源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 Tale of Suetsumu had her red nose

2 Tale of Murasaki

 思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を、年月経れど、思し忘れず、ここもかしこも、うちとけぬ限りの、気色ばみ心深きかたの御いどましさに、け近くうちとけたりしあはれに、似るものなう恋しく思ほえたまふ。
いかで、ことことしきおぼえはなく、いとらうたげならむ人の、つつましきことなからむ、見つけてしがなと、こりずまに思しわたれば、すこしゆゑづきて聞こゆるわたりは、御耳とどめたまはぬ隈なきに、さてもやと、思し寄るばかりのけはひあるあたりにこそは、一行をもほのめかしたまふめるに、なびききこえずもて離れたるは、をさをさあるまじきぞ、いと目馴れたるや。
つれなう心強きは、たとしえなう情けおくるるまめやかさなど、あまりもののほど知らぬやうに、さてしも過ぐしはてず、名残なくくづほれて、なほなほしき方に定まりなどするもあれば、のたまひさしつるも多かりける。
かの空蝉を、ものの折々には、ねたう思し出づ。荻の葉も、さりぬべき風のたよりある時は、おどろかしたまふ折もあるべし。火影の乱れたりしさまは、またさやうにても見まほしく思す。おほかた、名残なきもの忘れをぞ、えしたまはざりける。

 どんなに思ってもなお飽き足りなかった夕顔の露のように先立たれた時の悲しみを、年月を経てもお忘れにならず、いずれもいずれも気の置ける方ばかりで、気取って思慮深さを競い合っているのに対して、人なつこく気を許していたかわいらしさに、二人となく恋しくお思い出しなさる。
何とかして、大層な評判はなく、とてもかわいらしげな女性で、気の置けないようなのを、見つけたいものだと、性懲りもなく思い続けていらっしゃるので、少しでも風流人らしく評判されるあたりには、漏れなくお耳を留めにならないことはないのに、それではと、お考え立たれるほどの人には、ちょっと手紙をおやりになるらしいが、お靡き申さずよそよそしく振る舞う人は、めったにいないらしいのには、まったく見飽きたことだ。
すげなく強情な人は、いいようのないほど情愛に欠けた真面目一方など、大して人情の機微を知らないようで、そのくせ最後までそれを貫き通せず、すっかり曲げて、いかにも平凡な男におさまったりなどする人もいるので、中途でやめておしまいになる人も多いのであった。
あの空蝉を、何かの折節には、妬ましくお思い出しになる。荻の葉も、適当な機会がある時は、気をお引きなさる時もあるのだろう。燈火に照らされてしどけなかった姿は、もう一度そうして見たいものだとお思いになる。総じて、すっかりお忘れになることは、できないご性分なのであった。

1 Tale of Suetsumu had her red nose [1-1 Genji recollects women related in his past life]
 Omohe do mo naho aka zari si Yuhugaho no tuyu ni okure si kokoti wo, tosi-tuki hure do, obosi wasure zu, koko mo kasiko mo, uti-toke nu kagiri no, kesiki-bami kokoro-hukaki kata no ohom-idomasisa ni, ke-dikaku uti-toke tari si ahare ni, niru mono nau kohisiku omohoye tamahu.
 Ikade, koto-kotosiki oboye ha naku, ito rautage nara m hito no, tutumasiki koto nakara m, mituke te si gana to, korizuma ni obosi watare ba, sukosi yuwe-duki te kikoyuru watari ha, ohom-mimi todome tamaha nu kuma naki ni, sate mo ya to, obosi yoru bakari no kehahi aru atari ni koso ha, hito-kudari wo mo honomekasi tamahu meru ni, nabiki kikoye zu mote-hanare taru ha, wosa-wosa aru mazi ki zo, ito me nare taru ya!
 Turenau kokoro-duyoki ha, tatosihe nau nasake okururu mame-yakasa nado, amari mono no hodo sira nu yau ni, sate si mo sugusi hate zu, nagori naku kuduhore te, naho-nahosiki kata ni sadamari nado suru mo are ba, notamahi sasi turu mo, ohokari keru.
 Kano Utusemi wo, mono no wori-wori ni ha, netau obosi idu. Wogi-no-ha mo, sa'rinu-beki kaze no tayori aru toki ha, odorokasi tamahu wori mo aru besi. Ho-kage no midare tari si sama ha, mata sayau ni te mo mi mahosiku obosu. Ohokata, nagori naki mono-wasure wo zo, e si tamaha zari keru.

 左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎに思いたるが女、大輔の命婦とて、内裏に273さぶらふ、わかむどほりの兵部大輔なる女なりけり。いといたう色好める若人にてありけるを、君も召し使ひなどしたまふ。母は筑前守の妻にて、下りにければ、父君のもとを里にて行き通ふ。
故常陸親王の、末にまうけていみじうかなしうかしづきたまひし御女、心細くて残りゐたるを、もののついでに語りきこえければ、あはれのことやとて、御心とどめて問ひ聞きたまふ。
「心ばへ容貌など、深き方はえ知りはべらず。かいひそめ、人疎うもてなしたまへば、さべき宵など、物越しにてぞ、語らひはべる。琴をぞなつかしき語らひ人と思へる」と聞こゆれば、
「三つの友274にて、今一種やうたてあらむ」とて、「我に聞かせよ。父親王の、さやうの方にいとよしづきてものしたまうければ、おしなべての手にはあらじ、となむ思ふ」とのたまへば、
「さやうに聞こし召すばかりにはあらずやはべらむ」
と言へど、御心とまるばかり聞こえなすを、
「いたうけしきばましや。このころの朧月夜に忍びてものせむ。まかでよ」
とのたまへば、わづらはしと思へど、内裏わたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ。
父の大輔の君は外にぞ住みける。ここには時々ぞ通ひける。命婦は、継母のあたりは住みもつかず、姫君の御あたりをむつびて、ここには来るなりけり。

 左衛門の乳母といって、大弍の次に大切に思っていらっしゃる者の娘で、大輔の命婦といって、内裏に仕えている者は、皇族の血筋を引く兵部の大輔という人の娘であった。とても大層な色好みの若女房であったのを、君も召し使ったりなどなさる。母親は、筑前守と再婚して、赴任していたので、父君の家を里として通っている。
故常陸親王が晩年に儲けて、大層大切にお育てなさったおん姫君が、心細く遺されて暮らしているのを何かの折に、お話申し上げたところ、気の毒なことだと、お心に留めてお尋ねなさる。
「気立てや器量など、詳しくは存じません。控え目で、人と交際していらっしゃらないので、何か用のあった宵などに、物を隔ててお話しております。琴を親しい話相手と思っています」と申し上げると、
「三つの友として、もう一つは不向きだろう」と言って、「わたしに聞かせよ。父親王が、その方面でとても造詣が深くていらしたので、並大抵の手ではあるまい、と思う」とおっしゃると、
「そのようにお聞きあそばすほどのことではございませんでしょう」
と言うが、お心惹かれるようにわざと申し上げるので、
「ひどくもったいぶるね。このごろの朧月夜にこっそり行こう。退出せよ」
とおっしゃるので、面倒なと思うが、内裏でものんびりとした春の所在ない折に退出した。
父親の大輔の君は他に住んでいるのであった。ここには時々通って来るのであった。命婦は、継母の家には住まず、姫君の家と懇意にして、ここには来るのであった。

 [1-2 Genji takes interest in the late Hitachi-no-miya's daughter]
 Sawemon-no-Menoto tote, Daini no sasi-tugi ni oboi taru ga musume, Taihu-no-Myaubu tote, Uti ni saburahu, wakamdohori no Hyaubu-no-Taihu naru musume nari keri. Ito itau iro-konome ru waka-udo ni te ari keru wo, Kimi mo mesi tukahi nado si tamahu. Haha ha Tikuzen-no-Kami no me ni te, kudari ni kere ba, Titi-Gimi no moto wo sato ni te yuki kayohu.
 Ko-Hitati-no-Miko no, suwe ni mauke te imiziu kanasiu kasiduki tamahi si ohom-musume, kokoro-bosoku te nokori wi taru wo, mono no tuide ni katari kikoye kere ba, ahare no koto ya tote, mi-kokoro todome te tohi kiki tamahu.
 "Kokoro-bahe katati nado, hukaki kata ha e siri habera zu. Kai-hisome, hito utou motenasi tamahe ba, sa'beki yohi nado, mono-gosi ni te zo, katarahi haberu. Kin wo zo natukasiki katarahi-bito to omohe ru." to kikoyure ba,
 "Mi-tu no tomo ni te, ima hito-kusa ya utate ara m." tote, "Ware ni kikase yo. Titi-Miko no, sayau no kata ni ito yosi-duki te monosi tamau kere ba, osinabete no te ni ha ara zi, to nam omohu." to notamahe ba,
 "Sayau ni kikosimesu bakari ni ha ara zu ya habera m."
 to ihe do, mi-kokoro tomaru bakari kikoye-nasu wo,
 "Itau kesiki-bamasi ya! Kono-koro no oboro-dukiyo ni sinobi te monose m. Makade yo!"
 to notamahe ba, wadurahasi to omohe do, Uti watari mo nodoyaka naru haru no ture-dure ni makade nu.
 Titi no Taihu-no-Kimi ha hoka ni zo sumi keru. Koko ni ha toki-doki zo kayohi keru. Myaubu ha, Mama-haha no atari ha sumi mo tuka zu, Hime-Gimi no ohom-atari wo mutubi te, koko ni ha kuru nari keri.

 のたまひしもしるく、十六夜の月をかしきほどにおはしたり。
「いと、かたはらいたきわざかな。ものの音澄むべき夜のさまにもはべらざめるに」と聞こゆれど、
「なほ、あなたにわたりて、ただ一声も、もよほしきこえよ。むなしくて帰らむが、ねたかるべきを」
とのたまへば、うちとけたる住み処に据ゑたてまつりて、うしろめたうかたじけなしと思へど、寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、梅の香をかしきを見出だしてものしたまふ。よき折かな、と思ひて、
「御琴の音、いかにまさりはべらむと、思ひたまへらるる夜のけしきに、誘はれはべりてなむ。心あわたたしき出で入りに、えうけたまはらぬこそ口惜しけれ」と言へば、
「聞き知る人275こそあなれ。百敷に行き交ふ人の聞くばかりやは」
とて、召し寄するも、あいなう、いかが聞きたまはむと、胸つぶる。
ほのかに掻き鳴らしたまふ、をかしう聞こゆ。何ばかり深き手ならねど、ものの音がらの筋ことなるものなれば、聞きにくくも思されず。
「いといたう荒れわたりて寂しき所に、さばかりの人の、古めかしう、ところせく、かしづき据ゑたりけむ名残なく、いかに思ほし残すことなからむ。かやうの所にこそは、昔物語にもあはれなることどもありけれ」など思ひ続けても、ものや言ひ寄らまし、と思せど、うちつけにや思さむと、心恥づかしくて、やすらひたまふ。
命婦、かどある者にて、いたう耳ならさせたてまつらじ、と思ひければ、
「曇りがちにはべるめり。客人の来むとはべりつる、いとひ顔にもこそ。いま心のどかにを。御格子参りなむ」
とて、いたうもそそのかさで帰りたれば、
「なかなかなるほどにて止みぬるかな。もの聞き分くほどにもあらで、ねたう」
とのたまふけしき、をかしと思したり。
「同じくは、け近きほどの立ち聞きせさせよ」
とのたまへど、「心にくくて」と思へば、
「いでや、いとかすかなるありさまに思ひ消えて、心苦しげにものしたまふめるを、うしろめたきさまにや」
と言へば、「げに、さもあること。にはかに我も人もうちとけて語らふべき人の際は、際とこそあれ」など、あはれに思さるる人の御ほどなれば、
「なほ、さやうのけしきをほのめかせ」と、語らひたまふ。
また契りたまへる方やあらむ、いと忍びて帰りたまふ。
「主上の、まめにおはしますと、もてなやみきこえさせたまふこそ、をかしう思うたまへらるる折々はべれ。かやうの御やつれ姿を、いかでかは276御覧じつけむ」
と聞こゆれば、たち返り、うち笑ひて、
「異人の言はむやうに、咎なあらはされそ。これをあだあだしきふるまひと言はば、女のありさま苦しからむ」
とのたまへば、「あまり色めいたりと思して、折々かうのたまふを、恥づかし」と思ひて、ものも言はず。
寝殿の方に、人のけはひ聞くやうもやと思して、やをら立ち退きたまふ。透垣のただすこし折れ残りたる隠れの方に、立ち寄りたまふに、もとより立てる男ありけり。「誰ならむ。心かけたる好き者ありけり」と思して、蔭につきて立ち隠れたまへば、頭中将なりけり。
この夕つ方、内裏よりもろともにまかでたまひける、やがて大殿にも寄らず、二条院にもあらで、引き別れたまひけるを、いづちならむと、ただならで、我も行く方あれど、後につきてうかがひけり。怪しき馬に、狩衣姿のないがしろにて来ければ、え知りたまはぬに、さすがに、かう異方に入りたまひぬれば、心も得ず思ひけるほどに、ものの音に聞きついて立てるに、帰りや出でたまふと、下待つなりけり。
君は、誰ともえ見分きたまはで、我と知られじと、抜き足に歩みたまふに、ふと寄りて、
「ふり捨てさせたまへるつらさに、御送り仕うまつりつるは。
もろともに大内山は出でつれど
入る方見せぬいさよひの月」
と恨むるもねたけれど、この君と見たまふ、すこしをかしうなりぬ。
「人の思ひよらぬことよ」と憎む憎む、
「里わかぬかげをば見れどゆく月の
いるさの山を誰か尋ぬる」
「かう慕ひありかば、いかにせさせたまはむ」と聞こえたまふ。
「まことは、かやうの御歩きには、随身からこそはかばかしきこともあるべけれ。後らさせたまはでこそあらめ。やつれたる御歩きは、軽々しき事も出で来なむ」
と
277、おし返しいさめたてまつる。かうのみ見つけらるるを、ねたしと思せど、かの撫子はえ尋ね知らぬを、重き功に、御心のうちに思し出づ。

 おっしゃったとおりに、十六夜の月が美しい晩にいらっしゃった。
「とても、困りましたことですわ。楽の音が冴え渡って聞こえる夜でもございませんようなので」と申し上げるが、
「もっと、あちらに行って、たった一声でも、お勧め申せ。聞かないで帰るようなのが、癪だろうから」
とおっしゃるので、くつろいだ部屋でお待ちいただいて、気がかりでもったいないと思うが、寝殿に参上したところ、まだ格子を上げたままで、梅の香の素晴らしいのを眺めていらっしゃる。ちょうど良い折だと思って、
「お琴の音は、どんなに聞き優ることでございましょうと、思わずにはいられません今夜の風情に、心惹かれまして。気ぜわしくお伺いして、お聞かせ頂けないのが残念でございます」と言うと、
「分かる人がいるというのですね。宮中にお出入りしている人が聞くほどでも」
と言って、取り寄せるので、人ごとながら、どのようにお聞きになるだろうかと、どきどきする。
かすかに掻き鳴らしなさるのが、趣あるように聞こえる。特に上手といったほどでもないが、楽器の音色が他とは違って格式高い物なので、聞きにくいともお思いにならない。
「とてもひどく一面に荒れはた寂しい邸に、これほどの女性が、古めかしく、格式ばって、大切にお育てしていたのであろう面影もすっかりなくなって、どれほど物思いの限りを尽くしていらっしゃることだろう。このような所にこそ、昔物語にもしみじみとした話がよくあったものだ」などと連想して、言い寄ってみようかしら、とお思いになるが、唐突だとお思いになるであろうかと、気がひけて、躊躇なさる。
命婦は、よく気の利く者で、たくさんお聞かせ申すまい、と思ったので、
「曇りがちのようでございます。お客が来ることになっておりました、嫌っているようにも受け取られては。そのうち、ゆっくりと。御格子を下ろしましょう」
と言って、あまりお勧めしないで帰って来たので、
「中途半端な所で終わってしまったね。十分聞き分けられる間もなくて、残念に」
とおっしゃる様子は、ご関心をお持ちである。
「同じことなら、もっと近い所で立ち聞きさせよ」
とおっしゃるが、「もっと聞きたいと思うところで」と思うので、
「さあ、いかがなものでしょうか、とてもひっそりとした様子に思い沈んで、気の毒そうでいらっしゃるようなので、案じられまして」
と言うと、「なるほど、それももっともだ。急に自分も相手も親しくなるような身分の人は、その程度の者なのだ」などと、お気の毒に思われるご身分のお方なので、
「やはり、気持ちをそれとなく伝えてくれよ」と、言い含めなさる。
他に約束なさった所があるのだろうか、とてもこっそりとお帰りになる。「お上が、き真面目でいらっしゃると、お困りあそばさしていらっしゃるのが、おかしく存じられる時々がございます。このようなお忍び姿を、どうして御覧になれましょう」
と申し上げると、引き返して来て、ちょっと微笑んで、
「他人が言うように、欠点を言い立てなさるな。これを好色な振る舞いと言ったら、どこかの女の有様は、弁解できないだろう」
とおっしゃるので、「あまりに好色めいているとお思いになって、時々このようにおっしゃるのを、恥ずかしい」と思って、何とも言わない。
寝殿の方に、姫君の様子が聞けようかとお思いになって、静かにお立ち下がりになる。透垣がわずかに折れ残っている物蔭に、お立ち添いになると、以前から立っている男がいるのであった。「誰だろう。懸想している好色人がいたのだなあ」とお思いになって、蔭に寄って隠れなさると、頭中将なのであった。
この夕方、内裏から一緒に退出なさったが、そのまま大殿にも寄らず、二条の院でもなく、別の方角に行ったのを、どこへ行くのだろうと、好奇心が湧いて、自分も行く所はあるが、後を付けて窺うのであった。粗末な馬で、狩衣姿の身軽な恰好で来たので、お気付きにならないが、予想と違って、あのような別の建物にお入りになったので、合点が行かずにいた時に、琴の音に耳をとられて立っていたが、帰りにはお出になるだろうかと、心待ちしているのであった。
君は、誰ともお分かりにならず、自分と知られまいと、抜き足に通ろうとなさると、急に近寄って来て、
「置いてきぼりあそばされた悔しさに、お見送り申し上げたのですよ。
ご一緒に宮中を退出しましたのに
行く先を晦ましてしまわれる十六夜の月ですね」
と恨まれるのが癪だが、この君だとお分かりになると、少しおかしくなった。
「人が驚くではないか」と憎らしがりながら、
「どの里も遍く照らす月は空に見えても
その月が隠れる山まで尋ねる人はいませんよ」
「このように後を付け廻したら、どうあそばされますか」とお尋ねなさる。
「本当は、このようなお忍び歩きには、随身によって埒も開こうというものです。置いてきぼりあそばさないのがよいでしょう。身をやつしてのお忍び歩きには、軽率なことも出て来ましょう」
と、反対にご忠告申し上げる。このようにしかと見つけられたのを、悔しくお思いになるが、あの撫子は見つけ出せないのを、大きな手柄だと、ご内心お思い出しになる。

