源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転

2 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮

3 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う

4 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む

5 薫の物語 明石中宮の女宮たち

6 薫の物語 薫、断腸の秋の思い

出典
校訂

1 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転

2 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮

3 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う

4 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む

5 薫の物語 明石中宮の女宮たち

6 薫の物語 薫、断腸の秋の思い

1 Tale of Ukifune After of Ukifune's disapperarance, the others' perplexity

2 Tale of Ukifune After of Ukifune's disapperarance, Kaoru and Nionomiya's perplexity

3 Tale of Nionomiya Nionomiya invites and talks with Jiju

4 Tale of Kaoru Kaoru holds the forty-ninth day of Buddhist service for Ukifune's death

5 Tale of Kaoru Akashi-Empress' daughters

6 Tale of Kaoru Kaoru suffered a deep grief at fall

 1 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転 [1-1 宇治の浮舟失踪]
かしこには、人びと、おはせぬを求め騒げど、かひなし。物語の姫君の、人に盗まれたらむ明日のやうなれば、詳しくも言ひ続けず。京より、ありし使の帰らずなりにしかば、おぼつかなしとて、また人おこせたり。
「まだ、鶏の鳴くになむ、出だし立てさせたまへる」
と使の言ふに、いかに聞こえむと、乳母よりはじめて、あわて惑ふこと限りなし。思ひやる方なくて、ただ騷ぎ合へるを、かの心知れるどちなむ、いみじくものを思ひたまへりしさまを思ひ出づるに、「身を投げたまへるか」とは思ひ寄りける。
泣く泣くこの文を開けたれば、
「いとおぼつかなさに、まどろまれはべらぬけにや、今宵は夢にだにうちとけても見えず。物に襲はれつつ、心地も例ならずうたてはべるを。なほいと恐ろしく、ものへ渡らせたまはむことは近くなれど、そのほど、ここに迎へたてまつりてむ。今日は雨降りはべりぬべければ」
などあり。昨夜の御返りをも開けて見て、右近いみじう泣く。
「さればよ。心細きことは聞こえたまひけり。我に、などかいささかのたまふことのなかりけむ。幼かりしほどより、つゆ心置かれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひたるに、今は限りの道にしも、我を後らかし、けしきをだに見せたまはざりけるがつらきこと」
と思ふに、足摺りといふことをして泣くさま、若き子どものやうなり。いみじく思したる御けしきは、見たてまつりわたれど、かけても、かくなべてならずおどろおどろしきこと、思し寄らむものとは見えざりつる人の御心ざまを、「なほ、いかにしつることにか」とおぼつかなくいみじ。
乳母は、なかなかものもおぼえで、ただ、「いかさまにせむ。いかさまにせむ」とぞ言はれける。

 1 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転 [1-1 宇治の浮舟失踪]
あちらでは、女房たちが、いらっしゃらないのを探して大騷ぎするが、その効がない。物語の姫君が、誰かに盗まれたような朝のようなので、詳しくは話し続けない。京から、先日の使者が帰れなくなってしまったので、気がかりに思って、再び使者をよこした。
「まだ、鶏が鳴く時刻に、出立させなさった」
と使者が言うと、どのように申し上げようと、乳母をはじめとして、あわてふためることこの上ない。推量しても見当がつかず、ただ大騷ぎし合っているのを、あの事情を知っている者どうしは、ひどく物思いなさっていた様子を思い出すと、「身を投げなさったのか」と思い寄るのであった。
泣きながらこの手紙を開くと、
「とても気がかりなので、眠れませんでしたせいでしょうか、今夜は夢でさえゆっくりと見えません。悪夢にうなされうなされして、気分も普段と違って悪うございますよ。やはりとても恐ろしく、あちらにお移りになる日は近くなったが、その前後に、こちらにお迎え申しましょう。今日は雨が降りそうでございますので」
などとある。昨夜のお返事を開いて見て、右近はひどく泣く。
「そうであったか。心細いことを申し上げなさっていたのだ。わたしに、どうして少しもおしゃってくださらなかったのだろう。幼かった時から、少しも分け隔て申し上げることもなく、塵ほども隠しだてすることなくやって来たのに、最期の別れ路の時に、わたしを後に残して、そのそぶりさえお見せにならなかったのがつらいことだ」
と思うと、足摺りということをして泣く有様は、若い子供のようである。ひどくお悩みのご様子は、ずっと拝見して来たが、まったく、このように普通の人と違って大それたこと、お思いつくとは見えなかった方のお気持ちを、「やはり、どうなさったことか」と分からず悲しい。
乳母は、かえって何も分からなくなって、ただ、「どうしよう。どうしよう」と言うだけであった。

 1 Tale of Ukifune After of Ukifune's disapperarance, the others' perplexity [1-1 Ukifune's disapperarance at Uji]
 Kasiko ni ha, hito-bito, ohase nu wo motome sawage do, kahi nasi. Monogatari no hime-gimi no, hito ni nusuma re tara m asita no yau nare ba, kuhasiku mo ihi tuduke zu. Kyau yori, ari-si tukahi no kahera zu nari ni sika ba, obotukanasi tote, mata hito okose tari.
 "Mada, tori no naku ni nam, idasi tate sase tamahe ru."
 to tukahi no ihu ni, ika ni kikoye m to, Menoto yori hazime te, awate madohu koto kagiri nasi. Omohi-yaru kata naku te, tada sawagi-ahe ru wo, ka no kokoro-sire-ru-doti nam, imiziku mono wo omohi tamahe ri si sama wo omohi-iduru ni, "Mi wo nage tamahe ru ka?" to ha omohi-yori keru.
 Naku-naku ko no humi wo ake tare ba,
 "Ito obotukanasa ni, madoroma re habera nu ke ni ya, koyohi ha yume ni dani utitoke te mo miye zu. Mono ni osoha re tutu, kokoti mo rei nara zu utate haberu wo! Naho ito osorosiku, mono he watara se tamaha m koto ha tikaku nare do, so no hodo, koko ni mukahe tatematuri te m. Kehu ha ame huri haberi nu bekere ba."
 nado ari. Yobe no ohom-kaheri wo mo ake te mi te, Ukon imiziu naku.
 "Sare-ba yo! Kokoro-bosoki koto ha kikoye tamahi keri. Ware ni, nado ka isasaka notamahu koto no nakari kem? Wosanakari si hodo yori, tuyu kokoro-oka re tatematuru koto naku, tiri bakari hedate naku te narahi taru ni, ima ha kagiri no miti ni si mo, ware wo okurakasi, kesiki wo dani mise tamaha zari keru ga turaki koto."
 to omohu ni, asi-zuri to ihu koto wo si te naku sama, wakaki kodomo no yau nari. Imiziku obosi taru mi-kesiki ha, mi tatematuri watare do, kakete mo, kaku nabete nara zu odoro-odorosiki koto, obosi-yora m mono to ha miye zari turu hito no mi-kokoro-zama wo, "Naho, ika ni si turu koto ni ka?" to obotukanaku imizi.
 Menoto ha, naka-naka mono mo oboye de, tada, "Ika sama ni se m? Ika sama ni se m?" to zo iha re keru.

 [1-2 匂宮から宇治へ使者派遣]
宮にも、いと例ならぬけしきありし御返り、「いかに思ふならむ。我を、さすがにあひ思ひたるさまながら、あだなる心なりとのみ、深く疑ひたれば、他へ行き隠れむとにやあらむ」と思し騷ぎ、御使あり。
ある限り泣き惑ふほどに来て、御文もえたてまつらず。
「いかなるぞ」
と下衆女に問へば、
「上の、今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものもおぼえたまはず。頼もしき人もおはしまさぬ折なれば、さぶらひたまふ人びとは、ただものに当たりてなむ惑ひたまふ」
と言ふ。心も深く知らぬ男にて、詳しう問はで参りぬ。
「かくなむ」と申させたるに、夢とおぼえて、
「いとあやし。いたくわづらふとも聞かず。日ごろ、悩ましとのみありしかど、昨日の返り事はさりげもなくて、常よりもをかしげなりしものを」
と、思しやる方なければ、
「時方、行きてけしき見、たしかなること問ひ聞け」
とのたまへば、
「かの大将殿、いかなることか、聞きたまふことはべりけむ、宿直する者おろかなり、など戒め仰せらるるとて、下人のまかり出づるをも、見とがめ2558問ひはべるなれば、ことづくることなくて、時方2559まかりたらむを、ものの聞こえはべらば、思し合はすることなどやはべらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらむ所は、論なう騒がしう、人しげくはべらむを」と聞こゆ。
「さりとては、いとおぼつかなくてやあらむ。なほ、とかくさるべきさまに構へて、例の、心知れる侍従などに会ひて、いかなることをかく言ふぞ、と案内せよ。下衆はひがことも言ふなり」
とのたまへば、いとほしき御けしきもかたじけなくて、夕つ方行く。

 [1-2 匂宮から宇治へ使者派遣]
宮にも、まことにいつもと違った様子であったお返事に、「どのように思っているのだろう。わたしを、そうはいっても愛している様子でいながら、浮気な心だとばかり、深く疑っていたので、他へ身を隠したのであろうか」とお慌てになって、お使者がある。
居合わせた者たちが泣き騒いでいるところに来て、お手紙も差し上げられない。
「どうしたことか」
と下衆女に尋ねると、
「ご主人様が、今夜、急にお亡くなりになったので、何もかも分からなくいらっしゃいます。頼りになる方もいらっしゃらない時なので、お仕えなさっている方々は、ただ物に突き当たっておろおろなさっています」
と言う。事情を深く知らない男なので、詳しくは尋ねないで帰参した。
「こうこうでした」と申し上げさせたところ、夢のように思われて、
「まことに変だ。ひどく患っていたとも聞いてない。日頃、気分が悪いとばかりあったが、昨日の返事は変わったこともなくて、いつものよりも興趣があったものを」
と、ご想像もおつきにならないので、
「時方、行って様子を見て、はっきりとしたことを尋ね出せ」
とおっしゃると、
「あの大将殿は、どのようなことか、お聞きになっていることがございましたのでしょう、宿直をする者が怠慢である、などと訓戒なさったと言って、下人が退出するのさえ、注意して調べると言いますので、口実もなくて、時方が参ったのを、事が漏れたりしましたら、お気づきになることがございましょう。そうして、急に人のお亡くなりになった所は、言うまでもなく騒がしく、人目が多くございましょうから」と申し上げる。
「そうかといって、まことに気がかりなままでいられようか。やはり、何か適当に計らって、いつものように、事情を知っている侍従などに会って、どうしたわけでこのように言うのか、と尋ねよ。下衆も間違ったことを言うものだ」
とおっしゃるので、お気の毒なご様子も恐れ多くて、夕方に行く。

 [1-2 Nionomiya sends a messenger to Uji]
 Miya ni mo, ito rei nara nu kesiki ari si ohom-kaheri, "Ika ni omohu nara m? Ware wo, sasuga ni ahi-omohi taru sama nagara, ada naru kokoro nari to nomi, hukaku utagahi tare ba, hoka he iki kakure m to ni ya ara m?" to obosi sawagi, ohom-tukahi ari.
 Aru kagiri naki madohu hodo ni ki te, ohom-humi mo e tatematura zu.
 "Ika naru zo?"
 to gesu-womna ni tohe ba,
 "Uhe no, koyohi, nihaka ni use tamahi ni kere ba, mono mo oboye tamaha zu. Tanomosiki hito mo ohasimasa nu wori nare ba, saburahi tamahu hito-bito ha, tada mono ni atari te nam madohi tamahu."
 to ihu. Kokoro mo hukaku sira nu wonoko ni te, kuhasiu toha de mawiri nu.
 "Kaku nam." to mausa se taru ni, yume to oboye te,
 "Ito ayasi. Itaku wadurahu to mo kika zu. Hi-goro, nayamasi to nomi ari sika do, kinohu no kaheri-goto ha sarige-mo-naku te, tune yori mo wokasige nari si mono wo."
 to, obosi-yaru kata nakere ba,
 "Tokikata, iki te kesiki mi, tasika naru koto tohi kike."
 to notamahe ba,
 "Ka no Daisyau-dono, ika naru koto ka, kiki tamahu koto haberi kem, tonowi suru mono oroka nari, nado imasime ohose raruru tote, simo-bito no makari-iduru wo mo, mi-togame tohi haberu nare ba, koto-dukuru koto naku te, Tokikata makari tara m wo, mono no kikoye habera ba, obosi-ahasuru koto nado ya habera m? Sate, nihaka ni hito no use tamahe ra m tokoro ha, ron nau sawagasiu, hito sigeku habera m wo." to kikoyu.
 "Sari-tote ha, ito obotukanaku te ya ara m? Naho, tokaku saru beki sama ni kamahe te, rei no, kokoro-sire ru Ziziu nado ni ahi te, ika naru koto wo kaku ihu zo, to anai se yo. Gesu ha higa-koto mo ihu nari."
 to notamahe ba, itohosiki mi-kesiki mo katazikenaku te, yuhu-tu-kata yuku.

 [1-3 時方、宇治に到着]
かやすき人は、疾く行き着きぬ。雨少し降り止みたれど、わりなき道にやつれて、下衆のさまにて来たれば、人多く立ち騷ぎて、
「今宵、やがてをさめたてまつるなり」
など言ふを聞く心地も、あさましくおぼゆ。右近に消息したれども、え会はず、
「ただ今、ものおぼえず。起き上がらむ心地もせでなむ。さるは、今宵ばかりこそ2560、かくも立ち寄りたまはめ、え聞こえぬこと」
と言はせたり。
「さりとて、かくおぼつかなくては、いかが帰り参りはべらむ。今一所だに」
と切に言ひたれば、侍従ぞ会ひたりける。
「いとあさまし。思しもあへぬさまにて亡せたまひにたれば、いみじと言ふにも飽かず、夢のやうにて、誰も誰も惑ひはべるよしを申させたまへ。すこしも心地のどめはべりてなむ、日ごろも、もの思したりつるさま、一夜、いと心苦しと思ひきこえさせたまへりしありさまなども、聞こえさせはべるべき。この穢らひなど、人の忌みはべるほど過ぐして、今一度立ち寄りたまへ」
と言ひて、泣くこといといみじ。

 [1-3 時方、宇治に到着]
身分の軽い者は、すぐに行き着いた。雨が少し降り止んだが、難儀な山道を身を簡略にして、下衆の恰好で来たところ、人が大勢立ち騒いで、
「今夜、このままご葬送申し上げるのです」
などと言うのを聞く気分も、驚き呆れて思われる。右近に案内を乞うたが、会うことはできない。
「ただ今は、何も分かりません。起き上がる気持ちもしません。それにしても、今夜を最後に、このようにお立ち寄りになるのでしょうが、お話しできませんことが」
と言わせた。
「そうは言っても、このようにはっきり分かりませんでは、どうして帰参できましょう。せめてもうお一方にでも」
と切に言ったので、侍従が会ったのであった。
「まことに呆れたことです。ご自身も思いがけない様子でお亡くなりになったので、悲しいと言っても言い足りず、夢のようで、誰も彼もが途方に暮れています旨を申し上げてくださいませ。少しでも気分が落ち着きましたら、日頃、物思いなさっていた様子や、先夜、ほんとうに申し訳なくお思い申し上げていらした有様などを、お聞かせ申し上げましょう。この穢など、世間の人が忌む期間が過ぎてから、もう一度お立ち寄りくださいませ」
と言って、泣く様子はまことに大変である。

 [1-3 Tokikata arrived at Uji]
 Kayasuki hito ha, toku iki-tuki nu. Ame sukosi huri yami tare do, wari naki miti ni yature te, gesu no sama ni te ki tare ba, hito ohoku tati-sawagi te,
 "Koyohi, yagate wosame tatematuru nari."
 nado ihu wo kiku kokoti mo, asamasiku oboyu. Ukon ni seusoko si tare do mo, e aha zu,
 "Tada-ima, mono oboye zu. Oki-agara m kokoti mo se de nam. Saru ha, koyohi bakari koso, kaku mo tati-yori tamaha me, e kikoye nu koto."
 to iha se tari.
 "Sari-tote, kaku obotukanaku te ha, ikaga kaheri mawiri habera m. Ima hito-tokoro dani."
 to seti ni ihi tare ba, Ziziu zo ahi tari keru.
 "Ito asamasi. Obosi mo ahe nu sama ni te use tamahi ni tare ba, imizi to ihu ni mo aka zu, yume no yau ni te, tare mo tare mo madohi haberu yosi wo mausa se tamahe. Sukosi mo kokoti nodome haberi te nam, hi-goro mo, mono obosi tari turu sama, hito-yo, ito kokoro-gurusi to omohi kikoye sase tamahe ri si arisama nado mo, kikoye sase haberu beki. Ko no kegarahi nado, hito no imi haberu hodo sugusi te, ima hito-tabi tati-yori tamahe."
 to ihi te, naku koto ito imizi.

 [1-4 乳母、悲嘆に暮れる]
内にも泣く声々のみして、乳母なるべし、
「あが君や、いづ方にかおはしましぬる。帰りたまへ。むなしき骸をだに見たてまつらぬが、かひなく悲しくもあるかな。明け暮れ見たてまつりても飽かずおぼえたまひ、いつしかかひある御さまを見たてまつらむと、朝夕に頼みきこえつるにこそ、命も延びはべりつれ。うち捨てたまひて、かく行方も知らせたまはぬこと。
鬼神も、あが君をばえ領じたてまつらじ。人のいみじく惜しむ人をば、帝釈も返したまふなり。あが君を取りたてまつりたらむ、人にまれ鬼にまれ、返したてまつれ。亡き御骸をも見たてまつらむ」
と言ひ続くるが、心得ぬことども混じるを、あやしと思ひて、
「なほ、のたまへ。もし、人の隠しきこえたまへるか。たしかに聞こし召さむと、御身の代はりに出だし立てさせたまへる御使なり。今は、とてもかくてもかひなきことなれど、後にも聞こし召し合はすることのはべらむに、違ふこと混じらば、参りたらむ御使の罪なるべし。
また、さりともと頼ませたまひて、『君たちに対面せよ』と仰せられつる御心ばへも、かたじけなしとは思されずや。女の道に惑ひたまふことは、人の朝廷にも、古き例どもありけれど、またかかること、この世にはあらじ、となむ見たてまつる」
と言ふに、「げに、いとあはれなる御使にこそあれ。隠すとすとも、かくて例ならぬことのさま、おのづから聞こえなむ」と思ひて、
「などか、いささかにても、人や隠いたてまつりたまふらむ、と思ひ寄るべきことあらむには、かくしもある限り惑ひはべらむ。日ごろ、いといみじくものを思し入るめりしかば、かの殿の、わづらはしげに、ほのめかし聞こえたまふことなどもありき。
御母にものしたまふ人も、かくののしる乳母なども、初めより知りそめたりし方に渡りたまはむ、となむいそぎ立ちて、この御ことをば、人知れぬさまにのみ、かたじけなくあはれと思ひきこえ2561させたまへりしに、御心乱れけるなるべし。あさましう、心と身を亡くなしたまへるやうなれば、かく心の惑ひに、ひがひがしく言ひ続けらるるなめり」
と、さすがに、まほならずほのめかす。心得がたくおぼえて、
「さらば、のどかに参らむ。立ちながらはべるも、いとことそぎたるやうなり。今、御みづからもおはしましなむ」
と言へば、
「あな、かたじけな。今さら、人の知りきこえさせむも、亡き御ためは、なかなかめでたき御宿世見ゆべきことなれど、忍びたまひしことなれば、また漏らさせたまはで、止ませたまはむなむ、御心ざしにはべるべき」
ここには、かく世づかず2562亡せたまへるよしを、人に聞かせじと、よろづに紛らはすを、「自然にことどものけしきもこそ見ゆれ」と思へば、かくそそのかしやりつ。

 [1-4 乳母、悲嘆に暮れる]
内側でも泣く声ばかりがして、乳母であろう、
「わが姫君は、どこに行かれてしまったのか。お帰りください。むなしい亡骸をさえ拝見しないのが、効なく悲しいことよ。毎日拝見しても物足りなくお思い申し、早く立派なご様子を拝見しようと、朝夕にお頼み申し上げていたので、寿命も延びました。お見捨てになって、このように行く方もお知らせにならないこと。
鬼神も、わが姫君をお取り申すことはできまい。皆がたいそう惜しむ人を、帝釈天もお返しになるという。姫君をお取り申し上げたのは、人であれ鬼であれ、お返し申し上げてください。御亡骸を拝見したい」
と言い続けるが、合点の行かないことがあるのを、変だと思って、
「やはり、おっしゃってください。もしや、誰かがお隠し申し上げなさったのか。確かな事をお聞きなさろうとして、ご自身の代わりに出立させなさったお使いです。今は、何にしても効のないことですが、後にお聞き合わせになることがございましょうが、違ったことがございましたら、聞いて参ったお使いの落度になるでしょう。
また、そのようなことはあるまいとご信頼あそばして、『あなた方にお会いせよ』と仰せになったお気持ちを、もったいないとはお思いになりませんか。女の道に迷いなさることは、異国の朝廷にも、古い幾つもの例があったが、またこのようなことは、この世にない、と拝見しています」
と言うのでr、「おっしゃるとおり、まことに恐れ多いお使いだ。隠そうとしても、こうして珍しい事件の様子は、自然とお耳に入ろう」と思って、
「どうして、少しでも、誰かがお隠し申し上げなさったのだろう、と思い寄るようなことがあったら、こんなにも皆が泣き騒ぐことがございましょうか。日頃、とてもひどく物を思いつめているようでしたので、あの殿が、厄介なことに、ちらっとおっしゃってくることなどもありました。
お母上でいらっしゃる方も、このように大騷ぎする乳母なども、初めから知り合った方のほうにお引っ越しなさろう、と準備し出して、宮とのご関係を、誰にも知られない状態にばかり、恐れ多くもったいないとお思い申し上げていらっしゃいましたので、お気持ちも乱れたのでしょう。驚き呆れますが、ご自分から身をお亡くしになったようなので、このように心の迷いに、愚痴っぽく言い続けてしまうのでしょう」
と、そうはいっても、ありのままにではなく暗示する。合点が行かず思われて、
「それでは、落ち着いてから参りましょう。立ちながら話しますのも、まことに簡略なようです。いずれ、宮ご自身でもお出でになりましょう」
と言うと、
「まあ、恐れ多い。今さら、人がお知り申すのも、亡きお方のためには、かえって名誉なご運勢と見えることですが、お隠しになっていた事なので、またお漏らしあそばさないで、終わりなさることが、お気持ちに従うことでしょう」
こちらでは、このように異常な形でお亡くなりになった旨を、人に聞かせまいと、いろいろと紛らわしているが、「自然と事件の子細も分かってしまうのでは」と思うと、このように勧めて帰らせた。

 [1-4 The wet nurse suffered grief at the loss of Ukifune]
 Uti ni mo naku kowe-gowe nomi si te, Menoto naru besi,
 "Aga-Kimi ya, idu-kata ni ka ohasimasi nuru? Kaheri tamahe. Munasiki kara wo dani mi tatematura nu ga, kahi naku kanasiku mo aru kana! Ake-kure mi tatematuri te mo aka zu oboye tamahi, itusika kahi aru ohom-sama wo mi tatematura m to, asita yuhube ni tanomi kikoye turu ni koso, inoti mo nobi haberi ture. Uti-sute tamahi te, kaku yukuhe mo sira se tamaha nu koto.
 Oni-Gami mo aga-Kimi wo ba e ryau-zi tatematura zi. Hito no imiziku wosimu hito wo ba, Taisyaku mo kahesi tamahu nari. Aga-Kimi wo tori tatematura m, hito ni mare oni ni mare, kahesi tatemature. Naki ohom-kara wo mo mi tatematura m."
 to ihi-tudukuru ga, kokoro-e nu koto-domo maziru wo, ayasi to omohi te,
 "Naho, notamahe. Mosi, hito no kakusi kikoye tamahe ru ka? Tasika ni kikosi-mesa m to, ohom-mi no kahari ni idasi-tate sase tamahe ru ohom-tukahi nari. Ima ha, tote-mo kakute-mo kahi naki koto nare do, noti ni mo kikosi-mesi aha suru koto no habera m ni, tagahu koto mazira ba, mawiri tara m ohom-tukahi no tumi naru besi.
 Mata, sari-tomo to tanoma se tamahi te, 'Kimi-tati ni taimen se yo.' to ohose rare turu mi-kokoro-bahe mo, katazikenasi to ha obosa re zu ya? Womna no miti ni madohi tamahu koto ha, hito no mikado ni mo huruki tamesi-domo ari kere do, mata kakaru koto, konoyo ni ha ara zi, to nam mi tatematuru."
 to ihu ni, "Geni, ito ahare naru ohom-tukahi ni koso are. Kakusu to su to mo, kakute rei nara nu koto no sama, onodukara kikoye na m." to omohi te,
 "Nado ka, isasaka ni te mo, hito ya kakui tatematuri tamahu ram, to omohi-yoru beki koto ara m ni ha, kaku si mo aru kagiri madohi habera m. Hi-goro, ito imiziku mono wo obosi-iru meri sika ba, ka no Tono no, wadurahasige ni, honomekasi kikoye tamahu koto nado mo ari ki.
 Ohom-haha ni monosi tamahu hito mo, kaku nonosiru Menoto nado mo, hazime yori siri-some tari si kata ni watari tamaha m, to nam isogi-tati te, ko no ohom-koto wo ba, hito-sire nu sama ni nomi, katazikenaku ahare to omohi kikoye sase tamahe ri si ni, mi-kokoro midare keru naru besi. Asamasiu, kokoro to mi wo naku-nasi tamahe ru yau nare ba, kaku kokoro no madohi ni, higa-higasiku ihi-tuduke raruru na'meri."
 to, sauga ni, maho nara zu honomekasu. Kokoro-e gataku oboye te,
 "Sara-ba, nodoka ni mawira m. Tati-nagara haberu mo, ito koto-sogi taru yau nari. Ima, ohom-midukara mo ohasimasi na m."
 to ihe ba,
 "Ana, katazikena! Ima-sara, hito no siri kikoye sase m mo, naki ohom-tame ha, naka-naka medetaki ohom-sukuse miyu beki koto nare do, sinobi tamahi si koto nare ba, mata mora sase tamaha de, yama se tamaha m nam, mi-kokorozasi ni haberu beki."
 Koko ni ha, kaku yo-duka zu use tamahe ru yosi wo, hito ni kika se zi to, yorodu ni magirahasu wo, "Zinen ni koto-domo no kesiki mo koso miyure." to omohe ba, kaku sosonokasi-yari tu.

 [1-5 浮舟の母、宇治に到着]
雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りたまへり。さらに言はむ方もなく、
「目の前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうとも、世の常にて、たぐひあることなり。これは、いかにしつることぞ」
と惑ふ。かかることどもの紛れありて、いみじうもの思ひたまふらむとも知らねば、身を投げたまへらむとも思ひも寄らず、
「鬼や食ひつらむ。狐めくものや取りもて去ぬらむ。いと昔物語のあやしきもののことのたとひにか、さやうなることも言ふなりし」
と思ひ出づ。
「さては、かの恐ろしと思ひきこゆるあたりに、心など悪しき御乳母やうの者や、かう迎へたまふべしと聞きて、めざましがりて、たばかりたる人もやあらむ」
と、下衆などを疑ひ、
「今参りの、心知らぬやある」
と問へば、
「いと世離れたりとて、ありならはぬ人は、ここにてはかなきこともえせず、今とく参らむ、と言ひてなむ、皆、そのいそぐべきものどもなど取り具しつつ、帰り出ではべりにし」
とて、もとよりある人だに、片へはなくて、いと人少ななる折になむありける。

 [1-5 浮舟の母、宇治に到着]
雨がひどく降ったのに隠れて、母君もお越しになった。まったく何とも言いようなく、
「目の前で亡くなった悲しさは、どんなに悲しくあっても、世の中の常で、いくらでもあることだ。これは、いったいどうしたことか」
とうろうろする。このような込み入った事件があって、ひどく物思いなさっていたとは知らないので、身を投げなさったとは思いも寄らず、
「鬼が喰ったのか。狐のような魔物が連れさらったのか。まことに昔物語の妙な事件の例にか、そのような事も言っていた」
と思い出す。
「それとも、あの恐ろしいとお思い申し上げる方の所で、意地悪な乳母のような者が、このようにお迎えになる予定と聞いて、目障りに思って、誘拐を企んだ人でもあろうか」
と、下衆などを疑って、
「新参者で、気心の知れない者はいないか」
と尋ねるが、
「とても世間離れした所だといって、住み馴れない新参者は、こちらではちょっとしたこともできず、又すぐに参上しましょう、と言っては、皆、その引っ越しの準備の物などを持っては、京に帰ってしまいました」
と言って、元からいる女房でさえ、半分はいなくなって、まことに人数少ないときであった。

 [1-5 Ukifune's mother arrived at Uji]
 Ame no imizikari turu magire ni, Haha-Gimi mo watari tamahe ri. Sarani iha m kata mo naku,
 "Me no mahe ni naku-nasi tara m kanasisa ha, imiziu to mo, yo no tune ni te, taguhi aru koto nari. Kore ha, ika ni si turu koto zo?"
 to madohu. Kakaru koto-domo no magire ari te, imiziu mono omohi tamahu ram to mo sira ne ba, mi wo nage tamahe ra m to mo omohi-yora zu,
 "Oni ya kuhi tu ram? Kitune meku mono ya tori mote inu ram? Ito mukasi-monogatari no ayasiki mono no koto no tatohi ni ka, sa-yau naru koto mo ihu nari si."
 to omohi-idu.
 "Sate ha, ka no osorosi to omohi kikoyuru atari ni, kokoro nado asiki ohom-menoto yau no mono ya, kau mukahe tamahu besi to kiki te, mezamasi-gari te, tabakari taru hito mo ya ara m?"
 to, gesu nado wo utagahi,
 "Ima-mawiri no, kokoro-sira nu ya aru?"
 to tohe ba,
 "Ito yo-banare tari tote, ari naraha nu hito ha, koko ni te hakanaki koto mo e se zu, ima toku mawira m, to ihi te nam, mina, so no isogu beki mono-domo nado tori-gusi tutu, kaheri-ide haberi ni si."
 tote, moto yori aru hito dani, katahe ha naku te, ito hito-zukuna naru wori ni nam ari keru.

