源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる

2 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活

3 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る

4 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す

5 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語

6 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る

出典
校訂

1 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる

2 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活

3 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る

4 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す

5 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語

6 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る

1 Tale of Ukifune Ukifune wanted to kill herself but she was rescued by Yokawa-souzu

2 Tale of Ukifune A new life of Ukifune begins at Ono

3 Tale of Ukifune Chujo composes and sends a waka to Ukifune

4 Tale of Ukifune Ukifune becomes a nun while Ama-gimi is absent

5 Tale of Ukifune Tale of after becoming a nun

6 Tale of Ukifune Kaoru gets to know Ukifune's exsitence

 1 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる [1-1 横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病]
そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。八十余りの母、五十ばかりの妹ありけり。古き願ありて、初瀬に詣でたりけり。
睦ましうやむごとなく思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずること行ひけり。事ども多くして帰る道に、奈良坂と言ふ山越えけるほどより、この母の尼君、心地悪しうしければ、「かくては、いかでか残りの道をもおはし着かむ」ともて騷ぎて、宇治のわたりに知りたりける人の家ありけるに、とどめて、今日ばかり休めたてまつるに、なほいたうわづらへば、横川に消息したり。
山籠もりの本意深く、今年は出でじと思ひけれど、「限りのさまなる親の、道の空にて亡くやならむ」と驚きて、急ぎものしたまへり。惜しむべくもあらぬ人ざまを、みづからも、弟子の中にも験あるして、加持し騒ぐを、家主人聞きて、
「御獄精進しけるを、いたう老いたまへる人の、重く悩みたまふは、いかが」
とうしろめたげに思ひて言ひければ、さも言ふべきことぞ、いとほしう思ひて、いと狭くむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、中神塞がりて、例住みたまふ方は忌むべかりければ、「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ」と思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりければ、「一、二日宿らむ」と言ひにやりたまへりければ、
「初瀬になむ、昨日皆詣りにける」
とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。
「おはしまさば、はや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣での人は、常にぞ宿りたまふ」
と言へば、
「いとよかなり。公所なれど、人もなく心やすきを」
とて、見せにやりたまふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり。

 1 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる [1-1 横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病]
そのころ、横川に、某僧都とか言って、たいそう尊い人が住んでいた。八十歳過ぎの母と、五十歳ほどの妹とがいたのであった。昔からの願があって、初瀬に詣でたのであった。
親しく重んじている弟子の阿闍梨を連れて、仏やお経を供養することを行うのであった。いろいろなことをたくさんして帰る道中で、奈良坂という山を越えたころから、この母の尼君が、気分が悪くなったので、「こんなでは、どうして帰りの道を行きつけようか」と大騒ぎして、宇治の辺りに知っていた人の家があったので、そこにとどめて、今日一日お休め申したが、依然としてひどく苦しがっているので、横川に消息を出した。
山籠もりの本願が強く、今年は下山しまいと思っていたが、「晩年の状態の母親が、道中で亡くなるのだろうか」と驚いて、急いでいらっしゃった。惜しむほどでもない年齢の人だが、自分自身でも、弟子の中でも効験のある者をして、加持し大騒ぎするのを、家の主人が聞いて、
「御嶽精進をしたが、たいそう高齢でおいでの方が、重病でいらっしゃるのは、どうしたものか」
と不安そうに思って言ったので、そうも言うにちがいないことを、気の毒に思って、ひどく狭くむさ苦しい所なので、だんだんお連れ申せるほどになったが、中神の方角が塞がって、いつも住んでいらっしゃる所は避けなければならなかったので、「故朱雀院の御領で、宇治院といった所が、この近辺だろう」と思い出して、院守を、僧都は知っていらっしゃったので、「一、二日泊まりたい」と言いにおやりになったところ、
「初瀬に、昨日皆詣でてしまいました」
と言って、ひどくみすぼらしい宿守の老人を呼んで連れて来た。
「いらっしゃるなら、早いほうがよい。誰も使っていない院の寝殿でございますようです。物詣での方は、いつもお泊まりになります」
と言うので、
「実に結構なことだ。公の建物だが、誰もいなくて気楽な所だから」
と言って、様子を見におやりになる。この老人、いつもこのように泊まる人を見慣れていたので、簡略な設営などをして戻って来た。

 1 Tale of Ukifune Ukifune wanted to kill herself but she was rescued by Yokawa-souzu [1-1 Yokawa-souzu's mother gets ill on the way from Hatsuse to Ono]
 Sono-koro, Yokaha ni, Nanigasi-Soudu to ka ihi te, ito tahutoki hito sumi keri. Yasodi amari no Haha, isodi bakari no imouto ari keri. Huruki gwan ari te, Hatuse ni maude tari keri.
 Mutumasiu yamgotonaku omohu desi no Azari wo sohe te, Hotoke kyau kuyau-zuru koto okonahi keri. Koto-domo ohoku si te kaheru miti ni, Nara-saka to ihu yama koye keru hodo yori, ko no Haha-no-Amagimi, kokoti asiu si kere ba, "Kaku-te ha, ikade ka nokori no miti wo mo ohasi tuka m." to mote-sawagi te, Udi no watari ni siri tari keru hito no ihe ari keru ni, todome te, kehu bakari yasume tatematuru ni, naho itau wadurahe ba, Yokaha ni seusoko si tari.
 Yama-gomori no ho'i hukaku, kotosi ha ide zi to omohi kere do, "Kagiri no sama naru oya no, miti no sora ni te naku ya nara m?" to odoroki te, isogi monosi tamahe ri. Wosimu beku mo ara nu hito-zama wo, midukara mo, desi no naka ni mo gen aru si te, kadi si sawagu wo, ihe-aruzi kiki te,
 "Mitake-sauzi si keru wo, itau oyi tamahe ru hito no, omoku nayami tamahu ha, ikaga?"
 to usirometage ni omohi te ihi kere ba, sa mo ihu beki koto zo, itohosiu omohi te, ito sebaku mutukasiu mo are ba, yau-yau wi te tatematuru beki ni, Naka-Gami hutagari te, rei sumi tamahu kata ha imu bekari kere ba, "Ko-Suzaku-win no go-ryau ni te, Udi-no-win to ihi si tokoro, ko no watari nara m." to omohi-ide te, Win-mori, Soudu siri tamahe ri kere ba, "Hito-hi, hutu-ka yadora m." to ihi-yari tamahe ri kere ba,
 "Hatuse ni nam, kinohu mina mawiri ni keru."
 tote, ito ayasiki Yado-mori no okina wo yobi te wi te ki tari.
 "Ohasimasa ba, haya. Itadura naru Win no sinden ni koso haberu mere. Mono-maude no hito ha, tune ni zo yadori tamahu."
 to ihe ba,
 "Ito yoka' nari. Ohoyake-dokoro nare do, hito mo naku kokoro-yasuki wo."
 tote, mise ni yari tamahu. Ko no okina, rei mo kaku yadoru hito wo mi-narahi tari kere ba, orosoka naru siturahi nado si te ki tari.

 [1-2 僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う]
まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて、恐ろしげなる所かな」と見たまふ。
「大徳たち、経読め」
などのたまふ。この初瀬に添ひたりし阿闍梨と同じやうなる、何事のあるにか、つきづきしきほどの下臈法師に、火ともさせて、人も寄らぬうしろの方に行きたり。森かと見ゆる木の下を、「疎ましげのわたりや」と見入れたるに、白き物の広ごりたるぞ見ゆる。
「かれは、何ぞ」
と、立ち止まりて、火を明くなして見れば、物の居たる姿なり。
「狐の変化したる。憎し。見現はさむ」
とて、一人は今すこし歩み寄る。今一人は、
「あな、用な。よからぬ物ならむ」
と言ひて、さやうの物退くべき印を作りつつ、さすがになほまもる。頭の髪あらば太りぬべき心地するに、この火ともしたる大徳、憚りもなく、奥なきさまにて、近く寄りてそのさまを見れば、髪は長くつやつやとして、大きなる木のいと荒々しきに寄りゐて、いみじう泣く。
「珍しきことにもはべるかな。僧都の御坊に御覧ぜさせたてまつらばや」
と言へば、
「げに、妖しき事なり」
とて、一人はまうでて、「かかることなむ」と申す。
「狐の人に変化するとは昔より聞けど、まだ見ぬものなり」
とて、わざと下りておはす。
かの渡りたまはむとすることによりて、下衆ども、皆はかばかしきは、御厨子所2614など、あるべかしきことどもを、かかるわたりには急ぐものなりければ、ゐ静まりなどしたるに、ただ四、五人して、ここなる物を見るに、変はることもなし。
あやしうて、時の移るまで見る。「疾く夜も明け果てなむ。人か何ぞと、見現はさむ2615」と、心にさるべき真言を読み、印を作りて試みるに、しるくや思ふらむ、
「これは、人なり。さらに非常のけしからぬ物にあらず。寄りて問へ。亡くなりたる人にはあらぬにこそあめれ。もし死にたりける人を捨てたりけるが、蘇りたるか」
と言ふ。
「何の、さる人をか、この院の内に捨てはべらむ。たとひ、真に人なりとも、狐、木霊やうの物の、欺きて取りもて来たるにこそはべらめと、不便にもはべりけるかな。穢らひあるべき所にこそはべめれ」
と言ひて、ありつる宿守の男を呼ぶ。山彦の答ふるも、いと恐ろし。

 [1-2 僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う]
まず、僧都がお越しになる。「とてもひどく荒れて、恐ろしそうな所だな」と御覧になる。
「大徳たち、読経せよ」
などとおっしゃる。この初瀬に付いていった阿闍梨と同じような者が、何事があったのか、お供するにふさわしい下臈の法師に、松明を灯させて、人も近寄らない建物の後ろの方に行った。森かと見える木の下を、「気持ち悪い所だ」と見ていると、白い物が広がっているのが見える。
「あれは、何だ」
と、立ち止まって、松明を明るくして見ると、何かが座っているような格好である。
「狐が化けた物だ。憎い。正体を暴いてやろう」
と言って、一人はもう少し近寄る。もう一人は、
「まあ、よしなさい。よくない物であろう」
と言って、そのような物が引き下がるような印を作りながら、そうは言ってもやはり見つめている。頭の髪があったら太くなりそうな気がするが、この松明を灯した大徳は、恐れもせず、深い考えもなく様子で、近寄ってその様子を見ると、髪は長く艶々として、大きな木の根がとても荒々しくある所に寄りかかって、ひどく泣いている。
「珍しいことでございますな。僧都の御坊に御覧に入れましょう」
と言うと、
「なるほど、不思議な事だ」
と言って、一人は参上して、「これこれしかじかです」と申し上げる。
「狐が人に化けるということは昔から聞いたが、まだ見たことがないものだ」
と言って、わざわざ下りていらっしゃる。
あちらにお越しになろうとしたところで、下衆どもで、役に立ちそうな者は皆、御厨子所などで、準備すべきことをいろいろと、こちらではかかりきりでいたので、ひっそりしていたので、わずか四、五人で、ここにいる物を見るが、変化する様子も見えない。
不思議に思って、一時の移るまで見る。「早く夜も明けてほしい。人か何物か、正体を暴こう」と、心中でしかるべき真言を読み、印を作って試みると、はっきり見極めがついたのであろうか、
「これは、人である。まったく異常なけしからぬ物ではない。近寄って問え。死んでいる人ではないようだ。もしや死んだ人を捨てたのが、生き返ったのだろうか」
と言う。
「どうして、そのような人を、この院の邸内に捨てましょうか。たとい、ほんとうに人であったとしても、狐や木霊のようなものが、たぶらかして連れて来たのでございましょうと、不都合なことでございますなあ。穢れのある所のようでございます」
と言って、先程の宿守の男を呼ぶ。山彦が答えるのも、まことに恐ろしい。

 [1-2 Souzu came across a strange happening at the wood in Uji-in]
 Madu, Soudu watari tamahu. "Ito itaku are te, osorosige naru tokoro kana!" to mi tamahu.
 "Daitoko-tati, kyau yome."
 nado notamahu. Ko no Hatuse ni sohi tari si Azari to onazi yau naru, nani-goto no aru ni ka, tuki-dukisiki hodo no gerahu hohusi ni, hi tomosa se te, hito mo yora nu usiro no kata ni iki tari. Mori ka to miyuru ko-no-sita wo, "Utomasige no watari ya!" to mi-ire taru ni, siroki mono no hirogori taru zo miyuru.
 "Kare ha, nani zo?"
 to, tati-tomari te, hi wo akaku nasi te mire ba, mono no wi taru sugata nari.
 "Kitune no hengwe si taru. Nikusi. Mi-arahasa m."
 tote, hitori ha ima sukosi ayumi-yoru. Ima hitori ha,
 "Ana, you na. Yokara nu mono nara m."
 to ihi te, sa yau no mono sirizoku beki in wo tukuri tutu, sasuga ni naho mamoru. Kasira no kami ara ba hutori nu beki kokoti suru ni, ko no hi tomosi taru Daitoko, habakari mo naku, au-naki sama ni te, tikaku yori te so no sama wo mire ba, kami ha nagaku tuya-tuya to si te, ohoki naru ki no ito ara-arasiki ni yori-wi te, imiziu naku.
 "Medurasiki koto ni mo haberu kana! Soudu no go-bau ni go-ran-ze sase tatematura baya!"
 to ihe ba,
 "Geni, ayasiki koto nari."
 tote, hitori ha maude te, "Kakaru koto nam." to mausu.
 "Kitune no hito ni hengwe suru to ha mukasi yori kike do, mada mi nu mono nari."
 tote, wazato ori te ohasu.
 Ka no watari tamaha m to suru koto ni yori te, gesu-domo, mina haka-bakasiki ha, mi-dusi-dokoro nado, aru bekasiki koto-domo wo, kakaru watari ni ha isogu mono nari kere ba, wi sidumari nado si taru ni, tada si, go-nin si te, koko naru mono wo miru ni, kaharu koto mo nasi.
 Ayasiu te, toki no uturu made miru. "Toku yo mo ake-hate nam. Hito ka nani zo to, mi-arahasa m." to, kokoro ni saru beki Singon wo yomi, in wo tukuri te kokoromiru ni, siruku ya omohu ram,
 "Kore ha, hito nari. Sarani hizau no kesikara nu mono ni ara zu. Yori te tohe. Nakunari taru hito ni ha ara nu ni koso a'mere. Mosi si ni tari keru hito wo sute tari keru ga, yomigaheri taru ka?"
 to ihu.
 "Nani no, saru hito wo ka, ko no win no uti ni sute habera m. Tatohi, makoto ni hito nari to mo, kitune, kodama yau no mono no, azamuki te tori mote ki taru ni koso habera me to, hubin ni mo haberi keru kana! Kegarahi aru beki tokoro ni koso habe' mere."
 to ihi te, ari-turu yado-mori no wonoko wo yobu. Yamabiko no kotahuru mo, ito osorosi.

 [1-3 若い女であることを確認し、救出する]
妖しのさまに、額おし上げて出で来たり。
「ここには、若き女などや住みたまふ。かかることなむある」
とて見すれば、
「狐の仕うまつるなり。この木のもとになむ、時々妖しきわざなむしはべる。一昨年の秋も、ここにはべる人の子の、二つばかりにはべしを、取りてまうで来たりしかども、見驚かずはべりき」
「さて、その稚児は死にやしにし」
と言へば、
「生きてはべり。狐は、さこそは人を脅かせど、ことにもあらぬ奴」
と言ふさま、いと馴れたり。かの夜深き参りものの所に、心を寄せたるなるべし。僧都、
「さらば、さやうの物のしたるわざか。なほ、よく見よ」
とて、このもの懼ぢせぬ法師を寄せたれば、
「鬼か神か狐か木霊か。かばかりの天の下の験者のおはしますには、え隠れたてまつらじ。名のりたまへ。名のりたまへ」
と、衣を取りて引けば、顔をひき入れていよいよ泣く。
「いで、あな、さがなの木霊の鬼や。まさに隠れなむや」
と言ひつつ、顔を見むとするに、「昔ありけむ目も鼻もなかりける女鬼にやあらむ」と、むくつけきを、頼もしういかきさまを人に見せむと思ひて、衣を引き脱がせむとすれば、うつ臥して声立つばかり泣く。
「何にまれ、かく妖しきこと、なべて、世にあらじ」
とて、見果てむと思ふに、
「雨いたく降りぬべし。かくて置いたらば、死に果てはべりぬべし。垣の下にこそ出ださめ」
と言ふ。僧都、
「まことの人の形なり。その命絶えぬを見る見る捨てむこと、いといみじきことなり。池に泳ぐ魚、山に鳴く鹿をだに、人に捕へられて死なむとするを見て、助けざらむは、いと悲しかるべし。人の命久しかるまじきものなれど、残りの命、一、二日をも惜しまずはあるべからず。鬼にも神にも、領ぜられ、人に逐はれ、人に謀りごたれても、これ横様の死にをすべきものにこそあんめれ、仏のかならず救ひたまふべき際なり。
なほ、試みに、しばし湯を飲ませなどして、助け試みむ。つひに、死なば、言ふ限りにあらず」
とのたまひて、この大徳して抱き入れさせたまふを、弟子ども、
「たいだいしきわざかな。いたうわづらひたまふ人の御あたりに、よからぬ物を取り入れて、穢らひかならず出で来なむとす」
と、もどくもあり。また、
「物の変化にもあれ、目に見す見す、生ける人を、かかる雨にうち失はせむは、いみじきことなれば」
など、心々に言ふ。下衆などは、いと騒がしく、物をうたて言ひなすものなれば、人騒がしからぬ隠れの方になむ臥せたりける。

 [1-3 若い女であることを確認し、救出する]
変な恰好に、烏帽子を額の上に押し上げて出て来た。
「ここには、若い女などが住んでいるのか。このようなことがある」
と言って見せると、
「狐がしたことだ。この木の下に、時々変なことをします。一昨年の秋も、ここに住んでいました人の子で、二歳ほどになったのを、さらって参ったが、驚きもしませんでした」
「それでは、その子は死んでしまったのか」
と問うと、
「生きております。狐は、そのように人を脅かすが、何ということもないやつです」
と言う態度は、とても物慣れたさまである。あちらの深夜に食事の準備している所に、気を取られているのであろう。僧都は、
「それでは、そのような物がしたことかどうか。やはり、よく見よ」
と言って、この恐いもの知らずの法師を近づけると、
「鬼か神か狐か木霊か。これほどの天下第一の験者がいらっしゃるのには、隠れ申すことはできまい。正体を名のりなさい。正体を名のりなさい」
と、衣を取って引くと、顔を隠してますます泣く。
「さてもまあ、何と、たちの悪い木霊の鬼だ。正体を隠しきれようか」
と言いながら、顔を見ようとすると、「昔いたという目も鼻もなかった女鬼であろうか」と、気味悪いが、頼もしく威勢のよいところを人に見せようと思って、衣を脱がせようとすると、うつ臥して声を立てるほどに泣く。
「何にあれ、このような不思議なことは、普通、世間にはない」
と言って、見極めようと思っていると、
「雨がひどく降って来そうだ。こうしておいたら、死んでしまいましょう。築地塀の外に出しましょう」
と言う。僧都は、
「ほんとうに人の姿だ。その命が今にも絶えてしまいそうなのを見ながら放っておくことは、もっての外のことだ。池で泳ぐ魚、山で鳴く鹿でさえ、人に捕えられて死にそうなのを見て、助けないのは、まことに悲しいことだろう。人の命は長くはないものだが、残りの命の、一、二日を惜しまないものはない。鬼にもあれ神にもあれ、取り憑かれたり、人に追出されたり、人に騙されたりしても、これらは横死をするにちがいないものだが、仏が必ずお救いになるはずの人である。
やはり、試みに、しばらく薬湯を飲ませたりして、助けてみよう。結局、死んでしまったら、しかたのないことだ」
とおっしゃって、この大徳に抱いて中に入れさせなさるのを、弟子どもは、
「不都合なことだなあ。ひどく患っていらっしゃる方のお側近くに、よくないものを近づけて、穢れがきっと出て来よう」
と、非難する者もいる。また、
「変化の物であれ、目前に見ながら、生きている人を、このような雨に打たれ死なせるのは、よくないことなので」
などと、思い思いに言う。下衆などは、たいそう騒がしく、口さがなく言い立てるものなので、人の大勢いない隠れた所に寝かせたのであった。

 [1-3 Souzu understands that is a young woman, and rescues the woman]
 Ayasi no sama ni, hitahi osi-age te ide-ki tari.
 "Koko ni ha, wakaki womna nado ya sumi tamahu? Kakaru koto nam aru."
 tote misure ba,
 "Kitune no tukau-maturu nari. Ko no ki no moto ni nam, toki-doki ayasiki waza nam si haberu. Wototosi no aki mo, koko ni haberu hito no ko no, hutatu bakari ni habe' si wo, tori te maude ki tari sika do mo, mi odoroka zu haberi ki."
 "Sate, so no tigo ha si ni ya si ni si?"
 to ihe ba,
 "Iki te haberi. Kitune ha, sa koso ha hito wo obiyakase do, koto ni mo ara nu yatu."
 to ihu sama, ito nare tari. Ka no yo-bukaki mawiri mono no tokoro ni, kokoro wo yose taru naru besi. Soudu,
 "Sara ba, sayau no mono no si taru waza ka. Naho, yoku miyo."
 tote, ko no mono-odi se nu hohusi wo yose tare ba,
 "Oni ka Kami ka kitune ka kodama ka? Ka-bakari no ame-no-sita no genza no ohasimasu ni ha, e kakure tatematura zi. Nanori tamahe. Nanori tamahe."
 to, kinu wo tori te hike ba, kaho wo hiki-ire te iyo-iyo naku.
 "Ide, ana, sagana no kodama no oni ya? Masa ni kakure na m ya?"
 to ihi tutu, kaho wo mi m to suru ni, "Mukasi ari kem me mo hana mo nakari keru me-oni ni ya ara m?" to, mukutukeki wo, tanomosiu ikaki sama wo hito ni mise m to omohi te, kinu wo hiki-nugase m to sure ba, utubusi te kowe tatu bakari naku.
 "Nani ni mare, kaku ayasiki koto, nabete, yo ni ara zi."
 tote, mi-hate m to omohu ni,
 "Ame itaku huri nu besi. Kaku te oi tara ba, sini hate haberi nu besi. Kaki no moto ni koso idasa me."
 to ihu. Soudu,
 "Makoto no hito no katati nari. So no inoti taye nu wo miru miru sute m koto, ito imiziki koto nari. Ike ni oyogu iwo, yama ni naku sika wo dani, hito ni torahe rare te sina m to suru wo mi te, tasuke zara m ha, ito kanasikaru besi. Hito no inoti hisasikaru maziki mono nare do, nokori no inoti, hitohi, hutuka wo mo wosima zu ha aru bekara zu. Oni ni mo Kami ni mo, ryau-ze rare, hito ni oha re, hito ni hakarigota re te mo, kore yoko-zama no si ni wo su beki mono ni koso anmere, Hotoke no kanarazu sukuhi tamahu beki kiha nari.
 Naho, kokoromi ni, sibasi yu wo noma se nado si te, tasuke kokoromi m. Tuhi ni, sina ba, ihu kagiri ni ara zu."
 to notamahi te, ko no Daitoko si te idaki-ire sase tamahu wo, desi-domo,
 "Tai-daisiki waza kana! Itau wadurahi tamahu hito no ohom-atari ni, yokara nu mono wo tori-ire te, kegarahi kanarazu ide-ki na m to su."
 to, modoku mo ari. Mata,
 "Mono no hengwe ni mo are, me ni misu misu, ike ru hito wo, kakaru ame ni uti-usinahase m ha, imiziki koto nare ba."
 nado, kokoro-gokoro ni ihu. Gesu nado ha, ito sawagasiku, mono wo utate ihi-nasu mono nare ba, hito sawagasikara nu kakure no kata ni nam huse tari keru.

 [1-4 妹尼、若い女を介抱す]
御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて、ののしる。すこし静まりて、僧都、
「ありつる人、いかがなりぬる」
と問ひたまふ。
「なよなよとしてもの言はず、息もしはべらず。何か、物にけどられにける人にこそ」
と言ふを、妹の尼君聞きたまひて、
「何事ぞ」
と問ふ。
「しかしかのことなむ、六十に余る年、珍かなるものを見たまへつる」
とのたまふ。うち聞くままに、
「おのが寺にて見し夢ありき。いかやうなる人ぞ。まづそのさま見む」
と泣きてのたまふ。
「ただこの東の遣戸になむはべる。はや御覧ぜよ」
と言へば、急ぎ行きて見るに、人も寄りつかでぞ、捨て置きたりける。いと若ううつくしげなる女の、白き綾の衣一襲、紅の袴ぞ着たる。香はいみじう香うばしくて、あてなるけはひ限りなし。
「ただ、わが恋ひ悲しむ娘の、帰りおはしたるなめり」
とて、泣く泣く御達を出だして、抱き入れさす。いかなりつらむとも、ありさま見ぬ人は、恐ろしがらで抱き入れつ。生けるやうにもあらで、さすがに目をほのかに見開けたるに2616、
「もののたまへや。いかなる人か、かくては、ものしたまへる」
と言へど、ものおぼえぬさまなり。湯取りて、手づからすくひ入れなどするに、ただ弱りに絶え入るやうなりければ、
「なかなかいみじきわざかな」とて、「この人亡くなりぬべし。加持したまへ」
と、験者の阿闍梨に言ふ。
「さればこそ。あやしき御もの扱ひ」
 とは言へど2617、神などのために経読みつつ祈る。

 [1-4 妹尼、若い女を介抱す]
お車を寄せてお下りになる時、ひどくお苦しがりなさると言って、大騒ぎする。少し静まって、僧都が、
「先程の人は、どのようになった」
とお尋ねになる。
「なよなよとして何も言わず、息もしません。いやなに、魔性の物に正体を抜かれた者でしょう」
と言うのを、妹の尼君がお聞きになって、
「何事ですか」
と尋ねる。
「これこれしかじかの事を、六十歳を過ぎた年齢になって、珍しい物を拝見しました」
とおっしゃる。それを聞くなり、
「わたしが寺で見た夢がありました。どのような人ですか。早速その様子を見たい」
と泣いておっしゃる。
「ちょうどこの東の遣戸の所におります。早く御覧なさい」
と言うので、急いで行って見ると、誰も側近くにおらずに、放置してあった。とても若くかわいらしげな女で、白い綾の衣一襲に、紅の袴を着ている。香はたいそう芳ばしくて、上品な感じがこの上ない。
「まるで、わたしが恋い悲しんでいた娘が、帰っていらしたようだ」
と言って、泣きながら年配の女房たちを使って、抱き入れさせる。どうしたことかとも、事情を知らない人は、恐がらずに抱き入れた。生きているようでもなく、それでも目をわずかに開けたので、
「何かおっしゃいなさい。どのようなお人か、こうして、いらっしゃるのは」
と尋ねるが、何も分からない様子である。薬湯を取って、ご自身ですくって飲ませなどするが、ただ弱って死にそうだったので、
「かえって大変な事になりました」と言って、「この人は死にそうです。加持をしなさい」
と、験者の阿闍梨に言う。
「それだから言ったのに。つまらないお世話です」
とは言うが、神などの御ためにお経を読みながら祈る。

 [1-4 Souzu's sister nun takes care of the young woman]
 Mi-kuruma yose te ori tamahu hodo, itau kurusigari tamahu tote, nonosiru. Sukosi sidumari te, Soudu,
 "Ari-turu hito, ikaga nari nuru?"
 to tohi tamahu.
 "Nayo-nayo to si te mono iha zu, iki mo si habera zu. Nani ka, mono ni kedora re ni keru hito ni koso."
 to ihu wo, imouto no Ama-Gimi kiki tamahi te,
 "Nani-goto zo?"
 to tohu.
 "Sika-sika no koto nam, roku-zihu ni amaru tosi, meduraka naru mono wo mi tamahe turu!"  to notamahu. Uti-kiku mama ni,
 "Ono ga tera ni te mi si yume ari ki. Ika yau naru hito zo? Madu so no sama mi m."
 to naki te notamahu.
 "Tada ko no himgasi no yarido ni nam haberu. Haya go-ran-ze yo."
 to ihe ba, isogi yuki te miru ni, hito mo yori-tuka de zo, sute-oki tari keru. Ito wakau utukusige naru womna no, siroki aya no kinu hito-kasane, kurenawi no hakama zo ki taru. Ka ha imiziu kaubasiku te, ate naru kehahi kagiri nasi.
 "Tada, waga kohi kanasimu musume no, kaheri ohasi taru na'meri."
 tote, naku-naku go-tati wo idasi te, idaki-ire sasu. Ika nari tu ram to mo, arisama mi nu hito ha, osorosigara de idaki-ire tu. Ike ru yau ni mo ara de, sasuga ni me wo honoka ni mi-ake taru ni,
 "Mono notamahe ya. Ika naru hito ka, kakute ha, monosi tamahe ru?"
 to ihe do, mono oboye nu sama nari. Yu tori te, te-dukara sukuhi-ire nado suru ni, tada yowari ni taye-iru yau nari kere ba,
 "Naka-naka imiziki waza kana!" tote, "Ko no hito nakunari nu besi. Kadi si tamahe."
 to, genza no Azari ni ihu.
 "Sare ba koso. Ayasiki ohom-mono-atukahi."
 to ha ihe do, Kami nado no tame ni kyau yomi tutu inoru.

 [1-5 若い女生き返るが、死を望む]
僧都もさしのぞきて、
「いかにぞ。何のしわざぞと、よく調じて問へ」
とのたまへど、いと弱げに消えもていくやうなれば、
「え生きはべらじ。すぞろなる穢らひに籠もりて、わづらふべきこと」
「さすがに、いとやむごとなき人にこそはべるめれ。死に果つとも、ただにやは捨てさせたまはむ。見苦しきわざかな」
と言ひあへり。
「あなかま。人に聞かすな。わづらはしきこともぞある」
など口固めつつ、尼君は、親のわづらひたまふよりも、この人を生け果てて見まほしう惜しみて、うちつけに添ひゐたり。知らぬ人なれど、みめのこよなうをかしげなれば、いたづらになさじと、見る限り扱ひ騷ぎけり。さすがに、時々、目見開けなどしつつ、涙の尽きせず流るるを、
「あな、心憂や。いみじく悲しと思ふ人の代はりに、仏の導きたまへると思ひきこゆるを。かひなくなりたまはば、なかなかなることをや思はむ。さるべき契りにてこそ、かく見たてまつるらめ。なほ、いささかもののたまへ」
と言ひ続くれど、からうして、
「生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せで、夜この川に落とし入れたまひてよ」
と、息の下に言ふ。
「まれまれ物のたまふをうれしと思ふに、あな、いみじや。いかなれば、かくはのたまふぞ。いかにして、さる所にはおはしつるぞ」
と問へども、物も言はずなりぬ。「身にもし傷などやあらむ」とて見れど、ここはと見ゆるところなくうつくしければ、あさましく悲しく、「まことに、人の心惑はさむとて出で来たる仮のものにや」と疑ふ。

 [1-5 若い女生き返るが、死を望む]
僧都もちょっと覗いて、
「どうですか。何のしわざかと、よく調伏して問え」
とおっしゃるが、ひどく弱そうに死んで行きそうなので、
「生きられそうにない。思いがけない穢れに籠もって、厄介なことになりますこと」
「そうは言っても、とても高貴な方でございましょう。死んだとしても、普通の人のようにはお捨て置きになることはできまい。面倒なことになったな」
と言い合っていた。
「お静かに。人に聞かせるな。厄介なことでも起こったら大変です」
などと口封じしながら、尼君は、親が患っていらっしゃるのよりも、この人を生き返らせてみたく惜しんで、もうすっかりこちらに付きっきりになっていた。知らない人であるが、顔容姿がこの上なく美しいので、死なせまいと、見る人びとも皆でお世話した。そうは言っても、時々、目を開けたりなどして、涙が止まらず流れるのを、
「まあ、お気の毒な。たいそう悲しいと思う娘の代わりに、仏がお導きなさったとお思い申し上げていたのに。亡くなってしまわれたら、かえって悲しい思いが加わることでしょう。こうなるはずの宿縁で、こうしてお会い申したのでしょう。ぜひ、少しは何とかおっしゃってください」
と言い続けるが、やっとのことで、
「生き返ったとしても、つまらない無用の者です。誰にも見せないで、夜にこの川に投げ込んでくださいまし」
と、息の下に言う。
「やっとのこと何かおっしゃるのを嬉しいと思ったら、まあ、大変な。どうして、そのようなことをおっしゃるのですか。なぜ、あのような所にいらっしゃったのですか」
と尋ねるが、何もおっしゃらなくなってしまった。「身体にもしやおかしなところなどがあろうか」と思って見たが、これと思える所はなくかわいらしいので、驚き呆れて悲しく、「ほんとうに、人の心を惑わそうとして出て来た仮の姿をした変化の物か」と疑う。

 [1-5 The young woman returns to life, but she wants to die]
 Soudu mo sasi-nozoki te,
  "Ika ni zo? Nani no siwaza zo to, yoku teu-zi te tohe."
 to notamahe do, ito yowage ni kiye mote iku yau nare ba,
 "E iki habera zi. Suzoro naru kegarahi ni komori te, wadurahu beki koto."
 "Sasuga ni, ito yamgotonaki hito ni koso haberu mere. Sini hatu to mo, tada ni ya ha sute sase tamaha m. Mi-gurusiki waza kana!"
 to ihi-ahe ri.
 "Ana-kama! Hito ni kikasu na. Wadurahasiki koto mo zo aru."
 nado kuti-gatame tutu, Ama-Gimi ha, oya no wadurahi tamahu yori mo, ko no hito wo ike hate te mi mahosiu wosimi te, uti-tuke ni sohi wi tari. Sira nu hito nare do, mime no koyonau wokasige nare ba, itadura ni nasa zi to, miru kagiri atukahi sawagi keri. Sasuga ni, toki-doki, me mi-ake nado si tutu, namida no tuki se zu nagaruru wo,
 "Ana, kokoro-u ya! Imiziku kanasi to omohu hito no kahari ni, Hotoke no mitibiki tamahe ru to kikoyuru wo. Kahi naku nari tamaha ba, naka-naka naru koto wo ya omoha m. Saru beki tigiri ni te koso, kaku mi tatematuru rame. Naho, isasaka mono notamahe."
 to ihi-tudukure do, karausite,
 "Iki-ide tari to mo, ayasiki huyou no hito nari. Hito ni mise de, yoru ko no kaha ni otosi ire tamahi te yo."
 to, iki no sita ni ihu.
 "Mare-mare mono notamahu wo uresi to omohu ni, ana, imizi ya! Ika nare ba, kaku ha notamahu zo? Ika ni si te, saru tokoro ni ohasi turu zo?"
 to tohe do mo, mono mo iha zu nari nu. "Mi ni mosi kizu nado ya ara m?" tote mire do, koko ha to miyuru tokoro naku utukusikere ba, asamasiku kanasiku, "Makoto ni, hito no kokoro madohasa m tote ide-ki taru kari no mono ni ya?" to utagahu.

