源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 光る源氏の物語 紫の上追悼の春の物語

2 光る源氏の物語 紫の上追悼の夏の物語

3 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語

出典
校訂

1 光る源氏の物語 紫の上追悼の春の物語

2 光る源氏の物語 紫の上追悼の夏の物語

3 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語

1 Tale of Genji Mourning for Murasaki, in spring

2 Tale of Genji Mourning for Murasaki, in summer

3 Tale of Genji Mourning for Murasaki, from fall to the year-end

 1 光る源氏の物語 紫の上追悼の春の物語 [1-1 紫の上のいない春を迎える]
春の光を見たまふにつけても、いとどくれ惑ひたるやうにのみ、御心ひとつは、悲しさの改まるべくもあらぬに、外には、例のやうに人びと参りたまひなどすれど、御心地悩ましきさまにもてなしたまひて、御簾の内にのみおはします。兵部卿宮渡りたまへるにぞ、ただうちとけたる方にて対面したまはむとて、御消息聞こえたまふ。
「わが宿は花もてはやす人もなし
何にか春のたづね来つらむ」
宮、うち涙ぐみたまひて、
「香をとめて来つるかひなくおほかたの
花のたよりと言ひやなすべき」
紅梅の下に歩み出でたまへる御さまの、いとなつかしきにぞ、これより他に見はやすべき人なくや、と見たまへる。花はほのかに開けさしつつ、をかしきほどの匂ひなり。御遊びもなく、例に変りたること多かり。
女房なども、年ごろ経にけるは、墨染の色こまやかにて着つつ、悲しさも改めがたく、思ひさますべき世なく恋ひきこゆるに、絶えて、御方々にも渡りたまはず。紛れなく見たてまつるを慰めにて、馴れ仕うまつれる年ごろ、まめやかに御心とどめてなどはあらざりしかど、時々は見放たぬやうに思したりつる人びとも、なかなか、かかる寂しき御一人寝になりては、いとおほぞうにもてなしたまひて、夜の御宿直などにも、これかれとあまたを、御座のあたり引きさけつつ、さぶらはせたまふ。

 1 光る源氏の物語 紫の上追悼の春の物語 [1-1 紫の上のいない春を迎える]
春の光を御覧になるにつけても、ますます涙にくれ心も乱れるようにばかりで、お心ひとつは、悲しみが改まりようもないので、外には、例年のように人びとが年賀に参ったりするが、ご気分のすぐれないように振る舞いなさって、御簾の内にばかりいらっしゃる。兵部卿宮がお越しになったので、ほんの内々のお部屋でお会いなさろうとして、その旨お伝え申し上げなさる。
「わたしの家には花を喜ぶ人もいませんのに
どうして春が訪ねて来たのでしょう」
宮、ちょっと涙ぐみなさって、
「梅の香を求めて来たかいもなく
ありきたりの花見とおっしゃるのですか」
紅梅の下に歩いていらっしゃったご様子が、大変優しくお似合いなので、この方以外に賞美する人もいないのではないか、とお見えになる。花はわずかに咲きかけて、風情あるころの美しさである。管弦のお遊びもなく、いつもの年と違ったことが多かった。
女房なども、長年仕えて来た者は、墨染の色の濃いのを着て、悲しみも慰めがたく、いつまでも諦めきれずにお慕い申し上げるが、全然、ご夫人方にもお渡りにならない。それをいつも目の前に拝するのを慰めとして、親しくお仕えしていた今まで、本気でお心をかけてということはなかったけれど、時々は見放さないようにお思いになっていた女房たちも、かえって、このような寂しいお独り寝になってからは、ごくあっさりとお扱いになって、夜の御宿直などにも、この人あの人と大勢を、ご座所から引き離し引き離しして、伺候させなさる。

 1 Tale of Genji Mourning for Murasaki, in spring [1-1 Spring has come after Murasaki's passed away]
 Haru no hikari wo mi tamahu ni tuke te mo, itodo kure madohi taru yau ni nomi, mi-kokoro hitotu ha, kanasisa no aratamaru beku mo ara nu ni, to ni ha, rei no yau ni hito-bito mawiri tamahi nado sure do, mi-kokoti nayamasiki sama ni motenasi tamahi te, mi-su no uti ni nomi ohasimasu. Hyaubukyau-no-Miya watari tamahe ru ni zo, tada utitoke taru kata ni te taimen si tamaha m tote, ohom-seusoko kikoye tamahu.
 "Waga yado ha hana motehayasu hito mo nasi
 nani ni ka haru no tadune ki tura m
"
 Miya, uti-namida-gumi tamahi te,
 "Ka wo tome te ki turu kahi naku ohokata no
 hana no tayori to ihi ya nasu beki
"
 Koubai no sita ni ayumi ide tamahe ru ohom-sama no, ito natukasiki ni zo, kore yori hoka ni mi-hayasu beki hito naku ya, to mi tamahe ru. Hana ha honoka ni hirake sasi tutu, wokasiki hodo no nihohi nari. Ohom-asobi mo naku, rei ni kahari taru koto ohokari.
 Nyoubau nado mo, tosi-goro he ni keru ha, sumi-zome no iro komayaka ni te ki tutu, kanasisa mo aratame gataku, omohi samasu beki yo naku kohi kikoyuru ni, tayete, ohom-kata-gata ni mo watari tamaha zu. Magire naku mi tatematuru wo nagusame ni te, nare tukau-mature ru tosi-goro, mameyaka ni mi-kokoro todome te nado ha ara zari sika do, toki-doki ha mi-hanata nu yau ni obosi tari turu hito-bito mo, naka-naka, kakaru sabisiki ohom-hitori-ne ni nari te ha, ito ohozou ni motenasi tamahi te, yoru no ohom-tonowi nado ni mo, kore kare to amata wo, o-masi no atari hiki-sake tutu, saburaha se tamahu.

 [1-2 雪の朝帰りの思い出]
つれづれなるままに、いにしへの物語などしたまふ折々もあり。名残なき御聖心の深くなりゆくにつけても、さしもあり果つまじかりけることにつけつつ、中ごろ、もの恨めしう思したるけしきの、時々見えたまひしなどを思し出づるに、
「などて、戯れにても、またまめやかに心苦しきことにつけても、さやうなる心を見えたてまつりけむ。何ごともらうらうじくおはせし御心ばへなりしかば、人の深き心もいとよう見知りたまひながら、怨じ果てたまふことはなかりしかど、一わたりづつは、いかならむとすらむ」
と思したりしを、すこしにても心を乱りたまひけむことの、いとほしう悔しうおぼえたまふさま、胸よりもあまる心地したまふ。その折のことの心を知り、今も近う仕うまつる人びとは、ほのぼの聞こえ出づるもあり。
入道の宮の渡りはじめたまへりしほど、その1940折はしも、色にはさらに出だしたまはざりしかど、ことにふれつつ、あぢきなのわざやと、思ひたまへりしけしきのあはれなりし中にも、雪降りたりし暁に立ちやすらひて、わが身も冷え入るやうにおぼえて、空のけしき激しかりしに、いとなつかしうおいらかなるものから、袖のいたう泣き濡らしたまへりけるをひき隠し1941、せめて紛らはしたまへりしほどの用意などを、夜もすがら、「夢にても、またはいかならむ世にか」と、思し続けらる。
曙にしも、曹司に下るる女房なるべし、
「いみじうも積もりにける雪かな」
と言ふ声を聞きつけたまへる、ただその折の心地するに、御かたはらの寂しきも、いふかたなく悲し。
「憂き世には雪消えなむと思ひつつ
思ひの外になほぞほどふる」

 [1-2 雪の朝帰りの思い出]
所在ないままに、昔の思い出話などをなさる時々もある。昔の好色心の名残もなく仏道一途のお心が深くなってゆくにつけても、長続きしそうもなかった恋愛事につけても、ひと頃、何やら恨めしそうであった様子が、時々お見えになったことなどをお思い出しになると、
「どうして、一時の戯れであるにせよ、また真実おいたわしかったことにつけても、あのような心をお見せ申したのだろう。どのようなことにもよく練られたお方であったので、自分の心底もとてもよくご存知でありながら、心底お恨みになることはなかったが、それぞれ一通りは、どのようになるのだろう」
とご心配なさっていたのを、わずかであってもお心をお乱しなさったことが、おいたわしく悔やまれなさる様子は、胸一つに収めきれないような気がなさる。その当時の事情を知っていて、今でもお側近くに仕えている女房たちは、ぽつりぽつりと口に出して申す者もいる。
入道の宮がご降嫁なさった当初、その当座は、顔色にも全然お出しにならなかったが、何かにつけて、情けないことよと、思っていらっしゃった様子がお気の毒であった中でも、雪が降った早朝に室外にたたずんで、自分の身も冷えきったように思われて、空模様がすごかった時に、とてもやさしくおっとりとしていらっしゃる一方で、袖がたいそう泣き濡れていらっしゃったのを引き隠し、無理して紛らわしていらっしゃった時のたしなみの深さなどを、一晩中、「夢であっても、もう一度いつになたら会えるだろうか」と、自然とお思い続けられる。
夜明けに、折も折、曹司に下りる女房であろう、
「ひどく積もった雪ですこと」
と言う声をお聞きつけになって、ちょうどその時の気がするが、側にいらっしゃらない寂しさも、言いようもなく悲しい。
「つらいこの世からは姿を消してしまいたいと思いながらも
心外にもまだ月日を送っていることだ」

 [1-2 Genji remembers a smow early morning]
 Ture-dure naru mama ni, inisihe no monogatari nado si tamahu wori-wori mo ari. Nagori naki ohom-hiziri-gokoro no hukaku nari-yuku ni tuke te mo, sa si mo ari hatu mazikari keru koto ni tuke tutu, naka-goro, mono-uramesiu obosi taru kesiki no, toki-doki miye tamahi si nado wo obosi iduru ni,
 "Nado te, tahabure ni te mo, mata mameyaka ni kokoro-gurusiki koto ni tuke te mo, sayau naru kokoro wo miye tatematuri kem? Nani-goto mo rau-rauziku ohase si mi-kokorobahe nari sika ba, hito no hukaki kokoro mo ito you mi-siri tamahi nagara, wen-zi hate tamahu koto ha nakari sika do, hito-watari dutu ha, ika nara m to su ram?"
 to obosi tari si wo, sukosi ni te mo kokoro wo midari tamahi kem koto no, itohosiu kuyasiu oboye tamahu sama, mune yori mo amaru kokoti si tamahu. Sono wori no koto no kokoro wo siri, ima mo tikau tukau-maturu hito-bito ha, hono-bono kikoye iduru mo ari.
 Nihudau-no-Miya no watari hazime tamahe ri si hodo, sono wori ha si mo, iro ni ha sarani idasi tamaha zari sika do, koto ni hure tutu, adikina no waza ya to, omohi tamahe ri si kesiki no ahare nari si naka ni mo, yuki huri tari si akatuki ni tati yasurahi te, waga mi mo hiye iru yau ni oboye te, sora no kesiki hagesikari si ni, ito natukasiu oyiraka naru mono-kara, sode no itau naki-nurasi tamahe ri keru wo hiki-kakusi, semete magirahasi tamahe ri si hodo no youi nado wo, yomosugara, "Yume ni te mo, mata ha ika nara m yo ni ka?" to, obosi tuduke raru.
 Akebono ni si mo, zausi ni oruru nyoubau naru besi,
 "Imiziu mo tumori ni keru yuki kana!"
 to ihu kowe wo kiki tuke tamahe ru, tada sono wori no kokoti suru ni, ohom-katahara no sabisiki mo, ihu kata naku kanasi.
 "Uki yo ni ha yuki kiye nam to omohi tutu
 omohi no hoka ni naho zo hodo huru
"

