源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

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  篝火
光る源氏の太政大臣時代36歳の初秋の物語

1 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語

出典
校訂

 このごろ、世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、ことに触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こしめして、
「ともあれ、かくもあれ、人見るまじくて籠もりゐたらむ女子を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし出でて、かく、人に見せ、言ひ伝へらるるこそ、心得ぬことなれ。いと際々しうものしたまふあまりに、深き心をも尋ねずもて出でて、心にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」
と、いとほしがりたまふ。
かかるにつけても、「げによくこそと、親と聞こえながらも、年ごろの御心を知りきこえず、馴れたてまつらましに、恥ぢがましきことやあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞こえ知らせけり。
憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。

 秋になりぬ。初風涼しく1198吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。
五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれ1199なるほどになりにけり。御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。
いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。
「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
とのたまふ。
「篝火にたちそふ恋の煙こそ
世には絶えせぬ炎なりけれ
 いつまでとかや1200。ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」
と聞こえたまふ。女君、「あやしのありさまや」と思すに、
「行く方なき空に消ちてよ篝火の
たよりにたぐふ煙とならば
人のあやしと思ひはべらむこと」
とわびたまへば、「くはや」とて、出でたまふに、東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。
「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞありける。頭中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」
とて、立ちとまりたまふ。

 御消息、「こなたになむ、いと影涼しき篝火に、とどめられてものする」
とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。
「風の音秋になりけり1201と、聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」
とて、御琴ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。源中将は、「盤渉調」にいとおもしろく吹きたり。頭中将、心づかひして出だし立てがたうす。「遅し」とあれば、弁少将、拍子打ち出でて、忍びやかに歌ふ声、鈴虫にまがひたり。二返りばかり歌はせたまひて、御琴は中将に譲らせたまひつ。げに、かの父大臣の御爪音に、をさをさ劣らず1202、はなやかにおもしろし。
「御簾のうちに、物の音聞き分く人ものしたまふらむかし。今宵は、盃など心してを。盛り過ぎたる人は、酔ひ泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」
とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。
絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍び果つまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず。

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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