 [1-6 侍従ら浮舟の葬儀を営む]
侍従などこそ、日ごろの御けしき思ひ出で、「身を失ひてばや」など、泣き入りたまひし折々のありさま、書き置きたまへる文をも見るに、「亡き影に」と書きすさびたまへるものの、硯の下にありけるを見つけて、川の方を見やりつつ、響きののしる水の音を聞くにも、疎ましく2563悲しと思ひつつ、
「さて、亡せたまひけむ人を、とかく言ひ騷ぎて、いづくにもいづくにも、いかなる方になりたまひにけむ、と思し疑はむも、いとほしきこと」
と言ひ合はせて、
「忍びたる事とても、御心より起こりてありしことならず。親にて、亡き後に聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのままに聞こえて、かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、かたがた思ひ惑ひたまふさまは、すこし明らめさせたてまつらむ。亡くなりたまへる人とても、骸を置きてもて扱ふこそ、世の常なれ、世づかぬけしきにて日ごろも経ば、さらに隠れあらじ。なほ、聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろはむ」
と語ひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人も消え入り、え言ひやらず、聞く心地も惑ひつつ、「さは、このいと荒ましと思ふ川に、流れ亡せたまひにけり」と思ふに、いとど我も落ち入りぬべき心地して、
「おはしましにけむ方を尋ねて、骸をだにはかばかしくをさめむ」
とのたまへど、
「さらに何のかひはべらじ。行方も知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へむことは、いと聞きにくし」
と聞こゆれば、とざまかくざまに思ふに、胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼえたまはぬを、この人びと二人して、車寄せさせて、御座ども、気近う使ひたまひし御調度ども、皆ながら脱ぎ置きたまへる御衾などやうのものを取り入れて、乳母子の大徳、それが叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる老法師など、御忌に籠もるべき限りして、人の亡くなりたるけはひにまねびて、出だし立つるを、乳母、母君は、いといみじくゆゆしと臥しまろぶ。

 [1-6 侍従ら浮舟の葬儀を営む]
侍従などは、日頃のご様子を思い出して、「死んでしまいたい」などと、泣き入っていらした時々の様子、書き置きなさった手紙を見ると、「亡くなった後形に」と書き散らしていらっしゃったものが、硯の下にあったのを見つけて、川の方角を見やりながら、ごうごうと轟いて流れている川の音を聞くにつけても、気味悪く悲しいと思いながら、
「こうして、お亡くなりになった方を、あれこれと噂し合って、どなたもどなたも、どのようなふうにお亡くなりになったのか、とお疑いになるのも、お気の毒なこと」
と相談し合って、
「秘密の事とは言っても、ご自身から引き起こした事ではない。母親の身として、後に聞き合わせなさったとしても、別に恥ずかしい相手ではないのを、ありのままに申し上げて、このようにひどく気がかりなことまで加わって、あれこれ思い迷っていらっしゃる様子は、少しは合点の行くようにして上げよう。お亡くなりになった方としても、亡骸を安置し弔うのが、世間一般であるが、世間の例と変わった様子で幾日もたったら、まったく隠しおおせないだろう。やはり、申し上げて、今は世間の噂だけでも取り繕いましょう」
と相談し合って、こっそりと生前の状態を申し上げると、言う人も正気を失って、言葉も続かず、聞く気持ちも乱れて、「それでは、このとても荒々しい川に、身を投じて亡くなったのだ」と思うと、ますます自分も落ち込んでしまいそうな気がして、
「流れて行かれた方角を探して、せめて亡骸だけでもちゃんと葬儀したい」
とおっしゃるが、
「全然何の効もありません。行く方も知れない大海原にいらっしゃったでしょう。それなのに、人が言い伝えることは、とても聞きにくい」
と申し上げるので、あれやこれやと思うと、胸がこみ上げてくる気がして、どうにもこうにもなすすべもなく思われなさるが、この女房たち二人で、車を寄せさせて、ご座所や、身近にお使いになったご調度類など、みなそのままそっくり脱いで置かれた御衾などのようなものを詰めこんで、乳母子の大徳や、その叔父の阿闍梨、その弟子の親しい者など、昔から知っていた老法師など、御忌中に籠もる者だけで、人が亡くなった時の例にまねて、出立させたのを、乳母や、母君は、まことにひどく不吉だと倒れ転ぶ。

 [1-6 Jiju and the others hold a funeral for Ukifune]
 Ziziu nado koso, hi-goro no mi-kesiki omohi-ide, "Mi wo usinahi te baya!" nado, naki-iri tamahi si wori-wori no arisama, kaki-oki tamahe ru humi wo mo miru ni, "Naki kage ni." to kaki susabi tamahe ru mono no, suzuri no sita ni ari keru wo mi-tuke te, kaha no kata wo mi-yari tutu, hibiki nonosiru midu no oto wo kiku ni mo, utomasiku kanasi to omohi tutu,
 "Sate, use tamahi kem hito wo, tokaku ihi-sawagi te, iduku ni mo iduku ni mo, ika naru kata ni nari tamahi kem, to obosi utagaha m mo, itohosiki koto."
 to ihi-sahase te,
 "Sinobi taru koto tote mo, mi-kokoro yori okori te ari si koto nara zu. Oya ni te, naki noti ni kiki tamahe ri to mo, ito yasasiki hodo nara nu wo, ari-no-mama ni kikoye te, kaku imiziku obotukanaki koto-domo wo sahe, kata-gata omohi madohi tamahu sama ha, sukosi akirame sase tatematura m. Naku-nari tamahe ru hito tote mo, kara wo oki te mote-atukahu koso, yo no tune nare, yo-duka nu kesiki ni te hi-goro mo he ba, sarani kakure ara zi. Naho, kikoye te, ima ha yo no kikoye wo dani tukuroha m."
 to katarahi te, sinobi te ari-si sama wo kikoyuru ni, ihu hito mo kiye-iri, e ihi-yara zu, kiku kokoti mo madohi tutu, "Sa ha, ko no ito aramasi to omohu kaha ni, nagare use tamahi ni keri." to omohu ni, itodo ware mo oti-iri nu beki kokoti si te,
 "Ohasimasi ni kem kata wo tadune te, kara wo dani haka-bakasiku wosame m."
 to notamahe do,
 "Sarani nani no kahi habera zi. Yukuhe mo sira nu oho-umi no hara ni koso ohasimasi ni keme. Saru mono kara, hito no ihi-tutahe m koto ha, ito kiki nikusi."
 to kikoyure ba, to-zama kaku-zama ni omohu ni, mune no seki noboru kokoti si te, ika ni mo ika ni mo su beki kata mo oboye tamaha nu wo, ko no hito-bito hutari si te, kuruma yose sase te, o-masi-domo, ke-dikau tukahi tamahi si mi-teudo-domo, mina nagara nugi-oki tamahe ru ohom-husuma nado yau no mono wo tori-ire te, Menoto-go no Daitoku, sore ga wodi no Azari, so no desi no mutumasiki nado, moto yori siri taru oyi-hohusi nado, ohom-imi ni komoru beki kagiri si te, hito no naku-nari taru kehahi ni manebi te, idasi-taturu wo, Menoto, Haha-Gimi ha, ito imiziku yuyusi to husi-marobu.

 [1-7 侍従ら真相を隠す]
大夫、内舎人など、脅しきこえし者どもも参りて、
「御葬送の事は、殿に事のよしも申させたまひて、日定められ、いかめしうこそ仕うまつらめ」
など言ひけれど、
「ことさら、今宵過ぐすまじ。いと忍びてと思ふやうあればなむ」
とて、この車を、向かひの山の前なる原にやりて、人も近うも寄せず、この案内知りたる法師の限りして焼かす。いとはかなくて、煙は果てぬ。田舎人どもは、なかなか、かかることをことことしくしなし、言忌みなど深くするものなりければ、
「いとあやしう。例の作法など、あることども知らず、下衆下衆しく、あへなくてせられぬることかな」
と誹りければ、
「片へおはする人は、ことさらにかくなむ、京の人はしたまふ」
などぞ、さまざまになむやすからず言ひける。
「かかる人どもの言ひ思ふことだに慎ましきを、まして、ものの聞こえ隠れなき世の中に、大将殿わたりに、骸もなく亡せたまひにけり、と聞かせたまはば、かならず思ほし疑ふこともあらむを、宮はた、同じ御仲らひにて、さる人のおはしおはせず、しばしこそ忍ぶとも思さめ、つひには隠れあらじ。
また、定めて宮をしも疑ひきこえたまはじ。いかなる人か率て隠しけむなどぞ、思し寄せむかし。生きたまひての御宿世は、いと気高くおはせし人の、げに亡き影に、いみじきことをや疑はれたまはむ」
と思へば、ここの内なる下人どもにも、今朝のあわたたしかりつる惑ひに、「けしきも見聞きつるには口かため、案内知らぬには聞かせじ」などぞたばかりける。
「ながらへては、誰にも、静やかに、ありしさまをも聞こえてむ。ただ今は、悲しさ覚めぬべきこと、ふと人伝てに聞こし召さむは、なほいといとほしかるべきことなるべし」
と、この人二人ぞ、深く心の鬼添ひたれば、もて隠しける。

 [1-7 侍従ら真相を隠す]
大夫や、内舎人など、脅迫申し上げた者どもが参って、
「ご葬送の事は、殿に事情を申し上げさせなさって、日程を決められて、厳かにお勤め申し上げるのがよいでしょう」
などと言ったが、
「特別に、今夜のうちに行いたいのです。たいそうこっそりにと思っているところがありますので」
と言って、この車を、向かいの山の前の野原に行かせて、人も近くに寄せず、この事情を知っている法師たちだけで火葬させる。まことにあっけなくて、煙は消えた。田舎者どもは、かえって、このようなことを仰々しくして、言忌などを深くするものだったので、
「まことに変なこと。きまりの作法などが、あることもなさらずに、いかにも下衆のように、あっけなくなさったことよ」
と非難すると、
「兄弟などのいらっしゃる方は、わざとこのように、京の方はなさる」
などと、いろいろと感心しないことを言うのであった。
「このような者どもが言ったり思ったりするだけでも憚れるのに、それ以上に、噂が漏れて広がる世の中では、大将殿あたりで、亡骸もなくお亡くなりになった、とお聞きになったら、きっとお疑いになることがあろうが、宮もまた、親しいお間柄であるから、そのような人がいらっしゃるかいらっしゃらないかは、しばらくの間は隠していると疑っても、いつかは明らかになるであろう。
また一方、きっと宮だけをお疑い申し上げることはなさらないだろう。どのような人が連れて行って隠したのだろうなどと、お考え寄りになるだろう。生きていらした間のご運勢は、とても高くいらした方が、なるほど亡くなって後は、たいへんな疑いをお受けになるのだろうか」
と思うと、この家にいる下人どもにも、今朝の慌ただしかった騒動に、「その様子を見たり聞いたりした者には口止めをし、事情を知らない者には聞かせまい」などとごまかしたのであった。
「年月が経ったら、どちらにも、静かに、生前のご様子を申し上げよう。ただ今は、悲しみも覚めるようなことを、ふと人伝てにお聞きなさると、やはりとてもお気の毒なことになるであろう」
と、この人ら二人は、深く良心が咎めるので、隠すのであった。

 [1-7 Jiju and the others suppress the truth]
 Taihu, Udoneri nado, odosi kikoye si mono-domo mo mawiri te,
 "Ohom-sausou no koto ha, Tono ni koto no yosi mo mausa se tamahi te, hi sadame rare, ikamesiu koso tukau-matura me."
 nado ihi kere do,
 "Kotosara, koyohi sugusu mazi. Ito sinobi te to omohu yau are ba nam."
 tote, ko no kuruma wo, mukahi no yama no mahe naru hara ni yari te, hito mo tikau mo yose zu, ko no anai siri taru hohusi no kagiri si te yaka su. Ito hakanaku te, keburi ha hate nu. Winaka-bito-domo ha, naka-naka, kakaru koto wo koto-kotosiku si-nasi, koto-imi nado hukaku suru mono nari kere ba,
 "Ito ayasiu. Rei no sahohu nado, aru koto-domo sira zu, gesu-gesusiku, ahe-naku te se rare nuru koto kana!"
 to sosiri kere ba,
 "Katahe ohasuru hito ha, kotosara ni kaku nam, kyau no hito ha si tamahu."
 nado zo, sama-zama ni nam yasukara zu ihi keru.
 "Kakaru hito-domo no ihi omohu koto dani tutumasiki wo, masite, mono no kikoye kakure naki yononaka ni, Daisyau-dono watari ni, kara mo naku use tamahi ni keri, to kika se tamaha ba, kanara zu omohosi utagahu koto mo ara m wo, Miya hata, onazi ohom-nakarahi ni te, saru hito no ohasi ohase zu, sibasi koso sinobu to mo obosa me, tuhi ni ha kakure ara zi.
 Mata, sadame te Miya wo si mo utagahi kikoye tamaha zi. Ika naru hito ka wi te kakusi kem nado zo, obosi yose m kasi. Iki tamahi te no ohom-sukuse ha, ito ke-dakaku ohase si hito no, geni naki kage ni, imiziki koto wo ya utagaha re tamaha m."
 to omohe ba, koko no uti naru simo-bito-domo ni mo, kesa no awatatasikari turu madohi ni, "Kesiki mo mi kiki turu ni ha kuti-katame, a'nai sira nu ni ha kikase zi." nado zo tabakari keru.
 "Nagarahe te ha, tare ni mo, siduyaka ni, ari si sama wo mo kikoye te m. Tada-ima ha, kanasisa same nu beki koto, huto hito-dute ni kikosimesa m ha, naho ito itohosikaru beki koto naru besi."
 to, ko no hito hutari zo, hukaku kokoro-no-oni sohi tare ba, mote-kakusi keru.

 2 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮 [2-1 薫、石山寺で浮舟失踪の報に接す]
大将殿は、入道の宮の悩みたまひければ、石山に籠もりたまひて、騷ぎたまふころなりけり。さて、いとどかしこをおぼつかなう思しけれど、はかばかしう、「さなむ」と言ふ人はなかりければ、かかるいみじきことにも、まづ御使のなきを、人目も心憂しと思ふに、御荘の人なむ参りて、「しかしか」と申させければ、あさましき心地したまひて、御使、そのまたの日、まだつとめて参りたり。
「いみじきことは、聞くままにみづからもすべきに、かく悩みたまふ御ことにより、慎みて、かかる所に日を限りて籠もりたればなむ。昨夜のことは、などか、ここに消息して、日を延べてもさることはするものを、いと軽らかなるさまにて、急ぎせられにける。とてもかくても、同じ言ふかひなさなれど、とぢめのことをしも、山賤の誹りをさへ負ふなむ、ここのためもからき」
など、かの睦ましき大蔵大輔してのたまへり。御使の来たるにつけても、いとどいみじきに、聞こえむ方なきことどもなれば、ただ涙におぼほれたるばかりをかことにて、はかばかしうもいらへやらずなりぬ。

 2 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮 [2-1 薫、石山寺で浮舟失踪の報に接す]
大将殿は、母入道の宮がお悩みになったので、石山寺に参籠なさって、おとりこみの最中であった。そうして、ますますあちらを気がかりにお思いになったが、はっきりと、「こうだ」と言う人がいなかったので、このような大変な事件にも、まっさきにご使者がないのを、世間体もつらいと思うが、御荘園の者が参上して、「これこれしかじかです」とご報告申し上げさせたので、驚き呆れた気がなさって、ご使者が、その翌日のまだ早朝に参上した。
「ご一大事は、聞くなりすぐに自分が駆けつけるべきところ、このようにご病気でいらっしゃる御事のために、身を清めて、このような所に日数を決めて参籠しておりますので。昨夜の事は、どうして、こちらに連絡して、日を延期してでもそういうことはするべきものを、たいそう簡略な様子で、急いでなさったのか。どのようにしたところで、同じく言っても始まらないことだが、最後の葬儀さえ、山賤の非難を受けるのが、わたしにとってもつらい」
などと、あの信任厚い大蔵大輔を使者としておっしゃった。お使いが来たことにつけても、ますます悲しいので、何とも申し上げようのないことなので、ただ涙にくれているだけを口実にして、はっきりともお答え申し上げずに終わった。

 2 Tale of Ukifune After of Ukifune's disapperarance, Kaoru and Nionomiya's perplexity [2-1 Kaoru hears of Ukifune's death at Ishiyama temple]
 Daisyau-dono ha, Nihudau-no-Miya no nayami tamahi kere ba, Isiyama ni komori tamahi te, sawagi tamahu koro nari keri. Sate, itodo kasiko wo obotukanau obosi kere do, haka-bakasiu, "Sa nam." to ihu hito ha nakari kere ba, kakaru imiziki koto ni mo, madu ohom-tukahi no naki wo, hitome mo kokoro-usi to omohu ni, mi-syau no hito nam mawiri te, "Sika sika." to mausa se kere ba, asamasiki kokoti si tamahi te, ohom-tukahi, so no mata no hi, mada tutomete mawiri tari.
 "Imiziki koto ha, kiku mama ni midukara mo su beki ni, kaku nayami tamahu ohom-koto ni yori, tutusimi te, kakaru tokoro ni hi wo kagiri te komori tare ba nam. Yobe no koto ha, nadoka, koko ni seusoko si te, hi wo nobe te mo saru koto ha suru mono wo, ito karoraka naru sama ni te, isogi se rare ni keru. Tote-mo kakute-mo, onazi ihukahi-nasa nare do, todime no koto wo si mo, yamagatu no sosiri wo sahe ohu nam, koko no tame mo karaki."
 nado, ka no mutumasiki Ohokura-no-Taihu si te no tamahe ri. Ohom-tukahi no ki taru ni tuke te mo, itodo imiziki ni, kikoye m kata naki koto-domo nare ba, tada namida ni obohore taru bakari wo ka koto ni te, haka-bakasiu mo irahe-yara zu nari nu.

 [2-2 薫の後悔]
殿は、なほ、いとあへなくいみじと聞きたまふにも、
「心憂かりける所かな。鬼などや住むらむ。などて、今までさる所に据ゑたりつらむ。思はずなる筋の紛れあるやうなりしも、かく放ち置きたるに、心やすくて、人も言ひ犯したまふなりけむかし」
と思ふにも、わがたゆく世づかぬ心のみ悔しく、御胸痛くおぼえたまふ。悩ませたまふあたりに、かかること思し乱るるもうたてあれば、京におはしぬ。
宮の御方にも渡りたまはず、
「ことことしきほどにもはべらねど、ゆゆしきことを近う聞きつれば、心の乱れはべるほども忌ま忌ましうて」
など聞こえたまひて、尽きせずはかなくいみじき世を嘆きたまふ。ありしさま容貌、いと愛敬づき、をかしかりしけはひなどの、いみじく恋しく悲しければ、
「うつつの世には、などかくしも思ひ晴れず、のどかにて過ぐしけむ。ただ今は、さらに思ひ静めむ方なきままに、悔しきことの数知らず。かかることの筋につけて、いみじうものすべき宿世なりけり。さま異に心ざしたりし身の、思ひの外に、かく例の人にてながらふるを、仏などの憎しと見たまふにや。人の心を起こさせ2564むとて、仏のしたまふ方便は、慈悲をも隠して、かやうにこそはあなれ」
と思ひ続けたまひつつ、行ひをのみしたまふ。

 [2-2 薫の後悔]
殿は、やはり、実にあっけなく悲しいとお聞きなるにも、
「何という嫌な土地であろう。鬼などが住んでいるのだろうか。どうして、今までそのような所に置いておいたのだろう。思いがけない方面からの過ちがあったようなのも、こうして放っておいたので、気楽さから、宮も言い寄りなさったのだろう」
と思うにつけても、自分の迂闊で世間離れした心ばかりが悔やまれて、お胸が痛く思われなさる。お患いあそばしているところで、このような事件でご困惑なさるのも不都合なことなので、京にお帰りになった。
宮の御方にもお渡りにならず、
「大したことではございませんが、不吉な事を身近に聞きましたので、気持ちが静まらない間は縁起でもないので」
などと申し上げなさって、どこまでもはかなく無常の世をお嘆きになる。生前の容姿、まことに魅力的で、かわいらしかった雰囲気などが、たいそう恋しく悲しいので、
「現世には、どうしてこのようにも夢中にならず、のんびりと過ごしていたのだろう。今では、まったく気持ちを静めるすべもないままに、後悔されることが数知れない。このような方面の事につけて、ひどく物思いをする運命なのだ。世人と異なって道心を身上とした人生なのに、思いの外に、このように普通の人のように生き永らえているのを、仏などが憎いと御覧になるのではなかろうか。人に道心を起こさせようとして、仏がなさる方便は、慈悲をも隠して、このようになさるのであろうか」
と思い続けなさりながら、勤行ばかりをなさる。

 [2-2 Kaoru regreted having left Ukifune alone at Uji]
 Tono ha, naho, ito ahe-naku imizi to kiki tamahu ni mo,
 "Kokoro-ukari keru tokoro kana! Oni nado ya sumu ram? Nado te, ima made saru tokoro ni suwe tari tura m. Omoha zu naru sudi no magire aru yau nari si mo, kaku hanati oki taru ni, kokoro-yasuku te, hito mo ihi-wokasi tamahu nari kem kasi."
 to omohu ni mo, wa ga tayuku yo-duka nu kokoro nomi kuyasiku, ohom-mune itaku oboye tamahu. Nayama se tamahu atari ni, kakaru koto obosi midaruru mo utate are ba, kyau ni ohasi nu.
 Miya no ohom-kata ni mo watari tamaha zu,
 "Koto-kotosiki hodo ni mo habera ne do, yuyusiki koto wo tikau kiki ture ba, kokoro no midare haberu hodo mo ima-imasiu te."
 nado kikoye tamahi te, tuki-se-zu hakanaku imiziki yo wo nageki tamahu. Ari si sama katati, ito aigyau-duki, wokasikari si kehahi nado no, imiziku kohisiku kanasikere ba,
 "Ututu no yo ni ha, nado kaku si mo omohi hanare zu, nodoka ni te sugusi kem. Tada-ima ha, sarani omohi sidume m kata naki mama ni, kuyasiki koto no kazu sira zu. Kakaru koto no sudi ni tuke te, imiziu monosu beki sukuse nari keri. Sama koto ni kokorozasi tari si mi no, omohi no hoka ni, kaku rei no hito ni te nagarahuru wo, Hotoke nado no nikusi to mi tamahu ni ya? Hito no kokoro wo okosa se m tote, Hotoke no si tamahu hauben ha, zihi wo mo kakusi te, kayau ni koso ha a'nare."
 to omohi-tuduke tamahi tutu, okonahi wo nomi si tamahu.

 [2-3 匂宮悲しみに籠もる]
かの宮はた、まして、二、三日はものもおぼえたまはず、うつし心もなきさまにて、「いかなる御もののけならむ」など騒ぐに、やうやう涙尽くしたまひて、思し静まるにしもぞ、ありしさまは恋しういみじく思ひ出でられたまひける。人には、ただ御病の重きさまをのみ見せて、「かくすずろなるいやめのけしき知らせじ」と、かしこくもて隠すと思しけれど、おのづからいとしるかりければ、
「いかなることにかく思し惑ひ、御命も危ふきまで沈みたまふらむ」
と、言ふ人もありければ、かの殿にも、いとよくこの御けしきを聞きたまふに、「さればよ。なほ、よその文通はしのみにはあらぬなりけり。見たまひては、かならずさ思しぬべかりし人ぞかし。ながらへましかば、ただなるよりぞ、わがためにをこなることも出で来なまし」と思すになむ、焦がるる胸もすこし冷むる心地したまひける。

 [2-3 匂宮悲しみに籠もる]
あの宮はまた宮で、彼以上に、二、三日は何も考えることができず、正気もない状態で、「どのような御物の怪であろうか」などと騒ぐうち、だんだんと涙も流し尽くして、お気持ちが静まって、生前のご様子が恋しく悲しく思い出されなさるのであった。周囲の人には、ただご病気が篤い様子ばかりに見せて、「このような無性に涙顔でいる様子を知らせまい」と、気強く隠そうとお思いになったが、自然とはっきりしていたので、
「どのような事にこんなにご困惑なさり、お命も危ないまでに嘆き沈んでいらっしゃるのだろう」
と、言う人もいたので、あちらの殿におかれても、とてもよくこのご様子をお聞きになると、「そうであったか。やはり、単なる文通だけではなかったのだ。御覧になっては、きっとそのように熱中なさるはずの女である。もし生きていたら、他人の関係以上に、自分にとって馬鹿らしい事が出て来るところだった」とお思いになると、恋い焦がれる気持ちも少しは冷める気がなさった。

 [2-3 Nionomiya shuts himself in his room]
 Ka no Miya hata, masite, ni, sam-niti ha mono mo oboye tamaha zu, utusi-gokoro mo naki sama ni te, "Ika naru ohom-mononoke nara m?" nado sawagu ni, yau-yau namida tukusi tamahi te, obosi-sidumaru ni si mo zo, ari si sama ha kohisiu imiziku omohi-ide rare tamahi keru. Hito ni ha, tada ohom-yamahi no omoki sama wo nomi mise te, "Kaku suzuro naru iyame no kesiki sira se zi." to, kasikoku mote-kakusu to obosi kere do, onodukara ito sirukari kere ba,
 "Ika naru koto ni kaku obosi-madohi, ohom-inoti mo ayahuki made sidumi tamahu ram?"
 to ihu hito mo ari kere ba, ka no Tono ni mo, ito yoku ko no mi-kesiki wo kiki tamahu ni, "Sare-ba yo! Naho, yoso no humi-kayohasi nomi ni ha ara nu nari keri. Mi tamahi te ha, kanara-zu sa obosi nu bekari si hito zo kasi. Nagarahe masika ba, tada naru yori zo, wa ga tame ni woko naru koto mo ideki na masi." to obosu ni nam, kogaruru mune mo sukosi samuru kokoti si tamahi keru.

 [2-4 薫、匂宮を訪問]
宮の御訪らひに、日々に参りたまはぬ人なく、世の騷ぎとなれるころ、「ことことしき際ならぬ思ひに籠もりゐて、参らざらむもひがみたるべし」と思して参りたまふ。
そのころ、式部卿宮と聞こゆるも亡せたまひにければ、御叔父の服にて薄鈍なるも、心のうちにあはれに思ひよそへられて、つきづきしく見ゆ。すこし面痩せて、いとどなまめかしきことまさりたまへり。人びとまかり出でて、しめやかなる夕暮なり。
宮、臥し沈みてはなき御心地なれば、疎き人にこそ会ひたまはね、御簾の内にも例入りたまふ人には、対面したまはずもあらず。見えたまはむもあいなくつつまし。見たまふにつけても、いとど涙のまづせきがたさを思せど、思ひ静めて、
「おどろおどろしき心地にもはべらぬを、皆人、慎むべき病のさまなり、とのみものすれば、内裏にも宮にも思し騒ぐがいと苦しく、げに、世の中の常なきをも、心細く思ひはべる」
とのたまひて、おし拭ひ紛らはしたまふと思す涙の、やがてとどこほらずふり落つれば、いとはしたなけれど、「かならずしもいかでか心得む。ただめめしく心弱きとや見ゆらむ」と思すも、「さりや。ただこのことをのみ思すなりけり。いつよりなりけむ。我をいかにをかしと、もの笑ひしたまふ心地に、月ごろ思しわたりつらむ」
と思ふに、この君は、悲しさは忘れたまへるを、
「こよなくも、おろかなるかな。ものの切におぼゆる時は、いとかからぬことにつけてだに、空飛ぶ鳥の鳴き渡るにも、もよほされてこそ悲しけれ。わがかくすぞろに心弱きにつけても、もし心得たらむに、さ言ふばかり、もののあはれも知らぬ人にもあらず。世の中の常なきこと惜しみて思へる人しもつれなき」
と、うらやましくも心にくくも思さるるものから、真木柱はあはれなり2565。これに向かひたらむさまも思しやるに、「形見ぞかし」とも、うちまもりたまふ。

 [2-4 薫、匂宮を訪問]
宮のお見舞いに、毎日参上なさらない方はなく、世間の騷ぎとなっているころ、「大した身分でもない女のために閉じ籠もって、参上しないのも変だろう」とお思いになって参上なさる。
そのころ、式部卿宮と申し上げた方もお亡くなりになったので、御叔父の服喪で薄鈍でいるのも、心中しみじみと思いよそえられて、ふさわしく見える。少し顔が痩せて、ますます優美さがまさっていらっしゃる。お見舞い客が退出して、ひっそりとした夕暮である。
宮は、臥せって沈んでばかりいられないお気持ちなので、疎遠な客にはお会いにならないが、御簾の内側にもいつもお入りになる方には、お会いなさらないことできもない。顔をお見せになるのも何となく気がひける。お会いなさるにつけても、ますます涙が止めがたいのをお思いになるが、冷静になって、
「大した病気ではございませんが、誰もが、用心しなければならない病状だ、とばかり言うので、帝におかれても母宮におかれても、御心配なさるのがとてもつらくて、なるほど、世の中の無常を、心細く思っております」
とおっしゃって、押し拭ってお隠しになろうとする涙が、そのまま防ぎようもなく流れ落ちたので、たいそう体裁が悪いが、「必ずしもどうして気がつこうか。ただ女々しく心弱い者のように見るだろう」とお思いになるが、「そうであったのか。ただこの事だけをお悲しみになっていたのだ。いつから始まったのだろうか。自分を、どんなにも滑稽に物笑いなさるお気持ちで、この幾月もお思い続けていらしたのだろう」
と思うと、この君は、悲しみはお忘れになったが、
「何とまあ、薄情な方であろうか。物を切に思う時は、ほんとこのような事でない時でさえ、空を飛ぶ鳥が鳴き渡って行くのにつけても、涙が催されて悲しいのだ。わたしがこのように何となく心弱くなっているのにつけても、もし真相を知っても、それほど人の悲しみを分からない人ではない。世の中の無常を身にしみて思っている人は冷淡でいられることよ」
と、羨ましくも立派だともお思いなさる一方で、女のゆかりと思うとなつかしい。この人に向かい合っている様子をご想像になると、「形見ではないか」と、じっと見つめていらっしゃる。

 [2-4 Kaoru visits to Nionomiya]
 Miya no ohom-toburahi ni, hi-bi ni mawiri tamaha nu hito naku, yo no sawagi to nare ru koro, "Koto-kotosiki kiha nara nu omohi ni komori wi te, mawira zara m mo higami taru besi." to obosi te mawiri tamahu.
 Sono-koro, Sikibukyau-no-Miya to kikoyuru mo use tamahi ni kere ba, ohom-wodi no buku ni te usu-nibi naru mo, kokoro no uti ni ahare ni omohi yosohe rare te, tuki-dukisiku miyu. Sukosi omo-yase te, itodo namamekasiki koto masari tamahe ri. Hito-bito makari-ide te, simeyaka naru yuhu-gure nari.
 Miya, husi-sidumi te ha naki mi-kokoti nare ba, utoki hito ni koso ahi tamaha ne, mi-su no uti ni mo rei iri tamahu hito ni ha, taimen-si tamaha zu mo ara zu. Miye tamaha m mo ai-naku tutumasi. Mi tamahu ni tuke te mo, itodo namida no madu seki gatasa wo obose do, omohi-sidume te,
 "Odoro-odorosiki kokoti ni mo habera nu wo, mina-hito, tutusimu beki yamahi no sama nari, to nomi monosure ba, Uti ni mo Miya ni mo obosi-sawagu ga ito kurusiku, geni, yononaka no tune naki wo mo, kokoro-bosoku omohi haberu."
 to notamahi te, osi-nogohi magirahasi tamahu to obosu namida no, yagate todokohora zu huri-oture ba, ito hasitanakere do, "Knarazu si mo ikade ka kokoro-e m. Tada memesiku kokoro-yowaki to ya miyu ram?" to obosu mo, "Sa'ri ya! Tada ko no koto wo nomi obosu nari keri. Itu yori nari kem? Ware wo ika ni wokasi to, mono-warahi si tamahu kokoti ni, tuki-goro obosi watari tu ram?"
 to omohu ni, ko no Kimi ha, kanasisa ha wasure tamahe ru wo,
 "Koyonaku mo, oroka naru kana! Mono no seti ni oboyuru toki ha, ito kakara nu koto ni tuke te dani, sora tobu tori no naki-wataru ni mo, moyohosa re te koso kanasikere. Wa ga kaku suzuro ni kokoro-yowaki ni tuke te mo, mosi kokoro-e tara m ni, sa ihu bakari, mono no ahare mo sira nu hito ni mo ara zu. Yononaka no tune naki koto wosimi te omohe ru hito si mo ture-naki."
 to, urayamasiku mo kokoro-nikuku mo obosa ruru mono kara, maki-basira ha ahare nari. Kore ni mukahi tara m sama mo obosi-yaru ni, "Katami zo kasi." to mo, uti-mamori tamahu.

