源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 薫と匂宮の物語 女二の宮や六の君との結婚話

2 中の君の物語 中の君の不安な思いと薫の同情

3 中の君の物語 匂宮と六の君の婚儀

4 薫の物語 中の君に同情しながら恋慕の情高まる

5 中の君の物語 中の君、薫の後見に感謝しつつも苦悩す

6 薫の物語 中の君から異母妹の浮舟の存在を聞く

7 薫の物語 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く

8 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁

9 薫の物語 宇治で浮舟に出逢う

出典
校訂

1 薫と匂宮の物語 女二の宮や六の君との結婚話

2 中の君の物語 中の君の不安な思いと薫の同情

3 中の君の物語 匂宮と六の君の婚儀

4 薫の物語 中の君に同情しながら恋慕の情高まる

5 中の君の物語 中の君、薫の後見に感謝しつつも苦悩す

6 薫の物語 中の君から異母妹の浮舟の存在を聞く

7 薫の物語 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く

8 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁

9 薫の物語 宇治で浮舟に出逢う

1 Tale of Kaoru and Nionomiya Topics for Onna-ninomiya and Rokunokimi's marriages

2 Tale of Nakanokimi Nakanokimi's uneasy future and Kaoru's sympathy to her

3 Tale of Nakanokimi Nionomi gets married to Rokunokimi

4 Tale of Kaoru Kaoru's sympathy and love to Nakanokimi

5 Tale of Nakanokimi Nakanokimi thanks for Kaoru and in agony to his kindnesses

6 Tale of Kaoru Kaoru is heard about halfsisters Ukifune by Nakanokimi

7 Tale of Kaoru Kaoru visits to Uji and hears minutery about Ukihune from Ben-no-ama

8 Tale of Kaoru Onna-ninomiya gets married to Kaoru and moves into Samjo residence
9 Tale of Kaoru Kaoru comes across to Ukifune at Uji

 1 薫と匂宮の物語 女二の宮や六の君との結婚話 [1-1 藤壷女御と女二の宮]
そのころ、藤壷と聞こゆるは、故左大臣殿の女御になむおはしける。まだ春宮と聞こえさせし時、人より先に参りたまひにしかば、睦ましくあはれなる方の御思ひは、ことにものしたまふめれど、そのしるしと見ゆるふしもなくて年経たまふに、中宮には、宮たちさへあまた、ここら大人びたまふめるに、さやうのこともすくなくて、ただ女宮一所をぞ持ちたてまつりたまへりける。
わがいと口惜しく、人におされたてまつりぬる宿世、嘆かしくおぼゆる代はりに、「この宮をだに、いかで行く末の心も慰むばかりにて見たてまつらむ」と、かしづききこえたまふことおろかならず。御容貌もいとをかしくおはすれば、帝もらうたきものに思ひきこえさせたまへり。
女一の宮を、世にたぐひなきものにかしづききこえさせたまふに、おほかたの世のおぼえこそ及ぶべうもあらね、うちうちの御ありさまは、をさをさ劣らず。父大臣の御勢ひ、厳しかりし名残、いたく衰へねば、ことに心もとなきことなどなくて、さぶらふ人びとのなり姿よりはじめ、たゆみなく、時々につけつつ、調へ好み、今めかしくゆゑゆゑしきさまにもてなしたまへり。

 1 薫と匂宮の物語 女二の宮や六の君との結婚話 [1-1 藤壷女御と女二の宮]
その当時、藤壷と申し上げた方は、故左大臣殿の女御でいらっしゃった。が、まだ東宮と申し上げあそばしたとき、誰よりも先に入内なさっていたので、親しく情け深い御愛情は、格別でいらっしゃったらしいが、その甲斐があったと見えることもなくて長年お過ぎになるうちに、中宮におかれては、宮たちまでが大勢、成長なさっているらしいのに、そのようなことも少なくて、ただ女宮をお一方お持ち申し上げていらっしゃるのだった。
自分の実に無念に、他人に圧倒され申した運命、嘆かしく思っている代わりに、「せめてこの宮だけでも、何とか将来に心も慰められるようにして差し上げたい」と、大切にお世話申し上げること並々でない。ご器量もとても美しくおいでなので、帝もかわいいとお思い申し上げあそばしていらした。
女一の宮を、世に類のないほど大切にお世話申し上げあそばすので、世間一般の評判こそ及ぶべくもないが、内々の御待遇は、少しも劣らない。父大臣のご威勢が、盛んであったころの名残が、たいして衰えてはいないので、特に心細いことなどはなくて、伺候する女房たちの服装や姿をはじめとして、気を抜くことなく、季節季節に応じて、仕立て好み、はなやかで趣味豊かにお暮らしになっていた。

 1 Tale of Kaoru and Nionomiya Topics for Onna-ninomiya and Rokunokimi's marriages [1-1 About Fujitsubo and her daughter Onna-ninomiya]
 Sono-koro, Huditubo to kikoyuru ha, ko-Sa-Daizin-dono no Nyougo ni nam ohasi keru. Mada Touguu to kikoye sase si toki, hito yori saki ni mawiri tamahi ni sika ba, mutumasiku ahare naru kata no ohom-omohi ha, koto ni monosi tamahu mere do, so no sirusi to miyuru husi mo naku te tosi he tamahu ni, Tiuguu ni ha, Miya-tati sahe amata, kokora otona-bi tamahu meru ni, sa yau no koto mo sukunaku te, tada Womna-Miya hito-tokoro wo zo moti tatematuri tamahe ri keru.
 Wa ga ito kutiwosiku, hito ni osa re tatematuri nuru sukuse, nagekasiku oboyuru kahari ni, "Ko no Miya wo dani, ikade yuku-suwe no kokoro mo nagusamu bakari ni te mi tatematura m." to, kasiduki kikoye tamahu koto oroka nara zu. Ohom-katati mo ito wokasiku ohasure ba, Mikado mo rautaki mono ni omohi kikoye sase tamahe ri.
 Womna-Iti-no-Miya wo, yo ni taguhi naki mono ni kasiduki kikoye sase tamahu ni, ohokata no yo no oboye koso oyobu beu mo ara ne, uti-uti no ohom-arisama ha, wosa-wosa otora zu. Titi Otodo no ohom-ikihohi, ikamesikari si nagori, itaku otorohe ne ba, koto ni kokoro-motonaki koto nado naku te, saburahu hito-bito no nari sugata yori hazime, tayumi naku, toki-doki ni tuke tutu, totonohe konomi, imamekasiku yuwe-yuwesiki sama ni motenasi tamahe ri.

 [1-2 藤壷女御の死去と女二の宮の将来]
十四になりたまふ年、御裳着せたてまつりたまはむとて、春よりうち始めて、異事なく思し急ぎて、何事もなべてならぬさまにと思しまうく。
いにしへより伝はりたりける宝物ども、この折にこそはと、探し出でつつ、いみじく営みたまふに、女御、夏ごろ、もののけにわづらひたまひて、いとはかなく亡せたまひぬ。言ふかひなく口惜しきことを、内裏にも思し嘆く。
心ばへ情け情けしく、なつかしきところおはしつる御方なれば、殿上人どもも、「こよなくさうざうしかるべきわざかな」と、惜しみきこゆ。おほかたさるまじき際の女官などまで、しのびきこえぬはなし。
宮は、まして若き御心地に、心細く悲しく思し入りたるを、聞こし召して、心苦しくあはれに思し召さるれば、御四十九日過ぐるままに、忍びて参らせたてまつらせ2268たまへり。日々に、渡らせたまひつつ見たてまつらせたまふ。
黒き御衣にやつれておはするさま、いとどらうたげにあてなるけしきまさりたまへり。心ざまもいとよく大人びたまひて、母女御よりも今すこしづしやかに、重りかなるところはまさりたまへるを、うしろやすくは見たてまつらせたまへど、まことには、御母方とても、後見と頼ませたまふべき、叔父などやうのはかばかしき人もなし。わづかに大蔵卿、修理大夫などいふは、女御にも異腹なりける。
ことに世のおぼえ重りかにもあらず、やむごとなからぬ人びとを頼もし人2269にておはせむに、「女は心苦しきこと多かりぬべきこそいとほしけれ」など、御心一つなるやうに思し扱ふも、やすからざりけり。

 [1-2 藤壷女御の死去と女二の宮の将来]
十四歳におなりになる年、御裳着の式をして差し上げようとして、春から準備して、余念なく御準備して、何事も普通でない様子にとお考えになる。
昔から伝わっていた宝物類、この機会にと、探し出しては探し出しては、大変な準備をなさっていらっしゃったが、女御が、夏頃に、物の怪に患いなさって、まことにあっけなくお亡くなりになってしまった。言いようもなく残念なことと、帝におかせられてもお嘆きになる。
お心も情け深く、やさしいところがおありだった御方なので、殿上人たちも、「この上なく寂しくなってしまうことだなあ」と、惜しみ申し上げる。一般の特に関係ない身分の女官などまでが、お偲び申し上げない者はいない。
宮は、それ以上に若いお気持ちとて、心細く悲しみに沈んでいらっしゃるのを、お耳にあそばして、おいたわしくかわいそうにお思いあそばすので、御四十九日忌が過ぎると、早速に人目につかぬよう参内させなさった。毎日、お渡りあそばしてお会い申し上げなさる。
黒い御喪服で質素にしていらっしゃる様子は、ますますかわいらしく上品な感じがまさっていらっしゃった。お考えもすっかり一人前におなりになって、母女御よりも少し落ち着いて、重々しいところはまさっていらっしゃるのを、危なげのないお方だと御拝見あそばすが、実質的方面では、御母方といっても、後見役をお頼みなさるはずの叔父などといったようなしっかりとした人がいない。わずかに大蔵卿、修理大夫などという人びとは、女御にとっても異母兄弟なのであった。
特に世間の声望も重くなく、高貴な身分でもない人びとを後見人にしていらっしゃるので、「女性はつらいことが多くあるだろうことがお気の毒である」などと、お一人で御心配なさっているのも、大変なことであった。

 [1-2 Fujitsubo's death and her daughter's future]
 Zihu-si ni nari tamahu tosi, ohom-mo kise tatematuri tamaha m tote, haru yori uti-hazime te, koto-koto naku obosi isogi te, nani-goto mo nabete nara nu sama ni to obosi mauku.
 Inisihe yori tutahari tari keru takara-mono-domo, ko no wori ni koso ha to, sagasi-ide tutu, imiziku itonami tamahu ni, Nyougo, natu-goro, mononoke ni wadurahi tamahi te, ito hakanaku use tamahi nu. Ihu-kahi naku kutiwosiki koto wo, Uti ni mo obosi nageku.
 Kokoro-bahe nasake-nasakesiku, natukasiki tokoro ohasi turu ohom-kata nare ba, Tenzyau-bito-domo mo, "Koyonaku sau-zausikaru beki waza kana!" to, wosimi kikoyu. Ohokata saru-maziki kiha no Nyoukwan nado made, sinobi kikoye nu ha nasi.
 Miya ha, masite wakaki mi-kokoti ni, kokoro-bosoku kanasiku obosi-iri taru wo, kikosimesi te, kokoro-gurusiku ahare ni obosimesa rure ba, ohom-sizihu-ku niti suguru mama ni, sinobi te mawira se tatematura se tamahe ri. Hi-bi ni, watara se tamahi tutu mi tatematura se tamahu.
 Kuroki ohom-zo ni yature te ohasuru sama, itodo rautage ni ate naru kesiki masari tamahe ri. Kokoro-zama mo ito yoku otona-bi tamahi te, haha-Nyougo yori mo ima sukosi dusiyaka ni, omorika naru tokoro ha masari tamahe ru wo, usiro-yasuku ha mi tatematura se tamahe do, makoto ni ha, ohom-haha-kata tote mo, usiro-mi to tanoma se tamahu beki, wodi nado yau no haka-bakasiki hito mo nasi. Waduka ni Ohokura-Kyau, Suri-no-Kami nado ihu ha, Nyougo ni mo koto-bara nari keru.
 Koto ni yo no oboye omorika ni mo ara zu, yamgotonakara nu hito-bito wo tanomosi-bito ni te ohase m ni, "Womna ha kokoro-gurusiki koto ohokari nu beki koso itohosikere." nado, mi-kokoro hitotu naru yau ni obosi atukahu mo, yasukara zari keri.

 [1-3 帝、女二の宮を薫に降嫁させようと考える]
御前の菊移ろひ果てて盛りなるころ、空のけしきのあはれにうちしぐるるにも、まづこの御方に渡らせたまひて、昔のことなど聞こえさせたまふに、御いらへなども、おほどかなるものから、いはけなからずうち聞こえさせたまふを、うつくしく思ひきこえさせたまふ。
かやうなる御さまを見知りぬべからむ人の、もてはやしきこえむも、などかはあらむ、朱雀院の姫宮を、六条の院に譲りきこえたまひし折の定めどもなど、思し召し出づるに、
「しばしは、いでや、飽かずもあるかな。さらでもおはしなまし、と聞こゆることどもありしかど、源中納言の、人よりことなるありさまにて、かくよろづを後見たてまつるにこそ、そのかみの御おぼえ衰へず、やむごとなきさまにてはながらへたまふめれ。さらずは、御心より外なる事どもも出で来て、おのづから人に軽められたまふこともやあらまし」
など思し続けて、「ともかくも、御覧ずる世にや思ひ定めまし」と思し寄るには、やがて、そのついでのままに、この中納言より他に、よろしかるべき人、またなかりけり。
「宮たちの御かたはらにさし並べたらむに、何事もめざましくはあらじを。もとより思ふ人持たりて、聞きにくきことうちまずまじくはた、あめるを、つひにはさやうのことなくてしもえあらじ。さらぬ先に、さもやほのめかしてまし」
など、折々思し召しけり。

 [1-3 帝、女二の宮を薫に降嫁させようと考える]
お庭先の菊がすっかり変色して盛んなころ、空模様が胸打つようにちょっと時雨するにつけても、まずこの御方にお渡りあそばして、故人のことなどをお話し申し上げあそばすと、お返事なども、おっとりしたものの、幼くはなく少しお答え申し上げるなさるのを、かわいらしいとお思い申し上げあそばす。
このようなご様子が分かるような人が、慈しみ申し上げるというのも、何の不都合があろうかと、朱雀院の姫宮を、六条院にお譲り申し上げなさった時の御評定などをお思い出しあそばすと、
「暫くの間は、どんなものかしら、物足りないことだ。降嫁などなさらなくてもよかったろうに、と申し上げる意見もあったが、源中納言が、誰よりも孝養ある様子で、いろいろとご後見申し上げているから、その当時のご威勢も衰えず、高貴な身分の生活でいらっしゃるのだ。そうでなかったら、ご心外なことがらが出てきて、自然と人から軽んじられなさることもあったろうに」
などと、お思い続けて、「いずれにせよ、在位中に決定しようかしら」とお考えになると、そのまま、順序に従って、この中納言より他に、適当な人は、またいないのであった。
「宮たちの伴侶となったとして、何につけても目障りなことはあるまいよ。もともと心寄せる人があっても、聞き苦しい噂は聞くこともなさそうだし、また、もしいても、結局は結婚しないこともあるまい。本妻を持つ前に、それとなく当たってみよう」
などと、時々お考えになっているのであった。

 [1-3 Mikado considers and gives her daughter in marriage to Kaoru]
 O-mahe no kiku uturohi hate te sakari naru koro, sora no kesiki no ahare ni uti-sigururu ni mo, madu ko no ohom-kata ni watara se tamahi te, mukasi no koto nado kikoye sase tamahu ni, ohom-irahe nado mo, ohodoka naru mono-kara, ihakenakara zu uti-kikoye sase tamahu wo, utukusiku omohi kikoye sase tamahu.
 Kayau naru ohom-sama wo mi-siri nu bekara m hito no, motehayasi kikoye m mo, nado ka ha ara m, Suzaku-Win no Hime-Miya wo, Rokudeu-no-Win ni yuduri kikoye tamahi si wori no sadame-domo nado, obosimesi iduru ni,
 "Sibasi ha, ide ya, aka zu mo aru kana! Sarade mo ohasi na masi, to kikoyuru koto-domo ari sika do, Gwen-Tiunagon no, hito yori koto naru arisama ni te, kaku yorodu wo usiromi tatematuru ni koso, sono-kami no ohom-oboye otorohe zu, yamgotonaki sama ni te ha nagarahe tamahu mere. Sara zu ha, mi-kokoro yori hoka naru koto-domo mo ide-ki te, onodukara hito ni karume rare tamahu koto mo ya ara masi."
 nado obosi tuduke te, "Tomo-kaku-mo, go-ran-zuru yo ni ya omohi sadame masi." to obosi-yoru ni ha, yagate, so no tuide no mama ni, ko no Tiunagon yori hoka ni, yorosikaru beki hito, mata nakari keri.
 "Miya-tati no ohom-katahara ni sasi-narabe tara m ni, nani-goto mo mezamasiku ha ara zi wo. Moto yori omohu hito mo'tari te, kiki-nikuki koto uti-mazu maziku hata, a'meru wo, tuhi ni ha sayau no koto naku te si mo e ara zi. Sara nu saki ni, sa mo ya honomekasi te masi."
 nado, wori-wori obosimesi keri.

 [1-4 帝、女二の宮や薫と碁を打つ]
御碁など打たせたまふ。暮れゆくままに、時雨をかしきほどに、花の色も夕映えしたるを御覧じて、人2270召して、
「ただ今、殿上には誰れ誰れか」
と問はせたまふに、
「中務親王、上野親王、中納言源朝臣さぶらふ」
と奏す。
「中納言朝臣こなたへ」
と仰せ言ありて参りたまへり。げに、かく取り分きて召し出づるもかひありて、遠くより薫れる匂ひよりはじめ、人に異なるさましたまへり。
「今日の時雨、常よりことにのどかなるを、遊びなどすさまじき方にて、いとつれづれなるを、いたづらに日を送る戯れ2271にて、これなむよかるべき」
とて、碁盤召し出でて、御碁の敵に召し寄す。いつもかやうに、気近くならしまつはしたまふにならひにたれば、「さにこそは」と思ふに、
「好き賭物はありぬべけれど、軽々しくはえ渡すまじきを、何をかは」
などのたまはする御けしき、いかが見ゆらむ、いとど心づかひしてさぶらひたまふ。
さて、打たせたまふに、三番に数2272一つ負けさせたまひぬ。
「ねたきわざかな」とて、「まづ、今日は、この花一枝許す2273」
とのたまはすれば、御いらへ聞こえさせで、下りておもしろき枝を折りて参りたまへり。
「世の常の垣根に匂ふ花ならば
心のままに折りて見ましを」
と奏したまへる、用意あさからず見ゆ。
「霜にあへず枯れにし園の菊なれど
残りの色はあせずもあるかな」
とのたまはす。
かやうに、折々ほのめかさせたまふ御けしきを、人伝てならず承りながら、例の心の癖なれば、急がしくしもおぼえず。
「いでや、本意にもあらず。さまざまにいとほしき人びとの御ことどもをも、よく聞き過ぐしつつ年経ぬるを、今さらに聖のものの、世に帰り出でむ心地すべきこと」
と思ふも、かつはあやしや。
「ことさらに心を尽くす人だにこそあなれ」とは思ひながら、「后腹におはせば2274しも」とおぼゆる心の内ぞ、あまりおほけなかりける。

 [1-4 帝、女二の宮や薫と碁を打つ]
御碁などをお打ちあそばす。暮れて行くにしたがって、時雨が趣きあって、花の色も夕日に映えて美しいのを御覧になって、人を召して、
「ただ今、殿上間には誰々がいるか」
とお問いあそばすと、
「中務親王、上野親王、中納言源朝臣が伺候しております」
と奏上する。
「中納言の朝臣こちらへ」
と仰せ言があって参上なさった。なるほど、このように特別に召し出すかいもあって、遠くから薫ってくる匂いをはじめとして、人と違った様子をしていらっしゃった。
「今日の時雨は、いつもより格別にのんびりとしているが、音楽などは具合が悪い所なので、まことに所在ないが、何となく日を送る遊び事として、これがよいだろう」
と仰せになって、碁盤を召し出して、御碁の相手に召し寄せる。いつもこのように、お身近に親しくお召しになるのが習慣になっているので、「今日もそうだろう」と思うと、
「ちょうどよい賭物はありそうだが、軽々しくは与えることができないので、何がよかろう」
などと仰せになるご様子は、どのように見えたのであろう、ますます緊張して控えていらっしゃる。
そうして、お打ちあそばすうちに、三番勝負に一つお負け越しあそばした。
「悔しいことだ」とおっしゃって、「まず、今日は、この花一枝を許す」
と仰せになったので、お返事を申し上げずに、降りて美しい枝を手折って持って昇がった。
「世間一般の家の垣根に咲いている花ならば
思いのままに手折って賞美すことができましょうものを」
と奏上なさる、心づかいは浅くなく見える。
「霜に堪えかねて枯れてしまった園の菊であるが
残りの色は褪せていないな」
と仰せになる。
このように、ときどき結婚をおほのめかしあそばす御様子を、人伝てでなく承りながら、例の性癖なので、急ごうとは思わない。
「いや、本意ではない。いろいろと心苦しい人びとのご縁談を、うまく聞き流して年を過ごしてきたのに、今さら出家僧が、還俗したような気がするだろう」
と思うのも、また妙なものだ。
「特別に恋い焦がれている人さえあるというのに」とは思う一方で、「后腹の姫宮でいらっしゃったら」と思う心の中は、あまりに大それた考えであった。

 [1-4 Mikado plays go with his daughter and Kaoru]
 Ohom-go nado uta se tamahu. Kure-yuku mama ni, sigure wokasiki hodo ni hana no iro mo yuhu-baye si taru wo go-ran-zi te, hito mesi te,
 "Tada-ima, Tenzyau ni ha tare-tare ka?"
 to toha se tamahu ni,
 "Nakatukasa-no-Miko, Kamduke-no-Miko, Tiunagon Minamoto-no-Asom saburahu."
 to sou-su.
 "Tiunagon-no-Asom konata he."
 to ohose-goto ari te mawiri tamahe ri. Geni, kaku tori-waki te mesi-iduru mo kahi ari te, tohoku yori kawore ru nihohi yori hazime, hito ni koto naru sama si tamahe ri.
 "Kehu no sigure, tune yori koto ni nodoka naru wo, asobi nado susamaziki kata ni te, ito ture-dure naru wo, itadura ni hi wo okuru tahabure ni te, kore nam yokaru beki."
 tote, go-ban mesi-ide te, ohom-go no kataki ni mesi-yosu. Itumo kayau ni, ke-dikaku narasi matuhasi tamahu ni narahi ni tare ba, "Sa ni koso ha." to omohu ni,
 "Yoki nori-mono ha ari nu bekere do, karu-garusiku ha e watasu maziki wo, nani ka ha."
 nado notamahasuru mi-kesiki, ikaga miyu ram, itodo kokoro-dukahi si te saburahi tamahu.
 Sate, uta se tamahu ni, sam-ban ni kazu hitotu make sase tamahi nu.
 "Netaki waza kana!" tote, "Madu, kehu ha, ko no hana hito-eda yurusu."
 to notamahasure ba, ohom-irahe kikoye sase de, ori te omosiroki eda wo wori te mawiri tamahe ri.
 "Yo no tune no kakine ni nihohu hana nara ba
 kokoro no mama ni wori te mi masi wo
"
 to sou-si tamahe ru, youi asakara zu miyu.
 "Simo ni ahe zu kare ni si sono no kiku nare do
 nokori no iro ha ase zu mo aru kana
"
 to notamahasu.
 Kayau ni, wori-wori honomekasa se tamahu mi-kesiki wo, hito-dute nara zu uketamahari nagara, rei no kokoro no kuse nare ba, isogasiku mo oboye zu.
 "Ide ya, ho'i ni mo ara zu. Sama-zama ni itohosiki hito-bito no ohom-koto-domo wo mo, yoku kiki-sugusi tutu tosi he nuru wo, ima-sara ni hiziri no mono no, yo ni kaheri ide m kokoti su beki koto."
 to omohu mo, katu ha ayasi ya!
 "Kotosara ni kokoro wo tukusu hito dani koso a'nare." to ha omohi nagara, "Kisaki-bara ni ohase ba si mo." to oboyuru kokoro no uti zo, amari ohokenakari keru.

 [1-5 夕霧、匂宮を六の君の婿にと願う]
かかることを、右の大殿2275ほの聞きたまひて、
「六の君は、さりともこの君にこそは。しぶしぶなりとも、まめやかに恨み寄らば、つひには、えいなび果てじ」
と思しつるを、「思ひの外のこと出で来ぬべかなり」と、ねたく思されければ、兵部卿宮はた、わざとにはあらねど、折々につけつつ、をかしきさまに聞こえたまふことなど絶えざりければ、
「さはれ、なほざりの好きにはありとも、さるべきにて、御心とまるやうもなどかなからむ。水漏るまじく2276思ひ定めむとても、なほなほしき際に下らむはた、いと人悪ろく、飽かぬ心地すべし」
など思しなりにたり。
「女子うしろめたげなる世の末にて、帝だに婿求めたまふ世に、まして、ただ人の盛り過ぎむもあいなし」
など、誹らはしげにのたまひて、中宮をもまめやかに恨み申したまふこと、たび重なれば、聞こし召しわづらひて、
「いとほしく、かくおほなおほな思ひ2277心ざして年経たまひぬるを、あやにくに逃れきこえたまはむも、情けなきやうならむ。親王たちは、御後見からこそ、ともかくもあれ。
主上の、御代も末になり行くとのみ思しのたまふめるを、ただ人こそ、ひと事に定まりぬれば、また心を分けむことも難げなめれ。それだに、かの大臣のまめだちながら、こなたかなた羨みなくもてなしてものしたまはずやはある。まして、これは、思ひおきてきこゆることも叶はば、あまたもさぶらはむになどかあらむ」
など、例ならず2278言続けて、あるべかしく聞こえさせたまふを、
「わが御心にも、もとよりもて離れて、はた、思さぬことなれば、あながちには、などてかはあるまじきさまにも聞こえさせたまはむ。ただ、いとことうるはしげなるあたりにとり籠められて、心やすくならひたまへるありさまの所狭からむことを、なま苦しく思すにもの憂きなれど、げに、この大臣に、あまり怨ぜられ果てむもあいなからむ」
など、やうやう思し弱りにたるべし。あだなる御心なれば、かの按察使大納言の、紅梅の御方をも、なほ思し絶えず、花紅葉につけてもののたまひわたりつつ、いづれをもゆかしくは思しけり。されど、その年は変はりぬ。

 [1-5 夕霧、匂宮を六の君の婿にと願う]
このようなことを、右大殿がちらっとお聞きになって、
「六の君は、そうはいってもこの君にこそ縁づけたいものだ。しぶしぶであっても、一生懸命に頼みこめば、結局は、断ることはできまい」
とお思いになったが、「意外なことが出てきたようだ」と、悔しくお思いになったので、兵部卿宮が、わざわざではないが、何かの時にそれに応じて、風流なお手紙を差し上げなさることが続いているので、
「ままよ、いい加減な浮気心であっても、何かの縁で、お心が止まるようなことがどうしてないことがあろうか。水も漏らさない男性を思い定めていても、並の身分の男に縁づけるのは、また体裁が悪く、不満な気がするだろう」
などとお考えになっていた。
「女の子が心配に思われる末世なので、帝でさえ婿をお探しになる世で、まして、臣下の娘が盛りを過ぎては困ったものだ」
などと、陰口を申すようにおっしゃって、中宮をも本気になってお恨み申し上げなさることが、度重なったので、お聞きあそばしになり困って、
「お気の毒にも、このように一生懸命にお思いなさってから何年にもおなりになったので、不義理なまでにお断り申し上げなさるのも、薄情なようでしょう。親王たちは、ご後見によって、ともかくもなるものです。
主上が、御在位も終わりに近いとばかりお思いになりおっしゃっていますようなので、臣下の者は、本妻がお決まりになると、他に心を分けることは難しいようです。それでさえ、あの大臣が誠実に、こちらの本妻とあちらの宮とに恨まれないように待遇していらっしゃるではありませんか。まして、あなたは、お考え申していることが叶ったら、大勢伺候させても構わないのですよ」
などと、いつもと違って言葉数多く話して、道理をお説き申し上げなさるのを、
「ご自身でも、もともとまったく嫌とは、お思いにならないことなので、無理やりに、どうしてとんでもないこととお思い申し上げなさろう。ただ、万事格式ばった邸に閉じ籠められて、自由気ままになさっていらした状態が窮屈になることを、何となく苦しくお思いになるのが嫌なのだが、なるほど、この大臣から、あまり恨まれてしまうのも困ったことだろう」
などと、だんだんお弱りになったのであろう。浮気なお心癖なので、あの按察大納言の、紅梅の御方をも、依然としてお思い捨てにならず、花や紅葉につけてはお歌をお贈りなさって、どちらの方にもご関心がおありであった。けれども、その年は過ぎた。

 [1-5 Yugiri desires Nionomiya to get married to his daughter Rokunokimi]
 Kakaru koto wo, Migi-no-Ohoidono hono-kiki tamahi te,
 "Roku-no-Kimi ha, sari to mo ko no Kimi ni koso ha. Sibu-sibu nari to mo, mameyaka ni urami yora ba, tuhi ni ha, e inabi hate zi."
 to obosi turu wo, "Omohi no hoka no koto ide ki nu beka' nari." to, netaku obosa re kere ba, Hyaubukyau-no-Miya hata, waza to ni ha ara ne do, wori-wori ni tuke tutu, wokasiki sama ni kikoye tamahu koto nado taye zari kere ba,
 "Sahare, nahozari no suki ni ha ari to mo, saru beki ni te, mi-kokoro tomaru yau mo nado ka nakara m. Midu moru maziku omohi-sadame m tote mo, naho-nahosiki kiha ni kudara m hata, ito hito-waroku, aka nu kokoti su besi."
 nado obosi nari ni tari.
 "Womna-go usirometage naru yo no suwe ni te, Mikado dani muko motome tamahu yo ni, masite, tada-udo no sakari sugi m mo aimasi."
 nado, sosirahasige ni notamahi te, Tiuguu wo mo mameyaka ni urami mausi tamahu koto, tabi-kasanare ba, kikosimesi wadurahi te,
 "Itohosiku, kaku ohona-ohona omohi kokorozasi te tosi he tamahi nuru wo, ayaniku ni nogare kikoye tamaha m mo, nasakenaki yau nara m. Miko-tati ha, ohom-usiromi kara koso, tomo-kaku-mo are.
 Uhe no, mi-yo mo suwe ni nari yuku to nomi obosi notamahu meru wo, tada-udo koso, hito-koto ni sadamari nure ba, mata kokoro wo wake m koto mo katage na'mere. Sore dani, ka no Otodo no mame-dati nagara, konata kanata urayami naku motenasi te monosi tamaha zu ya ha aru. Masite, kore ha, omohi-oki te kikoyuru koto mo kanaha ba, amata mo saburaha m ni nado ka ara m?"
 nado, rei nara zu koto tuduke te, aru bekasiku kikoye sase tamahu wo,
 "Wa ga mi-kokoro ni mo, motoyori mote hanare te, hata, obosa nu koto nare ba, anagati ni ha, nado-te ka ha aru maziki sama ni mo kikoye sase tamaha m. Tada, ito koto uruhasige naru atari ni tori-kome rare te, kokoro-yasuku narahi tamahe ru arisama no tokoro-sekara m koto wo, nama-kurusiku obosu ni mono-uki nare do, geni, ko no Otodo ni, amari wen-ze rare hate m mo ainakara m."
 nado, yau-yau obosi yowari ni taru besi. Ada naru mi-kokoro nare ba, ka no Azeti-no-Dainagon no, Koubai-no-Ohomkata wo mo, naho obosi taye zu, hana momidi ni tuke te mono notamahi watari tutu, idure wo mo yukasiku ha obosi keri. Saredo, so no tosi ha kahari nu.

 2 中の君の物語 中の君の不安な思いと薫の同情 [2-1 匂宮の婚約と中の君の不安な心境]
女二の宮も、御服果てぬれば、「いとど何事にか憚りたまはむ。さも聞こえ出でば」と思し召したる御けしきなど、告げきこゆる人びともあるを、「あまり知らず顔ならむも、ひがひがしうなめげなり」と思し起こして、ほのめかしまゐらせたまふ折々もあるに、「はしたなきやうは、などてかはあらむ。そのほどに思し定めたなり」と伝てにも聞く、みづから御けしきをも見れど、心の内には、なほ飽かず過ぎたまひにし人の悲しさのみ、忘るべき世なくおぼゆれば、「うたて、かく契り深くものしたまひける人の、などてかは、さすがに疎くては過ぎにけむ」と心得がたく思ひ出でらる。
「口惜しき品なりとも、かの御ありさまにすこしもおぼえたらむ人は、心もとまりなむかし。昔ありけむ香の煙につけてだに、今一度見たてまつるものにもがな」とのみおぼえて、やむごとなき方ざまに、いつしかなど急ぐ心もなし。
 右の大殿2279には急ぎたちて、「八月ばかりに」と聞こえたまひけり。二条院の対の御方には、聞きたまふに、
「さればよ。いかでかは、数ならぬありさまなめれば、かならず人笑へに憂きこと出で来むものぞ、とは思ふ思ふ2280過ごしつる世ぞかし。あだなる御心と聞きわたりしを、頼もしげなく思ひながら、目に近くては、ことにつらげなること見えず、あはれに深き契りをのみしたまへるを、にはかに変はりたまはむほど、いかがはやすき心地はすべからむ。ただ人の仲らひなどのやうに、いとしも名残なくなどはあらずとも、いかにやすげなきこと多からむ。なほ、いと憂き身なめれば、つひには、山住みに帰るべきなめり」
と思すにも、「やがて跡絶えなましよりは、山賤の待ち思はむも人笑へなりかし。返す返すも、宮ののたまひおきしことに違ひて、草のもとを離れにける心軽さ」を、恥づかしくもつらくも思ひ知りたまふ。
「故姫君の、いとしどけなげに、ものはかなきさまにのみ、何事も思しのたまひしかど、心の底のづしやかなるところは、こよなくもおはしけるかな。中納言の君の、今に忘るべき世なく嘆きわたりたまふめれど、もし世におはせましかば、またかやうに思すことはありもやせまし。
それを、いと深く、いかでさはあらじ、と思ひ入りたまひて、とざまかうざまに、もて離れむことを思して、容貌をも変へてむとしたまひしぞかし。かならずさるさまにてぞおはせまし。
今思ふに、いかに重りかなる御心おきてならまし。亡き御影どもも、我をばいかにこよなきあはつけさと見たまふらむ」
と恥づかしく悲しく思せど、「何かは、かひなきものから、かかるけしきをも見えたてまつらむ」と忍び返して、聞きも入れぬさまにて過ぐしたまふ。

 2 中の君の物語 中の君の不安な思いと薫の同情 [2-1 匂宮の婚約と中の君の不安な心境]
女二の宮も、御服喪が終わったので、「ますます何事を遠慮なさろう。そのようにお願い申し出るならば」とお考えあそばしている御様子などを、お告げ申し上げる人びともいるが、「あまり知らない顔をしているのもひねくれているようで悪いことだ」などとご決心して、結婚をほのめかし申しあそばす時々があるので、「体裁悪いようには、どうしてあしらうことがあろうか。婚儀を何日にとお定めになった」と伝え聞く、自分自身でも御内意を承ったが、心の中では、やはり惜しくも亡くなっ方の悲しみばかりが、忘れる時もなく思われるので、「嫌な、このような宿縁が深くおありであった方が、どうしてか、それでもやはり他人のまま亡くなってしまったのか」と理解しがたく思い出される。
「卑しい身分であるとも、あのご様子に少しでも似ているような人なら、きっと心も引かれるだろう。昔あったという反魂香の煙によってでも、もう一度お会いしたものだな」とばかり思われて、高貴な方と、早く婚儀を上げたいなどと急ぐ気もしない。
右大殿ではお急ぎになって、「八月頃に」と申し上げなさったのであった。二条院の対の御方では、お聞きになると、
「やはりそうであったか。どうしてか、一人前でもない様子のようなので、必ず物笑いになる嫌な事が出て来るだろうことは、思いながら過ごしてきたことだ。浮気なお心癖とずっと聞いていたが、頼りがいなく思いながらも、面と向かっては、特につらそうなことも見えず、愛情深い約束ばかりなさっていらっしゃるので、急にお変わりになるのは、どうして平気でいられようか。臣下の夫婦仲のように、すっかり縁が切れてしまうことなどはなくても、どんなにか安からぬことが多いだろう。やはり、まことに情けない身の上のようなので、結局は、山里へ帰ったほうがよいようだ」
とお思いになるにつけても、「このまま姿を隠すよりは、山里の人が待ち迎え思うことも物笑いになる。返す返すも、父宮が遺言なさっていたことに背いて、山荘を出てしまった軽率さ」を、恥ずかしくもつらくもお思い知りになる。
「亡き姉君が、たいそうとりとめもなく、頼りなさそうにばかり、何事もお考えになりおっしゃっていたが、心の底が慎重であったところは、この上なくいらしたことだ。中納言の君が、今でも忘れることなくお悲しみになっていらっしゃるようだが、もし生きていらっしゃったら、またこのようにお悩みになることがあったかも知れない。
それを、たいそう深く、どうしてそんなことはあるまい、と深くお思いになって、あれやこれやと、離れることをお考えになって、出家してしまいたいとなさったのだ。きっとそうなさったにちがいないだろう。
今思うと、どんなに重々しいお考えだったことだろう。亡き父宮や姉君も、わたしをどんなにかこの上ない軽率者と御覧になることだろう」
と恥ずかしく悲しくお思いになるが、「どうしても、仕方のないことだから、このような様子をお見せ申し上げようか」と我慢して、聞かないふりをしてお過ごしになる。

 2 Tale of Nakanokimi Nakanokimi's uneasy future and Kaoru's sympathy to her [2-1 Nionomiya's engagement to Rokunokimi and Nakanokimi's uneasy mind]
 Womna-Ni-no-Miya mo, ohom-buku hate nure ba, "Itodo nani-goto ni ka habakari tamaha m? Sa mo kikoye ide ba." to obosimesi taru mi-kesiki nado, tuge kikoyuru hito-bito mo aru wo, "Amari sira-zu-gaho nara m mo, higa-higasiu namege nari." to obosi-okosi te, honomekasi mawirase tamahu wori-wori mo aru ni, "Hasitanaki yau ha, nado-te ka ha ara m? So no hodo ni obosi sadame ta'nari." to tute ni mo kiku, midukara mi-kesiki wo mo mire do, kokoro no uti ni ha, naho aka zu sugi tamahi ni si hito no kanasisa nomi, wasuru beki yo naku oboyure ba, "Utate, kaku tigiri hukaku monosi tamahi keru hito no, nadote ka ha, sasuga ni utoku te ha sugi ni kem." to kokoro-e gataku omohi-ide raru.
 "Kutiwosiki sina nari to mo, ka no ohom-arisama ni sukosi mo oboye tara m hito ha, kokoro mo tomari na m kasi. Mukasi ari kem kau no keburi ni tuke te dani, ima hito-tabi mi tatematuru mono ni mo gana!" to nomi oboye te, yamgotonaki kata zama ni, itusika nado isogu kokoro mo nasi.
 Migi-no-Ohoidono ni ha isogi tati te, "Hati-gwati bakari ni." to kikoye tamahi keri. Nideu-no-win no Tai-no-Ohomkata ni ha, kiki tamahu ni,
 "Sareba yo! Ikade ka ha, kazu nara nu arisama na'mere ba, kanarazu hito-warahe ni uki koto ide ko m mono zo, to ha omohu omohu sugosi turuyo zo kasi. Ada naru mi-kokoro to kiki watari si wo, tanomosige naku omohi nagara, me ni tikaku te ha, koto ni turage naru koto miye zu, ahare ni hukaki tigiri wo nomi si tamahe ru wo, nihaka ni kahari tamaha m hodo, ikaga ha yasuki kokoti ha su bekara m. Tada-udo no nakarahi nado no yau ni, ito si mo nagori naku nado ha ara zu to mo, ika ni yasuge naki koto ohokara m. Naho, ito uki mi na'mere ba, tuhi ni ha, yama-zumi ni kaheru beki na'meri."
 to obosu ni mo, "Yagate ato taye na masi yori ha, yamagatu no mati omoha m mo hito-warahe nari kasi. Kahesu-gahesu mo, Miya no notamahi-oki si koto ni tagahi te, kusa no moto wo kare ni keru kokoro-karusa." wo, hadukasiku mo turaku mo omohi-siri tamahu.
 "Ko-Hime-Gimi no, ito sidokenage ni, mono-hakanaki sama ni nomi, nani-goto mo obosi notamahi sika do, kokoro no soko no dusiyaka naru tokoro ha, koyonaku mo ohasikeru kana! Tiunagon-no-Kimi no, ima ni wasuru beki yo naku nageki watari tamahu mere do, mosi yo ni ohase masika ba, mata kayau ni obosu koto ha ari mo ya se masi.
 Sore wo, ito hukaku, ikade sa ha ara zi, to omohi-iri tamahi te, to-zama kau-zama ni, mote-hanare m koto wo obosi te, katati wo mo kahe te m to si tamahi si zo kasi. Kanarazu saru sama ni te zo ohase masi.
 Ima omohu ni, ika ni omorika naru mi-kokoro-okite nara masi. Naki ohom-kage-domo mo, ware wo ba ika ni koyonaki ahatukesa to mi tamahu ram."
 to hadukasiku kanasiku obose do, "Nani ka ha, kahi naki mono-kara, kakaru kesiki wo mo miye tatematura m." to sinobi kahesi te, kiki mo ire nu sama ni te sugusi tamahu.

 [2-2 中の君、匂宮の子を懐妊]
宮は、常よりもあはれになつかしく、起き臥し語らひ契りつつ、この世のみならず、長きことをのみぞ頼みきこえたまふ。
さるは、この五月ばかりより、例ならぬさまに悩ましくしたまふこともありけり。こちたく苦しがりなどはしたまはねど、常よりももの参ることいとどなく、臥してのみおはするを、まださやうなる人のありさま、よくも見知りたまはねば、「ただ暑きころなれば、かくおはするなめり」とぞ思したる。
さすがにあやしと思しとがむることもありて、「もし、いかなるぞ。さる人こそ、かやうには悩むなれ」など、のたまふ折もあれど、いと恥づかしくしたまひて、さりげなくのみもてなしたまへるを、さし過ぎ聞こえ出づる人もなければ、たしかにもえ知りたまはず。
八月になりぬれば、その日など、他よりぞ伝へ聞きたまふ。宮は、隔てむとにはあらねど、言ひ出でむほど心苦しくいとほしく思されて、さものたまはぬを、女君は、それさへ心憂くおぼえたまふ。忍びたることにもあらず、世の中なべて知りたることを、そのほどなどだにのたまはぬことと、いかが恨めしからざらむ。
かく渡りたまひにし後は、ことなることなければ、内裏に参りたまひても、夜泊ることはことにしたまはず、ここかしこの御夜離れなどもなかりつるを、にはかにいかに思ひたまはむと、心苦しき紛らはしに、このころは、時々御宿直とて参りなどしたまひつつ、かねてよりならはしきこえたまふをも、ただつらき方にのみぞ思ひおかれたまふべき。

 [2-2 中の君、匂宮の子を懐妊]
宮は、いつもよりしみじみとやさしく、起きても臥せっても語らいながら、この世だけでなく、長い将来のことをお約束申し上げなさる。
一方では、今年の五月頃から、普段と違ってお苦しみになることがあるのだった。ひどくお苦しみにはならないが、いつもより食事を上がることことがますますなく、臥せってばかりいらっしゃるので、まだそのような人の様子を、よくご存知ないので、「ただ暑いころなので、こうしていらっしゃるのだろう」とお思いになっていた。
そうはいっても変だとお気づきになることがあって、「もしや、なにしたのではないか。そうした人はこのように苦しむというが」などと、おっしゃる時もあるが、とても恥ずかしがりなさって、さりげなくばかり振る舞っていらっしゃるのを、差し出て申し上げる女房もいないので、はっきりとはご存知になれない。
八月になったので、何日などと、外からお伝え聞きになる。宮は、隠しだてをしようというのではないのだが、言い出すことがお気の毒でおいたわしくお思いになって、そうとおっしゃらないのを、女君は、それさえつらくお思いになる。隠れたことでもなく、世間の人がみな知っていることを、何日などとさえおっしゃらないことだと思うと、どんなにか恨めしくないことがあろうか。
このようにお移りになってから後は、特別の事がないと、宮中に参内なさっても、夜泊まることは特になさらず、あちらこちらに外泊することなどもなかったが、急にどのようにお悲しみだろうと、お気の毒なことにしないために、最近は、時々御宿直といって参内などなさっては、前もって独り寝をお馴らし申し上げなさるのをも、ただつらいことにばかりお思いになるのだろう。

 [2-2 Nakanokimi gets pregnant Nionomiya's baby]
 Miya ha, tune yori mo ahare ni natukasiku, oki-husi katarahi tigiri tutu, ko no yo nomi nara zu, nagaki koto wo nomi zo tanomi kikoye tamahu.
 Saru ha, ko no Satuki bakari yori, rei nara nu sama ni nayamasiku si tamahu koto mo ari keri. Kotitaku kurusigari nado ha si tamaha ne do, tune yori mo mono mawiru koto itodo naku, husi te nomi ohasuru wo, mada sayau naru hito no arisama, yoku mo mi-siri tamaha ne ba, "Tada atuki koro nare ba, kaku ohasuru na'meri." to zo obosi taru.
 Sasuga ni ayasi to obosi togamuru koto mo ari te, "Mosi, ikanaru zo. Saru hito koso, kayau ni ha nayamu nare." nado, notamahu wori mo are do, ito hadukasiku si tamahi te, sarigenaku nomi motenasi tamahe ru wo, sasi-sugi kikoye iduru hito mo nakere ba, tasika ni mo e siri tamaha zu.
 Hati-gwati ni nari nure ba, so no hi nado, hoka yori zo tutahe kiki tamahu. Miya ha, hedate m koto ni ha ara ne do, ihi-ide m hodo kokoro-kurusiku itohosiku obosa re te, sa mo notamaha nu wo, Womna-Gimi ha, sore sahe kokoro-uku oboye tamahu. Sinobi taru koto ni mo ara zu, yononaka nabete siri taru koto wo, so no hodo nado dani notamaha nu koto to, ikaga uramesi kara zara m.
 Kaku watari tamahi ni si noti ha, koto naru koto nakere ba, Uti ni mawiri tamahi te mo, yoru tomaru koto ha koto ni si tamaha zu, koko kasiko no ohom-yogare nado mo nakari turu wo, nihaka ni ika ni omohi tamaha m to, kokoro-gurusiki magirahasi ni, ko no koro ha, toki-doki ohom-tonowi tote mawiri nado si tamahi tutu, kanete yori narahasi kikoye tamahu wo mo, tada turaki kata ni nomi zo omohi oka re tamahu beki.

 [2-3 薫、中の君に同情しつつ恋慕す]
中納言殿も、「いといとほしきわざかな」と聞きたまふ。「花心におはする宮2281なれば、あはれとは思すとも、今めかしき方にかならず御心移ろひなむかし。女方も、いとしたたかなるわたりにて、ゆるびなく聞こえまつはしたまはば、月ごろも、さもならひたまはで、待つ夜多く過ごしたまはむこそ、あはれなるべけれ」
など思ひ寄るにつけても、
「あいなしや、わが心よ。何しに譲りきこえけむ。昔の人に心をしめてし後、おほかたの世をも思ひ離れて澄み果てたりし方の心も濁りそめにしかば、ただかの御ことをのみ、とざまかうざまには思ひながら、さすがに人の心許されであらむことは、初めより思ひし本意なかるべし」
と憚りつつ、「ただいかにして、すこしもあはれと思はれて、うちとけたまへらむけしきをも見む」と、行く先のあらましごとのみ思ひ続けしに、人は同じ心にもあらずもてなして、さすがに、一方にもえさし放つまじく思ひたまへる慰めに、同じ身ぞと言ひなして、本意ならぬ方におもむけたまひしが、ねたく恨めしかりしかば、「まづ、その心おきてを違へむとて、急ぎせしわざぞかし」など、あながちに女々しくものぐるほしく率て歩き、たばかりきこえしほど思ひ出づるも、「いとけしからざりける心かな」と、返す返すぞ悔しき。
「宮も、さりとも、そのほどのありさま思ひ出でたまはば、わが聞かむところをもすこしは憚りたまはじや」と思ふに、「いでや、今は、その折のことなど、かけてものたまひ出でざめりかし。なほ、あだなる方に進み、移りやすなる人は、女のためのみにもあらず、頼もしげなく軽々しき事もありぬべきなめりかし」
など、憎く思ひきこえたまふ。わがまことにあまり一方にしみたる心ならひに、人はいとこよなくもどかしく見ゆるなるべし。

 [2-3 薫、中の君に同情しつつ恋慕す]
中納言殿も、「まことにお気の毒なことだな」とお聞きになる。「花心でいらっしゃる宮なので、いとしいとお思いになっても、新しい方にきっとお心移りしてしまうだろう。女方も、とてもしっかりした家の方で、お放しなくお付きまといなさったら、この幾月、夜離れにお馴れにならないで、待っている夜を多くお過ごしになることは、おいたわしいことだ」
などとお思いよりになるにつけても、
「つまらないことをした、自分だな。どうしてお譲り申し上げたのだろう。亡き姫君に思いを寄せてから後は、世間一般から思い捨てて悟りきっていた心も濁りはじめてしまったので、ただあの方の御事ばかりがあれやこれやと思いながら、やはり相手が許さないのに無理を通すことは、初めから思っていた本心に背くだろう」
と遠慮しながら、「ただ何とかして、少しでも好意を寄せてもらって、うちとけなさった様子を見よう」と、将来の心づもりばかりを思い続けていたが、相手は同じ考えではないなさり方で、とはいえ、むげに突き放すことはできまいとお思いになる気休めから、同じ姉妹だといって、望んでいない方をお勧めになったのが悔しく恨めしかったので、「まず、その考えを変えさせようと、急いでやったことなのだ」などと、やむにやまれず男らしくもなく気違いじみて宮をお連れして、おだまし申し上げた時のことを思い出すにつけても、「まことにけしからぬ心であったよ」と、返す返す悔しい。
「宮も、そうはいっても、その当時の様子をお思い出しになったら、わたしの聞くところも少しはご遠慮なさらないはずもあるまい」と思うが、「さあ、今は、その当時のことなど、少しもお口に出さないようだ。やはり、浮気な方面に進んで、移り気な人は、女のためのみならず、頼りなく軽々しいことがきっと出てくるにちがいない」
などと、憎くお思い申し上げなさる。自分のほんとうにお一方にばかり執着した経験から、他人がまことにこの上もなくはがゆく思われるのであろう。

 [2-3 Kaoru sympathizes with Nakanokimi and loves her]
 Tiunagon-dono mo, "Ito itohosiki waza kana!" to kiki tamahu. "Hana-gokoro ni ohasuru Miya nare ba, ahare to ha obosu to mo, imamekasiki kata ni kanarazu mi-kokoro uturohi na m kasi. Womna-gata mo, ito sitataka naru watari ni te, yurubi naku kikoye matuhasi tamaha ba, tuki-goro mo, sa mo narahi tamaha de, matu yo ohoku sugosi tamaha m koso, ahare naru bekere."
 nado omohi-yoru ni tuke te mo,
 "Ainasi ya, wa ga kokoro yo! Nani si ni yuduri kikoye kem? Mukasi no hito ni kokoro wo sime te si noti, ohokata no yo wo mo omohi hanare te sumi hate tari si kata no kokoro mo nigori some ni sika ba, tada ka no ohom-koto wo nomi, to-zama kau-zama ni ha omohi nagara, sasuga ni hito no kokoro yurusa re de ara m koto ha, hazime yori omohi si ho'i nakaru besi."
 to habakari tutu, "Tada ika ni si te, sukosi mo ahare to omoha re te, utitoke tamahe ram kesiki wo mo mi m." to, yukusaki no aramasi-goto nomi omohi-tuduke si ni, hito ha onazi kokoro ni mo ara zu motenasi te, sasuga ni, hito-kata ni mo e sasi hanatu maziku omohi tamahe ru nagusame ni, onazi mi zo to ihi-nasi te, ho'i nara nu kata ni omomuke tamahi si ga netaku uramesikari sika ba," Madu, so no kokoro-okite wo tagahe m tote, isogi se si waza zo kasi." nado, anagati ni memesiku mono-guruhosiku wi te ariki, tabakari kikoye si hodo omohi-iduru mo, "Ito kesikara zari keru kokoro kana!" to, kahesu-gahesu zo kuyasiki.
 "Miya mo, sari to mo, so no hodo no arisama omohi-ide tamaha ba, wa ga kika m tokoro wo mo sukosiha habakari tamaha zi ya!" to omohu ni, "Ide ya, ima ha, so no wori no koto nado, kakete mo notamahi ide za'meri kasi. Naho, ada naru kata ni susumi, uturi yasu naru hito ha, womna no tame nomi ni mo ara zu, tanomosige naku karu-garusiki koto mo ari nu beki na'meri kasi."
 nado, nikuku omohi kikoye tamahu. Wa ga makoto ni amari hito-kata ni simi taru kokoro-narahi ni, hito ha ito koyonaku modokasiku miyuru naru besi.