 [1-3 中納言の君らを相手に述懐]
例の、紛らはしには、御手水召して行ひしたまふ。埋みたる火起こし出でて、御火桶参らす。中納言の君、中将の君など、御前近くて御物語聞こゆ。
「一人寝常よりも寂しかりつる夜のさまかな。かくてもいとよく思ひ澄ましつべかりける世を、はかなくもかかづらひけるかな」
と、うちながめたまふ。「我さへうち捨てては、この人びとの、いとど嘆きわびむことの、あはれにいとほしかるべき」など、見わたしたまふ。忍びやかにうち行ひつつ、経など読みたまへる御声を、よろしう思はむことにてだに涙とまるまじきを、まして、袖のしがらみせきあへぬ1942まであはれに、明け暮れ見たてまつる人びとの心地、尽きせず思ひきこゆ。
「この世につけては、飽かず思ふべきこと、をさをさあるまじう、高き身には生まれながら、また人よりことに、口惜しき契りにもありけるかな、と思ふこと絶えず。世のはかなく憂きを知らすべく、仏などのおきてたまへる身なるべし。それをしひて知らぬ顔にながらふれば、かく今はの夕べ近き末に、いみじきことのとぢめを見つるに、宿世のほども、みづからの心の際も、残りなく見果てて、心やすきに、今なむ露のほだしなくなりにたるを、これかれ、かくて、ありしよりけに目馴らす人びとの、今はとて行き別れむほどこそ、今一際の心乱れぬべけれ。いとはかなしかし。悪ろかりける心のほどかな」
とて、御目おしのごひ隠したまふに、紛れず、やがてこぼるる御涙を、見たてまつる人びと、ましてせきとめむかたなし。さて、うち捨てられたてまつりなむがうれはしさを、おのおのうち出でまほしけれど、さもえ聞こえず、むせかへりてやみぬ。
かくのみ嘆き明かしたまへる曙、ながめ暮らしたまへる夕暮などの、しめやかなる折々は、かのおしなべてには思したらざりし人びとを、御前近くて、かやうの御物語などをしたまふ。
中将の君とてさぶらふは、まだ小さくより見たまひ馴れにしを、いと忍びつつ見たまひ過ぐさずやありけむ、いとかたはらいたきことに思ひて、馴れきこえざりけるを、かく亡せたまひて後は、その方にはあらず、人よりもらうたきものに心とどめたまへりし方ざまにも、かの御形見の筋につけてぞ、あはれに思ほしける。心ばせ容貌などもめやすくて、うなゐ松におぼえたるけはひ、ただならましよりは、らうらうじと思ほす。

 [1-3 中納言の君らを相手に述懐]
いつもの、気の紛らわしには、御手水をお使いになって勤行をなさる。埋もれている炭火をかき起こして、御火桶を差し上げる。中納言の君、中将の君などは、御前近くでお話申し上げる。
「独り寝がいつもより寂しかった夜であったよ。このように独り住みでも殊勝に過ごせた世なのに、つまらなく俗世にかかわって来たことよ」
と、物思いに沈みこみなさる。「自分までが出家したら、この女房たちが、ますます嘆き悲しむだろうことが、いじらしくかわいそうだろう」などと思って、見渡しなさる。ひっそりと勤行をしながら、経などを読んでいらっしゃるお声を、並一通り聞く時でさえ涙がとまらないのに、まして今は、袖のしがらみも止めかねるほど悲しくて、朝晩拝し上げる女房たちの気持ちは、限りなく悲しくお思い申し上げる。
「現世の果報という点では、物足りなく思うことは、全然なく、高い身分には生まれたが、また誰よりも格別に、残念な運命であったなあ、と思うことがしょっちゅうだ。世の中のはかなくつらさを悟らせるべく、仏などがそういう運命をお授けになった身の上なのだろう。それを無理して知らない顔をして生き永らえて来たので、このように人生の終焉近くに、大変な悲しみの極みにあったのだから、宿世のつたなさも、自分の限界もすっかり残らず見届けてしまった、その安心感から、今は全然心残りもなくなったが、あの人この人、こうして、以前から親しくなった女房たちが、今を限りに別れ別れになってしまうことが、もう一段と心が乱れるに違いないだろう。まことにはかないことだ。諦めの悪い心だな」
と言って、お涙を拭い隠しなさるが、ごまかしきれず、そのままこぼれるお涙を、拝する女房たちは、それ以上に止めようもない。そうして、お見捨てられ申すだろうことのつらさを、それぞれ口に出したく思うが、そのように申すことはできず、涙に咽んでしまった。
こうしてばかり嘆き明かしていらっしゃる早朝、物思いに沈んで暮らしていらっしゃる夕暮などの、ひっそりとした折々には、あの並々にはお思いでなかった女房たちを、お側近くにお召しになって、あのような話などをなさる。
中将の君といって伺候する女房は、まだ小さい時からお側近くに置いていらっしゃったのだが、ごく人目に隠れては何度かお見過ごしになれなかったことがあったのであろうか、まことに心苦しいことに思って、親しみ申し上げなかったのに、このようにお亡くなりになってから後は、色めいた相手としてではなく、他の女房よりもかわいい女房だと心をかけていらっしゃった人としても、あの方の形見の人として、しみじみとお思いになっていらっしゃった。気立てや器量なども難がなくて、うない松に思える感じが、何でもなかっただろうよりは、気が利いているとお思いになる。

 [1-3 Genji talks his life to Chunagon-no-kimi and others]
 Rei no, magirahasi ni ha, mi-teudu mesi te okonahi si tamahu. Udumi taru hi okosi ide te, ohom-hioke mawira su. Tiunagon-no-Kimi, Tiuzyau-no-Kimi nado, o-mahe tikaku te ohom-monogatari kikoyu.
 "Hitori-ne tune yori mo sabisikari turu yoru no sama kana! Kakute mo ito yoku omohi sumasi tu bekari keru yo wo, hakanaku mo kakadurahi keru kana!"
 to, uti-nagame tamahu. "Ware sahe uti-sute te ha, kono hito-bito no, itodo nageki wabi m koto no, ahare ni itohosikaru beki." nado, mi-watasi tamahu. Sinobiyaka ni uti-okonahi tutu, kyau nado yomi tamahe ru ohom-kowe wo, yorosiu omoha m koto ni te dani namida tomaru maziki wo, masite, sode no sigarami seki ahe nu made ahare ni, ake-kure mi tatematuru hito-bito no kokoti, tuki se zu omohi kikoyu.
 "Konoyo ni tuke te ha, aka zu omohu beki koto, wosa-wosa aru maziu, takaki mi ni ha umare nagara, mata hito yori koto ni, kutiwosiki tigiri ni mo ari keru kana, to omohu koto taye zu. Yo no hakanaku uki wo sirasu beku, Hotoke nado no oki te tamahe ru mi naru besi. Sore wo sihite sira-nu-kaho ni nagarahure ba, kaku imaha no yuhube tikaki suwe ni, imiziki koto no todime wo mi turu ni, sukuse no hodo mo, midukara no kokoro no kiha mo, nokori naku mi hate te, kokoro-yasuki ni, ima nam tuyu no hodasi nakunari ni taru wo, kore kare, kaku te, ari-si yori keni me narasu hito-bito no, ima ha tote yuki-wakare m hodo koso, ima hito-kiha no kokoro midare nu bekere. Ito hakanasi kasi. Warokari keru kokoro no hodo kana!"
 tote, ohom-me osi-nogohi kakusi tamahu ni, magire zu, yagate koboruru ohom-namida wo, mi tatematuru hito-bito, masite seki tome m kata nasi. Sate, uti-sute rare tatematuri na m ga urehasisa wo, ono-ono uti-ide mahosikere do, sa mo e kikoye zu, muse-kaheri te yami nu.
 Kaku nomi nageki akasi tamahe ru akebono, nagame kurasi tamahe ru yuhugure nado no, simeyaka naru wori-wori ha, kano osinabete ni ha obosi tara zari si hito-bito wo, o-mahe tikaku te, kayau no ohom-monogatari nado wo si tamahu.
 Tiuzyau-no-Kimi tote saburahu ha, mada tihisaku yori mi tamahi nare ni si wo, ito sinobi tutu mi tamahi sugusa zu ya ari kem, ito katahara-itaki koto ni omohi te, nare kikoye zari keru wo, kaku use tamahi te noti ha, sono kata ni ha ara zu, hito yori mo rautaki mono ni kokoro todome tamahe ri si kata-zama ni mo, kano ohom-katami no sudi ni tuke te zo, ahare ni omohosi keru. Kokorobase katati nado mo meyasuku te, unawi-matu ni oboye taru kehahi, tada nara masi yori ha, rau-rauzi to omohosu.

 [1-4 源氏、面会謝絶して独居]
疎き人にはさらに見えたまはず。上達部なども、むつましき御兄弟の宮たちなど、常に参りたまへれど、対面したまふことをさをさなし。
「人に向かはむほどばかりは、さかしく思ひしづめ、心収めむと思ふとも、月ごろにほけにたらむ身のありさま、かたくなしきひがことまじりて、末の世の人にもて悩まれむ、後の名さへうたてあるべし。思ひほれてなむ人にも見えざむなる、と言はれむも、同じことなれど、なほ音に聞きて思ひやることのかたはなるよりも、見苦しきことの目に見るは、こよなく際まさりてをこなり」
と思せば、大将の君などにだに、御簾隔ててぞ対面したまひける。かく、心変りしたまへるやうに、人の言ひ伝ふべきころほひをだに思ひのどめてこそはと、念じ過ぐしたまひつつ、憂き世をも背きやりたまはず。御方々にまれにもうちほのめきたまふにつけては、まづいとせきがたき涙の雨のみ降り1943まされば、いとわりなくて、いづ方にもおぼつかなきさまにて過ぐしたまふ。
后の宮は、内裏に参らせたまひて、三の宮をぞ、さうざうしき御慰めには、おはしまさせたまひける。
「婆ののたまひしかば」
とて、対の御前の紅梅は、いと取り分きて後見ありきたまふを、いとあはれと見たてまつりたまふ。
如月になれば、花の木どもの盛りなるも、まだしきも、梢をかしう霞みわたれるに、かの御形見の紅梅に、鴬のはなやかに鳴き出でたれば、立ち出でて御覧ず。
「植ゑて見し花のあるじもなき宿に
知らず顔にて来ゐる鴬」
と、うそぶき歩かせたまふ。

 [1-4 源氏、面会謝絶して独居]
疎遠な人の前にはまったくお見えにならない。上達部なども、親しいご兄弟の宮たちなど、いつも参上なさったが、お会いなさることはめったにない。
「人に会う時だけは、しっかりと落ち着いて冷静にいようと思っても、幾月も茫然としている身の有様、愚かな間違い事があったりして、晩年が他人から迷惑がられるのでは、死後の評判までが嫌なことであろう。惚けて人前に出ないらしい、と言われるようなことも、同じことだが、やはり噂を聞いて想像することの不十分さよりも、見苦しいことが目に入るのは、この上なく格段にばからしいことだ」
とお思いになると、大将の君などに対してでさえ、御簾を隔ててお会いになるのであった。このように、人柄が変わりなさったようだと、人が噂するにちがいない時期だけでもじっと心を静めていなければと、我慢して過ごしていらっしゃる一方で、憂き世をお捨てになりきれない。ご夫人方にまれにちょっとお顔出しなさるにつけても、まっさきに止めどなく涙ばかりが一層こぼれるので、まことに具合が悪くて、どの方にも御無沙汰がちにお過ごしになる。
后の宮は、内裏にお帰りあそばして、三の宮を、寂しさのお慰めとしてお置きあそばしていらっしゃるのであった。
「お祖母様がおっしゃったから」
と言って、対の前の紅梅は、特別大事にお世話なさっているのも、とてもしみじみと拝見なさる。
二月になると、梅の木々が花盛りになったのも、まだ蕾なのも、梢が美しく一面に霞んでいるところに、あの御形見の紅梅に、鴬が陽気に鳴き出したので、立ち出て御覧になる。
「植えて眺めた花の主人もいない宿に
知らない顔をして来て鳴いている鴬よ」
と、口ずさみながらお歩きなさる。

