風雅和歌集 (Fūga wakashū) — 風雅和歌集卷第十五 雜歌上 作者複数 (Various) 14th Century Fūga wakashū 風雅和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1347 ふうがわかしゅう Fūga wakashū 風雅和歌集 ふうがわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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風雅和歌集 › 風雅和歌集卷第十五 雜歌上 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
風雅和歌集 Fūga wakashū
作者複数 Various
風雅和歌集卷第十五
雜歌上
1400
中納言兼輔
年の始に人々多く集まりたる所にて
あたらしき年の始の嬉しきはふるき人どち逢へるなり けり
1401
左京大夫顯輔
春生人意中といふ事を
春來ぬと思ふばかりのしるしには心のうちぞ長閑なり ける
1402
大江頼重
題志らず
霞まずば春ともえやはしら鳥のとは山松に雪は降りつゝ
1403
永福門院内侍
山里に住み侍りける頃詠める
見るまゝに軒端の山ぞ霞み行く心に知らぬ春やきぬらむ
1404
清原元輔
正月一日鶯の聲は聞くやと人の言ひ侍りければ
年ごと に春の忘るゝ宿なればうぐひすの音もよきて聞えず
1405
夢窓國師
題志らず
我が宿を訪ふとはなしに春の來て庭に跡ある雪のむら消
1406
前大納言爲家
太神宮へ奉りける百首の歌の中に、殘雪を
おのづから猶ゆふかけて神山の玉ぐしの葉に殘る志ら雪
1407
平重時朝臣
題志らず
初草は下に燃ゆれど片岡のおどろがうへの雪はけなくに
1408
清輔朝臣
隆信朝臣從上五位にて年へ侍りけるに一級ゆるされて侍りける時よみて遣しける
位山むすぼゝれつる谷みづはこの春風に解けにけらしな
1409
藤原隆信朝臣
返し
位山春待ちえたる谷水の解くるこゝろは汲みて知らなむ
1410
大中臣直宣
春の歌とて
雪かゝるそともの梅はおそけれどまづ春告ぐる鶯のこゑ
1411
前大僧正範憲
ある人の許より在原業平朝臣の家の梅をつたへて植ゑつぎて侍るとて贈りて侍りければよみて遣しける
世々經てもあかぬ色香はのこりけり春や昔の宿の梅が枝
1412
永福門院内侍
定家卿はやう住みける家に志ばし立ち入りて又ほかへ移り侍りけるをり彼のみづから植ゑて侍りける梅の木の枝に結びつけゝる
わすれじな宿は昔に跡ふりて變らぬのきににほふ梅が枝
1413
前大納言爲世
返し
朽ち殘る古き軒端の梅が枝も又とはるべき春を待つらし
1414
藤原教兼朝臣
春の歌とて
春かぜの心のまゝにさそへどもつきぬは梅の匂なりけり
1415
平久時
軒近き梅の匂ひも深き夜のねやもる月にかをるはるかぜ
1416
前參議家親
伏見院かくれさせ給ひにける時出家し侍りて後、梅の花を見て
梅の花うつる匂は變らねどあらぬうき世にすみぞめの袖
1417
伏見院御歌
春の御歌の中に
哀にも己れうけてや霞むらむ誰がなす時の春ならなくに
1418
院御歌
遠山霞と云ふ事をよませ給ひける
霞にほふ夕日の空はのどかにて雲にいろある山の端の松
1419
皇太后宮大夫俊成
賀茂の社に奉りける百首の歌の中に、霞を
立ち歸り昔のはるの戀しきは霞を分けし賀茂のあけぼの
1420
權中納言長方
海邊霞
與謝の海霞み渡れる明方におき漕ぐ舟のゆくへ知らずも
1421
寂然法師
春の頃天王寺へ參りてよみ侍りける
心ありて見るとしもなき難波江の春の景色は惜くも有る哉
1422
