源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執

2 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ

3 後宮の物語 帝の御前の絵合せ

4 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明

出典
校訂

1 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執

2 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ

3 後宮の物語 帝の御前の絵合せ

4 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明

1 Tale of zen-Saigu A love triangle Suzaku-in and Hikaru-Genji on zen-Saigu

2 Tale of ladies on Court of Reizei A contest of pictures in monogatari in front of Tyugu

3 Tale of ladies on Court of Reizei A contest of pictures in front of Mikado

4 Tale of Hikaru-Genji Reign of Reizei in its glory

 前斎宮の御参りのこと、中宮の御心に入れてもよほしきこえたまふ。こまかなる御とぶらひまで、とり立てたる御後見もなしと思しやれど、大殿は、院に聞こし召さむことを憚りたまひて、二条院に渡したてまつらむことをも、このたびは思し止まりて、ただ知らず顔にもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちて親めききこえたまふ。
院はいと口惜しく思し召せど、人悪ろければ、御消息など絶えにたるを、その日になりて、えならぬ御よそひども、御櫛の筥、打乱の筥、香壷の筥ども、世の常ならず、くさぐさの御薫物ども、薫衣香、またなきさまに、百歩の外を多く過ぎ匂ふまで、心ことに調へさせたまへり。大臣見たまひもせむにと、かねてよりや思しまうけけむ、いとわざとがましかむめり。
殿も渡りたまへるほどにて、「かくなむ785」と、女別当御覧ぜさす。ただ、御櫛の筥の片つ方を見たまふに、尽きせずこまかになまめきて、めづらしきさまなり。挿櫛の筥の心葉に、
「別れ路に添へし小櫛をかことにて
遥けき仲と神やいさめし」
大臣、これを御覧じつけて、思しめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わが御心のならひ、あやにくなる身を抓みて、
「かの下りたまひしほど、御心に思ほしけむこと、かう年経て帰りたまひて、その御心ざしをも遂げたまふべきほどに、かかる違ひ目のあるを、いかに思すらむ。御位を去り、もの静かにて、世を恨めしとや思すらむ」など、「我になりて心動くべきふしかな」と、思し続けたまふに、いとほしく、「何にかくあながちなることを思ひはじめて、心苦しく思ほし悩ますらむ。つらしとも、思ひきこえしかど、また、なつかしうあはれなる御心ばへを」など、思ひ乱れたまひて、とばかりうち眺めたまへり。
「この御返りは、いかやうにか聞こえさせたまふらむ。また、御消息もいかが」
など、聞こえたまへど、いとかたはらいたければ、御文はえ引き出でず。宮は悩ましげに思ほして786、御返りいともの憂くしたまへど、
「聞こえたまはざらむも、いと情けなく、かたじけなかるべし」
と、人々そそのかしわづらひきこゆるけはひを聞きたまひて、
「いとあるまじき御ことなり。しるしばかり聞こえさせたまへ」
と聞こえたまふも、いと恥づかしけれど、いにしへ思し出づるに、いとなまめき、きよらにて、いみじう泣きたまひし御さまを、そこはかとなくあはれと見たてまつりたまひし御幼心も、ただ今のこととおぼゆるに、故御息所の御ことなど、かきつらねあはれに思されて、ただかく、
「別るとて遥かに言ひし一言も
かへりてものは今ぞ悲しき」
とばかりやありけむ。御使の禄、品々に賜はす。大臣は、御返りをいとゆかしう思せど、え聞こえたまはず。

 1 前斎宮の物語 前斎宮をめぐる朱雀院と光る源氏の確執 [1-1 朱雀院、前斎宮の入内に際して贈り物する]
前斎宮のご入内のこと、中宮が御熱心に御催促申される。こまごまとしたお世話まで、これといったご後見役もいないとご心配になるが、大殿は、朱雀院がお聞きあそばすことをはばかりなさって、二条の院にお迎え申すことをも、この度はご中止になって、まったく知らない顔に振る舞っていらっしゃるが、一通りの準備は、受け持って親のように世話してお上げになる。
朱雀院はたいそう残念に思し召されるが、体裁が悪いので、お手紙なども絶えてしまっていたが、その当日になって、何ともいえない素晴らしいご装束の数々、お櫛の箱、打乱の箱、香壷の箱など幾つも、並大抵のものでなく、いろいろのお薫物の数々、薫衣香のまたとない素晴らしいほどに、百歩の外を遠く過ぎても匂うくらいの、特別に心をこめてお揃えあそばした。内大臣が御覧になろうからと、前々から御準備あそばしていたのであろうか、いかにも特別誂えといった感じのようである。
殿もお渡りになっていた時なので、「これこれの次第で」と言って、女別当が御覧に入れさせる。ちょっと、お櫛の箱の片端を御覧になると、この上もなく精巧で優美に、めったにない作りである。さし櫛の箱の心葉に、
「別れの御櫛を差し上げましたが、それを口実に
あなたとの仲を遠く離れたものと神がお決めになったのでしょうか」
大臣、これを御覧になって、いろいろとお考えめぐらすと、たいそう恐れ多く、おいたわしくて、ご自分の性癖の、ままならぬ恋に惹かれるわが身をつまされて、
「あのお下りになった時、お心にお思いになっただろうこと、このように何年も経ってお帰りになって、そのお気持ちを遂げられる時に、このように意に反することが起こったのを、どのようにお思いであろう。御位を去り、もの静かに過ごしていらして、世を恨めしくお思いだろうか」などと、「自分がその立場であったなら、きっと心を動かさずにはいられないだろう」と、お思い続けなさると、お気の毒になって、「どうしてこのような無理強引なことを思いついて、おいたわしくお苦しめ悩ますのだろう。恨めしいとも、お思い申したが、また一方では、お優しく情け深いお気持ちの方を」などと、お思い乱れなさって、しばらくは物思いに耽っていらっしゃった。
「このご返歌は、どのように申し上げあそばすのでしょうか。また、お手紙はどのように」
などと、お尋ね申し上げなさるが、とても具合が悪いので、お手紙はお出しになれない。宮はご気分も悪そうにお思いになって、ご返事をとても億劫になさったが、
「ご返事申されないのも、とても情けなく、恐れ多いことでしょう」
と、女房たちが催促申し上げ困っている様子をお聞きになって、
「とても良くないことです。かたちだけでもご返事差し上げなさいませ」
と申し上げなさるにつけても、ひどく恥ずかしいが、昔のことをお思い出しになると、たいそう優しくお美しくいらして、ひどくお泣きになったご様子を、どことなくしみじみと拝見なさった子供心にも、つい昨日のことと思われると、故御息所のお事など、それからそれへとしみじみと悲しく思い出さずにはいらっしゃれないので、ただこのように、
「別れの御櫛をいただいた時に仰せられた一言が
帰京した今となっては悲しく思われます」
と、ぐらいにあったのであろうか。お使いへの禄、身分に応じてお与えになる。大臣は、お返事をひどく御覧になりたくお思いになったが、お口にはお出しになれない。

 1 Tale of zen-Saigu A love triangle Suzaku-in and Hikaru-Genji on zen-Saigu [1-1 Suzaku-in presents to zen-Saigu at her marriage]
 Saki-no-Saiguu no ohom-mawiri no koto, Tiuguu no mi-kokoro ni ire te moyohosi kikoye tamahu. Komaka naru ohom-toburahi made, tori-tate taru ohom-usiromi mo nasi to obosi-yare do, Ohotono ha, Win ni kikosimesa m koto wo habakari tamahi te, Nideu-no-win ni watasi tatematura m koto wo mo, kono tabi ha obosi-tomari te, tada sira-zu-gaho ni motenasi tamahe re do, ohokata no koto-domo ha, tori-moti te oya-meki kikoye tamahu.
 Win ha ito kutiwosiku obosimese do, hito-warokere ba, ohom-seusoko nado taye ni taru wo, sono hi ni nari te, e nara nu ohom-yosohi-domo, mi-gusi no hako, uti-midare no hako, kaugo no hako-domo, yo no tune nara zu, kusa-gusa no ohom-taki-mono-domo, kunue-kau, mata naki sama ni, hyakubu no hoka wo ohoku sugi nihohu made, kokoro koto ni totonohe sase tamahe ri. Otodo mi tamahi mo se m ni to, kanete yori obosi-mauke kem, ito wazato-gamasikam meri.
 Tono mo watari tamahe ru hodo ni te, "Kaku nam." to, Nyo-Be'tau go-ran-ze sasu. Tada, mi-gusi no hako no kata tu kata wo mi tamahu ni, tuki se zu komaka ni namameki te, medurasiki sama nari. Sasi-gusi no hako no kokoroba ni,
 "Wakare-di ni sohe si wo-gusi wo kakoto ni te
 harukeki naka to Kami ya isame si
"
 Otodo, kore wo go-ran-zi-tuke te, obosi-megurasu ni, ito katazikenaku itohosiku te, waga mi-kokoro no narahi, ayaniku naru mi wo tumi te,
 "Kano kudari tamahi si hodo, mi-kokoro ni omohosi kem koto, kau tosi he te kaheri tamahi te, sono mi-kokorozasi wo mo toge tamahu beki hodo ni, kakaru tagahime no aru wo, ika ni obosu ram? Mi-kurawi wo sari, mono-siduka ni te, yo wo uramesi to ya obosu ram." nado, "Ware ni nari te kokoro ugoku beki husi kana!" to, obosi-tuduke tamahu ni, itohosiku, "Nani ni kaku anagati naru koto wo omohi hazime te, kokoro-gurusiku omohosi mayamasu ram. Turasi to mo, omohi kikoye sika do, mata, natukasiu ahare naru mi-kokorobahe wo." nado, omohi-midare tamahi te, tobakari uti-nagame tamahe ri.
 "Kono ohom-kaheri ha, ika yau ni ka kikoye sase tamahu ram? Mata, ohom-seusoko mo ikaga?"
 nado, kikoye tamahe do, ito kataharaitakere ba, ohom-humi ha e hiki-ide zu. Miya ha nayamasige ni omohosi te, ohom-kaheri ito mono-uku si tamahe do,
 "Kikoye tamaha zara m mo, ito nasake naku, katazikenakaru besi."
 to, hito-bito sosonokasi wadurahi kikoyuru kehahi wo kiki tamahi te,
 "Ito aru maziki ohom-koto nari. Sirusi bakari kikoye sase tamahe."
 to kikoye tamahu mo, ito hadukasikere do, inisihe obosi-iduru ni, ito namameki, kiyora ni te, imiziu naki tamahi si ohom-sama wo, sokohakatonaku ahare to mi tatematuri tamahi si ohom-wosana-gokoro mo, tada ima no koto to oboyuru ni, ko-Miyasumdokoro no ohom-koto nado, kaki-turane ahare ni obosa re te, tada kaku,
 "Wakaru tote haruka ni ihi si hito-koto mo
 kaheri te mono ha ima zo kanasiki
"
 to bakari ya ari kem? Ohom-tukahi no roku, sina-zina ni tamaha su. Otodo ha, ohom-kaheri wo ito yukasiu obose do, e kikoye tamaha zu.

