第百版不如帰の巻首に
不如帰が百版になるので、校正かたがた久しぶりに読んで見た。お坊っちゃん小説である。単純な説話で置いたらまだしも、無理に場面をにぎわすためかき集めた千々石山木の安っぽい芝居がかりやら、小川某女の蛇足やら、あらをいったら限りがない。百版という呼び声に対してももっとどうにかしたい気もする。しかし今さら書き直すのも面倒だし、とうとうほンの校正だけにした。
十年ぶりに読んでいるうちに端なく思い起こした事がある。それはこの小説の胚胎せられた一夕の事。もう十二年前である、相州逗子の柳屋という家の間を借りて住んでいたころ、病後の保養に童男一人連れて来られた婦人があった。夏の真盛りで、宿という宿は皆ふさがって、途方に暮れておられるのを見兼ねて、妻と相談の上自分らが借りていた八畳二室のその一つを御用立てることにした。夏のことでなかの仕切りは形ばかりの小簾一重、風も通せば話も通う。一月ばかりの間に大分懇意になった。三十四五の苦労をした人で、(不如帰の小川某女ではない)大層情の深い話上手の方だった。夏も末方のちと曇ってしめやかな晩方の事、童男は遊びに出てしまう、婦人と自分と妻と雑談しているうちに、ふと婦人がさる悲酸の事実譚を話し出された。もうそのころは知る人は知っていたが自分にはまだ初耳の「浪子」の話である。「浪さん」が肺結核で離縁された事、「武男君」は悲しんだ事、片岡中将が怒って女を引き取った事、病女のために静養室を建てた事、一生の名残に「浪さん」を連れて京阪の遊をした事、川島家からよこした葬式の生花を突っ返した事、単にこれだけが話のなかの事実であった。婦人は鼻をつまらせつつしみじみ話す。自分は床柱にもたれてぼんやりきいている。妻は頭をたれている。日はいつか暮れてしもうた。古びた田舎家の間内が薄ぐらくなって、話す人の浴衣ばかり白く見える。臨終のあわれを話して「そうお言いだったそうですってね――もうもう二度と女なんかに生まれはしない」――言いかけて婦人はとうとう嘘唏して話をきってしもうた。自分の脊髄をあるものが電のごとく走った。
婦人は間もなく健康になって、かの一夕の談を置き土産に都に帰られた。逗子の秋は寂しくなる。話の印象はいつまでも消えない。朝な夕な波は哀音を送って、蕭瑟たる秋光の浜に立てば影なき人の姿がつい眼前に現われる。かあいそうは過ぎて苦痛になった。どうにかしなければならなくなった。そこで話の骨に勝手な肉をつけて一編未熟の小説を起草して国民新聞に掲げ、後一冊として民友社から出版したのがこの小説不如帰である。
で、不如帰のまずいのは自分が不才のいたすところ、それにも関せず読者の感を惹く節があるなら、それは逗子の夏の一夕にある婦人の口に藉って訴えた「浪子」が自ら読者諸君に語るのである。要するに自分は電話の「線」になったまでのこと。
明治四十二年二月二日 昔の武蔵野今は東京府下[1]1
北多摩郡千歳村粕谷の里にて[2]2
徳冨健次郎識[3]3
[4]4
不如帰
徳冨蘆花
[5]5
上 編
一の一
上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色をながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり。
色白の細面、眉の間ややせまりて、頬のあたりの肉寒げなるが、疵といわば疵なれど、瘠形のすらりとしおらしき人品。これや北風に一輪勁きを誇る梅花にあらず、また霞の春に蝴蝶と化けて飛ぶ桜の花にもあらで、夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき婦人。
春の日脚の西に傾きて、遠くは日光、足尾、越後境の山々、近くは、小野子、子持、赤城の峰々、入り日を浴びて花やかに夕ばえすれば、つい下の榎離れて唖々と飛び行く烏の声までも金色に聞こゆる時、雲二片蓬々然と赤城の背より浮かび出でたり。三階の婦人は、そぞろにその行方をうちまもりぬ。
両手優かにかき抱きつべきふっくりとかあいげなる雲は、おもむろに赤城の巓を離れて、さえぎる物もなき大空を相並んで金の蝶のごとくひらめきつつ、優々として足尾の方へ流れしが、やがて日落ちて黄昏寒き風の立つままに、二片の雲今は薔薇色に褪いつつ、上下に吹き離され、しだいに暮るる夕空を別れ別れにたどると見しもしばし、下なるはいよいよ細りていつしか影も残らず消ゆれば、残れる一片はさらに灰色に褪いて朦乎と空にさまよいしが、
果ては山も空もただ一色に暮れて、三階に立つ婦人の顔のみぞ夕やみに白かりける。
一の二
「お嬢――おやどういたしましょう、また口がすべって、おほほほほ。あの、奥様、ただいま帰りましてございます。おや、まっくら。奥様エ、どこにおいで遊ばすのでございます?」
「ほほほほ、ここにいるよ」
「おや、ま、そちらに。早くおはいり遊ばせ。お風邪を召しますよ。旦那様はまだお帰り遊ばしませんでございますか?」
「どう遊ばしたんだろうね?」と障子をあけて内に入りながら「何なら帳場へそう言って、お迎人をね」
「さようでございますよ」言いつつ手さぐりにマッチをすりてランプを点くるは、五十あまりの老女。
おりから階段の音して、宿の女中は上り来つ。
「おや、恐れ入ります。旦那様は大層ごゆっくりでいらっしゃいます。……はい、あのいましがた若い者をお迎えに差し上げましてございます。もうお帰りでございましょう。――お手紙が――」
「おや、お父さまのお手紙――早くお帰りなさればいいに!」と丸髷の婦人はさもなつかしげに表書を打ちかえし見る。
「あの、殿様の御状で――。早く伺いたいものでございますね。おほほほほ、きっとまたおもしろいことをおっしゃってでございましょう」
女中は戸を立て、火鉢の炭をついで去れば、老女は風呂敷包みを戸棚にしまい、立ってこなたに来たり、
「本当に冷えますこと! 東京とはよほど違いますでございますねエ」
「五月に桜が咲いているくらいだからねエ。ばあや、もっとこちらへお寄りな」
「ありがとうございます」言いつつ老女はつくづく顔打ちながめ「うそのようでございますねエ。こんなにお丸髷にお結い遊ばして、ちゃんとすわっておいで遊ばすのを見ますと、ばあやがお育て申し上げたお方様とは思えませんでございますよ。先奥様がお亡くなり遊ばした時、ばあやに負されて、母様母様ッてお泣き遊ばしたのは、昨日のようでございますがねエ」はらはらと落涙し「お輿入の時も、ばあやはねエあなた、あの立派なごようすを先奥様がごらん遊ばしたら、どんなにおうれしかったろうと思いましてねエ」と襦袢の袖引き出して目をぬぐう。
こなたも引き入れられるるようにうつぶきつ、火鉢にかざせし左手の指環のみ燦然と照り渡る。
ややありて姥は面を上げつ。「御免遊ばせ、またこんな事を。おほほほ年が寄ると愚痴っぽくなりましてねエ。おほほほほ、お嬢――奥様もこれまではいろいろ御苦労も遊ばしましたねエ。本当によく御辛抱遊ばしましたよ。もうもうこれからはおめでたい事ばかりでございますよ、旦那様はあの通りおやさしいお方様――」
「お帰り遊ばしましてございます」
と女中の声階段の口に響きぬ。
一の三
「やあ、くたびれた、くたびれた」
足袋草鞋脱ぎすてて、出迎う二人にちょっと会釈しながら、廊下に上りて来し二十三四の洋服の男、提燈持ちし若い者を見返りて、
「いや、御苦労、御苦労。その花は、面倒だが、湯につけて置いてもらおうか」
「まあ、きれい!」
「本当にま、きれいな躑躅でございますこと! 旦那様、どちらでお採り遊ばしました?」
「きれいだろう。そら、黄色いやつもある。葉が石楠に似とるだろう。明朝浪さんに活けてもらおうと思って、折って来たんだ。……どれ、すぐ湯に入って来ようか」
*
「本当に旦那様はお活発でいらっしゃいますこと! どうしても軍人のお方様はお違い遊ばしますねエ、奥様」
奥様は丁寧に畳みし外套をそっと接吻して衣桁にかけつつ、ただほほえみて無言なり。
階段も轟と上る足音障子の外に絶えて、「ああいい心地!」と入り来る先刻の壮夫。
「おや、旦那様もうお上がり遊ばして?」
「男だもの。あはははは」と快く笑いながら、妻がきまりわるげに被る大縞の褞袍引きかけて、「失敬」と座ぶとんの上にあぐらをかき、両手に頬をなでぬ。栗虫のように肥えし五分刈り頭の、日にやけし顔はさながら熟せる桃のごとく、眉濃く目いきいきと、鼻下にうっすり毛虫ほどの髭は見えながら、まだどこやらに幼な顔の残りて、ほほえまるべき男なり。
「あなた、お手紙が」
「あ、乃舅だな」
壮夫はちょいといずまいを直して、封を切り、なかを出せば落つる別封。
「これは浪さんのだ――ふむ、お変わりもないと見える……はははは滑稽をおっしゃるな……お話を聞くようだ」笑を含んで読み終えし手紙を巻いてそばに置く。
「おまえにもよろしく。場所が変わるから、持病の起こらぬように用心おしっておっしゃってよ」と「浪さん」は饌を運べる老女を顧みつ。
