源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 雨夜の品定めの物語

2 女性体験談

3 空蝉の物語

出典
校訂

1 雨夜の品定めの物語

2 女性体験談

3 空蝉の物語

1 Tales on men's experiences with girl friends in a rainy night

2 Experiences with girl friends

3 Tale of Utsusemi

 光源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに、いとど、かかるすきごとどもを、末の世にも聞き伝へて、軽びたる名をや流さむと、忍びたまひける隠ろへごとをさへ、語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚り、まめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野少将には笑はれたまひけむかし。
まだ中将などにものしたまひし時は、内裏にのみさぶらひようしたまひて、大殿には絶え絶えまかでたまふ。「忍ぶの乱れ」14やと、疑ひきこゆることもありしかど、さしもあだめき目馴れたるうちつけの好き好きしさなどは好ましからぬ御本性にて、まれには、あながちに引き違へ心尽くしなることを、御心に思しとどむる癖なむ、あやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。
 長雨晴れ間なきころ、内裏の御物忌さし続きて、いとど長居さぶらひたまふを、大殿にはおぼつかなく恨めしく思したれど、よろづの御よそひ何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ、御むすこの君たちただこの御宿直所の宮仕へをつとめたまふ。
宮腹の中将は、なかに親しく馴れきこえたまひて、遊び戯れをも人よりは心やすく、なれなれしくふるまひたり。右大臣のいたはりかしづきたまふ住み処は、この君もいともの憂くして、好きがましきあだ人なり。
里にても、わが方のしつらひまばゆくして、君の出で入りしたまふにうち連れきこえたまひつつ、夜昼、学問をも遊びをももろともにして、をさをさ立ちおくれず、いづくにてもまつはれきこえたまふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心のうちに思ふことをも隠しあへずなむ、むつれきこえたまひける。
つれづれと降り暮らして、しめやかなる宵の雨に、殿上にもをさをさ人少なに、御宿直所も例よりはのどやかなる心地するに、大殿油近くて書どもなど見たまふ。近き御厨子なる色々の紙なる文どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば、
「さりぬべき、すこしは見せむ。かたはなるべきもこそ」
と、許したまはねば、
「そのうちとけてかたはらいたしと思されむこそゆかしけれ。おしなべたるおほかたのは、数ならねど、程々につけて、書きかはしつつも見はべりなむ。おのがじし、恨めしき折々、待ち顔ならむ夕暮れなどのこそ、見所はあらめ」
と怨ずれば、やむごとなくせちに隠したまふべきなどは、かやうにおほざうなる御厨子などにうち置き散らしたまふべくもあらず、深くとり置きたまふべかめれば、二の町の心やすきなるべし。片端づつ見るに、「よくさまざまなる物どもこそはべりけれ」とて、心あてに「それか、かれか」など問ふなかに、言ひ当つるもあり、もて離れたることをも思ひ寄せて疑ふも、をかしと思せど、言少なにてとかく紛らはしつつ、とり隠したまひつ。
「そこにこそ多く集へたまふらめ。すこし見ばや。さてなむ、この厨子も心よく15開くべき」とのたまへば、
「御覧じ所あらむこそ、かたくはべらめ」など聞こえたまふついでに、「女の、これはしもと難つくまじきは、かたくもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはべばかりの情けに、手走り書き、をりふしの答へ心得て、うちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そもまことにその方を取り出でむ選びにかならず漏るまじきは、いとかたしや。わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。
親など立ち添ひもてあがめて、生ひ先籠れる窓の内なるほどは、16ただ片かどを聞き伝へて、心を動かすこともあめり。容貌をかしくうちおほどき、若やかにて紛るることなきほど、はかなきすさび17をも、人まねに心を入るることもあるに、おのづから一つゆゑづけてし出づることもあり。
見る人、後れたる方をば言ひ隠し、さてありぬべき方をばつくろひて、まねび出だすに、『それ、しかあらじ』と、そらにいかがは推し量り思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうは、なくなむあるべき」
と、うめきたる気色も恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど、われ思しあはすることやあらむ、うちほほ笑みて、
「その、片かどもなき人は、あらむや」とのたまへば、
「いと、さばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取るかたなく口惜しき際と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数等しくこそはべらめ。人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然にそのけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、ことに耳たたずかし」
とて、いとくまなげなる気色なるも、ゆかしくて、
「その品々や、いかに。いづれを三つの品に置きてか分くべき。もとの品高く生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき。また直人の上達部などまで18なり上り、我は顔にて家の内を飾り、人に劣らじと思へる。そのけぢめをば、いかが分くべき」
と問ひたまふほどに、左馬頭、藤式部丞、御物忌に籠らむとて参れり。世の好き者にて物よく言ひとほれるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定めあらそふ。いと聞きにくきこと多かり。
 「なり上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることも、さは言へど、なほことなり。また、もとはやむごとなき筋なれど、世に経るたづき少なく、時世にうつろひて、おぼえ衰へぬれば、心は心としてこと足らず、悪ろびたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞ置くべき。受領と言ひて、人の国のことにかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選りで出でつべきころほひなり。なまなまの上達部よりも非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざし卑しからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづける女などの、おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。宮仕へに出で立ちて、思ひがけぬ幸ひとり出づる例ども多かりかし」など言へば、
「すべて、にぎははしきによるべきななり」とて、笑ひたまふを、
「異人の言はむように、心得ず仰せらる」と、中将憎む。
「もとの品、時世のおぼえうち合ひ、やむごとなきあたりの内々のもてなしけはひ後れたらむは、さらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうち19おきはべりぬ。
さて、世にありと人に知られず、さびしく20あばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなむ、あやしく心とまるわざなる。父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ、兄の顔憎げに、思ひやりことなることなき閨の内に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざも、ゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。すぐれて疵なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをば」
とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。
「いでや、上の品と思ふ21にだにかたげなる世を」と、君は思すべし。白き御衣どものなよよか22なるに、直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち23捨てて、添ひ臥したまへる御火影、いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。この御ためには上が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。
さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、
「おほかたの世につけて見るには咎なきも、わがものとうち頼むべきを選らむに、多かる中にも、えなむ思ひ定むまじかりける。男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきを取り出ださむには、かたかるべしかし。されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に輔けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらむ。
狭き家の内の主人とすべき人一人を思ひめぐらすに、足らはで悪しかるべき大事どもなむ、かたがた多かる。とあればかかり、あふさきるさにて、24なのめにさてもありぬべき人の少なきを、好き好きしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくは、わが力入りをし直しひきつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと、選りそめつる人の、定まりがたきなるべし。
かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人は、ものまめやかなりと見え、さて、保たるる女のためも、心にくく25推し量らるるなり。されど、何か、世のありさまを見たまへ集むるままに、心に及ばずいとゆかしきこともなしや。君達の上なき御選びには、まして、いかばかりの人かは足らひたまはむ。
容貌きたなげなく、若やかなるほどの、おのがじしは塵もつかじと身をもてなし、文を書けど、おほどかに言選りをし、墨つきほのかに心もとなく思はせつつ、またさやかにも見てしがなとすべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、息の下にひき入れ言少ななるが、いとよくもて隠すなりけり。なよびかに女しと見れば、あまり情けにひきこめられて、とりなせば、あだめく。これをはじめの難とすべし。
事が中に、なのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知り過ぐし、はかなきついでの情けあり、をかしきに進める方なくてもよかるべしと見えたるに、また、まめまめしき筋を立てて耳はさみがちに美さうなき家刀自の、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして。朝夕の出で入りにつけても、公私の人のたたずまひ、善き悪しきことの、目にも耳にもとまるありさまを、疎き人に、わざとうちまねばむやは。近くて26見む人の聞きわき思ひ知るべからむに語りも合はせばやと、うちも笑まれ、涙もさしぐみ、もしは、あやなきおほやけ腹立たしく、27心ひとつに思ひあまることなど28多かるを、何にかは聞かせむと思へば、うちそむかれて、人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、『あはれ』とも、うち独りごたるるに、『何ごとぞ』など、あはつかにさし仰ぎゐたらむ29は、いかがは口惜しからぬ。
ただひたぶるに子めきて柔らかならむ人を、とかくひきつくろひてはなどか見ざらむ。心もとなくとも、直し所ある心地すべし。げに、さし向ひて見むほどは、さてもらうたき方に罪ゆるし見るべきを、立ち離れてさるべきことをも言ひやり、をりふしにし出でむわざのあだ事にもまめ事にも、わが心と思ひ得ることなく深きいたりなからむは、いと口惜しく頼もしげなき咎や、なほ苦しからむ。常はすこしそばそばしく心づきなき人の、をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」
など、隈なきもの言ひも、定めかねていたくうち嘆く。
 「今は、ただ、品にもよらじ。容貌をばさらにも言はじ。いと口惜しくねぢけがましきおぼえだになくは、ただひとへにものまめやかに、静かなる心のおもむきならむよるべをぞ、つひの頼み所には思ひおくべかりける。あまりのゆゑよし心ばせうち添へたらむをば、よろこびに思ひ、すこし後れたる方あらむをも、あながちに求め加へじ。うしろやすくのどけき所だに強くは、うはべの情けは、おのづからもてつけつべきわざをや。
艶にもの恥ぢ30して、恨み言ふべきことをも見知らぬさまに忍びて、上はつれなくみさをづくり、心一つに思ひあまる時は、言はむかたなくすごき言の葉、あはれなる歌を詠みおき、しのばるべき形見をとどめて、深き山里、世離れたる海づらなどにはひ隠れぬるをり。
童にはべりし時、女房などの物語読みしを聞きて、いとあはれに悲しく、心深きことかなと、涙をさへなむ落としはべりし。今思ふには、いと軽々しく、ことさらびたることなり。心ざし深からむ男をおきて、見る目の前につらきことありとも、人の心を見知らぬやうに逃げ隠れて、人をまどはし、心を見むとするほどに、長き世のもの思ひになる、いとあぢきなきことなり。『心深しや』など、ほめたてられて、あはれ進みぬれば、やがて尼になりぬかし。思ひ立つほどは、いと心澄めるやうにて、世に返り見すべくも思へらず。『いで、あな悲し。かくはた思しなりにけるよ』などやうに、あひ知れる人来とぶらひ、ひたすらに憂しとも思ひ離れぬ男、聞きつけて涙落とせば、使ふ人、古御達など、『君の御心は、あはれなりけるものを。あたら御身を』など言ふ。みづから額髪をかきさぐりて、あへなく心細ければ、うちひそみぬかし。忍ぶれど涙こぼれそめぬれば、折々ごとにえ念じえず、悔しきこと多かめるに、仏もなかなか心ぎたなしと、見たまひつべし。濁りにしめるほどよりも、31なま浮かびにては、かへりて悪しき道にも漂ひぬべくぞおぼゆる。絶えぬ宿世浅からで、尼にもなさで尋ね取りたらむも、やがてあひ添ひて、とあらむ折もかからむきざみをも、見過ぐしたらむ仲こそ、契り深くあはれならめ、我も人も、うしろめたく心おかれじやは。
また、なのめにうつろふ方あらむ人を恨みて、気色ばみ背かむ、はたをこがましかりなむ。心はうつろふ方32ありとも、見そめし心ざしいとほしく思はば、さる方のよすがに思ひてもありぬべきに、さやうならむたぢろきに、絶えぬべきわざなり。
すべて、よろずのことなだらかに、怨ずべきことをば見知れるさまにほのめかし、恨むべからむふしをも憎からずかすめなさば、それにつけて、あはれもまさりぬべし。多くは、わが心も見る人からをさまりもすべし。あまりむげにうちゆるべ見放ちたるも、心やすくらうたきやうなれど、おのづから軽き方にぞおぼえはべるかし。繋がぬ舟の浮きたる例も、33げにあやなし。さははべらぬか」
と言へば、中将うなづく。
「さしあたりて、をかしともあはれとも心に入らむ人の、頼もしげなき疑ひあらむこそ、大事なるべけれ。わが心あやまちなくて見過ぐさば、さし直してもなどか見ざらむとおぼえたれど、それさしもあらじ。ともかくも、違ふべきふしあらむを、のどやかに見忍ばむよりほかに、ますことあるまじかりけり」
と言ひて、わが妹の姫君は、この定めにかなひたまへりと思へば、君のうちねぶりて言葉まぜたまはぬを、さうざうしく心やましと思ふ。馬頭、物定めの博士になりて、ひひらきゐたり。中将は、このことわり聞き果てむと、心入れて、あへしらひゐたまへり。
「よろづのことによそへて思せ。木の道の匠のよろづの物を心にまかせて作り出だす34も、臨時のもてあそび物の、その物と跡も定まらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時につけつつさまを変へて、今めかしきに目移りて35をかしきもあり。大事として、まことにうるはしき人の調度の飾りとする、定まれるやうある物を難なくし出づることなむ、なほまことの物の上手は、さまことに見え分かれはべる。
また絵所に上手多かれど、墨がきに選ばれて、次々にさらに、劣りまさるけぢめ、ふとしも見え分かれず。かかれど、人の見及ばぬ蓬莱の山、荒海の怒れる魚の姿、唐国のはげしき獣の形、目に見えぬ鬼の顔などの、おどろおどろしく作りたる物は、心にまかせてひときは目驚かして、実には似ざらめど、さてありぬべし。
世の常の山のたたずまひ、水の流れ、目に近き人の家居ありさま、げにと見え、なつかしくやはらいだる方などを静かに描きまぜて、すくよかならぬ山の景色、木深く世離れて畳みなし、け近き籬の内をば、その心しらひおきてなどをなむ、上手はいと勢ひことに、悪ろ者は及ばぬ所多かめる。
手を書きたるにも、深きことはなくて、ここかしこの点長に走り書き、そこはかとなく気色ばめるは、うち見るにかどかどしく気色だちたれど、なほまことの筋をこまやかに書き得たるは、うはべの筆消えて見ゆれど、今ひとたびとり並べて見れば、なほ実になむよりける。
はかなきことだにかくこそはべれ。まして人の心の、時にあたりて気色ばめらむ見る目の情をば、え頼むまじく思うたまへ得てはべる。そのはじめのこと、好き好きしくとも申しはべらむ」
とて、近くゐ寄れば、君も目覚ましたまふ。中将いみじく信じて、頬杖をつきて向かひゐたまへり。法の師の世のことわり説き聞かせむ所の心地するも、かつはをかしけれど、かかるついでは、おのおの睦言もえ忍びとどめずなむありける。