 「院の御ありさまは、女にて見たてまつらまほしきを、この御けはひも似げなからず、いとよき御あはひなめるを、内裏は、まだいといはけなくおはしますめるに、かく引き違へきこゆるを、人知れず、ものしとや思すらむ」など、憎きことをさへ思しやりて、胸つぶれたまへど、今日になりて思し止むべきことにしあらねば、事どもあるべきさまにのたまひおきて、むつましう思す修理宰相を詳しく仕うまつるべくのたまひて、内裏に参りたまひぬ。
「うけばりたる親ざまには、聞こし召されじ」と、院をつつみきこえたまひて、御訪らひばかりと、見せたまへり。よき女房などは、もとより多かる宮なれば、里がちなりしも参り集ひて、いと二なく、けはひあらまほし。
「あはれ、おはせましかば、いかにかひありて、思しいたづかまし」と、昔の御心ざま思し出づるに、「おほかたの世につけては、惜しうあたらしかりし人の御ありさまぞや。さこそえあらぬものなりけれ。よしありし方は、なほすぐれて」、物の折ごとに思ひ出できこえたまふ。

 [1-2 源氏、朱雀院の心中を思いやる]
「院のご様子は、女性として拝見したい美しさだが、この宮のご様子も不似合いでなく、とても似つかわしいお間柄のようであるが、主上は、まだとてもご幼少でいらっしゃるようなので、このように無理にお運び申すことを、人知れず、不快にお思いでいらっしゃろうか」などと、立ち入ったことまで想像なさって、胸をお痛めになるが、今日になって中止するわけにもいかないので、万事しかるべきさまにお命じになって、ご信頼になっている参議兼修理大夫に委細お世話申し上げるべくお命じになって、宮中に参内なさった。
「表立った親のようには、お考えいただかれないように」と、院にご遠慮申されて、ただご挨拶程度と、お見せになった。優れた女房たちが、もともと大勢いる宮邸なので、里に引き籠もりがちであった女房たちも参集して、実にまたとなく、その感じは理想的である。
「ああ、生きていらしたら、どんなにかお世話の仕甲斐のあることに思って、お世話なさったことだろう」と、故人のご性質をお思い出しになるにつけ、「特別な関係を抜きにして考えれば、まことに惜しむべきお人柄であったよ。ああまではいらっしゃれないものだ。風流な面では、やはり優れて」と、何かの時々にはお思い出し申し上げなさる。

 [1-2 Genji guesses Suzaku-in's mind]
 "Win no ohom-arisama ha, womna ni te mi tatematura mahosiki wo, kono ohom-kehahi mo nigenakara zu, ito yoki ohom-ahahi na'meru wo, Uti ha, mada ito ihakenaku ohasimasu meru ni, kaku hiki-tagahe kikoyuru wo, hito sire zu, monosi to ya obosu ram?" nado, nikuki koto wo sahe obosi-yari te, mune tubure tamahe do, kehu ni nari te obosi-todomu beki koto ni si ara ne ba, koto-domo aru beki sama ni notamahi-oki te, mutumasiu obosu Syuri no Saisyau wo kuhasiku tukau-maturu beku notamahi te, Uti ni mawiri tamahi nu.
 "Ukebari taru oya-zama ni ha, kikosi-mesa re zi." to, Win wo tutumi kikoye tamahi te, ohom-toburahi bakari to, mise tamahe ri. Yoki nyoubau nado ha, motoyori ohokaru Miya nare ba, sato-gati nari si mo mawiri-tudohi te, ito ni-naku, kehahi aramahosi.
 "Ahare, ohase masika ba, ika ni kahi ari te, obosi-itaduka masi." to, mukasi no mi-kokorozama obosi-iduru ni, "Ohokata no yo ni tuke te ha, wosiu atarasikari si hito no ohom-arisama zo ya! Sa koso e ara nu mono nari kere! Yosi ari si kata ha, naho sugure te", mono no wori goto ni omohi-ide kikoye tamahu.

 中宮も内裏にぞおはしましける。主上は、めづらしき人参りたまふと聞こし召しければ、いとうつくしう御心づかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。宮も、
「かく恥づかしき人参りたまふを、御心づかひして、見えたてまつらせたまへ」
と聞こえたまひけり。
人知れず、「大人は787恥づかしうやあらむ」と思しけるを、いたう夜更けて参う上りたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかし、と思しけり。
弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、これは、人ざまもいたうしめり、恥づかしげに、大臣の御もてなしもやむごとなくよそほしければ、あなづりにくく思されて、御宿直などは等しくしたまへど、うちとけたる御童遊びに、昼など渡らせたまふことは、あなたがちにおはします。
権中納言は、思ふ心788ありて聞こえたまひけるに、かく参りたまひて、御女にきしろふさまにてさぶらひたまふを、方々にやすからず思すべし。

 [1-3 帝と弘徽殿女御と斎宮女御]
中宮も宮中においであそばしたのであった。主上は、新しい妃が入内なさるとお耳にあそばしたので、たいそういじらしく緊張なさっていらっしゃる。お年よりはたいそうおませで大人びていらっしゃる。中宮も、
「このような立派な妃が入内なさるのだから、よくお気をつけてお会い申されませ」
と申し上げなさるのであった。
お心の中で、「大人の妃は気がおけるのではなかろうか」とお思いであったが、たいそう夜が更けてからご入内なさった。実に慎み深くおっとりしていて、小柄で華奢な感じがしていらっしゃるので、たいそうおきれいな、とお思いになったのであった。
弘徽殿女御には、おなじみになっていらしたので、親しくかわいく気がねなくお思いになり、この方は、人柄も実に落ち着いて、気が置けるほどで、内大臣のご待遇も丁重で重々しいので、軽々しくはお扱いできにくく自然お思いになって、御寝の伺候などは対等になるが、気を許した子供どうしのお遊びなどに、昼間などにお出向きになることは、あちら方に多くいらっしゃる。
権中納言は、考えるところがあってご入内おさせ申したのだが、このように入内なさって、ご自分の娘と競争する形で伺候なさるのを、何かにつけて穏やかならずお思いのようである。

 [1-3 A competition between Kouki-den and zen-Saigu for Mikado's love]
 Tiuguu mo Uti ni zo ohasimasi keru. Uhe ha, medurasiki hito mawiri tamahu to kikosimesi kere ba, ito utukusiu mi-kokoro-dukahi si te ohasimasu. Hodo yori ha imiziu sare otonabi tamahe ri. Miya mo,
 "Kaku hadukasiki hito mawiri tamahu wo, mi-kokoro-dukahi si te, miye tatematura se tamahe."
 to kikoye tamahi keri.
 Hito sire zu, "Otona ha hadukasiu ya ara m?" to obosi keru wo, itau yo huke te mau-nobori tamahe ri. Ito tutumasige ni ohodoka ni te, sasayaka ni ayeka naru kehahi no si tamahe re ba, ito wokasi, to obosi keri.
 Kouki-den ni ha, go-ran-zi-tuki tare ba, mutumasiu ahare ni kokoro-yasuku omohosi, kore ha hito zama mo itau simeri, hadukasige ni, Otodo no ohom-motenasi mo yamgotonaku yosohosikere ba, anaduri nikuku obosa re te, ohom-tonowi nado ha hitosiku si tamahe do, utitoke taru ohom-waraha-asobi ni, hiru nado watara se tamahu koto ha, anata-gati ni ohasimasu.
 Gon-Tiunagon ha, omohu kokoro ari te kikoye tamahi keru ni, kaku mawiri tamahi te, ohom-musume ni kisirohu sama ni te saburahi tamahu wo, kata-gata ni yasukara zu obosu besi.

 院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。
そのころ、大臣の参りたまへるに、御物語こまやかなり。ことのついでに、斎宮の下りたまひしこと、先々ものたまひ出づれば、聞こえ出でたまひて、さ思ふ心なむありしなどは、えあらはしたまはず。大臣も、かかる御けしき聞き顔にはあらで、ただ「いかが思したる」とゆかしさに、とかうかの御事をのたまひ出づるに、あはれなる御けしき、あさはかならず見ゆれば、いといとほしく思す。
「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、ゆかしう思ひきこえたまへど、さらにえ見たてまつりたまはぬを、ねたう思ほす。
いと重りかにて、夢にもいはけたる御ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの見えたまふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見たてまつりたまふままに、いとあらまほしと思ひきこえたまへり。
かく隙間なくて、二所さぶらひたまへば、兵部卿宮、すがすがともえ思ほし立たず、「帝、おとなびたまひなば、さりとも、え思ほし捨てじ」とぞ、待ち過ぐしたまふ。二所の御おぼえども、とりどりに挑みたまへり。

