源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語

2 明石の君の物語 明石での新生活の物語

3 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語

4 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語

5 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語

出典
校訂

1 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語

2 明石の君の物語 明石での新生活の物語

3 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語

4 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語

5 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語

1 Tale of Hikaru-Genji A storm in Suma and Sumiyoshi-no-Kami's lead

2 Tale of Akashi Hikaru-Genji's new life in Akashi

3 Tale of Akashi Happiness and grief in marriage

4 Tale of Akashi A parting from Akashi in fall

5 Tale of Hikaru-Genji Comeback to Kyoto and political world

 なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで、日ごろになりぬ。いとどものわびしきこと、数知らず、来し方行く先、悲しき御ありさまに、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし。かかりとて、都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。なほ、これより深き山を求めてや、あと絶えなまし」と思すにも、「波風に騒がれて609など、人の言ひ伝へむこと、後の世まで、いと軽々しき名や流し果てむ」と思し乱る。
夢にも、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはしきこゆと見たまふ。雲間なくて、明け暮るる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、頭さし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。
二条院よりぞ、あながちにあやしき姿にて、そほち参れる。道かひにてだに、人か何ぞとだに御覧じわくべくもあらず、まづ追い払ひつべき賤の男の、むつましうあはれに思さるるも、我ながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に、
「あさましくを止みなきころのけしきに、いとど空さへ閉づる心地して、眺めやる方なくなむ。
浦風やいかに吹くらむ思ひやる
袖うち濡らし波間なきころ」
あはれに悲しきことども書き集めたまへり。いとど610汀まさりぬべく、かきくらす心地したまふ。
「京にも、この雨風、あやしき611物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞こえはべりし。内裏に参りたまふ上達部なども、すべて道閉ぢて、政事も絶えてなむはべる」
など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せばいぶかしうて、御前に召し出でて、問はせたまふ。
「ただ、例の雨のを止みなく降りて、風は時々吹き出でて612、日ごろになりはべるを、例ならぬことに驚きはべるなり。いとかく、地の底徹るばかりの氷降り、雷の静まらぬことははべらざりき」
など、いみじきさまに驚き懼ぢてをる顔のいとからきにも、心細さまさりける。

 依然として雨風が止まず、雷も鳴り静まらないで、数日がたった。ますます心細いこと、数限りなく、過去も未来も、悲しいお身の上で、気強くもお考えになることもできず、「どうしよう。こうだからといって、都に帰るようなことも、まだ赦免がなくては、物笑いになることが増そう。やはり、ここより深い山を求めて、姿をくらましてしまおうか」とお思いになるにつけても、「波風に脅かされてなど、人が言い伝えるようなこと、後世にまで、たいそう軽率な浮名を流してしまうことになろう」とお迷いになる。
夢にも、まるで同じ恰好をした物ばかりが現れては現れて、お引き寄せ申すと御覧になる。雲の晴れ間もなくて、明け暮らす日数が過ぎていくと、京の方面もますます気がかりになって、「こうしたまま身を滅ぼしてしまうのだろうか」と、心細くお思いになるが、頭をさし出すこともできない空の荒れ具合に、やって参る者もいない。
二条院から、無理をしてみすぼらしい姿で、ずぶ濡れになって参ったのだ。道ですれ違っても、人か何物かとさえ御覧じ分けられない、早速追い払ってしまうにちがいない賤しい男を、慕わしくしみじみとお感じになるのも、自分ながらももったいなくも、卑屈になってしまった心の程を思わずにはいられない。お手紙に、
「驚くほどの止むことのない日頃の天気に、ますます空までが塞がってしまう心地がして、心の晴らしようがなく、
須磨の浦ではどんなに激しく風が吹いていることでしょう
心配で袖を涙で濡らしている今日このごろです」
しみじみとした悲しい気持ちがいっぱい書き連ねてある。ますます涙があふれてしまいそうで、まっ暗になる気がなさる。
「京でも、この雨風は、不思議な天の啓示であると言って、仁王会などを催す予定だと噂していました。宮中に参内なさる上達部なども、まったく道路が塞がって、政道も途絶えております」
などと、はきはきともせず、たどたどしく話すが、京のこととお思いになると知りたくて、御前に召し出して、お尋ねあそばす。
「ただ、例によって雨が小止みなく降って、風は時々吹き出して、数日来になりますのを、ただ事でないと驚いているのです。まことにこのように、地の底に通るほどの雹が降り、雷の静まらないことはございませんでした」
などと、大変な様子で驚き脅えて畏まっている顔がとてもつらそうなのにつけても、心細さがつのるのだった。

 1 Tale of Hikaru-Genji A storm in Suma and Sumiyoshi-no-Kami's lead [1-1 Storm goes on in Suma]
 Naho ame-kaze yama zu, Kami nari sidumara de, hi-goro ni nari nu. Itodo mono-wabisiki koto, kazu sira zu, kisi-kata yuku-saki, kanasiki ohom-arisama ni, kokoro-duyou si mo e obosi-nasa zu, "Ika ni se masi? Kakari to te, miyako ni kahera m koto mo, mada yo ni yurusa re mo naku te ha, hito-waraha re naru koto koso masara me. Naho, kore yori hukaki yama wo motome te ya, ato taye na masi." to obosu ni mo, "Nami-kaze ni sawaga re te nado, hito no ihi-tutahe m koto, noti no yo made, ito karo-garosiki na ya nagasi-hate m." to obosi-midaru.
 Yume ni mo, tada onazi sama naru mono nomi ki tutu, matuhasi kikoyu to mi tamahu. Kumoma naku te, ake-kururu hikazu ni sohe te, Kyau no kata mo itodo obotukanaku, "Kaku nagara mi wo hahurakasi turu ni ya?" to, kokoro-bosou obose do, kasira sasi-idu beku mo ara nu sora no midare ni, ide-tati mawiru hito mo nasi.
 Nideu-no-Win yori zo, anagati ni ayasiki sugata ni te, sohoti mawire ru. Miti-kahi ni te dani, hito ka nani zo to dani go-ran-zi waku beku mo ara zu, madu ohi-harahi tu beki sidu-no-wo no, mutumasiu ahare ni obosa ruru mo, ware nagara katazikenaku, ku-si ni keru kokoro no hodo omohi-sira ru. Ohom-humi ni,
 "Asamasiku wo-yami naki koro no kesiki ni, itodo sora sahe toduru kokoti si te, nagame yaru kata naku nam.
 Ura-kaze ya ika ni huku ram omohi-yaru
 sode uti-nurasi nami-ma naki koro
"
 Ahare ni kanasiki koto-domo kaki atume tamahe ri. Itodo migiha masari nu beku, kaki-kurasu kokoti si tamahu.
 "Kyau ni mo, kono ame-kaze, ayasiki mono-no-satosi nari tote, Ninwau-we nado okonaha ru besi to nam kikoye haberi si. Uti ni mawiri tamahu Kamdatime nado mo, subete miti todi te, maturigoto mo taye te nam haberu."
 nado, haka-bakasiu mo ara zu, katakunasiu katari-nase do, Kyau no kata no koto to obose ba ibukasiu te, o-mahe ni mesi-ide te, toha se tamahu.
 "Tada, rei no ame no wo-yami naku huri te, kaze ha toki-doki huki-ide te, hi-goro ni nari haberu wo, rei nara nu koto ni odoroki haberu nari. Ito kaku, ti no soko tohoru bakari no hi huri, ikaduti no sidumara nu koto ha habera zari ki."
 nado, imiziki sama ni odoroki-wodi te woru kaho no ito karaki ni mo, kokoro-bososa masari keru.

 「かくしつつ世は尽きぬべきにや」と思さるるに、そのまたの日の暁より、風いみじう吹き、潮高う満ちて、波の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。雷の鳴りひらめくさま、さらに言はむ方なくて、「落ちかかりぬ」とおぼゆるに、ある限りさかしき人なし。
「我はいかなる罪を犯して、かく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、かなしき妻子の顔をも見で、死ぬべきこと」
と嘆く。君は御心を静めて、「何ばかりのあやまちにて613か、この渚に命をば極めむ」と、強う思しなせど、いともの騒がしければ、色々の幣帛ささげさせたまひて、
「住吉の神、近き境を鎮め守りたまふ。まことに迹を垂れたまふ神ならば、助けたまへ」
と、多くの大願を立てたまふ。おのおのみづからの命をば、さるものにて、かかる御身のまたなき例に沈みたまひぬべきことのいみじう悲しき、心を起こして、すこしものおぼゆる限りは、「身に代へてこの御身一つを救ひたてまつらむ」と、とよみて、諸声に仏、神を念じたてまつる。
「帝王の深き宮に養はれたまひて、いろいろの楽しみにおごりたまひしかど、深き御慈しみ、大八洲にあまねく、沈める輩をこそ多く浮かべたまひしか。今、何の報いにか、ここら横様なる波風には溺ほれたまはむ。天地、ことわりたまへ。罪なくて罪に当たり、官、位を取られ、家を離れ、境を去りて、明け暮れ安き空なく、嘆きたまふに、かく悲しき目をさへ見614、命尽きなむとするは、前の世の報いか、この世の犯しか、神、仏、明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ」
と、御社の方に向きて、さまざまの願を立てたまふ。
また、海の中の龍王、よろづの神たちに願を立てさせたまふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。炎燃え上がりて、廊は焼けぬ。心魂なくて、ある限り惑ふ。後の方なる大炊殿とおぼしき屋に移したてまつりて、上下となく立ち込みて、いとらうがはしく泣きとよむ声、雷にも劣らず。空は墨をすりたるやうにて、日も暮れにけり。

 「こうしながらこの世は滅びてしまうのであろうか」と思わずにはいらっしゃれないでいると、その翌日の明け方から、風が激しく吹き、潮が高く満ちきて、波の音の荒々しいこと、巌も山をも無くしてしまいそうである。雷の鳴りひらめく様子、さらに言いようがなくて、「そら、落ちかかってきた」と思われると、その場に居合わせた者でしっかりした人はいない。
「自分はどのような罪を犯して、このような悲しい憂き目に遭うのだろう。父母にも互いに顔を見ず、いとしい妻や子どもにも会えずに、死なねばならぬとは」
と嘆く。君は、お心を静めて、「どれほどの過失によって、この海辺に命を落とすというのか」と、気を強くお持ちになるが、ひどく脅え騒いでいるので、色とりどりの幣帛を奉らせなさって、
「住吉の神、この近辺一帯をご鎮護なさる。真に現世に迹を現しなさる神ならば、我らを助けたまえ」
と、数多くの大願を立てなさる。各自めいめいの命は、それはそれとして、このような方がまたとない例にお命を落としてしまいそうなことがひどく悲しい、心を奮い起こして、わずかに気を確かに持っている者は皆、「わが身に代えて、この御身ひとつをお救い申し上げよう」と、大声を上げて、声を合わせて仏、神をお祈り申し上げる。
「帝王の、深宮に育てられなさって、さまざまな楽しみをほしいままになさったが、深い御仁徳は、大八洲にあまねく、沈淪していた人々を数多く浮かび上がらせなさった。今、何の報いによってか、こんなに非道な波風に溺れ死ななければならないのか。天地の神々よ、ご判断ください。罪なくして罪に当たり、官職、爵位を剥奪され、家を離れ、都を去って、日夜お心の安まる時なく、お嘆きになっていらっしゃる上に、このような悲しい憂き目にまで遭い、命を失ってしまいそうになるのは、前世からの報いか、この世での犯しによるのかと、神、仏、確かにいらっしゃるならば、この災いをお鎮めください」
と、お社の方を向いて、さまざまな願を立てなさる。
また、海の中の龍王、八百万の神々に願をお立てさせになると、ますます雷が鳴り轟いて、いらっしゃるご座所に続いている廊に落ちかかってきた。炎が燃え上がって、廊は焼けてしまった。生きた心地もせず、皆が皆あわてふためく。後方にある大炊殿とおぼしい建物にお移し申して、上下なく人々が入り込んで、ひどく騒がしく泣き叫ぶ声、雷鳴にも負けない。空は黒墨を擦ったようで、日も暮れてしまった。

 [1-2 Hikaru-Genji's prayer for Sumiyoshi-no-Kami]
 "Kaku si tutu yo ha tuki nu beki ni ya?" to obosa ruru ni, sono mata no hi no akatuki yori, kaze imiziu huki, siho takau miti te, nami no oto araki koto, ihaho mo yama mo nokoru maziki kesiki nari. Kami no nari-hirameku sama, sara ni iha m kata naku te, "Oti-kakari nu!" to oboyuru ni, aru kagiri sakasiki hito nasi.
 "Ware ha ikanaru tumi wo wokasi te, kaku kanasiki me wo miru ram. Titi-haha ni mo ahi-mi zu, kanasiki me-ko no kaho wo mo mi de, sinu beki koto."
 to nageku. Kimi ha mi-kokoro wo sidume te, "Nani bakari no ayamati ni te ka, kono nagisa ni inoti wo ba kihame m." to, tuyou obosi-nase do, ito mono-sawagasi kere ba, iro-iro no mitegura sasage sase tamahi te,
 "Sumiyosi-no-Kami, tikaki sakahi wo sidume mamori tamahu. Makoto ni ato wo tare tamahu Kami nara ba, tasuke tamahe!"
 to, ohoku no tai-gwan wo tate tamahu. Ono-ono midukara no inoti wo ba, saru mono ni te, kakaru ohom-mi no mata naki rei ni sidumi tamahi nu beki koto no imiziu kanasiki, kokoro wo okosi te, sukosi mono oboyuru kagiri ha, "Mi ni kahe te kono ohom-mi hitotu wo sukuhi tatematura m." to, toyomi te, moro-gowe ni Hotoke, Kami wo nen-zi tatematuru.
 "Tei-wau no hukaki miya ni yasinaha re tamahi te, iro-iro no tanosimi ni ogori tamahi sika do, hukaki ohom-utukusimi, Oho-yasima ni amane ku, sidume ru tomogara wo koso ohoku ukabe tamahi sika. Ima, na ni no mukuyi ni ka, kokora yoko-sama naru nami-kaze ni ha obohore tamaha m. Ame Tuti, kotowari tamahe! Tumi naku te tumi ni atari, tukasa, kurawi wo tora re, ihe wo hanare, sakahi wo sari te, ake-kure yasuki sora naku, nageki tamahu ni, kaku kanasiki me wo sahe mi, inoti tuki na m to suru ha, saki no yo no mukuyi ka, konoyo no wokasi ka, Kami, Hotoke, akiraka ni masimasa ba, kono urehe yasume tamahe!"
 to, Mi-yasiro no kata wo muki te, sama-zama no gwan wo tate tamahu.
 Mata, umi no naka no Riu-wau, yorodu no Kami-tati ni gwan wo tate sase tamahu ni, iyo-iyo nari-todoroki te, ohasimasu ni tuduki taru Rau ni oti-kakari nu. Honoho moye-agari te, Rau ha yake nu. Kokoro tamasihi naku te, aru kagiri madohu. Usiro no kata naru Ohohi-dono to obosiki ya ni utusi tatematuri te, kami simo to naku tati-komi te, ito raugahasiku naki-toyomu kowe, ikaduti ni mo otora zu. Sora ha sumi wo suri taru yau ni te, hi mo kure ni keri.

 やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに、この御座所のいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝殿に返し移したてまつらむとするに、
「焼け残りたる方も疎ましげに、そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、御簾などもみな吹き散らしてけり」
「夜を明してこそは」
とたどりあへるに、君は御念誦したまひて、思しめぐらすに、いと心あわたたし。
月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せ返る波荒きを、柴の戸押し開けて、眺めおはします。近き世界に、ものの心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、貴き人おはする所とて、集り参りて、聞きも知りたまはぬことどもをさへづりあへるも、いとめづらかなれど、え615追ひも払はず616。
「この風、今しばし止まざらましかば、潮上ぼりて残る所なからまし。神の助けおろかならざりけり」
と言ふを聞きたまふも、いと心細しといへばおろかなり。
「海にます神の助けにかからずは
潮の八百会にさすらへなまし」
ひねもすにいりもみつる雷の騷ぎに、さこそいへ、いたう困じたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄りゐたまへるに、故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、
「など、かくあやしき所にものするぞ」
とて、御手を取りて引き立てたまふ。
「住吉の神の導きたまふままには、はや舟出して、この浦を去りね」
とのたまはす。いとうれしくて、
「かしこき御影に別れたてまつりにしこなた、さまざま悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に身をや捨てはべりなまし」
と聞こえたまへば、
「いとあるまじきこと。これは、ただいささかなる物の報いなり。我は、位にありし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふる617ほど暇なくて、この世を顧みざりつれど、いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、海に入り、渚に上ぼり、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことのあるによりなむ、急ぎ上ぼりぬる」
とて、立ち去りたまひぬ。
飽かず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入りたまひて、見上げたまへれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせず、御けはひ止まれる心地して、空の雲あはれにたなびけり。
年ごろ、夢にうちにも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを、ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、面影におぼえたまひて、「我がかく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔りたまへる」と、あはれに思すに、「よくぞかかる騷ぎもありける」と、名残頼もしう、うれしうおぼえたまふこと、限りなし。
胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひに、うつつの悲しきこともうち忘れ、「夢にも御応へを今すこし聞こえずなりぬること」といぶせさに、「またや見えたまふ」と、ことさらに寝入りたまへど、さらに御目も合はで、暁方になりにけり。

 だんだん風が弱まり、雨脚が衰え、星の光も見えるので、このご座所もひどく見慣れないのも、まことに恐れ多いので、寝殿にお戻りいただこうとするが、
「焼け残った所も気味が悪く、おおぜいの人々が踏み荒らした上に、御簾などもみな吹き飛んでしまった」
「夜を明かしてからは」
とあれこれしている間に、君は御念誦を唱えながら、いろいろお考えめぐらしになるが、気持ちが落ち着かない。
月が出て、潮が近くまで満ちてきた跡がはっきりと分かり、その後も依然として寄せては返す波の荒いのを、柴の戸を押し開けて、物思いに耽りながら眺めていらっしゃる。この界隈には、ものの道理をわきまえ、過去将来のことを判断して、あれこれとはっきりと理解する者もいない。賤しい海人どもなどが、高貴な方のいらっしゃるところといって、集まって参って、お聞きになっても分からないようなことがらをぺちゃくちゃしゃべり合っているのも、ひどく珍しいことであるが、追い払うこともできない。
「この風が、今しばらく止まなかったら、潮が上がって来て、残るところなく攫われてしまったことでしょう。神のご加護は大変なものであった」
と言うのをお聞きになるのも、とても心細いといったのでは言い足りないくらいである。
「海に鎮座まします神の御加護がなかったならば
潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう」
一日中、激しく物を煎り揉みしていた雷の騷ぎのために、そうはいっても、ひどくお疲れになったので、思わずうとうととなさる。恐れ多いほど粗末なご座所なので、ちょっと寄り掛かっていらっしゃると、故院が、まるで御生前おいであそばしたお姿のままお立ちになって、
「どうして、このような見苦しい所にいるのだ」
と仰せになって、お手を取って引き立てなさる。
「住吉の神がお導きになるのに従って、早く船出して、この浦を去りなさい」
と仰せあそばす。とても嬉しくなって、
「畏れ多い父上のお姿にお別れ申して以来、さまざまな悲しいことばかり多くございますので、今はこの海辺に命を捨ててしまいましょうかしら」
と申し上げなさると、
「実にとんでもないことだ。これは、ちょっとしたことの報いである。朕は、在位中に、過失はなかったけれど、知らず知らずのうちに犯した罪があったので、その罪を償うのに暇がなくて、この世を顧みなかったが、大変な難儀に苦しんでいるのを見ると、堪え難くて、海に入り渚に上がり、たいそう疲れたけれど、このような機会に、奏上しなければならないことがあるので、急いで上るのだ」
と言って、お立ち去りになってしまった。
名残惜しく悲しくて、「お供して参りたい」とお泣き入りになって、お見上げなさると、人影もなく、月の面だけが耿々として、夢とも思えず、お姿が残っていらっしゃるような気がして、空の雲がしみじみとたなびいているのであった。
ここ数年来、夢の中でもお会い申さず、恋しくお会いしたいお姿を、わずかな時間ではあるが、はっきりと拝見したお顔だけが、眼前にお浮かびになって、「自分がこのように悲しみを窮め尽くし、命を失いそうになったのを、助けるために天翔っていらした」と、しみじみと有り難くお思いになると、「よくぞこんな騷ぎもあったものよ」と、夢の後も頼もしくうれしく思われなさること、限りない。
胸がぴたっと塞がって、かえってお心の迷いに、現実の悲しいこともつい忘れ、「夢の中でお返事をもう少し申し上げずに終わってしまったこと」と残念で、「再びお見えになろうか」と、無理にお寝みになるが、さっぱりお目も合わず、明け方になってしまった。