 光る源氏と、名前だけはご大層だが、非難されなさる取り沙汰が多いというのに、ますます、このような好色沙汰を、後世にも聞き伝えて、軽薄な名を流すことになろうかと、隠していらっしゃった秘密事までを、語り伝えたという人のおしゃべりの意地の悪いことよ。とは言うものの、大変にひどく世間を気にし、まじめになさっていたので、艶っぽくおもしろい話はなくて、交野少将には、笑われなさったことであろうよ。
まだ中将などでいらっしゃった時は、内裏にばかりよく伺候していらっしゃって、大殿邸には途切れがちに退出なさる。「忍ぶの乱れ」かと、お疑い申すこともあったが、そんなふうに浮気っぽいありふれた思いつきの浮気などは、好きでないご性格で、時には、やむにやまれない予想を狂わせ気苦労の多い恋を、お心に思いつめなさる性癖が、はなはだ困ったことで、よろしくないご素行もないではなかった。
 長雨の晴れ間ないころ、宮中の御物忌みが続いて、ますます長々と伺候なさるのを、大殿邸では気がかりで恨めしいとお思いになっていたが、すべてのご装束を何やかやと新しい様相に新調なさっては、ご子息の公達がひたすらこのご宿直所の宮仕えをお勤めになる。
宮がお生みになった中将は、中でも親しくお馴染み申されて、遊び事や戯れ事をも誰よりも気安く親密に振る舞っていた。右大臣が気を配ってお世話なさる住居には、この君もとても何となく気が進まずにいて、浮気っぽい好色人なのである。
実家でも、自分の部屋の装飾を眩しくして、君が出入りなさるのにいつもお供申し上げなさっては、昼も夜も、学問をも音楽をもご一緒にして、少しもひけをとらず、どこにでも親しくご一緒申し上げなさるうちに、自然と遠慮もなくなり、胸の中に思うことをも隠しきれず、お親しみ申されるのであった。
所在なく降り暮らして、しっとりした宵の雨に、殿上の間にもろくに人少なで、ご宿直所もいつもよりはのんびりとした気がするので、大殿油を近くに寄せて漢籍など御覧になる。近くの御厨子にあるさまざまな色彩の紙に書かれた手紙類を取り出して、中将がひどく見たがるので、
「差支えのないのを、少しは見せよう。不体裁なものがあってはいけないから」
と、お許しにならないので、
「その気を許して人に見られたら困るとお思いのこそ興味があります。普通のありふれたのは、つまらないわたしでも身分相応に、やりとりしては見ることもできましょう。それぞれが、恨めしい折々、心待ち顔でいるような夕暮などのが、見所がありましょう」
と怨み言をいうので、貴重な絶対にお隠しになられるはずのものなどは、このようになおざりな御厨子などにちょっと置いて散らかされるはずはなく、奥深く別にしまって置かれるはずのようだから、二流の気安いものであろう。少しずつ見て行くと、「よくもまあ、いろいろな手紙類がございますなあ」と言って、当て推量に「これはあの人か、あれはこの人か」などと、尋ねる中に言い当てるものもあり、外れているのをかってに推量して疑るのも、おかしいとお思いになるが、言葉少なに答えて何かと言い紛らわしては、お隠しになった。
「そなたこそ、たくさんお有りだろう。少し見たいね。そうしたら、この厨子も心よく開けよう」とおっしゃると、
「御覧になる値打のものは、ほとんどないしょう」などと申し上げなさるついでに、「女性で、これならばと難点を指摘できそうにない人は、めったにいないものだなあと、だんだん分かってまいりました。ただ表面だけの風情で、手紙をさらさらと書き、時節に相応しい返答を心得て、ちょっとするぐらいのは、分相応にまあまあ多くいると拝見しますが、それも本当にその方面のことを取り出して試みると、必ず外れない者は、本当にめったにないものですね。自分の得意なことばかりを、それぞれ得意になって、人を貶したりなどして、見ていられないことが多いです。
親などが側で大切に育て、将来性がある箱入娘時代は、ちょっとの才能の一端を聞き伝えて、関心を寄せることもあるようです。容貌が魅力的でおっとりしていて、若々しくて家事に紛れることのないうちは、ちょっとした芸事をも、人まねに一生懸命に稽古することもあるので、自然と一芸をもっともらしくできることもあります。
世話をする人は、劣った方面は隠して言わず、まあまあと言った方面をとりつくろって、本当らしく言うので、『それは、そうではあるまい』と、見ないでどうして推量し貶めることができましょう。本物かと付き合って行くうちに、がっかりしないというのは、ないでしょう」
と言って、嘆息している様子も気遅れするようなので、全部が全部というのではないが、ご自身でもなるほどとお思いになることがあるのであろうか、ちょっと笑みを浮かべて、
「その、生かじりの才能もない人は、いようか」とおっしゃると、
「さあ、それほどのような所には、誰が騙されて寄りつきましょうか。何の取柄がなくつまらない身分と、素晴らしいと思われるほどに優れたのとは、同じくらいございましょう。家柄が高く生まれれば、家人に大切に育てられて、人目に付かないことも多く、自然とその様子が格別でしょう。中の品にこそ、女の気質気質、めいめいの考え方や趣向も見えて、区別されることがそれぞれに多いでしょう。下の品という階層になると、格別関心もありませんね」
と言って、何でも知っている様子であるのも、興味が惹かれて、
「その身分身分とは、どのように。どれらを三つの階級に分け置くことができるのか。元の階層が高い生まれでありながら、今の身の上は落ちぶれ、位が低くて人並みでない人。また一方で普通の人で上達部などまで出世して、得意顔して邸の内を飾り、人に負けまいと思っている。その区別は、どのように付けたらよいのだろうか」
とお尋ねになっているところに、左馬頭や藤式部丞が御物忌に籠もろうとして参上した。当代の好色者で弁が達者なので、中将は待ち受けて、これらの品々の区別を議論を戦わす。まことに聞きにくい話が多かった。
 「成り上がっても、元々の相応しいはずの家柄でないのは、世人の心証も、そうは言っても、やはり格別です。また、元は高貴な家筋であるが、世間を渡る手づるが少なく、時勢が変わって、声望も地に落ちてしまうと、気位だけは高くても思うようにならず、不体裁なことなどが生じてくるもののようですから、それぞれに分別して、中の品に置くのが適当でしょう。受領と言って、地方の政治に掛かり切りにあくせくして、階層の定まった中にも、また段階段階があって、中の品でかなりの者が、選び出すことができる時勢です。なまじっかの上達部よりも非参議の四位連中で、世間の信望もまんざらでなく、元々の生まれも卑しくない人が、あくせくせずに暮らしているのは、いかにもさっぱりした感じです。家の中で足りないものなどは、けっしてないのにまかせて、けちらずに眩しいほど大切に世話している娘などが、非難のしようがないほどに成長しているのもたくさんいるでしょう。宮仕えに出て来て、思いもかけない幸いを得た例などもたくさんあるものです」などと言うと、
「およそ、金持ちによるということだね」と言って、お笑いになるのを、
「他の人が言うように、意外なことをおっしゃる」と言って、中将は憎らしがる。
「元々の階層と、時勢の信望が兼ね揃い、高貴な家で内々の振る舞いや様子が劣っているのは、言うまでもないが、どうしてこう育てたのだろうと、残念に思われましょう。兼ね揃って優れているのも当たり前に、この女性こそは当然のことと思われて、珍しいことだと気持ちも動かないでしょう。わたくしごとき者の手の及ぶ範囲ではないので、上の上は措いておきましょう。
ところで、世の中で人に知られず寂しく荒れたような草深い家に、思いも寄らないいじらしいような女性がひっそり閉じ籠もっているのは、この上なく珍しく思われましょう。どうしてまあ、こんな人がいたのだろうと、想像していたことと違って、不思議に気持ちが引き付けられるものです。父親が年を取り、見苦しく太り過ぎ、兄弟の顔が憎々しげで、想像するにたいしたこともない家の奥に、とてもたいそう誇り高く、ちょっとした芸事でも、雅趣ありげに見えるようなのは、生かじりの才能であっても、どうして意外なことでおもしろくないことがありましょうか。特別に欠点のない方面の女性選びは実現難しいでしょうが、そうでないのので捨てたものでは」
と言って、式部を見やると、自分の妹たちがまあまあの評判であることを思っておっしゃるのか、と受け取ったのであろうか、何とも言わない。
「さてどんなものか、上の品と思う中でさえ難しい世の中なのに」と、君はお思いのようである。白いお召物で柔らかな物の上に、直衣だけを気楽な感じにお召しになって、紐なども結ばずに、寄り掛かっていらっしゃる燈影は、とても素晴らしく、女性として拝したい。この君のためには、上の上の女性を選び出しても、猶も満足でなさそうにお見えである。
さまざまな女性について議論し合っていって、
「通り一遍の仲として付き合っているには欠点がなくても、わが伴侶として信頼できる女性を選ぼうとするには、たくさんいる中でも、なかなか決め難いものですなあ。男性が朝廷にお仕えし、しっかりした世の重鎮と言えるような者でも、真の優れた政治家と言えるような人物を数え上げるとなると、難しいことでしょうよ。しかし、賢者と言っても、一人二人で世の中の政治を執り行えるものではないから、上の人は下の者に助けられ、下の者は上の人に従って、政治の事は広いものですから互いに譲り合って行くのでしょう。