 [1-6 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る]
二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り加持する声絶えず、あやしきことを思ひ騒ぐ。そのわたりの下衆などの、僧都に仕まつりける、かくておはしますなりとて、とぶらひ出で来るも、物語などして言ふを聞けば、
「故八の宮の御女、右大将殿の通ひたまひし、ことに悩みたまふこともなくて、にはかに隠れたまへりとて、騷ぎはべる。その御葬送の雑事ども仕うまつりはべりとて、昨日はえ参りはべらざりし」
と言ふ。「さやうの人の魂を、鬼の取りもて来たるにや」と思ふにも、かつ見る見る、「あるものともおぼえず、危ふく恐ろし」と思す。人びと、
「昨夜見やられし火は、しかことことしきけしきも見えざりしを」
と言ふ。
「ことさら事削ぎ2618て、いかめしうもはべらざりし」
と言ふ。穢らひたる人とて、立ちながら追ひ返しつ。
「大将殿は、宮の御女持ちたまへりしは、亡せたまひて、年ごろ2619になりぬるものを、誰れを言ふにかあらむ。姫宮をおきたてまつりたまひて、よに異心おはせじ」
など言ふ。

 [1-6 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る]
二日ほど籠もっていて、二人の女性を祈り加持する声がひっきりなしで、不思議な事件だと思ってあれこれ言う。その近辺の下衆などで、僧都にお仕え申していた者が、こうしてお出でになっていると聞いて、挨拶に出て来たが、世間話などして言うのを聞くと、
「故八の宮の姫君で、右大将殿がお通いになっていた方が、特にご病気になったということもなくて、急にお亡くなりになったと言って、大騒ぎしております。そのご葬送の雑事類にお仕え致しますために、昨日は参上することができませんでした」
と言う。「そのような人の魂を、鬼が取って持って来たのであろうか」と思うにも、一方では見ながら、「生きている人とも思えず、危なっかしく恐ろしい」とお思いになる。人びとは、
「昨夜見やられた火は、そのように大げさなふうには見えませんでしたが」
と言う。
「格別に簡略にして、盛大ではございませんでした」
と言う。死穢に触れた人だからというので、立ったままで帰らせた。
「大将殿は、宮の姫君をお持ちになっていたのは、お亡くなりになって、何年にもなったが、誰を言うのでしょうか。姫宮をさし置き申しては、まさか浮気心はおありでない」
などと言う。

 [1-6 A man of Uji talks to Souzu that a funeral seremony has been held]
 Hutuka bakari komori wi te, hutari no hito wo inori kadi suru kowe taye zu, ayasiki koto wo omohi sawagu. So no watari no gesu nado no, Soudu ni tuka-maturi keru, kakute ohasimasu nari tote, toburahi ide-kuru mo, monogatari nado si te ihu wo kike ba,
 "Ko-Hati-no-Miya no ohom-musume, U-daisyau-dono no kayohi tamahi si, koto ni nayami tamahu koto mo naku te, nihaka ni kakure tamahe ri tote, sawagi haberu. So no ohom-sausou no zahuzi-domo tukau-maturi haberi tote, kinohu ha e mawiri habera zari si."
 to ihu. "Sayau no hito no tamasihi wo, oni no tori mote ki taru ni ya?" to omohu ni mo, katu miru miru, "Aru mono to mo oboye zu, ayahuku osorosi." to obosu. Hito-bito,
 "Yobe mi-yara re si hi ha, sika koto-kotosiki kesiki mo miye zari si wo."
 to ihu.
 "Kotosara koto-sogi te, ikamesiu mo habera zari si."
 to ihu. Kegarahi taru hito tote, tati nagara ohi-kahesi tu.
 "Daisyau-dono ha, Miya no ohom-musume moti-tamahe ri si ha, use tamahi te, tosi-goro ni nari nuru mono wo, tare wo ihu ni ka ara m? Hime-Miya wo oki tatematuri tamahi te, yo ni koto-gokoro ohase zi."
 nado ihu.

 [1-7 尼君ら一行、小野に帰る]
尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば、「かくうたてある所に久しうおはせむも便なし」とて帰る。
「この人は、なほいと弱げなり。道のほどもいかがものしたまはむと、心苦しきこと」
と言ひ合へり。車二つして、老い人乗りたまへるには、仕うまつる尼二人、次のにはこの人を臥せて、かたはらにいま一人乗り添ひて、道すがら行きもやらず、車止めて湯参りなどしたまふ。
比叡坂本に、小野といふ所にぞ住みたまひける。そこにおはし着くほど、いと遠し。
「中宿りを設くべかりける」
など言ひて、夜更けておはし着きぬ。
僧都は、親を扱ひ、娘の尼君は、この知らぬ人をはぐくみて、皆抱き降ろしつつ休む。老いの病のいつともなきが、苦しと思ひたまへし遠道の名残こそ、しばしわづらひたまひけれ、やうやうよろしうなりたまひにければ、僧都は登りたまひぬ。
「かかる人なむ率て来たる」など、法師のあたりにはよからぬことなれば、見ざりし人にはまねばず。尼君も、皆口固めさせつつ、「もし尋ね来る人もやある」と思ふも、静心なし。「いかで、さる田舎人の住むあたりに、かかる人落ちあふれけむ。物詣でなどしたりける人の、心地などわづらひけむを、継母などやうの人の、たばかりて置かせたるにや」などぞ思ひ寄りける。
「川に流してよ」と言ひし一言より他に、ものもさらにのたまはねば、いとおぼつかなく思ひて、「いつしか人にもなしてみむ」と思ふに、つくづくとして起き上がる世もなく、いとあやしうのみものしたまへば、「つひに生くまじき人にや」と思ひながら、うち捨てむもいとほしういみじ。夢語りもし出でて、初めより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに芥子焼くことせさせたまふ。

 [1-7 尼君ら一行、小野に帰る]
尼君がよくおなりになった。方角も開いたので、「このような嫌な所に長く逗留されるのも不都合である」と言って帰る。
「この人は、依然としてとても弱々しそうだ。道中もいかがでいらっしゃろうかと、おいたわしいこと」
と話し合っていた。車二台で、老人がお乗りになったのには、お仕えする尼が二人、次のにはこの人を寝かせて、側にもう一人付き添って、道中もはかどらず、車を止めて薬湯などを飲ませなさる。
比叡の坂本で、小野という所にお住みになっていた。そこにお着きになるまで、まことに遠い。
「休憩所を準備すべきであった」
などと言って、夜が更けてお着きになった。
僧都は、母親を世話し、娘の尼君は、この知らない女を介抱して、みな抱いて降ろし降ろしして休む。老人の病気はいつということもないが、苦しいと思っていた遠路のせいで、少しお疲れになったが、だんだんとよくおなりになったので、僧都は山にお登りになった。
「このような女を連れて来た」などと、法師の間ではよくないことなので、知らなかった人には事情を話さない。尼君も、みな口封じをさせたが、「もしや探しに来る人もいようか」と思うと、気が落ち着かない。「何とか、そのような田舎者の住む辺りに、このような方がさまよっていたのだろうか。物詣でなどした人で、気分が悪くなったのを、継母などのような人が、だまして置いていったのであろうか」と推測してみるのだった。
「川に流してください」と言った一言以外に、何もまったくおっしゃらないので、とても分からなく思って、「はやく人並みの健康にしよう」と思うと、ぐったりとして起き上がる時もなく、まことに心配な容態ばかりしていらっしゃるので、「結局は生きられない人であろうか」と思いながら、放っておくのもお気の毒でたまらない。夢の話もし出しては、最初から祈祷させた阿闍梨にも、こっそりと芥子を焼くことをおさせになる。

 [1-7 Souzu's mother and the others come back to Ono]
 Ama-Gimi yorosiku nari tamahi nu. Kata mo aki nure ba, "Kaku utate aru tokoro ni hisasiu ohase m mo bin nasi." tote kaheru.
 "Ko no hito ha, naho ito yowage nari. Miti no hodo mo ikaga monosi tamaha m to, kokoro-gurusiki koto."
 to ihi-ahe ri. Kuruma hutatu si te, oyi-bito nori tamahe ru ni ha, tukau-maturu ama hutari, tugi no ni ha ko no hito wo huse te, katahara ni ima hitori nori sohi te, miti-sugara yuki mo yara zu, kuruma tome te yu mawiri nado si tamahu.
 Hie Sakamoto ni, Wono to ihu tokoro ni zo sumi tamahi keru. Soko ni ohasi tuku hodo, ito tohosi.
 "Naka-yadori wo mauku bekari keru."
 nado ihi te, yo huke te ohasi tuki nu.
 Soudu ha, oya wo atukahi, musume no Ama-Gimi ha, ko no sira nu hito wo hagukumi te, mina idaki orosi tutu yasumu. Oyi no yamahi no itu to mo naki ga, kurusi to omohi tamahe si toho-miti no nagori koso, sibasi wadurahi tamahi kere, yau-yau yorosiu nari tamahi ni kere ba, Soudu ha nobori tamahi nu.
 "Kakaru hito nam wi te ki taru." nado, hohusi no atari ni ha yokara nu koto nare ba, mi zari si hito ni ha maneba zu. Ama-Gimi mo, mina kuti-gatame sase tutu, "Mosi tadune kuru hito mo ya aru?" to omohu mo, sidu-kokoro nasi. "Ikade, saru winaka-bito no sumu atari ni, kakaru hito oti-ahure kem. Mono-maude nado si tari keru hito no, kokoti nado wadurahi kem wo, mama-haha nado yau no hito no, tabakari te oka se taru ni ya?" nado zo omohi-yori keru.
 "Kaha ni nagasi te yo." to ihi si hito-koto yori hoka ni, mono mo sarani notamaha ne ba, ito obotukanaku omohi te, "Itusika hito ni mo nasi te mi m." to omohu ni, tuku-duku to si te oki-agaru yo mo naku, ito ayasiu nomi monosi tamahe ba, "Tuhini iku maziki hito ni ya?" to omohi nagara, uti-sute m mo itohosiu imizi. Yume-gatari mo si ide te, hazime yori inora se si Azari ni mo, sinobiyaka ni kesi yaku koto se sase tamahu.

 2 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活 [2-1 僧都、小野山荘へ下山]
うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ。いとわびしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御もとに、
「なほ下りたまへ。この人、助けたまへ。さすがに今日までもあるは、死ぬまじかりける人を、憑きしみ領じたるものの、去らぬにこそあめれ。あが仏、京に出でたまはばこそはあらめ、ここまではあへなむ」
など、いみじきことを書き続けて、奉りたまへれば、
「いとあやしきことかな。かくまでもありける人の命を、やがてとり捨ててましかば。さるべき契りありてこそは、我しも見つけけめ。試みに助け果てむかし。それに止まらずは、業尽きにけりと思はむ」
とて、下りたまひけり。
よろこび拝みて、月ごろのありさまを語る。
「かく久しうわづらふ人は、むつかしきこと、おのづからあるべきを、いささか衰へず、いときよげに、ねぢけたるところなくのみものしたまひて、限りと見えながらも、かくて生きたるわざなりけり」
など、おほなおほな泣く泣くのたまへば、
「見つけしより、珍かなる人のみありさまかな。いで」
とて、さしのぞきて見たまひて、
「げに、いと警策なりける人の御容面かな。功徳の報いにこそ、かかる容貌にも生ひ出でたまひけめ。いかなる違ひめにて、そこなはれたまひけむ。もし、さにや、と聞き合はせらるることもなしや」
と問ひたまふ。
「さらに聞こゆることもなし。何か、初瀬の観音の賜へる人なり」
とのたまへば、
「何か。それ縁に従ひてこそ導きたまはめ。種なきことはいかでか」
など、のたまふが、あやしがりたまひて、修法始めたり。

 2 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活 [2-1 僧都、小野山荘へ下山]
ずっとこうしてお世話するうちに、四月、五月も過ぎた。まことに心細く看護の効のないことに困りはてて、僧都のもとに、
「もう一度下山してください。この人を、助けてください。何といっても今日まで生きていたのは、死ぬはずのない運命の人に、取り憑いて離れない物の怪が去らないのにちがいありません。どうかあなた様、京にお出になるのは無理でしょうが、ここまでは来てください」
などと、切なる気持ちを書き綴って、差し上げなさると、
「まことに不思議なことだな。こんなにまで生きている人の命を、そのまま見捨ててしまったら。そうなるはずの縁があって、わたしが見つけたのであろう。ためしに最後まで助けてやろう。それでだめなら、命数が尽きたのだと思おう」
と思って、下山なさった。
喜んで拝して、いく月日の間の様子を話す。
「このように長い間患っている人は、見苦しい感じが、自然と出て来るものですが、少しも衰弱せず、とても美しげで、ひねくれたところもなくいらっしゃって、最期と見えながらも、こうして生きていることです」
などと、本気になって泣きながらおっしゃるので、
「見つけた時から、めったにいないご様子の方であったな。さあ」
と言って、さし覗いて御覧になって、
「なるほど、まことに優れたご容貌の方であるなあ。功徳の報恩で、このような器量にお生まれになったのであろう。どのような行き違いで、ひどいことにおなりになったのであろう。もしや、それか、と思い当たるような噂を聞いたことはありませんか」
と尋ねなさる。
「まったく聞いたことありません。何の、初瀬の観音が授けてくださった人です」
とおっしゃるので、
「いや何。宿縁によってお導きくださったものでしょう。因縁のないことはどうして起ころうか」
などと、おっしゃるのが、不思議がりなさって、修法を始めた。

 2 Tale of Ukifune A new life of Ukifune begins at Ono [2-1 Souzu comes to the mountain villa in Ono]
 Uti-hahe kaku atukahu hodo ni, Si, Go-gwati mo sugi nu. Ito wabisiu kahi-naki koto wo omohi-wabi te, Soudu no ohom-moto ni,
 "Naho ori tamahe. Ko no hito, tasuke tamahe. Sasuga ni kehu made mo aru ha, sinu mazikari keru hito wo, tuki simi ryau-zi taru mono no, sara nu ni koso ame re. A ga Hotoke, kyau ni ide tamaha ba koso ha ara me, koko made ha ahe na m."
 nado, imiziki koto wo kaki tuduke te, tatematuri tamahe re ba,
 "Ito ayasiki koto kana! Kaku made mo ari keru hito no inoti wo, yagate tori sute te masika ba. Saru beki tigiri ari te koso ha, ware si mo mituke keme. Kokoromi ni tasuke hate m kasi. Sore ni todomara zu ha, gou tuki ni keri to omoha m."
 tote, ori tamahi keri.
 Yorokobi wogami te, tuki-goro no arisama wo kataru.
 "Kaku hisasiu wadurahu hito ha, mutukasiki koto, onodukara aru beki wo, isasaka otorohe zu, ito kiyoge ni, nedike taru tokoro naku nomi monosi tamahi te, kagiri to miye nagara mo, kaku te iki taru waza nari keri."
 nado, ohona-ohona naku-naku notamahe ba,
 "Mituke si yori, meduraka naru hito no mi-arisama kana! Ide."
 tote, sasi-nozoki te mi tamahi te,
 "Geni, ito kyauzaku nari keru hito no ohom-youmei kana! Kudoku no mukuyi ni koso, kakaru katati ni mo ohi-ide tamahi keme. Ika naru tagahi me ni te, sokonahare tamahi kem. Mosi, sa ni ya, to kiki-ahase raruru koto mo nasi ya!"
 to tohi tamahu.
 "Sarani kikoyuru koto mo nasi. Nani ka, Hatuse no Kwanon no tamahe ru hito nari."
 to notamahe ba,
 "Nani ka. Sore en ni sitagahi te koso mitibiki tamaha me. Tane naki koto ha ikade ka."
 nado, notamahu ga, ayasigari tamahi te, suhohu hazime tari.

 [2-2 もののけ出現]
「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を出でたまひて、すぞろにかかる人のためになむ行ひ騷ぎたまふと、ものの聞こえあらむ、いと聞きにくかるべし」と思し、弟子どもも言ひて、「人に聞かせじ」と隠す。僧都、
「いで、あなかま。大徳たち。われ無慚の法師にて、忌むことの中に、破る戒は多からめど、女の筋につけて、まだ誹りとらず、過つことなし。六十に余りて、今さらに人のもどき負はむは、さるべきにこそはあらめ」
とのたまへば、
「よからぬ人の、ものを便なく言ひなしはべる時には、仏法の瑕となりはべることなり」
と、心よからず思ひて言ふ。
「この修法のほどにしるし見えずは」
と、いみじきことどもを誓ひたまひて、夜一夜加持したまへる暁に、人に駆り移して、「何やうのもの、かく人を惑はしたるぞ」と、ありさまばかり言はせまほしうて、弟子の阿闍梨、とりどりに加持したまふ。月ごろ、いささかも現はれざりつるもののけ、調ぜられて、
「おのれは、ここまで参うで来て、かく調ぜられたてまつるべき身にもあらず。昔は行ひせし法師の、いささかなる世に恨みをとどめて、漂ひありきしほどに、よき女のあまた住みたまひし所に住みつきて、かたへは失ひてしに、この人は、心と世を恨みたまひて、我いかで死なむ、と言ふことを、夜昼のたまひしにたよりを得て、いと暗き夜、独りものしたまひしを取りてしなり。されど、観音とざまかうざまにはぐくみたまひければ、この僧都に負けたてまつりぬ。今は、まかりなむ」
とののしる。
「かく言ふは、何ぞ」
と問へば、憑きたる人、ものはかなきけにや、はかばかしうも言はず。

 [2-2 もののけ出現]
「朝廷のお召しでさえお受けせず、深く籠もっている山をお出になって、わけもなくこのような人のために修法をなさっていると、噂が聞こえた時には、まことに聞きにくいことであろう」とお思いになり、弟子どももそう意見して、「人に聞かせまい」と隠す。僧都、
「まあ、お静かに。大徳たち。わたしは破戒無慚の法師で、戒律の中で、破った戒律は多かろうが、女の方面ではまだ非難されたことなく、過ったこともない。年齢も六十を過ぎて、今さら人の非難を受けるのは、前世の因縁なのであろう」
とおっしゃると、
「口さがない連中が、何か不都合な事にとりなして言いました時には、仏法の恥となりますことです」
と、不機嫌に思って言う。
「この修法によって効験が現れなかったら」
と、非常な決意をなさって、夜一晩中、加持なさった翌早朝に、人に乗り移らせて、「どのような物の怪がこのように人を惑わしていたのであろう」と、様子だけでも言わせたくて、弟子の阿闍梨が、交替で加持なさる。何か月もの間、少しも現れなかった物の怪が、調伏されて、
「自分は、ここまで参って、このように調伏され申すべき身ではない。生前は、修業に励んだ法師で、わずかにこの世に恨みを残して、中有にさまよっていたときに、よい女が大勢住んでいられた辺りに住み着いて、一人は失わせたが、この人は、自分から世を恨みなさって、自分は何とかして死にたい、ということを、昼夜おっしゃっていたのを手がかりと得て、まことに暗い夜に、一人でいらした時に奪ったのである。けれども、観音があれやこれやと加護なさったので、この僧都にお負け申してしまった。今は、立ち去ろう」
と声を立てる。
「こう言うのは、何者だ」
と問うが、乗り移らせた人が、力のないせいか、はっきりとも言わない。

 [2-2 An evil spirit appears from the young woman]
 "Ohoyake no mesi ni dani sitagaha zu, hukaku komori taru yama wo ide tamahi te, suzoro ni kakaru hito no tame ni nam okonahi sawagi tamahu to, mono no kikoye ara m, ito kiki-nikukaru besi." to obosi, desi-domo mo ihi te, "Hito ni kikase zi." to kakusu. Soudu,
 "Ide, ana-kama! Daitoko-tati. Ware muzan no hohusi ni te, imu koto no naka ni, yaburu kai ha ohokara me do, womna no sudi ni tuke te, mada sosiri tora zu, ayamatu koto nasi. Roku-zihu ni amari te, imasara ni hito no modoki oha m ha, saru beki ni koso ha ara me."
 to notamahe ba,
 "Yokara nu hito no, mono wo bin naku ihi-nasi haberu toki ni ha, Buppohu no kizu to nari haberu koto nari."
 to, kokoro-yokara zu omohi te ihu.
 "Ko no suhohu no hodo ni sirusi miye zu ha."
 to, imiziki koto-domo wo tikahi tamahi te, yo-hito-yo kadi si tamahe ru akatuki ni, hito ni kari-utusi te, "Nani-yau no mono, kaku hito wo madohasi taru zo?" to, arisama bakari iha se mahosiu te, desi no Azari, tori-dori ni kadi si tamahu. Tuki-goro, isasaka mo arahare zari turu mononoke, teu-ze rare te,
 "Onore ha, koko made maude ki te, kaku teu-ze rare tatematuru beki mi ni mo ara zu. Mukasi ha okonahi se si hohusi no, isasaka naru yo ni urami wo todome te, tadayohi ariki si hodo ni, yoki womna no amata sumi tamahi si tokoro ni sumi-tuki te, katahe ha usinahi te si ni, ko no hito ha, kokoro to yo wo urami tamahi te, ware ikade sina m, to ihu koto wo, yoru-hiru notamahi si ni tayori wo e te, ito kuraki yo, hitori monosi tamahi si wo tori te si nari. Saredo, Kwanon to-zama kau-zama ni hagukumi tamahi kere ba, ko no Soudu ni make tatematuri nu. Ima ha, makari na m."
 to nonosiru.
 "Kaku ihu ha, nani zo?"
 to tohe ba, tuki taru hito, mono-hakanaki ke ni ya, haka-bakasiu mo iha zu.

 [2-3 浮舟、意識を回復]
正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて見回し2620たれば、一人見し人の顔はなくて、皆、老法師、ゆがみ衰へたる者のみ多かれば、知らぬ国に来にける心地して、いと悲し。
ありし世のこと思ひ出づれど、住みけむ所、誰れと言ひし人とだに、たしかにはかばかしうもおぼえず。ただ、
「我は、限りとて身を投げし人ぞかし。いづくに来にたるにか」とせめて思ひ出づれば、
「いといみじと、ものを思ひ嘆きて、皆人の寝たりしに、妻戸を放ちて出でたりしに、風は烈しう、川波も荒う聞こえしを、独りもの恐ろしかりしかば、来し方行く先もおぼえで、簀子の端に足をさし下ろしながら、行くべき方も惑はれて、帰り入らむも中空にて、心強くこの世に亡せなむと思ひ立ちしを、『をこがましうて人に見つけられむよりは、鬼も何も食ひ失へ』と言ひつつ、つくづくと居たりしを、いときよげなる男の寄り来て、『いざ、たまへ。おのがもとへ』と言ひて、抱く心地のせしを、宮と聞こえし人のしたまふ、とおぼえしほどより、心地惑ひにけるなめり。知らぬ所に据ゑ置きて、この男は消え失せぬ、と見しを、つひにかく本意のこともせずなりぬる、と思ひつつ、いみじう泣く、と思ひしほどに、その後のことは絶えて、いかにもいかにもおぼえず。
人の言ふを聞けば、多くの日ごろも経にけり。いかに憂きさまを、知らぬ人に扱はれ見えつらむ、と恥づかしう、つひにかくて生き返りぬるか」
と思ふも口惜しければ、いみじうおぼえて、なかなか、沈みたまひつる日ごろは、うつし心もなきさまにて、ものいささか参る事もありつるを、つゆばかりの湯をだに参らず。

 [2-3 浮舟、意識を回復]
ご本人の気分はさわやかになって、少し意識がはっきりして見回すと、一人も見たことのある顔はなくて、皆、老法師か腰の曲がった者ばかり多いので、知らない国に来たような気がして、実に悲しい。
以前のことを思い出すが、住んでいた所、何という名前であったかさえ、確かにはっきりとも思い出せない。ただ、
「自分は、最期と思って身を投げた者である。どこに来たのか」と無理に思い出すと、
「とてもつらいことよと、悲しい思いを抱いて、皆が寝静まったときに、妻戸を開けて外に出たが、風が烈しく、川波も荒々しく聞こえたが、独りぼっちで恐かったので、過去や将来も分からず、簀子の端に足をさし下ろしながら、行くはずの所も迷って、引き返すのも中途半端で、気強くこの世から消えようと決心したが、『馬鹿らしく人に見つけられるよりは鬼でも何でも喰って亡くしてくれよ』と言いながら、つくづくと座っていたが、とても美しそうな男が近寄って来て、『さあ、いらっしゃい。わたしの所へ』と言って、抱く気がしたが、宮様と申し上げた方がなさる、と思われた時から、意識がはっきりしなくなったようだ。知らない所に置いて、この男は消えてしまった、と見えたが、とうとうこのように目的も果たせずになってしまった、と思いながら、ひどく泣いている、と思ったときから、その後のことはまったく、何もかも覚えていない。
人が言うのを聞くと、たくさんの日数を経てしまった。どのように嫌な様子を、知らない人にお世話されたのであろう、と恥ずかしく、とうとうこうして生き返ってしまったのか」
と思うのも残念なので、ひどく悲しく思われて、かえって、沈んでいらした日ごろは、正気もない様子で、何か食物も少し召し上がることもあったが、露ほどの薬湯でさえお飲みにならない。

 [2-3 Ukifune returns to herself]
 Sauzimi no kokoti ha sahayaka ni, isasaka mono oboye te mi-mahasi tare ba, hitori mi si hito no kaho ha naku te, mina, oyi-hohusi, yugami otorohe taru mono nomi ohokare ba, sira nu kuni ni ki ni keru kokoti si te, ito kanasi.
 Ari-si yo no koto omohi-idure do, sumi kem tokoro, tare to ihi si hito to dani, tasika ni haka-bakasiu mo oboye zu. Tada,
 "Ware ha, kagiri tote mi wo nage si hito zo kasi. Iduku ni ki ni taru ni ka?" to seme te omohi-idure ba,
 "Ito imizi to, mono wo omohi-nageki te, mina-hito no ne tari si ni, tumado wo hanati te ide tari si ni, kaze ha hagesiu, kaha-nami mo arau kikoye si wo, hitori mono-osorosikari sika ba, ki-si-kata yuku-saki mo oboye de, sunoko no hasi ni asi wo sasi-orosi nagara, yuku beki kata mo madoha re te, kaheri ira m mo naka-zora ni te, kokoro-duyoku konoyo ni use na m to omohi-tati si wo, 'Wokogamasiu te hito ni mituke rare m yori ha, oni mo nani mo kuhi usinahe.' to ihi tutu, tuku-duku to wi tari si wo, ito kiyoge naru wotoko no yori-ki te, 'Iza, tamahe. Ono ga moto he.' to ihi te, idaku kokoti no se si wo, Miya to kikoye si hito no si tamahu, to oboye si hodo yori, kokoti-madohi ni keru na'meri. Sira nu tokoro ni suwe-oki te, ko no wotoko ha kiye-use nu, to mi si wo, tuhi ni kaku ho'i no koto mo se zu nari nuru, to omohi tutu, imiziu naku, to omohi si hodo ni, so no noti no koto ha taye te, ika ni mo ika ni mo oboye zu.
 Hito no ihu wo kike ba, ohoku no hi-goro mo he ni keri. Ika ni uki sama wo, sira nu hito ni atukaha re miye tu ram, to hadukasiu, tuhi ni kaku te iki-kaheri nuru ka?"
 to omohu mo kutiwosikere ba, imiziu oboye te, naka-naka, sidumi tamahi turu hi-goro ha, utusi-gokoro naki sama ni te, mono isasaka mawiru koto mo ari turu wo, tuyu bakari no yu wo dani mawira zu.

 [2-4 浮舟、五戒を受く]
「いかなれば2621、かく頼もしげなくのみはおはするぞ。うちはへぬるみなどしたまへることは冷めたまひて、さはやかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるを」
と、泣く泣く、たゆむ折なく添ひゐて扱ひきこえたまふ。ある人びとも、あたらしき御さま容貌を見れば、心を尽くしてぞ惜しみまもりける。心には、「なほいかで死なむ」とぞ思ひわたりたまへど、さばかりにて、生き止まりたる人の命なれば、いと執念くて、やうやう頭もたげたまへば、もの参りなどしたまふにぞ、なかなか面痩せもていく。いつしかとうれしう思ひきこゆるに、
「尼になしたまひてよ。さてのみなむ生くやうもあるべき」
とのたまへば、
「いとほしげなる御さまを。いかでか、さはなしたてまつらむ」
とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりを受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えさかしく強ひてものたまはず。僧都は、
「今は、かばかりにて、いたはり止めたてまつりたまへ」
と言ひ置きて、登りたまひぬ。

 [2-4 浮舟、五戒を受く]
「どうして、このように頼りなさそうにばかりいらっしゃるのですか。ずっと熱がおありだったのは下がりなさって、さわやかにお見えになるので、嬉しくお思い申し上げていましたのに」
と、泣きながら、気を緩めることなく付き添ってお世話申し上げなさる。仕える女房たちも、惜しいお姿や容貌を見ると、誠心誠意惜しんで看病したのであった。内心では、「やはり何とかして死にたい」と思い続けていらしたが、あれほどの状態で、生き返った人の命なので、とてもねばり強くて、だんだんと頭もお上げになったので、食物を召し上がりなさるが、かえって容貌もひきしまって行く。はやく好くなってほしいと嬉しくお思い申し上げていたところ、
「尼にしてください。そうしたら生きて行くようもありましょう」
とおっしゃるので、
「あたら惜しいお身を。どうして、そのように致せましょう」
と言って、ただ頂の髪だけを削いで、五戒だけを受けさせ申し上げる。不安であるが、もともとはきはきしない性分で、さし出て強くもおっしゃらない。僧都は、
「今はもう、このくらいにしておいて、看病して差し上げなさい」
と言い置いて、山へ登っておしまいになった。

 [2-4 Ukifune is given a Buddhist five admonition]
 "Ika nare ba, kaku tanomosige naku nomi ha ohasuru zo. Utihahe nurumi nado si tamahe ru koto ha same tamahi te, sahayaka ni miye tamahe ba, uresiu omohi kikoyuru wo."
 to, naku-naku, tayumu wori naku sohi wi te atukahi kikoye tamahu. Aru hito-bito mo, atarasiki ohom-sama katati wo mire ba, kokoro wo tukusi te zo, wosimi mamori keru. Kokoro ni ha, "Naho ikade sina m." to zo omohi watari tamahe do, sabakari ni te, iki tomari taru hito no inoti nare ba, ito sihuneku te, yau-yau kasira motage tamahe ba, mono mawiri nado si tamahu ni zo, naka-naka omo-yase mote-iku. Itusika to uresiu omohi kikoyuru ni,
 "Ama ni nasi tamahi te yo. Sate nomi nam iku yau mo aru beki."
 to notamahe ba,
 "Itohosige naru ohom-sama wo. Ikade ka, sa ha nasi tatematura m."
 tote, tada itadaki bakari wo sogi, go-kai bakari wo uke sase tatematuru. Kokoro-motonakere do, moto yori ore-oresiki hito no kokoro ni te, e sakasiku sihite mo notamaha zu. Soudu ha,
 "Ima ha, kabakari ni te, itahari yame tatematuri tamahe."
 to ihi-oki te, nobori tamahi nu.

 [2-5 浮舟、素性を隠す]
「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて、せめて起こし据ゑつつ、御髪手づから削りたまふ。さばかりあさましう、ひき結ひてうちやりたりつれど、いたうも乱れず、解き果てたれば、つやつやとけうらなり。一年足らぬ九十九髪2622多かる所にて、目もあやに、いみじき天人の天降れるを見たらむやうに思ふも、危ふき心地すれど、
「などか、いと心憂く、かばかりいみじく思ひきこゆるに、御心を立てては見えたまふ。いづくに誰れと聞こえし人の、さる所にはいかでおはせしぞ」
と、せめて問ふを、いと恥づかしと思ひて、
「あやしかりしほどに、皆忘れたるにやあらむ、ありけむさまなどもさらにおぼえはべらず。ただ、ほのかに思ひ出づることとては、ただ、いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くて眺めしほどに、前近く大きなる木のありし下より、人の出で来て、率て行く心地なむせし。それより他のことは、我ながら、誰れともえ思ひ出でられはべらず」
と、いとらうたげに言ひなして、
「世の中に、なほありけりと、いかで人に知られじ。聞きつくる人もあらば、いといみじくこそ」
とて泣いたまふ。あまり問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも、珍しき心地するに、「いかなるものの隙に消え失せむとすらむ」と、静心なくぞ思しける。

 [2-5 浮舟、素性を隠す]
「夢に見たような人をお世話申し上げることだわ」と尼君は喜んで、無理に起こして座らせながら、お髪をご自身でお梳かしになる。あのように驚きあきれ、結んでおいたが、ひどくは乱れず、解き放ってみると、つやつやとして美しい。白髪の人の多い所なので、目もあざやかに、美しい天人が地上に下りたのを見たように思うのも、不安な気がするが、
「どうして、とても情けなく、こんなにたいそうお世話申し上げていますのに、強情をはっていらっしゃるのですか。どこの誰と申し上げた方が、そのような所にどうしておいでになったのですか」
と、しいて尋ねるのを、とても恥ずかしいと思って、
「意識を失っている間に、すっかり忘れてしまったのでしょうか、以前の様子などもまったく覚えておりません。ただ、かすかに思い出すこととしては、ただ、何とかしてこの世から消えたいと思いながら、夕暮になると端近くで物思いをしていたときに、前の近くにある大きな木があった下から、人が出て来て、連れて行く気がしました。それ以外のことは、自分自身でも、誰とも思い出すことができません」
と、とてもかわいらしげに言って、
「この世に、やはり生きていたと、何とか人に知られたくない。聞きつける人がいたら、とても悲しい」
と言ってお泣きになる。あまり尋ねるのを、つらいとお思いなので、尋ねることもできない。かぐや姫を見つけた竹取の翁よりも、珍しい気がするので、「どのような何かの機会に姿が消え失せてしまうのか」と、落ち着かない気持ちでいた。

 [2-5 Ukifune hides her identity]
 "Yume no yau naru hito wo mi tatematuru kana!" to Ama-Gimi ha yorokobi te, semete okosi suwe tutu, mi-gusi te-dukara keduri tamahu. Sabakari asamasiu, hiki-yuhi te uti-yari tari ture do, itau mo midare zu, toki-hate tare ba, tuya-tuya to keura nari. Hito-tose tara nu tukumo-gami ohokaru tokoro ni te, me mo aya ni, imiziki tennin no ama kudare ru wo mi tara m yau ni omohu mo, ayahuki kokoti sure do,
 "Nado ka, ito kokoro-uku, kabakari imiziku omohi kikoyuru ni, mi-kokoro wo tate te ha miye tamahu. Iduku ni tare to kikoye si hito no, saru tokoro ni ha ikade ohase si zo."
 to, semete tohu wo, ito hadukasi to omohi te,
 "Ayasikari si hodo ni, mina wasure taru ni ya ara m, ari kem sama nado mo sarani oboye habera zu. Tada, honoka ni omohi-iduru koto tote ha, tada, ikade konoyo ni ara zi to omohi tutu, yuhugure goto ni hasi tikaku te nagame si hodo ni, mahe tikaku ohoki naru ki no ari si sita yori, hito no ide-ki te, wi te iku kokoti nam se si. Sore yori hoka no koto ha, ware nagara, tare to mo e omohi-ide rare habera zu."
 to, ito rautage ni ihi-nasi te,
 "Yononaka ni, naho ari keri to, ikade hito ni sira re zi. Kiki-tukuru hito mo ara ba, ito imiziku koso."
 tote nai tamahu. Amari tohu wo ba, kurusi to obosi tare ba, e toha zu. Kaguya-Hime wo mituke tari kem Taketori-no-Okina yori mo, medurasiki kokoti suru ni, "Ika naru mono no hima ni kiye-use m to su ram." to, sidu-kokoro naku zo obosi keru.

