源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 紫上の物語 若紫の君登場、3月晦日から初夏4月までの物語

2 藤壷の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語

3 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語

出典
校訂

1 紫上の物語 若紫の君登場、3月晦日から初夏4月までの物語

2 藤壷の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語

3 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語

1 Tale of Murasaki

2 Tale of Fujitsubo

3 Tale of Murasaki(2)

 瘧病にわづらひ160たまひて、よろづにまじなひ加持など参らせたまへど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、ある人、「北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人々まじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひ、あまたはべりき。ししこらかし161つる時はうたてはべるを、とくこそ試みさせたまはめ」など聞こゆれば162、召しに遣はしたるに、「老いかがまりて、室の外にもまかでず」と申したれば、「いかがはせむ。いと忍びてものせむ」とのたまひて、御供にむつましき四、五人ばかりして、まだ暁におはす。
やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。
寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き巖163の中にぞ、聖入りゐたりける。登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまへれど、しるき御さまなれば、
「あな、かしこや。一日、召しはべりしにやおはしますらむ。今は、この世のことを思ひたまへねば、験方の行ひも捨て忘れてはべるを、いかで、かうおはしましつらむ」
と、おどろき騒ぎ、うち笑みつつ見たてまつる。いと尊き大徳なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつり、加持など参るほど、日高くさし上がりぬ。

 瘧病みに罹りなさって、いろいろと呪術や加持などして差し上げさせなさるが、効果がなくて、何度も発作がお起こりになったので、ある人が、「北山に、某寺という所に、すぐれた行者がございます。去年の夏も世間に流行して、人々がまじないあぐねたのを、たちどころに治した例が、多数ございました。こじらせてしまうと、厄介でございますから、早くお試しあそばすとよいでしょう」などと申し上げるので、呼びにおやりになったところ、「老い曲がって、室の外にも外出いたしません」と申したので、「しかたない。ごく内密に行こう」とおっしゃって、お供に親しい者四、五人ほど連れて、まだ夜明け前にお出かけになる。
やや山深く入った所なのであった。三月の晦日なので、京の花盛りはみな過ぎてしまっていた。山の桜はまだ盛りで、入って行かれるにつれて、霞のかかった景色も趣深く見えるので、このような山歩きもご経験なく、窮屈なご身分なので、珍しく思われなさるのであった。
寺の有様も実にしんみりと趣深い。峰高く、深い岩屋の中に、聖は入っているのだった。お登りになって、誰ともお知らせなさらず、とてもひどく粗末な身なりをしていらっしゃるが、はっきりそれと分かるご風采なので、
「ああ、恐れ多いことよ。先日、お召しになった方でいらっしゃいましょうか。今は、現世のことを考えておりませんので、修験の方法も忘れてございますが、どうして、このようにわざわざお越しあそばしたのでしょうか」
と、驚き慌てて、にっこりしながら拝する。まことに立派な大徳なのであった。しかるべき薬を作って、お呑ませ申し、加持などして差し上げるうちに、日が高くなった。

 1 Tale of Murasaki [1-1 At the last day in spring, Genji goes to Kita-yama]
 Waraha-yami ni wadurahi tamahi te, yorodu ni mazinahi kadi nado mawira se tamahe do, sirusi naku te, amata tabi okori tamahi kere ba, aru- hito, "Kita-yama ni nam, Nanigasi-dera to ihu tokoro ni, kasikoki okonahi-bito haberu. Kozo no natu mo yo ni okori te, hito-bito mazinahi wadurahi si wo, yagate todomuru taguhi, amata haberi ki. Sisikorakasi turu toki ha utate haberu wo, toku koso kokoromi sase tamaha me." nado kikoyure ba, mesi ni tukahasi taru ni, "Oyi kagamari te muro no to ni mo makade zu." to mausi tare ba, "Ikaga ha se m. Ito sinobi te monose m." to notamahi te, ohom-tomo ni mutumasiki si, go-nin bakari si te, mada akatuki ni ohasu.
 Yaya hukau iru tokoro nri keri. Yayohi no tugomori nareba, Kyau no hana-zakari ha mina sugi ni keri. Yama no sakura ha mada sakari ni te, iri mote ohasuru mama ni, kasumi no tatazumahi mo wokasiu miyure ba, kakaru arisama mo narahi tamaha zu, tokoro-seki ohom-mi ni te, medurasiu obosa re keri.
 Tera no sama mo ito ahare nari. Mine takaku, hukaki iha no naka ni zo, Hiziri iri wi tari keru. Nobori tamahi te, tare to mo sira se tamaha zu, ito itau yature tamahe re do, siruki ohom-sama nare ba,
 "Ana, kasiko ya! Hito-hi, mesi haberi si ni ya ohasimasu ram. Ima ha, konoyo no koto wo omohi tamahe ne ba, gen-gata no okonahi mo sute-wasure te haberu wo, ikade, kau ohasimasi tura m."
 to, odoroki sawagi, uti wemi tutu mi tatematuru. Ito tahutoki Daitoko nari keri. Sa'ru beki mono tukuri te, sukase tatematuri, kadi nado mawiru hodo, hi takaku sasi-agari nu.

 すこし立ち出でつつ見渡したまへば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさるる、ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくし渡して、清げなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは、
「何人の住むにか」
と問ひたまへば、御供なる人、
「これなむ、なにがし僧都の、二年籠りはべる方にはべるなる」
「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」などのたまふ。
清げなる童などあまた出で来て、閼伽たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。
「かしこに、女こそありけれ」
「僧都は、よも、さやうには、据ゑたまはじを」
「いかなる人ならむ」
と口々言ふ。下りて覗くもあり。
「をかしげなる女子ども、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。
君は、行ひしたまひつつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、
「とかう紛らはさせたまひて、思し入れぬなむ、よくはべる」
と聞こゆれば、後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ。はるかに霞みわたりて、四方の梢そこはかとなう煙りわたれるほど、
「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことはあらじかし」とのたまへば、
「これは、いと浅くはべり。人の国などにはべる海、山のありさまなどを御覧ぜさせて164はべらば、いかに、御絵いみじうまさらせたまはむ。富士の山、なにがしの嶽」
など、語りきこゆるもあり。また西国のおもしろき浦々、磯の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはし165きこゆ。
「近き所には、播磨の明石の浦こそ、なほことにはべれ。何の至り深き隈はなけれど、ただ、海の面を見わたしたるほどなむ、あやしく異所に似ず、ゆほびかなる166所にはべる。
かの国の前の守、新発意の、女かしづきたる家、いといたしかし。大臣の後にて、出で立ちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、近衛の中将を捨てて、申し賜はれりける司167なれど、かの国の人にもすこしあなづられて、『何の面目にてか、また都にも帰らむ』と言ひて、頭も下ろしはべりにけるを、すこし奥まりたる山住みもせで、さる海づらに出でゐたる、ひがひがしきやうなれど、げに、かの国のうちに、さも、人の籠りゐぬべき所々はありながら、深き里は、人離れ心すごく、若き妻子の思ひわびぬべきにより、かつは心をやれる住ひになむはべる。
先つころ、まかり下りてはべりしついでに、ありさま見たまへに寄りてはべりしかば、京にてこそ所得ぬやうなりけれ、そこら168はるかに、いかめしう占めて造れるさま、さは言へど、国の司にてし置きけることなれば、残りの齢ゆたかに経べき心構へも、二なくしたりけり。後の世の勤めも、いとよくして、なかなか法師まさりしたる人になむはべりける」と申せば、
「さて、その女は」と、問ひたまふ。
「けしうはあらず。容貌、心ばせなどはべるなり。代々の国の司など、用意ことにして、さる心ばへ見すなれど、さらにうけひかず。『我が身のかくいたづらに沈めるだにあるを、この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり。もし我に後れてその志とげず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね』と、常に遺言169しおきてはべるなる」
と聞こゆれば、君もをかしと聞きたまふ。人々、
「海龍王の后になるべきいつき女ななり。心高さ苦しや」とて笑ふ。
かく言ふは、播磨守の子の、蔵人より、今年、かうぶり得たるなりけり。
「いと好きたる者なれば、かの入道の遺言破りつべき心はあらむかし」
「さて、たたずみ寄るならむ」
と言ひあへり。
「いで、さ言ふとも、田舎びたらむ。幼くよりさる所に生ひ出でて、古めいたる親にのみ従ひたらむは」
「母こそゆゑあるべけれ。よき若人、童など、都のやむごとなき所々より、類にふれて尋ねとりて、まばゆくこそもてなすなれ」
「情けなき人なりて行かば、さて心安くてしも、え置きたらじをや」
など言ふもあり。君、
「何心ありて、海の底まで深う思ひ入るらむ。底の「みるめ」も、170もの171むつかしう」
 などのたまひて、ただならず172思したり。かやうにても、なべてならず、もてひがみたること好みたまふ御心なれば、御耳とどまらむをや、と見たてまつる。
「暮れかかりぬれど、おこらせたまはずなりぬるにこそはあめれ。はや帰らせたまひなむ」
とあるを、大徳、
「御もののけ173など、加はれる174さまにおはしましけるを、今宵は、なほ静かに加持など参りて、出でさせたまへ」と申す。
「さもあること」と、皆人申す。君も、かかる旅寝も慣らひたまはねば、さすがにをかしくて、
「さらば暁に」とのたまふ。

 少し外に出て見渡しなさると、高い所なので、あちこちに、僧坊どもが、はっきりと見下ろされる、ちょうどこのつづら折の道の下に、同じ小柴垣であるが、きちんとめぐらして、こざっぱりとした建物に、廊などが続いて、木立がとても風情あるのは、
「どのような人が住んでいるのか」
とお尋ねになると、お供である人が、
「これが、某僧都が、二年間籠もっております所だそうでございます」
「気のおける人が住んでいる所だな。何とも、あまりに粗末な身なりであったな。聞きつけたら困るな」などとおっしゃる。
美しそうな童女などが、大勢出て来て、閼伽棚に水をお供えしたり、花を折ったりなどするのも、はっきりと見える。
「あそこに、女がいる」
「僧都は、まさか、そのようには、囲って置かれまいに」
「どのような女だろう」
と口々に言う。下りて覗く者もいる。
「きれいな女の子たちや、若い女房、童女が見える」と言う。
源氏の君は、勤行なさりながら、日盛りになるにつれて、どうだろうかとご心配なさるのを、
「何かとお紛らわしあそばして、お気になさらないのが、よろしうございます」
と申し上げるので、後方の山に立ち出でて、京の方角を御覧になる。遠く霞が立ちこめていて、四方の梢がどことなく霞んで見える具合、
「絵にとてもよく似ているな。このような所に住む人は、心に思い残すことはきっとあるまい」とおっしゃると、
「これは、まことに平凡でございます。地方などにございます海、山の景色などを御覧になられましたら、どんなにか、お絵も素晴らしくご上達あそばしましょう。富士の山、何々の嶽」
などと、お話し申し上げる者もいる。また、西国の美しい浦々や、磯について話し続ける者もいて、何かとお気を紛らし申し上げる。
「近い所では、播磨の明石の浦が、やはり格別でございます。どこといって変わっている所はないが、ただ、海の方を見渡しているところが、不思議と他の海岸とは違って、ゆったりとした所でございます。
あの国の前国司で、出家したての人が、娘を大切に育てている家は、まことにたいしたものです。大臣の後裔で、出世もできたはずの人なのですが、たいそうな変わり者で、人づき合いをせず、近衛の中将を捨てて、申し出て頂戴した官職ですが、あの国の人にも少し馬鹿にされて、『何の面目があって、再び都に帰ろうか』と言って、髪も下ろしてしまったのでございますが、少し奥まった山中生活もしないで、そのような海岸に出ており、間違っているようですが、なるほど、あの国の中に、そのように、人が籠もるにふさわしい所々は方々にありますが、山奥の人里は、人気もなくもの寂しく、若い妻子がきっと心細がるにちがいないので、一方では気晴らしのできる住まいでございます。
最近、下向いたしました機会に、様子を拝見するために立ち寄ってみましたところ、都でこそ不遇のようでしたが、はなはだ広々と、豪勢に占有して造っている様子は、そうは言っても、国司として造っておいたことなので、余生を豊かに過ごせる準備も、またとなくしているのでした。後世の勤行も、まことによく勤めて、かえって出家して人品が上がった人でございます」と申し上げると、
「ところで、その娘は」と、お尋ねになる。
「悪くはありません。器量や、気立てなども結構です。代々の国司などが、格別懇ろな態度で、結婚の申し込みをするようですが、全然承知しません。『自分の身がこのようにむなしく落ちぶれているのさえ無念なのに、この娘一人だけだが、特別に考えているのだ。もし、わたしに先立たれて、その素志を遂げられず、わたしの願っていた運命と違ったならば、海に入ってしまえ』と、いつも遺言をしているそうでございます」
と申し上げると、君もおもしろい話だとお聞きになる。供人は、
「きっと海龍王の后になる大切な娘なのだろう。気位いの高いことも、困ったものだね」と言って笑う。
このように話すのは、播磨守の子で、蔵人から、今年、五位に叙された者なのであった。
「大変な好色者だから、あの入道の遺言を破ってしまおうという気なのだろう」
「それで、うろうろしていたのだろう」と言い合っている。
「いやもう、そうは言っても、田舎びているのでは。幼い時からそのような所に成長して、古めかしい親にばかり教育されていたのでは」
「母親は由緒ある家の出のようだ。美しい若い女房や、童女など、都の高貴な家々から、縁故を頼って集めて、眩しく育てているそうだ」
「無風流な人がなっていったら、そんなふうに安心して、置いておけないのでは」
などと言う者もいる。君は、
「どのような考えがあって、海の底まで深く思い込んでいるのだろう。海底の「海松布」も何となく見苦しい」
などとおっしゃって、少なからず関心をお持ちになっている。このような話でも、普通以上に、一風変わったことをお好みになるご性格なので、お耳を傾けられるのだろう、と拝見する。
「暮れかけてきたが、お起こりあそばさなくなったようでございます。早くお帰りあそばされませ」
と言うのを、大徳は、
「おん物の怪などが、憑いている様子でいらっしゃいましたが、今夜は、やはり静かに加持などをなさって、お帰りあそばされませ」と申し上げる。
「それが、およろしうございますこと」と、皆も申し上げる。君も、このような旅寝もご経験ないことなので、何と言っても興味があって、
「それでは、早朝に」とおっしゃる。

 [1-2 Geiji diverts his mind by uncommon view and listen to a tale]
 Sukosi tati-ide tutu mi-watasi tamahe ba, takaki tokoro ni te, koko kasiko, sou-bau-domo araha ni mi-orosa ruru, tada kono tudura-wori no simo ni, onazi ko-siba nare do, uruhasiku si watasi te, kiyo-ge naru ya, rau nado tuduke te, kodati ito yosi aru ha,
 "Nani bito no sumu ni ka?"
 to tohi tamahe ba, ohom-tomo naru hito,
 "Kore nam, Nanigasi-Soudu no, huta-tose komori haberu kata ni haberu naru."
 "Kokoro hadukasiki hito sumu naru tokoro ni koso a'nare! Ayasiu mo, amari yatusi keru kana! Kiki mo koso sure." nado notamahu.
 Kiyo-ge naru waraha nado amata ide-ki te, aka tatematuri, hana wori nado suru mo araha ni miyu.
 "Kasiko ni, Womna koso ari kere!"
 "Soudu ha, yo mo, sa yau ni ha, suwe tamaha zi wo!"
 "Ika naru hito nara m?"
 to kuti-guti ihu. Ori te nozoku mo ari.
 "Wokasi-ge naru Womna-go-domo, wakaki hito, warahabe nam miyuru." to ihu.
 Kimi ha, okonahi si tamahi tutu, hi takuru mama ni, ika nara m to obosi taru wo,
 "Tokau magiraha se tamahi te, obosi ire nu nam, yoku haberu."
 to kikoyure ba, sirihe no yama ni tati-ide te, Kyau no kata wo mi tamahu. Haruka ni kasumi watari te, yomo no kozuwe sokohaka to nau keburi watareru hodo,
 "We ni ito yoku ni taru kana! Kakaru tokoro ni sumu hito, kokoro ni omohi nokosu koto ha ara zi kasi." to notamahe ba,
 "Kore ha, ito asaku haberi. Hito no kuni nado ni haberu umi, yama no arisama nado wo go-ran-ze sase te habera ba, ika ni, ohom-we imiziu masara se tamaha m. Huzi-no-yama, Nanigasi-no-take."
 nado, katari kikoyuru mo ari. Mata nisi-kuni no omosiro ki ura-ura, iso no uhe wo ihi-tudukuru mo ari te, yorodu ni, magirahasi kikoyu.
 "Tikaki tokoro ni ha, Harima no Akasi no ura koso, naho koto ni habre. Nani no itari hukaki kuma ha nakere do, tada, umi no omote wo mi-watasi taru hodo nam, ayasiku koto tokoro ni ni zu, yuhobika naru tokoro ni haberu.
 Kano kuni no saki no Kami, Siboti no, musume kasiduki taru ihe, ito itasi kasi. Daizin no noti ni te, ide-tati mo su bekari keru hito no, yo no higa-mono ni te, mazirahi mo se zu, Konowe-no-Tiuzyau wo sute te, mausi tamahare ri keru tukasa nare do, kano kuni no hito ni mo sukosi anadura re te, 'Nani no meiboku ni te ka, mata miyako ni mo kahera m' to ihi te, kasira mo orosi haberi ni keru wo, sukosi okumari taru yama-zumi mo se de, saru umi-dura ni ide wi taru, higa-higasiki yau nare do, geni, kano kuni no uti ni, sa mo, hito no komori wi nu beki tokoro dokoro ha ari nagara, hukaki sato ha, hito hanare kokoro sugoku, wakaki sai-si no omohi wabi nu beki ni yori, katu ha kokoro wo yare ru sumahi ni nam haberu.
 Saitu-koro, makari kudari te haberi si tuide ni, arisama mi tamahe ni yori te haberi sika ba, Kyau ni te koso tokoro e nu yau nari kere, sokora haruka ni, ikamesiu sime te tukure ru sama, sa ha ihe do, kuni no tukasa ni te si-oki keru koto nare ba, nokori no yohahi yutaka ni hu beki kokoro gamahe mo, ni-naku si tari keri. Noti no yo no tutome mo, ito yoku si te, naka-naka hohusi masari si taru hito ni nam haberi keru." to mause ba,
 "Sate, sono musume ha?" to tohi tamahu.
 "Kesiu ha ara zu. Katati, kokoro-base nado haberu nari. Dai-dai no kuni no tukasa nado, youi koto ni si te, saru kokoro-bahe misu nare do, sara ni uke hika zu. 'Waga mi no kaku itadura ni sidume ru dani aru wo, kono hito hitori ni koso are, omohu sama koto nari. Mosi ware ni okure te sono kokorozasi toge zu, kono omohi oki turu sukuse tagaha ba, umi ni iri ne!' to, tune ni yuigon si-oki te haberu naru."
 to kikoyure ba, Kimi mo wokasi to kiki tamahu. Hito-bito,
 "Kairiuwau no Kisaki ni naru beki ituki musume na'nari. Kokoro takasa kurusi ya!" tote warahu.
 Kaku ihu ha, Harima-no-Kami no ko no, Kura-udo yori, kotosi, kauburi e taru nari keri.
 "Ito suki taru mono nare ba, kano Nihudau no yuigon yaburi tu beki kokoro ha ara m kasi."
 "Sate, tatazumi yoru nara m."
 to ihi-ahe ri.
 "Ide, sa ihu to mo, inaka-bi tara m. Wosanaku yori saru tokoro ni ohi-ide te, huru-mei taru oya ni nomi sitagahi tara m ha."
 "Haha koso yuwe aru bekere. Yoki waka-udo, waraha nado, miyako no yamgotonaki tokoro-dokoro yori, rui ni hure te tadune-tori te, mabayuku koso motenasu nare."
 "Nasake naki hito nari te yuka ba, sate kokoro yasuku te si mo, e oki tara zi wo ya!"
 nado ihu mo ari. Kimi,
 "Nani gokoro ari te, umi no soko made hukau omohi iru ram. Soko no 'mirume' mo, mono mutukasiu."
 nado notamahi te, tada nara zu obosi tari. Kayau ni te mo, nabete nara zu, mote higami taru koto konomi tamahu mi-kokoro nare ba, ohom-mimi todomara m wo ya, to mi tatematuru.
 "Kure kakari nure do, okora se tamaha zu nari nuru ni koso ha a'mere. Haya kahera se tamahi na m."
 to aru wo, Daitoko,
 "Ohom-mononoke nado, kuhahare ru sama ni ohasimasi keru wo, koyohi ha, naho siduka ni kadi nado mawiri te, ide sase tamahe." to mausu.
 "Sa mo aru koto" to, mina-hito mausu. Kimi mo, kakaru tabi-ne mo narahi tamaha ne ba, sasuga ni, wokasiku te,
 "Saraba akatuki ni." to notamahu.