九條左大臣女
春曙を
志らみ行く霞の上の横雲にありあけほそき山の端のそら
1423
源頼春
東雲の霞もふかき山の端に殘るともなきありあけのつき
1424
從二位爲子
東雲のやゝ明け過ぐる山の端に霞のこりて雲ぞわかるゝ
1425
後京極攝政前太政大臣
左大將に侍りける時家に六百番歌合しけるに、春曙を詠める
見ぬよまで思ひ殘さぬながめより昔に霞む春のあけぼの
1426
前大僧正慈鎭
思ひ出でば同じ詠めにかへるまで心に殘れ春のあけぼの
1427
前中納言定家
三十首の歌の中に
思ふこと誰に殘して眺めおかむ心にあまる春のあけぼの
1428
前大納言爲兼
題志らず
暮れぬとて詠めすつへき名殘かは霞める末の春の山の端
1429
伏見院御歌
伏見にて人々題を探りて歌つかうまつりけるついでに、水郷
伏見山あらたのおもの末晴れて霞まぬしもぞ春の夕ぐれ
1430
民部卿爲藤
文保三年後宇多院に召されける百首の歌の中に
踏分くる雪間に色は見えそめて萌えこそやらね道の芝草
1431
安嘉門院四條
百首の歌よみ侍りける中に、早蕨を
今は世に有て物憂き身の程を野邊の蕨のをり/\ぞ知る
1432
前中納言定家
題志らず
霞立つ峯の早蕨こればかりをり知りがほの宿もはかなし
1433
從二位家隆
垂乳根の跡や昔にあれなましおどろの道の春に逢はずば
1434
權律師慈成
春草はまだうらわかき岡のべの小笹隱れにきゞす鳴くなり
1435
前中納言定家
百首の歌の中に
おもひ立つ道の志るべか呼子鳥ふかき山邊に人さそふなり
1436
讀人志らず
近衛太皇太后宮に紅梅を奉りて侍りけるに、次の年の春花の咲きたる見よとて折りて給はせけるに結び付け侍りける
移植ゑし色香も著き梅の花君にぞ分きて見すべかりける
1437
前參議經盛
返し
移植ゑし宿の梅とも見えぬ哉主人からにぞ花も咲きける
1438
赤染衛門
大江擧周、司めしにもれて歎き侍りける頃、梅の花を見て
思ふ事はるとも身には思はぬに時知り顏に咲ける花かな
1439
大藏卿行宗
除目の頃梅花につけて奉りける
かくこそは春待つ梅は咲にけれ譬へむ方もなき我身かな
1440
崇徳院御歌
御返事
八重櫻開くる程を頼まなむ老木もはるに逢はぬものかは
1441
前大納言爲兼
後山本前左大臣、左大將に轉任して侍りける次の朝申し遣しける
時わかぬ君が春とやたち花の影もさくらに猶うつるらむ
1442
後山本前左大臣
返し
思ひやれ君が惠みの時に逢ひて身にあまりぬる花の光を
1443
皇太后宮大夫俊成
法勝寺にて人々花の十首の歌詠み侍りけるに
花にあかで遂に消えなば山櫻あたりをさらぬ霞とならむ
1444
僧正公朝
題志らず
尋ねつる花は限もなかりけり猶山ふかくかゝる志らくも
1445
覺譽法親王
百首の歌奉りし時、春の歌
吉野山花のためにも尋ねばやまだ分けそめぬすゞの下道
1446
伏見院御歌
春の述懷の心を
花鳥のなさけはうへのすさびにて心のうちの春ぞ物憂き
1447
前中納言爲相
はな鳥に猶あくがるゝ心かな老のはるとも身をば思はで
1448
權僧正憲淳
山家春と云ふ事を
時しあれば花鶯のなさけをも外にたづねぬ春のやまざと
1449
伊勢
早う住み侍りける家に人の移り居て後花を折りにやるとて詠める
花の色の昔ながらに見えつれば人の宿とも思ほえぬかな
1450
藤原惟規
上達部殿上人白川渡りにて鞠など弄びけるに女のさまにかきて花の本に落させける
花ゆゑにみゆきふりにし渡りとは思ひや出づる白河の水
1451
中將
式子内親王齋院に侍りける頃御垣の花を折りて建禮門院右京大夫のもとに遣し侍るとて
志めの内は身をもくだかず櫻花をしむ心を神にまかせて
1452
建禮門院右京大夫
返し
志めの外も花とし云はむ花は皆神に任せて散さずもがな