 [2-5 薫、匂宮と語り合う]
やうやう世の物語聞こえたまふに、「いと籠めてしもはあらじ」と思して、
「昔より、心に籠めてしばしも聞こえさせぬこと残しはべる限りは、いといぶせくのみ思ひたまへられしを、今は、なかなか上臈になりにてはべり。まして、御暇なき御ありさまにて、心のどかにおはします折もはべらねば、宿直などに、そのこととなくてはえさぶらはず、そこはかとなくて過ぐしはべるをなむ。
昔、御覧ぜし山里に、はかなくて亡せはべりにし人の、同じゆかりなる人、おぼえぬ所にはべりと聞きつけはべりて、時々さて見つべくや、と思ひたまへしに、あいなく人の誹りもはべりぬべかりし折なりしかば、このあやしき所に置きてはべりしを、をさをさまかりて見ることもなく、また、かれも、なにがし一人をあひ頼む心もことになくてやありけむ、とは見たまひつれど、やむごとなくものものしき筋に思ひたまへばこそあらめ、見るにはた、ことなる咎もはべらずなどして、心やすくらうたしと思ひたまへつる人の、いとはかなくて亡くなりはべりにける。なべて世のありさまを思ひたまへ続けはべるに、悲しくなむ。聞こし召すやうもはべらむかし」
とて、今ぞ泣きたまふ。
これも、「いとかうは見えたてまつらじ。をこなり」と思ひつれど、こぼれそめてはいと止めがたし。けしきのいささか乱り顔なるを、「あやしく、いとほし」と思せど、つれなくて、
「いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに聞きはべりき。いかにとも聞こゆべく思ひはべりながら、わざと人に聞かせたまはぬこと、と聞きはべりしかばなむ」
と、つれなくのたまへど、いと堪へがたければ、言少なにておはします。
「さる方にても御覧ぜさせばや、と思ひたまへりし人になむ。おのづからさもやはべりけむ、宮にも参り通ふべきゆゑはべりしかば」
など、すこしづつけしきばみて、
「御心地例ならぬほどは、すぞろなる世のこと聞こし召し入れ、御耳おどろくも、あいなきことになむ。よく慎ませおはしませ」
など、聞こえ置きて、出でたまひぬ。

 [2-5 薫、匂宮と語り合う]
だんだんと世間の話を申し上げなさると、「とても隠しておくこともあるまい」とお思いになって、
「昔から、胸のうちに秘めて少しも申し上げなかったことを残しております間は、ひどくうっとうしくばかり存じられましたが、今は、かえって身分も高くなりました。わたくし以上に、お暇もないご様子で、のんびりとしていらっしゃる時もございませんので、宿直などにも、特に用事がなくては伺候することもできず、何となく過ごしておりました。
昔、御覧になった山里に、あっけなく亡くなった方の、同じ姉妹に当たる人が、意外な所に住んでいると聞きつけまして、時々逢いもしようか、と存じておりましたが、不都合にも世間の人の非難もきっとあるような時でしたので、あの山里に置いておきましたところ、あまり行って逢うこともなく、また一方、女も、わたくし一人を頼りにする気持ちも特になかったのであろうか、と拝見しましたが、れっきとした重々しい扱いをいたす夫人ならともかく、世話するのには、格別の落度もございませんのに、気楽でかわいらしいと存じておりました女が、まことにあっけなく亡くなってしまいました。すべて世の中の有様を思い続けますと、悲しいことだ。お聞き及びのこともございましょう」
と言って、今初めてお泣きになる。
この方も、「まこと涙顔はお見せ申すまい。馬鹿らしい」と思ったが、いったん流れ出しては止めがたい。態度がやや取り乱しているようなので、「いつもと違っている、気の毒だ」とお思いになるが、平静を装って、
「まことにお気の毒なことを。昨日ちらっと聞きました。どのようにお悔やみ申し上げようかと存じながら、特に世間にお知らせなさらないことと、聞きましたので」
と、さりげなくおっしゃるが、とても我慢できないので、言葉少なくいらっしゃる。
「適当なお方としてお目にかけたい、と存じておりました女でした。自然とそのようなこともございましたでしょうか、お邸にも出入りする縁故もございましたので」
などと、少しずつ当てこすって、
「ご気分がすぐれないうちは、つまらない世間話をお聞きになって、驚きなさるのも、つまらないことです。どうぞ大事になさってください」
などと、申し上げ置いて、お帰りになった。

 [2-5 Kaoru talks with Nionomiya]
 Yau-yau yo no monogatari kikoye tamahu ni, "Ito kome te si mo ha ara zi." to obosi te,
 "Mukasi yori, kokoro ni kome te sibasi mo kikoye sase nu koto nokosi haberu kagiri ha, ito ibuseku nomi omohi tamahe rare si wo, ima ha, naka-naka zyaurahu ni nari ni te haberi. Masite, ohom-itoma naki ohom-arisama ni te, kokoro-nodoka ni ohasimasu wori mo habera ne ba, tonowi nado ni, so no koto to naku te ha e saburaha zu, sokohaka-to-naku te sugusi haberu wo nam.
 Mukasi, go-ran-ze si yamazato ni, hakanaku te use haberi ni si hito no, onazi yukari naru hito, oboye nu tokoro ni haberi to kiki-tuke haberi te, toki-doki sa te mi tu beku ya, to omohi tamahe si ni, ainaku hito no sosiri mo haberi nu bekari si wori nari sika ba, ko no ayasiki tokoro ni oki te haberi si wo, wosa-wosa makari te miru koto mo naku, mata, kare mo, nanigasi hitori wo ahi-tanomu kokoro mo koto ni naku te ya ari kem, to ha mi tamahi ture do, yamgotonaku mono-monosiki sudi ni omohi tamahe ba koso ara me, miru ni hata, koto naru toga mo habera zu nado si te, kokoro-yasuku rautasi to omohi tamahe turu hito no, ito hakanaku te nakunari haberi ni keru. Nabete yo no arisama wo omohi tamahe tuduke haberu ni, kanasiku nam. Kikosi-mesu yau mo habera m kasi."
 tote, ima zo naki tamahu.
 Kore mo, "Ito kau ha miye tatematura zi. Woko nari." to omohi ture do, kobore some te ha ito tome gatasi. Kesiki no isasaka midari-gaho naru wo, "Ayasiku, itohosi." to obose do, turenaku te,
 "Ito ahare naru koto ni koso. Kinohu honoka ni kiki haberi ki. Ika ni to mo kikoyu beku omohi haberi nagara, wazato hito ni kika se tamaha nu koto, to kiki haberi sika ba nam."
 to, turenaku notamahe do, ito tahe gatakere ba, koto-zukuna ni te ohasimasu.
 "Saru kata ni te mo go-ran-ze sase baya, to omohi tamahe ri si hito ni nam. Onodukara sa mo ya haberi kem, Miya ni mo mawiri kayohu beki yuwe haberi sika ba."
 nado, sukosi dutu kesiki-bami te,
 "Mi-kokoti rei nara nu hodo ha, suzoro naru yo no koto kikosi-mesi ire, ohom-mimi odoroku mo, ainaki koto ni nam. Yoku tutusima se ohasimase."
 nado, kikoye-oki te, ide tamahi nu.

 [2-6 人は非情の者に非ず]
「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど、さすがに高き人の宿世なりけり。当時の帝、后の、さばかりかしづきたてまつりたまふ親王、顔容貌よりはじめて、ただ今の世にはたぐひおはせざめり。見たまふ人とても、なのめならず、さまざまにつけて、限りなき人をおきて、これに御心を尽くし、世の人立ち騷ぎて、修法、読経2566、祭、祓と、道々に騒ぐは、この人を思すゆかりの、御心地のあやまりにこそはありけれ。
我も、かばかりの身にて、時の帝の御女を持ちたてまつりながら、この人のらうたくおぼゆる方は、劣りやはしつる。まして、今はとおぼゆるには、心をのどめむ方なくもあるかな。さるは、をこなり、かからじ」
と思ひ忍ぶれど、さまざまに思ひ乱れて、
「人木石に非ざれば皆情けあり2567」
と、うち誦じて臥したまへり。
後のしたためなども、いとはかなくしてけるを、「宮にもいかが聞きたまふらむ」と、いとほしくあへなく、「母のなほなほしくて、兄弟あるはなど、さやうの人は言ふことあんなるを思ひて、こと削ぐなりけむかし」など、心づきなく思す。
おぼつかなさも限りなきを、ありけむさまもみづから聞かまほしと思せど、「長籠もりしたまはむも便なし。行きと行きて立ち帰らむも心苦し」など、思しわづらふ。

 [2-6 人は非情の者に非ず]
「ひどくご執心であったな。まことにあっけなかったが、やはりよい運勢の女であった。今上の帝や、后が、あれほど大切になさっていらっしゃる親王で、顔かたちをはじめとして、今の世の中には他にいらっしゃらないようだ。寵愛なさる夫人でも、並一通りでなく、それぞれにつけて、この上ない方をさしおいて、この女にお気持ちを尽くし、世間の人が大騒ぎして、修法、読経、祈祷、祓いと、それぞれ専門に騒ぐのは、この女に執着したための、ご病気であったのだ。
自分も、これほどの身分で、今上の帝の内親王をいただきながら、この女がいじらしく思えたのは、宮に負けていようか。それ以上に、今は亡き人かと思うと、心の静めようがない。とはいえ、愚かしいことだ。そうはすまい」
と我慢するが、いろいろと思い乱れて、
「人は木や石ではないので、みな感情をもっている」
と、口ずさみなさって臥せっていらっしゃった。
後の葬送なども、まことに簡略にしてしまったのを、「宮におかれてもどのようにお聞きになろうか」と、お気の毒で張り合いがないので、「母が普通の身分で、兄弟のある人はなどと、そのような人は言うことがあるというのを思って、簡略にするのであったろう」などと、気にくわなくお思いになる。
気がかりさも限りがないので、その時の実際の様子を自分でも聞きたくお思いになるが、「長い忌籠もりなさるのも不都合である。行くには行ってもすぐ帰るのは心苦しい」などと、ご思案なさる。

 [2-6 A human being has humane mind]
 "Imiziku mo obosi tari turu kana! Ito hakanakari kere do, sasuga ni takaki hito no sukuse nari keri. Tauzi no Mikado, Kisaki no, sabakari kasiduki tatematuri tamahu Miko, kaho katati yori hazime te, tada-ima no yo ni ha taguhi ohase za'meri. Mi tamahu hito tote mo, nanome nara zu, sama-zama ni tuke te, kagiri naki hito wo oki te, kore ni mi-kokoro wo tukusi, yo no hito tati-sawagi te, suhohu, dokyau, maturi, harahe to, miti-miti ni sawagu ha, ko no hito wo obosu yukari no, mi-kokoti no ayamari ni koso ha ari kere.
 Ware mo, ka-bakari no mi ni te, toki no Mikado no ohom-musume wo moti tatematuri nagara, ko no hito no rautaku oboyuru kata ha, otori ya ha si turu? Masite, ima ha to oboyuru ni ha, kokoro wo nodome m kata naku mo aru kana! Saru ha, woko nari, kakara zi."
 to omohi sinobure do, sama-zama ni omohi midare te,
 "Hito boku-seki ni ara zare ba mina nasake ari."
 to uti-zu-zi te husi tamahe ri.
 Noti no sitatame nado mo, ito hakanaku si te keru wo, "Miya ni mo ikaga kiki tamahu ram." to, itohosiku ahe-naku, "Haha no naho-nahosiku te, harakara aru ha nado, sa-yau no hito ha ihu koto an'naru wo omohi te, koto-sogu nari kem kasi." nado, kokoro-duki naku obosu.
 Obotukanasa mo kagiri naki wo, ari kem sama mo midukara kika mahosi to obose do, "Naga-gomori si tamaha m mo bin nasi. Iki to iki te tati-kahera m mo kokoro-gurusi." nado, obosi wadurahu.

 3 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う [3-1 四月、薫と匂宮、和歌を贈答]
月たちて、「今日ぞ渡らまし」と思し出でたまふ日の夕暮、いとものあはれなり。御前近き橘の香のなつかしきに、ほととぎすの二声ばかり鳴きて渡る。「宿に通はば2568」と独りごち2569たまふも飽かねば、北の宮に、ここに渡りたまふ日なりければ、橘を折らせて聞こえたまふ。
「忍び音や君も泣くらむかひもなき
 死出の田長2570に心通はば」
宮は、女君の御さまのいとよく似たるを、あはれと思して、二所眺めたまふ2571折なりけり。「けしきある文かな」と見たまひて、
「橘の薫る2572あたりはほととぎす
心してこそ鳴くべかりけれ
わづらはし」
と書きたまふ。
女君、このことのけしきは、皆見知りたまひてけり。「あはれにあさましきはかなさの、さまざまにつけて心深きなかに、我一人もの思ひ知らねば、今までながらふるにや。それもいつまで」と心細く思す。宮も、隠れなきものから、隔てたまふもいと心苦しければ、ありしさまなど、すこしはとり直しつつ語りきこえたまふ。
「隠したまひしがつらかりし」
など、泣きみ笑ひみ聞こえたまふにも、異人よりは睦ましくあはれなり。ことことしくうるはしくて、例ならぬ御ことのさまも、おどろき惑ひたまふ所にては、御訪らひの人しげく、父大臣、兄の君たち隙なきも、いとうるさきに、ここはいと心やすくて、なつかしくぞ思されける。

 3 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う [3-1 四月、薫と匂宮、和歌を贈答]
月が変わって、「今日が引き取る日であったのに」と思い出しなさった夕暮、まことにもの悲しい。御前近くの橘の香がやさしい感じのところに、ほととぎすが二声ほど鳴いて飛んで行く。「亡くなった人の所に行くなら」と独り言をおっしゃっても物足りないので、北の宮邸に、そこにお渡りになる日であったので、橘を折らせて申し上げなさる。
「忍び音にほととぎすが鳴いていますが、あなた様も泣いていらっしゃいましょうか
いくら泣いても効のない方にお心寄せならば」
宮は、女君のご様子がとてもよく似ているのを、しみじみとお思いになって、お二方で物思いに耽っていらっしゃるところであった。「意味のありそうな手紙だ」と御覧になって、
「橘が薫っているところは、ほととぎすよ
気をつけて鳴くものですよ
迷惑なことを」
とお書きになる。
女君は、この事件の経緯は、みなご存知なのであった。「しみじみと言いようもないほどあっけなかった、あれこれにつけて感慨深い中で、自分一人が物思いを知らないので、今まで生き永らえていたのであろうか。それもいつまで続くやら」と心細くお思いになる。宮も、隠すことのできないものから、分け隔てなさるのもとてもお気の毒なので、生前の様子などを、少し取り繕いながらお話し申し上げなさる。
「隠していらっしゃったのがつらかった」
などと、泣いたり笑ったりしながら申し上げなさるにつけても、他の人よりは親しみを感じ胸を打つ。大げさに格式ばって、ご病気の件でも、大騒ぎをなさる所では、お見舞い客が多くて、父大臣や、兄の公達がひっきりなしなのも、とてもうるさいが、ここはたいそう気楽で、慕わしい感じにお思いなさるのであった。

 3 Tale of Nionomiya Nionomiya invites and talks with Jiju [3-1 Kaoru and Nionomiya compose and exchange waka in April]
 Tuki tati te, "Kehu zo watara masi." to obosi-ide tamahu hi no yuhugure, ito mono-ahare nari. O-mahe tikaki tatibana no ka no natukasiki ni, hototogisu no huta-kowe bakari naki te wataru. "Yado ni kayoha ba." to hitori-goti tamahu mo aka ne ba, Kita no Miya ni, koko ni watari tamahu hi nari kere ba, tatibana wo wora se te kikoye tamahu.
 "Sinobi ne ya Kimi mo naku ram kahi mo naki
 side-no-tawosa ni kokoro kayoha ba
"
 Miya ha, Womna-Gimi no ohom-sama no ito yoku ni taru wo, ahare to obosi te, huta-tokoro nagame tamahu wori nari keri. "Kesiki aru humi kana!" to mi tamahi te,
 "Tatibana no kaworu atari ha hototogisu
 kokoro-si te koso naku bekari kere

 Wadurahasi."
 to kaki tamahu.
 Womna-Gimi, ko no koto no kesiki ha, mina mi-siri tamahi te keri. "Ahare ni asamasiki hakanasa no, sama-zama ni tuke te kokoro-hukaki naka ni, ware hitori mono-omohi sira ne ba, ima made nagarahuru ni ya? Sore mo itu made." to kokoro-bosoku obosu. Miya mo, kakure naki mono kara, hedate tamahu mo ito kokoro-gurusikere ba, ari si sama nado, sukosi ha tori-nahosi tutu katari kikoye tamahu.
 "Kakusi tamahi si ga turakari si."
 nado, naki-mi warahi-mi kikoye tamahu ni mo, koto-bito yori ha mutumasiku ahare nari. Koto-kotosiku uruhasiku te, rei nara nu ohom-koto no sama mo, odoroki madohi tamahu tokoro ni te ha, ohom-toburahi no hito sigeku, titi-Otodo, Seuto-no-Kimi-tati hima naki mo, ito urusaki ni, koko ha ito kokoro-yasuku te, natukasiku zo obosa re keru.

 [3-2 匂宮、右近を迎えに時方派遣]
いと夢のやうにのみ、なほ、「いかで、いとにはかなりけることにかは」とのみいぶせければ、例の人びと召して、右近を迎へに遣はす。母君も、さらにこの水の音けはひを聞くに、我もまろび入りぬべく、悲しく心憂きことのどまるべくもあらねば、いとわびしうて帰りたまひにけり。
念仏の僧どもを頼もしき者にて、いとかすかなるに入り来たれば、ことことしく、にはかに立ちめぐりし宿直人どもも、見とがめず。「あやにくに、限りのたびしも入れたてまつらずなりにしよ」と、思ひ出づるもいとほし。
「さるまじきことを思ほし焦がるること」と、見苦しく見たてまつれど、ここに来ては、おはしましし夜な夜なのありさま、抱かれたてまつりたまひて、舟に乗りたまひしけはひの、あてにうつくしかりしことなどを思ひ出づるに、心強き2573人なくあはれなり。右近会ひて、いみじう泣くもことわりなり。
「かくのたまはせて、御使になむ参り来つる」
と言へば、
「今さらに、人もあやしと言ひ思はむも慎ましく、参りても、はかばかしく聞こし召し明らむばかり、もの聞こえさすべき心地もしはべらず。この御忌果てて、あからさまにもなむ、と人に言ひなさむも、すこし似つかはしかりぬべきほどになしてこそ、心より外の命はべらば、いささか思ひ静まらむ折になむ、仰せ言なくとも参りて、げにいと夢のやうなりしことどもも、語りきこえまほしき」
と言ひて、今日は動くべくもあらず。

 [3-2 匂宮、右近を迎えに時方派遣]
まことに夢のようにばかり、やはり、「どうして、とても急なことであったのか」とばかり気が晴れないので、いつもの人びとを召して、右近を迎えにやる。母君も、まったくこの川の音や感じを聞くと、自分もころがり込んでしまいそうで、悲しく嫌なことが休まる間もないので、とても侘しくてお帰りになったのであった。
念仏の僧どもを頼りとする人として、たいそうひっそりとしているところにやって来たので、厳重に、急に警戒していた宿直人どもも、見咎めない。「皮肉にも、最期の折にお入れ申し上げることができずに終わってしまったことよ」と、思い出すのもおいたわしい。
「とんでもないことをご執着なさったことよ」と、見苦しく拝見したが、こちらに来ては、お越しになった夜々の有様や、お抱かれなさって、舟にお乗りになった感じが、上品でかわいらしかったことなどを思い出すと、気丈な人などもなくしみじみとなる。右近が会って、ひどく泣くのも道理である。
「このようにおっしゃるので、お使いに来ました」
と言うと、
「今さら、皆が変だと言い思うのも気がひけまして、参上しても、はきはきとご納得の行くようには、何か申し上げられそうな気がしません。このご忌中が終わって、ちょっとどこそこにと人に言っても、少しふさわしいころになってから、思いの他に生きていましたら、少し気持ちが静まったような時に、ご命令がなくても参上して、おっしゃるようにとても夢のようだった事柄を、お話し申し上げとう存じます」
と言って、今日は動きそうにもない。

 [3-2 Nionomiya sends Tokikata to invite Jiju to Uji]
 Ito yume no yau ni nomi, naho, "Ikade, ito nihaka nari keru koto ni ka ha." to nomi ibusekere ba, rei no hito-bito mesi te, Ukon wo mukahe ni tukahasu. Haha-Gimi mo, sarani ko no midu no oto kehahi wo kiku ni, ware mo marobi-iri nu beku, kanasiku kokoro-uki koto nodomaru beku mo ara ne ba, ito wabisiu te kaheri tamahi ni keri.
 Nenbutu no sou-domo wo tanomosiki mono ni te, ito kasuka naru ni iri ki tare ba, koto-kotosiku, nihaka ni tati-meguri si tonowi-bito-domo mo, mi-togame zu. "Ayaniku ni, kagiri no tabi si mo ire tatematura zu nari ni si yo." to, omohi-iduru mo itohosi.
 "Saru maziki koto wo omohosi kogaruru koto." to, mi-gurusiku mi tatemature do, koko ni ki te ha, ohasimasi si yo-na yo-na no arisama, idaka re tatematuri tamahi te, hune ni nori tamahi si kehahi no, ate ni utukusikari si koto nado wo omohi-iduru ni, kokoro-duyoki hito naku ahare nari. Ukon ahi te, imiziu naku mo kotowari nari.
 "Kaku notamahase te, ohom-tukahi ni nam mawiri ki turu."
 to ihe ba,
 "Ima-sara ni, hito mo ayasi to ihi omoha m mo tutumasiku, mawiri te mo, haka-bakasiku kikosi-mesi akiramu bakari, mono kikoye sasu beki kokoti mo si habera zu. Ko no ohom-imi hate te, akarasama ni mo nam, to hito ni ihi-nasa m mo, sukosi ni-tukahasi kari nu beki hodo ni nasi te koso, kokoro yori hoka no inoti habera ba, isasaka omohi sidumara m wori ni nam, ohose-goto naku to mo mawiri te, geni ito yume no yau nari si koto-domo mo, katari kikoye mahosiki."
 to ihi te, kehu ha ugoku beku mo ara zu.

 [3-3 時方、侍従と語る]
大夫も泣きて、
「さらに、この御仲のこと、こまかに知りきこえさせはべらず。物の心知りはべらずながら、たぐひなき御心ざしを見たてまつりはべりしかば、君たちをも、何かは急ぎてしも聞こえ承らむ。つひには仕うまつるべきあたりにこそ、と思ひたまへしを、言ふかひなく悲しき御ことの後は、私の御心ざしも、なかなか深さまさりてなむ」
と語らふ。
「わざと御車など思しめぐらして、奉れたまへるを、空しくては、いといとほしうなむ。今一所にても参りたまへ」
と言へば、侍従の君呼び出でて、
「さは、参りたまへ」
と言へば、
「まして何事をかは聞こえさせむ。さても、なほ、この御忌のほどにはいかでか。忌ませたまはぬ2574か」
と言へば、
「悩ませたまふ御響きに、さまざまの御慎みどもはべめれど、忌みあへさせたまふまじき御けしきになむ。また、かく深き御契りにては、籠もらせたまひてもこそおはしまさめ。残りの日いくばくならず。なほ一所参りたまへ」
と責むれば、侍従ぞ、ありし御さまもいと恋しう思ひきこゆるに、「いかならむ世にかは見たてまつらむ、かかる折に」と思ひなして参りける。

 [3-3 時方、侍従と語る]
大夫も泣いて、
「まったく、お二方の事は、詳しくは存じ上げません。物の道理もわきまえていませんが、無類のご寵愛を拝見しましたので、あなた方を、どうして急いでお近づき申し上げよう。いずれはお仕えなさるはずの方だ、と存じていましたが、何とも言いようもなく悲しいお事の後は、わたし個人としても、かえって悲しみの深さがまさりまして」
と懇切に言う。
「わざわざお車などをお考えめぐらされて、差し向けなさったのを、空っぽで帰るのは、まことにお気の毒です。もうお一方でも参上なさい」
と言うので、侍従の君を呼び出して、
「それでは、参上なさい」
と言うと、
「あなた以上に何を申し上げることができましょう。それにしても、やはり、このご忌中の間にはどうして。お厭いあそばさないのでしょうか」
と言うと、
「ご病気で大騒ぎをして、いろいろなお慎みがございますようですが、忌明けをお待ち切れになれないようなご様子です。また、このように深いご宿縁では、忌籠もりあそばすのでいらっしゃいましょう。忌明けまでの日も幾日でもない。やはりお一方参上なさい」
と責めるので、侍従が、以前のご様子もとても恋しく思い出し申し上げるので、「いつの世にかお目にかかることができようか、この機会に」と思って参上するのであった。

 [3-3 Tokikata talks with Jiju at Uji]
 Taihu mo naki te,
 "Sarani, ko no ohom-naka no koto, komaka ni siri kikoye sase habera zu. Mono no kokoro siri habera zu nagara, taguhi naki mi-kokorozasi wo mi tatematuri haberi sika ba, Kimi-tati wo mo, nani ka ha isogi te si mo kikoye uke tamahara m. Tuhi ni ha tukau-maturu beki atari ni koso, to omohi tamahe si wo, ihu-kahi-naku kanasiki ohom-koto no noti ha, watakusi no mi-kokorozasi mo, naka-naka hukasa masari te nam."
 to katarahu.
 "Wazato mi-kuruma nado obosi megurasi te, tatemature tamahe ru wo, munasiku te ha, ito itohosiu nam. Ima hito-tokoro ni te mo mawiri tamahe."
 to ihe ba, Ziziu-no-Kimi yobi-ide te,
 "Sa ha, mawiri tamahe."
 to ihe ba,
 "Masite nani-goto wo ka ha kikoye sase m. Sate mo, naho, ko no ohom-imi no hodo ni ha ikade ka. Ima se tamaha nu ka?"
 to ihe ba,
 "Nayama se tamahu ohom-hibiki ni, sama-zama no ohom-tutusimi-domo habe' mere do, imi ahe sase tamahu maziki mi-kesiki ni nam. Mata, kaku hukaki ohom-tigiri ni te ha, komora se tamahi te mo koso ohasimasa me. Nokori no hi ikubaku nara zu. Naho hito-tokoro mawiri tamahe."
 to semure ba, Ziziu zo, ari-si ohom-samamo ito kohisiu omohi kikoyuru ni, "Ika nara m yo ni ka ha mi tatematura m, kakaru wori ni." to omohi-nasi te mawiri keru.

 [3-4 侍従、京の匂宮邸へ]
黒き衣ども着て、引きつくろひたる容貌もいときよげなり。裳は2575、ただ今我より上なる人なきにうちたゆみて、色も変へざりければ、薄色なるを持たせて参る。
「おはせましかば、この道にぞ忍びて出でたまはまし。人知れず心寄せきこえしものを」など思ふにもあはれなり。道すがら泣く泣くなむ来ける。
宮は、この人参れり、と聞こし召すもあはれなり。女君には、あまりうたてあれば、聞こえたまはず。寝殿におはしまして、渡殿に降ろしたまへり。ありけむさまなど詳しう問はせたまふに、日ごろ思し嘆きしさま、その夜泣きたまひしさま、
「あやしきまで言少なに、おぼおぼとのみものしたまひて、いみじと思すことをも、人にうち出でたまふことは難く、ものづつみをのみしたまひしけにや、のたまひ置くこともはべらず。夢にも、かく心強きさまに思しかくらむとは、思ひたまへずなむはべりし」
など、詳しう聞こゆれば、ましていといみじう、「さるべきにても、ともかくもあらましよりも、いかばかりものを思ひ立ちて、さる水に溺れけむ」と思しやるに、「これを見つけて堰きとめたらましかば」と、湧きかへる心地したまへど、かひなし。
「御文を焼き失ひたまひしなどに、などて目を立てはべらざりけむ」
など、夜一夜語らひたまふに、聞こえ明かす。かの巻数に書きつけたまへりし、母君の返り事などを聞こゆ。

 [3-4 侍従、京の匂宮邸へ]
黒い衣装類を着て、化粧をした容貌もとても美しそうである。裳は、今後は自分より目上の人はいないとうっかりして、色も染め変えなかったので、薄い紫色のを持たせて参上する。
「生きていらっしゃったら、この道を人目を忍んでお出になるはずだったのに。人知れずお心寄せ申し上げていたのに」などと思うにつけ悲しい。道中泣きながらやって来た。
宮は、この人が参った、とお耳にあそばすにつけてもお胸が迫る。女君には、あまりに憚れるので、申し上げなさらない。寝殿にお出でになって、渡殿に降ろさせなさった。生前の様子などを詳しくお尋ねあそばすと、日頃お嘆きになっていた様子や、その夜にお泣きになった様子を、
「不思議なまでに言葉少なく、ぼんやりとばかりしていらっしゃって、大変だとお思いになることも、他人にお話しになることはめったになく、遠慮ばかりなさったせいでしょうか、言い残しなさることもございません。夢にも、このような心強いことをお覚悟だったとは、存じませんでした」
などと、詳しく申し上げると、ひとしお実に悲しく思われて、「前世からの因縁で、病死などすることなどよりも、どんなに覚悟なさって、そのような川の中に溺死したのだろう」とお思いやりなさると、「その場を見つけてお止めできたら」と、煮えかえる気持ちがなさるが、どうしようもない。
「お手紙をお焼き捨てになったことなどに、どうして不審に思わなかったのでございましょう」
などと、一晩中お聞きなさるので、お話し申し上げて夜が明ける。あの巻数にお書きつけになった、母君の返事などを申し上げる。

 [3-4 Jiju goes to Kyoto to meet Nionomiya]
 Kuroki kinu-domo ki te, hiki-tukurohi taru katati mo ito kiyoge nari. Mo ha, tada-ima ware yori uhe naru hito naki ni uti-tayumi te, iro mo kahe zari kere ba, usu-iro naru wo mota se te mawiru.
 "Ohase masika ba, ko no miti ni zo sinobi te ide tamaha masi. Hito sire zu kokoro-yose kikoye si mono wo." nado omohu ni mo ahare nari. Miti sugara naku naku nam ki keru.
 Miya ha, ko no hito mawire ri, to kikosi-mesu mo ahare nari. Womna-Gimi ni ha, amari utate are ba, kikoye tamaha zu. Sinden ni ohasimasi te, watadono ni orosi tamahe ri. Ari kem sama nado kuhasiu toha se tamahu ni, hi-goro obosi nageki si sama, so no yo naki tamahi si sama,
 "Ayasiki made koto-zukuna ni, obo-obo to nomi monosi tamahi te, imizi to obosu koto wo mo, hito ni uti-ide tamahu koto ha kataku, mono-dutumi wo nomi si tamahi si ke ni ya, notamahi-oku koto mo habera zu. Yume ni mo, kaku kokoro-duyoki sama ni obosi-kaku ram to ha, omohi tamahe zu nam haberi si."
 nado, kuhasiu kikoyure ba, masite ito imiziu, "Saru beki ni te mo, to-mo kaku-mo aramasi yori mo, ika bakari mono wo omohi-tati te, saru midu ni obore kem." to obosi-yaru ni, "Kore wo mi-tuke te seki tome tara masika ba." to waki-kaheru kokoti si tamahe do, kahi nasi.
 "Ohom-humi wo yaki usinahi tamahi si nado ni, nadote me wo tate habera zari kem."
 nado, yo hito-yo katarahi tamahu ni, kikoye akasu. Ka no kwanzu ni kaki-tuke tamahe ri si, Haha-Gimi no kaheri-goto nado wo kikoyu.

