源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻

2 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる

3 浮舟の物語 浮舟の母、中の君に娘の浮舟を託す

4 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる

5 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる

6 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く

出典
校訂

1 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻

2 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる

3 浮舟の物語 浮舟の母、中の君に娘の浮舟を託す

4 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる

5 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる

6 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く

1 Tale of Ukifune Ukifune and Sakon-shosho's offer of marriage is canceled

2 Tale of Ukifune Ukifune's mother compares Nionomiya with Sakon-shosho

3 Tale of Ukifune Ukifune's mother leaves Ukifune to Nakanokimi in Kyoto

4 Tale of Ukifune and Nionomiya Ukifune is peeped by Nionomiya and forced his attentions

5 Tale of Ukifune Ukifune lives temporarily at a small house in Sanjo

6 Tale of Ukihune and Kaoru Kaoru goes to Uji with Ukifune

 1 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻 [1-1 浮舟の母、娘の良縁を願う]
 筑波山を分け2407見まほしき御心はありながら、端山の繁りまであながちに思ひ入らむも、いと人聞き軽々しう、かたはらいたかるべきほどなれば、思し憚りて、御消息をだにえ伝へさせたまはず。
かの尼君のもとよりぞ、母北の方にのたまひしさまなど、たびたびほのめかしおこせけれど、まめやかに御心とまるべきこととも思はねば、ただ、さまでも尋ね知りたまふらむこと、とばかりをかしう思ひて、人の御ほどのただ今世にありがたげなるをも、数ならましかば、などぞよろづに思ひける。
守の子どもは、母亡くなりにけるなど、あまた、この腹にも、姫君とつけてかしづくあり、まだ幼きなど、すぎすぎに五、六人ありければ、さまざまにこの扱ひをしつつ、異人と思ひ隔てたる心のありければ、常にいとつらきものに守をも恨みつつ、「いかでひきすぐれて、おもただしきほどにしなしても見えにしがな」と、明け暮れ、この母君は思ひ扱ひける。
さま容貌の、なのめに、とりまぜてもありぬべくは、いとかうしも何かは苦しきまでももてなやまじ、同じごと思はせてもありぬべき世を、ものにも混じらず、あはれにかたじけなく生ひ出でたまへば、あたらしく心苦しき者に思へり。
娘多かりと聞きて、なま君達めく人びとも、おとなひ言ふ、いとあまたありけり。初めの腹の二、三人は、皆さまざまに配りて、大人びさせたり。今はわが姫君を、「思ふやうにて見たてまつらばや」と、明け暮れ護りて、なでかしづくこと限りなし。

 1 浮舟の物語 左近少将との縁談とその破綻 [1-1 浮舟の母、娘の良縁を願う]
筑波山を分け入ってみたいお気持ちはあるが、そんな端山の茂みにまで無理に熱中するようなのも、たいそう人聞きが軽々しく、確かに体裁の悪いことなので、お差し控えになって、お手紙をさえお伝えさせになることができない。
あの尼君のもとから、母北の方におっしゃったことなどを、何度もそれとなく言ってよこすが、本気でお心がとまるように思われないので、ただ、そんなにまでお探してご存知になったこと、というぐらいにおもしろく思って、ご身分が今の世ではめったにないようなのにつけても、人並みの身分であったら、などといろいろと思うのであった。
常陸介の子供は、母親が亡くなった者など、大勢いて、今の母腹にも、姫君と名づけて大切にする者があり、まだ幼い者など、次々に五、六人いたので、いろいろと子供の世話をしながら、連れ子と思い隔てる気持ちがあったので、いつもとてもつらいと介を恨みながら、「何とかすぐれて、晴れがましいところに縁づけたい」と、明け暮れ、この母君は思い世話をしていたのであった。
容姿や器量が、並々で、他の娘たちと同じようなのであったら、とてもこんなにまでどうして苦しいまでに悩んだりしよう、皆と同じように思わせてもよいものを、誰にも似ず、何とももったいなくもお生まれになったので、もったいなくおいたわしい人と思っていた。
娘が多いと聞いて、なまじ公達めいた人びとも、恋文を送り言い寄るのが、たいそう大勢いるのであった。先妻の腹の二、三人は、皆それぞれに縁づけて、一人前にさせていた。今は自分の姫君を、「思い通りにお世話申したい」と、朝から晩まで気をつけて、大切にお世話することこの上ない。

 1 Tale of Ukifune Ukifune and Sakon-shosho's offer of marriage is canceled [1-1 Ukifune's mother desires her daughter's good match]
 Tukuba-yama wo wake mi mahosiki mi-kokoro ha ari nagara, ha-yama no sigeri made anagati ni omohi ira m mo, ito hito-giki karo-garosiu, katahara-itakaru beki hodo nare ba, obosi habakari te, ohom-seusoko wo dani e tutahe sase tamaha zu.
 Ka no Ama-Gimi no moto yori zo, haha-Kitanokata ni notamahi si sama nado, tabi-tabi honomekasi okose kere do, mameyaka ni mi-kokoro tomaru beki koto to mo omoha ne ba, tada, sa made mo tadune siri tamahu ram koto, to-bakari wokasiu omohi te, hito no ohom-hodo no tada ima yo ni arigatage naru wo mo, kazu nara masika ba, nado zo yorodu ni omohi keru.
 Kami no kodomo ha, haha nakunari ni keru nado, amata, ko no hara ni mo, Hime-Gimi to tuke te kasiduku ari, mada wosanaki nado, sugi-sugi ni go, roku-nin ari kere ba, sama-zama ni ko no atukahi wo si tutu, koto-bito to omohi hedate taru kokoro no ari kere ba, tune ni ito turaki mono ni Kami wo mo urami tutu, "Ikade hiki-sugure te, omodatasiki hodo ni si nasi te mo miye ni si gana!" to, ake-kure, ko no Haha-Gimi ha omohi atukahi keru.
 Sama katati no, nanome ni, tori-maze te mo ari nu beku ha, ito kau si mo nani ka ha kurusiki made mo mote-nayama zi, onazi-goto omohase te mo ari nu beki yo wo, mono ni mo mazira zu, ahare ni katazikenaku ohi-ide tamahe ba, atarasiku kokoro-gurusiki mono ni omohe ri.
 Musume ohokari to kiki te, nama-Kindati meku hito-bito mo, otonahi ihu, ito amata ari keri. Hazime no hara no ni, sam-nin ha, mina sama-zama ni kubari te, otona-bi sase tari. Ima ha wa ga Hime-Gimi wo, "Omohu yau ni te mi tatematura baya!" to, ake-kure mamori te, nade kasiduku koto kagiri nasi.

 [1-2 継父常陸介と求婚者左近少将]
守も卑しき人にはあらざりけり。上達部の筋にて、仲らひもものきたなき人ならず、徳いかめしうなどあれば、ほどほどにつけては思ひ上がりて、家の内もきらきらしく、ものきよげに住みなし、事好みしたるほどよりは、あやしう荒らかに田舎びたる心ぞつきたりける。
若うより、さる東方の、遥かなる世界に埋もれて年経ければにや、声などほとほとうちゆがみぬべく、ものうち言ふ、すこしたみたるやう2408にて、豪家のあたり恐ろしくわづらはしきものに憚り懼ぢ、すべていとまたく隙間なき心もあり。
をかしきさまに琴笛の道は遠う、弓をなむいとよく引ける。なほなほしきあたりともいはず、勢ひに引かされて、よき若人ども、装束ありさまはえならず調へつつ、腰折れたる歌合せ、物語、庚申をし、まばゆく見苦しく、遊びがちに好めるを、この懸想の君達、
「らうらうじくこそあるべけれ。容貌なむいみじかなる」
など、をかしき方に言ひなして、心を尽くし合へる中に、左近少将とて、年二十二、三ばかりのほどにて、心ばせしめやかに、才ありといふ方は、人に許されたれど、きらきらしう今めいてなどはえあらぬにや、通ひし所なども絶えて、いとねむごろに言ひわたりけり。
この母君、あまたかかること言ふ人びとの中に、
「この君は、人柄もめやすかなり。心定まりてももの思ひ知りぬべかなるを、人もあてなりや。これよりまさりて、ことことしき際の人はた、かかるあたりを、さいへど、尋ね寄らじ」
と思ひて、この御方に取りつぎて、さるべき折々は、をかしきさまに返り事などせさせたてまつる。心一つに思ひまうく。
「守こそおろかに思ひなすとも、我は命を譲りてかしづきて、さま容貌のめでたきを見つきなば、さりとも、おろかになどは、よも思ふ人あらじ」
と思ひ立ちて、八月ばかりと契りて、調度をまうけ、はかなき遊びものをせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵、螺鈿のこまやかなる心ばへまさりて見ゆるものをば、この御方にと取り隠して、劣りのを、
「これなむよき」
とて見すれば、守はよくしも見知らず、そこはかとない物どもの、人の調度といふ限りは、ただとり集めて並べ据ゑつつ、目をはつかにさし出づるばかりにて、琴、琵琶の師とて、内教坊のわたりより迎へ取りつつ習はす。
手一つ弾き取れば、師を立ち居拝みてよろこび、禄を取らすること、埋むばかりにてもて騒ぐ。はやりかなる曲物など教へて、師と、をかしき夕暮などに、弾き合はせて遊ぶ時は、涙もつつまず、をこがましきまで、さすがにものめでしたり。かかることどもを、母君は、すこしもののゆゑ知りて、いと見苦しと思へば、ことにあへしらはぬを、
「吾子をば、思ひ落としたまへり」
と、常に恨みけり。

 [1-2 継父常陸介と求婚者左近少将]
常陸介も卑しい人ではなかったのだ。上達部の血筋を引いて、一門の人びとも見苦しい人でなく、財力など大変に有ったので、身分相応に気位高くて、邸の内も輝くように美しく、こざっぱりと生活し、風流を好むわりには、妙に荒々しく田舎人めいた性情もついていたのであった。
若くから、そのような東国の方の、遥か遠い世界に埋もれて長年過ごしてきたせいか、声などもほとんど田舎風になって、何か言うと、すこし訛りがあるようで、権勢家のあたりを恐ろしく厄介なものと気兼ねし恐がって、すべての面で実に抜け目ない心がある。
風雅な方面の琴や笛の芸道には疎遠で、弓をたいそう上手に引くのであった。身分の低い家柄を問題にせず、財力につられて、よい若い女房連中が、衣装や身なりは素晴らしく整えて、下手な歌合せや、物語、庚申待ちをし、まぶしいほど見苦しく、遊び事に風流めかしているのを、この懸想の公達は、
「才たけているにちがいない。器量も大変なものらしい」
などと、素晴らしいように言い作って、恋心を尽くしあっている中で、左近少将といって、年は二十二、三歳くらいで、性格が落ち着いていて、学問があるという点では、誰からも認められていたが、きらきらしく派手にはしていなかったのか、通っていた妻とも縁が切れて、たいそう熱心に言い寄って来るのであった。
この母君は、大勢このようなことを言って来る人びとの中で、
「この君は、人柄も無難である。思慮もしっかりしていて分別がありそうだし、人品も卑しくないな。この人以上の、立派な身分の人はまた、このようなあたりを、そうはいっても、探し求めて来るまい」
と思って、この御方に取り次いで、適当な折々には、結構なように返事などをおさせ申し上げる。自分独りで心用意する。
「常陸介はいいかげんに思うとも、自分は命に代えて大切に世話し、容姿器量の素晴らしいのを見たならば、そうはいっても、いいかげんにまどは、けっして思う人はいまい」
と決心して、八月ぐらいにと約束して、調度を準備し、ちょっとした遊び道具を作らせても、恰好は格別に美しく、蒔絵、螺鈿のこまやかな趣向がすぐれて見える物を、この御方のために隠し置いて、劣った物を、
「これが結構です」
と言って見せると、常陸介はよくも分からず、これといった価値のない物どもで、世間でいう調度類という調度は、すべて集めて部屋中いっぱいに並べ据えて、目をわずかに覗かせるくらいで、琴、琵琶の師匠として、内教坊のあたりから迎え迎えして習わせる。
一曲習得すると、師匠を立ったり座ったり拝んでお礼申し上げ、謝礼を与えることは、それで埋まるほどに大騒ぎする。調子の早い曲などを教えて、師匠と一緒に、美しい夕暮時などに、合奏して遊ぶときは、涙も隠さず、馬鹿馬鹿しいまでに、それほど感動していた。このようなことを、母君は、少しは物事を知っていて、とても見苦しいと思うので、特に相手にしないのを、
「わが娘を、馬鹿にしておられる」
と、いつも恨んでいるのであった。

 [1-2 Stepfather of Ukifune and her fiance Sakon-shosho]
 Kami mo iyasiki hito ni ha ara zari keri. Kamdatime no sudi ni te, nakarahi mo mono kitanaki hito nara zu, toku ikamesiu nado are ba, hodo-hodo ni tuke te ha omohi-agari te, ihe no uti mo kira-kirasiku, mono-kiyoge ni sumi-nasi, koto konomi si taru hodo yori ha, ayasiu araraka ni winaka-bi taru kokoro zo tuki tari keru.
 Wakau yori, saru Aduma-kata no, haruka naru sekai ni udumore te tosi he kere ba ni ya, kowe nado hoto-hoto uti-yugami nu beku, mono uti-ihu, sukosi tami taru yau ni te, gauke no atari osorosiku wadurahasiki mono ni habakari odi, subete ito mataku sukima naki kokoro mo ari.
 Wokasiki sama ni koto hue no miti ha tohou, yumi wo nam ito yoku hike ru. Naho-nahosiki atari to mo iha zu, ikihohi ni hika sa re te, yoki waka-udo-domo, sauzoku arisama ha e nara zu totonohe tutu, kosi wore taru uata-ahase, monogatari, kausin wo si, mabayuku mi-gurusiku, asobi-gati ni konome ru wo, ko no kesau no Kim-dati,
 "Rau-rauziku koso aru bekere. Katati nam imizika' naru."
 nado, wokasiki kata ni ihi-nasi te, kokoro wo tukusi ahe ru naka ni, Sakon-no-Seusyau tote, tosi ni-zihu ni, sam bakari no hodo ni te, kokoro-base simeyaka ni, zae ari to ihu kata ha, hito ni yurusa re tare do, kira-kirasiu imamei te nado ha e ara nu ni ya, kayohi si tokoro nado mo taye te, ito nemgoro ni ihi watari keri.
 Ko no Haha-Gimi, amata kakaru koto ihu hito-bito no naka ni,
 "Ko no Kimi ha, hito-gara mo meyasuka' nari. Kokoro sadamari te mo mono-omohi siri nu beka' naru wo, hito mo ate nari ya! Kore yori masari te, koto-kotosiki kiha no hito hata, kakaru atari wo, sa ihe do, tadune yora zi."
 to omohi te, ko no Ohom-Kata ni tori-tugi te, saru beki wori-wori ha, wokasiki sama ni kaheri-goto nado se sase tatematuru. Kokoro hitotu ni omohi mauku.
 "Kami koso oroka ni omohi-nasu to mo, ware ha inoti wo yuduri te kasiduki te, sama katati no medetaki wo mi-tuki na ba, sari to mo, oroka ni nado ha, yo mo omohu hito ara zi."
 to omohi-tati te, Hati-gwati bakari to tigiri te, teudo wo mauke, hakanaki asobi mono wo se sase te mo, sama koto ni yau wokasiu, maki-we, raden no komayaka naru kokoro-bahe masari te miyuru mono wo ba, ko no Ohom-Kata ni to tori-kakusi te, otori no wo,
 "Kore nam yoki."
 tote, misure ba, Kami ha yoku si mo mi sira zu, sokohaka-to-nai mono-domo no, hito no teudo to ihu kagiri ha, tada tori atume te narabe suwe tutu, me wo hatuka ni sasi-iduru bakari ni te, koto, biwa no si tote, Naikeubau no watari yori mukahe-tori tutu narahasu.
 Te hitotu hiki-tore ba, si wo tati-wi wogami te yorokobi, roku wo tora suru koto, udumu bakari ni te mote-sawagu. Hayarika naru goku-mono nado wosihe te, si to, wokasiki yuhugure nado ni, hiki ahase te asobu toki ha, namida mo tutuma zu, wokogamasiki made, sasuga ni mono-mede si tari. Kakaru koto-domo wo, Haha-Gimi ha, sukosi mono no yuwe siri te, ito mi-gurusi to omohe ba, koto ni ahe-siraha nu wo,
 "A-ko wo ba, omohi-otosi tamahe ri."
 to, tune ni urami keri.

 [1-3 左近少将、浮舟が継子だと知る]
かくて、この少将、契りしほどを待ちつけで、「同じくは疾く」とせめければ、わが心一つに、かう思ひ急ぐも、いとつつましう、人の心の知りがたさを思ひて、初めより伝へそめける人の来たるに、近う呼び寄せて語らふ。
「よろづ多く思ひ憚ることの多かるを、月ごろかうのたまひてほど経ぬるを、並々の人にもものしたまはねば、かたじけなう心苦しうて。かう思ひ立ちにたるを、親などものしたまはぬ人なれば、心一つなるやうにて、かたはらいたう、うちあはぬさまに見えたてまつることもやと、かねてなむ思ふ。
若き人びとあまたはべれど、思ふ人具したるは、おのづからと思ひ譲られて、この君の御ことをのみなむ、はかなき世の中を見るにも、うしろめたくいみじきを、もの思ひ知りぬべき御心ざまと聞きて、かうよろづのつつましさを忘れぬべかめるをしも、もし思はずなる御心ばへも見えば、人笑へに悲しうなむ」
と言ひけるを、少将の君に参うでて、
「しかしかなむ」
と申しけるに、けしき悪しくなりぬ。
「初めより、さらに、守の御娘にあらずといふことをなむ聞かざりつる。同じことなれど、人聞きもけ劣りたる心地して、出で入りせむにもよからずなむあるべき。ようも案内せで、浮かびたることを伝へける」
とのたまふに、いとほしくなりて、
「詳しくも知りたまへず。女どもの知るたよりにて、仰せ言を伝へ始めはべりしに、中にかしづく娘とのみ聞きはべれば、守のにこそは、とこそ思ひたまへつれ。異人の子持たまへらむとも、問ひ聞きはべらざりつるなり。
容貌、心もすぐれてものしたまふこと、母上のかなしうしたまひて、おもだたしう気高きことをせむと、あがめかしづかると聞きはべりしかば、いかでかの辺のこと伝へつべからむ人もがな、とのたまはせしかば、さるたより知りたまへりと、取り申ししなり。さらに、浮かびたる罪、はべるまじきことなり」
と、腹悪しく言葉多かる者にて、申すに、君、いとあてやかならぬさまにて、
「かやうのあたりに行き通はむ、人のをさをさ許さぬことなれど、今様のことにて、咎あるまじう、もてあがめて後見だつに、罪隠してなむあるたぐひもあめるを、同じこととうちうちには思ふとも、よその2409おぼえなむ、へつらひて人言ひなすべき。
 源少納言2410、讃岐守などの、うけばりたるけしきにて出で入らむに、守にもをさをさ受けられぬさまにて交じらはむなむ、いと人げなかるべき」
とのたまふ。

 [1-3 左近少将、浮舟が継子だと知る]
こうして、あの少将は、約束した月を待たないで、「同じことなら早く」と催促したので、自分の考え一つで、このように急ぐのも、たいそう気がひけて、相手の心の知りにくいことを思って、初めから取り次いだ人が来たので、近くに呼んで相談する。
「いろいろと気兼ねすることがありますが、何か月もこのようにおっしゃって月日がたったが、平凡な身分の方でもいらっしゃらないので、もったいなくお気の毒で。このように決心しましたが、父親などもいらっしゃらない娘なので、自分一人の考えのようで、はた目にも見苦しく、行き届かない点がありましょうかと、今から心配しています。
若い娘たちは大勢いますが、世話する父親がいる者は、自然と何とかなろうと任せる気になりまして、この姫君のことばかりが、はかないこの世を見るにつけても、不安でたまらないので、物の情理を弁えるお方と聞いて、このようにいろいろと遠慮を忘れてしまいそうなのも、もし意外なお気持ちが見えたら、物笑いにになって悲しいことでしょう」
と言ったのを、少将の君のもとに参って、
「これこれしかじかでした」
と申したところ、機嫌が悪くなった。
「初めから、全然、介の娘でないということを聞かなかった。同じ結婚であるが、人聞きも劣った気がして、出入りするにも良くないことであろう。詳しく調べもしないで、いいかげんなことを伝えて」
とおっしゃるので、困りきって、
「詳しくは存じませんでした。女房連中の知り合いのつてで、お願いを伝え始めたのでしたが、娘たちの中で大切にお世話している娘とばかり聞きましたので、介の娘であろうと存じました。他人の娘を連れておいでだったとは、尋ねませんでした。
器量や、気立てもすぐれていらっしゃることは、母上がかわいがっていらっしゃって、晴れがましく面目のたつようにしようと、大切にお育てしていると聞いておりましたので、何とかあの介の家と縁組を取り持ってくれる人がいないものか、とおっしゃいましたので、あるつてを存じておりますと、申し上げたのです。まったく、いいかげんなという非難を、受けることはございませんはずです」
と、腹黒く口数の多い者で、こう申すので、少将の君は、大して上品でない様子で、
「あのような受領ふぜいの家に通って行くのは、誰も良いことだとは認めないことだが、当節よくあることで、咎めもあるまいし、婿を大切に世話するので、欠点を隠している例もあるようだが、実の娘と同じように内々では思っても、世間の思惑は、追従しているように人は言うであろう。
源少納言や、讃岐守などが、威張った感じで出入りするのに、常陸介からも少しも認められずに婿入りするのは、実に不面目であろう」
とおっしゃる。

 [1-3 Sakon-shosho recognizes Ukifune that she is a stepdaughter of Hitachinosuke]
 Kaku te, ko no Seusyau, tigiri si hodo wo mati-tuke de, "Onaziku ha toku." to seme kere ba, wa ga kokoro hitotu ni, kau omohi isogu mo, ito tutumasiu, hito no kokoro no siri gatasa wo omohi te, hazime yori tutahe some keru hito no ki taru ni, tikau yobi-yose te katarahu.
 "Yorodu ohoku omohi habakaru koto no ohokaru wo, tuki-goro kau notamahi te hodo he nuru wo, nami-nami no hito ni monosi tamaha ne ba, katazikenau kokoro-gurusiu te. Kau omohi-tati ni taru wo, oya nado monosi tamaha nu hito nare ba, kokoro hitotu naru yau ni te, katahara-itau, uti-aha nu sama ni miye tatematuru koto mo ya to, kane te nam omohu.
 Wakaki hito-bito amata habere do, omohu hito gu-si taru ha, onodukara to omohi yudurare te, ko no Kimi no ohom-koto wo nomi nam, hakanaki yononaka wo miru ni mo, usiro-metaku imiziki wo, mono-omohi siri nu beki mi-kokoro-zama to kiki te, kau yorodu no tutumasisa wo wasure nu beka'meru wo si mo, mosi omoha zu naru mi-kokoro-bahe mo miye ba, hito-warahe ni kanasiu nam."
 to ihi keru wo, Seusyau-no-Kimi ni maude te,
 "Sika sika nam."
 to mausi keru ni, kesiki asiku nari nu.
 "Hazime yori, sarani, Kami no mi-musume ni ara zu to ihu koto wo nam kika zari turu. Onazi koto nare do, hito-giki mo otori taru kokoti si te, ide-iri se m ni mo yokara zu nam aru beki. You mo anai se de, ukabi taru koto wo tutahe keru."
 to notamahu ni, itohosiku nari te,
 "Kuhasiku mo siri tamahe zu. Womna-domo no siru tayori ni te, ohose-goto wo tutahe hazime haberi si ni, naka ni kasiduku musume to nomi kiki habere ba, Kami no ni koso ha, to koso omohi tamahe ture. Koto-bito no ko mo' tamahe ram to mo, tohi kiki habera zari turu nari.
 Katati, kokoro mo sugure te monosi tamahu koto, Haha-Uhe no kanasiu si tamahi te, omodatasiu kedakaki koto wo se m to, agame kasiduka ru to kiki haberi sika ba, ika de ka no hen no koto tutahe tu bekara m hito mo gana, to notamaha se sika ba, saru tayori siri tamahe ri to, tori mausi si nari. Sarani, ukabi taru tumi, haberu maziki koto nari."
 to, hara-asiku kotoba ohokaru mono ni te, mausu ni, Kimi, ito ateyaka nara nu sama ni te,
 "Kayau no atari ni iki-kayoha m, hito no wosa-wosa yurusa nu koto nare do, imayau no koto ni te, toga aru maziu, mote agame te usiromi-datu ni, tumi kakusi te nam aru taguhi mo a'meru wo, onazi koto to uti-uti ni ha omohu to mo, yoso no oboye nam, heturahi te hito ihi-nasu beki.
 Gwen-Seunagon, Sanuki-no-Kami nado no, ukebari taru kesiki ni te ide-ira m ni, Kami ni mo wosa-wosa uke rare nu sama ni te maziraha m nam, ito hito-ge nakaru beki."
 to notamahu.

 [1-4 左近少将、常陸介の実娘を所望す]
この人、追従あるうたてある人の心にて、これをいと口惜しう、こなたかなたに思ひければ、
「まことに守の娘と思さば、まだ若うなどおはすとも、しか伝へはべらむかし。中にあたるなむ、姫君とて、守、いとかなしうしたまふなる」
と聞こゆ。
「いさや。初めよりしか言ひ寄れることをおきて、また言はむこそうたてあれ。されど、わが本意は、かの守の主の、人柄もものものしく、大人しき人なれば、後見にもせまほしう、見るところありて思ひ始めしことなり。もはら顔、容貌のすぐれたらむ女の願ひもなし。品あてに艶ならむ女を願はば、やすく得つべし。
されど、寂しうことうち合はぬ、みやび好める人の果て果ては、ものきよくもなく、人にも人ともおぼえたらぬを見れば、すこし人にそしらるとも、なだらかにて世の中を過ぐさむことを願ふなり。守に、かくなむと語らひて、さもと許すけしきあらば、何かは、さも」
とのたまふ。

 [1-4 左近少将、常陸介の実娘を所望す]
この仲人は、人に追従する嫌なところのある性質の人なので、これをとても残念に、相手方とこちら方とに思ったので、
「実の介の娘をとお思いならば、まだ若くていらっしゃるが、そのようにお伝え申しましょう。妹にあたる娘を、姫君として、常陸介は、たいそうかわいがっていらっしゃるそうです」
と申し上げる。
「さあね。初めからあのように申し込んでいたことをおいて、別の娘に申し込むのも嫌な気がする。けれど、自分の願いは、あの常陸介の、人柄も堂々として、老成している人なので、後見人ともしたく、考えるところがあって思い始めたことなのだ。もっぱら器量や、容姿のすぐれている女の希望もない。上品で優美な女を望むなら、簡単に得られよう。
けれど、物寂しく不如意でいて、風雅を好む人の最後は、みすぼらしい暮らしで、人から人とも思われないのを見ると、少し人から馬鹿にされようとも、平穏に世の中を過ごしたいと願うのである。介に、このように話して、そのように認める様子があったら、何の、かまうものか」
とおっしゃる。

 [1-4 Sakon-shosho desiers to get married to Hitachinosuke's daughter]
 Ko no hito, tuiseu aru utate aru hito no kokoro ni te, kore wo ito kutiwosiu, konata kanata ni omohi kere ba,
 "Makoto ni Kami no musume to obosa ba, mada wakau nado ohasu to mo, sika tutahe habera m kasi. Naka ni ataru nam, Hime-Gimi tote, Kami, ito kanasiu si tamahu naru."
 to kikoyu.
 "Isa ya! Hazime yori sika ihi-yore ru koto wo oki te, mata iha m koso utate are. Saredo, wa ga ho'i ha, ka no Kam-no-Nusi no, hito-gara mo mono-monosiku, otonasiki hito nare ba, usiromi ni mo se mahosiu, miru tokoro ari te omohi hazime si koto nari. Mohara kaho, katati no sugure tara m womna no negahi mo nasi. Sina ate ni en nara m womna wo negaha ba, yasuku e tu besi.
 Sare do, sabisiu koto uti-aha nu, miyabi konome ru hito no hate-hate ha, mono-kiyoku mo naku, hito ni mo hito to mo oboye tara nu wo mire ba, sukosi hito ni sosira ru to mo, nadaraka ni te yononaka wo sugusa m koto wo negahu nari. Kami ni, kaku nam to katarahi te, sa mo to yurusu kesiki ara ba, nani ka ha, sa mo,"
 to notamahu.

 [1-5 常陸介、左近少将に満足す]
この人は、妹のこの西の御方にあるたよりに、かかる御文なども取り伝へはじめけれど、守には詳しくも見え知られぬ者なりけり。ただ行きに、守の居たりける前に行きて、
「とり申すべきことありて」
など言はす。守、
「このわたりに時々出で入りはすと
2411聞けど、前には呼び出でぬ人の、何ごと言ひにかはあらむ」
と、なま荒々しきけしきなれど、
「左近少将殿の御消息にてなむさぶらふ」
と言はせたれば、会ひたり。語らひがたげなる顔して、近うゐ寄りて、
「月ごろ、内の御方に消息聞こえさせたまふを、御許しありて、この月のほどにと契りきこえさせたまふことはべるを、日をはからひて、いつしかと思す2412ほどに、ある人の申しけるやう、
『まことに北の方の御はからひにものしたまへど、守の殿の御娘にはおはせず。君達のおはし通はむに、世の聞こえなむへつらひたるやうならむ。受領の御婿になりたまふかやうの君達は、ただ私の君のごとく思ひかしづきたてまつり、手に捧げたるごと2413、思ひ扱ひ後見たてまつるにかかりてなむ、さる振る舞ひしたまふ人びとものしたまふめるを、さすがにその御願ひはあながちなるやうにて、をさをさ受けられたまはで、け劣りておはし通はむこと、便なかりぬべきよし』
をなむ、切にそしり申す人びとあまたはべるなれば、ただ今思しわづらひてなむ。
『初めよりただきらきらしう、人の後見と頼みきこえむに、堪へたまへる御おぼえを選び申して、聞こえ始め申ししなり。さらに、異人ものしたまふらむといふこと知らざりければ、もとの心ざしのままに、まだ幼きものあまたおはすなるを、許いたまはば、いとどうれしくなむ。御けしき見て参うで来』
と仰せられつれば」
と言ふに、守、
「さらに、かかる御消息はべるよし、詳しく承らず。まことに同じことに思うたまふべき人なれど、よからぬ童べあまたはべりて、はかばかしからぬ身に、さまざま思ひたまへ扱ふほどに、母なる者も、これを異人と思ひ分けたることと、くねり言ふことはべりて、ともかくも口入れさせぬ人のことにはべれば、ほのかに、しかなむ仰せらるることはべりとは聞きはべりしかど、なにがしを取り所に思しける御心は、知りはべらざりけり。
さるは、いとうれしく思ひたまへらるる御ことにこそはべるなれ。いとらうたしと思ふ女の童は、あまたの中に、これをなむ命にも代へむと思ひはべる。のたまふ人びとあれど、今の世の人の御心、定めなく聞こえはべるに、なかなか胸いたき目をや見むの憚りに、思ひ定むることもなくてなむ。
いかでうしろやすくも見たまへおかむと、明け暮れかなしく思うたまふるを、少将殿におきたてまつりては、故大将殿にも、若くより参り仕うまつりき。家の子にて見たてまつりしに、いと警策に、仕うまつらまほしと、心つきて思ひきこえしかど、遥かなる所に、うち続きて過ぐしはべる年ごろのほどに、うひうひしくおぼえはべりてなむ、参りも仕まつらぬを、かかる御心ざしのはべりけるを。
返す返す、仰せの事たてまつらむはやすきことなれど、月ごろの御心違へたるやうに、この人、思ひたまへむことをなむ、思うたまへ憚りはべる」
と、いとこまやかに言ふ。

 [1-5 常陸介、左近少将に満足す]
この仲人は、妹がこの西の御方に仕えているのをつてにして、このようなお手紙なども取り次ぎ始めたが、常陸介からは詳しく知られていない者なのであった。ただずかずかと、介の座っている前に出て行って、
「申し上げねばならないことがあります」
などと言わせる。介は、
「この家に時々出入りしているとは聞くが、前には呼び出さない人が、何事を言うのであろうか」
と、どこか荒々しい様子であるが、
「左近少将殿からのお手紙でございます」
と言わせたので、会った。話し出しにくそうな顔をして、近くに座り寄って、
「ここ幾月も、御内儀の御方にお便りを差し上げなさっていましたが、お許しがあって、今月にとお約束申し上げなさったことがございましたが、吉日を選んで、早くとお考えのうちに、ある人が申したことには、
『確かに北の方のご計画ではあるが、常陸介様の御娘さまではいらっしゃらない。良家のご子息がお通いになるには、世間の評判も追従しているようであろう。受領の婿殿におなりになるこのような公達は、ただ私的な主君のように大切にされて、手に持った玉のように、大事にご後見申されることによって、そのような縁組を結びなさる人びともいらっしゃるようですが、やはりその願いは無理なようなので、少しも婿として承知していただけず、劣った扱いでお通いになることは、不都合なこと』だと、しきりに申す人びとが大勢ございますようなので、ただ今お困りになっています。
『初めからただ威勢がよく、後見者としてお頼り申すのに、十分でいらっしゃるご評判をお選び申して、求婚しは始めたのです。まったく、他人の娘がいらっしゃるということは知らなかったので、最初の希望通りに、まだ幼い娘も大勢いらっしゃるというのを、お許しくださったら、ますます嬉しい。ご機嫌を伺って来るように』
と命じられましたので」
と言うと、介は、
「まったく、そのようなお便りがございますこと、詳しく存じませんでした。ほんとうに実の娘と同じように存じている人ですが、よろしくない娘どもが大勢おりまして、大したことでもないわが身で、いろいろとお世話申し上げて来たところ、母にあたる者も、わたしがこの娘を自分の娘と分け隔てしていると、僻んで言うことがありまして、何とも口出しさせない人のことでございましたので、ちらっと、そのようにおっしゃったということは聞きましたが、わたしを期待してお思いになっていたお心がありましたとは、存じませんでした。
それは、実に嬉しく存じられることでございます。たいそうかわいいと思う幼い娘は、大勢の娘たちの中で、この子を命に代えてもよいと思っております。求婚なさる方々はいるが、今の世の中の人の心は、頼りないと聞いておりますので、かえって胸を痛めることになろうかと遠慮され、決心することもございませんでした。
何とか安心な状態にしておきたいと、明け暮れかわいく存じておりましたが、少将殿におかれましては、亡き大将殿にも、若い時からお仕えしてまいりました。家来として拝見しましたが、たいそう人物が立派なので、お仕え申したいと、お慕い申し上げて来ましたが、遠国に、引き続いて過ごして来ました何年もの間に、お会いするのも恥ずかしく思われまして、参上してお仕えしませんでしたが、このようなお気持ちがございましたとは。
返し返すも、仰せの通り差し上げますことはたやすいことですが、今までのお考えに背いたように、わが妻が、思いますことが、気がかりに存じられるのです」
と、たいそうこまごまと言う。

 [1-5 Hitachinosuke is satisfied with Sakon-shosho]
 Ko no hito ha, Imouto no ko no nisi no ohom-kata ni aru tayori ni, kakaru ohom-humi nado mo tori-tutahe hazime kere do, Kami ni ha kuhasiku mo miye sira re nu mono nari keri. Tada iki ni, Kami no wi tari keru mahe ni iki te,
 "Tori mausu beki koto ari te."
 nado iha su. Kami,
 "Ko no watari ni toki-doki ide-iri ha su to kike do, mahe ni ha yobi ide nu hito no, nani-goto ihi ni ka ha ara m?"
 to, nama ara-arasiki kesiki nare do,
 "Sakon-no-Seusyau-dono no ohom-seusoko ni te nam saburahu."
 to iha se tare ba, ahi tari. Katarahi gatage naru kaho si te, tikau wi yori te,
 "Tuki-goro, Uti-no-Ohomkata ni seusoko kikoye sase tamahu wo, ohom-yurusi ari te, ko no tuki no hodo ni to tigiri kikoye sase tamahu koto haberu wo, hi wo hakarahi te, itusika to obosu hodo ni, aru hito no mausi keru yau,
 'Makoto ni Kitanokata no ohom-hakarahi ni monosi tamahe do, Kam-no-Tono no mi-musume ni ha ohase zu. Kim-dati no ohasi kayoha m ni, yo no kikoye na m heturahi taru yau nara m. Zuryau no ohom-muko ni nari tamahu kayau no Kimi-tati ha, tada watakusi no kimi no gotoku omohi kasiduki tatematuri, te ni sasage taru goto, omohi atukahi usiromi tatematuru ni kakari te nam, saru hurumahi si tamahu hito-bito monosi tamahu meru wo, sasuga ni so no ohom-negahi ha anagati naru yau ni te, wosa-wosa uke rare tamaha de, ke-otori te ohasi kayoha m koto, bin nakari nu beki yosi.'
 wo nam, seti ni sosiri mausu hito-bito amata haberu nare ba, tada ima obosi wadurahi te nam.
 'Hazime yori tada kira-kirasiu, hito no usiromi to tanomi kikoye m ni, tahe tamahe ru ohom-oboye wo erabi mausi te, kikoye hazime mausi si nari. Sarani, koto-bito monosi tamahu ram to ihu koto sira zari kere ba, moto no kokoro-zasi no mama ni, mada wosanaki mono amata ohasu naru wo, yurui tamaha ba, itodo uresiku nam. Mi-kesiki mi te maude ko.'
 to ohose rare ture ba."
 to ihu ni, Kami,
 "Sarani, kakaru ohom-seusoko haberu yosi, kuhasiku uketamahara zu. Makkoto ni onazi koto ni omou tamahu beki hito nare do, yokara nu warahabe amata haberi te, haka-bakasikara nu mi ni, sama-zama omohi tamahe atukahu hodo ni, haha naru mono mo, kore wo koto-bito to omohi wake taru koto to, kuneri ihu koto haberi te, tomo-kaku-mo kuti-ire sase nu hito no koto ni habere ba, honoka ni, sika nam ohose raruru koto haberi to ha kiki haberi sika do, nanigasi wo tori-dokoro ni obosi keru mi-kokoro ha, siri habera zari keri.
 Saru ha, ito uresiku omohi tamahe raruru ohom-koto ni koso haberu nare. Ito rautasi to omohu me-no-waraha ha, amata no naka ni, kore wo nam inoti ni mo kahe m to omohi haberu. Notamahu hito-bito are do, ima no yo no hito no mi-kokoro, sadame naku kikoye haberu ni, naka-naka mune itaki me wo ya mi m no habakari ni, omohi sadamuru koto mo naku te nam.
 Ikade usiro-yasuku mo mi tamahe oka m to, ake-kure kanasiku omou tamahuru wo, Seusyau-dono ni oki tatematuri te ha, ko-Daisyau-dono ni mo, wakaku yori mawiri tukau-maturi ki. Ihe-no-ko ni te mi tatematuri si ni, ito keuzaku ni, tukau-matura mahosi to, kokoro-tuki te omohi kikoye sika do, haruka naru tokoro ni, uti-tuduki te sugusi haberu tosi-goro no hodo ni, uhi-uhisiku oboye haberi te nam, mawiri mo tuka-matura nu wo, kakaru mi-kokorozasi no haberi keru wo.
 Kahesu-gahesu, ohose no koto tatematura m ha yasuki koto nare do, tuki-goro no mi-kokoro tagahe taru yau ni, ko no hito, omohi tamahe m koto wo nam, omou tamahe habakari haberu."
 to, ito komayaka ni ihu.