 [2-4 薫、亡き大君を追憶す]
かの人をむなしく見なしきこえたまうてし後、思ふには、帝の御女を賜はむと思ほしおきつるも、うれしくもあらず、この君を見ましかばとおぼゆる心の、月日に添へてまさるも、ただ、かの御ゆかりと思ふに、思ひ離れがたきぞかし。
「はらからといふ中にも、限りなく思ひ交はしたまへりしものを、今はとなりたまひにし果てにも、『とまらむ人を同じごとと思へ』とて、『よろづは思はずなることもなし。ただかの思ひおきてしさまを違へたまへるのみなむ、口惜しう恨めしきふしにて、この世には残るべき』とのたまひしものを、天翔りても、かやうなるにつけては、いとどつらしとや見たまふらむ」
など、つくづくと人やりならぬ独り寝したまふ夜な夜なは、はかなき風の音にも目のみ覚めつつ、来し方行く先、人の上さへ、あぢきなき世を思ひめぐらしたまふ。
なげのすさびにものをも言ひ触れ、気近く使ひならしたまふ人びとの中には、おのづから憎からず思さるるもありぬべけれど、まことには心とまるもなきこそ、さはやかなれ。
さるは、かの君たちのほどに劣るまじき際の人びとも、時世にしたがひつつ2282衰へて、心細げなる住まひするなどを、尋ね取りつつあらせなど、いと多かれど、「今はと世を逃れ背き離れむ時、この人こそと、取り立てて、心とまるほだし2283になるばかりなることはなくて過ぐしてむ」と思ふ心深かりしを、「いと、さも悪ろく、わが心ながら、ねぢけてもあるかな」
など、常よりも、やがてまどろまず2284明かしたまへる朝に、霧の籬より、花の色々おもしろく見えわたれる中に、朝顔のはかなげにて2285混じりたるを、なほことに目とまる心地したまふ。「明くる間咲きて2286」とか、常なき世にもなずらふるが、心苦しきなめりかし。
格子も上げながら、いとかりそめにうち臥しつつのみ明かしたまへば、この花の開くるほどをも、ただ一人のみ見たまひける。

 [2-4 薫、亡き大君を追憶す]
あの方をお亡くし申しなさってから後、思うことには、帝が皇女を下さるとお考えおいていることも、嬉しくなく、この君を得たならばと思われる心が、月日とともにつのるのも、ただ、あの方のご血縁と思うと、思い離れがたいのである。
「姉妹という間でも、この上なく睦み合っていらしたものを、ご臨終となった最期にも、『遺る人を私と同じように思って下さい』と言って、『何もかも不満に思うこともありません。ただ、あの考えていたこととをお違いになった点が残念で恨めしいこととして、この世に残るでしょう』とおっしゃったが、魂が天翔っても、このようなことにつけて、ますますつらいと御覧になるだろう」
などと、つくづくと他人のせいでない独り寝をなさる夜々は、ちょっとした風の音にも目ばかり覚ましては、過ぎ去ったことこれからのこと、人の身の上まで、無常な世をいろいろとお考えになる。
一時の慰めとして情けもかけ、身近に使い馴れていらっしゃる女房の中には、自然と憎からずお思いになる者もいるはずだが、真実に心をおとめにならないのは、さっぱりしたものだ。
その一方では、あの姫君たちの身分に劣らない身分の人びとも、時勢にしたがって衰えて、心細そうな生活をしているのなどを、探し求めては邸においていらっしゃる人などが、たいそう多いが、「今は世を捨てて出家しようとするとき、この人だけはと、特別に心とまる妨げになる程度のことはなくて過ごそう」と思う考えが深かったが、「さあ、さも体裁悪く、自分ながら、ひねくれていることだな」
などと、いつもよりも、そのまま眠らず夜を明かしなさった朝に、霧の立ちこめた籬から、花が色とりどりに美しく一面に見える中で、朝顔の花が頼りなさそうに混じって咲いているのを、やはり特に目がとまる気がなさる。「朝の間咲いて」とか、無常の世に似ているのが、身につまされるのだろう。
格子も上げたまま、ほんのかりそめに横になって夜をお明かしになったので、この花が咲く間を、ただ独りで御覧になったのであった。

 [2-4 Kaoru recollects the late Ohoikimi]
 Ka no hito wo munasiku mi-nasi kikoye tamau te si noti, omohu ni ha, Mikado no ohom-musume wo tamaha m to omohosi-oki turu mo, uresiku mo ara zu, ko no Kimi wo mi masika ba to oboyuru kokoro no, tuki-hi ni sohe te masaru mo, tada, ka no ohom-yukari to omohu ni, omohi hanare gataki zo kasi.
 "Harakara to ihu naka ni mo, kagiri naku omohi-kahasi tamahe ri si mono wo, ima ha to nari tamahi ni si hate ni mo, 'Tomara m hito wo onazi goto to omohe.' tote, 'Yorodu ha omoha zu naru koto mo nasi. Tada ka no omohi-oki te si sama wo tagahe tamahe ru nomi nam, kutiwosiu uramesiki husi ni te, ko no yo ni ha nokoru beki.' to notamahi si mono wo, ama-kakeri te mo, kayau naru ni tuke te ha, itodo turasi to ya mi tamahu ram."
 nado, tukuduku to hito-yari nara nu hitori-ne si tamahu yo-na yo-na ha, hakanaki kaze no oto ni mo me nomi same tutu, ki-si-kata yuku-saki, hito no uhe sahe, adikinaki yo wo omohi megurasi tamahu.
 Nage no susabi ni mono wo mo ihi-hure, ke-dikaku tukahi narasi tamahu hito-bito no naka ni ha, onodukara nikukara zu obosa ruru mo ari nu bekere do, makoto ni ha kokoro tomaru mo naki koso, sahayaka nare.
 Saru ha, ka no Kimi-tati no hodo ni otoru maziki kiha no hito-bito mo, toki-yo ni sitagahi tutu otorohe te, kokoro-bosoge naru sumahi suru nado wo, tadune tori tutu ara se nado, ito ohokare do, "Ima ha to yo wo nogare somuki hanare m toki, ko no hito koso to, tori-tate te, kokoro tomaru hodasi ni naru bakari naru koto ha naku te sugusi te m." to omohu kokoro-hukakari si wo, "Ito, sa mo waroku, wa ga kokoro nagara, nedike te mo aru kana!"
 nado, tune yori mo, yagate madoroma zu akasi tamahe ru asita ni, kiri no magaki yori, hana no iro-iro omosiroku miye watare ru naka ni, asagaho no hakanage ni te maziri taru wo, naho koto ni me tomaru kokoti si tamahu. "Akuru ma saki te" to ka, tune naki yo ni mo nazurahuru ga, kokoro-gurusiki na'meri kasi.
 Kausi mo age nagara, ito karisome ni uti-husi tutu nomi akasi tamahe ba, ko no hana no hirakuru hodo wo mo, tada hitori nomi mi tamahi keru.

 [2-5 薫、二条院の中の君を訪問]
人召して、
「北の院に参らむに、ことことしからぬ車さし出でさせよ」
とのたまへば、
「宮は、昨日より内裏になむおはしますなる。昨夜、御車率て帰りはべりにき」
と申す。
「さはれ、かの対の御方の悩みたまふなる、訪らひきこえむ。今日は内裏に参るべき日なれば、日たけぬさきに」
とのたまひて、御装束したまふ。出でたまふままに、降りて花の中に混じりたまへるさま、ことさらに艶だち色めきてももてなしたまはねど、あやしく、ただうち見るになまめかしく恥づかしげにて、いみじくけしきだつ色好みどもになずらふべくもあらず、おのづからをかしくぞ見えたまひける。朝顔引き寄せたまへる、露いたくこぼる。
「今朝の間の色にや賞でむ置く露の
消えぬにかかる花と見る見る
はかな」
と独りごちて、折りて持たまへり。女郎花をば2287、見過ぎて2288ぞ出でたまひぬる。
明け離るるままに、霧立ち乱る空をかしきに、
「女どちは、しどけなく朝寝したまへらむかし。格子妻戸などうちたたき声づくらむこそ、うひうひしかるべけれ。朝まだきまだき来にけり」
と思ひながら、人召して、中門の開きたるより見せたまへば、
「御格子ども参りてはべるべし。女房の御けはひもしはべりつ」
と申せば、下りて、霧の紛れにさまよく歩み入りたまへるを、「宮の忍びたる所より帰りたまへるにや」と見るに、露にうちしめりたまへる香り、例の、いとさまことに匂ひ来れば、
「なほ、めざましくおはすかし。心をあまりをさめたまへるぞ憎き」
など、あいなく、若き人びとは、聞こえあへり。
おどろき顔にはあらず、よきほどにうちそよめきて、御茵さし出でなどするさまも、いとめやすし。
「これにさぶらへと許させたまふほどは、人びとしき心地すれど、なほかかる御簾の前にさし放たせたまへるうれはしさになむ、しばしばもえさぶらはぬ」
とのたまへば、
「さらば、いかがはべるべからむ」
など聞こゆ。
「北面などやうの隠れぞかし。かかる古人などのさぶらはむにことわりなる休み所は。それも、また、ただ御心なれば、愁へきこゆべき2289にもあらず」
とて、長押に寄りかかりておはすれば、例の、人びと、
「なほ、あしこもとに」
など、そそのかしきこゆ。

 [2-5 薫、二条院の中の君を訪問]
人を呼んで、
「北の院に参ろうと思うが、仰々しくない車を出しなさい」
とおっしゃると、
「宮は、昨日から宮中においでになると言います。昨夜、お車を引いて帰って来ました」
と申し上げる。
「それはそれでよい、あの対の御方がお苦しみであるという、お見舞い申そう。今日は宮中に参内しなければならない日なので、日が高くならない前に」
とおっしゃって、お召し替えなさる。お出かけになるとき、降りて花の中に入っていらっしゃる姿、格別に艶やかに風流っぽくお振る舞いにはならないが、不思議と、ただちょっと見ただけで優美で気恥ずかしい感じがして、ひどく気取った好色連中などととても比較することができない、自然と身にそなわった美しさがおありになるのだった。朝顔を引き寄せなさると、露がたいそうこぼれる。
「今朝の間の色を賞美しようか、置いた露が
消えずに残っているわずかの間に咲く花と思いながら
はかないな」
と独り言をいって、折ってお持ちになった。女郎花には、目もくれずにお出になった。
明るくなるにしたがって、霧が立ちこめこめている空が美しいので、
「女たちは、しどけなく朝寝していらっしゃるだろう。格子や妻戸などを叩き咳払いするのは、不慣れな感じがする。朝早いのにもう来てしまった」
と思いながら、人を召して、中門の開いている所から覗き見させなさると、
「御格子は上げてあるらしい。女房のいる様子もしていました」
と申すので、下りて、霧の紛れに体裁よくお歩みになっているのを、「宮が隠れて通う所からお帰りになったのか」と見ると、露に湿っていらっしゃる香りが、例によって、格別に匂って来るので、
「やはり、目が覚める思いがする方ですこと。控え目でいらっしゃることが憎らしいこと」
などと、勝手に、若い女房たちは、お噂申し上げていた。
驚いたふうでもなく、体裁よく衣ずれの音をさせて、お敷物を差し出す態度も、まことに無難である。
「ここに控えよとお許しいただけることは、一人前扱いの気がしますが、やはりこのような御簾の前に放っておいでになるのは情けない気がし、頻繁にお伺いできません」
とおっしゃるので、
「それでは、どう致しましょう」
などと申し上げる。
「北面などの目立たない所ですね。このような古なじみなどが控えているのに適当な休憩場所は。それも、また、お気持ち次第なので、不満を申し上げるべきことでもない」
と言って、長押に寄り掛かっていらっしゃると、例によって、女房たちが、
「やはり、あそこまで」
などと、お促し申し上げる。

 [2-5 Kaoru visits to Nakanokimi at Nijoin]
 Hito mesi te,
 "Kita-no-win ni mawira m ni, koto-kotosikara nu kuruma sasi-ide sase yo."
 to notamahe ba,
 "Miya ha, kinohu yori Uti ni nam ohasimasu naru. Yobe, mi-kuruma wi te kaheri haberi ni ki."
 to mausu.
 "Sahare, ka no Tai-no-Ohomkata no nayami tamahu naru, toburahi kikoye m. Kehu ha Uti ni mawiru beki hi nare ba, hi take nu saki ni."
 to notamahi te, ohom-sauzoku si tamahu. Ide tamahu mama ni, ori te hana no naka ni maziri tamahe ru sama, kotosara ni en-dati iromeki te mo motenasi tamaha ne do, ayasiku, tada uti-miru ni namamekasiku hadukasige ni te, imiziku kesiki-datu iro-gonomi-domo ni nazurahu beku mo ara zu, onodukara wokasiku zo miye tamahi keru. Asagaho hiki-yose tamahe ru, tuyu itaku koboru.
 "Kesa no ma no iro ni ya mede m oku tuyu no
 kiye nu ni kakaru hana to miru miru

 hakana."
 to hitori-goti te, wori te mo' tamahe ri. Wominahesi wo ba, mi sugi te zo ide tamahi nuru.
 Ake hanaruru mama ni, kiri tati midaru sora wokasiki ni,
 "Womna-doti ha, sidokenaku asa-i si tamahe ra m kasi. Kausi tumado nado uti-tataki kowa-dukura m koso, uhi-uhisikaru bekere. Asa madaki madaki ki ni keri."
 to omohi nagara, hito mesi te, tiu-mon no aki taru yori mise tamahe ba,
 "Mi-kausi-domo mawiri te haberu besi. Nyoubau no ohom-kehahi mo si haberi tu."
 to mause ba, ori te, kiri no magire ni sama yoku ayumi iri tamahe ru wo, "Miya no sinobi taru tokoro yori kaheri tamahe ru ni ya?" to miru ni, tuyu ni uti-simeri tamahe ru ka, rei no, ito sama koto ni nihohi kure ba,
 "Naho, mezamasiku ohasu kasi. Kokoro wo amari wosame tamahe ru zo nikuki."
 nado, ainaku, wakaki hito-bito ha, kikoye ahe ri.
 Odoroki-gaho ni ha ara zu, yoki hodo ni uti-soyomeki te, ohom-sitone sasi-ide nado suru sama mo, ito meyasusi.
 "Kore ni saburahe to yurusa se tamahu hodo ha, hito-bito-siki kokoti sure do, naho kakaru mi-su no mahe ni sasi-hanata se tamahe ru urehasisa ni nam, siba-siba mo e saburaha nu."
 to notamahe ba,
 "Sara ba, ikaga haberu bekara m?"
 nado kikoyu.
 "Kita-omote nado yau no kakure zo kasi. Kakaru huru-bito nado no saburaha m ni kotowari naru yasumi-dokoro ha. Sore mo, mata, tada mi-kokoro nare ba, urehe kikoyu beki ni mo ara zu."
 tote, nagesi ni yori-kakari te ohasure ba, rei no, hito-bito,
 "Naho, asiko moto ni."
 nado, sosonokasi kikoyu.

 [2-6 薫、中の君と語らう]
もとよりも、けはひはやりかに男々しくなどはものしたまはぬ人柄なるを、いよいよしめやかにもてなしをさめたまへれば、今は、みづから聞こえたまふことも、やうやううたてつつましかりし方、すこしづつ薄らぎて、面馴れたまひにたり。
悩ましく思さるらむさまも、「いかなれば」など問ひきこえたまへど、はかばかしくもいらへきこえたまはず、常よりもしめりたまへるけしきの心苦しき2290も、あはれにおぼえたまひて、こまやかに、世の中のあるべきやうなどを、はらからやうの者のあらましやうに、教へ慰めきこえたまふ。
声なども、わざと似たまへりともおぼえざりしかど、あやしきまでただそれとのみおぼゆるに、人目見苦しかるまじくは、簾もひき上げてさし向かひきこえまほしく、うち悩みたまへらむ容貌ゆかしくおぼえたまふも、「なほ、世の中にもの思はぬ人は、えあるまじきわざにやあらむ」とぞ思ひ知られたまふ。
「人びとしくきらきらしき方にははべらずとも、心に思ふことあり、嘆かしく身をもて悩むさまになどはなくて過ぐしつべきこの世と、みづから思ひたまへし、心から、悲しきことも、をこがましく悔しきもの思ひをも、かたがたにやすからず思ひはべるこそ、いとあいなけれ。官位などいひて、大事にすめる、ことわりの愁へにつけて嘆き思ふ人よりも、これや、今すこし罪の深さはまさるらむ」
など言ひつつ、折りたまへる花を、扇にうち置きて見ゐたまへるに、やうやう赤みもて行くも、なかなか色のあはひをかしく見ゆれば、やをらさし入れて、
「よそへてぞ見るべかりける白露の
契りかおきし朝顔の花」
ことさらびてしももてなさぬに、「露落とさで持たまへりけるよ」と、をかしく見ゆるに、置きながら枯るるけしきなれば、
「消えぬまに枯れぬる花のはかなさに
おくるる露はなほぞまされる
 何にかかれる2291」
と、いと忍びて言も続かず、つつましげに言ひ消ちたまへるほど、「なほ、いとよく似たまへるものかな」と思ふにも、まづぞ悲しき。

 [2-6 薫、中の君と語らう]
もともと、感じがてきぱきと男らしくはいらっしゃらないご性格であるが、ますますしっとりと静かにしていらっしゃるので、今は、自分からお話し申し上げなさることも、だんだんと嫌で遠慮された気持ちも、少しずつ薄らいでお馴れになっていった。
つらそうにしていらっしゃる様子も、「どうしたのですか」などとお尋ね申し上げなさったが、はっきりともお答え申し上げず、いつもよりも沈んでいらっしゃる様子がおいたわしいのが、お気の毒に思われなさって、情愛こまやかに、夫婦仲のあるべき様子などを、兄妹である者のように、お教え慰め申し上げなさる。
声なども、特に似ていらっしゃるとは思われなかったが、不思議なまでにあの方そっくりに思われるので、人目が見苦しくないならば、簾を引き上げて差し向かいでお話し申し上げたく、苦しくしていらっしゃる容貌が見たく思われなさるのも、「やはり、恋の物思いに悩まない人は、いないのではないか」と自然と思い知られなさる。
「人並に出世して派手な方面はございませんが、心に思うことがあり、嘆かわしく身を悩ますことはなくて過ごせるはずの現世だと、自分自身思っておりましたが、心の底から、悲しいことも、馬鹿らしく悔しい物思いをも、それぞれに休まる時もなく思い悩んでいますことは、つまらないことです。官位などといって、大事にしているらしい、もっともな愁えにつけて嘆き思う人よりも、自分の場合は、もう少し罪の深さが勝るだろう」
などと言いながら、手折りなさった花を、扇に置いてじっと見ていらっしゃったが、だんだんと赤く変色してゆくのが、かえって色のあわいが風情深く見えるので、そっと差し入れて、
「あなたを姉君と思って自分のものにしておくべきでした
白露が約束しておいた朝顔の花ですから」
ことさらそうしたのではなかったが、「露を落とさないで持ってきたことよ」と、興趣深く思えたが、露の置いたまま枯れてゆく様子なので、
「露の消えない間に枯れてしまう花のはかなさよりも
後に残る露はもっとはかないことです
何にすがって生きてゆけばよいのでしょう」
と、たいそう低い声で言葉も途切れがちに、慎ましく否定なさったところは、「やはり、とてもよく似ていらっしゃるなあ」と思うと、何につけ悲しい。

 [2-6 Kaoru talks with Nakanokimi]
 Moto yori mo, kehahi hayarika ni wowosiku nado ha monosi tamaha nu hito-gara naru wo, iyo-iyo simeyaka ni motenasi wosame tamahe re ba, ima ha, midukara kikoye tamahu koto mo, yau-yau utate tutumasikari si kata, sukosi dutu usuragi te, omo-nare tamahi ni tari.
 Nayamasiku obosaru ram sama mo, "Ika nare ba." nado tohi-kikoye tamahe do, haka-bakasiku mo irahe kikoye tamaha zu, tune yori mo simeri tamahe ru kesiki no kokoro-gurusiki mo, ahare ni oboye tamahi te, komayaka ni, yononaka no aru beki yau nado wo, harakara yau no mono no aramasi yau ni, wosihe nagusame kikoye tamahu.
 Kowe nado mo, wazato ni tamahe ri to mo oboye zari sika do, ayasiki made tada sore to nomi oboyuru ni, hitome mi-gurusikaru maziku ha, sudare mo hiki-age te sasi-mukahi kikoye mahosiku, uti-nayami tamahe ra m katati yukasiku oboye tamahu mo, "Naho, yononaka ni mono omoha nu hito ha, e aru maziki waza ni ya ara m?" to zo omohi sira re tamahu.
 "Hito-bitosiku kira-kirasiki kata ni ha habera zu to mo, kokoro ni omohu koto ari, nagekasiku mi wo mote-nayamu sama ni nado ha naku te sugusi tu beki ko no yo to, midukara omohi tamahe si, kokoro kara, kanasiki koto mo, wokogamasiku kuyasiki mono-omohi wo mo, kata-gata ni yasukara zu omohi haberu koso, ito ainakere. Tukasa kurawi nado ihi te, daizi ni su meru, kotowari no urehe ni tuke te nageki omohu hito yori mo, kore ya, ima sukosi tumi no hukasa ha masaru ram."
 nado ihi tutu, wori tamahe ru hana wo, ahugi ni uti-oki te mi wi tamahe ru ni, yau-yau akami mote yuku mo, naka-naka iro no ahahi wokasiku miyure ba, yawora sasi-ire te,  "Yosohe te zo miru bekari keru sira-tuyu no
 tigiri ka oki si asagaho no hana
"
 Kotosarabi te si mo motenasa nu ni, "Tuyu otosa de mo' tamahe ri keru yo!" to, wokasiku miyuru ni, oki nagara karuru kesiki nare ba,
 "Kiye nu ma ni kare nuru hana no hakanasa ni
 okururu tuyu ha naho zo masare ru

 Nani ni kakare ru."
 to, ito sinobi te koto mo tuduka zu, tutumasige ni ihi-keti tamahe ru hodo, "Naho, ito yoku ni tamahe ru mono kana!" to omohu ni mo, madu zo kanasiki.

 [2-7 薫、源氏の死を語り、亡き大君を追憶]
「秋の空は、今すこし眺め2292のみまさりはべり。つれづれの紛らはしにもと思ひて、先つころ、宇治にものしてはべりき。庭も籬もまことにいとど荒れ果て2293てはべりしに2294、堪へがたきこと多くなむ。
故院の亡せたまひて後、二、三年ばかりの末に、世を背きたまひし嵯峨の院にも、六条の院にも、さしのぞく人の、心をさめむ方なくなむはべりける。木草の色につけても、涙にくれてのみなむ帰りはべりける。かの御あたりの人は、上下心浅き人なくこそはべりけれ。
方々集ひものせられける人びとも、皆所々あかれ散りつつ、おのおの思ひ離るる住まひをしたまふめりしに、はかなきほどの女房などはた、まして心をさめむ方なくおぼえけるままに、ものおぼえぬ心にまかせつつ、山林に入り混じり、すずろなる田舎人になりなど、あはれに惑ひ散るこそ多くはべりけれ。
さて、なかなか皆荒らし果て、忘れ草生ほして後なむ、この右の大臣も渡り住み、宮たちなども方々ものしたまへば、昔に返りたるやうにはべめる。さる世に、たぐひなき悲しさと見たまへしことも、年月経れば、思ひ覚ます折の出で来るにこそは、と見はべるに、げに、限りあるわざなりけり、となむ見えはべる。
かくは聞こえさせながらも、かのいにしへの悲しさは、まだいはけなくもはべりけるほどにて、いとさしもしまぬにやはべりけむ。なほ、この近き夢こそ、覚ますべき方なく思ひたまへらるるは、同じこと、世の常なき悲しびなれど、罪深き方はまさりてはべるにやと、それさへなむ心憂くはべる」
とて、泣きたまへるほど、いと心深げなり。
昔の人を、いとしも思ひきこえざらむ人だに、この人の思ひたまへるけしきを見むには、すずろにただにもあるまじきを、まして、我もものを心細く思ひ乱れたまふにつけては、いとど常よりも、面影に恋しく悲しく思ひきこえたまふ心なれば、今すこしもよほされて、ものもえ聞こえたまはず、ためらひかねたまへるけはひを、かたみにいとあはれと思ひ交はしたまふ。

 [2-7 薫、源氏の死を語り、亡き大君を追憶]
「秋の空は、いま一つ物思いばかりまさります。所在ない紛らしにと思って、最近、宇治へ行きました。庭も籬もほんとうにますます荒れはてましたので、堪えがたいことが多くございました。
故院がお亡くなりになって後、二、三年ほど前に、出家なさった嵯峨院でも、六条院でも、ちょっと立ち寄る人は、感慨に咽ばない者はございませんでした。木や草の色につけても、涙にくれてばかり帰ったものでございました。あちらの殿にお仕えしていた人たちは、身分の上下を問わず心の浅い人はございませんでした。
あちこちに集まっていられた方々も、みなそれぞれに退出してゆき、おのおのこの世を捨てた生活をしていらしたようですが、しがない身分の女房などは、それ以上に悲しい思いを収めることもないままに、わけも分からない考えにまかせて、山林に入って、つまらない田舎人になりさがったりなどして、かわいそうにうろうろと散ってゆく者が多うございました。
そうして、かえってすっかり荒らしはて、忘れ草が生えて後、この右大臣も移り住み、宮たちなども何方もおいでになったので、昔に返ったようでございます。その当時、世に類のない悲しみと拝見しましたことも、年月がたてば、悲しみの冷める時も出てくるものだ、と経験しましたが、なるほど、物には限りがあるものだった、と思われます。
このように申し上げさせていただきながらも、あの昔の悲しみは、まだ幼かった時のことで、とてもそんなに深く感じなかったのでございましょう。やはり、この最近の夢こそ、覚ますことができなく存じられますのは、同じように、世の無常の悲しみであるが、罪深いほうでは勝っていましょうかと、そのことまでがつろうございます」
と言って、お泣きになるところ、まことに心深そうである。
亡くなった方を、たいしてお思い申し上げない人でさえ、この方が悲しんでいらっしゃる様子を見ると、つい同情してもらい泣きしないではいられないが、それ以上に、自分も何となく心細くお思い乱れなさるにつけては、ますますいつもよりも、面影に浮かんで恋しく悲しくお思い申し上げなさる気分なので、いまいちだんと涙があふれて、何も申し上げることがおできになれず、躊躇なさっている様子を、お互いにまことに悲しいと思い交わしなさる。

 [2-7 Kaoru talks about Hikaru-genji's death and recollects the late Ohoikimi]
 "Aki no sora ha, ima sukosi nagame nomi masari haberi. Ture-dure no magirahasi ni mo to omohi te, sai-tu-koro, Udi ni monosi te haberi ki. Niha mo magaki mo makoto ni itodo are hate te haberi si ni, tahe gataki koto ohoku nam.
 Ko-Win no use tamahi te noti, ni, sam-nen bakari no suwe ni, yo wo somuki tamahi si Saga-no-Win ni mo, Rokudeu-no-Win ni mo, sasi-nozoku hito no, kokoro wosame m kata naku nam haberi keru. Ki-kusa no iro ni tuke te mo, namida ni kure te nomi nam kaheri haberi keru. Ka no ohom-atari no hito ha, kami-simo kokoro-asaki hito naku koso haberi kere.
 Kata-gata tudohi monose rare keru hito-bito mo, mina tokoro-dokoro akare tiri tutu, ono-ono omohi hanaruru sumahi wo si tamahu meri si ni, hakanaki hodo no nyoubau nado hata, masite kokoro wosame m kata naku oboye keru mama ni, mono oboye nu kokoro ni makase tutu, yama hayasi ni iri-maziri, suzuro naru winaka-bito ni nari nado, ahare ni madohi tiru koso ohoku haberi kere.
 Sate, naka-naka mina arasi hate, wasure-gusa ohosi te noti nam, ko no Migi-no-Otodo mo watari sumi, Miya-tati nado mo kata-gata monosi tamahe ba, mukasi ni kaheri taru yau ni habe' meru. Saru yo ni, taguhi naki kanasisa to mi tamahe si koto mo, tosi-tuki hure ba, omohi samasu wori no ide-kuru ni koso ha, to mi haberu ni, geni, kagiri aru waza nari keri, to nam miye haberu.
 Kaku ha kikoye sase nagara mo, ka no inisihe no kanasisa ha, mada ihakenaku mo haberi keru hodo ni te, ito sa si mo sima nu ni ya haberi kem. Naho, ko no tikaki yume koso, samasu beki kata naku omohi tamahe raruru ha, onazi koto, yo no tune naki kanasibi nare do, tumi hukaki kata ha masari te haberu ni ya to, sore sahe nam kokoro-uku haberu."
 tote, naki tamahe ru hodo, ito kokoro-hukage nari.
 Mukasi no hito wo, ito si mo omohi kikoye zara m hito dani, ko no hito no omohi tamahe ru kesiki wo mi m ni ha, suzuro ni tada ni mo aru maziki wo, masite, ware mo mono wo kokoro-bosoku omohi-midare tamahu ni tuke te ha, itodo tune yori mo, omokage ni kohisiku kanasiku omohi kikoye tamahu kokoro nare ba, ima sukosi moyohosa re te, mono mo e kikoye tamaha zu, tamerahi kane tamahe ru kehahi wo, katami ni ito ahare to omohi-kahasi tamahu.

 [2-8 薫と中の君の故里の宇治を思う]
「世の憂きよりは2295など、人は言ひしをも、さやうに思ひ比ぶる心もことになくて、年ごろは過ぐしはべりしを、今なむ、なほいかで静かなるさまにても過ぐさまほしく思うたまふるを、さすがに心にもかなはざめれば、弁の尼こそうらやましくはべれ。
この二十日あまりのほどは、かの近き寺の鐘の声も聞きわたさまほしくおぼえはべるを、忍びて渡させたまひてむや、と聞こえさせばやとなむ思ひはべりつる」
とのたまへば、
「荒らさじと思すとも、いかでかは。心やすき男だに、往き来のほど荒ましき山道にはべれば、思ひつつなむ月日も隔たりはべる。故宮の御忌日は、かの阿闍梨に、さるべきことども皆言ひおきはべりにき。かしこは、なほ尊き方に思し譲りてよ。時々見たまふるにつけては、心惑ひの絶えせぬもあいなきに、罪失ふさまになしてばや、となむ思ひたまふるを、またいかが思しおきつらむ。
ともかくも定めさせたまはむに従ひてこそは、とてなむ。あるべからむやうにのたまはせよ2296かし。何事も疎からず承らむのみこそ、本意のかなふにてははべらめ」
など、まめだちたることどもを聞こえたまふ。経仏など、この上も供養じたまふべきなめり。かやうなるついでにことづけて、やをら籠もりゐなばや、など2297おもむけたまへるけしきなれば、
「いとあるまじきことなり。なほ、何事も心のどかに思しなせ」
と教へきこえたまふ。

 [2-8 薫と中の君の故里の宇治を思う]
「世の中のつらさよりはなどと、昔の人は言ったが、そのように比較する考えも特になくて、何年も過ごしてきましたが、今やっと、やはり何とか静かな所で過ごしたく存じますが、何といっても思い通りにならないようなので、弁の尼が羨ましうございます。
今月の二十日過ぎには、あの山荘に近いお寺の鐘の音も耳にしたく思われますので、こっそりと宇治へ連れて行ってくださいませんか、と申し上げたく思っておりました」
とおっしゃるので、
「荒らすまいとお考えになっても、どうしてそのようなことができましょう。気軽な男でさえ、往復の道が荒々しい山道でございますので、思いながら幾月もご無沙汰しています。故宮のご命日には、あの阿闍梨に、しかるべき事柄をみな言いつけておきました。あちらは、やはり仏にお譲りなさいませ。時々御覧になるにつけても、迷いが生じるのも困ったことですから、罪を滅したい、と存じますが、他にどのようにお考えでしょうか。
どのようにお考えなさることにも従おう、と存じております。ご希望どおりにおっしゃいませ。どのようなことも親しく承るのが、望むところでございます」
などと、実務面のことをも申し上げなさる。経や仏など、この上さらに御供養なさるようである。このような機会にかこつけて、そっと籠もりたい、などとお思いになっている様子なので、
「実にとんでもないことです。やはり、どのようなことでもゆったりとお考えなさいませ」
とお諭し申し上げなさる。

 [2-8 Kaoru and Nakanokimi think about Uji's life]
 "Yo no uki yori ha nado, hito ha ihi si wo mo, sayau ni omohi kuraburu kokoro mo koto ni naku te, tosi-goro ha sugusi haberi si wo, ima nam, naho ikade siduka naru sama ni te mo sugusa mahosiku omou tamahuru wo, sasuga ni kokoro ni mo kanaha za'mere ba, Ben-no-Ama koso urayamasiku habere.
 Ko no hatuka amari no hodo ha, ka no tikaki tera no kowe mo kiki watasa mahosiku oboye haberu wo, sinobi te watasa se tamahi te m ya, to kikoye sase baya to nam omohi haberi turu."
 to notamahe ba,
 "Arasa zi to obosu to mo, ikade ka ha. Kokoro-yasuki wonoko dani, yuki-ki no hodo aramasiki yama-miti ni haberi kere ba, omohi tutu nam tuki-hi mo hedatari haberu. Ko-Miya no ohom-kiniti ha, ka no Azari ni, saru beki koto-domo mina ihi-oki haberi ni ki. Kasiko ha, naho tahutoki kata ni obosi yuduri te yo. Toki-doki mi tamahuru ni tuke te ha, kokoro-madohi no taye se nu mo ainaki ni, tumi usinahu sama ni nasi te baya, to nam omohi tamahuru wo, mata ikaga obosi-oki tu ram.
 Tomo-kaku-mo sadame sase tamaha m ni sitagahi te koso ha, to te nam. Aru bekara m yau ni notamaha se yo kasi. Nani-goto mo utokara zu uketamahara m nomi koso, ho'i no kanahu ni te ha haberame."
 nado, mame-dati taru koto-domo wo kikoye tamahu. Kyau Hotoke nado, ko no Uhe mo kuyau-zi tamahu beki na'meri. Kayau naru tuide ni kotoduke te, yawora komori wi na baya, nado omomuke tamahe ru kesiki nare ba,
 "Ito aru maziki koto nari. Naho, nani-goto mo kokoro nodoka ni obosi nase."
 to wosihe kikoye tamahu.

 [2-9 薫、二条院を退出して帰宅]
日さし上がりて、人びと参り集まりなどすれば、あまり長居もことあり顔ならむによりて、出でたまひなむとて、
「いづこにても、御簾の外にはならひはべらねば、はしたなき心地しはべりてなむ。今また、かやうにもさぶらはむ」
とて立ちたまひぬ。「宮の、などかなき折には来つらむ」と思ひたまひぬべき御心なるもわづらはしくて、侍の別当なる、右京大夫召して、
「昨夜まかでさせたまひぬと承りて参りつるを、まだしかりければ口惜しきを。内裏にや参るべき」
とのたまへば、
「今日は、まかでさせたまひなむ」
と申せば、
「さらば、夕つ方も」
とて、出でたまひぬ。
なほ、この御けはひありさまを聞きたまふたびごとに、などて昔の人の御心おきてをもて違へて、思ひ隈なかりけむと、悔ゆる心のみまさりて、心にかかりたるもむつかしく、「なぞや、人やりならぬ心ならむ」と思ひ返したまふ。そのままにまだ精進にて、いとどただ行なひをのみしたまひつつ、明かし暮らしたまふ。
母宮の、なほいとも若くおほどきて、しどけなき御心にも、かかる御けしきを、いとあやふくゆゆしと思して、
「幾世しもあらじを2298、見たてまつらむほどは、なほかひあるさまにて見えたまへ。世の中を思ひ捨てたまはむをも、かかる容貌にては、さまたげきこゆべきにもあらぬを、この世の言ふかひなき心地すべき心惑ひに、いとど罪や得むとおぼゆる」
とのたまふが、かたじけなくいとほしくて、よろづを思ひ消ちつつ、御前にてはもの思ひなきさまを作りたまふ。

 [2-9 薫、二条院を退出して帰宅]
日が昇って、人びとが参集して来るので、あまり長居するのも何かわけがありそうにとられるので、お出になろうとして、
「どこでも、御簾の外は馴れておりませんので、体裁の悪い気がしました。いずれまた、このようにお伺いしましょう」
と言ってお立ちになった。「宮が、どうして不在の折に来たのだろう」ときっと想像するにちがいないご性質なのもやっかいなので、侍所の別当である右京大夫を呼んで、
「昨夜退出あそばしたと承って参上したが、まだであったので残念であった。内裏に参ったほうがよかったろうか」
とおっしゃると、
「今日は、退出あそばしましょう」
と申し上げるので、
「それでは、夕方にでも」
と言って、お出になった。
やはり、この方のお感じやご様子をお聞きになるたびごとに、どうして亡くなった姫君のお考えに背いて、考えもなく譲ってしまったのだろうと、後悔する気持ちばかりがつのって、忘れられないのもうっとうしいので、「どうして、自ら求めて悩まねばならない性格なのだろう」と反省なさる。そのまままだ精進生活で、ますますただひたすら勤行ばかりなさっては、日をお過ごしになる。
母宮が、依然としてとても若くおっとりして、はきはきしないお方でも、このようなご様子を、まことに危なく不吉であるとお思いになって、
「もう先が長くないので、お目にかかっている間は、やはり嬉しい姿を見せてください。世の中をお捨てになるのも、このような出家の身では、反対申し上げるべきことではないが、この世が話にもならない気がしましょう、その心迷いに、ますます罪を得ようかと思われます」
とおっしゃるのが、もったいなくおいたわしいので、何もかも思いを忘れては、御前では物思いのない態度を作りなさる。

 [2-9 Kaoru leaves Nijoin for his home]
 Hi sasi-agari te, hito-bito mawiri atumari nado sure ba, amari nagawi mo koto-ari-gaho nara m ni yori te, ide tamahi na m tote,
 "Iduko ni te mo, mi-su no to ni ha narahi habera ne ba, hasitanaki kokoti si haberi te nam. Ima mata, kayau ni mo saburaha m."
 tote tati tamahi nu. "Miya no, nadoka naki wori ni ha ki tu ram?" to omohi tamahi nu beki mi-kokoro naru mo wadurahasiku te, saburahi no betau naru, Ukyau-no-Kami mesi te,
 "Yobe makade sase tamahi nu to uketamahari te mawiri turu wo, madasikari kere ba kutiwosiki wo. Uti ni ya mawiru beki."
 to notamahe ba,
 "Kehu ha, makade sase tamahi na m."
 to mause ba,
 "Sara ba, yuhu-tu-kata mo."
 tote, ide tamahi nu.
 Naho, ko no ohom-kehahi arisama wo kiki tamahu tabi-goto ni, nado-te mukasi no hito no mi-kokoro-okite wo mote-tagahe te, omohi kuma nakari kem to, kuyuru kokoro nomi masari te, kokoro ni kakari taru mo mutukasiku, "Nazo ya, hito-yari nara nu kokoro nara m." to omohi kahesi tamahu. So no mama ni mada sauzi ni te, itodo tada okonahi wo nomi si tamahi tutu, akasi kurasi tamahu.
 Haha-Miya no, naho ito mo wakaku ohodoki te, sidokenaki mi-kokoro ni mo, kakaru mi-kesiki wo, ito ayahuku yuyusi to obosi te,
 "Iku yo si mo ara zi wo, mi tatematura m hodo ha, naho kahi aru sama ni te miye tamahe. Yononaka wo omohi-sute tamaha m wo mo, kakaru katati ni te ha, samatage kikoyu beki ni mo ara nu wo, ko no yo no ihu-kahi naki kokoti su beki kokoro-madohi ni, itodo tumi ya e m to oboyuru."
 to notamahu ga, katazikenaku itohosiku te, yorodu wo omohi keti tutu, o-mahe ni te ha mono-omohi naki sama wo tukuri tamahu.

 3 中の君の物語 匂宮と六の君の婚儀 [3-1 匂宮と六の君の婚儀]
右の大殿には、六条院の東の御殿磨きしつらひて、限りなくよろづを整へて待ちきこえたまふに、十六日の月やうやうさし上がるまで心もとなければ、いとしも御心に入らぬことにて、いかならむと、やすからず思ほして、案内したまへば、
「この夕つ方、内裏より出でたまひて、二条院になむおはしますなる」
と、人申す。思す人持たまへればと、心やましけれど、今宵過ぎむも人笑へなるべければ、御子の頭中将して聞こえたまへり。
「大空の月だに宿る2299わが宿に
待つ宵過ぎて見えぬ君かな」
宮は、「なかなか今なむとも見えじ、心苦し」と思して、内裏におはしけるを、御文聞こえたまへりけり。御返りやいかがありけむ、なほいとあはれに思されければ、忍びて渡りたまへりけるなりけり。らうたげなるありさまを、見捨てて出づべき心地もせず、いとほしければ、よろづに契り慰めて、もろともに月を眺めておはするほどなりけり。
女君は、日ごろもよろづに思ふこと多かれど、いかでけしきに出ださじと念じ返しつつ、つれなく覚ましたまふことなれば、ことに聞きもとどめぬさまに、おほどかにもてなしておはするけしき、いとあはれなり。
中将の参りたまへるを聞きたまひて、さすがにかれもいとほしければ、出でたまはむとて、
「今、いと疾く参り来む。一人月な見たまひそ。心そらなればいと苦しき」
と聞こえおきたまひて2300、なほかたはらいたければ、隠れの方より寝殿へ渡りたまふ、御うしろでを見送るに、ともかくも思はねど、ただ枕の浮きぬべき心地2301すれば、「心憂きものは人の心なりけり」と、我ながら思ひ知らる。

 3 中の君の物語 匂宮と六の君の婚儀 [3-1 匂宮と六の君の婚儀]
右の大殿邸では、六条院の東の御殿を磨き飾って、この上なく万事を整えてお待ち申し上げなさるが、十六日の月がだんだん高く昇るまで見えないので、たいしてお気に入りでもない結婚なので、どうなのだろうと、ご心配になって、様子を探って御覧になると、
「この夕方、宮中から退出なさって、二条院にいらっしゃるという」
と、人が申す。お気に入りの人がおありなのでと、おもしろくないけれども、今夜が過ぎてしまうのも物笑いになるだろうから、ご子息の頭中将を使いとして申し上げなさった。
「大空の月でさえ宿るわたしの邸にお待ちする
宵が過ぎてもまだお見えにならないあなたですね」
宮は、「かえって今日が結婚式だと知らせまい、お気の毒だ」とお思いになって、内裏にいらっしゃった。お手紙を差し上げたお返事はどうあったのだろうか、やはりとてもかわいそうに思われなさったので、こっそりとお渡りになったのであった。かわいらしい様子を、見捨ててお出かけになる気もせず、いとおしいので、いろいろと将来を約束し慰めて、ご一緒に月を眺めていらっしゃるところであった。
女君は、日頃もいろいろとお悩みになることが多かったが、何とかして表情に表すまいと我慢なさっては、さりげなく心静めていらっしゃることなので、特にお耳に入れないふうに、おっとりと振る舞っていらっしゃる様子は、まことにおいたわしい。
中将が参上なさったのをお聞きになって、そうはいってもあちらもお気の毒なので、お出かけになろうとして、
「今、直ぐに帰って来ます。独りで月を御覧なさいますな。上の空の思いでとても辛い」
と申し上げおきなさって、やはり見ていられないので、物蔭を通って寝殿へお渡りになる、その後ろ姿を見送るにつけ、あれこれ思わないが、ただ枕が浮いてしまいそうな気がするので、「嫌なものは人の心であった」と、自分のことながら思い知られる。

 3 Tale of Nakanokimi Nionomi gets married to Rokunokimi [3-1 Nionomiya and Rokunokimi's marriage ceremony]
 Migi-no-Ohoidono ni ha, Rokudeu-no-win no himgasi no otodo migaki siturahi te, kagiri naku yorodu wo totonohe te mati kikoye tamahu ni, isayohi-no-tuki yau-yau sasi-agaru made kokoro-motonakere ba, ito si mo mi-kokoro ni ira nu koto ni te, ika nara m to, yasukara zu omohosi te, anai-si tamahe ba,
 "Ko no yuhu-tu-kata, Uti yori ide tamahi te, Nideu-no-win ni nam ohasimasu naru."
 to, hito mausu. Obosu hito mo'tamahe re ba to, kokoro-yamasikere do, koyohi sugi m mo hito-warahe naru bekere ba, Miko no Tou-no-Tiuzyau si te kikoye tamahe ri.
 "Oho-zora no tuki dani yadoru waga yado ni
 matu yohi sugi te miye nu Kimi kana
"
 Miya ha, "Naka-naka ima nam to mo miye zi, kokoro-gurusi." to obosi te, Uti ni ohasi keru wo, ohom-humi kikoye tamahe ri keri. Ohom-kaheri ya ikaga ari kem, naho ito ahare ni obosa re kere ba, sinobi te watari tamahe ri keru nari keri. Rautage naru arisama wo, mi-sute te idu beki kokoti mo se zu, itohosikere ba, yorodu ni tigiri nagusame te, morotomo ni tuki wo nagame te ohasuru hodo nari keri.
 Womna-Gimi ha, hi-goro mo yorodu ni omohu koto ohokare do, ikade kesiki ni idasa zi to nen-zi kahesi tutu, turenaku samasi tamahu koto nare ba, koto ni kiki mo todome nu sama ni, ohodoka ni motenasi te ohasuru kesiki, ito ahare nari.
 Tiuzyau no mawiri tamahe ru wo kiki tamahi te, sasuga ni kare mo itohosikere ba, ide tamaha m tote,
 "Ima, ito toku mawiri ko m. Hitori tuki na mi tamahi so. Kokoro sora nare ba ito kurusiki."
 to kikoye oki tamahi te, naho kataharaitakere ba, kakure no kata yori sinden he watari tamahu, ohom-usirode wo mi-okuru ni, tomo-kaku-mo omoha ne do, tada makura no uki nu beki kokoti sure ba, "Kokoro-uki mono ha hito no kokoro nari keri." to, ware nagara omohi sira ru.