 [2-6 小野山荘の風情]
この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は、上達部の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひてのち、娘ただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひ扱ひけるを、その娘の君の亡くなりにければ、心憂し、いみじ、と思ひ入りて、形をも変へ、かかる山里には住み始めたりけるなり。
「世とともに恋ひわたる人の形見にも、思ひよそへつべからむ人をだに見出でてしがな」、つれづれも心細きままに思ひ嘆きけるを、かく、おぼえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなるを得たれば、うつつのことともおぼえず、あやしき心地しながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いときよげによしありて、ありさまもあてはかなり。
昔の山里よりは、水の音もなごやかなり。造りざま、ゆゑある所、木立おもしろく、前栽もをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしきもあはれなり。門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女どもは、歌うたひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかしく、見し東路のことなども思ひ出でられて。
かの夕霧の御息所のおはせし山里よりは、今すこし入りて、山に片かけたる家なれば、松蔭2623茂く、風の音もいと心細きに、つれづれに行ひをのみしつつ、いつとなくしめやかなり。

 [2-6 小野山荘の風情]
ここの主人も高貴な方であった。娘の尼君は、上達部の北の方であったが、その方がお亡くなりになって後、娘をただ一人大切にお世話して、立派な公達を婿に迎えて大切にしていたが、その娘が亡くなってしまったので、情けない、悲しい、と思いつめて、尼姿になって、このような山里に住み始めたのであった。
「歳月とともに恋い慕っていた娘の形見にでも、せめて思いよそえられるような人を見つけたい」と、所在ない心細い思いで嘆いていたところ、このように、思いがけない人で、器量や感じも優っているような人を得たので、現実のこととも思われず、不思議な気がしながらも、嬉しいと思う。年は召しているが、とても美しそうで嗜みがあり、態度も上品である。
昔の山里よりは、川の音も物やわらかである。家の造りは、風流な所の、木立も趣があり、前栽なども興趣あり、風流をし尽くしている。秋になって行くと、空の様子もしみじみとしている。門田の稲を刈ろうとして、その土地の者の真似をしては、若い女房たちが、民謡を謡いながらおもしろがっていた。引板を鳴らす音もおもしろく、かつて見た東国のことなども思い出されて。
あの夕霧の御息所がおいでになった山里よりは、もう少し奥に入って、山の斜面に建ててある家なので、松の木蔭が鬱蒼として、風の音もまことに心細いので、することもなく勤行ばかりして、いつとなくひっそりとしている。

 [2-6 A landscape and feeling of Ono villa]
 Ko no aruzi mo ate naru hito nari keri. Musume no Ama-Gimi ha, kamdatime no kitanokata ni te ari keru ga, so no hito nakunari tamahi te noti, musume tada hitori wo imiziku kasiduki te, yoki kim-dati wo muko ni si te omohi atukahi keru wo, so no Musume-no-Kimi no nakunari ni kere ba, kokoro-usi, imizi, to omohi-iri te, katati wo mo kahe, kakaru yama-zato ni ha sumi hazime tari keru nari.
 "Yo to tomoni kohi wataru hito no katami ni mo, omohi yosohe tu bekara m hito wo dani mi-ide te si gana!", ture-dure mo kokoro-bosoki mama ni omohi-nageki keru wo, kaku, oboye nu hito no, katati kehahi mo masari zama naru wo e tare ba, ututu no koto to mo oboye zu, ayasiki kokoti nagara, uresi to omohu. Nebi ni tare do, ito kiyoge ni yosi ari te, arisama mo atehaka nari.
 Mukasi no yama-zato yori ha, midu no oto mo nagoyaka nari. Tukuri-zama, yuwe aru tokoro, kodati omosiroku, sensai mo wokasiku, yuwe wo tukusi tari. Aki ni nari-yuke ba, sora no kesiki mo ahare nari. Kado-ta no ine karu tote, tokoro ni tuke taru mono manebi si tutu, wakaki womna-domo ha, uta utahi kyou-zi ahe ri. Hita hiki-narasu oto mo wokasiku, mi si Aduma-di no koto nado mo omohi-ide rare te.
 Ka no Yuhugiri no Miyasumdokoro no ohase si yama-zato yori ha, ima sukosi iri te, yama ni kata-kake taru ihe nare ba, matu-kage sigeku, kaze no oto mo ito kokoro-bosoki ni, ture-dure ni okonahi wo nomi si tutu, itu to naku simeyaka nari.

 [2-7 浮舟、手習して述懐]
尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ。少将の尼君などいふ人は、琵琶弾きなどしつつ遊ぶ。
「かかるわざはしたまふや。つれづれなるに」
など言ふ。昔も、あやしかりける身にて、心のどかに、「さやうのことすべきほどもなかりしかば、いささかをかしきさまならずも生ひ出でにけるかな」と、かくさだ過ぎにける人の、心をやるめる折々につけては、思ひ出づるを、「あさましくものはかなかりける」と、我ながら口惜しければ、手習に、
「身を投げし涙の川の早き瀬を
しがらみかけて誰れか止めし」
思ひの外に心憂ければ、行く末もうしろめたく、疎ましきまで思ひやらる。
月の明かき夜な夜な、老い人どもは艶に歌詠み、いにしへ思ひ出でつつ、さまざま物語などするに、いらふべきかたもなければ、つくづくとうち眺めて、
「我かくて憂き世の中にめぐるとも
誰れかは知らむ月の都に」
今は限りと思ひしほどは、恋しき人多かりしかど、こと人びとはさしも思ひ出でられず、ただ、
「親いかに惑ひたまひけむ。乳母、よろづに、いかで人なみなみになさむと思ひ焦られしを、いかにあへなき心地しけむ。いづくにあらむ。我、世にあるものとはいかでか知らむ」
同じ心なる人もなかりしままに、よろづ隔つることなく語らひ見馴れたりし右近なども、折々は思ひ出でらる。

 [2-7 浮舟、手習して述懐]
尼君は、月などの明るい夜は、琴などをお弾きになる。少将の尼君などという女房は、琵琶を弾いたりして遊ぶ。
「このようなことはなさいますか。何もすることがないので」
などと言う。昔も、賤しかった身の上で、のんびりと、「そのようなことをする境遇でもなかったので、少しも風流なところもなく成長したことよ」と、このように盛りを過ぎた人が、心を晴らしているような時々につけては、思い出すが、「何とも言いようのない身の上であった」と、自分ながら残念なので、手習いに、
「涙ながらに身を投げたあの川の早い流れを
堰き止めて誰がわたしを救い上げたのでしょう」
思いがけないことに情けないので、将来も不安で、疎ましいまでに思われる。
月の明るい夜毎に、老人たちは優雅に和歌を詠み、昔を思い出しながら、いろいろな話などをするが、答えることもできないので、つくづくと物思いに沈んで、
「わたしがこのように嫌なこの世に生きているとも
誰が知ろうか、あの月が照らしている都の人で」
今を最期と思い切ったときは、恋しい人が多かったが、その他の人びとはそれほども思い出されず、ただ、
「母親がどんなにお嘆きになったろう。乳母が、いろいろと、何とか一人前にしようと一生懸命であったが、どんなにがっかりしたろう。どこにいるのだろう。わたしが、生きていようとはどうして知ろう」
同じ気持ちの人もいなかったが、何事も隠すことなく相談し親しくしていた右近なども、時々は思い出される。

 [2-7 Ukifune composes wala with thinking her life]
 Ama-Gimi zo, tuki nado akaki yo ha, kin nado hiki tamahu. Seusyau-no-Amagimi nado ihu hito ha, biha hiki nado si tutu asobu.
 "Kakaru waza ha si tamahu ya? Ture-dure naru ni."
 nado ihu. Mukasi mo, ayasikari keru mi ni te, kokoro nodoka ni, "Sayau no koto su beki hodo mo nakari sika ba, isasaka wokasiki sama nara zu mo ohi-ide ni keru kana!" to, kaku sada sugi ni keru hito no, kokoro wo yaru meru wori-wori ni tuke te ha, omohi-iduru wo, "Asamasiku mono hakanakari keru." to, ware nagara kutiwosikere ba, tenarahi ni,
 "Mi wo nage si namida no kaha no hayaki se wo
 sigarami kake te tare ka todome si
"
 Omohi no hoka ni kokoro-ukere ba, yuku-suwe mo usirometaku, utomasiki made omohi-yara ru.
 Tuki no akaki yona-yona, oyibito-domo ha en ni uta yomi, inisihe omohi-ide tutu, sam-zama monogatari nado suru ni, irahu beki kata mo nakere ba, tuku-duku to uti-nagame te,
 "Ware kaku te uki yononaka ni meguru to mo
 tare ka ha sira m tuki no miyako ni
"
 Ima ha kagiri to omohi si hodo ha, kohisiki hito ohokari sika do, koto hito-bito ha sa si mo omohi-ide rare zu, tada,
 "Oya ika ni madohi tamahi kem? Menoto, yorodu ni, ikade hito nami-nami ni nasa m to omohi-ira re si wo, ika ni ahe-naki kokoti si kem. Iduku ni ara m? Ware, yo ni aru mono to ha ikade ka sira m?"
 Onazi kokoro naru hito mo nakari si mama ni, yorodu hedaturu koto naku katarahi mi-nare tari si Ukon nado mo, wori-wori ha omohi-ide raru.

 [2-8 浮舟の日常生活]
若き人の、かかる山里に、今はと思ひ絶え籠もる2624は、難きわざなりければ、ただいたく年経にける尼、七、八人ぞ、常の人にてはありける。それらが娘孫やうの者ども、京に宮仕へするも、異ざまにてあるも、時々ぞ来通ひける。
「かやうの人につけて、見しわたりに行き通ひ、おのづから、世にありけりと誰にも誰にも聞かれたてまつらむこと、いみじく恥づかしかるべし。いかなるさまにてさすらへけむ」
など、思ひやり世づかずあやしかるべきを思へば、かかる人びとに、かけても見えず。ただ侍従、こもきとて、尼君のわが人にしたりける二人をのみぞ、この御方に言ひ分けたりける。みめも心ざまも、昔見し都鳥2625に似たるはなし。何事につけても、「世の中にあらぬ所2626はこれにやあらむ」とぞ、かつは思ひなされける。
かくのみ、人に知られじと忍びたまへば、「まことにわづらはしかるべきゆゑある人にもものしたまふらむ」とて、詳しきこと、ある人びとにも知らせず。

 [2-8 浮舟の日常生活]
若い女で、このような山里に、もうこれまでと思いを断ち切って籠もるのは、難しいことなので、ただひどく年をとった尼、七、八人が、いつも仕えていた人であった。その人たちの娘や孫のような者たちで、京で宮仕えするものや、結婚している者が、時々行き来するのであった。
「このような人がいることにつけて、以前見た近辺に出入りして、自然と、生きていたとどちら様にも聞かれ申すことは、ひどく恥ずかしいことであろう。どのような様子でさすらっていていたのだろう」
などと、想像されて並外れたみすぼらしい有様を思うにちがいないのを思うと、このような人びとに、少しも姿を見せない。ただ、侍従と、こもきといって、尼君が私的に使っている二人だけを、この御方に特別に言って分けておいたのだった。容貌も気立ても、昔見た都人に似た者はいない。何事につけても、「世の中で身を隠す所はここであろうか」と、一方では思われるのであった。
こうしてばかり、人には知られまいと隠れていらっしゃるので、「ほんとうに厄介な理由のある人でいらっしゃるのだろう」と思って、詳しいことは、仕えている女房にも知らせない。

 [2-8 Ukifune's daily life at Ono villa]
 Wakaki hito no, kakaru yama-zato ni, ima ha to omohi taye komoru ha, kataki waza nari kere ba, tada itaku tosi he ni keru ama, siti, hati-nin zo, tune no hito ni te ha ari keru. Sorera ga musume mago yau no mono-domo, kyau ni miya-dukahe suru mo, koto-zama ni te aru mo, toki-doki zo ki kayohi keru.
 "Kayau no hito ni tuke te, mi si watari ni iki-kayohi, onodukara, yo ni ari keri to tare ni mo tare ni mo kika re tatematura m koto, imiziku hadukasikaru besi. Ika naru sama ni te sasurahe kem?"
 nado, omohi-yari yo-duka zu ayasikaru beki wo omohe ba, kakaru hito-bito ni, kakete mo miye zu. Tada Ziziu, Komoki tote, Ama-Gimi no wa ga hito ni si tari keru hutari wo nomi zo, ko no Ohom-Kata ni ihi-wake tari keru. Mime mo kokoro-zama mo, mukasi mi si miyako-dori ni ni taru ha nasi. Nani-goto ni tuke te mo, "Yononaka ni ara nu tokoro ha kore ni ya ara m?" to zo, katu ha omohi-nasa re keru.
 Kaku nomi, hito ni sira re zi to sinobi tamahe ba, "Makoto ni wadurahasikaru beki yuwe aru hito ni mo monosi tamahu ram." tote, kuhasiki koto, aru hito-bito ni mo sira se zu.

 3 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る [3-1 尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問]
尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける、弟の禅師の君、僧都の御もとにものしたまひける、山籠もりしたるを訪らひに、兄弟の君たち常に上りけり。
横川に通ふ道のたよりに寄せて、中将ここにおはしたり。前駆うち追ひて、あてやかなる男の入り来るを見出だして、忍びやかにおはせし人の御さまけはひぞ、さやかに思ひ出でらるる。
これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人びとは、ものきよげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲き始めたるに、色々の狩衣姿の男どもの若きあまたして、君も同じ装束にて、南面に呼び据ゑたれば、うち眺めてゐたり。年二十七、八のほどにて、ねびととのひ、心地なからぬさまもてつけたり。
尼君、障子口に几帳立てて、対面したまふ。まづうち泣きて、
「年ごろの積もりには、過ぎにし方いとど気遠くのみなむはべるを、山里の光になほ待ちきこえさすることの、うち忘れず止みはべらぬを、かつはあやしく思ひたまふる」
とのたまへば、
「心のうちあはれに、過ぎにし方のことども、思ひたまへられぬ折なきを、あながちに住み離れ顔なる御ありさまに、おこたりつつなむ。山籠もりもうらやましう、常に出で立ちはべるを、同じくはなど、慕ひまとはさるる人びとに、妨げらるるやうにはべりてなむ。今日は、皆はぶき捨ててものしたまへる」
とのたまふ。
「山籠もりの御うらやみは、なかなか今様だちたる御ものまねびになむ。昔を思し忘れぬ御心ばへも、世に靡かせたまはざりけると、おろかならず思ひたまへらるる折多く」
など言ふ。

 3 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る [3-1 尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問]
尼君の亡き娘の婿の君で、今は中将におなりになっていたが、その弟の禅師の君は、僧都のお側にいらっしゃったが、その山籠もりなさっているのを尋ねるために、兄弟の公達がよく山に登るのであった。
横川に通じる道のついでにかこつけて、中将がここにいらした。前駆が先払いして、身分高そうな男が入ってくるのを見出して、ひっそりとしていらしたあの方のご様子が、くっきりと思い出される。
ここもまことに心細い住まいの所在なさであるが、住み馴れた人びとは、どことなくこぎれいに興趣深くして、垣根に植えた撫子が美しく、女郎花や、桔梗などが咲き初めたところに、色とりどりの狩衣姿の男どもの若い人が大勢して、君も同じ装束で、南面に迎えて座らせたので、あたりを眺めていた。年齢は二十七、八歳くらいで、すっかり立派になって、嗜みのなくはない態度が身についていた。
尼君、襖障子口に几帳を立てて、お会いなさる。何より先に泣き出して、
「何年にもなりますと、過ぎ去った当時がますます遠くなるばかりでございますが、山里の光栄としてやはりお待ち申し上げております気持ちが、忘れず続いておりますのが、一方では不思議に存じられます」
とおっしゃると、
「心の中ではしみじみと、過ぎ去った当時のことが、思い出されないことはないが、ひたすら俗世を離れたご生活なので、ついご遠慮申し上げまして。山籠もり生活も羨ましく、よく出かけてきますので、同じことならなどと、同行したがる人びとに、邪魔されるような恰好でおりました。今日は、すっかり断って参りました」
とおっしゃる。
「山籠もり生活のご羨望は、かえって当世風の物真似のようです。故人をお忘れにならないお気持ちも、世間の風潮にお染まりにならなかったと、一方ならず厚く存じられます折がたびたびです」
などと言う。

 3 Tale of Ukifune Chujo composes and sends a waka to Ukifune [3-1 Chujo who is a husband of nun's daughter comes to Ono villa]
 Ama-Gimi no mukasi no muko no Kimi, ima ha Tiuzyau ni te monosi tamahi keru, otouto no Zenzi-no-Kimi, Soudu no ohom-moto ni monosi tamahi keru, yama-gomori si taru wo toburahi ni, harakara no Kimi-tati tune ni nobori keri.
 Yokaha ni kayohu miti no tayori ni yose te, Tiuzyau koko ni ohasi tari. Saki uti-ohi te, ateyaka naru wotoko no iri-kuru wo mi-idasi te, sinobiyaka ni ohase si hito no ohom-sama kehahi zo, sahayaka ni omohi-ide raruru.
 Kore mo ito kokoro-bosoki sumahi no ture-dure nare do, sumi-tuki taru hito-bito ha, mono-kiyoge ni wokasiu si-nasi te, kakiho ni uwe taru nadesiko mo omosiroku, wominahesi, kikyau nado saki hazime taru ni, iro-iro no kariginu-sugata no wonoko-domo no wakaki amata si te, Kimi mo onazi sauzoku ni te, minami-omote ni yobi-suwe tare ba, uti-nagame te wi tari. Tosi nizihu-siti, hati no hodo ni te, nebi totonohi, kokoti-nakara nu sama mote-tuke tari.
 Ama-Gimi, sauzi-guti ni kityau tate te, taimen si tamahu. Madu uti-naki te,
 "Tosi-goro no tumori ni ha, sugi ni si kata itodo ke-dohoku nomi nam haberu wo, yama-zato no hikari ni naho mati kikoye sasuru koto no, uti-wasure zu yami habera nu wo, katu ha ayasiku omohi tamahuru."
 to notamahe ba,
 "Kokoro no uti ahare ni, sugi ni si kata no koto-domo, omohi tamahe rare nu wori naki wo, anagati ni sumi-hanare gaho naru ohom-arisama ni, okotari tutu nam. Yama-gomori mo urayamasiu, tune ni ide-tati haberu wo, onaziku ha nado, sitahi matohasa ruru hito-bito ni, samatage raruru yau ni haberi te nam. Kehu ha, mina habuki sute te monosi tamahe ru."
 to notamahu.
 "Yama-gomori no ohom-urami ha, naka-naka imayou-dati taru ohom-mono-manebi ni nam. Mukasi wo obosi wasure nu mi-kokorobahe mo, yo ni nabika se tamaha zari keru to, oroka nara zu omohi tamahe raruru wori ohoku."
 nado ihu.

 [3-2 浮舟の思い]
人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実などやうのもの出だしたれば、馴れにしあたりにて、さやうのこともつつみなき心地して、村雨の降り出づるに止められて、物語しめやかにしたまふ。
「言ふかひなくなりにし人よりも、この君の御心ばへなどの、いと思ふやうなりしを、よそのものに思ひなしたるなむ、いと悲しき。など、忘れ形見をだに留めたまはずなりにけむ」
と、恋ひ偲ぶ心なりければ、たまさかにかくものしたまへるにつけても、珍しくあはれにおぼゆべかめる問はず語りもし出でつべし。
姫君は、我は我と2627、思ひ出づる方多くて、眺め出だしたまへるさま、いとうつくし。白き単衣の、いと情けなくあざやぎたるに、袴も桧皮色にならひたるにや、光も見えず黒きを着せたてまつりたれば、「かかることどもも、見しには変はりてあやしうもあるかな」と思ひつつ、こはごはしういららぎたるものども着たまへるしも、いとをかしき姿なり。御前なる人びと、
「故姫君のおはしたる心地のみしはべりつるに、中将殿をさへ見たてまつれば、いとあはれにこそ。同じくは、昔のさまにておはしまさせばや。いとよき御あはひならむかし」
と言ひ合へるを、
「あな、いみじや。世にありて、いかにもいかにも、人に見えむこそ。それにつけてぞ昔のこと思ひ出でらるべき。さやうの筋は、思ひ絶えて忘れなむ」と思ふ。

 [3-2 浮舟の思い]
供の人びとに水飯などのような物を食べさせ、君にも蓮の実などのような物を出したので、昵懇の所なので、そのようなことにも遠慮のいらない気がして、村雨が降り出したのに引き止められて、お話をひっそりとなさる。
「亡くなってしまった娘のことよりも、この婿君のお気持ちなどが、実に申し分なかったので、他人と思うのが、とても悲しい。どうして、せめて子供だけでもお残しにならなかったのだろう」
と、恋い偲ぶ気持ちなので、たまたまこのようにお越しになったのにつけても、珍しくしみじみと思われるような問わず語りもしてしまいそうである。
姫君は、わたしはわたしと、思い出されることが多くて、外を眺めていらっしゃる様子、とても美しい。白い単衣で、とても風情もなくさっぱりとしたものに、袴も桧皮色に見倣ったのか、色艶も見えない黒いのをお着せ申していたので、「このようなことなども、昔と違って不思議なことだ」と思いながらも、ごわごわとした肌触りのよくないのを何枚も着重ねていらっしゃるのが、実に風情ある姿なのである。御前の女房たちも、
「亡き姫君が生き返りなさった気ばかりがしますので、中将殿までを拝見すると、とても感慨無量です。同じことなら、昔のようにおいで願いたいものですね。とてもお似合いのご夫婦でしょう」
と話し合っているのを、
「まあ、大変な。生き残って、どのようなことがあっても、男性と結婚するようなことは。それにつけても昔のことが思い出されよう。そのようなことは、すっかり断ち切って忘れよう」と思う。

 [3-2 Ukifune thinks her life]
 Hito-bito ni suihan nado yau no mono kuha se, Kimi ni mo hatisu no mi nado yau no mono idasi tare ba, nare ni si atari ni te, sayau no koto mo tutumi naki kokoti si te, murasame no huri-iduru ni tome rare te, monogatari simeyaka ni si tamahu.
 "Ihu-kahi naku nari ni si hito yori mo, ko no Kimi no mi-kokorobahe nado no, ito omohu yau nari si wo, yoso no mono ni omohi-nasi taru nam, ito kanasiki. Nado, wasure-gatami wo dani todome tamaha zu nari ni kem?"
 to, kohi sinobu kokoro nari kere ba, tamasaka ni kaku monosi tamahe ru ni tuke te mo, medurasiku ahare ni oboyu beka' meru toha-zu-gatari mo si-ide tu besi.
 Hime-Gimi ha, ware ha ware to, omohi-iduru kata ohoku te, nagame idasi tamahe ru sama, ito utukusi. Siroki hitohe no, ito nasake naku azayagi taru ni, hakama mo hihada-iro ni narahi taru ni ya, hikari mo miye zu kuroki wo kise tatematuri tare ba, "Kakaru koto-domo mo, mi si ni ha kahari te ayasiu mo aru kana!" to omohi tutu, koha-gohasiu iraragi taru mono-domo ki tamahe ru si mo, ito wokasiki sugata nari. O-mahe naru hito-bito,
 "Ko-Hime-Gimi no ohasi taru kokoti nomi si haberi turu ni, Tiuzyau-dono wo sahe mi tatemature ba, ito ahare ni koso. Onaziku ha, mukasi no sama ni te ohasimasa se baya! Ito yoki ohom-ahahi nara m kasi."
 to ihi-ahe ru wo,
 "Ana, imizi ya! Yo ni ari te, ika ni mo ika ni mo, hito ni miye m koso. Sore ni tuke te zo mukasi no koto omohi-ide raru beki. Sayau no sudi ha, omohi taye te wasure na m." to omohu.

 [3-3 中将、浮舟を垣間見る]
尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて、少将と言ひし人の声を2628聞き知りて、呼び寄せたまへり。
「昔見し人びとは、皆ここにものせらるらむや、と思ひながらも、かう参り来ることも難くなりにたるを、心浅きにや、誰れも誰れも見なしたまふらむ」
などのたまふ。仕うまつり馴れにし人にて、あはれなりし昔のことどもも思ひ出でたるついでに、
「かの廊のつま入りつるほど、風の騒がしかりつる紛れに、簾の隙より、なべてのさまにはあるまじかりつる人の、うち垂れ髪の見えつるは、世を背きたまへるあたりに、誰れぞとなむ見おどろかれつる」
とのたまふ。「姫君の立ち出でたまへるうしろでを、見たまへりけるなめり」と思ひ出でて、「ましてこまかに見せたらば、心止まりたまひなむかし。昔人は、いとこよなう劣りたまへりしをだに、まだ忘れがたくしたまふめるを」と、心一つに思ひて、
「過ぎにし御ことを忘れがたく、慰めかねたまふめりしほどに、おぼえぬ人を得たてまつりたまひて、明け暮れの見物に思ひきこえたまふめるを、うちとけたまへる御ありさまを、いかで御覧じつらむ」
と言ふ。「かかることこそはありけれ」とをかしくて、「何人ならむ。げに、いとをかしかりつ」と、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へど、そのままにも言はず、
「おのづから聞こし召してむ」
とのみ言へば、うちつけに問ひ尋ねむも、さま悪しき心地して2629、
「雨も止み2630ぬ。日も暮れぬべし」
と言ふにそそのかされて、出でたまふ。

 [3-3 中将、浮舟を垣間見る]
尼君が奥にお入りになる間に、客人は、雨の様子に困って、少将といった女房の声を聞き知って、呼び寄せなさった。
「昔見た女房たちは、みなここにいられようか、と思いながらも、このようにやって参ることも難しくなってしまったのを、薄情なように、皆がお思いになりましょう」
などとおっしゃる。親しくお世話してくれた女房なので、恋しかった当時のことが思い出される折に、
「あの渡廊の端の所で、風が烈しかった騷ぎに、簾の隙間から、並々の器量ではなかった人で、打ち垂れ髪が見えたのは、出家なさった家に、いったい誰なのかと驚かされました」
とおっしゃる。「姫君が立って出て行かれた後ろ姿を、御覧になったようだ」と思って、「これ以上に詳細に見せたら、きっとお心がお止まりになろう。故人は、とても格段に劣っていらっしゃったのさえ、今だに忘れがたく思っていらっしゃるようだから」と、独り決めにして、
「亡くなったお方のことを忘れがたく、慰めかねていらっしゃるようだったころ、思いがけない女性をお手に入れ申されて、明け暮れの慰めにお思い申し上げていらっしゃったようですが、寛いでいらっしゃるご様子を、どうして御覧になったのでしょうか」
と言う。「このようなことがあるものだ」と興味深くて、「どのような人なのだろう。なるほど、実に美しかった」と、ちらっと垣間見たのを、かえって思い出す。詳しく尋ねるが、すっかりとは答えず、
「自然とお分かりになりましょう」
とばかり言うので、急に詮索するのも、体裁の悪い気がして、
「雨も止んだ。日も暮れそうだ」
と言うのに促されて、お帰りになる。

 [3-3 Chujo peeps Ukifune's back figure]
 Ama-Gimi iri tamahe ru ma ni, Marauto, ame no kesiki wo mi wadurahi te, Seusyau to ihi si hito no kowe wo kiki-siri te, yobi-yose tamahe ri.
 "Mukasi mi si hito-bito ha, mina koko ni monose raru ram ya, to omohi nagara mo, kau mawiri kuru koto mo kataku nari ni taru wo, kokoro-asaki ni ya, tare mo tare mo mi-nasi tamahu ram."
 nado notamahu. Tukau-maturi nare ni si hito ni te, ahare nari si mukasi no koto-domo mo omohi-ide taru tuide ni,
 "Ka no rau no tuma iri turu hodo, kaze no sawagasikari turu magire ni, sudare no hima yori, nabete no sama ni ha aru mazikari turu hito no, uti-tare-gami no miye turu ha, yo wo somuki tamahe ru atari ni, tare zo to nam mi odoroka re turu."
 to notamahu. "Hime-Gimi no tati-ide tamahe ru usirode wo, mi tamahe ri keru na'meri." to omohi-ide te, "Masite komaka ni mise tara ba, kokoro tomari tamahi na m kasi. Mukasi-bito ha, ito koyonau otori tamahe ri si wo dani, mada wasure gataku si tamahu meru wo." to, kokoro hitotu ni omohi te,
 "Sugi ni si ohom-koto wo wasure gataku, nagusame-kane tamahu meri si hodo ni, oboye nu hito wo e tatematuri tamahi te, ake-kure no mi-mono ni omohi kikoye tamahu meru wo, utitoke tamahe ru ohom-arisama wo, ikade go-ran-zi tu ram?"
 to ihu. "Kakaru koto koso ha ari kere." to wokasiku te, "Nani-bito nara m? Geni, ito wokasikari tu." to, honoka nari turu wo, naka-naka omohi-idu. Komaka ni tohe do, sono mama ni mo iha zu,
 "Onodukara kikosimesi te m."
 to nomi ihe ba, utituke ni tohi tadune m mo, sama asiki kokoti si te,
 "Ame mo yami nu. Hi mo kure nu besi."
 to ihu ni sosonokasare te, ide tamahu.

 [3-4 中将、横川の僧都と語る]
前近き女郎花を折りて、「何匂ふらむ2631」と口ずさびて、独りごち立てり。
「人のもの言ひを、さすがに思しとがむるこそ」
など、古代の人どもは、ものめでをしあへり。
「いときよげに、あらまほしくもねびまさりたまひにけるかな。同じくは、昔のやうにても見たてまつらばや」とて、
「藤中納言の御あたりには、絶えず通ひたまふやうなれど、心も止めたまはず、親の殿がちになむものしたまふ、とこそ言ふなれ」
と、尼君ものたまひて、
「心憂く、ものをのみ思し隔てたるなむ、いとつらき。今は、なほ、さるべきなめりと思しなして、晴れ晴れしくもてなしたまへ。この五年、六年、時の間も忘れず、恋しく悲しと思ひつる人の上も、かく見たてまつりて後よりは、こよなく思ひ忘られにてはべる。思ひきこえたまふべき人びと世におはすとも、今は世に亡きものにこそ、やうやう思しなりぬらめ。よろづのこと、さし当たりたるやうには、えしもあらぬわざになむ」
と言ふに2632つけても、いとど涙ぐみて、
「隔てきこゆる心は、はべらねど、あやしくて生き返りけるほどに、よろづのこと夢の世にたどられて。あらぬ世に生れたらむ人は、かかる心地やすらむ、とおぼえはべれば、今は、知るべき人世にあらむとも思ひ出でず。ひたみちにこそ、睦ましく思ひきこゆれ」
とのたまふさまも、げに、何心なくうつくしく、うち笑みてぞまもりゐたまへる。
中将は、山におはし着きて、僧都も珍しがりて、世の中の物語したまふ。その夜は泊りて、声尊き人に経など読ませて、夜一夜、遊びたまふ。禅師の君、こまかなる物語などするついでに、
「小野に立ち寄りて、ものあはれにもありしかな。世を捨てたれど、なほさばかりの心ばせある人は、難うこそ」
などあるついでに、
「風の吹き開けたりつる隙より、髪いと長くをかしげなる人こそ見えつれ。あらはなりとや思ひつらむ、立ちてあなたに入りつるうしろで、なべての人とは見えざりつ。さやうの所に、よき女は置きたるまじきものにこそあめれ。明け暮れ見るものは法師なり。おのづから目馴れておぼゆらむ。不便なることぞかし」
とのたまふ。禅師の君、
「この春、初瀬に詣でて、あやしくて見出でたる人となむ、聞きはべりし」
とて、見ぬことなれば、こまかには言はず。
「あはれなりけることかな。いかなる人にかあらむ。世の中を憂しとてぞ、さる所には隠れゐけむかし。昔物語の心地もするかな」
とのたまふ。

 [3-4 中将、横川の僧都と語る]
お庭先の女郎花を手折って、「どうしてここにいらっしゃるのだろう」と口ずさんで、独り言をいって立っていた。
「人の噂を、さすがに気になさるとは」
などと、古風な老人たちは、誉めあっていた。
「とても美しげで、理想的にご成人なさったことよ。同じことなら、昔のようにお世話したいものだ」と思って、
「藤中納言のお所には、今も通っていらっしゃるようだが、ご執心でもなく、親の邸にいらっしゃりがちだと言っているようだが」
と、尼君もおっしゃって、
「情けなく、よそよそしくしてばかりいらっしゃるのが、とてもつらい。今はもう、やはり、これも宿縁だとお思いになって、気を晴れやかになさってください。この五年、六年、束の間も忘れず、恋しく悲しいと思っていた娘のことも、こうしてお目にかかって後は、すっかり悲しみも忘れております。ご心配申し上げなさる方々がいらっしゃっても、今はもう亡くなったのだと、だんだんお諦めになりましょう。どのような事でも、その当座のようには、必ずしも思わないものです」
と言うにつけても、ますます涙ぐんで、
「よそよそしくお思い申し上げる気持ちは、ございませんが、不思議に生き返ったうちに、すべての事が夢のようにはっきり分からなくなりまして。違った世界に生まれた人は、このような気がするものだろうか、と思われておりますので、今は、知っている人がこの世に生きていようとも思い出されません。ひたすらに、慕わしく存じ上げております」
とおっしゃる様子も、なるほど、無心でかわいらしく、にっこりとして見つめていらっしゃった。
中将は、山にお着きになって、僧都も珍しく思って、世間の話をなさる。その夜は泊まって、声の尊い僧たちに読経などさせて、一晩中、管弦の遊びをなさる。禅師の君が、うちとけた話をした折に、
「小野に立ち寄って、しみじみと感慨深いことがあったね。世を捨てているが、やはり、あれほど嗜みの深い方は、めったにいらっしゃらないものだ」
などとおっしゃるついでに、
「風が吹き上げた御簾の隙間から、髪がたいそう長く、美しそうな女性が見えた。人目につくと思ったのだろうか、立ってあちらに入って行く後ろ姿は、並の女性とは見えなかった。あのような所に、身分のある女性を住まわせておくべきではないでしょう。明け暮れ目にするものは法師だ。自然と見慣れてそれが普通と思われよう。不都合なことだ」
とおっしゃる。禅師の君は、
「この春、初瀬に参詣して、不思議にも発見した女性だ、と聞きました」
と言って、見てないことなので、詳しくは言わない。
「興味深い話だね。どのような人であろうか。世の中を厭って、そのような所に隠れていたのだろう。昔物語にあったような気がするね」
とおっしゃる。

 [3-4 Chujo talks with Yokawa-souzu]
 Mahe tikaki wominahesi wo wori te, "Nani nihohu ram?" to kuti-zusabi te, hitori-goti tate ri.
 "Hito no mono-ihi wo, sasuga ni obosi togamuru koso."
 nado, kotai no hito-domo ha, mono-mede wo si ahe ri.
 "Ito kiyoge ni, aramahosiku mo nebi masari tamahi ni keru kana! Onaziku ha, mukasi no yau ni te mo mi tatematura baya!" tote,
 "Tou-Tiunagon no ohom-atari ni ha, taye zu kayohi tamahu yau nare do, kokoro mo todome tamaha zu, oya no tono-gati ni nam monosi tamahu, to koso ihu nare."
 to, Ama-Gimi mo notamahi te,
 "Kokoro-uku, mono wo nomi obosi hedate taru nam, ito turaki. Ima ha, naho, saru beki na'meri to obosi nasi te, hare-baresiku motenasi tamahe. Ko no itu-tose, mu-tose, toki no ma mo wasure zu, kohisiku kanasi to omohi turu hito no uhe mo, kaku mi tatematuri te noti yori ha, koyonaku omohi wasura re ni te haberu. Omohi kikoye tamahu beki hito-bito yo ni ohasu to mo, ima ha yo ni naki mono ni koso, yau-yau obosi nari nu rame. Yorodu no koto, sasi-atari taru yau ni ha, e si mo ara nu waza ni na m."
 to ihu ni tuke te mo, itodo namida-gumi te,
 "Hedate kikoyuru kokoro ha, habera ne do, ayasiku te iki-kaheri keru hodo ni, yorodu no koto yume no yo ni tadorare te. Ara nu yo ni umare tara m hito ha, kakaru kokoti ya su ram, to oboye habere ba, ima ha, siru beki hito yo ni ara m to mo omohi-ide zu. Hitamiti ni koso, mutumasiku omohi kikoyure."
 to notamahu sama mo, geni, nani-gokoro naku utukusiku, uti-wemi te zo mamori wi tamahe ru.
 Tiuzyau ha, yama ni ohasi tuki te, Soudu mo medurasigari te, yononaka no monogatari si tamahu. So no yo ha tomari te, kowe tahutoki hito ni kyau nado yoma se te, yo-hito-yo, asobi tamahu. Zenzi-no-Kimi, komaka naru monogatari nado suru tuide ni,
 "Wono ni tati-yori te, mono ahare ni mo ari si kana! Yo wo sute tare do, naho sabakari no kokorobase aru hito ha, katau koso."
 nado aru tuide ni,
 "Kaze no huki ake tari turu hima yori, kami ito nagaku wokasige naru hito koso miye ture. Araha nari to ya omohi tu ram, tati te anata ni iri turu usirode, nabete no hito to ha miye zari tu. Sayau no tokoro ni, yoki womna ha oki taru maziki mono ni koso a'mere. Ake-kure miru mono ha hohusi nari. Onodukara me nare te oboyu ram. Hubin naru koto zo kasi."
 to notamahu. Zenzi-no-Kimi,
 "Ko no haru, Hatuse ni maude te, ayasiku te mi-ide taru hito to nam, kiki haberi si."
 tote, mi nu koto nare ba, komaka ni ha iha zu.
 "Ahare nari keru koto kana! Ika naru hito ni ka ara m? Yononaka wo usi tote zo, saru tokoro ni ha kakure wi kem kasi. Mukasi-monogatari no kokoti mo suru kana!"
 to notmahu.

