風雅和歌集 (Fūga wakashū) — 風雅和歌集卷第十六 雜歌中 作者複数 (Various) 14th Century Fūga wakashū 風雅和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1347 ふうがわかしゅう Fūga wakashū 風雅和歌集 ふうがわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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風雅和歌集 › 風雅和歌集卷第十六 雜歌中 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
風雅和歌集 Fūga wakashū
作者複数 Various
風雅和歌集卷第十六
雜歌中
1613
藤原爲基朝臣
曉雲と云ふ事を
曉やまだ深からし松のうれにわかるともなきみねの白雲
1614
後西園寺入道前太政大臣
文保三年、百首の歌の中に
見るまゝに天ぎる星ぞうきしづむ曉やみのむらくもの空
1615
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
時ははや曉近くなりぬなりまれなる星のそらぞしづけき
1616
今上御歌
雜の御歌の中に
西の空はまだ星見えて有明の影よりしらむ遠のやまの端
1617
院一條
康永二年、歌合に、雜色を
白み増る空の緑は薄く見えて明け殘る星の數ぞ消え行く
1618
祝子内親王
曉の心を
山深みおりゐるそらは明けやらで麓に遠きあかつきの鐘
1619
太上天皇
雜の歌の中に
夜鳥は高き梢に鳴き落ちてつき靜かなるあかつきのやま
1620
鐘の音に夢は覺めぬる後にしも更に寂しきあかつきの床
1621
從三位親子
窓近き軒端の峯は明けそめて谷よりのぼるあかつきの雲
1622
進子内親王
聞き聞かず同じ響きも亂るなり嵐のうちのあかつきの鐘
1623
春宮權大夫冬通
明けぬるか寐覺の窓の隙見えて殘るともなき夜半の燈火
1624
院御歌
百首の御歌の中に
羽音して渡るからすのひと聲に軒端の空は雲あけぬなり
1625
徽安門院一條
立ちそむるからす一聲鳴き過ぎてはやし靜に明くる東雲
1626
前大納言實明女
朝がらす聲する森の梢しも月は夜ふかきありあけのかげ
1627
伏見院御歌
題を探りて人々歌つかうまつりけるに關と云ふ事をよませ給ひける
逢坂や曉かけて鳴くとりの聲しろくなるせきのすぎむら
1628
院御歌
百首の御歌に
里々の明けゆくおとは急げども長閑にしらむ山のはの空
1629
藤原爲基朝臣
題志らず
出でやらで朝日籠れる山の端のあたりの空ぞ先匂ひぬる
1630
從二位爲子
朝煙を
宿々に立つる烟の末あひてひと村かすむさとのあさあけ
1631
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
遠方の里は朝日に顯はれてけぶりぞうすき竹のひとむら
1632
前大納言實明女
風すさぶ竹のさ枝の夕づく日うつり定めぬ影ぞさびしき
1633
前大納言爲兼
あさき夕と云ふ事を
もりうつる谷にひとすぢ日影見えて峯も麓も松の夕かぜ
1634
順徳院御歌
雜の御歌に
入日さすみねの浮雲たなびきて遙かにかへる鳥のひと聲
1635
太上天皇
夕日影田面遙かに飛ぶ鷺のつばさのほかに山ぞ暮れぬる
1636
榮子内親王
山もとはまづ暮れそめて峰高き梢に殘るゆふ日かげかな
1637
後伏見院御歌
夕山と云ふ事を
夕山や麓の檜原いろさめて殘る日かげぞみねにすくなき
1638
中務卿宗尊親王
百首の歌の中に
見渡せば雲間の日影移ろひてむら/\かはる山の色かな
1639
徽安門院
雜の歌に
夕日さすみねは緑の薄く見えて陰なる山ぞ分きて色こき
1640
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
