蜻蛉日記

Kagerō nikki

道綱の母 Michitsuna no haha

蜻蛉日記 中

 かくはかなながらとしたちかへるあしたにはなりにけり。としごろあやしくよの人のすることいみなどもせぬところなればやかうはあらんと心おきてゐざりいづるまゝに「いづらこゝに人々ことしだにいかでこといみなどしてよの中こゝろみん」といふをきゝてはらからとおぼしき人まだふしながらものきこゆ。「あめつちをふくろにぬひて」と誦ずるにいとをかしくなりて「さらにみには三十日三十夜は我がもとにといはむ」といへば、まへなる人々わらひて「いとおもふやうなることにも侍るかな、 おなじくはこれをかゝせたまひて殿にやはたてまつらせ給はぬ」といふにふしたりつる人もおきて「いとよきことなりてん、けのゑはうにもまさらん」などわらふ/\いへばさながらかきてちひさき人してたてまつれたれば、このごろときのよの中人にて人はいみじくおほくまゐりこみたり。うちへもとくとてさわがしげなりけれどかくぞある。ことしはさ月二つあればなるべし。

年ごとにあまれるこひか君がためうるふ月をばおくにやあるらん

とあればいはひそしつと思ふ。

 またの日こなたあなた下衆のなかよりこといできていみじきことどもあるを人はこなたざまにこゝろよせていとほしげなるけしきにあれど、我はすべてちかきがすることなりくやしくなどおもふほどに、いへうつりとかせらるゝことありて我はすこしはなれたる所にわたりぬればわざときら/\しくて日まぜなどにうちかよひたれば、はかなきうちにはなほかくてぞあるべかりける、我にしきをきてとこそいへふるさと人もかへりなんとおもふ。三月三日節供など物したるを人なくてさうざうしとてこゝの人々かしこのさぶらひにかうかきてやるめり、たはぶれに

もゝの花すきものどもを西わうがそのわたりまでたづねにぞやる

すなはちかいつれてきたり。おろしいだしさけのみなどしてくらしつ。

 なかの十日のほどにこの人々かたわきて小弓のことせんとす。かたみにいているとぞしさわぐ。しりへのかたのかぎりこゝにあつまりてなす日女房にかけ物こひたればさるべき物やたちまちにおぼえざりけむわびざれに青きかみをやなぎのえだにむすびつけたり。

山風のまづこそふけばこの春のやなぎのいとはしりへにぞよる

かへし口々したれどわするゝほどおしはからなむ。ひとつはかくぞある。

かず/\にきみかたよりてひくなれば柳のまゆも今ぞひらくる

つごもりがたにせんとさだむるほどに、よの中にいかなるとがまさりたりけむ、てんけの人々ながるゝとのゝしることいできてまぎれにけり。廿五六日のほどに西の宮の左大臣ながされたまふ。みたてまつらんとて天の下ゆすりて西の宮へ人はしりまどふ。いといみじきことかなときくほどに人にもみえ給はでにげいでたまひにけり。あたごになんときゝしほどになどゆすりてつひにたづねいでゝながしたてまつるときくにあいなしとおもふまでいみじうかなしく、心もとなきみだに、かくおもひしりたる人は袖をぬらさぬといふたぐひなし。あまたの御こどももあやしきくに%\のぞうになりつゝゆくへもしらずちりぢりわかれたまふ、あるは御ぐしおろしなどすべていへばおろかにいみじ。大臣も法師になりたまひにけれどしひて帥になしたてまつりておひくだしたてまつる。そのころほひただこのことにてすぎぬ。みのうへをのみするにきにはいるまじきことなれどかなしとおもひいりしもたれならねばしるしおくなり。

 そのまへのさみだれの廿餘日のほどものいみもありながき精進もはじめたる人山でらにこもれり。「あめいたくふりてながむるにいとあやしく心ぼそきところになん」などもあるべし。かへりごとに

ときしもあれかくさみだれのおとまさりをちかた人のひをもこそふれ

と物したるかへし

ましみづのましてほどふる物ならばおなじぬまにぞおりもたちなむ

といふほどにうるふさ月にもなりぬ。つごもりよりなにごとにかあらんそこはかとなくいとくるしけれどさはれとのみおもふ。いのちをしむと人に見えずもありにしがなとのみ念ずれどみきく人たゞならで芥子やきのやうなるわざすれどなほしるしなくてほどふるに人はかくきよまはるほどとてれいのやうにもかよはず。あたらしきところつくるとてかよふたよりにぞたちながらなどものしていかにぞなどもある。こゝちよわくおぼゆるにおしかこみてかなしくおぼゆるゆふぐれにれいの所よりかへるとて蓮のみひともとをひとしていれたり。「くらくなりぬればまゐらぬなり、これかしこのなりみ給へ」となんいふ。かへりごとには「たゞいきていけらぬときこえよ」といはせておもひふしたれば、あはれ、げにいとをかしかなるところをいのちもしらず人のこゝろもしらねばいつしかみせんとありしもさもあらばもやみなんかしとおもふもあはれなり。

花にさきみになりかはるよをすてゝうきはの露と我ぞけぬべき

などおもふまで日をへておなじやうなれば心ぼそし。よからずはとのみおもふみなればつゆばかりをしとにはあらぬをたゞこのひとりある人いかにせんとばかりおもひつゞくるにぞなみだせきあへぬ。なほあやしく例のこゝちにたがひておぼゆるけしきもみゆべければやむごとなき僧などよびおこせなどしつゝ心みるにさらにいかにもあらねば、かうしつゝしにもこそすれ、にはかにてはおぼしきこともいはれぬ物にこそあなれ、かくてはてなばいとくちをしかるべし、あるほどにだにあらばおもひあらむにしたがひてもかたらひつべきをと思ひて脇息におしかゝりてかきけることは「いのちなかるべしとのみのたまへみはてたてまつりてむとのみおもひつゝありつるをこゝらよもやなりぬらん、あやしくこゝろぼそき心ちのすればなん、つねにきこゆるやうによにひさしきことのいとおもはずなればちりばかりをしきにはあらでたゞこのをさなき人のうへなんいみじくおぼえ侍るものは、ありけるたはぶれにも御けしきの物しきをばいとわびしと思ひてはんべめるをいとおほきなることなくて侍らんきはは御けしきなど見せ給ふな、いとつみふかき身にはべらば

風だにも思はぬかたによせざらばこのよのことはかのよにもみむ

はべらざらんよにさへうと/\しくもてなし給ふ人あらばつらくなんおぼゆべき、としごろ御らんじはつまじくおぼえながらかはりもはてざりける御こゝろをみたまふればそれいとよくかへりみさせ給へ、ゆづりおきてなど思ひたまへつるもしるくかくなりぬべかめればいとながくなんおもひきこゆる、人にもいはぬことのをかしうなどきこえつるもわすれずやあらんとすらん、をりしもあれ對面にきこゆべきほどにもあらざりければ

露しげきみちとかいとゞしでの山かつがつぬるる袖いかにせん

とかきてはしに「あとには問などもちりのことをなむあやまたざなる才よくならへとなんきこえおきたるとのたまはせよ」とかきて封じてうへに「いみなどはてなんにごらんぜさすべし」とかきてかたはらなる唐櫃にゐざりよりていれつ。みる人あやしと思ふべけれどひさしくしならばかくだにものせざらんことのいとむねいたかるべければなむ。かくてなほおなじやうなればまつりはらへなどいふわざこと%\しうはあらでやう/\などしつゝ水無月のつごもりがたにいさゝか物おぼゆる心ちなどするほどにきけば、帥殿のきたのかたあまになり給ひにけりときくにもいとあはれに思うたてまつる。西の宮はながされたまひて三日といふにかきはらひやけにしかばきたのかた我が御殿桃園なるにわたりていみじげにながめ給ふときくにもいみじうかなしく、我がこゝちのさわやかにもならねばつくづくとふして思ひあつむることぞあいなきまでおほかるをかきいだしたればいと見ぐるしけれど

  あはれいまは  かくいふかひも  なけれども  おもひしことは  はるのすゑ  花なんちると  さわぎしを  あはれあはれと  きゝしまに  ふじのみやまの  うぐひすは  かぎりのこゑを  ふりたてゝ  きみがむかしの  あたごやま  さしていりぬと  きゝしかど  人ごとしげく  ありしかば  みちなきことゝ  なげきわび  たにがくれなる  やまみづの  つひにながると  さわぐまに  よを卯月にも  なりしかば  山ほとゝぎす  たちかはりきみをしのぶの  こゑたえず  いづれのさとか  なかざりし  ましてながめの  さみだれは  うきよの中に  ふるかぎり  たれがたもとか  たゞならん  たえずぞうるふ  さ月さへ  かさねたりつる  ころもでは  うへしたわかず  くたしてき  ましてこひぢに  おりたてる  あまたのたごは  おのがよゝ いかばかりかは  そぼちけむ  よつにわかるゝ  むらどりの おのがちり%\  すばなれて  わづかにとまる  すもりにも  なにかはかひの  あるべきと  くだけてものを  おもふらん  いへばさらなり  こゝのへの  うちをのみこそ  ならしけめ  おなじかずとや こゝのくに  しまふたつをば  ながむらん  かつはゆめかと  いひながら  あふべきごなく  なりぬとや  きみもなげきを  こりつみて  しほやくあまと  なりぬらん  ふねをながして  いかばかり  うらさびしかる  よの中を  ながめよるらん  ゆきかへり  かりのわかれに  あらばこそ  きみがとこよも  あれざらめ  ちりのみおくは  むなしくて  まくらのゆくへも  しらじかし  いまはなみだも みな月の こかげにわぶる  うつせみも  むねさけてこそ  なげくらめ  ましてや秋の  かぜふけば  まがきのをぎの  なか/\に  そよとこたへん  をりごとに  いとゞめさへや  あはざらば  ゆめにもきみが  きみをみで  ながきよすがら  なくむしの  おなじこゑにや  たへざらんと  おもふこゝろは  おほあらきの  もりのしたなる  草のみも  おなじくぬると  しるらめや露

またおくに

やどみればよもぎのかどもさしながらあるべき物と思ひけんやぞ

とかきてうちおきたるを、まへなる人みつけて「いみじうあはれなることかな、これをかのきたのかたに見せたてまつらばや」といひなりて「げにそこよりといはゞこそかたくなはしくみぐるしからめ」とて、かみやがみにかゝせてたてぶみにてけづり木につけたり。「いづこよりとあらば多武の峯よりといへ」とをしふるはこの御はらからの入道のきみの御もとよりといはせよとてなりけり。人とりていりぬるほどにつかひはかへりにけり。かしこにいかやうにかさだめおぼしけむはしらず。

 かくあるほどに、こゝちはいさゝか人ごゝちすれど廿餘日のほどに御嶽にとていそぎたつ。をさなき人も御ともにとてものすればとかくいだしたてゝぞその日のくれにぞ我れももとのところなどすりしはてつればわたる。ともなるべき人などさしおきてければさてわたりぬ。それよりさかりうしろめたき人をさへそへてしかばいかに/\とねんじつゝ七月一日のころあかつきにきて「たゞいまなんかへりたまへる」などかたる。こゝはほどいととほくなりにたればしばしはありきなどもかたかりなんかしなど思ふにひるつかたなへぐ/\とみえたりしはなにごとにかありけむ。

