari."
 to, kowe ha kare te ikari tamahu. Ito hiziri-dati, suku-sukusiki Risi ni te, yukuri mo naku,
 "Soyo ya! Kono Daisyau ha, itu yori koko ni ha mawiri kayohi tamahu zo."
 to tohi mausi tamahu. Miyasumdokoro,
 "Saru koto mo habera zu. Ko-Dainagon no ito yoki naka ni te, katarahi tuke tamahe ru kokoro tagahe zi to, kono tosi-goro, saru beki koto ni tuke te, ito ayasiku nam katarahi monosi tamahu mo, kaku hurihahe, wadurahu wo toburahi ni tote, tati-yori tamahe ri kere ba, katazikenaku kiki haberi si."
 to kikoye tamahu.
 "Ide, ana kataha! Nanigasi ni kakusa ru beki ni mo ara zu. Kesa, goya ni mau-nobori turu ni, kano nisi no tumado yori, ito uruhasiki wotoko no ide tamahe ru wo, kiri hukaku te, nanigasi ha e mi-wai tatematura zari turu wo, kono hohusi-bara nam, "Daisyau-dono no ide tamahu nari keri." to, "Yobe mo mi-kuruma mo kahesi te tomari tamahi ni keru." to, kuti-guti mausi turu.
 Geni, ito kaubasiki ka no miti te, kasira itaki made ari ture ba, geni sa nari keri to, omohi-ahase haberi nuru. Tune ni ito kaubasiu monosi tamahu Kimi nari. Kono koto, ito seti ni mo ara nu koto nari. Hito ha ito iusoku ni monosi tamahu.
 Nanigasi-ra mo, waraha ni monosi tamau si toki yori, kano Kimi no ohom-tame no koto ha, zuhohu wo nam, ko-Ohomiya no notamahi tuke tari sika ba, ikkau ni saru beki koto, ima ni uketamaharu tokoro nare do, ito yaku nasi. Honsai tuyoku monosi tamahu. Saru, toki ni ahe ru zourui ni te, ito yamgoto nasi. Waka-Gimi-tati ha, siti, hati-nin ni nari tamahi nu.
 E Miko-no-Kimi osi tamaha zi. Mata, nyo-nin no asiki mi wo uke, dyauya-no-yami ni madohu ha, tada kayau no tumi ni yori nam, saru imiziki mukuyi wo mo ukuru mono naru. Hito no ohom-ikari ide-ki na ba, nagaki hodasi to nari na m. Mohara uke-hika zu."
 to, kasira huri te, tada ihi ni ihi hanate ba,
 "Ito ayasiki koto nari. Sarani saru kesiki ni mo miye tamaha nu hito nari. Yorodu kokoti no madohi ni sika ba, uti-yasumi te taime se m tote nam, sibasi tati-tomari tamahe ru to, koko naru go-tati ihi si wo, sayau ni te tomari tamahe ru ni ya ara m? Ohokata ito mameyaka ni, sukuyoka ni monosi tamahu hito wo."
 to, obomei tamahi nagara, kokoro no uti ni,
 "Saru koto mo ya ari kem? Tada nara nu mi-kesiki ha, wori-wori miyure do, hito no ohom-sama no ito kado-kadosiu, anagati ni hito no sosiri ara m koto ha habuki sute, uruhasi-dati tamahe ru ni, tahayasuku kokoro yurusa re nu koto ha ara zi to, utitoke taru zo kasi. Hito zukuna ni te ohasuru kesiki wo mi te, hahi-iri mo ya si tamahi kem." to obosu.

 [2-3 御息所、小少将君に問い質す]
律師立ちぬる後に、小少将の君を召して、
「かかることなむ聞きつる。いかなりしことぞ。などかおのれには、さなむ、かくなむとは聞かせたまはざりける。さしもあらじと思ひながら」
とのたまへば、いとほしけれど、初めよりありしやうを、詳しう聞こゆ。今朝の御文のけしき、宮もほのかにのたまはせつるやうなど聞こえ、
「年ごろ、忍びわたりたまひける心の内を、聞こえ知らせむとばかりにやはべりけむ。ありがたう用意ありてなむ、明かしも果てで出でたまひぬるを、人はいかに聞こえはべるにか」。
律師とは思ひも寄らで、忍びて人の聞こえけると思ふ。ものものたまはで、いと憂く口惜しと思すに、涙ほろほろとこぼれたまひぬ。見たてまつるも、いといとほしう、「何に、ありのままに聞こえつらむ。苦しき御心地を、いとど思し乱るらむ」と悔しう思ひゐたり。
「障子は鎖してなむ」と、よろづによろしきやうに聞こえなせど、
「とてもかくても、さばかりに、何の用意もなく、軽らかに人に見えたまひけむこそ、いといみじけれ。うちうちの御心きようおはすとも、かくまで言ひつる法師ばら、よからぬ童べなどは、まさに言ひ残してむや。人には、いかに言ひあらがひ、さもあらぬことと言ふべきにかあらむ。すべて、心幼き限りしも、ここにさぶらひて」
とも、えのたまひやらず。いと苦しげなる御心地に、ものを思しおどろきたれば、いといとほしげなり1889。気高うもてなしきこえむとおぼいたるに、世づかはしう、軽々しき名の立ちたまふべきを、おろかならず思し嘆かる。
「かうすこしものおぼゆる隙に、渡らせたまうべう聞こえよ。そなたへ参り来べけれど、動きすべうもあらでなむ。見たてまつらで、久しうなりぬる心地すや」
と、涙を浮けてのたまふ。参りて、
「しかなむ聞こえさせたまふ」
とばかり聞こゆ。

 [2-3 御息所、小少将君に問い質す]
律師が立ち去った後に、小少将の君を呼んで、
「これこれの事を聞きました。どうした事ですか。どうしてわたしには、これこれ、しかじかの事があったとお聞かせ下さらなかったのですか。そんな事はあるまいと思いますが」
とおっしゃると、お気の毒であるが、最初からのいきさつを、詳しく申し上げる。今朝のお手紙の様子、宮もかすかに仰せになった事などを申し上げ、
「長年、秘めていらしたお胸の中を、お耳に入れようというほどでございましたでしょうか。めったにないお心づかいで、夜も明けきらないうちにお帰りになりましたが、人はどのようなふうに申し上げたのでございましょうか」
律師とは思いもよらず、こっそりと女房が申し上げたものと思っている。何もおっしゃらず、とても残念だとお思いになると、涙がぽろぽろとこぼれなさった。拝見するのも、まことにお気の毒で、「どうして、ありのままを申し上げてしまったのだろう。苦しいご気分を、ますますお胸を痛めていらっしゃるだろう」と後悔していた。
「襖は懸金が懸けてありました」と、いろいろと適当に言いつくろって申し上げるが、
「どうあったにせよ、そのように近々と、何の用心もなく、軽々しく人とお会いになったことが、とんでもないのです。内心のお気持ちが潔白でいらっしゃっても、こうまで言った法師たちや、口さがない童などは、まさに言いふらさずには置くまい。世間の人には、どのように抗弁をし、何もなかった事と言うことができましょうか。皆、思慮の足りない者ばかりがここにお仕えしていて」
と、最後までおっしゃれない。とても苦しそうなご容態の上に、心を痛めてびっくりなさったので、まことにお気の毒である。品高くお扱い申そうとお思いになっていたのに、色恋事の、軽々しい浮名がお立ちになるに違いないのを、並々ならずお嘆きにならずにはいられない。
「このように少しはっきりしている間に、お越しになるよう申し上げなさい。あちらへお伺いすべきですが、動けそうにありません。お会いしないで、長くなってしまった気がしますわ」
と、涙を浮かべておっしゃる。参上して、
「しかじかと申されていらっしゃいます」
とだけ申し上げる。

 [2-3 Miyasumdokoro asks Ko-Syosyo that is true or not true]
 Risi tati nuru noti ni, Ko-Syausyau-no-Kimi wo mesi te,
 "Kakaru koto nam kiki turu. Ika nari si koto zo. Nado ka onore ni ha, sa nam, kaku nam to ha kika se tamaha zari keru. Sa si mo ara zi to omohi nagara."
 to notamahe ba, itohosikere do, hazime yori ari si yau wo, kuhasiu kikoyu. Kesa no ohom-humi no kesiki, Miya mo honoka ni notamaha se turu yau nado kikoye,
 "Tosi-goro, sinobi watari tamahi keru kokoro no uti wo, kikoye sira se m to bakari ni ya haberi kem. Arigatau youi ari te nam, akasi mo hate de ide tamahi nuru wo, hito ha ika ni kikoye haberu ni ka?"
 Risi to ha omohi mo yora de, sinobi te hito no kikoye keru to omohu. Mono mo notamaha de, ito kutiwosi to obosu ni, namida horo-horo to kobore tamahi nu. Mi tatematuru mo, ito itohosiu, "Nani ni, ari no mama ni kikoye tu ram? Kurusiki mi-kokoti wo itodo obosi midaru ram." to kuyasiu omohi wi tari.
 "Sauzi ha sasi te nam." to, yorodu ni yorosiki yau ni kikoye nase do,
 "Tote mo kakute mo, sabakari ni, nani no youi mo naku, karuraka ni hito ni miye tamahi kem koso, ito imizikere. Uti-uti no mi-kokoro kiyou oahasu to mo, kaku made ihi turu hohusi-bara, yokara nu waraha nado ha, masa ni ihi nokosi te m ya. Hito ni ha, ika ni ihi aragahi, sa mo ara nu koto to ihu beki ni ka ara m? Subete, kokoro-wosanaki kagiri si mo, koko ni saburahi te."
 to mo, e notamahi yara zu. Ito kurusige naru mi-kokoti ni, mono wo obosi odoroki tare ba, ito itohosige nari. Kedakau motenasi kikoye m to oboi taru ni, yo-dukahasiu, karu-garusiki na no tati tamahu beki wo, oroka nara zu obosi nageka ru.
 "Kau sukosi mono oboyuru hima ni, watara se tamahu beu kikoye yo. Sonata he mawiri ku bekere do, ugoki su beu mo ara de nam. Mi tatematura de, hisasiu nari nuru kokoti su ya!"
 to, namida wo uke te notamahu. Mawiri te,
 "Sika nam kikoye sase tamahu."
 to bakari kikoyu.

 [2-4 落葉宮、母御息所のもとに参る]
渡りたまはむとて、御額髪の濡れまろがれたる、ひきつくろひ、単衣の御衣ほころびたる、着替へなどしたまひても、とみにもえ動いたまはず。
「この人々もいかに思ふらむ。まだえ知りたまはで、後にいささかも聞きたまふことあらむに、つれなくてありしよ」
と思しあはせむも、いみじう恥づかしければ、また臥したまひぬ。
「心地のいみじう悩ましきかな。やがて直らぬさまにもありなむ、いとめやすかりぬべくこそ。脚の気の上りたる心地す」
と、押し下させたまふ。ものをいと苦しう、さまざまに思すにには、気ぞ上がりける。
少将、
「上に、この御ことほのめかし聞こえける人こそはべけれ。いかなりしことぞ、と問はせたまひつれば、ありのままに聞こえさせて、御障子の固めばかりをなむ、すこしこと添へて、けざやかに聞こえさせつる。もし、さやうにかすめきこえさせたまはば、同じさまに聞こえさせたまへ」
と申す。
嘆いたまへるけしきは聞こえ出でず。「さればよ」と、いとわびしくて、ものものたまはぬ御枕より、雫ぞ落つる。
「このことにのみもあらず、身の1890思はずになりそめしより、いみじうものをのみ思はせたてまつること」
と、生けるかひなく思ひ続けたまひて、「この人は、かうても止まで、とかく言ひかかづらひ出でむも、わづらはしう、聞き苦しかるべう」、よろづに思す。「まいて、いふかひなく、人の言によりて、いかなる名を朽さまし」
など、すこし思し慰むる方はあれど、「かばかりになりぬる高き人の、かくまでも、すずろに人に見ゆるやうあはらじかし」と、宿世憂く思し屈して、夕つ方ぞ、
「なほ、渡らせたまへ」
とあれば、中の塗籠の戸開けあはせて、渡りたまへる。

 [2-4 落葉宮、母御息所のもとに参る]
お越しになろうとして、額髪が濡れて固まっている、繕い直し、単重のお召し物が綻びているが、着替えなどなさっても、すぐにはお動きになれない。
「この女房たちもどのように思っているだろう。まだご存知なくて、後に少しでもお聞きになることがあったとき、素知らぬ顔をしていたよ」
とお思い当たられるのも、ひどく恥ずかしいので、再び臥せっておしまいになった。
「気分がひどく悩ましいわ。このまま治らなくなったら、とてもいい都合だろう。脚の気が上がった気がする」
と、脚を指圧させなさる。心配事をとてもつらく、あれこれ気にしていらっしゃる時には、気が上がるのであった。
小少将の君は、
「母上に、あの御事をそれとなく申し上げた人がいたようでございます。どのような事であったのかと、お尋ねあそばしたので、ありのままに申し上げて、御襖障子の掛金の点だけを、少し誇張して、はっきりと申し上げました。もし、そのように何かお尋ねなさいましたら、同じように申し上げなさいまし」
と申し上げる。
お嘆きでいらっしゃる様子は申し上げない。「やはりそうであったか」と、とても悲しくて、何もおっしゃらない御枕もとから涙の雫がこぼれる。
「このことだけでない、不本意な結婚をして以来、ひどくご心配をお掛け申していることよ」
と、生きている甲斐もなくお思い続けなさって、「この方は、このまま引き下がることはなく、何かと言い寄ってくることも、厄介で聞き苦しいだろう」と、いろいろとお悩みになる。「まして、言いようもなく、相手の言葉に従ったらどんなに評判を落とすことになるだろう」
などと、多少はお気持ちの慰められる面もあるが、「内親王ほどにもなった高貴な人が、こんなにまでも、うかうかと男と会ってよいものであろうか」と、わが身の不運を悲しんで、夕方に、
「やはり、お出で下さい」
とあるので、中の塗籠の戸を両方を開けて、お越しになった。

 [2-4 Ochiba-no-miya goes into her mother's room]
 Watari tamaha m tote, ohom-hitai-gami no nure marogare taru, hiki-tukurohi, hitohe no ohom-zo hokorobi taru, ki-gahe nado si tamahi te mo, tomi ni mo e ugoi tamaha zu.
 "Kono hito-bito mo ika ni omohu ram. Mada e siri tamaha de, noti ni isasaka mo kiki tamahu koto ara m ni, turenaku te ari si yo."
 to obosi ahase m mo, imiziu hadukasikere ba, mata husi tamahi nu.
 "Kokoti no imiziu nayamasiki kana! Yagate nahora nu sama ni mo ari na m, ito meyasukari nu beku koso. Asi no ke no nobori taru kokoti su."
 to, osi-kudasa se tamahu. Mono wo ito kurusiu, sama-zama ni obosu ni ha, ke zo agari keru.
 Seusyau,
 "Uhe ni, kono ohom-koto honomekasi kikoye keru hito koso habe'kere. Ika nari si koto zo, to toha se tamahi ture ba, ari no mama ni kikoye sase te, mi-sauzi no katame bakari wo nam, sukosi koto sohe te, kezayaka ni kikoye sase turu. Mosi, sayau ni kasume kikoye sase tamaha ba, onazi sama ni kikoye sase tamahe."
 to mausu.
 Nagei tamahe ru kesiki ha kikoye ide zu. "Sareba yo!" to, ito wabisiku te, mono mo notamaha nu ohom-makura yori, siduku zo oturu.
 "Kono koto ni nomi mo ara zu, mi no omoha zu ni nari some si yori, imiziu mono wo nomi omoha se tatematuru koto."
 to, ike ru kahi naku omohi tuduke tamahi te, "Kono hito ha, kau te mo yama de, tokaku ihi kakadurahi ide m mo, wadurahasiu, kiki-gurusikaru beu", yorodu ni obosu. "Maite, ihukahi naku, hito no koto ni yori te, ika naru na wo kutasa masi."
 nado, sukosi obosi nagusamuru kata ha are do, "Kabakari ni nari nuru takaki hito no, kaku made mo, suzuro ni hito ni miyuru yau ha ara zi kasi." to, sukuse uku obosi kut-si te, yuhu tu kata zo,
 "Naho, watara se tamahe."
 to are ba, naka no nurigome no to ake ahase te, watari tamahe ru.

 [2-5 御息所の嘆き]
苦しき御心地にも、なのめならずかしこまりかしづききこえたまふ。常の御作法あやまたず、起き上がりたまうて、
「いと乱りがはしげにはべれば、渡らせたまふも心苦しうてなむ。この二、三日ばかり見たてまつらざりけるほどの、年月の心地するも、かつはいとはかなくなむ。後、かならずしも、対面のはべるべきにもはべらざめり。まためぐり参るとも、かひやははべるべき。
思へば、ただ時の間に隔たりぬべき世の中を、あながちにならひはべりにけるも、悔しきまでなむ」
など泣きたまふ。
宮も、もののみ悲しう取り集め思さるれば、聞こえたまふこともなくて見たてまつりたまふ。ものづつみをいたうしたまふ本性に、際々しうのたまひさはやぐべきにもあらねば、恥づかしとのみ思すに、いといとほしうて、いかなりしなども、問ひきこえたまはず。
大殿油など急ぎ参らせて、御台など、こなたにて参らせたまふ。もの聞こし召さずと聞きたまひて、とかう手づからまかなひ直しなどしたまへど、触れたまふべくもあらず。ただ御心地のよろしう見えたまふぞ、胸すこしあけたまふ。

 [2-5 御息所の嘆き]
苦しいご気分ながら、並々ならずかしこまって丁重にご応対申し上げなさる。いつものご作法と違わず、起き上がりなさって、
「とても見苦しい有様でおりますので、お越し頂くにもお気の毒に存じます。ここ二、三日ほど、拝見しませんでした期間が、年月がたったような気がし、また一方では心細い気がします。後の世で、必ずしもお会いできるとも限らないもののようでございます。再びこの世に生まれて参っても、何にもならないことでございましょう。
考えてみれば、ただ一瞬一瞬の間に別れ別れにならねばならない世の中を、無理に馴れ親しんでまいりましたのも、悔しい気がします」
などとお泣きになる。
宮も、物悲しい思いばかりがせられて、申し上げる言葉もなくてただ拝見なさっている。ひどく内気なご性格で、はきはきと弁明をなさるような方ではないから、恥ずかしいとばかりお思いなので、とてもお気の毒になって、どのような事であったのですかなどと、お尋ね申し上げなさらない。
大殿油などを急いで灯させて、お膳など、こちらで差し上げなさる。何も召し上がらないとお聞きになって、あれこれと自分自身で食事を整え直しなさるが、箸もおつけにならない。ただご気分がよろしくお見えなので、少し胸がほっとなさる。

 [2-5 Miyasumdokoro sighs for grief]
 Kurusiki mi-kokoti ni mo, nanome nara zu kasikomari kasiduki kikoye tamahu. Tune no ohom-sahohu ayamata zu, okiagari tamau te,
 "Ito midari-gahasige ni habere ba, watara se tamahu mo kokoro-gurusiu te nam. Kono hutu-ka, mi-ka bakari mi tatematura zari keru hodo no, tosi-tuki no kokoti suru mo, katu ha ito hakanaku nam. Noti, kanarazu si mo, taime no haberu beki ni mo habera za'meri. Mata meguri mawiru to mo, kahi ya ha haberu beki.
 Omohe ba, tada toki no ma ni hedatari nu beki yononaka wo, anagati ni narahi haberi ni keru mo, kuyasiki made nam."
 nado naki tamahu.
 Miya mo, mono nomi kanasiu tori-atume obosa rure ba, kikoye tamahu koto mo naku te mi tatematuri tamahu. Mono-dutumi wo itau si tamahu honzyau ni, kiha-gihasiu notamahi sahayagu beki ni mo ara ne ba, hadukasi to nomi obosu ni, ito itohosiu te, ika nari si nado mo, tohi kikoye tamaha zu.
 Oho-tonabura nado isogi mawira se te, mi-dai nado, konata ni te mawira se tamahu. Mono kikosi mesa zu to kiki tamahi te, tokau te-dukara makanahi nahosi nado si tamahe do, hure tamahu beku mo ara zu. Tada mi-kokoti no yorosiu miye tamahu zo, mune sukosi ake tamahu.

 3 一条御息所の物語 行き違いの不幸 [3-1 御息所、夕霧に返書]
かしこよりまた御文あり。心知らぬ人しも取り入れて、
「大将殿より、少将の君にとて、御使ひあり」
と言ふぞ、またわびしきや。少将、御文は取りつ。御息所、
「いかなる御文にか」
と、さすがに問ひたまふ。人知れず思し弱る心も添ひて、下に待ちきこえたまひ1891けるに、さもあらぬなめりと思ほすも、心騷ぎして、
「いで、その御文、なほ聞こえたまへ。あいなし。人の御名を善さまに言ひ直す人は難きものなり。そこに心きよう思すとも、しか用ゐる人は少なくこそあらめ。心うつくしきやうに聞こえ通ひたまうて、なほありしままならむこそ良からめ。あいなき甘えたるさまなるべし」
とて、召し寄す。苦しけれどたてまつりつ。
「あさましき御心のほどを見たてまつり表いてこそ、なかなか心やすく、ひたぶる心もつきはべりぬべけれ。
せくからに浅さぞ見えむ山川の
流れての名をつつみ果てずは」
と言葉も多かれど、見も果てたまはず。
この御文も、けざやかなるけしきにもあらで、めざましげに心地よ顔に、今宵つれなきを、いといみじと思す。
「故督の君の御心ざまの思はずなりし時、いと憂しと思ひしかど、おほかたのもてなしは、また並ぶ人なかりしかば、こなたに力ある心地して慰めしだに、世には心もゆかざりしを。あな、いみじや。大殿のわたりに思ひのたまはむこと」
と思ひしみたまふ。
「なほ、いかがのたまふと、けしきをだに見む」と、心地のかき乱りくるるやうにしたまふ目、おし絞りて、あやしき鳥の跡のやうに書きたまふ。
「頼もしげなくなりにてはべる、訪らひに渡りたまへる折にて、そそのかしきこゆれど、いとはればれしからぬさまにものしたまふめれば、見たまへわづらひてなむ。
女郎花萎るる野辺をいづことて
一夜ばかりの宿を借りけむ」
と、ただ書きさして、おしひねりて出だしたまうて、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまふ。御もののけのたゆめけるにやと、人々言ひ騒ぐ。
例の、験ある限り、いと騒がしうののしる。宮をば、
「なほ、渡らせたまひね」
と、人々聞こゆれど、御身の憂きままに、後れきこえじと思せば、つと添ひたまへり。

 3 一条御息所の物語 行き違いの不幸 [3-1 御息所、夕霧に返書]
あちらからまたお手紙がある。事情を知らない女房が受け取って、
「大将殿から、少将の君にと言って、お使者があります」
と言うのが、また辛いことであるよ。少将の君は、お手紙は受け取った。母御息所が、
「どのようなお手紙ですか」
と、やはりお尋ねになる。人知れず弱気な考えも起こって、内心はお待ち申し上げていらしたのに、いらっしゃらないようだとお思いになると、胸騷ぎがして、
「さあ、そのお手紙には、やはりお返事をなさい。失礼ですよ。一度立った噂を良いほうに言い直してくれる人はいないものです。あなただけ潔白だとお思いになっても、そのまま信用してくれる人は少ないものです。素直にお手紙のやりとりをなさって、やはり以前と同様なのが良いことでしょう。いいかげんな馴れ過ぎた態度というものでしょう」
とおっしゃって、取り寄せなさる。辛いけれども差し上げた。
「驚くほど冷淡なお心をはっきり拝見しては、かえって気楽になって、一途な気持ちになってしまいそうです。
拒むゆえに浅いお心が見えましょう
山川の流れのように浮名は包みきれませんから」
と言葉も多いが、最後まで御覧にならない。
このお手紙も、はっきりした態度でもなく、いかにも癪に障るようないい気な調子で、今夜訪れないのを、とてもひどいとお思いになる。
「故衛門督君が心外に思われた時、とても情けないと思ったが、表向きの待遇は、またとなく大事に扱われたので、こちらに権威のある気がして慰めていたのでさえ、満足ではなかったのに。ああ、何ということであろう。大殿のあたりでどうお思いになりおっしゃっていることだろうか」
と心をお痛めになる。
「やはり、どのようにおっしゃるかと、せめて様子を窺ってみよう」と、気分がひどく悪く涙でかき曇ったような目、おし開けて、見にくい鳥の足跡のような字でお書きになる。
「すっかり弱ってしまった、お見舞いにお越しになった折なので、お勧め申したのですが、まことに沈んだような様子でいらっしゃるようなので、見兼ねまして。
女郎花が萎れている野辺をどういうおつもりで
一夜だけの宿をお借りになったのでしょう」
と、ただ途中まで書いて、捻り文にしてお出しなさって、臥せっておしまいになったまま、とてもお苦しがりなさる。御物の怪が油断させていたのかと、女房たちは騒ぐ。
いつもの、効験のある僧すべてが、とても大声を出して祈祷する。宮に、
「やはり、あちらにお移りあそばせ」
と、女房たちが申し上げるが、ご自身が辛く思うと同時に、後れ申すまいとお思いなので、ぴったりと付き添っていらっしゃった。

 3 Tale of Miyasumdokoro A misfortune of crossed letter [3-1 Miyasumdokoro replies a letter to Yugiri]
 Kasiko yori mata ohom-humi ari. Kokoro sira nu hito si mo tori-ire te,
 "Daisyau-dono yori, Seusyau-no-Kimi ni tote, ohom-tukahi ari."
 to ihu zo, mata wabisiki ya! Seusyau, ohom-humi ha tori tu. Miyasumdokoro,
 "Ika naru ohom-humi ni ka?"
 to, sasuga ni tohi tamahu. Hito sire zu obosi yowaru kokoro mo sohi te, sita ni mati kikoye tamahi keru ni, sa mo ara nu na'meri to omohosu mo, kokoro-sawagi si te,
 "Ide, sono ohom-humi, naho kikoye tamahe. Ainasi. Hito no ohom-na wo yo-sama ni ihi-nahosu hito ha kataki mono nari. Soko ni kokoro kiyou obosu to mo, sika motiwiru hito ha sukunaku koso ara me. Kokoro utukusiki yau ni kikoye kayohi tamahi te, naho ari si mama nara m koso yokara me. Ainaki amaye taru sama naru besi."
 tote, mesi-yosu. Kurusikere do tatematuri tu.
 "Asamasiki mi-kokoro no hodo wo mi tatematuri arahai te koso, naka-naka kokoro-yasuku, hitaburu kokoro mo tuki haberi nu bekere.
 Seku kara ni asasa zo miye m yama-gaha no
 nagare te no na wo tutumi hate zu ha
"
 to kotoba mo ohokare do, mi mo hate tamaha zu.
 Kono ohom-humi mo, kezayaka naru kesiki ni mo ara de, mezamasige ni kokoti-yo-gaho ni, koyohi turenaki wo, ito imizi to obosu.
 "Ko-Kam-no-Kimi no mi-kokoro zama no omoha zu nari si toki, ito usi to omohi sika do, ohokata no motenasi ha, mata narabu hito nakari sika ba, konata ni tikara aru kokoti si te nagusame si dani, yo ni ha kokoro mo yuka zari si wo. Ana, imizi ya! Oho-tono no watari ni omohi notamaha m koto."
 to omohi simi tamahu.
 "Naho, ikaga notamahu to, kesiki wo dani mi m." to, kokoti no kaki-midari kururu yau ni si tamahu me, osi-sibori te, ayasiki tori no ato no yau ni kaki tamahu.
 "Tanomosige naku nari ni te haberu, toburahi ni watari tamahe ru wori ni te, sosonokasi kikoyure do, ito hare-baresikara nu sama ni monosi tamahu mere ba, mi tamahe wadurahi te nam.
 Wominahesi siworuru nobe wo iduko tote
 hito-yo bakari no yado wo kari kem
"
 to, tada kaki-sasi te, osi-hineri te idasi tamahi te, husi tamahi nuru mama ni, ito itaku kurusigari tamahu. Ohom-mononoke no tayume keru ni ya to, hito-bito ihi sawagu.
 Rei no, gen aru kagiri, ito sawagasiu nonosiru. Miya wo ba,
 "Naho, watara se tamahi ne."
 to, hito-bito kikoyure do, ohom-mi no uki mama ni, okure kikoye zi to obose ba, tuto sohi tamahe ri.

