新拾遺和歌集

Shin Shūi wakashū

作者複数 Various

新拾遺和歌集卷第十八
雜歌上

1527

後一條前關白左大臣

早春霞を

天の戸を明くる程なく來る春に立ちもおくれぬ朝霞かな
1528

讀人志らず

題志らず

逢坂の關には雪の消えなくにいづくを春の道ときぬらむ
1529

忠見

御障子の繪に、山に鶯聞く人あり。

鶯の鳴く音を聞けば山ふかみ我よりさきに春はきにけり
1530

後京極攝政前太政大臣

鶯を

深草やうづらの床はあと絶えて春の里とふうぐひすの聲
1531

民部卿爲明

春雪を

春きても霞のみをはさゆる日に降來る雪の泡と消ゆらむ
1532

順徳院御製

早春の心を詠ませ給うける

風吹けば峯のときは木露落ちて空より消ゆる春のあわ雪
1533

入道二品親王覺譽

野春雪と云ふ事を

野邊はまだこぞ見し儘の冬枯に消ゆるを春と泡雪ぞふる
1534

源時秀

題志らず

山陰はなほ春寒み白雪の消えぬがうへに今日も降りつゝ
1535

前大納言爲世

嘉元の百首の歌奉りける時、梅

朝あけの窓吹入るゝ春風にいづくともなき梅が香ぞする
1536

典侍藤原親子

中務卿宗尊親王の家の百首の歌に

紅の色に出でにけり梅の花こむとたのめし人のとふまで
1537

寂蓮法師

題志らず

花の色をよそに見捨てゝ行く雁も後るゝ列は心あるらし
1538

正三位成國

なれてうき後の別を思へばや花よりさきに雁の行くらむ
1539

參議雅經

道助法親王の家の五十首の歌に、遠歸雁

霞み行くよもの木のめも遙々と花待つ山にかへる雁がね
1540

法眼宗信

題志らず

老ゆらくの涙に曇る春の夜は月もむかしや思ひいづらむ
1541

正三位知家

石清水の歌合に、月前霞

よこ雲は嶺にわかるゝ山ひめの霞のそでにのこる月かげ
1542

花園院御製

百首の御歌の中に

野邊に志く草の縁のすゑ遠み霞をわけてひばりおつなり
1543

左兵衛督基氏

題志らず

萌えいづる春も淺野の若草に隱れもはてず雉子鳴くなり
1544

法皇御製

春の御歌の中に

春山の霞のおくの呼子鳥世のかくれがにたれさそふらむ
1545

前中納言有光

百首の歌奉りし時、花

朝ぼらけ積れる雪と見るまでに吉野の山は花咲きにけり
1546

圓嘉法師

山の椿堂の櫻のもとにてよめる

植置きし春を見しかば八重櫻重なる年ぞ身に知られける
1547

讀人志らず

題志らず

慕侘び許多の春を送りても花に老いぬる身こそ惜しけれ
1548

夢窓國師

年たけて後庭の花を見て

七十ぢの後の春までながらへて心に待たぬ花を見るかな
1549

藤原興風

亭子院の歌合に

たのまれぬはなの心と思へばや散らぬさきより鶯の鳴く
1550

法印兼舜

題志らず

尋ね來て散るをこそ見れ山櫻何を手折りて家づとにせむ
1551

二品法親王尊胤

春かぜのさそふは同じ梢にも先づ咲く方の花や散るらむ
1552

前大納言公蔭

根に歸る花かと見れば木のもとを又吹き立つる庭の春風
1553

藤原基名

山里は花より外の友もなし散りなむ後をいかに志のばむ
1554

前大納言爲兼

弘安八年八月十五夜、三十首の歌奉りしとき、落花埋庭

庭の面は跡見えぬまで埋れぬ風よりつもる花のしらゆき
1555

按察使資明

辨官の時しばらく職をさりて侍りける頃よめる