1453
祭主定忠
春の歌の中に
春かぜの岩根の櫻吹くたびに浪のはな散るあさくまの宮
1454
從三位頼政
二條院の御時いまだ殿上ゆるされぬ事を嘆き侍りける頃彌生の十日大内に行幸なりて南殿の櫻盛なるを一枝折らせて去年と今年といかゞあると仰せられけるに枝に結びつけて奉りける
よそにのみ思ふ雲居の花なれば面影ならで見えば社あらめ
1455
讀人志らず
同じ御時藤原隆信朝臣殿上のぞかれて侍りける次の年の春、臨時の祭の舞人にて參り侍りけるに南殿の櫻の盛なりける枝につけて、忘るなよなれし雲居の櫻花うき身は春のよそになるともと女房の中に申し侍りける返し
思はざりし身こそ雲居のよそならめ馴にし花は忘れしもせじ
1456
參川内侍
同じ院隱れさせ給ひて後南殿の櫻を見て
思ひ出づやなれし雲居の櫻花見し人數に我れもありきと
1457
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
忘れめや昔みはしのさくらばな今は雲居のよその面かげ
1458
前大納言爲兼
永仁二年三月大江貞秀藏人になりて慶を奏しけるを見て宗秀が許に申し遣しける
めづらしき緑の袖も雲のうへの花に色添ふはるの一しほ
1459
皇太后宮大夫俊成
花の歌の中に
埋木となりはてぬれど山櫻をしむ心は朽ちずもあるかな
1460
從二位兼行
出家の後、寄花衣といふ事を
袖ふれし音は昔にへだて來て花にぞうとき苔のころもで
1461
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌の中に、見花といふ事を
たづぬとも思はで入りし奥山の庵もるはなを獨こそ見れ
1462
法印長舜
春の歌に
世の憂さはいづくも花に慰めばよしや芳野の奥も尋ねじ
1463
西行法師
那智の山に花山院の御庵室のありける上に櫻の木の侍るを見て、住みかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出てられて詠みける
木の本に住みける跡を見つる哉那智の高嶺の花を尋ねて
1464
從三位氏成
花の歌の中に
こゝのそぢあまり老いぬる身にも猶花に飽かぬは心なり 鳬
1465
永福門院内侍
都の外に住み侍りける頃宣光門院新右衛門督の許へ申し遣しける
またはよも身は七十ぢの春ふりて花も今年や限とぞ見る
1466
院御歌
これを御覽じて、御返し
人も身も又來む春も知らぬ世に霞む雲路を隔てずもがな
1467
伏見院御歌
寄花述懷の心を
時過ぎしふる木の櫻今は世に待つべき花の春もたのまず
1468
永福門院
暦應二年の春、花につけて奉らせ給ひける
時知らぬ宿の軒端の花ざかり君だにとへな又たれをかは
1469
院御歌
御返し
春うとき深山隱れの詠めゆゑとふべき花の頃もわすれて
1470
和泉式部
花のいとおもしろきを見て
あぢきなく春は命の惜しきかな花ぞ此世のほだしなり ける
1471
如淨法師
題志らず
風吹けばまさらぬ水も岩越えて瀧つ川瀬は花のしらなみ
1472
源貞行
山深く猶分け入りて尋ぬれば風に知られぬ花もありけり
1473
源貞世
散る花をせめて袂に吹きとめよそをだに風の情と思はむ
1474
平親清女
散るまでに人もとひこぬ木のもとは恨やつもる花の白雪
1475
源和義
歸雁を詠める
玉章もことづてゝまし春の雁我が故郷に歸るとおもはゞ
1476
源貞泰
春雨
さびしさは昔より猶まさりけり我が身ふりぬる宿の春雨
1477
源高國
春の歌に
春と云へば昔だにこそかすみしか老の袂にやどる月かげ
1478
從二位家隆
百首の歌の中に、春月
おぼろにも昔の影はなかりけり年たけて見る春の夜の月
1479
土御門院御歌
同じ心を
時わかぬ泪に袖はおもなれて霞むも知らず春の夜のつき