 [3-2 雲居雁、手紙を奪う]
大将殿は、この昼つ方、三条殿におはしにける、今宵立ち返り参でたまはむに、「ことしもあり顔に、まだきに聞き苦しかるべし」など念じたまひて、いとなかなか年ごろの心もとなさよりも、千重にもの思ひ1892重ねて嘆きたまふ。
北の方は、かかる御ありきのけしきほの聞きて、心やましと聞きゐたまへるに、知らぬやうにて、君達もて遊び紛らはしつつ、わが昼の御座に臥したまへり。
宵過ぐるほどにぞ、この御返り持て参れるを、かく例にもあらぬ鳥の跡のやうなれば、とみにも見解きたまはで、大殿油近う取り寄せて見たまふ。女君、もの隔てたるやうなれど、いと疾く見つけたまうて、はひ寄りて、御後ろより取りたまうつ。
「あさましう。こは、いかにしたまふぞ。あな、けしからず。六条の東の上の御文なり。今朝、風邪おこりて悩ましげにしたまへるを、院の御前にはべりて、出でつるほど、またも参うでずなりぬれば、いとほしさに、今の間いかにと、聞こえたりつるなり。見たまへよ、懸想びたる文のさまか。さても、なほなほしの御さまや。年月に添へて、いたうあなづりたまふこそうれたけれ。思はむところを、むげに恥ぢたまはぬよ」
とうちうめきて、惜しみ顔にもひこしろひたまはねば、さすがに、ふとも見で持たまへり。
「年月に添ふるあなづらはしさは、御心ならひなべかめり」
とばかり、かくうるはしだちたまへるに憚りて、若やかにをかしきさましてのたまへば、うち笑ひて、
「そは、ともかくもあらむ。世の常のことなり。またあらじかし、よろしうなりぬる男の、かく紛ふ方なく、一つ所を守らへて、もの懼ぢしたる鳥の兄鷹のもののやうなるは。いかに人笑ふ1893らむ。さるかたくなしき者に守られたまふは、御ためにもたけからずや。
あまたが中に、なほ際まさり、ことなるけぢめ見えたるこそ、よそのおぼえも心にくく、わが心地もなほ古りがたく、をかしきこともあはれなるすぢも絶えざらめ。かく翁のなにがし守りけむやうに、おれ惑ひたれば、いとぞ口惜しき。いづこの栄えかあらむ」
と、さすがに、この文のけしきなくをこつり取らむ1894の心にて、欺き申したまへば、いとにほひやかにうち笑ひて、
「ものの映え映えしさ作り出でたまふほど、古りぬる人苦しや。いと今めかしくなり変はれる御けしきのすさまじさも、見ならはずなり1895にける事なれば、いとなむ苦しき。かねてよりならはし1896たまはで」
とかこちたまふも、憎くもあらず。
「にはかにと思すばかりには、何ごとか見ゆらむ。いとうたてある御心の隈かな。よからずもの聞こえ知らする人ぞあるべき。あやしう、もとよりまろをば許さぬぞかし。なほ、かの緑の袖の名残、あなづらはしきにことづけて、もてなしたてまつらむと思ふやうあるにや。いろいろ聞きにくきことどもほのめくめり。あいなき人の御ためにも、いとほしう」
などのたまへど、つひにあるべきことと思せば、ことにあらがはず。大輔の乳母、いと苦しと聞きて、ものも聞こえず。

 [3-2 雲居雁、手紙を奪う]
大将殿は、この昼頃に、三条殿にいらっしゃったが、今晩再び小野にお伺いなさるのに、「何かわけがありそうで、まだ何もないのに外聞が悪かろう」などと気持ちをお抑えになって、ほんとにかえって今までの気がかりさよりも、幾重にも物思いを重ねて嘆息していらっしゃる。
北の方は、このようなお忍び歩きの様子をちらっと聞いて、面白くなく思っていらっしゃるので、知らないふりをして、若君たちをあやして気を紛らしながら、ご自分の昼のご座所で臥していらっしゃった。
ちょうど宵過ぎるころに、このお返事を持って参ったが、このようにいつもと違った鳥の足跡のような筆跡なので、直ぐにはご判読できないで、大殿油を近くに取り寄せて御覧になる。女君、物を隔てていたようであるが、とてもすばやくお見つけになって、這い寄って、殿の後ろから取り上げなさなった。
「あきれたことを。これは、何をなさるのですか。何と、けしからん。六条の東の上様のお手紙です。今朝、風邪をひいて苦しそうでいらっしゃったが、院の御前におりまして、帰る時に、もう一度伺わないままになってしまったので、お気の毒に思って、ただ今の加減はいかかがですかと、申し上げたのです。御覧なさい。恋文めいた手紙の様子ですか。それにしても、はしたないなさりようです。年月とともに、ひどく馬鹿になさるのが情けないことです。どう思うか、全く気になさらないのですね」
と慨嘆して、大切そうに無理に取り返そうとなさらないので、それでもやはり、すぐには見ずに持ったままでいらっしゃった。
「年月につれて馬鹿になさるのは、あなたのほうこそそうでございますわ」
とだけ、このように泰然としていらっしゃる態度に気後れして、若々しくかわいらしい顔つきでおっしゃるので、ふとお笑いになって、
「それは、どちらでも良いことでしょう。夫婦とはそのようなものです。二人といないでしょうね、相当な地位に上った男が、このように気を紛らすことなく、一人の妻を守り続けて、びくびくしている雄鷹のような者はね。どんなに人が笑っているでしょう。そのような愚か者に守られていらっしゃるのは、あなたにとっても名誉なことではありますまい。
大勢の妻妾の中で、それでも一段と際立って、格別に重んじられていることが、世間の見る目も奥ゆかしく、わが気持ちとしてもいつまでも新鮮な感じがして、興をそそることもしみじみとしたことも続くでしょう。このように翁が何かを守ったように、愚かしく迷っているので、大変に残念なことです。どこに見栄えがありましょうか」
と、そうはいっても、この手紙を欲しそうな態度を見せずにだまし取ろうとのつもりで、嘘を申し上げると、とても高かにお笑いになって、
「見栄えのある事をお作りになるので、年取ったわたしは辛いのです。とても若々しくなられたご様子がぞっとしてなりませんことも、今まで経験したことのない事なので、とても辛いのです。以前から馴れさせてお置きにならないで」
と文句をおっしゃるのも、憎くはない。
「急にとお考えになる程に、どこが変わって見えるのでしょう。とても嫌なお心の隔てですね。良くないことを申し上げる女房がいるのでしょう。不思議と、昔からわたしのことを良く思っていないのです。依然として、あの緑の六位の袍の名残で、軽蔑しやすいことにつけて、あなたをうまく操ろうと思っているのではないでしょうか。いろいろと聞きにくいことをほのめかしているらしい。関わりのない方にとっても、お気の毒です」
などとおっしゃるが、結局はそうなることだとお考えなので、特に言い争いはしない。大輔の乳母は、とても辛いと聞いて、何も申し上げない。

 [3-2 Kumoi-no-kari takes the letter from Yugiri's hands]
 Daisyau-dono ha, kono hiru tu kata, Samdeu-dono ni ohasi ni keru, koyohi tati-kaheri made tamaha m ni, "Koto si mo ari-gaho ni, madaki ni kiki kurusikaru besi." nado nen-zi tamahi te, ito naka-naka tosi-goro no kokoro-motonasa yori mo, tihe ni mono omohi kasane te nageki tamahu.
 Kitanokata ha, kakaru ohom-ariki no kesiki hono-kiki te, kokoro-yamasi to kiki wi tamahe ru ni, sira nu yau ni te, Kimdati mote-asobi magirahasi tutu, waga hiru no o-masi ni husi tamahe ri.
 Yohi suguru hodo ni zo, kono ohom-kaheri mote mawire ru wo, kaku rei ni mo ara nu tori no ato no yau nare ba, tomi ni mo mi toki tamaha de, oho-tonabura tikau tori-yose te mi tamahu. Womna-Gimi, mono hedate taru yau nare do, ito toku mituke tamau te, hahi-yori te, ohom-usiro yori tori tamau tu.
 "Asamasiu! Ko ha, ika ni si tamahu zo. Ana, kesikara zu. Rokudeu no Homgasi-no-Uhe no ohom-humi nari. Kesa, kaze okori te nayamasige ni si tamahe ru wo, Win no o-mahe ni haberi te, ide turu hodo, mata mo maude zu nari nure ba, itohosisa ni, ima no ma ika ni to, kikoye tari turu nari. Mi tamahe yo, kesau-bi taru humi no sama ka? Sate mo, naho-nahosisa no ohom-sama ya! Tosi-tuki ni sohe te, itau anaduri tamahu koso uretakere. Omoha m tokoro wo, muge ni hadi tamaha nu yo."
 to uti-umeki te, wosimi gaho ni mo hikosirohi tamaha ne ba, sasuga ni, huto mo mi de mo' tamahe ri.
 "Tosi-tuki ni sohuru anadurahasisa ha, mi-kokoronarahi na'beka'meri."
 to bakari, kaku uruhasi-dati tamahe ru ni habakari te, wakayaka ni wokasiki sama si te notamahe ba, uti-warahi te,
 "So ha, tomokaku mo ara m. Yo no tune no koto nari. Mata ara zi kasi, yorosiu nari nuru wonoko no, kaku magahu kata naku, hitotu tokoro wo mamorahe te, mono-odi si taru tori no seu yau no mono no yau naru ha. Ika ni hito warahu ram. Saru katakunasiki mono ni mamora re tamahu ha, ohom-tame ni mo takekara zu ya!
 Amata ga naka ni, naho kiha masari, koto naru kedime miye taru koso, yoso no oboye mo kokoro-nikuku, waga kokoti mo naho huri gataku, wokasiki koto mo ahare naru sudi mo taye zara me. Kaku okina no nanigasi mamori kem yau ni, ore madohi tare ba, ito zo kutiwosiki. Iduko no haye ka ara m."
 to, sasuga ni, kono humi no kesiki naku wokoturi tora m no kokoro ni te azamuki mausi tamahe ba, ito nihohiyaka ni uti-warahi te,
 "Mono no haye-bayesisa tukuri-ide tamahu hodo, huri nuru hito kurusi ya! Ito imamekasiku nari kahare ru mi-kesiki no susamazisa mo, mi narahazu nari ni keru koto nare ba, ito nam kurusiki. Kanete yori narahasi tamaha de."
 to kakoti tamahu mo, nikuku mo ara zu.
 "Nihaka ni to obosu bakari ni ha, nani-goto ka miyu ram. Ito utate aru mi-kokoro no kuma kana! Yokara zu mono kikoye sirasuru hito zo aru beki. Ayasiu, motoyori maro wo ba yurusa nu zo kasi. Naho, kano midori no sode no nagori, anadurahasiki ni kotoduke te, motenasi tatematura m to omohu yau aru ni ya! Iro-iro kiki-nikuki koto-domo honomeku meri. Ainaki hito no ohom-tame ni mo, itohosiu."
 nado notamahe do, tuhi ni aru beki koto to obose ba, koto ni aragaha zu. Taihu-no-Menoto, ito kurusi to kiki te, mono mo kikoye zu.

 [3-3 手紙を見ぬまま朝になる]
とかく言ひしろひて、この御文はひき隠したまひつれば、せめても漁り取らで、つれなく大殿籠もりぬれば、胸はしりて1897、「いかで取りてしがな」と、「御息所の御文なめり。何ごとありつらむ」と、目も合はず思ひ臥したまへり。
女君の寝たまへるに、昨夜の御座の下などに、さりげなくて探りたまへど、なし。隠したまへらむほどもなければ、いと心やましくて、明けぬれど、とみにも起きたまはず。
女君は、君達におどろかされて、ゐざり出でたまふにぞ、われも今起きたまふやうにて、よろづにうかがひたまへど、え見つけたまはず。女は1898、かく求めむとも思ひたまへらぬをぞ、「げに、懸想なき御文なりけり」と、心にも入れねば、君達のあわて遊びあひて、雛作り、拾ひ据ゑて遊びたまふ。
書読み、手習ひなど、さまざまにいとあわたたし。小さき稚児這ひかかり引きしろへば、取りし文のことも思ひ出でたまはず。
男は、異事もおぼえたまはず、かしこに疾く聞こえむと思すに、昨夜の御文のさまも、えたしかに見ずなりにしかば、「見ぬさまならむも、散らしてけると推し量りたまふべし」など、思ひ乱れたまふ。
誰も誰も御台参りなどして、のどかになりぬる昼つ方、思ひわづらひて、
「昨夜の御文は、何ごとかありし。あやしう見せたまはで。今日も訪らひ聞こゆべし。悩ましうて、六条にもえ参るまじければ、文をこそはたてまつらめ。何ごとかありけむ」
とのたまふが、いとさりげなければ、「文は、をこがましう取りてけり」とすさまじうて、そのことをばかけたまはず、
「一夜の深山風に、あやまりたまへる悩ましさななりと、をかしきやうにかこちきこえたまへかし」
と聞こえたまふ。
「いで、このひがこと、な常にのたまひそ。何のをかしきやうかある。世人になずらへたまふこそ、なかなか恥づかしけれ。この女房たちも、かつはあやしきまめざまを、かくのたまふと、ほほ笑むらむものを」
と、戯れ言に言ひなして、
「その文よ。いづら」
とのたまへど、とみにも引き出でたまはぬほどに、なほ物語など聞こえて、しばし臥したまへるほどに、暮れにけり。

 [3-3 手紙を見ぬまま朝になる]
あれこれと言い合いをして、このお手紙はお隠しになってしまったので、無理しても探し出さず、さりげない顔してお寝みになったので、胸騷ぎがして、「何とかして奪い返したいものだ」と、「御息所のお手紙のようだ。何事があったのだろう」と、目も合わず考えながら臥せっていらっしゃった。
女君が眠っていらっしゃる間に、昨夜のご座所の下などを、何げなくお探しになるが、ない。お隠しなさる場所もないのに、とても悔しい思いで、夜も明けてしまったが、すぐにはお起きにならない。
女君は、若君たちに起こされて、いざり出ていらっしゃったので、自分も今お起きになったようにして、あちこちとお探しになるが、見つけることがおできになれない。妻は、このように探そうとお思いなさらないので、「なるほど、恋文ではないお手紙であったのだ」と、気にもかけていないので、若君たちが騒がしく遊びあって、人形を作って、立て並べて遊んでいらっしゃる。
漢籍を読んだり、習字をしたりなど、いろいろと雑然としている。小さい稚児が這ってきて裾を引っ張るので、奪い取った手紙のこともお思い出しにならない。
夫は、他の事もお考えにならず、あちらに早く返事を差し出そうとお思いになると、昨夜の手紙の内容も、よく読まないままになってしまったので、「見ないで書いたというようなのも、なくしたのだとお察しになるだろう」などと、お思い乱れなさる。
どなたもどなたもお食事などを召し上がったりして、のんびりとなった昼ころに、困りきって、
「昨夜のお手紙には、何が書いてありましたか。けしからん事にお見せにならないで。今日もお見舞い申そう。気分が悪くて、六条院にも参上することができないようなので、手紙を差し上げたい。何が書いてあったのだろうか」
とおっしゃるのが、とてもさりげないので、「手紙を、愚かにも奪い取ってしまった」と興醒めがして、そのことはおっしゃらずに、
「昨夜の深山風に当たって、具合を悪くされたらしいと、風流気取りで訴えられたらよいでしょう」
と申し上げなさる。
「さあ、そんな冗談、いつまでもおっしゃいませんな。何の風流なことがあろうか。世間の人と一緒になさるのは、かえって気が引けます。ここの女房たちも、一方では不思議なほどの堅物を、このようにおっしゃると、笑っていることでしょう」
と、冗談に言いなして、
「その手紙ですよ。どこですか」
とお尋ねになるが、すぐにはお出しにならないままに、またお話などを申し上げて、暫く横になっていらっしゃるうちに、日が暮れてしまった。

 [3-3 Yugiri sees the next morning without reading the letter]
 Tokaku ihi-sirohi te, kono ohom-humi ha hiki-kakusi tamahi ture ba, semete mo asari tora de, turenaku ohotono-gomori nure ba, mune hasiri te, "Ikade tori te si gana!" to, "Miyasumdokoro no ohom-humi na'meri. Nani-goto ari tu ram?" to, me mo aha zu omohi husi tamahe ri.
 Womna-Gimi no ne tamahe ru ni, yobe no o-masi no sita nado ni, sarigenaku te saguri tamahe do, nasi. Kakusi tamahe ra m hodo mo nakere ba, ito kokoro-yamasiku te, ake nure do, tomi ni mo oki tamah zu.
 Womna-Gimi ha, Kimdati ni odorokasa re te, wizari-ide tamahu ni zo, ware mo ima oki tamahu yau ni te, yorodu ni ukagahi tamahe do, e mituke tamaha zu. Womna ha, kaku motome m to mo omohi tamahe ra nu wo zo, "Geni, kesau naki ohom-humi nari keri." to, kokoro ni mo ire ne ba, Kimdatati no awate asobi-ahi te, hihina tukuri, hirohi suwe te asobi tamahu.
 Humi yomi, tenarahi nado, sama-zama ni ito awatatasi. Tihisaki tigo hahi-kakari hiki-sirohe ba, tori si humi no koto mo omohi-ide tamaha zu.
 Wotoko ha, koto-goto mo oboye tamaha zu, kasiko ni toku kikoye m to obosu ni, yobe no ohom-humi no sama mo, e tasika ni mi zu nari ni sika ba, "Mi nu sama nara m mo, tirasi te keru to osihakari tamahu besi." nado, omohi midare tamahu.
 Tare mo tare mo mi-dai mawiri nado si te, nodoka ni nari nuru hiru tu kata, omohi wadurahi te,
 "Yobe no ohom-humi ha, nani-goto ka ari si? Ayasiu mise tamaha de. Kehu mo toburahi kikoyu besi. Nayamasiu te, Rokudeu ni mo e mawiru mazikere ba, humi wo koso ha tatematura me. Nani-goto ka ari kem?"
 to notamahu ga, ito sarigenakere ba, "Humi ha, wokogamasiu tori te keri." to susamaziu te, sono koto wo ba kake tamaha zu,
 "Hito-yo no miyama-kaze ni, ayamari tamahe ru nayamasisa na'nari to, wokasiki yau ni kakoti kikoye tamahe kasi."
 to kikoye tamahu.
 "Ide, kono higa-koto, na tune ni notamahi so. Nani no wokasiki yau ka aru. Yo-hito ni nazurahe tamahu koso, naka-naka hadukasikere. Kono nyoubau-tati mo, katu ha ayasiki mame-zama wo, kaku notamahu to, hohowemu ram mono wo."
 to, tahabure-goto ni ihi-nasi te,
 "Sono humi yo! Idura?"
 to notamahe do, tomi ni mo hiki-ide tamaha nu hodo ni, naho monogatari nado kikoye te, sibasi husi tamahe ru hodo ni, kure ni keri.

 [3-4 夕霧、手紙を見る]
ひぐらしの声におどろきて、「山の蔭いかに霧りふたがりぬらむ。あさましや。今日この御返事をだに」と、いとほしうて、ただ知らず顔に硯おしすりて、「いかになしてしにかとりなさむ」と、眺めおはする。
御座の奥のすこし上がりたる所を、試みにひき上げたまへれば、「これにさし挟みたまへるなりけり」と、うれしうもをこがましうもおぼゆるに、うち笑みて見たまふに、かう心苦しきことなむありける。胸つぶれて、「一夜のことを、心ありて聞きたまうける」と思すに、いとほしう心苦し。
「昨夜だに、いかに思ひ明かしたまうけむ。今日も、今まで文をだに」
と、言はむ方なくおぼゆ。いと苦しげに、言ふかひなく、書き紛らはしたまへるさまにて、
「おぼろけに思ひあまりてやは、かく書きたまうつらむ。つれなくて今宵の明けつらむ」
と、言ふべき方のなければ、女君ぞ、いとつらう心憂き。
「すずろに、かく、あだへ隠して。いでや、わがならはしぞや」と、さまざまに身もつらく、すべて泣きぬべき心地したまふ。
やがて出で立ちたまはむとするを、
「心やすく対面もあらざらむものから、人もかくのたまふ、いかならむ。坎日にもありけるを、もしたまさかに思ひ許したまはば、悪しからむ。なほ善からむことをこそ」
と、うるはしき心に思して、まづ、この御返りを聞こえたまふ。
「いとめづらしき御文を、かたがたうれしう見たまふるに、この御咎めをなむ。いかに聞こし召したることにか。
秋の野の草の茂みは分けしかど
仮寝の枕結びやはせし
明らめきこえさするもあやなけれど、昨夜の罪は、ひたやごもりにや」
とあり。宮には、いと多く聞こえたまひて、御厩に足疾き御馬に移し置きて、一夜の大夫をぞたてまつれたまふ。
「昨夜より、六条の院にさぶらひて、ただ今なむまかでつると言へ」
とて、言ふべきやう、ささめき教へたまふ。

 [3-4 夕霧、手紙を見る]
蜩の鳴き声に目が覚めて、「小野の麓ではどんなに霧が立ち籠めているだろう。何ということか。せめて今日中にお返事をしよう」と、お気の毒になって、ただ知らない顔をして硯を擦って、「どのように取り繕って書こうか」と、物思いに耽っていらっしゃる。
ご座所の奥の少し盛り上がった所を、試しにお引き上げなさったところ、「ここに差し挟みなさったのだ」と、嬉しくもまた馬鹿らしくも思えるので、にっこりして御覧になると、あのようなおいたわしいことが書いてあったのであった。胸がどきりとして、「先夜の出来事を、何かあったようにお聞きになったのだ」とお思いになると、おいたわしくて胸が痛む。
「昨夜でさえ、どれほどの思いで夜をお明かしになったことだろう。今日も、今まで手紙さえ上げずに」
と、何とも言いようなく思われる。とても苦しそうに、言いようもなく、書き紛らしていらっしゃる様子で、
「よほど思案にあまって、このようにお書きになったのだろう。返事のないまま、夜が明けていくのだろう」
と、申し上げる言葉もないので、女君が、まことに辛く恨めしい。
「いいかげんな、あなようなことをして、悪ふざけに隠すとは。いやはや、自分がこのようにしつけたのだ」と、あれこれとわが身が情けなくなって、全く泣き出したい気がなさる。
そのままお出かけなさろうとするが、
「気安く対面することもできないだろうから、御息所もあのようにおっしゃっているし、どうであろうか。坎日でもあったが、もし万が一にお許し下さっても、日が悪かろう。やはり縁起の良いように」
と、几帳面な性格から判断なさって、まずは、このお返事を差し上げなさる。
「とても珍しいお手紙を、何かと嬉しく拝見しましたが、このお叱りは。どのようにお聞きあそばしたのですか。
秋の野の草の茂みを踏み分けてお伺い致しましたが
仮初の夜の枕に契りを結ぶようなことを致しましょうか
言い訳を申すのも筋違いですが、昨夜の罪は、一方的過ぎませんでしょうか」
とある。宮には、たいそう多くお書き申し上げなさって、御厩にいる足の速いお馬に移し鞍を置いて、先夜の大夫を差し向けなさる。
「昨夜から、六条院に伺候していて、たった今退出してきたところだと言え」
と言って、言うべきさま、ひそひそとお教えになる。

 [3-4 Yugiri discovers the letter in the afternoon]
 Higurasi no kowe ni odoroki te, "Yama no kage ika ni kiri hutagari nu ram? Asamasi ya! Kehu kono ohom-kaheri-goto wo dani." to, itohosiu te, tada sira zu gaho ni suzuri osi-suri te, "Ika ni nasi te si ni ka tori nasa m?" to, nagame ohasuru.
 O-masi no oku no sukosi agari taru tokoro wo, kokoromi ni hiki age tamahe re ba, "Kore ni sasi hasami tamahe ru nari keri." to, uresiu mo wokogamasiu mo oboyuru ni, uti-wemi te mi tamahu ni, kau kokoro-gurusiki koto nam ari keru. Mune tubure te, "Hito-yo no koto wo, kokoro ari te kiki tamau keru." to obosu ni, itohosiu kokoro-gurusi.
 "Yobe dani, ika ni omohi akasi tamau kem? Kehu mo, ima made humi wo dani."
 to, iha m kata naku oboyu. Ito kurusige ni, ihu kahi naku, kaki magirahasi tamahe ru sama ni te,
 "Oboroke ni omohi amari te ya ha, kaku kaki tamau tu ram. Turenaku te koyohi no ake tu ram."
 to, ihu beki kata no nakere ba, Womna-Gimi zo, ito turau kokoro-uki.
 "Suzuro ni, kaku, adahe kakusi te. Ide ya, waga narahasi zo ya!" to, sama-zama ni mi mo turaku, subete naki nu beki kokoti si tamahu.
 Yagate ide-tati tamaha m to suru wo,
 "Kokoro-yasuku taime mo ara zara m mono kara, hito mo kaku notamahu, ika nara m? Kan-niti ni mo ari keru wo, mosi tamasaka ni omohi yurusi tamaha ba, asikara m. Naho yokara m koto wo koso."
 to, uruhasiki kokoro ni obosi te, madu, kono ohom-kaheri wo kikoye tamahu.
 "Ito medurasiki ohom-humi wo, kata-gata uresiu mi tamahuru ni, kono ohom-togame wo nam. Ika ni kikosimesi taru koto ni ka?
 Aki no no no kusa no sigemi ha wake sika do
 kari-ne no makura musubi ya ha se si

 Akirame kikoye sasuru mo aya nakere do, yobe no tumi ha, hitaya-gomori ni ya?"
 to ari. Miya ni ha, ito ohoku kikoye tamahi te, mi-maya ni asi toki ohom-uma ni utusi oki te, hito-yo no Taihu wo zo tatemature tamahu.
 "Yobe yori, Rokudeu-no-win ni saburahi te, tada ima nam makade turu to ihe."
 tote, ihu beki yau, sasameki wosihe tamahu.

 [3-5 御息所の嘆き]
かしこには、昨夜もつれなく見えたまひし御けしきを、忍びあへで、後の聞こえをもつつみあへず恨みきこえたまうしを、その御返りだに見えず、今日の暮れ果てぬるを、いかばかりの御心にかはと、もて離れてあさましう、心もくだけて、よろしかりつる御心地、またいといたう悩みたまふ。
なかなか正身の御心のうちは、このふしをことに憂しとも思し、驚くべきことしなければ、ただおぼえぬ人に、うちとけたりしありさまを見えしことばかりこそ口惜しけれ、いとしも思ししまぬを、かくいみじうおぼいたるを、あさましう恥づかしう、明らめきこえたまふ方なくて、例よりももの恥ぢしたまへるけしき見えたまふを、「いと心苦しう、ものをのみ思ほし添ふべかりける」と見たてまつるも、胸つとふたがりて悲しければ、
「今さらにむつかしきことをば聞こえじと思へど、なほ、御宿世とはいひながら、思はずに心幼くて1899、人のもどきを負ひたまふべきことを。取り返すべきことにはあらねど、今よりは、なほさる心したまへ。
数ならぬ身ながらも、よろづに育みきこえつるを、今は何事をも思し知り、世の中のとざまかうざまのありさまをも、思したどりぬべきほどに、見たてまつりおきつることと、そなたざまはうしろやすくこそ見たてまつりつれ、なほいといはけて、強き御心おきてのなかりけることと、思ひ乱れはべるに、今しばしの命もとどめまほしうなむ。
ただ人だに、すこしよろしくなりぬる女の、人二人と見る例は、心憂くあはつけきわざなるを、ましてかかる御身には、さばかりおぼろけにて、人の近づききこゆべきにもあらぬを、思ひのほかに心にもつかぬ御ありさまと、年ごろも見たてまつり悩みしかど、さるべき御宿世にこそは。
院より始めたてまつりて、思しなびき、この父大臣にも許いたまふべき御けしきありしに、おのれ一人しも心をたてても、いかがはと思ひ寄りはべりしことなれば、末の世までものしき御ありさまを、わが御過ちならぬに、大空をかこちて見たてまつり過ぐすを、いとかう人のためわがための、よろづに聞きにくかりぬべきことの出で来添ひぬべきが、さても、よその御名をば知らぬ顔にて、世の常の御ありさまにだにあらば、おのづからあり経むにつけても、慰むこともやと、思ひなしはべるを、こよなう情けなき人の御心にもはべりけるかな」
と、つぶつぶと泣きたまふ。

 [3-5 御息所の嘆き]
あちらでは、昨夜も薄情なとお見えになったご様子を、我慢することができないで、後のちの評判をもはばからず恨み申し上げなさったが、そのお返事さえ来ずに、今日がすっかり暮れてしまったのを、どれ程のお気持ちかと、愛想が尽きて、驚きあきれて、心も千々に乱れて、すこしは好ろしかったご気分も、再びたいそうひどくお苦しみになる。
かえってご本人のお気持ちは、このことを特に辛いこととお思いになり、心を動かすほどのことではないので、ただ思いも寄らない方に、気を許した態度で会ったことだけが残念であったが、たいしてお心にかけていなかったのに、このようにひどくお悩みになっているのを、言いようもなく恥ずかしく、弁解申し上げるすべもなくて、いつもよりも恥ずかしがっていらっしゃる様子にお見えになるのを、「とてもお気の毒で、ご心労ばかりがお加わりになって」と拝するにつけても、胸が締めつけられて悲しいので、
「今さら厄介なことは申し上げまいと思いますが、やはり、ご運命とは言いながらも、案外に思慮が甘くて、人から非難されなさることでしょうが。それを元に戻れるものではありませんが、今からは、やはり慎重になさいませ。
物の数に入るわが身ではありませんが、いろいろとお世話申し上げてきましたが、今ではどのようなことでもお分かりになり、世の中のあれやこれやの有様も、お分かりになるほどに、お世話申してきたことと、そうした方面は安心だと拝見していましたが、やはりとても幼くて、しっかりしたお心構えがなかったことと、思い乱れておりますので、もう暫く長生きしたく思います。
普通の人でさえ、多少とも人並みの身分に育った女性で、二人の男性に嫁ぐ例は、感心しない軽薄なことですのに、ましてこのようなご身分では、そのようないい加減なことで、男性がお近づき申してよいことでもないのに、思ってもいませんでした心外なご結婚と、長年来心を痛めてまいりましたが、そのようなご運命であったのでしょう。
院をお始め申して、御賛成なさり、この父大臣にもお許しなさろうとの御内意があったのに、わたし一人が反対を申し上げても、どんなものかと思いよりましたことですが、のちのちまで面白からぬお身の上を、あなたご自身の過ちではないので、天命を恨んでお世話してまいりましたが、とてもこのような相手にとってもあなたにとっても、いろいろと聞きにくい噂が加わって来ましょうが、そうなっても、世間の噂を知らない顔をして、せめて世間並のご夫婦としてお暮らしになれるのでしたら、自然と月日が過ぎて行くうちに、心の安まる時が来ようかと、思う気持ちにもなりましたが、この上ない薄情なお心の方でございますね」
と、ほろほろとお泣きになる。

 [3-5 Miyasumdokoro deplores her daughter's misfortune]
 Kasiko ni ha, yobe mo turenaku miye tamahi si mi-kesiki wo, sinobi-ahe de, noti no kikoye wo mo tutumi ahe zu urami kikoye tamau si wo, sono ohom-kaheri dani miye zu, kehu no kure hate nuru wo, ikabakari no mi-kokoro ni ka ha to, mote hanare te asamasiu, kokoro mo kudake te, yorosikari turu mi-kokoti, mata ito itau nayami tamahu.
 Naka-naka sauzimi no mi-kokoro no uti ha, kono husi wo koto ni usi to mo obosi, odoroku beki koto si nakere ba, tada oboye nu hito ni, utitoke tari si arisama wo miye si koto bakari koso kutiwosikere, ito si mo obosi sima nu wo, kaku imiziu oboi taru wo, asamasiu hadukasiu, akirame kikoye tamahu kata naku te, rei yori mo mono hadi si tamahe ru kesiki miye tamahu wo, "Ito kokoro-gurusiu, mono wo nomi omohosi sohu bekari keru." to mi tatematuru mo, mune tuto hutagari te kanasikere ba,
 "Imasara ni mutukasiki koto wo ba kikoye zi to omohe do, naho, ohom-sukuse to ha ihi nagara, omoha zu ni kokoro-wosanaku te, hito no modoki wo ohi tamahu beki koto wo. Torikahesu beki koto ni ha ara ne do, ima yori ha, naho saru kokoro si tamahe.
 Kazu nara nu mi nagara mo, yorodu ni hagukumi kikoye turu wo, ima ha nani-goto wo mo obosi siri, yononaka no to-zama kau-zama no arisama wo mo, obosi tadori nu beki hodo ni, mi tatematuri oki turu koto to, sonata zama ha usiro-yasuku koso mi tatematuri ture, naho ito ihake te, tuyoki mi-kokoro-okite no nakari keru koto to, omohi midare haberu ni, ima sibasi no inoti mo todome mahosiu nam.
 Tada-bito dani, sukosi yorosiku nari nuru womna no, hito hutari to miru tamesi ha, kokoro-uku ahatukeki waza naru wo, masite kakaru ohom-mi ni ha, sabakari oboroke ni te, hito no tikaduki kikoye beki ni mo ara nu wo, omohi no hoka ni kokoro ni mo tuka nu mi-arisama to, tosi-goro mo mi tatematuri nayami sika do, saru beki ohom-sukuse ni koso ha.
 Win yori hazime tatematuri te, obosi nabiki, kono titi-Otodo ni mo yurui tamahu beki mi-kesiki ari si ni, onore hitori si mo kokoro wo tate te mo, ikaga ha to omohi-yori haberi si koto nare ba, suwe no yo made monosiki mi-arisama wo, waga ohom-ayamati nara nu ni, ohozora wo kakoti te mi tatematuri sugusu wo, ito kau hito no tame waga tame no, yorodu ni kiki-nikukari nu beki koto no ide ki sohi nu beki ga, sate mo, yoso no ohom-na wo ba sira nu kaho ni te, yo no tune no mi-arisama ni dani ara ba, onodukara ari he m ni tuke te mo, nagusamu koto mo ya to, omohi-nasi haberu wo, koyonau nasake naki hito no mi-kokoro ni mo haberi keru kana!"
 to, tubu-tubu to naki tamahu.

