太平記 (Taiheiki) — 太平記(国民文庫) 太平記巻第三 不明 (Anonymous) 1366-1379 Taiheiki 太平記 Anonymous 不明 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Fiction フィクション Japanese 日本語 Text 本文 1368 たいへいき Taiheiki 太平記 たいへいき Anonymous 不明 ふめい
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太平記 › 太平記(国民文庫) 太平記巻第三 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
太平記( 国民文庫 ) 太平記巻第三○主上( しゆしやう ) 御夢( おんゆめの ) 事( こと ) 付楠( くすのきが ) 事( こと ) 元弘( げんこう ) 元年八月二十七日、主上笠置( かさぎ ) へ臨幸成( なつ ) て本堂を皇居( くわうきよ ) となさる。始( はじめ ) 一両日( いちりやうにち ) の程は武威に恐れて、参り任( つかふ ) る人独( ひとり ) も無( なか ) りけるが、叡山( えいざん ) 東坂本( ひがしさかもと ) の合戦( かつせん ) に、六波羅勢( ろくはらぜい ) 打負( うちまけ ) ぬと聞へければ、当寺( たうじ ) の衆徒( しゆと ) を始( はじめ ) て、近国の兵共( つはものども ) 此彼( ここかしこ ) より馳参( はせまゐ ) る。されども未( いまだ ) 名ある武士( ぶし ) 、手勢( てぜい ) 百騎とも二百騎とも、打( うた ) せたる大名は一人( いちにん ) も不参。此勢許( このせいばかり ) にては、皇居( くわうきよ ) の警固( けいご ) 如何( いかん ) 有( ある ) べからんと、主上思食煩( おぼしめしわづら ) はせ給( たまひ ) て、少し御( おん ) まどろみ有( あり ) ける御夢( おんゆめ ) に、所( ところ ) は紫宸殿( ししんでん ) の庭前( ていぜん ) と覚へたる地に、大( おほき ) なる常盤木( ときはぎ ) あり。緑の陰( かげ ) 茂( しげり ) て、南へ指( さし ) たる枝( えだ ) 殊に栄へ蔓( はびこ ) れり。其下( そのした ) に三公百官位( くらゐ ) に依( よつ ) て列坐( れつざ ) す。南へ向( むき ) たる上座( しやうざ ) に御坐( ござ ) の畳を高く敷( しき ) 、未( いまだ ) 坐( ざ ) したる人はなし。主上御夢心地( おんゆめここち ) に、「誰を設( まう ) けん為の座席やらん。」と怪( あや ) しく思食( おぼしめし ) て、立( たた ) せ給ひたる処に、鬟( びんづら ) 結( ゆう ) たる童子( どうじ ) 二人( ににん ) 忽然( こつぜん ) として来( きたつ ) て、主上の御前( おんまへ ) に跪( ひざまづ ) き、涙を袖に掛( かけ ) て、「一天下の間( あひだ ) に、暫( しばらく ) も御身( おんみ ) を可被隠所なし。但しあの樹の陰( かげ ) に南へ向へる座席あり。是( これ ) 御為( おんため ) に設( まうけ ) たる玉■( ぎよくい ) にて候へば、暫く此( これ ) に御座( ござ ) 候へ。」と申( まうし ) て、童子は遥( はるか ) の天に上( あが ) り去( さん ) ぬと御覧( ごらん ) じて、御夢( おんゆめ ) はやがて覚( さめ ) にけり。主上是( これ ) は天の朕( ちん ) に告( つげたまへ ) る所( ところ ) の夢也と思食( おぼしめし ) て、文字( もんじ ) に付( つけ ) て御料簡( ごれうけん ) あるに、木( き ) に南( みなみ ) と書( かき ) たるは楠( くすのき ) と云( いふ ) 字也。其陰( そのかげ ) に南に向ふて坐( ざ ) せよと、二人( ににん ) の童子( どうじ ) の教へつるは、朕再び南面( なんめん ) の徳を治( をさめ ) て、天下の士( し ) を朝( てう ) せしめんずる処( ところ ) を、日光月光( につくわうぐわつくわう ) の被示けるよと、自( みづか ) ら御夢( おんゆめ ) を被合て、憑敷( たのもしく ) こそ被思食けれ。夜( よ ) 明( あけ ) ければ当寺( たうじ ) の衆徒( しゆと ) 、成就房( じやうじゆばうの ) 律師( りつし ) を被召、「若( もし ) 此辺( このへん ) に楠と被云武士( ぶし ) や有( ある ) 。」と、御尋( おんたづね ) 有( あり ) ければ、「近き傍( あた ) りに、左様( さやう ) の名字( みやうじ ) 付( つき ) たる者ありとも、未( いまだ ) 承( うけたまはり ) 及( およばず ) 候。河内国( かはちのくに ) 金剛山( こんがうせん ) の西にこそ、楠多門兵衛( たもんひやうゑ ) 正成( まさしげ ) とて、弓矢取( とつ ) て名を得たる者は候なれ。是( これ ) は敏達天王( びたつてんわう ) 四代の孫( そん ) 、井手左大臣( ゐでのさだいじん ) 橘諸兄公( たちばなのもろえこう ) の後胤( こういん ) たりと云へども、民間( みんかん ) に下( くだつ ) て年久し。其母( そのはは ) 若かりし時、志貴( しぎ ) の毘沙門( びしやもん ) に百日詣( まうで ) て、夢想( むさう ) を感じて設( まうけ ) たる子にて候とて、稚名( をさなな ) を多門( たもん ) とは申( まうし ) 候也。」とぞ答へ申( まうし ) ける。主上、さては今夜( こんや ) の夢の告( つげ ) 是( これ ) 也と思食( おぼしめし ) て、「頓( やが ) て是( これ ) を召せ。」と被仰下ければ、藤房卿( ふぢふさのきやう ) 勅( ちよく ) を奉( うけたまはつ ) て、急ぎ楠正成をぞ被召ける。勅使宣旨( せんじ ) を帯( たい ) して、楠が館( たち ) へ行向( ゆきむかつ ) て、事の子細( しさい ) を演( のべ ) られければ、正成弓矢取る身の面目( めんぼく ) 、何事( なにこと ) か是( これ ) に過( すぎ ) んと思( おもひ ) ければ、是非( ぜひ ) の思案にも不及、先( まづ ) 忍( しのび ) て笠置( かさぎ ) へぞ参( さんじ ) ける。主上万里小路( までのこうぢ ) 中納言藤房( ふぢふさの ) 卿( きやう ) を以て被仰けるは、「東夷征罰( とういせいばつ ) の事( こと ) 、正成( まさしげ ) を被憑思食子細( しさい ) 有( あつ ) て、勅使を被立処に、時刻を不移馳参( はせまゐ ) る条( でう ) 、叡感( えいかん ) 不浅処也。抑( そもそも ) 天下草創( さうさう ) の事( こと ) 、如何( いか ) なる謀( はかりごと ) を廻( めぐら ) してか、勝( かつ ) 事( こと ) を一時( いちじ ) に決して太平( たいへい ) を四海( しかい ) に可被致、所存( しよぞん ) を不残可申。」と勅定( ちよくぢやう ) 有( あり ) ければ、正成畏( かしこまつ ) て申( まうし ) けるは、「東夷近日( きんじつ ) の大逆( だいぎやく ) 、只( ただ ) 天( てん ) の譴( せめ ) を招( まねき ) 候上( うへ ) は、衰乱の弊( つひ ) へに乗( のつ ) て天誅( てんちゆう ) を被致に、何( なん ) の子細か候べき。但( ただし ) 天下草創( さうさう ) の功( こう ) は、武略と智謀( ちぼう ) とに二( ふたつ ) にて候。若( もし ) 勢( せい ) を合( あはせ ) て戦はゞ、六十余州の兵( つはもの ) を集( あつめ ) て武蔵相摸( むさしさがみ ) の両国( りやうこく ) に対( たい ) すとも、勝( かつ ) 事( こと ) を得がたし。若( もし ) 謀( はかりごと ) を以て争はゞ、東夷の武力( ぶりき ) 只利( り ) を摧( くだ ) き、堅( かたき ) を破る内( うち ) を不出。是( これ ) 欺( あざむ ) くに安( やすう ) して、怖( おそ ) るゝに足( たら ) ぬ所也。合戦( かつせん ) の習( ならひ ) にて候へば、一旦( いつたん ) の勝負( しようぶ ) をば必( かならず ) しも不可被御覧。正成一人( いちにん ) 未だ生( いき ) て有( あり ) と被聞召候はゞ、聖運( せいうん ) 遂に可被開と被思食候へ。」と、頼( たのも ) しげに申( まうし ) て、正成は河内( かはち ) へ帰( かへり ) にけり。
○笠置( かさぎ ) 軍( いくさの ) 事( こと ) 付陶山( すやま ) 小見山( こみやま ) 夜討( ようちの ) 事( こと ) 去程( さるほど ) に主上笠置( かさぎ ) に御坐( ござ ) 有( あつ ) て、近国( きんごく ) の官軍( くわんぐん ) 付随( つきしたがひ ) 奉る由( よし ) 、京都へ聞へければ、山門( さんもん ) の大衆( だいしゆ ) 又力を得て、六波羅( ろくはら ) へ寄( よす ) る事もや有( あら ) んずらんとて、佐々木( ささきの ) 判官( はうぐわん ) 時信( ときのぶ ) に、近江( あふみ ) 一国( いつこく ) の勢( せい ) を相副( あひそへ ) て大津( おほつ ) へ被向。是( これ ) も猶( なほ ) 小勢( こぜい ) にて叶( かな ) ふまじき由を申( まうし ) ければ、重( かさね ) て丹波国( たんばのくに ) の住人( ぢゆうにん ) 、久下( くげ ) ・長沢の一族等( いちぞくら ) を差副( さしそへ ) て八百余騎( よき ) 、大津東西( とうざい ) の宿( しゆく ) に陣を取る。九月一日六波羅( ろくはら ) の両■断( りやうけんだん ) 、糟谷( かすやの ) 三郎宗秋( むねあき ) ・隅田( すだの ) 次郎左衛門( じらうざゑもん ) 、五百余騎( よき ) にて宇治の平等院( びやうどういん ) へ打出( うちい ) で、軍勢( ぐんぜい ) の着到( ちやくたう ) を着( つく ) るに、催促( さいそく ) をも不待、諸国の軍勢夜昼( よるひる ) 引( ひき ) も不切馳集( はせあつまつ ) て十万余騎( よき ) に及べり。既( すで ) に明日二日( みやうにちふつか ) 巳刻( みのこく ) に押寄( おしよせ ) て、矢合( やあはせ ) 可有と定( さだ ) めたりける其前( そのさき ) の日( ひ ) 、高橋( の ) 又四郎抜懸( ぬけがけ ) して、独り高名( かうみやう ) に備( そな ) へんとや思( おもひ ) けん、纔( わづか ) に一族の勢三百( さんびやく ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、笠置( かさぎ ) の麓へぞ寄( よせ ) たりける。