 さてそのころ帥殿のきたのかたいかでにかありけん、さゝの所よりなりけりときゝたまひて、このみなつきどころとおぼしけるをつかひもてたがへていまひとつところへもていたりけり。とりいれてはたあやしともや思はずありけんかへりごとなどきこえてけりとつたへきゝて、かのかへりごとをきゝて、ところたがへてけり、いふかひなきことをまたおなじことをもものしたらばつたへてもきくらむにいとねぢけたるべし、いかにこゝろもなく思ふらんとなんさわがるゝときくがをかしければ、かくてはやまじと思ひてさきの手して

やまびこのこたへありとはきゝながらあとなきそらをたづねわびぬる

と淺縹なるかみにかきていとはしげうつきたるえだにたてぶみにしてつけたり。またさしおきてきえうせにければ、さきのやうにやあらんとてつゝみ給ふにやありけんなほおぼつかなし。あやしくのみもあるになどおもふ。ほどへてたしかなるべきたよりをたづねてかくのたまへる。

吹く風につけて物おもふあまのたくしほのけぶりはたづねいでずや

とていときなき手して薄鈍のかみにてむろのえだにつけたまへり。御かへりには

あるゝうらにしほのけぶりはたちけれどこなたにかへす風ぞなかりし

とてくるみいろのかみにかきていろかはりたるまつにつけたり。

 八月になりぬ。そのころ小一條の左大臣の御とてよにのゝしる。左衞門督の御屏風のことせらるゝとてえさるまじきたよりをはからひてせめらるゝことあり。繪のところ%\かきいだしたるなり。いとしら%\しきこととてあまたたびかへすをせめてわりなくあればよひのほど月みるあひだなどにひとつ二つなどおもひてものしけり。

人のいへに賀したるところあり

おほぞらをめぐる月日のいくかへり今日ゆくすゑにあはんとすらん

たびゆく人のはまづらにむまとめてちどりのこゑきく所あり

ひと聲にやがてちどりときゝつればよゝをつくさんかずもしられず

あはた山よりこまひく。そのわたりなる人のいへにひきいれてみるところあり

あまたとしこゆる山べにいへゐしてつなひくこまもおもなれにけり

人のいへのまへちかきいづみに八月十五夜月のかげうつりたるを女どもみるほどにかきのとよりおほぢにふえふきてゆく人あり

雲居よりこちくのこゑをきくなべにさしくむばかりみゆる月かげ

田舍人のいへのまへのはまづらに松原あり、つるむれてあそぶ、ふたつうたあるべしとあり

なみかげのみやりにたてる小松原こゝろをよすることぞあるらし
松のかげまさごのなかとたづぬるはなにのあかぬぞたづのむらどり

あじろのかたあるところあり

あじろぎに心をよせてひをふればあまたのよこそたびねしてけれ

はまべにいさりびともしつりぶねなどあるところあり

いさり火もあまのうぶねものどけかれいけるかひあるうらにきにけり

女ぐるまもみぢ見けるついでにまたもみぢおほかりける人のいへにきたり

よろづよをのべのあたりにすむ人はめぐる/\や秋をまつらん

などあぢきなくあまたにさへしひなされて、これらが中にいさりびとむらどりとはとまりにけりときくにものし。かうなどしゐたるほどに秋はくれ冬になりぬれば、なにごとにあらねどことさわがしきこゝちしてありふる中に、しも月にゆきいとふかくつもりていかなるにかありけんわりなく身こゝろうく人つらくかなしくおぼゆる日あり。つく%\とながむるに思ふやう

ふる雪につもるとしをばよそへつゝきえむごもなき身をぞうらむる

など思ふほどにつごもりの日春のなかばにもなりにけり。人はめでたくつくりかゞやかしつるところにあすなむこよひなむとのゝしるなれど、我は思ひしもしるくかくてもあれかしになりにたるなめり。さればげにこりにしかばなどおもひのべてあるほどに、三月十日のほどにうちの賭弓のことありていみじくいとなむなり。をさなき人しりへのかたにとられていでにたり。かたかつ物ならばそのかたのまひもすべしとあればこのごろはよろづわすれてこのことをいそぐ。まひならすとて日々に樂をしのゝしる。いていにつきてかけ物とりてまかでたり、いとゆゝしとぞうちみる。十日の日になりぬ。今日ぞこゝにて試樂のやうなることする。舞の師多ノ好茂、女房よりあまたの物かづく、男がたもありとあるかぎりぬぐ。殿は御物いみなりとて男どもはさながらきたり。ことはてがたになるゆふぐれに好茂胡蝶樂まひていできたるに黄なるひとへぬぎてかづけたる人あり、をりにあひたる心ちす。また十二日しりへのかた人さながらあつまりてまはすべし、こゝには弓場なくてあしかりぬべしとてかしこにのゝしる。殿上人かずをおほくつくしてあつまりて好茂うづもれてなむときく。我はいかに/\とうしろめたくおもふに夜ふけておくり人あまたなどして物したり。さてとばかりありて人々あやしと思ふにはひいりて「これがいとらうたくまひつることかたりになむものしつる、みな人のなきあはれがりつること、あすあさてものいみいかにおぼつかなからん、五日の日まだしきにわたりてことどもはすべし」などいひてかへられぬれば、つねはゆかぬこゝちも、あはれにうれしうおぼゆることかぎりなし。その日になりてまだしきに物してまひの裝束のことなど人いとおほくあつまりてしさわぎいだしたてゝまた弓のことをねんずるに、かねてよりいふやう「しりへはさしものまけ物ぞ射手いとあやしうとりたり」などいふにまひをかひなくやなしてん、いかならん/\とおもふに夜にいりぬ。月いとあかければかうしなどもおろさでねんじ思ふほどにこれかれはしりきつゝまづこのものがたりをす。いくつなむいつる、かたきには右近衞中將なむある、おほな/\いふせられぬとて、さゝとのこゝろにうれしうかなしきことものに似ず。まけ物とさだめしかたのこの矢ともにかゝりてなん持になりぬるとまたつげおこする人もあり。持になりにければまづ陵王まひけり。それもおなじほどの童にてわがをひなり。ならしつるほどこゝにてみかしこにてみなどかたみにしつ。さればつぎにまひておぼえによりてにや御衣たまはりたり。内よりはやがてくるまのしりに陵王ものせてまかでられたり。ありつるやうかたり、わがおもてをおこしつること、上達部どものみななきらうたがりつることなどかへす%\もなく/\かたらる。弓の師よびにやる。きてまたこゝにてなにくれとてやゝかづくればうきみかともおぼえずうれしきことぞものに似ぬ。その夜ものちの二三日までしりとしりたる人法師にいたるまで若君の御よろこびきこえに/\とおこせいふをきくにもあやしきまでうれし。

 かくて四月になりぬ。十日よりしもまた五月十日許までいとあやしくなやましきこゝちになんあるとてれいのやうにもあらで「七八日おほとのにてねんじてなんおぼつかなさに」などいひて「夜のほどにてもあればかくくるしうてなんうちへもまゐらねばかくありきけりとみえんもびんなかるべし」とてかへりなどせし人おこたりてときくにまつほどすぐる心ちす。あやしと人しれずこよひをこゝろみんと思ふほどにはては消息だになくてひさしくなりぬ。めづらかにあやしと思へどつれなしをつくりわたるに夜は世界のくるまのこゑにむねうちつぶれつゝとき%\はねいりてあけにけるはと思ふにぞましてあさましき。をさなき人かよひつゝきけどさるはなでふこともなかなり、いかにぞとだにとひふれざなり、ましてこれよりはなにせんにかはあやしともものせんとおもひつゝくらしあかして、かうしなどあぐるにみいだしたれば夜あめのふりけるけしきにて木どもつゆかゝりたり、みるまゝにおぼゆるやう

よのうちはまつにもつゆはかゝりけりあくればきゆるものをこそ思へ

 かくてふるほどにその月のつごもりに小野の宮の大臣かくれ給ひぬとてよはさわぐ。「ありありて世の中いとさわがしかなればつゝしむとてえ物せぬなり、ぶくになりぬるをこれらとくして」とはある物か。いとあさましければ「このごろ物する者どもさとにてなん」とてかへしつ。これにまして心やましきさまにてたえてことづてもなし。さながら六月になりぬ。かくてかぞふれば夜みぬことは三十餘日ひるみぬことは四十餘日になりにけり。いとにはかにあやしといはゞおろかなり。心もゆかぬ世とはいひながらまだいとかゝるめはみざりつればみる人々もあやしうめづらかなりとおもひたり。ものしおぼえねばながめのみぞせらるゝ。目もいとはづかしうおぼえておつる泪おしかへしつゝふしてきけばうぐひすぞをりはえてなくにつけておぼゆるやう

うぐひすもごもなきものや思ふらんみな月はてぬねをぞなくなる

かくながら廿餘日になりぬる。こゝちせんかたしらずあやしくおきどころなきをいかですゞしきかたもやあると心ものべがてら濱づらのかたにはらへもせんと思ひて唐崎へとてものす。寅のときばかりにいでたつに月いとあかし。我がおなじやうなる人またともに人ひとりばかりぞあればたゞ三人のりて馬にのりたる男ども七八人ばかりぞある。加茂川のほどにてほの%\とあく。うちすぎて山路になりて京にたがひたるさまをみるにもこのごろのこゝちなればにやあらんいとあはれなり、いはんやせきにいたりてしばしくるまとゞめて牛かひなどするにむなくるまひきつゞけてあやしき木こりおろしていとをぐらき中よりくるもこゝちひきかへたるやうにおぼえていとをかし。せきのみちあはれ/\とおぼえてゆくさきをみやりたればゆくへもしらずみえわたりて鳥の二三ゐたると見ゆるものをしひて思へばつりぶねなるべし、そこにてぞえなみだはとゞめずなりぬる。いふかひなきこゝろだにかくおもへばましてこと人はあはれとなくなり。はしたなきまでおぼゆればめもみあはせられず。ゆくさきおほかるにおほつのいとものむづかしきやどもの中にひきいりにけり。それもめづらかなるここちしてゆきすぐればはる%\とはまにいでぬ。きしかたを見やればみづらにならびてあつまりたるやどものまへに舟どもをきしにならべよせつゝあるぞいとをかしき。うきゆきちがふ船どもゝあり。いきもてゆくほどに巳のときはてになりにたり。しばし馬どもやすめんとて清水といふところにかれとみやられたるほどにおほきなる楝の木たゞひとつたてるかげにくるまかきおろして馬どもうらにひきおろしてひやしなどして「こゝにて御わりごまちつけん、かのさきはまだいととほかめり」といふほどに、をさなき人ひとりつかれたるかほにてよりゐたれば、餌袋なる物とりいでゝくひなどするほどにわりごもてきぬればさま%\あかちなどしてかたへはこれよりかへりて清水につけるとおこなひやりなどすなり。さてくるまかけてその崎にさしいたりくるまひきかへてはらへしにゆくまゝにみれば風うちふきつゝ波たかくなる。ゆきかふ舟どもをひきあげつゝいく。はまづらに男どもあつまりゐて「うたつかうまつりてまかれ」といへばいふかひなきこゑひきいでゝうたひてゆく。はらへのほどにけたいになりぬべくながらくる。いとほどせばき崎にてしものかたはみづぎはにくるまたてたり。みなおろしたれば、しきなみによせてなごりにはなしといひふるしたるかひもありけり。しりなる人々はおちぬばかりのぞきてうちあらはすほどに、天下にみえぬものどもとりあげまぜてさわぐめり。わかき男もほどさしはなれてなみゐて「さゞなみや志賀のからさき」などれいのかみごゑふりいだしたるもいとをかしうきこえたり。風はいみじうふけども木かげなければいとあつし。いつしか清水にと思ふ。ひつじのをはりばかりにはてぬればかへる。ふりがたくあはれとみつゝゆきすぎて山口にいたりかゝれば申のはてばかりになりにたり。ひぐらしさかりとなきみちたり。きけばかくぞおぼえける