 [3-6 御息所死去す]
いとわりなくおしこめてのたまふを、あらがひはるけむ言の葉もなくて、ただうち泣きたまへるさま、おほどかにらうたげなり。うちまもりつつ、
「あはれ、何ごとかは、人に劣りたまへる。いかなる御宿世にて、やすからず、ものを深く思すべき契り深かりけむ」
などのたまふままに、いみじう苦しうしたまふ。もののけなども、かかる弱目に所得るものなりければ、にはかに消え入りて、ただ冷えに冷え入りたまふ。律師も騷ぎたちたまうて、願など立てののしりたまふ。
深き誓ひにて、今は命を限りける山籠もりを、かくまでおぼろけならず出で立ちて、檀こぼちて帰り入らむことの、面目なく、仏もつらくおぼえたまふべきことを、心を起こして祈り申したまふ。宮の泣き惑ひたまふこと、いとことわりなりかし。
かく騒ぐほどに、大将殿より御文取り入れたる、ほのかに聞きたまひて、今宵もおはすまじきなめり、とうち聞きたまふ。
「心憂く。世の例にも引かれたまふべきなめり。何に我さへさる言の葉を残しけむ」
と、さまざま思し出づるに、やがて絶え入りたまひぬ。あへなくいみじと言へばおろかなり。昔より、もののけには時々患ひたまふ。限りと見ゆる折々もあれば、「例のごと取り入れたるなめり」とて、加持参り騒げど、今はのさま、しるかりけり。
宮は、後れじと思し入りて、つと添ひ臥したまへり。人々参りて、
「今は、いふかひなし。いとかう思すとも、限りある道は、帰りおはすべきことにもあらず。慕ひきこえたまふとも、いかでか御心にはかなふべき」
と、さらなることわりを聞こえて、
「いとゆゆしう。亡き御ためにも、罪深きわざなり。今は去らせたまへ」
と、引き動かいたてまつれど、すくみたるやうにて、ものもおぼえたまはず。
修法の檀こぼちて、ほろほろと出づるに、さるべき限り、片へこそ1900立ちとまれ、今は限りのさま、いと悲しう心細し。

 [3-6 御息所死去す]
ほんとうにどうしようもなく独りぎめにしておっしゃるので、抗弁して申し開きをする言葉もなくて、ただ泣いていらっしゃる様子、おっとりとしていじらしい。じっと見つめながら、
「ああ、どこが、人に劣っていらっしゃろうか。どのようなご運命で、心も安まらず、物思いなさらなければならない因縁が深かったのでしょう」
などとおっしゃるうちに、ひどくお苦しみになる。物の怪などが、このような弱り目につけ込んで勢いづくものだから、急に息も途絶えて、見る見るうちに冷たくなっていかれる。律師も騷ぎ出しなさって、願などを立てて大声でお祈りなさる。
深い誓いを立てて、命果てるまでと決心した山籠もりを、こんなにまで並々の思いでなく出てきて、壇を壊して退出することが、面目なくて、仏も恨めしく思わずいはいらっしゃれない趣旨を、一心不乱にお祈り申し上げなさる。宮が泣き取り乱していらっしゃること、まことに無理もないことではある。
このように騒いでいる最中に、大将殿からお手紙を受け取ったと、かすかにお聞きになって、今夜もいらっしゃらないらしい、とお聞きになる。
「情けない。世間の話の種にも引かれるに違いない。どうして自分まであのような和歌を残したのだろう」
と、あれこれとお思い出しなさると、そのまま息絶えてしまわれた。あっけなく情けないことだと言っても言い足りない。昔から、物の怪には時々お患いになさる。最期と見えた時々もあったので、「いつものように物の怪が取り入ったのだろう」と考えて、加持をして大声で祈ったが、臨終の様子は、明らかであったのだ。
宮は、一緒に死にたいとお悲しみに沈んで、ぴったりと添い臥していらっしゃった。女房たちが参って、
「もう、何ともしかたありません。まことこのようにお悲しみになっても、定められた運命の道は、引き返すことはできるものでありません。お慕い申されようとも、どうしてお思いどおりになりましょう」
と、言うまでもない道理を申し上げて、
「とても不吉です。亡くなったお方にとっても、罪深いことです。もうお離れなさいまし」
と、引き動かし申し上げるが、身体もこわばったようで、何もお分かりにならない。
修法の壇を壊して、ばらばらと出て行くので、しかるべき僧たちだけ、一部の者が残ったが、今は全てが終わった様子、まことに悲しく心細い。

 [3-6 Miyasumdokoro dies with greef]
 Ito warinaku osikome te notamahu wo, aragahi haruke m kotonoha mo naku te, tada uti-naki tamahe ru sama, ohodoka ni rautage nari. Uti-mamori tutu,
 "Ahare, nani-goto ka ha, hito ni otori tamahe ru. Ika naru ohom-sukuse ni te, yasukara zu, mono wo hukaku obosu beki tigiri hukakari kem?"
 nado notamahu mama ni, imiziu kurusiu si tamahu. Mononoke nado mo, kakaru yowame ni tokoro uru mono nari kere ba, nihaka ni kiye iri te, tada hiye ni hiye iri tamahu. Risi mo sawagi-tati tamau te, gwan nado tate nonosiri tamahu.
 Hukaki tikahi ni te, ima ha inoti wo kagiri keru yama-gomori wo, kaku made oboroke nara zu ide-tati te, dan koboti te kaheri ira m koto no, meiboku naku, Hotoke mo turaku oboye tamahu beki koto wo, kokoro wo okosi te inori mausi tamahu. Miya no naki madohi tamahu koto, ito kotowari nari kasi.
 Kaku sawagu hodo ni, Daisyau-dono yori ohom-humi tori-ire taru, honoka ni kiki tamahi te, koyohi mo ohasu maziki na'meri, to uti-naki tamahu.
 "Kokoro-uku. Yo no tamesi ni mo hika re tamahu beki na'meri. Nani ni ware sahe saru kotonoha wo nokosi kem."
 to, sama-zama obosi-iduru ni, yagate taye-iri tamahi nu. Ahenaku imizi to ihe ba oroka nari. Mukasi yori, mononoke ni ha toki-doki wadurahi tamahu. Kagiri to miyuru wori-wori mo are ba, "Rei no goto tori-ire taru na'meri." tote, kadi mawiri sawage do, imaha no sama, sirukari keri.
 Miya ha, okure zi to obosi iri te, tuto sohi husi tamahe ri. Hito-bito mawiri te,
 "Ima ha, ihu kahi nasi. Ito kau obosu to mo, kagiri aru miti ha, kaheri ohasu beki koto ni mo ara zu. Sitahi kikoye tamahu to mo, ikade ka mi-kokoro ni ha kanahu beki."
 to, sara naru kotowari wo kikoye te,
 "Ito yuyusiu. Naki ohom-tame ni mo, tumi hukaki waza nari. Ima ha sara se tamahe."
 to, hiki-ugokai tatemature do, sukumi taru yau ni te, mono mo oboye tamaha zu.
 Zuhohu no dan koboti te, horo-horo to iduru ni, saru beki kagiri, katahe koso tati-tomare, ima ha kagiri no sama, ito kanasiu kokoro-bososi.

 [3-7 朱雀院の弔問の手紙]
所々の御弔ひ、いつの間にかと見ゆ。大将殿も、限りなく聞き驚きたまうて、まづ聞こえたまへり。六条の院よりも、致仕の大殿よりも、すべていとしげう聞こえたまふ。山の帝も聞こし召して、いとあはれに御文書いたまへり。宮は、この御消息にぞ、御ぐしもたげたまふ。
「日ごろ重く悩みたまふと聞きわたりつれど、例も篤しうのみ聞きはべりつるならひに、うちたゆみてなむ。かひなきことをばさるものにて、思ひ嘆いたまふらむありさま推し量るなむ、あはれに心苦しき。なべての世のことわりに思し慰めたまへ」
とあり。目も見えたまはねど、御返り聞こえたまふ。
常にさこそあらめとのたまひけることとて、今日やがてをさめたてまつるとて、御甥の大和守にてありけるぞ、よろづに扱ひきこえける。
骸をだにしばし見たてまつらむとて、宮は惜しみきこえたまひけれど、さてもかひあるべきならねば、皆いそぎたちて、ゆゆしげなるほどにぞ、大将おはしたる。
「今日より後、日ついで悪しかりけり」
など、人聞きにはのたまひて、いとも悲しうあはれに、宮の思し嘆くらむことを推し量りきこえたまうて、
「かくしも急ぎわたりたまふべきことならず」
と、人々いさめきこゆれど、しひておはしましぬ。

 [3-7 朱雀院の弔問の手紙]
あちこちからのご弔問、いつの間に知れたのかと見える。大将殿も、限りなく驚きなさって、さっそくご弔問申し上げなさった。六条院からも、致仕の大臣からも、皆々頻繁にご弔問申し上げなさる。山の帝もお聞きあそばして、まことにしみじみとしたお手紙をお書きなさっていた。宮は、このお手紙には、おぐしをお上げなさる。
「長らく重く患っていらっしゃるとずっと聞いていましたが、いつも病気がちとばかり聞き馴れておりましたので、つい油断しておりました。言ってもしかたのないことはそれとして、お悲しみ嘆いていらっしゃるだろう有様、想像するのがお気の毒でおいたわしい。すべて世の中の定めとお諦めになって慰めなさい」
とある。目もお見えにならないが、お返事は申し上げなさる。
普段からそうして欲しいとおっしゃっていたことなので、今日直ちに葬儀を執り行い申すことになって、御甥の大和守であった者が、万事お世話申し上げたのであった。
せめて亡骸だけでも暫くの間拝していたいと思って、宮は惜しみ申し上げなさったが、いくら別れを惜しんでもきりがないので、皆準備にとりかかって、忌中の最中に、大将がいらっしゃった。
「今日から後は、日柄が悪いのだ」
などと、人前ではおっしゃって、とても悲しくしみじみと、宮がお悲しみであろうことをご推察申し上げなさって、
「こんなに急いでお出掛けになる必要はありません」
と、女房たちがお引き止め申したが、無理にいらっしゃった。

 [3-7 A letter of condolence from Suzaku to Ochiba-no-miya]
 Tokoro-dokoro no ohom-toburahi, itu no ma ni ka to miyu. Daisyau-dono mo, kagiri naku kiki odoroki tamau te, madu kikoye tamahe ri. Rokudeu-no-Win yori mo, Tizi-no-Ohotono yori mo, subete ito ito sigeu kikoye tamahu. Yama-no-Mikado mo kikosimesi te, ito ahare ni ohom-humi kai tamahe ri. Miya ha, kono ohom-seusoko ni zo, mi-gusi motage tamahu.
 "Hi-goro omoku nayami tamahu to kiki watari ture do, rei mo atusiu nomi kiki haberi turu narahi ni, uti-tayumi te nam. Kahi naki koto wo ba saru mono ni te, omohi nagei tamahu ram arisama osihakaru nam, ahare ni kokoro-gurusiki. Nabete no yo no kotowari ni obosi nagusame tamahe."
 to ari. Me mo miye tamaha ne do, ohom-kaheri kikoye tamahu.
 Tune ni sa koso ara me to notamahi keru koto tote, kehu yagate wosame tatematuru tote, ohom-wohi no Yamato-no-Kami ni te ari keru zo, yorodu ni atukahi kikoye keru.
 Kara wo dani sibasi mi tatematura m tote, Miya ha wosimi kikoye tamahi kere do, sate mo kahi aru beki nara ne ba, mina isogi-tati te, yuyusige naru hodo ni zo, Daisyau ohasi taru.
 "Kehu yori noti, hi tuide asikari kaeri."
 nado, hito-giki ni ha notamahi te, ito mo kanasiu ahare ni, Miya no obosi nageku ram koto wo osihakari kikoye tamau te,
 "Kaku si mo isogi watari tamahu beki koto nara zu."
 to, hito-bito isame kikoyure do, sihite ohasimasi nu.

 [3-8 夕霧の弔問]
ほどさへ遠くて、入りたまふほど、いと心すごし。ゆゆしげに引き隔てめぐらしたる儀式の方は隠して、この西面に入れたてまつる。大和守出で来て、泣く泣くかしこまりきこゆ。妻戸の簀子におし掛かりたまうて、女房呼び出でさせたまふに、ある限り、心も収まらず、物おぼえぬほどなり。
かく渡りたまへるにぞ、いささか慰めて、少将の君は参る。物もえのたまひやらず。涙もろにおはせぬ心強さなれど、所のさま、人のけはひなどを思しやるも、いみじうて、常なき世のありさまの、人の上ならぬも、いと悲しきなりけり。ややためらひて、
「よろしうおこたりたまふさまに承りしかば、思うたまへたゆみたりしほどに。夢も覚むるほどはべなるを、いとあさましうなむ」
と聞こえたまへり。「思したりしさま、これに多くは御心も乱れにしぞかし」と思すに、さるべきとは言ひながらも、いとつらき人の御契りなれば、いらへをだにしたまはず。
「いかに聞こえさせたまふとか、聞こえはべるべき」
「いと軽らかならぬ御さまにて、かくふりはへ急ぎ渡らせたまへる御心ばへを、思し分かぬやうならむも、あまりにはべりぬべし」
と、口々聞こゆれば、
「ただ、推し量りて。我は言ふべきこともおぼえず」
とて、臥したまへるもことわりにて、
「ただ今は、亡き人と異ならぬ御ありさまにてなむ。渡らせたまへるよしは、聞こえさせはべりぬ」
と聞こゆ。この人々もむせかへるさまなれば、
「聞こえやるべき方もなきを1901。今すこしみづからも思ひのどめ、また静まりたまひなむに、参り来む。いかにしてかくにはかにと、その御ありさまなむゆかしき」
とのたまへば、まほにはあらねど、かの思ほし嘆きしありさまを、片端づつ聞こえて、
「かこちきこえさするさまになむ、なりはべりぬべき。今日は、いとど乱りがはしき心地どもの惑ひに、聞こえさせ違ふることどももはべりなむ。さらば、かく思し惑へる御心地も、限りあることにて、すこし静まらせたまひなむほどに、聞こえさせ承らむ」
とて、我にもあらぬさまなれば、のたまひ出づることも口ふたがりて、
「げにこそ、闇に惑へる心地すれ。なほ、聞こえ慰めたまひて、いささかの御返りもあらばなむ」
などのたまひおきて、立ちわづらひたまふも、軽々しう、さすがに人騒がしければ、帰りたまひぬ。

 [3-8 夕霧の弔問]
道のりまでも遠くて、山麓にお入りになるころ、じつにぞっとした気がする。不吉そうに幕を引き廻らした葬儀の方は目につかないようにして、この西面にお入れ申し上げる。大和守が出て来て、泣きながら挨拶を申し上げる。妻戸の前の簀子に寄り掛かりなさって、女房をお呼び出しなさるが、伺候する者みな、悲しみも収まらず、何も考えられない状態である。
このようにお越しになったので、すこし気持ちもほっとして、小少将の君は参った。何もおっしゃることができない。涙もろくはいらっしゃらない気丈な方であるが、場所柄、人の様子などをお思いやりになると、ひどく悲しくて、無常の世の有様が、他人事でもないのも、まことに悲しいのであった。少し気を落ち着けてから、
「好くおなりになったように承っておりましたので、油断しておりました時に。夢でも醒める時がございますというのに、何とも思いがけないことで」
と申し上げなさった。「ご心痛であったご様子、この方のために多くはお心も乱れになったのだ」とお思いになると、そうなる運命とはいっても、まことに恨めしい人とのご因縁なので、お返事さえなさらない。
「どのように申し上げあそばしたかと、申し上げましょうか」
「とても重々しいご身分で、このように遠路急いでお越しになったご厚志を、お分かりにならないようなのも、あまりというものでございましょう」
と、口々に申し上げるので、
「ただ、よいように返事せよ。わたしはどう言ってよいか分かりません」
とおっしゃって、臥せっていらっしゃるのも道理なので、
「ただ今は、亡き人と同然のご様子でありまして。お出あそばしました旨は、お耳に入れ申し上げました」
と申し上げる。この女房たちも涙にむせんでいる様子なので、
「お慰め申し上げようもありませんが。もう少し、私自身も気が静まって、またお静まりになったころに、参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」
とおっしゃると、すっかりではないが、あのお悩みになり嘆いていた様子を、少しずつお話し申し上げて、
「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日は、いっそう取り乱したみなの気持ちのせいで、間違ったことを申し上げることもございましょう。それゆえ、このようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりあそばしたころに、お話を申し上げ承りなさいましょう」
と言って、正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、
「なるほど、闇に迷った気がします。やはり、お慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」
などと言い残しなさって、ぐずぐずしていらっしゃるのも、身分柄軽々しく思われ、そうはいっても人目が多いので、お帰りになった。

 [3-8 Yugiri visits to the mountain villa to express his condolence]
 Hodo sahe tohoku te, iri tamahu hodo, ito kokoro-sugosi. Yuyusige ni hiki-hedate megurasi taru gisiki no kata ha kakusi te, kono nisi-omote ni ire tatematuru. Yamato-no-Kami ide-ki te, naku naku kasikomari kikoyu. Tumado no sunoko ni osikakari tamau te, nyoubau yobi-ide sase tamahu ni, aru kagiri, kokoro mo wosamara zu, mono oboye nu hodo nari.
 Kaku watari tamahe ru ni zo, isasaka nagusame te, Seusyau-no-Kimi ha mawiru. Mono mo e notamahi-yara zu. Namida-moro ni ohase nu kokoro-duyosa nare do, tokoro no sama, hito no kehahi nado wo obosi-yaru mo, imiziu te, tune naki yo no arisama no, hito no uhe nara nu mo, ito kanasiki nari keri. Yaya tamerahi te,
 "Yorosiu okotari tamahu sama ni uketamahari sika ba, omou tamahe tayumi tari si hodo ni. Yume mo samuru hodo habe'naru wo, ito asamasiu nam."
 to kikoye tamahe ri. "Obosi tari si sama, kore ni ohoku ha mi-kokoro mo midare ni si zo kasi." to obosu ni, saru beki to ha ihi nagara mo, ito turaki hito no ohom-tigiri nare ba, irahe wo dani si tamaha zu.
 "Ika ni kikoye sase tamahu to ka, kikoye haberu beki?."  "Ito karuraka nara nu ohom-sama ni te, kaku hurihahe isogi watara se tamahe ru mi-kokoro-bahe wo, obosi waka nu yau nara m mo, amari ni haberi nu besi."
 to, kuti-guti kikoyure ba,
 "Tada, osihakari te. Ware ha ihu beki koto mo oboye zu."
 tote, husi tamahe ru mo kotowari ni te,
 "Tada ima ha, naki hito to koto nara nu mi-arisama ni te nam. Watara se tamahe ru yosi ha, kikoye sase haberi nu."
 to kikoyu. Kono hito-bito mo musekaheru sama nare ba,
 "Kikoye-yaru beki kata mo naki wo. Ima sukosi midukara mo omohi nodome, mata sidumari tamahi na m ni, mawiri ko m. Ika ni si te kaku nihaka ni to, sono mi-arisama nam yukasiki."
 to notamahe ba, maho ni ha ara ne do, kano omohosi nageki si arisama wo, katahasi dutu kikoye te,
 "Kakoti kikoye sasuru sama ni nam, nari haberi nu beki. Kehu ha, itodo midari-gahasiki kokoti-domo no madohi ni, kikoye sase tagahuru koto-domo mo haberi na m. Sara ba, kaku obosi madohe ru mi-kokoti mo, kagiri aru koto ni te, sukosi sidumara se tamahi na m hodo ni, kikoye sase uketamahara m."
 tote, ware ni mo ara nu sama nare ba, notamahi iduru koto mo kuti hutagari te,
 "Geni koso, yami ni madohe ru kokoti sure. Naho, kikoye nagusame tamahi te, isasaka no ohom-kaheri mo ara ba nam."
 nado notamahi oki te, tati wadurahi tamahu mo, karu-garusiu, sasuga ni hito sawagasikere ba, kaheri tamahi nu.

 [3-9 御息所の葬儀]
今宵しもあらじと思ひつる事どものしたため、いとほどなく際々しきを、いとあへなしと思いて、近き御荘の人々召し仰せて、さるべき事ども仕うまつるべく、おきて定めて出でたまひぬ。事のにはかなれば、削ぐやうなりつることども、いかめしう、人数なども添ひてなむ。大和守も、
「ありがたき殿の御心おきて」
など、喜びかしこまりきこゆ。「名残だになくあさましきこと」と、宮は臥しまろびたまへど、かひなし。親と聞こゆとも、いとかくはならはすまじきものなりけり。見たてまつる人々も、この御事を、またゆゆしう嘆ききこゆ。大和守、残りのことどもしたためて、
「かく心細くては、えおはしまさじ。いと御心の隙あらじ」
など聞こゆれど、なほ、峰の煙をだに、気近くて思ひ出できこえむと、この山里に住み果てなむと思いたり。
御忌に籠もれる僧は、東面、そなたの渡殿、下屋などに、はかなき隔てしつつ、かすかにゐたり。西の廂をやつして、宮はおはします。明け暮るるも思し分かねど、月ごろ経ければ、九月になりぬ。

 [3-9 御息所の葬儀]
まさか今夜ではあるまいと思っていた葬儀の準備が、実に短時間にてきぱきと整えられたのを、いかにもあっけないとお思いになって、近くの御荘園の人々をお呼びになりお命じになって、しかるべき事どもをお仕えするように、指図してお帰りになった。事が急なので、簡略になりがちであったのが、盛大になり、人数も多くなった。大和守も、
「有り難い殿のお心づかいだ」
などと、喜んでお礼申し上げる。「跡形もなくあっけないこと」と、宮は身をよじってお悲しみになるが、どうすることもできない。親と申し上げても、まことにこのように仲睦まじくするものではないのだった。拝見する女房たちも、このご悲嘆を、また不吉だと嘆き申し上げる。大和守は、後始末をして、
「このように心細い状態では、いらっしゃれまい。とてもお心の紛れることはありますまい」
などと申し上げるが、やはり、せめて峰の煙だけでも、側近くお思い出し申そうと、この山里で一生を終わろうとお考えになっていた。
御忌中に籠もっていた僧は、東面や、そちらの渡殿、下屋などに、仮の仕切りを立てて、ひっそりとしていた。西の廂の間の飾りを取って、宮はお住まいになる。日の明け暮れもお分かりにならないが、いく月かが過ぎて、九月になった。

 [3-9 Miyasumdokoro's funeral ceremony is held]
 Koyohi si mo ara zi to omohi turu koto-domo no sitatame, ito hodo naku kiha-gihasiki wo, ito ahe-nasi to oboi te, tikaki mi-sau no hito-bito mesi ohose te, saru beki koto-domo tukau-maturu beku, okite sadame te ide tamahi nu. Koto no nihaka nare ba, sogu yau nari turu koto-domo, ikamesiu, hito-kazu nado mo sohi te nam. Yamato-no-Kami mo,
 "Arigataki Tono no mi-kokoro-okite."
 nado, yorokobi kasikomari kikoyu. "Nagori dani naku asamasiki koto." to, Miya ha husi marobi tamahe do, kahi nasi. Oya to kikoyu to mo, ito kaku ha narahasu maziki mono nari keri. Mi tatematuru hito-bito mo, kono ohom-koto wo, mata yuyusiu nageki kikoyu. Yamato-no-Kami, nokori no koto-domo sitatame te,
 "Kaku kokoro-bosoku te ha, e ohasimasa zi. Ito mi-kokoro no hima ara zi."
 nado kikoyure do, naho, mine no keburi wo dani, ke-dikaku te omohi-ide kikoye m to, kono yama-zato ni sumi hate nam to oboi tari.
 Ohom-imi ni komore ru sou ha, himgasi-omote, sonata no wata-dono, simo-ya nado ni, hakanaki hedate si tutu, kasuka ni wi tari. Nisi no hisasi wo yatusi te, Miya ha ohasimasu. Ake kururu mo obosi waka ne do, tuki-goro he kere ba, Naga-tuki ni nari nu.