 人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう霞み175たるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人々は帰したまひて、惟光朝臣と覗きたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに誦みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。
清げなる大人二人ばかり、さては童女ぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかりやあらむと176見えて、白き衣、山吹などの萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
「何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」
とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、「子なめり」と見たまふ。
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」
とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、
「例の、心なしの、かかるわざをして、さいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」
とて、立ちて行く。髪ゆるるかに177いと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
尼君、
「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言へば、ついゐたり。
つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「ねびゆかむさまゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。さるは、「限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるる178なりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。
尼君、髪をかき撫でつつ、
「梳ることをうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」
とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
「生ひ立たむありかも知らぬ若草を
おくらす露ぞ消えむそらなき」
またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、
「初草の生ひ行く末も知らぬまに
いかでか露の消えむとすらむ」
と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、
「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏中将の瘧病まじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまでざりける」とのたまへば、
「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。
「この世に、ののしりたまふ光源氏、かかるついでに見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる人のありさまなり。いで、御消息聞こえむ」
とて、立つ音すれば、帰りたまひぬ。

 人もいなくて、何もすることがないので、夕暮のたいそう霞わたっているのに紛れて、あの小柴垣の付近にお立ち出でになる。供人はお帰しになって、惟光朝臣とお覗きになると、ちょうどこの西面に、仏を安置申して勤行しているのは、尼なのであった。簾を少し上げて、花を供えているようである。中の柱に寄り掛かって座って、脇息の上にお経を置いて、とても大儀そうに読経している尼君は、普通の人とは見えない。四十過ぎくらいで、とても色白で上品で、痩せているが、頬はふっくらとして、目もとのぐあいや、髪がきれいに切り揃えられている端も、かえって長いのよりも、この上なく新鮮な感じだ、と感心して御覧になる。
小綺麗な女房二人ほど、他には童女が出たり入ったりして遊んでいる。その中に、十歳くらいかと見えて、白い袿に、山吹襲などの、糊気の落ちたのを着て、駆けてきた女の子は、大勢見えた子供とは比べものにならず、たいそう将来性が見えて、かわいらしげな姿である。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔はとても赤くこすって立っている。
「どうしたの。童女とけんかをなさったの」
と言って、尼君が見上げているのに、少し似ているところがあるので、「その子どもなのだろう」と御覧になる。
「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に、閉じ籠めていたのに」
と言って、とても残念がっている。ここに座っていた女房は、
「いつもの、うっかり者が、このようなことをして、責められるとは、ほんと困ったことね。どこへ行ってしまいましたか。とてもかわいく、だんだんなってきましたものを。烏などが見つけたら大変だわ」
と言って、立って行く。髪はゆったりととても長く、見苦しくない女のようである。少納言の乳母と皆が言うようなのは、この子のご後見役なのだろう。
尼君、
「何とまあ、幼いことを。聞き分けもなくていらっしゃること。わたしが、このように、今日明日にも思われる寿命を、何ともお考えにならず、雀を追いかけていらっしゃるとは。罪を得ることですよと、いつも申し上げていますのに。情けなく」と言って、「こちらへ」と言うと、ちょこんと座った。
顔つきがとてもかわいらしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく掻き上げた額や、髪の生え際は、大変にかわいらしい。「成長して行くさまが楽しみな人だ」と、お目がとまりなさる。それと言うのも、「限りなく心を尽くし申し上げている方に、とてもよく似ているので、目が引きつけられるのだ」と、思うにつけても涙が落ちる。
尼君が、髪をかき撫でながら、
「梳くことをお嫌がりになるが、美しい御髪ですね。とても子供っぽくいらっしゃることが、かわいそうで心配です。これほどになれば、とてもこんなでない人もありますものを。亡くなった母君は、十歳程で殿に先立たれなさった時、たいそう物事の意味は弁えていらっしゃいましたよ。今、わたしがお残し申して逝ってしまったら、どのように過ごして行かれるおつもりなのでしょう」
と言って、たいそう泣くのを御覧になると、何とも言えず悲しい。子供心にも、やはりじっと見つめて、伏目になってうつむいているところに、こぼれかかった髪が、つやつやとして素晴らしく見える。
「これからどこでどう育って行くのかも分からない若草を
残しては死ぬに死ねない思いです」
もう一人の座っている女房が、「本当に」と、涙ぐんで、
「初草のご成長も御覧にならないうちに
どうして先立たれるようなことをお考えになるのでしょう」
と申し上げているところに、僧都が、あちらから来て、
「ここは人目につくのではないでしょうか。今日に限って、端近にいらっしゃいますね。この上の聖の所に、源氏中将が瘧病のまじないにいらっしゃったのを、たった今、聞きつけました。ひどくお忍びでしたので、知りませんで、ここにおりながら、お見舞いにも上がりませんでした」とおっしゃると、
「まあ大変。とても見苦しい様子を、人に見られたかしら」と言って、簾を下ろしてしまった。
「世間で、大評判でいらっしゃる光源氏を、この機会に拝見なさいませんか。俗世を捨てた法師の気持ちにも、たいそう世俗の憂え忘れ、寿命が延びるご様子の方です。どれ、お見舞いに参上しよう」
と言って、立つ音がするので、お帰りになった。

 [1-3 Genji finds Murasaki-no-Kimi in Kita-yama]
 Hito naku te, ture-dure nare ba, yuhu-gure no itau kasumi taru ni magire te, kano ko-sibagaki no hodo ni tati-ide tamahu. Hito-bito ha kahesi tamahi te, Koremitu-no-Asom to nozoki tamahe ba, tada kono nisi-omote ni si mo, Hotoke suwe tatematuri te okonahu, Ama nari keri. Sudare sukosi age te, hana tatematuru meri. Naka no hasira ni yori-wi te, kehusoku no uhe ni Kyau wo oki te, ito nayamasi-ge ni yomi wi taru Ama-Gimi, tada-udo to miye zu. Si-zihu yo bakari ni te, ito sirou ate ni, yase tare do, turatuki hukuraka ni, mami no hodo, kami no utukusi-ge ni sogare taru suwe mo, naka-naka nagaki yori mo koyonau imamekasiki mono kana to, ahare ni mi tamahu.
 Kiyo-ge naru otona hutari bakari, sate ha warahabe zo ide iri asobu. Naka ni towo bakari ya ara m to miye te, siroki kinu, yamabuki nado no naye taru ki te, hasiri ki taru Womna-go, amata miye turu kodomo ni niru beu mo ara zu, imiziku ohi-saki miye te, utukusi-ge naru katati nari. Kami ha ahugi wo hiroge taru yau ni yura-yura to si te, kaho ha ito akaku suri nasi te tate ri.
 "Nani goto zo ya? Warahabe to hara-dati tamahe ru ka?"
 tote, Ama-Gimi no mi age taru ni, sukosi oboye taru tokoro are ba, "Ko na'meri." to mi tamahu.
 "Suzume no ko wo Inuki ga nigasi turu. Husego no uti ni kome tari turu mono wo."
 tote, ito kutiwosi to omohe ri. Kono wi taru otona,
 "Rei no, kokoro-nasi no, kakaru waza wo si te, sainama ruru koso, ito kokoro-duki nakere. Idu-kata he ka makari nuru. Ito wokasiu, yau-yau nari turu mono wo. Karasu nado mo koso mitukure."
 tote, tati te yuku. Kami yururuka ni ito nagaku, meyasuki hito na'meri. Seunagon-no-Menoto to koso hito ihu meru ha, kono ko no usiromi naru besi.
 Ama-Gimi,
 "Ide, ana wosana ya! Ihu-kahi nau monosi tamahu kana! Onoga, kaku, kehu asu ni oboyuru inoti wo ba, nani to mo obosi tara de, suzume sitahi tamahu hodo yo! Tumi uru koto zo to, tune ni kikoyuru wo, kokoro uku." tote, "Koti ya." to ihe ba, tui-wi tari.
 Tura-tuki ito rauta-ge ni te, mayu no watari uti-keburi, ihakenaku kai-yari taru hitahi-tuki, kam-zasi, imiziu utukusi. "Nebi-yuka m sama yukasiki hito kana!" to, me tomari tamahu. Saru ha, "Kagiri-nau kokoro wo tukusi kikoyuru hito ni, ito you ni tatemature ru ga, mamora ruru nari keri!" to, omohu ni mo namida zo oturu.
 Ama-Gimi, kami wo kaki-nade tutu,
 "Keduru koto wo urusagari tamahe do, wokasi no mi-gusi ya! Ito hakanau monosi tamahu koso, ahare ni usirometakere. Kabakari ni nare ba, ito kakara nu hito mo aru mono wo! Ko-Hime-Gimi ha, towo-bakari ni te Tono ni okure tamahi si hodo, imiziu mono ha omohi siri tamahe ri si zo kasi. Tada ima, onore mi-sute tatematura ba, ikade yo ni ohase m to sura m."
 tote, imiziku naku wo mi tamahu mo, suzuro ni kanasi. Wosana-gokoti ni mo, sasuga ni uti-mamori te, husi-me ni nari te utubusi taru ni, kobore kakari taru kami, tuya-tuya to medetau miyu.
 "Ohi-tata m arika mo sira nu waka-kusa wo
 okurasu tuyu zo kiye m sora naki
"
 mata wi taru otona, "Geni" to, uti-naki te,
 "Hatu-kusa no ohi-yuku suwe mo sira nu ma ni
 ikade ka tuyu no kiye m to su ram
"
 to kikoyuru hodo ni, Soudu, anata yori ki te,
 "Konata ha araha ni ya habera m. Kehu si mo, hasi ni ohasimasi keru kana! Kono kami no Hiziri no kata ni, Genzi-no-Tiuzhau no, waraha-yami mazinahi ni monosi tamahi keru wo, tada ima nam, kiki-tuke haberu. Imiziu sinobi tamahi kere ba, siri habera de, koko ni haberi nagara, ohom-toburahi ni mo ma'de zari keru." to notamahe ba,
 "Ana imizi ya! Ito ayasiki sama wo, hito ya mi tu ram?" tote, sudare orosi tu.
 "Konoyo ni, nonosiri tamahu Hikaru-Genzi, kakaru tuide ni mi tatematuri tamaha m ya? Yo wo sute taru hohusi no kokoti ni mo, imiziu yo no urehe wasure, yohahi noburu hito no ohom-arisama nari. Ide, ohom-seusoko kikoye m."
 tote, tatu oto sure ba, kaheri tamahi nu.

 「あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よくさるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ」と、をかしう思す。「さても、いとうつくしかりつる稚児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。
うち臥したまへるに、僧都の御弟子、惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞きたまふ。
「過りおはしましけるよし、ただ今なむ、人申すに、おどろきながら、さぶらふべきを、なにがしこの寺に籠りはべりとは、しろしめしながら、忍びさせたまへるを、憂はしく思ひたまへてなむ。草の御むしろも、この坊にこそ設けはべるべけれ。いと本意なきこと」と申したまへり。
「いぬる十余日のほどより、瘧病にわづらひ179はべるを、度重なりて堪へがたうはべれば、人の教へのまま、にはかに尋ね入りはべりつれど、かやうなる人の験あらはさぬ時、はしたなかるべきも、ただなるよりは、いとほしう思ひたまへつつみてなむ、いたう忍びはべりつる。今、そなたにも」とのたまへり。
すなはち、僧都参りたまへり。法師なれど、いと心恥づかしく人柄もやむごとなく、世に思はれたまへる人なれば、軽々しき御ありさまを、はしたなう思す。かく籠れるほどの御物語など聞こえたまひて、「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせむ」と、せちに聞こえたまへば、かの、まだ見ぬ人々にことことしう言ひ聞かせつるを、つつましう思せど、あはれなりつるありさまもいぶかしくて、おはしぬ。
げに、いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。月もなきころなれば、遣水に篝火ともし、燈籠180なども参りたり。南面いと清げにしつらひたまへり。そらだきもの、心にくく薫り出で、名香の香など匂ひみちたるに、君の御追風いとことなれば、内の人々も心づかひすべかめり。
僧都、世の常なき181御物語、後世のことなど聞こえ知らせたまふ。我が罪のほど恐ろしう、「あぢきなきことに182心をしめて、生ける限りこれを思ひ悩むべきなめり。まして後の世のいみじかるべき」。思し続けて、かうやうなる住ひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、
「ここにものしたまふは、誰にか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」
と聞こえたまへば、うち笑ひて、
「うちつけ183なる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察使大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの按察使かくれて後、世を背きてはべるが、このころ、わづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠りてものしはべるなり」と聞こえたまふ。
「かの大納言の御女、ものしたまふと聞きたまへしは。好き好きしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推し当てにのたまへば、
「女ただ一人はべりし。亡せて、この十余年にやなりはべりぬらむ。故大納言、内裏にたてまつらむなど、かしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで、過ぎはべりにしかば、ただこの尼君一人もてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れ物を思ひてなむ、亡くなりはべりにし。物思ひに病づくものと、目に近く見たまへし」
など申したまふ。「さらば、その子なりけり」と思しあはせつ。「親王の御筋にて、かの人にもかよひきこえたるにや」と、いとどあはれに見まほし。「人のほどもあてにをかしう、なかなかのさかしら184心なく、うち語らひて、心のままに教へ生ほし立てて見ばや」と思す。
「いとあはれにものしたまふことかな。それは、とどめたまふ形見もなきか」
と、幼かりつる行方の、なほ確かに知らまほしくて、問ひたまへば、
「亡くなりはべりしほどにこそ、はべりしか。それも、女にてぞ。それにつけて物思ひのもよほしになむ、齢の末に思ひたまへ嘆きはべるめる」と聞こえたまふ。
「さればよ」と思さる。
「あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく、聞こえたまひてむや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心の染まぬにやあらむ、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと常の人に思しなずらへて、はしたなくや185」などのたまへば、
「いとうれしかるべき仰せ言なるを、まだむげにいはきなきほどにはべるめれば、たはぶれにても、御覧じがたくや。そもそも、女人は、人にもてなされて大人にもなりたまふものなれば、詳しくはえとり申さず。かの祖母に語らひはべりて聞こえさせむ」
と、すくよかに言ひて、ものごはきさましたまへれば、若き御心に恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。
「阿弥陀仏ものしたまふ堂に、することはべるころになむ。初夜、いまだ勤めはべらず。過ぐしてさぶらはむ」とて、上りたまひぬ。
君は、心地もいと悩ましきに、雨すこしうちそそき、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ。すこしねぶたげなる読経186の絶え絶えすごく聞こゆるなど、すずろ187なる人も、所からものあはれなり。まして、思しめぐらすこと多くて、まどろませたまはず。初夜と言ひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも、人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息に引き鳴らさるる音ほの聞こえ、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなりと聞きたまひて、ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中を、すこし引き開けて、扇を鳴らしたまへば、おぼえなき188心地すべかめれど、聞き知らぬやうにやとて、ゐざり出づる人あなり。すこし退きて、
「あやし、ひが耳189にや」とたどるを、聞きたまひて、
「仏の御しるべは、暗きに入りても190、さらに違ふまじかなるものを」
とのたまふ御声の、いと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも、恥づかしけれど、
「いかなる方の、御191しるべにか。おぼつかなく」と聞こゆ。
「げに、うちつけなりとおぼめきたまはむも、道理なれど、
初草の若葉の上を見つるより
旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
と聞こえたまひてむや」とのたまふ。
「さらに、かやうの御消息、うけたまはりわくべき192人もものしたまはぬさまは、しろしめしたりげなるを。誰にかは」と聞こゆ。
「おのづからさるやうありて聞こゆるならむ193と思ひなしたまへかし」
とのたまへば、入りて聞こゆ。
「あな、今めかし。この君や、世づいたるほどにおはするとぞ、思すらむ。さるにては、かの『若草』を、いかで聞いたまへることぞ」と194、さまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情けなしとて、
「枕ゆふ今宵ばかりの露けさを
深山の苔に比べざらなむ
乾がたうはべるものを」と聞こえたまふ。
「かうやうのついでなる御消息は、まださらに聞こえ知らず、ならはぬことになむ。かたじけなくとも、かかるついでに、まめまめしう聞こえさすべきことなむ」と聞こえたまへれば、尼君、
「ひがこと聞きたまへるならむ。いとむつかしき御けはひに、何ごとをかは答へきこえむ」とのたまへば、
「はしたなうもこそ思せ」と人々聞こゆ。
「げに、若やかなる人こそうたてもあらめ、まめやかにのたまふ、かたじけなし」
とて、ゐざり寄りたまへり。
「うちつけに、あさはかなりと、御覧ぜられぬべきついでなれど、心にはさもおぼえはべらねば。仏はおのづから」
とて、おとなおとなしう、恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出でたまはず。
「げに、思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまでのたまはせ、聞こえさするも、いかが」とのたまふ。
「あはれにうけたまはる御ありさまを、かの過ぎたまひにけむ御かはりに、思しないてむや。言ふかひなきほどの齢にて、むつましかるべき人にも立ち後れはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ重ねはべれ。同じさまにものしたまふなるを、たぐひになさせたまへと、いと聞こえまほしきを、かかる折はべりがたくてなむ、思されむところをも憚らず、うち出ではべりぬる」と聞こえたまへば、
「いとうれしう思ひたまへぬべき御こと195ながらも、聞こしめしひがめたることな196どやはべらむと、つつましうなむ。あやしき身一つを頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、御覧じ許さるる方もはべりがたげなれば、えなむうけたまはりとどめられざりける」とのたまふ。
「みな、おぼつかなからずうけたまはるものを。所狭う思し憚らで、思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを、御覧ぜよ」
と聞こえたまへど、いと似げなきことを、さも知らでのたまふ、と思して、心解けたる御答へもなし。僧都おはしぬれば、
「よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ」
とて、おし立てたまひつ。
暁方になりにければ、法華三昧行ふ堂の懺法の声、山おろしにつきて聞こえくる、いと尊く、滝の音に響きあひたり。
「吹きまよふ深山おろしに夢さめて
涙もよほす滝の音かな」
「さしぐみに袖ぬらしける山水に
澄める心は騒ぎやはする
耳馴れはべりにけりや」と聞こえたまふ。

 「心惹かれる人を見たなあ。これだから、この好色な連中は、このような外歩きばかりをして、よく意外な人を見つけるのだな。まれに外出しただけでも、このように思いがけないことに出会うことよ」と、興味深くお思いになる。「それにしても、とてもかわいかった子であるよ。どのような人であろう。あのお方の代わりとして、毎日の慰めに見たいものだ」という考えが、強く起こった。
横になっていらっしゃると、僧都のお弟子が、惟光を呼び出させる。狭い所なので、君もそのままお聞きになる。
「お立ち寄りあそばしていらっしゃることを、たった今、人が申すによって、知りながら、ご挨拶に伺うべきところを、拙僧がこの寺におりますことを、ご存知でいらっしゃりながらも、お忍びでいらしていることを、お恨みに存じまして。旅のお宿も、拙僧の坊でお支度致しますべきでしたのに。残念至極です」と申し上げなさった。
「去る十何日のころから、瘧病を患っていますが、度重なって我慢できませんので、人の勧めに従って、急遽訪ねて参りましたが、このような方が効験を現さない時は、世間体の悪いことになるにちがいないのも、普通の人の場合以上に、お気の毒と遠慮致しまして、ごく内密に参ったのです。今、そちらへも」とおっしゃった。
折り返し、僧都が参上した。法師だが、とても気がおけて人品も重々しく、世間からもご信頼されていらっしゃる方なので、軽々しいお姿を、きまり悪くお思いになる。このように籠っている間のお話などを申し上げなさって、「同じ草庵ですが、少し涼しい遣水の流れも御覧に入れましょう」と、熱心にお勧め申し上げなさるので、あの、まだ見ていない人々に大げさに吹聴していたのを、気恥ずかしくお思いになるが、かわいらしかった有様も気になって、おいでになった。
なるほど、とても格別に風流を凝らして、同じ木や草を植えていらっしゃった。月もないころなので、遣水に篝火を燈し、燈籠などにも燈してある。南面はとてもこざっぱりと整えていらっしゃる。空薫物が、奥ゆかしく薫って来て、名香の香など、匂い満ちているところに、君のおん追い風がとても格別なので、奥の人々も気を使っている様子である。
僧都は、この世の無常のお話や、来世の話などを説いてお聞かせ申し上げなさる。ご自分の罪障の深さが恐ろしく、「どうにもならないことに心を奪われて、一生涯このことを思い悩み続けなければならないよだ。まして、来世は大変なことになるにちがいない」。お考え続けて、このような生活もしたく思われる一方では、昼の面影が心にかかって恋しいので、
「ここにおいでの方は、どなたですか。お尋ね申したい夢を拝見しましたよ。今日、思い当たりました」
と申し上げなさると、にっこり笑って、
「唐突な夢のお話というものでございますな。お知りあそばされたても、きっとがっかりあそばされることでございましょう。故按察大納言は世に亡くなって久しくなりましたので、ご存知ありますまい。その北の方が拙僧の妹でございます。あの按察使が亡くなって後、出家しておりますのが、最近、患うことがございましたので、こうして京にも行きませんので、頼りにして籠っているのでございます」とお申し上げになる。
「あの大納言のご息女が、おいでになると伺っておりましたのは。好色めいた気からではなく、真面目に申し上げるのです」と当て推量におっしゃると、
「娘がただ一人おりました。亡くなって、ここ十何年になりましょうか。故大納言は、入内させようなどと、大変大切に育てていましたが、その本願のようにもなりませず、亡くなってしまいましたので、ただこの尼君が一人で苦労して育てておりましたうちに、誰が手引をしたものか、兵部卿宮がこっそり通って来られるようになったのですが、本妻の北の方が、ご身分の高い人であったりして、気苦労が多くて、明け暮れ物思いに悩んで、亡くなってしまいました。物思いから病気になるものだと、目の当たりに拝見致しました次第です」
などとお申し上げなさる。「それでは、その人の子であったのだ」とご理解なさった。「親王のお血筋なので、あのお方にもお似通い申しているのであろうか」と、ますます心惹かれて妻にしたい。「人柄も上品でかわいらしくて、なまじの小ざかしいところもなく、一緒に暮らして、自分の理想通りに育ててみたい」とお思いになる。
「とてもお気の毒なことでいらっしゃいますね。その方には後に残して行かれた人はいないのですか」
と、幼な児の素性が、なお確かに知りたくて、お尋ねになると、
「亡くなりますころに、生まれました。それも、女の子で。それにつけても心配の種で、余命少ない年に思い悩んでいるようでございます」と申し上げなさる。
「やはりそうであったか」とお思いになる。
「変な話ですが、幼女のご後見とお思い下さるよう、お話し申し上げていただけませんか。考えるところがって、通っている本妻もおりますが、本当にしっくりいかないのでしょうか、独り暮らしばかりで。まだ不似合いな年頃だと、世間並の男同様にお考えになっては、恥ずかしく」などとおっしゃると、
「たいそう嬉しいはずの仰せ言ですが、まだいっこうに幼い年頃のようでございますので、ご冗談にも、お世話なさるのは難しいのでは。もっとも、女性は、人に世話されて一人前にもおなりになるものですから、詳しくは申し上げられません。あの祖母に相談しまして、お返事申し上げさせましょう」
と、無愛想に言って、こわごわとした感じでいらっしゃるので、若いお心では恥ずかしくて、上手にお話し申し上げられない。
「阿彌陀仏のおいでになるお堂で、勤行のございます時刻で。初夜のお勤めが、まだ致しておりません。済ませて参りましょう」と言って、お上りになった。
君は、気分もとても悩ましいところに、雨が少し降りそそいで、山風が冷やかに吹いてきて、滝壷の水嵩も増して、音が大きく聞こえる。少し眠そうな読経が途絶え途絶えにぞっとするように聞こえるなども、何でもない人も、場所柄しんみりとした気持ちになる。まして、いろいろとお考えになることが多くて、お眠りになれない。初夜と言ったが、夜もたいそう更けてしまった。奥でも、人々の寝ていない様子がよく分かって、とても密かにしているが、数珠の脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、ものやさしくそよめく衣ずれの音を、上品だとお聞きになって、広くなく近いので、外に立てめぐらしてある屏風の中を、少し引き開けて、扇を打ち鳴らしなさると、意外な気がするようだが、聞こえないふりもできようかということで、いざり出て来る人がいるようだ。少し後戻りして、
「おかしいわ、聞き違いかしら」と不審がっているのを、お聞きになって、
「仏のお導きは、暗い中に入っても、決して間違うはずはありませんものを」
とおっしゃるお声が、とても若く上品なので、お返事する声づかいも気がひけるが、
「どのお方への、ご案内でしょうか。分かりかねますが」と申し上げる。
「なるほど、唐突なことだとご不審になるのも、ごもっともですが、初草のごときうら若き少女を見てからは
旅寝の袖は恋しさの涙の露で濡れております
と申し上げて下さいませんか」とおっしゃる。
「まったく、このようなお言葉を、頂戴して分かるはずの人もいらっしゃらない有様は、ご存知でいらっしゃりそうなのに。どなたに」と申し上げる。
「おのずから、しかるべきわけがあって申し上げているのだろうとお考え下さい」
とおっしゃるので、奥に行って申し上げる。
「まあ、華やいだことを。この姫君を、年頃でいらっしゃると、お思いなのだろうか。それにしては、あの『若草』を、どうしてご存知でいらっしゃることか」と、あれこれと不思議なので、困惑して、遅くなるので、失礼になると思って、
「今晩だけの旅の宿で涙に濡れていらっしゃるからといって
わたしたちのことを引き合いに出さないでくださいまし
乾きそうにございませんのに」とご返歌申し上げなさる。
「このような機会のご挨拶は、まだまったく致したことがなく、初めてのことです。恐縮ですが、このような機会に、真面目にお話させていただきたいことがあります」と申し上げなさると、尼君、
「聞き違いなさっていらしゃるのでしょう。まことに厄介なお方に、何をお返事申せましょう」とおっしゃると、
「間の悪い思いをおさせになっては」と女房たちが申す。
「なるほど、若い人なら嫌なことでしょうが、真面目におっしゃるとは、恐れ多い」
と言って、いざり寄りなさった。
「突然で、軽薄な振る舞いと、きっとお思いになられるにちがいないような時ですが、わたし自身には、そのように思われませんので。仏はもとより」
と言ったが、落ち着いていて、気の置ける様子に気後れして、すぐにはお切り出しになれない。
「おっしゃるとおり、思い寄りも致しませぬ機会に、こうまでおっしゃっていただいたり、お話させていただけますのも、どうして」とおっしゃる。
「お気の毒な身の上と承りましたご境遇を、あのお亡くなりになった方のお代わりと、お思いになって下さいませんか。幼いころに、かわいがってくれるはずの母親に先立たれましたので、妙に頼りない有様で、年月を送って来ました。同じような境遇でいらっしゃるというので、お仲間にしていただきたいと、心から申し上げたいのですが、このような機会がめったにございませんので、どうお思いになられるかもかまわずに、申し出たのでございます」と申し上げなさると、
「とても嬉しく存じられるはずのお言葉ですが、お聞き違えていらっしゃることがございませんでしょうかと、憚られるのです。年寄一人を頼りにしている孫がございますが、とてもまだ幼い年頃で、大目に見てもらえるところもございませんようなので、お承りおくことができません」とおっしゃる。
「みな、はっきりと承知致しておりますものを。窮屈にご遠慮なさらず、深く思っております格別な心のほどを、御覧下さいませ」
と申し上げなさるが、まだとても不似合いなことを、そうとも知らないでおっしゃる、とお思いになって、打ち解けたご返事もない。僧都がお戻りになったので、
「それでは、このように申し上げましたので、心丈夫です」
と言って、お立てになった。
暁方になったので、法華三昧を勤めるお堂の懺法の声が、山下ろしの風に乗って聞こえ来るのが、とても尊く、滝の音に響き合っている。
「深山おろしの懺法の声に煩悩の夢が覚めて
感涙を催す滝の音であることよ」
「不意に来られてお袖を濡らされたという山の水に
心を澄まして住んでいるわたしは驚きません
耳慣れてしまったからでしょうか」と申し上げなさる。