 [1-4 源氏、朱雀院と語る]
院におかせられては、あの櫛の箱のお返事を御覧になったにつけても、お諦めにくくお思いであった。
そのころ、内大臣が参上なさったので、しみじみとお話なさった。事のついでに、斎宮がお下りになったこと、以前にもお話し出されたので、お口に出されたが、あのように恋い慕っていたお気持ちがあったなどとは、お打ち明けになれない。大臣も、このようなご意向を知っているふうに顔にはお出しにならず、ただ「どうお思いでいらっしゃるか」とだけ知りたくて、何かとあの御事をお話に出されると、御傷心の御様子、並々ならず窺えるので、たいそう気の毒にお思いになる。
「素晴らしい器量だと、御執着していらっしゃるご容貌、いったいどれほどの美しさなのか」と、拝見したくお思い申されるが、まったく拝見おできになれないのを悔しくお思いになる。
まことに重々しくて、仮にも子どもっぽいお振る舞いなどがあれば、自然とちらりとお見せになることもあろうが、奥ゆかしいお振る舞いが深くなっていく一方なので、拝見するにつれて、実に理想的だとお思い申し上げた。
このように隙間もない状態で、お二方が伺候していらっしゃるので、兵部卿宮、すらすらとはご決意になれず、「主上が、御成人あそばしたら、いくらなんでも、お見捨てあそばすことはあるまい」と、その時機をお待ちになる。お二方の御寵愛は、それぞれに競い合っていらっしゃる。

 [1-4 Genji talks with Suzaku-in]
 Win ni ha, kano kusi no hako no ohom-kaheri go-ran-ze si ni tuke te mo, mi-kokoro hanare gatakari keri.
 Sono-koro, Otodo no mawiri tamahe ru ni, ohom-monogatari komayaka nari. Koto no tuide ni, Saiguu no kudari tamahi si koto, saki-zaki mo notamahi idure ba, kikoye ide tamahi te, sa omohu kokoro nam ari si nado ha, e arahasi tamaha zu. Otodo mo, kakaru mi-kesiki kiki-gaho ni ha ara de, tada "Ikaga obosi taru?" to yukasisa ni, tokau kano ohom-koto wo notamahi iduru ni, ahare naru mi-kesiki, asahaka nara zu miyure ba, ito itohosiku obosu.
 "Medetasi to, omohosi simi ni keru ohom-katati, ikayau naru wokasisa ni ka?" to, yukasiu omohi kikoye tamahe do, sara ni e mi tatematuri tamaha nu wo, netau omohosu.
 Ito omorika ni te, yume ni mo ihake taru ohom-hurumahi nado no ara ba koso, onodukara hono-miye tamahu tuide mo ara me, kokoro-nikuki ohom-kehahi nomi hukasa masare ba, mi tatematuri tamahu mama ni, ito aramahosi to omohi kikoye tamahe ri.
 Kaku sukima naku te, huta-tokoro saburahi tamahe ba, Hyaubukyau-no-Miya, suga-suga to mo e omohosi-tata zu, "Mikado, otonabi tamahi na ba, sari-tomo, e omohosi sute zi." to zo, mati-sugusi tamahu. Huta-tokoro no ohom-oboye-domo, tori-dori ni idomi tamahe ri.

 主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。立てて好ませたまへばにや、二なく描かせたまふ。斎宮の女御、いとをかしう描かせたまふべければ、これに御心移りて、渡らせたまひつつ、描き通はさせたまふ。
殿上の若き人々も、このことまねぶ789をば、御心とどめてをかしきものに思ほしたれば、まして、をかしげなる人の、心ばへあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥して、とかく筆うちやすらひたまへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありしよりけに御思ひまされるを、権中納言、聞きたまひて、あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて、「われ人に劣りなむや」と思しはげみて、すぐれたる上手どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに描き集めさせたまふ。

 2 後宮の物語 中宮の御前の物語絵合せ [2-1 権中納言方、絵を集める]
主上は、いろいろのことの中でも、特に絵に興味をお持ちでいらっしゃった。取り立ててお好みあそばすせいか、並ぶ者がなく上手にお描きあそばす。斎宮の女御、たいそう上手にお描きあそばすことができるので、この方にお心が移って、しじゆうお渡りになっては、互いに絵を描き心を通わせ合っていらっしゃる。
殿上の若い公達でも、この事を習う者をお目に掛けになり、お気に入りにあそばしたので、なおさらのこと、お美しい方が、趣のあるさまに、型にはまらずのびのびと描き、優美に物に寄り掛かって、ああかこうかと筆を止めて考えていらっしゃるご様子、そのかわいらしさにお心捉えられて、たいそう頻繁にお渡りあそばして、以前にもまして格段に御寵愛が深くなったのを、権中納言、お聞きになって、どこまでも才気煥発な現代風なご性分で、「自分は人に負けるものか」と心を奮い立てて、優れた名人たちを呼び集めて、厳重な注意を促して、またとない素晴らしい絵の数々を、またとない立派な幾枚もの紙に描き集めさせなさる。

 2 Tale of ladies on Court of Reizei A contest of pictures in monogatari in front of Tyugu [2-1 Gon-Tyunagon gathers pictures]
 Uhe ha, yorodu no koto ni, sugure te we wo kyou aru mono ni obosi tari. Tate te konoma se tamahe ba ni ya, ni-naku kaka se tamahu. Saiguu-no-Nyougo, ito wokasiu kaka se tamahu bekere ba, kore ni mi-kokoro uturi te, watara se tamahi tutu, kaki-kayoha sase tamahu.
 Tenzyau no wakaki hito-bito mo, kono koto manebu wo ba, mi-kokoro-todome te wokasiki mono ni omohosi tare ba, masite, wokasige naru hito no, kokoro-bahe aru sama ni, maho nara zu kaki-susabi, namamekasiu sohi-husi te, tokaku hude uti-yasurahi tamahe ru ohom-sama, rautagesa ni mi-kokoro simi te, ito sigeu watara se tamahi te, ari si yori keni ohom-omohi masare ru wo, Gon-Tiunagon, kiki tamahi te, akumade kado-kadosiku imameki tamahe ru mi-kokoro ni te, "Ware hito ni otori na m ya." to obosi hagemi te, sugure taru zyauzu-domo wo mesi-tori te, imiziku imasime te, mata-naki sama naru we-domo wo, ni-naki kami-domo ni kaki-atume sase tamahu.

 「物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ」
とて、おもしろく心ばへある限りを選りつつ描かせたまふ。例の月次の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書き続けて、御覧ぜさせたまふ。
わざとをかしうしたれば、また、こなたにてもこれを御覧ずるに、心やすくも取り出でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ、領じたまへば、大臣、聞きたまひて790、
「なほ、権中納言の御心ばへ791の若々しさこそ、改まりがたかめれ」
など笑ひたまふ。
「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。古代の御絵どものはべる、参らせむ」
と奏したまひて、殿に古きも新しきも、絵ども入りたる御厨子ども開かせたまひて、女君ともろともに、「今めかしきは、それそれ」と、選り調へさせたまふ。
「長恨歌」「王昭君」などやうなる絵は、おもしろくあはれなれど、「事の忌みあるは、こたみはたてまつらじ」と選り止めたまふ。
かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、女君にも見せたてまつりたまひける。御心792深く知らで今見む人だに793、すこしもの思ひ知らむ人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて、忘れがたく、その世の夢を思し覚ます折なき御心どもには794、取りかへし悲しう思し出でらる。今まで見せたまはざりける恨みをぞ聞こえたまひける。
「一人ゐて嘆きしよりは海人の住む
かたをかくてぞ見るべかりける
おぼつかなさは、慰みなましものを」
とのたまふ。いとあはれと、思して、
「憂きめ見しその折よりも今日はまた
過ぎにしかたにかへる涙か」
中宮ばかりには、見せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖づつ、さすがに浦々のありさまさやかに見えたるを、選りたまふついでにも、かの明石の家居ぞ、まづ、「いかに」と思しやらぬ時の間なき。

 「物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ」
「とりわけ物語絵は、趣向も現れて、見応えのあるものだ」
と言って、おもしろく興趣ある場面ばかりを選んでは描かせなさる。普通の月次の絵も、目新しい趣向に、詞書を書き連ねて、御覧に供される。
特別に興趣深く描いてあるので、また、こちらで御覧あそばそうとすると、気安くお取り出しにならず、ひどく秘密になさって、こちらの御方へ御持参あそばそうとするのを惜しんで、お貸しなさらないので、内大臣、お聞きになって、
「相変わらず、権中納言のお心の大人げなさは、変わらないな」
などとお笑いになる。
「むやみに隠して、素直に御覧に入れず、お気を揉ませ申すのは、ひどくけしからぬことだ。古代の御絵の数々ございます、差し上げましょう」
と奏上なさって、殿に古いのも新しいのも、幾つもの絵の入っている御厨子の数々を開けさせになさって、女君と一緒に、「現代風なのは、これだあれだ」と、お選び揃えなさる。
「長恨歌」「王昭君」などのような絵は、おもしろく感銘深いものだが、「縁起でないものは、このたびは差し上げまい」とお見合わせになる。
あの旅の御日記の箱をもお取り出しになって、この機会に、女君にもお見せ申し上げになったのであった。ご心境を深く知らなくて今初めて見る人でさえ、多少物の分かるような人ならば、涙を禁じえないほどのしみじみと感銘深いものである。まして、忘れがたく、その当時の夢のような体験をお覚ましになる時とてないお二方にとっては、当時に戻ったように悲しく思い出さずにはいらっしゃれない。今までお見せにならなかった恨み言を申し上げなさるのであった。
「独り京に残って嘆いていた時よりも、海人が住んでいる
干潟を絵に描いていたほうがよかったわ
頼りなさも、慰められもしましたでしょうに」
とおっしゃる。まことにもっともだと、お思いになって、
「辛い思いをしたあの当時よりも、今日はまた
再び過去を思い出していっそう涙が流れて来ます」
中宮だけにはぜひともお見せ申し上げなければならないものである。不出来でなさそうなのを一帖ずつ、何といっても浦々の景色がはっきりと描き出されているのを、お選びになる折にも、あの明石の住居のことが、まっさきに、「どうしているだろうか」とお思いやりにならない時がない。