 [1-6 仲人、左近少将を絶賛す]
よろしげなめりと、うれしく思ふ。
「何かと思し憚るべきことにもはべらず。かの御心ざしは、ただ一所の御許しはべらむを願ひ思して、『いはけなく年足らぬほどにおはすとも、真実のやむごとなく思ひおきてたまへらむをこそ、本意叶ふにはせめ。もはらさやうのほとりばみたらむ振る舞ひすべきにもあらず』と、なむのたまひつる。
人柄はいとやむごとなく、おぼえ心にくくおはする君なりけり。若き君達とて、好き好きしくあてびてもおはしまさず、世のありさまもいとよく知りたまへり。領じたまふ所々もいと多くはべり2414。まだころ2415の御徳なきやうなれど、おのづからやむごとなき人の御けはひのありげなるやう、直人の限りなき富といふめる勢ひには、まさりたまへり。来年、四位になりたまひなむ。こたみの頭は疑ひなく、帝の御口づから2416ごてたまへるなり。
『よろづのこと足らひてめやすき朝臣の、妻をなむ定めざなる。はやさるべき人選りて、後見をまうけよ。上達部には、我しあれば、今日明日といふばかりになし上げてむ』とこそ仰せらるなれ。何事も、ただこの君ぞ、帝にも親しく仕うまつりたまふなる。
御心はた、いみじう警策に、重々しくなむおはしますめる。あたら人の御婿を。かう聞きたまふほどに、思ほし立ちなむこそよからめ。かの殿には、我も我も婿にとりたてまつらむと、所々にはべるなれば、ここにしぶしぶなる御けはひあらば、他ざまにも思しなりなむ。これ、ただうしろやすきことをとり申すなり」
と、いと多く、よげに言ひ続うち笑みつつ聞きゐたり。

 [1-6 仲人、左近少将を絶賛す]
うまく行きそうだと、嬉しく思う。
「何やかやと気づかいなさることはございません。あの方のお気持ちは、ただあなたお一方のお許しがございますことを願っておいでで、『子供っぽくまだ幼くいらっしゃっても、実の娘で大切に思っていらっしゃる娘こそが、希望に叶うように思うのです。まったくあのような回りの話には乗るべきでない』と、おっしゃいました。
人柄はたいそう立派で、評判は大した方でいらっしゃる公達です。若い公達といっても、好色がましく上品ぶっていらっしゃらず、世間の実情もよくご存知でいらっしゃいます。所有するご荘園もたいそうたくさんあります。今はまだ大したご威勢でないようですが、自然と高貴な人の雰囲気が備わっているように、普通の人の莫大な財産というような威勢には、まさっていらっしゃいます。来年は、四位におなりになろう。今度の蔵人頭への任官は疑いなく、帝が直におっしゃったものです。
『何事にわたって申し分なく結構な朝臣が、妻を持っていないという。早く適当な人を選んで、後見人を設けなさい。上達部には、わたしがいるので、今日明日にでもして上げよう』と仰せになったと言います。どのような事も、ただこの君は、帝にも親しくお仕え申し上げていらっしゃると言います。
お考えはまた、たいそう立派で、重々しくいらっしゃるようです。もったいなくも立派な婿殿よ。このようにお聞きになるうちに、ご決心なさるのがよいことでしょう。あの殿には、われもわれもと婿にお迎え申したいと、あちこちに話がございますので、こちらで渋っているご様子があったら、他のところにお決まりになりましょう。わたしは、ただ安心な縁談を申し上げるだけです」
と、たいそう言葉多く、うまそうに言い続けるので、まことにあきれるほど田舎人めいた介なので、にっこりして聞いていた。

 [1-6 A go-between speaks very highly of Sakon-shosho]
 Yorosige na'meri to, uresiku omohu.
 "Nani ka to obosi habakaru beki koto ni mo habera zu. Ka no mi-kokorozasi ha, tada hito-tokoro no ohom-yurusi habera m wo negahi obosi te, 'Ihakenaku tosi tara nu hodo ni ohasu to mo, sinziti no yamgotonaku omohi oki te tamahe ra m koso, ho'i kanahu ni ha se me. Mohara sa-yau no hotori-bami tara m hurumahi su beki ni mo ara zu' to, nam notamahi turu.
 Hito-gara ha ito yamgotonaku, oboye kokoro-nikuku ohasuru Kimi nari keri. Wakaki Kim-dati tote, suki-zukisiku atebi te mo ohasimasa zu, yo no arisama mo ito yoku siri tamahe ri. Ryau-zi tamahu tokoro-dokoro mo ito ohoku haberi. Mada koro no ohom-toku naki yau nare do, onodukara yamgotonaki hito no ohom-kehahi no ari-ge naru yau, naho-bito no kagiri naki tomi to ihu meru ikihohi ni ha, masari tamahe ri. Rai-nen, si-wi ni nari tamahi na m. Kotami no Tou ha utagahi naku, Mikado no ohom-kutidu-kara gote tamahe ru nari.
 'Yorodu no koto tarahi te meyasuki Asom no, me wo nam sadame za'naru. Haya saru beki hito eri te, usiromi wo mauke yo. Kamdatime ni ha, ware si are ba, kehu asu to ihu bakari ni nasi age te m.' to koso ohose raru nare. Nani-goto mo, tada ko no Kimi zo, Mikado ni mo sitasiku tukau-maturi tamahu naru.
 Mi-kokoro hata, imiziu keuzaku ni, omo-omosiku nam ohasimasu meru. Atara hito no ohom-muko wo! Kau kiki tamahu hodo ni, omohosi tati na m koso yokara me. Ka no Tono ni ha, ware mo ware mo muko ni tori tatematura m to, tokoro-dokoro ni haberu nare ba, koko ni sibu-sibu naru ohom-kehahi ara ba, hoka-zama ni mo obosi nari na m. Kore, tada usiro-yasuki koto wo tori mausu nari."
 to, ito ohoku, yoge ni ihi tudukuru ni, ito asamasiku hinabi taru Kami ni te, uti-wemi tutu kiki wi tari.

 [1-7 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える]
「このころの御徳などの心もとなからむことは、なのたまひそ。なにがし命はべらむほどは、頂に捧げたてまつりてむ。心もとなく、何を飽かぬとか思すべき。たとひあへずして仕うまつりさしつとも、残りの宝物、領じはべる所々、一つにてもまた取り争ふべき人なし。
子ども多くはべれど、これはさま異に思ひそめたる者にはべり。ただ真心に思し顧みさせたまはば、大臣の位を求めむと思し願ひて、世になき宝物をも尽くさむとしたまはむに、なきものはべるまじ。
当時の帝、しか恵み申したまふなれば、御後見は心もとなかるまじ。これ、かの御ためにも、なにがしが女の童のためにも、幸ひとあるべきことにやとも知らず」
と、よろしげに言ふ時に、いとうれしくなりて、妹にもかかることありとも語らず、あなたにも寄りつかで、守の言ひつることを、「いともいともよげにめでたし」と思ひて聞こゆれば、君、「すこし鄙びてぞある」とは聞きたまへど、憎からず、うち笑みて聞きゐたまへり。大臣にならむ贖労を取らむなどぞ、あまりおどろおどろしきことと、耳とどまりける。
「さて、かの北の方には、かくとものしつや。心ざしことに思ひ始めたまへらむに、ひき違へたらむ、ひがひがしくねぢけたるやうにとりなす人もあらむ。いさや」
と思したゆたひたるを、
「何か。北の方も、かの姫君をば、いとやむごとなきものに思ひかしづきたてまつりたまふなりけり。ただ中のこのかみにて、年も大人びたまふを、心苦しきことに思ひて、そなたにとおもむけて申されけるなりけり」
と聞こゆ。月ごろは、またなく世の常ならずかしづくと言ひつるものの、うちつけにかく言ふもいかならむと思へども、「なほ、一わたりはつらしと思はれ、人にはすこし誹らるとも、長らへて頼もしき事をこそ」と、いとまたくかしこき君にて、思ひ取りてければ、日をだにとり替へで、契りし暮れにぞ、おはし始めける。

 [1-7 左近少将、浮舟から常陸介の実娘にのり換える]
「ただ今のご収入などが少ないことなどは、おっしゃいますな。わたしが生きている間は、頭上にも戴き申し上げよう。気がかりに、何を不足とお思いになることがあろう。たとい寿命が尽きて中途でお仕えすることができなくなってしまったとしても、遺産の財宝や、所有していている領地など、一つとして他に争う者はいません。
子供は多くいますが、この娘は特別にかわいがっていた者でございます。ただ誠意をもってお情けをかけてくださいましたら、大臣の地位を手に入れようとお考えになって、世にない財宝を使い尽くそうとなさっても、無い物はございません。
今上の帝が、あのように引き立てなさるというのであれば、ご後見は不安なことはあるまい。この縁談は、あの方のためにも、わたしの娘のためにも、幸福なことになるかも知れません」
と、結構なように言うときに、実に嬉しくなって、仲人の妹にもこのような話があったとは話さず、あちらにも寄りつかないで、常陸介の言ったことを、「まことにたいそう結構な話だ」と思って申し上げるので、少将の君は、「少し田舎者めいている」とお聞きになったが、憎くは思わず、ほほ笑んで聞いていらっしゃった。大臣になるための物資を調達するなどと、あまりに大げさなことだと、耳が止まるのだった。
「ところで、あの北の方には、このようになったとを伝えましたか。格別熱心に思い始めなさったので、変えたりするのは、間違った筋の通らないことのように取り沙汰する人もいるだろう。どんなものかしら」
と躊躇なさっているのを、
「どうしてそのようなことがありましょうか。北の方も、あの姫君を、たいそう大切にお世話申し上げていらっしゃるのです。ただ、姉妹の中で最年長で、年齢も成人していらっしゃるのを、気の毒に思って、結婚をと考えて申されるのです」
と申し上げる。今までは、並々ならず大切にお世話していると言ったものの、急にこのように言うのもどんなものかしらと思うが、「やはり、一度はつらいと恨まれ、人からも少しは非難されようとも、長い目で見れば頼りになることこそ大切だ」と、実に抜け目ないしっかりした方なので、決心してしまったので、その日まで変えずに、約束した夕方に、お通い始めなさったのだった。

 [1-7 Sakon-shosho changes stepdaughter Ukifune to daughter of Hitachinosuke]
 "Kono-koro no ohom-toku nado no kokoro-motonakara m koto ha, na notamahi so. Nanigasi inoti habera m hodo ha, itadaki ni sasage tatematuri te m. Kokoro-motonaku, nani wo aka nu to ka obosu beki. Tatohi ahe zu si te tukau-maturi-sasi tu to mo, nokori no tamara-mono, ryau-zi haberu tokoro-dokoro, hitotu ni te mo mata tori arasohu beki hito nasi.
 Kodomo ohoku habere do, kore ha sama koto ni omohi-some taru mono ni haberi. Tada ma-gokoro ni obosi kaherimi sase tamaha ba, Daizin no kurawi wo motome m to obosi negahi te, yo ni naki takara-mono wo mo tukusa m to si tamaha m ni, naki mono haberu mazi."
 Tauzi no Mikado, sika megumi mausi tamahu nare ba, ohom-usiromi ha kokoro-motonakaru mazi. Kore, ka no ohom-tame ni mo, nanigasi ga me-no-waraha no tame ni mo, saihahi to aru beki koto ni ya to mo sira zu."
 to, yorosige ni ihu toki ni, ito uresiku nari te, imouto ni mo kakaru koto ari to mo katara zu, anata ni mo yori-tuka de, Kami no ihi turu koto wo, "Ito mo ito mo yoge ni medetasi." to omohi te kikoyure ba, Kimi, "Sukosi hinabi te zo aru." to ha kiki tamahe do, nikukara zu, uti-wemi te kiki wi tamahe ri. Daizin ni nara m zokurau wo tora m nado zo, amari odoro-odorosiki koto to, mimi todomari keru.
 "Sate, ka no Kitanokata ni ha, kaku to monosi tu ya? Kokoro-zasi koto ni omohi hazime tamahe ra m ni, hiki-tagahe tara m, higa-higasiku nediketaru yau ni tori-nasu hito mo ara m. Isa ya."
 to obosi tayutahi taru wo,
 "Nani ka. Kitanokata mo, ka no Hime-Gimi wo ba, ito yamgotonaki mono ni omohi kasiduki tatematuri tamahu nari keri. Tada naka no konokami ni te, tosi mo otonabi tamahu wo, kokoro-gurusiki koto ni omohi te, sonata ni to omomuke te mausa re keru nari keri."
 to kikoyu. Tuki-goro ha, mata naku yo no tune nara zu kasiduku to ihi turu mono no, utituke ni kaku ihu mo ika nara m to omohe do mo, "Naho, hito-watari ha turasi to omoha re, hito ni ha sukosi sosira ru to mo, nagarahe te tanomosiki koto wo koso." to, ito mataku kasikoki Kimi ni te, omohi tori te kere ba, hi wo dani torikahe de, tigiri si kure ni zo, ohasi hazime keru.

 [1-8 浮舟の縁談、破綻す]
北の方は、人知れずいそぎ立ちて、人びとの装束せさせ、しつらひなどよしよししうしたまふ。御方をも、頭洗はせ、取りつくろひて見るに、少将などいふほどの人に見せむも、惜しくあたらしきさまを、
「あはれや。親に知られたてまつりて生ひ立ちたまはましかば、おはせずなりにたれども、大将殿ののたまふらむさまに、おほけなくとも、などかは思ひ立たざらまし。されど、うちうちにこそかく思へ、他の音聞きは、守の子とも思ひ分かず、また、実を尋ね知らむ人も、なかなか落としめ思ひぬべきこそ悲しけれ」
など、思ひ続く。
「いかがはせむ。盛り過ぎたまはむもあいなし。卑しからず、めやすきほどの人の、かくねむごろにのたまふめるを」
など、心一つに思ひ定むるも、媒のかく言よく2417いみじきに、女はましてすかされたるにやあらむ。明日明後日と思へば、心あわたたしくいそがしきに、こなたにも心のどかに居られたらず、そそめきありくに、守外より入り来て、ながながと、とどこほるところもなく言ひ続けて、
「我を思ひ隔てて、吾子の御懸想人を奪はむとしたまひける、おほけなく心幼きこと。めでたからむ御娘をば、要ぜさせたまふ君達あらじ。卑しく異やうならむなにがしらが女子をぞ、いやしうも尋ねのたまふめれ。かしこく思ひ企てられけれど、もはら本意なしとて、他ざまへ思ひなりたまふべかなれば、同じくはと思ひてなむ、さらば御心、と許し申しつる」
など、あやしく奥なく、人の思はむところも知らぬ人にて、言ひ散らしゐたり。
北の方、あきれて物も言はれで、とばかり思ふに、心憂さ2418をかき連ね、涙も落ちぬばかり思ひ続けられて、やをら立ちぬ。

 [1-8 浮舟の縁談、破綻す]
北の方は、誰にも知られず準備して、女房たちの衣装を新調させ、飾りつけなど風流になさる。御方にも、髪を洗わせ、身繕いさせて見ると、少将などという程度の人に結婚させるのも、惜しくもったいないようなのを、
「お気の毒に。父親に認知していただいてお育ちになったならば、お亡くなりになったとしても、大将殿がおっしゃるようにも、分不相応だが、どうして思い立たないことがあろうか。けれども、内心ではこう思っても、世間の評判では、常陸介の娘と区別せずに、また、真実を知った人でも、かえって認知してもらえなかったゆえに見下すであろうことが悲しい」
などと、思い続ける。
「どうしたらよかろう。女盛りをお過ぎになるのもつまらない。身分の低くない、無難な人が、このように熱心に求婚なさっているようだから」
などと、自分の考え一つで決めてしまうのも、仲人のこのような言葉巧みに大変なものだから、女はそれ以上にだまされたのだろうか。婚儀が明日明後日と思うと、心が落ち着かず気がせくので、こちらでものんびりとしていられず、そわそわと歩いていると、常陸介が外から入って来て、長々と、つかえるところもなく話し続けて、
「わたしを分け隔てして、わたしの実の娘のお婿殿を横取りしようとなさったのが、分不相応なあさはかなことだ。立派そうなあなたの娘を、お求あそばす公達はいらっしゃるまい。身分低くみっともないわたくしめの娘を、かりそめにも求婚なさるようだ。結構に計画立てられたが、全然その気がないと、他家の婿になろうとお考えになってしまうようなので、同じことならと思って、それでは実娘を、とお許し申したのです」
などと、妙に無頓着で、相手の気持ちも考えない人で、言いまくっていた。
北の方は、驚きあきれて何も言うことができないで、しばらく思い沈んでいたが、つらさが次から次へと浮かんで来て、涙もこぼれ落ちそうに思い続けて、そっと立った。

 [1-8 Ukifune and Sakon-shosho's offer of marriage is canceled]
 Kitanokata ha, hito-sire-zu isogi tati te, hito-bito no sauzoku se sase, siturahi nado yosi-yosisiu si tamahu. Ohom-kata wo mo, kasira araha se, tori-tukurohi te miru ni, Seusyau nado ihu hodo no hito ni mise m mo, wosiku atarasiki sama wo,
 "Ahare ya! Oya ni sira re tatematuri te ohitati tamaha masika ba, ohase zu nari ni tare do mo, Daisyau-dono no notamahu ram sama ni, ohokenaku to mo, nado ka ha omohi-tata zara masi. Saredo, uti-uti ni koso kaku omohe, hoka no oto-giki ha, Kami no ko to mo omohi-waka zu, mata, ziti wo tadune sira m hito mo, naka-naka otosime omohi nu beki koso kanasikere."
 nado, omohi tuduku.
 "Ikaga ha se m. Sakari sugi tamaha m mo ainasi. Iyasikara zu, meyasuki hodo no hito no, kaku nemgoro ni notamahu meru wo."
 nado, kokoro hitotu ni omohi sadamuru mo, nakadati no kaku koto yoku imiziki ni, womna ha masite sukasa re taru ni ya ara m. Asu asate to omohe ba, kokoro-awatatasiku isogasiki ni, konata ni mo kokoro nodoka ni wi rare tara zu, sosomeki ariku ni, Kami to yori iri ki te, naga-naga to, todokohoru tokoro mo naku ihi tuduke te,
 "Ware wo omohi hedate te, A-ko no ohom-kesau-bito wo ubaha m to si tamahi keru, ohokenaku kokoro-wosanaki koto. Medetakara m mi-musume wo ba, eu-ze sase tamahu Kimi-tati ara zi. Iyasiku koto yau nara m nanigasi-ra ga womna-go wo zo, iyasiu mo tadune notamahu mere. Kasikoku omohi kuhadate rare kere do, mohara ho'i nasi tote, hoka-zama he omohi nari tamahu beka' nare ba, onaziku ha to omohi te nam, sara ba mi-kokoro, to yurusi mausi turu."
 nado, ayasiku au-naku, hito no omoha m tokoro mo sira nu hito ni te, ihi-tirasi wi tari.
 Kitanokata, akire te mono mo iha re de, to-bakari omohu ni, kokkoro-usa wo kaki-turane, namida mo oti nu bakari omohi-tuduke rare te, yawora tati nu.

 2 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる [2-1 浮舟の母と乳母の嘆き]
こなたに渡りて見るに、いとらうたげにをかしげにて居たまへる2419に、「さりとも、人には劣りたまはじ」とは思ひ慰む。乳母と二人、
「心憂きものは人の心なりけり。おのれは、同じごと2420思ひ扱ふとも、この君のゆかりと思はむ人のためには、命をも譲りつべくこそ思へ、親なしと聞きあなづりて、まだ幼くなりあはぬ人を、さし越えて、かくは言ひなる2421べしや。
かく心憂く、近きあたりに見じ聞かじと思ひぬれど、守のかくおもだたしきことに思ひて、受け取り騒ぐめれば、あひあひにたる世の人のありさまを、すべてかかることに口入れじと思ふ。いかでここならぬ所に、しばしありにしがな」
とうち嘆きつつ言ふ。乳母もいと腹立たしく、「わが君をかく落としむること」と思ふに、
「何か、これも御幸ひにて違ふこととも知らず。かく心口惜しくいましける君なれば、あたら御さまをも見知らざらまし。わが君をば、心ばせあり、もの思ひ知りたらむ人にこそ、見せたてまつらまほしけれ。
大将殿の御さま容貌の、ほのかに見たてまつりしに、さも命延ぶる心地のしはべりしかな。あはれにはた聞こえたまふなり。御宿世にまかせて、思し寄りねかし」
と言へば、
「あな、恐ろしや。人の言ふを聞けば、年ごろ、おぼろけならむ人をば見じとのたまひて、右の大殿、按察使大納言、式部卿宮などの、いとねむごろにほのめかしたまひけれど、聞き過ぐして、帝の御かしづき女を得たまへる君は、いかばかり2422の人かまめやかには思さむ。
かの母宮などの御方にあらせて、時々も見むとは思しもしなむ、それはた、げにめでたき御あたりなれども、いと胸痛かるべきことなり。宮の上の、かく幸ひ人と申すなれど、もの思はしげに思したるを見れば、いかにもいかにも、二心なからむ人のみこそ、めやすく頼もしきことにはあらめ。わが身にても知りにき。
 故宮2423の御ありさまは、いと情け情けしく、めでたくをかしくおはせしかど、人数にも思さざりしかば、いかばかりかは心憂くつらかりし。このいと言ふかひなく、情けなく、さま悪しき人なれど、ひたおもむきに二心なきを見れば、心やすくて年ごろをも過ぐしつるなり。
をりふしの心ばへの、かやうに愛敬なく用意なきことこそ憎けれ、嘆かしく恨めしきこともなく、かたみにうちいさかひても、心にあはぬことをばあきらめつ。上達部、親王たちにて、みやびかに心恥づかしき人の御あたりといふとも、わが数ならでは甲斐あらじ。
よろづのこと、わが身からなりけりと思へば、よろづに悲しうこそ見たてまつれ2424。いかにして、人笑へならずしたてたてまつらむ」
と語らふ。

 2 浮舟の物語 京に上り、匂宮夫妻と左近少将を見比べる [2-1 浮舟の母と乳母の嘆き]
こちらに来てみると、たいそうかわいらしい様子で座っていらっしゃるので、「不縁になったとはいっても、誰にもお負けになるまい」と気持ちを慰める。乳母と二人で、
「いやなものは人の心ですこと。わたくしは、同じようにお世話していても、この姫君が婿殿と思うお方のためには、命に代えてもと思っても、父親がいないと聞いて馬鹿にし、まだ十分に成人していない妹を、姉をさしおいて、このように言うものでしょうか。
こんなに情けない、同じ家の中で見まい聞くまいと思っていたが、介がこのように面目がましいことと思って、承知して騒いでいるようなので、どちらもお似合いの様子なので、いっさいこの話には口を入れまいと思います。何とかここではない所で、しばらく暮らしたいものだ」
と泣きながら言う。乳母もひどく腹が立って、「自分の主人をこのように見下していること」と思うと、
「なあに、これもご幸運なことで破談になったのかも知れません。あのように情けない方でいらっしゃるのだから、もったいない姫君の美しいご様子をご存知ないのでしょう。大事な姫君は、思慮もあり、道理の分かる方にこそ、差し上げたいものです。
大将殿のお姿や器量を、ちらっと拝見しましたが、ほんとうに寿命が延びるような気持ちしましたね。嬉しいことにお世話申し上げたいとおっしゃっています。ご運勢にまかせて、そのようにお決めなさいまし」
と言うと、
「まあ、恐ろしいこと。人の言うことを聞くと、長年、並大抵の女とは結婚しまいとおっしゃって、右の大殿や按察使大納言、式部卿宮などが、とても熱心にお申し込みなさったが、聞き流して、帝が大切にしている姫宮を得なさった君は、どれほどの人を熱心にお思いになりましょうか。
あの母宮などのお側におかせて、時々は会おうとはお思いになろうが、それもまた、なるほど結構なお所ですが、とても胸の痛いことです。宮の上が、このように幸い人と申し上げるようだが、物思いがちにいらっしゃるのを見ると、いかにもいかにも、二心のない人だけが、安心で信頼できることでしょう。自分の体験でも分かりました。
故宮のご様子は、とても情愛があって、素晴らしく好感が持てるお方でしたが、人並みにもお思いくださらなかったので、どんなにかつらい思いをしたことか。この介はまことに取るに足らない、情けない、不恰好な人ですが、一途で二心のないのを見ると、気を揉むこともなく何年も過ごしてきたのです。
折々の仕打ちが、あのように癪な思いやりのないのが憎らしいが、嘆かわしく恨めしいこともなく、お互いに言い合っても、納得できないことははっきりさせました。上達部や、親王方で、優雅で心恥ずかしい方の所といっても、わたしのように一人前でない身分では詮のないことでしょう。
万事が、わが身分からであった思うと、何もかも悲しく拝見される。何とかして、物笑いにならないようにして差し上げよう」
と相談する。

 2 Tale of Ukifune Ukifune's mother compares Nionomiya with Sakon-shosho [2-1 Ukifune's mother and her wet nurse are disappointed in cancellation of marriage]
 Konata ni watari te miru ni, ito rautage ni wokasige ni te wi tamahe ru ni, "Sari-to-mo, hito ni ha otori tamaha zi." to ha omohi nagusamu. Menoto to hutari,
 "Kokoro-uki mono ha hito no kokoro nari keri. Onore ha, onazi goto omohi atukahu to mo, ko no Kimi no yukari to omoha m hito no tame ni ha, inoti wo mo yuduri tu beku koso omohe, oya nasi to kiki anaduri te, mada wosanaku nari aha nu hito wo, sasi-koye te, kaku ha ihi naru besi ya!
 Kaku kokoro-uku, tikaki atari ni mi zi kika zi to omohi nure do, Kami no kaku omodatasiki koto ni omohi te, uketori sawagu mere ba, ahi ahi ni taru yo no hito no arisama wo, subete kakaru koto ni kuti ire zi to omohu. Ikade koko nara nu tokoro ni, sibasi ari ni si gana!"
 to uti nageki tutu ihu. Menoto mo ito hara-datasiku, "Wa ga Kimi wo kaku otosimuru koto." to omohu ni,
 "Nani ka, kore mo ohom-saihahi ni te tagahu koto to mo sira zu. Kaku kokoro kutiwosiku imasi keru Kimi nare ba, atara ohom-sama wo mo mi-sira zara masi. Wa ga Kimi wo ba, kokorobase ari, mono omohi siri tara m hito ni koso, mise tatematura mahosikere.
 Daisyau-dono no ohom-sama katati no, honoka ni mi tatematuri si ni, sa mo inoti noburu kokoti no si haberi si kana! Ahare ni hata kikoye tamahu nari. Ohom-sukuse ni makase te, obosi yori ne kasi."
 to ihe ba,
 "Ana, osorosi ya! Hito no ihu wo kike ba, tosi-goro, oboroke nara m hito wo ba mi zi to notamahi te, Migi-no-Ohotono, Azeti-no-Dainagon, Sikibukyau-no-Miya nado no, ito nemgoro ni honomekasi tamahi kere do, kiki-sugusi te, Mikado no ohom-kasiduki musume wo e tamahe ru Kimi ha, ika-bakari no hito ka mameyaka ni ha obosa m."
 Ka no Haha-Miya nado no ohom-kata ni ara se te, toki-doki mo mi m to ha obosi mo si na m, sore hata, geni medetaki ohom-atari nare do mo, ito mune itakaru beki koto nari. Miya-no-Uhe no, kaku saihahi-bito to mausu nare do, mono-omohasige ni obosi taru wo mire ba, ika ni mo ika ni mo, huta-gokoro nakara m hito nomi koso, meyasuku tanomosiki koto ni ha ara me. Wa ga mi ni te mo siri ni ki.
 Ko-Miya no ohom-arisama ha, ito nasake-nasakesiku, medetaku wokasiku ohase sika do, hito-kazu ni mo obosa zari sika ba, ika bakari ka ha kokoro-uku turakari si. Ko no ito ihu-kahi naku, nasake naku, sama asiki hito nare do, hita-omomuki ni huta-gokoro naki wo mire ba, kokoro-yasuku te tosi-goro wo mo sugusi turu nari.
 Wori-husi no kokorobahe no, kayau ni aigyau naku youi naki koto koso nikukere, nagekasiku uramesiki koto mo naku, katami ni uti-isakahi te mo, kokoro ni aha nu koto wo ba akirame tu. Kamdatime, Miko-tati ni te, miyabika ni kokoro-hadukasiki hito no ohom-atari to ihu to mo, wa ga kazu nara de ha kahi ara zi.
 Yorodu no koto, wa ga mi kara nari keri to omohe ba, yorodu ni kanasiu koso mi tatemature. Ika ni si te, hito-warahe nara zu sitate tatematura m."
 to katarahu.

