源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く

2 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない

出典
校訂

1 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く

2 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない

1 Tale of Kaoru Yokawa-souzu mails to Ukifune on Kaoru's request

2 Tale of Ukifune Ukifune refused to meet her brother and to reply to Kaoru

 1 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く [1-1 薫、横川に出向く]
山におはして、例せさせたまふやうに、経仏など供養ぜさせたまふ。またの日は、横川におはしたれば、僧都驚きかしこまりきこえたまふ。
年ごろ、御祈りなどつけ語らひたまひけれど、ことにいと親しきことはなかりけるを、このたび、一品の宮の御心地のほどにさぶらひたまへるに、「すぐれたまへる験ものしたまひけり」と見たまひてより、こよなう尊びたまひて、今すこし深き契り加へたまひ2676てければ、「重々しうおはする殿の、かくわざとおはしましたること」と、もて騷ぎきこえたまふ。御物語など、こまやかにしておはすれば、御湯漬など参りたまふ。
すこし人びと静まりぬるに、
「小野のわたりに、知りたまへる宿りやはべる」
と、問ひたまへば、
「しかはべる。いと異様なる所になむ。なにがしが母なる朽尼のはべるを、京にはかばかしからぬ住処もはべらぬうちに、かくて籠もりはべるあひだは、夜中、暁にも、あひ訪らはむ、と思ひたまへおきてはべる」
など申したまふ。
「そのわたりには、ただ近きころほひまで、人多う住みはべりけるを、今は、いとかすかにこそなりゆくめれ」
などのたまひて、今すこし近くゐ寄りて、忍びやかに、
「いと浮きたる心地もしはべる、また、尋ねきこえむにつけては、いかなりけることにかと、心得ず思されぬべきに、かたがた、憚られはべれど、かの山里に、知るべき人の隠ろへてはべるやうに聞きはべりしを。確かにてこそは、いかなるさまにて、なども漏らしきこえめ、など思ひたまふるほどに、御弟子になりて、忌むことなど授けたまひてけり、と聞きはべるは、まことか。まだ年も若く、親などもありし人なれば、ここに失ひたるやうに、かことかくる人なむはべるを」
などのたまふ。

 1 薫の物語 横川僧都、薫の依頼を受け浮舟への手紙を書く [1-1 薫、横川に出向く]
比叡山においでになって、いつもおさせになるように、お経や仏像などをご供養させになる。翌日は、横川においでになったので、僧都は恐縮してご挨拶申し上げなさる。
何年も、ご祈祷などお頼みなさっていたが、特別に親密ということはなかったが、先般、一品の宮のご不快の折に伺候なさっていたときに、「格別すぐれた効験がおありであった」と御覧になってから、この上なく尊敬なさって、もう少し深いご縁をお結びになったので、「重々しくおいでになる殿が、このようにわざわざ訪ねていらしたこと」と、大仰にお持てなし申し上げなさる。お話など、親密になさっているので、御湯漬などを差し上げなさる。
少し人びとが静かになったので、
「小野の辺りに、お持ちの家はございませんか」
と、お尋ねになると、
「さようでございます。ひどくみすぼらしい家です。拙僧の母親の老尼がおりますが、京にしっかりした家もございませんうえに、こうして籠もっております間は、夜中、暁でも、お見舞いしよう、と存じております」
などと申し上げなさる。
「その近辺には、つい最近まで、人が多く住んでおりましたが、今では、たいそうひっそりとなって行くようですね」
などとおっしゃって、もう少し近寄って、小声で、
「まことにとりとめのない気のする話ですが、また一方、お尋ね申し上げるにつけては、どのようなことでかと、合点が行かず思われなさるでしょうが、どちらにしても、遠慮されますが、あの山里に、世話しなければならない人が隠れていますように聞きましたが。はっきりと確かめてからなら、どのような様子で、などとお漏らし申し上げましょう、などと考えておりますうちに、お弟子になって、戒律などをお授けになった、と聞きましたのは、本当ですか。まだ年齢も若く、親などもいた人なので、わたしが死なせてしまったように、恨み言を申す人がおりますので」
などとおっしゃる。

 1 Tale of Kaoru Yokawa-souzu mails to Ukifune on Kaoru's request [1-1 Kaoru goes to Yokawa to meet Souzu]
 Yama ni ohasi te, rei se sase tamahu yau ni, kyau Hotoke nado kuyau-ze sase tamahu. Mata no hi ha, Yokawa ni ohasi tare ba, Soudu odoroki kasikomari kikoye tamahu.
 Tosi-goro, ohom-inori nado tuke katarahi tamahi kere do, koto ni ito sitasiki koto ha nakari keru wo, kono-tabi, Ippon-no-Miya no mi-kokoti no hodo ni saburahi tamahe ru ni, "Sugure tamahe ru gen monosi tmahi keri." to mi tamahi te yori, koyonau tahutobi tamahi te, ima sukosi hukaki tigiri kuhahe tamahi te kere ba, "Omo-omosiu ohasuru Tono no, kaku wazato ohasimasi taru koto." to, mote-sawagi kikoye tamahu. Ohom-monogatari nado, komayaka ni si te ohasure ba, ohom-yuduke nado mawiri tamahu.
 Sukosi hito-bito sidumari nuru ni,
 "Wono no watari ni, siri tamahe ru yadori ya haberu?"
 to, tohi tamahe ba,
 "Sika haberu. Ito koto-yau naru tokoro ni nam. Nanigasi ga haha naru Kuti-Ama no heberu wo, kyau ni haka-bakasikara nu sumika mo habera nu uti ni, kaku te komori haberu ahida ha, yonaka, akatuki ni mo, ahi-toburaha m, to omohi tamahe oki te haberu."
 nado mausi tamahu.
 "So no watari ni ha, tada tikaki korohohi made, hito ohou sumi haberi keru wo, ima ha, ito kasuka ni koso nari-yuku mere."
 nado notamahi te, ima sukosi tikaku wi yori te, sinobiyaka ni,
 "Ito uki taru kokoti mo si haberu, mata, tadune kikoye m ni tuke te ha, ika nari keru koto ni ka to, kokoro-e zu obosa re nu beki ni, kata-gata, habakara re habere do, ka no yama-zato ni, siru beki hito no kakurohe te haberu yau ni kiki haberi si wo. Tasika ni te koso ha, ika naru sama ni te, nado mo morasi kikoye me, nado omohi tamahuru hodo ni, mi-desi ni nari te, imu koto nado saduke tamahi te keri, to kiki haberu ha, makoto ka? Mada tosi mo wakaku, oya nado mo ari si hito nare ba, koko ni usinahi taru yau ni, kakoto kakuru hito nam haberu wo."
 nado notamahu.

 [1-2 僧都、薫に宇治での出来事を語る]
僧都、「さればよ。ただ人と見えざりし人のさまぞかし。かくまでのたまふは、軽々しくは思されざりける人にこそあめれ」と思ふに、「法師といひながら、心もなく、たちまちに容貌をやつしてけること」と、胸つぶれて、いらへきこえむやう思ひまはさる。
「確かに聞きたまへるにこそあめれ。かばかり心得たまひて、うかがひ尋ねたまはむに、隠れあるべきことにもあらず。なかなかあらがひ隠さむに、あいなかるべし」など、とばかり思ひ得て、
「いかなることにかはべりけむ。この月ごろ、うちうちにあやしみ思うたまふる人の御ことにや」とて、
「かしこにはべる尼どもの、初瀬に願はべりて、詣でて帰りける道に、宇治の院といふ所に留まりてはべりけるに、母の尼の労気にはかに起こりて、いたくなむわづらふと告げに、人の参うで来たりしかば、まかり向かひたりしに、まづ妖しきことなむ」
とささめきて、
「親の死に返るをばさし置きて、もて扱ひ嘆きてなむはべりし。この人も、亡くなりたまへるさまながら、さすがに息は通ひておはしければ、昔物語に、魂殿に置きたりけむ人のたとひを思ひ出でて、さやうなることにや、と珍しがりはべりて、弟子ばらの中に験ある者どもを呼び寄せつつ、代はり代はりに加持せさせなどなむしはべりける。
なにがしは、惜しむべき齢ならねど、母の旅の空にて病重きを助けて、念仏をも心乱れずせさせむと、仏を念じたてまつり思うたまへしほどに、その人のありさま、詳しうも見たまへずなむはべりし。ことの心推し量り思うたまふるに、天狗木霊などやうのものの、欺き率てたてまつりたりけるにや、となむ承り2677し。
助けて、京に率てたてまつりて後も、三月ばかりは亡き人にてなむものしたまひけるを、なにがしが妹、故衛門督の北の方にてはべりしが、尼になりてはべるなむ、一人持ちてはべりし女子を失ひて後、月日は多く隔てはべりしかど、悲しび堪へず嘆き思ひたまへはべる2678に、同じ年のほどと見ゆる人の、かく容貌いとうるはしくきよらなるを見出でたてまつりて、観音の賜へると喜び思ひて、この人いたづらになしたてまつらじと、惑ひ焦られて、泣く泣くいみじきことどもを申されしかば。
後になむ、かの坂本にみづから下りはべりて、護身など仕まつりしに、やうやう生き出でて人となりたまへりけれど、『なほ、この領じたりけるものの、身に離れぬ心地なむする。この悪しきものの妨げを逃れて、後の世を思はむ』など、悲しげにのたまふことども2679のはべりしかば、法師にては、勧めも申しつべきことにこそはとて、まことに出家せしめたてまつりてしになむはべる。
さらに、しろしめすべきこととは、いかでかそらにさとりはべらむ。珍しきことのさまにもあるを、世語りにもしはべりぬべかりしかど、聞こえありて、わづらはしかるべきことにもこそと、この老い人どものとかく申して、この月ごろ、音なくてはべりつるになむ」
と申したまへば、