城( しろ ) に篭( こも ) る所の官軍( くわんぐん ) は、さまで大勢( おほぜい ) ならずと云へども、勇気未怠( いまだたゆまず ) 、天下の機( き ) を呑( のん ) で、回天( くわいてん ) の力( ちから ) を出( いだ ) さんと思へる者共( ものども ) なれば、纔( わづか ) の小勢( こぜい ) を見て、なじかは打( うつ ) て懸( かか ) らざらん。其( その ) 勢三千余騎( よき ) 、木津河( きづがは ) の辺( へん ) にをり合( あう ) て、高橋が勢を取篭( とりこめ ) て、一人も余( あま ) さじと責( せめ ) 戦ふ。高橋始( はじめ ) の勢( いきほ ) ひにも似ず、敵の大勢( おほぜい ) を見て、一返( ひとかへし ) も不返捨鞭( すてむち ) を打( うつ ) て引( ひき ) ける間、木津河の逆巻水( さかまくみづ ) に被追浸、被討者其数( そのかず ) 若干( そくばく ) 也。僅( わづか ) に命許( ばかり ) を扶( たすか ) る者も、馬( むま ) 物具( もののぐ ) を捨( すて ) て赤裸( あかはだか ) になり、白昼( はくちう ) に京都へ逃上( にげのぼ ) る。見苦しかりし有様也。是( これ ) を悪( にく ) しと思ふ者やしたりけん。平等院の橋爪( はしづめ ) に、一首( いつしゆ ) の歌を書( かい ) てぞたてたりける。木津川( きづかは ) の瀬々( せぜ ) の岩浪早ければ懸( かけ ) て程なく落( おつ ) る高橋高橋が抜懸( ぬけがけ ) を聞( きい ) て、引( ひか ) ば入替( いりかはつ ) て高名( かうみやう ) せんと、跡( あと ) に続( つづ ) きたる小早河( こばやがは ) も、一度( いちど ) に皆被追立一返( ひとかへし ) も不返、宇治( うぢ ) まで引( ひい ) たりと聞へければ、又札( ふだ ) を立副( たてそへ ) て、懸( かけ ) も得ぬ高橋落( おち ) て行( ゆく ) 水に憂名( うきな ) を流す小早河( こばやがは ) 哉( かな ) 昨日( きのふ ) の合戦に、官軍( くわんぐん ) 打勝( うちかち ) ぬと聞へしかば、国々の勢馳( はせ ) 参りて、難儀( なんぎ ) なる事もこそあれ、時日( ときひ ) を不可移とて、両検断( りやうけんだん ) 宇治にて四方( しはう ) の手分( てわけ ) を定( さだめ ) て、九月二日笠置( かさぎ ) の城( しろ ) へ発向( はつかう ) す。南の手( て ) には五畿内( きない ) 五箇国( ごかこく ) の兵( つはもの ) を被向。其勢( そのせい ) 七千六百余騎( よき ) 、光明山( くわうみやうせん ) の後( うしろ ) を廻( まはつ ) て搦手( からめて ) に向( むかふ ) 。東の手には、東海道十五箇国( じふごかこく ) の内( うち ) 、伊賀・伊勢( いせ ) ・尾張( をはり ) ・三河・遠江( とほたふみ ) の兵( つはもの ) を被向。其( その ) 勢二万五千余騎( よき ) 、伊賀路( いがぢ ) を経( へ ) て金剛山越( こんがうせんごえ ) に向ふ。北の手には、山陰道( せんいんだう ) 八箇国( はちかこく ) の兵共( つはものども ) 一万二千余騎( よき ) 、梨間( なしま ) の宿( しゆく ) のはづれより、市野辺山( いちのべやま ) の麓を回( まはつ ) て、追手( おふて ) へ向ふ。西の手には、山陽道( せんやうだう ) 八箇国( はちかこく ) の兵( つはもの ) を被向。其( その ) 勢三万二千余騎( よき ) 、木津河( きづがは ) を上( のぼ ) りに、岸の上なる岨道( そばみち ) を二手( ふたて ) に分( わけ ) て推寄( おしよす ) る。追手( おふて ) 搦手( からめて ) 、都合( つがふ ) 七万五千余騎( よき ) 、笠置( かさぎ ) の山の四方( しはう ) 二三里が間( あひだ ) は、尺地( せきち ) も不残充満( じゆうまん ) したり。明( あく ) れば九月三日の卯刻( うのこく ) に、東西南北( とうざいなんぼく ) の寄手( よせて ) 、相近( あひちかづい ) て時( とき ) を作る。其( その ) 声百千の雷( いかづち ) の鳴落( なりおつる ) が如( ごとく ) にして天地( てんち ) も動く許( ばかり ) 也。時の声三度( さんど ) 揚( あげ ) て、矢合( やあはせ ) の流鏑( かぶら ) を射懸( いかけ ) たれども、城( しろ ) の中( うち ) 静( しづま ) り還( かへつ ) て時の声をも不合、当( たう ) の矢をも射ざりけり。彼( かの ) 笠置( かさぎ ) の城( しろ ) と申( まうす ) は、山高( たかう ) して一片( いつぺん ) の白雲( はくうん ) 峯を埋( うづ ) み、谷深( ふかう ) して万仞( ばんじん ) の青岩( せいがん ) 路を遮( さへぎ ) る。攀折( つづらをり ) なる道を廻( まはつ ) て揚( あが ) る事十八町、岩を切( きつ ) て堀とし石を畳( たたう ) で屏( へい ) とせり。されば縦( たと ) ひ防( ふせ ) ぎ戦ふ者無( なく ) とも、輒( たやす ) く登る事を得難し。されども城中( じやうちゆう ) 鳴( なり ) を静めて、人ありとも見へざりければ、敵( てき ) はや落( おち ) たりと心得て、四方( しはう ) の寄手( よせて ) 七万五千余騎( よき ) 、堀がけとも不謂、葛( くず ) のかづらに取付( とりつい ) て、岩の上を伝( つたう ) て、一( いち ) の木戸口( きどぐち ) の辺( へん ) 、二王堂( にわうだう ) の前までぞ寄( よせ ) たりける。此( ここ ) にて一息( ひといき ) 休めて城( しろ ) の中( うち ) を屹( きつ ) と向上( みあげ ) ければ、錦( にしき ) の御旗( おんはた ) に日月( じつげつ ) を金銀( きんぎん ) にて打( うつ ) て着( つけ ) たるが、白日( はくじつ ) に耀( かかやい ) て光り渡りたる其陰( そのかげ ) に、透間( すきま ) もなく鎧( よろ ) ふたる武者( むしや ) 三千余人( よにん ) 、甲( かぶと ) の星を耀( かかやか ) し、鎧( よろひ ) の袖を連( つらね ) て、雲霞( うんか ) の如くに並居( なみゐ ) たり。其外( そのほか ) 櫓( やぐら ) の上( うへ ) 、さまの陰( かげ ) には、射手( いて ) と覚( おぼ ) しき者共( ものども ) 、弓の弦( つる ) くひしめし、矢束( やたばね ) 解( とい ) て押甘( おしくつろげ ) 、中差( なかざし ) に鼻油( はなあぶら ) 引( ひい ) て待懸( まちかけ ) たり。其勢( そのいきほひ ) 決然( けつぜん ) として、敢( あへ ) て可攻様( やう ) ぞなき。寄手( よせて ) 一万余騎( よき ) 是( これ ) を見て、前( すす ) まんとするも不叶、引( ひか ) んとするも不協して、心ならず支( ささへ ) たり。良( やや ) 暫有( しばらくあり ) て、木戸の上なる櫓より、矢間( さま ) の板を排( おしひらい ) て名乗( なのり ) けるは、「参河国( みかはくにの ) 住人( ぢゆうにん ) 足助( あすけの ) 次郎重範( しげのり ) 、忝( かたじけな ) くも一天( いつてん ) の君にたのまれ進( まゐ ) らせて、此( この ) 城の一の木戸を堅( かた ) めたり。前陣( ぜんぢん ) に進んだる旗は、美濃( みの ) ・尾張( をはり ) の人々の旗と見るは僻目( ひがめ ) か。十善( じふぜん ) の君の御座( おはしま ) す城( しろ ) なれば、六波羅( ろくはら ) 殿( どの ) や御向( おんむか ) ひ有( あ ) らんずらんと心得て、御儲( おんまうけ ) の為に、大和鍛冶( やまとかぢ ) のきたうて打( うち ) たる鏃( やじり ) を少々( せうせう ) 用意( ようい ) 仕( つかまつり ) て候。一筋( ひとすぢ ) 受( うけ ) て御覧( ごらん ) じ候へ。」と云侭( いふまま ) に、三人( さんにん ) 張( ばり ) の弓に十三束三伏( じふさんぞくみつぶせ ) 篦( の ) かづきの上まで引( ひき ) かけ、暫( しばらく ) 堅( かた ) めて丁( ちやう ) と放つ。其( その ) 矢遥( はるか ) なる谷を阻( へだて ) て、二町( にちやう ) 余( あまり ) が外( ほか ) に扣( ひか ) へたる荒尾九郎が鎧( よろひ ) の千檀( せんだん ) の板( いた ) を、右の小脇( こわき ) まで篦深( のぶか ) にぐさと射込む。一箭( ひとや ) なりといへども究竟( くつきやう ) の矢坪( やつぼ ) なれば、荒尾馬より倒( さかさま ) に落( おち ) て起( おき ) も直( なほ ) らで死( しし ) けり。舎弟( しやてい ) の弥五郎( やごらう ) 是( これ ) を敵に見せじと、矢面( やおもて ) に立隠( たちかく ) して、楯( たて ) のはづれより進出( すすみいで ) て云( いひ ) けるは、「足助( あすけ ) 殿( どの ) の御弓勢( ごゆんぜい ) 、日来( ひごろ ) 承候( うけたまはりさふらひ ) し程は無( なか ) りけり。此( ここ ) を遊ばし候へ。御矢( おんや ) 一筋受( うけ ) て物( もの ) の具( ぐ ) の実( さね ) の程試( こころみ ) 候はん。」と欺( あざむい ) て、弦走( つるばしり ) を敲( たたい ) てぞ立( たち ) たりける。足助是( これ ) を聞( きい ) て、「此( この ) 者の云様( いひやう ) は、如何様( いかさま ) 鎧の下( した ) に、腹巻( はらまき ) か鎖( くさり ) 歟( か ) を重( かさね ) て着たれば社( こそ ) 、前( さき ) の矢を見ながら此( ここ ) を射よとは敲( たた ) くらん。若( もし ) 鎧の上を射ば、篦( の ) 摧( くだ ) け鏃( やじり ) 折( をれ ) て通らぬ事もこそあれ。甲( かぶと ) の真向( まつかう ) を射たらんに、などか砕( くだけ ) て通らざらん。」と思案して、「胡■( えびら ) より金磁頭( かなじんどう ) を一( ひと ) つ抜出( ぬきいだ ) し、鼻油( はなあぶら ) 引( ひい ) て、「さらば一矢( ひとや ) 仕り候はん。