 [3-5 侍従、宇治へ帰る]
何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに思さるれば、
「わがもとにあれかし。あなたももて離るべくやは」
とのたまへば、
「さて、さぶらはむにつけても、もののみ悲しからむを思ひたまへれば、今この御果てなど過ぐして」
と聞こゆ。「またも参れ」など、この人をさへ、飽かず思す。
暁帰るに、かの御料にとてまうけさせたまひける櫛の筥一具、衣筥一具、贈物にせさせたまふ。さまざまにせさせたまふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人に仰せたるほどなりけり。
「なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む。すずろにむつかしきわざかな」
と思ひわぶれど、いかがは聞こえ返さむ。
右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしうし集めたることどもを見ても、いみじう泣く。装束もいとうるはしうし集めたるものどもなれば、
「かかる御服に、これをばいかでか隠さむ」
など、もてわづらひける。

 [3-5 侍従、宇治へ帰る]
何程の者ともお考えでなかった侍従も、親しくしみじみと思われなさるので、
「わたしの側にいなさい。あちらにも縁がないではない」
とおっしゃると、
「そのようにして、お仕えしますにつけても、何となく悲しく存じられますので、もう暫くこの御忌みなどを済ませましてから」
と申し上げる。「再び参るように」などと、この人までも、別れがたくお思いになる。
早朝に帰る時に、あの方の御料にと思って準備なさっていた櫛の箱一具、衣箱一具を、贈物にお遣わしになる。いろいろとお整えさせになったことは多かったが、仰々しくなってしまいそうなので、ただ、この人に与えるのに相応な程度であった。
「何も考えなく参上して、このようなことがあったのを、女房はどのように見るだろうか。何となく厄介なことだわ」
と困るが、どうして辞退申し上げられよう。
右近と二人で、こっそりと見ながら、所在ないままに、精巧で今風に仕立ててあるのを見ても、ひどく泣く。装束もたいそう立派に仕立て上げられたものばかりなので、
「このような服喪期間中なので、これをどう隠したものか」
などと、困るのであった。

 [3-5 Jiju went back to Uji]
 Nani-bakari no mono to mo go-ran-ze zari si hito mo, mutumasiku ahare ni obosa rure ba,
 "Wa ga moto ni are kasi. Anata mo mote-hanaru beku ya ha."
 to notamahe ba,
 "Sate, saburaha m ni tuke te mo, mono nomi kanasikara m wo omohi tamahe re ba, ima ko no ohom-hate nado sugusi te."
 to kikoyu. "Mata mo mawire." nado, ko no hito wo sahe, aka zu obosu.
 Akatuki kaheru ni, ka no go-reu ni tote mauke sase tamahi keru kusi no hako hito-yorohi, koromo-bako hito-yorohi, okurimono ni se sase tamahu. Sama-zama ni se sase tamahu koto ha ohokari kere do, odoro-odorosikari nu bekere ba, tada ko no hito ni ohose taru hodo nari keri.
 "Nani-gokoro mo naku mawiri te, kakaru koto-domo no aru wo, hito ha ikaga mi m. Suzuro ni mutukasiki waza kana!"
 to omohi-wabure do, ikaga ha kikoye kahesa m.
 Ukon to hutari, sinobi te mi tutu, ture-dure naru mama ni, komaka ni imamekasiu si atume taru koto-domo wo mi te mo, imiziu naku. Sauzoku mo ito uruhaiu si atume taru mono-domo nare ba,
 "Kakaru ohom-buku ni, kore wo ba ikade ka kakusa m."
 nado, mote-wadurahi keru.

 4 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む [4-1 薫、宇治を訪問]
大将殿も、なほ、いとおぼつかなきに、思し余りておはしたり。道のほどより、昔の事どもかき集めつつ、
「いかなる契りにて、この父親王の御もとに来そめけむ。かかる思ひかけぬ果てまで思ひあつかひ、このゆかりにつけては、ものをのみ思ふよ。いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ契りしに、心きたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり」
とぞおぼゆる。右近召し出でて、
「ありけむさまもはかばかしう聞かず、なほ、尽きせずあさましう、はかなければ、忌の残りもすくなくなりぬ。過ぐして、と思ひつれど、静めあへずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなりたまひにし」
と問ひたまふに、「尼君なども、けしきは見てければ、つひに聞きあはせたまはむを、なかなか隠しても、こと違ひて聞こえむに、そこなはれぬべし。あやしきことの筋にこそ、虚言も思ひめぐらしつつならひしか。かくまめやかなる御けしきにさし向かひきこえては、かねて、と言はむ、かく言はむと、まうけし言葉をも忘れ、わづらはしう」おぼえければ、ありしさまのことどもを聞こえつ。

 4 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む [4-1 薫、宇治を訪問]
大将殿も、同じように、まことに不審でしょうがないので、思い余りなさってお出でになった。道中から、昔の事を一つ一つ思い出して、
「どのような縁で、この父親王のお側に来初めたのだろう。このように思いもかけなかった人の最期まで世話をし、この一族のことにつけては、物思いばかりすることよ。たいそう尊くおいでになった所で、仏のお導きによって、来世ばかりを祈願していたのに、心汚い末路の思惑違いによって、世の無常を思い知らせるようだ」
と思われなさる。右近を召し出して、
「生前の様子もはっきりとは聞かず、やはり、尽きせず呆れて、あっけないので、忌中期間も少なくなった。過ぎてから、と思っていたが、抑えきれずにやって来たのです。どのような気持ちで、お亡くなりになったのですか」
とお尋ねなさると、「尼君なども、経緯は知ってしまったので、結局はお聞き合わせになるであろうから、なまじ隠しだてしても、話がくいちがって聞かれるのも、具合の悪いことになろう。変な話には、嘘を考えて何度も言ってきたが、このような真面目な態度のお前に対座申し上げては、前もって、ああ言おう、こう言おうと、用意していた言葉も忘れ、困ること」と思われたので、生前の様子のあれこれを申し上げた。

 4 Tale of Kaoru Kaoru holds the forty-ninth day of Buddhist service for Ukifune's death [4-1 Kaoru visits to Uji]
 Daisyau-dono mo, naho, ito obotukanaki ni, obosi-amari te ohasi tari. Miti no hodo yori, mukasi no koto-domo kaki-atume tutu,
 "Ika naru tigiri ni te, ko no Titi-Miko no ohom-moto ni ki some kem. Kakaru omohi-kake nu hate made omohi atukahi, ko no yukari ni tuke te ha, mono wo nomi omohu yo. Ito tahutoku ohase si atari ni, Hotoke wo sirube ni te, noti no yo wo nomi tigiri si ni, kokoro-gitanaki suwe no tagahi-me ni, omohi sira suru na'meri."
 to zo oboyuru. Ukon mesi-ide te,
 "Ari kem sama mo haka-bakasiu kika zu, naho, tuki se zu asamasiu, hakanakere ba, imi no nokori mo sukunaku nari nu. Sugusi te, to omohi ture do, sidume ahe zu monosi turu nari. Ika naru kokoti ni te ka, hakanaku nari tamahi ni si."
 to tohi tamahu ni, "Ama-Gimi nado mo, kesiki ha mi te kere ba, tuhi ni kiki-ahase tamaha m wo, naka-naka kakusi te mo, koto tagahi te kikoye m ni, sokonaha re nu besi. Ayasiki koto no sudi ni koso, sora-goto mo omohi-megurasi tutu narahi sika. Kaku mameyaka naru mi-kesiki ni sasi-mukahi kikoye te ha, kanete, to iha m, kaku iha m to, mauke si kotoba wo mo wasure, wadurahasiu." oboye kere ba, ari-si sama no koto-domo wo kikoye tu.

 [4-2 薫、真相を聞きただす]
あさましう、思しかけぬ筋なるに、物もとばかりのたまはず。
「さらにあらじとおぼゆるかな。なべての人の思ひ言ふことをも、こよなく言少なに、おほどかなりし人は、いかでかさるおどろおどろしきことは思ひ立つべきぞ。いかなるさまに2576、この人びと、もてなして言ふにか」
と御心も乱れまさりたまへど、「宮も思し嘆きたるけしき、いとしるし、事のありさまも、しかつれなしづくりたらむけはひは、おのづから見えぬべきを、かくおはしましたるにつけても、悲しくいみじきことを、上下の人集ひて泣き騒ぐを」と、聞きたまへば、
「御供に具して失せたる人やある。なほ、ありけむさまをたしかに言へ。我をおろかに思ひて背きたまふことは、よもあらじとなむ思ふ。いかやうなる、たちまちに、言ひ知らぬことありてか、さるわざはしたまはむ。我なむえ信ずまじき」
とのたまへば、「いとどしく、さればよ」とわづらはしくて、
「おのづから聞こし召しけむ。もとより思すさまならで生ひ出でたまへりし人の、世離れたる御住まひの後は、いつとなくものをのみ思すめりしかど、たまさかにもかく渡りおはしますを、待ちきこえさせたまふに、もとよりの御身の嘆きをさへ慰めたまひつつ、心のどかなるさまにて、時々も見たてまつらせたまふべきやうには、いつしかとのみ、言に出でてはのたまはねど、思しわたるめりしを、その御本意かなふべきさまに承ることどもはべりしに、かくてさぶらふ人どもも、うれしきことに思ひたまへいそぎ、かの筑波山も、からうして心ゆきたるけしきにて、渡らせたまはむことをいとなみ思ひたまへしに、心得ぬ御消息はべりけるに、この宿直仕うまつる者どもも、女房たちらうがはしかなり、など、戒め仰せらるることなど申して、ものの心得ず荒々しきは田舎人どもの、あやしきさまにとりなしきこゆることどもはべりしを、その後、久しう御消息などもはべらざりしに、心憂き身なりとのみ、いはけなかりしほどより思ひ知るを、人数にいかで見なさむとのみ、よろづに思ひ扱ひたまふ母君の、なかなかなることの、人笑はれになりては、いかに思ひ嘆かむ、などおもむけてなむ、常に嘆きたまひし。
その筋よりほかに、何事をかと、思ひたまへ寄るに、堪へはべらずなむ。鬼などの隠しきこゆとも、いささか残る所もはべるなるものを」
とて、泣くさまもいみじければ、「いかなることにか」と紛れつる御心も失せて、せきあへたまはず。

 [4-2 薫、真相を聞きただす]
驚き呆れて、思いもかけなかったことなので、一言も暫くの間はおっしゃれない。
「難とも信じがたいと思われることだ。普通誰でもが思ったり言ったりすることも、この上なく言葉少なく、おっとりしていた人が、どうしてそのような恐ろしいことを思い立ったのだろう。どのような様子のために、この人びとは、取り繕って言うのであろうか」
とお気持ちもいっそう困惑なさるが、「宮もお嘆きになっていた様子、まことにはっきりしていたし、事の成り行きも、そんなそ知らぬふりを装った態度は、自然と分かってしまうものだから、このようにお出でになったにつけても、悲しくてやりきれないことを、身分の上下の人が皆集まって泣き騒いでいるのだから」と、お聞きになると、
「お供をしていなくなった人はいないか。さらに、その時の状況をはっきり言いなさい。わたしを薄情だと思ってお裏切になることは、決してないと思う。どのような、急に、わけの分からないことがあってか、そのようなことをなさったのだろう。わたしは信じることができない」
とおっしゃるので、「一段として、心配していたとおりであったよ」と厄介なことに思って、
「自然とお耳に入っておりましょう。初めから不如意な境遇でお育ちになりました方で、人里離れたお住まいで暮らした後は、いつとなく物思いばかりをなさっていたようでしたが、たまにこのようにお越しになりますのを、お待ち申し上げなさることで、もともとのお身の上の不幸までをお慰めになりながら、のんびりとした状態で、時々お逢い申し上げなされるように、早く早くとばかり、言葉に出してはおっしゃいませんが、ずっとお思いでいらしたらしいのを、そのご念願が叶うように承ったことがございましたのに、こうしてお仕えする者どもも、嬉しいことと存じて準備致し、あの筑波山の母君も、やっとのことで念願が叶ったような様子で、お移りになることをご準備なさっていたのに、納得できないお手紙がございましたので、ここの宿直などに仕える者どもも、女房たちがふしだらなようだ、などと、厳しくご命令なさったことなどを申して、物の情理をわきまえない荒々しいのは田舎者どもの、間違いでもあったかのように取り扱い申すことがございましたが、その後、長らくお手紙などもございませんでしたので、情けない身の上だとばかり、幼かった時から思い知っていたが、何とか一人前にしようとばかり、いろいろとお世話なさっていた母君が、なまじその事によって、世間の物笑いになったら、どんなに嘆くだろう、などと悪いほうに考えて、いつも嘆いていらっしゃいました。
その方面より他に、何があろうかと、考えめぐらして見ますに、思い当たることはございません。鬼などがお隠し申したとしても、少しは残るものがございますと聞いておりますものを」
と言って、泣く様子もたいそうなので、「どのようなことでか」とお疑いになっていた気持ちも消えて、お涙が抑えがたい。

 [4-2 Kaoru asks Ukifune's death to Ukon]
 Asamasiu, obosi-kake nu sudi naru ni, mono mo to bakari notamaha zu.
 "Sarani ara zi to oboyuru kana! Nabete no hito no omohi ihu koto wo mo, koyonaku koto-zukuna ni, ohodoka nari si hito ha, ikade ka saru odoro-odorosiki koto ha omohi-tatu beki zo. Ika naru sama ni, ko no hito-bito, motenasi te ihu ni ka?"
 to mi-kokoro mo midare masari tamahe do, "Miya mo obosi nageki taru kesiki, ito sirusi, koto no arisama mo, sika turenasi dukuri tara m kehahi ha, onodukara miye nu beki wo, kaku ohasimasi taru ni tuke te mo, kanasiku imiziki koto wo, kami simo no hito tudohi te naki sawagu wo." to, kiki tamahe ba,
 "Ohom-tomo ni gu-si te use taru hito ya aru. Naho, ari kem sama wo tasika ni ihe. Ware wo oroka ni omohi te somuki tamahu koto ha, yo mo ara zi to nam omohu. Ika yau naru, tatimati ni, ihi sira nu koto ari te ka, saru waza ha si tamaha m. Ware nam e sin-zu maziki."
 to notamahe ba, "Itodo-siku, sare-ba yo!" to wadurahasiku te,
 "Onodukara kikosi-mesi kem. Moto yori obosu sama nara de ohi-ide tamahe ri si hito no, yo-banare taru ohom-sumahi no noti ha, itu to naku mono wo nomi obosu meri sika do, tamasaka ni mo kaku watari ohasimasu wo, mati kikoye sase tamahu ni, motoyori no ohom-mi no nageki wo sahe nagusame tamahi tutu, kokoro nodoka naru sama ni te, toki-doki mo mi tatematura se tamahu beki yau ni ha, itusika to nomi, koto ni ide te ha notamaha ne do, obosi wataru meri si wo, so no ohom-hoi kanahu beki sama ni uketamaharu koto-domo haberi si ni, kakute saburahu hito-domo mo, uresiki koto ni omohi tamahe isogi, ka no Tukuba-yama mo, karausite kokoro-yuki taru kesiki ni te, watara se tamaha m koto wo itonami omohi tamahe si ni, kokoro-e nu ohom-seusoko haberi keru ni, ko no tonowi tukau-maturu mono-domo mo, nyoubau-tati raugahasika' nari, nado, imasime ohose raruru koto nado mausi te, mono no kokoro-e zu ara-arasiki ha winaka-bito-domo no, ayasiki sama ni torinasi kikoyuru koto-domo haberi si wo, so no noti, hisasiu ohom-seusoko nado mo habera zari si ni, kokoro-uki mi nari to nomi, ihakenakari si hodo yori omohi siru wo, hito-kazu ni ikade mi-nasa m to nomi, yorodu ni omohi-atukahi tamahu Haha-Gimi no, naka-naka naru koto no, hito-warahare ni nari te ha, ika ni omohi nageka m, nado omomuke te nam, tune ni nageki tamahi si.
 So no sudi yori hoka ni, nani-goto wo ka to, omohi tamahe yoru ni, tahe habera zu nam. Oni nado no kakusi kikoyu to mo, isasaka nokoru tokoro mo haberu naru mono wo."
 tote, naku sama mo imizikere ba, "Ika naru koto ni ka." to magire turu mi-kokoro mo use te, seki-ahe tamaha zu.

 [4-3 薫、匂宮と浮舟の関係を知る]
「我は心に身をもまかせず、顕証なるさまにもてなされたるありさまなれば、おぼつかなしと思ふ折も、今近くて、人の心置くまじく、目やすきさまにもてなして、行く末長くを、と思ひのどめつつ過ぐしつるを、おろかに見なしたまひつらむこそ、なかなか分くる方ありける、とおぼゆれ。
今は、かくだに言はじと思へど、また人の聞かばこそあらめ。宮の御ことよ。いつよりありそめけむ。さやうなるにつけてや、いとかたはに、人の心を惑はしたまふ宮なれば、常にあひ見たてまつらぬ嘆きに、身をも失ひたまへる、となむ思ふ。なほ、言へ。我には、さらにな隠しそ」
とのたまへば、「たしかにこそは聞きたまひてけれ」と、いといとほしくて、
「いと心憂きことを聞こし召しけるにこそははべるなれ。右近もさぶらはぬ折ははべらぬものを」
と眺めやすらひて、
「おのづから聞こし召しけむ。この宮の上の御方に、忍びて渡らせたまへりしを、あさましく思ひかけぬほどに、入りおはしたりしかど、いみじきことを聞こえさせはべりて、出でさせたまひにき。それに懼ぢたまひて、かのあやしくはべりし所には渡らせたまへりしなり。
その後、音にも聞こえじ、と思してやみにしを、いかでか聞かせたまひけむ。ただ、この如月ばかりより、訪れきこえたまふべし。御文は、いとたびたびはべりしかど、御覧じ入るることもはべらざりき。いとかたじけなく、うたて2577あるやうになどぞ、右近など聞こえさせしかば、一度二度や聞こえさせたまひけむ。それより他のことは見たまへず」
と聞こえさす。
「かうぞ言はむかし。しひて問はむもいとほしく」て、つくづくとうち眺めつつ、
「宮をめづらしくあはれと思ひきこえても、わが方をさすがにおろかに思はざりけるほどに、いと明らむるところなく、はかなげなりし心にて、この水の近きをたよりにて、思ひ寄るなりけむかし。わがここにさし放ち据ゑざらましかば、いみじく憂き世に経とも、いかでか、かならず深き谷をも求め2578出でまし」
と、「いみじう憂き水の契りかな」と、この川の疎ましう思さるること、いと深し。年ごろ、あはれと思ひそめたりし方にて、荒き山路を行き帰りしも、今は、また心憂くて、この里の名をだにえ聞くまじき心地したまふ。

 [4-3 薫、匂宮と浮舟の関係を知る]
「わたしは思いどおりに振る舞うこともできず、何事も目立ってしまう身分であるから、気がかりだと思う時にも、いずれ近くに迎えて、何の不満足もなく、世間体もよく持てなして、将来末長く添い遂げよう、とはやる心を抑えながら過ごして来たが、冷淡だとおとりになったのは、かえって他に分ける心がおありだったのだろう、と思われます。
今さら、こんなことは言うまいと思うが、他に人が聞いているのならともかくだが。宮のお事ですよ。いつから始まったのでしょうか。そのようなことが原因でか、まことに不都合にも、女の心を迷わしなさる宮だから、いつもお逢いできない嘆きで、身をなきものにされたのか、と思う。ぜひ、言え。わたしには、少しも隠すな」
とおっしゃると、「確かな事をお聞きになっているのだ」と、とても困ってしまって、
「まことに情けないことをお聞きになったようでございます。右近めもお側に伺候していません折はございませんでしたものを」
と物思いにふけりためらって、
「自然とお聞き及びになったことでございましょう。この宮の上のお所に、こっそりとお行きになったとき、呆れたことに思いがけない間に、お入りになって来ましたが、たいそう手厳しいことを申し上げまして、お出になりました。その事に恐がりなさって、あの見苦しうございました隠れ家にお移りになったのです。
その後は、噂としてでも知られまい、とお思いになって終わったのを、どうしてお耳にあそばしたのでしょうか。ちょうど、この二月頃から、お便りを頂戴するようになりましたのでしょう。お手紙は、とても頻繁にございましたようですが、御覧になることもございませんでした。まことに恐れ多く、失礼な事になりましょうと、右近めなどが申し上げましたので、一度か二度はお返事申し上げましたでしょうか。それ以外の事は存じません」
と申し上げる。
「このように言うに決まっていることなのだ。無理に問い質すのも気の毒だから」と、つくづくと物思いに耽りながら、
「宮をめったにないいとしい方と思い申し上げても、自分のほうをやはりいい加減には思っていなかったために、どうしたらよいか分からなくなって、頼りない考えで、この川に近いのを手だてにして、思いついたのであろう。自分がここに放って置かなかったら、たいそうつらい生活であっても、どうして、必ず深い谷を探して身投げをしなかっただろうに」
と、「ひどく嫌な川の名の縁であるよ」と、この川が疎ましく思われなさること、甚だしい。長年、恋しいと思われなさっていた所で、荒々しい山路を行き来したのも、今では、また情けなくて、この里の名を聞くのさえ耐えがたい気がなさる。

 [4-3 Kaoru recognized that Ukifune was Nionomiya's girlfriend]
 "Ware ha kokoro ni mi wo mo makase zu, kenseu naru sama ni motenasa re taru arisama nare ba, obotukanasi to omohu wori mo, ima tikaku te, hito no kokoro-oku maziku, meyasuki sama ni motenasi te, yuku-suwe nagaku wo, to omohi nodome tutu sugusi turu wo, oroka ni mi-nasi tamahi tu ram koso, naka-naka wakuru kata ari keru, to oboyure.
 Ima ha, kaku dani iha zi to omohe do, mata hito no kika ba koso ara me. Miya no ohom-koto yo. Itu yori ari some kem? Sa-yau naru ni tuke te ya, ito kataha ni, hito no kokoro wo madohasi tamahu Miya nare ba, tune ni ahi mi tatematura nu nageki ni, mi wo mo usinahi tamahe ru, to nam omohu. Naho, ihe. Ware ni ha, sara ni na kakusi so."
 to notamahe ba, "Tasika ni koso ha kiki tamahi te kere." to, ito itohosiku te,
 "Ito kokoro-uki koto wo kikosi-mesi keru ni koso ha haberu nare. Ukon mo saburaha nu wori ha habera nu mono wo."
 to nagame yasurahi te,
 "Onodukara kikosi-mesi kem. Ko no Miya-no-Uhe no Ohom-Kata ni, sinobi te watara se tamahe ri si wo, asamasiku omohi-kake nu hodo ni, iri ohasi tari sika do, imiziki koto wo kikoye sase haberi te, ide sase tamahi ni ki. Sore ni odi tamahi te, ka no ayasiku haberi si tokoro ni ha watara se tamahe ri si nari.
 So no noti, oto ni mo kikoye zi, to obosi te yami ni si wo, ikade ka kika se tamahi kem. Tada, ko no Kisaragi bakari yori, otodure kikoye tamahu besi. Ohom-humi ha, ito tabi-tabi haberi sika do, go-ran-zi iruru koto mo habera zari ki. Ito katazikenaku, utate aru yau ni nado zo, Ukon nado kikoye sase sika ba, hito-tabi huta-tabi ya kikoye sase tamahi kem. Sore yori hoka no koto ha mi tamahe zu."
 to kikoye sasu.
 "Kau zo iha m kasi. Sihite toha m mo itohosiku." te, tuku-duku to uti-nagame tutu,
 "Miya wo medurasiku ahare to omohi kikoye te mo, wa ga kata wo sasuga ni oroka ni omoha zari keru hodo ni, ito akiramuru tokoro naku, hakanage nari si kokoro ni te, ko no midu no tikaki wo tayori ni te, omohi-yoru nari kem kasi. Wa ga koko ni sasi-hanati suwe zara masika ba, imiziku uki yo ni hu to mo, ikade ka, kanarazu hukaki tani wo mo motome-ide masi."
 to, "Imiziu uki midu no tigiri kana!" to, ko no kaha no utomasiu obosa ruru koto, ito hukasi. Tosi-goro, ahare to omohi some tari si kata ni te, araki yamadi wo yuki-kaheri si mo, ima ha, mata kokoro-uku te, ko no sato no na wo dani e kiku maziki kokoti si tamahu.

 [4-4 薫、宇治の過去を追懐す]
「宮の上の、のたまひ始めし、人形とつけそめたりしさへゆゆしう、ただ、わが過ちに失ひつる人なり」と思ひもて行くには、「母のなほ軽びたるほどにて、後の後見もいとあやしく、ことそぎてしなしけるなめり」と心ゆかず思ひつるを、詳しう聞きたまふになむ、
「いかに思ふらむ。さばかりの人の子にては、いとめでたかりし人を、忍びたることはかならずしもえ知らで、わがゆかりにいかなることのありけるならむ、とぞ思ふなるらむかし」
など、よろづにいとほしく思す。穢らひといふことはあるまじけれど、御供の人目もあれば、昇りたまはで、御車の榻を召して、妻戸の前にぞゐたまひけるも、見苦しければ、いと茂き木の下に、苔を御座にて、とばかり居たまへり。「今はここを来て見むことも心憂かるべし」とのみ、見めぐらし2579たまひて、
「我もまた憂き古里を荒れはてば
誰れ宿り木の蔭をしのばむ」
阿闍梨、今は律師なりけり。召して、この法事のことおきてさせたまふ。念仏僧の数添へなどせさせたまふ。「罪いと深かなるわざ」と思せば、軽むべきことを2580ぞすべき、七日七日に経仏供養ずべきよしなど、こまかにのたまひて、いと暗うなりぬるに帰りたまふも、「あらましかば、今宵帰らましやは」とのみなむ。
尼君に消息せさせたまへれど、
「いともいともゆゆしき身をのみ思ひたまへ沈みて、いとどものも思ひたまへられず、ほれはべりてなむ、うつぶし臥してはべる」
と聞こえて、出で来ねば、しひても立ち寄りたまはず。
道すがら、とく迎へ取りたまはずなりにけること悔しう、水の音の聞こゆる限りは、心のみ騷ぎたまひて、「骸をだに尋ねず、あさましくてもやみぬるかな。いかなるさまにて、いづれの底のうつせに混じり2581けむ」など、やる方なく思す。

 [4-4 薫、宇治の過去を追懐す]
「宮の上が、おっしゃり始めた、人形と名付けたのまでが不吉で、ただ、自分の過失によって亡くした人である」と考え続けて行くと、「母親がやはり身分が軽いので、葬送もとても風変わりに、簡略にしたのであろう」と合点が行かず思っていたが、詳しくお聞きになると、
「どのように思っているだろう。あの程度の身分の子としては、まことに結構であった人を、秘密の事は必ずしも知らないで、自分との縁でどのようなことがあったのであろう、と思っているであろう」
などと、いろいろとお気の毒にお思いになる。穢れということはないであろうが、お供の人の目もあるので、お上がりにならず、お車の榻を召して、妻戸の前で座っていたのも、見苦しいので、たいそう茂った樹の下で、苔をお敷物として、暫くお座りになった。「今ではここに来て見ることさえつらいことであろう」とばかり、まわりを御覧になって、
「わたしもまた、嫌なこの古里を離れて、荒れてしまったら
誰がここの宿の事を思い出すであろうか」
阿闍梨は、今では律師になっていた。呼び寄せて、この法事の事をお命じ置きになる。念仏僧の数を増やしたりなどおさせになる。「罪障のとても深いことだ」とお思いになると、その軽くなることをするように、七日七日ごとにお経や仏を供養するようになど、こまごまとお命じになって、たいそう暗くなったのでお帰りになるのも、「もしも生きていたら、今夜のうちに帰ろうか」とばかりである。
尼君にも挨拶をおさせになったが、
「とてもとても不吉な身だとばかり存じられ沈み込んで、ますます何も考えられず、茫然として、臥せっております」
と申し上げて、出て来ないので、無理してはお立ち寄りにならない。
道中、早くお迎えしなかったことが悔しく、川の音が聞こえる間は、心も落ち着きなさらず、「亡骸さえも捜さず、情けないことに終わってしまったなあ。どのような状態で、どこの川底に貝殻とともにいるのであろうか」などと、やるせなくお思いになる。

 [4-4 Kaoru recalls the past days at Uji]
 "Miya-no-Uhe no, notamahi hazime si, hitokata to tuke some tari si sahe yuyusiu, tada, wa ga ayamati ni usinahi turu hito nari." to omohi mote-yuku ni ha, "Haha no naho karobi taru hodo ni te, noti no usiromi mo ito ayasiku, koto-sogi te si-nasi keru na'meri." to kokoro-yuka zu omohi turu wo, kuhasiu kiki tamahu ni nam,
 "Ika ni omohu ram? Sa-bakari no hito no ko ni te ha, ito medetakari si hito wo, sinobi taru koto ha kanarazu si mo e sira de, wa ga yukari ni ika naru koto no ari keru nara m, to zo omohu naru ram kasi."
 nado, yorodu ni itohosiku obosu. Kegarahi to ihu koto ha aru mazikere do, ohom-tomo no hitome mo are ba, nobori tamaha de, mi-kuruma no sidi wo mesi te, tumado no mahe ni zo wi tamahi keru mo, mi-gurusikere ba, ito sigeki ko no sita ni, koke wo o-masi ni te, to-bakari wi tamahe ri. "Ima ha koko wo ki te mi m koto mo kokoro-ukaru besi." to nomi, mi-megurasi tamahi te,
 "Ware mo mata uki hurusato wo are hate ba
 tare yadori-gi no kage wo sinoba m
"
 Azari, ima ha Risi nari keri. Mesi te, ko no hohuzi no koto oki te sase tamahu. Nenbutu-sou no kazu sohe nado se sase tamahu. "Tumi ito hukaka' naru waza." to obose ba, karomu beki koto wo zo su beki, nanu-ka nanu-ka ni kyau Hotoke kuyau-zu beki yosi nado, komaka ni notamahi te, ito kurau nari nuru ni kaheri tamahu mo, "Ara-masika ba, koyohi kahera masi ya ha!" to nomi nam.
 Ama-Gimi ni seusoko se sase tamahe re do,
 "Ito mo ito mo yuyusiki mi wo nomi omohi tamahe sidumi te, itodo mono mo omohi tamahe rare zu, hore haberi te nam, utubusi husi te haberu."
 to kikoye te, ide-ko ne ba, sihite mo tati-yori tamaha zu.
 Miti-sugara, toku mukahe tori tamaha zu nari ni keru koto kuyasiu, midu no oto no kikoyuru kagiri ha, kokoro nomi sawagi tamahi te, "Kara wo dani tadune zu, asamasiku te mo yami nuru kana! Ika naru sama ni te, idure no soko no utuse ni maziri kem." nado, yaru-kata naku obosu.

