源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

 花散里の物語

出典
校訂

 Tale of Hanachirusato

 人知れぬ、御心づからのもの思はしさは、いつとなきことなめれど525、かくおほかたの世につけてさへ、わづらはしう思し乱るることのみまされば、もの心細く、世の中なべて厭はしう思しならるるに、さすがなること多かり。
麗景殿と聞こえしは、宮たちもおはせず、院隠れさせたまひて後、いよいよあはれなる御ありさまを、ただこの大将殿の御心にもて隠されて、過ぐしたまふなるべし。
御おとうとの三の君、内裏わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、例の御心なれば、さすがに忘れも果てたまはず、わざとももてなしたまはぬに、人の御心をのみ尽くし果てたまふべかめるをも、このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには、思ひ出でたまふには、忍びがたくて、五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ。

 花散里の物語 [1-1 花散里訪問を決意]
誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは、いつといって絶えることはないようであるが、このように世間一般のことにつけてまでも、めんどうにお悩みになることばかりが増えてゆくので、何となく心細く、世の中をおしなべて嫌にお思いになるが、そうも行かないことが多かった。
麗景殿と申し上げた方は、宮たちもいらっしゃらず、院が御崩御あそばした後、ますますお寂しいご様子を、わずかにこの大将殿のお心づかいに庇護されて、お過ごしになっているのであろう。
御令妹の三の君、宮中辺りでちょっとお逢いになった縁で、例のご性格なので、そうはいってもすっかりお忘れにならず、熱心にお通い続けるというのでもないので、女君がすっかりお悩みきっていらっしゃるらしいのも、このころのすっかり何もかもお悩みになっている世の中の無常をそそる種の一つとしては、お思い出しになると、抑えきれなくて、五月雨の空が珍しく晴れた雲の切れ間にお出向きになる。

 Tale of Hanachirusato [1-1 Genji will visit to Hanachirusato]
 Hito-sire-nu, mi-kokoro-dukara no mono-omohasisa ha, itu to naki koto na'mere do, kaku ohokata no yo ni tuke te sahe, wadurahasiu obosi midaruru koto nomi masare ba, mono-kokoro-bosoku, yononaka nabete itohasiu obosi nara ruru ni, sasuga naru koto ohokari.
 Reikei-den to kikoyesi ha, Miya-tati mo ohase zu, Win kakure sase tamahi te noti, iyo-iyo ahare naru ohom-arisama wo, tada kono Daisyau-dono no mi-kokoro ni mote-kakusa re te, sugusi tamahu naru besi.
 Ohom-otouto no Sam-no-Kimi, Uti watari ni te hakanau honomeki tamahi si nagori no, rei no mi-kokoro nare ba, sasuga ni wasure mo hate tamaha zu, waza to mo motenasi tamaha nu ni, hito no mi-kokoro wo nomi tukusi hate tamahu beka'meru wo mo, kono-goro nokoru koto naku obosi midaruru yo no ahare no kusahahi ni ha, omohi-ide tamahu ni ha, sinobi-gataku te, samidare no sora medurasiku hare taru kumo-ma ni watari tamahu.

 何ばかりの御よそひなく、うちやつして、御前などもなく、忍びて、中川のほどおはし過ぐるに、ささやかなる家の、木立などよしばめるに、よく鳴る琴を、あづまに調べて、掻き合はせ、にぎははしく弾きなすなり。
御耳とまりて、門近なる所なれば、すこしさし出でて見入れたまへば、大きなる桂の木の追ひ風に、祭のころ思し出でられて、そこはかとなくけはひをかしきを、「ただ一目見たまひし宿りなり」と見たまふ。ただならず、「ほど経にける、おぼめかしくや」と、つつましけれど、過ぎがてに526やすらひたまふ、折しも、ほととぎす鳴きて渡る。もよほしきこえ顔なれば、御車おし返させて、例の、惟光入れたまふ。
「をちかへりえぞ忍ばれぬほととぎす
ほの語らひし宿の垣根に」
寝殿とおぼしき屋の西の妻に人々ゐたり。先々も聞きし声なれば、声づくりけしきとりて、御消息聞こゆ。若やかなるけしきどもして、おぼめくなるべし。
「ほととぎす言問ふ声はそれなれど
あなおぼつかな五月雨の空」
ことさらたどると見れば、
「よしよし、植ゑし垣根も527」
とて出づるを、人知れぬ心には、ねたうもあはれにも思ひけり。
「さも、つつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。かやうの際に、筑紫の五節が、らうたげなりしはや」
と、まづ思し出づ。
いかなるにつけても、御心の暇なく苦しげなり。年月を経ても、なほかやうに、見しあたり、情け過ぐしたまはぬにしも、なかなか、あまたの人のもの思ひぐさなり。