1480
藤原隆信朝臣
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、遲日を詠める
斯しつゝ積れば惜しき春の日をのどけき物と何思ふらむ
1481
徽安門院
春の歌とて
心うつすなさけよこれも夢なれやはな鶯のひとゝきの春
1482
山本入道前太政大臣
山階入道左大臣の家の十首の歌に、松藤を
影うつす松も木高き春の池にみなそこかけてにほふ藤波
1483
前大僧正實超
おなじ心を
底きよき池のみぎはの松が枝に影までなびく春の藤なみ
1484
前太政大臣女
春の歌の中に
山吹の花のしがらみかくれども春はとまらぬ井手の玉川
1485
永陽門院左京大夫
此の春はかならず伴ひて花見るべきよしなど申し侍りける人彌生の末までとはず侍りければ
等閑の詞の花のあらましを待つとせし間に春も暮れぬる
1486
前大僧正慈鎭
雜の歌の中に
さらぬだに心細きをさゝがにの軒に糸ひく夕ぐれのそら
1487
深心院關白前左大臣
百首の歌詠み侍りけるに
四阿屋のまやの軒端に雨すぎて露ぬきとむるさゝ蟹の糸
1488
從三位氏久
題志らず
みあれ木にゆふしで懸けし神山の裾野の葵いつか忘れむ
1489
高階重成
郭公を
都にはまだしき程の郭公ふかきやま路をたづねてぞ聞く
1490
三善爲連
誰が爲もつれなかりける郭公聞きつと語る人しなければ
1491
菅原朝元
時鳥鳴くべき頃と思ふより空にながめぬゆふぐれぞなき
1492
前大僧正忠源
待ちえても老はかひなし郭公同じ初音もかすかにぞ聞く
1493
藤原行信朝臣
さこそげに忍び音ならめ時鳥くらき雨夜の空に鳴くらむ
1494
藤原景綱
天雲の夕ゐるみねの時鳥よそに鳴く音は聞くかひもなし
1495
權中納言宗經
尋ね入る深山隱れの時鳥うき世のほかのことかたらなむ
1496
讀人志らず
右大將兼長馬場 にて眞弓射させ侍りけるに舍人どもの的かくること を爭ひて夜更くる迄侍りければ物見車ども皆追々に歸りけるにある女車よりかくかきて大將の隨身に取らせ侍りける
梓弓ためらふ程に月影の入るをのみ見てかへりぬるかな
1497
從三位客子
世を背きて後菖蒲を見てよめる
今日とても文目分くべき身ならぬに何に懸てかねのなかる覽
1498
從二位兼行女
題志らず
橘のかをり凉しく風立ちてのきばにはるゝゆふぐれの雨
1499
祝部成實
早苗を
ゆふかけて今日こそ急げ早苗取るみと代小田の神の宮人
1500
安倍宗長朝臣
松陰の水堰き入れて住吉の岸のうへ田にさなへ取るなり
1501
藤原教兼朝臣
五月雨を
晴間なき心の中のたぐひとや空もかきくらす五月雨の比
1502
津守國夏
水隱れてしげみは見えぬ五月雨に浮きて殘れる淀の苅菰
1503
高階重茂
干さで今日幾日になりぬ海士衣田蓑の島のさみだれの比
1504
源顯氏
夏の歌に
今もかも夕立すらし足引の山の端かくすくものひとむら
1505
惟宗光吉朝臣
野夕立
ふじのねは晴行く空に顯はれて裾野にくだる夕立のくも
1506
伏見院御歌
五十首の御歌の中に、夏草
夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず
1507
前參議雅有
山家晩凉と云ふ事を
雨そゝぐ外面の眞柴風過ぎて夏をわするゝ山のしたかげ
1508
讀人志らず
夏の歌の中に
村雨は晴行くあとの山陰に露ふきおとすかぜのすゞしさ
1509
源貞頼
山もとに日影及ばぬ木隱れの水のあたりぞ夏にしられぬ
1510
儀子内親王
題志らず
更けにけりまた轉寢に見る月の影も簾にとほくなりゆく
1511
皇太后宮大夫俊成
述懷の百首の歌の中に、ともしを
ますらをは志か待つ事の有ればこそ繁き歎も堪忍ぶらめ