 4 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧 [4-1 夕霧、返事を得られず]
山下ろしいとはげしう、木の葉の隠ろへなくなりて、よろづの事いといみじきほどなれば、おほかたの空にもよほされて、干る間もなく思し嘆き、「命さへ心にかなはず」と、厭はしういみじう思す。さぶらふ人々も、よろづにもの悲しう思ひ惑へり。
大将殿は、日々に訪らひきこえたまふ。寂しげなる念仏の僧など、慰むばかり、よろづの物を遣はし訪らはせたまひ、宮の御前には、あはれに心深き言の葉を尽くして怨みきこえ、かつは、尽きもせぬ御訪らひを聞こえたまへど、取りてだに御覧ぜず、すずろにあさましきことを、弱れる御心地に、疑ひなく思ししみて、消え失せたまひにしことを思し出づるに、「後の世の御罪にさへやなるらむ」と、胸に満つ心地して、この人の御ことをだにかけて聞きたまふは、いとどつらく心憂き涙のもよほしに思さる。人々も聞こえわづらひぬ。
一行の御返りをだにもなきを、「しばしは心惑ひしたまへる」など思しけるに、あまりにほど経ぬれば、
「悲しきことも限りあるを。などか、かく、あまり見知りたまはずはあるべき。いふかひなく若々しきやうに」と恨めしう、「異事の筋に、花や蝶やと書けばこそあらめ、わが心にあはれと思ひ、もの嘆かしき方ざまのことを、いかにと問ふ人は、睦ましうあはれにこそおぼゆれ。
大宮の亡せたまへりしを、いと悲しと思ひしに、致仕の大臣のさしも思ひたまへらず、ことわりの世の別れに、公々しき作法ばかりのことを孝じたまひしに、つらく心づきなかりしに、六条院の、なかなかねむごろに、後の御事をも営みたまうしが、わが方ざまといふ中にも、うれしう見たてまつりしその折に、故衛門督をば、取り分きて思ひつきにしぞかし。
人柄のいたう静まりて、物をいたう思ひとどめたりし心に、あはれもまさりて、人より深かりしが、なつかしうおぼえし」
など、つれづれとものをのみ思し続けて、明かし暮らしたまふ。

 4 夕霧の物語 落葉宮に心あくがれる夕霧 [4-1 夕霧、返事を得られず]
山下ろしがたいそう烈しく、木の葉の影もなくなって、何もかもがとても悲しく寂しいころなので、だいたいがもの悲しい秋の空に催されて、涙の乾く間もなくお嘆きになり、「命までが思いどおりにならなかった」と、厭わしくひどくお悲しみになる。伺候する女房たちも、何かにつけ悲しみに暮れていた。
大将殿は、毎日お見舞いの手紙を差し上げなさる。心細げな念仏の僧などが、気の紛れるように、いろいろな物をお与えになりお見舞いなさり、宮の御前には、しみじみと心をこめた言葉の限りを尽くしてお恨み申し上げ、一方では、限りなくお慰め申し上げなさるが、手に取って御覧になることさえなく、思いもしなかったあきれた事を、弱っていらしたご病状に、疑う余地なく信じこんで、お亡くなりになったことをお思い出しになると、「ご成仏の妨げになりはしまいか」と、胸が一杯になる心地がして、この方のお噂だけでもお耳になさるのは、ますます恨めしく情けない涙が込み上げてくる思いが自然となさる。女房たちもお困り申し上げていた。
ほんの一行ほどのお返事もないのを、「暫くの間は気が転倒していらっしゃるのだ」などとお考えになっていたが、あまりに月日も過ぎたので、
「悲しい事でも限度があるのに。どうして、こんなに、あまりにお分かりにならないことがあろうか。言いようもなく子供のようで」と恨めしく、「これとは筋違いに、花や蝶だのと書いたのならともかく、自分の気持ちに同情してくれ、悲しんでいる状態を、いかがですかと尋ねる人は、親しみを感じうれしく思うものだ。
大宮がお亡くなりになったのを、実に悲しいと思ったが、致仕の大臣がそれほどにもお悲しみにならず、当然の死別として、世間向けの盛大な儀式だけを供養なさったので、恨めしく情けなかったが、六条院が、かえって心をこめて、後のご法事をもお営みになったのが、自分の父親ということを超えて、嬉しく拝見したその時に、故衛門督を、特別に好ましく思うようになったのだった。
人柄がたいそう冷静で、何事にも心を深く止めていた性格で、悲しみも深くまさって、誰よりも深かったのが、慕わしく思われたのだ」
などと、所在なく物思いに耽るばかりで、毎日をお過ごしになる。

 4 Tale of Yugiri Yugiri falls in love Ochiba-no-miya [4-1 Yugiri can not receive a reply from Ochiba-no-miya]
 Yamaorosi ito hagesiu, konoha no kakurohe naku nari te, yorodu no koto ito imiziki hodo nare ba, ohokata no sora ni moyohosa re te, hiru ma mo naku obosi nageki, "Inoti sahe kokoro ni kanaha zu." to, itohasiu imiziu obosu. Saburahu hito-bito mo, yorodu ni mono-kanasiu omohi madohe ri.
 Daisyau-dono ha, hi-bi ni toburahi kikoye tamahu. Sabisige naru nenbutu no sou nado, nagusamu bakari, yorodu no mono wo tukahasi toburaha se tamahi, Miya no o-mahe ni ha, ahare ni kokoro-hukaki kotonoha wo tukusi te urami kikoye, katu ha, tuki mo se nu ohom-toburahi wo kikoye tamahe do, tori te dani go-ran-ze zu, suzuro ni asamasiki koto wo, yoware ru mi-kokoti ni, utagahi naku obosi simi te, kiye use tamahi ni si koto wo obosi iduru ni, "Noti no yo no ohom-tumi ni sahe ya naru ram." to, mune ni mitu kokoti si te, kono hito no ohom-koto wo dani kake te kiki tamahu ha, itodo turaku kokoro-uki namida no moyohosi ni obosa ru. Hito-bito mo kikoye wadurahi nu.
 Hito-kudari no ohom-kaheri wo dani mo naki wo, "Sibasi ha kokoro madohi si tamahe ru." nado obosi keru ni, amari ni hodo he nure ba,
 "Kanasiki koto mo kagiri aru wo. Nado ka, kaku, amari mi siri tamaha zu ha aru beki. Ihukahi naku waka-wakasiki yau ni." to uramesiu, "Koto koto no sudi ni, hana ya tehu ya to kake ba koso ara me, waga kokoro ni ahare to omohi, mono-nagekasiki kata zama no koto wo, ika ni to tohu hito ha, mutumasiu ahare ni koso oboyure.
 Oho-Miya no use tamahe ri si wo, ito kanasi to omohi si ni, Tizi-no-Otodo no sa si mo omohi tamahe ra zu, kotowari no yo no wakare ni, ohoyake-ohoyakesiki sahohu bakari no koto wo keu-zi tamahi si ni, turaku kokoro-duki nakari si ni, Rokudeu-no-Win no, naka-naka nemgoro ni, noti no ohom-koto wo mo itonami tamau si ga, waga kata zama to ihu naka ni mo, uresiu mi tatematuri si sono wori ni, ko-Wemon-no-Kami wo ba, toriwaki te omohi-tuki ni si zo kasi.
 Hitogara no itau sidumari te, mono wo itau omohi todome tari si kokoro ni, ahare mo masari te, hito yori hukakari si ga, natukasiu oboye si."
 nado, ture-dure to mono wo nomi obosi tuduke te, akasi kurasi tamahu.

 [4-2 雲居雁の嘆きの歌]
女君、なほこの御仲のけしきを、
「いかなるにか1902ありけむ。御息所とこそ、文通はしも、こまやかにしたまふめりしか」
など思ひ得がたくて、夕暮の空を眺め入りて臥したまへるところに、若君してたてまつれたまへる。はかなき紙の端に、
「あはれをもいかに知りてか慰めむ
あるや恋しき亡きや悲しき
おぼつかなきこそ心憂けれ」
とあれば、ほほ笑みて、
「先ざきも1903、かく思ひ寄りてのたまふ、似げなの、亡きがよそへや」
と思す。いとどしく、ことなしびに、
「いづれとか分きて眺めむ消えかへる
露も草葉のうへと見ぬ世を
おほかたにこそ悲しけれ」
と書いたまへり。「なほ、かく隔てたまへること」と、露のあはれをばさしおきて、ただならず嘆きつつおはす。
なほ、かくおぼつかなく思しわびて、また渡りたまへり。「御忌など過ぐしてのどやかに」と思し静めけれど、さまでもえ忍びたまはず、
「今はこの御なき名の、何かはあながちにもつつまむ。ただ世づきて、つひの思ひかなふべきにこそは」
と、思したばかりにければ、北の方の御思ひやりを、あながちにもあらがひきこえたまはず。
正身は強う思し離るとも、かの一夜ばかりの御恨み文をとらへどころにかこちて、「えしも、すすぎ果てたまはじ」と、頼もしかりけり。

 [4-2 雲居雁の嘆きの歌]
女君、やはりこのお二人のご様子を、
「どのような関係だったのだろうか。御息所と、手紙を遣り取りしていたのも、親密なようになさっていたようだが」
などと納得がゆきがたいので、夕暮の空を眺め入って臥せっていらっしゃるところに、若君を使いにして差し上げなさった。ちょっとした紙の端に、
「お悲しみを何が原因と知ってお慰めしたらよいものか
生きている方が恋しいのか、亡くなった方が悲しいのか
はっきりしないのが情けないのです」
とあるので、にっこりとして、
「以前にも、このような想像をしておっしゃる、見当違いな、故人などを持ち出して」
とお思いになる。ますます、何気ないふうに、
「特に何がといって悲しんでいるのではありません
消えてしまう露も草葉の上だけでないこの世ですから
世間一般の無常が悲しいのです」
とお書きになっていた。「やはり、このように隔て心を持っていらっしゃること」と、露の世の悲しさは二の次のこととして、並々ならず胸を痛めていらっしゃる。
やはり、このように気がかりでたまらなくなって、改めてお越しになった。「御忌中などが明けてからゆっくり訪ねよう」と、気持ちを抑えていらっしゃったが、そこまでは我慢がおできになれず、
「今はもうこのおん浮名を、どうして無理に隠していようか。ただ世間一般の男性と同様に、目的を遂げるまでのことだ」
と、ご計画なさったので、北の方のご想像を、無理に打ち消そうとなさらない。
ご本人はきっぱりとお気持ちがなくても、あの「一夜ばかりの宿を」といった恨みのお手紙を理由に訴えて、「潔白を言い張ることは、おできになれまい」と、心強くお思いになるのであった。

 [4-2 Kumoi-no-kari composes waka sorrowfully]
 Womna-Gimi, naho kono ohom-naka no kesiki wo,
 "Ika naru ni ka ari kem? Miyasumdokoro to koso, humi kayohasi mo, komayaka ni sitamahu meri sika."
 nado omohi e gataku te, yuhugure no sora wo nagame iri te husi tamahe ru tokoro ni, Waka-Gimi si te tatemature tamahe ru. Hakanaki kami no hasi ni,
 "Ahare wo mo ika ni siri te ka nagusame m
 aru ya kohisiki naki ya kanasiki

 Obotukanaki koso kokoro-ukere."
 to are ba, hohowemi te,
 "Saki-zaki mo, kaku omohi-yori te notamahu, nige na no, naki ga yosohe ya."
 to obosu. Itodosiku, kotonasibi ni,
 "idure to ka waki te nagame m kiye-kaheru
 tuyu mo kusaba no uhe to mi nu yo wo

 Ohokata ni koso kanasikere."
 to kai tamahe ri. "Naho, kaku hedate tamahe ru koto." to, tuyu no ahare wo ba sasi-oki te, tada nara zu nageki tutu ohasu.
 Naho, kaku obotukanaku obosi wabi te, mata watari tamahe ri. "Ohom-imi nado sugusi te nodoyaka ni." to obosi sidume kere do, sa made mo e sinobi tamaha zu,
 "Ima ha kono ohom-naki na no, nani ka ha anagati ni mo tutuma m. Tada yo-duki te, tuhi no omohi kanahu beki ni koso ha."
 to, obosi tabakari ni kere ba, Kitanokata no ohom-omohi-yari wo, anagati ni mo aragahi kikoye tamaha zu.
 Sauzimi ha tuyou obosi hanaru to mo, kano hito-yo bakari no ohom-urami-bumi wo torahe dokoro ni kakoti te, "E si mo, susugi hate tamaha zi." to, tanomosikari keri.

 [4-3 9月10日過ぎ、小野山荘を訪問]
九月十余日、野山のけしきは、深く見知らぬ人だに、ただにやはおぼゆる。山風に堪へぬ木々の梢も、峰の葛葉1904も、心あわたたしう争ひ散る紛れに、尊き読経の声かすかに、念仏などの声ばかりして、人のけはひいと少なう、木枯の吹き払ひたるに、鹿はただ籬のもとにたたずみつつ、山田の引板にもおどろかず、色濃き稲どもの中に混じりてうち鳴くも、愁へ顔なり。
滝の声は、いとどもの思ふ人をおどろかし顔に、耳かしかましうとどろき響く。草むらの虫のみぞ、よりどころなげに鳴き弱りて、枯れたる草の下より、龍胆の、われひとりのみ心長うはひ出でて、露けく見ゆるなど、皆例のこのころのことなれど、折から所からにや1905、いと堪へがたきほどの、もの悲しさなり。
例の妻戸のもとに立ち寄りたまて、やがて眺め出だして立ちたまへり。なつかしきほどの直衣に、色こまやかなる御衣の擣目、いとけうらに透きて、影弱りたる夕日の、さすがに何心もなうさし来たるに、まばゆげに、わざとなく扇をさし隠したまへる手つき、「女こそかうはあらまほしけれ、それだにえあらぬを」と、見たてまつる。
もの思ひの慰めにしつべく、笑ましき顔の匂ひにて、少将の君を、取り分きて召し寄す。簀子のほどもなけれど、奥に人や添ひゐたらむとうしろめたくて、えこまやかにも語らひたまはず。
「なほ近くて。な放ちたまひそ。かく山深く分け入る心ざしは、隔て残るべくやは。霧もいと深しや」
とて、わざとも見入れぬさまに、山の方を眺めて、「なほ、なほ」と切にのたまへば、鈍色の几帳を、簾のつまよりすこしおし出でて、裾をひきそばめつつゐたり。大和守の妹なれば、離れたてまつらぬうちに、幼くより生ほし立てたまうければ、衣の色いと濃くて、橡の衣一襲、小袿着たり。
「かく尽きせぬ御ことは、さるものにて、聞こえなむ方なき御心のつらさを思ひ添ふるに、心魂もあくがれ果てて、見る人ごとに咎められはべれば、今はさらに忍ぶべき方なし」
と、いと多く恨み続けたまふ。かの今はの御文のさまものたまひ出でて、いみじう泣きたまふ。

 [4-3 9月10日過ぎ、小野山荘を訪問]
九月十余日、野山の様子は、十分に分からない人でさえ、何とも思わずにはいられない。山風に堪えきれない木々の梢も、峰の葛の葉も、気ぜわしく先を争って散り乱れているところに、尊い読経の声がかすかに、念仏などの声ばかりして、人の気配がほとんどせず、木枯らしが吹き払ったところに、鹿は籬のすぐそばにたたずんでは、山田の引板にも驚かず、色の濃くなった稲の中に入って鳴いているのも、もの悲しそうである。
滝の音は、ますます物思いをする人をはっとさせるように、耳にうるさく響く。叢の虫だけが、頼りなさそうに鳴き弱って、枯れた草の下から、龍胆が、自分だけ茎を長く延ばして、露に濡れて見えるなど、みないつもの時節のことであるが、折柄か場所柄か、実に我慢できないほどの、もの悲しさである。
いつもの妻戸のもとに立ち寄りなさって、そのまま物思いに耽りながら立っていらっしゃった。やさしい感じの直衣に、紅の濃い下襲の艶が、とても美しく透けて見えて、光の弱くなった夕日が、それでも遠慮なく差し込んできたので、眩しそうに、さりげなく扇をかざしていらっしゃる手つきは、「女こそこうありたいものだが、それでさえできないものを」と、拝見している。
物思いの時の慰めにしたいほどの、笑顔の美しさで、小少将の君を、特別にお呼びよせになる。簀子はさほどの広さもないが、奥に人が一緒にいるだろうかと不安で、打ち解けたお話はおできになれない。
「もっと近くに。放っておかないでください。このように山の奥にやって来た気持ちは、他人行儀でよいものでしょうか。霧もとても深いのですよ」
と言って、特に見るでもないふりをして、山の方を眺めて、「もっと近く、もっと近く」としきりにおっしゃるので、鈍色の几帳を、簾の端から少し外に押し出して、裾を引き繕って横向きに座わっている。大和守の妹なので、お近い血縁の上に、幼い時からお育てになったので、着物の色がとても濃い鈍色で、橡の喪服一襲に、小袿を着ていた。
「このようにいくら悲しんでもきりのない方のことは、それはそれとして、申し上げようもないお気持ちの冷たさをそれに加えて思うと、魂も抜け出てしまって、会う人ごとに怪しまれますので、今はまったく抑えることができません」
と、とても多く恨み続けなさる。あの最期の折のお手紙の様子もお口にされて、ひどくお泣きになる。

 [4-3 Yugiri visits the mountain villa about September 10 past]
 Ku-gwati zihu-yo-niti, no-yama no kesiki ha, hukaku mi-sira nu hito dani, tada ni ya ha oboyuru. Yama-kaze ni tahe nu ki-gi no kozuwe mo, mine no kuzu-ha mo, kokoro-awatatasiu arasohi tiru magire ni, tahutoki dokyau no kowe kasuka ni, nenbutu nado no kowe bakari si te, hito no kehahi ito sukunau, kogarasi no huki harahi taru ni, sika ha tada magaki no moto ni tatazumi tutu, Yamada no hita ni mo odoroka zu, iro koki ine-domo no naka ni maziri te uti-naku mo, urehe gaho nari.
 Taki no kowe ha, itodo mono omohu hito wo odorokasi gaho ni, mimi kasikamasiu todoroki hibiku. Kusamura no musi nomi zo, yori-dokoro nage ni naki yowari te, kare taru kusa no sita yori, rindau no, ware hitori nomi kokoro nagau hahi-ide te, tuyu-keku miyuru nado, mina rei no kono-koro no koto nare do, wori kara tokoro kara ni ya, ito tahe gataki hodo no, mono-ganasisa nari.
 Rei no tumado no moto ni tati-yori tamahi te, yagate nagame-idasi te tati tamahe ri. Natukasiki hodo no nahosi ni, iro komayaka naru ohom-zo no utime, ito keura ni suki te, kage yowari taru yuhuhi no, sasuga ni nani-gokoro mo nau sasi-ki taru ni, mabayuge ni, wazato naku ahugi wo sasi-kakusi tamahe ru te-tuki, "Womna koso kau ha aramahosikere, sore dani e ara nu wo." to, mi tatematuru.
 Mono-omohi no nagusame ni si tu beku, wemasiki kaho no nihohi ni te, Seusyau-no-Kimi wo, toriwaki te mesi yosu. Sunoko no hodo mo nakere do, oku ni hito ya sohi wi tara m to usirometaku te, e komayaka ni mo katarahi tamaha zu.
 "Naho tikaku te. Na hanati tamahi so. Kaku yama hukaku wake iru kokorozasi ha, hedate nokoru beku ya ha. Kiri mo ito hukasi ya!"
 tote, wazato mo mi-ire nu sama ni, yama no kata wo nagame te, "Naho, naho." to seti ni notamahe ba, nibi-iro no kityau wo, sudare no tuma yori sukosi osi-ide te, suso wo hiki-sobame tutu wi tari. Yamato-no-Kami no imouto nare ba, hanare tatematura nu uti ni, wosanaku yori ohosi tate tamau kere ba, kinu no iro ito koku te, turubami no kinu hito-kasane, ko-utiki ki tari.
 "Kaku tuki se nu ohom-koto ha, saru mono ni te, saru mono ni te, kikoye na m kata naki mi-kokoro no turasa wo omohi sohuru ni, kokoro-damasihi mo akugare hate te, miru hito goto ni togame rare habere ba, ima ha sara ni sinobu beki kata nasi."
 to, ito ohoku urami tuduke tamahu. Kano ima ha no ohom-humi no sama mo notamahi ide te, imiziu naki tamahu.

 [4-4 板ばさみの小少将君]
この人も、ましていみじう泣き入りつつ、
「その夜の御返りさへ見えはべらずなりにしを、今は限りの御心に、やがて思し入りて、暗うなりにしほどの空のけしきに、御心地惑ひにけるを、さる弱目に、例の御もののけの引き入れたてまつる、となむ見たまへし。
過ぎにし御ことにも、ほとほと御心惑ひぬべかりし折をり多くはべりしを、宮の同じさまに沈みたまうしを、こしらへきこえむの御心強さになむ、やうやうものおぼえたまうし。この御嘆きをば、御前には、ただわれかの御けしきにて、あきれて暮らさせたまうし」
など、とめがたげにうち嘆きつつ、はかばかしうもあらず聞こゆ。
「そよや1906。そもあまりにおぼめかしう、いふかひなき御心なり。今は、かたじけなくとも、誰をかはよるべに思ひきこえたまはむ。御山住みも、いと深き峰に、世の中を思し絶えたる雲の中なめれば、聞こえ通ひたまはむこと難し。
いとかく心憂き御けしき、聞こえ知らせたまへ。よろづのこと、さるべきにこそ。世にあり経じと思すとも、従はぬ世なり。まづは、かかる御別れの、御心にかなはば、あるべきことかは」
など、よろづに多くのたまへど、聞こゆべきこともなくて、うち嘆きつつゐたり。鹿のいといたく鳴くを、「われ劣らめや1907」とて、
「里遠み小野の篠原わけて来て
我も鹿こそ声も惜しまね」
とのたまへば、
「藤衣露けき秋の山人は
鹿のなく音に音をぞ添へつる」
よからねど、折からに、忍びやかなる声づかひなどを、よろしう聞きなしたまへり。
御消息とかう聞こえたまへど、
「今は、かくあさましき夢の世を、すこしも思ひ覚ます折あらばなむ、絶えぬ御とぶらひも聞こえやるべき」
とのみ、すくよかに言はせたまふ。「いみじういふかひなき御心なりけり」と、嘆きつつ帰りたまふ。

 [4-4 板ばさみの小少将君]
この人も、それ以上にひどく泣き入りながら、
「その夜のお返事さえ拝見せずじまいでしたが、もう最期という時のお心に、そのままお思いつめなさって、暗くなってしまいましたころの空模様に、ご気分が悪くなってしまいましたが、そのような弱目に、例の物の怪が取りつき申したのだ、と拝見しました。
以前の御事でも、ほとんど人心地をお失いになったような時々が多くございましたが、宮が同じように沈んでいらっしゃったのを、お慰め申そうとのお気を強くお持ちになって、だんだんとお気をしっかりなさいました。このお嘆きを、宮におかれては、まるで正体のないようなご様子で、ぼんやりとしていらっしゃるのでした」
などと、涙を止めがたそうに悲しみながら、はきはきとせず申し上げる。
「そうですね。それもあまりに頼りなく、情けないお心です。今は、恐れ多いことですが、誰を頼りにお思い申し上げなさるのでしょう。御山暮らしの父院も、たいそう深い山の中で、世の中を思い捨てなさった雲の中のようなので、お手紙のやりとりをなさるにも難しい。
ほんとうにこのような冷たいお心を、あなたからよく申し上げてください。万事が、前世からの定めなのです。この世に生きていたくないとお思いになっても、そうはいかない世の中です。第一、このような死別がお心のままになるなら、この死別もあるはずがありません」
などと、いろいろと多くおっしゃるが、お返事申し上げる言葉もなくて、ただ溜息をつきながら座っていた。鹿がとても悲しそうに鳴くのを、「自分も鹿に劣ろうか」と思って、
「人里が遠いので小野の篠原を踏み分けて来たが
わたしも鹿のように声も惜しまず泣いています」
とおっしゃると、
「喪服も涙でしめっぽい秋の山里人は
鹿の鳴く音に声を添えて泣いています」
上手な歌ではないが、時が時とて、ひっそりとした声の調子などを、けっこうにお聞きになった。
ご挨拶をあれこれ申し上げなさるが、
「今は、このように思いがけない夢のような世の中を、少しでも落ち着きを取り戻す時がございましたら、たびたびのお見舞いにもお礼申し上げましょう」
とだけ、素っ気なく言わせなさる。「ひどく何とも言いようのないお心だ」と、嘆きながらお帰りになる。

 [4-4 Ko-Syosyo is caught in a dilemma Yugiri and Ochiba-no-miya]
 Kono hito mo, masite imiziu naki-iri tutu,
 "Sono yo no ohom-kaheri sahe miye habera zu nari ni si wo, ima ha kagiri no mi-kokoro ni, yagate obosi-iri te, kurau nari ni si hodo no sora no kesiki ni, mi-kokoti madohi ni keru wo, saru yowame ni, rei no ohom-mononoke no hiki-ire tatematuru, to nam mi tamahe si.
 Sugi ni si ohom-koto ni mo, hoto-hoto mi-kokoro madohi nu bekari si wori-wori ohoku habeti si wo, Miya no onazi sama ni sidumi tamau si wo, kosirahe kikoye m no mi-kokoro duyosa ni nam, yau-yau mono oboye tamau si. Kono ohom-nageki wo ba, o-mahe ni ha, tada ware ka no mi-kesiki ni te, akire te kurasa se tamau si."
 nado, tome gatage ni uti nageki tutu, haka-baka siu mo ara zu kikoyu.
 "Soyo ya. So mo amari ni obomekasiu, ihukahi naki mi-kokoro nari. Ima ha, katazikenaku to mo, tare wo ka ha yorube ni omohi kikoye tamaha m. Mi-yama-zumi mo, ito hukaki mine ni, yononaka wo obosi taye taru kumo no naka na'mere ba, kikoye kayohi tamaha m koto katasi.
 Ito kaku kokoro-uki mi-kesiki, kikoye sira se tamahe. Yorodu no koto, saru beki ni koso. Yo ni ari he zi to obosu to mo, sitagaha nu yo nari. Madu ha, kakaru ohom-wakare no, mi-kokoro ni kanaha ba, aru beki koto ka ha."
 nado, yorodu ni ohoku notamahe do, kikoyu beki koto mo naku te, uti-nageki tutu wi tari. Sika no ito itaku naku wo, "Ware otora me ya?" tote,
 "Sato toho-mi Wono no sino-hara wake te ki te
 ware mo sika koso kowe mo wosima ne
"
 to notamahe ba,
 "Hudi-goromo tuyu-keki aki no yama-bito ha
 sika no naku ne ni ne wo zo sohe turu
"
 Yokara ne do, wori kara ni, sinobiyaka naru kowa-dukahi nado wo, yorosiu kiki-nasi tamahe ri.
 Ohom-seusoko tokau kikoye tamahe do,
 "Ima ha, kaku asamasiki yume no yo wo, sukosi mo omohi samasu wori ara ba nam, taye nu ohom-toburahi mo kikoye yaru beki."
 to nomi, sukuyoka ni iha se tamahu. "Imiziu ihukahi naki mi-kokoro nari keri." to, nageki tutu kaheri tamahu.

 [4-5 夕霧、一条宮邸の側を通って帰宅]
道すがらも、あはれなる空を眺めて、十三日の月のいとはなやかにさし出でぬれば、小倉の山1908もたどるまじうおはするに、一条の宮は道なりけり。
いとどうちあばれて、未申の方の崩れたるを見入るれば、はるばると下ろし籠めて、人影も見えず。月のみ遣水の面をあらはに澄みましたるに、大納言、ここにて遊びなどしたまうし折をりを、思ひ出でたまふ。
「見し人の影澄み果てぬ池水に
ひとり宿守る秋の夜の月」
と独りごちつつ、殿におはしても、月を見つつ、心は空にあくがれたまへり。
「さも見苦しう。あらざりし御癖かな」
と、御達も憎みあへり。上は、まめやかに心憂く、
「あくがれたちぬる御心なめり。もとよりさる方にならひたまへる六条院の人々を、ともすればめでたき例にひき出でつつ、心よからずあいだちなきものに思ひたまへる、わりなしや。我も、昔よりしかならひなましかば、人目も馴れて、なかなか過ごしてまし。世の例にしつべき御心ばへと、親兄弟よりはじめたてまつり、めやすきあえものにしたまへるを、ありありては、末に恥がましきことやあらむ」
など、いといたう嘆いたまへり。
夜明け方近く、かたみにうち出でたまふことなくて、背き背きに嘆き明かして、朝霧の晴れ間も待たず、例の、文をぞ急ぎ書きたまふ。いと心づきなしと思せど、ありしやうにも奪ひたまはず。いとこまやかに書きて、うち置きてうそぶきたまふ。忍びたまへど、漏りて聞きつけらる。
「いつとかはおどろかすべき明けぬ夜の
夢覚めてとか言ひしひとこと
 上より落つる1909」
とや書いたまひつらむ、おし包みて、名残も、「いかでよからむ」など口ずさびたまへり。人召して賜ひつ。「御返りことをだに見つけてしがな。なほ、いかなることぞ」と、けしき見まほしう思す。

 [4-5 夕霧、一条宮邸の側を通って帰宅]
道すがら、しみじみとした空模様を眺めて、十三日の月がたいそう明るく照り出したので、薄暗い小倉の山も難なく通れそうに思っているうちに、一条の宮邸はその途中であった。
以前にもまして荒れて、南西の方角の築地の崩れている所から覗き込むと、ずっと一面に格子を下ろして、人影も見えない。月だけが遣水の表面をはっきりと照らしているので、大納言が、ここで管弦の遊びなどをなさった時々のことを、お思い出しになる。
「あの人がもう住んでいないこの邸の池の水に
独り宿守りしている秋の夜の月よ」
と独言を言いながら、お邸にお帰りになっても、月を見ながら、心はここにない思いでいらっしゃった。
「何ともみっもない。今までになかったお振る舞いですこと」
と、おもだった女房たちも憎らしがっていた。北の方は、真実嫌な気がして、
「魂が抜け出たお方のようだ。もともと何人もの夫人たちがいっしょに住んでいらっしゃる六条院の方々を、ともすれば素晴らしい例として引き出し引き出しては、性根の悪い無愛想な女だと思っていらっしゃる、やりきれないわ。わたしも昔からそのように住むことに馴れていたならば、人目にも無難に、かえってうまくいったでしょうが。世の男性の模範にしてもよいご性質と、親兄弟をはじめ申して、けっこうなあやかりたい者となさっていたのに、このままいったら、あげくの果ては恥をかくことがあるだろう」
などと、とてもひどく嘆いていらっしゃった。
夜明け方近く、お互いに口に出すこともなくて、背き合いながら夜を明かして、朝霧の晴れる間も待たず、いつものように、手紙を急いでお書きになる。とても気にくわないとお思いになるが、以前のようには奪い取りなさらない。たいそう情愛をこめて書いて、ちょっと下に置いて歌を口ずさみなさる。声をひそめていらっしゃったが、漏れて聞きつけられる。
「いつになったらお訪ねしたらよいのでしょうか
明けない夜の夢が覚めたらとおっしゃったことは
お返事がありません」
とでもお書きになったのであろうか、手紙を包んで、その後も、「どうしたらよかろう」などと口ずさんでいらっしゃった。人を召してお渡しになった。「せめてお返事だけでも見たいものだわ。やはり、本当はどうなのかしら」と、様子を窺いたくお思いになっている。

 [4-5 Yugiri passes by Ochiba-no-miya's residence to comes back his home]
 Miti sugara mo, ahare naru sora wo nagame te, zihu-sam-niti no tuki no ito hanayaka ni sasi-ide nure ba, Wogura-no-yama mo tadoru maziu ohasuru ni, Itideu-no-Miya ha miti nari keri.
 Itodo uti-abare te, hituzi-saru no kata no kudure taru wo mi-irure ba, haru-baru to orosi kome te, hitokage mo miye zu. Tuki nomi yarimidu no omote wo araha ni sumi masi taru ni, Dainagon, koko ni te asobi nado si tamau si wori-wori wo, omohi ide tamahu.
 "Mi si hito no kage sumi hate nu ike midu ni
 hitori yado moru aki no yo no tuki
"
 to hitori-goti tutu, tono ni ohasi te mo, tuki wo mi tutu, kokoro ha sora ni akugare tamahe ri.
 "Sa mo mi-gurusiu. Ara zari si mi-kuse kana!"
 to, go-tati mo nikumi-ahe ri. Uhe ha, mameyaka ni kokoro-uku,
 "Akugare tati nuru mi-kokoro na'meri. Motoyori saru kata ni narahi tamahe ru Rokudeu-no-Win no hito-bito wo, to-mo-sure ba medetaki tamesi ni hiki-ide tutu, kokoro yokara zu ai-dati naki mono ni omohi tamahe ru, wari nasi ya! Ware mo, mukasi yori sika narahi na masika ba, hito-me mo nare te, naka-naka sugosi te masi. Yo no tamesi ni si tu beki mi-kokkorobahe to, oya harakara yori hazime tatematuri, meyasuki aye-mono ni si tamahe ru wo, ari ari te ha, suwe ni hadi gamasiki koto ya ara m?"
 nado, ito itau nagei tamahe ri.
 Yoake-gata tikaku, katami ni uti-ide tamahu koto naku te, somuki somuki ni nageki akasi te, asa-giri no hare-ma mo mata zu, rei no, humi wo zo isogi kaki tamahu. Ito kokoro-dukinasi to obose do, ari si yau ni mo bahi tamaha zu. Ito komayaka ni kaki te, uti-oki te usobuki tamahu. Sinobi tamahe do, mori te kiki tuke raru.
 "Itu to ka ha odorokasu beki ake nu yo no
 yume same te to ka ihi si hito koto

 uhe yori oturu."
 to ya kai tamahi tu ram, osi-tutumi te, nagori mo, "Ikade yokara m?" nado kuti-zusabi tamahe ri. Hito mesi te tamahi tu. "Ohom-kaheri-koto wo dani mituke te si gana. Naho, ika naru koto zo." to, kesiki mi mahosiu obosu.