 [4-5 薫、浮舟の母に手紙す]
かの母君は、京に子産むべき娘のことにより、慎み騒げば、例の家にもえ行かず、すずろなる旅居のみして、思ひ慰む折もなきに、「また、これもいかならむ」と思へど、平らかに産みてけり。ゆゆしければ、え寄らず、残りの人びとの上もおぼえず、ほれ惑ひて過ぐすに、大将殿より御使忍びてあり。ものおぼえぬ心地にも、いとうれしくあはれなり。
「あさましきことは、まづ聞こえむと思ひたまへしを、心ものどまらず、目もくらき心地して、まいていかなる闇にか惑はれ2582たまふらむと、そのほどを過ぐしつるに、はかなくて日ごろも経にけることをなむ。世の常なさも、いとど思ひのどめむ方なくのみはべるを、思ひの外にもながらへば、過ぎにし名残とは、かならずさるべきことにも尋ねたまへ」
など、こまかに書きたまひて、御使には、かの大蔵大輔をぞ賜へりける。
「心のどかによろづを思ひつつ、年ごろにさへなりにけるほど、かならずしも心ざしあるやうには見たまはざりけむ。されど、今より後、何ごとにつけても、かならず忘れきこえじ。また、さやうにを人知れず思ひ置きたまへ。幼き人どももあなるを、朝廷に仕うまつらむにも、かならず後見思ふべくなむ」
など、言葉に2583ものたまへり。

 [4-5 薫、浮舟の母に手紙す]
あの母君は、京で子を産む予定の娘のことによって、穢れを騒ぐので、いつものわが家にも行かず、心ならずも旅寝ばかり続けて、思い慰む時もないので、「また、この娘もどうなるのだろうか」と心配するが、無事に出産したのであった。穢れているので、立ち寄ることもできず、残りの家族のことも考えられず、茫然として過ごしていると、大将殿からお使いがこっそりと来た。何も考えられない気持ちにも、たいそう嬉しく感動した。
「あまりの出来事に、さっそくお見舞い申そうと存じてましたが、気持ちも落ち着かず、目も涙に暮れた心地がして、それ以上にどんなにか心が闇に暮れていらっしゃるだろうかと、暫く待っていましたうちに、あっという間に幾日もたってしまったこと。世の中の無常も、ますます呑気に構えていられない気がしますが、案外に生き永らえましたら、亡くなった方の縁者として、きっと何かの時には声をかけてください」
などと、こまごまとお書きになって、お使いには、あの大蔵大輔を差し向けなさった。
「悠長に万事を構えて、幾年もたってしまったので、必ずしも誠意があるようには御覧にならなかったでしょう。けれども、今から後は、何事につけても、必ずお忘れ申し上げまい。また、そのように内々にお思いおきください。幼いお子様もいると聞いていますが、朝廷にお仕えなさるにつけても、必ず力添えしましょう」
などと、口頭でもおっしゃった。

 [4-5 Kaoru sends a mail to Ukifune's mother]
 Ka no Haha-Gimi ha, kyau ni ko umu beki musume no koto ni yori, tutusimi sawage ba, rei no ihe ni mo e ika zu, suzuro naru tabi-wi nomi si te, omohi nagusa m wori mo naki ni, "Mata, kore mo ika nara m." to omohe do, tahiraka ni umi te keri. Yuyusikere ba, e yora zu, nokori no hito-bito no uhe mo oboye zu, hore madohi te sugusu ni, Daisyau-dono yori ohom-tukahi sinobi te ari. Mono oboye nu kokoti ni mo, ito uresiku ahare nari.
 "Asamasiki koto ha, madu kikoye m to omohi tamahe si wo, kokoro mo nodomara zu, me mo kuraki kokoti si te, maite ika naru yami ni ka madoha re tamahu ram to, so no hodo wo sugusi turu ni, hakanaku te hi-goro mo he ni keru koto wo nam. Yo no tune nasa mo, itodo omohi nodome m kata naku nomi haberu wo, omohi no hoka ni mo nagarahe ba, sugi ni si nagori to ha, kanarazu saru beki koto ni mo tadune tamahe."
 nado, komaka ni kaki tamahi te, ohom-tukahi ni ha, ka no Ohokura-no-Tihu wo zo tamahe ri keru.
 "Kokoro nodoka ni yorodu wo omohi tutu, tosi-goro ni sahe nari ni keru hodo, kanarazu si mo kokorozasi aru yau ni ha mi tamaha zari kem. Saredo, ima yori noti, nani-goto ni tuke te mo, kanarazu wasure kikoye zi. Mata, sayau ni wo hito sire zu omohi-oki tamahe. Wosanaki hito-domo mo a'naru wo, ohoyake ni tukau-matura m ni mo, kanarazu usiromi omohu beku nam."
 nado, kotoba ni mo notamahe ri.

 [4-6 浮舟の母からの返書]
いたくしも忌むまじき穢らひなれば、「深うしも触れはべらず」など言ひなして、せめて呼び据ゑたり。御返り、泣く泣く書く。
「いみじきことに死なれはべらぬ命を、心憂く思うたまへ嘆きはべるに、かかる仰せ言見はべるべかりけるにや、となむ。
年ごろは、心細きありさまを見たまへながら、それは数ならぬ身のおこたりに思ひたまへなしつつ、かたじけなき御一言を、行く末長く2584頼みきこえはべりしに、いふかひなく見たまへ果てては、里の契りもいと心憂く悲しくなむ。
さまざまにうれしき仰せ言に、命延びはべりて、今しばしながらへはべらば、なほ、頼みきこえはべるべきにこそ、と思ひたまふるにつけても、目の前の涙にくれて、え聞こえさせやらずなむ」
など書きたり。御使に、なべての禄などは見苦しきほどなり。飽かぬ心地もすべければ、かの君にたてまつらむと心ざして持たりける、よき班犀の帯、太刀のをかしきなど、袋に入れて、車に乗るほど、
「これは昔の人の御心ざしなり」
とて、贈らせてけり。
殿に御覧ぜさすれば、
「いとすぞろなるわざかな」
とのたまふ。言葉には、
「みづから会ひはべりたうびて、いみじく泣く泣くよろづのことのたまひて、幼き者どものことまで仰せられたるが、いともかしこきに、また数ならぬほどは、なかなかいと恥づかしう、人に何ゆゑなどは知らせはべらで、あやしきさまどもをも皆参らせはべりて、さぶらはせむ、となむものしはべりつる」
と聞こゆ。
「げに、ことなることなきゆかり睦びにぞあるべけれど、帝にも、さばかりの人の娘たてまつらずやはある。それに、さるべきにて、時めかし思さむは、人の誹るべきことかは。ただ人、はた、あやしき女、世に古りにたるなどを持ちゐるたぐひ多かり。
かの守の娘なりけりと、人の言ひなさむにも、わがもてなしの、それに穢るべくありそめたらばこそあらめ、一人の子をいたづらになして思ふらむ親の心に、なほこのゆかりこそおもだたしかりけれ、と思ひ知るばかり、用意はかならず見すべきこと」と思す。

 [4-6 浮舟の母からの返書]
たいそう厳重に慎まなくてもよい穢れなので、「大して穢れに触れていません」などと言って、強いて招じ入れた。お返事は、泣きながら書く。
「大変な悲しみにも死ぬことができません命を、情けなく存じ嘆いておりますが、このような仰せ言を拝見するためだったのでしょうか、と思います。
長年、心細い様子を拝見しながら、それは一人前でない身のつたなさのせいであると存じましたが、恐れ多いお言葉を、将来末長くご信頼申し上げておりましたが、何とも言いようのない事になってしまって、里の名の縁もまことに情けなく悲しうございます。
いろいろと嬉しい仰せ言を戴き、寿命も延びまして、もう暫く長生きしましたら、やはり、お頼り申し上げますこと、と存じますにつけても、目の前が涙に暮れまして、何事も申し上げ切れません」
などと書いた。お使いに、普通の禄では見苦しいときである。不満足な気もするにちがいないので、あの君に差し上げようと用意して持っていた、立派な斑犀の帯や、太刀の素晴らしいのなどを、袋に入れて、車に乗る時に、
「これは故人のお志です」
と言って、贈らせた。
殿に御覧に入れると、
「今さらしなくてもよいことをしたものだな」
とおっしゃる。口上には、
「ご自身がお会いくださって、ひどく泣きながらいろいろなことをおっしゃって、幼い子のことまでご心配になったのが、まこともったいなくて、また一人前でもない身分の者にとっては、かえってまことに恥ずかしく、誰にもどのような関係でなどとは知らせませんで、不出来な子供たちをも皆参上させまして、お仕えさせましょう、と言っておりました」
と申し上げる。
「なるほど、見栄えのしない親戚付き合いのようだが、帝にも、その程度の身分の人の娘を差し上げなかったことがあろうか。それに、前世からの因縁で、寵愛なさるのを、人が非難することであろうか。臣下では、また、卑しい女や、いったん結婚した女などをもっている例は多かった。
あの介の娘であったと、人が取り沙汰しても、自分の取り扱いが、そのことで汚点とされるような形で始まったのならともかく、一人の子を亡くして悲しんでいる親の気持ちを、やはり娘の縁で面目を施すことができた、と分かる程度に、配慮は必ずしてやろう」とお思いになる。

 [4-6 Ukifune's mother replies to Kaoru]
 Itaku si mo imu maziki kegarahi nare ba, "Hukau si mo hure habera zu." nado ihi-nasi te, semete yobi suwe tari. Ohom-kaheri, naku naku kaku.
 "Imiziki koto ni sina re habera nu inoti wo, kokoro-uku omou tamahe nageki haberu ni, kakaru ohose-goto mi haberu bekari keru ni ya, to nam.
 Tosi-goro ha, kokoro-bosoki arisama wo mi tamahe nagara, sore ha kazu nara nu mi no okotari ni omohi tamahe nasi tutu, katazikenaki ohom-hito-koto wo, yukusuwe nagaku tanomi kikoye haberi si ni, ihu-kahi-naku mi tamahe hate te ha, sato no tigiri mo ito kokoro-uku kanasiku nam.
 Sama-zama ni uresiki ohose-goto ni, inoti nobi haberi te, ima sibasi nagarahe habera ba, naho, tanomi kikoye haberu beki ni koso, to omohi tamahuru ni tuke te mo, me no mahe no namida ni kure te, e kikoye sase yara zu nam."
 nado kaki tari. Ohom-tukahi ni, nabete no roku nado ha mi-gurusiki hodo nari. Aka nu kokoti mo su bekere ba, ka no Kimi ni tatematura m to kokorozasi te mo' tari keru, yoki hanzai no obi, tati no wokasiki nado, hukuro ni ire te, kuruma ni noru hodo,
 "Kore ha mukasi no hito no mi-kokorozasi nari."
 tote, okura se te keri.
 Tono ni go-ran-ze sasure ba,
 "Ito suzoro naru waza kana!"
 to notamahu. Kotoba ni ha,
 "Midukara ahi haberi taubi te, imiziku naku naku yorodu no koto notamahi te, wosanaki mono-domo no koto made ohose rare taru ga, ito mo kasikoki ni, mata kazu nara nu hodo ha, naka-naka ito hadukasiu, hito ni nani yuwe nado ha sira se habera de, ayasiki sama-domo wo mo mina mawira se haberi te, saburaha se m, to nam monosi haberi turu."
 to kikoyu.
 "Geni, koto naru koto naki yukari mutubi ni zo aru bekere do, Mikado ni mo, sa-baakri no hito no musume tatematura zu ya ha aru. Sore ni, saru beki ni te, tokimekasi obosa m ha, hito no sosiru beki koto ka ha. Tada-udo, hata, ayasiki womna, yo ni huri ni taru nado wo moti wiru taguhi ohokari.
 Ka no Kami no musume nari keri to, hito no ihi-nasa m ni mo, wa ga motenasi no, sore ni kegaru beku ari some tara ba koso ara me, hitori no ko wo itadura ni nasi te omohu ram oya no kokoro ni, naho ko no yukari koso omodatasikari kere, to omohi siru bakari, youi ha kanarazu misu beki koto." to obosu.

 [4-7 常陸介、浮舟の死を悼む]
かしこには、常陸守、立ちながら来て、「折しも、かくてゐたまへることなむ」と腹立つ。年ごろ、いづくになむおはするなど、ありのままにも知らせざりければ、「はかなきさまにておはすらむ」と思ひ言ひけるを、「京になど迎へたまひて後、面目ありて、など知らせむ」と思ひけるほどに、かかれば、今は隠さむもあいなくて、ありしさま泣く泣く語る。
大将殿の御文もとり出でて見すれば、よき人かしこくして、鄙び、ものめでする人にて、おどろき臆して、うち返しうち返し、
「いとめでたき御幸ひを捨てて亡せ2585たまひにける人かな。おのれも殿人にて、参り仕うまつれども、近く召し使ふこともなく、いと気高く思はする殿なり。若き者どものこと仰せられたるは、頼もしきことになむ」
など、喜ぶを見るにも、「まして、おはせましかば」と思ふに、臥しまろびて泣かる。
守も今なむうち泣きける。さるは、おはせし世には、なかなか、かかるたぐひの人しも、尋ねたまふべきにしもあらずかし。「わが過ちにて失ひつるもいとほし。慰めむ」と思すよりなむ、「人の誹り、ねむごろに尋ねじ」と思しける。

 [4-7 常陸介、浮舟の死を悼む]
あちらでは、常陸介が、やって来て立ったままで、「こんな時に、こうしておいでになるとは」と腹を立てる。長年、どこそこにいらっしゃるなどと、事実を知らせなかったので、「見すぼらしい有様でおいでになろう」と思い言ってもいたが、「京などにお迎えになった後は、名誉なことで、などと知らせよう」と思っていたうちに、このような事になってしまったので、今は隠すことも意味がなくて、生前の有様を泣きながら話す。
大将殿のお手紙も取り出して見せると、貴人を崇めて、田舎者で、何事にも感心する人なので、びっくりして気後れして、繰り返し繰り返し、
「まことにめでたいご幸運を捨ててお亡くなりになった人だなあ。自分も殿の家来として、参上してお仕えしていたが、近くにお召しになってお使いになることはなく、たいそう気高く思われる殿である。幼い子供たちのことをおっしゃってくださったのは、頼もしいことだ」
などと、喜ぶのを見るにつけても、「それ以上に、生きておいでになったら」と思うと、臥し転んで泣けてくる。
介も今になって泣くのであった。その反面、生きていらした時には、かえって、このような類の人を、お尋ねになるようなことはなかってたのだ。「自分の過失によって亡くしたのもお気の毒だ。慰めよう」とお思いになったため、「他人の非難は、こまごまと考えまい」とお思いなのであった。

 [4-7 Hitachi-no-kami mourns for the death of Ukifune]
 Kasiko ni ha, Hitati-no-Kami, tati nagara ki te, "Wori si mo, kaku te wi tamahe ru koto nam." to hara-datu. Tosi-goro, iduku ni nam ohasuru nado, ari no mama ni mo sira se zari kere ba, "Hakanaki sama ni te ohasu ram." to omohi ihi keru wo, "Kyau ni nado mukahe tamahi te noti, menboku ari te, nado sira se m." to omohi keru hodo ni, kakare ba, ima ha kakusa m mo ai-naku te, ari si sama naku naku kataru.
 Daisyau-dono no ohom-humi mo tori-ide te misure ba, yoki hito kasikoku si te, hina-bi, mono-mede suru hito ni te, odoroki oku-si te, uti-kahesi uti-kahesi,
  "Ito medetaki ohom-saihahi wo sute te use tamahi ni keru hito kana! Onore mo tono-bito ni te, mawiri tukau-mature do mo, tikaku mesi-tukahu koto mo naku, ito kedakaku omohasuru Tono nari. Wakaki mono-domo no koto ohose rare taru ha, tanomosiki koto ni nam."
 nado, yorokobu wo miru ni mo, "Masite, ohase masika ba." to omohu ni, husi marobi te naka ru.
 Kami mo ima nam uti-naki keru. Saru ha, ohase si yo ni ha, naka-naka, kakaru taguhi no hito si mo, tadune tamahu beki ni si mo ara zu kasi. "Wa ga ayamati ni te usinahi turu mo itohosi. Nagusame m." to obosu yori nam, "Hito no sosiri, nemgoro ni tadune zi." to obosi keru.

 [4-8 浮舟四十九日忌の法事]
四十九日のわざなどせさせたまふにも、「いかなりけむことにかは」と思せば、とてもかくても罪得まじきことなれば、いと忍びて、かの律師の寺にてせさせたまひける。六十僧の布施など、大きにおきてられたり。母君も来ゐて、事ども添へたり。
宮よりは、右近がもとに、白銀の壷に黄金入れて賜へり。人見とがむばかり大きなるわざは、えしたまはず、右近が心ざしにてしたりければ、心知らぬ人は、「いかで、かくなむ」など言ひける。殿の人ども、睦ましき限りあまた賜へり。
「あやしく。音もせざりつる人の果てを、かく扱はせたまふ。誰ならむ」
と、今おどろく人のみ多かるに、常陸守来て、主人がり居るなむ、あやしと人びと見ける。少将の子産ませて、いかめしきことせさせむとまどひ、家の内になきものはすくなく、唐土新羅の飾りをもしつべきに、限りあれば、いとあやしかりけり。この御法事の、忍びたるやうに思したれど、けはひこよなきを見るに、「生きたらましかば、わが身を並ぶべくもあらぬ人の御宿世なりけり」と思ふ。
宮の上も誦経したまひ、七僧の前のことせさせたまひけり。今なむ、「かかる人持たまへりけり」と、帝までも聞こし召して、おろかにもあらざりける人を、宮にかしこまりきこえて、隠し置きたまひたりける、いとほしと思しける。
二人の人の御心のうち、古りず悲しく、あやにくなりし御思ひの盛りにかき絶えては、いといみじければ、あだなる御心は、慰むやなど、こころみたまふこともやうやうありけり。
かの殿は、かくとりもちて、何やかやと思して、残りの人を育ませたまひても、なほ、いふかひなきことを、忘れがたく思す。

 [4-8 浮舟四十九日忌の法事]
四十九日の法事などもおさせになるにつけても、「いったいどういうことになったのか」とお思いになるので、いずれにしても罪になることではないから、たいそうこっそりと、あの律師の寺でおさせになった。六十人の僧のお布施など、大がかりに仰せつけになっていた。母君も来ていて、お布施を加えた。
宮からは、右近のもとに、白銀の壷に黄金を入れて賜った。人が見咎めるほどの大げさな法事は、おできになれず、右近の志として催したので、事情を知らない人は、「どうして、このような」などと言った。殿の家来どもで、気心の知れた者ばかり大勢お遣わしになった。
「不思議なこと。噂にも聞かなかった方の法事を、こんなに立派にあそばす。いったい誰であろう」
と、今になって驚く人ばかりが多かったが、常陸介が来て、主人顔でいるので、変だと人びとは見るのだった。少将が子を産ませて、盛大なお祝いをさせようと大騷ぎし、邸の中にない物は少なく、唐土や新羅の装飾をもしたいのだが、限界があるので、まことにお粗末な有様であった。この御法事が、人目に立たないようにとお思いであったが、感じが格別であるのを見ると、「もし生きていたらどんなにかと、わが身に比肩できない方のご運勢であったなあ」と思う。
宮の上も、誦経をなさり、七僧への饗応の事もおさせになった。今になって、「このような人を持っていらしたのだ」と、帝までがお耳にあそばして、並々ならず大切に思っていた人を、宮にご遠慮申して隠していらしたのを、お気の毒にとお思いになった。
二人のお方のご心中は、いつまでも悲しく、あいにくな横恋慕の最中に亡くなってしまっては、ひどく悲しいが、浮気なお心は、慰められるかなどと、他の女に言い寄りなさることもだんだんとあるのだった。
あの殿は、このようにお心にかけて、何やかやとご心配なさって、残った人をお世話なさっても、やはり、言って効のないことを、忘れがたくお思いになる。

 [4-8 Kaoru holds the forty-ninth day of Buddhist service for Ukifune's death]
 Sizihu-ku-niti no waza nado se sase tamahu ni mo, "Ika nari kem koto ni ka ha." to obose ba, tote-mo kakute-mo tumi u maziki koto nare ba, ito sinobi te, ka no Risi no tera ni te se sase tamahi keru. Roku-zihu sou no huse nado, ohoki ni okite rare tari. Haha-Gimi mo ki wi te, koto-domo sohe tari.
 Miya yori ha, Ukon ga moto ni, siro-gane no tubo ni kogane ire te tamahe ri. Hito mi-togamu bakari ohoki naru waza ha, e si tamaha zu, Ukon ga kokorozasi ni te si tari kere ba, kokoro-sira nu hito ha, "Ikade, kaku nam." nado ihi keru. Tono no hito-domo, mutumasiki kagiri amata tamahe ri.
 "Ayasiku. Oto mo se zari turu hito no hate wo, kaku atukaha se tamahu. Tare nara m."
 to, ima odoroku hito nomi ohokaru ni, Hitati-no-Kami ki te, aruzi-gari woru nam, ayasi to hito-bito mi keru. Seusyau no ko uma se te, ikamesiki koto se sase m to madohi, ihe no uti ni naki mono ha sukunaku, Morokosi Siragi no kazari wo mo situ beki ni, kagiri are ba, ito ayasikari keri. Ko no ohom-hohuzi no, sinobi taru yau ni obosi tare do, kehahi koyonaki wo miru ni, "Iki tara masika ba, wa ga mi wo narabu beku mo ara nu hito no ohom-sukuse nari keri." to omohu.
 Miya-no-Uhe mo zukyau si tamahi, siti-sou no mahe no koto se sase tamahi keri. Ima nam, "Kakaru hito mo' tamahe ri keri." to, Mikado made mo kikosi-mesi te, oroka ni mo ara zari keru hito wo, Miya ni kasikomari kikoye te, kakusi-oki tamahi tari keru, itohosi to obosi keru.
 Hutari no hito no mi-kokoro no uti, huri zu kanasiku, ayaniku nari si ohom-omohi no sakari ni kaki taye te ha, ito imizikere ba, ada naru mi-kokoro ha, nagusamu ya nado, kokoromi tamahu koto mo yau-yau ari keri.
 Ka no Tono ha, kaku torimoti te, nani ya ka ya to obosi te, nokori no hito wo hagukuma se tamahi te mo, naho, ihu-kahi-naki koto wo, wasure gataku obosu.

 5 薫の物語 明石中宮の女宮たち [5-1 薫と小宰相の君の関係]
后の宮の、御軽服のほどは、なほかくておはしますに、二の宮なむ式部卿になりたまひにける。重々しうて、常にしも参りたまはず。この宮は、さうざうしくものあはれなるままに、一品の宮の御方を慰め所にしたまふ。よき人の容貌をも、えまほに見たまはぬ、残り多かり。
大将殿の、からうして、いと忍びて語らはせたまふ小宰相の君といふ人の、容貌などもきよげなり、心ばせある方の人と思されたり。同じ琴を掻きならす、爪音、撥音も、人にはまさり、文を書き、ものうち言ひたるも、よしあるふしをなむ添へたりける。
この宮も、年ごろ、いといたきものにしたまひて、例の、言ひ破りたまへど、「などか、さしもめづらしげなくはあらむ」と、心強く2586ねたきさまなるを、まめ人は、「すこし人よりことなり」と思すになむありける。かくもの思したるも見知りければ、忍びあまりて聞こえたり。
「あはれ知る心は人におくれねど
数ならぬ身に消えつつぞ経る
代へたらば」
と、ゆゑある紙に書きたり。ものあはれなる夕暮、しめやかなるほどを、いとよく推し量りて言ひたるも、憎からず。
「常なしとここら世を見る憂き身だに
人の知るまで嘆きやはする
このよろこび、あはれなりし折からも、いとどなむ」
など言ひに立ち寄りたまへり。いと恥づかしげにものものしげにて、なべてかやうになどもならしたまはぬ、人柄もやむごとなきに、いとものはかなき住まひなりかし。局などいひて、狭くほどなき遣戸口に寄りゐたまへる、かたはらいたくおぼゆれど、さすがにあまり卑下してもあらで、いとよきほどにものなども聞こゆ。
「見し2587人よりも、これは心にくきけ添ひてもあるかな。などて、かく出で立ちけむ。さるものにて、我も置いたらましものを」
と思す。人知れぬ筋は、かけても見せたまはず。

 5 薫の物語 明石中宮の女宮たち [5-1 薫と小宰相の君の関係]
后の宮が、御軽服の間は、やはり里下がりしていらっしゃるうちに、二の宮が式部卿におなりになった。重々しくなって、常には参上なさらない。この宮は、もの寂しくて何となく悲しい気分のまま、一品の宮のお側を慰め所としていらっしゃる。器量の良い女房の顔で、まだよく御覧にならない者が、多く残っていた。
大将殿が、やっとのことで、たいそうこっそりと親しくなさっている小宰相の君という女房で、器量なども美しげで、気立ての良い人とお思いであった。同じ琴をかき鳴らす、その爪音や、撥の音が、誰にもまさって、手紙を書き、何か言うのも、風流な事が加わっているのだった。
この宮も、長年、とても関心を寄せていらっしゃって、いつものように、悪口おっしゃるが、「どうして、そのようにありふれた女でいようか」と、気強くて従わないのを、真面目人間は、「少しは他の女と違っている」とお思いなのであった。このように物思いに沈んでいらっしゃるのを知っていたので、思い余って差し上げた。
「お悲しみを知る心は誰にも負けませんが
一人前でもない身では遠慮して消え入らんばかりに過ごしております
亡くなった方と入れ替れるものでたら」
と、由緒ある紙に書いてあった。何となくしみじみとした夕暮で、しんみりした時に、まことによく推察して言って来たのも、気が利いている。
「無常の世を長年見続けて来たわが身でさえ
人が見咎めるまで嘆いてはいないつもりでしたが
このお見舞いのお礼には、悲しい折柄、ひとしお嬉しかった」
などと言いに立ち寄りなさった。たいそう気恥ずかしくなるほど堂々として、普段はこのようにはお立ち寄りなさらず、人柄もご立派なのに、たいそうささやかな住まいである。局などと言って、狭く何程もない遣戸口に寄っていらっしゃるのは、体裁悪く思われるが、そうは言ってもむやみに卑下することもなく、とても良い具合にお話など申し上げる。
「亡き人よりも、この人は奥ゆかしい感じが加わっているな。どうして、このように出仕したのだろう。そのような人として、わたしも側に置いたらよかったものを」
とお思いになる。密やかな心の内は、少しもお見せにならない。

 5 Tale of Kaoru Akashi-Empress' daughters [5-1 Kaoru and his girlfriend Ko-Zaisho]
 Kisaki-no-Miya no, ohom-kyaubuku no hodo ha, naho kaku te ohasimasu ni, Ni-no-Miya nam Sikibukyau ni nari tamahi ni keru. Omo-omosiu te, tune ni si mo mawiri tamaha zu. Ko no Miya ha, sau-zausiku mono ahare naru mama ni, Iti-hon-no-Miya no Ohom-Kata wo nagusame-dokoro ni si tamahu. Yoki hito no katati wo mo, e maho ni mi tamaha nu, nokori ohokari.
 Daisyau-dono no, karausite, ito sinobi te kataraha se tamahu Ko-Zaisyau-no-Kimi to ihu hito no, katati nado mo kiyoge nari, kokoro-base aru kata no hito to obosa re tari. Onazi koto wo kaki-narasu, tuma-oto, bati-oto mo, hito ni ha masari, humi wo kaki, mono uti-ihi taru mo, yosi aru husi wo nam sohe tari keru.
 Ko no Miya mo, tosi-goro, ito itaki mono ni si tamahi te, rei no, ihi-yaburi tamahe do, "Nado ka, sa si mo medurasige naku ha ara m." to, kokoro-duyoku netaki sama naru wo, mame-bito ha, "Sukosi hito yori koto nari." to obosu ni nam ari keru. Kaku mono obosi taru mo mi-siri kere ba, sinobi amari te kikoye tari.
 "Ahare siru kokoro ha hito ni okure ne do
 kazu nara nu mi ni kiye tutu zo huru

 Kahe tara ba."
 to, yuwe aru kami ni kaki tari. Mono ahare naru yuhugure, simeyaka naru hodo wo, ito yoku osihakari te ihi taru mo, nikukara zu.
 "Tune nasi to kokora yo wo miru uki mi dani
 hito no siru made nageki ya ha suru

 Ko no yorokobi, ahare nari si wori kara mo, itodo nam."
 nado ihi ni tati-yori tamahe ri. Ito hadukasige ni mono-monosige ni te, nabete kayau ni nado mo narasi tamaha nu, hitogara mo yamgotonaki ni, ito mono-hakanaki sumahi nari kasi. Tubone nado ihi te, sebaku hodo naki yarido-guti ni yori wi tamahe ru, katahara-itaku oboyure do, sasuga ni amari hige si te mo ara de, ito yoki hodo ni mono nado mo kikoyu.
 "Mi si hito yori mo, kore ha kokoro-nikuki ke sohi te mo aru kana! Nado te, kaku ide tati kem. Saru mono ni te, ware mo oi tara masi mono wo."
 to obosu. Hito sire nu sudi ha, kake te mo mise tamaha zu.