1512
前大納言爲家
北野の社に奉りける百首の歌に
五月暗ともしに向ふしかばかり逢ふも逢はぬも哀世の中
1513
從三位基輔
題志らず
秋近き草のしげみに風立ちて夕日すゞしきもりの下かげ
1514
大江貞懷
木かげ行く岩根の清水そこきよみうつる緑の色ぞ凉しき
1515
藤原秀治
一むらの雲吹きおくる山風に晴れても凉し夕だちのあと
1516
惟宗光吉朝臣
心あらば窓の螢も身をてらせあつむる人の數ならずとも
1517
貞空上人
岩間つたふ泉の聲も小夜更けて心をあらふ床のすゞしさ
1518
藤原隆信朝臣
河原院にて法橋顯昭歌合し侍りけるに、故郷のなでしこと云ふ事を
うゑて見し籬は野邊と荒れはてゝ淺茅にまじる床夏の花
1519
後西園寺入道前太政大臣
七月七日龜山院より七夕の歌召されける時よみ侍りける
苔衣袖のしづくを置きながら今年もとりつ草のうへの露
1520
藤原秀行
同じ心を
天の川とわたる舟のみなれ棹さして一夜となど契りけむ
1521
高階師冬
初秋はまだ長からぬ夜半なれば明くるや惜しき星合の空
1522
慶政上人
寧世間安隱一身乎と云ふ事を
もち侘ぶる身をも心の秋風におき所なきそでのしらつゆ
1523
只皈 法師
題志らず
知られずも夕の露の置きやそふ庭の小萩の末ぞかたぶく
1524
式部卿久明親王
大方の秋の詠めも分きてなほ山と水とのゆふぐれのそら
1525
大江貞廣
物に觸れてなせる哀は數ならず唯そのまゝの秋の夕ぐれ
1526
和氣全成朝臣
日影殘る籬の草に鳴初めて暮るゝを急ぐきり%\すかな
1527
前權僧正圓伊
なれて聞く老の枕のきり%\すなからむ跡の哀をもとへ
1528
賀茂重保
夕まぐれすがる鳴く野の風の音にこと ぞともなく物ぞ悲しき
1529
前中納言爲相
秋述懷と云ふ事を
春日野に秋鳴く鹿も知るべせよをしへし道の埋るゝ身を
1530
順徳院御歌
秋の歌あまたよませ給ひけるに
鹿のねを入相の鐘に吹きまぜて己れ聲なきみねのまつ風
1531
伏見院御歌
田家の心を
遙かなる門田の末は山たえて稻葉にかゝる入日をぞ見る
1532
貫之
瀧をよめる
松の音を琴に志らぶる秋風は瀧の糸をやすげて引くらむ
1533
後京極攝政太政大臣
秋の歌の中に
水青き麓の入江霧晴れてやま路あきなるくものかけはし
1534
權少僧都潤爲
入日さす浦よりをちの松原に霧吹き懸くるあきの潮かぜ
1535
前大納言尊氏
百首の歌奉りし時
秋風にうき立つ雲はまどへども長閑にわたる雁の一つら
1536
藤原頼清朝臣
題志らず
晴れそむる峰の朝霧ひま見えて山の端渡るかりの一つら
1537
藤原宗行
穗に出づる秋の稻葉の雲間より山もと見えて渡る雁がね
1538
中臣祐夏
秋雨を
嵐吹く高嶺の空はくも晴れて麓をめぐるあきのむらさめ
1539
平英時
題志らず
寂しさは軒端の荻の音よりも桐の葉おつるにはの秋かぜ
1540
明通法師
空はまだ殘る日影の薄霧に露見えそめてにはぞくれゆく
1541
藤原宗泰
須磨の浦や波路の末は霧晴れて夕日に殘る淡路しまやま
1542
前大納言尊氏
松風に月の尾上は空晴れて霧のふもとにさをじかのこゑ
1543
權中納言公雄
後宇多院の七夕の七百首の歌に、駒迎を
今もかも絶せぬ物か年ごと の秋のなかばのもちづきのこま
1544
從三位爲親
同じ七百首の歌に、湖月を
さゞ波やにほてるうらの秋風に浮雲晴れて月ぞさやけき
1545
前大納言尊氏
月の歌の中に
初瀬山檜原に月は傾ぶきてとよらの鐘のこゑぞふけゆく
1546
津守國實
いねがてに詠めよとてや秋の月更ては影の冴え増るらむ
1547
賀茂經久
故郷は軒はふ蔦の末たれてさし入る月のかげだにもなし
1548
藤原爲守女
此頃は月にも猶ぞなれ増るねられぬまゝの老のすさびに