狭い家の中の主婦とすべき女性一人を思案すると、できないでは済まされないいくつもの大事が、こまごまと多くあります。ああ思えばこうであったり、何かと食い違って、人並にもまあまあやって行けるような女性が少ないことによって、浮気心の勢いのままに、世の女性の有様をたくさん見比べようとの好奇心ではないが、ひたすら伴侶としたいばかりに、同じことなら、自分で力入れして直したり教えたりするような所がなく、気に入るような女性はいないものかと、選り好みしはじめた人は、決まらないものでしょう。
必ずしも自分の理想通りでないが、いったん見初めた約束だけを破りがたく思い止まっている人は、誠実であると見え、そうして、一緒にいる女性のためにも、心にくいものがあるのだろうと自然と推量されるものです。しかし、どうしてか、世の中の夫婦の有様をたくさん拝見して行くと、思いも及ばないたいして羨ましいと思われることもありませんね。公達の最上流の奥方選びには、なおさら、どれほどの方がご満足でしょうか。
容貌がこぎれいで、若々しいうちの、自分自身では塵もつけまいと身を振る舞い、手紙を書いても、おっとりと言葉選びをし、墨付きも淡く関心を持たせ持たせし、もう一度はっきりと見たいものだとじれったく待たせ、かすかな声を聞く程度に言い寄っても、息を殺して声小さく言葉少ななのが、とてもよく隠すものですなあ。艶っぽくて女らしいと見えると、度を越して情趣にこだわって、調子を合わせると浮づきます。これを、第一の難点と言うべきでしょう。
仕事の中で、疎かにできない夫の世話は、物の情趣を知り過ぎ、ちょっとした折の風情があり、趣味性に過度になるのはなくてもよいことだろうと思われますが、また一方で、仕事一点張りで、額髪を耳挟みがちに飾り気のない主婦で、ひたすら世帯じみた世話だけをして。朝夕の出勤や帰宅につけ、公事や私事での他人の振る舞いや、善いこと悪いことの、目にも耳ににも止まった有様を、無関心の人にわざわざ話して聞かせましょうか。親しい妻で理解してくれるような妻に語り合いたいものだと思い、つい微笑まれたり、涙ぐんだり、あるいはまた、無性に公憤をおぼえたり、胸の内に収めておけないことが多くあるのを、何で聞かせられようか、と思うと、ついそっぽを向きたくなって、人知れない思い出し笑いがこみ上げ、『ああ』とも、つい独り言を洩らすと、『何事ですか』などと、間抜けた顔で見上げるようなのは、どうして残念に思われないでしょうか。
ひたすら子供っぽくて柔軟な女を、いろいろと教え諭してはどうして妻としないでいられようか。心配なようでも、きっと直し甲斐のある気持ちがするでしょう。なるほど、一緒に生活するぶんには、そんなふうでもかわいらしさに欠点も許され世話をしてやれようが、離れていては必要な用事などを言いやり、時節に行なうような事柄の風流事にも実用事などにも、自分では判断ができず深い思慮がないのは、まことに残念で頼りにならない欠点が、やはり困ったものでしょう。普段はちょっと無愛想で親しみの持てない女性が、何かの事に思わぬでき映えを発揮するようなこともありますからね」
などと、到らない所のない論客も、結論を出しかねて大きく溜息をつく。
 「今は、ただもう、家柄にもよりません。容貌はさらに問題ではありません。ひどく意に満たないひねくれた性格でさえなければ、ただひたすら実直で、落ち着いた心の様子がありそうな女性を、生涯の伴侶と考え置くのがよいです。それ以上の家柄のよさ気立てのよさが加わっていたなら、幸いと思い、少し足りないところがあっても、無理に期待し要求するまい。安心できて、のんびりとした性格さえはっきりしていれば、表面的な情趣は、自然と身に付けることができるものですからね。
思わせぶりにはにかんで見せて、怨み言をいうべきことをも見知らないふうに我慢して、表面は何げなく平静を装いながら、胸に収めかね思いあまった時には、何とも言いようのないほどの恐ろしい言葉や、哀切な和歌を詠み残し、思い出になるはずの形見を残して、深い山里や、辺鄙な海浜などに姿を隠してしまうのがいます。
子供でしたころ、女房などが物語を読んでいたのを聞いて、とても気の毒に悲しく、何と深く思いつめたことかと、涙までを落としました。今から思うと、とても軽薄で、わざとらしいことです。愛情の深い夫を残して、目の前に薄情なことがあろうとも、夫の気持ちを分からないかのように姿をくらまして、夫を慌てさせ、本心を見ようとするうちに、一生の後悔となるのは、大変つまらないことです。『深い考えだ』などと、褒め立てられて、気持ちが昂じてしまうと、そのまま尼になってしまいます。思い立った当座は、まことに気持ちも悟ったようで、世俗の生活を振り返ってみようなど思わない。『まあ、何とおいたわしい。こうもご決心されたとは』などと言ったように、知り合いの人が見舞いに来たり、すっかり嫌だとも諦めてない夫が聞きつけて涙を落とすと、召使いや、老女たちなどが、『殿のお気持ちは、愛情深かったのに。あたらお身を』などと言う。自分でも額髪を触って、手応えなく心細いので、泣顔になってしまう。堪えても涙がこぼれ出してしまうと、何かの時々には我慢もできず、後悔も多いようなので、仏もかえって未練がましいと、御覧になるでしょう。濁りに染まっている時よりも、生悟りでは、かえって悪道にさ迷うことになるに違いなく思われます。切っても切れない前世からの宿縁も浅くなく、尼にもさせず尋ね出したような仲も、そのまま連れ添うことになって、あのような時にもこのような時にも、見知らないふうをしているような夫婦仲こそ、宿縁も深く愛情も厚いと言えましょうに、自分も相手も、気掛かりだと気をつかわないでしょうか。
また、いいかげんに愛情も冷めてきた夫を恨んで、態度に表わして離縁するようなのは、これまたばかげたことです。愛情が他の女に移ることがあっても、結婚した当初の愛情をいとしく思うならば、生涯の伴侶と思っていることもきっとあるでしょうに、そのようなごたごたから、夫婦の仲まで切れてしまうのです。
総じて、どのようなことでも心穏やかに、嫉妬することは知っている様子にほのめかし、恨み言をいう場合にもかわいらしくそれとなく言えば、それによって、愛情も一段と増すことでしょう。一般に、自分の浮気心も妻の態度から収まりもするのです。あまりやたらに勝手にさせ放任しておくのも、気が楽でかわいらしいようだが、いつのまにか軽く見られるものです。繋がない舟の譬えもあり、まったく思慮がない。そうではございませんか」
と言うと、中将は頷く。
「今さし当たって、美しいとか気立てがよいと思って気に入っているような人が、不安な疑いがあるのは重大でしょう。自分の方には過失がなくて大目に見てやっていたら、気持ちを変えて添い遂げないこともないだろうと思われるが、そうとばかりも言えまい。ともかくも、夫婦仲がうまくいかないような場合は、気長にじっと堪えているより以外に、良い手段はないようですなあ」
と言って、自分の妹の姫君は、この結論に当てはまっていらっしゃると思うと、君が居眠りをして意見をさし挟みなさらないのを、物足りなくおもしろくないと思う。七左馬頭がこの評定の博士になって、さらに弁じ立てていた。中将は、この弁論を最後まで聴こうと、熱心に相手にしていらっしゃった。
「いろいろのことに引き比べてお考えくだされ。木工の道の匠がいろいろの物を思いのままに作り出すのも、その場限りの趣向の物で、そうした型ときまりのないものは、見た目には洒落ているようだが、なるほどこういうふうにも作るのだと、時々に従って趣向を変えて、目新しいのに目が移って趣のあるものもあります。重大な物として、本当にれっきとした人の調度類で装飾とするのは、様式というようなのがあるものを立派に作り上げることは、やはり本当の名人は、違ったものだと見分けられるものでございます。
また、絵所に名人が多くいますが、墨描きに選ばれて、順々にまったく、優劣の判断はちょっと見ただけではつきません。けれども、人の見ることもできない蓬莱山や、荒海の恐ろしい魚の形や、唐国の猛々しい獣の形や、目に見えない鬼の顔などで、仰々しく描いた物は、想像のままに格別に目を驚かして、実物には似ていないでしょうが、それはそれでよいでしょう。
どこでも見かける山のたたずまいや、川の流れや、見なれた人家の有様は、なるほどと見えて、親しみやすくおだやかな方面などを心落ち着いた感じに配して、険しくない山の様子や、こんもりと俗塵を離れて幾重にも重ねたり、近くの垣根の中には、それぞれの心配りや配置などを、名人は大変筆力も格別で、未熟な者は及ばない点が多いようです。
文字を書いていることにつけても、深い素養はなくて、あちこちに点長に走り書きし、どことなく気取っているようなのは、ちょっと見ると才気がありひとかどのように見えますが、本当の書法で丹念に習得しているものは、表面的な筆法は隠れていますが、もう一度取り比べて見ると、やはり本物がいいものですな。
つまらない芸事でさえこうでございます。まして人の気持ち、折々に様子ぶっているような見た目の愛情は、信用がおけないものと存じております。その最初の例を、好色がましいお話ですが申し上げましょう」
と言って、にじり寄るので、君も目をお覚ましになる。中将はひどく本気になって、頬杖をついて向かい合いに座っていらっしゃる。法師が世の中の道理を説いて聞かせているような所の感じがするのも、もう一方ではおもしろいが、このような折には、それぞれがうちとけたお話などを隠しておくことができないのであった。