「まあ、さようでございますか、ありがとう存じます」
「さあ、飯だ、飯だ、今日は握り飯二つで終日歩きずめだったから、腹が減ったこったらおびただしい。……ははは。こらあ何ちゅう魚だな、鮎でもなしと……」
「山女とか申しましたっけ――ねエばあや」
「そう? うまい、なかなかうまい、それお代わりだ」
「ほほほ、旦那様のお早うございますこと」
「そのはずさ。今日は榛名から相馬が嶽に上って、それから二ツ嶽に上って、屏風岩の下まで来ると迎えの者に会ったんだ」
「そんなにお歩き遊ばしたの?」
「しかし相馬が嶽のながめはよかったよ。浪さんに見せたいくらいだ。一方は茫々たる平原さ、利根がはるかに流れてね。一方はいわゆる山また山さ、その上から富士がちょっぽりのぞいてるなんぞはすこぶる妙だ。歌でも詠めたら、ひとつ人麿と腕っ比べをしてやるところだった。あはははは。そらもひとつお代わりだ」
「そんなに景色がようございますの。行って見とうございましたこと!」
「ふふふふ。浪さんが上れたら、金鵄勲章をあげるよ。そらあ急嶮い山だ、鉄鎖が十本もさがってるのを、つたって上るのだからね。僕なんざ江田島で鍛い上げたからだで、今でもすわというとマストでも綱でもぶら下がる男だから、何でもないがね、浪さんなんざ東京の土踏んだ事もあるまい」
「まあ、あんな事を」にっこり顔をあからめ「これでも学校では体操もいたしましたし――」
「ふふふふ。華族女学校の体操じゃ仕方がない。そうそう、いつだっけ、参観に行ったら、琴だか何だかコロンコロン鳴ってて、一方で『地球の上に国という国は』何とか歌うと、女生が扇を持って起ったりしゃがんだりぐるり回ったりしとるから、踊りの温習かと思ったら、あれが体操さ! あはははは」
「まあ、お口がお悪い!」
「そうそう。あの時山木の女と並んで、垂髪に結って、ありあ何とか言ったっけ、葡萄色の袴はいて澄ましておどってたのは、たしか浪さんだっけ」
「ほほほほ、あんな言を! あの山木さんをご存じでいらっしゃいますの?」
「山木はね、うちの亡父が世話したんで、今に出入りしとるのさ。はははは、浪さんが敗北したもんだから黙ってしまったね」
「あんな言!」
「おほほほほ。そんなに御夫婦げんかを遊ばしちゃいけません。さ、さ、お仲直りのお茶でございますよ。ほほほほ」
二
前回かりに壮夫といえるは、海軍少尉男爵川島武男と呼ばれ、このたび良媒ありて陸軍中将子爵片岡毅とて名は海内に震える将軍の長女浪子とめでた[6]6合※の式を挙げしは、つい先月の事にて、ここしばしの暇を得たれば、新婦とその実家よりつけられし老女の幾を連れて四五日前伊香保に来たりしなり。
浪子は八歳の年実母に別れぬ。八歳の昔なれば、母の姿貌ははっきりと覚えねど、始終笑を含みていられしことと、臨終のその前にわれを臥床に呼びて、やせ細りし手にわが小さき掌を握りしめ「浪や、母さんは遠いとこに行くからね、おとなしくして、おとうさまを大事にして、駒ちゃんをかあいがってやらなければなりませんよ。もう五六年……」と言いさしてはらはらと涙を流し「母さんがいなくなっても母さんをおぼえているかい」と今は肩過ぎしわが黒髪のそのころはまだふっさりと額ぎわまで剪り下げしをかいなでかいなでしたまいし事も記憶の底深く彫りて思い出ぬ日はあらざりき。
一年ほど過ぎて、今の母は来つ。それより後は何もかも変わり果てたることになりぬ。先の母はれっきとしたる士の家より来しなれば、よろず折り目正しき風なりしが、それにてもあのように仲よき御夫婦は珍しと婢の言えるをきけることもありし。今の母はやはりれっきとした士の家から来たりしなれど、早くより英国に留学して、男まさりの上に西洋風の染みしなれば、何事も先とは打って変わりて、すべて先の母の名残と覚ゆるをばさながら打ち消すように片端より改めぬ。父に対しても事ごとに遠慮もなく語らい論ずるを、父は笑いて聞き流し「よしよし、おいが負けじゃ、負けじゃ」と言わるるが常なれど、ある時ごく気に入りの副官、難波といえるを相手の晩酌に、母も来たりて座に居しが、父はじろりと母を見てからからと笑いながら「なあ難波君、学問の出来る細君は持つもんじゃごわはん、いやさんざんな目にあわされますぞ、あはははは」と言われしとか。さすがの難波も母の手前、何と挨拶もし兼ねて手持ちぶさたに杯を上げ下げして居しが、その後おのが細君にくれぐれも女児どもには書物を読み過ごさせな、高等小学卒業で沢山と言い含められしとか。
浪子は幼きよりいたって人なつこく、しかも怜悧に、香炉峰の雪に簾を巻くほどならずとも、三つのころより姥に抱かれて見送る玄関にわれから帽をとって阿爺の頭に載すほどの気はききたり。伸びん伸びんとする幼心は、たとえば春の若菜のごとし。よしやひとたび雪に降られしとて、ふみにじりだにせられずば、おのずから雪融けて青々とのぶるなり。慈母に別れし浪子の哀しみは子供には似ず深かりしも、後の日だに照りたらば苦もなく育つはずなりき。束髪に結いて、そばへ寄れば香水の香の立ち迷う、目少し釣りて口大きなる今の母を初めて見し時は、さすがに少したじろぎつるも、人なつこき浪子はこの母君にだに慕い寄るべかりしに、継母はわれからさしはさむ一念にかあゆき児をば押し隔てつ。世なれぬわがまま者の、学問の誇り、邪推、嫉妬さえ手伝いて、まだ八つ九つの可愛児を心ある大人なんどのように相手にするより、こなたは取りつく島もなく、寒ささびしさは心にしみぬ。ああ愛されぬは不幸なり、愛いすることのできぬはなおさらに不幸なり。浪子は母あれども愛するを得ず、妹あれども愛するを得ず、ただ父と姥の幾と実母の姉なる伯母はあれど、何を言いても伯母はよその人、幾は召使いの身、それすら母の目常に注ぎてあれば、少しよくしても、してもらいても、互いにひいきの引き倒し、かえってためにならず。ただ父こそは、父こそは渾身愛に満ちたれど、その父中将すらもさすがに母の前をばかねらるる、それも思えば慈愛の一つなり。されば母の前では余儀なくしかりて、陰へ回れば言葉少なく情深くいたわる父の人知らぬ苦心、怜悧き浪子は十分に酌んで、ああうれしいかたじけない、どうぞ身を粉にしても父上のおためにと心に思いはあふるれど、気がつくほどにすれば、母は自分の領分に踏み込まれたるように気をわるくするがつらく、光を[7]7※みて言寡に気もつかぬ体に控え目にしていれば、かえって意地わるのやれ鈍物のと思われ言わるるも情けなし。ある時はいささかの間違いより、流るるごとき長州弁に英国仕込みの論理法もて滔々と言いまくられ、おのれのみかは亡き母の上までもおぼろげならずあてこすられて、さすがにくやしくかんだ唇開かんとしては縁側にちらりと父の影見ゆるに口をつぐみ、あるいはまたあまり無理なる邪推されては「母さまもあんまりな」と窓かけの陰に泣いたることもありき。父ありというや。父はあり。愛する父はあり。さりながら家が世界の女の兒には、五人の父より一人の母なり。その母が、その母がこの通りでは、十年の間には癖もつくべく、艶も失すべし。「本当に彼女はちっともさっぱりした所がない、いやに執念な人だよ」と夫人は常にののしりぬ。ああ土鉢に植えても、高麗交趾の鉢に植えても、花は花なり、いずれか日の光を待たざるべき。浪子は実に日陰の花なりけり。
さればこのたび川島家と縁談整いて、輿入済みし時は、浪子も息をつき、父中将も、継母も、伯母も、幾も、皆それぞれに息をつきぬ。
「奥様(浪子の継母)は御自分は華手がお好きなくせに、お嬢様にはいやアな、じみなものばかり、買っておあげなさる」とつねにつぶやきし姥の幾が、嫁入りじたくの薄きを気にして、先奥様がおいでになったらとかき口説いて泣きたりしも、浪子はいそいそとしてわが家の門を出でぬ。今まで知らぬ自由と楽しさのこのさきに待つとし思えば、父に別るる哀しさもいささか慰めらるる心地して、いそいそとして行きたるなり。
三の一
伊香保より水沢の観音まで一里あまりの間は、一条の道、蛇のごとく禿山の中腹に沿うてうねり、ただ二か所ばかりの山の裂け目の谷をなせるに陥りてまた這い上がれるほかは、目をねむりても行かるべき道なり。下は赤城より上毛の平原を見晴らしつ。ここらあたりは一面の草原なれば、春のころは野焼きのあとの黒める土より、さまざまの草萱萩桔梗女郎花の若芽など、生え出でて毛氈を敷けるがごとく、美しき草花その間に咲き乱れ、綿帽子着た銭巻、ひょろりとした蕨、ここもそこもたちて、ひとたびここにおり立たば春の日の永きも忘るべき所なり。
武男夫婦は、今日の晴れを蕨狩りすとて、姥の幾と宿の女中を一人つれて、午食後よりここに来つ。はやひとしきり採りあるきて、少しくたびれが来しと見え、女中に持たせし毛布を草のやわらかなるところに敷かせて、武男は靴ばきのままごろりと横になり、浪子は麻裏草履を脱ぎ桃紅色のハンケチにて二つ三つ膝のあたりをはらいながらふわりとすわりて、