位山おどろのみちも程とほしはなの外なる峯の志ひしば
1556

八條入道内大臣

春の歌の中に

家の風吹きぞ傳へむ春日山すゑ葉のふぢも影なびくまで
1557

讀人志らず

暮春の心を

いたづらに名をのみとめて東路の霞の關も春ぞ暮れぬる
1558

小侍從

身に積る年の暮にも勝りけり今日計りなる春の惜しさは
1559

源和義朝臣

限ありて暮れ行く春は花鳥の色にも音にも殘らざりけり
1560

彈正尹邦省親王家少將

題志らず

ほとゝぎす待つに心ぞうつりぬる花色衣ぬぎかへしより
1561

後猪熊前關白左大臣

忍ぶともたゞ一聲は時鳥さのみつれなきよはなかさねそ
1562

院御製

待郭公と云ふことを詠ませ給うける

みじか夜を幾夜あかしつ時鳥たゞ一こゑの初音待つとて
1563

僧正植覺

題志らず

いたづらにまた尋ねまし時鳥なが鳴くさとの定なければ
1564

三善資連

夜時鳥

夢路かとたどる寐ざめの郭公たが枕にか聞きさだむらむ
1565

基俊

堀河院の御時、百首の歌奉りけるに、時鳥

一こゑのきかまほしさに時鳥思はぬ山にたび寐をぞする
1566

中納言爲藤

文保三年百首の歌奉りけるに

さらでだにさだかならぬを郭公今一聲はとほざかりつゝ
1567

從二位家隆

洞院攝政の家の百首の歌に

時鳥いづくに今は山がつの聞きも咎めぬはつね鳴くらむ
1568

法印定宗

郭公

今も猶つれなかりけり時鳥おのが五月のそらだのめして
1569

徽安門院一條

題志らず

時鳥里なれぬべき五月だに猶ふかき夜のしのび音ぞ鳴く
1570

前中納言定家

朝五月雨

玉水も志どろの軒の菖蒲草五月雨ながらあくるいく夜ぞ
1571

院御製

五月雨の心を

山深み晴れぬ眺めのいとゞしく雲とぢ添ふる五月雨の空
1572

左近中將基冬母

おのづから晴るゝ雲間の月影も又かきくらす五月雨の空
1573

後鳥羽院御製

夏の御歌の中に

夏山の嶺とび越ゆるかさゝぎのつばさにかゝる有明の月
1574

津守國冬

二品法親王覺助の家の五十首の歌に、鵜河

薦枕たかせの淀の鵜飼舟ねなくにいく夜かゞりさすらむ
1575

藤原嗣定朝臣

夏草を

いかにせむ茂るにつけて古の跡とも見えぬ庭のなつぐさ
1576

御製

百首の歌めされしついでにおなじ心を

夏草の道ある方は知りながらしげき浮世になほ迷ふらむ
1577

常磐井入道前太政大臣

題志らず

夏かりの葦屋のさとの夕暮に螢やまがふあまのいさり火
1578

前中納言雅孝

せき入るゝ岩間傳ひの水の音に夕暮かけて風ぞ吹きそふ
1579

鷹司院帥

山風に瀧のよどみも音立てゝ村雨そゝぐ夜半ぞすゞしき
1580

前大納言伊平

承久元年内裏の歌合に、水邊草

汲みて知る人やなからむ夏草のしげみに沈む井手の玉水
1581

後光明照院前關白左大臣

文保の百首の歌の中に

鳴く蝉のこゑより外は夏ぞなきみ山の奥のすぎの下かげ
1582

從二位行家

題志らず

入日さす森の下葉に露見えて夕立すぐるそらぞすゞしき
1583

僧正覺信

夕立のはれぬる跡の山の端にいざよふ月のかげぞ凉しき
1584

源時朝

日ぐらしの鳴く山蔭の凉しきに風も秋なる楢の葉がしは
1585

藤原範永朝臣

橘俊綱朝臣伏見にて歌合し侍りけるに、晩凉如秋といふ事を

松風の夕日がくれに吹く程は夏過ぎにける空かとぞ見る
