金葉和歌集

Kin'yō wakashū

作者複数 Various

金葉和歌集卷第九
雜部上

551

大納言經信

むかし道方卿にぐしてつくしにまかりて安閑寺にまゐりて見侍りけるみぎりの梅の我が任にまゐりてみれば木のすがたは同じさまにて花の老木になりて所々さきたるをみてよめる

神垣に昔わがみし梅のはなともに老木となりにけるかな
552

攝政左大臣

山家鶯といへる事を人々によませ侍りける次に

山里もうきよのなかをはなれねば谷の鶯ねをのみぞなく
553

三宮

圓宗寺の花を御覽じて後三條院の御事などおぼしいでゝよませたまへりける

植置きし君もなきよに年へたる花は我身の心地こそすれ
554

權僧正永縁

花見の御幸を見て妹の内侍のもとにつかはしける

行末のためしとけふを思ふとも今いくとせか人に語らむ
555

内侍

かへし

幾年も君ぞかたらむつもりゐて面白かりし花のみゆきを
556

僧正行尊

大峯にておもひもかけずさくらの花の咲きたりけるをみてよめる

もろともにあはれと思へ山櫻花よりほかにしる人もなし
557

源行宗朝臣

堀河院の御時殿上人あまたぐして花見ありきけるに仁和寺に行宗の朝臣ありときゝて懷紙やあると尋ねて侍りければつかはすとてうへにかきつけ侍りける歌

いく年に我なりぬらむ諸人の花みる春をよそにきゝつゝ
558

源定信

山ざとに人々まかりて花の歌よみけるによめる

みな人は吉野の山の櫻花をりしらぬ身やたにのうもれ木
559

右近將曹秦兼方

後三條院かくれさせおはしまして後又のとしの春さかりなる花をみてよめる

こぞ見しに色も變らず咲きに鳬花こそ物は思はざりけれ
560

藤原顯仲朝臣

つかさめしの頃よろづにうらやましき事のみ聞えければよめる

年ふれど春にしられぬ埋木ははなの都にすむかひぞなき
561

藤原惟信朝臣

藏人おりて臨時祭の陪從し侍りけるに右中辨伊家が許につかはしける

山吹もおなじかざしの花なれどくもゐの櫻なほぞ戀しき
562

神主大膳武忠

隆家卿太宰の帥に二度なりて後のたび香椎の御社に參りたりけるに神主ことのもとゝ杉の葉を折りて帥のかうぶりにさすとてよめる

千早振かしひの宮の杉の葉を二たびかざすわがきみぞ君
563

良暹法師

源心、座主になりてはじめて山にのぼりたりけるにやすみたる所にて歌よめと申しければよめる

年をへて通ふ山路は變らねどけふはさか行く心地社すれ
564

藤原家綱

藤原基清がくら人にてかうぶり賜はりておりにければ又の日つかはしける

思ひかねけさは空をやながむらむくもの通路霞へだてゝ
565

源俊頼朝臣

一品宮天王寺にまゐらせ給ひて日頃御念佛せさせ給ひけるに御ともの人々住吉にまゐりて歌よみけるによめる

いく返り花咲きぬらむ住吉の松も神代のものとこそきけ
566

中納言基長

田家老翁といへることをよめる

丈夫は山田の庵に老いにけり今いく秋にあはむとすらむ
567

三宮

仁和寺にすませ給ひける頃いつまでさてはなどみやこより人のたづね申したりければよませ給へる

かくてしもえぞすむまじき山ざとの細谷川の心ぼそさに
568

僧正行尊

大峯の岩やにてよめる

草の庵を何露けしと思ひけむもらぬ岩やも袖はぬれけり
569

律師慶範

良暹法師をうらむる事ありけるころむつき一日にまうできて又久しうみえざりければいひつかはしける

春の來し其日氷柱はとけにしを又何事にとゞこほるらむ
570

藤原正季

對山待月といへる事をよめる

此よには山の端出る月をのみまつことにてもやみぬべき哉
571

僧正行尊

山家にて有明の月を見てよめる

木の間もる片われ月の仄かにも誰か我身を思ひ出づべき
572

平康貞母

山寺に月のあかゝりけるに經のたふときをきゝて涙のおちければよめる

いかでかは袂に月の宿らましひかりまちとる涙ならずば
573

源師光