 [1-4 Genji recognizes her as a Fujitubo's niece]
 "Ahare naru hito wo mi turu kana! Kakare ba, kono suki-mono-domo ha, kakaru ariki wo nomi si te, yoku sa'ru maziki hito wo mo mitukuru nari keri. Tamasaka ni tati-iduru dani, kaku omohi no hoka naru koto wo miru yo!" to, wokasiu obosu. "Sate mo, ito utukusikari turu tigo kana! Nani-bito nara m? Kano hito no ohom-kahari ni, ake-kure no nagusame ni mo mi baya!" to omohu kokoro, hukau tuki nu.
 Uti husi tamahe ru ni, Soudu no mi-desi, Koremitu wo yobi-ide sasu. Hodo naki tokoro nare ba, Kimi mo yagate kiki tamahu.
 "Yogiri ohasimasi keru yosi, tada ima nam, hito mausu ni, odoroki nagara, saburahu beki wo, Nanigasi kono tera ni komori haberi to ha, sirosimesi nagara, sinobi sase tamahe ru wo, urehasiku omohi tamahe te nam. Kusa no ohom-musiro mo, kono bau ni koso mauke haberu bekere. Ito ho'i naki koto." to mausi tamahe ri.
 "Inuru zihu-yo-niti no hodo yori, waraha-yami ni wadurahi haberu wo, tabi kasanari te tahe gatau habere ba, hito no wosihe no mama, nihaka ni tadune iri haberi ture do, kayau naru hito no sirusi arahasa nu toki, hasitanakaru beki mo, tada naru yori ha, itohosiu omohi tamahe tutumi te nam, itau sinobi haberi turu. Ima, sonata ni mo." to notamahe ri.
 Sunahati, Soudu mawiri tamahe ri. Hohusi nare do, ito kokoro-hadukasiku hitogara mo yamgotonaku, yo ni omoha re tamahe ru hito nare ba, karu-garusiki ohom-arisama wo, hasitanau obosu. Kaku komore ru hodo no ohom-monogatari nado kikoye tamahi te, "Onazi siba no ihori nare do, sukosi suzusiki midu no nagare mo go-ran-ze sase m." to, seti ni kikoye tamahe ba, kano, mada mi nu hito-bito ni koto-kotosiu ihi kikase turu wo, tutumasiu obose do, ahare nari turu arisama mo ibukasiku te, ohasi nu.
 Geni, ito kokoro koto ni yosi ari te, onazi ki kusa wo mo uwe-nasi tamahe ri. Tuki naki koro nare ba, yari-midu ni kagaribi tomosi, touro nado mo mawiri tari. Minami-omote ito kiyo-ge ni siturahi tamaheri. Sora-dakimono, kokoro nikuku kawori-ide, Myaugau-no-ka nado nihohi miti taru ni, Kimi no ohom-ohi-kaze ito koto nare ba, uti no hito-bito mo kokoro-dukahi su beka'meri.
 Soudu, yo no tune naki ohom-monogatari, noti-se no koto nado kikoye sirase tamahu. Waga tumi no hodo osorosiu, "Adikinaki koto ni kokoro wo sime te, ike ru kagiri kore wo omohi nayamu beki na'meri. Masite noti-no-yo no imizikaru beki." Obosi tuduke te, kau yau naru sumahi mo se mahosiu oboye tamahu mono kara, hiru no omokage kokoro ni kakari te kohisikere ba,
 "Koko ni monosi tamahu ha, tare ni ka? Tadune kikoye mahosiki yume wo mi tamahe si kana! Kehu nam omohi ahase turu."
 to kikoye tamahe ba, uti-warahi te,
 "Uti-tuke naru ohom-yume-gatari ni zo haberu naru. Tadune sase tamahi te mo, mi-kokoro-otori se sase tamahi nu besi. Ko-Azeti-no-Dainagon ha, yo ni naku te hisasiku nari haberi nure ba, e sirosimesa zi kasi. Sono Kita-no-kata nam, Nanigasi ga imouto ni haberu. Kano Azeti kakure te noti, yo wo somuki te haberu ga, kono-koro, wadurahu koto haberu ni yori, kaku Kyau ni mo makade ne ba, tanomosi dokoro ni komori te monosi haberu nari." to kikoye tamahu.
 "Kano Dainagon no mi-musume, monosi tamahu to kiki tamahe si ha? Suki-zukisiki kata ni ha ara de, mame-yaka ni kikoyuru nari." to, osi-ate ni notamahe ba,
 "Musume tada hitori haberi si. Use te, kono zihu-yo-nen ni ya nari haberi nu ram. Ko-Dainagon, Uti ni tatematura m nado, kasikou ituki haberi si wo, sono ho'i no gotoku mo monosi habera de, sugi haberi ni sika ba, tada kono Ama-Gimi hitori mote-atukahi haberi si hodo ni, ika naru hito no siwaza ni ka, Hyaubukyau-no-Miya nam, sinobi te katarahi tuki tamaheri keru wo, moto no Kita-no-kata, yamgotonaku nado si te, yasukara nu koto ohoku te, ake-kure mono wo omohi te nam, nakunari haberi ni si. Mono-omohi ni yamahi-duku mono to, me ni tikaku mi tamahe si."
 nado mausi tamahu. "Saraba, sono ko nari keri!" to obosi-ahase tu. "Miko no ohom-sudi ni te, kano hito ni mo kayohi kikoye taru ni ya?" to, itodo ahare ni mi mahosi. "Hito no hodo mo ate ni wokasiu, naka-naka no sakasira-gokoro naku, uti-katarahi te, kokoro no mama ni wosihe ohosi tate te mi baya." to obosu.
 "Ito ahare ni monosi tamahu koto kana! Sore ha, todome tamahu katami mo naki ka?"
 to, Wosanakari turu yukuhe no, naho tasika ni sira mahosiku te, tohi tamahe ba,
 "Nakunari haberi si hodo ni koso, haberi sika. Sore mo, womna ni te zo. Sore ni tuke te mono-omohi no moyohosi ni nam, yohahi no suwe ni omohi tamahe nageki haberu meru." to kikoye tamahu.
 "Sareba yo." to obosa ru.
 "Ayasiki koto nare do, wosanaki ohom-usiromi ni obosu beku, kikoye tamahi te m ya? Omohu kokoro ari te, yuki kakadurahu kata mo haberi nagara, yo ni kokoro no sima nu ni ya ara m, hitori-zumi ni te nomi nam. Mada nigenaki hodo to tune no hito ni obosi nadurahe te, hasitanakua ya." nado notamahe ba,
 "Ito uresikaru beki ohose-goto naru wo, mada muge ni ihakinaki hodo ni haberu mere ba, tahabure ni te mo, go-ran-zi gataku ya. Somo-somo, nyo-nin ha, hito ni motenasare te otona ni mo nari tamahu mono nare ba, kuhasiku ha e tori mausa zu. Kano oba ni katarahi haberi te kikoye sase m."
 to, sukoyaka ni ihi te, mono-gohaki sama si tamahe re ba, wakaki mi-kokoro ni hadukasiku te, e yoku mo kikoye tamaha zu.
 "Amida-Butu monosi tamahu dau ni, suru koto haberu koro ni nam. Soya, imada tutome habera zu. Sugusi te saburaha m." tote, nobori tamahi nu.
 Kimi ha, kokoti mo ito nayamasiki ni, ame sukosi uti-sosoki, yama-kaze hiya-yaka ni huki taru ni, taki no yodomi mo masari te, oto takau kikoyu. Sukosi nebuta-ge naru dokyau no taye-daye sugoku kikoyuru nado, suzuro naru hito mo, tokoro-kara mono ahare nari. Masite, obosi megurasu koto ohoku te, madoroma se tamaha zu. Soya to ihi sika do mo, yoru mo itau huke ni keri. Uti ni mo, hito no ne nu kehahi siruku te, ito sinobi tare do, zuzu no kehusoku ni hiki-narasa ruru oto hono kikoye, natukasiu uti-soyomeku otonahi, atehaka nari to kiki tamahi te, hodo mo naku tikakere ba, to ni tate-watasi taru byaubu no naka wo, sukosi hiki-ake te, ahugi wo narasi tamahe ba, oboye naki kokoti su beka'mere do, kiki-sira nu yau ni ya tote, wizari iduru hito a'nari. Sukosi sizoki te,
 "Ayasi, higa-mimi ni ya?" to tadoru wo, kiki tamahi te,
 "Hotoke no ohom-sirube ha, kuraki ni iri te mo, sarani tagahu mazika naru mono wo."
 to notamahu ohom-kowe no, ito wakau ate naru ni, uti-ide m kowa-dukahi mo, hadukasikere do,
 "Ika naru kata no, ohom-sirube ni ka? Obotukanaku." to kikoyu.
 "Geni, uti-tuke nari keri to obomeki tamaha m mo, kotowari nare do,
 Hatu-kusa no wakaba no uhe wo mi turu yori
 tabi-ne no sode mo tuyu zo kahaka nu

 to kikoye tamahi te m ya." to notamahu.
 "Sarani, kayau no ohom-seusoko, uketamahari waku beki hito mo monosi tamaha nu sama ha, sirosimesi-tari-ge naru wo. Tare ni ka ha?" to kikoyu.
 "Onodukara saru yau ari te kikoyuru nara m to omohi-nasi tamahe kasi."
 to notamahe ba, iri te kikoyu.
 "Ana, imamekasi! Kono Kimi ya, yo-dui taru hodo ni ohasuru to zo, obosu ram. Saru ni te ha, kano 'Waka-kusa' wo, ikade kii tamahe ru koto zo." to, sama-zama ayasiki ni, kokoro midare te, hisasiu nare ba, nasake nasi tote,
 "Makura yuhu koyohi bakari no tuyu-kesa wo
 mi-yama no koke ni kurabe zara nam

 higatau haberu mono wo." to kikoye tamahu.
 "Kau yau no, tuide naru ohom-seusoko ha, mada sarani kikoye sira zu, naraha nu koto ni nam. Katazikenaku to mo, kakaru tuide ni, mame-mamesiu kikoye sasu beki koto nam." to kikoye tamahe re ba, Ama-Gimi,
 "Higa-koto kiki tamahe ru nara m. Ito mutukasiki ohom-kehahi ni, nani-goto wo ka ha irahe kikoye m." to notamahe ba,
 "Hasitanau mo koso obose." to hito-bito kikoyu.
 "Geni, waka-yaka naru hito koso utate mo ara me, mame-yaka ni notamahu, katazikenasi."
 tote, wizari yori tamahe ri.
 "Uti-tuke ni, asahaka nari to, go-ran-ze rare nu beki tuide nare do, kokoro ni ha sa mo oboye habera ne ba. Hotoke ha onodukara."
 tote, otona-otonasiu, hadukasi-ge naru ni tutumare te, tomi ni mo e uti-ide tamaha zu.
 "Geni, omohi tamahe yori gataki tuide ni, kaku made notamaha se, kikoye sasuru mo, ikaga." to notamahu.
 "Ahare ni uketamaharu ohom-arisama wo, kano sugi tamahi ni kem ohom-kahari ni, obosi nai te m ya? Ihu-kahi naki hodo no yohahi ni te, mutumasikaru beki hito ni mo tati-okure haberi ni kere ba, ayasiu uki taru yau ni te, tosi-tuki wo koso kasane habere. Onazi sama ni monosi tamahu naru wo, taguhi ni nasa se tamahe to, ito kikoye mahosiki wo, kakakru wori haberi gataku te nam, obosa re m tokoro wo mo habakara zu, uti-ide haberi nuru." to kikoye tamahe ba,
 "Ito uresiu omohi tamahe nu beki ohom-koto nagara mo, kikosimesi higame taru koto nado ya habera m to, tutumasiu nam. Ayasiki mi hito-tu wo tanomosi-bito ni suru hito nam habere do, ito mada ihu-kahi naki hodo ni te, go-ran-zi yurusa ruru kata mo haberi gatage nare ba, e nam uketamahari todome rare zari keru." to notamahu.
 "Mina, obotukanakara zu uketamaharu mono wo. Tokoro-seu obosi habakara de, omohi tamahe yoru sama koto naru kokoro no hodo wo, go-ran-ze yo."
 to kikoye tamahe do, ito nigenaki koto wo, sa mo sira de notamahu, to obosi te, kokoro toke taru ohom-irahe mo nasi. Soudu ohasi nure ba,
 "Yosi, kau kikoye some haberi nure ba, ito tanomosiu nam."
 tote, osi-tate tamahi tu.
 Akatuki-gata ni nari ni kere ba, Hoke-zammai okonahu dau no Senbohu no kowe, yama-orosi ni tuki te kikoye kuru, ito tahutoku, taki no oto ni hibiki ahi tari.
 "Huki mayohu mi-yama orosi ni yume same te
 namida moyohosu taki no oto kana
"
 "Sasi-gumi ni sode nurasi keru yama-midu ni
 sume ru kokoro ha sawagi ya ha suru

 Mimi nare haberi ni keri ya." to kikoye tamahu.

 明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥どもそこはかとなうさへづりあひたり。名も知らぬ木草の花ども、いろいろに散りまじり、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くも、めづらしく見たまふに、悩ましさも紛れ果てぬ。
聖、動きもえせねど、とかうして護身参らせたまふ。かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼誦みたり。
御迎への人々参りて、おこたりたまへる喜び聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり。僧都、世に見えぬさまの御くだもの、何くれと、谷の底まで堀り出で、いとなみきこえたまふ。
「今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと、なかなかにも思ひたまへらるべきかな」
など聞こえたまひて、大御酒参りたまふ。
「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ。今、この花の折過ぐさず参り来む。
宮人に行きて語らむ山桜
風よりさきに来ても見るべく」
とのたまふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやかなるに、
「優曇華の花待ち得たる心地して
深山桜に目こそ移らね」
と聞こえたまへば、ほほゑみて、
「時ありて、一度開くなるは、かたかなるものを」とのたまふ。
聖、御土器賜はりて197、
「奥山の松のとぼそをまれに開けて
まだ見ぬ花の顔を見るかな」
と、うち泣きて見たてまつる。聖、御まもりに、独鈷たてまつる。見たまひて、僧都、聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の、玉の装束したる、やがてその国より入れたる筥の、唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝に付けて、紺瑠璃の壷どもに、御薬ども入れて、藤、桜などに付けて、所につけたる御贈物ども、ささげたてまつりたまふ。
君、聖よりはじめ、読経しつる198法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りにつかはしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御誦経などして出でたまふ。
内に僧都入りたまひて、かの聞こえたまひしこと、まねびきこえたまへど、
「ともかくも、ただ今は、聞こえむかたなし。もし、御志あらば、いま四、五年を過ぐしてこそは、ともかくも」とのたまへば、「さなむ」と同じさまにのみあるを、本意なしと思す。
御消息、僧都のもとなる小さき童して、
「夕まぐれほのかに花の色を見て
今朝は霞の立ちぞわづらふ」
御返し、
「まことにや花のあたりは立ち憂きと
霞むる空の気色をも見む」
と、よしある手の、いとあてなるを、うち捨て書いたまへり。
御車にたてまつるほど、大殿より、「いづちともなくて、おはしましにけること」とて、御迎への人々、君達などあまた参りたまへり。頭中将、左中弁、さらぬ君達も慕ひきこえて、
「かうやうの御供には、仕うまつりはべらむ、と思ひたまふるを。あさましく、おくらさせ199たまへること」と恨みきこえて、「いといみじき花の蔭に、しばしもやすらはず、立ち帰りはべらむは、飽かぬわざかな」とのたまふ。
岩隠れの苔の上に並みゐて、土器参る。落ち来る水のさまなど、ゆゑある滝のもとなり。頭中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇はかなううち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや」200と歌ふ。人よりは異なる君達を、源氏の君、いといたううち悩みて、岩に寄りゐたまへるは、たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ、何ごとにも201目移るまじかりける。例の、篳篥吹く随身、笙の笛202持たせたる好き者などあり。
僧都、琴をみづから持て参りて、
「これ、ただ御手一つあそばして、同じうは、山の鳥もおどろかしはべらむ」
と切に聞こえたまへば、
「乱り心地、いと堪へがたきものを」と聞こえたまへど、けに憎からず203かき鳴らして、皆立ちたまひぬ。
飽かず口惜しと、言ふかひなき法師、童べも、涙を落としあへり。まして、内には、年老いたる尼君たちなど、まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば、「この世のものともおぼえたまはず」と聞こえあへり。僧都も、
「あはれ、何の契りにて、かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」とて、目おしのごひたまふ。
この若君、幼な心地に、「めでたき人かな」と見たまひ204て、
「宮の御ありさまよりも、まさりたまへるかな」など205のたまふ。
「さらば、かの人の御子になりておはしませよ」
と聞こゆれば、うちうなづきて、「いとようありなむ」と思したり。雛遊びにも、絵描いたまふにも、「源氏の君」と作り出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ。

 明けて行く空は、とてもたいそう霞んで、山の鳥どもがどこかしことなく囀り合っている。名も知らない木や草の花々が、色とりどりに散り混じり、錦を敷いたと見える所に、鹿があちこちと歩き回っているのも、珍しく御覧になると、気分の悪いのもすっかり忘れてしまった。
聖は、身動きも不自由だが、やっとのことで、護身法をして差し上げられる。しわがれた声が、とてもひどく歯の間から洩れて聞きにくいのも、しみじみと尊くて、陀羅尼を誦していた。
お迎えの人々が参って、ご回復されたお喜びを申し上げ、帝からもお見舞いがある。僧都は、見慣れないような果物を、あれこれと、谷の底から採ってきては、ご接待申し上げなさる。
「今年いっぱいの誓いが固うございまして、お見送りに参上できませんことを、かえって残念に存じられてなりません」
などと申し上げなさって、大御酒を差し上げなさる。
「山や水に心惹かれましたが、帝にご心配あそばされますのも、恐れ多いことですので。そのうち、この花の時期を過ごさずに参りましょう。
大宮人に帰って話して聞かせましょう、この山桜の美しいことを
風の吹き散らす前に来て見るようにと」
とおっしゃる態度や、声づかいまでが、眩しいくらい立派なので、
「三千年に一度咲くという優曇華の花の
咲くのにめぐり逢ったような気がして深山桜には目も移りません」
と申し上げなさると、微笑みなさって、
「時あって、一度咲くという花は、難しいものでしょうに」とおっしゃる。
聖は、お杯を頂戴して、
「奥山の松の扉を珍しく開けましたところ
まだ見たこともない花のごとく美しいお顔を拝見致しました」
と、ちょっと感涙に咽んで拝し上げる。聖は、ご守護に、独鈷を差し上げる。御覧になって、僧都は、聖徳太子が百済から得られた金剛子の数珠で、玉の飾りが付いているのを、そのままその国から入れてあった箱で、唐風なのを、透かし編みの袋に入れて、五葉の松の枝に付けて、紺瑠璃の壷々に、お薬類を入れて、藤や、桜などに付けて、場所柄に相応しいお贈物類を、捧げて差し上げなさる。
源氏の君は、聖をはじめとして、読経した法師へのお布施類、用意の品々を、いろいろと京へ取りにやっていたので、その周辺の山賎にまで、相応の品物をお与えになり、御誦経の布施をしてお出になる。
室内に僧都はお入りになって、あの申し上げなさったことを、そのままお伝え申し上げなさるが、
「何とも、今すぐには、お返事申し上げようがありません。もし、お気持ちがあるならば、もう四、五年たってから、ともかくも」とおっしゃると、「しかじか」と同じようにばかりあるので、つまらないとお思いになる。
お手紙は、僧都のもとに仕える小さい童にことづけて、
「昨日の夕暮時にわずかに美しい花を見ましたので
今朝は霞の空に立ち去りがたい気がします」
お返事、
「本当に花の辺りを立ち去りにくいのでしょうか
そのようなことをおっしゃるお気持ちを見たいものです」
と、教養ある筆跡で、とても上品なのを、無造作にお書きになっている。
お車にお乗りになるころに、大殿から、「どこへ行くともなくて、お出かけあそばしてしまったこと」と言って、お迎えの供人、ご子息たちなどが大勢参上なさった。頭中将、左中弁、その他のご子息もお慕い申して、
「このようなお供には、お仕え申しましょうと、存じておりますのに。あまりな、お見捨てあそばすとは」とお怨み申して、「とても美しい花の下に、しばしの間も足を止めずに、引き返しますのは、もの足りない気がしますね」とおっしゃる。
岩蔭の苔の上に並び座って、お酒を召し上がる。落ちて来る水の様子など、趣のある滝のほとりである。頭中将は、懐にしてあった横笛取り出して、吹き澄ましている。弁の君は、扇を軽く打ち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや」と謡う。普通の人よりは優れた公達であるが、源氏の君は、とても苦しそうにして、岩に寄り掛かっておいでになるのは、またとなく不吉なまでに美しいご様子なので、他の何人にも目移りしそうにないのであった。いつものように、篳篥を吹く随身、笙の笛を持たせている風流人などもいる。
僧都は、七絃琴を自ら持って来て、
「これで、ちょっとひと弾きあそばして、同じことなら、山の鳥を驚かしましょう」
と熱心にご所望申し上げなさるので、
「気分が悪いので、とてもできませんのに」とお答え申されるが、ことに無愛想にはならない程度に掻き鳴らして、一行はお立ちになった。
名残惜しく残念だと、取るに足りない法師や、童子も、涙を落とし合っていた。まして、室内では、年老いた尼君たちなどは、まだこのようにお美しい方の姿を見たことがなかったので、「この世の人とは思われなさらない」とお噂申し上げ合っていた。僧都も、
「ああ、どのような因縁で、このような美しいお姿ながら、まことにむさ苦しい日本の末世にお生まれになったのであろうと思うと、まことに悲しい」と言って、目を押し拭いなさる。
この若君は、子供心に、「素晴らしい人だわ」と御覧になって、
「父宮のお姿よりも、優れていらっしゃいますわ」などとおっしゃる。
「それでは、あの方のお子様におなりあそばされませ」
と申し上げると、こっくりと頷いて、「とてもすてきなことだわ」とお思いになっている。お人形遊びにも、お絵描きなさるにも、「源氏の君」と作り出して、美しい衣装を着せ、お大事になさる。