1586

法皇御製

秋の御歌の中に

秋きぬとまだ志ら露のせきもあへず枕すゞしき曉のとこ
1587

後深草院辨内侍

老の後あふきと云ふ山里にこもりゐて侍りけるに龜山院より題を給はりて歌よみて奉りけるに、七夕衣

秋きても露おく袖のせばければ七夕つめに何をかさまし

此の後哀がらせ給ひて常にとはせ給うけるとなむ。

1588

權律師仙覺

秋の歌とて

秋風はすゞしく吹きぬ彦星のむすびし紐は今や解くらむ
1589

前大納言經顯

貞和の百首の歌奉りけるに

よそにだに待ちこそ渡れ天の河さぞ急ぐらむつま迎へ舟
1590

安法法師

秋の頃山深く住みてよみ侍りける

露けさはさこそみ山の庵ならめ苔の袖さへ秋や知るらむ
1591

左近大將師良

題志らず

吹きまよふ風のやどりの荻の葉に結びもとめぬ秋の白露
1592

從二位家隆

光明峰寺入道前攝政の家の百首の歌に、夕荻

軒ちかき山した荻の聲たてゝ夕日がくれに秋かぜぞ吹く
1593

入道二品親王覺譽

百首の歌奉りし時

植置きし軒端の荻を吹く風にたがとがならぬ物ぞ悲しき
1594

權律師乘基

秋の歌の中に

閨ちかき荻の葉そよぐ風の音に聞きなれてだに夢ぞ驚く
1595

永福門院

村雨のはるゝ夕日の影もりて木の下きよき露のいろかな
1596

祝部成任

草木にもあらぬ袖さへしをれけりむべ山風の秋の夕ぐれ
1597

深守法親王

住みわぶる時こそありけれ白雲のたなびく峯の秋の夕暮
1598

讀人志らず

題志らず

うき事も何かは嘆く志かりとてそむかれぬ世の秋の夕暮
1599

兼空上人

世のうきめ見えぬ山路の奥までも秋の哀は遁れざりけり
1600

伊勢

秋深き山のかげのゝしばの戸に衣手うすし夕ぐれのそら
1601

藤原元眞

常よりも物思ふ事のまさるかなむべもいひけり秋の夕暮
1602

伊勢大輔

伊勢に祭主輔親が建てたるいはて寺より三昧堂のほら貝のうせたるをこひ侍りけるを遁すとて

かすかなる谷の洞をぞ思ひやる秋風のみや吹て訪ふらむ
1603

安倍宗時朝臣

題志らず

朝茅生の小野の秋風はらへども餘りて露やなほ結ぶらむ
1604

澄覺法親王

物思はでいづれの年の秋までか露に袂の知られざりけむ
1605

人丸

吾妹子にゆきあひのわせを苅る時に成にけらしも萩の花咲く
1606

從二位家隆

二品法親王道助の家の五十首の歌に、萩露

さきかくす野守が庵の篠の戸もあらはに置ける萩の朝露
1607

法印淨辨

秋の歌とてよめる

萩が花うつりにけりな白露に濡れにし袖の色かはるまで
1608

平常顯

色變るした葉をかけて秋萩の花のにしきは織り重ねつゝ
1609

貫之

權中納言兼輔の家の屏風の歌

植し袖まだも干なくに秋の田の雁がねさへぞ鳴渡りける
1610

源氏經朝臣

秋の歌の中に

故郷を雲居の雁にことゝはむさらで越路の音づれもなし
1611

彈正尹邦省親王

暮山鹿といふことを

よそに猶妻をへだてゝ白雲の夕ゐる山に志かぞ鳴くなる
1612

祝部尚長

題志らず

深き夜に鳥羽田の面の鹿の音をはるかに送る秋の山かぜ
1613

圓照法師

秋の頃嵯峨なる所にまかりて歌よみ侍りけるに、山鹿を

小倉山紅葉ふきおろす木枯に又さそはるゝ小男鹿のこゑ
1614

中務

秋の歌とて

人志れず萩の下なるさを鹿もほにいづる秋やねには立つ覽
