風雅和歌集

Fūga wakashū

作者複数 Various

風雅和歌集卷第十五
雜歌上

1400

中納言兼輔

年の始に人々多く集まりたる所にて

あたらしき年の始の嬉しきはふるき人どち逢へるなりけり
1401

左京大夫顯輔

春生人意中といふ事を

春來ぬと思ふばかりのしるしには心のうちぞ長閑なりける
1402

大江頼重

題志らず

霞まずば春ともえやはしら鳥のとは山松に雪は降りつゝ
1403

永福門院内侍

山里に住み侍りける頃詠める

見るまゝに軒端の山ぞ霞み行く心に知らぬ春やきぬらむ
1404

清原元輔

正月一日鶯の聲は聞くやと人の言ひ侍りければ

年ごとに春の忘るゝ宿なればうぐひすの音もよきて聞えず
1405

夢窓國師

題志らず

我が宿を訪ふとはなしに春の來て庭に跡ある雪のむら消
1406

前大納言爲家

太神宮へ奉りける百首の歌の中に、殘雪を

おのづから猶ゆふかけて神山の玉ぐしの葉に殘る志ら雪
1407

平重時朝臣

題志らず

初草は下に燃ゆれど片岡のおどろがうへの雪はけなくに
1408

清輔朝臣

隆信朝臣從上五位にて年へ侍りけるに一級ゆるされて侍りける時よみて遣しける

位山むすぼゝれつる谷みづはこの春風に解けにけらしな
1409

藤原隆信朝臣

返し

位山春待ちえたる谷水の解くるこゝろは汲みて知らなむ
1410

大中臣直宣

春の歌とて

雪かゝるそともの梅はおそけれどまづ春告ぐる鶯のこゑ
1411

前大僧正範憲

ある人の許より在原業平朝臣の家の梅をつたへて植ゑつぎて侍るとて贈りて侍りければよみて遣しける

世々經てもあかぬ色香はのこりけり春や昔の宿の梅が枝
1412

永福門院内侍

定家卿はやう住みける家に志ばし立ち入りて又ほかへ移り侍りけるをり彼のみづから植ゑて侍りける梅の木の枝に結びつけゝる

わすれじな宿は昔に跡ふりて變らぬのきににほふ梅が枝
1413

前大納言爲世

返し

朽ち殘る古き軒端の梅が枝も又とはるべき春を待つらし
1414

藤原教兼朝臣

春の歌とて

春かぜの心のまゝにさそへどもつきぬは梅の匂なりけり
1415

平久時

軒近き梅の匂ひも深き夜のねやもる月にかをるはるかぜ
1416

前參議家親

伏見院かくれさせ給ひにける時出家し侍りて後、梅の花を見て

梅の花うつる匂は變らねどあらぬうき世にすみぞめの袖
1417

伏見院御歌

春の御歌の中に

哀にも己れうけてや霞むらむ誰がなす時の春ならなくに
1418

院御歌

遠山霞と云ふ事をよませ給ひける

霞にほふ夕日の空はのどかにて雲にいろある山の端の松
1419

皇太后宮大夫俊成

賀茂の社に奉りける百首の歌の中に、霞を

立ち歸り昔のはるの戀しきは霞を分けし賀茂のあけぼの
1420

權中納言長方

海邊霞

與謝の海霞み渡れる明方におき漕ぐ舟のゆくへ知らずも
1421

寂然法師

春の頃天王寺へ參りてよみ侍りける

心ありて見るとしもなき難波江の春の景色は惜くも有る哉
1422

九條左大臣女

春曙を

志らみ行く霞の上の横雲にありあけほそき山の端のそら
1423

源頼春

東雲の霞もふかき山の端に殘るともなきありあけのつき
1424

從二位爲子

東雲のやゝ明け過ぐる山の端に霞のこりて雲ぞわかるゝ
1425

後京極攝政前太政大臣

左大將に侍りける時家に六百番歌合しけるに、春曙を詠める

見ぬよまで思ひ殘さぬながめより昔に霞む春のあけぼの
1426

前大僧正慈鎭

思ひ出でば同じ詠めにかへるまで心に殘れ春のあけぼの
1427

前中納言定家

三十首の歌の中に