 [1-3 Genji listns her playing kin-no-koto at the night of Jan. 16]
 Notamahi si mo siruku, izayohi-no-tuki wokasiki hodo ni ohasi tari.
 "Ito, katahara-itaki waza kana! Mono no ne sumu beki yo no sama ni mo habera za'meru ni." to kikoyure do,
 "Naho, anata ni watari te, tada hito-kowe mo, moyohosi kikoye yo. Munasiku te kahera m ga, netakaru beki wo."
 to notamahe ba, uti-toke taru sumika ni suwe tatematuri te, usirometau katazikenasi to omohe do, Sim-Den ni mawiri tare ba, mada kausi mo sanagara, mme no ka wokasiki wo mi-idasi te monosi tamahu. Yoki wori kana, to omohi te,
 "Ohom-koto no ne, ika ni masari habera m to, omohi tamahe raruru yo no kesiki ni, sasoha re haberi te nam. Kokoro awatatasiki ide-iri ni, e uketamahara nu koso kutiwosikere!" to ihe ba,
 "Kiki-siru hito koso a'nare. Momosiki ni yuki-kahu hito no kiku bakari ya ha."
 tote, mesi yosuru mo, ainau, ikaga kiki tamaha m to, mune tuburu.
 Honoka ni kaki-narasi tamahu, wokasiu kikoyu. Nani-bakari hukaki te nara ne do, mono no ne-gara no sudi koto naru mono nare ba, kiki-nikuku mo obosa re zu.
 "Ito itau are watari te sabisiki tokoro ni, sabakari no hito no, huru-mekasiu, tokoro-seku, kasiduki suwe tari kem nagori naku, ika ni omohosi nokosu koto nakara m. Kayau no tokoro ni koso ha, mukasi-monogatari ni mo ahare naru koto-domo ari kere!" nado omohi tuduke te mo, mono ya ihi-yora masi, to obose do, uti-tuke ni ya obosa m to, kokoro-hadukasiku te, yasurahi tamahu.
 Myaubu, kado aru mono ni te, itau mimi narasa se tatematura zi, to omohi kere ba,
 "Kumori-gati ni haberu meri. Mara-uto no ko m to haberi turu, itohi-gaho ni mo koso. Ima kokoro-nodoka ni wo! Mi-kausi mawiri na m."
 tote, itau mo sosonokasa de kaheri tare ba,
 "Naka-naka naru hodo ni te yami nuru kana! Mono kiki-waku hodo ni mo ara de, netau."
 to notamahu kesiki, wokasi to obosi tari.
 "Onaziku ha, ke-dikaki hodo no tati-giki se sase yo!"
 to notamahe do, "Kokoro-nikuku te" to omohe ba,
 "Ide ya! ito kasuka naru arisama ni omohi kiye te, kokoro-kurusi-ge ni monosi tamahu meru wo, usirometaki sama ni ya."
 to ihe ba, "Geni, sa mo aru koto. Nihaka ni ware mo hito mo uti-toke te katarahu beki hito no kiha ha, kiha to koso are." nado, ahare ni obosa ruru hito no ohom-hodo nare ba,
 "Naho, sayau no kesiki wo honomekase!" to, katarahi tamahu.
 Mata tigiri tamahe ru kata ya ara m, ito sinobi te kaheri tamahu.
 "Uhe no, mameni ohasimasu to, mote-nayami kikoyesase tamahu koso, wokasiu omou tamahe raruru wori-wori habere. Kayau no ohom-yature-sugata wo, ikade ka ha go-ran-zi tuke m."
 to kikoyure ba, tati-kaheri, uti-warahi te,
 "Koto-bito no iha m yau ni, toga na arahasa re so. Kore wo ada-adasiki hurumahi to iha ba, Womna no arisama kurusikara m."
 to notamahe ba, "Amari iro-mei tari to obosi te, wori-wori kau notamahu wo, hadukasi." to omohi te, mono mo iha zu.
 Sim-Den no kata ni, hito no kehahi kiku yau mo ya to obosi te, yawora tati-noki tamahu. Suigai no tada sukosi wore nokori taru kakure no kata ni, tati-yori tamahu ni, motoyori tate ru Wotoko ari keri. "Tare nara m? Kokoro-kake taru suki-mono ari keri!" to obosi te, kage ni tuki te tati-kakure tamahe ba, Tou-no-Tiuzyau nari keri.
 Kono yuhu-tu-kata, Uti yori morotomo ni makade tamahi keru, yagate Ohoi-dono ni mo yora zu, Nideu-no-Win ni mo ara de, hiki-wakare tamahi keru wo, iduti nara m to, tada nara de, ware mo yuku-kata are do, ato ni tuki te ukagahi keri. Ayasiki mma ni, Kariginu-sugata no naigasiro ni te ki kere ba, e siri tamaha nu ni, sasuga ni, kau koto-katani iri tamahi nure ba, kokoro mo e zu omohi keru hodo ni, mono no ne ni kiki tui te tate ru ni, kaheri ya ide tamahu to, sita-matu nari keri.
 Kimi ha, tare to mo e mi-waki tamaha de, ware to sira re zi to, nuki-asi ni ayumi tamahu ni, huto yori te,
 "Huri-sute sase tamahe ru turasa ni, ohom-okuri tukau-maturi turu ha!
 Morotomo ni Ohouti-yama ha ide ture do
 iru kata mise nu isayohi-no-tuki
"
 to uramuru mo netakere do, kono Kimi to mi tamahu, sukosi wokasiu nari nu.
 "Hito no omohi yora nu koto yo." to nikumu-nikumu,
 "Sato waka nu kage wo ba mire do yuku tuki no
 Irusa-no-yama wo tare ka tadunuru
"
 "Kau sitahi arika ba, ika ni se sase tamaha m." to kikoye tamahu.
 "Makoto ha, kayau no ohom-ariki ni ha, zuizim kara koso haka-bakasiki koto mo aru bekere. Okura sase tamaha de koso ara me. Yature taru ohom-ariki ha, karu-garusiki koto mo ide-ki na m."
 to, osi-kahesi isame tatematuru. Kau nomi mi-tuke raruru wo, netasi to obose do, kano Nadesiko ha e tadune sira nu wo, omoki kou ni, mi-kokoro no uti ni obosi idu.

 おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、一つ車に乗りて、月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど、笛吹き合せて大殿におはしぬ。
前駆なども追はせたまはず、忍び入りて、人見ぬ廊に御直衣ども召して、着替へたまふ。つれなう、今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、大臣、例の聞き過ぐしたまはで、高麗笛取り出でたまへり。いと上手におはすれば、いとおもしろう吹きたまふ。御琴召して、うちにも、この方に心得たる人々に弾かせたまふ。
中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御けしきのなつかしきをば、え背ききこえぬに、おのづから隠れなくて、大宮などもよろしからず思しなりたれば、もの思はしく、はしたなき心地して、すさまじげに寄り臥したり。絶えて見たてまつらぬ所に、かけ離れなむも、さすがに心細く思ひ乱れたり。
君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、あはれげなりつる住まひのさまなども、やう変へてをかしう思ひつづけ、「あらましごとに、いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ねゐたらむ時、見そめて、いみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりや、わが心もさまあしからむ」などさへ、中将は思ひけり。この君のかう気色ばみありきたまふを、「まさに、さては、過ぐしたまひてむや」と、なまねたう危ふがりけり。
その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。いづれも返り事見えず、おぼつかなく心やましきに278、「あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、もの思ひ知りたるけしき、はかなき木草、空のけしきにつけても、とりなしなどして、心ばせ推し測らるる折々あらむこそあはれなるべけれ、重しとても、いとかうあまり埋もれたらむは、心づきなく、悪びたり」と、中将は、まいて心焦られしけり。例の、隔てきこえたまはぬ心にて、
「しかしかの返り事は見たまふや。試みにかすめたりしこそ、はしたなくて止みにしか」
と、憂ふれば、「さればよ、言ひ寄りにけるをや」と、ほほ笑まれて、
「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」
と、答へたまふを、「人わきしける279」と思ふに、いとねたし。
君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、すさまじく思ひなりたまひにしかど、かうこの中将の言ひありきけるを、「言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし。したり顔にて、もとのことを思ひ放ちたらむけしきこそ、憂はしかるべけれ」と思して、命婦をまめやかに語らひたまふ。
「おぼつかなく、もて離れたる御けしきなむ、いと心憂き。好き好きしき方に疑ひ寄せたまふにこそあらめ。さりとも280、短き心はえつかはぬものを。人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわがあやまちにもなりぬべき。心のどかにて、親はらからのもてあつかひ恨むるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」とのたまへば、
「いでや、さやうにをかしき方の御笠宿り281には、えしもや282と、つきなげにこそ見えはべれ。ひとへにものづつみし、ひき入りたる方はしも、ありがたうものしたまふ人になむ」
と、見るありさま語りきこゆ。「らうらうじう、かどめきたる心はなきなめり。いと子めかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と思し忘れず、のたまふ。

 瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、御心のいとまなきやうにて、春夏過ぎぬ。

 お二方とも約束した女の所にも、照れくさくて、別れて行くこともおできになれず、一台の車に乗って、月の風情ある雲に隠れた道中を、笛を合奏して大殿邸にお着きになった。
先払いなどおさせになさらず、こっそりと入って、人目につかない渡殿にお直衣を持って来させて、お召し替えになる。何食わぬ顔で、今来たようなふうをして、お笛を吹き興じて合っていらっしゃると、大臣が、いつものようにお聞き逃さず、高麗笛をお取り出しになって来た。大変に上手でいらっしゃるので、大層興趣深くお吹きになる。お琴を取り寄せて、簾の内でも、この方面に堪能な女房たちにお弾かせになる。
中務の君、特に琵琶はよく弾くが、頭の君が思いを寄せていたのを振り切って、ただこのたまにかけてくださる情愛の慕わしさを、お断り申し上げられないでいると、自然と人の知るところとなって、大宮などもけしからぬことだとお思いになっているので、何となく憂鬱で、その場に居ずらい気持ちがして、おもしろくなさそうに寄り伏している。まったくお目にかかれない所に、暇をもらって行ってしまうのも、やはり心細く思い悩んでいる。
君たちは、先程の七絃琴の音をお思い出しになって、見すぼらしかった邸宅の様子なども、一風変わって興趣あると思い続け、「もし仮に、とても美しくかわいい女が、寂しく年月を送っているような時、結ばれて、ひどくいじらしくなったら、世間の評判になるほどなのは、自分ながら体裁の悪いことだろう」などとまで、中将は思うのであった。この君がこのように懸想しあるいていらっしゃるのを、「とても、あのままで、お済ましになれようか」と、小憎らしく心配するのであった。
その後、こちらからもあちらからも、恋文などおやりになるようだ。どちらへもお返事がなく、気になっていらいらするので、「あまりにもひどいではないか。あのような生活をしている人は、物の情趣を解する風情や、ちょっとした木や草、空模様につけても、かこつけたりなどして、気立てが自然と推量される折々もあるようなのが、かわいらしいというものであろうに、重々しいといっても、とてもこうあまりに引っ込み思案なのは、おもしろくなく、よろしくない」と、中将は、君以上にやきもきするのであった。いつものように、お隔て申し上げなさらない性格から、
「これこれしかじかのお返事は御覧になりますか。試しにちょっと手紙を出してみたが、中途半端で、終わってしまった」
と、残念がるので、「やっぱりそうか、懸想文を贈ったのだな」と、つい微笑まれて、
「さあ、しいて見たいとも思わないからか、見ることもない」
と、お返事なさるのを、「分け隔てしたな」と思うと、まことに悔しい。
君は、必ずしも深く思い込んでいるのではないが、このようにつれないのを、興醒めにお思いになったが、このようにこの中将がしきりに言い寄っているのを、「言葉数多く懸想文を贈った者の方に靡くだろう。得意顔して、最初の関係を振ったような恰好をされたら、まことおもしろくなかろう」とお思いになって、命婦に真剣に相談なさる。
「はっきりせずに、よそよそしいご様子なのが、まことにたまらない。浮気心とお疑いなのだろう。いくら何でも、すぐ変わる心は持ちあわせていないのに。相手の気持ちがゆったりとしたところがなくて、心外なことばかりあるので、自然とわたしの方の落度のようにもなってしまいそうだ。気長に、親兄弟などのお世話をしたり恨んだりする者もなく、気兼ねのいらない人は、かえってかわいらしかろうに」とおっしゃると、
「さあ、おっしゃるように興趣あるお立ち寄り所には、とてもどうかしらと、お相応しくなく見えます。ひたすら恥ずかしがって、内気な点では、世にも珍しいくらいのお方です」
と、見た様子をお話し申し上げる。「気が利いていて、才覚だったところはないようだ。とても子供のようにおっとりしているのが、かわいいものだ」とお忘れにならず、お頼みになる。

