新後撰和歌集 (Shin Gosen wakashū) — 新後撰和歌集卷第十八 雜歌中 作者複数 (Various) 1303 Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1303 しんごせんわかしゅう Shin Gosen wakashū 新後撰和歌集 しんごせんわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新後撰和歌集 › 新後撰和歌集卷第十八 雜歌中 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
新後撰和歌集 Shin Gosen wakashū
作者複数 Various
新後撰和歌集卷第十八 雜歌中
1352
權中納言俊忠
桂の家にてうれふる事侍りける頃月を見てよみ侍りける
眺めつる心のやみもはるばかりかつらの里にすめる月影
1353
基俊
月の歌の中に
夜もすがら獨待ち出でゝ眺むればうきこと のみぞ有明の月
1354
二品法親王覺助
弘安元年百首のうた[8] 8 たてつまりし 時
いつかわれ涙にぬるゝ影ならで袖より外の月を見るべき
1355
入道二品親王性助
題志らず
思ひやれさらでもぬるゝ苔のそで曉おきの露のしげさを
1356
法印憲基
正安元年九月の頃衣笠殿にて御如法經侍りし時三七日の懺悔こよひはつべき日になりて名殘をしき由など申しける人の返事に
なれきつる曉おきの鐘のおとも一夜計りになるぞ嬉しき
1357
式乾門院御匣
題志らず
いつまでと聞くにつけても悲しきは老のねざめの曉の鐘
1358
法皇御製
百首の歌よませ給ひける時、曉
しづかなるねざめ夜深き曉の鐘よりつゞく鳥のこゑ%\
1359
太上天皇
閑庭松といふ事をよませ給ひける
かくしこそ千年も待ため松が枝の嵐志づかにすめる山里
1360
遊義門院
龜山殿にて山家の心を
峯のあらし麓の川の音をのみいつまで友とあかし暮さむ
1361
前大僧正道瑜
那智の山に千日こもりて出で侍りける時よみ侍りける
三年へし那智のを山のかひあらば立ち歸るらむ瀧の白浪
1362
讀人志らず
題志らず
大原やおぼろの清水汲みて知れすます心も年へぬる身を
1363
蓮生法師
同じ心におこなひける人のもとに遣しける
忘るなよながれの末はかはるともひとつみ山の谷川の水
1364
前大納言爲氏
寳治の百首のうた奉りける時、山家水
すまば又すまれこそせめ山里は筧の水のあるにまかせて
1365
式乾門院御匣
山家の心を
靜かなる草の庵の雨のよを訪ふ人あらばあはれとや見む
1366
土御門院御製
世のうきにくらぶる時ぞ山里は松の嵐も堪へてすまるゝ
1367
法皇御製
さびしさも誰にかたらむ山陰の夕日すくなき庭の松かぜ
1362
前大納言爲氏
天台座主道玄無動寺にすみ侍りける頃申し遣しける
聞くまゝにいかに心のすみぬらむ昔のあとの嶺のまつ風
1363
天台座主道玄
返し
訪はるゝやむかしの跡のかひならむ我山ざとの庭の松風
1364
讀人志らず
題志らず
まつ風の音を聞かでや山里をうき世の外と人はいひけむ
1365
津守國助
とへかしな霞の衣をかさねてもあらしさむけき峰の庵を
1366
藤原盛徳
すみわびば立ち歸るべき故郷をへだてなはてそ嶺の白雲
1367
前大納言爲家
住初めし跡なかりせば小倉山いづくに老の身を隱さまし
1368
天台座主道玄
百首の歌奉りし時、山家
山里に世をいとはむと思ひしは猶ふかゝらぬ心なりけり
1369
平泰時朝臣
題志らず
思ふにはふかき山路もなきものを心の外に何たづぬらむ
1370
前大僧正實伊
訪はれねば世の憂事も聞えこず厭ふかひある山の奥かな
1371
讀人志らず
世のうさを歎く心の身にそはゞ山の奥にも住まむ物かは
1372
九條左大臣女
思ひ入る吉野の奥もいかならむ憂世の外の山路ならねば
1373
從三位基輔
世をうしと思も入れぬ月だにも澄みける物を山の奥には
1374
二品法親王覺助
弘安元年百首の歌奉りしとき
契あらば又やたづねむ吉野やま露わけわびしすゞの下道
1375
顯意上人
山家の心を
今はよし浮世のさがと志りぬれば又こと山に宿は求めじ
1376
賀茂在藤朝臣
憂き事の聞えこざらむ山影を誰にとひてか身を隱さまし
1377
藤原爲信朝臣
百首の歌奉りし時、おなじ心を
寂しさも身のならはしの山里に立ち歸りてはすむ心かな
1378
心圓法師
題志らず