1615

祝部忠成

こりず猶牝鹿鳴くなりつれもなき妻と知りても年はへぬ覽
1616

從三位行能

道助法親王の家の五十首の歌に、曉鹿

秋の夜は寐覺の後も長月のありあけの月に鹿ぞ鳴くなる
1617

花園院御製

秋の御歌に

きり%\す聲かすかなる曉のかべにすくなき有明のかげ
1618

前大納言俊定

永仁元年八月十五夜、後宇多院に十首の歌奉りける時、秋虫といふことを

八重葎しげれる庭に鳴くむしの露のやどりや涙なるらむ
1619

讀人志らず

題志らず

霜むすぶ一夜の程によわるなりをざゝが下の松むしの聲
1620

源高嗣

秋さむき頃とやよわる淺茅生の露のやどりのまつ虫の聲
1621

前大納言爲世

こぬ人は心づくしの秋かぜに逢ふたのみなき松蟲のこゑ
1622

前大納言經顯

百首の歌奉りし時

夕日影雲のはたてにうつろひて月待つ程の空ぞさびしき
1623

衣笠前内大臣

石清水の社の歌合に、秋明月

秋風の吹きそめしより天の原空ゆく月のくもる夜もなし
1624

寂惠法師

題を探りて名所の歌よみ侍りけるに、高師山

秋風に夜わたる月の高師山ふもとのなみの音ぞ更けぬる
1625

左兵衛督基氏

秋の歌の中に

秋ながら影こそ氷れ富士のねの雪に映ろふ夜な/\の月
1626

權中納言公豐

月の歌とて

更け行けば雲も嵐もをさまりて夜渡る月の影ぞのどけき
1627

民部卿爲明

此の集承りて撰びはじめける日題を探りて歌詠み侍りしに、深夜月を

徒らに我がよふけぬと歎きつる心も晴れて月を見るかな
1628

登蓮法師

題志らず

くまもなき月見る程やわび人の心のうちの晴間なるらむ
1629

等持院贈左大臣

轉寢も月には惜しき夜半なればなか/\秋はゆめぞ短き
1630

徽安門院小宰相

貞和の百首の歌奉りけるに

虫の音のよわるも寂し明方のつき影うすき霧のまがきに
1631

道濟

月を見て

秋さむくなりにけらしも山里の庭しろたへに照すつき影
1632

民部卿爲明

百首の歌奉りし時

有明の月待ちいでゝ白妙のゆふつけ鳥もときや知るらむ
1633

平定文

家に歌合し侍りけるに

雲居より照りやまさると水清みうらにても見む秋の夜の月
1634

菅原孝標朝臣女

石山にこもりて侍りける頃よめる

谷川のながれは雨ときこゆれどほかより晴るゝ有明の月
1635

七條后

伊勢がかつらに住み侍りける頃、雨の降りける日遣はしける

月の内のかつらの人を思ふとて雨に涙のそひて降るらむ
1636

高階重茂

題志らず

久方の月のかつらのもみぢ葉は志ぐれぬ時ぞ色勝りける
1637

大江經親

秋の夜のしぐれて渡る村雲にたえ%\はるゝ山の端の月
1638

等持院贈左大臣

百首の歌奉りし時、月

音ばかりしぐるとぞきく月影の曇らぬ夜半の峯のまつ風
1639

源宗氏

題志らず

松に吹く嵐の音を聞きわかで時雨にはるゝ月かとぞ見る
1640

小侍從

月前遠情といふ事を

厭ふらむ久米路の神の氣色まで面影にたつ夜半の月かな
1641

前中納言定資

月を詠める

春日野や曇らぬ月の影なればおどろの道の跡もまよはず
1642

讀人志らず

夜もすがら露の光をみがくなり玉のよどのゝ秋の月かげ
1643

雅成親王

野月を

宮城野の木の下露や落ちぬらむ草葉にあまる秋の夜の月
1644

眞昭法師