 [4-6 落葉宮の返歌が届く]
日たけてぞ持て参れる。紫のこまやかなる紙すくよかにて、小少将ぞ、例の聞こえたる。ただ同じさまに、かひなきよしを書きて、
「いとほしさに、かのありつる御文に、手習ひすさびたまへるを盗みたる」
とて、中にひき破りて入れたる、「目には見たまうてけり」と、思すばかりのうれしさぞ、いと人悪ろかりける。そこはかとなく書きたまへるを、見続けたまへれば、
「朝夕に泣く音を立つる小野山は
絶えぬ涙や音無の滝」
とや、とりなすべからむ、古言など、もの思はしげに書き乱りたまへる、御手なども見所あり。
「人の上などにて、かやうの好き心思ひ焦らるるは、もどかしう、うつし心ならぬことに見聞きしかど、身のことにては、げにいと堪へがたかるべきわざなりけり。あやしや。など、かうしも思ふべき心焦られぞ」
と思ひ返したまへど、えしもかなはず。

 [4-6 落葉宮の返歌が届く]
日が高くなってから返事を持って参った。紫の濃い紙が素っ気ない感じで、小少将の君が、いつものようにお返事申し上げた。いつもと同じで、何の甲斐もないことを書いて、
「お気の毒なので、あの頂戴したお手紙に、手習いをしていらしたのをこっそり盗みました」
とあって、中に破いて入っていたが、「御覧になったのだ」と、お思いになるだけで嬉しいとは、とても体裁の悪い話である。とりとめもなくお書きになっているのを、見続けていらっしゃると、
「朝な夕なに声を立てて泣いている小野山では
ひっきりなしに流れる涙は音無の滝になるのだろうか」
とか、読むのであろうか、古歌などを、悩ましそうに書き乱れていらっしゃる、ご筆跡なども見所がある。
「他人の事などで、このような浮気沙汰に心焦がれているのは、はがゆくもあり、正気の沙汰でもないように見たり聞いたりしていたが、自分の事となると、なるほどまことに我慢できないものであるなあ。不思議だ。どうして、こんなにもいらいらするのだろう」
と反省なさるが、思うにまかせない。

 [4-6 Yugiri gets a reply from Ochiba-no-miya]
 Hi take te zo mo'te mawire ru. Murasaki no komayaka naru kami sukuyoka ni te, Ko-Seusyau zo, rei no kikoye taru. Tada onazi sama ni, kahi naki yosi wo kaki te,
 "Itohosisa ni, kano ari turu ohom-humi ni, tenarahi susabi tamahe ru wo nusumi taru."
 tote, naka ni hiki-yari te ire taru, "Me ni ha mi tamau te keri." to, obosu bakari no uresisa zo, ito hito warokari keru. Sokohaka to naku kaki tamahe ru wo, mi tuduke tamahe re ba,
 "Asa-yuhu ni naku ne wo taturu Wono-yama ha
 taye nu namida ya Otonasi-no-taki
"
 to ya, torinasu bekara m, huru-koto nado, mono omohasige ni kaki midari tamahe ru, ohom-te nado mo mi-dokoro ari.
 "Hito no uhe nado ni te, kayau no suki-gokoro omohi ira ruru ha, modokasiu, utusi-gokoro nara nu koto ni mi-kiki sika do, mi no koto ni te ha, geni ito tahe gatakaru beki waza nari keri. Ayasi ya! Nado, kau si mo omohu beki kokoro ira re zo."
 to omohi kahesi tamahe do, e si mo kanaha zu.

 5 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る [5-1 源氏や紫の上らの心配]
六条院にも聞こし召して、いとおとなしうよろづを思ひしづめ、人のそしりどころなく、めやすくて過ぐしたまふを、おもだたしう、わがいにしへ、すこしあざればみ、あだなる名を取りたまうし面起こしに、うれしう思しわたるを、
「いとほしう、いづ方にも心苦しきことのあるべきこと。さし離れたる仲らひにてだにあらで、大臣なども、いかに思ひたまはむ。さばかりのこと、たどらぬにはあらじ。宿世といふもの、逃れわびぬることなり。ともかくも口入るべきことならず」
と思す。女のためのみにこそ、いづ方にもいとほしけれと、あいなく聞こしめし嘆く。
紫の上にも、来し方行く先のこと思し出でつつ、かうやう1910の例を聞くにつけても、亡からむ後、うしろめたう思ひきこゆるさまをのたまへば、御顔うち赤めて、「心憂く、さまで後らかしたまふべきにや」と思したり。
「女ばかり、身をもてなすさまも所狭う、あはれなるべきものはなし。もののあはれ、折をかしきことをも、見知らぬさまに引き入り沈みなどすれば、何につけてか、世に経る映えばえしさも、常なき世のつれづれをも慰むべきぞは。
おほかた、ものの心を知らず、いふかひなきものにならひたらむも、生ほしたてけむ親も、いと口惜しかるべきものにはあらずや。
心にのみ籠めて、無言太子とか、小法師ばらの悲しきことにする昔のたとひのやうに、悪しきこと善きことを思ひ知りながら、埋もれなむも、いふかひなし。わが心ながらも、良きほどには、いかで保つべきぞ」
と思しめぐらむも、今はただ女一の宮の御ためなり。

 5 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る [5-1 源氏や紫の上らの心配]
六条院にもお聞きあそばして、とても落ち着いていて何につけ冷静で、人の非難もなく、無難に過ごしていらっしゃるのを、誇りに思い、自分の若いころ、少し風流すぎて、好色家だという評判をおとりになった名誉回復に、嬉しくお思い続けていらしたが、
「かわいそうに、どちらにとってもお気の毒なことがきっとあるだろうことよ。赤の他人の間でさえなく、大臣なども、どのようにお思いになろうか。それくらいのこと、分からないではないだろう。宿世というものからは、逃れられないのだ。とやかく口を出すべきことではない」
とお思いになる。女の身にとっては、どちらに対してもお気の毒だと、困った事にお聞きあそばしてお心をお痛めになる。
紫の上に対しても、今までのことや将来のことをお考えになりながら、このような噂を聞くにつけても、亡くなった後、不安にお思い申し上げる様子をおっしゃると、お顔をぽっと赤らめて、「情けないこと。そんなに長く後にお残しなさるおつもりか」とお思いになっていた。
「女ほど、身の処し方も窮屈で、痛ましいものはない。ものの情趣も、折にふれた興趣深いことも、見知らないふうに身を引いて黙ってなどいては、いったい何によって、この世に生きている晴れがましさを味わい、無常なこの世の所在なさをも慰めることができよう。
だいたい、ものの道理も弁えないで、つまらない者のようになってしまったのでは、育てた親も、とても残念に思うはずではないか。
心の中にばかり思いをこめて、無言太子とか言って、小法師たちが辛い修行の例とする昔の喩えのように、悪い事良い事を弁えながら、口に出さずにいるのは、つまらない。自分ながらも、ほど好い身の処し方をするには、どのようにしたらよいものか」
とご思案なさるのも、今はただ女一の宮の御身のためを思ってのことである。

 5 Tale of Ochiba-no-miya Yugiri presses Ochiba-no-miya for a marriage [5-1 Genji and Murasaki are anxious about Yugiri's vehavior]
 Rokudeu-no-Win ni mo kikosimesi te, ito otonasiu yorodu wo omohi sidume, hito no sosiri dokoro naku, meyasuku te sugusi tamahu wo, omodatasiu, waga inisihe, sukosi azare-bami, ada naru na wo tori tamau si omote-okosi ni, uresiu obosi wataru wo,
 "Itohosiu, idu-kata ni mo kokoro-gurusiki koto no aru beki koto. Sasi-hanare taru nakarahi ni te dani ara de, Otodo nado mo, ika ni omohi tamaha m? Sabakari no koto, tadora nu ni ha ara zi. Sukuse to ihu mono, nogare wabi nuru koto nari. To-mo kaku-mo kuti-iru beki koto nara zu."
 to obosu. Womna no tame nomi ni koso, idu-kata ni mo itohosikere to, ainaku kikosimesi nageku.
 Murasaki-no-Uhe ni mo, kisikata yukusaki no koto obosi-ide tutu, kau yau no tamesi wo kiku ni tuke te mo, nakara m noti, usirometau omohi kikoyuru sama wo notamahe ba, ohom-kaho uti akame te, "Kokoro-uku, sama de okurakasi tamahu beki ni ya?" to obosi tari.
 "Womna bakari, mi wo motenasu sama mo tokoro-seu, ahare naru beki mono ha nasi. Mono no ahare, wori wokasiki koto wo mo, mi sira nu sama ni hiki-iri sidumi nado sure ba, nani ni tuke te ka, yo ni huru haye-bayesisa mo, tune naki yo no ture-dure wo mo nagusamu beki zo ha.
 Ohokata, mono no kokoro wo sira zu, ihukahi naki mono ni narahi tara m mo, ohosi-tate kem oya mo, ito kutiwosikaru beki mono ni ha ara zu ya!
 Kokoro ni nomi kome te, Mugon-Taisi to ka, ko-bohusi-bara no kanasiki koto ni suru mukasi no tatohi no yau ni, asiki koto yoki koto wo omohi siri nagara, udumore na m mo, ihikahi nasi. Waga kokoro nagara mo, yoki hodo ni ha, ikade tamotu beki zo."
 to obosi megurasu mo, ima ha tada Womna-Iti-no-Miya no ohom-tame nari.

 [5-2 夕霧、源氏に対面]
大将の君、参りたまへるついでありて、思ひたまへらむけしきもゆかしければ、
「御息所の忌果てぬらむな。昨日今日と思ふほどに、三年よりあなたのことになる世にこそあれ。あはれに、あぢきなしや。夕べの露1911かかるほどのむさぼりよ。いかでかこの髪剃りて、よろづ背き捨てむと思ふを、さものどやかなるやうにても過ぐすかな。いと悪ろきわざなりや」
とのたまふ。
「まことに惜しげなき人だにこそ、はべめれ」など聞こえて、「御息所の四十九日のわざなど、大和守なにがしの朝臣、一人扱ひはべる、いとあはれなるわざなりや。はかばかしきよすがなき人は、生ける世の限りにて、かかる世の果てこそ、悲しうはべりけれ」
と、聞こえたまふ。
「院よりも弔らはせたまふらむ。かの皇女、いかに思ひ嘆きたまふらむ。はやう聞きしよりは、この近き年ごろ、ことに触れて聞き見るに、この更衣こそ、口惜しからずめやすき人のうちなりけれ。おほかたの世につけて、惜しきわざなりや。さてもありぬべき人の、かう亡せゆくよ。
院も、いみじう驚き思したりけり。かの皇女こそは、ここにものしたまふ入道の宮よりさしつぎには、らうたうしたまひけれ。人ざまもよくおはすべし」
とのたまふ。
「御心はいかがものしたまふらむ。御息所は、こともなかりし人のけはひ、心ばせになむ。親しううちとけたまはざりしかど、はかなきことのついでに、おのづから人の用意はあらはなるものになむはべる」
と聞こえたまひて、宮の御こともかけず、いとつれなし。
「かばかりのすくよけ心に思ひそめてむこと、諌めむにかなはじ。用ゐざらむものから、我賢しに言出でむもあいなし」
と思して止みぬ。

 [5-2 夕霧、源氏に対面]
大将の君が、参上なさった機会があって、悩んでいらっしゃる様子も知りたいので、
「御息所の忌中は明けたのだろうね。昨日今日と思っているうちに、三年以上の昔になる世の中なのだ。ああ、悲しく味気ないものだ。夕方の露がかかっている間の寿命を貪っているとは。何とかこの髪を剃って、何もかも捨て去ろうと思うが、なんといつまでものんびりと過ごしていることか。まことに悪いことだ」
とおっしゃる。
「ほんとうに、惜しくない人でさえ、めいめい離れがたく思っている人の世でございましょう」などと申し上げて、「御息所の四十九日の法事など、大和守某朝臣が、独りでお世話致しますのは、とてもお気の毒なことです。しっかりした縁者がいない方は、生きている間だけのことで、このような死後は、悲しゅうございます」
と、お申し上げになる。
「朱雀院からも御弔問があるだろう。あの内親王、どんなにお嘆きでいらっしゃるだろう。昔聞いていた時よりは、つい最近、何かにつけ聞いたり見たりするに、この更衣は、しっかりした無難な人の中に入っていた。世間一般のことにつけて、惜しいことをしたものだ。生きていてもよいと思う方が、このように亡くなってゆくことよ。
朱雀院も、ひどく驚きお悲しみになっていた。あの内親王は、ここにいらっしゃる入道の宮の次には、かわいがっていらっしゃった。人柄も良くいらっしゃるのだろう」
とおっしゃる。
「お気立てはどのようでいらっしゃいましょう。御息所は、申し分のない人柄や、気立てでいらっしゃいました。親しく気をお許して接したわけではありませんでしたが、ちょっとした事の機会に、自然と人の心配りというものがよく分かるものでございます」
とお申し上げになって、宮の御事は口にかけず、まったく素知らぬふりをしている。
「これほどの一本気の性格の者が思い染めたことは、忠告しても聞き入れないだろう。聞き入れもしないだろうことを分かっていながら、自分が分別くさく口を出してもしようがない」
とお思いになっておやめになった。

 [5-2 Yugiri meets Genji]
 Daisyau-no-Kimi, mawiri tamahe ru tuide ari te, omohi tamahe ra m kesiki mo yukasikere ba,
 "Miyasumdokoro no imi hate nu ram na! Kinohu kehu to omohu hodo ni, mi-tose yori anata no koto ni naru yo ni koso are. Ahare ni, adikinasi ya! Yuhube no tuyu kakaru hodo no musabori yo! Ikade ka kono kami sori te, yorodu somuki sute m to omohu wo, sa mo nodoyaka naru yau ni te mo sugusu kana! Ito waroki waza nari ya!"
 to notamahu.
 "Makoto ni wosige naki hito dani koso, habe'mere." nado kikoye te, "Miyasumdokoro no nana-nanu-ka no waza nado, Yamato-no-Kami Nanigasi-no-Asom, hitori atukahi haberu, ito ahare naru waza nari ya! Haka-bakasiki yosuga naki hito ha, ike ru yo no kagiri ni te, kakaru yo no hate koso, kanasiu haberi kere."
 to, kikoye tamahu.
 "Win yori mo toburaha se tamahu ram. Kano Miko, ika ni omohi nageki tamahu ram. Hayau kiki si yori ha, kono tikaki tosi-goro, koto ni hure te kiki miru ni, kono Kaui koso, kutiwosikara zu meyasuki hito no uti nari kere. Ohokata no yo ni tuke te, wosiki waza nari ya! Sate mo ari nu beki hito no, kau use yuku yo!
 Win mo, imiziu odoroki obosi tari keri. Kano Miko koso ha, koko ni monosi tamahu Nihudau-no-Miya yori sasi-tugi ni ha, rautau si tamahi kere. Hito zama mo yoku ohasu besi."
 to notamahu.
 "Mi-kokoro ha ikaga monosi tamahu ram? Miyasumdokoro ha, koto mo nakari si hito no kehahi, kokorobase ni nam. Sitasiu utitoke tamaha zari sika do, hakanaki koto no tuide ni, onodukara hito no youi ha araha naru mono ni nam haberu."
 to kikoye tamahi te, Miya no ohom-koto mo kake zu, ito turenasi.
 "Kabakari no sukuyoke kokoro ni omohi some te m koto, isame m ni kanaha zi. Motiwi zara m mono kara, ware-zakasi ni koto ide m mo ainasi."
 to obosi te yami nu.

 [5-3 父朱雀院、出家希望を諌める]
かくて御法事に、よろづとりもちてせさせたまふ。事の聞こえ、おのづから隠れなければ、大殿などにも聞きたまひて、「さやはあるべき」など、女方の心浅きやうに思しなすぞ、わりなきや。かの昔の御心あれば、君達、参で訪らひたまふ。
誦経など、殿よりもいかめしうせさせたまふ。これかれも、さまざま劣らずしたまへれば、時の人のかやうのわざに劣らずなむありける。
宮は、かくて住み果てなむと思し立つことありけれど、院に、人の漏らし奏しければ、
「いとあるまじきことなり。げに、あまた、とざまかうざまに身をもてなしたまふべきことにもあらねど、後見なき人なむ、なかなかさるさまにて、あるまじき名を立ち、罪得がましき時、この世後の世、中空にもどかしき咎負ふわざなる。
ここにかく世を捨てたるに、三の宮の同じごと身をやつしたまへる、すべなきやうに人の思ひ言ふも、捨てたる身には、思ひ悩むべきにはあらねど、かならずさしも、やうのことと争ひたまはむも、うたてあるべし。
世の憂きにつけて厭ふは、なかなか人悪ろきわざなり。心と思ひ取る方ありて、今すこし思ひ静め1912、心澄ましてこそ、ともかうも」
とたびたび聞こえたまうけり。この浮きたる御名をぞ聞こし召したるべき。「さやうのことの思はずなるにつけて倦じたまへる」と言はれたまはむことを思すなりけり。さりとて、また、「表はれてものしたまはむもあはあはしう、心づきなきこと」と、思しながら、恥づかしと思さむもいとほしきを、「何かは、我さへ聞き扱はむ」と思してなむ、この筋は、かけても聞こえたまはざりける。

 [5-3 父朱雀院、出家希望を諌める]
こうしてご法事に、万端を取り仕切っておさせなさる。その評判は、自然に知れることなので、大殿などにおかれてもお聞きになって、「そんなことがあって良いことか」などと、妻方が思慮が浅いようにお考えになるのは、困ったことである。あの故人とのご縁もあるので、ご子息たちも。ご法要に参集なさる。
読経など、大殿からも盛大におさせになる。誰も彼も、いろいろ負けず劣らずなさったので、時めく人のこのような法事に負けないほどであった。
宮は、このまま小野で一生を送ろうとご決心なさったことがあったが、朱雀院に、誰かがそっとお告げ申し上げたので、
「それはとんでもないことです。なるほど、何人とも、あれこれと身の関わりをお持ちになることは良いことではないが、後見のない人は、なまじ尼姿になってから、けしからぬ噂がたち、罪を得るような時、現世も来世も、どっちつかずの非難されるというものです。
自分がこのように世を捨てているのに、三の宮が同じように出家なさったのを、何ともせつないように人が思ったり言ったりするのも、世を捨てた身には、思い悩むべきことではないが、必ずそんなにも、同じように競って出家なさるのも、感心しないことでしょう。
世の辛さに負けて世を厭うのは、かえって体裁の悪いことです。自分でしっかり考えて、もう少し冷静になって、心を澄ましてから、どうなりとも」
と度々申し上げなさった。この浮いたお噂をお耳にあそばしたのであろう。「噂のようなことが思うとおりに行かないので世をお厭いになった」と言われなさることを御心配なさったのであった。そうかといって、また、「公然と再婚なさるのも軽薄で、感心しないこと」と、お思いになりながら、恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、「どうして、自分までが噂を聞いて口出ししたりしようか」とお思いになって、このことは、全然一言もお出し申し上げなさらないのだった。

 [5-3 Suzaku advises Ochiba-no-miya not to be a nun]
 Kakute ohom-hohuzi ni, yorodu torimoti te se sase tamahu. Koto no kikoye, onodukara kakure nakere ba, Ohoi-Dono nado ni mo kiki tamahi te, "Sa ya ha aru beki." nado, Womana-gata no kokoro-asaki yau ni obosi-nasu zo, wari naki ya! Kano mukasi no mi-kokoro are ba, Kim-dati, ma'de toburahi tamahu.
 Zukyau nado, Tono yori mo ikamesiu se sase tamahu. Kore kare mo, sama-zama otora zu si tamahe re ba, toki no hito no kayau no waza ni otora zu nam ari keru.
 Miya ha, kakute sumi hate na m to obosi-tatu koto ari kere do, Win ni, hito no morasi sousi kere ba,
 "Ito arumaziki koto nari. Geni, amata, to-zama kau-zama ni mi wo motenasi tamahu beki koto ni mo ara ne do, usiromi naki hito nam, naka-naka saru sama ni te, aru maziki na wo tati, tumi e-gamasiki toki, kono yo noti no yo, naka-zora ni modokasiki toga ohu waza naru.
 Koko ni kaku yo wo sute taru ni, Sam-no-Miya no onazi goto mi wo yatusi tamahe ru, sube naki yau ni hito no omohi ihu mo, sute taru mi ni ha, omohi nayamu beki ni ha ara ne do, kanara zu sa si mo, yau no koto to arasohi tamaha m mo, utate aru besi.
 Yo no uki ni tuke te ha itohu ha, naka-naka hito waroki waza nari. Kokoro to omohi toru kata ari te, ima sukosi omohi sidume, kokoro sumai te koso, to-mo kau-mo."
 to tabi-tabi kikoye tamau keri. Kono uki taru ohom-na wo zo kikosimesi taru beki. "Sayau no koto no omoha zu naru ni tuke te un-zi tamahe ru." to iha re tamaha m koto wo obosu nari keri. Sari to te, mata, "Arahare te monosi tamaha m mo aha-ahasiu, kokoro-dukinaki koto." to, obosi nagara, hadukasi to obosa m mo itohosiki wo, "Nani ka ha, ware sahe kiki atukaha m." to obosi te nam, kono sudi ha, kakete mo kikoye tamaha zari keru.

 [5-4 夕霧、宮の帰邸を差配]
大将も、
「とかく言ひなしつるも、今はあいなし。かの御心に許したまはむことは、難げなめり。御息所の心知りなりけりと、人には知らせむ。いかがはせむ。亡き人にすこし浅き咎は思はせて、いつありそめしことぞともなく、紛らはしてむ。さらがへりて、懸想だち、涙を尽くしかかづらはむも、いとうひうひしかるべし」
と思ひ得たまうて、一条に渡りたまふべき日、その日ばかりと定めて、大和守召して、あるべき作法のたまひ、宮のうち払ひしつらひ、さこそいへども、女どちは、草茂う住みなしたまへりしを、磨きたるやうにしつらひなして、御心づかひなど、あるべき作法めでたう、壁代、御屏風、御几帳、御座などまで思し寄りつつ、大和守にのたまひて、かの家にぞ急ぎ仕うまつらせたまふ。
その日、我おはしゐて、御車、御前などたてまつれたまふ。宮は、さらに渡らじと思しのたまふを、人々いみじう聞こえ、大和守も、
「さらに承らじ。心細く悲しき御ありさまを見たてまつり嘆き、このほどの宮仕へは、堪ふるに従ひて仕うまつりぬ。
今は、国のこともはべり、まかり下りぬべし。宮の内のことも、見たまへ譲るべき人もはべらず。いとたいだいしう、いかにと見たまふるを、かくよろづに思しいとなむを、げに、この方にとりて思たまふるには、かならずしもおはしますまじき御ありさまなれど、さこそは、いにしへも御心にかなはぬ例、多くはべれ。
一所やは、世のもどきをも負はせたまふべき。いと幼くおはしますことなり。たけう思すとも、女の御心ひとつに、わが御身をとりしたため、顧みたまふべきやうかあらむ。なほ、人のあがめかしづきたまへらむに助けられてこそ、深き御心のかしこき御おきても、それにかかるべきものなり。
君たちの聞こえ知らせたてまつりたまはぬなり。かつは、さるまじきことをも、御心どもに仕うまつりそめたまうて」
と、言ひ続けて、左近、少将を責む。

 [5-4 夕霧、宮の帰邸を差配]
大将も、
「あれこれと言ってみたが、今は無駄なことだ。宮のお心ではお聞き入れなさることは、難しいことのようだ。御息所が承知済みであったと、世間の人には知らせよう。どうしようもない。亡くなった方に少し思慮が浅かったと罪を思わせて、いつからそうなったということもなく、分からなくさせてしまおう。年がいもなく若返って、懸想をし、涙を流し尽くして口説いたりするのも、いかにも身にふさわしからぬことだろう」
と決心なさって、一条邸にお帰りになる予定の日を、何日ほどにと決めて、大和守を呼んで、しかるべき諸式をお命じになり、邸内を掃除し整え、何といっても、女世帯では、草深く住んでいらっしゃったので、磨いたように整備し直して、お気づかいぶりなどは、しかるべきやり方も立派に、壁代、御屏風、御几帳、御座所などまでお気を配りなさり、大和守にお命じになって、あちらの家で急いで準備させなさる。
その日、自分でいらっしゃって、お車や、御前駆などを差し向けなさる。宮は、どうしても帰るまいとお思いになりおっしゃるのを、女房たちが熱心に説得申し上げ、大和守も、
「まったくご承知するわけには行きません。心細く悲しいご様子を拝見し心を痛め、これまでのお世話は、できるだけのことはさせていただきました。
今は、任国の公務もございますし、下向しなければなりません。お邸内のことも任せられる人もございません。まことに不行届なことで、どうしたものかと心配いたしておりますが、このように万事お世話なさいますのを、なるほど、ご結婚ということを考えてみますと、必ずしも今すぐに移転するのが良いというのではないお身の上ですが、そのように、昔もお心のままにならなかった例は、多くございます。
あなたお一方だけが、世間の非難をお受けになることでしょうか。とても幼稚なお考えです。いくら強がっても、女一人のご分別で、ご自分の身の振りをきちんとなさり、お気をつけなさることがどうしてできましょうか。やはり、男性から大事にお世話なされるのに助けられて、初めて深いお考えによる立派なご方針も、それに依存するものなのです。
あなた方がよくお教え申し上げなさらないのです。一方では、けしからぬことをも、ご自分たちの判断でかってにお取り計らい申し上げなさって」
と、言い続けて、左近の君や、小少将の君を責める。

 [5-4 Yugiri orders men to prepare for Ochiba-no-miya's move]
 Daisyau mo,
 "Tokaku ihi nasi turu mo, ima ha ainasi. Kano mi-kokoro ni yurusi tamaha m koto ha, katage na'meri. Miyasumdokoro no kokoro-siri nari keri to, hito ni ha sira se m. Ikaga ha se m. Naki hito ni sukosi asaki toga ha omoha se te, itu ari-some si koto zo to mo naku, magirahasi te m. Saragaheri te, kesau-dati, namida wo tukusi kakaduraha m mo, ito uhi-uhisikaru besi."
 to omohi-e tamau te, Itideu ni watari tamahu beki hi, sono hi bakari to sadame te, Yamato-no-Kami mesi te, aru beki sahohu notamahi, Miya no uti-harahi siturahi, sa koso ihe do mo, womna-doti ha, kusa sigeu sumi-nasi tamahe ri si wo, migaki taru yau ni siturahi nasi te, mi-kokorodukahi nado, aru beki sahohu medetau, kabesiro, mi-byaubu, mi-kityau, o-masi nado made obosi yori tutu, Yamato-no-Kami ni notamahi te, kano ihe ni zo isogi tukau-matura se tamahu.
 Sono hi, ware ohasi wi te, mi-kuruma, go-zen nado tatemature tamahu. Miya ha, sara ni watara zi to obosi notamahu wo, hito-bito imiziu kikoye, Yamato-no-Kami mo,
 "Sara ni uketamahara zi. Kokoro-bosoku kanasiki mi-arisama wo mi tatematuri nageki, kono hodo no miya-dukahe ha, tahuru ni sitagahi te tukau-maturi nu.
 Ima ha, kuni no koto mo haberi, makari kudari nu besi. Miya no uti no koto mo, mi tamahe yuduru beki hito mo habera zu. Ito tai-daisiu, ika ni to mi tamahuru wo, kaku yorodu ni obosi itonamu wo, geni, kono kata ni tori te omo' tamahuru ni ha, kanarazu si mo ohasimasu maziki mi-arisama nare do, sa koso ha, inisihe mo mi-kokoro ni kanaha nu tamesi, ohoku habere.
 Hito-tokoro ya ha, yo no modoki wo mo oha se tamahu beki. Ito wosanaku ohasimasu koto nari. Takeu obosu to mo, womna no mi-kokoro hitotu ni, waga mi wo tori sitatame, kaheri-mi tamahu beki yau ka ara m? Naho, hito no agame kasiduki tamahe ra m ni tasuke rare te koso, hukaki mi-kokoro no kasikoki ohom-okite mo, sore ni kakaru beki mono nari.
 Kimi-tati no kikoye sira se tatematuri tamaha nu nari. Katu ha, saru maziki koto wo mo, mi-kokoro-domo ni tukau-maturi some tamau te."
 to, ihi-tuduke te, Sakon, Seusyau wo semu.