 [2-2 継父常陸介、実娘の結婚の準備]
守は急ぎたちて、
「女房など、こなたにめやすきあまたあなるを、このほどは、あらせたまへ。やがて、帳なども新しく仕立てられためる方を、事にはかになりにためれば、取り渡し、とかく改むまじ」
とて、西の方に来て、立ち居、とかくしつらひ騒ぐ。めやすきさまにさはらかに、あたりあたりあるべき限りしたる所を、さかしらに屏風ども持て来て、いぶせきまで立て集めて、厨子2425二階など、あやしきまでし加へて、心をやりて急げば、北の方見苦しく見れど、口入れじと言ひてしかば、ただに見聞く。御方は、北表に居たり。
「人の御心は、見知り果てぬ。ただ同じ子なれば、さりとも、いとかくは思ひ放ちたまはじとこそ思ひつれ。さはれ、世に母なき子は、なくやはある」
とて、娘を、昼より乳母と二人、撫でつくろひ立てたれば、憎げにもあらず、十五、六のほどにて、いと小さやかにふくらかなる人の、髪うつくしげにて小袿のほどなり、裾いとふさやかなり。これをいとめでたしと思ひて、撫でつくろふ。
「何か、人の異ざまに思ひ構へられける人をしも、と思へど、人柄のあたらしく、警策にものしたまふ君なれば、我も我もと、婿に取らまほしくする人の多かなるに、取られなむも口惜しくてなむ」
と、かの仲人2426にはかられて言ふもいとをこなり。男君も、「このほどのいかめしく思ふやうなること」と、よろづの罪あるまじう思ひて、その夜も替へず来そめぬ。

 [2-2 継父常陸介、実娘の結婚の準備]
介は急いで準備して、
「女房など、こちらに無難な者が大勢いるので、当座の間、回してください。そのまま、帳台なども新調されたようなのをも、事情が急に変わったようなので、引っ越したり、あれこれ模様変えもしないことにしよう」
と言って、西の対に来て、立ったり座ったりして、あれこれと準備に騒いでいる。体裁のよい様子にさっぱりとさせ、あちらこちらに必要な準備をすべて整えてあるところに、利口ぶって屏風類を持って来て、狭苦しいまでに立て並べて、厨子や二階棚など、妙なまで増やして、得意になって準備するので、北の方は見苦しいと思うが、口出しすまいと言ったので、ただ見聞きしている。御方は、北面に座っていた。
「あなたのお気持ちは、すっかり分かりました。全く同じ娘なのだから、そうは言っても、まるでこんなには放っておかれまいと思っていました。まあよい、世間に母親のない子は、いないのだから」
と言って、娘を、昼から乳母と二人で、念入りに装い立てたので、憎らしいところもなく、十五、六歳の年齢で、たいそう小柄でふっくらとした人で、髪は美しく小袿の長さで、裾はとてもふさやかである。この娘を実に素晴らしいと思って、念入りに装っている。
「何も、北の方があちらにと思っていた人をよりによって横取りしなくても、と思うが、少将の人柄がもったいなく、すぐれていらっしゃる公達なので、われもわれもと、婿に迎えたい人が多いらしいので、人に取られるのも残念である」
と、あの仲人にだまされて言うのもほんとうに愚かである。男君も、「今般の待遇が豪勢で申し分ないこと」と、何の支障もないように思って、その夜も改めず通い始めた。

 [2-2 Hitachinosuke prepares his daughter's marriage with Sakon-shosho]
 Kami ha isogi tati te,
 "Nyoubau nado, konata ni meyasuki amata a'naru wo, kono-hodo ha, ara se tamahe. Yagate, tyau nado mo atarasiku sitate rare ta'meru kata wo, koto nihaka ni nari ni ta'mere ba, tori watasi, tokaku aratamu mazi."
 tote, nisi no kata ni ki te, tati wi, tokaku siturahi sawagu. Meyasuki sama ni saharaka ni, atari atari aru beki kagiri si taru tokoro wo, sakasira ni byaubu-domo mote ki te, ibuseki made tate atume te, dusi ni-kai nado, ayasiki made si kuhahe te, kokoro wo yari te isoge ba, Kitanokata migurusiku mire do, kuti ire zi to ihi te sika ba, tada ni mi kiku. Ohom-kata ha, kita-omote ni wi tari.
 "Hito no mi-kokoro ha, mi-siri hate nu. Tada onazi ko nare ba, sari-to-mo, ito kaku ha omohi hanati tamaha zi to koso omohi ture. Sahare, yo ni haha naki ko ha, naku ya ha aru."
 tote, musume wo, hiru yori Menoto to hutari, nade tukurohi tate tare ba, nikuge ni mo ara zu, zihu-go, roku no hodo ni te, ito tihisa-yaka ni hukuraka naru hito no, kami utukusige ni te ko-utiki no hodo nari, suso ito husayaka nari. Kore wo ito medetasi to omohi te, nade tukurohu.
 "Nani ka, hito no koto-zama ni omohi kamahe rare keru hito wo si mo, to omohe do, hito-gara no atarasiku, keuzaku ni monosi tamahu Kimi nare ba, ware mo ware mo to, muko ni tora mahosiku suru hito no ohoka' naru ni, tora re na m mo kutiwosiku te nam."
 to, ka no naka-udo ni hakara re te ihu mo ito woko nari. Wotoko-Gimi mo, "Ko no hodo no ikamesiku omohu yau naru koto." to, yorodu no tumi aru maziu omohi te, so no yo mo kahe zu ki some nu.

 [2-3 浮舟の母、京の中の君に手紙を贈る]
母君、御方の乳母、いとあさましく思ふ。ひがひがしきやうなれば、とかく見扱ふも心づきなければ、宮の北の方の御もとに、御文たてまつる。
「そのこととはべらでは、なれなれしくやとかしこまりて、え思ひたまふるままにも聞こえさせぬを、つつしむべきことはべりて、しばし所変へさせむと思うたまふるに、いと忍びてさぶらひぬべき隠れの方さぶらはば、いともいともうれしくなむ。数ならぬ身一つの蔭に隠れもあへず、あはれなることのみ多くはべる世なれば、頼もしき方にはまづなむ」
と、うち泣きつつ書きたる文を、あはれとは見たまひけれど、「故宮の、さばかり許したまはでやみにし人を、我一人残りて、知り語らはむもいとつつましく、また見苦しきさまにて世にあぶれむも、知らず顔にて聞かむこそ心苦しかるべけれ。ことなることなくて2427かたみに散りぼはむも、亡き人の御ために見苦しかるべきわざ」を思しわづらふ。
大輔がもとにも、いと心苦しげに言ひやりたりければ、
「さるやうこそははべらめ。人憎くはしたなくも、なのたまはせそ。かかる劣りの者の、人の御中に交じりたまふも、世の常のことなり」
など聞こえて、
「さらば、かの西の方に、隠ろへたる所し出でて、いとむつかしげなめれど、さても過ぐいたまひつべくは、しばしのほど」
と言ひつかはしつ。いとうれしと思ほして、人知れず出で立つ。御方も、かの御あたりをば、睦びきこえまほしと思ふ心なれば、なかなか、かかることどもの出で来たるを、うれしと思ふ。

 [2-3 浮舟の母、京の中の君に手紙を贈る]
母君や、御方の乳母は、たいそうあきれて思う。ひがんでいるようなので、あれこれと婿の世話をするのも気にいらないので、宮の北の方の御もとに、お手紙を差し上げる。
「特別のご用事がございませんでは、ご無礼かとご遠慮申しまして、思うままにはお便り差し上げませんでしたが、慎まねばならないことがございまして、暫く場所を変えさせたいと存じていましたが、とても人目につかないでいられる所がございましたら、とてもとても嬉しく存じます。人数にも入らないわが身一つでは庇護することもできず、気の毒なことばかりが多い世の中ですので、頼りになるお方にまずお願い申し上げました」
と、泣きながら書いた手紙を、しみじみと御覧になったが、「亡き父宮が、あれほどお許しにならずに終わった人を、自分一人が生き残って、親しく世話するのもたいそう気がひけるし、またみっともない恰好で世の中に落ちぶれているのを知らない顔をしているのも、いたわしいことだろう。特別なこともなくて、互いに散り散りになっているようなのも、亡き父宮のためにもみっともない事だ」と思案に暮れなさる。
大輔のもとにも、とても気がかりそうに書いてやったので、
「何か事情がございますのでしょう。人を恨んで体裁悪く、おっしゃいますな。このような母親の卑しい人が、ご姉妹の中にいらっしゃるということも、世間にはよくあることです」
などと申し上げて、
「それでは、あの西の対に、人目につかない所を用意して、とてもむさ苦しいようですが、そうしてお過ごしになってはいかがですか、暫くの間を」
と言い送った。とても嬉しく思って、人に知られないようにして出発する。御方も、あの方と親しく交際申したいと思う考えなので、かえって、このようなことが出て来たのを、嬉しく思う。

 [2-3 Ukifune's mother sends a letter to Nakanokimi in Kyoto]
 Haha-Gimi, Ohom-Kata no Menoto, ito asamasiku omohu. Higa-higasiki yau nare ba, tokaku mi atukahu mo kokoro-duki-nakere ba, Miya no Kitanokata no ohom-moto ni, ohom-humi tatematuru.
 "So no koto to habera de ha, nare-naresiku ya to kasikomari te, e omohi tamahuru mama ni mo kikoye sase nu wo, tutusimu beki koto haberi te, sibasi tokoro kahe sase m to omou tamahuru ni, ito sinobi te saburahi nu beki kakure no kata saburaha ba, ito mo ito mo uresiku nam. Kazu nara nu mi hitotu no kage ni kakure mo ahe zu, ahare naru koto nomi ohoku haberu yo nare ba, tanomosiki kata ni ha madu nam."
 to, uti-naki tutu kaki taru humi wo, ahare to ha mi tamahi kere do, "Ko-Miya no, sa bakari yurusi tamaha de yami ni si hito wo, ware hitori nokori te, siri kataraha m mo ito tutumasiku, mata migurusiki sama ni te yo ni abure m mo, sira-zu-gaho ni te kika m koso kokoro-gurusikaru bekere. Koto naru koto naku te katami ni tiri-boha m mo, naki hito no ohom-tame ni migurusikaru beki waza." wo obosi wadurahu.
 Taihu ga moto ni mo, ito kokoro-gurusige ni ihi-yari tari kere ba,
 "Saru yau koso ha habera me. Hito nikuku hasitanaku mo, na notamahase so. Kakaru otori no mono no, hito no ohom-naka ni maziri tamahu mo, yo no tune no koto nari."
 nado kikoye te,
 "Sara-ba, ka no nisi no kata ni, kakurohe taru tokoro si ide te, ito mutukasige na'mere do, sate mo sugui tamahi tu beku ha, sibasi no hodo."
 to ihi tukahasi tu. Ito uresi to omohosi te, hito sire zu ide tatu. Ohom-Kata mo, ka no ohom-atari wo ba, mutubi kikoye mahosi to omohu kokoro nare ba, naka-naka, kakaru koto-domo no ide ki taru wo, uresi to omohu.

 [2-4 母、浮舟を匂宮邸に連れ出す]
守、少将の扱ひを、いかばかりめでたきことをせむと思ふに、そのきらきらしかるべきことも知らぬ心には、ただ、あららかなる東絹どもを、押しまろがして投げ出でつ。食ひ物も、所狭きまでなむ運び出でてののしりける。
下衆などは、それをいとかしこき情けに思ひければ、君も、「いとあらまほしく、心かしこく取り寄りにけり」と思ひけり。北の方、「このほどを見捨てて知らざらむもひがみたらむ」と思ひ念じて、ただするままにまかせて見ゐたり。
客人の御出居、侍ひとしつらひ騒げば、家は広けれど、源少納言、東の対には住む、男子などの多かるに、所もなし。この御方に客人住みつきぬれば、廊などほとりばみたらむに住ませたてまつらむも、飽かず2428いとほしくおぼえて、とかく思ひめぐらすほど、宮にとは思ふなりけり。
「この御方ざまに、数まへたまふ人のなきを、あなづるなめり」と思へば、ことに許いたまはざりしあたりを、あながちに参らず。乳母、若き人びと、二、三人ばかりして、西の廂の北に寄りて、人げ遠き方に局したり。
年ごろ、かくはかなかりつれど、疎く思すまじき人なれば、参る時は恥ぢたまはず、いとあらまほしく、けはひことにて、若君の御扱ひをしておはする御ありさま、うらやましくおぼゆるもあはれなり。
「我も、故北の方には、離れたてまつるべき人かは。仕うまつるといひしばかりに、数まへられたてまつらず、口惜しくて、かく人にはあなづらるる」
と思ふには、かくしひて睦びきこゆるもあぢきなし。ここには、御物忌と言ひてければ、人も通はず。二、三日ばかり母君もゐたり。こたみは、心のどかにこの御ありさまを見る。

 [2-4 母、浮舟を匂宮邸に連れ出す]
常陸介は、少将の新婚のもてなしを、どんなにか立派なふうにしようと思うが、その豪華にする方法も知らないので、ただ、粗末な東絹類を、おし丸めて投げ出した。食べ物も、あたり狭しと運び出して大騒ぎした。
下衆などは、それをたいそうありがたいお心づかいだと思ったので、君も、「とても理想的な、賢明な縁組をしたものだ」と思うのだった。北の方は、「この間の事を見捨てて知らないふうをするのもひねくれているようだろう」と思い堪えて、ただするままに任せて見ていた。
お客人のお座敷や、お供の部屋と準備に騒ぐので、家は広いけれど、源少納言が、東の対に住み、男の子などが多いので、場所もない。こちらのお部屋にお客人が住みつくようになると、渡廊などの端の方にお住まわせ申すのも、どんなにかお気の毒に思われて、あれこれと思案するうちに、宮の邸にと思うのであった。
「この御方には、人並みに扱ってくださる人がいないので、馬鹿にしているのだろう」と思うと、特に認めていただけなかった所だが、無理に参上させる。乳母や、若い女房二、三人ほどして、西の廂の北側寄りで、人気の遠い所に部屋を用意した。
長年、このように頼りなく過ごして来たが、よそよそしくお思いになれない方なので、参上した時には姿を隠したりなさらず、とても理想的に、感じがまるで違って、若君のお世話をしていらっしゃるご様子を、羨ましく思われるのも感慨無量である。
「自分も、亡くなった北の方とは、縁のない人ではない。女房としてお仕えしたために、人並みに扱ってもらえず、残念なことに、このように人から馬鹿にされるのだ」
と思うと、このように無理してお親しみ申すのもつまらない。こちらには、御物忌と言ったので、誰も来ない。二、三日ほど母君もいた。今度は、のんびりとこちらのご様子を見る。

 [2-4 Ukifune's mother takes her out Hitachinosuke's home]
 Kami, Seusyau no atukahi wo, ika-bakari medetaki koto wo se m to omohu ni, so no kira-kirasikaru beki koto mo sira nu kokoro ni ha, tada, araraka naru Aduma-ginu-domo wo, osi marogasi te nage ide tu. Kuhi-mono mo, tokoro-seki made nam hakobi ide te nonosiri keru.
 Gesu nado ha, sore wo ito kasikoki nasake ni omohi kere ba, Kimi mo, "Ito aramahosiku, kokoro-kasikoku tori yori ni keri." to omohi keri. Kitanokata, "Ko no hodo wo mi-sute te sira zara m mo higami tara m." to omohi nen-zi te, tada suru mama ni makase te mi wi tari.
 Mara-uto no ohom-de-wi, saburahi to siturahi sawage ba, ihe ha hirokere do, Gwen-Seunagon, himgasi-no-tai ni ha sumu, wonoko-go nado no ohokaru ni, tokoro mo nasi. Ko no ohom-kata ni mara-uto sumi-tuki nure ba, rau nado hotori-bami tara m ni suma se tatematura m mo, aka zu itohosiku oboye te, tokaku omohi megurasu hodo, Miya ni to ha omohu nari keri.
 "Ko no ohom-Kata-zama ni, kazumahe tamahu hito no naki wo, anaduru na'meri." to omohe ba, koto ni yurui tamaha zari si atari wo, anagati ni mawira zu. Menoto, wakaki hito-bito, hu-tari, mi-tari bakari si te, nisi no hisasi no kita ni yori te, hitoge tohoki kata ni tubone si tari.
 Tosi-goro, kaku hakanakari ture do, utoku obosu maziki hito nare ba, mawiru toki ha hadi tamaha zu, ito ara-mahosiku, kehahi koto ni te, Waka-Gimi no ohom-atukahi wo si te ohasuru ohom-arisama, urayamasiku oboyuru mo ahare nari.
 "Ware mo, ko-Kitanokta ni ha, hanare tatematuru beki hito ka ha. Tukau-maturu to ihi si bakari ni, kazumahe rare tatematura zu, kutiwosiku te, kaku hito ni ha anadura ruru."
 to omohu ni ha, kaku sihite mutubi kikoyuru mo adikinasi. Koko ni ha, ohom-monoimi to ihi te kere ba, hito mo kayoha zu. Hutu-ka, mi-ka bakari bakari Haha-Gimi mo wi tari. Kotami ha, kokoro-nodoka ni ko no mi-arisama wo miru.

 [2-5 浮舟の母、匂宮と中の君夫妻を垣間見る]
宮渡りたまふ。ゆかしくてもののはさまより見れば、いときよらに、桜を折りたるさましたまひて、わが頼もし人に思ひて、恨めしけれど、心には違はじと思ふ常陸守より、さま容貌も人のほども、こよなく見ゆる五位四位ども、あひひざまづきさぶらひて、このことかのことと、あたりあたりのことども、家司どもなど申す。
また若やかなる五位ども、顔も知らぬどもも多かり。わが継子の式部丞にて蔵人なる、内裏の御使にて参れり。御あたりにもえ近く参らず。こよなき人の御けはひを、
「あはれ、こは何人ぞ。かかる御あたりにおはするめでたさよ。よそに思ふ時は、めでたき人びとと聞こゆとも、つらき目見せたまはばと、もの憂く推し量りきこえさせつらむあさましさよ。この御ありさま容貌を見れば、七夕ばかりにても、かやうに見たてまつり通はむは、いといみじかるべきわざかな」
と思ふに、若君抱きてうつくしみおはす。女君、短き几帳を隔てておはするを、押しやりて、ものなど聞こえたまふ御容貌ども、いときよらに似合ひたり。故宮2429の寂しくおはせし御ありさまを思ひ比ぶるに、「宮たちと聞こゆれど、いとこよなきわざにこそありけれ」とおぼゆ。
几帳の内に入りたまひぬれば、若君は、若き人、乳母などもてあそびきこゆ。人びと参り集れど、悩ましとて、大殿籠もり暮らしつ。御台こなたに参る。よろづのこと気高く、心ことに見ゆれば、わがいみじきことを尽くすと見思へど、「なほなほしき人のあたりは、口惜しかりけり」と思ひなりぬれば、「わが娘も、かやうにてさし並べたらむには、かたはならじかし。勢ひを頼みて、父ぬしの、后にもなしてむと思ひたる人びと、同じわが子ながら、けはひこよなきを思ふも、なほ今よりのちも、心は高くつかふべかりけり」と、夜一夜あらまし語り思ひ続けらる。

 [2-5 浮舟の母、匂宮と中の君夫妻を垣間見る]
宮がお越しになる。見たくて物の間から見ると、たいそう美しく、桜を手折ったような姿をして、自分が頼りにする人と思い、恨めしいけれど、気持ちには背くまいと思っている常陸介よりも、容姿や器量も人品も、この上なく見える五位や四位の人が、一斉にひざまずいて控えて、あれやこれやと、あれこれの事務を、家司連中が申し上げる。
また若々しい五位の人で、顔も知らない人たちも多かった。自分の継子の式部丞で蔵人なのが、帝のお使いとして参上したが、お側近くにも参ることができない。この上なく高貴なご様子を、
「まあ、この方はいったいどのようなお方か。このようなお方の所にいらっしゃる幸運なことよ。遠くで考えている時は、素晴らしい方々と申し上げても、つらい思いをさせなさったらと、嫌なお方とお思い申し上げていたのはあさはかな考えであったことよ。この方のご様子や器量を見ると、七夕のように年に一度の逢瀬でも、このようにお目にかかれてお通いいただけるのは、とてもありがたいことだわ」
と思うと、若君を抱いてかわいがっていらっしゃる。女君は、短い几帳を隔てておいでになるが、押しやって、お話し申し上げなさる。そのお二方のご器量は、実に美しく似合っている。亡き父宮が寂しくいらっしゃった時のご様子を思い比べると、「宮様と申し上げても、とてもこの上なくいらっしゃるのだ」と思われる。
几帳の中にお入りになったので、若君は、若い女房や、乳母などがお相手申し上げる。官人たちが参集したが、気分が悪いと言って、お休みになって一日中を過ごされた。食膳をこちらで差し上げる。万事が気高くて、格別に見えるので、自分がどんなに善美を尽くしたと思っても、「普通の身分のすることは、たかが知れている」と悟ったので、「自分の娘も、このような立派な方の側に並べて見ても、不体裁ではあるまい。財力を頼んで、父親が、后にもしようと思っている娘たちは、同じわが子ながらも、感じがまるで違うのを思うと、やはり今後は理想は高く持つべきであるわ」と、一晩中将来の事を思い続けられる。

 [2-5 Ukifune's mother peeps Nionomiya and his wife Nakanokimi]
 Miya watari tamahu. Yukasiku te mono no hasama yori mire ba, ito kiyora ni, sakura wo wori taru sama si tamahi te, wa ga tanomosi-bito ni omohi te, uramesikere do, kokoro ni ha tagaha zi to omohu Hitati-no-Kami yori, sama katati mo hito no hodo mo, koyonaku miyuru go-wi si-wi-domo, ahi-hizamaduki saburahi te, ko no koto ka no koto to, atari atari no koto-domo, keisi-domo nado mausu.
 Mata wakayaka naru go-wi-domo, kaho mo sira nu domo mo ohokari. Wa ga mama-ko no Sikibu-no-Zou ni te Kura-udo naru, Uti no ohom-tukahi ni te mawire ri. Ohom-atari ni mo e tikaku mawira zu. Koyonaki hito no ohom-kehahi wo,
 "Ahare, ko ha nani-bito zo. Kakaru ohom-atari ni ohasuru medetasa yo. Yoso ni omohu toki ha, medetaki hito-bito to kikoyu to mo, turaki me mise tamaha ba to, mono-uku osihakari kikoye sase tu ram asamasisa yo! Ko no ohom-arisama katati wo mire ba, tanabata bakari ni te mo, kayau ni mi tatematuri kayoha m ha, ito imizikaru beki waza kana!"
 to omohu ni, Waka-Gimi idaki te utukusimi ohasu. Womna-Gimi, mizikaki kityau wo hedate te ohasuru wo, osi-yari te, mono nado kikoye tamahu ohom-katati-domo, ito kiyora ni niahi tari. Ko-Miya no sabisiku ohase si ohom-arisama wo omohi kuraburu ni, "Miya-tati to kikoyure do, ito koyonaki waza ni koso ari kere." to oboyu.
 Kityau no uti ni iri tamahi nure ba, Waka-Gimi ha, wakaki hito, Menoto nado mote-asobi kikoyu. Hito-bito mawiri atumare do, nayamasi tote, ohoto-gomori kurasi tu. Mi-dai konata ni mawiru. Yorodu no koto kedakaku, kokoro koto ni miyure ba, wa ga imiziki koto wo tukusu to mi omohe do, "Naho-nahosiki hito no atari ha, kutiwosikari keri." to omohi nari nure ba, "Wa ga musume mo, kayau ni te sasi-narabe tara m ni ha, kataha nara zi kasi. Ikihohi wo tanomi te, Titi-nusi no, Kisaki ni mo nasi te m to omohi taru hito-bito, onazi wa ga ko nagara, kehahi koyonaki wo omohu mo, naho ima yori noti mo, kokoro ha takaku tukahu bekari keri." to, yo hito-yo aramasi gatari omohi tuduke raru.

 [2-6 浮舟の母、左近少将を垣間見て失望]
宮、日たけて起きたまひて、
「后の宮、例の、悩ましくしたまへば、参るべし」
とて、御装束などしたまひておはす。ゆかしうおぼえて覗けば、うるはしくひきつくろひたまへる、はた、似るものなく気高く愛敬づききよらにて、若君をえ見捨てたまはで遊びおはす。御粥、強飯など参りてぞ、こなたより出でたまふ。
今朝より参りて、さぶらひの方にやすらひける人びと、今ぞ参りてものなど聞こゆる中に、きよげだちて、なでふことなき人のすさまじき顔したる、直衣着て太刀佩きたるあり。御前にて何とも見えぬを、
「かれぞ、この常陸守の婿の少将な。初めは御方にと定めけるを、守の娘を得てこそいたはられめ、など言ひて、かしけたる女の童を持たるななり」
「いさ、この御あたりの人はかけても言はず。かの君の方より、よく聞くたよりのあるぞ」
など、おのがどち言ふ。聞くらむとも知らで、人のかく言ふにつけても、胸つぶれて、少将をめやすきほどと思ひける心も口惜しく、「げに、ことなることなかるべかりけり」と思ひて、いとどしくあなづらはしく思ひなりぬ。
若君のはひ出でて、御簾のつまよりのぞきたまへるを、うち見たまひて、立ち返り寄りおはしたり。
「御心地よろしく見えたまはば、やがてまかでなむ。なほ苦しくしたまはば、今宵は宿直にぞ。今は、一夜を隔つるもおぼつかなきこそ苦しけれ」
とて、しばし慰め遊ばして、出でたまひぬるさまの、返す返す見るとも見るとも、飽くまじく、匂ひやかにをかしければ、出でたまひぬる名残、さうざうしくぞ眺めらるる。

 [2-6 浮舟の母、左近少将を垣間見て失望]
宮は、日が高くなってからお起きになって、
「后の宮が、相変わらず、お具合が悪くいらっしゃるので、参内しよう」
と言って、ご装束などをお召しになっていらっしゃる。興味をもって覗くと、きちんと身づくろいなさったのが、また、似る者がいないほど気高く魅力的で美しくて、若君をお放しになることができず遊んでいらっしゃる。お粥や、強飯などを召し上がって、こちらからお出かけになる。
今朝方から参上して、侍所の方に控えていた供人たちは、今しも御前に参上して何か申し上げている中で、めかしこんで、何ということもない人でつまらない顔をして、直衣を着て太刀を佩いている人がいる。御前では何とも見えないが、
「あの人が、この常陸介の婿の少将ですよ。初めはこの御方にと決めていたが、介の実の娘を得てこそ大切にされたい、などと言って、痩せっぽっちの女の子を得たと言います」
「いえ、こちらの女房たちはそんな噂は全然しません。あの君の方からは、よく聞く話ですよ」
などと、めいめい言っている。聞いているとも知らないで、女房がこのように言っているのにつけても、胸がどきりとして、少将を無難だと思っていた考えも残念で、「なるほど、格別なことはなかったのだ」と思って、ますます馬鹿らしく思った。
若君が這いだして来て、御簾の端から顔を出していらっしゃるのを、ちょっと御覧になって、後戻りなさった。
「ご気分がよくお見えでしたら、そのまま帰って来ましょう。やはりお悪いようでいらしたら、今夜は宿直します。今は、一晩でも会わないのは気がかりでつらいことだ」
と言って、暫くご機嫌をおとりになって、お出かけになった様子が、繰り返し見ても、どこまでも満ち足りていて、華やかにお美しいので、お出かけになった後の気持ちが、物足りなく物思いに沈んでしまう。

 [2-6 Ukifune's mother peeps Sakon-shosho and is disappointed with him]
 Miya, hi take te oki tamahi te,
 "Kisai-no-Miya, rei no, nayamasiku si tamahe ba, mawiru besi."
 tote, ohom-sauzoku nado si tamahi te ohasu. Yukasiu oboye te nozoke ba, uruhasiku hikitukurohi tamahe ru, hata, niru mono naku kedakaku aigyau-duki kiyora ni te, Waka-Gimi wo e mi-sute tamaha de asobi ohasu. Ohom-kayu, koha-ihi nado mawiri te zo, konata yori ide tamahu.
 Kesa yori mawiri te, saburahi no kata ni yasurahi keru hito-bito, ima zo mawiri te mono nado kikoyuru naka ni, kiyoge-dati te, nadehu koto naki hito no susamaziki kaho si taru, nahosi ki te tati haki taru ari. O-mahe ni te nani to mo miye nu wo,
 "Kare zo, ko no Hitati-no-Kami no muko no Seusyau na! Hazime ha Ohom-kata ni to sadame keru wo, Kami no musume wo e te koso itahara re me, nado ihi te, kasike taru me-no-waraha wo mo taru na'nari."
 "Isa, ko no ohom-atari no hito ha kakete mo iha zu. Ka no Kimi no kata yori, yoku kiku tayori no aru zo."
 nado, onoga-doti ihu. Kiku ram to mo sira de, hito no kaku ihu ni tuke te mo, mune tubure te, Seusyau wo meyasuki hodo to omohi keru kokoro mo kutiwosiku, "Geni, koto naru koto nakaru bekari keri." to omohi te, itodosiku anadurahasiku omohi nari nu.
 Waka-Gimi no hahi-ide te, mi-su no tuma yori nozoki tamahe ru wo, uti-mi tamahi te, tati-kaheri yori ohasi tari.
 "Mi-kokoti yorosiku miye tamaha ba, yagate makade na m. Naho kurusiku si tamaha ba, koyohi ha tonowi ni zo. Ima ha, hito-yo wo hedaturu mo obotukanaki koso kurusikere."
 tote, sibasi nagusame asobasi te, ide tamahi nuru sama no, kahesu-gahesu miru to mo mitu to mo, aku maziku, nihohiyaka ni wokasikere ba, ide tamahi nuru nagori, sau-zausiku zo nagame raruru.

 3 浮舟の物語 浮舟の母、中の君に娘の浮舟を託す [3-1 浮舟の母、中の君と談話す]
女君の御前に出で来て、いみじくめでたてまつれば、田舎びたる、と思して笑ひたまふ。
「故上の亡せたまひしほどは、言ふかひなく幼き御ほどにて、いかにならせたまはむと、見たてまつる人も、故宮も思し嘆きしを、こよなき御宿世のほどなりければ、さる山ふところのなかにも、生ひ出でさせたまひしにこそありけれ。口惜しく、故姫君のおはしまさずなりにたるこそ、飽かぬことなれ」
など、うち泣きつつ聞こゆ。君もうち泣きたまひて、
「世の中の恨めしく心細き折々も、またかくながらふれば、すこしも思ひ慰めつべき折もあるを、いにしへ頼みきこえける蔭どもに後れたてまつりけるは、なかなかに世の常に思ひなされて、見たてまつり知らずなりにければ、あるを、なほこの御ことは、尽きせずいみじくこそ。大将の、よろづのことに心の移らぬよしを愁へつつ、浅からぬ御心のさまを見るにつけても、いとこそ口惜しけれ」
とのたまへば、
「大将殿は、さばかり世にためしなきまで、帝のかしづき思したなるに、心おごりしたまふらむかし。おはしまさましかば、なほこのこと、せかれしもしたまはざらましや」
など聞こゆ。
「いさや、やうのものと、人笑はれなる心地せましも、なかなかにやあらまし。見果てぬにつけて、心にくくもある世にこそ、と思へど、かの君は、いかなるにかあらむ、あやしきまでもの忘れせず、故宮の御後の世をさへ、思ひやり深く後見ありきたまふめる」
など、心うつくしう2430語りたまふ。
「かの過ぎにし御代はりに尋ねて見むと、この数ならぬ人をさへなむ、かの弁の尼君にはのたまひける。さもやと、思うたまへ寄るべきことにははべらねど、一本ゆゑに2431こそはと、かたじけなけれど、あはれになむ思うたまへらるる御心深さなる」
など言ふついでに、この君をもてわづらふこと、泣く泣く語る。

 3 浮舟の物語 浮舟の母、中の君に娘の浮舟を託す [3-1 浮舟の母、中の君と談話す]
女君の御前に出て来て、たいそうお誉め申し上げると、田舎人めいている、とお思いになってお笑いになる。
「故母上がお亡くなりになったときは、何ともお話にならないほど小さいころで、どんなにおなりにあそばすのかと、お世話申し上げる人も、亡き父宮もお嘆きになったが、この上ないご運勢でいらっしゃったので、あの山里の中でも、ご立派に成人あそばしたのです。残念なことに、亡くなった姫君がいらっしゃらなくなったのが、惜しまれることです」
などと、泣きながら申し上げる。君もお泣きになって、
「世の中が恨めしく心細い時々も、またこのように生きていると、少しでも思いが慰められるときがあるのを、昔お頼り申し上げていた肉親たちに先立たれ申したときは、かえって世間一般の事と諦めもついて、お顔も存じ上げずになってしまったのを、それなのに、やはりこの姉君のご逝去は、いつまでも悲しいことです。大将が、何にも心が移らないことを愁えながら、深く変わらないご愛情を見るにつけても、まことに残念です」
とおっしゃると、
「大将殿は、あれほど世の中に例がないまでに、帝が大切になさっているといいますが、得意でいらっしゃるでしょう。姉君が生きていらっしゃったら、このご降嫁のことは、おやめにもならなかったでしょうか」
などと申し上げる。
「さあね、姉妹同じような運命だと、物笑いになる気がしましょうも、かえってつらい思いをしたことでしょう。途中で亡くなられたので、奥ゆかしくもある仲だ、と思いますが、あの君は、どういうわけでしょうか、不思議なまでに忘れないで、故父宮の亡き後の追善供養までを、深く考えてお世話してくださるようです」
などと、素直にお話しなさる。
「あの亡くなった姉君の代わりに捜し出して会いたいと、この物の数にも入らない娘までを、あの弁の尼君にはおっしゃったのでした。ではそのようにと、考えるわけではございませんが、ゆかりの者だからかと、恐れ多いことですが、しみじみとありがたく思われますお気持ちの深さですこと」
などと言うついでに、この姫君の身の振りに困っていることを、泣きながら話す。

 3 Tale of Ukifune Ukifune's mother leaves Ukifune to Nakanokimi in Kyoto [3-1 Ukifune's mother talks with Nakanokimi]
 Womna-Gimi no o-mahe ni ide-ki te, imiziku mede tatemature ba, winaka-bi taru, to obosi te warahi tamahu.
 "Ko-Uhe no use tamahi si hodo ha, ihu kahi naku wosanaki ohom-hodo ni te, ika ni nara se tamaha m to, mi tatematu hito mo, ko-Miya mo obosi nageki si wo, koyonaki ohom-sukuse no hodo nari kere ba, saru yama hutokoro no naka ni mo, ohi-ide sase tamahi si ni koso ari kere. Kutiwosiku, ko-Hime-Gimi no ohasimasa zu nari ni taru koso, aka nu koto nare."
 nado, uti-naki tutu kikoyu. Kimi mo uti-naki tamahi te,
 "Yononaka no uramesiku kokoro-bosoki wori-wori mo, mata kaku nagarahure ba, sukosi mo omohi nagusame tu beki wori mo aru wo, inisihe tanomi kikoye keru kage-domo ni okure tatematuri keru ha, naka-naka ni yo no tune ni omohi nasa re te, mi tatematuri sira zu nari ni kere ba, aru wo, naho ko no ohom-koto ha, tuki se zu imiziku koso. Daisyau no, yorodu no koto ni kokoro no utura nu yosi wo urehe tutu, asakara nu mi-kokoro no sama wo miru ni tuke te mo, ito koso kutiwosikere."
 to notamahe ba,
 "Daisyau-dono ha, sa-bakari yo ni tamesi naki made, Mikado no kasiduki obosi ta'naru ni, kokoro-ogori si tamahu ram kasi. Ohasimasa masika ba, naho ko no koto, seka re si mo si tamaha zara masi ya!"
 nado kikoyu.
 "Isa ya, yau no mono to, hito-warahare naru kokoti se masi mo, naka-naka ni ya ara masi. Mi-hate nu ni tuke te, kokoro-nikuku mo aru yo ni koso, to omohe do, ka no Kimi ha, ika naru ni ka ara m, ayasiki made mono-wasure se zu, ko-Miya no ohom-noti-no-yo wo sahe, omohi-yari hukaku usiromi ariki tamahu meru."
 nado, kokoro-utukusiu katari tamahu.
 "Ka no sugi ni si ohom-kahari ni tadune te mi m to, ko no kazu nara nu hito wo sahe nam, ka no Ben-no-Ama-Gimi ni ha notamahi keru. Sa mo ya to, omou tamahe yoru beki koto ni ha habera ne do, hito-moto yuwe ni koso ha to, katazikenakere do, ahare ni nam omou tamahe raruru mi-kokoro-hukasa naru."
 nado ihu tuide ni, ko no Kimi wo mote wadurahu koto, naku naku kataru.