「おおやわらか! もったいないようでございますね」
「ほほほお嬢――あらまた、御免遊ばせ、お奥様のいいお顔色におなり遊ばしましたこと! そしてあんなにお唱歌なんぞお歌い遊ばしましたのは、本当にお久しぶりでございますねエ」と幾はうれしげに浪子の横顔をのぞく。
「あんまり歌ってなんだか渇いて来たよ」
「お茶を持ってまいりませんで」と女中は風呂敷解きて夏蜜柑、袋入りの乾菓子、折り詰めの巻鮓など取り出す。
「何、これがあれば茶はいらんさ」と武男はポッケットよりナイフ取り出して蜜柑をむきながら「どうだい浪さん、僕の手ぎわには驚いたろう」
「あんな言をおっしゃるわ」
「旦那様のおとり遊ばしたのには、[8]8杪※がどっさりまじっておりましてございますよ」と、女中が口を出す。
「ばかを言うな。負け惜しみをするね。ははは。今日は実に愉快だ。いい天気じゃないか」
「きれいな空ですこと、碧々して、本当に小袖にしたいようでございますね」
「水兵の服にはなおよかろう」
「おおいい香! 草花の香でしょうか、あ、雲雀が鳴いてますよ」
「さあ、お鮓をいただいてお腹ができたから、もうひとかせぎして来ましょうか、ねエ女中さん」と姥の幾は宿の女を促し立てて、また蕨採りにかかりぬ。
「すこし残しといてくれんとならんぞ――健な姥じゃないか、ねエ浪さん」
「本当に健でございますよ」
「浪さん、くたびれはしないか」
「いいえ、ちっとも今日は疲れませんの、わたくしこんなに楽しいことは始めて!」
「遠洋航海なぞすると随分いい景色を見るが、しかしこんな高い山の見晴らしはまた別だね。実にせいせいするよ。そらそこの左の方に白い壁が閃々するだろう。あれが来がけに浪さんと昼飯を食った渋川さ。それからもっとこっちの碧いリボンのようなものが利根川さ。あれが坂東太郎た見えないだろう。それからあの、赤城の、こうずうと夷とる、それそれ煙が見えとるだろう、あの下の方に何だかうじゃうじゃしてるね、あれが前橋さ。何? ずっと向こうの銀の針のようなの? そうそう、あれはやっぱり利根の流れだ。ああもう先はかすんで見えない。両眼鏡を持って来るところだったねエ、浪さん。しかし霞がかけて、先がはっきりしないのもかえっておもしろいかもしれん」
浪子はそっと武男の膝に手を投げて溜息つき
「いつまでもこうしていとうございますこと!」
「黄色の蝶二つ浪子の袖をかすめてひらひらと飛び行きしあとより、さわさわと草踏む音して、帽子かぶりし影法師だしぬけに夫婦の眼前に落ち来たりぬ。
「武男君」
「やあ! 千々岩君か。どうしてここに?」
三の二
新来の客は二十六七にや。陸軍中尉の服を着たり。軍人には珍しき色白の好男子。惜しきことには、口のあたりどことなく鄙しげなるところありて、黒水晶のごとき目の光鋭く、見つめらるる人に不快の感を起こさすが、疵なるべし。こは武男が従兄に当たる千々岩安彦とて、当時参謀本部の下僚におれど、腕ききの聞こえある男なり。
「だしぬけで、びっくりだろう。実は昨日用があって高崎に泊まって、今朝渋川まで来たんだが、伊香保はひと足と聞いたから、ちょっと遊びに来たのさ。それから宿に行ったら、君たちは蕨採りの御遊だと聞いたから、路を教わってやって来たんだ。なに、明日は帰らなけりゃならん。邪魔に来たようだな。はッはッ」
「ばかな。――君それから宅に行ってくれたかね」
「昨朝ちょっと寄って来た。叔母様も元気でいなさる。が、もう君たちが帰りそうなものだってしきりとこぼしていなすッたッけ。――赤坂の方でもお変わりもありませんです」と例の黒水晶の目はぎらりと浪子の顔に注ぐ。
さっきからあからめし顔はひとしお紅うなりて浪子は下向きぬ。
「さあ、援兵が来たからもう負けないぞ。陸海軍一致したら、娘子軍百万ありといえども恐るるに足らずだ。――なにさ、さっきからこの御婦人方がわが輩一人をいじめて、やれ蕨の取り方が少ないの、採ったが蕨じゃないだの、悪口して困ったンだ」と武男は顋もて今来し姥と女中をさす。
「おや、千々岩様――どうしていらッしゃいまして?」と姥はびっくりした様子にて少し小鼻にしわを寄せつ。
「おれがさっき電報かけて加勢に呼んだンだ」
「おほほほ、あんな言をおしゃるよ――ああそうで、へえ、明日はお帰り遊ばすンで。へえ、帰ると申しますと、ね、奥様、お夕飯のしたくもございますから、わたくしどもはお先に帰りますでございますよ」
「うん、それがいい、それがいい。千々岩君も来たから、どっさりごちそうするンだ。そのつもりで腹を減らして来るぞ。ははははは。なに、浪さんも帰る? まあいるがいいじゃないか。味方がなくなるから逃げるンだな。大丈夫さ、決していじめはしないよ。あはははは」
引きとめられて浪子は居残れば、幾は女中と荷物になるべき毛布蕨などとりおさめて帰り行きぬ。
あとに三人はひとしきり蕨を採りて、それよりまだ日も高ければとて水沢の観音に詣で、さきに蕨を採りし所まで帰りてしばらく休み、そろそろ帰途に上りぬ。
夕日は物聞山の肩より花やかにさして、道の左右の草原は萌黄の色燃えんとするに、そこここに立つ孤松の影長々と横たわりつ。目をあぐれば、遠き山々静かに夕日を浴び、麓の方は夕煙諸処に立ち上る。はるか向こうを行く草負い牛の、しかられてもうと鳴く声空に満ちぬ。
武男は千々岩と並びて話しながら行くあとより浪子は従いて行く。三人は徐かに歩みて、今しも壑を渉り終わり、坂を上りてまばゆき夕日の道に出でつ。
武男はたちまち足をとどめぬ。
「やあ、しまった。ステッキを忘れた。なに、さっき休んだところだ。待っててくれたまえ、ひと走り取って来るから――なに、浪さんは待ってればいいじゃないか。すぐそこだ。全速力で駆けて来る」
と武男はしいて浪子を押しとめ、ハンケチ包みの蕨を草の上にさし置き、急ぎ足に坂を下りて見えずなりぬ。
三の三
武男が去りしあとに、浪子は千々岩と一間ばかり離れて無言に立ちたり。やがて谷を渉りてかなたの坂を上り果てし武男の姿小さく見えたりしが、またたちまちかなたに向かいて消えぬ。
「浪子さん」
かなたを望みいし浪子は、耳もと近き声に呼びかけられて思わず身を震わしたり。
「浪子さん」
一歩近寄りぬ。
浪子は二三歩引き下がりて、余儀なく顔をあげたりしが、例の黒水晶の目にひたとみつめられて、わき向きたり。
「おめでとう」
こなたは無言、耳までさっと紅になりぬ。
「おめでとう。イヤ、おめでとう。しかしめでたくないやつもどこかにいるですがね。へへへへ」
浪子はうつむきて、杖にしたる海老色の洋傘のさきもてしきりに草の根をほじりつ。
「浪子さん」
蛇にまつわらるる栗鼠の今は是非なく顔を上げたり。
「何でございます?」
「男爵に金、はやっぱりいいものですよ。へへへへへ、いやおめでとう」
「何をおっしゃるのです?」
「へへへへへ、華族で、金があれば、ばかでも嫁に行く、金がなけりゃどんなに慕っても唾もひッかけん、ね、これが当今の姫御前です。へへへへ、浪子さんなンざそんな事はないですがね」
浪子もさすがに血相変えてきっと千々岩をにらみたり。
「何をおっしゃるンです。失敬な。も一度武男の目前で言ってごらんなさい。失敬な。男らしく父に相談もせずに、無礼千万な艶書を吾にやったりなンぞ……もうこれから決して容赦はしませぬ」
「何ですと?」千々岩の額はまっ暗くなり来たり、唇をかんで、一歩二歩寄らんとす。
だしぬけにいななく声足下に起こりて、馬上の半身坂より上に見え来たりぬ。
「ハイハイハイッ。お邪魔でがあすよ。ハイハイハイッ」と馬上なる六十あまりの老爺、頬被りをとりながら、怪しげに二人のようすを見かえり見かえり行き過ぎたり。
千々岩は立ちたるままに、動かず。額の条はややのびて、結びたる唇のほとりに冷笑のみぞ浮かびたる。
「へへへへ、御迷惑ならお返しなさい」
「何をですか?」
「何が何をですか、おきらいなものを!」
「ありません」
「なぜないのです」
「汚らわしいものは焼きすててしまいました」
「いよいよですな。別に見た者はきっとないですか」
「ありません」
「いよいよですか」
「失敬な」
浪子は忿然として放ちたる眼光の、彼がまっ黒き目のすさまじきに見返されて、不快に得堪えずぞっと震いつつ、はるかに目をそらしぬ。あたかもその時谷を隔てしかなたの坂の口に武男の姿見え来たりぬ。顔一点棗のごとくあかく夕日にひらめきつ。
浪子はほっと息つきたり。
「浪子さん」
千々岩は懲りずまにあちこち逸らす浪子の目を追いつつ「浪子さん、一言いって置くが、秘密、何事も秘密に、な、武男君にも、御両親にも。で、なけりゃ――後悔しますぞ」
電のごとき眼光を浪子の面に射つつ、千々岩は身を転じて、俛してそこらの草花を摘み集めぬ。
靴音高く、ステッキ打ち振りつつ坂を上り来し武男「失敬、失敬。あ苦しい、走りずめだッたから。しかしあったよ、ステッキは。――う、浪さんどうかしたかい、ひどく顔色が悪いぞ」
千々岩は今摘みし菫の花を胸の飾紐にさしながら、