 [3-5 中将、帰途に浮舟に和歌を贈る]
またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」とておはしたり。さるべき心づかひしたりければ、昔思ひ出でたる御まかなひの少将の尼なども、袖口さま異なれども、をかし。いとどいや目に、尼君はものしたまふ。物語のついでに、
「忍びたるさまにものしたまふらむは、誰れにか」
と問ひたまふ。わづらはしけれど、ほのかにも見つけてけるを、隠し顔ならむもあやしとて、
「忘れわびはべりて、いとど罪深うのみおぼえはべりつる慰めに、この月ごろ見たまふる人になむ。いかなるにか、いともの思ひしげきさまにて、世にありと人に知られむことを、苦しげに思ひてものせらるれば、かかる谷の底2633には誰れかは尋ね聞かむ、と思ひつつはべるを、いかでかは聞きあらはさせたまへらむ」
といらふ。
「うちつけ心ありて参り来むにだに、山深き道のかことは聞こえつべし。まして、思しよそふらむ方につけては、ことことに隔てたまふまじきことにこそは。いかなる筋に世を恨みたまふ人にか。慰めきこえばや」
など、ゆかしげにのたまふ。
出でたまふとて、畳紙に、
「あだし野の風になびくな女郎花
我しめ結はむ道遠くとも」
と書きて、少将の尼して入れたり。尼君も見たまひて、
「この御返り書かせたまへ。いと心にくきけつきたまへる人なれば、うしろめたくもあらじ」
とそそのかせば、
「いとあやしき手をば、いかでか」
とて、さらに聞きたまはねば、
「はしたなきことなり」
とて、尼君、
「聞こえさせつるやうに、世づかず、人に似ぬ人にてなむ。
 移し植ゑて2634思ひ乱れぬ女郎花
憂き世を背く草の庵に」
とあり。「こたみは、さもありぬべし」と、思ひ許して帰りぬ。

 [3-5 中将、帰途に浮舟に和歌を贈る]
翌日、お帰りになる時、「素通りできにくくて」と言っていらっしゃった。しかるべき用意などしていたので、昔が思い出されるお世話の少将の尼なども、袖口の色は異なっているが、趣がある。ますます涙がちの目で、尼君はいらっしゃる。話のついでに、
「こっそりと姿を隠していらっしゃるような方は、どなたですか」
とお尋ねになる。厄介なことだが、ちらっと見つけたのを、隠しているようなのも変だと思って、
「忘れかねまして、ますます罪深くばかり思われましたその慰めに、ここ数か月お世話している人です。どのような理由でか、とても悲しみの深い様子で、この世に生きていると誰からも知られることを、つらいことに思っておいでなので、このような山あいの奥深くまで誰がお尋ね求めよう、と思っておりましたが、どうしてお聞きつけあそばしたのですか」
と答える。
「一時の物好きな心があってやって来るのでさえ、山深い道の恨み言は申し上げましょう。まして、亡き姫君の代わりとお思いなさっていることでは、まったく関係ないこととお隔てになることでしょうか。どのようなことで、この世を厭いなさる人なのでしょうか。お慰め申し上げたい」
などと、関心深そうにおっしゃる。
お帰りになるに当たって、畳紙に、
「浮気な風に靡くなよ、女郎花
わたしのものとなっておくれ、道は遠いけれども」
と書いて、少将の尼を介して入れた。尼君も御覧になって、
「このお返事をお書きあそばせ。とても奥ゆかしいところのおありの方だから、不安なことはありますまい」
と促すと、
「ひどく醜い筆跡を、どうして」
と言って、まったく承知なさらないので、
「体裁の悪きことです」
と言って、尼君が、
「申し上げましたように、世間知らずで、普通の人とは違っておりますので。
ここに移し植えて困ってしまいました、女郎花です
嫌な世の中を逃れたこの草庵で」
とある。「今回は、きっとそういうことだろう」と大目に見て帰った。

 [3-5 Chujo composes and sends a waka to Ukifune at leaving]
 Mata no hi, kaheri tamahu ni mo, "Sugi gataku nam." tote ohasi tari. Saru beki kokoro-dukahi si tari kere ba, mukasi omohi-ide taru ohom-makanahi no Seusyau-no-Ama nado mo, sode-guti sama koto nare do mo, wokasi. Itodo iyame ni, Ama-Gimi ha monosi tamahu. Monogatari no tuide ni,
 "Sinobi taru sama ni monosi tamahu ram ha, tare ni ka?"
 to tohi tamahu. Wdurahasikere do, honoka ni mo mituke te keru wo, kakusi-gaho nara m mo ayasi tote,
 "Wasure wabi haberi te, itodo tumi hukau nomi oboye haberi turu nagusame ni, ko no tuki-goro mi tamahuru hito ni nam. Ika naru ni ka, ito mono-omohi sigeki sama ni te, yo ni ari to hito ni sira re m koto wo, kurusige ni omohi te monose rarure ba, kakaru tani no soko ni ha tare ka ha tadune kika m, to omohi tutu haberu wo, ikade ka ha kiki arahasa se tamahe ram."
 to irahu.
 "Utituke-gokoro ari te mawiri ko m ni dani, yama hukaki miti no kakoto ha kikoye tu besi. Masite, obosi yosohu ram kata ni tuke te ha, koto-koto ni hedate tamahu maziki koto ni koso ha. Ika naru sudi ni yo wo urami tamahu hito ni ka? Nagusame kikoye baya!"
 nado, yukasige ni notamahu.
 Ide tamahu tote, tatau-gami ni,
 "Adasi-no no kaze ni nabiku na wominahesi
 ware sime yuha m miti tohoku to mo
"
 to kaki te, Seusyau-no-Ama si te ire tari. Ama-Gimi mo mi tamahi te,
 "Ko no ohom-kaheri kaka se tamahe. Ito kokoro-nikuki ke tuki tamahe ru hito nare ba, usirometaku mo ara zi."
 to sosonokase ba,
 "Ito ayasiki te wo ba, ikade ka."
 tote, sarani kiki tamaha ne ba,
 "Hasitanaki koto nari."
 tote, Ama-Gimi,
 "Kikoye sase turu yau ni, yo-duka zu, hito ni ni nu hito ni te nam.
 Utusi uwe te omohi midare nu wominahesi
 uki yo wo somuku kusa no ihori ni
"
 to ari. "Kotami ha, sa mo ari nu besi." to, omohi yurusi te kaheri nu.

 [3-6 中将、三度山荘を訪問]
文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう、ほのかに見しさまは忘れず、もの思ふらむ筋、何ごとと知らねど、あはれなれば、八月十余日のほどに、小鷹狩のついでにおはしたり。例の、尼呼び出でて、
「一目見しより、静心なくてなむ」
とのたまへり。いらへたまふべくもあらねば、尼君、
「待乳の山2635、となむ見たまふる」
と言ひ出だしたまふ。対面したまへるにも、
「心苦しきさまにてものしたまふと聞きはべりし人の御上なむ、残りゆかしくはべりつる。何事も心にかなはぬ心地のみしはべれば、山住みもしはべらまほしき心ありながら、許いたまふまじき人びとに思ひ障りてなむ過ぐしはべる。世に心地よげなる人の上は、かく屈したる人の心からにや、ふさはしからずなむ。もの思ひたまふらむ人に、思ふことを聞こえばや」
など、いと心とどめたるさまに語らひたまふ。
「心地よげならぬ御願ひは、聞こえ交はしたまはむに、つきなからぬさまになむ見えはべれど、例の人にてはあらじと、いとうたたあるまで2636世を恨みたまふめれば。残りすくなき齢どもだに、今はと背きはべる時は、いともの心細くおぼえはべりしものを。世をこめたる盛りには、つひにいかがとなむ、見たまへはべる」
と、親がりて言ふ。入りても、
「情けなし。なほ、いささかにても聞こえたまへ。かかる御住まひは、すずろなることも、あはれ知るこそ世の常のことなれ」
など、こしらへても言へど、
「人にもの聞こゆらむ方も知らず、何事もいふかひなくのみこそ」
と、いとつれなくて臥したまへり。
客人は、
「いづら。あな、心憂。秋を契れるは、すかしたまふにこそありけれ」
など、恨みつつ、
「松虫の声を訪ねて来つれども
また萩原の露に惑ひぬ」
「あな、いとほし。これをだに」
など責むれば、さやうに世づいたらむこと言ひ出でむもいと心憂く、また、言ひそめては、かやうの折々に責められむも、むつかしうおぼゆれば、いらへをだにしたまはねば、あまりいふかひなく思ひあへり。尼君、早うは今めきたる人にぞありける名残なるべし。
「秋の野の露分け来たる狩衣
葎茂れる宿にかこつな
となむ、わづらはしがりきこえたまふめる」
と言ふを、内にも、なほ「かく心より外に世にありと知られ始むるを、いと苦し」と思す心のうちをば知らで、男君をも飽かず思ひ出でつつ、恋ひわたる人びとなれば、
「かく、はかなきついでにも、うち語らひきこえたまはむに、心より外に、よにうしろめたくは見えたまはぬものを。世の常なる筋に思しかけずとも、情けなからぬほどに、御いらへばかりは聞こえたまへかし」
など、ひき動かしつべく言ふ。

 [3-6 中将、三度山荘を訪問]
手紙などをわざわざやるのは、何といっても不慣れな感じで、ちらっと見た様子は忘れず、何を悩んでいるのか知らないが、心を惹かれるので、八月十日過ぎに、小鷹狩のついでにいらっしゃった。いつものように、尼を呼び出して、
「先日ちらっと見てから、心が落ち着かなくて」
とおっしゃった。お答えなさるはずもないので、尼君は、
「待乳の山の、誰か他に思う人がいるように拝します」
と中から言い出させなさる。お会いなさっても、
「お気の毒な様子でいらっしゃると伺いました方のお身の上が、もっと詳しく知りたく存じます。何事も思った通りにならない気ばかりがしますので、出家生活をしたい考えはありながら、お許しなさるはずのない方々に妨げられて過ごしております。いかにも屈託なげな今の妻のことは、このように沈みがちな身の上のせいか、似合わないのです。悩んでいらっしゃるらしい方に、思っている気持ちを申し上げたい」
などと、とてもご執心なさってようにお話なさる。
「もの思わしげな方をとのご希望は、いろいろお話し合いなさるに、不似合いではないように見えますが、普通の人のようにはありたくないと、実に嫌に思われるくらい世の中を厭っていらっしゃるようなので。残り少ない寿命のわたしでさえ、今を最後と出家します時には、とても何となく心細く思われましたものを。将来の長い盛りの時では、最後まで出家生活を送れるかどうかと、心配でおります」
と、親ぶって言う。奥に入って行っても、
「思いやりのないこと。やはり、少しでもお返事申し上げなさい。このようなお暮らしは、ちょっとしたつまらないことでも、人の気持ちを汲むのは世間の常識というものです」
などと、なだめすかして言うが、
「人にものを申し上げるすべも知らず、何事もお話にならないわたしで」
と、とてもそっけなく臥せっていらっしゃった。
客人は、
「どうでしたか。何と、情けない。秋になったらとお約束したのは、おだましになったのですね」
などと、恨みながら、
「松虫の声を尋ねて来ましたが
再び萩原の露に迷ってしまいました」
「まあ、お気の毒な。せめてこのお返事だけでも」
などと責めると、そのような色恋めいた事に返事するのもたいそう嫌で、また一方、いったん返歌をしては、このような折々に責められるのも、厄介に思われるので、返歌をさえなさらないので、あまりにいいようもなく思い合っていた。尼君は、出家前は当世風の方であった気が残っているのであろう。
「秋の野原の露を分けて来たため濡れた狩衣は
葎の茂ったわが宿のせいになさいますな
と、わずらわしがり申していらっしゃるようです」
と言うのを、簾中でも、やはり「このように思いの外にこの世に生きていると知られ出したのを、とてもつらい」とお思いになる心中を知らないで、男君のことをも尽きせず思い出しては、恋い慕っている人びとなので、
「このような、ちょっとした機会にも、お話し合い申し上げなさるのも、お気持ちにそむいて、油断ならないことはなさらない方ですから。世間並の色恋とお思いなさらなくても、人情のわかる程度に、お返事を申し上げなさいませ」
などと、引き動かさんばかりに言う。

 [3-6 Chujo visits to Ono villa third time]
 Humi nado wazato yara m ha, sasuga ni uhi-uhisiu, honoka ni mi si sama ha wasure zu, mono omohu ram sudi, nani-goto to sira ne do, ahare nare ba, hati-gwati zihu-yo-niti no hodo ni, ko-taka-gari no tuide ni ohasi tari. Rei no, Ama yobi-ide te,
 "Hito-me mi si yori, sidu-kokoro naku te nam."
 to notamahe ri. Irahe tamahu beku mo ara ne ba, Ama-Gimi,
 "Matuti-no-yama, to nam mi tamahuru."
 to ihi-idasi tamahu. Taimen si tamahe ru ni mo,
 "Kokoro-gurusiki sama ni te monosi tamahu to kiki haberi si hito no ohom-uhe nam, nokori yukasiku haberi turu. Nani-goto mo kokoro ni kanaha nu kokoti nomi si habere ba, yama-zumi mo si habera mahosiki kokoro ari nagara, yurui tamahu maziki hito-bito ni omohi sahari te nam sugusi haberu. Yo ni kokoti-yoge naru hito no uhe ha, kaku ku'-si taru hito no kokoro kara ni ya, husahasikara zu nam. Mono omohi tamahu ram hito ni, omohu koto wo kikoye baya."
 nado, ito kokoro-todome taru sama ni katarahi tamahu.
 "Kokoti yoge nara nu ohom-negahi ha, kikoye kahasi tamaha m ni, tuki nakara nu sama ni nam miye habere do, rei no hito ni te ha ara zi to, ito utata aru made yo wo urami tamahu mere ba. Nokori sukunaki yohahi-domo dani, ima ha to somuki haberu toki ha, ito mono kokoro-bosoku oboye haberi si mono wo. Yo wo kome taru sakari ni ha, tuhi ni ikaga to nam, mi tamahe haberu."
 to, oyagari te ihu. Iri te mo,
 "Nasake nasi. Naho, isasaka ni te mo kikoye tamahe. Kakaru ohom-sumahi ha, suzuro naru koto mo, ahare siru koso yo no tune no koto nare."
 nado, kosirahe te mo ihe do,
 "Hito ni mono kikoyu ram kata mo sira zu, nani-goto mo ihu-kahi naku nomi koso."
 to, ito turenaku te husi tamahe ri.
 Marauto ha,
 "Idura? Ana, kokoro-u! Aki wo tigire ru ha, sukasi tamahu ni koso ari kere."
 nado urami tutu,
 "Matu-musi no kowe wo tadune te ki ture do mo
 mata hagi-hara no tuyu ni madohi nu
"
 "Ana, itohosi. Kore wo dani."
 nado semure ba, sayau ni yo-dui tara m koto ihi-ide m mo ito kokoro-uku, mata, ihi-some te ha, kayau no wori-wori ni seme rare m mo, mutukasiu oboyure ba, irahe wo dani si tamaha ne ba, amari ihu-kahi naku omohi ahe ri. Ama-Gimi, hayau ha ima-meki taru hito ni zo ari keru nagori naru besi.
 "Aki no no no tuyu wake ki taru kari-goromo
 mugura sigere ru yado ni kakotu na

 to nam, wadurahasigari kikoye tamahu meru."
 to ihu wo, uti ni mo, naho "Kaku kokoro yori hoka ni yo ni ari to sira re hazimuru wo, ito kurusi." to obosu kokoro no uti wo ba sira de, Wotoko-Gimi wo mo aka zu omohi-ide tutu, kohi wataru hito-bito nare ba,
 "Kaku, hakanaki tuide ni mo, uti katarahi kikoye tamaha m ni, kokoro yori hoka ni, yo ni usiro-metaku ha miye tamaha nu mono wo. Yo no tune naru sudi ni obosi-kake zu to mo, nasake nakara nu hodo ni, ohom-irahe bakari ha kikoye tamahe kasi."
 nado, hiki-ugokasi tu beku ihu.

 [3-7 尼君、中将を引き留める]
さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず、今めきつつ、腰折れ歌好ましげに、若やぐけしきどもは、いとうしろめたうおぼゆ。
「限りなく憂き身なりけり、と見果ててし命さへ、あさましう長くて、いかなるさまにさすらふべきならむ。ひたぶるに亡き者と人に見聞き捨てられてもやみなばや」
と思ひ臥したまへるに、中将は、おほかたもの思はしきことのあるにや2637。いといたううち嘆き、忍びやかに笛を吹き鳴らして、
「鹿の鳴く音に2638」
など独りごつけはひ、まことに心地なくはあるまじ。
「過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心尽くしに、今はじめてあはれと思すべき人はた、難げなれば、見えぬ山路にも2639え思ひなすまじうなむ」
と、恨めしげにて出でなむとするに、尼君、
「など、あたら夜を2640御覧じさしつる」
とて、ゐざり出でたまへり。
「何か。遠方なる里も2641、試みはべれば」
など言ひすさみて、「いたう好きがましからむも、さすがに便なし。いとほのかに見えしさまの、目止まりしばかり、つれづれなる心慰めに思ひ出づるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ」と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かず、いとどおぼえて、
「深き夜の月をあはれと見ぬ人や
山の端近き宿に泊らぬ」
と、なまかたはなることを、
「かくなむ、聞こえたまふ」
と言ふに、心ときめきして、
「山の端に入るまで月を眺め見む
閨の板間もしるしありやと」
など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて出で来たり2642。
ここかしこうちしはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰れとも思ひ分かぬなるべし。
「いで、その琴の琴弾きたまへ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、御達。琴とりて参れ」
と言ふに、それなめりと、推し量りに聞けど、「いかなる所に、かかる人、いかで籠もりゐたらむ。定めなき世ぞ」、これにつけてあはれなる。盤渉調をいとをかしう吹きて、
「いづら、さらば」
とのたまふ。
娘尼君、これもよきほどの好き者にて、
「昔聞きはべりしよりも、こよなくおぼえはべるは、山風をのみ聞き馴れはべりにける耳からにや」とて、「いでや、これもひがことになりてはべらむ」
と言ひながら弾く。今様は、をさをさなべての人の、今は好まずなりゆくものなれば、なかなか珍しくあはれに聞こゆ。松風もいとよくもてはやす2643。吹きて合はせたる笛の音に、月もかよひて澄める心地すれば、いよいよめでられて、宵惑ひもせず、起き居たり。

 [3-7 尼君、中将を引き留める]
そうはいっても、このような古風な気質とは不似合いに、当世風に気取っては、下手な歌を詠みたがって、はしゃいでいる様子は、とても不安に思われる。
「この上なく嫌な身の上であった、と見極めた命までが、あきれるくらい長くて、どのようなふうにさまよって行くのだろう。ひたすら亡くなった者として誰からもすっかり忘れられて終わりたい」
と思って臥せっていらっしゃるのに、中将は、およそ何か物思いの種があるのだろうか。とてもひどく嘆き、ひっそりと笛を吹き鳴らして、
「鹿の鳴く声に」
などと独り言をいう感じは、ほんとうに弁えのない人ではなさそうである。
「過ぎ去った昔が思い出されるにつけても、かえって心尽くしに、今初めて慕わしいと思ってくれるはずの人も、またいそうもないので、つらいことのない山奥とは思うことができません」
と、恨めしそうにしてお帰りになろうとする時に、尼君が、
「どうして、せっかくの素晴らしい夜を御覧になりませぬ」
と言って、膝行して出ていらっしゃった。
「いえ。あちらのお気持ちも、分かりましたので」
と軽く言って、「あまり好色めいて振る舞うのも、やはり不都合だ。ほんのちらっと見えた姿が、目にとまったほどで、所在ない心の慰めに思い出したが、あまりによそよそしくて、奥ゆかしい感じ過ぎるのも場所柄にも似合わず興醒めな感じがする」と思ので、帰ろうとするのを、笛の音まで物足りなく、ますます思われて、
「夜更けの月をしみじみと御覧にならない方が
山の端に近いこの宿にお泊まりになりませんか」
と、どこか整わない歌を、
「このように、申し上げていらっしゃいます」
と言うと、心をときめかして、
「山の端に隠れるまで月を眺ましょう
その効あってお目にかかれようかと」
などと言っていると、この大尼君、笛の音をかすかに聞きつけたので、老齢ではいてもやはり心惹かれて出て来た。
話のあちこちで咳をし、呆れるほどの震え声で、かえって昔のことなどは口にしない。誰であるかも分からないのであろう。
「さあ、その琴の琴をお弾きなさい。横笛は、月にはとても趣深いものです。どこですか、そなたたち。琴を持って参れ」
と言うので、母尼君らしい、と推察して聞くが、「どのような所に、このような老人が、どうして籠もっているのだろう。無常の世だ」と、このことにつけても感慨無量である。盤渉調をたいそう趣深く吹いて、
「どうですか。さあ」
とおっしゃる。
娘尼君は、この方も相当な風流人なので、
「昔聞きましたときよりも、この上なく素晴らしく思われますのは、山風ばかりを聞き馴れていました耳のせいでしょうか」と言って、「それでは、わたしのはでたらめになっていましょう」
と言いながら弾く。当世風では、ほとんど普通の人は、今は好まなくなって行くものなので、かえって珍しくしみじみと聞こえる。松風も実によく調和する。吹き合わせた笛の音に、月も調子を合わせて澄んでいる気がするので、ますます興趣が乗って、眠気も催さず、起きていた。

 [3-7 Ama-gimi who is Chujo's mother in law prevents him from leaving]
 Sasuga ni, kakaru kotai no kokoro-domo ni ha ari tuka zu, ima-meki tutu, kosi-wore-uta konomasige ni, wakayagu kesiki-domo ha, ito usirometau oboyu.
 "Kagiri naku uki-mi nari keri, to mi-hate te si inoti sahe, asamasiu nagaku te, ika naru sama ni sasurahu beki nara m. Hitaburu ni naki mono to mi-kiki sute rare te mo yami na baya!"
 to omohi husi tamahe ru ni, Tiuzyau ha, ohokata mono omohasiki koto no aru ni ya? Ito itau uti-nageki, sinobiyaka ni hue wo huki narasi te,
 "Sika no naku ne ni."
 nado hitori-gotu kehahi, makoto ni kokoti naku ha aru mazi.
 "Sugi ni si kata no omohi-ide raruru ni mo, naka-naka kokoro-dukusi ni, ima hazime te ahare to obosu beki hito hata, katage nare ba, miye nu yamadi ni mo e omohi nasu maziu nam."
 to, uramesige ni te ide na m to suru ni, Ama-Gimi,
 "Nado, atara-yo wo go-ran-zi sasi turu?"
 tote, wizari ide tamahe ri.
 "Nani ka? Woti naru sato mo, kokoromi habere ba."
 nado ihi susami te, "Itau suki gamasikara m mo, sasuga ni bin nasi. Ito honoka ni miye si sama no, me tomari si bakari, ture-dure naru kokoro-nagusame ni omohi-iduru wo, amari mote hanare, oku-buka naru kehahi mo tokoro no sama ni aha zu susamazi." to omohe ba, kaheri na m to suru wo, hue no ne sahe aka zu, itodo oboye te,
 "Hukaki yo no tuki wo ahare to mi nu hito ya
 yama-no-ha tikaki yado ni tomara nu
"
 to, nama kataha naru koto wo,
 "Kaku nam, kikoye tamahu."
 to ihu ni, kokoro-tokimeki si te,
 "Yama-no-ha ni iru made tuki wo nagame mi m
 neya no itama mo sirusi ari ya to
"
 nado ihu ni, ko no Oho-Ama-Gimi, hue no me wo honoka ni kikituke tari kere ba, sasuga ni mede te ide-ki tari.
 Koko-kasiko uti-sihabuki, asamasiki wananaki-gowe ni te, naka-naka mukasi no koto nado mo kake te iha zu. Tare to mo omohi waka nu naru besi.
 "Ide, so no kin-no-koto hiki tamahe. Yoko-bue ha, tuki ni ha ito wokasiki mono zo kasi. Idura, go-tati? Koto tori te mawire."
 to ihu ni, sore na'meri to, osihakari ni kike do, "Ika naru tokoro ni, kakaru hito, ikade komori wi tara m. Sadame naki yo zo", kore ni tuke te ahare naru. Bansiki-deu wo ito wokasiu huki te,
 "Idura, sara ba."
 to notamahu.
 Musume-Ama-Gimi, kore mo yoki hodo no suki-mono ni te,
 "Mukasi kiki haberi si yori mo, koyonaku oboye haberu ha, yama-kaze wo nomi kiki nare haberi ni keru mimi kara ni ya." tote, "Ide ya, kore mo higa-koto ni nari te habera m."
 to ihi nagara hiku. Imayau ha, wosa-wosa nabete no hito no, ima ha konoma zu nari-yuku mono nare ba, naka-naka medurasiku ahare ni kikoyu. Matu-kaze mo ito yoku motehayasu. Huki te ahase taru hue no ne ni, tuki mo kayohi te sume ru kokoti sure ba, iyo-iyo mede rare te, yohi-madohi mo se zu, oki wi tari.

 [3-8 母尼君、琴を弾く]
「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく弾きはべりしか2644ど、今の世には、変はりにたるにやあらむ。この僧都の、『聞きにくし。念仏より他のあだわざなせそ』とはしたなめられしかば、何かは、とて弾きはべらぬなり。さるは、いとよく鳴る琴もはべり」
と言ひ続けて、いと弾かまほし2645と思ひたれば、いと忍びやかにうち笑ひて、
「いとあやしきことをも制しきこえたまひける僧都かな。極楽といふなる所には、菩薩なども皆かかることをして、天人なども舞ひ遊ぶこそ尊かなれ。行ひ紛れ、罪得べきことかは。今宵聞きはべらばや」
とすかせば、「いとよし」と思ひて、
「いで、主殿のくそ、東取りて」
と言ふにも、しはぶきは絶えず。人びとは、見苦しと思へど、僧都をさへ、恨めしげにうれへて言ひ聞かすれば、いとほしくてまかせたり。取り寄せて、ただ今の笛の音をも訪ねず、ただおのが心をやりて、東の調べを爪さはやかに調ぶ。皆異ものは声を止めつるを、「これをのみめでたる」と思ひて、
「たけふ、ちちりちちり、たりたむな」
など、掻き返し、はやりかに弾きたる、言葉ども、わりなく古めきたり。
「いとをかしう、今の世に聞こえぬ言葉こそは、弾きたまひけれ」
と褒むれば、耳ほのぼのしく、かたはらなる人に問ひ聞きて、
「今様の若き人は、かやうなることをぞ好まれざりける。ここに月ごろものしたまふめる姫君、容貌いとけうらにものしたまふめれど、もはら、かやうなるあだわざなどしたまはず、埋れてなむ、ものしたまふめる」
と、我かしこにうちあざ笑ひて語るを、尼君などは、かたはらいたしと思す。

 [3-8 母尼君、琴を弾く]
「お婆は、昔は、東琴を、簡単に弾きましたが、今の世では、変わったのでしょうか。息子の僧都が『聞きにくい。念仏以外のつまらないことはするな』と叱られましたので、それならと、もう弾かないのでございます。それにしても、とてもよい響きの琴もございます」
と言い続けて、とても弾きたく思っているので、たいそうこっそりとほほ笑んで、
「まことに変なことをお制止申し上げなさった僧都ですね。極楽という所には、菩薩なども皆このようなことをして、天人なども舞い遊ぶのが尊いものだと言います。勤行を怠り、罪を得ることだろうか。今夜はお聞き致したい」
とお世辞を言うと、「とても嬉しい」と思って、
「さあ、主殿の君さん、東琴を取って」
と言うにも、咳は止まらない。女房たちは、見苦しいと思うが、僧都をまで、憎らしく不平を言って聞かせるので、お気の毒なのでそのままにしていた。東琴を取り寄せて、今の笛の調子もおかまいなしに、ただ自分勝手に弾いて、東の調子を爪弾きさわやかに調べる。他の楽器の演奏をみな止めてしまったので、「これにばかり聞きほれているのだ」と思って、
「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」
などと、撥を掻き返し、さっそうと弾いている、その言葉などは、やたらと古めかしい。
「実に素晴らしく、今の世には聞かれぬ歌を、お弾きになりました」
と褒めると、耳も遠くなっているので、側にいる女房に尋ね聞いて、
「今風の若い人は、このようなことをお好きでないね。ここに何か月もいらっしゃる姫君は、容貌はとても美しくいらっしゃるようだが、もっぱら、このようなつまらない遊びはなさらず、引き籠もっていらっしゃるようです」
と、得意顔に大声で笑って話すのを、尼君などは、聞き苦しいとお思いである。

 [3-8 Ama-gimi's mother who is an old nun plays koto]
 "Womna ha, mukasi ha, aduma-goto wo koso ha, koto mo naku hiki haberi sika do, ima no yo ni ha, kahari ni taru ni ya ara m. Ko no Soudu no, 'Kiki nikusi. Nenbutu yori hoka no ada waza na se so.' to hasitaname rare sika ba, nani ka ha, tote hiki habera nu nari. Saru ha, ito yoku naru koto mo haberi."
 to ihi tuduke te, ito hika mahosi to omohi tare ba, ito sinobiyaka ni uti-warahi te,
 "Ito ayasiki koto wo mo sei-si kikoye tamahi keru Soudu kana! Gokuraku to ihu naru tokoro ni ha, Bosatu nado mo mina kakaru koto wo si te, Tennin nado mo mahi asobu koso tahutoka' nare. Okonahi magire, tumi u beki koto ka ha. Koyohi kiki habera baya!"
 to sukase ba, "Ito yosi." to omohi te,
 "Ide, Tonomori no kuso, aduma tori te."
 to ihu ni mo, sihabuki ha taye zu. Hito-bito ha, mi-gurusi to omohe do, Soudu wo sahe, uramesige ni urehe te ihi kika sure ba, itohosiku te makase tari. Tori-yose te, tada ima no hue no ne wo mo tadune zu, tada onoga kokoro wo yari te, aduma no sirabe wo tuma sahayaka ni sirabu. Mina koto mono ha kowe wo yame turu wo, "Kore wo nomi mede taru." to omohi te,
 "Takehu, titiri titiri, tari tam na"
 nado, kaki-kahei, hayarika ni hiki taru, kotoba-domo, wari naku hurumeki tari.
 "Ito wokasiu, ima no yo ni kikoye nu kotoba koso ha, hiki tamahi kere."
 to homure ba, mimi hono-bonosiku, katahara naru hito ni tohi kiki te,
 "Imayau no wakaki hito ha, kayau naru koto wo zo konoma re zari keru. Koko ni tuki-goro monosi tamahu meru Hime-Gimi, katati ito keura ni monosi tamahu mere do, mohara, kayau naru ada-waza nado si tamaha zu, umore te nam, monosi tamahu meru."
 to, ware kasiko ni uti aza-warahi te kataru wo, Ama-Gimi nado ha, katahara-itasi to obosu.

 [3-9 翌朝、中将から和歌が贈られる]
これに事皆醒めて、帰りたまふほども、山おろし吹きて、聞こえ来る笛の音、いとをかしう聞こえて、起き明かしたる翌朝、
「昨夜は、かたがた心乱れはべりしかば、急ぎまかではべりし。
忘られぬ昔のことも笛竹の
つらきふしにも音ぞ泣かれける
なほ、すこし思し知るばかり教へなさせたまへ。忍ばれぬべくは、好き好きしきまでも、何かは」
とあるを、いとどわびたるは、涙とどめがたげなるけしきにて、書きたまふ。
「笛の音に昔のことも偲ばれて
帰りしほども袖ぞ濡れにし
あやしう、もの思ひ知らぬにや、とまで見はべるありさまは、老い人の問はず語りに、聞こし召しけむかし」
とあり。珍しからぬも見所なき心地して、うち置かれけむ。
 荻の葉に劣らぬ2646ほどほどに訪れわたる、「いとむつかしうもあるかな。人の心はあながちなるものなりけり」と見知りにし折々も、やうやう思ひ出づるままに、
「なほ、かかる筋のこと、人にも思ひ放たすべきさまに、疾くなしたまひてよ」
とて、経習ひて読みたまふ。心の内にも念じたまへり。かくよろづにつけて世の中を思ひ捨つれば、「若き人とてをかしやかなることもことになく、結ぼほれたる本性なめり」と思ふ。容貌の見るかひあり、うつくしきに、よろづの咎見許して、明け暮れの見物にしたり。すこしうち笑ひたまふ折は、珍しくめでたきものに思へり。

 [3-9 翌朝、中将から和歌が贈られる]
これによってすっかり興醒めして、お帰りになる途中も、山下ろしが吹いて、聞こえて来る笛の音も、とても素晴らしく聞こえて、起き明かしていた翌朝、
「昨夜は、あれこれと心が乱れましたので、急いで帰りました。
忘れられない昔の人のことやつれない人のことにつけ
声を立てて泣いてしまいました
やはり、もう少し気持ちをご理解いただけるよう説得申し上げてください。堪えきれるものでしたら、好色がましい態度にまで、どうして出ましょうか」
とあるので、ますます困っている尼君は、涙を止めがたい様子で、お書きになる。
「笛の音に昔のことも偲ばれまして
お帰りになった後も袖が濡れました
不思議なことに、人の情けも知らないのではないか、と見えました様子は、年寄の問わず語りで、お聞きあそばしたでしょう」
とある。珍しくもない見栄えのしない気がして、つい読み捨てたことであろう。
荻の葉に秋風が訪れるのに負けないくらい頻繁に便りがあるのが、「とても煩わしいことよ。男の心はむてっぽうなものだ」と分かった時々のことも、だんだん思い出すにつれて、
「やはり、このような方面のことは、相手にも諦めさせるように、早くしてくださいませ」
と言って、お経を習って読んでいらっしゃる。心中でも祈っていらっしゃった。このように何かにつけて世の中を捨てているので、「若い女だといっても華やかなところも特になく、陰気な性格なのだろう」と思う。器量が見飽きず、かわいらしいので、他の欠点はすべて大目に見て、明け暮れの心の慰めにしていた。少しにっこりなさるときには、めったになく素晴らしい方だと思っていた。

 [3-9 Chujo composes and sends a waka to Ukifune next morning]
 Kore ni koto mina same te, kaheri tamahu hodo mo, yama-orosi huki te, kikoye kuru hue no ne, ito wokasiu kikoye te, oki-akasi taru tutomete,
 "Yobe ha, kata-gata kokoro-midare haberi sika ba, isogi makade haberi si.
 Wasura re nu mukasi no koto mo hue take no
 turaki husi ni mo ne zo naka re keru

 Naho, sukosi obosi siru bakari wosihe nasa se tamahe. Sinoba re nu beku ha, suki-zukisiki made mo, nani ka ha."
 to aru wo, itodo wabi taru ha, namida todome gatage naru kesiki ni te, kaki tamahu.
 "Hue no ne ni mukasi no koto mo sinoba re te
 kaheri si hodo mo sode zo nure ni si

 Ayasiu, mono-omohi sira nu ni ya, to made mi haberu arisama ha, oyi-bito no toha-zu-gatari ni, kikosi-mesi kem kasi."
 to ari. Medurasikara nu mo mi-dokoro naki kokoti si te, uti-oka re kem."
 Wogi no ha ni otora nu hodo-hodo ni otodure wataru, "Ito mutukasiu mo aru kana! Hito no kokoro ha anagati naru mono nari keri."
 to mi-siri ni si wori-wori mo, yau-yau omohi-iduru mama ni,
 "Naho, kakaru sudi no koto, hito ni mo omohi hanatasu beki sama ni, toku nasi te yo."
 tote, kyau narahi te yomi tamahu. Kokoro no uti ni mo nen-zi tamahe ri. Kaku yorodu ni tuke te yononaka wo omohi-suture ba, "Wakaki hito tote wokasiyaka naru koto mo koto ni naku, musubohore taru honzyau na'meri." to omohu. Katati no miru kahi ari, utukusiki ni, yorodu no toga mi-yurusi te, ake-kure no mimono ni si tari. Sukosi uti-warahi tamahu wori ha, medurasiku medetaki mono ni omohe ri.