 [3-2 中の君の不安な心境]
「幼きほどより心細くあはれなる身どもにて、世の中を思ひとどめたるさまにもおはせざりし人一所を頼みきこえさせて、さる山里に年経しかど、いつとなくつれづれにすごくありながら、いとかく心にしみて世を憂きものとも思はざりしに、うち続きあさましき御ことどもを思ひしほどは、世にまたとまりて片時経べくもおぼえず、恋しく悲しきことのたぐひあらじと思ひしを、命長くて今までもながらふれば、人の思ひたりしほどよりは、人にもなるやうなるありさまを、長かるべきこととは思はねど、見る限りは憎げなき御心ばへもてなしなるに、やうやう思ふこと薄らぎてありつるを、この折ふし2302の身の憂さはた、言はむ方なく、限りとおぼゆるわざなりけり。
ひたすら世になくなりたまひにし人びとよりは、さりともこれは、時々もなどかは、とも思ふべきを、今宵かく見捨てて出でたまふつらさ、来し方行く先、皆かき乱り心細くいみじきが、わが心ながら思ひやる方なく、心憂くもあるかな。おのづからながらへば」
など慰めむことを思ふに、さらに姨捨山の月澄み昇り2303て、夜更くるままによろづ思ひ乱れたまふ。松風の吹き来る音も、荒ましかりし山おろしに思ひ比ぶれば、いとのどかになつかしく、めやすき御住まひなれど、今宵はさもおぼえず、椎の葉の音2304には劣りて思ほゆ。
「山里の松の蔭にもかくばかり
身にしむ秋の風はなかりき」
来し方忘れにけるにやあらむ。
老い人どもなど、
「今は、入らせたまひね。月見るは忌み2305はべるものを。あさましく、はかなき御くだものをだに御覧じ入れねば、いかにならせたまはむ」と。「あな、見苦しや。ゆゆしう思ひ出でらるることもはべるを、いとこそわりなく」
とうち嘆きて、
「いで、この御ことよ。さりとも、かうておろかには、よもなり果てさせたまはじ。さいへど、もとの心ざし深く思ひそめつる仲は、名残なからぬものぞ」
など言ひあへるも、さまざまに聞きにくく、「今は、いかにもいかにもかけて言はざらなむ、ただにこそ見め」と思さるるは、人には言はせじ、我一人怨みきこえむとにやあらむ。「いでや、中納言殿の、さばかりあはれなる御心深さを」など、そのかみの人びとは言ひあはせて、「人の御宿世のあやしかりけることよ」と言ひあへり。

 [3-2 中の君の不安な心境]
「幼いころから心細く哀れな姉妹で、世の中に執着などお持ちでなかった父宮お一方をお頼り申し上げて、あのような山里に何年も過ごしてきたが、いつとなく所在なく寂しい生活ではあったが、とてもこのように心にしみてこの世が嫌なものだと思わなかったが、引き続いて思いがけない肉親の死に遭って悲しんだ時は、この世にまた生き遺って片時も生き続けようとは思えず、悲しく恋しいことの例はあるまいと思ったが、命長く今まで生き永らえていたので、皆が思っていたほどよりは、人並みになったような有様が、長く続くこととは思わないが、一緒にいる限りは憎めないご愛情やお扱いであるが、だんだんと悩むことが薄らいできていたが、この度の身のつらさは、言いようもなく、最後だと思われることであった。
跡形もなくすっかりお亡くなりになってしまった方々よりは、いくらなんでも、宮とは時々でも何でお会いできないことがないだろうかと思ってもよいのだが、今夜このように見捨ててお出かけになるつらさが、過去も未来も、すべて分からなくなって、心細く悲しいのが、自分の心ながらも晴らしようもなく、嫌なことだわ。自然と生き永らえていればまた」
などと慰めることを思うと、さらに姨捨山の月が澄み昇って、夜が更けて行くにつれて千々に心が乱れなさる。松風が吹いて来る音も、荒々しかった山下ろしに思い比べると、とてものんびりとやさしく、感じのよいお住まいであるが、今夜はそのようには思われず、椎の葉の音には劣った感じがする。
「山里の松の蔭でもこれほどに
身にこたえる秋の風は経験しなかった」
過去のつらかったことを忘れたのであろうか。
老女連中などは、
「もう、お入りなさいませ。月を見ることは忌むと言いますから。あきれてまあ、ちょっとした果物でさえお見向きもなさらないので、どのようにおなりあそばすのでしょう」と。「ああ、見苦しいこと。不吉にも思い出されることがございますが、まことに困ったこと」
と溜息をついて、
「いえね、今度の殿の事ですよ。いくらなんでも、このままいい加減なお扱いで終わることはなされますまい。そうは言っても、もともと深い愛情で結ばれた仲は、すっかり切れてしまうものでございません」
などと言い合っているのも、あれこれと聞きにくくて、「今はもう、どうあろうとも口に出して言うまい、ただ黙って見ていよう」とお思いなさるのは、人には言わせないで、自分独りお恨み申そうというのであろうか。「いえね、中納言殿が、あれほど親身なご親切でしたのに」などと、その当時からの女房たちは言い合って、「人のご運命のあやにくなことよ」と言い合っていた。

 [3-2 Nakanokimi's uneasy mind]
 "Wosanaki hodo yori kokoro-bosoku ahare naru mi-domo ni te, yononaka wo omohi todome taru sama ni mo ohase zari si hito hito-tokoro wo tanomi kikoye sase te, saru yama-zato ni tosi he sika do, itu to naku ture-dure ni sugoku ari nagara, ito kaku kokoro ni simi te yo wo uki mono to mo omoha zari si ni, uti-tuduki asamasiki ohom-koto-domo wo omohi si hodo ha, yo ni mata tomari te kata-toki hu beku mo oboye zu, kohisiku kanasiki koto no taguhi ara zi to omohi si wo, inoti nagaku te ima made mo nagarahure ba, hito no omohi tari si hodo yori ha, hito ni mo naru yau naru arisama wo, nagakaru beki koto ha omoha ne do, miru kagiri ha nikuge naki mi-kokoro-bahe motenasi naru ni, yau-yau omohu koto usuragi te ari turu wo, ko no wori-husi no mi no usa hata, iha m kata naku, kagiri to oboyuru waza nari keri.
 Hitasura yo ni nakunari tamahi ni si hito-bito yori ha, sari to mo kore ha, toki-doki mo nado ka ha, to mo omohu beki wo, koyohi kaku mi-sute te ide tamahu turasa, ki-si-kata yuku-saki, mina kaki-midari kokoro-bosoku imiziki ga, wa ga kokoro nagara omohi-yaru kata naku, kokoro-uku mo aru kana! Onodukara nagarahe ba."
 nado, nagusame m koto wo omohu ni, sara ni Wobasute-yama no tuki sumi nobori te, yo hukuru mama ni yorodu omohi midare tamahu. Matukaze no huki kuru oto mo, aramasikari si yamaorosi ni omohi-kurabure ba, ito nodoka ni natukasiku, meyasuki ohom-sumahi nare do, koyohi ha sa mo oboye zu, sihi no ha no oto ni ha otori te omohoyu.
 "Yamazato no matu no kage ni mo kaku bakari
 mi ni simu aki no kaze ha nakari ki
"
 Ki-si-kata wasure ni keru ni ya ara m?
 Oyi-bito-domo nado,
 "Ima ha, ira se tamahi ne. Tuki miru ha imi haberu mono wo. Asamasiku, hakanaki ohom-kudamono wo dani go-ran-zi ire ne ba, ika ni nara se tamaha m." to, "Ana, mi-gurusi ya! Yuyusiu omohi-ide raruru koto mo haberu wo, ito koso wari naku."
 to uti-nageki te,
 "Ide, ko no ohom-koto yo! Sari to mo, kau te oroka ni ha, yo mo nari-hate sase tamaha zi. Sa ihe do, moto no kokorozasi hukaku omohi-some turu naka ha, nagori nakara nu mono zo."
 nado ihi-ahe ru mo, sama-zama ni kiki nikuku, "Ima ha, ika ni mo ika ni mo kake-te iha zara nam, tada ni koso mi me." to obosa ruru ha, hito ni ha iha se zi, ware hitori urami kikoye m to ni ya ara m? "Ide ya, Tiunagon-dono no, sa-bakari ahare naru mi-kokoro-hukasa wo." nado, sono-kami no hito-bito ha ihi-ahase te, "Hito no ohom-sukuse no ayasikari keru koto yo!" to ihi-ahe ri.

 [3-3 匂宮、六の君に後朝の文を書く]
宮は、いと心苦しく思しながら、今めかしき御心は、いかでめでたきさまに待ち思はれむと、心懸想して、えならず薫きしめたまへる御けはひ、言はむ方なし。待ちつけきこえたまへる所のありさまも、いとをかしかりけり。人のほど、ささやかにあえかになどはあらで、よきほどになりあひたる心地したまへるを、
「いかならむ。ものものしくあざやぎて、心ばへもたをやかなる方はなく、ものほこりかになどやあらむ。さらばこそ、うたてあるべけれ」
などは思せど、さやなる御けはひにはあらぬにや、御心ざしおろかなるべくも思されざりけり。秋の夜なれど2306、更けにしかばにや、ほどなく明けぬ。
帰りたまひても、対へはふともえ渡りたまはず、しばし大殿籠もりて、起きてぞ御文書きたまふ。
「御けしきけしうはあらぬなめり」
と、御前なる人びとつきじろふ。
「対の御方こそ心苦しけれ。天下にあまねき御心なりとも、おのづからけおさるることもありなむかし」
など、ただにしもあらず、皆馴れ仕うまつりたる人びとなれば、やすからずうち言ふどももありて、すべて、なほねたげなるわざにぞありける。御返りも、「こなたにてこそは」と思せど、「夜のほどおぼつかなさも、常の隔てよりはいかが」と、心苦しければ、急ぎ渡りたまふ。
寝くたれの御容貌、いとめでたく見所ありて、入りたまへるに、臥したるもうたてあれば、すこし起き上がりておはするに、うち赤みたまへる顔の匂ひなど、今朝しもことにをかしげさまさりて見えたまふに、あいなく涙ぐまれて、しばしうちまもりきこえたまふを、恥づかしく思してうつ臥したまへる、髪のかかり、髪ざしなど、なほいとありがたげなり。
宮も、なまはしたなきに、こまやかなることなどは、ふともえ言ひ出でたまはぬ面隠しにや、
「などかくのみ悩ましげなる御けしきならむ。暑きほどのこととか、のたまひしかば、いつしかと涼しきほど待ち出でたるも、なほはればれしからぬは、見苦しきわざかな。さまざまにせさすることも、あやしく験なき心地こそすれ。さはありとも、修法はまた延べてこそはよからめ。験あらむ僧もがな。なにがし僧都をぞ、夜居にさぶらはすべかりける」
など、やうなるまめごとをのたまへば2307、かかる方にも言よきは、心づきなくおぼえたまへど、むげにいらへきこえざらむも例ならねば、
「昔も、人に似ぬありさまにて、かやうなる折はありしかど、おのづからいとよくおこたるものを」
とのたまへば、
「いとよくこそ、さはやかなれ」
とうち笑ひて、「なつかしく愛敬づきたる方は、これに並ぶ人はあらじかし」とは思ひながら、なほまた、とくゆかしき方の心焦られも立ち添ひたまへるは、御心ざしおろかにもあらぬなめりかし。

 [3-3 匂宮、六の君に後朝の文を書く]
宮は、たいそうお気の毒にお思いになりながら、派手好きなご性格は、何とか立派な婿殿と期待されようと、気取って、何ともいえず素晴らしい香をたきしめなさったご様子は、申し分がない。お待ち申し上げていらっしゃるところの様子も、まことに素晴らしかった。身体つきは、小柄で華奢といったふうではなく、ちょうどよいほどに成人していらっしゃるのを、
「どんなものかしら。もったいぶって気が強くて、気立ても柔らかいところがなく、何となく高慢な感じであろうか。それであったら、嫌な感じがするだろう」
などとお思いになるが、そのようなご様子ではないのであろうか、ご執心はいい加減にはお思いなされなかった。秋の夜だが、更けてから行かれたからであろうか、まもなく明けてしまった。
お帰りになっても、対の屋へはすぐにはお渡りなることができず、しばらくお寝みになって、起きてからお手紙をお書きになる。
「ご様子は悪くはないようだわ」
と御前の人びとがつつき合う。
「対の御方はお気の毒だわ。どんなに広いお心であっても、自然と圧倒されることがきっとあるでしょう」
などと、平気でいられず、みな親しくお仕えしている人びとなので、穏やかならず言う者もいて、総じて、やはり妬ましいことであった。お返事も、「こちらで」とお思いになったが、「夜の間の気がかりさも、いつものご無沙汰よりもどんなものか」と、気にかかるので、急いでお渡りになる。
寝起き姿のご容貌が、たいそう立派で見所があって、お入りになったので、臥せっているのも嫌なので、少し起き上がっていらっしゃると、ちょっと赤らんでいらっしゃる顔の美しさなどが、今朝は特にいつもより格別に美しさが増してお見えになるので、無性に涙ぐまれて、暫くの間じっとお見つめ申していらっしゃると、恥ずかしくお思いになってうつ伏せなさっている、髪のかかり具合、かっこうなどが、やはりまことに見事である。
宮も、何か体裁悪いので、こまごまとしたことなどは、ちっともおっしゃらない照れ隠しであろうか、
「どうしてこうしてばかり苦しそうなご様子なのでしょう。暑いころのゆえとか、おっしゃっていたので、早く涼しいころになればと待っていたのに、依然として気分が良くならないのは、困ったことですわ。いろいろとさせていたことも、不思議に効果がない気がする。そうはいっても、修法はまた延長してよいだろう。効験のある僧はいないだろうか。何某僧都を、夜居に伺候させればよかった」
など、といったような実際的なことをおっしゃるので、このような方面でも調子のよい話は、気にくわなく思われなさるが、全然お返事申し上げないのもいつもと違うので、
「昔も、人と違った体質で、このようなことはありましたが、自然と良くなったものです」
とおっしゃるので、
「とてもよくまあ、さっぱりしたものですね」
とにっこりして、「やさしくかわいらしい点ではこ、の人に並ぶ者はいない」とは思いながら、やはりまた、早く逢いたい方への焦りの気持ちもお加わりになっているのは、ご愛情も並々ではないのであろうよ。

 [3-3 Nionomiya sends a letter to Rokunokimi after the first night of marriage]
 Miya ha, ito kokoro-gurusiku obosi nagara, imamekasiki mi-kokoro ha, ika de medetaki sama ni mati omoha re m to, kokoro-gesau si te, e nara zu taki sime tamahe ru ohom-kehahi, iha m kata nasi. Mati tuke kikoye tamahe ru tokoro no arisama mo, ito wokasikari keri. Hito no hodo, sasayaka ni ayeka ni nado ha ara de, yoki hodo ni nari ahi taru kokoti si tamahe ru wo,
 "Ika nara m? Mono-monosiku azayagi te, kokorobahe mo tawoyaka naru kata ha naku, mono hokorika ni nado ya ara m? Sara ba koso, utate aru bekere."
 nado ha obose do, sayau naru ohom-kehahi ni ha ara nu ni ya, mi-kokorozasi oroka naru beku mo obosa re zari keri. Aki no yo nare do, huke ni sika ba ni ya, hodo naku ake nu.
 Kaheri tamahi te mo, tai he ha huto mo e watari tamaha zu, sibasi ohotono-gomori te, oki te zo ohom-humi kaki tamahu.
 "Mi-kesiki kesiu ha ara nu na'meri."
 to, o-mahe naru hito-bito tukizirohu.
 "Tai-no-Ohomkata koso kokoro-gurusikere. Tenka ni amaneki mi-kokoro nari to mo, onodukara ke-osaruru koto mo ari na m kasi."
 nado, tada ni si mo ara zu, mina nare tukau-maturi taru hito-bito nare ba, yasukara zu uti-ihu-domo mo ari te, subete, naho netage naru waza ni zo ari keru. Ohom-kaheri mo, "Konata ni te koso ha." to obose do, "Yo no hodo obotukanasa mo, tune no hedate yori ha ikaga?" to, kokoro-kurusikere ba, isogi watari tamahu.
 Nekutare no ohom-katati, ito medetaku mi-dokoro ari te, iri tamahe ru ni, husi taru mo utate are ba, sukosi okiagari te ohasuru ni, uti-akami tamahe ru kaho no nihohi nado, kesa si mo koto ni wokasige-sa masari te miye tamahu ni, ainaku namida-guma re te, sibasi uti-mamori kikoye tamahu wo, hadukasiku obosi te utu-busi tamahe ru, kami no kakari, kamzasi nado, naho ito arigatage nari.
 Miya mo, nama-hasitanaki ni, komayaka naru koto nado ha, huto mo e ihi-ide tamaha nu omo-gakusi ni ya,
 "Nado kaku nomi nayamasige naru mi-kesiki nara m. Atuki hodo no koto to ka, notamahi sika ba, itusika to suzusiki hodo mati-ide taru mo, naho hare-baresikara nu ha, mi-gurusiki waza kana! Sama-zama ni se sasuru koto mo, ayasiku sirusi naki kokoti koso sure. Sa ha ari to mo, suhohu ha mata nobe te koso ha yokara me. Sirusi ara m sou mo gana! Nanigasi-Soudu wo zo, yowi ni saburaha su bekari keru."
 nado, yau naru mame-goto wo notamahe ba, kakaru kata ni mo koto yoki ha, kokoro-duki naku oboye tamahe do, muge ni irahe kikoye zara m mo rei nara ne ba,
 "Mukasi mo, hito ni ni nu arisama ni te, ka-yau naru wori ha ari sika do, onodukara ito yoku okotaru mono wo."
 to notamahe ba,
 "Ito yoku koso, sahayaka nare."
 to uti-warahi te, "Natukasiku aigyau-duki taru kata ha, kore ni narabu hito ha ara zi kasi." to ha omohi nagara, naho mata, toku yukasiki kata no kokoro-ira re mo tati-sohi tamahe ru ha, mi-kokorozasi oroka ni mo ara nu na'meri kasi.

 [3-4 匂宮、中の君を慰める]
されど、見たまふほどは変はるけぢめもなきにや、後の世まで誓ひ頼めたまふことどもの尽きせぬを聞くにつけても、げに、この世は短かめる命待つ間2308も、つらき御心に見えぬべければ、「後の契りや違はぬこともあらむ」と思ふにこそ、なほこりずまに、またも2309頼まれぬべけれとて2310、いみじく念ずべかめれど、え忍びあへぬにや、今日は泣きたまひぬ。
日ごろも、「いかでかう思ひけりと見えたてまつらじ」と、よろづに紛らはしつるを、さまざまに思ひ集むることし多かれば、さのみもえもて隠されぬにや、こぼれそめては、えとみにもためらはぬ2311を、いと恥づかしくわびしと思ひて、いたく背きたまへば、しひてひき向けたまひつつ、
「聞こゆるままに、あはれなる御ありさまと見つるを、なほ隔てたる御心こそありけれな。さらずは、夜のほどに思し変はりにたるか」
とて、わが御袖して涙を拭ひたまへば、
「夜の間の心変はりこそ、のたまふにつけて、推し量られはべりぬれ」
とて、すこしほほ笑みぬ。
「げに、あが君や、幼なの御もの言ひやな。されど2312まことには、心に隈のなければ、いと心やすし。いみじくことわりして聞こゆとも、いとしるかるべきわざぞ。むげに世のことわりを知りたまはぬこそ、らうたきものからわりなけれ。よし、わが身になしても思ひめぐらしたまへ。身を心ともせぬ2313ありさまなり。もし、思ふやうなる世もあらば、人にまさりける心ざしのほど、知らせたてまつるべきひとふしなむある。たはやすく言出づべきことにもあらねば、命のみこそ」
などのたまふほどに、かしこにたてまつれたまへる御使、いたく酔ひ過ぎにければ、すこし憚るべきことども忘れて、けざやかにこの南面に参れり。

 [3-4 匂宮、中の君を慰める]
けれど、向き合っていらっしゃる間は変わった変化もないのであろうか、来世まで誓いなさることの尽きないのを聞くにつけても、なるほど、この世は短い寿命を待つ間も、つらいお気持ちは表れるにきまっているので、「来世の約束も違わないことがあろうか」と思うと、やはり性懲りもなく、また頼らずにはいられないと思って、ひどく祈るようであるが、我慢することができなかったのか、今日は泣いておしまいになった。
日頃も、「何とかこう悩んでいたと見られ申すまい」と、いろいろと紛らわしていたが、あれやこれやと思うことが多いので、そうばかりも隠していられなかったのか、涙がこぼれ出しては、すぐには止められないのを、とても恥ずかしくわびしいと思って、かたくなに横を向いていらっしゃるので、無理に前にお向けになって、
「申し上げるままに、いとしいお方と思っていたのに、やはりよそよそしいお心がおありなのですね。そうでなければ、夜の間にお変わりになったのですか」
と言って、ご自分のお袖で涙をお拭いになると、
「夜の間の心変わりとは、そうおっしゃることによって、想像されました」
と言って、少しにっこりした。
「なるほど、あなたは、子供っぽいおっしゃりようですよ。けれどほんとうのところは、心に隠し隔てがないので、とても気楽だ。ひどくもっともらしく申し上げたところで、とてもはっきりと分かってしまうものです。まるきり夫婦の仲というものをご存知ないのは、かわいらしいものの困ったものです。よし、自分の身になって考えてください。この身を思うにまかせない状態です。もし、思うとおりにできる時がきたら、誰にもまさる愛情のほどを、お知らせ申し上げることが一つあるのです。簡単に口に出すべきことでないので、寿命があったら」
などとおっしゃるうちに、あちらに差し上げなさったお使いが、ひどく酔い過ぎたので、少し遠慮すべきことも忘れて、おおっぴらにこの対の南面に参上した。

 [3-4 Nionomiya comforts Nakanokimi's uneasy mind]
 Saredo, mi tamahu hodo ha kaharu kedime mo naki ni ya, noti no yo made tikahi tanome tamahu koto-domo no tukise nu wo kiku ni tuke te mo, geni, ko no yo ha mizikaka' meru inoti matu ma mo, turaki mi-kokoro ni miye nu bekere ba, "Noti no tigiri ya tagaha nu koto mo ara m." to omohu ni koso, naho korizuma ni, mata mo tanoma re nu bekere tote, imiziku nen-zu beka' mere do, e sinobi ahe nu ni ya, kehu ha naki tamahi nu.
 Hi-goro mo, "Ikade kau omohi keri to miye tatematura zi." to, yorodu ni magirahasi turu wo, sama-zama ni omohi atumuru koto si ohokare ba, sa nomi mo e mote-kakusa re nu ni ya, kobore some te ha, e tomi ni mo tameraha nu wo, ito hadukasiku wabisi to omohi te, itaku somuki tamahe ba, sihite hiki-muke tamahi tutu,
 "Kikoyuru mama ni, ahare naru ohom-arisama to mi turu wo, naho hedate taru mi-kokoro koso ari kere na! Sara zu ha, yo no hodo ni obosi kahari ni taru ka?"
 tote, wa ga ohom-sode si te namida wo noguhi tamahe ba,
 "Yo no ma no kokoro-gahari koso, notamahu ni tuke te, osihakara re haberi nure."
 tote, sukosi hohowemi nu.
 "Geni, a ga Kimi ya, wosana no ohom-mono-ihi ya na! Saredo, makoto ni ha, kokoro ni kuma nakere ba, ito kokoro-yasusi. Imiziku kotowari si te kikoyu to mo, ito sirukaru beki waza zo. Muge ni yo no kotowari wo siri tamaha nu koso, rautaki mono kara wari nakere. Yosi, wa ga mi ni nasi te mo omohi megurasi tamahe. Mi wo kokoro to mo se nu arisama nari. Mosi, omohu yau naru yo mo ara ba, hito ni masari keru kokorozasi no hodo, sira se tatematuru beki hitohusi nam aru. Tahayasuku koto idu beki koto ni mo ara ne ba, inoti nomi koso."
 nado notamahu hodo ni, kasiko ni tatemature tamahe ru ohom-tukahi, itaku wehi sugi ni kere ba, sukosi habakaru beki koto-domo wasure te, kezayaka ni ko no minami-omote ni mawire ri.

 [3-5 後朝の使者と中の君の諦観]
海人の刈るめづらしき玉藻にかづき埋もれたるを、「さなめり」と、人びと見る。いつのほどに急ぎ書きたまへらむと見るも、やすからずはありけむかし。宮も、あながちに隠すべきにはあらねど、さしぐみはなほいとほしきを、すこしの用意はあれかしと、かたはらいたけれど、今はかひなければ、女房して御文とり入れさせたまふ。
「同じくは、隔てなきさまにもてなし果ててむ」と思ほして、ひき開けたまへるに、「継母の宮の御手なめり」と見ゆれば、今すこし心やすくて、うち置きたまへり。宣旨書きにても、うしろめたのわざや。
「さかしらは、かたはらいたさに、そそのかしはべれど、いと悩ましげにてなむ。
女郎花しをれぞまさる朝露の
いかに置きける名残なるらむ」
あてやかにをかしく書きたまへり。
「かことがましげなるもわづらはしや。まことは、心やすくてしばしはあらむと思ふ世を、思ひの外にもあるかな」
などはのたまへど、
「また二つとなくて、さるべきものに思ひならひたるただ人の仲こそ、かやうなることの恨めしさなども、見る人苦しくはあれ、思へばこれはいと難し。つひにかかるべき御ことなり。宮たちと聞こゆるなかにも、筋ことに世人思ひきこえたれば、幾人も幾人も得たまはむことも、もどきあるまじければ、人も、この御方いとほしなども思ひたらぬなるべし。かばかりものものしくかしづき据ゑたまひて、心苦しき方、おろかならず思したるをぞ、幸ひおはしける」
と聞こゆめる。みづからの心にも、あまりにならはしたまうて、にはかにはしたなかるべきが嘆かしきなめり。
「かかる道を、いかなれば浅からず人の思ふらむと、昔物語などを見るにも、人の上にても、あやしく聞き思ひしは、げにおろかなるまじきわざなりけり」
と、わが身になりてぞ、何ごとも思ひ知られたまひける。

 [3-5 後朝の使者と中の君の諦観]
素晴らしく衣装を肩に被いて埋もれているのを、「そうらしい」と、女房たちは見る。いつの間に急いでお書きになったのだろうと見るのも、おもしろくなかったであろうよ。宮も、無理に隠すべきことでもないが、いきなり見せるのはやはりお気の毒なので、少しは気をつけてほしかったと、はらはらしたが、もうしかたがないので、女房をしてお手紙を受け取らせなさる。
「同じことなら、すべて隠し隔てないようにしよう」とお思いになって、お開きになると、「継母の宮のご筆跡のようだ」と見えるので、少しは安心してお置きになった。代筆でも、気がかりなことであるよ。
「さし出でますことは、きまりが悪いので、お勧めしましたが、とても悩ましそうでしたので。
女郎花が一段と萎れています
朝露がどのように置いていったせいなのでしょうか」
上品で美しくお書きになっていた。
「恨みがましい歌なのも厄介だね。ほんとうは、気楽に当分暮らしていようと思っていたのに、意外なことになったものだ」
などとはおっしゃるが、
「また他に二人となくて、そのような仲に馴れている臣下の夫婦仲は、このようなことの恨めしさなども、見る人は気の毒にも思うが、思えばこの宮はとても難しい。結局はこのようになることである。宮様方と申し上げる中でも、将来を特に世間の人がお思い申し上げているので、幾人も幾人もお持ちになることも、非難されるべきことでないので、誰も、この方をお気の毒だなどと思わないのであろう。これほど重々しく大切にお住まわせになって、おいたわしくお思いになること、並々でなくお思いでいるのを、幸いでいらっしゃった」
とお噂申し上げるようだ。自分自身の気持ちでも、あまり大事にしていてくださって、急に具合が悪くなるのが嘆かわしいのだろう。
「このような夫婦の問題を、どうして大問題扱いを人はするのだろうと、昔物語などを見るにつけても、人の身の上でも、不思議に聞いて思っていたのは、なるほど大変なことなのであった」
と、自分の身になって、何事も理解されるのであった。

 [3-5 Messenger of Nionomiya's letter and Nakanokimi's resignation]
 Ama no karu medurasiki tama-mo ni kaduki udumore taru wo, "Sa na'meri." to, hito-bito miru. Itu no hodo ni isogi kaki tamahe ra m to miru mo, yasukara zu ha ari kem kasi. Miya mo, anagati ni kakusu beki ni ha ara ne do, sasigumi ha naho itohosiki wo, sukosi no youi ha are kasi to, kataharaitakere do, ima ha kahi nakere ba, nyoubau si te ohom-humi tori-ire sase tamahu.
 "Onaziku ha, hedate naki sama ni motenasi hate te m." to omohosi te, hiki-ake tamahe ru ni, "Mama-haha no Miya no ohom-te na'meri." to miyure ba, ima sukosi kokoro-yasuku te, uti-oki tamahe ri. Senzi-gaki ni te mo, usirometa no waza ya!
 "Sakasira ha, kataharaitasa ni, sosonokasi habere do, ito nayamasige ni te nam.
 Wominahesi siwore zo masaru asa-tuyu no
 ika ni oki keru nagori naru ram
"
 Ateyaka ni wokasiku kaki tamahe ri.
 "Kakoto-gamasige naru mo wadurahasi ya! Makoto ha, kokoro-yasuku te sibasi ha ara m to omohu yo wo, omohi no hoka ni mo aru kana!"
 nado ha notamahe do,
 "Mata hutatu to naku te, saru beki mono ni omohi narahi taru tada-udo no naka koso, kayau naru koto no uramesisa nado mo, miru hito kurusiku ha are, omohe ba kore ha ito katasi. Tuhi ni kakaru beki ohom-koto nari. Miya-tati to kikoyuru naka ni mo, sudi koto ni yo-hito omohi kikoye tare ba, iku-tari mo iku-tari mo e tamaha m koto mo, modoki aru mazikere ba, hito mo, ko no ohom-kata itohosi nado mo omohi tara nu naru besi. Kabakari mono-monosiku kasiduki suwe tamahi te, kokoro-gurusiki kata, oroka nara zu obosi taru wo zo, saihahi ohasi keru."
 to kikoyu meru. Midukara no kokoro ni mo, amari ni narahasi tamau te, nihaka ni hasitanakaru beki ga kanasiki na'meri.
 "Kakaru miti wo, ika nare ba asakara zu hito no omohu ram to, mukasi-monogatari nado wo miru ni mo, hito no uhe ni te mo, ayasiku kiki omohi si ha, geni oroka naru maziki waza nari keri."
 to, wa ga mi ni nari te zo, nani-goto mo omohi sira re tamahi keru.

 [3-6 匂宮と六の君の結婚第二夜]
宮は、常よりもあはれに、うちとけたるさまにもてなしたまひて、
「むげにもの参らざなるこそ、いと悪しけれ」
とて、よしある御くだもの召し寄せ、また、さるべき人召して、ことさらに調ぜさせなどしつつ、そそのかしきこえたまへど、いとはるかにのみ思したれば、「見苦しきわざかな」と嘆ききこえたまふに、暮れぬれば、夕つ方、寝殿へ渡りたまひぬ。
風涼しく、おほかたの空をかしきころなるに、今めかしきにすすみたまへる御心なれば、いとどしく艶なるに、もの思はしき人の御心のうちは、よろづに忍びがたきことのみぞ多かりける。ひぐらしの鳴く声に、山の蔭2314のみ恋しくて、
「おほかたに聞かましものをひぐらしの
声恨めしき秋の暮かな」
今宵はまだ更けぬに出でたまふなり。御前駆の声の遠くなるままに、海人も釣すばかり2315になるも、「我ながら憎き心かな」と、思ふ思ふ聞き臥したまへり。はじめよりもの思はせたまひし2316ありさまなどを思ひ出づるも、疎ましきまでおぼゆ。
「この悩ましきことも、いかならむとすらむ。いみじく命短き族なれば、かやうならむついでにもやと、はかなくなりなむとすらむ」
と思ふには、「惜しからねど、悲しくもあり、またいと罪深くもあなるものを」など、まどろまれぬままに思ひ明かしたまふ。

 [3-6 匂宮と六の君の結婚第二夜]
宮は、いつもよりも愛情深く、心を許した様子にお扱いをなさって、
「まったく食事をなさらないのは、とてもよくないことです」
と言って、結構な果物を持って来させて、また、しかるべき料理人を召して、特別に料理させなどして、お勧め申し上げなさるが、まるで手をお出しにならないので、「見ていられないことだ」とご心配申し上げなさっているうちに、日が暮れたので、夕方、寝殿へお渡りになった。
風が涼しく、いったいの空も趣きのあるころなので、派手好みでいらっしゃるご性分なので、ますます浮き浮きした気になって、物思いをしている方のご心中は、何事につけ堪え難いことばかりが多かったのである。蜩のなく声に、山里ばかりが恋しくて、
「宇治にいたら何気なく聞いただろうに
蜩の声が恨めしい秋の暮だこと」
今夜はまだ更けないうちにお出かけになるようである。御前駆の声が遠くなるにつれて、海人が釣するくらいなるのも、「自分ながら憎い心だわ」と、思いながら聞き臥せっていらっしゃった。はじめから物思いをおさせになった頃のことなどを思い出すにつけても、疎ましいまでに思われる。
「この悩ましいことも、どのようになるのであろう。たいそう短命な一族なので、このような折にでもと、亡くなってしまうのであろうか」
と思うと、「惜しくはないが、悲しくもあり、またとても罪深いことであるというが」などと、眠れないままに夜を明かしなさる。

 [3-6 Nionomiya and Rokunokimi's the second night of marriage]
 Miya ha, tune yori mo ahare ni, utitoke taru sama ni motenasi tamahi te,
 "Muge ni mono mawira za'naru koso, ito asikere."
 tote, yosi aru ohom-kudamono mesi-yose, mata, saru beki hito mesi te, kotosara ni teu-ze sase nado si tutu, sosonokasi kikoye tamahe do, ito haruka ni nomi obosi tare ba, "Mi-gurusiki waza kana!" to nageki kikoye tamahu ni, kure nure ba, yuhu-tu-kata, sinden he watari tamahi nu.
 Kaze suzusiku, ohokata no sora wokasiki koro naru ni, imamekasiki ni susumi tamahe ru mi-kokoro nare ba, itodosiku en naru ni, mono omohasiki hito no mi-kokoro no uti ha, yorodu ni sinobi gataki koto nomi zo ohokari keru. Higurasi no naku kowe ni, yama no kage nomi kohisiku te,
 "Ohokata ni kika masi mono wo higurasi no
 kowe uramesiki aki no kure kana
"
 Koyohi ha mada huke nu ni ide tamahu nari. Ohom-saki no kowe no tohoku naru mama ni, ama mo turi su bakari ni naru mo, "Ware nagara nikuki kokoro kana!" to, omohu omohu kiki-husi tamahe ri. Hazime yori mono omoha se tamahi si arisama nado wo omohi-iduru mo, utomasiki made oboyu.
 "Ko no nayamasiki koto mo, ika nara m to su ram? Imiziku inoti mizikaki zou nare ba, kayau nara m tuide ni mo ya to, hakanaku nari na m to sura m?"
 to omohu ni ha, "Wosikara ne do, kanasiku mo ari, mata ito tumi hukaku mo a'naru mono wo!" nado, madoroma re nu mama ni omohi-akasi tamahu.

 [3-7 匂宮と六の君の結婚第三夜の宴]
その日は、后の宮悩ましげにおはしますとて、誰も誰も、参りたまへれど、御風邪におはしましければ、ことなることもおはしまさずとて、大臣は昼まかでたまひにけり。中納言の君誘ひきこえたまひて、一つ御車にてぞ出でたまひにける。
「今宵の儀式、いかならむ。きよらを尽くさむ」と思すべかめれど、限りあらむかし。この君も、心恥づかしけれど、親しき方のおぼえは、わが方ざまにまたさるべき人もおはせず、ものの栄にせむに、心ことにおはする人なればなめりかし。例ならずいそがしくまでたまひて、人の上に見なしたるを口惜しとも思ひたらず、何やかやともろ心に扱ひたまへるを、大臣は、人知れずなまねたしと思しけり。
宵すこし過ぐるほどにおはしましたり。寝殿の南の廂、東に寄りて御座参れり。御台八つ、例の御皿など、うるはしげにきよらにて、また、小さき台二つに、花足の皿なども、今めかしくせさせたまひて、餅参らせたまへり。めづらしからぬこと書きおくこそ憎けれ。
大臣渡りたまひて、「夜いたう更けぬ」と、女房してそそのかし申したまへど、いとあざれて、とみにも出でたまはず。北の方の御はらからの左衛門督、藤宰相などばかりものしたまふ。
からうして出でたまへる御さま、いと見るかひある心地す。主人の頭中将、盃ささげて御台参る。次々の御土器、二度、三度参りたまふ。中納言のいたく勧めたまへるに、宮すこしほほ笑みたまへり。
「わづらはしきわたりを」
と、ふさはしからず思ひて言ひしを、思し出づるなめり。されど、見知らぬやうにて、いとまめなり。
東の対に出でたまひて、御供の人びともてはやしたまふ。おぼえある殿上人どもいと多かり。
四位六人は、女の装束に細長添へて、五位十人は、三重襲の唐衣、裳の腰も皆けぢめあるべし。六位四人は、綾の細長、袴など。かつは、限りあることを飽かず思しければ、ものの色、しざまなどをぞ、きよらを尽くしたまへりける。
召次、舎人などの中には、乱りがはしきまでいかめしくなむありける。げに、かくにぎははしくはなやかなることは、見るかひあれば、物語などに、まづ言ひたてたるにやあらむ。されど、詳しくはえぞ数へ立てざりけるとや。

 [3-7 匂宮と六の君の結婚第三夜の宴]
その日は、后の宮が悩ましそうでいらっしゃると聞いて、皆が皆、参内なさったが、お風邪でいらっしゃったので、格別のことはおありでないと聞いて、大臣は昼に退出なさったのであった。中納言の君をお誘い申されて、一台に相乗りしてお下がりになった。
「今夜の儀式を、どのようにしよう。善美を尽くそう」と思っていらっしゃるらしいが、限度があるだろうよ。この君も、気が置ける方であるが、親しい人と思われる点では、自分の一族にまたそのような人もいらっしゃらず、祝宴の引き立て役にするには、また心格別でいらっしゃる方だからであろう。いつもと違って急いで参上なさって、人の身の上のことを残念だとも思わずに、何やかやと心を合わせてご協力なさるのを、大臣は、人には知られず憎らしいとお思いになるのであった。
宵が少し過ぎたころにおいでになった。寝殿の南の廂間の、東に寄った所にご座所を差し上げた。御台八つ、通例のお皿など、きちんと美しくて、また、小さい台二つに、華足の皿の類を、新しく準備させなさって、餅を差し上げなさった。珍しくもないことを書き置くのも気が利かないこと。
大臣がお渡りになって、「夜がたいそう更けてしまった」と、女房を介して祝宴につくことをお促し申し上げなさるが、まことにしどけないお振る舞いで、すぐには出ていらっしゃらない。北の方のご兄弟の左衛門督や、藤宰相などばかりが伺候なさる。
やっとお出になったご様子は、まことに見る効のある気がする。主人の頭中将が、盃をささげてお膳をお勧めする。次々にお盃を、二度、三度とお召し上がりになる。中納言がたいそうお勧めになるので、宮は少し苦笑なさった。
「やっかいな所だ」
と、自分には不適当な所だと思って言ったのを、お思い出しになったようである。けれど、知らないふりして、たいそうまじめくさっている。
東の対にお出になって、お供の人々を歓待なさる。評判のよい殿上人連中もたいそう多かった。
四位の六人には、女の装束に細長を添えて、五位の十人には、三重襲の唐衣、裳の腰もすべて差異があるようである。六位の四人には、綾の細長、袴など。一方では、限度のあることを物足りなくお思いになったので、色合いや、仕立てなどに、善美をお尽くしになったのであった。
召次や、舎人などの中には、度を越すと思うほど立派であった。なるほど、このように派手で華美なことは、見る効あるので、物語などにも、さっそく言い立てたのであろうか。けれど、詳しくはとても数え上げられなかったとか。

 [3-7 Nionomiya and Rokunokimi's the third night of marriage]
 So no hi ha, Kisai-no-Miya nayamasige ni ohasimasu tote, tare mo tare mo, mawiri tamahe re do, ohom-kaze ni ohasimasi kere ba, koto naru koto mo ohasimasa zu tote, Otodo ha hiru makade tamahi keri. Tiunagon-no-Kimi sasohi kikoye tamahi te, hitotu kuruma ni te zo ide tamahi ni keru.
 "Koyohi no gisiki, ika nara m? Kiyora wo tukusa m." to obosu beka' mere do, kagiri ara m kasi. Ko no Kimi mo, kokoro-hadukasikere do, sitasiki kata no oboye ha, wa ga kata-zama ni mata saru beki hito mo ohase zu, mono no haye ni se m ni, kokoro koto ni ohasuru hito nare ba na'meri kasi. Rei nara zu isogasiku made tamahi te, hito no uhe ni mi-nasi taru wo kutiwosi to mo omohi tara zu, nani ya ka ya to moro-gokoro ni atukahi tamahe ru wo, Otodo ha, hito sire zu nama-netasi to obosi keri.
 Yohi sukosi suguru hodo ni ohasimasi tari. Sinden no minami no hisasi, himgasi ni yori te o-masi mawire ri. Mi-dai ya-tu, rei no ohom-sara nado, uruhasige ni kiyora ni te, mata, tihisaki dai huta-tu ni, kesoku no sara nado mo, imamekasiku se sase tamahi te, motihi mawira se tamahe ri. Medurasikara nu koto kaki oku koso nikukere.
 Otodo watari tamahi te, "Yo itau huke nu." to, nyoubau si te sosonokasi mausi tamahe do, ito azare te, tomi ni mo ide tamaha zu. Kitanokata no ohom-harakara no Sa-Wemon-no-Kami, Tou-Saisyau nado bakari monosi tamahu.
 Karausite ide tamahe ru ohom-sama, ito miru kahi aru kokoti su. Aruzi no Tou-no-Tiuzyau, sakaduki sasage te mi-dai mawiru. Tugi tugi no ohom-kaharake, huta-tabi, mi-tabi mawiri tamahu. Tiunagon no itaku susume tamahe ru ni, Miya sukosi hohowemi tamahe ri.
 "Wadurahasiki watari wo."
 to, husahasikara zu omohi te ihi si wo, obosi-iduru na'meri. Saredo, mi-sira nu yau ni te, ito mame nari.
 Himgasi-no-tai ni ide tamahi te, ohom-tomo no hito-bito mote-hayasi tamahu. Oboye aru Tenzyau-bito-domo ito ohokari.
 Si-wi roku-nin ha, womna no sauzoku ni hosonaga sohe te, go-wi zihu-nin ha, mihe-gasane no karaginu, mo no kosi mo mina kedime aru besi. Roku-wi yo-nin ha, aya no hosonaga, hakama nado. Katu ha, kagiri aru koto wo aka zu obosi kere ba, mono no iro, sizama nado wo zo, kiyora wo tukusi tamahe ri keru.
 Mesi-tugi, Toneri nado no naka ni ha, midari-gahasiki made ikamesiku nam ari keru. Geni, kaku nigihahasiku hanayaka naru koto ha, miru kahi are ba, monogatari nado ni, madu ihi-tate taru ni ya ara m. Saredo, kuhasiku ha e zo kazohe tate zari keru to ya!

 4 薫の物語 中の君に同情しながら恋慕の情高まる [4-1 薫、匂宮の結婚につけわが身を顧みる]
中納言殿の御前の中に、なまおぼえあざやかならぬや、暗き紛れに立ちまじりたりけむ、帰りてうち嘆きて、
「わが殿の、などかおいらかに、この殿の御婿にうちならせたまふまじき。あぢきなき御独り住みなりや」
と、中門のもとにてつぶやきけるを聞きつけたまひて、をかしとなむ思しける。夜の更けてねぶたきに、かのもてかしづかれつる人びとは、心地よげに酔ひ乱れて寄り臥しぬらむかしと、うらやましきなめりかし。
君は、入りて臥したまひて、
「はしたなげなるわざかな。ことことしげなるさましたる親の出でゐて、離れぬなからひなれど、これかれ、火明くかかげて、勧めきこゆる盃などを、いとめやすくもてなしたまふめりつるかな」
と、宮の御ありさまを、めやすく思ひ出でたてまつりたまふ。
「げに、我にても、よしと思ふ女子持たらましかば、この宮をおきたてまつりて2317、内裏にだにえ参らせざらまし」と思ふに、「誰も誰も、宮にたてまつらむと心ざしたまへる女は、なほ源中納言にこそと、とりどりに言ひならふなるこそ、わがおぼえの口惜しくはあらぬなめりな。さるは、いとあまり世づかず、古めきたるものを」など、心おごりせらる。
「内裏の御けしきあること、まことに思したたむに、かくのみもの憂くおぼえば、いかがすべからむ。おもだたしきことにはありとも、いかがはあらむ。いかにぞ、故君にいとよく似たまへらむ時に、うれしからむかし」と思ひ寄らるるは、さすがにもて離るまじき心なめりかし。

 4 薫の物語 中の君に同情しながら恋慕の情高まる [4-1 薫、匂宮の結婚につけわが身を顧みる]
中納言殿の御前駆の中に、あまり待遇がよくなかったのか、暗い物蔭に立ち交じっていたのだろうか、帰って来て嘆いて、
「わが殿は、どうしておとなしくて、この殿の婿におなりあそばさないのだろう。つまらない独身生活だよ」
と、中門の側でぶつぶつ言っていたのをお聞きつけになって、おかしくお思いになるのであった。夜が更けて眠たいのに、あの歓待されている人びとは、気持ちよさそうに酔い乱れて寄り臥せってしまったのだろうと、羨ましいようである。
君は、部屋に入ってお臥せりになって、
「きまりの悪いことだなあ。仰々しい父親が出て来て座って、縁遠くはない仲だが、あちこちに、火を明るく掲げて、お勧め申した盃事などを、とても体裁よくお振る舞いになったな」
と、宮のお振舞を、無難であったとお思い出し申し上げなさる。
「なるほど、自分でも、良いと思う女の子を持っていたら、この宮をお措き申しては、宮中にさえ入内させないだろう」と思うと、「誰も彼もが、宮に差し上げたいと志していらっしゃる娘は、やはり源中納言にこそと、それぞれ言っているらしいことは、自分の評判がつまらないものではないのだな。実のところは、あまり結婚に関心もなく、ぱっとしないのに」などと、大きな気持ちにおなりになる。
「帝の御内意のあることが、本当に御決意なさったら、このようにばかり何となく億劫にばかり思っていたら、どうしたものだろう。面目がましいことではあるが、どんなものだろうか。どうかな、亡くなった姫君にとてもよく似ていらっしゃったら、嬉しいことだろう」と自然と思い寄るのは、やはりまったく関心がないではないのであろうよ。

 4 Tale of Kaoru Kaoru's sympathy and love to Nakanokimi [4-1 Kaoru considers himself as Nionomiya gets married to Rokunokimi]
 Tiunagon-dono no go-zen no naka ni, nama-oboye azayaka nara nu ya, kuraki magire ni tati-maziri tari kem, kaheri te uti-nageki te,
 "Wa ga Tono no, nado ka oyiraka ni, ko no Tono no ohom-muko ni uti-nara se tamahu maziki. Adikinaki ohom-hitori-zumi nari ya!"
 to, Tiu-mon no moto ni te tubuyaki keru wo kiki-tuke tamahi te, wokasi to nam obosi keru. Yo no huke te nebutaki ni, ka no mote-kasiduka re turu hito-bito ha, kokoti-yoge ni wehi midare te yori-husi nu ram kasi to, urayamasiki na'meri kasi.
 Kimi ha, iri te husi tamahi te,
 "Hasitanage naru waza kana! Koto-kotosige naru sama si taru oya no ide wi te, hanare nu nakara hi nare do, kore kare, hi akaku kakage te, susume kikoyuru sakaduki nado wo, ito meyasuku motenasi tamahu meri turu kana!"
 to, Miya no ohom-arisama wo, meyasuku omohi-ide tatematuri tamahu.
 "Geni, ware ni te mo, yosi to omohu womna-go mo'tara masika ba, ko no Miya wo oki tatematuri te, Uti ni dani e mawira se zara masi." to omohu ni, "Tare mo tare mo, Miya ni tatematura m to kokorozasi tamahe ru musume ha, naho Gwen-Tiunagon ni koso to, tori-dori ni ihi narahu naru koso, wa ga oboye no kutiwosiku ha ara nu na'meri na. Saru ha, ito amari yo-duka zu, hurumeki taru mono wo." nado, kokoro-ogori se raru.
 "Uti no mi-kesiki aru koto, makoto ni obosi tata m ni, kaku nomi mono-uku oboye ba, ikaga su bekara m? Omodatasiki koto ni ha ari to mo, ikaga ha ara m? Ika ni zo, ko-Kimi ni ito yoku ni tamahe ra m toki ni, uresikara m kasi." to omohi yora ruru ha, sasuga ni mote hanaru maziki na'meri kasi.