前大納言頼經の家にて月の十首の歌よみはべりけるに

難波がた汐干も月はやどりけり葦の末葉に露をのこして
1645

源頼遠

題志らず

敷妙の床のうらわの海士小舟うきね定めぬ月や見るらむ
1646

前參議爲秀

關白前左大臣の家に題を探りて歌よみ侍りけるに、海邊月

渡の原月もはてなき浪の上に偖しも明けむ夜こそ惜けれ
1647

後二條院御製

湖月の心を

志賀の浦や氷くだけて秋風の吹きしく浪にうかぶ月かげ
1648

藤原爲冬朝臣

元弘三年八月十五夜、上のをのこども題を探りて月の歌よみ侍りけるに、月前霧

空にのみ立つ川霧もひま見えてもりくる月に秋風ぞ吹く
1649

等持院贈左大臣

貞和の百首の歌奉りし時

霧はらふ比良の山風ふくる夜にさゞ波はれて出づる月影
1650

藤原隆信朝臣

題志らず

明けぬとや釣する舟も出でぬらむ月に棹さす鹽がまの浦
1651

平高宗

長き夜も明けなばつらし水の江の浦島かけてすめる月影
1652

永福門院

伏見院の三十首の歌の中に

さやかなる月さへ疎く成ぬべし涙の外に見る夜なければ
1653

式子内親王

題志らず

我が宿の籬にこむる秋の色をさながら霜に知せずもがな
1654

正三位季經

明方に夜はなりぬらし菅原や伏見の田ゐに鴫ぞ立つなる
1655

中納言爲藤

文保三年百首の歌奉りける時

憂き事の限知られぬねざめかな鴫の羽根掻數はかけども
1656

伏見院御製

秋の御歌の中に

思へたゞ空しきはしに雨をおきて明け難き夜の秋の心を
1657

侍從隆朝

元弘三年九月十三夜、内裏の三首の歌に、月前擣衣といふ事を

亂れてぞ音も聞ゆる夜もすがら志のぶの衣月にうつらし
1658

前大納言爲定

正和五年九月十三夜、後醍醐院みこの宮と申しける時、五首の歌めされけるに、同じ心を

つき草の花ずり衣秋の夜はやがて移ろふかげに擣つなり
1659

法印仲顯

題志らず

床の霜枕の月のさむき夜にたえずや人のころもうつらむ
1660

讀人志らず

山彦の音は野里の小夜衣こなたかなたに擣つかとぞ聞く
1661

二品法親王寛尊

移り行く籬の菊のいろにこそ秋の日數のほども見えけれ
1662

伏見院御製

花園院くらゐにおましましける時、十月ばかり持明院殿へ行幸あるべかりけるまへの日、紅葉を箱のふたに入れて奉らせ給うける

色そへむ行幸をぞ待つもみぢ葉もふりぬる宿の庭の景色に
1663

花園院御製

御返し

尋ぬべき程こそ最ど急がるれかづ%\見ゆる庭のもみぢ葉
1664

入道二品親王覺譽

紅葉を

露霜の色とも見えぬ紅にいかで染めける木の葉なるらむ
1665

玄勝法師

山ひめの手染に急ぐもみぢ葉やしぐれぬ先の錦なるらむ
1666

太宰權帥爲經

建長六年九月十三夜、五首の歌めされける時、初紅葉といふ事を

山姫のいそぐ衣の秋の色を染めはじめたる峯のもみぢば
1667

後醍醐院御製

十首の歌めしける時、秋夕雨といふ事をよませ給うける

夕づくひしぐれて殘る山のはのうつろふ雲に秋風ぞ吹く
1668

前參議實名

百首の歌奉りし時、紅葉

今はたゞよそにぞ見つる小倉山峯の紅葉の秋のさかりを
1669

堀河右大臣

宇治入道前關白紅葉見にまかると聞きていひ遣しける

いかにしてありし心を慰めむ紅葉見にとも誘はれぬ身を
1670

貫之

延喜七年大井川に行幸の時序たてまつりて泛秋水と云へる事をよめる