 瘧病みをお患いになったり、秘密の恋愛事件があったりして、お心にゆとりのないような状態で、春夏が過ぎた。

 [1-4 Genji goes to his wife in Sadaijin's with To-Chujo]
 Ono-ono tigire ru kata ni mo, amaye te, e yuki wakare tamaha zu, hitotu kuruma ni nori te, tuki no wokasiki hodo ni kumo kakure taru miti no hodo, hue huki ahase te Ohoi-dono ni ohasi nu.
 Saki nado mo oha se tamaha zu, sinobi iri te, hito mi nu Rau ni ohom-nahosi-domo mesi te, ki-kahe tamahu. Turenau, ima kuru yau ni te, ohom-hue-domo huki susabi te ohasure ba, Otodo, rei no kiki-sugusi tamaha de, Koma-bue tori-ide tamahe ri. Ito zyauzu ni ohasure ba, ito omosirou huki tamahu. Ohom-koto mesi te, uti ni mo, kono kata ni kokoro-e taru hito-bito ni hika se tamahu.
 Nakatukasa-no-Kimi, wazato biha ha hike do, Tou-no-Kimi kokoro-kake taru wo mote-hanare te, tada kono tamasaka naru mi-kesiki no natukasiki wo ba, e somuki kikoye nu ni, onodukara kakure naku te, Ohomiya nado mo yorosikara zu obosi nari tare ba, mono-omohasiku, hasitanaki kokoti si te, susamazi-ge ni yori-husi tari. Taye te mi tatematura nu tokoro ni, kake hanare na m mo, sasuga ni kokoro-bosoku omohi-midare tari.
 Kimi-tati ha, ari turu Kim no ne wo obosi-ide te, ahare-ge nari turu sumahi no sama nado mo, yau kahe te wokasiu omohi tuduke, "Aramasi goto ni, ito wokasiu rautaki hito no, sate tosi-tuki wo kasane wi tara m toki, mi-some te, imiziu kokoro-gurusiku ha, hito ni mo mote-sawagaru bakari ya, waga kokoro mo sama asikara m." nado sahe, Tiuzyau ha omohi keri. Kono Kimi no kau kesiki-bami ariki tamahu wo, "Masa ni, sate ha, sugusi tamahi te m ya?" to, nama-netau ayahugari keri.
 Sono noti, konata kanata yori, humi nado yari tamahu besi. Idure mo kaheri-goto miye zu, obotukanaku kokoro-yamasiki ni, "Amari utate mo aru kana! Sayau naru sumahi suru hito ha, mono-omohi siri taru kesiki, hakanaki ki kusa, sora no kesiki ni tuke te mo, torinasi nado si te, kokoro-base osi-hakara ruru wori-wori ara m koso ahare naru bekere, omosi tote mo, ito kau amari umore tara m ha, kokoro-duki-naku, warubi tari." to, Tiuzyau ha, maite kokoro-ira re si keri. Rei no, hedate kikoye tamaha nu kokoro ni te,
 "Sika-sika no kaheri-goto ha mi tamahu ya? Kokoromi ni kasume tari si koso, hasitanaku te yami ni sika."
 to, urehure ba, "Sareba yo, ihi-yori ni keru wo ya." to, hoho-wema re te,
 "Isa, mi m to si mo omoha ne ba ni ya, miru to si mo nasi."
 to, irahe tamahu wo, "Hito-waki si keru" to omohu ni, ito netasi.
 Kimi ha, hukau si mo omoha nu koto no, kau nasake naki wo, susamaziku omohi nari tamahi ni sika do, kau kono Tiuzyau no ihi ariki keru wo, "Koto ohoku ihi nare tara m kata ni zo nabika m kasi. Sitari-gaho ni te, motono koto wo omohi hanati tara m kesiki koso, urehasikaru bekere." to obosi te, Myaubu wo mameyaka ni katarahi tamahu.
 "Obotukanaku, mote-hanare taru mi-kesiki nam, ito kokoro-uki. Suki-zukisiki kata ni utagahi yose tamahu ni koso ara me. Sa'ri to mo, mizikaki kokoro ha, e tukaha nu mono wo. Hito no kokoro no nodoyaka naru koto naku te, omoha zu ni nomi aru ni nam, onodukara waga ayamati ni mo nari nu beki. Kokoro nodoka ni te, oya harakara no mote-atukahi uramuru mo nau, kokoro-yasukara m hito ha, naka-naka nam rautakaru beki wo." to notamahe ba,
 "Ide ya! Sayau ni wokasiki kata no ohom-kasa-yadori ni ha, e si mo ya to, tukina-ge ni koso miye habere. Hitohe ni mono-dutumi si, hiki-iri taru kata ha si mo, arigatau monosi tamahu hito ni nam."
 to, miru arisama katari kikoyu. "Rau-rauziu, kado-meki taru kokoro ha naki nameri. Ito ko-mekasiu ohodoka nara m koso, rautaku ha aru bekere." to obosi wasure zu, notamahu.

 Waraha-yami ni wadurahi tamahi, hito sire nu mono-omohi no magire mo, mi-kokoro no itoma naki yau ni te, haru natu sugi nu.

 秋のころほひ、静かに思しつづけて、かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ、恋しう思し出でらるるままに、常陸宮にはしばしば聞こえたまへど、なほおぼつかなうのみあれば、世づかず、心やましう、負けては止まじの御心さへ添ひて、命婦を責めたまふ。
「いかなるやうぞ。いとかかる事こそ、まだ知らね」
と、いとものしと思ひてのたまへば、いとほしと思ひて、
「もて離れて、似げなき御事とも、おもむけはべらず。ただ、おほかたの御ものづつみのわりなきに、手を283えさし出でたまはぬとなむ見たまふる」と聞こゆれば、
「それこそは世づかぬ事なれ。物思ひ知るまじきほど、独り身をえ心にまかせぬほどこそ、ことわりなれ、何事も思ひしづまりたまへらむ、と思ふこそ。そこはかとなく、つれづれに心細うのみおぼゆるを、同じ心に答へたまはむは、願ひかなふ心地なむすべき。何やかやと、世づける筋ならで、その荒れたる簀子にたたずままほしきなり。いとうたうて心得ぬ心地するを、かの御許しなくとも284、たばかれかし。心焦られし、うたてあるもてなしには、よもあらじ」
など、語らひたまふ。
なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、耳とどめたまふ癖のつきたまへるを、さうざうしき宵居など285、はかなきついでに、さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに、かくわざとがましうのたまひわたれば、「なまわづらはしく、女君の御ありさまも、世づかはしく、よしめきなどもあらぬを、なかなかなる導きに、いとほしき事や見えむなむ」と思ひけれど、君のかうまめやかにのたまふに、「聞き入れざらむも、ひがひがしかるべし。父親王おはしける折にだに、旧りにたるあたりとて、おとなひきこゆる人もなかりけるを、まして、今は浅茅分くる人もあと絶えたるに」。
かく世にめづらしき御けはひの、漏りにほひくるをば、なま女ばらなども笑みまけて、「なほ聞こえたまへ」と、そそのかしたてまつれど、あさましうものづつみしたまふ心にて、ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり。
命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、御心につかずは、さても止みかねし。また、さるべきにて、仮にもおはし通はむを、とがめたまふべき人なし」など、あだめきたるはやり心はうち思ひて、父君にも、かかる事なども言はざりけり。
八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、星の光ばかりさやけく、松の梢吹く風の音心細くて、いにしへの事語り出でて、うち泣きなどしたまふ。「いとよき折かな」と思ひて、御消息や聞こえつらむ、例のいと忍びておはしたり。
月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、琴そそのかされて、ほのかにかき鳴らしたまふほど、けしうはあらず。「すこし、け近う今めきたる気をつけばや」とぞ286、乱れたる心には、心もとなく思ひゐたる。人目しなき所なれば、心やすく入りたまふ。命婦を呼ばせたまふ。今しもおどろき顔に、
「いとかたはらいたきわざかな。しかしかこそ、おはしましたなれ。常に、かう恨みきこえたまふを、心にかなはぬ由をのみ、いなびきこえはべれば、『みづからことわりも聞こえ知らせむ』と、のたまひわたるなり。いかが聞こえ返さむ。なみなみのたはやすき御ふるまひならねば、心苦しきを。物越しにて、聞こえたまはむこと、聞こしめせ」
と言へば、いと恥づかしと思ひて、
「人にもの聞こえむやうも知らぬを」
とて、奥ざまへゐざり入りたまふさま、いとうひうひしげなり。うち笑ひて、
「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。限りなき人も、親などおはしてあつかひ後見きこえたまふほどこそ、若びたまふもことわりなれ、かばかり心細き御ありさまに、なほ世を尽きせず思し憚るは、つきなうこそ」と教へきこゆ。
さすがに、人の言ふことは強うもいなびぬ御心にて、
「答へきこえで、ただ聞け、とあらば。格子など鎖してはありなむ」とのたまふ。
「簀子などは便なうはべりなむ。おしたちて、あはあはしき御心などは、よも」
など、いとよく言ひなして、二間の際なる障子、手づからいと強く鎖して、御茵うち置きひきつくろふ。
いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、夢に知りたまはざりければ、命婦のかう言ふを、あるやうこそはと思ひてものしたまふ。乳母だつ老人などは、曹司に入り臥して、夕まどひしたるほどなり。若き人、二、三人あるは、世にめでられたまふ御ありさまを、ゆかしきものに思ひきこえて、心げさうしあへり。よろしき御衣たてまつり変へ、つくろひきこゆれば、正身は、何の心げさうもなくておはす。
 男は287、いと尽きせぬ御さまを、うち忍び用意したまへる御けはひ、いみじうなまめきて、「見知らむ人にこそ見せめ、栄えあるまじきわたりを、あな、いとほし」と、命婦は思へど、ただおほどかにものしたまふをぞ、「うしろやすう、さし過ぎたることは見えたてまつりたまはじ」と思ひける。「わが常に責められたてまつる罪さりごとに、心苦しき人の御もの思ひや出でこむ」など、やすからず思ひゐたり。
君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、こよなう奥ゆかしう」と思さるるに、いたうそそのかされて、ゐざり寄りたまへるけはひ、忍びやかに、衣被の香いとなつかしう薫り出でて、おほどかなるを、「さればよ」と思す。年ごろ思ひわたるさまなど、いとよくのたまひつづくれど、まして近き御答へは絶えてなし。「わりなのわざや」と、うち嘆きたまふ。
「いくそたび君がしじまにまけ288ぬらむ
ものな言ひそと言はぬ頼みに
のたまひも捨ててよかし。玉だすき289苦し」
とのたまふ。女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、「いと心もとなう、かたはらいたし」と思ひて、さし寄りて、聞こゆ。
「鐘つきてとぢめむことはさすがにて
答へまうきぞかつはあやなき」
いと若びたる声の、ことに重りかならぬを、人伝てにはあらぬやうに聞こえなせば、「ほどよりはあまえて」と聞きたまへど、
「めづらしきが、なかなか口290ふたがるわざかな
言はぬをも言ふにまさると知りながら
おしこめたるは苦しかりけり」
何やかやと、はかなきことなれど、をかしきさまにも、まめやかにものたまへど、何のかひなし。
「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、ねたくて、やをら押し開けて入りたまひにけり。
命婦、「あな、うたて。たゆめたまへる」と、いとほしければ、知らず顔にて、わが方へ往にけり。この若人ども、はた、世にたぐひなき御ありさまの音聞きに、罪ゆるしきこえて、おどろおどろしうも嘆かれず、ただ、思ひもよらずにはかにて、さる御心もなきをぞ、思ひける。
正身は、ただ我にもあらず、恥づかしくつつましきよりほかのことまたなければ、「今はかかるぞあはれなるかし、まだ世馴れぬ人、うちかしづかれたる」と、見ゆるしたまふものから、心得ず、なまいとほしとおぼゆる御さまなり。何ごとにつけてかは御心のとまらむ、うちうめかれて、夜深う出でたまひぬ。
命婦は、「いかならむ」と、目さめて、聞き臥せりけれど、「知り顔ならじ」とて291、「御送りに」とも、声づくらず。君も、やをら忍びて出でたまひにけり。

 秋のころ、静かにお思い続けになって、あの砧の音も耳障りであったのまでが、自然に恋しくお思い出されるにつけて、常陸宮邸には度々お手紙を差し上げなさるが、相変わらず一向にお返事がないばかりなので、世間知らずで、おもしろくなく、負けてはなるものかという意地まで加わって、命婦をご催促なさる。
「どういうことか。いったいこのようなことは、今までにない」
と、とても不愉快に思っておっしゃるので、お気の毒に思って、
「かけ離れて、不釣り合いなご縁だとも、申し上げたことはありません。ただ、万事につけて内気な性格が強すぎて、お返事なさらないのだろうと存じます」と申し上げると、
「それが世間知らずというものだ。分別のつけられない年頃や、親がかりで自分では身を処せられない間は、もっともなことだが、何事もじっくりお考えになられるのだろう、と思うからだ。どことなく、所在なく心細くばかり思われるのを、同じような気持ちでお返事下さったら、願いが叶った気がしよう。何やかやと、色めいたことではなくて、あの荒れた簀子に佇んでみたいのだ。とても嫌な理解できない思いがするから、あの方のお許しがなくても、うまく計らってくれ。気がせいて、けしからぬ振る舞いは、決してせぬ」
などと、ご相談なさる。
やはり世間一般の女性の様子を、一通りのこととして聞き集め、お耳を留めなさる癖がついていらっしゃるので、もの寂しい夜の席などで、ちょっとした折に、このような女性がと申し上げたことに、このように殊更におっしゃり続けるので、「何となく気が重く、女君のご様子も、恋愛の経験や、風流らしくもないのに、かえって手引したことによって、きっと気の毒なことになりはしないか」と思ったが、君がこのように本気になっておっしゃるので、「聞き入れないのも、いかにも変わり者のようだろう。父親王が生きていらしたころでさえ、時代遅れの所だと言って、ご訪問申し上げる人もなかったのだが、まして、今となっては浅茅生を分けて訪ねて来る人もまったく絶えているのに」。
このように世にも珍しいお方から、時々お手紙が届くのを、なま女房どもも笑顔をつくって、「やはりお返事をなさいませ」と、お勧め申し上げるが、あきれるくらい内気なご性格で、全然御覧になろうともなさらないのであった。
命婦は、「それでは、適当な機会に、物越しにお話申し上げなさって、お気に召さなかったら、そのまま終わってしまってよし。また、ご縁があって、一時的にでもお通いになるとしても、誰もお咎めなさるはずの方もいない」などと、色事にかけては軽率な性分でふと考えて、父君にも、このようなことなど、話さなかったのであった。
八月二十日過ぎ、夜の更けるまで待ち遠しい月の出の遅さに、星の光ばかりさやかに照らし、松の梢を吹く風の音も心細くて、昔のことをお話し出しなさって、お泣きになったりなどなさる。「ちょうど良い機会だ」と思って、ご案内を差し上げたのだろうか、いつものようにお忍びでいらっしゃった。
月がようやく出て、荒れた垣根の状態を気味悪く眺めていらっしゃると、琴を勧められて、かすかにお弾きになるのは、悪くはない。「もう少し、親しみやすい、今風の感じを加えたいものだ」と、蓮っ葉な性分から、じれったく思っていた。人目のない邸なので、安心してお入りになる。命婦をお呼ばせになる。今初めて、気がついた顔して、
「とても困りましたわ。これこれということで、お越しあそばしたそうですわ。いつも、このようにお恨み申していらっしゃったが、一存ではまいらぬ旨ばかり、お断り申しておりますので、『自身でお話をおつけ申し上げよう』とかねておっしゃっていたのです。どのようにお返事申し上げましょうか。並大抵の軽いお出ましではありませんので、困ったことで。物越しにでも、おっしゃるところを、お聞きあそばしませ」
と言うと、とても恥ずかしい、と思って、
「人とお話する仕方などは知らないのに」
と言って、奥の方へいざってお入りになる態度は、とてもうぶな様子である。微笑んで、
「とても、子供じみていらっしゃいますのが、気がかりですわ。ご身分の高い方も、ご両親様が生きていらっして、手を掛けてお世話申していらっしゃる間なら、子供っぽくいらっしゃるのも結構ですが、このような心細いお暮らし向きで、相変わらず世間を知らずに引っ込み思案でいらっしゃるのは、よろしうございません」とお教え申し上げる。
何と言っても、人の言うことには強く拒まないご性質なので、
「お返事申さずに、ただ聞いていよ、というのであれば。格子など閉めてお会いするならいいでしょう」とおっしゃる。
「簀子などでは失礼でございましょう。強引で、軽薄なお振る舞いは、間違っても」
などと、うまく言い含めて、二間の端にある障子を、自分で固く錠鎖して、お座蒲団を敷いて整える。
とても恥ずかしくお思いになっているが、このような方に応対する心得なども、まったくご存じなかったので、命婦がこのように言うのを、そういうものなのであろうと思って任せていらっしゃる。乳母のような老女などは、部屋に入って横になってうつらうつらしている時分である。若い女房、二、三人いるのは、世間で評判高いお姿を、見たいものだとお思い申し上げて、期待して緊張し合っている。結構なご衣装にお召し替え申し、身繕い申し上げると、ご本人は、何の頓着もなくいらっしゃる。
男は、まことこの上ないお姿を、お忍びで心づかいしていらっしゃるご様子、何とも優美で、「風流を解する人にこそ見せたいが、見栄えもしない邸で、ああ、お気の毒な」と、命婦は思うが、ただおっとりしていらっしゃるのを、「安心で、出過ぎたところはお見せ申さるまい」と思うのであった。「自分がいつも責められ申していた責任逃れに、気の毒な姫の物思いが生じてきはしまいか」などと、不安に思っている。
君は、相手のご身分を推量なさると、「しゃれかえった当世風の風流がりやよりは、この上なく奥ゆかしい」と思い続けていたところ、たいそう勧められて、いざり寄っていらっしゃる様子、もの静かで、えびの薫香がとてもやさしく薫り出して、おっとりとしてしているので、「やはり思ったとおりであった」とお思いになる。長年恋い慕っている胸の中など、言葉巧みにおっしゃり続けるが、なおさら身近な所でのお返事はまったくない。「どうにも困ったことだ」と、つい嘆息なさる。
「何度あなたの沈黙に負けたことでしょう
ものを言うなとおっしゃらないことを頼みとして
嫌なら嫌とおっしゃってくださいまし。玉だすきでは苦しい」
とおっしゃる。女君の御乳母子で、侍従といって、才気走った若い女房は、「とてもじれったくて、見ていられない」と思って、お側によって、お返事申し上げる。
「鐘をついて論議を終わりにするように
何も言うなとはさすがに言いかねます
ただお答えしにくいのが、何ともうまく説明できないのです」
とても若々しい声で、格別重々しくないのを、人伝てではないように装って申し上げると、「ご身分の割には馴れ馴れしいな」とお聞きになるが、
「珍しいことなのが、かえって言葉に窮しますよ。
何もおっしゃらないのは口に出して言う以上なのだとは知っていますが、
やはりずっと黙っていらっしゃるのは辛いものですよ」
何やかやと、とりとめのないことであるが、関心を引くようにも、まじめなようにもおっしゃるが、何の反応もない。
「まことにこんなに言うにも、態度が変わっていて、思う人が別にいらっしゃるのだろうか」と、癪になって、そっと押し開けて中に入っておしまいになった。
命婦、「まあ、ひどい。油断させていらっしゃって」と、気の毒なので、知らない顔をして、自分の部屋の方へ行ってしまった。先程の若い女房連中、言うまでもない、世に例のない美しいお姿の評判の高さに、お咎め申し上げず、大げさに嘆くこともせず、ただ、思いも寄らず急なことで、何のお心構えもないのを、案じるのであった。
ご本人は、まったく無我夢中で、恥ずかしく身の竦むような思いの他は何も考えられないので、「最初はこのようなのがかわいいのだ。まだ世間ずれしていない人で、大切に育てられているのが」と、大目に見られる一方で、合点がゆかず、どことなく気の毒な感じに思われるご様子である。どのようなところにお心が惹かれるのだろうか、つい溜息をつかれて、夜もまだ深いうちにお出になった。
命婦は、「どうなったのだろう」と、目を覚まして、横になって聞き耳を立てていたが、「知らない顔していよう」と考えて、「お見送りを」と、指図もしない。君も、そっと目立たぬようにお帰りになったのであった。