 [4-2 薫と按察使の君、匂宮と六の君]
例の、寝覚がちなるつれづれなれば、按察使の君とて、人よりはすこし思ひましたまへるが局におはして、その夜は明かしたまひつ。明け過ぎたらむを、人の咎むべきにもあらぬに、苦しげに急ぎ起きたまふを、ただならず思ふべかめり。
「うち渡し世に許しなき関川を
みなれそめけむ名こそ惜しけれ」
いとほしければ、
「深からず上は見ゆれど関川2318の
下の通ひは絶ゆるものかは」
深しと、のたまはむにてだに頼もしげなきを、この上の浅さは、いとど心やましくおぼゆらむかし。妻戸押し開けて、
「まことは、この空見たまへ。いかでかこれを知らず顔にては明かさむとよ。艶なる人まねにてはあらで、いとど明かしがたくなり行く、夜な夜なの寝覚には、この世かの世までなむ思ひやられて、あはれなる」
など、言ひ紛らはしてぞ出でたまふ。ことにをかしきことの数を尽くさねど、さまの2319なまめかしき見なしにやあらむ、情けなくなどは人に思はれたまはず。かりそめの戯れ言をも言ひそめたまへる人の、気近くて見たてまつらばや、とのみ思ひきこゆるにや、あながちに、世を背きたまへる宮の御方に、縁を2320尋ねつつ参り集まりてさぶらふも、あはれなること、ほどほどにつけつつ多かるべし。
宮は、女君の御ありさま、昼見きこえたまふに、いとど御心ざしまさりけり。おほきさよきほどなる人の、様体いときよげにて、髪のさがりば、頭つきなどぞ、ものよりことに、あなめでた、と見えたまひける。色あひあまりなるまで匂ひて、ものものしく気高き顔の、まみいと恥づかしげにらうらうじく、すべて何ごとも足らひて、容貌よき人と言はむに、飽かぬところなし。
二十に一つ二つぞ余りたまへりける。いはけなきほどならねば、片なりに飽かぬところなく、あざやかに、盛りの花と見えたまへり。限りなくもてかしづきたまへるに、かたほならず。げに、親にては、心も惑はし2321たまひつべかりけり。
ただ、やはらかに愛敬づきらうたきことぞ、かの対の御方はまづ思ほし出でられける。もののたまふいらへなども、恥ぢらひたれど、また、あまりおぼつかなくはあらず、すべていと見所多く、かどかどしげなり。
よき若人ども三十人ばかり、童六人、かたほなるなく、装束なども、例のうるはしきことは、目馴れて思さるべかめれば、引き違へ、心得ぬまでぞ好みそしたまへる。三条殿腹の大君を、春宮に参らせたまへるよりも、この御ことをば、ことに思ひおきてきこえたまへるも、宮の御おぼえありさまからなめり。

 [4-2 薫と按察使の君、匂宮と六の君]
いつものように、寝覚めがちな何もすることのないころなので、按察使の君といって、他の女房よりは少し気に入っていらっしゃる者の部屋にいらして、その夜は明かしなさった。夜の明け過ぎても、誰も非難するはずもないのに、つらそうに急いで起きなさるので、平気ではいられないようである。
「いったいに世間から認められない仲なのに
お逢いし続けているという評判が立つのが辛うございます」
気の毒なので、
「深くないように表面は見えますが
心の底では愛情の絶えることはありません」
深いと、おっしゃるだけでも頼りないのを、これ以上の浅さは、ますますつらく嫌に思われるであろうよ。妻戸を押し開けて、
「ほんとうは、この空を御覧なさい。どうしてこれを知らない顔で夜を明かそうかよ。風流人を気取るのではないが、ますます明かしがたくなってゆく、夜々の寝覚めには、この世やあの世まで思い馳せられて、しんみりする」
などと、言い紛らわしてお出になる。特に趣きのある言葉の数々は尽くさないが、態度が優美に見えるせいであろうか、情けのない人のようには誰からも思われなさらない。ちょっとした冗談を言いかけなさった女房で、お側近くに拝見したい、とばかりお思い申しているのか、強引に、出家なさった宮の御方に、縁故を頼っては頼って参集して仕えているのも、気の毒なことが、身分に応じて多いのであろう。
宮は、女君のご様子、昼間に拝見なさると、ますますお気持ちが深くなるのであった。背恰好も程よい人で、姿態はたいそう美しくて、髪のさがり具合、頭の恰好などは、人より格別にすぐれて、まあ素晴らしい、とお見えになるのであった。色艶があまりにもつやつやとして、堂々とした気品のある顔で、目もとがとてもこちらが恥ずかしくなるほど美しくかわいらしく、何から何まで揃っていて、器量のよい人というのに、足りないところがない。
二十歳を一、二歳越えていらっしゃった。幼い年ではないので、不十分で足りないところはなく、華やかで、花盛りのようにお見えになっていた。この上なく大事にお世話なさっていたので、不十分なところがない。なるほど、親としては、夢中になるのも無理からぬことであった。
ただ、もの柔らかで魅力的でかわいらしい点では、あの対の御方がまっさきにお心に浮かぶのであった。何かおっしゃるお返事なども、恥じらっていらっしゃるが、また、あまりにはっきりしないことはなく、総じて実にとりえが多くて、才気がありそうである。
器量のよい若い女房連中を三十人ほど、童女を六人、整っていないのはなく、装束なども、例によって格式ばったことは、目馴れてお思いになるだろうから、変わって、いかがと思われるまで趣向をお凝らしになっていた。三条殿腹の大君を、東宮に参内させなさった時よりも、この儀式を、特別にお考えおきなさっていたのも、宮のご評判や様子からのようである。

 [4-2 Kaoru and his girlfriend Azechinokimi, Nionomiya and Rokunokimi]
 Rei no, nezame-gati naru ture-dure nare ba, Azeti-no-Kimi tote, hito yori ha sukosi omohi-masi tamahe ru ga tubone ni ohasi te, so no yo ha akasi tamahi tu. Ake sugi tara m wo, hito no togamu beki ni mo ara nu ni, kurusige ni isogi oki tamahu wo, tada nara zu omohu beka'meri.
 "Uti-watasi yo ni yurusi naki Seki-kaha wo
 minare some kem na koso wosikere
"
 Itohosikere ba,
 "Hukakara zu uhe ha miyure do Seki-kaha no
 sita no kayohi ha tayuru mono ka ha
"
 Hukasi to, notamaha m ni te dani tanomosige naki wo, ko no uhe no asasa ha, itodo kokoro-yamasiku oboyura m kasi. Tumado osi-ake te,
 "Makoto ha, ko no sora mi tamahe. Ikade ka kore wo sira-zu-gaho ni te ha akasa m to yo! En naru hito-mane ni te ha ara de, itodo akasi gataku nari yuku, yo-na yo-na no ne-zame ni ha, ko no yo ka no yo made nam omohi-yara re te, ahare naru."
 nado, ihi-magirahasi te zo ide tamahu. Koto ni wokasiki koto no kazu wo tukusa ne do, sama no namamekasiki mi-nasi ni ya ara m, nasake naku nado ha hito ni omoha re tamaha zu. Karisome no tahabure-goto wo mo ihi some tamahe ru hito no, ke-dikaku te mi tatematura baya, to nomi omohi kikoyuru ni ya, anagati ni, yo wo somuki tamahe ru Miya-no-Ohomkata ni, en wo tadune tutu mawiri atumari te saburahu mo, ahare naru koto, hodo-hodo ni tuke tutu ohokaru besi.
 Miya ha, Womna-Gimi no ohom-arisama, hiru mi kikoye tamahu ni, itodo mi-kokorozasi masari keri. Ohokisa yoki hodo naru hito no, yaudai ito kiyoge ni te, kami no sagariba, kasira-tuki nado zo, mono yori koto ni, ana medeta, to miye tamahi keru. Iro-ahi amari naru made nihohi te, mono-monosiku kedakaki kaho no, mami ito hadukasige ni rau-rauziku, subete nani-goto mo tarahi te, katati yoki hito to iha m ni, aka nu tokoro nasi.
 Ni-zihu ni hito-tu huta-tu zo amari tamahe ri keru. Ihakenaki hodo nara ne ba, kata-nari ni aka nu tokoro naku, azayaka ni, sakari no hana to miye tamahe ri. Kagiri naku mote-kasiduki tamahe ru ni, kataho nara zu. Geni, oya ni te ha, kokoro mo madohasi tamahi tu bekari keri.
 Tada, yaharaka ni aigyau-duki rautaki koto zo, ka no Tai-no-Ohomkata ha madu omohosi ide rare keru. Mono notamahu irahe nado mo, hadirahi tare do, mata, amari obotukanaku ha ara zu, subete ito mi-dokoro ohoku, kado-kadosige nari.
 Yoki waka-udo-domo sam-zihu-nin bakari, waraha roku-nin, kataho naru naku, sauzoku nado mo, rei no uruhasiki koto ha, me-nare te obosa ru beka'mere ba, hiki-tagahe, kokoro-e nu made zo konomi sosi tamahe ru. Samdeu-dono-bara no Ohoi-Kimi wo, Touguu ni mawira se tamahe ru yori mo, ko no ohom-koto wo ba, koto ni omohi oki te kikoye tamahe ru mo, Miya no ohom-oboye arisama kara na'meri.

 [4-3 中の君と薫、手紙を書き交す]
かくて後、二条院に、え心やすく渡りたまはず。軽らかなる御身ならねば、思すままに、昼のほどなどもえ出でたまはねば、やがて同じ南の町に、年ごろありしやうにおはしまして、暮るれば、また、え引き避きても渡りたまはずなどして、待ち遠なる折々あるを、
「かからむとすることとは思ひしかど、さしあたりては、いとかくやは名残なかるべき。げに、心あらむ人は、数ならぬ身を知らで、交じらふべき世にもあらざりけり」
と、返す返すも山路分け出でけむほど、うつつともおぼえず悔しく悲しければ、
「なほ、いかで忍びて渡りなむ2322。むげに背くさまにはあらずとも、しばし心をも慰めばや。憎げにもてなしなどせばこそ、うたてもあらめ」
など、心一つに思ひあまりて、恥づかしけれど、中納言殿に文たてまつれたまふ。
「一日の御ことをば、阿闍梨の伝へたりしに、詳しく聞きはべりにき。かかる御心の名残なからましかば、いかにいとほしくと2323思ひたまへらるるにも、おろかならずのみなむ。さりぬべく2324は、みづからも」
と聞こえたまへり。
陸奥紙に、ひきつくろはずまめだち書きたまへるしも、いとをかしげなり。宮の御忌日に、例のことどもいと尊くせさせたまへりけるを、喜びたまへるさまの、おどろおどろしくはあらねど、げに、思ひ知りたまへるなめりかし。例は、これよりたてまつる御返りをだに、つつましげに思ほして、はかばかしくも続けたまはぬを、「みづから」とさへのたまへるが、めづらしくうれしきに、心ときめきもしぬべし。
宮の今めかしく好みたちたまへるほどにて、思しおこたりけるも、げに心苦しく推し量らるれば、いとあはれにて、をかしやかなることもなき御文を、うちも置かず、ひき返しひき返し見ゐたまへり。御返りは、
「承りぬ。一日は、聖だちたるさまにて、ことさらに忍びはべしも、さ思ひたまふるやうはべるころほひにてなむ。名残とのたまはせたるこそ、すこし浅くなりにたるやうにと、恨めしく思うたまへらるれ。よろづはさぶらひてなむ。あなかしこ」
と、すくよかに、白き色紙のこはごはしきにてあり。

 [4-3 中の君と薫、手紙を書き交す]
こうして後は、二条院に、気安くお渡りになれない。軽々しいご身分でないので、お考えのままに、昼間の時間もお出になることができないので、そのまま同じ六条院の南の町に、以前に住んでいたようにおいでになって、暮れると、再び、この君を避けてあちらへお渡りになることもできないなどして、待ち遠しい時々があるが、
「このようなことになるとは思っていたが、当面すると、まるっきり変わってしまうものであろうか。なるほど、思慮深い人は、物の数にも入らない身分で、結婚すべきではなかった」
と、繰り返し山里を出て来た当座のことを、現実とも思われず悔しく悲しいので、
「やはり、何とかしてこっそりと帰りたい。まるっきり縁が切れるというのでなくとも、暫く気を休めたいものだ。憎らしそうに振る舞ったら、嫌なことであろう」
などと、胸一つに思いあまって、恥ずかしいが、中納言殿に手紙を差し上げなさる。
「先日の御事は、阿闍梨が伝えてくれたので、詳しくお聞きしました。このようなご親切がなかったら、どんなにかおいたわしいことかと存じられますにつけても、深く感謝申し上げております。できますことなら、親しくお礼を」
と申し上げなさった。
陸奥紙に、しゃれないできちんとお書きになっているのが、実に美しい。宮のご命日に、例の法事をとても尊くおさせになったのを、喜んでいらっしゃる様子が、仰々しくはないが、なるほど、お分かりになったようである。いつもは、こちらから差し上げるお返事でさえ、遠慮深そうにお思いになって、てきぱきともお書きにならないのに、「親しくお礼を」とまでおっしゃったのが、珍しく嬉しいので、心ときめきするにちがいない。
宮が新しい女性に関心を寄せていらっしゃる時なので、疎かにお扱いになっていたのも、なるほどおいたわしく推察されるので、たいそう気の毒になって、風流なこともないお手紙を、下にも置かず、繰り返し繰り返し御覧になっていた。お返事は、
「承知いたしました。先日は、修行者のような恰好で、わざとこっそり参りましたが、そのように考えますような事情がございましたときですので。引き続いてとおっしゃってくださるのは、わたしの気持ちが少し薄くなったようだからかと、恨めしく存じられます。何もかも伺いましてから。恐惶謹言」
と、きまじめに、白い色紙でごわごわとしたのに書いてある。

 [4-3 Nakanokimi and Kaoru send a letter each other]
 Kaku te noti, Nideu-no-win ni, e kokoro-yasuku watari tamaha zu. Karuraka naru ohom-mi nara ne ba, obosu mama ni, hiru no hodo nado mo e ide tamaha ne ba, yagate onazi minami-no-mati ni, tosi-goro ari si yau ni ohasimasi te, kurure ba, mata, e hiki-yoki te mo watari tamaha zu nado si te, mati-doho naru wori-wori aru wo,
 "Kakara m to suru koto to ha omohi sika do, sasi-atari te ha, ito kaku ya ha nagori nakaru beki. Geni, kokoro ara m hito ha, kazu nara nu mi wo sira de, mazirahu beki yo ni mo ara zari keri."
 to, kahesu-gahesu mo yamadi wake-ide kem hodo, ututu to mo oboye zu kuyasiku kanasikere ba,
 "Naho, ikade sinobi te watari na m. Muge ni somuku sama ni ha ara zu to mo, sibasi kokoro wo mo nagusame baya! Nikuge ni motenasi nado se ba koso, utate mo ara me."
 nado, kokoro hito-tu ni omohi amari te, hadukasikere do, Tiunagon-dono ni humi tatemature tamahu.
 "Hito-hi no ohom-koto wo ba, Azari no tutahe tari si ni, kuhasiku kiki haberi ni ki. Kakaru mi-kokoro no nagori nakara masika ba, ika ni itohosiku to omohi tamahe raruru ni mo, oroka nara zu nomi nam. Sari nu beku ha, midukara mo."
 to kikoye tamahe ri.
 Mitinokuni-gami ni, hiki-tukuroha zu mame-dati kaki tamahe ru si mo, ito wokasige nari. Miya no ohom-ki-niti ni, rei no koto-domo ito tahutoku se sase tamahe ri keru wo, yorokobi tamahe ru sama no, odoro-odorosiku ha ara ne do, geni, omohi siri tamahe ru na'meri kasi. Rei ha, kore yori tatematuru ohom-kaheri wo dani, tutumasige ni omohosi te, haka-bakasiku mo tuduke tamaha nu wo, "Midukara" to sahe notamahe ru ga, medurasiku uresiki ni, kokoro-tokimeki mo si nu besi.
 Miya no imamekasiku konomi tati tamahe ru hodo ni te, obosi okotari keru mo, geni kokoro-gurusiku osihakara rure ba, ito ahare ni te, wokasiyaka naru koto mo naki ohom-humi wo, uti mo oka zu, hiki-kahesi hiki-kahesi mi wi tamahe ri. Ohom-kaheri ha,
 "Uketamahari nu. Hito-hi ha, hiziri-dati taru sama ni te, kotosara ni sinobi habe si mo, sa omohi tamahuru yau haberu koro-hohi ni te nam. Nagori to notamaha se taru koso, sukosi asaku nari ni taru yau ni to, uramesiku omou tamahe rarure. Yorodu ha saburahi te nam. Ana kasiko."
 to, sukuyoka ni, siroki sikisi no koha-gohasiki ni te ari.

 [4-4 薫、中の君を訪問して慰める]
さて、またの日の夕つ方ぞ渡りたまへる。人知れず思ふ心し添ひたれば、あいなく心づかひいたくせられて、なよよかなる御衣どもを、いとど匂はし添へたまへるは、あまりおどろおどろしきまであるに、丁子染の扇の、もてならしたまへる移り香などさへ、喩へむ方なくめでたし。
女君も、あやしかりし夜のことなど、思ひ出でたまふ折々なきにしもあらねば、まめやかにあはれなる御心ばへの、人に似ずものしたまふを見るにつけても、「さてあらましを」とばかりは思ひやしたまふらむ。
いはけなきほどにしおはせねば、恨めしき人の御ありさまを思ひ比ぶるには、何事もいとどこよなく思ひ知られたまふにや、常に隔て多かるもいとほしく、「もの思ひ知らぬさまに思ひたまふらむ」など思ひたまひて、今日は、御簾の内に入れたてまつりたまひて、母屋の簾に几帳添へて、我はすこしひき入りて対面したまへり。
「わざと召しとはべらざりしかど、例ならず許させたまへりし喜びに、すなはちも参らまほしくはべりしを、宮渡らせたまふと承りしかば、折悪しくやはとて、今日になしはべりにける。さるは、年ごろの心のしるしもやうやうあらはれはべるにや、隔てすこし薄らぎはべりにける御簾の内よ。めづらしくはべるわざかな」
とのたまふに、なほいと恥づかしく、言ひ出でむ言葉もなき心地すれど、
「一日、うれしく聞きはべりし心の内を、例の、ただ結ぼほれながら過ぐしはべりなば、思ひ知る片端をだに、いかでかはと、口惜しさに」
と、いとつつましげにのたまふが、いたくしぞきて、絶え絶えほのかに聞こゆれば、心もとなくて、
「いと遠くもはべるかな。まめやかに聞こえさせ、承らまほしき世の御物語もはべるものを」
とのたまへば、げに、と思して、すこしみじろき寄りたまふけはひを聞きたまふにも、ふと胸うちつぶるれど、さりげなくいとど静めたるさまして、宮の御心ばへ2325、思はずに浅う2326おはしけりと思しく、かつは言ひも疎め、また慰めも、かたがたにしづしづと聞こえたまひつつおはす。

 [4-4 薫、中の君を訪問して慰める]
そうして、翌日の夕方にお渡りになった。人知れず思う気持ちがあるので、無性に気づかいがされて、柔らかなお召し物類を、ますます匂わしなさっているのは、あまりに大げさなまでにあるので、丁子染の扇の、お持ちつけになっている移り香などまでが、譬えようもなく素晴らしい。
女君も、不思議な事であった夜のことなどを、お思い出しになる折々がないではないので、誠実で情け深いお気持ちが、誰とも違っていらっしゃるのを見るにつけても、「この人と一緒になればよかった」とお思いになるのだろう。
幼いお年でもいらっしゃらないので、恨めしい方のご様子を比較すると、何事もますますこの上なく思い知られなさるのか、いつも隔てが多いのもお気の毒で、「物の道理を弁えないとお思いなさるだろう」などとお思いになって、今日は、御簾の内側にお入れ申し上げなさって、母屋の御簾に几帳を添えて、自分は少し奥に入ってお会いなさった。
「特にお呼びということではございませんでしたが、いつもと違ってお許しあそばしたお礼に、すぐにも参上したく思いましたが、宮がお渡りあそばすとお聞きいたしましたので、折が悪くてはと思って、今日にいたしました。一方では、長年の誠意もだんだん分かっていただけましたのか、隔てが少し薄らぎました御簾の内ですね。珍しいことですね」
とおっしゃるが、やはりとても恥ずかしくて、言い出す言葉もない気がするが、
「先日、嬉しく聞きました心の中を、いつものように、ただ仕舞い込んだまま過ごしてしまったら、感謝の気持ちの一部分だけでも、何とかして知ってもらえようかと、口惜しいので」
と、いかにも慎ましそうにおっしゃるのが、たいそう奥の方に身を引いて、途切れ途切れにかすかに申し上げるので、もどかしく思って、
「とても遠くでございますね。心からお話し申し上げ、またお聞き致したい世間話もございますので」
とおっしゃると、なるほど、とお思いになって、少しいざり出てお近寄りになる様子をお聞きなさるにつけても、胸がどきりとするが、平静を装いますます冷静な態度をして、宮のご愛情が、意外にも浅くおいでであったとお思いで、一方では批判したり、また一方では慰めたりして、それぞれについて落ち着いて申し上げていらっしゃる。

 [4-4 Kaoru visits and comfots Nakanokimi]
 Sate, mata no hi no yuhu-tu-kata zo watari tamahe ru. Hito sire zu omohu kokoro si sohi tare ba, ainaku kokoro-dukahi itaku se rare te, nayoyoka naru ohom-zo-domo wo, itodo nihohasi sohe tamahe ru ha, amari odoro-odorosiki made aru ni, tyauzi-zome no ahugi no, mote-narasi tamahe ru uturiga nado sahe, tatohe m kata naku medetasi.
 Womna-Gimi mo, ayasikari si yo no koto nado, omohi-ide tamahu wori-wori naki ni si mo ara ne ba, mameyaka ni ahare naru mi-kokorobahe no, hito ni ni zu monosi tamahu wo miru ni tuke te mo, "Sa te ara masi mono wo." to bakari ha omohi ya si tamahu ram.
 Ihakenaki hodo ni si ohase ne ba, uramesiki hito no ohom-arisama wo omohi kuraburu ni ha, nani-goto mo itodo koyonaku omohi sira re tamahu ni ya, tune ni hedate ohokaru mo itohosiku, "Mono omohi sira nu sama ni omohi tamahu ram." nado omohi tamahi te, kehu ha, mi-su no uti ni ire tatematuri tamahi te, moya no sudare ni kityau sohe te, ware ha sukosi hiki-iri te taimen si tamahe ri.
 "Wazato mesi to habera zari sika do, rei nara zu yurusa se tamahe ri si yorokobi ni, sunahati mo mawira mahosiku haberi si wo, Miya watara se tamahu to uketamahari sika ba, wori asiku ya ha tote, kehu ni nasi haberi ni keru. Saru ha, tosi-goro no kokoro no sirusi mo yau-yau arahare haberu ni ya, hedate sukosi usuragi haberi ni keru mi-su no uti yo. Medurasiku haberu waza kana!"
 to notamahu ni, naho ito hadukasiku, ihi-ide m kotoba mo naki kokoti sure do,
 "Hito-hi, uresiku kiki haberi si kokoro no uti wo, rei no, tada musubohore nagara sugusi haberi na ba, omohi siru katahasi wo dani, ikade ka ha to, kutiwosisa ni."
 to, ito tutumasige ni notamahu ga, itaku sizoki te, taye-daye honoka ni kikoyure ba, kokoro-motonaku te,
 "Ito tohoku mo haberu kana! Mameyaka ni kokoye sase, uketamahara mahosiki yo no ohom-monogatari mo haberu mono wo."
 to notamahe ba, geni, to obosi te, sukosi miziroki yori tamahu kehahi wo kiki tamahu ni mo, huto mune uti-tuburure do, sarige-naku itodo sidume taru sama si te, Miya no mi-kokorobahe, omoha zu ni asau ohasi keri to obosi ku, katu ha ihi mo utome, mata nagusame mo, kata-gata ni sidu-sidu to kikoye tamahi tutu ohasu.

 [4-5 中の君、薫に宇治への同行を願う]
女君は、人の御恨めしさなどは、うち出で語らひきこえたまふべきことにもあらねば、ただ、世やは憂きなど2327やうに思はせて、言少なに紛らはしつつ、山里にあからさまに渡したまへとおぼしく、いとねむごろに思ひてのたふ。
「それはしも、心一つにまかせては、え仕うまつるまじきことにはべり。なほ、宮にただ心うつくしく聞こえさせたまひて2328、かの御けしきに従ひてなむよくはべるべき。さらずは、すこしも違ひ目ありて、心軽くもなど思しものせむに、いと悪しくはべりなむ。さだにあるまじくは、道のほども御送り迎へも、おりたちて仕うまつらむに、何の憚りかははべらむ。うしろやすく人に似ぬ心のほどは、宮も皆知らせたまへり」
などは言ひながら、折々は、過ぎにし方の悔しさを忘るる折なく、ものにもがなや2329と、取り返さまほしきと、ほのめかしつつ、やうやう暗くなりゆくまでおはするに、いとうるさくおぼえて、
「さらば、心地も悩ましくのみはべるを、また、よろしく思ひたまへられむほどに、何事も」
とて、入りたまひぬるけしきなるが、いと口惜しければ、
「さても、いつばかり思し立つべきにか。いとしげくはべし道の草も、すこしうち払はせはべらむかし」
と、心とりに聞こえたまへば、しばし入りさして、
「この月は過ぎぬめれば、朔日のほどにも、とこそは思ひはべれ。ただ、いと忍びてこそよからめ。何か、世の許しなどことことしく」
とのたまふ声の、「いみじくらうたげなるかな」と、常よりも昔思ひ出でらるるに、えつつみあへで、寄りゐたまへる柱もとの2330簾の下より、やをらおよびて、御袖をとらへつ。

 [4-5 中の君、薫に宇治への同行を願う]
女君は、宮の恨めしさなどは、口に出して申し上げなさるようなことでもないので、ただ、自分だけがつらいように思わせて、言葉少なに紛らわしては、山里にこっそりとお連れくださいとのお思いで、たいそう熱心に申し上げなさる。
「そのことは、わたしの一存では、お世話できないことです。やはり、宮にただ素直にお話し申し上げなさって、あの方のご様子に従うのがよいことです。そうでなかったら、少しでも行き違いが生じて、軽率だなどとお考えになるだろうから、大変悪いことになりましょう。そういう心配さえなければ、道中のお送りや迎えも、自らお世話申しても、何の遠慮がございましょう。安心で人と違った性分は、宮もみなご存知でいらっしゃいました」
などと言いながら、時々は、過ぎ去った昔の悔しさが忘れる折もなく、できることなら昔を今に取り戻したいと、ほのめかしながら、だんだん暗くなって行くまでおいでになるので、とてもわずらわしくなって、
「それでは、気分も悪くなるばかりですので、また、よおろしくなった折に、どのような事でも」
と言って、お入りになってしまった様子なのが、とても残念なので、
「それでは、いつごろにお立ちになるつもりですか。たいそう茂っていた道の草も、少し刈り払わせましょう」
と機嫌を取って申し上げなさると、少し奥に入りかけて、
「今月は終わってしまいそうなので、来月の朔日頃にも、と思っております。ただ、とても人目に立たないのがよいでしょう。どうして、夫の許可など仰々しく必要でしょう」
とおっしゃる声が、「何ともかわいらしいな」と、いつもより亡き大君が思い出されるので、堪えきれないで、寄り掛かっていらっしゃった柱の側の簾の下から、そっと手を伸ばして、お袖を捉えた。

 [4-5 Nakanokimi asks Kaoru to take her with him to Uji]
 Womna-Gimi ha, hito no ohom-uramesisa nado ha, uti-ide katarahi kikoye tamahu beki koto ni mo ara ne ba, tada, yo ya ha uki nado yau ni omohase te, koto-zukuna ni magirahasi tutu, yama-zato ni akarasama ni watasi tamahe to obosiku, ito nemgoro no omohi te notamahu.
 "Sore ha si mo, kokoro hitotu ni makase te ha, e tukau-maturu maziki koto ni haberi. Naho, Miya ni tada kokoro utukusiku kikoye sase tamahi te, ka no mi-kesiki ni sitagahi te nam yoku haberu beki. Sara zu ha, sukosi mo tagahi-me ari te, kokoro karoku mo nado obosi monose m ni, ito asiku haberi na m. Sa dani aru maziku ha, miti no hodo mo ohom-okuri mukahe mo, oritati te tukau-matura m ni, nani no habakari ka ha habera m. Usiroyasuku hito ni ni nu kokoro no hodo ha, Miya mo mina sirase tamaeh ri."
 nado ha ihi nagara, wori-wori ha, sugi ni si kata no kuyasisa wo wasururu wori naku, mono ni mo gana ya to, torikahesa mahosiki to, honomekasi tutu, yau-yau kuraku nari-yuku made ohasuru ni, ito urusaku oboye te,
 "Sara ba, kokoti mo nayamasiku nomi haberu wo, mata, yorosiku omohi tamahe rare m hodo ni, nani-goto mo."
 tote, iri tamahi nuru kesiki naru ga, ito kutiwosikere ba,
 "Sate mo, itu bakari obosi tatu beki ni ka. Ito sigeku habe' si miti no kusa mo, sukosi uti-haraha se habera m kasi."
 to, kokoro tori ni kikoye tamahe ba, sibasi iri sasi te,
 "Ko no tuki ha sugi nu mere ba, tuitati no hodo ni mo, to koso ha omohi habere. Tada, ito sinobi te koso yokara me. Nani ka, yo no yurusi nado koto-kotosiku."
 to notamahu kowe no, "Imiziku rautage naru kana!" to, tune yori mo mukasi omohi-ide raruru ni, e tutumi ahe de, yori-wi tamahe ru hasira moto no sudare no sita yori, yawora oyobi te, ohom-sode wo torahe tu.

 [4-6 薫、中の君に迫る]
女、「さりや、あな心憂」と思ふに、何事かは言はれむ、ものも言はで、いとど引き入りたまへば、それにつきていと馴れ顔に、半らは内に入りて添ひ臥したまへり。
「あらずや。忍びてはよかるべく思すこともありけるがうれしきは、ひが耳か、聞こえさせむとぞ。疎々しく思すべきにもあらぬを、心憂のけしきや」
と怨みたまへば、いらへすべき心地もせず、思はずに憎く思ひなりぬるを、せめて思ひしづめて、
「思ひの外なりける御心のほどかな。人の思ふらむことよ。あさまし」
とあはめて、泣きぬべきけしきなる、すこしはことわりなれば、いとほしけれど、
「これは咎あるばかりのことかは。かばかりの対面は、いにしへをも思し出でよかし。過ぎにし人の御許しもありしものを。いとこよなく思しけるこそ、なかなかうたてあれ。好き好きしくめざましき心はあらじと、心やすく思ほせ」
とて、いとのどやかにはもてなしたまへれど、月ごろ悔しと思ひわたる心のうちの、苦しきまでなりゆくさまを、つくづくと言ひ続けたまひて、許すべきけしきにもあらぬに、せむかたなく、いみじとも世の常なり。なかなか、むげに心知らざらむ人よりも、恥づかしく心づきなくて、泣きたまひぬるを、
「こは、なぞ。あな、若々し」
とは言ひながら、言ひ知らずらうたげに、心苦しきものから、用意深く恥づかしげなるけはひなどの、見しほどよりも、こよなくねびまさりたまひにけるなどを見るに、「心からよそ人にしなして、かく2331やすからずものを思ふこと」と悔しきにも、またげに音は泣かれけり。

 [4-6 薫、中の君に迫る]
女は、「やはり、そうだった、ああ嫌な」と思うが、何を言うことができようか、何も言わないで、ますます奥にお入りになるので、その後についてとても物馴れた態度で、半分は御簾の内に入って添い臥せりなさった。
「そうではありません。人目に立たないようにとはよいことをお考えになったことが嬉しく思えたのは、聞き違いでしょうか、それを伺おうと思いまして。よそよそしくお思いになるべき問題でもないのでに、情けない待遇ですね」
とお恨みになると、お返事できる気もなくて、意外にも憎く思う気になるのを、無理に落ち着いて、
「意外なお気持ちですね。女房たちがどう思いましょう。あきれたこと」
と軽蔑して、泣いてしまいそうな様子なのは、少しは無理もないことなので、お気の毒とは思うが、
「これは非難されるほどのことでしょうか。この程度の面会は、昔を思い出してくださいな。亡くなった姉君のお許しもあったのに。とても疎々しくお思いになっていらっしゃるとは、かえって嫌な気がします。好色がましい目障りな気持ちはないと、安心してください」
と言って、たいそう穏やかに振る舞っていらっしゃるが、幾月もずっと後悔していた心中が、堪え難く苦しいまでになって行く様子を、つくづくと話し続けなさって、袖を放しそうな様子もないので、どうしようもなく、大変だと言ったのでは月並な表現である。かえって、まったく気持ちを知らない人よりも、恥ずかしく気にくわなくて、泣いてしまわれたのを、
「これは、どうしましたか。何とも、幼げない」
とは言いながらも、何とも言えずかわいらしく、お気の毒に思う一方で、心配りが深くこちらが恥ずかしくなるような態度などが、以前に一夜を共にした当時よりも、すっかり成人なさったのを見ると、「自分から他人に譲って、このようにつらい思いをすることよ」と悔しいのにつけても、また自然泣かれるのであった。

 [4-6 Kaoru presses Nakanokimi for his love]
 Womna, "Sari ya, ana kokoro-u!" to omohu ni, nani-goto ka ha iha re m, mono mo iha de, itodo hiki-iri tamahe ba, sore ni tuki te ito nare-gaho ni, nakara ha uti ni iri te sohi-husi tamahe ri.
 "Ara zu ya? Sinobi te ha yokaru beku obosu koto mo ari keru ga uresiki ha, higa-mimi ka, kikoye sase m to zo. Uto-utosiku obosu beki ni mo ara nu wo, kokoro-u no kesiki ya!"
 to urami tamahe ba, irahe su beki kokoti mo se zu, omoha zu ni nikuku omohi nari nuru wo, semete omohi sidume te,
 "Omohi no hoka nari keru mi-kokoro no hodo kana! Hito no omohu ram koto yo! Asamasi."
 to ahame te, naki nu beki kesiki naru, sukosi ha kotowari nare ba, itohosikere do,
 "Kore ha toga aru bakari no koto ka ha. Kabakari no taimen ha, inisihe wo mo obosi-ide yo kasi. Sugi ni si hito no ohom-yurusi mo ari si mono wo. Ito koyonaku obosi keru koso, naka-naka utate are. Suki-zukisiku mezamasiki kokoro ha ara zi to, kokoro-yasuku omohose."
 tote, ito nodoyaka ni ha motenasi tamahe re do, tuki-goro kuyasi to omohi wataru kokoro no uti no, kurusiki made nari-yuku sama wo, tuku-duku to ihi-tuduke tamahi te, yurusu beki kesiki ni mo ara nu ni, semkatanaku, imizi to mo yo no tune nari. Naka-naka, muge ni kokoro sira zara m hito yori mo, hadukasiku kokoro-dukinaku te, naki tamahi nuru wo,
 "Ko ha, na-zo? Ana, waka-wakasi."
 to ha ihi nagara, ihi sira zu rautage ni, kokoro-gurusiki mono kara, youi hukaku hadukasige naru kehahi nado no, mi si hodo yori mo, koyonaku nebi masari tamahi ni keru nado wo miru ni, "Kokoro kara yoso-bito ni nasi te, kaku yasukara zu mono wo omohu koto." to kuyasiki ni mo, mata geni ne ha naka re keri.

 [4-7 薫、自制して退出する]
近くさぶらふ女房二人ばかりあれど、すずろなる男のうち入り来たるならばこそは、こはいかなることぞとも、参り寄らめ、疎からず聞こえ交はしたまふ御仲らひなめれば、さるやうこそはあらめと思ふに、かたはらいたければ、知らず顔にてやをらしぞきぬるに、いとほしきや。
男君は、いにしへを悔ゆる心の忍びがたさなども、いと静めがたかりぬべかめれど、昔だにありがたかりし心の用意なれば、なほいと思ひのままにももてなしきこえたまはざりけり。かやうの筋は、こまかにもえなむまねび続けざりける。かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出でたまひぬ。
まだ宵と思ひつれど、暁近うなりにけるを、見とがむる人もやあらむと、わづらはしきも、女の御ためのいとほしきぞかし。
「悩ましげに聞きわたる御心地は、ことわりなりけり。いと恥づかしと思したりつる腰のしるしに、多くは心苦しくおぼえてやみぬるかな。例のをこがましの心や」と思へど、「情けなからむことは、なほいと本意なかるべし。また、たちまちのわが心の乱れにまかせて、あながちなる心をつかひて後、心やすくしもはあらざらむものから、わりなく忍びありかむほども心尽くしに、女のかたがた思し乱れむことよ」
など、さかしく思ふにせかれず、今の間も恋しき2332ぞわりなかりける。さらに見ではえあるまじくおぼえたまふも、返す返すあやにくなる心なりや。

 [4-7 薫、自制して退出する]
近くに伺候している女房が二人ほどいるが、何の関係のない男が入って来たのならば、これはどうしたことかと、近寄り集まろうが、親しくご相談し合っている仲のようなので、何か子細があるのだろうと思うと、側にいずらいので、知らない顔をしてそっと離れて行ったのは、お気の毒なことだ。
男君は、昔を後悔する心の堪えがたさなども、とても静め難いようであるが、昔でさえめったになかったお心配りなので、やはりとても思いのままにも無体な振る舞いはなさらないのだった。このような場面は、詳細に語り続けることはできないのであった。不本意ながら、人目の悪いことを思うと、あれやこれやと思い返してお出になった。
まだ宵とは思っていたが、暁近くになったのを、見咎める人もあろうかと、厄介なのも、女方の御ためにはお気の毒である。
「身体が悪そうだと聞いていたご気分は、もっともなことであった。とても恥ずかしいとお思いでいらした腰の帯を見て、大部分はお気の毒に思われてやめてしまったなあ。いつもの馬鹿らしい心だ」と思うが、「情けのない振る舞いは、やはり不本意なことだろう。また、一時の自分の心の乱れにまかせて、むやみな考えをしでかして後、気安くなくなってしまうものの、無理をして忍びを重ねるのも苦労が多いし、女方があれこれ思い悩まれることであろう」
などと、冷静に考えても抑えきれず、今の間も恋しいのは困ったことであった。ぜひとも会わなくては生きていられないように思われなさるのも、重ね重ねどうにもならない恋心であるよ。

 [4-7 Kaoru leaves Nakanokimi keeping his mind control]
 Tikaku saburahu nyoubau hutari bakari are do, suzuro naru wotoko no uti-iri ki taru nara ba koso ha, ko ha ika naru koto zo to mo, mawiri yora me, utokara zu kikoye kahasi tamahu ohom-nakarahi na'mere ba, saru yau koso ha ara me to omohu ni, kataharaitakere ba, sira-zu-gaho ni te yawora sizoki nuru ni, itohosiki ya!
 Wotoko-Gimi ha, inisihe wo kuyuru kokoro no sinobi gatasa nado mo, ito sidume gatakari nu beka' mere do, mukasi dani arigatakari si kokoro no youi nare ba, naho ito omohi no mama ni mo motenasi kikoye tamaha zari keri. Kayau no sudi ha, komaka ni mo e nam manebi tuduke zari keru. Kahi naki mono kara, hitome no ainaki wo omohe ba, yorodu ni omohi-kahesi te ide tamahi nu.
 Mada yohi to omohi ture do, akatuki tikau nari ni keru wo, mi togamuru hito mo ya ara m to, wadurahasiki mo, womna no ohom-tame no itohosiki zo kasi.
 "Nayamasige ni kiki wataru mi-kokoti ha, kotowari nari keri. Ito hadukasi to obosi tari turu kosi no sirusi ni, ohoku ha kokoro-gurusiku oboye te yami nuru kana! Rei no wokogamasi no kokoro ya!" to omohe do, "Nasake nakara m koto ha, naho ito ho'i nakaru besi. Mata, tatimati no waga kokoro no midare ni makase te, anagati naru kokoro wo tukahi te noti, kokoro-yasuku si mo ara zara m mono kara, wari naku sinobi arika m hodo mo kokoro-dukusi ni, Womna no kata-gata obosi midare m koto yo."
 nado, sakasiku omohu ni seka re zu, ima no ma mo kohisiki zo wari nakari keru. Sarani mi de ha e aru maziku oboye tamahu mo, kahesu-gahesu ayaniku naru kokoro nari ya!

 5 中の君の物語 中の君、薫の後見に感謝しつつも苦悩す [5-1 翌朝、薫、中の君に手紙を書く]
昔よりはすこし細やぎて、あてにらうたかりつるけはひなどは、立ち離れたりともおぼえず、身に添ひたる心地して、さらに異事もおぼえずなりにたり。
宇治にいと渡らまほしげに思いためるを、「さもや、渡しきこえてまし」など思へど、「まさに宮は許したまひてむや。さりとて、忍びてはた、いと便なからむ。いかさまにして2333かは、人目見苦しからで、思ふ心のゆくべき」と、心もあくがれて眺め臥したまへり。
まだいと深き朝に御文あり。例の、うはべはけざやかなる立文にて、
「いたづらに分けつる道の露しげみ
昔おぼゆる秋の空かな
 御けしきの心憂さ2334は、ことわり知らぬつらさのみなむ。聞こえさせむ方なく」
とあり。御返しなからむも、人の、例ならずと見とがむべきを、いと苦しければ、
「承りぬ。いと悩ましくて、え聞こえさせず」
とばかり書きつけたまへるを、「あまり言少ななるかな」とさうざうしくて、をかしかりつる御けはひのみ恋しく思ひ出でらる。
すこし世の中をも知りたまへるけにや、さばかりあさましくわりなしとは思ひたまへりつるものから、ひたぶるにいぶせくなどはあらで、いとらうらうじく恥づかしげなるけしきも添ひて、さすがになつかしく言ひこしらへなどして、出だしたまへるほどの心ばへなどを思ひ出づるも、ねたく悲しく、さまざまに心にかかりて、わびしくおぼゆ。何事も、いにしへにはいと多くまさりて思ひ出でらる。
「何かは。この宮離れ果てたまひなば、我を頼もし人にしたまふべきにこそはあめれ。さても、あらはれて心やすきさまにえあらじを、忍びつつまた思ひます人なき、心のとまりにてこそはあらめ」
など、ただこの事のみ、つとおぼゆるぞ、けしからぬ心なるや。さばかり心深げにさかしがりたまへど、男といふものの心憂かりけることよ。亡き人の御悲しさは、言ふかひなきことにて、いとかく苦しきまではなかりけり。これは、よろづにぞ思ひめぐらされたまひける。
「今日は、宮渡らせたまひぬ」
など、人の言ふを聞くにも、後見の心は失せて、胸うちつぶれて2335、いとうらやましくおぼゆ。

 5 中の君の物語 中の君、薫の後見に感謝しつつも苦悩す [5-1 翌朝、薫、中の君に手紙を書く]
昔よりは少し痩せ細って、上品でかわいらしかった様子などは、今離れている気もせず、わが身に添っている感じがして、まったく他の事は考えられなくなっていた。
宇治にたいそう行きたくお思いであったようなのを、「そのように、行かせてあげようか」などと思うが、「どうして宮がお許しになろうか。そうかといって、こっそりとお連れしたのでは、また不都合があろう。どのようにして、人目にも見苦しくなく、思い通りにゆくだろう」と、気も茫然として物思いに耽っていらっしゃった。
まだたいそう朝早くにお手紙がある。いつものように、表面はきっぱりした立文で、
「無駄に歩きました道の露が多いので
昔が思い出されます秋の空模様ですね
お振る舞いの情けないことは、わけの分からないつらさです。申し上げようもありません」
とある。お返事がないのも、女房が、いつもと違うと注意するだろうから、とても苦しいので、
「拝見しました。とても気分が悪くて、お返事申し上げられません」
とだけお書きつけになっているのを、「あまりに言葉が少ないな」と物足りなく思って、美しかったご様子ばかりが恋しく思い出される。
少しは男女の仲をご存知になったのだろうか、あれほどあきれてひどいとお思いになっていたが、一途に厭わしくはなく、たいそう立派にこちらが恥ずかしくなるような感じも加わって、はやり何といってもやさしく言いなだめなどして、お帰りになったときの心づかいを思い出すと、悔しく悲しく、いろいろと心にかかって、侘しく思われる。何事も、昔よりもたいそうたくさん立派になったと思い出される。
「何かまうものか。この宮が離れておしまいになったならば、わたしを頼りとする人になさるにちがいなかろう。そうなったとしても、公然と気安く会うことはできないだろうが、忍ぶ仲ながらまたこの人以上の人はいない、最後の人となるであろう」
などと、ただこのことばかりを、じっと考え続けていらっしゃるのは、よくない心であるよ。あれほど思慮深そうに賢人ぶっていらっしゃるが、男性というものは嫌なものであることよ。亡くなった人のお悲しみは、言ってもはじまらないことで、とてもこうまで苦しいことではなかった。今度のことは、あれこれと思案なさるのであった。
「今日は、宮がお渡りあそばしました」
などと、人が言うのを聞くにつけても、後見人の考えは消えて、胸のつぶれる思いで、羨ましく思われる。

 5 Tale of Nakanokimi Nakanokimi thanks for Kaoru and in agony to his kindnesses [5-1 Kaoru writes a letter to Nakanokimi next morning]
 Mukasi yori ha sukosi hosoyagi te, ate ni rautakari turu kehahi nado ha, tati-hanare tari to mo oboye zu, mi ni sohi taru kokoti si te, sarani koto-goto mo oboye zu nari ni tari.
 Udi ni ito watara mahosige ni oboi ta'meru wo, "Sa mo ya, watasi kikoye te masi." nado omohe do, "Masa ni Miya ha yurusi tamahi te m ya? Sari tote, sinobi te hata, ito bin-nakara m. Ika sama ni si te ka ha, hitome migurusikara de, omohu kokoro no yuku beki." to, kokoro mo akugare te nagame husi tamahe ri.
 Mada ito hukaki asita ni ohom-humi ari. Rei no, uhabe ha kezayaka naru tatebumi ni te,
 "Itadura ni wake turu miti no tuyu sigemi
 mukasi oboyuru aki no sora kana

 Mi-kesiki no kokoro-usa ha, kotowari sira nu turasa nomi nam. Kikoye sase m kata naku."
 to ari. Ohom-kahesi nakara m mo, hito no tame rei nara zu to mi togamu beki wo, ito kurusikere ba,
 "Uketamahari nu. Ito nayamasiku te, e kikoye sase zu."
 to bakari kaki-tuke tamahe ru wo, "Amari koto-zukuna naru kana!" to sau-zausiku te, wokasikari turu ohom-kehahi nomi kohisiku omohi-ide raru.
 Sukosi yononaka wo mo siri tamahe ru ke ni ya, sa bakari asamasiku warinasi to ha omohi tamahe ri turu mono kara, hitaburu ni ibuseku nado ha ara de, ito rau-rauziku hadukasige naru kesiki mo sohi te, sasuga ni natukasiku ihi kosirahe nado si te, idasi tamahe ru hodo no kokorobahe nado wo omohi-iduru mo, netaku kanasiku, sama-zama ni kokoro ni kakari te, wabisiku oboyu. Nani-goto mo, inisihe ni ha ito ohoku masari te omohi-ide raru.
 "Nani ka ha! Ko no Miya kare hate tamahi na ba, ware wo tanomosi-bito ni si tamahu beki ni koso ha a'mere. Sate mo, arahare te kokoro-yasuki sama ni e ara zi wo, sinobi tutu mata omohi-masu hito naki, kokoro no tomari ni te koso ha ara me."
 nado, tada ko no koto nomi, tuto oboyuru zo, kesikara nu kokoro naru ya! Sa-bakari kokoro-hukage ni sakasigari tamahe do, wotoko to ihu mono no kokoro-ukari keru koto yo! Naki hito no ohom-kanasisa ha, ihu-kahi naki koto ni te, ito kaku kurusiki made ha nakari keri. Kore ha, yorodu ni zo omohi megurasa re tamahi keru.
 "Kehu ha, Miya watara se tamahi nu."
 nado, hito no ihu wo kiku ni mo, usiromi no kokoro ha use te, mune uti-tubure te, ito urayamasiku oboyu.

 [5-2 匂宮、帰邸して、薫の移り香に不審を抱く]
宮は、日ごろになりにけるは、わが心さへ恨めしく思されて、にはかに渡りたまへる2336なりけり。
「何かは、心隔てたるさまにも見えたてまつらじ。山里にと思ひ立つにも、頼もし人に思ふ人も、疎ましき心添ひたまへりけり」
と見たまふに、世の中いと所狭く思ひなられて、「なほいと憂き身なりけり2337」と、「ただ消えせぬほどは、あるにまかせて、おいらかならむ」と思ひ果てて、いとらうたげに、うつくしきさまにもてなしてゐたまへれば、いとどあはれにうれしく思されて、日ごろのおこたりなど、限りなくのたまふ。
御腹もすこしふくらかになりにたるに、かの恥ぢたまふしるしの帯の引き結はれたるほどなど、いとあはれに、まだかかる人を近くても見たまはざりければ、めづらしくさへ思したり。うちとけぬ所にならひたまひて、よろづのこと、心やすくなつかしく思さるるままに、おろかならぬ事どもを、尽きせず契りのたまふ2338を聞くにつけても、かくのみ言よきわざにやあらむと、あながちなりつる人の御けしきも思ひ出でられて、年ごろあはれなる心ばへなどは思ひわたりつれど、かかる方ざまにては、あれをもあるまじきことと思ふにぞ、この御行く先の頼めは、いでや、と思ひながらも、すこし耳とまりける。
「さても、あさましくたゆめたゆめて、入り来たりしほどよ。昔の人に疎くて過ぎにしことなど語りたまひし心ばへは、げにありがたかりけりと、なほうちとくべくはた、あらざりけりかし」
など、いよいよ心づかひせらるるにも、久しくとだえたまはむことは、いともの恐ろしかるべくおぼえたまへば、言に出でては言はねど、過ぎぬる方よりは、すこしまつはしざまにもてなしたまへるを、宮はいとど限りなくあはれと思ほしたるに、かの人の御移り香の、いと深くしみたまへるが、世の常の香の香に入れ薫きしめたるにも似ず、しるき匂ひなるを、その道の人にしおはすれば、あやしととがめ出でたまひて、いかなりしことぞと、けしきとりたまふに、ことのほかにもて離れぬことにしあれば、言はむ方なくわりなくて、いと苦しと思したるを、
「さればよ。かならずさることはありなむ。よも、ただには思はじ、と思ひわたることぞかし」
と御心騷ぎけり。さるは、単衣の御衣なども、脱ぎ替へたまひてけれど、あやしく心より外にぞ身にしみにける。
「かばかりにては、残りありてしもあらじ」
と、よろづに聞きにくくのたまひ続くるに、心憂くて、身ぞ置き所なき。
「思ひきこゆるさまことなるものを、我こそ先になど、かやうにうち背く際はことにこそあれ。また御心おきたまふばかりのほどやは経ぬる。思ひの外に憂かりける御心かな」
と、すべてまねぶくもあらず、いとほしげに聞こえたまへど2339、ともかくもいらへたまはぬさへ、いとねたくて、
「また人に馴れける袖の移り香を
わが身にしめて恨みつるかな」
女は、あさましくのたまひ続くるに、言ふべき方もなきを、いかがは、とて、
「みなれぬる中の衣と頼めしを
かばかりにてやかけ離れなむ」
とて、うち泣きたまへるけしきの、限りなくあはれなるを見るにも、「かかればぞかし」と、いと心やましくて、我もほろほろとこぼしたまふぞ、色めかしき御心なるや。まことにいみじき過ちありとも、ひたぶるにはえぞ疎み果つまじく、らうたげに心苦しきさまのしたまへれば、えも怨み果てたまはず、のたまひさしつつ、かつはこしらへきこえたまふ。

 [5-2 匂宮、帰邸して、薫の移り香に不審を抱く]
宮は、何日もご無沙汰しているのは、自分自身でさえ恨めしく思われなさって、急にお渡りになったのであった。
「何とか、心に隔てをおいているようにはお見せ申すまい。山里にと思い立つにつけても、頼りにしている人も、嫌な心がおありだったのだわ」
とお思いになると、世の中がとても身の置き所なく思わずにはいられなくなって、「やはり嫌な身の上であった」と、「ただ死なない間は、生きているのにまかせて、おおらかにしていよう」と思いあきらめて、とてもかわいらしそうに美しく振る舞っていらっしゃるので、ますますいとしく嬉しくお思いになって、何日ものご無沙汰など、この上なくおっしゃる。
お腹も少しふっくらとなっていたので、あのお恥じらいになるしるしの腹帯が結ばれているところなど、たいそういじらしく、まだこのような人を近くに御覧になったことがないので、珍しくまでお思いになっていた。気の置けるところに居続けなさって、万事が、気安く懐かしくお思いになるままに、並々ならぬことを、尽きせず約束なさるのを聞くにつけても、こうして口先ばかり上手なのではないかと、無理なことを迫った方のご様子も思い出されて、長年親切な気持ちと思い続けていたが、このようなことでは、あの方も許せないと思うと、この方の将来の約束は、どうかしら、と思いながらも、少しは耳がとまるのであった。
「それにしても、あきれるくらいに油断させておいて、入って来たことよ。亡くなった姉君と関係なく終わってしまったことなどお話になった気持ちは、なるほど立派であったと、やはり気を許すことはあってはならないのだった」
などと、ますます心配りがされるにつけても、久しくご無沙汰が続きなさることは、とても何となく恐ろしいように思われなさるので、口に出して言わないが、今までよりは、少し引きつけるように振る舞っていらっしゃるのを、宮はますますこの上なくいとしいとお思いになっていらっしゃると、あの方の御移り香が、たいそう深く染みていらっしゃるのが、世の常の香をたきしめたのと違って、はっきりとした薫りなのを、その道の達人でいらっしゃるので、妙だと不審をいだきなさって、どうしたことかと、様子を伺いなさるので、見当外れのことでもないので、言いようもなく困って、ほんとうにつらいとお思いになっていらっしゃるのを、
「そうであったか。きっとそのようなことはあるにちがいない。よもや、平気でいられるはずがない、とずっと思っていたことだ」
とお心が騒ぐのだった。その実、単衣のお召し物類は、脱ぎ替えなさっていたが、不思議と意外にも身にしみついていたのであった。
「こんなに薫っていては、何もかも許したのであろう」
と、すべてに聞きにくくおっしゃり続けるので、情けなくて、身の置き所もない。
「お愛し申し上げているのは格別なのに、捨てられるなら自分から先になどと、このように裏切るのは身分の低い者のすることです。また隔て心をお置きになるほどご無沙汰をしたでしょうか。意外にもつらいお心ですね」
と、何から何まで語り伝えることができないくらい、とてもお気の毒な申し上げようをなさるが、何ともお返事申し上げなさらないのまでが、まことに憎らしくて、
「他の人に親しんだ袖の移り香か
わが身にとって深く恨めしいことだ」
女方は、ひどいおっしゃりようが続くので、何ともお返事できないでいるが、黙っているのもどうかしら、と思って、
「親しみ信頼してきた夫婦の仲も
この程度の薫りで切れてしまうのでしょうか」
と言って、お泣きになる様子が、この上なくかわいそうなのを見るにつけても、「これだからこそ」と、ますますいらいらして、自分もぽろぽろと涙を流しなさるのは、色っぽいお心だこと。ほんとうに大変な過ちがあったとしても、一途には疎みきれない、かわいらしくおいたわしい様子をしていらっしゃるので、最後まで恨むこともおできになれず、途中で言いさしなさっては、その一方ではお宥めすかしなさる。

 [5-2 Nionomiya gets back to his home and daubts Kaoru's leaving perfume]
 Miya ha, hi-goro ni nari ni keru ha, waga kokoro sahe uramesiku obosa re te, nihaka ni watari tamahe ru nari keri.
 "Nani ka ha, kokoro hedate taru sama ni mo miye tatematura zi. Yama-zato ni to omohi-tatu ni mo, tanomosi-bito ni omohu hito mo, utomasiki kokoro sohi tamahe ri keri."
 to mi tamahu ni, yononaka ito tokoro-seku omohi nara re te, "Naho ito uki mi nari keri." to, "Tada kiye se nu hodo ha, aru ni makase te, oyiraka nara m." to omohi-hate te, ito rautage ni, utukusiki sama ni motenasi te wi tamahe re ba, itodo ahare ni uresiku obosa re te, hi-goro no okotari nado, kagiri naku notamahu.
 Ohom-hara mo sukosi hukuraka ni nari ni taru ni, ka no hudi tamahu sirusi no obi no hiki-yuha re taru hodo nado, ito ahare ni, mada kakaru hito wo tikaku te mo mi tamaha zari kere ba, medurasiku sahe obosi tari. Utitoke nu tokoro ni narahi tamahi te, yorodu no koto, kokoro-yasuku natukasiku obosa ruru mama ni, oroka nara nu koto-domo wo, tuki se zu tigiri notamahu wo kiku ni tuke te mo, kaku nomi koto yoki waza ni ya ara m to, anagati nari turu hito no mi-kesiki mo omohi-ide rare te, tosi-goro ahare naru kokorobahe nado ha omohi watari ture do, kakaru kata-zama ni te ha, are wo mo aru maziki koto to omohu ni zo, ko no ohom-yuku-saki no tanome ha, ide ya, to omohi nagara mo, sukosi mimi tomari keru.
 "Sate mo, asamasiku tayume tayume te, iri kitari si hodo yo. Mukasi-no-Hito ni utoku te sugi ni si koto nado katari tamahi si kokorobahe ha, geni arigatakari keri to, naho utitoku beku hata, ara zari keri kasi."
 nado, iyo-iyo kokoro-dukahi se raruru ni mo, hisasiku todaye tamaha m koto ha, ito mono osorosikaru beku oboye tamahe ba, koto ni ide te ha iha ne do, sugi nuru kata yori ha, sukosi matuhasi zama ni motenasi tamahe ru wo, Miya ha itodo kagiri naku ahare to omohosi taru ni, ka no Hito no ohom-uturi-ga no, ito hukaku simi tamahe ru ga, yo no tune no kau no ka ni ire taki-sime taru ni mo ni zu, siruki nihohi naru wo, so no miti no hito ni si ohasure ba, ayasi to togame ide tamahi te, ika nari si koto zo to, kesiki tori tamahu ni, koto no hoka ni mote hanare nu koto ni si are ba, iha m kata naku wari naku te, ito kurusi to obosi taru wo,
 "Sareba yo. Kanara zu saru koto ha ari na m. Yo mo, tada ni ha omoha zi, to omohi wataru koto zo kasi."
 to mi-kokoro sawagi keri. Saru ha, hitohe no ohom-zo nado mo, nugi-kahe tamahi te kere do, ayasiku kokoro yori hoka ni zo mi ni simi ni keru.
 "Kabakari ni te ha, nokori ari te si mo ara zi."
 to, yorodu ni kiki nikuku notamahi tudukuru ni, kokoro-uku te, mi zo oki-dokoro naki.
 "Omohi kikoyuru sama koto naru mono wo, ware koso saki ni nado, kayau ni uti-somuku kiha ha koto ni koso are. Mata mi-kokoro-oki tamahu bakari no hodo ya ha he nuru. Omohi no hoka ni ukari keru mi-kokoro kana!"
 to, subete manebu beku mo ara zu, itohosige ni kikoye tamahe do, tomo-kaku-mo irahe tamaha nu sahe, ito netaku te,
 "Mata hito ni nare keru sode no uturi-ga wo
 wa ga mi ni sime te urami turu kana
"
 Womna ha, asamasiku notamahi tudukuru ni, ihu beki kata mo naki wo, ikaga ha, tote,
 "Minare nuru naka no koromo to tanome si wo
 kabakari ni te ya kake hanare na m
"
 tote, uti-naki tamahe ru kesiki no, kagiri naku ahare naru wo miru ni mo, "Kakare ba zo kasi." to, ito kokoro-yamasiku te, ware mo horo-horo to kobosi tamahu zo, iro-mekasiki mi-kokoro naru ya! Makoto ni imiziki ayamati ari to mo, hitaburu ni ha e zo utomi hatu maziku, rautage ni kokoro-gurusiki sama no si tamahe re ba, e mo urmi hate tamaha zu, notamahi sasi tutu, katu ha kosirahe kikoye tamahu.