 [1-4 Genji lives a single life declining to see visitors]
 Utoki hito ni ha sarani miye tamaha zu. Kamdatime nado mo, mutumasiki ohom-harakara no Miya-tati nado tune ni mawiri tamahe re do, taimen si tamahu koto wosa-wosa nasi.
 "Hito ni mukaha m hodo bakari ha, sakasiku omohi sidume, kokoro wosame m to omohu to mo, tuki-goro ni hoke ni tara m mi no arisama, katakunasiki higa-koto maziri te, suwe no yo no hito ni mote-nayama re m, noti no na sahe utate aru besi. Omohi hore te nam hito ni mo miye zam naru, to iha re m mo, onazi koto nare do, naho oto ni kiki te omohi yaru koto no kataha naru yori mo, migurusiki koto no me ni miru ha, koyonaku kiha masari te woko nari."
 to obose ba, Daisyau-no-Kimi nado ni dani, mi-su hedate te zo taimen si tamahi keru. Kaku, kokoro-gahari si tamahe ru yau ni, hito no ihi-tutahu beki korohohi wo dani omohi nodome te koso ha to, nen-zi sugusi tamahi tutu, uki-yo wo mo somuki yari tamaha zu. Ohom-kata-gata ni mare ni mo uti-honomeki tamahu ni tuke te ha, madu ito seki gataki namida no ame nomi huri masare ba, ito warinaku te, idu-kata ni mo obotukanaki sama ni te sugusi tamahu.
 Kisai-no-Miya ha, Uti ni mawira se tamahi te, Sam-no-Miya wo zo, sau-zausiki ohom-nagusame ni ha, ohasimasa se tamahi keru.
 "Baba no notamahi sika ba."
 tote, Tai no o-mahe no koubai ha, ito tori-waki te usiromi ariki tamahu wo, ito ahare to mi tatematuri tamahu.
 Kisaragi ni nare ba, hana no ki-domo no sakari naru mo, madasiki mo, kozuwe wokasiu kasumi watare ru ni, kano ohom-katami no koubai ni, uguhisu no hanayaka ni naki-ide tare ba, tati-ide te go-ran-zu.
 "Uwe te mi si hana no aruzi mo naki yado ni
 sira-zu-gaho ni te ki wiru uguhisu
"
 to, usobuki arika se tamahu.

 [1-5 春深まりゆく寂しさ]
春深くなくゆくままに、御前のありさま、いにしへに変らぬを、めでたまふ方にはあらねど、静心なく1944、何ごとにつけても胸いたう思さるれば、おほかたこの世の外のやうに、鳥の音も聞こえざらむ山1945の末ゆかしうのみ、いとどなりまさりたまふ。
山吹などの、心地よげに咲き乱れたるも、うちつけに露けくのみ見なされたまふ。他の花は、一重散りて、八重咲く花桜盛り過ぎて、樺桜は開け、藤は後れて色づきなどこそはすめるを、その遅く疾き花の心をよく分きて、いろいろを尽くし植ゑおきたまひしかば、時を忘れず匂ひ満ちたるに、若宮、
「まろが桜は咲きにけり。いかで久しく散らさじ。木のめぐりに帳を立てて、帷子1946を上げずは、風もえ吹き寄らじ」
と、かしこう思ひ得たり、と思ひてのたまふ顔のいとうつくしきにも、うち笑まれたまひぬ。
「覆ふばかりの袖1947求めけむ人よりは、いとかしこう思し寄りたまへりしかし」など、この宮ばかりをぞもてあそびに見たてまつりたまふ。
「君に馴れきこえむことも残り少なしや。命といふもの、今しばしかかづらふべくとも、対面はえあらじかし」
とて、例の、涙ぐみたまへれば、いとものしと思して、
「婆ののたまひしことを、まがまがしうのたまふ」
とて、伏目になりて、御衣の袖を引きまさぐりなどしつつ、紛らはしおはす。
隅の間の高欄におしかかりて、御前の庭をも、御簾の内をも、見わたして眺めたまふ。女房なども、かの御形見の色変へぬもあり、例の色あひなるも、綾などはなやかにはあらず。みづからの御直衣も、色は世の常なれど、ことさらやつして、無紋をたてまつれり。御しつらひなども、いとおろそかにことそぎて、寂しく心細げにしめやかなれば、
「今はとて荒らしや果てむ亡き人の
心とどめし春の垣根を」
人やりならず悲しう思さるる。

 [1-5 春深まりゆく寂しさ]
春が深くなって行くにつれて、御前の様子は、昔と変わらないのを、花を賞美なさるのではないが、心は落ち着かず、何事につけても胸が痛く思わずにはいらっしゃれないので、だいたいこの世を離れたように、鳥の声も聞こえない山奥ばかりが、ますます恋しくなって行かれる。
山吹などが、気持ちよさそうに咲き乱れているのも、思わず涙の露に濡れているかとばかり見えておしまいになる。他の花は、一重が散って、八重に咲く桜花が盛りを過ぎて、樺桜は開いて、藤は後れて色づいたりするらしいのを、その遅咲き早咲きの花の性質をよく理解して、いろいろと植えてお置きになったので、花の時期を忘れず匂い満ちているので、若宮は、
「わたしの桜は咲いた。何とかいつまでも散らすまい。木の回りに帳を立てて、帷子を上げなかったら、風も近寄って来まい」
と、よいことを考えた、と思っておっしゃる顔がとてもかわいらしいので、ふとほほ笑まれなさった。
「大空を覆うほどの袖を求めた人よりは、とてもよいことをお思いつきになった」などと、この宮だけをお遊び相手とお思い申してしていらっしゃる。
「あなたとお親しみ申していられるのも残り少なくなりましたよ。寿命というものは、もう暫くこの世に留まっていても、お会いすることはあるまい」
とおっしゃって、いつものように、涙ぐみなさると、とても嫌だとお思いになって、
「お祖母様がおっしゃったことを、縁起でもなくおっしゃいます」
と言って、伏目になって、お召し物の袖をもてあそびなどしながら、紛らしていらっしゃる。
隅の間の高欄に寄りかかって、御前の庭を、また御簾の中をも、見渡して物思いに沈んでいらっしゃる。女房なども、あの御形見の喪服の色を変えない者もおり、通常の色合いの者も、綾などは派手なのではない。ご自身のお直衣も、色は普通の物であるが、特別に質素にして、無紋をお召しになっていた。お部屋飾りなどもたいそう簡略に省いて、寂しく何となく頼りなさそうにひっそりとしているので、
「いよいよ出家するとなるとすっかり荒れ果ててしまうのだろうか
亡き人が心をこめて作った春の庭も」
自分ながら悲しく思われなさる。

 [1-5 Genji's grief has become deeper along by spring deeper]
 Haru hukaku nari yuku mama ni, o-mahe no arisama, inisihe ni kahara nu wo, mede tamahu kata ni ha ara ne do, sidu-kokoro naku, nani-goto ni tuke te mo mune itau obosa rure ba, ohokata konoyo no hoka no yau ni, tori no ne mo kikoye zara m yama no suwe yukasiu nomi, itodo nari masari tamahu.
 Yamabuki nado no, kokoti-yoge ni saki midare taru mo, uti-tuke ni tuyu-keku nomi mi-nasa re tamahu. Hoka no hana ha, hito-he tiri te, ya-he saku hana-zakura sakari sugi te, kaba-zakura ha hirake, hudi ha okure te iro-duki nado koso ha su meru wo, sono osoku toki hana no kokoro wo yoku waki te, iro-iro wo tukusi uwe oki tamahi sika ba, toki wo wasure zu nihohi miti taru ni, Waka-Miya,
 "Maro ga sakura ha saki ni keri. Ikade hisasiku tirasa zi. Ki no meguri ni tobari wo tate te, katabira wo age zu ha, kaze mo e huki yora zi."
 to, ito kasikou omohi e tari, to omohi te notamahu kaho no ito utukusiki ni mo, uti-wema re tamahi nu.
 "Ohohu bakari no sode motome kem hito yori ha, ito kasikou obosi yori tamahe ri si kasi." nado, kono Miya bakari wo zo mote-asobi ni mi tatematuri tamahu.
 "Kimi ni nare kikoye m koto mo nokori sukunasi ya! Inoti to ihu mono, ima sibasi kakadurahu beku to mo, taimen ha e ara zi kasi."
 tote, rei no, namida-gumi tamahe re ba, ito monosi to obosi te,
 "Baba no notamahi si koto wo, maga-magasiu notamahu."
 tote, husime ni nari te, ohom-zo no sode wo hiki-masaguri nado si tutu, magirahasi ohasu.
 Sumi no ma no kauran ni osi-kakari te, o-mahe no niha wo mo, mi-su no uti wo mo, mi-watasi te nagame tamahu. Nyoubau nado mo, kano ohom-katami no iro kahe nu mo ari, rei no iro-ahi naru mo, aya nado hanayaka ni ha ara zu. Midukara no ohom-nahosi mo, iro ha yo no tune nare do, kotosara yatusi te, mu-mon wo tatemature ri. Ohom-siturahi nado mo, ito orosoka ni koto-sogi te, sabisiku kokoro-bosoge ni simeyaka nare ba,
 "Ima ha tote arasi ya hate m naki hito no
 kokoro todome si haru no kakine wo
"
 Hito-yari nara zu kanasiu obosa ruru.

 [1-6 女三の宮の方に出かける]
いとつれづれなれば、入道の宮の御方に渡りたまふに、若宮も人に抱かれておはしまして、こなたの若君と走り遊び、花惜しみたまふ心ばへども深からず、いといはけなし。
宮は、仏の御前にて、経をぞ読みたまひける。何ばかり深う思しとれる御道心にもあらざりしかども、この世に恨めしく御心乱るることもおはせず、のどやかなるままに、紛れなく行ひたまひて、一方に思ひ離れたまへるも、いとうらやましく、「かくあさへ1948たまへる女の御心ざしにだに後れぬること」と口惜しう思さる。
閼伽の花の、夕映えしていとおもしろく見ゆれば、
「春に心寄せたりし人なくて、花の色もすさまじくのみ見なさるるを、仏の御飾りにてこそ見るべかりけれ」とのたまひて、「対の前の山吹こそ、なほ世に見えぬ花のさまなれ。房の大きさなどよ。品高くなどはおきてざりける花にやあらむ、はなやかににぎははしき方は、いとおもしろきものになむありける。植ゑし人なき春とも知らず顔にて、常よりも匂ひかさねたるこそ、あはれにはべれ」
とのたまふ。御いらへに、
「谷には春も1949」
と、何心もなく聞こえたまふを、「ことしもこそあれ、心憂くも」と思さるるにつけても、「まづ、かやうのはかなきことにつけては、そのことのさらでもありなむかし、と思ふに、違ふふしなくてもやみにしかな」と、いはけなかりしほどよりの御ありさまを、「いで、何ごとぞやありし」と思し出づるには、まづ、その折かの折、かどかどしうらうらうじう、匂ひ多かりし心ざま、もてなし、言の葉のみ思ひ続けられたまふに、例の涙もろさは、ふとこぼれ出でぬるもいと苦し。