思ふこと誰に殘して眺めおかむ心にあまる春のあけぼの
1428

前大納言爲兼

題志らず

暮れぬとて詠めすつへき名殘かは霞める末の春の山の端
1429

伏見院御歌

伏見にて人々題を探りて歌つかうまつりけるついでに、水郷

伏見山あらたのおもの末晴れて霞まぬしもぞ春の夕ぐれ
1430

民部卿爲藤

文保三年後宇多院に召されける百首の歌の中に

踏分くる雪間に色は見えそめて萌えこそやらね道の芝草
1431

安嘉門院四條

百首の歌よみ侍りける中に、早蕨を

今は世に有て物憂き身の程を野邊の蕨のをり/\ぞ知る
1432

前中納言定家

題志らず

霞立つ峯の早蕨こればかりをり知りがほの宿もはかなし
1433

從二位家隆

垂乳根の跡や昔にあれなましおどろの道の春に逢はずば
1434

權律師慈成

春草はまだうらわかき岡のべの小笹隱れにきゞす鳴くなり
1435

前中納言定家

百首の歌の中に

おもひ立つ道の志るべか呼子鳥ふかき山邊に人さそふなり
1436

讀人志らず

近衛太皇太后宮に紅梅を奉りて侍りけるに、次の年の春花の咲きたる見よとて折りて給はせけるに結び付け侍りける

移植ゑし色香も著き梅の花君にぞ分きて見すべかりける
1437

前參議經盛

返し

移植ゑし宿の梅とも見えぬ哉主人からにぞ花も咲きける
1438

赤染衛門

大江擧周、司めしにもれて歎き侍りける頃、梅の花を見て

思ふ事はるとも身には思はぬに時知り顏に咲ける花かな
1439

大藏卿行宗

除目の頃梅花につけて奉りける

かくこそは春待つ梅は咲にけれ譬へむ方もなき我身かな
1440

崇徳院御歌

御返事

八重櫻開くる程を頼まなむ老木もはるに逢はぬものかは
1441

前大納言爲兼

後山本前左大臣、左大將に轉任して侍りける次の朝申し遣しける

時わかぬ君が春とやたち花の影もさくらに猶うつるらむ
1442

後山本前左大臣

返し

思ひやれ君が惠みの時に逢ひて身にあまりぬる花の光を
1443

皇太后宮大夫俊成

法勝寺にて人々花の十首の歌詠み侍りけるに

花にあかで遂に消えなば山櫻あたりをさらぬ霞とならむ
1444

僧正公朝

題志らず

尋ねつる花は限もなかりけり猶山ふかくかゝる志らくも
1445

覺譽法親王

百首の歌奉りし時、春の歌

吉野山花のためにも尋ねばやまだ分けそめぬすゞの下道
1446

伏見院御歌

春の述懷の心を

花鳥のなさけはうへのすさびにて心のうちの春ぞ物憂き
1447

前中納言爲相

はな鳥に猶あくがるゝ心かな老のはるとも身をば思はで
1448

權僧正憲淳

山家春と云ふ事を

時しあれば花鶯のなさけをも外にたづねぬ春のやまざと
1449

伊勢

早う住み侍りける家に人の移り居て後花を折りにやるとて詠める

花の色の昔ながらに見えつれば人の宿とも思ほえぬかな
1450

藤原惟規

上達部殿上人白川渡りにて鞠など弄びけるに女のさまにかきて花の本に落させける

花ゆゑにみゆきふりにし渡りとは思ひや出づる白河の水
1451

中將

式子内親王齋院に侍りける頃御垣の花を折りて建禮門院右京大夫のもとに遣し侍るとて

志めの内は身をもくだかず櫻花をしむ心を神にまかせて
1452

建禮門院右京大夫

返し

志めの外も花とし云はむ花は皆神に任せて散さずもがな
1453

祭主定忠

春の歌の中に

春かぜの岩根の櫻吹くたびに浪のはな散るあさくまの宮
1454

從三位頼政

二條院の御時いまだ殿上ゆるされぬ事を嘆き侍りける頃彌生の十日大内に行幸なりて南殿の櫻盛なるを一枝折らせて去年と今年といかゞあると仰せられけるに枝に結びつけて奉りける