「なに、浪子さんはね、君があまりひま取ったもンだから、おおかた迷子になったンだろうッて、ひどく心配しなすッたンさ。はッはははは」
「あはははは。そうか。さあ、そろそろ帰ろうじゃないか」
三人の影法師は相並んで道べの草に曳きつつ伊香保の片に行きぬ。
四の一
午後三時高崎発上り列車の中等室のかたすみに、人なきを幸い、靴ばきのまま腰掛けの上に足さしのばして、巻莨をふかしつつ、新聞を読みおるは千々岩安彦なり。
手荒く新聞を投げやり、
「ばか!」
歯の間よりもの言う拍子に落ちし巻莨を腹立たしげに踏み消し、窓の外に唾はきしまましばらくたたずみていたるが、やがて舌打ち鳴らして、室の全長を二三度往来して、また腰掛けに戻りつ。手をこまぬきて、目を閉じぬ。まっ黒き眉は一文字にぞ寄りたる。
*
千々岩安彦は孤なりき。父は鹿児島の藩士にて、維新の戦争に討死し、母は安彦が六歳の夏そのころ霍乱と言いけるコレラに斃れ、六歳の孤児は叔母――父の妹の手に引き取られぬ。父の妹はすなわち川島武男の母なりき。
叔母はさすがに少しは安彦をあわれみたれども、叔父はこれを厄介者に思いぬ。武男が仙台平の袴はきて儀式の座につく時、小倉袴の萎えたるを着て下座にすくまされし千々岩は、身は武男のごとく親、財産、地位などのあり余る者ならずして、全くわが拳とわが知恵に世を渡るべき者なるを早く悟り得て、武男を悪み、叔父をうらめり。
彼は世渡りの道に裏と表の二条あるを見ぬきて、いかなる場合にも捷径をとりて進まんことを誓いぬ。されば叔父の陰によりて陸軍士官学校にありける間も、同窓の者は試験の、点数のと騒ぐ間に、千々岩は郷党の先輩にも出入り油断なく、いやしくも交わるに身の便宜になるべき者を選み、他の者どもが卒業証書握りてほっと息つく間に、早くも手づるつとうて陸軍の主脳なる参謀本部の囲い内に乗り込み、ほかの同窓生はあちこちの中隊付きとなりてそれ練兵やれ行軍と追いつかわるるに引きかえて、千々岩は参謀本部の階下に煙吹かして戯談の間に軍国の大事もあるいは耳に入るうらやましき地位に巣くいたり。
この上は結婚なり。猿猴のよく水に下るはつなげる手あるがため、人の立身するはよき縁あるがためと、早くも知れる彼は、戸籍吏ならねども、某男爵は某侯爵の婿、某学士兼高等官は某伯の婿、某富豪は某伯の子息の養父にて、某侯の子息の妻も某富豪の女と暗に指を折りつつ、早くもそこここと配れる眼は片岡陸軍中将の家に注ぎぬ。片岡中将としいえば、当時予備にこそおれ、驍名天下に隠れなく、畏きあたりの御覚えもいとめでたく、度量濶大にして、誠に国家の干城と言いつべき将軍なり。千々岩は早くこの将軍の隠然として天下に重き勢力を見ぬきたれば、いささかの便を求めて次第に近寄り、如才なく奥にも取り入りつ。目は直ちに第一の令嬢浪子をにらみぬ。一には父中将の愛おのずからもっとも深く浪子の上に注ぐをいち早く看て取りしゆえ、二には今の奥様はおのずから浪子を疎みてどこにもあれ縁あらば早く片づけたき様子を見たるため、三にはまた浪子のつつしみ深く気高きを好ましと思う念もまじりて、すなわちその人を目がけしなり。かくて様子を見るに中将はいわゆる喜怒容易に色にあらわれぬ太腹の人なれば、何と思わるるかはちと測り難けれど、奥様の気には確かに入りたり。二番目の令嬢の名はお駒とて少し跳ねたる三五の少女はことにわれと仲よしなり。その下には今の奥様の腹にて、二人の子供あれど、こは問題のほかとしてここに老女の幾とて先の奥様の時より勤め、今の奥様の輿入後奥台所の大更迭を行われし時も中将の声がかりにて一人居残りし女、これが終始浪子のそばにつきてわれに好意の乏しきが邪魔なれど、なあに、本人の浪子さえ攻め落とさばと、千々岩はやがて一年ばかり機会をうかがいしが、今は待ちあぐみてある日宴会帰りの酔いまぎれ、大胆にも一通の艶書二重封にして表書きを女文字に、ことさらに郵便をかりて浪子に送りつ。
その日命ありてにわかに遠方に出張し、三月あまりにして帰れば、わが留守に浪子は貴族院議員加藤某の媒酌にて、人もあるべきにわが従弟川島武男と結婚の式すでに済みてあらんとは! 思わぬ不覚をとりし千々岩は、腹立ちまぎれに、色よき返事このようにと心に祝いて土産に京都より買うて来し友染縮緬ずたずたに引き裂きて屑籠に投げ込みぬ。
さりながら千々岩はいかなる場合にも全くわれを忘れおわる男にあらざれば、たちまちにして敗余の兵を収めつ。ただ心外なるはこの上かの艶書の一条もし浪子より中将に武男に漏れなば大事の便宜を失う恐れあり。持ち込みよき浪子の事なれば、まさかと思えどまたおぼつかなく、高崎に用ありて行きしを幸い、それとなく伊香保に滞留する武男夫妻を訪うて、やがて探りを入れたるなり。
いまいましきは武男――
*
「武男、武男」と耳近にたれやら呼びし心地して、愕と目を開きし千々岩、窓よりのぞけば、列車はまさに上尾の停車場にあり。駅夫が、「上尾上尾」と呼びて過ぎたるなり。
「ばかなッ!」
ひとり自らののしりて、千々岩は起ちて二三度車室を往き戻りつ。心にまとう或るものを振り落とさんとするように身震いして、座にかえりぬ。冷笑の影、目にも唇にも浮かびたり。
列車はまたも上尾を出でて、疾風のごとく馳せつつ、幾駅か過ぎて、王子に着きける時、プラットフォムの砂利踏みにじりて、五六人ドヤドヤと中等室に入り込みぬ。なかに五十あまりの男の、一楽の上下ぞろい白縮緬の兵児帯に岩丈な金鎖をきらめかせ、右手の指に分厚な金の指環をさし、あから顔の目じり著しくたれて、左の目下にしたたかなる赤黒子あるが、腰かくる拍子にフット目を見合わせつ。
「やあ、千々岩さん」
「やあ、これは……」
「どちらへおいででしたか」言いつつ赤黒子は立って千々岩がそばに腰かけつ。
「はあ、高崎まで」
「高崎のお帰途ですか」ちょっと千々岩の顔をながめ、少し声を低めて「時にお急ぎですか。でなけりゃ夜食でもごいっしょにやりましょう」
千々岩はうなずきたり。
四の二
橋場の渡しのほとりなるとある水荘の門に山木兵造別邸とあるを見ずば、某の待合かと思わるべき家作りの、しかも音締めの響しめやかに婀娜めきたる島田の障子に映るか、さもなくば紅の毛氈敷かれて花牌など落ち散るにふさわしかるべき二階の一室に、わざと電燈の野暮を避けて例の和洋行燈を据え、取り散らしたる杯盤の間に、あぐらをかけるは千々岩と今一人の赤黒子は問うまでもなき当家の主人山木兵造なるべし。
遠ざけにしや、そばに侍る女もあらず。赤黒子の前には小形の手帳を広げたり、鉛筆を添えて。番地官名など細かに肩書きして姓名数多記せる上に、鉛筆にてさまざまの符号つけたり。丸。四角。三角。イの字。ハの字。五六七などの数字。あるいはローマ数字。点かけたるもあり。ひとたび消してイキルとしたるもあり。
「それじゃ千々岩さん。その方はそれと決めて置いて、いよいよ定まったらすぐ知らしてくれたまえ。――大丈夫間違はあるまいね」
「大丈夫さ、もう大臣の手もとまで出ているのだから。しかし何しろ競争者がしょっちゅう運動しとるのだから例のも思い切って撒かんといけない。これだがね、こいつなかなか食えないやつだ。しッかり轡をかませんといけないぜ」と千々岩は手帳の上の一の名をさしぬ。
「こらあどうだね?」
「そいつは話せないやつだ。僕はよくしらないが、ひどく頑固なやつだそうだ。まあ正面から平身低頭でゆくのだな。悪くするとしくじるよ」
「いや陸軍にも、わかった人もあるが、実に話のできン男もいるね。去年だった、師団に服を納めるンで、例の筆法でまあ大概は無事に通ったのはよかッたが。あら何とか言ッたッけ、赤髯の大佐だったがな、そいつが何のかの難癖つけて困るから、番頭をやって例の菓子箱を出すと、ばかめ、賄賂なんぞ取るものか、軍人の体面に関するなんて威張って、とどのつまりあ菓子箱を蹴飛ばしたと思いなさい。例の上層が干菓子で、下が銀貨だから、たまらないさ。紅葉が散る雪が降る、座敷じゅう――の雨だろう。するとそいつめいよいよ腹あ立てやがッて、汚らわしいの、やれ告発するのなんのぬかしやがるさ。やっと結局をつけはつけたが、大骨折らしアがッたね。こんな先生がいるからばかばかしく事が面倒になる。いや面倒というと武男さんなぞがやっぱりこの流で、実に話せないに困る。こないだも――」
「しかし武男なんざ親父が何万という身代をこしらえて置いたのだから、頑固だッて正直だッて好きなまねしていけるのだがね。吾輩のごときは腕一本――」
「いやすっかり忘れていた」と赤黒子はちょいと千々岩の顔を見て、懐中より十円紙幣五枚取り出し「いずれ何はあとからとして、まあ車代に」
「遠慮なく頂戴します」手早くかき集めて内ポケットにしまいながら「しかし山木さん」
「?」
「なにさ、播かぬ種は生えんからな!」
山木は苦笑いしつ。千々岩が肩ぽんとたたいて「食えン男だ、惜しい事だな、せめて経理局長ぐらいに!」
「はははは。山木さん、清正の短刀は子供の三尺三寸よりか切れるぜ」