 [1-3 Storm stops]
 Yau-yau kaze nahori, ame no asi simeri, hosi no hikari mo miyuru ni, kono o-masi-dokoro no ito meduraka naru mo, ito katazikenaku te, Sin-den ni kahesi utusi tatematura m to suru ni,
 "Yake-nokori taru kata mo utomasige ni, sokora no hito no humi-todorokasi madohe ru ni, mi-su nado mo mina huki-tirasi te keri."
 "Yo wo akasi te koso ha."
 to tadori-ahe ru ni, Kimi ha ohom-nenzyu si tamahi te, obosi-megurasu ni, ito kokoro awatatasi.
 Tuki sasi-ide te, siho no tikaku miti-ki keru ato mo araha ni, nagori naho yose-kaheru nami araki wo, siba no to osi-ake te, nagame ohasimasu. Tikaki sekai ni, mono no kokoro wo siri, kisi-kata yuku-saki no koto uti-oboye, toya kakuya to haka-bakasiu satoru hito mo nasi. Ayasiki ama-domo nado no, takaki hito ohasuru tokoro tote, atumari-mawiri te, kiki mo siri tamaha nu koto-domo wo saheduri-ahe ru mo, ito meduraka nare do, e ohi mo haraha zu.
 "Kono kaze, ima sibasi yama zara masika ba, siho nobori te nokoru tokoro nakara masi. Kami no tasuke oroka nara zari keri."
 to ihu wo kiki tamahu mo, ito kokoro-bososi to ihe ba oroka nari.
 "Umi ni masu Kami no tasuke ni kakara zu ha
 siho no yaho-ahi ni sasurahe na masi
"
 Hinemosu ni iri-momi turu Kami no sawagi ni, sa koso ihe, itau kou-zi tamahi ni kere ba, kokoro ni mo ara zu uti-madoromi tamahu. Katazikenaki o-masi-dokoro nare ba, tada yori-wi tamahe ru ni, ko-Win, tada ohasimasi si sama nagara tati tamahi te,
 "Nado, kaku ayasiki tokoro ni monosuru zo?"
 tote, mi-te wo tori te hiki-tate tamahu.
 "Sumiyosi-no-Kami no mitibiki tamahu mama ni ha, haya huna-de si te, kono ura wo sari ne!"
 to notamahasu. Ito uresiku te,
 "Kasikoki mi-kage ni wakare tatematuri ni si konata, sama-zama kanasiki koto nomi ohoku habere ba, ima ha kono nagisa ni mi wo ya sute haberi na masi."
 to kikoye tamahe ba,
 "Ito aru maziki koto. Kore ha, tada isasaka naru mono no mukuyi nari. Ware ha, kurawi ni ari si toki, ayamatu koto nakari sika do, onodukara wokasi ari kere ba, sono tumi wo wohuru hodo itoma naku te, kono yo wo kaherimi zari ture do, imiziki urehe ni sidumu wo miru ni, tahe-gataku te, umi ni iri, nagisa ni nobori, itaku kou-zi ni tare do, kakaru tuide ni Uti ni sou-su beki koto no aru ni yori nam, isogi nobori nuru."
 tote, tati-sari tamahi nu.
 Aka zu kanasiku te, "Ohom-tomo ni mawiri na m." to naki-iri tamahi te, mi-age tamahe re ba, hito mo naku, tuki no kaho nomi kira-kira to si te, yume no kokoti mo se zu, ohom-kehahi tomare ru kokoti si te, sora no kumo ahare ni tanabike ri.
 Tosi-goro, yume no uti ni mo mi tatematura de, kohisiu obotukanaki ohom-sama wo, honoka nare do, sadaka ni mi tatematuri turu nomi, omokage ni oboye tamahi te, "Waga kaku kanasibi wo kihame, inoti-tuki na m to si turu wo, tasuke ni kakeri tamahe ru." to, ahare ni obosu ni, "Yoku zo kakaru sawagi mo ari keru." to, nagori tanomosiu, uresiu oboye tamahu koto, kagiri nasi.
 Mune tuto hutagari te, naka-naka naru mi-kokoro-madohi ni, ututu no kanasiki koto mo uti-wasure, "Yume ni mo ohom-irahe wo ima sukosi kikoye zu nari nuru koto." to ibusesa ni, "Mata ya miye tamahu?" to, kotosara ni ne-iri tamahe do, sara ni ohom-me mo aha de, akatuki-gata ni nari ni keri.

 渚に小さやかなる舟寄せて、人二、三人ばかり、この旅の御宿りをさして参る。何人ならむと問へば、
「明石の浦より、前の守新発意の、御舟装ひて参れるなり。源少納言、さぶらひたまはば、対面してことの心とり申さむ」
と言ふ。良清、おどろきて、
「入道は、かの国の618得意にて、年ごろあひ語らひはべりつれど619、私に、いささかあひ恨むることはべりて、ことなる消息をだに通はさで、久しうなりはべりぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」
と、おぼめく。君の、御夢なども思し合はすることもありて、「はや会へ」とのたまへば、舟に行きて会ひたり。「さばかり激しかりつる波風に、いつの間にか舟出しつらむ」と、心得がたく思へり。
「去ぬる朔日の日の夢に、さま異なるものの告げ知らすることはべりしかば、信じがたきことと思うたまへしかど、『十三日にあらたなるしるし見せむ。舟装ひまうけて、かならず、雨風止まば、この浦にを寄せよ』と、かねて示すことのはべりしかば、試みに舟の装ひをまうけて待ちはべりしに、いかめしき雨、風、雷のおどろかしはべりつれば、人の朝廷にも、夢を信じて国を助くるたぐひ多うはべりけるを、用ゐさせたまはぬまでも、このいましめの日を過ぐさず、このよしを告げ申しはべらむとて、舟出だしはべりつるに、あやしき風細う吹きて、この浦に着きはべること、まことに神のしるべ違はずなむ。ここにも620、もししろしめすことやはべりつらむ、とてなむ。いと憚り多くはべれど、このよし621、申したまへ」
と言ふ。良清、忍びやかに伝へ申す。
君、思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしのやうなることどもを、来し方行く末思し合はせて、
「世の人の聞き伝へむ後のそしりもやすからざるべきを憚りて、まことの神の助けにもあらむを、背くものならば、またこれよりまさりて、人笑はれなる目をや見む。うつつざま622の人の心だになほ苦し。はかなきことをもつつみて、我より齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ今一際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。退きて咎なしとこそ、昔、さかしき人も言ひ置きけれ。げに623、かく命を極め、世にまたなき目の624限りを見尽くしつ。さらに後のあとの名をはぶくとても、たけきこともあらじ。夢の中にも父帝の御教へありつれば、また何ごとか625疑はむ」
と思して、御返りのたまふ。
「知らぬ世界に、めづらしき愁への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行方なき空の月日の光ばかりを、故郷の友と眺めはべるに、うれしき釣舟626をなむ。かの浦に、静やかに隠ろふべき隈はべりなむや」
とのたまふ。限りなくよろこび、かしこまり申す。
「ともあれ、かくもあれ、夜の明け果てぬ先に御舟にたてまつれ」
とて、例の親しき限り、四、五人ばかりして、たてまつりぬ。
例の風出で来て、飛ぶやうに明石に着きたまひぬ。ただはひ渡るほどに片時の間といへど、なほあやしきまで見ゆる風の心なり。

 渚に小さい舟を寄せて、人が二、三人ほど、この旅のお館をめざして来る。何者だろうと尋ねると、
「明石の浦から、前の播磨守の新発意が、お舟支度して参上したのです。源少納言、伺候していらしたら、面会して事の子細を申し上げたい」
と言う。良清、驚いて、
「入道は、あの国での知人として、長年互いに親しくお付き合いしてきましたが、私事で、いささか恨めしく思うことがございまして、特別の手紙でさえも交わさないで、久しくなっておりましたが、この荒波に紛れて、何の用であろうか」
と言って、不審がる。君が、お夢などもご連想なさることもあって、「早く会え」とおっしゃるので、舟まで行って会った。「あれほど激しかった波風なのに、いつの間に船出したのだろう」と、合点が行かず思っていた。
「去る上旬の日の夢に、異形のものが告げ知らせることがございましたので、信じがたいこととは存じましたが、『十三日にあらたかな霊験を見せよう。舟の準備をして、必ず、この雨風が止んだら、この浦に寄せ着けよ』と、前もって告げていたことがございましたので、試しに舟の用意をして待っておりましたところ、激しい雨、風、雷がそれと気づかせてくれましたので、異国の朝廷でも、夢を信じて国を助けるた例が多くございましたので、お取り上げにならないにしても、この予告の日をやり過さず、この由をお知らせ申し上げましょうと思って、舟出しましたところ、不思議な風が細く吹いて、この浦に着きましたこと、ほんとうに神のお導きは間違いがございません。こちらにも、もしやお心あたりのこともございましたでしょうか、と存じまして。大変に恐縮ですが、この由、お伝え申し上げてください」
と言う。良清、こっそりとお伝え申し上げる。
君、お考えめぐらすと、夢や現実にいろいろと穏やかでなく、もののさとしのようなことを、過去未来とお考え合わせになって、
「世間の人々がこれを聞き伝えるような後世の非難も穏やかではないだろうことを恐れて、本当の神の助けであるのに、背いたものなら、またそれ以上に、物笑いを受けることになるだろうか。現実の世界の人の意向でさえ背くのは難しい。ちょっとしたことでも慎重にして、自分より年齢もまさるとか、もしくは爵位が高いとか、世間の信望がいま一段まさる人とかには、言葉に従って、その意向を考え入れるべきである。謙虚に振る舞って非難されることはないと、昔、賢人も言い残していた。なるほど、このような命の極限まで辿り着き、この世にまたとないほどの困難の限りを体験し尽くした。今さら後世の悪評を避けたところで、たいしたこともあるまい。夢の中にも父帝のお導きがあったのだから、また何を疑おうか」
と思いになって、お返事をおっしゃる。
「知らない世界で、珍しい困難の極みに遭ってきたが、都の方からといって、安否を尋ねて来る人もいない。ただ茫漠とした空の月と日の光だけを、故郷の友として眺めていますが、うれしい釣舟と思うぞ。あちらの浦で、静かに隠れていられる所がありますか」
とおっしゃる。この上なく喜んで、お礼申し上げる。
「ともかくも、夜のすっかり明けない前にお舟にお乗りください」
ということで、いつもの側近の者だけ、四、五人ほど供にしてお乗りになった。
例の不思議な風が吹き出してきて、飛ぶように明石にお着きになった。わずか這って行けそうな距離は時間もかからないとはいえ、やはり不思議にまで思える風の動きである。

 [1-4 Akashi-no-Nyudo comes to Genji by a ship]
 Nagisa ni tihisayaka naru hune yose te, hito ni, sam-nin bakari, kono tabi no ohom-yadori wo sasi te mawiru. Nani-bito nara m to tohe ba,
 "Akasi no ura yori, saki no kami siboti no, mi-hune yosohi te mawire ru nari. Gen-Seunagon, saburahi tamaha ba, taimen si te, koto no kokoro tori mausa m."
 to ihu. Yosikiyo, odoroki te,
 "Nihudau ha, kano kuni no tokui ni te, tosi-goro ahi-katarahi haberi ture do, watakusi ni, isasaka ahi-uramuru koto haberi te, koto naru seusoko wo dani kayohasa de, hisasiu nari haberi nuru wo, nami no magire ni, ika naru koto ka ara m?"
 to, obomeku. Kimi no, ohom-yume nado mo obosi-ahasuru koto mo ari te, "Haya ahe." to notamahe ba, hune ni iki te ahi tari. "Sabakari hagesikari turu nami-kaze ni, itu no ma ni ka huna-de si tura m?" to, kokoro-e gataku omohe ri.
 "Inuru tuitati no hi no yume ni, sama koto naru mono no tuge-sirasuru koto haberi sika ba, sin-zi gataki koto to omou tamahe sika do, 'Zihu-sam niti ni arata naru sirusi mise m. Hune yosohi-mauke te, kanarazu, ame kaze yama ba, kono ura ni monose yo!' to, kanete simesu koto no haberi sika ba, kokoromi ni hune no yosohi wo mauke te mati haberi si ni, ikamesiki ame, kaze, ikaduti no odorokasi haberi ture ba, hito no mikado ni mo, yume wo sin-zi te kuni wo tasukuru taguhi ohou haberi keru wo, motiwi sase tamaha nu made mo, kono imasime no hi wo sugusa zu, kono yosi wo tuge mausi habera m tote, hune idasi haberi turu ni, ayasiki kaze hosou huki te, kono ura ni tuki haberu koto, makoto ni kami nosirube tagaha zu nam. Koko ni mo, mosi sirosimesu koto ya haberi tura m, tote nam. Ito habakari ohoku habere do, kono yosi, mausi tamahe."
 to ihu. Yosikiyo, sinobiyaka ni tutahe mausu.
 Kimi, obosi-mahasu ni, yume ututu sama-zama siduka nara zu, satosi no yau naru koto-domo wo, kisikata yukusuwe obosi-ahase te,
 "Yo no hito no kiki-tutahe m noti no sosiri mo yasukara zaru beki wo habakari te, makoto no Kami no tasuke ni mo ara m wo, somuku mono nara ba, mata kore yori masari te, hito-waraha re naru me wo ya mi m. Ututu-zama no hito no kokoro dani naho kurusi. Hakanaki koto wo mo tutumi te, ware yori yohahi masari, mosiha kurawi takaku, toki-yo no yose ima hito-kiha masaru hito ni ha, nabiki sitagahi te, sono kokoro-muke wo tadoru beki mono nari keri. Sirizoki te toga nasi to koso, mukasi, sakasiki hito mo ihi-oki kere. Geni, kaku inoti wo kihame, yo ni mata naki me no kagiri wo mi-tukusi tu. Sarani noti no ato no na wo habuku tote mo, takeki koto mo ara zi. Yume no naka ni mo titi-Mikado no ohom-wosihe ari ture ba, mata nani-goto ka utagaha m."
 to obosi te, ohom-kaheri notamahu.
 "Sira nu sekai ni, medurasiki urehe no kagiri mi ture do, miyako no kata yori tote, koto-tohi okosuru hito mo nasi. Tada yukuhe naki sora no tuki-hi no hikari bakari wo, hurusato no tomo to nagame haberu ni, uresiki turi-bune wo nam. Kano ura ni, siduyaka ni kakurohu beki kuma haberi na m ya?"
 to notamahu. Kagiri naku yorokobi, kasikomari mausu.
 "Tomo are, kaku mo are, yo no ake-hate nu saki ni mi-hune tatemature."
 tote, rei no sitasiki kagiri, si, go-nin bakari si te, tatematuri nu.
 Rei no kaze ide-ki te, tobu yau ni Akasi ni tuki tamahi nu. Tada hahi-wataru hodo ni kata-toki no ma to ihe do, naho ayasiki made miyuru kaze no kokoro nari.

 浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。入道の領占めたる所々、海のつらにも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚の苫屋、行なひをして後世のことを思ひ澄ましつべき山水のつらに、いかめしき堂を建てて三昧を行なひ、この世のまうけに、秋の田の実627を刈り収め、残りの齢積むべき稲の倉町どもなど、折々、所につけたる見どころありてし集めたり。
高潮に怖ぢて、このころ、娘などは岡辺の宿に移して住ませければ、この浜の館に心やすくおはします。
舟より御車にたてまつり移るほど、日やうやうさし上がりて、ほのかに見たてまつるより、老忘れ、齢延ぶる心地して、笑みさかえて、まづ628住吉の神を、かつがつ拝みたてまつる。月日の光を手に得たてまつりたる心地して、いとなみ仕うまつること、ことわりなり。
所のさまをばさらにも言はず、作りなしたる心ばへ、木立、立石、前栽などのありさま、えも言はぬ入江の水など、絵に描かば、心のいたり少なからむ絵師は描き及ぶまじと見ゆ。月ごろの御住まひよりは、こよなくあきらかに、なつかしき629。御しつらひなど、えならずして、住まひけるさまなど、げに都のやむごとなき所々に異ならず、艶にまばゆきさまは、まさりざまにぞ見ゆる。

 浜の様子は、なるほどまことに格別である。人が多く見える点だけが、ご希望に添わないのであった。入道の所領している所々、海岸にも山蔭にも、季節折々につけて、興趣をわかすにちがいない海辺の苫屋、勤行をして来世のことを思い澄ますにふさわしい山川のほとりに、厳かな堂を建てて念仏三昧を行い、この世の生活には、秋の田の実を刈り収めて、余生を暮らすための稲の倉町が幾倉もなど、四季折々につけて、場所にふさわしい見所を多く集めている。
高潮を恐れて、近頃は、娘などは岡辺の家に移して住ませていたので、この海辺の館に気楽にお過ごになる。
舟からお車にお乗り移りになるころ、日がだんだん高くなって、ほのかに拝するやいなや、老いも忘れ、寿命も延びる心地がして、笑みを浮かべて、まずは住吉の神をとりあえず拝み申し上げる。月と日の光を手にお入れ申した心地がして、お世話申し上げること、ごもっともである。
天然の景勝はいうまでもなく、こしらえた趣向、木立、立て石、前栽などの様子、何とも表現しがたい入江の水など、もし絵に描いたならば、修業の浅いような絵師ではとても描き尽くせまいと見える。数か月来の住まいよりは、この上なく明るく、好もしい感じがする。お部屋の飾りつけなど、立派にしてあって、生活していた様子などは、なるほど都の高貴な方々の住居と少しも異ならず、優美で眩しいさまは、むしろ勝っているように見える。

 2 Tale of Akashi Hikaru-Genji's new life in Akashi [2-1 Nyudo's house at the seaside]
 Hama no sama, geni ito kokoro koto nari. Hito sigeu miyuru nomi nam, ohom-negahi ni somuki keru. Nihudau no ryau-zime taru tokoro-dokoro, umi no tura ni mo yama-gakure ni mo, toki-doki ni tuke te, kyou wo sakasu beki nagisa no tomaya, okonahi wo si te go-se no koto wo omohi-sumasi tu beki yama-midu no tura ni, ikamesiki dau wo tate te sam-mai wo okonahi, konoyo no mauke ni, aki no ta-no-mi wo kari-wosame, nokori no yohahi tumu beki ine no kura-mati-domo nado, wori-wori, tokoro ni tuke taru mi-dokoro ari te si atume tari.
 Taka-siho ni odi te, kono-koro, musume nado ha wokabe no yado ni utusi te suma se kere ba, kono hama no tati ni kokoro-yasuku ohasimasu.
 Hune yori mi-kuruma ni tatematuri uturu hodo, hi yau-yau sasi-agari te, honoka ni mi tatematuru yori, oyi wasure, yohahi noburu kokoti si te, wemi-sakaye te, madu Sumiyosi-no-Kami wo, katu-gatu wogami tatematuru. Tuki-hi no hikari wo te ni e tatematuri taru kokoti si te, itonami tukau-maturu koto, kotowari nari.
 Tokoro no sama wo ba sarani mo iha zu, tukuri-nasi taru kokoro-bahe, kodati, tate-isi, sensai nado no arisama, e mo iha nu irie no midu nado, we ni kaka ba, kokoro no itari sukunakara m wesi ha kaki oyobu mazi to miyu. Tuki-goro no ohom-sumahi yori ha, koyonaku akiraka ni, natukasiki. Ohom-siturahi nado, e nara zu si te, sumahi keru sama nado, geni miyako no yamgotonaki tokoro-dokoro ni kotonara zu, en ni mabayuki sama ha, masari-zama ni zo miyuru.