 4 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す [4-1 9月、尼君、再度初瀬に詣でる]
九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ。年ごろいと心細き身に、恋しき人の上も思ひやまれざりしを、かくあらぬ人ともおぼえたまはぬ慰めを得たれば、観音の御験うれしとて、返り申しだちて、詣でたまふなりけり。
「いざ、たまへ。人やは知らむとする。同じ仏なれど、さやうの所に行ひたるなむ、験ありてよき例多かる」
と言ひて、そそのかしたつれど、「昔、母君、乳母などの、かやうに言ひ知らせつつ、たびたび詣でさせしを、かひなきにこそあめれ。命さへ心にかなはず、たぐひなきいみじきめを見るは」と、いと心憂きうちにも、「知らぬ人に具して、さる道のありきをしたらむよ」と、そら恐ろしくおぼゆ。
心こはきさまには言ひもなさで、
「心地のいと悪しうのみはべれば、さやうならむ道のほどにもいかがなど、つつましうなむ」
とのたまふ。「物懼ぢはさもしたまふべき人ぞかし」と思ひて、しひても誘はず。
「はかなくて世に古川の憂き瀬には
尋ねも行かじ二本の杉2647」
と手習に混じりたるを、尼君見つけて、
「二本は、またも逢ひきこえむと思ひたまふ人あるべし」
と、戯れごとを言ひ当てたるに、胸つぶれて、面赤めたまへる、いと愛敬づきうつくしげなり。
「古川の杉のもとだち知らねども
過ぎにし人によそへてぞ見る」
ことなることなきいらへを口疾く言ふ。忍びて、と言へど、皆人慕ひつつ、ここには人少なにておはせむを心苦しがりて、心ばせある少将の尼、左衛門とてある大人しき人、童ばかりぞ留めたりける。

 4 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す [4-1 9月、尼君、再度初瀬に詣でる]
九月になって、この尼君は、初瀬に参詣する。長年とても心細い身の上で、恋しい娘の身の上も諦めきれなかったが、このように他人とも思われない女性を心の慰めに得たので、観音のご霊験が嬉しいと、お礼参りのような具合で、参詣なさるのであった。
「さあ、ご一緒に。誰に知られたりするものですか。同じ仏様ですが、あのような所で勤行するのが、霊験あらたかで、良いことが多いのです」
と言って促すが、「昔、母君や、乳母などが、このように言って聞かせては、たびたび参詣させたが、何にもその効がなかったようだ。死のうと思ったことも思う通りにならず、又とないひどい目を見るとは」と、ひどく厭わしい心中にも、「知らない人と一緒に、そのような遠出をするとは」と、何となく恐ろしく思う。
強情なふうにはあえて言わないで、
「気分がとてもすぐれませんので、そのような遠出もどんなものかしらなどと、気がひけまして」
とおっしゃる。「恐がる気持ちは、きっとそうなさるにちがいない方だ」と思って、無理にも誘わない。
「はかないままにこの世につらい思いをして生きているわが身は
あの古川に尋ねて行くことはいたしません、二本の杉のある」
と手習いに混じっているのを、尼君が見つけて、
「二本とは、再びお会い申したいと思っていらっしゃる方がいるのでしょう」
と、冗談に言い当てたので、胸がどきりとして、顔を赤くなさったのも、とても魅力的でかわいらしげである。
「あなたの昔の人のことは存じませんが
わたしはあなたを亡くなった娘と思っております」
格別すぐれたのでもない返歌をすばやく言う。人目を忍んで、と言うが、皆がお供したがって、こちらが人少なにおなりになることを気の毒がって、気の利いた少将の尼と左衛門という大人の女房と、童女だけを残したのであった。

 4 Tale of Ukifune Ukifune becomes a nun while Ama-gimi is absent [4-1 Ama-gimi visits to Hase Temple again at September]
 Ku-gwati ni nari te, ko no Ama-Gimi, Hatuse ni maudu. Tosi-goro ito kokoro-bosoki mi ni, kohisiki hito no uhe mo omohi yama re zari si wo, kaku ara nu hito to mo oboye tamaha nu nagusame wo e tare ba, Kwanon no ohom-sirusi uresi tote, kaheri mausi-dati te, maude tamahu nari keri.
 "Iza, tamahe. Hito ya ha sira m to suru. Onazi Hotoke nare do, sayau no tokoro ni okonahi taru nam, sirusi ari te yoki tamesi ohokaru."
 to ihi te, sosonokasi-tature do, "Mukasi, Haha-Gimi, Menoto nado no, kayau ni ihi-sirase tutu, tabi-tabi maude sase si wo, kahi naki ni koso a'mere. Inoti sahe kokoro ni kanaha zu, taguhi naki imiziki me wo miru ha." to, ito kokoro-uki uti ni mo, "Sira nu hito ni gu-si te, saru miti no ariki wo si tara m yo!" to, sora-osorosiku oboyu.
 Kokoro-kohaki sama ni ha ihi mo nasa de,
 "Kokoti no ito asiu nomi habere ba, sayau nara m miti no hodo ni mo ikaga nado, tutumasiu nam."
 to notamahu. "Mono-odi ha sa mo si tamahu beki hito zo kasi." to omohi te, sihite mo izanaha zu.
 "Hakanaku te yo ni Huru-kaha no uki se ni ha
 tadune mo yuka zi huta-moto no sugi
"
 to tenarahi ni maziri taru wo, Ama-Gimi mituke te,
 "Huta-moto ha, mata mo ahi kikoye m to omohi tamahu hito aru besi."
 to, tahabure-goto wo ihi-ate taru ni, mune tubure te, omote akame tamahe ru, ito aigyau-duki utukusige nari.
 "Huru-kaha no sugi no moto-dati sira ne do mo
 sugi ni si hito ni yosohe te zo miru
"
 Koto naru koto naki irahe wo kuti-toku ihu. Sinobi te, to ihe do, mina-hito sitahi tutu, koko ni ha hito-zukuna ni te ohase m wo kokoro-gurusigari te, kokorobase aru Seusyau-no-Ama, Sawemon tote aru otona-siki hito, waraha bakari zo todome tari keru.

 [4-2 浮舟、少将の尼と碁を打つ]
皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを思ひながらも、「今はいかがせむ」と、「頼もし人に思ふ人一人ものしたまはぬは、心細くもあるかな」と、いとつれづれなるに、中将の御文あり。
「御覧ぜよ」と言へど、聞きも入れたまはず。いとど人も見えず、つれづれと来し方行く先を思ひ屈じたまふ。
「苦しきまでも眺めさせたまふかな。御碁を打たせたまへ」
と言ふ。
「いとあやしうこそはありしか」
とはのたまへど、打たむと思したれば、盤取りにやりて、我はと思ひて先ぜさせたてまつりたるに、いとこよなければ、また手直して打つ。
「尼上疾う帰らせたまはなむ。この御碁見せたてまつらむ。かの御碁ぞ、いと強かりし。僧都の君、早うよりいみじう好ませたまひて、けしうはあらずと思したりしを、いと棋聖大徳になりて、『さし出でてこそ打たざらめ、御碁には負けじかし』と聞こえたまひしに、つひに僧都なむ二つ負けたまひし。棋聖が碁には勝らせたまふべきなめり。あな、いみじ」
と興ずれば、さだ過ぎたる尼額の見つかぬに、もの好みするに、「むつかしきこともしそめてけるかな」と思ひて、「心地悪し」とて臥したまひぬ。
「時々、晴れ晴れしうもてなしておはしませ。あたら御身を。いみじう沈みてもてなさせたまふこそ口惜しう、玉に瑕あらむ心地しはべれ」
と言ふ。夕暮の風の音もあはれなるに、思ひ出づることも多くて、
「心には秋の夕べを分かねども
眺むる袖に露ぞ乱るる」

 [4-2 浮舟、少将の尼と碁を打つ]
皆が出立したのを見送って、わが身のやりきれなさを思いながらも、「今さらどうしようもない」と、「頼りに思う人が一人もいらっしゃらないのは、心細いことだわ」と、とても所在ないところに、中将からのお手紙がある。
「御覧ください」と言うが、聞き入れなさらない。いっそう女房も少なくて、何もするこなく過去や将来を考え沈み込んでいらっしゃる。
「つらいほど物思いに沈んでいらっしゃること。御碁をお打ちなさい」
と言う。
「とても下手でした」
とはおっしゃるが、打とうとお思いになったので、碁盤を取りにやって、自分こそはと思って先手をお打たせ申したが、たいそう強いので、また先手後手を変えて打つ。
「尼上が早くお帰りあそばしたらよいに。この御碁をお見せ申し上げよう。あの方の御碁は、とても強かったわ。僧都の君は、若い時からたいそうお好みになって、まんざらではないとお思いになっていたが、ほんと碁聖大徳気取りで、『出しゃばって打つ気はないが、あなたの御碁にはお負けしませんでしょうね』と申し上げなさったが、とうとう僧都が二敗なさった。碁聖の碁よりもお強くいらっしゃるようです。まあ、強い」
とおもしろがるので、盛りを過ぎた尼額が見苦しいのに、遊びに熱中するので、「厄介なことに手を出してしまったわ」と思って、「気分が悪い」と言って横におなりになった。
「時々は、気分が晴々するようにお振る舞いなさいませ。あたら若いお身を。ひどく沈んでおいであそばすのは残念で、玉の瑕のような気がいたします」
と言う。夕暮の風の音もしみじみとして、思い出すことが多くて、
「わたしには秋の情趣も分からないが
物思いに耽るわが袖に露がこぼれ落ちる」

 [4-2 Ukifune plays igo with Shosho-no-ama]
 Mina ide-tati keru wo nagame ide te, asamasiki koto wo omohi nagara mo, "Ima ha ikaga se m." to, "Tanomosi-bito ni omohu hito hitori monosi tamaha nu ha, kokoro-bosoku mo aru kana!" to, ito ture-dure naru ni, Tiuzyau no ohom-humi ari.
 "Go-ran-ze yo." to ihe do, kiki mo ire tamaha zu. Itodo hito mo miye zu, ture-dure to ki-si-kata yuku-saki wo omohi kun-zi tamahu.
 "Kurusiki made mo nagame sase tamahu kana! Ohom-go wo uta se tamahe."
 to ihu.
 "Ito ayasiu koso ha ari sika."
 to ha notamahe do, uta m to obosi tare ba, ban tori ni yari te, ware ha to omohi te sen-ze sase tatematuri taru ni, ito koyonakere ba, mata te nahosi te utu.
 "Ama-Uhe tou kahera se tamaha nam. Ko no ohom-go mise tatematura m. Ka no ohom-go zo, ito tuyokari si. Soudu-no-Kimi, hayau yori imiziu konoma se tamahi te, kesiu ha ara zu to obosi tari si wo, ito Kisei-Daitoko ni nari te, 'Sasi-ide te koso uta zara me, ohom-go ni ha make zi kasi.' to kikoye tamahi si ni, tuhi ni Soudu nam hutatu make tamahi si. Kisei ga go ni ha masara se tamahu beki na'meri. Ana, imizi."
 to kyou-zure ba, sada sugi taru ama-bitahi no mi-tuka nu ni, mono-gonomi suru ni, "Mutukasiki koto mo si some te keru kana!" to omohi te, "Kokoti asi." tote husi tamahi nu.
 "Toki-doki, hare-bare siu motenasi te ohasimase. Atara ohom-mi wo. Imiziu sidumi te motenasa se tamahu koso kutiwosiu, tama ni kizi ara m kokoti si habere."
 to ihu. Yuhugure no kaze no oto mo mo ahare naru ni, omohi-iduru koto mo ohoku te,
 "Kokoro ni ha aki no yuhube wo waka ne do mo
 nagamuru sode ni tuyu zo midaruru
"

 [4-3 中将来訪、浮舟別室に逃げ込む]
月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将おはしたり。「あな、うたて。こは、なにぞ」とおぼえたまへば、奥深く入りたまふを、
「さも、あまりにもおはしますものかな。御心ざしのほども、あはれまさる折にこそはべるめれ。ほのかにも、聞こえたまはむことも聞かせたまへ。しみつかむことのやうに思し召したるこそ」
など言ふに、いとはしたなくおぼゆ。おはせぬよしを言へど、昼の使の、一所など問ひ聞きたるなるべし、いと言多く怨みて、
「御声も聞きはべらじ。ただ、気近くて聞こえむことを、聞きにくしともいかにとも、思しことわれ」
と、よろづに言ひわびて、
「いと心憂く。所につけてこそ、もののあはれもまされ。あまりかかるは」
など、あはめつつ、
「山里の秋の夜深きあはれをも
もの思ふ人は思ひこそ知れ
おのづから御心も通ひぬべきを」
などあれば、
「尼君おはせで2648、紛らはしきこゆべき人もはべらず。いと世づかぬやうならむ」
と責むれば、
「憂きものと思ひも知らで過ぐす身を
もの思ふ人と人は知りけり」
わざといらへともなきを、聞きて伝へきこゆれば、いとあはれと思ひて、
「なほ、ただいささか出でたまへ、と聞こえ動かせ」
と、この人びとをわりなきまで恨みたまふ。
「あやしきまで、つれなくぞ見えたまふや」
とて、入りて見れば、例はかりそめにもさしのぞきたまはぬ老い人の御方に入りたまひにけり。あさましう思ひて、「かくなむ」と聞こゆれば2649、
「かかる所に眺めたまふらむ心の内のあはれに、おほかたのありさまなども、情けなかるまじき人の、いとあまり思ひ知らぬ人よりも、けにもてなしたまふめるこそ。それ物懲りしたまへるか。なほ、いかなるさまに世を恨みて、いつまでおはすべき人ぞ」
など、ありさま問ひて、いとゆかしげにのみ思いたれど、こまかなることは、いかでかは言ひ聞かせむ。ただ、
「知りきこえたまふべき人の、年ごろは、疎々しきやうにて過ぐしたまひしを、初瀬に詣であひたまひて、尋ねきこえたまひつる」
とぞ言ふ。

 [4-3 中将来訪、浮舟別室に逃げ込む]
月が出て美しいころに、昼に手紙のあった中将がおいでになった。「まあ、嫌な。これは、どうしたことか」と思われなさって、奥深いところにお入りになるのを、
「そうなさるとは、あまりのお振る舞いでいらっしゃいますわ。ご厚志も、ひとしお身にしむときでございましょう。ちらっとでも申し上げなさるお言葉をお聞きなさいませ。それだけでも深い仲になったようにお思いあそばしているとは」
などと言うので、とても不安に思われる。いらっしゃらない旨を言うが、昼の使者が、一人残っていると尋ね聞いたのであろう、とても長々と恨み言をいって、
「お声も聞かなくて結構です。ただ、お側近くで申し上げることを、聞きにくいとも何なりとも、どうぞご判断くださいませ」
と、あれこれ言いあぐねて、
「まことに情けない。場所に応じてこそ、物のあわれもまさるものです。これではあんまりです」
などと、非難しながら、
「山里の秋の夜更けの情趣を
物思いなさる方はご存知でしょう
自然とお心も通じ合いましょうに」
などと言うので、
「尼君がいらっしゃらないので、うまく取り繕い申し上げる者もいません。とても世間知らずのようでしょう」
と責めるので、
「情けない身の上とも分からずに暮らしているわたしを
物思う人だと他人が分かるのですね」
特に返歌というのでもないのを、聞いてお伝え申し上げると、とても感激して、
「もっと、もう少しだけでもお出でください、とお勧め申せ」
と、この女房たちを困り果てるまで恨み言をおっしゃる。
「変なまでに、冷淡にお見えになることです」
と言って、奥に入って見ると、いつもは少しもお入りにならない老人のお部屋にお入りになっていたのであった。驚きあきれて、「これこれです」と申し上げると、
「このような所で物思いに耽っていらっしゃる方のご心中がお気の毒で、世間一般の様子などにつけても情けの分からない方ではないはずなのに、まるで情けを分からない人よりも、冷淡なおあしらいなさるようです。それも何かひどい経験をなさってのことだろうか。やはり、どのようなことで世の中を厭って、いつまでここにいらっしゃる予定の方ですか」
などと、様子を尋ねて、たいそう知りたげにお思いになっているが、詳細なことはどうして申し上げられよう。ただ、
「お世話申し上げなさらねばならない方で、長年、疎遠な関係で過していらっしゃったのを、互いに初瀬に参詣なさって、お探し申し上げなさったのです」
と言う。

 [4-3 Chujo visits to Ono villa, Ukifune runs into old nun's room]
 Tuki sasi-ide te wokasiki hodo ni, hiru humi ari turu Tiuzyau ohasi tari. "Ana, utate. Ko ha nani zo?" to oboye tamahe ba, oku hukaku iri tamahu wo,
 "Sa mo, amari ni mo ohasimasu mono kana! Mi-kokorozasi no hodo mo, ahare masaru wori ni koso haberu mere. Honoka ni mo, kikoye tamaha m koto mo kika se tamahe. Simi tuka m koto no yau ni obosimesi taru koso."
 nado ihu ni mo, ito hasitanaku oboyu. Ohase nu yosi wo ihe do, hiru no tukahi no, hito-tokoro nado tohi kiki taru naru besi, ito koto ohoku urami te,
 "Ohom-kowe mo kiki habera zi. Tada, ke-dikaku te kikoye m koto wo, kiki-nikusi to mo ika ni to mo, obosi kotoware."
 to, yorodu ni ihi-wabi te,
 "Ito kokoro-uku. Tokoro ni tuke te koso, mono no ahare mo masare. Amari kakaru ha."
 nado, ahame tutu,
 "Yama-zato no aki no yo-bukaki ahare wo mo
 mono omohu hito ha omohi koso sire

 Onodukara mi-kokro mo kayohi nu beki wo."
 nado are ba,
 "Ama-Gimi ohase de, magirahasi kikoyu beki hito mo habera zu. Ito yo-duka nu yau nara m."
 to semure ba,
 "Uki mono to omohi mo sira de sugusu mi wo
 mono omohu hito to hito ha siri keri
"
 Wazato irahe to mo naki wo, kiki te tutahe kikoyure ba, ito ahare to omohi te,
 "Naho, tada isasaka ide tamahe, to kikoye ugokase."
 to, ko no hito-bito wo wari-naki made urami tamahu.
 "Ayasiki made, turenaku zo miye tamahu ya!"
 tote, iri te mire ba, rei ha karisome ni mo sasi-nozoki tamaha nu oyi-bito no ohom-kata ni iri tamahi ni keri. Asamasiu omohi te, "Kaku nam." to kikoyure ba,
 "Kakaru tokoro ni nagame tamahu ram kokoro no uti no ahare ni, ohokata no arisama nado mo, nasake nakaru maziki hito no, ito amari omohi sira nu hito yori mo, keni motenasi tamahu meru koso. Sore mono-gori si tamahe ru ka. Naho, iaka naru sama ni yo wo urami te, itu made ohasu beki hito zo?"
 nado, arisama tohi te, ito yukasige ni nomi oboi tare do, komaka naru koto ha, ikade ka ha ihi-kikase m. Tada,
 "Siri kikoye tamahu beki hito no, tosi-goro ha, uto-utosiki yau ni te sugusi tamahi si wo, Hatuse ni mamaude-ahi tamahi te, tadune kikoye tamahi turu."
 to zo ihu.

 [4-4 老尼君たちのいびき]
姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりにうつぶし臥して、寝も寝られず。宵惑ひは、えもいはずおどろおどろしきいびきしつつ、前にも、うちすがひたる尼ども二人して、劣らじといびき合はせたり。いと恐ろしう、「今宵、この人びとにや食はれなむ」と思ふも、惜しからぬ身なれど、例の心弱さは、一つ橋危ふがりて帰り来たりけむ者のやうに、わびしくおぼゆ。
こもき、供に率ておはしつれど、色めきて、このめづらしき男の艶だちゐたる方に帰り去にけり。「今や来る、今や来る」と待ちゐたまへれど、いとはかなき頼もし人なりや。中将、言ひ2650わづらひて帰りにければ、
「いと情けなく、埋れてもおはしますかな。あたら御容貌を」
などそしりて、皆一所に寝ぬ。
「夜中ばかりにやなりぬらむ」と思ふほどに、尼君しはぶきおぼほれて起きにたり。火影に、頭つきはいと白きに、黒きものをかづきて、この君の臥したまへる、あやしがりて、鼬とかいふなるものが、さるわざする、額に手を当てて、
「あやし。これは、誰れぞ」
と、執念げなる声にて見おこせたる、さらに、「ただ今食ひてむとする」とぞおぼゆる。鬼の取りもて来けむほどは、物のおぼえざりければ、なかなか心やすし。「いかさまにせむ」とおぼゆるむつかしさにも、「いみじきさまにて生き返り、人になりて、またありしいろいろの憂きことを思ひ乱れ、むつかしとも恐ろしとも、ものを思ふよ。死なましかば、これよりも恐ろしげなる者の中にこそはあらましか」と思ひやらる。

 [4-4 老尼君たちのいびき]
姫君は、「とても気味悪い」とばかり聞いている老人の所に横になって、眠ることもできない。夕方から眠くなるのは、何とも言えないほど大きな鼾をしいしい、その前にも、似たような老尼どもが二人横になっていて、負けじ劣らじと鼾をかき合っていた。たいそう恐ろしく、「今夜、この人たちに喰われてしまうのではないか」と思うのも、惜しい身の上ではないが、いつもの心弱さは、一本橋を危ながって引き返したという者のように、心細く思われる。
こもきを、供に連れて行かれたが、色気づく年頃で、このめずらしい男性が優雅に振る舞っていらっしゃる方に帰って行ってしまった。「今戻って来ようか、今戻って来ようか」と待っていらしたが、まことに頼りないお付であるよ。中将は、言いあぐねて帰ってしまったので、
「まことに情けなく、引き籠もっていらっしゃること。あたら惜しいご器量を」
などと悪口を言って、一同一緒に寝た。
「夜半になったか」と思うころに、尼君が咳こんで寝惚けて起き出した。灯火の光で、頭の具合はまっ白い上に、黒いものを被って、この君が横になっているのを、変に思って、鼬とかいうものが、そのようなことをする、額に手を当てて、
「おや。これは、誰ですか」
と、しつこそうな声で見やっているのが、その上、「今すぐにでも取って喰ってしまおうとする」かのように思われる。鬼が取って連れて来た時は、何も考えられなかったので、かえって安心であった。「どうするのだろう」と思われる不気味さにも、「みじめな姿で生き返り、人並に戻って、再び以前のいろいろな嫌なことに悩み、厭わしいとか恐ろしいとか、物思いすることよ。死んでしまっていたら、これよりも恐ろしそうなものの中にいたことだろうか」と想像される。

 [4-4 Two old nuns snore loudly by Ukifune all night]
 Hime-Gimi ha, "Ito mutukasi." to nomi kiku oyi-bito no atari ni utubusi husi te, i mo nara re zu. Yohi-madohi ha, e mo iha zu odoro-odorosiki ibiki si tutu, mahe ni mo, uti-sugahi taru ama-domo hutari si te, otora zi to ibiki ahase tari. Ito osorosiu, "Koyohi, ko no hito-bito ni ya kuha re na m." to omohu mo, wosikara nu mi nare do, rei no kokoro-yowasa ha, hitotu-basi ayahugari te kaheri ki tari kem mono no yau ni, wabisiku oboyu.
 Komoki, tomoni wi te ohasi ture do, iro-meki te, ko no medurasiki wotoko no en-dati wi taru kata ni kaheri-ini keri. "Ima ya kuru, ima ya kuru." to mati-wi tamahe re do, ito hakanaki tanomosi-bito nari ya. Tiuzyau, ihi wadurahi te kaheri ni kere ba,
 "Ito nasake naku, umore te mo ohasimasu kana! Atara ohom-katati wo!"
 nado sosiri te, mina hito-tokoro ni ne nu."
 "Yonaka bakari ni ya nari nu ram." to omohu hodo ni, Ama-Gimi sihabuki obohore te oki ni tari. Hokage ni, kasira-tuki ha ito siroki ni, kuroki mono wo kaduki te, ko no Kimi no husi tamahe ru, ayasigari te, itati to ka ihu naru mono ga, saru waza suru, hitahi ni te wo ate te,
 "Ayasi. Kore ha, tare zo?"
 to, sihunege naru kowe ni te mi-okose taru, saru ni, "Tada ima kuhi tem to suru." to zo oboyuru. Oni no tori mote ki kem hodo ha, mono no oboye zari kere ba, naka-naka kokoro-yasusi. "Ika sama ni se m." to oboyuru mutukasisa ni mo, "Imiziki sama ni te iki-kaheri, hito ni nari te, mata ari si iro-iro no uki koto wo omohi midare, mutukasi to mo osorosi to mo, mono wo omohu yo! Sina masika ba, kore yori mo osorosige naru mono no naka ni koso ha ara masika." to omohi-yara ru.

 [4-5 浮舟、悲運のわが身を思う]
昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、
「いと心憂く、親と聞こえけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東を返る返る年月をゆきて、たまさかに尋ね寄りて、うれし頼もしと思ひきこえし姉妹の御あたりをも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひ定めたまひし人につけて、やうやう身の憂さをも慰めつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を思ひもてゆけば、宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞ、いとけしからぬ。ただ、この人の御ゆかりにさすらへぬるぞ」
と思へば、「小島の色をためしに契りたまひしを、などてをかしと思ひきこえけむ」と、こよなく飽きにたる心地す。初めより、薄きながらものどやかにものしたまひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。「かくてこそありけれ」と、聞きつけられたてまつらむ恥づかしさは、人よりまさりぬべし。さすがに、「この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつか見むずる、とうち思ふ、なほ、悪ろの心や。かくだに思はじ」など、心一つをかへさふ。
からうして鶏の鳴くを聞きて、いとうれし。「母の御声を聞き2651たらむは、ましていかならむ」と思ひ明かして、心地もいと悪し。供にて渡るべき人もとみに来ねば、なほ臥したまへるに、いびきの人は、いと疾く起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、
「御前に、疾く聞こし召せ」
など寄り来て言へど、まかなひもいとど心づきなく、うたて見知らぬ心地して、
「悩ましくなむ」
と、ことなしびたまふを、しひて言ふもいとこちなし。

 [4-5 浮舟、悲運のわが身を思う]
昔からのことを、眠れないままに、いつもよりも思い続けていると、
「とても情けなく、父親と申し上げた方のお顔も拝し上げず、遥か遠い東国で代わる代わる年月を過ごして、たまたま探し求めて、嬉しく頼もしくお思い申し上げた姉君のお側を、不本意のままに縁が切れてしまい、しかるべき方面にとお考えくださった方によって、だんだんと身の不運から抜け出そうとした矢先に、驚きあきれたように身を過ったのを考えて行くと、宮を、わずかにいとしいとお思い申し上げた心が、まことに良くないことであった。ただ、あの方に巡り合った御縁で流れ流れて来たのだ」
と思うと、「橘の小島の色を例にお誓いなさったのを、どうしてすてきだと思ったのだろう」と、すっかり熱もさめたような気がする。初めから、深い愛情ではなかったがゆったりとした方のことは、この折あの折になどと、思い出すことは比べものにならなかった。「こうして生きていたのだ」と、お耳にされ申すときの恥ずかしさは、誰よりも一番であろう。何といっても、「この世では、以前のご様子を他人ながらでもいつかは見ようと、ふと思うのは、やはり、悪い考えだ。それさえ思うまい」などと、自分独りで思い直す。
やっとのことで鶏が鳴くのを聞いて、とても嬉しい。「母親のお声を聞いた時には、それ以上にどんな気がするだろう」と思って夜を明かして、気分もとても悪い。付人としてあちらに行くはずの人もすぐには来ないので、依然として臥せっていらっしゃると、鼾の老婆は、たいそう早く起きて、粥など見向きもしたくない食事を大騒ぎして、
「あなたも、早くお召し上がれ」
などと寄って来て言うが、給仕役もまこと気に入らず、嫌な見知らない気がするので、
「気分が悪いので」
と、さりげなく断りなさるのを、無理に勧めるのもとても気がきかない。

 [4-5 Ukifune thinks her unfortunate life]
 Mukasi yori no koto wo, madoroma re nu mama ni, tune yori mo omohi-tudukuru ni,
 "Ito kokoro-uku, oya to kikoye kem hito no ohom-katati mo mi tatematura zu, haruka naru Aduma wo kaheru gheru tosi-tuki wo yuki te, tamasaka ni tadune yori te, uresi tanomosi to omohi kikoye si harakara no ohom-atari wo mo, omoha zu ni te taye sugi, saru kata ni omohi sadame tamahi si hito ni tuke te, yau-yau mi no usa wo mo nagusame tu beki kihame ni, asamasiu mote-sokonahi taru mi wo omohi mote yuke ba, Miya wo, sukosi mo ahare to omohi kikoye kem kokoro zo, ito kesikara nu. Tada, ko no hito no ohom-yukari ni sasurahe nuru zo."
 to omohe ba, "Kozima no iro wo tamesi ni tigiri tamahi si wo, nadote wokasi to omohi kikoye kem?" to, koyonaku aki ni taru kokoti su. Hazime yori, usuki nagara mo nodoyaka ni monosi tamahi si hito ha, ko no wori ka no wori nado, omohi-iduru zo koyonakari keru. "Kaku te koso ari kere." to, kiki-tuke rare tatematura m hadukasisa ha, hito yori masari nu besi. Sasuga ni, "Ko no yo ni ha, ari si ohom-sama wo, yoso nagara dani itu ka mi m zuru, to uti omohu, naho, waro no kokoro ya! Kaku dani omoha zi." nado, kokoro hitotu wo kahesahu.
 Karausite tori no naku wo kiki te, ito uresi. "Haha no ohom-kowe wo kiki tara m ha, masite ika nara m?" to omohi akasi te, kokoti mo ito asi. Tomo ni te wataru beki hito mo tomi ni ko ne ba, naho husi tamahe ru ni, ibiki no hito ha, ito toku oki te, kayu nado mutukasiki koto-domo wo mote-hayasi te,
 "O-mahe ni, toku kikosi-mese."
 nado yori ki te ihe do, makanahi mo itodo kokoro-dukinaku, utate mi-sira nu kokoti si te,
 "Nayamasiku nam."
 to, kotonasibi tamahu wo, sihite ihu mo ito koti-nasi.

 [4-6 僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る]
下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、
「僧都、今日下りさせたまふべし」
「などにはかには」
と問ふなれば、
「一品の宮の、御もののけに悩ませたまひける、山の座主、御修法仕まつらせたまへど、なほ、僧都参らせたまはでは験なしとて、昨日、二度なむ召しはべりし。右大臣殿の四位少将、昨夜、夜更けてなむ登りおはしまして、后の宮の御文などはべりければ、下りさせたまふなり」
など、いとはなやかに言ひなす。「恥づかしうとも、会ひて、尼になしたまひてよ、と言はむ。さかしら人少なくて、よき折にこそ」と思へば、起きて、
「心地のいと悪しうのみはべるを、僧都の下りさせたまへらむに、忌むこと受けはべらむとなむ思ひはべるを、さやうに聞こえたまへ」
と語らひたまへば、ほけほけしう、うちうなづく。
例の方におはして、髪は尼君のみ削りたまふを、異人に手触れさせむもうたておぼゆるに、手づからはた、えせぬことなれば、ただすこし解き下して、親に今一度かうながらのさまを見えずなりなむこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りたる心地すれど、何ばかりも衰へず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。
「かかれとてしも2652」
と、独りごちゐたまへり。
暮れ方に、僧都ものしたまへり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つき、行きちがひ騷ぎたるも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に参りたまひて、
「いかにぞ、月ごろは」
など言ふ。
「東の御方は物詣でしたまひにきとか。このおはせし人は、なほものしたまふや」
など問ひたまふ。
「しか。ここにとまりてなむ。心地悪しとこそものしたまひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる」
と語る。

 [4-6 僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る]
身分の低いらしい法師どもなどが大勢来て、
「僧都が、今日下山あそばしますでしょう」
「どうして急に」
と尋ねるようなので、
「一品の宮が、御物の怪にお悩みあそばしたのを、山の座主が、御修法をして差し上げなさったが、やはり、僧都が参上なさらなくては効験がないといって、昨日、二度お召しがございました。右大臣殿の四位少将が、昨夜、夜が更けて登山あそばして、后宮のお手紙などがございましたので、下山あそばすのです」
などと、とても得意になって言う。「恥ずかしくても、お目にかかって、尼にしてください、と言おう。口出しする人も少なくて、ちょうどよい機会だ」と思うと、起きて、
「気分が悪くばかりいますので、僧都が下山あそばしますときに、受戒をしていただこうと思っておりますが、そのように申し上げてください」
と相談なさると、惚けた感じで、ちょっとうなずく。
いつもの部屋のいらして、髪は尼君だけがお梳きになるのを、他人に手を触れさせるのも嫌に思われるが、自分自身では、できないことなので、ただわずかに梳きおろして、母親にもう一度こうした姿をお見せすることがなくなってしまうのは、自分から望んだこととはいえ、とても悲しい。ひどく病んだせいだろうか、髪も少し抜けて細くなってしまった感じがするが、それほども衰えていず、たいそう多くて、六尺ほどある末などは、とても美しかった。髪の毛などもたいそうこまやかで美しそうである。
「こうなれと思って髪の世話はしなかったろうに」
と、独り言をおっしゃっていた。
暮れ方に、僧都がおいでになった。南面を片づけ準備して、丸い頭の恰好が、あちこち行ったり来たりしてがやがやしているのも、いつもと違って、とても恐ろしい気がする。母尼のお側に参上なさって、
「いかがですか、このごろは」
などと言う。
「東の御方は物詣でをなさったとか。ここにいらっしゃった方は、今でもおいでになりますか」
などとお尋ねになる。
「ええ。ここに残っています。気分が悪いとおっしゃって、受戒をお授かり申したい、とおっしゃいました」
と話す。

 [4-6 Souzu calls at Ono villa on his way to the Imperial Palace]
 Gesu-gesusiki hohusi-bara nado amata ki te,
 "Soudu, kehu ori sase tamahu besi."
 "Nado nihaka ni ha?"
 to tohu nare ba,
 "Ippon-no-Miya no, ohom-mononoke ni nayama se tamahi keru, Yama-no-Zasu, mi-suhohu tukau-matura se tamahe do, naho, Soudu mawira se tamaha de ha sirusi nasi tote, kinohu, huta-tabi nam mesi haberi si. Udaizin-dono no Siwi-no-Seusyau, yobe, yo huke te nam nobori ohasimasi te, Kisai-no-Miya no ohom-humi nado haberi kere ba, ori sase tamahu nari."
 nado, ito hanayaka ni ihi nasu. "Hadukasiu to mo, ahi te, ama ni nasi tamahi te yo, to iha m. Sakasira-bito sukunaku te, yoki wori ni koso." to omohe ba, oki te,
 "Kokoti no ito asiu nomi haberu wo, Soudu no ori sase tamahe ra m ni, imu koto uke habera m to nam omohi haberu wo, sayau ni kikoye tamahe."
 to katarahi tamahe ba, hoke-hokesiu, uti-unaduku.
 Rei no kata ni ohasi te, kami ha Ama-Gimi nomi keduri tamahu wo, koto-bito ni te hure sase m mo utate oboyuru ni, te-dukara hata, e se nu koto nare ba, tada sukosi toki-kudasi te, oya ni ima hito-tabi kau nagara no sama wo miye zu nari na m koso, hito-yari nara zu, ito kanasikere. Itau wadurahi si ke ni ya, kami mo sukosi oti hosori taru kokoti sure do, nani bakari mo otorohe zu, ito ohoku te, roku-syaku bakari naru suwe nado zo, ito utukusikari keru. Sudi nado mo, ito komaka ni utukusige nari.
 "Kakare tote si mo."
 to, hitori-goti wi tamahe ri.
 Kure-kata ni, Soudu monosi tamahe ri. Minami-omote harahi siturahi te, maro naru kasira-tuki, yuki-tigahi taru mo, rei ni kahari te, ito osorosiki kokoti su. Haha no ohom-kata ni mawiri tamahi te,
 "Ika ni zo, tuki-goro ha?"
 nado ihu.
 "Himgasi-no-Ohomkata ha mono-maude si tamahi ni ki to ka? Ko no ohase si hito ha, naho monosi tamahu ya?"
 nado tohi tamahu.
 "Sika. Koko ni tomari te nam. Kokoti asi to koso monosi tamahi te, imu koto uke tatematura m, to notamahi turu."
 to kataru.