 [1-5 Genji meets Suetsumu in Aug. 20 past]
 Aki no koro-hohi, siduka ni obosi tuduke te, kano kinuta no oto mo mimi ni tuki te kiki-nikukari si sahe, kohisiu obosi-ide raruru mama ni, Hitati-no-Miya ni ha siba-siba kikoye tamahe do, naho obotukanau nomi are ba, yo-duka zu, kokoro-yamasiu, make te ha yama zi no mi-kokoro sahe sohi te, Myaubu wo seme tamahu.
 "Ikanaru yau zo? Ito kakaru koto koso, mada sira ne."
 to, ito monosi to omohi te notamahe ba, itohosi to omohi te,
 "Mote-hanare te, nigenaki ohom-koto to mo, omomuke habera zu. Tada, ohokata no ohom-mono-dutumi no warinaki ni, te wo e sase-ide tamaha nu to nam mi tamahuru." to kikoyure ba,
 "Sore koso ha yo-duka nu koto nare. Mono-omohi siru maziki hodo, hitori-mi wo e kokoro ni makase nu hodo koso, kotowari nare, nani-goto mo omohi sidumari tamahe ra m, to omohu koso. Sokohaka to naku, ture-dure ni kokoro-bosou nomi oboyuru wo, onazi kokoro ni irahe tamaha m ha, negahi kanahu kokoti nam su beki. Nani ya ka ya to, yo-dukeru sudi nara de, sono are taru sunoko ni tatazuma mahosiki nari. Ito utate kokoro-e nu kokoti suru wo, kano ohom-yurusi naku to mo, tabakare kasi. Kokoro-irare si, utate aru motenasi ni ha, yo mo ara zi."
 nado, katarahi tamahu.
 Naho yo ni aru hito no arisama wo, ohokata naru yau ni te kiki atume, mimi todome tamahu kuse no tuki tamahe ru wo, sau-zausiki yohi-wi nado, hakanaki tuide ni, saru hito koso to bakari kikoye ide tari si ni, kaku wazato-gamasiu notamahi watare ba, "Nama-wadurahasiku, Womna-Gimi no ohom-arisama mo, yo-dukahasiku, yosi-meki nado mo ara nu wo, naka-naka naru mitibiki ni, itohosiki koto ya miye m nam." to omohi kere do, Kimi no kau mame-yaka ni notamahu ni, "Kiki ire zara m mo, higa-higasikaru besi. Titi-Miko ohasi keru wori ni dani, huri ni taru atari tote, otonahi kikoyuru hito mo nakari keru wo, masite, ima ha asadi wakuru hito mo ato taye taru ni."
 Kaku yo ni medurasiki ohom-kehahi no, mori nihohi kuru wo ba, nama-womna-bara nado mo wemi make te, "Naho kikoye tamahe" to, sosonokasi tatemature do, asamasiu mono-dutumi si tamahu kokoro ni te, hitaburu ni mi mo ire tamaha nu nari keri.
 Myaubu ha, "Saraba, sari nu bekara m wori ni, mono-gosi ni kikoye tamaha m hodo, mi-kokoro ni tuka zu ha, sate mo yami ne kasi. Mata, saru beki ni te, kari ni mo ohasi kayoha m wo, togame tamahu beki hito nasi." nado, adameki taru hayari kokoro ha uti-omohi te, Titi-Gimi ni mo, kakaru koto nado mo iha zari keri.
 Hati-gwati ni-zihu yo-niti, yohi suguru made mata ruru tuki no kokoro-motonaki ni, hosi no hikari bakari sayakeku, matu no kozuwe huku kaze no oto kokoro-bosoku te, inisihe no koto katari ide te, uti-naki nado si tamahu. "Ito yoki wori kana!" to omohi te, ohom-seusoko ya kikoye tura m, rei no ito sinobi te ohasi tari.
 Tuki yau-yau ide te, are taru magaki no hodo utomasiku uti-nagame tamahu ni, Kim sosonokasa re te, honoka ni kaki-narasi tamahu hodo, kesiu ha ara zu. "Sukosi, ke-dikau ima-meki taru ke wo tuke baya." to zo, midare taru kokoro ni ha, kokoro-motonaku omohi wi taru. Hito-me si naki tokoro nare ba, kokoro-yasuku iri tamahu. Myaubu wo yoba se tamahu. Ima si mo odoroki-gaho ni,
 "Ito katahara-iataki waza kana! Sika-sika koso, ohasimasi ta'nare. Tune ni, kau urami kikoye tamahu wo, kokoro ni kanaha nu yosi wo nomi, inabi kikoye habere ba, 'Midukara kotowari mo kikoye sira se m.' to, notamahi wataru nari. Ikaga kikoye kahesa m? Nami-nami no tahayasuki ohom-hurumahi nara ne ba, kokoro-gurusiki wo. Mono-gosi ni te, kikoye tamaha m koto, kikosimese!"
 to ihe ba, ito hadukasi to omohi te,
 "Hito ni mono kikoye m yau mo sira nu wo."
 tote, oku-zama he wizari iri tamahu sama, ito uhi-uhisi-ge nari. Uti-warahi te,
 "Ito waka-wakasiu ohasimasu koso, kokoro-gurusikere! Kagiri-naki hito mo, oya nado ohasi te atukahi usiro-mi kikoye tamahu hodo koso, waka-bi tamahu mo kotowari nare, kabakari kokoro-bosoki ohom-arisama ni, naho yo wo tuki se zu obosi habakaru ha, tukinau koso." to wosihe kikoyu.
 Sasuga ni, hito no ihu koto ha tuyou mo inabi nu mi-kokoro ni te,
 "Irahe kikoye de, tada kike, to ara ba. Kausi nado sasi te ha ari na m." to notamahu.
 "Sunoko nado ha bin-nau haberi na m. Osi-tati te, aha-ahasiki mi-kokoro nado ha, yomo."
 nado, ito yoku ihi-nasi te, huta-ma no kiha naru sauzi, te-dukara ito tuyoku sasi te, ohom-sitone uti-oki hiki-tukurohu.
 Ito tutumasi-ge ni obosi tare do, kayau no hito ni mono ihu ram kokoro-bahe nado mo, yume ni siri tamaha zari kere ba, Myaubu no kau ihu wo, aru yau koso ha to omohi te monosi tamahu. Menoto-datu oyi-bito nado ha, zausi ni iri husi te, yuhu-madohi si taru hodo nari. Wakaki hito, ni, sam-nin aru ha, yo ni mede rare tamahu ohom-arisama wo, yukasiki mono ni omohi kikoye te, kokoro-gesau si ahe ri. Yorosiki ohom-zo tatematuri kahe, tukurohi kikoyure ba, sauzimi ha, nani no kokoro-gesau mo naku te ohasu.
 Wotoko ha, ito tuki se nu ohom-sama wo, uti-sinobi youi si tamahe ru ohom-kehahi, imiziu namameki te, "Mi-sira m hito ni koso mise me, haye aru maziki watari wo, ana, itohosi!" to, Myaubu ha omohe do, tada ohokata ni monosi tamahu zo, "Usiro-yasuu, sasi-sugi taru koto ha miye tatematuri tamaha zi." to omohi keru. "Waga tune ni seme rare tatematuru tumi-sari-goto ni, kokoro-gurusiki hito no ohom-mono-omohi ya ide ko m." nado, yasukara zu omohi wi tari.
 Kimi ha, hito no ohom-hodo wo obose ba, "Sare kutugaheru ima-yau no yosibami yori ha, koyonau okuyukasiu." to obosa ruru ni, itau sosonokasa re te, wizari yori tamahe ru kehahi, sinobi-yaka ni, Ehi-no-ka ito natukasiu kawori-ide te, ohodoka naru wo, "Sa're ba yo!" to obosu. Tosi-goro omohi wataru sama nado, ito yoku notamahi tudukure do, masite tikaki ohom-irahe ha tayete nasi. "Warina no waza ya!" to, uti-nageki tamahu.
 "Ikuso-tabi Kimi ga sizima ni make nu ram
 mono na ihi so to iha nu tanomi ni

 notamahi mo sute te yo kasi. Tama-dasuki kurusi."
 to notamahu. Wonna-Gimi no ohom-Menoto-go, Zizyu tote, hayarika naru waka-udo, "Ito kokoro-motonau, katahara-itasi." to omohi te, sasi-yori te, kikoyu.
 "Kane tuki te todime m koto ha sasuga ni te
 kotahe-mauki zo katu ha ayanaki
"
 Ito waka-bi taru kowe no, koto ni omori-ka nara nu wo, hito-dute ni ha ara nu yau ni kikoye nase ba, "Hodo yori ha amaye te" to kiki tamahe do,
 "Medurasiki ga, naka-naka kuti hutagaru waza kana.
 Iha nu wo mo ihu ni masaru to siri nagara
 osi-kome taru ha kurusikari keri
"
 Nani ya ka-ya to, hakanaki koto nare do, wokasiki sama ni mo, mameyaka ni mo notamahe do, nani no kahi nasi.
 "Ito kakaru mo, sama kahari, omohu kata koto ni monosi tamahu hito ni ya?" to, netaku te, yawora osi-ake te iri tamahi ni keri.
 Myaubu, "Ana, utate. Tayume tamahe ru." to, itohosikere ba, sira-zu-gaho ni te, waga kata he ini keri. Kono Waka-udo-domo, hata, yo ni taguhi naki ohom-arisama no oto-giki ni, tumi yurusi kikoye te, odoro-odorosiu mo nageka re zu, tada, omohi mo yora zu nihaka ni te, saru mi-kokoro mo naki wo zo, omohi keru.
 Sauzimi ha, tada ware ni mo ara zu, hadukasiku tutumasiki yori hoka no koto mata nakere ba, "Ima ha kakaru zo ahare naru kasi, mada yo-nare nu hito, uti-kasiduka re taru." to, mi yurusi tamahu mono-kara, kokoro-e zu, nama-itohosi to oboyuru ohom-sama nari. Nani-goto ni tuke te ka ha mi-kokoro no tomara m, uti-umeka re te, yo-bukau ide tamahi nu.
 Myaubu ha, "Ika nara m?" to, me same te, kiki huse ri kere do, "Siri-gaho nara zi" tote, "Ohom-okuri ni" to mo, kowa-dukura zu. Kimi mo, yawora sinobi te ide tamahi ni keri.

 二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、思しつづけて、軽らかならぬ人の御ほどを292、心苦しとぞ思しける。思ひ乱れておはするに、頭中将おはして、
「こよな御朝寝かな。ゆゑあらむかしとこそ、思ひたまへらるれ」
と言へば、起き上がりたまひて、
「心やすき独り寝の床にて、ゆるびにけりや。内裏よりか」
とのたまへば、
「しか。まかではべるままなり。朱雀院の行幸、今日なむ、楽人、舞人定めらるべきよし、昨夜うけたまはりしを、大臣にも伝へ申さむとてなむ、まかではべる。やがて帰り参りぬべうはべり」
と、いそがしげなれば、
「さらば、もろともに293」
とて、御粥、強飯召して、客人にも参りたまひて、引き続けたれど、一つにたてまつりて、
「なほ、いとねぶたげなり」
と、とがめ出でつつ、
「隠いたまふこと多かり」
とぞ、恨みきこえたまふ。事ども多く定めらるる日にて、内裏にさぶらひ暮らしたまひつ。
かしこには、文をだにと、いとほしく思し出でて、夕つ方ぞありける。雨降り出でて、ところせくもあるに、笠宿りせむと、はた、思されずやありけむ。かしこには、待つほど過ぎて、命婦も、「いといとほしき御さまかな」と、心憂く思ひけり。正身は、御心のうちに恥づかしう思ひたまひて、今朝の御文の暮れぬれど、なかなか、咎とも思ひわきたまはざりけり。
「夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬに
いぶせさそふる宵の雨かな
雲間待ち出でむほど、いかに心もとなう」
とあり。おはしますまじき御けしきを、人々胸つぶれて思へど、
「なほ、聞こえさせたまへ」
と、そそのかしあへれど、いとど思ひ乱れたまへるほどにて、え型のやうにも続けたまはねば、「夜更けぬ」とて、侍従ぞ、例の教へきこゆる。
「晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ
同じ心に眺めせずとも」
口々に責められて、紫の紙の、年経にければ灰おくれ古めいたるに、手はさすがに文字強う、中さだの筋にて、上下ひとしく書いたまへり。見るかひなううち置きたまふ。
いかに思ふらむと思ひやるも、安からず。
「かかることを、悔しなどは言ふにやあらむ。さりとていかがはせむ。我は、さりとも、心長く見果ててむ」と、思しなす御心を知らねば、かしこにはいみじうぞ嘆いたまひける。
大臣、夜に入りてまかでたまふに、引かれたてまつりて、大殿におはしましぬ。行幸のことを興ありと思ほして、君たち集りて、のたまひ、おのおの舞ども習ひたまふを、そのころのことにて過ぎゆく。
ものの音ども、常よりも耳かしかましくて、かたがたいどみつつ、例の御遊びならず、大篳篥、尺八の笛などの大声を吹き上げつつ、太鼓をさへ高欄のもとにまろばし寄せて、手づからうち鳴らし、遊びおはさうず。
御いとまなきやうにて、せちに思す所ばかりにこそ、盗まはれたまへれ294、かのわたりには、いとおぼつかなくて295、秋暮れ果てぬ。なほ頼み来しかひなくて過ぎゆく。

 二条の院にお帰りになって、横におなりになっても、「やはり思うような女性に巡り合うことは難しいものだ」と、お思い続けになって、軽々しくないご身分のほどを、気の毒にお思いになるのであった。あれこれと思い悩んでいらっしゃるところに、頭中将がいらして、
「ずいぶんな朝寝ですね。きっと理由があるのだろうと、存じられますが」
と言うと、起き上がりなさって、
「気楽な独り寝のため、寝過ごしてしまった。内裏からか」
とおっしゃると、
「ええ。退出して来たところです。朱雀院への行幸は、今日、楽人や、舞人が決定される旨、昨晩承りましたので、大臣にもお伝え申そうと思って、退出して来たのです。すぐに帰参しなければなりません」
と、急いでいるようなので、
「それでは、ご一緒に」
と言って、お粥や、強飯を召し上がって、客人にも差し上げなさって、お車を連ねたが、一台に相乗りなさって、
「まだ、とても眠そうだ」
と咎め咎めして、
「お隠しになっていることがたくさんあるのでしょう」
と、お恨み申し上げなさる。
事柄が多く取り決められる日なので、一日中宮中においでになった。
あちらには、せめて後朝の文だけでもと、お気の毒にお思い出しになって、夕方にお出しになった。雨が降り出して、面倒な上に、雨宿りしようとは、とてもなれなかったのであろうか。あちらでは、後朝の文の来る時刻も過ぎて、命婦も、「とてもお気の毒なご様子だ」と、情けなく思うのであった。ご本人は、お心の中で恥ずかしくお思いになって、今朝のお文が暮れてしまってから来たのも、かえって、非礼ともお気づきにならないのであった。
「夕霧が晴れる気配をまだ見ないうちに
さらに気持ちを滅入らせる宵の雨まで降ることよ
雲の晴れ間を待つ間は、何とじれったいことでしょう」
とある。いらっしゃらないらしいご様子を、女房たちは失望して悲しく思うが、
「やはり、お返事は差し上げあそばしませ」
と、お勧めしあうが、ますますお思い乱れていらっしゃる時で、型通りにも返歌がおできになれないので、「夜が更けてしまいます」と言って、侍従が、いつものようにお教え申し上げる。
「雨雲の晴れない夜の月を待っている人を思いやってください
わたしと同じ気持ちで眺めているのでないにしても」
口々に責められて、紫色の紙で、古くなったので灰の残った古めいた紙に、筆跡は何といっても文字がはっきりと書かれた、一時代前の書法で、天地を揃えてお書きになっている。見る張り合いもなくお置きになる。
どのように思っているだろうか、と想像するにつけても、気が落ち着かない。
「このようなことを、後悔されるなどと言うのであろうか。そうかといってどうすることもできない。自分は、それはそれとしてともかくも、気長に最後までお世話しよう」と、お思いになるお気持ちを知らないので、あちらではひどく嘆くのであった。
大臣が、夜になって退出なさるのに、伴われなさって、大殿にいらっしゃった。行幸の事をおもしろいとお思いになって、ご子息達が集まって、お話なさったり、それぞれ舞いをお習いになったりするのを、そのころの日課として日が過ぎて行く。
いろいろな楽器の音が、いつもよりもやかましくて、お互いに競争し合って、いつもの合奏とは違って、大篳篥、尺八の笛の音などが大きな音を何度も吹き上げて、太鼓までを高欄の側にころがし寄せて、自ら打ち鳴らして、演奏していらっしゃる。
お暇もないような状態で、切に恋しくお思いになる所だけには、暇を盗んでお出掛けになったが、あの辺りには、すっかり御無沙汰で、秋も暮れてしまった。相変わらず頼りない状態で月日が過ぎて行く。