 [5-2 六条院の法華八講]
蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条の院の御ため、紫の上など、皆思し分けつつ、御経仏など供養ぜさせたまひて、いかめしく、尊くなむありける。五巻の日などは、いみじき見物なりければ、こなたかなた、女房につきて参りて、物見る人多かりけり。
五日といふ朝座に果てて、御堂の飾り取りさけ、御しつらひ改むるに、北の廂も、障子ども放ちたりしかば、皆入り立ちてつくろふほど、西の渡殿に姫宮おはしましけり。もの聞き極じて、女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる夕暮に、大将殿、直衣着替へて、今日まかづる僧の中2588に、かならずのたまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、皆まかでぬれば、池の方に涼みたまひて、人少ななるに、かくいふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかり立てて、うちやすむ上局にしたり。
「ここにやあらむ、人の衣の音す」と思して、馬道の方の障子の細く開きたるより、やをら見たまへば、例さやうの人のゐたるけはひには似ず、晴れ晴れしくしつらひたれば、なかなか、几帳どもの立て違へたるあはひより見通されて、あらはなり。
氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人びと、大人三人ばかり、童と居たり。唐衣も汗衫も着ず、皆うちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御衣着替へ2589たまへる人の、手に氷を持ちながら、かく争ふを、すこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。
いと暑さの堪へがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思さるるにやあらむ、すこしこなたに靡かして引かれたるほど、たとへむものなし。「ここらよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけり」とおぼゆ。御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひ静めて見れば、黄なる生絹の単衣、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、「用意あらむはや」と、ふと見えて、
「なかなか、もの扱ひに、いと苦しげなり。ただ、さながら見たまへかし」
とて、笑ひたるまみ、愛敬づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。

 [5-2 六条院の法華八講]
蓮の花の盛りに、法華八講が催される。六条院の御ため、紫の上のなどと、皆それぞれに日をお分けになって、お経や仏などを供養あそばして、荘厳に、立派に催された。五巻目の日などは、大変な見物だったので、あちらこちら、女房の縁故をたどって、見物に来る人が多かった。
五日という朝座で終わって、御堂の飾りを取り外し、お部屋の飾りつけを改めるので、北の廂も、襖障子なども外してあったので、皆が入り込んで整えている間、西の渡殿に姫宮はいらっしゃった。お経を聞き疲れて、女房たちもそれぞれの局にいて、御前はたいそう人少なな夕暮に、大将殿は、直衣に着替えて、今日退出する僧の中に、是非にお話なさらなければならない事があったので、釣殿の方にいらっしゃったが、皆が退出してしまったので、池の方で涼みなさって、人も少ないので、さきほどの小宰相の君などが、仮に几帳などを立てて、ちょっと休むための上局にしていた。
「ここであろうか、衣ずれの音がする」とお思いになって、馬道の方の襖障子が細く開いているところから、そっと御覧になると、いつもそのような女房がいる感じと違って、広々と整頓されているので、かえって、几帳などがいくつもはすに立ててあって見通されて、丸見えである。
氷を何かの蓋の上に置いて割ろうとして、騒いでいる女房たち、大人三人ほどと、童女とがいた。唐衣も汗衫も着ず、みな打ち解けていたので、御前とはお思いでないが、白い薄物のお召物を着ていらっしゃる人で、手に氷を持ちながら、このように騒いでいるのを、少しほほ笑んでいらっしゃるお顔、何とも言いようもなくかわいらしげである。
ひどく暑さの堪えがたい日なので、うるさい御髪が、暑苦しくお思いなされるのであろうか、少しこちら側に靡かして引いている様子、何物にも譬えようがない。「大勢美しい女性を見て来たが、似ている人は誰もいないなあ」と思われる。御前の女房は、まこと土人形のような気がするのを、冷静になって見ていると、黄色い生絹の単衣に薄紫色の裳を着ている女で、扇をちょっと使っているところなど、「いかにも嗜みがあるなあ」と、ふと見えて、
「かえって、氷を扱うのに、とても暑苦しそうです。ただ、そのままで御覧なさい」
と言って、にっこりしている目もと、愛嬌がある。声を聞くと、この目指している女と分かった。

 [5-2 A Buddhist servisce is held for Hikaru-Genji amd Murasaki at Rokujo-in]
 Hatisu no hana no sakari ni, mi-hakau se raru. Rokudeu-no-Win no ohom-tame, Murasaki-no-Uhe nado, mina obosi wake tutu, ohom-kyau Hotoke nado kuyau-ze sase tamahi te, ikamesiku, tahutoku nam ari keru. Go-kwan no hi nado ha, imiziki mi-mono nari kere ba, konata kanata, nyoubau ni tuki te mawiri te, mono miru hito ohokari keri.
 Itu-ka to ihu asaza ni hate te, mi-dau no kazari tori-sake, ohom-siturahi aratamuru ni, kita no hisasi mo, sauzi-domo hanati tari sika ba, mina iri tati te tukurohu hodo, nisi no wata-dono ni Hime-Miya ohasimasi keri. Mono kiki gou-zi te, nyoubau mo ono-ono tubone ni ari tutu, o-mahe ha ito hito-zukuna naru yuhugure ni, Daisyau-dono, nahosi ki-gahe te, kehu makaduru sou no naka ni, kanarazu notamahu beki koto aru ni yori, turi-dono no kata ni ohasi taru ni, mina makade nure ba, ike no kata ni suzumi tamahi te, hito-zukuna naru ni, kaku ihu Saisyau-no-Kimi nado, karisome ni kityau nado bakari tate te, uti-yasumu uhe-tubone ni si tari.
 "Koko ni ya ara m, hito no kinu no oto su." to obosi te, medau no kata no sauzi no hosoku aki taru yori, yawora mi tamahe ba, rei sa-yau no hito no wi taru kehahi ni ha ni zu, hare-baresiku siturahi tare ba, naka-naka, kityau-domo no tate-tigahe taru ahahi yori mi-tohosa re te, araha nari.
 Hi wo mono no huta ni oki te waru tote, mote sawagu hito-bito, otona mi-tari bakari, waraha to wi tari. Kara-ginu mo kazami mo ki zu, mina uti-toke tare ba, o-mahe to ha mi tamaha nu ni, siroki usu-mono no ohom-zo ki-gahe tamahe ru hito no, te ni hi wo moti nagara, kaku arasohu wo, sukosi wemi tamahe ru ohom-kaho, iha m kata naku utukusige nari.
 Ito atusa no tahe gataki hi nare ba, kotitaki mi-gusi no, kurusiu obosa ruru ni ya ara m, sukosi konata ni nabikasi te hika re taru hodo, tatohe m mono nasi. "Kokora yoki hito wo mi atumure do, niru beku mo ara zari keri." to oboyu. O-mahe naru hito ha, makoto ni tuti nado no kokoti zo suru wo, omohi sidume te mire ba, ki naru suzusi no hitohe, usu-iro naru mo ki taru hito no, ahugi uti-tukahi taru nado, "Youi ara m ha ya!" to, huto miye te,
 "Naka-naka, mono-atukahi ni, ito kurusige nari. Tada, sanagara mi tamahe kasi."
 tote, warahi taru mami, aigyau-duki tari. Kowe kiku ni zo, ko no kokorozasi no hito to ha siri nuru.

 [5-3 小宰相の君、氷を弄ぶ]
心強く割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさし当てなど、さま悪しうする人もあるべし。異人は、紙につつみて、御前にもかくて参らせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、拭はせたまふ。
「いな、持たらじ。雫むつかし」
とのたまふ御声、いとほのかに聞くも、限りもなくうれし。「まだいと小さくおはしまししほどに、我も、ものの心も知らで見たてまつりし時、めでたの稚児の御さまや、と見たてまつりし。その後、たえてこの御けはひをだに聞かざりつるものを、いかなる神仏の、かかる折見せたまへるならむ。例の、やすからずもの思はせむとするにやあらむ」
と、かつは静心なくて、まもり立ちたるほどに、こなたの対の北面に住みける下臈女房の、この障子2590は、とみのことにて、開けながら下りにけるを思ひ出でて、「人もこそ見つけて騒がるれ」と思ひければ、惑ひ入る。
この直衣姿を見つくるに、「誰ならむ」と心騷ぎて、おのがさま見えむことも知らず、簀子よりただ来に来れば2591、ふと立ち去りて、「誰とも見えじ。好き好きしきやうなり」と思ひて隠れたまひぬ。
この御許は、
「いみじきわざかな。御几帳をさへあらはに引きなしてけるよ。右の大殿2592の君たちならむ。疎き人、はた、ここまで来べきにもあらず。ものの聞こえあらば、誰れか障子2593は開けたりしと、かならず出で来なむ。単衣も袴も、生絹なめりと見えつる人の御姿なれば、え人も聞きつけたまはぬならむかし」
と思ひ極じてをり。
かの人は、「やうやう聖になりし心を、ひとふし違へそめて、さまざまなるもの思ふ人ともなるかな。そのかみ世を背きなましかば、今は深き山に住み果てて、かく心乱れましや」など思し続くるも、やすからず。「などて、年ごろ、見たてまつらばやと思ひつらむ。なかなか苦しう、かひなかるべきわざにこそ」と思ふ。

 [5-3 小宰相の君、氷を弄ぶ]
無理して割って、それぞれの手に持っていた。頭の上に置いたり、胸に当てたりなど、体裁の悪い恰好をする女もいるのであろう。他の人は、紙に包んで、御前にもこのようにして差し上げたが、とてもかわいらしいお手を差し出しなさって、拭わせなさる。
「いえ、持てません。雫が嫌です」
とおっしゃるお声、とてもかすかに聞くのも、この上なく嬉しい。「まだとても幼くいらしたときに、わたしも、何も分からず拝見したとき、何とかわいらしい姫宮か、と拝見した。その後は、まったく姫宮のご様子をさえ聞かなかったが、どのような神仏が、このような機会をお見せになったのであろうか。いつもの、心安からず物思いをさせようとするのであろうか」
と、一方では落ち着かず、じっと見つめて佇んでいると、こちらの対の北面に住んでいた下臈の女房が、この襖障子は、急ぎの用事で、開けたままで下りて来たのを思い出して、「人が見つけて騒いだら大変だ」と思ったので、あわてて入って来る。
この直衣姿を見つけて、「誰だろう」とびっくりして、自分の姿を見られることも構わず、簀子からずんずんやって来たので、ふと立ち去って、「誰とも知られまい。好色なようだ」と思って隠れなさった。
この女房は、
「大変なことだわ。御几帳までを丸見えにしていたことだわ。右の大殿の公達であろうかしら。疎遠な方は、また、ここまでは来るはずがない。何かの噂が立ったら、誰が襖障子を開けていたのだろうかと、きっと出て来るだろう。単衣も袴も、生絹のように見えた方のお姿なので、誰もお気づきになることができなかっただろう」
と困りきっていた。
あの方は、「だんだんと聖になって来た心を、一度踏み外して、さまざまに物思いを重ねる人となってしまったなあ。その昔に出家遁世してしまったら、今は深い山奥に住みついて、このような心を乱すことはないものを」などとお思い続けるにつけても、落ち着かない。「どうして、長年、お顔を拝見したものだと思っていたのであろう。かえって苦しいだけで、何にもならないことであるのに」と思う。

 [5-3 Ko-Zaisho plays with a piece of ice at hot day]
 Kokoro-duyoku wari te, te-goto ni mo' tari. Kasira ni uti-oki, mune ni sasi-ate nado, sama asiu suru hito mo aru besi. Koto-bito ha, kami ni tutumi te, o-mahe ni mo kaku te mawira se tare do, ito utukusiki mi-te wo sasi-yari tamahi te, nogoha se tamahu.
 "Ina, mo' tara zi. Siduku mutukasi."
 to notamahu ohom-kowe, ito honoka ni kiku mo, kagiri mo naku uresi. "Mada ito tihisaku ohasimasi si hodo ni, ware mo, mono no kokoro mo sira de mi tatematuri si toki, medeta no tigo no ohom-sama ya, to mi tatematuri si. So no noti, taye te ko no ohom-kehahi wo dani kika zari turu mono wo, ika naru Kami Hotoke no, kakaru wori mise tamahe ru nara m. Rei no, yasukara zu mono omoha se m to suru ni ya ara m."
 to, katu ha sidu-kokoro naku te, mamori tati taru hodo ni, konata no tai no kita-omote ni sumi keru gerahu nyoubau no, ko no sauzi ha, tomi no koto ni te, ake nagara ori ni keru wo omohi-ide te, "Hito mo koso mi-tuke te sawaga rure." to omohi kere ba, madohi iru.
 Ko no nahosi-sugata wo mi-tukuru ni, "Tare nara m?" to kokoro-sawagi te, onoga sama miye m koto mo sira zu, sunoko yori tada ki ni kure ba, huto tati-sari te, "Tare to mo miye zi. Suki-zukisiki yau nari." to omohi te kakure tamahi nu.
 Ko no omoto ha,
 "Imiziki waza kana! Mi-kityau wo sahe araha ni hiki nasi te keru yo. Migi-no-Ohotono no Kimi-tati nara m. Utoki hito, hata, koko made ku beki ni mo ara zu. Mono no kikoye ara ba, tare ka sauzi ha ake tari si to, kanarazu ide-ki na m. Hitohe mo hakama mo, suzusi na'meri to miye turu hito no ohom-sugata nare ba, e hito mo kiki-tuke tamaha nu nara m kasi."
 to omohi-gou-zi te wori.
 Ka no hito ha, "Yau-yau hiziri ni nari ni si kokoro wo, hito-husi tagahe some te, sama-zama naru mono omohu hito to mo naru kana! Sono-kami yo wo somuki na masika ba, ima ha hukaki yama ni sumi hate te, kaku kokoro-midare masi ya!" nado obosi tudukuru mo, yasukara zu. "Nadote, tosi-goro, mi tatematura baya to omohi tu ram. Naka-naka kurusiu, kahi nakaru beki waza ni koso." to omohu.

 [5-4 薫と女二宮との夫婦仲]
つとめて、起きたまへる女宮の御容貌、「いとをかしげなめるは、これよりかならずまさるべきことかは」と見えながら、「さらに似たまはずこそありけれ。あさましきまであてに、えも言はざりし御さまかな。かたへは思ひなしか、折からか」と思して、
「いと暑しや。これより薄き御衣奉れ。女は、例ならぬ物着たるこそ、時々につけてをかしけれ」とて、「あなたに参りて、大弐に、薄物の単衣の御衣、縫ひて参れと言へ」
とのたまふ。御前なる人は、「この御容貌のいみじき盛りにおはしますを、もてはやしきこえたまふ」とをかしう思へり。
例の、念誦したまふわが御方におはしましなどして、昼つ方渡りたまへれば、のたまひつる御衣、御几帳にうち掛けたり。
「なぞ、こは奉らぬ。人多く見る時なむ、透きたる物着るは、ばうぞくにおぼゆる。ただ今はあへはべりなむ」
とて、手づから着せ奉りたまふ。御袴も昨日の同じ紅なり。御髪の多さ、裾などは劣りたまはねど、なほさまざまなるにや、似るべくもあらず。氷召して、人びとに割らせたまふ。取りて一つ奉りなどしたまふ、心のうちもをかし。
「絵に描きて、恋しき人見る人は、なくやはありける。ましてこれは、慰めむに似げなからぬ御ほどぞかしと思へど、昨日かやうにて、我混じりゐ、心にまかせて見たてまつらましかば」とおぼゆるに、心にもあらずうち嘆かれぬ。
「一品の宮に、御文は奉りたまふや」
と聞こえたまへば、
「内裏にありし時、主上の、さのたまひしかば聞こえしかど、久しうさもあらず」
とのたまふ。
「ただ人にならせたまひにたりとて、かれよりも聞こえさせたまはぬにこそは、心憂かなれ。今、大宮の御前にて、恨みきこえさせたまふ、と啓せむ」
とのたまふ。
「いかが恨みきこえむ。うたて」
とのたまへば、
「下衆になりにたりとて、思し落とすなめり、と見れば、おどろかしきこえぬ、とこそは聞こえめ」
とのたまふ。

 [5-4 薫と女二宮との夫婦仲]
翌朝、起きなさった女宮の御器量が、「とても美しくいらっしゃるようなのは、この宮よりもきっとまさっていらっしゃるだろうか」と思いながらも、「まったく似ていらっしゃらない。驚くほど上品で、何とも言えないほどのご様子だなあ。一つには気のせいか、時節柄か」とお思いになって、
「ひどく暑いね。これより薄いお召し物になさいませ。女性は、変わった物を着ているのが、その時々につけ趣があるものです」と言って、「あちらに参上して、大弍に、薄物の単衣のお召し物を、縫って差し上げよと申せ」
とおっしゃる。御前の女房は、「宮のご器量がたいそう女盛りでいらっしゃるのを、さらに引き立てようとなさる」とおもしろく思っていた。
いつものように、念誦をなさるご自分のお部屋にいらっしゃったりなどして、昼頃にお渡りになると、お命じになっていたお召し物が、御几帳に懸けてあった。
「どうして、これをお召しにならないのか。人が大勢見る時に、透けた物を着るのは、はしたなく思われる。今は構わないでしょう」
と言って、ご自身でお着せなさる。御袴も昨日のと同じ紅色である。御髪の多さや、裾などは負けないが、やはりそれぞれの美しさなのか、似るはずもない。氷を召して、女房たちに割らせなさる。取って一つ差し上げなどなさる、心の中もおもしろい。
「絵に描いて、恋しい人を見る人は、いないだろうか。ましてこの宮は、気持ちを慰めるのに似つかわしからぬご姉妹であると思うが、昨日あのようにして、自分があの中に混じっていて、心ゆくまで拝することができたなら」と思うと、われ知らずのうちに溜息が漏れてしまった。
「一品の宮に、お手紙は差し上げなさいましたか」
とお尋ね申し上げなさると、
「内裏にいたとき、主上が、そのようにおっしゃったので差し上げましたが、長いことそういたしてません」
とおっしゃる。
「臣下におなりあそばしたといって、あちらからお便りを下さらないのは、情けないことです。今、大宮の御前に、お恨み申されています、と申し上げよう」
とおっしゃる。
「どうしてお恨み申していましょう。嫌ですわ」
とおっしゃるので、
「身分が低くなったからといって、軽んじていらっしゃるようだ、と思われるので、お便りも差し上げないのです、と申し上げましょう」
とおっしゃる。

 [5-4 The marital relationship between Kaoru and Ninomiya]
 Tutomete, oki tamahe ru Womna-Miya no ohom-katati, "Ito wokasige na'meru ha, kore yori kanarazu masaru beki koto ka ha." to miye nagara, "Sarani ni tamaha zu koso ari kere. Asamasiki made ate ni, e mo iha zari si ohom-sama kana! Katahe ha omohi sika, wori kara ka." to obosi te,
 "Ito atusi ya! Kore yori usuki ohom-zo tatemature. Womna ha, rei nara nu mono ki-taru koso, toki-doki ni tuke te wokasikere." tote, "Anata ni mawiri te, Daini ni, usu-mono no hiothe no ohom-zo nuhi te mawire to ihe."
 to notamahu. O-mahe naru hito ha, "Ko no ohom-katati no imiziki sakari ni ohasimasu wo, motehayasi kikoye tamahu." to wokasiu omohe ri.
 Rei no, nenzu si tamahu wa ga ohom-kata ni ohasimasi nado si te, hiru tu kata watari tamahe re ba, notamahi turu ohom-zo, mi-kityau ni uti-kake tari.
 "Nazo, ko ha tatematura nu? Hito ohoku miru toki nam, suki taru mono kiru ha, bauzoku ni oboyuru. Tada ima ha ahe haberi na m."
 tote, te-dukara kise tatematuri tamahu. Ohom-hakama mo kinohu no onazi kurenawi nari. Mi-gusi no ohosa, suso nado ha otori tamaha ne do, naho sama-zama naru ni ya, niru beku mo ara zu. Hi mesi te, hito-bito ni wara se tamahu. Tori te hitotu tatematuri nado si tamahu, kokoro no uti mo wokasi.
 "We ni kaki te, kohisiki hito miru hito ha, naku ya ha ari keru. Masite kore ha, nagusame m ni nige-nakara nu ohom-hodo zo kasi to omohe do, kinohu kayau ni te, ware maziri wi, kokoro ni makase te mi tatematura masika ba." to oboyuru ni, kokoro ni mo ara zu uti-nageka re nu.
 "Iti-hon-no-Miya ni, ohom-humi ha tatematuri tamahu ya?"
 to kikoye tamahe ba,
 "Uti ni ari si toki, Uhe no, sa notamahi sika ba kikoye sika do, hisasiu sa mo ara zu."
 to notamahu.
 "Tada-udo ni nara se tamahi ni tari tote, kare yori mo kikoye sase tamaha nu ni koso ha, kokoro-uka' nare. Ima, Oho-Miya no o-mahe ni te, urami kikoye sase tamahu, to kei-se m."
 to notamahu.
 "Ikaga urami kikoye m. Utate."
 to notamahe ba,
 "Gesu ni nari ni tari tote, obosi-otosu na'meri, to mire ba, odorokasi kikoye nu, to koso ha kikoye me."

 [5-5 薫、明石中宮に対面]
その日は暮らして、またの朝に大宮に参りたまふ。例の、宮もおはしけり。丁子に深く染めたる薄物の単衣を、こまやかなる直衣に着たまへる、いとこのましげなる女の御身なりのめでたかりしにも劣らず、白くきよらにて、なほありしよりは面痩せたまへる、いと見るかひあり。
おぼえたまへりと見るにも、まづ恋しきを、いとあるまじきこと、と静むるぞ、ただなりしよりは苦しき。絵をいと多く持たせて参りたまへりける、女房して、あなたに参らせたまひて、渡らせたまひぬ。
大将も近く参り寄りたまひて、御八講の尊くはべりしこと、いにしへの御こと、すこし聞こえつつ、残りたる絵見たまふついでに、
「この里にものしたまふ皇女の、雲の上離れて、思ひ屈したまへるこそ、いとほしう見たまふれ。姫宮の御方より、御消息もはべらぬを、かく品定まりたまへるに、思し捨てさせたまへるやうに思ひて、心ゆかぬけしきのみはべるを、かやうのもの、時々ものせさせたまはなむ2594。なにがしがおろして持てまからむ。はた、見るかひもはべらじかし」
とのたまへば、
「あやしく。などてか捨てきこえたまはむ。内裏にては、近かりしにつきて、時々も聞こえたまふめりしを、所々になりたまひし折に、とだえたまへるにこそあらめ。今、そそのかしきこえむ。それよりもなどかは」
と聞こえたまふ。
「かれよりは、いかでかは。もとより数まへさせ2595たまはざらむをも、かく親しくてさぶらふべきゆかりに寄せて、思し召し数まへさせたまはむをこそ、うれしくははべるべけれ。まして、さも聞こえ馴れたまひにけむを、今捨てさせたまはむは、からきことにはべり」
と啓せさせたまふを、「好きばみたるけしきあるか」とは思しかけざりけり。
立ち出でて、「一夜の心ざしの人に会はむ。ありし渡殿も慰めに見むかし」と思して、御前を歩み渡りて、西ざまにおはするを、御簾の内の人は心ことに用意す。げに、いと様よく限りなきもてなしにて、渡殿の方は、左の大殿の君たちなど居て、物言ふけはひすれば、妻戸の前に居たまひて、
「おほかたには参りながら、この御方の見参に入ることの、難くはべれば、いとおぼえなく、翁び果てにたる心地しはべるを、今よりは、と思ひ起こしはべりてなむ。ありつかず、若き人どもぞ思ふらむかし」
と、甥の君たち2596の方を見やりたまふ。
「今よりならはせたまふこそ、げに若くならせたまふならめ」
など、はかなきことを言ふ人びとのけはひも、あやしうみやびかに、をかしき御方のありさまにぞある。そのこととなけれど、世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりは居たまへり。

 [5-5 薫、明石中宮に対面]
その日は過ごして、翌朝に大宮に参上なさる。いつものように、宮もいらっしゃった。丁子色に深く染めた薄物の単衣を、濃い縹色の直衣の下に召していらっしゃったのは、たいそう好感がもてる女宮のお姿が素晴らしかったのにも負けず、白く清らかで、やはり以前よりは面痩せなさっているのは、とても見栄えがする。
似ていらっしゃると見るにつけても、まっさきに恋しいのを、まことにけしからぬこと、と抑えるのは、拝見しなかった時よりもつらい。絵をとてもたくさん持たせて参上なさったが、女房を介して、あちらに差し上げなさって、ご自分もお渡りになった。
大将も近くに参り寄りなさって、御八講が立派であったことや、昔の御事を少し申し上げながら、残っている絵を御覧になる折に、
「わたしの里にいらっしゃるこ皇女が、宮中から離れて、思い沈んでいらっしゃるのが、お気の毒に拝されます。姫宮の御方から、お便りもございませんのを、このように身分が決定なさったので、お見捨てあそばされたように思って、気の晴れない様子ばかりしておりますが、こうした物を、時々お見せ下さいませ。わたしが直接持って参りますのも、また、張り合いのないものです」
と申し上げなさると、
「変なこと。どうしてお見捨て申し上げなさいましょう。内裏では、近かったことにつけて、時々手紙のやりとりをなさったようですが、別々におなりになった時から、滞りがちになったのでしょう。これから、お促し申し上げましょう。そちらからもどうして差し上げなさらないのですか」
と申し上げなさる。
「あちらからは、どうしてできましょうか。もともとお心に懸けていただけなかったとしても、こうして親しく伺候します縁にことよせて、お心を懸けてくださいましたら、嬉しいことでございます。それ以上に、そのように親しくなさっていたのを、今お見捨てになるのは、つらいことでございます」
と申し上げなさるのを、「好色心があるのか」とは思いよりなさらなかった。
お立ちになって、「先夜のお目当ての女に会おう。先日の渡殿も慰めに見よう」とお思いになって、御前を渡って、西の方角にいらっしゃるのを、御簾の内側の女房は特に緊張する。なるほど、たいそう風采よく、この上ない身のこなしで、渡殿の方では、左の大殿の公達などが座っていて、何か言っている様子がするので、妻戸の前にお座りになって、
「よく参上はいたしますが、こちらの御方にはお目にかかることも、めったにございませんので、いつのまにか、老人めいた気持ちでございますが、今からは、と気を奮い起こしまして。不似合いな振る舞いだと、若い人たちは思うでしょう」
と、甥の公達の方を御覧になる。
「今からお馴染みになられたら、なるほど若返りなされるでしょう」
などと、とりとめもないことを言う女房たちの様子も、不思議と優雅で、風情のあるこちらの御方のご様子である。特に用事ということはないが、世間話などをしながら、しんみりと、いつもよりは長居なさった。

 [5-5 Kaoru meets Akashi-Empress who is his wife's mother]
 So no hi ha kurasi te, mata no asita ni Oho-Miya ni mawiri tamahu. Rei no, Miya mo ohasi keri. Tyauzi ni hukaku some taru usu-mono no hitohe wo, komayaka naru nahosi ni ki tamahe ru, ito konomasige naru Womna no ohom-minari no medetakari si ni mo otora zu, siroku kiyora ni te, naho ari si yori ha omo-yase tamahe ru, ito miru kahi ari.
 Oboye tamahe ri to miru ni mo, madu kohisiki wo, ito aru maziki koto, to sidumuru zo, tada nari si yori ha kurusiki. We wo ito ohoku mota se te mawiri tamahe ri keru, nyoubau si te, anata ni mawira se tamahi te, watara se tamahi nu.
 Daisyau mo tikaku mawiri yori tamahi te, mi-ha'kau no tahutoku haberi si koto, inisihe no ohom-koto, sukosi kikoye tutu, nokori taru we mi tamahu tuide ni,
 "Ko no sato ni monosi tamahu Miko no, kumo no uhe hanare te, omohi-kut'-si tamahe ru koso, itohosiu mi tamahure. Hime-Miya-no-Ohomkata yori, ohom-seusoko mo habera nu wo, kaku sina sadamari tamahe ru ni, obosi sute sase tamahe ru yau ni omohi te, kokoro-yuka nu kesiki nomi haberu wo, kayau no mono, toki-doki monose sase tamaha nam. Nanigasi ga orosi te mo'te makara m. Hata, miru kahi mo habera zi kasi."
 to notamahe ba,
 "Ayasiku. Nadote ka sute kikoye tamaha m. Uti ni te ha, tikakari si ni tuki te, toki-doki mo kikoye tamahu meri si wo, tokoro-dokoro ni nari tamahi si wori ni, todaye tamahe ru ni koso ara me. Ima, sosonokasi kikoye m. Sore yori mo nadoka ha."
 to kikoye tamahu.
 "Kare yori ha, ikade ka ha. Moto yori kazumahe sase tamaha zara m wo mo, kaku sitasiku te saburahu beki yukari ni yose te, obosi-mesi kazumahe sase tamaha m wo koso, uresiku ha haberu bekere. Masite, sa mo kikoye nare tamahi ni kem wo, ima sute sase tamaha m ha, karaki koto ni haberi."
 to kei-se sase tamahu wo, "Sukibami taru kesiki aru ka?" to ha obosi-kake zari keri.
 Tati-ide te, "Hito-yo no kokorozasi no hito ni aha m. Ari-si watadono mo nagusame ni mi m kasi." to obosi te, o-mahe wo ayumi watari te, nisi-zama ni ohasuru wo, mi-su no uti no hito ha kokoro-koto ni youi su. Geni, ito sama yoku kagiri naki motenasi ni te, wata-dono no kata ha, Hidari-no-Ohotono no Kimi-tati nado wi te, mono ihu kehahi sure ba, tumado no mahe ni wi tamahi te,
 "Ohokata ni ha mawiri nagara, ko no Ohom-Kata no genzan ni iru koto no, kataku habere ba, ito oboye naku, okinabi hate ni taru kokoti si haberu wo, ima yori ha, to omohi-okosi haberi te nam. Ari-tuka zu, wakaki hito-domo zo omohu ram kasi."
 to, wohi no Kimi-tati no kata wo mi-yari tamahu.
 "Ima yori naraha se tamahu koso, geni wakaku nara se tamahu nara me."
 nado, hakanaki koto wo ihu hito-bito no kehahi mo, ayasiu miyabika ni, wokasiki ohom-kata no arisama ni zo aru. So no koto to nakere do, yononaka no monogatari nado si tutu, simeyaka ni, rei yori ha wi tamahe ri.

 [5-6 明石中宮、薫と小宰相の君の関係を聞く]
姫宮は、あなたに渡らせたまひにけり。大宮、
「大将のそなたに参りつるは」
と問ひたまふ。御供に参りたる大納言の君、
「小宰相の君に、もののたまはむとにこそは、はべめりつれ」
と聞こゆるに、
「例、まめ人の、さすがに人に心とどめて物語するこそ2597、心地おくれたらむ人は苦しけれ。心のほども見ゆらむかし。小宰相2598などは、いとうしろやすし」
とのたまひて、御兄弟なれど、この君をば、なほ恥づかしく、「人も用意なくて見えざらむかし」と思いたり。
「人よりは心寄せたまひて、局などに立ち寄りたまふべし。物語こまやかにしたまひて、夜更けて出でたまふ折々もはべれど、例の目馴れたる筋にははべらぬにや。宮をこそ、いと情けなくおはしますと思ひて、御いらへをだに聞こえずはべるめれ。かたじけなきこと」
と言ひて笑へば、宮も笑はせたまひて、
「いと見苦しき御さまを、思ひ知るこそをかしけれ。いかで、かかる御癖やめたてまつらむ。恥づかしや、この人びとも」
とのたまふ。

 [5-6 明石中宮、薫と小宰相の君の関係を聞く]
姫宮は、あちらにお渡りあそばした。大宮が、
「大将がそちらに参ったが」
とお尋ねになる。お供して参った大納言の君が、
「小宰相の君に、何かおっしゃろうとのことで、ございましょう」
と申し上げると、
「いつもの、真面目人間が、やはり女性に心を止めて話をするのは、気のきかない人でしたら困ります。心の底も見透かされるでしょう。小宰相などは、とても安心です」
とおっしゃって、ご姉弟であるが、この君を、やはり恥ずかしく思い、「女房たちも不注意に応対しないでほしい」とお思いになっていた。
「どの女房よりも心をお寄せになって、局などにお立ち寄りなさるのでしょう。お話を親密になさって、夜が更けてお帰りになる時々もございましたが、普通のありふれた色恋沙汰ではないのでしょうか。宮を、とても情けないお方と思って、お返事さえ差し上げないようでございます。恐れ多いこと」
と言って笑うと、宮もにっこりあそばして、
「ひどく見苦しいご様子を、知っているのがおもしろい。何とかして、あのようなお癖を止めさせ申したいものです。恥ずかしいね、そなたたちの手前も」
とおっしゃる。

 [5-6 Akashi-Empress hears the relationship between Kaoru and his girlfriend Ko-Zaisho]
 Hime-Miya ha, anata ni watara se tamahi ni keri. Oho-Miya,
 "Daisyau no sonata ni mawiri turu ha."
 to tohi tamahu. Ohom-tomo ni mawiri taru Dainagon-no-Kimi,
 "Ko-Zaisyau-no-Kimi ni, mono notamaha m to ni koso ha, habe' meri ture."
 to kikoyuru ni,
 "Rei, mame-bito no, sasuga ni hito ni kokoro-todome te monogatari suru koso, kokoti okure tara m hito ha kurusikere. Kokoro no hodo mo miyu ram kasi. Ko-Zaisyau nado ha, ito usiroyasusi."
 to notamahi te, ohom-harakara nare do, ko no Kimi wo ba, naho hadukasiku, "Hito mo youi naku te miye zara m kasi." to oboi tari.
 "Hito yori ha kokoro-yose tamahi te, tubone nado ni tati-yori tamahu besi. Monogatari komayaka ni si tamahi te, yo-huke te ide tamahu wori-wori mo habere do, rei no me-nare taru sudi ni ha habera nu ni ya? Miya wo koso, ito nasake naku ohasimasu to omohi te, ohom-irahe wo dani kikoye zu haberu mere. Katazikenaki koto."
 to ihi te warahe ba, Miya mo waraha se tamahi te,
 "Ito mi-gurusiki ohom-sama wo, omohi-siru koso wokasikere. Ikade, kakaru ohom-kuse yame tatematura m. Hadukasi ya, ko no hito-bito mo."
 to notamahu.