 [4-7 浮舟、僧都に出家を懇願]
立ちてこなたにいまして、「ここにや、おはします」とて、几帳のもとについゐたまへば、つつましけれど、ゐざり寄りて、いらへしたまふ。
「不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思ひたまへて。御祈りなども、ねむごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞こえ受けたまはむも便なければ、自然になむおろかなるやうになりはべりぬる。いとあやしきさまに、世を背きたまへる人の御あたり、いかでおはしますらむ」
とのたまふ。
「世の中にはべらじと思ひ立ちはべりし身の、いとあやしくて今まではべりつるを、心憂しと思ひはべるものから、よろづにせさせたまひける御心ばへをなむ、いふかひなき心地にも、思ひたまへ知らるるを、なほ、世づかずのみ、つひにえ止まるまじく思ひたまへらるるを、尼になさせたまひてよ。世の中にはべるとも、例の人にてながらふべくもはべらぬ身になむ」
と聞こえたまふ。
「まだ、いと行く先遠げなる御ほどに、いかでかひたみちにしかば、思し立たむ。かへりて罪あることなり。思ひ立ちて、心を起こしたまふほどは強く思せど、年月経れば、女の御身といふもの、いとたいだいしきものになむ」
とのたまへば、
「幼くはべりしほどより、ものをのみ思ふべきありさまにて、親なども、尼になしてや見まし、など2653なむ思ひのたまひし。まして、すこしもの思ひ知りて後は、例の人ざまならで、後の世をだに、と思ふ心深かりしを、亡くなるべきほどのやうやう近くなりはべるにや、心地のいと弱くのみなりはべるを、なほ、いかで」
とて、うち泣きつつのたまふ。

 [4-7 浮舟、僧都に出家を懇願]
立ってこちらにいらして、「ここに、いらっしゃいますか」と言って、几帳の側にお座りになると、遠慮されるが、膝行して近寄って、お返事をなさる。
「思いもよらずお目にかかったのも、こうなるはずの前世からの宿縁があったのだ、と存じられまして。御祈祷なども、親身にお仕えいたしましたが、法師は、特別の用件もなく、お手紙を差し上げたり頂戴したりするのは不都合なので、自然と御無沙汰が続いてしまいました。実に見苦しい様子で、出家をなさっている方のお側に、どのようにしておいででしたか」
とおっしゃる。
「この世に生きていまいと決心いたしました身が、とても不思議にも今日まで生きておりましたが、つらいと思います一方で、あれこれとお世話いただいたご厚志を、何とも申し上げようもないわが身ながら、深く存じられますが、やはり、世間並のようには生きて行けず、とうとうこの世になじめそうになく存じられますので、尼にしてくださいませ。この世に生きていましても、普通の人のように長生きできない身の上です」
と申し上げなさる。
「まだ、たいそう将来の長いお年なのに、どうして一途にそのように、ご決心なさったのですか。かえって罪を作ることになります。思い立って、決心なさった時は強くお思いになっても、年月がたつと、女のお身の上というものは、まことに不都合なものなのです」
とおっしゃるので、
「子供の時から、物思いばかりをしているような状態で、母親なども、尼にして育てようか、などと思いおっしゃいました。ましてや、少し物心がつきまして後は、普通の人と違って、せめて来世だけでも、と思う考えが深かったが、死ぬ時がだんだん近くなりましたのでしょうか、気分がとても心細くばかりなりましたが、やはり、どうか出家を」
と、泣きながらおっしゃる。

 [4-7 Ukifune desires and appeals to become a nun to Souzu]
 Tati te konata ni imasi te, "koko ni ya, ohasimasu." tote, kityau no moto ni tui-wi tamahe ba, tutumasikere do, wizari yori te, irahe si tamahu.
 "Hui ni te mi tatematuri some te si mo, saru beki mukasi no tigiri ari keru ni koso, to omohi tamahe te. Ohom-inori nado mo, nemgoro ni tukau-maturi si wo, hohusi ha, so no koto to naku te, ohom-humi kikoye uke tamaha m mo bin nakere ba, zinen ni nam oroka naru yau ni nari haberi nuru. Ito ayasiki sama ni, yo wo somuki tamahe ru hito no ohom-atari, ikade ohasimasu ram."
 to notamahu.
 "Yononaka ni habera zi to omohi tati haberi si mi no, ito ayasiku te ima made haberi turu wo, kokoro-usi to omohi haberu mono kara, yorodu ni se sase tamahi keru mi-kokorobahe wo nam, ihu-kahi naki kokoti ni mo, omohi tamahe sira ruru wo, naho, yo-duka zu nomi, tuhi ni e tomaru maziku omohi tamahe raruru wo, ama ni nasa se tamahi te yo. Yononaka ni haberu to mo, rei no hito ni te nagarahu beku mo habera nu mi ni nam."
 to kikoye tamahu.
 "Mada, ito yuku-saki tohoge naru ohom-hodo ni, ikade ka hitamiti ni sika ba, obosi-tata m. Kaheri te tumi aru koto nari. Omohi-tati te, kokoro wo okosi tamahu hodo ha tuyoku obose do, tosi-tuki hure ba, womna no mi to ihu mono, ito tai-daisiki mono ni nam."
 to notamahe ba,
 "Wosanaku haberi si hodo yori, mono wo nomi omohu beki arisama ni te, oya nado mo, ama ni nasi te ya mi masi, nado nam omohi notamahi si. Masite, sukosi mono-omohi siri te noti ha, rei no hito-zama nara de, noti no yo wo dani, to omohu kokoro hukakari si wo, nakunaru beki hodo no yau-yau tikaku nari haberu ni ya, kokoti no ito yowaku nomi nari haberu wo, naho, ikade."
 tote, uti-naki tutu notamahu.

 [4-8 浮舟、出家す]
「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身をいとはしく思ひはじめたまひけむ。もののけもさこそ言ふなりしか」と思ひ合はするに、「さるやうこそはあらめ。今までも生きたるべき人かは。悪しきものの見つけそめたるに、いと恐ろしく危ふきことなり」と思して、
「とまれ、かくまれ、思し立ちてのたまふを、三宝のいとかしこく誉めたまふことなり。法師にて聞こえ返すべきことにあらず。御忌むことは、いとやすく授けたてまつるべきを、急なることにまかんでたれば、今宵、かの宮に参るべくはべり。明日よりや、御修法始まるべくはべらむ。七日果ててまかでむに、仕まつらむ」
とのたまへば、「かの尼君おはしなば、かならず言ひ妨げてむ」と、いと口惜しくて、
「乱り心地の悪しかりしほどに見たるやうにて、いと苦しうはべれば、重くならば、忌むことかひなくやはべらむ。なほ、今日はうれしき折とこそ思ひはべれ」
とて、いみじう泣きたまへば、聖心にいといとほしく思ひて、
「夜や更けはべりぬらむ。山より下りはべること、昔はことともおぼえたまはざりしを、年の生ふるままには、堪へがたくはべりければ、うち休みて内裏には参らむ、と思ひはべるを、しか思し急ぐことなれば、今日仕うまつりてむ」
とのたまふに、いとうれしくなりぬ。
鋏取りて、櫛の筥の蓋さし出でたれば、
「いづら、大徳立ち。ここに」
と呼ぶ。初め見つけたてまつりし二人ながら供にありければ、呼び入れて、
「御髪下ろしたてまつれ」
と言ふ。げに、いみじかりし人の御ありさまなれば、「うつし人にては、世におはせむもうたてこそあらめ」と、この阿闍梨もことわりに思ふに、几帳の帷子のほころびより、御髪をかき出だしたまひつるが、いとあたらしくをかしげなるになむ、しばし、鋏をもてやすらひける。

 [4-8 浮舟、出家す]
「不思議な、このような器量とお姿なのに、どうして身を厭わしく思い始めなさったのだろうか。物の怪もそのように言っていたようだが」と思い合わせると、「何か深い事情があるのだろう。今までも生きているはずもなかった人なのだ。悪霊が目をつけ始めたので、とても恐ろしく危険なことだ」とお思いになって、
「ともあれ、かくもあれ、ご決心しておっしゃるのを、三宝がたいそう尊くお誉めになることだ。法師の身として反対申し上げるべきことでない。御受戒は、実にたやすくお授けいたしましょうが、急ぎの用事で下山したので、今夜は、あちらの宮に参上しなければなりません。明日から、御修法が始まる予定です。その七日間の修法が終わって帰山する時に、お授け申しましょう」
とおっしゃると、「あの尼君がおいでになったら、きっと反対するだろう」と、とても残念なので、
「あの気分が悪かったときと同じようで、ひどく悪うございますので、重くなったら、受戒を授かってもその効がなくなりましょう。やはり、今日は嬉しい機会だと存じられます」
と言って、ひどくお泣きになるので、聖心にもたいそう気の毒に思って、
「夜が更けてしまいましょう。下山しますことは、昔は何とも存じませんでしたが、年をとるにつれて、つらく思われましたので、ひと休みして内裏へは参上しよう、と思いましたが、そのようにお急ぎになることならば、今日お授けいたしましょう」
とおっしゃるので、とても嬉しくなった。
鋏を取って、櫛の箱の蓋を差し出すと、
「どこですか、大徳たち。こちらへ」
と呼ぶ。最初にお見つけ申した二人がそのままお供していたので、呼び入れて、
「お髪を下ろし申せ」
と言う。なるほど、あの大変であった方のご様子なので、「普通の人としては、この世に生きていらっしゃるのも嫌なことなのであろう」と、この阿闍梨も道理と思うので、几帳の帷子の隙間から、お髪を掻き出しなさったのが、たいそう惜しく美しいので、しばらくの間、鋏を持ったまま躊躇するのであった。

 [4-8 Ukifune becomes a nun at last]
 "Ayasiku, kakaru katati arasama wo, nado te mi wo itohasiku omohi hazime tamahi kem? Mononoke mo sa koso ihu nari sika." to omohi ahasuru ni, "Saru yau koso ha ara me. Ima made mo iki taru beki hito ka ha. Asiki mono no mituke some taru ni, ito osorosiku ayahuki koto nari." to obosi te,
 "Tomare, kaku mare, obosi-tati te notamahu wo, sampou no ito kasikoku home tamahu koto nari. Hohusi ni te kikoye kahesu beki koto ni ara zu. Ohom-imu ko koto ha, ito yasuku sazuke tatematuru beki wo, kihu naru koto ni makamde tare ba, koyohi, ka no Miya ni mawiru beku haberi. Asu yori ya, mi-suhohu hazimaru beku habera m. Nanu-ka hate te makade m ni, tuka-matura m."
 to notamahe ba, "Ka no Ama-Gimi ohasi na ba, kanarazu ihi samatage te m." to, ito kutiwosiku te,
 "Midari-gokoti no asikari si hodo ni mi taru yau ni te, ito kurusiu habere ba, omoku nara ba, imu koto kahi naku ya habera m. Naho, kehu ha uresiki wori to koso omohi habere."
 tote, imiziu naki tamahe ba, hiziri-gokoro ni ito itohosiku omohi te,
 "Yo ya huke haberi nu ram. Yama yori ori haberu koto, mukasi ha koto to mo oboye tamaha zari si wo, tosi no ohuru mama ni ha, tahe gataku haberi kere ba, uti-yasumi te Uti ni ha mawira m, to omohi haberu wo, sika obosi isogu koto nare ba, kehu tukau-maturi te m."
 to notamahu ni, ito uresiku nari nu.
 Hasami tori te, kusi no hako no huta sasi-ide tare ba,
 "Idura, Daitoko-tati? Koko ni."
 to yobu. Hazime mituke tatematuri si hutari nagara tomo ni ari kere ba, yobi-ire te,
 "Mi-gusi orosi tatemature."
 to ihu. Geni, imizikari si hito no mi-arisama nare ba, "Utusi-bito ni te ha, yo ni ohase m mo utate koso ara me." to, ko no Azari mo kotowari ni omohu ni, kityau no katabira no hokorobi yori, ohom-kami wo kaki-idasi tamahi turu ga, ito atarasiku wokasige naru ni nam, sibasi, hasami wo mote yasurahi keru.

 5 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語 [5-1 少将の尼、浮舟の出家に気も動転]
かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の来たるに会ひて、下にゐたり。左衛門は、この私の知りたる人にあひしらふとて、かかる所につけては、皆とりどりに、心寄せの人びとめづらしうて出で来たるに、はかなきことしける、見入れなどしけるほどに、こもき一人して、「かかることなむ」と少将の尼に告げたりければ、惑ひて来て見るに、わが御上の衣、袈裟などを、ことさらばかりとて着せたてまつりて、
「親の御方拝みたてまつりたまへ」
と言ふに、いづ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで、泣きたまひにける。
「あな、あさましや。など、かく奥なきわざはせさせたまふ。上、帰りおはしては、いかなることをのたまはせむ」
と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るもものしと思ひて、僧都諌めたまへば、寄りてもえ妨げず。
「流転三界中2654」
など言ふにも、「断ち果ててしものを」と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪も削ぎわづらひて、
「のどやかに、尼君たちして、直させたまへ」
と言ふ。額は僧都ぞ削ぎたまふ。
「かかる御容貌やつしたまひて、悔いたまふな」
など、尊きことども説き聞かせたまふ。「とみにせさすべくもあらず、皆言ひ知らせたまへることを、うれしくもしつるかな」と、これのみぞ仏は生けるしるしありてとおぼえたまひける。

 5 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語 [5-1 少将の尼、浮舟の出家に気も動転]
このような間に、少将の尼は、兄の阿闍梨が来ていたのと会って、下の方にいた。左衛門は、自分の知り合いに応対するということで、このような所ではと、みなそれぞれに、好意をもっている人たちが久しぶりにやって来たので、簡単なもてなしをし、あれこれ気を配っていたりしたところに、こもきただ一人が、「これこれです」と少将の尼に知らせたので、驚いて来て見ると、ご自分の法衣や、袈裟などを、形式ばかりとお着せ申して、
「親のいられる方角をお拝み申し上げなされ」
と言うと、どの方角とも分からないので、堪えきれなくなって、泣いてしまわれなさった。
「まあ、何と情けない。どうして、このような早まったことをあそばしたのですか。尼上が、お帰りあそばしたら、何とおっしゃることでしょう」
と言うが、これほど進んでしまったところで、とかく言って迷わせるのもよくないと思って、僧都が制止なさるので、近寄って妨げることもできない。
「流転三界中」
などと言うのにも、「既に断ち切ったものを」と思い出すのも、さすがに悲しいのであった。お髪も削ぎかねて、
「ゆっくりと、尼君たちに、直していただきなさい」
と言う。額髪は僧都がお削ぎになる。
「このようなご器量を剃髪なさって、後悔なさるなよ」
などと、有り難いお言葉を説いて聞かせなさる。「すぐにも許していただけそうもなく、皆が言い利かせていらしたことを、嬉しいことに果たしたこと」と、このことだけを生きている甲斐があったように思われなさるのであった。

 5 Tale of Ukifune Tale of after becoming a nun [5-1 Shosho-no-ama was surprised to see that Ukifune became a nun]
 Kakaru hodo, Seusyau-no-Ama ha, seuto no Azari no ki taru ni ahi te, simo ni wi tari. Sawemon ha, ko no watakusi no siri taru hito ni ahisirahu tote, kakaru tokoro ni tuke te ha, mina tori-dori ni, kokoro-yose no hito-bito medurasiu te ide-ki taru ni, hakanaki koto si keru, mi-ire nado si keru hodo ni, Komoki hitori si te, "Kakaru koto nam." to Seusyau-no-Ama ni tuge tari kere ba, madohi te ki te miru ni, wa ga ohom-uhe no kinu, kesa nado wo, kotosara bakari tote kise tatematuri te,
 "Oya no ohom-kata wogami tatematuri tamahe."
 to ihu ni, idu-kata to mo sira nu hodo nam, e sinobi-ahe tamaha de, naki tamahi ni keru.
 "Ana, asamasi ya! Nado, kaku au-naki waza ha se sase tamahu. Uhe, kaheri ohasi te ha, ika naru koto wo notamahase m."
 to ihe do, kabakari ni some turu wo, ihi midaru mo monosi to omohi te, Soudu isame tamahe ba, yori te mo e samatage zu.
 "Ruten samgai tiu."
 nado ihu ni mo, "Tati hate te si mono wo." to omohi-iduru mo, sasuga nari keri. Mi-gusi mo sogi wadurahi te,
 "Nodoyaka ni, Ama-Gimi-tati si te, nahosa se tamahe."
 to ihu. Hitahi ha Soudu zo sogi tamahu.
 "Kakaru ohom-katati yatusi tamahi te, kuyi tamahu na."
 nado, tahutoki koto-domo toki kika se tamahu. "Tomi ni se sasu beku mo ara zu, mina ihi-sirase tamahe ru koto wo, uresiku mo si turu kana!" to, kore nomi zo Hotoke ha ike ru sirusi ari te to oboye tamahi keru.

 [5-2 浮舟、手習に心を託す]
皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは、
「心細き御住まひも、しばしのことぞ。今いとめでたくなりたまひなむ、と頼みきこえつる御身を、かくしなさせたまひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせたまはむとするぞ。老い衰へ2655たる人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざにはべる」
と言ひ知らすれど、「なほ、ただ今は、心やすくうれし。世に経べきものとは、思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ」と、胸のあきたる心地ぞしたまひける。
翌朝は、さすがに人の許さぬことなれば、変はりたらむさま見えむもいと恥づかしく、髪の裾の、にはかにおぼとれたるやうに、しどけなくさへ削がれたるを、「むつかしきことども言はで、つくろはむ人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に2656言ひ続けむ言の葉は、もとよりだにはかばかしからぬ身を、まいてなつかしうことわるべき人さへなければ、ただ硯に向かひて、思ひあまる折には、手習をのみ、たけきこととは、書きつけたまふ。
「なきものに身をも人をも思ひつつ
捨てし世をぞさらに捨てつる
今は、かくて限りつるぞかし」
と書きても、なほ、みづからいとあはれと見たまふ。
「限りぞと思ひなりにし世の中を
返す返すも背きぬるかな」

 [5-2 浮舟、手習に心を託す]
僧都一行の人びとが出て行って静かになった。夜の風の音に、この人びとは、
「心細いご生活も、もうしばらくの間のことだ。すぐにとても素晴らしい良縁がおありになろう、と期待申していたお身の上を、このようになさって、生い先長いご将来を、どのようになさろうとするのだろうか。老いて弱った人でさえ、今は最期と思われて、とても悲しい気がするものでございます」
と言って聞かせるが、「やはり、ただ今は、気が楽になって嬉しい。この世に生きて行かねばならないと、考えずにすむようになったことは、とても結構なことだ」と、胸がほっとした気がなさるのであった。
翌朝は、何といっても人の認めない出家なので、尼姿を見せるのもとても恥ずかしく、髪の裾が、急にばらばらになったように、しかもだらしなく削がれているのを、「うるさいことを言わないで、繕ってくれる人がいたら」と、何事につけても、気がねされて、あたりをわざと暗くしていらっしゃる。思っていることを人に詳しく説明するようなことは、もともと上手でない身なのに、まして親しく事の経緯を説明するにふさわしい人さえいないので、ただ硯に向かって、思い余る時は、手習いだけを、精一杯の仕事として、お書きになる。
「死のうとわが身をも人をも思いながら
捨てた世をさらにまた捨てたのだ
今は、こうしてすべてを終わりにしたのだ」
と書いても、やはり、自然としみじみと御覧になる。
「最期と思い決めた世の中を
繰り返し背くことになったわ」

 [5-2 Ukifune composes waka on her life]
 Mina hito-bito ide sidumari nu. Yoru no kaze no oto ni, ko no hito-bito ha,
 "Kokoro-bosoki ohom-sumahi mo, sibasi no koto zo. Ima ito medetaku nari tamahi nam, to tanomi kikoye turu ohom-mi wo, kaku si-nasa se tamahi te, nokori ohokaru mi-yo no suwe wo, ika ni se sase tamaha m to suru zo. Oyi otorohe taru hito dani, ima ha kagiri to omohi hate rare te, ito kanasiki waza ni haberu."
 to ihi-sirasure do, "Naho, tada ima ha, kokoro-yasuku uresi. Yo ni hu beki mono to ha, omohi-kake zu nari nuru koso ha, ito medetaki koto nare." to, mune no aki taru kokoti zo si tamahi keru.
 Tutomete ha, sasuga ni hito no yurusa nu koto nare ba, kahari tara m sama miye m mo ito hadukasiku, kami no suso no, nihaka ni obotore taru yau ni, sidoke naku sahe soga re taru wo, "Mutukasiki koto-domo iha de, tukuroha m hito mo gana!" to, nani-goto ni tuke te mo, tutumasiku te, kurau si-nasi te ohasu. Omohu koto wo hito ni ihi-tuduke m koto no ha ha, motoyori dani haka-bakasikara nu mi wo, maite natukasiu kotowaru beki hito sahe nakere ba, tada suzuri ni mukahi te, omohi amaru wori ni ha, tenarahi wo nomi, takeki koto to ha, kakituke tamahu.
 "Naki mono ni mi wo mo hito wo mo omohi tutu
 sute si yo wo zo sara ni sute turu

 Ima ha, kaku te kagiri turu zo kasi."
 to kaki te mo, naho, midukara ito ahare to mi tamahu.
 "Kagiri zo to omohi nari ni si yononaka wo
 kahesu-gahesu mo somuki nuru kana
"

 [5-3 中将からの和歌に返歌す]
同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに、中将の御文あり。もの騒がしう呆れたる心地しあへるほどにて、「かかること」など言ひてけり。いとあへなしと思ひて、
「かかる心の深くありける人なりければ、はかなきいらへをもしそめじと、思ひ離るるなりけり。さてもあへなきわざかな。いとをかしく見えし髪のほどを、たしかに見せよと、一夜も語らひしかば、さるべからむ折に、と言ひしものを」
と、いと口惜しうて、立ち返り、
「聞こえむ方なきは、
岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に
乗り遅れじと急がるるかな」
例ならず取りて見たまふ。もののあはれなる折に、今はと思ふもあはれなるものから、いかが思さるらむ、いとはかなきものの端に、
「心こそ憂き世の岸を離るれど
行方も知らぬ海人の浮木を」
と、例の、手習にしたまへるを、包みてたてまつる。
「書き写してだにこそ」
とのたまへど、
「なかなか書きそこなひはべりなむ」
とてやりつ。めづらしきにも、言ふ方なく悲しうなむおぼえける。
物詣での人帰りたまひて、思ひ騒ぎたまふこと、限りなし。
「かかる身にては、勧めきこえむこそは、と思ひなしはべれど、残り多かる御身を、いかで経たまはむとすらむ。おのれは、世にはべらむこと、今日、明日とも知りがたきに、いかでうしろやすく見たてまつらむと、よろづに思ひたまへてこそ、仏にも祈りきこえつれ」
と、伏しまろびつつ、いといみじげに思ひたまへるに、まことの親の、やがて骸もなきものと、思ひ惑ひたまひけむほど推し量るるぞ、まづいと悲しかりける。例の、いらへもせで背きゐたまへるさま、いと若くうつくしげなれば、「いとものはかなくぞおはしける御心なれ」と、泣く泣く御衣のことなど急ぎたまふ。
鈍色は手馴れにしことなれば、小袿、袈裟などしたり。ある人びとも、かかる色を縫ひ着せたてまつるにつけても、「いとおぼえず、うれしき山里の光と、明け暮れ見たてまつりつるものを、口惜しきわざかな」
と、あたらしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。

 [5-3 中将からの和歌に返歌す]
同じような内容を、あれこれ気の向くまま書いていらっしゃるところに、中将からのお手紙がある。何かと騒がしくあきれて動転しているときなので、「これこれしかじかの事でした」などと返事したのだった。たいそうがっかりして、
「このような考えが深くあった人だったので、ちょっとした返事も出すまいと、思い離れていたのだなあ。それにしてもがっかりしたなあ。たいそう美しく見えた髪を、はっきりと見せてくださいと、先夜も頼んだところ、適当な機会に、と言っていたものを」
と、たいそう残念で、すぐ折り返して、
「何とも申し上げようのない気持ちは、
岸から遠くに漕ぎ離れて行く海人舟に
わたしも乗り後れまいと急がれる気がします」
いつもと違って取って御覧になる。何となくしみじみとした時に、これで終わりと思うのも感慨深いが、どのようにお思いなさったのだろう、とても粗末な紙の端に、
「心は厭わしい世の中を離れたが
その行く方もわからず漂っている海人の浮木です」
と、いつもの、手習いなさっていたのを、包んで差し上げる。
「せめて書き写して」
とおっしゃるが、
「かえって書き損じましょう」
と言って送った。珍しいにつけても、何とも言いようなく悲しく思われるのだった。
物詣での人はお帰りになって、悲しみ驚きなさること、この上ない。
「このような尼の身としては、お勧め申すのこそが本来だ、と思っていますが、将来の長いお身の上を、どのようにお過ごしなさるのでしょうか。わたしが、この世に生きておりますことは、今日、明日とも分からないのに、何とか安心してお残し申してゆこうと、いろいろと考えまして、仏様にもお祈り申し上げておりましたのに」
と、泣き臥し倒れながら、ひどく悲しげに思っていらっしゃるので、実の母親が、あのまま亡骸さえないものよと、お嘆き悲しみなさったろうことが推量されるのが、まっさきにとても悲しかった。いつものように、返事もしないで背を向けていらっしゃる様子、とても若々しくかわいらしいので、「とても頼りなくいらっしゃるお心だこと」と、泣きながら御法衣のことなど準備なさる。
鈍色の法衣は手馴れたことなので、小袿や、袈裟などを仕立てた。仕えている女房たちも、このような色を縫ってお着せ申し上げるにつけても、「まことに思いがけず、嬉しい山里の光明だと、明け暮れ拝しておりましたものを、残念なことだわ」
と惜しがりながら、僧都を恨み非難するのであった。

 [5-3 Ukifune replies to Shosho's waka]
 Onazi sudi no koto wo, tokaku kaki susabi wi tamahe ru ni, Tiuzyau no ohom-humi ari. Mono-sawagasiu akire taru kokoti si-ahe ru hodo ni te, "Kakaru koto" nado ihi te keri. Ito ahenasi to omohi te,
 "Kakaru kokoro no hukaku ari keru hito nari kere ba, hakanaki irahe wo mo si some zi to, omohi hanaruru nari keri. Sate mo ahe-naki waza kana! Ito wokasiku miye si kami no hodo wo, tasika ni mise yo to, hitoyo mo katarahi sika ba, saru bekara m wori ni, to ihi si mono wo."
 to, ito kutiwosiu te, tati-kaheri,
 "Kikoye m kata naki ha,
 Kisi tohoku kogi hanaruru ama-bune ni
 nori-okure zi to isoga ruru kana
"
 Rei nara zu tori te mi tamahu. Mono no ahare naru wori ni, ima ha to omohu mo ahare naru mono kara, ikaga obosa ru ram, ito hakanaki mono no hasi ni,
 "Kokoro koso uki yo no kisi wo hanarure do
 yukuhe mo sira nu ama no uki-gi wo
"
 to, rei no, tenarahi ni si tamahe ru wo, tutumi te tatematuru.
 "Kaki-utusi te dani koso."
 to notamahe do,
 "Naka-naka kaki-sokonahi haberi na m."
 tote yari tu. Medurasiki ni mo, ihu kata naku kanasiu nam oboye keru.
 Mono-maude no hito kaheri tamahi te, omohi sawagi tamahu koto, kagiri nasi.
 "Kakaru mi ni te ha, susume kikoye m koso ha, to omohi nasi habere do, nokori ohokaru ohom-mi wo, ikade he tamaha m to su ram. Onore ha, yo ni habera m koto, kehu, asu to mo siri gataki ni, ikade usiro yasuku mi tatematura m to, yodrodu ni omohi tamahe te koso, Hotoke ni mo inori kikoye ture."
 to, husi marobi tutu, ito imizi-ge ni omohi tamahe ru ni, makoto no oya no, yagate kara mo naki mono to, omohi madohi tamahi kem hodo osihakara ruru zo, madu ito kanasikari keru. Rei no, irahe mo se de somuki wi tamahe ru sama, ito wakaku utukusige nare ba, "Ito mono-hakanaku zo ohasi keru mi-kokoro nare." to, naku-naku ohom-zo no koto nado isogi tamahu.
 Nibi-iro ha te-nare ni si koto nare ba, ko-utiki, kesa nado si tari. Aru hito-bito mo, kakaru iro wo nuhi kise tatematuru ni tuke te mo, "Ito oboye zu, uresiki yama-zato no hikari to, ake-kure mi tatematuri turu mono wo, kutiwosiki waza kana!"
 to, atarasigari tutu, Soudu wo urami sosiri keri.

 [5-4 僧都、女一宮に伺候]
一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく、いちじるきことどもありて、おこたらせたまひにければ、いよいよいと尊きものに言ひののしる。名残も恐ろしとて、御修法延べさせたまへば、とみにもえ帰り入らでさぶらひたまふに、雨など降りてしめやかなる夜、召して、夜居にさぶらはせたまふ。
日ごろいたうさぶらひ極じたる人は、皆休みなどして、御前に人少なにて、近く起きたる人少なき折に、同じ御帳におはしまして、
「昔より頼ませたまふなかにも、このたびなむ、いよいよ、後の世もかくこそはと、頼もしきことまさりぬる」
などのたまはす。
「世の中に久しうはべるまじきさまに、仏なども教へたまへることどもはべるうちに、今年、来年、過ぐしがたきやうになむはべれば、仏を紛れなく念じつとめはべらむとて、深く籠もりはべるを、かかる仰せ言にて、まかり出ではべりにし」
など啓したまふ。

 [5-4 僧都、女一宮に伺候]
一品の宮のご病気は、なるほど、あの弟子が言っていたとおりに、はっきりした効験があって、ご平癒あそばしたので、ますますまことに尊い方だと大騒ぎする。病後も油断ならないとして、御修法を延長させなさったので、すぐにも帰山することができず伺候なさっていたが、雨などが降って、ひっそりとした夜、お召しがあって、夜居に伺候させなさる。
何日もの看病に疲れた女房は、みな休みをとって、御前には人少なで、近くに起きている女房も少ないときに、一品の宮と同じ御帳台においであそばして、
「昔からご信頼申し上げていらっしゃる中でも、今度のことでは、ますます来世もこのように救ってくれるものと、頼もしさが一段と増しました」
などと仰せになる。
「この世に長く生きていられそうにないように、仏もお諭しになっていることどもがございます中で、今年、来年は、過ごしがたいようでございますので、仏を一心にお祈り申しっましょうと思って、深く籠もっておりましたが、このような仰せ言で、下山して参りました」
などと申し上げなさる。

 [5-4 Souzu prays and cures for Onna-ichinomiya]
 Ippon-no-Miya no ohom-nayami, geni, ka no desi no ihi si mo siruku, itiziruki koto-domo ari te, okotara se tamahi ni kere ba, iyo-iyo ito tahutoki mono ni ihi nonosiru. Nagori mo osorosi tote, mi-suhohu nobe sase tamahe ba, tomi ni mo e kaheri ira de saburahi tamahu ni, ame nado huri te simeyaka naru yo, mesi te, yo-wi ni saburaha se tamahu.
 Hi-goro itau saburahi gou-zi taru hito ha, mina yasumi nado si te, o-mahe ni hito zukuna ni te, tikaku oki taru hito sukunaki wori ni, onazi mi-tyau ni ohasimasi te,
 "Mukasi yori tanomase tamahu naka ni mo, ko no tabi nam, iyo-iyo, noti no yo mo kaku koso ha to, tanomosiki koto masari nuru."
 nado notamaha su.
 "Yononaka ni hisasiu haberu maziki sama ni, Hotoke nado mo wosihe tamahe ru koto-domo haberu uti ni, kotosi, rainen, sugusi gataki yau ni nam habere ba, Hotoke wo magire naku nen-zi tutome habera m tote, hukaku komori haberu wo, kakaru ohose-goto ni te, makari-ide haberi ni si."
 nado kei-si tamahu.