 [5-3 匂宮、中の君の素晴しさを改めて認識]
またの日も、心のどかに大殿籠もり起きて、御手水、御粥などもこなたに参らす。御しつらひなども、さばかりかかやくばかり、高麗、唐土の錦綾を裁ち重ねたる目移しには、世の常にうち馴れたる心地して、人びとの姿も、萎えばみたるうち混じりなどして、いと静かに見まはさる。
君は、なよよかなる薄色どもに、撫子の細長重ねて、うち乱れたまへる御さまの、何事もいとうるはしく、ことことしきまで盛りなる人の御匂ひ2340、何くれに思ひ比ぶれど2341、気劣りてもおぼえず、なつかしくをかしきも、心ざしのおろかならぬに恥なきなめりかし。まろにうつくしく肥えたりし人の、すこし細やぎたるに、色はいよいよ白くなりて、あてにをかしげなり。
かかる御移り香などのいちじるからぬ折だに、愛敬づきらうたきところなどの、なほ人には多くまさりて思さるるままには、
「これをはらからなどにはあらぬ人の、気近く言ひかよひて、事に触れつつ、おのづから声けはひをも聞き見馴れむ2342は、いかでかただにも思はむ。かならずしか思しぬべきことなるを」
と、わがいと隈なき御心ならひに思し知らるれば、常に心をかけて、「しるきさまなる文などやある」と、近き御厨子、唐櫃などやうのものをも、さりげなくて探したまへど、さるものもなし。ただ、いとすくよかに言少なにて、なほなほしきなどぞ、わざともなけれど、ものにとりまぜなどしてもあるを、「あやし。なほ、いとかうのみはあらじかし」と疑はるるに、いとど今日はやすからず思さるる、ことわりなりかし。
「かの人のけしきも、心あらむ女の、あはれと思ひぬべきを、などてかは、ことの他にはさし放たむ。いとよきあはひなれば、かたみにぞ思ひ交はすらむかし」
と思ひやるぞ、わびしく腹立たしくねたかりける。なほ、いとやすからざりければ、その日もえ出でたまはず。六条院には、御文をぞ二度三度たてまつりたまふを、
「いつのほどに積もる御言の葉ならむ」
とつぶやく老い人どもあり。

 [5-3 匂宮、中の君の素晴しさを改めて認識]
翌日も、ゆっくりとお起きになって、御手水や、お粥などをこちらの部屋で召し上がる。お部屋飾りなども、あれほど輝くほどの、高麗や、唐土の錦綾を何枚も重ねているのを見た目には、世間普通の気がして、女房たちの姿も、糊気のとれたのが混じったりなどして、たいそうひっそりとした感じに見回される。
女君は、柔らかな薄紫の袿に、撫子の細長を襲着して、寛いでいらっしゃるご様子が、何事もたいそう凛々しく、仰々しいまでに盛りの方の装いが、何かと比較されるが、劣っているようにも思われず、親しみがあり美しいのも、愛情が並々でないために劣るところがないのであろう。まるまるとかわいらしく太った方が、少し細やかになっているが、肌色はますます白くなって、上品で魅力的である。
このような移り香などがはっきりしない時でさえ、愛嬌があってかわいらしいところなどが、やはり誰よりも多くまさってお思いになるので、
「この人を兄弟などでない人が、身近で話を交わして、何かにつけて、自然と声や気配を聞いたり見たりしつけると、どうして平気でいられよう。きっと心を動かすことであろうよ」
と、自分のたいそう気の回るご性分からお思い知られるので、常に気をつけて、「はっきりと分かるような手紙などがあるか」と、近くの御厨子や、唐櫃などのような物までを、さりげない様子をしてお探しになるが、そのような物はない。ただ、たいそうきっぱりした言葉少なで、平凡な手紙などが、わざわざというのではないが、何かと一緒になってあるのを、「妙だ。やはり、とてもこれだけではあるまい」と疑われるので、ますます今日は平気でいられないのも、もっともなことである。
「あの人の様子も、情趣を解する女が、素晴らしいと思うにちがいないので、どうしてか、心外な人と思って放っておこう。ちょうど似合いの二人なので、お互いに思いを交わし合うことだろう」
と想像すると、侘しく腹立たしく悔しいのであった。やはり、とても安心していられなかったので、その日もお出かけになることができない。六条院には、お手紙を二度三度差し上げなさるが、
「いつのまに積もるお言葉なのだろう」
とぶつぶつ言う老女連中もいる。

 [5-3 Nionomiya renews his understanding to Nakanokimi's fineness]
 Mata no hi mo, kokoro nodoka ni ohotono-gomori oki te, ohom-teudu, ohom-kayu nado mo konata ni mawira su. Ohom-siturahi nado mo, sabakari kakayaku bakari, Koma, Morokosi no nisiki aya wo tati kasane taru me utusi ni ha, yo no tune ni uti-nare taru kokoti si te, hito-bito no sugata mo, nayebami taru uti-maziri nado si te, ito siduka ni mi mawahasa ru.
 Kimi ha, nayoyoka naru usu-iro-domo ni, nadesiko no hosonaga kasane te, uti-midare tamahe ru ohom-sama no, nani-goto mo ito uruhasiku, koto-kotosiki made sakari naru hito no ohom-nihohi, nani-kura ni omohi-kurabure do, ke-otori te mo oboye zu, natukasiku wokasiki mo, kokorozasi no oroka nara nu ni hadi naki na'meri kasi. Maro ni utukusiku koye tari si hito no, sukosi hosoyagi taru ni, iro ha iyo-iyo siroku nari te, ate ni wokasige nari.
 Kakaru ohom-uturi-ga nado no itizirukara nu wori dani, aigyau-duki rautaki tokoro nado no, naho hito ni ha ohoku masari te obosa ruru mama ni ha,
 "Kore wo harakara nado ni ha ara nu hito no, ke-dikaku ihi kayohi te, koto ni hure tutu, onodukara kowe kehahi wo mo kiki mi-nare m ha, ikade ka tada ni mo omoha m. Kanara zu sika obosi nu beki koto naru wo."
 to, waga ito kuma naki mi-kokoro narahi ni obosi sira rure ba, tune ni kokoro wo kake te, "Siruki sama naru humi nado ya aru?" to, tikaki mi-dusi, kara-bitu nado yau no mono wo mo, sarige-naku te sagasi tamahe do, saru mono mo nasi, Tada, ito sukuyoka ni koto sukuna ni te, naho-nahosiki nado zo, wazato mo nakere do, mono ni tori-maze nado si te mo aru wo, "Ayasi. Naho, ito kau nomi ha ara zi kasi." to utagaha ruru ni, itodo kehu ha yasukara zu obosa ruru, kotowari nari kasi.
 "Ka no hito no kesiki mo, kokoro ara m womna no, ahare to omohi nu beki wo, nadote ka ha, koto no hoka ni ha sasi-hanata m. Ito yoki ahahi nare ba, katami ni zo omohi kahasu ram kasi."
 to omohi-yaru zo, wabisiku hara-datasiku netakari keru. Naho, ito yasukara zari kere ba, so no hi mo e ide tamaha zu. Rokudu-no-win ni ha, ohom-humi wo zo huta-tabi mi-tabi tatematuri tamahu wo,
 "Itu no hodo ni tumoru ohom-kotonoha nara m?"
 to tubuyaku Oyi-bito-domo ari.

 [5-4 薫、中の君に衣料を贈る]
中納言の君は、かく宮の籠もりおはするを聞くにしも、心やましくおぼゆれど、
「わりなしや。これはわが心のをこがましく悪しきぞかし。うしろやすくと思ひそめてしあたりのことを、かくは思ふべしや」
としひてぞ思ひ返して、「さはいへど、え思し捨てざめりかし」と、うれしくもあり、「人びとのけはひなどの、なつかしきほどに萎えばみためりしを」と思ひやりたまひて、母宮の御方に参りたまひて、
「よろしきまうけのものどもやさぶらふ。使ふべきこと」
 など2343申したまへば、
「例の、立たむ月の法事の料に、白きものどもやあらむ。染めたるなどは、今はわざともしおかぬを、急ぎてこそせさせめ」
とのたまへば、
「何か。ことことしき用にもはべらず。さぶらはむにしたがひて」
とて、御匣殿などに問はせたまひて、女の装束どもあまた領に、細長どもも、ただあるにしたがひて、ただなる絹綾などとり具したまふ。みづからの御料と思しきには、わが御料にありける紅の擣目なべてならぬ2344に、白き綾どもなど、あまた重ねたまへるに、袴の具はなかりけるに、いかにしたりけるにか、腰の一つあるを、引き結び加へて、
「結びける契りことなる下紐を
ただ一筋に恨みやはする」
大輔の君とて、大人しき人の、睦ましげなるにつかはす。
「とりあへぬさまの見苦しきを、つきづきしくもて隠して」
などのたまひて、御料のは、しのびやかなれど、筥にて包みも異なり。御覧ぜさせねど、さきざきも、かやうなる御心しらひは、常のことにて目馴れにたれば、けしきばみ返しなど、ひこしろふべきにもあらねば、いかがとも思ひわづらはで、人びとにとり散らしなどしたれば、おのおのさし縫ひなどす。
若き人びとの、御前近く仕うまつるなどをぞ、取り分きては繕ひ立つべき。下仕へどもの、いたく萎えばみたりつる姿どもなどに、白き袷などにて、掲焉ならぬぞなかなかめやすかりける。

 [5-4 薫、中の君に衣料を贈る]
中納言の君は、このように宮が籠もっておいでになるのを聞くにも、癪に思われるが、
「しかたのないことだ。これは自分の心が馬鹿らしく悪いことだ。安心な後見人としてお世話し始めた方のことを、このように思ってよいことだろうか」
と無理に反省して、「そうは言ってもお捨てにはならないようだ」と、嬉しくもあり、「女房たちの様子などが、やさしい感じに着古した感じのようだ」と思いやりなさって、母宮の御方にお渡りになって、
「適当な出来合いの衣類はございませんか。使いたいことが」
などと申し上げなさると、
「例の、来月の御法事の布施に、白い物はありましょう。染めた物などは、今は特別に置いておかないので、急いで作らせましょう」
とおっしゃるので、
「構いません。仰々しい用事でもございません。ありあわせで結構です」
と言って、御匣殿などにお問い合わせになって、女の装束類を何領もに、細長類も、ありあわせで、染色してない絹や綾などをお揃えになる。ご本人のお召し物と思われるのは、自分のお召し物にあった紅の砧の擣目の美しいものに、幾重もの白い綾など、たくさんお重ねになったが、袴の付属品はなかったので、どういうふうにしたのか、腰紐が一本あったのを、結びつけなさって、
「結んだ契りの相手が違うので
今さらどうして一途に恨んだりしようか」
大輔の君といって、年配の者で、親しそうな者におやりになる。
「とりあえず見苦しい点を、適当にお隠しください」
などとおっしゃって、主人のお召し物は、こっそりとではあるが、箱に入れて包みも格別である。御覧にならないが、以前からも、このようなお心配りは、いつものことで見慣れているので、わざとらしくお返ししたりなど、固辞すべきことでないので、どうしたものかと思案せず、女房たちに配り分けなどしたので、それぞれ縫い物などする。
若い女房たちで、御前近くにお仕えする者などは、特別に着飾らせるつもりなのであろう。下仕え連中が、ひどくよれよれになった姿などに、白い袷などを着て、派手でないのがかえって無難であった。

 [5-4 Kaoru presents clothes to Nakanokimi]
 Tiunagon-no-Kimi ha, kaku Miya no komori ohasuru wo kiku ni si mo, kokoro-yamasiku oboyure do,
 "Wari nasi ya! Kore ha wa ga kokoro no wokogamasiku asiki zo kasi. Usiroyasuku to omohi some te si atari no koto wo, kaku ha omohu besi ya!"
 to sihite zo omohi kahesi te, "Sa ha ihe do, e obosi sute za'meri kasi." to, uresiku mo ari, "Hito-bito no kehahi nado no, natukasiki hodo ni naye-bami ta'meri si wo." to omohi-yari tamahi te, Haha-Miya-no-Ohomkata ni mawiri tamahi te,
 "Yorosiki mauke no mono-domo ya saburahu? Tukahu beki koto."
 nado mausi tamahe ba,
 "Rei no, tata m tuki no hohuzi no reu ni, siroki mono-domo ya ara m. Some taru nado ha, ima ha wazato mo si-oka nu wo, isogi te koso ha se me."
 to notamahe ba,
 "Nani ka? Koto-kotosiki you ni mo habera zu. Saburaha m ni sitagahi te."
 tote, Mi-Kusige-dono nado ni toha se tamahi te, womna no sauzoku-domo amata kudari ni, hosonaga-domo mo, tada aru ni sitagahi te, tada aru ni sitagahi te, tada naru kinu aya ndo tori-gusi tamahu. Midukara no go-reu to obosiki ni ha, wa ga go-reu ni ari keru kurenawi no utime nabete nara nu ni, siroki aya-domo nado, amata kasane tamahe ru ni, hakama no gu ha nakari keru ni, ika ni si tari keru ni ka, kosi no hitotu aru wo, hiki-musubi kuhahe te,
 "Musubi keru tigiri koto naru sita-himo wo
 tada hito-sudi ni urami ya ha suru
"
 Taihu-no-Kimi tote, otonasiki hito no, mutumasige naru ni tukahasu.
 "Tori-ahe nu sama no mi-gurusiki wo, tuki-dukisiku mote-kakusi te."
 nado notamahi te, go-reu no ha, sinobi-yaka nare do, hako ni te tutumi mo koto nari. Go-ran-ze ne do, saki-zaki mo, kayau naru mi-kokoro sirahi ha, tune no koto ni te me-nare ni tare ba, kesiki-bami kahesi nado, hikosirohu beki ni mo ara ne ba, ikaga to mo omohi waduraha de, hito-bito ni tori-tirasi nado si tare ba, ono-ono sasi-nuhi nado su.
 Wakaki hito-bito no, o-mahe tikaku tukau-maturu nado wo zo, tori-waki te ha tukurohi tatu beki. Simo-dukahe-domo no, itaku nayebami tari turu sugata-domo nado ni, siroki ahase nado ni te, ketien nara nu zo naka-naka meyasukari keru.

 [5-5 薫、中の君をよく後見す]
誰かは、何事をも後見かしづききこゆる人のあらむ。宮は、おろかならぬ御心ざしのほどにて、「よろづをいかで」と思しおきてたれど、こまかなるうちうちのことまでは、いかがは思し寄らむ。限りもなく人にのみかしづかれてならはせたまへれば、世の中うちあはずさびしきこと、いかなるものとも知りたまはぬ、ことわりなり。
艶にそぞろ寒く、花の露をもてあそびて世は過ぐすべきものと思したるほどよりは、思す人のためなれば、おのづから折節につけつつ、まめやかなることまでも扱ひ知らせたまふこそ、ありがたくめづらかなることなめれば、「いでや」など、誹らはしげに聞こゆる御乳母などもありけり。
童べなどの、なりあざやかならぬ、折々うち混じりなどしたるをも、女君は、いと恥づかしく、「なかなかなる住まひにもあるかな」など、人知れずは思すことなきにしも2345あらぬに、ましてこのころは、世に響きたる御ありさまのはなやかさに、かつは、「宮のうちの人の見思はむことも、人げなきこと」と、思し乱るることも添ひて嘆かしきを、中納言の君は、いとよく推し量りきこえたまへば、疎からむあたりには、見苦しくくだくだしかりぬべき心しらひのさまも、あなづるとはなけれど、「何かは、ことことしくしたて顔ならむも、なかなかおぼえなく見とがむる人やあらむ」と、思すなりけり。
今ぞまた、例のめやすきさまなるものどもなどせさせたまひて、御小袿織らせ、綾の料賜はせなどしたまひける。この君しもぞ、宮にも劣りきこえたまはず、さま異にかしづきたてられて、かたはなるまで心おごりもし、世を思ひ澄まして、あてなる心ばへはこよなけれど、故親王の御山住みを見そめたまひしよりぞ、「さびしき所のあはれさはさま異なりけり」と、心苦しく思されて、なべての世をも思ひめぐらし、深き情けをもならひたまひにける。いとほしの人ならはしや、とぞ。

 [5-5 薫、中の君をよく後見す]
誰が、何事をも後見申し上げる人があるだろうか。宮は、並々でない愛情で、「万事不自由がないように」とお考えおきになっているが、こまごまとした内々の事までは、どうしてお考え及ぼう。この上もなく大切にされてこられたのに馴れていらっしゃるので、生活が思うにまかせず心細いことは、どのようなものかともご存知ないのは、もっともなことである。
風流を好みぞくぞくと、心にしみる花の露を賞美して世の中は送るべきものとお考えのこと以外は、愛する人のためなら、自然と季節季節に応じて、実際的なことまでお世話なさるのは、もったいなくもめったにないことなので、「どんなものかしら」などと、非難がましく申し上げる御乳母などもいるのであった。
童女などの、身なりのぱっとしないのが、時々混じったりしているのを、女君は、たいそう恥ずかしく、「かえって立派過ぎて困ったお邸だ」などと、人知れずお思いになることがないわけでないが、まして最近は、世に鳴り響いた方のご様子の華やかさに、一方では、「宮付きの女房が見たり思ったりすることも、見すぼらしいこと」と、お悩みになることも加わって嘆かわしいのを、中納言の君は、実によくご推察申し上げなさるので、親しくない相手だったら、見苦しくごたごたするにちがいない心配りの様子も、軽蔑するというのではないが、「どうして、大げさにいかにも目につくようなのも、かえって疑う人があろうか」と、お思いになるのであった。
今はまた、いつもの無難な贈り物などお整えさせなさって、御小袿を織らせ、綾の素材を下さったりなさった。この君は、宮にもお負けになさらず、特に大事に育てられて、不体裁なまでに気位高くもあり、世の中を悟り澄まして、上品な気持ちはこの上ないけれど、故親王の奥山生活を御覧になって以来、「寂しい所のお気の毒さは格別であった」と、おいたわしく思われなさって、世間一般のこともいろいろと考えるようになり、深い同情を持つようになったのであった。おかわいそうな方の影響だ、とのことである。

 [5-5 Kaoru looks after Nakanokimi's life very kindly]
 Tare ka ha, nani-goto wo mo usiromi kasiduki kikoyuru hito no ara m. Miya ha, oroka nara nu mi-kokorozasi no hodo ni te, "Yorodu wo iakade." to obosi-oki te tare do, komaka naru uti-uti no koto made ha, ikaga ha obosi-yora m. Kagiri mo naku hito ni nomi kasiduka re te naraha se tamahe re ba, yononaka uti-aha zu sabisiki koto, ika naru mono to mo siri tamaha nu, kotowari nari.
 En ni sozoro-samuku, hana no tuyu wo mote-asobi te yo ha sugusu beki monoto obosi taru hodo yori ha, obosu hito no tame nare ba, onodukara wori-husi ni tuke tutu, mameyaka naru koto made mo atukahi sirase tamahu koso, arigataku meduraka naru koto na'mere ba, "Ide ya." nado, sosirahasige ni kikoyuru ohom-menoto nado mo ari keri.
 Warahabe nado no, nari azayaka nara nu, wori-wori uti-maziri nado si taru wo mo, Womna-Gimi ha, ito hadukasiku, "Naka-naka naru sumahi ni mo aru kana!" nado, hito sire zu ha obosu koto naki ni si mo ara nu ni, masite kono-koro ha, yo ni hibiki taru ohom-arisama no hanayaka-sa ni, katu ha, "Miya no uti no hito no mi omoha m koto mo, hitoge naki koto." to, obosi midaruru koto mo sohi te nagekasiki wo, Tiunagon-no-Kimi ha, ito yoku osihakari kikoye tamahe ba, utokara m atari ni ha, migurusiku kuda-kudasikari nu beki kokoro-sirahi no sama mo, anaduru to ha nakere do, "Nani ka ha, koto-kotosiku sitate-gahonara m mo, naka-naka oboye naku mi-togamuru hito ya ara m." to, obosu nari keri.
 Ima zo mata, rei no meyasuki sama naru mono-domo nado se sase tamahi te, ohom-ko-utiki ora se, aya no reu tamaha se nado si tamahi keru. Ko no Kimi si mo zo, Miya ni mo otori kikoye tamaha zu, sama koto ni kasiduki tate rare te, kataha naru made kokoro-ogori mo si, yo wo omohi sumasi te, ate naru kokorobahe ha koyonakere do, ko-Miko no mi-yama-zumi wo mi-some tamahi si yori zo, "Sabisiki tokoro no ahare-sa ha sama koto nari keri." to, kokoro-gurusiku obosa re te, nabete no yo wo mo omohi megurasi, hukaki nasake wo mo narahi tamahi ni keru. Itohosi no hito-narahasi ya, to zo.

 [5-6 薫と中の君の、それぞれの苦悩]
「かくて、なほ、いかでうしろやすく大人しき人にてやみなむ」と思ふにも、したがはず、心にかかりて苦しければ、御文などを、ありしよりはこまやかにて、ともすれば、忍びあまりたるけしき見せつつ聞こえたまふを、女君、いとわびしきこと添ひたる身と思し嘆かる。
「ひとへに知らぬ人なれば、あなものぐるほしと、はしたなめさし放たむにもやすかるべきを、昔よりさま異なる頼もし人にならひ来て、今さらに仲悪しくならむも、なかなか人目悪しかるべし。さすがに、あさはかにもあらぬ御心ばへありさまの、あはれを知らぬにはあらず。さりとて、心交はし顔にあひしらはむもいとつつましく、いかがはすべからむ」
と、よろづに思ひ乱れたまふ。
さぶらふ人びとも、すこしものの言ふかひありぬべく若やかなるは、皆あたらし、見馴れたるとては、かの山里の古女ばらなり。思ふ心をも、同じ心になつかしく言ひあはすべき人のなきままには、故姫君を思ひ出できこえたまはぬ折なし。
「おはせましかば、この人もかかる心を添へたまはましや」
と、いと悲しく、宮のつらくなりたまはむ嘆きよりも、このこといと苦しくおぼゆ。

 [5-6 薫と中の君の、それぞれの苦悩]
「こうして、やはり、何とか安心で分別のある後見人として終えよう」と思うにつけても、意志とは逆に、心にかかって苦しいので、お手紙などを、以前よりはこまやかに書いて、ともすれば、抑えきれない気持ちを見せながら申し上げなさるのを、女君は、たいそうつらいことが加わった身だとお嘆きになる。
「まったく知らない人なら、何と気違いじみていると、体裁の悪い思いをさせ放っておくのも気楽なことだが、昔から特別に信頼して来た人として、今さら仲悪くするのも、かえって人目に変だろう。そうはいってもやはり、浅くはないお気持ちやご好意の、ありがたさを分からないわけでない。そうかといって、相手の気持ちを受け入れたように振る舞うのも、まことに慎まれることだし、どうしたらよいだろう」
と、あれこれとお悩みになる。
伺候する女房たちも、少し相談のしがいのあるはずの若い女房は、みな新しく、見慣れている者としては、あの山里の老女連中である。悩んでいる気持ちを、同じ立場で親しく相談できる人がいないままに、故姫君をお思い出し申し上げない時はない。
「生きていらっしゃったら、この人もこのようなお悩みをお持ちになったろうか」
と、とても悲しく、宮が冷淡におなりになる嘆きよりも、このことがたいそう苦しく思われる。

 [5-6 Kaoru and Nakanokimi are in agony]
 "Kaku te, naho, ikade usiro-yasuku otonasiki hito ni te yami na m." to omohu ni mo, sitagaha zu, kokoro ni kakari te kurusikere ba, ohom-humi nado wo, ari si yori ha komayaka ni te, tomo-sure-ba, sinobi amari taru kesiki mise tutu kikoye tamahu wo, Womna-Gimi, ito wabisiki koto sohi taru mi to obosi nageka ru.
 "Hitohe ni sira nu hito nare ba, ana mono-guruhosi to, hasitaname sasi-hanata m ni mo yasukaru beki wo, mukasi yori sama koto naru tanomosi-bito ni narahi ki te, ima sara ni naka asiku nara m mo, naka-naka hitome asikaru besi. Sasuga ni, asahaka ni mo ara nu mi-kokorobahe arisama no, ahare wo sira nu ni ha ara zu. Sari tote, kokoro-kahasi-gaho ni ahi siraha m mo ito tutumasiku, ikaga ha su bekara m?"
 to, yorodu ni omohi midare tamahu.
 Saburahu hito-bito mo, sukosi mono no ihu kahi ari nu beku wakayaka naru ha, mina atarasi, mi-nare taru tote ha, ka no yama-zato no huru-womna-bara nari. Omohu kokoro wo mo, onazi kokoro ni natukasiku ihi ahasu beki hito no naki mama ni ha, ko-Hime-Gimi wo omohi-ide kikoye tamaha nu wori nasi.
 "Ohase masika ba, ko no hito mo kakaru kokoro wo sohe tamaha masi ya!"
 to, ito kanasiku, Miya no turaku nari tamaha m nageki yori mo, ko no koto ito kurusiku oboyu.

 6 薫の物語 中の君から異母妹の浮舟の存在を聞く [6-1 薫、二条院の中の君を訪問]
男君も、しひて思ひわびて、例の、しめやかなる夕つ方おはしたり。やがて端に御茵さし出でさせたまひて、「いと悩ましきほどにてなむ、え聞こえさせぬ」と、人して聞こえ出だしたまへるを聞くに、いみじくつらくて、涙落ちぬべきを、人目につつめば、しひて紛らはして、
「悩ませたまふ折は、知らぬ僧なども近く参り寄るを。医師などの列にても、御簾の内にはさぶらふまじくやは。かく人伝てなる御消息なむ、かひなき心地する」
とのたまひて、いとものしげなる御けしきなるを、一夜もののけしき見し人びと、
「げに、いと見苦しくはべるめり」
とて、母屋の御簾うち下ろして、夜居の僧の座に入れたてまつるを、女君、まことに心地もいと苦しけれど、人のかく言ふに、掲焉にならむも、またいかが、とつつましければ、もの憂ながらすこしゐざり出でて、対面したまへり。
いとほのかに、時々もののたまふ御けはひの、昔人の悩みそめたまへりしころ、まづ思ひ出でらるるも、ゆゆしく悲しくて、かきくらす心地したまへば、とみにものも言はれず、ためらひてぞ聞こえたまふ。
こよなく奥まりたまへるもいとつらくて、簾の下より几帳をすこしおし入れて、例の、なれなれしげに近づき寄りたまふが、いと苦しければ、わりなしと思して、少将といひし人を近く呼び寄せて、
「胸なむ痛き。しばしおさへて」
とのたまふを聞きて、
「胸はおさへたるは、いと苦しくはべるものを」
とうち嘆きて、ゐ直りたまふほども、げにぞ下やすからぬ。
「いかなれば、かくしも常に悩ましくは思さるらむ。人に問ひはべりしかば、しばしこそ心地は悪しかなれ、さてまた、よろしき折あり、などこそ教へはべしか。あまり若々しくもてなさせたまふなめり」
とのたまふに、いと恥づかしくて、
「胸は、いつともなくかくこそははべれ。昔の人もさこそはものしたまひしか。長かるまじき人のするわざとか、人も言ひはべるめる」
とぞのたまふ。「げに、誰も千年の松ならぬ世を2346」と思ふには、いと心苦しくあはれなれば、この召し寄せたる人の聞かむもつつまれず、かたはらいたき筋のことをこそ選りとどむれ、昔より思ひきこえしさまなどを、かの御耳一つには心得させながら、人はかたはにも聞くまじきさまに、さまよくめやすくぞ言ひなしたまふを、「げに、ありがたき御心ばへにも」と聞きゐたりけり。

 6 薫の物語 中の君から異母妹の浮舟の存在を聞く [6-1 薫、二条院の中の君を訪問]
男君も、無理をして困って、いつものように、しっとりした夕方おいでになった。そのまま端にお褥を差し出させなさって、「とても苦しい時でして、お相手申し上げることができません」と、女房を介して申し上げさせなさったのを聞くと、ひどくつらくて、涙が落ちてしまいそうなのを、人目にかくして、無理に紛らわして、
「お悩みでいらっしゃる時は、知らない僧なども近くに参り寄るものですよ。医師などと同じように、御簾の内に伺候することはできませんか。このような人を介してのご挨拶は、効のない気がします」
とおっしゃって、とても不愉快なご様子なのを、先夜お二人の様子を見ていた女房たちは、
「なるほど、とても見苦しくございますようです」
と言って、母屋の御簾を下ろして、夜居の僧の座所にお入れ申すのを、女君は、ほんとうに気分も実に苦しいが、女房がこのように言うので、はっきり拒むのも、またどんなものかしら、と遠慮されるので、嫌な気分ながら少しいざり出て、お会いなさった。
とてもかすかに、時々何かおっしゃるご様子が、亡くなった姫君が病気におなり始めになったころが、まずは思い出されるのも、不吉で悲しくて、まっくらな気持ちにおなりになると、すぐには何も言うことができず、躊躇して申し上げなさる。
この上なく奥のほうにいらっしゃるのがとてもつらくて、御簾の下から几帳を少し押し入れて、いつものように、馴れ馴れしくお近づき寄りなさるのが、とても苦しいので、困ったことだとお思いになって、少将と言った女房を近くに呼び寄せて、
「胸が痛い。暫く押さえていてほしい」
とおっしゃるのを聞いて、
「胸を押さえたら、とても苦しくなるものです」
と溜息をついて、居ずまいを直しなさる時も、なるほど内心穏やかならない気がする。
「どうして、このようにいつもお苦しみでいらっしゃるのだろう。人に尋ねましたら、暫くの間は気分が悪いが、そうしてまた、良くなる時がある、などと教えました。あまりに子供っぽくお振る舞いになっていらっしゃるようです」
とおっしゃると、とても恥ずかしくて、
「胸は、いつとなくこのようでございます。故人もこのようなふうでいらっしゃいました。長生きできない人がかかる病気とか、人も言っているようでございます」
とおっしゃる。「なるほど、誰も千年も生きる松ではないこの世を」と思うと、まことにお気の毒でかわいそうなので、この召し寄せた人が聞くだろうことも憚らず、側で聞くとはらはらするようなことは言わないが、昔からお思い申し上げていた様子などを、あの方一人だけには分かるようにしながら、少将には変に聞こえないように、体裁よくおっしゃるのを、「なるほど、世に稀なお気持ちだ」と聞いているのであった。

 6 Tale of Kaoru Kaoru is heard about halfsisters Ukifune by Nakanokimi [6-1 Kaoru visits Nakanokimi at Nijoin]
  Wotoko-Gimi mo, sihite omohi wabi te, rei no, simeyaka naru yuhu-tu-kata ohasi tari. Yagate hasi ni ohom-sitone sasi-ide sase tamahi te, "Ito nayamasiki hodo ni te nam, e kikoye sase nu." to, hito si te kikoye idasi tamahe ru wo kiku ni, imiziku turaku te, namida oti nu beki wo, hitome ni tutume ba, sihite magirahasi te,
 "Nayama se tamahu wori ha, sira nu sou nado mo tikaku mawiri yoru wo. Kususi nado no tura ni te mo, mi-su no uti ni ha saburahu maziku ya ha. Kaku hito-dute naru ohom-seusoko nam, kahi naki kokoti suru."
 to notamahi te, ito monosige naru mi-kesiki naru wo, hito-yo mono no kesiki mi si hito-bito,
 "Geni, ito mi-gurusiku haberu meri."
 tote, moya no mi-su uti-orosi te, yowi-no-sou no za ni ire tatematuru wo, Womna-Gimi, makoto ni kokoti mo ito kurusikere do, hito no kaku ihu ni, ketien ni nara m mo, mata ikaga, to tutumasikere ba, mono-u nagara sukosi wizari ide te, taimen si tamahe ri.
 Ito honoka ni, toki-doki mono notamahu ohom-kehahi no, mukasi-bito no nayami some tamahe ri si koro, madu omohi-ide raruru mo, yuyusiku kanasiku te, kaki-kurasu kokoti si tamahe ba, tomi ni mono mo iha re zu, tamerahi te zo kikoye tamahu.
 Koyonaku okumari tamahe ru mo ito turaku te, su no sita yori kityau wo sukosi osi-ire te, rei no, nare-naresige ni tikaduki yori tamahu ga, ito kurusikere ba, wari nasi to obosi te, Seusyau to ihi si hito wo tikaku yobi-yose te,
 "Mune nam itaki. Sibasi osahe te."
 to notamahu wo kiki te,
 "Mune ha osahe taru ha, ito kurusiku haberu mono wo."
 to uti-nageki te, wi-nahori tamahu hodo mo, geni zo sita yasukara nu.
 "Ika nare ba, kaku si mo tune ni nayamasiku ha obosa ru ram. Hito ni tohi haberi sika ba, sibasi koso kokoti ha asika' nare, sate mata, yorosiki wori ari, nado koso wosihe habe' sika. Amari waka-wakasiku motenasa se tamahu na'meri."
 to notamahu ni, ito hadukasiku te,
 "Mune ha, itu to mo naku kaku koso ha habere. Mukasi no hito mo sa koso ha monosi tamahi sika. Nagakaru maziki hito no suru waza to ka, hito mo ihi haberu meru."
 to zo notamahu. "Geni, tare mo ti-tose no matu nara nu yo wo." to omohu ni ha, ito kokoro-gurusiku ahare nare ba, ko no mesi-yose taru hito no kika m mo tutuma re zu, kataharaitaki sudi no koto wo koso eri todomure, mukasi yori omohi kikoye si sama nado wo, ka no ohom-mimi hitotu ni ha kokoro-e sase nagara, hito ha kataha ni mo kiku maziki sama ni, sama yoku meyasuku zo ihi nasi tamahu wo, "Geni, arigataki mi-kokorobahe ni mo." to kiki wi tari keri.

 [6-2 薫、亡き大君追慕の情を訴える]
何事につけても、故君の御事をぞ尽きせず思ひたまへる。
「いはけなかりしほどより、世の中を思ひ離れてやみぬべき心づかひをのみならひはべしに、さるべきにやはべりけむ、疎きものからおろかならず思ひそめきこえはべりしひとふしに、かの本意の聖心は、さすがに違ひやしにけむ。
慰めばかりに、ここにもかしこにも行きかかづらひて、人のありさまを見むにつけて、紛るることもやあらむなど、思ひ寄る折々はべれど、さらに他ざまにはなびくべくもはべらざりけり。
よろづに思ひたまへわびては2347、心の引く方の強からぬわざなりければ、好きがましきやうに思さるらむと、恥づかしけれど、あるまじき心の、かけてもあるべくはこそめざましからめ、ただかばかりのほどにて、時々思ふことをも聞こえさせ承りなどして、隔てなくのたまひかよはむを2348、誰かはとがめ出づべき。世の人に似ぬ心のほどは、皆人にもどかるまじくはべるを、なほうしろやすく思したれ」
など、怨み2349泣きみ聞こえたまふ。
「うしろめたく思ひきこえば、かくあやしと人も見思ひぬべきまでは聞こえはべるべくや。年ごろ、こなたかなたにつけつつ、見知ることどものはべりしかばこそ、さま異なる頼もし人にて、今はこれよりなどおどろかしきこゆれ」
と
2350のたまへば、
「さやうなる折もおぼえはべらぬものを、いとかしこきことに思しおきてのたまはするや。この御山里出で立ち急ぎに、からうして召し使はせたまふべき。それもげに、御覧じ知る方ありてこそはと、おろかにやは思ひはべる」
などのたまひて、なほいともの恨めしげなれど、聞く人あれば、思ふままにもいかでかは続けたまはむ。

 [6-2 薫、亡き大君追慕の情を訴える]
どのような事柄につけても、故君の御事をどこまでも思っていらっしゃった。
「幼かったころから、世の中を捨てて一生を終わりたい気持ちばかりを持ち続けていましたが、その結果であったのでしょうか、親密な関係ではないながら並々でない思いをおかけ申すようになった一事で、あの本来の念願は、そうはいっても背いてしまったのだろうか。
慰め程度に、あちらこちらと行きかかずらって、他人の様子を見るにつけても、紛れることがあろうかなど、と思い寄る時々はございましたが、まったく他の女性には気持ちを向けることもございませんでした。
万事困りまして、心惹かれる方も特にいなかったので、好色がましいようにお思いであろうと、恥ずかしいけれど、とんでもない心が、万が一あっては目障りなことでしょうが、ただこの程度のことで、時々思っていることを申し上げたり承ったりなどして、隔意なくお話し交わしなさるのを、誰が咎め立てしましょうか。世間の人と違った心のほどは、みな誰からも非難さるはずはないのでございすから、やはりご安心なさいませ」
などと、恨んだり泣いたりしながら申し上げなさる。
「気がかりにお思い申し上げたら、このように変だと人が見たり思ったりするにちがいないまで申し上げましょうか。長年、あれこれのことにつけて、分かってまいりましたことがございましたので、血縁者でもない後見人に、今ではわたしのほうからお願い申し上げておりますのです」
とおっしゃるので、
「そのような時があったとも覚えておりませんので、まことに利口なこととお考えおいておっしゃるのでしょうか。この山里へのご出立の準備には、かろうじてお召し使わせていただきましょう。それも仰せのように、見込んでくれてこそだと、いい加減には思いません」
などとおっしゃって、やはりたいそうどことなく恨めしそうであるが、聞いている人がいるので、思うままにどうしてお話し続けられようか。

 [6-2 Kaoru complains his love for the late Ohoikimi to Nakanokimi]
 Nani-goto ni tuke te mo, ko-Gimi no ohom-koto wo zo tuki se zu omohi tamahe ru.
 "Ihakenakari si hodo yori, yononaka wo omohi hanare te yami nu beki kokoro-dukahi wo nomi narahi habe' si ni, saru beki ni ya haberi kem, utoki mono kara oroka nara zu omohi some kikoye haberi si hito-husi ni, ka no ho'i no hiziri-gokoro ha, sasuga ni tagahi ya si ni kem.
 Nagusame bakari ni, koko ni mo kasiko ni mo yuki-kakadurahi te, hito no arisama wo mi m ni tuke te, magiruru koto mo ya ara m nado, omohi yoru wori-wori habere do, sarani hoka-zama ni ha nabiku beku mo habera zari keri.
 Yorodu ni omohi tamahe wabi te ha, kokoro no hiku kata no tuyokara nu waza nari kere ba, suki-gamasiki yau ni obosa ru ram to, hadukasikere do, aru maziki kokoro no, kakete mo aru beku ha koso mezamasikara me, tada kabakari no hodo ni te, toki-doki omohu koto wo mo kikoye sase uketamahari nado si te, hedate naku notamahi kayoha m wo, tare ka ha togame idu beki. Yo no hito ni ni nu kokoro no hodo ha, mina hito ni modokaru maziku haberu wo, naho usiroyasuku obosi tare."
 nado, urami naki-mi kikoye tamahu.
 "Usirometaku omohi kikoye ba, kaku ayasi to hito mo mi omohi nu beki made ha kikoye haberu beku ya! Tosi-goro, konata kanata ni tuke tutu, mi siru koto-domo no haberi sika ba koso, sama koto naru tanomosi-bito ni te, ima ha kore yori nado odorokasi kikoyure."
 to notamahe ba,
 "Sayau naru wori mo oboye habera nu mono wo, ito kasikoki koto ni obosi-oki te notamaha suru ya! Ko no ohom-yama-zato ide-tati isogi ni, karausite mesi-tukaha se tamahu beki. Sore mo geni, go-ran-zi siru kata ari te koso ha to, oroka ni ya ha omohi haberu."
 nado notamahi te, naho ito mono-uramesige nare do, kiku hito are ba, omohu mama ni mo ikade ka ha tuduke tamaha m.

 [6-3 薫、故大君に似た人形を望む]
外の方を眺め出だしたれば、やうやう暗くなりにたるに、虫の声ばかり紛れなくて、山の方小暗く、何のあやめも見えぬに、いとしめやかなるさまして寄りゐたまへるも、わづらはしとのみ内には思さる。
「限りだにある2351」
など、忍びやかにうち誦じて、
「思うたまへわびにてはべり。音無の里2352求めまほしきを、かの山里2353のわたりに、わざと寺などはなくとも、昔おぼゆる人形をも作り、絵にも描きとりて、行なひはべらむとなむ、思うたまへなりにたる」
とのたまへば、
「あはれなる御願ひに、またうたて御手洗川近き心地する人形こそ、思ひやりいとほしくはべれ。黄金求むる絵師もこそなど、うしろめたくぞはべるや」
とのたまへば、
「そよ。その工も絵師も、いかでか心には叶ふべきわざならむ。近き世に花降らせたる工もはべりけるを、さやうならむ変化の人もがな」
と、とざまかうざまに忘れむ方なきよしを、嘆きたまふけしきの、心深げなるもいとほしくて、今すこし近くすべり寄りて、
「人形のついでに、いとあやしく思ひ寄るまじきことをこそ、思ひ出ではべれ」
とのたまふけはひの、すこしなつかしきも、いとうれしくあはれにて、
「何ごとにか」
と言ふままに、几帳の下より手を捉ふれば、いとうるさく思ひならるれど、「いかさまにして、かかる心をやめて、なだらかにあらむ」と思へば、この近き人の思はむことのあいなくて、さりげなくもてなしたまへり。

 [6-3 薫、故大君に似た人形を望む]
外の方を眺めていると、だんだんと暗くなっていったので、虫の声だけが紛れなくて、築山の方は小暗く、何の区別も見えないので、とてもひっそりとして寄りかかっていらっしゃるのも、厄介だとばかり心の中にはお思いなさる。
「恋しさにも限りがあるので」
などと、こっそりと口ずさんで、
「困り果てております。音無の里を尋ねて行きたいが、あの山里の辺りに、特に寺などはなくても、故人が偲ばれる人形を作ったり、絵にも描いたりして、勤行いたしたいと、存じるようになりました」
とおっしゃると、
「しみじみとした御本願に、また嫌な御手洗川に近い気がする人形は、想像するとお気の毒でございます。黄金を求める絵師がいたらなどと、気がかりでございませんか」
とおっしゃるので、
「そうですよ。その彫刻師も絵師も、どうして心に叶う物ができましょうか。最近に蓮華を降らせた彫刻師もございましたが、そのような変化の人もいてくれたらなあ」
と、あれやこれやと忘れることのない旨を、お嘆きになる様子が、深く思いつめているようなのもお気の毒で、もう少し近くにいざり寄って、
「人形のついでに、とても不思議と思いもつかないことを、思い出しました」
とおっしゃる感じが、少しやさしいのもとても、嬉しくありがたくて、
「どのようなことですか」
と言いながら、几帳の下から手をお掴みになると、とてもわずらわしく思われるが、「何とかして、このような心をやめさせて、穏やかな交際をしたい」と思うので、この近くにいる少将の君の思うことも困るので、さりげなく振る舞っていらっしゃった。

 [6-3 Kaoru desires a doll that looks like the late Ohoikimi]
 To no kata wo nagame-idasi tare ba, yau-yau kuraku nari ni taru ni, musi no kowe bakari magire naku te, yama no kata wo-guraku, nani no ayame mo miye nu ni, ito simeyaka naru sama si te yori-wi tamahe ru mo, wadurahasi to nomi uti ni ha obosa ru.
 "Kagiri dani aru."
 nado, sinobi-yaka ni uti-zu-zi te,
 "Omou tamahe wabi ni te haberi. Otonasi-no-sato motome mahosiki wo, ka no yama-zato no watari ni, wazato tera nado ha naku to mo, mukasi oboyuru hitogata wo mo tukuri, we ni mo kaki-tori te, okonahi habera m to nam, omou tamahe nari ni taru."
 to notamahe ba,
 "Ahare naru ohom-negahi ni, mata utate Mi-tarasi-gaha tikaki kokoti suru hitogata koso, omohiyari itohosiku habere. Kogane motomuru we-si mo koso nado, usirometaku zo haberu ya!"
 to notamahe ba,
 "So yo. So no takumi mo we-si mo, ikade ka kokoro ni ha kanahu beki waza nara m. Tikaki yo ni hana hurase taru takumi mo haberi keru wo, sayau nara m hengwe-no-hito mo gana!"
 to, tozama kauzama ni wasure m kata naki yosi wo, nageki tamahu kesiki no, kokoro-bukage naru mo itohosiku te, ima sukosi tikaku suberi-yori te,
 "Hitogata no tuide ni, ito ayasiku omohi-yoru maziki koto wo koso, omohi-ide habere."
 to notamahu kehahi no, sukosi natukasiki mo, ito uresiku ahare ni te,
 "Nani-goto ni ka?"
 to ihu mama ni, kityau no sita yori te wo torahure ba, ito urusaku omohi nara rure do, "Ika sama ni si te, kakaru kokoro wo yame te, nadaraka ni ara m." to omohe ba, ko no tikaki hito no omoha m koto no ainaku te, sarigenaku motenasi tamahe ri.