夕付日入りぬる峰の色濃きに一もと立てる松ぞさびしき
1641
順徳院御歌
百首の御歌の中に
夕付日山のあなたになる儘に雲の旗手ぞいろかはり行く
1642
院一條
雜の歌に
山の端の色ある雲にまづ過ぎて入日の跡の空ぞしづけき
1643
徽安門院一條
西の空の夕日の跡は覺めやらで月よりかはる雲の色かな
1644
源義詮朝臣
月はあれどまだ暮れやらぬ空なれや移るも薄き庭の影哉
1645
從二位行家
人とはぬ谷の戸ぼそのしづけきに雲こそ歸れ夕ぐれの山
1646
前大納言尊氏
暮山をよめる
山風はたかねの松に聲やみて夕のくもぞたにゝしづまる
1647
民部卿爲定
百首の歌奉りし時
こもり江の初瀬の檜ばら吹き分けて嵐にもるゝ入相の鐘
1648
前中納言重資
雨そゝぐ槇のしづくは落ち添ひて雲深くなる夕ぐれの山
1649
後伏見院御歌
題志らず
鳥の行く夕のそらのはる%\と詠めの末に山ぞいろこき
1650
藤原爲基朝臣
飛び連れて遠ざかり行く鴉羽に暮るゝ色添ふをち方の空
1651
伏見院御歌
夕鐘を
鐘の音をひとつ嵐に吹きこめて夕暮しをるのきの松かぜ
1652
ならび立つまつの面は靜にて嵐のおくにかねひゞくなり
1653
山の端の詠めにあたる夕ぐれに聞かで聞ゆる入相のおと
1654
祝子内親王
つれ%\と詠め/\て暮るゝ日の入相の鐘の聲ぞ寂しき
1655
後伏見院御歌
雜の御歌の中に
尋ね入る山路のすゑは人も逢はず入相の鐘に嵐こそ吹け
1656
永福門院
かくしてぞ昨日も暮れし山の端の入日のあとに鐘の聲々
1657
從二位爲子
何となく夕の空を見る儘に怪しきまではなぞやわびしき
1658
後鳥羽院御歌
何となく過ぎ來し方のながめまで心にうかぶ夕ぐれの空
1659
伏見院御歌
寺深き寢覺の山は明けもせであま夜の鐘の聲ぞしめれる
1660
儀子内親王
つく%\と獨聞く夜の雨の音は降りをやむさへ寂しかり鳬
1661
皆人のいをぬるなべに鳥羽玉の夜てふ時ぞ世は靜かなる
1662
從一位教良女
燈を詠み侍りける
思ひつくす心に時は移れども同じ影なるねやのともし火
1663
前大納言爲家
寳治の百首の歌に、夜燈を
哀にぞ月に背くる燈火のありとはなしに我がよ更けぬる
1664
前大納言長雅
雜の歌に
眞木の屋のひま吹く風も心せよ窓深き夜に殘るともし火
1665
徽安門院
燈火は雨夜のまどにかすかにて軒のしづくを枕にぞ聞く
1666
後伏見院御歌
月を
一筋に思ひも果てじ猶も此の浮世の友は月こそありけれ
1667
讀人志らず
世の中は空しき物とあらむとぞ此照る月は滿ちかけしける
1668
大僧正行尊
月のあかきを見て詠める
ありし世に廻る身としも思はねば月は昔の心地こそすれ
1669
藤原敦經朝臣
藏人おりて後月を見て詠める
昔のみ詠むるまゝに戀しきはなれし雲居の月にやある覽
1670
前參議家親
頭おろして後、月を見て
今は我れ又見るまじき哀れさよなれて仕へし雲の上の月
1671
如願法師
雜の歌の中に
袖の上に變らぬ月のかはるかなありし昔の影を戀ひつゝ
1672
何となく昔戀しき我が袖の濡れたる上にやどるつきかげ
1673
從二位爲子
時ありて花も紅葉もひとさかり哀に月のいつもかはらぬ
1674
二品法親王覺助
大峰修行の時詠み侍りける
うきて立つ雲吹き拂ふ山風の小笹に過ぐる音のはげしさ
1675
永福門院
雲を
山合におりしづまれる白雲の暫しと見れば早消えにけり
1676
前右衛門督基顯
薄く濃き山の色かと見る程に空行く雲のかけぞうつろふ
1677
前大納言爲兼
雜の歌の中に
大空にあまねくおほふ雲の心國土うるほふ雨くだすなり
1678
從二位爲子
荒き雨のをやまぬ程の庭たづみせき入れぬ水ぞ暫し流るゝ
1679
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時、雜の歌
枝暗き梢に雨の音はしてまだつゆ落ちぬまきのしたみち
1680
太上天皇
五首の歌合に、雜遠近を
雲かゝる遠山松は見えずなりて籬のたけに雨こぼるなり
1681
永福門院内侍