受( うけ ) て御覧( ごらん ) 候へ。」と云侭( いふまま ) に、且( しばら ) く鎧の高紐( たかひも ) をはづして、十三束三伏( じふさんぞくみつぶせ ) 、前( さき ) よりも尚引( ひき ) しぼりて、手答( てごた ) へ高くはたと射る。思ふ矢坪( やつぼ ) を不違、荒尾弥五郎が甲( かぶと ) の真向( まつかう ) 、金物( かなもの ) の上( うへ ) 二寸計( ばかり ) 射砕( いくだい ) て、眉間( みけん ) の真中( まんなか ) をくつまき責( せめ ) て、ぐさと射篭( いこう ) だりければ、二言( にごん ) とも不云、兄弟( きやうだい ) 同枕( おなじまくら ) に倒重( たふれかさなつ ) て死( しし ) にけり。是( これ ) を軍( いくさ ) の始( はじめ ) として、追手( おふて ) 搦手( からめて ) 城( じやう ) の内、をめき叫( さけん ) で責( せめ ) 戦ふ。箭叫( やさけび ) の音時( とき ) の声且( しばし ) も休( やむ ) 時なければ、大山( たいさん ) も崩( くづれ ) て海に入り、坤軸( こんぢく ) も折( をれ ) て忽( たちまち ) 地に沈( しづ ) む歟( か ) とぞ覚へし。晩景( ばんげい ) に成( なり ) ければ、寄手( よせて ) 弥( いよいよ ) 重( かさなつ ) て持楯( もちたて ) をつきよせつきよせ、木戸口( きどぐち ) の辺( へん ) まで攻( せめ ) たりける処に、爰( ここ ) に南都の般若寺( はんにやじ ) より巻数( くわんじゆ ) 持( もち ) て参りたりける使( つかひ ) 、本性房( ほんじやうばう ) と云( いふ ) 大力( だいりき ) の律僧( りつそう ) の有( あり ) けるが、褊衫( へんさん ) の袖を結( むすん ) で引違( ひきちが ) へ、尋常( よのつね ) の人の百人しても動( うごか ) し難き大磐石( だいばんじやく ) を、軽々( かるがる ) と脇に挟( はさ ) み、鞠( まり ) の勢( せい ) に引欠々々( ひつかけひつかけ ) 、二三十つゞけ打( うち ) にぞ投( なげ ) たりける。数万( すまん ) の寄手( よせて ) 、楯( たて ) の板( いた ) を微塵( みぢん ) に打砕( うちくだ ) かるゝのみに非( あら ) ず、少( すこし ) も此( この ) 石に当る者、尻居( しりゐ ) に被打居ければ、東西( とうざい ) の坂に人頽( ひとなだれ ) を築( つい ) て、馬人弥( いや ) が上( うへ ) に落重( おちかさな ) る。さしも深き谷二( ふたつ ) 、死人( しにん ) にてこそうめたりけれ。されば軍( いくさ ) 散じて後( のち ) までも木津河( きづがは ) の流( ながれ ) 血に成( なつ ) て、紅葉( もみぢ ) の陰( かげ ) を行( ゆく ) 水の紅( くれなゐ ) 深きに不異。是( これ ) より後( のち ) は、寄手( よせて ) 雲霞( うんか ) の如しといへども、城( しろ ) を攻( せめ ) んと云( いふ ) 者一人もなし。只( ただ ) 城の四方( しはう ) を囲( かこ ) めて遠攻( とほぜめ ) にこそしたりけれ。かくて日数( ひかず ) を経( へ ) ける処に、同( おなじき ) 月十一日、河内の国より早馬( はやむま ) を立( たて ) て、「楠兵衛( ひやうゑ ) 正成( まさしげ ) と云( いふ ) 者、御所方( ごしよがた ) に成( なつ ) て旗を挙( あぐ ) る間、近辺の者共( ものども ) 、志あるは同心( どうしん ) し、志なきは東西( とうざい ) に逃隠( にげかく ) る。則( すなはち ) 国中( こくぢゆう ) の民屋( みんをく ) を追捕( ついふ ) して、兵粮( ひやうらう ) の為に運取( はこびとり ) 、己( おのれ ) が館( たち ) の上なる赤坂山( あかさかやま ) に城郭( じやうくわく ) を構へ、其勢( そのせい ) 五百騎にて楯篭( たてこも ) り候。御退治( ごたいぢ ) 延引( えんいん ) せば、事( こと ) 御難儀( おんなんぎ ) に及候( およびさふらひ ) なん。急ぎ御勢( おんせい ) を可被向。」とぞ告申( つげまうし ) ける。是( これ ) をこそ珍事( ちんじ ) なりと騒ぐ処に、又同( おなじき ) 十三日の晩景に、備後( びんご ) の国より早馬( はやむま ) 到来( たうらい ) して、「桜山( さくらやま ) 四郎入道、同( おなじき ) 一族等( ら ) 御所方( ごしよがた ) に参( まゐつ ) て旗を揚( あげ ) 、当国の一宮( いちのみや ) を城郭として楯篭( たてこも ) る間、近国の逆徒等( げきとら ) 少々( せうせう ) 馳加( はせくははつ ) て、其勢( そのせい ) 既( すでに ) 七百余騎( よき ) 、国中( こくぢゆう ) を打靡( うちなびけ ) 、剰( あまつさへ ) 他国へ打越( うちこえ ) んと企( くはだ ) て候。夜( よ ) を日( ひ ) に継( つい ) で討手( うつて ) を不被下候はゞ、御大事( おんだいじ ) 出来( いでき ) ぬと覚( おぼえ ) 候。御油断( ごゆだん ) 不可有。」とぞ告( つげ ) たりける。前( まへ ) には笠置( かさぎ ) の城強( つよう ) して、国々の大勢( おほぜい ) 日夜( にちや ) 責( せむ ) れども未落( いまだおちず ) 、後( うしろ ) には又楠・桜山の逆徒大( おほき ) に起( おこつ ) て、使者( ししや ) 日々( ひび ) に急( きふ ) を告( つぐ ) 。南蛮西戎( なんばんせいじゆう ) は已( すで ) に乱( みだれ ) ぬ。東夷北狄( とういほくてき ) も又如何( いかが ) あらんずらんと、六波羅( ろくはら ) の北方( きたのかた ) 駿河( するがの ) 守( かみ ) 、安き心も無( なか ) りければ、日々( ひび ) に早馬( はやむま ) を打( うた ) せて東国勢をぞ被乞ける。相摸入道( さがみにふだう ) 大( おほき ) に驚( おどろい ) て、「さらばやがて討手を差上( さしのぼ ) せよ。」とて、一門他家( たけ ) 宗徒( むねと ) の人々六十三人( ろくじふさんにん ) 迄ぞ被催ける。大将軍には大仏( おさらぎ ) 陸奥守( むつのかみ ) 貞直・同遠江守( とほたふみのかみ ) ・普恩寺( ふおんじ ) 相摸守( さがみのかみ ) ・塩田越前守( ゑちぜんのかみ ) ・桜田参河( みかはの ) 守( かみ ) ・赤橋尾張( をはりの ) 守( かみ ) ・江馬( えま ) 越前守( ゑちぜんのかみ ) ・糸田左馬頭( さまのかみ ) ・印具兵庫助( いぐひやうごのすけ ) ・佐介上総介( さかいかづさのかみ ) ・名越右馬助( なごやうまのすけ ) ・金沢( かなざは ) 右馬助( うまのすけ ) ・遠江( とほたふみの ) 左近( さこんの ) 大夫将監( たいふしやうげん ) 治時( はるとき ) ・足利( あしかが ) 治部大輔( ぢぶのたいふ ) 高氏( たかうぢ ) 、侍大将( さぶらひたいしやう ) には、長崎四郎左衛門尉( さゑもんのじよう ) 、相従( あひしたが ) ふ侍( さぶらひ ) には、三浦介( みうらのすけ ) 入道・武田甲斐( かひの ) 次郎左衛門( じらうざゑもんの ) 尉( じよう ) ・椎名( しひな ) 孫八入道・結城上野( ゆふきかうづけの ) 入道・小山出羽( をやまではの ) 入道・氏家美作( うぢへみまさかの ) 守( かみ ) ・佐竹上総( かづさの ) 入道・長沼( ながぬま ) 四郎左衛門入道・土屋安芸権守( つちやあきのごんのかみ ) ・那須加賀( かがの ) 権( ごんの ) 守( かみ ) ・梶原( かぢはら ) 上野( かうづけの ) 太郎左衛門( さゑもんの ) 尉( じよう ) ・岩城( いはき ) 次郎入道・佐野( さのの ) 安房( あはの ) 弥太郎( やたらう ) ・木村次郎左衛門( じらうざゑもんの ) 尉( じよう ) ・相馬( さうま ) 右衛門次郎・南部( なんぶ ) 三郎次郎・毛利丹後( たんごの ) 前司( ぜんじ ) 、那波( なば ) 左近( さこんの ) 太夫将監( たいふしやうげん ) ・一宮善( いぐせ ) 民部( みんぶの ) 太夫( たいふ ) ・土肥( とひ ) 佐渡( さどの ) 前司・宇都宮( うつのみや ) 安芸( あきの ) 前司・同肥後( ひごの ) 権守( ごんのかみ ) ・葛西( かさいの ) 三郎兵衛( さぶらうひやうゑの ) 尉( じよう ) ・寒河( さんがうの ) 弥四郎・上野( かうづけの ) 七郎三郎・大内( おほち ) 山城( やましろの ) 前司・長井治部( ぢぶの ) 少輔( せう ) ・同備前( びぜんの ) 太郎・同因幡( いなば ) 民部( みんぶの ) 大輔( たいふ ) 入道・筑後( ちくごの ) 前司・下総( しもつさの ) 入道・山城( やましろ ) 左衛門( さゑもんの ) 大夫・宇都宮( うつのみや ) 美濃( みのの ) 入道・岩崎弾正左衛門尉( だんしやうさゑもんのじよう ) ・高久( かうく ) 同孫三郎・同彦三郎・伊達( だての ) 入道・田村形部大輔( ぎやうぶのたいふ ) 入道・入江蒲原( いりえかんばら ) の一族・横山猪俣( ゐのまた ) の両党、此外( このほか ) 、武蔵( むさし ) ・相摸( さがみ ) ・伊豆( いづ ) ・駿河( するが ) ・上野( かうづけ ) 、五箇国( ごかこく ) の軍勢( ぐんぜい ) 、都合( つごふ ) 二十万七千六百余騎( よき ) 、九月二十日鎌倉( かまくら ) を立( たつ ) て、同晦日( おなじきつごもり ) 、前陣( ぜんぢん ) 已( すで ) に美濃・尾張( をはり ) 両国に着( つけ ) ば、後陣( ごぢん ) は猶未( いまだ ) 高志( たかし ) ・二村( ふたむら ) の峠( たうげ ) に支へたり。爰( ここ ) に備中( びつちゆうの ) 国( くに ) の住人( ぢゆうにん ) 陶山藤三義高( すやまとうざうよしたか ) ・小見山( こみやま ) 次郎某( なにがし ) 、六波羅( ろくはら ) の催促( さいそく ) に随( したがつ ) て、笠置( かさぎ ) の城の寄手( よせて ) に加( くははつ ) て、河向( かはむかひ ) に陣を取( とつ ) て居たりけるが、東国の大勢( おほぜい ) 既( すで ) に近江に着( つき ) ぬと聞へければ、一族若党共( わかたうども ) を集( あつめ ) て申( まうし ) けるは、「御辺達( ごへんたち ) 如何( いか ) が思( おもふ ) ぞや、此間( このあひだ ) 数日( すじつ ) の合戦( かつせん ) に、石に被打、遠矢( とほや ) に当( あたつ ) て死( し ) ぬる者、幾千万( いくせんまん ) と云( いふ ) 数を不知。