太平記 (Taiheiki) — 太平記(国民文庫) 太平記巻第五 不明 (Anonymous) 1366-1379 Taiheiki 太平記 Anonymous 不明 Kamakura-Muromachi-Azuchi-Momoyama Period 中世 14th century 14世紀 Fiction フィクション Japanese 日本語 Text 本文 1368 たいへいき Taiheiki 太平記 たいへいき Anonymous 不明 ふめい
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太平記 › 太平記(国民文庫) 太平記巻第五 Furigana ふりがな Vertical 縦書き
太平記( 国民文庫 ) 太平記巻第五○持明院殿( ぢみやうゐんどの ) 御即位( ごそくゐの ) 事( こと ) 元弘( げんこう ) 二年三月二十二日に、後伏見院( ごふしみのゐんの ) 第一( だいいちの ) 御子( おんこ ) 、御年( おんとし ) 十九にして、天子( てんし ) の位( くらゐ ) に即( つか ) せ給ふ。御母( おんはは ) は竹内( たけのうちの ) 左大臣公衡( きんひら ) の御娘( むすめ ) 、後( のち ) には広義門院( くわうぎもんゐん ) と申( まうせ ) し御事( おこと ) 也( なり ) 。同( おなじき ) 年十月二十八日に、河原( かはら ) の御禊( おんはらひ ) あ{つ}て、十一月十三日に大嘗会( だいじやうゑ ) を被遂行。関白は鷹司( たかづかさ ) の左大臣冬教( ふゆのり ) 公( こう ) 、別当は日野( ひの ) 中納言資名( すけなの ) 卿( きやう ) にてぞをはしける。いつしか当今奉公( たうぎんほうこう ) の人々は、皆一時に望( のぞみ ) を達して門前( もんぜん ) 市( いち ) を成( な ) し、堂上( だうじやう ) 花( はな ) の如し。中にも梶井( かぢゐ ) 二品( にほん ) 親王( しんわう ) は、天台座主( てんだいのざす ) に成( なら ) せ給( たまひ ) て、大塔( おほたふ ) ・梨本( なしもと ) の両門迹を合( あは ) せて、御管領( ごくわんりやう ) 有( あり ) しかば、御門徒( ごもんと ) の大衆( だいしゆ ) 群集( くんじゆ ) して、御拝堂( ごはいだう ) の儀式( ぎしき ) 厳重( げんちよう ) 也( なり ) 。加之( しかのみならず ) 御室( おむろ ) の二品( にほん ) 親王( しんわう ) 法守( ほふしゆ ) 、仁和寺( にんわじ ) の御門迹( ごもんぜき ) に御移( おんうつり ) 有( あつ ) て、東寺一流( とうじいちりう ) の法水( ほつすゐ ) を湛( たた ) へて、北極( ほつきよく ) 万歳( ばんぜい ) の聖運( せいうん ) を祈り給ふ。是( これ ) 皆後伏見( ごふしみの ) 院( ゐん ) の御子( おんこ ) 、今上( きんじやう ) 皇帝の御連枝( ごれんし ) 也( なり ) 。
○宣房( のぶふさの ) 卿( きやう ) 二君( じくん ) 奉公( ほうこうの ) 事( こと ) 万里小路( までのこうぢ ) 大納言宣房卿( のぶふさのきやう ) は、元来( もとより ) 前朝旧労( ぜんてうきうらう ) の寵臣( ちようしん ) にてをはせし上( うへ ) 、子息藤房( ふぢふさ ) ・季房( すゑふさ ) 二人( ににん ) 笠置( かさぎ ) の城にて被生捕て、被処遠流しかば、父の卿( きやう ) も罪科( ざいくわ ) 深き人にて有( ある ) べかりしを、賢才( けんさい ) の聞へ有( あり ) とて、関東( くわんとう ) 以別儀其罪を宥( なだ ) め、当今( たうぎん ) に可被召仕之( めしつかはるべきの ) 由( よし ) 奏し申す。依之( これによつて ) 日野( ひのの ) 中納言資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) を勅使( ちよくし ) にて、此旨( このむね ) を被仰下ければ、宣房( のぶふさの ) 卿( きやう ) 勅使に対して被申けるは、「臣雖不肖之身、以多年奉公之労蒙君恩寵、官禄( くわんろく ) 共に進( すすみ ) 、剰( あまつさへ ) 汚政道輔佐之名。「事君之礼、値其有罪、犯厳顔、以道諌諍、三諌不納奉身以退、有匡正之忠無阿順之従、是良臣之節也( なり ) 。若見可諌而不諌、謂之尸位。見可退而不退、謂之懐寵。々々尸位国之奸人也( なり ) 。」と云( いへ ) り。君( きみ ) 今不義の行( おこなひ ) をはして、為武臣被辱給へり。是( これ ) 臣が予( あらかじめ ) 依不知処雖不献諌言世人豈( あに ) 其( その ) 無罪許( ゆるさん ) 哉( や ) 。就中( このなかに ) 長子( ちやうし ) 二人( ににん ) 被処遠流之罪。我( われ ) 已( すでに ) 七旬( しちじゆん ) の齢( よはひ ) に傾( かたぶ ) けり。後栄為誰にか期( ご ) せん。前非( ぜんぴ ) 何( なんぞ ) 又恥( はぢ ) ざらんや。二君( じくん ) の朝( てう ) に仕( つかへ ) て辱( はぢ ) を衰老( すゐらう ) の後( のち ) に抱( いだ ) かんよりは、伯夷( はくい ) が行( かう ) を学( まなび ) て飢( うゑ ) を首陽( しゆやう ) の下( もと ) に忍ばんには不如。」と、涙を流( ながし ) て宣ひければ、資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) 感涙を押( おさ ) へ兼( かね ) て暫( しばし ) は言( もの ) をも宣( のたま ) はず。良有( ややあつ ) て宣ひけるは、「「忠臣不必択主、見仕而可治而已( のみ ) 也( なり ) 。」といへり。去( され ) ば百里奚( はくりけい ) は二( ふたたび ) 仕秦穆公永( ながく ) 令致覇業、管夷吾( くわんいごは ) 翻( かへつて ) 佐斉桓公、九( ここのたび ) 令朝諸侯。主( しゆ ) 無以道射鉤之罪、世不皆奈鬻皮之恥といへり。就中武家( ぶけ ) 如此許容の上は、賢息( けんそく ) 二人( ににん ) の流罪( るざいをも ) 争( いかでか ) 無赦免御沙汰乎( や ) 、夫( それ ) 伯夷( はくい ) ・叔斉( しゆくせいは ) 飢( うゑ ) て何( なに ) の益( えき ) か有( あり ) し。許由( きよいう ) ・巣父( さうふ ) 遁( のがれ ) て不足用。抑( そもそも ) 隠身永( ながく ) 断来葉之一跡、与仕朝遠( とほく ) 耀前祖之無窮、是非得失( ぜひとくしつ ) 有何処乎( や ) 。与鳥獣同群孔子( こうしの ) 所不執也( なりと ) 。」資明( すけあきらの ) 卿( きやう ) 理( り ) を尽( つく ) して被責ければ。宣房卿( のぶふさのきやう ) 顔色( がんしよく ) 誠( まこと ) に屈伏( くつふく ) して、「「以罪棄生、則違古賢夕改之勧、忍垢苟全則犯詩人胡顔之譏」と、魏( ぎ ) の曹子建( さうしけん ) が詩を献( けん ) ぜし表( へう ) に書( かき ) たりしも、理( ことわり ) とこそ存ずれ。」とて、遂に参仕( さんじ ) の勅答をぞ被申ける。
○中堂( ちゆうだう ) 新常灯( しんじやうとう ) 消( きゆる ) 事( こと ) 其比( そのころ ) 都鄙( とひ ) の間( あひだ ) に、希代( きたい ) の不思議共( ふしぎども ) 多かりけり。山門の根本中堂( こんぽんちゆうだう ) の内陣( ないぢん ) へ山鳩( やまばと ) 一番( ひとつがひ ) 飛来( とびきたつ ) て、新常灯( しんじやうとう ) の油錠( あぶらつき ) の中に飛入( とびいつ ) て、ふためきける間、灯明( とうみやう ) 忽( たちまち ) に消( きえ ) にけり。此( この ) 山鳩、堂中( だうちゆう ) の闇( くら ) さに行方( ゆきかた ) に迷ふて、仏壇( ぶつだん ) の上に翅( つばさ ) を低( たれ ) て居たりける処に、承塵( なげし ) の方( かた ) より、其( その ) 色朱( しゆ ) を指( さし ) たる如くなる鼠狼( いたち ) 一つ走り出で、此( この ) 鳩を二( ふた ) つながら食殺( くひころし ) てぞ失( うせ ) にけり。抑( そもそも ) 此( この ) 常灯と申( まうす ) は、先帝( せんてい ) 山門へ臨幸( りんかう ) 成( なり ) たりし時、古( いにしへ ) 桓武( くわんむ ) 皇帝の自( みづか ) ら挑( かかげ ) させ給( たまひ ) し常燈に準( なぞら ) へて、御手( おんて ) づから百二十筋( ひやくにじふすぢ ) の燈心( とうしん ) を束( つか ) ね、銀の御錠( おんあぶらつき ) に油を入( いれ ) て、自( みづから ) 掻立( かきたて ) させ給( たまひ ) し燈明( とうみやう ) 也( なり ) 。是( これ ) 偏( ひとへ ) に皇統の無窮( ぶきゆう ) を耀( かかやか ) さん為の御願( ごぐわん ) 、兼( かね ) ては六趣( ろくしゆ ) の群類( ぐんるゐ ) の暝闇( みやうあん ) を照( てら ) す、慧光法燈( ゑくわうほふとう ) の明( あきらか ) なるに、思食準( おぼしめしなぞら ) へて被始置し常燈なれば、未来永劫( えいごふ ) に至( いたる ) 迄消( きゆ ) る事なかるべきに、鴿鳩( やまばと ) の飛来( とびきたり ) て打消( うちけし ) けるこそ不思議( ふしぎ ) なれ。其( それ ) を玄獺( いたち ) の食殺( くひころ ) しけるも不思議( ふしぎ ) 也( なり ) 。