 [1-6 女三の宮の方に出かける]
とても所在ないので、入道の宮のお部屋にお越しになると、若宮も女房に抱かれておいでになっていて、こちらの若君と走り回って遊び、花を惜しみなさるお気持ちは深くなく、とても幼い。
宮は、仏の御前で、お経を読んでいらっしゃるのであった。何ほども深くお悟りになった御道心ではなかったが、この現世に対して恨みに思ってお気持ちの乱れることはおありでなく、のんびりとしたお暮らしのまま、気を散らさずに勤行なさって、仏道一筋にこの世を思い離れていらっしゃるのも、まことに羨ましく、「このような思慮深くない女の御志にさえ後れを取ったこと」と残念に思われなさる。
閼伽の花が、夕日に映えてとても美しく見えるので、
「春に心を寄せた人もいなくなって、花の色も殺風景なばかりに見られるが、仏のお飾りとして見るべきであった」とおっしゃって、「対の前の山吹は、やはりめったに見られない花の様子ですね。房の大きいことですね。上品に咲こうなどとは考えていない花なのでしょうか、はなやかでにぎやかな面では、とても美しい花です。植えた人のいない春とも知らないで、いつもの年より美しさを増しているのには、しみじみとした思いがしますね」
とおっしゃる。お返事に、
「谷には春も無縁です」
と、何気なく申し上げなさるのを、「他に言いようもあろうに、不愉快な」とお思いなさるにつけても、「まずは、このようなちょっとしたことにおいては、これこれのことではそうではなくあってほしい、と思うことに、反したことはついぞなかったな」と、幼かった時からのご様子を、「いったい、何の不足があったろうか」とお思い出しになると、まず、あの時この時の、才気があり行き届いていて、奥ゆかしく情味豊かな人柄、態度、言葉づかいばかりが自然と思い出されなさると、いつもの涙もろさのこととて、ついこぼれ出すのもとてもつらい。

 [1-6 Genji visits to Omna-sam-no-miya's room]
 Ito ture-dure nare ba, Nihudau-no-Miya no ohom-kata ni watari tamahu ni, Waka-Miya mo hito ni idaka re te ohasimasi te, kanata no Waka-Gimi to hasiri asobi, hana wosimi tamahu kokorobahe-domo hukakara zu, ito ihakenasi.
 Miya ha, Hotoke no o-mahe ni te, kyau wo zo yomi tamahi keru. Nani bakari hukau obosi tore ru ohom-dausin ni mo ara zari sika do mo, konoyo ni uramesiku mi-kokoro midaruru koto mo ohase zu, nodoyaka naru mama ni, magire naku okonahi tamahi te, hito-kata ni omohi hanare tamahe ru mo, ito urayamasiku, "Kaku asahe tamahe ru womna no mi-kokorozasi ni dani okure nuru koto." to kutiwosiu obosa ru.
 Aka no hana no, yuhubahe si te ito omosiroku miyure ba,
 "Haru ni kokoro yose tari si hito naku te, hana no iro mo susamaziku nomi mi nasa ruru wo, Hotoke no ohom-kazari ni te koso miru bekari kere." to notamahi te, "Tai no mahe no yamabuki koso, naho yo ni miye nu hana no sama nare. Husa no ohokisa nado yo! Sina takaku nado ha okite zari keru hana ni ya ara m, hanayaka ni nigihahasiki kata ha, ito omosiroki mono ni nam ari keru. Uwe si hito naki haru to mo sira-zu-gaho ni te, tune yori mo nihohi kasane taru koso, ahare ni habere."
 to notamahu. Ohom-irahe ni,
 "Tani ni ha haru mo."
 to, nani-gokoro mo naku kikoye tamahu wo, "Koto si mo koso are, kokoro-uku mo." to obosa ruru ni tuke te mo, "Madu, kayau no hakanaki koto ni tuke te ha, sono koto no sara de mo ari na m kasi, to omohu ni, tagahu husi naku te mo yami ni si kana!" to, ihakenakari si hodo yori no mi-arisama wo, "Ide, nani-goto zo ya ari si?" to obosi-iduru ni ha, madu, sono wori kano wori, kado-kadosiu rau-rauziu, nihohi ohokari si kokoro-zama, motenasi, kotonoha nomi omohi tuduke rare tamahu ni, rei no namida-morosa ha, huto kobore ide nuru mo ito kurusi.

 [1-7 明石の御方に立ち寄る]
夕暮の霞たどたどしく、をかしきほどなれば、やがて明石の御方に渡りたまへり。久しうさしものぞきたまはぬに、おぼえなき折なれば、うち驚かるれど、さまようけはひ心にくくもてつけて、「なほこそ人にはまさりたれ」と見たまふにつけては、またかうざまにはあらで、「かれはさまことにこそ、ゆゑよしをももてなしたまへりしか」と、思し比べらるるにも、面影に恋しう、悲しさのみまされば、「いかにして慰むべき心ぞ」と、いと比べ苦しう、こなたにては、のどやかに昔物語などしたまふ。
「人をあはれと心とどめむは、いと悪ろかべきことと、いにしへより思ひ得て、すべていかなる方にも、この世に執とまるべきことなく、心づかひをせしに、おほかたの世につけて、身のいたづらにはふれぬべかりしころほひなど、とざまかうざまに思ひめぐらししに、命をもみづから捨てつべく、野山の末にはふらかさむに、ことなる障りあるまじくなむ思ひなりしを、末の世に、今は限りのほど近き身にてしも、あるまじきほだし多うかかづらひて、今まで過ぐしてけるが、心弱うも、もどかしきこと」
など、さして一つ筋の悲しさにのみはのたまはねど、思したるさまのことわりに心苦しきを、いとほしう見たてまつりて、
「おほかたの人目に、何ばかり惜しげなき人だに、心のうちのほだし、おのづから多うはべるなる1950を、ましていかでかは心やすくも思し捨てむ。さやうにあさへ1951たることは、かへりて軽々しきもどかしさなども立ち出でて、なかなかなることなどはべるを、思したつほど、鈍きやうにはべらむや、つひに澄み果てさせたまふ方、深うはべらむと、思ひやられはべりてこそ。
いにしへの例などを聞きはべるにつけても、心におどろかれ、思ふより違ふふしありて、世を厭ふついでになるとか。それはなほ悪るきこととこそ。なほ、しばし思しのどめさせたまひて、宮たちなどもおとなびさせたまひて、まことに動きなかるべき御ありさまに、見たてまつりなさせたまはむまでは、乱れなくはべらむこそ、心やすくも、うれしくもはべるべけれ」
など、いとおとなびて聞こえたるけしき、いとめやすし。

 [1-7 明石の御方に立ち寄る]
夕暮の霞がたちこめて、趣のあるころなので、そのまま明石の御方にお渡りになった。久しくお立ち寄りにならなかったので、思いも寄らない時だったので、ちょっと驚きはするが、体裁よく奥ゆかしく振る舞って、「やはり他の人より優れている」と御覧になるにつけては、またこのようにではなく、「あの方は格別に、教養や趣味もお振る舞いになっていた」と、ついお比べになられると、面影に浮かんで恋しく、悲しさばかりがつのるので、「どのようにして慰めたらよい心か」と、とても比較がつらくて、こちらでは、のんびりと昔話などをなさる。
「女をいとしいと思いつめるのは、実に悪いはずのことだと、昔から知っていながら、すべてどのような事柄にも、現世に執着が残らないようにと、配慮して来たが、普通の世間から見て、むなしく零落してしまいそうだったころなど、あれやこれやと思案したが、命をも自分から捨ててしまおうと、野山の果てにさすらえさせても、格別に差支えなく思うほどになったが、晩年に、最期が近くなった身の上で、持たなくてよい係累に多くかかずらって、今まで過ごしてきたが、意志が弱くて、愚かしいことよ」
などと、それと名指して一人の悲しみばかりにはおっしゃらないが、お胸の内はさぞかしとお気の毒なので、おいたわしく拝して、
「世間一般の目からは、さほど惜しくなさそうな人でさえ、心の中の執着、自然と多くございますものですが、ましてどうしてやすやすとお思い捨てになることができましょうか。そのような浅はかな出家は、かえって軽はずみなと非難されることも出てきて、なまじ出家しないほうがよいでしょうが、ご決心が、つきかねるようでいらっしゃるほうが、結局は澄みきった御境地に、至られましょうと、想像されます。
昔の例などをお聞きいたしますにつけても、心が動揺したり、思いのままにならないことがあって、世を厭うきっかけになったとか。それはやはりよくないことと申します。やはり、もう暫くごゆっくりあそばして、宮たちなどがご成人あそばして、ほんとうにゆるぎない地位を拝見あそばされるまでは、変わったことがございませんのが、安心で嬉しうもございましょう」
などと、とても思慮深く申し上げた様子、本当に申し分がない。

 [1-7 >Genji drops at Akashi's room]
 Yuhugure no kasumi tado-tadosiku, wokasiki hodo nare ba, yagate Akasi-no-Ohomkata ni watari tamahe ri. Hisasiu mo nozoki tamaha nu ni, oboye naki wori nare ba, uti-odoroka rure do, sama you kehahi kokoro-nikuku mote-tuke te, "Naho koso hito ni ha masari tare." to mi tamahu ni tuke te ha, mata kau zama ni ha ara de, "Kare ha sama koto ni koso, yuwe yosi wo mo motenasi tamahe ri sika." to obosi kurabe raruru ni mo, omokage ni kohisiu, kanasisa nomi masare ba, "Ika ni si te nagusamu beki kokoro zo." to, ito kurabe kurusiu, konata ni te ha, nodoyaka ni mukasi-monogatari nado si tamahu.
 "Hito wo ahare to kokoro todome m ha, ito waroka beki koto to, inisihe yori omohi e te, subete ika naru kata ni mo, konoyo ni sihu tomaru beki koto naku, kokoro-dukahi wo se si ni, ohokata no yo ni tuke te, mi no itadura ni hahure nu bekari si korohohi nado, to-zama kau-zama ni omohi megurasi si ni, inoti wo mo midukara sute tu beku, no-yama no suwe ni hahurakasa m ni, koto naru sahari aru masiku nam omohi nari si wo, suwe no yo ni, ima ha kagiri no hodo tikaki mi ni te si mo, aru maziki hodasi ohou kakadurahi te, ima made sugusi te keru ga, kokoro-yowau mo, modokasiki koto."
 nado, sa si te hitotu sudi no kanasisa ni nomi ha notamaha ne do, obosi taru sama no kotowari ni kokoro-gurusiki wo, itohosiu mi tatematuri te,
 "Ohokata no hitome ni, nani bakari wosige naki hito dani, kokoro no uti no hodasi, onodukara ohou haberu naru wo, masite ikade ka ha kokoro-yasuku mo obosi sute m. Sayau ni asahe taru koto ha, kaheri te karu-garusiki modokasisa nado mo tati-ide te, naka-naka naru koto nado haberu wo, obosi tatu hodo, nibuki yau ni habera m ya, tuhi ni sumi hate sase tamahu kata, hukau habera m to, omohi-yara re haberi te koso.
 Inisihe no tamesi nado wo kiki haberu ni tuke te mo, kokoro ni odoroka re, omohu yori tagahu husi ari te, yo wo itohu tuide ni naru to ka. Sore ha naho waruki koto to koso. Naho, sibasi obosi nodome sase tamahi te, Miya-tati nado mo otonabi sase tamahi te, makoto ni ugoki nakaru beki mi-arisama ni, mi tatematuri nasa se tamaha m made ha, midare naku habera m koso, kokoro-yasuku mo, uresiku mo haberu bekere."
 nado, ito otonabi te kikoye taru kesiki, ito meyasusi.