是( これ ) 皆差( さし ) て為出( しいだ ) したる事も無( なう ) て死( しし ) ぬれば、骸骨( がいこつ ) 未だ乾( かわ ) かざるに、名は先立( さきだち ) て消去( きえさり ) ぬ。同( おなじ ) く死( し ) ぬる命( いのち ) を、人目( ひとめ ) に余( あま ) る程の軍( いくさ ) 一度( いちど ) して死( しし ) たらば、名誉( めいよ ) は千載( せんざい ) に留( とどまつ ) て、恩賞は子孫の家に栄( さかえ ) ん。倩( つらつら ) 平家の乱( らん ) より以来( このかた ) 、大剛( だいがう ) の者とて名を古今( ここん ) に揚( あげ ) たる者共( ものども ) を案ずるに、何( いづ ) れも其( それ ) 程の高名( かうみやう ) とは不覚( おぼえず ) 。先( まづ ) 熊谷( くまがへ ) ・平山( ひらやま ) が一谷( いちのたに ) の先懸( さきがけ ) は、後陣( ごぢん ) の大勢( おほぜい ) を憑( たのみ ) し故( ゆゑ ) 也。梶原平三( かぢはらへいざう ) が二度( にど ) の懸( かけ ) は、源太( げんた ) を助( たすけ ) ん為なり。佐々木( ささきの ) 三郎が藤戸( ふぢと ) を渡しゝは、案内者( あんないじや ) のわざ、同( おなじく ) 四郎高綱( たかつな ) が宇治川の先陣は、いけずき故( ゆゑ ) 也。此等( これら ) をだに今の世迄( よまで ) 語伝( かたりつたへ ) て、名を天下の人口( じんこう ) に残すぞかし。何( いか ) に況( いはん ) や日本国( につほんごく ) の武士共( ぶしども ) が集( あつまつ ) て、数日( すじつ ) 攻( せむ ) れども落( おと ) し得ぬ此城( このしろ ) を、我等が勢許( せいばかり ) にて攻落( せめおと ) したらんは、名は古今( ここん ) の間( あひだ ) に双( ならび ) なく、忠は万人( ばんにん ) の上( うへ ) に可立。いざや殿原( とのばら ) 、今夜( こよひ ) の雨風( あめかぜ ) の紛( まぎ ) れに、城中( じやうちゆう ) へ忍入( しのびいつ ) て、一夜討( ひとようち ) して天下の人に目を覚( さま ) させん。」と云( いひ ) ければ、五十( ごじふ ) 余人( よにん ) の一族( いちぞく ) 若党( わかたう ) 、「最( もつとも ) 可然。」とぞ同( どう ) じける。是( これ ) 皆千に一( ひとつ ) も生( いき ) て帰る者あらじと思切( おもひきつ ) たる事なれば、兼( かね ) ての死( し ) に出立( でだち ) に、皆曼陀羅( まんだら ) を書( かい ) てぞ付( つけ ) たりける。差縄( さしなは ) の十丈( じふぢやう ) 許( ばかり ) 長きを二筋( ふたすぢ ) 、一尺計( ばかり ) 置( おい ) ては結合( むすびあはせ ) 々々して、其端( そのはし ) に熊手( くまで ) を結着( ゆひつけ ) て持( もた ) せたり。是( これ ) は岩石( がんせき ) などの被登ざらん所をば、木の枝( えだ ) 岩の廉( かど ) に打懸( うちかけ ) て、登らん為の支度( したく ) 也。其夜( そのよ ) は九月晦日( つごもり ) の事なれば、目指( めざす ) とも不知暗き夜( よ ) に、雨風( あめかぜ ) 烈( はげし ) く吹( ふい ) て面( おもて ) を可向様( やう ) も無( なか ) りけるに、五十( ごじふ ) 余人( よにん ) の者ども、太刀( たち ) を背( せなか ) に負( おひ ) 、刀( かたな ) を後( うしろ ) に差( さい ) て、城( しろ ) の北に当( あたり ) たる石壁( せきへき ) の数百丈( すひやくぢやう ) 聳( そびえ ) て、鳥も翔( かけ ) り難( がた ) き所よりぞ登りける。二町( にちやう ) 許( ばかり ) は兎角( とかう ) して登りつ、其( その ) 上に一段高き所あり。屏風( びやうぶ ) を立( たて ) たる如くなる岩石( がんぜき ) 重( かさなり ) て、古松( こしよう ) 枝( えだ ) を垂( たれ ) 、蒼苔( さうたい ) 路滑( なめらか ) なり。此( ここ ) に至( いたり ) て人( ひと ) 皆( みな ) 如何( いか ) んともすべき様( やう ) なくして、遥( はるか ) に向上( みあげ ) て立( たつ ) たりける処に、陶山藤三( すやまとうざう ) 、岩の上をさら/\と走上( はしりのぼつ ) て、件( くだん ) の差縄を上( うへ ) なる木の枝( えだ ) に打懸( うちかけ ) て、岩の上よりをろしたるに、跡( あと ) なる兵共( つはものども ) 各( おのおの ) 是( これ ) に取付( とりつい ) て、第一( だいいち ) の難所( なんじよ ) をば安々( やすやす ) と皆上( のぼ ) りてげり。其( それ ) より上にはさまでの嶮岨( けんそ ) 無( なか ) りければ、或( あるひ ) は葛( くず ) の根に取付( とりつき ) 、或( あるひ ) は苔( こけ ) の上を爪立( つまだて ) て、二時計( ふたときばかり ) に辛苦( しんく ) して、屏際( へいのきは ) まで着( つい ) てけり。此( ここ ) にて一息( ひといき ) 休( やすめ ) て、各( おのおの ) 屏を上( のぼ ) り超( こえ ) 、夜廻( よまは ) りの通りける迹( あと ) に付( つい ) て、先( まづ ) 城( しろ ) の中( うち ) の案内をぞ見たりける。追手( おふて ) の木戸( きど ) ・西の坂口( さかくち ) をば、伊賀・伊勢の兵( つはもの ) 千余騎( よき ) にて堅( かた ) めたり。搦手( からめて ) に対する東の出屏( だしべい ) の口( くち ) をば、大和( やまと ) ・河内( かはち ) の勢( せい ) 五百余騎( よき ) にて堅( かため ) たり。南の坂、二王堂( にわうだう ) の前をば、和泉( いづみ ) ・紀伊国( きのくに ) の勢七百余騎( よき ) にて堅( かため ) たり。北の口一方( いつぱう ) は嶮( けはし ) きを被憑けるにや、警固( けいご ) の兵( つはもの ) をば一人( いちにん ) も不被置、只云甲斐( いひかひ ) なげなる下部共( しもべども ) 二三人( にさんにん ) 、櫓( やぐら ) の下( した ) に薦( こも ) を張( はり ) 、篝( かがり ) を焼( たい ) て眠居( ねむりゐ ) たり。陶山( すやま ) ・小見山( こみやま ) 城( しろ ) を廻( まはり ) 、四方( しはう ) の陣をば早見澄( みすま ) しつ。皇居( くわうきよ ) は何( いづ ) くやらんと伺( うかがう ) て、本堂( ほんだう ) の方( かた ) へ行処( ゆくところ ) に、或役所( あるやくしよ ) の者是( これ ) を聞付( ききつけ ) て、「夜中( やちゆう ) に大勢( おほぜい ) の足音して、潛( ひそか ) に通( とほる ) は怪( あやし ) き物哉( かな ) 、誰人( たれびと ) ぞ。」と問( とひ ) ければ、陶山吉次( すやまのよしつぐ ) 取( とり ) も敢( あへ ) ず、「是( これ ) は大和勢( やまとぜい ) にて候が、今夜( こよひ ) 余( あまり ) に雨風烈( はげ ) しくして、物騒( ものさわ ) が〔し〕く候間( あひだ ) 、夜討( ようち ) や忍入( しのびいり ) 候はんずらんと存候( ぞんじさふらひ ) て、夜廻仕( よまはりつかまつり ) 候也。」と答( こたへ ) ければ、「げに。」と云音( いふおと ) して、又問( とふ ) 事( こと ) も無( なか ) りけり。是( これ ) より後( のち ) は中々( なかなか ) 忍( しのび ) たる体( てい ) も無( なく ) して、「面々( めんめん ) の御陣( ごぢん ) に、御用心( ごようじん ) 候へ。」と高らかに呼( よば ) は{つ}て、閑々( しづしづ ) と本堂へ上( あがり ) て見れば、是( ここ ) ぞ皇居( くわうきよ ) と覚( おぼえ ) て、蝋燭( らふそく ) 数多所( あまたところ ) に被燃て、振鈴( しんれい ) の声幽( かすか ) 也。衣冠( いくわん ) 正( ただし ) くしたる人、三四人( さんしにん ) 大床( おほゆか ) に伺候( しこう ) して、警固( けいご ) の武士( ぶし ) に、「誰か候。」と被尋ければ、「其( その ) 国( くに ) の某々( なにがしそれがし ) 。」と名乗( なのつ ) て廻廊( くわいらう ) にしかと並居( なみゐ ) たり。陶山( すやま ) 皇居( くわうきよ ) の様( やう ) まで見澄( みすま ) して、今はかうと思( おもひ ) ければ、鎮守( ちんじゆ ) の前にて一礼( いちらい ) を致し、本堂の上( うへ ) なる峯( みね ) へ上( のぼつ ) て、人もなき坊( ばう ) の有( あり ) けるに火を懸( かけ ) て同音( どうおん ) に時の声を挙ぐ。四方( しはう ) の寄手( よせて ) 是( これ ) を聞( きき ) 、「すはや城中( じやうちゆう ) に返忠( かへりちゆう ) の者出来( いでき ) て、火を懸( かけ ) たるは。時の声を合( あは ) せよや。」とて追手( おふて ) 搦手( からめて ) 七万余騎( よき ) 、声々( こゑごゑ ) に時を合( あはせ ) て喚( をめ ) き叫ぶ。其( その ) 声天地を響( ひび ) かして、如何なる須弥( しゆみ ) の八万由旬( はちまんゆじゆん ) なりとも崩( くづれ ) ぬべくぞ聞へける。陶山( すやま ) が五十( ごじふ ) 余人( よにん ) の兵共( つはものども ) 、城( しろ ) の案内( あんない ) は只今委( くはし ) く見置( みおき ) たり。此役所( ここのやくしよ ) に火を懸( かけ ) ては彼( かし ) こに時の声をあげ、彼( かし ) こに時を作( つくつ ) ては此櫓( ここのやぐら ) に火を懸( かけ ) 、四角( しかく ) 八方に走り廻( まはつ ) て、其勢( そのせい ) 城中( じやうちゆう ) に充満( みちみち ) たる様( やう ) に聞へければ、陣々堅( かた ) めたる官軍共( くわんぐんども ) 、城内( しろのうち ) に敵( てき ) の大勢( おほぜい ) 攻入( せめいり ) たりと心得て、物( もの ) の具( ぐ ) を脱捨( ぬぎすて ) 弓矢をかなぐり棄( すて ) て、がけ堀とも不謂、倒( たふ ) れ転( まろ ) びてぞ落行( おちゆき ) ける。錦織判官代( にしこりのはんぐわんだい ) 是( これ ) を見て、「膩( きたな ) き人々の振舞( ふるまひ ) 哉( かな ) 。十善( じふぜん ) の君に被憑進( まゐら ) せて、武家( ぶけ ) を敵( てき ) に受( うく ) る程の者共( ものども ) が、敵大勢( おほぜい ) なればとて、戦( たたか ) はで逃( にぐ ) る様( やう ) やある、いつの為に可惜命( いのち ) ぞ。」とて、向ふ敵に走懸( はしりかかり ) 々々( はしりかかり ) 、大( おほ ) はだぬぎに成( なつ ) て戦ひけるが、矢種( やだね ) を射尽( つく ) し、太刀( たち ) を打折( うちをり ) ければ、父子( ふし ) 二人( ににん ) 並( ならびに ) 郎等十三人( じふさんにん ) 、各( おのおの ) 腹かき切( きつ ) て同枕( おなじまくら ) に伏( ふし ) て死( しに ) にけり。