 [3-2 浮舟の母、娘の不運を訴える]
こまかにはあらねど、人も聞きけりと思ふに、少将の思ひあなづりけるさまなどほのめかして、
「命はべらむ限りは、何か、朝夕の慰めぐさにて見過ぐしつべし。うち捨てはべりなむのちは、思はずなるさまに散りぼひはべらむが悲しさに、尼になして、深き山にやし据ゑて、さる方に世の中を思ひ絶えてはべらましなどなむ、思うたまへわびては、思ひ寄りはべる」
など言ふ。
「げに、心苦しき御ありさまにこそはあなれど、何か、人にあなづらるる御ありさまは、かやうになりぬる人のさがにこそ。さりとても、堪へぬわざなりければ、むげにその方に思ひおきてたまへりし身だに、かく心より外にながらふれば、まいていとあるまじき御ことなり。やついたまはむも、いとほしげなる御さまにこそ」
など、いと大人びてのたまへば、母君、いとうれしと思ひたり。ねびにたるさまなれど、よしなからぬさましてきよげなり。いたく肥え過ぎにたるなむ、常陸殿とは2432見えける。
「故宮の、つらう情けなく思し放ちたりしに、いとど人げなく、人にもあなづられたまふと見たまふれど、かう聞こえさせ御覧ぜらるるにつけてなむ、いにしへの憂さも慰みはべる」
など、年ごろの物語、浮島のあはれなりしこと2433も聞こえ出づ。
「わが身一つの2434とのみ、言ひ合はする人もなき筑波山のありさまも、かくあきらめきこえさせて、いつも、いとかくてさぶらはまほしく思ひたまへなりはべりぬれど、かしこにはよからぬあやしの者ども、いかにたち騷ぎ求めはべらむ。さすがに心あわたたしく思ひたまへらるる。かかるほどのありさまに身をやつすは、口惜しきものになむはべりけると、身にも思ひ知らるるを、この君は、ただまかせきこえさせて、知りはべらじ」
など、かこちきこえかくれば、「げに、見苦しからでもあらなむ」と見たまふ。

 [3-2 浮舟の母、娘の不運を訴える]
こまごまとではないが、女房も聞いて知っていると思うので、少将が馬鹿にしたことなどちらっと話して、
「生きています限りは、何とか、朝夕の話相手として暮らせましょう。先立ってしまった後は、不本意な身の上となって落ちぶれてさまようのが悲しいので、尼にして、深い山中にでも生活させて、そのような考えで世の中を諦めようなどと、思いあぐねました末には、そのように思っています」
などと言う。
「おっしゃるように、お気の毒なご様子のようですが、どうして、人に馬鹿にされるご様子は、このように父親のいない人の常です。そうかといって、それもできる事でないので、一途にその方面にと父宮が考えていらっしゃったわたしの身の上でさえ、このように心ならずも生きながらえていますので、それ以上にとんでもない御事です。髪を落としなさるのも、おいたわしいほどのご器量です」
などと、とても大人ぶっておっしゃると、母君は、たいそう嬉しく思った。ふけて見える姿だが、品がなくもない姿で小ぎれいである。ひどく太り過ぎているのが、常陸殿といった感じである。
「故宮が、つらく情けなくお見捨てになったので、ますます一人前らしくなく、人からも馬鹿にされなさると拝見しましたが、このようにお話し申し上げさせてただき、このようにお目にかからせていただけるにつけて、昔のつらさも晴れます」
などと、長年の話や、浮島の美しい景色のことなどを申し上げる。
「自分一人だけがつらい思いをと、話し合う相手もいない筑波山での暮らしぶりも、このように胸が晴れるように申し上げて、いつも、まことにこのように伺候していたく存じなりましたが、あちらには出来の悪い卑しい娘たちが、どんなに騒いで捜していることでしょう。やはり落ち着かない気がいたします。このような受領の妻に身を落としているのは、情けないことでございましたと、身にしみて思い知られるのですが、この姫君は、ひたすらお任せ申し上げて、わたしは構いますまい」
などと、お願い申し上げるようにするので、「なるほど、よい結婚をしてほしいものだ」と御覧になる。

 [3-2 Ukifune's mother appeals to Nakanokimi her daughter's unhappy]
 Komaka ni ha ara ne do, hito mo kiki keri to omohu ni, Seusyau no omohi anaduri keru sama nado honomekasi te,
 "Inoti habera m kagiri ha, nani ka, asa-yuhu no nagusame-gusa ni te mi-sugusi tu besi. Uti-sute haberi na m noti ha, omoha zu naru sama ni tiribohi habera m ga kanasisa ni, ama ni nasi te, hukaki yama ni ya si suwe te, saru kata ni yononaka wo omohi taye te habera masi nado nam, omou tamahe wabi te ha, omohi yori haberu."
 nado ihu.
 "Geni, kokoro-gurusiki ohom-arisama ni koso ha a'nare do, nani ka, hito ni anadura ruru ohom-arisama ha, kayau ni nari nuru hito no saga ni koso. Sari-tote mo, tahe nu waza nari kere ba, muge ni so no kata ni omohi oki te tamahe ri si mi dani, kaku kokoro yori hoka ni nagarahure ba, maite ito aru maziki ohom-koto nari. Yatui tamaha m mo, itohosige naru ohom-sama ni koso."
 nado, ito otonabi te notamahe ba, Haha-Gimi, ito uresi to omohi tari. Nebi ni taru sama nare do, yosi nakara nu sama si te kiyoge nari. Itaku koye sugi ni taru nam, Hitati-dono to ha miye keru.
 "Ko-Miya no, turau nasake naku obosi hanati tari si ni, itodo hito-ge naku, hito ni mo anadura re tamahu to mi tamahure do, kau kikoye sase go-ran-ze raruru ni tuke te nam, inisihe no usa mo nagusami haberu."
 nado, tosi-goro no monogatari, Uki-sima no ahare nari si koto mo kikoye idu.
 "Wa ga mi hitotu no to nomi, ihi-ahasuru hito mo naki Tukuba-yama no arisama mo, kaku akirame kikoye sase te, itu mo, ito kaku te saburaha mahosiku omohi tamahe nari haberi nure do, kasiko ni ha yokara nu ayasi no mono-domo, ika ni tati-sawagi motome habera m. Sasuga ni kokoro-awatatasiku omohi tamahe raruru. Kakaru hodo no arisama ni mi wo yatusu ha, kutiwosiki mono ni nam haberi keru to, mi ni mo omohi sira ruru wo, ko no Kimi ha, tada makase kikoye sase te, siri habera zi."
 nado, kakoti kikoye kakure ba, "Geni, mi-gurusikara de mo ara nam." to mi tamahu.

 [3-3 浮舟の母、薫を見て感嘆す]
容貌も心ざまも、え憎むまじうらうたげなり。もの恥ぢもおどろおどろしからず、さまよう児めいたるものから、かどなからず、近くさぶらふ人びとにも、いとよく隠れてゐたまへり。ものなど言ひたるも、昔の人の御さまに、あやしきまでおぼえたてまつりてぞあるや。かの人形求めたまふ人に見せたてまつらばやと、うち思ひ出でたまふ折しも、
「大将殿参りたまふ」
と、人聞こゆれば、例の、御几帳ひきつくろひて、心づかひす。この客人の母君、
「いで、見たてまつらむ。ほのかに見たてまつりける人の、いみじきものに聞こゆめれど、宮の御ありさまには、え並びたまはじ」
と言へば、御前にさぶらふ人びと、
「いさや、えこそ聞こえ定めね」
と聞こえあへり。
「いかばかりならむ人か、宮をば消ちたてまつらむ」
など言ふほどに、「今ぞ、車より降りたまふなる」と聞くほど2435、かしかましきまで追ひののしりて、とみにも見えたまはず2436。待たれたまふほどに、歩み入りたまふさまを見れば、げに、あなめでた、をかしげとも見えずながらぞ、なまめかしうあてにきよげなるや。
すずろに見え苦しう恥づかしくて、額髪などもひきつくろはれて、心恥づかしげに用意多く、際もなきさまぞしたまへる。内裏より参りたまへるなるべし、御前どものけはひあまたして、
「昨夜、后の宮の悩みたまふよし承りて参りたりしかば、宮たちのさぶらひたまはざりしかば、いとほしく見たてまつりて、宮の御代はりに今までさぶらひはべりつる。今朝もいと懈怠して参らせたまへるを、あいなう、御あやまちに推し量りきこえさせてなむ」
と聞こえたまへば、
「げに、おろかならず、思ひやり深き御用意になむ」
とばかりいらへきこえたまふ。宮は内裏にとまりたまひぬるを見おきて、ただならずおはしたるなめり。

 [3-3 浮舟の母、薫を見て感嘆す]
器量も気立ても、憎むことができないほどかわいらしい。はにかみようも大げさでなく、よい具合におっとりしているものの、才気がないでなく、近くに仕えている女房たちに対しても、たいそうよく隠れていらっしゃる。何か言っているのも、亡くなった姉君のご様子に不思議なまでにお似申していることよ。あの人形を捜していらっしゃる方にお見せ申し上げたいと、ふと思い出しなさった折しも、
「大将殿が参っておられます」
と、女房が申し上げるので、いつものように、御几帳を整えて注意をする。この客人の母君は、
「それでは、拝見させていただきましょう。ちらっと拝見した人が、大変にお誉め申していたが、宮のご様子には、とてもお並びになることはできまい」
と言うと、御前に伺候する女房たちは、
「さあね、とてもお定め申し上げることができません」
と申し上げ合っている。
「どれほどの人が、宮をお負かせ申せましょうか」
などと言っているうちに、「今、車から降りなさっている」と聞く間、うるさいほど先払いの声がして、すぐにはお現れにならない。お待たされになっているうちに、歩いてお入りになる様子を見ると、なるほど、何ともご立派で、色めかしい風情とは見えないが、優雅で上品に美しい。
何となく対面するのも遠慮されて、額髪などもついつくろって、気がひけるほど嗜み深い態度で、この上ない様子をしていらっしゃった。内裏から参上なさったのであろう、ご前駆の様子が大勢いて、
「昨夜、后の宮がご病気でいらっしゃる旨を承って参内しましたら、宮様方が伺候していらっしゃらなかったので、お気の毒に拝見して、宮のお代わりに今まで伺候しておりました。今朝もとても怠けて参内あそばしたのを、失礼ながら、あなたのご過失とお察し申し上げまして」
と申し上げなさると、
「なるほど、大変なこと、行き届いたお心遣いをいただきまして」
とだけお答え申し上げなさる。宮は内裏にお泊まりになったのを見届けて、思うところがあっていらっしゃったようである。

 [3-3 Ukifune's mother peeps Kaoru and admires his fineness]
 Katati mo kokoro-zama mo, e nikumu maziu rautage nari. Mono-hadi mo odoro-odorosikara zu, sama you ko-mei taru mono kara, nadoka nara zu, tikaku saburahu hito-bito ni mo, ito yoku kakure te wi tamahe ri. Mono nado ihi taru mo, mukasi no hito no ohom-sama ni, ayasiki made oboye tatematuri te zo aru ya! Ka no hito-gata motome tamahu hito ni mise tatematura baya to, uti omohi-ide tamahu wori si mo,
 "Daisyau-dono mawiri tamahu."
 to kikoyure ba, rei no, mi-kityau hiki-tukurohi te, kokoro-dukahi su. Ko no mara-uto no Haha-Gimi,
 "Ide, mi tatematura m. Honoka ni mi tatematuri keru hito no, imiziki mono ni kikoyu mere do, Miya no ohom-arisama ni ha, e narabi tamaha zi."
 to ihe ba, o-mahe ni saburahu hito-bito,
 "Isa ya, e koso kikoye sadame ne."
 to kikoye aheri.
 "Ika bakari nara m hito ka, Miya wo ba keti tatematura m."
 nado ihu hodo ni, "Ima zo, kuruma yori ori tamahu naru."to kiku hodo, kasikamasiki made ohi nonosiri te, tomi ni mo miye tamaha zu. Mata re tamahu hodo ni, ayumi iri tamahu sama wo mire ba, geni, ana medeta, wokasige to mo miye zu nagara zo, namamekasiu ate ni kiyoge naru ya!
 Suzuro ni miye kurusiu hadukasiku te, hitahi-gami nado mo hiki-tukurohare te, kokoro-hadukasige ni youi ohoku, kiha mo naki sama zo si tamahe ru. Uti yori mawiri tamahe ru naru besi, go-zen-domo no kehahi amata si te,
 "Yobe, Kisai-no-Miya no nayami tamahu yosi uketamahari te mawiri sika ba, Miya-tati no saburahi tamaha zari sika ba, itohosiku mi tatematuri te, Miya no ohom-kahari ni ima made saburahi haberi turu. Kesa mo ito ketai si te mawira se tamahe ru wo, ainau, ohom-ayamati ni osihakari kikoye sase te nam."
 to kikoye tamahe ba,
 "Geni, oroka nara zu, omohi-yari hukaki ohom-youi ni nam."
 to bakari irahe kikoye tamahu. Miya ha Uti ni tomari tamahi nuru wo mi oki te, tada nara zu ohasi taru na'meri.

 [3-4 中の君、薫に浮舟を勧める]
例の、物語いとなつかしげに聞こえたまふ。事に触れて、ただいにしへの忘れがたく、世の中のもの憂くなりまさるよしを、あらはには言ひなさで、かすめ愁へたまふ。
「さしも、いかでか、世を経て心に離れずのみはあらむ。なほ、浅からず言ひ初めてしことの筋なれば、名残なからじとにや」など、見なしたまへど、人の御けしきはしるきものなれば、見もてゆくままに、あはれなる御心ざまを、岩木ならねば2437、思ほし知る。
怨みきこえたまふことも多かれば、いとわりなくうち嘆きて、かかる御心をやむる禊2438をせさせたてまつらまほしく思ほすにやあらむ、かの人形のたまひ出でて、
「いと忍びてこのわたりになむ」
と、ほのめかしきこえたまふを、かれもなべての心地はせず、ゆかしくなりにたれど、うちつけにふと移らむ心地はたせず。
「いでや、その本尊、願ひ満てたまふべくはこそ尊からめ、時々、心やましくは、なかなか山水も濁りぬべく」
とのたまへば、果て果ては、
「うたての御聖心や」
と、ほのかに笑ひたまふも、をかしう聞こゆ。
「いで、さらば、伝へ果てさせたまへかし。この御逃れ言葉こそ、思ひ出づればゆゆしく」
とのたまひても、また涙ぐみぬ。
「見し人の形代ならば身に添へて
恋しき瀬々のなでものにせむ」
と、例の、戯れに言ひなして、紛らはしたまふ。
「みそぎ河瀬々に出ださむなでものを
身に添ふ影と誰か頼まむ
 引く手あまた2439に、とかや。いとほしくぞはべるや」
とのたまへば、
「つひに寄る瀬は2440、さらなりや。いとうれたきやうなる水の泡2441にも争ひはべるかな。かき流さるるなでものは、いで、まことぞかし。いかで慰むべきことぞ」
など言ひつつ、暗うなるもうるさければ、かりそめにものしたる人も、あやしくと思ふらむもつつましきを、
「今宵は、なほ、とく帰りたまひね」
と、こしらへやりたまふ。

 [3-4 中の君、薫に浮舟を勧める]
いつものように、お話をとても親しく申し上げなさる。何につけても、ただ亡き姫君が忘れられず、世の中がますますつまらなくなっていくことを、はっきりとは言わないで、それとなく訴えなさる。
「そんなにまで深く、どうして、いつまでも忘れられずばかりいらっしゃるのだろう。やはり、深く思っているように言い出したことだから、忘れられたと思われたくないのだろうか」などと、しいてお思いになるが、相手のご様子ははっきりとしているので、見ているうちに、しみじみとしたお気持ちを、岩木ではないから、お分かりになる。
お恨み申し上げることが多いので、たいそう困って嘆息して、このようなお気持ちを無くす禊をおさせ申し上げたくお思いになったのであろうか、あの人形のことをお話し出しになって、
「とても人目を忍んでこの辺りにいます」
と、それとなく申し上げなさると、相手も平気な気持ちではいられず、興味をもったが、急に心移りする気はしない。
「さあ、そのご本尊が、願いをお満たしくださったら尊いことでしょうが、時々、悩ましく思うようでは、かえって悟りも濁ってしまいましょう」
とおっしゃると、最後は、
「困ったご道心ですこと」
と、かすかにお笑いになるのも、おもしろく聞こえる。
「さあ、それでは、すっかりお伝えになってください。このお逃れの言葉も、思い出すと不吉な気がします」
とおっしゃって、再び涙ぐんだ。
「亡き姫君の形見ならば、いつも側において
恋しい折々の気持ちを移して流す撫物としよう」
と、いつものように、冗談のように言って、紛らわしなさる。
「禊河の瀬々に流し出す撫物を
いつまでも側に置いておくと誰が期待しましょう
引く手あまたで、とか言います。不憫でございますわ」
とおっしゃると、
「最後の寄る瀬は、言うまでもありませんよ。たいそういまいましいような水の泡にも負けないようでございますね。捨てられて流される撫物は、いやもう、まったくその通りです。どうして慰められることができましょうか」
などと言っているうちに、暗くなってくるのもやっかいなので、一時的に泊まっている人も、変だと思うのも気がひけて、
「今夜は、やはり、早くお帰りなさいませ」
と、機嫌をおとりになる。

 [3-4 Nakanokimi recommends Kaoru for Ukmifune]
 Rei no, monogatari ito natukasige ni kikoye tamahu. Koto ni hure te, tada inisihe no wasure gataku, yononaka no mono-uku nari masaru yosi wo, araha ni ha ihi-nasa de, kasume urehe tamahu.
 "Sa si mo, ikade ka, yo wo he te kokoro ni hanare zu nomi ha ara m. Naho, asakara zu ihi some te si koto no sudi nare ba, nagori nakara zi to ni ya?" nado, mi-nasi tamahe do, hito no mi-kesiki ha siruki mono nare ba, mi mote yuku mama ni, ahare naru mi-kokoro-zama wo, iha-ki nara ne ba, omohosi siru.
 Urami kikoye tamahu koto mo ohokare ba, ito wari naku uti-nageki te, kakaru mi-kokoro wo yamuru misogi wo se sase tatematura mahosiku omohosu ni ya ara m, ka no hito-gata notamahi ide te,
 "Ito sinobi te ko no watari ni nam."
 to, honomekasi kikoye tamahu wo, kare mo nabete no kokoti ha se zu, yukasiku nari ni tare do, utituke ni huto utura m kokoti hata se zu.
 "Ide ya, so no Honzon, negahi mite tamahu beku ha koso tahutokara me, toki-doki, kokoro-yamasiku ha, naka-naka yama-midu mo nigori nu beku."
 to notamahe ba, hate-hate ha,
 "Utate no ohom-hiziri-gokoro ya!"
 to, honoka ni warahi tamahu mo, wokasiu kikoyu.
 "Ide, sara ba, tutahe hate sase tamahe kasi. Ko no ohom-nogare-kotoba koso, omohi-idure ba yuyusiku."
 to notamahi te mo, mata namidagumi nu.
 "Mi si hito no katasiro nara ba mi ni sohe te
 kohisiki se-ze no nade-mono ni se m
"
 to, rei no, tahabure ni ihi-nasi te, magirahasi tamahu.
 "Msogi-gaha se-ze ni idasa m nade-mono wo
 mi ni sohu kage to tare ka tanoma m
"
 Hikute amata ni, to ka ya! Itohosiku zo haberu ya!"
 to notamahe ba,
 "Tuhi ni yoru se ha, sara nari ya! Ito uretaki yau naru midu no awa ni mo arasohi haberu kana! Kaki-nagasa ruru nade-mono ha, ide, makoto zo kasi. Ikade nagusamu beki koto zo."
 nado ihi tutu, kurau naru mo urusakere ba, karisome ni monosi taru hito mo, ayasiku to omohu ram mo tutumasiki wo,
 "Koyohi ha, naho, toku kaheri tamahi ne."
 to, kosirahe yari tamahu.

 [3-5 浮舟の母、娘に貴人の婿を願う]
「さらば、その客人に、かかる心の願ひ年経ぬるを、うちつけになど、浅う思ひなすまじう、のたまはせ知らせたまひて、はしたなげなるまじうはこそ。いとうひうひしうならひにてはべる身は、何ごともをこがましきまでなむ」
と、語らひきこえおきて出でたまひぬるに、この母君、
「いとめでたく、思ふやうなるさまかな」
とめでて、乳母ゆくりかに思ひよりて、たびたび言ひしことを、あるまじきことに言ひしかど、この御ありさまを見るには、「天の川を渡りても、かかる彦星の光2442をこそ待ちつけさせめ。わが娘は、なのめならむ人に見せむは惜しげなるさま2443を、夷めきたる人をのみ見ならひて、少将をかしこきものに思ひける」を、悔しきまで思ひなりにけり。
 寄りゐたまへりつる真木柱2444も茵も、名残匂へる移り香、言へばいとことさらめきたるまでありがたし。時々見たてまつる人だに、たびごとにめできこゆ。
「経などを読みて、功徳のすぐれたることあめるにも、香の香うばしきをやむごとなきことに、仏のたまひおきけるも、ことわりなりや。薬王品などに、取り分きてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど、まづかの殿の近く振る舞ひたまへば、仏はまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。幼くおはしけるより、行ひもいみじくしたまひければよ」
など言ふもあり。また、
「前の世こそゆかしき御ありさまなれ」
など、口々めづることどもを、すずろに笑みて聞きゐたり。

 [3-5 浮舟の母、娘に貴人の婿を願う]
「それでは、その客人に、このような願いを何年も持っていたので、急になど、浅く考えないようにおっしゃってお知らせなさって、みっともない目にあわないように願います。とても不慣れでございますわが身には、何事も愚かしいほど不調法で」
と、約束申してお出になったので、この母君、
「とても立派で、理想的な様子ですこと」
と誉めて、乳母がひょいと思いついて、度々言ったことを、とんでもないことに言ったが、このご様子を見ては、「天の川を渡ってでも、このような彦星の光を待ち受けさせたいもの。自分の娘は、平凡な人と結婚させるのは惜しい様子を、東国の田舎者ばかり見馴れていて、少将を立派な人と思っていた」のを、後悔されるのだった。
寄り掛かっていらした真木柱にも茵にも、そのまま残っている匂いや移り香が、言うとわざとらしいまでに素晴らしい。時々拝見する女房でさえ、その度ごとにお誉め申し上げる。
「お経などを読んで、功徳のすぐれたことがあるようなのにつけても、香の芳しいのをこの上ないこととして、仏さまが説いておおきになったのも、もっともなことですわ。薬王品などに、特別に説かれている牛頭栴檀とかは、大げさな物の名前だが、まずあの大将殿が近くで身動きなさると、仏さまがほんとうにおっしゃったのだ、と思われます。子供でいらした時から、勤行も熱心になさっていたからですよ」
などと言う者もいる。また、
「前世が知りたいご様子ですこと」
などと、口々に誉めることを、思わずにっこりして聞いていた。

 [3-5 Ukifune's mother desires her daughter to get marriaged to a noble man]
 "Sara ba, so no Mara-uto ni, kakaru kokoro no negahi tosi he nuru wo, utituke ni nado, asau omohi-nasu maziu, notamaha se sira se tamahi te, hasitanage naru maziu ha koso. Ito uhi-uhisiu narahi ni te haberu mi ha, nani-goto mo wokogamasiki made nam."
 to, katarahi kikoye oki te ide tamahi nuru ni, ko no Haha-Gimi,
 "Ito medetaku, omohu yau naru sama kana!"
 to mede te, Menoto yukuri-ka ni omohi-yori te, tabi-tabi ihi si koto wo, aru-maziki koto ni ihi sika do, ko no ohom-arisama wo miru ni ha, "Ama-no-gaha wo watari te mo, kakaru Hiko-bosi no hikari wo koso mati-tuke sase me. Wa ga musume ha, nanome nara m hito ni mise m ha wosige naru sama wo, ebisu meki taru hito wo nomi mi-narahi te, Seusyau wo kasikoki mono ni omohi keru." wo, kuyasiki made omohi nari ni keri.
 Yori-wi tamahe ri turu maki-basira mo sitone mo, nagori nihohe ru uturi-ga, ihe ba ito kotosara-meki taru made arigatasi. Toki-doki mi tatematuru hito dani, tabi goto ni mede kikoyu.
 "Kyau nado wo yomi te, kudoku no sugure taru koto ameru ni mo, ka no kaubasiki wo yamgotonaki koto ni, Hotoke notamahi oki keru mo, kotowari nari ya! Yakuwau-hon nado ni, toriwaki te notamahe ru, Godusendan to ka ya, odoro-odorosiki mono no na nare do, madu ka no tono no tikaku hurumahi tamahe ba, Hotoke ha makoto si tamahi keri, to koso oboyure. Wosanaku ohasi keru yori, okonahi mo imiziku si tamahi kere ba yo."
 nado ihu mo ari. Mata,
 "Saki no yo koso yukasiki ohom-arisama nare."
 nado, kuti-guti meduru koto-domo wo, suzuro ni wemi te kiki wi tari.

 [3-6 浮舟の母、中の君に娘を託す]
君は、忍びてのたまひつることを、ほのめかしのたまふ。
「思ひ始めつること、執念きまで軽々しからずものしたまふめるを、げに、ただ今のありさまなどを思へば、わづらはしき心地すべけれど、かの世を背きても、など思ひ寄りたまふらむも、同じことに思ひなして、試みたまへかし」
とのたまへば、
「つらき目見せず、人にあなづられじの心にてこそ、鳥の音聞こえざらむ住まひ2445まで思ひたまへおきつれ。げに、人の御ありさまけはひを見たてまつり思ひたまふるは、下仕へのほどなどにても、かかる人の御あたりに、馴れきこえむは、かひありぬべし。まいて若き人は、心つけたてまつりぬべくはべるめれど、数ならぬ身2446に、もの思ふ種をやいとど蒔かせて見はべらむ。
高きも短きも、女といふものは、かかる筋にてこそ、この世、後の世まで、苦しき身になりはべるなれ、と思ひたまへはべればなむ、いとほしく思ひたまへはべる。それもただ御心になむ。ともかくも、思し捨てず、ものせさせたまへ」
と聞こゆれば、いとわづらはしくなりて、
「いさや。来し方の心深さにうちとけて、行く先のありさまは知りがたきを」
とうち嘆きて、ことに物ものたまはずなりぬ。
明けぬれば、車など率て来て、守の消息など、いと腹立たしげに脅かしたれば、
「かたじけなく、よろづに頼みきこえさせてなむ。なほ、しばし隠させたまひて、巌の中に2447とも、いかにとも、思ひたまへめぐらしはべるほど、数にはべらずとも、思ほし放たず、何ごとをも教えさせたまへ」
など聞こえおきて、この御方も、いと心細く、ならはぬ心地に、立ち離れむを思へど、今めかしくをかしく見ゆるあたりに、しばしも見馴れたてまつらむと思へば、さすがにうれしくもおぼえけり。

 [3-6 浮舟の母、中の君に娘を託す]
女君は、こっそりとおっしゃった話を、それとなくおっしゃる。
「思いはじめたことは、執念深いまでに軽々しくなくいらっしゃるようなのを、なるほど、ただ今の様子などを思うと、やっかいな気持ちがしましょうが、あの出家をしても、などとお考えになるのも、同じこととお思いになって、お試しなさいませ」
とおっしゃると、
「つらい目にあわず、誰からも馬鹿にされまいとの考えで、鳥の声が聞こえないような深山での生活まで考えておりました。おっしゃるように、殿のご様子や態度などを拝見して存じますことは、下仕えの身分などであっても、このような方のご身辺で、親しくしていただけるのは、生き甲斐のあることでしょう。まして若い女は、きっと心をお寄せ申し上げるにちがいないでしょうが、物の数にも入らない身で、物思いの種をますます蒔かせることになりましょうか。
身分の高い者も低い者も、女というものは、このような男女の仲のことで、現世と、来世まで、苦しい身になるものです、と存じておりますので、かわいそうに存じております。その話もただお気持ちに任せます。ともかくも、お見捨てにならず、お世話くださいませ」
と申し上げるので、たいそうやっかいになって、
「さあね。過去の思いやり深さに気を許しても、将来の様子は分からないことです」
とためいきをついて、他には何もおっしゃらずになった。
夜が明けたので、車などを引き出して来て、介の手紙などが、とても立腹した文面で脅かしていたので、
「恐れ多いことですが、万事お頼み申し上げます。やはり、もうしばらくお隠しになって、巌の中なりとも、どこなりとも、思案いたします間は、人並みの者でございませんが、お見捨てなく、何事もお教えくださいませ」
などと申し上げておいて、この御方も、たいそう心細く、初めてのことで、別れることを心配するが、はなやかで美しく見える所で、しばらくの間もお親しみ申せると思うと、そうはいっても嬉しく思われるのだった。

 [3-6 Ukifune's mother leaves Ukifune to Nakanokimi in Kyoto]
 Kimi ha, sinobi te notamahi turu koto wo, honomekasi notamahu.
 "Omohi some turu koto, sihuneki made karo-garosikara zu monosi tamahu meru wo, geni, tada ima no arisama nado wo omohe ba, wadurahasiki kokoti su bekere do, ka no yo wo somuki te mo, nado, omohi-yori tamahu ram mo, onazi koto ni omohi-nasi te, kokoromi tamahe kasi."
 to notamahe ba,
 "Turaki me mise zu, hito ni anadura re zi no kokoro ni te koso, tori no ne kikoye zara m sumahi made omohi tamahe oki ture. Geni, hito no ohom-arisama kehahi wo mi tatematuri tamahuru ha, simo-dukahe no hodo ni te mo, kakaru hito no ohom-atari ni, nare kikoye m ha, kahi ari nu besi. Maite wakaki hito ha, kokoro tuke tatematuri nu beku haberu mere do, kazu nara nu mi ni, mono omohu tane wo ya itodo maka se te mi habera m.
 Takaki mo mizikaki mo, womna to ihu mono ha, kakaru sudi ni te koso, ko-no-yo, noti-no-yo made, kurusiki mi ni nari haberu nare, to omohi tamahe habere ba nam, itohosiku omohi tamahe haberu. Sore mo tada mi-kokoro ni nam. Tomo-kaku-mo, obosi sute zu, monose sase tamahe."
 to kikoyure ba, ito wadurahasiku nari te,
 "Isa ya! Kosi-kata no kokoro-bukasa ni utitoke te, yuku-saki no arisama ha siri gataki wo."
 to uti-nageki te, koto ni mono mo notamaha zu nari nu.
 Ake nure ba, kuruma nado wi te ki te, Kami no seusoko nado, ito hara-datasige ni obiyakasi tare ba,
 "Katazikenaku, yorodu ni tanomi kikoye sase te nam. Naho, sibasi kakusa se tamahi te, ihaho no naka ni to mo, ika ni to mo, omohi tamahe megurasi haberu hodo, kazu ni habera zu to mo, omohosi hanata zu, nani-goto wo mo wosihe sase tamahe."
 nado kikoye oki te, ko no Ohom-Kata mo, ito kokoro-bosoku, naraha nu kokoti ni, tati-hanare m wo omohe do, imamekasiku wokasiku miyuru atari ni, sibasi mo mi-nare tatematura m to omohe ba, sasuga ni uresiku mo oboye keri.

 4 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる [4-1 匂宮、二条院に帰邸]
車引き出づるほどの、すこし明うなりぬるに、宮、内裏よりまかでたまふ。若君おぼつかなくおぼえたまひければ、忍びたるさまにて、車なども例ならでおはしますにさしあひて、おしとどめて立てたれば、廊に御車寄せて降りたまふ。
「なぞの車ぞ。暗きほどに急ぎ出づるは」
と目とどめさせたまふ。「かやうにてぞ、忍びたる所には出づるかし」と、御心ならひに思し寄るも、むくつけし。
「常陸殿のまかでさせたまふ」
と申す。若やかなる御前ども、
「殿こそ、あざやかなれ」
と、笑ひあへるを聞くも、「げに、こよなの身のほどや」と悲しく思ふ。ただ、この御方のことを思ふゆゑにぞ、おのれも人びとしくならまほしくおぼえける。まして、正身をなほなほしくやつして見むことは、いみじくあたらしう思ひなりぬ。宮、入りたまひて、
「常陸殿といふ人や、ここに通はしたまふ。心ある朝ぼらけに、急ぎ出でつる車副などこそ、ことさらめきて見えつれ」
など、なほ思し疑ひてのたまふ。「聞きにくくかたはらいたし」と思して、
「大輔などが若くてのころ、友達にてありける人は。ことに今めかしうも見えざめるを、ゆゑゆゑしげにものたまひなすかな。人の聞きとがめつべきことをのみ、常にとりないたまふこそ、なき名は立てで2448」
と、うち背きたまふも、らうたげにをかし。
 明くるも知らず2449大殿籠もりたるに、人びとあまた参りたまへば、寝殿に渡りたまひぬ。后の宮は、ことことしき御悩みにもあらで、おこたりたまひにければ、心地よげにて、右の大殿の君達など、碁打ち韻塞などしつつ遊びたまふ。

 4 浮舟と匂宮の物語 浮舟、匂宮に見つかり言い寄られる [4-1 匂宮、二条院に帰邸]
車を引き出すときの、少し明るくなったころに、宮が、内裏から退出なさる。若君が気がかりに思われなさったので、人目につかないようにして、車などもいつもと違った物でお帰りになるのに出くわして、止めて立ち止まっていると、渡廊にお車を寄せて降りなさる。
「誰の車か。暗いうちに急に出ようとするのは」
と目をお止めあそばす。「このように、忍んで通う女のもとから出る者か」と、ご自身の経験からお考えになるのも、嫌なことだ。
「常陸殿が退出あそばします」
と申し上げる。若い御前駆たちは、
「殿というのは、大げさな」
と、笑い合っているのを聞くと、「おっしゃるとおり、笑われてもしかたない身分だ」と悲しく思う。ただ、この御方のことを思うために、自分も人並みになりたいと思うのだった。それ以上に、ご本人を身分の低い男と結婚させるのは、ひどく惜しいと思った。宮が、お入りになって、
「常陸殿という人を、こちらに通わせているのですか。意味ありげな朝ぼらけに、急いで出た車の供揃いが、特別に見えました」
などと、やはりお疑いになっておっしゃる。「聞きにくく回りの者がどう思うか」とお思いになって、
「大輔などが若かったころ、友人であった人ですわ。特にしゃれた人には見えないようだったが、わけがありそうにおっしゃいますね。人聞きの悪そうなことばかりを、いつもおっしゃいますが、無実の罪を着せないでください」
と、横を向きなさるのも、かわいらしく美しい。
夜の明けるのも知らずにお休みになっていると、人びとが大勢参上なさったので、寝殿にお渡りになった。后の宮は、仰々しいご病気でなく平癒なさったので、気分よさそうで、右の大殿の公達などは、碁を打ったり韻塞ぎなどをしてお遊びになる。

 4 Tale of Ukifune and Nionomiya Ukifune is peeped by Nionomiya and forced his attentions [4-1 Nionomiya comes back to his home Nijoin]
 Kuruma hiki-iduru hodo no, sukosi akau nari nuru ni, Miya, Uti yori makade tamahu. Waka-Gimi obotukanaku oboye tamahi kere ba, sinobi taru sama ni te, kuruma nado mo rei nara de ohasimasu ni sasi-ahi te, osi-todome te tate tare ba, rau ni mi-kuruma yose te ori tamahu.
 "Nazo no kuruma zo. Kuraki hodo ni isogi iduru ha?"
 to me todome sase tamahu. "Ka-yau ni te zo, sinobi taru tokoro ni ha iduru kasi." to, mi-kokoro-narahi ni obosi-yoru mo, mukutukesi.
 "Hitati-dono no makade sase tamahu."
 to mausu. Wakayaka naru Go-zen-domo,
 "Tono koso, azayaka nare."
 to, warahi ahe ru wo kiku mo, "Geni, koyona no mi no hodo ya!" to kanasiku omohu. Tada, ko no Ohom-Kata no koto wo omohu yuwe ni zo, onore mo hito-bitosiku nara mahosiku oboye keru. Masite, sauzimi wo naho-nahosiku yatusi te mi m koto ha, imiziku atarasiu omohi nari nu. Miya, iri tamahi te,
 "Hitati-dono to ihu hito ya, koko ni kayohasi tamahu. Kokoro-aru asa-borake ni, isogi ide turu kuruma-zohi nado koso, kotosara meki te miye ture."
 nado, naho obosi utagahi te notamahu. "Kiki nikuku katahara-itasi." to obosi te,
 "Taihu nado ga wakaku te no koro, tomodati ni te ari keru hito ha. Koto ni imamekasiu mo miye za'meru wo, yuwe-yuwesige ni mo notamahi nasu kana! Hito no kiki togame tu beki koto wo nomi, tune ni tori nai tamahu koso, naki na ha tate de."
 to, uti-somuki tamahu mo, rautage ni wokasi.
 Akuru mo sira zu ohotono-gomori taru ni, hito-bito amata mawiri tamahe ba, sinden ni watari tamahi nu. Kisai-no-Miya ha, koto-kotosiki ohom-nayami ni mo ara de, okotari tamahi ni kere ba, kokoti-yoge ni te, Migi-no-Ohotono no Kim-dati nado, go uti in-hutagi nado si tutu asobi tamahu.