 [1-8 明石の御方に悲しみを語る]
「さまで思ひのどめむ心深さこそ、浅きに劣りぬべけれ」
などのたまひて、昔よりものを思ふことなど語り出でたまふ中に、
「故后の宮の崩れたまへりし春なむ、花の色を見ても、まことに心あらば1952とおぼえし。それは、おほかたの世につけて、をかしかりし御ありさまを、幼くより見たてまつりしみて、さるとぢめの悲しさも、人よりことにおぼえしなり。
みづから取り分く心ざしにも、もののあはれはよらぬわざなり。年経ぬる人に後れて、心収めむ方なく忘れがたきも、ただかかる仲の悲しさのみにはあらず。幼きほどより生ほしたてしありさま、もろともに老いぬる末の世にうち捨てられて、わが身も人の身も、思ひ続けらるる悲しさの、堪へがたきになむ。すべて、もののあはれも、ゆゑあることも、をかしき筋も、広う思ひめぐらす方、方々添ふことの、浅からずなるになむありける」
など、夜更くるまで、昔今の御物語に、「かくても明かしつべき夜を」と思しながら、帰りたまふを、女もものあはれに思ふべし。わが御心にも、「あやしうもなりにける心のほどかな」と、思し知らる。
さてもまた、例の御行ひに、夜中になりてぞ、昼の御座に、いとかりそめに寄り臥したまふ。つとめて、御文たてまつりたまふに、
「なくなくも帰りにしかな仮の世は
いづこもつひの常世ならぬに」
昨夜の御ありさまは恨めしげなりしかど、いとかく、あらぬさまに思しほれたる御けしきの心苦しさに、身の上はさしおかれて、涙ぐまれたまふ。
「雁がゐし苗代水の絶えしより
映りし花の影をだに見ず」
古りがたくよしある書きざまにも、なまめざましきものに思したりしを、末の世には、かたみに心ばせを見知るどちにて、うしろやすき方にはうち頼むべく、思ひ交はしたまひながら、またさりとて、ひたぶるにはたうちとけず、ゆゑありてもてなしたまへりし心おきてを、「人はさしも見知らざりきかし」など思し出づ。
せめてさうざうしき時は、かやうにただおほかたに、うちほのめきたまふ折々もあり。昔の御ありさまには、名残なくなりにたるべし。

 [1-8 明石の御方に悲しみを語る]
「そこまで思慮深くためらい過ぎては、浅薄な出家にも劣ろう」
などとおっしゃって、昔から悲しい思いをし続けてきたことなどを話し出される中で、
「故后の宮が御崩御なさった春が、花の美しさを見ても、本当に、花に心があったならばと思われました。そのわけは、世間一般につけて、誰が見ても素晴らしかったご様子を、幼い時から拝見し続けてきたので、そういうご臨終の悲しさも、誰より格別に思われたのです。
自分が特別に愛情をもったための、悲しみとは限らないものです。長年連れ添った人に先立たれて、諦めようもなく忘れられないのも、ただこのような夫婦仲の悲しさだけではありません。幼い時から育て上げた様子や、一緒に年老いた晩年に先立たれて、自分の身の上も相手の身の上も、次々と思い出が浮かんでくる悲しさが、堪えられないのです。すべて、心を打つ感動も、意味あることも、風流な面も、広く思い出すところの、あれこれが多く加わっていくのが、悲しみを深めるものなのでした」
などと、夜が更けるまで、昔や今のお話で、こ「うして明かしてもよい夜だ」とお思いになりながらも、お帰りになるのを、女も物悲しく思うことであろう。ご自身でも、「不思議なふうになってしまった心だな」と、思わずにはいらっしゃれない。
お帰りになっても、またいつものご勤行で、夜半になってから、昼のご座所に、ほんのかりそめに横におなりになる。翌朝、お手紙を差し上げなさるに、
「泣きながら帰ってきたことです、この仮の世は
どこもかしこも永遠の住まいではないので」
昨夜のご様子は恨めしげに思ったが、とてもこんなに、まるで違った方のように茫然としていらしたご様子がお気の毒なので、自分のことは忘れて、つい涙ぐまれなさる。
「雁がいた苗代水がなくなってからは
そこに映っていた花の影さえ見ることができません」
いつ見ても相変わらず味わいのある書きぶりを見るにつけても、何となく目障りなとお思いであったが、晩年には、お互いに心を交わし合う仲となって、安心な相手としては信頼できるよう、互いに思い合いなさりながら、またそうかといってまるきり許し合うのではなく、奥ゆかしく振る舞っていらしたお心遣いを、「他人はそこまで知らなかったであろう」などと、お思い出しになる。
たまらなく寂しい時には、このようにただ一通りに、お顔をお見せになることもある。昔のご様子とはすっかり変わってしまったのであろう。

 [1-8 Genji talks Akashi on his grief]
 "Sa made omohi nodome m kokoro-bukasa koso, asaki ni otori nu bekere."
 nado notamahi te, mukasi yori mono wo omohu koto nado katari-ide tamahu naka ni,
 "Ko-Kisai-no-Miya no kakure tamahe ri si haru nam, hana no iro wo mi te mo, makoto ni kokoro ara ba to oboye si. Sore ha, ohokata no yo ni tuke te, wokasikari si mi-arisama wo, wosanaku yori mi tatematuri simi te, saru todime no kanasisa mo, hito yori koto ni oboye si nari.
 Midukara tori-waku kokorozasi ni mo, mono no ahare ha yora nu waza nari. Tosi he nuru hito ni okure te, kokoro wosame m kata naku wasure gataki mo, tada kakaru naka no kanasisa nomi ni ha ara zu. Wosanaki hodo yori ohosi tate si arisama, morotomo ni oyi nuru suwe no yo uti-sute rare te, waga mi mo hito no mi mo, omohi tuduke raruru kanasisa no, tahe gataki ni nam. Subete, mono no ahare mo, yuwe aru koto mo, wokasiki sudi mo, hirou omohi megurasu kata, kata-gata sohu koto no, asakara zu naru ni nam ari keru."
 nado, yo hukuru made, mukasi ima no ohom-monogatari ni, "Kaku te mo akasi tu beki yoru wo." to obosi nagara, kaheri tamahu wo, Womna mo mono-ahare ni omohu besi. Waga mi-kokoro ni mo, "Ayasiu mo nari ni keru kokoro no hodo kana!" to, obosi sira ru.
 Sate mo mata, rei no ohom-okonahi ni, yonaka ni nari te zo, hiru no o-masi ni, ito karisome ni yori-husi tamahu. Tutomete, ohom-humi tatematuri tamahu ni,
 "Naku naku mo kaheri ni si kana kari no yo ha
 iduko mo tuhi no tokoyo nara nu ni
"
 Yobe no mi-arisama ha uramesige nari sika do, ito kaku, ara nu sama ni obosi hore taru mi-kesiki no kokoro-kurusisa ni, mi no uhe ha sasi-oka re te, namida-guma re tamahu.
 "Kari ga wi si nahasiro-midu no taye si yori
 uturi si hana no kage wo dani mi zu
"
 Huri gataku yosi aru kaki-zama ni mo, nama-mezamasiki mono ni obosi tari si wo, suwe no yo ni ha, katamini kokorobase wo mi-siru-doti ni te, usiro-yasuki kata ni ha uti-tanomu beku, omohi-kahasi tamahi nagara, mata sari-tote, hitaburu ni hata utitoke zu, yuwe ari te motenasi tamahe ri si kokoro-okite wo, "Hito ha sa si mo mi-sira zari ki kasi." nado obosi-idu.
 Semete sau-zausiki toki ha, kayau ni tada ohokata ni, uti honomeki tamahu wori-wori mo ari. Mukasi no mi-arisama ni ha, nagori naku nari ni taru besi.

 2 光る源氏の物語 紫の上追悼の夏の物語 [2-1 花散里や中将の君らと和歌を詠み交わす]
夏の御方より、御衣更の御装束たてまつりたまふとて、
「夏衣裁ち替へてける今日ばかり
古き思ひもすすみやはせぬ」
御返し、
「羽衣の薄きに変る今日よりは
空蝉の世ぞいとど悲しき」
祭の日、いとづれづれにて、「今日は物見るとて、人びと心地よげならむかし」とて、御社のありさまなど思しやる。
「女房など、いかにさうざうしからむ。里に忍びて出でて見よかし」などのたまふ。
中将の君の、東面にうたた寝したるを、歩みおはして見たまへば、いとささやかにをかしきさまして、起き上がりたり。つらつきはなやかに、匂ひたる顔をもて隠して、すこしふくだみたる髪のかかりなど、をかしげなり。紅の黄ばみたる気添ひたる袴、萱草色の単衣、いと濃き鈍色に黒きなど、うるはしからず重なりて、裳、唐衣も脱ぎすべしたりけるを、とかく引きかけなどするに、葵をかたはらに置きたりけるを寄りて取りたまひて、
「いかにとかや。この名こそ忘れにけれ」とのたまへば、
「さもこそはよるべの水に水草ゐめ
今日のかざしよ名さへ忘るる」
と、恥ぢらひて聞こゆ。げにと、いとほしくて、
「おほかたは思ひ捨ててし世なれども
葵はなほや摘みをかすべき」
など、一人ばかりをば思し放たぬけしきなり。

 2 光る源氏の物語 紫の上追悼の夏の物語 [2-1 花散里や中将の君らと和歌を詠み交わす]
夏の御方から、お衣更のご装束を差し上げなさるとあって、
「夏の衣に着替えた今日だけは
昔の思いも思い出しませんでしょうか」
お返事、
「羽衣のように薄い着物に変わる今日からは
はかない世の中がますます悲しく思われます」
賀茂祭の日、とても所在ないので、「今日は見物しようとして、女房たちは気持ちよさそうだろう」と思って、御社の様子などをご想像なさる。
「女房などは、どんなに手持ち無沙汰だろう。そっと里下がりして見て来なさい」などとおしゃる。
中将の君が、東表の間でうたた寝しているのを、歩いていらっしゃって御覧になると、とても小柄で美しい様子で起き上がった。顔の表情は明るくて、美しい顔をちょっと隠して、少しほつれた髪のかかっている具合など、見事である。紅の黄色味を帯びた袴に、萱草色の単衣、たいそう濃い鈍色の袿に黒い表着など、きちんとではなく重着して、裳や、唐衣も脱いでいたが、あれこれ着掛けなどするが、葵を側に置いてあったのを側によってお取りになって、
「何と言ったかね。この名前を忘れてしまった」とおっしゃると、
「いかにもよるべの水も古くなって水草が生えていましょう
今日の插頭の名前さえ忘れておしまいになるとは」
と、恥じらいながら申し上げる。なるほどと、お気の毒なので、
「だいたいは執着を捨ててしまったこの世ではあるが
この葵はやはり摘んでしまいそうだ」
などと、一人だけはお思い捨てにならない様子である。

 2 Tale of Genji Mourning for Murasaki, in summer [2-1 Genji composes and exchanges waka with Hanachirusato and Chujo-no-kimi]
 Natu-no-Ohomkata yori, ohom-koromogahe no ohom-sauzoku tatematuri tamahu tote,
 "Natu-koromo tati kahe te keru kehu bakari
 huruki omohi mo susumi ya ha se nu
"
 Ohom-kahesi,
 "Hagoromo no usuki ni kaharu kehu yori ha
 utusemi no yo zo itodo kanasiki
"
 Maturi no hi, ito ture-dure ni te, "Kehu ha mono miru tote, hito-bito kokoti-yoge nara m kasi." tote, mi-yasiro no arisama nado obosi yaru.
 "Nyoubau nado, ika ni sau-zausikara m. Sato ni sinobi te ide te miyo kasi." nado notamahu.
 Tiuzyau-no-Kimi no, himgasi-omote ni utatane si taru wo ayumi ohasi te mi tamahe ba, ito sasayaka ni wokasiki sama si te, oki-agari tari. Turatuki hanayaka ni, nihohi taru kaho wo mote-kakusi te, sukosi hukudami taru kami no kakari nado, wokasige nari. Kurenawi no ki-bami taru ke sohi taru hakama, kwanzau-iro no hitohe, ito koki nibi-iro ni kuroki nado, uruhasikara zu kasanari te, mo, kara-ginu mo nugi subesi tari keru wo, tokaku hiki-kake nado suru ni, ahuhi wo katahara ni oki tari keru wo yori te tori tamahi te,
 "Ika ni to ka ya? Kono na koso wasure ni kere." to notamahe ba,
 "Samo koso ha yorube no midu ni mi-kusa wi me
 kehu no kazasi yo na sahe wasururu
"
 to, hadirahi te kikoyu. Geni to, itohosiku te,
 "Ohokata ha omohi sute te si yo nare do mo
 ahuhi ha naho ya tumi wokasu beki
"
 nado, hitori bakari wo ba obosi hanata nu kesiki nari.