○主上( しゆしやう ) 御没落笠置事 去程( さるほど ) に類火( るゐくわ ) 東西( とうざい ) より被吹て、余煙( よえん ) 皇居( くわうきよ ) に懸( かか ) りければ、主上を始進( はじめまゐら ) せて、宮々( みやみや ) ・卿相( けいしやう ) ・雲客( うんかく ) 、皆歩跣( かちはだし ) なる体( てい ) にて、何( いづ ) くを指( さす ) ともなく足に任( まかせ ) て落行( おちゆき ) 給ふ。此( この ) 人々、始( はじめ ) 一二町( いちにちやう ) が程こそ、主上を扶進( たすけまゐら ) せて、前後( ぜんご ) に御伴( おんとも ) をも被申たりけれ。雨風烈( はげ ) しく道闇( くらう ) して、敵の時( とき ) の声此彼( ここかしこ ) に聞へければ、次第〔に〕別々( べちべち ) に成( なつ ) て、後( のち ) には只藤房( ふぢふさ ) ・季房( すゑふさ ) 二人( ににん ) より外( ほか ) は、主上の御手( おんて ) を引進( ひきまゐら ) する人もなし。悉( かたじけなく ) も十善( じふぜん ) の天子、玉体( ぎよくたい ) を田夫野人( でんぷやじん ) の形( かたち ) に替( かへ ) させ給( たまひ ) て、そことも不知迷ひ出( いで ) させ玉( たまひ ) ける、御有様( おんありさま ) こそ浅猿( あさまし ) けれ。如何( いか ) にもして、夜( よ ) の内( うち ) に赤坂城( あかさかのしろ ) へと御心( おんこころ ) 許( ばかり ) を被尽けれども、仮( かり ) にも未( いまだ ) 習はせ玉( たま ) はぬ御歩行( ごほかう ) なれば、夢路( ゆめぢ ) をたどる御心地( おんここち ) して、一足( ひとあし ) には休み、二足( ふたあし ) には立止( たちとどま ) り、昼は道の傍( そば ) なる青塚( おをつか ) の陰( かげ ) に御身( おんみ ) を隠( かく ) させ玉( たまひ ) て、寒草( かんさう ) の疎( おろそ ) かなるを御座( ござ ) の茵( しとね ) とし、夜( よる ) は人も通はぬ野原( のばら ) の露に分迷( わけまよ ) はせ玉( たまひ ) て、羅穀( らこく ) の御袖( おんそで ) をほしあへず。兎角( とかう ) して夜昼( よるひる ) 三日に、山城( やましろ ) の多賀郡( たかのこほり ) なる有王山( ありわうやま ) の麓まで落( おち ) させ玉( たまひ ) てけり。藤房( ふぢふさ ) も季房( すゑふさ ) も、三日まで口中( くぢゆう ) の食( じき ) を断( たち ) ければ、足たゆみ身疲れて、今は如何なる目に逢( あふ ) とも逃( にげ ) ぬべき心地( ここち ) せざりければ、為( せ ) ん方無( なう ) て、幽谷( いうこく ) の岩を枕にて、君臣兄弟( くんしんきやうだい ) 諸共( もろとも ) に、うつゝの夢に伏( ふし ) 玉ふ。梢( こずゑ ) を払ふ松の風を、雨の降( ふる ) かと聞食( きこしめし ) て、木陰( きのかげ ) に立寄( たちよら ) せ玉( たまひ ) たれば、下露( したつゆ ) のはら/\と御袖( おんそで ) に懸( かか ) りけるを、主上被御覧て、さして行( ゆく ) 笠置( かさぎ ) の山を出( いで ) しよりあめが下( した ) には隠家( かくれが ) もなし藤房( ふぢふさの ) 卿( きやう ) 泪( なみだ ) を押( おさ ) へて、いかにせん憑( たの ) む陰( かげ ) とて立( たち ) よれば猶( なほ ) 袖ぬらす松の下露山城( やましろの ) 国( くに ) の住人( ぢゆうにん ) 、深須( みすの ) 入道・松井蔵人( くらんど ) 二人( ににん ) は、此辺( このへん ) の案内者( あんないしや ) なりければ、山々( やまやま ) 峯々( みねみね ) 無残所捜( さが ) しける間、皇居( くわうきよ ) 隠( かくれ ) なく被尋出させ給ふ。主上誠( まこと ) に怖( おそろ ) しげなる御気色( おんけしき ) にて、「汝等( なんぢら ) 心ある者ならば、天恩を戴( いただい ) て私の栄花( えいぐわ ) を期( ご ) せよ。」と被仰ければ、さしもの深須( みすの ) 入道俄( にはか ) に心変( へん ) じて、哀( あはれ ) 此( この ) 君を隠奉( かくしたてまつつ ) て、義兵( ぎへい ) を揚( あげ ) ばやと思( おもひ ) けれども、迹( あと ) につゞける松井が所存( しよぞん ) 難知かりける間、事( こと ) の漏易( もれやす ) くして、道の成難( なりがた ) からん事を量( はかつ ) て、黙止( もだし ) けるこそうたてけれ。俄( にはか ) の事にて網代輿( あじろのこし ) だに無( なか ) りければ、張輿( はりごし ) の怪( あやし ) げなるに扶乗進( たすけのせまゐら ) せて、先( まづ ) 南都の内山( うちやま ) へ入( いれ ) 奉る。其体( そのてい ) 只殷湯( いんのたう ) 夏台( かだい ) に囚( とらは ) れ、越王( ゑつわう ) 会稽( くわいけい ) に降( かう ) せし昔の夢に不異。是( これ ) を聞( きき ) 是を見る人ごとに、袖をぬらさずと云( いふ ) 事( こと ) 無( なか ) りけり。此( この ) 時此彼( ここかしこ ) にて、被生捕給( たまひ ) ける人々には、先( まづ ) 一宮( いちのみや ) 中務卿親王( なかつかさのきやうしんわう ) ・第二( だいにの ) 宮妙法院( めうほふゐん ) 尊澄( そんちよう ) 法親王( ほふしんわう ) ・峰僧正( みねのそうじやう ) 春雅( しゆんが ) ・東南院僧正聖尋( しやうじん ) ・万里小路( までのこうぢ ) 大納言宣房( のぶふさ ) ・花山( くわざんの ) 院( ゐん ) 大納言師賢( もろかた ) ・按察( あぜち ) 大納言公敏( きんとし ) ・源( げん ) 中納言( ぢゆうなごん ) 具行( ともゆき ) ・侍従( じじゆう ) 中納言公明( きんあきら ) ・別当左衛門督( べつたうさゑもんのかみ ) 実世( さねよ ) ・中納言藤房( ふぢふさ ) ・宰相( さいしやう ) 季房( すゑふさ ) ・平宰相( へいさいしやう ) 成輔( なりすけ ) ・左衛門( さゑもんの ) 督為明( ためあきら ) ・左中将( さちゆうじやう ) 行房( ゆきふさ ) ・左少将忠顕( ただあき ) ・源( みなもとの ) 少将能定( よしさだ ) ・四条( しでうの ) 少将隆兼( たかかぬ ) ・妙法院( めうほふゐんの ) 執事( しつじ ) 澄俊( ちようしゆん ) 法印、北面( ほくめん ) ・諸家( しよけの ) 侍共( さぶらひども ) には、左衛門( さゑもんの ) 大夫( たいふ ) 氏信( うぢのぶ ) ・右兵衛( うひやうゑの ) 大夫( たいふ ) 有清( ありきよ ) ・対馬( つしまの ) 兵衛重定( しげさだ ) ・大夫将監( たいふしやうげん ) 兼秋( かねあき ) ・左近( さこんの ) 将監宗秋( むねあき ) ・雅楽( うた ) 兵衛尉( ひやうゑのじよう ) 則秋( のりあき ) ・大学助( だいがくのすけ ) 長明( ながあきら ) ・足助( あすけの ) 次郎重範( しげのり ) ・宮内丞( くないのじよう ) 能行( よしゆき ) ・大河原( おほかはら ) 源七左衛門( げんしちざゑもんの ) 尉( じよう ) 有重( ありしげ ) 、奈良( なら ) 法師に、俊増( しゆんぞう ) ・教密( けうみつ ) ・行海( ぎやうかい ) ・志賀良木( しがらきの ) 治部房( ぢぶばう ) 円実( ゑんじつ ) ・近藤三郎左衛門( さぶらうざゑもんの ) 尉( じよう ) 宗光( むねみつ ) ・国村( くにむら ) 三郎入道定法( ぢやうほふ ) ・源( げん ) 左衛門入道慈願( じぐわん ) ・奥( おくの ) 入道如円( じよゑん ) ・六郎兵衛入道浄円( じやうゑん ) 、山徒( さんと ) には勝行房( しようぎやうばう ) 定快( ぢやうくわい ) ・習禅房( しふぜんばう ) 浄運( じやううん ) ・乗実房( じようじつばう ) 実尊( じつそん ) 、都合( つがふ ) 六十一人、其所従眷属共( そのしよじゆうけんぞくども ) に至( いたる ) までは計( かぞふ ) るに不遑。或( あるひ ) は篭輿( かごこし ) に被召、或( あるひは ) 伝馬( てんま ) に被乗て、白昼( はくちう ) に京都へ入( いり ) 給ひければ、其方様( そのかたさま ) 歟( か ) と覚( おぼえ ) たる男女( なんによ ) 街( ちまた ) に立並( たちならび ) て、人目( ひとめ ) をも不憚泣( なき ) 悲む、浅増( あさまし ) かりし分野( ありさま ) 也。十月二日六波羅( ろくはら ) の北方( きたのかた ) 、常葉( ときは ) 駿河守( するがのかみ ) 範貞( のりさだ ) 、三千余騎( よき ) にて路( みち ) を警固仕( つかまつり ) て、主上を宇治の平等院( びやうどうゐん ) へ成し奉る。其日( そのひ ) 関東の両大将京( きやう ) へは不入して、すぐに宇治へ参向( まゐりむかう ) て、竜顔( りようがん ) に謁( えつし ) 奉り、先( まづ ) 三種( さんじゆ ) の神器( じんぎ ) を渡し給( たまはつ ) て、持明院新帝( ぢみやうゐんしんていへ ) 可進由を奏聞( そうもん ) す。