 [5-5 僧都、女一宮に宇治の出来事を語る]
御もののけの執念きことを、さまざまに名のるが恐ろしきことなどのたまふついでに、
「いとあやしう、希有のことをなむ見たまへし。この三月に、年老いてはべる母の、願ありて初瀬に詣でてはべりし、帰さの中宿りに、宇治の院と言ひはべる所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年経ぬる大きなる所は、よからぬものかならず通ひ住みて、重き病者のため悪しきことども、と思ひたまへしも、しるく」
とて、かの見つけたりしことどもを語りきこえたまふ。
「げに、いとめづらかなることかな」
とて、近くさぶらふ人びと皆寝入りたるを、恐ろしく思されて、おどろかさせたまふ。大将の語らひたまふ宰相の君しも、このことを聞きけり。おどろかさせたまふ人びとは、何とも聞かず。僧都、懼ぢさせたまへる御けしきを、「心もなきこと啓してけり」と思ひて、詳しくもそのほどのことをば言ひさしつ。
「その女人、このたびまかり出ではべりつるたよりに、小野にはべりつる尼どもあひ訪ひはべらむとて、まかり寄りたりしに、泣く泣く、出家の志し深きよし、ねむごろに語らひはべりしかば、頭下ろしはべりにき。
なにがしが妹、故衛門督の妻にはべりし尼なむ、亡せにし女子の代りにと、思ひ喜びはべりて、随分に労りかしづきはべりけるを、かくなりたれば、恨みはべるなり。げにぞ、容貌はいとうるはしくけうらにて、行ひやつれむもいとほしげになむはべりし。何人にかはべりけむ」
と、ものよく言ふ僧都にて、語り続け申したまへば、
「いかで、さる所に、よき人をしも取りもて行きけむ。さりとも、今は知られぬらむ」
など、この宰相の君ぞ問ふ。
「知らず。さもや、語らひはべらむ。まことにやむごとなき人ならば、何か、隠れもはべらじをや。田舎人の娘も、さるさましたるこそは2657はべらめ。龍の中より、仏生まれたまはずはこそはべらめ。ただ人にては、いと罪軽きさまの人になむはべりける」
など聞こえたまふ。
そのころ、かのわたりに消え失せにけむ人を思し出づ。この御前なる人も、姉の君の伝へに、あやしくて亡せたる人とは聞きおきたれば、「それにやあらむ」とは思ひけれど、定めなきことなり。僧都も、
「かかる人、世にあるものとも知られじと、よくもあらぬ敵だちたる人もあるやうにおもむけて、隠し忍びはべるを、事のさまのあやしければ、啓しはべるなり」
と、なま隠すけしきなれば、人にも語らず。宮は、
「それにもこそあれ。大将に聞かせばや」
と、この人にぞのたまはすれど、いづ方にも隠すべきことを、定めてさならむとも知らずながら、恥づかしげなる人に、うち出でのたまはせむもつつましく思して、やみにけり。

 [5-5 僧都、女一宮に宇治の出来事を語る]
御物の怪の執念深いことや、いろいろと正体を明かすのが恐ろしいことなどをおっしゃるついでに、
「まことに不思議な、珍しいことを拝見しました。この三月に、年老いております母が、願があって初瀬に参詣しましたが、その帰りの休憩所に、宇治院といいます所に泊まりましたが、あのように、人が住まなくなって何年もたった大きな邸は、けしからぬものが必ず通い住んで、重病の者にとっては不都合なことが、と存じておりましたのも、そのとおりで」
と言って、あの見つけた女のことなどをお話し申し上げなさる。
「なるほど、まことに珍しいこと」
と言って、近くに伺候する女房たちがみな眠っているので、恐ろしくお思いになって、お起こしあそばす。大将が親しくなさっている宰相の君がおりしも、このことを聞いたのであった。目を覚まさせた女房たちは、何の関心も示さない。僧都は、恐がっておいであそばすご様子なので、「つまらないことを申し上げてしまった」と思って、詳しくその時のことを申し上げることは言い止めた。
「その女人は、今度下山しました機会に、小野におります僧尼たちを訪ねようと思って、立ち寄ったところ、泣く泣く出家の念願の強い旨を、熱心に頼まれましたので、髪を下ろしてやりました。
わたしの妹は、故衛門督の妻でございました尼で、亡くなった娘の代わりにと、思って喜びまして、随分大切にお世話しましたが、このように出家してしまったので、恨んでいるのでございます。なるほど、器量はまことによく整って美しくて、勤行のため身をやつすのもお気の毒でございました。どのような人であったのでしょうか」
と、よくしゃべる僧都なので、話し続けて申し上げなさるので、
「どうして、そのような所に、身分のある人を連れて行ったのでしょうか。いくら何でも、今では素性は知られたでしょう」
などと、この宰相の君が尋ねる。
「分かりません。でもそのように、ひそかに打ち明けているかも知れません。ほんとうに高貴な方ならば、どうして、分からないままでいましょうか。田舎者の娘も、そのような恰好をした者はございましょう。龍の中から、仏がお生まれにならないことがございましょうか。普通の人としては、まことに前世の罪障が軽いと思われる人でございました」
などと申し上げなさる。
そのころ、あの近辺で消えていなくなった人をお思い出しになる。この御前に伺候する女房も、姉君の伝聞で、不思議に亡くなった人とは聞いていたので、「その人であろうか」とは思ったが、はっきりしないことである。僧都も、
「あの人は、この世に生きていると知られまいと、よからぬ敵のような人でもいるようにほのめかして、こっそり隠れておりますのを、事の様子が異常なので、申し上げたのです」
と、何か隠している様子なので、誰にも話さない。中宮は、
「その人であろうか。大将に聞かせたい」
と、この人におっしゃったが、どちらの方も隠しておきたいはずのことを、確かにそうとも分からないうちに、気恥ずかしい方に、話し出すのも気がひけて思われなさって、そのままになった。

 [5-5 Souzu talks to Onna-ichinomiya about a happening at Uji]
 Ohom-mononoke no sihuneki koto wo, sama-zama ni nanoru ga osorosiki koto nado notamahu tuide ni,
 "Ito ayasiu, keu no koto wo nam mi tamahe si. Ko no Sam-gwati ni, tosi oyi te haberu Haha no, gwan ari te Hatuse ni maude te haberi si, kahesa no naka-yadori ni, Udi-no-win to ihi haberu tokoro ni makari yadori si wo, kaku no goto, hito suma de tosi he nuru ohoki naru tokoro ha, yokara nu mono kanarazu kayohi sumi te, omoki byauza no tame asiki koto-domo, to omohi tamahe si mo, siruku."
 tote, ka no mituke tari si koto-domo wo katari kikoye tamahu.
 "Geni, ito meduraka naru koto kana!"
 tote, tikaku saburahu hito-bito mina nei-ri taru wo, osorosiku obosa re te, odoroka sase tamahu. Daisyau no katarahi tamahu Saisyau-no-Kimi si mo, ko no koto wo kiki keri. Odoroka sase tamahu hito-bito ha, nani to mo kika zu. Soudu, odi sase tamahe ru mi-kesiki wo, "Kokoro mo naki koto kei-si te keri." to omohi te, kuhasiku mo sono hodo no koto wo ba ihi sasi tu.
 "So no nyonin, kono-tabi makari ide haberi turu tayori ni, Wono ni haberi turu Ama-domo ahi tohi habera m tote, makari yori tari si ni, naku-naku, syukke no kokorozasi hukaki yosi, nemgoro ni katarahi haberi sika ba, kasira orosi haberi ni ki.
 Nanigasi ga imouto, ko-Wemon-no-Kami no me ni haberi si Ama nam, use ni si womna-go no kahari ni to, omohi yorokobi haberi te, zuibun ni itahari kasiduki haberi keru wo, kaku nari tare ba, urami haberu nari. Geni zo, katati ha ito uruhasiku keura ni te, okonahi yature m mo itohosige ni nam haberi si. Nani-bito ni ka haberi kem."
 to, mono yoku ihu Soudu ni te, katari tuduke mausi tamahe ba,
 "Ikade, saru tokoro ni, yoki hito wo si mo tori mote iki kem? Sari to mo, ima ha sira re nu ram."
 nado, ko no Saisyau-no-Kimi zo tohu.
 "Sira zu. Sa mo ya, katarahi habera m. Makoto ni yamgotonaki hito nara ba, nani ka, kakure mo habera zi wo ya! Winaka-bito no musume mo, saru sama si taru koso ha habera me. Riu no naka yori, Hotoke umare tamaha zu ha koso habera me. Tada-udo ni te ha, ito tumi karoki sama no hito ni nam haberi keru."
 nado kikoye tamahu.
 Sono-koro, ka no watari ni kiye use ni kem hito wo, obosi-idu. Ko no o-mahe naru hito mo, Ane-no-Kimi no tutahe ni, ayasiku te use taru hito to ha kiki-oki tare ba, "Sore ni ya ara m." to ha omohi ture do, sadame naki koto nari. Soudu mo,
 "Kakaru hito, yo ni aru mono to mo sira re zi to, yoku mo ara nu kataki-dati taru hito mo aru yau ni omomuke te, kakusi sinobi haberu wo, koto no sama no ayasikere ba, kei-si haberu nari."
 to, nama-kakusu kesiki nare ba, hito ni mo katara zu. Miya ha,
 "Sore ni mo koso are. Daisyau ni kikase baya!"
 to, ko no hito ni zo notamaha sure do, idu-kata ni mo kakusu beki koto wo, sadame te sa nara m to mo sira zu nagara, hadukasige naru hito ni, uti-ide notamaha se m mo tutumasiku obosi te, yami ni keri.

 [5-6 僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る]
 姫宮2658おこたり果てさせたまひて、僧都も登りたまひぬ。かしこに寄りたまへれば、いみじう恨みて、
「なかなか、かかる御ありさまにて、罪も得ぬべきことを、のたまふもあはせずなりにけることをなむ、いとあやしき」
などのたまへど、かひもなし。
「今は、ただ御行ひをしたまへ。老いたる、若き、定めなき世なり。はかなきものに思しとりたるも、ことわりなる御身をや」
とのたまふにも、いと恥づかしうなむおぼえける。
「御法服新しくしたまへ」
とて、綾、羅、絹などいふもの、たてまつりおきたまふ。
「なにがしがはべらむ限りは、仕うまつりなむ。なにか思しわづらふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるる限りなむ、所狭く捨てがたく、我も人も思すべかめることなめる。かかる林の中に行ひ勤めたまはむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思すべき。このあらむ命は、葉の薄きがごとし2659」
と言ひ知らせて、
「松門に暁到りて月徘徊す2660」
と、法師なれど、いとよしよししく恥づかしげなるさまにてのたまふことどもを、「思ふやうにも言ひ聞かせたまふかな」と聞きゐたり。

 [5-6 僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る]
姫宮がすっかりよくおなりになったので、僧都も帰山なさった。あちらにお寄りになると、ひどく恨んで、
「かえって、このようなお姿になっては、罪障を受くることになりましょうに、ご相談もなさらずじまいだったとは、何ともおかしなこと」
などとおっしゃるが、どうにもならない。
「今はもう、ひたすらお勤めをなさいませ。老人も、若い人も、生死は無常の世です。はかないこの世とお悟りになっているのも、ごもっともなお身の上ですから」
とおっしゃるにつけても、たいそう恥ずかしく思われるのであった。
「御法服を新しくなさい」
と言って、綾、羅、絹などという物を、差し上げ置きなさる。
「拙僧が生きております間は、お世話いたしましょう。何をご心配なさることがありましょう。この世に生まれ来て、俗世の栄華を願い執着している限りは、不自由で世を捨てがたく、誰も彼もお思いのことのようです。このような林の中でお勤めなさる身の上は、何事に不満を抱いたり引けめを感じることがありましょうか。人の寿命は、葉の薄いようなものです」
と説教して、
「松の門に暁となって月が徘徊す」
と、法師であるが、たいそう風流で気恥ずかしい態度におっしゃることどもを、「期待していたとおりにおっしゃってくださることだ」と聞いていた。

 [5-6 Souzu calls at Ono villa on his way to Yokawa]
 Hime-Miya okotari hate sase tamahi te, Soudu mo nobori tamahi nu. Kasiko ni yori tamahe re ba, imiziu urami te
 "Naka-naka, kakaru ohom-arisama ni te, tumi mo e nu beki koto wo, notamahu mo ahase zu nari ni keru koto wo nam, ito ayasiki."
 nado notamahe do, kahi mo nasi.
 "Ima ha, tada ohom-okonahi wo si tamahe. Oyi taru, wakaki, sadame naki yo nari. Hakanaki mono ni obosi tori taru mo, kotowari naru ohom-mi wo ya!"
 to notamahu ni mo, ito hadukasiu nam oboye keru.
 "Ohom-hohubuku atarasiku si tamahe."
 tote, aya, usumono, kinu nado ihu mono, tatematuri oki tamahu.
 "Nanigasi ga habera m kagiri ha, tukau maturi na m. Nani ka obosi wadurahu beki. Tune no yo ni ohi-ide te, seken no eigwa ni negahi matuharuru kagiri nam, tokoro-seku sute gataku, ware mo hito mo obosu beka' meru koto na'meru. Kakaru hayasi no naka ni okonahi tutome tamaha m mi ha, nani-goto ka ha uramesiku mo hadukasiku mo obosu beki. Ko no ara m inoti ha, ha no usuki ga gotosi."
 to ihi sirase te,
 "Seumon ni akatuki itari te tuki haikwai su."
 to, hohusi nare do, ito yosi-yosisiku hadukasige naru sama ni te notamahu koto-domo wo, "Omohu yau ni mo ihi kika se tamahu kana!" to kiki wi tari.

 [5-7 中将、小野山荘に来訪]
今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに、おはしたる人も、
「あはれ、山伏は、かかる日にぞ、音は泣かるなるかし」
と言ふを聞きて、「我も今は山伏ぞかし。ことわりに止まらぬ涙なりけり」と思ひつつ、端の方に立ち出でて見れば、遥かなる軒端より、狩衣姿色々に立ち混じりて見ゆ。山へ登る人なりとても、こなたの道には、通ふ人もいとたまさかなり。黒谷とかいふ方よりありく2661法師の跡のみ、まれまれは見ゆるを、例の姿見つけたるは、あいなくめづらしきに、この恨みわびし中将なりけり。
かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく2662、他の紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける。「ここに、いと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞおぼゆべき」など思ひて、
「暇ありて、つれづれなる心地しはべるに、紅葉もいかにと思ひたまへてなむ。なほ、立ち返りて旅寝もしつべき木の下にこそ」
とて、見出だしたまへり。尼君、例の、涙もろにて、
「木枯らしの吹きにし山の麓には
立ち隠すべき蔭だにぞなき」
とのたまへば、
「待つ人もあらじと思ふ山里の
梢を見つつなほぞ過ぎ憂き」
言ふかひなき人の御ことを、なほ尽きせずのたまひて、
「さま変はりたまへらむさまを、いささか見せよ」
と、少将の尼にのたまふ。
「それをだに、契りししるしにせよ」
と責めたまへば、入りて見るに、ことさら人にも見せまほしきさましてぞおはする。薄き鈍色の綾、中に萱草など、澄みたる色を着て、いとささやかに、様体をかしく、今めきたる容貌に、髪は五重の扇を広げたるやうに、こちたき末つきなり。
こまかにうつくしき面様の、化粧をいみじくしたらむやうに、赤く匂ひたり。行ひなどをしたまふも、なほ数珠は近き几帳にうち懸けて、経に心を入れて読みたまへるさま、絵にも描かまほし。
うち見るごとに涙の止めがたき心地するを、「まいて心かけたまはむ男は、いかに見たてまつりたまはむ」と思ひて、さるべき折にやありけむ、障子の掛金のもとに開きたる穴を教へて、紛るべき几帳など押しやりたり。
「いとかくは思はずこそありしか。いみじく思ふさまなりける人を」と、我がしたらむ過ちのやうに、惜しく悔しう悲しければ、つつみもあへず、もの狂はしきまで、けはひも聞こえぬべければ、退きぬ。

 [5-7 中将、小野山荘に来訪]
今日は、一日中吹いている風の音もとても心細いうえに、お立ち寄りになった僧都も、
「ああ、山伏は、このような日には、声を出して泣けるということだ」
と言うのを聞いて、「わたしも今では山伏と同じである。もっともなことで涙が止まらないのだ」と思いながら、端の方に立ち出て見ると、遥か遠く軒端から、狩衣姿が色とりどりに混じって見える。山へ登って行く人だといっても、こちらの道は、行き来する人もたまにしかいないのである。黒谷とかいう方面から歩いて来る法師の道だけが、まれには見られるが、俗世の人の姿を見つけたのは、場違いに珍しいが、あの恨みあぐねていた中将なのであった。
今さら言ってもはじまらないことを言おうと思ってやって来たのだが、紅葉がたいそう美しく、他の紅葉よりいっそう色染めているのが色鮮やかなので、入って来るなり感慨深いのであった。「ここに、とても屈託なさそうな人を見つけたら、奇妙な気がするだろう」などと思って、
「暇があって、何もすることのない気がしましたので、紅葉もどのようなものかしらと存じまして。やはり、昔に返って泊まって行きたい紅葉の木の下ですね」
と言って、外を見やっていらっしゃる。尼君が、例によって、涙もろくて、
「木枯らしが吹いた山の麓では
もう姿を隠す場所さえありません」
とおっしゃると、
「待っている人もいないと思う山里の
梢を見ながらもやはり素通りしにくいのです」
言ってもはじまらないお方のことを、やはり諦めきれずにおっしゃって、
「出家なさった姿を、少し見せよ」
と、少将の尼におっしゃる。
「せめてそれだけでも、以前の約束の証とせよ」
と責めなさるので、入って見ると、わざわざとでも人に見せてやりたいほどの美しいお姿をしていらっしゃる。薄鈍色の綾、その下には萱草などの、澄んだ色を着て、とても小柄な感じで、姿形が美しく、はなやかなお顔だちで、髪は五重の扇を広げたように、豊かな裾である。
こまやかに美しい顔だちで、化粧をたいそうしたように、明るくかがやいていた。お勤めなどをなさるにも、やはり数珠は近くの几帳にちょっと懸けて、お経を一心に読んでいらっしゃる様子は、絵にも描きたいほどである。
ちらっと見るたびに涙が止めがたい気がするのを、「まして懸想をなさっている男は、どのように拝見なさっていようか」と思って、ちょうどよい機会だったのか、障子の掛金の側に開いている穴を教えて、邪魔になる几帳などを取り除けた。
「とてもこれほど美しい人だとは思わなかった。ひどく物思いに沈んでいるような人であったが」と、自分が出家させた過ちのように、惜しく悔しく悲しいので、抑えることもできず、気も狂わんばかりの、気持ちを感づかれては困るので、引き下がった。

 [5-7 Chujo visits to Ono villa]
 Kehu ha, hinemosu ni huku kaze no oto mo ito kokoro-bosoki ni, ohasi taru hito mo,
 "Ahare, yamabusi ha, kakaru hi ni zo, ne ha naka ru naru kasi."
 to ihu wo kiki te, "Ware mo ima ha yamabusi zo kasi. Kotowari ni tomara nu namida nari keri." to omohi tutu, hasi no kata ni tati-ide te mire ba, haruka naru nokiba yori, kariginu-sugata iro-iro ni tati-maziri te miyu. Yama he noboru hito nari tote mo, konata no miti ni ha, kayohu hito mo ito tamasaka nari. Kuro-tani to ka ihu kata yori ariku hohusi no ato nomi, mare-mare ha miyuru wo, rei no sugata mituke taru ha, ainaku medurasiki ni, ko no urami wabi si Tiuzyau nari keri.
 Kahi naki koto mo iha m tote monosi tari keru wo, momidi no ito omosiroku, hoka no kurenawi ni some masi taru iro-iro nare ba, iri-kuru yori zo mono ahare nari keru. "Koko ni, ito kokoti yoge naru hito wo mituke tara ba, ayasiku zo oboyu beki." nado omohi te,
 "Itoma ari te, ture-dure naru kokoti si haberu ni, momidi mo ika ni to omohi tamahe te nam. Naho, tati-kaheri te tabine mo si tu beki ko no moto ni koso."
 tote, mi-idasi tamahe ri. Ama-Gimi, rei no, namida-moro ni te,
 "Kogarasi no huki ni si yama no humoto ni ha
 tati-kakusu beki kage dani zo naki
"
 to notamahe ba,
 "Matu hito mo ara zi to omohu yama-zato no
 kozuwe wo mi tutu naho zo sugi uki
"
 Ihu-kahi naki hito no ohom-koto wo, naho tuki se zu notamahi te,
 "Sama kahari tamahe ram sama wo, isasaka mise yo."
 to, Seusyau-no-Ama ni notamahu.
 "Sore wo dani, tigiri si sirusi ni se yo."
 to seme tamahe ba, iri te miru ni, kotosara hito ni mo mise mahosiki sama si te zo ohasuru. Usuki nibi-iro no aya, naka ni kwanzou nado, sumi taru iro wo ki te, ito sasayaka ni, yaudai wokasiku, imameki taru katati ni, kami ha ituhe no ahugi wo hiroge taru yau ni, kotitaki suwe tuki nari.
 Komaka ni utukusiki omoyau no, kesau wo imiziku si tara m yau ni, akaku nihohi tari. Okonahi nado wo si tamahu mo, naho zuzu ha tikaki kityau ni uti-kake te, kyau ni kokoro wo ire te yomi tamahe ru sama, we ni mo kaka mahosi.
 Uti-miru goto ni namida no tome gataki kokoti suru wo, "Maite kokoro-kake tamaha m wotoko ha, ika ni mi tatematuri tamaha m." to omohi te, saru beki wori ni ya ari kem, sauzi no kakegane no moto ni aki taru ana wo wosihe te, magiru beki kityau nado osi-yari tari.
 "Ito kaku ha omoha zu koso ari sika. Imiziku omohu sama nari keru hito wo." to, wa ga si tara m ayamati no yau ni, wosiku kuyasiu kanasikere ba, tutumi mo ahe zu, mono-guruhasiki made, kehahi mo kikoye nu bekere ba, noki nu.

 [5-8 中将、浮舟に和歌を贈って帰る]
「かばかりのさましたる人を失ひて、尋ねぬ人ありけむや。また、その人かの人の娘なむ、行方も知らず隠れにたる、もしはもの怨じして、世を背きにけるなど、おのづから隠れなかるべきを」など、あやしう返す返す思ふ。
「尼なりとも、かかるさましたらむ人はうたてもおぼえじ」など、「なかなか見所まさりて心苦しかるべきを、忍びたるさまに、なほ語らひとりてむ」と思へば、まめやかに語らふ。
「世の常のさまには思し憚ることもありけむを、かかるさまになりたまひにたるなむ、心やすう聞こえつべくはべる。さやうに教へきこえたまへ。来し方の忘れがたくて、かやうに参り来るに、また、今一つ心ざしを添へてこそ」
などのたまふ。
「いと行く末心細く、うしろめたきありさまにはべるに、まめやかなるさまに思し忘れず訪はせたまはむ、いとうれしうこそ、思ひたまへおかめ。はべらざらむ後なむ、あはれに思ひたまへらるべき」
とて、泣きたまふに、「この尼君も離れぬ人なるべし。誰れならむ」と心得がたし。
「行く末の御後見は、命も2663知りがたく頼もしげなき身なれど、さ聞こえそめはべるなれば、さらに変はりはべらじ。尋ねきこえたまふべき人は、まことにものしたまはぬか。さやうのことのおぼつかなきになむ、憚るべきことにははべらねど、なほ隔てある心地しはべるべき」
とのたまへば、
「人に知らるべきさまにて、世に経たまはば、さもや尋ね出づる人もはべらむ。今は、かかる方に、思ひきりつるありさまになむ。心のおもむけも、さのみ見えはべりつるを」
など語らひたまふ。
こなたにも消息したまへり。
「おほかたの世を背きける君なれど
厭ふによせて身こそつらけれ」
ねむごろに深く聞こえたまふことなど、言ひ伝ふ。
「兄妹と思しなせ。はかなき世の物語なども聞こえて、慰めむ」
など言ひ続く。
「心深からむ御物語など、聞き分くべくもあらぬこそ口惜しけれ」
といらへて、この厭ふにつけたるいらへはしたまはず。「思ひよらずあさましきこともありし身なれば、いとうとまし。すべて朽木などのやうにて、人に見捨てられて止みなむ」ともてなしたまふ。
されば、月ごろたゆみなく結ぼほれ、ものをのみ思したりしも、この本意のことしたまひてより、後すこし晴れ晴れしうなりて、尼君とはかなく戯れもし交はし、碁打ちなどしてぞ、明かし暮らしたまふ。行ひもいとよくして、法華経はさらなり。異法文なども、いと多く読みたまふ。雪深く降り積み、人目絶え2664たるころぞ、げに思ひやる方なかりける。

 [5-8 中将、浮舟に和歌を贈って帰る]
「これほどの器量をした人を失って、探さない人があったりしようか。また、誰それの人の娘が、行く方知れずに見えなくなったとか、もしくは何か恨んで、出家してしまったなど、自然と知れてしまうものだが」などと、不思議と繰り返し思う。
「尼であっても、このような様子をしたような人は嫌な感じもするまい」などと、「かえって一段と見栄えがしてお気の毒なはずが、人目を忍んでいる様子なので、やはり自分の物にしてしまおう」と思うと、真剣に話しかける。
「普通の人の時にはご遠慮なさることもあったでしょうが、このような尼姿におなりになっては、気がねなく申し上げられそうでございます。そのようにお諭し申し上げてください。過去のことが忘れがたくて、このようにやって参ったのですが、さらにまた、もう一つの気持ちも加わりまして」
などとおっしゃる。
「まことに将来が心細く、不安な様子でございますので、真剣な態度でお忘れにならずお訪ねくださることは、とても嬉しく、存じておきましょう。亡くなりました後は、不憫に存じられましょう」
と言って、お泣きになるので、「この尼君も遠縁に当たる人なのであろう。誰なのだろう」と思い当たらない。
「将来のご後見は、寿命も分からず頼りない身ですが、このように申し上げました以上は、けっして変わりません。お探し申し上げなさるはずの方は、本当にいらっしゃらないのですか。そのようなことがはっきりしませんので、気がねすべきことでもございませんが、やはり水くさい気がしてなりません」
とおっしゃると、
「人に知られるような恰好で、暮らしていらっしゃったら、もしや探し出す人もございましょう。今は、このような生活を、決意した様子です。気持ちの向きも、そのようにばかり見えます」
などとお話しになる。
こちらにも言葉をお掛けになった。
「一般の俗世間をお捨てになったあなた様ですが
わたしをお厭いなさるのにつけ、つらく存じられます」
心をこめて親切に申し上げなさることなどを、たくさん取り次ぐ。
「兄弟とお考えください。ちょっとした世間話なども申し上げて、お慰めしましょう」
などと言い続ける。
「むつかしいお話など、分かるはずもないのが残念です」
と答えて、この嫌っているということへの返事はなさらない。「思いもかけなかった情ないことのあった身の上なので、ほんとうに厭わしい。まったく枯木などのようになって、世間から忘れられて終わりたい」とおあしらいになる。
だから、今まで鬱々とふさぎこんで、物思いばかりしていらしたのも、出家の念願がお叶いになって後は、少し気分が晴れ晴れとして、尼君とちょっと冗談を言い交わし、碁を打ったりなどして、毎日お暮らしになっている。お勤めも実に熱心に行って、法華経は言うまでもない。他の教典なども、とてもたくさんお読みになる。雪が深く降り積もって、人目もなくなったころは、ほんとうに心のやりばがなかった。

 [5-8 Chujo composes and sends waka to Ukifune]
 "Ka-bakari no sama si taru hito wo usinahi te, tadune nu hito ari kem ya? Mata, so no hito ka no hito no musume nam, yukuhe mo sira zu kakure ni taru, mosi ha mono-en-zi si te, yo wo somuki ni keru nado, onodukara, kakure nakaru beki wo." nado, ayasiu kahesu-gahesu omohu.
 "Ama nari to mo, kakaru sama si tara m hito ha utate mo oboye zi." nado, "Naka-naka mi-dokoro masari te kokoro-gurusikaru beki wo, sinobi taru sama ni, naho katarahi tori te m." to omohe ba, mameyaka ni katarahu.
 "Yo no tune no sama ni ha obosi habakaru koto mo ari kem wo, kakaru sama ni nari tamahi ni taru nam, kokoro-yasuu kikoye tu beku haberu. Sayau ni wosihe kikoye tamahe. Ki-si-kata no wasure gataku te, kayau ni mawiri kuru ni, mata, ima hitotu kokorozasi wo sohe te koso."
 nado notamahu.
 "Ito yuku-suwe kokoro-bosoku, usirometaki arisama ni haberu ni, mameyaka naru sama ni obosi wasure zu toha se tamaha m, ito uresiu koso, omohi tamahe oka me. Habera zara m noti nam, ahare ni omohi tamahe raru beki."
 tote, naki tamahu ni, "Ko no Ama-Gimi mo hanare nu hito naru besi. Tare nara m?" to kokoro-e gatasi.
 "Yuku-suwe no ohom-usiromi ha, inoti mo siri gataku tanomosige naki mi nare do, sa kikoye some haberu nare ba, sara ni kahari habera zi. Tadune kikoye tamahu beki hito ha, makoto ni monosi tamaha nu ka? Sayau no koto no obotukanaki ni nam, habakaru beki koto ni ha habera ne do, naho hedate aru kokoti si haberu beki."
 to notamahe ba,
 "Hito ni sira ru beki sama ni te, yo ni he tamaha ba, sa mo ya tadune iduru hito mo habera m. Ima ha, kakaru kata ni, omohi-kiri turu arisama ni nam. Kokoro no omomuke mo, sa nomi miye haberi turu wo."
 nado katarahi tamahu.
 Konata ni mo seusoko si tamahe ri.
 "Ohokata no yo wo somuki keru Kimi nare do
 itohu ni yose te mi koso turakere
"
 Nemgoro ni hukaku kikoye tamahu koto nado, ihi tutahu.
 "Harakara to obosi nase. Hakanaki yo no monogatari nado mo kikoye te, nagusame m."
 nado ihi tuduku.
 "Kokoro-hukakara m ohom-monogatari nado, kiki-waku beku mo ara nu koso kutiwosikere."
 to irahe te, ko no itohu ni tuke taru irahe ha si tamaha zu. "Omohi-yora zu asamasiki koto mo ari si mi nare ba, ito utomasi. Subete kutiki nado no yau ni te, hito ni misute rare te yami na m." to motenasi tamahu.
 Sareba, tuki-goro tayumi naku musubohore, mono wo nomi obosi tari si mo, ko no ho'i no koto si tamahi te yori, noti sukosi hare-baresiu nari te, Ama-Gimi to hakanaku tahabure mo si kahasi, go uti nado si te zo, akasi kurasi tamahu. Okonahi mo ito yoku si te, Hokekyau ha sara nari. Koto-hohumon nado mo, ito ohoku yomi tamahu. Yuki hukaku huri tumi, hitome taye taru koro zo, geni omohi-yaru kata nakari keru.

 6 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る [6-1 新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す]
年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せぬさへ心細くて、「君にぞ惑ふ」とのたまひし人は、心憂しと思ひ果てにたれど、なほその折などのことは忘れず。
「かきくらす野山の雪を眺めても
降りにしことぞ今日も悲しき」
など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。「我世になくて年隔たりぬるを、思ひ出づる人もあらむかし」など、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそかなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、
「山里の雪間の若菜摘みはやし
なほ生ひ先の頼まるるかな」
とて、こなたにたてまつれたまへりければ、
「雪深き野辺の若菜も今よりは
 君がためにぞ年も摘む2665べき」
とあるを、「さぞ思すらむ」とあはれなるにも、「見るかひあるべき御さまと思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。
閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、「春や昔の2666」と、異花よりもこれに心寄せのあるは、飽かざりし匂ひ2667のしみにけるにや。後夜に閼伽奉らせたまふ。下臈の尼のすこし若きがある、召し出でて花折らすれば、かことがましく散るに、いとど匂ひ来れば、
「袖触れし2668人こそ見えね花の香の
それかと匂ふ春のあけぼの」

 6 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る [6-1 新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す]
年が改まった。春の兆しも見えず、氷が張りつめた川の水が音を立てないのまでが心細くて、「あなたに迷っています」とおっしゃった方は、嫌だとすっかり思い捨てていたが、やはりその当時のことなどは忘れなていない。
「降りしきる野山の雪を眺めていても
昔のことが今日も悲しく思い出される」
などと、いつもの、慰めの手習いを、お勤めの合間になさる。「わたしがいなくなって、年も変わったが、思い出す人もきっといるだろう」などと、思い出す時も多かった。若菜を粗末な籠に入れて、人が持って来たのを、尼君が見て、
「山里の雪の間に生えた若菜を摘み祝っては
やはりあなたの将来が期待されます」
と言って、こちらに差し上げなさったので、
「雪の深い野辺の若菜も今日からは
あなた様のために長寿を祈って摘みましょう」
とあるのを、「きっとそのようにお思いであろう」と感慨深くなるのも、「これがお世話しがいのあるお姿と思えたら」と、本気でお泣きになる。
寝室の近くの紅梅が色も香も昔と変わらないのを、「春や昔の」と、他の花よりもこの花に愛着を感じるのは、はかなかった宮のことが忘れられなかったからあろうか。後夜に閼伽を奉りなさる。身分の低い尼で少し若いのがいるのを、呼び出して折らせると、恨みがましく散るにつけて、ますます匂って来るので、
「袖を触れ合った人の姿は見えないが、花の香が
あの人の香と同じように匂って来る、春の夜明けよ」

 6 Tale of Ukifune Kaoru gets to know Ukifune's exsitence [6-1 Ukifune and Ama-gimi compose and exchange waka at a new year]
 Tosi mo kaheri nu. Haru no sirusi mo miye zu, kohori watare ru midu no oto se nu sahe kokoro-bosoku te, "Kimi ni zo madohu" to notamahi si hito ha, kokoro-usi to omohi hate ni tare do, naho so no wori nado no koto ha wasure zu.
 "Kaki-kurasu noyama no yuki wo nagame te mo
 huri ni si koto zo kehu mo kanasiki
"
 nado, rei no, nagusame no tenarahi wo, okonahi no hima ni ha si tamahu. "Ware yo ni naku te tosi hedatari nuru wo, omohi-iduru hito mo ara m kasi." nado, omohi-iduru toki mo ohokari. Wakana wo orosoka naru ko ni ire te, hito no mote ki tari keru wo, Ama-Gimi mi te,
 "Yama-zato no yukima no wakana tumi hayasi
 naho ohi-saki no tanoma ruru kana
"
 tote, konata ni tatemature tamahe ri kere ba,
 "Yuki hukaki nobe no wakana mo ima yori ha
 Kimi ga tame ni zo tosi mo tumu beki
"
 to aru wo, "Sa zo obosu ram." to ahare naru ni mo. "Miru kahi aru beki ohom-sama to omoha masika ba." to, mameyaka ni uti-nai tamahu.
 Neya no tuma tikaki koubai no iro mo ka mo kahara nu wo, "Haru ya mukasi no" to, koto-bana yori mo kore ni kokoro-yose no aru ha, aka zari si nihohi no simi ni keru ni ya? Goya ni aka tatematura se tamahu. Gerahu no Ama no sukosi wakaki ga aru mesi-ide te hana wora sure ba, kakoto-gamasiku tiru ni, itodo nihohi kure ba,
 "Sode hure si hito koso miye ne hana no ka no
 sore ka to nihohu haru no akebono
"

 [6-2 大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪]
 大尼君2669の孫の紀伊守なりける、このころ上りて来たり。三十ばかりにて、容貌きよげに誇りかなるさましたり。
「何ごとか、去年、一昨年」
など問ふに、ほけほけしきさまなれば、こなたに来て、
「いとこよなくこそ、ひがみたまひにけれ。あはれにもはべる2670かな。残りなき御さまを、見たてまつること難くて、遠きほどに年月を過ぐしはべるよ。親たちものしたまはで後は、一所をこそ、御代はりに思ひきこえはべりつれ。常陸の北の方は、訪れきこえたまふや」
と言ふは、いもうとなるべし。
「年月に添へては、つれづれにあはれなることのみまさりてなむ。常陸は、久しう訪れきこえたまはざめり。え待ちつけたまふまじきさまになむ見えたまふ」
とのたまふに、「わが親の名」と、あいなく耳止まれるに、また言ふやう、
「まかり上りて日ごろになりはべりぬるを、公事のいとしげく、むつかしうのみはべるにかかづらひてなむ。昨日もさぶらはむと思ひたまへしを、右大将殿の宇治におはせし御供に仕うまつりて、故八の宮の住みたまひし所におはして、日暮らしたまひし。
故宮の御女に通ひたまひしを、まづ一所は一年亡せたまひにき。その御おとうと、また忍びて据ゑたてまつりたまへりけるを、去年の春また亡せたまひにければ、その御果てのわざせさせたまはむこと、かの寺の律師になむ、さるべきことのたまはせて、なにがしも、かの女の装束一領、調じはべるべきを、せさせたまひてむや。織らすべきものは、急ぎせさせはべりなむ」
と言ふを聞くに、いかでかあはれならざらむ。「人やあやしと見む」とつつましうて、奥に向ひてゐたまへり。尼君、
「かの聖の親王の御女は、二人と聞きしを、兵部卿宮の北の方は、いづれぞ」
とのたまへば、
「この大将殿の御後のは、劣り腹なるべし。ことことしうももてなしたまはざりけるを、いみじう悲しびたまふなり。初めのはた、いみじかりき。ほとほと出家もしたまひつべかりきかし」
など語る。

 [6-2 大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪]
大尼君の孫で紀伊守であった者が、このころ上京して来た。三十歳ほどで、容貌も美しげで誇らしい様子をしていた。
「いかがでしたか、去年や、一昨年は」
などとお尋ねになるが、耄碌した様子なので、こちらに来て、
「とてもすっかり、耄碌しておしまいになった。お気の毒なことですね。残り少ないご様子を、拝し上げることもむずかしくて、遠い所で年月を過ごしておりますことよ。両親がお亡くなりになって以後は、祖母お一方を、親代わりにお思い申し上げておりました。常陸介の北の方は、お便り差し上げなさいますか」
と言うのは、その妹なのであろう。
「年月のたつにつれて、することもないままに悲しいことばかりが増えて。常陸は、長いことお便り申し上げなさらないようです。お待ち申し上げることもできないようにお見えになります」
とおっしゃるので、「自分の親の名前だ」と、無関係ながらも耳にとまったが、また言うことには、
「上京して何日にもなりましたが、公務がたいそう忙しくて、面倒なことばかりにかかずらっておりまして。昨日もお伺いしようと存じておりましたのに、右大将殿が宇治へお出かけになるお供にお仕えしまして、故八の宮がお住まいになっていた所にいらして、一日中お過ごしになりました。
故宮の娘にお通いになっていたが、まずお一方は先年お亡くなりになりました。その妹に、再びこっそりと住まわせ申していらしたが、去年の春またお亡くなりになったので、その一周忌のご法事をあそばしますことを、あの寺の律師に、しかるべき事柄をお命じになって、わたしも、その女装束一領を、調製しなければならないのですが、こちらで作ってくださいませんでしょうか。織る材料は、急いで準備させましょう」
と言うのを聞くと、どうして胸を打たないことがあろう。「人が変だと見るだろう」と気がひけて、奥の方を向いて座っていた。尼君が、
「あの聖の親王の姫君は、お二方と聞いていたが、兵部卿宮の北の方は、どちらですか」
とおっしゃると、
「この大将殿の二人目の方は、妾腹なのでしょう。特に表立った扱いをしなかったのですが、ひどくお悲しみになっているのです。最初の方は、また大変なお悲しみようでした。もう少しのところで出家なさってしまいそうなところでした」
などと話す。

 [6-2 Kii-no-kami who is a grand son of the old nun visits to Ono villa]
 Oho-Ama-Gimi no mago no Kii-no-Kami nari keru, kono-koro nobori te ki tari. Sam-zihu bakari ni te, katati kiyoge ni hokori ka naru sama si tari.
 "Nani-goto ka, kozo, ototosi."
 nado tohu ni, hoke-hokesiki sama nare ba, konata ni ki te,
 "Ito koyonaku koso, higami tamahi ni kere. Ahare ni mo haberu kana! Nokori naki ohom-sama wo, mi tatematuru koto kataku te, tohoki hodo ni tosi-tuki wo sugusi haberu yo. Oya-tati monosi tamaha de noti ha, hito-tokoro wo koso, ohom-kahari ni omohi kikoye haberi ture. Hitati no Kitanokata ha, otodure kikoye tamahu ya?"
 to ihu ha, imouto naru besi.
 "Tosi-tuki ni sohe te ha, ture-dure ni ahare naru koto nomi masari te nam. Hitati ha, hisasiu otodure kikoye tamaha za'meri. E mati tuke tamahu maziki sama ni nam miye tamahu."
 to notamahu ni, "Wa ga oya no na." to, ainaku mimi tomare ru ni, mata ihu yau,
 "Makari nobori te hi-goro ni nari haberi nuru wo, ohoyake-goto no ito sigeku, mutukasiu nomi haberu ni kakadurahi te nam. Kinohu mo saburaha m to omohi tamahe si wo, Udaisyau-dono no Udi ni ohase si ohom-tomo ni tukau-maturi te, ko-Hati-no-Miya no sumi tamahi si tokoro ni ohasi te, hi kurasi tamahi si.
 Ko-Miya no ohom-Musume ni kayohi tamahi si wo, madu hito-tokoro ha hitotose use tamahi ni ki. So no ohom-otouto, mata sinobi te suwe tatematuri tamahe ri keru wo, kozo no haru mata use tamahi ni kere ba, so no ohom-hate no waza se sase tamaha m koto, ka no tera no Risi ni nam, saru beki koto notamaha se te, Nanigasi mo, ka no womna no sauzoku hito-kudari, teu-zi haberu beki wo, se sase tamahi te m ya? Orasu beki mono ha, isogi se sase haberi na m."
 to ihu wo kiku ni, ikade ka ahare nara zara m. "Hito ya ayasi to mi m." to tutumasiu te, oku ni mukahi te wi tamahe ri. Ama-Gimi,
 "Ka no Hiziri-no-Miko no ohom-Musume ha, hutari to kiki si wo, Hyaubukyau-no-Miya no Kitanokata ha, idure zo?"
 to notamahe ba,
 "Ko no Daisyau-dono no ohom-noti no ha, otori-bara naru besi. Koto-kotosiu mo motenasi tamaha zari keru wo, imiziu kanasibi tamahu nari. Hazime no hata, imizikari ki. Hoto-hoto syukke mo si tamahi tu bekari ki kasi."
 nado kataru.