 すこし御心静まりては、京の御文ども聞こえたまふ。参れりし使いは、今は、
「いみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」
と泣き沈みて、あの630須磨に留まりたるを召して、身にあまれる物ども多くたまひて遣はす。むつましき御祈りの師ども、さるべき所々には、このほどの御ありさま、詳しく言ひつかはすべし。
入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ。二条院のあはれなりしほどの御返りは、書きもやりたまはず、うち置きうち置き、おしのごひつつ聞こえたまふ御けしき、なほことなり。
「返す返すいみじき目の限りを尽くし果てつるありさまなれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさりはべれど、『鏡を見ても』とのたまひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながら631やと、ここら悲しきさまざまのうれはしさは、さしおかれて、
遥かにも思ひやるかな知らざりし
浦よりをちに浦伝ひして
夢のうちなる心地のみして、覚め果てぬほど、いかにひがこと多からむ」
と、げに、そこはかとなく書き乱りたまへるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、「いとこよなき御心ざしのほど」と、人々見たてまつる。
おのおの、故郷に心細げなる言伝てすべかめり。
を止みなかりし空のけしき、名残なく澄みわたりて、漁する海人ども誇らしげなり632。須磨はいと心細く、海人の岩屋もまれなりしを、人しげき厭ひはしたまひしかど、ここはまた、さまことにあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。

 少しお心が落ち着いて、京へのお手紙をお書き申し上げになる。参っていた使者は、現在、
「ひどい時に使いに立って辛い思いをした」
と泣き沈んで、あの須磨に留まっていたのを召して、身にあまるほどの褒美を多く賜って遣わす。親しいご祈祷の師たち、しかるべき所々には、このほどのご様子を、詳しく書いて遣わすのであろう。
入道の宮だけには、不思議にも生き返った様子などをお書き申し上げなさる。二条院からの胸を打つ手紙のお返事には、すらすらと筆もお運びにならず、筆をうち置きうち置き、涙を拭いながらお書き申し上げになるご様子、やはり格別である。
「繰り返し繰り返し、恐ろしい目の極限を体験し尽くした状態なので、今は俗世を離れたいという気持ちだけが募っていますが、『鏡を見ても』とお詠みになった面影が離れる間がないので、このように遠く離れたまま出来ようかと思うと、たくさんのさまざまな心配事は、二の次に自然と思われて、
遠く遥かより思いやっております
知らない浦からさらに遠くの浦に流れ来ても
夢の中の心地ばかりして、まだ覚めきらないでいるうちは、どんなにか変なことを多く書いたことでしょう」
と、なるほど、とりとめもなくお書き散らしになっているが、まことに側からのぞき込みたくなるようなのを、「たいそう並々ならぬご寵愛のほどだ」と、供の人々は拝見する。
それぞれも、故郷に心細そうな言伝をしているようである。
絶え間なく降り続いた空模様も、すっかり晴れわたって、漁をする海人たちも元気がよさそうである。須磨はとても心細く、海人の岩屋さえ数少なかったのに、人の多い嫌悪感はなさったものの、ここはまた一方で、格別にしみじみと心を打つことが多くて、何かにつけて自然と慰められるのであった。

 [2-2 Letters to Kyoto]
 Sukosi mi-kokoro sidumari te ha, Kyau no ohom-humi-domo kikoye tamahu. Mawire ri si tukahi ha, ima ha,
 "Imiziki miti ni ide-tati te kanasiki me wo miru."
 to naki sidumi te, ano Suma ni tomari taru wo mesi te, mi ni amare ru mono-domo ohoku tamahi te tukahasu. Mutumasiki ohom-inori no si-domo, sa'ru beki tokoro-dokoro ni ha, kono hodo no ohom-arisama, kuhasiku ihi-tukahasu besi.
 Nihudau-no-Miya bakari ni ha, meduraka ni te yomigaheru sama nado kikoye tamahu. Nideu-no-Win no ahare nari si hodo no ohom-kaheri ha, kaki mo yari tamaha zu, uti-oki uti-oki, osi-nogohi tutu kikoye tamahu mi-kesiki, naho koto nari.
 "Kahesu-gahesu imiziki me no kagiri wo tukusi-hateturu arisama nare ba, ima ha to yo wo omohi-hanaruru kokoro nomi masari habere do, 'Kagami wo mi te mo' to notamahi si omokage no hanaruru yo naki wo, kaku obotukana nagara ya to, kokora kanasiki sama-zama no urehasisa ha, sasi-oka re te,
 Haruka ni mo omohi-yaru kana sira zari si
 ura yori woti ni ura-dutahi si te

 Yume no uti naru kokoti nomi si te, same-hate nu hodo, ika ni higa-koto ohokara m."
 to, geni, sokohakatonaku kaki midari tamahe ru si mo zo, ito mi mahosiki sobame naru wo, "Ito koyonaki mi-kokoro-zasi no hodo." to, hito-bito mi tatematuru.
 Ono-ono, hurusato ni kokoro-bosoge naru kotodute su beka'meri.
 Wo-yami nakari si sora no kesiki, nagori naku sumi watari te, asari suru ama-domo hokorasige nari. Suma ha ito kokoro-bosoku, ama no ihaya mo mare nari si wo, hito sigeki itohi ha si tamahi sika do, koko ha mata, sama koto ni ahare naru koto ohoku te, yorodu ni obosi-nagusama ru.

 明石の入道、行なひ勤めたるさま、いみじう思ひ澄ましたるを、ただこの娘一人をもてわづらひたるけしき、いとかたはらいたきまで、時々漏らし愁へきこゆ。御心地にも、をかしと聞きおきたまひし人なれば、「かくおぼえなくてめぐりおはしたるも、さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほ、かう身を沈めたるほどは、行なひより他のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも、心恥づかしう」思さるれば、けしきだちたまふことなし。ことに触れて、「心ばせ、ありさま、なべてならずもありけるかな」と、ゆかしう思されぬに633しもあらず。
ここにはかしこまりて、みづからもをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋にさぶらふ。さるは、明け暮れ見たてまつらまほしう、飽かず思ひきこえて、「思ふ心を叶へむ」と、仏、神をいよいよ念じたてまつる。
年は六十ばかりになりたれど、いときよげにあらまほしう、行なひさらぼひて、人のほどのあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれぼれしきことはあれど、いにしへのこと634をも知りて、ものきたなからず、よしづきたることも交れれば、昔物語などせさせて聞きたまふに、すこしつれづれの紛れなり。
年ごろ、公私御暇なくて、さしも聞き置きたまはぬ世の古事どもくづし出でて、「かかる所をも人をも、見ざらましかば、さうざうしくや」とまで、興ありと思すことも交る。
かうは馴れきこゆれど、いと気高う心恥づかしき御ありさまに、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出できこえぬを、「心もとなう、口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。
正身は、「おしなべての人だに、めやすきは見えぬ世界に、世にはかかる人もおはしけり」と見たてまつりしにつけて、身のほど知られて、いと遥かにぞ思ひきこえける。親たちのかく思ひあつかふを聞くにも、「似げなきことかな」と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。

 明石の入道、その勤行の態度は、たいそう悟り澄ましているが、ただその娘一人を心配している様子は、とても側で見ているのも気の毒なくらいに、時々愚痴をこぼし申し上げる。ご心中にも、興味をお持ちになった女なので、「このように意外にも廻り合わせなさったのも、そうなるはずの前世からの宿縁があるのか」とお思いになるものの、「やはり、このように身を沈めている間は、勤行より他のことは考えまい。都の人も、普通の場合以上に、約束したことと違うとお思いになるのも、気恥ずかしい」と思われなさると、素振りをお見せになることはない。折にふれて、「気立てや、容姿など、並み大抵ではないのかなあ」と、心惹かれないでもない。
こちらではご遠慮申し上げて、自身はめったに参上せず、離れた下屋に控えている。その実、毎日お世話申し上げたく思い、物足りなくお思い申して、「何とか願いを叶えたい」と、仏、神をますますお祈り申し上げる。
年齢は六十歳くらいになっているが、とてもこざっぱりとしていかにも好ましく、勤行のために痩せぎみになって、人品が高いせいであろうか、頑固で老いぼれたところはあるが、故事をもよく知っていて、どことなく上品で、趣味のよいところもまじっているので、古い話などをさせてお聞きになると、少しは所在なさも紛れるのであった。
ここ数年来、公私にお忙しくて、こんなにお聞きになったことのない世の中の故事来歴を少しずつ説きおこすので、「このような土地や人をも、知らなかったら、残念なことであったろう」とまで、おもしろいとお思いになることもある。
このようにお親しみ申し上げてはいるが、たいそう気高く立派なご様子に、そうはいったものの、遠慮されて、自分の思うことは思うようにもお話し申し上げることができないので、「気がせいてならぬ、残念だ」と、母君と話して嘆く。
ご本人は、「普通の身分の男性でさえ、まあまあの人は見当たらないこの田舎に、世の中にはこのような方もいらっしゃっるのだ」と拝見したのにつけても、わが身のほどが思い知らされて、とても及びがたくお思い申し上げるのであった。両親がこのように事を進めているのを聞くにも、「不釣り合いなことだわ」と思うと、何でもなかった時よりもかえって物思いがまさるのであった。

 [2-3 Akashi-no-Nyudo and his daughter]
 Akasi-no-Nihudau, okonahi tutome taru sama, imiziu omohi-sumasi taru wo, tada kono musume hitori wo mote-wadurahi taru kesiki, ito kataharaitaki made, toki-doki morasi urehe kikoyu. Mi-kokoti ni mo, wokasi to kiki-oki tamahi si hito nare ba, "Kaku oboye naku te meguri ohasi taru mo, sa'ru beki tigiri aru ni ya?" to obosi nagara, "Naho, kau mi wo sidume taru hodo ha, okonahi yori hoka no koto ha omoha zi. Miyako no hito mo, tada naru yori ha, ihi si ni tagahu to obosa m mo, kokoro-hadukasiu" obosa rure ba, kesiki-dati tamahu koto nasi. Koto ni hure te, "Kokorobase, arisama, nabete nara zu mo ari keru kana!" to, yukasiu obosa re nu ni si mo ara zu.
 Koko ni ha kasikomari te, midukara mo wosa-wosa mawira zu, mono hedatari taru simo-no-ya ni saburahu. Saru ha, ake-kure mi tatematura mahosiu, aka zu omohi kikoye te, "Omohu kokoro wo kanahe m." to, Hotoke, Kami wo iyo-iyo nen-zi tatematuru.
 Tosi ha roku-zihu bakari ni nari tare do, ito kiyoge ni aramahosiu, okonahi sarabohi te, hito no hodo no atehaka nare ba ni ya ara m, uti-higami hore-boresiki koto ha are do, inisihe no koto wo mo siri te, mono kitanakara zu, yosi-duki taru koto mo mozire re ba, mukasi-monogatari nado se sase te kiki tamahu ni, sukosi ture-dure no magire nari.
 Tosi-goro, ohoyake watakusi ohom-itoma naku te, sa si mo kiki-oki tamaha nu yo no huru-koto-domo kudusi-ide te, "Kakaru tokoro wo mo hito wo mo, mi zara masika ba, sau-zausiku ya!" to made, kyou ari to obosu koto mo maziru.
 Kau ha nare kikoyure do, ito ke-dakau kokoro-hadukasiki ohom-arisama ni, sa koso ihi sika, tutumasiu nari te, waga omohu koto ha kokoro no mama ni mo e uti-ide kikoye nu wo, "Kokoro-motonau, kutiwosi." to, Haha-gimi to ihi-ahase te nageku.
 Sauzimi ha, "Osinabete no hito dani, me-yasuki ha miye nu sekai ni, yo ni ha kakaru hito mo ohasi keri!" to mi tatematuri si ni tuke te, mi no hodo sira re te, ito haruka ni zo omohi kikoye keru. oya-tati no kaku omohi-atukahu wo kiku ni mo, "Nigenaki koto kana!" to omohu ni, tada naru yori ha mono ahare nari.

 四月になりぬ。更衣の御装束、御帳の帷子など、よしあるさまにし出でつつ、よろづに仕うまつりいとなむを、「いとほしう、すずろなり」と思せど、人ざまのあくまで思ひ上がりたるさまのあてなるに635、思しゆるして見たまふ。
京よりも、うちしきりたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上曇りなく見えわたれるも、住み馴れたまひし故郷の池水、思ひまがへられたまふに、言はむかたなく恋しきこと、何方となく行方なき心地したまひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。
「あはと、遥かに636」など637のたまひて、
「あはと見る淡路の島のあはれさへ
残るくまなく澄める夜の月」
久しう手触れたまはぬ琴を、袋より取り出でたまひて、はかなくかき鳴らしたまへる御さまを、見たてまつる人もやすからず、あはれに悲しう思ひあへり。
「広陵」といふ手を、ある限り弾きすましたまへるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。何とも聞き638わくまじきこのもかのものしはふる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく。

 四月になった。衣更えのご装束、御帳台の帷子など、風流な様に作って調進しながら、万事にわたってお世話申し上げるのを、「気の毒でもあり、これほどしてくれなくてもよいものを」とお思いになるが、人柄がどこまでも気位を高くもって上品なので、そのままになさっていらっしゃる。
京からも、ひっきりなしにお見舞いの手紙が、つぎつぎと多かった。のんびりとした夕月夜の晩に、海上に雲もなくはるかに見渡されるのが、お住みなれたお邸の池の水のように、思わず見間違えられなさると、何とも言いようなく恋しい気持ちは、どこへともなくさすらって行く気がなさって、ただ目の前に見やられるのは、淡路島なのであった。
「ああ、と遥かに」などとおっしゃって、
「ああと、しみじみ眺める淡路島の悲しい情趣まで
すっかり照らしだす今宵の月であることよ」
長いこと手をお触れにならなかった琴を、袋からお取り出しになって、ほんのちょっとお掻き鳴らしになっているご様子を、拝し上げる人々も心が動いて、しみじみと悲しく思い合っている。
「広陵」という曲を、秘術の限りを尽くして一心に弾いていらっしゃると、あの岡辺の家でも、松風の音や波の音に響き合って、音楽に嗜みのある若い女房たちは身にしみて感じているようである。何の楽の音とも聞き分けることのできそうにないあちこちの山賤どもも、そわそわと浜辺に浮かれ出て、風邪をひくありさまである。

 [2-4 It becomes April in summer]
 Si-gwati ni nari nu. Koromo-gahe no ohom-sauzoku, mi-tyau no katabira nado, yosi aru sama ni si-ide tutu, yorodu ni tukau-maturi itonamu wo, "Itohosiu, suzuro nari" to obose do, hito-zama no akumade omohi-agari taru sama no ate naru ni, obosi yurusi te mi tamahu.
 Kyau yori mo, uti-sikiri taru ohom-toburahi-domo, tayumi naku ohokari. Nodoyaka naru yuhudukiyo ni, umi no uhe kumori naku miye watare ru mo, sumi-nare tamahi si hurusato no ike-midu, omohi-magahe rare tamahu ni, iha m kata naku kohisiki koto, idukata to naku yukuhe naki kokoti si tamahi te, tada me no mahe ni mi-yara ruru ha Ahadi-sima nari keri.
 "Aha to, haruka ni" nado notamahi te,
 "Aha to miru Ahadi no sima no ahare sahe
 nokoru kuma naku sume ru yo no tuki
"
 Hisasiu te hure tamaha nu kin wo, hukuro yori tori-ide tamahi te, hakanaku kaki-narasi tamahe ru ohom-sama wo, mi tatematuru hito mo yasukara zu, ahare ni kanasiu omohi-ahe ri.
 Kwauryau to ihu te wo, aru kagiri hiki-sumasi tamahe ru ni, kano wokabe no ihe mo, matu no hibiki nami no oto ni ahi te, kokorobase aru waka-udo ha mi ni simi te omohu beka'meri. Nani to mo kiki-waku maziki konomo kanomo no sihahuru-hito-domo mo, suzurohasiku te, hama-kaze wo hiki-ariku.

 入道もえ堪へで、供養法たゆみて、急ぎ参れり。
「さらに、背きにし世の中も取り返し思ひ出でぬべくはべり。後の世に願ひはべる所のありさまも、思うたまへ639やらるる夜の、さまかな」
と泣く泣く、めできこゆ。
 わが640御心にも、折々の御遊び、その人かの人の琴笛、もしは声の出でしさまに、時々につけて、世にめでられたまひしありさま、帝よりはじめたてまつりて、もてかしづきあがめたてまつりたまひしを、人の上もわが御身のありさまも、思し出でられて、夢の心地したまふままに、かき鳴らしたまへる声も、心すごく聞こゆ。
 古人は641涙もとどめあへず、岡辺に、琵琶、箏642の琴取りにやりて、入道、琵琶の法師になりて、いとをかしう珍しき手一つ二つ弾きたり。
箏の御琴参りたれば、少し弾きたまふも、さまざまいみじうのみ思ひきこえたり。いと、さしも聞こえぬ物の音だに643、折からこそはまさるものなるを、はるばると物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか、春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭ども、なまめかしきに、水鶏のうちたたきたるは、「誰が門さして644」と、あはれにおぼゆ。
音もいと二なう出づる琴どもを、いとなつかしう弾き鳴らしたるも、御心とまりて、
「これは、女のなつかしきさまにてしどけなう弾きたるこそ、をかしけれ」
と、おほかたにのたまふを、入道はあいなくうち笑みて、
「あそばすよりなつかしきさまなるは、いづこのかはべらむ。なにがし、延喜の御手より弾き伝へたること、四代になむなりはべりぬるを、かうつたなき身にて、この世のことは捨て忘れはべりぬるを、もののせちにいぶせき折々は、かき鳴らしはべりしを、あやしう、まねぶ者のはべるこそ、自然にかの先大王の御手に通ひてはべれ。山伏のひが耳に645、松風を聞きわたしはべるにやあらむ。いかで、これも646忍びて聞こしめさせてしがな」
と聞こゆるままに、うちわななきて、涙落とすべかめり。
君、
「琴を琴とも聞きたまふまじかりけるあたりに、ねたきわざかな」
とて、押しやりたまふに、
「あやしう、昔より箏647は、女なむ弾き取るものなりける。嵯峨の御伝へにて、女五の宮、さる世の中の上手にものしたまひけるを、その御筋にて、取り立てて伝ふる人なし。すべて、ただ今世に名を取れる人々、掻き撫での心やりばかりにのみあるを、ここにかう弾きこめたまへりける、いと興ありけることかな。いかでかは、聞くべき」
とのたまふ。
「聞こしめさむには、何の憚りかはべらむ。御前に召しても。商人の中にてだにこそ、古琴聞きはやす人は、はべりけれ。琵琶なむ、まことの音を弾きしづむる人、いにしへも難うはべりしを、をさをさとどこほることなうなつかしき手など、筋ことになむ。いかでたどるにかはべらむ。荒き波の声に交るは、悲しくも思うたまへられながら、かき積むるもの嘆かしさ、紛るる折々もはべり」
など好きゐたれば、をかしと思して、箏の琴取り替へて賜はせたり。
げに、いとすぐしてかい弾きたり。今の世に聞こえぬ筋弾きつけて、手づかひいといたう唐めき、ゆの音深う澄ましたり。「伊勢の海」ならねど、「清き渚に貝や拾はむ648」など、声よき人に歌はせて、我も時々拍子とりて、声うち添へたまふを、琴弾きさしつつ、めできこゆ。御くだものなど、めづらしきさまにて参らせ、人々に酒強ひそしなどして、おのづからもの忘れしぬべき夜のさまなり。

 入道もじっとしていられず、供養法を怠って、急いで参上した。
「まったく、一度捨て去った俗世も改めて思い出されそうでございます。来世に願っております極楽の有様も、かくやと想像される今宵の、妙なる笛の音でございますね」
と感涙にむせんで、お褒め申し上げる。
ご自身でも、四季折々の管弦の御遊、その人あの人の琴や笛の音、または声の出し具合、その時々の催しにおいて絶賛されなさった様子、帝をはじめたてまつり、多くの方々が大切に敬い申し上げなさったことを、他人の身の上もご自身の様子も、お思い出しになられて、夢のような気がなさるままに、掻き鳴らしなさっている琴の音も、寂寞として聞こえる。
老人は涙も止めることができず、岡辺の家に、琵琶、箏の琴を取りにやって、入道は、琵琶法師になって、たいそう興趣ある珍しい曲を一つ二つ弾き出した。
箏の琴をお進め申したところ、少しお弾きになるのも、さまざまな方面にも、たいそうご堪能だとばかり感じ入り申し上げた。実際には、さほどだと思えない楽の音でさえ、その状況によって引き立つものであるが、広々と何物もない海辺である上に、かえって、春秋の花や紅葉の盛りである時よりも、ただ何ということなく青々と繁っている木蔭が、美しい感じがするので、水鶏が鳴いているのは、「誰が門さして」と、しみじみと興趣が催される。
音色もまこと二つとないくらい素晴らしく出す二つの琴を、たいそう優しく弾き鳴らしたのも、感心なさって、
「この琴は、女性が優しい姿態でくつろいだ感じに弾いたのが、おもしろいですね」
と、何気なくおっしゃるのを、入道はわけもなく微笑んで、
「お弾きあそばす以上に優しい姿態の人は、どこにございましょうか。わたくしは、延喜の帝のご奏法から弾き伝えること、四代になるのでございますが、このようにふがいない身の上で、この世のことは捨て忘れておりましたが、ひどく気の滅入ります時々は、掻き鳴らしておりましたが、不思議にも、それを見よう見真似で弾く者がおりまして、自然とあの先大王のご奏法に似ているのでございます。山伏のようなひが耳では、松風をその音を妙なる音と聞き誤ったのでございましょうか。何とかして、それも一度こっそりとお耳にお入れ申し上げたいものです」
と申し上げるにつれて、身をふるわして、涙を落としているようである。
君は、
「琴など、琴ともお聞きになるなずのない名人揃いの所で、悔しいことをしたなあ」
と言って、押しやりなさって、
「不思議なことに、昔から箏は、女が習得するものであった。嵯峨の帝のご伝授で、女五の宮が、その当時の名人でいらっしゃったが、その御系統で、格別に伝授する人はいません。総じて、ただ現在に著名な人々は、通り一遍の自己満足程度に過ぎないが、ここにそのように隠れて伝えていらっしゃるとは、実に興味深いものですね。ぜひとも、聴いてみたいものです」
とおっしゃる。
「お聴きあそばすについては、何の支障がございましょう。御前にお召しになっても。商人の中でさえ、古曲を賞美した人も、ございました。琵琶は、本当の音色を弾きこなす人、昔も少のうございましたが、少しも滞ることない優しい弾き方など、格別でございます。どのように習得したものでございましょう。荒い波の音と一緒なのは、悲しく存じられますが、積もる愁え、慰められる折々もございます」
などと風流がっているので、おもしろいとお思いになって、箏の琴を取り替えてお与えになった。
なるほど、たいそう上手に掻き鳴らした。現在では知られていない奏法を身につけていて、手さばきもたいそう唐風で、揺の音が深く澄んで聞こえた。「伊勢の海」ではないが、「清い渚で貝を拾おう」などと、声の美しい人に歌わせて、自分でも時々拍子をとって、お声を添えなさるのを、琴の手を度々弾きやめて、お褒め申し上げる。お菓子など、珍しいさまに盛って差し上げ、供の人々に酒を大いに勧めたりして、いつしか物憂さも忘れてしまいそうな夜の様子である。