 [1-2 僧都、薫に宇治での出来事を語る]
僧都は、「やはりそうであったか。普通の女とは見えなかった様子であった。このようにまでおっしゃるのは、並々にはお思いでいらっしゃらなかった人なのであろう」と思うと、「法師の役目とは言いながらも、考えもなく、すぐに尼姿いしてしまったことよ」と、胸がどきりとして、お答え申し上げることに思案なさる。
「確かなことを聞いていらっしゃるのだろう。これほどご承知で、お尋ねなさるのに、隠しきれるものでない。なまじ無理に隠そうとするのも、つまらないことであろう」などと、しばらく考えを決めて、
「どのようなことでございましょうか。ここ何か月か、内々に不審に存じておりました女のお身の上のことでしょうか」と言って、
「あちらにおります尼たちが、初瀬に祈願がございまして、参詣して帰って来た道中で、宇治院という所に泊まりましたところ、母親の尼の疲労が急に起こって、ひどく患っているという報せを、人が報告して来たので、下山して出向きましたところに、さっそく不思議なことが」
と声をひそめて、
「母親が今にも死にそうなのは差し置いて、介抱して心配しておりました。この人も、お亡くなりになったような様子ながら、やはり息はしていらっしゃいましたので、昔物語に、霊殿に置いておいた人の話を思い出して、そのようなことであろうかと、珍しがりまして、弟子の僧の中で効験のある者どもを呼び寄せては、交替で加持させたりしました。
拙僧は、惜しむほどの年齢ではないが、母親が旅の途上で病気が重いのを助けて、念仏を一心不乱にしようと、仏にお祈り申しておりましたときなので、その人の様子、詳しくは拝見せずにおりました。事情を推察しますに、天狗や木霊などのようなものが、誑かしてお連れ申したのか、と理解しておりました。
助けて、京にお連れ申して後も、三か月間は死んだ人のようでいらっしゃいましたが、拙僧の妹で、故衛門督の北の方でございました者が、尼になっておりますのが、一人持っていた女の子を亡くして後、月日はたくさん過ぎましたが、悲しみを忘れず嘆いておりましたところ、同じ年くらいに見える人で、このように器量もとても端整で美しい方を発見申して、観音が授けてくださったと喜んで、この人をお死なせ申すまいと、一生懸命になりまして、泣きながら熱心に救ってほしいと懇願申されたので。
後に、あの坂本に拙僧自身で下山して行きまして、護身などを修法いたしましたところ、だんだんと生き返って普通にお戻りになりましたが、『やはり、このとり憑いた物の怪が、身から離れないような気がする。この悪霊の妨げから逃れて、来世を祈りたい』などと、悲しそうにおっしゃることがございましたので、法師の勤めとしては、お勧め申すべきことと存じまして、本当に出家させ申し上げてしまったのでございます。
まったく、お世話なさるはずの方とは、どうして何もなしに分かりましょう。珍しい事の様子ですので、世間話の種にもなりそうですが、噂になって、厄介なことになってはいけないと、この老女どもがあれこれ申して、この何か月間は、黙っておりました」
と申し上げなさると、

 [1-2 Souzu talks Kaoru what he has experienced at Uji]
 Soudu, "Sareba yo! Tada-udo to miye zari si hito no sama zo kasi. Kaku made notamahu ha, karo-garosiku ha obosa re zari keru hito ni koso a'mere." to omohu ni, "Hohusi to ihi nagara, kokoro mo naku, tatimati ni katati wo yatusi te keru koto." to, mune tubure te, irahe kikoye m yau omohi mahasa ru.
 "Tasika ni kiki tamahe ru ni koso a'mere. Kabakari kokoro-e tamahi te, ukagahi tadune tamaha m ni, kakure aru beki koto ni mo ara zu. Naka-naka aragahi kakusa m ni, ai-nakaru besi." nado, to bakari omohi e te,
 "Ika naru koto ni ka haberi kem? Ko no tuki-goro, uti-uti ni ayasimi omou tamahuru hito no ohom-koto ni ya?" tote,
 "Kasiko ni haberu Ama-domo no, Hatuse ni gwan haberi te, maude te kaheri keru miti ni, Udi-no-win to ihu tokoro ni todomari te haberi keru ni, Haha-no-Ama no rauge nihaka ni okori te, itaku nam wadurahu to tuge ni, hito no maude ki tari sika ba, makari mukahi tari si ni, madu ayasiki koto nam."
 to sasameki te,
 "Oya no sini-kaheru wo ba sasi-oki te, mote-atukahi nageki te nam haberi si. Ko no hito mo, nakunari tamahe ru sama nagara, sasuga ni iki ha kayohi te ohasi kere ba, mukasi-monogatari ni, tama-dono ni oki tari kem hito no tatohi wo omohi-ide te, sayau naru koto ni ya, to medurasigari haberi te, desi-bara no naka ni gen aru mono-domo yobi-yose tutu, kahari-gahari ni kadi se sase nado nam si haberi keru.
 Nanigasi ha, wosimu beki yohahi nara ne do, Haha no tabi no sora ni te yamahi omoki wo tasuke te, Nenbutu wo mo kokoro midare zu se sase m to, Hotoke wo nen-zi tatematuri omou tamahe si hodo ni, so no hito no arisama, kuhasiu mo mi tamahe zu nam haberi si. Koto no kokoro osihakari omou tamahuru ni, tengu kodama nado yau no mono no, azamuki wi te tatematuri tari keru ni ya, to nam uketamahari si.
 Tasuke te, kyau ni wi te tatematuri te noti mo, mi-tuki bakari ha naki hito ni te nam monosi tamahi keru wo, nanigasi ga Imouto, ko-Wemon-no-Kami no Kitanokata ni te haberi si ga, ama ni nari te haberu nam, hitori moti te haberi si womnago wo usinahi te noti, tuki-hi ha ohoku hedate haberi sika do, kanasibi tahe zu nageki omohi tamahe haberu ni, onazi tosi no hodo to miyuru hito no, kaku katati ito uruhasiku kiyora naru wo mi-ide tatematuri te, Kwanon no tamahe ru to yorokobi omohi te, ko no hito itadura ni nasi tatematura zi to, madohi ira re te, naku-naku imiziki koto-domo wo mausa re sika ba.
 Noti ni nam, ka no Sakamoto ni midukara ori haberi te, gosin nado tukamaturi si ni, yau-yau iki-ide te hito to nari tamahe ri kere do, 'Naho, ko no ryau-zi tari keru mono no, mi ni hanare nu kokoti nam suru. Ko no asiki mono no samatage wo nogare te, noti no yo wo omoha m' nado, kanasige ni notamahu koto-domo no haberi sika ba, hohusi ni te ha, susume mo mausi tu beki koto ni koso ha tote, makoto ni syukkke se sime tatematuri te si ni nam haberu.
 Sarani, sirosimesu beki koto to ha, ikade ka sora ni satori habera m. Medurasiki koto no sama ni mo aru wo, yo-gatari ni mo si haberi nu bekari sika do, kikoye ari te, wadurahasikaru beki koto ni mo koso to, ko no oyi-bito-domo no tokaku mausi te, ko no tuki-goro, oto naku te haberi turu ni nam."
 to mausi tamahe ba,

 [1-3 薫、僧都に浮舟との面会を依頼]
「さてこそあなれ」と、ほの聞きて2680、かくまでも問ひ出でたまへることなれど、「むげに亡き人と思ひ果てにし人を、さは、まことにあるにこそは」と思す、ほど、夢の心地してあさましければ、つつみもあへず涙ぐまれたまひぬるを、僧都の恥づかしげなるに、「かくまで見ゆべきことかは」と思ひ返して、つれなくもてなしたまへど、「かく思しけることを、この世には亡き人と同じやうになしたること」と、過ちしたる心地して、罪深ければ、
「悪しきものに領ぜられたまひけむも、さるべき前の世の契りなり。思ふに、高き家の子にこそものしたまひけめ、いかなる誤りにて、かくまではふれたまひけむにか」
と、問ひ申したまへば、
「なま王家流などいふべき筋にやありけむ。ここにも、もとよりわざと思ひしことにもはべらず。ものはかなくて見つけそめてははべりしかど、また、いとかくまで落ちあふるべき際と思ひたまへざりしを。珍かに、跡もなく消え失せにしかば、身を投げたるにやなど、さまざまに疑ひ多くて、確かなることは、え聞きはべらざりつるになむ。
罪軽めてものすれば、いとよしと心やすくなむ、みづからは思ひたまへなりぬるを、母なる人なむ、いみじく恋ひ悲しぶなるを、かくなむ聞き出でたると、告げ知らせまほしくはべれど、月ごろ隠させたまひける本意違ふやうに、もの騒がしくやはべらむ。親子の仲の思ひ絶えず、悲しびに堪へで、訪らひものしなどしはべりなむかし」
などのたまひて、さて、
「いと便なきしるべとは思すとも、かの坂本に下りたまへ。かばかり聞きて、なのめに思ひ過ぐすべくは思ひはべらざりし人なるを、夢のやうなることどもも、今だに語り合はせむ、となむ思ひたまふる」
とのたまふけしき、いとあはれと思ひたまへれば、
「容貌を変へ、世を背きにきとおぼえたれど、髪鬚を剃りたる法師だに、あやしき心は失せぬもあなり。まして、女の御身はいかがあらむ。いとほしう、罪得ぬべきわざにもあるべきかな」
と、あぢきなく心乱れぬ。
「まかり下りむこと、今日明日は障りはべり。月たちてのほどに、御消息を申させはべらむ」
と申したまふ。いと心もとなけれど、「なほ、なほ」と、うちつけに焦られむも、さま悪しければ、「さらば」とて、帰りたまふ。