主上藤房( ふぢふさ ) を以て被仰出けるは、「三種( さんじゆの ) 神器は、自古継体君( けいたいのきみ ) 、位( くらゐ ) を天に受( うけ ) させ給ふ時、自( みづか ) ら是( これ ) を授( さづけ ) る者也。四海( しかい ) に威を振ふ逆臣( げきしん ) 有( あつ ) て、暫( しばらく ) 天下を掌( たなごころ ) に握る者ありと云共( いへども ) 、未( いまだ ) 此三種( このさんじゆ ) の重器( ちようき ) を、自( みづから ) 専( ほしいままに ) して新帝( しんてい ) に渡し奉る例を不聞。其( その ) 上内侍所( ないしどころ ) をば、笠置( かさぎ ) の本堂に捨置( すておき ) 奉りしかば、定( さだめ ) て戦場の灰塵( くわいぢん ) にこそ落( おち ) させ給ひぬらめ。神璽( しいし ) は山中( さんちゆう ) に迷( まよひ ) し時( とき ) 木( き ) の枝( えだ ) に懸置( かけおき ) しかば、遂にはよも吾国( わがくに ) の守( まもり ) と成( なら ) せ給はぬ事あらじ。宝剣( はうけん ) は、武家の輩( ともがら ) 若( もし ) 天罰を顧( かへりみ ) ずして、玉体( ぎよくたい ) に近付( ちかづき ) 奉る事あらば、自( みづから ) 其刃( そのやいば ) の上( うへ ) に伏( ふ ) させ給はんずる為に、暫( しばらく ) も御身( おんみ ) を放( はな ) たる事あるまじき也。」と被仰ければ、東使両人( とうしりやうにん ) も、六波羅( ろくはら ) も言( こと ) ば無( なく ) して退出す。翌日( よくじつ ) 竜駕( りようが ) を廻( めぐら ) して六波羅( ろくはら ) へ成進( なしまゐ ) らせんとしけるを、前々( さきざき ) 臨幸の儀式ならでは還幸( くわんかう ) 成( なる ) まじき由を、強( しひ ) て被仰出ける間、無力鳳輦( ほうれん ) を用意( ようい ) し、袞衣( こんい ) を調進( てうしん ) しける間( あひだ ) 、三日迄( まで ) 平等院( びやうどうゐん ) に御逗留( ごとうりう ) 有( あつ ) てぞ、六波羅( ろくはら ) へは入給( いらせたまひ ) ける。日来( ひごろ ) の行幸( ぎやうがう ) に事替( ことかはつ ) て、鳳輦( ほうれん ) は数万( すまん ) の武士( ぶし ) に被打囲、月卿雲客( げつけいうんかく ) は怪( あやし ) げなる篭( かご ) ・輿( こし ) ・伝馬( てんま ) に被扶乗て、七条を東( ひんがし ) へ河原( かはら ) を上( のぼ ) りに、六波羅( ろくはら ) へと急( いそ ) がせ給へば、見る人( ひと ) 涙( なみだ ) を流し、聞人( きくひと ) 心を傷( いたま ) しむ。悲( かなしい ) 乎( かな ) 昨日( きのふ ) は紫宸北極( ししんほつきよく ) の高( たかき ) に坐( ざ ) して、百司( ひやくし ) 礼儀( れいぎ ) の妝( よそほひ ) を刷( つくろ ) ひしに、今は白屋( はくをく ) 東夷( とうい ) の卑( いやし ) きに下( くだ ) らせ給( たまひ ) て、万卒( ばんそつ ) 守禦( しゆぎよ ) の密( きび ) しきに御心( おんこころ ) を被悩。時( とき ) 移( うつり ) 事( こと ) 去( さり ) 楽( たのしみ ) 尽( つき ) て悲( かなしみ ) 来( きた ) る。天上( てんじやう ) の五衰( ごすゐ ) 人間( にんげん ) の一炊( いつすゐ ) 、唯( ただ ) 夢かとのみぞ覚( おぼえ ) たる。遠からぬ雲の上の御住居( おんすまゐ ) 、いつしか思食出( おぼしめしいだ ) す御事( おんこと ) 多き時節( をりふし ) 、時雨( しぐれ ) の音( おと ) の一通( ひととほり ) 、軒端( のきば ) の月に過( すぎ ) けるを聞食( きこしめし ) て、住狎( すみなれ ) ぬ板屋( いたや ) の軒の村時雨( むらしぐれ ) 音を聞( きく ) にも袖はぬれけり四五日有( あり ) て、中宮( ちゆうぐう ) の御方( おんかた ) より御琵琶( おんびは ) を被進けるに、御文( おんふみ ) あり。御覧( ごらん ) ずれば、思( おもひ ) やれ塵( ちり ) のみつもる四( よつ ) の絃( を ) に払ひもあへずかゝる泪( なみだ ) を引返( ひきかへ ) して、御返事( おんかへりごと ) 有( あり ) けるに、涙ゆへ半( なかば ) の月( つき ) は陰( かく ) るとも共( とも ) に見し夜( よ ) の影( かげ ) は忘れじ同( おなじき ) 八日両検断( りやうけんだん ) 、高橋刑部( ぎやうぶ ) 左衛門・糟谷( かすや ) 三郎宗秋( むねあき ) 、六波羅( ろくはら ) に参( さんじ ) て、今度( こんど ) 被生虜給( たまひ ) し人々を一人( いちにん ) づゝ大名( だいみやう ) に被預。一宮( いちのみや ) 中務卿( なかつかさのきやう ) 親王( しんわう ) をば佐々木( ささきの ) 判官( はんぐわん ) 時信( ときのぶ ) 、妙法院( めうほうゐん ) 二品( にほん ) 親王( しんわう ) をば長井左近( さこんの ) 大夫将監( たいふしやうげん ) 高広( たかひろ ) 、源中納言( げんぢゆうなごん ) 具行( ともゆき ) をば筑後前司( ちくごのぜんじ ) 貞知( さだとも ) 、東南院( とうなんゐん ) 僧正をば常陸( ひたちの ) 前司時朝( ときとも ) 、万里小路( までのこうぢ ) 中納言藤房( ふぢふさ ) ・六条( ろくでうの ) 少将忠顕( ただあき ) 二人( ににん ) をば、主上に近侍( きんじ ) し奉るべしとて、放召人( はなちめしうど ) の如くにて六波羅( ろくはら ) にぞ留( と ) め置( おか ) れける。同( おなじき ) 九日三種( さんじゆ ) の神器( じんぎ ) を、持明院( ぢみやうゐん ) の新帝( しんてい ) の御方( おんかた ) へ被渡。堀河( ほりかは ) 大納言具親( ともちか ) ・日野( ひのの ) 中納言資名( すけな ) 、是( これ ) を請取( うけとり ) て長講堂( ちやうがうだう ) へ送( おくり ) 奉る。其御警固( そのおんけいご ) には長井弾正蔵人( だんじやうくらんど ) ・水谷( みづたに ) 兵衛蔵人・但馬民部大夫( たじまみんぶのたいふ ) ・佐々木( ささきの ) 隠岐( おきの ) 判官清高( きよたか ) をぞ被置ける。同( おなじき ) 十三日に、新帝( しんてい ) 登極( とうきよく ) の由にて、長講堂より内裏( だいり ) へ入( いら ) せ給ふ。供奉( ぐぶ ) の諸卿、花( はな ) を折( をつ ) て行妝( かうさう ) を引刷( ひきつくろ ) ひ、随兵( ずゐびやう ) の武士( ぶし ) 、甲冑( かつちう ) を帯( たい ) して非常を誡( いまし ) む。いつしか前帝( ぜんてい ) 奉公の方様( かたさま ) には、咎( とが ) 有( ある ) も咎無( なき ) も、如何なる憂目( うきめ ) をか見んずらんと、事に触( ふれ ) て身を危( あやぶ ) み心を砕( くだ ) けば、当今拝趨( たうぎんはいすう ) の人々は、有忠も無忠も、今に栄花( えいぐわ ) を開( ひら ) きぬと、目を悦( よろこ ) ばしめ耳をこやす。子( み ) 結( むすん ) で陰( かげ ) を成し、花( はな ) 落( おち ) て枝( えだ ) を辞( じ ) す。窮達( きゆうたつ ) 時を替( かへ ) 栄辱( えいじよく ) 道を分つ。今に始めぬ憂世( うきよ ) なれども、殊更( ことさら ) 夢と幻( うつつ ) とを分兼( わけかね ) たりしは此時( このとき ) 也。
○赤坂城( あかさかのしろ ) 軍( いくさの ) 事( こと ) 遥々( はるばる ) と東国( とうごく ) より上( のぼ ) りたる大勢共( おほぜいども ) 、未( いまだ ) 近江国( あふみのくに ) へも入( いら ) ざる前( さき ) に、笠置( かさぎ ) の城( しろ ) 已( すで ) に落( おち ) ければ、無念( むねん ) の事に思( おもう ) て、一人( いちにん ) も京都へは不入。或( あるひ ) は伊賀・伊勢の山を経( へ ) 、或( あるひ ) は宇治( うぢ ) ・醍醐( だいご ) の道を要( よこぎつ ) て、楠( くすのき ) 兵衛( ひようゑ ) 正成( まさしげ ) が楯篭( たてこもり ) たる赤坂の城へぞ向ひける。石河々原( いしかはかはら ) を打過( うちすぎ ) 、城の有様( ありさま ) を見遣( みや ) れば、俄( にはか ) に誘( こしら ) へたりと覚( おぼえ ) てはか/゛\しく堀をもほらず、僅( わづか ) に屏( へい ) 一重( ひとへ ) 塗( ぬつ ) て、方( はう ) 一二町( いちにちやう ) には過( すぎ ) じと覚( おぼえ ) たる其内( そのうち ) に、櫓( やぐら ) 二三十が程掻双( かきなら ) べたり。是( これ ) を見( み ) る人毎( ひとごと ) に、あな哀( あはれ ) の敵( てき ) の有様( ありさま ) や、此城( このしろ ) 我等( われら ) が片手に載( のせ ) て、投( なぐ ) るとも投( なげ ) つべし。あはれせめて如何なる不思議にも、楠が一日こらへよかし、分捕高名( ぶんどりかうみやう ) して恩賞に預( あづか ) らんと、思はぬ者こそ無( なか ) りけれ。されば寄手( よせて ) 三十万騎( さんじふまんぎ ) の勢共( せいども ) 、打寄( うちよ ) ると均( ひとし ) く、馬( むま ) を蹈放々々( ふみはなちふみはなち ) 、堀の中( なか ) に飛入( とびいり ) 、櫓( やぐら ) の下( した ) に立双( たちならん ) で、我前( われさき ) に打入( うちいら ) んとぞ諍( あらそ ) ひける。正成は元来( もとより ) 策( はかりごと ) を帷幄( ゐあく ) の中( うち ) に運( めぐら ) し、勝事( かつこと ) を千里の外( ほか ) に決せんと、陳平( ちんべい ) ・張良( ちやうりやう ) が肺肝( はいかん ) の間( あひだ ) より流出( るしゆつ ) せるが如( ごとき ) の者なりければ、究竟( くつきやう ) の射手( いて ) を二百余人( よにん ) 城中( じやうちゆう ) に篭( こめ ) て、舎弟の七郎と、和田五郎正遠( まさとほ ) とに、三百( さんびやく ) 余騎( よき ) を差副( さしそへ ) て、よその山にぞ置( おき ) たりける。