風雅和歌集 (Fūga wakashū) — 風雅和歌集卷第十四 戀歌五 作者複数 (Various) 14th Century Fūga wakashū 風雅和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1347 ふうがわかしゅう Fūga wakashū 風雅和歌集 ふうがわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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風雅和歌集 › 風雅和歌集卷第十四 戀歌五 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
風雅和歌集 Fūga wakashū
作者複数 Various
風雅和歌集卷第十四
戀歌五
1318
太上天皇
百首の歌に
戀しとも何か今はと思へども唯此の暮を知らせてしがな
1319
徽安門院
戀の歌の中に
迷ひそめし契思ふかつらきしも人に哀れの世々に歸るよ
1320
永福門院
立歸りこれも夢にて又絶えばありしにまさる物や思はむ
1321
内大臣室
自から逢ふ夜有りやと待つ程に思ひしよりも存へにけり
1322
高階師直
存へば思出でゝや訪はるゝと生けるかひなき身を惜む哉
1323
前中納言雅孝
後宇多院に奉りける百首の歌の中に
存へて有らばと頼む命さへ戀ひ弱る身は明日も知られず
1324
清輔朝臣
戀の歌とて
中々に思絶えなむと思ふこそ戀しきよりも苦しかりけれ
1325
殷富門院大輔
死なばやと思ふさへこそはかなけれ人のつらさは此世のみかは
1326
權大納言實家
人心憂きにたへたる命こそ難面きよりもつれなかりけれ
1327
讀人志らず
題志らず
玉の緒を片緒によりて緒を弱み亂るゝ時に戀ひざらめやも
1328
玉葛かけぬ時なく戀ふれどもいかにか妹が逢ふ時もなき
1329
ますらをの現し心も我はなしよる晝云はず戀ひし渡れば
1330
藤原道信朝臣
小辨が許に罷りたりけるに人あるけしきなれば歸りてつかはしける
露にだに心おかるな夏萩の下葉のいろよそれならずとも
1331
讀人志らず
從三位頼政絶えて久しくなりにける女又語らひける人に忘られて後逢ひ侍りて申し遣しける
住むとしもなくてたえにし忘水何故さても思ひ出でけむ
1332
從三位頼政
返し
人もみなむすぶなれども忘水我のみ飽かぬ心ちこそすれ
1333
二條院御歌
戀の御歌の中に
いかで我れ人を忘れむ忘れゆく人こそ斯は戀しかりけれ
1334
從二位爲子
淨妙寺關白に物申しける人の、心にしめて物思ふ由など云ひけるが、關白なくなりて後又從一位兼教に云ひかはす由聞きければ誰ともなくて花の枝に付けてさし置かせける
程なくぞ殘る片枝に移しける散りにしはなにそめし心を
1335
永福門院
題志らず
さらばとて恨をやめて見る中のうきつま%\に頼兼ねぬる
1336
見る人も物を思はぬ樣なれば心のうちをたれにうれへむ
1337
權大納言公宗母
歎くらむ戀ふらむとだに思出でよ人には人の移りはつ共
1338
西園寺前内大臣女
憂しとのみ我さへ捨つる身の果はなき誰故と喞たずもなし
1339
伏見院御歌
戀命を
厭ふしも喞ち顏にや思ひなさむ難面しとだに懸けし命を
1340
前中納言重資
何にかゝる命ぞさればつれもなく我やは惜む人も厭ふを
1341
權大納言公宗母
百首の歌奉りしに
人もさぞつれなき方に思ふらむ慕ふに似たる命ながさを
1342
權大納言資名
戀の歌に
忘らるゝ我身も人もあらぬよにたが面影の猶のこるらむ
1343
祝子内親王
我れさへに心にうとき哀れさよなれし契の名殘ともなく
1344
權大納言公宗母
百首の歌奉りし時
憂きながら思出でける折々や夢にも人の見えしなるらむ
1345
藤原爲季朝臣
まだ通ふ同じ夢路も有る物を有りし現ぞうたて果敢なき
1346
從二位爲子
恨戀の心を
思ひさます身を知る方の道理も餘り憂きには又忘れぬる
1347
伏見院御歌
思ひ連ねさも憂かりけると思ふ後に又戀しきぞ理もなき
1348
例なくつらき限やこのきはと思ひし上の憂きもありけり
1349
徽安門院小宰相
百首の歌奉りしに
自から思ひいづとも今はたゞ憂き方のみや忘れざるらむ
1350
關白右大臣
涙こそ己が物から哀なれそをだに人のゆくへとおもへば
1351
左兵衛督直義
逢ふ事は絶えぬる中に同じ世の契計りぞ有りてかひなき
1352
從三位盛親
戀の歌の中に
人心憂きあまりには大方の世をさへ懸けて厭ひ立ちぬる
1353
西園寺前内大臣女
戀死なむ身をも哀と誰か云はむ云べき人はつらき世なれば
1354
式部卿恒明親王
思ふ方へせめては靡け戀死なむ我世の後のけぶりなり とも