宇治前太政大臣時の歌よみどもに月の歌よませけるにもれて公實卿のもとに遣はしける

春日山みねつゞきてる月影にしられぬ谷の松もありけり
574

橘能元

僧都頼基光明山にこもりぬと聞きてつかはしける

羨ましうきよを出でゝいか計くまなき峯の月をみるらむ
575

僧都頼基

かへし

もろともに西へやゆくと月影の隈なき峯を尋ねてぞこし
576

六條右大臣北方

郁芳門院伊勢におはしましける時あからさまにくだりけるにすゞか川をわたりけるときよめる

早くより頼みわたりしすゞか川思ふことなる音ぞ聞ゆる
577

攝津

仲正が女皇后宮に始めてまゐりたりけるに琴引くときかせ給ひてひかせ給ひければつゝましながらひきならしけるを聞きてくちずさびのやうにて云ひかけゝる

琴の音や松ふく風に通ふらむ千世の例にひきつべきかな
578

美濃

かへし

嬉しくも秋のみやまの松風にうひ琴のねの通ひけるかな
579

内大臣家越後

月のあかゝりける夜人の琴ひくをきゝてよめる

琴の音は月の影にも通へばや空に調べの澄みのぼるらむ
580

大中臣輔弘

伊勢國の二見の浦にてよめる

玉櫛笥二見の浦のかひしげみまきゑにみゆる松のむら立
581

大納言經信

宇治前太政大臣布引の瀧見にまかりけるともにまかりてよめる

白雲とよそにみつれば足曳の山もとゞろにおつる瀧つ瀬
582

讀人志らず

天の河これやながれの末ならむ空よりおつる布引のたき
583

藤原惟規

選子内親王いつきにおはしましける時女房にもの申さむとて忍びてまゐりたりけるにさぶらひどもいかなる人ぞなどあらくまうしてとはせ侍りければたゝうがみにかきておかせ侍りける

神垣は木の丸殿にあらねとも名のりをせねば人咎めけり
584

六條右大臣北方

郁芳門院伊勢に坐しましける時六條右大臣の北方あからさまにくだりて侍りける時思ひかけずかねのこゑのほのかにきこえければよめる

かみ垣のあたりと思ふにゆふ襷思ひもかけぬ鐘の聲かな
585

前齋宮内侍

前齋宮伊勢におはしける時寮の頭保俊御まつりの程とのゐ物の料にきぬをかりて程過ぎて是を忘れていまゝで返さゞりける事など申したりける返事にいひ遣はしける

歸さじとかねてしりにき唐衣戀しかるべき我身ならねば
586

小式部内侍

和泉式部保昌にぐして丹後國に侍りけるころ都に歌合のありけるに小式部内侍歌よみにとられて侍りけるを中納言定頼つぼねのかたにまうできて、歌はいかゞせさせ給ふ、丹後へ人は遣はしけむや、使はまうでこずや、いかに心もとなくおぼすらむなどたはぶれて立ちけるをひきとゞめてよめる

大江山いく野の道の遠ければまだふみもみずあまの橋立
587

修理大夫顯季

百首の歌の中に夢の心をよめる

うたゝねの夢なかりせば別れにし昔の人を又みましやは
588

參議師頼

百首の歌にたびの心をよめる

小夜中に思へばかなし陸奥のあさかの沼に旅寢してけり
589

藤原顯輔朝臣

この集撰しける時こはれておくるとてよめる

家の風吹かぬもの故羽束師の森の言の葉ちらし果てつる
590

平康貞女

しほ湯あみに西の海のかたへまかりたりけるにみるといふものをみづからつみて都なるむすめのもとへつかはすとて

磯なつむ入江の浪の立ちかへり君みるまでの命ともがな
591

むすめ

かへし

長居する蜑のしわざと見るからに袖の裏にもみつ涙かな
592

和泉式部

和泉式部石山にまゐりけるに大津にとまりて夜ふけてきゝければ人のけはひあまたしてのゝしりけるを尋ねければ、あやしの賤の女がよねしらげ侍るなりと申しけるを聞きてよめる

鷺のゐる松原いかに騒ぐ覽しらげばうたて里とよみけり
593

藤原時房

公實卿のもとにまかりたりけるに侍らざりければ出居におきたりける小弓をとりて侍にこれはおろしつとふれていでにけり。かの卿かへりて弓をたづねければ時房まうできてとりつと申しければおどろきて、院の御弓ぞ、とくかへせといひにつかはしたりければ御弓につけてつかはしける歌

