あらくれ

Arakure

徳田秋声 Tokuda Shūsei

四

 お島は幼(ちいさ)い時分この作という男に、よく学校の送迎(おくりむかい)などをして貰ったものだが、養父の甥(おい)に当る彼は、長いあいだ製紙の職工として、多くの女工と共に働かされたのみならず、野良仕事や養蚕にも始終苦使(こきつか)われて来た。そうして気の強い主婦からはがみがみ言われ、お島からは豕(ぶた)か何ぞのように忌嫌(いみきら)われた。絶え間のない労働に堪えかねて、彼はどうかすると気分が悪いといって、少し遅くまで寝ているようなことがあると、主婦のおとらは直(じき)に気荒く罵った。

「おいおい、この忙(せわ)しいのに寝ている奴があるかよ。旧(もと)を考えてみろ」

 おとらは作の隠れて寝ている物置のような汚いその部屋を覗込(のぞきこ)みながら毎時(いつ)ものお定例(きまり)を言って呶鳴(どな)った。甲走(かんばし)ったその声が、彼の脳天までぴんと響いた、作は主人の兄にあたるやくざ[1]1者と、どこのものともしれぬ旅芸人の女との間(なか)にできた子供であった。彼の父親は賭博(とばく)や女に身上(しんしょう)を入揚(いれあ)げて、その頃から弟の厄介ものであったが、或時身寄を頼って、上州の方へ稼(かせ)ぎに行っていたおりにその女に引かかって、それから乞食のように零落(おちぶ)れて、間もなくまた二人でこの町へ復(かえ)って来た。その時身重であったその女が、作を産(うみ)おとしてから程なく、子供を弟の家に置去(おきざり)に、どこともなく旅へ出て行った。男が病気で死んだと云う報知(しらせ)が、木更津(きさらず)の方から来たのは、それから二三年も経(た)ってからであった。

 お島はおとらが、その頃のことを何かのおりには作に言聞かせているのを善く聞いた。おとらは兄夫婦が、汽車にも得乗(えの)らず、夏の暑い日と、野原の荒い風に焼けやつれた黝(くろ)い顔をして、疲れきった足を引きずりながら這込(はいこ)んで来た光景を、口癖のように作に語って聞かせた。少しでも怠けたり、ずるけたりするとそれを持出した。

「あの衆(しゅ)と一緒だったら、お前だって今頃は乞食でもしていたろうよ。それでも生みの親が恋しいと思うなら、いつだって行くがいい」

 作は親のことを言出されると、時々ぽろぽろ涙を流していたものだが、終(しまい)にはえへへと笑って聞いていた。

 作はそんなに醜い男ではなかったが、いじけて育ったのと、発育盛(さかり)を劇(はげ)しい労働に苦使(こきつか)われて営養が不十分であったので、皮膚の色沢(いろつや)が悪く、青春期に達しても、ばさばさしたような目に潤いがなかった。主人に吩咐(いいつ)かって、雨降りに学校へ迎えに行ったり、宵に遊びほうけて、何時までも近所に姿のみえないおりなどは、遠くまで捜しにいったりして、負(おぶ)ったり抱いたりして来たお島の、手足や髪の見ちがえるほど美しく肉づき伸びて行くのが物希(ものめずら)しくふと彼の目に映った。たっぷりしたその髪を島田に結って、なまめかしい八つ口から、むっちりした肱(ひじ)を見せながら、襷(たすき)がけで働いているお島の姿が、長いあいだ彼の心を苦しめて来た、彼女に対する淡い嫉妬(しっと)をさえ、吸取るように拭(ぬぐ)ってしまった。それまで彼は歴々(れっき)とした生みの親のある、家の後取娘として、何かにつけておとらから衒(ひけ)らかす様に、隔てをおかれるお島を、詛(のろ)わしくも思っていた。

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Last Modified: Thursday, January 09, 2014
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