「うまく言ったな――しかし君、蠣殻町だけは用心したまえ、素人じゃどうしてもしくじるぜ」
「なあに、端金だからね――」
「じゃいずれ近日、様子がわかり次第――なに、車は出てから乗った方が大丈夫です」
「それじゃ――家内も御挨拶に出るのだが、娘が手離されんでね」
「お豊さんが? 病気ですか」
「実はその、何です。この一月ばかり病気をやってな、それで家内が連れて此家へ来ているですて。いや千々岩さん、妻だの子だの滅多に持つもんじゃないね。金もうけは独身に限るよ。はッははは」
主人と女中に玄関まで見送られて、千々岩は山木の別邸を出で行きたり。
四の三
千々岩を送り終わりて、山木が奥へ帰り入る時、かなたの襖すうと開きて、色白きただし髪薄くしてしかも前歯二本不行儀に反りたる四十あまりの女入り来たりて山木のそばに座を占めたり。
「千々岩さんはもうお帰り?」
「今追っぱらったとこだ。どうだい、豊は?」
反歯の女はいとど顔を長くして「ほんまに良人。彼女にも困り切りますがな。――兼、御身はあち往っておいで。今日もなあんた、ちいと何かが気に食わんたらいうて、お茶碗を投げたり、着物を裂いたりして、しようがありまへんやった。ほんまに十八という年をして――」
「いよいよもって巣鴨だね。困ったやつだ」
「あんた、そないな戯談どころじゃございませんがな。――でもかあいそうや、ほんまにかあいそうや、今日もな、あんた、竹にそういいましたてね。ほんまに憎らしい武男はんや、ひどいひどいひどいひどい人や、去年のお正月には靴下を編んであげたし、それからハンケチの縁を縫ってあげたし、それからまだ毛糸の手袋だの、腕ぬきだの、それどころか今年の御年始には赤い毛糸でシャツまで編んであげたに、皆自腹ア切ッて編んであげたのに、何の沙汰なしであの不器量な意地わるの威張った浪子はんをお嫁にもらったり、ほんまにひどい人だわ、ひどいわひどいわひどいわひどいわ、あたしも山木の女やさかい、浪子はんなんかに負けるものか、ほんまにひどいひどいひどいひどいッてな、あんた、こないに言って泣いてな。そないに思い込んでいますに、あああ、どうにかしてやりたいがな、あんた」
「ばかを言いなさい。勇将の下に弱卒なし。御身はさすがに豊が母さんだよ。そらア川島だッて新華族にしちゃよっぽど財産もあるし、武男さんも万更ばかでもないから、おれもよほどお豊を入れ込もうと骨折って見たじゃないか。しかしだめで、もうちゃんと婚礼が済んで見れば、何もかも御破算さ。お浪さんが死んでしまうか、離縁にでもならなきゃア仕方がないじゃないか。それよりもばかな事はいい加減に思い切ッてさ、ほかに嫁く分別が肝心じゃないか、ばかめ」
「何が阿呆かいな? はい、あんた見たいに利口やおまへんさかいな。好年配をして、彼女や此女や足袋とりかえるような――」
「そう雄弁滔々まくしかけられちゃア困るて。御身は本当に馬――だ。すぐむきになりよる。なにさ、おれだッて、お豊は子だもの、かあいがらずにどうするものか、だからさ、そんなくだらぬ繰り言ばっかり言ってるよりも、別にな、立派なとこに、な、生涯楽をさせようと思ってるのだ。さ、おすみ、来なさい、二人でちっと説諭でもして見ようじゃないか」
と夫婦打ち連れ、廊下伝いに娘お豊の棲める離室におもむきたり。
山木兵造というはいずこの人なりけるにや、出所定かならねど、今は世に知られたる紳商とやらの一人なり。出世の初め、今は故人となりし武男が父の世話を受けしこと少なからざれば、今も川島家に出入りすという。それも川島家が新華族中にての財産家なるがゆえなりという者あれど、そはあまりに酷なる評なるべし。本宅を芝桜川町に構えて、別荘を橋場の渡しのほとりに持ち、昔は高利も貸しけるが、今はもっぱら陸軍その他官省の請負を業とし、嫡男を米国ボストンの商業学校に入れて、女お豊はつい先ごろまで華族女学校に通わしつ。妻はいついかにして持ちにけるや、ただ京都者というばかり、すこぶる醜きを、よくかの山木は辛抱するぞという人もありしが、実は意気婀娜など形容詞のつくべき女諸処に家居して、輪番行く山木を待ちける由は妻もおぼろげならずさとりしなり。
四の四
床には琴、月琴、ガラス箱入りの大人形などを置きたり。すみには美しき女机あり、こなたには姿見鏡あり。いかなる高貴の姫君や住みたもうらんと見てあれば、八畳のまんなかに絹ぶとん敷かせて、玉蜀黍の毛を束ねて結ったようなる島田を大童に振り乱し、ごろりと横に臥したる十七八の娘、色白の下豊といえばかあいげなれど、その下豊が少し過ぎて頬のあたりの肉今や落ちんかと危ぶまるるに、ちょっぽりとあいた口は閉ずるも面倒といい貌に始終洞門を形づくり、うっすりとあるかなきかの眉の下にありあまる肉をかろうじて二三分上下に押し分けつつ開きし目のうちいかにも春がすみのかけたるごとく、前の世からの長き眠りがとんと今もってさめぬようなり。
今何かいいつけられて笑いを忍んで立って行く女の背に、「ばか」と一つ後ろ矢を射つけながら、女はじれったげに掻巻踏みぬぎ、床の間にありし大形の――袴はきたる女生徒の多くうつれる写真をとりて、糸のごとき目にまばたきもせず見つめしが、やがてその一人の顔と覚しきあたりをしきりに爪弾きしつ。なおそれにも飽き足らでや、爪もてその顔の上に縦横に疵をつけぬ。
襖の開く音。
「たれ? 竹かい」
「うん竹だ、頭の禿げた竹だ」
笑いながら枕べにすわるは、父の山木と母なり。娘はさすがにあわてて写真を押し隠し、起きもされず寝もされずといわんがごとく横になりおる。
「どうだ、お豊、気分は? ちっとはいいか? 今隠したのは何だい。ちょっと見せな、まあ見せな。これさ見せなといえば。――なんだ、こりア、浪子さんの顔じゃないか、ひどく爪かたをつけたじゃないか。こんな事するよりか丑の時参りでもした方がよっぽど気がきいてるぜ!」
「あんたまたそないな事を!」
「どうだ、お豊、御身も山木兵造の娘じゃないか。ちっと気を大きくして山気を出せ、山気を出せ、あんなけちけちした男に心中立て――それもさこっちばかりでお相手なしの心中立てするよりか、こら、お豊、三井か三菱、でなけりゃア大将か総理大臣の息子、いやそれよりか外国の皇族でも引っかける分別をしろ。そんな肝ッ玉の小せエ事でどうするものか。どうだい、お豊」
母の前では縦横に駄々をこねたまえど、お豊姫もさすがに父の前をば憚りたもうなり。突っ伏して答えなし。
「どうだ、お豊、やっぱり武男さんが恋しいか。いや困った小浪御寮だ。小浪といえば、ねエお豊、ちっと気晴らしに京都にでも行って見んか。そらアおもしろいぞ。祇園清水知恩院、金閣寺拝見がいやなら西陣へ行って、帯か三枚襲でも見立てるさ。どうだ、あいた口に牡丹餅よりうまい話だろう。御身も久しぶりだ、お豊を連れて道行きと出かけなさい、なあおすみ」
「あんたもいっしょに行きなはるのかいな」
「おれ? ばかを言いなさい、この忙しいなかに!」
「それならわたしもまあ見合わせやな」
「なぜ? 飛んだ義理立てさするじゃないか。なぜだい?」
「おほ」
「なぜだい?」
「おほほほほほ」
「気味の悪い笑い方をするじゃないか。なぜだい?」
「あんた一人の留守が心配やさかい」
「ばかをいうぜ。お豊の前でそんな事いうやつがあるものか。お豊、母さんの言ってる事ア皆うそだぜ、真に受けるなよ」
「おほほほ。どないに口で言わはってもあかんさかいなア」
「ばかをいうな。それよりか――なお豊、気を広く持て、広く。待てば甘露じゃ。今におもしれエ事が出て来るぜ」
五の一
赤坂氷川町なる片岡中将の邸内に栗の花咲く六月半ばのある土曜の午後、主人子爵片岡中将はネルの単衣に鼠縮緬の兵児帯して、どっかりと書斎の椅子に倚りぬ。
五十に間はなかるべし。額のあたり少し禿げ、両鬢霜ようやく繁からんとす。体量は二十二貫、アラビア種の逸物も将軍の座下に汗すという。両の肩怒りて頸を没し、二重の顋直ちに胸につづき、安禄山風の腹便々として、牛にも似たる太腿は行くに相擦れつべし。顔色は思い切って赭黒く、鼻太く、唇厚く、鬚薄く、眉も薄し。ただこのからだに似げなき両眼細うして光り和らかに、さながら象の目に似たると、今にも笑まんずる気はいの断えず口もとにさまよえるとは、いうべからざる愛嬌と滑稽の嗜味をば著しく描き出しぬ。
ある年の秋の事とか、中将微服して山里に猟り暮らし、姥ひとり住む山小屋に渋茶一碗所望しけるに、姥つくづくと中将の様子を見て、
「でけえ体格だのう。兎のひとつもとれたんべいか?」
中将莞爾として「ちっともとれない」
「そねエな殺生したあて、あにが商売になるもんかよ。その体格で日傭取りでもして見ろよ、五十両は大丈夫だあよ」
「月にかい?」
「あに! 年によ。悪いこたあいわねえだから、日傭取るだあよ。いつだあておらが世話あしてやる」
「おう、それはありがたい。また頼みに来るかもしれん」
「そうしろよ、そうしろよ。そのでけえ体格で殺生は惜しいこんだ」