 1 Tales on men's experiences with girl friends in a rainy night [1-1 A rainy night in the summer]
 Hikaru-Genzi, na nomi koto-gotosiu, ihi-keta re tamahu toga ohoka'naru ni, itodo, kakaru suki-goto-domo wo, suwe no yo ni mo kiki tutahe te, karobi taru na wo ya nagasa m to, sinobi tamahi keru kakurohe-goto wo sahe, katari tutahe kem hito no mono-ihi saga nasa yo. Sa'ru ha, ito itaku yo wo habakari, mame-dati tamahi keru hodo, nayobika ni wokasiki koto ha naku te, Katano-no-Seusyau ni ha waraha re tamahi kem kasi.
 Mada Tiuzyau nado ni monosi tamahi si toki ha, uti ni nomi saburahi you si tamahi te, Ohoi-dono ni ha taye-daye makade tamahu. "Sinobu no midare" ya to, utagahi kikoyuru koto mo ari sika do, sa si mo adameki me nare taru uti-tuke no suki-zukisisa nado ha konomsikara nu go-honzyau ni te, mare ni ha, anagati ni hiki-tagahe kokoro-dukusi naru koto wo, mi-kokoro ni obosi todomuru kuse nam, ayaniku ni te, sa'ru maziki ohom-hurumahi mo uti-maziri keru.