 [4-2 匂宮、浮舟に言い寄る]
夕つ方、宮こなたに渡らせたまへれば、女君は、御ゆするのほどなりけり。人びともおのおのうち休みなどして、御前には人もなし。小さき童のあるして、
「折悪しき御ゆするのほどこそ、見苦しかめれ。さうざうしくてや、眺めむ」
と、聞こえたまへば、
「げに、おはしまさぬ隙々にこそ、例は済ませ。あやしう日ごろももの憂がらせたまひて、今日過ぎば、この月は日もなし。九、十月は、いかでかはとて、仕まつらせつるを」
と、大輔いとほしがる。
若君も寝たまへりければ、そなたにこれかれあるほどに、宮はたたずみ歩きたまひて、西の方に例ならぬ童の見えつるを、「今参りたるか」など思して、さし覗きたまふ。中のほどなる障子の、細目に開きたるより見たまへば、障子のあなたに、一尺ばかりひきさけて、屏風立てたり。そのつまに、几帳、簾に添へて立てたり。
帷一重をうちかけて、紫苑色のはなやかなるに、女郎花の織物と見ゆる重なりて、袖口さし出でたり。屏風の一枚たたまれたるより、「心にもあらで見ゆるなめり。今参りの口惜しからぬなめり」と思して、この廂に通ふ障子を、いとみそかに押し開けたまひて、やをら歩み寄りたまふも、人知らず。
こなたの廊の中の壷前栽の、いとをかしう色々に咲き乱れたるに、遣水のわたり、石高きほど、いとをかしければ、端近く添ひ臥して眺むるなりけり。開きたる障子を、今すこし押し開けて、屏風のつまより覗きたまふに、宮とは思ひもかけず、「例こなたに来馴れたる人にやあらむ」と思ひて、起き上がりたる様体、いとをかしう見ゆるに、例の御心は過ぐしたまはで、衣の裾を捉へたまひて、こなたの障子は引き立てたまひて、屏風のはさまに居たまひぬ。
あやしと思ひて、扇をさし隠して見返りたるさま、いとをかし。扇を持たせながら捉へたまひて、
「誰ぞ。名のりこそ、ゆかしけれ」
とのたまふに、むくつけくなりぬ。さるもののつらに、顔を他ざまにもて隠して、いといたう忍びたまへれば、「このただならずほのめかしたまふらむ大将にや、香うばしきけはひなども」思ひわたさるるに、いと恥づかしくせむ方なし。

 [4-2 匂宮、浮舟に言い寄る]
夕方、宮がこちらにお渡りあそばすと、女君は、ご洗髪の時であった。女房たちもそれぞれ休んだりしていて、御前には女房もいない。小さい童女がいたのをつかって、
「折悪くご洗髪の時とは、困りましたね。手持ち無沙汰で、ぼんやりしていようかな」
と、申し上げなさると、
「仰せのとおり、いらっしゃらない合間に、いつもは済ませます。妙に近頃は億劫になられまして、今日を過ごしたら、今月は吉日もありません。九月、十月は、とてもと思われまして、いたしておりますが」
と、大輔はお気の毒がる。
若君もお寝みになっていたので、そちらに女房の皆がいるときで、宮はぶらぶらお歩きになって、西の方にいつもとちがった童女が見えたのを、「新参者か」などとお思いになって、お覗きになる。中程にある襖障子が、細めに開いている所から御覧になると、障子の向こうに、一尺ほど離れて、屏風が立っていた。その端に、几帳を、御簾に添って立ててある。
帷子一枚を横木にひっ懸けて、紫苑色の華やかな袿に、女郎花の織物と見える表着が重なって、袖口が出ている。屏風の一枚が畳まれている間から、「意外にも見えるようだ。新参者でかなりの身分の女房のようだ」とお思いになって、この廂に通じている障子を、たいそう密かに押し開けなさって、静かに歩み寄りなさるのも、誰も気がつかない。
こちらの渡廊の中の壷前栽が、たいそう美しく色とりどりに咲き乱れているところに、遣水のあたりの、石が高くなっているところが、実に風情があるので、端近くに添い臥して眺めているのであった。開いている障子を、もう少し押し開けて、屏風の端からお覗きなさると、宮とは思いもかけず、「いつもこちらに来馴れている女房であろうか」と思って、起き上がった姿形は、たいそう美しく見えるので、いつもの好色のお癖はお堪えになれず、衣の裾を捉えなさって、こちらの障子は引き閉めなさって、屏風の隙間に座りなさった。
変だと思って、扇で顔を隠して振り返った様子、実に美しい。扇をお持になったまま掴えなさって、
「どなたですか。名前が、ぜひ聞きたい」
とおっしゃると、気持ち悪くなった。そうした物の際で、顔を外向けに隠して、とてもたいそうお忍びになっているので、「あの一方ならず思いを寄せていらっしゃるらしい大将であろうか、香ばしい様子などもそれらしく」思われるので、とても恥ずかしくどうしてよいか分からない。

 [4-2 Nionomiya forces his attention to Ukifune]
 Yuhu-tu-kata, Miya konata ni watara se tamahe re ba, Womna-Gimi ha, ohom-yusuru no hodo nari keri. Hito-bito mo ono-ono uti-yasumi nado si te, o-mahe ni ha hito mo nasi. Tihisaki waraha no aru si te,
 "Wori asiki ohom-yusuru no hodo koso, mi-gurusika' mere. Sau-zausiku te ya, nagame m."
 to, kikoye tamahe ba,
 "Geni, ohasimasa nu hima-hima ni koso, rei ha sumase. Ayasiu hi-goro mo mono-ugara se tamahi te, kehu sugi ba, ko no tuki ha hi mo nasi. Ku, Zihu-gwati ha, ikade ka ha tote, tukau-matura se turu wo."
 to, Taihu itohosigaru.
 Waka-Gimi mo ne tamahe ri kere ba, sonata ni kore kare aru hodo ni, Miya ha tatazumi ariki tamahi te, nisi no kata ni rei nara nu waraha no miye turu wo, "Ima mawiri taru ka?" nado obosi te, sasi-nozoki tamahu. Naka no hodo naru sauzi no, hosome ni aki taru yori mi tamahe ba, sauzi no anata ni, iti-saku bakari hiki sake te, byaubu tate tari. So no tuma ni, kityau, su ni sohe te tate tari.
 Katabira hito-he wo uti-kake te, siwon-iro no hanayaka naru ni, wominahesi no ori-mono to miyuru kasanari te, sode-guti sasi-ide tari. Byaubu no hito-hira tatama re taru yori, "Kokoro ni mo ara de miyuru na'meri. Ima-mawiri no kutiwosikara nu na'meri." to obosi te, ko no hisasi ni kayohu sauzi wo, ito misoka ni osi-ake tamahi te, yawora ayumi yori tamahu mo, hito sira zu.
 Konata no rau no naka no tubo-sensai no, ito wokasiu iro-iro ni saki midare taru ni, yari-midu no watari, isi takaki hodo, ito wokasikere ba, hasi tikaku sohi husi te nagamuru nari keri. Aki taru sauzi wo, ima sukosi osi-ake te, byaubu no tuma yori nozoki tamahu ni, Miya to ha omohi mo kake zu, "Rei konata ni ki nare taru hito ni ya ara m?" to omohi te, oki-agari taru yaudai, ito wokasiu miyuru ni, rei no mi-kokoro ha sugusi tamaha de, kinu no suso wo torahe tamahi te, konata no sauzi ha hiki-tate tamahi te, byaubu no hasama ni wi tamahi nu.
 Ayasi to omohi te, ahugi wo sasi-kakusi te mi-kaheri taru sama, ito wokasi. Ahugi wo mota se nagara torahe tamahi te,
 "Tare zo? Nanori koso, yukasikere."
 to notamahu ni, mukutukeku nari nu. Saru mono no tura ni, kaho wo hoka-zama ni mote-kakusi te, ito itau sinobi tamahe re ba, "Ko no tada nara zu honomekasi tamahu ram Daisyau ni ya, kaubasiki kehahi nado mo." omohi watasa ruru ni, ito hadukasiku sem-kata nasi.

 [4-3 浮舟の乳母、困惑、右近、中の君に急報]
乳母、人げの例ならぬを、あやしと思ひて、あなたなる屏風を押し開けて来たり。
「これは、いかなることにかはべらむ。あやしきわざにもはべるかな」
と聞こゆれど、憚りたまふべきことにもあらず。かくうちつけなる御しわざなれど、言の葉多かる本性なれば、何やかやとのたまふに、暮れ果てぬれど、
「誰と聞かざらむほどは許さじ」
とて、なれなれしく臥したまふに、「宮なりけり」と思ひ果つるに、乳母、言はむ方なくあきれてゐたり。
大殿油は燈籠にて、「今渡らせたまひなむ」と人びと言ふなり。御前ならぬ方の御格子どもぞ下ろすなる。こなたは離れたる方にしなして、高き棚厨子一具立て、屏風の袋に入れこめたる、所々に寄せかけ、何かの荒らかなるさまにし放ちたり。かく人のものしたまへばとて、通ふ道の障子一間ばかりぞ開けたるを、右近とて、大輔が娘のさぶらふ来て、格子下ろしてここに寄り来なり。
「あな、暗や。まだ大殿油も参らざりけり。御格子を、苦しきに、急ぎ参りて、闇に惑ふよ」
とて、引き上ぐるに、宮も、「なま苦し」と聞きたまふ。乳母はた、いと苦しと思ひて、ものづつみせずはやりかにおぞき人にて、
「もの聞こえはべらむ。ここに、いとあやしきことのはべるに、見たまへ極じて2450なむ、え動きはべらでなむ」
「何ごとぞ」
とて、探り寄るに、袿姿なる男の、いと香うばしくて添ひ臥したまへるを、「例のけしからぬ御さま」と思ひ寄りにけり。「女の心合はせたまふまじきこと」と推し量らるれば、
「げに2451、いと見苦しきことにもはべるかな。右近は、いかにか聞こえさせむ。今参りて、御前にこそは忍びて聞こえさせめ」
とて立つを、あさましくかたはに、誰も誰も思へど、宮は懼ぢたまはず。
「あさましきまであてにをかしき人かな。なほ、何人ならむ。右近が言ひつるけしきも、いとおしなべての今参りにはあらざめり」
心得がたく思されて、と言ひかく言ひ、怨みたまふ。心づきなげにけしきばみてももてなさねど、ただいみじう死ぬばかり思へるがいとほしければ、情けありてこしらへたまふ。
右近、上に、
「しかしかこそおはしませ。いとほしく、いかに思ふらむ」
と聞こゆれば、
「例の、心憂き御さまかな。かの母も、いかにあはあはしく、けしからぬさまに思ひたまはむとすらむ。うしろやすくと、返す返す言ひおきつるものを」
と、いとほしく思せど、「いかが聞こえむ。さぶらふ人びとも、すこし若やかによろしきは、見捨てたまふなく、あやしき人の御癖なれば、いかがは思ひ寄りたまひけむ」とあさましきに、ものも言はれたまはず。

 [4-3 浮舟の乳母、困惑、右近、中の君に急報]
乳母は、人の気配がいつもと違うのを、変だと思って、あちらにある屏風を押し開けて来た。
「これは、どうしたことでございましょう。変な事でございます」
と申し上げるが、遠慮なさるべきのことでもない。このような突然のなさりようだが、口上手なご性分なので、何やかやとおっしゃるうちに、すっかり暮れてしまったが、
「誰それと名前を聞かないうちは許しません」
と言って、なれなれしく臥せりなさるので、「宮であったのだ」と思い当たって、乳母は、何とも言いようがなく驚きあきれていた。
大殿油は燈籠に入れて、「まもなくお帰りあそばしましょう」と女房たちが言っている声がする。御前以外の御格子を下ろす音がする。こちらは離れた所であって、高い棚厨子を一具ほど立て、屏風が袋に入れてあるのを、あちこちに立て掛けて、何やかやと雑然とした様子に散らかしている。このように人がいらっしゃるからといって、通り道の障子を一間ほど開けてあるのを、右近といって、大輔の娘で仕えている者が来て、格子を下ろしてこちらに近寄って来る音がする。
「まあ、暗いわ。まだ大殿油もお灯けになっていないのですね。御格子を、苦労して、急いで下ろして、暗闇にまごつきますこと」
と言って、引き上げるので、宮も、「ちょっと困ったな」とお聞きになる。乳母は、乳母で、まことに困ったことだと思って、遠慮せずせっかちで気の強い人なので、
「申し上げます。こちらに、とても怪しからんことがございまして、扱いあぐねて、身動きもとれずにおります」
「どうしたことですか」
と言って、手探りで近づくと、袿姿の男が、とてもよい匂いで寄り添っていらっしゃるのを、「いつもの困ったお振る舞いだ」と気づくのだった。「女が同意なさるはずがない」と察せられるので、
「なるほど、とても見苦しいことでございますね。右近めは、何とも申し上げられません。早速参上して、ご主人にこっそりと申し上げましょう」
と言って立つのを、とんでもなく不体裁なことと、誰も彼もが思うが、宮はびくともなさらない。
「驚くほどに上品で美しい人だな。やはり、どのような人なのであろうか。右近が言った様子からも、とても並の新参者ではないようだ」
納得がゆかず思われなさって、ああ言いこう言い、恨みなさる。嫌がる素振りでもないが、ただひどく死ぬほどつらく思っているのが気の毒なので、思いやりをこめて慰めなさる。
右近は、主人に、
「これこれしかじかでいらっしゃいます。お気の毒で、どんなに困っていらっしゃることでしょうか」
と申し上げると、
「いつもの、情けないお振る舞いですこと。あの母親も、どんなにか軽率で、困ったこととお思いになることだろう。安心にと、繰り返し言っていたものを」
と、お気の毒にお思いになるが、「何と申し上げられよう。仕えている女房たちでも、少し若くて結構な女は、お見捨てになることのない、不思議なご性分の人なので、どのようにしてお気づきになったのだろう」とあきれて、何ともおっしゃれない。

 [4-3 Ukifune's wet nurse is perplexed, and Ukon notifys to Nakanokimi]
 Menoto, hitoge no rei nara nu wo, ayasi to omohi te, anata naru byaubu wo osi-ake te ki tari.
 "Kore ha, ika naru koto ni ka habera m? Ayasiki waza ni mo haberu kana!"
 to kikoyure do, habakari tamahu beki koto ni mo ara zu. Kaku utituke naru ohom-siwaza nare do, kotonoha ohokaru honzyau nare ba, nani-ya-kaya to notamahu ni, kure hate nure do,
 "Tare to kika zara m hodo ha yurusa zi."
 tote, nare-naresiku husi tamahu ni, "Miya nari keri." to omohi haturu ni, Menoto, iha m kata naku akire te wi tari.
 Oho-tonabura ha touro ni te, "Ima watara se tamahi na m." to hito-bito ihu nari. O-mahe nara nu kata no mi-kausi-domo zo orosu naru. Konata ha hanare taru kata ni si nasi te, takaki tana dusi hito-yorohi tate, byaubu no hukuro ni ire kome taru, tokoro-dokoro ni yose kake, nani ka no araraka naru sama ni si hanati tari. Kaku hito no monosi tamahe ba tote, kayohu miti no sauzi hito-ma bakari zo ake taru wo, Ukon tote, Taihu ga musume no saburahu ki te, kausi orosi te koko ni yori ku nari.
 "Ana, kura ya! Mada oho-tonabura mo mawira zari keri. Mi-kausi wo, kurusiki ni, isogi mawiri te, yami ni madohu yo!"
 tote, hiki-aguru ni, Miya mo, "Nama kurusi." to kiki tamahu. Menoto hata, ito kurusi to omohi te, mono-dutumi se zu hayarika ni ozoki hito ni te,
 "Mono kikoye habera m. Koko ni, ito ayasiki koto no haberu ni, mi tamahe gou-zi te nam, e ugoki habera de nam."
 "Nani-goto zo?"
 tote, saguri yoru ni, utiki-sugata naru wotoko no, ito kaubasiku te sohi husi tamahe ru wo, "Rei no kesikara nu ohom-sama." to omohi yori ni keri. "Womna no kokoro ahase tamahau maziki koto." to osihakara rure ba,
 "Geni, ito mi-gurusiki koto ni mo haberu kana! Ukon ha, ika ni ka kikoye sase m. Ima mawiri te, go-zen ni koso ha sinobi te kikoye sase me."
 tote tatu wo, asamasiku kataha ni, tare mo tare mo omohe do, Miya ha odi tamaha zu.
 "Asamasiki made ate ni wokasiki hito kana! Naho, nani-bito nara m? Ukon ga ihi turu kesiki mo, ito osinabete no ima-mawiri ni ha ara za'meri."
 Kokoro-e gataku obosa re te, to ihi kaku ihi, urami tamahu. Kokoro-dukinage ni kesiki-bami te motenasa ne do, tada imiziu sinu bakari omohe ru ga itohosikere ba, nasake ari te kosirahe tamahu.
 Ukon, Uhe ni,
 "Sika sika koso ohasimse. Itohosiku, ika ni omohu ram."
 to kikoyure ba,
 "Rei no, kokoro-uki ohom-sama kana! Ka no haha mo, ika ni aha-ahasiku, kesikara nu sama ni omohi tamaha m to su ram. Usiro-yasuku to, kahesu-gahesu ihi-oki turu mono wo."
 to, itohosiku obose do, "Ika ga kikoye m. Saburahu hito-bito mo, sukosi wakayaka ni yorosiki ha, mi-sute tamahu naku, ayasiki hito no ohom-kuse nare ba, ikaga ha omohi-yori tamahi kem?" to asamasiki ni, mono mo iha re tamaha zu.

 [4-4 宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出]
「上達部あまた参りたまふ日にて、遊び戯れては、例も、かかる時は遅くも渡りたまへば、皆うちとけてやすみたまふぞかし。さても、いかにすべきことぞ。かの乳母こそ、おぞましかりけれ。つと添ひゐて護りたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ」
と、少将と二人していとほしがるほどに、内裏より人参りて、大宮この夕暮より御胸悩ませたまふを、ただ今いみじく重く悩ませたまふ2452よし申さす。右近、
「心なき折の御悩みかな。聞こえさせむ」
とて立つ。少将、
「いでや、今は、かひなくもあべいことを、をこがましく、あまりな脅かしきこえたまひそ」
と言へば、
「いな、まだしかるべし」
と、忍びてささめき交はすを、上は、「いと聞きにくき人の御本性にこそあめれ。すこし心あらむ人は、わがあたりをさへ疎みぬべかめり」と思す。
参りて、御使の申すよりも、今すこしあわたたしげに申しなせば、動きたまふべきさまにも2453あらぬ御けしきに、
「誰か参りたる。例の、おどろおどろしく脅かす」
とのたまはすれば、
「宮の侍に、平重経となむ名のりはべりつる」
と
2454聞こゆ。出でたまはむことのいとわりなく口惜しきに、人目も思されぬに、右近立ち出でて、この御使を西表にて問へば、申し次ぎつる人も寄り来て、
「中務宮、参らせたまひぬ。大夫は、ただ今なむ、参りつる道に、御車引き出づる、見はべりつ」
と申せば、「げに、にはかに時々悩みたまふ折々もあるを」と思すに、人の思すらむこともはしたなくなりて、いみじう怨み契りおきて出でたまひ2455ぬ。

 [4-4 宮中から使者が来て、浮舟、危機を脱出]
「上達部が大勢参上なさっている日なので、遊びに興じなさっては、いつも、このようなときには遅くお渡りになるので、みな気を許してお休みになっているのです。それにしても、どうしたらよいことでしょう。あの乳母は、気が強かった。ぴったりと付き添ってお守り申して、引っ張って放しかねないほどに思っていました」
と、少将と二人で気の毒がっているところに、内裏から使者が参上して、大宮が今日の夕方からお胸を苦しがりあそばしていたが、ただ今ひどく重態におなりあそばした旨を申し上げる。右近は、
「折悪いご病気だわ。申し上げましょう」
と言って立つ。少将は、
「さあ、でも、今からでは、手遅れであろうから、馬鹿らしくあまり脅かしなさいますな」
と言うと、
「いや、まだそこまではいってないでしょう」
と、ひそひそとささやき合うのを、上は、「とても聞きずらいご性分の人のようだわ。少し考えのある人なら、わたしのことまでを軽蔑するだろう」とお思いになる。
参上して、ご使者が申したのよりも、もう少し急なように申し上げると、動じそうもないご様子で、
「誰が参ったか。いつものように、大げさに脅かしている」
とおっしゃるので、
「中宮職の侍者で、平重経と名乗りました」
と申し上げる。お出かけになることがとても心残りで残念なので、人目も構っていられないので、右近が現れ出て、このご使者を西表で尋ねると、取り次いだ女房も近寄って来て、
「中務宮が、いらっしゃいました。中宮大夫は、ただ今、参ります途中で、お車を引き出しているのを、拝見しました」
と申し上げるので、「なるほど、急に時々お苦しみになる折々もあるが」とお思いになるが、人がどう思うかも体裁悪くなって、たいそう恨んだり約束なさったりしてお出になった。

 [4-4 A messenger from Mikado comes to Nionomiya, and Ukifune escapes out Nionomiya]
 "Kamdatime amata mawiri tamahu hi ni te, asobi tahabure te ha, rei mo, kakaru toki ha osoku mo watari tamahe ba, mina utitoke te yasumi tamahu zo kasi. Sate mo, ika ni su beki koto zo. Ka no Menoto koso, ozomasikari kere. Tuto sohi wi te mamori tatematuri, hiki mo kanaguri tatematuri tu beku koso omohi tari ture."
 to, Seusyau to hutari si te itohosigaru hodo ni, Uti yori hito mawiri te, Oho-Miya ko no yuhu-gure yori ohom-mune nayama se tamahu wo, tada ima imiziku omoku nayama se tamahu yosi mausa su. Ukon,
 "Kokoro-naki wori no ohom-nayami kana! Kikoye sase m."
 tote, tatu. Seusyau,
 "Ide ya, ima ha, kahi naku mo a'bei koto wo, wokogamasiku, amari na obiyakasi kikoye tamahi so."
 to ihe ba,
 "Ina, madasikaru besi."
 to, sinobi te sasameki kahasu wo, Uhe ha, "Ito kiki-nikuki hito no go-honzyau ni koso a'mere. Sukosi kokoro ara m hito ha, wa ga atari wo sahe utomi nu beka' meri." to obosu.
 Mawiri te, ohom-tukahi no mausu yori mo, ima sukosi awatatasige ni mausi nase ba, ugoki tamahu beki sama ni mo ara nu mi-kesiki ni,
 "Tare ka mawiri taru? Rei no, odoro-odorosiku obiyakasu."
 to notamaha sure ba,
 "Miya no saburahi ni, Tahira-no-Sigetune to nam nanori haberi turu."
 to kikoyu. Ide tamaha m koto no ito wari naku kutiwosiki ni, hitome mo obosa re nu ni, Ukon tati-ide te, ko no ohom-tukahi wo nisi-omote ni te tohe ba, mausi-tugi turu hito mo yori ki te,
 "Nakatukasa-no-Miya, mawira se tamahi nu. Daibu ha, tada ima nam, mawiri turu miti ni, mi-kuruma hiki-iduru, mi haberi tu."
 to mause ba, "Geni, nihaka ni toki-doki nayami tamahu wori-wori mo aru wo." to obosu ni, hito no obosu ram koto mo hasitanaku nari te, imiziu urami tigiri oki te ide tamahi nu.

 [4-5 乳母、浮舟を慰める]
恐ろしき夢の覚めたる心地して、汗におし浸して臥したまへり。乳母、うち扇ぎなどして、
「かかる御住まひは、よろづにつけて、つつましう便なかりけり。かくおはしまし2456そめて、さらに、よきことはべらじ。あな、恐ろしや。限りなき人と聞こゆとも、やすからぬ御ありさまは、いとあぢきなかるべし。
よそのさし離れたらむ人にこそ、善しとも悪しともおぼえられたまはめ、人聞きもかたはらいたきこと、と思ひたまへて、降魔の相を出だして、つと見たてまつりつれば、いとむくつけく、下衆下衆しき女と思して、手をいといたくつませたまひつるこそ、直人の懸想だちて、いとをかしくもおぼえはべりつれ。
かの殿には、今日もいみじくいさかひたまひけり。「ただ一所の御上を見扱ひたまふとて、わが2457子どもをば思し捨てたり、客人のおはするほどの御旅居見苦し」と、荒々しきまでぞ聞こえたまひける。下人さへ聞きいとほしがりけり。
すべてこの少将の君ぞ、いと愛敬なくおぼえたまふ。この御ことはべらざらましかば、うちうちやすからずむつかしきことは、折々はべりとも、なだらかに、年ごろのままにておはしますべきものを」
など、うち嘆きつつ言ふ。
君は、ただ今はともかくも思ひめぐらされず、ただいみじくはしたなく、見知らぬ目を見つるに添へても、「いかに思すらむ」と思ふに、わびしければ、うつぶし臥して泣きたまふ。いと苦しと見扱ひて、
「何か、かく思す。母おはせぬ人こそ、たづきなう悲しかるべけれ。よそのおぼえは、父なき人はいと口惜しけれど、さがなき継母に憎まれむよりは、これはいとやすし。ともかくもしたてまつりたまひてむ。な思し屈ぜそ。
さりとも、初瀬の観音おはしませば、あはれと思ひきこえたまふらむ。ならはぬ御身に、たびたびしきりて詣でたまふことは、人のかくあなづりざまにのみ思ひきこえたるを、かくもありけり、と思ふばかりの御幸ひおはしませ、とこそ念じはべれ。あが君は、人笑はれにては、やみたまひなむや」
と、世をやすげに言ひゐたり。

 [4-5 乳母、浮舟を慰める]
恐ろしい夢から覚めたような気がして、汗にびっしょり濡れてお臥せりになっていた。乳母が、扇いだりなどして、
「このようなお住まいは、何かにつけて、遠慮されて不都合であった。このように一度お会いなさっては、今後、良いことはございますまい。ああ、恐ろしい。この上ない方と申し上げても、穏やかならぬお振る舞いは、まことに困ったことです。
他人で縁故のないような人なら、良いとも悪いとも思っていただきましょうが、外聞も体裁悪いこと、と存じられて、降魔の相をして、じっと睨み続け申したところ、とても気持ち悪く、下衆っぽい女とお思いになって、手をひどくおつねりになったのは、普通の人の懸想めいて、とてもおかしくも思われました。
あの殿では、今日もひどく喧嘩をなさいました。「ただお一方のお身の上をお世話するといって、自分の娘を放りっぱなしになさって、客人がおいでになっている時のご外泊は見苦しい」と、荒々しいまでに非難申し上げなさっていました。下人までが聞きずらく思っていました。
ぜんたいが、この少将の君がとても愛嬌ない方と思われなさいます。あの事がございませんでしたら、内輪で穏やかでない厄介な事が、時々ございましても、穏便に、今までの状態でいらっしゃることができましたものを」
などと、嘆息しながら言う。
君は、ただ今は何もかも考えることができず、ただひどくいたたまれず、これまでに経験したこともないような目に遭った上に、「どのようにお思いになっているだろう」と思うと、つらいので、うつ臥してお泣きになる。とてもおいたわしいとなだめかねて、
「どうして、こんなにお嘆きになります。母親がいらっしゃらない人こそ、頼りなく悲しいことでしょう。世間から見ると、父親のいない人はとても残念ですが、意地悪な継母に憎まれるよりは、この方がとても気が楽です。何とかして差し上げましょう。くよくよなさいますな。
そうはいっても、初瀬の観音がいらっしゃるので、お気の毒とお思い申し上げなさるでしょう。旅馴れないお身の上なのに、度々参詣なさることは、人がこのように侮りがちにお思い申し上げているのを、こんなであったのだ、と思うほどのご幸運がありますように、と念じております。わが姫君さまは、物笑いになって、終わりなさるでしょうか」
と、何の心配もないように言っていた。

 [4-5 Wet nurse gives comfort to Ukifune]
 Osorosiki yume no same taru kokoti si te, ase ni osi hitasi te husi tamahe ri. Menoto, uti ahugi nado si te,
 "Kakaru ohom-sumahi ha, yorodu ni tuke te, tutumasiu bin nakari keri. Kaku ohasimasi some te, sarani, yoki koto habera zi. Ana, osorosi ya! Kagiri naki hito to kikoyu to mo, yasukara nu ohom-arisama ha, ito adikinakaru besi.
 Yoso no sasi hanare tara m hito ni koso, yosi to mo asi to mo oboye rare tamaha me, hito-giki mo katahara-itaki koto, to omohi tamahe te, gouma no sau wo idasi te, tuto mi tatematuri ture ba, ito mukutukeku, gesu-gesusiki womna to obosi te, te wo ito itaku tuma se tamahi turu koso, naho-bito no kesau-dati te, ito wokasiku mo oboye haberi ture.
 Ka no tono ni ha, kehu mo imiziku isakahi tamahi keri. "Tada hito-tokoro no Ohom-Uhe wo mi-atukahi tamahu tote, wa ga kodomo wo ba obosi sute tari, mara-uto no ohasuru hodo no ohom-tabi-wi mi-gurusi." to, ara-arasiki made zo kikoye tamahi keru. Simo-bito sahe kiki itohosigari keri.
 "Subete ko no Seusyau-no-Kimi zo, ito aigyau naku oboye tamahu. Ko no ohom-koto habera zara masika ba, uti-uti yasukara zu mutukasiki koto ha, wori-wori haberi to mo, nadaraka ni, tosi-goro no mama ni te ohasimasu beki mono wo."
 nado, uti nageki tutu ihu.
 Kimi ha, tada ima ha tomo-kaku-mo omohi megurasa re zu, tada imiziku hasitanaku, mi-sira nu me wo mi turu ni sohe te mo, "Ika ni obosu ram?" to omohu ni, wabisikere ba, utubusi husi te naki tamahu. Ito kurusi to mi atukahi te,
 "Nani ka, kaku obosu. Haha ohase nu hito koso, taduki nau kanasikaru bekere. Yoso no oboye ha, titi naki hito ha ito kutiwosikere do, saga naki mama-haha ni nikuma re m yori ha, kore ha ito yasusi. Tomo-kaku-mo sitate maturi tamahi te m. Na obosi kun-ze so.
 Sari-to-mo, Hatuse no Kwanon ohasimase ba, ahare to omohi kikoye tamahu ram. Naraha nu ohom-mi ni, tabi-tabi sikiri te made tamahu koto ha, hito no kaku anaduri-zama ni nomi omohi kikoye taru wo, kaku mo ari keri, to omohu bakari no ohom-saihahi ohasimase, to koso nen-zi habere. A ga Kimi ha, hito waraha re ni te ha, yami tamahi na m ya?"
 to, yo wo yasuge ni ihi wi tari.