眺めつる草の上より降りそめて山の端消ゆる夕ぐれの雨
1682
後伏見院御歌
雨夜思と云ふ事を
獨あかす四方の思は聞きこめぬたゞつく%\と更くる夜の雨
1683
伏見院御歌
雜の御歌の中に
夜の雨に心はなりて思ひやる千里の寐覺こゝにかなしも
1684
大藏卿有家
元久元年七月北野の社の歌合に、暮山雨を
見ぬ世まで思ふも寂し石の上ふるの山邊のあめの夕ぐれ
1685
儀子内親王
題志らず
山松は見る/\雲に消え果てゝ寂しさのみの夕ぐれの雨
1686
藤原親行朝臣
虹の立つ峯より雨は晴れそめて麓の松をのぼるしらくも
1687
藤原公直朝臣母
雨は今晴れぬと見つる遠山の松にみだれてかゝるしら雲
1688
永福門院内侍
百首の歌奉りし時
雨晴れて色濃き山の裾野より離れてのぼる雲ぞまぢかき
1689
藤原爲基朝臣
題志らず
山もとや雨晴れのぼる雲の跡に煙のこれるさとの一むら
1690
從三位親子
谷かげや眞柴の烟濃く見えて入相くらきやまのしたみち
1691
進子内親王
雜の歌の中に
立ちのぼる烟さびしき山もとの里の此方にもりの一むら
1692
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、山を
白雲の八重立つ峰も塵ひぢの積りてなれる山にし非ずや
1693
前大僧正慈順
題志らず
三の峰の二の道を並べ置きて我がたつ杣の名こそ高けれ
1694
伏見院御歌
雜の御歌の中に
浦かぜは湊のあしに吹きしをり夕暮しろき波のうへの雨
1695
後二條院御歌
浦の松木の間に見えて沈む日の名殘の波ぞ暫しうつろふ
1696
永福門院
沈み果てぬ入日は浪の上にして汐干に清きいそのまつ原
1697
藤原爲基朝臣
磯山の陰なる海はみどりにて夕日にみがくおきつ白なみ
1698
祝部成茂
白波のたかしのやまの麓より眞砂吹きまき浦かぜぞ吹く
1699
藤原朝村
かつしかのまゝの浦風吹きにけり夕波越ゆる淀のつぎ橋
1700
院兵衛督
打ち寄する荒磯浪の跡なれや汐干のかたに殘るもくづは
1701
前中納言定家
眺望の心を
わたの原波と空とは一つにて入日をうくる山の端もなし
1702
藤原冬隆朝臣
清見がそ磯山もとは暮れそめて入日のこれる三保の松原
1703
讀人志らず
物へ行くに海のほとりにて
風を痛み寄せ來る波にいさりする蜑少女子が裳の裾ぬれぬ
1704
題志らず
玉津島見れどもあかずいかにして包みもたらむ見ぬ人の爲
1705
家づとに貝を拾ふと沖邊より寄せ來るなみに衣手濡れぬ
1706
あり通ふ難波の宮は海近み海士少女子が乘れるふね見ゆ
1707
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、江蘆を
難波江に夕汐遠く滿ちぬらし見らくすくなきあしの村立
1708
津守國基
津の國に侍りける頃京にあひ知りたる人のもとに遣す文の上にかきて侍りける
津の國の難波よりぞと云はず共芦でを見ても其と知らなむ
1709
光明峰寺入道前攝政左大臣
題志らず
津の國の難波の里の浦ちかみまがきを出づるあまの釣舟
1710
前中納言爲相女
荒磯の松の陰なる海士小舟つなぎながらぞ浪にたゞよふ
1711
從三位行尹
漕ぎ出でゝ武庫の浦より見渡せば波間にうかぶ住吉の松
1712
從二位爲子
日吉へ參るとて唐崎の松を見て詠める
唐崎やかすかに見ゆる眞砂路にまがふ色なき一もとの松
1713
前中納言有光
雜の歌に
にほの海や霞みて遠き朝あけに行く方見えぬ海士の釣舟
1714
從二位家隆
明け渡るをじまの松の木の間より雲に離るゝ海士の釣舟
1715
前中納言基成
浦々の暮るゝ波間もかず見えて沖に出でそふ海士の漁火
1716
從二位爲子
漕ぎ出づる程も浪ぢに數消えぬ追風はやきうらのつり舟
1717
前大納言爲兼
物として量り難しなよわき水に重き舟しも浮ぶと思へば
1718
從二位兼行
河むかひまだ水暗きあけぼのに出づるか舟の音ぞ聞ゆる
1719
前内大臣
百首の歌奉りし時、雜の歌
苔むして人の行きゝの跡もなしわたらで年やふるの高橋
1720
前大納言爲兼