 [1-5 The next day, he goes back to his home in Kyoto]
 Ake-yuku sora ha, ito itau kasumi te, yama no tori-domo sokohakatonau saheduri-ahi tari. Na mo sira nu ki kusa no hana-domo, iro-iro ni tiri maziri, nisiki wo sike ru to miyuru ni, sika no tatazumi ariku mo, medurasiku mi tamahu ni, nayamasisa mo magire ha te nu.
 Hiziri, ugoki mo e sene do, tokau si te Gosin mawira se tamahu. Kare taru kowe no, ito itau suki higame ru mo, ahare ni Kuu-duki te, Darani yomi tari.
 Ohom-mukahe no hito-bito mawiri te, okotari tamahe ru yorokobi kikoye, Uti yori mo ohom-toburahi ari. Soudu, yo ni miye nu sama no ohom-kudamono, nani-kure to, tani no soko made hori-ide, itonami kikoye tamahu.
 "Kotosi bakari no tikahi hukau haberi te, ohom-okuri ni mo e mawiri haberu maziki koto, naka-naka ni mo omohi tamahe raru beki kana!"
 nado kikoye tamahi te, oho-miki mawiri tamahu.
 "Yama-midu ni kokoro tomari haberi nure do, Uti yori mo obotukanagara se tamahe ru mo, kasikokere ba nam. Ima, kono hana no wori sugusa zu mawiri ko m.
 Miya-bito ni yuki te katara m yama-zakura
 kaze yori saki ni kite mo miru beku
"
 to notamahu ohom-motenasi, kowa-dukahi sahe, me mo aya naru ni,
 "Udonge no hana mati e taru kokoti si te
 miyama-zakura ni me koso utura ne
"
 to kikoye tamahe ba, hoho-wemi te,
 "Toki ari te, hito-tabi hiraku naru ha, kataka'naru mono wo." to notamahu.
 Hiziri, ohom-kaharake tamahari te,
 "Oku-yama no matu no toboso wo mare ni ake te
 mada mi nu hana no kaho wo miru kana
"
 to, uti-naki te mi tatematuru. Hiziri, ohom-mamori ni, toko tatematuru. Mi tamahi te, Soudu, Sautoko-Taisi no Kudara yori e tamaheri keru komgauzi no zuzu no, tama no sauzoku si taru, yagate sono kuni yori ire taru hako no, kara-mei taru wo, suki taru hukuro ni ire te, go-ehu no ede ni tuke te, kon-ruri no tubo-domo ni, ohom-kusuri-domo ire te, hudi, sakura nado ni tukete, tokoro ni tuke taru ohom-okuri-mono-domo sasage tatematuri tamahu.
 Kimi, Hiziri yori hazime, dokyau si turu hohusi no huse-domo, mauke no mono-domo, sama-zama ni tori ni tukahasi tari kere ba, sono watari no yamagatu made, sa'ru beki mono-domo tamahi, mi-zukyau nado si te ide tamahu.
 Uti ni Soudu iri tamahi te, kano kikoye tamahi si koto, manebi kikoye tamahe do,
 "To-mo kaku-mo, tada ima ha, kikoye m kata nasi. Mosi, mi-kokorozasi ara ba, ima si, go-nen wo sugusi te koso ha, to-mo kaku-mo" to notamahe ba, "Sa nam." to onazi sama ni nomi aru wo, ho'i nasi to obosu.
 Ohom-seusoko, Soudu no moto naru tihisaki waraha si te,
 "Yuhu-magure honoka ni hana no iro wo mi te
 kesa ha kasumi no tati zo wadurahu
"
 Ohom-kahesi,
 "Makoto ni ya hana no atari ha tati uki to
 kasumu ru sora no kesiki wo mo mi m
"
 to, yosi aru te no, ito ate naru wo, uti-sute kai tamahe ri.
 Mi-kuruma ni tatematuru hodo, Ohoi-dono yori, "Iduti tomo naku te, ohasimasi ni keru koto." tote, ohom-mukahe no hito-bito, Kimi-tati nado amata mawiri tamahe ri. Tou-no-Tiuzyau, Sa-Tiuben, sa'ra nu Kimi-tati mo sitahi kikoye te,
 "Kau yau no ohom-tomo ni ha, tukau maturi habera m, to omohi tamahuru wo. Asamasiku, okura sase tamahe ru koto." to urami kikoye te, "Ito imiziki hana no kage ni, sibasi mo yasuraha zu, tati-kaheri habera m ha, aka nu waza kana!" to notamahu.
 Iha-gakure no koke no uhe ni nami-wi te, kaharake mawiru. Oti kuru midu no sama nado, yuwe aru taki no moto nari. Tou-no-Tiuzyau, hutokoro nari keru hue tori-ide te, huki sumasi tari. Ben-no-Kimi, ahugi hakanau uti-narasi te, "Toyora no tera no, nisi naru ya" to utahu. Hito yori ha koto-naru Kimi-tati wo, Genzi-no-Kimi, ito itau uti-nayami te, iha ni yori-wi tamahe ru ha, taguhi naku yuyusiki ohom-arisama ni zo, nani-goto ni mo me uturu mazikari keru. Rei no, Hitiriki huku zuizin, Syau no hue mota se taru suki-mono nado ari.
 Soudu, Kim wo midukara mo'te mawiri te,
 "Kore, tada ohom-te hito-tu asobasi te, onaziu ha, yama no tori mo odorokasi habera m."
 to seti ni kikoye tamahe ba,
 "Midari-gokoti, ito tahe gataki mono wo." to kikoye tamahe do, keni nikukara zu kaki-narasi te, mina tati tamahi nu.
 Aka-zu kutiwosi to, ihu-kahi naki hohusi, warahabe mo, namida wo otosi-ahe ri. Masite, uti ni ha, tosi oyi taru Ama-Gimi-tati nado, mada sara ni kakaru hito no ohom-arisama wo mi zari ture ba, "Konoyo no mono to mo oboye tamaha zu." to kikoye aheri. Soudu mo,
 "Ahare, nani no tigiri ni te, kakaru ohom-sama nagara, ito mutukasiki Hinomoto no suwe no yo ni umare tamahe ram to miru ni, ito nam kanasiki." tote, me osi-nogohi tamahu.
 Kono Waka-Gimi, wosana-gokoti ni, "Medetaki hito kana!" to mi tamahi te,
 "Miya no ohom-arisama yori mo, masari tamahe ru kana!" nado notamahu.
 "Sa'ra ba, kano hito no mi-ko ni nari te ohasimase yo!"
 to kikoyure ba, uti-unaduki te, "Ito you ari na m." to obosi tari. Hihina-asobi ni mo, we kai tamahu ni mo, "Gwenzi-no-Kimi" to tukuri-ide te, kiyora naru kinu kise, kasiduki tamahu.

 君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしと思し召したり。聖の尊かり206けることなど、問はせたまふ。詳しく奏したまへば、
「阿闍梨などにもなるべき者にこそあなれ。行ひの労は積りて、公にしろしめされざりけること」と、尊がりのたまはせけり。
大殿、参りあひたまひて、
「御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに一、二日うち休みたまへ」とて、「やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、引かされてまかでたまふ。
我が御車に乗せたてまつりたまうて、自らは引き入りてたてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。
殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しう見たまはぬほど、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。
女君、例の、はひ隠れて、とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、からうして渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、し据ゑられて、うちみじろきたまふこともかたく、うるはしうてものしたまへば、思ふこともうちかすめ、山道の物語をも、聞こえむ、言ふかひ207ありて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ、世には心も解けず208、うとく恥づかしきものに思して209、年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく、思はずに、
「時々は、世の常なる御気色を見ばや。堪へがたうわづらひはべりしをも、いかがとだに、問はせたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、なほうらめしう」
と聞こえたまふ。からうして、
「問はぬは、つらきものにや210あらむ」
と、後目に211見おこせたまへるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御容貌なり。
「まれまれは、あさましの御こと212や。問はぬ、など言ふ際は、異にこそはべるなれ。心憂くものたまひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もし、思し直る折もやと、とざまかうざまに試みきこゆるほど213、いとど思し疎むなめりかし。よしや、命だに」
とて、夜の御座に入りたまひぬ。女君、ふとも入りたまはず、聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかう214世を思し乱るること多かり。
この若草の生ひ出でむほどのなほゆかしきを、「似げないほどと思へりしも、道理ぞかし。言ひ寄りがたきことにもあるかな。いかにかまへて、ただ心やすく迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿宮は、いとあてになまめいたまへれど、匂ひやかになどもあらぬを。いかで、かの一族におぼえたまふらむ。ひとつ后腹なればにや」など思す。ゆかりいとむつましきに、いかでかと、深うおぼゆ。

 君は、まず内裏に参内なさって、ここ数日来のお話などを申し上げなさる。「とてもひどくお痩せになってしまった」と、ご心配あそばされた。聖の霊験あらたかであったことなどを、お尋ねあそばす。詳しく奏上なさると、
「阿闍梨などにも当然なるはずの人であったな。修行の功績は大きいのに、朝廷からご存知になられなかったとは」と、大事にしてやりたく仰せられるのであった。
大殿が、参内なさっておられて、
「お迎えにもと存じながらも、お忍びの外出なので、どんなものかと遠慮して。のんびりと、一、二日、お休みください」と言って、「このまま、お供申しましょう」と申し上げなさるので、そうしたいとはお思いにならないが、連れられて退出なさる。
ご自分のお車にお乗せ申し上げなさって、自分は遠慮してお乗りになる。大切にお世話申し上げなさるお気持ちの有り難いことを、やはり胸のつまる思いがするのであった。
大殿邸でも、おいであそばすだろうとご用意なさって、久しくお見えにならないうちに、ますます玉の台のように磨き上げ飾り立て、用意万端ご準備なさっていた。
女君は、例によって、物蔭に隠れて、すぐには出ていらっしゃらないのを、大臣が、強くご催促申されて、やっと出ていらっしゃった。まるで絵に描いた姫君のように、座らされて、ちょっと身体をお動かしになることも難しく、きちんと行儀よく座っていらっしゃるので、心の中の思いを話したり、北山行きの話をもお聞かせする、話のしがいがあって、興味をもってお返事をなさって下さろうものなら、情愛もわこうが、少しも打ち解けず、よそよそしく気づまりな相手だとお思いになって、年月を過すにつれて、お気持ちの隔たりが増さるのを、とても辛く、心外なので、
「時々は、世間並みのご様子を見たいね。ひどく苦しんでおりました時にも、せめていかがですかとだけでも、お尋ね下さらないのは、今に始まったことではありませんが、やはり残念で」
と申し上げなさる。ようやくのことで、
「尋ねないとは、辛いものなのでしょうか」
と、流し目に御覧になっている目もとは、とても気後れがしそうで、気品高く美しそうなご容貌である。
「たまさかにおっしゃるかと思えば、心外なお言葉ですね。訪ねない、などという間柄は、他人が使う言葉でございましょう。嫌なふうにおっしゃいますね。いつまでたっても変わらない体裁の悪い思いをさせるご態度を、もしや、お考え直しになるときもあろうかと、あれやこれやとお試し申しているうちに、ますますお疎んじなられたようですね。仕方ない、長生きさえしたら」
と言って、夜のご寝所にお入りになった。女君は、すぐにもお入りにならず、お誘い申しあぐねなさって、溜息を吐きながら横になっているものの、何となくおもしろくないのであろうか、眠そうなふりをなさって、あれやこれやと思い悩まれることが多かった。
あの若草の君が成長していく間がやはり気にかかるので、「まだ似合わしくない年頃と思っているのも、もっともである。申し込みにくいものだなあ。何とか手段を講じて、ほんの気楽に迎え取って、毎日の慰めとして一緒に暮らしたい。兵部卿宮は、とても上品で優美でいらっしゃるが、つややかなお美しさはないものを。どうして、あの一族に似ていらっしゃるのだろう。同じお后様からお生まれになったからだろうか」などとお考えになる。血縁がとても親しく感じられて、何とかしてと、深く思う。

 [1-6 Genji makes a report to Mikado and his wife in Sa-Daijin's]
 Kimi ha, madu Uti ni mawiri tamahi te, hi-goro no ohom-monogatari nado kikoye tamahu. "Ito itau otorohe ni keri!" tote, yuyusi to obosimesi tari. Hiziri no tahutokari keru koto nado, toha se tamahu. Kuhasiku sou-si tamahe ba,
 "Azari nado ni mo naru beki mono ni koso a'nare! Okonahi no rau ha tumori te, ohoyake ni sirosimesa re zari keru koto." to, rautagari notamaha se keri.
 Ohoi-dono, mawiri ahi tamahi te,
 "Ohom-mukahe ni mo to omohi tamahe ture do, sinobi taru ohom-ariki ni, ikaga to omohi habakari te nam. Nodoyaka ni iti, ni-niti uti-yasumi tamahe." tote, "Yagate, ohom-okuri tukau-matura m." to mausi tamahe ba, sa si mo obosa ne do, hika sare te makade tamahu.
 Waga mi-kuruma ni nose tatematuri tamau te, midukara ha hiki-iri te tatemature ri. Mote-kasiduki kikoye tamahe ru mi-kokoro-bahe no ahare naru wo zo, sasuga ni kokoro-gurusiku obosi keru.
 Tono ni mo, ohasimasu ram to kokoro-dukahi si tamahi te, hisasiku mi tamaha nu hodo, itodo tama no utena ni migaki siturahi, yorodu wo totonohe tamahe ri.
 Womna-Gimi, rei no, hahi-kakure te, tomi ni mo ide tamaha nu wo, Otodo, seti ni kikoye tamahi te, karausite watari tamahe ri. Tada we ni kaki taru mono no hime-gimi no yau ni, si suwe rare te, uti-miziroki tamahu koto mo kataku, uruhasiu te monosi tamahe ba, omohu koto mo uti-kasume, yama-miti no monogatari wo mo, kikoye m, ihu-kahi ari te, wokasiu irahe tamaha ba koso, ahare nara me, yo ni ha kokoro mo toke zu, utoku hadukasiki mono ni obosi te, tosi no kasanaru ni sohe te, mi-kokoro no hedate mo masaru wo, ito kurusiku omoha zu ni,
 "Toki-doki ha, yo no tune naru mi-kesiki wo mi baya! Tahe gatau wadurahi haberi si wo mo, ikaga to dani, tohi tamaha nu koso, medurasikara nu koto nare do, naho, uramesiu."
 to kikoye tamahu. Karausite,
 "Toha nu ha, turaki mono ni ya ara m?"
 to, siri-me ni mi-okose tamahe ru mami, ito hadukasi-ge ni, ke-dakau utukusi-ge naru ohom-katati nari.
 "Mare mare ha, asamasi no ohom-koto ya! Toha nu, nado ihu kiha ha, koto ni koso haberu nare! Kokoro-uku mo notamahi-nasu kana! Yo to tomo ni hasitanaki ohom-motenasi wo, mosi, obosi nahoru wori mo ya to, to-zama kau-zama ni kokoromi kikoyuru hodo, itodo omohosi utomu na'meri kasi. Yosi ya, inoti dani."
 tote, yoru no o-masi ni iri tamahi nu. Womna-Gimi, huto mo iri tamaha zu, kikoye wadurahi tamahi te, uti-nageki te husi tamahe ru mo, nama kokoroduki-naki ni ya ara m, nebuta-ge ni motenasi te, tokau yo wo obosi midaruru koto ohokari.
 Kono Wakakusa no ohi-ide m hodo no naho yukasiki wo, "Nige-nai hodo to omohe ri si mo, kotowari zo kasi. Ihi-yori gataki koto ni mo aru kana! Ika ni kamahe te, tada kokoro-yasuku mukahe tori te, ake-kure no nagusame ni mi m. Hyaubukyau-no-Miya ha, ito ate ni namamei tamahe re do, nihohi-yaka ni nado mo ara nu wo! Ikade, kano hito-zou ni oboye tamahu ram. Hitotu-Kisaki-bara nare ba ni ya?" nado obosu. Yukari ito mutumasiki ni, ikade ka to, hukau oboyu.

 またの日、御文たてまつれたまへり。僧都にもほのめかしたまふべし。尼上には、
「もて離れたりし御気色のつつましさに、思ひたまふるさまをも、えあらはし果てはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、おしなべたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかにうれしう」
などあり。中に、小さく引き結びて、
「面影は身をも離れず215山桜
心の限りとめて来しかど
 夜の間の風も、うしろめたく216なむ」
とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包みたまへるさまも、さだ217すぎたる御目どもには、目もあやに、このましう見ゆ。
「あな、かたはらいたや。いかが聞こえむ」と、思しわづらふ。
「ゆくての御ことは、なほざりにも思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむかたなくなむ。まだ「難波津」218をだに、はかばかしう続けはべらざめれば、かひなくなむ。さても、
嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を
心とめけるほどのはかなさ
いとどうしろめたう」
と
219あり。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二、三日ありて、惟光をぞたてまつれたまふ。
「少納言の乳母と言ふ人あべし。尋ねて、詳しう語らへ」などのたまひ知らす。「さも、かからぬ隈なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。
わざと、かう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息して会ひたり。詳しく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなどを語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、「いとわりなき御ほどを、いかに思すにか」と、ゆゆしうなむ、誰も誰も思しける。
御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に、「かの御放ち書きなむ、なほ見たまへまほしき」とて、
「あさか山浅くも人を思はぬに220
 など山の井のかけ離るらむ」
御返し、
「汲み初めてくやし221と聞きし山の井の
浅きながらや影を見るべき」
惟光も同じことを聞こゆ。
「このわづらひたまふことよろしくは、このころ過ぐして、京の殿に渡りたまひてなむ、聞こえさすべき」とあるを、心もとなう思す。

 翌日、お手紙を差し上げなさった。僧都にもそれとなくお書きになったのであろう。尼上には、
「取り合って下さらなかったご様子に気がひけるので、思っておりますことをも、十分に申せずじまいになりましたことを。これほどに申し上げるにつけても、並々ならぬ気持ちのほどを、お察しいただけたら、どんなに嬉しいことか」
などと書いてある。中に、小さく結んで、
「山桜の美しい姿はわたしの身を離れません
心のすべてをそちらに置いて来たのですが
夜の間の風が、心配に思われて」
と書いてある。ご筆跡などはさすがに素晴らしくて、ほんの無造作にお包みになった様子も、年配の人々のお目には、眩しいほどに素晴らしく見える。
「まあ、困ったこと。どのようにお返事申し上げましょう」と、お困りになる。
「先日の行きがかりのお話は、ご冗談ごとと存じられましたが、わざわざお手紙を頂戴いたしましたのに、お返事の申し上げようがなくて。まだ「難波津」をさえ、ちゃんと書けませんようなので、お話になりません。それにしても、
激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に
その散る前にお気持ちを寄せられたように頼りなく思われます
ますます気がかりで」
とある。僧都のお返事も同じようなので、残念に思って、二、三日たって、惟光を差し向けなさる。
「少納言の乳母という人がいるはずだ。会って、詳しく相談せよ」などとお言い含めなさる。「何とも、どのようなことにもご関心を寄せられる好き心だなあ。あれほど子供じみた様子であった様子なのに」と、はっきりとではないが、見た時のことを思い出すとおかしい。
わざわざ、このようにお手紙のあるのを、僧都も恐縮の由申し上げなさる。少納言の乳母に申し入れて面会した。詳しく、お考えになっておっしゃったご様子や、日頃のご様子などを話す。多弁な人なので、もっともらしくいろいろ話し続けるが、「とても無理なお年なのに、どのようにお考えなのか」と、大変心配なことと、誰も彼もお思いになるのであった。
お手紙にも、とても心こめてお書きになって、いつものように、その中に、「あの一字一字のお書きなのを、もっと拝見したい」とあって、
「浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに
どうして相手になって下さらないのでしょう」
お返事、
「うっかり薄情な人と契りを結んで後悔したと聞きました山の井のような
浅いお心のままどうして孫娘を御覧に入れられましょう」
惟光も同じ意味のご報告を申し上げる。
「このご病気が回復したら、しばらくして、京のお邸にお帰りになってから、改めてお返事申し上げましょう」とあるのを、待ち遠しくお思いになる。

 [1-7 Genji mails to Mursasaki in Kita-yama]
 Mata-no-hi, ohom-humi tatemature tamahe ri. Soudu ni mo hono-mekasi tamahu besi. Ama-uhe ni ha,
 "Mote-hanare tari si mi-kesiki no tutumasisa ni, omohi tamahuru sama wo mo, e arahasi hate habera zu nari ni si wo nam. Kabakari kikoyuru ni te mo, osinabe-tara nu kokorozasi no hodo wo go-ran-zi sira ba, ika ni uresiu."
 nado ari. Naka ni, tihisaku hiki-musubi te,
 "Omokage ha mi wo mo hanare zu yama-zakura
 kokoro no kagiri tome te ko sika do

 Yo no ma no kaze mo, usirometaku nam."
 to ari. Ohom-te nado ha sa'ru mono ni te, tada hakanau osi-tutumi tamahe ru sama mo, sada sugi taru ohom-me-domo ni ha, me mo aya ni, konomasiu miyu.
 "Ana, katahara-ita ya! Ikaga kikoye m?" to, obosi wadurahu.
 "Yuku te no ohom-koto ha, nahozari ni mo omohi tamahe nasa re si wo, huri-hahe sase tamahe ru ni, kikoye sase m kata naku nam. Mada 'Naniha-du' wo dani, haka-bakasiu tuduke habera za'mere ba, kahi naku nam. Sate mo,
 Arasi huku wonohe no sakura tira nu ma wo
 kokoro tome keru hodo no hakanasa

 itodo usirometau."
 to ari. Soudu no ohom-kaheri mo onazi sama nare ba, kutiwosiku te, ni,sam-niti ari te, Koremitu wo zo tatemature tamahu.
 "Seunagon-no-Menoto to ihu hito a'besi. Tadune te, kuhasiu katarahe." nado notamahi sirasu. "Samo, kakara nu kuma-naki mi-kokoro kana. Sabakari ihakenage nari si kehahi wo." to, maho nara ne do mo, mi si hodo wo omohi-yaru mo wokasi.
 Waza to, kau ohom-humi aru wo, Soudu mo kasikomari kikoye tamahu. Seunagon ni seusoko si te, ahi tari. Kuhasiku, obosi notamahu sama, ohokata no ohom-arisa nado kataru. Kotoba ohokaru hito ni te, tuki-dukisiu ihi-tudukure do, "Ito wrinaki ohom-hodo wo, ika ni obosu ni ka?" to, yuyusiu nam, tare mo tare mo obosi keru.
 Ohom-humi ni mo, ito nemgoro ni kai tamahi te, rei no, naka ni, "Kano ohom-hanati-gaki nam, naho mi tamahe mahosiki." tote,
 "Asaka-yama asaku mo hito wo omoha nu ni
 nado yama-no-wi no kake hanaru ram
"
 Ohom-kahesi,
 "Kumi some te kuyasi to kiki si yama-no-wi no
 asaki nagara ya kage wo miru beki
"
 Koremitu mo onazi koto wo kikoyu.
 "Kono wadurahi tamahu koto yorosiku ha, kono-koro sugusi te, Kyau no Tono ni watari tamahi te nam, kikoye sasu beki." to aru wo, kokoro-motonau obosu.