 [1-6 For a long time, Genji didn't visit Suetsumu]
 Nideu-no-Win ni ohasi te, uti-husi tamahi te mo, "Naho omohu ni kanahi gataki yo ni koso." to, obosi tutduke te, karuraka nara nu hito no ohom-hodo wo, kokoro-gurusi to zo obosi keru. Omohi midare te ohasuru ni, Tou-no-Tiuzyau ohasi te,
 "Koyonaki ohom-asa-i kana! Yuwe ara m kasi to koso, omohi tamahe trarure."
 to ihe ba, oki-agari tamahi te,
 "Kokoro-yasuki hitori-ne no toko ni te, yurubi ni keri ya! Uti yori ka?"
 to notamahe ba,
 "Sika. Makade haberu mama nari. Suzaku-Win no Gyaugau, kehu nam, gaku-hito, mahi-hito sadame raruru beki yosi, yobe uketamahari si wo, Otodo ni mo tutahe mausa m tote nam, makade haberu. Yagate kaheri mawiri nu beu haberi."
 to, isogasi-ge nare ba,
 "Sara ba, morotomo ni."
 tote, ohom-kayu, koha-ihi mesi te, mara-uto ni mo mawiri tamahi te, hiki-tuduke tare do, hito-tu ni tatematuri te,
 "Naho, ito nebuta-ge nari."
 to, togame-ide tutu,
 "Kakui tamahu koto ohokari."
 to zo, urami kikoye tamahu.
 Koto-domo ohoku sadame raruru hi ni te, Uti ni saburahi kurasi tamahi tu.
 Kasiko ni ha, humi wo dani to, itohosiku obosi-ide te, yuhu-tu-kata zo ari keru. Ame huri ide te, tokoro-seku mo aru ni, kasa-yadori se m to, hata, obosa re zu ya ari kem. Kasiko ni ha, matu hodo sugi te, Myaubu mo, "Ito itohosiki ohom-sama kana!" to, kokoro-uku omohi keri. Sauzimi ha, mi-kokoro no uti ni hadukasiu omohi tamahi te, kesa no ohom-humi no kure nure do, naka-naka, toga to mo omohi waki tamaha zari keri.
 "Yuhu-giri no haruru kesiki mo mada mi nu ni
 ibuse-sa sohuru yohi no ame kana

 Kumo-ma mati-ide m hodo, ika ni kokoro-motonau."
 to ari. Ohasimasu maziki mi-kesiki wo, hito-bito mune tubure te omohe do,
 "Naho, kikoye sase tamahe."
 to, sosonokasi-ahe re do, itodo omohi midare tamahe ru hodo ni te, e kata no yau ni mo tuduke tamaha ne ba, "Yo-huke nu." tote, Zizyu zo, rei no wosihe kikoyuru.
 "Hare nu yo no tuki matu sato wo omohi-yare
 onazi kokoro ni nagame se zu to mo
"
 Kuti-guti ni semera re te, murasaki no kami no, tosi he ni kere ba hahi okure huru-mei taru ni, te ha sasuga ni mozi tuyou, naka-sada no sudi ni te, kami-simo hitosiku kai tamahe ri. Miru kahi nau uti-oki tamahu.
 Ika ni omohu ram to omohi-yaru mo, yasukara zu.
 "Kakaru koto wo, kuyasi nado ha ihu ni ya ara m? Sa'ri-tote ikaga ha se m. Ware ha, sa'ri to mo, kokoro-nagaku mi-hate te m." to, obosi-nasu mi-kokoro wo sira ne ba, kasiko ni ha imiziu nagei tamahi keru.
 Otodo, yoru ni iri te makade tamahu ni, hikare tatematuri te, Ohoi-dono ni ohasimasi nu. Gyaugau no koto wo kyou ari to omohosi te, Kimi-tati atumari te, notamahi, ono-ono mahi-domo narahi tamahu wo, sono-koro no koto ni te sugi yuku.
 Mono no ne-domo, tune yori mo mimi kasikamasiku te, kata-gata idomi tutu, rei no ohom-asobi nara zu, oho-hitiriki, sakuhati no hue nado no oho-gowe wo huki-age tutu, taiko wo sahe kauran no moto ni marobasi yose te, te-dukara uti-narasi, asobi ohasauzu.
 Ohom-itoma naki yau ni te, seti ni obosu tokoro bakari ni koso, nusumaha re tamahe re, kano watari ni ha, ito obotukanaku te, aki kure hate nu. Naho tanomi ko si kahi naku te sugi yuku.

 行幸近くなりて、試楽などののしるころぞ、命婦は参れる。
「いかにぞ」など、問ひたまひて、いとほしとは思したり。ありさま聞こえて、
「いとかう、もて離れたる御心ばへは、見たまふる人さへ、心苦しく」
など、泣きぬばかり思へり。「心にくくもてなして止みなむと思へりしことを、くたいてける、心もなくこの人の思ふらむ」をさへ思す。正身の、ものは言はで、思しうづもれたまふらむさま、思ひやりたまふも、いとほしければ、
「いとまなきほどぞや。わりなし」と、うち嘆いたまひて、「もの思ひ知らぬやうなる心ざまを、懲らさむと思ふぞかし」
と、ほほ笑みたまへる、若ううつくしげなれば、我もうち笑まるる心地して、「わりなの、人に恨みられたまふ御齢や。思ひやり少なう、御心のままならむも、ことわり」と思ふ。
この御いそぎのほど過ぐしてぞ、時々おはしける。
かの紫のゆかり、尋ねとりたまひて、そのうつくしみに心入りたまひて、六条わたりにだに、離れまさりたまふめれば、まして荒れたる宿は、あはれに思しおこたらずながら、もの憂きぞ、わりなかりけると、ところせき御もの恥ぢを見あらはさむの御心も、ことになうて過ぎゆくを、またうちかへし、「見まさりするやうもありかし。手さぐりのたどたどしきに、あやしう、心得ぬこともあるにや。見てしがな」と思ほせど、けざやかにとりなさむもまばゆし。うちとけたる宵居のほど、やをら入りたまひて、格子のはさまより見たまひけり。
されど、みづからは見えたまふべくもあらず。几帳など、いたく損なはれたるものから、年経にける立ちど変はらず、おしやりなど乱れねば、心もとなくて、御達四、五人ゐたり。御台、秘色やうの唐土のものなれど、人悪ろきに、何のくさはひもなくあはれげなる、まかでて人々食ふ。
隅の間ばかりにぞ、いと寒げなる女ばら、白き衣のいひしらず煤けたるに、きたなげなる褶引き結ひつけたる腰つき、かたくなしげなり。さすがに櫛おし垂れて挿したる額つき、内教坊、内侍所のほどに、かかる者どもあるはやと、をかし。かけても、人のあたりに近うふるまふ者とも知りたまはざりけり。
「あはれ、さも寒き年かな。命長ければ296、かかる世にもあふものなりけり」
とて、うち泣くもあり。
「故宮おはしましし世を、などてからしと思ひけむ。かく頼みなくても過ぐるものなりけり」
とて、飛び立ちぬべく297ふるふもあり。
さまざまに人悪ろきことどもを、愁へあへるを聞きたまふも、かたはらいたければ、たちのきて、ただ今おはするやうにて、うちたたきたまふ。
「そそや」など言ひて、火とり直し、格子放ちて入れたてまつる。
侍従は、斎院に参り通ふ若人にて、この頃はなかりけり。いよいよあやしうひなびたる限りにて、見ならはぬ心地ぞする。
いとど、愁ふなりつる雪、かきたれいみじう降りけり。空の気色はげしう、風吹き荒れて、大殿油消えにけるを、ともしつくる人もなし。かの、ものに襲はれし折思し出でられて、荒れたるさまは劣らざめるを、ほどの狭う、人気のすこしあるなどに慰めたれど、すごう、うたていざとき心地する夜のさまなり。
をかしうもあはれにも、やうかへて、心とまりぬべきありさまを、いと埋れすくよかにて、何の栄えなきをぞ、口惜しう思す。

 行幸が近くなって、試楽などで騒いでいるころ、命婦は参内していた。
「どうであるか」などと、お尋ねになって、気の毒だとはお思いになっていた。様子を申し上げて、
「とてもこのように、お見限りのお気持ちは、側でお仕えしている者たちまでが、お気の毒で」
などと、今にも泣き出しそうに思っている。「奥ゆかしく思っているところで止めておこうとしたのを、台無しにしてしまったのを、思いやりがないとこの人は思っているだろう」とまでお思いになる。ご本人が、何もおっしゃらないで、思い沈んでいらっしゃるだろう有様、ご想像なさるにつけても、お気の毒なので、
「忙しい時だよ、やむをえない」と、嘆息なさって、「人情というものを少しも理解してないような気性を、懲らしめようと思っているのだよ」
と、にこりなさっているのが、若々しく美しそうなので、自分もつい微笑まれる気がして、「困った、人に恨まれなさる、お年頃だ。相手の気持ちを察することが足りなくて、ご自分のお気持ち次第というのも、もっともだ」と思う。
この行幸のご準備の時期を過ぎてから、時々お越しになるのであった。
あの紫のゆかり、手に入れなさってからは、そのかわいがりを一心になさって、六条辺りにさえ、一段と遠のきなさるらしいので、ましてや荒れた邸は、気の毒と思う気持ちは絶えずありながらも、億劫になるのはしかたのないことであったと、大げさな恥ずかしがりやの正体を見てやろうというお気持ちも、特別なくて過ぎて行くのを、又一方では、思い返して、「よく見れば良いところも現れて来はしまいか。手だ触った感触でははっきりしないので、妙に、腑に落ちない点があるのだろうか。見てみたいものだ」とお思いになるが、あからさまに見るのも気が引ける。気を許している宵時に、静かにお入りになって、格子の間から御覧になったのであった。
けれども、ご本人の姿はお見えになるはずもない。几帳など、ひどく破れてはいたが、昔ながらに置き場所を変えず、動かしたりなど乱れてないので、よく見えなくて、女房たち四、五人座っている。お膳、青磁らしい食器は舶来物だが、みっともなく古ぼけて、お食事もこれといった料理もなく貧弱なのを、退がって来て女房たちが食べている。
隅の間の方に、とても寒そうな女房が、白い着物で譬えようもなく煤けた上に、汚らしい褶を纏っている腰つき、いかにも不体裁である。それでも、櫛を前下がりに挿している額つきは、内教坊、内侍所辺りに、このような連中がいたことよと、おかしい。夢にも、宮家でお側にお仕えしているとはご存知なかった。
「ああ、何とも寒い年ですね。長生きすると、このような辛い目にも遭うのですね」
と、言って泣く者もいる。
「故宮様が生きていらしたころを、どうして辛いと思ったのでしょう。このように頼りない状態でも生きて行けるものなのですね」
と言って、飛び上がりそうにぶるぶる震えている者もいる。
あれこれと体裁の悪いことを、愚痴こぼし合っているのをお聞きになるのも、気が咎めるので、退いて、ちょうど今お越しになったようにして、お叩きになさる。
「それ、それ」などと言って燈火の向きを変え、格子を外してお入れ申し上げる。
侍従は、斎院にお勤めする若い女房なので、最近はいないのであった。ますます奇妙で野暮ったい者ばかりで、勝手の違った感じがする。
ますます、辛いと言っていた雪が、空を閉ざして激しく降って来た。空模様は険しく、風が吹き荒れて、大殿油が消えてしまったのを点し直す人もいない。あの、魔物に襲われた時を自然とお思い出しになられて、荒れた様子は劣らないようだが、邸の狭い感じや、人気が少しあるなどで安心していたが、ぞっとするように怖く、寝つかれそうにない夜の有様である。
趣がありしみじみと胸を打つものがあり、普通とは違って、心に印象深く残るはずの風情なのに、ひどく引っ込み思案ですげないので、何の張り合いもないのを、残念にお思いになる。

 [1-7 Genji visits to Suetsumu in snowing hard]
 Gyaugau tikaku nari te, sigaku nado nonosiru koro zo, Myaubu ha mawire ru.
 "Ika ni zo?" nado, tohi tamahi te, itohosi to ha obosi tari. Arisama kikoye te,
 "Ito kau, mote-hanare taru mi-kokoro-bahe ha, mi tamahuru hito sahe, kokoro-gurusiku."
 nado, naki nu bakari omohe ri. "Kokoro-nikuku motenasi te yami na m to omohe ri si koto wo, kutai te keru, kokoro mo naku kono hito no omohu ram." wo sahe obosu. Sauzimi no, mono ha iha de, obosi udumore tamahu ram sama, omohi-yari tamahu mo, itohosikere ba,
 "Itoma naki hodo zo ya. Wari nasi." to, uti-nagei tamahi te, "Mono omohi sira nu yau naru kokoro-zama wo, korasa m to omohu zo kasi."
 to, hoho-wemi tamahe ru, wakau utukusi-ge nare ba, ware mo uti-wema ruru kokoti si te, "Warina no, hito ni urami rare tamahu ohom-yohahi ya. Omohi-yari sukunau, mi-kokoro no mama nara m mo, kotowari." to omohu.
 Kono ohom-isogi no hodo sugusi te zo, toki-doki ohasi keru.
 Kano murasaki no yukari, tadune-tori tamahi te, sono utukusimi ni kokoro-iri tamahi te, Rokudeu watari ni dani, kare masari tamahu mere ba, masite are taru yado ha, ahare ni obosi okotara zu nagara, mono-uki zo, wari nakari keru to, tokoro-seki ohom-mono-hadi wo mi arahasa m no mi-kokoro mo, koto ni nau te sugi-yuku wo, mata uti-kahesi, "Mi-masari suru yau mo ari kasi. Te-saguri no tado-tadosiki ni, ayasiu, kokoro-e nu koto mo aru ni ya? Mi te si gana." to omohose do, kezayaka ni tori-nasa m mo mabayusi. Uti-toke taru yohi-wi no hodo, yawora iri tamahi te, kausi no hasama yori mi tamahi keri.
 Saredo, midukara ha miye tamahu beku mo ara zu. Kityau nado, itaku sokonaha re taru mono kara, tosi he ni keru tati-do kahara zu, osi-yari nado midare ne ba, kokoro-motonaku te, go-tati si, go-nin wi tari. Mi-dai, hisoku yau no Morokosi no mono nare do, hito-waroki ni, nani no kusahahi mo naku ahare-ge naru, makade te hito-bito kuhu.
 Sumi no ma bakari ni zo, ito samu-ge naru womna-bara, siroki kinu no ihi sira zu susu-ke taru ni, kitana-ge naru sibira hiki-yuhi-tuke taru kosi-tuki, katakunasi-ge nari. Sasuga ni kusi osi-tare te sasi taru hitahi-tuki, Naikeubau, Naisi-dokoro no hodo ni, kakaru mono-domo aru ha ya to, wokasi. Kakete mo, hito no atari ni tikau hurumahu mono to mo siri tamaha zari keri.
 "Ahare! Samo samuki tosi kana! Inoti nagaker ba, kakaru yo ni mo ahu mono nari keri!"
 tote, uti-naku mo ari.
 "Ko-Miya ohasimasi si yo wo, nado te karasi to omohi kem. Kaku tanomi naku te mo suguru mono nari keri."
 tote, tobi-tati nu beku huruhu mo ari.
 Sama-zama ni hito-waroki koto-domo wo, urehe-ahe ru wo kiki tamahu mo, katahara-itakere ba, tati-noki te, tada-ima ohasuru yau ni te, uti-tataki tamahu.
 "Soso ya!" nado ihi te, hi tori-nahosi, kausi hanati te ire tatematuru.
 Zizyu ha, Saiwin ni mawiri kayohu waka-udo ni te, kono-koro ha nakari keri. Iyo-iyo ayasiu hina-bi taru kagiri ni te, mi-naraha nu kokoti zo suru.
 Itodo, urehu nari turu yuki, kaki-tare imiziu huri keri. Sora no kesiki hagesiu, kaze huki-are te, oho-tonabura kiye ni keru wo, tomosi tukuru hito mo nasi. Kano, mono ni osohare si wori obosi-ide rare te, are taru sama ha otora za'meru wo, hodo no sebau, hito-ke no sukosi aru nado ni nagusame tare do, sugou, utate izatoki kokoti suru yoru no sama nari.
 Wokasiu mo ahare ni mo, yau kahe te, kokoro tomari nu beki arisama wo, ito umore sukuyoka ni te, nani no haye naki wo zo, kuti-wosiu obosu.

