風雅和歌集

Fūga wakashū

作者複数 Various

風雅和歌集卷第十八
釋教歌

2030

待兼ねて歎くと告げよ皆人にいつをいつとて急がざる覽

此の歌は、善光寺如來の御歌となむ。

2031

急げ人彌陀の御舟の通ふ世にのり後れなばいつか渡らむ

かの御歌につぎて、聖徳太子のよみ給へるとなむ。

2032

補陀落の海を渡れる物なればみるめも更に惜しからぬ哉

是は長治の頃或る人目志ひたる子を相具して粉河寺に詣でゝ彼の子を膝にすゑて泣く/\祈り申すとて、補陀落の海におふなる物なればこのみるめをばたまへとぞ思ふと思ひ續けてまどろみける夢に、觀音の示し給ひけるとなむ。

2033

西行法師

法花經序品の心を

散りまがふはなの匂ひをさきだてゝ光を法の莚にぞしく
2034

前權少僧都源信

方便品

妙法の唯ひとつのみありければ又二つなし又三つもなし
2035

權僧正永縁

譬喩品の心をよめる

心をば三つの車にかけしかど一つぞ法のためしには引く
2036

慶政上人

不覺不知不驚不怖の心を

驚かでけふも空しく暮れぬなり哀うきみのいりあひの空
2037

前參議經盛

信解品

年經れど行方も知らぬ垂乳根よこはいかにして尋逢ひけむ
2038

前大納言尊氏

五十ぢまで迷ひ來にけるはかなさよ唯假そめの草の庵に
2039

入道二品親王尊圓

伏見院隱れ給ひて後人々一品經書き侍りけるに信解品を書きて奉るとてよめる

我ぞ憂き五十ぢ餘りの年ふとも廻り逢ふべき別ならねば
2040

法成寺入道前關白太政大臣

藥草喩品の心を

法の雨は普く灑ぐ物なれどうるふ草木はおのがしな%\
2041

權大納言行成

くさ%\の草木の種と思ひしを潤ほす雨は一つなりけり
2042

大僧正行尊

草も木も種は一つをいかなれば二葉三葉に芽ぐみ初けむ
2043

藤原爲明朝臣

前大納言爲氏一品經の歌とてすゝめ侍りけるに安樂行品、若入他家不與小女處女寡女等共語といふ文の心をよめる

名にめでゝ迷もぞする女郎花匂ふ宿をばよきて行かなむ
2044

祭主輔親

壽量品の心を

此世にて入りぬと見えし月なれど鷲の山にはすむとこそ聞け
2045

正二位隆教

分別功徳品を

皆人を渡さむと思ふ艫綱のながくもがなや淀のかはふね
2046

院御歌

藥王品、是眞精進、是名眞法供養如來と、いへる心をよませ給ひける

燕なく軒端の夕日かげきえて柳にあをきにはのはるかぜ
2047

赤染衛門

妙音品

ここにのみありとやは見る孰くにも妙なる聲に法とこそ聞け
2048

平忠度朝臣

普門品、即得淺處の心を

おり立ちて頼むとなれば飛鳥川淵も瀬になる物とこそ聞け
2049

赤染衛門

陀羅尼品

法まもる誓を深く立てつれば末の世迄もあせじとぞ思ふ
2050

前大僧正覺實

般若經、常啼菩薩を

法の爲我が身を變へば小車の浮世にめぐる道や絶えなむ
2051

院御歌

圓覺經、生死、涅槃、猶如昨夢の心を

誰も皆あたら色香をながむらし昨日も同じ花どりのはる
2052

居一切時不起妄念

雁の飛ぶ高嶺の雲のひと靡き月入りかゝる山の端のまつ
2053

夢窓國師

擧足下足皆是道場の心を

故里と定むる方の無き時はいづくに行くも家路なりけり
2054

法印實澄

本覺流轉の心をよめる

住みなれし宿をば花にうかれきて歸るさしらぬ春の旅人
2055

前大納言忠良

隨求陀羅尼經の倶縛婆羅門をよみ侍りける

朽ち殘る法のことのは吹く風ははかなき苔の下までぞゆく
2056

慶政上人

但指無明即是法性といふ事を

すゝめこしゑひの枕の春の夢見し世はやがて現なりけり
2057

院御歌

三諦一誹非三非一の心を

窓の外にしたゝる雨を聞くなべにかべに背ける夜はの燈
2058

寛胤法親王

未得眞覺恒處夢中といふ事をよめる

長き夜の闇の現に迷ふかな夢をゆめとも知らぬこゝろに
2059

法印覺懷

覺むるをも待つ瀬だになからまし長き眠の内と聞かずば
2060

前大僧正覺實

因明論の似現量の心を

村雲の絶間の影はいそげども更くるは遲きあきの夜の月
2061

後宇多院御歌

釋教の御歌の中に

そのまゝに絶え間を志るは誠ある三國傳はる詞なりけり
2062

入道二品親王法守

百首の歌奉りしに、雜の歌

我がうくるみ法は常の言の葉の及ばぬ上に説けるなるべし