 [2-5 Genji and Nyudo play in concert with koto]
 Nihudau mo e tahe de, kuyau-hohu tayumi te, isogi mawire ri.
 "Sara ni, somuki si yononaka mo torikahesi omohi-ide nu beku haberi. Noti no yo ni negahi haberu tokoro no arisama mo, omou tamahe yara ruru yo no sama kana!"
 to naku-naku, mede kikoyu.
 Waga mi-kokoro ni mo, wori-wori no ohom-asobi, sono hito kano hito no koto hue, mosiha kowe no ide si sama ni, toki-doki ni tuke te, yo ni mede rare tamahi si arisama, Mikado yori hazime tatematuri te, mote-kasiduki agame tatematuri tamahi si wo, hito no uhe mo waga ohom-mi no arisama mo, obosi-ide rare te, yume no kokoti si tamahu mama ni, kaki-narasi tamahe ru kowe mo, kokoro-sugoku kikoyu.
 Huru-hito ha namida mo todome-ahe zu, wokabe ni, biwa, sau-no-koto tori ni yari te, Nihudau, biwa no hohusi ni nari te, ito wokasiu medurasiki te hitotu hutatu hiki tari.
 Sau-no-ohom-koto mawiri tare ba, sukosi hiki tamahu mo, sama-zama imiziu nomi omohi kikoye tari. Ito, sa si mo kikoye nu mono no ne dani, wori kara koso ha masaru mono naru wo, haru-baru to mono no todokohori naki umi-dura naru ni, naka-naka, haru aki no hana momidi no sakari naru yori ha, tada sokohaka to nau sigere ru kage-domo, namamekasiki ni, kuhina no uti-tataki taru ha, "Taga kago sasi te" to, ahare ni oboyu.
 Ne mo ito ni nau iduru koto-domo wo, ito natukasiu hiki-narasi taru mo, mi-kokoro tomari te,
 "Kore ha, womna no natukasiki sama ni te sidokenau hiki taru koso, wokasi kere!"
 to, ohokata ni notamahu wo, Nihudau ha ainaku uti-wemi te,
 "Asobasu yori natukasiki sama naru ha, iduko no ka habera m. Nanigasi, Engi no mi-te yori hiki-tutahe taru koto, si-dai ni nam nari haberi nuru wo, kau tutanaki mi ni te, konoyo no koto ha sute-wasure haberi nuru wo, mono no seti ni ibuseki wori-wori ha, kaki-narasi haberi si wo, ayasiu, manebu mono no haberu koso, zinen ni kano sen-daiwau no mi-te ni kayohi te habere. Yamabusi no higa-mimi ni, matu-kaze wo kiki-watasi haberu ni ya ara m? Ikade, kore mo sinobi te kikosimesa se te si gana!"
 to kikoyuru mama ni, uti-wananaki te, namida otosu beka'meri.
 Kimi,
 "Koto wo koto to mo kiki tamahu mazikari keru atari ni, netaki waza kana!"
 tote, osi-yari tamahu ni,
 "Ayasiu, mukasi yori sau ha, womna nam hiki-toru mono nari keru. Saga no ohom-tutahe ni te, Womna-Go-no-Miya, saru yononaka no zyauzu ni monosi tamahi keru wo, sono ohom-sudi ni te, tori-tate te tutahuru hito nasi. Subete, tada ima ni na wo tore ru hito-bito, kaki-nade no kokoro-yari bakari ni nomi aru wo, koko ni kau hiki-kome tamahe ri keru, ito kyou ari keru koto kana! Ikade ka ha, kiku beki."
 to notamahu.
 "Kikosimesa m ni ha, nani no habakari ka habera m. O-mahe ni mesi te mo. Aki-udo no naka ni te dani koso, huru-koto kiki-hayasu hito ha, haberi kere. Biwa nam, makoto no ne wo hiki-sidumuru hito, inisihe mo katau haberi si wo, wosa-wosa todokohoru koto nau natukasiki te nado, sudi koto ni nam. Ikade tadoru ni ka habera m. Araki nami no kowe ni maziru ha, kanasiku mo omou tamahe rare nagara, kaki-tumuru mono-nagekasisa, magiruru wori-wori mo haberi."
 nado suki-wi tare ba, wokasi to obosi te, sau-no-koto tori-kahe te tamahase tari.
 Geni, ito sugusi te kai-hiki tari. Ima no yo ni kikoye nu sudi hiki-tuke te, te-dukahi ito itau kara-meki, yu no ne hukau sumasi tari. "Ise no umi" nara ne do, "Kiyoki nagisa ni kahi ya hiroha m" nado, kowe yoki hito ni uta utaha se te, ware mo toki-doki hausi tori te, kowe uti-sohe tamahu wo, koto hiki-sasi tutu, mede kikoyu. Ohom-kudamono nado, medurasiki sama ni te mawira se, hito-bito ni sake sihi-sosi nado si te, onodukara mono-wasure si nu beki yo no sama nari.

 いたく更けゆくままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに、澄みまさり、静かなるほどに、御物語残りなく聞こえて、この浦に住みはじめしほどの心づかひ、後の世を勤むるさま、かきくづし聞こえて、この娘のありさま、問はず語りに聞こゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞きたまふ節もあり。
「いと取り申しがたきことなれど、わが君、かうおぼえなき世界に、仮にても、移ろひおはしましたるは、もし、年ごろ老法師の祈り申しはべる神仏のあはれびおはしまして、しばしのほど、御心をも悩ましたてまつるにやとなむ思うたまふる。
その故は、住吉の神を頼みはじめたてまつりて、この十八年になりはべりぬ。女の童いときなうはべりしより、思ふ心はべりて、年ごとの春秋ごとに、かならずかの御社に参ることなむはべる。昼夜の六時の勤めに、みづからの蓮の上の願ひをば、さるものにて、ただこの人を高き本意叶へたまへと、なむ念じはべる。
前の世の契りつたなくてこそ、かく口惜しき山賤となりはべりけめ、親、大臣の位を保ちたまへりき。みづからかく田舎の民となりにてはべり。次々、さのみ劣りまからば649、何の身にかなりはべらむと、悲しく思ひはべるを、これは、生れし時より頼むところなむはべる。いかにして都の貴き人にたてまつらむと思ふ心、深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人の嫉みを負ひ、身のためからき目を見る折々も多くはべれど、さらに苦しみと思ひはべらず。命の限りは狭き衣にもはぐくみはべりなむ。かくながら見捨てはべりなば、波のなかにも交り失せね、となむ掟てはべる」
など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣きうち泣き聞こゆ。
君も、ものをさまざま思し続くる折からは、うち涙ぐみつつ聞こしめす。
「横さまの罪に当たりて、思ひかけぬ世界にただよふも、何の罪にかとおぼつかなく思ひつる、今宵の御物語に聞き合はすれば、げに浅からぬ前の世の契りにこそはと、あはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知りたまひけることを、今までは告げたまはざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行なひより他のことなくて月日を経るに、心も皆くづほれにけり。かかる人ものしたまふとは、ほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ捨てたまふらめと、思ひ屈しつるを、さらば導きたまふべきにこそあなれ。心細き一人寝の慰めにも」
などのたまふを、限りなくうれしと思へり。
「一人寝は君も知りぬやつれづれと
思ひ明かしの浦さびしさを
まして年月思ひたまへわたるいぶせさを、推し量らせたまへ」
と聞こゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆゑなからず。
「されど、浦なれたまへらむ人は」とて、
「旅衣うら悲しさに明かしかね
草の枕は夢も結ばず」
と、うち乱れたまへる御さまは、いとぞ愛敬づき、言ふよしなき御けはひなる。数知らぬことども聞こえ尽くしたれど、うるさしや。ひがことどもに書きなしたれば、いとど、をこにかたくなしき入道の心ばへも、あらはれぬべかめり。

 たいそう更けて行くにつれて、浜風が涼しくなってきて、月も入り方になるにつれて、ますます澄みきって、静かになった時分に、お話を残らず申し上げて、この浦に住み初めたころの心づもりや、来世を願う模様など、ぽつりぽつりお話し申して、自分の娘の様子を、問わず語りに申し上げる。おかしくおもしろいと聞く一面で、やはりしみじみ不憫なとお聞きになる点もある。
「とても取り立てては申し上げにくいことでございますが、あなた様が、このような思いがけない土地に、一時的にせよ、移っていらっしゃいましたことは、もしや、長年この老法師めがお祈り申していました神仏がお憐れみになって、しばらくの間、あなた様にご心労をお掛け申し上げることになったのではないかと存ぜられます。
そのわけは、住吉の神をご祈願申し始めて、ここ十八年になりました。娘がほんの幼少でございました時から、思う子細がございまして、毎年の春秋ごとに、必ずあの住吉の御社に参詣することに致しております。昼夜の六時の勤行に、自分自身の極楽往生の願いは、それはそれとして、ただ自分の娘に高い望みを叶えてくださいと、祈っております。
前世からの宿縁に恵まれませんもので、このようなつまらない下賤な者になってしまったのでございますが、父親は、大臣の位を保っておられました。自分からこのような田舎の民となってしまったのでございます。子々孫々と、落ちぶれる一方では、終いにはどのようになってしまうのかと悲しく思っておりますが、わが娘は生まれた時から頼もしく思うところがございます。何とかして都の高貴な方に差し上げたいと思う決心、固いものですから、身分が低ければ低いなりに、多数の人々の嫉妬を受け、わたしにとってもつらい目に遭う折々多くございましたが、少しも苦しみとは思っておりません。自分が生きておりますうちは微力ながら育てましょう。このまま先立ってしまったら、海の中にでも身を投げてしまいなさい、と申しつけております」
などと、全部はお話できそうにもないことを、泣く泣く申し上げる。
君も、いろいろと物思いに沈んでいらっしゃる時なので、涙ぐみながら聞いていらっしゃる。
「無実の罪に当たって、思いもよらない地方にさすらうのも、何の罪によるのかと分からなく思っていたが、今夜のお話をうかがって考え合わせてみると、なるほど浅くはない前世からの宿縁であったのだと、しみじみと分かった。どうして、このようにはっきりとご存じであったことを、今までお話してくださらなかったのか。都を離れた時から、世の無常に嫌気がさし、勤行以外のことはせずに月日を送っているうちに、すっかり意気地がなくなってしまった。そのような人がいらっしゃるとは、ほのかに聞いてはいたが、役立たずの者では縁起でもなく思って相手にもなさらぬであろうと、自信をなくしていたが、それではご案内してくださるというのだね。心細い独り寝の慰めにも」
などとおっしゃるのを、この上なく光栄に思った。
「独り寝はあなた様もお分かりになったでしょうか
所在なく物思いに夜を明かす明石の浦の心淋しさを
まして長い年月ずっと願い続けてまいった気のふさぎようを、お察しくださいませ」
と申し上げる様子、身を震わせていたが、それでも気品は失っていない。
「それでも、海辺の生活に馴れた人は」とおっしゃって、
「旅の生活の寂しさに夜を明かしかねて
安らかな夢を見ることもありません」
と、ちょっと寛いでいらっしゃるご様子は、たいそう魅力的で、何ともいいようのないお美しさである。数えきれないほどのことどもを申し上げたが、何とも煩わしいことよ。誇張をまじえて書いたので、ますます、馬鹿げて頑固な入道の性質も、現れてしまったことであろう。

 [2-6 Nyudo talks about his daughter to Genji not asking]
 Itaku huke yuku mama ni, hama-kaze suzusiu te, tuki mo iri-gata ni naru mama ni, sumi masari, ohom-monogatari nokori naku kikoye te, kono ura ni sumi hazime si hodo no kokoro-dukahi, noti no yo wo tutomuru sama, kaki-kudusi kikoye te, kono musume no arisama, tohazu-gatari ni kikoyu. Wokasiki mono no, sasuga ni ahare to kiki tamahu husi mo ari.
 "Ito tori mausi gataki koto nare do, waga Kimi, kau oboye naki sekai ni, kari ni te mo, uturohi ohasimasi taru ha, mosi tosi-goro oyi-hohusi no inori mausi haberu Kami Hotoke no aharebi ohasimasi te, sibasi no hodo, mi-kokoro wo mo nayamasi tatematuru ni ya to nam omou tamahuru.
 Sono yuwe ha, Sumiyosi-no-Kami wo tanomi hazime tatematuri te, kono zihu-hati-nen ni nari haberi nu. Me-no-waraha itokinau haberi si yori, omohu kokoro haberi te, tosi-goto no haru aki goto ni, kanarazu kano Mi-yasiro ni mawiru koto nam haberu. Hiru-yoru no roku-zi no tutome ni, midukara no hatisu no uhe no negahi wo ba, saru mono ni te, tada kono hito wo takaki ho'i kanahe tamahe to, nam nen-zi haberu.
 Saki no yo no tigiri tutanaku te koso, kaku kutiwosiki yamagatu to nari haberi keme, oya, daizin no kurawi wo tamoti tamahe ri ki. Midukara kaku winaka no tami to nari ni te haberi. Tugi-tugi, sa nomi otori makara ba, nani no mi ni ka nari habera m to, kanasiku omohi haberu wo, kore ha, umare si toki yori tanomu tokoro nam haberu. Ika ni si te miyako no takaki hito ni tatematura m to omohu kokoro, hukaki ni yori, hodo-hodo ni tuke te, amata no hito no sonemi ohi, mi no tame karaki me wo miru wori-wori mo ohoku habere do, sara ni kurusimi to omohi habera zu. Inoti no kagiri ha sebaki koromo ni mo hagukumi haberi na m. Kaku nagara mi-sute haberi na ba, nami no naka ni mo maziri use ne, to nam okite haberu."
 nado, subete manebu beku mo ara nu koto-domo wo, uti-naki uti-naki kikoyu.
 Kimi mo, mono wo sama-zama obosi-tudukuru wori kara ha, uti-namida-gumi tutu kikosimesu.
 "Yoko-sama no tumi ni atari te, omohi-kake nu sekai ni tadayohu mo, nani no tumi ni ka to obotukanaku omohi turu, koyohi no ohom-monogatari ni kiki-ahasure ba, geni asakara nu saki no yo no tigiri ni koso ha to, ahare ni nam. Nado kaha, kaku sadaka ni omohi-siri tamahi keru koto wo, ima made ha tuge tamaha zari tura m. Miyako hanare si toki yori, yo no tune naki mo adikinau, okonahi yori hoka no koto naku te tuki-hi wo huru ni, kokoro mo mina kuduhore ni keri. Kakaru hito monosi tamahu to ha, hono-kiki nagara, itadura-bito wo ba yuyusiki mono ni koso omohi-sute tamahu rame to, omohi-ku'-si turu wo, sara ba mitibiki tamahu beki ni koso a'nare. Kokoro-bosoki hitori-ne no nagusame ni mo."
 nado notamahu wo, kagiri naku uresi to omohe ri.
 "Hitori-ne ha kimi mo siri nu ya ture-dure to
 omohi-akasi no ura sabisisa wo

 masite tosi-tuki omohi tamahe wataru ibusesa wo, osihakara se tamahe."
 to kikoyuru kehahi, uti-wananaki tare do, sasuga ni yuwe nakara zu.
 "Saredo, ura-nare tamahe ram hito ha." tote,
 "Tabi-goromo ura-ganasisa ni akasi-kane
 kusa no makura ha yume mo musuba zu
"
 to, uti-midare tamahe ru ohom-sama ha, ito zo aigyau-duki, ihu yosi naki ohom-kehahi naru. Kazu sira nu koto-domo kikoye-tukusi tare do, urusasi ya! Higa-koto-domo ni kaki-nasi tare ba, itodo, woko ni katakunasiki Nihudau no kokoro-bahe mo, arahare nu beka'meri.

 思ふこと、かつがつ叶ひぬる心地して、涼しう思ひゐたるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文つかはす。心恥づかしきさまなめるも、なかなか、かかるものの隈にぞ、思ひの外なることも籠もるべかめると、心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、
「をちこちも知らぬ雲居に眺めわび
かすめし宿の梢をぞ訪ふ
『思ふには650』」
とばかりやありけむ。
入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。
御返り、いと久し。内に入りてそそのかせど、娘はさらに聞かず。恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも、恥づかしう651つつまし。人の御ほど、わが身のほど思ふに652、こよなくて、心地悪しとて寄り臥しぬ。
言ひわびて、入道ぞ書く。
「いとかしこきは、田舎びてはべる袂に、つつみあまりぬる653にや。さらに見たまへも、及びはべらぬかしこさになむ。さるは、
眺むらむ同じ雲居を眺むるは
思ひも同じ思ひなるらむ
となむ見たまふる。いと好き好きしや」
と聞こえたり。陸奥紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。「げにも、好きたるかな」と、めざましう見たまふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。
またの日、
「宣旨書きは、見知らずなむ」とて、
「いぶせくも心にものを悩むかな
やよやいかにと問ふ人もなみ
『言ひがたみ』」
と、このたびは、いといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書きたまへり。若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ。めでたしとは見れど、なずらひならぬ身のほどの、いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと、尋ね知りたまふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からず染めたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして、
「思ふらむ心の654ほどややよいかに
まだ見ぬ人の聞きか悩まむ」
手のさま、書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじう、上衆めきたり。
京のことおぼえて、をかしと見たまへど、うちしきりて遣はさむも、人目つつましければ、二、三日隔てつつ、つれづれなる夕暮れ、もしは、ものあはれなる曙などやうに紛らはして、折々、同じ心に見知りぬべきほど推し量りて、書き交はしたまふに、似げなからず。
心深う思ひ上がりたるけしきも、見ではやまじと思すものから、良清が領じて言ひしけしきもめざましう、年ごろ心つけてあらむを、目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、「人進み参らば、さる方にても、紛らはしてむ」と思せど、女はた、なかなかやむごとなき際の人よりも、いたう思ひ上がりて、ねたげにもてなしきこえたれば、心比べにてぞ過ぎける。
京のことを、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、「いかにせまし。たはぶれにくくも655あるかな。忍びてや、迎へたてまつりてまし」と、思し弱る折々あれど、「さりとも、かくてやは、年を重ねむと、今さらに人悪ろきことをば」と、思し静めたり。

 願いが、まずまず叶った心地がして、すがすがしい気持ちでいると、翌日の昼頃に、岡辺の家にお手紙をおつかわしになる。奥ゆかしい方らしいのも、かえって、このような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているようだと、お気づかいなさって、高麗の胡桃色の紙に、何ともいえないくらい念入りに趣向を調えて、
「何もわからない土地にわびしい生活を送っていましたが
お噂を耳にしてお便りを差し上げます
『思ふには』」というぐらいあったのであろうか。
入道も、こっそりとお待ち申し上げようとして、あちらの家に来ていたのも期待どおりなので、御使者をたいそうおもはゆく思うほど酔わせる。
お返事には、たいそう時間がかかる。奥に入って催促するが、娘は一向に聞き入れない。気後れするようなお手紙の様子に、お返事をしたためる筆跡も、恥ずかしく気後れして、相手のご身分と、わが身の程を思い比べると、比較にもならない思いがして、気分が悪いといって、物に寄り伏してしまった。
説得に困って、入道が書く。
「とても恐れ多い仰せ言は、田舎者には、身に余るほどのことだからでございましょうか。まったく拝見させて戴くことなど、思いも及ばぬもったいなさでございます。それでも、
物思いされながら眺めていらっしゃる空を同じく眺めていますのは
きっと同じ気持ちだからなのでしょう
と拝見してます。大変に色めいて恐縮でございます」
と申し上げた。陸奥紙に、ひどく古風な書き方だが、筆跡はしゃれていた。「なるほど、色っぽく書いたものだ」と、目を見張って御覧になる。御使者に、並々ならぬ女装束などを与えた。
翌日、
「代筆のお手紙を頂戴したのは、初めてです」とあって、
「悶々として心の中で悩んでおります
いかがですかと尋ねてくださる人もいないので
『言ひがたみ』」
と、今度は、たいそうしなやかな薄様に、とても美しそうにお書きになっていた。若い女性が素晴らしいと思わなかったら、あまりに引っ込み思案というものであろう。ご立派なとは思うものの、比較にならないわが身の程が、ひどくふがいないので、かえって、自分のような女がいるということを、お知りになり訪ねてくださるにつけて、自然と涙ぐまれて、まったく例によって動こうとしないのを、責められ促されて、深く染めた紫の紙に、墨つきも濃く薄く書き紛らわして、
「思って下さるとおっしゃいますが、その真意はいかがなものでしょうか
まだ見たこともない方が噂だけで悩むということがあるのでしょうか」
筆跡や、出来ぐあいなど、高貴な婦人方に比べてもたいして見劣りがせず、貴婦人といった感じである。
京の事が思い出されて、興趣深いと御覧になるが、続けざまに手紙を出すのも、人目が憚られるので、二、三日置きに、所在ない夕暮や、もしくは、しみじみとした明け方などに紛らわして、それらの時々に、同じ思いをしているにちがいない時を推量して、書き交わしなさると、不似合いではない。
思慮深く気位高くかまえている様子も、是非とも会わないと気がすまないと、お思いになる一方で、良清がわがもの顔に言っていた様子もしゃくにさわるし、長年心にかけていただろうことを、目の前で失望させるのも気の毒にご思案されて、「相手が進んで参ったような恰好ならば、そのようなことにして、うやむやのうちに事をはこぼう」とお思いになるが、女は女で、かえって高貴な身分の方以上に、たいそう気位高くかまえていて、いまいましく思うようにお仕向け申しているので、意地の張り合いで日が過ぎて行ったのであった。
京の事を、このように関よりも遠くに行った今では、ますます気がかりにお思い申し上げなさって、「どうしたものだろう。冗談でないことだ。こっそりと、お迎え申してしまおうか」と、お気弱になられる時々もあるが、「そうかといって、こうして何年も過せようかと、今さら体裁の悪いことを」と、お思い静めになった。