よそにのみ思ふ雲居の花なれば面影ならで見えば社あらめ
1455

讀人志らず

同じ御時藤原隆信朝臣殿上のぞかれて侍りける次の年の春、臨時の祭の舞人にて參り侍りけるに南殿の櫻の盛なりける枝につけて、忘るなよなれし雲居の櫻花うき身は春のよそになるともと女房の中に申し侍りける返し

思はざりし身こそ雲居のよそならめ馴にし花は忘れしもせじ
1456

參川内侍

同じ院隱れさせ給ひて後南殿の櫻を見て

思ひ出づやなれし雲居の櫻花見し人數に我れもありきと
1457

權中納言公雄

文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に

忘れめや昔みはしのさくらばな今は雲居のよその面かげ
1458

前大納言爲兼

永仁二年三月大江貞秀藏人になりて慶を奏しけるを見て宗秀が許に申し遣しける

めづらしき緑の袖も雲のうへの花に色添ふはるの一しほ
1459

皇太后宮大夫俊成

花の歌の中に

埋木となりはてぬれど山櫻をしむ心は朽ちずもあるかな
1460

從二位兼行

出家の後、寄花衣といふ事を

袖ふれし音は昔にへだて來て花にぞうとき苔のころもで
1461

皇太后宮大夫俊成女

寳治の百首の歌の中に、見花といふ事を

たづぬとも思はで入りし奥山の庵もるはなを獨こそ見れ
1462

法印長舜

春の歌に

世の憂さはいづくも花に慰めばよしや芳野の奥も尋ねじ
1463

西行法師

那智の山に花山院の御庵室のありける上に櫻の木の侍るを見て、住みかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出てられて詠みける

