新拾遺和歌集 (Shin Shūi wakashū) — 新拾遺和歌集卷第十 哀傷歌 作者複数 (Various) 1364 Shin Shūi wakashū 新拾遺和歌集 Various 作者複数 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Poetry 韻文 Japanese 日本語 Text 本文 1364 しんしゅういわかしゅう Shin Shūi wakashū 新拾遺和歌集 しんしゅういわかしゅう Various 作者複数 さくしゃふくすう
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新拾遺和歌集 Shin Shūi wakashū
作者複数 Various
新拾遺和歌集卷第十 哀傷歌
844
人丸
題志らず
草の葉に置きゐる露の消えぬ間に玉かと見ゆる事のはかなさ
845
日置皇子かくれ給ひける時よみ侍りける
久方の空見る如く仰ぎ見しみこの御門の荒れまく惜しも
846
額田王
天智天皇かくれさせ給ひける時詠める
かゝらむと思ひしもせば大舟の泊る泊りにしめゆはましを
847
貫之
題志らず
藤衣おりける糸はみづなれや濡れは増れど乾く間もなし
848
重之
子におくれて歎きける比輔親が許へ申し遣しける
言の葉に云置く露もなかり鳬忍び草には音をのみぞ泣く
849
祭主輔親
返し
假初の別ならねば志のぶ草しのぶにつけて露ぞこぼるゝ
850
道命法師
三條院隱れさせ給うける比郭公の鳴きけるに
足引の山時鳥このごろはわがなく音をやきゝわたるらむ
851
赤染衛門
題志らず
厭へどもあまり憂き身の長らへて人に後るゝ數積るらむ
852
新少將
田上と言ふ所へまかりける時關山を過ぎ侍りけるに古へ父俊頼朝臣のもとにまかりし事を思ひ出でゝ車をとゞめてやすらひける時よめる
なき人に行き逢ふ坂と思ひせば絶えぬ泪は堰止めてまし
853
按察使公通
待賢門院隱れさせ給ひける御忌に籠りて九月盡日申し遣しける
世の中にうかりし秋と思へ共暮行く今日は惜しくやは非ぬ
854
堀河
返し
限なくけふの暮るゝぞ惜まるゝ別れし秋の名殘と思へば
855
前中納言定家
題志らず
色は皆むなしきものを龍田川紅葉ながるゝあきもひと時
856
西行法師
鳥羽院隱れさせ給うて御葬送の夜高野より思はざるに參りあひて詠み侍りける
今宵こそ思ひ知りぬれ淺からず君に契の有る身なりけり
857
信實朝臣
八條院隱れさせ給ひて後程なく又春花門院失せさせ給ひにけるを鳥羽へ送り奉りけるに詠み侍りける
かゝりける別をしらで山城のとはにも君を頼みけるかな
858
藤原秀茂
母の終りける面影尚身に添ふ心地し侍りて
今はとて見し面影の更に尚身に添ふ物となりにけるかな
859
近衞關白前左大臣
歎く事侍りける比詠み侍りける
明暮は身をも離れぬ面影の有りて無きこそはかなかりけれ
860
前大僧正公豪
浄土寺入道前太政大臣隱れ侍りて後詠める
時の間も忘らればこそ慰まめ面影ばかりうきものはなし
861
如圓法師
信實朝臣みづから影を寫し置きて侍りけるを身まかりて後見侍りてよめる
思ひ出でゝ見るも悲しき面影を何中々にうつし置きけむ
862
永陽門院左京大夫
昭慶門院の少將身まかりける時人の許へ申し遣しける
哀とも言ふべき人は先だちて殘る我身ぞ有りてかひなき
863
前權僧正圓伊
六條内大臣隱れて後法事いとなみ侍りける時申し遣しける
ことわりのならひ違はで垂乳根の跡とふ道は何か悲しき
864
前中納言有忠
返し
理のたがはぬのみぞうかりける身にもかへてと思ふ別は
865
源頼時女
題志らず
志ひてこそ世の習ひとは思ひなせ哀たぐひもなき別かな
866