 [1-2 A night duty room in the Court]
 Naga-ame hare-ma naki koro, Uti no ohom-mono-imi sasi-tuduki te, itodo naga-wi saburahi tamahu wo, Ohoi-dono ni ha obotukanaku uramesiku obosi tare do, yorodu no ohom-yosohi nanikure to medurasiki sama ni teu-zi ide tamahi tutu, ohom-musuko no Kimi-tati tada kono ohom-tonowi-dokoro no miya-dukahe wo tutome tamahu.
 Miya-bara-no-Tiuzyau ha, naka ni sitasiku nare kikoye tamahi te, asobi tahabure wo mo hito yori ha kokoro-yasuku, nare-naresiku hurumahi tari. Migi-no-Otodo no itahari kasiduki tamahu sumika ha, kono Kimi mo ito mono-uku si te, suki-gamasiki ada-bito nari.
 Sato ni te mo, waga kata no siturahi mabayuku si te, Kimi no ide-iri si tamahu ni uti-ture kikoye tamahi tutu, yoru hiru, gakumon wo mo asobi wo mo morotomo ni si te, wosa-wosa tati-okure zu, iduku ni te mo matuha re kikoye tamahu hodo ni, onodukara kasikomari mo e oka zu, kokoro no uti ni omohu koto wo mo kakusi-ahe zu nam, muture kikoye tamahi keru.
 Ture-dure to huri kurasi te, simeyaka naru yohi no ame ni, Tenzyau ni mo wosa-wosa hito-zukuna ni, ohom-tonowi-dokoro mo rei yori ha nodoyaka naru kokoti suru ni, oho-tonabura tikaku te humi-domo nado mi tamahu. Tikaki mi-dusi naru iro-iro no kami naru humi-domo hiki-ide te, Tiuzyau wari-naku yukasi-gare ba,
 "Sa'ri-nu beki, sukosi ha mise m. Kataha naru beki mo koso."
 to, yurusi tamaha ne ba,
 "Sono uti-toke te katahara-itasi to obosa re m koso yukasi kere. Osinabe taru ohokata no ha, kazu nara ne do, hodo-hodo ni tuke te, kaki kahasi tutu mo mi haberi na m. Onogazisi, uramesiki wori-wori, mati-gaho nara m yuhu-gure nado no koso, mi-dokoro ha ara me."
 to wen-zure ba, yamgotonaku seti ni kakusi tamahu beki nado ha, kayau ni ohozau naru mi-dusi nado ni uti-oki tirasi tamahu beku mo ara zu, hukaku tori oki tamahu beka'mere ba, ni-no-mati no kokoro yasuki naru besi. Katahasi-dutu miru ni, "Yoku sama-zama naru mono-domo koso haberi kere!" tote, kokoro-ate ni "Sore ka? Kare ka?" nado tohu naka ni, ihi-aturu mo ari, mote-hanare taru koto wo mo omohi yose te utagahu mo, wokasi to obose do, koto-zukuna ni te, tokaku magirahasi tutu, tori kakusi tamahi tu.
 "Soko ni koso ohoku tudohe tamahu rame. Sukosi mi baya. Sate nam, kono dusi mo kokoro-yoku hiraku beki." to notamahe ba,
 "Go-ran-zi-dokoro ara m koso, kataku habera me." nado kikoye tamahu tuide ni, "Womna no, kore ha si mo to nan tuku maziki ha, kataku mo aru kana to, yau-yau nam mi tamahe siru. Tada uhabe bakari no nasake ni, te hasiri kaki, wori-husi no irahe kokoro-e te, uti-si nado bakari ha, zuibun ni yorosiki mo ohokari to mi tamahure do, somo makoto ni sono kata wo tori ide m erabi ni kanarazu moru maziki ha, ito katasi ya! Waga kokoro-e taru koto bakari wo, onogazisi kokoro wo yari te, hito wo ba otosime nado, katahara-itaki koto ohokari.
 Oya nado tati-sohi mote agame te, ohi-saki komore ru mado no uti naru hodo ha, tada kata-kado wo kiki tutahe te, kokoro wo ugokasu koto mo a'meri. Katati wokasiku uti-ohodoki, waka-yaka ni te magiruru koto naki hodo, hakanaki susabi wo mo, hito-mane ni kokoro wo iruru koto mo aru ni, onodukara, hito-tu yuwe-duke te si iduru koto mo ari.
 Miru hito, okure taru kata wo ba ihi-kakusi, sate ari nu beki kata wo ba tukurohi te, manebi idasu ni, 'Sore,sika ara zi' to, sora ni ikaga ha osi-hakari omohi kutasa m. Makoto ka to mi mote yuku ni, mi-otori se nu yau ha, naku nam aru beki."
 to, umeki taru kesiki mo hadukasi-ge nare ba, ito nabete ha ara ne do, ware obosi ahasuru koto ya ara m, uti-hohowemi te,
 "Sono, kata-kado mo naki hito ha, ara m ya?" to notamahe ba,
 "Ito, sabakari nara m atari ni ha, tare ka ha sukasa re yori habera m. Toru kata naku kutiwosiki kiha to, iu nari to oboyu bakari sugure taru koto ha, kazu hitosiku koso habera me. Hito no sina takaku mmare nure ba, hito ni mote kasiduka re te, kakururu koto ohoku, zinen ni sono kehahi koyonakaru besi. Naka-no-sina ni nam, hito no kokoro-gokoro, onogazisi no tate taru omomuki mo miye te, wakaru beki koto kata-gata ohokaru beki. Simo no kizami to ihu kiha ni nare ba, koto ni mimi tata zu kasi."
 tote, ito kumana-ge naru kesiki naru mo, yukasiku te,
 "Sono sina-zina ya, ika ni? Idure wo mitu no sina ni oki te ka waku beki? Moto no sina takaku mmare nagara, mi ha sidumi, kurawi mizikaku te hito-ge naki. Mata naho-bito no kamdatime nado made nari nobori, ware-ha-gaho ni te ihe no uti wo kazari, hito ni otora zi to omohe ru. Sono kedime wo ba, ikaga waku beki?"
 to tohi tamahu hodo ni, Hidai-no-Mmano-Kami, Tou-Sikibu-no-Zyou, ohom-mono-imi ni komora m tote mawire ri. Yo no suki-mono ni te mono yoku ihi tohore ru wo, Tiuzyau mati-tori te, kono sina-zina wo wakimahe sadame arasohu. Ito kiki nikuki koto ohokari.