なきかへるこゑぞきほひてきこゆなるまちやしつらんせきのひぐらし

とのみいへる、人にはいはず。走り井にはこれかれ馬うちはやしてさきだつもありていたりつきたればさきだちし人々いとよくやすみすゞみて心ちよげにてくるまかきおろすところによりきたれば、しりなる人

うらやましこまのあしとくはしりゐの

といひたれば

清水にかげはよどむものかは

ちかくくるまよせて、あてなるかたにまくなどひきおろしてみなおりぬ。手あしもひたしたればこゝち物思ひはるけるやうにぞおぼゆる。いしどもにおしかゝりて水やりたる樋のうへに折敷どもすゑてものくひて手づからすいえなどするこゝちいとたちうきまであれど「日くれぬ」などそゝのかす。かゝるところにては物などいふ人もあらじと思へども日のくるればわりなくてたちぬ。いきもてゆけばあはた山といふ所にぞ京よりまつもちて人きたる。「このひる殿おはしましたりつ」といふをきく。いとぞあやしき。なきまをうかゞはれけるとまでぞおぼゆる。さてなどこれかれとふなり。我はいとあさましうのみおぼえてつきぬ。おりたれば心ちいとせんかたなくくるしきにとまりたりつる人々「おはしましてとはせたまひつればありのまゝになんきこえさせつる、などかこのこゝろありつる、あしうもきにけるかな、となむありつる」などいふをきくにも夢のやうにぞおぼゆる。またの日はこうじくらして、あくる日をさなき人殿へといでたつ。あやしかりけることもやとはましとおもふも物うけれど、ありしはまべをおもひ出づる心ちのしのびがたきにまけて

うきよをばかばかりみつのはまべにてなみだになごりありやとぞみし

とかきて「これみ給はざらんほどにさしおきてやがて物しね」とをしへたれば「さしつ」とてかへりたり。もしみたるけしきもやとしたまたれけむかし、されどつれなくてつごもりごろになりぬ。さいつころつれづれなるまゝに草どもつくろはせなどせしにあまたわかなへのおひたりしをとりあつめさせて、やののきにあてゝうゑさせしがいとをかしうはらみて水まかせなどせさせしかどいろづける葉のなづみてたてるをみればいとかなしくて

いなづまのひかりだにこぬやがくれは軒ばのなへも物おもふらし

とみえたる。

 貞觀殿の御かたは一昨年尚侍になりたまひにき。あやしくかゝるよをもとひたまはぬはこのさるまじき御中のたがひにたればこゝをもけうとくおぼすにやあらん、かくことのほかなるをもしり給はでとおもひて御ふみたてまつるついでに

さゝがにのいまはとかぎるすぢにてもかくてはしばしたえじとぞ思ふ

ときこえたり。かへりごとなにくれといとあはれにおほくのたまひて

たえきともきくぞかなしきとし月をいかにかきこしくもならなくに

これをみるにも見きゝたまひしかばなどおもふにいみじくこゝちまさりてながめくらすほどにふみあり。「ふみ物すれどかへりごともなくはしたなげにのみあめればつゝましくてなん、今日もとおもへども」などぞあめる。これかれそゝのかせばかへりごとかくほどに日くれぬ。まだいきもつかじかしとおもふほどにみえたる。人々「なほあるやうあらんつれなくてけしきをみよ」などいへばおもひかへしてのみあり。「つゝしむことのみあればこそあれ、さらにこじとなん我は思はぬ、人のけしきばみくせ%\しきをなんあやしとおもふ」などうらなくけしきもなければけうとくおぼゆ。

 つとめては「ものすべきことのあればなむ、いまあすあさてのほどにも」などあるに、まこととは思はねど思ひなほるにやあらんと思ふべし。もしはたこのたびばかりにやあらんと心みるにやう/\また日かずすぎゆく。さればよと思ふにありしよりもけにものぞかなしき。つく%\とおもひつゞくることは、なほいかでこゝろとしてしにもしにしがなと思ふよりほかのこともなきを、たゞこのひとりある人をおもふにぞいとかなしき。人となしてうしろやすからん女などにあづけてこそしかも心やすからんとは思ひしか、いかなるここちしてさすらへんずらんと思ふになほいとしにがたし。「いかゞはせんかたちをかへてよを思ひはなるやと心みん」とかたらへばまだふかくもあらぬなれどいみじうさくりもよゝとなきて「さなりたまはゞまろも法師になりてこそあらめ、なにせんにかはよにもまじろはん」とていみじくよゝとなけば我もえせきあへねどいみじさにたはぶれにいひなさんとて「さて鷹かはではいかゞしたがはむずる」といひたれば、やをらたちはしりてしすゑたる鷹をにぎりはなちつ。みる人も涙せきあへず。まして日くらしがたし。心ちにおぼゆるやう

あらそへば思ひにわぶるあまぐもにまづそるたかぞかなしかりける

とぞ。日くるゝほどにふみみえたり。天下のそらごとならんとおもへば「たゞいまこゝちあしくて漸々は」とてやりつ。

 七月十日にもなりぬれば、よの人のさわぐまゝに盆のこととしごろはまどごゝろにものしつるもはなれやしぬらんとあはれなき人もかなしうおぼすらんかし、しばし心みてすら齋もせんかしとおもひつゞくるに涙のみたりくらすにれいのごとてうじてふみそひてあり。「なき人をこそおぼしわすれざりけれとをしからでかなしき物になん」とかきてものしけり。かくてのみおもふになほいとあやし。めづらしき人にうつりてなどもなし、にはかにかゝることをおもふに心さへしりたる人の「うせ給ひぬる小野の宮の大臣の御めしうどどもあり、これらをぞおもひかくらん、近江ぞあやしきこと」などありて「いろめく者なめればそれらにこゝにかよふとしらせじとかねてたちおかむとならん」といへば、きく人「いでやさらずともかれらいとこゝろやすしときく人なれば、なにかさわざ/\しうかまへたまはずともありなん」などぞいふ。「もしさらずは先帝のみこたちがならん」とうたがふ。「ともあれかくもあれたゞいとあやしきを、入る日をみるやうにてのみやはおはしますべき、こゝかしこにまうでなどもし給へかし」などたゞこのごろはことごとなくあくればいひくるればなげきて、さらばいとあつきほどなりともげにさいひてのみやはとおもひたちていし山に十日ばかりとおもひたつ。しのびてと思へばはらからといふばかりの人にもしらせず心ひとつに思ひたちて、あけぬらんとおもふほどにいではしりて加茂川のほどばかりなどにぞいかできゝあへつらんおひて物したる人もあり。ありあけの月はいとあかけれどあふ人もなし。河原にはしに人もふせりとみきけどおそろしくもあらず。あはた山といふほどにゆきさりていとくるしきをうちやすめばともかくも思ひわかれずたゞなみだぞこぼるゝ。人やみるとなみだはつれなしづくりてたゞはしりてゆきもてゆく。山科にてあけはなるゝにぞいと顯證なる心ちすればあれか人かにおぼゆる。人はみなおくらかしさいだてなどしてかすかにてあゆみゆけばあふものみる人あやしげに思ひてさゝめきさわぐぞいとわびしき。からうじていきすぎて走り井にてわりごなどものすとてまくひきまはしてとかくするほどに、いみじくのゝしる者來。いかにせんたれならんともなる人みしるべき者にもこそあれあないみじと思ふほどに、馬にのりたる者あまたくるま二三ひきつゞけてのゝしりて來。「若狹の守のくるまなりけり」といふ。たちもとまらでゆきすぐればこゝちのどめて思ふ。あはれほどにしたがひてはおもふ事なげにても行くかな、さるはあけくれひざまづきありく者ものしてゆくにこそはあめれと思ふにもむねさくる心ちす。下衆どもくるまのくちにつけるもさあらぬもこのまくちかきわたりよりつゝ水あみさわぐ。ふるまひのなめうおぼゆること物ににず。我がともの人わづかに「あふたちのきて」などいふめれば「れいもゆききの人よる所とはしりたまはぬかとがめ給ふは」などいふをみる心ちはいかゞはある。やりすごしていまはたちてゆけば關うちこえて打出の濱にしにかへりていたりたれば、さきだちたりし人舟にこもやかたひきてまうけたり。ものもおぼえずはひのりたればはる%\とさしいだしてゆく。いとこゝちいとわびしくもくるしうもいみじう物がなしう思ふことたぐひなし。申のをはりばかりに寺の中につきぬ。ゆやに物などしきたりければいきてふしぬ。心ちせんかたしらずくるしきまゝにふしまろびてぞなかるる。夜になりてゆなど物して御堂にのぼる。身のあるやうを佛に申すにもなみだにむせぶとすていひもやられず。夜うちふけて外のかたをみいだしたれば堂はたかくてしてもはたにとみえたり。かたきしに木どもおひこりていとこぐらがりたる、廿日月夜ふけていとあかるけれど、木かげにもりてところ%\にきしかたぞみえわたりたる。みおろしたれば麓にあるいづみはかゞみのごとみえたり。勾欄におしかゝりてとばかりまもりゐたればかたきしに草のなかにそよそよならしたるものあやしきこゑするを「こはなにぞ」ととひたれば「鹿のいふなり」といふ。などかれいの聲にはなかざらんと思ふほどにさしはなれたるたにのかたよりいとうらわかき聲にはるかにながめなきたなり。きく心ちそらなりといへばおろかなり。おもひいりておこなふ心ちものおぼえでなほあればみやりなる山のあなたばかりに田守の物おひたる聲いふかひなくなさけなげにうちよばひたり。かうしもとりあつめて肝をくだくことおほからんと思ふぞはてはあきれてぞゐたる。さて後夜おこなひつればおりぬ。身よわければゆやにあり。