達智門院兵衛督
寄夢無常を詠み侍りける
世のうさも如何計かは歎かれむはかなき夢と思爲さずば
867
前大僧正慈鎭
無常の歌とて
世の中のうつゝの闇に見る夢の驚く程は寐てか覺めてか
868
隆信朝臣
物申しける女の、母の諫によりてつらくのみ有りけるに、かの女身まかりぬと聞きて母の許へ遣しける
君だにも有りて厭はゞ侘びつゝも身のうきのみや歎ならまし
869
かく申し遣したりける返事に此の人のかぎりに侍りける時はらからなりけるものに、我がなからむ折尋ぬる人あらばこれを見せよとて書き置きたる文を遣したりけるに書きたりける歌
人志れず思ひし事を契置かでうき名をとめむ跡の悲しさ
870
これに添へて母の遣したりける
通ひける心を知らで厭はせて後は悔しきねをのみぞなく
871
後伏見院御製
伏見院の御忌の比花園院未だ位におはしましけるに紅葉につけて奉らせ給うける
かき暮す袖の涙にせき兼て言の葉だにも書きもやられず
872
花園院御製
御返し
色深き袖の泪に習ふらし千しほ八千しほ染むるもみぢ葉
873
按察使實繼
陽祿門院隱れさせ給ひて後、人のとぶらひて侍りし返事に
思へたゞ連ねし枝は朽ち果てゝ頼む陰なくなれる歎きを
874
安喜門院大貳
神無月の比法性寺にて母身まかりにける時志ぐれの降りけるに詠める
常よりも志ぐれ/\て墨染の頃もかなしきかみなづき哉
875
前大納言雅言
後一條入道前關白隱れ侍りし比雨の降りける日申し遣しける
雨とのみ降るは泪と思ひしに空さへくるゝ昨日けふかな
876
源邦長朝臣
返し
かき暮す泪ばかりにほし侘びて降りける雨も分かぬ袖哉
877
法眼源承
入道二品親王性助隱れ侍りける又の日雨いと降り侍りしに法眼行濟に遣しける
空だにも猶かきくれて降る雨に涙のそでを思ひこそやれ
878
法眼行濟
返し
思ひやれ空もひとつにかきくれてあめも泪も志ぼる袂を
879
境空上人
中園入道前太政大臣隱れ侍りて二尊院にて後のわざし侍りし時あまたのはらからの中にひとり送り侍りし事を思ひて詠める
思はずよ夜半の烟とのぼるまで一人立ち添ふ契ありとは
880
從三位吉子
同じ所にまかりて思ひつゞけ侍りける
さらに又立ち後れじと慕ふ哉もえし烟のあとをたづねて
881
前權僧正玄圓
題志らず
昨日と言ひ今日もさきだつ夕烟消え殘る身の哀いつまで
882
僧正澄經
立ちのぼる野邊の烟や亡き人の行きて歸らぬ限なるらむ
883
法印經深
母の思ひに侍りける比詠める
脱ぎ更ふる程をもまたで藤衣なげく泪に朽ちや果てなむ
884
藤原行春
行應法師身まかりて後服脱ぎける時詠み侍りける
此のまゝに思ひやたゝむ脱ぎ更へば名殘も悲し墨染の袖
885
權大納言長家
民部卿濟信の女にすみ侍りけるが身まかりて後服ぬぎ侍るとて
着しよりも脱ぐぞ悲しき君が爲そめし衣の色とおもへば
886
大江廣房
父廣茂なくなりて後よめる
送りおきし野原の露をそのまゝにほさで朽ちぬる藤衣哉
887
鴨長明
旅の歌詠み侍りける中に
遠からぬ遂の住みかを孰くとて野邊に一夜を明しかぬ覽
888
壽成門院
前坊隱れさせ給ひし比詠ませ給ひける
露消えし草のゆかりを尋ぬれば空しき野邊に秋風ぞふく
889
藤原俊顯朝臣
春月の歌詠み侍りけるに
思ひいづる春の深山のかげまでも涙に浮ぶ夜半の月かな
890
西花門院
月あかき夜二條殿にて後二條院の御世の事を思しめし出でゝ
雲の上と見しは野原になりぬれど昔に似たる月の影かな
891
妙宗法師
九月十三夜にをはりをとりける時みづから書きける歌
明らけき今宵の月にさそはれてむなしき空に今歸りぬる
892
源高秀
無常の心を
行く末を思ふに袖のぬるゝかなつひにのがれぬ道芝の露
893
式部卿久明親王
女の身まかりけるをとぶらひて四種の供養し侍りける時枕にかきつけ侍りける