 [1-3 Sama-no-Kami and Tou-Shikibu-no-Jo join them]
 "Nari-nobore do mo, motoyori saru beki sudi nara nu ha, yo-hito no omohe ru koto mo, sa ha ihe do, naho koto nari. Mata, moto ha yamgotonaki sudi nare do, yo ni huru taduki sukunaku, toki yo ni uturohi te, oboye otorohe nure ba, kokoro ha kokoro to si te koto tara zu, warobi taru koto domo ide kuru waza na'mere ba, tori-dori ni kotowari te, naka no sina ni zo oku beki. Zuryau to ihi te, hito no kuni no koto ni kakadurahi itonami te, sina sadamari taru naka ni mo, mata kizami-kizami ari te, naka-no-sina no kesiu ha ara nu, eri ide tu beki koro-hohi nari. Nama-nama no kamdatime yori mo hi-Samgi no si-wi-domo no, yo no oboye kutiwosikara zu, moto no nezasi iyasikara nu, yasuraka ni mi wo motenasi hurumahi taru, ito kaharaka nari ya. Ihe no uti ni tara nu koto nado, hata naka meru mama ni, habuka zu mabayuki made mote-kasiduke ru musume nado no, otosime gataku ohi-iduru mo amata aru besi. Miya-dukahe ni ide-tati te, omohi-gake nu saihai tori iduru tamesi-domo ohokari kasi." nado ihe ba,
 "Subete, nigihahasiki ni yoru beki na'nari." tote, warahi tamahu wo,
 "Koto-hito no iha m yau ni, kokoro e zu ohose raru." to, Tiuzyau nikumu.
 "Moto no sina, toki yo no oboye uti-ahi, yamgotonaki atari no uti-uti no motenasi kehahi okure tara m ha, sara ni mo iha zu, nani wo si te kaku ohi-ide kem to, ihu kahi naku oboyu besi. Uti-ahi te sugure tara m mo kotowari, kore koso ha saru beki koto to oboye te, meduraka naru koto to kokoro mo odoroku mazi. Nanigasi ga oyobu beki hodo narane ba, kami ga kami ha uti-oki haberi nu.
 Sate, yo ni ari to hito ni sira re zu, sabisiku abare tara m mugura no kado ni, omohi no hoka ni rauta-ge nara m hito no todira re tara m koso, kagiri naku medurasiku ha oboye me. Ikade, hata kakari kem to, omohu yori tagahe ru koto nam, ayasiku kokoro tomaru waza naru. Titi no tosi oyi, mono-mutukasi-ge ni hutori-sugi, seuto no kaho niku-ge ni, omohi-yari koto naru koto naki neya no uti ni, ito itaku omohi-agari, hakanaku si ide taru koto-waza mo, yuwe nakara zu miye tara m, kata-kado ni te mo, ika-ga omohi no hoka ni wokasikara zara m. Sugurete kizu naki kata no erabi ni koso oyoba zara me, saru kata ni te sute gataki mono wo ba."
 tote, Sikibu wo mi-yare ba, waga imouto-domo no yorosiki kikoye aru wo omohi te notamahu ni ya, to ya kokoro-u ram, mono mo iha zu.
 "Ide ya, kami no sina to omohu dani kata-ge naru yo wo!" to, Kimi ha obosu besi. Siroki ohom-zo-domo no nayoyo-ka naru ni, nahosi bakari wo sidokenaku ki-nasi tamahi te, himo nado mo uti-sute te, sohi husi tamahe ru ohom-hokage, ito medetaku, womna ni te mi tatematura mahosi. Kono ohom-tame ni ha kami ga kami wo eri-ide te mo, naho aku maziku miye tamahu.
 Sama-zama no hito no uhe-domo wo katari ahase tutu,
 "Ohokata no yo ni tuke te miru ni ha toga naki mo, waga mono to uti-tanomu beki wo era m ni, ohokaru naka ni mo, e nam omohi sadamu mazikari keru. Wonoko no ohoyake ni tukau-maturi, haka-bakasiki yo no katame to naru beki mo, makoto no utuha-mono to naru beki wo tori idasa m ni ha, katakaru besi kasi. Saredo, kasikosi tote mo, hitori hutari yononaka wo maturi-goti siru beki nara ne ba, kami ha simo ni tasuke rare, simo ha kami ni nabiki te, koto hiroki ni yudurohu ram.
 Sebaki ihe no uti no aruzi to su beki hito hitori wo omohi megurasu ni, taraha de asikaru beki daizi-domo nam, kata-gata ohokaru. To are ba kakari, ahusa-kirusa ni te, nanome ni sa te mo ari nu beki hito no sukunaki wo, suki-zukisiki kokoro no susabi ni te, hito no arisama wo amata mi-ahase m no konomi nara ne do, hitohe ni omohi sadamu beki yorube to su bakari ni, onaziku ha, waga tikara iri wo si nahosi hiki-tukurohu beki tokoro naku, kokoro ni kanahu yau ni mo ya to, eri some turu hito no, sadamari gataki naru besi.
 Kanarazu si mo waga omohu ni kanaha ne do, mi-some turu tigiri bakari wo sute gataku omohi tomaru hito ha, mono-mame-yaka nari to miye, sate, tamota ruru womna no tame mo, kokoro-nikuku osihakara ruru nari. Saredo, nani ka, yo no arisama wo mi tamahe atumuru mama ni, kokoro ni oyoba zu ito yukasiki koto mo nasi ya! Kim-dati no kami naki ohom-erabi ni ha, masite, ikabakari no hito ka ha tarahi tamaha m.
 Katati kitana-ge naku, waka-yaka naru hodo no, onogazisi ha tiri mo tuka zi to mi wo motenasi, humi wo kake do, ohodoka ni koto-eri wo si, sumi-tuki honoka ni kokoro-motonaku omohase tutu, mata sayaka ni mo mi te si gana to sube naku mata se, waduka naru kowe kiku bakari ihi-yore do, iki no sita ni hiki ire koto-zukuna naru ga, ito yoku mote-kakusu nari keri. Nayobika ni womna-si to mire ba, amari nasake ni hiki-kome rare te, torinase ba, adameku. Kore wo hazime no nan to su besi.
 Koto ga naka ni, nanome naru maziki hito no usiromi no kata ha, mono no ahare siri sugusi, hakanaki tuide no nasake ari, wokasiki ni susume ru kata naku te mo yokaru besi to miye taru ni, mata, mame-mamesiki sudi wo tate te mimi hasami-gati ni bisau naki ihe-touzi no, hitohe ni uti-toke taru usiromi bakari wo si te. Asa-yuhu no ide-iri ni tuke te mo, ohoyake watakusi no hito no tatazumahi, yoki asiki koto no, me ni mo mimi ni mo tomaru arisama wo, utoki hito ni, wazato uti-maneba m ya ha. Tikaku te mi m hito no kiki waki omohi siru bekara m ni katari mo ahase baya to, uti mo wema re, namida mo sasigumi, mosi ha, ayanaki ohoyake hara-datasiku, kokoro hito-tu ni omohi amaru koto nado ohokaru wo, nani ni ka ha kika se m to omohe ba, uti-somuka re te, hito sire nu omohi-ide-warahi mo se rare, 'Ahare' to mo, uti hitori-gota ruru ni, 'Nani-goto zo?' nado, ahatuka ni sasi-ahugi wi tara m ha, ikaga ha kutiwosikara nu.
 Tada hitaburu ni ko-meki te yaharaka nara m hito wo, tokaku hikitukurohi te ha nado ka mi zara m. Kokoro-motonaku to mo, nahosi-dokoro aru kokoti su besi. Geni, sasi-mukahi te mi m hodo ha, sate mo rautaki kata ni tumi yurusi miru beki wo, tati hanare te saru beki koto wo mo ihi yari, wori-husi ni si-ide m waza no ada-goto ni mo mame-goto ni mo, waga kokoro to omohi uru koto naku hukaki itari nakara m ha, ito kutiwosiku tanomosi-ge naki toga ya, naho kurusikara m. Tune ha sukosi soba-sobasiku kokoro-dukinaki hito no, wori-husi ni tuke te ide-baye suru yau mo ari kasi."
 nado, kumanaki mono ihi mo, sadame kane te ito itaku uti-nageku.