1549
藤原懷通朝臣
雲の上になれ見し月ぞ忍ばるゝ我が世更け行く秋の涙に
1550
和氣種成朝臣
思ひ出づる昔に似たる面影ぞふるきをうつす鏡なりける
1551
丹波長典朝臣
身の憂へ慰むかとて見る月や秋をかさねて老となるらむ
1552
法印源全
年毎に逢ひ見る事は命にて老のかず添ふあきのよのつき
1553
光明峰寺入道前攝政左大臣
貞永元年八月十日頃中宮女房いざなひて東山へまかり侍りけるに水に月のうつりてくまなかりければ
せき入るゝ岩間の水の飽かでのみ宿かる月を袖に見る哉
1554
後堀河院民部卿典侍
返し
立ち歸る袖には月の慕ふとも石間の水はあかぬたびかな
1555
二品法親王尊胤
護持に侍りける比、月を見て
祈り來て仕ふる宵の秋もはやなれて三とせの雲の上の月
1556
入道二品親王尊圓
百首の歌奉りし時
斯てこそ見るべかりけれ奥山の室のとぼそにすめる月影
1557
儀子内親王
雜の歌の中に
空清く有明の月はかげすみて木高き杉にましらなくなり
1558
丹波忠守朝臣
秋寒きありあけの空の一時雨くもるもつらき情なりけり
1559
惠助法親王
山家月を
厭ひこし浮世の外の山里に月はいつよりすみなれにけむ
1560
藤原爲守
世を遁て後東に住侍ける頃よめる
住侘びて出でし方とは思へども月に戀しきふるさとの秋
1561
法印隆淵
題志らず
なれて見る月ぞ知るらむ年を經て慰めがたきあきの心は
1562
貫之
承平五年、内裏の御屏風に、月夜に女の家に男いたりてすのこに居て物云はせたる所
山の端に入なむと思ふ月見つゝ我はと乍らあらむとやする
1563
女、返し
久堅の月のたよりに來る人はいたらぬ所あらじとぞ思ふ
1564
寂然法師
思ふ事有りける比
つく%\と事ぞともなき詠して今宵の月も傾ぶきにけり
1565
太宰大貳重家
籠り居て侍りける比、月を見て
月影のくまなしとても侘人の心の暗の晴ればこそあらめ
1566
俊惠法師
月前述懷を
詠むれば身の憂き事の覺ゆるをうれへ顏にや月も見る覽
1567
土御門院御歌
月の御歌の中に
歎くとて袖の露をば誰れかとふ思へばうれし秋の夜の月
1568
從二位家隆
昔には有りしにも非ぬ袖の上に誰れとて月の泪とふらむ
1569
伏見院御歌
月の十五首の歌、人々によませさせ給ひけるに、雜月を
哀さても何のすさびの詠めして我世の月の影更けぬらむ
1570
院御歌
寄月雜と云ふことをよませ給ひける
雲深きみどりの洞にすむ月のうき世の中に影はたえにき
1571
四條太皇太后宮主殿
題志らず
殘りなく思ひ捨てゝし世の中に又をしまるゝ山の端の月
1572
賀茂雅久
遠近の砧の音にいく里もおなじ夜さむのあはれをぞ知る
1573
前大僧正慈勝
雜の歌の中に
荒れにける庭のかきほの苔の上に蔦はひかゝる故郷の秋
1574
祝部成國
紅葉を
一しほは手折りて後に染めて鳬時雨に翳す山のもみぢ葉
1575
兼空上人
秋の歌に
うら枯るゝ尾花が末の夕附日うつるも弱き秋の暮れがた
1576
大江千里
暮秋の心を
山さむし秋も暮れぬとつぐるかも槇の葉ごと に置ける朝霜
1577
和泉式部
秋の末つかたより雨うちつゞきふるに十月一日によめる
今日は猶隙こそなけれ掻曇る時雨心地はいつもせしかど
1578
藤原冬頼
題志らず
夕附日雲一むらにかげろひて時雨にかすむをかの松ばら
1579
祝部成國
音ばかり板屋の軒の時雨にて曇らぬ月にふる木の葉かな
1580
前大僧正賢俊
落葉交雨と云ふ事を
神無月時雨に交るもみぢ葉は散りかふ程も色や添ふらむ
1581
二品法親王尊胤
冬の歌の中に
落葉にも秋の名殘をとめじとやまた誘ひ行く木枯のかぜ
1582
從二位爲子
閑居冬夕を
寂しさよ桐の落葉は風になりて人はおとせぬやどの夕暮