 夜のあくるまゝにみやりたれば東に風はいとのどかにて霧たちわたり川のあなたは繪にかきたるやうにみえたり。川づらに放ち馬どものあさりありくもはるかに見えたり。いとあはれなり。二なく思ふ人をも人めによりてとゞめおきてしかばいではなれたるついでにしぬるたばかりをもせばやと思ふにはまづこのほだしおぼえてこひしうかなし。なみだのかぎりをぞつくしはつる。男どものなかには「これよりいとちかくなり、いざさくらだにみには」、「ゐてもくちひきすごすときくぞからかなるや」などいふをきくに、さて心にもあらずひかれいなばやと思ふ。かくのみこゝろつくせばものなどもくはれず。「しりへのかたなる池にしぶきといふ物おひたる」といへばとりてもて來」といへばもてきたりける。笥にあへしらひて柚おしきりてうちかざしたるぞいとをかしうおぼえたる。さては夜になりぬ。御堂にてよろづ申しなきあかしてあかつきがたにまどろみたるにみゆるやう、この寺の別當とおぼしき法師銚子に水をいれてもてきて右のかたのひざにいかくとみる。ふとおどろかされて佛のみせ給ふにこそはあらめと思ふにまして物ぞあはれにかなしくおぼゆる。あけぬといふなればやがて御堂よりおりぬ。まだいとくらけれどうみのうへしろく見えわたりて、さいふ/\人廿人ばかりあるを、のらんとする舟のきしかげのかたへばかりにみくだされたるぞいとあはれにあやしき。みあかしたてまつらせし僧のみおくるとてきしにたてるにたゞさしいでにさしいでつればいと心ぼそげにてたてるをみやれば、かれは目なれにたらん所にかなしくやとまりて思ふらんとぞ心うる。男ども「いまらいねんの文月伴ひまゐらんよ」とよばひたれば「さなり」とこたへてとほくなるまゝにかげのごとみえたるもいとかなし。空をみれば月はいとほそくてかげはうみのおもてにうつりてある。風うちふきてうみのおもていとさわがしうさら/\とさわぎたり。わかき男ども「こゑほそやかにておもやせにたる」といふうたをうたひ出でたるをきくにもつぶ%\となみだぞおつる。いかゞ崎山吹の崎などいふところ%\みやりてあしのなかよりこぎ行く。まだ物たしかにもみえぬほどにはるかなるかぢのおとして心ぼそくうたひくるふねあり。ゆきちがうほどに「いづくのぞや」ととひたれば「いし山へ人の御むかへに」とぞこたふなる。この聲もいとあはれにきこゆめる。いひおきしをおそくいでくればかしこなりつるしていでぬればたがひていくなめり。とゞめて男どもかたへはのりうつりて心のほしきにうたひ行く。瀬田のはしの本ゆきかゝるほどにぞほの%\とあけゆく。ちどりうちかけりつゝとびちがふ。ものゝあはれにかなしきことさらにかずなし。さてありし濱わにいたりたればむかへのくるまいできたり。京に巳のときばかりいきつきぬ。これかれあつまりて「世界にまでなどいひさわぎけること」などいへば「さもあらばれいまはなほしかるべきみかは」などぞこたふる。

 おほやけにすまひのころなり。をさなき人まゐらまほしげにおもひたればさうぞかせていだしたつ。まづ殿へとてものしたりければくるまのしりにのせて暮にはこなたざまに物したまふべき人のさるべきに申しつけておく。あなたざまにときくにもましてあさまし。またの日もきのふのごとまゐるままにえしらで夜さりは「所の雜色これらかれらこれがおくりせよ」とてさいだちていでにければひとりまかでゝいかにこゝろに思ふらん、れいならましかばもろともにあらましをとをさなきこゝちに思ふなるべし、うち屈したるさまにていりくるをみるにせんかたなくいみじくおもへどなにのかひかあらん身ひとつをのみきりくだく心ちす。

 かくて八月になりぬ。二日のよさりがたにはかにみえたり。あやしと思ふに「あすは物いみなるを門つよくさゝせよ」などうちいひちらす。いとあさましくものゝわくやうにおぼゆるにこれさしよりかれひきよせ「ねんぜよ/\」と耳おしそへつまねさゞめきまどはせば我がひとりのおれ物にてむかひゐたればむげにくんじはてにたりとみえけむ。またの日もひぐらしいふこと「我がこゝろのたがはぬを人のあしうみなして」とのみあり。いといふかひなし。

 五日の日はつかさめしとて大將になどいとゞさりさりていともめでたし。それより後ぞすこししば/\みえたる。この大嘗會に院の御給ばり申さん、をさなき人にかうぶりせさせてん十日の日とさだめてす。ことどもれいのごとし。ひきいれに源氏の大納言物したまへり。ことはてゝかたふたがりたれど夜ふけぬるをとてとゞまれり。かゝれどもこたみやかぎりならんと思ふこゝろになりにたり。

 九十月もおなじさまにてすぐすめり。世には大嘗會のごけいとてさわぐ。我も人も物みる棧敷とりてわたりてみれば、みこしのつらちかくつらしとは思へどめくれておぼゆるにこれかれ「やいでなほ人にすぐれ給へりかし、あなあたらし」などもいふめり。きくにもいとゞ物のみすべなし。しも月になりて大嘗會とてのゝしるべき。その中にはすこしまぢかくみゆる心ちす。かうぶりゆゑに人もまだあいなしと思ふ/\のわざもならべてとかくすればいとこゝろあわたゞし。ことはつる日夜ふけぬほどにものして「行幸に候へてあがりぬべかりつれど夜のふけぬべかりつればそらむねやみてなんまかでぬる、いかに人いふらん、あすはこれが衣きかへさせてゐてん」などあればいさゝかむかしの心ちしたり。つとめて「ともにありかすべき男どもなどまゐらざめるをかしこに物してとゝのへん裝束してこよ」とていでられぬ。よろこびにありきなどすればいとあはれにうれしき心ちす。それよりしもれいのつゝしむべきことあり。二日もかごとになんときくにもたよりにもあるを、さもやと思ふほどに夜いたくふけ行く。ゆゝしとおもふ人もたゞひとりいでたり。むねうちつぶれてぞあさましき。「たゞいまなんかへりたまへる」などかたれば、夜ふけぬるにむかしながらの心ちならましかばかゝらましやはと思ふこゝろぞいみじき。それより後もおとなし。しはすのついたちになりぬ。七日ばかりのひるさしのぞきたり。いまはいとまばゆき心ちもしにたれば几帳ひきよせてけしきものしげなるをみて「いで日くれにけり、うちよりめしありつれば」とてたちにしまゝにおとづれもなくて十七八日になりにけり。

 今日のひるつかたよりあめいといたうはらめきてあはれにつれ%\とふる。ましてもしやと思ふべきこともたえにたり。いにしへをおもへば我がためにしもあらじ心の本性にやありけんあめ風にもさはらぬ物とならはしたりし物を今日おもひいづればむかしも心のゆるぶやうにもなかりしかば我が心のおほけなきにこそありけれさらぬものとみし物をそれさておもひかけられぬとながめくらさる。あめのあしおなじやうにて火ともすほどにもなりぬ。みなみおもてにこのごろくる人あり。あしおとすれば「さにぞあなる、あはれをかしくきたるは」とわきたぎるこゝろをばかたはらにおきてうちいへば、としごろみしりたる人むかひて「あはれこれにまさりたるあめ風にもいにしへは人のさはりたまはざめりし物を」といふにつけてぞうちこぼるゝなみだのあつくてかゝるにおぼゆるやう

おもひせくむねのほむらはつれなくてなみだをわかす物にざりける

とくりかへしいはれしほどにぬる所にもあらで夜はあかしてけり。その月みたびばかりのほどにて年はこえにけり。そのほどの作法れいのごとなればしるさず。

 さてとしごろ思へばなどにかあらんついたちの日はみえずしてやむ世なかりき。さもやとおもふこゝろづかひせらる。ひつじのときばかりにさきおひのゝしる。そゝなど人もさわぐほどにふとひきすぎぬ。いそぎにこそはと思ひかへしつれど夜もさてやみぬ。つとめてこゝにぬふ物どもとりがてら「きのふのまへわたりは日のくれにし」などあり。いとかへりごとせまうけれど「なほ年のはじめにはらだちなそめそ」などいへばすこしはくねりてかきつ。かくしもやすからずおぼえいふやうは「このおしはかりし近江になんふみかよふ。さなりたるべし」とよにもいひさわぐ。心づきなさになりけり。さて二三日もすごしつ。三日またさるのときに一日よりもけにのゝしりてくるを「おはします/\」といひつゞくるを一日のやうにもこそあれかたはらいたしと思ひつゝさすがにむねはしりするを、ちかくなればこゝなる男ども中門おしひらきてひざまづきてをるにむべもなくひきすぎぬ。今日まして思ふこゝろおしはからなん。またの日は大饗とてのゝしる。いとちかければこよひさりともと心みんと人しれず思ふ。くるまのおとごとにむねつぶる。夜よきほどにてみなかへるおともきこゆ。かどのもとよりもあまたおひちらしつゝゆくを、すぎぬときくたびごとに心はうごく。かぎりときゝはてつればすべてものぞおぼえぬ。

 ある日またつとめてなほもあらでふみみゆ。かへりごとせず。また二日ばかりありて「心のおこたりにはあれどいとことしげきころにてなん。夜さり物せんにいかならん。おそろしさに」などあり。「こゝちあしきほどにてえきこえず」と物して思ひたえぬるにつれなく見えたり。あさましと思ふにうらもなくたはぶるればいとねたさにこゝらの月ごろねんじつることをいふにいかなる物とたえていらへもなくてねたるさましたり。きゝ/\てねたるがうちおどろくさまにて「いづらはやねたまへる」といひわらひて人わろげなるまでもあれど岩木のごとしてあかしつれば、つとめて物もいはでかへりぬ。それよりのちしひてつれなくてれいのごとはりこれとしてかくしてなどあるもいとにくゝていひかへしなどして言たえて廿餘日になりぬ。あらたまれどもいふなる日のけしきうぐひすの聲などをきくまゝに涙のうかぬときなし。二月も十餘日になりぬ。きくところに十夜なんかよへるとちぐさに人はいふ。つれ%\とあるほどに彼岸にいりぬれば「なほあるよりは精進せん」とてうはむしろたゞのむしろのきよきにしきかへさすればちりはらひなどするをみるにもかやうのことは思ひかけざりし物をなどおもへばいみじうて