○相摸( さがみ ) 入道弄田楽( でんがくをもてあそぶ ) 並( ならびに ) 闘犬( とうけんの ) 事( こと ) 又其比( そのころ ) 洛中( らくちゆう ) に田楽( でんがく ) を弄( もてあそぶ ) 事( こと ) 昌( さかん ) にして、貴賎挙( こぞつ ) て是( これ ) に着( ぢやく ) せり。相摸( さがみ ) 入道此( この ) 事( こと ) を聞及( ききおよ ) び、新座( しんざ ) ・本座( ほんざ ) の田楽( でんがく ) を呼下( よびくだ ) して、日夜朝暮( にちやてうぼ ) に弄( もてあそぶ ) 事( こと ) 無他事。入興( じゆきよう ) の余( あまり ) に、宗( むね ) との大名達に田楽法師( でんがくぼふし ) を一人づゝ預( あづけ ) て装束( しやうぞく ) を飾( かざ ) らせける間、是( これ ) は誰がし殿( どの ) の田楽( でんがく ) 、彼( かれは ) 何がし殿( どの ) の田楽( でんがく ) なんど云( いひ ) て、金銀珠玉( きんぎんしゆぎよく ) を逞( たくましく ) し綾羅錦繍( りようらきんしう ) を妝( かざ ) れり。宴に臨( のぞん ) で一曲( いつきよく ) を奏( そう ) すれば、相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) を始( はじめ ) として一族( いちぞくの ) 大名我( われ ) 劣らじと直垂( ひたたれ ) ・大口( おほくち ) を解( ぬい ) で抛出( なげいだ ) す。是( これ ) を集( あつめ ) て積( つむ ) に山の如し。其弊( そのつひ ) へ幾千万( いくせんまん ) と云( いふ ) 数を不知。或夜( あるよ ) 一献( いつこん ) の有( あり ) けるに、相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) 数盃( すはい ) を傾( かたむ ) け、酔( ゑひ ) に和( くわ ) して立( たち ) て舞( まふ ) 事( こと ) 良( やや ) 久し。若輩( じやくはい ) の興( きよう ) を勧( すすむ ) る舞にてもなし。又狂者( きやうしや ) の言( ことば ) を巧( たくみ ) にする戯( たはむれ ) にも非( あら ) ず。四十有余( しじふいうよ ) の古( ふる ) 入道、酔狂( すゐきやう ) の余( あまり ) に舞ふ舞なれば、風情( ふぜい ) 可有共( とも ) 覚( おぼえ ) ざりける処に、何( いづ ) くより来( きたる ) とも知( しら ) ぬ、新坐( しんざ ) ・本座( ほんざ ) の田楽共( でんがくども ) 十( じふ ) 余人( よにん ) 、忽然( こつぜん ) として坐席( ざせき ) に列( つらなつ ) てぞ舞歌( まひうた ) ひける。其( その ) 興( きよう ) 甚( はなはだ ) 尋常( よのつね ) に越( こえ ) たり。暫有( しばらくあつ ) て拍子( ひやうし ) を替( かへ ) て歌ふ声を聞けば、「天王寺( てんわうじ ) のやようれぼしを見ばや。」とぞ拍子( はやし ) ける。或官女( あるくわんぢよ ) 此( この ) 声を聞( きい ) て、余( あまり ) の面白さに障子( しやうじ ) の隙( ひま ) より是( これ ) を見るに、新坐・本座の田楽共( でんがくども ) と見へつる者一人も人( ひと ) にては無( なか ) りけり。或( あるひは ) 觜( くちばし ) 勾( かがまつ ) て鵄( とび ) の如くなるもあり、或( あるひ ) は身に翅( つばさ ) 在( あつ ) て其( その ) 形( かたち ) 山伏( やまぶし ) の如くなるもあり。異類異形( いるゐいぎやう ) の媚者( ばけもの ) 共が姿を人に変( へん ) じたるにてぞ有( あり ) ける。官女是( これ ) を見て余( あま ) りに不思議( ふしぎ ) に覚( おぼえ ) ければ、人を走( はし ) らかして城入道( じやうのにふだう ) にぞ告( つげ ) たりける。入道取物( とるもの ) も取敢( とりあへ ) ず、太刀を執( とつ ) て其酒宴( そのしゆえん ) の席に臨む。中門( ちゆうもん ) を荒らかに歩( あゆみ ) ける跫( あしおと ) を聞( きい ) て、化物( ばけもの ) は掻消様( かきけすやう ) に失( う ) せ、相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) は前後( ぜんご ) も不知酔伏( ゑひふし ) たり。燈( とぼしび ) を挑( かかげ ) させて遊宴の座席を見るに、誠( まこと ) に天狗( てんぐ ) の集( あつま ) りけるよと覚( おぼえ ) て、踏汚( ふみけが ) したる畳( たたみ ) の上( うへ ) に禽獣( きんじう ) の足迹( あしあと ) 多し。城( じやうの ) 入道、暫く虚空( こくう ) を睨( にらん ) で立( たち ) たれ共、敢て眼( まなこ ) に遮( さへぎ ) る者もなし。良( やや ) 久( ひさしう ) して、相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) 驚覚( おどろきさめ ) て起( おき ) たれ共( ども ) 、惘然( ばうぜん ) として更に所知なし。後日( ごじつ ) に南家( なんけ ) の儒者( じゆしや ) 刑部少輔( ぎやうぶのせう ) 仲範( なかのり ) 、此( この ) 事( こと ) を伝聞( つたへきい ) て、「天下将( まさに ) 乱( れんとする ) 時、妖霊星( えうれいぼし ) と云( いふ ) 悪星( あくしやう ) 下( くだつ ) て災( わざはひ ) を成すといへり。而( しか ) も天王寺( てんわうじ ) は是( これ ) 仏法最初の霊地( れいち ) にて、聖徳太子( しやうとくたいし ) 自( みづから ) 日本( につぽん ) 一州の未来記( みらいき ) を留( とどめ ) 給へり。されば彼媚者( かのばけもの ) が天王寺( てんわうじ ) の妖霊星と歌ひけるこそ怪( あや ) しけれ。如何様( いかさま ) 天王寺( てんわうじ ) 辺( へん ) より天下の動乱( どうらん ) 出来( いでき ) て、国家敗亡( はいばう ) しぬと覚ゆ。哀( あはれ ) 国主( こくしゆ ) 徳を治( をさ ) め、武家仁( じん ) を施( ほどこ ) して消妖謀( はかりごと ) を被致よかし。」と云( いひ ) けるが、果して思知( おもひしら ) るゝ世に成( なり ) にけり。彼( かの ) 仲範実( まこと ) に未然( みぜん ) の凶( きよう ) を鑒( かんがみ ) ける博覧の程こそ難有けれ。相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) 懸( かか ) る妖怪( えうくわい ) にも不驚、益々( ますます ) 奇物( きぶつ ) を愛する事止( やむ ) 時なし。或( ある ) 時庭前( ていぜん ) に犬共集( あつまり ) て、噛合( かみあ ) ひけるを見て、此( この ) 禅門面白き事に思( おもひ ) て、是( これ ) を愛する事骨髄( こつずゐ ) に入れり。則( すなはち ) 諸国へ相触( あひふれ ) て、或( あるひ ) は正税( しやうぜい ) ・官物( くわんもつ ) に募( つの ) りて犬を尋( たづね ) 、或( あるひ ) は権門高家( けんもんかうけ ) に仰( おほせ ) て是( これ ) を求( もとめ ) ける間、国々の守護( しゆご ) 国司( こくし ) 、所々( しよしよ ) の一族( いちぞく ) 大名( だいみやう ) 、十疋( じつびき ) 二十疋( にじつびき ) 飼立( かひたて ) て、鎌倉( かまくら ) へ引進( ひきまゐら ) す。