 [6-4 中の君、異母妹の浮舟を語る]
「年ごろは、世にやあらむとも知らざりつる人の、この夏ごろ、遠き所よりものして尋ね出でたりしを、疎くは思ふまじけれど、またうちつけに、さしも何かは睦び思はむ、と思ひはべりしを、さいつころ来たりしこそ、あやしきまで、昔人の御けはひにかよひたりしかば、あはれにおぼえなりにしか。
形見など、かう思しのたまふめるは、なかなか何事も、あさましくもて離れたりとなむ、見る人びとも言ひはべりしを、いとさしもあるまじき人の、いかでかは、さはありけむ」
とのたまふを、夢語りか、とまで聞く。
「さるべきゆゑあればこそは、さやうにも睦びきこえらるらめ。などか今まで、かくもかすめさせたまはざらむ」
とのたまへば、
「いさや、そのゆゑも、いかなりけむこととも思ひ分かれはべらず。ものはかなきありさまどもにて、世に落ちとまりさすらへむとすらむこと、とのみ、うしろめたげに思したりしことどもを、ただ一人かき集めて思ひ知られはべるに、またあいなきことをさへうち添へて、人も聞き伝へむこそ、いといとほしかるべけれ」
とのたまふけしき見るに、「宮の忍びてものなどのたまひけむ人の、忍草摘みおき2354たりけるなるべし」と見知りぬ2355。
似たりとのたまふゆかりに耳とまりて、
「かばかりにては。同じくは言ひ果てさせたまうてよ」
と、いぶかしがりたまへど、さすがにかたはらいたくて、えこまかにも聞こえたまはず。
「尋ねむと思す心あらば、そのわたりとは聞こえつべけれど、詳しくしもえ知らずや。また、あまり言はば、心劣りもしぬべきことになむ」
とのたまへば、
「世を、海中にも、魂のありか尋ねには、心の限り進みぬべきを、いとさまで思ふべきにはあらざなれど、いとかく慰めむ方なきよりはと、思ひ寄りはべる人形の願ひばかりには、などかは、山里の本尊にも思ひはべらざらむ。なほ、確かにのたまはせよ」
と、うちつけに責めきこえたまふ。
「いさや、いにしへの御ゆるしもなかりしことを、かくまで漏らしきこゆるも、いと口軽けれど、変化の工求めたまふいとほしさにこそ、かくも」とて、「いと遠き2356所に年ごろ経にけるを、母なる人のうれはしきことに思ひて、あながちに尋ね寄りしを、はしたなくもえいらへではべりしに、ものしたりしなり。ほのかなりしかばにや、何事も思ひしほどよりは見苦しからずなむ見えし。これをいかさまにもてなさむ、と嘆くめりしに2357、仏にならむは、いとこよなきことにこそはあらめ、さまではいかでかは」
など聞こえたまふ。

 [6-4 中の君、異母妹の浮舟を語る]
「今までは、この世にいるとも知らなかった人が、今年の夏頃、遠い所から出てきて尋ねて来たのですが、よそよそしくは思うことのできない人ですが、また急に、そのようにどうして親しくすることもあるまい、と思っておりましたが、最近来た時は、不思議なまでに、故人のご様子に似ていたので、しみじみと胸を打たれました。
形見などと、あのようにお考えになりおっしゃるようなのは、かえって何もかも、あきれるくらい似ていないようだと、知っている女房たちは言っておりましたが、とてもそうでもないはずの人が、どうして、そんなに似ているのでしょう」
とおっしゃるのを、夢語りか、とまで聞く。
「そのような因縁があればこそ、そのようにもお親しみ申すのでしょう。どうして今まで、少しも話してくださらなかったのですか」
とおっしゃると、
「さあ、その理由も、どのようなことであったかも分かりません。頼りなさそうな状態で、この世に落ちぶれさすらうことだろうこと、とばかり、不安そうにお思いであったことを、ただ一人で何から何まで経験させられますので、またつまらないことまでが加わって、人が聞き伝えることも、とてもお気の毒なことでしょう」
とおっしゃる様子を見ると、「宮が密かに情けをおかけになった女が、子を生んでおいたのだろう」と理解した。
似ているとおっしゃる縁者に耳がとまって、
「それだけでは。同じことなら最後までおっしゃってください」
と、聞きたがりなさるが、やはり何といっても憚られて、詳細を申し上げることはおできになれない。
「尋ねたいと思いなさるお気持ちでしたら、どこそこと申し上げましょうが、詳しいことは分かりませんよ。また、あまり言ったら、期待外れもしましょうから」
とおっしゃるので、
「男女の仲を、海の中までも、魂のありかを求めては、思う存分進んで行きましょうが、とてもそこまでは思うことはないが、とてもこのように慰めようのないのよりは、と存じます人形の願いぐらいには、どうして、山里の本尊に対しても思ってはいけないのでしょうか。やはり、はっきりおっしゃってください」
と、急にお責め申し上げなさる。
「さあ、父宮のお許しもなかったことを、こんなにまでお洩らし申し上げるのも、とても口が軽いが、変化の彫刻師をお探しになるお気の毒さに、こんなにまで」と言って、「とても遠い所に長年過ごしていたが、母である人が遺憾に思って、無理に尋ねて来たのですが、体裁悪くもお返事できずにおりましたところ、参ったのです。ちらっと会ったためにか、何事も想像していたよりは見苦しくなく見えました。この娘をどのように扱おうかと困っていたようでしたが、仏になるのは、まことにこの上ないことでありましょうが、そこまではどうかしら」
などと申し上げなさる。

 [6-4 Nakanokimi talks about Ukifune to Kaoru]
 "Tosi-goro ha, yo ni ya ara m to mo sira zari turu hito no, ko no natu-goro, tohoki tokoro yori monosi te tadune-ide tari si wo, utoku ha omohu mazikere do, mata utituke ni, sa si mo nani ka ha mutubi omoha m, to omohi haberi si wo, sai-tu-koro ki tari si koso, ayasiki made, mukasi-bito no ohom-kehahi ni kayohi tari sika ba, ahare ni oboye nari ni sika.
 Katami nado, kau obosi notamahu meru ha, naka-naka nani-goto mo, asamasiku mote-hanare tari to nam, miru hito-bito mo ihi haberi si wo, ito sa si mo aru maziki hito no, ikade ka ha, sa ha ari kem."
 to notamahu wo, yume-gatari ka, to made kiku.
 "Saru beki yuwe are ba koso ha, sayau ni mo mutubi kikoye raru rame. Nado-ka ima made, kaku mo kasume sase tamaha zara m."
 to notamahe ba,
 "Isa ya, so no yuwe mo, ika nari kem koto to mo omohi waka re habera zu. Mono-hakanaki arisama-domo ni te, yo ni oti tomari sasurahe m to su ram koto, to nomi, usirometage ni obosi tari si koto-domo wo, tada hitori kaki-atume te omohi sira re haberu ni, mata ainaki koto wo sahe uti-sohe te, hito mo kiki-tutahe m koso, ito itohosikaru bekere."
 to notamahu kesiki miru ni, "Miya no sinobi te mono nado notamahi kem hito no, sinobu-gusa tumi-oki tari keru naru besi." to mi-siri nu.
 Ni tari to notamahu yukari ni mimi tomari te,
 "Ka-bakari ni te ha. Onaziku ha ihi-hate sase tamau te yo."
 to, ibukasigari tamahe do, sasuga ni kataharaitaku te, e komaka ni mo kikoye tamaha zu.
 "Tadune m to obosu kokoro ara ba, so no watari to ha kikoye tu bekere do, kuhasiku si mo e sira zu ya! Mata, amari iha ba, kokoro-otori mo si nu beki koto ni nam."
 to notamahe ba,
 "Yo wo, umi-naka ni mo, tama no arika tadune ni ha, kokoro no kagiri susumi nu beki wo, ito sa made omohu beki ni ha ara za'nare do, ito kaku nagusame m kata naki yori ha to, omohi-yori haberu hito-gata no negahi bakari ni ha, nado ka ha, yama-zato no honzon ni mo omohi habera zara m. Naho, tasika ni notamaha se yo."
 to, utituke ni seme kikoye tamahu.
 "Isa ya, inisihe no ohom-yurusi mo nakari si koto wo, kaku made morasi kikoyuru mo, ito kuti karukere do, hengwe no takumi motome tamahu itohosisa ni koso, kaku mo." tote, "Ito tohoki tokoro ni tosi-goro he ni keru wo, haha naru hito no urehasiki koto ni omohi te, anagati ni tadune yori si wo, hasitanaku mo e irahe de haberi si ni, monosi tari si nari. Honoka nari sika ba ni ya, nani-goto mo omohi si hodo yori ha mi-gurusikara zu nam miye si. Kore wo ika sama ni motenasa m, to nageku meri si ni, Hotoke ni nara m ha, ito koyonaki koto ni koso ha ara me, sa made ha ikade ka ha."
 nado kikoye tamahu.

 [6-5 薫、なお中の君を恋慕す]
「さりげなくて、かくうるさき心をいかで言ひ放つわざもがな、と思ひたまへる」と見るはつらけれど、さすがにあはれなり。あるまじきこととは深く思ひたまへるものから、顕証にはしたなきさまには、えもてなしたまはぬも、「見知りたまへるにこそは」と思ふ心ときめきに、夜もいたく更けゆくを、内には人目いとかたはらいたくおぼえたまひて、うちたゆめて入りたまひぬれば、男君、ことわりとは返す返す思へど、なほいと恨めしく口惜しきに、思ひ静めむ方もなき心地して、涙のこぼるるも人悪ろければ、よろづに思ひ乱るれど、ひたぶるにあさはかならむもてなしはた、なほいとうたて、わがためもあいなかるべければ、念じ返して、常よりも嘆きがちにて出でたまひぬ。
「かくのみ思ひては、いかがすべからむ。苦しくもあるべきかな。いかにしてかは、おほかたの世にはもどきあるまじきさまにて、さすがに思ふ心の叶ふわざをすべからむ」
など、おりたちて練じたる心ならねばにや、わがため人のためも、心やすかるまじきことを、わりなく思し明かすに2358、「似たりとのたまひつる人も、いかでかは真かとは見るべき。さばかりの際なれば、思ひ寄らむに、難くはあらずとも、人の本意にもあらずは、うるさくこそあるべけれ」など、なほそなたざまには心も立たず。

 [6-5 薫、なお中の君を恋慕す]
「何気なくて、このようにうるさい心を何とか言ってやめさせる方法もないものか、と思っていらっしゃる」と見るのはつらいけれど、やはり心動かされる。あってはならないこととは深く思っていらしゃるものの、あからさまに体裁の悪い扱いは、おできになれないのを、「ご存知でいらっしゃるのだ」と思うと胸がどきどきして、夜もたいそう更けてゆくのを、御簾の内側では人目がたいそう具合が悪く思われなさって、すきを見て、奥にお入りになってしまったので、男君は、道理とは繰り返し思うが、やはりまことに恨めしく口惜しいので、思い静める方もない気がして、涙がこぼれるのも体裁が悪いので、あれこれと思い乱れるが、一途に軽率な振る舞いをしたら、またやはりとても嫌な、自分にとってもよくないことなので、思い返して、いつもより嘆きがちにお出になった。
「こうばかり思っていては、どうしたらよいだろう。苦しいことだろうなあ。何とかして、世間一般からは非難されないようにして、しかも思う気持ちが叶うことができようか」
などと、自ら経験していない人柄からであろうか、自分のためにも相手のためにも、心穏やかでないことを、むやみに悩み明かすと、「似ているとおっしゃった人も、どうして本当かどうか見ることができよう。その程度の身分なので、思いよるに難しくはないが、相手が願いどおりでなかったら、やっかいなことであろう」などと、やはりそちらの方には気が向かない。

 [6-5 Kaoru loves Nakanokimi as before]
  "Sarigenaku te, kaku urusaki kokoro wo ika de ihi-hanatu waza mo gana, to omohi tamahe ru." to miru ha turakere do, sasuga ni ahare nari. Aru maziki koto to ha hukaku omohi tamahe ru mono kara, keseu ni hasitanaki sama ni ha, e motenasi tamaha nu mo, "Mi-siri tamahe ru ni koso ha." to omohu kokoro-tokimeki ni, yo mo itaku huke-yuku wo, uti ni ha hitome ito kataharaitaku oboye tamahi te, uti-tayume te iri tamahi nure ba, Wotoko-Gimi, kotowari to ha kahesu-gahesu omohe do, naho ito uramesiku kutiwosiki ni, omohi sidume m kata mo naki kokoti si te, namida no koboruru mo hito warokere ba, yorodu ni omohi midarure do, hitaburu ni asahaka nara m motenasi hata, naho ito utate, wa ga tame mo ainakaru bekere ba, nen-zi kahesi te, tune yori mo nageki-gati ni te ide tamahi nu.
 "Kaku nomi omohi te ha, ikaga su bekara m. Kurusiku mo aru beki kana! Ika ni si te ka ha, ohokata no yo ni ha modoki aru maziki sama ni te, sasuga ni omohu kokoro no kanahu waza wo su bekara m."
 nado, oritati te ren-zi taru kokoro nara ne ba ni ya, wa ga tame hito no tame ni mo, kokoro-yaukaru maziki koto wo, warinaku obosi akasu ni, "Ni tari to notamahi turu hito mo, ikade ka ha makoto ka to ha miru beki. Sa-bakari no kiha nare ba, omohi-yora m ni, kataku ha ara zu to mo, hito no ho'i ni mo ara zu ha, urusaku koso aru bekere." nado, naho sonata zama ni ha kokoro mo tata zu.

 7 薫の物語 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く [7-1 9月20日過ぎ、薫、宇治を訪れる]
宇治の宮を久しく見たまはぬ時は、いとど昔遠くなる心地して、すずろに心細ければ、九月二十余日ばかりにおはしたり。
いとどしく風のみ吹き払ひて、心すごく荒ましげなる水の音のみ宿守にて、人影もことに見えず。見るには、まづかきくらし、悲しきことぞ限りなき。弁の尼召し出でたれば、障子口に、青鈍の几帳さし出でて参れり。
「いとかしこけれど、ましていと恐ろしげにはべれば、つつましくてなむ」
と、まほには出で来ず。
「いかに眺めたまふらむと思ひやるに、同じ心なる人もなき物語も聞こえむとてなむ。はかなくも積もる年月かな」
とて、涙を一目浮けておはするに、老い人はいとどさらにせきあへず。
「人の上にて、あいなくものを思すめりしころの空ぞかし、と思ひたまへ出づるに、いつとはべらぬ2359なるにも、秋の風は身にしみて2360つらくおぼえはべりて、げにかの嘆かせたまふめりしもしるき世の中の御ありさまを、ほのかに承るも、さまざまになむ」
と聞こゆれば、
「とあることもかかることも、ながらふれば、直るやうもあるを、あぢきなく思ししみけむこそ、わが過ちのやうに、なほ悲しけれ。このころの御ありさまは、何か、それこそ世の常なれ。されど、うしろめたげには見えきこえざめり。言ひても言ひても、むなしき空に昇りぬる煙のみこそ、誰も逃れぬことながら、後れ先だつほど2361は、なほいと言ふかひなかりけり」
とても、また泣きたまひぬ。

 7 薫の物語 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く [7-1 9月20日過ぎ、薫、宇治を訪れる]
宇治の宮邸を久しく訪問なさらないころは、ますます故人の面影が遠くなった気がして、何となく心細いので、九月二十日過ぎ頃にいらっしゃった。
ますます風が吹き払って、ぞっとするほど荒々しい水の音ばかりが宿守で、人影も特に見えない。見ると、まっさきに真暗になり、悲しいことばかりが限りない。弁の尼を呼び出すと、襖障子の口に、青鈍の几帳をさし出して参った。
「とても恐れ多いことが、以前以上にとても醜くございますので、憚られまして」
と、直接には出てこない。
「どのように物思いされていることだろうと想像すると、同じ気持ちの人もいない話を申し上げようと思って来ました。とりとめもなく過ぎ去ってゆく歳月ですね」
と言って、涙を目にいっぱい浮かべていらっしゃると、老女はますますそれ以上に涙をとどめることができない。
「妹宮の事で、なさらなくてもよいご心配をなさったころと同じ季節だ、と思い出しますと、常に悲しい季節の中でも、秋の風は身にしみてつらく思われまして、なるほどあの方がご心配になったとおりの夫婦仲のご様子を、ちらっと耳にいたしますのも、それぞれにお気の毒で」
と申し上げると、
「ああなったこともこうなったことも、長生きをすると、良くなるようなこともあるので、つまらないことと思いつめていらしたのは、自分の過失であったように、やはり悲しい。最近のご様子は、どうして、それこそ世の常のことです。けれど、不安そうにはお見え申さないようだ。言っても言っても効ない、むなしい空に昇ってしまった煙だけは、誰も逃れることはできない運命ながらも、後になったり先立ったりする間は、やはり何とも言いようのないことです」
と言って、またお泣きになる。

 7 Tale of Kaoru Kaoru visits to Uji and hears minutery about Ukihune from Ben-no-ama [7-1 Kaoru visits to Uji at 20 past on September]
 Udi-no-miya wo hisasiku mi tamaha nu toki ha, itodo mukasi tohoku naru kokoti si te, suzuro ni kokoro-bosokere ba, Ku-gwati nizihu-yo-niti bakari ni ohasi tari.
 Itodosiku kaze nomi huki-harahi te, kokoro-sugoku ara masige naru midu no oto nomi yadomori ni te, hito-kage mo koto ni miye zu. Miru ni ha, madu kaki-kurasi, kanasiki koto zo kagiri naki. Ben-no-Ama mesi-ide tare ba, sauzi-guti ni, awo-nibi no kityau sasi-ide te mawire ri.
 "Ito kasikokere do, masite ito osorosige ni habere ba, tutumasiku te nam."
 to, maho ni ha ide ko zu.
 "Ika ni nagame tamahu ram to omohi-yaru ni, onazi kokoro naru hito mo naki monogatari mo kikoye m tote nam. Hakanaku mo tumoru tosi-tuki kana!"
 tote, namida wo hitome uke te ohasuru ni, Oyi-bito ha itodo sarani seki-ahe zu.
 "Hito no uhe ni te, ainaku mono wo obosu meri si koro no sora zo kasi, to omohi tamahe iduru ni, itu to habera nu naru ni mo, aki no kaze ha mi ni simi te turaku oboye haberi te, geni ka no nageka se tamahu meri si mo siruki yononaka no ohom-arisama wo, honoka ni uketamaharu mo, sama-zama ni nam."
 to kikoyure ba,
 "To aru koto mo kakaru koto mo, nagarahure ba, nahoru yau mo aru wo, adikinaku obosi-simi kem koso, wa ga ayamati no yau ni, naho kanasikere. Kono-koro no ohom-arisama ha, nani ka, sore koso yo no tune nare. Saredo, usirometage ni ha miye kikoye za'meri. Ihi te mo ihi temo, munasiki sora ni nobori nuru keburi nomi koso, tare mo nogare nu koto nagara, okure saki-datu hodo ha, naho ito ihu-kahi nakari keri."
 tote mo, mata naki tamahi nu.

 [7-2 薫、宇治の阿闍梨と面談す]
阿闍梨召して、例の、かの忌日の経仏などのことのたまふ。
「さて、ここに時々ものするにつけても、かひなきことのやすからずおぼゆるが、いと益なきを、この寝殿こぼちて、かの山寺のかたはらに堂建てむ、となむ思ふを、同じくは疾く始めてむ」
とのたまひて、堂いくつ、廊ども、僧房など、あるべきことども、書き出でのたまはせさせたまふを、
「いと尊きこと」
と聞こえ知らす。
「昔の人の、ゆゑある御住まひに占め造りたまひけむ所を、ひきこぼたむ、情けなきやうなれど、その御心ざしも功徳の方には進みぬべく思しけむを2362、とまりたまはむ人びと思しやりて、えさはおきてたまはざりけるにや。
今は、兵部卿宮の北の方こそは、知りたまふべければ、かの宮の御料とも言ひつべくなりにたり。されば、ここながら寺になさむことは、便なかるべし。心にまかせてさもえせじ。所のさまもあまり川づら近く、顕証にもあれば、なほ寝殿を失ひて、異ざまにも造り変へむの心にてなむ」
とのたまへば、
「とざまかうざまに、いともかしこく尊き御心なり。昔、別れを悲しびて、屍を包みてあまたの年首に掛けてはべりける人も、仏の御方便にてなむ、かの屍の2363袋を捨てて、つひに聖の道にも入りはべりにける。この寝殿を御覧ずるにつけて、御心動きおはしますらむ、一つにはたいだいしきことなり。また、後の世の勧めともなるべきことにはべりけり。急ぎ仕うまつるべし。暦の博士はからひ申してはべらむ日を承りて、もののゆゑ知りたらむ工、二、三人を賜はりて、こまかなることどもは、仏の御教へのままに仕うまつらせはべらむ」
と申す。とかくのたまひ定めて、御荘の人ども召して、このほどのことども、阿闍梨の言はむままにすべきよしなど仰せたまふ。はかなく暮れぬれば、その夜はとどまりたまひぬ。

 [7-2 薫、宇治の阿闍梨と面談す]
阿闍梨を呼んで、いつものように、故姫君の御命日のお経や仏像のことなどをおっしゃる。
「ところで、ここに時々参るにつけても、しかたのないことがいつまでも思い出されるのが、とてもつまらないことなので、この寝殿を壊して、あの山寺の傍らにお堂を建てよう、と思うが、同じことなら早く始めたい」
とおっしゃって、お堂を幾塔、渡廊の類や、僧坊などを、必要なことを書き出したりおっしゃったりおさせになるので、
「まことにご立派な功徳だ」
とお教え申す。
「故人が、風流なお住まいとしてお造りになった所を、取り壊すのは、薄情なようだが、宮のお気持ちも功徳を積むことを望んでいらっしゃったようだが、後にお残りになる姫君たちをお思いやって、そのようにはおできになれなかったのではなかろうか。
今は、兵部卿宮の北の方が、所有していらっしゃるはずですから、あの宮のご料地と言ってもよいようになっている。だから、ここをそのまま寺にすることは、不都合であろう。思いどおりにすることはできない。場所柄もあまりに川岸に近くて、人目にもつくので、やはり寝殿を壊して、別の所に造り変える考えです」
とおっしゃるので、
「あれやこれやと、まことに立派な尊いお心です。昔、別れを悲しんで、骨を包んで幾年も頚に懸けておりました人も、仏の方便で、あの骨の袋を捨てて、とうとう仏の道に入ったのでした。この寝殿を御覧になるにつけても、お心がお動きになりますのは、一つには良くないことです。また、来世への勧めともなるものでございます。急いでお仕え申しましょう。暦の博士に相談申して吉日を承って、建築に詳しい工匠を二、三人賜って、こまごまとしたことは、仏のお教えに従ってお仕えさせ申しましょう」
と申す。あれこれとおっしゃり決めて、ご荘園の人びとを呼んで、この度のことや、阿闍梨の言うとおりにするべきことなどをお命じになる。いつの間にか日が暮れたので、その夜はお泊まりになった。

 [7-2 Kaoru meets and talks with Ajari in Uji]
 Azari mesi te, rei no, ka no ki-niti no kyau Hotoke nado no koto notamahu.
 "Sate, koko ni toki-doki monosuru ni tuke te mo, kahi naki koto no yasukara zu oboyuru ga, ito yaku naki wo, ko no sinden koboti te, ka no yama-dera no katahara ni dau tate m, to nam omohu wo, onaziku ha toku hazime te m."
 to notamahi te, dau ikutu, rau-domo, soubau nado, aru beki koto-domo, kaki ide notamaha se sase tamahu wo,
 "Ito tahutoki koto."
 to kikoye sira su.
 "Mukasi no hito no, yuwe aru ohom-sumahi ni sime tukuri tamahi kem tokoro wo, hiki-kobota m, nasake naki yau nare do, so no mi-kokorozasi mo kudoku no kata ni ha susumi nu beku obosi kem wo, tomari tamaha m hito-bito obosi-yari te, e sa ha oki te tamaha zari keru ni ya.
 Ima ha, Hyaubukyau-no-Miya no Kitanokata koso ha, siri tamahu bekere ba, ka no Miya no go-reu to mo ihi tu beku nari ni tari. Sare ba, koko nagara tera ni nasa m koto ha, bin nakaru besi. Kokoro ni makase te sa mo e se zi. Tokoro no sama mo amari kaha-dura tikaku, keseu ni mo are ba, naho sinden wo usinahi te, koto-zama ni mo tukuri kahe m no kokoro ni te nam."
 to notamahe ba,
 "To-zama kau-zama ni, ito mo kasikoku tahutoki mi-kokoro nari. Mukasi, wakare wo kanasibi te, kabane wo tutumi te amata no tosi kubi ni kake te haberi keru hito mo, Hotoke no ohom-hauben ni te nam, ka no kabane no hukuro wo sute te, tuhi ni hiziri no miti ni mo iri haberi ni keru. Ko no sinden wo go-ran-zuru ni tuke te, mi-kokoro ugoki ohasimasu ram, hitotu ni ha tai-daisiki koto nari. Mata, noti no yo no susume to mo naru beki koto ni haberi keri. Isogi tukau-maturu besi. Koyomi no hakase hakarahi mausi te habera m hi wo uketamahari te, mono no yuwe siri tara m takumi, hutari, mitari wo tamahari te, komaka naru koto-domo ha, Hotoke no ohom-wosihe no mama ni tukau-matura se habera m."
 to mausu. Tokaku notamahi sadame te, mi-sau no hito-domo mesi te, ko no hodo no koto-domo, Azari no iha m mama ni subeki yosi nado ohose tamahu. Hakanaku kure nure ba, so no yo ha todomari tamahi nu.

 [7-3 薫、弁の尼と語る]
「このたびばかりこそ見め」と思して、立ちめぐりつつ見たまへば、仏も皆かの寺に移してければ、尼君の行なひの具のみあり。いとはかなげに住まひたるを、あはれに、「いかにして過ぐすらむ」と見たまふ。
「この寝殿は、変へて造るべきやうあり。造り出でむほどは、かの廊にものしたまへ。京の宮にとり渡さるべきものなどあらば、荘の人召して、あるべからむやうにものしたまへ」
など、まめやかなることどもを語らひたまふ。他にては、かばかりにさだ過ぎなむ人を、何かと見入れたまふべきにもあらねど、夜も近く臥せて、昔物語などせさせたまふ。故権大納言の君の御ありさまも、聞く人なきに心やすくて、いとこまやかに聞こゆ。
「今はとなりたまひしほどに、めづらしくおはしますらむ御ありさまを、いぶかしき2364ものに思ひきこえさせたまふめりし御けしきなどの思ひたまへ出でらるるに、かく思ひかけはべらぬ世の末に、かくて見たてまつりはべるなむ、かの御世に睦ましく仕うまつりおきし験のおのづからはべりけると、うれしくも悲しくも思ひたまへられはべる。心憂き命のほどにて、さまざまのことを見たまへ過ぐし、思ひたまへ知りはべるなむ、いと恥づかしく2365心憂くはべる。
宮よりも、時々は参りて見たてまつれ、おぼつかなく絶え籠もり果てぬるは、こよなく思ひ隔てけるなめりなど、のたまはする折々はべれど、ゆゆしき身にてなむ、阿弥陀仏より他には、見たてまつらまほしき人もなくなりてはべる」
など聞こゆ。故姫君の御ことども、はた尽きせず、年ごろの御ありさまなど語りて、何の折何とのたまひし、花紅葉の色を見ても、はかなく詠みたまひける歌語りなどを、つきなからず、うちわななきたれど、こめかしく言少ななるものから、をかしかりける人の御心ばへかなとのみ、いとど聞き添へたまふ。
「宮の御方は、今すこし今めかしきものから、心許さざらむ人のためには、はしたなくもてなしたまひつべくこそものしたまふめるを、我にはいと心深く情け情けしとは見えて、いかで過ごしてむ、とこそ思ひたまへれ」
など、心のうちに思ひ比べたまふ。

 [7-3 薫、弁の尼と語る]
「今回こそは見よう」とお思いになって、立ってぐるりと御覧になると、仏像もすべてあのお寺に移してしまったので、尼君の勤行の道具だけがある。たいそう頼りなさそうに住んでいるのを、しみじみと、「どのようにして暮らしているのだろう」と御覧になる。
「この寝殿は、造り変えることになりました。完成するまで、あちらの渡廊に住まいなさい。京の宮邸にお移ししたらよい物があったら、荘園の人を呼んで、適当にはからってください」
などと、事務的なことを相談なさる。他では、これほど年とった者を、何かとお世話なさるはずもないが、夜も近くに寝させて、昔話などをおさせになる。故大納言の君のご様子を、聞く人もないので気安くて、たいそう詳細に申し上げる。
「ご臨終となった時に、お生まれになったばかりのご様子を、御覧になりたくお思いになっていたご様子などが思い出されると、このように思いもかけませんでした晩年に、こうしてお目にかかれますのは、ご生前に親しくお仕え申した効が自然と現れたのでしょうと、嬉しくも悲しくも存じられます。情けない長生きで、さまざまなことを拝見してき、理解してまいりましたが、とても恥ずかしくつらく思っております。
宮からも、時々は参上してお会い申せ、すっかりご無沙汰しているのは、まるきり他人のようだなどと、おっしゃっる時々がございますが、忌まわしい身の上で、阿彌陀仏の以外には、お目にかかりたい人はなくなっております」
などと申し上げる。故姫君の御事を、尽きせず、長年のご様子などを話して、何の時に何とおっしゃり、桜や紅葉の美しさを見ても、ちょっとお詠みになった歌の話などを、この場にふさわしく、震え声であったが、おっとりして言葉数少なかったが、風雅であった姫君のご性質であったなあとばかり、ますますお聞きしてお思いになる。
「宮の御方は、もう少し華やかだが、心を許さない男性に対しては、体裁の悪い思いをさせなさるようであったが、わたしにはとても思慮深く情愛があるように見えて、何とかこのまま付き合って行きたい、とお思いのようであった」
などと、心の中で比較なさる。

 [7-3 Kaoru talks with Ben-no-ama]
 "Ko no tabi bakari koso mi me." to obosi te, tati-meguri tutu mi tamahe ba, Hotoke mo mina ka no tera ni utusi te kere ba, Ama-Gimi no okonahi no gu nomi ari. Ito hakanage ni sumahi taru wo, ahare ni, "Ika ni si te sugusu ram." to mi tamahu.
 "Ko no sinden ha, kahe te tukuru beki yau ari. Tukuri ide m hodo ha, ka no rau ni monosi tamahe. Kyau no miya ni tori-watasa ru beki mono nado ara ba, sau no hito mesi te, aru bekara m yau ni monosi tamahe."
 nado, mameyaka naru koto-domo wo katarahi tamahu. Hoka ni te ha, kabakari ni sada sugi na m hito wo, nani ka to mi-ire tamahu beki ni mo ara ne do, yoru mo tikaku huse te, mukasi-monogatari nado se sase tamahu. Ko-Gon-Dainagon-no-Kimi no ohom-arisama mo, kiku hito naki ni kokoro-yasuku te, ito komayaka ni kikoyu.
 "Ima ha to nari tamahi si hodo ni, medurasiku ohasimasu ram ohom-arisama wo, ibukasiki mono ni omohi kikoye sase tamahu meri si mi-kesiki nado no omohi tamahe ide raruru ni, kaku omohi-kake habera nu yo no suwe ni, kaku te mi tatematuri haberu nam, ka no mi-yo ni mutumasiku tukau-maturi oki si sirusi no onodukara haberi keru to, uresiku mo kanasiku mo omohi tamahe rare haberu. Kokoro-uki inoti no hodo ni te, sama-zama no koto wo mi tamahe sugusi, omohi tamahe siri haberu nam, ito hadukasiku kokoro-uku haberu.
 Miya yori mo, toki-doki ha mawiri te mi tatemature, obotukanaku taye-komori hate nuru ha, koyonaku omohi hedate keru na'meri nado, notamahasuru wori-wori habere do, yuyusiki mi ni te nam, Amida-Butu yori hoka ni ha, mi tatematura mahosiki hito mo naku nari te haberu."
 nado kikoyu. Ko-Hime-Gimi no ohom-koto-domo, hata tuki se zu, tosi-goro no ohom-arisama nado katari te, nani no wori nani to notamahi si, hana momidi no iro wo mi te mo, hakanaku yomi tamahi keru uta-gatari nado wo, tuki-nakara zu, uti-wananaki tare do, komekasiku koto-zukuna naru mono kara, wokasikari keru hito no mi-kokorobahe kana to nomi, itodo kiki-sohe tamahu.
 "Miya-no-Ohomkata ha, ima sukosi imamekasiki mono kara, kokoro yurusa zara m hito no tame ni ha, hasitanaku motenasi tamahi tu beku koso monosi tamahu meru wo, ware ni ha ito kokoro-bukaku nasake-nasakesi to ha miye te, ikade sugosi te m, to koso omohi tamahe re."
 nado, kokoro no uti ni omohi kurabe tamahu.

 [7-4 薫、浮舟の件を弁の尼に尋ねる]
さて、もののついでに、かの形代のことを言ひ出でたまへり。
「京に、このころ、はべらむとはえ知りはべらず。人伝てに承りしことの筋ななり。故宮の、まだかかる山里住みもしたまはず、故北の方の亡せたまへりけるほど近かりけるころ、中将の君とてさぶらひける上臈の、心ばせなどもけしうはあらざりけるを、いと忍びて、はかなきほどにもののたまはせける2366、知る人もはべらざりけるに、女子をなむ産みてはべりけるを、さもやあらむ、と思すことのありけるからに、あいなくわづらはしくものしきやうに思しなりて、またとも御覧じ入るることもなかりけり。
あいなくそのことに思し懲りて、やがておほかた聖にならせたまひにけるを、はしたなく思ひて、えさぶらはずなりにけるが、陸奥国の守の妻になりたりけるを、一年上りて、その君平らかにものしたまふよし、このわたりにもほのめかし申したりけるを、聞こしめしつけて、さらにかかる消息あるべきことにもあらずと、のたまはせ放ちければ、かひなくてなむ嘆きはべりける。
さてまた、常陸になりて下りはべりにけるが、この年ごろ、音にも聞こえたまはざりつるが、この春上りて、かの宮には尋ね参りたりけるとなむ、ほのかに聞きはべりし。
かの君の年は、二十ばかりになりたまひぬらむかし。いとうつくしく生ひ出でたまふがかなしきなどこそ2367、中ごろは、文にさへ書き続けてはべめりしか」
と聞こゆ。
詳しく聞きあきらめたまひて、「さらば、まことにてもあらむかし。見ばや」と思ふ心出で来ぬ。
「昔の御けはひに、かけても触れたらむ人は2368、知らぬ国までも尋ね知らまほしき心あるを、数まへたまはざりけれど、近き人にこそはあなれ。わざとはなくとも、このわたりにおとなふ折あらむついでに、かくなむ言ひし、と伝へたまへ」
などばかりのたまひおく。
「母君は、故北の方の御姪なり。弁も離れぬ仲らひにはべるべきを、そのかみは他々にはべりて、詳しくも見たまへ馴れざりき。
さいつころ、京より、大輔がもとより申したりしは、かの君なむ、いかでかの御墓にだに参らむと、のたまふなる、さる心せよ2369、などはべりしかど、まだここに、さしはへてはおとなはずはべめり。今、さらば、さやのついでに、かかる仰せなど伝へはべらむ」
と聞こゆ。

 [7-4 薫、浮舟の件を弁の尼に尋ねる]
そうして、何かのきっかけで、あの形代のことを言い出しなさった。
「京に、近ごろ、おりますかどうかは存じません。人づてにお聞きしたことの話でしょう。故宮が、まだこのような山里生活もなさらず、故北の方がお亡くなりになって間近かったころ、中将の君と言ってお仕えしていた上臈で、気立てなども悪くはなかったが、たいそうこっそりと、ちょっと情けをお交わしになったが、知る人もございませんでしたが、女の子を産みましたのを、あるいはご自分のお子であろうか、とお思いになることがありましたので、つまらなく厄介で嫌なようにお思いになって、二度とお逢いになることもありませんでした。
つまらなくそのことにお懲りになって、そのままだいたい聖におなりあそばしたので、とりつくしまもなく思って、宮仕えをやめてしまったが、陸奥国の守の妻となったところ、先年上京して、その姫君も無事でいらっしゃる旨を、ここにもちらっと申して来ましたが、お聞きつけになって、全然そのような挨拶は無関係であると無視なさったので、その効なく嘆いていました。
そうして再び、常陸の国司になって下りましたが、ここ数年、何ともおっしゃってきませんでしたが、この春上京して、あちらの宮には尋ねて参ったと、かすかに聞きました。
あの君の年齢は、二十歳くらいにおなりになったでしょう。とてもかわいらしくお育ちになったのがいとおしいなどと、近頃は、手紙にまで書き綴ってございましたとか」
と申し上げる。
詳しく聞き知りなさって、「それでは、ほんとうであったのだ。会ってみたいものだ」と思う気持ちが出てきた。
「故姫君のご様子に、少しでも似ているような人は、知らない国までも探し求めたい気持ちであるが、お子とお認めにならなかったが、姉妹であるのだ。わざわざというのでなくても、この近辺に便りを寄せる機会があった時には、こう言っていた、とお伝えください」
などとだけおっしゃっておく。
「母君は、故北の方の姪です。弁も縁続きの間柄でございますが、その当時は別の所におりまして、詳しくは存じませんでした。
最近、京から、大輔のもとから申してよこしたことには、あの姫君が、何とか父宮のお墓にだけでも詣でたいと、おっしゃっているという、そのようなおつもりでいなさい、などとございましたが、まだここには、特に便りはないようです。今、そうなったら、そのような機会に、この仰せ言を伝えましょう」
と申し上げる。

 [7-4 Kaoru asks a question of Ukifune to Ben-no-ama]
 Sate, mono no tuide ni, ka no katasiro no koto wo ihi-ide tamahe ri.
 "Kyau ni, kono-koro, habera m to ha e siri habera zu. Hito-dute ni uketamahari si koto no sudi na'nari. Ko-Miya no, mada kakaru yama-zato-zumi mo si tamaha zu, ko-Kitanokata no use tamahe ri keru hodo tikakari keru koro, Tiuzyau-no-Kimi tote saburahi keru zyaurahu no, kokorobase nado mo kesiu ha ara zari keru wo, ito sinobi te, hakanaki hodo ni mono notamaha se keru, siru hito mo habera zari keru ni, womna-go wo nam umi te haberi keru wo, sa mo ya ara m, to obosu koto no ari keru kara ni, ainaku wadurahasiku monosiki yau ni obosi nari te, mata to mo go-ran-zi iruru koto mo nakari keri.
 Ainaku so no koto ni obosi-kori te, yagate ohokata hiziri ni nara se tamahi keru wo, hasitanaku omohi te, e saburaha zu nari ni keru ga, Miti-no-Kuni no Kami no me ni nari tari keru wo, hito-tose nobori te, so no Kimi tahiraka ni monosi tamahu yosi, ko no watari ni mo honomekasi mausi tari keru wo, kikosimesi tuke te, sarani kakaru seusoko aru beki koto ni mo ara zu to, notamahase hanati kere ba, kahi naku te nam nageki haberi keru.
 Sate mata, Hitati ni nari te kudari haberi ni keru ga, ko no tosi-goro, oto ni mo kikoye tamaha zari turu ga, ko no haru nobori te, ka no Miya ni ha tadune mawiri tari keru to nam, honoka ni kiki haberi si.
 Ka no Kimi no tosi, hatati bakari ni nari tamahi nu ram kasi. Ito utukusiku ohi-ide tamahu ga kanasiki nado koso, naka-goro ha, humi ni sahe kaki-tuduke te habe' meri sika."
 to kikoyu.
 Kuhasiku kiki akirame tamahi te, "Sara ba, makoto ni te mo ara m kasi. Mi baya!" to omohu kokoro ide ki nu.
 "Mukasi no ohom-kehahi ni, kakete mo hure tara m hito ha, sira nu kuni made mo tadune sira mahosiki kokoro aru wo, kazumahe tamaha zari kere do, tikaki hito ni koso ha a'nare. Wazato ha naku to mo, ko no watari ni otonahu wori ara m tuide ni, kaku nam ihi si, to tutahe tamahe."
 nado bakari notamahi oku.
 "Haha-Gimi ha, ko-Kitanokata no ohom-mehi nari. Ben mo hanare nu nakarahi ni haberu beki wo, so no kami ha hoka-hoka ni haberi te, kuhasiku mo mi tamahe nare zari ki.
 Sai-tu-koro, kyau yori, Taihu ga moto yori mausi tari si ha, ka no Kimi nam, ikade ka no mi-haka ni dani mawira m to, notamahu naru, saru kokoro se yo, nado haberi sika do, mada koko ni, sasi-hahe te ha otonaha zu habe' meri. Ima, sara ba, sa ya no tuide ni, kakaru ohose nado tutahe habera m."
 to kikoyu.

 [7-5 薫、二条院の中の君に宇治訪問の報告]
明けぬれば帰りたまはむとて、昨夜、後れて持て参れる絹綿などやうのもの、阿闍梨に贈らせたまふ。尼君にも賜ふ。法師ばら、尼君の下衆どもの料にとて、布などいふものをさへ、召して賜ぶ。心細き住まひなれど、かかる御訪らひたゆまざりければ、身のほどにはめやすく、しめやかにてなむ行なひける。
木枯しの堪へがたきまで吹きとほしたるに、残る梢もなく散り敷きたる紅葉を、踏み分けける跡2370も見えぬを見渡して、とみにもえ出でたまはず。いとけしきある深山木に宿りたる蔦の色ぞまだ残りたる。こだになどすこし引き取らせたまひて、宮へと思しくて、持たせたまふ。
「宿り木と思ひ出でずは木のもとの
旅寝もいかにさびしからまし」
と独りごちたまふを聞きて、尼君、
「荒れ果つる朽木2371のもとを宿りきと
思ひおきけるほどの悲しさ」
あくまで古めきたれど、ゆゑなくはあらぬをぞ、いささかの慰めには思しける。
宮に紅葉たてまつれたまへれば、男宮おはしましけるほどなりけり。
「南の宮より」
とて、何心もなく持て参りたるを、女君、「例のむつかしきこともこそ」と苦しく思せど、取り隠さむやは。宮、
「をかしき蔦かな」
と、ただならずのたまひて、召し寄せて見たまふ。御文には、
「日ごろ、何事かおはしますらむ。山里にものしはべりて、いとど峰の朝霧に2372惑ひはべりつる御物語も、みづからなむ。かしこの寝殿、堂になすべきこと、阿闍梨に言ひつけはべりにき。御許しはべりてこそは、他に移すこともものしはべらめ。弁の尼に、さるべき仰せ言はつかはせ」
などぞある。
「よくも、つれなく書きたまへる文かな。まろありとぞ聞きつらむ」
とのたまふも、すこしは、げにさやありつらむ。女君は、ことなきをうれしと思ひたまふに、あながちにかくのたまふを、わりなしと思して、うち怨じてゐたまへる御さま、よろづの罪許しつべくをかし。
「返り事書きたまへ。見じや」
とて、他ざまに向きたまへり。あまえて書かざらむもあやしければ、
「山里の御ありきのうらやましくもはべるかな。かしこは、げにさやにてこそよく、と思ひたまへしを、ことさらにまた巌の中求めむ2373よりは、荒らし果つまじく思ひはべるを、いかにもさるべきさまになさせたまはば、おろかならずなむ」
と聞こえたまふ。「かく憎きけしきもなき御睦びなめり」と見たまひながら、わが御心ならひに、ただならじと思すが、やすからぬなるべし。

 [7-5 薫、二条院の中の君に宇治訪問の報告]
夜が明けたのでお帰りになろうとして、昨夜、供人が後れて持ってまいった絹や綿などのような物を、阿闍梨に贈らせなさる。尼君にもお与えになる。法師たちや、尼君の下仕え連中の料として、布などという物までを、呼んでお与えになる。心細い生活であるが、このようなお見舞いが引き続きあるので、身分に比較してたいそう無難で、ひっそりと勤行しているのであった。
木枯しが堪え難いまでに吹き抜けるので、梢の葉も残らず散って敷きつめた紅葉を、踏み分けた跡も見えないのを見渡して、すぐにはお出になれない。たいそう風情ある深山木にからみついている蔦の色がまだ残っていた。せめてこの蔦だけでもと少し引き取らせなさって、宮へとお思いらしく、持たせなさる。
「宿木の昔泊まった家と思い出さなかったら
木の下の旅寝もどんなにか寂しかったことでしょう」
と独り言をおっしゃるのを聞いて、尼君、
「荒れ果てた朽木のもとを昔の泊まった家と
思っていてくださるのが悲しいことです」
どこまでも古風であるが、教養がなくはないのを、わずかの慰めとお思いになった。
宮に紅葉を差し上げなさると、夫宮がいらっしゃるところだった。
「南の宮邸から」
と言って、何の気なしに持って参ったのを、女君は、「いつものようにうるさいことを言ってきたらどうしようか」と苦しくお思いになるが、どうして隠すことができようか。宮は、
「美しい蔦ですね」
と、穏やかならずおっしゃって、呼び寄せて御覧になる。お手紙には、
「このごろは、いかがお過ごしでしょうか。山里に参りまして、ますます峰の朝霧に迷いましたお話も、お目にかかって。あちらの寝殿を、お堂に造ることを、阿闍梨に命じました。お許しを得てから、他の場所に移すこともいたしましょう。弁の尼に、しかるべきお指図をなさってください」
などとある。
「よくもまあ、平静をよそおってお書きになった手紙だな。自分がいると聞いたのだろう」
とおっしゃるのも、少しは、なるほどそうであったであろう。女君は、特別に何も書いてないのを嬉しいとお思いになるが、むやみにこのようにおっしゃるのを、困ったことだとお思いになって、恨んでいらっしゃるご様子は、すべての欠点も許したくなるような美しさである。
「お返事をお書きなさい。見ないでいますよ」
と、よそをお向きになった。甘えて書かないのも変なので、
「山里へのご外出が羨ましゅうございます。あちらでは、おっしゃるとおりにするのがよい、と存じておりましたが、特別にまた山奥に住処を求めるよりは、荒らしきってしまいたくなく思っておりますので、どのようにでも適当な状態になさってくれたら、ありがたく存じます」
と申し上げなさる。「このように憎い様子もないご交際のようだ」と御覧になる一方で、自分のご性質から、ただではあるまいとお思いになるのが、落ち着いてもいられないのであろう。

 [7-5 Kaoru reports back from Uji to Nakanokimi at Nijoin]
 Ake nure ba kaheri tamaha m tote, yobe, okure te mote mawire ru kinu wata nado yau no mono, Azari ni okura se tamahu. Ama-Gimi ni mo tamahu. Hohusi-bara, Ama-Gimi no gesu-domo no reu ni te, nuno nado ihu mono wo sahe , masi te tabu. Kokoro-bosoki sumahi nare do, kakaru ohom-toburahi tayuma zari kere ba, mi no hodo ni ha meyasuku, simeyaka ni te nam okonahi keru.
 Kogarasi no tahe gataki made huki-tohosi taru ni, nokoru kozuwe mo naku tiri siki taru momidi wo, humi-wake keru ato mo miye nu wo mi-watasi te, tomi ni mo e ide tamaha zu. Ito kesiki aru miyama-gi ni yadori taru tuta no iro zo mada nokori taru. Kodani nado sukosi hiki-tora se tamahi te, Miya he to obosi ku te, mota se tamahu.
 "Yadori ki to omohi-ide zu ha ko no moto no
 tabine mo ika ni sabisi kara masi
"
 to hitori-goti tamahu wo kiki te, Ama-Gimi,
 "Are haturu kuti-ki no moto wo yadori ki to
 omohi oki keru hodo no kanasisa
"
 Akumade huru-meki tare do, yuwe naku ha ara nu wo zo, isasaka no nagusame ni ha obosi keru.
 Miya ni momidi tatemature tamahe re ba, Wotoko-Miya ohasi masi keru hodo nari keri.
 "Minami no miya yori."
 tote, nani-gokoro mo naku mote mawiri taru wo, Womna-Gimi, "Rei no mutukasiki koto mo koso." to kurusiku obose do, tori kakusa m ya ha! Miya,
 "Wokasiki tuta kana!"
 to, tada-nara-zu notamahi te, mesi-yose te mi tamahu. Ohom-humi ni ha,
 "Hi-goro, nani-goto ka ohasimasu ram. Yama-zato ni monosi haberi te, itodo mine no asa-giri ni madohi haberi turu ohom-monogatari mo, midukara nam. Kasiko no sinden, dau ni nasu beki koto, Azari ni ihi-tuke haberi ni ki. Ohom-yurusi haberi te koso ha, hoka ni utusu koto mo monosi habera me. Ben-no-Ama ni, saru beki ohose-goto ha tukahase."
 nado zo aru.
 "Yoku mo, turenaku kaki tamahe ru kana!. Maro ari to zo kiki tu ram."
 to notamahu mo, sukosi ha, geni sa ya ari tu ram. Womna-Gimi ha, koto naki wo uresi to omohi tamahu ni, anagati ni kaku notamahu wo, wari nasi to obosi te, uti-wen-zi te wi tamahe ru ohom-sama, yorodu no tumi yurusi tu beku wokasi.
 "Kaheri-goto kaki tamahe. Mi zi ya!"
 tote, hoka-zama ni muki tamahe ri. Amaye te kaka zara m mo ayasikere ba,
 "Yama-zato no ohom-ariki no urayamasiku mo haberu kana! Kasiko ha, geni saya ni te koso yoku, to omohi tamahe si wo, kotosara ni mata ihaho no naka motome m yori ha, arasi hatu maziku omohi haberu wo, ika ni mo saru beki sama ni nasa se tamaha ba, oroka nara zu nam."
 to kikoye tamahu. "Kaku nikuki kesiki mo naki ohom-mutubi na'meri." to mi tamahi nagara, wa ga mi-kokoro narahi ni, tada nara zi to obosu ga, yasukara nu naru besi.