うちはらふちりのみつもるさむしろもなげくかずにはしかじとぞ思ふ

これよりやがて長精進して山でらにこもりなんにさてもありぬべくはいかでなほよの人のたえやすくそむくかたにもやなりなましと思ひたつを人々「精進は秋ほどよりするこそいとかしこかなれ」といへば、えさらず思ふべきうぶやのこともあるをこれすごすべしとおもひてたゝむ月をぞまつ。さはれよろづにこのよのことはあいなく思ふを、去年の春くれたけうゑんとてこひしをこのごろたてまつらんといへば「いさやありもとぐまじう思ひにたるよの中にこゝろなげなるわざをやしおかん」といへば「いとこゝろせばき御ことなり。行基菩薩はゆくすゑの人のためにこそみなるにはきはうゑたまひてけれ」などいひてほらせたれば、あはれにありしところとて見む人もみよかしと思ふになみだこぼれてうゑさす。二日ばかりありて雨いたくふりこち風はげしくふきて一すぢ二すぢうちかたぶきたれば、いかでなほさせん、雨間もがなと思ふまゝに

なびくかなおもはぬかたにくれ竹のうきよのすゑはかくこそありけれ

今日は廿四日、雨のあしいとのどかにてあはれなり。ふゆづけていとめづらしきふみあり。「いとおそろしきけしきにおぢてなん日ごろへにける」などぞある。かへりごとなし。五日なほあめやまでつれ%\と思はぬ山々とかやいふやうに物のおぼゆるまゝにつきせぬ物は涙なりけり。

ふる雨のあしともおつるなみだかなこまかに物を思ひくだけば

 今は三月つごもりになりにけり。いとつれ%\なるをいみもたがへがてらしばしほかにとおもひてあがたありきの所にわたる。思ひさはりしこともたひらかになりにしかばながき精進はじめんと思ひたちて物などとりしたゝめなどするほどに「勘事はなほやおもからん、ゆるされあらばくれにいかゞ」とあり。これかれ見きゝて「かくのみあくがらしはつるはいとあしきわざなり、なほこたみだに御かへりやむごとなきにも」とさわげば、たゞ「月もみなくにあやしく」とばかり物しつ。よにあらじとおもへばいそぎわたりぬ。つれなさはそふに夜うちふけてみえたり。例のわきたぎることもおほかれどほどせばく人さわがしきところにて息もえせず、むねに手をおきたらんやうにてあかしつ。つとめてそのことかのこと物すべかりければいそぎぬるをしもあるべき心をまた今日や今日やと思ふにおとなくて四月になりぬ。

 [ ]もいとちかきところなるを「みかどにてくるまたてり、こちやおはしまさむずらん」などやすくもあらずいふ人さへあるぞいとくるしき。ありしよりもまして心をきりくだく心ちす。かへりごとをもなほせよせよといひし人さへうくつらし。ついたちの日をさなき人をよびて「ながき精進をなんはじむる、もろともにせよとあり」とてはじめつ。我はたはじめよりもこと%\しうはあらず、たゞかはらけに香うちもりて脇息のうへにおきてやがておしかゝりて佛をねんじたてまつる。その心ばへ、たゞきはめてさいはひなかりける身なり、としごろをだによに心ゆるびなくうしと思ひつるをましてかくあさましくなりぬ。とくしなさせたまひて菩提かなへたまへとぞおこなふまゝに涙ぞほろ/\とこぼるゝ。あはれいまやうは女も數珠ひきさげ經ひきさげぬなしときゝしとき、あままさりがほな、さる者ぞやもめにはなるてふなどもどきし心はいづちかゆきけん。夜のあけくるるも心もとなくいとまなきまでそこはかともなけれどおこなふとそゝくまゝに、あはれさいひしをきく人いかにをかしと思ひみるらん、はかなかりけるよをなどてさいひけんと思ふ/\おこなへばかたとき涙うかばぬ時なし。人めぞいとまさりがほなくはづかしければおしかへしつゝあかしくらす。廿日ばかりおこなひたるゆめに、わがかしらをとりおろしてひたひをわくとみる。あしよしもえしらず。七八日ばかりありて我がはらのうちなるくちなはありきてきもをはむ、これをぢせむやうはおもてにみづなむいるべきとみる。これもあしよしもしらねどかくしるしおくやうは、かかる身のはてをみきかん人夢をも佛をももちゐるべしやもちゐるまじやとさだめよとなり。

 五月にもなりぬ。我がいへにとまれる人の許より「おはしまさずとも菖蒲ふかではゆゝしからんをいかゞせんずる」といひたり。いでなにかゆゝしからん

世中にある我が身かはわびぬればさらにあやめもしられざりけり

とぞいひやらまほしけれどさるべき人しなければ心に思ひくらさる。かくていみはてぬればれいのところにわたりてましていとつれ%\にてあり。ながめになりぬれば草どもおひこりてあるをおこなひのひまにほりあかたせなどする。あさましき人わがかどよりれいのきら/\しうおひちらしてわたる日あり。おこなひしいりたるほどに「おはします/\」とのゝしればれいのごとぞあらんとおもふにむねつぶ/\とはしるにひきすぎぬれば、みな人おもてをまぼりかへしてゐたり。我はまして二とき三ときまで物もいはれず。人は「あなめづらかいかなる御こゝろならん」とてなくもあり。わづかにためらひて「いみじうくやしう人にいひさまたげられていままでかゝるさとずみをしてまたかゝるめをみつるかな」とばかりいひてむねのこがるゝことはいふかぎりにもあらず。

 六月のついたちの日「御ものいみなれどみかどのしたよりも」とてふみあり。あやしくめづらかなりと思ひてみれば「いみはいまはもすぎぬらんをいつまであるべきさるすみ所ぞ、いとびんなかめりしかばえ物せず、ものまうではけがらひいできてとゞまりぬ」などぞある。こゝにといままできかぬやうもあらじと思ふに心うさもまさりぬれどねんじてかへりごとかく。「いとめづらしきはおぼめくまでなむ、こゝにはひさしくなりぬるをげにいかでかはおぼしよらん、さてもみ給ひしあたりとはおぼしかけぬ御ありきのたび/\になん、すべていまゝでよにはべる身のおこたりなればさらにきこえず」と物しつ。

 さて思ふに、かくだに思ひいづるもむづかしくさきのやうにくやしきこともこそあれなほしばし身をさりなんと思ひたちて「西山にれいのものするてらありそち物しなんかの物いみはてぬさきに」とて四日いでたつ。ものいみもけふぞあくらんと思ふ日なればこゝろあわたゞしく思ひつゝ物とりしたゝめなどするにうはむしろのしたにつとめてくふくすりといふ物たゝうがみの中にさしれてありしはこゝにゆきかへるまでありけり。これかれみいでゝこれなにならんといふをとりてやがてたゝうがみの中にかくかきけり。

さむしろのしたまつこともたえぬればおかむかただになきぞかなしき

とてふみには「身をしかへねばとぞいふめれどまへわたりせさせ給はぬ世界もやあるとて今日なん、これもあやしきとはずがたりにこそなりにけれ」とてをさなき人の「ひたやごもりならん消息きこえに」とてものするにつけたり。「もしとはるゝやうもあらば、これはかきおきてはやく物しぬ。おひてなんまかるべきとをものせよ」とぞいひもたせたる。ふみうちみて心あわたゞしげに思はれたりけむ、かへりごとには「よろづいとことわりにはあれどまづいくらんはいづくにぞ、このごろはおこなひにもびんなからんをこたみばかりいふこときくと思ひてとまれいひあはすべきこともあればたゞいまわたる」とて

あさましやのどかにたのむとこのうらをうちかへしけるなみの心よ

いとつらくなん」とあるをみればまいていそぎまさりてものしぬ。

 山路なでふことなけれどあはれにいにしへもろともにのみとき%\は物せし物をまたとまることありし二三四日もこのごろのほどぞかし宮づかへもたえこもりてもろともにありしはなどおもふに、はるかなるみちすがら涙もこぼれゆく。とも人三人ばかりそひていく。まづ僧坊におりゐてみいだしたればまへにませゆひわたしてまだなにともしらぬ草どもしげきなかにぼうたん草どもいとなさけなげにて花ちりはてゝたてるをみるにも散るがうへはときといふことをかへしおぼえつゝいとかなし。ゆなどものして御堂にと思ふほどにさとより心あわたゞしげにて人はしりきたり。とまれる人のふみあり。見れば「たゞいま殿より御ふみもてそれがしなんまゐりたりつる。さゝしてまゐり給ふことあなり、かつ%\まゐりてとゞめきこえよ、たゞ今わたらせ給ふ、といひつればありのまゝに、はやいでさせ給ひぬ、これかれもおひてなんまゐりぬるといひつれば、いかやうにおぼしてにかあらんとぞ御けしきありつるをいかゞさはきこえむ、とありつれば月ごろの御ありさま精進のよしなどをなん物しつれば、うちなきて、とまれかくまれまづとくをきこえむとていそぎかへりぬる、さればろなうそこに御せうそくありなん、さる用意せよ」などぞいひたるをみて、うたて心をさなくおどろ/\しげにやもしないつらんいと物しくもあるかな、けがれなどせばあすあさてなどもいでなむとする物をと思ひつゝゆのこといそがして堂にのぼりぬ。あつければしばし戸おしあけて見わたせば堂いとたかくてたてり。山めぐりてふところのやうなるに、こだちいとしげくおもしろけれどやみのほどなればたゞ今くらがりてぞある。初夜おこなふとて法師さうぞけば戸おしあけて念誦するほどに時は山でらわざのかひよつふくほどになりにたり。大門のかたに「おはします/\」といひつゝのゝしるおとすればあげたるすどもうちおろしてみやれば木間より火ふたともしみともしみえたり。をさなき人けいめいしていでたればくるまながらたちてある。「御むかへになんまゐりきつるを今日までこのけがらひあればえおりぬをいづくにかくるまはよすべき」といふにいと物ぐるほしき心ちす。かへりごとに「いかやうにおぼしてかかくあやしき御ありきはありつらん、こよひばかりとおもふことはべりてなんのぼりはべりつれば、不淨のこともおはしますなればいとわりなかるべきことになん、夜ふけはべりぬらん、とくかへらせ給へ」といふをはじめてゆきかへることたび/\になりぬ。一丁のほどを石階おりのぼりなどすればありく人こうじていとくるしうするまでなりぬ。これかれなどは「あないとほし」などよわきかたざまにのみいふ。このありく人「すべてきむぢいとくちをし、かばかりのことをばいひなさぬはなどぞ御けしきあし」とてなきにもなく。されど「などてかさらに物すべき」といひはてつれば「よし/\かくけがらひたればとまるべきにもあらずいかゞはせんくるまかけよ」とありときけばいと心やすし。ありきつる人は「御おくりせん、御くるまのしりにてまかる心、さらにまたはまうでこじ」とてなく/\いづれば、これをたのもし人にてあるにいみじうもいふかなと思へどもものいはであれば人などみないでぬとみえてこの人はかへりて「御おくりせんとしつれど、きんぢはよばんときにを來とておはしましぬ」とてしゝとなく。いとほしう思へど「あな痴れ、そこをさへかくてやむやうもあらじ」などいひなぐさむ。ときは八になりぬ。みちはいとはるかなり。「御ともの人はとりあへけるにしたがひて京のうちの御ありきよりもいとすくなかりつる」と人々いとほしがりなどするほどに夜はあけぬ。京へ物しやるべきことなどあれば人いだしたつ。大夫「よべのいとおぼつかなきを御かどの邊にて御けしきもきかむ」とて物すればそれにつけてふみ物す。「いとあやしうおどろ/\しかりし御ありきの夜もやふけぬらんと思ひ給へしかばたゞ佛をおくりきこえさせ給へとのみいのりきこえさせつる。さてもいかにおぼしたることありてかはと思う給へればいまはあまえいたくてまかりかへらんこともかたかるべき心ちしける」などこまかにかきて、はしに「むかしも御覽ぜしみちとはみ給へつゝまかりいりしかどたぐひなく思ひやりきこえさせし、いまいととくまかでぬべし」とかきてこけついたるまつのえだにつけてものす。あけぼのをみればきりかくもかとみゆる物たちわたりてあはれに心すごし。ひるつかたいでつる人かへりきたり。「御ふみはいでたまひにければ男どもにあづけてきぬ」とものす。さらずともかへりごとあらじと思ふ。