是( これ ) を飼( かふ ) に魚鳥( ぎよてう ) を以てし、是( これ ) を維( つな ) ぐに金銀を鏤( ちりば ) む。其弊( そのつひえ ) 甚( はなはだ ) 多し。輿( こし ) にのせて路次( ろし ) を過( すぐ ) る日( ひ ) は、道を急ぐ行人( かうじん ) も馬( むま ) より下( おり ) て是( これ ) に跪( ひざまづ ) き、農( のう ) を勤( つとむ ) る里民( りみん ) も、夫( ぶ ) に被取て是( これ ) を舁( かき ) 、如此賞翫( しやうぐわん ) 不軽ければ、肉に飽き錦を着たる奇犬( きけん ) 、鎌倉中( かまくらぢゆう ) に充満( じゆうまん ) して四五千疋( しごせんびき ) に及べり。月に十二度( じふにど ) 犬合( いぬあは ) せの日とて被定しかば、一族( いちぞく ) 大名御内外様( みうちとざま ) の人々、或( あるひ ) は堂上( だうじやう ) に坐( ざ ) を列ね、或( あるひは ) 庭前( ていぜん ) に膝を屈( くつ ) して見物( けんぶつ ) す。于時両陣の犬共を、一二百疋( いちにひやつぴき ) 充( づつ ) 放( はな ) し合せたりければ、入り違ひ追合( おひあう ) て、上に成( なり ) 下に成( なり ) 、噛合( かみあふ ) 声天を響( ひびか ) し地を動( うごか ) す。心なき人は是( これ ) を見て、あら面白や、只戦( たたかひ ) に雌雄( しゆう ) を決するに不異と思ひ、智ある人は是( これ ) を聞( きい ) て、あな忌々( いまいま ) しや、偏( ひとへ ) に郊原( かうげん ) に尸( かばね ) を争ふに似たりと悲( かなし ) めり。見聞( けんもん ) の准( なぞら ) ふる処、耳目( じぼく ) 雖異、其前相( そのぜんさう ) 皆闘諍死亡( とうじやうしばう ) の中に存( あつ ) て、浅猿( あさま ) しかりし挙動( ふるまひ ) なり。
○時政( ときまさ ) 参篭榎嶋事 時已( すで ) に澆季( げうき ) に及( およん ) で、武家天下の権を執( と ) る事( こと ) 、源平両家の間に落( おち ) て度々( どど ) に及べり。然( しかれ ) ども天道( てんだうは ) 必( かならず ) 盈( みてる ) を虧( かく ) 故( ゆゑ ) に、或( あるひ ) は一代にして滅び、或( あるひ ) は一世をも不待して失( うせ ) ぬ。今相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) の一家、天下を保つ事已( すで ) に九代に及ぶ。此( この ) 事( こと ) 有故。昔鎌倉( かまくら ) 草創( さうさう ) の始( はじめ ) 、北条( ほうでうの ) 四郎時政( ときまさ ) 榎嶋( えのしま ) に参篭( さんろう ) して、子孫( しそん ) の繁昌を祈( いのり ) けり。三七日に当りける夜( よ ) 、赤き袴に柳裏( やなぎうら ) の衣( きぬ ) 着たる女房の、端厳美麗( たんごんびれい ) なるが、忽然として時政が前( まへ ) に来( きたつ ) て告( つげ ) て曰( いはく ) 、「汝( なんぢ ) が前生( ぜんじやう ) は箱根法師( はこねぼふし ) 也( なり ) 。六十六( ろくじふろく ) 部( ぶ ) の法華経( ほけきやう ) を書冩( しよしや ) して、六十六( ろくじふろく ) 箇国( かこく ) の霊地( れいち ) に奉納( ほうなふ ) したりし善根( ぜんごん ) に依( よつ ) て、再び此土( このど ) に生( うまる ) る事を得たり。去( され ) ば子孫永く日本( につぽん ) の主( あるじ ) と成( なつ ) て、栄花( えいぐわ ) に可誇。但( ただし ) 其挙動( そのふるまひ ) 違所( たがふところ ) あらば、七代( しちだい ) を不可過。吾( わが ) 所言不審( ふしん ) あらば、国々に納( をさめ ) し所の霊地( れいち ) を見よ。」と云捨( いひすて ) て帰( かへり ) 給ふ。其姿( そのすがた ) をみければ、さしも厳( いつく ) しかりつる女房、忽( たちまち ) に伏長( ふしだけ ) 二十丈( にじふぢやう ) 許( ばかり ) の大蛇( だいじや ) と成( なつ ) て、海中( かいちゆう ) に入( いり ) にけり。其迹( そのあと ) を見( みる ) に、大( おほき ) なる鱗( いろこ ) を三( み ) つ落( おと ) せり。時政所願成就( しよぐわんじやうじゆ ) しぬと喜( よろこび ) て、則( すなはち ) 彼鱗( かのいろこ ) を取( とつ ) て、旗の文( もん ) にぞ押( おし ) たりける。今の三鱗形( みついろこがた ) の文( もん ) 是( これ ) 也( なり ) 。其後( そののち ) 弁才天( べんざいてん ) の御示現( ごじげん ) に任( まかせ ) て、国々の霊地へ人を遣( つかは ) して、法華経奉納の所を見せけるに、俗名( ぞくみやう ) の時政( ときまさ ) を法師の名( な ) に替( かへ ) て、奉納( ほうなふの ) 筒( つつ ) の上に大法師( だいほつし ) 時政( じせい ) と書( かき ) たるこそ不思議( ふしぎ ) なれ。されば今相摸( さがみ ) 入道( にふだう ) 七代に過( すぎ ) て一天下( いちてんが ) を保( たもち ) けるも、江嶋( えのしま ) の弁才天の御利生( ごりしやう ) 、又は過去の善因に感じてげる故( ゆゑ ) 也( なり ) 。今の高時( たかとき ) 禅門、已( すで ) に七代を過( すぎ ) 、九代に及べり。されば可亡時刻( じこく ) 到来( たうらい ) して、斯( かか ) る不思議( ふしぎ ) の振舞( ふるまひ ) をもせられける歟( か ) とぞ覚( おぼえ ) ける。
○大塔宮( おほたふのみや ) 熊野落( くまのおちの ) 事( こと ) 大塔( おほたふの ) 二品( にほん ) 親王( しんわう ) は、笠置( かさぎ ) の城の安否( あんび ) を被聞食為に、暫く南都( なんと ) の般若寺( はんにやじ ) に忍( しのび ) て御座有( ござあり ) けるが、笠置( かさぎ ) の城已( すで ) に落( おち ) て、主上被囚させ給( たまひ ) ぬと聞へしかば、虎の尾を履( ふむ ) 恐れ御身( おんみ ) の上に迫( せまり ) て、天地雖広御身( おんみ ) を可被蔵所なし。日月雖明長夜( ぢやうや ) に迷へる心地( ここち ) して、昼は野原( のはら ) の草に隠れて、露に臥( ふす ) 鶉( うづら ) の床( とこ ) に御涙( おんなみだ ) を争ひ、夜( よる ) は孤村( こそん ) の辻に彳( たたずみ ) て、人を尤( とが ) むる里の犬に御心( おんこころ ) を被悩、何( いづ ) くとても御心( おんこころ ) 安( やす ) かるべき所無( なか ) りければ、角( かく ) ても暫( しばし ) はと被思食ける処に、一乗院( いちじようゐん ) の候人( こうにん ) 按察法眼( あぜちのほふげん ) 好専( かうせん ) 、如何( いかん ) して聞( きき ) たりけん、五百( ごひやく ) 余騎( よき ) を率( そつ ) して、未明( びめい ) に般若寺( はんにやじ ) へぞ寄( よせ ) たりける。折節( をりふし ) 宮( みや ) に奉付たる人独( ひとり ) も無( なか ) りければ一防( ひとふせ ) ぎ防( ふせぎ ) て落( おち ) させ可給様( やう ) も無( なか ) りける上、透間( すきま ) もなく兵( つはもの ) 既( すで ) に寺内( じない ) に打入( うちいり ) たれば、紛( まぎ ) れて御出( おんいで ) あるべき方( かた ) もなし。さらばよし自害せんと思食( おぼしめし ) て、既( すで ) に推膚脱( おしはだぬが ) せ給( たまひ ) たりけるが、事叶( かな ) はざらん期( ご ) に臨( のぞん ) で、腹を切らん事は最( いと ) 可安。若( もし ) やと隠れて見ばやと思食返( おぼしめしかへ ) して、仏殿( ぶつでん ) の方( かた ) を御覧( ごらん ) ずるに、人の読懸( よみかけ ) て置( おき ) たる大般若( だいはんにや ) の唐櫃( たうひつ ) 三( みつ ) あり。二( ふたつ ) の櫃( ひつ ) は未( いまだ ) 開蓋を、一( ひとつ ) の櫃( ひつ ) は御経( きやう ) を半( なか ) ばすぎ取出( とりいだ ) して蓋( ふた ) をもせざりけり。此( この ) 蓋を開( あけ ) たる櫃( ひつ ) の中へ、御身( おんみ ) を縮( しじ ) めて臥( ふ ) させ給ひ、其( その ) 上に御経を引( ひき ) かづきて、隠形( おんぎやう ) の呪( じゆ ) を御心( おんこころ ) の中( うち ) に唱( となへ ) てぞ坐( おは ) しける。