 [1-3 薫、僧都に浮舟との面会を依頼]
「そうであったのか」と、ちらっと聞いて、ここまで尋ね出しなさったことではあるが、「てっきり死んだ人として思い諦めていた人だが、それでは、本当は生きていたのだ」とお思いになる、その気持ちは、夢のような気がしてあきれるほどのことなので、抑えることもできずに涙ぐまれなさったのを、僧都が立派な態度なので、「こんな気弱い態度を見せてよいものか」と反省して、さりげなく振る舞いなさるが、「このようにお愛しになっていたのを、この世では死んだ人と同然にしてしまったことよ」と、過ったことをした気がして、罪障深いので、
「悪霊にとり憑かれていらしたのも、そうなるはずの前世からの因縁なのです。思うに、高貴な家柄の姫君でいらしたのでしょうが、どのような過ちによって、このようにまで身を落としなさったのだろうか」
と、お尋ね申し上げなさると、
「皇族の末裔と申す血筋であったでしょうか。わたしも、初めから特別に正妻にと考えた人ではございません。ちょっとしたことでお世話し始めるようになりましたが、また一方で、このようにまで落ちぶれる身分の方とは存じませんでした。珍しく、跡形もなく消えてしまったので、身を投げたのかなどと、いろいろとはっきりしないことが多くて、確実なことは、聞くことができませんでした。
罪障を軽くしていらっしゃるならば、とても良いことだと安心して、わたし自身は存じましたが、その母親に当たる人が、ひどく慕って悲しんでいるというを、このように聞き出したと、知らせてやりたく存じますが、何か月も隠していらっしゃったご趣旨に背くようで、何となく騒々しくなりましょうか。親子の間の恩愛は絶ち切れず、悲しみを堪えることができずに、きっと尋ねて来ますでしょう」
などとおっしゃって、そうして、
「まことに不都合な案内役とはお思いになりましょうが、あの坂本に下山なさってください。このように聞いて、いい加減に知らないふりのできるとは存じません人ですので、夢のようなことも、せめて今なりと話し合おう、と存じております」
とおっしゃる様子が、実にしみじみとお思いになっているので、
「尼姿になり、出家をしたと思っていても、髪や鬢を剃った法師でさえ、けしからぬ欲望に消えない者もいるという。まして、女人の身ではどのようなものであろうか。お気の毒にも、罪障を作ることになりはしないだろうか」
と、つまらないことを引き受けたものだと心が乱れた。
「下山することは、今日明日は差し支えがあります。来月になって、お手紙を差し上げましょう」
と申し上げなさる。まことに頼りないが、「ぜひ、ぜひ」と、急に焦れったく思うのも、みっともないので、「それでは」と言って、お帰りになる。

 [1-3 Kaoru asks Souzu to meet Ukifune]
 "Sate koso a'nare." to, hono-kiki te, kaku made mo tohi-ide tamahe ru koto nare do, "Muge ni naki hito to omohi-hate ni si hito wo, sa ha, makoto ni aru ni koso ha." to obosu, hodo, yume no kokoti si te asamasikere ba, tutumi mo ahe zu namida-guma re tamahi nuru wo, Soudu no hadukasige naru ni, "Kaku made miyu beki koto ka ha!" to omohi-kahesi te, turenaku motenasi tamahe do, "Kaku obosi keru koto wo, ko no yo ni ha naki hito to onazi yau ni nasi taru koto." to, ayamati taru kokoti si te, tumi hukakere ba,
 "Asiki mono ni ryau-ze rare tamahi kem mo, saru beki saki-no-yo no tigiri nari. Omohu ni, takaki ihe-no-ko ni koso monosi tamahi keme, ika naru ayamari ni te, kaku made hahure tamahi kem ni ka?"
 to, mausi tamahe ba,
 "Nama-wakamdohori nado ihu beki sudi ni ya ari kem? Koko ni mo, motoyori wazato omohi si koto ni mo habera zu. Mono hakanaku te mituke some te haberi sika do, mata, ito kaku made oti-ahuru beki kiha to omohi tamahe zari si wo. Meduraka ni, ato mo naku kiye-use ni sika ba, mi wo nage taru ni ya nado, sama-zama ni utagahi ohoku te, tasika naru koto ha, e kiki habera zari turu ni nam.
 Tumi karome te monosure ba, ito yosi to kokoro-yasuku nam, midukara ha omohi tamahe nari nuru wo, haha naru hito nam, imiziku kohi kanasibu naru wo, kaku nam kiki-ide taru to, tuge sira se mahosiku habere do, tuki-goro, kakusa se tamahi keru ho'i tagahu yau ni, mono-sawagasiku ya habera m? Oya-ko no naka no omohi taye zu, kanasibi ni tahe de, toburahi monosi nado si haberi na m kasi."
 nado notmahi te, sate,
 "Ito bin naki sirube to ha obosu to mo, ka no Sakamoto ni ori tamahe. Kabakari kiki te, nanome ni omohi sugusu beku ha omohi habera zari si hito naru wo, yume no yau naru koto-domo mo, ima dani katari ahase m, to nam omohi tamahuru."
 to notamahu kesiki, ito ahare to omohi tamahe re ba,
 "Katati wo kahe, yo wo somuki ni ki to oboye tare do, kami hige wo sori taru hohusi dani, ayasiki kokoro ha use nu mo a'nari. Masite, womna no ohom-mi ha ikaga ara m? Ito itohosiu, tumi e nu beki waza ni mo aru beki kana!"
 to, adiki naku kokoro-midare nu.
 "Makari ori m koto, kehu asu ha sahari haberi. Tuki tati te no hodo ni, ohom-seusoko wo mausa se habera m."
 to mausi tamahu. Ito kokoro-motonakere do, "Naho, naho." to, utituke ni ira re m mo, sama asikere ba, "Sara ba." tote, kaheri tamahu.

 [1-4 僧都、浮舟への手紙を書く]
かの御弟の童、御供に率ておはしたりけり。異兄弟どもよりは、容貌もきよげなるを、呼び出でたまひて、
「これなむ、その人の近きゆかりなるを、これをかつがつものせむ。御文一行賜へ。その人とはなくて、ただ、尋ねきこゆる人なむある、とばかりの心を知らせたまへ」
とのたまへば、
「なにがし、このしるべにて、かならず罪得はべりなむ。ことのありさまは、詳しくとり申しつ。今は、御みづから立ち寄らせたまひて、あるべからむことはものせさせたまはむに、何の咎かはべらむ」
と申したまへば、うち笑ひて、
「罪得ぬべきしるべと思ひなしたまふらむこそ、恥づかしけれ。ここには、俗の形にて、今まで過ぐすなむいとあやしき。
いはけなかりしより、思ふ心ざし深くはべるを、三条の宮の、心細げにて、頼もしげなき身一つをよすがに思したるが、避りがたきほだしにおぼえはべりて、かかづらひはべりつるほどに、おのづから位などいふことも高くなり、身のおきても心にかなひがたくなどして、思ひながら過ぎはべるには、またえ避らぬことも、数のみ添ひつつは過ぐせど、公私に、逃れがたきことにつけてこそ、さもはべらめ、さらでは、仏の制したまふ方のことを、わづかにも聞き及ばむことは、いかで過たじと、慎しみて、心の内は聖に劣りはべらぬものを。
まして、いとはかなきことにつけてしも、重き罪得べきことは、などてか思ひたまへむ。さらにあるまじきことにはべり。疑ひ思すまじ。ただ、いとほしき親の思ひなどを、聞きあきらめはべらむばかりなむ、うれしう心やすかるべき」
など、昔より深かりし方の心を語りたまふ。
僧都も、げにと、うなづきて、
「いとど尊きこと」
など聞こえたまふほどに、日も暮れぬれば、
「中宿りもいとよかりぬべけれど、うはの空にてものしたらむこそ、なほ便なかるべけれ」
と、思ひわづらひて帰りたまふに、この弟の童を、僧都、目止めてほめたまふ。
「これにつけて、まづほのめかしたまへ」
と聞こえたまへば、文書きて取らせたまふ。
「時々は山におはして遊びたまへよ」と「すずろなるやうには思すまじきゆゑもありけり」
と、うち語らひたまふ。この子は心も得ねど、文取りて御供に出づ。坂本になれば、御前の人びとすこし立ちあかれて、「忍びやかにを」とのたまふ。