 [2-2 Genji prepares pictures of Suma and Akashi]
 "Monogatari-we koso, kokoro-bahe miye te, mi-dokoro aru mono nare!"
 tote, omosiroku kokoro-bahe aru kagiri wo eri tutu kaka se tamahu. Rei no tuki-nami no we mo, mi nare nu sama ni, koto-no-ha wo kaki-tuduke te, go-ran-ze sase tamahu.
 Wazato wokasiu si tare ba, mata, konata ni te mo kore wo go-ran-zuru ni, kokoro-yasuku mo tori-ide tamaha zu, ito itaku hime te, kono ohom-kata he mote-watara se tamahu wo wosimi, ryau-zi tamahe ba, Otodo, kiki tamahi te,
 "Naho, Gon-Tiunagon no mi-kokoro-bahe no waka-wakasisa koso, aratamari gataka'mere!"
 nado warahi tamahu.
 "Anagati ni kakusi te, kokoro-yasuku mo go-ran-ze sase zu, nayamasi kikoyuru, ito mezamasi ya! Kotati no ohom-we-domo no haberu, mawira se m."
 to sou-si tamahi te, Tono ni huruki mo atarasiki mo, we-domo iri taru mi-dusi-domo hiraka se tamahi te, Womna-Gimi to morotomo ni, "Imamekasiki ha, sore sore." to, eri-totonohe sase tamahu.
 Tyaugonaka Wausyoukun nado yau naru we ha, omosiroku ahare nare do, "Koto no imi aru ha, kotami ha tatematura zu." to eri-todome tamahu.
 Kano tabi no ohom-niki no hako wo mo tori-ide sase tamahi te, kono tuide ni zo, Womna-Gimi ni mo mise tatematuri tamahi keru. Mi-kokoro hukaku sira de ima mi m hito dani, sukosi mono-omohi sira m hito ha, namida wosimu maziku ahare nari. Maite, wasure gataku, sono yo no yume wo, obosi-samasu wori naki mi-kokoro-domo ni ha, tori-kahesi kanasiu obosi-ide raru. Ima made mise tamaha zari keru urami wo zo kikoye tamahi keru.
 "Hitori wi te nageki si yori ha ama no sumu
 kata wo kaku te zo miru bekari keru

 Obotukanasa ha, nagusami na masi mono wo!"
 to notamahu. Ito ahare to, obosi te,
 "Uki me mi si sono wori yori mo kehu ha mata
 sugi ni si kata ni kaheru namida ka
"
 Tiuguu bakari ni ha, mise tatematuru beki mono nari. Kataha naru maziki iti-dehu dutu, sasuga ni ura-uara no arisama sayaka ni miye taru wo, eri tamahu tuide ni mo, kano Akasi no ihe-wi zo, madu, "Ika ni?" to obosi-yara nu toki no ma naki.

 かう絵ども集めらる795と聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、軸、表紙、紐の飾り、いよいよ調へたまふ。
弥生の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろき折なるに、内裏わたりも、節会どものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々暮らしたまふを、同じくは、御覧じ所もまさりぬべくてたてまつらむの御心つきて、いとわざと集め参らせたまへり。
こなたかなたと、さまざまに多かり。物語絵は、こまやかになつかしさまさるめるを、梅壷の御方は、いにしへの物語、名高くゆゑある限り、弘徽殿は、そのころ世にめづらしく、をかしき限りを選り描かせたまへれば、うち見る目の今めかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。
主上の女房なども、よしある限り、「これは、かれは」など定めあへるを、このころのことにすめり。

 [2-3 3月10日、中宮の御前の物語絵合せ]
このように幾つもの絵を集めていらっしゃるとお聞きになって、権中納言、たいそう対抗意識を燃やして、軸、表紙、紐の飾りをいっそう調えなさる。
三月の十日ころなので、空もうららかで、人の心ものびのびとし、ちょうどよい時期なので、宮中あたりでも、節会と節会の合間なので、ただこのようなことをして、どなたもどなたもお過ごしになっていらっしゃるのを、同じことなら、いっそう興味深く御覧あそばされるようにして差し上げようとのお考えになって、たいそう特別に集めて献上させなさった。
こちら側からとあちら側からと、いろいろと多くあった。物語絵は、精巧でやさしみがまさっているようなのを、梅壷の御方では、昔の物語、有名で由緒ある絵ばかり、弘徽殿の女御方では、現代のすばらしい新作で、興趣ある絵ばかりを選んで描かせなさったので、一見したところの華やかさでは、実にこの上なく勝っていた。
主上付きの女房なども、絵に嗜みのある人々はすべて、「これはどうの、あれはどうの」などと批評し合うのを、近頃の仕事にしているようである。

 [2-3 There is a picture-contest in front of Tyugu at Mar. 10]
 Kau we-domo atume raru to kiki tamahi te, Gon-Tiunagon, ito kokoro wo tukusi te, diku, heusi, himo no kazari, iyo-iyo totonohe tamahu.
 Yayohi no towo-ka no hodo nare ba, sora mo uraraka ni te, hito no kokoro mo nobi, mono omosiroki wori naru ni, Uti watari mo, setiwe-domo no hima nare ba, tada kayau no koto-domo ni te, ohom-kata-gata kurasi tamahu wo, onaziku ha, go-ran-zi dokoro mo masari nu beku te tatematura m no mi-kokoro tuki te, ito wazato atume mawira se tamahe ri.
 Konata kanata to, sama-zama ni ohokari. Monogatari-we ha, komayaka ni natukasisa masaru meru wo, Mmetubo-no-Ohomkata ha, inisihe no monogatari, nadakaku yuwe aru kagiri, Koukiden ha, sono-koro yo ni medurasiku, wokasiki kagiri wo eri kaka se tamahe re ba, uti-miru me no imamekasiki hanayakasa ha, ito koyonaku masare ri.
 Uhe no nyoubau nado mo, yosi aru kagiri, "Kore ha, kare ha." nado sadame-ahe ru wo, kono-koro no koto ni su meri.

 中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨て796がたく思ほすことなれば、御行なひも怠りつつ御覧ず。この人々のとりどりに論ずるを聞こし召して、左右と方分かたせたまふ。
梅壷の御方には、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦を、ただ今は心にくき有職どもにて、心々に争ふ口つきどもを、をかしと聞こし召して、まづ、物語の出で来はじめの祖なる『竹取の翁』に『宇津保の俊蔭』を合はせて争ふ。
「なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」
と言ふ。右は、
「かくや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし。この世の契りは竹の中に結びければ、下れる人のこととこそは見ゆめれ。ひとつ家の内は照らしけめど、百敷のかしこき御光には並ばずなりにけり。阿部のおほしが千々の黄金を捨てて、火鼠の思ひ片時に消えたるも、いとあへなし。車持の親王の、まことの蓬莱の深き心も知りながら、いつはりて玉の枝に疵をつけたるをあやまちとなす」。
絵は、巨勢の相覧、手は、紀貫之書けり。紙屋紙に唐の綺をばいして、赤紫の表紙、紫檀の軸、世の常の装ひなり。
「俊蔭は、はげしき波風におぼほれ、知らぬ国に放たれしかど、なほ、さして行きける方の心ざしもかなひて、つひに、人の朝廷にもわが国にも、ありがたき才のほどを広め、名を残しける古き心を言ふに、絵のさまも、唐土と日の本とを取り並べて、おもしろきことども、なほ並びなし」
と言ふ。白き色紙797、青き表紙、黄なる玉の軸なり。絵は、常則、手は、道風なれば、今めかしう798をかしげに、目もかかやくまで見ゆ。左は799、そのことわりなし。

 [2-4 「竹取」対「宇津保」]
中宮も参内あそばしていらっしゃる時なので、あれやこれや、お見逃しになれなくお思いのことなので、御勤行も怠りながら御覧になる。この人々が銘々に議論しあうのをお聞きあそばして、左右の組にお分けあそばす。
梅壷の御方には、平典侍、侍従内侍、少将命婦。右方には、大弍典侍、中将命婦、兵衛命婦を、当時のすぐれた識者たちとして、思い思いに論争する弁舌の数々を、興味深くお聞きになって、最初、物語の元祖である『竹取の翁』と『宇津保の俊蔭』を番わせて争う。
「なよ竹の代々に歳月を重ねたこと、特におもしろいことはないけれども、かぐや姫がこの世の濁りにも汚れず、遥かに気位も高く天に昇った運勢は立派で、神代のことのようなので、思慮の浅い女には、きっと分らないでしょう」
と言う。右方は、
「かぐや姫が昇ったという雲居は、おっしゃるとおり、及ばないことなので、誰も知ることができません。この世での縁は、竹の中に生まれたので、素性の卑しい人と思われます。一つの家の中は照らしたでしょうが、宮中の恐れ多い光と並んで妃にならずに終わってしまいました。阿部の御主人が千金を投じて、火鼠の裘に思いを寄せて片時の間に消えてしまったのも、まことにあっけないことです。車持の親王が、真実の蓬莱の神秘の事情を知りながら、偽って玉の枝に疵をつけたのを欠点とします」
絵は、巨勢相覧、書は、紀貫之が書いたものであった。紙屋紙に唐の綺を裏張りして、赤紫の表紙、紫檀の軸、ありふれた表装である。
「俊蔭は、激しい波風に溺れ、知らない国に流されましたが、やはり、目ざしていた目的を叶えて、遂に、外国の朝廷にもわが国にも、めったにない音楽の才能を知らせ、名を残した昔の伝えからいうと、絵の様子も、唐土と日本とを取り合わせて、興趣深いこと、やはり並ぶものがありません」
と言う。白い色紙、青い表紙、黄色の玉の軸である。絵は、飛鳥部常則、書は、小野道風なので、現代風で興趣深そうで、目もまばゆいほどに見える。左方には、反論の言葉がない。