 からうして明けぬるけしきなれば、格子手づから上げたまひて、前の前栽の雪を見たまふ。踏みあけたる跡もなく、はるばると荒れわたりて、いみじう寂しげなるに、ふり出でて行かむこともあはれにて、
「をかしきほどの空も見たまへ。尽きせぬ御心の隔てこそ、わりなけれ」
と、恨みきこえたまふ。まだほの暗けれど、雪の光にいとどきよらに若う見えたまふを、老い人ども笑みさかえて見たてまつる。
「はや出でさせたまへ。あぢきなし。心うつくしきこそ」
など教へきこゆれば、さすがに、人の聞こゆることをえいなびたまはぬ御心にて、とかう引きつくろひて、ゐざり出でたまへり。
見ぬやうにて、外の方を眺めたまへれど、後目はただならず。「いかにぞ、うちとけまさりの、いささかもあらばうれしからむ」と思すも、あながちなる御心なりや。
まづ、居丈の高く、を背長に見えたまふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは、鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。色は雪恥づかしく白うて真青に、額つきこよなうはれたるに、なほ下がちなる面やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。痩せたまへること、いとほしげにさらぼひて、肩のほどなどは、いたげなるまで衣の上まで見ゆ。「何に残りなう見あらはしつらむ」と思ふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがに、うち見やられ298たまふ。
頭つき、髪のかかりはしも、うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人々にも、をさをさ劣るまじう、袿の裾にたまりて引かれたるほど、一尺ばかりあまりたらむと見ゆ。着たまへるものどもをさへ言ひたつるも、もの言ひさがなきやうなれど、昔物語にも、人の御装束をこそまづ言ひためれ。
聴し色のわりなう上白みたる一襲、なごりなう黒き袿重ねて、表着には黒貂の皮衣、いときよらに香ばしきを着たまへり。古代のゆゑづきたる御装束なれど、なほ若やかなる女の御よそひには、似げなうおどろおどろしきこと、いともてはやされたり。されど、げに、この皮なうて、はた、寒からましと見ゆる御顔ざまなるを、心苦しと見たまふ。
何ごとも言はれたまはず、我さへ口閉ぢたる心地したまへど、例のしじまも心みむと、とかう聞こえたまふに、いたう恥ぢらひて、口おほひしたまへるさへ、ひなび古めかしう、ことことしく、儀式官の練り出でたる臂もちおぼえて、さすがにうち笑みたまへるけしき、はしたなうすずろびたり。いとほしくあはれにて、いとど急ぎ出でたまふ。
「頼もしき人なき御ありさまを、見そめたる人には、疎からず思ひむつびたまはむこそ、本意ある心地すべけれ。ゆるしなき御けしきなれば、つらう」など、ことつけて、
「朝日さす軒の垂氷は解けながら
などかつららの結ぼほるらむ」
とのたまへど、ただ「むむ299」とうち笑ひて、いと口重げなるもいとほしければ、出でたまひぬ。
御車寄せたる中門の、いといたうゆがみよろぼひて、夜目にこそ、しるきながらもよろづ隠ろへたること多かりけれ、いとあはれにさびしく荒れまどへるに、松の雪のみ暖かげに降り積める、山里の心地して、ものあはれなるを、「かの人々の言ひし葎の門は、かうやうなる所なりけむかし。げに、心苦しくらうたげならむ人をここに据ゑて、うしろめたう恋しと思はばや。あるまじきもの思ひは、それに紛れなむかし」と、「思ふやうなる住みかに合はぬ御ありさまは、取るべきかたなし」と思ひながら、「我ならぬ人は、まして見忍びてむや。わがかうて見馴れけるは、故親王のうしろめたしとたぐへ置きたまひけむ魂のしるべなめり」とぞ思さるる。
橘の木の埋もれたる、御随身召して払はせたまふ。うらやみ顔に、松の木のおのれ起きかへりて、さとこぼるる雪も、「名に立つ末の」300と見ゆるなどを、「いと深からずとも、なだらかなるほどにあひしらはむ人もがな」と見たまふ。
御車出づべき門は、まだ開けざりければ、鍵の預かり尋ね出でたれば、翁のいといみじきぞ出出来たる。娘にや、孫にや、はしたなる大きさの女の、衣は雪にあひて煤けまどひ、寒しと思へるけしき、深うて301、あやしきものに火をただほのかに入れて袖ぐくみに持たり。翁、門をえ開けやらねば、寄りてひき助くる、いとかたくななり。御供の人、寄りてぞ開けつる。
「降りにける頭の雪を見る人も
劣らず濡らす朝の袖かな
 『幼き者は形蔽れず』302」
とうち誦じたまひても、鼻の色に出でて、いと寒しと見えつる御面影、ふと思ひ出でられて、ほほ笑まれたまふ。「頭中将に、これを見せたらむ時、いかなることをよそへ言はむ、常にうかがひ来れば、今見つけられなむ」と、術なう思す。
世の常なるほどの、異なることなさならば、思ひ捨てても止みぬべきを、さだかに見たまひて後は、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなるさまに、常に訪れたまふ。
黒貂の皮ならぬ、絹303、綾、綿など、老い人どもの着るべきもののたぐひ、かの翁のためまで、上下思しやりてたてまつりたまふ。かやうのまめやかごとも恥づかしげならぬを、心やすく、「さる方の後見にて育まむ」と思ほしとりて、さまことに、さならぬうちとけわざもしたまひけり。
「かの空蝉の、うちとけたりし宵の側目には、いと悪ろかりし容貌ざまなれど、もてなしに隠されて、口惜しうはあらざりきかし。劣るべきほどの人なりやは。げに品にもよらぬわざなりけり。心ばせの304なだらかに、ねたげなりしを、負けて止みにしかな」と、ものの折ごとには思し出づ。

 やっと夜が明けた気配なので、格子をお手づから上げなさって、前の前栽の雪を御覧になる。踏みしめた跡もなく、広々と荒れわたって、ひどく寂しそうなので、振り捨てて帰って行くのも気の毒なので、
「風情のある空を御覧なさい。いつまでも打ち解けて下さらないお心が、困ります」
と、お恨み申し上げなさる。まだほの暗いが、雪の光にますます美しく若々しくお見えになるのを、年老いた女房どもは、喜色満面に拝し上げる。
「早くお出であそばしませ。いけませんわ。素直なのが」
などとお教え申し上げると、何と言っても、人の申すことをお拒みになれないご性質なので、何やかやと身繕いして、いざり出でなさった。
見ないようにして、外の方を御覧になっていらっしゃるが、横目は尋常でない。「どんなであろうか、馴れ親しんで見たときに、少しでも良いところを発見できれば嬉しかろうが」と、お思いになるのも、身勝手なお考えというものであるよ。
まず第一に、座高が高くて、胴長にお見えなので、「やはりそうであったか」と、失望した。引き続いて、ああみっともないと見えるのは、鼻なのであった。ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物と思われる。あきれて高く長くて、先の方がすこし垂れ下がって色づいていること、特に異様である。顔色は、雪も恥じるほど白くまっ青で、額の具合がとても広いうえに、それでも下ぶくれの容貌は、おおよそ驚く程の面長なのであろう。痩せ細っていらっしゃること、気の毒なくらい骨ばって、肩の骨など痛々しそうに着物の上から透けて見える。「どうしてすっかり見てしまったのだろう」と思う一方で、異様な恰好をしているので、そうはいっても、ついつい目が行っておしまいになる。
頭の恰好、髪の垂れ具合は、美しく素晴らしいとお思い申していた人々にも、少しも引けを取らず、袿の裾にたくさんあって引きずっている部分は、一尺ほど余っているだろうと見える。着ていらっしゃる物まで言い立てるのも、口が悪いようだが、昔物語にも、人のお召し物についてはまっ先に述べているようだ。
聴し色のひどく古びて色褪せた一襲に、すっかり黒ずんだ袿を重ねて、上着には黒貂の皮衣、とてもつやつやとして香を焚きしめたのを着ていらっしゃる。昔風の由緒ある御装束であるが、やはり若い女性のお召し物としては、似つかわしくなく仰々しいことが、まことに目立つ。しかし、なるほど、この皮衣がなくては、さぞ寒いことだろう、と見えるお顔色なのを、お気の毒とご覧になる。
何もおっしゃれず、自分までが口が利けなくなった気持ちがなさるが、いつもの沈黙を開かせようと、あれこれとお話かけ申し上げなさるが、ひどく恥じらって、口を覆っていらっしゃるのまでが、野暮ったく古風に、大げさで、儀式官が練り歩く時の臂つきに似て、それでもやはりちょっと微笑んでいらっしゃる表情、中途半端で落ち着かない。お気の毒でかわいそうなので、ますます急いでお出になる。
「頼りになる人がいないご境遇ですから、縁を結んだわたしには、心を隔てず打ち解けて下さいましたら、本望な気がします。打ち解けて下さらないご態度なので、情けなくて」などと、姫君のせいにして、
「朝日がさしている軒のつららは解けましたのに
どうして氷は解けないでいるのでしょう」
とおっしゃるが、ただ「うふふっ」とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにないのもお気の毒なので、お出になった。
お車を寄せてある中門が、とてもひどく傾いていて、夜目にこそ、それとはっきり分かっていながら何かと目立たないことが多かったが、とてもお気の毒に寂しく荒廃しているなかで、松の雪だけが暖かそうに降り積もっている、山里のような感じがして、物哀れに思われるが、「あの人たちが言っていた荒れた宿とは、このような所だったのだろう。なるほど、気の毒でかわいらしい女性をここに囲っておいて、気がかりで恋しいと思いたいものだ。大それた恋は、そのことで気が紛れるだろう」と、「理想的な荒れた宿に不似合いなご器量は、取柄がない」と思う一方で、「自分以外の人は、なおさら我慢できようか。わたしがこのように通うようになったのは、故親王が心配に思って結び付けた霊の導きによるようである」とお思いになる。
橘の木が埋もれているのを、御随身を呼んで払わせなさる。羨ましそうに、松の木が独りで起き返って、ささっとこぼれる雪も、「名に立つ末の」と見えるのなどを、「さほど深くなくとも、多少分かってくれる人がいたらなあ」と御覧になる。
お車が出るはずの門は、まだ開けてなかったので、鍵の番人を探し出すしたところ、老人でとてもひどく年とった者が出て来た。その娘だろうか、孫であろうか、どちらともつかない大きさの女が、着物は雪に映えて黒くくすみ、寒がっている様子、たいそうで、奇妙な物に火をわずかに入れて、袖で覆うようにして持っていた。老人が、中門を開けられないので、近寄って手伝うのが、いかにも不体裁である。お供の人が、近寄って開けた。
「老人の白髪頭に積もった雪を見ると
その人以上に、今朝は涙で袖を濡らすことだ
『幼い者は着る着物もなく』」
と口ずさみなさっても、鼻の色に現れて、とても寒いと見えたおん面影が、ふと思い出されて、微笑まれなさる。「頭中将に、これを見せた時には、どのような譬えを言うだろう。いつも探りに来ているので、やがて見つけられるだろう」と、しかたなくお思いになる。
世間並の、平凡な顔立ちならば、忘れてしまってもよいのだが、はっきりと御覧になった後は、かえってひどく気の毒で、暮らし向きの事に、常にお心をかけておやりになる。
黒貂の皮衣ではない、絹、綾、綿など、老女房たちが着るための衣類、あの老人のための物まで、召使の上下をお考えに入れて差し上げなさる。このような暮らし向きのことを世話されても恥ずかしがらないのを、気安く、「そのような方面の後見人としてお世話しよう」とお考えになって、一風変わった、普通ではしないところまで立ち入ったお世話もなさるのであった。
「あの空蝉が、気を許していた宵の横顔は、かなりひどかった容貌ではあるが、身のもてなしに隠されて、悪くはなかった。劣る身分の人であろうか。なるほど身分によらないものであった。気立てがやさしくて、いまいましかったが、根負けしてしまったなあ」と、何かの折ふしにはお思い出しになられる。

 [1-8 Genji discovers Suetsumu's face and figure at ligft in the morning]
 Karausite ake nuru kesiki nare ba, kausi te-dukara age tamahi te, mahe no sensai no yuki wo mi tamahu. Humi-ake taru ato mo naku, haru-baru to are watari te, imiziu sabisi-ge naru ni, huri-ide te yuka m koto mo ahare ni te,
 "Wokasiki hodo no sora mo mi tamahe. Tuki se nu mi-kokoro no hedate koso, wari nakere."
 to, urami kikoye tamahu. Mada hono-kurakere do, yuki no hikari ni itodo kiyora ni wakau miye tamahu wo, oyi-bito-domo wemi sakaye te mi tatematuru.
 "Haya ide sase tamahe. Adikinasi. Kokoro-utukusiki koso."
 nado wosihe kikoyure ba, sasuga ni, hito no kikoyuru koto wo e inabi tamaha nu mi-kokoro ni te, tokau hiki-tukurohi te, wizari-ide tamahe ri.
 Mi nu yau ni te, to no kata wo nagame tamahe re do, siri-me ha tada nara zu. "Ika ni zo, uti-toke masari no, isasaka mo ara ba uresikara m." to obosu mo, anagati naru mi-kokro nari ya.
 Madu, wi-dake no takaku, wo-senaga ni miye tamahu ni, "Sareba yo!" to, mune tubure nu. Uti-tugi te, ana kataha to miyuru mono ha, hana nari keri. Huto me zo tomaru. Hugen-Bosatu no nori-mono to oboyu. Asamasiu takau nobiraka ni, saki no kata sukosi tari te iro-duki taru koto, koto no hoka ni utate ari. Iro ha yuki hadukasiku sirou te sa'wo ni, hitahi-tuki koyonau hare taru ni, naho simo-gati naru omo-yau ha, ohokata odoro-odorosiu nagaki naru besi. Yase tamahe ru koto, itohosi-ge ni sarabohi te, kata no hodo nado ha, ita-ge naru made kinu no uhe made miyu. "Nani ni nokori nau mi arahasi tura m." to omohu mono-kara, medurasiki sama no si tare ba, sasuga ni, uti-mi-yara re tamahu.
 Kasira-tuki, kami no kakari ha si mo, utukusi-ge ni medetasi to omohi kikoyuru hito-bito ni mo, wosa-wosa otoru maziu, utiki no suso ni tamari te hika re taru hodo, iti-syaku bakari amari tara m to miyu. Ki tamahe ru mono-domo wo sahe ihi-taturu mo, mono-ihi saga-naki yau nare do, mukasi-monogatari ni mo, hito ohom-sauzoku wo koso madu ihi ta'mere.
 Yurusi-iro no warinau uha-zirami taru hito-kasane, nagori nau kuroki utiki kasane te, uha-gi ni ha huruki no kaha-ginu ito kiyora ni kau-basiki wo ki tamahe ri. Kotai no yuwe-duki taru ohom-sauzoku nare do, naho wakayaka naru womna no ohom-yosohi ni ha, nigenau odoro-odorosiki koto, ito mote-hayasa re tari. Saredo, geni, kono kaha nau te, hata, samukara masi to miyuru ohom-kaho-zama naru wo, kokoro-gurusi to mi tamahu.
 Nani-goto mo iha re tamaha zu, ware sahe kuti todi taru kokoti si tamahe do, rei no sizima mo kokoro-mi mu to, tokau kikoye tamahu ni, itau hadirahi te, kuti ohohi si tamahe ru sahe, hinabi hurumekasiu, koto-kotosiku, Gisiki-kwan no neri-ide taru hidi-moti oboye te, sasuga ni uti-wemi tamahe ru kesiki, hasitanau suzurobi tari. Itohosiku ahare ni te, itodo isogi-ide tamahu.
 "Tanomosiki hito naki ohom-arisama wo, mi-some taru hito ni ha, utokara zu omohi mutubi tamaha m koso, ho'i aru kokoti su bekere. Yurusi naki mi-kesiki nare ba, turau." nado, kototuke te,
 "Asahi sasu noki no taruhi ha toke nagara
 nado ka turara no musubohoru ram
"
 to notamahe do, tada "Mu-mu." to uti-warahi te, ito kuti omo-ge naru mo itohosikere ba, ide tamahi nu.
 Mi-kuruma yose taru Tiu-mon no, ito itau yugami yorobohi te, yo-me ni koso, siruki nagara mo yorodu kakurohe taru koto ohokari kere, ito ahare ni sabisiku are madohe ru ni, matu no yuki nomi atataka-ge ni huri tume ru, yama-zato no kokoti si te, mono-ahare naru wo, "Kano hito-bito no ihi si mugura no kado ha, kau-yau naru tokoro nari kem kasi. Geni, kokoro-gurusiku rauta-ge nara m hito wo koko ni suwe te, usirometau kohisi to omoha baya! Aru maziki mono-omohi ha, sore ni magire na m kasi." to, "Omohu yau naru sumika ni aha nu ohom-arisama ha, toru beki kata nasi." to omohi nagara, "Ware nara nu hito ha, masite mi sinoba m ya. Waga kau te mi-nare keru ha, ko-MIko no usirometasi to taguhe oki tamahi kem tamasihi no sirube na'meri." to zo obosa ruru.
 Tatibana no ki no udumore taru, mi-zuizin mesi te haraha se tamahu. Urayami-gaho ni, matu no ki no onore oki-kaheri te, sato koboruru yuki mo, "Na ni tatu suwe no" to miyuru nado wo, "Ito hukakara zu to mo, nadaraka naru hodo ni ahi-siraha m hito mo gana!" to mi tamahu.
 Mi-kuruma idu beki kado ha, mada ake zari kere ba, kagi no adukari tadune-ide tare ba, Okina no ito imiziki zo ide-ki taru. Musume ni ya, mmago ni ya, hasitanaru ohokisa no Womna no, kinu ha yuki ni ahi te susuke madohi, samusi to omohe ru kesiki, hukau te, ayasiki mono ni hi wo tada honoka ni ire te sode gukumi ni mo'tari. Okina, kado wo e ake-yara ne ba, yori te hiki-tasukuru, ito katakuna nari. Ohom-tomo no hito, yori te zo ake turu.
 "Huri ni keru kasira no yuki wo miru hito mo
 otora zu nurasu asa no sode kana