 [2-7 Love letter to Akashi-no-Kimi]
 Omohu koto, katu-gatu kanahi nuru kokoti si te, suzusiu omohi-wi taru ni, mata no hi no hiru-tu-kata, wokabe ni ohom-humi tukahasu. Kokoro-hadukasiki sama na'meru mo, naka-naka, kakaru mono no kuma ni zo, omohi no hoka naru koto mo komoru beka'meru to, kokoro-dukahi si tamahi te, Koma no kurumi-iro no kami ni, e nara zu hiki-tukurohi te,
 "Woti-koti mo sira nu kumo-wi ni nagame wabi
 kasume si yado no kozuwe wo zo tohu

 'Omohu ni ha'."
 to bakari ya ari kem?
 Nihudau mo, hito-sire-zu mati kikoyu tote, kano ihe ni ki-wi tari keru mo sirukere ba, ohom-tukahi ito mabayuki made weha su.
 Ohom-kaheri, ito hisasi. Uti ni iri te sosonokasse do, musume ha sarani kika zu. Hadukasige naru ohom-humi no sama ni, sasi-ide m te-tuki mo, hadukasiu tutumasi. Hito no ohom-hodo, waga mi no hodo omohu ni, koyonaku te, kokoti asi tote yori-husi nu.
 Ihi-wabi te, Nihudau zo kaku.
 "Ito kasikoki ha, winaka-bi te haberu tamoto ni, tutumi amari nuru ni ya. Sarani mi tamahe mo, oyobi habera nu kasikosa ni nam. Saru ha,
 Nagamu ram onazi kumowi wo nagamuru ha
 omohi mo onazi omohi naru ram

 to nam mi tamahuru. Ito suki-zukisi ya!"
 to kikoye tari. Mitinoku-gami ni, itau hurumeki tare do, kaki-zama yosi-bami tari. "Geni mo, suki taru kana!" to, mezamasiu mi tamahu. Ohom-tukahi ni, nabete nara nu tama-mo nado kaduke tari.
 Mata no hi,
 "Senzi-gaki ha, mi-sira zu nam." tote,
 "Ibuseku mo kokoro ni mono wo nayamu kana
 yayo ya ika ni to tohu hito mo nami

 'Ihi gatami'."
 to, kono tabi ha, ito itau nayobi taru usuyau ni, ito utukusige ni kaki tamahe ri. Wakaki hito no mede zara m mo, ito amari umore itakara m. Medetasi to ha mire do, nazurahi nara nu mi no hodo no, imiziu kahinakere ba, naka-naka, yo ni aru mono to, tadune siri tamahu ni tuke te, namidaguma re te, sarani rei no dou naki wo, semete ihare te, asakara zu sime taru murasaki no kami ni, sumi-tuki koku usuku magirahasi te,
 "Omohu ram kokoro no hodo ya yayo ika ni
 mada mi nu hito no kiki ka nayama m
"
 Te no sama, kaki taru sama nado, yamgotonaki hito ni itau otoru maziu, zyauzu-meki tari.
 Kyau no koto oboye te, wokasi to mi tamahe do, uti-sikiri te tukahasa mo, hitome tutumasikere ba, hutu-ka, mi-ka hedate tutu, ture-dure naru yuhugure, mosiha, mono-ahare naru akebono nado yau ni magirahasi te, wori-wori, onazi kokoro ni mi-siri nu beki hodo osihakari te, kaki-kahasi tamahu ni, nige nakara zu.
 Kokoro-hukau omohi-agari taru kesiki mo, mi de ha yama zi to obosu mono-kara, Yosikiyo ga ryau-zi te ihi si kesiki mo mezamasiu, tosi-goro kokoro-tuke te ara m wo, me no mahe ni omohi-tagahe m mo itohosiu obosi-megurasa re te, "Hito susumi mawira ba, saru kata ni te mo, magirahasi te m." to obose do, Womna hata, naka-naka yamgotonaki kiha no hito yori mo, itau omohi-agari te, netage ni motenasi kikoye tare ba, kokoro-kurabe ni te zo sugi keru.
 Kyau no koto wo, kaku seki hedatari te ha, iyo-iyo obotukanaku omohi kikoye tamahi te, "Ika ni se masi. Thabure-nikuku mo aru kana! Sinobi te ya mukahe tatematuri te masi." to, obosi-yowaru wori-wori are do, "Sa'ri to mo, kaku te ya ha, tosi wo kasane m to, imasara ni hito waroki koto wo ba." to, obosi-sidume tari.

 その年、朝廷に、もののさとししきりて、もの騒がしきこと多かり。三月十三日、雷鳴りひらめき、雨風騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、御前の御階のもとに立たせたまひて、御けしきいと悪しうて、にらみきこえさせたまふを、かしこまりておはします。聞こえさせたまふことども多かり。源氏の御事なりけむかし。
いと恐ろしう、いとほしと思して、后に聞こえさせたまひければ、
「雨など降り、空乱れたる夜は、思ひなしなることはさぞはべる。軽々しきやうに、思し驚くまじきこと」
と聞こえたまふ。
にらみたまひしに、目見合はせたまふと見しけにや、御目656患ひたまひて、堪へがたう悩みたまふ。御つつしみ、内裏にも宮にも限りなくせさせたまふ。
太政大臣亡せたまひぬ。ことわりの御齢なれど、次々におのづから騒がしきことあるに、大宮もそこはかとなう患ひたまひて、ほど経れば弱りたまふやうなる、内裏に思し嘆くこと、さまざまなり。
「なほ、この源氏の君、まことに犯しなきにてかく沈むならば、かならずこの報いありなむとなむおぼえはべる。今は、なほもとの位をも賜ひてむ」
とたびたび思しのたまふを、
「世のもどき、軽々しきやうなるべし。罪に懼ぢて都を去りし人を、三年をだに過ぐさず許されむことは、世の人もいかが言ひ伝へはべらむ」
など、后かたく諌めたまふに、思し憚るほどに月日かさなりて、御悩みども、さまざまに重りまさらせたまふ。

 その年、朝廷では、神仏のお告げが続いてあって、物騒がしいことが多くあった。三月十三日、雷が鳴りひらめき、雨風が激しかった夜に、帝の御夢に、院の帝が、御前の階段の下にお立ちあそばして、御機嫌がひどく悪くて、お睨み申し上げあそばすので、畏まっておいであそばす。お申し上げあそばすこと多かった。源氏のお身の上の事であったのだろう。
たいそう恐ろしく、またおいたわしく思し召して、大后にお申し上げあそばしたのだが、
「雨などが降り、天候が荒れている夜には、思い込んでいることが夢に現れるのでございます。軽々しい態度に、お驚きあそばすものではありませぬ」
とお諌めになる。
お睨みになったとき、眼をお見合わせになったと思し召してか、眼病をお患になって、堪えきれないほどお苦しみになる。御物忌み、宮中でも大后宮でも、数知れずお執り行わせあそばす。
太政大臣がお亡くなりになった。無理もないお年であるが、次々に自然と騒がしいことが起こって来る上に、大后宮もどことなくお具合が悪くなって、日がたつにつれ弱って行くようなので、主上におかれてもお嘆きになること、あれやこれやと尽きない。
「やはり、この源氏の君が、真実に無実の罪でこのように沈んでいるならば、必ずその報いがあるだろうと思われます。今は、やはり元の位階を授けよう」
と度々お考えになり仰せになるが、
「世間の非難、軽々しいようでしょう。罪を恐れて都を去った人を、わずか三年も過ぎないうちに赦されるようなことは、世間の人もどのように言い伝えることでしょう」
などと、大后は固くお諌めになるので、ためらっていらっしゃるうちに月日がたって、お二方の御病気も、それぞれ次第に重くなって行かれる。

 [2-8 Convulsions of nature in Kyoto]
 Sono tosi, ohoyake ni, mono no satosi sikiri te, mono-sawagasiki koto ohokari. Yayohi no zihu-sam-niti, kami nari hirameki, ame kaze sawagasiki yoru, Mikado no ohom-yume ni, Win-no-Mikado, o-mahe no mi-hasi no moto ni tata se tamahi te, mi-kesiki ito asiu te, nirami kikoye sase tamahu wo, kasikomari te ohasimasu. Kikoye sase tamahu koto-domo ohokari. Genzi no ohom-koto nari kem kasi.
 Ito osorosiu, itohosi to obosi te, kisaki ni kikoye sase tamahi kere ba,
 "Ame nado huri, sora midare taru yoru ha, omohi-nasi naru koto ha sa zo haberu. Karo-garosiki yau ni, obosi odoroku maziki koto."
 to kikoye tamahu.
 Nirami tamahi si ni, me mi-ahase tamahu to mi si ke ni ya, ohom-me wadurai tamahi te, tahe-gatau nayami tamahu. Ohom-tutusimi, Uti ni mo Miya ni mo kagiri naku se sase tamahu.
 Ohoki-otodo use tamahi nu. Kotowari no ohom-yohahi nare do, tugi-tugi ni onodukara sawagasiki koto aru ni, Oho-Miya mo sokohakatonau wadurahi tamahi te, hodo hure ba yowari tamahu yau naru, Uti ni obosi-nageku koto, sama-zama nari.
 "Naho, kono Genzi-no-Kimi, makoto ni wokasi naki ni te kaku sidumu nara ba, kanarazu kono mukuyi ari na m to nam oboye haberu. Ima ha, naho moto no kurawi wo mo tamahi te m."
 to tabi-tabi obosi notamahu wo,
 "Yo no modoki, karo-garosiki yau naru besi. Tumi ni odi te miyako wo sari si hito wo, sam-nen wo dani sugusa zu yurusa re m koto ha, yo no hito mo ikaga ihi-tutahe habera m."
 nado, Kisaki kataku isame tamahu ni, obosi-habakaru hodo ni tuki-hi kasanari te, ohom-nayami-domo, sama-zama ni omori masara se tamahu.

 明石には、例の、秋、浜風のことなるに、一人寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせたまふ。
「とかく紛らはして、こち参らせよ」
とのたまひて、渡りたまはむことをばあるまじう思したるを、正身はた、さらに思ひ立つべくもあらず。
「いと口惜しき際の田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざ657をもすなれ、人数にも思されざらむものゆゑ、我はいみじきもの思ひをや添へむ。かく及びなき心を思へる親たちも、世籠もりて過ぐす年月こそ、あいな頼みに、行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむほど、かかる御文ばかりを聞こえかはさむこそ、おろかならね。年ごろ音にのみ聞きて、いつかはさる人の御ありさまをほのかにも見たてまつらむなど、思ひかけざりし御住まひにて、まほならねどほのかにも見たてまつり、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御ありさまおぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまることなれ」
など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近きことは思ひ寄らず。
親たちは、ここらの年ごろの祈りの叶ふべきを思ひながら、
「ゆくりかに見せたてまつりて、思し数まへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」
と思ひやるに、ゆゆしくて、
「めでたき人と聞こゆとも、つらういみじうもあるべきかな。目にも見えぬ仏、神を頼みたてまつりて、人の御心をも、宿世をも知らで」
など、うち返し思ひ乱れたり。君は、
「このころの波の音に、かの物の音を聞かばや。さらずは、かひなくこそ」
など、常はのたまふ。

 明石では、例によって、秋、浜風が格別で、独り寝も本当に何となく淋しくて、入道にも時々話をおもちかけになる。
「何とか人目に立たないようにして、こちらに差し向けなさい」
とおっしゃって、いらっしゃることは決してないようにお思いになっているが、娘は娘でまた、まったく出向く気などない。
「とても取るに足りない身分の田舎者は、一時的に下向した人の甘い言葉に乗って、そのように軽く良い仲になることもあろうが、一人前の夫人として思ってくださらないだろうから、わたしはたいへんつらい物思いの種を増すことだろう。あのように及びもつかぬ高望みをしている両親も、未婚の間で過ごしているうちは、当てにならないことを当てにして、将来に希望をかけていようが、かえって心配が増ることであろう」と思って、「ただこの浦にいらっしゃる間は、このようなお手紙だけをやりとりさせていただけるのは、並々ならぬこと。長年噂にだけ聞いて、いつの日にかそのような方のご様子をちらっとでも拝見しようなどと、思いもしなかったお住まいで、よそながらもちらと拝見し、世にも素晴らしいと聞き伝えていたお琴の音をも風に乗せて聴き、毎日のお暮らしぶりもはっきりと見聞きし、このようにまでわたしに対してご関心いただくのは、このような海人の中に混じって朽ち果てた身にとっては、過分の幸せだわ」
などと思うと、ますます気後れがして、少しもお側近くに上がることなどは考えもしない。
両親は、長年の念願が今にも叶いそうに思いながら、
「不用意にお見せ申して、もし相手にもしてくださらなかった時は、どんなに悲しい思いをするだろうか」
と想像すると、心配でたまらず、
「立派な方とは申しても、辛く堪らないことであるよ。目に見えない仏、神を信じ申して、君のお心や、娘の運命をも分からないままに」
などと、改めて思い悩んでいた。君は、
「この頃の波の音に合わせて、あの琴の音色を聴きたいものだ。それでなかったら、何にもならない」
などと、いつもおっしゃる。

 3 Tale of Akashi Happiness and grief in marriage [3-1 Lonely life in Akashi]
 Akasi ni ha, rei no, aki, hama-kaze no koto naru ni, hitori-ne mo mameyaka ni mono-wabisiu te, Nihudau ni mo wori-wori kataraha se tamahu.
 "Tokaku magirahasi te, koti mawira se yo."
 to notamahi te, watari tamaha m koto wo ba aru maziu obosi taru wo, sauzimi hata, sara ni omohi-tatu beku mo ara zu.
 "Ito kutiwosiki kiha no winaka-bito koso, kari ni kudari taru hito no uti-toke-goto ni tuki te, sayau ni karoraka ni katarahu waza mo su nare, hito-kazu ni mo obosa re zara m mono yuwe, ware ha imiziki mono-omohi wo ya sohe m. Kaku oyobi naki kokoro wo omohe ru oya-tati mo, yo-gomori te sugusu tosi-tuki koso, aina-danomi ni, yuku-suwe kokoro-nikuku omohu rame, naka-naka naru kokoro wo ya tukusa m." to omohi te, "Tada kono ura ni ohase m hodo, kakaru ohom-humi bakari wo kikoye kahasa m koso, oroka nara ne. Tosi-goro oto ni nomi kiki te, ituka ha saru hito no ohom-arisama wo honoka ni mo mi tatematura m nado, omohi-kake zari si ohom-sumahi ni te, maho nara ne do honoka ni mo mi tatematuri, yo ni naki mono to kiki-tutahe si ohom-koto no ne wo mo kaze ni tuke te kiki, ake-kure no ohom-arisama obotukanakara de, kaku made yo ni aru mono to obosi tadunuru nado koso, kakaru ama no naka ni kuti nuru mi ni amaru koto nare."
 nado omohu ni, iyo-iyo hadukasiu te, tuyu mo ke-dikaki koto ha omohi-yora zu.
 Oya-tati ha, kokora no tosi-goro no inori no kanahu beki wo omohi nagara,
 "Yukurika ni mise tatematuri te, obosi-kazumahe zara m toki, ika naru nageki wo ka se m."
 to omohi-yaru ni, yuyusiku te,
 "Medetaki hito to kikoyu to mo, turau imiziu mo aru beki kana! Me ni mo miye nu Hotoke, Kami wo tanomi tatematuri te, hito no mi-kokoro wo mo, sukuse wo mo sira de."
 nado, uti-kahesi omohi-midare tari. Kimi ha,
 "Kono-koro no nami no oto ni, kano mono no ne wo kika baya! Sa'ra zu ha, kahi naku koso."
 nado, tune ha notamahu.

 忍びて吉しき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ「あたら夜の658」と聞こえたり。
君は、「好きのさまや」と思せど、御直衣たてまつりひきつくろひて、夜更かして出でたまふ。御車は二なく作りたれど、所狭しとて、御馬にて出でたまふ。惟光などばかりをさぶらはせたまふ。やや遠く入る所なりけり。道のほども、四方の浦々見わたしたまひて、思ふどち見まほしき659入江の月影にも、まづ恋しき人の御ことを思ひ出できこえたまふに、やがて馬引き過ぎて、赴きぬべく思す。
「秋の夜の月毛の駒660よ我が恋ふる
雲居を翔れ時の間も見む」
と、うちひとりごたれたまふ。
造れるさま、木深く、いたき所まさりて、見どころある住まひなり。海のつらはいかめしうおもしろく、これは心細く住みたるさま、「ここにゐて、思ひ残すことはあらじ」と、思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声、松風に響きあひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへあるさまなり。前栽どもに虫の声を尽くしたり661。ここかしこのありさまなど御覧ず。娘住ませたる方は、心ことに磨きて、月入れたる真木の戸口、けしきばかり662押し開けたり。
うちやすらひ、何かとのたまふにも、「かうまでは見えたてまつらじ」と深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、「こよなうも人めきたるかな。さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、いとかくやつれたるに、あなづらはしきにや」とねたう、さまざまに思し悩めり。「情けなうおし立たむも、ことのさまに違へり。心比べに負けむこそ、人悪ろけれ」など、乱れ怨みたまふさま、げにもの思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ。
近き几帳の紐に、箏の琴のひき鳴らされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、
「この、聞きならしたる琴をさへや」
など、よろづにのたまふ。
「むつごとを語りあはせむ人もがな
憂き世の夢もなかば覚むやと」
「明けぬ夜にやがて惑へる心には
いづれを夢とわきて語らむ」
ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおぼえたり。何心もなくうちとけてゐたりけるを、かうものおぼえぬに、いとわりなくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで固めけるにか、いと強きを、しひてもおし立ちたまはぬさまなり。されど、さのみもいかでかあらむ。
人ざま、いとあてに、そびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。御心ざしの、近まさりするなるべし、常は厭はしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、「人に知られじ」と思すも、心あわたたしうて、こまかに語らひ置きて、出でたまひぬ。
御文、いと忍びてぞ今日はある。あいなき御心の鬼なりや。ここにも、かかることいかで漏らさじとつつみて、御使ことことしうももてなさぬを、胸663いたく思へり。
かくて後は、忍びつつ時々おはす。「ほどもすこし離れたるに、おのづからもの言ひさがなき海人の子もや立ちまじらむ」と思し憚るほどを、「さればよ」と思ひ嘆きたるを、「げに、いかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただこの御けしきを待つことにはす。今さらに心を乱るも、いといとほしげなり。