こは中将の知己の間に一つ話として時々出づる佳話なりとか。知らぬ目よりはさこそ見ゆらめ。知れる目よりはこの大山巌々として物に動ぜぬ大器量の将軍をば、まさかの時の鉄壁とたのみて、その二十二貫小山のごとき体格と常に怡然たる神色とは洶々たる三軍の心をも安からしむべし。
肱近のテーブルには青地交趾の鉢に植えたる武者立の細竹を置けり。頭上には高く両陛下の御影を掲げつ。下りてかなたの一面には「成仁」の額あり。落款は南洲なり。架上に書あり。暖炉縁の上、すみなる三角棚の上には、内外人の写真七八枚、軍服あり、平装のもあり。
草色のカーテンを絞りて、東南二方の窓は六つとも朗らかに明け放ちたり。東の方は眼下に人うごめき家かさなれる谷町を見越して、青々としたる霊南台の上より、愛宕塔の尖、尺ばかりあらわれたるを望む。鳶ありてその上をめぐりつ。南は栗の花咲きこぼれたる庭なり。その絶え間より氷川社の銀杏の梢青鉾をたてしように見ゆ。
窓より見晴らす初夏の空あおあおと浅黄繻子なんどのように光りつ。見る目清々しき緑葉のそこここに、卵白色の栗の花ふさふさと満樹に咲きて、画けるごとく空の碧に映りたり。窓近くさし出でたる一枝は、枝の武骨なるに似ず、日光のさすままに緑玉、碧玉、琥珀さまざまの色に透きつ幽めるその葉の間々に、肩総そのままの花ゆらゆらと枝もたわわに咲けるが、吹くとはなくて大気のふるうごとに香は忍びやかに書斎に音ずれ、薄紫の影は窓の閾より主人が左手に持てる「西比利亜鉄道の現況」のページの上にちらちらおどりぬ。
主人はしばしその細き目を閉じて、太息つきしが、またおもむろに開きたる目を冊子の上に注ぎつ。
いずくにか、車井の響からからと珠をまろばすように聞こえしが、またやみぬ。
午後の静寂は一邸に満ちたり。
たちまち虚をねらう二人の曲者あり。尺ばかり透きし扉よりそっと頭をさし入れて、また引き込めつ。忍び笑いの声は戸の外に渦まきぬ。一人の曲者は八つばかりの男児なり。膝ぎりの水兵の服を着て、編み上げ靴をはきたり。一人の曲者は五つか、六つなるべし、紫矢絣の単衣に紅の帯して、髪ははらりと目の上まで散らせり。
二人の曲者はしばし戸の外にたゆたいしが、今はこらえ兼ねたるように四つの手ひとしく扉をおしひらきて、一斉に突貫し、室のなかほどに横たわりし新聞綴込の堡塁を難なく乗り越え、真一文字に中将の椅子に攻め寄せて、水兵は右、振り分け髪は左、小山のごとき中将の膝を生けどり、
「おとうさま!」
五の二
「おう、帰ったか」
いかにもゆったりとその便々たる腹の底より押しあげたようなる乙音を発しつつ、中将はにっこりと笑みて、その重やかなる手して右に水兵の肩をたたき、左に振り分け髪のその前髪をかいなでつ。
「どうだ、小試験は? でけたか?」
「僕アね、僕アね、おとうさま、僕ア算術は甲」
「あたしね、おとうさま、今日は縫い取りがよくできたッて先生おほめなすッてよ」
と振り分け髪はふところより幼稚園の製作物を取り出して中将の膝の上に置く。
「おう、こら立派にでけたぞ」
「それからね、習字に読書が乙で、あとはみんな丙なの、とうと水上に負けちゃッた。僕アくやしくッて仕方がないの」
「勉強するさ――今日は修身の話は何じゃッたか?」
水兵は快然と笑みつつ、「今日はね、おとうさま、楠正行の話よ。僕正行ア大好き。正行とナポレオンはどっちがエライの?」
「どっちもエライさ」
「僕アね、おとうさま、正行ア大好きだけど、海軍がなお好きよ。おとうさまが陸軍だから、僕ア海軍になるンだ」
「はははは。川島の兄君の弟子になるのか?」
「だッて、川島の兄君なんか少尉だもの。僕ア中将になるンだ」
「なぜ大将にやならンか?」
「だッて、おとうさまも中将だからさ。中将は少尉よかエライんだね、おとうさま」
「少尉でも、中将でも、勉強する者がエライじゃ」
「あたしね、おとうさま、おとうさまてばヨウおとうさま」と振り分け髪はつかまりたる中将の膝を頡頏台にしてからだを上下に揺すりながら、「今日はね、おもしろいお話を聞いてよ、あの兎と亀のお話を聞いてよ、言って見ましょうか、――ある所に一ぴきの兎と亀がおりました――あらおかあさまいらッしてよ」
柱時計の午後二点をうつ拍子に、入り来たりしは三十八九の丈高き婦人なり。束髪の前髪をきりて、ちぢらしたるを、隆き額の上にて二つに分けたり。やや大きなる目少しく釣りて、どこやらちと険なる所あり。地色の黒きにうっすり刷きて、唇をまれに漏るる歯はまばゆきまで皓くみがきぬ。パッとしたお召の単衣に黒繻子の丸帯、左右の指に宝石入りの金環価高かるべきをさしたり。
「またおとうさまに甘えているね」
「なにさ、今学校の成績を聞いてた所じゃ。――さあ、これからおとうさんのおけいこじゃ。みんな外で遊べ遊べ。あとで運動に行くぞ」
「まあ、うれしい」
「万歳!」
両児は嬉々として、互いにもつれつ、からみつ、前になりあとになりて、室を出で去りしが、やがて「万歳!」「兄さまあたしもよ」と叫ぶ声はるかに聞こえたり。
「どんなに申しても、良人はやっぱり甘くなさいますよ」
中将はほほえみつ。「何、そうでもないが、子供はかあいがッた方がいいさ」
「でもあなた、厳父慈母と俗にも申しますに、あなたがかあいがッてばかりおやンなさいますから、ほんとに逆さまになッてしまッて、わたくしは始終しかり通しで、悪まれ役はわたくし一人ですわ」
「まあそう短兵急に攻めンでもええじゃないか。どうかお手柔らかに――先生はまずそこにおかけください。はははは」
打ち笑いつつ中将は立ってテーブルの上よりふるきローヤルの第三読本を取りて、片唾をのみつつ、薩音まじりの怪しき英語を読み始めぬ。静聴する婦人――夫人はしきりに発音の誤りを正しおる。
こは中将の日課なり。維新の騒ぎに一介の武夫として身を起こしたる子爵は、身生の[9]9※忙に逐われて外国語を修むるのひまもなかりしが、昨年来予備となりて少し閑暇を得てければ、このおりにとまず英語に攻めかかれるなり。教師には手近の夫人繁子。長州の名ある士人の娘にて、久しく英国ロンドンに留学しつれば、英語は大抵の男子も及ばぬまで達者なりとか。げにもロンドンの煙にまかれし夫人は、何事によらず洋風を重んじて、家政の整理、子供の教育、皆わが洋のほかにて見もし聞きもせし通りに行わんとあせれど、事おおかたは志と違いて、僕婢は陰にわが世なれぬをあざけり、子供はおのずから寛大なる父にのみなずき、かつ良人の何事も鷹揚に東洋風なるが、まず夫人不平の種子なりけるなり。
中将が千辛万苦して一ページを読み終わり、まさに訳読にかからんとする所に、扉翻りて紅のリボンかけたる垂髪の――十五ばかりの少女入り来たり、中将が大の手に小さき読本をささげ読めるさまのおかしきを、ほほと笑いつ。
「おかあさま、飯田町の伯母様がいらッしゃいましてよ」
「そう」と見るべく見るべからざるほどのしわを眉の間に寄せながら、ちょっと中将の顔をうかがう。
中将はおもむろにたち上がりて、椅子を片寄せ「こちへ御案内申しな」
五の三
「御免ください」
とはいって来しは四十五六とも見ゆる品よき婦人、目病ましきにや、水色の眼鏡をかけたり。顔のどことなく伊香保の三階に見し人に似たりと思うもそのはずなるべし。こは片岡中将の先妻の姉清子とて、貴族院議員子爵加藤俊明氏の夫人、媒妁として浪子を川島家に嫁がしつるもこの夫婦なりけるなり。
中将はにこやかにたちて椅子をすすめ、椅子に向かえる窓の帷を少し引き立てながら、
「さあ、どうか。非常にごぶさたをしました。御主人じゃ相変わらずお忙しいでしょうな。ははははは」
「まるで[10]10※駝師でね、木鋏は放しませんよ。ほほほほ。まだ菖蒲には早いのですが、自慢の朝鮮柘榴が花盛りで、薔薇もまだ残ってますからどうかおほめに来てくださいまして、ね、くれぐれ申しましたよ。ほほほほ。――どうか、毅一さんや道ちゃんをお連れなすッて」と水色の眼鏡は片岡夫人の方に向かいぬ。
打ち明けていえば、子爵夫人はあまり水色の眼鏡をば好まぬなり。教育の差、気質の異なり、そはもちろんの事として、先妻の姉――これが始終心にわだかまりて、不快の種子となれるなり。われひとり主人中将の心を占領して、われひとり家に女主人の威光を振るわんずる鼻さきへ、先妻の姉なる人のしばしば出入して、亡き妻の面影を主人の眼前に浮かぶるのみか、口にこそ出さね、わがこれをも昔の名残とし疎める浪子、姥の幾らに同情を寄せ、死せる孔明のそれならねども、何かにつけてみまかりし人の影をよび起こしてわれと争わすが、はなはだ快からざりしなり。今やその浪子と姥の幾はようやくに去りて、治外の法権撤れしはやや心安きに似たれど、今もかの水色眼鏡の顔見るごとに、髣髴墓中の人の出で来たりてわれと良人を争い、主婦の権力を争い、せっかく立てし教育の方法家政の経綸をも争わんずる心地して、おのずから安からず覚ゆるなりけり。
水色の眼鏡は蝦夷錦の信玄袋より瓶詰の菓子を取り出し