今はわれ誰とともにかならぶべき古き枕ぞみるも悲しき
894
後宇多院宰相典侍
母の思ひに侍りける比おなじ歎きする人の許へ申し遣しける
しられじな同じうき世の別路によその哀れも袖濡すとは
895
法印榮運
老の後成運法印が卅三年の佛事いとなみ侍るとて
なき跡の三十ぢ餘りの三年迄とふにぞ老の憂さも忘るゝ
896
江侍從
枇杷の皇太后宮隱れさせ給ひて後御帳の内を何となく見入れ侍りければしかせ給ひたりけるあやめの草の侍りけるをみてよめる
玉貫きし菖蒲の草は有り乍ら夜床は荒れむ物とやは見し
897
權大納言義詮
等持院贈左大臣隱れて後五月五日詠み侍りける
菖蒲草今年はよそに見る袖にかはりてかゝる我が涙かな
898
性威法師
又の年三月つごもりの日常在光院にて詠み侍りける
又もこむ春だにも憂き別路にこぞをかぎりの跡ぞ悲しき
899
出羽辨
大納言經信服に侍りける又の年申し遣しける
戀しさや立ち増るらむ霞さへ別れし年をへだて果つれば
900
大納言經信
返し
別れにし年をば霞隔つれどそでの氷はとけずぞありける
901
上東門院
後朱雀院隱れさせ給ひて後白河殿にかき籠らせ給ひて月日の行くもしらせ給はざりけるに今日は七月七日と人の申しける事を聞かせ給ひて
今日とても急がれぬ哉なべて世を思ひうみにし七夕の糸
902
廉義公
清愼公隱れて後かのつくりて置きて侍りける住の江のかたを見て詠み侍りける
永き世のためしと聞きし住の江の松の烟となるぞ悲しき
903
祝部成仲
子に後れて歎きける比都に侍りけるむすめの許へつかはしける
もろ共に越えまし物を死出の山又思ふ人なき身なりせば
904
女
返し
君が爲いとゞ命の惜しき哉斯るうき目をみせじと思へば
905
前參議教長
久安の百首の歌に
水の面に浮べる玉の程もなく消ゆるをよその物とやは見る
906
二品法親王慈道
身まかりて侍りけるわらはの爲に佛事いとなみける人に遣しける
よそ迄も袖こそぬるれあだし野や消えにし露の秋の哀に
907
法印實性
歎く事侍りけるを程經てとひける人の返りごと に
日數ふる後も今さらせき兼ねつとふにつらさの袖の涙は
908
己心院前攝政左大臣
題志らず
露の身をはかなき物と思ひしる心ぞやがて空しかりける
909
從二位家隆
雨中無常
末の露淺茅がもとを思ふにも我が身一つの秋のむらさめ
910
少僧都源信
題志らず
朝顏のあだにはかなき命をばつとめてのみぞ暫し保たむ
911
頓阿法師
贈從三位爲子身まかり侍りし比蝉のもぬけたるを朝顏の花に付けて前大納言爲定の許に申し遣しける
空蝉の世のはかなさを思ふには猶あだならぬ朝がほの花
912
前大納言爲定
返し
空蝉は空しきからも殘りけりきえて跡なきあさ顏のつゆ
913
前中納言惟繼
同じ頃願文の草あつらへける書きて遣すとて包み紙にかき侍りける
歎くらむ心を汲みて數々に書くも悲しきみづぐきのあと
914
中納言爲藤
返し
書き流す此の水莖の跡なくばしたにぞむせぶ歎ならまし
915
祝部成光
正三位成國身まかり侍りし頃よみ侍りける
とてもかく假の世ならば假にだになど亡き人の歸らざる覽
916
中務卿宗尊親王
從一位倫子の思ひに侍りける頃
はかなくもこれを形見と慰めて身に添ふ物は涙なりけり
917
順徳院御製
後鳥羽院隱れさせ給うて後御惱の程の御文を御覽じて
君もげに是ぞ限の形見とは知らでや千世の跡をとめけむ
918
同じ御歎きの頃月を御覽じてよませ給うける
同じ世の別はなほぞ忍ばるゝそら行く月のよその形見に
919
隆信朝臣
美福門院隱れさせ給ひける御葬送の御供に草津と云ふ所より舟にて漕ぎ出でける曙の空の景色浪の音折から物悲しくてよみ侍りける
朝ぼらけ漕ぎ行く跡に消ゆる泡の哀れ誠にうき世なり けり