 [2-4 Taketori vsersus Utsufo]
 Tiuguu mo mawira se tamahe ru koro ni te, kata-gata, go-ran-zi sute gataku omohosu koto nare ba, ohom-okonahi mo okotari tutu go-ran-zu. Kono hito-bito no tori-dori ni ron-zuru wo kikosimesi te, hidari migi to kata wakata se tamahu.
 Mmetubo-no-Ohomkata ni ha, Hei-Naisi-no-Suke, Zizyuu-no-Naisi, Seusyau-no-Myaubu. Migi ni ha, Daini-no-Naisi-no-Suke, Tiuzyau-no-Myaubu, Hyauwe-no-Myaubu wo, tada ima ha kokoro nikuki iusoku-domo ni te, kokoro-gokoro ni arasohu kuti-tuki-domo wo, wokasi to kikosimesi te, madu, monogatari no ide-ki hazime no oya naru Taketori-no-Okina ni Utuho-no-Tosikage wo ahase te arasohu.
 "Nayo-take no yo-yo ni huri ni keru koto, wokasiki husi mo nakere do, Kakuya-Hime no kono yo no nigori ni mo kegare zu, haruka ni omohi-nobore ru tigiri takaku, Kami-yo no koto na'mere ba asahaka naru womna, me oyoba nu nara m kasi."
 to ihu. Migi ha,
 "Kakuya-Hime no nobori kem kumo-wi ha, geni, oyoba nu koto nare ba, tare mo siri gatasi. Kono yo no tigiri ha take no naka ni musubi kere ba, kudare ru hito no koto to koso ha miyu mere. Hitotu ihe no uti ha terasi keme do, momosiki no kasikoki ohom-hikari ni ha naraba zu nari ni keri. Abe-no-Ohosi ga tidi no kogane wo sute te, hi-nezumi no omohi kata-toki ni kiye taru mo, ito ahe nasi. Kuramoti-no-Miko no, makoto no Hourai no hukaki kokoro mo siri nagara, ituhari te tama no eda ni kizu wo tuke taru wo ayamati to nasu."
 We ha, Kose-no-Ahumi, te ha, Ki-no-Turayuki kake ri. Kamya-gami ni kara no ki wo bai-si te, aka-murasaki no heusi, sitan no diku, yo no tune no yosohi nari.
 "Tosikage ha, hagesiki nami kaze ni obohore, sira nu kuni ni hanata re sika do, naho, sasi te yuki keru kata no kokorozasi mo kanahi te, tuhi ni, Hito-no-Mikado ni mo waga kuni ni mo, arigataki zae no hodo wo hirome, na wo nokosi keru huruki kokoro wo ihu ni, we no sama mo, Morokosi to Hinomoto to wo tori-narabe te, omosiroki koto-domo, naho narabi nasi."
 to ihu. Siroki sikisi, awoki heusi, ki naru tama no diku nari. We ha, Tunenori, te ha, Mitikaze nare ba, imamekasiu wokasige ni, me mo kakayaku made miyu. Hidari ha, sono kotowari nasi.

 次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。これも、右はおもしろくにぎははしく、内裏わたりよりうちはじめ、近き世のありさまを描きたるは、をかしう見所まさる。
平内侍、
「伊勢の海の深き心を800たどらずて
ふりにし跡と波や消つべき
世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて、業平が名をや朽たすべき」
と、争ひかねたり。右の典侍、
「雲の上に思ひのぼれる心には
千尋の底もはるかにぞ見る」
「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、在五中将の名をば、え朽たさじ」
とのたまはせて、宮、
「みるめこそうらふりぬらめ年経にし
伊勢をの海人の名をや沈めむ」
かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも、宮のも片端をだにえ見ず、いといたう秘めさせたまふ。

 [2-5 「伊勢物語」対「正三位」]
次に、『伊勢物語』と『正三位』を番わせて、また結論がでない。これも、右方は興味深く華やかで、宮中あたりをはじめとして、近頃の様子を描いたのは、興趣深く見応えがする。
平典侍は、
「『伊勢物語』の深い心を訪ねないで
単に古い物語だからといって価値まで落としめてよいものでしょうか
世間普通の色恋事のおもしろおかしく書いてあることに気押されて、業平の名を汚してよいものでしょうか」
と、反論しかねている。右方の大弍の典侍は、
「雲居の宮中に上った『正三位』の心から見ますと
『伊勢物語』の千尋の心も遥か下の方に見えます」
「兵衛の大君の心高さは、なるほど捨てがたいものですが、在五中将の名は、汚すことはできますまい」
と仰せになって、中宮は、
「ちょっと見た目には古くさく見えましょうが
昔から名高い『伊勢物語』の名を落とすことができましょうか」
このような女たちの論議で、とりとめもなく優劣を争うので、一巻の判定に数多くの言葉を尽くしても容易に決着がつかない。ただ、思慮の浅い若い女房たちは、死ぬほど興味深く思っているが、主上づきの女房も、中宮づきの女房も、その一部分さえ見ることができないほど、たいそう隠していらっしゃった。

 [2-5 Ise-monogatari vsersus Zhozanmi]
 Tugi ni, Ise-monogatari ni Zyau-zammi wo ahase te, mata sadame-yara zu. Kore mo, migi ha omosiroku nigihahasiku, Uti watari yori uti-hazime, tikaki yo no arisama wo kaki taru ha, wokasiu mi-dokoro masaru.
 Hei-Naisi,
 "Ise no umi no hukaki kokoro wo tadora zu te
 huri ni si ato to nami ya ketu beki

 Yo no tune no ada-koto no hiki-tukurohi kazare ru ni osa re te, Narihira ga na wo ya kutasu beki."
 to, arasohi-kane tari. Migi no Suke,
 "Kumo no uhe ni omohi nobore ru kokoro ni ha
 ti-hiro no soko mo haruka ni zo miru
"
 "Hyauwe-no-Ohokimi no kokoro-takasa ha, geni sute gatakere do, Zaigo-Tiuzyau no na wo ba, e kutasa zi."
 to notamahase te, Miya,
 "Miru me koso ura huri nu rame tosi he ni si
 Ise wo no ama no na wo ya sidume m
"
 Kayau no womna-goto ni te, midari-gahasiku arasohu ni, hito-maki ni kotonoha wo tukusi te, e mo ihi-yara zu. Tada, asahaka naru waka-udo-domo ha, si-ni-kaheri yukasigare do, Uhe no mo, Miya no mo kata-hasi wo dani e mi zu, ito itau hime sase tamahu.

 大臣参りたまひて801、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、
「同じくは、御前にて、この勝負定めむ」
と
802、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねて思しければ、中にもことなるは選りとどめたまへるに、かの「須磨」「明石」の二巻は、思すところありて、取り交ぜさせたまへり。
中納言も、その御心劣らず。このころの世には、ただかくおもしろき紙絵をととのふることを、天の下いとなみたり。
「今あらため描かむことは、本意なきことなり。ただありけむ限りをこそ」
とのたまへど、中納言は人にも見せで、わりなき窓を803開けて、描かせたまひけるを、院にも、かかること聞かせたまひて、梅壷に御絵どもたてまつらせたまへり。
年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、延喜の御手づから事の心書かせたまへるに、またわが御世の事も描かせたまへる巻に、かの斎宮の下りたまひし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、描くべきやう詳しく仰せられて、公茂が仕うまつれるが804、いといみじきをたてまつらせたまへり。
艶に透きたる沈の箱に、同じき心葉のさまなど、いと今めかし。御消息はただ言葉にて、院の殿上にさぶらふ左近中将を御使にてあり。かの大極殿の御輿寄せたる所の、神々しきに、
「身こそかくしめの外なれそのかみの
心のうちを忘れしもせず」
とのみあり。聞こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、苦しう思しながら、昔の御簪の端をいささか折りて、
「しめのうちは昔にあらぬ心地して
神代のことも今ぞ恋しき」
とて、縹の唐の紙に包みて参らせたまふ。御使の禄など、いとなまめかし。
院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。大臣をもつらしと思ひきこえさせたまひけむかし。過ぎにし方の御報いにやありけむ。
院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。尚侍の君も、かやうの御好ましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ集めたまふ。

 3 後宮の物語 帝の御前の絵合せ [3-1 帝の御前の絵合せの企画]
内大臣が参上なさって、このようにそれぞれが優劣を競い合っている気持ちを、おもしろくお思いになって、
「同じことなら、主上の御前において、この優劣の決着をつけましょう」
と、おっしゃるまでになった。このようなこともあろうかと、以前からお思いになっていたので、その中でも特別なのは選び残していらっしゃったが、あの「須磨」「明石」の二巻は、お考えになるところがあって、お加えになったのであった。
権中納言も、そのお気持ちは負けていない。最近の世では、ただこのような美しい紙絵を揃えること、世の中の流行になっていた。
「今新たに描くことは、つまらないことだ。ただ持っているものだけで」
とおっしゃったが、権中納言は他人にも見せないで、秘密の部屋を準備して、お描かせになったが、院におかれても、このような騷ぎがあるとお耳にあそばして、梅壷に幾つかの御絵を差し上げなさった。
一年の内の数々の節会のおもしろく興趣ある様を、昔の名人たちがそれぞれに描いた絵に、延喜の帝がお手ずからその趣旨をお書きあそばしたものや、また御自身の御世のこともお描かせになった巻に、あの斎宮がお下りになった日の、大極殿での儀式を、お心に刻みこまれてあったので、描くべきさまを詳しく仰せになって、巨勢公茂がお描き申したのが、たいそう素晴らしいのを差し上げなさった。
優美に透かし彫りのある沈の箱に、同じ趣旨の心葉のさまなど、実に現代的である。お便りはただ口上だけで、院の殿上に伺候する左近中将をご使者としてあった。あの大極殿の御輿を寄せた場面の、神々しい絵に、
「わが身はこのように内裏の外におりますが
あの当時の気持ちは今でも忘れずにおります」
とだけある。お返事申し上げなさらないのも、たいそう恐れ多いので、辛くお思いになりながら、昔のお簪の端を少し折って、
「内裏の中は昔とすっかり変わってしまった気がして
神にお仕えしていた昔のことが今は恋しく思われます」
とお書きになって、縹の唐の紙に包んで差し上げなさる。ご使者への禄などは、たいそう優美である。
院の帝が御覧になって、限りなくお心がお動きになるにつけ、御在位中のころを取り戻したく思し召すのであった。内大臣をひどいとお思い申しあそばしたことであろう。過去の御報いでもあったのであろうか。
院の御絵は、大后の宮から伝わって、あの弘徽殿の女御のお方にも多く集まっているのであろう。尚侍の君も、このようなご趣味は人一倍優れていて、興趣深い絵を描かせては集めていらっしゃる。