1583
後伏見院御歌
風前落葉と云ふ事をよませ給ひける
山嵐に脆く落行くもみぢ葉の留らぬ世は斯こそ有りけれ
1584
慶政上人
神無月の頃、岡屋入道關白のもとより、山中何事か侍ると申しつかはして侍りける返事によみてつかはしける
詠遣る正木のかづら散果てゝ目に懸るべき物だにもなし
1585
守子内親王
題志らず
影よわき夕日うつろふ片岡に殘るもすごきむらすゝき哉
1586
藤原高範
風かよふ籬の荻の冬がれも色こそかはれおとはかはらず
1587
安嘉門院四條
百首の歌よみ侍りける中に、野を
武藏野は皆冬草の萎れ葉に霜は置くとも根さへ枯れめや
1588
讀人志らず
江寒蘆
湊江の氷に立てる芦の葉にゆふ霜さやぎうらかぜぞ吹く
1589
前權僧正尊什
冬月をよめる
さえ透る霜夜の空の更くるまゝに氷り靜まる月の色かな
1590
法印宰承
題志らず
掻暮し時雨ると見れば風さえてみぞれになりぬ浮雲の空
1591
贈從三位清子
冬の歌の中に
空にのみ散る計りにて今日幾か日をふる雪の積らざる覽
1592
惟宗忠貞
浦雪を
難波潟みぎはの雪は跡もなし溜ればがてに浪やかくらむ
1593
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
庵結ぶ山路のゆきも年ふりて埋もるゝ身は問ふ人もなし
1594
今出川入道前右大臣
後伏見院、北山亭に御幸ありて人々歌つかうまつりける時、雪を
數ふれば待ちも待たれも君が爲つかへふりぬる雪の山里
1595
法印覺懷
同じ心を
玉鉾の道ある御代に降る雪は昔のあとぞなほのこりける
1596
藤原爲量朝臣
春きても花を待つべき梢かは雪だに殘れたにのうもれぎ
1597
後照念院前關白太政大臣
降りにける跡をし世々に尋ぬれば道こそたえね關の白雪
1598
太上天皇
冬の歌の中に
降りうづむ雪に日數は杉の庵たるひぞ繁きやまかげの軒
1599
順徳院御歌
千鳥鳴くさほの山風聲冴えてかは霧白くあけぬこの夜は
1600
前權僧正隆勝
冴ゆる夜の入海かけて友千鳥月にとわたるあまの橋だて
1601
前中納言有忠
後宇多院の七夕の七百首の歌に、浦千鳥を
仕へ來し跡に殘りて浦鵆有るかひもなき音をのみぞ鳴く
1602
紀行春
同じ心を
跡つけむ方ぞ知られぬ濱千鳥和歌の浦わの友なしにして
1603
藤原成藤
冬の歌に
氷りても音は殘れる水無瀬川したにや水の有りて行く覽
1604
藤原基雄
山川の岩間に殘るもみぢ葉のしたには透けるうす氷かな
1605
俊頼朝臣
堀川院の百首の歌に、炭竈を
炭がまの烟ならねど世の中を心ぼそくもおもひ立つかな
1606
爐火
いかにせむ灰の下なる埋火の埋れてのみ消えぬべき身を
1607
前權僧正靜伊
歳暮を
老となる數は我身にとゞまりて早くも過ぐる年の暮かな
1608
前權僧正雲雅
同じ心を
身の上に積る月日も徒らに老のかずそふとしのくれかな
1609
兵部卿[3]C 3 明親王
冬の歌の中に
行く末を思ふにつけて老ゆらくの身には今更惜しき年哉
1610
前中納言爲相
歳暮の歌とてよめる
今はたゞ慕ふばかりの年の暮哀れいつまで春を待ちけむ
1611
藤原爲基朝臣
世をそむきて後山里に住み侍りけるに年のくれていほりの前の道を樵夫どものいそがしげに過ぎ侍りければ
山人の軒端の道に急がずば知らでや年のくれを過ぎまし
1612
永福門院内侍
百首の歌奉りし時、冬の歌
去年もさぞ又はかけじの老の浪越ゆべき明日の春も難面し
3 [2] A kanji in place of C in our copy-text is unavailable in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 1721.