 藤壷の宮、悩みたまふことありて、まかでたまへり。上の、おぼつかながり、嘆ききこえたまふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、かかる折だにと、心もあくがれ惑ひて、何処にも何処にも222、まうでたまはず、内裏にても里にても、昼はつれづれと眺め暮らして、暮るれば、王命婦を責め歩きたまふ。
いかがたばかりけむ、いとわりなくて見たてまつるほどさへ、現とはおぼえぬぞ、わびしきや。宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを、さてだにやみなむと深う思したるに、いと心憂くて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させたまはぬを、「などか、なのめなることだにうち交じりたまはざりけむ」と、つらうさへぞ思さるる。何ごとをかは聞こえ尽くしたまはむ。くらぶの山に223宿りも取らまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましう、なかなかなり。
「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに
やがて紛るる我が身ともがな」
と、むせかへりたまふさまも、さすがにいみじければ、
「世語りに人や伝へむたぐひなく
憂き身を覚めぬ夢になしても」
思し乱れたるさまも、いと道理にかたじけなし。命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集め持て来たる。
殿におはして、泣き寝に臥し暮らしたまひつ。御文なども、例の、御覧じ入れぬよしのみあれば、常のことながらも、つらういみじう思しほれて、内裏へも参らで、二、三日籠りおはすれば、また、「いかなるにか」と、御心224動かせたまふべかめるも、恐ろしうのみおぼえたまふ。

 藤壷の宮に、ご不例の事があって、ご退出されていた。主上が、お気をもまれ、ご心配申し上げていらっしゃるご様子も、まことにおいたわしく拝見しながらも、せめてこのような機会にと、魂も浮かれ出て、どこにもかしこにもお出かけにならず、内裏にいても里邸にいても、昼間は所在なくぼうっと物思いに沈んで、夕暮れになると、王命婦におせがみになる。
どのように手引したのか、とても無理してお逢い申している間さえ、現実とは思われないのは、辛いことである。宮も、思いもしなかった出来事をお思い出しになるだけでも、生涯忘れることのできないお悩みの種なので、せめてそれきりで終わりにしたいと深く決心されていたのに、とても情けなくて、ひどく辛そうなご様子でありながらも、優しくいじらしくて、そうかといって馴れ馴れしくなく、奥ゆかしく気品のあるご態度などが、やはり普通の人とは違っていらっしゃるのが、「どうして、わずかの欠点すら少しも混じっていらっしゃらないのだろう」と、辛くまでお思いになられる。どのようなことをお話し申し上げきれようか。鞍馬の山に泊まりたいところだが、あいにくの短夜で、情けなく、かえって辛い逢瀬である。
「お逢いしても再び逢うことの難しい夢のようなこの世なので
夢の中にそのまま消えてしまいたいわが身です」
と、涙にむせんでいられるご様子も、何と言ってもお気の毒なので、
「世間の語り草として語り伝えるのではないでしょうか、
この上なく辛い身の上を覚めることのない夢の中のこととしても」
お悩みになっている様子も、まことに道理で恐れ多い。命婦の君が、お直衣などは、取り集めて持って来た。
お邸にお帰りになって、泣き臥してお暮らしになった。お手紙なども、例によって、御覧にならない旨ばかりなので、いつものことながらも、全く茫然自失とされて、内裏にも参内せず、二、三日閉じ籠っていらっしゃるので、また、「どうかしたのだろうか」と、ご心配あそばされているらしいのも、恐ろしいばかりに思われなさる。

 2 Tale of Fujitsubo [2-1 In a summer short night, Genji meets with Fujitsubo secretly]
 Huditubo-no-Miya, nayami tamahu koto ari te, makade tamahe ri. Uhe no, obotukanagari, nageki tamahu mi-kesiki mo, ito itohosiu mi tatematuri nagara, kakaru wori dani to, kokoro mo akugare madohi te, iduku ni mo iduku ni mo, maude tamaha zu, Uti nite mo, sato ni te mo, hiru ha ture-dure to nagame kurasi te, kurure ba, Wau-Myaubu wo seme ariki tamahu.
 Ikaga tabakari kem, ito warinaku te mi tatematuru hodo sahe, ututu to ha oboye nu zo, wabisiki ya! Miya mo, asamasikari si wo obosi-iduru dani, yo to tomo no ohom-mono-omohi naru wo, sate dani yami na m to hukau obosi taru ni, ito kokoro uku te, imiziki mi-kesiki naru mono kara, natukasiu rautage ni, sari tote uti-toke zu, kokoro-hukau hadukasi-ge naru ohom-motenasi nado no, naho hito ni ni sase tamaha nu wo, "Nado ka, nanome naru koto dani uti-maziri tamaha zari kem." to, turau sahe zo obosa ruru. Nani-goto wo ka ha kikoye tukusi tamaha m. Kurabu-no-yama ni yadori mo tora mahosi-ge nare do, ayaniku naru mizika-yo ni te, asamasiu, naka-naka nari.
 "Mi te mo mata ahu yo mare naru yume no uti ni
 yagate magiruru waga mi to mo gana
"
 to, muse kaheri tamahu sama mo, sasuga ni imizikere ba,
 "Yo-gatari ni hito ya tutahe m taguhi naku
 uki mi wo same nu yume ni nasi te mo
"
 Obosi midare taru sama mo, ito kotowari ni katazikenasi. Myaubu-no-Kimi zo, ohom-nahosi nado ha, kaki-atume mote-ki taru.
 Tono ni ohasi te, naki-ne ni husi kurasi tamahi tu. Ohom-humi nado mo, rei no, go-ran-zi ire nu yosi nomi are ba, tune no koto nagara mo, turau imiziu obosi hore te, Uti he mo mawira de, ni, sam-niti komori ohasure ba, mata, "Ika naru ni ka?" to, mi-kokoro ugoka sase tamahu beka'meru mo, osorosiu nomi oboye tamahu.

 宮も、なほいと憂き身なりけりと、思し嘆くに、悩ましさもまさりたまひて、とく参りたまふべき御使、しきれど、思しも立たず。
まことに、御心地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心憂く、「いかならむ」とのみ思し乱る。
暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしきるほどにて、人々見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど、心憂し。人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせたまはざりけること」と、驚ききこゆ。我が御心一つには、しるう思しわくこともありけり。
御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をもしるく見たてまつり知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。
内裏には、御物の怪の紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などのひま225なきも、そら恐ろしう、ものを思すこと、ひまなし。
中将君も、おどろおどろしうさま異なる夢を見たまひて、合はする者を召して、問はせたまへば、及びなう思しもかけぬ筋のことを合はせけり。
「その中に、違ひ目ありて、慎しませたまふべきことなむはべる」
と言ふに、わづらはしくおぼえて、
「みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり。この夢合ふまで、また人にまねぶな」
とのたまひて、心のうちには、「いかなることならむ」と思しわたるに、この女宮の御こと聞きたまひて、「もしさるやうもや」と、思し合はせたまふ226に、いとどしくいみじき言の葉尽くしきこえたまへど、命婦も思ふに、いとむくつけう、わづらはしさまさりて、さらにたばかる227べきかたなし。はかなき一行の御返りのたまさかなりしも、絶え果てにたり。

 宮も、やはり実に情けないわが身であったと、お嘆きになると、ご気分の悪さもお加わりになって、早く参内なさるようにとの御勅使が、度々あるが、ご決心もつかない。
本当に、ご気分が、普段のようにおいであそばさないのは、どうしたことかと、密かにお思い当たることもあったので、情けなく、「どうなることだろうか」とばかりお悩みになる。
暑い日は、ますますお起きにならない。三か月におなりになるので、とてもよく分かるようになって、女房たちもそれとお気付き申すのも、思いもかけないご宿縁のほどが、恨めしい。他の人たちは、思いもよらないことなので、「この月まで、ご奏上あそばされなかったこと」と、意外なことにお思い申し上げる。ご自身一人には、はっきりとお分かりになる節もあるのであったのだ。
お湯殿などにも身近にお仕え申し上げて、どのようなご様子もはっきり存じ上げている、おん乳母子の弁や、命婦などは、変だと思うが、お互いに口にすべきことではないので、やはり逃れられなかったご運命を、命婦はただ驚いている。
帝には、おん物の怪のせいで、すぐには兆候がなくあそばしたように奏上したのであろう。周囲の人もそうとばかり思うのであった。ますますこの上なく愛しくお思いあそばして、御勅使などがひっきりなしにあるのも、空恐ろしく、物思いの休まる時もない。
中将の君も、ただごとではない異様な夢を御覧になって、夢解きをする者を呼んで、ご質問させなさると、及びもつかない思いもかけない方面のことを判断するのであった。
「その中に、順調に行かないところがあって、お身を慎みあそばさななければならないことがございます」
と言うので、面倒に思われて、
「自分の夢ではない、他の方の夢を申すのだ。この夢が現実となるまで、誰にも話してはならぬ」
とおっしゃって、心中では、「どのようなことなのだろう」とお考えめぐらしていると、この女宮のご懐妊のことをお聞きになって、「もしやそのようなことか」と、お思い合わせになると、ますます熱心に言葉のあらん限りを尽くして申し上げなさるが、命婦も考えると、まことに恐ろしく、難儀な気持ちが増してきて、まったく逢瀬を手立てする方法がない。ほんの一行のお返事がまれにはあったのも、すっかり絶えはててしまった。

 [2-2 Fujitsubo gets pregnant and three months passed]
 Miya mo, naho ito uki mi nari keri to, obosi nageku ni, nayamasisa mo masari tamahi te, toku mawiri tamahu beki ohom-tukahi, sikire do, obosi mo tata zu.
 Makoto ni, mi-kokoti, rei no yau ni mo ohosimasa nu ha, ika naru ni ka to, hito sire zu obosu koto mo ari kere ba, kokoro-uku, "Ika nara m?" to nomi obosi midaru.
 Atuki hodo ha, itodo oki mo agari tamaha zu. Mi-tuki ni nari tamahe ba, ito siruki hodo ni te, hito-bito mi tatematuri togamuru ni, asamasiki ohom-sukuse no hodo, kokoro-usi. Hito ha omohi yora nu koto nare ba, "Kono tuki made, sou-se sase tamaha zari keru koto." to, odoroki kikoyu. Waga mi-kokoro hito-tu ni ha, siruu obosi waku koto mo ari keri.
 Ohom-yu-dono nado ni mo sitasiu tukau-maturi te, nani-goto no mi-kesiki wo mo siruku mi tatematuri sire ru, ohom-menoto-go no Ben, Myaubu nado zo, ayasi to omohe do, katami ni ihi-ahasu beki ni ara ne ba, naho nogare gatakari keru ohom-sukuse wo zo, Myaubu ha asamasi to omohu.
 Uti ni ha, ohom-mono-no-ke no magire ni te, tomi ni kesiki nau ohasimasi keru yau ni zo sou-si kem kasi. Miru hito mo sa nomi omohi keri. Itodo ahare ni kagiri nau obosa re te, ohom-tukahi nado no hima naki mo, sora-osorosiu, mono wo, obosu koto, hima nasi.
 Tiuzyou-no-Kimi mo, odoro-odorosiu sama koto naru yume wo mi tamahi te, ahasuru mono wo mesi te, toha se tamahe ba, oyobi nau, mono obosi mo kake nu sudi no koto wo ahase keri.
 "Sono naka ni, tagahi-me ari te, tutusima se tamahu beki koto nam haberu."
 to ihu ni, wadurahasiku oboye te,
 "Midukara no yume ni ha ara zu, hito no ohom-koto wo kataru nari. Kono yume ahu made, mata hito ni manebu na."
 to notamahi te, kokoro no uti ni ha, "Ika naru koto nara m ?" to obosi wataru ni, kono Womna-Miya no ohom-koto kiki tamahi te, "Mosi saru yau mo ya?" to, obosi ahase tamahu ni, itodosiku imiziki koto-no-ha tukusi kikoye tamahe do, Myaubu mo omohu ni, ito mukutukeu, wadurahasisa masari te, sarani tabakaru beki kata nasi. Hakanaki hito-kudari no ohom-kaheri no tamasaka nari si mo, taye hte ni tari.

 七月になりてぞ参りたまひける。めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひのほど限りなし。すこしふくらかになりたまひて、うちなやみ、面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし。
例の、明け暮れ、こなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき空なれば、源氏の君も暇なく召しまつはしつつ、御琴、笛など、さまざまに仕うまつらせたまふ。いみじうつつみたまへど、忍びがたき気色の漏り出づる折々、宮も、さすがなる事どもを多く思し続けけり。

 七月になって参内なさった。珍しい事で感動深くて、以前にも増す御寵愛ぶりこの上もない。少しふっくらとおなりになって、ちょっと悩ましげに、面痩せしていらっしゃるのは、まことにまたとなく素晴らしい。
例によって、明け暮れ、こちらにばかりお出ましになって、管弦の御遊もだんだん興の乗る季節なので、源氏の君も暇のないくらいお側にたびたびお召しになって、お琴や、笛など、いろいろとご下命あそばす。つとめてお隠しになっているが、我慢できない気持ちが外に現れ出てしまう折々、宮も、さすがに忘れられない事どもをあれこれとお思い悩み続けていらっしゃるのであった。

 [2-3 Fujitsubo komes back to the Court in Jul. early fall]
 Siti-gwati ni nari te zo mawiri tamahi keru. Medurasiu ahare ni te, itodosiki ohom-omohi no hodo kagiri nasi. Sukosi hukuraka ni nari tamahi te, uti-nayami, omo-yase tamahe ru, hata, geni niru mono naku medetasi.
 Rei no, ake-kure, konata ni nomi ohasimasi te, ohom-asobi mo yau-yau wokasiki sora nare ba, Genzi-no-Kimi mo hima naku mesi matuhasi tutu, ohom-koto, hue nado, sama-zama ni tukau-matura se tamahu. Imiziu tutumi tamahe do, sinobi gataki kesiki no mori-iduru wori-wori, Miya mo, sasuga naru koto-domo wo ohoku obosi tuduke keri.

 かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の御住処228尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるも道理なるうちに、この月ごろは、ありしにまさる物思ひに、異事なくて過ぎゆく。
秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨229めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、
「故按察使大納言の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごともおぼえず、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、
「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」
とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと言はせたれば、入りて、
「かく御とぶらひになむおはしましたる」と言ふに、おどろきて、
「いとかたらはいたきことかな。この日ごろ、むげにいとたのもしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」
「と言へども、帰したてまつらむはかしこし」
とて、南の廂ひきつくろひて230、入れたてまつる。
「いとむつかしげにはべれど、かしこまりをだにとて。ゆくりなうもの深き御座所になむ」
と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。
「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、つつまれはべりてなむ。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざり231けるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。
「乱り心地は、いつともなくのみはべるが、限りのさまになりはべりて、いとかたじけなく、立ち寄らせたまへるに、みづから聞こえさせぬこと。のたまはすることの筋、たまさかにも思し召し変らぬやうはべらば、かくわりなき齢過ぎはべりて、かならず数まへさせたまへ。いみじう心細げ232に見たまへ置くなむ、願ひはべる道のほだしに思ひたまへられぬべき」など聞こえたまへり。
いと近ければ、心細げなる御声絶え絶え聞こえて、
「いと、かたじけなきわざにもはべるかな。この君だに、かしこまりも聞こえたまつべきほどならましかば」
とのたまふ。あはれに聞きたまひて、
「何か、浅う思ひたまへむこと233ゆゑ、かう好き好きしきさまを見えたてまつらむ。いかなる契りにか、見たてまつりそめしより、あはれに思ひきこゆるも、あやしきまで、この世のことにはおぼえはべらぬ」などのたまひて、「かひなき心地のみしはべるを、かのいはけなうものしたまふ御一声、いかで」とのたまへば、
「いでや、よろづ思し知らぬさまに、大殿籠り入りて」
など聞こゆる折しも、あなたより来る音して、
「上こそ、この寺にありし源氏の君こそおはしたなれ。など見たまはぬ」
とのたまふを、人々、いとかたはらいたしと思ひて、「あなかま」と聞こゆ。
「いさ、『見しかば心地の悪しさなぐさみき』とのたまひしかばぞかし」
と、かしこきこと聞こえたりと思してのたまふ。
いとをかしと聞いたまへど、人々の苦しと思ひたれば、聞かぬやうにて、まめやかなる御とぶらひを聞こえ置きたまひて、帰りたまひぬ。「げに、言ふかひなのけはひや。さりとも、いとよう教へてむ」と思す。
またの日も、いとまめやかにとぶらひきこえたまふ。例の、小さくて、
「いはけなき鶴の一声聞きしより
葦間になづむ舟ぞえならぬ
 同じ人にや234」
 と、ことさら幼く書きなしたまへるも、いみじうをかしげなれば、「やがて御手本に」と、人々聞こゆ。少納言ぞ聞こえたる。
「問はせたまへるは、今日をも過ぐしがたげなるさまにて、山寺にまかりわたるほどにて。かう問はせたまへるかしこまりは、この世ならでも聞こえさせむ」
とあり。いとあはれと思す。
秋の夕べは、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなるゆかりも尋ねまほしき心もまさりたまふなるべし。「消えむ空なき」とありし夕べ思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむと、さすがにあやふし。
「手に摘みていつしかも見む紫の235
 根にかよひける野辺の若草」
 

 あの山寺の人は、少しよくなってお出になられたのであった。京のお住まいを尋ねて、時々お手紙などがある。同じようにばかり返事するのも、もっともなところに、ここ何か月は、以前にも増す物思いによって、他の事を思う間もなくて過ぎて行く。
秋の終わりころ、とても物寂しくお嘆きになる。月の美しい夜、お忍びの家にやっとのことでお思い立ちになると、時雨めいてさっと降る。おいでになる所は六条京極辺りで、内裏からなので、少し遠い感じがするが、荒れた邸の木立がとても鬱蒼と茂って木暗く見えるのがある。いつもの、お供を欠かさない惟光が、
「故按察大納言の家でございまして、ちょっとしたついでに立ち寄りましたところ、あの尼上は、ひどくご衰弱されていらっしゃるので、どうして良いか分からないでいる、と申しておりました」と申し上げると、
「お気の毒なことよ。お見舞いすべきであったのに。どうして、そうと教えなかったのか。入って行って、来意を告げよ」
とおっしゃると、人を入れて案内を乞わせる。わざわざこのようにお立ち寄りになった旨を言わせたので、入って行って、
「このようにお見舞いにいらっしゃいました」と言うと、驚いて、
「とても困ったことだわ。ここ数日、ひどく衰弱あそばされましたので、お目にかかることなどはとてもできそうにない」
「と言っても、お帰し申すのも恐れ多いこと」
と言って、南の廂の間を片づけて、お入れ申し上げる。
「たいそうむさ苦しい所でございますが、せめてお礼だけでもとのことで。何の用意もなく、奥まったご座所で」
と申し上げる。なるほど、このような所は、普通とは違っているとお思いになる。
「常にお見舞いにと存じながら、すげないお返事ばかりあそばされますので、遠慮いたされまして。ご病気でいらっしゃること、重いこととも、存じませんでしたもどかしさを」などと申し上げなさる。
「気分のすぐれませんことは、いつも変わらずでございますが、いよいよの際となりまして、まことにもったいなくも、お立ち寄りいただきましたのに、自分自身でお礼申し上げられませんこと。仰せられますお話の旨は、万一にもお気持ちが変わらないようでしたら、このような頑是ない時期が過ぎましてから、きっとお目をかけて下さいまし。ひどく頼りない身の上のまま残して逝きますのが、願っております仏道の妨げに存ぜずにはおられません」などと、申し上げなさった。
すぐに近いところなので、不安そうなお声が途切れ途切れに聞こえて、
「まことに、もったいないことでございます。せめてこの君が、お礼申し上げなされるお年でありましたならいいのに」
とおっしゃる。しみじみとお聞きになって、
「どうして、浅はかな気持ちから、このような好色めいた態度をお見せ申し上げましょうか。どのような宿縁でか、初めてお目にかかった時から、愛しくお思い申しているのも、不思議なほど、この世のこととは思われません」などとおっしゃって、「いつも甲斐ない思いばかりしていますので、あのかわいらしくいらっしゃるお一声を、ぜひとも」とおっしゃると、
「さあ、何もご存知ないさまで、お寝みになっていらっしゃって」
などと、申し上げていたちょうどその時、あちらの方からやって来る足音がして、
「祖母上さま、あの寺にいらした源氏の君さまがいらしているそうですね。どうしてお会いさらないの」
とおっしゃるのを、女房たちは、とても具合悪く思って、「お静かに」と制止申し上げる。
「あら、だって、『会ったら気分の悪いのも良くなった』とおっしゃったからよ」
と、利口なことを申し上げたとお思いになっておっしゃる。
とてもおもしろいとお聞きになるが、女房たちが困っているので、聞かないようにして、行き届いたお見舞いを申し上げおかれて、お帰りになった。「なるほど、まるで子供っぽいご様子だ。けれども、よく教育しよう」とお思いになる。
翌日も、とても誠実なお見舞いを差し上げなさる。いつものように、小さく結んで、
「かわいい鶴の一声を聞いてから
葦の間を行き悩む舟はただならぬ思いをしています
同じ人を」
と、殊更にかわいくお書きになっているのも、たいそう見事なので、「そのままお手本に」と、女房たちは申し上げる。少納言がお返事申し上げた。
「お見舞いいただきました方は、今日一日も危いような状態でして、山寺に移るところでして。このようにお見舞いいただきましたお礼は、あの世からでも差し上げましょう」
とある。とてもお気の毒とお思いになる。
秋の夕べは、常にも増して、心も休まる間もなく恋焦がれている人のことに考えが集中して、無理にでもそのゆかりの人を尋ね取りたい気持ちもお募りなさるのであろう。「死にきれない」と詠んだ夕べをお思い出しになられて、恋しく思っても、また、実際一緒になったら見劣りがしないだろうかと、やはり不安である。
「手に取って早く見たいものだ
紫草にゆかりのある野辺の若草を」

 3 Tale of Murasaki(2) [3-1 Murasaki comes back to her home in Rokujo-Kyogoku with her grandmother]
 Kano yama-dera no hito ha, yorosiku nari te ide tamahi ni keri. Kyau no ohom-sumika tadune te, toki-doki no ohom-seusoko nado ari. Onazi sama ni nomi aru mo, kotowari naru uti ni, kono tuki-goto ha, arisi ni masaru mono-omohi ni, koto-goto naku te sugi yuku.
 Aki no suwe-tu-kata, ito mono kokoro-bosoku te nageki tamahu. Tuki no wokasiki yo, sinobi taru tokoro ni karausite omohi-tati tamahe ru wo, sigure-mei te, uti-sosoku. Ohasuru tokoro ha Rokudeu Kyaugoku watari ni te, Uti yori nare ba, sukosi hodo tohoki kokoti suru ni, are taru ihe no kodati ito mono-huri te ko-guraku miye taru ari. Rei no ohom-tomo ni hanare nu Koremitu nam,
 "Ko-Azeti-no-Dainagon no ihe ni haberi te, mono no tayori ni toburahi te haberi sika ba, kano Ama-uhe, itau yowari tamahi ni tare ba, nani-goto mo oboye zu, to nam mausi te haberi si." to kikoyure ba,
 "Ahare no koto ya! Toburahu bekari keru wo! Nado ka, sa nam to monose zari si. Iri te seusoko se yo."
 to notamahe ba, hito ire te a'nai se sasu. Wazato kau tati-yori tamahe ru koto to iha se tare ba, iri te,
 "Kaku ohom-toburahi ni nam ohasimasi taru." to ihu ni, odoroki te,
 "Ito kataharaitaki koto kana! Kono hi-goro, mugeni ito tanomosi-ge naku nara se tamahi ni tare ba, ohom-taimen nado mo aru mazi."
 "To ihe do mo, kahesi tatematura m ha kasikosi."
 tote, minami no hisasi hiki-tukurohi te, ire tatematuru.
 "Ito mutukasi-ge ni habere do, kasikomari wo dani tote. Yukuri nau mono hukaki o-masi dokoro ni nam."
 to kikoyu. Geni kakaru tokoro ha, rei ni tagahi te obosa ru.
 "Tune ni omohi tamahe tati nagara, kahi naki sama ni nomi motenasa se tamahu ni, tutuma re haberi te nam. Nayama se tamahu koto, omoku to mo, uketamahara zari keru obotukanasa." nado kikoye tamahu.
 "Midari-gokoti ha, itu to mo naku nomi haberu ga, kagiri no sama ni nari haberi te, ito katazikenaku, tati-yora se tamahe ru ni, midukara kikoye sase nu koto. Notamaha suru koto no sudi, tamasaka ni mo obosimesi kahara nu yau habera ba, kaku warinaki yohahi sugi haberi te, kanarazu kazumahe sase tamahe! Imiziu kokoro-bosoge ni mi tamahe oku nam, negahi haberu miti no hodasi ni omohi tamahe rare nu beki." nado kikoye tamahe ri.
 Ito tikakere ba, kokoro-boso-ge naru ohom-kowe taye-daye kikoye te,
 "Ito, katazikenaki waza ni mo haberu kana! Kono Kimi dani, kasikomari mo kikoye tama'tu beki hodo nara masika ba."
 to notamahu. Ahare ni kiki tamahi te,
 "Nani ka, asau omohi tamahe m koto yuwe, kau suki-zukisiki sama wo miye tatematura m. Ika naru tigiri ni ka, mi tatematuri some si yori, ahare ni omohi kikoyuru mo, ayasiki made, konoyo no koto ni ha oboye habera nu." nado notamahi te, "Kahi naki kokoti nomi si haberu wo, kano ihakenau monosi tamahu ohom-kowe, ikade." to notamahe ba,
 "Ide ya, yorodu obosi sira nu sama ni, ohotono-gomori iri te."
 nado kikoyuru wori si mo, anata yori kuru oto si te,
 "Uhe koso, kono tera ni arisi Genzi-no-Kimi koso ohasi ta'nare. Nado mi tamaha nu?"
 to notamahu wo, hito-bito, ito katahara itasi to omohi te, "Ana-kama!" to kikoyu.
 "Isa, 'Mi sika ba, kokoti no asisa nagusami ki.' to notamahi sika ba zo kasi."
 to, kasikoki koto kikoye tari to obosi te notamahu.
 Ito wokasi to kii tamahe do, hito-bito no kurusi to omohi tare ba, kika nu yau ni te, mame-yaka naru ohom-toburahi wo kikoye oki tamahi te, kaheri tamahi nu. "Geni, ihu kahi na no kehahi ya! Sa'ri to mo, ito you wosihe te m." to obosu.
 Mata no hi mo, ito mame-yaka ni tobura hi kikoye tamahu. Rei no, tihisaku te,
 "Ihakenaki tadu no hito-kowe kiki si yori
 asi-ma ni nadumu hune zo e nara nu