若( もし ) 捜( さが ) し被出ば、頓( やが ) て突立( つきたて ) んと思召( おぼしめし ) て氷の如くなる刀( かたな ) を抜( ぬい ) て、御腹( おんはら ) に指当( さしあて ) て、兵( つはもの ) 、「此( ここ ) にこそ。」と云( いは ) んずる一言( ひとこと ) を待( また ) せ給( たまひ ) ける御心( おんこころ ) の中( うち ) 、推量( おしはか ) るも尚可浅。去程( さるほど ) に兵( つはもの ) 仏殿( ぶつでん ) に乱入( みだれいつ ) て、仏壇( ぶつだん ) の下天井( てんじやう ) の上迄も無残所捜しけるが、余( あま ) りに求( もとめ ) かねて、「是体( これてい ) の物こそ怪しけれ。あの大般若( だいはんにや ) の櫃( ひつ ) を開見( あけてみ ) よ。」とて、蓋( ふた ) したる櫃二( ふたつ ) を開( ひらい ) て、御経を取出( とりいだ ) し、底を翻( ひるがへ ) して見けれどもをはせず。蓋( ふた ) 開( あき ) たる櫃は見るまでも無( なし ) とて、兵( つはもの ) 皆寺中を出去( いでさり ) ぬ。宮は不思議( ふしぎ ) の御命( いのち ) を続( つが ) せ給ひ、夢に道行( ゆく ) 心地して、猶( なほ ) 櫃( ひつ ) の中に座( おは ) しけるが、若( もし ) 兵( つはもの ) 又立帰り、委( くはし ) く捜( さが ) す事もや有( あら ) んずらんと御思案( ごしあん ) 有( あつ ) て、頓( やが ) て前( さき ) に兵の捜し見たりつる櫃( ひつ ) に、入替( いりかは ) らせ給( たまひ ) てぞ座( おは ) しける。案の如く兵共( つはものども ) 又仏殿に立帰り、「前( さき ) に蓋( ふた ) の開( あき ) たるを見ざりつるが無覚束。」とて、御経を皆打移( うちうつ ) して見けるが、から/\と打笑( うちわらう ) て、「大般若の櫃の中を能々( よくよく ) 捜したれば、大塔宮( おほたふのみや ) はいらせ給はで、大唐( だいたう ) の玄弉( げんじやう ) 三蔵こそ坐( おは ) しけれ。」と戯( たはぶ ) れければ、兵( つはもの ) 皆( みな ) 一同に笑( わらう ) て門外( もんぐわい ) へぞ出( いで ) にける。是( これ ) 偏( ひとへ ) に摩利支天( まりしてん ) の冥応( みやうおう ) 、又は十六( じふろく ) 善神( ぜんしん ) の擁護( おうご ) に依る命( いのち ) 也( なり ) 。と、信心( しんじん ) 肝( きも ) に銘じ感涙( かんるゐ ) 御袖( おんそで ) を湿( うるほ ) せり。角( かく ) ては南都辺( なんとへん ) の御隠家( おんかくれが ) 暫( しばらく ) も難叶ければ、則( すなはち ) 般若寺を御出( おんいで ) 在( あり ) て、熊野( くまの ) の方( かた ) へぞ落( おち ) させ給( たまひ ) ける。御供( おんとも ) の衆( しゆ ) には、光林房玄尊( くわうりんばうげんそん ) ・赤松律師則祐( そくいう ) ・木寺相摸( こでらのさがみ ) ・岡本( をかもとの ) 三河房・武蔵房( むさしばう ) ・村上( むらかみ ) 彦四郎・片岡八郎・矢田( やだ ) 彦七・平賀( ひらがの ) 三郎、彼此( かれこれ ) 以上九人也( なり ) 。宮を始奉( はじめたてまつり ) て、御供( おんとも ) の者迄( まで ) も皆柿( かき ) の衣( ころも ) に笈( おひ ) を掛け、頭巾( とうきん ) 眉半( まゆなかば ) に責め、其( その ) 中に年長( としちやう ) ぜるを先達( せんだち ) に作立( つくりたて ) 、田舎山伏( ゐなかやまぶし ) の熊野参詣( くまのさんけい ) する体( てい ) にぞ見せたりける。此( この ) 君元( もと ) より龍楼鳳闕( りようろうほうけつ ) の内( うち ) に長( ひと ) とならせ給( たまひ ) て、華軒香車( くわけんかうしや ) の外( ほか ) を出( いで ) させ給はぬ御事( おんこと ) なれば、御歩行( ごほかう ) の長途( ちやうど ) は定( さだめ ) て叶( かな ) はせ給はじと、御伴( おんとも ) の人々兼( かね ) ては心苦しく思( おもひ ) けるに、案( あん ) に相違( さうゐ ) して、いつ習はせ給ひたる御事( おんこと ) ならねども怪しげなる単皮( たび ) ・脚巾( はばき ) ・草鞋( わらぢ ) を召( めし ) て、少しも草臥( くたびれ ) たる御気色( きしよく ) もなく、社々( やしろやしろ ) の奉弊( ほうへい ) 、宿々( やどやど ) の御勤( つとめ ) 懈( おこた ) らせ給はざりければ、路次( ろし ) に行逢( ゆきあ ) ひける道者( だうしや ) も、勤修( ごんじゆ ) を積める先達( せんだち ) も見尤( みとがむ ) る事も無( なか ) りけり。由良湊( ゆらのみなと ) を見渡せば、澳( おき ) 漕( こぐ ) 舟の梶をたへ、浦の浜ゆふ幾重( いくへ ) とも、しらぬ浪路( なみぢ ) に鳴千鳥( なくちどり ) 、紀伊( き ) の路( ぢ ) の遠山( とほやま ) 眇々( はるばる ) と、藤代( ふぢしろ ) の松に掛( かか ) れる磯( いそ ) の浪( なみ ) 、和歌( わか ) ・吹上( ふきあげ ) を外( そと ) に見て、月に瑩( みが ) ける玉津( たまつ ) 島、光も今はさらでだに、長汀曲浦( ぢやうていきよくほ ) の旅の路( みち ) 、心を砕( くだ ) く習( ならひ ) なるに、雨を含( ふく ) める孤村( こそん ) の樹( き ) 、夕( ゆふべ ) を送る遠寺( ゑんじ ) の鐘( かね ) 、哀( あはれ ) を催( もよほ ) す時しもあれ、切目( きりめ ) の王子( わうじ ) に着( つき ) 給ふ。其夜( そのよ ) は叢祠( そうし ) の露に御袖( おんそで ) を片敷( かたしい ) て、通夜( よもすがら ) 祈( いのり ) 申させ給( たまひ ) けるは、南無帰命頂礼( なむきみやうちやうらい ) 三所権現( さんしよごんげん ) ・満山護法( まんさんのごほふ ) ・十万の眷属( けんぞく ) ・八万( はちまん ) の金剛童子( こんがうどうじ ) 、垂迹和光( すゐじやくわくわう ) の月明( あきら ) かに分段同居( ぶんだんどうご ) の闇( やみ ) を照( てら ) さば、逆臣( げきしん ) 忽( たちまち ) に亡びて朝廷再( ふたたび ) 耀( かかや ) く事を令得給へ。伝承( つたへうけたまは ) る、両所権現( りやうしよごんげん ) は是( これ ) 伊弉諾( いざなぎ ) ・伊弉冉( いざなみ ) の応作( おうさ ) 也( なり ) 。我( わが ) 君其苗裔( そのべうえい ) として朝日( てうじつ ) 忽( たちまち ) に浮雲( ふうん ) の為に被隠て冥闇( めいあん ) たり。豈( あに ) 不傷哉( や ) 。玄鑒( げんかん ) 今似空。神( しん ) 若( もし ) 神( しん ) たらば、君盍( なんぞ ) 為君と、五体( ごたい ) を地に投( なげ ) て一心に誠( まこと ) を致( いたし ) てぞ祈( いのり ) 申させ給( たまひ ) ける。丹誠( たんぜい ) 無二( むに ) の御勤( つとめ ) 、感応( かんおう ) などかあらざらんと、神慮( しんりよ ) も暗( あん ) に被計たり。終夜( よもすがら ) の礼拝( らいはい ) に御窮屈( きゆうくつ ) 有( あり ) ければ、御肱( おんひぢ ) を曲( まげ ) て枕として暫( しばらく ) 御目睡( まどろみ ) 在( あり ) ける御夢( おんゆめ ) に、鬟( びんづら ) 結( ゆう ) たる童子( どうじ ) 一人来( きたつ ) て、「熊野三山( さんざん ) の間は尚( なほ ) も人の心不和( ふわ ) にして大儀成( なり ) 難し。是( これ ) より十津川( とつがは ) の方へ御渡候( わたりさふらひ ) て時の至( いたら ) んを御待( おんまち ) 候へかし。両所権現( ごんげん ) より案内者( あんないしや ) に被付進て候へば御道指南( みちしるべ ) 可仕候。」と申すと被御覧御夢( おんゆめ ) は則( すなはち ) 覚( さめ ) にけり。是( これ ) 権現の御告( つげ ) 也( なり ) 。けりと憑敷( たのもしく ) 被思召ければ、未明( びめい ) に御悦( よろこび ) の奉弊( ほうへい ) を捧げ、頓( やが ) て十津河( とつがは ) を尋( たづね ) てぞ分入( わけい ) らせ給( たまひ ) ける。