「もらい物ですが、毅一さんと道ちゃんに。まだ学校ですか、見えませんねエ。ああ、そうですか。――それからこれは駒さんに」
と紅茶を持て来し紅のリボンの少女に紫陽花の花簪を与えつ。
「いつもいつもお気の毒さまですねエ、どんなに喜びましょう」と言いつつ子爵夫人は件の瓶をテーブルの上に置きぬ。
おりから婢の来たりて、赤十字社のお方の奥様に御面会なされたしというに、子爵夫人は会釈して場をはずしぬ。室を出でける時、あとよりつきて出でし少女を小手招きして、何事をかささやきつ。小戻りして、窓のカーテンの陰に内の話を立ち聞く少女をあとに残して、夫人は廊下伝いに応接間の方へ行きたり。紅のリボンのお駒というは、今年十五にて、これも先妻の腹なりしが、夫人は姉の浪子を疎めるに引きかえてお駒を愛しぬ。寡言にして何事も内気なる浪子を、意地わるき拗ね者とのみ思い誤りし夫人は、姉に比してやや侠なる妹のおのが気質に似たるを喜び、一は姉へのあてつけに、一はまた継子とて愛せぬものかと世間に見せたき心も――ありて、父の愛の姉に注げるに対しておのずから味方を妹に求めぬ。
私強き人の性質として、ある方には人の思わくも思わずわが思うままにやり通すこともあれど、また思いのほかにもろくて人の評判に気をかねるものなり。畢竟名と利とあわせ収めて、好きな事する上に人によく思われんとするは、わがまま者の常なり。かかる人に限りて、おのずからへつらいを喜ぶ。子爵夫人は男まさりの、しかも洋風仕込みの、議論にかけては威命天下に響ける夫中将にすら負を取らねど、中将のいたるところ友を作り逢う人ごとに慕わるるに引きかえて、愛なき身には味方なく、心さびしきままにおのずからへつらい寄る人をば喜びつ。召使いの僕婢も言に訥きはいつか退けられて、世辞よきが用いられるようになれば、幼き駒子も必ずしも姉を忌むにはあらざれど、姉を譏るが継母の気に入るを覚えてより、ついには告げ口の癖をなして、姥の幾に顔しかめさせしも一度二度にはあらず。されば姉は嫁ぎての今までも、継母のためには細作をも務むるなりけり。
東側の縁の、二つ目の窓の陰に身を側めて、聞きおれば、時々腹より押し出したような父の笑い声、凛とした伯母の笑い声、かわるがわる聞こえしが、後には話し声のようやく低音になりて、「姑」「浪さん」などのとぎれとぎれに聞こゆるに、紅リボンの少女はいよよ耳傾けて聞き居たり。
五の四
「四イ百く余州を挙うぞる、十う万ン余騎の敵イ、なんぞおそれンわアれに、鎌倉ア男児ありイ」
と足拍子踏みながらやって来しさっきの水兵、目早く縁側にたたずめる紅リボンを見つけて、紅リボンがしきりに手もて口をおおいて見せ、頭を掉り手を振りて見せるも委細かまわず「姉さま姉さま」と走り寄り「何してるの?」と問いすがり、姉がしきりに頭をふるを「何? 何?」と問うに、紅リボンは顔をしかめて「いやな人だよ」と思わず声高に言って、しまったりと言い顔に肩をそびやかし、[11]11※々に去り行きたり。
「ヤアイ、逃げた、ヤアイ」
と叫びながら、水兵は父の書斎に入りつ。来客の顔を見るよりにっこと笑いて、ちょっと頭を下げながらつと父の膝にすがりぬ。
「おや毅一さん、すこし見ないうちに、また大きくなったようですね。毎日学校ですか。そう、算術が甲? よく勉強しましたねエ。近いうちにおとうさまやおかあさまと伯母さンとこにおいでなさいな」
「道はどうした? おう、そうか。そうら、伯母様がこんなものをくださッたぞ。うれしいか、あはははは」と菓子の瓶を見せながら「かあさんはどうした? まだ客か? 伯母様がもうお帰りなさる、とそう言って来い」
出で行く子供のあと見送りながら、主人中将はじっと水色眼鏡の顔を見つめて、
「じゃ幾の事はそうきめてどうか角立たぬように――はあそう願いましょう。いや実はわたしもそんな事がなけりゃいいがと思ったくらいで、まあやらない方じゃったが、浪がしきりに言うし、自身も懇望しちょったものじゃから――はあ、そう、はあ、はあ、何分願います」
語半ばに入り来し子爵夫人繁子、水色眼鏡の方をちらと見て「もうお帰りでございますの? あいにくの来客で――いえ、今帰りました。なに、また慈善会の相談ですよ。どうせ物にもなりますまいが。本当に今日はお愛想もございませんで、どうぞ千鶴子さんによろしく――浪さんがいなくなりましたらちょっとも遊びにいらッしゃいませんねエ」
「こないだから少し加減が悪かッたものですから、どこにもごぶさたばかりいたします――では」と信玄袋をとりておもむろに立てば、
中将もやおら体を起こして「どれそこまで運動かたがた、なにそこまでじゃ、そら毅一も道も運動に行くぞ」
出づるを送りし夫人繁子はやがて居間の安楽椅子に腰かけて、慈善会の趣意書を見ながら、駒子を手招きて、
「駒さん、何の話だったかい?」
「あのね、おかあさま、よくはわからなかッたけども、何だか幾の事ですわ」
「そう? 幾」
「あのね、川島の老母がね、リュウマチで肩が痛んでね、それでこのごろは大層気むずかしいのですと。それにね、幾が姉さんにね、姉さんのお部屋でね、あの、奥様、こちらの御隠居様はどうしてあんなに御癇癪が出るのでございましょう、本当に奥様お辛うございますねエ、でもお年寄りの事ですから、どうせ永い事じゃございません、てね、そんなに言いましたとさ。本当にばかですよ、幾はねエ、おかあさま」
「どこに行ってもいい事はしないよ。困った姥じゃないかねエ」
「それからねエ、おかあさま、ちょうどその時縁側を老母が通ってね、すっかり聞いてしまッて、それはそれはひどく怒ってね」
「罰だよ!」
「怒ってね、それで姉さんが心配して、飯田町の伯母様に相談してね」
「伯母様に!?」
「だッて姉さんは、いつでも伯母様にばかり何でも相談するのですもの」
夫人は苦笑いしつ。
「それから?」
「それからね、おとうさまが幾は別荘番にやるからッてね」
「そう」と額をいとど曇らしながら「それッきりかい?」
「それから、まだ聞くのでしたけども、ちょうど毅一さんが来て――」
六の一
武男が母は、名をお慶と言いて今年五十三、時々リュウマチスの起これど、そのほかは無病息災、麹町上二番町の邸より亡夫の眠る品川東海寺まで徒歩の往来容易なりという。体重は十九貫、公侯伯子男爵の女性を通じて、体格にかけては関脇は確かとの評あり。しかしその肥大も実は五六年前前夫通武の病没したる後の事にて、その以前はやせぎすの色蒼ざめて、病人のようなりしという。されば圧しつけられしゴム球の手を離されてぶくぶくと膨れ上がる類にやという者もありき。
亡夫は麑藩の軽き城下士にて、お慶の縁づきて来し時は、太閤様に少しましなる婚礼をなしたりしが、維新の風雲に際会して身を起こし、大久保甲東に見込まれて久しく各地に令尹を務め、一時探題の名は世に聞こえぬ。しかも特質のわがまま剛情が累をなして、明治政府に友少なく、浪子を媒せる加藤子爵などはその少なき友の一人なりき。甲東没後はとかく志を得ずして世をおえつ。男爵を得しも、実は生まれ所のよかりしおかげ、という者もありし。されば剛情者、わがまま者、癇癪持ちの通武はいつも怏々として不平を酒杯に漏らしつ。三合入りの大杯たてつけに五つも重ねて、赤鬼のごとくなりつつ、肩を掉って県会に臨めば、議員に顔色ある者少なかりしとか。さもありつらん。
されば川島家はつねに戒厳令の下にありて、家族は避雷針なき大木の下に夏住むごとく、戦々兢々として明かし暮らしぬ。父の膝をばわが舞踏場として、父にまさる遊び相手は世になきように幼き時より思い込みし武男のほかは、夫人の慶子はもとより奴婢出入りの者果ては居間の柱まで主人が鉄拳の味を知らぬ者なく、今は紳商とて世に知られたるかの山木ごときもこの賜物を頂戴して痛み入りしこともたびたびなりけるが、何これしきの下され物、もうけさして賜わると思えば、なあに廉い所得税だ、としばしば伺候しては戴きける。右の通りの次第なれば、それ御前の御機嫌がわるいといえば、台所の鼠までひっそりとして、迅雷一声奥より響いて耳の太き下女手に持つ庖丁取り落とし、用ありて私宅へ来る属官などはまず裏口に回って今日の天気予報を聞くくらいなりし。
三十年から連れ添う夫人お慶の身になっては、なかなかひと通りのつらさにあらず。嫁に来ての当座はさすがに舅や姑もありて夫の気質そうも覚えず過ごせしが、ほどなく姑舅と相ついで果てられし後は、夫の本性ありありと拝まれて、夫人も胸をつきぬ。初め五六度は夫人もちょいと盾ついて見しが、とてもむだと悟っては、もはや争わず、韓信流に負けて匍伏し、さもなければ三十六計のその随一をとりて逃げつ。そうするうちにはちっとは呼吸ものみ込みて三度の事は二度で済むようになりしが、さりとて夫の気質は年とともに改まらず。末の三四年は別してはげしくなりて、不平が煽る無理酒の焔に、燃ゆるがごとき癇癪を、二十年の上もそれで鍛われし夫人もさすがにあしらいかねて、武男という子もあり、鬢に白髪もまじれるさえ打ち忘れて、知事様の奥方男爵夫人と人にいわるる栄耀も物かは、いっそこのつらさにかえて墓守爺の嬶ともなりて世を楽に過ごして見たしという考えのむらむらとわきたることもありしが、そうこうする間につい三十年うっかりと過ごして、そのつれなき夫通武が目を瞑って棺のなかに仰向けに臥し姿を見し時は、ほっと息はつきながら、さて偽りならぬ涙もほろほろとこぼれぬ。