 Onazi hito ni ya."
 to, kotosara wosanaku kaki-nasi tamahe ru mo, imiziu wokasi-ge nare ba, "Yagate ohom-tehon ni" to, hito-bito kikoyu. Seunagon zo kikoye taru.
 "Toha se tamahe ru ha, kehu wo mo sugusi gata-ge naru sama ni te, yama-dera ni makari wataru hodo ni te. Kau toha se tamahe ru kasikomari ha, konoyo nara de mo kikoye sase m."
 to ari. Ito ahare to obosu.
 Aki no yuhube ha, masite, kokoro no itoma naku obosi midaruru hito no ohom-atari ni kokoro wo kake te, anagati naru yukari mo tadune mahosiki kokoro mo masari tamahu naru besi. "Kiye m sora naki" to ari si yuhube obosi-ide rare te, kohisiku mo, mata, mi ba otori ya se m to, sasuga ni ayahusi.
 "Te ni tumi te itusika mo mi m murasaki no
 ne ni kayohi keru nobe no waka-kusa
"

 十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部、殿上人どもなども、その方につきづきしきは、みな選らせたまへれば、親王達、大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひたまふ、いとまなし。
山里人にも、久しく訪れたまはざりけるを、思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、僧都の返り事のみあり。
「立ちぬる月の二十日のほどになむ、つひに空しく見たまへなして。世間の道理なれど、悲しび思ひたまふる236」
などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、「うしろめたげに思へりし人もいかならむ。幼きほどに、恋ひやすらむ。故御息所237に後れたてまつりし」など、はかばかし238からねど、思ひ出でて、浅からずとぶらひたまへり。
少納言、ゆゑなからず御返りなど聞こえたり。
忌みなど過ぎて京の殿になど聞きたまへば、ほど経て、みづから、のどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人恐ろしからむと見ゆ。例の所に入れたてまつりて、少納言、御ありさまなど、うち泣きつつ聞こえ続くるに、あいなう、御袖もただならず。
「宮に渡したてまつらむとはべるめるを、『故姫君の、いと情けなく、憂きものに思ひきこえたまへりしに、いとむげに稚児ならぬ齢の、またはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず、中空なる御ほどにて、あまたものしたまふなる中の、あなづらはしき人にてや交じりたまはむ』など、過ぎたまひぬるも、世とともに思し嘆きつること、しるきこと多くはべるに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどりきこえさせず、いとうれしう思ひたまへられぬべき折節にはべりながら、すこしもなずらひなるさまにもものしたまはず、御年よりも若びてならひたまへれば、いとかたはらいたくはべる」と聞こゆ。
「何か、かう繰り返し聞こえ知らする心のほどを、つつみたまふらむ。その言ふかひなき御心のありさまの、あはれにゆかしうおぼえたまふも、契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ、人伝てならで、聞こえ知らせばや。
あしわかの浦にみるめはかたくとも
こは立ちながらかへる波かは
めざましからむ」とのたまへば、
「げにこそ、いとかしこけれ」とて、
「寄る波の心も知らでわかの浦に
玉藻なびかむ239ほどぞ浮きたる
わりなきこと」
と聞こゆるさまの馴れたるに、すこし罪ゆるされたまふ。「なぞ越えざらむ」240と、うち誦じたまへるを、身にしみて若き人々思へり。
君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊びがたきどもの、
「直衣着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」
と聞こゆれば、起き出でたまひて、
「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら241。宮のおはするか」
とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし242。
「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」
とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、
「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、
「今さらに、など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠れよ。今すこし寄りたまへ」
とのたまへば、乳母の、
「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」
とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探りたまへれば、なよらかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる243。手をとらへたまへれば、うたて例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、
「寝なむ、と言ふものを」
とて、強ひて引き入りたまふにつきて、すべり入りて、
「今は、まろぞ思ふべき人。な疎みたまひそ」
とのたまふ。乳母、
「いで、あなうたてや。ゆゆしうもはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」とて、苦しげに思ひたれば、
「さりとも、かかる御ほどをいかがはあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを見果てたまへ」とのたまふ。
霰降り荒れて、すごき夜のさまなり。
「いかで、かう人少なに心細うて、過ぐしたまふらむ」
と、うち泣いたまひて、いと見棄てがたきほどなれば、
「御格子参りね。もの恐ろしき夜のさまなめるを。宿直人にてはべらむ。人々、近うさぶらはれよかし」
とて、いと馴れ顔に御帳のうちに入りたまへば、あやしう思ひのほかにもと、あきれて、誰も誰もゐたり。乳母は、うしろめたなうわりなしと思へど244、荒ましう聞こえ騒ぐべきならねば、うち嘆きつつゐたり。
若君は、いと恐ろしう、いかならむとわななかれて、いとうつくしき御肌つきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたくおぼえて、単衣ばかりを押しくくみて、わが御心地も、かつはうたておぼえたまへど、あはれにうち語らひたまひて、
「いざ、たまへよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどする所に」
と、心につくべきことをのたまふけはひの、いとなつかしきを、幼き心地にも、いといたう怖ぢず、さすがに、むつかしう寝も入らずおぼえて、身じろき臥したまへり。
夜一夜、風吹き荒るるに、
「げに、かう、おはせざらましかば、いかに心細からまし」
「同じくは、よろしきほどにおはしまさましかば」
とささめきあへり。乳母は、うしろめたさに、いと近うさぶらふ。風すこし吹きやみたるに、夜深う出でたまふも、ことあり顔なりや。
「いとあはれに見たてまつる御ありさまを、今はまして、片時の間もおぼつかなかるべし。明け暮れ眺めはべる所に渡したてまつらむ。かくてのみは、いかが。もの怖ぢしたまはざりけり」とのたまへば、
「宮も御迎へになど聞こえのたまふめれど、この御四十九日過ぐしてや、など245思うたまふる」と聞こゆれば、
「頼もしき筋ながらも、よそよそにてならひたまへるは、同じうこそ疎うおぼえたまはめ。今より見たてまつれど、浅からぬ心ざしはまさりぬべくなむ」
とて、かい撫でつつ、かへりみがちにて出でたまひぬ。
いみじう霧りわたれる空もただならぬに、霜はいと白うおきて、まことの懸想もをかしかりぬべきに、さうざうしう思ひおはす246。いと忍びて通ひたまふ所の道なりけるを思し出でて、門うちたたかせたまへど、聞きつくる人なし。かひなくて、御供に声ある人して歌はせたまふ。
「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも
行き過ぎがたき妹が門247かな」
と、二返りばかり歌ひたるに、よしある下仕ひを出だして、
「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは
草のとざしにさはりしもせじ」
と言ひかけて、入りぬ。また人も出で来ねば、帰るも情けなけれど、明けゆく空もはしたなくて殿へおはしぬ。
をかしかりつる人のなごり恋しく、独り笑みしつつ臥したまへり。日高う大殿籠り起きて、文やりたまふに、書くべき言葉も例ならねば、筆うち置きつつすさびゐたまへり。をかしき絵などをやりたまふ。
かしこには、今日しも、宮わたりたまへり。年ごろよりもこよなう荒れまさり、広うもの古りたる所の、いとど人少なにさびしければ、見わたしたまひて、
「かかる所には、いかでか、しばしも幼き人の過ぐしたまはむ。なほ、かしこに渡したてまつりてむ。何の所狭きほどにもあらず。乳母は、曹司などしてさぶらひなむ。君は、若き人々あれば、もろともに遊びて、いとようものしたまひなむ」などのたまふ。
近う呼び寄せたてまつりたまへるに、かの御移り香の、いみじう艶に染みかへらせたまへれば、「をかしの御匂ひや。御衣はいと萎えて」と、心苦しげに思いたり。
「年ごろも、あつしくさだ過ぎたまへる人に添ひたまへるよ、かしこにわたりて見ならしたまへなど、ものせしを、あやしう疎みたまひて、人も心置くめりしを、かかる折にしもものしたまはむも、心苦しう」などのたまへば、
「何かは。心細くとも、しばしはかくておはしましなむ。すこしものの心思し知りなむにわたらせたまはむこそ、よくははべるべけれ」と聞こゆ。
「夜昼248恋ひきこえたまふに、はかなきものもきこしめさず」
とて、げにいといたう面痩せたまへれど、いとあてにうつくしく、なかなか見えたまふ。
「何か、さしも思す。今は世に亡き人の御ことはかひなし。おのれあれば」
など語らひきこえたまひて、暮るれば帰らせたまふを、いと心細しと思いて泣いたまへば、宮うち泣きたまひて、
「いとかう思ひな入りたまひそ。今日明日、わたしたてまつらむ」など、返す返すこしらへおきて、出でたまひぬ。
なごりも慰めがたう泣きゐたまへり。行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず、ただ年ごろ立ち離るる折なうまつはしならひて、今は亡き人となりたまひにける、と思すがいみじきに、幼き御心地なれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊びたまはず、昼はさても紛らはしたまふを、夕暮となれば、いみじく屈したまへば、かくてはいかでか過ごしたまはむと、慰めわびて、乳母も泣きあへり。
君の御もとよりは、惟光をたてまつれたまへり。
「参り来べきを、内裏より召あればなむ。心苦しう見たてまつりしも、しづ心なく」とて、宿直人たてまつれたまへり。
「あぢきなうもあるかな。戯れにても、もののはじめにこの御ことよ」
「宮聞こし召しつけば、さぶらふ人々のおろかなるにぞさいなまむ」
「あなかしこ、もののついでに、いはけなくうち出できこえ249させたまふな」
など
250言ふも、それをば何とも思したらぬぞ、あさましきや。
少納言は、惟光にあはれなる物語どもして、
「あり経て後や、さるべき御宿世、逃れきこえたまはぬやうもあらむ。ただ今は、かけてもいと似げなき御ことと見たてまつるを、あやしう思しのたまはするも、いかなる御心にか251、思ひ寄るかたなう乱れはべる。今日も、宮渡らせたまひて、『うしろやすく仕うまつれ。心幼くもてなしきこゆな』とのたまはせつるも、いとわづらはしう、ただなるよりは、かかる御好き事も思ひ出でられはべりつる」
など言ひて、「この人もことあり顔にや思はむ」など252、あいなければ、いたう嘆かしげにも言ひなさず。大夫も、「いかなることにかあらむ」と、心得がたう思ふ。
参りて、ありさまなど聞こえければ、あはれに思しやらるれど、さて通ひたまはむも、さすがにすずろなる心地して、「軽々しうもてひがめたると、人もや漏り聞かむ」など、つつましければ、「ただ迎へてむ」と思す。
御文はたびたびたてまつれたまふ。暮るれば、例の大夫をぞたてまつれたまふ。「さはることどものありて、え参り来ぬを253、おろかにや」などあり。
「宮より、明日にはかに御迎へにとのたまはせたりつれば、心あわたたしくてなむ。年ごろの蓬生を離れなむも、さすがに心細く、さぶらふ人々も思ひ乱れ254て」
と、言少なに言ひて、をさをさあへしらはず、もの縫ひいとなむけはひなどしるければ、参りぬ。

 神無月に朱雀院への行幸があるのであろう。舞人などを、高貴な家柄の子弟や、上達部、殿上人たちなどの、その方面で適当な人々は、皆お選びあそばされたので、親王たちや、大臣をはじめとして、それぞれ伎芸を練習をなさり、暇がない。
山里の人にも、久しくご無沙汰なさっていたのを、お思い出しになって、わざわざお遣わしになったところ、僧都の返事だけがある。
「先月の二十日ごろに、とうとう臨終をお見届けいたしまして。人の世の宿命だが、悲しく存じられます」
などとあるのを御覧になると、世の中の無常をしみじみと思われて、「心配していた人もどうしているだろう。子供心にも、恋い慕っているだろうか。亡き母御息所に先立たが」などと、はっきりとではないが、思い出して、丁重にお弔いなさった。
少納言の乳母が、嗜みのある返礼などを申し上げた。
忌みなどが明けて京の邸になどとお聞きになったので、暫くしてから、ご自身で、お暇な夜にお出かけになった。まことにぞっとするくらい荒れた所で、人気も少ないので、どんなに小さい子には怖いことだろうと思われる。いつもの所にお通し申して、少納言が、ご臨終の有様などを、泣きながらお話申し上げると、他人事ながら、お袖も涙でつい濡れる。
「宮邸にお引き取り申し上げようとの事でございますようですが、『亡き姫君が、とても情愛のない、嫌な人と、お思い申していらしたのに、まったく子供というほどの年ではないが、まだしっかりと人の意向を聞き分けもおできにならず、中途半端なお年頃で、大勢いらっしゃるという中で、軽んじられてお過ごしになるのではないか』などと、お亡くなりになった方も、始終ご心配されていらしたこと、明白なことが多くございますので、このようにもったいないただ今のお言葉は、後々のご配慮までもご推察申さずに、とても嬉しく存じられるはずの時ではございますが、全く相応しい年頃でいらっしゃらないし、お年のわりには幼くていらっしゃいますので、とてもはらはらしております」と申し上げる。
「どうして、このように繰り返して申し上げている気持ちを、気兼ねなさるのでしょう。その、幼いお考えの様子がかわいく愛しく思われなさるのも、宿縁が特別と、自分ながら思われるのです。やはり、人を介してではなく、お伝え申し上げたい。
若君にお目にかかることは難しかろうとも
和歌の浦の波のようにこのまま立ち帰ることはしません
失礼でしょう」とおっしゃると、
「なるほど、恐れ多いこと」と言って、「和歌の浦に寄せる波に身を任せる玉藻ように
相手の気持ちをよく確かめもせずに従うことは頼りないことです
困りますこと」
と申し上げる態度がもの馴れているので、すこし大目に見る気になられる。「どうして逢わずにいられようか」と、口ずさみなさるのを、ぞくぞくとして若い女房たちは思っている。
若君は、祖母上をお慕い申されて泣き臥していらっしゃったが、お遊び相手たちが、
「直衣を着ている方がいらしてるのは、宮がおいであそばしたのらしいわ」
と申し上げると、起き出しなさって、
「少納言よ。直衣を着ているという方は、どちら。宮がいらしたの」
と言って、近づいて来るお声が、とてもかわいらしい。
「宮ではありませんが、必ずしも関係ない人ではありません。こちらへ」
とおっしゃるので、あの素晴らしかった方だと、子供心にも聞き分けて、まずいことを言ってしまったとお思いになって、乳母の側に寄って、
「ねえ、行きましょうよ。眠いから」とおっしゃると、
「今さら、どうして逃げ隠れなさるのでしょう。わたしの膝の上でお寝みなさいませ。もう少し近くへいらっしゃい」
とおっしゃると、乳母が、
「これですから。このようにまだ頑是ないお年頃で」
と言って、押しやり申したところ、無心にお座りになったので、お手を差し入れてお探りになると、柔らかなお召物の上に、髪がつやつやと掛かって、末の方までふさふさしているのが、とてもかわいらしく想像される。お手を捉えなさると、気味の悪いよその人が、このように近くにいらっしゃるのは、恐ろしくなって、
「寝よう、と言っているのに」
と言って、無理に奥に入って行きなさるのに、後から付いて御簾の中にすべり入って、
「今は、わたしが世話して上げる人ですよ。お嫌いにならないでね」
とおっしゃる。乳母が、
「あら、嫌でございますわ。あまりのなさりようでございますわ。いくらお話申し上げあそばしても、何の甲斐もございませんでしょうに」といって、つらそうに困っているので、
「いくらなんでも、このようなお年の方をどうしようか。やはり、ただ世間にないほどの愛情をお見届けください」とおっしゃる。
霰が降り荒れて、恐ろしい夜の様子である。
「どうして、このような小人数な所で、頼りなく過ごしていらっしゃるのだろう」
と、ふとお泣きになって、とても見捨てては帰りにくい有様なので、
「御格子を下ろしなさい。何となく恐そうな夜の感じのようですから。宿直人になりましょう。女房たち、近くに参りなさい」
と言って、とても物馴れた態度で御帳台の内側にお入りになるので、奇妙な思いも寄らないことをと、あっけにとられて、一同茫然としている。乳母は、心配で困ったことだと思うが、事を荒立て申すべき場合でないので、嘆息しながら見守っていた。
若君は、とても恐ろしく、どうなるのだろうと震えずにはいられず、とてもかわいらしいお肌も、ぞくぞくと粟立つ感じがなさるのを、いじらしく思われて、肌着だけで包み込んで、ご自分ながらも、一方では変なお気持ちがなさるが、しみじみとお話なさって、
「ねえ、いらっしゃいよ。美しい絵などが多く、お人形遊びなどする所に」
と、気に入りそうなことをおっしゃる様子が、とても優しいので、子供心にも、そう大して物怖じせず、とは言っても、気味悪くて眠れなく思われて、もじもじして横になっていらっしゃる。
一晩中、風が吹き荒れているので、
「ほんとうに、このように、お越し下さらなかったら、どんなに心細かったことでしょう」
「同じことなら、お似合いの年でおいであそばしたら」
とささやき合っている。乳母は、心配なので、すぐ近くに控えている。風が少し吹き止んだので、夜の深いうちにお帰りになるのも、いかにもわけありそうな朝帰りであるよ。
「とてもお気の毒にお見受け致しましたご様子を、今では以前にもまして、片時の間も見なくては気がかりでならないでしょう。毎日物思いして暮らしている所にお迎え申し上げましょう。こうしてばかりいては、どんなものか。お恐がりにはならなかった」とおっしゃると、
「宮もお迎えになどと申していらっしゃるようですが、この四十九日が過ぎてからか、などと存じます」と申し上げると、
「頼りになる方ではあるが、ずっと別々に暮らして来られた方は、同じく疎々しくお思いでしょう。今夜初めてお会いしたが、深い愛情はより深いでしょう」
と言って、かき撫でかき撫でして、後髪を引かれる思いでお出になった。
ひどく霧の立ちこめた空もいつもとは違った風情であるうえに、霜は真白に置いて、実際の恋であったら興趣あるはずなのに、何か物足りない気がなさる。たいそう忍んでお通いになる方への道筋であったのをお思い出しになって、門を叩かせなさるが、聞きつける人がいない。しかたなくて、お供の中で声の良い者に歌わせになさる。
「曙に霧が立ちこめた空模様につけても
素通りし難い貴女の家の前ですね」
と、二返ほど歌わせたところ、心得ある下仕え人を出して、
「霧の立ちこめた家の前を通り過ぎ難いとおっしゃるならば
生い茂った草が門を閉ざしたことぐらい何でもないでしょうに」
と詠みかけて、入ってしまった。他に誰も出て来ないので、帰るのも風情がないが、明るくなって行く空も体裁が悪いので、邸へお帰りになった。
かわいらしかった方の面影が恋しく、独り微笑みながら臥せっていらっしゃった。日が高くなってからお起きになって、手紙を書いておやりになる時、書くはずの言葉も普通と違うので、筆を置いては書き置いては書きと、気の向くままにお書きになっている。美しい絵などをお届けなさる。
あちらでは、ちょうど今日、宮がおいでになった。数年来以上にすっかり荒れ行き、広く古めかしくなった邸が、ますます人数が少なくなって寂しいので、ずっと御覧になって、
「このような所には、どうして、少しの間でも幼い子供がお過しになれよう。やはり、あちらにお引き取り申し上げよう。けっして窮屈な所ではない。乳母には、部屋をもらって仕えればよい。君は、若い子たちがいるので、一緒に遊んで、とても仲良くやって行けよう」などとおっしゃる。
近くにお呼び寄せになると、あのおん移り香が、たいそうよい匂いに染み着いていらっしゃるので、「いい匂いだ。お召し物はすっかりくたびれているが」と、お気の毒にお思いなさった。
「これまでは、病気がちのお年寄と一緒においでになったことよ、あちらに引っ越してお馴染みなさいなどと、言っていましたが、変にお疎んじなさって、妻もおもしろからぬようでいたが、このような機会に移って来られるのも、おかわいそうで」などとおっしゃると、
「どう致しまして。心細くても、今暫くはこうしておいであそばしましょう。もう少し物の道理がお分りになりましたら、お移りあそばされることが良うございましょう」と申し上げる。
「夜昼となくお慕い申し上げなさって、ちょっとした物もお召し上がりになりません」
と申して、なるほど、とてもひどく面痩せなさっているが、まことに上品にかわいらしくかえって美しくお見えになる。
「どうして、そんなにお悲しみなさる。今はもうこの世にいない方のことは、しかたがありません。わたしがいれば」
などと、お話申し上げなさって、日が暮れるとお帰りあそばすのを、とても心細いとお思いになって、お泣きになると、宮はもらい泣きなさって、
「けっして、そんなにご心配なさるな。今日明日のうちに、お移し申そう」などと、繰り返しなだめすかして、お帰りなさった。
その後の寂しさも慰めようがなく泣き沈んでいらっしゃる。将来の身の上のことなどはお分りにならず、ただ長年離れることなく一緒にいて、今はお亡くなりになってしまったと、お思いになるのが悲しくて、子供心であるが、胸がいっぱいにふさがって、いつものようにもお遊びはなさらず、昼間はどうにかお紛らわしになるが、夕暮時になると、ひどくおふさぎこみなさるので、これではどのようにお過ごしになられようかと、慰めあぐねて、乳母も泣いていた。
君のお側からは、惟光をお差し向けなさった。
「自身参るべきところ、帝からお召しがありまして。お気の毒に拝見致しましたのにつけても、気がかりで」と伝えて、宿直人を差し向けなさった。
「情けないことですわ。ご冗談にも結婚の最初からして、このようなお事とは」
「宮がお耳にされたら、お仕えする者の落度として叱られましょう」
「ああ、大変だわ。何かのついでに、うっかりお口にあそばされますな」
などと言うのも、そのことを何ともお分りでいらっしゃらないのが、困った年齢である。
少納言は、惟光に気の毒な身の上話をいろいろとして、
「これから先、ご一緒になるようなご縁は、逃れられないものかも知れません。ただ今は、まったく不釣り合いなお話と拝察致しておりますが、不思議にご熱心に思ってくださりおっしゃってくださいますのを、どのようなお気持ちからかと、判断つかないで悩んでおります。今日も、宮がお越しあそばして、『安心の行くように仕えなさい。うっかりしたことは致すな』と仰せられたのも、とても厄介で、なんでもなかった時より、このような好色めいたことも、改めて気になるのでございます」
などと言って、「この人も何か特別の関係があったように思うだろうか」などと、不本意なので、ひどく悲しんでいるようには言わない。大夫も、「どのような事なのだろう」と、ふに落ちなく思う。
帰参して、様子をご報告すると、しみじみと思いをお馳せになるが、先夜のようにお通いなさるのも、やはり似合わしくない気持ちがして、「軽率な風変わりなことをしていると、世間の人が聞き知るかも知れない」などと、遠慮されるので、「いっそ迎えてしまおう」とお考えになる。
お手紙は頻繁に差し上げなさる。暮れると、いつものように大夫をお差し向けなさる。「差し障りがあって参れませんのを、不熱心なとでも」などと、伝言がある。
「宮から、明日急にお迎えに参ると仰せがあったので、気ぜわしくて。長年住みなれた蓬生の宿を離れるのも、何と言っても寂しく、お仕えする女房たちも思い乱れて」
と、言葉数少なに言って、ろくにお相手もせずに、繕い物をする様子がはっきり分かるので、帰参した。