 [2-2 五月雨の夜、夕霧来訪]
五月雨は、いとど眺めくらしたまふより他のことなく、さうざうしきに、十余日の月はなやかにさし出でたる雲間のめづらしきに、大将の君御前にさぶらひたまふ。
花橘の、月影にいときはやかに見ゆる薫りも、追風なつかしければ、千代を馴らせる声1953もせなむ、と待たるるほどに、にはかに立ち出づる村雲のけしき、いとあやにくにて、いとおどろおどろしう降り来る雨に添ひて、さと吹く風に燈籠も吹きまどはして、空暗き心地するに、「窓を打つ声1954」など、めづらしからぬ古言を、うち誦じたまへる1955も、折からにや、妹が垣根におとなはせまほしき御声なり。
「独り住みは、ことに変ることなけれど、あやしうさうざうしくこそありけれ。深き山住みせむにも、かくて身を馴らはしたらむは、こよなう心澄みぬべきわざなりけり」などのたまひて、「女房、ここに、くだものなど参らせよ。男ども召さむもことことしきほどなり」などのたまふ。
心には、ただ空を眺めたまふ1956御けしきの、尽きせず心苦しければ、「かくのみ思し紛れずは、御行ひにも心澄ましたまはむこと難くや」と、見たてまつりたまふ。「ほのかに見し御面影だに忘れがたし。ましてことわりぞかし」と、思ひゐたまへり。

 [2-2 五月雨の夜、夕霧来訪]
五月雨の時は、ますます物思いに沈んでお暮らしになるより他のことなく、物寂しいところに、十日過ぎの月が明るくさし出た雲間が珍しいので、大将の君が御前に伺候なさっている。
花橘が、月光にたいそうくっきりと見える薫りも、その追い風がやさしい感じなので、花橘にほととぎすの千年も馴れ親しんでいる声を聞かせて欲しい、と待っているうちに、急にたち出た村雲の様子が、まったくあいにくなことで、とてもざあざあ降ってくる雨に加わって、さっと吹く風に燈籠も吹き消して、空も暗い感じがするので、「窓を打つ声」などと、珍しくもない古詩を口ずさみなさるのも、折からか、妻の家に聞かせてやりたいようなお声である。
「独り住みは、格別に変わったことはないが、妙に物寂しい感じがする。深い山住みをするにも、こうして身を馴らすのは、この上なく心が澄みきることであった」などとおっしゃって、「女房よ、こちらに、お菓子などを差し上げよ。男たちを召し寄せるのも大げさな感じである」などとおっしゃる。
心中には、ただ空を眺めていらっしゃるご様子が、どこまでもおいたわしいので、「こんなにまでお忘れになれないのでは、ご勤行にもお心をお澄しになることも難しいのでないか」と、拝見なさる。「かすかに見た御面影でさえ忘れ難い。まして無理もないことだ」と、思っていらっしゃった。

 [2-2 Yugiri visits to Genji's room in the rainy night]
 Samidare ha, itodo nagame kurasi tamahu yori hoka no koto naku, sau-zausiki ni, zihu-yo-niti no tuki hanayaka ni sasi-ide taru kumoma no medurasiki ni, Daisyau-no-Kimi o-mahe ni saburahi tamahu.
 Hana-tatibana no, tuki-kage ni ito kihayaka ni miyuru kawori mo, ohi-kaze natukasikere ba, ti-yo wo narase ru kowe mo se nam, to mata ruru hodo ni, nihaka ni tati-iduru mura-kumo no kesiki, ito ayaniku ni te, ito odoro-odorosiu huri-kuru ame ni sohi te, sato huku kaze ni touro mo huki madohasi te, sora kuraki kokoti suru ni, "Mado wo utu kowe" nado, medurasikara nu huru-koto wo, uti-zun-zi tamahe ru mo, wori kara ni ya, imo ga kakine ni otonaha se mahosiki ohom-kowe nari.
 "Hitori-zumi ha, koto ni kaharu koto nakere do, ayasiu sau-zausiku koso ari kere. Hukaki yama-zumi se m ni mo, kaku te mi wo narahasi tara m ha, koyonau kokoro sumi nu beki waza nari keri." nado notamahi te, "Nyoubau, koko ni, kudamono nado mawirase yo. Wonoko-domo mesa m mo koto-kotosiki hodo nari." nado notamahu.
 Kokoro ni ha, tada sora wo nagame tamahu mi-kesiki no, tuki se zu kokoro-gurusikere ba, "Kaku nomi obosi magire zu ha, ohom-okonahi ni mo kokoro sumasi tamaha m koto kataku ya?" to, mi tatematuri tamahu. "Honoka ni mi si ohom-omokage dani wasure gatasi. Masite kotowari zo kasi." to, omohi wi tamahe ri.

 [2-3 ほととぎすの鳴き声に故人を偲ぶ]
「昨日今日と思ひたまふるほどに、御果てもやうやう近うなりはべりにけり。いかやうにかおきて思しめすらむ」
と申したまへば、
「何ばかり、世の常ならぬことをかはものせむ。かの心ざしおかれたる極楽の曼陀羅など、このたびなむ供養ずべき。経などもあまたありけるを、なにがし僧都、皆その心くはしく聞きおきたなれば、また加へてすべきことどもも、かの僧都の言はむに従ひてなむものすべき」などのたまふ。
「かやうのこと、もとよりとりたてて思しおきてけるは、うしろやすきわざなれど、この世にはかりそめの御契りなりけりと見たまふには、形見といふばかりとどめきこえたまへる人だにものしたまはぬこそ、口惜しうはべれ」
と申したまへば、
「それは、仮ならず、命長き人びとにも、さやうなることのおほかた少なかりける。みづからの口惜しさにこそ。そこにこそは、門は広げたまはめ」などのたまふ。
何ごとにつけても、忍びがたき御心弱さのつつましくて、過ぎにしこといたうものたまひ出でぬに、待たれつる山ほととぎすのほのかにうち鳴きたるも、「いかに知りてか1957」と、聞く人ただならず。
「亡き人を偲ぶる宵の村雨に
濡れてや来つる山ほととぎす」
とて、いとど空を眺めたまふ。大将、
「ほととぎす君につてなむふるさとの
花橘は今ぞ盛りと」
女房など、多く言ひ集めたれど、とどめつ。大将の君は、やがて御宿直にさぶらひたまふ。寂しき御一人寝の心苦しければ、時々かやうにさぶらひたまふに、おはせし世は、いと気遠かりし御座のあたりの、いたうも立ち離れぬなどにつけても、思ひ出でらるることも多かり。

 [2-3 ほととぎすの鳴き声に故人を偲ぶ]
「昨日今日と思っておりましたうちに、ご一周忌もだんだん近くなってまいりました。どのようにあそばすお積もりでいらっしゃいましょうか」
とお尋ね申し上げなさると、
「何ほども、世間並み以上のことをしようとは思わない。あの望んでおかれた極楽の曼陀羅など、今回は供養しよう。経などもたくさんあったが、某僧都が、すべてその事情を詳しく聞きおいたそうだから、それに加えてしなければならない事柄も、あの僧都が言うことに従って催そう」などとおっしゃる。
「このようなことは、ご生前から特別にお考え置きになっていたことは、来世のため安心なことですが、この世にはかりそめのご縁であったとお思いなりますのは、お形見と言えるようにお残し申されるお子様さえいらっしゃなかったのが、残念なことでございます」
と申し上げなさると、
「それは、縁浅からず、寿命の長い人びとでも、そのようなことはだいたいが少なかった。自分自身の拙さなのだ。そなたこそ、家門を広げなさい」などとおっしゃる。
どのような事につけても、堪えきれないお心の弱さが恥ずかしくて、過ぎ去ったことをたいして口にお出しにならないが、待っていた時鳥がかすかにちょっと鳴いたのも、「どのようにして知ってか」と、聞く人は落ち着かない。
「亡き人を偲ぶ今宵の村雨に
濡れて来たのか、山時鳥よ」
と言って、ますます空を眺めなさる。大将、
「時鳥よ、あなたに言伝てしたい
古里の橘の花は今が盛りですよと」
女房なども、たくさん詠んだが、省略した。大将の君は、そのままお泊まりになる。寂しいお独り寝がおいたわしいので、時々このように伺候なさるが、生きていらっしゃった当時は、とても近づきにくかったご座所の近辺に、たいして遠く離れていないことなどにつけても、思い出される事柄が多かった。

 [2-3 Genji and Yugiri remember Murasaki as a little cuckoo singing in the night]
 "Kinohu kehu to omohi tamahuru hodo ni, ohom-hate mo yau-yau tikau nari haberi ni keri. Ika yau ni ka oki te obosimesu ram?"
 to mawosi tamahe ba,
 "Nani bakari, yo no tune nara nu koto wo ka ha monose m. Kano kokorozasi oka re taru gokuraku no mandara nado, kono-tabi nam kuyau-zu beki. Kyau nado mo amata ari keru wo, Nanigasi-Soudu, mina sono kokoro kuhasiku kiki-oki ta'nare ba, mata kuhahe te su beki koto-domo mo, kano Soudu no iha m ni sitagahi te nam monosu beki." nado notamahu.
 "Kayau no koto, motoyori tori-tate te obosi oki te keru ha, usiroyasuki waza nare do, konoyo ni karisome no ohom-tigiri nari keri to mi tamahu ni ha, katami to ihu bakari todome kikoye tamahe ru hito dani monosi tamaha nu koso, kutiwosiu habere."
 to mawosi tamahe ba,
 "Sore ha, kari nara zu, inoti nagaki hito-bito ni mo, sayau naru koto no ohokata sukunakari keru. Midukara no kutiwosisa ni koso. Soko ni koso ha, kado ha hiroge tamaha me." nado notamahu.
 Nani-goto ni tuke te mo, sinobi gataki mi-kokoro-yowasa no tutumasiku te, sugi ni si koto itau mo notamahi ide nu ni, mata re turu yama-hototogisu no honoka ni uti-naki taru mo, "Ika ni siri te ka." to, kiku hito tada nara zu.
 "Naki hito wo sinoburu yohi no murasame ni
 nure te ya ki turu yama-hototogisu
"
 tote, itodo sora wo nagame tamahu. Daisyau,
 "Hototogisu kimi ni tute na m hurusato no
 hana-tatibana ha ima zo sakari to
"
 Nyoubau nado, ohoku ihi atume tare do, todome tu. Daisyau-no-Kimi ha, yagate ohom-tonowi ni saburahi tamahu. Sabisiki ohom-hitori-ne no kokoro-gurusikere ba, toki-doki kayau ni saburahi tamahu ni, ohase si yo ha, ito ke-dohokari si o-masi no atari no, itau mo tati hanare nu nado ni tuke te mo, omohi-ide raruru koto mo ohokari.