 [4-6 匂宮、宮中へ出向く]
宮は、急ぎて出でたまふなり。内裏近き方にやあらむ、こなたの御門より出でたまへば、もののたまふ御声も聞こゆ。いとあてに限りもなく聞こえて、心ばへある古言などうち誦じたまひて過ぎたまふほど、すずろにわづらはしくおぼゆ。移し馬ども牽き出だして、宿直にさぶらふ人、十人ばかりして参りたまふ。
上、いとほしく、うたて思ふらむとて、知らず顔にて、
「大宮悩みたまふとて参りたまひぬれば、今宵は出でたまはじ。ゆするの名残にや、心地も悩ましくて起きゐはべるを、渡りたまへ。つれづれにも思さるらむ」
と聞こえたまへり。
「乱り心地のいと苦しうはべるを、ためらひて」
と、乳母して聞こえたまふ。
「いかなる御心地ぞ」
と、返り訪らひきこえたまへば、
「何心地ともおぼえはべらず、ただいと苦しくはべり」
と聞こえたまへば、少将、右近目まじろきをして、
「かたはらぞいたく2458おはすらむ」
と言ふも、ただなるよりはいとほし。
「いと口惜しう心苦しきわざかな。大将の心とどめたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしく思ひ落とさむ。かく乱りがはしくおはする人は、聞きにくく2459、実ならぬことをもくねり言ひ、またまことにすこし思はずならむことをも、さすがに見許しつべうこそおはすめれ。
この君は、言はで憂しと思はむこと、いと恥づかしげに心深きを、あいなく思ふこと添ひぬる2460人の上なめり。年ごろ見ず知らざりつる人の上なれど、心ばへ容貌を見れば、え思ひ離るまじう、らうたく心苦しきに、世の中はありがたくむつかしげなるものかな。
わが身のありさまは、飽かぬこと多かる心地すれど、かくものはかなき目も見つべかりける身の、さは、はふれずなりにけるにこそ、げに、めやすきなりけれ。今はただ、この憎き心添ひたまへる人の、なだらかにて思ひ離れなば、さらに何ごとも思ひ入れずなりなむ」
と思ほす。いと多かる御髪なれば、とみにもえ乾しやらず、起きゐたまへるも苦し。白き御衣一襲ばかりにておはする、細やかにてをかしげなり。

 [4-6 匂宮、宮中へ出向く]
宮は、急いでお出かけになる様子である。内裏に近い方からであろうか、こちらの御門からお出になるので、何かお命じになるお声が聞こえる。たいそう上品でこの上ないお声に聞こえて、風情のある古歌などを口ずさみなさってお過ぎになるところ、何となくやっかいに思われる。予備の馬を牽き出して、宿直に伺候する人を、十人ほど連れて参内なさる。
上は、お気の毒に、嫌な気がしているだろうと思って、知らないそぶりして、
「大宮がご病気だとて参内なさってしまったので、今夜はお帰りになりますまい。洗髪したせいか、気分もさえなくて起きておりますので、いらっしゃいませ。お寂しくいらっしゃいましょう」
と申し上げなさった。
「気分がとても悪うございますので、おさまりましてから」
と、乳母を使って申し上げなさる。
「どのようなご気分ですか」
と、折り返してお見舞いなさるので、
「どこが悪いとも分かりませんが、ただとても苦しうございます」
と申し上げなさるので、少将と、右近は目くばせをして、
「きまり悪くお思いでしょう」
と言うのも、誰も知らないよりはお気の毒である。
「とても残念でお気の毒なこと。大将が関心のあるようにおっしゃっているようであったが、どんなにか軽薄な女とさげすむであろう。こうばかり好色がましくいらっしゃる方は、聞くに堪えなく、事実でないことをもひねくり出し、また実際不都合なことがあっても、さすがに大目に見る方でいらっしゃるようだ。
この君は、表面には出さないで心中に思っていることは、とてもこちらが恥ずかしいほど心深く立派だが、不本意にも心配事が加わった身の上のようだ。長年見ず知らずであった身の上の人であるが、気立てや器量を見ると、放っておくことができず、かわいらしくおいたわしいので、世の中は生きにくく難しいものだなあ。わが身のありさまは、物足りないところが多くある気持ちがするが、このように人並みにも扱われないはずであった身の上が、そのようには、落ちぶれなかったのは、なるほど、結構なことであった。今はただ、あの憎い懸想心がおありの方が、平穏になって離れてたら、まったく何もくよくよすることはなくなるだろう」
とお思いになる。とても多い御髪なので、すぐには乾かすことができず、起きていらっしゃるのもつらい。白い御衣を一襲だけお召しになっているのは、ほっそりと美しい。

 [4-6 Nionomiya goes out to the Inperial Court]
 Miya ha, isogi te ide tamahu nari. Uti tikaki kata ni ya ara m, konata no mi-kado yori ide tamahe ba, mono notamahu ohom-kowe mo kikoyu. Ito ate ni kagiri mo naku kikoye te, kokorobahe aru huru-koto nado uti-zu-zi tamahi te sugi tamahu hodo, suzuro ni wadurahasiku oboyu. Utusi-uma-domo hiki-idasi te, tonowi ni saburahu hito, zihu-nin bakari si te mawiri tamahu.
 Uhe, itohosiku, utate omohu ram tote, sira-zu-gaho ni te,
 "Oho-Miya nayami tamahu tote mawiri tamahi nure ba, koyohi ha ide tamaha zi. Yusuru no nagori ni ya, kokoti mo nayamasiku te oki wi haberu wo, watari tamahe. Ture-dure ni mo obosa ru ram."
 to kikoye tamahe ri.
 "Midri-kokoti no ito kurusiu haberu wo, tamerahi te."
 to, Menoto si te kikoye tamahu.
 "Ika naru mi-kokoti zo?"
 to, kaheri toburahi kikoye tamahe ba,
 "Nani-gokoti to mo oboye habera zu, tada ito kurusiku haberi."
 to kikoye tamahe ba, Seusyau, Ukon me maziroki wo si te,
 "Katahara zo itaku ohasu ram."
 to ihu mo, tada naru yori ha itohosi."
 "Ito kutiwosiu kokoro-gurusiki waza kana! Daisyau no kokoro todome taru sama ni notamahu meri si wo, ika ni aha-ahasiku omohi otosa m. Kaku midari gahasiku ohasuru hito ha, kiki nikuku, zitu nara nu koto wo mo kuneri ihi, mata makoto ni sukosi omoha zu nara m koto wo mo, sasuga ni mi yurusi tu beu koso ohasu mere.
 Ko no Kimi ha, iha de usi to omoha m koto, ito hadukasige ni kokoro-hukaki wo, ainaku omohu koto sohi nuru hito no uhe na'meri. Tosi-goro mi zu sira zari turu hito no uhe nare do, e omohi hanaru maziu, rautaku kokoro-gurusiki ni, yononaka ha arigataku mutukasige naru mono kana!
 Wa ga mi no arisama ha, aka nu koto ohokaru kokoti sure do, kaku mono hakanaki me mo mi tu bekari keru mi no, sa ha, hahure zu nari ni keru ni koso, geni, meyasuki nari kere. Ima ha tada, ko no nikuki kokoro sohi tamahe ru hito no, nadaraka ni te omohi hanare na ba, sarani nani-goto mo omohi ire zu nari na m."
 to omohosu. Ito ohokaru mi-gusi nare ba, tomi ni mo e hosi yara zu, oki-wi tamahe ru mo kurusi. Siroki ohom-zo hito-kasane bakari ni te ohasuru, hosoyaka ni te wokasige nari.

 [4-7 中の君、浮舟を慰める]
この君は、まことに心地も悪しくなりにたれど、乳母、
「いとかたはらいたし。事しもあり顔に思すらむを。ただおほどかにて見えたてまつりたまへ。右近の君などには、事のありさま、初めより語りはべらむ」
と、せめてそそのかしたてて、こなたの障子のもとにて、
「右近の君にもの聞こえさせむ」
と言へば、立ちて出でたれば、
「いとあやしくはべりつることの名残に、身も熱うなりたまひて、まめやかに苦しげに見えさせたまふを、いとほしく見はべる。御前にて慰めきこえさせたまへ、とてなむ。過ちもおはせぬ身を、いとつつましげに思ほしわびためるも、いささかにても世を知りたまへる人こそあれ、いかでかはと、ことわりに、いとほしく見たてまつる」
とて、引き起こして参らせたてまつる。
我にもあらず、人の思ふらむことも恥づかしけれど、いとやはらかにおほどき過ぎたまへる君にて、押し出でられて居たまへり。額髪などの、いたう濡れたる、もて隠して、燈の方に背きたまへるさま、上をたぐひなく見たてまつるに、け劣るとも見えず、あてにをかし。
「これに思しつきなば、めざましげなることはありなむかし。いとかからぬをだに、めづらしき人、をかしうしたまふ御心を」
と、二人ばかりぞ、御前にてえ恥ぢたまはねば、見ゐたりける。物語いとなつかしくしたまひて、
「例ならずつつましき所など、な思ひなしたまひそ。故姫君のおはせずなりにしのち、忘るる世なくいみじく、身も恨めしく、たぐひなき心地して過ぐすに、いとよく思ひよそへられたまふ御さまを見れば、慰む心地してあはれになむ。思ふ人もなき身に、昔の御心ざしのやうに思ほさば、いとうれしくなむ」
など語らひたまへど、いとものつつましくて、また鄙びたる心に、いらへきこえむこともなくて、
「年ごろ、いと遥かにのみ思ひきこえさせしに、かう見たてまつりはべるは、何ごとも慰む心地しはべり2461てなむ」
とばかり、いと若びたる声にて言ふ。

 [4-7 中の君、浮舟を慰める]
この君は、ほんとうに気分も悪くなっていたが、乳母が、
「とてもみっともありません。何かあったようにお思いになられましょうよ。ただおっとりとお目にかかりなさいませ。右近の君などには、事のありさまを、初めからお話しましょう」
と、無理に促して、こちらの障子のもとで、
「右近の君にお話し申し上げたい」
と言うと、立って出て来たので、
「とてもおかしなことのございましたせいで、熱がお出になって、ほんとうに苦しそうにお見えなさるのを、気の毒に拝見しています。御前で慰めていただきたい、と思いまして。過失もおありでない身で、とてもきまり悪そうに困っていらっしゃるのも、少しでも男女関係を経験した者ならともかく、とてもとてもそう平気でいらっしゃれまいと、ご無理もない、お気の毒なことと存じあげます」
と言って、起こしたててお連れ申し上げる。
正体もなく、皆が想像しているだろうことも恥ずかしいけれど、たいそう素直でおっとりし過ぎていらっしゃる姫君で、押し出されて座っていらしゃった。額髪などが、ひどく濡れているのを。ちょっと隠して、燈火の方に背を向けていらっしゃる姿は、上をこの上なく美しいと拝見しているのと、劣るとも見えず、上品で美しい。
「この人にご執心なさったら、不愉快なことがきっと起ころう。これほど美しくない人でさえ、珍しい人に、ご興味をお持ちになるご性分だから」
と、二人ばかりが、御前のこととて恥ずかしがっていらっしゃれないので、見ていた。お話をとてもやさしくなさって、
「馴れない気の置ける所などと、お思いなさいますな。故姫君がお亡くなりになって後、忘れる時もなくひどく悲しく、身も恨めしく、例のないような気持ちで過ごして来ましたが、とてもよく似ていらっしゃるご様子を見ると、慰められる気がして感慨深いです。大切に思ってくれる肉親もない身なので、故人のお気持ちのようにお思いくださったら、とても嬉しいです」
などとお話しになるが、とても遠慮されて、また田舎者めいた気持ちで、お答え申し上げる言葉も浮かばなくて、
「長年、とても遥か遠くにばかりお思い申し上げていましたので、このようにお目にかからせていただきますのは、すべてが思い慰められるような気がいたしております」
とだけ、とても若々しい声で言う。

 [4-7 Nakanokimi gives comfort to Ukifune]
 Ko no Kimi ha, makoto ni kokoti mo asiku nari ni tare do, Menoto,
 "Ito katahara-itasi. Koto si mo ari-gaho ni obosu ram wo. Tada ohodoka ni te miye tatematuri tamahe. Ukon-no-Kimi nado ni ha, koto no arisama, hazime yori katari habera m."
 to, seme te sosonokasi tate te, konata no sauzi no moto ni te,
 "Ukon-no-Kimi ni mono kikoye sase m."
 to ihe ba, tati te ide tare ba,
 "Ito ayasiku haberi turu koto no nagori ni, mi mo atuu nari tamahi te, mameyaka ni kurusige ni miye sase tamahu wo, itohosiku mi haberu. O-mahe ni te nagusame kikoye sase tamahe, tote nam. Ayamati mo ohase nu mi wo, ito tutumasige ni omohosi wabi ta'meru mo, isasaka ni te mo yo wo siri tamahe ru hito koso are, ikade ka ha to, kotowari ni, itohosiku mi tatematuru."
 tote, hiki-okosi te mawira se tatematuru.
 Ware ni mo ara zu, hito no omohu ram koto mo hadukasikere do, ito yaharaka ni ohodoki sugi tamahe ru Kimi ni te, osi-ide rare te wi tamahe ri. Hitahi-gami nado no, itau nure taru, mote kakusi te, hi no kata ni somuki tamahe ru sama, Uhe wo taguhi naku mi tatematuru ni, ke-otoru to mo miye zu, ate ni wokasi.
 "Kore ni obosi tuki na ba, mezamasige naru koto ha ari na m kasi. Ito kakara nu wo dani, medurasiki hito, wokasiu si tamahu mi-kokoro wo."
 to, hutari bakari zo, o-mahe ni te e hadi tamaha ne ba, mi wi tari keru. Monogatari ito natukasiku si tmahi te,
 "Rei nara zu tutumasiki tokoro nado, na omohi nasi tamahi so. Ko-Hime-Gimi no ohase zu nari ni si noti, wasururu yo naku imiziku, mi mo uramesiku, taguhi naki kokoti si te sugusu ni, ito yoku omohi yosohe rare tamahu ohom-sama wo mire ba, nagusamu kokoti si te ahare ni nam. Omohu hito mo naki mi ni, mukasi no mi-kokorozasi no yau ni omohosa ba, ito uresiku nam."
 nado katarahi tamahe do, ito mono tutumasiku te, mata hinabi taru kokoro ni, irahe kikoye m koto mo naku te,
 "Tosi-goro, ito haruka ni nomi omohi kikoye sase si ni, kau mi tatematuri haberu ha, nani-goto mo nagusamu kokoti si haberi te nam."
 to bakari, ito wakabi taru kowe ni te ihu.

 [4-8 浮舟と中の君、物語絵を見ながら語らう]
絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見たまふに、向ひてもの恥ぢもえしあへたまはず、心に入れて見たまへる火影、さらにここと見ゆる所なく、こまかにをかしげなり。額つき、まみの薫りたる心地して、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみ思ひ出でらるれば、絵はことに目もとどめたまはで、
「いとあはれなる人の容貌かな。いかでかうしもありけるにかあらむ。故宮にいとよく似たてまつりたるなめりかし。故姫君は、宮の御方ざまに、我は母上に似たてまつりたるとこそは、古人ども言ふなりしか。げに、似たる人はいみじきものなりけり」
と思し比ぶるに、涙ぐみて見たまふ。
「かれは、限りなくあてに気高きものから、なつかしうなよよかに、かたはなるまで、なよなよとたわみたるさまのしたまへりしにこそ。
これは、またもてなしのうひうひしげに、よろづのことをつつましうのみ思ひたるけにや、見所多かるなまめかしさぞ劣りたる。ゆゑゆゑしきけはひだにもてつけたらば、大将の見たまはむにも、さらにかたはなるまじ」
など、このかみ心に思ひ扱はれたまふ。
物語などしたまひて、暁方になりてぞ寝たまふ。かたはらに臥せたまひて、故宮の御ことども、年ごろおはせし御ありさまなど、まほならねど語りたまふ。いとゆかしう、見たてまつらずなりにけるを、「いと口惜しう悲し」と思ひたり。昨夜の心知りの人びとは、
「いかなりつらむな。いとらうたげなる御さまを。いみじう思すとも、甲斐あるべきことかは。いとほし」
と言へば、右近ぞ、
「さも、あらじ。かの御乳母の、ひき据ゑてすずろに語り愁へしけしき、もて離れてぞ言ひし。宮も、逢ひても逢はぬ2462やうなる心ばへにこそ、うちうそぶき口ずさびたまひしか」
「いさや。ことさらにもやあらむ。そは、知らずかし」
「昨夜の火影のいとおほどかなりしも2463、事あり顔には見えたまはざりしを」
など、うちささめきていとほしがる。

 [4-8 浮舟と中の君、物語絵を見ながら語らう]
絵などを取り出させて、右近に詞書を読ませて御覧になると、向かい合って恥ずかしがっていることもおできになれず、熱心に御覧になっている燈火の姿、まったくこれという欠点もなく、繊細で美しい。額の具合、目もとがほんのりと匂うような感じがして、とてもおっとりとした上品さは、まるで亡くなった姫君かとばかり思い出されるので、絵は特に目もお止めにならず、
「とてもよく似た器量の人だわ。どうしてこんなにも似ているのであろう。亡き父宮にとてもよくお似申していらっしゃるようだ。亡き姫君は、父宮の御方に、わたしは母上にお似申していたと、老女連中は言っていたようだ。なるほど、似た人はひどく懐かしいものであった」
とお比べになると、涙ぐんで御覧になる。
「姉君は、この上なく上品で気高い感じがする一方で、やさしく柔らかく、度が過ぎるくらいなよなよともの柔らかくいらっしゃった。
この妹君は、まだ態度が初々しくて万事を遠慮がちにばかり思っているせいか、見栄えのする優雅さという点で劣っている。重々しい雰囲気だけでもついたならば、大将が結婚なさるにも、全然不都合ではあるまい」
などと、姉心にお世話がやかれなさる。
お話などなさって、暁方になってお寝みになる。横に寝せなさって、故父宮のお話や、生前のご様子などを、ぽつりぽつりとお話しになる。とても会いたく、お目にかかれずに終わってしまったことを、「たいそう残念に悲しい」と思っていた。昨夜の事情を知っている女房たちは、
「どうしたのでしょうね。とてもかわいらしいご様子でしたが。どんなにおかわいがりになっても、その効がないでしょうね。かわいそうなこと」
と言うと、右近が、
「そうでも、ありません。あの乳母が、わたしをつかまえてとりとめもなく愚痴をこぼした様子では、何もなかったと言っていました。宮も、会っても会わないような意味の古歌を、口ずさんでいらっしゃいました」
「さあね。わざとそう言ったのかも。それは、知りませんわ」
「昨夜の燈火の姿がとてもおっとりしていたのも、何かあったようにはお見えになりませんでした」
などと、ひそひそ言って気の毒がる。

 [4-8 Ukifune and Nakanokimi talk with looking pictures on monogakati]
 We nado tori-ide sase te, Ukon ni kotoba yoma se te mi tamahu ni, mukahi te mono hadi mo e si tamaha zu, kokoro ni ire te mi tamahe ru hokage, sarani koko to miyuru tokoro naku, komaka ni wokasige nari. Hitahi-tuki, mami no kawori taru kokoti si te, ito ohodoka naru ate sa ha, tada sore to nomi omohi-ide rarure ba, we ha koto ni me mo todome tamaha de,
 "Ito ahare naru hito no katati kana! Ikade kau si mo ari keru ni ka ara m. Ko-Miya ni ito yoku ni tatematuri taru na'meri kasi. Ko-Hime-Gimi ha, Miya-no-Ohomkata-zama ni, ware ha Haha-Uhe ni ni tatematuri taru to koso ha, huru-bito-domo ihu nari sika. Geni, ni taru hito ha imiziki mono nari keri."
 to obosi kuraburu ni, namida-gumi te mi tamahu.
 "Kare ha, kagiri naku ate ni kedakaki mono kara, natukasiu nayoyoka ni, kataha naru made, nayo-nayo to tawami taru sama no si tamahe ri si ni koso.
 Kore ha, mata motenasi no uhi-uhisige ni, yorodu no koto wo tutumasiu nomi omohi taru ke ni ya, mi-dokoro ohokaru namamekasisa zo otori taru. Yuwe-yuwesiki kehahi dani mote-tuke tara ba, Daisyau no mi tamaha m mo, sarani kataha naru mazi."
 nado, konokami-gokoro ni omohi atukaha re tamahu.
 Monogatari nado si tamahi te, akatuki-gata ni nari te zo ne tamahu. Katahara ni huse tamahi te, Ko-Miya no ohom-koto-domo, tosi-goro ohase si ohom-arisama nado, maho nara ne do katari tamahu. Ito yukasiu, mi tatematura zu nari ni keru wo, "Ito kutiwosiu kanasi." to omohi tari. Yobe no kokoro-siri no hito-bito ha,
 "Ika nari tu ram na? Ito rautage naru ohom-sama wo! Imiziu obosu to mo, kahi aru beki koto ka ha! Itohosi."
 to ihe ba, Ukon zo,
 "Sa mo, ara zi. Ka no ohom-menoto no, hiki-suwe te suzuro ni katari urehe si kesiki, mote-hanare te zo ihi si. Miya mo, ahi te mo aha nu yau naru kokorobahe ni koso, uti-usobuki kutizusabi tamahi sika."
 "Isa ya! koto sara ni mo ya ara m? So ha, sira zu kasi."
 "Yobe no hokage no ito ohodoka nari si mo, koto-ari-gaho ni ha miye tamaha zari si wo."
 nado, uti-sasameki te itohosigaru.

 5 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる [5-1 乳母の急報に浮舟の母、動転す]
乳母、車請ひて、常陸殿へ住ぬ。北の方にかうかうと言へば、胸つぶれ騷ぎて、「人もけしからぬさまに言ひ思ふらむ。正身もいかが思すべき。かかる筋のもの憎みは、貴人もなきものなり」と、おのが心ならひに、あわたたしく思ひなりて、夕つ方参りぬ。
宮おはしまさねば心やすくて、
「あやしく心幼げなる人を参らせおきて、うしろやすくは頼みきこえさせながら、鼬のはべらむやうなる心地のしはべれば、よからぬものどもに、憎み恨みられはべる」
と聞こゆ。
「いとさ言ふばかりの幼さにはあらざめるを。うしろめたげにけしきばみたる御まかげこそ、わづらはしけれ」
とて笑ひたまへるが、心恥づかしげなる御まみを見るも、心の鬼に恥づかしくぞおぼゆる。「いかに思すらむ」と思へば、えもうち出で聞こえず。
「かくてさぶらひたまはば、年ごろの願ひの満つ心地して、人の漏り聞きはべらむもめやすく、おもただしきことになむ思ひたまふるを、さすがにつつましきことになむはべりける。深き山の本意は、みさをになむはべるべきを」
とて、うち泣くもいといとほしくて、
「ここには、何事かうしろめたくおぼえたまふべき。とてもかくても、疎々しく思ひ放ちきこえばこそあらめ、けしからずだちてよからぬ人の、時々ものしたまふめれど、その心を皆人見知りためれば、心づかひして、便なうはもてなしきこえじと思ふを、いかに推し量りたまふにか」
とのたまふ。
「さらに、御心をば隔てありても思ひきこえさせはべらず。かたはらいたう許しなかりし筋は、何にかかけても聞こえさせはべらむ。その方ならで、思ほし放つまじき綱もはべるをなむ、とらへ所に頼みきこえさする」
など、おろかならず聞こえて、
「明日明後日、かたき物忌にはべるを、おほぞうならぬ所にて過ぐして、またも参らせはべらむ」
と聞こえて、いざなふ。「いとほしく本意なきわざかな」と思せど、えとどめたまはず。あさましうかたはなることに驚き騷ぎたれば、をさをさものも聞こえで出でぬ。

 5 浮舟の物語 浮舟、三条の隠れ家に身を寄せる [5-1 乳母の急報に浮舟の母、動転す]
乳母は、車を頼んで、常陸殿邸へ行った。北の方にこれこれでしたと言うと、驚きあわてて、「女房が怪しからんことのように言ったり思ったりするだろう。ご本人もどのようにお思いであろう。このようなことでの嫉妬は、高貴な方も変わりないものだ」と、自分の経験からじっとしてしていられなくなって、夕方参上した。
宮がいらっしゃらないので安心して、
「妙に子供じみた娘を置いていただき、安心してお頼み申し上げていましたが、鼬がおりますような気がしますので、ろくでもない家の者たちに、憎まれたり恨まれたりしております」
と申し上げる。
「とてもそう言うような子供ではないと思いますが。心配そうに疑っていらっしゃるお口ぶりが、気になりますこと」
と言って笑っていらっしゃるのが、気おくれするようなお目もとを見ると、内心気が咎める。「どのように思っていらっしゃるだろう」と思うと、何も申し上げることができない。
「こうしてお側に置かせていただけるなら、長年の願いが叶う気持ちがして、誰が漏れ聞きましても体裁よく、面目がましくことに存じられますが、やはり気兼ねされることでございました。出家の本願は、固く守って変わらぬものでございますものを」
と言って、泣くのもとても気の毒で、
「こちらでは、どのようなことを不安に思われるでしょうか。どうなるにせよ、よそよそしく見放しているのならともかく、けしからぬ気を起こして困った方が、時々いらっしゃるようだが、その性質を誰もが知っているので、気をつけて、不都合なお扱いはいたすまいと思うのですが、どのようにお思いなのでしょうか」
おっしゃる。
「まったく、お心隔てがあるとは存じ上げておりません。お恥ずかしいことに認知していただけなかったことは、どうして今さら申し上げましょう。そのことでなくても、離れない縁がございますのを、よりどころとしてお頼み申し上げています」
などと、並々ならずお頼み申し上げて、
「明日明後日に、固い物忌みがございますので、厳重な所で過ごして、改めて参上させましょう」
と申し上げて、連れて行く。「お気の毒に不本意なことだわ」とお思いになるが、引き止めなさることもできない。思いがけない不祥事に驚き騒いでいたので、ろくろく挨拶も申し上げないで出発した。

 5 Tale of Ukifune Ukifune lives temporarily at a small house in Sanjo [5-1 Ukifune's mother is surprised to hear wet nurse's information]
 Menoto, kuruma kohi te, Hitati-dono he inu. Kitanokata ni kau-kau to ihe ba, mune tubure sawagi te, "Hito mo kesikara nu sama ni ihi omohu ram. Sauzimi mo ikaga obosu beki. Kakaru sudi no mono-nikumi ha, ate-bito mo naki mono nari." to, onoga kokoro narahi ni, awatatasiku omohi nari te, yuhu-tu-kata mawiri nu.
 Miya ohasimasa ne ba kokoro-yasuku te,
 "Ayasiku kokoro-wosanage naru hito wo mawira se oki te, usiroyasuku ha tanomi kikoye sase nagara, itati no habera m yau naru kokoti no si habere ba, yokara nu mono-domo ni, nikumi urami rare haberu."
 to kikoyu.
 "Ito sa ihu bakari no wosanasa ni ha ara za'meru wo. Usiro-metage ni kesikibami taru ohom-makage koso, wadurahasikere."
 tote, warahi tamahe ru ga, kokoro-hadukasige naru ohom-mami wo miru mo, kokoro no oni ni hadukasiku zo oboyuru. "Ika ni obosu ram?" to omohe ba, e mo uti-ide kikoye zu.
 "Kaku te saburahi tamaha ba, tosi-goro no negahi no mitu kokoti si te, hito no mori kiki habera m mo meyasuku, omodatasiki koto ni nam omohi tamahuru wo, sasuga ni tutumasiki koto ni nam haberi keru. Hukaki yama no ho'i ha, misawo ni nam haberu beki wo."
 tote, uti-naku mo ito itohosiku te,
 "Koko ni ha, nani-goto ka usirometaku oboye tamahu beki. Tote-mo kakute-mo, uto-utosiku omohi hanati kikoye ba koso ara me, kesikara-zu-dati te yokara nu hito no, toki-doki monosi tamahu mere do, so no kokoro wo mina hito mi-siri ta'mere ba, kokoro-dukahi si te, bin nau ha motenasi kikoye zi to omohu wo, ika ni osihakari tamahu ni ka."
 to notamahu.
 "Sarani, mi-kokoro wo ba hedate ari te mo omohi kikoye sase habera zu. Katahara-itau yurusi nakari si sudi ha, nani ni ka kake te mo kikoye sase habera m. So no kata nara de, omohosi hanatu maziki tuna mo haberu wo nam, torahe-dokoro ni tanomi kikoye sasuru."
 nado, oroka nara zu kikoye te,
 "Asu asate, kataki mono-imi ni haberu wo, ohozau nara nu tokoro ni te sugusi te, mata mo mawira se habera m."
 to kikoye te, izanahu. "Itohosiku ho'i naki waza kana !" to obose do, e todome tamaha zu. Asamasiu kataha naru koto ni odoroki sawagi tare ba, wosa-wosa mono mo kikoye de ide nu.

 [5-2 浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す]
かやうの方違へ所と思ひて、小さき家まうけたりけり。三条わたりに、さればみたるが、まだ造りさしたる所なれば、はかばかしきしつらひもせでなむありける。
「あはれ、この御身一つを、よろづにもて悩みきこゆるかな。心にかはなぬ世には、あり経まじきものにこそありけれ。みづからばかりは、ただひたぶるに品々しからず人げなう、たださる方にはひ籠もりて過ぐしつべし。このゆかりは、心憂しと思ひきこえしあたりを、睦びきこゆるに、便なきことも出で来なば、いと人笑へなるべし。あぢきなし。ことやうなりとも、ここを人にも知らせず、忍びておはせよ。おのづからともかくも仕うまつりてむ」
と言ひおきて、みづからは帰りなむとす。君は、うち泣きて、「世にあらむこと所狭げなる身」と、思ひ屈したまへるさま、いとあはれなり。親はた、ましてあたらしく惜しければ、つつがなくて思ふごと見なさむと思ひ、さるかたはらいたきことにつけて、人にもあはあはしく思はれむが、やすからぬなりけり。
心地なくなどはあらぬ人の、なま腹立ちやすく、思ひのままにぞすこしありける。かの家にも隠ろへては据ゑたりぬべれど、しか隠ろへたらむをいとほしと思ひて、かく扱ふに、年ごろかたはら去らず、明け暮れ見ならひて、かたみに心細くわりなしと思へり。
「ここは、またかくあばれて、危ふげなる所なめり。さる心したまへ。曹司曹司にある物ども、召し出でて使ひたまへ。宿直人のことなど言ひおきてはべるも、いとうしろめたけれど、かしこに腹立ち恨みらるるが、いと苦しければ」
と、うち泣きて帰る。

 [5-2 浮舟の母、娘を三条の隠れ家に移す]
このような方違えの場所と思って、小さい家を準備していたのであった。三条近辺に、しゃれた家が、まだ造りかけのところなので、これといった設備もできていなかった。
「ああ、この方一人を、いろいろと持て余し申し上げることよ。思い通りにいかない世の中では、長生きなんかするものではない。自分一人は、平凡にまったくの身分もなく人並みでない、ただ受領の後妻として引っ込んで過ごせもしよう。こちらのご親戚筋は、つらいとお思い申し上げた方を、お親しみ申し上げて、不都合なことが出てきたら、実に物笑いなことでしょう。つまらないことだ。粗末な家であるけれども、この家を誰にも知らせず、こっそりといらっしゃいませ。そのうち何とかうまくして上げましょう」
と言い置いて、自分自身は帰ろうとする。姫君は、ちょっと泣いて、「生きているのも肩身の狭い思いだ」と、沈んでいらっしゃる様子、とても気の毒である。母親は母親で、それ以上に惜しくも残念なので、何の支障もなくて思う通りに縁づけてやりたいと思い、あのいたたまれない事件によって、人からいかにも軽薄に思われたり言われたりするのが、気になってならないのであった。
思慮が浅いというのではない人で、やや腹を立てやすくて、気持ちのままに行動するところが少しあったのだった。あの家でも隠して置けたであろうが、そのように引っ込ませておくのを気の毒に思って、このようにお世話するので、長年側を離れず、毎日一緒にいたので、互いに心細く堪え難く思っていた。
「ここは、まだこうして造作が整っていず、危なっかしい所のようです。用心しなさい。あちこちの部屋にある道具類を、持ち出してお使いなさい。宿直人のことなどを言いつけてありますのも、とても気がかりですが、あちらに怒られ恨まれるのが、とても困るので」
と、ちょっと泣いて帰る。

 [5-2 Ukifune's mother removes Ukifune's living from Nionomiya's home to a house in Sanjo]
 Ka-yau no kata-tagahe-dokoro to omohi te, tihisaki ihe mauke tari keri. Samdeu watari ni, sare-bami taru ga, mada tukuri sasi taru tokoro nare ba, haka-bakasiki siturahi mo se de nam ari keru.
 "Ahare, ko no ohom-mi hitotu wo, yorodu ni mote nayami kikoyuru kana! Kokoro ni kanaha nu yo ni ha, ari hu maziki mono ni koso ari kere. Midukara bakari ha, tada hitaburu ni sina-zinasikara zu hitoge nau, tada saru kata ni hahi komori te sugusi tu besi. Ko no yukari ha, kokoro-usi to omohi kikoye si atari wo, mutubi kikoyuru ni, bin naki koto mo ide-ki na ba, ito hito-warahe naru besi. Adikinasi. Koto yau nari to mo, koko wo hito ni mo sirase zu, sinobi te ohase yo. Onodukara tomo-kaku-mo tukau-maturi te m."
 to ihi-oki te, midukara ha kaneri na m to su. Kimi ha, uti-naki te, "Yo ni ara m koto tokoro-sege naru mi." to, omohi ku-si tamahe ru sama, ito ahare nari. Oya hata, masite atarasiku wosikere ba, tutuganaku te omohu goto mi-nasa m to omohi, saru katahara-itaki koto ni tuke te, hito ni mo aha-ahasiku omoha re m ga, yasukara nu nari keri.
 Kokoti naku nado ha ara nu hito no, nama-hara-dati yasuku, omohi no mama ni zo sukosi ari keru. Ka no ihe ni mo kakurohe te ha suwe tari nu bekere do, sika kakurohe tara m wo itohosi to omohi te, kaku atukahu ni, tosi-goro katahara sara zu, ake-kure mi-narahi te, katami ni kokoro-bosoku warinasi to omohe ri.
 "Koko ha, mata kaku abare te, ayahuge naru tokoro na'meri. Saru kokoro-si tamahe. Zausi zausi ni aru mono-domo, mesi-ide te tukahi tamahe. Tonowi-bito no koto nado ihi-oki te haberu mo, ito usiro-metakere do, kasiko ni hara-dati urami raruru ga, ito kurusikere ba."
 to, uti-naki te kaheru.

 [5-3 母、左近少将と和歌を贈答す]
少将の扱ひを、守は、またなきものに思ひ急ぎて、「もろ心に、さま悪しく、いとなまず」と怨ずるなりけり。いと心憂く、「この人により、かかる紛れどももあるぞかし」と、またなく思ふ方のことのかかれば、つらく心憂くて、をさをさ見入れず。
かの宮の御前にて、いと人げなく見えしに、多く思ひ落としてければ、「私ものに思ひかしづかましを」など、思ひしこと2464はやみにたり。「ここにては、いかが見ゆらむ。まだうちとけたるさま見ぬに」と思ひて、のどかにゐたまへる昼つ方、こなたに渡りて、ものより覗く。
白き綾のなつかしげなるに、今様色の擣目などもきよらなるを着て、端の方に前栽見るとて居たるは、「いづこかは劣る。いときよげなめるは」と見ゆ。娘、まだ片なりに、何心もなきさまにて添ひ臥したり。宮の上の並びておはせし御さまどもの思ひ出づれば、「口惜しのさまどもや」と見ゆ。
前なる御達にものなど言ひ戯れて、うちとけたるは、いと見しやうに、匂ひなく人悪ろげにて見えぬを、「かの宮なりしは、異少将なりけり」と思ふ折しも、言ふことよ。
「兵部卿宮の萩の、なほことにおもしろくもあるかな。いかで、さる種ありけむ。同じ枝さしなどのいと艶なるこそ。一日参りて、出でたまふほどなりしかば、え折らずなりにき。『ことだに惜しき2465』と、宮のうち誦じたまへりしを、若き人たちに見せたらましかば」
とて、我も歌詠みゐたり。
「いでや。心ばせのほどを思へば、人ともおぼえず、出で消えはいとこよなかりけるに。何ごと言ひゐたるぞ」
とつぶやかるれど、いと心地なげなるさまは、さすがにしたらねば、いかが言ふとて、試みに、
「しめ結ひし小萩が上も迷はぬに
いかなる露に映る下葉ぞ」
とあるに、惜しくおぼえて、
「宮城野の小萩がもとと知らませ2466ば
露も心を分かずぞあらまし
いかでみづから聞こえさせあきらめむ」
と言ひたり。

 [5-3 母、左近少将と和歌を贈答す]
少将の待遇を、常陸介は、この上ないものに思って準備し、「一緒に、ぶざまにも、世話をしてくれない」と恨むのであった。とても億劫で、「この人のために、このような厄介事が起こったのだ」と、この上もなく大事な娘がこのようなことになったので、つらく情けなくて、少しも世話をしない。
あの宮の御前で、たいそう貧相に見えたので、たぶんに軽蔑してしまっていたので、「秘蔵の婿にとお世話申し上げたい」などと、思った気持ちもなくなってしまった。「ここでは、どのように見えるであろうか。まだ気を許した姿は見えないが」と思って、くつろいでいらした昼頃、こちらの対に来て、物蔭から覗く。
白い綾の柔らかい感じの下着に、紅梅色の打ち目なども美しいのを着て、端の方に前栽を見ようとして座っているのは、「どこが劣ろうか。とても美しいようだ」と見える。娘は、とてもまだ幼なそうで、無心な様子で添い臥していた。宮の上が並んでいらしたご様子を思い出すと、「物足りない二人だわ」と見える。
前にいる御達に、何か冗談を言って、くつろいでいるのは、とても見たように、見栄えがしなく貧相には見えないのは、「あの宮にいた時とは、まるで別の少将だなあ」と思ったとたんに、こう言うではないか。
「兵部卿宮の萩が、やはり格別に美しかったなあ。どのようにして、あのような種ができたのであろうか。同じ萩ながら枝ぶりが実に優美であったよ。先日参上して、お出かけになるところだったので、折ることができずになってしまった。『色が褪せることさえ惜しいのに』と、宮が口ずさみなさったのを、若い女房たちに見せたならば」
と言って、自分でも歌を詠んでいた。
「どんなものかしら。気持ちのほどを思うと、人並みにも思えず、人前に出ては普段より見劣りがしていたのだが。どのように詠むのであろうか」
とぶつぶつ言いたくなるが、大して物の分からない様子には、そうはいっても見えないので、どのように詠むかと、試しに、
「囲いをしていた小萩の上葉は乱れもしないのに
どうした露で色が変わった下葉なのでしょう」
と言うと、捨て難く思って、
「宮城野の小萩のもとと知っていたならば
露は少しも心を分け隔てしなかったでしょうに
何とか自分自身で申し開きしたいものです」
言っていた。

 [5-3 Ukifune's mother and Sakon-shosho compose and exchange waka]
 Seusyau no atukahi wo, Kami ha, mata naki mono ni omohi isogi te, "Moro-gokoro ni, sama asiku, itonama zu." to wen-zuru nari keri. Ito kokoro-uku, "Ko no hito ni yori, kakaru magire-domo mo aru zo kasi." to, mata naku omohu kata no koto no kakare ba, turaku kokoro-uku te, wosa-wosa mi-ire zu.
 Ka no Miya no o-mahe ni te, ito hito-ge naku miye si ni, ohoku omohi-otosi te kere ba, "Watakusi-mono ni omohi kasiduka masi wo." nado, omohi si koto ha yami ni tari. "Koko ni te ha, ikaga miyu ram. Mada utitoke taru sama mi nu ni." to omohi te, nodoka ni wi tamahe ru hiru-tu-kata, konata ni watari te, mono yori nozoku.
 Siroki aya no natukasige naru ni, imayau-iro no utime nado mo kiyora naru wo ki te, hasi no kata ni sensai miru tote wi taru ha, "Iduko ka ha otoru. Ito kiyoge na'meru ha." to miyu. Musume, mada kata-nari ni, nani-gokoro mo naki sama ni te sohi-husi tari. Miya no Uhe no narabi te ohase si ohom-sama-domo no omohi-idure ba, "Kutiwosi no sama-domo ya!" to miyu.
 Mahe naru go-tati ni mono-nado ihi tahabure te, utitoke taru ha, ito mi si yau ni, nihohi naku hito-waroge ni te miye nu wo, "Ka no Miya nari si ha, koto Seusyau nari keri." to omohu wori si mo, ihu koto yo!
 "Hyaubukayau-no-Miya no hagi no, naho koto ni omosiroku mo aru kana! Ikade, saru tane ari kem. Onazi eda-sasi nado no ito en naru koso. Hito-hi mawiri te, ide tamahu hodo nari sika ba, e wora zu nari ni ki. 'Koto dani wosiki.' to, Miya no uti-zu-zi tamahe ri si wo, wakaki hito-tati ni mise tara masika ba."
 tote, ware mo uta yomi wi tari.
 "Ide ya! Kokoro-base no hodo wo omohe ba, hito to mo oboye zu, ide kiye ha ito koyonakari keru ni. Nani-goto ihi wi taru zo."
 to tubuyaka rure do, ito kokoti-nage naru sama ha, sasuga ni si tara ne ba, ikaga ihu tote, kokoromi ni,
 "Sime yuhi si ko-hagi ga uhe mo mayoha nu ni
 ika naru tuyu ni uturu sita-ba zo
"
 to aru ni, wosiku oboye te,
 "Miyagino no ko-hagi ga moto to sira mase ba
 tuyu mo kokoro wo waka zu zo ara masi

 Ikade midukara kikoye sase akirame m."
 to ihi tari.