 [1-4 僧都、浮舟への手紙を書く]
あのご姉弟の童を、お供として連れておいでになっていた。他の兄弟たちよりは、器量も小ざっぱりとしているのを、呼び出しなさって、
「この子が、あの女人の近親なのですが、この子をとりあえず遣わしましょう。お手紙をちょっとお書きください。誰それとはなくて、ただ、お探し申し上げる人がいる、という程度の気持ちをお知らせください」
とおっしゃると、
「拙僧が、この案内役になって、きっと罪障を負いましょう。事情は、詳しく申し上げました。今は、ご自身でお立ち寄りあそばして、なさるべきことをなさるのに、何の差し支えがございましょう」
と申し上げなさると、にっこりして、
「罪障を負う案内役とお考えになるのは、気恥ずかしいことです。わたしは、在俗の姿で、今まで過ごして来たのがまことに不思議なくらいです。
幼い時から、出家を願う気持ちは強くございましたが、母三条宮が、心細い様子で、頼りがいもないわが身一人を頼りにお思いになっているのが、逃れられない足手まといに思われまして、世俗にかかずらっておりますうちに、自然と官位なども高くなり、身の処置も思うようにならなくなったりして、出家を願いながら過ごして来て、また断れない事も、次々と多く加わって来て、過ごしておりますが、公私ともに、止むを得ない事情によって、こうしていますが、それ以外のところでは、仏がお制止になる方面のことを、少しでもお聞き及びになるようなことは、何とか守り抜こう、身を慎んで、心中では聖に負けません。
ましてや、ちょっとしたことで、重い罪障を負うようなことは、どうして考えましょうか。まったく有りえないことでございます。お疑いなさいますな。ただ、お気の毒な母親の思いなどを、聞いて晴らしてやろうというほどで、きっと嬉しく気が休まりましょう」
などと、昔から深かった道心をお話しなさる。
僧都も、なるほどと、うなずいて、
「ますます尊いことだ」
などと申し上げなさるうちに、日も暮れてしまったので、
「途中の休憩所としても大変に都合のよいはずだが、考えも決まらないうちに立ち寄るのも、やはり不都合であろう」
と、思いあぐねてお帰りになるときに、この姉弟の童を、僧都が、目を止めておほめになる。
「この子に託して、とりあえずほのめかしてください」
と申し上げなさると、手紙を書いてお与えなさる。
「時々は山においでになって遊んで行きなさいね」と「いわれのないことのようには思われないわけもありのです」
と、お話しなさる。この子は理解できないが、手紙を受け取ってお供して出る。坂本になると、ご前駆の人びとが少し離れ離れになって、「目立たないように」とおっしゃる。

 [1-4 Souzu mails to Ukifune on Kaoru's request]
 Ka no ohom-seuto no waraha, ohom-tomo ni wi te ohasi tari keri. Koto-harakara-domo yori ha, katati mo kiyoge naru wo, yobi-ide tamahi te,
 "Kore nam, so no hito no tikaki yukari naru wo, kore wo katu-gatu monose m. Ohom-humi hito-kudari tamahe. So no hito to ha naku te, tada, tadune kikoyuru hito nam aru, to bakari no kokoro wo sira se tamahe."
 to notamahe ba,
 "Nanigasi, ko no sirube ni te, kanarazu tumi e haberi na m. Koto no arisama ha, kuhasiku tori mausi tu. Ima ha, ohom-midukara tati-yora se tamahi te, aru bekara m koto ha monose sase tamaha m ni, nani no toga ka habera m."
 to mausi tamahe ba, uti-warahi te,
 "Tumi e nu beki sirube to omohi-nasi tamahu ram koso, hadukasikere. Koko ni ha, zoku no katati ni te, ima made sugusu nam ito ayasiki.
 Ihakenakari si yori, omohu kokorozasi hukaku haberu wo, Samdeu-no-Miya no, kokoro-bosoge ni te, tanomosige naki mi hitotu wo yosuga ni obosi taru ga, sari gataki hodasi ni oboye haberi te, kakadurahi haberi turu hodo ni, onodukara kurawi nado ihu koto mo takaku nari, mi no okite mo kokoro ni kanahi gataku nado si te, omohi nagara sugi haberu ni ha, mata e sara nu koto mo, kazu nomi sohi tutu suguse do, ohoyake watakusi ni, nogare gataki koto ni tuke te koso, sa mo habera me, sara de ha, Hotoke no sei-si tamahu kata no koto wo, waduka ni mo kiki oyoba m koto ha, ikade ayamata zi to, tutusimi te, kokoro no uti ha hiziri ni otori habera nu mono wo.
 Masite, ito hakanaki koto ni tuke te si mo, omoki tumi u beki koto ha, nadote ka omohi tamahe m. Sarani aru maziki koto ni haberi. Utagahi obosu mazi. Tada, itohosiki oya no omohi nado wo, kiki-akirame habera m bakari nam, uresiu kokoro-yasukaru beki."
 nado, mukasi yori hukakari si kata no kokoro wo katari tamahu.
 Soudu mo, geni to, unaduki te,
 "Itodo tahutoki koto."
 nado kikoye tamahu hodo ni, hi mo kure nure ba,
 "Naka-yadori mo ito yokari nu bekere do, uha-no-sora ni te monosi tara m koso, naho bin nakaru bekere."
 to, omohi wadurahi te kaheri tamahu ni, ko no seuto no waraha wo, Soudu, me tome te home tamahu.
 "Kore ni tuke te, madu honomekasi tamahe."
 to kikoye tamahe ba, humi kaki te tora se tamahu.
 "Toki-doki ha yama ni ohasi te asobi tamahe yo." to "Suzuro naru yau ni ha obosu maziki yuwe mo ari keri."
 to, uti-katarahi tamahu. Ko no ko ha kokoro mo e ne do, humi tori te ohom-tomo ni idu. Sakamoto ni nare ba, go-zen no hito-bito sukosi tati-akare te, "Sinobi-yaka ni wo." to notamahu.

 [1-5 浮舟、薫らの帰りを見る]
小野には、いと深く茂りたる青葉の山に向かひて、紛るることなく、遣水の蛍ばかりを、昔おぼゆる慰めにて眺めゐたまへるに、例の、遥かに見やらるる谷の軒端より、前駆心ことに追ひて、いと多う灯したる火の、のどかならぬ光を見るとて、尼君たちも端に出でゐたり。
「誰がおはするにかあらむ。御前などいと多くこそ見ゆれ」
「昼、あなたに引干し奉れたりつる返り事に、『大将殿おはしまして、御饗応のことにはかにするを、いとよき折なり』と、こそありつれ」
「大将殿とは、この女二の宮の御夫にやおはしつらむ」
など言ふも、いとこの世遠く、田舎びにたりや。まことにさにやあらむ。時々、かかる山路分けおはせし時、いとしるかりし随身の声も、うちつけにまじりて聞こゆ。
月日の過ぎゆくままに、昔のことのかく思ひ忘れぬも、「今は何にすべきことぞ」と心憂ければ、阿弥陀仏に思ひ紛らはして、いとどものも言はでゐたり。横川に通ふ人のみなむ、このわたりには近きたよりなりける。

 [1-5 浮舟、薫らの帰りを見る]
小野では、たいそう青々と茂っている青葉の山に向かって、気の紛れることなく、遣水の螢だけを、昔が偲ばれる慰めとして眺めていらっしゃると、いつものように、遥か遠くに谷の見やられる軒端から、前駆が格別の先払いして、たいそうたくさん灯している火の、あわただしい光が見えるといって、尼君たちも端に出て座っていた。
「どなたがおいでになるのだろう。ご前駆などもとても大勢に見える」
「昼、あちらに引干しを差し上げた返事に、『大将殿がいらして、ご饗応の事が急になったので、ちょうどよい時であった』と、言ったが」
「大将殿とは、今上の女二の宮の夫君のことでいらっしゃろうか」
などと言うのも、とてもこの世から隔絶して、田舎じみたことよ。ほんとうにそうであろうか。時々、このような山路を分けていらしたとき、とてもはっきりしていた随身の声も、ふと中に混じって聞こえる。
月日の過ぎ行くままに、昔のことがこのように忘れられないでいるのも、「今さらどうなることでもない」と嫌な気持ちになるので、阿弥陀仏に思いを紛らわして、ますます無口になっていた。横川に行き来する人だけが、この近辺では身近な人なのであった。

 [1-5 Ukifune looks on Kaoru going back to Kyoto]
 Wono ni ha, ito hukaku sigeri taru awoba no yama ni mukahi te, magiruru koto naku, yari-midu no hotaru bakari wo, mukasi oboyuru nagusame ni te nagame wi tamahe ru ni, rei no, haruka ni mi-yara ruru tani no nokiba yori, saki kokoro koto ni ohi te, ito ohou tomosi taru hi no, nodoka nara nu hikari miru tote, Ama-Gimi-tati mo hasi ni ide wi tari.
 "Ta ga ohasuru ni ka ara m? Go-zen nado ito ohoku koso miyure."
 "Hiru, anata ni hikibosi tatemature tari turu kaheri-goto ni, 'Daisyau-dono ohasimasi te, ohom-aruzi no koto nihaka ni suru wo, ito yoki wori nari' to, koso ari ture."
 "Daisyau-dono to ha, ko no Womna-Ni-no-Miya no ohom-wotoko ni ya ohasi tu ram."
 nado ihu mo, ito ko no yo tohoku, winaka-bi ni tari ya! Makoto ni sa ni ya ara m? Toki-doki, kakaru yama-di wake ohase si toki, ito sirukari si zuizim no kowe mo, utituke ni maziri te kikoyu.
 Tuki-hi no sugi-yuku mama ni, mukasi no koto no kaku omohi wasure nu mo, "Ima ha nani ni su beki koto zo?" to kokoro-ukere ba, Amida-Butu ni omohi magirahasi te, itodo mono mo iha de wi tari. Yokaha ni kayohu hito nomi nam, ko no watari ni ha tikaki tayori nari keru.