 'Wakaki mono ha katati kakure zu'"
 to uti-zu-zi tamahi te mo, hana no iro ni ide te, ito samusi to miye turu ohom-omokage, huto omohi-ide rare te, hoho-wema re tamahu. "Tou-no-Tiuzyau ni, kore wo mise tara m toki, ika naru koto wo yosohe iha m, tune ni ukagahi kure ba, ima mituke rare na m." to, sube-nau obosu.
 Yo no tune naru hodo no, kotonaru koto nasa nara ba, omohi-sute te mo yami nu beki wo, sadaka ni mi tamahi te noti ha, naka-naka ahare ni imiziku te, mameyaka naru sama ni, tune ni otodure tamahu.
 Huruki no kaha nara nu, kinu, aya, wata nado, oyi-bito-domo no kiru beki mono no taguhi, kano Okina no tame made, kami-simo obosi-yari te tatematuri tamahu. Kayau no mame-yaka goto mo hadukasi-ge nara nu wo, kokro-yasuku, "Saru kata no usiromi ni te hagukuma m." to omohosi tori te, sama koto ni, sa nara nu uti-toke waza mo si tamahi keri.
 "Kano Utusemi no, uti-toke tari si yohi no soba-me ni ha, ito warokari si katati-zama nare do, motenasi ni kakusa re te, kutiwosiu ha ara zari ki kasi. Otoru beki hodo no hito nari ya ha! Geni sina ni mo yora nu waza nari keri. Kokoro-base no nadaraka ni, neta-ge nari si wo, make te yami ni si kana!" to, mono no wori-goto ni ha obosi-idu.

 年も暮れぬ。内裏の宿直所におはしますに、大輔の命婦参れり。御梳櫛などには、懸想だつ筋なく、心やすきものの、さすがにのたまひたはぶれなどして、使ひならしたまへれば、召しなき時も、聞こゆべき事ある折は、参う上りけり。
「あやしきことのはべるを、聞こえさせざらむもひがひがしう、思ひたまへわづらひて」
と、ほほ笑みて聞こえやらぬを、
「何ざまのことぞ。我にはつつむことあらじと、なむ思ふ」とのたまへば、
「いかがは。みづからの愁へは、かしこくとも、まづこそは。これは、いと聞こえさせにくくなむ」
と、いたう言籠めたれば、
「例の、艶なる」と憎みたまふ。
「かの宮よりはべる御文」とて、取り出でたり。
「まして、これは取り隠すべきことかは」
とて、取りたまふも、胸つぶる。
陸奥紙の厚肥えたるに、匂ひばかりは深うしめたまへり。いとよう書きおほせたり。歌も、
「唐衣君が心のつらければ
袂はかくぞそぼちつつのみ」
心得ずうちかたぶきたまへるに、包みに、衣筥の重りかに古代なるうち置きて、おし出でたり。
「これを、いかでかは、かたはらいたく思ひたまへざらむ。されど、朔日の御よそひとて、わざとはべるめるを、はしたなうはえ返し305はべらず。ひとり引き籠めはべらむも、人の御心違ひはべるべければ、御覧ぜさせてこそは」と聞こゆれば、
「引き籠められなむは、からかりなまし。袖まきほさむ人もなき306身にいとうれしき心ざしにこそは」
と
307のたまひて、ことにもの言はれたまはず。「さても、あさましの口つきや。これこそは手づからの御ことの限りなめれ。侍従こそとり直すべかめれ。また、筆のしりとる博士ぞなかべき」と、言ふかひなく思す。心を尽くして詠み出でたまひつらむほどを思すに、
「いともかしこき方とは、これをも言ふべかりけり」
と、ほほ笑みて見たまふを、命婦、面赤みて見たてまつる。
今様色の、えゆるすまじく艶なう古めきたる直衣の、裏表ひとしうこまやかなる、いとなほなほしう、つまづまぞ見えたる。「あさまし」と思すに、この文をひろげながら、端に手習ひすさびたまふを、側目に見れば、
「なつかしき色ともなしに何にこの
すゑつむ花を袖に触れけむ
 色濃き花と見しかども308」
など、書きけがしたまふ。花のとがめを、なほ309あるやうあらむと、思ひ合はする折々の、月影などを、いとほしきものから、をかしう思ひなりぬ。
「紅のひと花衣うすくとも
ひたすら朽す名をし立てずは
心苦しの世や」
と、いといたう馴れてひとりごつを、よきにはあらねど、「かうやうのかいなでにだにあらましかば」と、返す返す口惜し。人のほどの心苦しきに、名の朽ちなむはさすがなり。人々参れば、
「取り隠さむや。かかるわざは人のするものにやあらむ」
と、うちうめきたまふ。「何に御覧ぜさせつらむ。我さへ心なきやうに」と、いと恥づかしくて、やをら下りぬ。
またの日、上にさぶらへば、台盤所にさしのぞきたまひて、
「くはや。昨日の返り事。あやしく心ばみ過ぐさるる」
とて、投げたまへり。女房たち、何ごとならむと、ゆかしがる。
「ただ梅の花の色のごと310、三笠の山のをとめをば捨てて」
と、歌ひすさびて出でたまひぬるを、命婦は「いとをかし」と思ふ。心知らぬ人々は、
「なぞ、御ひとりゑみは」と311、とがめあへり。
「あらず。寒き霜朝に、掻練好める花の色あひや見えつらむ。御つづりし歌のいとほしき」と言へば、
「あながちなる御ことかな。このなかには、にほへる鼻もなかめり」
「左近の命婦、肥後の采女312や混じらひつらむ」
など、心も得ず言ひしろふ。
御返りたてまつりたれば、宮には、女房つどひて、見めでけり。
「逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に
重ねていとど見もし見よとや」
白き紙に、捨て書いたまへるしもぞ、なかなかをかしげなる。
晦日の日、夕つ方、かの御衣筥に、「御料」とて、人のたてまつれる御衣一領313、葡萄染の織物の御衣、また山吹か何ぞ、いろいろ見えて、命婦ぞたてまつりたる。「ありし色あひを悪ろしとや見たまひけむ」と思ひ知らるれど、「かれはた、紅の重々しかりしをや。さりとも消えじ」と、ねび人どもは定むる。
「御歌も、これよりのは、道理聞こえて、したたかにこそあれ」
「御返りは、ただをかしき方にこそ」
など、口々に言ふ。姫君も、おぼろけならでし出でたまひつるわざなれば、ものに書きつけて置きたまへりけり。

 年も暮れた。内裏の宿直所にいらっしゃると、大輔の命婦が参上した。お櫛梳きなどの折には、色恋めいたことはなく、気安いとはいえ、やはりそれでも冗談などをおっしゃって、召し使っていらっしゃるので、お呼びのない時にも、申し上げるべき事がある時には、参上するのであった。
「妙な事がございますが、申し上げずにいるのもいけないようなので、思慮に困りまして」
と、微笑みながら全部を申し上げないのを、
「どのような事だ。わたしには隠すこともあるまいと、思うが」とおっしゃると、
「どういたしまして。自分自身の困った事ならば、恐れ多くとも、まっ先に。これは、とても申し上げにくくて」
と、ひどく口ごもっているので、
「例によって、様子ぶっているな」とお憎みになる。
「あちらの宮からございましたお手紙で」と言って、取り出した。
「なおいっそう、それは隠すことではないではないか」
と言って、お取りになるにつけても、どきりとする。
陸奥紙の厚ぼったい紙に、薫香だけは深くたきしめてある。とてもよく書き上げてある。和歌も、
「あなたの冷たい心がつらいので
わたしの袂は涙でこんなにただもう濡れております」
合点がゆかず首を傾けていらっしゃると、上包みに、衣装箱の重そうで古めかしいのを置いて、押し出した。
「これを、どうして、見苦しいと存ぜずにいられましょう。けれども、元日のご衣装にと言って、わざわざございましたようなを、無愛想にはお返しできません。勝手にしまい込んで置きますのも、姫君のお気持ちに背きましょうから、御覧に入れた上で」と申し上げると、
「しまい込んでしまったら、つらいことだったろうよ。袖を抱いて乾かしてくれる人もいないわたしには、とても嬉しいお心遣いだ」
とおっしゃって、他には何ともおっしゃれない。「それにしても、何とまあ、あきれた詠みぶりであることか。これがご自身の精一杯のようだ。侍従が直すべきところだろう。他に、手を取って教える先生はいないのだろう」と、何とも言いようなくお思いになる。精魂こめて詠み出された苦労を想像なさると、
「まことに恐れ多い歌とは、きっとこのようなのを言うのであろうよ」
と、苦笑しながら御覧になるのを、命婦、赤面して拝する。
流行色だが、我慢できないほどの艶の無い古めいた直衣で、裏表同じく濃く染めてあり、いかにも平凡な感じで、端々が見えている。「あきれた」とお思いになると、この手紙を広げながら、端の方にいたずら書きなさるのを、横から見ると、
「格別親しみを感じる花でもないのに
どうしてこの末摘花を手にすることになったのだろう
色の濃い「はな」だと思っていたのだが」
などと、お書き汚しなさる。紅花の非難を、やはりわけがあるのだろうと、思い合わされる折々の、月の光で見た容貌などを、気の毒に思う一方で、またおかしくも思った。
「紅色に一度染めた衣は色が薄くても
どうぞ悪い評判をお立てなさることさえなければ
お気の毒なこと」
と、とてももの馴れたように独り言をいうのを、上手ではないが、「せめてこの程度に通り一遍にでもできたならば」と、返す返すも残念である。身分が高い方だけに気の毒なので、名前に傷がつくのは何といってもおいたわしい。女房たちが参ったので、
「隠すとしようよ。このようなことは、常識のある人のすることでないから」
と、つい呻きなさる。「どうして、御覧に入れてしまったのだろうか。自分までが思慮のないように」と、とても恥ずかしくて、静かに下がった。
翌日、出仕していると、台盤所にお立ち寄りになって、
「そらよ。昨日の返事だ。妙に心づかいされてならないよ」
と言って、お投げ入れになった。女房たち、何事だろうかと、見たがる。
「ちょうど紅梅の色のように、三笠の山の少女は捨ておいて」
と、口ずさんでお出になったのを、命婦は「とてもおかしい」と思う。事情を知らない女房たちは、
「どうして、独り笑いなさって」と、口々に非難しあっている。
「何でもありません。寒い霜の朝に、掻練り好きの鼻の色がお目に止まったのでしょうよ。ぶつぶつとお歌いになるのが、困ったこと」と言うと、
「あまりなお言葉ですこと。ここには赤鼻の人はいないようですのに」
「左近の命婦や、肥後の采女が交じっているでしょうか」
などと、合点がゆかず、言い合っている。
お返事を差し上げたところ、宮邸では、女房たちが集まって、感心して見るのであった。
「逢わない夜が多いのに間を隔てる衣とは
ますます重ねて見なさいということですか」
白い紙に、さりげなくお書きになっているのは、かえって趣きがある。
大晦日の日、夕方に、あの御衣装箱に「御料」と書いて、人が献上した御衣装一具、葡萄染めの織物の御衣装、他に山吹襲か何襲か、色さまざまに見えて、命婦が差し上げた。「先日差し上げた衣装の色合いを良くないと思われたのだろうか」と思い当たるが、「あれだって、紅色の重々しい色だわ。よもや見劣りはしますまい」と、老女房たちは判断する。
「お歌も、こちらからのは、筋が通っていて、手抜かりはありませんでした」
「ご返歌は、ただ面白みがあるばかりです」
などと、口々に言い合っている。姫君も、並大抵のわざでなく詠み出したもとなので、手控えに書き付けて置かれたのであった。

 [1-9 Suetsum composes and sends waka and clothes to Genji in the end of the year]
 Tosi mo kure nu. Uti no tonowi-dokoro ni ohasimasu ni, Taihu-no-Myaubu mawire ri. Mi-keduri-gusi nado ni ha, kesau-datu sudi naku, kokoro-yasuki mono no, sasuga ni notamahi tahabure nado si te, tukahi narasi tamahe re ba, mesi naki toki mo, kikoyu beki koto aru wori ha, mau-nobori keri.
 "Ayasiki koto no haberu wo, kikoye sase zara m mo higa-higasiu, omohi tamahe wadurahi te."
 to, hoho-wemi te kikoye-yara nu wo,
 "Nani-zama no koto zo? Ware ni ha tutumu koto ara zi to, nam omohu." to notamahe ba,
 "Ikaga ha. Midukara no urehe ha, kasikoku to mo, madu koso ha! Kore ha, ito kikoye sase nikuku nam."
 to, itau koto-kome tare ba,
 "Rei no, en naru." to nikumi tamahu.
 "Kano Miya yori haberu ohom-humi." tote, tori-ide tari.
 "Masite, kore ha tori-kakusu beki koto ka ha!"
 tote, tori tamahu mo, mune tuburu.
 Mitinokuni-gami no atu-goye taru ni, nihohi bakari ha hukau sime tamahe ri. Ito you kaki ohose tari. Uta mo,
 "Kara-koromo kimi ga kokoro no turakere ba
 tamoto ha kaku zo soboti tutu nomi
"
 Kokoro-e zu uti-katabuki tamahe ru ni, tutumi ni, koromo-bako no omorika ni kotai naru uti-oki te, osi-ide tari.
 "Kore wo, ikade ka ha, kataharaitaku omohi tamahe zara m. Saredo, Tuitati no ohom-yosohi tote, wazato haberu meru wo, hasitanau ha e kahesi habera zu. Hitori hiki-kome habera m mo, hito no mi-kokoro tagahi haberu bekere ba, go-ran-ze sase te koso ha." to kikoyure ba,
 "Hiki-kome rare na m ha, karakari na masi. Sode maki hosa m hito mo naki mi ni ito uresiki kokoro-zasi ni koso ha."
 to notamahi te, koto ni mono iha re tamaha zu. "Sate mo, asamasi no kuti-tuki ya! Kore koso ha te-dukara no ohom-koto no kagiri na'mere. Zizyuu koso tori-nahosu beka'mere. Mata, hude no siri toru hakase zo nakaru beki." to ihu kahi naku obosu. Kokoro wo tukusi te yomi-ide tamahi tu ram hodo wo obosu ni,
 "Ito mo kasiko ki kata to ha, kore wo mo ihu bekari keri!"
 to, hoho-wemi te mi tamahu wo, Myaubu, omote akami te mi tatematuru.
 Ima-yau-iro no, e yurusu maziku tuya nau huru-meki taru nahosi no, ura uhe hitosiu komayaka naru, ito naho-nahosiu, tuma-duma zo miye taru. "Asamasi!" to obosu ni, kono humi hiroge nagara, hasi ni te-narahi susabi tamahu wo, soba-me ni mire ba,
 "Natukasiki iro to mo nasi ni nani ni kono
 suwetumuhana wo sode ni hure kem