木の本に住みける跡を見つる哉那智の高嶺の花を尋ねて
1464

從三位氏成

花の歌の中に

こゝのそぢあまり老いぬる身にも猶花に飽かぬは心なり鳬
1465

永福門院内侍

都の外に住み侍りける頃宣光門院新右衛門督の許へ申し遣しける

またはよも身は七十ぢの春ふりて花も今年や限とぞ見る
1466

院御歌

これを御覽じて、御返し

人も身も又來む春も知らぬ世に霞む雲路を隔てずもがな
1467

伏見院御歌

寄花述懷の心を

時過ぎしふる木の櫻今は世に待つべき花の春もたのまず
1468

永福門院

暦應二年の春、花につけて奉らせ給ひける

時知らぬ宿の軒端の花ざかり君だにとへな又たれをかは
1469

院御歌

御返し

春うとき深山隱れの詠めゆゑとふべき花の頃もわすれて
1470

和泉式部

花のいとおもしろきを見て

あぢきなく春は命の惜しきかな花ぞ此世のほだしなりける
1471

如淨法師

題志らず

風吹けばまさらぬ水も岩越えて瀧つ川瀬は花のしらなみ
1472

源貞行

山深く猶分け入りて尋ぬれば風に知られぬ花もありけり
1473

源貞世

散る花をせめて袂に吹きとめよそをだに風の情と思はむ
1474

平親清女

散るまでに人もとひこぬ木のもとは恨やつもる花の白雪
1475

源和義

歸雁を詠める

玉章もことづてゝまし春の雁我が故郷に歸るとおもはゞ
1476

源貞泰

春雨

さびしさは昔より猶まさりけり我が身ふりぬる宿の春雨
1477

源高國

春の歌に

春と云へば昔だにこそかすみしか老の袂にやどる月かげ
1478

從二位家隆

百首の歌の中に、春月

おぼろにも昔の影はなかりけり年たけて見る春の夜の月
1479

土御門院御歌

同じ心を

時わかぬ泪に袖はおもなれて霞むも知らず春の夜のつき
1480

藤原隆信朝臣

後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、遲日を詠める

斯しつゝ積れば惜しき春の日をのどけき物と何思ふらむ
1481

徽安門院

春の歌とて

心うつすなさけよこれも夢なれやはな鶯のひとゝきの春
1482

山本入道前太政大臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に、松藤を

影うつす松も木高き春の池にみなそこかけてにほふ藤波
1483

前大僧正實超

おなじ心を

底きよき池のみぎはの松が枝に影までなびく春の藤なみ
1484

前太政大臣女

春の歌の中に

山吹の花のしがらみかくれども春はとまらぬ井手の玉川
1485

永陽門院左京大夫

此の春はかならず伴ひて花見るべきよしなど申し侍りける人彌生の末までとはず侍りければ

等閑の詞の花のあらましを待つとせし間に春も暮れぬる
1486

前大僧正慈鎭

雜の歌の中に

さらぬだに心細きをさゝがにの軒に糸ひく夕ぐれのそら
1487

深心院關白前左大臣

百首の歌詠み侍りけるに

四阿屋のまやの軒端に雨すぎて露ぬきとむるさゝ蟹の糸
1488

從三位氏久

題志らず

みあれ木にゆふしで懸けし神山の裾野の葵いつか忘れむ
1489

高階重成

郭公を

都にはまだしき程の郭公ふかきやま路をたづねてぞ聞く
1490

三善爲連

誰が爲もつれなかりける郭公聞きつと語る人しなければ
1491

菅原朝元

時鳥鳴くべき頃と思ふより空にながめぬゆふぐれぞなき
1492

前大僧正忠源

待ちえても老はかひなし郭公同じ初音もかすかにぞ聞く
1493

藤原行信朝臣

さこそげに忍び音ならめ時鳥くらき雨夜の空に鳴くらむ
1494

藤原景綱

天雲の夕ゐるみねの時鳥よそに鳴く音は聞くかひもなし
1495

權中納言宗經

尋ね入る深山隱れの時鳥うき世のほかのことかたらなむ
1496

讀人志らず

右大將兼長馬場にて眞弓射させ侍りけるに舍人どもの的かくることを爭ひて夜更くる迄侍りければ物見車ども皆追々に歸りけるにある女車よりかくかきて大將の隨身に取らせ侍りける