 [1-4 Sama-no-Kami's conclusion]
 "Ima ha, tada, sina ni mo yora zi. Katati wo ba sara ni mo iha zi. Ito kutiwosiku nedike-gamasiki oboye dani naku ha, tada hitohe ni mono-mame-yaka ni, siduka naru kokoro no omomuki nara m yorube wo zo, tuhi no tanomi-dokoro ni ha omohi oku bekari keru. Amari no yuwe yosi kokoro-base uti-sohe tara m wo ba, yorokobi ni omohi, sukosi okure taru kata ara m wo mo, anagati ni motome kuhahe zi. Usiro-yasuku nodokeki tokoro dani tuyoku ha, uhabe no nasake ha, onodukara mote-tuke tu beki waza wo ya.
 En ni mono-hadi si te, urami ihu beki koto wo mo mi sira nu sama ni sinobi te, uhe ha turenaku misawo dukuri, kokoro hito-tu ni omohi amaru toki ha, iha m kata naku sugoki koto-no-ha, ahare naru uta wo yomi oki, sinoba ru beki katami wo todome te, hukaki yama-zato, yo-banare taru umi-dura nado ni hahi-kakure nuru wori.
 Waraha ni haberi si toki, nyoubau nado no monogatari yomi si wo kiki te, ito ahare ni kanasiku, kokoro hukaki koto kana to, namida wo sahe nam otosi haberi si. Ima omohu ni ha, ito karu-garusiku, kotosarabi taru koto nari. Kokoro-zasi hukakara m wotoko wo oki te, miru me no mahe ni turaki koto ari to mo, hito no kokoro wo mi-sira nu yau ni nige kakure te, hito wo madohasi, kokoro wo mi m to suru hodo ni, nagaki yo no mono-omohi ni naru, ito adikinaki koto nari. 'Kokoro hukasi ya!' nado, home tate rare te, ahare susumi nure ba, yagate ama ni nari nu kasi. Omohi-tatu hodo ha, ito kokoro sume ru yau ni te, yo ni kaheri mi su beku mo omohe ra zu. 'Ide, ana kanasi. Kaku hata obosi nari ni keru yo' nado yau ni, ahi sire ru hito ki toburahi, hitasura ni usi to mo omohi hanare nu wotoko, kiki tuke te namida otose ba, tukahu hito, huru-gotati nado, 'Kimi no mi-kokoro ha, ahare nari keru mono wo. Atara ohom-mi wo!' nado ihu. Midukara hitahi-gami wo kaki saguri te, ahe naku kokoro-bosokere ba, uti-hisomi nu kasi. Sinobure do namida kobore some nure ba, wori-wori goto ni e nen-zi e zu, kuyasiki koto ohoka'meru ni, hotoke mo naka-naka kokoro-gitanasi to, mi tamahi tu besi. Nigori ni sime ru hodo yori mo, nama ukabi ni te ha, kaheri te asiki miti ni mo tadayohi nu beku zo oboyuru. Taye nu sukuse asakara de, ama ni mo nasa de tadune tori tara m mo, yagate ahi sohi te, to ara m wori mo kaka'ra m kizami wo mo, mi-sugusi tara m naka koso, tigiri hukaku ahare nara me, ware mo hito mo, usiro-metaku kokoro oka re zi ya ha.
 Mata, nanome ni uturohu kata ara m hito wo urami te, kesiki-bami somuka m, hata woko-gamasikari nam. Kokoro ha uturohu kata ari to mo, mi-some si kokoro-zasi itohosiku omoha ba, saru kata no yosuga ni omohi te mo ari nu beki ni, sayau nara m tadiroki ni, taye nu beki waza nari.
 Subete, yorodu no koto nadaraka ni, wen-zu beki koto wo ba mi-sire ru sama ni hono-mekasi, uramu bekara m husi wo mo nikukara zu kasume nasa ba, sore ni tuke te, ahare mo masari nu besi. Ohoku ha, waga kokoro mo miru hito kara wosamari mo su besi. Amari muge ni uti-yurube mi-hanati taru mo, kokoro-yasuku rautaki yau nare do, onodukara karoki kata ni zo oboye haberu kasi. Tunaga nu hune no uki taru tamesi mo, geni aya nasi. Sa ha habera nu ka?"
 to ihe ba, Tiuzyau unaduku.
 "Sasiatari te, wokasi to mo ahare to mo kokoro ni ira m hito no, tanomosi-ge naki utagahi ara m koso, daizi naru bekere. Waga kokoro ayamati naku te mi sugusa ba, sasi-nahosi te mo nado ka mi zara m to oboye tare do, sore sa si mo ara zi. To-mo kaku-mo, tagahu beki husi ara m wo, nodoyaka ni mi sinoba m yori hoka ni, masu koto aru mazikari keri."
 to ihi te, waga imouto no Hime-Gimi ha, kono sadame ni kanahi tamahe ri to omohe ba, Kimi no uti-neburi te, kotoba maze tamaha nu wo, sau-zausiku kokoro-yamasi to omohu. Mma-no-Kami, mono sadame no hakase ni nari te, hihiraki wi tari. Tiuzyau ha, kono kotowari kiki hate m to, kokoro ire te, ahe sirahi wi tamahe ri.
 "Yorodu no koto ni yosohe te obose. Ki no miti no takumi no yorodu no mono wo kokoro ni makase te tukuri idasu mo, rinzi no mote-asobi mono no, sono mono to ato mo sadamara nu ha, soba-tuki sare-bami taru mo, geni kau mo si tu bekari keri to, toki ni tuke tutu sama wo kahe te, imamekasiki ni me uturi wokasiki mo ari. Daizi to si te, makoto ni uruhasiki hito no teudo no kazari to suru, sadamare ru yau aru mono wo nan naku si iduru koto nam, naho makoto no mono no zyauzu ha, sama koto ni miye wakare haberu.
 Mata We-dokoro ni zyauzu ohokare do, sumi-gaki ni eraba re te, tugi-tugi ni sara ni, otori masaru kedime, huto si mo miye wakare zu. Kakare do, hito no mi oyoba nu Hourai no yama, ara-umi no ikare ru iwo no sugata, Kara-kuni no hagesiki kedamono no katati, me ni miye nu oni no kaho nado no, odoro-odorosiku tukuri taru mono ha, kokoro ni makase te hito-kiha me odorokasi te, ziti ni ha ni zara me do, sate ari nu besi.
 Yo no tune no yama no tatazumahi, midu no nagare, me ni tikaki hito no ihe-wi arisama, geni to miye, natukasiku yaharai-daru kata nado wo siduka ni kaki maze te, sukuyoka nara nu yama no kesiki, ko-bukaku yo-banare te tatami nasi, ke-dikaki magaki no uti wo ba, sono kokoro sirahi okite nado wo nam, zyauzu ha ito ikihohi koto ni, waro-mono ha oyoba nu tokoro ohoka'meru.
  Te wo kaki taru ni mo, hukaki koto ha naku te, koko kasiko no ten-naga ni hasiri-kaki, sokohaka to naku kesiki-bame ru ha, uti-miru ni kado-kadosiku kesiki-dati tare do, naho makoto no sudi wo komayaka ni kaki e taru ha, uhabe no hude kiye te miyure do, ima hito-tabi tori narabe te mire ba, naho ziti ni nam yori keru.
 Hakanaki koto dani kaku koso habere. Masite hito no kokoro no, toki ni atari te kesiki-bame ram miru me no nasake wo ba, e tanomu maziku omou tamahe e te haberu. Sono hazime no koto, suki-zukisiku to mo mawosi habera m."
 tote, tikaku wi yore ba, Kimi mo me samasi tamahu. Tiuzyau imiziku sin-zi te, tura-due wo tuki te, mukahi wi tamahe ri. Nori-no-si no yo no kotowari toki kikase m tokoro no kokoti suru mo, katu ha wokasikere do, kakaru tuide ha, ono-ono mutu-goto mo e sinobi todome zu nam ari keru.