 [2-4 蛍の飛ぶ姿に故人を偲ぶ]
いと暑きころ、涼しき方にて眺めたまふに、池の蓮の盛りなるを見たまふに、「いかに多かる1958」など、まづ思し出でらるるに、ほれぼれしくて、つくづくとおはするほどに、日も暮れにけり。ひぐらしの声はなやかなるに、御前の撫子の夕映え1959を、一人のみ見たまふは、げにぞかひなかりける。
「つれづれとわが泣き暮らす夏の日を
かことがましき虫の声かな」
螢のいと多う飛び交ふも、「夕殿に螢飛んで1960」と、例の、古事もかかる筋にのみ口馴れたまへり。
「夜を知る螢1961を見ても悲しきは
時ぞともなき思ひなりけり」

 [2-4 蛍の飛ぶ姿に故人を偲ぶ]
たいそう暑いころ、涼しい所で物思いに耽っていらっしゃる折、池の蓮の花が盛りなのを御覧になると、「なんと多い涙か」などと、何より先に思い出されるので、茫然として、つくねんとしていらっしゃるうちに、日も暮れてしまった。蜩の声がにぎやかなので、御前の撫子が夕日に映えた様子を、独りだけで御覧になるのは、本当に甲斐のないことであった。
「することもなく涙とともに日を送っている夏の日を
わたしのせいみたいに鳴いている蜩の声だ」
螢がとても数多く飛び交っているのも、「夕べの殿に螢が飛んで」と、いつもの、古い詩もこうした方面にばかり口馴れていらっしゃった。
「夜になったことを知って光る螢を見ても悲しいのは
昼夜となく燃える亡き人を恋うる思いであった」

 [2-4 Genji remembers Murasaki as fireflies flying in the night]
 Ito atuki koro, suzusiki kata ni te nagame tamahu ni, ike no hatisu no sakari naru wo mi tamahu ni, "Ika ni ohokaru?" nado, madu obosi-ide raruru ni, hore-boresiku te, tuku-duku to ohasuru hodo ni, hi mo kure ni keri. Higurasi no kowe hanayaka naru ni, o-mahe no nadesiko no yuhubahe wo, hitori nomi mi tamahu ha, geni zo kahi nakari keru.
 "Ture-dure to waga naki kurasu natu no hi wo
 kakoto-gamasiki musi no kowe kana
"
 Hotaru no ito ohou tobi-kahu mo, "Seki-den ni hotaru ton de" to, rei no, huru-koto mo kakaru sudi ni nomi kuti nare tamahe ri.
 "Yoru wo siru hotaru wo mi te mo kanasiki ha
 toki zo to mo naki omohi nari keri
"

 3 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語 [3-1 紫の上の一周忌法要]
七月七日も、例に変りたること多く、御遊びなどもしたまはで、つれづれに眺め暮らしたまひて、星逢ひ見る人もなし。まだ夜深う、一所起きたまひて、妻戸押し開けたまへるに、前栽の露いとしげく、渡殿の戸よりとほりて1962見わたさるれば、出でたまひて、
「七夕の逢ふ瀬は雲のよそに見て
別れの庭に露ぞおきそふ」
風の音さへただならずなりゆくころしも、御法事の営みにて、ついたちころは紛らはしげなり。「今まで経にける1963月日よ」と思すにも、あきれて明かし暮らしたまふ。
御正日には、上下の人びと皆斎して、かの曼陀羅など、今日ぞ供養ぜさせたまふ。例の宵の御行ひに、御手水など参らする中将の君の扇に、
「君恋ふる涙は際もなきものを
今日をば何の果てといふらむ」
と書きつけたるを、取りて見たまひて、
「人恋ふるわが身も末になりゆけど
残り多かる涙なりけり」
と、書き添へたまふ。
九月になりて、九日、綿おほひたる菊を御覧じて、
「もろともにおきゐし菊の白露も
一人袂にかかる秋かな」

 3 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語 [3-1 紫の上の一周忌法要]
七月七日も、いつもと変わったことが多く、管弦のお遊びなどもなさらず、何もせずに一日中物思いに耽ってお過ごしになって、星合の空を見る人もいない。まだ夜は深く、独りお起きになって、妻戸を押し開けなさると、前栽の露がとてもびっしょりと置いて、渡殿の戸から通して見渡されるので、お出になって、
「七夕の逢瀬は雲の上の別世界のことと見て
その後朝の別れの庭の露に悲しみの涙を添えることよ」
風の音までがたまらないものになってゆくころ、御法事の準備で、上旬ころは気が紛れるようである。「今まで生きて来た月日よ」とお思いになるにつけても、あきれる思いで暮らしていらっしゃる。
御命日には、上下の人びとがみな精進して、あの曼陀羅などを、今日ご供養あそばす。いつもの宵のご勤行に、御手水を差し上げる中将の君の扇に、
「ご主人様を慕う涙は際限もないものですが
今日は何の果ての日と言うのでしょう」
と書きつけてあるのを、手に取って御覧になって、
「人を恋い慕うわが余命も少なくなったが
残り多い涙であることよ」
と、書き加えなさる。
九月になって、九日、綿被いした菊を御覧になって、
「一緒に起きて置いた菊のきせ綿の朝露も
今年の秋はわたし独りの袂にかかることだ」

 3 Tale of Genji Mourning for Murasaki, from fall to the year-end [3-1 The first anniversary of Murasaki's death]
 Siti-gwati nanu-ka mo, rei ni kahari taru koto ohoku, ohom-asobi nado mo si tamaha de, ture-dure ni nagame kurasi tamahi te, hosi-ahi miru hito mo nasi. Mada yo-bukau, hito-tokoro oki tamahi te, tumado osi-ake tamahe ru ni, sensai no tuyu ito sigeku, wata-dono no to yori tohori te mi-watasa rure ba, ide tamahi te,
 "Tanabata no ahu-se ha kumo no yoso ni mi te
 wakare no niha ni tuyu zooki sohu
"
 Kaze no oto sahe tada nara zu nari yuku koro si mo, ohom-hohuzi no itonami ni te, tuitati koro ha magirahasige nari. "Ima made he ni keru tuki-hi yo!" to obosu ni mo, akire te akasi kurasi tamahu.
 Ohom-syauniti ni ha, kami-simo no hito-bito mina imohi si te, kano mandara nado, kehu zo kuyau-ze sase tamahu. Rei no yohi no ohom-okonahi ni, mi-teudu nado mawira suru Tiuzyau-no-Kimi no ahugi ni,
 "Kimi kohuru namida ha kiha mo naki mono wo
 kehu wo ba nani no hate to ihu ram
"
 to kaki-tuke taru wo, tori te mi tamahi te,
 "Hito kohuru waga mi mo suwe ni nari yuke do
 nokori ohokaru namida nari keri
"
 to, kaki-sohe tamahu.
 Ku-gwati ni nari te, kokonu-ka, wata ohohi taru kiku wo go-ran-zi te,
 "Morotomo ni oki wi si kiku no sira-tuyu mo
 hitori tamoto ni kakaru aki kana
"

 [3-2 源氏、出家を決意]
神無月には、おほかたも時雨がちなるころ、いとど眺めたまひて、夕暮の空のけしきも、えもいはぬ心細さに、「降りしかど1964」と独りごちおはす。雲居を渡る雁の翼も、うらやましくまぼられたまふ。
「大空をかよふ幻夢にだに
見えこぬ魂の行方たづねよ」
何ごとにつけても、紛れずのみ、月日に添へて思さる。
五節などいひて、世の中そこはかとなく今めかしげなるころ、大将殿の君たち、童殿上したまへる率て参りたまへり。同じほどにて、二人いとうつくしきさまなり。御叔父の頭中将、蔵人少将など、小忌にて1965、青摺の姿ども、きよげにめやすくて、皆うち続き、もてかしづきつつ、もろともに参りたまふ。思ふことなげなるさまどもを見たまふに、いにしへ、あやしかりし日蔭の折、さすがに思し出でらるべし。
「宮人は豊明といそぐ今日
日影も知らで暮らしつるかな」
「今年をばかくて忍び過ぐしつれば、今は」と、世を去りたまふべきほど近く思しまうくるに、あはれなること、尽きせず。やうやうさるべきことども、御心のうちに思し続けて、さぶらふ人びとにも、ほどほどにつけて、物賜ひなど、おどろおどろしく、今なむ限りとしなしたまはねど、近くさぶらふ人びとは、御本意遂げたまふべきけしきと見たてまつるままに、年の暮れゆくも心細く、悲しきこと限りなし。

 [3-2 源氏、出家を決意]
神無月には、一般に時雨がちなころとて、ますます物思いに沈みなさって、夕暮の空の様子にも、何ともいえない心細さゆえ、「いつも時雨は降ったが」と独り口ずさんでいらっしゃる。雲居を渡ってゆく雁の翼も、羨ましく見つめられなさる。
「大空を飛びゆく幻術士よ、夢の中にさえ
現れない亡き人の魂の行く方を探してくれ」
どのような事につけても、気の紛れることのないばかりで、月日につれて悲しく思わずにはいらっしゃれない。
五節などといって、世の中がどことなくはなやかに浮き立っているころ、大将殿のご子息たち、童殿上なさって参上なさった。同じくらいの年齢で、二人とてもかわいらしい姿である。御叔父の頭中将や、蔵人少将などは、小忌衣で、青摺の姿がさっぱりして感じよくて、みな引き続いて、お世話しながら一緒に参上なさる。何の物思いもなさそうな様子を御覧になると、昔、心ときめくことのあった五節の折、何といってもお思い出されるであろう。
「宮人が豊明の節会に夢中になっている今日
わたしは日の光も知らないで暮らしてしまったな」
「今年をこうしてひっそりと過ごして来たので、これまで」と、ご出家なさるべき時を近々にご予定なさるにつけ、しみじみとした悲しみ、尽きない。だんだんとしかるべき事柄を、ご心中にお思い続けなさって、伺候する女房たちにも、身分身分に応じて、お形見分けなど、大げさに、これを最後とはなさらないが、近く伺候する女房たちは、ご出家の本願をお遂げになる様子だと拝見するにつれて、年が暮れてゆくのも心細く、悲しい気持ちは限りがない。

 [3-2 Genji decides to go into religion]
 Kamna-duki ni ha, ohokata mo sigure-gati naru koro, itodo nagame tamahi te, yuhugure no sora no kesiki mo, e mo iha nu kokoro-bososa ni, "Huri sika do" to hitori-goti ohasu. Kumowi wo wataru kari no tubasa mo, urayamasiku mabora re tamahu.
 "Ohozora wo kayohu maborosi yume ni dani
 miye ko nu tama no yukuhe tadune yo
"
 Nani-goto ni tuke te mo, magire zu nomi, tuki-hi ni sohe te obosa ru.
 Goseti nado ihi te, yononaka sokohaka-to-naku imamekasige naru koro, Daisyau-dono no Kimi-tati, waraha-tenzyau si tamahe ru wi te mawiri tamahe ri. Onazi hodo ni te, hutari ito utukusiki sama nari. Ohom-wodi no Tou-no-Tiuzyau, Kuraudo-no-Seusyau nado, womi ni te, awo-zuri no sugata-domo, kiyoge ni meyasuku te, mina uti-tuduki, mote kasiduki tutu, morotomo ni mawiri tamahu. Omohu koto nage naru sama-domo wo mi tamahu ni, inisihe, ayasikari si hi-kage no wori, sasuga ni obosi-ide raru besi.
 "Miya-bito ha Toyo-no-akari to isogu kehu
 hikage mo sira de kurasi turu kana
"
 "Kotosi wo ba kaku te sinobi sugusi ture ba, ima ha." to, yo wo sari tamahu beki hodo tikaku obosi maukuru ni, ahare naru koto, tuki se zu. Yau-yau saru beki koto-domo, mi-kokoro no uti ni obosi tuduke te, saburahu hito-bito ni mo, hodo-hodo ni tuke te, mono tamahi nado, odoro-odorosiku, ima nam kagiri to si tamaha ne do, tikaku saburahu hito-bito ha, ohom-hoi toge tamahu beki kesiki to mi tatematuru mama ni, tosi no kure yuku mo kokoro-bosoku, kanasiki koto kagiri nasi.