 さてひるは日一日れいのおこなひをし夜はあるじの佛をねんじたてまつる。めぐりて山なればひるも人やみんのうたがひなし。すだれまきあげてなどあるにこの時すぎたるうぐひすのなき/\てきのたちがらしにひとくひとくとのみいちはやくいふにぞすだれおろしつべくおぼゆる、そもうつし心もなきなるべし。かくてほどもなく不淨のことあるをいでむと思ひおきしかど京はみなかたちことにいひなしたるにはいとはしたなき心ちすべしと思ひてさしはなれたる屋におりぬ。京より小母などおぼしき人ものしたり。「いとめづらかなるすまひなればしばしづ心もなくてなん」などかたらひて五六日ふるほど六月さかりになりにたり。こかげいとあはれなり。山かげのくらがりたるところを見ればほたるはおどろくまでてらすめり。さとにてむかしもの思ひうすかりしとき「ふたこゑときくとはなしに」とはらだゝしかりしほととぎすもうちとけてなく。くひなはそこと思ふまでたゝく。いといみじげさまさる物思ひのすみかなり。人やりならぬわざなればとひとぶらはぬ人もありともゆめにつらくなど思ふべきならねばいとこゝろやすくてあるを、たゞかゝるすまひをさへせんとかまへたりける身のすぐせばかりをながむるにそひてかなしきことは、ひごろの長精進しつる人のたのもしげなけれど、みゆづる人もなければかしらもさしいでずまつのはばかりにおもひなりにたる身のおなじさまにてくはせたればえもくひやらぬをみるたびにぞ涙はこぼれまさる。

 かくてあるはいと心やすかりけるをたゞなみだもろなるこそいとくるしかりけれ。ゆふぐれのいりあひのこゑひぐらしのねめぐりのこでらのちいさきかねども我も/\とうちたゝきならし、まへなるをかにかみのやしろもあれば法師ばら讀經たてまつりなどするこゑをきくにぞいとせんかたなくものはおぼゆる。かく不淨なるほどは夜ひるのいとまもあればはしのかたにいでゐてながむるを、このをさなき人いりね/\といふけしきをみれば、物をふかく思ひいれさせじとなるべし。「などかくはの給ふ」「なほいとあしねぶたくもはべり」などいへば、「ひたごゝろになくもなりつべき身をそこにさはりていままであるをいかゞせんずる、よの人のいふなるさまにもなりなん、むげによになからんよりはさてあらばおぼつかなからぬほどにかよひつゝかなしき物に思ひなしてみ給へ、かくていとありぬべかりけりと身ひとつにおもふを、たゞいとかくあしきものして物をまゐればいといたくやせ給ふをみるなんいといみじき、かたちことにても京にある人こそはと思へどそれなんいともどかしう見ゆることなればかく/\思ふ」といへばいらへもせでさくりもよゝになく。さて五日ばかりにきよまはりぬればまた堂にのぼりぬ。

 ひごろ物しつる人けふぞかへりぬる。くるまのいづるを見やりてつく%\とたてればこかげにやう/\いくもいとこゝろすごし。みやりてながめたてりつるほどにけやあがりぬらん心ちいとあしうおぼえてわざといとくるしければ山ごもりしたる禪師よびて護身せさす。ゆふぐれになるほどにねんずごゑにかぢしたるをあないみじときゝつゝ思へば、むかし我が身にあらんことゝはゆめにおもはで、あはれに心すごき事とてはたたかやかに繪にもかき心ちのあまりにいひにもいひて、あなゆゝしとかつは思ひしさまにひとつたがはずおぼゆれば、かゝらんとて物の思ひしらでなりけるなりけりと思ひふしたるほどに我がもとのはらからひとり又人もかへり物したり。はひよりて「まづいかなる御こゝちぞとさとにて思ひたてまつるよりも山にいりたちてはいみじく物のおぼえはべる、ことなくふさずまるなり」とてしゝとなく。人やりにもあらねばねむじかへせどえたへず。なきみわらひみよろづのことをいひあかしてあけぬれば「類したる人いそぐとあるを今日はかへりてのちにまゐりはべらん、そも/\かくてのみやは」などいひてもいとこゝろぼそげにかすかなるさまにてかへる。こゝちけしうはあらねば例のみおくりてながめいだしたるほどにまた「おはす/\」とのゝしりてくる人あり。さならんとおもひてあればいとにぎはゝしく里心ちしてうつくしきものどもさま%\にしやうぞきあつまりて二くるまぞある。むまどもなどふさにひきちらかいてさわぐ。わりごやなにやとふさにあり。誦經うちしあはれげなる法師ばらにかたびらやぬのやなどさま%\にくばりちらして物がたりのついでに「おほくは殿の御もよほしにてなんまうできつる、さゝしてものしたりしかどいでずなりにき、又ものしたりともさこそあらめおのが物せんにはと思へばえ物せず、のぼりてあがめたてまつれ、法師ばらにもいとたい%\しく經をしへなどすなるはなでふことぞとなんの給ヘりし、かくてのみはいかなる人かある、世中にいふなるやうにともかくもかぎりになりておはせばいふかひなくてもあるべし、かくて人もおほせざらんときかへりいでゝゐたまへらんもをこにぞあらん、さりとも今ひとたびはおはしなん、それにさへいで給はずばぞいとひとわらはえにはなりはて給ふらん」など物ほこりらかにいひのゝしるほどに「西の京にさぶらふ人々こゝにおはしましぬとてたてまつらせたる」とて天下のものふさにあり。山のすゑと思ふやうなる人のためにはるかにぞあるにことなるにも身のうきことはまづおぼえけり。ゆふかげになりぬれば「いそぐとあればえひきはきこえず、おぼつかなくはあり、なほいとこそあしけれ、さていつともおぼさぬか」といへば「たゞ今はいかにも/\思はず、いま物すべきことあらばまかでなん、つれ%\なるこゝろなればにこそあれ」などてとてもかくてもいでむもおこなひみん、さや思ひなるとていださじと思ふなる人のいはするならん、里とてもなにわざをかせんずると思へば「かくてあべきほどばかりと思ふなり」といへば「ごもなくおぼすにこそあなれ、よろづのことよりもこの君のかくそゞろなる精進をしておはするよ」とかつうちなきつゝ車にものすれば、こゝなるこれかれおくりにたちいでたれば「おもとたちもみなかんだうにあたり給ふなり、よくきこえてはやいだしたてまつり給へ」などいひちらしてかへる。このたびのなごりはまいていとこよなくさう%\しければ我ならぬ人はほと/\なきぬべく思ひたり。かくおもひ/\にとざまかくざまにいひなさるれど我がこゝろはつれなくなんありける。あしともよしともあらんをいなむまじき人は此ごろ京に物したまはず。ふみにてかくてなんとあるに「はたよかなり、しのびやかにてさてしばしもおこなはるる」とあればいとこゝろやすし。人はなほすかしがてらにさもいはるゝにこそあらめ、かぎりなきはらをたつとかゝるところを見おきてかへりにしまゝにいかにともおとづれられず、いかにも/\なりなばしるべくやはありけるなどおもへば、これよりふかくいるともとぞおぼえける。

  今日は十五日、いもゆなどしてあり。からくもよほして魚など物せよとて今朝京へいだしたてゝ思ひながむるほどにそらくらきまつ風おとたかくて神ごを/\となる。いまはまたふりくべからん物をみちにて雨もやふらん神もやなりまさらんと思ふにいとゆゝしうかなしくて佛に申しつればにやあらんはれてほどもなくかへりたり。いかにぞととへば「雨もやいたくふりはべると思へば神のなりつるおとになんいでゝまうできつる」といふ。きくにもいとあはれにおぼゆ。こたびのたよりにぞふみある。「いとあさましくてかへりにしかばまた/\もさこそはあらめ、うくおもひはてにためればと思ひてなん、もしたまさかにいづべき日あらばつげよむかへはせん、おそろしき物に思ひはてにためればちかくはえおもはず」などぞある。また人のふみどもあるをみれば「さてのみやはあらんとする、日のふるまゝにいみじくなん思ひやる」などさま%\にとひたり。又の日かへりごとす。さてのみやはとある人のもとに「かくてのみとしも思ひたまへねどながむるほどになんはかなくてすぎつる日かずぞつもりにける

かけてだに思ひやはせし山ふかくいりあひのかねにねをそへんとは

又の日かへりごとあり。「ことばかきあふべくもあらず、いりあひになんきもくだく心ちする」とて

いふよりもきくぞかなしきしきしまのよにふるさとの人やなになり

とあるをいとあはれにかなしくながむるほどに宿直の人あまたありしなかにいかなる心あるにかありけん、こゝにある人のもとにいひおこせたるやう「いつもおろかに思ひきこえさせざりし御すまひなれどまかでしよりはいとゞめづらかなるさまになん思ひいできこえさする、いかにおもとたちもおぼしみたてまつらせ給ふらん、いやしきもといふなればすべて/\きこえさすべきかたなくなん

  
身をすてゝうきをもしらぬたびだにも山ぢにふかく思ひこそいれ

といひたるをもていでゝよみきかするにまたいといみじ。かばかりのこともまたいとかくおぼゆるときある物なりけり。はやかへりごとせよとてあれば「をだまきはかく思ひしることもかたきとよと思ひつるを御まへにもいとせきあへぬまでなんおぼしためるをみたてまつるもたゞおしはかり給へ

思ひいづるときぞかなしきおく山のこのした露のいとゞしげきに

となんいふめる。大夫「一日の御かへりいかでたまはらんまたかんだうありなんをもてまゐらん」といへば「なにかは」とてかく。「すなはちきこえさすべく思うたまへしをいかなるにかあらんまうでがたくのみおもひてはべめるたよりになん、まかでんことはいつとも思う給へわかれねばきこえさせんかたなく」などかきて「なにごとにかありけん御はしがきはいかなることにかありけんと思う給へいでんにものしかむべければさらにきこえさせず、あなかしこ」などかきていだしたてたれば、れいのときしもあれ雨いたくふり神いといたくなるをむねふたがりてなげく。すこししづまりてくらくなるほどにぞかへりたる。「もののいとおそろしかりつるみさまのわたり」などいふにぞいとぞいみじき。かへりごとを見れば「ひと夜のこゝろばへよりは心よわげにみゆるはおこなひよわりにけるかと思ふにもあはれになん」などぞある。