 [5-7 明石中宮、薫の三角関係を知る]
「いとあやしきことをこそ聞きはべりしか。この大将の亡くなしたまひてし人は、宮の御二条の北の方の御おとうとなりけり。異腹なるべし。常陸の前の守なにがしが妻は、叔母とも母とも言ひはべるなるは、いかなるにか。その女君に、宮こそ、いと忍びておはしましけれ。
大将殿や聞きつけたまひたりけむ。にはかに迎へたまはむとて、守り目添へなど、ことことしくしたまひけるほどに、宮も、いと忍びておはしましながら、え入らせたまはず、あやしきさまに、御馬ながら立たせたまひつつぞ、帰らせたまひける。
女も、宮を思ひきこえさせけるにや、にはかに消え失せにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣き惑ひはべりけれ」
と聞こゆ。宮も、「いとあさまし」と思して、
「誰れか、さることは言ふとよ。いとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことは、おのづから聞こえありぬべきを。大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の、命短かりけることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか」
とのたまふ。
「いさや、下衆は、たしかならぬことをも言ひはべるものを、と思ひはべれど、かしこにはべりける下童の、ただこのころ、宰相が里に出でまうできて、たしかなるやうにこそ言ひはべりけれ。かくあやしうて亡せたまへること、人に聞かせじ。おどろおどろしく、おぞきやうなりとて、いみじく隠しけることどもとて。さて、詳しくは聞かせたてまつらぬにやありけむ」
と聞こゆれば、
「さらに、かかること、またまねぶな、と言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきものに思はれぬべきなめり」
といみじう思いたり。

 [5-7 明石中宮、薫の三角関係を知る]
「とても不思議な事を聞きました。この大将殿が亡くしなさった人は、宮の二条の北の方のお妹君でした。異腹なのでしょう。常陸の前の介の何某の妻は、叔母とも母とも言っていますのは、どういうものでしょうか。その女君に、宮が、まことにこっそりとお通いになりました。
大将殿がお聞きつけになったのでしょうか。急遽お迎えなさろうとして、番人を増やしなどして、厳重になさっているところに、宮も、とてもこっそりとお通いになりながら、お入りになることができず、粗末な姿で、お馬に乗って立ったまま、お帰りになりました。
女も、宮をお慕い申し上げていたのでしょうか、急に消えてしまいましたが、身投げしたようだと言って、乳母などの女房は、泣き暮れておりました」
と申し上げる。大宮も、「まことに呆れたことだ」とお思いになって、
「誰が、そのようなことを言うのですか。お気の毒な情けないことですね。それほど珍しい事は、自然と噂になろうものを。大将もそのようには言わないで、世の中のはかなく無常なこと、このような宇治の宮の一族の短命であったことを、ひどく悲しんでおっしゃっていたが」
とおっしゃる。
「さあ、下衆は、確かでないことも申すものを、と思いますが、あちらに仕えておりました下童が、つい最近、小宰相の君の実家に出て参って、確かなことのように言いました。このように不思議に亡くなったことは、誰にも聞かせまい。大げさで、気味の悪い話だからといって、ひどく隠していたこととか。そうして、詳しくはお聞かせ申し上げなかったのでしょう」
と申し上げると、
「まったく、このような話は、二度と他人には話さないように、と言わせなさい。このような色恋沙汰で、お身の上を過ち、世人に軽々しく顰蹙をおかいになることになりましょう」
とたいそうご心配になった。

 [5-7 Akashi-Empress knew a love triangle between Kaoru, Nionomiya and Ukifune]
 "Ito ayasiki koto wo koso kiki haberi sika. Ko no Daisyau no nakunasi tamahi te si hito ha, Miya no ohom-Nideu-no-Kitanokata no ohom-otouto nari keri. Koto-bara naru besi. Hitati-no-saki-no-kami nanigasi ga me ha, woba to mo haha to mo ihi haberu naru ha, ika naru ni ka? So no Womna-Gimi ni, Miya koso, ito sinobi te ohasimasi kere.
 Daisyau-dono ya kiki-tuke tamahi tari kem. Nihaka ni mukahe tamaha m tote, mamori-me sohe nado, koto-kotosiku si tamahi keru hodo ni, Miya mo, ito sinobi te ohasimasi nagara, e ira se tamaha zu, ayasiki sama ni, ohom-uma nagara tata se tamahi tutu zo, kahera se tamahi keru.
 Womna mo, Miya wo omohi kikoye sase keru ni ya, nihaka ni kiye-use ni keru wo, mi nage taru na'meri tote koso, Menoto nado yau no hito-domo ha, naki madohi haberi kere."
 to kikoyu. Miya mo, "Ito asamasi." to obosi te,
 "Tare ka, saru koto ha ihu to yo. Itohosiku kokoro-uki koto kana! Sa-bakari meduraka nara m koto ha, onodukara kikoye ari nu beki wo! Daisyau mo sa-yau ni ha iha de, yononaka no hakanaku imiziki koto, kaku Udi-no-Miya no zou no, inoti mizikakari keru koto wo koso, imiziu kanasi to omohi te notamahi sika."
 to notamahu.
 "Isa ya, gesu ha, tasika nara nu koto wo mo ihi haberu mono wo, to omohi habere do, kasiko ni haberi keru simo-waraha no, tada kono-koro, Saisyau ga sato ni ide maude-ki te, tasika naru yau ni zo ihi haberi kere. Kaku ayasiu te use tamahe ru koto, hito ni kika se zi. Odoro-odorosiku, ozoki yau nari tote, imiziku kakusi keru koto-domo tote. Sate, kuhasiku ha kika se tatematura nu ni ya ari kem?"
 to kikoyure ba,
 "Sarani, kakaru koto, mata manebu na, to iha se yo. Kakaru sudi ni, ohom-mi wo mo motesokonahi, hito ni karuku kokoro-duki-naki mono ni omoha re nu beki na'meri."
 to imiziu oboi tari.

 6 薫の物語 薫、断腸の秋の思い [6-1 女一の宮から妹二の宮への手紙]
その後、姫宮の御方より、二の宮に御消息ありけり。御手などの、いみじううつくしげなるを見るにも、いとうれしく、「かくてこそ、とく見るべかりけれ」と思す。
あまたをかしき絵ども多く、大宮もたてまつらせたまへり。大将殿、うちまさりてをかしきども集めて、参らせたまふ。芹川の大将の遠君の、女一の宮思ひかけたる秋の夕暮に、思ひわびて出でて行きたる画、をかしう描きたるを、いとよく思ひ寄せらるかし2599。「かばかり思し靡く人のあらましかば」と思ふ身ぞ口惜しき。
「荻の葉に露吹き結ぶ秋風も
夕べぞわきて身にはしみける」
と書きても添へまほしく思せど、
「さやうなるつゆばかりのけしきにても漏りたらば、いとわづらはしげなる世なれば、はかなきことも、えほのめかし出づまじ。かくよろづに何やかやと、ものを思ひの果ては、昔の人のものしたまはましかば、いかにもいかにも他ざまに心分けましや。
時の帝の御女を賜ふとも、得たてまつらざらまし。また2600、さ思ふ人ありと聞こし召しながらは、かかることもなからましを、なほ心憂く、わが心乱りたまひける橋姫かな」
と思ひあまりては、また宮の上にとりかかりて、恋しうもつらくも、わりなきことぞ、をこがましきまで悔しき。これに思ひわびて、さしつぎには、あさましくて亡せにし人の、いと心幼く、とどこほるところなかりける軽々しさをば思ひながら、さすがにいみじとものを、思ひ入りけむほど、わがけしき例ならずと、心の鬼に嘆き沈みてゐたりけむありさまを、聞きたまひしも思ひ出でられつつ、
「重りかなる方ならで、ただ心やすくらうたき語らひ人にてあらせむ、と思ひしには、いとらうたかりし人を。思ひもていけば、宮をも思ひきこえじ。女をも憂しと思はじ。ただわがありさまの世づかぬおこたりぞ」
など、眺め入りたまふ時々多かり。

 6 薫の物語 薫、断腸の秋の思い [6-1 女一の宮から妹二の宮への手紙]
その後、姫宮の御方から、二の宮にお便りがあったのだった。ご筆跡などが、たいそうかわいらしそうなのを見るにつけ、実に嬉しく、「こうしてこそ、もっと早く見るべきであった」とお思いになる。
たくさんの趣のある絵をたくさん、大宮も差し上げあそばした。大将殿は、それ以上に趣のある絵を集めて、差し上げなさる。芹川の大将が遠君の、女一の宮に懸想をしている秋の夕暮に、思いあまって出かけて行った絵が、趣深く描けているのを、とてもよくわが身に思い当たるのである。「あれほどまで思い靡いてくださる方があったら」と思うわが身が残念である。
「荻の葉に露が結んでいる上を吹く秋風も
夕方には特に身にしみて感じられる」
と書き添えたく思うが、
「そのようなのを少しの様子にでも漏らしたら、とてもやっかいそうな世の中であるから、ちょっとしたことも、ちらっと出すことができない。このようにいろいろと何やかやと、憂愁を重ねた果てに思うことは、亡き大君が生きていらっしゃったら、どうして他の女に心を傾けたりしようか。
今上の帝の内親王を賜うといっても、頂戴はしなかったろうに。また、そのように思う女がいるとお耳にあそばしながら、このようなことはなかったろうが、やはり情けなく、わたしの心を乱しなさった宇治の橋姫だなあ」
と思い余って、また宮の上に執着して、恋しく切なく、どうにもしようがないのを、馬鹿らしく思うまで悔しい。この方に思い悩んで、その次には、呆れた恰好で亡くなった人が、とても思慮浅く、思いとどまるところのなかった軽率さを思いながら、やはり大変なことになったと、思いつめていたほどを、わたしの態度がいつもと違っていると、良心の呵責に苛まれて嘆き沈んでいた様子を、お聞きになったことも思い出されて、
「重々しい方としての扱いでなく、ただ気安くかわいらしい愛人としておこう、と思ったわりには、実にかわいらしい人であったよ。思い続けると、宮をお恨み申すまい。女をもひどいと思うまい。ただわが人生が世間ずれしていない失敗なのだ」
などと、物思いに耽りなさる時々が多かった。

 6 Tale of Kaoru Kaoru suffered a deep grief at fall [6-1 Onna-ichinomiya sends a mail to her sister Onna-ninomiya]
 So no noti, Hime-Miya-no-Ohomkata yori Ni-no-Miya ni ohom-seusoko ari keri. Ohom-te nado no, imiziu utukusige naru wo miru ni mo, ito uresiku, "Kaku te koso, toku miru bekari kere." to obosu.
 Amata wokasiki we-domo ohoku, Oho-Miya mo tatematura se tamahe ri. Daisyau-dono, uti-masari te wokasiki-domo atume te, mawira se tamahu. Serikaha-no-Daisyau no Toho-Gimi no, Womna-Iti-no-Miya omohi-kake taru aki no yuhugure ni, omohi-wabi te ide te iki taru kata wokasiu kaki taru wo, ito yoku omohi-yose raru kasi. "Kabakari obosi-nabiku hito no ara masika ba." to omohu mi zo kutiwosiki.
 "Ogi no ha ni tuyu huki musubu aki-kaze mo
 yuhube zo wakite mi ni ha simi keru
"
 to kaki te mo sohe mahosiku obose do,
 "Sayau naru tuyu bakari no kesiki ni te mo mori tara ba, ito wadurahasige naru yo nare ba, hakanaki koto mo, e honomekasi idu mazi. Kaku yorodu ni nani ya ka ya to, mono wo omohi no hate ha, mukasi no hito no monosi tamaha masika ba, ika ni mo ika ni mo hoka-zama ni kokoro wake masi ya.
 Toki no Mikado no ohom-musume wo tamahu to mo, e tatematura zara masi. Mata, sa omohu hito ari to kikosi-mesi nagara ha, kakaru koto mo nakara masi wo, naho kokoro-uku, wa ga kokoro midari tamahi keru Hasi-hume kana!"
 to omohi amari te ha, mata Miya-no-Uhe ni tori-kakari te, kohisiu mo turaku mo, wari naki koto zo, wokogamasiki made kuyasiki. Kore ni omohi-wabi te, sasi-tugi ni ha, asamasiku te use ni si hito no, ito kokoro-wosanaku, todokohoru tokoro nakari keru karo-garosisa wo ba omohi nagara, sasuga ni imizi to mono wo, omohi-iri kem hodo, wa ga kesiki rei nara zu to, kokoro no oni ni nageki sidumi te wi tari kem arisama wo, kiki tamahi si mo omohi-ide rare tutu,
 "Omorika naru kata nara de, tada kokoro-yasuku rautaki katarahi-bito ni te ara se m, to omohi si ni ha, ito rautakari si hito wo. Omohi mote ike ba, Miya wo mo omohi kikoye zi. Womna wo mo usi to omoha zi. Tada wa ga arisama no yo-duka nu okotari zo."
 nado, nagame-iri tamahu toki-doki ohokari.

 [6-2 侍従、明石中宮に出仕す]
心のどかに、さまよくおはする人だに、かかる筋には、身も苦しきことおのづから混じるを、宮は、まして慰めかねつつ、かの形見に、飽かぬ悲しさをものたまひ出づべき人さへなきを、対の御方ばかりこそは、「あはれ」などのたまへど、深くも見馴れたまはざりける、うちつけの睦びなれば、いと深くしも、いかでかはあらむ。また、思すままに、「恋しや、いみじや2601」などのたまはむには、かたはらいたければ、かしこにありし侍従をぞ、例の、迎へさせたまひける。
皆人どもは行き散りて、乳母とこの人二人なむ、取り分きて思したりしも忘れがたくて、侍従はよそ人なれど、なほ語らひてあり経るに、世づかぬ川の音も、うれしき瀬もやある、と頼みしほどこそ慰めけれ、心憂くいみじくもの恐ろしくのみおぼえて、京になむ、あやしき所に、このころ来てゐたりける、尋ねたまひて、
「かくてさぶらへ」
とのたまへば、「御心はさるものにて、人びとの言はむことも、さる筋のこと混じりぬるあたりは、聞きにくきこともあらむ」と思へば、うけひききこえず。「后の宮に参らむ」となむおもむけたれば、
「いとよかなり。さて人知れず思し使はむ」
とのたまはせけり。心細くよるべなきも慰むやとて、知るたより求め参りぬ。「きたなげなくてよろしき下臈なり」と許して、人もそしらず。大将殿も常に参りたまふを、見るたびごとに、もののみあはれなり。「いとやむごとなきものの姫君のみ、参り集ひたる宮」と人も言ふを、やうやう目とどめて見れど、「見たてまつりし人に似たるはなかりけり」と思ひありく。

 [6-2 侍従、明石中宮に出仕す]
悠長で、自制心が強くいらっしゃる人でさえ、このような方面には、身も苦しいことが自然と出て来るのを、宮は、彼以上に慰めかねながら、あの形見として、尽きない悲しみをおっしゃる相手さえいないが、対の御方だけは、「かわいそうに」などとおっしゃるが、深く親しんでいらっしゃらなかった、短い交際であったので、とても深くはどうしてお思いになろうか。また、お気持ちのままに、「恋しい、悲しい」などとおっしゃるのは、気がひけるので、あちらにいた侍従を、例によって、迎えさせなさった。
皆女房たちは散り散りになって、乳母とこの人ら二人は、特別に目をかけてくださったのも忘れることができず、侍従は身内外の女房であるが、やはり話相手として暮らしていたが、どこにもないような川の音も、何か嬉しいこともあろうか、と期待していたうちは慰められたが、気持ち悪く大変に恐ろしくばかり思われて、京で、みすぼらしい所に、最近来ていたのを、捜し出しなさって、
「こうして仕えていなさい」
とおっしゃるが、「お心はお心としてありがたいが、女房たちが噂するのも、そのような方面のことが絡んでいるところでは、聞きにくいこともあろう」と思うと、お引き受け申さない。「后の宮にお仕えしたい」と希望したので、
「とても結構なことだ。それでは内々に目をかけてやろう」
とおっしゃるのだった。心細く頼りとするところのないのも慰むことがあろうかと、縁故を求めて出仕した。「小ざっぱりとしたまあまあの下臈だ」と認めて、誰も非難しない。大将殿もいつも参上なさるのを、見るたびごとに、何となくしみじみとする。「とても高貴な大家の姫君ばかりが、大勢いらっしゃる宮邸だ」と女房が言うのを、だんだん目をとめて見るが、「やはりお仕えしていた方に似た美しい姫君はいないものだ」と思っている。

 [6-2 Jiju works under Akashi-Empress as a maid]
 Kokoro-nodoka ni, sama yoku ohasuru hito dani, kakaru sudi ni ha, mi mo kurusiki koto onodukara maziru wo, Miya ha, masite nagusame-kane tutu, ka no katami ni, aka nu kanasisa wo mo notamahi idu beki hito sahe naki wo, Tai-no-Ohomkata bakari koso ha, "Ahare" nado notamahe do, hukaku mo mi-nare tamaha zari keru, utituke no mutubi nare ba, ito hukaku si mo, ikade ka ha ara m. Mata, obosu mama ni, "Kohisi ya, imizi ya!" nado notamaha m ni ha, katahara itakere ba, kasiko ni ari si Ziziu wo zo, rei no, mukahe sase tamahi keru.
 Mina-hito-domo ha iki tiri te, Menoto to ko no hito hutari nam, toriwaki te obosi tari si mo wasure gataku te, Ziziu ha yoso-bito nare do, naho katarahi te ari huru ni, yo-duka nu kaha no oto mo, uresiki se mo ya aru, to tanomi si hodo koso nagusame kere, kokoro-uku imiziku mono-osorosiku nomi oboye te, kyau ni nam, ayasiki tokoro ni, ko no koro ki te wi tari keru, tadune tamahi te,
 "Kaku te saburahe."
 to notamahe ba, "Mi-kokoro ha saru mono ni te, hito-bito no iha m koto mo, saru sudi no koto maziri nuru atari ha, kiki nikuki koto mo ara m." to omohe ba, uke-hiki kikoye zu. "Kisai-no-Miya ni mawira m." to nam omomuke tare ba,
 "Ito yoka nari. Sate hito sire zu obosi tukaha m."
 to notamaha se keri. Kokoro-bosoku yorube naki mo nagusamu ya tote, siru tayori motome mawiri nu. "Kitanage naku te yorosiki gerahu nari." to yurusi te, hito mo sosira zu. Daisyau-dono mo tune ni mawiri tamahu wo, miru tabi goto ni, mono nomi ahare nari. "Ito yamgotonaki mono no Hime-Gimi nomi, mawiri tudohi taru Miya." to hito mo ihu wo, yau-yau me todome te mire do, "Mi tatematuri si hito ni ni taru ha nakari keri." to omohi ariku.

 [6-3 匂宮、宮の君を浮舟によそえて思う]
この春亡せたまひぬる式部卿宮の御女を、継母の北の方、ことにあひ思はで、兄の馬頭にて人柄もことなることなき、心懸けたるを、いとほしうなども思ひたらで、さるべきさまになむ契る、と聞こし召すたよりありて、
「いとほしう。父宮のいみじくかしづきたまひける女君を、いたづらなるやうにもてなさむこと」
などのたまはせければ、いと心細くのみ思ひ嘆きたまふありさまにて、
「なつかしう、かく尋ねのたまはするを」
など、御兄の侍従も言ひて、このころ迎へ取らせたまひてけり。姫宮の御具にて、いとこよなからぬ御ほどの人なれば、やむごとなく心ことにてさぶらひたまふ。限りあれば、宮の君などうち言ひて、裳ばかりひきかけたまふぞ、いとあはれなりける。
兵部卿宮、「この君ばかりや、恋しき人に思ひよそへつべきさましたらむ。父親王は兄弟ぞかし」など、例の御心は、人を恋ひたまふにつけても、人ゆかしき御癖やまで、いつしかと御心かけたまひてけり。
大将、「もどかしきまでもあるわざかな。昨日今日といふばかり、春宮にやなど思し、我にもけしきばませたまひきかし。かくはかなき世の衰へを見るには、水の底に身を沈めても、もどかしからぬわざにこそ」など思ひつつ、人よりは心寄せきこえたまへり。
この院におはしますをば、内裏よりも広くおもしろく住みよきものにして、常にしもさぶらはぬどもも、皆うちとけ住みつつ、はるばると多かる対ども、廊、渡殿に満ちたり。
左大臣殿、昔の御けはひにも劣らず、すべて限りもなく営み仕うまつりたまふ。いかめしうなりたる御族なれば、なかなかいにしへよりも、今めかしきことはまさりてさへなむありける。
この宮、例の御心ならば、月ごろのほどに、いかなる好きごとどもをし出でたまはまし、こよなく静まりたまひて、人目に「すこし生ひ直りたまふかな」と見ゆるを、このころぞまた、宮の君に、本性現はれて、かかづらひありきたまひける。

 [6-3 匂宮、宮の君を浮舟によそえて思う]
今年の春お亡くなりになった式部卿宮の御娘を、継母の北の方が、特にかわいがらないで、その兄の右馬頭で人柄も格別なところもないのが、心を寄せているのを、不憫だとも思わずに縁づけている、とお耳にあそばしたことがあって、
「お気の毒に。父宮がたいそう大切になさっていた女君を、つまらないものにしてしまおうとは」
などと仰せになったので、ひどく心細くばかり思い嘆いていらっしゃる有様で、
「やさしく、このようにおっしゃってくださるものを」
などと、ご兄妹の侍従も言って、最近迎え取らせなさった。姫宮のお相手として、まことに最適のご身分の方なので、高い身分の方として特別の扱いで伺候なさる。決まりがあるので、宮の君などと呼ばれて、裳くらいはお付けになるのが、ひどくおいたわしいことであった。
兵部卿宮は、「この宮くらいは、恋しい人に思いよそえられる様子をしていようか。父親王は兄弟であった」などと、例のお心は、故人を恋い慕いなさるにつけても、女を見たがる癖がやまず、早く見たいとお心にかけていらした。
大将は、「非難がましいことを言いたくなることだ。昨日今日という間に、春宮に差し上げようかなどとお思いになり、わたしにもそのようなご様子をほのめかされたのだ。このように無常な世の中の衰退を見ると、川の底に身を沈めても、非難されないことだ」などと思いながら、誰よりも同情をお寄せ申し上げなさった。
この院にいらっしゃるのを、内裏よりも広く興趣あって住みよい所として、いつもは伺候していない女房どもも、みな気を許して住みながら、広々とたくさんある対の屋や、渡廊や、渡殿などにいっぱいいる。
左大臣殿は、昔のご様子にも負けず、すべてこの上もなくお世話申し上げていらっしゃる。盛んになったご一族なので、かえって昔以上に、華やかな点ではまさるのであった。
この宮は、いつものお心ならば、幾月かの間に、どのような好色事でもなさっていたところが、すっかり落ち着きなさって、傍目には「少しは大人びてお直りになったなあ」と見えるが、最近は再び、宮の君に、ご本性を現して、まつわりつきなさるのであった。

 [6-3 Nionomiya thinks that Miya-no-kimi seems to Ukifune]
 Ko no haru use tamahi nuru Sikibukyau-no-Miya no ohom-musume wo, mama-haha no Kitanokata, koto ni ahi-omoha de, seuto no Uma-no-Kami ni te hitogara mo koto naru koto naki, kokoro-kake taru wo, itohosiu nado mo omohi tara de, saru beki sama ni nam tigiru, to kikosi-mesu tayori ari te,
 "Itohosiu. Titi-Miya no imiziku kasiduki tamahi keru Womna-Gimi wo, itadura naru yau ni motenasa m koto."
 nado notamaha se kere ba, ito kokoro-bosoku nomi nageki tamahu arisama ni te,
 "Natukasiu, kaku tadune notamaha suru wo!"
 nado, ohom-Seuto no Ziziu mo ihi te, kono-koro mukahe tora se tamahi te keri. Hime-Miya no ohom-gu ni te, ito koyonakara nu ohom-hodo no hito nare ba, yamgotonaku kokoro-koto ni te saburahi tamahu. Kagiri are ba, Miya-no-Kimi nado uti-ihi te, mo bakari hiki-kake tamahu zo, ito ahare nari keru.
 Hyaubukyau-no-Miya, "Ko no Kimi bakari ya, kohisiki hito ni omohi yosohe tu beki sama si tara m. Titi-Miko ha harakara zo kasi." nado, rei no mi-kokoro ha, hito wo kohi tamahu ni tuke te mo, hito yukasiki ohom-kuse ya made, itusika to mi-kokoro-kake tamahi te keri.
 Daisyau, "Modokasiki made mo aru waza kana! Kinohu kehu to ihu bakari, Touguu ni ya nado obosi, ware ni mo kesiki-bama se tamahi ki kasi. Kaku hakanaki yo no otorohe wo miru ni ha, midu no soko ni mi wo sidume te mo, modokasikara nu waza ni koso." nado omohi tutu, hito yori ha kokoro-yose kikoye tamahe ri.
 Ko no Win ni ohasimasu wo ba, Uti yori mo hiroku omosiroku sumi yoki mono ni si te, tune ni si mo saburaha nu domo mo, mina utitoke sumi tutu, haru-baru to ohokaru tai-domo, rau, wata-dono ni miti tari.
 Sa-Daizin-dono, mukasi no ohom-kehahi ni mo otora zu, subete kagiri mo naku itonami tukau-maturi tamahu. Ikamesiu nari taru ohom-zou nare ba, naka-naka inisihe yori mo, imamekasiki koto ha masari te sahe nam ari keru.
 Ko no Miya, rei no mi-kokoro nara ba, tuki-goro no hodo ni, ika naru suki-goto-domo wo si-ide tamaha masi, koyonaku sidumari tamahi te, hitome ni "Sukosi ohi-nahori tamahu kana!" to miyuru wo, kono-koro zo mata, Miya-no-Kimi ni, honzyau arahare te, kakadurahi ariki tamahi keru.

 [6-4 侍従、薫と匂宮を覗く]
涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたまひなむとすれば、
「秋の盛り、紅葉のころを見ざらむこそ」
など、若き人びとは口惜しがりて、皆参り集ひたるころなり。水に馴れ月をめでて、御遊び絶えず、常よりも今めかしければ、この宮ぞ、かかる筋はいとこよなくもてはやしたまふ。朝夕目馴れても、なほ今見む初花のさましたまへるに、大将の君は、いとさしも入り立ちなどしたまはぬほどにて、恥づかしう心ゆるびなきものに、皆思ひたり。
例の、二所参りたまひて、御前におはするほどに、かの侍従は、ものより覗きたてまつるに、
「いづ方にもいづ方にもよりて、めでたき御宿世見えたるさまにて、世にぞおはせましかし。あさましくはかなく、心憂かりける御心かな」
など、人には、そのわたりのこと、かけて知り顔にも言はぬことなれば、心一つに飽かず胸いたく思ふ。宮は、内裏の御物語など、こまやかに聞こえさせたまへば、いま一所は立ち出でたまふ。「見つけられたてまつらじ。しばし、御果てをも過ぐさず心浅し、と見えたてまつらじ」と思へば、隠れぬ。

 [6-4 侍従、薫と匂宮を覗く]
涼しくなったといって、后宮は、内裏に帰参なさろうとするので、
「秋の盛りは、紅葉の季節を見ないというのは」
などと、若い女房たちは残念がって、みな参集している時である。池水に親しみ月を賞美して、管弦の遊びがひっきりなしに催され、いつもより華やかなので、この宮は、このような方面では実にこの上なく賞賛されなさる。朝夕に見慣れていても、やはり今初めて見た初花のようなお姿でしていらっしゃるが、大将の君は、あまりそれほど入り込んだりなさらないので、こちらが恥ずかしくなるような気のおける方だと、みな思っていた。
いつもの、お二方が参上なさって、御前にいらっしゃる間に、あの侍従は、物蔭から覗いて拝すると、
「どちらの方なりとも縁付いて、幸運な運勢に思えたご様子で、この世に生きておいでだったらなあ。あきれるほどあっけなく情けなかったお心であったよ」
などと、他人には、あの辺のことは少しも知っている顔をして言わないことなので、自分一人で尽きせず胸を痛めている。宮は、内裏のお話など、こまごまとお話申し上げあそばすので、もうお一方はお立ちになる。「見つけられ申すまい。もう暫くの間は、ご一周忌も待たないで薄情な人だ、と思われ申すまい」と思うって、隠れた。

 [6-4 Jiju peeps Kaoru and Nionomiya]
 Suzusiku nari nu tote, Miya, Uti ni mawira se tamahi na m to sure ba,
 "Aki no sakari, momidi no koro wo mi zara m koso."
 nado, wakaki hito-bito ha kutiwosigari te, mina mawiri tudohi taru koro nari. Midu ni nare tuki wo mede te, ohom-asobi taye zu, tune yori mo imamekasikere ba, ko no Miya zo, kakaru sudi ha ito koyonaku motehayasi tamahu. Asa-yuhu me-nare te mo, naho ima mi m hatu-hana no sama si tamahe ru ni, Daisyau-no-Kimi ha, ito sa si mo iri-tati nado si tamaha nu hodo ni te, hadukasiu kokoro-yurubi naki mono ni, mina omohi tari.
 Rei no, huta-tokoro mawiri tamahi te, o-mahe ni ohasuru hodo ni, ka no Ziziu ha, mono yori nozoki tatematuru ni,
 "Idu-kata ni mo idu-kata ni mo yori te, medetaki ohom-sukuse miye taru sama ni te, yo ni zo ohase masi kasi. Asamasiku hakanaku, kokoro-ukari keru mi-kokoro kana!"
 nado, hito ni ha, so no watari no koto, kakete siri-gaho ni mo iha nu koto nare ba, kokoro hitotu ni aka zu mune itaku omohu. Miya ha, Uti no ohom-monogatari nado, komayaka ni kikoye sase tamahe ba, ima hito-tokoro ha tati-ide tamahu. "Mituke rare tatematura zi. Sibasi, ohom-hate wo mo sugusa zu kokoro-asasi, to miye tatematura zi." to omohe ba, kakure nu.