 [3-3 源氏、手紙を焼く]
落ちとまりてかたはなるべき人の御文ども、破れば惜し1966、と思されけるにや、すこしづつ残したまへりけるを、もののついでに御覧じつけて、破らせたまひなどするに、かの須磨のころほひ、所々よりたてまつれたまひけるもある中に、かの御手なるは、ことに結ひ合はせてぞありける。
みづからしおきたまひけることなれど、「久しうなりける世のこと」と思すに、ただ今のやうなる墨つきなど、「げに千年の形見1967にしつべかりけるを、見ずなりぬべきよ」と思せば、かひなくて、疎からぬ人びと、二、三人ばかり、御前にて破らせたまふ。
いと、かからぬほどのことにてだに、過ぎにし人の跡と見るはあはれなるを、ましていとどかきくらし、それとも見分かれぬまで、降りおつる御涙の水茎に流れ添ふを、人もあまり心弱しと見たてまつるべきが、かたはらいたうはしたなければ、押しやりたまひて、
「死出の山越えにし人を慕ふとて
跡を見つつもなほ惑ふかな」
さぶらふ人びとも、まほにはえ引き広げねど、それとほのぼの見ゆるに、心惑ひどもおろかならず。この世ながら遠からぬ御別れのほどを、いみじと思しけるままに書いたまへる言の葉、げにその折よりもせきあへぬ悲しさ、やらむかたなし。いとうたて、今ひときはの御心惑ひも、女々しく人悪るくなりぬべければ、よくも見たまはで、こまやかに書きたまへるかたはらに、
「かきつめて見るもかひなし藻塩草
同じ雲居の煙とをなれ」
と書きつけて、皆焼かせたまふ。

 [3-3 源氏、手紙を焼く]
後に残っては見苦しいような女の人からのお手紙は、破っては惜しい、とお思いになってか、少しずつ残していらっしゃったのを、何かの機会に御覧になって、破り捨てさせなさるなどすると、あの須磨にいたころ、あちらこちらから差し上げさせなさったものもある中で、あの方のご筆跡の手紙は、特別に一つに結んであったのであった。
ご自身でなさっておいたことだが、「遠い昔のことになった」とお思いになるが、たった今書いたような墨跡などが、「なるほど千年の形見にできそうだが、見ることもなくなってしまうものよ」とお思いになると、何にもならないので、気心の知れた女房、二、三人ほどに、御前で破らせなさる。
ほんとうに、このようなことでなくさえ、亡くなった人の筆跡と思うと胸が痛くなるのに、ましてますます涙にくれて、どれがどれとも見分けられないほど、流れ出るお涙の跡が文字の上を流れるのを、女房もあまりに意気地がないと拝見するにちがいないのが、見ていられなく体裁悪いので、手紙を押しやりなさって、
「死出の山を越えてしまった人を恋い慕って行こうとして
その跡を見ながらもやはり悲しみにくれまどうことだ」
伺候する女房たちも、まともには広げられないが、その筆跡とわずかに分かるので、心動かされることも並々でない。この世にありながらそう遠くでなかったお別れの間中を、ひどく悲しいとお思いのままお書きになった和歌、なるほどその時よりも堪えがたい悲しみは、慰めようもない。まことに情けなく、もう一段とお心まどいも、女々しく体裁悪くなってしまいそうなので、よくも御覧にならず、心をこめてお書きになっている側に、
「かき集めて見るのも甲斐がない、この手紙も
本人と同じく雲居の煙となりなさい」
と書きつけて、みなお焼かせになる。

 [3-3 Genji makes to burn letters up by maids]
 Oti tomari te kataha naru beki hito no ohom-humi-domo, yare ba wosi, to obosa re keru ni ya, sukosi dutu nokosi tamahe ri keru wo, mono no tuide ni go-ran-zi tuke te, yara se tamahi nado suru ni, kano Suma no korohohi, tokoro-dokoro yori tatemature tamahi keru mo aru naka ni, kano ohom-te naru ha, koto ni yuhi ahase te zo ari keru.
 Midukara si-oki tamahi keru koto nare do, "Hisasiu nari keru yo no koto" to obosu ni, tada ima no yau naru sumi-tuki nado, "Geni ti-tose no katami ni si tu bekari keru wo, mi zu nari nu beki yo." to obose ba, kahi naku te, utokara nu hito-bito, ni, sam-nin bakari, o-mahe ni te yara se tamahu.
 Ito, kakara nu hodo no koto ni te dani, sugi ni si hito no ato to miru ha ahare naru wo, masite itodo kaki-kurasi, sore to mo mi wakare nu made, huri oturu ohom-namida no midu-guki ni nagare sohu wo, hito mo amari kokoro-yowasi to mi tatematuru beki ga, katahara-itau hasitanakere ba, osiyari tamahi te,
 "Side-no-yama koye ni si hito wo sitahu tote
 ato wo mi tutu mo naho madohu kana
"
 Saburahu hito-bito mo, maho ni ha e hiki hiroge ne do, sore to hono-bono miyuru ni, kokoro-madohi-domo oroka nara zu. Konoyo nagara tohokara nu ohom-wakare no hodo wo, imizi to obosi keru mama ni kai tamahe ru kotonoha, geni sono wori yori mo seki-ahe nu kanasisa, yara m kata nasi. Ito utate, ima hito-kiha no mi-kokoro-madohi mo, me-mesiku hito-waruku nari nu bekere ba, yoku mo mi tamaha de, komayaka ni kaki tamahe ru katahara ni,
 "Kaki-tume te miru mo kahi nasi mosiho-gusa
 onazi kumowi no keburi to wo nare
"
 to kaki-tuke te, mina yaka se tamahu.

 [3-4 源氏、出家の準備]
「御仏名も、今年ばかりにこそは」と思せばにや、常よりもことに、錫杖の声々などあはれに思さる。行く末ながきことを請ひ願ふも、仏の聞きたまはむこと、かたはらいたし。
雪いたう降りて、まめやかに積もりにけり。導師のまかづるを、御前に召して、盃など、常の作法よりもさし分かせたまひて、ことに禄など賜はす。年ごろ久しく参り、朝廷にも仕うまつりて、御覧じ馴れたる御導師の、頭はやうやう色変りてさぶらふも、あはれに思さる。例の、宮たち、上達部など、あまた参りたまへり。
梅の花の、わづかにけしきばみはじめて雪にもてはやされたるほど、をかしきを、御遊びなどもありぬべけれど、なほ今年までは、ものの音もむせびぬべき心地したまへば、時によりたるもの、うち誦じなどばかりぞせさせたまふ。
まことや、導師の盃のついでに、
「春までの命も知らず雪のうちに
色づく梅を今日かざしてむ」
御返し、
「千世の春見るべき花と祈りおきて
わが身ぞ雪とともにふりぬる」
人びと多く詠みおきたれど、もらしつ。
その日ぞ、出でたまへる。御容貌、昔の御光にもまた多く添ひて、ありがたくめでたく見えたまふを、この古りぬる齢の僧は、あいなう涙もとどめざりけり。
年暮れぬと思すも、心細きに、若宮の、
「儺やらはむに、音高かるべきこと、何わざをせさせむ」
と、走りありきたまふも、「をかしき御ありさまを見ざらむこと」と、よろづに忍びがたし。
「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに1968
年もわが世も今日や尽きぬる」
一日のほどのこと、「常よりことなるべく」と、おきてさせたまふ。親王たち、大臣の御引出物、品々の禄どもなど、何となう思しまうけて、とぞ。

 [3-4 源氏、出家の準備]
「御仏名も、今年限りだ」とお思いになればであろうか、例年よりも格別に、錫杖の声々などがしみじみと思われなさる。行く末長い将来を請い願うのも、仏が何とお聞きになろうかと、耳が痛い。
雪がたいそう降って、たくさん積もった。導師が退出するのを、御前にお召しになって、盃など、平常の作法よりも格別になさって、特に禄などを下賜なさる。長年久しく参上し、朝廷にもお仕えして、よくご存知になられている御導師が、頭はだんだん白髪に変わって伺候しているのも、しみじみとお思われなさる。いつもの、親王たち、上達部などが、大勢参上なさった。
梅の花が、わずかにほころびはじめて雪に引き立てられているのが、美しいので、音楽のお遊びなどもあるはずなのだが、やはり今年までは、楽の音にもむせび泣きしてしまいそうな気がなさるので、折に合うものを、口ずさむ程度におさせなさる。
そう言えば、導師にお盃を賜る時に、
「春までの命もあるかどうか分からないから
雪の中に色づいた紅梅を今日は插頭にしよう」
お返事は、
「千代の春を見るべくあなたの長寿を祈りおきましたが
わが身は降る雪とともに年ふりました」
人々も数多く詠みおいたが、省略した。
この日、初めて人前にお出になった。ご器量、昔のご威光にもまた一段と増して、素晴らしく見事にお見えになるのを、この年とった老齢の僧は、無性に涙を抑えられないのであった。
年が暮れてしまったとお思いになるにつけ、心細いので、若宮が、
「追儺をするのに、高い音を立てるには、どうしたらよいでしょう」
と言って、走り回っていらっしゃるのも、「かわいいご様子を見なくなることだ」と、何につけ堪えがたい。
「物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に
今年も自分の寿命も今日が最後になったか」
元日の日のことを、「例年より格別に」と、お命じあそばす。親王方、大臣への御引出物や、人々への禄などを、またとなくご用意なさって、とあった。

 [3-4 Genji prepares to go into religion]
 "Ohom-Butumyau mo, kotosi bakari ni koso ha." to obose ba ni ya, tune yori mo koto ni, syakuzyau no kowe-gowe nado ahare ni obosa ru. Yukusuwe nagaki koto wo kohi negahu mo, Hotoke no kiki tamaha m koto, katahara-itasi.
 Yuki itau huri te, mameyaka ni tumori ni keri. Dausi no makaduru wo, o-mahe ni mesi te, sakaduki nado, tune no sahohu yori mo sasi-waka se tamahi te, koto ni roku nado tamaha su. Tosi-goro hisasiku mawiri, Ohoyake ni mo tukau-maturi te, go-ran-zi nare taru ohom-Dausi no, kasira ha yau-yau iro kahari te saburahu mo, ahare ni obosa ru. Rei no, Miya-tati, Kamdatime nado, amata mawiri tamahe ri.
 Ume no hana no, waduka ni kesiki-bami hazime te yuki ni motehayasa re taru hodo, wokasiki wo, ohom-asobi nado mo ari nu bekere do, naho kotosi made ha, mono no ne mo musebi nu beki kokoti si tamahe ba, toki ni yori taru mono, uti-zun-zi nado bakari zo se sase tamahu.
 Makoto ya, Dausi no sakaduki no tuide ni,
 "Haru made no inoti mo sira zu yuki no uti ni
 iro-duku ume wo kehu kazasi te m
"
 Ohom-kahesi,
 "Tiyo no haru miru beki hana to inori oki te
 waga mi zo yuki to tomoni huri nuru
"
 Hito-bito ohoku yomi oki tare do, morasi tu.
 Sono hi zo, ide tamahe ru. Ohom-katati, mukasi no ohom-hikari ni mo mata ohoku sohi te, arigataku medetaku miye tamahu wo, kono huri nuru yohahi no sou ha, ainau namida mo todome zari keri.
 Tosi kure nu to obosu mo, kokoro-bosoki ni, Waka-Miya no,
 "Na yaraha m ni, oto takakaru beki koto, nani-waza wo se sase m?"
 to, hasiri ariki tamahu mo, "Wokasiki mi-arisama wo mi zara m koto." to, yorodu ni sinobi gatasi.
 "Mno omohu to suguru tuki-hi mo sira nu ma ni
 tosi mo waga yo mo kehu ya tuki nuru
"
 Tuitati no hodo no koto, "Tune yori koto naru beku." to, oki te se sase tamahu. Miko-tati, Otodo no hikiide-mono, sina-zina no roku-domo nado, nani to nau obosi mauke te, to zo.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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