 2 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない [2-1 薫、浮舟のもとに小君を遣わす]
かの殿は、「この子をやがてやらむ」と思しけれど、人目多くて便なければ、殿に帰りたまひて、またの日、ことさらにぞ出だし立てたまふ。睦ましく思す人の、ことことしからぬ二、三人、送りにて、昔も常に遣はしし随身添へたまへり。人聞かぬ間に呼び寄せたまひて、
「あこが亡せにし姉の顔は、おぼゆや。今は世に亡き人と思ひ果てにしを、いと確かにこそ、ものしたまふなれ。疎き人には聞かせじと思ふを、行きて尋ねよ。母に、いまだしきに言ふな。なかなか驚き騒がむほどに、知るまじき人も知りなむ。その親の御思ひのいとほしさにこそ、かくも尋ぬれ」
と、まだきにいと口固めたまふを、幼き心地にも、姉弟は多かれど、この君の容貌をば、似るものなしと思ひしみたりしに、亡せたまひにけりと聞きて、いと悲しと思ひわたるに、かくのたまへば、うれしきにも涙の落つるを、恥づかしと思ひて、
「を、を」
と荒らかに聞こえゐたり。
かしこには、まだつとめて、僧都の御もとより、
「昨夜、大将殿の御使にて、小君や参うでたまへりし。ことの心承りしに、あぢきなく、かへりて臆しはべりてなむ、と姫君に聞こえたまへ。みづから聞こえさすべきことも多かれど、今日明日過ぐしてさぶらふべし」
と書きたまへり。「これは何ごとぞ」と尼君驚きて、こなたへもて渡りて見せたてまつりたまへば、面うち赤みて、「ものの聞こえのあるにや」と苦しう、「もの隠ししける」と恨みられむを思ひ続くるに、いらへむ方なくてゐ給へるに、
「なほ、のたまはせよ。心憂く思し隔つること」
と、いみじく恨みて、ことの心を知らねば、あわたたしきまで思ひたるほどに、
「山より、僧都の御消息にて、参りたる人なむある」
と言ひ入れたり。

 2 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない [2-1 薫、浮舟のもとに小君を遣わす]
あの殿は、「この子をそのまま遣わそう」とお思いになったが、人目が多くて不都合なので、殿にお帰りになって、翌日、特別に出発させなさる。親しくお思いになる人で、大した身分でない者を二、三人、付けて、昔もいつも使者としていた随身をお加えになった。人が聞いていない間にお呼び寄せになって、
「そなたの亡くなった姉の顔は、覚えているか。今はこの世にいない人と諦めていたが、まことに確かに、生きていらっしゃると言うのだ。他人には聞かせまいと思うので、行って確かめよ。母にも、まだ言ってはならない。かえって驚いて大騒ぎするうちに、知ってはならない人まで知ってしまおう。その母親のお嘆きがおいたわしいので、このようにして確かめるのだ」
と、今からもう厳重に口封じなさるのを、子供心にも、姉弟は多いが、この姉君の器量を、他に似る者がないと思い込んでいたので、お亡くなりになったと聞いて、とても悲しいと思い続けていたが、このようにおっしゃるので、嬉しさに涙が落ちるのを、恥ずかしいと思って、
「はい、はい」
とぶっきらぼうに申し上げた。
あちらでは、まだ早朝に、僧都の御もとから、
「昨夜、大将殿のお使いで、小君が参られたでしょうか。事情をお聞き致しまして、困ったことで、かえって気後れしておりますと、姫君に申し上げてください。拙僧自身で申し上げなければならないことも多いが、今日明日が過ぎてから伺いましょう」
と書いていらっしゃった。「これはどうしたことか」と尼君は驚いて、こちらに持って来てお見せ申し上げなさると、顔が赤くなって、「世間に知られたのではないか」とつらく、「隠し事をしていた」と恨まれることを思い続けると、答えようもなくてじっとしていらっしゃると、
「やはり、おっしゃってください。情けなく他人行儀ですこと」
と、ひどく恨んで、事情を知らないので、慌てるばかりの騷ぎのところに、
「山から、僧都のお手紙といって、参上した人が来ました」
と申し入れた。

 2 Tale of Ukifune Ukifune refused to meet her brother and to reply to Kaoru [2-1 Kaoru sends Kogimi to meet his sister Ukifune]
 Ka no Tono ha, "Ko no ko wo yagate yara m." to obosi kere do, hitome ohoku te bin nakere ba, tono ni kaheri tamahi te, mata no hi, kotosara ni zo idasi-tate tamahu. Mutumasiku obosu hito no, koto-kotosikara nu ni, sam-nin, okuri ni te, mukasi mo tune ni tukahasi si zuizin sohe tamahe ri. Hito kika nu ma ni yobi-yose tamahi te,
 "Ako ga use tamahi ni si imouto no kaho ha, oboyu ya? Ima ha yo ni naki hito to omohi-hate ni si wo, ito tasika ni koso, monosi tamahu nare. Utoki hito ni ha kika se zi to omohu wo, iki te tadune yo. Haha ni, imadasiki ni ihu na. Naka-naka odoroki sawaga m hodo ni, siru maziki hito mo siri na m. So no oya no mi-omohi no itohosisa ni koso, kaku mo tadunure."
 to, madaki ni ito kuti-gatame tamahu wo, wosanaki kokoti ni mo, harakara ha ohokare do, ko no Kimi no katati wo ba, niru mono nasi to, omohi-simi tari si ni, use tamahi ni keri to kiki te, ito kanasi to omohi wataru ni, kaku notamahe ba, uresiki ni mo namida no oturu wo, hadukasi to omohi te,
 "Wo, wo."
 to araraka ni kikoye wi tari.
 Kasiko ni ha, mada tutomete, Soudu no ohom-moto yori,
 "Yobe, Daisyau-dono no ohom-tukahi ni te, Ko-Gimi ya maude tamahe ri si. Koto no kokoro uketamahari si ni, adikinaku, kaheri te oku-si haberi te nam, to Hime-Gimi ni kikoye tamahe. Midukara kikoye sasu beki koto mo ohokare do, kehu asu sugusi te saburahu besi."
 to kaki tamahe ri. "Kore ha nani-goto zo?" to Ama-Gimi odoroki te, konata he mote watari te mise tatematuri tamahe ba, omote uti-akami te, "Mono no kikoye no aru ni ya?" to kurusiu, "Mono kakusi si keru." to urami rare m wo omohi tudukuru ni, irahe m kata naku te wi tamahe ru ni,
 "Naho, notamaha se yo. Kokoro-uku obosi hedaturu koto."
 to, imiziku urami te, koto no kokoro wo sira ne ba, awatatasiki made omohi taru hodo ni,
 "Yama yori, Soudu no ohom-seusoko ni te, mawiri taru hito nam aru."
 to ihi-ire tari.

 [2-2 君、小野山荘の浮舟を訪問]
あやしけれど、「これこそは、さは、確かなる御消息ならめ」とて、
「こなたに」
と言はせたれば、いときよげにしなやかなる童の、えならず装束きたるぞ、歩み来たる。円座さし出でたれば、簾のもとについゐて、
「かやうにては、さぶらふまじくこそは、僧都は、のたまひしか」
と言へば、尼君ぞ、いらへなどしたまふ。文取り入れて見れば、
「入道の姫君の御方に、山より」
とて、名書きたまへり。あらじなど、あらがふべきやうもなし。
いとはしたなくおぼえて、いよいよ引き入られて、人に顔も見合はせず。
「常にほこりかならずものしたまふ人柄なれど、いとうたて、心憂し」
など言ひて、僧都の御文見れば、
「今朝、ここに大将殿のものしたまひて、御ありさま尋ね問ひたまふに、初めよりありしやう詳しく聞こえはべりぬ。御心ざし深かりける御仲を背きたまひて、あやしき山賤の中に出家したまへること、かへりては、仏の責め添ふべきことなるをなむ、承り驚きはべる。
いかがはせむ。もとの御契り過ちたまはで、愛執の罪をはるかし2681きこえたまひて、一日の出家の功徳は、はかりなきものなれば、なほ頼ませたまへとなむ。ことごとには、みづからさぶらひて申しはべらむ。かつがつ、この小君聞こえたまひてむ」
と書いたり。

 [2-2 君、小野山荘の浮舟を訪問]
不思議に思うが、「これこそは、それでは、確かなお手紙であろう」と思って、
「こちらに」
と言わせなさると、とても小ぎれいでしなやかな童で、何とも言えないような着飾った者が、歩いて来た。円座を差し出すと、簾の側にちょこんと座って、
「このような形では、お持てなしを受けることはないと、僧都は、おっしゃっていました」
と言うので、尼君が、お返事などなさる。手紙を中に受け取って見ると、
「入道の姫君の御方へ、山から」
とあって、署名なさっていた。人違いだ、などと否定することもできない。
とても体裁悪く思えて、ますます後ずさりされて、誰にも顔を見せない。
「いつも控え目でいらっしゃる人柄だが、とても嫌な、情ない方」
などと言って、僧都の手紙を見ると、
「今朝、こちらに大将殿がおいでになって、ご事情をお尋ねになるので、初めからの有様を詳しく申し上げてしまいました。ご愛情の深いお二方の仲を背きなさって、賤しい山家の中で出家なさったことは、かえって、仏のお叱りを受けるはずのことを、うかがって驚いています。
しようがありません。もともとのご宿縁を間違いなさらず、愛執の罪をお晴らし申し上げなさって、一日の出家の功徳は、無量のものですから、やはりご期待なさいませと。詳細は、拙僧自身お目にかかって申し上げましょう。とりあえず、この小君が申し上げなさることでしょう」
と書いてあった。