其( その ) 道の程( ほど ) 三十( さんじふ ) 余里( より ) が間には絶( たえ ) て人里も無( なか ) りければ、或( あるひ ) は高峯( たかね ) の雲に枕を峙( そばだて ) て苔( こけ ) の筵( むしろ ) に袖を敷( しき ) 、或( あるひ ) は岩漏( もる ) 水に渇( かつ ) を忍んで朽( くち ) たる橋に肝を消す。山路( さんろ ) 本( もと ) より雨無( なう ) して、空翠( くうすゐ ) 常( つね ) に衣( ころも ) を湿( うるほ ) す。向上( かうじやうとみあぐ ) れば万仞( ばんじん ) の青壁( せいへき ) 刀( つるぎ ) に削( けづ ) り、直下( ちよくかとみおろせ ) ば千丈の碧潭( へきだん ) 藍( あゐ ) に染( そ ) めり。数日( すじつ ) の間( あひだ ) 斯( かか ) る嶮難( けんなん ) を経( へ ) させ給へば、御身( おんみ ) も草臥( くたびれ ) はてゝ流るゝ汗( あせ ) 如水。御足( あし ) は欠損( かけそん ) じて草鞋( わらぢ ) 皆血( ち ) に染( そま ) れり。御伴( おんとも ) の人々も皆其身( そのみ ) 鉄石( てつせき ) にあらざれば、皆飢疲( うゑつか ) れてはか/゛\敷( しく ) も歩( あゆみ ) 得ざりけれ共、御腰( おんこし ) を推( おし ) 御手( おんて ) を挽( ひい ) て、路( みち ) の程( ほど ) 十三日に十津河へぞ着( つか ) せ給ひける。宮をばとある辻堂( つじだう ) の内に奉置て、御供( おんとも ) の人々は在家( ざいけ ) に行( ゆい ) て、熊野参詣( くまのさんけい ) の山伏共( やまぶしども ) 道に迷( まよう ) て来( きた ) れる由を云( いひ ) ければ、在家の者共( ものども ) 哀( あはれみ ) を垂( たれ ) て、粟( あは ) の飯( いひ ) 橡( とち ) の粥( かゆ ) など取出( とりいだ ) して其飢( そのうゑ ) を相助( あひたす ) く。宮にも此等( これら ) を進( まゐら ) せて二三日は過( すぎ ) けり。角( かく ) ては始終( しじゆう ) 如何( いかが ) 可在とも覚へざりければ、光林房玄尊( げんそん ) 、とある在家の是( これ ) ぞさもある人の家なるらんと覚( おぼ ) しき所に行( ゆい ) て、童部( わらんべ ) の出( いで ) たるに家主( あるじ ) の名を問へば、「是( これ ) は竹原八郎入道殿( にふだうどの ) の甥に、戸野( とのの ) 兵衛殿( ひやうゑどの ) と申( まうす ) 人の許( もと ) にて候。」と云( いひ ) ければ、さては是こそ、弓矢取( とつ ) てさる者と聞及( ききおよ ) ぶ者なれ、如何にもして是を憑( たの ) まばやと思( おもひ ) ければ、門( もん ) の内へ入( いつ ) て事の様( やう ) を見聞( みきく ) 処に、内に病者( びやうしや ) 有( あり ) と覚( おぼえ ) て、「哀( あは ) れ貴( たつと ) からん山伏( やまぶし ) の出来( いできた ) れかし、祈らせ進( まゐ ) らせん。」と云( いふ ) 声しけり。玄尊すはや究竟( くきやう ) の事こそあれと思( おもひ ) ければ、声を高らかに揚( あげ ) て、「是( これ ) は三重( さんぢゆう ) の滝に七日うたれ、那智( なち ) に千日篭( こもつ ) て三十三所( さんじふさんしよ ) の巡礼( じゆんれい ) の為に、罷出( まかりいで ) たる山伏共( やまぶしども ) 、路( みちに ) 蹈迷( ふみまよう ) て此( この ) 里に出( いで ) て候。一夜の宿( やど ) を借( かし ) 一日〔の〕飢( うゑ ) をも休め給へ。」と云( いひ ) たりければ、内より怪( あや ) しげなる下女( けぢよ ) 一人出合( いであ ) ひ、「是( これ ) こそ可然仏神( ぶつじん ) の御計( おんはから ) ひと覚( おぼえ ) て候へ。是( これ ) の主( あるじ ) の女房物怪( もののけ ) を病( やま ) せ給ひ候。祈( いのり ) てたばせ給( たまひ ) てんや。」と申せば、玄尊( げんそん ) 、「我等は夫山伏( ぶやまぶし ) にて候間叶( かな ) ひ候まじ。あれに見へ候辻堂( つじだう ) に、足を休( やすめ ) て被居て候先達( せんだち ) こそ、効験( かうげん ) 第一( だいいち ) の人にて候へ。此様( このやう ) を申さんに子細( しさい ) 候はじ。」と云( いひ ) ければ、女大( おほき ) に悦( よろこう ) で、「さらば其( その ) 先達の御房( ごばう ) 、是( これ ) へ入進( いれまゐら ) せさせ給へ。」と云( いひ ) て、喜( よろこび ) あへる事無限。玄尊走帰( はしりかへつ ) て此由( このよし ) を申( まうし ) ければ、宮を始奉( はじめたてまつり ) て、御供( おんとも ) の人皆彼( かれ ) が館( たち ) へ入( いら ) せ給ふ。宮( みや ) 病者の伏( ふし ) たる所( もと ) へ御入在( おんいりあつ ) て御加持( ごかぢ ) あり。千手陀羅尼( せんじゆだらに ) を二三反( にさんべん ) 高らかに被遊て、御念珠( おんねんじゆ ) を押揉( おしも ) ませ給( たまひ ) ければ、病者自( みづから ) 口走( くちばしつ ) て、様々( さまざま ) の事を云( いひ ) ける、誠( まこと ) に明王( みやうわう ) の縛( ばく ) に被掛たる体( てい ) にて、足手( あして ) を縮( しじめ ) て戦( わなな ) き、五体( ごたい ) に汗を流して、物怪( もののけ ) 則( すなはち ) 立去( たちさり ) ぬれば、病者忽( たちまち ) に平瘉( へいゆう ) す。主( あるじ ) の夫( をつと ) 不斜喜( よろこう ) で、「我( われ ) 畜( たくはへ ) たる物候はねば、別( べち ) の御引出物( おんひきでもの ) 迄は叶( かなひ ) 候まじ。枉( まげ ) て十( じふ ) 余日( よにち ) 是( これ ) に御逗留( ごとうりう ) 候( さふらひ ) て、御足( みあし ) を休めさせ給へ。例の山伏( やまぶし ) 楚忽( そこつ ) に忍( しのび ) で御逃( おんにげ ) 候( さふらひ ) ぬと存( ぞんじ ) 候へば、恐( おそれ ) ながら是( これ ) を御質( ごしち ) に玉( たまは ) らん。」とて、面々の笈共( おひども ) を取合( とりあはせ ) て皆内にぞ置( おき ) たりける。御供の人々、上( うへ ) には其気色( そのきしよく ) を不顕といへ共、下( した ) には皆悦( よろこび ) 思へる事無限。角( かく ) て十( じふ ) 余日( よにち ) を過( すご ) させ給( たまひ ) けるに、或夜( あるよ ) 家主( あるじ ) の兵衛( ひやうゑの ) 尉( じよう ) 、客殿( きやくでん ) に出て薪( たきび ) などせさせ、四方山( よもやま ) の物語共( ものがたりども ) しける次( ついで ) に申( まうし ) けるは、「旁( かたがた ) は定( さだめ ) て聞( きき ) 及ばせ給( たまひ ) たる事も候覧( らん ) 。誠( まこと ) やらん、大塔宮( おほたふのみや ) 、京都を落( おち ) させ給( たまひ ) て、熊野( くまの ) の方へ趣( おもむか ) せ給候( たまひさふらひ ) けんなる。三山の別当定遍僧都( ぢやうべんそうづ ) は無二( むにの ) 武家方( ぶけかた ) にて候へば、熊野辺( くまのへん ) に御忍( おんしのび ) あらん事は難成覚( おぼえ ) 候。哀( あはれ ) 此( この ) 里へ御入( おんいり ) 候へかし。所( ところ ) こそ分内( ぶんない ) は狭( せば ) く候へ共( ども ) 、四方( しはう ) 皆嶮岨( けんそ ) にて十里( じふり ) 二十里( にじふり ) が中( うち ) へは鳥も翔( かけ ) り難き所にて候。其上( そのうへ ) 人の心不偽、弓矢を取( とる ) 事( こと ) 世に超( こえ ) たり。されば平家の嫡孫( ちやくそん ) 惟盛( これもり ) と申( まうし ) ける人も、我等( われら ) が先祖( せんぞ ) を憑( たのみ ) て此( この ) 所に隠れ、遂に源氏( げんじ ) の世に無恙候( さふらひ ) けるとこそ承( うけたまはり ) 候へ。」と語( かたり ) ければ、宮誠( まこと ) に嬉( うれ ) しげに思食( おぼしめし ) たる御気色( おんきしよく ) 顕( あらは ) れて、「若( もし ) 大塔宮( おほたふのみや ) なんどの、此( この ) 所へ御憑( おんたのみ ) あ{つ}て入( いら ) せ給ひたらば、被憑させ給はんずるか。」