波の上を漕ぎつゝ行けば山近み嵐に散れる木葉とや見む
1671

前大納言實教

後醍醐院に十首の歌めしけるに、曉惜月といふ事を

惜しと見る有明の月の名殘をも思捨てゝや秋は行くらむ
1672

前大納言爲世

暮秋霜

うらがるゝ野べの尾花の袖の霜結びすてゝも暮るゝ秋哉
1673

冷泉前太政大臣

寳治二年百首の歌奉りける時、初冬時雨

晴れ曇り時雨ふりおける片岡の楢の葉さやぎ冬はきに鳬
1674

禪信法師

題志らず

山風にすぎ行く雲の跡までも猶名殘あるむらしぐれかな
1675

藤原俊顯朝臣

寐覺して明くるまつ間の手枕に幾度すぐる時雨なるらむ
1676

前大納言經顯

百首の歌奉りし時、落葉

濡れて猶色こそ増れ落葉をも重ねて染むる時雨なりけり
1677

殷富門院大輔

同じ心を

神無月時雨の雨の織りかけし錦ふきおろすさほの山かぜ
1678

前内大臣

大井川かげ見しみづに流るめりさそふ嵐の山のもみぢば
1679

貫之

權中納言兼輔の家の屏風の歌

もみぢ葉の流るゝ時は白浪のたちにし名こそ變るべらなれ
1680

高市黒人

題志らず

とくきても見てまし物を山城の高槻村の散りにけるかも
1681

平時常

野も山も木葉まれなる冬がれに嵐を殘すみねのまつばら
1682

後西園寺入道前太政大臣

文保の百首の歌奉りし時

いせ島や浦風そよぐ濱荻のしものかれ葉も神さびにけり
1683

聖尊法親王

冬の歌の中に

難波江や霜に朽ぬる芦の葉はそよぐともなく浦風ぞ吹く
1684

大江忠廣

冬枯の眞野の萱原ほにいでし面影見せておけるしもかな
1685

入道二品親王覺譽

百首の歌奉りし時、寒草

風さゆる霜の籬の花ずゝきかれし人めにたれまねくらむ
1686

等持院贈左大臣

冬月の歌とてよめる

霜むすぶ枯野の小笹うちさやぎ嵐も月も冴えまさりつゝ
1687

院御製

冬望といふ事を

冬ふかみ寂しきいろは猶そひぬかり田の面のしもの明方
1688

前大納言經繼

龜山殿の千首の歌に

冬の夜の月影さむき谷の戸に氷をたゝく山おろしのかぜ
1689

中納言爲藤

二品法親王覺助の家の五十首の歌に、冬曉月

長き夜の寐覺の涙ほしやらで袖よりこほるありあけの月
1690

宗久法師

題志らず

今朝見れば竹の筧を行く水のあまる雫ぞかつこほりぬる
1691

内大臣

百首の歌奉りけるに、氷

さえまさる山風ばかり音たてゝ氷にむせぶたに川のみづ
1692

藤原長秀

瀧氷を

吉野川たぎつ流もこほるなり山した風やさえまさるらむ
1693

乘功法師

題志らず

冬の夜のさむけき月に數見えて伏見の澤にわたる水どり
1694

按察使實繼

百首の歌奉りし時、水鳥

群れてたつ鴨のうきねの跡ばかり暫しこほらぬ庭の池水
1695

前大納言公蔭

冬の歌の中に

いつのまに結ぶ氷ぞあし鴨のあしのいとなくさわぐ池水
1696

權中納言公雄

河千鳥

山科の音羽の河の小夜千鳥およばぬ跡に音をのみぞ鳴く
1697

二品法親王尊胤

百首の歌奉りし時、千鳥

人なみに名をやかくると和歌の浦に猶跡慕ふ友千鳥かな
1698

信快法師

同じ心を

人志れぬ音をのみなきて濱千鳥跡をぞかこつ和歌の浦波
1699

正三位通藤女

題志らず

和歌の浦に心をとめて濱千鳥跡まで思ふ音こそなかるれ
1700