1355
永福門院
厭ひ惜み我のみ身をば憂ふれど戀ふなる果を知る人もなし
1356
さま%\の我が慰めも事つきて今はと弱る程ぞかなしき
1357
同院右衛門督
幾程と思ふ哀れもまたかなし人のうき世を我もいとへば
1358
朔平門院
寄雲戀
待慣れし昔に似たる雲の色よあらぬ詠めの暮ぞかなしき
1359
永福門院
觸物催戀と云ふ事を
月のよは雲の夕もみな悲しその夜は逢はぬ時しなければ
1360
彈正尹邦省親王
忘戀
忘らるゝ袖には曇れ夜半の月見し夜に似たる影も恨めし
1361
前中納言定家
遇不逢戀の心を
訪ひこかしまた同じ世のつきを見てかゝる命に殘る契を
1362
從二位顯氏
寳治の百首の歌の中に、寄風戀
其方より吹來る風のつてにだに情をかくる音づれぞなき
1363
藤原朝定
戀の歌に
逢ふ事はくち木の橋の絶々に通ふばかりの道だにもなし
1364
侍從隆朝
侘びはつる後は形見と忍ぶかな憂かりしまゝの有明の月
1365
前參議家親
思ひたえまた見るまじき夢にしも殘る名殘の覺め難き哉
1366
太上天皇
百首の歌の中に
知らざりし深き限は移りはつる人にて人の見えける物を
1367
前左兵衞督惟方
互に久しく音せざりける女の許へ遣しける
音せずば音もやすると待つ程に絶えばたえよと思ける哉
1368
相模
思ふ事侍りける頃
つらからむ人をも何か恨むべき自らだにも厭はしき身を
1369
讀人志らず
藤原相如に忘られて侍りける後詠みて遣しける
我ながら我からぞとは知りながら今一たびは人を恨みむ
1370
藤原相如
返し
忘れぬと聞かばぞ我も忘るべき同じ心にちぎりこしかば
1371
中納言家持
大伴郎女につかはしける
夢にだに見えば社あらめ斯計見えずて有るは戀て死ねとか
1372
讀人志らず
題志らず
君に逢はで久しくなりぬ玉の緒の長き命の惜けくもなし
1373
人麿
敷妙の枕せし人ことゝへやそのまくらには苔生ひにけり
1374
花山院御歌
人に給はせける
今よりはあひも思はじ過にける年月さへに妬くもある哉
1375
讀人志らず
御返事
思ふと云ふ過にし身だに憂かりしを添ふるつらさを思こそやれ
1376
西園寺前内大臣女
戀の歌に
恨む共戀ふ共よしや忘らるゝ身をある物と人に聞かれじ
1377
永福門院
遂にさても恨の中に過ぎにしを思ひ出づるぞ思出もなき
1378
伏見院御歌
鳥の行く夕の空よその夜には我もいそぎし方はさだめき
1379
猶も世にあるやとかくる人傳ようき身の憂きを更に知れとや
1380
京極前關白家肥後
忘るまじき由契りける人のさもあらざりければ歎きける人に代りてよみ侍りける
はかなくて絶にし人の憂きよりも物忘せぬ身をぞ恨むる
1381
殷富門院大輔
題志らず
あかざりし匂殘れるさ莚は獨りぬる夜も起き憂かりけり
1382
永福門院左京大夫
絶えて久しく訪はぬ人に五月五日菖蒲の根につけて遣はしける人に代りて
知られじな憂きみがくれの菖蒲草我のみ長き音には泣く共
1383
伏見院御歌
戀の御歌の中に
面影のとまる名殘よそれだにも人の許せる形見ならぬを
1384
永福門院
よそなりし其夜に人は歸れども身は改めぬ物をこそ思へ
1385
善成王
恨みずば人も情や殘さまし身を志りけりと思ふあはれに
1386
藤原宗光朝臣
恨しを我が憂節になしやはつる其より絶し中ぞと思へば
1387
左近中將忠季
百首の歌奉りし時、戀の歌
かくぞありしその夜まではの哀より更に泪もふかき玉章
1388
永福門院
題志らず
人の捨てし哀を獨り身にとめて歎き殘れるはてぞ久しき
1389
新宰相
伏見院の御時六帖の題にて人々に歌詠ませさせ給ひけるに、人づてと云ふ事を
自らとひもとはれも人傳の言の葉のみを聞くまでにして
1390
伏見院御歌
戀の御歌の中に
思くたすうさも哀も幾返り世はあらぬ世の身は元の身に
1391
今出川前右大臣室
今はたゞ見ず知らざりし古に人をも身をも思ひなさばや
1392
藤原隆信朝臣
憂き乍ら身をも厭はじ世の中にあればぞ人をよそにても見る
1393
前中納言爲相
題志らず
誰が契誰が恨にか かはるらむ身はあらぬよの深き夕ぐれ
1394
從二位爲子
戀の歌あまた詠み侍りけるに
頼みありて待ちし夜までの戀しさよそれも昔の今の夕暮
1395
永福門院
絶戀の心を
常よりも哀なりしを限にて此世ながらはげにさてぞかし
1396
源家長朝臣
千五百番歌合に
侘びつゝは同じ世にだにと思ふ身のさらぬ別に成や果なむ
1397
崇徳院御歌
戀の御歌の中に
等閑の哀も人のかくばかりあひ見し時も消えなましかば
1398
從二位宣子
自づから思ひや出づるとばかりの我が慰めもよその年月
1399
前大納言爲氏
建長二年八月廿七日庚申の歌合に、絶久戀
忘れじの人の頼めはかひなくて生ける計りの年月ぞ憂き