と問( とは ) せ給へば、戸野( とのの ) 兵衛、「申( まうす ) にや及び候。身不肖( ふせう ) に候へ共( ども ) 、某( それがし ) 一人だに斯( かか ) る事ぞと申さば、鹿瀬( ししがせ ) ・蕪坂( かぶらさか ) ・湯浅( ゆあさ ) ・阿瀬川( あぜがは ) ・小原( をばら ) ・芋瀬( いもせ ) ・中津川( なかつがは ) ・吉野( よしの ) 十八郷( じふはちがう ) の者迄も、手刺( てさす ) 者候まじきにて候。」とぞ申( まうし ) ける。其( その ) 時宮( みや ) 、木寺相摸( こでらのさがみ ) にきと御目合有( めくはせあり ) ければ、相摸此( さがみこの ) 兵衛が側( そば ) に居寄( ゐより ) て、「今は何をか隠し可申、あの先達( せんだち ) の御房( ごばう ) こそ、大塔宮( おほたふのみや ) にて御坐( ござ ) あれ。」と云( いひ ) ければ、此( この ) 兵衛尚( なほ ) も不審気( ふしんげ ) にて、彼此( かれこれ ) の顔をつく/゛\と守( まぼ ) りけるに、片岡八郎・矢田( やだ ) 彦七、「あら熱( あつ ) や。」とて、頭巾( ときん ) を脱( ぬい ) で側( そば ) に指置( さしお ) く。実( まこと ) の山伏( やまぶし ) ならねば、さかやきの迹( あと ) 隠( かくれ ) なし。兵衛是( これ ) を見て、「げにも山伏( やまぶし ) にては御座( おは ) せざりけり。賢( かしこく ) ぞ此( この ) 事( こと ) 申出( まうしいで ) たりける。あな浅猿( あさまし ) 、此( この ) 程の振舞( ふるまひ ) さこそ尾篭( びろう ) に思召候( おぼしめしさふらひ ) つらん。」と以外( もつてのほか ) に驚( おどろい ) て、首( かうべ ) を地( ち ) に着( つけ ) 手を束( つか ) ね、畳より下( した ) に蹲踞( そんこ ) せり。俄に黒木( くろぎ ) の御所( ごしよ ) を作( つくり ) て宮( みや ) を守護( しゆご ) し奉り、四方( しはう ) の山々に関( せき ) を居( すゑ ) 、路( みち ) を切塞( きりふさい ) で、用心( ようじん ) 密( きび ) しくぞ見へたりける。是( これ ) も猶( なほ ) 大儀の計畧難叶とて、叔父( をぢ ) 竹原八郎入道に此由( このよし ) を語( かたり ) ければ、入道頓( やが ) て戸野( との ) が語( かたらひ ) に随( したがつ ) て、我館( わがたち ) へ宮を入進( いれまゐ ) らせ、無二の気色に見へければ、御心( おんこころ ) 安く思召( おぼしめし ) て、此( ここ ) に半年許( はんねんばかり ) 御座有( ござあり ) ける程に、人に被見知じと被思食ける御支度( したく ) に、御還俗( ごげんぞく ) の体( てい ) に成( なら ) せ給( たまひ ) ければ、竹原八郎入道が息女( そくぢよ ) を、夜( よ ) るのをとゞへ被召て御覚( おんおぼえ ) 異他なり。さてこそ家主( あるじ ) の入道も弥( いよいよ ) 志( こころ ) を傾( かたむ ) け、近辺( きんぺん ) の郷民共( がうみんども ) も次第に帰伏申( きふくまうし ) たる由にて、却( かへつ ) て武家をば褊( さみ ) しけり。去程( さるほど ) に熊野の別当定遍( ぢやうべん ) 此( この ) 事( こと ) を聞( きい ) て、十津河( とつがは ) へ寄( よ ) せんずる事は、縦( たとひ ) 十万騎( じふまんぎ ) の勢( せい ) ありとも不可叶。只其辺( そのへん ) の郷民共( がうみんども ) の欲心( よくしん ) を勧( すすめ ) て、宮を他所( たしよ ) へ帯( おび ) き出し奉らんと相計( あひはかつ ) て、道路( だうろ ) の辻に札( ふだ ) を書( かい ) て立( たて ) けるは、「大塔宮( おほたふのみや ) を奉討たらん者には、非職凡下( ひしよくぼんげ ) を不云、伊勢の車間庄( くるまのしやう ) を恩賞に可被充行由を、関東( くわんとう ) の御教書( みげうしよ ) 有之。其( その ) 上に定遍( ぢやうべん ) 先( まづ ) 三日が中( うち ) に六万貫( ろくまんぐわん ) を可与。御内伺候( みうちしこう ) の人・御手( おんて ) の人を討( うち ) たらん者には五百( ごひやく ) 貫( くわん ) 、降人( かうにん ) に出( いで ) たらん輩( ともがら ) には三百( さんびやく ) 貫( くわん ) 、何( いづ ) れも其( その ) 日の中( うち ) に必( かならず ) 沙汰し与( あたふ ) べし。」と定( さだめ ) て、奥に起請文( きしやうもん ) の詞( ことば ) を載( のせ ) て、厳密( げんみつ ) の法をぞ出( いだ ) しける。夫( それ ) 移木( いぼく ) の信( しん ) は為堅約、献芹( けんきん ) の賂( まひなひ ) は為奪志なれば、欲心強盛( よくしんがうじやう ) の八庄司共( しやうじども ) 此( この ) 札を見てければ、いつしか心変( へん ) じ色替( かはつ ) て、奇( あや ) しき振舞共( ふるまひども ) にぞ聞へける。宮「角( かく ) ては此( この ) 所の御止住( おんすまゐ ) 、始終( しじゆう ) 悪( あし ) かりなん。吉野( よしの ) の方へも御出( おんいで ) あらばや。」と被仰けるを、竹原( たけはら ) 入道、「如何なる事や候べき。」と強( しひ ) て留申( とめまうし ) ければ、彼( かれ ) が心を破( やぶ ) られん事も、さすがに叶はせ給はで、恐懼( きようく ) の中( うち ) に月日を送らせ給( たまひ ) ける。結句( けつく ) 竹原入道が子共( こども ) さへ、父が命( めい ) を背( そむい ) て、宮を討( うち ) 奉らんとする企( くはだて ) 在( あり ) と聞( きこえ ) しかば、宮潛( ひそか ) に十津河( とつがは ) も出( いで ) させ給( たまひ ) て、高野( かうや ) の方へぞ趣( おもむ ) かせ給ひける。其路( そのみち ) 、小原( をばら ) ・芋瀬( いもせ ) ・中津河( なかつがは ) と云( いふ ) 敵陣の難所( なんじよ ) を経( へ ) て通る路なれば、中々( なかなか ) 敵を打憑( うちたのみ ) て見ばやと被思召、先( まづ ) 芋瀬( いもがせ ) の庄司( しやうじ ) が許( もと ) へ入( いら ) せ給ひけり。芋瀬( いもがせ ) 、宮( みや ) をば我館( わがたち ) へ入進( いれまゐ ) らせずして、側( そば ) なる御堂( みだう ) に置( おき ) 奉り、使者( ししや ) を以て申( まうし ) けるは、「三山( さんざんの ) 別当定遍( ぢやうべん ) 武命( ぶめい ) を含( ふくん ) で、隠謀与党( おんぼうよたう ) の輩( ともがら ) をば、関東( くわんとう ) へ注進仕( ちゆうしんつかまつ ) る事にて候へば、此( この ) 道より無左右通し進( まゐ ) らせん事( こと ) 、後( のち ) の罪科陳謝( ちんじや ) するに不可有拠候、乍去宮を留進( とめまゐ ) らせん事は其( その ) 恐( おそれ ) 候へば、御伴( おんとも ) の人々の中( うち ) に名字( みやうじ ) さりぬべからんずる人を一両人賜( たまはつ ) て、武家へ召渡( めしわたし ) 候歟( か ) 、不然ば御紋( ごもん ) の旗を給( たまはり ) て、合戦仕( かつせんつかまつつ ) て候( さふらひ ) つる支証( ししよう ) 是( これ ) にて候と、武家へ可申にて候。此( この ) 二( ふた ) つの間( あひだ ) 、何( いづ ) れも叶( かなふ ) まじきとの御意( ぎよい ) にて候はゞ、無力一矢( ひとや ) 仕らんずるにて候。」と、誠( まこと ) に又予儀( よぎ ) もなげにぞ申入( まうしいれ ) たりける。宮は此( この ) 事( こと ) 何( いづ ) れも難議也( なり ) 。と思召( おぼしめし ) て、敢( あへて ) 御返事( おんへんじ ) も無( なか ) りけるを、赤松律師則祐( そくいう ) 進み出( いで ) て申( まうし ) けるは、「危( あやふ ) きを見て命( めい ) を致すは士卒( じそつ ) の守( まも ) る所( ところ ) に候。されば紀信( きしん ) は詐( いつはつ ) て敵に降( くだ ) り、魏豹( ぎへう ) は留( とどまつ ) て城を守る。是( これ ) 皆主( しゆ ) の命( いのち ) に代( かは ) りて、名を留( とど ) めし者にて候はずや。