 [5-5 落葉宮、自邸へ向かう]
集りて聞こえこしらふるに、いとわりなく、あざやかなる御衣ども、人々のたてまつり替へさするも、われにもあらず、なほ、いとひたぶるに削ぎ捨てまほしう思さるる御髪を、かき出でて見たまへば、六尺ばかりにて、すこし細りたれど、人はかたはにも見たてまつらず、みづからの御心には、
「いみじの衰へや。人に見ゆべきありさまにもあらず。さまざまに心憂き身を」
と思し続けて、また臥したまひぬ。
「時違ひぬ。夜も更けぬべし」
と、皆騒ぐ。時雨いと心あわたたしう吹きまがひ、よろづにもの悲しければ、
「のぼりにし峰の煙にたちまじり
思はぬ方になびかずもがな」
心ひとつには強く思せど、そのころは、御鋏などやうのものは、皆とり隠して、人々の守りきこえければ、
「かくもて騒がざらむにてだに、何の惜しげある身にてか、をこがましう、若々しきやうにはひき忍ばむ。人聞きもうたて思すまじかべきわざを」
と思せば、その本意のごともしたまはず。
人々は、皆いそぎ立ちて、おのおの、櫛、手筥、唐櫃、よろづの物を、はかばかしからぬ袋やうの物なれど、皆さきだてて運びたれば、一人止まりたまふべうもあらで、泣く泣く御車に乗りたまふも、傍らのみまもられたまて、こち渡りたまうし時、御心地の苦しきにも、御髪かき撫でつくろひ、下ろしたてまつりたまひしを思し出づるに、目も霧りていみじ。御佩刀に添へて経筥を添へたるが、御傍らも離れねば、
「恋しさの慰めがたき形見にて
涙にくもる玉の筥かな」
黒きもまだしあへさせたまはず、かの手ならしたまへりし螺鈿の筥なりけり。誦経にせさせたまひしを、形見にとどめたまへるなりけり。浦島の子が心地なむ。

 [5-5 落葉宮、自邸へ向かう]
寄ってたかって説得申し上げるので、とても困りきって、色鮮やかなお召し物を、女房たちがお召し替え申し上げるにも、夢心地で、やはり、とても一途に削き落としたく思われなさる御髪を、掻き出して御覧になると、六尺ほどあって、少し細くなったが、女房たちは不完全だとは拝見せず、ご自身のお気持ちでは、
「ひどく衰えたこと。とても男の人にお見せできなる有様ではない。いろいろと情けない身の上であるものを」
とお思い続けなさって、また臥せっておしまいになった。
「時刻に遅れます。夜も更けてしまいます」
と、皆が騷ぐ。時雨がとても心急かせるように風に吹き乱れて、何事にもつけ悲しいので、
「母君が上っていった峰の煙と一緒になって
思ってもいない方角にはなびかずにいたいものだわ」
ご自分では気強く思っていらっしゃるが、そのころは、お鋏などのような物は、みな取り隠して、女房たちが目をお離し申さずいたので、
「このように騒がないでいても、どうして惜しい身の上で、愚かしく、子供っぽくもこっそり髪を下ろしたりしようか。人聞きも悪いとお思いなさることを」
とお思いになると、ご希望通り出家もなさらない。
女房たちは、全員急ぎ出して、それぞれ、櫛や、手箱や、唐櫃や、いろいろな道具類を、つまらない袋入れのような物であるが、全部前もって運んでしまっていたので、独り居残っているわけにもゆかず、泣く泣くお車にお乗りになるのも、隣の空席ばかりに自然と目が行きなさって、こちらにお移りになった時、ご気分が優れなかったにも関わらず、御髪をかき撫でて繕って、降ろしてくださったことをお思い出しになると、目も涙にむせんでたまらない。御佩刀といっしょに経箱を持っているが、いつもお側にあるので、
「恋しさを慰められない形見の品として
涙に曇る玉の箱ですこと」
黒造りのもまだお調えにならず、あの日頃親しくお使いになっていた螺鈿の箱なのであった。お布施の料としてお作らせになったのだが、形見として残して置かれたのであった。浦島の子の気がなさる。

 [5-5 Ochiba-no-miya comes back to her home]
 Atumari te kikoye kosirahuru ni, ito warinaku, azayaka naru ohom-zo-domo, hito-bito no tatematuri kahe sasuru mo, ware ni mo ara zu, naho, ito hitaburu ni sogi sute mahosiu obosa ruru mi-gusi wo, kaki-ide te mi tamahe ba, roku-syaku bakari ni te, sukosi hosori tare do, hito ha kataha ni mo mi tatematura zu, midukara no mi-kokoro ni ha,
 "Imizi no otorohe ya! Hito ni miyu beki arisama ni mo ara zu. Sama-zama ni kokoro-uki mi wo."
 to obosi tuduke te, mata husi tamahi nu.
 "Toki tagahi nu. Yo mo huke nu besi."
 to, mina sawagu. Sigure ito kokoro awatatasiu huki magahi, yorodu ni mono-kanasikere ba,
 "Nobori ni si mine no keburi ni tati maziri
 omoha nu kata ni nabika zu mo gana
"
 Kokoro hitotu ni ha tuyoku obose do, sono-koro ha, ohom-hasami nado yau no mono ha, mina tori kakusi te, hito-bito no mamori kikoye kere ba,
 "Kaku mote-sawaga zara m ni te dani, nani no wosige aru mi ni te ka, woko-gamasiu, waka-wakasiki yau ni ha hiki-sinoba m. Hito-giki mo utate obosu mazika'beki waza wo."
 to obose ba, sono ho'i no goto mo si tamaha zu.
 Hito-bito ha, mina isogi-tati te, ono-ono, kusi, te-bako, karabitu, yorodu no mono wo, haka-bakasikara nu hukuro yau no mono nare do, mina saki-date te hakobi tare ba, hitori tomari tamahu beu mo ara de, naku-naku mi-kuruma ni nori tamahu mo, katahara nomi mamora re tama' te, koti watari tamau si toki, mi-kokoti no kurusiki ni mo, mi-gusi kaki-nade tukurohi, orosi tatematuri tamahi si wo obosi iduru ni, me mo kiri te imizi. Mi-hakasi ni sohe te kyau-bako wo sohe taru ga, ohom-katahara mo hanare ne ba,
 "Kohisisa no nagusame gataki katami ni te
 namida ni kumoru tama no hako kana
"
 Kuroki mo mada si-ahe sase tamaha zu, ka no te-narasi tamahe ri si raden no hako nari keri. Zukyau ni se sase tamahi si wo, katami ni todome tamahe ru nari keri. Urasima no ko ga kokoti nam.

 [5-6 夕霧、主人顔して待ち構える]
おはしまし着きたれば、殿のうち悲しげもなく、人気多くて、あらぬさまなり。御車寄せて下りたまふを、さらに、故里とおぼえず、疎ましううたて思さるれば、とみにも下りたまはず。いとあやしう、若々しき御さまかなと、人々も見たてまつりわづらふ。殿は、東の対の南面を、わが御方を、仮にしつらひて、住みつき顔におはす。三条殿には、人々、
「にはかにあさましうもなりたまひぬるかな。いつのほどにありしことぞ」
と、驚きけり。「なよらかにをかしばめることを、好ましからず思す人は、かくゆくりか1913なることぞうちまじりたまうける。されど、年経にけることを、音なくけしきも漏らさで過ぐしたまうけるなり」とのみ思ひなして、かく、女の御心許いたまはぬと、思ひ寄る人もなし。とてもかうても、宮の御ためにぞいとほしげなる。
御まうけなどさま変はりて、もののはじめゆゆしげなれど、もの参らせなど、皆静まりぬるに、渡りたまて、少将の君をいみじう責めたまふ。
「御心ざしまことに長う思されば、今日明日を過ぐして聞こえさせたまへ。なかなか、立ち帰りてもの思し沈みて、亡き人のやうにてなむ臥させたまひぬる。こしらへきこゆるをも、つらしとのみ思されたれば、何ごとも身のためこそはべれ。いとわづらはしう、聞こえさせにくくなむ」
と言ふ。
「いとあやしう。推し量りきこえさせしにはに違ひて、いはけなく心えがたき御心にこそありけれ」
とて、思ひ寄れるさま、人の御ためも、わがためにも、世のもどきあるまじうのたまひ続くれば、
「いでや、ただ今は、またいたづら人に見なしたてまつるべきにやと、あわたたしき乱り心地に、よろづ思たまへわかれず。あが君、とかくおしたちて、ひたぶるなる御心なつかはせたまひそ」
と手をする。
「いとまだ知らぬ世かな。憎くめざましと、人よりけに思し落とすらむ身こそいみじけれ。いかで人にもことわらせむ」
と、いはむかたもなしと思してのたまへば、さすがにいとほしうもあり、
「まだ知らぬは、げに世づかぬ御心がまへのけにこそはと、ことわりは、げに、いづ方にかは寄る人はべらむとすらむ」
と、すこしうち笑ひぬ。

 [5-6 夕霧、主人顔して待ち構える]
ご到着なさると、邸内は悲しそうな様子もなく、人の気配が多くて、様子が違っている。お車を寄せてお降りになるに、全然、以前に住んでいた所とは思われず、よそよそしく嫌な気がなさるので、すぐにはお降りにならない。とてもおかしな子供っぽいお振る舞いですわと、女房たちも拝見し困っている。殿は、東の対の南面を、自分のお部屋として、仮に設けて、主人気取りでいらっしゃる。三条殿では、女房たちが、
「突然あきれたことにおなりになったこと。いつからのことだったのかしら」
とあきれるのだった。「色めいた風流事を、お好きでなくお思いになる方は、このように突然な事がおありになるのだった。けれども、何年も前からあった事を、噂にもならず素振り知られずにお過ごしになって来られたのだ」とばかりに思い込んで、このように、女のお気持ちは不承知であると、気づく人もいない。いずれにしても宮の御ためにはお気の毒なことである。
お調度類なども普段と変わって、新婚としては縁起が悪いが、お食事を差し上げたりした後、皆が寝静まったころにお渡りになって、少将の君をひどくお責めになる。
「ご愛情が本当に末長くとお思いでしたら、今日明日を過ぎてから申し上げて下さいませ。お帰りになって、かえって、悲しみに沈み込んで、亡くなった方のようにお臥せりになってしまわれました。おとりなし申し上げても、辛いとばかりお思いでいらっしゃるので、何事もわが身あってでございますもの。まことに困って、申し上げにくうございます」
と言う。
「まことに妙なことです。ご推量申し上げていたのとは違って、子供っぽく理解しがたいお考えでありますね」
とおっしゃって、考えていらっしゃる処遇は、宮の御ためにも、自分のためにも、世間の非難のないようにおっしゃり続けるので、
「いえもう、ただ今は、またもお亡くし申し上げてしまうのではないかと、気が気ではなく取り乱しておりますので、万事判断がつきません。お願いでございます、あれこれと無理押しなさって、乱暴なことはなさいませぬように」
と手を擦って頼む。
「これはまた初めてのことだ。憎らしく嫌な者だと、人より格段に軽蔑される身の上が情けない。是非とも誰かにでも判断してもらいたい」
と、言いようもないとお思いになっておっしゃるので、やはりお気の毒でもあり、
「まだ知らないとおっしゃるのは、なるほど恋愛経験の少ないお人柄だからでしょうと、道理は、仰せのとおり、どちら様を正しいと申す人がございますでしょうか」
と、少しほほ笑んだ。

 [5-6 Yugiri waites Ochiba-no-miya's home as if he is her husband]
 Ohasimasi tuki tare ba, tono no uti kanasige mo naku, hitoke ohoku te, ara nu sama nari. Mi-kuruma yose te ori tamahu wo, sara ni, hurusato to oboye zu, utomasiu utate obosa rure ba, tomi ni mo ori tamah zu. Ito ayasiu, waka-wakasiki ohom-sama kana to, hito-bito mo mi tatematuri wadurahu. Tono ha, himgasi-no-tai no minami-omote wo, waga ohom-kata wo, kari ni siturahi te, sumi-tuki gaho ni ohasu. Samdeu-dono ni ha, hito-bito,
 "Nihaka ni asamasiu mo nari tamahi nuru kana! Itu no hodo ni ari si koto zo?"
 to, odoroki keri. "Nayoraka ni wokasi-bame ru koto wo, konomasikara zu obosu hito ha, kaku yukurika naru koto zo uti-maziri tamau keru. Saredo, tosi he ni keru koto wo, oto naku kesiki mo morasa de sugusi tamau keru nari." to nomi omohi nasi te, kaku, womna no mi-kokoro yurui tamaha nu to, omohi yoru hito mo nasi. Tote-mo kaute-mo, Miya no ohom-tame ni zo itohosi-ge naru.
 Ohom-mauke nado sama kahari te, mono no hazime yuyusige nare do, mono mawira se nado, mina sidumari nuru ni, watari tama' te, Seusyau-no-Kimi wo imiziu seme tamahu.
 "Mi-kokorozasi makoto ni nagau obosa re ba, kehu asu wo sugusi te kikoye sase tamahe. Naka-naka, tatikaheri te mono obosi sidumi te, naki hito no yau ni te nam husa se tamahi nuru. Kosirahe kikoyuru wo mo, turasi to nomi obosa re tare ba, nani-goto mo mi no tame koso habere. Ito wadurahasiu, kikoye sase nikuku nam."
 to ihu.
 "Ito ayasiu. Osihakari kikoye sase si ni ha tagahi te, ihakenaku kokoroe gataki mi-kokoro ni koso ari kere."
 tote, omohi-yore ru sama, hito no ohom-tame mo, waga tame ni mo, yo no modoki aru maziu notamahi tudukure ba,
 "Ide ya, tada ima ha, mata itadura-bito ni mi-nasi tatematuru beki ni ya to, awatatasiki midari gokoti ni, yorodu omo' tamahe wakare zu. Aga Kimi, tokaku ositati te, hitaburu naru mi-kokoro na tukahase tamahi so."
 to te wo suru.
 "Ito mada sira nu yo kana. Nikuku mezamasi to, hito yori keni obosi otosu ram mi koso imizi kere. Ikade hito ni mo kotowara se m."
 to, iha m kata mo nasi to obosi te notamahe ba, sasuga ni itohosiu mo ari,
 "Mada sira nu ha, geni yo-duka nu mi-kokoro-gamahe no keni koso ha to, kotowari ha, geni, idu-kata ni ka ha yoru hito habera m to sura m."
 to, sukosi uti-warahi nu.

 [5-7 落葉宮、塗籠に籠る]
かく心ごはけれど、今は、堰かれたまふべきならねば、やがてこの人をひき立てて、推し量りに入りたまふ。
宮は、「いと心憂く、情けなくあはつけき人の心なりけり」と、ねたくつらければ、「若々しきやうには言ひ騒ぐとも」と思して、塗籠に御座ひとつ敷かせたまて、うちより鎖して大殿籠もりにけり。「これもいつまでにかは。かばかりに乱れ立ちにたる人の心どもは、いと悲しう口惜しう」思す。
男君は、めざましうつらしと思ひきこえたまへど、かばかりにては、何のもて離るることかはと、のどかに思して、よろづに思ひ明かしたまふ。山鳥の心地1914ぞしたまうける。からうして明け方になりぬ。かくてのみ、ことといへば、直面なべければ、出でたまふとて、
「ただ、いささかの隙をだに」
と、いみじう聞こえたまへど、いとつれなし。
「怨みわび胸あきがたき冬の夜に
また鎖しまさる関の岩門
聞こえむ方なき御心なりけり」
と、泣く泣く出でたまふ。

 [5-7 落葉宮、塗籠に籠る]
このように強情であるが、今となっては、邪魔立てされなさるおつもりもないので、そのままこの人を引き立てて、当て推量にお入りになる。
宮は、「まことに嫌でたまらない、思いやりのない浅薄な心の方だった」と、悔しく辛いので、「大人げないようだと言われようとも」とご決意なさって、塗籠にご座所を一つ敷かせなさって、内側から施錠して、お寝みになってしまった。「これもいつまで続くことであろうか。これほどに浮き足立っている女房たちの気持ちは、何と悲しく残念なことか」とお思いなさる。
男君は、心外なひどい仕打ちとお思い申し上げなさるが、このようなことで、どうして逃れることができようかと、気長にお考えになって、いろいろと思案しながら夜をお明かしなさる。山鳥の気がなさるのであった。やっとのことで明け方になった。こうしてばかり、取り立てて言うと、にらみ合いになりそうなので、お出になろうとして、
「ただ、少しの隙間だけでも」
と、しきりにお頼み申し上げなさるが、まったくお返事がない。
「怨んでも怨みきれません、胸の思いを晴らすことのできない冬の夜に
そのうえ鎖された関所のような岩の門です
何とも申し上げようのない冷たいお心です」
と、泣く泣くお出になる。

 [5-7 Ochiba-no-miya takes refuge in nurigome]
 Kaku kokoro-gohakere do, ima ha, seka re tamahu beki nara ne ba, yagate kono hito wo hiki-tate te, osihakari ni iri tamahu.
 Miya ha, "Ito kokoro-uku, nasake naku ahatukeki hito no kokoro nari keri." to, netaku turakere ba, "Waka-wakasiki yau ni ha ihi sawagu to mo." to obosi te, nurigome ni o-masi hitotu sika se tama' te, uti yori sasi te ohotono-gomori ni keri. "Kore mo itu made ni ka ha. Kabakari ni midare tati ni taru hito no kokoro-domo ha, ito kanasiu kutiwosiu." obosu.
 Wotoko-Gimi ha, mezamasiu turasi to omohi kikoye tamahe do, kabakari ni te ha, nani no mote hanaruru koto ka ha to, nodoka ni obosi te, yorodu ni omohi akasi tamahu. Yamadori no kokoti zo si tamau keru. Karausite akegata ni nari nu. Kakute nomi, koto to ihe ba, hita-omote na'bekere ba, ide tamahu tote,
 "Tada, isasaka no hima wo dani."
 to, imiziu kikoye tamahe do, ito turenasi.
 "Urami wabi mune aki gataki huyu no yo ni
 mata sasi masaru seki no ihakado

 Kikoye m kata naki mi-kokoro nari keri."
 to, naku-naku ide tamahu.

 6 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮 [6-1 夕霧、花散里へ弁明]
六条院にぞおはして、やすらひたまふ。東の上、
「一条の宮渡したてまつりたまへることと、かの大殿わたりなどに聞こゆる、いかなる御ことにかは」
と、いとおほどかにのたまふ。御几帳添へたれど、側よりほのかには、なほ見えたてまつりたまふ。
「さやうにも、なほ人の言ひなしつべきことにはべり。故御息所は、いと心強う、あるまじきさまに言ひ放ちたまうしかど、限りのさまに、御心地の弱りけるに、また見譲る1915べき人のなきや悲しかりけむ、亡からむ後の後見にとやうなることのはべりしかば、もとよりの心ざしもはべりしことにて、かく思たまへなりぬるを、さまざまに、いかに人扱ひはべらむかし。さしもあるまじきをも、あやしう人こそ、もの言ひさがなきものにあれ」
と、うち笑ひつつ、
「かの正身なむ、なほ世に経じと深う思ひ立ちて、尼になりなむと思ひ結ぼほれたまふめれば、何かは。こなたかなたに聞きにくくもはべべきを、さやうに嫌疑離れても、また、かの遺言は違へじと思ひたまへて、ただかく言ひ扱ひはべるなり。
院の渡らせたまへらむにも、ことのついではべらば、かうやうにまねびきこえさせたまへ。ありありて、心づきなき心つかふと、思しのたまはむを憚りはべりつれど、げに、かやうの筋にてこそ、人の諌めをも、みづからの心にも従はぬやうにはべりけれ」
と、忍びやかに聞こえたまふ。
「人のいつはりにやと思ひはべりつるを、まことにさるやうある御けしきにこそは。皆世の常のことなれど、三条の姫君の思さむことこそ、いとほしけれ。のどやかに慣らひたまうて」
と聞こえたまへば、
「らうたげにものたまはせなす、姫君かな。いと鬼しうはべるさがなものを」とて、「などてか、それをもおろかにはもてなしはべらむ。かしこけれど、御ありさまどもにても、推し量らせたまへ。
なだらかならむのみこそ、人はつひのことにははべめれ。さがなくことがましきも、しばしはなまむつかしう、わづらはしきやうに憚らるることあれど、それにしも従ひ果つまじきわざなれば、ことの乱れ出で来ぬる後、我も人も、憎げに飽きたしや。
なほ、南の御殿の御心もちゐこそ、さまざまにありがたう、さてはこの御方の御心などこそは、めでたきものには、見たてまつり果てはべりぬれ」
など、ほめきこえたまへば、笑ひたまひて、
「ものの例に引き出でたまふほどに、身の人悪ろきおぼえこそあらはれぬべう。
さて、をかしきことは、院の、みづからの御癖をば人知らぬやうに、いささかあだあだしき御心づかひをば、大事と思いて、戒め申したまふ。後言にも聞こえたまふめるこそ、賢しだつ人の、おのが上知らぬやうにおぼえはべれ」
とのたまへば、
「さなむ、常にこの道をしも戒め仰せらるる。さるは、かしこき御教へならでも、いとよくをさめてはべる心を」
とて、げにをかしと思ひたまへり。
御前に参りたまへれば、かのことは聞こし召したれど、何かは聞き顔にもと思いて、ただうちまもりたまへるに、
「いとめでたくきよらに、このころこそねびまさりたまへる御盛りなめれ。さるさまの好き事をしたまふとも、人のもどくべきさまもしたまはず。鬼神も罪許しつべく、あざやかにものきよげに、若う盛りに匂ひを散らしたまへり。
もの思ひ知らぬ若人のほどにはたおはせず、かたほなるところなうねびととのほりたまへる、ことわりぞかし。女にて、などかめでざらむ。鏡を見ても、などかおごらざらむ」
と、わが御子ながらも、思す。

 6 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮 [6-1 夕霧、花散里へ弁明]
六条院にいらっしゃって、ご休息なさる。東の上は、
「一条の宮をお移し申し上げなさったと、あの大殿あたりなどでお噂申しているのは、どのようなことなのですか」
と、とてもおっとりとお尋ねになる。御几帳を添えているが、端からちらちらと、それでも顔をお見せ申し上げなさる。
「そのようにも、やはり世間の人は取り沙汰しそうなことでございます。故御息所は、とても気強く、とんでもないことときっぱりおっしゃいましたが、最期の様子の時に、お気持ちが弱られた折に、わたし以外に後見を依頼できる人のないのが悲しかったのでしょうか、亡くなった後の後見というようなことがございましたので、もともとの心積もりもございましたことなので、このようにお引き受け致すことになりましたが、あれこれと、どのように世間の人は噂するのでございましょう。そうでないことをも、不思議と世間の人は、口さがないものです」
と、ほほ笑みながら、
「あのご本人の宮は、もう普通の暮らしはするまいと深く決心なさって、尼になってしまいたいと思い詰めていらっしゃるようなので、どうしてどうして。あちら方こちら方に聞きずらいことでもございますが、そのように嫌疑を招かぬことになったとしても、また一方で、あの遺言に背くまいと存じまして、ただこのようにお世話申しているのでございます。
院がお渡りあそばしたような時に、よい機会がございましたら、このようにわたしの申したとおりに申し上げてください。この年になって、感心しない浮気心を起こしたと、お思いになりおっしゃりもするだろうと気にいたしておりますが、なるほど、このようなことには、人の意見にも、自分の心にも従えないものだということが分かりました」
と、声を小さくして申し上げなさる。
「誰かの間違いではないかと思っておりましたが、本当にそのようなご事情があったのですね。すべて世間によくある事ですが、三条の姫君がご心配なさるのも、お気の毒です。平穏無事に馴れていらっしゃって」
と申し上げなさると、
「かわいらしくおっしゃいますね、姫君とはね。まるで鬼のようでございます性悪な者を」とおっしゃって、「どうして、その人をいい加減に扱っておりましょうか。恐れ多いですが、こちらのご夫人方のご様子からご推量ください。
穏やかである事だけが、女性として結局良いことのようでございます。口やかましく事を荒立てるのも、暫くの間は煩しく、面倒くさいように遠慮することもありますが、それに必ずしも最後まで従うものではないので、浮気沙汰が出てきた後、自分も相手も、憎らしそうに嫌気のさすものです。
やはり、南の殿の上のお心遣いこそが、いろいろとまたとないことで、それに次いではこちらのお気立てなどが、素晴らしいものとして、拝見するようになりました」
などと、お誉め申し上げなさると、お笑いになって、
「そうした女性の例に出したりなさるので、我が身の体裁の悪い評判がはっきりしてしまいそうで。
ところで、おかしなことは、院が、ご自分の女癖を誰も知らないように、ちょっとした好色めいたお心遣いを、重大事とお思いになって、お諌め申し上げなさる。陰口をも申し上げなさっているらしいのは、賢ぶっている人が、自分のことは知らないでいるように思われます」
とおっしゃると、
「さように、いつも女性の事では厳しくお仰せになります。しかし、恐れ多い教えを戴かなくても、自分で十分に気をつけておりますのに」
とおっしゃって、なるほどおかしいと思っていらっしゃった。
御前に参上なさると、あの事件はお聞きあそばしていらしたが、どうして知っている顔をしていられようかとお思いになって、ただじっと顔を窺っていらっしゃると、「実に素晴らしく美しくて、最近特に男盛りになったようだ。そのような浮気事をなさっても、人が非難すべきご様子もなさっていない。鬼神も罪を許すに違いなく、鮮やかでどことなく清らかで、若々しく今を盛りに生気溌剌としていらっしゃる。
何の分別もない若い人ではいらっしゃらず、どこからどこまですっかり成人なさっている、無理もないことだ。女性として、どうして素晴らしいと思わないでいられようか。鏡を見ても、どうして心奢らずにいられようか」
と、ご自分のお子ながらも、そうお思いになる。

 6 Tale of Yugiri Yugiri worries himself about Kumoi-no-kari and Ochiba-no-miya [6-1 Yugiri explains himself to Hanachirusato]
 Rokudeu-no-win ni zo ohasi te, yasurahi tamahu. Himagasi-no-Uhe,
 "Itideu-no-Miya watasi tatematuri tamahe ru koto to, kano Oho-tono watari nado ni kikoyuru, ika naru ohom-koto ni ka ha?"
 to, ito ohodoka ni notamahu. Mi-kityau sohe tare do, soba yori honoka ni ha, naho miye tatematuri tamahu.
 "Sayau ni mo, naho hito no ihi-nasi tu beki koto ni haberi. Ko-Miyasumdokoro ha, ito kokoro-duyou, aru maziki sama ni ihi-hanati tamau sika do, kagiri no sama ni, mi-kokoti no yowari keru ni, mata mi-yuduru beki hito no naki ya kanasikari kem, nakara m noti no usiromi ni to yau naru koto no haberi sika ba, motoyori no kokorozasi mo haberi si koto ni te, kaku omo' tamahe nari nuru wo, sama-zama ni, ika ni hito atukahi habera m kasi. Sa si mo aru maziki wo mo, ayasiu hito koso, mono ihi saga naki mono ni are."
 to, uti-warahi tutu,
 "Kano sauzimi nam, naho yo ni he zi to hukau omohi-tati te, ama ni nari na m to omohi musubohore tamahu mere ba, nani ka ha. Konata kanata ni kiki nikuku mo habe'beki wo, sayau ni kengi hanare te mo, mata, kano yuigon ha tagahe zi to omohi tamahe te, tada kaku ihi atukahi haberu nari.
 Win no watara se tamahe ra m ni mo, koto no tuide habera ba, kayau ni manebi kikoye sase tamahe. Ari-ari te, kokoro-dukinaki kokoro tukahu to, obosi notamaha m wo habakari ture do, geni, kayau no sudi ni te koso, hito no isame wo mo, midukara no kokoro ni mo sitagaha nu yau ni haberi kere."
 to, sinobiyaka ni kikoye tamahu.
 "Hito no ituhari ni ya to omohi haberi turu wo, makoto ni saru yau aru mi-kesiki ni koso ha. Mina yo no tune no koto nare do, Samdeu-no-Himegimi no obosa m koto koso, itohosikere. Nodoyaka ni narahi tamau te."
 to kikoye tamahe ba,
 "Rautage ni mo notamaha se nasu, Hime-Gimi kana! Ito oni-siu haberu saga-na mono wo!" tote, "Nado te ka, sore wo mo oroka ni ha motenasi habera m. Kasikokere do, mi-arisama-domo ni te mo, osihakara se tamahe.
 Nadaraka nara m nomi koso, hito ha tuhi no koto ni ha habe'mere. Saga-naku koto-gamasiki mo, sibasi ha nama-mutukasiu, wadurahasiki yau ni habakara ruru koto are do, sore ni si mo sitagahi hatu maziki waza nare ba, koto no midare ide ki nuru noti, ware mo hito mo, nikuge ni aki tasi ya!
 Naho, Minami-no-Otodo no mi-kokoro motiwi koso, sama-zama ni arigatau, sate ha kono ohom-kata no mi-kokoro nado koso ha, medetaki mono ni ha, mi tatematuri hate haberi nure."
 nado, home kikoye tamahe ba, warahi tamahi te,
 "Mono no tamesi ni hiki-ide tamahu hodo ni, mi no hito waroki oboye koso arahare nu beu.
 Sate, wokasiki koto ha, Win no, midukara no mi-kuse wo ba hito sira nu yau ni, isasaka ada-adasiki mi-kokoro-dukahi wo ba, daizi to oboi te, imasime mausi tamahu. Siriugoto ni mo kikoye tamahu meru koso, sakasi-datu hito no, onoga uhe sira nu yau ni oboye habere."
 to notamahe ba,
 "Sa nam, tune ni kono miti wo si mo imasime ohose raruru. Saru ha, kasikoki ohom-wosihe nara de mo, ito yoku wosame te haberu kokoro wo."
 tote, geni wokasi to omohi tamahe ri.
 O-mahe ni mawiri tamahe re ba, kano koto ha kikosimesi tare do, nani ka ha kiki-gaho ni mo to oboi te, tada uti-mamori tamahe ru ni,
 "Ito medetaku kiyora ni, kono-koro koso nebi masari tamahe ru ohom-sakari na'mere. Saru sama no suki-goto wo si tamahu to mo, hito no modoku beki sama mo si tamah zu. Oni-Gami mo tumi yurusi tu beku, azayaka ni mono kiyoge ni, wakau sakari ni nihohi wo tirasi tamahe ri.
 Mono-omohi sira nu waka-udo no hodo ni hata ohase zu, kataho naru tokoro nau nebi totonohori tamahe ru, kotowari zo kasi. Womna ni te, nado ka mede zara m. Kagami wo mi te mo, nado ka ogora zara m."
 to, waga mi-ko nagara mo, obosu.