梓弓さこそはそりの高からめはる程もなく返るべしやは
594

春宮大夫公實

をとこかれ%\になりて程へてたがひにわすれて後人にしたしくなりにけりなど申すときゝてなげきける人にかはりてよめる

無名にぞ人のつらさは知られける忘られしには身をぞ恨みし
595

相摸

大貳資通忍びてもの申しけるを程もなくさぞなど人の申しければよめる

如何にせむ山田にかこふ垣柴の暫しのまだに隱無き身を
596

堀河院御製

肥後の内侍をとこにわすられてなげきけるを御覽じてよませ給ひける

忘られて歎く袂をみるからにさもあらぬ袖の萎れぬる哉
597

僧正行尊

水車をみてよめる

早き瀬にたえぬばかりぞ水車われも憂世に廻るとをしれ
598

堀河右大臣

れいならぬ事ありてわづらひけるころ上東門院に柑子奉るとて人にかゝせて奉りける

事へつる此身の程を數ふればあはれ梢になりにけるかな
599

上東門院

御かへし

過來ける月日の數もしられつゝこのみをみるも哀なる哉
600

大納言宗通

僧正行尊まうできてよるとゞまりてつとめて歸りけるとて獨鈷を忘れたりける返しつかはすとてよめる

草枕さこそは旅の床ならめけさしもおきて歸るべしやは
601

櫻井尼

をとこ心かはりてまうで來ずなりにける後をぎたりけるゑぶくろをとりにおこせたりければかきつけて遣はしける

のきばうつま白の鷹の餌袋にをぎ餌もさゝで返しつる哉
602

少將内侍

後冷泉院の御時近江國より白き烏を奉りたりけるをかくして人にもみせさせ給はざりければ女房たちゆかしがり申しければ、おの/\歌よみて奉れさてよくよみたらむ人にみせむと仰せ事ありければつかうまつれる

たぐひなくよに面白き鳥なれば床しからずと誰か思はむ
603

讀人志らず

甲斐國よりのぼりてをばなる人のもとにありけるがはかなき事にてそのをばの、なありそとて逐ひいだしたりければよめる

鳥の子のまだかひ乍有らませばをばと云ふ物は生出ざらまし
604

修理大夫顯季

百首の歌のなかに山家をよめる

蜩の聲ばかりする柴の戸は入日のさすにまかせてぞみる
605

藤原仲實朝臣

題志らず

年ふれば我いたゞきにおく霜を草の上とも思ひけるかな
606

源行宗朝臣

殿上おりて侍りけるころ人の殿上しけるをきゝてよめる

羨まし雲のかけ橋たち返りふたゝびのぼる道を志らばや
607

平忠盛朝臣

殿上申しけるにゆるされざりければよめる

思ひきや雲居の月をよそにみて心の闇にまどふべしとは
608

内大臣家小大進

かたらひ侍りける人のかれ%\になりければこと人につけて筑紫の方へまかりなむと志けるを聞きてをとこのもとよりまかるまじきよしを申したりければいひ遣はしける

身のうさもとふ一もじにせかれつゝ心筑紫の道は止りぬ
609

讀人志らず

男のなかりける夜こと人をつぼねにいれたりけるにもとの男まうできあひたりければさわぎてかたはらのつぼねの壁のくづれよりくゞりてにがしやりて又の日その逃したる局のぬしのがり、よべのかべこそうれしかりしかなどいひに遣はしたりければよめる