世を厭ふ山の奥にもすまれぬや我身にそへる心なるらむ
1379
前大納言實家
寂しさも流石慣行く柴の戸は暫しぞ人のこぬも待たれし
1380
式乾門院御匣
里とほき宿の眞柴のゆふ烟たゝぬも猶ぞさびしかりける
1381
法印最信
山ふかみ昔や人のかよひけむ苔の志たなる谷のかけはし
1382
三條入道左大臣
守覺法親王の家の五十首の歌に
思ひ出づる人はありとも誰か此苔ふりにける道を尋ねむ
1383
惟康親王家右衛門督
題志らず
迷はじな通ひなれたる山人のつま木の道は志をりせず共
1384
藤原基政
よみおきて侍りける歌を前中納言定家の許に遣すとてつゝみ紙に書き付けゝる
おろかなる心は猶もまよひけり教へし道の跡はあれども
1385
津守國助
觀意法師續拾遺集にかへり入りて侍りける時申し遣しける
思のみ滿ちゆく汐の蘆分にさはりも果てぬ和歌のうら舟
1386
觀意法師
返し
後れてもあし分け小舟入る汐にさはりし程を何か恨みむ
1387
入道前太政大臣
弘安元年百首の歌奉りし時
あし原の跡とばかりは忍べどもよる方志らぬ和歌の浦浪
1388
前大納言爲氏
つかさめしの頃爲世が參議を望み申すとて奏し侍りける
和歌の浦に獨老いぬるよるの鶴の子の爲思ふね社なかるれ
1389
法皇御製
御返し
和歌の浦に子を思ふとて鳴く鶴の聲は雲居に今ぞ聞ゆる
1390
前大納言爲家
題志らず
垂乳根の親のいさめの數々に思ひ合せてねをのみぞなく
1391
丹波長有朝臣
つたへ置く言の葉にこそ殘りけれ親のいさめし道芝の露
1392
前大納言良教
弘長三年内裏の百首の歌に、窓竹
いかにして窓に年へし笛竹の雲居にたかくねを傳へけむ
1393
豐原政秋
述懷の心をよめる
家の風吹くとはすれど笛竹の代々に及ばぬねぞ泣れける
1394
源有長朝臣
風さわぐ荒磯浪に引く網の置きどころなき身を恨みつゝ
1395
前右近大將頼朝
前大僧正慈鎭にまかりあひて後に遣しける
逢ひみてし後はいかこの海よりも深しや人をおもふ心は
1396
前大僧正慈鎭
返し
頼む事深しといはゞ渡つ海もかへりて淺くなりぬべき哉
1397
入道二品親王性助
題志らず
消えやらで波に漂ふうたかたの寄邊志らぬや我身なる覽
1398
内大臣
淀むなよ佐保の河みづ昔よりたえぬながれの跡に任せて
1399
藤原嗣房朝臣
稻舟ものぼりかねたる最上川志ばし計といつを待ちけむ
1400
前内大臣實
一品ののぞみとゞこほり侍りける頃人のもとに遣しける
のぼりえぬ淀の筏の綱手繩この瀬ばかりをひく人もがな
1401
民部卿資宣
つかさめしに恨むる事ありける頃人のとぶらひて侍りける返事に
憂に猶たへてつれなき末の松こゆる浪をもえこそ恨みね
1402
前大納言教良
述懷の歌の中に
玉鉾のみちある御代の位山ふもとにひとり猶まよふかな
1403
太上天皇
除目のあした尚侍藤原現子朝臣に給はせける
そのかみに頼めしこと の違はねばなべて昔の代にや返らむ
1404
尚侍藤原現子朝臣
御返し
契りこし心の末は知らねどもこのひと言や變らざるらむ
1405
前大納言經任
太宰權帥にかへりなりて侍りける頃人のよろこび申しける返事に申して侍りける
知らざりき香椎の挿頭年ふりて過にし跡に歸るべしとは
1406
源兼泰
題志らず
くり返し猶うきものは數ならでわが身老蘇の杜の志め繩
1407
藤原基頼
身一つのうきに限らぬ此世ぞと思ひなせども濡るゝ袖哉
1408
前關白太政大臣
思ふともそれによるべき世ならぬを何歎かるゝ心なる覽
1409
賀茂久世
ことわりと思ひなすべき心さへ身を忘れては猶歎くかな
1410
源師光
さりともと儚き世をも頼む哉あるべき程はみゆる我身を
1411
惟宗忠宗
中々に憂もつらきも知られずば心の儘に世をやすぐさむ
1412
左近中將具氏
中務卿宗尊親王の家の百首の歌に
とにかくに我から物を思ふ哉身よりほかなる心ならねば
1413
式乾門院御匣
題志らず
大方の世をも恨みじ心だにうき身に叶ふならひなりせば
1414
平久時
うしといふもたゞ大方の習ひとや心を知らぬ人は思はむ
1415
權僧正尊源
よしさらばあるに任て過してむ思ふに叶ふ浮世ならねば
1416
行生法師
おろかなる心をいかに慰めてうきを報とおもひわかまし
1417
前大納言實家
うしとても身に喞つべき方ぞなき此世一つの報ならねば
1418
天台座主道玄
行末の何かゆかしきこし方にうき身の程は思ひしりにき
1419
平時茂
ながらへばうき事やなほ數そはむ昔も今も物ぞかなしき