 [5-4 母、薫のことを思う]
「故宮の御こと聞きたるなめり」と思ふに、「いとどいかで人と等しく」とのみ思ひ扱はる。あいなう、大将殿の御さま容貌ぞ、恋しう面影に見ゆる。同じうめでたしと見たてまつりしかど、宮は思ひ離れたまひて、心もとまらず。あなづりて押し入りたまへりけるを、思ふもねたし。
「この君は、さすがに尋ね思す心ばへのありながら、うちつけにも言ひかけたまはず、つれなし顔なるしもこそいたけれ、よろづにつけて思ひ出でらるれば、若き人は、まして、かくや思ひはて2467きこえたまふらむ。わがものにせむと、かく憎き人を思ひけむこそ、見苦しきことなべかりけれ」
など、ただ心にかかりて、眺めのみせられて、とてやかくてやと、よろづによからむあらまし事を思ひ続くるに、いと難し。
「やむごとなき御身のほど、御もてなし、見たてまつりたまへらむ人は、今すこしなのめならず、いかばかりにてかは心をとどめたまはむ。世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、いやしうあてなる、品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり。
わが子どもを見るに、この君に似るべきやはある。少将を、この家のうちにまたなき者に思へども、宮に見比べたてまつりしは、いとも口惜しかりしに推し量らる。当帝の御かしづき女を得たてまつりたまへらむ人の御目移しには、いともいとも恥づかしく、つつましかるべきものかな」
と思ふに、すずろに心地もあくがれにけり。

 [5-4 母、薫のことを思う]
「故宮の御事を聞いているらしい」と思うと、「ますます何とかして人並みな結婚を」とばかり心にかかる。筋ちがいながら、大将殿のご様子や器量が、恋しく面影に現れる。同じく素晴らしい方と拝見したが、宮は問題にもなさらず、念頭にも思ってくださらない。侮って無理に入り込みなさったのを、思うにつけても悔しい。
「この君は、何と言っても言い寄ろうとするお気持ちがありながら、急にはおっしゃらず、平気を装っていらっしゃるのは大したものだ、なにごとにつけても思い出されるので、若い娘は、わたし以上に、このようにお思い申し上げていらっしゃるだろう。自分の婿にしようと、このような憎い男を思ったのこそ、見苦しいことであった」
などと、ただ気になって、物思いばかりがされて、ああしたらこうしたらと、万事に良い将来の事を思い続けるが、とても実現は難しい。
「高貴なご身分や、ご風采、ご結婚申し上げなさった方は、もう一段優れた方であるから、どのような人であったらお心を止めてくださるだろうか。世間の人のありさまを見たり聞いたりすると、優劣は、身分の高低や、出自の尊卑によって、器量も気立ても決まるものであった。
自分の娘たちを見ても、この姫君に似た者がいようか。少将を、この家の内でまたとない人のように思っているが、宮とご比較申しては、まったく話にもならないほどに推察される。今上帝の御秘蔵の娘をいただきなさったような方のお目から見れば、とてもとても恥ずかしく、気が引けるにちがいないな」
と思うと、何となく気分もうわの空になってしまった。

 [5-4 Ukifune's mother thinks Kaoru]
 "Ko-Miya no ohom-koto kiki taru na'meri." to omohu ni, "Itodo ikade hito to hitosiku." to nomi omohi-atukaha ru. Ainau, Daisyau-dono no ohom-sama katati zo, kohisiu omokage ni miyuru. Onaziu medetasi to mi tatematuri sika do, Miya ha omohi hanare tamahi te, kokoro mo tomara zu. Anaduri osi-iri tamahe ri keru wo, omohu mo netasi.
 "Ko no Kimi ha, sasuga ni tadune obosu kokorobahe no ari nagara, utituke ni mo ihi kake tamaha zu, turenasi-gaho naru si mo koso itakere, yorodu ni tuke te omohi-ide rarure ba, wakaki hito ha, masite, kaku ya omohi hate kikoye tamahu ram. Wa ga mono ni se m to, kaku nikuki hito wo omohi kem koso, mi-gurusiki koto na'bekari kere."
 nado, tada kokoro ni kakari te, nagame nomi se rare te, tote-ya kakute-ya to, yorodu ni yokara m aramasi-goto wo omohi tudukuru ni, ito katasi.
 "Yamgotonaki ohom-mi no hodo, ohom-motenasi, mi tatematuri tamahe ra m hito ha, ima sukosi nanome nara zu, ika bakari ni te ka ha kokoro wo todome tamaha m. Yo no hito no arisama wo mi kiku ni, otori masari, iyasiu ate naru, sina ni sitagahi te, katati mo kokoro mo aru beki mono nari keri.
 Wa ga kodomo wo miru ni, ko no Kimi ni niru beki ya ha aru. Seusyau wo, ko no ihe no uti ni mata naki mono ni omohe do mo, Miya ni mi kurabe tatematuri si ha, ito mo kutiwosikari si ni osihakara ru. Toudai no ohom-kasiduki-musume wo e tatematuri tamahe ra m hito no ohom-me-utusi ni ha, ito mo ito mo hadukasiku, tutumasikaru beki mono kana!"
 to omohu ni, suzuro ni kokoti mo akugare ni keri.

 [5-5 浮舟の三条のわび住まい]
旅の宿りは、つれづれにて、庭の草もいぶせき心地するに、いやしき東声したる者どもばかりのみ出で入り、慰めに見るべき前栽の花もなし。うちあばれて、晴れ晴れしからで明かし暮らすに、宮の上の御ありさま思ひ出づるに、若い心地に恋しかりけり。あやにくだちたまへりし人の御けはひも、さすがに思ひ出でられて、
「何事にかありけむ。いと多くあはれげにのたまひしかな」
名残をかしかりし御移り香も、まだ残りたる心地して、恐ろしかりしも思ひ出でらる。
母君、たつやと2468、いとあはれなる文を書きておこせたまふ。おろかならず心苦しう思ひ扱ひたまふめるに、「かひなうもて扱はれたてまつること」とうち泣かれて、
「いかにつれづれに見ならはぬ心地したまふらむ。しばし2469忍び過ぐしたまへ」
とある返り事に、
「つれづれは何か。心やすくてなむ。
ひたぶるにうれしからまし世の中に
 あらぬ所と2470思はましかば」
と、幼げに言ひたるを見るままに、ほろほろとうち泣きて、「かう惑はしはふるるやうにもてなすこと」と、いみじければ、
「憂き世にはあらぬ所を求めても
君がさかりを見るよしもがな」
と、なほなほしきことどもを言ひ交はしてなむ、心のべける。

 [5-5 浮舟の三条のわび住まい]
旅の宿は、所在なくて、庭の草もうっとうしい気がするので、卑しい東国の声をした連中ばかりが出入りして、慰めとして見ることのできる前栽の花もない。未完成の所で、気分も晴れないまま明かし暮らすので、宮の上のご様子を思い出すと、若い気持ちに恋しかった。困ったことをなさった方のご様子も、やはり思い出されて、
「何と言ったのだろうか。とてもたくさんしみじみとおっしゃったなあ」
立ち去った後の御移り香が、まだ残っている気がして、恐ろしかったことも思い出される。
母君が、どうしているだろうかと、とてもしみじみとした手紙を書いてお寄こしになる。並々ならずおいたわしく気づかってくださるようなのに、「世話していただく効もないようなこと」とつい泣けてきて、
「どのように所在なく落ち着かない気がなさっていることでしょう。しばらく隠れてお過ごしなさい」
とあるのに対する返事に、
「所在なさが何でしょう。この方が気楽です。
一途に嬉しいことでしょう
ここが世の中で別の世界だと思えるならば」
と、子供っぽく詠んだのを見ながら、ほろほろと泣いて、「このように行方も定めずふらふらさせていること」と、ひどく悲しいので、
「憂き世ではない所を尋ねてでも
あなたの盛りの世を見たいものです」
と、素直な思いのままに詠み交わして、心情を吐露するのであった。

 [5-5 Ukifune and her lonely life at a small house in Sanjo]
 Tabi no yadori ha, ture-dure ni te, niha no kusa mo ibuseki kokoti suru ni, iyasiki aduma-gowe si taru mono-domo bakari nomi ide-iri, nagusame ni miru beki sensai no hana mo nasi. Uti-abare te, hare-baresikara de akasi-kurasu ni, Miya-no-Uhe no ohom-arisama omohi-iduru ni, wakai kokoti ni kohisikari keri. Ayaniku-dati tamahe ri si hito no ohom-kehahi mo, sasuga ni omohi-ide rare te,
 "Nani-goto ni ka ari kem? Ito ohoku aharege ni notamahi si kana!"
 Nagori wokasikari si ohom-uturi-ga mo, mada nokori taru kokoti si te, osorosikari si mo omohi-ide raru.
 Haha-Gimi, tatu ya to, ito ahare naru humi wo kaki te okose tamahu. Oroka nara zu kokoro-gurusiu omohi atukahi tamahu meru ni, "Kahi nau mote-atukaha re tatematuru koto." to uti-naka re te,
 "Ika ni ture-dure ni mi-naraha nu kokoti si tamahu ram. Sibasi sinobi sugusi tamahe."
 to aru kaheri-goto ni,
 "Ture-dure ha nani ka. Kokoro-yasuku te nam.
 Hitaburu ni uresikara masi yononaka ni
 ara nu tokoro to omoha masika ba
"
 to, wosanage ni ihi taru wo miru mama ni, horo-horo to uti-naki te, "Kau madohasi hahururu yau ni motenasu koto." to, imizikere ba,
 "Uki-yo ni ha ara nu tokoro wo motome te mo
 Kimi ga sakari wo miru yosi mo gana
"
 to, naho-nahosiki koto-domo wo ihi-kahasi te nam, kokoro nobe keru.

 6 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く [6-1 薫、宇治の御堂を見に出かける]
かの大将殿は、例の、秋深くなりゆくころ、ならひにしことなれば、寝覚め寝覚めにもの忘れせず、あはれにのみおぼえたまひければ、「宇治の御堂造り果てつ」と聞きたまふに、みづからおはしましたり。
久しう見たまはざりつるに、山の紅葉もめづらしうおぼゆ。こぼちし寝殿、こたみはいと晴れ晴れしう造りなしたり。昔いとことそぎて、聖だちたまへりし住まひを思ひ出づるに、この宮も恋しうおぼえたまひて、さま変へてけるも、口惜しきまで、常よりも眺めたまふ。
もとありし御しつらひは、いと尊げにて、今片つ方を女しくこまやかになど、一方ならざりしを、網代屏風何かのあらあらしきなどは、かの御堂の僧坊の具に、ことさらになさせたまへり。山里めきたる具どもを、ことさらにせさせたまひて、いたう2471もことそがず、いときよげにゆゑゆゑしくしつらはれたり。
遣水のほとりなる岩に居たまひて、
「絶え果てぬ清水になどか亡き人の
面影をだにとどめざりけむ」
涙を拭ひて、弁の尼君の方に立ち寄りたまへれば、いと悲しと見たてまつるに、ただひそみにひそむ。長押にかりそめに居たまひて、簾のつま引き上げて、物語したまふ。几帳に隠ろへて居たり。ことのついでに、
「かの人は、さいつころ宮にと聞きしを、さすがにうひうひしくおぼえてこそ、訪れ寄らね。なほ、これより伝へ果てたまへ」
とのたまへば、
「一日、かの母君の文はべりき。忌違ふとて、ここかしこになむあくがれたまふめる。このころも、あやしき小家に隠ろへものしたまふめるも心苦しく、すこし近きほどならましかば、そこにも渡して心やすかるべきを、荒ましき山道に、たはやすくもえ思ひ立たでなむ、とはべりし」
と聞こゆ。
「人びとのかく恐ろしくすめる道に、まろこそ古りがたく分け来れ。何ばかりの契りにかと思ふは、あはれになむ」
とて、例の、涙ぐみたまへり。
「さらば、その心やすからむ所に、消息したまへ。みづからやは、かしこに出でたまはぬ」
とのたまへば、
「仰せ言を伝へはべらむことはやすし。今さらに京を見はべらむことはもの憂くて、宮にだにえ参らぬを」
と聞こゆ。

 6 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く [6-1 薫、宇治の御堂を見に出かける]
あの大将殿は、いつものように、秋が深まってゆくころ、習慣になっている事なので、夜の寝覚めごとに忘れず、しみじみとばかり思われなさったので、「宇治の御堂を造り終わった」と聞きなさると、ご自身でお出かけになった。
久しく御覧にならなかったので、山の紅葉も珍しく思われる。解体した寝殿は、今度は立派に造り変えなさった。昔とても簡略にして、僧坊めいていらした住まいを思い出すと、この宮邸も恋しく思い出されなさって、様変りさせてしまったのも、残念なまでに、いつもより眺めていらっしゃる。
もとからあったご設備は、たいへん尊重して、もう一方を女性向きにこまやかに整えるなどして、一様ではなかったが、網代屏風や何やらの粗末な物などは、あの御堂の僧坊の道具として、特別に役立たせなさった。山里めいた道具類を、特別に作らせなさって、ひどく簡略にせず、たいそう美しく奥ゆかしく作らせてあった。
遣水の辺にある岩にお座りになって、
「涸れてしまわないこの清水にどうして亡くなった人の
面影だけでもとどめておかなかったのだろう」
涙を拭いながら、弁の尼君の方にお立ち寄りになると、とても悲しいと拝見すると、ただべそをかくばかりである。長押にちょっとお座りになって、簾の端を引き上げて、お話なさる。几帳に隠れて座っていた。話のついでに、
「あの人は、最近宮邸にいると聞いたが、やはりきまり悪く思われて、尋ねていません。やはり、こちらからすっかりお伝え下さい」
とおっしゃると、
「先日、あの母君の手紙がございました。物忌みの方違えするといって、あちらこちらと移っていらしたようです。最近も、粗末な小家に隠れていらっしゃるらしいのも気の毒で、少し近い所であったら、そこに移して安心でしょうが、荒々しい山道で、簡単には思い立つことができないで、とございました」
と申し上げる。
「人びとがこのように恐ろしがっているような山道を、自分は相変わらず分け入って来るのだ。どれほどの前世からの約束事があってかと思うと、感慨無量です」
と言って、いつものように、涙ぐんでいらっしゃった。
「それでは、その気楽な隠れ家に、お便りしてください。ご自身で、あちらに出向いてくださいませんか」
とおっしゃると、
「お言葉をお伝えしますことは簡単です。今さら京に出ますことは億劫で、宮邸にさえ参りませんのに」
と申し上げる。

 6 Tale of Ukihune and Kaoru Kaoru goes to Uji with Ukifune [6-1 Kaoru goes to Uji to see the temple that is been building by Kaoru]
 Ka no Daisyau-dono ha, rei no, aki hukaku nari-yuku koro, narahi ni si koto nare ba, ne-zame ne-zame ni mono wasure se zu, ahare ni nomi oboye tamahi kere ba, "Udi no mi-dau tukuri hate tu." to kiki tamahu ni, midukara ohasimasi tari.
 Hisasiu mi tamaha zari turu ni, yama no momidi mo medurasiu oboyu. Koboti si sinden, kotami ha ito hare-baresiu tukuri-nasi tari. Mukasi ito kotosogi te, hiziri-dati tamahe ri si sumahi wo omohi-iduru ni, ko no Miya mo kohisiu oboye tamahi te, sama kahe te keru mo, kutiwosiki made, tune yori mo nagame tamahu.
 Moto ari si ohom-siturahi ha, ito tahutoge ni te, ima kata-tu-kata wo womna-siku komayaka ni nado, hito-kata nara zari si wo, aziro-byaubu nani ka no ara-arasiki nado ha, ka no mi-dau no soubau no gu ni, kotosara ni nasa se tamahe ri. Yama-zato-meki taru gu-domo wo, kotosara ni se sase tamahi te, itau mo kotosoga zu, ito kiyoge ni yuwe-yuwesiku situraha re tari.
 Yari-midu no hotori naru iha ni wi tamahi te,
 "Taye hate nu simidu ni nado ka naki hito no
 omokage wo dani todome zari kem
"
 Namida wo nogohi te, Ben-no-Ama-Gimi no kata ni tati-yori tamahe re ba, ito kanasi to mi tatematuru ni, tada hisomi ni hisomu. Nagesi ni karisome ni wi tamahi te, sudare no tuma hikiage te, monogatari si tamahu. Kityau ni kakurohe te wi tari. Koto no tuide ni,
 "Ka no hito ha, sai-tu-koro Miya ni to kiki si wo, sasuga ni uhi-uhisiku oboye te koso, otodure yora ne. Naho, kore yori tutahe hate tamahe."
 to notamahe ba,
 "Hito-hi, ka no Haha-Gimi no humi haberi ki. Imi-tagahu tote, koko kasiko ni nam akugare tamahu meru. Kono-koro mo, ayasiki ko-ihe ni kakurohe monosi tamahu meru mo kokoro-gurusiku, sukosi tikaki hodo nara masika ba, soko ni mo watasi te kokoro-yasukaru beki wo, aramasiki yama-miti ni, tahayasuku mo e omohi tata de nam, to haberi si."
 to kikoyu.
 "Hito-bito no kaku osorosiku su meru miti ni, maro koso huri gataku wake kure. Nani bakari no tigiri ni ka to omohu ha, ahare ni nam."
 tote, rei no, namida-gumi tamahe ri.
 "Sara ba, so no kokoro-yasukara m tokoro ni, seusoko si tamahe. Midukara ya ha, kasiko ni ide tamaha nu."
 to notamahe ba,
 "Ohose-goto wo tutahe habera m koto ha yasusi. Ima sara ni kyau wo mi habera m koto ha mono-uku te, Miya ni dani e mawira nu wo."
 to kikoyu.

 [6-2 薫、弁の尼に依頼して出る]
「などてか。ともかくも、人の聞き伝へばこそあらめ、愛宕の聖だに、時に従ひては出でずやはありける。深き契りを破りて、人の願ひを満てたまはむこそ尊からめ」
とのたまへば、
「人渡すこと2472もはべらぬに、聞きにくきこともこそ、出でまうで来れ」
と、苦しげに思ひたれど、
「なほ、よき折なるを」
と、例ならずしひて、
「明後日ばかり、車たてまつらむ2473。その旅の所尋ねおきたまへ。ゆめをこがましうひがわざすまじきを」
と、ほほ笑みてのたまへば、わづらはしく、「いかに思すことならむ」と思へど、「奥なくあはあはしからぬ御心ざまなれば、おのづからわが御ためにも、人聞きなどは包みたまふらむ」と思ひて、
「さらば、承りぬ。近きほどにこそ2474。御文などを見せさせたまへかし。ふりはへさかしらめきて、心しらひのやうに思はれはべらむも、今さらに伊賀専女にや、と慎ましくてなむ」
と聞こゆ。
「文は、やすかるべきを、人のもの言ひ、いとうたてあるものなれば、右大将は、常陸守の娘をなむよばふなるなども、とりなしてむをや。その守の主、いと荒々しげなめり」
とのたまへば、うち笑ひて、いとほしと思ふ。
暗うなれば出でたまふ。下草のをかしき花ども、紅葉など折らせたまひて、宮に御覧ぜさせたまふ。甲斐なからずおはしぬべけれど、かしこまり置きたるさまにて、いたうも馴れきこえたまはずぞあめる。内裏より、ただの親めきて、入道の宮にも聞こえたまへば、いとやむごとなき方は、限りなく思ひきこえたまへり。こなたかなたと、かしづききこえたまふ宮仕ひに添へて、むつかしき私の心の添ひたるも、苦しかりけり。

 [6-2 薫、弁の尼に依頼して出る]
「どうしてそんなことが。どうするにせよ、誰かが伝え聞いて言うならともかく、愛宕の聖でさえ、場合によっては出ないことがあろうか。固い誓いを破って、人の願いをお満たしになるのが尊いことです」
とおっしゃると、
「衆生済度の徳もございませんのに、聞き苦しい噂も、出て来ましょう」
と言って、困ったことに思っていたが、
「やはり、ちょうどよい機会だから」
と、いつもと違って無理強いして、
「明後日ぐらいに、車を差し向けましょう。その仮住まいの家を調べておいてください。けっして馬鹿げたまちがいはしませんから」
と、にっこりしておっしゃるので、やっかいで、「どのようにお考えなのだろう」と思うが、「浅薄で軽々しくないご性質なので、自然とご自分のためにも、外聞はお慎みになっていらっしゃるだろう」と思って、
「それでは、承知いたしました。お近くですから。お手紙などをおやりくださいませ。わざわざ利口ぶって、取り持ちを買って出たようにとられますのも、今さら伊賀専女のようではないかしら、と気がひけます」
と申し上げる。
「手紙は、簡単でしょうが、人の噂が、とてもうるさいものですから、右大将は、常陸介の娘に求婚しているそうだなどとも、取り沙汰しようから。その介の殿は、とても荒々しい人のようですね」
とおっしゃると、ふと笑って、お気の毒にと思う。
暗くなったのでお出になる。木の下草が美しい花々や、紅葉などを折らせなさって、宮に御覧にお入れなさる。ご結婚の効がなくはなくいらっしゃるようだが、畏れ敬っているような感じで、たいそうお親しみ申し上げずにいるようである。帝から、普通の親のように、入道の宮にもお頼み申し上げなさっているので、たいそう重々しい点では、この上なくお思い申し上げていらっしゃった。あちらからもこちらからも、大切にされなさるお世話に加えて、やっかいな執心が加わったのが、つらいことであった。

 [6-2 Kaoru leaves out Uji commissioning to Ben-no-ama]
 "Nado te ka? Tomo-kaku-mo, hito no kiki tutahe ba koso ara me, Atago no hiziri dani, toki ni sitagahi te ha ide zu ya ha ari keru. Hukaki tigiri wo yaburi te, hito no negahi wo mite tamaha m koso tahutokara me."
 to notamahe ba,
 "Hito watasu koto mo habera nu ni, kiki nikuki koto mo koso, ide maude kure."
 to, kurusige ni omohi tare do,
 "Naho, yoki wori naru wo."
 to, rei nara zu sihi te,
 "Asate bakari, kuruma tatematura m. So no tabi no tokoro tadune oki tamahe. Yume wokogamasiu higa-waza su maziki wo."
 to, hohowemi te notamahe ba, wadurahasiku, "Ika ni obosu koto nara m." to omohe do, "Au-naku aha-ahasikara nu mi-kokoro-zama nare ba, onodukara waga ohom-tame ni mo, hito-giki nado ha tutumi tamahu ram." to omohi te,
 "Sara ba, uketamahari nu. Tikaki hodo ni koso. Ohom-humi nado wo mise sase tamahe kasi. Hurihahe sakasira-meki te, kokoro-sirahi no yau ni omoha re habera m mo, ima sara ni Iga-taume ni ya, to tutumasiku te nam."
 to kikoyu.
 "Humi ha, yasukaru beki wo, hito no mono-ihi, ito utate aru mono nare ba, U-Daisyau ha, Hitati-no-Kami no musume wo nam yobahu naru nado mo, torinasi te m wo ya! So no Kam-no-Nusi, Ito ara-arasige na'meri."
 to notamahe ba, uti-warahi te, itohosi to omohu.
 Kurau nare ba ide tamahu. Sita-kusa no wokaiki hana-domo, momidi nado wora se tamahi te, Miya ni go-ran-ze sase tamahu. Kahi nakara zu ohasi nu bekere do, kasikomari oki taru sama ni te, itau mo nare kikoye tamaha zu zo a'meru. Uti yori, tada no oya-meki te, Nihudau-no-Miya ni mo kikoye tamahe ba, ito yamgotonaki kata ha, kagiri naku omohi kikoye tamahe ri. Konata kanata to, kasiduki kikoye tamahu miya-dukahi ni sohe te, mutukasiki watakusi no kokoro no sohi taru mo, kurusikari keri.

 [6-3 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる]
のたまひしまだつとめて、睦ましく思す下臈侍一人、顔知らぬ牛飼つくり出でて遣はす。
「荘の者どもの田舎びたる召し出でつつ、つけよ」
とのたまふ。かならず出づべくのたまへりければ、いとつつましく苦しけれど、うち化粧じくつろひて乗りぬ。野山のけしきを見るにつけても、いにしへよりの古事ども思ひ出でられて、眺め暮らしてなむ来着きける。いとつれづれに人目も見えぬ所なれば、引き入れて、
「かくなむ、参り来つる」
と、しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来て降ろす。あやしき所を眺め暮らし明かすに、昔語りもしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れたまひて、親と聞こえける人の御あたりの人と思ふに、睦ましきなるべし。
「あはれに、人知れず見たてまつりしのちよりは、思ひ出できこえぬ折なけれど、世の中かばかり思ひたまへ捨てたる身にて、かの宮にだに参りはべらぬを、この大将殿の、あやしきまでのたまはせしかば、思うたまへおこしてなむ」
と聞こゆ。君も乳母も、めでたしと見おききこえてし人の御さまなれば、忘れぬさまにのたまふらむも、あはれなれど、にはかにかく思したばかるらむと、思ひも寄らず。

 [6-3 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる]
お約束になった日のまだ早朝に、腹心の家来とお思いになる下臈の侍を一人、顔を知られていない牛飼童を用意して遣わす。
「荘園の連中で田舎者じみたのを召し出して、付き添わせよ」
とおっしゃる。必ず京に出て来るようにとおっしゃっていたので、とても気がひけてつらいけれど、ちょっと化粧をして車に乗った。野山の様子を見るにつけても、若いころからの古い出来事が自然と思い出されて、物思いに耽りながら着いたのであった。とてもひっそりとして人の出入りもない所なので、車を引き入れて、
「これこれで、参りました」
と、案内の男を介して言わせると、初瀬のお供をした若い女房が、出てきて車から降ろす。粗末な家で物思いに耽りながら明かし暮らしていたので、昔話もできる人が来たので、嬉しくなって呼び入れなさって、父親と申し上げた方のご身辺の人と思うと、慕わしくなるのであろう。
「しみじみと、人知れずお目にかかりまして後は、お思い出し申し上げない時はありませんが、世の中をこのように捨てた身なので、あちらの宮邸にさえ参りませんが、この大将殿が、不思議なまでにお頼みになるので、思い起こして参りました」
と申し上げる。姫君も乳母も、素晴らしいお方と拝見していたお方のご様子なので、忘れないふうにおっしゃるというのも、嬉しいが、急にこのようにご計画なさるとは、思い寄らなかった。

 [6-3 Ben-no-ama calls on Ukifune's home in Sanjo]
 Notamahi si mada tutomete, mutumasiku obosu gerahu-saburahi hitori, kaho sira nu usi-kahi tukuri-ide te tukahasu.
 "Sau no mono-domo no winaka-bi taru mesi-ide tutu, tuke yo."
 to notamahu. Kanarazu idu beku notamahe ri kere ba, ito tutumaiku kurusikere do, uti-kesau-zi tukurohi te nori nu. No-yama no kesiki wo miru ni tuke te mo, inisihe yori no huru-koto-domo omohi-ide rare te, nagame kurasi te nam ki tuki keru. Ito ture-dure ni hitome mo miye nu tokoro nare ba, hiki-ire te,
 "Kaku nam, mawiri ki turu."
 to, sirube no wotoko si te ihase tare ba, Hatuse no tomo ni ari si waka-udo, ide-ki te orosu. Ayaiki tokoro wo nagame kurasi akasu ni, mukasi-gatari mo si tu beki hito no ki tare ba, uresiku yobi-ire tamahi te, oya to kikoye keru hito no ohom-atari no hito to omohu ni, mutumasiki naru besi.
 "Ahare ni, hito sire zu mi tatematuri si noti yori ha, omohi-ide kikoye nu wori nakere do, yononaka ka-bakari omohi tamahe sute taru mi ni te, ka no Miya ni dani mawiri habera nu wo, ko no Daisyau-dono no, ayasiki made notamaha se sika ba, omou tamahe okosi te nam."
 to kikoyu. Kimi mo Menoto mo, medetasi to mi oki kikoye te si hito no ohom-sama nare ba, wasure nu sama ni notamahu ram mo, ahare nare do, nihaka ni kaku obosi tabakaru ram to, omohi mo yora zu.