兎( と ) ても角( かう ) ても彼( かれ ) が所存解( とけ ) て、御所( ごしよ ) を通し可進にてだに候はゞ、則祐( そくいう ) 御大事( おんだいじ ) に代( かはつ ) て罷出( まかりいで ) 候はん事は、子細( しさい ) 有( ある ) まじきにて候。」と申せば、平賀( ひらがの ) 三郎是を聞( きい ) て、「末坐( ばつざ ) の意見卒尓( そつじ ) の議にて候へ共( ども ) 、此艱苦( このかんく ) の中に付纏( つきまとひ ) 奉りたる人は、雖一人上の御為( おんため ) には、股肱耳目( ここうじぼく ) よりも難捨被思召候べし。就中芋瀬( いもせの ) 庄司( しやうじ ) が申( まうす ) 所、げにも難被黙止候へば、其( その ) 安きに就( つけ ) て御旗許( おんはたばかり ) を被下候はんに、何( なに ) の煩( わづらひ ) か候べき。戦場( せんぢやう ) に馬・物具( もののぐ ) を捨( すて ) 、太刀・刀( かたな ) を落して敵に被取事( こと ) 、さまでの恥ならず。只彼( かれ ) が申請( まうしうく ) る旨に任( まかせ ) て、御旗を被下候へかし。」と申( まうし ) ければ、宮げにもと思召( おぼしめし ) て、月日を金銀にて打( うつ ) て着( つけ ) たる錦( にしき ) の御旗を、芋瀬( いもがせの ) 庄司( しやうじ ) にぞ被下ける。角( かく ) て宮は遥( はるか ) に行過( ゆきすぎ ) させ給( たまひ ) ぬ。暫有( しばらくあつ ) て村上( むらかみ ) 彦四郎義光( よしてる ) 、遥( はるか ) の迹( あと ) にさがり、宮に追着進( おつつきまゐら ) せんと急( いそぎ ) けるに、芋瀬( いもがせの ) 庄司( しやうじ ) 無端道にて行合( ゆきあひ ) ぬ。芋瀬( いもがせ ) が下人( げにん ) に持( もた ) せたる旗を見れば、宮の御旗也( なり ) 。村上怪( あやしみ ) て事の様( やう ) を問( とふ ) に、尓々( しかじか ) の由( よし ) を語る。村上、「こはそも何事( なにこと ) ぞや。忝( かたじけなく ) も四海( しかい ) の主( あるじ ) にて御坐( おはしま ) す天子の御子( みこ ) の、朝敵( てうてき ) 御追罰( ごつゐばつ ) の為に、御門( おんかど ) 出( いで ) ある路次( ろし ) に参り合( あう ) て、汝等程( なんぢらほど ) の大凡下( だいぼんげ ) の奴原( やつばら ) が、左様( さやう ) の事可仕様( やう ) やある。」と云( いつ ) て、則( すなはち ) 御旗を引奪( ひきうばう ) て取( とり ) 、剰( あまつさへ ) 旗持( もち ) たる芋瀬( いもがせ ) が下人( げにん ) の大( だい ) の男( をとこ ) を掴( つかん ) で、四五丈許( ばかり ) ぞ抛( なげ ) たりける。其怪力( そのくわいりよく ) 無比類にや怖( おぢ ) たりけん。芋瀬( いもがせの ) 庄司( しやうじ ) 一言( いちごん ) の返事もせざりければ、村上自( みづから ) 御旗を肩に懸( かけ ) て、無程宮に〔奉〕追着。義光( よしてる ) 御前( おんまへ ) に跪( ひざまづい ) て此様( このやう ) を申( まうし ) ければ、宮誠( まこと ) に嬉しげに打笑( うちわら ) はせ給( たまひ ) て、「則祐( そくいう ) が忠は孟施舎( まうししや ) が義を守( まぼ ) り、平賀( ひらが ) が智は陳丞相( ちんしようじやう ) が謀( はかりごと ) を得( え ) 、義光が勇( ゆう ) は北宮黝( ほくきゆういう ) が勢( いきほひ ) を凌( しの ) げり。此( この ) 三傑を以て、我( われ ) 盍治天下哉( や ) 。」と被仰けるぞ忝( かたじけな ) き。其夜( そのよ ) は椎柴垣( しひしばがき ) の隙( ひま ) あらはなる山がつの庵( いほり ) に、御枕( おんまくら ) を傾( かたむ ) けさせ給( たまひ ) て、明( あく ) れば小原( をばら ) へと志( こころざし ) て、薪( たきぎ ) 負( おう ) たる山人( やまうど ) の行逢( ゆきあひ ) たるに、道の様( やう ) を御尋( おんたづね ) 有( あり ) けるに、心なき樵夫迄( きこりまで ) も、さすが見知進( みしりまゐら ) せてや在( あり ) けん、薪( たきぎ ) を下( おろ ) し地( ち ) に跪( ひざまづい ) て、「是( これ ) より小原( をばら ) へ御( おん ) 通( とほ ) り候はん道には、玉木( たまぎの ) 庄司殿( しやうじどの ) とて、無弐( むに ) の武家方( ぶけかた ) の人をはしまし候。此( この ) 人を御語( かたら ) ひ候はでは、いくらの大勢( おほぜい ) にても其( その ) 前をば御( おん ) 通( とほ ) り候( さふらひ ) ぬと不覚候。恐( おそれ ) ある申事( まうしごと ) にて候へ共( ども ) 、先( ま ) づ人を一二人( いちににん ) 御使( おんつかひ ) に被遣候( さふらひ ) て、彼( かの ) 人の所存( しよぞん ) をも被聞召候へかし。」とぞ申( まうし ) ける。宮つく/゛\と聞召( きこしめし ) て、「芻蕘( すうぜう ) の詞迄( ことばまで ) も不捨」と云( いふ ) は是( これ ) 也( なり ) 。げにも樵夫( きこり ) が申( まうす ) 処さもと覚( おぼゆ ) るぞ。」とて、片岡( かたをか ) 八郎・矢田彦七二人( ににん ) を、玉置( たまぎの ) 庄司( しやうじ ) が許( もと ) へ被遣て、「此( この ) 道を御( おん ) 通( とほ ) り有( ある ) べし、道の警固に、木戸( きど ) を開き、逆茂木( さかもぎ ) を引のけさせよ。」とぞ被仰ける。玉置( たまぎの ) 庄司( しやうじ ) 御使( おんつかひ ) に出合( いであつ ) て、事の由を聞( きい ) て、無返事( ぶへんじ ) にて内へ入( いり ) けるが、軈( やが ) て若党( わかたう ) ・中間共( ちゆうげんども ) に物具( もののぐ ) させ、馬に鞍置( くらおき ) 、事の体( てい ) 躁( さわが ) しげに見へければ、二人( ににん ) の御使( おんつかひ ) 、「いや/\此( この ) 事( こと ) 叶ふまじかりけり。さらば急ぎ走帰( はしりかへつ ) て、此( この ) 由を申さん。」とて、足早( あしばや ) に帰れば、玉置が若党共( わかたうども ) 五六十人、取太刀許( とりだちばかり ) にて追懸( おつかけ ) たり。二人( ににん ) の者立留( たちとどま ) り、小松( こまつ ) の二三本( にさんぼん ) ありける陰( かげ ) より跳出( をどりい ) で、真前( まつさき ) に進( すすん ) だる武者( むしや ) の馬の諸膝( もろひざ ) 薙( ない ) で刎落( はねおと ) させ、返( かへ ) す太刀( たち ) にて頚打落( うちおと ) して、仰( のつ ) たる太刀を押直( おしなほ ) してぞ立( たつ ) たりける。迹( あと ) に続( つづい ) て追( おひ ) ける者共( ものども ) も、是( これ ) を見て敢( あへ ) て近付( ちかづく ) 者一人もなし、只遠矢に射すくめけれ、片岡八郎矢二筋( ふたすぢ ) 被射付て、今は助( たすか ) り難( がたし ) と思( おもひ ) ければ、「や殿( との ) 、矢田殿( やだどの ) 、我はとても手負( ておう ) たれば、此( ここ ) にて打死( うちじに ) せんずるぞ。御辺( ごへん ) は急ぎ宮の御方へ走参( はしりまゐり ) て、此由( このよし ) を申( まうし ) て、一( ひと ) まども落し進( まゐら ) せよ。」と、再往( さいわう ) 強( しひ ) て云( いひ ) ければ、矢田も一所( いつしよ ) にて打死( うちじに ) せんと思( おもひ ) けれども、げにも宮に告( つげ ) 申さゞらんは、却( かへつ ) て不忠なるべければ、無力只今打死する傍輩( はうばい ) を見捨( みすて ) て帰りける心の中( うち ) 、被推量て哀( あはれ ) 也( なり ) 。矢田遥( はるか ) に行延( ゆきのび ) て跡( あと ) を顧( かへりみ ) れば、片岡八郎はや被討ぬと見へて、頚を太刀の鋒( きつさき ) に貫( つらぬい ) て持( もち ) たる人あり。矢田急ぎ走帰( はしりかへつ ) て此( この ) 由を宮に申( まうし ) ければ、「さては遁( のが ) れぬ道に行迫( ゆきせま ) りぬ。運の窮達( きゆうたつ ) 歎( なげ ) くに無詞。」とて、御伴( おんとも ) の人々に至( いたる ) まで中々( なかなか ) 騒ぐ気色ぞ無( なか ) りける。