 [2-2 Kogimi calls on the Ono villa to meet Ukifune]
 Ayasikere do, "Kore koso ha, sa ha, tasika naru ohom-seusoko nara me." tote,
 "Konata ni."
 to iha se tare ba, ito kiyoge ni sinayaka naru waraha no, e nara zu sauzoki taru zo, ayumi ki taru. Wrahuda sasi-ide tare ba, sudare no moto ni tui-wi te,
 "Kayau ni te ha, saburahu maziku koso ha, Soudu ha, notamahi sika."
 to ihe ba, Ama-Gimi zo, irahe nado si tamahu. Humi tori-ire te mire ba,
 "Nihudau-no-Himegimi no ohom-kata ni, yama yori."
 tote, na kaki tamahe ri. Ara zi nado, aragahu beki yau mo nasi.
 Ito hasitanaku oboye te, iyo-iyo hiki-ira re te, hito ni kaho mo mi-ahase zu.
 "Tune ni hokorika nara zu monosi tamahu hitogara nare do, ito utate, kokoro-usi."
 nado ihi te, Soudu no ohom-humi mire ba,
 "Kesa, koko ni Daisyau-dono no monosi tamahi te, ohom-arisama tadune tohi tamahu ni, hazime yori ari si yau kuhasiku kikoye haberi nu. Mi-kokorozasi hukakari keru ohom-naka wo somuki tamahi te, ayasiki yamagatu no naka ni syukke si tamahe ru koto, kaheri te ha, Hotoke no seme sohu beki koto naru wo nam, uketamahari odoroki haberu.
 Ikaga ha se m? Moto no ohom-tigiri ayamati tamaha de, aisihu no tumi wo harukasi kikoye tamahi te, hitohi no syukke no kudoku ha, hakari naki mono nare ba, naho tanoma se tamahe to nam. Koto-goto ni ha, midukara saburahi te mausi habera m. Katu-gatu, ko no Ko-Gimi kikoye tamahi te m."
 to kai tari.

 [2-3 浮舟、小君との面会を拒む]
まがふべくもあらず、書き明らめたまへれど、異人は心も得ず。
「この君は、誰れにかおはすらむ。なほ、いと心憂し。今さへ、かくあながちに隔てさせたまふ」
と責められて、すこし外ざまに向きて見たまへば、この子は、今はと世を思ひなりし夕暮に、いと恋しと思ひし人なりけり。同じ所にて見しほどは、いと性なく、あやにくにおごりて憎かりしかど、母のいとかなしくして、宇治にも時々率ておはせしかば、すこしおよすけしままに、かたみに思へり。
童心を思ひ出づるにも、夢のやうなり。まづ、母のありさま、いと問はまほしく、「異人びとの上は、おのづからやうやうと聞けど、親のおはすらむやうは、ほのかにもえ聞かずかし」と、なかなかこれを見るに、いと悲しくて、ほろほろと泣かれぬ。
いとをかしげにて、すこしうちおぼえたまへる心地もすれば、
「御兄弟にこそおはすめれ。聞こえまほしく思すこともあらむ。内に入れたてまつらむ」
と言ふを、「何か、今は世にあるものとも思はざらむに、あやしきさまに面変りして、ふと見えむも恥づかし」と思へば、とばかりためらひて、
「げに、隔てありと、思しなすらむが苦しさに、ものも言はれでなむ。あさましかりけむありさまは、珍かなることと見たまひてけむを、うつし心も失せ、魂などいふらむものも、あらぬさまになりにけるにやあらむ。いかにもいかにも、過ぎにし方のことを、我ながらさらにえ思ひ出でぬに、紀伊守とかありし人の、世の物語すめりし中になむ、見しあたりのことにやと、ほのかに思ひ出でらるることある心地せし。
その後、とざまかうざまに思ひ続くれど、さらにはかばかしくもおぼえぬに、ただ一人ものしたまひし人の、いかでとおろかならず思ひためりしを、まだや世におはすらむと、そればかりなむ心に離れず、悲しき折々はべるに、今日見れば、この童の顔は、小さくて見し心地するにも、いと忍びがたけれど、今さらに、かかる人にも、ありとは知られでやみなむ、となむ思ひはべる。
かの人、もし世にものしたまはば、それ一人になむ、対面せまほしく思ひはべる。この僧都の、のたまへる人などには、さらに知られたてまつらじ、とこそ思ひはべりつれ。かまへて、ひがことなりけりと聞こえなして、もて隠したまへ」
とのたまへば、
「いと難いことかな。僧都の御心は、聖といふなかにも、あまり隈なくものしたまへば、まさに残いては、聞こえたまひてむや。後に隠れあらじ。なのめに軽々しき御ほどにもおはしまさず」
など言ひ騷ぎて、
「世に知らず心強くおはしますこそ」
と、皆言ひ合はせて、母屋の際に几帳立てて入れたり。

 [2-3 浮舟、小君との面会を拒む]
疑う余地もなく、はっきりお書きになっているが、他の人には事情が分からない。
「この君は、どなたでいらっしゃのだろう。やはり、とても情けない。今になってさえ、このようにひたすらお隠しになっている」
と責められて、少し外の方を向いて御覧になると、この子は、これが最期と思った夕暮れにも、とても恋しいと思った人なのであった。一緒の所に住んでいたときは、とても意地悪で、妙に生意気で憎らしかったが、母親がとてもかわいがって、宇治にも時々連れておいでになったので、少し大きくなってからは、お互いに仲好くしていた。
子供心を思い出すにつけても、夢のようである。真先に、母親の様子を、とても尋ねたく、「その他の人びとについては自然とだんだん聞くが、母親がどうしていらっしゃるかは、少しも聞くことができない」と、なまじこの子を見たばかりに、とても悲しくなって、ぽろぽろと涙がこぼれた。
たいそう可憐で、少し似ていらっしゃるところがあるように思われるので、
「ご姉弟でいらっしゃるようだ。お話し申し上げたくお思いでいることもあろう。内にお入れ申そう」
と言うのを、「どうして、今はもう生きている者と思っていないのに、尼姿に身を変えて、急に会うのも気がひける」と思うと、しばらくためらって、
「おっしゃるとおり、隠し事があると、お思いになるのがつらくて、何も申すことができません。情けなかった姿は、珍しいことだと御覧になったでしょうが、正気も失い、魂などと申すものも、以前とは違ったものになってしまったのでしょうか、何ともかとも、過ぎ去った昔のことを、自分ながら全然思い出すことができないところに、紀伊守とかいった人が、世間話をした中で、知っていた方のことかと、わずかに思い出される気がしました。
その後は、あれやこれやと考え続けましたが、いっこうにはっきりと思い出されませんが、ただ一人おいでになった方の、何とか幸福にと並々ならず思っていらしたような母親が、まだ生きておいでかと、そのことばかりが脳裏を離れず、悲しい時々がございますので、今日見ると、この童の顔は、小さい時に見たことのある気がするのにつけても、とても堪えがたい気がするが、今さら、このような人に、生きていると知られないで終わりたいと、存じております。
あの母親が、もしこの世に生きておいででしたら、その方お一人だけには、お目にかかりたく存じております。この僧都が、おっしゃっている方などには、まったく知られ申すまいと、存じております。何とか工夫して、間違いであると申し上げて、隠してくださいませ」
とおっしゃるので、
「まことに難しいことですね。僧都のお考えは、聖と申すなかでも、あまりにに正直一途の方でいらっしゃいますから、まさに何も残さずに申し上げなさったことでしょう。後で分かってしまいましょう。いい加減な軽々しいご身分でもいらっしゃらないし」
などと言い騒いで、
「見たこともないほど強情でいらっしゃること」
と、皆で話し合って、母屋の際に几帳を立てて入れた。