 [6-4 薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う]
宵うち過ぐるほどに、「宇治より人参れり」とて、門忍びやかにうちたたく。「さにやあらむ」と思へど、弁の開けさせたれば、車をぞ引き入るなる。「あやし」と思ふに、
「尼君に、対面賜はらむ」
とて、この近き御庄の預りの名のりをせさせたまへれば、戸口にゐざり出でたり。雨すこしうちそそくに、風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らず薫り来れば、「かうなりけり」と、誰も誰も心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意もなくあやしきに、まだ思ひあへぬほどなれば、心騷ぎて、
「いかなることにかあらむ」
と言ひあへり。
「心やすき所にて、月ごろの思ひあまることも聞こえさせむとてなむ」
と言はせたまへり。
「いかに聞こゆべきことにか」と、君は苦しげに思ひてゐたまへれば、乳母見苦しがりて、
「しかおはしましたらむを、立ちながらや、帰したてまつりたまはむ。かの殿にこそ、かくなむ、と忍びて聞こえめ。近きほどなれば」
と言ふ。
「うひうひしく。などてか、さはあらむ。若き御どちもの聞こえたまはむは2475、ふとしもしみつくべくもあらぬを。あやしきまで心のどかに、もの深うおはする君なれば、よも人の許しなくて、うちとけたまはじ」
など言ふほど、雨やや降り来れば、空はいと暗し。宿直人のあやしき声したる、夜行うちして、
「家の辰巳の隅の崩れ、いと危ふし。この、人の御車入るべくは、引き入れて御門鎖してよ。かかる人の御供人こそ、心はうたてあれ」
など言ひあへるも、むくむくしく聞きならはぬ心地したまふ。
「佐野のわたりに家もあらなくに2476」
など口ずさびて、里びたる簀子の端つ方に居たまへり。
「さしとむる葎やしげき東屋の
あまりほど降る雨そそき
2477かな」
と、うち払ひたまへる、追風、いとかたはなるまで、東の里人も驚きぬべし。
とざまかうざまに聞こえ逃れむ方なければ、南の廂に御座ひきつくろひて、入れたてまつる。心やすくしも対面したまはぬを、これかれ押し出でたり。遣戸といふもの鎖して、いささか開けたれば、
「飛騨の工も恨めしき隔てかな。かかるものの外には、まだ居ならはず」
と愁へたまひて、いかがしたまひけむ、入りたまひぬ。かの人形の願ひものたまはで、ただ、
「おぼえなき、もののはさまより見しより、すずろに恋しきこと。さるべきにやあらむ、あやしきまでぞ思ひきこゆる」
とぞ語らひたまふべき。人のさま、いとらうたげにおほどきたれば、見劣りもせず、いとあはれと思しけり。

 [6-4 薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う]
宵を少し過ぎたころに、「宇治から参った者です」と言って、門をそっと叩く。「そうかしら」と思うが、弁が開けさせると、車を引き入れる。妙だと思うと、
「尼君に、お目にかかりたい」
と言って、その近くの荘園の支配人の名を名乗らせなさったので、戸口にいざり出た。雨が少し降りそそいで、風がとても冷やかに吹きこんで、何ともいえない良い匂いが漂ってくるので、「そうであったのか」と、皆が皆心をときめかせるにちがいないご様子が結構なので、心づもりもなくむさくるしいうえに、まだ予想もしていなかった時なので、気が動転して、
「どうしたことであろうか」
と言い合っていた。
「気楽な所で、いく月もの間の抑えきれない思いを申し上げたいと思いまして」
と言わせなさった。
「どのように申し上げたらよいものか」と思って、君はつらそうに思っていらしたので、乳母が見苦しがって、
「このようにいらっしゃったのを、お座りもいただかず、このままお帰し申し上げることができましょうか。あちらの殿にも、これこれです、とそっと申し上げましょう。近い所ですから」
と言う。
「気がきかないことを。どうして、そうすることがありましょう。若い方どうしがお話し申し上げなさるのに、急に深い仲になるものでもありますまい。不思議なまでに気長で、慎重でいらっしゃる君なので、けっして相手の許しがなくては、気をお許しになりますまい」
などと言っているうちに、雨が次第に降って来たので、空はたいそう暗い。宿直人で変な声をした者が、夜警をして、
「家の辰巳の隅の崩れが、とても危険だ。こちらの、客のお車は入れるものなら、引き入れてご門を閉めよ。この客人の供人は、気がきかない」
などと言い合っているのも、気持ち悪く聞き馴れない気がなさる。
「佐野の辺りに家もないのに」
などと口ずさんで、田舎めいた簀子の端の方に座っていらっしゃった。
「戸口を閉ざすほど葎が茂っているためか
東屋であまりに待たされ雨に濡れることよ」
と、露を払っていらっしゃる、その追い風が、とても尋常でないほど匂うので、東国の田舎者も驚くにちがいない。
あれやこれやと言い逃れるすべもないので、南の廂にお座席を設けて、お入れ申し上げる。気安くお会いなさらないのを、誰彼らが押し出した。遣戸という物を錠をかけて、少し開けてあったので、
「飛騨の大工までが恨めしい仕切りですね。このような物の外には、まだ座ったことがありません」
とお嘆きになって、どのようになさったのか、お入りになってしまった。あの人形の願いもおしゃっらず、ただ、
「思いがけず、何かの間から覗き見して以来、何となく恋しいこと。そのような運命であったのか、不思議なまでにお思い申し上げています」
とお口説きになるのであろう。女の様子は、とてもかわいらしくおっとりしているので、見劣りもせず、とてもしみじみとお思いになった。

 [6-4 Kaoru calls on Ukifune and meets her in Sanjo]
 Yohi uti-suguru hodo ni, "Udi yori hito mawire ri." tote, kado sinobiyaka ni uti-tataku. "Sa ni ya ara m?" to omohe do, Ben no ake sase tare ba, kuruma wo zo hiki iru naru. "Ayasi." to omohu ni,
 "Ama-Gimi ni, taimen tamahara m."
 tote, ko no tikaki mi-sau no adukari no nanori wo se sase tamahe re ba, to-guti ni wizari ide tari. Ame sukosi uti-sosoku ni, kaze ha ito hiyayaka ni huki-iri te, ihi sira zu kawori kure ba, "Kau nari keri." to, tare mo tare mo kokoro-tokimeki si nu beki ohom-kehahi wokasikere ba, youi mo naku ayasiki ni, mada omohi ahe nu hodo nare ba, kokoro-sawagi te,
 "Ika naru koto ni ka ara m?"
 to ihi ahe ri.
 "Kokoro-yasuki tokoro ni te, tuki-goro no omohi amaru koto mo kikoye sase m tote nam."
 to ihase tamahe ri.
 "Ika ni kikoyu beki koto ni ka?" to, Kimi ha kurusige ni omohi te wi tamahe re ba, Menoto mi-gurusigari te,
 "Sika ohasimasi tara m wo, tati nagara ya, kahesi tatematuri tamaha m. Ka no Tono ni koso, kaku nam, to sinobi te kikoye me. Tikaki hodo nare ba."
 to ihu.
 "Uhi-uhisiku. Nadote ka, sa ha ara m. Wakaki ohom-doti mono kikoye tamaha m ha, huto si mo simi-tuku beku mo ara nu wo. Ayasiki made kokoro nodoka ni, mono hukau ohasuru Kimi nare ba, yomo hito no yurusi naku te, utitoke tamaha zi."
 nado ihu hodo, ame yaya huri kure ba, sora ha ito kurasi. Tonowi-bito no ayasiki kowe si taru, yagyau uti-si te,
 "Yaka no tatumi no sumi kudure, ito ayahusi. Ko no, hito no mi-kuruma iru beku ha, hiki-ire te mi-kado sasi te yo. Kakaru hito no mi-tomo-bito koso, kokoro ha utate are."
 nado ihi-ahe ru mo, muku-mukusiku kiki naraha nu kokoti si tamahu.
 "Sano no watari ni ihe mo ara naku ni."
 nado kuti-zusabi te, sato-bi taru sunoko no hasi tu kata ni wi tamaheri.
 "Sasi-tomuru mugura ya sigeki adumaya no
 amari hodo huru ama-sosoki kana
"
 to, uti-harahi tamahe ru, ohi-kaze, itokataha naru made, Aduma no sato-bito mo odoroki nu besi.
 to-zama kau-zama ni kikoye nogare m kata nakere ba, minami no hisasi ni o-masi hiki-tukurohi te, ire tatematuru. Kokoro-yasuku si mo taimen si tamaha nu wo, kore kare osi-ide tari. Yari-do to ihu sasi te, isasaka ake tare ba,
 "Hida no takumi mo uramesiki hedate kana! Kakaru mono no to ni ha, mada wi naraha zu."
 to urehe tamahi te, ikaga si tamahi kem, iri tamahi nu. Ka no hito-gata no negahi mo notamaha de, tada,
 "Oboye naki, mono no hasama yori mi si yori, suzuro ni kohisiki koto. Saru beki ni ya ara m, ayasiki made zo omohi kikoyuru."
 to zo katarahi tamahu beki. Hito no sama, ito rautage ni ohodoki tare ba, mi-otori mo se zu, ito ahare to obosi keri.

 [6-5 薫と浮舟、宇治へ出発]
ほどもなう明けぬ心地するに、鶏などは鳴かで、大路近き所に、おほどれたる2478声して、いかにとか聞きも知らぬ名のりをして、うち群れて行くなどぞ聞こゆる。かやうの朝ぼらけに見れば、ものいただきたる者の、「鬼のやうなるぞかし」と聞きたまふも、かかる蓬のまろ寝にならひたまはぬ心地も、をかしくもありけり。
宿直人も門開けて出づる音する。おのおの入りて臥しなどするを聞きたまひて、人召して、車妻戸に寄せさせたまふ。かき抱きて乗せたまひつ。誰も誰も、あやしう、あへなきことを思ひ騒ぎて、
「九月にもありけるを。心憂のわざや。いかにしつることぞ」
と嘆けば、尼君も、いといとほしく、思ひの外なることどもなれど、
「おのづから思すやうあらむ。うしろめたうな思ひたまひそ。長月は、明日こそ節分と聞きしか」
と言ひ慰む。今日は、十三日なりけり。尼君、
「こたみは、え参らじ。宮の上、聞こし召さむこともあるに、忍びて行き帰りはべらむも、いとうたてなむ」
と聞こゆれど、まだきこのことを聞かせたてまつらむも、心恥づかしくおぼえたまひて、
「それは、のちにも罪さり申したまひてむ。かしこもしるべなくては、たづきなき所を」
と責めてのたまふ。
「人一人や、はべるべき」
とのたまへば、この君に添ひたる侍従と乗りぬ。乳母、尼君の供なりし童などもおくれて、いとあやしき心地してゐたり。

 [6-5 薫と浮舟、宇治へ出発]
まもなく夜が明けてしまう気がするのに、鶏などは鳴かないで、大路に近い所で間のびした声で、何とも聞いたことのない物売りの呼び上げる声がして、連れ立って行くのなどが聞こえる。このような朝ぼらけに見ると、品物を頭の上に乗せている姿が、「鬼のような恰好だ」とお聞きになっているのも、このような蓬生の宿でごろ寝をした経験もおありでないので、興味深くもあった。
宿直人も門を開けて出る音がする。それぞれ中に入って横になる音などをお聞きになって、人を呼んで、車を妻戸に寄せさせなさる。抱き上げてお乗せになった。誰も彼もが、おかしな、どうしようもないことだとあわてて、
「九月でもありますのに。情けないことです。どうなさるのですか」
と嘆くと、尼君も、とてもお気の毒になって、意外なことだったが、
「自然とお考えのことがあるのでしょう。不安にお思いなさるな。九月は、明日が節分だと聞きました」
と言って慰める。今日は、十三日であった。尼君は、
「今回は、同行できません。宮の上が、お聞きになることもありましょうから、こっそりと行ったり来たりいたしますのも、まことに具合が悪うございます」
と申し上げるが、早々にこの事をお聞かせ申し上げるのも、恥ずかしく思われなさって、
「それは、後からお詫び申してもお済みになることでしょう。あちらでも案内する人がいなくては、頼りない所ですから」
とお責めになる。
「誰か一人、お供しなさい」
とおっしゃると、この君に付き添っている侍従と乗った。乳母は、尼君の供をして来た童女などもとり残されて、まことに何が何やら分からぬ気持ちでいた。

 [6-5 Kaoru goes out to Uji with Ukifune]
 Hodo mo nau ake nuru kokoti suru ni, tori nado ha naka de, ohodi tikaki tokoro ni, ohodore taru kowe si te, ika ni to ka kiki mo sira nu nanori wo si te, uti-mure te yuku nado zo kikoyuru. Kayau no asa-borake ni mire ba, mono itadaki taru mono no, "Oni no yau naru zo kasi." to kiki tamahu mo, kakaru yomogi no maro-ne ni narahi tamaha nu kokoti mo, wokasiku mo ari keri.
 Tonowi-bito mo kado ake te iduru oto suru. Ono-ono iri te, husi nado suru wo kiki tamahi te, hito mesi te, kuruma tumado ni yose sase tamahu. Kaki-idaki te nose tamahi tu. Tare mo tare mo, ayasiu, ahe-naki koto wo omohi sawagi te,
 "Ku-gwati ni mo ari keru wo! Kokoro-u no waza ya! Ika ni si turu koto zo?"
 to nageke ba, Ama-Gimi mo, ito itohosiku, omohi no hoka naru koto-domo nare do,
 "Onodukara obosu yau ara m. Usiro-metau na omohi tamahi so. Naga-tuki ha, asu koso setibun to kiki sika."
 to ihi nagusamu. Kehu ha, zihu-sam-niti nari keri. Ama-Gimi,
 "Kotami ha, e mawira zi. Miya-no-Uhe, kikosimesa m koto mo aru ni, sinobi te yuki-kaheri habera m mo, ito utate nam."
 to kikoyure do, madaki ko no koto wo kika se tatematura m mo, kokoro-hadukasiku oboye tamahi te,
 "Sore ha, noti ni mo tumi-sari mausi tamahi te m. Kasiko mo sirube naku te ha, taduki naki tokoro wo."
 to seme te notamahu.
 "Hito hitori ya, haberu beki."
 to notamahe ba, ko no Kimi ni sohi taru Ziziu to nori nu. Menoto, Ama-Gimi no tomo nari si waraha nado mo okure te, ito ayasiki kokoti si te wi tari.

 [6-6 薫と浮舟の宇治への道行き]
「近きほどにや」と思へば、宇治へおはするなりけり。牛などひき替ふべき心まうけしたまへりけり。河原過ぎ、法性寺のわたりおはしますに、夜は明け果てぬ。
若き人は、いとほのかに見たてまつりて、めできこえて、すずろに恋ひたてまつるに、世の中のつつましさもおぼえず。君ぞいとあさましきに、ものもおぼえでうつぶし臥したるを、
「石高きわたりは、苦しきものを」
とて、抱きたまへり。羅の細長を、車の中に引き隔てたれば、はなやかにさし出でたる朝日影に、尼君はいとはしたなくおぼゆるにつけて、「故姫君の御供にこそ、かやうにても見たてまつりつべかりしか。あり経れば、思ひかけぬことをも見るかな」と、悲しうおぼえて、包むとすれど、うちひそみつつ泣くを、侍従はいと憎く、ものの初めに形異にて乗り添ひたるをだに思ふに、「なぞ2479、かくいやめなる」と、憎くをこにも思ふ。老いたる者は、すずろに涙もろにあるものぞと、おろそかにうち思ふなりけり。
君も、見る人は憎からねど、空のけしきにつけても、来し方の恋しさまさりて、山深く入るままにも、霧立ちわたる心地したまふ。うち眺めて寄りゐたまへる袖の、重なりながら長やかに出でたりけるが、川霧に濡れて、御衣の紅なるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを、落としがけの高き所に見つけて、引き入れたまふ。
「形見ぞと見るにつけては朝露の
ところせきまで濡るる袖かな」
と、心にもあらず一人ごちたまふを聞きて、いとどしぼるばかり、尼君の袖も泣き濡らすを、若き人、「あやしう見苦しき世かな」。心ゆく道に、いとむつかしきこと、添ひたる心地す。忍びがたげなる鼻すすりを聞きたまひて、我も忍びやかにうちかみて、「いかが思ふらむ」といとほしければ、
「あまたの年ごろ、この道を行き交ふたび重なるを思ふに、そこはかとなくものあはれなるかな。すこし起き上がりて、この山の色も見たまへ。いと埋れたりや」
と、しひてかき起こしたまへば、をかしきほどに、さし隠して、つつましげに見出だしたるまみなどは、いとよく思ひ出でらるれど、おいろかにあまりおほどき過ぎたるぞ、心もとなかめる。「いといたう児めいたるものから、用意の浅からずものしたまひしはや」と、なほ行く方なき2480悲しさは、むなしき空にも満ちぬべかめり。

 [6-6 薫と浮舟の宇治への道行き]
「近い所にか」と思うと、宇治へいらっしゃるのであった。牛なども取り替える準備をなさっていた。加茂の河原を過ぎ、法性寺の付近をお通りになるころに、夜はすっかり明けた。
若い女房は、とてもかすかに拝見して、お誉め申して、何となくお慕い申し上げるので、世間の思惑も何とも思わない。女君はとても驚いて、何も考えられずうつ伏しているのを、
「大きな石のある道は、つらいものだ」
と言って、抱いていらっしゃった。薄物の細長を、車の中に垂れて仕切っていたので、明るく照り出した朝日に、尼君はとても恥ずかしく思われるにつけて、「故姫君のお供をして、このように拝見したかったものだ。生き永らえると、思いもかけないことにあうものだ」と、悲しく思われて、抑えようとするが、つい顔がゆがんで泣くのを、侍従はとても憎らしく、ご結婚早々に尼姿で乗り添っているだけでも不吉に思うのに、「何で、こうしてめそめそするのか」と、憎らしく愚かにも思う。年老いた人は、何となく涙もろいものだ、と簡単に考えるのであった。
君も、相手の女は憎くないが、空の様子につけても、故人への恋しさがつのって、山深く入って行くにしたがって、霧が立ち渡ってくる気がなさる。物思いに耽って寄り掛かっていらっしゃる袖が、重なりながら長々と外に出ているのが、川霧に濡れて、お召し物が紅色なところに、お直衣の花が大変に色変わりしているのを、急坂の下る所で見つけて、引き入れなさる。
「故姫君の形見だと思って見るにつけ
朝露がしとどに置くように涙に濡れることだ」
と、心にもなく独り言をおっしゃるのを聞いて、ますます袖をしぼるほどに、尼君の袖も泣き濡れているのを、若い女房は、「妙な見苦しいことだ」。嬉しいはずの道中に、とてもやっかいな事が、加わった気持ちがする。堪えきれない鼻水をすする音をお聞きになって、自分もこっそりと鼻をかんで、「どのように思っているだろうか」とお気の毒なので、
「長年、この道をいく度も行き来したことを思うと、何となく感慨無量な気持ちがします。少し起き上がって、この山の景色を御覧なさい。とてもふさぎこんでいらっしゃいませんか」
と、無理に起こしなさると、美しい感じに、ちょっと隠して、遠慮深そうに外を見い出しなさっている目もとなどは、とてもよく似て思い出されるが、おだやかであまりにおっとりとし過ぎているのが、不安な気がする。「とてもたいそう子供っぽくいらしたが、思慮深くいらっしゃったな」と、やはり癒されない悲しみは、空しい大空いっぱいにもなってしまいそうである。

 [6-6 Kaoru and Ukifune's on the way to Uji]
 "Tikaki hodo ni ya?" to omohe ba, Udi he ohasuru nari keri. Usi nado hiki-kahu beki kokoro-mauke si tamahe ri keri. Kahara sugi, Hohusyau-zi no watari ohasimasu ni, yo ha ake hate nu.
 Wakaki hito ha, ito honoka ni mi tatematuri te, mede kikoye te, suzuro ni kohi tatematuru ni, yononaka no tutumasisa mo oboye zu. Kimi zo ito asamasiki ni, mono mo oboye de utubusi husi taru wo,
 "Isi takaki watari ha, kurusiki mono wo!"
 tote, idaki tamahe ri. Usumono no hosonaga wo, kuruma no naka ni hiki-hedate tare ba, hanayaka ni sasi-ide taru asahi-kage ni Ama-Gimi ha ito hasitanaku oboyuru ni tuke te, "Ko-Hime-Gimi no ohom-tomo ni koso, kayau ni te mo mi tatematuri tu bekari sika. Ari hure ba, omohi-kake nu koto wo mo miru kana!" to, kanasiu oboye te, tutumu to sure do, uti-hisomi tutu naku wo, Ziziu ha ito nikuku, mono no hazime ni katati koto ni te nori sohi taru wo dani omohu ni, "Nazo, kaku iyame naru?" to, nikuku woko ni mo omohu. Oyi taru mono ha, suzuro ni namida-moro ni aru mono zo to, orosoka ni uti-omohu nari keri.
 Kimi mo, miru hito ha nikukara ne do, sora no kesiki ni tuke te mo, ki-si-kata no kohisisa masari te, yama hukaku iru mama ni mo, kiri tati wataru kokoti si tamahu. Uti-nagame te yori-wi tamahe ru sode no, kasanari nagara nagayaka ni ide tari keru ga, kaha-giri ni nure te, ohom-zo no kurenawi naru ni, ohom-nahosi no hana no odoro-odorosiu uturi taru wo, otosi-gake no takaki tokoro ni mituke te, hiki-ire tamahu.
 "Katami zo to miru ni tuke te ha asa-tuyu no
 tokoro-seki made nururu sode kana
"
 to, kokoro ni mo ara zu hitori-goti tamahu wo kiki te, itodo siboru bakari, Ama-Gimi no sode mo naki nurasu wo, Wakaki hito, "Ayasiu mi-gurusiki yo kana!" Kokoro-yuku miti ni, ito mutukasiki koto, sohi taru kokoti su. Sinobi-gatage naru hana-susuri wo kiki tamahi te, ware mo sinobi-yaka ni uti-kami te, "Ikaga omohu ram." to itohosikere ba,
 "Amata no tosi-goro, ko no miti wo yuki-kahu tabi kasanaru wo omohu ni, sokohaka-to-naku mono ahare naru kana! Sukosi oki-agari te, ko no yama no iro mo mi tamahe. Ito umore tari ya!"
 to, sihi-te kaki okosi tamahe ba, wokasiki hodo ni, sasi-kakusi te, tutumasige ni mi-idasi taru mami nado ha, ito yoku omohi-ide rarure do, oyiraka ni amari ohodoki sugi taru zo, kokoro-motonaka' meru. "Ito itau ko-meitaru mono kara, youi no asakara zu monosi tamahi si ha ya!" to, naho yuku-kata naki kanasisa ha, munasiki sora ni mo miti nu beka' meri.

 [6-7 宇治に到着、薫、京に手紙を書く]
おはし着きて、
「あはれ、亡き魂や宿りて見たまふらむ。誰によりて、かくすずろに惑ひありくものにもあらなくに」
と思ひ続けたまひて、降りてはすこし心しらひて、立ち去りたまへり。女は、母君の思ひたまはむことなど、いと嘆かしけれど、艶なるさまに、心深くあはれに語らひたまふに、思ひ慰めて降りぬ。
尼君は、ことさらに降りで、廊にぞ寄するを、「わざと思ふべき住まひにもあらぬを、用意こそあまりなれ」と見たまふ。御荘より、例の、人びと騒がしきまで参り集まる。女の御台は、尼君の方より参る。道は茂かりつれど、このありさまは、いと晴れ晴れし。
川のけしきも山の色も、もてはやしたる造りざまを見出だして、日ごろのいぶせさ、慰みぬる心地すれど、「いかにもてないたまはむとするにか」と、浮きてあやしうおぼゆ。
殿は、京に御文書きたまふ。
「なりあはぬ仏の御飾りなど見たまへおきて、今日吉ろしき日なりければ、急ぎものしはべりて、乱り心地の悩ましきに、物忌なりけるを思ひたまへ出でてなむ、今日明日ここにて慎みはべるべき」
など、母宮にも姫宮にも聞こえたまふ。

 [6-7 宇治に到着、薫、京に手紙を書く]
宇治にお着きになって、
「ああ、亡き方の魂がとどまって御覧になっていようか。誰のために、このようにあてもなく彷徨い歩こうというのか」
と思い続けられなさって、降りてからは少し気をきかせて、側を立ち去りなさった。女は、母君がどうお思いになるかが、とても気がかりであるが、優雅な態度で、愛情深くしみじみとお話なさるので、慰められて降りた。
尼君は、こちらで特に降りないで、渡廊の方に寄せたのを、「わざわざ気をつかうべき住まいでもないのに、心づかいが過ぎる」と御覧になる。御荘園から、いつものように、人びとが騒がしいほど参集する。女のお食事は、尼君の方から差し上げる。道中は草が茂っていたが、こちらの様子は、たいそう晴れ晴れとしている。
川の様子も山の景色も、上手に取り入れた建物の造りを眺めやって、日頃の鬱陶しい思いが慰められた気がするが、「どのようになさるおつもりか」と、不安で変な感じがする。
殿は、京にお手紙をお書きになる。
「まだ完成しない仏像のお飾りなどを拝見しておりましたが、今日が吉日なので、急いで参りまして、気分が良くないうえに、物忌であったのを思い出しまして、今日明日はこちらで慎んでおります」
などと、母宮にも姫宮にも申し上げなさる。

 [6-7 Kaoru and Ukifune arrive at the temple in Uji]
 Ohasi tuki te,
 "Ahare, naki tama ya yadori te mi tamahu ram. Tare ni yori te, kaku suzuro ni madohi ariku mono ni mo ara naku ni."
 to omohi tuduke tamahi te, ori te ha sukosi kokoro-sirahi te, tati-sari tamahe ri. Womna ha, Haha-Gimi no omohi tamaha m koto nado, ito nagekasikere do, en naru sama ni, kokoro-hukaku ahare ni katarahi tamahu ni, omohi nagusame te ori nu.
 Ama-Gimi ha, kotosara ni ori de, rau ni zo yosuru wo, "Waza to omohu beki sumahi ni mo ara nu wo, youi koso amari nare." to mi tamahu. Mi-sau yori, rei no, hito-bito sawagasiki made mawiri atumaru. Womna no mi-dai ha, Ama-Gimi no kata yori mawiru. Miti ha sigekari ture do, ko no arisama ha, ito hare-baresi.
 Kaha no kesiki mo yama no iro mo, motehayasi taru tukuri-zama wo mi-idasi te, hi-goro no ibusesa, nagusami nuru kokoti sure do, "Ika ni motenai tamaha m to suru ni ka?" to, uki te ayasiu oboyu.
 Tono ha, kyau ni ohom-humi kaki tamahu.
 "Nari aha nu Hotoke no ohom-kazari nado mi tamahe oki te, kehu yorosiki hi nari kere ba, isogi monosi haberi te, midari kokoti no nayamasiki ni, mono-imi nari keru wo omohi tamahe ide te nam, kehu asu koko ni te tutusimi haberu beki."
 nado, Haha-Miya ni mo Hime-Miya ni mo kikoye tamahu.

 [6-8 薫、浮舟の今後を思案す]
うちとけたる御ありさま、今すこしをかしくて入りおはしたるも恥づかしけれど、もて隠す2481べくもあらで居たまへり。女の装束など、色々にきよくと思ひてし重ねたれど、すこし田舎びたることもうち混じりてぞ、昔のいと萎えばみたりし御姿の、あてになまめかしかりしのみ思ひ出でられて、
「髪の裾のをかしげさ2482などは、こまごまとあてなり。宮の御髪のいみじくめでたきにも劣るまじかりけり」
と見たまふ。かつは、
「この人をいかにもてなしてあらせむとすらむ。ただ今、ものものしげにて、かの宮に迎へ据ゑむも、音聞き便なかるべし。さりとて、これかれある列にて、おほぞうに交じらはせむは本意なからむ。しばし、ここに隠してあらむ」
と思ふも、見ずはさうざうしかるべく、あはれにおぼえたまへば、おろかならず語らひ暮らしたまふ。故宮の御ことものたまひ出でて、昔物語をかしうこまやかに言ひ戯れたまへど、ただいと2483つつましげにて、ひたみちに恥ぢたるを、さうざうしう思す。
「あやまりても、かう心もとなきはいとよし。教へつつも見てむ。田舎びたるされ心もてつけて、品々しからず、はやりかならましかば2484、形代不用ならまし」
と思ひ直したまふ。

 [6-8 薫、浮舟の今後を思案す]
くつろいでいらっしゃるご様子で、いま一段と魅力的になって入っていらっしゃったのも恥ずかしい気がするが、身を隠すわけにもいかず座っていらっしゃった。女の装束などは、色とりどりに美しくと思って襲着していたが、少し田舎風なところが混じっていて、故人がとても柔らかくなったお召し物のお姿で、上品に優美であったことばかりが思い出されたが、
「髪の裾の美しさなどは、たっぷりと上品である。宮の御髪がたいそう素晴らしかったのにも劣らないようだ」
と御覧になる。一方では、
「この人をどのように扱ったらよいのだろう。今すぐに、重々しくあの自邸に迎え入れるのも、外聞がよくないだろう。そうかといって、大勢いる女房と同列にして、いい加減に暮らさせるのは望ましくないだろう。しばらくの間は、ここに隠しておこう」
と思うのも、会わなかったら寂しくかわいそうに思われなさるので、並々ならず一日中お話なさる。故宮の御事もお話し出して、昔話を興趣深く情をこめて冗談もおっしゃるが、ただとても遠慮深そうにして、ひたすら恥ずかしがっているのを、物足りないとお思いになる。
「間違っても、このように頼りないのはとてもよい。教えながら世話をしよう。田舎風のしゃれ気があって、品が悪く、軽はずみだったならば、身代わりにならなかったろうに」
と思い直しなさる。

 [6-8 Kaoru thinks about Ukifune's furture]
 Utitoke taru ohom-arisama, ima sukosi wokasiku te iri ohasi taru mo hadukasikere do, mote-kakusu beku mo ara de wi tamahe ri. Womana no sauzoku nado, iro-iro ni kiyoku to omohi te si kasane tare do, sukosi winaka-bi taru koto mo uti-maziri te zo, mukasi no ito naye-bami tari si ohom-sugata no, ate ni namamekasikari si nomi omohi-ide rare te,
 "Kami no suso no wokasige-sa nado ha, koma-goma to ate nari. Miya no mi-gusi no imiziku medetaki ni mo otoru mazikari keri."
 to mi tamahu. Katu ha,
 "Ko no hito wo ika ni motenasi te ara se m to su ram. Tada ima, mono-monosige ni te, ka no Miya ni mukahe suwe m mo, oto-giki bin nakaru besi. Sari tote, kore kare aru tura ni te, ohozou ni maziraha se m ha ho'i nakara m. Sibasi, koko ni kakusi te ara m."
 to omohu mo, mi zu ha sau-zausikaru beku, ahare ni oboye tamahe ba, oroka nara zu katarahi kurasi tamahu. Ko-Miya no ohom-koto mo notamahi ide te, mukasi-monogatari wokasiu komayaka ni ihi tahabure tamahe do, tada ito tutumasige ni te, hitamiti ni hadi taru wo, sau-zausiu obosu.
 "Ayamari te mo, kau kokoro-motonaki ha ito yosi. Wosihe tutu mo mi te m. Winaka-bi taru sare-gokoro mote-tuke te, sina-zinasikara zu, hayarika nara masika ba, katasiro huyou nara masi."
 to omohi-nahosi tamahu.

 [6-9 薫と浮舟、琴を調べて語らう]
ここにありける琴、箏の琴召し出でて、「かかることはた、ましてえせじかし」と、口惜しければ、一人調べて、
「宮亡せたまひてのち、ここにてかかるものに、いと久しう手触れざりつかし」
と、めづらしく我ながらおぼえて、いとなつかしくまさぐりつつ眺めたまふに、月さし出でぬ。
「宮の御琴の音の、おどろおどろしくはあらで、いとをかしくあはれに弾きたまひしはや」
と思し出でて、
「昔、誰も誰もおはせし世に、ここに生ひ出でたまへらましかば、今すこしあはれはまさりなまし。親王の御ありさまは、よその人だに、あはれに恋しくこそ、思ひ出でられたまへ。などて、さる所には、年ごろ経たまひしぞ」
とのたまへば、いと恥づかしくて、白き扇をまさぐりつつ、添ひ臥したるかたはらめ、いと隈なう白うて、なまめいたる額髪の隙など、いとよく思ひ出でられてあはれなり。まいて、「かやうのこともつきなからず教へなさばや」と思して、
「これは、すこしほのめかいたまひたりや。あはれ、吾が妻といふ琴は、さりとも手ならしたまひけむ」
など問ひたまふ。
「その大和言葉だに、つきなくならひにければ、まして、これは」
と言ふ。いとかたはに心後れたりとは見えず。ここに置きて、え思ふままにも来ざらむことを思すが、今より苦しきは、なのめには思さぬなるべし。琴は押しやりて、
「楚王の台の上の夜の琴の声2485」
と誦じたまへるも、かの弓をのみ引くあたりにならひて、「いとめでたく、思ふやうなり」と、侍従も聞きゐたりけり。さるは、扇の色も心おきつべき閨のいにしへをば知らねば、ひとへにめできこゆるぞ、後れたるなめるかし。「ことこそあれ、あやしくも、言ひつるかな」と思す。
尼君の方より、くだもの参れり。箱の蓋に、紅葉、蔦など折り敷きて、ゆゑゆゑなからず取りまぜて、敷きたる紙に、ふつつかに書きたるもの、隈なき月にふと見ゆれば、目とどめたまふほどに、くだもの急ぎにぞ見えける。
「宿り木は色変はりぬる秋なれど
昔おぼえて澄める月かな」
と古めかしく書きたるを、恥づかしくもあはれにも思されて、
「里の名も昔ながらに見し人の
面変はりせる閨の月影」
わざと返り事とはなくてのたまふ、侍従なむ伝へけるとぞ。

 [6-9 薫と浮舟、琴を調べて語らう]
ここにあった琴や、箏の琴を召し出して、「このような事は、またいっそうできないだろう」と、残念なので、独りで調べて、
「宮がお亡くなりになって以後、ここでこのような物に、実に久しく手を触れなかった」
と、珍しく自分ながら思われて、たいそうやさしく弄びながら物思いに耽っていらっしゃると、月が出た。
「宮のお琴の音色が、仰々しくはなくて、とても美しくしみじみとお弾きになったなあ」
とお思い出しになって、「昔、皆が生きていらっしゃった時に、ここで大きくおなりになったら、もう一段と感慨は深かったでしょうに。親王のご様子は、他人でさえ、しみじみと恋しく思い出され申します。どうして、そのような場所に、長年いられたのですか」
とおっしゃると、とても恥ずかしくて、白い扇を弄びながら、添い臥していらっしゃる横顔は、とてもどこからどこまで色白で、優美な額髪の間などは、まことによく思い出されて感慨深い。それ以上に、「このような音楽の技芸もふさわしく教えたい」とお思いになって、
「これは、少しお弾きになったことがありますか。ああ、吾が妻という和琴は、いくらなんでもお手を触れたことがありましょう」
などとお尋ねになる。
「その和歌でさえ、聞きつけずにいましたのに、まして、和琴などは」
と言う。まったく見苦しく気がきかないようには見えない。ここに置いて、思い通りに通って来られないことをお思いになるのが、今からつらいのは、並一通りにはお思いでないのだろう。琴は押しやって、
「楚王の台の上の夜の琴の声」
と朗誦なさるのも、あの弓ばかりを引く所に住み馴れて、「とても素晴らしく、理想的である」と、侍従も聞いているのであった。一方では、扇の色も心を配らねばならない閨の故事を知らないので、一途にお誉め申し上げているのは、教養のないことである。「事もあろうに、変なことを、言ってそまったなあ」とお思いになる。
尼君のもとから、果物を差し上げた。箱の蓋に、紅葉や、蔦などを折り敷いて、風流にとりまぜて、敷いてある紙に、不器用に書いてあるものが、明るい月の光にふと見えたので、目を止めなさっていると、果物を欲しがっているように見えた。
「宿木は色が変わってしまった秋ですが
昔が思い出される澄んだ月ですね」
と古風に書いてあるのを、恥ずかしくもしみじみともお思いになって、
「里の名もわたしも昔のままですが
昔の人が面変わりしたかと思われる閨の月光です」
特に返歌というわけではなくおっしゃったのを、侍従が伝えたとか。

 [6-9 Kaoru talks with Ukifune playing koto]
 Koko ni ari keru kin, sau-no-koto mesi-ide te, "Kakaru koto hata, masite e se zi kasi." to, kutiwosikere ba, hitori sirabe te,
 "Miya use tamahi te noti, koko ni te kakaru mono ni, ito hisasiu te hure zari tu kasi."
 to, medurasiku ware nagara oboye te, ito natukasiku masaguri tutu nagame tamahu ni, tuki sasi-ide nu.
 "Miya no ohom-kin no ne no, odoro-odorosiku ha ara de, ito wokasiku ahare ni hiki tamahi si ha ya."
 to obosi-ide te,
 "Mukasi, tare mo tare mo ohase si yo ni, koko ni ohi-ide tamahe ra masika ba, ima sukosi ahare masari na masi. Miko no ohom-arisama ha, yoso no hito dani, ahare ni kohisiku koso, omohi-ide rare tamahe. Nado te, saru tokoro ni ha, tosi-goro he tamahi si zo."
 to notamahe ba, ito hadukasiku te, siroki ahugi wo masaguri tutu, sohi husi taru katahara-me, ito kuma-nau sirou te, namamei taru hitahi-gami no hima nado, ito yoku omohi-ide rare te ahare nari. Maite, "Kayau no koto mo tuki nakara zu wosihe-nasa baya!" to obosi te,
 "Kore ha, sukosi honomekai tamahi tari ya! Ahare, wa ga tuma to ihu koto ha, sari to mo te narasi tamahi kem."
 nado tohi tamahu.
 "So no yamato-kotoba dani, tuki naku narahi ni kere ba, masite, kore ha."
 to ihu. Ito kataha ni kokoro-okure tari to ha miye zu. Koko ni oki te, e omohu mama ni mo ko zara m koto wo obosu ga, ima yori kurusiki ha, nanome ni ha obosa nu naru besi. Koto ha osi-yari te,
 "So-wau no dai no uhe no yoru no kin no kowe"
 to zun-zi tamahe ru mo, ka no yumi wo nomi hiku atari ni narahi te, "Ito medetaku, omohu yau nari." to, Ziziu mo kiki wi tari keri. Saru ha, ahugi no iro mo kokoro-oki tu beki neya no inisihe wo ba sira ne ba, hitohe ni mede kikoyuru zo, okure taru na'meru kasi. "Koto koso are, ayasiku mo, ihi turu kana!" to obosu.
 Ama-Gimi no kata yori, kudamono mawire ri. Hako no huta ni, momidi, tuta nado wori-siki te, yuwe yuwe nakara zu tori-maze te, siki taru kami ni, hututuka ni kaki taru mono, kuma naki tuki ni huto miyure ba, me todome tamahu hodo ni, kudamono isogi ni zo miye keru.
 "Yadori-gi ha iro kahari nuru aki nare do
 mukasi oboye te sume ru tuki kana
"
 to hurumekasiku kaki taru wo, hadukasiku mo ahare ni mo obosa re te,
 "Sato no na mo mukasi nagara ni mi si hito no
 omo-gahari se ru neya no tuki-kage
"
 Wazato kaheri-goto to ha naku te notamahu, Ziziu nam tutahe keru to zo.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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