梓弓ためらふ程に月影の入るをのみ見てかへりぬるかな
1497

從三位客子

世を背きて後菖蒲を見てよめる

今日とても文目分くべき身ならぬに何に懸てかねのなかる覽
1498

從二位兼行女

題志らず

橘のかをり凉しく風立ちてのきばにはるゝゆふぐれの雨
1499

祝部成實

早苗を

ゆふかけて今日こそ急げ早苗取るみと代小田の神の宮人
1500

安倍宗長朝臣

松陰の水堰き入れて住吉の岸のうへ田にさなへ取るなり
1501

藤原教兼朝臣

五月雨を

晴間なき心の中のたぐひとや空もかきくらす五月雨の比
1502

津守國夏

水隱れてしげみは見えぬ五月雨に浮きて殘れる淀の苅菰
1503

高階重茂

干さで今日幾日になりぬ海士衣田蓑の島のさみだれの比
1504

源顯氏

夏の歌に

今もかも夕立すらし足引の山の端かくすくものひとむら
1505

惟宗光吉朝臣

野夕立

ふじのねは晴行く空に顯はれて裾野にくだる夕立のくも
1506

伏見院御歌

五十首の御歌の中に、夏草

夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず
1507

前參議雅有

山家晩凉と云ふ事を

雨そゝぐ外面の眞柴風過ぎて夏をわするゝ山のしたかげ
1508

讀人志らず

夏の歌の中に

村雨は晴行くあとの山陰に露ふきおとすかぜのすゞしさ
1509

源貞頼

山もとに日影及ばぬ木隱れの水のあたりぞ夏にしられぬ
1510

儀子内親王

題志らず

更けにけりまた轉寢に見る月の影も簾にとほくなりゆく
1511

皇太后宮大夫俊成

述懷の百首の歌の中に、ともしを

ますらをは志か待つ事の有ればこそ繁き歎も堪忍ぶらめ
1512

前大納言爲家

北野の社に奉りける百首の歌に

五月暗ともしに向ふしかばかり逢ふも逢はぬも哀世の中
1513

從三位基輔

題志らず

秋近き草のしげみに風立ちて夕日すゞしきもりの下かげ
1514

大江貞懷

木かげ行く岩根の清水そこきよみうつる緑の色ぞ凉しき
1515

藤原秀治

一むらの雲吹きおくる山風に晴れても凉し夕だちのあと
1516

惟宗光吉朝臣

心あらば窓の螢も身をてらせあつむる人の數ならずとも
1517

貞空上人

岩間つたふ泉の聲も小夜更けて心をあらふ床のすゞしさ
1518

藤原隆信朝臣

河原院にて法橋顯昭歌合し侍りけるに、故郷のなでしこと云ふ事を

うゑて見し籬は野邊と荒れはてゝ淺茅にまじる床夏の花
1519

後西園寺入道前太政大臣

七月七日龜山院より七夕の歌召されける時よみ侍りける

苔衣袖のしづくを置きながら今年もとりつ草のうへの露
1520

藤原秀行

同じ心を

天の川とわたる舟のみなれ棹さして一夜となど契りけむ
1521

高階師冬

初秋はまだ長からぬ夜半なれば明くるや惜しき星合の空
1522

慶政上人

寧世間安隱一身乎と云ふ事を

もち侘ぶる身をも心の秋風におき所なきそでのしらつゆ
1523

只皈法師

題志らず

知られずも夕の露の置きやそふ庭の小萩の末ぞかたぶく
1524

式部卿久明親王

大方の秋の詠めも分きてなほ山と水とのゆふぐれのそら
1525

大江貞廣

物に觸れてなせる哀は數ならず唯そのまゝの秋の夕ぐれ
1526

和氣全成朝臣

日影殘る籬の草に鳴初めて暮るゝを急ぐきり%\すかな
1527

前權僧正圓伊

なれて聞く老の枕のきり%\すなからむ跡の哀をもとへ
1528

賀茂重保

夕まぐれすがる鳴く野の風の音にことぞともなく物ぞ悲しき
1529

前中納言爲相

秋述懷と云ふ事を

春日野に秋鳴く鹿も知るべせよをしへし道の埋るゝ身を
1530

順徳院御歌

秋の歌あまたよませ給ひけるに

鹿のねを入相の鐘に吹きまぜて己れ聲なきみねのまつ風
1531

伏見院御歌

田家の心を

遙かなる門田の末は山たえて稻葉にかゝる入日をぞ見る
1532

貫之

瀧をよめる

松の音を琴に志らぶる秋風は瀧の糸をやすげて引くらむ
1533

後京極攝政太政大臣

秋の歌の中に

水青き麓の入江霧晴れてやま路あきなるくものかけはし
1534

權少僧都潤爲

入日さす浦よりをちの松原に霧吹き懸くるあきの潮かぜ
1535

前大納言尊氏

百首の歌奉りし時

秋風にうき立つ雲はまどへども長閑にわたる雁の一つら
1536

藤原頼清朝臣

題志らず

晴れそむる峰の朝霧ひま見えて山の端渡るかりの一つら
1537

藤原宗行

穗に出づる秋の稻葉の雲間より山もと見えて渡る雁がね