 [7-6 匂宮、中の君の前で琵琶を弾く]
枯れ枯れなる前栽の中に、尾花の、ものよりことにて手をさし出で招く2374がをかしく見ゆるに、まだ穂に出でさしたるも、露を貫きとむる玉の緒2375、はかなげにうちなびきたるなど、例のことなれど、夕風なほあはれなるころなりかし。
「穂に出でぬもの思ふらし2376篠薄
招く袂の露しげくして」
なつかしきほどの御衣どもに、直衣ばかり着たまひて、琵琶を2377弾きゐたまへり。黄鐘調の掻き合はせを、いとあはれに弾きなしたまへば、女君も心に入りたまへることにて、もの怨じもえし果てたまはず、小さき御几帳のつまより、脇息に寄りかかりて、ほのかにさし出でたまへる、いと見まほしくらうたげなり。
「秋果つる野辺のけしきも篠薄
ほのめく風につけてこそ知れ
 わが身一つの2378」
とて涙ぐまるるが、さすがに恥づかしければ、扇を紛らはしておはする御心の内も、らうたく推し量らるれど、「かかるにこそ、人もえ思ひ放たざらめ」と、疑はしきがただならで、恨めしきなめり。
菊の、まだよく移ろひ果てで、わざとつくろひたてさせたまへるは、なかなか遅きに、いかなる一本にかあらむ2379、いと見所ありて移ろひたるを、取り分きて折らせたまひて、
「花の中に偏に2380」
と誦じたまひて、
「なにがしの皇子の、花めでたる夕べぞかし。いにしへ、天人の翔りて、琵琶の手教へけるは。何事も浅くなりにたる世は、もの憂しや」
とて、御琴さし置きたまふを、口惜しと思して、
「心こそ浅くもあらめ、昔を伝へたらむことさへは、などてかさしも」
とて、おぼつかなき手などをゆかしげに思したれば、
「さらば、独り琴はさうざうしきに、さしいらへしたまへかし」
とて、人召して、箏の御琴とり寄せさせて、弾かせたてまつりたまへど、
「昔こそ、まねぶ人もものしたまひしか、はかばかしく弾きもとめずなりにしものを」
と、つつましげにて手も触れたまはねば、
「かばかりのことも、隔てたまへるこそ心憂けれ。このころ、見るわたり、まだいと心解くべきほどにもあらねど2381、かたなりなる初事をも隠さずこそあれ。すべて女は、やはらかに心うつくしきなむよきこととこそ、その中納言も定むめりしか。かの君に、はた、かくもつつみたまはじ。こよなき御仲なめれば」
など、まめやかに怨みられてぞ、うち嘆きてすこし調べたまふ。ゆるびたりければ、盤渉調に合はせたまふ。掻き合はせなど、爪音けをかしげに聞こゆ。「伊勢の海2382」謡ひたまふ御声のあてにをかしきを、女房も、物のうしろに近づき参りて、笑み広ごりてゐたり。
「二心おはしますはつらけれど、それもことわりなれば、なほわが御前をば、幸ひ人とこそは申さめ。かかる御ありさまに交じらひたまふべくもあらざりし所の御住まひを、また帰りなまほしげに思して、のたまはするこそ、いと心憂けれ」
など、ただ言ひに言へば、若き人びとは、
「あなかまや」
など制す。

 [7-6 匂宮、中の君の前で琵琶を弾く]
枯れ枯れになった前栽の中に、尾花が、他の草とは違って手を差し出して招いているのが面白く見えるので、まだ穂に出かかったのも、露を貫き止める玉の緒は、頼りなさそうに靡いているのなど、普通のことであるが、夕方の風がやはりしみじみと感じられるころなのであろう。
「外に現さないないが、物思いをしているらしいですね
篠薄が招くので、袂の露がいっぱいですね」
着なれたお召し物類に、お直衣だけをお召しになって、琵琶を弾いていらっしゃった。黄鐘調の合奏を、たいそうしみじみとお弾きになるので、女君も嗜んでいらっしゃるので、物恨みもなさらずに、小さい御几帳の端から、脇息に寄り掛かって、わずかにお出しになった顔は、まことにもっと見たいほどかわいらしい。
「秋が終わる野辺の景色も
篠薄がわずかに揺れている風によって知られます
自分一人の秋ではありませんが」
と言って自然と涙ぐまれるが、そうはいっても恥ずかしいので、扇で隠していらっしゃる心中も、かわいらしく想像されるが、「こうだからこそ、相手も諦められないのだろう」と、疑わしいのが普通でなく、恨めしいようである。
菊が、まだすっかり変色もしないで、特につくろわせなさっているのは、かえって遅いのに、どのような一本であろうか、たいそう見所があって変色しているのを、特別に折らせなさって、
「花の中で特別に」
と口ずさみなさって、
「何某の親王が、この花を賞美した夕方です。昔、天人が飛翔して、琵琶の曲を教えたのは。何事も浅薄になった世の中は、嫌なことだ」
と言って、お琴をお置きになるのを、残念だとお思いになって、
「心は浅くなったでしょうが、昔から伝えられたことまでは、どうしてそのようなことがありましょうか」
と言って、まだよく知らない曲などを聞きたくお思いになっているので、
「それならば、一人で弾く琴は寂しいから、お相手なさい」
と言って、女房を呼んで、箏の琴を取り寄せさせて、お弾かせ申し上げなさるが、
「昔なら、習う人もいらっしゃったが、ちゃんと習得もせずになってしまいましたものを」
と、遠慮深そうにして手もお触れにならないので、
「これくらいのことも、心置いていらっしゃるのが情けない。近頃、結婚した人は、まだたいして心打ち解けるようになっていませんが、まだ未熟な習い事をも隠さずにいます。総じて女性というものは、柔らかで心が素直なのが良いことだと、あの中納言も決めているようです。あの君には、また、このようにはお隠しになるまい。この上なく親密な仲のようなので」
などと、本気になって恨み事を言われたので、溜息をついて少しお弾きになる。絃が緩めてあったので、盤渉調に合わせなさなさる。合奏などの、爪音が美しく聞こえる。「伊勢の海」をお謡いになるお声が上品で美しいのを、女房たちが、物の背後に近寄って、にっこりして座っていた。
「二心がおありなのはつらいけれども、それも仕方のないことなので、やはりわたしのご主人を、幸福人と申し上げましょう。このようなご様子でお付き合いなされそうにもなかった所のご生活を、また宇治に帰りたそうにお思いになって、おっしゃるのは、とても情けない」
などと、ずけずけと言うので、若い女房たちは、
「おだまり」
などと止める。

 [7-6 Nionomiya plays biwa in front of Nakanokimi]
 Kare-gare naru sensai no naka ni, wobana no, mono yori koto ni te te wo sasi-ide maneku ga wokasiku miyuru ni, mada ho ni ide sasi taru mo, tuyu wo turanuki tomuru tama no wo, hakanage ni uti-nabiki taru nado, rei no koto nare do, yuhu-kaze naho ahare naru koro nari kasi.
 "Ho ni ide nu mono omohu rasi sino-susuki
 maneku tamoto no tuyu sigeku si te
"
 Natukasiki hodo no ohom-zo-domo ni, nahosi bakari ki tamahi te, biwa wo hiki wi tamahe ri. Wausiki-deu no kaki-ahase wo, ito ahare ni hiki nasi tamahe ba, Womna-Gimi mo kokoro ni iri tamahe ru koto ni te, mono-wen-zi mo e si hate tamaha zu, tihisaki mi-kityau no tuma yori, keusoku ni yori-kakari te, honoka ni sasi-ide tamahe ru, ito mi mahosiku rautage nari.
 "Aki haturu nobe no kesiki mo sino-susuki
 honomeku kaze ni tuke te koso sire

 Wa ga mi hitotu no."
 tote, namida-guma ruru ga, sasuga ni hadukasikere ba, ahugi wo magirahasi te ohasuru mi-kokoro no uti mo, rautaku osihakara rure do, "Kakaru ni koso, hito mo e omohi-hanata zara me." to, utagahasiki ga tada nara de, uramesiki na'meri.
 Kiku no, mada yoku uturohi hate de, wazato tukurohi tate sase tamahe ru ha, naka-naka osoki ni, ika naru hito-moto ni ka ara m, ito mi-dokoro ari te uturohi taru wo, tori-waki te wora se tamahi te,
 "Hana no naka ni hitohe ni."
 to zu-zi tamahi te,
 "Nanigasi no mi-ko no, hana mede taru yuhube zo kasi. Inisihe, Ten-nin no kakeri te, biwa no te wosihe keru ha. Nani-goto mo asaku nari ni taru yo ha, mono-usi ya!"
 tote, ohom-koto sasi-oki tamahu wo, kutiwosi to obosi te,
 "Kokoro koso asaku mo ara me, mukasi tutahe tara m koto sahe ha, nado te ka sa si mo."
 tote, obotukanaki te nado wo yukasige ni obosi tare ba,
 "Sara ba, hitori-goto ha sau-zausiki ni, sasi-irahe si tamahe kasi."
 tote, hito mesi te, sau-no-ohom-koto tori-yose sase te, hika se tatematuri tamahe do,
 "Mukasi koso, manebu hito mo monosi tamahi sika, haka-bakasiku hiki mo tome zu nari ni si mono wo."
 to, tutumasige ni te te mo hure tamaha ne ba,
 "Kabakari no koto mo, hedate tamahe ru koso kokoro-ukere. Kono-koro, miru watari, mada ito kokoro-toku beki hodo ni mo ara ne do, kata-nari naru uhi-goto wo mo kakusa zu koso are. Subete womna ha, yaharaka ni kokoro-utukusiki nam yoki koto to koso, so no Tiunagon mo sadamu meri sika. Ka no Kimi ni, hata, kaku mo tutumi tamaha zi. Koyonaki ohom-naka na'mere ba."
 nado, mameyaka ni urami rare te zo, uti-nageki te sukosi sirabe tamahu. Yurubi tari kere ba, Bansiki-deu ni ahase tamahu. Kaki-ahase nado, tuma-oto ke-wokasige ni kikoyu. Ise-no-umi utahi tamahu ohom-kowe no ate ni wokasiki wo, nyoubau mo, mono no usiro ni tikaduki mawiri te, wemi hirogori te wi tari.
 "Huta-gokoro ohasimasu ha turakere do, sore mo kotowari nare ba, naho wa ga o-mahe wo ba, saihahi-bito to koso ha mausa me. Kakaru ohom-arisama ni mazirahi tamahu beku mo ara zari si tokoro no ohom-sumahi wo, mata kaheri na mahosige ni obosi te, notamaha suru koso, ito kokoro-ukere."
 nado, tada ihi ni ihe ba, wakaki hito-bito ha,
 "Ana kama ya!"
 nado sei-su.

 [7-7 夕霧、匂宮を強引に六条院へ迎え取る]
御琴ども教へたてまつりなどして、三、四日籠もりおはして、御物忌などことつけたまふを、かの殿には恨めしく思して、大臣、内裏より出でたまひけるままに、ここに参りたまへれば、宮、
「ことことしげなるさまして、何しにいましつるぞとよ」
と、むつかりたまへど、あなたに渡りたまひて、対面したまふ。
「ことなることなきほどは、この院を見で久しくなりはべるも、あはれにこそ」
など、昔の御物語2383どもすこし聞こえたまひて、やがて引き連れきこえたまひて出でたまひぬ。御子どもの殿ばら、さらぬ上達部、殿上人なども、いと多くひき続きたまへる勢ひ、こちたきを見るに、並ぶべくもあらぬぞ、屈しいたかりける。人びと覗きて見たてまつりて、
「さも、きよらにおはしける大臣かな。さばかり、いづれとなく、若く盛りにてきよげにおはさうずる御子どもの、似たまふべきもなかりけり。あな、めでたや」
と言ふもあり。また、
「さばかりやむごとなげなる御さまにて、わざと迎へに参りたまへるこそ憎けれ。やすげなの世の中や」
など、うち嘆くもあるべし。御みづからも、来し方を思ひ出づるよりはじめ、かのはなやかなる御仲らひに立ちまじるべくもあらず、かすかなる身のおぼえをと、いよいよ心細ければ、「なほ心やすく籠もりゐなむのみこそ目やすからめ」など、いとどおぼえたまふ。はかなくて年も暮れぬ。

 [7-7 夕霧、匂宮を強引に六条院へ迎え取る]
いろいろのお琴をお教え申し上げなどして、三、四日籠もっておいでになって、御物忌などにかこつけなさるのを、あちらの殿におかれては恨めしくお思いになって、大臣は、宮中からお出になってそのまま、こちらに参上なさったので、宮は、
「仰々しい様子をして、何のためにいらっしゃったのだろう」
と、不快にお思いになるが、寝殿にお渡りになって、お会いなさる。
「特別なことがない間は、この院を見ないで長くなりましたのも、しみじみと感慨深い」
などと、昔のいろいろなお話を少し申し上げなさって、そのままお連れ申し上げなさってお出になった。ご子息の殿方や、その他の上達部、殿上人なども、たいそう大勢引き連れていらっしゃる威勢が、大変なのを見ると、並びようもないのが、がっかりした。女房たちが覗いて拝見して、
「まあ、美しくいらっしゃる大臣ですこと。あれほど、どなたも皆、若く男盛りで美しくいらっしゃるご子息たちで、似ていらっしゃる方もありませんね。何と、立派なこと」
という者もいる。また、
「あれほど重々しいご様子で、わざわざお迎えに参上なさるのは憎らしい。安心できないご夫婦仲ですこと」
などと、嘆息する者もいるようだ。ご自身も、過去を思い出すのをはじめとして、あのはなやかなご夫婦の生活に肩を並べやってゆけそうにもなく、存在感の薄い身の上をと、ますます心細いので、「やはり気楽に山里に籠もっているのが無難であろう」などと、ますます思われなさる。とりとめもなく年が暮れた。

 [7-7 Yugiri brings Nionomiya to his Rokujoin as a son-in-law]
 Ohom-koto-domo wosihe tatematuri nado si te, mi-ka, yo-ka komori ohasi te, ohom-mono-imi nado ni kototuke tamahu wo, ka no tono ni ha uramesiku obosi te, Otodo, Uti yori ide tamahi keru mama ni, koko ni mawiri tamahe re ba, Miya,
 "Koto-kotosige naru sama si te, nani si ni imasi turu zo to yo!"
 to, mutukari tamahe do, anata ni watari tamahi te, taimen si tamahu.
 "Koto naru koto naki hodo ha, ko no Win wo mi de hisasiku nari haberu mo, ahare ni koso."
 nado, mukasi no ohom-monogatari-domo sukosi kikoye tamahi te, yagate hiki-ture kikoye tamahi te ide tamahi nu. Mi-ko-domo no tono-bara, sara nu Kamdatime, Tenzyau-bito nado mo, ito ohoku hiki-tuduki tamahe ru ikihohi, kotitaki wo miru ni, narabu beku mo ara nu zo, ku-si itakari keru. Hito-bito nozoki te mi tatematuri te,
 "Sa mo kiyora ni ohasi keru Otodo kana! Sa-bakari, idure to naku, wakaku sakari ni te kiyoge ni ohasauzuru mi-ko-domo no, ni tamahu beki mo nakari keri. Ana, medeta ya!"
 to ihu mo ari. Mata,
 "Sa-bakari yamgotonage naru ohom-sama ni te, wazato mukahe ni mawiri tamahe ru koso nikukere. Yasuge-na no yononaka ya!"
 nado, uti-nageku mo aru besi. Ohom-midukara mo, ki-si-kata wo omohi-iduru yori hazime, ka no hanayaka naru ohom-nakarahi ni tati-maziru beku mo ara zu, kasuka naru mi no oboye wo to, iyo-iyo kokoro-bosokere ba, "Naho kokoro-yasuku komori wi na m nomi koso me-yasukara me." nado, itodo oboye tamahu. Hakanaku te tosi mo kure nu.

 8 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁 [8-1 新年、薫権大納言右大将に昇進]
正月晦日方より、例ならぬさまに悩みたまふを、宮、まだ御覧じ知らぬことにて、いかならむと、思し嘆きて、御修法など、所々にてあまたせさせたまふに、またまた始め添へさせたまふ。いといたくわづらひたまへば、后の宮よりも御訪らひあり。
かくて三年になりぬれど、一所の御心ざしこそおろかならね、おほかたの世には、ものものしくも2384もてなしきこえたまはざりつるを、この折ぞ、いづこにもいづこにも聞こしめしおどろきて、御訪ぶらひども2385聞こえたまひける。
中納言の君は、宮の思し騒ぐに劣らず、いかにおはせむと嘆きて、心苦しくうしろめたく思さるれど、限りある御訪らひばかりこそあれ、あまりもえ参うで2386たまはで、忍びてぞ御祈りなどもせさせたまひける。
さるは、女二の宮の御裳着、ただこのころになりて、世の中響きいとなみののしる。よろづのこと、帝の御心一つなるやうに思し急げば、御後見なきしもぞ、なかなかめでたげに見えける。
女御のしおきたまへることをばさるものにて、作物所、さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども、いと限りなしや。
やがてそのほどに、参りそめたまふべきやうにありければ、男方も心づかひしたまふころなれど、例のことなれば、そなたざまには心も入らで、この御事のみいとほしく嘆かる。
如月の朔日ごろに、直物とかいふことに、権大納言になりたまひて、右大将かけたまひつ。右の大殿、左にておはしけるが、辞したまへる所なりけり。
喜びに所々ありきたまひて、この宮にも参りたまへり。いと苦しくしたまへば、こなたにおはしますほどなりければ、やがて参りたまへり。僧などさぶらひて便なき方に、とおどろきたまひて、あざやかなる御直衣、御下襲などたてまつり、ひきつくろひたまひて2387、下りて答の拝したまふ御さまどもとりどりにいとめでたく、
「やがて、官の禄賜ふ饗の所に」
と、請じたてまつりたまふを、悩みたまふ人によりてぞ、思したゆたひたまふめる。右大臣殿のしたまひけるままにとて、六条の院にてなむありける。
垣下の親王たち上達部、大饗に劣らず、あまり騒がしきまでなむ集ひたまひける。この宮も渡りたまひて、静心なければ、まだ事果てぬに急ぎ帰りたまひぬるを、大殿の御方には、
「いと飽かずめざまし」
とのたまふ。劣るべくもあらぬ御ほどなるを、ただ今のおぼえのはなやかさに思しおごりて、おしたちもてなしたまへるなめりかし。

 8 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁 [8-1 新年、薫権大納言右大将に昇進]
正月晦日方から、ふだんと違ってお苦しみになるのを、宮は、まだご経験のないことなので、どうなることだろうと、お嘆きになって、御修法などを、あちこちの寺にたくさんおさせになるが、またまたお加え始めさせなさる。たいそうひどく患いなさるので、后の宮からもお見舞いがある。
結婚して三年になったが、お一方のお気持ちは並々でないが、世間一般に対しては、重々しくおもてなし申し上げなさらなかったので、この時に、どこもかしこもお聞きになって驚いて、お見舞い申し上げになるのであった。
中納言の君は、宮がお騷ぎになるのに負けず、どうおなりになることだろうかとご心配になって、お気の毒に気がかりにお思いになるが、一通りのお見舞いはするが、あまり参上することはできないので、こっそりとご祈祷などをおさせになるのだった。
その一方では、女二の宮の御裳着が、ちょうどこのころとなって、世間で大評判となっている。万事が、帝のお心一つみたいに御準備なさるので、御後見がいないのも、かえって立派に見えるのであった。
女御が生前に準備しておかれたことはいうまでもなく、作物所や、しかるべき受領連中などが、それぞれにお仕え申し上げることは、とても際限がない。
そのままその時から、通い始めさせなさることになっていたので、男の方も気をおつかいになるころであるが、例の性格なので、その方面には気が進まず、このご懐妊のことばかりお気の毒に嘆かずにいられない。
二月の初めころに、直物とかいうことで、権大納言におなりになって、右大将を兼官なさった。右の大殿が、左大将でいらっしゃったが、お辞めになったものであった。
お礼言上に諸所をお回りになって、こちらの宮にも参上なさった。たいそう苦しそうでいらっしゃるので、こちらにいらっしゃるときであったので、そのまま参上なさった。僧などが伺候していて不都合なところで、と驚きなさって、派手なお直衣に、御下襲などをお召し替えになって、身づくろいなさって、下りて拝舞の礼をなさるお二方のお姿は、それぞれに立派で、
「このまま今晩、近衛府の人に禄を与える宴会の所にどうぞ」
と、お招き申し上げなさるが、お具合の悪い人のために、躊躇なさっているようである。右大臣殿がなさった例に従ってと、六条院で催されるのであった。
お相伴の親王方や上達部たちは、大饗に負けないほど、あまり騒がし過ぎるほど参集なさった。この宮もお渡りになって、落ち着いていられないので、まだ宴会が終わらないうちに急いでお帰りになったのを、大殿の御方では、
「とても物足りなく癪にさわる」
とおっしゃる。負けるほどでもないご身分なのを、ただ今の威勢が立派なのにおごって、いばっていらっしゃるのであろうよ。

 8 Tale of Kaoru Onna-ninomiya gets married to Kaoru and moves into Samjo residence [8-1 Kaoru is promoted to Gon-Dainagon and U-Daisho in new year]
 Syaugwati tugomori-gata yori, rei nara nu sama ni nayami tamahu wo, Miya, mada go-ran-zi sira nu koto ni te, ika nara m to, obosi-nageki te, mi-suhohu nado, tokoro-dokoro ni te amata se sase tamahu ni, mata mata hazime sase tamahu. Ito itaku wadurahi tamahe ba, Kisai-no-Miya yori mo ohom-toburahi ari.
 Kakute mi-tose ni nari nure do, hito-tokoro no mi-kokorozasi koso oroka nara ne, ohokata no yo ni ha, mono-monosiku motenasi kikoye tamaha zari turu wo, ko no wori zo, iduko ni mo iduko ni mo kikosimesi odoroki te, ohom-toburahi-domo kikoye tamahi keru.
 Tiunagon-no-Kimi ha, Miya no obosi-sawagu ni otora zu, ika ni ohase m to nageki te, kokoro-gurusiku usirometaku obosa rure do, kagiri aru ohom-toburahi bakari koso are, amari mo e maude tamaha de, sinobi te zo ohom-inori nado mo se sase tamahi keru.
 Saru ha, Womna-Ni-no-Miya no ohom-mogi, tada kono-koro ni nari te, yononaka hibiki itonami nonosiru. Yorodu no koto, Mikado no mi-kokoro hitotu naru yau ni obosi isoge ba, ohom-usiromi naki si mo zo, naka-naka medetage ni miye keru.
 Nyougo no si-oki tamahe ru koto wo ba saru mono ni te, tukumo-dokoro, saru beki Zuryau-domo nado, tori-dori ni tukau-maturu koto-domo, ito kagiri nasi ya!
 Yagate so no hodo ni, mawiri some tamahu beki yau ni ari kere ba, Wotoko-gata mo kokoro-dukahi si tamahu koro nare do, rei no koto nare ba, sonata-zama ni ha kokoro mo ira de, ko no ohom-koto nomi itohosiku nageka ru.
 Kisaragi no tuitati-goro ni, nahosi-mono to ka ihu koto ni, Gon-Dainagon ni nari tamahi te, U-Daisyau kake tamahi tu. Migi-no-Ohoidono, Hidari ni te ohasi keru ga, zi-si tamahe ru tokoro nari keri.
 Yorokobi ni tokoro-dokoro ariki tamahi te, ko no Miya ni mo mawiri tamahe ri. Ito kurusiku si tamahe ba, konata ni ohasimasu hodo nari kere ba, yagate mawiri tamahe ri. Sou nado saburahi te bin naki kata ni, to odoroki tamahi te, azayaka naru ohom-nahosi, ohom-sita-gasane nado tatematuri, hiki-tukurohi tamahi te, ori te tahu no hai si tamahu ohom-sama-domo tori-dori ni ito medetaku,
 "Yagate, tukasa no roku tamahu aruzi no tokoro ni."
 to, sau-zi tatematuri tamahu wo, nayami tamahu hito ni yori te zo, obosi tayutahi tamahu meru. U-Daizin-dono no si tamahi keru mama ni tote, Rokudeu-no-win ni te nam ari keru.
 Wenga no Miko-tati Kamdatime, daikyau ni otora zu, amari sawagasiki made nam tudohi tamahi keru. Ko no Miya mo watari tamahi te, sidu-kokoro nakere ba, mada koto hate nu ni isogi kaheri tamahi nuru wo, Ohotono-no-Ohomkata ni ha,
 "Ito aka zu mezamasi."
 to notamahu. Otoru beku mo ara nu ohom-hodo naru wo, tada ima no oboye no hanayaka ni obosi ogori te, ositati motenasi tamahe ru na'meri kasi.

 [8-2 中の君に男子誕生]
からうして、その暁、男にて生まれたまへるを、宮もいとかひありてうれしく思したり。大将殿も、喜びに添へて、うれしく思す。昨夜おはしましたりしかしこまりに、やがて、この御喜びもうち添へて、立ちながら参りたまへり。かく籠もりおはしませば、参りたまはぬ人なし。
御産養、三日は、例のただ宮の御私事にて、五日の夜、大将殿より屯食五十具、碁手の銭、椀飯などは、世の常のやうにて、子持ちの御前の衝重三十、稚児の御衣五重襲にて、御襁褓などぞ、ことことしからず、忍びやかにしなしたまへれど、こまかに見れば、わざと目馴れぬ心ばへなど見えける。
宮の御前にも浅香の折敷、高坏どもにて、粉熟参らせたまへり。女房の御前には、衝重をばさるものにて、桧破籠三十、さまざまし尽くしたることどもあり。人目にことことしくは、ことさらにしなしたまはず。
七日の夜は、后の宮の御産養なれば、参りたまふ人びといと多かり。宮の大夫をはじめて、殿上人、上達部、数知らず参りたまへり。内裏にも聞こし召して、
「宮のはじめて大人びたまふなるには、いかでか」
とのたまはせて、御佩刀奉らせたまへり。
九日も、大殿より仕うまつらせたまへり。よろしからず思すあたりなれど、宮の思さむところあれば、御子の公達など参りたまひて、すべていと思ふことなげにめでたければ、御みづからも、月ごろもの思はしく心地の悩ましきにつけても、心細く思したりつるに、かくおもただしく今めかしきことどもの多かれば、すこし慰みもやしたまふらむ。
大将殿は、「かくさへ大人び果てたまふめれば、いとどわが方ざまは気遠くやならむ。また、宮の御心ざしもいとおろかならじ」と思ふは口惜しけれど、また、初めよりの心おきてを思ふには、いとうれしくもあり。

 [8-2 中の君に男子誕生]
やっとのこと、その早朝に、男の子でお生まれになったのを、宮もたいそうその効あって嬉しくお思いになった。大将殿も、昇進の喜びに加えて、嬉しくお思いになる。昨夜おいでになったお礼言上に、そのまま、このお祝いを合わせて、立ったままで参上なさった。こうして籠もっていらっしゃるので、お祝いに参上しない人はいない。
御産養は、三日は、例によってただ宮の私的祝い事として、五日の夜は、大将殿から屯食五十具、碁手の銭、椀飯などは、普通通りにして、子持ちの御前の衝重三十、稚児の御産着五重襲に、御襁褓などは、仰々しくないようにこっそりとなさったが、詳細に見ると、特別に珍しい趣向が凝らしてあったのであった。
宮の御前にも浅香の折敷や、高坏類に、粉熟を差し上げなさった。女房の御前には、衝重はもちろんのこと、桧破子三十、いろいろと手を尽くしたご馳走類がある。人目につくような大げさには、わざとなさらない。
七日の夜は、后の宮の御産養なので、参上なさる人びとが多い。中宮大夫をはじめとして、殿上人、上達部が、数知れず参上なさった。主上におかれてもお耳にあそばして、
「宮がはじめて一人前におなりになったというのに、どうして放っておけようか」
と仰せになって、御佩刀を差し上げなさった。
九日も、大殿からお世話申し上げなさった。おもしろくなくお思いになるところだが、宮がお思いになることもあるので、ご子息の公達が参上なさって、万事につけたいそう心配事もなさそうにおめでたいので、ご自身でも、ここ幾月も物思いによって気分が悪いのにつけても、心細くお思い続けていたが、このように面目がましいはなやかな事が多いので、少し慰みなさったことであろうか。
大将殿は、「このようにすっかり大人になってしまわれたので、ますます自分のほうには縁遠くなってしまうだろう。また、宮のお気持ちもけっして並々ではあるまい」と思うのは残念であるが、また、初めからの心づもりを考えてみると、たいそう嬉しくもある。

 [8-2 A baby boy is born to the couple of Nakanokimi and Nionomiya]
 Karausite, so no akatuki, wotoko ni te umare tamahe ru wo, Miya mo ito kahi ari te uresiku obosi tari. Daisyau-dono mo, yorokobi ni sohe te, uresiku obosu. Yobe ohasimasi tari si kasikomari ni, yagate, ko no ohom-yorokobi mo uti-sohe te, tati nagara mawiri tamahe ri. Kaku komori ohasimase ba, mawiri tamaha nu hito nasi.
 Ohom-ubuyasinahi, mi-ka ha, rei no tada Miya no ohom-watakusi-goto ni te, itu-ka no yo, Daisyau-dono yori tonziki gozihu-gu, gote no zeni, wauban nado ha, yo no tune no yau ni te, Komoti-no-Omahe no tui-gasane sam-zihu, Tigo no ohom-zo itu-he-gasane ni te, ohom-mutuki nado zo, koto-kotosikara zu, sinobi-yaka ni si nasi tamahe re do, komaka ni mire ba, wazato me-nare nu kokorobahe nado miye keru.
 Miya no o-mahe ni mo sankau no wosiki, takatuki-domo ni te, huzuku mawira se tamahe ri. Nyoubau no o-mahe ni ha, tui-gasane wo ba saru mono ni te, hiwarigo sam-zihu, sama-zama si tukusi taru koto-domo ari. Hitome ni koto-kotosiku ha, kotosara ni si-nasi tamaha zu.
 Siti-niti no yo ha, Kisai-no-Miya no ohom-ubuyasinahi nare ba, mawiri tamahu hito-bito ito ohokari. Miya-no-Daibu wo hazime te, Tenzyau-bito, Kamdatime, kazu sira zu mawiri tamahe ri. Uti ni mo kikosimesi te,
 "Miya no hazimete otona-bi tamahu naru ni ha, ikade ka."
 to notamahase te, mi-hakasi tatematura se tamahe ri.
 Kokonu-ka mo, Ohoi-dono yori tukau-matura se tamahe ri. Yorosikara zu obosu atari nare do, Miya no obosa m tokoro are ba, mi-ko no Kimdati nado mawiri tamahi te, subete ito omohu koto nage ni medetakere ba, ohom-midukara mo, tuki-goro mono-omohasiku kokoti no nayamasiki ni tuke te mo, kokoro-bosoku obosi tari turu ni, kaku omodatasiku imamekasiki koto-domo no ohokare ba, sukosi nayami mo ya si tamahu ram.
 Daisyau-dono ha, "Kaku sahe otona-bi hate tamahu mere ba, itodo wa ga kata-zama ha ke-dohoku ya nara m. Mata, Miya no mi-kokorozasi mo ito oroka nara zi." to omohu ha kutiwosikere do, mata, hazime yori no kokoro-okite wo omohu ni ha, ito uresiku mo ari.

 [8-3 2月20日過ぎ、女二の宮、薫に降嫁す]
かくて、その月の二十日あまりにぞ、藤壷の宮の御裳着の事ありて、またの日なむ、大将参りたまひける。夜のことは忍びたるさまなり。天の下響きていつくしう見えつる御かしづきに、ただ人の具したてまつりたまふぞ、なほ飽かず心苦しく見ゆる。
「さる御許しはありながらも、ただ今、かく急がせたまふまじきことぞかし」
と、そしらはしげに思ひのたまふ人もありけれど、思し立ちぬること、すがすがしくおはします御心にて、来し方ためしなきまで、同じくはもてなさむと、思しおきつるなめり。帝の御婿になる人は、昔も今も多かれど、かく盛りの御世に、ただ人のやうに、婿取り急がせたまへるたぐひは、すくなくやありけむ。右の大臣2388も、
「めづらしかりける人の御おぼえ、宿世なり。故院だに、朱雀院の御末にならせたまひて、今はとやつしたまひし際にこそ、かの母宮を得たてまつりたまひしか。我はまして、人も許さぬものを拾ひたりしや」
とのたまひ出づれば、宮は、げにと思すに、恥づかしくて御いらへもえしたまはず。
三日の夜は、大蔵卿よりはじめて、かの御方の心寄せになさせたまへる人びと、家司に仰せ言賜ひて、忍びやかなれど、かの御前、随身、車副、舎人まで禄賜はす。そのほどの事どもは、私事のやうにぞありける。
かくて後は、忍び忍びに参りたまふ。心の内には、なほ忘れがたきいにしへざまのみおぼえて、昼は里に起き臥し眺め暮らして、暮るれば心より外に急ぎ参りたまふをも、ならはぬ心地に、いともの憂く苦しくて、「まかでさせたてまつらむ」とぞ思しおきてける。
母宮は、いとうれしきことに思したり。おはします寝殿譲りきこゆべくのたまへど、
「いとかたじけなからむ」
とて、御念誦堂のあはひに、廊を続けて造らせたまふ。西面に移ろひたまふべきなめり。東の対どもなども、焼けて後、うるはしく新しくあらまほしきを、いよいよ磨き添へつつ、こまかにしつらはせたまふ。
かかる御心づかひを、内裏にも聞かせたまひて、ほどなくうちとけ移ろひたまはむを、いかがと思したり。帝と聞こゆれど、心の闇は同じごと2389なむおはしましける。
母宮の御もとに、御使ありける御文にも、ただこのことをなむ聞こえさせたまひける。故朱雀院の、取り分きて、この尼宮の御事をば聞こえ置かせたまひしかば、かく世を背きたまへれど、衰へず、何事も元のままにて、奏せさせたまふことなどは、かならず聞こしめし入れ、御用意深かりけり2390。
かく、やむごとなき御心どもに、かたみに限りもなくもてかしづき騒がれたまふおもだたしさも、いかなるにかあらむ、心の内にはことにうれしくもおぼえず、なほ、ともすればうち眺めつつ、宇治の寺造ることを急がせたまふ。

 [8-3 2月20日過ぎ、女二の宮、薫に降嫁す]
こうして、その月の二十日過ぎに、藤壷の宮の御裳着の儀式があって、翌日、大将が参上なさった。その夜のことは内々のことである。世間に評判なほど大切にかしずかれた姫宮なのに、臣下がご結婚申し上げなさるのは、やはり物足りなくお気の毒に見える。
「そのようなお許しはあったとしても、ただ今、このようにお急ぎあそばすことでもあるまい」
と、非難がましく思いおっしゃる人もいるのだったが、ご決意なさったことを、すらすらとなさるご性格なので、過去に例がないほど同じことならお扱いなさろうと、お考えおいたようである。帝の御婿になる人は、昔も今も多いが、このように全盛の御世に、臣下のように、婿を急いでお迎えなさる例は少なかったのではなかろうか。右大臣も、
「珍しいご信任、運勢だ。故院でさえ、朱雀院の晩年におなりあそばして、今は出家されようとなさった時に、あの母宮を頂戴なさったのだ。自分はまして、誰も許さなかったのを拾ったものだ」
とおっしゃり出すので、宮は、その通りとお思いになると、恥ずかしくてお返事もおできになれない。
三日の夜は、大蔵卿をはじめとして、あの御方のお世話役をなさっていた人びとや、家司にご命令なさって、人目に立たないようにではあるが、婿殿の御前駆や随身、車副、舎人まで禄をお与えになる。その時の事柄は、私事のようであった。
こうして後は、忍び忍びに参上なさる。心の中では、やはり忘れることのできない故人のことばかりが思われて、昼は実邸に起き臥し物思いの生活をして、暮れると気の進まないままに急いで参内なさるのを、なれない気持ちには億劫で苦しくて、「ご退出させ申し上げよう」とお考えになったのであった。
母宮は、とても嬉しいこととお思いになっていらっしゃった。お住まいになっている寝殿をお譲り申し上げようとおっしゃるが、
「まことに恐れ多いことです」
と言って、御念誦堂との間に、渡廊を続けてお造らせになる。西面にお移りになるようである。東の対なども、焼失して後は、立派に新しく理想的なのを、ますます磨き加え加えして、こまごまとしつらわせなさる。
このようなお心づかいを、帝におかせられてもお耳にあそばして、月日も経ずに気安く引き取られなさるのを、どんなものかとお思いであった。帝と申し上げても、子を思う心の闇は同じことでおありだった。
母宮の御もとに、お使いがあったお手紙にも、ただこのことばかりを申し上げなさった。故朱雀院が、特別に、この尼宮の御事をお頼み申し上げていたので、このように出家なさっているが、衰えず、何事も昔通りで、奏上させなさることなどは、必ずお聞き入れなさって、お心配りが深いのであった。
このように、重々しいお二方に、互いにこの上なく大切にされていらっしゃる面目も、どのようなものであろうか、心中では特に嬉しくも思われず、やはり、ともすれば物思いに耽りながら、宇治の寺の造営を急がせなさる。

 [8-3 Onna-ninomiya gets married to Kaoru and moves into his home at 20 past on February]
 Kakute, so no tuki no hatu-ka amari ni zo, Huditubo-no-Miya no ohom-mogi no koto ari te, mata no hi nam, Daisyau mawiri tamahi keru. Yo no koto ha sinobi taru sama nari. Ame-no-sita hibiki te itukusiu miye turu ohom-kasiduki ni, tada-udo no gu-si tatematuri tamahu zo, naho aka zu kokoro-gurusiku miyuru.
 "Saru ohom-yurusi ha ari nagara mo, tada ima, kaku isoga se tamahu maziki koto zo kasi."
 to, sosirahasige ni omohi notamahu hito mo ari kere do, obosi-tati nuru koto, suga-sugasiku ohasimasu mi-kokoro ni te, ki-si-kata tamesi naki made, onaziku ha motenasa m to, obosi-oki turu na'meri. Mikado no ohom-muko ni naru hito ha, mukasi mo ima mo ohokare do, kaku sakari no mi-yo ni, tada-udo no yau ni, muko-dori isoga se tamahe ru taguhi ha, sukunaku ya ari kem. Migi-no-Otodo mo,
 "Medurasikari keru hito no ohom-oboye, sukuse nari. Ko-Win dani, Suzaku-Win no ohom-suwe ni narase tamahi te, ima ha to yatusi tamahi si kiha ni koso, ka no Haha-Miya wo e tatematuri tamahi sika. Ware ha masite, hito mo yurusa nu mono wo hirohi tari si ya."
 to notamahi idure ba, Miya ha, geni to obosu ni, hadukasiku te ohom-irahe mo si tamaha zu.
 Mi-ka no yo ha, Ohokura-Kyau yori hazime te, ka no Ohom-kata no kokoro-yose ni nasa se tamahe ru hito-bito, Keisi ni ohose-goto tamahi te, sinobiyaka nare do, ka no go-zen, zuizin, kuruma-zohi, Toneri made roku tamaha su. So no hodo no koto-domo ha, watakusi-goto no yau ni zo ari keru.
 Kakute noti ha, sinobi-sinobi ni mawiri tamahu. Kokoro no uti ni ha, naho wasure gataki inisihe-zama nomi oboye te, hiru ha sato ni oki-husi nagame kurasi te, kurure ba kokoro yori hoka ni isogi mawiri tamahu wo mo, naraha nu kokoti ni, ito mono-uku kurusiku te, "Makade sase tatematura m." to zo obosi-oki te keru.
 Haha-Miya ha, ito uresiki koto ni obosi tari. Ohasimasu sinden yuduri kikoyu beku notamahe do,
 "Ito katazikenakara m."
 tote, ohom-nenzu-dau no ahahi ni, rau wo tuduke te tukura se tamahu. Nisi-omote ni uturohi tamahu beki na'meri. Himgasi-no-tai-domo nado mo, yake te noti, uruhasiku atarasiku aramahosiki wo, iyo-iyo migaki sohe tutu, komaka ni situraha se tamahu.
 Kakaru mi-kokoro-dukahi wo, Uti ni mo kika se tamahi te, hodo naku utitoke uturohi tamaha m wo, ikaga to obosi tari. Mikado to kikoyure do, kokoro-no-yami ha onazi-goto nam ohasimasi keru.
 Haha-Miya no ohom-moto ni, ohom-tukahi ari keru ohom-humi ni mo, tada ko no koto wo nam kikoye sase tamahi keru. Ko-Suzaku-Win no, tori-waki te, ko no Ama-Miya no ohom-koto wo ba kikoye oka se tamahi sika ba, kaku yo wo somuki tamahe re do, otorohe zu, nani-goto mo moto no mama ni te, sou-se sase tamahu koto nado ha, kanarazu kikosimesi ire, ohom-youi hukakari keri.
 Kaku, yamgotonaki mi-kokoro-domo ni, katami ni kagiri mo naku mote-kasiduki sawagare tamahu omodatasisa mo, ika naru ni ka ara m, kokoro no uti ni ha koto ni uresiku mo oboye zu, naho, tomo-sure ba uti-nagame tutu, Udi no tera tukuru koto wo isoga se tamahu.

 [8-4 中の君の男御子、五十日の祝い]
宮の若君の五十日になりたまふ日数へ取りて、その餅の急ぎを心に入れて、籠物、桧破籠などまで見入れたまひつつ、世の常のなべてにはあらずと思し心ざして、沈、紫檀、銀、黄金など、道々の細工どもいと多く召しさぶらはせたまへば、我劣らじと、さまざまのことどもをし出づめり。
みづからも、例の、宮のおはしまさぬ隙におはしたり。心のなしにやあらむ、今すこし重々しくやむごとなげなるけしきさへ添ひにけりと見ゆ。「今は、さりとも、むつかしかりしすずろごとなどは紛れたまひにたらむ」と思ふに、心やすくて、対面したまへり。されど、ありしながらのけしきに、まづ涙ぐみて、
「心にもあらぬまじらひ、いと思ひの外なるものにこそと、世を思ひたまへ乱るることなむ、まさりにたる」
と、あいだちなくぞ愁へたまふ。
「いとあさましき御ことかな。人もこそおのづからほのかにも漏り聞き2391はべれ」
などはのたまへど、かばかりめでたげなることどもにも慰まず、「忘れがたく思ひたまふらむ心深さよ」とあはれに思ひきこえたまふに、おろかにもあらず思ひ知られたまふ。「おはせましかば」と、口惜しく思ひ出できこえたまへど、「それも、わがありさまのやうに、うらやみなく身を恨むべかりけるかし。何事も数ならでは、世の人めかしきこともあるまじかりけり」とおぼゆるにぞ、いとど、かの、うちとけ果てでやみなむと思ひたまへりし心おきては、なほ、いと重々しく思ひ出でられたまふ。

 [8-4 中の君の男御子、五十日の祝い]
宮の若君が五十日におなりになる日を数えて、その餅の準備を熱心にして、籠物や桧破子などまで御覧になりながら、世間一般の平凡なものにはしまいとお考え向きになって、沈、紫檀、銀、黄金など、それぞれの専門の工匠をたいそう大勢呼び集めさせなさるので、自分こそは負けまいと、いろいろのものを作り出すようである。
ご自身も、いつものように、宮がいらっしゃらない間においでになった。気のせいであろうか、もう一段と重々しく立派な感じが加わったと見える。「今は、そうはいっても、わずらわしかった懸想事などは忘れなさったろう」と思うと、安心なので、お会いなさった。けれど、以前のままの様子で、まっさきに涙ぐんで、
「気の進まない結婚は、たいそう心外なものだと、世の中を思い悩みますことは、今まで以上です」
と、何の遠慮もなく訴えなさる。
「まあ何というお事を。他人が自然と漏れ聞いたら大変ですよ」
などとおっしゃるが、これほどめでたい幾つものことにも心が晴れず、「忘れがたく思っていらっしゃるのだろう愛情の深さは」としみじみお察し申し上げなさると、並々でない愛情だとお分かりになる。「生きていらっしゃったら」と、残念にお思い出し申し上げなさるが、「そうしても、自分と同じようになって、姉妹で恨みっこなしに恨むのがおちであろう。何事も、落ちぶれた身の上では、一人前らしいこともありえないのだ」と思われると、ますます、姉君の結婚しないで通そうと思っていらっしゃった考えは、やはり、とても重々しく思い出されなさる。

 [8-4 A celebration of the baby's 50th day born]
 Miya-no-Waka-Gimi no i-ka ni nari tamahu hi kazohe tori te, so no motihi no isogi wo kokoro ni ire te, ko-mono, hiwarigo nado made, mi-ire tamahi tutu, yo no tune no nabete ni ha ara zu to obosi kokorozasi te, din, sitan, sirokane, kogane nado, miti-miti no saiku-domo ito ohoku mesi saburaha se tamahe ba, ware otora zi to, sama-zama no koto-domo wo si idu meri.
 Midukara mo, rei no, Miya no ohasimasa nu hima ni ohasi tari. Kokoro no nasi ni ya ara m, ima sukosi omo-omosiku yamgotonage naru kesiki sahe sohi ni keri to miyu. "Ima ha, sari to mo, mutukasikari si suzuro-goto nado ha magire tamahi ni tara m." to omohu ni, kokoro-yasuku te, taimen si tamahe ri. Saredo, ari si nagara no kesiki ni, madu namida-gumi te,
 "Kokoro ni mo ara nu mazirahi, ito omohi no hoka naru mono ni koso to, yo wo omohi tamahe midaruru koto nam, masari ni taru."
 to, aidati naku zo urehe tamahu.
 "Ito asamasiki ohom-koto kana! Hito mo koso onodukara honoka ni mo mori kiki habere."
 nado ha notamahe do, kabakari medetage naru koto-domo ni mo nagusama zu, "Wasure gataku omohi tamhu ram kokoro-hukasa yo." to ahare ni omohi kikoye tamahu ni, oroka ni mo ara zu omohi-sira re tamahu. "Ohase masika ba." to, kutiwosiku omohi-ide kikoye tamahe do, "Sore mo, wa ga arisama no yau ni, urayami naku mi wo uramu bekari keru kasi. Nani-goto mo kazu nara de ha, yo no hito mekasiki koto mo aru mazikari keri." to oboyuru ni zo, itodo, ka no, utitoke hate de yami na m to omohi tamahe ri si kokoro-okite ha, naho, ito omo-omosiku omohi-ide rare tamahu.

 [8-5 薫、中の君の若君を見る]
若君を切にゆかしがりきこえたまへば、恥づかしけれど、「何かは隔て顔にもあらむ、わりなきこと一つにつけて恨みらるるよりほかには、いかでこの人の御心に違はじ」と思へば、みづからはともかくもいらへきこえたまはで、乳母してさし出でさせたまへり。
さらなることなれば、憎げならむやは。ゆゆしきまで白くうつくしくて、たかやかに物語し、うち笑ひなどしたまふ顔を見るに、わがものにて見まほしくうらやましきも、世の思ひ離れがたくなりぬるにやあらむ。されど、「言ふかひなくなりたまひにし人の、世の常のありさまにて、かやうならむ人をもとどめ置きたまへらましかば」とのみおぼえて、このころおもだたしげなる御あたりに、いつしかなどは思ひ寄られぬこそ、あまりすべなき君の御心なめれ。かく女々しくねぢけて、まねびなすこそいとほしけれ。
しか悪ろびかたほならむ人を、帝の取り分き切に近づけて、睦びたまふべきにもあらじものを、「まことしき方ざまの御心おきてなどこそは、めやすくものしたまひけめ」とぞ推し量るべき。
げに、いとかく幼きほどを見せたまへる2392もあはれなれば、例よりは物語などこまやかに聞こえたまふほどに、暮れぬれば、心やすく夜をだに更かすまじきを、苦しうおぼゆれば、嘆く嘆く出でたまひぬ2393。
「をかしの人の御匂ひや。折りつれば2394、とかや言ふやうに、鴬も2395尋ね来ぬべかめり」
など、わづらはしがる若き人もあり。

 [8-5 薫、中の君の若君を見る]
若君を切に拝見したがりなさるので、恥ずかしいけれど、「どうしてよそよそしくしていられよう、無理なこと一つで恨まれるより以外には、何とかこの人のお心に背くまい」と思うので、ご自身はあれこれお答え申し上げなさらないで、乳母を介して差し出させなさった。
当然のことながら、どうして憎らしいところがあろう。不吉なまでに白くかわいらしくて、大きい声で何か言っており、にっこりなどなさる顔を見ると、自分の子として見ていたく羨ましいのも、この世を離れにくくなったのであろうか。けれど、「亡くなってしまった方が、普通に結婚して、このようなお子を残しておいて下さったら」とばかり思われて、最近面目をほどこすあたりには、はやく子ができないかなどとは考えもつかないのは、あまり仕方のないこの君のお心のようだ。このように女々しくひねくれて、語り伝えるのもお気の毒である。
そんなによくない方を、帝が特別お側にお置きになって、親しみなさることもあるまいに、「生活面でのご思慮などは、無難でいらっしゃったのだろう」と推量すべきであろう。
なるほど、まことにこのように幼い子をお見せなさるのもありがたいことなので、いつもよりはお話などをこまやかに申し上げなさるうちに、日も暮れたので、気楽に夜を更かすわけにもゆかないのを、つらく思われるので、嘆息しながらお出になった。
「結構なお匂いの方ですこと。梅を折ったなら、とか言うように、鴬も求めて来ましょうね」
などと、やっかいがる若い女房もいる。

 [8-5 Kaoru sees Nakanokimi's baby]
 Waka-Gimi wo seti ni yukasi-gari kikoye tamahe ba, hadukasikere do, "Nani ka ha hedate-gaho ni mo ra m, wari naki koto hitotu ni tuke te urami raruru yori hoka ni ha, ika de ko no hito no mi-kokoro ni tagaha zi." to omohe ba, midukara ha tomo-kaku-mo irahe kikoye tamaha de, menoto si te sasi-ide sase tamahe ri.
 Sara naru koto nare ba, nikuge nara m ya ha. Yuyusiki made siroku utukusiku te, takayaka ni monogatari si, uti-warahi nado si tamahu kaho wo miru ni, wa ga mono ni te mi mahosiku urayamasiki mo, yo no omohi hanare gataku nari nuru ni ya ara m. Sare do, "Ihu kahi naku nari tamahi ni si hito no, yo no tune no arisama ni te, kayau nara m hito wo mo todome-oki tamahe ra masika ba." to nomi oboye te, ko no koro omodatasige naru atari ni, itusika nado ha omohi-yora re nu koso, amari subenaki Kimi no mi-kokoro na'mere. Kaku me-mesiku nedike te, manebi nasu koso itohosikere.
 Sika warobi kataho nara m hito wo, Mikado no tori-waki seti ni tikaduke te, mutubi tamahu beki ni mo ara zi mono wo, "Makoto-siki kata-zama no mi-kokoro okite nado koso ha, meyasuku monosi tamahi keme." to zo osihakaru beki.
 Geni, ito kaku wosanaki hodo wo mise tamahe ru mo ahare nare ba, rei yori ha monogatari nado komayaka ni kikoye tamahu hodo ni, kure nure ba, kokoro-yasuku yoru wo dani hukasu maziki wo, kurusiu oboyure ba, nageku nageku ide tamahi nu.
 "Wokasi no hito no ohom-nihohi ya! Wori ture ba, to ka ya ihu yau ni, uguhisu mo tadune ki nu beka'meri."
 nado, wadurahasigaru wakaki hito mo ari.