 そのくれて又の日なましぞくだつ人とぶらひにものしたり。わりごなどあまたあり。まづ「いかでかくは、なにとなどせさせ給ふにかあらん、ことなることあらではいとびんなきわざなり」といふに、心に思ふやう身のあることをかきくづしいふにぞいとことわりといひなりていといたくなく。日ぐらしかたらひてゆふぐれのほどれいのいみじげなることどもいひてかねのこゑどもしはつるほどにぞかへる。心ふかくもの思ひしる人にもあればまことにあはれとも思ひいくらんと思ふに、またの日たびにひさしくもありぬべきさまの物どもあまたある。身にはいひつくすべくもあらずかなしうあはれなり。かへりしそらなかりしことのはのなかに「こだかきみちをわけいりけんとみしまゝにいと/\いみじうなん」などよろづかきて

世中のよのなかならば夏草のしげき山べもたづねざらまし

物を、かくておはしますをみ給へおきてまかりかへることゝ思う給へしにいぬるめもみなくれまどひてなん、あがきみふかくものおぼしみだるべかめるかな

世中は思ひのほかになるたきのふかき山ぢをたれあらせけん

などすべてさしむかひたらんやうにこまやかにかきたり。なるたきといふぞこのまへより行く水なりける。かへりごとも思ひいたるかぎりものして「たづねたまへりしもげにいかでと思う給へりし」とて

物おもひのふかさくらべにきてみれば夏のしげりもものならなくに

まかでんことはいつともなけれどかくの給ふ事なん思う給へわづらひぬべけれど

身ひとつのうくなるたきをたづぬればさらにかへらぬ水もすみけり

とみればためしある心ちしてなん」などものしつ。また尚侍の殿よりとひ給へる御かへりに心ぼそくかき/\てうはぶみに「にし山より」とかいたるをいかゞおぼしけん又ある御かへりに「とばのおほざとより」とあるをいとをかしと思ひけんもいかなる心々にもたるにかありけん。かくしつゝ日ごろになりながめまさるに、ある修行者みたけよりくまのへおほみねどほりにこえけるがことなるべし

と山だにかゝりけるをとしらくものふかき心はしるもしらぬも

とておとしたりけり。かくなんとみつゝふるほどにある日のひるつかた大門のかたにむまのいなゝくこゑして人のあまたあるけはひしたり。このまよりみとほしやりたればすがたなほ人あまた見えてあゆみくあり、兵衞佐なめりとおもへば、大夫よびいだして「いままできこえさせざりつるかしこまりとりかさねてとてなんまゐりきたる」といひいれてきかげにたちやすらふさま京おぼえていとをかしかめり。このごろはのちにといひし人ものぼりてあればそれになほしもあらぬやうにあればいたくけしきばみたてり。かへりごとは「いとうれしきみななるをはやくこなたにいりたまへ、さき%\の御不祥はいかでことなかるべくいのりきこえん」と物したれば、あゆみいでゝ勾欄におしかゝりてまづ手水など物していりたり。よろづのことどもいひもてゆくに「むかしこゝはみ給ひしはおぼえさせたまふや」ととへば「いかゞはいとたしかにおぼえて、いまこそかくうとくてもさぶらへ」などいふを思ひまはせば物もいひさしてこゑかはる心ちすればしばしためらへば人もいみじと思ひてとみに物もいはず。さて「御こゑなどかはらせたまふなるはいとことわりにはあれどさらにかくおぼさじ、よにかくてやみ給ふやうはあらじ」などひがざまに思ひなしてにやあらんいふ。「かくまゐらばよくきこえあはせよとなんのたまひつる」といへば「などか人のさのたまはずともいまにてなん」などいへば「さらばおなじくは今日いでさせたまへ、やがて御ともつかうまつらん、まづはこの大夫のまれ/\京に物してはひだにかたぶけば山でらへといそぐをみ給ふるにいとなんゆゝしき心ちしはべる」などいへどけしきもなければしばしやすらひてかへりぬ。かくのみいでわづらひつゝ人もとぶらひつきぬれば又はとふべき人もなしとぞ心のうちにおぼゆる。

 さてありふるほどに京のこれかれのもとよりふみどもあり。みれば「今日とのおはしますべきやうになんきく、こたみさへおりずばいとつべたましきさまになん世人も思はん、またはたよに物したまはじ、さらんのちに物したらんはいかゞ人わらはえならん」と人々おなじことどもを物したるに、いとあやしきことにもあるかないかにせんこたみはよにしぶらすべくもものせじとおもひさわぐほどに、我がたのむ人ものよりたゞいまのぼりけるまゝにきて天下のことかたらひて「げにかくてもしばしおこなはれよと思ひつるをこのきみいとくちをしうなりたまひにけり、はやなほ物しね、今日も日ならばもろともに物しね、今日も明日もむかへにまゐらん」などうたがひもなくいはるゝにいとちからなく思ひわづらひぬ。「さらばなほあす」とて物せられぬ。つりするあまのうけばかり思ひみだるゝにのゝしりてものきぬ。さなめりと思ふに心ちまどひたちぬ。こたみはつゝむことなくさしあゆみてたゞいりにいればわびて几帳ばかりをひきよせてはたかくるれどなにのかひなし。香もりすゑ數珠かきあげ經うちおきなどしたるをみて「あなおそろしいとかくは思はずこそありつれ、いみじくけうとくてもおはしけるかな、もしいで給ひぬべくやと思ひてまうできつれどかへりてはつみうべかめり、いかに大夫かくてのみあるをばいかゞ思ふ」ととへば「いとくるしうはべれどいかゞは」とうちうつぶしてゐたれば「あはれ」とうちいひさして「さらばともかくもきんぢがこゝろいで給ひぬべくはくるまよせさせよ」といひもはてぬにたちはしりてちりかひたるものどもたゞとりつゝみふくろにいるべきはいれてくるまどもにみないれさせ、ひきたる軟障などもはなちたぐりたる。ものどもみじ/\ととりはらふふりはらふに心ちはあきれて我れか人かにてあれば、人はめをくはせつゝいとよくゑみてまぼりゐたるべし。「このことかくすればいでたまひぬべきにこそはあめれ、佛にことのよし申したまへ、れいの作法なる」とて天下のさるがうごとをいひのゝしらるめれどゆめに物もいはれずなみだのみうけれどねんじかへしてあるにくるまよせていとひさしくなりぬ。申の時ばかりにものせしを火ともす程になりにけり。つれなくてうごかねば「よし/\我はいでなんきんぢにまかす」とてたちいでぬれば「とく/\」と手をとりてなきぬばかりにいへばいふかひもなきにいづる心ちぞさらに我にもあらぬ。大門ひきいづればのりくはゝりてみちすがらうちもわらひぬべきことゞもふさにあれどゆめぢか物ぞいはれぬ。このもろともなりつる人もくらければあへなんとておなじくるまにあればそれぞとき/\いらへなどする。はる%\といたるほどに亥の時になりにたり。京にはひるさるよしいひたりつる人々心づかひしちりかいかどどもあけたりければあれにもあらずながらおりぬ。心ちもくるしければ几帳へだてゝうちふす所に、こゝにある人ひやうとよりきていふ「なでしこのたねとらんとしはべりしかどねもなくなりにけり、くれたけもひとすぢたふれてはべりし、つくろはせしかど」などいふ。たゞいまいはでもありぬべきことかなと思へばいらへもせであるに、ねぶるかと思ひし人いとよくきゝつけて、このひとつくるまにて物しつる人の障子をへだてゝあるに「きい給ふやこゝにことあり、この世をそむきていへをいでゝ菩提をもとむる人に、只今こゝなる人々がいふをきけば、なでしこはなでおほしたりやくれたけはたてたりやとはいふ物か」とかたればきく人いみじうわらふ。あさましうをかしけれど露ばかりわらふけしきもみせず。かゝるぞ夜やう/\なかばばかりになりぬるに「かたはいづかたかふたがる」といふにかぞふればむべもなくこなたふたがりたりけり。「いかにせんいとからきわざかないざもろともにちかき所へ」などあればいらへもせで、あな物ぐるほしいとたとしへなきさまにもあべかなるかなと思ひふしてさらにうごくまじければ「さふりはへこそはすべかなれ、かたあきなばこそはまゐりくべかなれと思ふにれいの心ゆかぬ物いみになりぬべかりけり」などなやましげにいひつゝいでぬ。つとめてふみあり。「夜ふけにければ心ちいとなやましくてなん、いかにぞはやとしみをこそしたまひてめ、この大夫のさもふつゝかにみゆるかな」などぞあめる。なにかはかばかりぞかしと思ひはなるゝ物から物いみはてん日いぶかしきこゝちぞそひておぼゆるに六日をすごして七月三日になりにたり。

 ひるつかた「わたらせ給ふべし、こゝにさぶらへとなんおほせ事ありつる」といふ。ものどももきたればこれかれさわぎて日ごろみだれがはしかりつるところ%\をさへごほ/\とつくるをみるにいとかたはらいたく思ひくらすに、くれはてぬればきたる男ども「御くるまのさうぞくなどもみなしつるをなどいまゝではおはしまさゞらむ」などいふほどにやう/\夜もふけぬ。ある人々「なほあやし、いざひとしてみせにたてまつらん」などいひて見せにやりたる人かへりきて「只今なん御くるまのしやうぞくときて御隨身ばらもみなみだれはべりぬ」といふ。さればよとぞ又思ふにはしたなき心ちすれば思ひなげかるゝことさらにいふかぎりなし。山ならまし時かくむねふたがるめを見ましやとうべもなく思ふ。ありとある人もあやしくあさましと思ひさわぎあへり。ことども三夜ばかりにこずなりぬるやうにぞ見えたる。いかばかりのことにてとだにきかばやすかるべしと思ひみだるゝほどにまらうどぞ物したる。こゝちのむづかしきにと思へどとかくものいひなどするにぞすこしまぎれたる。さてあけぬれば大夫「なにごとによりてにかありけんとまゐりてきかん」とてものす。「よべはなやみたまふことなんありける、にはかにいとくるしかりしかばなんえ物せずなりにしとなんのたまひつる」といふしもぞきかでぞおいらかにあるべかりけるとぞおぼえたる。さはりにぞあるを、もしとだにきかばなにを思はましと思ひむづかるほどに内侍の殿より御ふみあり。見ればまだ山さととおぼしくていとあはれなるさまにのたまへり。「などかはさしげさまさるすさびをもしたまふらん、されどそれにもさはりたまはぬ人もありときく物をもてはなれたるさまにのみいひなしたまふめればいかなるぞとおぼつかなきにつけても

いもせがはむかしながらのなからば人のゆきゝのかげは見てまし

御かへりには「山のすまひは秋のけしきもみ給へんとせしにまたうき時のやすらひにてなかぞらになん、しげさはしる人もなしとこそ思うたまへし、いかにきこしめしたるにかおぼめかせたまふにもげにまた