題志らず
大井川遙に見ゆる橋のうへに行く人すごし雨のゆふぐれ
1721
岡のべや靡かぬ松は聲をなして下草しをる山おろしの風
1722
藤原爲守女
谷深き松のしづ枝に吹きとめて深山の嵐こゑしづむなり
1723
從二位宣子
山人のおへる眞柴の枝にさへ猶音づれて行くあらしかな
1724
從三位親子
つれ%\と山陰すごき夕暮のこゝろにむかふまつの一本
1725
前大納言爲兼
見るとなき心にも猶あたりけむ向ふみぎりの松の一もと
1726
伏見院御歌
夕松と云ふ事を
いましもは嵐に増る哀れかな音せぬ松のゆふぐれのやま
1727
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時
年深き杉の梢も神さびてこぐらきもりはみや居なりけり
1728
淨妙寺左大臣
雜の歌の中に
暮れぬるか籬の竹のむらすゞめねぐらあらそふ聲騷ぐなり
1729
徽安門院
康永二年、歌合に、雜色と云ふことを
みどり濃き日影の山のはる%\と己れまがはず渡る白鷺
1730
伏見院御歌
鷺を
山もとの田面より立つ白鷺の行くかた見れば森の一むら
1731
前中納言爲相
雜の歌に
谷陰や木深き方にかくろへて雨をもよほす山ばとのこゑ
1732
從三位忠嗣
鐘のおと鳥のね聞かぬおく山の曉知るは寢ざめなりけり
1733
正二位隆教
山家夢と云ふ事を
吹きおろす軒端の山の松かぜに絶えて短き夢のかよひ路
1734
前中納言定家
三十首の歌の中に、山家松
忍ばれむ物ともなしに小倉山軒端の松ぞなれてひさしき
1735
圓光院入道前關白太政大臣
山家の心を
松の風かけひの水に聞きかへて都の人のおとづれはなし
1736
權律師慶運
山を
塵の身ぞおき所なき白雲のたなびく山のおくはあれども
1737
藤原基任
題志らず
山深き住まひばかりはかひもなし心に反く浮世ならねば
1738
權律師慈成
山深き宿には人の音もせでたに靜かなるとりのひとこゑ
1739
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、山家嵐を
山もとの松のかこひのあれまくに嵐よしばし心して吹け
1740
權中納言俊實
雜の歌の中に
たゞ一へあだにかこへる柴の垣いとふ心に世をば隔てゝ
1741
式子内親王
我宿はつま木こり行く山賤のしば/\通ふ跡ばかりして
1742
西園寺前内大臣女
山家木を
こゝにさへ嵐吹けとは思はずよ身の隱れがの軒の山まつ
1743
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時
山の奥靜かにとこそ思ひしに嵐ぞさわぐ檜はらまきはら
1744
山本入道前太政大臣女
世を逃れて山深く住み侍りける頃よめる
まだ人の庵ならべぬ山かげは音するかぜを友ときくかな
1745
前權僧正良海
竹を
一もとゝ思ひてうゑし呉竹の庭見えぬまで繁るふるさと
1746
伏見院御歌
六帖の題にて人々に歌よませさせ給ひけるついでに、山里
つくろはぬ岩木を庭の姿にて宿めづらしき山のおくかな
1747
佛國禪師
題志らず
我だにもせばしと思ふ草の庵になかばさし入る峰の白雲
1748
伏見院御歌
山家夕と云ふ事を
山かげや近き入相の聲くれて外面のたにゝ沈むしらくも
1749
院御歌
百首の御歌に
跡絶えてへだつる山の雲ふかしゆきゝは近き都なれども
1750
前大僧正道玄
無動寺に籠山して侍りける時源兼氏朝臣の許に申し送り侍りける
山里をたれすみ憂しと厭ひけむ心のすめば寂しさもなし
1751
藤原宗秀
題志らず
訪ふ人も待たれぬ程に住慣れてみ山の奥は寂しさもなし
1752
前大納言家雅
おく山の岩ほの枕苔むしろかくても經なむあはれ世の中
1753
安嘉門院高倉
寳治の百首の歌に、山家水を
人目こそ枯れなば枯れめ山ざとに筧の水の音をだにせよ
1754
儀子内親王
題志らず
とはるやと待たましいかに寂しからむ人目を厭ふ奥山の庵
1755
二品法親王承覺
折れ殘る軒の懸樋をつたひきて庭にしたゝるこけの下水
1756