寄手( よせて ) は是( これ ) を思( おもひ ) もよらず、心を一片( いつぺん ) に取( とり ) て、只一揉( ひともみ ) に揉落( もみおと ) さんと、同時( どうじ ) に皆四方( しはう ) の切岸( きりぎし ) の下( した ) に着( つい ) たりける処を、櫓( やぐら ) の上、さまの陰( かげ ) より、指( さし ) つめ引( ひき ) つめ、鏃( やじり ) を支( ささへ ) て射ける間、時の程に死人手負( しにんておひ ) 千余人( よにん ) に及べり。東国の勢共( せいども ) 案( あん ) に相違して、「いや/\此城( このしろ ) の為体( ていたらく ) 、一日二日には落( おつ ) まじかりけるぞ、暫( しばらく ) 陣々を取( とつ ) て役所( やくしよ ) を構( かま ) へ、手分( てわけ ) をして合戦を致せ。」とて攻口( せめぐち ) を少し引退( ひきしりぞ ) き、馬( むま ) の鞍( くら ) を下( おろ ) し、物( もの ) の具( ぐ ) を脱( ぬい ) で、皆帷幕( ゐばく ) の中( うち ) にぞ休居( やすみゐ ) たりける。楠( くすのき ) 七郎・和田五郎、遥( はるか ) の山より直下( みおろ ) して、時刻( じこく ) よしと思( おもひ ) ければ、三百( さんびやく ) 余騎( よき ) を二手( ふたて ) に分け、東西( とうざい ) の山の木陰( こかげ ) より、菊水( きくすゐ ) の旗二流( ふたながれ ) 松の嵐に吹靡( ふきなび ) かせ、閑( しづか ) に馬( むま ) を歩( あゆ ) ませ、煙嵐( えんらん ) を捲( まい ) て押寄( おしよせ ) たり。東国の勢( せい ) 是( これ ) を見て、敵( てき ) か御方( みかた ) かとためらひ怪( あやし ) む処に、三百( さんびやく ) 余騎( よき ) の勢共( せいども ) 、両方( りやうばう ) より時( とき ) を咄( どつ ) と作( つくつ ) て、雲霞( うんか ) の如くに靉( たなび ) ひたる三十万騎( さんじふまんぎ ) が中( なか ) へ、魚鱗懸( ぎよりんがかり ) に懸入( かけいり ) 、東西南北へ破( はつ ) て通り、四方( しはう ) 八面( はちめん ) を切( きつ ) て廻( まは ) るに、寄手( よせて ) の大勢( おほぜい ) あきれて陣を成( なし ) かねたり。城中( じやうちゆう ) より三( みつ ) の木戸( きど ) を同時( どうじ ) に颯( さつ ) と排( ひらい ) て、二百余騎( よき ) 鋒( きつさき ) を双( ならべ ) て打( うつ ) て出( いで ) 、手崎( てさき ) をまわして散々( さんざん ) に射る。寄手( よせて ) さしもの大勢( おほぜい ) なれども僅( わづか ) の敵に驚騒( おどろきさわい ) で、或( あるひ ) は維( つな ) げる馬に乗( のつ ) てあをれども進まず。或( あるひ ) は弛( はづ ) せる弓に矢をはげて射( い ) んとすれども不被射。物具( もののぐ ) 一領( りやう ) に二三人( にさんにん ) 取付( とりつき ) 、「我がよ人のよ。」と引遇( ひきあひ ) ける其間( そのあひだ ) に、主( しゆ ) 被打ども従者( じゆうさ ) は不知、親被打共子も不助、蜘( くも ) の子( こ ) を散( ちら ) すが如く、石川々原( いしかはかはら ) へ引退( ひきしりぞ ) く。其( その ) 道五十町が間( あひだ ) 、馬( むま ) ・物具( もののぐ ) を捨( すて ) たる事足の踏所( ふみどころ ) もなかりければ、東条一郡( とうでういちぐん ) の者共( ものども ) は、俄( にはか ) に徳( とく ) 付( つい ) てぞ見( みえ ) たりける。指( さし ) もの東国勢( とうごくぜい ) 思( おもひ ) の外( ほか ) にし損( そん ) じて、初度( しよど ) の合戦( かつせん ) に負( まけ ) ければ、楠が武畧( ぶりやく ) 侮( あなど ) りにくしとや思( おもひ ) けん。吐田( はんだ ) ・楢原辺( ならばらへん ) に各( おのおの ) 打寄( うちよせ ) たれども、軈( やが ) て又推寄( おしよせ ) んとは不擬。此( ここ ) に暫( しばらく ) 引( ひか ) へて、畿内( きない ) の案内者( あんないしや ) を先( さき ) に立( たて ) て、後攻( ごづめ ) のなき様( やう ) に山を苅廻( かりまはり ) 、家を焼払( やきはらう ) て、心易( やす ) く城( しろ ) を責( せむ ) べきなんど評定( ひやうぢやう ) ありけるを、本間( ほんま ) ・渋谷( しぶや ) の者共( ものども ) の中( なか ) に、親被打子被討たる者多かりければ、「命( いのち ) 生( いき ) ては何( なに ) かせん、よしや我等が勢許( せいばかり ) なりとも、馳向( はせむかう ) て打死( うちじに ) せん。」と、憤( いきどほ ) りける間、諸人( しよにん ) 皆是( これ ) に被励て、我( われ ) も我( われ ) もと馳向( はせむかひ ) けり。彼( かの ) 赤坂の城( しろ ) と申( まうす ) は、東( ひがし ) 一方( いつぱう ) こそ山田( やまだ ) の畔( くろ ) 重々( ぢゆうぢゆう ) に高( たかく ) して、少し難所( なんじよ ) の様( やう ) なれ、三方( さんぱう ) は皆平地( ひらち ) に続( つづ ) きたるを、堀一重( ひとへ ) に屏( へい ) 一重塗( ぬつ ) たれば、如何なる鬼神( きじん ) が篭りたり共( とも ) 、何程( なにほど ) の事か可有と寄手( よせて ) 皆是( これ ) を侮( あなど ) り、又寄( よす ) ると均( ひとし ) く、堀の中( なか ) 、切岸( きりぎし ) の下( した ) まで攻付( せめつい ) て、逆木( さかもぎ ) を引( ひき ) のけて打( うつ ) て入( いら ) んとしけれども、城中( じやうちゆう ) には音( おと ) もせず、是( これ ) は如何様( いかさま ) 昨日( きのふ ) の如く、手負( ておひ ) を多く射出( いいだし ) て漂( ただよ ) ふ処へ、後攻( ごづめ ) の勢( せい ) を出( いだ ) して、揉合( もみあは ) せんずるよと心得て、寄手( よせて ) 十万余騎( よき ) を分( わけ ) て、後( うしろ ) の山へ指向( さしむけ ) て、残る二十万騎( にじふまんぎ ) 稲麻竹葦( たうまちくゐ ) の如く城を取巻( とりまい ) てぞ責( せめ ) たりける。卦( かかり ) けれども城( しろ ) の中( うち ) よりは、矢の一筋をも不射出更( さらに ) 人有( あり ) とも見へざりければ、寄手( よせて ) 弥( いよいよ ) 気に乗( のつ ) て、四方( しはう ) の屏( へい ) に手を懸( かけ ) 、同時( どうじ ) に上越( のぼりこえ ) んとしける処を、本( もと ) より屏( へい ) を二重( ふたへ ) に塗( ぬつ ) て、外( そと ) の屏をば切( きつ ) て落す様( やう ) に拵( こしらへ ) たりければ、城( しろ ) の中( うち ) より、四方( しはう ) の屏( へい ) の鈎縄( つりなは ) を一度( いちど ) に切( きつ ) て落したりける間、屏に取付( とりつき ) たる寄手( よせて ) 千余人( よにん ) 、厭( おし ) に被打たる様( やう ) にて、目許( めばかり ) はたらく処を、大木( たいぼく ) ・大石( たいせき ) を抛懸々々( なげかけなげかけ ) 打( うち ) ける間、寄手( よせて ) 又今日( けふ ) の軍( いくさ ) にも七百余人( よにん ) 被討けり。東国の勢共( せいども ) 、両日( りやうじつ ) の合戦に手( て ) ごりをして、今は城( しろ ) を攻( せめ ) んとする者一人( いちにん ) もなし。只其近辺( そのきんぺん ) に陣々を取( とつ ) て、遠攻( とほぜめ ) にこそしたりけれ。四五日が程は加様( かやう ) にて有( あり ) けるが、余( あまり ) に暗然( あんぜん ) として守り居たるも云甲斐( いひがひ ) なし。方( はう ) 四町( しちやう ) にだに足( たら ) ぬ平城( ひらじやう ) に、敵( てき ) 四五百人篭( こもり ) たるを、東( とう ) 八箇国( はちかこく ) の勢共( せいども ) が責( せめ ) かねて、遠責( とほぜめ ) したる事の浅猿( あさまし ) さよなんど、後( のち ) までも人に被笑事こそ口惜( くちをし ) けれ。前々( さきざき ) は早( はや ) りのまゝ楯をも不衝、責具足( せめぐそく ) をも支度( したく ) せで責( せむ ) ればこそ、そゞろに人をば損じつれ。今度( このたび ) は質( てだ ) てを替( かへ ) て可責とて、面々( めんめん ) に持楯( もちたて ) をはがせ、其面( そのおもて ) にいため皮( がは ) を当( あて ) て、輒( たやす ) く被打破ぬ様( やう ) に拵( こしらへ ) て、かづきつれてぞ責( せめ ) たりける。切岸( きりぎし ) の高さ堀( ほり ) の深さ幾程( いくほど ) もなければ、走懸( はしりかかつ ) て屏( へい ) に着( つか ) ん事は、最( いと ) 安( やす ) く覚( おぼえ ) けれ共、是( これ ) も又釣屏( つりべい ) にてやあらんと危( あやぶ ) みて無左右屏には不着、皆堀の中( なか ) にをり漬( ひたつ ) て、熊手( くまで ) を懸( かけ ) て屏を引( ひき ) ける間、既( すで ) に被引破ぬべう見へける処に、城( しろ ) の内( うち ) より柄( え ) の一二丈長き杓( ひしやく ) に、熱湯( ねつたう ) の湧翻( わきかへ ) りたるを酌( くん ) で懸( かけ ) たりける間、甲( かぶと ) の天返( てへん ) 綿噛( わたがみ ) のはづれより、熱湯( あつきゆ ) 身に徹( とほつ ) て焼爛( やけただれ ) ければ、寄手( よせて ) こらへかねて、楯も熊手( くまで ) も打捨( すて ) て、ばつと引( ひき ) ける見苦しさ、矢庭( やには ) に死( しす ) るまでこそ無( なけ ) れども、或( あるひ ) は手足( てあし ) を被焼て立( たち ) も不揚、或( あるひ ) は五体( ごたい ) を損( そん ) じて病( や ) み臥( ふ ) す者、二三百人( にさんびやくにん ) に及べり。