 こっそりと吉日を調べて、母君があれこれと心配するのには耳もかさず、弟子たちにさえ知らせず、自分の一存で世話をやき、輝くばかりに整えて、十三日の月の明るくさし出た時分に、ただ「あたら夜の」と申し上げた。
君は、「風流ぶっているな」とお思いになるが、お直衣をお召しになり身なりを整えて、夜が更けるのを待ってお出かけになる。お車はまたとなく立派に整えたが、仰々しいと考えて、お馬でお出かけになる。惟光などばかりをお従わせになる。少し遠く奥まった所であった。道すがら、四方の浦々をお見渡しになって、恋人どうしで眺めたい入江の月影を見るにつけても、まずは恋しい人の御ことをお思い出し申さずにはいらっしゃれないので、そのまま馬で通り過ぎて、上京してしまいたく思われなさる。
「秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ
束の間でもあの人に会いたいので」
とつい独り口をついて出る。
造りざまは、木が深く繁って、ひどく感心する所があって、結構な住まいである。海辺の住まいは堂々として興趣に富み、こちらの家はひっそりとした住まいの様子で、「ここで暮らしたら、どんな物思いもし残すことはなかろう」と自然と想像されて、しみじみとした思いにかられる。三昧堂が近くにあって、鐘の音、松風に響き合って、もの悲しく、巌に生えている松の根ざしも、情趣ある様子である。いくつもの前栽に虫が声いっぱいに鳴いている。あちらこちらの様子を御覧になる。娘を住ませている建物は、格別に美しくしてあって、月の光を入れた真木の戸口は、ほんの気持ちばかり開けてある。
少しためらいがちに、何かと言葉をおかけになるが、「こんなにまでお側近くには上がるまい」と深く決心していたので、何となく悲しくて気を許さない態度を、「ずいぶんと貴婦人ぶっているな。容易に近づきがたい高貴な身分の女でさえ、これほど近づき言葉をかけてしまえば、気強く拒むことはないのであったが、このように落ちぶれているので、見くびっているのだろうか」としゃくで、いろいろと悩んでいるようである。「容赦なく無理じいするのも、意向に背くことになる。根比べに負けたりしたら、体裁の悪いことだ」などと、千々に心乱れてお恨みになるご様子、本当に物の情趣を理解する人に見せたいものである。
近くの几帳の紐に触れて、箏の琴が音をたてたのも、感じが取り繕ってなく、くつろいだ普段のまま琴を弄んでいた様子が想像されて、興趣あるので、
「この、噂に聞いていた琴までも聴かせてくれないのですか」
などと、いろいろとおっしゃる。
「睦言を語り合える相手が欲しいものです
この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと」
「闇の夜にそのまま迷っておりますわたしには
どちらが夢か現実か区別してお話し相手になれましょう」
かすかな感じは、伊勢の御息所にとてもよく似ていた。何も知らずにくつろいでいたところを、こう意外なお出ましとなったので、たいそう困って、近くにある曹司の中に入って、どのように戸締りしたものか、固いのだが、無理して開けようとはなさらない様子である。けれども、いつまでもそうしてばかりいられようか。
人柄は、とても上品で、すらりとして、気後れするような感じがする。このような無理に結んだ契りをお思いになるにつけても、ひとしおいとしい思いが増すのである。情愛が、逢ってますます思いが募るのであろう、いつもは嫌でたまらない秋の夜の長さも、すぐに明けてしまった気持ちがするので、「人に知られまい」とお思いになると、気がせかれて、心をこめたお言葉を残して、お立ちになった。
後朝のお手紙、こっそりと今日はある。つまらない良心の呵責であるよ。こちらでも、このようなことを何とか世間に知られまいと隠して、御使者を仰々しくもてなさないのを、残念に思った。
こうして後は、こっそりと時々お通いになる。「距離も少し離れているので、自然と口さがない海人の子どもがいるかも知れない」とおためらいになる途絶えを、「やはり、思っていたとおりだわ」と嘆いているので、「なるほど、どうなることやら」と、入道も極楽往生の願いも忘れて、ただ君のお通いを待つことばかりである。今さら心を乱すのも、とても気の毒なことである。

 [3-2 The first visit to Akashi-no-Kimi]
 Sinobi te yorosiki hi mi te, Haha-Gimi no tokaku omohi wadurahu wo kiki-ire zu, desi-domo nado ni dani sirase zu, kokoro yutotu ni tati-wi, kakayaku bakari siturahi te, zihu-sam-niti no tuki no hanayaka ni sasi-ide taru ni, tada "Atara yo no" to kikoye tari.
 Kimi ha, "Suki no sama ya" to obose do, ohom-nahosi tatematuri hiki-tukurohi te, yo-hukasi te ide tamahu. Mi-kuruma ha ni-naku tukuri tare do, tokoro-sesi tote, ohom-mma ni te ide tamahu. Koremitu nado bakari wo saburaha se tamahu. Yaya tohoku iru tokoro nari keri. Miti no hodo mo, yomo no ura-ura mi-watasi tamahi te, omohu-doti mi-mahosiki irie no tuki-kage ni mo, madu kohisiki hito no ohom-koto wo omohi-ide kikoye tamahu ni, yagate mma hiki-sugi te, omomuki nu beku obosu.
 "Aki no yo no tuki-ge no koma yo waga kohuru
 kumowi wo kake re toki no ma mo mi m
"
 to, uti-hitori-gota re tamahu.
 Tukure ru sama, ko-bukaku, itaki tokoro masari te, mi-dokoro aru sumahi nari. Umi no tura ha ikamesiu omosiroku, kore ha kokoro-bosoku sumi taru sama, "Koko ni wi te, omohi nokosu koto ha ara zi." to, obosi-yara ruru ni, mono-ahare nari. Sammai-dau tikaku te, kane no kowe, matu-kaze ni hibiki-ahi te, mono-kanasiu, iha ni ohi taru matu no nezasi mo, kokoro-bahe aru sama nari. Sensai-domo ni musi no kowe wo tukusi tari. Koko kasiko no arisama nado go-ran-zu. Musume suma se taru kata ha, kokoro-koto ni migaki te, tuki ire taru maki no toguti, kesiki bakari osi-ake tari.
 Uti-yasurahi, nani ka to notamahu ni mo, "Kau made ha miye tatematura zi." to hukau omohu ni, mono-nagekasiu te, uti-toke nu kokoro-zama wo, "Koyonau mo hito meki taru kana! Sa si mo aru maziki kiha no hito dani, kabakari ihi-yori nure ba, kokoro-duyou si mo ara zu narahi tari si wo, ito kaku yature taru ni, anadurahasiki ni ya?" to netau, sama-zama ni obosi-nayame ri. "Nasake nau osi-tata m mo, koto no sama ni tagahe ri. Kokoro-kurabe ni make m koso, hito-warokere." nado, midare urami tamahu sama, geni mono-omohi sira m hito ni koso mise mahosikere.
 Tikaki kityau no himo ni, sau-no-koto no hiki-nara sare taru mo, kehahi sidokenaku, uti-toke nagara kaki-masaguri keru hodo miye te wokasikere ba,
 "Kono, kiki-narasi taru koto wo sahe ya."
 nado, yorodu ni notamahu.
 "Mutu-goto wo katari-ahase m hito mo gana
 uki-yo no yume mo nakaba samu ya to
"
 "Ake nu yo ni yagate madohe ru kokoro ni ha
 idure wo yume to waki te katara m
"
 Honoka naru kehahi, Ise-no-Miyasumdokoro ni ito you oboye tari. Nani-gokoro mo naku uti-toke te wi tari keru wo, kau mono oboye nu ni, ito warinaku te, tikakari keru zausi no uti ni iri te, ikade katame keru ni ka, ito tuyoki wo, sihite mo osi-tati tamaha nu sama nari. Saredo, sa nomi mo ikade ka ara m.
 Hito-zama, ito ate ni, sobiye te, kokoro-hadukasiki kehahi zo si taru. Kau anagati nari keru tigiri wo obosu ni mo, asakara zu ahare nari. Mi-kokoro-zasi no, tika-masari suru naru besi, tune ha itohasiki yoru no nagasa mo, toku ake nuru kokoti sure ba, "Hito ni sira re zi." to obosu mo, kokro-awatatasiu te, komaka ni katarahi-oki te, ide tamahi nu.
 Ohom-humi, ito sinobi te zo kehu ha aru. Ainaki mi-kokoro-no-oni nari ya! Koko ni mo, kakaru koto ikade morasa zi to tutumi te, ohom-tukahi koto-kotosiu mo motenasa nu wo, mune itaku omohe ri.
 Kakute noti ha, sinobi tutu toki-doki ohasu. "Hodo mo sukosi hanare taru ni, onodukara mono-ihi saga naki ama no ko mo ya tati-mazira m." to obosi-habakaru hodo wo, "Sareba yo!" to omohi nageki taru wo, "Geni, ika nara m?" to, Nihudau mo Gokuraku no negahi wo ba wasure te, tada kono mi-kesiki wo matu koto ni hasu. Imasara ni kokoro wo midaru mo, ito itohosige nari.

 二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、「たはぶれにても、心の隔てありけると、思ひ疎まれたてまつらむ、心苦しう恥づかしう」思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。「かかる方のことをば664、さすがに、心とどめて怨みたまへりし折々、などて、あやなきすさびごとにつけても、さ665思はれたてまつりけむ」など、取り返さまほしう、人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ666、例よりも御文こまやかに書きたまひて、
「まことや、我ながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりし節々を、思ひ出づるさへ胸いたきに、また、あやしうものはかなき夢をこそ見はべしりか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思し合はせよ。『誓ひしことも667』」など書きて、
「何事につけても、
しほしほとまづぞ泣かるるかりそめの
みるめは海人のすさびなれども」
とある御返り、何心なくらうたげに書きて668、
「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合はせらるること多かるを、
うらなくも思ひけるかな契りしを
 松より波は越えじ669ものぞと」
おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれに、うち置きがたく見たまひて、名残久しう、忍びの旅寝もしたまはず。

 二条院の君が、風の便りにも漏れお聞きなさるようなことは、「冗談にもせよ、隠しだてをしたのだと、お疎み申されるのは、申し訳なくも恥ずかしいことだ」とお思いになるのも、あまりなご愛情の深さというものであろう。「こういう方面のことは、穏和な方とはいえ、気になさってお恨みになった折々、どうして、つまらない忍び歩きにつけても、そのようなつらい思いをおさせ申したのだろうか」などと、昔を今に取り戻したく、女の有様を御覧になるにつけても、恋しく思う気持ちが慰めようがないので、いつもよりお手紙を心こめてお書きになって、
「ところで、そうそう、自分ながら心にもない出来心を起こして、お恨まれ申した時々のことを、思い出すのさえ胸が痛くなりますのに、またしても、変なつまらない夢を見たのです。このように申し上げます問わず語りに、隠しだてしない胸の中だけはご理解ください。『誓ひしことも』」などと書いて、
「何事につけても、
あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます
かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども」
とあるお返事、何のこだわりもなくかわいらしげに書いて、
「隠しきれずに打ち明けてくださった夢のお話につけても、思い当たることが多くございますが、
固い約束をしましたので、何の疑いもなく信じておりました
 末の松山のように、心変わりはないものと」
鷹揚な書きぶりながら、お恨みをこめてほのめかしていらっしゃるのを、とてもしみじみと思われ、下に置くこともできず御覧になって、その後は、久しい間忍びのお通いもなさらない。

 [3-3 Letter to Murasaki-no-Kimi]
 Nideu-no-Kimi no, kaze no tute ni mo mori-kiki tamaha m koto ha, "Tahabure ni te mo, kokoro no hedate ari keru to, omohi utoma re tatematura m, kokoro-gurusiu hadukasiu" obosa ruru mo, anagati naru mi-kokoro-zasi no hodo nari kasi. "Kakaru kata no koto wo ba, sasuga ni, kokoro todome te urami tamahe ri si wori-wori, nado te, ayanaki susabi-goto ni tukete mo, sa omoha re tatematuri kem." nado, tori-kahesa mahosiu, hito no arisama wo mi tamahu ni tukete mo, kohisisa no nagusamu kata nakere ba, rei yori mo ohom-humi komayaka ni kaki tamahi te,
 "Makoto ya, ware nagara kokoro yori hoka naru nahozari-goto ni te, utoma re tatematuri si husi-busi wo, omohi-iduru sahe mune itaki ni, mata, ayasiu mono-hakanaki yume wo koso mi haberi sika. Kau kikoyuru toha-zu-gatari ni, hedate naki kokoro no hodo ha obosi-ahase yo. 'Tikahi si koto mo'." nado kaki te,
 "Nani-goto ni tuke te mo,
 Siho-siho to madu zo naka ruru karisome no
 mirume ha ama no susabi nare do mo
"
 to aru ohom-kaheri, nani-gokoro naku rautage ni kaki te,
 "Sinobi-kane taru ohom-yume-gatari ni tuke te mo, omohi-ahase raruru koto ohokaru wo,
 Uranaku mo omohi keru kana tigiri si wo
 matu yori nami ha koye zi mono zo to
"
 oiraka naru mono kara, tada-nara-zu kasume tamahe ru wo, ito ahare ni, uti-oki gataku mi tamahi te, nagori hisasiu, sinobi no tabine mo si tamaha zu.

 女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。
「行く末短げなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人並々になるべき身と思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、何ごとをか心をも悩ましけむ、かういみじうもの思はしき世にこそありけれ」
と、かねて推し量り思ひしよりも、よろづに悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬさまに見えたてまつる。
あはれとは月日に添へて思しませど、やむごとなき方の、おぼつかなくて年月を過ぐしたまひ、ただならずうち思ひおこせたまふらむが、いと心苦しければ、独り臥しがちにて過ぐしたまふ。
絵をさまざま描き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり。見む人の心に染みぬべきもののさまなり670。いかでか、空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれに慰む方なくおぼえたまふ折々、同じやうに絵を描き集めたまひつつ、やがて我が御ありさま、日記のやうに書きたまへり。いかなるべき御さまどもにかあらむ。

 女は、予想通りの結果になったので、今こそほんとうに身を海に投げ入れてしまいたい心地がする。
「老い先短い両親だけを頼りにして、いつになったら人並みの境遇になれる身の上とは思っていなかったが、ただとりとめもなく過ごしてきた年月の間は、何事に心を悩ましたろうか、このようにひどく物思いのする結婚生活であったのだ」
と、以前から想像していた以上に、何事につけ悲しいけれど、穏やかに振る舞って、憎らしげのない態度でお会い申し上げる。
いとしいと月日がたつにつれてますますお思いになっていくが、れっきとした方が、いつかいつかと帰りを待って年月を送っていられるのが、一方ならずご心配なさっていらっしゃるだろうことが、とても気の毒なので、独り寝がちにお過ごしになる。
絵をいろいろとお描きになって、思うことを書きつけて、返歌を聞かれるようにという趣向にお作りなった。見る人の心にしみ入るような絵の様子である。どうして、お心が通じあっているのであろうか、二条院の君も、悲しい気持ちが紛れることなくお思いになる時々は、同じように絵をたくさんお描きになって、そのままご自分の有様を、日記のようにお書きになっていた。どうなって行かれるお二方の身の上であろうか。

 [3-4 Akashi-no-Kimi's grief]
 Womna, omohi si mo siruki ni, ima zo makoto ni mi mo nage tu beki kokoti suru.
 "Yuku-suwe mizikage naru oya bakari wo tanomosiki mono ni te, itu no yo ni hito nami-nami ni naru beki mi to omoha zari sika do, tada sokohakato-naku te, sugusi turu tosi-tuki ha, nani-goto wo ka kokoro wo mo nayamasi kem, kau imiziu mono-omohasiki yo ni koso ari kere."
 to, kanete osihakari omohi si yori mo, yorodu ni kanasikere do, nadaraka ni motenasi te, nikukara nu sama ni miye tatematuru.
 Ahare to ha tuki-hi ni sohe te obosimase do, yamgotonaki kata no, obotukanaku te tosi-tuki wo sugusi tamahi, tadanarazu uti-omohi-okose tamahu ram ga, ito kurusikere ba, hitori husi-gati ni te sugusi tamahu.
 We wo sama-zama kaki atume te, omohu koto-domo wo kaki-tuke, kaheri-koto kiku beki sama ni si-nasi tamahe ri. Mi m hito no kokoro ni simi nu beki mono no sama nari. Ikade ka, sora ni kayohu mi-kokoro nara m, Nideu-no-Kimi mo, mono-ahare ni nagusamu kata naku oboye tamahu wori-wori, onazi yau ni we wo kaki atume tamahi tutu, yagate waga ohom-arisama, niki no yau ni kaki tamahe ri. Ika naru beki ohom-sama domo ni ka ara m?

 年変はりぬ。内裏に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる。当代の御子は、右大臣の女、承香殿の女御の御腹に男御子生まれたまへる、二つになりたまへば、いといはけなし。春宮にこそは譲りきこえたまはめ。朝廷の御後見をし、世をまつりごつべき人を思しめぐらすに、この源氏のかく沈みたまふこと、いとあたらしうあるまじきことなれば、つひに后の御諌めを背きて、赦されたまふべき定め出で来ぬ。
去年より、后も御もののけ悩みたまひ、さまざまのもののさとししきり、騒がしきを、いみじき御つつしみどもをしたまふしるしにや、よろしうおはしましける御目の悩みさへ、このころ重くならせたまひて、もの心細く思されければ、七月二十余日のほどに、また重ねて、京へ帰りたまふべき宣旨下る。
つひのことと思ひしかど、世の常なきにつけても、「いかになり果つべきにか671」と嘆きたまふを、かうにはかなれば、うれしきに添へても、また、この浦を今はと思ひ離れむことを思し嘆くに、入道、さるべきことと思ひながら、うち聞くより胸ふたがりておぼゆれど、「思ひのごと栄えたまはばこそは、我が思ひの叶ふにはあらめ」など、思ひ直す。

 年が変わった。主上におかせられては御不例のことがあって、世の中ではいろいろと取り沙汰する。今上の御子は、右大臣の娘で、承香殿の女御がお生みになった男御子がいらっしゃるが、二歳におなりなので、たいそう幼い。東宮に御譲位申されることであろう。朝廷の御後見をし、政権を担当すべき人をお考え廻らすと、この源氏の君がこのように沈んでいらっしゃること、まことに惜しく不都合なことなので、ついに皇太后の御諌言にも背いて、御赦免になられる評定が下された。
去年から、皇太后も御物の怪をお悩みになり、さまざまな前兆ががしきりにあり、世間も騒がしいので、厳重な御物忌みなどをなさった効果があってか、悪くなくおいであそばした御眼病までもが、この頃重くおなりあそばして、何となく心細く思わずにはいらっしゃれなかったので、七月二十日過ぎに、再度重ねて、帰京なさるよう宣旨が下る。
いつかはこうなることと思っていたが、世の中の定めないことにつけても、「どういうことになってしまうのだろうか」とお嘆きになるが、このように急なので、嬉しいと思うとともに、また一方で、この浦を今を限りと離れることをお嘆き悲しみになるが、入道は、当然そうなることとは思いながら、聞くなり胸のつぶれる気持ちがするが、「思い通りにお栄えになってこそ、自分の願いも叶うことなのだ」などと、思い直す。

 4 Tale of Akashi A parting from Akashi in fall [4-1 Mikad's letter comes for Genji to come back to Kyoto]
 Tosi kahari nu. Uti ni ohom-kusuri no koto ari te, yononaka sama-zama ni nonosiru. Taudai no miko ha, U-daizin no musume, Zyoukyauden-no-Nyougo no ohom-hara ni wotoko-miko umare tamahe ru, huta-tu ni nari tamahe ba, ito ihake nasi. Touguu ni koso ha yuduri kikoye tamaha me. Ohoyake no ohom-usiromi wo si, yo wo maturi-gotu beki hito wo obosi-megurasu ni, kono Genzi no kaku sidumi tamahu koto, ito atarasiu aru maziki koto nare ba, tuhi ni Kisaki no ohom-isame wo somuki te, yurusa re tamahu beki sadame ide-ki nu.
 Kozo yori, Kisaki mo ohom-mononoke nayami tamahi, sama-zama no mono no satosi sikiri, sawagasiki wo, imiziki ohom-tutusimi-domo wo si tamahu sirusi ni ya, yorosiu ohasimasi keru ohom-me no nayami sahe, kono-koro omoku nara se tamahi te, mono kokoro-bosoku obosa re kere ba, Siti-gawti ni-zihu yo-niti no hodo ni, mata kasane te, Kyau he kaheri tamahu beki senzi kudaru.
 Tuhi no koto to omohi sika do, yo no tune naki ni tuke te mo, "Ika ni nari-hatu beki ni ka?" to nageki tamahu wo, kau nihaka nare ba, uresiki ni sohe te mo, mata, kono ura wo ima ha to omohi hanare m koto wo obosi-nageku ni, Nihudau, sa'ru beki koto to omohi nagara, uti-kiku yori mune hutagari te oboyure do, "Omohi no goto sakaye tamaha ba koso ha, waga omohi no kanahu ni ha ara me." nado, omohi-nahosu.