ねぬるよのかべ騒しく見えしかど我ちがふれば事無り鳬
610

源光綱母

源頼家がもの申しける人の五節に出て侍りけるをきゝて、まことにやあまたかさねし小忌衣とよのあかりのくもりなきよにとよみて遣はしたりければかへしによめる

日蔭にはなき名立ち鳧をみ衣きてみよと社云べかりけれ
611

源俊朝朝臣[1]6

經信卿にぐしてつくしに侍りけるころ肥後守盛房野劔のよきあり、みせむなど申して程へにければいかになどたづねられて忘れたるよしを申しければよめる

なき蔭に懸けゝるたちもある物を銷束のまに忘果てぬる
612

僧正行尊

大峯の神仙といへる所に久しうはべりければ同行どもみなかぎりありてまかりにければ心細きによめる

みし人は一人我身にそはねども後れぬものは涙なりけり
613

讀人志らず

たゞならぬ人のもてかくしてありけるに子をうみてけるがもとよりうみたる梅をおこせたりければよめる

葉隱につはるとみえし程もなくこはうみ梅に成にける哉
614

前中宮甲斐

堀河院の御時中宮の女房たちを亮の仲實が紀伊守にて侍りける時わかの浦みせむとてさそひければあまたまかりけるにまからでつかはしける

人並に心計はたち添ひてさそはぬわかのうらみをぞする
615

藤原實信母

保實卿ほかにうつりてのちかのもとの所につねにみけるかゞみをとがせ侍りければくらきよしを申しけるを聞きてよめる

ことわりや曇ればこそは増鏡映りし影もみえずなりにき
616

源師賢朝臣

月の入るを見てよめる

西へゆく心はたれもあるものを獨ないりそ山のはのつき
617

藤原隆資

爲仲の朝臣陸奥守にて侍りける時延任志つときゝてつかはしける

まつ我は哀れ八十になりぬるをあふ隈川の遠ざかりぬる
618

藤原實光朝臣

したしき人の春日にまゐりて鹿のありつるよしなど申しけるをきゝてよめる

三笠山神の驗のいちじるく志かありけると聞くぞ嬉しき
619

藤原家經朝臣

屏風のゑに志かすがのわたり行く人たちわづらふかたかけたる所をよめる

ゆく人も立ちぞ煩ふ志かすがの渡りや旅の泊りなるらむ
620

讀人志らず

題志らず

身のうさをおもひしとけば冬の夜も滯らぬは涙なりけり
621

皇后宮美濃

よな/\はまどろまでのみ有明のつきせず物を思ふ頃哉
622

源雅光

上陽人苦最多、少思苦老亦苦といへる心をよめる

昔にもあらぬ姿になりゆけど歎きのみこそ面がはりせね
623

源俊頼朝臣

青黛畫眉々細長といへる事をよめる

さりともとかく眉墨のいたづらに心細くも老いにける哉
624

僧正行尊

年ひさしく修行しありきてくま野にてげんくらべしけるを祐家卿まゐりあひてみけるに事のほかにやせおとろへて姿もあやしげに窶れたりければ見忘れてかたはらなる僧に、いかなる人ぞことのほかにしるしありげなる人かななど申しけるをきゝて遣しける

心こそ世をば捨てしかまぼろしの姿も人に忘られにけり
625

大中臣輔弘祭主にもあらざりけるころ祭主になさせ給へと太神宮に申しこひてねいりたりける夜の夢にまくらがみにしらぬ人の立ちてよみかけゝる歌

草のはの靡くもまたず露の身のおき所なくなげく頃かな
626

顯雅卿母

六條右大臣六條の家つくりていづみなどほりてとくわたりて見よなど申したりければよめる

千年まですまむ泉の底きよみ影ならべむと思ひしもせじ
627

忠快法師

宇治の平等院の主になりて宇治にすみつきてひえの山のかたをながめやりてよめる

宇治川のそこの水屑となりながら猶雲かゝる山ぞ戀しき
628

周防内侍

家を人にはなちてたつとて桂にかきつけ侍りける

住侘びて我さへ軒の忍ぶ草しのぶかた%\しげき宿かな
629

津守國基

賀茂成助に始めてあひてもの申しけるついでにかはらけとりてよめる

きゝわたるみたらし河の水清み底の心をけふぞみるべき
630

賀茂成助

かへし

住吉のまつかひありてけふよりは難波の事も知らす計ぞ
631

皇后宮大貳

皇后宮弘徽殿におはしましける頃俊頼西おもてのほそ殿にて立ちながら人にもの申し侍るに夜の更けゆくまゝに苦しかりければ上にゐたりけるをみて、たゝみをしかせばやと女の申しければ石だゝみ布かれて侍るめると申すを聞きてよめる

石だゝみありける物を君に又しくものなしと思ひける哉
632

天台座主仁覺

大原の行蓮聖人がもとへ小袖つかはすとてよめる

憐まむと思ふ心は廣けれどはぐゝむ袖のせばくもある哉
633

源俊頼朝臣

百首の歌の中に述懷の心をよめる

世中は憂身にそへる影なれや思ひ捨つれど離れざりけり
634

讀人志らず

男につきて越前國にまかりたりけるに男心かはりてつねにはしたなければ都なるおやのもとへいひ遣はしける

打頼む人の心はあらち山こしぢくやしき旅にもあるかな
635

おや

かへし

思ひやる心さへこそ苦しけれあらちの山の冬のけしきは
636

參議師頼

思ふ事侍りける頃よめる

徒に過ぐる月日をかぞふれば昔をしのぶねぞなかれける
637

源師賢朝臣

鏡をみるに影のかはりゆくを見てよめる

變り行く鏡の影をみるからにおいその森の歎きをぞする
638

源顯國朝臣

前太政大臣の家に侍りける女を中將忠宗の朝臣と少將顯國と共にかたらひ侍りけるに忠宗にあひにけり。其後程もなく忘られけりときゝて女のがりいひつかはしける

小搖ぎのいそぎて逢ひしかひもなく浪寄りこすと聞くは誠か
639

藤原公教

藏人親隆がかうぶり給はりて又の日つかはしける

雲の上になれにし物を芦鶴の逢事かたにおりゐぬるかな
640

源俊頼朝臣

堀河院の御時源俊重が式部丞申しける由文にそへて頭の辨重資が許へつかはしける

日の光あまねき空のけしきにもわが身一つは雲隱れつゝ
641

周防内侍

是をそうしければ内侍周防をめしてこれが返しせよとおほせ事ありければつかうまつれる

何か思ふ春の嵐に雲晴れてさやけき影はきみぞみるべき

その後なりにけると云々。

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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