よしや身のあせんなげきはいもせ山なか行く水のなもかはりけり

などぞきこゆる。かくてその日をひまにて又ものいみになりぬときく。あくる日こなたふたがりたる。又の日今日をまたみんかしと思ふ心こりずまなるに夜ふけてみえられたり。ひとよのことどもしか%\といひて「こよひだにとていそぎつるをいみたがへにみな人ものしつるをいだしたてゝやがてみすてゝなん」などつみもなくさりげもなくいふ。いふかひもなし。あくれば「しらぬところにものしつる人々いかにとてなん」とていそぎぬ。それよりのちも七八日になりぬ。あがたあるきのところ初瀬へなどあればもろともにとてつゝしむところにわたりぬ。ところかへたるかひなく午時許ににはかにのゝしる。「あさましや、たれかあなたのかどはあけつる」などあるじもおどろきさわぐにふとはひいりて、日ごろ例の香もりすゑておこなひつるもにはかになげちらしずゞもまきてうちあげなどらうがはしきにいとぞあやしき。その日のどかにくらしてまたの日かへる。

 さて七八日許ありて初瀬へいでたつ。巳のときばかりいへをいづ。人いとおほくきらきらしうてものすめり。未の時許に故の按察使の大納言のりやうじ給ひし宇治の院にいたりたり。人はかくてのゝしれどわがこゝろははつかにてみめぐらせば、あはれに心にいれてつくろひ給ふときゝしところぞかし、この月にこそは御はてはしつらめ、ほどなくあれにたるかなとおもふ。こゝのあづかりしけるものゝまうけをしたれば、たてたるもの、のこのなめりとみるもの、とばりすだれあじろびやうぶくろがいのほねにくちばのかたびらかけたる几帳どもゝいとつき%\しきもあはれとのみみゆ。こうじにたるにかぜははらふやうにふきてかしらさへいたきまであればかざがくれつくりてみいだしたるに、くらくなりぬればうぶねどもかゞりびさしともしつゝひとりはさしいきたり。をかしく見ゆることかぎりなし。かしらのいたさのまぎれぬればはしのすまきあげてみいだして、あはれわがこゝろとまうでしたびかへさにあがたのゐんにぞゆきかへりせしこゝなりけり、みし按察使どのゝおはして物などおほせ給ふめりしは、あはれにもありけるかな、いかなるよにさだにありけんとおもひつゞくればめもあはで夜なかすぐるまでながむる。うぶねどもゝのぼりくだりゆきちがふをみつゝは

うへしたとこがるゝことをたづぬればむねのほかにはうぶねなりけり

などおぼえてなほ見れば、あかつきがたにはひきかへていさりといふ物をぞする、又なくをかしくあはれなり。あけぬればいそぎたちてゆくに、にへのゝいけいづみがははじめみしにはたがはであるをみるもあはれにのみおぼえたり。よろづにおぼゆることいとおほかれどいと物さわがしくにぎはゝしきにまぎれつゝあり。かうたてのもりにくるまとゞめてわりごなどものす。みなひとのくちむまげなり。かすがへとて宿院のいとむづかしげなるにとゞまりぬる。あれよりたつほどに雨かぜいみじくふりふゞく。みかさやまをさしてゆくかひもなくぬれまどふ人おほかり。からうじてまうでつきて、みてぐらたてまつりて初瀬ざまにおもむく。あすかにみあかしたてまつりければたゞくぎぬきにくるまをひきかけてみればこだちいとをかしきところなりけり。にはきよげに井もいとのまゝほしければ、むべやどりはすべしといふらんと見えたり。いみじきあめいやまさりなればいふかひもなし。からうじてつばいちにいたりてれいのごととかくしていでたつほどに日も暮れはてぬ。雨や風猶やまず。火ともしたれどふきけちていみじくくらければ夢のみちのこゝちしていとゆゝしくいかなるにかとまでおもひまどふ。からうじてはらへ殿にいたりつきければ雨もしらずたゞみづのこゑのいとはげしきをぞさななりときく。御だうにものするほどに心ちわりなし。おぼろげにおもふことおほかれどかくわりなきに物おぼえずなりにたるべし。なにごとも申さで、あけぬといへどあめ猶おなじやうなり。よべにこりてむげにひるになしつ。おとせでわたるもりのまへをさすがに「あなかま/\」とたゞ手をかきおもてをふりそこらの人のあぎとふやうにすればさすがにいとせんかたなくをかしくみゆ。つばいちにかへりてとしみなどいふめれどわれは猶しやうじなり。そこよりはじめてあるじするところゆきもやらずあり。ものかづけなどするに手をつくしてものすめり。いづみ河水まさりたり。いかになどいふほどに宇治よりふねの上手ぐしてまゐれりといふがわづらはし。「れいのやうにてふとわたり」など男がたにはさだむるを、女がたに「猶ふねにてを」とあればさらばとてみなのりてはる%\とくだる心ちいと興あり。かぢとりよりはじめうたひのゝしる。宇治ちかきところにてまた車にのりぬ。さてれいのところにはかたあしとてとゞまりぬ。さる用意したりければうかひかずをつくして一かはうきてさわぐ。いざちかくてみんとてきしづらにものたてしぢなどとりもていきておりたればあしのしたにうかひちがふ。こうをどもなどまだみざりつることなればいとをかしうみゆ。きこうじたる心ちなれど夜のふくるもしらずみいりてあれば、これかれ「今はかへらせたまひなんこれよりほかにいまはことなきを」などいへば「さは」とてのぼりぬ。さてもあかずみやればれいの夜ひとよともしわたる。いさゝかまどろめばふなばたをごほ/\とうちたゝくおとにわれをしもおどろかすらんやうにぞさむる。あけてみれば夜のあゆいとおほかり。それよりさべきところどころにやりあかつめるもあらまほしきわざなり。

 日よいほどにたけしかばくらくぞ京にきつきたる。われもやがていづくとおもひつれど人もこうじたりとてえものせず。またの日もひるつかたこゝなるにふみあり。「御むかへにもとおもひしかどもこゝらの御ありきにもあらざりければびんなくおぼえてなん、れいのところにか只今ものす」などあれば人々はや/\とそゝのかしてわたりたればすなはちとみえたり。かうしもあるはむかしのことをたとしへなくおもひいづらんとてなるべし。つとめては「かへりあるじのちかくなりたれば」などつき%\しういひなしつ。あしたのかごとがちになりにたるも今さらにとおもへばかなしうなん。八月といふはあすになりにためればあれより四日れいのものいみとか、あきてふたゝびばかりみえたり。かへりあるじははてゝ「いとふかきやまでらに修法せさすとて」などきく。三四日なりぬれどおとなくてあめいといたくふる日「心ぼそげなる山ずみは人とふものとこそきゝしか、さらぬはつらき物といふ人もあり」とある。かへりごとに「きこゆべきものとは人よりさきにおもひよりながらものとしらせんとてなん、露けさはなごりしもあらじとおもう給ふればよそのくもむらもあいなくなん」とものしけり。またもたちかへりなどあり。さて三日許のほどに「今日なん」とてようさりみえたり。つねにしもいかなる心のえおもひあへずなりにたればわれからつれなければ人はたつみもなきやうにて七八日のほどにぞわづかにかよひたる。長月のつごもりいとあはれなるそらのけしきなり。まして昨日今日風いとさわぎてしぐれうちしつゝいみじくものあはれにおぼえたり。とほ山をながめやれば紺青をぬりたるとかやいふやうにてあられふるらしともみえたり。「野のさまいかにをかしからん、みがてらものにまうでばや」などいへばまへなる人「げにいかにめでたからん、初瀬にこのたびはしのびたるやうにておぼしたてかし」などいへば「去年も心みんとていみじげにてまうでたりし石山の佛心をまづみはてゝ春つかたさもものせん、そもそもさまでやは猶うくていのちあらん」など心ぼそうていはる。

そでひづる時をだにこそなげきしかみさへしぐれのふりもゆくかな

すべてよにふることかひなくあぢきなき心ちいとするころなり。さながらあけくれて廿日なりにたり。あくればおきくるればふすをことにてあるぞいとあやしく[1]おほゆれど1いかゞはせん。けさもみいだしたればやのうへのしもいとしろし。わらはべよべのすがたながらしもくちまじなはんとてさわぐもいとあはれなり。「あなさむ、ゆきはづかしきしもかな」とくちおほひしつゝかゝる身のたのむべかめるひとどものうちきこえごちたゞならずなんおぼえける。神なづきもせちにわかれをしみつゝすぎぬ。しも月もおなじごとにて廿日になりにければ、今日見えたりし人そのまゝに廿餘日あとをたちたり。ふみのみぞふたゝび許みえける。かうのみむねやすからねどおもひつきにたれば心よわき心ちしてともかくもおぼえで。「八日許のものいみしきりつゝなん、たゞいま今日だにとぞおもふ」などあやしきまでこまかなり。はての月の十六日ばかりなり。しばしありてにはかにかいくもりて雨になりぬ。たふるゝかたならんかしとおもひいでゝながむるにくれゆくけしきなり。いといたくふればさはらむにもことわりなればむかしはと許おぼゆるに涙のうかびてあはれにものゝおぼゆればねんじがたくて人いだしたつ。

かなしくもおもひたゆるかいそのかみさはらぬものとならひしものを

とかきていまぞいくらんとおもふほどにみなみおもてのかうしもあげぬところに人のけおぼゆ。人はえしらず、われのみぞあやしとおぼゆるにつまどおしあけてふとはひいりたり。いみじきあめのさかりなればおともえきこえぬなりけり。外に「御車とくさしいれよ」などのゝしるもきこゆ。などかとし月のかうじなりとも今日のまゐりにはゆるされなんとぞおぼゆるよしおほし。「あすはあなたふたがる、あさてよりはものいみなり、すべかめれば」などいとことよし。やりつる人はちがひぬらんとおもふにいとめやすし。夜のまに雨やみにためれば「さらばくれに」などてかへりぬ。かたふたがりたればむべもなくまつにみえずなりぬ。「よべは人のものしたりしに夜のふけにしかば經などよませてなんとまりにし、れいのいかにおぼしけん」などあり。山ごもりののちはあまがへるといふ名をつけられたりければかくものしけり。「こなたざまならではかたも」などしげくて

おほばこの神のたすけやなかりけんちぎりしことをおもひかへるは

とやうにてれいの日すぎてつごもりになりにたり。いみのところになん夜ごとにとつぐる人あればこゝろやすからでありふるにつき日はさながらおにやらひきぬるとあればあさまし/\とおもひはべるもいみじきに人はわらはおとなともいはず「なやらふ/\」とさわぎのゝしるをわれのみのどかにてみきけば、ことしも心ちよげならんところのかぎりせまほしげなるわざにぞ見えける。ゆきなんいみじうふるといふなり。としのをはりにはなにごとにつけてもおもひのこさざりけんかし。

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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