さればとて此( ここ ) に可留に非( あら ) ず、行( ゆか ) れんずる所まで行( ゆけ ) やとて、上下( じやうげ ) 三十( さんじふ ) 余人( よにん ) の兵共( つはものども ) 、宮を前( さき ) に立進( たてまゐら ) せて問々( とひとひ ) 山路( やまぢ ) をぞ越行( こえゆき ) ける。既( すで ) に中津河( なかつがは ) の峠( たうげ ) を越( こえ ) んとし給( たまひ ) ける所に、向( むかう ) の山の両の峯に玉置( たまぎ ) が勢( せい ) と覚( おぼえ ) て、五六百人( ごろつぴやくにん ) が程混冑( ひたかぶと ) に鎧( よろう ) て、楯を前に進め射手( いて ) を左右へ分( わけ ) て、時の声をぞ揚( あげ ) たりける。宮是( これ ) を御覧( ごらん ) じて、玉顔( ぎよくがん ) 殊に儼( おごそか ) に打笑( うちゑ ) ませ給( たまひ ) て、御手( おんて ) の者共( ものども ) に向( むかつ ) て、「矢種( やだね ) の在( あら ) んずる程は防矢( ふせぎや ) を射よ、心静( しづか ) に自害して名を万代( ばんだい ) に可貽。但( ただし ) 各( おのおの ) 相構( あひかまへ ) て、吾( われ ) より先( さき ) に腹切( きる ) 事( こと ) 不可有。吾已( すで ) に自害せば、面( おもて ) の皮を剥( はぎ ) 耳鼻( みみはな ) を切( きつ ) て、誰( たれ ) が首( くび ) とも見へぬ様( やう ) にし成( なし ) て捨( すつ ) べし。其( その ) 故は我首( わがくび ) を若( もし ) 獄門( ごくもん ) に懸( かけ ) て被曝なば、天下に御方( みかた ) の志を存( そん ) ぜん者は力を失ひ、武家は弥( いよいよ ) 所恐なかるべし。「死せる孔明( こうめい ) 生( いけ ) る仲達( ちゆうたつ ) を走らしむ」と云( いふ ) 事( こと ) あり。されば死して後( のち ) までも、威を天下に残( のこ ) すを以て良将( りやうしやう ) とせり。今はとても遁( のが ) れぬ所ぞ、相構( あひかまへ ) て人々きたなびれて、敵( てき ) に笑はるな。」と被仰ければ、御供( おんとも ) の兵( つはもの ) 共、「何故( なにゆゑ ) か、きたなびれ候べき。」と申( まうし ) て、御前( おんまへ ) に立( たつ ) て、敵の大勢にて責上( せめのぼ ) りける坂中( さかなか ) の辺( へん ) まで下( おり ) 向ふ。其( その ) 勢僅( わづか ) 三十二人( さんじふににん ) 、是( これ ) 皆一騎当千( いつきたうせん ) の兵( つはもの ) とはいへ共( ども ) 、敵五百( ごひやく ) 余騎( よき ) に打合( うちあう ) て、可戦様( やう ) は無( なか ) りけり。寄手( よせて ) は楯を雌羽( めんどりば ) につきしとうてかづき襄( あが ) り、防ぐ兵( つはもの ) は打物( うちもの ) の鞘( さや ) をはづして相懸( あひかか ) りに近付( ちかづく ) 所に、北の峯より赤旗( あかはた ) 三流( みながれ ) 、松の嵐に翻( ひるがへ ) して、其( その ) 勢六七百騎( ろくしちひやくき ) が程懸出( かけいで ) たり。其( その ) 勢次第に近付侭( ちかづくままに ) 、三手に分( わかつ ) て時の声を揚( あげ ) て、玉置( たまぎの ) 庄司( しやうじ ) に相向ふ。真前( まつさき ) に進( すすん ) だる武者大音声( だいおんじやう ) を揚( あげ ) て、「紀伊国( きのくに ) の住人( ぢゆうにん ) 野長瀬( のながせの ) 六郎・同( おなじき ) 七郎、其( その ) 勢三千余騎( よき ) にて大塔宮( おほたふのみや ) の御迎( おんむかひ ) に参る所に、忝( かたじけなく ) も此( この ) 君に対( むか ) ひ進( まゐら ) せて、弓を控( ひき ) 楯を列( つら ) ぬる人は誰( たれ ) ぞや。玉置庄司殿( しやうじどの ) と見るは僻目( ひがめ ) か、只今可滅武家の逆命( ぎやくめい ) に随( したがつ ) て、即時( そくじ ) に運を開かせ可給親王( しんわう ) に敵対申( てきたいまうし ) ては、一天下( いちてんが ) の間( あひだ ) 何( いづれ ) の処にか身を置( おか ) んと思ふ。天罰不遠から、是( これ ) を鎮( しづめ ) ん事我等( われら ) が一戦( いつせん ) の内にあり。余( あま ) すな漏( もら ) すな。」と、をめき叫( さけん ) でぞ懸( かか ) りける。是( これ ) を見て玉置が勢五百( ごひやく ) 余騎( よき ) 、叶はじとや思( おもひ ) けん、楯を捨( すて ) 旗を巻( まい ) て、忽( たちまち ) に四角八方へ逃散( にげさん ) ず。其( その ) 後野長瀬( のながせ ) 兄弟、甲( かぶと ) を脱ぎ弓を脇に挟( さしはさみ ) て遥( はるか ) に畏( かしこま ) る。宮の御前( おんまへ ) 近く被召て、「山中( さんちゆう ) の為体( ていたらく ) 、大儀の計略難叶かるべき間、大和( やまと ) ・河内( かはち ) の方へ打出( うちいで ) て勢( せい ) を付( つけ ) ん為( ために ) 、令進発之処に、玉置庄司( しやうじ ) 只今の挙動( ふるまひ ) 、当手( たうて ) の兵万死( ばんし ) の内( うち ) に一生( いつしやう ) をも得難( えがた ) しと覚( おぼえ ) つるに、不慮( ふりよ ) の扶( たすけ ) に逢( あふ ) 事( こと ) 天運尚( なほ ) 憑( たのみ ) あるに似( に ) たり。抑( そもそも ) 此( この ) 事( こと ) 何( なに ) として存知( ぞんぢ ) たりければ、此( この ) 戦場に馳合( はせあつ ) て、逆徒( げきと ) の大軍( たいぐん ) をば靡( なびかし ) ぬるぞ。」と御尋( おんたづね ) 有( あり ) ければ、野長瀬畏( かしこまつ ) て申( まうし ) けるは、「昨日( さくじつ ) の昼程( ひるほど ) に、年( とし ) 十四五許( ばかり ) に候( さふらひ ) し童( わらは ) の、名をば老松( おいまつ ) といへり〔と〕名乗( なのり ) て、「大塔宮( おほたふのみや ) 明日( みやうじつ ) 十津河( とつがは ) を御出( おんいで ) 有( あつ ) て、小原( をばら ) へ御( おん ) 通( とほ ) りあらんずるが、一定( いちぢやう ) 道にて難( なん ) に逢はせ給( たまひ ) ぬと覚( おぼゆ ) るぞ、志を存( そん ) ぜん人は急ぎ御迎( むかひ ) に参れ」と触廻( ふれまは ) り候( さふらひ ) つる間、御使( おんつかひ ) ぞと心得て参( まゐつ ) て候。」とぞ申( まうし ) ける。宮此( この ) 事( こと ) を御思案( ごしあん ) あるに、直事( ただこと ) に非( あら ) ずと思食合( おぼしめしあは ) せて、年来( としごろ ) 御身( おんみ ) を放( はな ) されざりし膚( はだ ) の御守( おんまぼり ) を御覧( ごらん ) ずるに、其口( そのくち ) 少( すこ ) し開( ひらき ) たりける間、弥( いよいよ ) 怪( あや ) しく思食( おぼしめし ) て、則( すなはち ) 開( ひらき ) 被御覧ければ、北野天神( きたののてんじん ) の御神体( しんたい ) を金銅( こんどう ) にて被鋳進たる其( その ) 御眷属( ごけんぞく ) 、老松( おいまつ ) の明神( みやうじん ) の御神体、遍身( へんしん ) より汗( あせ ) かいて、御足( あし ) に土( つち ) の付( つき ) たるぞ不思議( ふしぎ ) なる。「さては佳運( かうん ) 神慮( しんりよ ) に叶( かな ) へり、逆徒( げきと ) の退治( たいぢ ) 何の疑( うたがひ ) か可有。」とて、其( それ ) より宮( みや ) は、槙野( まきのの ) 上野房( かうづけばう ) 聖賢( しやうげん ) が拵( こしらへ ) たる、槙野( まきの ) の城へ御入( おんいり ) ありけるが、此( これ ) も尚( なほ ) 分内( ぶんない ) 狭( せば ) くて可悪ると御思案( ごしあん ) ありて、吉野( よしの ) の大衆( だいしゆ ) を語( かたら ) はせ給( たまひ ) て、安善宝塔( あいぜんはうだふ ) を城郭( じやうくわく ) に構( かま ) へ、岩切通( きりとほ ) す吉野河を前に当( あて ) て、三千余騎( よき ) を随へて楯篭( たてごも ) らせ給( たまひ ) けるとぞ聞へし。