 Iro koki hana to mi sika do mo."
 nado, kaki kegasi tamahu. Hana no togame wo, naho aru yau ara m to, omohi ahasuru wori-wori no, tuki-kage nado wo, itohosiki mono kara, wokasiu omohi nari nu.
 "Kurenawi no hito hana koromo usuku to mo
 hitasura kutasu na wo si tate zu ha

 Kokoro-gurusi no yo ya!"
 to, ito itau nare te hitori-gotu wo, yoki ni ha arane do, "Kauyau no kainade ni dani ara masika ba!" to, kahesu-gahesu kuti-wosi. Hito no hodo no kokoro-gurusiki ni, na no kuti na m ha sasuga nari. Hito-bito mawire ba,
 "Tori-kakusa m ya. Kakaru waza ha hito no suru mono ni ya ara m."
 to, uti-umeki tamahu. "Nani ni go-ran-ze sase tura m. Ware sahe kokoro-naki yau ni." to, ito hadukasiku te, yawora ori nu.
 Mata no hi, Uhe ni saburahe ba, Daiban-dokoro ni sasi-nozoki tamahi te,
 "Kuha ya! Kinohu no kaheri-goto. Ayasiku kokoro-bami sugusa ruru."
 tote, nage tamahe ri. Nyoubau-tati, nani-goto nara m to, yukasi-garu.
 "Tada mme no hana no iro no goto, Mikasa-no-yama no wotome wo ba sute te."
 to, utahi susabi te ide tamahi nuru wo, Myaubu ha "Ito wokasi" to omohu. Kokoro sira nu hito-bito ha,
 "Nazo? Ohom-hitori-wemi ha?" to, togame-ahe ri.
 "Ara zu. Samuki simo-asa ni, kaineri konome ru hana no iro-ahi ya miye tura m. Ohom-tudusiri uta no itohosiki." to ihe ba,
 "Anagati naru ohom-koto kana! Kono naka ni ha, nihohe ru hana mo naka'meri."
 "Sakon-no-Myaubu, Higo-no-Unebe ya mazirahi tura m?"
 nado, kokoro mo e zu ihi sirohu.
 Ohom-kaheri tatematuri tare ba, Miya ni ha, nyoubau tudohi te, mi mede keri.
 "Aha nu yo wo hedaturu naka no koromo-de ni
 kasane te itodo mi mo si mi yo to ya
"
 Siroki kami ni, sute-kai tamahe ru si mo zo, naka-naka wokasi-ge naru.
 Tugomori-no-hi, yuhu-tu-kata, kano ohom-koromo-bako ni, "Go-reu" tote, hito no tatemature ru ohom-zo hito-kudari, ebi-zome no ori-mono no ohom-zo, mata yamabuki ka nani zo, iro-iro miye te, Myaubu zo tatematuri taru. "Ari si iro ahi wo warosi to ya mi tamahi kem?" to omohi sira rure do, "Kare hata, kurenawi no omo-omosikari si wo ya! Sa'ri to mo kiye zi." to, nebi-bito domo ha sadamuru.
 "Ohom-uta mo, kore yori no ha, kotowari kikoye te, sitataka ni koso are!"
 "Ohom-kaheri ha, tada wokasiki kata ni koso."
 nado, kuti-guti ni ihu. Hime-Gimi mo, Oboroke nara de si-ide tamahi turu waza nare ba, mono ni kaki-tuke te oki tamahe ri keri.

 朔日のほど過ぎて、今年、男踏歌あるべければ、例の、所々遊びののしりたまふに、もの騒がしけれど、寂しき所のあはれに思しやらるれば、七日の日の節会果てて、夜に入りて、御前よりまかでたまひけるを、御宿直所にやがてとまりたまひぬるやうにて、夜更かしておはしたり。
例のありさまよりは、けはひうちそよめき、世づいたり314。君も、すこしたをやぎたまへるけしきもてつけたまへり。「いかにぞ、改めてひき変へたらむ時」とぞ、思しつづけらるる。
日さし出づるほどに、やすらひなして、出でたまふ。東の妻戸、おし開けたれば、向ひたる廊の、上もなくあばれたれば、日の脚、ほどなくさし入りて、雪すこし降りたる光に、いとけざやかに見入れらる。
御直衣などたてまつるを見出だして、すこしさし出でて、かたはら臥したまへる頭つき、こぼれ出でたるほど、いとめでたし。「生ひなほりを見出でたらむ時」と思されて、格子引き上げたまへり。
いとほしかりしもの懲りに、上げも果てたまはで、脇息をおし寄せて、うちかけて、御鬢ぐき315のしどけなきをつくろひたまふ。わりなう古めきたる鏡台の、唐櫛笥、掻上の筥など、取り出でたり。さすがに、男の御具さへほのぼのあるを、されてをかしと見たまふ。
女の御装束、「今日は世づきたり」と見ゆるは、ありし筥の心葉を、さながらなりけり。さも思しよらず、興ある紋つきてしるき表着ばかりぞ、あやしと思しける。
「今年だに、声すこし聞かせたまへかし。侍たるるものは316さし置かれて、御けしきの改まらむなむゆかしき」とのたまへば、
 「さへづる春は」317
と、からうして318わななかし出でたり。
「さりや。年経ぬるしるしよ」と、うち笑ひたまひて、「夢かとぞ見る」319
と、うち誦じて出でたまふを、見送りて添ひ臥したまへり。口おほひの側目より、なほ、かの末摘花、いとにほひやかにさし出でたり。見苦しのわざやと思さる。

 正月の数日も過ぎて、今年、男踏歌のある予定なので、例によって、家々で音楽の練習に大騷ぎなさっているので、何かと騒々しいが、寂しい邸が気の毒にお思いやらずにはいられっしゃれないので、七日の日の節会が終わって、夜になって、御前から退出なさったが、御宿直所にそのままお泊まりになったように見せて、夜の更けるのを待って、お出かけになった。
いつもの様子よりは、感じが活気づいており、世間並みに見えた。君も、少しもの柔らかな感じを身につけていらっしゃる。「どうだろうか、もし去年までと違っていたら」と、自然と思い続けられる。
日が昇るころに、わざとゆっくりしてから、お帰りになる。東の妻戸、押し開けてあるので、向かいの渡殿の廊が、屋根もなく壊れているので、日の脚が、近くまで射し込んで、雪が少し積もった反射で、とてもはっきりと奥まで見える。
お直衣などをお召しになるのを物蔭から見て、少しいざり出て、お側に臥していらっしゃる頭の恰好、髪の掛かった様子、とても見事である。「成長なさったのを見ることができたら」と自然とお思いになって、格子を引き上げなさった。
気の毒に思った苦い経験から、全部はお上げにならないで、脇息を寄せて、ちょっとかけて、鬢の乱れているのをお繕いなさる。めっぽう古めかしい鏡台で、唐の櫛匣、掻上げの箱などを、取り出してきた。何と言っても、夫のお道具までちらほらとあるのを、風流でおもしろいと御覧になる。
女の御装束、「今日は世間並みになっている」と見えるのは、先日の衣装箱の中身を、そのまま着ていたからであった。そうともご存知なく、しゃれた模様のある目立つ上着だけを、妙なとお思いになるのであった。
「せめて今年は、お声を少しはお聞かせ下さい。待たれる鴬はさしおいても、お気持ちの改まるのが、待ち遠しいのです」と、おっしゃると、
「囀る春は」
と、ようやくのことで、震え声に言い出した。
「そうよ。年を取った甲斐があったよ」と、お微笑みなさって、「夢かと思います」
と、口ずさんでお帰りになるのを、見送って物に添い臥していらっしゃる。口を覆っている横顔から、やはり、あの「末摘花」が、とても鮮やかに突き出している。「みっともない代物だ」とお思いになる。

 [2-0 Genji visits to Suetsumu in the night of Jan. 7]
 Tuitati no hodo sugi te, kotosi, Wotoko-Dahuka aru bekere ba, rei no, tokoro-dokoro asobi nonosiri tamahu ni, mono-sawagasikere do, sabisiki tokoro no ahare ni obosi-yara rure ba, Nanu-ka no hi no Setiwe hate te, yo ni iri te, go-zen yori makade tamahi keru wo, ohom-tonowi tokoro ni yagate tomari tamahi nuru yau ni te, yo-hukasi te, ohasi tari.
 Rei no arisama yori ha, kehahi uti-soyomeki, yo-dui tari. Kimi mo, sukosi tawoyagi tamahe ru kesiki mote-tuke tamahe ri. "Ika ni zo? Aratame te hiki-kahe tara m toki." to zo, obosi tuduke raruru.
 Hi sasi-iduru hodo ni, yasurahi-nasi te, ide tamahu. Himgasi no tumado, osi-ake tare ba, mukahi taru rau no, uhe mo naku abare tare ba, hi no asi, hodo naku sasi-iri te, yuki sukosi huri taru hikari ni, ito kezayaka ni mi-ire raru.
 Ohom-nahosi nado tatematuru wo mi-idasi te, sukosi sasi-ide te, katahara husi tamahe ru kasira-tuki, kobore-ide taru hodo, ito medetasi. "Ohi nahori wo mi-ide tara m toki." to obosa re te, kausi hiki-age tamahe ri.
 Itohosikari si mono-gori ni, age mo hate tamaha de, kehusoku ni osi-yose te, uti-kake te, mi-bi'-guki no sidoke naki wo tukurohi tamahu. Warinau hurumeki taru kyau-dai no, kara-kusige, kakage no hako nado, tori-ide tari. Sasuga ni, wotoko no ohom-gu sahe hono-bono aru wo, sare te wokasi to mi tamahu.
 Womna no ohom-sauzoku, "Kehu ha yo-duki tari." to miyuru ha, ari si hako no kokoro-ba wo, sanagara nari keri. Sa mo obosi-yora zu, kyou aru mon tuki te siruki uha-gi bakari zo, ayasi to obosi keru.
 "Kotosi dani, kowe sukosi kika se tamahe kasi. Mata ruru mono ha sasi-oka re te, mi-kesiki no aratamara m nam yukasiki." to notamahe ba,
 "Saheduru haru ha."
 to, karausite wananakasi ide tari.
 "Sa'ri ya! Tosi he nuru sirusi yo." to, uti-warahi tamahi te, "Yume ka to zo miru."
 to, uti-zu-zi te ide tamahu wo, mi-okuri te sohi-husi tamaheri. Kuti ohohi no soba-me yori, naho, kano "Suwetumu-hana", ito nihohi-yaka ni sasi-ide tari. Mi-gurusi no waza ya to obosa ru.

 二条院におはしたれば、紫の君、いともうつくしき片生ひにて、「紅はかうなつかしきもありけり」と見ゆるに、無紋の桜の細長、なよらかに着なして、何心もなくてものしたまふさま、いみじうらうたし。古代の祖母君の御なごりにて、歯黒めもまだしかり320けるを、ひきつくろはせたまへれば、眉のけざやかになりたるも、うつくしうきよらなり。「心から、などか321、かう憂き世を見あつかふらむ。かく心苦しきものをも見てゐたらで」と、思しつつ、例の、もろともに雛遊びしたまふ。
絵など描きて、色どりたまふ。よろづにをかしうすさび散らしたまひけり。我も描き添へたまふ。髪いと長き女を描きたまひて、鼻に紅をつけて見たまふに、画に描きても見ま憂きさましたり。わが御影の鏡台にうつれるが、いときよらなるを見たまひて、手づからこの赤鼻を描きつけ、にほはして見たまふに、かくよき顔だに、さてまじれらむは見苦しかるべかりけり。姫君、見て、いみじく笑ひたまふ。
「まろが、かくかたはになりなむ時、いかならむ」とのたまへば、
「うたてこそあらめ」
とて、さもや染みつかむと、あやふく思ひたまへり。そら拭ごひをして、
「さらにこそ、白まね。用なきすさびわざなりや。内裏にいかにのたまはむと322すらむ」
と、いとまめやかにのたまふを、いといとほしと思して、寄りて、拭ごひたまへば、
「平中がやうに色どり添へたまふな。赤からむはあへなむ」
と、戯れたまふさま、いとをかしき妹背と見えたまへり。
日のいとうららかなるに、いつしかと霞みわたれる梢どもの、心もとなきなかにも、梅はけしきばみ、ほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。
「紅の花ぞあやなくうとまるる
梅の立ち枝はなつかしけれど
いでや」
と、あいなくうちうめかれたまふ。
かかる人々の末々、いかなりけむ。

 二条の院にお帰りになると、紫の君、とてもかわいらしい幼な娘で、「紅色でもこうも慕わしいものもあるものだ」と見える着物の上に、無紋の桜襲の細長、しなやかに着こなして、あどけない様子でいらっしゃる姿、たいそうかわいらしい。古風な祖母君のお躾のままで、お歯黒もまだであったのを、お化粧をさせなさったので、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい事にかかずらっているのだろう。こんなにかわいい人とも一緒にいないで」と、お思いになりながら、例によって、一緒にお人形遊びをなさる。
絵などを描いて、色をお付けになる。いろいろと美しくお描き散らしになるのであった。自分もお描き加えになる。髪のとても長い女性をお描きになって、鼻に紅を付けて御覧になると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。ご自分の姿が鏡台に映っているのが、たいそう美しいのを御覧になって、自分で紅鼻に色づけして、赤く染めて御覧になると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いているようなのは当然醜いにちがいないのであった。姫君、見て、ひどくお笑いになる。
「わたしが、もしこのように不具になってしまったら、どうですか」
と、おっしゃると、
「嫌ですわ」
と言って、そのまま染み付かないかと、心配していらっしゃる。うそ拭いをして、
「少しも、白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものよ。帝にはどんなにお叱りになられることだろう」
と、とても真剣におっしゃるのを、本気で気の毒にお思いになって、近寄ってお拭いになると、
「平中のように墨付けなさるな。赤いのはまだ我慢できましょうよ」
と、ふざけていらっしゃる様子、とても睦まじい兄妹とお見えである。
日がとてもうららかで、もうさっそく一面に霞んで見える梢などは、花の待ち遠しい中でも、梅は蕾みもふくらみ、咲きかかっているのが、特に目につく。階隠のもとの紅梅、とても早く咲く花なので、もう色づいていた。
「紅の花はわけもなく嫌な感じがする
梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが
いやはや」
と、不本意に溜息をお吐かれになる。
このような人たちの将来は、どうなったことだろうか。

 2 Tale of Murasaki [2-1 Genji paints playfully his nose red with Murasaki]
 Nideu-no-Win ni ohasi tare ba, Murasaki-no-Kimi, ito mo utukusiki kata-ohi ni te, "Kurenawi ha kau natukasiki mo ari keri." to miyuru ni, mu-mon no sakura-no-hosonaga, nayoraka ni ki-nasi te, nani-gokoro mo naku te monosi tamahu sama, imiziu rautasi. Kotai no Oba-Gimi no ohom-nagori ni te, ha-gurome mo madasikari keru wo, hiki-tukuroha se tamahe re ba, mayu no kezayaka ni nari taru mo, utukusiu kiyora nari. "Kokoro kara, nado ka, kau uki yo wo mi atukahu ram. Kaku kokoro-gurusiki mono wo mo mi te wi tara de." to, obosi tutu, rei no, morotomo ni hihina-asobi si tamahu.
 We nado kaki te, iro-dori tamahu. Yorodu ni wokasiu susabi tirasi tamahi keri. Ware mo kaki sohe tamahu. Kami ito nagaki womna wo kaki tamahi te, hana ni beni wo tuke te mi tamahu ni, kata ni kaki te mo mi-ma-uki sama si tari. Waga mi-kage no kyau-dai ni uture ru ga, ito kiyora naru wo mi tamahi te, te-dukara kono aka-haha wo kaki-tuke, nihohasi te mi tamahu ni, kaku yoki kaho dani, sate mazire ram ha mi-gurusikaru bekari keri. Hime-Gimi, mi te, imiziku warahi tamahu.
 "Maro ga, kaku kataha ni nari na m toki, ika nara m?" to notamahe ba,
 "Utate koso ara me."
 tote, sa mo ya simi-tuka m to, ayahuku omohi tamahe ri. Sora-nogohi wo si te,
 "Sa'ra ni koso, siro-ma ne! You naki susabi waza nari ya. Uti ni ika ni notamaha m to sura m."
 to, ito mame-yaka ni notamahu wo, ito itohosi to obosi te, yori te, nogohi tamahe ba,
 "Heitiu ga yau ni iro-dori sohe tamahu na. Akakara m ha ahe na m."
 to, tahabure tamahu sama, ito wokasiki imose to miye tamahe ri.
 Hi no ito uraraka naru ni, itusika to kasumi watare ru kozuwe-domo no, kokro-motonaki naka ni mo, mme ha kesiki-bami, hoho-wemi watare ru, toriwaki te miyu. Hasi-kakusi no moto no koubai, ito toku hana ni te, iro-duki ni keri.
 "Kurenawi no hana zo ayanaku utoma ruru
 mme no tati-e ha natukasi kere do

 Ide ya!"
 to, ainaku uti-umeka re tamahu.
 Kakaru hito-bito no suwe-zuwe, ika nari kem?

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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