 [8-6 藤壷にて藤の花の宴催される]
「夏にならば、三条の宮塞がる方になりぬべし」と定めて、四月朔日ごろ、節分とかいふこと、まだしき先に渡したてまつりたまふ。
明日とての日、藤壷に主上渡らせたまひて、藤の花の宴せさせたまふ。南の廂の御簾上げて、椅子立てたり。公わざにて、主人の宮の2396仕うまつりたまふにはあらず。上達部、殿上人の饗など、内蔵寮より仕うまつれり。
 右の大臣2397、按察使大納言、藤中納言、左兵衛督。親王たちは、三の宮、常陸宮などさぶらひたまふ。南の庭の藤の花のもとに、殿上人の座はしたり。後涼殿の東に、楽所の人びと召して、暮れ行くほどに、双調に吹きて、上の御遊びに、宮の御方より、御琴ども笛など出ださせたまへば、大臣をはじめたてまつりて、御前に取りつつ参りたまふ。
故六条の院の御手づから書きたまひて、入道の宮にたてまつらせたまひし琴の譜二巻、五葉の枝に付けたるを、大臣取りたまひて奏したまふ。
次々に、箏の御琴、琵琶、和琴など、朱雀院の物どもなりけり。笛は、かの夢に伝へしいにしへの形見のを、「またなき物の音なり」と賞でさせたまひければ、「この折のきよらより、またはいつかは映え映えしきついでのあらむ」と思して、取う出でたまへるなめり2398。
大臣和琴、三の宮琵琶など、とりどりに賜ふ。大将の御笛は、今日ぞ、世になき音の限りは吹き立てたまひける。殿上人の中にも、唱歌につきなからぬどもは、召し出でて、おもしろく遊ぶ。
宮の御方より、粉熟参らせたまへり。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷に、折枝縫ひたり。銀の様器、瑠璃の御盃、瓶子は紺瑠璃なり。兵衛督、御まかなひ仕うまつりたまふ。
御盃参りたまふに、大臣、しきりては便なかるべし、宮たちの御中にはた、さるべきもおはせねば、大将に譲りきこえたまふを、憚り申したまへど、御けしきもいかがありけむ、御盃ささげて、「をし」とのたまへる声づかひもてなしさへ、例の公事なれど、人に似ず見ゆるも、今日はいとど見なしさへ添ふにやあらむ。さし返し賜はりて、下りて舞踏したまへるほど、いとたぐひなし。
上臈の親王たち、大臣などの賜はりたまふだにめでたきことなるを、これはまして御婿にてもてはやされたてまつりたまへる、御おぼえ、おろかならずめづらしきに、限りあれば、下りたる座に帰り着きたまへるほど、心苦しきまでぞ見えける。

 [8-6 藤壷にて藤の花の宴催される]
「夏になったら、三条宮邸は宮中から塞がった方角になろう」と判定して、四月初めころの、節分とかいうことは、まだのうちにお移し申し上げなさる。
明日引っ越しという日に、藤壷に主上がお渡りあそばして、藤の花の宴をお催しあそばす。南の廂の御簾を上げて、椅子を立ててある。公の催事で、主人の宮がお催しなさることではない。上達部や、殿上人の饗応などは、内蔵寮からご奉仕した。
右大臣や、按察大納言、藤中納言、左兵衛督。親王方では、三の宮、常陸宮などが伺候なさる。南の庭の藤の花の下に、殿上人の座席は設けた。後涼殿の東に、楽所の人びとを召して、暮れ行くころに、双調に吹いて、主上の御遊に、宮の御方から、絃楽器や管楽器などをお出させなさったので、大臣をおはじめ申して、御前に取り次いで差し上げなさる。
故六条院がご自身でお書きになって、入道の宮に差し上げなさった琴の譜二巻、五葉の枝に付けたのを、大臣がお取りになって奏上なさる。
次々に、箏のお琴、琵琶、和琴など、朱雀院の物であった。笛は、あの夢で伝えた故人の形見のを、「二つとない素晴らしい音色だ」とお誉めあそばしたので、「今回の善美を尽くした宴の他に、再びいつ名誉なことがあろうか」とお思いになって、取り出しなさったようだ。
大臣に和琴、三の宮に琵琶など、それぞれにお与えになる。大将のお笛は、今日は、またとない音色の限りをお立てになったのだった。殿上人の中にも、唱歌に堪能な人たちは、召し出して、風雅に合奏する。
宮の御方から、粉熟を差し上げなさった。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷に、折枝を縫ってある。銀の容器、瑠璃のお盃、瓶子は紺瑠璃である。兵衛督が、お給仕をお勤めなさる。
お盃をいただきなさる時に、大臣は、自分だけしきりにいただくのは不都合であろう、宮様方の中には、またそのような方もいらっしゃらないので、大将にお譲り申し上げなさるのを、遠慮してご辞退申し上げなさるが、帝の御意向もどうあったのだろうか、お盃を捧げて、「おし」とおっしゃる声や態度までが、いつもの公事であるが、他の人と違って見えるのも、今日はますます帝の婿君と思って見るせいであろうか。さし返しの盃にいただいて、庭に下りて拝舞なさるところは、実にまたとない。
上席の親王方や、大臣などが戴きなさるのでさえめでたいことなのに、これはそれ以上に帝の婿君としてもてはやされ申されていらっしゃる、その御信任が、並々でなく例のないことだが、身分に限度があるので、下の座席にお帰りになってお座りになるところは、お気の毒なまでに見えた。

 [8-6 A banquet is held by Mikado under the wistera blossoms]
 "Natu n inara ba, Samdeu-no-miya hutagaru kata ni nari nu besi." to sadame te, U-duki tuitati-goro, setibun to ka ihu koto, madasiki saki ni watasi tatematuri tamahu.
 Asu tote no hi, Hudi-tubo ni Uhe watara se tamahi te, hudi-no-hana-no-en se sase tamahu. Minami no hisasi no mi-su age te, isi tate tari. Ohoyake-waza ni te, aruzi no Miya no tukau-maturi tamahu ni ha arazu. Kamdatime, Tenzyau-bito no kyau nado, Kura-dukasa yori tukau-mature ri.
 Migi-no-Otodo, Azeti-no-Dainagon, Tou-Tiunagon, Sa-Hyauwe-no-Kami. Miko-tati ha, Sam-no-Miya, Hitati-no-Miya nado saburahi tamahu. Minami no niha no hudi no hana no moto ni, Tenzyau-bito no za ha si tari. Kourau-den no himgasi ni, gakuso no hito-bito mesi te, kure-yuku hodo ni, soudeu ni huki te, uhe no ohom-asobi ni, Miya-no-Ohomkata yori, ohom-koto-domo hue nado idasa se tamahe ba, Otodo wo hazime tatematuri te, o-mahe ni tori tutu mawiri tamahu.
 Ko-Rokudeu-no-Win no ohom-te-dukara kaki tamahi te, Nihudau-no-Miya ni tatematura se tamahi si kin no hu huta-maki, goehu no eda ni tuke taru wo, Otodo tori tamahi te sou-si tamahu.
 Tugi-tugi ni, sau-no-ohom-koto, biwa, wa-gon nado, Suzaku-win no mono-domo nari keri. Hue ha, ka no yume ni tutahe si inisihe no katami no wo, "Mata naki mono no ne nari." to mede sase tamahi kere ba, "Ko no wori no kiyora yori, mata itu ka ha haye-bayesiki tuide no ara m." to obosi te, tou-ide tamahe ru na'meri.
 Otodo wa-gon, Sam-no-Miya biwa nado, tori-dori ni tamahu. Daisyau no ohom-hue ha, kehu zo, yo ni naki ne no kagiri ha huki tate tamahi keru. Tenzyau-bito no naka ni mo, syauga ni tuki nakara nu domo ha, mesi-ide te, omosiroku asobu.
 Miya-no-Ohomkata yori, huzuku mawira se tamahe ri. Din no wosiki yo-tu, sitan no takatuki, hudi no murago no utisiki ni, worieda nuhi tari. Sirokane no yauki, ruri no ohom-sakaduki, heisi ha kon-ruri nari. Hyauwe-no-Kami, ohom-makanahi tukau-maturi tamahu.
 Ohom-sakaduki mawiri tamahu ni, Otodo, sikiri te ha bin nakaru besi, Miya-tati no ohom-naka ni hata, saru beki mo ohase ne ba, Daisyau ni yuduri kikoye tamahu wo, habakari mausi tamahe do, mi-kesiki mo ikaga ari kem, ohom-sakaduki sasage te, "Wosi!" to notamahe ru kowa-dukahi motenasi sahe, rei no ohoyake-goto nare do, hito ni ni zu miyuru mo, kehu ha itodo mi nasi sahe sohu ni ya ara m. Sasi-kahesi tamahari te, ori te butahu si tamahe ru hodo, ito taguhi nasi.
 Zyaurahu no Miko-tati, Daizin nado no tamahari tamahu dani medetaki koto naru wo, kore ha masite ohom-muko ni te motehayasa re tatematuri tamahe ru, ohom-oboye, oroka nara zu medurasiki ni, kagiri are ba, kudari taru za ni kaheri tuki tamahe ru hodo, kokoro-gurusiki made zo miye keru.

 [8-7 女二の宮、三条宮邸に渡御す]
按察使大納言は、「我こそかかる目も見むと思ひしか、ねたのわざや」と思ひたまへり。この宮の御母女御をぞ、昔、心かけきこえたまへりけるを、参りたまひて後も、なほ思ひ離れぬさまに聞こえ通ひたまひて、果ては宮を得たてまつらむの心つきたりければ、御後見望むけしきも漏らし申しけれど、聞こし召しだに伝へずなりにければ、いと心やましと思ひて、
「人柄は、げに契りことなめれど、なぞ、時の帝のことことしきまで婿かしづきたまふべき。またあらじかし。九重のうちに、おはします殿近きほどにて、ただ人のうちとけ訪らひて、果ては宴や何やともて騒がるることは」
など、いみじく誹りつぶやき申したまひけれど、さすがゆかしければ、参りて、心の内にぞ腹立ちゐたまへりける。
紙燭さして歌どもたてまつる。文台のもとに寄りつつ置くほどのけしきは、おのおのしたり顔なりけれど、例の、「いかにあやしげに古めきたりけむ」と思ひやれば、あながちに皆もたづね書かず。上の町も、上臈とて、御口つきどもは、異なること見えざめれど、しるしばかりとて、一つ、二つぞ問ひ聞きたりし。これは、大将の君の、下りて御かざし折りて参りたまへりけるとか。
「すべらきのかざしに折ると藤の花
及ばぬ枝に袖かけてけり」
うけばりたるぞ、憎きや。
「よろづ世をかけて匂はむ2399花なれば
今日をも飽かぬ色とこそみれ」
「君がため折れるかざしは紫の
雲に劣らぬ
2400花のけしきか」
「世の常の色とも見えず雲居まで
たち昇りたる藤波の花」
「これやこの腹立つ大納言のなりけむ」と見ゆれ。かたへは、ひがことにもやありけむ。かやうに、ことなるをかしきふしもなくのみぞあなりし。
夜更くるままに、御遊びいともしろし。大将の君、「安名尊2401」謡ひたまへる声ぞ、限りなくめでたかりける。按察使も、昔すぐれたまへりし御声の名残なれば、今もいとものものしくて、うち合はせたまへり。右の大殿2402の御七郎、童にて笙の笛吹く。いとうつくしかりければ、御衣賜はす。大臣下りて舞踏したまふ。
暁近うなりてぞ帰らせたまひける。禄ども、上達部、親王たちには、主上より賜はす。殿上人、楽所の人びとには、宮の御方より品々に賜ひけり。
その夜ふさりなむ、宮まかでさせたてまつりたまひける。儀式いと心ことなり。主上の女房さながら御送り仕うまつらせたまひける。庇の御車にて、庇なき糸毛三つ、黄金づくり六つ、ただの檳榔毛二十、網代二つ、童、下仕へ八人づつさぶらふに、また御迎への出車どもに、本所の人びと乗せてなむありける。御送りの上達部、殿上人、六位など、言ふ限りなききよらを尽くさせたまへり。
かくて、心やすくうちとけて見たてまつりたまふに、いとをかしげにおはす。ささやかにしめやかにて、ここはと見ゆるところなくおはすれば、「宿世のほど口惜しからざりけり」と、心おごりせらるるものから、過ぎにし方の忘らればこそはあらめ、なほ紛るる折なく、もののみ恋しくおぼゆれば、
「この世にては慰めかねつべきわざなめり。仏になりてこそは、あやしくつらかりける契りのほどを、何の報いと諦めて思ひ離れめ」
と思ひつつ、寺の急ぎにのみ心を入れたまへり。

 [8-7 女二の宮、三条宮邸に渡御す]
按察使大納言は、「自分こそはこのような目に会いたい思ったが、妬ましいことだ」と思っていらっしゃった。この宮の御母女御を、昔、思いをお懸け申し上げていらっしゃったが、入内なさった後も、やはり思いが離れないふうにお手紙を差し上げたりなさって、終いには宮を得たいとの考えがあったので、ご後見を希望する様子をお漏らし申し上げたが、お聞き入れさえなさらなかったので、たいそう悔しく思って、
「人柄は、なるほど前世の因縁による格別の生まれであろうが、どうして、時の帝が大仰なまでに婿を大切になさることだろう。他に例はないだろう。宮中の内で、お常御殿に近い所に、臣下が寛いで出入りして、最後は宴や何やとちやほやされることよ」
などと、ひどく悪口をぶつぶつ申し上げなさったが、やはり盛儀を見たかったので、参内して、心中では腹を立てていらっしゃるのだった。
紙燭を灯して何首もの和歌を献上する。文台のもとに寄りながら置く時の態度は、それぞれ得意顔であったが、例によって、「どんなにかおかしげで古めかしかったろう」と想像されるので、むやみに全部は探して書かない。上等の部も、身分が高いからといって、詠みぶりは、格別なことは見えないようだが、しるしばかりにと思って、一、二首聞いておいた。この歌は、大将の君が、庭に下りて帝の冠に挿す藤の花を折って参上なさった時のものとか。
「帝の插頭に折ろうとして藤の花を
わたしの及ばない袖にかけてしまいました」
いい気になっているのが、憎らしいこと。
「万世を変わらず咲き匂う花であるから
今日も見飽きない花の色として見ます」
「主君のため折った插頭の花は
紫の雲にも劣らない花の様子です」
「世間一般の花の色とも見えません
宮中まで立ち上った藤の花は」
「これがこの腹を立てた大納言のであった」と見える。一部は、聞き違いであったかも知れない。このように、格別に風雅な点もない歌ばかりであった。
夜の更けるにしたがって、管弦の御遊はたいそう興趣深い。大将の君が、「安名尊」を謡いなさった声は、この上なく素晴しかった。按察使大納言も、若い時にすぐれていらっしゃったお声が残っていて、今でもたいそう堂々としていて、合唱なさった。右の大殿の七郎君が、子供で笙の笛を吹く。たいそうかわいらしかったので、御衣を御下賜になる。大臣が庭に下りて拝舞なさる。
暁が近くなってお帰りあそばした。禄などを、上達部や、親王方には、主上から御下賜になる。殿上人や、楽所の人びとには、宮の御方から身分に応じてお与えになった。
その夜に、宮をご退出させなさった。その儀式はまことに格別である。主上つきの女房全員にお供をおさせになった。廂のお車で、廂のない糸毛車三台、黄金造りの車六台、普通の檳榔毛の車二十台、網代車二台、童女と、下仕人を八人ずつ伺候させたが、一方お迎えの出車に、本邸の女房たちを乗せてあった。お送りの上達部、殿上人、六位など、何ともいいようなく善美を尽くさせていらっしゃった。
こうして、寛いで拝見なさると、まことに立派でいらっしゃる。小柄で上品でしっとりとして、ここがいけないと見えるところもなくいらっしゃるので、「運命も悪くはなかった」と、心中得意にならずにいらないが、亡くなった姫君が忘れられればよいのだが、やはり気持ちの紛れる時なく、そればかりが恋しく思い出されるので、
「この世では慰めきれないことのようである。仏の悟りを得てこそ、不思議でつらかった二人の運命を、何の報いであったのかとはっきり知って諦めよう」
と思いながら、寺の造営にばかり心を注いでいらっしゃった。

 [8-7 Onna-ninomiya moves into Kaoru's Samjo residence]
 Azeti-no-Dainagon ha, "Ware koso kakaru me mo mi m to omohi sika, neta no waza ya!" to omohi tamahe ri. Ko no Miya no ohom-haha-Nyougo wo zo, mukasi, kokoro-kake kikoye tamahe ri keru wo, mawiri tamahi te noti mo, naho omohi hanare nu sama ni kikoye kayohi tamahi te, hate ha Miya wo e tatematura m no kokoro tuki tari kere ba, ohom-usiromi nozomu kesiki mo morasi mausi kere do, kikosimesi dani tutahe zu nari ni kere ba, ito kokoro-yamasi to omohi te,
 "Hito-gara ha, geni tigiri koto na'mere do, nazo, toki no Mikado no koto-kotosiki made muko kasiduki tamahu beki. Mata ara zi kasi. Kokonohe no uti ni, ohasimasu tono tikaki hodo ni te, tada-udo no utitoke toburahi te, hate ha en ya nani ya to mote sawaga ruru koto ha."
 nado, imiziku sosiri tubuyaki mausi tamahi kere do, sasuga yukasi kere ba, mawiri te, kokoro no uti ni zo, hara-dati wi tamahe ri keru.
 Sisoku sasi te uta-domo tatematuru. Bundai no moto ni yori tutu oku hodo no kesiki ha, ono-ono sitari-gaho nari kere do, rei no, "Ika ni ayasige ni hurumeki tari kem." to omohi-yare ba, anagati ni mina mo tadune kaka zu. Kami no mati mo, zyaurahu tote, ohom-kutituki-domo ha, koto naru koto miye za'mere do, sirusi bakari tote, hitotu, hutatu zo tohi kiki tari si. Kore ha, Daisyau-no-Kimi no, ori te ohom-kazasi wori te mawiri tamahe ri keru to ka.
 "Suberaki no kazasi ni woru to hudi no hana
 oyoba nu eda ni sode kake te keri
"
 Ukebari taru zo, nikuki ya!
 "Yorodu-yo wo kake te nihoha m hana nare ba
 kehu wo mo aka nu iro to koso mire
"
 "kimi ga tame wore ru kazasi ha murasaki no
 kumo ni otora nu hana no kesiki ka
"
 "Yo no tune no iro to mo miye zu kumowi made
 tati-nobori taru hudinami no hana
"
 "Kore ya ko no hara-datu Dainagon no nari kem." to miyure. Katahe ha, higa-koto ni mo ya ari kem. Kayau ni, koto naru wokasiki husi mo naku nomi zo a'nari si.
 Yo-hukuru mama ni, ohom-asobi ito omosirosi. Daisyau-no-kimi, Ana tahuto utahi tamahe ru kowe zo, kagiri naku medetakari keru. Azeti mo, mukasi sugure tamahe ri si ohom-kowe no nagori nare ba, ima mo ito mono-monosiku te, uti-ahase tamahe ri. Migi-no-Ohotono no ohom-Sitirou, waraha ni te sau no hue huku. Ito utukusikari kere ba, ohom-zo tamaha su. Otodo ori te butahu si tamahu.
 Akatuki tikau nari te zo kahera se tamahi keru. Roku-domo, Kamdatime, Miko-tati ni ha, Uhe yori tamahasu. Tenzyau-bito, gakuso no hito-bito ni ha, Miya-no-Ohomkata yori sina-zina ni tamahi keri.
 So no yohusari nam, Miya makade sase tatematuri tamahi keru. Gisiki ito kokoro koto nari. Uhe no nyoubau sanagara ohom-okuri tukau-matura se tamahi keru. Hisasi no ohom-kuruma ni te, hisasi naki itoge mi-tu, kogane-dukuri mu-tu, tada no birauge ni-zihu, aziro huta-tu, waraha, simo-dukahe hati-nin dutu saburahu ni, mata ohom-mukahe no idasi-guruma-domo ni, honzo no hito-bito nose te nam ari keru. Ohom-okuri no Kamdatime, Tenzyau-bito, roku-wi nado, ihu kagiri naki kiyora wo tukusa se tamahe ri.
 Kaku te, kokoro-yasuku utitoke te mi tatematuri tamahu ni, ito wokasige ni ohasu. Sasayaka ni sime-yaka ni te, koko ha to miyuru tokoro naku ohasure ba, "Sukuse no hodo kutiwosikara zari keri." to, kokoro-ogori se raruru mono kara, sugi ni si kata no wasura re ba koso ara me, naho magiruru wori naku, mono nomi kohisiku oboyure ba,
 "Ko no yo ni te ha nagusame kane tu beki waza na'meri. Hotoke ni nari te koso ha, ayasiku turakari keru tigiri no hodo wo, nani no mukuyi to akirame te omohi hanare me."
 to omohi tutu, tera no isogi ni nomi kokoro wo ire tamahe ri.

 9 薫の物語 宇治で浮舟に出逢う [9-1 4月20日過ぎ、薫、宇治で浮舟に邂逅]
賀茂の祭など、騒がしきほど過ぐして、二十日あまりのほどに、例の、宇治へおはしたり。
造らせたまふ御堂見たまひて、すべきことどもおきてのたまひ、さて、例の、朽木のもとを見たまへ過ぎむが、なほあはれなれば、そなたざまにおはするに、女車のことことしきさまにはあらぬ一つ、荒らましき東男の、腰に物負へる、あまた具して、下人も数多く頼もしげなるけしきにて、橋より今渡り来る見ゆ。
「田舎びたるものかな」と見たまひつつ、殿はまづ入りたまひて、御前どもは、まだ立ち騷ぎたるほどに、「この車もこの宮をさして来るなりけり」と見ゆ。御随身どもも、かやかやと言ふを制したまひて、
「何人ぞ」
と問はせたまへば、声うちゆがみたる者、
「常陸の前司殿の姫君の、初瀬の御寺に詣でて戻りたまへるなり。初めもここになむ宿りたまへし」
と申すに、
「おいや、聞きし人ななり」
と思し出でて、人びとをば異方に隠したまひて、
「はや、御車入れよ。ここに、また人2403宿りたまへど、北面になむ」
と言はせたまふ。
御供の人も、皆狩衣姿にて、ことことしからぬ姿ども2404なれど、なほけはひやしるからむ、わづらはしげに思ひて、馬ども引きさけなどしつつ、かしこまりつつぞをる。車は入れて、廊の西のつまにぞ寄する。この寝殿はまだあらはにて、簾もかけず。下ろし籠めたる中の二間に立て隔てたる障子の穴より覗きたまふ。
御衣の鳴れば、脱ぎおきて、直衣指貫の限りを着てぞおはする。とみにも降りで、尼君に消息して、かくやむごとなげなる人のおはするを、「誰ぞ」など案内するなるべし。君は、車をそれと聞きたまひつるより、
「ゆめ2405、その人にまろありとのたまふな」
と、まづ口かためさせたまひてければ、皆さ心得て、
「早う降りさせたまへ。客人はものしたまへど、異方になむ」
と言ひ出だしたり。

 9 薫の物語 宇治で浮舟に出逢う [9-1 4月20日過ぎ、薫、宇治で浮舟に邂逅]
賀茂の祭などの、忙しいころを過ごして、二十日過ぎに、いつものように、宇治へお出かけになった。
造らせなさっている御堂を御覧になって、なすべき事などをお命じになって、そうして、いつものように、弁のもとを素通りいたすのも、やはり気の毒なので、そちらにお出でになると、女車が仰々しい様子ではないのが一台、荒々しい東男が腰に刀を付けた者を、大勢従えて、下人も数多く頼もしそうな様子で、橋を今渡って来るのが見える。
「田舎者だなあ」と御覧になりながら、殿は先にお入りになって、お供の連中は、まだ立ち騒いでいるところに、「この車もこの宮を目指して来るのだ」と分かる。御随身たちも、がやがやと言うのを制止なさって、
「誰であろうか」
と尋ねさせなさると、言葉の訛った者が、
「常陸前司殿の姫君が、初瀬のお寺に参詣してお帰りになったのです。最初もここにお泊まりになりました」
と申すので、
「おや、そうだ、聞いたことのある人だ」
とお思い出しになって、供人たちを別の場所にお隠しになって、
「早く、お車を入れなさい。ここには、別に泊まっている人がいらっしゃるが、北面のほうにおいでです」
と言わせなさる。
お供の人も、みな狩衣姿で、大げさでない姿ではあるが、やはり高貴な感じがはっきりしているのであろう、わずらわしそうに思って、馬どもを遠ざけて、控えていた。車は入れて、渡廊の西の端に寄せる。この寝殿はまだ人目を遮る調度類が入れてなくて、簾も掛けていない。格子を下ろしこめた中の二間に立てて仕切ってある襖障子の穴から覗きなさる。
お召し物の音がするので、脱ぎ置いて、直衣に指貫だけを着ていらっしゃる。すぐには下りないで、尼君に挨拶をして、このように高貴そうな方がいらっしゃるのを、「どなたですか」などと尋ねているのであろう。君は、車をその人とお聞きになってから、
「けっして、その人にわたしがいるとおっしゃるな」
と、まっさきに口止めなさっていたので、みなそのように心得て、
「早くお降りなさい。客人はいらしゃるが、別の部屋です」
と言い出した。

 9 Tale of Kaoru Kaoru comes across to Ukifune at Uji [9-1 Kaoru comes across to Ukifune on Uji at 20 past on April]
 Kamo no maturi nado, sawagasiki hodo sugusi te, hatuka amari no hodo ni, rei no, Udi he ohasi tari.
 Tukura se tamahu mi-dau mi tamahi te, su beki koto-domo okite notamahi, sate, rei no, kutiki no moto wo mi tamahe sugi m ga, naho ahare nare ba, sonata-zama ni ohasuru ohasuru ni, womna-guruma no koto-kotosiki sama ni ha ara nu hito-tu, aramasiki Aduma-Wotoko no kosi ni mono ohe ru, amata gusi te, Simo-bito mo kazu ohoku tanomosige naru kesiki ni te, hasi yori ima watari kuru miyu.
 "Winaka-bi taru mono kana!" to mi tamahi tutu, Tono ha madu iri tamahi te, go-zen-domo ha mada tati-sawagi taru hodo ni, "Ko no kuruma mo ko no Miya wo sasi te kuru nari keri." to miyu. Mi-zuizin-domo mo, kaya-kaya to ihu wo sei-si tamhi te,
 "Nani-bito zo?"
 to toha se tamahe ba, kowe uti-yugami taru mono,
 "Hitati-no-zenzi-dono no Hime-Gimi no, Hatuse no mi-tera ni maude te modori tamahe ru nari. Hazime mo koko ni nam yadori tamahe si."
 to mausu ni,
 "Oi ya, kiki si hito na'nari."
 to obosi-ide te, hito-bito wo ba koto-kata ni kakusi tamahi te,
 "Haya, mi-kuruma ire yo. Koko ni, mata hito yadori tamahe do, kita-omote ni nam."
 to iha se tamahu.
 Ohom-tomo no hito mo, mina kariginu-sugata ni te, koto-kotosikara nu sugata-domo nare do, naho kehahi ya siru kara m, wadurahasige ni omohi te, uma-domo hiki-sake nado si tutu, kasikomari tutu zo woru. Kuruma ha ire te, rau no nisi no tuma ni zo yosuru. Ko no sinden ha mada araha ni te, sudare mo kake zu. Orosi kome taru naka no huta-ma ni tate hedate taru sauzi no ana yori nozoki tamahu.
 Ohom-zo no nare ba, nugi-oki te, nahosi sasinuki no kagiri wo ki te zo ohasuru. Tomi ni mo ori de, Ama-Gimi ni seusoko si te, kaku yamgotonage naru hito no ohasuru wo, "Tare zo?" nado a'nai suru naru besi. Kimi ha, kuruma wo sore to kiki tamahi turu yori,
 "Yume, so no hito ni maro ari to notamahu na."
 to, madu kuti-katame sase tamahi te kere ba, mina sa kokoro-e te,
 "Hayau ori sase tamahe. Mara-uto ha monosi tamahe do, koto-kata ni nam."
 to ihi idasi tari.

 [9-2 薫、浮舟を垣間見る]
若き人のある、まづ降りて、簾うち上ぐめり。御前のさまよりは、このおもと馴れてめやすし。また、大人びたる人いま一人降りて、「早う」と言ふに、
「あやしくあらはなる心地こそすれ」
と言ふ声、ほのかなれどあてやかに聞こゆ。
「例の御事。こなたは、さきざきも下ろし籠めてのみこそははべれ。さては、またいづこのあらはなるべきぞ」
と、心をやりて言ふ。つつましげに降るるを見れば、まづ、頭つき、様体、細やかにあてなるほどは、いとよくもの思ひ出でられぬべし。扇子をつとさし隠したれば、顔は見えぬほど心もとなくて、胸うちつぶれつつ見たまふ。
車は高く、降るる所は下りたるを、この人びとはやすらかに降りなしつれど、いと苦しげにややみて、ひさしく降りて、ゐざり入る。濃き袿に、撫子とおぼしき細長、若苗色の小袿着たり。
四尺の屏風を、この障子に添へて立てたるが、上より見ゆる穴なれば、残るところなし。こなたをばうしろめたげに思ひて、あなたざまに向きてぞ、添ひ臥しぬる。
「さも、苦しげに思したりつるかな。泉川の舟渡りも、まことに、今日はいと恐ろしくこそありつれ。この如月には、水のすくなかりしかばよかりしなりけり」
「いでや、歩くは、東路思へば、いづこか恐ろしからむ」
など、二人して苦しとも思ひたらず言ひゐたるに、主は音もせでひれ臥したり。腕をさし出でたるが、まろらかにをかしげなるほども、常陸殿などいふべくは見えず、まことにあてなり。
やうやう腰痛きまで立ちすくみたまへど、人のけはひせじとて、なほ動かで見たまふに、若き人、
「あな、香うばしや。いみじき香うの香こそすれ。尼君の焚きたまふにやあらむ」
老い人、
「まことにあなめでたの物の香や。京人は、なほいとこそ雅びかに今めかしけれ。天下にいみじきことと思したりしかど、東にてかかる薫物の香は、え合はせ出でたまはざりきかし。この尼君は、住まひかくかすかにおはすれど、装束のあらまほしく、鈍色青色といへど、いときよらにぞあるや」
など、ほめゐたり。あなたの簀子より童来て、
「御湯など参らせたまへ」
とて、折敷どもも取り続きてさし入る。果物取り寄せなどして、
「ものけたまはる。これ」
など起こせど、起きねば、二人して、栗やなどやうのものにや、ほろほろと食ふも、聞き知らぬ心地には、かたはらいたくてしぞきたまへど、またゆかしくなりつつ、なほ立ち寄り立ち寄り見たまふ。
これよりまさる際の人びとを、后の宮をはじめて、ここかしこに、容貌よきも心あてなるも、ここら飽くまで見集めたまへど、おぼろけならでは、目も心もとまらず、あまり人にもどかるるまでものしたまふ心地に、ただ今は、何ばかりすぐれて見ゆることもなき人なれど、かく立ち去りがたく、あながちにゆかしきも、いとあやしき心なり。

 [9-2 薫、浮舟を垣間見る]
若い女房がいるが、まず降りて、簾を上げるようである。御前駆の様子よりは、この女房は物馴れていて見苦しくない。また、年とった女房がもう一人降りて、「早く」と言うと、
「妙に丸見えのような気がします」
という声は、かすかではあるが上品に聞こえる。
「いつものおことです。こちらは、以前にも格子を下ろしきってございました。それでは、どこがまた丸見えでしょうか」
と、安心しきって言う。遠慮深そうに降りるのを見ると、まず、頭の恰好、身体つき、細くて上品な感じは、たいそうよく亡き姫君を思い出されよう。扇でぴったりと顔を隠しているので、顔の見えないところは見たくて、胸をどきどきさせながら御覧になる。
車は高くて、降りる所が低くなっていたが、この女房たちは楽々と降りたが、たいそうつらそうに困りきって、長いことかかって降りて、お部屋にいざって入る。濃い紅の袿に、撫子襲と思われる細長、若苗色の小袿を着ていた。
四尺の屏風を、この襖障子に添えて立ててあるが、上から見える穴なので、丸見えである。こちらを不安そうに思って、あちらを向いて物に寄り臥した。
「何とも、お疲れのようですね。泉川の舟渡りも、ほんとうに、今日はとても恐ろしかったわ。この二月には、水が浅かったのでよかったのですが」
「いやなに、出歩くことは、東国の旅を思えば、どこが恐ろしいことがありましょう」
などと、二人でつらいとも思わず言っているのに、主人は音も立てずに臥せっていた。腕をさし出しているのが、まるまるとかわいらしいのを、常陸殿の娘とも思えない、まことに上品である。
だんだんと腰が痛くなるまで腰をかがめていらっしゃったが、人の来る感じがしないと思って、依然として動かずに御覧になると、若い女房が、
「まあ、いい香りのすること。たいそうな香の匂いがしますわ。尼君が焚いていらっしゃるのかしら」
老女房は、
「ほんとうに何とも素晴らしい香でしょう。京の人は、やはりとても優雅で華やかでいらっしゃる。北の方さまが当地で一番だと自惚れていらしたが、東国ではこのような薫物の香は、とても合わせることができなかった。この尼君は、住まいはこのようにひっそりしていらっしゃるが、衣装が素晴らしく、鈍色や青鈍と言っても、とても美しいですね」
などと、誉めていた。あちらの簀子から童女が来て、
「お薬湯などお召し上がりなさいませ」
と言って、いくつもの折敷に次から次へとさし入れる。果物を取り寄せなどして、
「もしもし、これを」
などと言って起こすが、起きないので、二人して、栗などのようなものか、ほろほろと音を立てて食べるのも、聞いたこともない感じなので、見ていられなくて退きなさったが、再び見たくなっては、やはり立ち寄り立ち寄り御覧になる。
この人より上の身分の人びとを、后宮をはじめとして、あちらこちらに、器量のよい人や気立てが上品な人をも、大勢飽きるほど御覧になったが、いいかげんな女では、目も心も止まらず、あまり人から非難されるまでまじめでいらっしゃるお気持ちには、ただ今のようなのは、どれほども素晴らしく見えることもない女であるが、このように立ち去りにくく、むやみに見ていたいのも、実に妙な心である。

 [9-2 Kaoru peeps Ukihune through a hole of shoji]
 Wakaki hito no aru, madu ori te, sudare uti-agu meri. Go-zen no sama yori ha, ko no Omoto nare te me-yasusi. Mata, otona-bi taru hito ima hitori ori te, "Hayau." to ihu ni,
 "Ayasiku araha naru kokoti koso sure."
 to ihu kowe, honoka nare do ateyaka ni kikoyu.
 "Rei no ohom-koto. Konata ha, saki-zaki mo orosi-kome te nomi koso ha habere. Sate ha, mata iduko no araha naru beki zo."
 to, kokoro wo yari te ihu. Tutumasige ni oruru wo mire ba, madu, kasira-tuki, yaudai, hosoyaka ni ate naru hodo ha, ito yoku mono-omohi-ide rare nu besi. Ahugi wo tuto sasi-kakusi tare ba, kaho ha miye nu hodo kokoro-motonaku te, mune uti-tubure tutu mi tamahu.
 Kuruma ha takaku, oruru tokoro ha kudari taru wo, ko no hito-bito ha yasuraka ni ori nasi ture do, ito kurusige ni yayami te, hisasiku ori te, wizari iru. Koki utiki ni, nadesiko to obosiki hosonaga, waka-nahe-iro no koutiki ki tari.
 Si-syaku no byaubu wo, ko no sauzi ni sohe te tate taru ga, kami yori miyuru ana nare ba, nokoru tokoro nasi. Konata wo ba usirometage ni omohi te, anata zama ni muki te zo, sohi-husi nuru.
 "Sa mo, kurusige ni obosi tari turu kana! Idumi-gaha no huna-watari mo, makoto ni, kehu ha ito osorosiku koso ari ture. Ko no Kisaragi ni ha, midu no sukunakari sika ba yokari si nari keri."
 "Ide ya, ariku ha, Aduma-di omohe ba, iduko ka osorosikara m."
 nado, hutari si te kurusi to mo omohi tara zu ihi wi taru ni, Siu ha oto mo se de hire-husi tari. Kahina wo sasi-ide taru ga, maroraka ni wokasige naru hodo mo, Hitati-dono nado ihu beku ha miye zu, makoto ni ate nari.
 Yau-yau kosi itaki made tati-sukumi tamahe do, hito no kehahi se zi tote, naho ugoka de mi tamahu ni, wakaki hito,
 "Ana, kaubasi ya! Imiziki kau no ka koso sure. Ama-Gimi no taki tamahu ni ya ara m?"
 Oyi-bito,
 "Makoto ni ana medeta no mono no ka ya! Kyau-hito ha, naho ito koso miyabi-ka ni imamekasikere. Tenka ni imiziki koto to obosi tari sika do, Aduma ni te kakaru takimono no ka ha, e ahase ide tamaha zari ki kasi. Ko no Ama-Gimi ha, sumahi kaku kasuka ni ohasure do, sauzoku no aramahosiku, nibi-iro awo-iro to ihe do, ito kiyora ni zo aru ya!"
 nado, home wi tari. Anata no sunoko yori waraha ki te,
 "Ohom-yu nado mawira se tamahe."
 tote, wosiki-domo mo tori tuduki te sasi-iru. Kudamono tori-yose nado si te,
 "Mono ke tamaharu. Kore."
 nado okose do, oki ne ba, hutari si te, kuri ya nado yau no mono ni ya, horo-horo to kuhu mo, kiki sira nu kokoti ni ha, kataharaitaku te sizoki tamahe do, mata yukasiku nari tutu, naho tati-yori tati-yori mi tamahu.
 Kore yori masaru kiha no hito-bito wo, Kisai-no-Miya wo hazime te, koko kasiko ni katati yoki mo kokoro ate naru mo, kokora aku made mi-atume tamahe do, oboroke nara de ha, me mo kokoro mo tomara zu, amari hito ni modoka ruru made monosi tamahu kokoti ni, tada ima ha, nani bakari sugure te miyuru koto mo naki hito nare do, kaku tati-sari gataku, anagati ni yukasiki mo, ito ayasiki kokoro nari.

 [9-3 浮舟、弁の尼と対面]
尼君は、この殿の御方にも、御消息聞こえ出だしたりけれど、
「御心地悩ましとて、今のほどうちやすませたまへるなり」
と、御供の人びと心しらひて言ひたりければ、「この君を尋ねまほしげにのたまひしかば、かかるついでにもの言ひ触れむ」と思ほすによりて、「日暮らしたまふにや」と思ひて、かく覗きたまふらむとは知らず。
例の、御荘の預りどもの参れる、破籠や何やと、こなたにも入れたるを、東人どもにも食はせなど、事ども行なひおきて、うち化粧じて、客人の方に来たり。ほめつる装束、げにいとかはらかにて、みめもなほよしよししくきよげにぞある。
「昨日おはし着きなむと待ちきこえさせしを、などか、今日も日たけては」
と言ふめれば、この老い人、
「いとあやしく苦しげにのみせさせたまへば、昨日はこの泉川のわたりにて、今朝も無期に御心地ためらひてなむ」
といらひて、起こせば、今ぞ起きゐたる。尼君を恥ぢらひて、そばみたるかたはらめ、これよりはいとよく見ゆ。まことにいとよしあるまみのほど、髪ざしのわたり、かれをも、詳しくつくづくとしも見たまはざりし御顔なれど、これを見るにつけて、ただそれと思ひ出でらるるに、例の、涙落ちぬ。
尼君のいらへうちする声、けはひ、宮の御方にもいとよく似たりと聞こゆ。
「あはれなりける人かな。かかりけるものを、今まで尋ねも知らで過ぐしけることよ。これより口惜しからむ際の品ならむゆかりなどにてだに、かばかりかよひきこえたらむ人を得ては、おろかに思ふまじき心地するに、まして、これは、知られたてまつらざりけれど、まことに故宮の御子にこそはありけれ」
と見なしたまひては、限りなくあはれにうれしくおぼえたまふ。ただ今も、はひ寄りて、「世の中におはしけるものを」と言ひ慰めまほし。蓬莱まで尋ねて、釵の限りを伝へて見たまひけむ帝は、なほ、いぶせかりけむ。「これは異人なれど、慰め所ありぬべきさまなり」とおぼゆるは、この人に契りのおはしけるにやあらむ。
尼君は、物語すこしして、とく入りぬ。人のとがめつる薫りを、「近く覗きたまふなめり」と心得てければ、うちとけごとも語らはずなりぬるなるべし。

 [9-3 浮舟、弁の尼と対面]
尼君は、この殿の御方にも、ご挨拶申し上げ出したが、
「ご気分が悪いと言って、今休んでいらっしゃるのです」
と、お供の人びとが心づかいして言ったので、「この君を探し出したくおっしゃっていたので、このような機会に話し出そう」とお思いになって、「日暮れを待っていらっしゃったのか」と思って、このように覗いているとは知らない。
いつものように、御荘園の管理人連中が参上しているが、破子や何やかやと、こちらにも差し入れているのを、東国の連中にも食べさせたりなど、いろいろ済ませて、身づくろいして、客人の方に来た。誉めていた衣装は、なるほどとてもこざっぱりとしていて、顔つきもやはり上品で美しかった。
「昨日お着きになるとお待ち申し上げていましたが、どうして、今日もこんなに日が高くなってから」
と言うようなので、この老女房は、
「とても妙につらそうにばかりなさっているので、昨日はこの泉川のあたりで、今朝もずうっとご気分が悪かったものですから」
と答えて、起こすと、今ようやく起きて座った。尼君に恥ずかしがって、横から見た姿は、こちらからは実によく見える。ほんとうにたいそう気品のある目もとや、髪の生え際のあたりが、亡くなった姫君を、詳細につくづくとは御覧にならなかったお顔であるが、この人を見るにつけて、まるでその人と思い出されるので、例によって、涙が落ちた。
尼君への応対する声、感じは、宮の御方にもとてもよく似ているような聞こえる。
「何というなつかしい人であろう。このような人を、今まで探し出しもしないで過ごして来たとは。この人よりつまらないような身分の故姫宮に縁のある女でさえあったならば、これほど似通い申している人を手に入れてはいいかげんに思わない気がするが、まして、この人は、父宮に認知していただかなかったが、ほんとうに故宮のご息女だったのだ」
とお分かりになっては、この上なく嬉しく思われなさる。ただ今にでも、側に這い寄って、「この世にいらっしゃったのですね」と言って慰めたい。蓬莱山まで探し求めて、釵だけを手に入れて御覧になったという帝は、やはり、物足りない気がしたろう。「この人は別の人であるが、慰められるところがありそうな様子だ」と思われるのは、この人と前世からの縁があったのであろうか。
尼君は、お話を少しして、すぐに中に入ってしまった。女房たちが気がついた香りを、「近くから覗いていらっしゃるらしい」と分かったので、寛いだ話も話さずになったのであろう。

 [9-3 Ukifune meets and talks with Ben-no-ama]
 Ama-Gimi ha, ko no Tono no ohom-kata ni mo, ohom-seusoko kikoye idasi tari kere do,
 "Mi-kokoti nayamasi tote, ima no hodo uti-yasuma se tamahe ru nari."
 to, ohom-tomo no hito-bito kokoro-sirahi te ihi tari kere ba, "Ko no Kimi wo tadune mahosige ni notamahi sika ba, kakaru tuide ni mono ihi-hure m." to omohosu ni yori te, "Hi kurasi tamahu ni ya?" to omohi te, kaku nozoki tamahu ram to ha sira zu.
 Rei no, mi-sau no Adukari-domo no mawire ru, warigo ya nani ya to, konata ni mo ire taru wo, Aduma-bito-domo ni mo kuhase nado, koto-domo okonahi oki te, uti-kesau-zi te, Mara-uto no kata ni ki tari. Home turu sauzoku, geni ito kaharaka ni te, mime mo naho yosi-yosisiku kiyoge ni zo aru.
 "Kinohu ohasi tuki na m to mati kikoye sase si wo, nado ka, kehu mo hi take te ha."
 to ihu mere ba, ko no Oyi-bito,
 "Ito ayasiku kurusige ni nomi se sase tamahe ba, kinohu ha ko no Idumi-kaha no watari ni te, kesa si mo mugo ni mi-kokoti tamerahi te nam."
 to irahi te, okose ba, ima zo oki-wi taru. Ama-Gimi wo hadirahi te, sobami taru kataharame, kore yori ha ito yoku miyu. Makoto ni ito yosi aru mami no hodo, kamzasi no watari, kare wo mo, kuhasiku tuku-duku to si mo mi tamaha zari si ohom-kaho nare do, kore wo miru ni tuke te, tada sore to omohi-ide raruru ni, rei no, namida oti nu.
 Ama-Gimi no irahe uti suru kowe, kehahi, Miya-no-Ohomkata ni mo ito yoku ni tari to kikoyu.
 "Ahare nari keru hito kana! Kakari keru mono wo, ima made tadune mo sira de sugusi keru koto yo! Kore yori kutiwosikara m kiha no sina nara m yukari nado ni te dani, kabakari kayohi kikoye tara m hito wo e te ha, oroka ni omohu maziki kokoti suru ni, masite, kore ha, sira re tatematura zari kere do, makoto ni ko-Miya no mi-ko ni koso ha ari kere."
 to minasi tamahi te ha, kagiri naku ahare ni uresiku oboye tamahu. Tada ima mo, hahi-yori te, "Yononaka ni ohasi keru mono wo." to ihi nagusame mahosi. Hourai made tadune te, kamzasi no kagiri wo tutahe te mi tamahi kem Mikado ha, naho, ibusekari kem. "Kore ha koto-bito nare do, nagusame-dokoro ari nu beki sama nari." to oboyuru ha, ko no hito ni tigiri no ohasi keru ni ya ara m.
 Ama-Gimi ha, monogatari sukosi si te, toku iri nu. Hito no togame turu kawori wo, "Tikaku nozoki tamahu na'meri." to kokoro-e te kere ba, utitoke-goto mo kataraha zu nari nuru naru besi.

 [9-4 薫、弁の尼に仲立を依頼]
日暮れもていけば、君もやをら出でて、御衣など着たまひてぞ、例召し出づる障子の口に、尼君呼びて、ありさまなど問ひたまふ。
「折しもうれしくまで逢ひたるを。いかにぞ、かの聞こえしことは」
とのたまへば、
「しか、仰せ言はべりし後は、さるべきついではべらば、と待ちはべりしに、去年は過ぎて、この二月になむ、初瀬詣でのたよりに対面してはべりし。
かの母君に、思し召したるさまは、ほのめかしはべりしかば、いとかたはらいたく、かたじけなき御よそへにこそははべるなれ、などなむはべりしかど、そのころほひは、のどやかにもおはしまさずと承りし、折便なく思ひたまへつつみて、かくなむ、とも聞こえさせはべらざりしを、またこの月にも詣でて、今日帰りたまふなめり。
行き帰りの中宿りには、かく睦びらるるも、ただ過ぎにし御けはひを尋ねきこゆるゆゑになむはべめる。かの母君も、障ることありて、このたびは、独りものしたまふめれば、かくおはしますとも、何かは、ものしはべらむとて」
と聞こゆ。
「田舎びたる人どもに、忍びやつれたるありきも見えじとて、口固めつれど、いかがあらむ。下衆どもは隠れあらじかし。さて、いかがすべき。独りものすらむこそ、なかなか心やすかなれ。かく契り深くてなむ、参り来あひたる、と伝へたまへかし」
とのたまへば、
「うちつけに、いつのほどなる御契りにかは」
と、うち笑ひて、
「さらば、しか伝へはべらむ」
とて、入るに2406、
「貌鳥の声も聞きしにかよふやと
茂みを分けて今日ぞ尋ぬる」
ただ口ずさみのやうにのたまふを、入りて語りけり。

 [9-4 薫、弁の尼に仲立を依頼]
日が暮れてゆくので、君もそっと出て、ご衣装などをお召しになって、いつも呼び出す襖障子口に、尼君を呼んで、様子などをお尋ねなさる。
「ちょうどよい時に来合わせたものだな。どうでしたか、あの申し上げておいたことは」
とおっしゃると、
「そのように、仰せ言がございました後は、適当な機会がありましたら、と待っておりましたが、去年は過ぎて、今年の二月に、初瀬に参詣する機会に初めて対面しました。
あの母君に、お考えの向きは、ちらっとお話しておきましたので、とても身の置き所もなく、もったいないお話でございます、などと申しておりましたが、その当時は、お忙しいころと承っておりましたので、機会がなく不都合に思って遠慮して、これこれです、とも申し上げませんでしたが、また今月にも参詣して、今日お帰りになったような次第です。
行き帰りの宿泊所として、このように親しくされるのも、ただお亡くなりになった父君の跡をお尋ね申し上げる理由からでございましょう。あの母君は、支障があって、今回は、お独りで参詣なさるようなので、このようにいらっしゃっても、特に、申し上げることもないと思いまして」
と申し上げる。
「田舎者めいた連中に、人目につかないようにやつしている姿を見られまいと、口固めしているが、どんなものであろう。下衆連中は隠すことはできまい。さて、どうしたものだろうか。独り身でいらっしゃるのは、かえって気楽だ。このように前世からの約束があって、巡り合わせたのだ、とお伝えください」
とおっしゃると、
「急に、いつの間にできたお約束ですか」
と、苦笑して、
「それでは、そのようにお伝えしましょう」
と言って、中に入るときに、
「かお鳥の声も昔聞いた声に似ているかしらと
草の茂みを分け入って今日尋ねてきたのだ」
ただ口ずさみのようにおっしゃるのを、中に入って語るのであった。

 [9-4 Kaoru asks Ben-no-ama to act as an agent to Ukifune]
 Hi kure mote-ike ba, Kimi mo yawora ide te, ohom-zo nado ki tamahi te zo, rei mesi-iduru sauzi no kuti ni, Ama-Gimi yobi te, arisama nado tohi tamahu.
 "Wori si mo uresiku made ahi taru wo. Ika ni zo, ka no kikoye si koto ha?"
 to notamahe ba,
 "Sika, ohose-goto haberi si noti ha, saru beki tuide habera ba, to mati haberi si ni, kozo ha sugi te, ko no Ni-gwati ni nam, Hatuse-maude no tayori ni taimen si te haberi si.
 Ka no Haha-Gimi ni, obosi-mesi taru sama ha, honomekasi haberi sika ba, ito kataharaitaku, katazikenaki ohom-yosohe ni koso ha haberu nare, nado nam haberi sika do, so no korohohi ha, nodoyaka ni mo ohasimasa zu to uketamahari si, wori bin naku omohi tamahe tutumi te, kaku nam, to mo kikoye sase habera zari si wo, mata ko no tuki ni mo maude te, kehu kaheri tamahu na'meri.
 Yuki-kaheri no naka-yadori ni ha, kaku mutubi raruru mo, tada sugi ni si ohom-kehahi wo tadune kikoyuru yuwe ni nam habe' meru. Ka no Haha-Gimi mo, saharu koto ari te, kono-tabi ha, hitori monosi tamahu mere ba, kaku ohasi masu to mo, nani ka ha, monosi habera m tote."
 to kikoyu.
 "Winaka-bi taru hito-domo ni, sinobi yature taru ari ki mo miye zi tote, kuti-gatame ture do, ikaga ara m? Gesu-domo ha kakure ara zi kasi. Sate, ikaga su beki? Hitori monosu ram koso, naka-naka kokoro-yasuka' nare. Kaku tigiri hukaku te nam, mawiri ki ahi taru, to tutahe tamahe kasi."
 to notamahe ba,
 "Utituke ni, itu no hodo naru ohom-tigiri ni ka ha?."
 to, uti-warahi te,
 "Sara-ba, sika tutahe habera m."
 tote, iru ni,
 "Kaho-dori no kowe mo kiki si ni kayohu ya to
 sigemi wo wake te kehu zo tadunuru
"
 Tada kuti-zusami no yau ni notamahu wo, iri te katari keri.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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