 [6-3 浮舟、薫の噂など漏れ聞く]
「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも、さすが恐ろし。
「あやしく、やうのものと、かしこにてしも亡せたまひけること。昨日も、いと不便にはべりしかな。川近き所にて、水をのぞきたまひて、いみじう泣きたまひき。上にのぼりたまひて、柱に書きつけたまひし、
見し人は影も止まらぬ水の上に
落ち添ふ涙いとどせきあへず
となむはべりし。言に表はしてのたまふことは少なけれど、ただ、けしきには、いとあはれなる御さまになむ見えたまひし。女は、いみじくめでたてまつりぬべくなむ。若くはべりし時より、優におはしますと見たてまつりしみにしかば、世の中の一の所も、何とも思ひはべらず、ただ、この殿を頼みきこえてなむ、過ぐしはべりぬる」
と語るに、「ことに深き心もなげなるかやうの人だに、御ありさまは見知りにけり」と思ふ。尼君、
「光君と聞こえけむ故院の御ありさまには、並びたまはじとおぼゆるを、ただ今の世に、この御族ぞめでられたまふなる。右の大殿と」
とのたまへば、
「それは、容貌もいとうるはしうけうらに、宿徳にて、際ことなるさまぞしたまへる。兵部卿宮ぞ、いといみじうおはするや。女にて馴れ仕うまつらばや、となむおぼえはべる」
など、教へたらむやうに言ひ続く。あはれにもをかしくも聞くに、身の上もこの世のことともおぼえず。とどこほることなく語りおきて出でぬ。

 [6-3 浮舟、薫の噂など漏れ聞く]
「あの方の親しい人であった」と見るにつけても、やはり恐ろしい。
「不思議と、二人も同じように、あそこでお亡くなりなったことだ。昨日も、たいそうおいたわしゅうございました。宇治川に近い所で、川の水を覗き込みなさって、ひどくお泣きになった。上の部屋にお上りになって、柱にお書きつけなさった、
あの人は跡形もとどめず、身を投げたその川の面に
いっしょに落ちるわたしの涙がますます止めがたいことよ
とございました。言葉に現しておっしゃることは少ないが、ただ、態度には、まことにおいたわしいご様子にお見えでした。女は、たいそう賞賛するにちがいないほどでした。若うございました時から、ご立派でいらっしゃるとすっかり拝見していましたので、世の中の第一の権力者のところも、何とも思いませんで、ただ、この殿だけを信頼申し上げて、過ごして参りました」
と話すので、「特別に深い思慮もなさそうなこのような人でさえ、ご様子はお分かりになったのだ」と思う。尼君は、
「光る君と申し上げた故院のご様子には、お並びになることはできまいと思われますが、ただ今の世で、この一族が賞賛されているそうですね。右の大殿とはどうですか」
とおっしゃると、
「あの方は、器量もまことに凛々しく美しくて、貫祿があって、身分が格別なようでいらっしゃいます。兵部卿宮が、たいそう美しくいらっしゃいますね。女の身として親しくお仕えいたしたい、と思われます」
などと、誰かが教えたように言い続ける。感慨深く興味深くも聞くにつけ、わが身の上もこの世のことと思われない。すっかり話しおいて出て行った。

 [6-3 Ukifune hears a rumour about Kaoru]
 "Ka no watari no sitasiki hito nari keri." to miru ni mo, sasuga osorosi.
 "Ayasiku, yau no mono to, kasiko ni te si mo use tamahi keru koto. Kinohu mo, ito hubin ni haberi si kana! Kaha tikaki tokoro ni te, midu wo nozoki tamahi te, imiziu naki tamahi ki. Uhe ni nobori tamahi te, hasira ni kaki-tuke tamahi si,
 Mi si hito ha kage mo tomara nu midu no uhe ni
 oti-sohu namida itodo seki-ahe zu

 to nam haberi si. Koto ni arahasi te notamahu koto ha sukunakere do, tada, kesiki ni ha, ito ahare naru ohom-sama ni nam miye tamahi si. Womna ha, imiziku mede tatematuri nu beku nam. Wakaku haberi si toki yori, iu ni ohasimasu to mi tatematuri simi ni sika ba, yononaka no iti-no-tokoro mo, nani to mo omohi habera zu, tada, ko no Tono wo tanomi kikoye te nam, sugusi haberi nuru."
 to kataru ni, "Koto ni hukaki kokoro mo nage naru kayau no hito dani, ohom-arisama ha mi-siri ni keri." to omohu. Ama-Gimi,
 "Hikaru-Kimi to kikoye kem ko-Win no ohom-arisama ni ha, narabi tamaha zi to oboyuru wo, tada ima no yo ni, ko no ohom-zou zo mede rare tamahu naru. Migi-no-Ohotono to."
 to notamahe ba,
 "Sore ha, katati mo ito uruhasiu keura ni, suutoku ni te, kiha koto naru sama sama zo si tamahe ru. Hyaubukyau-no-Miya zo, ito imiziu ohasuru ya. Womna ni te nare tukau-matura baya, to nam oboye haberu."
 nado, wosihe tara m yau ni ihi-tuduku. Ahare ni mo wokasiku mo kiku ni, minouhe mo konoyo no koto to mo oboye zu. Todokohoru koto naku katari-oki te ide nu.

 [6-4 浮舟、尼君と語り交す]
「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも、いとど母君の御心のうち推し量らるれど、なかなか言ふかひなきさまを見え聞こえたてまつらむは、なほつつましくぞありける。かの人の言ひつけしことどもを、染め急ぐを見るにつけても、あやしうめづらかなる心地すれど、かけても言ひ出でられず。裁ち縫ひなどするを、
「これ御覧じ入れよ。ものをいとうつくしうひねらせたまへば」
とて、小袿の単衣たてまつるを、うたておぼゆれば、「心地悪し」とて、手も触れず臥したまへり。尼君、急ぐことをうち捨てて、「いかが思さるる」など思ひ乱れたまふ。紅に桜の織物の袿重ねて、
「御前には、かかるをこそ奉らすべけれ。あさましき墨染なりや」
と言ふ人あり。
「尼衣変はれる身にやありし世の
形見に袖をかけて偲ばむ」
と書きて、「いとほしく、亡くもなりなむ後に、物の隠れなき世2671なりければ、聞きあはせなどして、疎ましきまでに隠しける、とや思はむ」など、さまざま思ひつつ、
「過ぎにし方のことは、絶えて忘れはべりにしを、かやうなることを思し急ぐにつけてこそ、ほのかにあはれなれ」
とおほどかにのたまふ。
「さりとも、思し出づることは多からむを、尽きせず隔てたまふ2672こそ心憂けれ。身には、かかる世の常の色あひなど、久しく忘れにければ、なほなほしくはべるにつけても、昔の人あらましかば、など思ひ出ではべる。しか扱ひきこえたまひけむ人、世におはすらむ。やがて、亡くなして見はべりしだに、なほいづこにあらむ、そことだに尋ね聞かまほしくおぼえはべるを、行方知らで、思ひきこえたまふ人びとはべるらむかし」
とのたまへば、
「見しほどまでは、一人はものしたまひき。この月ごろ亡せやしたまひぬらむ」
とて、涙の落つるを紛らはして、
「なかなか思ひ出づるにつけて、うたてはべればこそ、え聞こえ出でね。隔ては何ごとにか残しはべらむ」
と、言少なにのたまひなしつ。

 [6-4 浮舟、尼君と語り交す]
「お忘れになっていないのだ」としみじみと思うが、ますます母君のご心中が推し量られるが、かえって何とも言いようのない姿をお見せ申し上げるのは、やはりとても気がひけるのであった。あの人が言ったことなど、衣装の染める準備をするのを見るにつけても、不思議な有りえないような気がするが、とても口にはお出しになれない。物を裁ったり縫ったりなどするのを、
「これを手伝ってください。とても上手に折り曲げなされるから」
と言って、小袿の単衣をお渡し申すのを、嫌な気がするので、「気分が悪い」と言って、手も触れず横になっていらっしゃった。尼君は、急ぐことを放って、「どのようなお加減か」などと心配なさる。紅に桜の織物の袿を重ねて、
「御前様には、このような物をお召しになるのがよいでしょうに。あさましい墨染ですこと」
と言う女房もいる。
「尼衣に変わった身の上で、昔の形見として
この華やかな衣装を身につけて、今さら昔を偲ぼうか」
と書いて、「お気の毒に、亡くなった後に、隠し通すこともできない世の中なので、聞き合わせたりなどして、疎ましいまでに隠していた、と思うだろうか」などと、いろいろと思いながら、
「過ぎ去ったことは、すっかり忘れてしまいましたので、このようなことをお急ぎになることにつけ、何かしらしみじみと感じられるのです」
とおっとりとおっしゃる。
「そうはおっしゃっても、お思い出しになることは多くありましょうが、いつまでもお隠しになっているのが情けないですわ。わたしは、このような世俗の人の着る色合いなどは、長いこと忘れてしまったので、平凡にしかできませんので、亡くなった娘が生きていたら、などと思い出されます。そのようにお世話申し上げなさった母君は、この世においでですか。そのまま、娘を亡くした母でさえ、やはりどこかに生きていようか、その居場所だけでも尋ね聞きたく思われますのに、その行く方も分からず、ご心配申し上げていらっしゃる方々がございましょう」
とおっしゃるので、
「俗世にいた時は、片親ございました。ここ数か月の間にお亡くなりなったかも知れません」
と言って、涙が落ちるのを紛らわして、
「かえって思い出しますことにつけて、嫌に思われますので、申し上げることができません。隠し事はどうしてございましょうか」
と、言葉少なにおっしゃった。

 [6-4 Ukifune talks with Ama-gimi]
 "Wasure tamaha nu ni koso ha." to ahare ni omohu ni mo, itodo Haha-Gimi no mi-kokoro no uti osihakara rure do, naka-naka ihu-kahi naki sama wo miye kikoye tatematura m ha, naho tutumasiku zo ari keru. Ka no hito no ihi-tuke si koto-domo wo, some isogu wo miru ni tuke te mo, ayasiu meduraka naru kokti sure do, kakete mo ihi ide rare zu. Tati nuhi nado suru wo,
 "Kore go-ran-zi ire yo. Mono wo ito utukusiu hinera se tamahe ba."
 tote, ko-utiki no hitohe tatematuru wo, utate oboyure ba, "Kokoti asi." tote, te mo hure zu husi tamahe ri. Ama-Gimi, isogu koto wo uti-sute te, "Ikaga obosa ruru?" nado omohi midare tamahu. Kurenawi ni sakura no orimono no utiki kasane te,
 "O-mahe ni ha, kakaru wo koso tatematurasu bekere. Asamasiki sumi-zome nari ya!"
 to ihu hito ari.
 "Ama-goromo kahare ru mi ni ya ari si yo no
 katami ni sode wo kake te sinoba m
"
 to kaki te, "Itohosiku, naku mo nari na m noti ni, mono no kakure naki yo nari kere ba, kiki-ahase nado si te, utomasiki made ni kakusi keru, to ya omoha m?" nado, sama-zama omohi tutu,
 "Sugi ni si kata no koto ha, taye te wasure haberi ni si wo, kayau naru koto wo obosi isogu ni tuke te koso, honoka ni ahare nare."
 to ohodoka ni notamahu."
 "Sari to mo, obosi-iduru koto ha ohokara m wo, tuki se zu hedate tamahu koso kokoro-ukere. Mi ni ha, kakaru yo no tune no iro-ahi nado, hisasiku wasure ni kere ba, naho-nahosiku haberu ni tuke te mo, mukasi no hito ara masika ba, nado omohi-ide haberu. Sika atukahi kikoye tamahi kem hito, yo ni ohasu ram. Yagate, naku nasi te mi haberi si dani, naho iduko ni ara m, soko to dani tadune kika mahosiku oboye haberu wo, yukuhe sira de, omohi kikoye tamahu hito-bito haberu ram kasi."
 to notamahe ba,
 "Mi si hodo made ha, hitori ha monosi tamahi ki. Ko no tuki-goro use ya si tamahi nu ram?"
 tote, namida no oturu wo magirahasi te,
 "Naka-naka omohi-iduru ni tuke te, utate habere ba koso, e kikoye ide ne. Hedate ha nani-goto ni ka nokosi habera m."
 to, koto-zukuna ni notamahi nasi tu.

 [6-5 薫、明石中宮のもとに参上]
大将は、この果てのわざなどせさせたまひて、「はかなくて、止みぬるかな」とあはれに思す。かの常陸の子どもは、かうぶりしたりしは、蔵人になして、わが御司の将監になしなど、労りたまひけり。「童なるが、中にきよげなるをば、近く使ひ馴らさむ」とぞ思したりける。
雨など降りてしめやかなる夜、后の宮に参りたまへり。御前のどやかなる日にて、御物語など聞こえたまふついでに、
「あやしき山里に、年ごろまかり通ひ見たまへしを、人の誹りはべりしも、さるべきに2673こそはあらめ。誰れも心の寄る方のことは、さなむある、と思ひたまへなしつつ、なほ時々見たまへしを、所のさがにやと、心憂く思ひたまへなりにし後は、道も遥けき心地しはべりて、久しうものしはべらぬを、先つころ、もののたよりにまかりて、はかなき世のありさまとり重ねて思ひたまへしに、ことさら道心起こすべく造りおきたりける、聖の住処となむおぼえはべりし」
と啓したまふに、かのこと思し出でて、いといとほしければ、
「そこには、恐ろしき物や住むらむ。いかやうにてか、かの人は亡くなりにし」
と問はせたまふを、「なほ、続きを思し寄る方」と思ひて、
「さもはべらむ。さやうの人離れたる所は、よからぬものなむかならず住みつきはべるを。亡せはべりにしさまもなむ、いとあやしくはべる」
とて、詳しくは聞こえたまはず。「なほ、かく忍ぶる筋を、聞きあらはしけり」と思ひたまはむが、いとほしく思され、宮の、ものをのみ思して、そのころは病になりたまひしを、思し合はするにも、さすがに心苦しうて、「かたがたに口入れにくき人の上」と思し止めつ。
小宰相に、忍びて、
「大将、かの人のことを、いとあはれと思ひてのたまひしに、いとほしうて、うち出でつべかりしかど、それにもあらざらむものゆゑと、つつましうてなむ。君ぞ、ことごと聞き合はせける。かたはならむことはとり隠して、さることなむありけると、おほかたの物語のついでに、僧都の言ひしことを語れ」
とのたまはす。
「御前にだにつつませたまはむことを、まして、異人はいかでか」
と聞こえさすれど、
「さまざまなることにこそ。また、まろはいとほしきことぞあるや」
とのたまはするも、心得て、をかしと見たてまつる。

 [6-5 薫、明石中宮のもとに参上]
大将は、この一周忌の法事なをおさせにになって、「あっけなくて、終わってしまったな」としみじみとお思いになる。あの常陸の子どもは、元服した者は、蔵人にして、ご自分の近衛府の将監に就けたりなど、面倒を見ておやりになった。「童であるが、中に小綺麗なのを、お側近くに召し使おう」とお思いになっていたのであった。
雨などが降ってひっそりとした夜に、后の宮に参上なさった。御前はのんびりとした日なので、お話などを申し上げるついでに、
「辺鄙な山里に、何年も通っておりましたところ、人の非難もございましたが、そのようになるはずの運命であったのでしょう。誰でも気に入った向きのことは、同じなのだ、と納得させながら、やはり時々逢っておりましたところ、場所柄のせいかと、嫌に思うことがございまして以後は、道のりも遠くに感じられまして、長いこと通わないでいましたが、最近、ある機会に行きまして、はかないこの世の有様を重ね重ね存じられましたので、ことさらにわが道心を起こすために造っておかれた、聖の住処のように思われました」
と申し上げなさるので、あのことをお思い出しになって、とてもお気の毒なので、
「そこには、恐ろしいものが住んでいるのでしょうか。どのようにして、その方は亡くなったのですか」
とお尋ねあそばすのを、「やはり、引き続いての死去をお考えになってか」と思って、
「そうかも知れません。そのような人里離れた所には、けしからぬものがきっと住みついているのでしょうよ。亡くなった様子も、まことに不思議でございました」
と言って、詳しくは申し上げなさらない。「やはり、このように隠している事柄を、すっかり聞き出してるのだわ」とお思いなさるようなのが、実に気の毒にお思いになり、宮が、物思いに沈んで、その当時病気におなりになったのを、思い合わせなさると、やはり何といっても心が痛んで、「どちらの立場からも口出しにくい方の話だ」とおやめになった。
小宰相に、こっそりと、
「大将は、あの人のことを、とてもしみじみと思ってお話になったが、お気の毒で、打ち明けてしまいそうだったが、その人かどうかも分からないからと、気がひけてね。あなたは、あれこれ聞いていたわね。不都合と思われるようなことは隠して、こういうことがあったと、世間話のついでに、僧都が言ったことを話しなさい」
と仰せになる。
「御前様でさえ遠慮あそばしているようなことを。まして、他人のわたしにはお話しできません」
申し上げるが、
「時と場合によります。また、わたしには不都合な事情があるのですよ」
と仰せになるが、真意を理解して、素晴らしい心遣いだと拝する。

 [6-5 Kaoru goes to the Imperial Palace to meet Akashi Empress]
 Daisyau ha, ko no hate no waza nado se sase tamahi te, "Hakanaku te, yami nuru kana!" to ahare ni obosu. Ka no Hitati no kodomo ha, kauburi si tari si ha, Kura-udo ni nasi te, wa ga ohom-tukasa no Zou ni nasi nado, itahari tamahi keri. "Waraha naru ga, naka ni kiyoge naru wo ba, tikaku tukahi narasa m." to zo obosi tari keru.
 Ame nado huri te simeyaka naru yoru, Kisai-no-Miya ni mawiri tamahe ri. O-mahe nodoyaka naru hi ni te, ohom-monogatari nado kikoye tamahu tuide ni,
 "Ayasiki yama-zato ni, tosi-goro makari kayohi mi tamahe si wo, hito no sosiri haberi si mo, saru beki ni koso ha ara me. Tare mo kokoro no yoru kata no koto ha, sa nam aru, to omohi tamahe nasi tutu, naho toki-doki mi tamahe si wo, tokoro no saga ni ya to, kokoro-uku omohi tamahe nari ni si noti ha, miti mo harukeki kokoti si haberi te, hisasiu monosi habera nu wo, sai-tu-koro, mono no tayori ni makari te, hakanaki yo no arisama tori-kasane te omohi tamahe si ni, kotosara dausin okosu beku tukuri oki tari keru, hiziri no sumika to nam oboye haberi si."
 to kei-si tamahu ni, ka no koto obosi-ide te, ito itohosikere ba,
 "Soko ni ha, osorosiki mono ya sumu ram. Ika yau ni te ka, ka no hito ha nakunari ni si?"
 to toha se tamahu wo, "Naho, tuduki wo obosi yoru kata." to omohi te,
 "Sa mo habera m. Sayau no hito hanare taru tokoro ha, yokara nu mono nam kanarazu sumi-tuki haberu wo. Use haberi ni si sama mo nam, ito ayasiku haberu."
 tote, kuhasiku ha kikoye tamaha zu. "Naho, kaku sinoburu sudi wo, kiki arahasi keri." to omohi tamaha m ga, itohosiku obosa re, Miya no, mono wo nomi obosi te, sono-koro ha yamahi ni nari tamahi si wo, obosi-ahasuru ni mo, sasuga ni kokoro-gurusiu te, "Kata-gata ni kuti-ire nikuki hito no uhe." to obosi todome tu.
 Ko-Zaisyau ni, sinobi te,
 "Daisyau, ka no hito no koto wo, ito ahare to omohi te notamahi si ni, itohosiu te, uti-ide tu bekari sika do, sore ni mo ara zara m mono yuwe to, tutumasiu te nam. Kimi zo, koto-goto kiki-ahase keru. Kataha nara m koto ha tori-kakusi te, saru koto nam ari keru to, ohokata no monogatari no tuide ni, Soudu no ihi si koto wo katare."
 to notamahasu.
 "O-mahe ni dani tutumase tamaha m koto wo, masite, koto-bito ha ikade ka."
 to kikoye sasure do,
 "Sama-zama naru koto ni koso. Mata, maro ha itohosiki koto zo aru ya!"
 to notamaha suru mo, kokoro-e te, wokasi to mi tatematuru.

 [6-6 小宰相、薫に僧都の話を語る]
立ち寄りて物語などしたまふついでに、言ひ出でたり。珍かにあやしと、いかでか驚かれたまはざらむ。「宮の問はせたまひしも、かかることを、ほの思し寄りてなりけり。などか、のたまはせ果つまじき」とつらけれど、
「我もまた初めよりありしさまのこと聞こえそめざりしかば、聞きて後も、なほをこがましき心地して、人にすべて漏らさぬを、なかなか他には聞こゆることもあらむかし。うつつの人びとのなかに忍ぶることだに、隠れある世の中かは」
など思ひ入りて、「この人にも、さなむありし」など、明かしたまはむことは、なほ口重き心地して、
「なほ、あやしと思ひし人のことに、似てもありける人のありさまかな。さて、その人は、なほあらむや」
とのたまへば、
「かの僧都の山より出でし日なむ、尼になしつる。いみじうわづらひしほどにも、見る人惜しみてせさせざりしを、正身の本意深きよしを言ひてなりぬる、とこそはべるなりしか」
と言ふ。所も変はらず、そのころのありさまと思ひあはするに、違ふふしなければ、
「まことにそれと尋ね出でたらむ、いとあさましき心地もすべきかな。いかでかは、たしかに聞くべき。下り立ちて尋ねありかむも、かたくなしなどや人言ひなさむ。また、かの宮も聞きつけたまへらむには、かならず思し出でて、思ひ入りにけむ道も妨げたまひてむかし。
さて、『さなのたまひそ』など聞こえおきたまひければや、我には、さることなむ聞きしと、さる珍しきことを聞こし召しながら、のたまはせぬにやありけむ。宮もかかづらひたまふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、やがて亡せにしものと思ひなしてを止みなむ。
うつし人になりて、末の世には、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風の紛れもありなむ。我がものに取り返し見むの心地、また使はじ」
など思ひ乱れて、「なほ、のたまはずやあらむ」とおぼゆれど、御けしきのゆかしければ、大宮に、さるべきついで作り出だしてぞ、啓したまふ。

 [6-6 小宰相、薫に僧都の話を語る]
立ち寄ってお話などなさるついでに、言い出した。珍しくも不思議なことだと、どうして驚かないことがあろう。「宮がお尋ねあそばしたことも、このようなことを、ちらっとお聞きあそばしてのことだったのだ。どうして、すっかり話してくださらなかったのだろう」とつらい思いがするが、
「自分もまた初めからの様子を申し上げなかったのだから、こうして聞いた後にも、やはり馬鹿らしい気がして、他人には全部話さないのを、かえって他では聞いていることもあろう。現実の人びとの中で隠していることでさえ、隠し通せる世の中だろうか」
などと考え込んで、「この人にも、これこれであった」などと、打ち明けなさることは、やはり話にくい気がして、
「やはり、不思議に思った女の身の上と、似ていた人の様子ですね。ところで、その人は、今も無事でいますか」
とお尋ねになると、
「あの僧都が山から下りた日に、尼にしました。ひどく病んでいた時には、世話する人が惜しんでさせなかったが、ご本人が深い念願だと言ってなってしまったのだ、ということでございました」
と言う。場所も違わず、その当時のありさまなどを思い合わせると、違うところがないので、
「本当にその女だと探し出したら、とても嫌な気がするだろうな。どうしたら、確実なことが聞けようか。自分自身で直接訪ねて行くのも、愚かしいなどと人が言ったりしようか。また、あの宮が聞きつけなさったら、きっと思い出しなさって、決心なさっていた仏道もお妨げなさることであろう。
そのようなわけで、『そのようなことをおっしゃるな』などと、申し上げおきなさったせいであろうか、わたしには、そのようなことを聞いたと、そのような珍しいことをお聞きあそばしながら、仰せにならなかったのであろうか。宮も関係なさっていては、せつなくいとしいと思いながらも、きっぱりと、そのまま亡くなってしまったものと思い諦めよう。
この世の人として立ち戻ったならば、いつの日にか、黄泉のほとりの話を、自然と話し合える時もきっとあろう。自分の女として取り戻して世話するような考えは、二度と持つまい」
などと思い乱れて、「やはり、仰せにならないだろう」という気はするが、ご様子が気にかかるので、大宮に、適当な機会を作り出して、申し上げなさる。

 [6-6 Kozaisho talks to Kaoru what Souzu has talked to Onna-ichinomiya]
 Tati-yori te monogatari nado si tamahu tuide ni, ihi-ide tari. Meduraka ni ayasi to, ikade ka odoroka re tamaha zara m. "Miya no toha se tamahi si mo, kakaru koto wo, hono-obosi-yori te nari keri. Nado ka, notamaha se hatu maziki." to turakere do,
 "Ware mo mata hazime yori ari si sama no koto kikoye some zari sika ba, kiki te noti mo, naho wokogamasiki kokoti si te, hito ni subete morasa nu wo, naka-naka hoka ni ha kikoyuru koto mo ara m kasi. Ututu no hito-bito no naka ni sinoburu koto dani, kakure aru yononaka ka ha!"
 nado omohi-iri te, "Ko no hito ni mo, sa nam ari si." nado, akasi tamaha m koto ha, naho kuti-omoki kokoti si te,
 "Naho, ayasi to omohi si hito no koto ni, ni te mo ari keru hito no arisama kana! Sate, so no hito ha, naho ara m ya?"
 to notamahe ba,
 "Ka no Soudu no yama yori ide si hi nam, ama ni nasi turu. Imiziu wadurahi si hodo ni mo, miru hito wosimi te se sase zari si wo, sauzimi no ho'i hukaki yosi wo ihi te nari nuru, to koso haberu nari sika."
 to ihu. Tokoro mo kahara zu, sono-koro no arisama to omohi-ahasuru ni, tagahu husi nakere ba,
 "Makoto ni sore to tadune-ide tara m, ito asamasiki kokoti mo su beki kana! Ikade ka ha, tasika ni kiku beki. Ori-tati te tadune arika m mo, katakunasi nado ya hito ihi-nasa m. Mata, ka no Miya mo kiki-tuke tamahe ra m ni ha, kanarazu obosi-ide te, omohi-iri ni kem miti mo samatage tamahi te m kasi.
 Sate, 'Sa na notamahi so.' nado kikoye-oki tamahi kere ba ya, ware ni ha, saru koto nam kiki si to, saru medurasiki koto wo kikosimesi nagara, notamaha se nu ni ya ari kem. Miya mo kakadurahi tamahu ni te ha, imiziu ahare to omohi nagara mo, sarani, yagate use ni si mono to omohi-nasi te wo yami na m.
 Utusi-bito ni nari te, suwe no yo ni ha, ki naru idumi no hotori bakari wo, onodukara katarahi yoru kaze no magire mo ari na m. Wa ga mono ni tori-kahesi mi m no kokoti, mata tukaha zi."
 nado omohi-midare te, "Naho, notamaha zu ya ara m?" to oboyure do, mi-kesiki no yukasikere ba, Oho-Miya ni, saru beki tuide tukuri-idasi te zo, kei-si tamahu.

 [6-7 薫、明石中宮に対面し、横川に赴く]
「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあふれてあるやうに、人のまねびはべりしかな。いかでか、さることははべらむ、と思ひたまふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることははべらずや、と思ひわたりはべる人のありさまにはべれば、人の語りはべしやうにては、さるやうもやはべらむと、似つかはしく思ひたまへらるる」
とて、今すこし聞こえ出でたまふ。宮の御ことを、いと恥づかしげに、さすがに恨みたるさまには言ひなしたまはで、
「かのこと、またさなむと聞きつけたまへらば、かたくなに好き好きしうも思されぬべし。さらに、さて2674ありけりとも、知らず顔にて過ぐしはべりなむ」
と啓したまへば、
「僧都の語りしに、いともの恐ろしかりし夜のことにて、耳も止めざりしことにこそ。宮は、いかでか聞きたまはむ。聞こえむ方なかりける御心のほどかな、と聞けば、まして聞きつけたまはむこそ、いと苦しかるべけれ。かかる筋につけて、いと軽く憂きものにのみ、世に知られたまひぬめれば、心憂く」
などのたまはす。「いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語りにても、人の忍びて啓しけむことを、漏らさせたまはじ」など思す。
「住むらむ山里はいづこにかはあらむ。いかにして、さま悪しからず尋ね寄らむ。僧都に会ひてこそは、たしかなるありさまも聞き合はせなどして、ともかくも問ふべかめれ」など、ただ、このことを起き臥し思す。
月ごとの八日2675は、かならず尊きわざせさせたまへば、薬師仏に寄せたてまつるにもてなしたまへるたよりに、中堂には、時々参りたまひけり。それよりやがて横川におはせむと思して、かのせうとの童なる、率ておはす。「その人びとには、とみに知らせじ。ありさまにぞ従はむ」と思せど、うち見む夢の心地にも、あはれをも加へむとにやありけむ。さすがに、「その人とは見つけながら、あやしきさまに、形異なる人の中にて、憂きことを聞きつけたらむこそ、いみじかるべけれ」と、よろづに道すがら思し乱れけるにや。

 [6-7 薫、明石中宮に対面し、横川に赴く]
「思いがけないことで、亡くなってしまったと存じておりました女が、この世に落ちぶれて生きているように、人が話してくれました。どうして、そのようなことがございましょうか、と存じますが、自分から大胆なことをして、離れて行くようなことはしないであろうか、とずっと思い続けていた女の様子でございますので、人の話してくれたような事情では、そのようなこともございましょうかと、似ているように存じられました」
と言って、もう少し申し上げなさる。宮のお身の上の事を、とても憚りあるように、そうはいっても恨んでいるようにはおっしゃらないで、
「あのことを、またこれこれとお耳になさいましたら、頑固で好色なようにお思いなさるでしょう。まったく、そうして生きていたとしても、知らない顔をして過ごしましょう」
と申し上げなさると、
「僧都が話したことですが、とても気味の悪かった夜のことで、耳も止めなかったことなのです。宮は、どうしてご存知でしょう。何とも申し上げようのないご料簡だ、と思いますので、ましてその話をお聞きつけなさるのは、まことに困ったことです。このようなことにつけて、まことに軽々しく困った方だとばかり、世間にお知られになっているようなので、情けなく思っています」
などと仰せになる。「とても慎重なお人柄なので、必ずしも、気安い世間話であっても、誰かがこっそりと申し上げたことを、お漏らしあそばすまい」などとお思いになる。
「その住んでいるという山里はどの辺であろうか。どのようにして、体裁悪くなく探し出せようか。僧都に会って、確かな様子を聞き合わせたりして、ともかく訪ねるのがよかろう」などと、ただ、このことばかりを寝ても覚めてもお考えになる。
毎月の八日は、必ず仏事をおさせになるので、薬師仏にご寄進申し上げなさろうとお出かけになるついでに、根本中堂には、時々お参りになった。そこからそのまま横川においでになろうとお考えになって、あの弟の童である者を、連れておいでになる。「その人たちには、すぐには知らせまい。その時の状況を見てからにしよう」とお思いになるが、再会した時の夢のような心地の上につけて、しみじみとした感慨を加えようというつもりであったのだろうか。そうはいっても、「その人だと分かったものの、みすぼらしい姿で、尼姿の人たちの中に暮らしていて、嫌なことを耳にしたりするのは、ひどくつらいことであろう」と、いろいろと道すがら思い乱れなさったことだろうか。

 [6-7 Kaoru meets to Akashi Empress and goes to Yokawa to meet Souzu]
 "Asamasiu te, usinahi haberi nu to omohi tamahe si hito, yo ni oti-ahure te aru yau ni, hito no manebi haberi si kana! Ikade ka, saru koto ha habera m, to omohi tamahure do, kokoro to odoro-odorosiu, mote hanaruru koto ha habera zu ya, to omohi watari haberu hito no arisama ni habere ba, hito no katari haberi si yau ni te ha, saru yau mo habera m to, nitukahasiku omohi tamahe raruru."
 tote, ima sukosi kikoye-ide tamahu. Miya no ohom-koto wo, ito hadukasige ni, sasuga ni urami taru sama ni ha ihi-nasi tamaha de,
 "Ka no koto, mata sa nam to kiki-tuke tamahe ra ba, katakuna ni suki-zukisiu mo obosa re nu besi. Sarani, sate ari keri to mo, sira-zu-gaho ni te sugusi haberi na m."
 to kei-si tamahe ba,
 "Soudu no katari si ni, ito mono-osorosikari si yo no koto ni te, mimi mo todome zari si koto ni koso. Miya ha, ikade ka kiki tamaha m. Kikoye m kata nakari keru mi-kokoro no hodo kana, to kike ba, masite kiki-tuke tamaha m koso, ito kurusikaru bekere. Kakaru sudi ni tuke te, ito karoku uki mono ni nomi, yo ni sira re tamahi nu mere ba, kokoro-uku."
 nado notamahasu. "Ito omoki mi-kokoro nare ba, kanarazu-si-mo, utitoke yo-gatari ni te mo, hito no sinobi te kei-si kem koto wo, mora sase tamaha zi." nado obosu.
 "Sumu ram yama-zato ha iduko ni ka ha ara m? Ika ni si te, sama asikara zu tadune-yora m. Soudu ni ahi te koso ha, tasika naru arisama mo kiki-ahase nado si te, to-mo kaku-mo tohu beka' mere." nado, tada, ko no koto wo oki-husi obosu.
 Tuki-goto no yau-ka ha, kanarazu tahutoki waza se sase tamahe ba, Yakusi-Butu ni yose tatematuru ni motenasi tamahe ru tayori ni, Tiudau ni ha, toki-doki mawiri tamahi keri. Sore yori yagate Yokaha ni ohase m to obosi te, ka no seuto no waraha naru, wi te ohasu. "So no hito-bito ni ha, tomi ni sirase zi. Arisama ni zo sitagaha m." to obose do, uti-mi m yume no kokoti ni mo, ahare wo mo kuhahe m koto ni ya ari kem. Sasuga ni, "So no hito to ha mituke nagara, ayasiki sama ni, katati koto naru hito no naka ni te, uki koto wo kiki-tuke tara m koso, imizikaru bekere." to, yorodu ni miti-sugara obosi midare keru ni ya?

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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