 [2-3 Ukifune refused to meet her brother]
 Magahu beku mo ara zu, kaki akirame tamahe re do, koto-bito ha kokoro mo e zu.
 "Ko no Kimi ha, tare ni ka ohasu ram? Naho, ito kokoro-usi. Ima sahe, kaku anagati ni hedate sase tamahu."
 to seme rare te, sukosi to-zama ni muki te mi tamahe ba, ko no ko ha, ima ha to yo wo omohi nari si yuhugure ni, ito kohisi to omohi si hito nari keri. Onazi tokoro ni te mi si hodo ha, ito saga naku, ayaniku ni ogori te nikukari sika do, haha no ito kanasiku si te, Udi ni mo toki-doki wi te ohase sika ba, sukosi oyosuke si mama ni, katami ni omohe ri.
 Waraha-gokoro wo omohi-iduru ni mo, yume no yau nari. Madu, haha no arisama, ito toha mahosiku, "Koto-hito-bito no uhe ha, onodukara yau-yau to kike do, oya no ohasu ram yau ha, honoka ni mo e kika zu kasi." to, naka-naka kore wo miru ni, ito kanasiku te, horo-horo to naka re nu.
 Ito wokasige ni te, sukosi uti-oboye tamahe ru kokoti mo sure ba,
 "Ohom-harakara ni koso ohasu mere. Kikoye mahosiku obosu koto mo ara m. Uti ni ire tatematura m."
 to ihu wo, "Nani ka, ima ha yo ni aru mono to mo omoha zara m ni, ayasiki sama ni omo-gahari si te, huto miye m mo hadukasi." to omohe ba, to bakari tamerahi te,
 "Geni, hedate ari to, obosi nasu ram ga kurusisa ni, mono mo iha re de nam. Asamasikari kem arisama ha, meduraka naru koto to mi tamahi te kem wo, utusi-gokoro mo use, tamasihi nado ihu mono mo, ara nu sama ni nari ni keru ni ya ara m? Ika ni mo ika ni mo, sugi ni si kata no koto wo, ware nagara sarani e omohi-ide nu ni, Kii-no-Kami to ka ari si hito no, yo no monogatari su meri si naka ni nam, mi si atari no koto ni ya to, honoka ni omohi-ide raruru koto aru kokoti se si.
 So no noti, to-zama kau-zama ni omohi tudukure do, sarani haka-bakasiku mo oboye nu ni, tada hitori monosi tamahi si hito no, ikade to oroka nara zu omohi ta'meri si wo, mada ya yo ni ohasu ram to, sore bakari nam kokoro ni hanare zu, kanasiki wori-wori haberu ni, kehu mire ba, ko no waraha no kaho ha, tihisaku te mi si kokoti suru ni mo, ito sinobi gatakere do, ima-sara ni, kakaru hito ni mo, ari to ha sira re de yami na m, to nam omohi haberu.
 Ka no hito, mosi yo ni monosi tamaha ba, sore hitori ni nam, timen se mahosiku omohi haberu. Ko no Soudu no, notamahe ru hito nado ni ha, sarani sira re tatematura zi, to koso omohi haberi ture. Kamahe te, higa-koto nari keri to kikoye nasi te, mote-kakusi tamahe."
 to notamahe ba,
 "Ito katai koto kana! Soudu no mi-kokoro ha, hiziri to ihu naka ni mo, amari kuma naku monosi tamahe ba, masa ni nokoi te ha, kikoye tamahi te m ya? Noti ni kakure ara zi. Nanome ni karo-garosiki ohom-hodo ni mo ohasimasa zu."
 nado ihi-sawagi te,
 "Yo ni sira zu kokoro-duyoku ohasimasu koso."
 to, mina ihi-ahase te, moya no kiha ni kityau tate te ire tari.

 [2-4 小君、薫からの手紙を渡す]
この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らむもつつましけれど、
「またはべる御文、いかでたてまつらむ。僧都の御しるべは、確かなるを、かくおぼつかなくはべるこそ」
と、伏目にて言へば、
「そそや。あな、うつくし」
など言ひて、
「御文御覧ずべき人は、ここにものせさせたまふめり。見証の人なむ、いかなることにかと、心得がたくはべるを、なほのたまはせよ。幼き御ほどなれど、かかる御しるべに頼みきこえたまふやうもあらむ」
など言へど、
「思し隔てて、おぼおぼしくもてなさせたまふには、何事をか聞こえはべらむ。疎く思しなりにければ、聞こゆべきこともはべらず。ただ、この御文を、人伝てならで奉れ、とてはべりつる、いかでたてまつらむ」
と言へば、
「いとことわりなり。なほ、いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき御心にこそ」
と聞こえ動かして、几帳のもとに押し寄せたてまつりたれば、あれにもあらでゐたまへるけはひ、異人には似ぬ心地すれば、そこもとに寄りて奉りつ。
「御返り疾く賜はりて2682、参りなむ」
と、かく疎々しきを、心憂しと思ひて急ぐ。
尼君、御文ひき解きて、見せたてまつる。ありしながらの御手にて、紙の香など、例の、世づかぬまでしみたり。ほのかに見て、例の、ものめでのさし過ぎ人、いとありがたくをかしと思ふべし。
「さらに聞こえむ方なく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひ許しきこえて、今はいかで、あさましかりし世の夢語りをだに、と急がるる心の、我ながらもどかしきになむ。まして、人目はいかに」
と、書きもやりたまはず。
「法の師と尋ぬる道をしるべにて
思はぬ山に踏み惑ふかな
この人は、見や忘れたまひぬらむ。ここには、行方なき御形見に見る物にてなむ」
など、こまやかなり。

 [2-4 小君、薫からの手紙を渡す]
この子も、そうは聞いていたが、子供なので、唐突に言葉かけるのも気がひけるが、
「もう一通ございますお手紙を、ぜひ差し上げたい。僧都のお導きは、確かなことでしたのに、このようにはっきりしませんとは」
と、伏目になって言うと、
「それそれ。まあ、かわいらしい」
などと言って、
「お手紙を御覧になるはずの人は、ここにいらっしゃるようです。はたの者は、どのようなことかと分からずにおりますが、さらにおっしゃってください。幼いご年齢ですが、このようなお使いをお任せになる理由もあるのでしょう」
などと言うので、
「よそよそしくなさって、はっきりしないお持てなしをなさるのでは、何を申し上げられましょう。他人のようにお思いになっていたら、申し上げることもございません。ただ、このお手紙を、人を介してではなく差し上げなさい、とございましたので、ぜひとも差し上げたい」
と言うと、
「まことにごもっともです。やはり、とてもこのように情けなくいらっしゃらないで。いくら何でも気味悪いほどのお方ですこと」
とお促し申して、几帳の側に押し寄せ申したので、人心地もなく座っていらっしゃるその感じは、他人ではない気がするので、すぐそこに近寄って差し上げた。
「お返事を早く頂戴して、帰りましょう」
と、このようにすげない態度を、つらいと思って急ぐ。
尼君は、お手紙を開いて、お見せ申し上げる。以前と同じようなご筆跡で、紙の香なども、いつもの、世にないまで染み込んでいた。ちらっと見て、例によって、何にでも感心するでしゃばり者は、ほんとめったになく素晴らしいと思うであろう。
「まったく申し上げようもなく、いろいろと罪障の深いお身の上を、僧都に免じてお許し申し上げて、今は何とかして、驚きあきれたような当時の夢のような思い出話なりとも、せめてと、せかれる気持ちが、自分ながらもどかしく思われることです。まして、傍目にはどんなに見られることでしょうか」
と、お心を書き尽くしきれない。
「仏法の師と思って尋ねて来た道ですが、それを道標としていたのに
思いがけない山道に迷い込んでしまったことよ
この子は、お忘れになったでしょうか。わたしは、行方不明になったあなたのお形見として見ているのです」
などと、とても愛情がこもっている。

 [2-4 Kogimi hands a Kaoru's mail to Ukifune]
 Ko no ko mo, sa ha kiki ture do, wosanakere ba, huto ihi-yora m mo tutumasikere do,
 "Mata haberu ohom-humi, ikade tatematura m? Soudu no ohom-sirube ha, tasika naru wo, kaku obotukanaku haberu koso."
 to, husi-me ni te ihe ba,
 "Soso ya! Ana, utukusi!"
 nado ihi te,
 "Ohom-humi go-ran zu beki hito ha, koko ni monose sase tamahu meri. Kesou no hito nam, ika naru koto ni ka to, kokoro-e gataku haberu wo, naho notamaha se yo. Wosanaki ohom-hodo nare do, kakaru ohom-sirube ni tanomi kikoye tamahu yau mo ara m."
 nado ihe do,
 "Obosi hedate te, obo-obosiku motenasa se tamahu ni ha, nani-goto wo ka kikoye habera m. Utoku obosi nari ni kere ba, kikoyu beki koto mo habera zu. Tada, ko no ohom-humi wo, hito-dute nara de tatemature, tote haberi turu, ikade tatematura m."
 to ihe ba,
 "Ito kotowari nari. Naho, ito kaku utate na ohase so. Sasuga ni mukutukeki mi-kokoro ni koso."
 to kikoye ugokasi te, kityau no moto ni osi-yose tatematuri tare ba, are ni mo ara de wi tamahe ru kehahi, koto-bito ni ha ni nu kokoti sure ba, sokomoto ni yori te tatematuri tu.
 "Ohom-kaheri toku tamahari te, mawiri na m."
 to, kaku uto-utosiki wo, kokoro-usi to omohi te isogu.
 Ama-Gimi, ohom-humi hiki-toki te, mise tatematuru. Ari si nagara no ohom-te ni te, kami no ka nado, rei no, yo-duka nu made simi tari. Honoka ni mi te, rei no, mono-mede no sasi-sugi-bito, ito ari-gataku wokasi to omohu besi.
 "Sarani kikoye m kata naku, sama-zama ni tumi omoki mi-kokoro wo ba, Soudu ni omohi yurusi kikoye te, ima ha ikade, asamasikari si yo no yume gatari wo dani, to isoga ruru kokoro no, ware nagara modokasiki ni nam. Masite, hitome ha ika ni?"
 to, kaki mo yari tamaha zu.
 "Nori no si to tadunuru miti wo sirube ni te
 omoha nu yama ni humi madohu kana

 Ko no hito ha, mi ya wasure tamahi nu ram. Koko ni ha, yukuhe naki ohom-katami ni miru mono ni te nam."
 nado, komayaka nari.