 そのころは、夜離れなく語らひたまふ。六月ばかりより心苦しきけしきありて悩みけり。かく別れたまふべきほどなれば、あやにくなるにやありけむ、ありしよりもあはれに思して、「あやしうもの思ふべき身にもありけるかな」と思し乱る。
女は、さらにも言はず思ひ沈みたり。いとことわりなりや。思ひの外に悲しき道に出で立ちたまひしかど、「つひには行きめぐり来なむ」と、かつは思し672慰めき。
このたびはうれしき方の御出で立ちの、「またやは顧みるべき」と思すに、あはれなり。
さぶらふ人々、ほどほどにつけてはよろこび思ふ。京よりも御迎へに人々参り、心地よげなるを、主人の入道、涙にくれて、月も立ちぬ。
ほどさへあはれなる空のけしきに、「なぞや、心づから今も昔も、すずろなることにて身をはふらかすらむ」と、さまざまに思し乱れたるを、心知れる人々は、
「あな憎、例の御癖ぞ」
と、見たてまつりむつかるめり。
「月ごろは、つゆ人にけしき見せず、時々はひ紛れなどしたまへるつれなさを」
「このころ、あやにくに、なかなかの673、人の心づくしにか」
と、つきじろふ。少納言、しるべして聞こえ出でし初めのことなど674、ささめきあへるを、ただならず思へり。

 そのころは、毎夜お通いになってお語らいになる。六月頃から懐妊の兆候が現れて苦しんでいるのであった。このようにお別れなさらねばならない時なので、あいにくご愛情もいや増すというのであろうか、以前よりもいとしくお思いになって、「不思議と物思いせずにはいられない、わが身であることよ」とお悩みになる。
女は、さらにいうまでもなく思い沈んでいる。まことに無理もないことであるよ。思いもかけない悲しい旅路にお立ちになったが、「けっきょくは帰京するであろう」と、一方ではお慰めになっていた。
今度は嬉しい都へのご出発であるが、「二度とここに来るようなことはあるまい」とお思いになると、しみじみと感慨無量である。
お供の人々は、それぞれ身分に応じて喜んでいる。京からもお迎えに人々が参り、愉快そうにしているが、主人の入道、涙にくれているうちに、月が替わった。
季節までもしみじみとした空の様子なので、「どうして、自分から求めて今も昔も、埒もない恋のために憂き身をやつすのだろう」と、さまざまにお思い悩んでいられるのを、事情を知っている人々は、
「ああ、困った方だ。いつものお癖だ」
と拝、忌ま忌ましがっているようである。
「ここ数月来、全然、誰にもそぶりもお見せにならず、時々人目を忍んでお通いになっていらっしゃった冷淡さだったのに」
「最近は、あいにくと、かえって、女が嘆きを増すことであろうに」
と、互いに陰口をたたき合う。源少納言は、ご紹介申した当初の頃のことなどを、ささやき合っているのを、おもしろからず思っていた。

 [4-2 Akashi-no-Kimi gets pregant Genji's baby]
 Sono-koro ha, yo-gare naku katarahi tamahu. Roku-gwati bakari yori kokoro-gurusiki kesiki ari te nayami keri. Kaku wakare tamahu beki hodo nare ba, ayaniku naru ni ya ari kem, arisi yori mo ahare ni obosi te, "Ayasiu mono-omohu beki mi ni mo ari keru kana!" to obosi-midaru.
 Womna ha, sara ni mo iha zu omohi-sidumi tari. Ito kotowari nari ya. Omohi no hoka ni kanasiki miti ni ide-tati tamahi sika do, "Tuhi ni ha yuki-meguri ki na m." to, katu ha obosi-nagusame ki.
 Kono-tabi ha uresiki kata no ohom-ide-tati no, "Mata ya ha kaherimiru beki." to obosu ni, ahare nari.
 Saburahu hito-bito, hodo-hodo ni tuke te ha yorokobi omohu. Kyau yori mo ohom-mukahe ni hito-bito mawiri, kokoti-yoge naru wo, aruzi no Nihudau, namida ni kure te, tuki mo tati nu.
 Hodo sahe ahare naru sora no kesiki ni, "Nazo ya, kokoro-dukara ima mo mukasi mo, suzuro naru koto ni te mi wo hahurakasu ram." to, sama-zama ni obosi-midare taru wo, kokoro sire ru hito-bito ha,
 "Ana niku! Rei no mi-kuse zo."
 to, mi tatematuri mutukaru meri.
 "Tuki-goro ha, tuyu hito ni kesiki mise zu, toki-doki hahi-magire nado si tamahe ru turenasa wo."
 "Kono koro, ayaniku ni, naka-naka no, hito no kokoro-dukusi ni ka."
 to, tuki-zirohu. Seunagon, sirube si te kikoye ide si hazime no koto nado, sasameki-ahe ru wo, tadanarazu omohe ri.

 明後日ばかりになりて、例のやうにいたくも更かさで渡りたまへり。さやかにもまだ見たまはぬ容貌など、「いとよしよししう、気高きさまして、めざましうもありけるかな」と、見捨てがたく口惜しう思さる。「さるべきさまにして迎へむ」と思しなりぬ。さやうにぞ語らひ慰めたまふ。
男の御容貌、ありさまはた、さらにも言はず。年ごろの御行なひにいたく面痩せたまへるしも、言ふ方なくめでたき御ありさまにて、心苦しげなるけしきにうち涙ぐみつつ、あはれ深く契りたまへるは、「ただかばかりを、幸ひにても、などか止まざらむ」とまでぞ見ゆめれど、めでたきにしも、我が身のほどを思ふも、尽きせず。波の声、秋の風には、なほ響きことなり。塩焼く煙かすかにたなびきて、とりあつめたる所のさまなり。
「このたびは立ち別るとも藻塩焼く
煙は同じ方になびかむ」
とのたまへば、
「かきつめて海人のたく藻の思ひにも
今はかひなき恨みだにせじ」
あはれにうち泣きて、言少ななるものから、さるべき節の御応へなど浅からず聞こゆ。この、常にゆかしがりたまふ物の音など、さらに聞かせたてまつらざりつるを、いみじう恨みたまふ。
「さらば、形見にも偲ぶばかりの一琴をだに」
とのたまひて、京より持ておはしたりし琴の御琴取りに遣はして、心ことなる調べをほのかにかき鳴らしたまへる、深き夜の澄めるは、たとへむ方なし。
入道、え堪へで箏の琴取りてさし入れたり。みづからも、いとど涙さへそそのかされて、とどむべき方なきに、誘はるるなるべし、忍びやかに調べたるほど、いと上衆めきたり。入道の宮の御琴の音を、ただ今のまたなきものに思ひきこえたるは、「今めかしう、あなめでた」と、聞く人の心ゆきて、容貌さへ思ひやらるることは、げに、いと限りなき御琴の音なり。
これはあくまで弾き澄まし、心にくくねたき音ぞまされる。この御心にだに、初めてあはれになつかしう、まだ耳なれたまはぬ手など、心やましきほどに弾きさしつつ、飽かず思さるるにも、「月ごろ、など強ひても、聞きならさざりつらむ」と、悔しう思さる。心の限り行く先の契りをのみしたまふ。
「琴は、また掻き合はするまでの形見に」
とのたまふ。女、
「なほざりに頼め置くめる一ことを
尽きせぬ音にやかけて偲ばむ」
言ふともなき口すさびを、恨みたまひて、
「逢ふまでのかたみに契る中の緒の
調べはことに変はらざらなむ
この音違はぬさきにかならずあひ見む」
と頼めたまふめり。されど、ただ別れむほどのわりなさを思ひ咽せ675たるも、いとことわりなり。

 明後日ほどになって、いつものようにあまり夜が更けないうちにお越しになった。まだはっきりと御覧になっていない容貌などを、「とても風情があり、気高い様子をしていて、目を見張るような美しさだ」と、見捨てにくく残念にお思いになる。「しかるべき手筈を整えて迎えよう」とお考えになった。そのように約束してお慰めになる。
男のお顔だち、お姿は、改めていうまでもない。長い間のご勤行にひどく面痩せなさっていらっしゃるのが、いいようもなく立派なご様子で、痛々しいご様子に涙ぐみながら、しみじみと固いお約束なさるのは、「ただ一時の逢瀬でも、幸せと思って、諦めてもいいではないか」とまで思われもするが、ご立派さにつけて、わが身のほどを思うと、悲しみは尽きない。波の音、秋の風の中では、やはり響きは格別である。塩焼く煙が、かすかにたなびいて、何もかもが悲しい所の様子である。
「今はいったんお別れしますが、藻塩焼く煙のように
上京したら一緒に暮らしましょう」
とお詠みになると、
「何とも悲しい気持ちでいっぱいですが
今は申しても甲斐のないことですから、お恨みはいたしません」
せつなげに涙ぐんで、言葉少なではあるが、しかるべきお返事などは心をこめて申し上げる。あの、いつもお聴きになりたがっていらした琴の音色など、まったくお聴かせ申さなかったのを、たいそうお恨みになる。
「それでは、形見として思い出になるよう、せめて一節だけでも」
とおっしゃって、京から持っていらした琴のお琴を取りにやって、格別に風情のある一曲をかすかに掻き鳴らしていらっしゃる、夜更けの澄んだ音色は、たとえようもなく素晴しい。
入道も、たまりかねて箏の琴を取って差し入れた。娘自身も、ますます涙まで催されて、止めようもないので、気持ちをそそられるのであろう、ひっそりと音色を調べた具合、まことに気品のある奏法である。入道の宮のお琴の音色を、今の世に類のないものとお思い申し上げていたのは、「当世風で、ああ、素晴らしい」と、聴く人の心がほれぼれとして、御器量までが自然と想像されることは、なるほど、まことにこの上ないお琴の音色である。
これはどこまでも冴えた音色で、奥ゆかしく憎らしいほどの音色が優れていた。この君でさえ、初めてしみじみと心惹きつけられる感じで、まだお聴きつけにならない曲などを、もっと聴いていたいと感じさせる程度に、弾き止め弾き止めして、物足りなくお思いになるにつけても、「いく月も、どうして無理してでも、聴き親しまなかったのだろう」と、残念にお思いになる。心をこめて将来のお約束をなさるばかりである。
「琴は、再び掻き合わせをするまでの形見に」
とおっしゃる。女、
「軽いお気持ちでおっしゃるお言葉でしょうが
その一言を悲しくて泣きながら心にかけて、お偲び申します」
と言うともなく口ずさみなさるのを、お恨みになって、
「今度逢う時までの形見に残した琴の中の緒の調子のように
二人の仲の愛情も、格別変わらないでいて欲しいものです
この琴の絃の調子が狂わないうちに必ず逢いましょう」
とお約束なさるようである。それでも、ただ別れる時のつらさを思ってむせび泣いているのも、まことに無理はない。

 [4-3 Those days in front of the parting day]
 Asate bakari ni nari te, rei no yau ni itaku mo hukasa de watari tamahe ri. Sayaka ni mo mada mi tamaha nu katati nado, "Ito yosi-yosisiu, kedakaki sama si te, mezamasiu mo ari keru kana!" to, mi-sute gataku kutiwosiu obosaru. "Sa'ru beki sama ni si te mukahe m." to obosi nari nu. Sayau ni zo katarahi nagusame tamahu.
 Wotoko no ohom-katati, arisama hata, sarani mo iha zu. Tosi-goro no ohom-okonahi ni itaku omoyase tamahe ru si mo, ihu-kata naku medetaki ohom-arisama ni te, kokoro-kurusige naru kesiki ni uti-namidagumi tutu, ahare hukaku tigiri tamahe ru ha, "Tada kabakari wo, saihahi ni te mo, nado ka yama zara m." to made zo miyu mere do, medetaki ni si mo, waga mi no hodo wo omohu mo, tuki se zu. Nami no kowe, aki no kaze ni ha, naho hibiki koto nari. Siho yaku keburi kasuka ni nabiki te, tori-atume taru tokoro no sama nari.
 "Kono tabi ha tati-wakaru to mo mo-siho yaku
 keburi ha onazi kata ni nabika m
"
 to notamahe ba,
 "Kaki-tume te ama no taku mo no omohi ni mo
 ima ha kahi naki urami dani se zi
"
 Ahare ni uti-naki te, koto-zukuna naru mono kara, sa'ru beki husi no ohom-irahe nado asakara zu kikoyu. Kono, tune ni yukasigari tamahu mono no ne nado, sarani kikase tatematura zari turu wo, imiziu urami tamahu.
 "Saraba, katami ni mo sinobu bakari no hito koto wo dani."
 to notamahi te, Kyau yori mo'te ohasi tari si kin-no-ohom-koto tori ni tukahasi te, kokoro koto naru sirabe wo honoka ni kaki-narasi tamahe ru, hukaki yoru no sume ru ha, tatohe m kata nasi.
 Nihudau, e tahe de sau-no-koto tori te sasi-ire tari. Midukara mo, itodo namida sahe sosonoka sare te, todomu beki kata naki ni, sasoha ruru naru besi, sinobiyaka ni sirabe taru hodo, ito zyauzu-meki tari. Nihudau-no-Miya no ohom-koto no ne wo, tada ima no mata-naki mono ni omohi kikoye taru ha, "Imamekasiu, ana medeta!" to, kiku hito no kokoro yuki te, katati sahe omohi-yara ruru koto ha, geni, ito kagiri naki ohom-koto no ne nari.
 Kore ha aku-made hiki-sumasi, kokoro nikuku netaki ne zo masare ru. Kono mi-kokoro ni dani, hazime te ahare ni natukasiu, mada mimi-nare tamaha nu te nado, kokoro-yamasiki hodo ni hiki-sasi tutu, akazu obosa ruru ni mo, "Tuki-goro, nado sihi te mo, kiki-narasa zari tura m." to, kuyasiu obosa ru. Kokoro no kagiri yukusaki no tigiri wo nomi si tamahu.
 "Kin ha, mata kaki-ahasuru made no katami ni."
 to notamahu. Womna,
 "Nahozari ni tanome oku meru hito koto wo
 tuki se nu ne ni ya kakete sinoba m
"
 Ihu to mo naki kuti-susabi wo, urami tamahi te,
 "Ahu made no katami ni tigiru naka no wo no
 sirabe ha koto ni kahara zara nam

 Kono ne tagaha nu saki ni kanarazu ahi-mi m."
 to tanome tamahu meri. Saredo, tada wakare m hodo no warinasa wo omohi musebi taru mo, ito kotowari nari.

 立ちたまふ暁は、夜深く出でたまひて、御迎への人々も騒がしければ、心も空なれど、人まをはからひて、
「うち捨てて立つも悲しき浦波の
名残いかにと思ひやるかな」
御返り、
「年経つる苫屋も荒れて憂き波の
返る方にや身をたぐへまし」
と、うち思ひけるままなるを見たまふに、忍びたまへど、ほろほろとこぼれぬ。心知らぬ人々は、
「なほかかる御住まひ676なれど、年ごろといふばかり馴れたまへるを、今はと思すは、さもあることぞかし」
など見たてまつる。
 良清677などは、「おろかならず思すなめりかし」と、憎くぞ思ふ。
うれしきにも、「げに、今日を限りに、この渚を別るること」などあはれがりて、口々しほたれ言ひあへることどもあめり。されど、何かはとてなむ。
入道、今日の御まうけ、いといかめしう仕うまつれり。人々、下の品まで、旅の装束めづらしきさまなり。いつの間にかしあへけむと見えたり。御よそひは言ふべくもあらず。御衣櫃あまたかけさぶらはす678。まことの都の苞にしつべき御贈り物ども、ゆゑづきて、思ひ寄らぬ隈なし。今日たてまつるべき狩の御装束に、
「寄る波に立ちかさねたる旅衣
しほどけしとや人の厭はむ」
とあるを御覧じつけて、騒がしけれど、
「かたみにぞ換ふべかりける逢ふことの
日数隔てむ中の衣を」
とて、「心ざしあるを」とて、たてまつり替ふ。御身になれたるどもを遣はす。げに、今一重偲ばれたまふべきことを添ふる形見なめり。えならぬ御衣に匂ひの移りたるを、いかが人の心にも染めざらむ。
入道、
「今はと世を離れはべりにし身なれども、今日の御送りに仕うまつらぬこと」
など申して、かひをつくるもいとほしながら、若き人は笑ひ679ぬべし。
「世をうみにここらしほじむ身となりて
なほこの岸をえこそ離れね
 心の闇680は、いとど惑ひぬべくはべれば、境までだに」と聞こえて、
「好き好きしきさまなれど、思し出でさせたまふ折はべらば」
など、御けしき賜はる。いみじうものをあはれと思して、所々うち赤みたまへる御まみのわたりなど、言はむかたなく見えたまふ。
「思ひ捨てがたき筋もあめれば、今いととく見直したまひてむ。ただこの住みかこそ見捨てがたけれ。いかがすべき」とて、
「都出でし春の嘆きに劣らめや
年経る浦を別れぬる秋」
とて、おし拭ひたまへるに、いとどものおぼえず、しほたれまさる。立ちゐもあさましうよろぼふ。

 ご出立になる朝は、まだ夜の深いうちにお出になって、お迎えの人々も騒がしいので、心も上の空であるが、人のいない隙間を見はからって、
「あなたを置いて明石の浦を旅立つわたしも悲しい気がしますが
後に残ったあなたはさぞやどのような気持ちでいられるかお察しします」
お返事は、
「長年住みなれたこの苫屋も、あなた様が立ち去った後は荒れはてて
つらい思いをしましょうから、いっそ打ち返す波に身を投げてしまおうかしら」
と、気持ちのままなのを御覧になると、堪えていらっしゃったが、ほろほろと涙がこぼれてしまった。事情を知らない人々は、
「やはりこのようなお住まいであるが、一年ほどもお住み馴れになったので、いよいよ立ち去るとなると、悲しくお思いになるのももっともなことだ」
などと、拝見する。
良清などは、「並々ならずお思いでいらっしゃるようだ」と、いまいましく思っている。
嬉しいにつけても、「なるほど、今日限りで、この浦を去ることよ」などと、名残を惜しみ合って、口々に涙ぐんで挨拶をし合っているようだ。けれど、いちいちお話する必要もあるまい。
入道、今日のお支度を、たいそう盛大に用意した。お供の人々、下々のまで、旅の装束を立派に整えてある。いつの間にこんなに準備したのだろうかと思われた。ご装束はいうまでもない。御衣櫃を幾棹となく荷なわせお供をさせる。実に都への土産にできるお贈り物類、立派な物で、気のつかないところがない。今日お召しになるはずの狩衣のご装束に、
「ご用意致しました旅のご装束は寄る波の
涙に濡れていまので、嫌だとお思いになりましょうか」
とあるのを御発見なさって、騒がしい最中であるが、
「お互いに形見として着物を交換しましょう
また逢える日までの間の二人の仲の、この中の衣を」
とおっしゃって、「せっかくの好意だから」と言って、お召し替えになる。お身につけていらしたのをお遣わしになる。なるほど、もう一つお偲びになるよすがを添えた形見のようである。素晴らしいお召し物に移り香が匂っているのを、どうして相手の心にも染みないことがあろうか。
入道は、
「きっぱりと世を捨てました出家の身ですが、今日のお見送りにお供申しませんことが」
などと申し上げて、べそをかいているのも気の毒だが、若い人ならきっと笑ってしまうであろう。
「世の中が嫌になって長年この海浜の汐風に吹かれて暮らして来たが
なお依然として子の故に此岸を離れることができずにおります
娘を思う親の心は、ますます迷ってしまいそうでございますから、せめて国境までなりとも」と申し上げて、
「あだめいた事を申すようでございますが、もしお思い出しあそばすことがございましたら」
などと、ご内意を頂戴する。たいそう気の毒にお思いになって、お顔の所々を赤くしていらっしゃるお目もとのあたりがなどが、何ともいいようなくお見えになる。
「放っておきがたい事情もあるので、きっと今すぐにお思い直しくださるでしょう。ただ、この住まいが見捨てがたいのです。どうしたものでしょう」とおっしゃって、
「都を立ち去ったあの春の悲しさに決して劣ろうか
年月を過ごしてきたこの浦を離れる悲しい秋は」
とお詠みになって、涙を拭っていらっしゃると、ますます分別を失って、涙をさらに流す。立居もままならず転びそうになる。

 [4-4 The morning of the parting day]
 Tati tamahu akatuki ha, yo-bukaku ide tamahi te, ohom-mukahe no hito-bito mo sawagasi kere ba, kokoro mo sora nare do, hito-ma wo hakarahi te,
 "Uti-sute te tatu mo kanasiki ura-nami no
 nagori ika ni to omohi-yaru kana
"
 Ohom-kaheri,
 "Tosi he turu tomaya mo are te uki nami no
 kaheru kata ni ya mi wo taguhe masi
"
 to, uti-omohi keru mama naru wo mi tamahu ni, sinobi tamahe do, horo-horo to kobore nu. Kokoro sira nu hito-bito ha,
 "Naho kakaru ohom-sumahi nare do, tosi-goro to ihu bakari nare tamahe ru wo, ima ha to obosu ha, sa mo aru koto zo kasi."
 nado mi tatematuru.
 Yosikiyo nado ha, "Oroka nara zu obosu meri kasi." to, nikuku zo omohu.
 Uresiki ni mo, "Geni, kehu wo kagiri ni, kono nagisa wo wakaruru koto" nado aharegari te, kuti-guti siho-tare ihi-ahe ru koto-domo a'meri. Saredo, nani ka ha tote nam.
 Nihudau, kehu no ohom-mauke, ito ikamesiu tukau-mature ri. Hito-bito, simo no sina made, tabi no sauzoku medurasiki sama nari. Itu no ma ni ka si-ahe kem to miye tari. Ohom-yosohi ha ihu beku mo ara zu. Mizobitu amata kake saburaha su. Makoto no miyako no tuto ni si tu beki ohom-okurimono-domo, yuwe-duki te, omohi-yora nu kuma nasi. Kehu tatematuru beki kari no ohom-sauzoku ni,
 "Yoru nami ni tati-kasane taru tabi-koromo
 sihodokesi to ya hito no itoha m
"
 to aru wo go-ran-zi tuke te, sawagasikere do,
 "Katami ni zo kahu bekari keru ahu koto no
 hi-kazu hedate m naka no koromo wo
"
 tote, "Kokoro-zasi aru wo" tote, tatematuri-kahu. Ohom-mi ni nare taru domo wo tukahasu. Geni, ima hitohe sinoba re tamahu beki koto wo sohuru katami na'meri. E nara nu ohom-zo ni nihohi no uturi taru wo, ikaga hito no kokoro ni mo sime zara m.
 Nihudau,
 "Ima ha to yo wo hanare haberi ni si mi nare do mo, kehu no ohom-okuri ni tukau-matura nu koto."
 nado mausi te, kahi wo tukuru mo itohosi nagara, wakaki hito ha warahi nu besi.
 "Yo wo umi ni kokora sihozimu mi to nari te
 naho kono kisi wo e koso hanare ne

 Kokoro no yami ha, itodo madohi nu beku habere ba, sakahi made dani." to kikoye te,
 "Suki-zukisiki sama nare do, obosi-ide sase tamahu wori habera ba."
 nado, mi-kesiki tamaharu. Imiziu mono wo ahare to obosi te, tokoro-dokoro uti-akami tamahe ru ohom-mami no watari nado, iha m kata naku miye tamahu.
 "Omohi-sute gataki sudi mo a'mere ba, ima ito toku mi-nahosi tamahi te m. Tada kono sumika koso mi-sute gatakere. Ikaga su beki." tote,
 "Miyako ide si haru no nageki ni otora me ya
 tosi huru ura wo wakare nuru aki
"
 tote, osi-nogohi tamahe ru ni, itodo mono oboye zu, sihotare masaru. Tati-wi mo asamasiu yorobohu.