涙はこぼれしが、息をつきぬ。息とともに勢いもつきぬ。夫通武存命の間は、その大きなる体と大きなる声にかき消されてどこにいるとも知れざりし夫人、奥の間よりのこのこ出で来たり、見る見る家いっぱいにふくれ出しぬ。いつも主人のそばに肩をすぼめて細くなりて居し夫人を見し輩は、いずれもあきれ果てつ。もっとも西洋の学者の説にては、夫婦は永くなるほど容貌気質まで似て来るものといえるが、なるほど近ごろの夫人が物ごし格好、その濃き眉毛をひくひく動かして、煙管片手に相手の顔をじっと見る様子より、起居の荒さ、それよりも第一癇癪が似たとは愚か亡くなられし男爵そのままという者もありき。
江戸の敵を長崎で討つということあり。「世の中の事は概して江戸の敵を長崎で討つものなり。在野党の代議士今日議院に慷慨激烈の演説をなして、盛んに政府を攻撃したもう。至極結構なれども、実はその気焔の一半は、昨夜宅にてさんざんに高利貸を喫いたまいし鬱憤と聞いて知れば、ありがた味も半ば減ずるわけなり。されば南シナ海の低気圧は岐阜愛知に洪水を起こし、タスカローラの陥落は三陸に海嘯を見舞い、師直はかなわぬ恋のやけ腹を「物の用にたたぬ能書」に立つるなり。宇宙はただ平均、物は皆その平を求むるなり。しこうしてその平均を求むるに、吝嗇者の日済を督促るように、われよりあせりて今戻せ明日返せとせがむが小人にて、いわゆる大人とは一切の勘定を天道様の銀行に任して、われは真一文字にわが分をかせぐ者ぞ」とある人情博士はのたまいける。
しかし凡夫は平均を目の前に求め、その求むるや物体運動の法則にしたがいて、水の低きにつくがごとく、障害の少なき方に向かう。されば川島未亡人も三十年の辛抱、こらえこらえし堪忍の水門、夫の棺の蓋閉ずるより早く、さっと押し開いて一度に切って流しぬ。世に恐ろしと思う一人は、もはやいかに拳を伸ばすもわが頭には届かぬ遠方へ逝きぬ。今まで黙りて居しは意気地なきのにはあらず、夫死してもわれは生きたりと言い顔に、知らず知らず積みし貸し金、利に利をつけてむやみに手近の者に督促り始めぬ。その癇癪も、亡くなられし男爵は英雄肌の人物だけ、迷惑にもまたどこやらに小気味よきところもありたるが、それほどの力量はなしにわけわからず、狭くひがみてわがまま強き奥様より出でては、ただただむやみにつらくて、奉公人は故男爵の時よりも泣きける。
浪子の姑はこの通りの人なりき。
六の二
丸髷を揚巻にかえしそのおりなどは、まだ「お嬢様、おやすくお伴いたしましょう」と見当違いの車夫に言われて、召使いの者に奥様と呼びかけられて返事にたゆとう事はなきようになれば、花嫁の心もまず少しは落ちつきて、初々しさ恥ずかしさの狭霧に朦朧とせしあたりのようすもようよう目に分たるるようになりぬ。
家ごとに変わるは家風、御身には言って聞かすまでもなけれど、構えて実家を背負うて先方へ行きたもうな、片岡浪は今日限り亡くなって今よりは川島浪よりほかになきを忘るるな。とはや晴れの衣装着て馬車に乗らんとする前に父の書斎に呼ばれてねんごろに言い聞かされしを忘れしにはあらねど、さて来て見れば、家風の相違も大抵の事にはあらざりけり。
資産はむしろ実家にも優りたらんか。新華族のなかにはまず屈指といわるるだけ、武男の父が久しく県令知事務めたる間に積みし財は鉅万に上りぬ。さりながら実家にては、父中将の名声海内に噪ぎ、今は予備におれど交際広く、昇日の勢いさかんなるに引きかえて、こなたは武男の父通武が没後は、存生のみぎり何かとたよりて来し大抵の輩はおのずから足を遠くし、その上親戚も少なく、知己とても多からず、未亡人は人好きのせぬ方なる上に、これより家声を興すべき当主はまだ年若にて官等も卑き家にあることもまれなれば、家運はおのずから止める水のごとき模様あり。実家にては、継母が派手な西洋好み、もちろん経済の講義は得意にて妙な所に節倹を行ない「奥様は土産のやりかたもご存じない」と婢どもの陰口にかかることはあれど、そこは軍人交際の概して何事も派手に押し出してする方なるが、こなたはどこまでも昔風むしろ田舎風の、よくいえば昔忘れぬたしなみなれど、実は趣味も理屈もやはり米から自分に舂いたる時にかわらぬ未亡人、何でもかでも自分でせねば頭が痛く、亡夫の時僕かなんぞのように使われし田崎某といえる正直一図の男を執事として、これを相手に月に薪が何把炭が何俵の勘定までせられ、「母さん、そんな事しなくたって、菓子なら風月からでもお取ンなさい」と時たま帰って来て武男が言えど、やはり手製の田舎羊羹むしゃりむしゃりと頬ばらるるというふうなれば、姥の幾が浪子について来しすら「大家はどうしても違うもんじゃ、武男が五器椀下げるようにならにゃよいが」など常に当てこすりていられたれば、幾の排斥もあながち障子の外の立ち聞きゆえばかりではあらざりしなるべし。
悧巧なようでも十八の花嫁、まるきり違いし家風のなかに突然入り込みては、さすが事ごとに惑えるも無理にはあらじ。されども浪子は父の訓戒ここぞと、われを抑えて何も家風に従わんと決心の臍を固めつ。その決心を試むる機会は須臾に来たりぬ。
伊香保より帰りてほどなく、武男は遠洋航海におもむきつ。軍人の妻となる身は、留守がちは覚悟の上なれど、新婚間もなき別離はいとど腸を断ちて、その当座は手のうちの玉をとられしようにほとほと何も手につかざりし。
おとうさまが縁談の初めに逢いたもうて至極気に入ったとのたまいしも、添って見てげにと思い当たりぬ。鷹揚にして男らしく、さっぱりとして情け深く寸分鄙吝しい所なき、本当に若いおとうさまのそばにいるような、そういえば肩を揺すってドシドシお歩きなさる様子、子供のような笑い声までおとうさまにそっくり、ああうれしいと浪子は一心にかしずけば、武男も初めて持ちし妻というものの限りなくかわゆく、独子の身は妹まで添えて得たらん心地して「浪さん、浪さん」といたわりつ。まだ三月に足らぬ契りも、過ぐる世より相知れるように親しめば、しばしの別離もかれこれともに限りなき傷心の種子とはなりけるなり。さりながら浪子は永く別離を傷む暇なかりき。武男が出発せし後ほどもなく姑が持病のリュウマチスはげしく起こりて例の癇癪のはなはだしく、幾を実家へ戻せし後は、別して辛抱の力をためす機会も多かりし。
新入の学生、その当座は故参のためにさんざんにいじめられるれど、のちにはおのれ故参になりて、あとの新入生をいじめるが、何よりの楽しみなりと書きし人もありき。綿帽子脱っての心細さ、たよりなさを覚えているほどの姑、義理にも嫁をいじめられるものでなけれど、そこは凡夫のあさましく、花嫁の花落ちて、姑と名がつけば、さて手ごろの嫁は来るなり、わがままも出て、いつのまにかわがつい先年まで大の大の大きらいなりし姑そのままとなるものなり。「それそれその衽は四寸にしてこう返して、イイエそうじゃありません、こっちよこしなさい、二十歳にもなッて、お嫁さまもよくできた、へへへへ」とあざ笑う声から目つき、われも二十の花嫁の時ちょうどそうしてしかられしが、ああわれながら恐ろしいとはッと思って改むるほどの姑はまだ上の上、目にて目を償い、歯にて歯を償い、いわゆる江戸の姑のその敵を長崎の嫁で討って、知らず知らず平均をわが一代のうちに求むるもの少なからぬが世の中。浪子の姑もまたその一人なりき。
西洋流の継母に鍛われて、今また昔風の姑に練らるる浪子。病める老人の用しげく婢を呼ばるるゆえ、しいて「わたくしがいたしましょう」と引き取ってなれぬこととて意に満たぬことあれば、こなたには礼を言いてわざと召使いの者を例の大音声にしかり飛ばさるるその声は、十年がほども継母の雄弁冷語を聞き尽くしたる耳にも今さらのように聞こえぬ。それも初めしばしがほどにて、後には癇癪の鋒直接に吾身に向かうようになりつ。幾が去りし後は、たれ慰むる者もなく、時々はどうやらまた昔の日陰に立ち戻りし心地もせしが、部屋に帰って机の上の銀の写真掛けにかかったたくましき海軍士官の面影を見ては、うれしさ恋しさなつかしさのむらむらと込み上げて、そっと手にとり、食い入るようにながめつめ、キッスし、頬ずりして、今そこにその人のいるように「早く帰ッてちょうだい」とささやきつ。良人のためにはいかなる辛抱も楽しと思いて、われを捨てて姑に事えぬ。
七の一
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七の二
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