1538

中臣祐夏

秋雨を

嵐吹く高嶺の空はくも晴れて麓をめぐるあきのむらさめ
1539

平英時

題志らず

寂しさは軒端の荻の音よりも桐の葉おつるにはの秋かぜ
1540

明通法師

空はまだ殘る日影の薄霧に露見えそめてにはぞくれゆく
1541

藤原宗泰

須磨の浦や波路の末は霧晴れて夕日に殘る淡路しまやま
1542

前大納言尊氏

松風に月の尾上は空晴れて霧のふもとにさをじかのこゑ
1543

權中納言公雄

後宇多院の七夕の七百首の歌に、駒迎を

今もかも絶せぬ物か年ごとの秋のなかばのもちづきのこま
1544

從三位爲親

同じ七百首の歌に、湖月を

さゞ波やにほてるうらの秋風に浮雲晴れて月ぞさやけき
1545

前大納言尊氏

月の歌の中に

初瀬山檜原に月は傾ぶきてとよらの鐘のこゑぞふけゆく
1546

津守國實

いねがてに詠めよとてや秋の月更ては影の冴え増るらむ
1547

賀茂經久

故郷は軒はふ蔦の末たれてさし入る月のかげだにもなし
1548

藤原爲守女

此頃は月にも猶ぞなれ増るねられぬまゝの老のすさびに
1549

藤原懷通朝臣

雲の上になれ見し月ぞ忍ばるゝ我が世更け行く秋の涙に
1550

和氣種成朝臣

思ひ出づる昔に似たる面影ぞふるきをうつす鏡なりける
1551

丹波長典朝臣

身の憂へ慰むかとて見る月や秋をかさねて老となるらむ
1552

法印源全

年毎に逢ひ見る事は命にて老のかず添ふあきのよのつき
1553

光明峰寺入道前攝政左大臣

貞永元年八月十日頃中宮女房いざなひて東山へまかり侍りけるに水に月のうつりてくまなかりければ

せき入るゝ岩間の水の飽かでのみ宿かる月を袖に見る哉
1554

後堀河院民部卿典侍

返し

立ち歸る袖には月の慕ふとも石間の水はあかぬたびかな
1555

二品法親王尊胤

護持に侍りける比、月を見て

祈り來て仕ふる宵の秋もはやなれて三とせの雲の上の月
1556

入道二品親王尊圓

百首の歌奉りし時

斯てこそ見るべかりけれ奥山の室のとぼそにすめる月影
1557

儀子内親王

雜の歌の中に

空清く有明の月はかげすみて木高き杉にましらなくなり
1558

丹波忠守朝臣

秋寒きありあけの空の一時雨くもるもつらき情なりけり
1559

惠助法親王

山家月を

厭ひこし浮世の外の山里に月はいつよりすみなれにけむ
1560

藤原爲守

世を遁て後東に住侍ける頃よめる

住侘びて出でし方とは思へども月に戀しきふるさとの秋
1561

法印隆淵

題志らず

なれて見る月ぞ知るらむ年を經て慰めがたきあきの心は
1562

貫之

承平五年、内裏の御屏風に、月夜に女の家に男いたりてすのこに居て物云はせたる所

山の端に入なむと思ふ月見つゝ我はと乍らあらむとやする
1563

女、返し

久堅の月のたよりに來る人はいたらぬ所あらじとぞ思ふ
1564

寂然法師

思ふ事有りける比

つく%\と事ぞともなき詠して今宵の月も傾ぶきにけり
1565

太宰大貳重家

籠り居て侍りける比、月を見て

月影のくまなしとても侘人の心の暗の晴ればこそあらめ
1566

俊惠法師

月前述懷を

詠むれば身の憂き事の覺ゆるをうれへ顏にや月も見る覽
1567

土御門院御歌

月の御歌の中に

歎くとて袖の露をば誰れかとふ思へばうれし秋の夜の月
1568

從二位家隆

昔には有りしにも非ぬ袖の上に誰れとて月の泪とふらむ
1569

伏見院御歌

月の十五首の歌、人々によませさせ給ひけるに、雜月を

哀さても何のすさびの詠めして我世の月の影更けぬらむ
1570

院御歌

寄月雜と云ふことをよませ給ひける

雲深きみどりの洞にすむ月のうき世の中に影はたえにき
1571

四條太皇太后宮主殿

題志らず

殘りなく思ひ捨てゝし世の中に又をしまるゝ山の端の月
1572

賀茂雅久

遠近の砧の音にいく里もおなじ夜さむのあはれをぞ知る
1573

前大僧正慈勝

雜の歌の中に

荒れにける庭のかきほの苔の上に蔦はひかゝる故郷の秋
1574

祝部成國

紅葉を

一しほは手折りて後に染めて鳬時雨に翳す山のもみぢ葉
1575

兼空上人

秋の歌に

うら枯るゝ尾花が末の夕附日うつるも弱き秋の暮れがた
1576

大江千里

暮秋の心を

山さむし秋も暮れぬとつぐるかも槇の葉ごとに置ける朝霜
1577

和泉式部

秋の末つかたより雨うちつゞきふるに十月一日によめる

今日は猶隙こそなけれ掻曇る時雨心地はいつもせしかど