伏見院御歌
山家の御歌の中に
遠方の山は夕日のかげ晴れて軒端のくもは雨おとすなり
1757
進子内親王
雨を
雲しづむ谷の軒端の雨の暮聞きなれぬ鳥の聲もさびしき
1758
順徳院御歌
雜の御歌に
ますら男が山かたつきて住む庵の外面に渡す杉のまろ橋
1759
前大納言忠良
山深き草のいほりの雨の夜におとせで降るは泪なりけり
1760
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
山ざとは寂しとばかりいひ捨てゝ心留めて見る人やなき
1761
前大納言尊氏
田家雨をよめる
山もとやいほの軒端に雲おりて田面さびしき雨の夕ぐれ
1762
後嵯峨院御歌
寳治二年百首の歌人々に召されけるついでに、里竹を
思ひ入る深山の里のしるしとて浮世隔つるまどのくれ竹
1763
二品親王慈道
西山の善峰寺にてよみ侍りける
此里は外面の眞柴志げゝれば外に求めぬつま木こるなり
1764
院御歌
題志らず
あともなき賤が家居の竹の垣犬の聲のみおくぶかくして
1765
山階入道前左大臣
寳治の百首の歌に、山家水を
身をかくす深山のおくの通路を有りとな告げそ谷の下水
1766
後花山院前内大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
庵むすぶ山下水の木隱れに澄ますこゝろを知る人ぞなき
1667a
[4] 4 前大納言爲家
千首の歌よみ侍りけるに
閼伽棚の花の枯葉も打ちしめり朝ぎりふかし峰の山でら
1768
藤原爲基朝臣
山里なる所へ罷りける道にてよみ侍りける
月はまだ峰越え遣らぬ山陰にかつ%\見ゆる松のした道
1769
從三位頼政
百首の歌よみ侍りけるに
稻荷山西にや月のなりぬらむ杉のいほりの窓のしらめる
1770
伏見院御歌
山家鳥
山陰や竹のあなたに入り日落ちて林のとりのこゑぞ爭ふ
1771
從二位爲子
山路の心を
山人の分け入る外のあともなし峯より奥の芝のしたみち
1772
中務卿宗尊親王
樵夫を
見渡せばつま木の道の松陰に柴よせかけてやすむやま人
1773
前大納言公泰
しばし猶麓の道のくらければ月待ち出でゝ歸るやまびと
1774
前左兵衛督惟方
深き山里に人の尋ねくるも無くて何と無く物哀なるに
人はいはじ鳥も聲せぬ山路にも在ればあらるゝ身に社有けれ
1775
東山に住み侍りける比從三位頼政尋ね來て後かき絶え音せざりければ遣しける
いかにして野中の清水思出でゝ忘る計りに又なりぬらむ
1776
靜仁法親王
笙の岩屋にこもりてよみ侍りける
暮ると明くと露けき苔の袂哉もらぬ岩屋の名をば頼まじ
1777
藤原道信朝臣
玉井と云ふ所にて
我ならぬ人に汲すな行きずりに結び置きつる玉の井の水
1778
弘法大師
高野の奥の院へ參る道に玉川と云ふ河の水上に毒虫の多かりければ此の流を飮むまじき由を示し置きて後よみ侍りける
忘れても汲みやしつらむ旅人の高野のおくの玉川のみづ
1779
阿一上人
同じ山に登りて三鈷の松を見て
是ぞ此のもろこし舟にのりを得てしるしを殘す松の一本
1780
前左兵衛督惟方
白川なりける家に住み絶えて年へて後罷りてよみ侍りける
故郷は淺茅がしたにうづもれて草の庵となりにけるかな
1781
二品法親王寛尊
大覺寺に住み侍りける比詠める
年を經てあれこそ増れ嵯峨の山君が住み來し跡はあれ共
1782
藤原爲守女
雜の歌に
命待つ假の宿りのうちにだに住み定めたる隱れがもなし
1783
夢窓國師
庵を住み捨てゝ出でけるに
幾度か斯く住み捨てゝ出でつらむ定めなき世に結ぶ假庵
1784
前中納言定家
百首の歌の中に
鷺の居る池の汀に松舊りてみやこの外のこゝちこそすれ
1785
權中納言定頼
長和五年四月雨のいと長閑に降るに大納言公任に遣しける
八重葎繁れる宿につれ%\と訪ふ人もなき詠めをぞする
4 [4] The poem has poem number 1767 in Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol.1).