 3 Tale of ladies on Court of Reizei A contest of pictures in front of Mikado [3-1 A plan of picture-contest in front of Mikado]
 Otodo mawiri tamahi te, kaku tori-dori ni arasohi sawagu kokorobahe-domo, wokasiku obosi te,
 "Onaziku ha, O-mahe ni te, kono kati-make sadame m."
 to, notamahi nari nu. Kakaru koto mo ya to, kanete obosi kere ba, naka ni mo kotonaru ha eri todome tamahe ru ni, kano Suma Akasi no huta-maki ha, obosu tokoro ari te, tori-maze sase tamahe ri.
 Tiunagon mo, sono mi-kokoro otora zu. Kono-koro no yo ni ha, tada kaku omosiroki kami-we wo totonohuru koto wo, amenosita itonami tari.
 "Ima aratame kaka m koto ha, ho'i naki koto nari. Tada ari kem kagiri wo koso."
 to notamahe do, Tiunagon ha hito ni mo mise de, warinaki mado wo ake te, kaka se tamahi keru wo, Win ni mo, kakaru koto kikase tamahi te, Mme-tubo ni ohom-we-domo tatematura se tamahe ri.
 Tosi no uti no setiwe-domo no omosiroku kyou aru wo, mukasi no zyauzu-domo no tori-dori ni kake ru ni, Engi no ohom-tedukara koto no kokoro kaka se tamahe ru ni, mata waga mi-yo no koto mo kaka se tamahe ru maki ni, kano Saiguu no kudari tamahi si hi no Daigoku-Den no gisiki, mi-kokoro ni simi te obosi kere ba, kaku beki yau kuhasiku ohose rare te, Kimmoti ga tukau-mature ru ga, ito imiziki wo tatematura se tamahe ri.
 En ni suki taru din no hako ni, onaziki kokoro-ba no sama nado, ito imamekasi. Ohom-seusoko ha tada kotoba ni te, Win no Tenzyau ni saburahu Sakon-no-Tiuzyau wo ohom-tukahi ni te ari. Kano Daigoku-Den no mi-kosi yose taru tokoro no, kau-gausiki ni,
 "Mi koso kaku sime no hoka nare sono-kami no
 kokoro no uti wo wasure si mo se zu
"
 to nomi ari. Kikoye tamaha zara m mo, ito katazikenakere ba, kurusiu obosi nagara, mukasi no ohom-kamzasi no hasi wo isasaka wori te,
 "Sime no uti ha mukasi ni ara nu kokoti si te
 Kami-yo no koto mo ima zo kohisiki
"
 tote, hanada no kara no kami ni tutumi te mawira se tamahu. Ohom-tukahi no roku nado, ito namamekasi.
 Win-no-Mikado go-ran-zuru ni, kagiri naku ahare to obosu ni zo, ari si yo wo torikahesa mahosiku omohosi keru. Otodo wo mo turasi to omohi kikoye sase tamahi kem kasi. Sugi ni si kata no ohom-mukuyi ni ya ari kem.
 Win no ohom-we ha, Kisai-no-Miya yori tutahari te, ano Nyougo-no-ohom-kata ni mo ohoku mawiru besi. Naisi-no-Kamnokimi mo, kayau no ohom-konomasisa ha hito ni sugure te, wokasiki sama ni torinasi tutu atume tamahu.

 その日と定めて、にはかなるやうなれど、をかしきさまにはかなうしなして、左右の御絵ども参らせたまふ。女房のさぶらひに御座よそはせて、北南方々別れてさぶらふ。殿上人は、後涼殿の簀子に、おのおの心寄せつつさぶらふ。
左は、紫檀の箱に蘇芳の花足、敷物には紫地の唐の錦、打敷は葡萄染の唐の綺なり。童六人、赤色に桜襲の汗衫、衵は紅に藤襲の織物なり。姿、用意など、なべてならず見ゆ。
右は、沈の箱に浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、あしゆひの組、花足の心ばへなど、今めかし。童、青色に柳の汗衫、山吹襲の衵着たり。
皆、御前に舁き立つ。主上の女房、前後と、装束き分けたり。
召しありて、内大臣、権中納言、参りたまふ。その日、帥宮も参りたまへり。いとよしありておはするうちに、絵を好みたまへば、大臣の、下にすすめたまへるやうやあらむ、ことことしき召しにはあらで、殿上におはするを、仰せ言ありて御前に805参りたまふ。
この判仕うまつりたまふ。いみじう、げに描き尽くしたる絵どもあり。さらにえ定めやりたまはず。
例の四季の絵も、いにしへの上手どものおもしろきことどもを選びつつ、筆とどこほらず描きながしたるさま、たとへむかたなしと見るに、紙絵は限りありて、山水のゆたかなる心ばへをえ見せ尽くさぬものなれば、ただ筆の飾り、人の心に作り立てられて、今のあさはかなるも、昔のあと806恥なく、にぎははしく、あなおもしろと見ゆる筋はまさりて、多くの争ひども、今日は方々に興あることも多かり。
朝餉の御障子を開けて、中宮もおはしませば、深うしろしめしたらむと思ふに、大臣もいと優におぼえたまひて、所々の判ども心もとなき折々に、時々さし応へたまひけるほど、あらまほし。

 [3-2 3月20日過ぎ、帝の御前の絵合せ]
何日と決めて、急なようであるが、興趣深いさまにちょっと設備をして、左右の数々の御絵を差し出させなさる。女房が伺候する所に玉座を設けて、北と南とにそれぞれ分かれて座る。殿上人は、後涼殿の簀子に、それぞれが心を寄せながら控えている。
左方は、紫檀の箱に蘇芳の華足、敷物には紫地の唐の錦、打敷は葡萄染めの唐の綺である。童六人、赤色に桜襲の汗衫、衵は紅に藤襲の織物である。姿、心用意など、並々でなく見える。
右方は、沈の箱に浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、脚結いの組紐、華足の趣など、現代的である。童、青色に柳の汗衫、山吹襲の衵を着ている。
皆、御前に御絵を並べ立てる。主上つきの女房、前に後に、装束の色を分けている。
お召しがあって、内大臣、権中納言、参上なさる。その日、帥宮も参上なさった。たいそう風流でいらっしゃるうちでも、絵を特にお嗜みでいらっしゃるので、内大臣が、内々お勧めになったのでもあろうか、仰々しいお招きではなくて、殿上の間にいらっしゃるのを、御下命があって御前に参上なさる。
この判者をお勤めになる。たいそう、なるほど上手に筆の限りを尽くしたいくつもの絵がある。全然判定することがおできになれない。
例の四季の絵も、昔の名人たちがおもしろい画題を選んでは、筆もすらすらと描き流してある風情、譬えようがないと見ると、紙絵は紙幅に限りがあって、山水の豊かな趣を現し尽くせないものなので、ただ筆先の技巧、絵師の趣向の巧みさに飾られているだけで、当世風の浅薄なのも、昔のに劣らず、華やかで実におもしろい、と見える点では優れていて、多数の論争なども、今日は両方ともに興味深いことが多かった。
朝餉の間の御障子を開けて、中宮も御覧になっていらっしゃるので、深く絵に御精通であろうと思うと、内大臣もたいそう素晴らしいとお思いになって、所々の判定の不安な折々には、時々ご意見を述べなさった様子、理想的である。

 [3-2 There is a picture-contest in front of Mikado at Mar. 20 past]
 Sono hi to sadame te, nihaka naru yau nare do, wokasiki sama ni hakanau si-nasi te, hidari migi no ohom-we-domo mawira se tamahu. Nyoubau no saburahi ni o-masi yosoha se te, kita minami kata-gata wakare te saburahu. Tenzyau-bito ha, Kourau-Den no sunoko ni, ono-ono kokoro-yose tutu saburahu.
 Hidari ha, sitan no hako ni suhau no kesoku, siki-mono ni ha murasaki-di no kara no nisiki, uti-siki ha ebi-zome no kara no ki nari. Waraha roku-nin, aka-iro ni sakura-gasane no kazami, akome ha kurenawi ni hudi-gasane no ori-mono nari. Sugata, youi nado, nabete nara zu miyu.
 Migi ha, din no hako ni senkau no sita-dukuwe, uti-siki ha awo-di no Koma no nisiki, asiyuhi-no-kumi, kesoku no kokorobahe nado, imamekasi. Waraha, awo-iro ni yanagi no kazami, yamabuki-gasane no akome ki tari.
 Mina, o-mahe ni kaki-tatu. Uhe no nyoubau, mahe sirihe to sauzoki wake tari.
 Mesi ari te, Uti-no-Otodo, Gon-Tiunagon, mawiri tamahu. Sono hi, Soti-no-Miya mo mawiri tamahe ri. Ito yosi ari te ohasuru uti ni, we wo konomi tamahe ba, Otodo no, sita ni susume tamahe ru yau ya ara m, koto-kotosiki mesi ni ha ara de, Tenzyau ni ohasuru wo, ohose-goto ari te, go-zen ni mawiri tamahu.
 Kono han tukau-maturi tamahu. Imiziu, geni kaki-tukusi taru we-domo ari. Sarani e sadame-yari tamaha zu.
 Rei no siki no we mo, inisihe no zyauzu-domo no omosiroki koto-domo wo erabi tutu, hude todokohora zu kaki-nagasi taru sama, tatohe m kata nasi to miru ni, kami-we ha kagiri ari te, yama-midu no yutaka naru kokorobahe wo e mise tukusa nu mono nare ba, tada hude no kazari, hito no kokoro ni tukuri-tate rare te, ima no asahaka naru mo, mukasi no ato hadi naku, nigihahasiku, ana omosiro to miyuru sudi ha masari te, ohoku no arasohi-domo, kehu ha kata-gata ni kyou aru koto mo ohokari.
 Asagarehi no mi-sauzi wo ake te, Tiuguu mo ohasimase ba, hukau sirosimesi tara m to omohu ni, Otodo mo ito iu ni oboye tamahi te, tokoro-dokoro no han-domo kokoro-motonaki wori-wori ni, toki-doki sasi-irahe tamahi keru hodo, aramahosi.