1578

藤原冬頼

題志らず

夕附日雲一むらにかげろひて時雨にかすむをかの松ばら
1579

祝部成國

音ばかり板屋の軒の時雨にて曇らぬ月にふる木の葉かな
1580

前大僧正賢俊

落葉交雨と云ふ事を

神無月時雨に交るもみぢ葉は散りかふ程も色や添ふらむ
1581

二品法親王尊胤

冬の歌の中に

落葉にも秋の名殘をとめじとやまた誘ひ行く木枯のかぜ
1582

從二位爲子

閑居冬夕を

寂しさよ桐の落葉は風になりて人はおとせぬやどの夕暮
1583

後伏見院御歌

風前落葉と云ふ事をよませ給ひける

山嵐に脆く落行くもみぢ葉の留らぬ世は斯こそ有りけれ
1584

慶政上人

神無月の頃、岡屋入道關白のもとより、山中何事か侍ると申しつかはして侍りける返事によみてつかはしける

詠遣る正木のかづら散果てゝ目に懸るべき物だにもなし
1585

守子内親王

題志らず

影よわき夕日うつろふ片岡に殘るもすごきむらすゝき哉
1586

藤原高範

風かよふ籬の荻の冬がれも色こそかはれおとはかはらず
1587

安嘉門院四條

百首の歌よみ侍りける中に、野を

武藏野は皆冬草の萎れ葉に霜は置くとも根さへ枯れめや
1588

讀人志らず

江寒蘆

湊江の氷に立てる芦の葉にゆふ霜さやぎうらかぜぞ吹く
1589

前權僧正尊什

冬月をよめる

さえ透る霜夜の空の更くるまゝに氷り靜まる月の色かな
1590

法印宰承

題志らず

掻暮し時雨ると見れば風さえてみぞれになりぬ浮雲の空
1591

贈從三位清子

冬の歌の中に

空にのみ散る計りにて今日幾か日をふる雪の積らざる覽
1592

惟宗忠貞

浦雪を

難波潟みぎはの雪は跡もなし溜ればがてに浪やかくらむ
1593

權中納言公雄

文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に

庵結ぶ山路のゆきも年ふりて埋もるゝ身は問ふ人もなし
1594

今出川入道前右大臣

後伏見院、北山亭に御幸ありて人々歌つかうまつりける時、雪を

數ふれば待ちも待たれも君が爲つかへふりぬる雪の山里
1595

法印覺懷

同じ心を

玉鉾の道ある御代に降る雪は昔のあとぞなほのこりける
1596

藤原爲量朝臣

春きても花を待つべき梢かは雪だに殘れたにのうもれぎ
1597

後照念院前關白太政大臣

降りにける跡をし世々に尋ぬれば道こそたえね關の白雪
1598

太上天皇

冬の歌の中に

降りうづむ雪に日數は杉の庵たるひぞ繁きやまかげの軒
1599

順徳院御歌

千鳥鳴くさほの山風聲冴えてかは霧白くあけぬこの夜は
1600

前權僧正隆勝

冴ゆる夜の入海かけて友千鳥月にとわたるあまの橋だて
1601

前中納言有忠

後宇多院の七夕の七百首の歌に、浦千鳥を

仕へ來し跡に殘りて浦鵆有るかひもなき音をのみぞ鳴く
1602

紀行春

同じ心を

跡つけむ方ぞ知られぬ濱千鳥和歌の浦わの友なしにして
1603

藤原成藤

冬の歌に

氷りても音は殘れる水無瀬川したにや水の有りて行く覽
1604

藤原基雄

山川の岩間に殘るもみぢ葉のしたには透けるうす氷かな
1605

俊頼朝臣

堀川院の百首の歌に、炭竈を

炭がまの烟ならねど世の中を心ぼそくもおもひ立つかな
1606

爐火

いかにせむ灰の下なる埋火の埋れてのみ消えぬべき身を
1607

前權僧正靜伊

歳暮を

老となる數は我身にとゞまりて早くも過ぐる年の暮かな
1608

前權僧正雲雅

同じ心を

身の上に積る月日も徒らに老のかずそふとしのくれかな
1609

兵部卿[3]C3明親王

冬の歌の中に

行く末を思ふにつけて老ゆらくの身には今更惜しき年哉
1610

前中納言爲相

歳暮の歌とてよめる

今はたゞ慕ふばかりの年の暮哀れいつまで春を待ちけむ
1611

藤原爲基朝臣

世をそむきて後山里に住み侍りけるに年のくれていほりの前の道を樵夫どものいそがしげに過ぎ侍りければ

山人の軒端の道に急がずば知らでや年のくれを過ぎまし
1612

永福門院内侍

百首の歌奉りし時、冬の歌

去年もさぞ又はかけじの老の浪越ゆべき明日の春も難面し
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Last Modified: Thursday, January 09, 2014
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