 [1-2 中川の女と和歌を贈答]
特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして、御前駆などもなく、お忍びで、中川の辺りをお通り過ぎになると、小さな家で、木立など風情があって、良い音色の琴を東の調べに合わせて、賑やかに弾いているのが聞こえる。
お耳にとまって、門に近い所なので、少し乗り出してお覗き込みなさると、大きな桂の木を吹き過ぎる風に乗って匂ってくる香りに、葵祭のころが思い出されなさって、どことなく趣があるので、「一度お契りになった家だ」と御覧になる。お気持ちが騒いで、「ずいぶんと過ぎてしまったなあ、はっきりと覚えているかどうか」と、気が引けたが、通り過ぎることもできず、ためらっていらっしゃる、ちょうどその時、ほととぎすが鳴いて飛んで行く。訪問せよと促しているかのようなので、お車を押し戻させて、例によって、惟光をお入れになる。
「昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
かつてわずかに契りを交わしたこの家なので」
寝殿と思われる家屋の西の角に女房たちがいた。以前にも聞いた声なので、咳払いをして相手の様子を窺ってから、ご言伝を申し上げる。若々しい女房たちの気配がして、不審に思っているようである。
「ほととぎすの声ははっきり分かりますが
どのようなご用か分かりません、五月雨の空のように」
わざと分からないというふりをしていると見てとったので、
「よろしい。植えた垣根も」
と言って出て行くのを、心の内では、恨めしくも悲しくも思うのであった。
「そのように、遠慮しなければならない事情があるのであろう。道理でもあるので、そうもいかまい。このような身分では、筑紫の五節がかわいらしげであったなあ」
と、まっ先にお思い出しになる。
どのような女性に対しても、お心の休まる間がなく苦しそうである。長い年月を経ても、やはりこのように、かつて契ったことのある女性には、情愛をお忘れにならないので、かえって、おおぜいの女性たちの物思いの種なのである。

 [1-2 Genji and a woman in Nakagawa compose and exchange waka]
 Nani bakari no ohom-yosohi naku, uti-yatusi te, go-zen nado mo naku, sinobi te, Naka-gaha no hodo ohosi suguru ni, sasayaka naru ihe no, kodati nado yosi-bame ru ni, yoku naru koto wo, Aduma ni sirabe te, kaki-ahase, nigihahasiku hiki-nasu nari.
 Ohom-mimi tomari te, kado-dika naru tokoro nare ba, sukosi sasi-ide te mi-ire tamahe ba, ohoki naru katura-no-ki no ohi-kaze ni, maturi no koro obosi-ide rare te, sokohaka to naku kehahi wokasiki wo, "Tada hito-me mi tamahi si yadori nari." to mi tamahu. Tada nara zu, "Hodo he ni keru, obomekasiku ya?" to, tutumasikere do, sugi-gate ni yasurahi tamahu, wori si mo, hototogisu naki te wataru. Moyohosi kikoye gaho nare ba, mi-kuruma osi-kahe sase te, rei no, Koremitu ire tamahu.
 "Woti-kaheri e zo sinoba re nu hototogisu
 hono-katarahi si yado no kakine ni
"
 Sin-den to obosiki ya no nisi no tuma ni hito-bito wi tari. Saki-zaki mo kiki si kowe nare ba, kowa-dukuri kesiki tori te, ohom-seusoko kikoyu. Wakayaka naru kesiki-domo si te, obomeku naru besi.
 "Hototogisu koto-tohu kowe ha sore nare do
 ana obotuka na samidare no sora
"
 Kotosara tadoru to mire ba,
 "Yosi-yosi, uwe si kakine mo."
 tote iduru wo, hito sire nu kokoro ni ha, netau mo ahare ni mo omohi keri.
 "Sa mo, tutumu beki koto zo kasi. Kotowari ni mo are ba, sasuga nari. Kayau no kiha ni, Tukusi-no-Goseti ga, rautage nari si ha ya!"
 to, madu obosi-idu.
 Ika naru ni tuke te mo, mi-kokoro no itoma naku kurusige nari. Tosi-tuki wo he te mo, naho kayau ni, mi si atari, nasake sugusi tamaha nu ni si mo, naka-naka, amata no hito no mono-omohi-gusa nari.