 [3-2 Her grandmother dies after several monthes]
 Kamna-duki ni Suzaku-Win no gyaugau aru besi. Mahi-bito nado, yamgotonaki ihe no ko-domo, Kamdatime, Tenzyau-bito-domo nado mo, sono kata ni tuki-dukisiki ha, mina era se tamahe re ba, Miko-tati, Daizin yori hazime te, tori-dori no zae-domo narahi tamahu, itoma nasi.
 Yamazato-bito ni mo, hisasiku otodure tamaha zari keru wo, obosi-ide te, hurihahe tukahasi tari kere ba, Soudu no kaheri-goto nomi ari.
 "Tati nuru tuki no hatu-ka no hodo ni nam, tuhi ni munasiku mi tamahe nasi te. Seken no dauri nare do, kanasibi omohi tamahuru."
 nado aru wo mi tamahu ni, yononaka no hakanasa mo ahare ni, "Usirometa-ge ni omohe ri si hito mo ika nara m. Wosanaki hodo ni, kohi ya su ram? Ko-Miyasumdokoro ni okure tatematuri si." nado, haka-bakasikara ne do omohi-ide te, asakara zu toburahi tamahe ri.
 Seunagon, yuwe nakara zu ohom-kaheri nado kikoye tari.
 Imi nado sugi te Kyau no Tono ni nado kiki tamahe ba, hodo he te, midukara, nodoka naru yo ohasi tari. Ito sugo-ge ni are taru tokoro no, hito-zukuna naru ni, ika ni wosanaki hito osorosikara m to miyu. Rei no tokoro ni ire tatematuri te, Seunagon, ohom-arisama nado, uti-naki tutu kikoye tudukuru ni, ainau, ohom-sode mo tada nara zu.
 "Miya ni watasi tatematura m to haberu meru wo, 'Ko-Hime-Gimi no, ito nasake naku, uki mono ni omohi kikoye tamahe ri si ni, ito muge ni tigo nara nu yohahi no, mata haka-bakasiu hito no omomuke wo mo mi-siri tamaha zu, naka-zora naru ohom-hodo ni te, amata monosi tamahu naru naka no, anadurahasiki hito ni te ya maziri tamaha m?' nado, sugi tamahi nuru mo, yo to tomo ni obosi nageki turu koto, siruki koto ohoku haberu ni, kaku katazikenaki nage no ohom-koto-no-ha ha, noti no mi-kokoro mo tadori kikoye sase zu, ito uresiu omohi tamahe rare nu beki wori-husi ni haberi nagara, sukosi mo nazurahi naru sama ni mo monosi tamaha zu, ohom-tosi yori mo wakabi te narahi tamahe re ba, ito katahara itaku haberu." to kikoyu.
 "Nani ka, kau kurikahesi kikoye sira suru kokoro no hodo wo, tutumi tamahu ram? Sono ihu-kahi naki mi-kokoro no asrisama no, ahare ni yukasiu oboye tamahu mo, tigiri koto ni nam, kokoro nagara omohi sira re keru. Naho, hito-dute nada de, kikoye sira se baya!
 Asiwaka no ura ni miru-me ha kataku to mo
 ko ha tati nagara kaheru nami ka ha

 Mezamasikara m." to notamahe ba,
 "Geni koso, ito kasikokere!" tote,
 "Yoru nami no kokoro mo sira de Waka-no-ura ni
 tama-mo nabika m hodo zo uki taru

 Warinaki koto."
 to kikoyuru sama no nare taru ni, sukosi tumi yurusa re tamahu. "Nazo koye zara m" to, uti-zu'zi tamahe ru wo, mi ni simi te wakaki hito-bito omohe ri.
 Kimi ha, Uhe wo kohi kikoye tamahi te naki husi tamahe ru ni, ohom-asobi-gataki-domo no,
 "Nahosi ki taru hito no ohasuru, Miya no ohasimasu na'meri."
 to kikoyure ba, oki-ide tamahi te,
 "Seunagon yo! Nahosi ki tari tura m ha, idura? Miya no ohasuru ka?"
 tote, yori ohasi taru ohom-kowe, ito rautasi.
 "Miya ni ha ara ne do, mata obosi hanatu beu mo arazu. Koti."
 to notamahu wo, hadukasikari si hito to, sasuga ni kiki nasi te, asiu ihi te keri to obosi te, Menoto ni sasi-yori te,
 "Iza kasi, nebutaki ni." to notamahe ba,
 "Imasara ni, nado sinobi tamahu ram. Kono hiza no uhe ni ohotono-gomore yo. Ima sukosi yori tamahe!"
 to notamahe ba, Menoto no,
 "Sareba koso. Kau yo-duka nu ohom-hodo ni te nam."
 tote, osi-yose tatematuri tare ba, nani-gokoro mo naku wi tamahe ru ni, te wo sasi-ire te saguri tamahe re ba, nayoraka naru ohom-zo ni, kami ha tuya-tuya to kakari te, suwe no husayaka ni saguri tuke rare taru, ito utukusiu omohi-yara ru. Te wo torahe tamahe re ba, utate rei nara nu hito no, kaku tikaduki tamahe ru ha, osorosiu te,
 "Ne na m, to ihu mono wo!"
 tote, sihite hiki-iri tamahu ni tuki te, suberi-iri te,
 "Ima ha, maro zo omohu beki hito. Na utomi tamahi so."
 to notamahu. Menoto,
 "Ide, ana utate ya! Yuyusiu mo haberu kana! Kikoye sase sira se tamahu to mo, sarani nani no sirusi mo habera zi mono wo." tote, kurusi-ge ni omohi tare ba,
 "Sa'ri to mo, kakaru ohom-hodo wo ikaga ha ara m. Naho, tada yo ni sira nu kokorozasi no hodo wo mi-hate tamahe." to notamahu.
 Arare huri are te, sugoki yo no sama nari.
 "Ikade, kau hito-zukuna ni kokoro-bosou te, sugusi tamahu ram."
 to, uti-nai tamahi te, ito mi-sute gataki hodo nare ba,
 "Mi-kausi mawiri ne! Mono-osorosiki yo no sama na'meru wo. Tonowi-bito ni te habera m. Hito-bito, tikau saburaha re yo kasi!"
 tote, ito nare-gaho ni mi-tyau no uti ni iri tamahe ba, ayasiu omohi no hoka ni mo to, akire te, tare mo tare mo wi tari. Menoto ha, usiro-meta-nau warinasi to omohe do, aramasiu kikoye sawagu beki narane ba, uti-nageki tutu wi tari.
 Waka-Gimi ha, ito osorosiu, ika nara m to wananaka re te, ito utukusiki ohom-hada-tuki mo, sozoro samu-ge ni obosi taru wo, rautaku oboye te, hitohe bakari wo osi-kukumi te, waga mi-kokoti mo, katu ha utate oboye tamahe do, ahare ni uti-katarahi tamahi te,
 "Iza, tamahe yo! Wokasiki we nado ohoku, hihina-asobi nado suru tokoro ni."
 to, kokoro ni tuku beki koto wo notamahu kehahi no, ito natukasiki wo, wosanaki kokoti ni mo, ito itau odi zu, sasuga ni, mutukasiu ne mo ira zu oboye te, mi-ziroki husi tamahe ri.
 Yo hito-yo, kaze huki aruru ni,
 "Geni, kau, ohase zara masika ba, ika ni kokoro-bosokara masi."
 "Onaziku ha, yorosiki hodo ni ohasimasa masika ba."
 to sasameki-ahe ri. Menoto ha, usirometasa ni, ito tikau saburahu. Kaze sukosi huki yami taru ni, yo-bukau ide tamahu mo, koto-ari-gaho nari ya!
 "Ito ahare ni mi tatematuru ohom-arisama wo, ima ha masite, kata-toki no ma mo obotukanakaru besi. Ake-kure nagame haberu tokoro ni watasi tatematura m. Kakute nomi ha, ikaga? Mono-odi si tamaha zari keri." to notamahe ba,
 "Miya mo ohom-mukahe ni nado kikoye notamahu mere do, kono ohom-nana-nanuka sugusi te ya? nado omou tamahuru." to kikoyure ba,
 "Tanomosiki sudi nagara mo, yoso-yoso ni te narahi tamahe ru ha, onaziu koso utou oboye tamaha me! Ima yori mi tatemature do, asakara nu kokorozasi ha masari nu beku nam."
 tote, kai-nade tutu, kaheri-mi-gati ni te ide tamahi nu.
 Imiziu kiri watare ru sora mo tadanara nu ni, simo ha ito sirou oki te, makoto no kesau mo wokasikari nu beki ni, sau-zausiu omohi ohasu. Ito sinobi te kayohi tamahu tokoro no miti nari keru wo obosi-ide te, kado uti-tataka se tamahe do, kiki tukuru hito mo nasi. Kahi naku te, ohom-tomo ni kowe aru hito si te utaha se tamahu.
 "Asaborake kiri tatu sora no mayohi ni mo
 yuki sugi gataki imo ga kado kana
"
 to, huta-kaheri bakari utahi taru ni, yosi aru simo-dukahi wo idasi te,
 "Tati tomari kiri no magaki no sugi uku ha
 kusa no tozasi ni sahari si mo se zi
"
 to ihi-kake te, iri nu. Mata hito mo ide ko ne ba, kaheru mo nasake-nakere do, ake-yuku sora mo hasitanaku te Tono he ohasi nu.
 Wokasikari turu hito no nagori kohisiku, hitori-wemi si tutu husi tamahe ri. Hi takau ohotono-gomori oki te, humi yari tamahu ni, kaku beki kotoba mo rei nara ne ba, hude uti-oki tutu susabi wi tamahe ri. Wokasiki we nado wo yari tamahu.
 Kasiko ni ha, kehu si mo, Miya watari tamahe ri. Tosi-goro yori mo koyonau are masari, hirou mono-huri taru tokoro no, itodo hito-zukuna ni sabisikere ba, mi-watasi tamahi te,
 "Kakaru tokoro ni ha, ikade ka, sibasi mo wosanaki hito no sugusi tamaha m. Naho, kasiko ni watasi tatematuri te m. Nani no tokoro-seki hodo ni mo ara zu. Menoto ha, zausi nado si te saburahi na m. Kimi ha, wakaki hito-bito are ba, morotomo ni asobi te, ito you monosi tamahi na m." nado notamahu.
 Tikau yobi-yose tatematuri tamahe ru ni, kano ohom-uturi-ga no, imiziu en ni simi-kahera se tamahe re ba, "Wokasi no ohom-nihohi ya! Ohom-zo ha ito nahe te." to, kokoro-gurusi-ge ni oboi tari.
 "Tosi-goro mo, atusiku sada-sugi tamahe ru hito ni sohi tamahe ru yo, kasiko ni watari te mi-narasi tamahe nado, monose si wo, ayasiu utomi tamahi te, hito mo kokoro oku meri si wo, kakaru wori ni si mo monosi tamaha m mo, kokoro -gurusiu." nado notamahe ba,
 "Nani ka ha. Kokoro-bosoku to mo, sibasi ha kaku te ohasimasi na m. Sukosi mono no kokoro obosi siri na m ni watara se tamaha m koso, yoku ha haberu bekere." to kikoyu.
 "Yoru hiru kohi kikoye tamahu ni, hakanaki mono mo kikosimesa zu."
 tote, geni ito itau omo-yase tamahe re do, ito ate ni utukusiku, naka-naka miye tamahu.
 "Nani ka, sa si mo obosu. Ima ha yo ni naki hito no ohom-koto ha kahi nasi. Onore are ba."
 nado katarahi kikoye tamahi te, kurure ba kahera se tamahu wo, ito kokoro-bososi to oboi te nai tamahe ba, Miya uti-naki tamahi te,
 "Ito kau omohi na iri tamahi so. Kehu-asu, watasi tatematura m." nado, kahesu-gahesu kosirahe-oki te, ide tamahi nu.
 Nagori mo nagusame gatau naki wi tamahe ri. Yuku-saki no mi no ara m koto nado made mo obosi sira zu, tada tosi-goro tati-hanaruru wori nau matuhasi narahi te, imaha naki-hito to nari tamahi ni keru, to obosu ga imiziki ni, wosanaki mi-kokoti nare do, mune tuto hutagari te, rei no yau ni mo asobi tamaha zu, hiru ha sate mo magirahasi tamahu wo, yuhu-gure to nare ba, imiziku ku'si tamahe ba, kaku te ha ikade ka sugosi tamaha m to, nagusame wabi te, Menoto mo naki-ahe ri.
 Kimi no ohom-moto yori ha, Koremitu wo tatemature tamahe ri.
 "Mawiri ku beki wo, Uti yori mesi are ba nam. Kokoro-gurusiu mi tatematuri si mo, sidu-kokoro naku." tote, tonowi-bito tatemature tamahe ri.
 "Adikinau mo aru kana! Tahabure ni te mo, mono no hazime ni kono ohom-koto yo!"
 "Miya kikosimesi tuke ba, saburahu hito-bito no oroka naru ni zo sainama m."
 "Ana kasiko! Mono no tuide ni, ihakenaku uti-ide kikoyesase tmahu na!"
 nado ihu mo, sore wo ba nani to mo obosi tara nu zo, asamasi ki ya!
 Seunagon ha, Koremitu ni ahare naru monogatari domo si te,
 "Ari he te noti ya, sa'ru beki ohom-sukuse, nogare kikoye tamaha nu yau mo ara m. Tada ima ha, kakete mo ito nige naki ohom-koto to mi tatematuru wo, ayasiu obosi notamaha suru mo, ika naru mi-kokoro ni ka, omohi-yoru kata nau midare haberu. Kehu mo, Miya watara se tamahi te, 'Usiro-yasuku tukau-mature! Kokoro-wosanaku motenasi kikoyu na!' to notamahase turu mo, ito wadurahasiu, tada naru yori ha, kakaru ohom-suki-goto mo omohi-ide rare haberi turu."
 nado ihi te, "Kono hito mo koto-ari-gaho ni ya omoha m?" nado, ainakere ba, itau nagekasi-ge ni mo ihi-nasa zu. Taihu mo, "Ika naru koto ni ka ara m?" to, kokoro-e gatau omohu.
 Mawiri te, arisama nado kikoye kere ba, ahare ni obosi-yara rure do, sate kayohi tamaha m mo, sasuga ni suzuro naru kokoti si te, "Karu-garusiu mote-higame taru to, hito mo ya mori kika m?" nado, tutumasikere ba, "Tada mukahe te m." to obosu.
 Ohom-humi ha tabi-tabi tatemature tamahu. Kurure ba, rei no Taihu wo zo tatemature tamahu. "Saharu koto-domo no ari te, e mawiri ko nu wo, oroka ni ya." nado ari.
 "Miya yori, asu nihaka ni ohom-mukahe ni to notamaha se tari ture ba, kokoro-awatatasiku te nam. Tosi-goro no yomogihu wo kare na m mo, sasuga ni kokoro-bosoku, saburahu hito-bito mo omohi midare te."
 to, koto-zukuna ni ihi te, wosa-wosa ahe-siraha zu, mono nuhi itonamu kehahi nado sirukere ba, mawiri nu.

 君は大殿におはしけるに、例の、女君とみにも対面したまはず。ものむつかしくおぼえたまひて、あづまをすががき255て、「常陸には田をこそ作れ」256といふ歌を、声はいとなまめきて、すさびゐたまへり。
参りたれば、召し寄せてありさま問ひたまふ。しかしかなど聞こゆれば、口惜しう思して、「かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、好き好きしかるべし。幼き人を盗み出でたりと、もどきおひ257なむ。さのさきに、しばし、人にも口固めて、渡してむ」と思して、
「暁かしこにものせむ。車の装束さながら258。随身一人二人仰せおきたれ」とのたまふ。うけたまはりて立ちぬ。
君、「いかにせまし。聞こえありて好きがましきやうなるべきこと。人のほどだにものを思ひ知り、女の心交はしけることと推し測られぬべくは、世の常なり。父宮の尋ね出でたまへらむも、はしたなう、すずろなるべきを」と、思し乱るれど、さて外してむはいと口惜しかべければ、まだ夜深う出でたまふ。
女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。
「かしこに、いとせちに見るべきことのはべるを思ひたまへ出でて、立ちかへり参り来なむ」とて、出でたまへば、さぶらふ人々も知らざりけり。わが御方にて、御直衣などはたてまつる。惟光ばかりを馬に乗せておはしぬ。
門うちたたかせたまへば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。
「ここに、おはします」と言へば、
「幼き人は、御殿籠りてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。
「宮へ渡らせたまふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、
「何ごとにか259はべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせたまはむ」
とて、うち笑ひてゐたり。君、入りたまへば、いとかたはらいたく、
「うちとけて、あやしき古人どものはべるに」と聞こえさす。
「まだ、おどろいたまはじな。いで、御目覚ましきこえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」
とて、入りたまへば、「や」とも、え聞こえず。
君は何心もなく寝たまへるを、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。
御髪かき繕ひなどしたまひて、
「いざ、たまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」
とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、
「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」
とて、かき抱きて出でたまへば、大夫、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。
「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心憂く、渡りたまへるなれば、まして聞こえがたかべければ。人一人参られよかし」
とのたまへば、心あわたたしくて、
「今日は、いと便なくなむはべるべき。宮の渡らせたまはむには、いかさまにか聞こえやらむ。おのづから、ほど経て、さるべき260におはしまさば、ともかうもはべり261なむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人々苦しうはべるべし」と聞こゆれば、
「よし、後にも人は参りなむ」とて、御車寄せさせたまへば、あさましう、いかさまにと思ひあへり。
若君も、あやしと思して泣いたまふ。少納言、とどめきこえむかたなければ、昨夜縫ひし御衣どもひきさげて、自らもよろしき衣着かへて、乗りぬ。
二条院は近ければ、まだ明うもならぬほどにおはして、西の対に御車寄せて下りたまふ。若君をば、いと軽らかにかき抱きて下ろしたまふ。少納言、
「なほ、いと夢の心地しはべるを、いかにしはべるべきことにか」と、やすらへば、
「そは、心ななり262。御自ら渡したてまつりつれば、帰りなむとあらば、送りせむかし」
とのたまふに、笑ひて下りぬ。にはかに、あさましう、胸も静かならず。「宮の思しのたまはむこと、いかになり果てたまふべき御ありさまにか、とてもかくも、頼もしき人々に後れたまへるがいみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ263、念じゐたり。
こなたは住みたまはぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳、御屏風など、あたりあたり仕立てさせたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、御座などただひき繕ふばかりにてあれば、東の対に、御宿直物召しに遣はして、大殿籠りぬ。
若君は、いとむくつけく、いかにすることならむ264と、ふるはれたまへど、さすがに声立ててもえ泣きたまはず。
「少納言がもとに寝む」
とのたまふ声、いと若し。
「今は、さは大殿籠るまじきぞよ」
と教へきこえたまへば、いとわびしくて泣き臥したまへり。乳母はうちも臥されず、ものもおぼえず起きゐたり。
明けゆくままに、見わたせば、御殿の造りざま、しつらひざま、さらにも言はず、庭の砂子も玉を重ねたらむやうに見えて、かかやく心地するに、はしたなく思ひゐたれど、こなたには女などもさぶらはざりけり。け疎き客人などの参る折節の方なりければ、男どもぞ御簾の外にありける。
かく、人迎へたまへりと、聞く人、「誰ならむ。おぼろけ265にはあらじ」と、ささめく。御手水、御粥など、こなたに参る。日高う寝起きたまひて、
「人なくて、悪しかめるを、さるべき人々、夕つけてこそは迎へさせたまはめ」
とのたまひて、対に童女召しにつかはす。「小さき限り、ことさらに参れ」と266ありければ、いとをかしげにて、四人参りたり。
君は御衣にまとはれて臥したまへるを、せめて起こして、
「かう、心憂くなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心柔かなるなむよき」
など、今より教へきこえたまふ。
御容貌は、さし離れて見しよりも、清らにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、遊びものども取りに遣はして、見せたてまつり、御心につくことどもをしたまふ。
やうやう起きゐて見たまふに、鈍色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうち笑みなどしてゐたまへるが、いとうつくしきに267、我もうち笑まれて見たまふ。
東の対に渡りたまへるに、立ち出でて、庭の木立、池の方など覗きたまへば、霜枯れの前栽、絵に描けるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位、五位こきまぜに、隙なう出で入りつつ、「げに、をかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするもはかなしや。
君は、二、三日、内裏へも参りたまはで、この人をなつけ語らひきこえたまふ。やがて本にと思すにや、手習、絵などさまざまに書きつつ、見せたてまつりたまふ。いみじうをかしげに書き集めたまへり。「武蔵野と言へばかこたれぬ」268と、紫の紙に書いたまへる墨つきの、いとことなるを取りて見ゐたまへり。すこし小さくて、
「ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の
露分けわぶる草のゆかりを」
とあり。
「いで、君も書いたまへ」とあれば、
「まだ、ようは書かず」
とて、見上げたまへるが、何心なくうつくしげなれば、うちほほ笑みて、
「よからねど、むげに書かぬこそ悪ろけれ。教えきこえむかし」
とのたまへば、うちそばみて書いたまふ手つき、筆とりたまへるさまの幼げなるも、らうたうのみおぼゆれば、心ながらあやしと思す。「書きそこなひつ」と恥ぢて隠したまふを、せめて見たまへば、
「かこつべきゆゑを知らねばおぼつかな
いかなる草のゆかりなるらむ」
と、いと269若けれど、生ひ先見えて、ふくよかに書いたまへり。故尼君のにぞ似たり270ける。「今めかしき手本習はば、いとよう書いたまひてむ」と見たまふ。
雛など、わざと屋ども作り続けて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひの紛らはしなり。
かのとまりにし人々、宮渡りたまひて、尋ねきこえたまひけるに、聞こえやる方なくてぞ、わびあへりける。「しばし、人に知らせじ」と君ものたまひ、少納言も思ふことなれば、せちに口固めやりたり。ただ、「行方も知らず、少納言が率て隠しきこえたる」とのみ聞こえさするに、宮も言ふかひなう思して、「故尼君も、かしこに渡りたまはむことを、いとものしと思したりしことなれば、乳母の、いとさし過ぐしたる心ばせのあまり、おいらかに渡さむを、便なし、などは言はで、心にまかせ、率てはふらかしつるなめり」と、泣く泣く帰りたまひぬ。「もし、聞き出でたてまつらば、告げよ」とのたまふも、わづらはしく。僧都の御もとにも、尋ねきこえたまへど、あとはかなくて、あたらしかりし御容貌など、恋しく悲しと思す。
北の方も、母君を憎しと思ひきこえたまひける心も失せて、わが心にまかせつべう思しけるに違ひぬるは、口惜しう271思しけり。
やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの童女、稚児ども、いとめづらかに今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。
君は、男君のおはせずなどして、さうざうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまへど、宮をばことに思ひ出できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはでならひたまへれば、今はただこの後の親を、いみじう睦びまつはしきこえたまふ。ものよりおはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。さるかたに、いみじうらうたきわざなりけり。
 さかしら272心あり、何くれとむつかしき筋になりぬれば、わが心地もすこし違ふふしも出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを、いとをかしきもてあそびなり。女などはた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いとさまかはりたるかしづきぐさなりと、思ほいためり。