 [6-2 雲居雁、嫉妬に荒れ狂う]
日たけて、殿には渡りたまへり。入りたまふより、若君たち、すぎすぎうつくしげにて、まつはれ遊びたまふ。女君は、帳の内に臥したまへり。
入りたまへれど、目も見合はせたまはず。つらきにこそはあめれ、と見たまふもことわりなれど、憚り顔にももてなしたまはず、御衣をひきやりたまへれば、
「いづことておはしつるぞ。まろは早う死にき。常に鬼とのたまへば、同じくはなり果てなむとて」
とのたまふ。
「御心こそ、鬼よりけにもおはすれ、さまは憎げもなければ、え疎み果つまじ」
と、何心もなう言ひなしたまふも、心やましうて、
「めでたきさまになまめいたまへらむあたりに、あり経べき身にもあらねば、いづちもいづちも失せなむとするを、かくだにな思し出でそ。あいなく年ごろを経けるだに、悔しきものを」
とて、起き上がりたまへるさまは、いみじう愛敬づきて、匂ひやかにうち赤みたまへる顔、いとをかしげなり。
「かく心幼げに腹立ちなしたまへればにや、目馴れて、この鬼こそ、今は恐ろしくもあらずなりにたれ。神々しき気を添へばや」
と、戯れに言ひなしたまへど、
「何ごと言ふぞ。おいらかに死にたまひね。まろも死なむ。見れば憎し。聞けば愛敬なし。見捨てて死なむはうしろめたし」
とのたまふに、いとをかしきさまのみまされば、こまやかに笑ひて、
「近くてこそ見たまはざらめ、よそにはなにか聞きたまはざらむ。さても、契り深かなる世を知らせむの御心ななり。にはかにうち続くべかなる冥途のいそぎは、さこそは契りきこえしか」
と、いとつれなく言ひて、何くれと慰めこしらへきこえ慰めたまへば、いと若やかに心うつくしう、らうたき心はたおはする人なれば、なほざり言とは見たまひながら、おのづからなごみつつものしたまふを、いとあはれと思すものから、心は空にて、
「かれも、いとわが心を立てて、強うものものしき人のけはひには見えたまはねど、もしなほ本意ならぬことにて、尼になども思ひなりたまひなば、をこがましうもあべいかな」
と思ふに、しばしはとだえ置くまじう、あわたたしき心地して、暮れゆくままに、「今日も御返りだになきよ」と思して、心にかかりつつ、いみじう眺めをしたまふ。

 [6-2 雲居雁、嫉妬に荒れ狂う]
日が高くなって、殿にお帰りになった。お入りになるや、若君たちが、次々とかわいらしい姿で、纏わりついてお遊びになる。女君は、御帳台の中に臥せっていらっしゃった。
お入りになったが、目もお合わせにならない。ひどいと思っているのであろう、と御覧になるのもごもっともであるが、遠慮した素振りもお見せにならず、お召し物を引きのけなさると、
「ここをどこと思っていらっしゃったのですか。わたしはとっくに死にました。いつも鬼とおっしゃるので、同じことならすっかりなってしまおうと思って」
とおっしゃる。
「お心は、鬼以上でいらっしゃるが、姿形は憎らしくもないので、すっかり嫌いになることはできないな」
と、何くわぬ顔でおっしゃるのも、癪にさわって、
「結構な姿形で優美に振る舞っていらっしゃるお方に、いつまでも連れ添っていられる身でもありませんので、どこへなりとも消え失せようと思うのを、このようにさえお思い出しますな。いつのまにか過ごした年月さえ、惜しく思われるものを」
と言って、起き上がりなさった様子は、たいそう愛嬌があって、つやつやとして赤くなった顔、実に美しい。
「このように子供っぽく腹を立てていらっしゃるからでしょうか、見慣れて、この鬼は、今では恐ろしくもなくなってしまったなあ。神々しい感じを加わえたいものだ」
と、冗談事におっしゃるが、
「何を言うの。あっさりと死んでおしまいなさい。わたしも死にたい。見ていると憎らしい。聞くも気にくわない。後に残して死ぬのは気になるし」
とおっしゃるが、とても愛らしさが増すばかりなので、心からにっこりして、
「近くで御覧にならなくても、よそながらどうして噂をお聞きにならないわけには行きますまい。そうして、夫婦の縁の深いことを分からせようとのおつもりのようですね。急に続くような冥土への旅立ちは、そのようにお約束申したからね」
と、まこと素っ気なく言って、何やかやと宥めすかし申し慰めなさると、とても若々しく素直で、かわいらしいお心の持ち主でいらっしゃる方なので、口からの出まかせの言葉とはお思いになりながら、自然と和らいでいらっしゃるのを、とても愛しい人だとお思いになる一方で、心はうわの空で、
「あの方も、とても我を張って、強く頑固な人の様子にはお見えではないが、もしやはり不本意なことと思って、尼などになっておしまいになったら、馬鹿らしくもあるな」
と思うと、暫くの間は絶え間なく通おうと、落ち着いていられない気がして、日が暮れて行くにつれて、「今日もお返事さえなかったな」とお思いになって、気にかかりながら、ひどく物思いに耽っていらっしゃる。

 [6-2 Kumoi-no-kari is cosumed with jealosy]
 Hi take te, Tono ni ha watari tamahe ri. Iri tamahu yori, Waka-Gimi-tati, sugi-sugi utukusige ni te, matuhare asobi tamahu. Womna-Gimi ha, tyau no uti ni husi tamahe ri.
 Iri tamahe re do, me mo mi-aha se tamaha zu. Turaki ni koso ha a'mere, to mi tamahu mo kotowari nare do, habakari-gaho ni mo motenasi tamaha zu, ohom-zo hiki-yari tamahe re ba,
 "Iduko tote ohasi turu zo. Maro ha hayau sini ki. Tune ni oni to notamahe ba, onaziku ha nari-hate na m tote."
 to notamahu.
 "Mi-kokoro koso, oni yori keni mo ohasure, sama ha nikuge mo nakere ba, e utomi-hatu mazi."
 to, nani-gokoro mo nau ihi-nasi tamahu mo, kokoro-yamasiu te,
 "Medetaki sama ni namamei tamahe ra m atari ni, ari hu beki mi ni mo ara ne ba, iduti mo iduti mo use na m to suru wo, kaku dani na obosi ide so. Ainaku tosi-goro wo he keru dani, kuyasiki mono wo."
 tote, okiagari tamahe ru sama ha, imiziu aigyau-duki te, nihohi-yaka ni uti-akami tamahe ru kaho, ito wokasige nari.
 "Kaku kokoro-wosanage ni hara-dati nasi tamahe re ba ni ya, me-nare te, kono oni koso, ima ha osorosiku mo ara zu nari ni tare. Kau-gausiki ke wo sohe baya."
 to, tahabure ni ihi-nasi tamahe do,
 "Nani-goto ihu zo. Oyiraka ni sini tamahi ne. Maro mo sina m. Mire ba nikusi. Kike ba aigyau nasi. Mi-sute te sina m ha usiro-metasi."
 to notamahu ni, ito wokasiki sama nomi masare ba, komayaka ni warahi te,
 "Tikaku te koso mi tamaha zara me, yoso ni ha nani ka kiki tamaha zara m. Sate mo, tigiri hukaka' naru yo wo sirase m no mi-kokoro na'nari. Nihaka ni uti-tuduku beka'naru yomidi no isogi ha, sa koso ha tigiri kikoye sika."
 to, ito turenaku ihi te, nani-kure to nagusame kosirahe kikoye nagusame tamahe ba, ito wakayaka ni kokoro-utukusiu, rautaki kokoro hata ohasuru hito nare ba, nahozari-goto to ha mi tamahi nagara, onodukara nagomi tutu monosi tamahu wo, ito ahare to obosu mono kara, kokoro ha sora ni te,
 "Kare mo, ito waga kokoro wo tate te, tuyou mono-monosiki hito no kehahi ni ha miye tamaha ne do, mosi naho ho'i nara nu koto ni te, ama ni nado mo omohi nari tamahi na ba, wokogamasiu mo abei kana!"
 to omohu ni, sibasi ha todaye oku maziu, awatatasiki kokoti si te, kure yuku mama ni, "Kehu mo ohom-kaheri dani naki yo!" to obosi te, kokoro ni kakari tutu, imiziu nagame wo si tamahu.

 [6-3 雲居雁、夕霧と和歌を詠み交す]
昨日今日つゆも参らざりけるもの、いささか参りなどしておはす。
「昔より、御ために心ざしのおろかならざりしさま、大臣のつらくもてなしたまうしに、世の中の痴れがましき名を取りしかど、堪へがたきを念じて、ここかしこ、すすみけしきばみしあたりを、あまた聞き過ぐししありさまは、女だにさしもあらじとなむ、人ももどきし。
今思ふにも、いかでかはさありけむと、わが心ながら、いにしへだに重かりけりと思ひ知らるるを、今は、かく憎みたまふとも、思し捨つまじき人々、いと所狭きまで数添ふめれば、御心ひとつにもて離れたまふべくもあらず。また、よし見たまへや。命こそ定めなき世なれ」
とて、うち泣きたまふこともあり。女も、昔のことを思ひ出でたまふに、
「あはれにもありがたかりし御仲の、さすがに契り深かりけるかな」
と、思ひ出でたまふ。なよびたる御衣ども脱いたまうて、心ことなるをとり重ねて焚きしめたまひ、めでたうつくろひ化粧じて出でたまふを、火影に見出だして、忍びがたく涙の出で来れば、脱ぎとめたまへる単衣の袖をひき寄せたまひて、
「馴るる身を恨むるよりは松島の
海人の衣に裁ちやかへまし
なほうつし人にては、え過ぐすまじかりけり」
と、独言にのたまふを、立ち止まりて、
「さも心憂き御心かな。
松島の海人の濡衣なれぬとて
脱ぎ替へつてふ名を立ためやは」
うち急ぎて、いとなほなほしや。

 [6-3 雲居雁、夕霧と和歌を詠み交す]
昨日今日と全然お召し上がりにならなかった食事を、少々はお召し上がりになったりなどしていらっしゃる。
「昔から、あなたのために愛情が並大抵でなかった事情は、大臣がひどいお扱いをなさったために、世間から愚かな男だとの評判を受けたが、堪えがたいところを我慢して、あちらこちらが、進んで申し込まれた縁談を、たくさん聞き流して来た態度は、女性でさえそれほどの人はいるまいと、世間の人も皮肉った。
今思うにつけても、どうしてそうであったのかと、自分ながらも、昔でさえ重々しかったと反省されるが、今は、このようにお憎みになっても、お捨てになることのできない子供たちが、とても辺りせましと数増えたようなので、あなたのお気持ち一つで出てお行きになることはできません。また、まあ見ていてくださいよ。寿命とは分からないのがこの世の常です」
と言って、お泣きになったりすることもある。女も、往時を思い出しなさると、
「しみじみとも世に又となく仲睦まじかった二人の仲が、何と言っても前世の約束が深かったのだな」
と、お思い出しなさる。柔らかくなったお召し物をお脱ぎになって、新調の素晴らしいのを重ねて香をたきしめなさり、立派に身繕いし化粧してお出かけになるのを、灯火の光で見送って、堪えがたく涙が込み上げて来るので、脱ぎ置きなさった単衣の袖を引き寄せなさって、
「長年連れ添って古びたこの身を恨んだりするよりも
いっそ尼衣に着替えてしまおうかしら
やはり俗世の人のままでは、生きて行くことができないわ」
と、独言としておっしゃるのを、立ち止まって、
「何とも嫌なお心ですね。
いくら長年連れ添ったからといって、わたしを見限って
尼になったという噂が立ってよいものでしょうか」
急いでいて、とても平凡な歌であるよ。

 [6-3 Kumoi-no-kari and Yugiri compose and change waka]
 Kinohu kehu tuyu mo mawira zari keru mono, isasaka mawiri nado si te ohasu.
 "Mukasi yori, ohom-tame ni kokorozasi no oroka nara zari si sama, Otodo no turaku motenasi tamau si ni, yononaka no sire-gamasiki na wo tori sika do, tahe gataki wo nen-zi te, koko kasiko, susumi kesiki-bami si atari wo, amata kiki sugusi si arisama ha, womna dani sa si mo ara zi to nam, hito mo modoki si.
 Ima omohu ni mo, ikade ka ha sa ari kem to, waga kokoro nagara, inisihe dani omokari keri to omohi sira ruru wo, ima ha, kaku nikumi tamahu to mo, obosi sutu maziki hito-bito, ito tokoro-seki made kazu sohu mere ba, mi-kokoro hitotu ni mote hanare tamahu beku mo ara zu. Mata, yosi mi tamahe ya. Inoti koso sadame naki yo nare."
 tote, uti-naki tamahu koto mo ari. Womna mo, mukasi no koto wo omohi ide tamahu ni,
 "Ahare ni mo arigatakari si ohom-naka no, sasuga ni tigiri hukakari keru kana!"
 to, omohi-ide tamahu. Nayobi taru mi-zo-domo nuhi tamau te, kokoro koto naru wo tori kasane te taki sime tamahi, medetau tukurohi kesau-zi te ide tamahu wo, hokage ni mi-idasi te, sinobi gataku namida no ide kure ba, nugi tome tamahe ru hitohe no sode wo hiki yose tamahi te,
 "Naruru mi wo uramuru yori ha Matusima no
 ama no koromo ni tati ya kahe masi

 Naho utusi-bito ni te ha, e sugusu mazikari keri."
 to, hitori-goto ni notamahu wo, tati-tomari te,
 "Sa mo kokoro-uki mi-kokoro kana!
 Matusima no ama no nure-ginu nare nu to te
 nugi kahe tu tehu na wo tata me ya ha
"
 Uti isogi te, ito naho-nahosi ya!

 [6-4 塗籠の落葉宮を口説く]
かしこには、なほさし籠もりたまへるを、人々、
「かくてのみやは。若々しうけしからぬ聞こえもはべりぬべきを、例の御ありさまにて、あるべきことをこそ聞こえたまはめ」
など、よろづに聞こえければ、さもあることとは思しながら、今より後のよその聞こえをも、わが御心の過ぎにし方をも、心づきなく、恨めしかりける人のゆかりと思し知りて、その夜も対面したまはず。「戯れにくく、めづらかなり」と、聞こえ尽くしたまふ。人もいとほしと見たてまつる。
「『いささかも人心地する折あらむに、忘れたまはずは、ともかうも聞こえむ。この御服のほどは、一筋に思ひ乱るることなくてだに過ぐさむ』となむ、深く思しのたまはするを、かくいとあやにくに、知らぬ人なくなりぬめるを、なほいみじうつらきものに聞こえたまふ」
と聞こゆ。
「思ふ心は、また異ざまにうしろやすきものを。思はずなりける世かな」とうち嘆きて、「例のやうにておはしまさば、物越などにても、思ふことばかり聞こえて、御心破るべきにもあらず。あまたの年月をも過ぐしつべくなむ」
など、尽きもせず聞こえたまへど、
「なほ、かかる乱れに添へて、わりなき御心なむいみじうつらき。人の聞き思はむことも、よろづになのめならざりける身の憂さをば、さるものにて、ことさらに心憂き御心がまへなれ」
と、また言ひ返し恨みたまひつつ、はるかにのみもてなしたまへり。

 [6-4 塗籠の落葉宮を口説く]
あちらには、やはり籠もっていらっしゃるのを、女房たちが、
「こうしてばかりいらしてよいものでしょうか。子供っぽく良くない噂も立つでございましょうから、いつものご座所に戻って、お考えのほどを申し上げなさいませ」
などと、いろいろと申し上げたので、もっともなことだとお思いになりながら、今から以後の世間での噂も、自分のどのようなお気持ちで過ごして来たかも、気にくわなく、恨めしかった方のせいだとお考えになって、その夜もお会いなさらない。「冗談ではなく、変わった方だ」と、言葉を尽くして恨みのたけを申し上げなさる。女房もお気の毒だと拝す。
「『わずかでも人心地のする時があろうときに、お忘れでなかったら、何なりとお返事申し上げましょう。この御服喪期間中は、せめて他の事で頭を思い乱すことなく過ごしたい』と、深くお思いになりおっしゃっていますが、このようにまことに都合悪く、知らない人のなくなってしまったようなことを、やはりひどくお辛いことと申し上げておいでです」
と申し上げる。
「愛する気持ちは、また普通の人とは違って安心ですのに。思いも寄らない目に遭うものですね」と嘆息して、「普通のご気分でいらっしゃったら、物越しなどでも、自分の気持ちだけでも申し上げて、お心を傷つけるようなことはしません。何年でもきっとお待ちしましょう」
などと、どこまでも申し上げなさるが、
「やはり、このような喪中の心の乱れに加えて、無理をおっしゃるお心がひどく辛い。他人が聞いて想像することも、すべていい加減なことで済まされないわが身の辛さは、それはそれとして措いても、格別に情けないお心づもりです」
と、重ねて拒否してお恨みになりながら、つき放してお相手していらっしゃった。

 [6-4 Yugiri persuades Ochiba-no-miya to get married]
 Kasiko ni ha, naho sasi-komori tamahe ru wo, hito-bito,
 "Kaku te nomi ya ha! Waka-wakasiu kesikara nu kikoye mo haberi nu beki wo, rei no mi-arisama ni te, aru beki koto wo koso kikoye tamaha me."
 nado, yorodu ni kikoye kere ba, sa mo aru koto to ha obosi nagara, ima yori noti no yoso no kikoye wo mo, waga mi-kokoro no sugi ni si kata wo mo, kokoro-duki naku, uramesikari keru hito no yukari to obosi siri te, sono yo mo taimen si tamaha zu. "Tahabure nikuku, meduraka nari." to, kikoye tukusi tamahu. Hito mo itohosi to mi tatematuru.
 "'Isasaka mo hito-gokoti suru wori ara m ni, wasure tamaha zu ha, to-mo kau-mo kikoye m. Kono ohom-buku no hodo ha, hito-sudi ni omohi midaruru koto naku te dani sugusa m.' to nam, hukaku obosi notamaha suru wo, kaku ito ayaniku ni, sira nu hito naku nari nu meru wo, naho imiziu turaki mono ni kikoye tamahu."
 to kikoyu.
 "Omohu kokoro ha, mata koto-zama ni usiro-yasuki mono wo. Omoha zu nari keru yo kana!" to uti-nageki te, "Rei no yau ni te ohasimasa ba, mono-gosi nado ni te mo, omohu koto bakari kikoye te, mi-kokoro yaburu beki ni mo ara zu. Amata no tosi-tuki wo mo sugusi tu beku nam."
 nado, tuki mo se zu kikoye tamahe do,
 "Naho, kakaru midare ni sohe te, warinaki mi-kokoro nam imiziu turaki. Hito no kiki omoha m koto mo, yorodu ni nanome nara zari keru mi no usa wo ba, saru mono ni te, kotosara ni kokoro-uki mi-kokoro-gamahe nare."
 to, mata ihi-kahesi urami tamahi tutu, haruka ni nomi motenasi tamahe ri.

 [6-5 夕霧、塗籠に入って行く]
「さりとて、かくのみやは。人の聞き漏らさむこともことわり」と、はしたなう、ここの人目もおぼえたまへば、
「うちうちの御心づかひは、こののたまふさまにかなひても、しばしは情けばまむ。世づかぬありさまの、いとうたてあり。また、かかりとて、ひき絶え参らずは、人の御名いかがはいとほしかるべき。ひとへにものを思して、幼げなるこそいとほしけれ」
など、この人を責めたまへば、げにと1916思ひ、見たてまつるも今は心苦しう、かたじけなうおぼゆるさまなれば、人通はしたまふ塗籠の北の口より、入れたてまつりてけり。
いみじうあさましうつらしと、さぶらふ人をも、げにかかる世の人の心なれば、これよりまさる目をも見せつべかりけりと、頼もしき人もなくなり果てたまひぬる御身を、かへすがへす悲しう思す。
男は、よろづに思し知るべきことわりを聞こえ知らせ、言の葉多う、あはれにもをかしうも聞こえ尽くしたまへど、つらく心づきなしとのみ思いたり。
「いと、かう、言はむ方なきものに思ほされける身のほどは、たぐひなう恥づかしければ、あるまじき心のつきそめけむも、心地なく悔しうおぼえはべれど、とり返すものならぬうちに、何のたけき御名にかはあらむ。いふかひなく思し弱れ。
思ふにかなはぬ時、身を投ぐる例もはべなるを、ただかかる心ざしを深き淵になずらへ1917たまて、捨てつる身と思しなせ」
と聞こえたまふ。単衣の御衣を御髪込めひきくくみて、たけきこととは、音を泣きたまふさまの、心深くいとほしければ、
「いとうたて。いかなればいとかう思すらむ。いみじう思ふ人も、かばかりになりぬれば、おのづからゆるぶけしきもあるを、岩木よりけになびきがたき1918は、契り遠うて、憎しなど思ふやうあなるを、さや思すらむ」
と思ひ寄るに、あまりなれば心憂く、三条の君の思ひたまふらむこと、いにしへも何心もなう、あひ思ひ交はしたりし世のこと、年ごろ、今はとうらなきさまにうち頼み、解けたまへるさまを思ひ出づるも、わが心もて、いとあぢきなう思ひ続けらるれば、あながちにもこしらへきこえたまはず、嘆き明かしたまうつ。

 [6-5 夕霧、塗籠に入って行く]
「そうかといって、こうしてばかりいられようか。人が洩れ聞くことも当然だ」と、きまり悪く、こちらの人目も気にかかりなさるので、
「内々のお気づかいは、このおっしゃることに適っても、暫くの間はお気持ちに逆らわないでいよう。夫婦らしからぬ様子が、とても嫌である。また、こうだからといって、まったく参らなくなったら、あなたのご評判がどんなにかおいたわしいことでしょうか。一方的にお考えになって、大人げないのが困ったことです」
など、この女房をお責めになるので、なるほどと思って、拝するのも今はお気の毒になって、恐れ多くも思われる様子なので、女房を出入りさせなさる塗籠の北の口から、お入れ申し上げてしまった。
ひどく驚いて情けなくむごいと、伺候している女房も、なるほどこのような世間の人の心だから、これ以上ひどい目に遭わせるに違いないと、頼りにする人もいなくなってしまった我が身を、かえすがえす悲しくお思いになる。
男は、いろいろと納得なさるような条理を尽くしてお説き申し上げ、言葉数多く、しみじみと気を引くようなことをどこまでも申し上げなさるが、辛く気にくわないとばかりお思いになっていた。
「まったく、このように、何とも言いようもない者に思われなさった身のほどは、例のないくらい恥ずかしいので、あってはならない考えがつき始まったのも、迂闊にも悔しく思われますが、昔に戻ることのできない関係で、何の立派なご評判がございましょうか。もう仕方のないこととお諦めください。
思い通りにならない時、淵に身を投げる例もございますそうですが、ただこのような愛情を深い淵だとお思いになって、飛び込んだ身だとお思いください」
と申し上げなさる。単衣のお召し物をお髪ごと被って、できることといっては、声を上げてお泣きになる様子が、心底お気の毒なので、
「まったく困ったことだ。どうしてまったくこのようにまでお嫌いになるのだろう。強情を張っている人でも、これほどになってしまえば、自然と弱くなる様子もあるのだが、石や木よりもほんとうに心を動かさないのは、前世の因縁が薄いために、恨むようなことがあるが、そのようにお思いなのだろうか」
と思い当たると、あまりひどいので情けなくなって、三条の君がお悲しみであろうことや、昔も何の疑いもなく、お互いに愛情を交わし合った当時のこと、長年にわたり、もう安心と信頼し、打ち解けていらっしゃった様子を思い出すにつけても、自分のせいで、まことにつまらなく思い続けられずにはいられないので、無理にもお慰め申し上げなさらず、嘆息しながら夜をお明かしになった。

 [6-5 Yugiri comes into nurigome]
 "Sari tote, kaku nomi ya ha! Hito no kiki-morasa m koto mo kotowari." to, hasitanau, koko no hito-me mo oboye tamahe ba,
 "Uti-uti no mi-kokoro-dukahi ha, kono notamahu sama ni kanahi te mo, sibasi ha nasake-bama m. Yo-duka nu arisama no, ito utate ari. Mata, kakari tote, hiki-taye mawira zu ha, hito no ohom-na ikaga ha itohosikaru beki. Hitohe ni mono wo obosi te, wosanage naru koso itohosikere."
 nado, kono hito wo seme tamahe ba, geni to omohi, mi tatematuru mo ima ha kokoro-gurusiu, katazikenau oboyuru sama nare ba, hito kayohasi tamahu nurigome no kita no kuti yori, ire tatematuri te keri.
 Imiziu asamasiu turasi to, saburahu hito wo mo, geni kakaru yo no hito no kokoro nare ba, kore yori masaru me wo mo mise tu bekari keri to, tanomosiki hito mo naku nari hate tamahi nuru ohom-mi wo, kahesu-gahesu kanasiu obosu.
 Wotoko ha, yorodu ni obosi siru beki kotowari wo kikoye sira se, koto no ha ohou, ahare ni mo wokasiu mo kikoye tukusi tamahe do, turaku kokoro-dukinasi to nomi oboi tari.
 "Ito, kau, iha m katanaki mono ni omohosa re keru mi no hodo ha, taguhi nau hadukasikere ba, arumaziki kokoro no tuki some kem mo, kokoti naku kuyasiu oboye habere do, tori-kahesu mono nara nu uti ni, nani no takeki ohom-na ni ka ha ara m? Ihu kahi naku obosi yoware.
 Omohu ni kanaha nu toki, mi wo naguru tamesi mo habe' naru wo, tada kakaru kokorozasi wo hukaki huti ni nazurahe tama' te, sute turu mi to obosi nase."
 to kikoye tamahu. Hitohe no ohom-zo wo mi-gusi kome hiki kukumi te, takeki koto to ha, ne wo naki tamahu sama no, kokoro hukaku itohosikere ba,
 "Ito utate. Ika nare ba ito kau obosu ram? Imiziu omohu hito mo, kabakari ni nari nure ba, onodukara yuruburu kesiki mo aru wo, iha-ki yori keni nabiki gataki ha, tigiri tohou te, nikusi nado omohu yau naru wo, sa ya obosu ram."
 to omohi-yoru ni, amari nare ba kokoro-uku, Samdeu-no-Kimi no omohi tamahu ram koto, inisihe mo nani-gokoro mo nau, ahi omohi kahasi tari si yo no koto, tosi-goro, ima ha to ura naki sama ni uti-tanomi, toke tamahe ru sama wo omohi-iduru mo, waga kokoro mote, ito adiki nau omohi tuduke rarure ba, anagati ni mo kosirahe kikoye tamaha zu, nageki akasi tamau tu.