1420
法印圓勇
世中に猶もつれなく長らへてうきを知らぬは命なりけり
1421
圓道法師
行末もさこそと思へばあらましの慰めだにもなき我身哉
1422
前右衛門督基顯
せめて我が身の慰めのなき儘にうき例をぞ今はかぞふる
1423
道洪法師
世中を恨むるとしはなけれども身のうき時ぞ涙おちける
1424
法印定意
憂き事を思續けてねぬる夜は夢の内にもねぞなかれける
1425
前參議能清
いつ迚も變らず夢は見しかども老の寐覺ぞ袖はぬれける
1426
平時廣
物をのみ思ひなれたる老が身にねざめせられぬ曉もがな
1427
前僧正實伊
はかなくも我があらましの行末を待つとせしまの身社老ぬれ
1428
前右兵衛督爲教
弘安元年百首の歌奉りし時
見ても猶ありしにも似ぬ面影や老をますみの鏡なるらむ
1429
鴨長明
題志らず
いかにせむ鏡のそこにみづはぐむ影も昔の友ならなくに
1430
前大納言忠良
あくがれて世のうき度にとゞまらぬ心の友や涙なるらむ
1431
平時元
濁江の葦間に宿る月みればげにすみ難き世こそ知らるれ
1432
天台座主道玄
平親世人々に歌よませ侍りけるによみて遣しける
道のべに茂る小笹の一ふしも心とまらぬこの世なりけり
1433
後久我太政大臣
述懷の心を
心なきいづみの杣の宮木だにひく人あれば朽果てぬ世を
1434
平宗宣
あづさ弓心のひくに任せずば今もすぐなる世にや返らむ
1435
藤原爲信朝臣
味氣なく思知らるゝ世のうさも身の數ならば猶や歎かむ
1436
入道前太政大臣
弘安元年百首の歌奉りし時
存へていかになるべきはてぞ共我さへ知らぬ身の行方哉
1437
大江忠成朝臣女
題志らず
何事にしばしうき身の忘られて思ひなぐさむ心なるらむ
1438
中臣祐世
世をうしと何歎きけむ背かれぬ心ぞ身をば思はざりける
1439
平時村朝臣
世中の憂につけてもつらからじ身を人數に思ひなさずば
1440
院大納言典侍
とにかくに思ひし事のかはる世は我心とて頼みやはする
1441
高階宗成朝臣
ありへてもたが厭ふべき浮世とて猶身をすてぬ心なる覽
1442
永福門院少將
心からうきを忍びていとはぬや歎くべき身の報なるらむ
1443
法眼能圓
世の人の數にもあらばいかならむ憂にだに猶背かれぬ身は
1444
參議雅經
厭はじな偖もなからむ後は又戀しかるべき此世ならずや
1445
從二位行家
いつかわれ背かざりけむ古をくやしき物と思ひ志るべき
1446
按察使資平
哀れなど身をうき物と厭ひても猶すてやらぬ心なるらむ
1447
[9] 9 金判 盛久
背くべき理りしらぬ心こそうき世に身をば惜みとめけれ
1448
良心法師
憂世とて背き果てゝも如何せむあらましにだに變る心を
1449
靜仁法親王
世中をうしといひてもかひぞなき背かれぬ身の心弱さに
1450
殷富門院大輔
まつ事のあるだに定なき物を何を頼むとすぐすなるらむ
1451
按察使高定
哀れいつわがあらましの限にて背きはつべき浮世なる覽
1452
平時常
いかゞせむ厭ふとも猶世の中を歎く心のもとの身ならば
1453
道洪法師
厭へども猶長らふる命こそうき世に殘るつらさなりけれ
1454
心海上人
命をばいかなる人の惜むらむ憂にはいける身社つらけれ
1455
寂蓮法師
守覺法親王の家の五十首の歌に、述懷
うしとのみ厭ふさへ社哀なれある物とやは身を思ふべき
1456
法印定爲
題志らず
はかなくも思ひすてゝし同じ身を世にあり顏に猶歎く覽
1457
前僧正道性
世を遁れて後百首の歌よみ侍りける中に
涙こそ心も志らね捨てしより何のうらみか身には殘らむ
1458
内大臣
百首の歌奉りし時、述懷
仕へこし代々の昔の名殘とて殘るばかりに身をや喞たむ
1459
前大納言實家
同じ心を
いかゞせむ關の藤川代々をへて仕へし跡にうきせ殘さば
1460
權中納言公雄
小倉の山庄思の外なる事いできて住まずなりにける頃よみ侍りける
代々かけて思をぐらの山水のいかに濁ればすまずなる覽
1461
そののち程なく歸り住み侍りけるを悦び申しける人の返事に
山水に二たび影を宿しても濁らぬ世こそ身に志られけれ
1462
後嵯峨院御製
題志らず
道あれとなにはの事も思へども蘆わけ小舟末ぞとほらぬ
1463
普光園入道前關白左大臣
むくゆべき世の理は思へども民のちからを助けやはする
1464
太上天皇
百首の歌めされしついでに、述懷
ふして思ひ起きても歎く世の中に同じ心と誰をたのまむ