 正身の心地、たとふべき方なくて、かうしも人に見えじと思ひ沈むれど、身の憂きをもとにて、わりなきことなれど、うち捨てたまへる恨みのやる方なきに、たけきこととは、ただ涙に沈めり。母君も慰めわびては、
「何に、かく心尽くしなることを思ひそめけむ。すべて、ひがひがしき人に従ひける心のおこたりぞ」
と言ふ。
「あなかまや。思し捨つまじきこともものしたまふめれば、さりとも、思すところあらむ。思ひ慰めて、御湯などをだに参れ。あな、ゆゆしや」
とて、片隅に寄りゐたり。乳母、母君など、ひがめる心を言ひ合はせつつ、
「いつしか、いかで思ふさまにて見たてまつらむと、年月を頼み過ぐし、今や、思ひ叶ふとこそ頼みきこえつれ、心苦しきことをも、ものの681はじめに見るかな」
と嘆くを見るにも、いとほしければ、いとどほけられて、昼は日一日、寝をのみ寝暮らし、夜はすくよかに起きゐて、「数珠の行方も知らずなりにけり」とて、手をおしすりて仰ぎゐたり。
弟子どもにあはめられて、月夜に出でて行道するものは、遣水に倒れ入りにけり。よしある岩の片側に腰もつきそこなひて、病み臥したるほどになむ、すこしもの紛れける。

 娘ご本人の気持ちは、たとえようもないくらいで、こんなに深く悲嘆していると誰にも見せまいと気持ちを沈めていたが、わが身のつたなさがもとで、無理のないことであるが、お残しになって行かれた恨みの晴らしようがないが、せいぜいできることは、ただ涙に沈むばかりである。母君も慰めるのに困って、
「どうして、こんなに気を揉むようなことを思いついたのでしょう。あれもこれも、偏屈な主人に従ったわたしの失敗でした」
と言う。
「まあ、静かに。お捨て置きになれない事情もおありになるようですから、今は別れたといっても、お考えになっていることがございましょう。気持ちを落ち着かせて、せめてお薬湯などでも召し上がれ。ああ、縁起でもない」
と言って、片隅に座っていた。乳母、母君などは、偏屈な心をそしり合いながら、
「早く早く、何とか願い通りにしてお世話申そうと、長い年月を期待して過ごしてき、今や、その願いが叶ったと頼もしくお思い申したのに、気の毒にも、事の初めから味わおうとは」
と嘆くのを見るにつけても、かわいそうなので、ますます頭がぼんやりしてきて、昼は一日中、寝てばかり暮らし、夜はすっくと起き出して、「数珠の在りかも分からなくなってしまった」と言って、手をすり合わさせて茫然としていた。
弟子たちに軽蔑されて、月夜に庭先に出て行道をしたにはしたのだが、遣水の中に落ち込んだりするのであった。風流な岩の突き出た角に腰をぶっつけて怪我をして、寝込むことになってようやく、物思いも少し紛れるのであった。

 [4-5 Grief of Akashi's remained]
 Sauzimi no kokoti, tatohu beki kata naku te, kau si mo hito ni miye zi to omohi-sidumure do, mi no uki wo moto ni te, warinaki koto nare do, uti-sute tamahe ru urami no yaru kata naki ni, takeki koto ha, tada namida ni sidume ri. Haha-Gimi mo nagusame wabi te ha,
 "Nani ni, kaku kokoro-dukusi naru koto wo omohi-some kem. Subete, higa-higasiki hito ni sitagahi keru kokoro no okotari zo."
 to ihu.
 "Ana kama ya! Obosi-sutu maziki koto mo monosi tamahu mere ba, sa'ri tomo, obosu tokoro ara m. Omohi-nagusame te, ohom-yu nado wo dani mawire. Ana, yuyusi ya!"
 tote, katasumi ni yori-wi tari. Menoto, Haha-Gimi nado, higame ru kokoro wo ihi-ahase tutu,
 "Itusika, ikade omohu sama ni te mi tatematura m to, tosi-tuki wo tanomi sugusi, ima ya, omohi kanahu to koso tanomi kikoye ture, kokoro-gurusiki koto wo mo, mono no hazime ni miru kana!"
 to nageku wo miru ni mo, itohosikere ba, itodo hoke rare te, hiru ha hi hito-hi, i wo nomi ne-kurasi, yoru ha sukuyoka ni oki-wi te, "Zuzu no yukuhe mo sira zu nari ni keri." tote, te osi-suri te ahugi-wi tari.
 Desi-domo ni ahame rare te, tuki-yo ni ide te gyaudau suru mono ha, yarimidu ni tahure iri ni keri. Yosi aru iha no kata-soba ni kosi mo tuki-sokonahi te, yami-husi taru hodo ni nam, sukosi mono-magire keru.

 君は、難波の方に渡りて御祓へしたまひて、住吉にも、平らかにて、いろいろの願果たし申すべきよし、御使して申させたまふ。にはかに所狭うて682、みづからはこのたびえ詣でたまはず、ことなる御逍遥などなくて、急ぎ入り683たまひぬ。
二条院におはしまし684着きて、都の人も、御供の人も、夢の心地して行き合ひ、喜び泣きどもゆゆしきまで立ち騷ぎたり。
女君も、かひなきものに思し捨てつる命、うれしう思さるらむ685かし。いとうつくしげにねびととのほりて、御もの思ひのほどに、所狭かりし御髪のすこしへがれ686たるしも、いみじうめでたきを、「今はかくて見るべきぞかし」と、御心落ちゐるにつけては、また、かの飽かず別れし人の思へりしさま、心苦しう思しやらる。なほ世とともに、かかる方にて御心の暇ぞなきや。
その人のことどもなど聞こえ出でたまへり。思し出でたる御けしき浅からず見ゆるを、ただならずや見たてまつりたまふらむ、わざとならず、「身をば思はず687」など、ほのめかしたまふぞ、をかしうらうたく思ひきこえたまふ。かつ、「見るにだに飽かぬ688御さまを、いかで689隔てつる年月ぞ」と、あさましきまで思ほすに、取り返し、世の中もいと恨めしうなむ。
ほどもなく、元の御位あらたまりて、数より外の権大納言になりたまふ。次々の人も、さるべき限りは元の官返し賜はり、世に許さるるほど、枯れたりし木の春にあへる心地して、いとめでたげなり。

 君は、難波の方面に渡ってお祓いをなさって、住吉の神にも、お蔭で無事であったので、改めていろいろと願ほどき申し上げる旨を、お使いの者に申させなさる。急に大勢の供回りとなったので、ご自身は今回はお参りすることがおできになれず、格別のご遊覧などもなくて、急いで京にお入りになった。
二条院にお着きあそばして、都の人も、お供の人も、夢のような心地がして再会し、喜んで泣くのも縁起が悪いくらいまで大騷した。
女君も、生きていても甲斐ないとまでお思い棄てていた命、嬉しくお思いのことであろう。とても美しくご成人なさって、ご苦労の間に、うるさいほどあったお髪が少し減ったのも、かえってたいそう素晴らしいのを、「今はもうこうして毎日お会いできるのだ」と、お心が落ち着くにつけて、また一方では、心残りの別れをしてきた人が悲しんでいた様子、痛々しくお思いやらずにはいられない。やはり、いつになってもこのような方面では、お心の休まる時のないことよ。
その女のことなどをお話し申し上げなさった。お思い出しになるご様子が一通りのお気持ちでなく見えるので、並々のご愛着ではないと拝見するのであろうか、さりげなく、「わたしの身の上は思いませんが」などと、ちらっと嫉妬なさるのが、しゃれていていじらしいとお思い申し上げなさる。また一方で、「見ていてさえ見飽きることのないご様子を、どうして長い年月会わずにいられたのだろうか」と、信じられないまでの気持ちがするので、今さらながら、まことに世の中が恨めしく思われる。
まもなく、元のお位に復して、員外の権大納言におなりになる。以下の人々も、しかるべき者は皆元の官を返し賜わり、世に復帰するのは、枯れていた木が春にめぐりあった有様で、たいそうめでたい感じである。

 5 Tale of Hikaru-Genji Comeback to Kyoto and political world [5-1 Shinto-Purification at Naniwa]
 Kimi ha, Naniha no kata ni watari te ohom-harahe si tamahi te, Sumiyosi ni mo, tahiraka ni te, iro-iro no gwan hatasi mausu beki yosi, ohom-tukahi si te mausa se tamahu. Nihaka ni tokoro-seu te, midukara ha kono tabi e maude tamaha zu, koto naru ohom-seuyeu nado naku te, isogi iri tamahi nu.
 Nideu-no-Win ni ohasimasi tuki te, miyako no hito mo, ohom-tomo no hito mo, yume no kokoti si te yuki-ahi, yorokobi-naki-domo yuyusiki made tati-sawagi tari.
 Womna-Gimi mo, kahi naki mono ni obosi-sute turu inoti, uresiu obosa ru ram kasi. Ito utukusige ni nebi totonohori te, ohom-mono-omohi no hodo ni, tokoro-sekari si mi-gusi no sukosi hegare taru si mo, imiziu medetaki wo, "Ima ha kaku te miru beki zo kasi." to, mi-kokoro oti-wiru ni tuke te ha, mata, kano aka zu wakare si hito no omohe ri si sama, kokoro-gurusiu obosi-yara ru. Naho yo to tomo ni, kakaru kata ni te mi-kokoro no itoma zo naki ya!
 Sono hito no koto-domo nado kikoye ide tamahe ri. Obosi-ide taru mi-kesiki asakara zu miyuru wo, tada nara zu ya mi tatematuri tamahu ram, wazato nara zu, "Mi wo ba omoha zu" nado, honomekasi tamahu zo, wokasiu rautaku omohi kikoye tamahu. Katu, "Miru ni dani aka nu ohom-sama wo, ikade hedate turu tosi-tuki zo." to, asamasiki made omohosu ni, tori-kahesi, yononaka mo ito uramesiu nam.
 Hodo mo naku, moto no mi-kurawi aratamari te, kazu yori hoka no Gon-no-Dainagon ni nari tamahu. Tugi-tugi no hito mo, sa'ru beki kagiri ha moto no tukasa kahesi tamahari, yo ni yurusa ruru hodo, kare tari si ki no haru ni ahe ru kokoti si te, ito medetage nari.

 召しありて、内裏に参りたまふ。御前にさぶらひたまふに、ねびまさりて、「いかで、さるものむつかしき住まひに年経たまひつらむ」と見たてまつる。女房などの、院の御時さぶらひて、老いしらへるどもは、悲しくて、今さらに泣き騒ぎめできこゆ。
主上も、恥づかしうさへ思し召されて、御よそひなどことに引きつくろひて出でおはします。御心地、例ならで、日ごろ経させたまひければ、いたう衰へさせたまへるを、昨日今日ぞ、すこしよろしう思されける。御物語しめやかにありて、夜に入りぬ。
十五夜の月おもしろう静かなるに、昔のこと、かき尽くし690思し出でられて、しほたれさせたまふ。もの心細く思さるるなるべし。
「遊びなどもせず、昔聞きし物の音なども聞かで、久しうなりにけるかな」
 と691のたまはするに、
「わたつ海にしなえうらぶれ蛭の児692の
脚立たざりし年は経にけり」
と聞こえたまへり。いとあはれに心恥づかしう思されて、
「宮柱めぐりあひける時しあれば
別れし春の恨み残すな」
いとなまめかしき御ありさまなり。
院の御ために、八講行はるべきこと、まづ急がせたまふ。春宮を見たてまつりたまふに、こよなくおよすけさせたまひて、めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見たてまつりたまふ。御才もこよなくまさらせたまひて、世をたもたせたまはむに、憚りあるまじく、かしこく見えさせたまふ。
入道の宮にも、御心すこし静めて、御対面のほどにも、あはれなることどもあらむかし。

 お召しがあって、参内なさる。御前に伺候していられると、いよいよ立派になられて、「どうしてあのような辺鄙な土地で、長年お暮らしになったのだろう」と拝見する。女房などの中で、故院の御在世中にお仕えして、年老いた連中は、悲しくて、今さらのように泣き騒いでお褒め申し上げる。
主上も、恥ずかしくまで思し召されて、御装束なども格別におつくろいになってお出ましになる。お加減が、すぐれない状態で、ここ数日おいであそばしたので、ひどくお弱りあそばしていらっしゃったが、昨日今日は、少しよろしくお感じになるのであった。お話をしみじみとなさって、夜に入った。
十五夜の月が美しく静かなので、昔のことを、一つ一つ自然とお思い出しになられて、お泣きあそばす。何となく心細くお思いあそばさずにはいられないのであろう。
「管弦の催しなどもせず、昔聞いた楽の音なども聞かないで、久しくなってしまったな」
と仰せになるので、
「海浜でうちしおれて落ちぶれながら蛭子のように
立つこともできず三年を過ごして来ました」
とお応え申し上げなさった。とても胸をうち心恥しく思わずにはいらっしゃれないで、
「こうしてめぐり会える時があったのだから
あの別れた春の恨みはもう忘れてください」
実に優美な御様子である。
故院の御追善供養のために、法華御八講を催しなさることを、何より先にご準備させなさる。東宮にお目にかかりなさると、すっかりと御成人あそばして、珍しくお喜びになっているのを、感慨無量のお気持ちで拝しなさる。御学問もこの上なくご上達になって、天下をお治めあそばすにも、何の心配もいらないように、ご立派にお見えあそばす。
入道の宮にも、お心が少し落ち着いて、ご対面の折には、しみじみとしたお話がきっとあったであろう。

 [5-2 Genji goes to Dairi to meet Mikado]
 Mesi ari te, Uti ni mawiri tamahu. O-mahe ni saburahi tamahu ni, nebi-masari te, "Ikade, saru mono-mutukasiki sumahi ni tosi he tamahi tura m." to mi tatematuru. Nyoubau nado no, Win no ohom-toki saburahi te, oyi-sirahe ru domo ha, kanasiku te, imasara ni naki sawagi mede kikoyu.
 Uhe mo, hadukasiu sahe obosimesa re te, ohom-yosohi nado koto ni hiki-tukurohi te ide ohasimasu. Mi-kokoti, rei nara de, hi-goro he sase tamahi kere ba, itau otorohe sase tamahe ru wo, kinohu kehu zo, sukosi yorosiu obosa re keru. Ohom-monogatari simeyaka ni ari te, yoru ni iri nu.
 Zihu-go-ya no tuki omosirou siduka naru ni, mukasi no koto, kaki-tukusi obosi-ide rare te, sihotare sase tamahu. Mono-kokorobosoku obosa ruru naru besi.
 "Asobi nado mo se zu, mukasi kiki si mono-no-ne nado mo kika de, hisasiu nari ni keru kana!"
 to notamaha suru ni,
 "Watatumi ni sinaye urabure hiru-no-ko no
 asi tata zari si tosi ha he ni keri
"
 to kikoye tamahe ri. Ito ahare ni kokoro-hadukasiu obosa re te,
 "Miya-basira meguri-ahi keru toki si are ba
 wakare ni si haru no urami nokosu na
"
 Ito namamekasiki ohom-arisama nari.
 Win no ohom-tame ni, Ha-kau okonaha ru beki koto, madu isoga se tamahu. Touguu wo mi tatematuri tamahu ni, koyonaku oyosuke sase tamahi te, medurasiu obosi yorokobi taru wo, kagiri naku ahare to mi tatematuri tamahu. Ohom-zae mo koyonaku masara se tamahi te, yo wo tamota se tamaha m ni, habakari aru maziku, kasikoku miye sase tamahu.
 Nihudau-no-Miya ni mo, mi-kokoro sukosi sidume te, ohom-taimen no hodo ni mo, ahare naru koto-domo ara m kasi.

 まことや、かの明石には、返る波に御文つかはす。ひき隠してこまやかに書きたまふめり。
「波のよるよるいかに、
嘆きつつ明石の浦に朝霧の
立つやと人を思ひやるかな」
かの帥の娘五節、あいなく、人知らぬもの思ひさめぬる心地して、まくなぎつくらせてさし置かせけり。
「須磨の浦に心を寄せし舟人の
やがて朽たせる袖を見せばや」
「手などこよなくまさりにけり」と、見おほせたまひて、遣はす。
「帰りては693かことやせまし寄せたりし
名残に袖の干がたかりしを」
「飽かずをかし」と思しし名残なれば、おどろかされたまひて、いとど思し出づれど、このころは、さやうの御振る舞ひ、さらにつつみたまふめり。
花散里などにも、ただ御消息などばかりにて、おぼつかなく、なかなか恨めしげなり。

 そうそう、あの明石には、送って来た者たちの帰りにことづけて、お手紙をお遣はしになる。人目に立たないようにして情愛こまやかにお書きになるようである。
「波の寄せる夜々は、どのように、
お嘆きになりながら暮らしていらっしゃる明石の浦に
嘆きの息が朝霧となって立ちこめているのではないかと想像しています」
あの大宰帥の娘の五節は、どうにもならないことだが、人知れずご好意をお寄せ申していたのもさめてしまった感じがして、目くばせさせて置いて行かせたのであった。
「須磨の浦で好意をお寄せ申した舟人が
そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見せ申しとうございます」
「筆跡などもたいそう上手になったな」と、お見抜きになって、お遣わしになる。
「かえってこちらこそ愚痴を言いたいくらいです、ご好意を寄せていただいて
それ以来涙に濡れて袖が乾かないものですから」
「いかにもかわいい」とお思いになった昔の思い出もあるので、はっとびっくりさせられなさって、ますますいとしくお思い出しになるが、最近は、そのようなお忍び歩きはまったく慎んでいらっしゃるようである。
花散里などにも、ただお手紙などばかりなので、心もとなく思われて、かえって恨めしい様子である。

 [5-3 Letter to Akashi-no-Kimi, and etc.]
 Makoto ya, kano Akasi ni ha, kaheru nami ni ohom-humi tukahasu. Hiki-kakusi te komayaka ni kaki tamahu meri.
 "Nami no yoru-yoru ika ni?
 Nageki tutu Akasi no ura ni asa-giri no
 tatu ya to hito wo omohi-yaru kana
"
 Kano Soti no musume Goseti, ainaku, hito sire nu mono-omohi same nuru kokoti si te, makunagi tukura se te, sasi-oka se keri.
 "Suma no ura ni kokoro wo yose si huna-bito no
 yagate kutase ru sode wo mise baya
"
 "Te nado koyonaku masari ni keri!" to, mi-ohose tamahi te, tukahasu.
 "Kaheri te ha kakoto ya se masi yose tari si
 nagori ni sode no hi gatakari si wo
"
 "Aka zu wokasi" to obosi si nagori nare ba, odorokasa re tamahi te, itodo obosi-idure do, kono koro ha, sayau no ohom-hurumahi, sarani tutumi tamahu meri.
 Hanatirusato nado ni mo, tada ohom-seusoko nado bakari ni te, obotukanaku, naka-naka uramesige nari.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ重ね--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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