 かの本意の所は、思しやりつるもしるく、人目なく、静かにておはするありさまを見たまふも、いとあはれなり。まづ、女御の御方にて、昔の御物語など聞こえたまふに、夜更けにけり。
二十日の月さし出づるほどに、いとど木高き影ども木暗く見えわたりて、近き橘の薫りなつかしく匂ひて、女御の御けはひ、ねびにたれど、あくまで用意あり、あてにらうたげなり。
「すぐれてはなやかなる御おぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしき方には思したりしものを」
など、思ひ出できこえたまふにつけても、昔のことかきつらね思されて、うち泣きたまふ。
ほととぎす、ありつる垣根のにや、同じ声にうち鳴く。「慕ひ来にけるよ」と、思さるるほども、艶なりかし。「いかに知りてか528」など、忍びやかにうち誦んじたまふ。
「橘の香をなつかしみほととぎす
花散る里をたづねてぞとふ
529
いにしへの忘れがたき慰めには、なほ参りはべりぬべかりけり。こよなうこそ、紛るることも、数添ふこともはべりけれ。おほかたの世に従ふものなれば、昔語もかきくづすべき人少なうなりゆくを、まして、つれづれも紛れなく思さるらむ」
と聞こえたまふに、いとさらなる世なれど、ものをいとあはれに思し続けたる御けしきの浅からぬも、人の御さまからにや、多くあはれぞ添ひにける。
「人目なく荒れたる宿は橘の
花こそ軒のつまとなりけれ」
とばかりのたまへる、「さはいへど、人にはいとことなりけり」と、思し比べらる。

 [1-3 姉麗景殿女御と昔を語る]
あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に、人影もなく、ひっそりとお暮らしになっている様子を御覧になるにつけても、まことにおいたわしい。最初に、女御のお部屋で、昔のお話などを申し上げなさっているうちに、夜も更けてしまった。
二十日の月が差し昇るころに、ますます木高い木蔭で一面に暗く見えて、近くの橘の薫りがやさしく匂って、女御のご様子、お年を召しているが、どこまでも深い心づかいがあり、気品があって愛らしげでいらっしゃる。
「格別目立つような御寵愛こそなかったが、仲睦まじく親しみの持てる方とお思いでいらしたなあ」
などと、お思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次から次へと思い出されて、ふとお泣きになる。
ほととぎす、先程の垣根のであろうか、同じ声で鳴く。「自分の後を追って来たのだな」と思われなさるのも、優美である。「どのように知ってか」などと、小声で口ずさみなさる。
「昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って
ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました
昔の忘れられない心の慰めには、やはり参上いたすべきでした。この上なく、物思いの紛れることも、数増すこともございました。人は時流に従うものですから、昔話も語り合える人が少なくなって行くのを、わたし以上に、所在なさも紛らすすべもなくお思いでしょう」
とお申し上げなさると、まことに言うまでもない世情であるが、物をしみじみとお思い続けていらっしゃるご様子が一通りでないのも、お人柄からであろうか、ひとしお哀れが感じられるのであった。
「訪れる人もなく荒れてしまった住まいには
軒端の橘だけがお誘いするよすがになったのでした」
とだけおっしゃっるが、「そうはいっても、他の女性とは違ってすぐれているな」と、ついお思い比べられる。