 定めかねて夜に入りぬ。左はなほ数一つある果てに、「須磨」の巻出で来たるに、中納言の御心、騒ぎにけり。あなたにも心して、果ての巻は心ことにすぐれたるを選り置きたまへるに、かかるいみじきものの上手の、心の限り思ひすまして静かに描きたまへるは、たとふべきかたなし。
親王よりはじめたてまつりて、涙とどめたまはず。その世に、「心苦し悲し」と思ほししほどよりも、おはしけむありさま、御心に思ししことども、ただ今のやうに見え、所のさま、おぼつかなき浦々、磯の隠れなく描きあらはしたまへり。
草の手に仮名の所々に書きまぜて、まほの詳しき807日記にはあらず、あはれなる歌などもまじれる、たぐひゆかし。誰もこと事思ほさず、さまざまの御絵の興、これに皆移り果てて、あはれにおもしろし。よろづ皆おしゆづりて、左、勝つに808なりぬ。

 [3-3 左方、勝利をおさめる]
勝負がつかないで夜に入った。左方、なお一番残っている最後に、「須磨」の絵巻が出て来たので、権中納言のお心、動揺してしまった。あちらでも心づもりして、最後の巻は特に優れた絵を選んでいらっしゃったのだが、このような大変な絵の名人が、心ゆくばかり思いを澄ませて心静かにお描きになったのは、譬えようがない。
親王をはじめまいらせて、感涙を止めることがおできになれない。あの当時に、「お気の毒に、悲しいこと」とお思いになった時よりも、お過ごしになったという所の様子、どのようなお気持ちでいらしたかなど、まるで目の前のことのように思われ、その土地の風景、見たこともない浦々、磯を隈なく描き現していらっしゃった。
草書体に仮名文字を所々に書き交ぜて、正式の詳しい日記ではなく、しみじみとした歌などが混じっている、その残りの巻が見たいくらいである。誰も他人事とは思われず、いろいろな御絵に対する興味、これにすっかり移ってしまって、感慨深く興趣深い。万事みなこの絵日記に譲って、左方、勝ちとなった。

 [3-3 Genji overcame Gon-Tyunagon on picture-contest]
 Sadame-kane te yo ni iri nu. Hidari ha naho kazu hitotu aru hate ni, Suma no maki ide-ki taru ni, Tiunagon no mi-kokoro, sawagi ni keri. Anata ni mo kokoro si te, hate no maki ha kokoro koto ni sugure taru wo eri-oki tamahe ru ni, kakaru imiziki mono no zyauzu no, kokoro no kagiri omohi sumasi te siduka ni kaki tamahe ru ha, tatohu beki kata nasi.
 Miko yori hazime tatematuri te, namida todome tamaha zu. Sono yo ni, "Kokorogurusi kanasi" to omohosi si hodo yori mo, ohasi kem arisama, mi-kokoro ni obosi si koto-domo, tada ima no yau ni miye, tokoro no sama, obotukanaki ura-ura, iso no kakure naku kaki arahasi tamahe ri.
 Sou no te ni kana no tokoro-dokoro ni kaki-maze te, maho no niki ni ha ara zu, ahare naru uta nado mo mazire ru, taguhi yukasi. Tare mo koto-goto omohosa zu, sama-zama no ohom-we no kyou, kore ni mina uturi hate te, ahare ni omosirosi. Yorodu mina osi-yuduri te, hidari, katu ni nari nu.

 夜明け方近くなるほどに、ものいとあはれに思されて、御土器など参るついでに、昔の御物語ども出で来て、
「いはけなきほどより、学問に心を入れてはべりしに、すこしも才などつきぬべくや御覧じけむ、院ののたまはせしやう、『才学といふもの、世にいと重くするものなればにやあらむ、いたう進みぬる人の、命、幸ひと並びぬるは、いとかたきものになむ。品高く生まれ、さらでも人に劣るまじきほどにて、あながちにこの道な深く習ひそ』と、諌めさせたまひて、本才の方々のもの教へさせたまひしに809、つたなきこともなく、またとり立ててこのことと心得ることもはべらざりき。絵描くことのみなむ、あやしくはかなきものなから、いかにしてかは心ゆくばかり描きて見るべきと、思ふ折々はべりしを、おぼえぬ山賤になりて、四方の海の深き心を見しに、さらに思ひ寄らぬ隈なく至られにしかど、筆のゆく限りありて、心よりはことゆかずなむ思うたまへられしを、ついでなくて、御覧ぜさすべきならねば、かう好き好きしきやうなる、後の聞こえやあらむ」
と、親王に申したまへば、
「何の才も、心より放ちて習ふべきわざならねど、道々に物の師あり、学び所あらむは、事の深さ浅さは知らねど、おのづから移さむに跡ありぬべし。筆取る道と碁打つこととぞ、あやしう魂のほど見ゆるを、深き労なく見ゆるおれ者も810、さるべきにて、書き打つたぐひも出で来れど、家の子の中には、なほ人に抜けぬる人811、何ごとをも好み得けるとぞ見えたる。院の御前にて、親王たち、内親王、いづれかは、さまざま812とりどりの才習はさせたまはざりけむ。その中にも、とり立てたる御心に入れて、伝へ813受けとらせたまへるかひありて、『文才をばさるものにて言はず、さらぬことの中には、琴弾かせたまふことなむ一の才にて、次には横笛、琵琶、箏の琴をなむ、次々に習ひたまへる』と、主上も思しのたまはせき。世の人、しか思ひきこえさせたるを、絵はなほ筆のついでにすさびさせたまふあだこととこそ思ひたまへしか、いとかう、まさなきまで、いにしへの墨がきの上手ども、跡をくらうなしつべかめるは、かへりて、けしからぬわざなり」
と、うち乱れて聞こえたまひて、酔ひ泣きにや、院の御こと聞こえ出でて、皆うちしほれ814たまひぬ。

 4 光る源氏の物語 光る源氏世界の黎明 [4-1 学問と芸事の清談]
夜明けが近くなったころに、何となくしみじみと感慨がこみ上げてきて、お杯など傾けなさる折に、昔のお話などが出てきて、
「幼いころから、学問に心を入れておりましたが、少し学才などがつきそうに御覧になったのでしょうか、故院が仰せになったことに、『学問の才能というものは、世間で重んじられるからであろうか、たいそう学問を究めた人で、長寿と、幸福とが並んだ者は、めったにいないものだ。高い身分に生まれ、そうしなくても人に劣ることのない身分なのだから、むやみにこの道に深入りするな』と、お諌めあそばして、正式な学問以外の芸を教えてくださいましたが、出来の悪いものもなく、また特にこのことはと上達したこともございませんでした。ただ、絵を描くことだけが、妙なつまらないことですが、どうしたら心のゆくほど描けるだろうかと、思う折々がございましたが、思いもよらない賤しい身の上となって、四方の海の深い趣を見ましたので、まったく思い至らぬ所のないほど会得できましたが、絵筆で描くにはは限界がありまして、心で思うとおりには事の運ばぬように存じられましたが、機会がなくて、御覧に入れるわけにも行きませんので、このように物好きのようなのは、後々に噂が立ちましょうか」
と、親王に申し上げなさると、
「何の芸道も、心がこもっていなくては習得できるものではありませんが、それぞれの道に師匠がいて、学びがいのあるようなものは、度合の深さ浅さは別として、自然と学んだだけの事は後に残るでしょう。書画の道と碁を打つことは、不思議と天分の差が現れるもので、深く習練したと思えぬ凡愚の者でも、その天分によって、巧みに描いたり打ったりする者も出て来ますが、名門の子弟の中には、やはり抜群の人がいて、何事にも上達すると見えました。故院のお膝もとで、親王たち、内親王、どなたもいろいろさまざまなお稽古事を習わさせなかったことがありましょうか。その中でも、特にご熱心になって、伝授を受けご習得なさった甲斐があって、『詩文の才能は言うまでもなく、それ以外のことの中では、琴の琴をお弾きになることが第一番で、次には、横笛、琵琶、箏の琴を次々とお習いになった』と、故院も仰せになっていました。世間の人、そのようにお思い申し上げていましたが、絵はやはり筆のついでの慰み半分の余技と存じておりましたが、たいそうこんなに不都合なくらいに、昔の墨描きの名人たちが逃げ出してしまいそうなのは、かえって、とんでもないことです」
と、酔いに乱れて申し上げなさって、酔い泣きであろうか、故院の御事を申し上げて、皆涙をお流しになった。

 4 Tale of Hikaru-Genji Reign of Reizei in its glory [4-1 Arguments about study and art]
 Yoake-gata tikaku naru hodo ni, mono ito ahare ni obosa re te, ohom-kaharake nado mawiru tuide ni, mukasi no ohom-monogatari-domo ide-ki te,
 "Ihakenaki hodo yori, gakumon ni kokoro wo ire te haberi si ni, sukosi mo zae nado tuki nu beku ya go-ran-zi kem, Win no notamaha se si yau, 'Saigaku to ihu mono, yo ni ito omoku suru mono nare ba ni ya ara m, itau susumi nuru hito no, inoti, saihahi to narabi nuru ha, ito kataki mono ni nam. Sina takaku umare, sarade mo hito ni otoru maziki hodo ni te, anagati ni kono miti na hukaku narahi so.' to, isame sase tamahi te, honzai no kata-gata no mono wosihe sase tamahi si ni, tutanaki koto mo naku, mata tori-tate te kono koto to kokoro-uru koto mo habera zari ki. We kaku koto nomi nam, ayasiku hakanaki mono kara, ikani si te ka ha kokoro-yuku bakari kaki te miru beki to, omohu wori-wori haberi si wo, oboye nu yama-gatu ni nari te, yomo no umi no hukaki kokoro wo mi si ni, sarani omohi-yora nu kuma naku itara re ni sika do, hude no yuku kagiri ari te, kokoro yori ha koto yuka zu nam omou tamahe rare si wo, tuide naku te, go-ran-ze sasu beki nara ne ba, kau suki-zukisiki yau naru, noti no kikoye ya ara m?"
 to, Miko ni mausi tamahe ba,
 "Nani no zae mo, kokoro yori hanati te narahu beki nara ne do, miti-miti ni mono no si ari, manabi dokoro ara m ha, koto no hukasa asasa ha sira ne do, onodukara utusa m ni ato ari nu besi. Hude toru miti to go utu koto to zo, ayasiu tamasihi no hodo miyuru wo, hukaki rau naku miyuru ore-mono mo, saru beki ni te, kaki utu taguhi mo ide-kure do, ihe no ko no naka ni ha, naho hito ni nuke nuru hito, nani-goto wo mo konomi e keru to zo miye taru. Win no go-zen ni te, Miko-tati, Naisinwau, idure ka ha, sama-zama tori-dori no zae naraha sase tamaha zari kem. Sono naka ni mo, tori-tate taru mi-kokoro ni ire te, tutahe-uke tora se tamahe ru kahi ari te, 'Monzai wo ba saru mono ni te iha zu, sara nu koto no naka ni ha, kin hika se tamahu koto nam iti no zae ni te, tugi ni ha yokobue, biwa, sau-no-koto wo nam, tugi-tugi ni narahi tamahe ru.' to, Uhe mo obosi notamahase ki. Yo no hito, sika omohi kikoye sase taru wo, we ha naho hude no tuide ni susabi sase tamahu ada-koto to koso omohi tamahe sika, ito kau, masa naki made, inisihe no sumi-gakino zyauzu-domo, ato wo kurau nasi tu beka'meru ha, kaheri te, kesikara nu waza nari."
 to, uti-midare te kikoye tamahi te, wehi-naki ni ya, Win no ohom-koto kikoye-ide te, mina uti-sihore tamahi nu.