 [6-6 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ]
かうのみ痴れがましうて出で入らむもあやしければ、今日は泊りて、心のどかにおはす。かくさへひたぶるなるを、あさましと宮は思いて、いよいよ疎き御けしきのまさるを、をこがましき御心かなと、かつは、つらきもののあはれなり。
塗籠も、ことにこまかなるもの多うもあらで、香の御唐櫃1919、御厨子などばかりあるは、こなたかなたにかき寄せて、気近うしつらひてぞおはしける。うちは暗き心地すれど、朝日さし出でたるけはひ漏り来たるに、埋もれたる御衣ひきやり、いとうたて乱れたる御髪、かきやりなどして、ほの見たてまつりたまふ。
いとあてに女しう、なまめいたるけはひしたまへり。男の御さまは、うるはしだちたまへる時よりも、うちとけてものしたまふは、限りもなうきよげなり。
故君の異なることなかりしだに、心の限り思ひあがり、御容貌まほにおはせずと、ことの折に思へりしけしきを思し出づれば、まして、かういみじう衰へにたるありさまを、「しばしにても見忍びなむや」と思ふも、いみじう恥づかしう、とざまかうざまに思ひめぐらしつつ、わが御心をこしらへたまふ。
ただかたはらいたう、ここもかしこも、人の聞き思さむことの罪さらむ方なきに、折さへいと心憂ければ1920、慰めがたきなりけり。
御手水、御粥など、例の御座の方に参れり。色異なる御しつらひも、いまいましきやうなれば、東面は屏風を立てて、母屋の際に香染の御几帳など、ことことしきやうに見えぬ物、沈の二階なんどやうのを立てて、心ばへありてしつらひたり。大和の守のしわざなりけり。
人々も、鮮やかならぬ色の、山吹、掻練、濃き衣、青鈍などを着かへさせ、薄色の裳、青朽葉などを、とかく紛らはして、御台は参る。女所にて、しどけなくよろづのことならひたる宮の内に、ありさま心とどめて、わづかなる下人をも言ひととのへ、この人一人のみ扱ひ行ふ。
かくおぼえぬやむごとなき客人のおはすると聞きて、もと勤めざりける家司など、うちつけに参りて、政所など言ふ方にさぶらひて営みけり。

 [6-6 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ]
こうしてばかり馬鹿らしく出入りするのもみっともないので、今日は泊まって、ゆっくりとしていらっしゃる。こんなにまで一途なのを、あきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと、思う一方で、情けなくもおいたわしい。
塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や、御厨子などばかりがあるのは、あちらこちらに片づけて、親しみの持てる感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った感じが漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪、かき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。
まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃった。夫君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は、限りなく美しい感じである。
亡き夫君が特別すぐれた容貌というわけでなかったが、その彼でさえ、すっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと、何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、それ以上に、このようにひどく衰えた様子を、「少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしく、あれやこれやと思案しながら、自分のお気持ちを納得させなさる。
ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも、人がお聞きになってどうお思いなさろうかの罪は避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、気持ちの慰めようがないのであった。
御手水や、お粥などを、いつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も、縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。
女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配って、わずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。
このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、もとから怠けていた家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。

 [6-6 At last Yugiri and Ochiba-no-miya get married]
 Kau nomi sire-gamasiu te ide ira m mo ayasikere ba, kehu ha tomari te, kokoro nodoka ni ohasu. Kaku sahe hitaburu naru wo, asamasi to miya ha oboi te, iyo-iyo utoki mi-kesiki no masaru wo, wokogamasiki mi-kokoro kana to, katu ha, turaki mono no ahare nari.
 Nurigome mo, koto ni komaka naru mono ohou mo ara de, kau no ohom-karabitu, mi-dusi nado bakari aru ha, konata kanata ni kaki-yose te, ke-dikau siturahi te zo ohasi keru. Uti ha kuraki kokoti sure do, asahi sasi-ide taru kehahi mori ki taru ni, udumore taru ohom-zo hiki-yari, ito utate midare taru mi-gusi, kaki-yari nado si te, hono-mi tatematuri tamahu.
 Ito ate ni womnasiu, namamei taru kehahi si tamahe ri. Wotoko no ohom-sama ha, uruhasi-dati tamahe ru toki yori mo, utitoke te monosi tamahu ha, kagiri mo nau kiyoge nari.
 Ko-Kimi no koto naru koto nakari si dani, kokoro no kagiri omohi agari, ohom-katati maho ni ohase zu to, koto no wori ni omohe ri si kesiki wo obosi idure ba, masite, kau imiziu otorohe ni taru arisama wo, "Sibasi ni te mo mi sinobi na m ya." to omohu mo, imiziu hadukasiu, to-zama kau-zama ni omohi megurasi tutu, waga mi-kokoro wo kosirahe tamahu.
 Tada katahara itau, koko mo kasiko mo, hito no kiki obosa m koto no tumi sara m kata naki ni, wori sahe ito kokoro-ukere ba, nagusame gataki nari keri.
 Mi-teudu, ohom-kayu nado, rei no o-masi no kata ni mawire ri. Iro koto naru ohom-siturahi mo, ima-imasiki yau nare ba, himgasi-omote ha byaubu wo tate te, moya no kiha ni kauzome no mi-kityau nado, koto-kotosiki yau ni miye nu mono, din no ni-kai nando yau no wo tate te, kokorobahe ari te siturahi tari. Yamato-no-Kami no siwaza nari keri.
 Hito-bito mo, azayaka nara nu iro no, yamabuki, kaineri, koki kinu, awo-nibi nado wo ki-kahe sase, usu-iro no mo, awo-kutiba nado wo, tokaku magirahasi te, mi-dai ha mawiru. Womna-dokoro ni te, sidokenaku yorodu no koto narahi taru miya no uti ni, arisama kokoro todome te, waduka naru simo-bito wo mo ihi totonohe, kono hito hitori nomi atukahi okonahu.
 Kaku oboye nu yamgotonaki mara-uto no ohasuru to kiki te, moto tutome zari keru keisi nado, utituke ni mawiri te, madokoro nado ihu kata ni saburahi te itonami keri.

 7 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語 [7-1 雲居雁、実家へ帰る]
かくせめても見馴れ顔に作りたまふほど、三条殿、
「限りなめりと、さしもやはとこそ、かつは頼みつれ、まめ人の心変はるは名残なくなむと聞きしは、まことなりけり」
と、世を試みつる心地して、「いかさまにしてこのなめげさを見じ」と思しければ、大殿へ、方違へむとて、渡りたまひにけるを、女御の里におはするほどなどに、対面したまうて、すこしもの思ひはるけどころに思されて、例のやうにも急ぎ渡りたまはず。
大将殿も聞きたまひて、
「さればよ。いと急にものしたまふ本性なり。この大臣もはた、おとなおとなしうのどめたるところ、さすがになく、いとひききりにはなやいたまへる人々にて、めざまし、見じ、聞かじなど、ひがひがしきことどもし出でたまうつべき」
と、驚かれたまうて、三条殿に渡りたまへれば、君たちも、片へは止まりたまへれば、姫君たち、さてはいと幼きとをぞ率ておはしにける、見つけてよろこびむつれ、あるは上を恋ひたてまつりて、愁へ泣きたまふを、心苦しと思す。
消息たびたび聞こえて、迎へにたてまつれたまへど、御返りだになし。かくかたくなしう軽々しの世やと、ものしうおぼえたまへど、大臣の見聞きたまはむところもあれば、暮らして、みづから参りたまへり。

 7 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語 [7-1 雲居雁、実家へ帰る]
このように無理して馴染んだ顔をしていらっしゃるので、三条殿は、
「これが最後のようだと、まさかそんなことはあるまいと、一方では信頼していたが、実直な人が浮気したら跡形もなくなると聞いていたことは、本当のことであった」
と、夫婦の仲を見届けてしまった感じがして、「どうにしてこの侮辱を味わっていようか」とお思いになったので、大殿邸へ、方違えしようと思って、お移りになったところ、弘徽殿の女御が里にいらっしゃる時でもあり、お会いなさって、少し悩みが晴れることとお思いになって、いつものように急いでお帰りにならない。
大将殿もお聞きになって、
「やはりそうであったか。まことせかっちでいらっしゃる性格だ。この大殿の方も、また、年輩者らしくゆったりと落ち着いているところが、何といってもなく、実に性急で派手でいらっしゃる方々だから、気にくわない、見るものか、聞くものかなどと、不都合なことをおっしゃり出すかも知れない」
と、驚きなさって、三条殿にお帰りになると、子供たちも、半ばは残っていらっしゃって、姫君たちと、それからとても幼い子は連れていらっしゃっていたのだが、見つけて喜んで纏わりつき、ある者は母上を恋い慕い申して、悲しんで泣いていらっしゃるのを、かわいそうにとお思いになる。
手紙を頻繁に差し上げて、お迎えに参上なさるが、お返事すらない。このように頑固で軽率な夫婦仲だと、嫌に思われなさるが、大殿が見たり聞いたりなさる手前もあるので、日が暮れてから、自分自身で参上なさった。

 7 Tale of Kumoi-no-kari Yugiri's wives [7-1 Kumoi-no-kari goes back to her parent's home]
 Kaku semete mo minare-gaho ni tukuri tamahu hodo, Samdeu-Dono,
 "Kagiri na'meri to, sa si mo ya ha to koso, katu ha tanomi ture, mame-bito no kokoro kaharu ha nagori naku nam to kiki si ha, makoto nari keri."
 to, yo wo kokoromi turu kokoti si te, "Ika sama ni si te kono namege sa wo mi zi." to obosi kere ba, Ohoi-dono he, kata-tagahe m tote, watari tamahi ni keru wo, Nyougo no sato ni ohasuru hodo nado ni, taimen si tamau te, sukosi mono omohi haruke dokoro ni obosa re te, rei no yau ni mo isogi watari tamaha zu.
 Daisyau-Dono mo kiki tamahi te,
 "Sare ba yo! Ito kihu ni monosi tamahu honzyau nari. Kono Otodo mo hata, otona-otonasiu nodome taru tokoro, sasuga ni naku, ito hikikiri ni hanayai tamahe ru hito-bito ni te, mezamasi, mizi, kika zi nado, higa-higasiki koto domo ide tamau tu beki."
 to, odoroka re tamau te, Samdeu-dono ni watari tamahe re ba, Kimi-tati mo, katahe ha tomari tamahe re ba, Hime-Gimi tati, sate ha ito wosanaki to wo zo wi te ohasi ni keru, mituke te yorokobi muture, aru ha Uhe wo kohi tatematuri te, urehe naki tamahu wo, kokoro-gurusi to obosu.
 Seusoko tabi-tabi kikoye te, mukahe ni tatemature tamahe do, ohom-kaheri dani nasi. Kaku katakunasiu karu-garusi no yo ya to, monosiu oboye tamahe do, Otodo no mi kiki tamaha m tokoro mo are ba, kurasi te, midukara mawiri tamahe ri.

 [7-2 夕霧、雲居雁の実家へ行く]
寝殿になむおはするとて、例の渡りたまふ方は、御達のみさぶらふ。若君たちぞ、乳母に添ひておはしける。
「今さらに若々しの御まじらひや。かかる人を、ここかしこに落しおきたまうて。など寝殿の御まじらひは。ふさはしからぬ御心の筋とは、年ごろ見知りたれど、さるべきにや、昔より心に離れがたう思ひきこえて、今はかく、くだくだしき人の数々あはれなるを、かたみに見捨つべきにやはと、頼みきこえける。はかなき一節に、かうはもてなしたまふべくや」
と、いみじうあはめ恨み申したまへば、
「何ごとも、今はと見飽きたまひにける身なれば、今はた、直るべきにもあらぬを、何かはとて。あやしき人々は、思し捨てずは、うれしうこそはあらめ」
と聞こえたまへり。
「なだらかの御いらへや。言ひもていけば、誰が名か惜しき1921」
とて、しひて渡りたまへともなくて、その夜はひとり臥したまへり。
「あやしう中空なるころかな」と思ひつつ、君たちを前に臥せたまひて、かしこにまた、いかに思し乱るらむさま、思ひやりきこえ、やすからぬ心尽くしなれば、「いかなる人、かうやうなることをかしうおぼゆらむ」など、物懲しぬべうおぼえたまふ。
明けぬれば、
「人の見聞かむも若々しきを、限りとのたまひ果てば、さて試みむ。かしこなる人々も、らうたげに恋ひきこゆめりしを、選り残したまへる、やうあらむとは見ながら、思ひ捨てがたきを、ともかくももてなしはべりなむ」
と、脅しきこえたまへば、すがすがしき御心にて、この君達をさへや、知らぬ所に率て渡したまはむ、と危ふし。姫君を、
「いざ、たまへかし1922。見たてまつりに、かく参り来ることもはしたなければ、常にも参り来じ。かしこにも人々のらうたきを、同じ所にてだに見たてまつらむ」
と聞こえたまふ。まだいといはけなく、をかしげにておはす、いとあはれと見たてまつりたまひて、
「母君の御教へにな叶ひたまうそ。いと心憂く、思ひとる方なき心あるは、いと悪しきわざなり」
と、言ひ知らせたてまつりたまふ。

 [7-2 夕霧、雲居雁の実家へ行く]
寝殿にいらっしゃると聞いて、いつもお帰りの時に使う部屋は、年配の女房たちだけが控えている。若君たちは、乳母と一緒にいらっしゃった。
「今になって若々しいお付き合いをなさることだ。このような子を、あちらやこちらにほって置きなさって。どうして寝殿でお話に熱中なさっているのですか。不似合いなご性格とは、長年見知っていたが、前世からの宿縁だろうか、昔から忘れられない人とお思い申し上げて、今ではこのように、手のかかった子供たちも大勢かわいくなっているのを、お互いに見捨ててよいものかと、お頼み申しているのです。ちょっとしたことで、こんなふうになさってよいものでしょうか」
と、ひどく非難しお恨み申し上げなさると、
「何もかも、もう飽き飽きしたと見限られてしまった身ですので、今さらまた、直るものでないのを、どうして直そうかと思いまして。見苦しい子供たちは、お忘れにならなければ、嬉しく思いましょう」
とお答え申し上げなさった。
「穏やかなお返事ですね。言い続けていったら、誰が悪く言われるでしょう」
と言って、無理にお帰りになりなさいとも言わずに、その夜は独りでお寝みになった。
「変に中途半端なこのごろだ」と思いながら、子供たちを前にお寝せになって、あちらではまた、どんなにお悩みになっていらっしゃるだろう様子を、ご想像申し上げ、気の安まらない心地なので、「どのような人が、このようなことを興味もつのだろう」などと、懲り懲りした感じがなさる。
夜が明けたので、
「誰が見聞きしても大人げないことですから、もう最後だとおっしゃるならば、そのようにしましょう。あちらにいる子供たちも、かわいらしそうに恋い慕い申しているようでしたが、選び残されたのには、何かわけがあるのかと思いながら、放っておくことができませんから、どうなりともいたしましょう」
と、脅し申し上げなさると、いかにもきっぱりしたご性格なので、この子供たちまで、知らない所へお連れなさるのだろうか、と心配になる。姫君を、
「さあ、いらっしゃい。お目にかかるために、このように参上するのも体裁が悪いので、いつも参上できません。あちらにも子供たちがかわいいので、せめて同じ所でお世話申そう」
と申し上げなさる。まだとても小さく、かわいらしくいらっしゃるのを、しみじみといとしいと拝見なさって、
「母君のお言葉にお従いになってはなりませんよ。とても情けなく、物事の分別がつかないのは、とても良くないことです」
と、お教え申し上げなさる。

 [7-2 Yugiri goes Kumoi-no-kari's parent's home]
 Sinden ni nam ohasuru tote, rei no watari tamahu kata ha, go-tati nomi saburahu. Waka-Gimi-tati zo, Menoto ni sohi te ohasi keru.
 "Ima sara ni waka-wakasi no ohom-mazirahi ya! Kakaru hito wo, koko kasiko ni otosi oki tamau te. Nado sinden no ohom-mazirahi ha. Husahasi kara nu mi-kokoro no sudi to ha, tosi-goro mi siri tare do, saru beki ni ya, mukasi yori kokoro ni hanare gatau omohi kikoye te, ima ha kaku, kuda-kudasiki hito no kazu-kazu ahare naru wo, katami ni mi-sutu beki ni ya ha to, tanomi kikoye keru. Hakanaki hito-husi ni, kau ha motenasi tamahu beku ya!"
 to, imiziu ahame urami mausi tamahe ba,
 "Nani-goto mo, ima ha to mi aki tamahi ni keru mi nare ba, ima hata, nahoru beki ni mo ara nu wo, nani ka ha tote. Ayasiki hito-bito ha, obosi sute zu ha, uresiu koso ha ara me."
 to kikoye tamahe ri.
 "Nadaraka no ohom-irahe ya! Ihi mote ike ba, ta ga na ka wosiki."
 tote, sihite watari tamahe to mo naku te, sono yo ha hitori husi tamahe ri.
 "Ayasiu naka-zora naru koro kana!" to omohi tutu, Kimi-tati wo mahe ni huse tamahi te, kasiko ni mata, ika ni obosi midaru ram sama, omohi-yari kikoye, yasukara nu kokoro-dukusi nare ba, "Ika naru hito, kau yau naru koto wokasiu oboyu ram." nado, mono-gori si nu beu oboye tamahu.
 Ake nure ba,
 "Hito no mi kika m mo waka-wakasiki wo, kagiri to notamahi hate ba, sate kokoromi m. Kasiko naru hito-bito mo, rautage ni kohi kikoyu meri si wo, eri nokosi tamahe ru, yau ara m to ha mi nagara, omohi sute gataki wo, to-mo kaku-mo motenasi haberi na m."
 to, odosi kikoye tamahe ba, suga-sugasiki mi-kokoro ni te, kono Kimi-tati wo sahe ya, sira nu tokoro ni wi te watasi tamaha m, to ayahusi. Hime-Gimi wo,
 "Iza, tamahe kasi. Mi tatematuri ni, kaku mawiri kuru koto mo hasitanakere ba, tune ni mo mawiri ko zi. Kasiko ni mo hito-bito no rautaki wo, onazi tokoro ni te dani mi tatematura m."
 to kikoye tamahu. Mada ito ihakenaku, wokasige ni te ohasu, ito ahare to mi tatematuri tamahi te,
 "Haha-Gimi no ohom-wosihe ni na kanahi tamau so. Ito kokoro-uku, omohi toru kata naki kokoro aru ha, ito asiki waza nari."
 to, ihi sira se tatematuri tamahu.

 [7-3 蔵人少将、落葉宮邸へ使者]
大臣、かかることを聞きたまひて、人笑はれなるやうに思し嘆く。
「しばしは、さても見たまはで。おのづから思ふところものせらるらむものを。女のかくひききりなるも、かへりては軽くおぼゆるわざなり。よし、かく言ひそめつとならば、何かは愚れて、ふとしも帰りたまふ。おのづから人のけしき心ばへは見えなむ」
とのたまはせて、この宮に、蔵人少将の君を御使にてたてまつりたまふ。
「契りあれや君を心にとどめおきて
あはれと思ふ恨めしと聞く
なほ、え思し放たじ」
とある御文を、少将持ておはして、ただ入りに入りたまふ。
南面の簀子に円座さし出でて、人々、もの聞こえにくし。宮は、ましてわびしと思す。
この君は、なかにいと容貌よく、めやすきさまにて、のどやかに見まはして、いにしへを思ひ出でたるけしきなり。
「参り馴れにたる心地して、うひうひしからぬに、さも御覧じ許さずやあらむ」
などばかりぞかすめたまふ。御返りいと聞こえにくくて、
「われはさらにえ書くまじ」
とのたまへば、
「御心ざしも隔て若々しきやうに。宣旨書き、はた聞こえさすべきにやは」
と、集りて聞こえさすれば、まづうち泣きて、
「故上おはせましかば、いかに心づきなし、と思しながらも、罪を隠いたまはまし」
と思ひ出でたまふに、涙のみつらきに先だつ心地して、書きやりたまはず。
「何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを1923
憂しとも思ひかなしとも聞く」
とのみ、思しけるままに、書きもとぢめたまはぬやうにて、おしつつみて出だしたまうつ。少将は、人々物語して、
「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地しはべるを、今よりはよすがある心地して、常に参るべし。内外なども許されぬべき、年ごろのしるし現はれはべる心地なむしはべる」
など、けしきばみおきて出でたまひぬ。

 [7-3 蔵人少将、落葉宮邸へ使者]
大殿は、このようなことをお聞きになって、物笑いになることとお嘆きになる。
「もう少しの間、そのまま様子を見ていらっしゃらないで。自然と反省するところも生じてこようものを。女がこのように性急であるのも、かえって軽く思われるものだ。仕方ない、このように言い出したからには、どうして間抜け顔をして、おめおめとお帰りになれよう。自然と相手の様子や考えが分かるだろう」
と仰せになって、この一条宮邸に、蔵人少将の君をお使いとして差し向けなさる。
「前世からの因縁があってか、あなたのことを
お気の毒にと思う一方で、恨めしい方だと聞いております
やはり、お忘れにはなれないでしょう」
とあるお手紙を、少将が持っていらっしゃって、ただずんずんとお入りになる。
南面の簀子に円座をさし出したが、女房たちは、応対申し上げにくい。宮は、それ以上に困ったことだとお思いになる。
この君は、兄弟の中でとても器量がよく、難のない態度で、ゆったりと見渡して、昔を思い出している様子である。
「参上し馴れた気がして、久しぶりの感じもしませんが、そのようにはお認めいただけないでしょうか」
などとだけそれとなくおっしゃる。お返事はとても申し上げにくくて、
「わたしはとても書くことできない」
とおっしゃるので、
「お気持ちも通じず子供っぽいように思われます。代筆のお返事は、差し上げるべきではありません」
と寄ってたかって申し上げるので、何より先涙がこぼれて、
「亡くなった母上が生きていらっしゃったら、どんなに気にくわない、とお思いになりながらも、罪を庇ってくれたであろうに」
とお思い出しなさると、涙ばかりが辛さに先走る気がして、お書きになれない。
「どういうわけで、世の中で人数にも入らないわたしのような身を
辛いとも思い愛しいともお聞きになるのでしょう」
とだけ、お心にうかんだままに、終わりまで書かなかったような書きぶりで、ざっと包んでお出しになった。少将は、女房と話して、
「時々お伺いしますのに、このような御簾の前では、頼りない気がいたしますが、今からは御縁のある気がして、常に参上しましょう。御簾の中にもお許しいただけそうな、長年の忠勤の結果が現れましたような気がいたします」
などと、思わせぶりな態度を見せてお帰りになった。

 [7-3 Yugiri orders Kurodo-syosyo to go to Ochiba-no-miya's residence]
 Otodo, kakaru koto wo kiki tamahi te, hito waraha re naru yau ni obosi nageku.
 "Sibasi ha, sate mo mi tamaha de. Onodukara omohu tokoro monose raru ram mono wo. Womna no kaku hikikiri naru mo, kaheri te ha karuku oboyuru waza nari. Yosi, kaku ihi some tu to nara ba, nani ka ha ore te, huto si mo kaheri tamahu. Onodukara hito no kesiki kokorobahe ha miye na m."
 to notamaha se te, kono Miya ni, Kuraudo-no-Seusyau no Kimi wo ohom-tukahi ni te tatematuri tamahu.
 "Tigiri are ya Kimi wo kokoro ni todome oki te
 ahare to omohu uramesi to kiku

 naho, e obosi hanata zi."
 to aru ohom-humi wo, Seusyau mote ohasi te, tada iri ni iri tamahu.
 Minami-omote no sunoko ni warahuda sasi-ide te, hito-bito, mono kikoye nikusi. Miya ha, masite wabisi to obosu.
 Kono Kimi ha, naka ni ito katati yoku, meyasuki sama ni te, nodoyak ni mi mahasi te, inisihe wo omohi-ide taru kesiki nari.
 "Mawiri nare ni taru kokoti si te, uhi-uhisikara nu ni, sa mo go-ran-zi yurusa zu ya ara m."
 nado bakari zo kasume tamahu. Ohom-kaheri ito kikoye nikuku te,
 "Ware ha sara ni e kaku mazi."
 to notamahe ba,
 "Mi-kokorozasi mo hedate waka-wakasiki yau ni. Senzi-gaki, hata kikoye sasu beki ni ya ha."
 to, atumari kikoye sasure ba, madu uti-naki te,
 "Ko-Uhe ohase masika ba, ika ni kokoroduki-nasi, to obosi nagara mo, tumi wo kakui tamaha masi."
 to omohi-ide tamahu ni, namida nomi turaki ni saki-datu kokoti si te, kaki-yari tamaha zu.
 "Nani yuwe ka yo ni kazu nara nu mi hitotu wo
 usi to mo omohi kanasi to mo kiku
"
 to nomi, obosi keru mama ni, kaki mo todime tamaha nu yau ni te, osi-tutumi te idasi tamau tu. Seusyau ha, hito-bito monogatari si te,
 "Toki-doki saburahu ni, kakaru mi-su no mahe ha, taduki naki kokoti si haberu wo, ima yori ha yosuga aru kokoti si te, tune ni mawiru basi. Nai-ge nado mo yurusa re nu beki, tosi-goro no sirusi arahare haberu kokoti nam si haberu."
 nado, kesikibami oki te ide tamahi nu.

 [7-4 藤典侍、雲居雁を慰める]
いとどしく心よからぬ御けしき、あくがれ惑ひたまふほど、大殿の君は、日ごろ経るままに、思し嘆くことしげし。典侍、かかることを聞くに、
「われを世とともに許さぬものにのたまふなるに、かくあなづりにくきことも出で来にけるを」
と思ひて、文などは時々たてまつれば、聞こえたり。
「数ならば身に知られまし世の憂さを
人のためにも濡らす袖かな」
なまけやけしとは見たまへど、もののあはれなるほどのつれづれに、「かれもいとただにはおぼえじ」と思す片心ぞ、つきにける。
「人の世の憂きをあはれと見しかども
身にかへむとは思はざりしを」
とのみあるを、思しけるままと、あはれに見る。
この、昔、御中絶えのほどには、この内侍のみこそ、人知れぬものに思ひとめたまへりしか、こと改めて後は、いとたまさかに、つれなくなりまさりたまうつつ、さすがに君達はあまたになりにけり。
この御腹には、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君とおはす。内侍は、大君、三の君、六の君、次郎君、四郎君とぞおはしける。すべて十二人が中に、かたほなるなく、いとをかしげに、とりどりに生ひ出でたまひける。
内侍腹の君達しもなむ、容貌をかしう、心ばせかどありて、皆すぐれたりける。三の君、次郎君は、東の御殿にぞ、取り分きてかしづきたてまつりたまふ。院も見馴れたまうて、いとらうたくしたまふ。
この御仲らひのこと、言ひやるかたなく、とぞ。

 [7-4 藤典侍、雲居雁を慰める]
ますますおもしろからぬご気分に、気もそぞろにうろうろなさっているうちに、大殿邸にいる女君は、何日も経るうちに、お悲しみ嘆くことしばしばである。藤典侍は、このようなことを聞くと、
「わたしを長年ずっと許さないとおっしゃっていたと聞いているが、このように馬鹿にできない相手が現れたこと」
と思って、手紙などは時々差し上げていたので、お見舞い申し上げた。
「わたしが人数にも入る女でしたら夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが
あなたのために涙で袖をぬらしております」
何となく出過ぎた手紙だとは御覧になったが、何となくしみじみと物思いに沈んでいる時の所在なさに、「あの人もとても平気ではいられまい」とお思いになる気にも、幾分おなりになった。
「他人の夫婦仲の辛さをかわいそうにと思って見てきたが
わが身のこととまでは思いませんでした」
とだけあるのを、お思いになったままだと、しみじみと見る。
あの、昔、二人のお仲が遠ざけられていた期間は、この典侍だけを、密かにお目をかけていらっしゃったのだが、事情が変わってから後は、とてもたまさかに、冷たくおなりになるばかりであったが、そうは言っても、子供たちは大勢になったのであった。
こちらがお生みになったのは、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君といらっしゃる。藤典侍は、大君、三の君、六の君、二郎君、四郎君といらっしゃった。全部で十二人の中で、出来の悪い子供はなく、とてもかわいらしく、それぞれに大きくおなりになっていた。
藤典侍のお生みになった子供は、特に器量がよく、才気が見えて、みな立派であった。三の君と、二郎君は、六条院の東の御殿で、特別に引き取ってお世話申していらっしゃる。院も日頃御覧になって、とてもかわいがっていらっしゃる。
このお二方の話は、いろいろとあって語り尽くせない、とのことである。

 [7-4 Tou-naishinosuke comforts Kumoi-no-kari]
 Itodosiku kokoro-yokara nu mi-kesiki, akugare madohi tamahu hodo, Ohoidono-no-Kimi ha, hi-goro huru mama ni, obosi nageku koto sigesi. Naisi-no-Suke, kakaru koto wo kiku ni,
 "Ware wo yo to tomo ni yurusa nu mono ni notamahu naru ni, kaku anaduri nikuki koto mo ide ki ni keru wo."
 to omohi te, humi nado ha toki-doki tatemature ba, kikoye tari.
 "Kazu nara ba mi ni sira re masi yo no usa wo
 hito no tame ni mo nura su sode kana
"
 Nama keyakesi to ha mi tamahe do, mono no ahare naru hodo no ture-dure ni, "Kare mo ito tada ni ha oboye zi." to obosu kata-gokoro zo, tuki ni keru.
 "Hito no yo no uki wo ahare to mi sika do mo
 mi ni kahe m to ha omoha zari si wo
"
 to nomi aru wo, obosi keru mama to, ahare ni miru.
 Kono, mukasi, ohom-naka-daye no hodo ni ha, kono Naisi nomi koso, hito sire nu mono ni omohi tome tamahe ri sika, koto aratame te noti ha, ito tamasaka ni, turenaku nari masari tamau tutu, sasuga ni Kim-dati ha amata ni nari ni keri.
 Kono ohom-hara ni ha, Tarau-Gimi, Saburau-Gimi, Gorau-Gimi, Rokurau-Gimi, Naka-no-Kimi, Si-no-Kimi, Go-no-Kimi to ohasu. Naisi ha, Ohoi-Kimi, Sam-no-Kimi, Roku-no-Kimi, Zirau-Gimi, Sirau-Gimi to zo ohasi keru. Subete zihuni-nin ga naka ni, kataho naru naku, ito wokasige ni, tori-dori ni ohi-ide tamahi keru.
 Naisi-bara no Kim-dati si mo nam, katati wokasiu, kokorobase kado ari te, mina sugure tari keru. Sam-no-Kimi, Zirau-Gimi ha, Himgasi-no-Otodo ni zo, toriwaki te kasiduki tatematuri tamahu. Win mo mi-nare tamau te, ito rautaku si tamahu.
 Kono ohom-nakarahi no koto, ihi-yaru kata naku, to zo.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

Japanese Text Initiative
Electronic Text Center | University of Virginia Library
PO Box 400148 | Charlottesville VA 22904-4148
434.243.8800 | fax: 434.924.1431
Etext Home | Library Home | Search the Library Web
Contact Us:UVA Library Feedback
Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
© 2025 The Rector and Visitors of the University of Virginia