 君は大殿においでになったが、いつものように、女君がすぐにはお会いなさらない。何となくおもしろくなくお思いになって、和琴を即興に掻き鳴らして、「常陸には田をこそ作れ」という歌を、声はとても優艶に、口ずさんでおいでになる。
参上したので、呼び寄せて様子をお尋ねになる。「これこれしかじかで」と申し上げるので、残念にお思いになって、「あの宮邸に移ってしまったら、わざわざ迎え取ることも好色めいたことであろう。子供を盗み出したと、非難されるだろう。その前に、少しの間、女房の口を封じさせて、連れて来よう」とお考えになって、
「早朝にあちらに行こう。車の準備はそのままに。随身を一、二名を申し付けておけ」とおっしゃる。承知して下がった。
君は、「どうしよう。噂が広がって好色めいたことになりそうな事。せめて相手の年齢だけでも物の分別ができ、女が情を通じてのことだと想像されるようなのは、世間一般にもある事だ。父宮がお探し出されるだろう時も、具合が悪く言い訳できない事だ」と、お悩みになるが、この機会を逃したら、大変後悔することになるので、まだ夜の深いうちにお出になる。
女君は、いつものように気が進まない様子で、かしこまった感じでいらっしゃる。
「あちらに、どうしても処理しなければならない事がございますのを思い出しまして、すぐに戻って来ます」と言ってお出になるので、お側の女房たちも知らないのであった。ご自分のお部屋の方で、お直衣などはお召しになる。惟光だけを馬に乗せてお出になった。
門を打ち敲かせなさると、何も事情を知らない者が開けたので、お車を静かに引き入れさせて、大夫が、妻戸を打ち鳴らして、咳払いすると、少納言が察して、出て来た。
「こちらにいらっしゃいます」と言うと、
「若君は、お寝みになっておりまして。どうして、こんな暗いうちにお出あそばしたのでしょう」と、どこかのお帰りがけと思って言う。
「宮邸へお移りになるそうですが、その前にお話し申し上げておきたいと」とおっしゃると、
「どのようなことでございましょうか。どんなにしっかりしたお返事ができましょう」
と言って、微笑んでいた。君が、お入りになると、とても困って、
「気を許して、見苦しい年寄たちが寝ておりますので」とお制し申し上げる。
「まだ、お目覚めではありませんね。どれ、お目をお覚まし申しましょう。このような素晴らしい朝霧を知らないで、寝ていてよいものですか」
とおっしゃって、ご寝所にお入りになるので、「もし」とも、お止めできない。
君は何も知らないで寝ていらっしゃったが、抱いてお起こしなさるので、目を覚まして、宮がお迎えにいらっしゃったと、寝惚けてお思いになった。
お髪を掻き繕いなどなさって、
「さあ、いらっしゃい。宮のお使いとして参ったのですよ」
とおっしゃる声に、「違う人であった」、とびっくりして、恐いと思っているので、
「ああ、情けない。わたしも同じ人ですよ」
と言って、抱いてお出なさるので、大夫や、少納言などは、「これは、どうなさいますか」と申し上げる。
「ここには、常に参れないのが気がかりなので、気楽な所にと申し上げたが、残念なことに、お移りになったならば、ますますお話し申し上げにくくなるだろうから。誰か一人付いて参られよ」
とおっしゃるので、気がせかれて、
「今日は、まことに都合が悪うございましょう。宮がお越しあそばした時には、どのようにお答え申し上げましょう。自然と、年月をへて、そうなられるご縁でいらっしゃれば、ともかくなられましょうが、何とも考える暇もない急な事でございますので、お仕えする者どももきっと困りましょう」と申し上げると、
「よし、後からでも女房たちは参ればよかろう」と言って、お車を寄せさせなさるので、驚きあきれて、どうしたらよいものか、と困り合っている。
若君も、変な事だとお思いになって、お泣きになる。少納言は、お止め申し上げるすべもないので、昨夜縫ったご衣装類をひっさげて、自分も適当な着物に着替えて、乗った。
二条院は近いので、まだ明るくならないうちにお着きになって、西の対にお車を寄せてお下りになる。若君を、とても軽々と抱いてお下ろしになる。少納言が、
「やはり、まるで夢のような心地がしますが、どういたしましたらよいことなのでしょうか」と、ためらっているので、
「それは考え次第というものだ。ご本人はお移し申し上げてしまったのだから、帰ろうと思うなら、送ってやろう」
とおっしゃるので、笑って下りた。急な事で、驚きあきれて、心臓がどきどきする。「宮がお叱りになられることや、どうおなりになるお身の上だろうか、とにもかくにも、身内の方々に先立たれたことが本当にお気の毒」と思うと、涙が止まらないのを、何と言っても不吉なので、じっと堪えていた。
こちらはご使用にならない対の屋なので、御帳台などもないのであった。惟光を呼んで、御帳や、御屏風など、ここかしこに整えさせなさる。御几帳の帷子を引き下ろし、ご座所など、ちょっと整えるだけで使えるので、東の対にお寝具などを取り寄せに人をやって、お寝みになった。
若君は、とても気味悪くて、どうなさる気だろうと、ぶるぶると震えずにはいらっしゃれないが、やはり声を出してお泣きになれない。
「少納言の乳母の所で寝たい」
とおっしゃる声は、まことに幼稚である。
「今からは、もうそのようにお寝みになるものではありませんよ」
とお教え申し上げなさると、とても悲しくて泣きながらお寝みになった。乳母は横になる気もせず、何も考えられず起きていた。
夜が明けて行くにつれて、見渡すと、御殿の造りざま、調度類の様子は、改めて言うまでもなく、庭の白砂も宝石を重ね敷いたように見えて、光り輝くような感じなので、きまり悪い感じに思って座っていたが、こちらには女房なども控えていないのであった。たまのお客などが参った折に使う建物だったので、男たちが御簾の外に控えているのであった。
このように、女をお迎えになったと、聞いた人は、「誰であろうか、並大抵の人ではあるまい」と、ひそひそ噂する。御手水や、お粥などを、こちらの対に持って上がる。日が高くなってお起きになって、
「女房がいなくて、不便であろうから、しかるべき人々を、夕方になってから、お迎えなさるとよいだろう」
とおっしゃって、東の対に童女を呼びに人をやる。「小さい子たちだけ、特別に参れ」と言ったので、とてもかわいらしい姿して、四人が参った。
若君は、お召物にくるまって臥せっていらっしゃるのを、無理に起こして、
「こんなふうに、お嫌がりなさいますな。いい加減な男は、このように親切にしましょうか。女性というものは、気持ちの素直なのが良いのです」
などと、今からお教え申し上げなさる。
ご容貌は、遠くから見ていた時よりも、美しいので、優しくお話をなさりながら、興趣ある絵や、遊び道具類を取りにやって、お見せ申し上げ、お気に入ることどもをなさる。
次第に起き出して御覧になると、鈍色の色濃い喪服の、ちょっと柔らかくなったのを着て、無心に微笑んでいらっしゃるのが、とてもかわいらしいので、ご自身もつい微笑んで御覧になる。
東の対にお渡りになったので、端に出て行って、庭の木立や、池の方などを、お覗きになると、霜枯れの前栽が、絵に描いたように美しくて、見たこともない四位、五位が色とりどりに入り乱れて、ひっきりなしに出入りしている。「なるほど、素晴らしい所だわ」と、お思いになる。御屏風などの、とても素晴らしい絵を見ては、機嫌を良くしていらっしゃるのも、あどけないことよ。
君は、二、三日、宮中へも参内なさらず、この人を手懐けようとお相手申し上げなさる。そのまま手本にとのお考えか、手習いや、お絵描きなど、いろいろと書いては書いては、御覧に入れなさる。とても素晴らしくお書き集めになった。「武蔵野と言うと文句を言いたくなってしまう」と、紫の紙にお書きになった墨の具合が、とても格別なのを取って御覧になっていらっしゃる。少し小さくて、
「まだ一緒に寝てはみませんが愛しく思われます
武蔵野の露に難儀する紫のゆかりの草を」
とある。
「さあ、あなたもお書きなさい」と言うと、
「まだ、うまく書けません」
と言って、見上げていらっしゃるのが、無邪気でかわいらしいので、つい微笑まれて、
「うまくなくても、まったく書かないのは良くありません。お教え申し上げましょう」
とおっしゃると、ちょっと横を向いて、お書きになる手つきや、筆をお持ちになる様子があどけないのも、かわいらしくてたまらないので、我ながら不思議だとお思いになる。「書き損ってしまった」と、恥ずかしがってお隠しになるのを、無理に御覧になると、
「恨み言を言われる理由が分かりません
わたしはどのような方のゆかりなのでしょう」
と、とても幼稚だが、将来の成長が思いやられて、ふっくらとお書きになっている。亡くなった尼君の筆跡に似ているのであった。「当世風の手本を習ったならば、とても良くお書きになるだろう」と御覧になる。
お人形なども、特別に御殿をいくつも造り並べて、一緒に遊んでは、この上ない憂さ晴らしの相手である。
あの残った女房たちは、宮がお越しになって、お尋ね申し上げなさったが、お答え申し上げるすべもなくて、困り合っているのであった。「暫くの間、他人に聞かせてはならぬ」と君もおっしゃるし、少納言も考えていることなので、固く口止めさせていた。ただ、「行く方も知れず、少納言が連れてお隠し申し上げたこと」とばかりお答え申し上げるので、宮もしょうがないとお思いになって、「亡くなった尼君も、あちらにお移りになることを、とても嫌だとお思いであったことなので、乳母が、ひどく出過ぎた考えから、素直にお移りになることを、不都合だ、などと言わないで、自分の一存で、連れ出してどこかへやってしまったのだろう」と、泣く泣くお帰りになった。「もし、消息をお聞きつけ申したら、知らせなさい」とおっしゃる言葉も、厄介で。僧都のお所にも、お尋ね申し上げなさるが、はっきり分からず、惜しいほどであったご器量など、恋しく悲しいとお思いになる。
北の方も、母親を憎いとお思い申し上げなさっていた感情も消えて、自分の思いどおりにできようとお思いになっていた当てが外れたのは、残念にお思いになるのであった。
次第に女房たちが集まって来た。お遊び相手の童女や、幼児たちも、とても珍しく当世風なご様子なので、何の屈託もなくて遊び合っている。
君は、男君がおいでにならなかったりして、寂しい夕暮時などだけは、尼君をお思い出し申し上げなさって、つい涙ぐみなどなさるが、宮は特にお思い出し申し上げなさらない。最初からご一緒ではなく過ごして来られたので、今ではすっかりこの後の親を、たいそう馴れお親しみ申し上げていらっしゃる。外出からお帰りになると、まっさきにお出迎えして、親しくお話をなさって、お胸の中に入って、少しも嫌がったり恥ずかしいとは思っていない。そうしたことでは、ひどくかわいらしい態度でなのあった。
小賢しい智恵がつき、何かとうっとうしい関係となってしまうと、自分の気持ちと多少ぴったりしない点も出て来たのかしらと、心を置かれて、相手も嫉妬しがちになり、意外なもめ事が自然と出て来るものなのに、まことにかわいらしい遊び相手である。女の子というものは、これほどの年になったら、気安く振る舞ったり、一緒に寝起きなどは、とてもできないものなのに、この人は、とても風変わりな大事な子だと、お思いのようである。

 [3-3 Genji steals Murasaki before her father takes her along to his home]
 Kimi ha Ohoi-dono ni ohasi keru ni, rei no, Womna-Gimi tomi ni mo taimen si tamaha zu. Mono-mutukasiku oboye tamahi te, Aduma wo suga-gaki te, "Hitati ni ha ta wo koso tukure" to ihu uta wo, kowe ha ito namameki te, susabi wi tamahe ri.
 Mawiri tare ba, mesi-yose te arisama tohi tamahu. Sika-sika nado kikoyure ba, kutiwosiu obosi te, "Kano Miya ni watari na ba, wazato mukahe-ide m mo, suki-zukisikaru besi. Wosanaki hito wo nusumi-ide tari to, modoki ohi na m. Sono saki ni, sibasi, hito ni mo kuti-gatame te, watasi te m." to obosi te,
 "Akatuki ni kasiko ni monose m. Kuruma no sauzoku sanagara. Zuizin hitori hutari ohose oki tare." to notamahu. Uketamahari te tati nu.
 Kimi, "Ika ni se masi? Kikoye ari te suki-gamasiki yau naru beki koto. Hito no hodo dani mono wo omohi siri, womna no kokoro kahasi keru koto to osi-hakara re nu beku ha, yo no tune nari. Titi-Miya no tadune-ide tamahe ra m mo, hasitanau, suzuro naru beki wo." to, obosi midarure do, sate hadusi te m ha ito kuti-wosika'bekere ba, mada yo-bukau ide tamahu.
 Womna-Gimi, rei no sibu-sibu ni, kokoro mo toke zu monosi tamahu.
 "Kasiko ni, ito seti ni miru beki koto no haberu wo omohi-ide te, tati-kaheri mawiri ki na m." tote, ide tamahe ba, saburahu hito-bito mo sira zari keri. Waga ohom-kara ni te, ohom-nahosi nado ha tatematuru. Koremitu bakari wo mma ni nose te ohasi nu.
 Kado uti-tataka se tamahe ba, kokro sira nu mono no ake taru ni, mi-kuruma wo yawora hiki-ire sase te, Taihu, tuma-do wo narasi te, sihabuke ba, Seunagon kiki siri te, ide-ki tari.
 "Koko ni, ohasimasu." to ihe ba,
 "Wosanaki hito ha, ohotono-gomori te nam. Nado ka, ito yo-bukau ha ide sase tamahe ru?" to, mono no tayori to omohi te ihu.
 "Miya he watara se tamahu beka'naru wo, sono saki ni kikoye oka m tote nam." to notamahe ba,
 "Nani-goto ni ka ha habera m. Ika ni haka-bakasiki ohom-irahe kikoye sase tamaha m."
 tote, uti-warahi te wi tari. Kimi, iri tamahe ba, ito katahara-itaku,
 "Uti-toke te, ayasiki huru-bito-domo no haberu ni." to kikoye sasu.
 "Mada, odoroi tamaha zi na! Ide, ohom-me samasi kikoye m. Kakaru asa-giri wo sira de ha, inuru mono ka!"
  tote, iri tamahe ba, "Ya!" to mo, e kikoye zu.
 Kimi ha nani-gokoro mo naku ne tamahe ru wo, idaki odorokasi tamahu ni, odoroki te, Miya no ohom-mukahe ni ohasi taru to, ne-obire te obosi tari.
 Mi-gusi kaki-tukurohi nado si tamahi te,
 Iza, tamahe. Miya no ohom-tukahi ni te mawiri ki turu zo."
 to notamahu ni, "Ara zari keri!" to, akire te, osorosi to omohi tare ba,
 "Ana, kokoro-u! maro mo onazi hito zo."
 tote, kaki-idaki te ide tamahe ba, Taihu, Seunagon nado, "Ko ha, ika ni?" to kikoyu.
 "Koko ni ha, tune ni mo e mawira nu ga obotukanakere ba, kokoro-yasuki tokoro ni to kikoye si wo, kokoro-uku, watari tamahe ru nare ba, masite kikoye gataka'bekere ba. Hito hitori mawira re yo kasi."
 to notamahe ba, kokoro-awatatasiku te,
 "Kehu ha, ito bin-naku nam haberu beki. Miya no watara se tamaha m ni ha, ika sama ni ka kikoye-yara m? Onodukara, hodo he te, sa'ru beki ni ohasimasa ba, to-mo kau-mo haberi na m wo, ito omohi-yari naki hodo no koto ni habere ba, saburahu hito-bito kurusiu haberu besi." to kikoyure ba,
 "Yosi, noti ni mo hito ha mawiri na m." tote, mi-kuruma yose sase tamahe ba, asamasiu, ika sama ni to omohi-ahe ri.
 Waka-Gimi mo, ayasi to obosi te nai tamahu. Seunagon, todome kikoye m kata nakere ba, yobe nuhi si ohom-zo-domo hiki-sage te, midukara mo yorosiki kinu ki-kahe te, nori nu.
 NIdeu-no-Win ha tikakere ba, mada akau mo nara nu hodo ni ohasi te, Nisi-no-Tai ni mi-kuruma yose te ori tamahu. Waka-Gimi wo ba, ito karoraka ni idaki te orosi tamahu. Seunagon,
 "Naho, ito yume no kokoti si haberu wo, ika ni si haberu beki koto ni ka?" to, yasurahe ba,
 "Soha, kokoro na'nari. Ohom-midukara watasi tatematuri ture ba, kaheri na m to ara ba, okuri se m kasi."
 to notamahu ni, warahi te ori nu. Nihaka ni, asamasiu, mune mo siduka nara zu. "Miya no obosi notamaha m koto, ika ni nari hate tamahu beki ohom-arisama ni ka, tote-mo kakute-mo, tanomosiki hito-bito ni okure tamahe ru ga imizisa." to omohu ni, namida no tomara nu wo, sasuga ni yuyusikere ba, nen-zi wi tari.
 Konata ha sumi tamaha nu Tai nare ba, mi-tyau nado mo nakari keri. Koremitu mesi te, mi-tyau, mi-byaubu nado, atari-atari sitate sase tamahu. Mi-kityau no katabira hiki-orosi, o-masi nado tada hiki-tukurohu bakari ni te are ba, Himgasi-no-Tai ni, ohom-tonowi-mono mesi ni tukahasi te, ohotono-gomori nu.
 Waka-Gimi ha, ito mukutukeku, ika ni suru koto nara m to, huruha re tamahe do, sasuga ni kowe tate te mo e naki tamaha zu.
 "Seunagon ga moto ni ne m."
 to notamahu kowe, ito wakasi.
 "Ima ha, sa ha ohotono-gomoru maziki zo yo."
 to wosihe kikoye tamahe ba, ito wabisiku te naki-husi tamahe ri. Menoto ha uti mo husa re zu, mono mo oboye zu oki wi tari.
 Ake-yuku mama ni, mi-watase ba, otodo no tukuri-zama, siturahi-zama, sara ni mo iha zu, niha no sunago mo tama wo kasane tara m yau ni miye te, kakayaku kokoti suru ni, hasitanaku omohi wi tare do, konata ni ha womna nado mo saburaha zari keri. Ke-utoki mara-uto nado no mawiru wori-husi no kata nari kere ba, wotoko-domo zo mi-su no to ni ari keru.
 Kaku, hito mukahe tamahe ri to, kiku hito, "Tare nara m? Oboroke ni ha ara zi." to, sasameku. Mi-teudu, ohom-kayu nado, konata ni mawiru. Hi takau ne-oki tamahi te,
 "Hito naku te, asika'meru wo, sa'ru beki hito-bito, yuhu tuke te koso ha mukahe sase tamaha me."
 to notamahi te, Tai ni waraha-be mesi ni tukaha su. "Tihisaki kagiri, kotosara ni mawire." to ari kere ba, ito wokasi-ge ni te, yo-tati mawiri tari.
 Kimi ha ohom-zo ni matohare te husi tamahe ru wo, semete okosi te,
 "Kau, kokoro-uku na ohase so. Suzuro naru hito ha, kau ha ari na m ya! Womna ha kokoro yaharaka naru nam yoki."
 nado, ima yori wosihe kikoye tamahu.
 Ohom-katati ha, sasi-hanare te mi si yori mo, kiyora ni te, natukasiu uti-katarahi tutu, wokasiki we, asobi-mono-domo tori ni tukahasi te, mise tatematuri, mi-kokoro tuku koto-domo wo si tamahu.
 Yau-yau oki wi te mi tamahu ni, nibi-iro no komayaka naru ga, uti-naye taru -domo wo ki te, nani-gokoro-naku uti-wemi nado si te wi tamahe ru ga, ito utukusiki ni, ware mo uti-wema re te mi tamahu.
 Himgasi-no-Tai ni watari tamahe ru ni, tati-ide te, niha no ko-dati, ike no kata nado nozoki tamahe ba, simo-gare no sensai, we ni kake ru yau ni omosiroku te, mi mo sira nu, si-wi, go-wi koki-maze ni, hima nau ide-iri tutu, "Geni, wokasiki tokoro kana!" to obosu. Mi-byaubu-domo nado, ito wokasiki we wo mi tutu, nagusame te ohasuru mo hakanasi ya!
 Kimi ha, ni, sam-niti, Uti he mo mawiri tamaha de, kono hito wo natuke katarahi kikoye tamahu. Yagate hon ni obosu ni ya, te-narahi, we nado sama-zama ni kaki tutu, mise tatematuri tamahu. Imiziu wokasi-ge ni kaki atume tamahe ri. "Musasi-no to ihe ba kakota re nu" to, murasaki no kami ni kai tamahe ru sumi-tuki no, ito koto naru wo tori te mi wi tamahe ri. Sukosi tihisaku te,
 "Ne ha mi ne do ahare to zo omohu Musasi-no no
 tuyu wake waburu kusa no yukari wo
"
 to ari.
 "Ide, Kimi mo kai tamahe." to are ba,
 "Mada, you ha kaka zu."
 tote, mi-age tamahe ru ga, nani-gokoro mo naku utukusi-ge nare ba, uti-hoho-wemi te,
 "Yokara ne do, muge ni kaka nu koso warokere. Wosihe kikoye m kasi."
 to notamahe ba, uti-sobami te kai tamahu te-tuki, hude tori tamahe ru sama no wosana-ge naru mo, rautau nomi oboyure ba, kokoro-nagara ayasi to obosu. "Kaki sokonahi tu." to hadi te kakusi tamahu wo, semete mi tamahe ba,
 "kakotu beki yuwe wo sira ne ba obotukana
 ika naru kusa no yukari naru ram
"
 to, ito wakakere do, ohi-saki miye te, hukuyoka ni kai tamahe ri. Ko-Ama-Gimi no ni zo ni tari keru. "Imamekasiki te-hon naraha ba, ito you kai tamahi te m." to mi tamahu.
 Hihina nado, wazato ya-domo tukuri tuduke te, morotomo ni asobi tutu, koyonaki mono-omohi no magirahasi nari.
 Kano tomari ni si hito-bito, Miya watari tamahi te, tadune kikoye tamahi keru ni, kikoye-yaru kata naku te zo, wabi ahe ri keru. "Sibasi, hito ni sira se zi." to Kimi mo notamahi, Seunagon mo omohu koto nare ba, seti ni kuti-gatame yari tari. Tada, "Yukuhe mo sira zu, Seunagon ga wi te kakusi kikoye taru." to nomi kikoyesasuru ni, Miya mo ihu-kahi nau obosi te, "Ko-Ama-Gimi mo, kasiko ni watari tamaha m koto wo, ito monosi to obosi tari si koto nare ba, Menoto no, ito sasi-sugusi taru kokoro-base no amari, oiraka ni watasa m wo, bin-nasi, nado ha iha de, kokoro ni makase, wi te hahurakasi turu na'meri." to naku-naku kaheri tamahi nu. "Mosi, kiki-ide tatematura ba, tuge yo!" to notamahu mo, wadurahasiku. Soudu no ohom-moto ni mo, tadune kikoye tamahe do, atohaka naku te, atarasikari si ohom-katati nado, kohisiku kanasi to obosu.
 Kita-no-kata mo, Haha-Gimi wo nikusi to omohi kikoye tamahi keru kokoro mo use te, waga kokoro ni makase tu beu obosi keru ni tagahi nuru ha, kutiwosiu obosi keri.
 Yau-yau hito mawiri atumari nu. Ohom-asobi-gataki no warahabe, tigo-domo, ito meduraka ni imamekasiki ohom-arisama-domo nare ba, omohu koto naku te asobi ahe ri.
 Kimi ha, Wotoko-Gimi no ohase zu nado si te, sau-zausiki yuhu-gure nado bakari zo, Ama-Gimi wo kohi kikoye tamahi te, uti-naki nado si tamahe do, Miya wo ba koto ni omohi-ide kikoye tamaha zu. Moto yori mi-narahi kikoye tamaha de narahi tamahe re ba, ima ha tada kono noti no oya wo, imiziu mutubi matuhasi kikoye tamahu. Mono yori ohasure ba, madu ide-mukahi te, ahare ni uti-katarahi, ohom-hutokoro ni iri wi te, isasaka utoku hadukasi to mo omohi tara zu. Saru kata ni, imiziu rautaki waza nari keri.
 Sakasira-gokoro ari, nani-kure to mutukasiki sudi ni nari nure ba, waga kokoti mo sukosi tagahu husi mo ide-ku ya to, kokoro-oka re, hito mo urami-gati ni, omohi no hoka no koto, onodukara ide-kuru wo, ito wokasiki mote-asobi nari. Musume nado hata, kabakari ni nare ba, kokoro-yasuku uti-hurumahi, hedate naki sama ni husi-oki nado ha, e si mo su maziki wo, kore ha, ito sama kahari taru kasiduki-gusa nari to, omohoi ta'meri.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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