 二十日あまりの月さし出でて、こなたは、まださやかならねど、おほかたの空をかしきほどなるに、書司の御琴召し出でて、和琴、権中納言賜はりたまふ。さはいへど、人にまさりてかき立てたまへり。親王、箏の御琴、大臣、琴、琵琶は少将の命婦仕うまつる。上人の中にすぐれたるを召して、拍子賜はす。いみじうおもしろし。
明け果つるままに、花の色も人の御容貌ども、ほのかに見えて、鳥のさへづるほど、心地ゆき、めでたき朝ぼらけなり。禄どもは、中宮の御方より賜はす。親王は、御衣また重ねて賜はりたまふ。

 [4-2 光る源氏体制の夜明け]
二十日過ぎの月がさし出して、こちら側は、まだ明るくないけれども、いったいに空の美しいころなので、書司のお琴をお召し出しになって、和琴、権中納言がお引き受けなさる。そうは言っても、他の人以上に上手にお弾きになる。帥親王、箏の御琴、内大臣、琴の琴、琵琶は少将の命婦がおつとめする。殿上人の中から勝れた人を召して、拍子を仰せつけになる。たいそう興趣深い。
夜が明けていくにつれて、花の色も人のお顔形なども、ほのかに見えてきて、鳥が囀るころは、快い気分がして、素晴らしい朝ぼらけである。禄などは、中宮の御方から御下賜なさる。親王は御衣をまた重ねて頂戴なさる。

 [4-2 Beginning Hikaru-Genji era]
 Hatuka amari no tuki sasi-ide te, konata ha, mada sayaka nara ne do, ohokata no sora wokasiki hodo naru ni, Hum-no-Tukasa no ohom-koto mesi-ide te, wa-gon, Gon-Tiunagon tamahari tamahu. Sa ha ihe do, hito ni masari te kaki-tate tamahe ri. Miko, sau-no-ohom-koto, Otodo, kin, biha ha Seusyau-no-Myaubu tukau-maturu. Uhe-bito no naka ni sugure taru wo mesi te, hausi tamaha su. Imiziu omosirosi.
 Ake-haturu mama ni, hana no iro mo hito no ohom-katati-domo, honoka ni miye te, tori no saheduru hodo, kokoti yuki, medetaki asaborake nari. Roku-domo ha, Tiuguu no ohom-kata yori tamaha su. Miko ha, ohom-zo mata kasane te tamahari tamahu.

 そのころのことには、この絵の定めをしたまふ。
「かの浦々の巻は、中宮にさぶらはせたまへ」
と聞こえさせたまひければ、これが初め、残りの巻々ゆかしがらせたまへど、
「今、次々に」
と聞こえさせたまふ。主上にも御心ゆかせたまひて思し召したるを、うれしく見たてまつりたまふ。
はかなきことにつけても、かうもてなしきこえたまへば、権中納言は、「なほ、おぼえ圧さるべきにや」と、心やましう思さるべかめり。主上の御心ざしは、もとより思ししみにければ、なほ、こまやかに思し召したるさまを、人知れず見たてまつり知りたまひてぞ、頼もしく、「さりとも」と思されける。
さるべき節会どもにも、「この御時よりと、末の人の言ひ伝ふべき例を添へむ」と思し、私ざまのかかるはかなき御遊びも、めづらしき筋にせさせたまひて、いみじき盛りの御世なり。

 [4-3 冷泉朝の盛世]
その当時のことぐさには、この絵日記の評判をなさる。
「あの浦々の巻は、中宮にお納めください」
とお申し上げさせになったので、この初めの方や、残りの巻々を御覧になりたくお思いになったが、
「いずれそのうちに、ぼつぼつと」
とお申し上げさせになる。主上におかせられても、御満足に思し召していらっしゃるのを、嬉しくお思い申し上げなさる。
ちょっとしたことにつけても、このようにお引き立てになるので、権中納言は、「やはり、世間の評判も圧倒されるのではなかろうか」と、悔しくお思いのようである。主上の御愛情は、初めから馴染んでいらっしゃったので、やはり、御寵愛厚い御様子を、人知れず拝見し存じ上げていらっしゃったので、頼もしく思い、「いくら何でも」とお思になるのであった。
しかるべき節会などにつけても、「この帝のご時代から始まったと、末の世の人々が言い伝えるであろうような新例を加えよう」とお思いになり、私的なこのようなちょっとしたお遊びも、珍しい趣向をお凝らしになって、大変な盛りの御代である。

 [4-3 Reign of Reizei in its glory]
 Sono-koro no koto ni ha, kono we no sadame wo sitamahu.
 "Kano ura-ura no maki ha, Tiuguu ni saburaha se tamahe."
 to kikoye sase tamahi kere ba, kore ga hazime, nokori no maki-maki yukasigara se tamahe do,
 "Ima, tugi-tugi ni."
 to kikoye sase tamahu. Uhe ni mo mi-kokoro yuka se tamahi te obosimesi taru wo, uresiku mi tatematuri tamahu.
 Hakanaki koto ni tuke te mo, kau motenasi kikoye tamahe ba, Gon-Tiunagon ha, "Naho, oboye osa ru beki ni ya?" to, kokoro-yamasiu obosa ru beka'meri. Uhe no mi-kokorozasi ha, motoyori obosi-simi ni kere ba, naho, komayaka ni obosi-mesi taru sama wo, hito-sire-zu mi tatematuri siri tamahi te zo, tanomosiku, "Sari to mo" to obosa re keru.
 Saru beki setiwe-domo ni mo, "Kono ohom-toki yori to, suwe no hito no ihi-tutahu beki rei wo sohe m." to obosi, watakusi-zama no kakaru hakanaki ohom-asobi mo, medurasiki sudi ni se sase tamahi te, imiziki sakari no mi-yo nari.

 大臣ぞ、なほ常なきものに世を思して、今すこしおとなびおはしますと見たてまつりて、なほ世を背きなむと深く思ほすべかめる。
「昔のためしを見聞くにも、齢足らで815、官位高く昇り、世に抜けぬる人の、長くえ保たぬわざなりけり。この御世には、身のほどおぼえ過ぎにたり。中ごろなきになりて沈みたりし愁へに代はりて、今までもながらふるなり。今より後の栄えは、なほ命うしろめたし。静かに籠もりゐて、後の世のことをつとめ、かつは齢をも延べむ」と思ほして、山里ののどかなるを占めて、御堂を造らせたまひ、仏経のいとなみ添へてせさせたまふめるに、末の君達、思ふさまにかしづき出だして見むと思し召すにぞ、とく捨てたまはむことは、かたげなる。いかに思しおきつるにかと、いと知りがたし。

 [4-4 嵯峨野に御堂を建立]
内大臣は、やはり無常なものと世の中をお思いになって、主上がもう少し御成人あそばすのを拝したら、やはり出家しようと深くお思いのようである。
「昔の例を見たり聞いたりするにも、若くして高位高官に昇り、世に抜きん出てしまった人で、長生きはできないものなのだ。この御代では、身のほど過ぎてしまった。途中で零落して悲しい思いをした代わりに、今まで生き永らえたのだ。今後の栄華は、やはり命が心配である。静かに引き籠もって、後の世のことを勤め、また一方では寿命を延ばそう」とお思いになって、山里の静かな所を手に入れて、御堂をお造らせになり、仏像や経巻のご準備をさせていらっしゃるらしいけれども、幼少のお子たちを、思うようにお世話しようとお思いになるにつけても、早く出家するのは、難しそうである。どのようにお考えなのかと、まことに分からない。

 [4-4 Genji builds a temple in Saga-no]
 Otodo zo, naho tune-naki mono ni yo wo obosi te, ima sukosi otonabi ohasimasu to mi tatematuri te, naho yo wo somuki na m to hukaku omohosu beka'meru.
 "Mukasi no tamesi wo mi kiku ni mo, yohahi tara de, tukasa kurawi takaku nobori, yo ni nuke nuru hito no, nagaku e tamota nu waza nari keri. Kono mi-yo ni ha, mi no hodo oboye sugi ni tari. Naka-goro naki ni nari te sidumi tari si urehe ni kahari te, ima made mo nagarahuru nari. Ima yori noti no sakaye ha, naho inoti usirometasi. Siduka ni komori wi te, noti no yo no koto wo tutome, katu ha inoti wo mo nobe m." to omohosi te, yamazato no nodoka naru wo sime te, mi-dau wo tukura se tamahi, Hotoke kyau no itonami sohe te se sase tamahu meru ni, suwe no kimdati, omohu sama ni kasiduki idasi te mi m to obosimesu ni zo, toku sute tamaha m koto ha, katage naru. Ika ni obosi-oki turu ni ka to, ito siri gatasi.

 出典

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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