寄手( よせて ) 質( てだて ) を替( かへ ) て責( せむ ) れば、城( しろ ) の中( うち ) 工( たくみ ) を替( かへ ) て防ぎける間、今は兔( と ) も角( かく ) も可為様( やう ) なくして、只食責( じぎぜめ ) にすべしとぞ被議ける。かゝりし後( のち ) は混( ひたす ) ら軍( いくさ ) をやめて、己( おのれ ) が陣々に櫓( やぐら ) をかき、逆木( さかもぎ ) を引( ひい ) て遠攻( とほぜめ ) にこそしたりけれ。是( これ ) にこそ中々( なかなか ) 城中( じやうちゆう ) の兵( つはもの ) は、慰( なぐさむ ) 方もなく機( き ) も疲れぬる心地しけれ。楠此城( このしろ ) を構( かま ) へたる事暫時( ざんじ ) の事なりければ、はか/゛\しく兵粮( ひやうろう ) なんど用意( ようい ) もせざれば、合戦始( はじまつ ) て城を被囲たる事( こと ) 、僅( わづか ) に二十日( はつか ) 余( あま ) りに、城中( じやうちゆう ) 兵粮尽( つき ) て、今四五日の食( かて ) を残せり。懸( かかり ) ければ、正成( まさしげ ) 諸卒( しよそつ ) に向( むかつ ) て云( いひ ) けるは、「此間( このあひだ ) 数箇度( すかど ) の合戦に打勝( かつ ) て、敵を亡( ほろぼ ) す事数を不知といへども、敵大勢( おほぜい ) なれば敢( あへ ) て物( もの ) の数ともせず、城中既( すでに ) 食( かて ) 尽( つき ) て助( たすけ ) の兵( つはもの ) なし。元来( もとより ) 天下( てんか ) の士卒( じそつ ) に先立( さきだつ ) て、草創( さうさう ) の功( こう ) を志( こころざし ) とする上は、節( せつ ) に当り義に臨( のぞん ) では、命( いのち ) を可惜に非( あら ) ず。雖然事( こと ) に臨( のぞん ) で恐れ、謀( はかりごと ) を好( このん ) で成すは勇士( ゆうし ) のする所( ところ ) 也。されば暫( しばらく ) 此城( このしろ ) を落( おち ) て、正成自害( じがい ) したる体( てい ) を敵に知( しら ) せんと思ふ也。其故( そのゆゑ ) は正成自害( じがい ) したりと見及( みおよ ) ばゞ、東国勢( とうごくぜい ) 定( さだめ ) て悦( よろこび ) を成( なし ) て可下向。下( くだ ) らば正成打( うつ ) て出( いで ) 、又上( のぼ ) らば深山( みやま ) に引入( ひきいり ) 、四五度が程東国勢を悩( なやま ) したらんに、などか退屈( たいくつ ) せざらん。是( これ ) 身を全( まつたう ) して敵を亡( ほろぼ ) す計畧也。面々( めんめん ) 如何( いかん ) 計( はから ) ひ給( たまふ ) 。」と云( いひ ) ければ、諸人( しよにん ) 皆、「可然。」とぞ同( どう ) じける。「さらば。」とて城中( じやうちゆう ) に大( おほき ) なる穴を二丈許( ばかり ) 掘( ほり ) て、此間( このあひだ ) 堀の中( なか ) に多く討( うた ) れて臥( ふし ) たる死人( しびと ) を二三十人穴の中( なか ) に取入( とりいれ ) て、其( その ) 上に炭( すみ ) ・薪( たきぎ ) を積( つん ) で雨風( あめかぜ ) の吹洒( ふきそそ ) ぐ夜( よ ) をぞ待( まち ) たりける。正成が運や天命に叶( かなひ ) けん、吹( ふく ) 風俄( にはか ) に沙( いさご ) を挙( あげ ) て降( ふる ) 雨更に篠( しの ) を衝( つく ) が如し。夜色( やしよく ) 窈溟( えうめい ) として氈城( せんぜい ) 皆帷幕( ゐばく ) を低( た ) る。是( これ ) ぞ待所( まつところ ) の夜( よ ) なりければ、城中( じやうちゆう ) に人を一人残し留( とどめ ) て、「我等落延( おちのび ) ん事四五町にも成( なり ) ぬらんと思はんずる時、城( しろ ) に火を懸( かけ ) よ。」と云置( いひおい ) て、皆物( もの ) の具( ぐ ) を脱ぎ、寄手( よせて ) に紛( まぎれ ) て五人三人( さんにん ) 別々( べちべち ) になり、敵( てき ) の役所( やくしよ ) の前( まへ ) 軍勢の枕の上( うへ ) を越( こえ ) て閑々( しづしづ ) と落( おち ) けり。正成長崎が厩( むまや ) の前( まへ ) を通りける時、敵是( これ ) を見つけて、「何者なれば御( おん ) 役所の前を、案内も申さで忍( しのび ) やかに通るぞ。」と咎( とが ) めれけば、正成、「是( これ ) は大将の御内( みうち ) の者にて候が、道を踏違( ふみたが ) へて候ひける。」と云捨( いひすて ) て、足早( あしばや ) にぞ通りける。咎めつる者、「さればこそ怪( あやし ) き者なれ、如何様( いかさま ) 馬盜人( むまぬすびと ) と覚( おぼゆ ) るぞ。只射殺( いころ ) せ。」とて、近々( ちかぢか ) と走寄( はしりよつ ) て真直中( まつただなか ) をぞ射たりける。其( その ) 矢正成が臂( ひぢ ) の懸( かか ) りに答( こたへ ) て、したゝかに立( たち ) ぬと覚へけるが、す膚( はだ ) なる身に少( すこし ) も不立して、筈( はず ) を返して飛翻( とびかへ ) る。後( のち ) に其矢( そのや ) の痕( あと ) を見れば、正成が年来( としごろ ) 信じて奉読観音経( くわんおんきやう ) を入( いれ ) たりける膚( はだ ) の守( まもり ) に矢当( あたつ ) て、一心称名( いつしんしようみやう ) の二句の偈( げ ) に、矢崎( やさき ) 留( とどま ) りけるこそ不思議なれ。正成必死( ひつし ) の鏃( やじり ) に死を遁( のが ) れ、二十余町落延( おちのび ) て跡( あと ) を顧( かへりみ ) ければ、約束に不違、早城( はやしろ ) の役所共( ども ) に火を懸( かけ ) たり。寄手( よせて ) の軍勢火に驚( おどろい ) て、「すはや城( しろ ) は落( おち ) けるぞ。」とて勝時( かつどき ) を作( つくつ ) て、「あますな漏( もら ) すな。」と騒動( さうどう ) す。焼静( やけしづ ) まりて後( のち ) 城中( じやうちゆう ) をみれば、大( おほき ) なる穴の中( なか ) に炭を積( つん ) で、焼死( やけしし ) たる死骸( しがい ) 多し。皆是( これ ) を見て、「あな哀( あはれ ) や、正成はや自害( じがい ) をしてけり。敵( てき ) ながらも弓矢( ゆみや ) 取( とつ ) て尋常に死( しし ) たる者哉( かな ) 。」と誉( ほめ ) ぬ人こそ無( なか ) りけれ。
○桜山( さくらやま ) 自害( じがいの ) 事( こと ) 去程( さるほど ) に桜山( さくらやま ) 四郎入道( にふだう ) は、備後国( びんごのくに ) 半国許( はんこくばかり ) 打順( うちしたが ) へて、備中( びつちゆう ) へや越( こえ ) まし、安芸( あき ) をや退治( たいぢ ) せましと案じける処に、笠置城( かさぎのしろ ) も落( おち ) させ給ひ、楠( くすのき ) も自害したりと聞へければ、一旦( いつたん ) の付勢( つきぜい ) は皆落失( おちうせ ) ぬ。今は身を離( はなれ ) ぬ一族、年来( としごろ ) の若党( わかたう ) 二十余人( にじふよにん ) ぞ残りける。此比( このごろ ) こそあれ、其昔( そのむかし ) は武家( ぶけ ) 権( けん ) を執( とつ ) て、四海( しかい ) 九州の内( うち ) 尺地( せきち ) も不残ければ、親( したし ) き者も隠し得( え ) ず、疎( うとき ) はまして不被憑、人手( ひとで ) に懸( かか ) りて尸( かばね ) を曝( さら ) さんよりはとて、当国( たうごく ) の一宮( いちのみや ) へ参り、八歳( はつさい ) に成( なり ) ける最愛( さいあい ) の子と、二十七に成( なり ) ける年来( としごろ ) の女房とを刺殺( さしころし ) て、社壇( しやだん ) に火をかけ、己( おのれ ) が身も腹掻切( かききつ ) て、一族( いちぞく ) 若党( わかたう ) 二十三人( にじふさんにん ) 皆( みな ) 灰燼( ぐわいじん ) と成( なつ ) て失( うせ ) にけり。抑( そもそも ) 所( ところ ) こそ多かるに、態( わざと ) 社壇に火を懸( かけ ) 焼死( やけしし ) ける桜山が所存( しよぞん ) を如何( いか ) にと尋( たづぬ ) るに、此( この ) 入道当社( たうしや ) に首( かうべ ) を傾( かたぶけ ) て、年( とし ) 久( ひさし ) かりけるが、社頭( しやとう ) の余( あま ) りに破損( はそん ) したる事を歎( なげき ) て、造営し奉( たてまつ ) らんと云( いふ ) 大願( たいぐわん ) を発( おこ ) しけるが、事( こと ) 大営( たいえい ) なれば、志( こころざし ) のみ有( あり ) て力( ちから ) なし。今度( こんど ) の謀叛( むほん ) に与力( よりき ) しけるも、専( もつぱら ) 此大願( このたいぐわん ) を遂( とげ ) んが為なりけり。されども神( しんは ) 非礼( ひれい ) を享( うけ ) 給はざりけるにや、所願( しよぐわん ) 空( むなしく ) して打死( うちじに ) せんとしけるが、我等此社( このやしろ ) を焼払( やきはらひ ) たらば、公家( くげ ) 武家共( とも ) に止( や ) む事( こと ) を不得して如何様( いかさま ) 造営の沙汰可有。其( その ) 身は縦( たと ) ひ奈落( ならく ) の底に堕在( だざい ) すとも、此願( このぐわん ) をだに成就( じやうじゆ ) しなば悲( かなし ) むべきに非( あら ) ずと、勇猛( ゆうまう ) の心を発( おこし ) て、社頭( しやとう ) にては焼死( やけしし ) にける也。倩( つらつら ) 垂迹和光( すゐじやくわくわう ) の悲願( ひぐわん ) を思へば、順逆( じゆんぎやく ) の二縁( にえん ) 、何( いづ ) れも済度利生( さいどりしやう ) の方便( はうべん ) なれば、今生( こんじやう ) の逆罪( ぎやくざい ) を翻( ひるがへ ) して当来( たうらい ) の値遇( ちぐう ) とや成らんと、是( これ ) もたのみは不浅ぞ覚へける。