 [6-5 薫、弁の御許らと和歌を詠み合う]
東の渡殿に、開きあひたる戸口に、人びとあまたゐて、物語などする所におはして、
「なにがしをぞ、女房は睦ましと思すべき。女だにかく心やすくはよもあらじかし。さすがにさるべからむこと、教へきこえぬべくもあり。やうやう見知りたまふべかめれば、いとなむうれしき」
とのたまへば、いといらへにくくのみ思ふ中に、弁の御許とて、馴れたる大人、
「そも睦ましく思ひきこゆべきゆゑなき人の、恥ぢきこえはべらぬにや。ものはさこそはなかなかはべるめれ。かならずそのゆゑ尋ねて、うちとけ御覧ぜらるるにしもはべらねど、かばかり面無くつくりそめてける身に負はざらむも、かたはらいたくてなむ」
と聞こゆれば、
「恥づべきゆゑあらじ、と思ひ定めたまひてけるこそ、口惜しけれ」
など、のたまひつつ見れば、唐衣は脱ぎすべし押しやり、うちとけて手習しけるなるべし、硯の蓋に据ゑて、心もとなき花の末手折りて、弄びけり、と見ゆ。かたへは几帳のあるにすべり隠れ、あるはうち背き、押し開けたる戸の方に、紛らはしつつゐたる、頭つきどもも、をかしと見わたしたまひて、硯ひき寄せて、
「女郎花乱るる野辺に混じるとも
露のあだ名を2602我にかけめや
心やすくは思さで」
と、ただこの障子にうしろしたる人に見せたまへば、うちみじろきなどもせず、のどやかに、いととく、
「花といへば名こそあだなれ女郎花
なべての露に乱れやはする」
と書きたる手、ただかたそばなれど、よしづきて、おほかためやすければ、誰ならむ、と見たまふ。今参う上りける道に、塞げられてとどこほりゐたるなるべし、と見ゆ。弁の御許は、
「いとけざやかなる翁言、憎くはべり」とて、
「旅寝してなほこころみよ女郎花
盛りの色に移り移らず
さて後、定めきこえさせむ」
と言へば、
「宿貸さば一夜は寝なむおほかたの
花に移らぬ心なりとも」
とあれば、
「何か、恥づかしめさせたまふ。おほかたの野辺のさかしらをこそ聞こえさすれ」
と言ふ。はかなきことをただすこしのたまふも、人は残り聞かまほしくのみ思ひきこえたり。
「心なし。道開けはべりなむよ。分きても、かの御もの恥ぢのゆゑ、かならず2603ありぬべき折にぞあめる」
とて、立ち出でたまへば、「おしなべてかく残りなからむ、と思ひやりたまふこそ心憂けれ」と思へる人もあり。

 [6-5 薫、弁の御許らと和歌を詠み合う]
東の渡殿に、開いている戸口に、女房たちが大勢いて、話などをひっそりとしている所にいらして、
「わたしをこそ、女房は親しみやすくお思いになるべきではありませんか。女でさえこのように気のおけない人はいません。それでもためになることを、教えて上げられることもあります。だんだんとお分かりになりそうですから、とても嬉しいです」
とおっしゃるので、とても答えにくくばかり思っている中で、弁のおもとといって、物馴れている年配の女房が、
「そのようにも親しくすべき理由のない者こそ、気兼ねなく振る舞えるのではないでしょうか。物事はかえってそのようなものです。必ずしもその理由を知ったうえで、くつろいでお話申し上げるというのでもございませんが、あれほど厚かましさが身についているわたしが引き受けないのも、見ていられませんで」
と申し上げると、
「恥じる理由はあるまい、とお決めになっていらっしゃるのが、残念なことです」
などと、おっしゃりながら見ると、唐衣は脱いで押しやって、くつろいで手習いをしていたのであろう、硯の蓋の上に置いて、頼りなさそうな花の枝先を手折って、弄んでいた、と見える。ある者は几帳のある所にすべり隠れ、またある者は背を向けて、押し開けてある妻戸の方に、隠れながら座っている、その頭の恰好を、興趣あると一回り御覧になって、硯を引き寄せて、
「女郎花が咲き乱れている野辺に入り込んでも
露に濡れたという噂をわたしにお立てになれましょうか
どなたも気を許してくださらないので」
と、ちょうどこの襖障子の後向きしていた女房にお見せになると、身動きもせずに、落ち着いて、すぐさま、
「花と申せば名前からして色っぽく聞こえますが
女郎花はそこらの露に靡いたり濡れたりしません」
と書いた筆跡は、ほんの一首ながら、風情があって、だいたいに無難なので、誰なのだろう、とお思いになる。今参上した途中で、道をふさがれてとどまっていた者らしい、と思う。弁のおもとは、
「まことにはっきりした老人めいたお言葉、憎うございます」と言って、
「旅寝してひとつ試みて御覧なさい
女郎花の盛りの色にお心が移るか移らないか
そうして後に、お決め申し上げましょう」
と言うので、
「お宿をお貸しくださるなら、一夜は泊まってみましょう
そこらの花には心移さないわたしですが」
とあるので、
「どうして、恥をおかかせなさいます。普通にいう野辺のしゃれを申し上げただけです」
と言う。とりとめのないことをほんのちょっとおっしゃっても、女房はその続きを聞きたくばかりお思い申し上げていた。
「うっかりしていました。道を開けますよ。特に意識して、あちらで恥ずかしがっていらやる理由が、きっとありそうな折ですから」
と言って、お立ちになると、「だいたいこのような奥ゆかしいところがないだろう、とご想像なさるもがつらい」と思っている女房もいた。

 [6-5 Kaoru and Ben-no-omoto compose and exchange waka]
 Himgasi no watadono ni, aki-ahi taru toguti ni, hito-bito amata wi te, monogatari nado suru tokoro ni ohasi te,
 "Nanigasi wo zo, nyoubau ha mutumasi to obosu beki. Womna dani kokoro-yasuku ha yo mo ara zi kasi. Sasuga ni saru bekara m koto, wosihe kikoye nu beku mo ari. Yau-yau mi-siri tamahu beka' mere ba, ito nam uresiki."
 to notamahe ba, ito irahe nikuku nomi omohu naka ni, Ben-no-Omoto tote, nare taru otona,
 "So mo mutumasiku omohi kikoyu beki yuwe naki hito no, hadi kikoye habera nu ni ya? Mono ha sa koso ha naka-naka haberu mere. Kanarazu so no yuwe tadune te, uti-toke go-ran-ze raruru ni si mo habera ne do, ka-bakari omo-naku tukuri some te keru mi ni oha zara m mo, katahara itaku te nam."
 to kikoyure ba,
 "Hadu beki yuwe ara zi, to omohi sadame tamahi te keru koso, kutiwosikere."
 nado, notamahi tutu mire ba, kara-ginu ha nugi subesi osi-yari, utitoke te tenarahi si keru naru besi, suzuri no huta ni suwe te, kokoro-motonaki hana no suwe tawori te, moteasobi keri, to miyu. Katahe ha kityau no aru ni suberi kakure, aru ha uti-somuki, osi-ake taru to no kata ni, magirahasi tutu wi taru, kasira-tuki-domo mo, wokasi to mi-watasi tamahi te, suzuri hiki-yuose te,
 "Wominahesi midaruru nobe ni maziru to mo
 tuyu no ada-na wo ware ni kake me ya

 Kokoro-yasuku ha obosa de."
 to, tada ko no sauzi ni usiro si taru hito ni mise tamahe ba, uti miziroki nado mo se zu, nodoyaka ni, ito toku,
 "Hana to ihe ba na koso ada nare wominahesi
 nabete no tuyu ni midare ya ha suru
"
 to kaki taru te, tada katasoba nare do, yosiduki te, ohokata meyasukere ba, tare nara m, to mi tamahu. Ima mau-nobori keru miti ni, hutage rare te todokohori-wi taru naru besi, to miyu. Ben-no-Omoto ha,
 "Ito kezayaka naru okina-goto, nikuku haberi." tote,
 "Tabine si te naho kokoro-mi yo wominahesi
 sakari no iro ni uturi utura zu

 Sate noti, sadame kikoye sase m."
 to ihe ba,
 "Yado kasa ba hito-yo ha ne na m ohokata no
 hana ni utura nu kokoro nari to mo
"
 to are ba,
 "Nani ka, hadukasime sase tamahu? Ohokata no nobe no sakasira wo koso kikoye sasure."
 to ihu. Hakanaki koto wo tada sukosi notamahu mo, hito ha nokori kika mahosiku nomi omohi kikoye tari.
 "Kokoro-nasi. Miti ake haberi na m yo! Wakite mo, ka no ohom-mono-hadi no yuwe, kanarazu ari nu beki wori ni zo a'meru."
 tote, tati-ide tamahe ba, "Osinabete kaku nokori nakara m, to omohi-yari tamahu koso kokoro-ukere." to omohe ru hito mo ari.

 [6-6 薫、断腸の秋の思い]
東の高欄に押しかかりて、夕影になるままに、花の紐解く御前の草むらを見わたしたまふ。もののみあはれなるに、「中に就いて腸断ゆるは秋の天2604」といふことを、いと忍びやかに誦じつつゐたまへり。ありつる衣の音なひ、しるきけはひして、母屋の御障子より通りて、あなたに入るなり。宮の歩みおはして、
「これよりあなたに参りつるは誰そ」
と問ひたまへば、
「かの御方の中将の君」
と聞こゆなり。
「なほ、あやしのわざや。誰れにかと、かりそめにもうち思ふ人に、やがてかくゆかしげなく聞こゆる名ざしよ」と、いとほしく、この宮には、皆目馴れてのみおぼえたてまつるべかめるも口惜し。
「おりたちてあながちなる御もてなしに、女はさもこそ負けたてまつらめ。わが、さも口惜しう、この御ゆかりには、ねたく心憂くのみあるかな。いかで、このわたりにも、めづらしからむ人の、例の心入れて騷ぎたまはむを語らひ取りて、わが思ひしやうに、やすからずとだにも思はせたてまつらむ。まことに心ばせあらむ人は、わが方にぞ寄るべきや。されど難いものかな。人の心は」
と思ふにつけて、対の御方の、かの御ありさまをば、ふさはしからぬものに思ひきこえて、いと便なき睦びになりゆくが、おほかたのおぼえをば、苦しと思ひながら、なほさし放ちがたきものに思し知りたるぞ、ありがたくあはれなりける。
「さやうなる心ばせある人、ここらの中にあらむや。入りたちて深く見ねば知らぬぞかし。寝覚がちにつれづれなるを、すこしは好きもならはばや」
など思ふに、今はなほつきなし。

 [6-6 薫、断腸の秋の思い]
東の高欄に寄り掛かって、夕日の影るにつれて、花が咲き乱れている御前の叢をお眺めやりになる。何となくしみじみと思われて、「中んづく腸の断ち切れる思いがするのは秋の空だ」という詩句を、たいそう密やかに朗誦しながら座っていらっしゃった。先程の衣ずれの音が、はっきり聞こえる感じがして、母屋の襖障子から通ってあちらに入って行くようである。宮が歩いていらして、
「こちらからあちらへ参ったのは誰か」
とお尋ねになると、
「あちらの御方の中将の君です」
と申し上げるのである。
「やはり、けしからぬ振る舞いだ。誰だろうかと、ちょっとでも関心を持った人に、そのままこのように遠慮なく名前を教えてしまうとは」と、気の毒で、この宮に、皆が馴れ馴れしくお思い申し上げているようなのも残念だ。
「無遠慮につっこんだお振る舞いに、女はきっとお負け申してしまおう。わたしは、まことに残念なことに、こちらのご一族には、悔しくも残念なことばかりだ。何とかして、ここの女房の中にでも、珍しいような女で、例によって熱心に夢中になっていらっしゃる女を口説き落として、自分が経験したように、穏やかならぬ気持ちを思わせ申し上げたい。ほんとうに物事の分かる女なら、わたしの方に寄って来るはずだ。けれども難しいことだな。人の心というものは」
と思うにつけても、対の御方の、あのお振る舞いを、身分にふさわしくないものとお思い申し上げて、まことに不都合な関係になって行くのが、その世間の評判をつらいと思いながらも、やはりすげなくはできない者とお分かりになってくださるのは、世にもまれな胸をうつことである。
「そのような気立ての方は、大勢の中にいようか。立ち入って深くは知らないので分からないことだ。寝覚めがちに所在ないのを、少しは好色も習ってみたいものだ」
などと思うが、今はやはりふさわしくない。

 [6-6 Kaoru suffered a deep grief at fall]
 Himgasi no kauran ni osi-kakari te, yuhukage ni naru mama ni, hana no himo-toku o-mahe no kusamura wo mi-watasi tamahu. Mono nomi ahare naru ni, "Naka ni tuite harawata tayuru ha aki no ten" to ihu koto wo, ito sinobiyaka ni zu-zi tutu wi tamahe ri. Ari turu kinu no otonahi, siruki kehahi si te, moya no mi-sauzi yori tohori te, anata ni iru nari. Miya no ayumi ohasi te,
 "Kore yori anata ni mawiri turu ha ta so?"
 to tohi tamahe ba,
 "Ka no Ohom-Kata no Tiuzyau-no-Kimi."
 to kikoyu nari.
 "Naho, ayasi no waza ya! Tare ni ka to, karisome ni mo uti-omohu hito ni yagate kaku yukasige naku kikoyuru nazasi yo!" to, itohosiku, ko no Miya ni ha, mina me nare te nomi oboye tatematuru beka' meru mo kutiwosi.
 "Ori-tati te anagati naru ohom-motenasi ni, womna ha sa mo koso make tatematura me. Wa ga, sa mo kutiwosiu, ko no ohom-yukari ni ha, netaku kokoro-uku nomi aru kana! Ika de, ko no watari ni mo, medurasikara m hito no, rei no kokoro ire te sawagi tamaha m wo katarahi tori te, wa ga omohi si yau ni, yasukara zu to dani mo omoha se tatematura m. Makoto ni kokorobase ara m hito ha, wa ga kata ni zo yoru beki ya! Sare-do katai mono kana! Hito no kokoro ha."
 to omohu ni tuke te, Tai-no-Ohomkata no, ka no ohom-arisama wo ba, husahasikara nu mono ni omohi kikoye te, ito bin naki mutubi ni nari-yuku ga, ohokata no oboye wo ba, kurusi to omohi nagara, naho sasi-hanati gataki mono ni obosi-siri taru zo, ari-gataku ahare nari keru."
 "Sayau naru kokoro-base aru hito, kokora no naka ni ara m ya? Iri-tati te hukaku mi ne ba sira nu zo kasi. Nezame-gati ni ture-dure naru wo, sukosi ha suki mo naraha baya!"
 nado omohu ni, ima ha naho tuki nasi.

 [6-7 薫と中将の御許、遊仙窟の問答]
例の、西の渡殿を、ありしにならひて、わざとおはしたるもあやし。姫宮、夜はあなたに渡らせたまひければ、人びと月見るとて、この渡殿にうちとけて物語するほどなりけり。箏の琴いとなつかしう弾きすさむ爪音、をかしう聞こゆ。思ひかけぬに寄りおはして、
「など、かくねたまし顔にかき鳴らし2605たまふ」
とのたまふに、皆おどろかるべけれど、すこし上げたる簾うち下ろしなどもせず、起き上がりて、
「似るべき兄2606やは、はべるべき」
といらふる声、中将の御許とか言ひつるなりけり。
「まろこそ、御母方の叔父2607なれ」
と、はかなきことをのたまひて、
「例の、あなたにおはしますべかめりな。何わざをか、この御里住みのほどにせさせたまふ」
など、あぢきなく問ひたまふ。
「いづくにても、何事をかは。ただ、かやうにてこそは過ぐさせたまふめれ」
と言ふに、「をかしの御身のほどや、と思ふに、すずろなる嘆きの、うち忘れてしつるも、あやしと思ひ寄る人もこそ」と紛らはしに、さし出でたる和琴を、たださながら掻き鳴らしたまふ。律の調べは、あやしく折にあふと聞く声なれば、聞きにくくもあらねど、弾き果てたまはぬを、なかなかなりと、心入れたる人は、消えかへり思ふ。
「わが母宮も劣りたまふべき人かは。后腹と聞こゆばかりの隔てこそあれ、帝々の思しかしづきたるさま、異事ならざりけるを。なほ、この御あたりは、いとことなりけるこそあやしけれ。明石の浦は心にくかりける所かな」など思ひ続くることどもに、「わが宿世は、いとやむごとなしかし。まして、並べて持ちたてまつらば」と思ふぞ、いと難きや。

 [6-7 薫と中将の御許、遊仙窟の問答]
例によって、西の渡殿を、先日に真似て、わざわざいらっしゃったのも変なことだ。姫宮は、夜はあちらにお渡りあそばしたので、女房たちが月を見ようとして、この渡殿でくつろいで話をしているところであった。箏の琴がたいそうやさしく弾いている爪音が、興趣深く聞こえる。思いがけないところにお寄りになって、
「どうして、このように人を焦らすようにお弾きになるのですか」
とおっしゃると、皆驚いたにちがいないが、少し巻き上げた簾を下ろしなどもせず、起き上がって、
「似ている兄様が、ございましょうか」
と答える声は、中将のおもととか言った人であった。
「わたしこそが、御母方の叔父ですよ」
と、戯れをおっしゃって、
「いつものように、あちらにいらっしゃるようですね。どのようなことを、この里下がりのご生活の中でなさっておいでですか」
などと、つまらないことをお尋ねになる。
「どちらにいらしても、同じことです。ただ、このような事をしてお過ごしでいらっしゃるようです」
と言うと、「結構なご身分の方だ、と思うと、わけもない溜息を、うっかりしてしまったのも、変だと思い寄る人があっては」と紛らわすために、差し出した和琴を、ただそのまま掻き鳴らしなさる。律の調べは、不思議と季節に合うと聞こえる音なので、聞き憎くもないが、最後までお弾きにならないのを、かえって気がもめると、熱心な人は、死ぬほど残念がる。
「わたしの母宮もひけをおとりになる方だろうか。后腹と申し上げる程度の相違だが、それぞれの父帝が大切になさる様子に、違いはないのだ。がやはり、こちらのご様子は、たいそう格別な感じがするのが不思議なことだ。明石の浦は奥ゆかしい所だ」などと思い続けることの中で、「自分の宿世は、とてもこの上ないものであった。その上に、並べて頂戴したら」と思うのは、とても難しいことだ。

 [6-7 A dialogue between Kaoru and Chujo-no-omoto on "Yusenkutsu"]
 Rei no, nisi no wata-dono wo, ari-si ni narahi te, wazato ohasi taru mo ayasi. Hime-Miya, yoru ha anata ni watara se tamahi kere ba, hito-bito tuki miru to te, ko no wata-dono ni utitoke te monogatari suru hodo nari keri. Sau-no-koto ito natukasiu hiki susamu tuma-oto, wokasiu kikoyu. Omohi-kake nu ni yori ohasi te,
 "Nado, kaku netamasi-gaho ni kaki-narasi tamahu."
 to notamahu ni, mina odoroka ru bekere do, sukosi age taru sudare uti-orosi nado mo se zu, oki-agari te,
 "Niru beki konokami ya ha, haberu beki."
 to irahuru kowe, Tiuzyau-no-Omoto to ka ihi turu nari keri.
 "Maro koso, ohom-haha-gata no wodi nare."
 to, hakanaki koto wo notamahi te,
 "Rei no, anata ni ohasimasu beka' meri na! Nani waza wo ka, ko no ohom-sato-zumi no hodo ni se sase tamahu."
 nado, adikinaku tohi tamahu.
 "Iduku ni te mo, nani-goto wo ka ha. Tada, kayau ni te koso ha sugusa se tamahu mere."
 to ihu ni, "Wokasi no ohom-mi no hodo ya, to omohu ni, suzuro naru nageki no, uti-wasure te si turu mo, ayasi to omohi-yoru hito mo koso." to magirahasi ni, sasi-ide taru wa-gon wo, tada sanagara kaki-narasi tamahu. Riti no sirabe ha, ayasiku wori ni ahu to kiku kowe nare ba, kiki-nikuku mo ara ne do, hiki-hate tamaha nu wo, naka-naka nari to, kokoro ire taru hito ha, kiye-kaheri omohu.
 "Wa ga Haha-Miya mo otori tamahu beki hito ka ha! Kisai-bara to kikoyu bakari no hedate koso are, Mikado Mikado no obosi kasiduki taru sama, koto-goto nara zari keru wo. Naho, ko no ohom-atari ha, ito koto nari keru koso ayasikakere. Akasi no ura ha kokoro-nikukari keru tokoro kana!" nado omohi-tudukuru koto-domo ni, "Wa ga sukuse ha, ito yamgotonasi kasi. Masite, narabe te moti tatematura ba." to omohu zo, ito kataki ya!

 [6-8 薫、宮の君を訪ねる]
宮の君は、この西の対にぞ御方したりける。若き人びとのけはひあまたして、月めであへり。
「いで、あはれ、これもまた同じ人ぞかし」
と思ひ出できこえて、「親王の、昔心寄せたまひしものを」と言ひなして、そなたへおはしぬ。童の、をかしき宿直姿にて、二、三人出でて歩きなどしけり。見つけて入るさまども、かかやかし。これぞ世の常と思ふ。
南面の隅の間に寄りて、うち声づくりたまへば、すこしおとなびたる人出で来たり。
「人知れぬ心寄せなど聞こえさせはべれば、なかなか、皆人聞こえさせふるしつらむことを、うひうひしきさまにて、まねぶやうになりはべり。まめやかになむ、言より外を2608求められはべる」
とのたまへば、君にも言ひ伝へず、さかしだちて、
「いと思ほしかけざりし御ありさまにつけても、故宮の思ひきこえさせたまへりしことなど、思ひたまへ出でられてなむ。かくのみ、折々聞こえさせたまふなり。御後言をも、よろこびきこえたまふめる」
と言ふ。

 [6-8 薫、宮の君を訪ねる]
宮の君は、こちらの西の対にお部屋を持っていた。若い女房たちが大勢いる様子で、月を賞美していた。
「まあ、お気の毒に、こちらも同じ皇族の方であるのに」
とお思い出し申し上げて、「父親王が、生前に好意をお寄せになっていたものを」と口実にして、そちらにお出でになった。童女が、かわいらしい宿直姿で、二、三人出て来てあちこち歩いたりしていた。見つけて入る様子なども、恥ずかしそうだ。これが世間普通のことだと思う。
南面の隅の間に近寄って、ちょっと咳払いをなさると、少し大人めいた女房が出て来た。
「人知れず好意をお寄せ申しておりますので、かえって、誰もが言い古るしてきたような言葉が、馴れない感じで、真似をしているようでございます。真面目に、言葉以外の表現を探さずにおられません」
とおっしゃると、宮の君にも言い伝えず、利口ぶって、
「まことに思いもかけなかったご境遇につけても、故父宮がお考え申し上げていらっしゃった事などが、思い出されましてなりません。このように、折々にふれて申し上げてくださるという。蔭ながらのお言葉も、お礼申し上げていらっしゃるようです」
と言う。

 [6-8 Kaoru visits Miya-no-kimi]
 Miya-no-Kimi ha, ko no nisi-no-tai ni zo ohom-kata si tari keru. Wakaki hito-bito no kehahi amata si te, tuki mede-ahe ri.
 "Ide, ahare, kore mo mata onazi hito zo kasi."
 to omohi-ide kikoye te, "Miko no, mukasi kokoro-yose tamahi si mono wo!" to ihi-nasi te, sonata he ohasi nu. Waraha no, wokasiki tonowi-sugata ni te, ni, sam-nin ide te ariki nado si keri. Mituke te iru sama-domo, kakayakasi. Kore zo yo no tune to omohu.
 Minami-omote no sumi no ma ni yori te, uti-kowadukuri tamahe ba, sukosi otonabi taru hito ide ki tari.
 "Hito sire nu kokoro-yose nado kikoye sase habere ba, naka-naka, mina hito kikoye sase hurusi tu ram koto wo, uhi-uhisiki sama ni te, manebu yau ni nari haberi. Mameyaka ni nam, koto yori hoka wo motome rare haberu."
 to notamahe ba, Kimi ni mo ihi-tutahe zu, sakasi-dati te,
 "Ito omohosi kake zari si ohom-arisama ni tuke te mo, ko-Miya no omohi kikoye sase tamahe ri si koto nado, omohi tamahe ide rare te nam. Kaku nomi, wori-wori kikoye sase tamahu nari. Ohom-siriugoto wo mo, yorokobi kikoye tamahu meru."
 to ihu.

 [6-9 薫、宇治の三姉妹の運命を思う]
「なみなみの人めきて、心地なのさまや」ともの憂ければ、
「もとより思し捨つまじき筋よりも、今はまして、さるべきことにつけても、思ほし尋ねむなむうれしかるべき。疎々しう人伝てなどにてもてなさせたまはば、えこそ」
とのたまふに、「げに」と、思ひ騷ぎて、君をひきゆるがすめれば、
「松も昔のと2609のみ、眺めらるるにも、もとよりなどのたまふ筋は、まめやかに頼もしうこそは」
と、人伝てともなく言ひなし2610たまへる声、いと若やかに愛敬づき、やさしきところ添ひたり。「ただなべてのかかる住処の人と思はば、いとをかしかるべきを、ただ今は、いかでかばかりも、人に声聞かすべきものとならひたまひけむ」と、なまうしろめたし。「容貌もいとなまめかしからむかし」と、見まほしきけはひのしたるを、「この人ぞ、また例の、かの御心乱るべきつまなめると、をかしうも、ありがたの世や」と思ひゐたまへり2611。
「これこそは、限りなき人のかしづき生ほしたてたまへる姫君。また、かばかりぞ多くはあるべき。あやしかりけることは、さる聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人びとの、かたほなるはなかりけるこそ。この、はかなしや、軽々しや、など思ひなす人も、かやうのうち見るけしきは、いみじうこそをかしかりしか」
と、何事につけても、ただかの一つゆかりをぞ思ひ出でたまひける。あやしう、つらかりける契りどもを、つくづくと思ひ続け眺めたまふ夕暮、蜻蛉のものはかなげに飛びちがふを、
「ありと見て手にはとられず2612見ればまた
行方も知らず消えし蜻蛉
 あるか、なきかの2613」
と、例の、独りごちたまふ、とかや。

 [6-9 薫、宇治の三姉妹の運命を思う]
「世間並の扱いのようで、失礼ではないか」と気が進まないので、
「もともと見捨てられない間柄としてよりも、今はそれ以上に、何か必要なことにつけても、お声をかけてくださったら嬉しく存じます。よそよそしく人を介してなどでしたら、とてもお伺いできません」
とおっしゃるので、「おっしゃるとおりだ」と、あわてて気づいて、宮の君を揺さぶるらしいので、
「松も昔の知る人もいないとばかりに、つい物思いに沈んでしまいますにつけても、もとからの縁などとおっしゃる事は、ほんとうに頼もしく存じられます」
と、人を介してというのでなくおっしゃる声、まことに若々しく愛嬌があって、やさしい感じが具わっていた。「ただ普通のこのような局住まいをする人と思へば、とても趣があるにちがいないが、ただ今では、どうしてほんのわずかでも、人に声を聞かせてよいという立場に馴れておしまいになったのだろう」と、何となく気になる。「容貌などもとても優美であろう」と、見たい感じがしているが、「この人は、また例によって、あの方のお心を掻き乱す種になるにちがいなかろうと、興味深くもあり、めったにいないものだ」とも思っていらっしゃった。
「この方こそは、貴いご身分の父宮が大切にお世話して成人させなさった姫君だ。また、この程度の女なら他にもそう多くいよう。不思議であったことは、あの聖の近辺に、宇治の山里に育った姫君たちで、難のある方はいなかったことだ。この、頼りないな、軽率だな、などと思われる女も、このようにちょっと会った感じでは、たいそう風情があったものだ」
と、何事につけても、ただあのご一族の方をお思い出しなさるのであった。不思議と、またつらい縁であった一つ一つを、つくづくと思い出し物思いにふけっていらっしゃる夕暮に、蜻蛉が頼りなさそうに飛び交っているのを、
「そこにいると見ても、手には取ることのできない
見えたと思うとまた行く方知れず消えてしまった蜻蛉だ
あるのか、ないのか」
と、例によって、独り言をおっしゃった、とか。

 [6-9 Kaoru thinks about three sisters' fate who lived in Uji]
 "Nami-nami no hito-meki te, kokoti-na' no sama ya!" to mono-ukere ba,
 "Moto yori obosi-sutu maziki sudi yori mo, ima ha masite, saru beki koto ni tuke mo, omohosi tadune m nam uresikaru beki. Uto-utosiu hito-dute nado ni te motenasa se tamaha ba, e koso."
 to notamahu ni, "Geni." to, omohi-sawagi te, Kimi wo hiki-yurugasu mere ba,
 "Matu mo mukasi no to nomi, nagame raruru ni mo, motoyori nado notamahu sudi ha, mameyaka ni tanomosiu koso ha."
 to, hito-dute to mo kaku ihi-nasi tamahe ru kowe, ito wakayaka ni aigyau-duki, yasasiki tokoro sohi tari. "Tada nabete no kakaru sumika no hito to omoha ba, ito wokasikaru beki wo, tada-iama ha, ikade ka-bakari mo, hito ni kowe kikasu beki mono to narahi tamahi kem." to, nama-usirometasi. "Katati mo ito namamekasikara m kasi." to, mi mahosiki kehahi no si taru wo, "Ko no hito zo, mata rei no, ka no mi-kokoro midaru beki tuma na'meru to, wokasiu mo, arigata no yo ya!" to omohi-wi tamahe ri.
 "Kore koso ha, kagiri naki hito no kasiduki ohosi-tate tamahe ru Hime-Gimi. Mata, kabakari zo ohoku ha aru beki. Ayasikari keru koto ha, saru hiziri no ohom-atari ni, yama no hutokoro yori ide-ki taru hito-bito no, kataho naru ha nakari keru koso. Ko no, hakanasi ya, karo-garosi ya, nado omohi-nasu hito mo, ka-yau no uti-miru kesiki ha, imiziu koso wokasikari sika."
 to, nani-goto ni tuke te mo, tada ka no hitotu yukari wo zo omohi-ide tamahi keru. Ayasiu, turakari keru tigiri-domo wo, tuku-duku to omohi-tuduke nagame tamahu yuhugure, kagerohu no mono-hakanage ni tobi-tigahu wo,
 "Ari to mi te te ni ha tora re zu mire ba mata
 yukuhe mo sira zu kiye si kagerohu

 Aru ka, naki ka no."
 to, rei no, hitori-goti tamahu, to ka ya!

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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