 [2-5 浮舟、薫への返事を拒む]
かくつぶつぶと書きたまへるさまの、紛らはさむ方なきに、さりとて、その人にもあらぬさまを、思ひの外に見つけられきこえたらむほどの、はしたなさなどを思ひ乱れて、いとど晴れ晴れしからぬ心は、言ひやるべき方もなし。
さずがにうち泣きて、ひれ臥したまへれば、「いと世づかぬ御ありさまかな」と、見わづらひぬ。
「いかが聞こえむ」
など責められて、
「心地のかき乱るやうにしはべるほど、ためらひて、今聞こえむ。昔のこと思ひ出づれど、さらにおぼゆることなく、あやしう、いかなりける夢にかとのみ、心も得ずなむ。すこし静まりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、なほ持て参りたまひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし」
とて、広げながら、尼君にさしやりたまへれば、
「いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見たてまつる人も、罪さりどころなかるべし」
など言ひ騒ぐも、うたて聞きにくくおぼゆれば、顔も引き入れて臥したまへり。
主人ぞ、この君に物語すこし聞こえて、
「もののけにやおはすらむ。例のさまに見えたまふ折なく、悩みわたりたまひて、御容貌も異になりたまへるを、尋ねきこえたまふ人あらば、いとわづらはしかるべきこと、と見たてまつり嘆きはべりしも、しるく、かくいとあはれに、心苦しき御ことどもはべりけるを、今なむ、いとかたじけなく思ひはべる。
日ごろも、うちはへ悩ませたまふめるを、いとどかかることどもに思し乱るるにや、常よりもものおぼえさせたまはぬさまにてなむ」
と聞こゆ。

 [2-5 浮舟、薫への返事を拒む]
このようにこまごまとお書きになっている様子が、紛れようもないので、そうかといって、昔の自分とも違う姿を、意外にも見つけられ申したときの、体裁の悪さなどを思い乱れて、今まで以上に晴れ晴れしくない気持ちは、何ともいいようがない。
そうはいってもふと涙がこぼれて、臥せりなさったので、「まことに世間知らずのなさりようだ」と、扱いかねた。
「どのように申し上げましょう」
などと責められて、
「気分がとても苦しゅうございますのを、おさまりましてから、やがて差し上げましょう。昔のことを思い出しても、まったく思い当たることがなく、不思議で、どのような夢であったのかとばかり、分かりません。少し気分が静まったら、このお手紙なども、分かるようなこともありましょうか。今日は、やはりお持ち帰りください。人違いであったら、とても体裁悪いでしょうから」
と言って、広げたまま、尼君にお渡しになったので、
「とても見苦しいなさりようですこと。あまり不作法なのは、世話している者どもも、咎を免れないことでしょう」
などと言って騒ぐのも、嫌で聞いていられなく思われるので、顔を引き入れてお臥せりになった。
主人の尼が、この君にお話を少し申し上げて、
「物の怪のせいでしょうか。いつもの様子にお見えになる時もなく、ずっと患っていらっしゃって、お姿も尼姿におなりになったが、お探し申し上げなさる方がいたら、とても厄介なことになりましょうことよと、拝見し嘆いておりましたのも、その通りに、このようにまことにおいたわしく、胸打つご事情がございましたのを、今は、まことに恐れ多く存じております。
常日頃も、ずっとご病気がちでいらしたようなのを、ますますこのようなお手紙にお思い乱れなさったのか、いつも以上に分別がなくおいでです」
と申し上げる。

 [2-5 Ukifune refused to reply to Kaoru]
 Kaku tubu-tubu to kaki tamahe ru sama no, magirahasa m kata naki ni, sari tote, so no hito ni mo ara nu sama wo, omohi no hoka ni mituke rare kikoye tara m hodo no, hasitanasa nado wo, omohi midare te, itodo hare-baresikara nu kokoro ha, ihi-yaru beki kata mo nasi.
 Sasuga ni uti naki te, hire-husi tamahe re ba, "Ito yo-duka nu mi-arisama kana!" to, mi wadurahi nu.
 "Ikaga kikoye m?"
 nado seme rare te,
 "Kokoti no kaki-midaru yau ni si haberu hodo, tamerahi te, ima kikoye m. Mukasi no koto omohi-idure do, sarani oboyuru koto naku, ayasiu, ika nari keru yume ni ka to nomi, kokoro mo e zu nam. Sukosi sidumari te ya, ko no ohom-humi nado mo, mi sira ruru koto mo ara m. Kehu ha, naho mote mawiri tamahi ne. Tokoro-tagahe ni mo ara m ni, ito kataharaitakaru besi."
 tote, hiroge nagara, Ama-Gimi ni sasiyari tamahe re ba,
 "Ito mi-gurusiki ohom-koto kana! Amari kesikara nu ha, mi tatematuru hito mo, tumi sari dokoro nakaru besi."
 nado ihi sawagu mo, utate kiki nikuku oboyure ba, kaho mo hiki-ire te husi tamahe ri.
 Aruzi zo, ko no Kimi ni monogatari sukosi kikoye te,
 "Mononoke ni ya ohasu ram? Rei no sama ni miye tamahu wori naku, nayami watari tamahi te, ohom-katati mo koto ni nari tamahe ru wo, tadune kikoye tamahu hito ara ba, ito wadurahasikaru beki koto, to mi tatematuri nageki haberi si mo, siruku, kaku ito ahare ni, kokoro-gurusiki ohom-koto-domo haberi keru wo, ima nam, ito katazikenaku omohi haberu.
 Hi-goro mo, utihahe nayama se tamahu meru wo, itodo kakaru koto-domo ni obosi midaruru ni ya, tune yori mo mono oboye sase tamaha nu sama ni te nam."
 to kikoyu.

 [2-6 小君、空しく帰り来る]
所につけてをかしき饗応などしたれど、幼き心地は、そこはかとなくあわてたる心地して、
「わざと奉れさせたまへるしるしに、何事をかは聞こえさせむとすらむ。ただ一言をのたまはせよかし」
など言へば、
「げに」
など言ひて、かくなむ、と移し語れど、ものものたまはねば、かひなくて、
「ただ、かく、おぼつかなき御ありさまを聞こえさせたまふべきなめり。雲の遥かに2683隔たらぬほどにもはべるめるを、山風吹くとも、またもかならず立ち寄らせたまひなむかし」
と言へば、すずろにゐ暮らさむもあやしかるべければ、帰りなむとす。人知れずゆかしき御ありさまをも、え見ずなりぬるを、おぼつかなく口惜しくて、心ゆかずながら参りぬ。
いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくて帰り来たれば、すさまじく、「なかなかなり」と、思すことさまざまにて、「人の隠し据ゑたるにやあらむ」と、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、落とし置きたまへりしならひに、とぞ本にはべめる。

 [2-6 小君、空しく帰り来る]
山里らしい趣のある饗応などをしたが、子供心には、どことなくいたたまれないような気がして、
「わざわざお遣わしあそばされたそのしるしに、何とお返事申し上げたらよいのでしょう。ただ一言でもおっしゃってください」
などと言うと、
「ほんとうですこと」
などと言って、これこれです、とそのまま伝えるが、何もおっしゃらないので、しかたなくて、
「ただ、あのように、はっきりしないご様子を申し上げなさるのがよいのでしょう。雲が遥かに遠く隔たった場所でもないようでございますので、山の風が吹いても、またきっとお立ち寄りなさいまし」
と言うので、用もないのに日暮れまでいるのも妙な具合なので、帰ろうとする。心ひそかにお会いしたいご様子なのに、会うこともできずに終わったのを、気がかりで残念で、不満足のまま帰参した。
早く早くとお待ちになっていたが、このようにはっきりしないまま帰って来たので、期待が外れて、「かえって遣らないほうがましだった」と、お思いになることがいろいろで、「誰かが隠し置いているのであろうか」と、ご自分の想像の限りを尽くして、放ってお置きになった経験からも、と本にございますようです。

 [2-6 Kogimi came back to no purpose]
 Tokoro ni tuke te wokasiki aruzi nado si tare do, wosanaki kokoti ha, sokohakatonaku awate taru kokoti si te,
 "Wazato tatemature sase tamahe ru sirusi ni, nani-goto wo ka ha kikoye sase m to su ram? Tada hito-koto wo notamaha se yo kasi."
 nado ihe ba,
 "Geni."
 nado ihi te, kaku nam, to utusi katare do, mono mo notamaha ne ba, kahi naku te,
 "Tada, kaku, obotukanaki mi-arisama wo kikoye sase tamahu beki na'meri. Kumo no haruka ni hedatara nu hodo ni mo haberu meru wo, yama-kaze huku to mo, mata mo kanara zu tati-yora se tamahi na m kasi."
 to ihe ba, suzuro ni wi kurasa m mo ayasikaru bekere ba, kaheri na m to su. Hito sire zu yukasiki mi-arisama wo mo, e mi zu nari nuru wo, obotukanaku kutiwosiku te, kokoro-yuka zu nagara mawiri nu.
 Itusika to mati ohasuru ni, kaku tado-tadosiku te kaheri ki tare ba, susamaziku, "Naka-naka nari." to, obosu koto sama-zama ni te, "Hito no kakusi suwe taru ni ya ara m?" to, wa ga mi-kokoro no omohi-yora nu kuma naku, otosi-oki tamahe ri si narahi ni, to zo hon ni habe' meru.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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