後醍醐院女藏人萬代

難波がた月のでしほの浦風によるべ定めずなく千鳥かな
1701

左兵衛督基氏

みだれ葦の枯葉の霜や沖つ風ふけゆく月に千鳥鳴くなり
1702

權大納言義詮

百首の歌奉りし時、千鳥

とけて寐ぬ須磨の關守夜や寒き友よぶ千鳥月に鳴くなり
1703

亭子院御製

亭子院の歌合に左方にうへの御心よせありとて、右の頭の女七のみこ恨み給ふよし聞しめして

立ち歸り千鳥なくなりはまゆふの心隔てゝ思ふものかは
1704

延政門院新大納言

伏見院に奉りける三十首の歌に

浦づたふ霜夜の千鳥聲さえて汐干のかたに友さそふなり
1705

道因法師

網代待友といふ事を

網代へと契りし人のまだこぬは何處によりて日を暮す覽
1706

源氏頼

鷹狩をよめる

降る雪にとだち尋ねて今日幾か交野のみのを狩暮すらむ
1707

源顯氏

冬の歌の中に

音にのみふるとはきけど玉笹の上にたまらず散る霰かな
1708

權律師則祐

枯れ殘るまがきの荻の一むらにまた音たてゝふる霰かな
1709

前參議敦有

霰を

ぬきとめぬをすての山の苔の上に亂るゝ玉は霰なりけり
1710

源頼隆

題志らず

志がらきの外山に降れる初雪に都の空ぞなほしぐれける
1711

夢窓國師

初雪の朝等持院贈左大臣尋ね來りて侍りける時よみ侍りける

とふ人の情の深きほどまではつもりもやらぬ庭の志ら雪
1712

源宗氏

冬の歌の中に

降る雪の踏分けぬべき宿ならばとはれぬ身をや猶も怨みむ
1713

後醍醐院女藏人萬代

踏み分けて誰かはとはむ草の原そことも知らず積る白雪
1714

惟賢上人

さゞ波や打出でゝ見れば白妙の雪をかけたる瀬田の長橋
1715

藤原盛徳

難波がたまさごぢ遠くひく潮の流れ干る間につもる白雪
1716

前關白左大臣近衛

百首の歌奉りし時、雪

雲かゝる葛城山に降り初めてよそにつもらぬ今朝の白雪
1717

藤原爲重朝臣

かざこしの峰の吹雪もさえくれてきそのみ坂を埋む白雪
1718

範空上人

題志らず

いとゞ猶ゆきゝも絶えて世を厭ふ山のかひある庭の白雪
1719

加賀左衛門

大納言經信草子を書かせけるを、雪の降る日、書きて遣し侍るとて書きつけ侍りける

哀なり降積りたる雪よりも我身はまづや消えむとすらむ
1720

大納言經信

返し

富士のねに降積む雪の年をへて消えぬ例に君をこそ見め
1721

前大納言忠季

百首の歌奉りし時、炭竈

雪はなほ埋みも果てぬ炭がまの烟ふきしく小野の山かぜ
1722

等持院贈左大臣

炭がまに通ふゆきゝの跡ばかり雪にぞみゆる大原のやま
1723

伏見院御製

嘉元元年三十首の歌めしけるついでに、夜神樂といへる事を詠ませ給うける

星うたふ聲や雲居にすみぬらむ空にも頓て影のさやけき
1724

後伏見院御製

冬の御歌の中に

見しやいつぞ豐の明のそのかみも面影とほき雲の上の月
1725

野宮左大臣

千五百番歌合に

行く年も立ちくる春も逢坂の關路の鳥の音をや待つらむ
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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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