2063

院御歌

大梅山の別傳院に御幸侍りける時、僧問雲門、樹凋葉落時如何、雲門云、體露全風と云ふ因縁を頌せさせ給ひけるついでに

立田川もみぢ葉流る三吉野のよしのゝやまに櫻ばな咲く
2064

藤原爲基朝臣

見るやいかに山の木葉は落ちつきて道に當れる虎の斑尾
2065

佛國禪師

題志らず

夜もすがら心の行くへ尋ぬれば昨日の空に飛ぶ鳥のあと
2066

夢窓國師

出づるとも入るとも月を思はねば心にかゝる山の端もなし
2067

院御歌

眉間寳劔と云ふ事を

冴ゆる夜の空高く澄む月よりも置添ふ霜の色はすさまじ
2068

永福門院内侍

一花開五葉結菓自然成の心を

咲き初むるやどの櫻の一本よ春の景色にあきぞしらるゝ
2069

前大僧正慈鎭

厭離穢土の歌五十首よみ侍りける中に

浮世かな吉野の花にはるの風時雨るゝ空にありあけの月
2070

後宇多院御歌

釋教の心をよませ給ひける

心ざし深く汲みてし廣澤のながれは末も絶えじとぞ思ふ
2071

前大僧正慈鎭

昔より鷲の高嶺に澄む月の入らぬに迷ふひとぞかなしき
2072

前大僧正道玄

みな人の心のうちはわしの山高嶺の月のすみかなりけり
2073

院御歌

百首の御歌の中に

世を照す光をいかでかゝげましけなばけぬべき法の燈火
2074

慶政上人

如何不求道安可須待老といふ心を

徒らに老を待つにぞなりぬべき今年もかくて又暮しつゝ
2075

前大僧正慈鎭

雜の歌の中に

さりともな光は殘る世なりけり空ゆく月日法のともしび
2076

前大納言爲家

前大僧正良覺横川にて如法經書きけるに天長の昔まで思ひやらるゝよし申すとて

古への流れの末をうつしてや横川の杉のしるしをもみる
2077

前大僧正良覺

かへし

其のまゝに流の末をうつしても猶古へのあとぞゆかしき
2078

山本入道前太政大臣女

光臺寺にすみ侍りけるに、二月十五日山本入道前太政大臣のもとより櫻のうち枝に鈴をかけて、ありながらきえぬとしめす佛には雪にもまがふ花を手向けよと申して侍りける返事に

在り乍らきえぬと見えて悲しきはけふの手向の花の白雪
2079

示證上人

釋教の歌の中に

沈みこしうき身はいつか浮ぶべき誓の舟の法にあはずば
2080

從二位爲子

觀勝寺にて理趣三昧行ひける道場に、花籠より紅葉の散りたりければ、よみはべりける

法の庭に散す紅葉は山姫の染むるも深きえとやなるらむ
2081

慶政上人

式乾門院十三年の法事に、法華山寺にて唐本の一切經供養せられける時、空に音樂のきこえければよみ侍りける

法の庭空に樂こそきこゆなれ雲のあなたに花やちるらむ
2082

皇太后宮大夫俊成

極樂六時の讃を歌によみけるに、晨朝を

朝まだきつゆけき花を折る程は玉しく庭に玉ぞちりける
2083

後光明照院前關白左大臣

女人往生願

異浦にくちて捨てたる蜑小舟我が方にひく波もありけり
2084

前參議教長

不淨觀の心をよめる

渡つ海を皆かたぶけて洗ふとも我が身の内を爭で清めむ
2085

法源禪師

雪山成道の心をよみて前大納言爲兼のもとにつかはしける

ふりにける雪の深山は跡もなし誰れ踏分けて道を志る覽
2086

前大納言爲兼

返し

導べする雪の深山のけふに逢ひて舊き哀の色を添へぬる
2087

如空上人

釋教の歌の中に

西を思ふ心も同じ夢なれど長きねぶりはさめぬべきかな
2088

從三位親子

心をばかねて西にぞ送りぬる我が身をさそへ山の端の月
2089

慶政上人

經をひらきて泪をのごひ侍りける時、花を見てよみ侍りける

匂へども知る人もなき櫻花たゞ獨みてあはれとぞおもふ
2090

伏見院御歌

百首の御歌の中に

深く染めし心の匂すて兼ねぬまどひの前の色とみながら
2091

かたのゝ尼

法成寺にまゐりてよみ侍りける

曇なく研ける玉の臺には塵もゐがたきものにぞ有りける
2092

前大僧正慈鎭

釋教の歌の中に

般若臺に納め置てし法花經もゆめとのよりぞ現にはこし
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Last Modified: Thursday, January 09, 2014
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