 [1-3 Genji talks about passed days with Hanachirusato's sister]
 Kano ho'i no tokoro ha, obosi-yari turu mo siruku, hito-me naku, siduka ni te ohasuru arisama wo mi tamahu mo, ito ahare nari. Madu, Nyougo no ohom-kata ni te, mukasi no ohom-monogatari nado kikoye tamahu ni, yo huke ni keri.
 Hatuka-no-tuki sasi-iduru hodo ni, itodo kodakaki kage-domo ko-guraku miye-watari te, tikaki tatibana no kawori natukasiku nihohi te, Nyougo no ohom-kehahi, nebi ni tare do, akumade youi ari, ate ni rautage nari.
 "Sugure te hanayaka naru ohom-oboye koso nakari sika do, mutumasiu natukasiki kata ni ha obosi tari si mono wo!"
 nado, omohi-ide kikoye tamahu ni tuke te mo, mukasi no koto kaki-turane obosa re te, uti-naki tamahu.
 Hototogisu, ari turu kakine no ni ya, onazi kowe ni uti-naku. "Sitahi ki ni keru yo." to, obosa ruru hodo mo, en nari kasi. "Ika ni siri te ka?" nado, sinobiyaka ni uti-zu-nzi tamahu.
 "Tatibana no ka wo natukasimi hototogisu
 hanatirusato wo tadune te zo tohu

 Inisihe no wasure gataki nagusame ni ha, naho mawiri haberi nu bekari keri. Koyonau koso, magiruru koto mo, kazu sohu koto mo haberi kere. Ohokata no yo ni sitagahu mono nare ba, mukasi-gatari mo kaki kudusu beki hito sukunau nari yuku wo, masite, ture-dure mo magire naku obosa ru ram."
 to kikoye tamahu ni, ito sara naru yo nare do, mono wo ito ahare ni obosi tuduke taru mi-kesiki no asakara nu mo, hito no ohom-sama kara ni ya, ohoku ahare zo sohi ni keru.
 "Hito-me naku are taru yado ha tatibana no
 hana koso noki no tuma to nari kere
"
 to bakari notamahe ru, "Sa ha ihe do, hito ni ha ito koto nari keri." to, obosi kurabe raru.

 西面には、わざとなく、忍びやかにうち振る舞ひたまひて、覗きたまへるも、めづらしきに添へて、世に目なれぬ御さまなれば、つらさも忘れぬべし。何やかやと、例の、なつかしく語らひたまふも、思さぬことにあらざるべし。
かりにも見たまふかぎりは、おしなべての際にはあらず、さまざまにつけて、いふかひなしと思さるるはなければにや、憎げなく、我も人も情けを交はしつつ、過ぐしたまふなりけり。それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変はるも、「ことわりの、世のさが」と、思ひなしたまふ。ありつる垣根も、さやうにて、ありさま変はりにたるあたりなりけり。

 [1-4 花散里を訪問]
西面には、わざわざの訪問ではないように、人目に立たないようにお振る舞いになって、訪れなさったのも、珍しいのに加えて、世にも稀なお美しさなので、恨めしさもすっかり忘れてしまいそうである。あれやこれやと、例によって、やさしくお語らいになるのも、お心にないことではないのであろう。
かりそめにもお契りになる相手は、皆並々の身分の方ではなく、それぞれにつけて、何の取柄もないとお思いになるような方はいないからであろうか、嫌と思わず、自分も相手も情愛を交わし合いながら、お過ごしになるのであった。それを、つまらないと思う人は、何やかやと心変わりしていくのも、「無理もない、人の世の習いだ」と、しいてお思いになる。先程の垣根も、そのようなわけで、心変わりしてしまった類の人なのであった。

 [1-4 Genji meets Hanatirusato after long absence]
 Nisi-omote ni ha, waza to naku, sinobiyaka ni uti-hurumahi tamahi te, nozoki tamahe ru mo, medurasiki ni sohe te, yo ni me nare nu ohom-sama nare ba, turasa mo wasure nu besi. Nani ya ka ya to, rei no, natukasiku katarahi tamahu mo, obosa nu koto ni ara zaru besi.
 Kari ni mo mi tamahu kagiri ha, osinabete no kiha ni ha ara zu, sama-zama ni tuke te, ihukahi-nasi to obosa ruru ha nakere ba ni ya, nikuge naku, ware mo hito mo nasake wo kahasi tutu, sugusi tamahu nari keri. Sore wo ai-nasi to omohu hito ha, to-ni kaku-ni kaharu mo, "Kotowari no, yo no saga." to, omohi-nasi tamahu. Ari turu kakine mo, sa yau ni te, arisama kahari ni taru atari nari keri.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ重ね--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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