 「はやう、まだいと下臈にはべりし時、あはれと思ふ人はべりき。聞こえさせつるやうに、容貌などいとまほにもはべらざり36しかば、若きほどの好き心には、この人をとまりにとも思ひとどめはべらず、よるべとは思ひながら、さうざうしくて、とかく紛れはべりしを、もの怨じをいたくしはべりしかば、心づきなく、いとかからで、おいらかならましかばと思ひつつ、あまりいと許しなく疑ひはべりしもうるさくて、かく数ならぬ身を見も放たで、などかくしも思ふらむと、心苦しき折々もはべりて、37自然に心をさめらるるやうになむはべりし。
この女のあるやう、もとより思ひいたらざりけることにも、いかでこの人のためにはと、38なき手を出だし、後れたる筋の心をも、なほ口惜しくは見えじと思ひはげみつつ、とにかくにつけて、ものまめやかに後見、つゆにても心に違ふことはなくもがなと思へりしほどに、進める方と思ひしかど、とかくになびきてなよびゆき、醜き容貌をも、この人に見や疎まれむと、わりなく思ひつくろひ、疎き人に見えば、面伏せにや思はむと、憚り恥ぢて、みさをにもてつけて見馴るるままに、心もけしうはあらずはべりしかど、ただこの憎き方一つなむ、心をさめずはべりし。
そのかみ思ひはべりしやう、かうあながちに従ひ怖ぢたる人なめり、39いかで懲るばかりのわざして、おどして、この方もすこしよろしくもなり、さがなさもやめむと思ひて、まことに憂しなども思ひて絶えぬべき気色ならば、かばかり我に従ふ心ならば思ひ懲りなむと思うたまへ得て、ことさらに情けなくつれなきさまを見せて、例の腹立ち怨ずるに、
『かくおぞましくは、いみじき契り深くとも、絶えてまた見じ。限りと思はば、かくわりなきもの疑ひはせよ。行く先長く見えむと思はば、つらきことありとも、念じてなのめに思ひなりて。かかる心だに失せなば、いとあはれとなむ思ふべき。人並々にもなり、すこしおとなびむに添へて、また並ぶ人なくあるべき』
やうなど、かしこく教へたつるかなと思ひたまへて、われたけく言ひそしはべるに、すこしうち笑ひて、
『よろづに見だてなく、ものげなきほどを見過ぐして、人数なる世もやと待つ方は、いとのどかに思ひなされて、心やましくもあらず。つらき心を忍びて、思ひ直らむ折を見つけむと、年月を重ねむあいな頼みは、いと苦しくなむあるべければ、かたみに背きぬべききざみになむある』
とねたげに言ふに、腹立たしくなりて、憎げなることどもを言ひはげましはべるに、女もえをさめぬ筋にて、指ひとつを引き寄せて喰ひてはべりしを、おどろおどろしくかこちて、
『かかる疵さへつきぬれば、いよいよまじらひをすべきにもあらず。辱めたまふめる官位、いとどしく何につけてかは人めかむ、世を背きぬべき身なめり』など言ひ脅して、『さらば、今日こそは限りなめれ』と、この指をかがめてまかでぬ。
『手を折りてあひ見しことを数ふれば
これひとつやは君が憂きふし
えうらみじ』
など言ひはべれば、さすがにうち泣きて、
『憂きふしを心ひとつに数へきて
こや君が手を別るべきをり』
など、言ひしろひはべりしかど、まことには変るべきこととも思ひたまへずながら、日ごろ経るまで消息も遣はさず、あくがれまかり歩くに、臨時40の祭の調楽に、夜更けていみじう霙降る夜、これかれまかりあかるる所にて、思ひめぐらせば、なほ家路と思はむ方はまたなかりけり。
内裏わたりの旅寝すさまじかるべく、気色ばめるあたりはそぞろ寒くや、と思ひたまへられしかば、いかが思へると、気色も見がてら、雪をうち払ひつつ、なま人わろく爪喰はるれど、さりとも今宵日ごろの恨みは解けなむ、と思うたまへしに、火ほのかに壁に背け、萎えたる衣どもの厚肥えたる、大いなる籠にうち掛けて、引き上ぐべきものの帷子などうち上げて、今宵ばかりやと、待ちけるさまなり。さればよと、心おごりするに、正身はなし。さるべき女房どもばかりとまりて、『親の家に、この夜さりなむ渡りぬる』と答へはべり。
艶なる歌も詠まず、気色ばめる消息もせで、いとひたや籠りに情けなかりしかば、あへなき心地して、さがなく許しなかりしも、我を疎みねと思ふ方の心やありけむと、さしも見たまへざりしことなれど、心やましきままに思ひはべりしに、着るべき物、常よりも心とどめたる色あひ、しざまいとあらまほしくて、さすがにわが見捨ててむ後をさへなむ、思ひやり後見たりし。
さりとも、絶えて思ひ放つやうはあらじと思うたまへて、とかく言ひはべりしを、背きもせずと、尋ねまどはさむとも隠れ忍びず、かかやかしからず答へつつ、ただ、『ありしながらは、えなむ見過ぐすまじき。あらためてのどかに思ひならばなむ、あひ見るべき』など言ひしを、さりともえ思ひ離れじと思ひたまへしかば、しばし懲らさむの心にて、『しかあらためむ』とも言はず、いたく綱引きて41見せしあひだに、いといたく思ひ嘆きて、はかなくなりはべりにしかば、戯れにくく42なむおぼえはべりし。
ひとへにうち頼みたらむ方は、さばかりにてありぬべくなむ思ひたまへ出でらるる。はかなきあだ事をもまことの大事をも、言ひあはせたるにかひなからず、龍田姫と言はむにもつきなからず、織女の手にも劣るまじくその方も具して、うるさくなむはべりし」
とて、いとあはれと思ひ出でたり。中将、
「その織女の裁ち縫ふ方をのどめて、長き契りにぞあえまし。げに、その龍田姫の錦には、またしくものあらじ。はかなき花紅葉といふも、をりふしの色あひつきなく、はかばかしからぬは、露のはえなく消えぬるわざなり。さあるにより、かたき世とは定めかねたるぞや」
と、言ひはやしたまふ。
 「さて、また同じころ、まかり通ひし所は、人も立ちまさり心ばせまことにゆゑありと見えぬべく、うち詠み、走り書き、掻い弾く爪音、手つき口つき、みなたどたどしからず、見聞きわたりはべりき。見る目もこともなくはべりしかば、このさがな者を、うちとけたる方にて、時々隠ろへ見はべり43しほどは、こよなく心とまりはべりき。この人亡せて後、いかがはせむ、あはれながらも過ぎぬるはかひなくて、しばしばまかり馴るるには、すこしまばゆく艶に好ましきことは、目につかぬ所あるに、うち頼むべくは見えず、かれがれにのみ見せはべるほどに、忍びて心かはせる人ぞありけらし。
神無月のころほひ、月おもしろかりし夜、内裏よりまかではべるに、ある上人来あひて、この車にあひ乗りてはべれば、大納言の家にまかりとまらむとするに、この人言ふやう、『今宵人待つらむ宿なむ、あやしく心苦しき』とて、44この女の45家はた、避きぬ道なりければ、荒れたる崩れより池の水かげ見えて、月だにやどる住処を過ぎむもさすがにて、下りはべりぬかし。
もとよりさる心を交はせるにやありけむ、この男いたくすずろきて、門近き廊の簀子だつものに尻かけて、とばかり月を46見る。菊いとおもしろくうつろひわたり、風に競へる紅葉の乱れなど、あはれと、げに見えたり。
懐なりける笛取り出でて吹き鳴らし、「蔭もよし」47などつづしりうたふほどに、よく鳴る和琴を、調べととのへたりける、うるはしく掻き合はせたりしほど、けしうはあらずかし。律の調べは、女のものやはらかに掻き鳴らして、簾の内より聞こえたるも、今めきたる物の声なれば、清く澄める月に折つきなからず。男いたくめでて、簾のもとに歩み来て、
『庭の紅葉こそ、踏み分けたる跡もなけれ』などねたます。菊を折りて、
『琴の音も月もえならぬ宿ながら
つれなき人をひきやとめける
わろかめり』など言ひて、『今ひと声、聞きはやすべき人のある時、手な残いたまひそ』など、いたくあざれかかれば、女、いたう声つくろひて、
『木枯に吹きあはすめる笛の音を
ひきとどむべき言の葉ぞなき』
となまめき交はすに、憎くなるをも知らで、また、箏の琴を盤渉調に調べて、今めかしく掻い弾きたる爪音、かどなきにはあらねど、まばゆき心地なむしはべりし。ただ時々うち語らふ宮仕へ人などの、あくまでさればみ好きたるは、さても見る限りはをかしくもありぬべし。時々にても、さる所にて忘れぬよすがと思ひたまへむには、頼もしげなくさし過ぐいたりと心おかれて、その夜のことにことつけてこそ、まかり絶えにしか。
この二つのことを思うたまへあはするに、若き時の心にだに、なほさやうにもて出でたることは、いと48あやしく頼もしげなくおぼえはべりき。今より後は、ましてさのみなむ思ひたまへらるべき。御心のままに、折らば落ちぬべき萩の露、拾はば消えなむと見る玉笹の上49の霰などの、艶にあえかなる好き好きしさのみこそ、をかしく思さるらめ、今さりとも、七年あまりがほどに思し知りはべなむ。なにがしがいやしき諌めにて、好きたわめらむ女に心おかせたまへ。過ち50して、見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり」
と戒む。中将、例のうなづく。君すこしかた笑みて、さることとは思すべかめり。
「いづ方につけても、人悪ろくはしたなかりける身物語かな」とて、うち笑ひおはさうず。
 中将、
「なにがしは、痴者の51物語をせむ」とて、「いと忍びて見そめたりし人の、さても見つべかりしけはひなりしかば、ながらふべきものとしも思ひたまへざりしかど、馴れゆくままに、あはれとおぼえしかば、絶え絶え忘れぬものに思ひたまへしを、さばかりになれば、うち頼める気色も見えき。頼むにつけては、恨めしと思ふこともあらむと、心ながらおぼゆるをりをりもはべりしを、見知らぬやうにて、久しきとだえをも、かうたまさかなる人とも思ひたらず、ただ朝夕にもてつけたらむありさまに見えて、心苦しかりしかば、頼めわたることなどもありきかし。
親もなく、いと心細げにて、さらばこの人こそはと、事にふれて思へるさまもらうたげなりき。かうのどけきにおだしくて、久しくまからざりしころ、この見たまふるわたりより、情けなくうたてあることをなむ、さるたよりありてかすめ言はせたりける、後にこそ聞きはべりしか。
さる憂きことやあらむとも知らず、心には忘れずながら、消息などもせで久しくはべりしに、むげに思ひしをれて心細かりければ、幼き者などもありしに思ひわづらひて、撫子の花を折りておこせたりし」とて涙ぐみたり。
「さて、その文の言葉は」と問ひたまへば、
「いさや、ことなることもなかりきや。
『山がつの垣ほ荒るとも折々に
あはれはかけよ撫子の露』
思ひ出でしままにまかりたりしかば、例のうらもなきものから、いと物思ひ顔にて、荒れたる家の露しげきを眺めて、虫の音に競へる気色、昔物語めきておぼえはべりし。
『咲きまじる色はいづれと分かねども
なほ常夏に52しくものぞなき』
大和撫子をばさしおきて、まづ『塵をだに』53など、親の心をとる。
『うち払ふ袖も露けき常夏に
あらし吹きそふ秋も来にけり』
とはかなげに言ひなして、まめまめしく恨みたるさまも見えず。涙をもらし落としても、いと恥づかしくつつましげに紛らはし隠して、つらきをも思ひ知りけりと見えむは、わりなく苦しきものと思ひたりしかば、心やすくて、またとだえ置きはべりしほどに、跡もなくこそかき消ちて失せにしか。
まだ世にあらば、はかなき世にぞさすらふらむ。あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまとはす気色見えましかば、かくもあくがらさざらまし。こよなきとだえおかず、さるものにしなして長く見るやうもはべりなまし。かの撫子のらうたくはべりしかば、いかで尋ねむと思ひたまふるを、今もえこそ聞きつけはべらね。
これこそのたまへるはかなき例なめれ。つれなくてつらしと思ひけるも知らで、あはれ絶えざりしも、益なき片思ひなりけり。今やうやう忘れゆく際に、かれはたえしも思ひ離れず、折々人やりならぬ胸焦がるる夕べもあらむとおぼえはべり。これなむ、え保つまじく頼もしげなき方なりける。
されば、かのさがな者も、思ひ出である方に忘れがたけれど、さしあたりて見むにはわづらはしく、よくせずは、あきたきこともありなむや。琴の音すすめけむかどかどしさも、好きたる罪重かるべし。この心もとなきも、疑ひ添ふべければ、いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ。世の中や、ただかくこそ、とりどりに比べ苦しかるべき。このさまざまのよき限りをとり具し、難ずべきくさはひまぜぬ人は、いづこにかはあらむ。吉祥天女を思ひかけむとすれば、法気づき、くすしからむこそ、また、わびしかりぬべけれ」とて、皆笑ひぬ。
 「式部がところにぞ、気色あることはあらむ。すこしづつ語り申せ」と責めらる。
「下が下の中には、なでふことか、聞こし召しどころはべらむ」
と言へど、頭の君、まめやかに「遅し」と責めたまへば、何事をとり申さむと思ひめぐらすに、
「まだ文章生にはべりし時、かしこき女の例をなむ見たまへし。かの、馬頭の申したまへるやうに、公事をも言ひあはせ、私ざまの世に住まふべき心おきてを思ひめぐらさむ方もいたり深く、才の際なまなまの博士恥づかしく、すべて口あかすべくなむはべらざりし。
それは、ある博士のもとに学問などしはべるとて、まかり通ひしほどに、主人のむすめども多かりと聞きたまへて、はかなきついでに言ひ寄りてはべりしを、親聞きつけて、盃持て出でて、『わが両つの途歌ふを聴け』54となむ、聞こえごちはべりしかど、をさをさうちとけてもまからず、かの親の心を憚りて、さすがにかかづらひはべりしほどに、いとあはれに思ひ後見、寝覚の語らひにも、身の才つき、朝廷に仕うまつるべき道々しきことを教へて、いときよげに消息文にも仮名といふもの書きまぜず、むべむべしく言ひまはしはべるに、おのづからえまかり絶えで、その者を師としてなむ、わづかなる腰折文作ることなど習ひはべりしかば、今にその恩は忘れはべらねど、なつかしき妻子とうち頼まむには、無才の人、なま悪ろならむふるまひなど見えむに、恥づかしくなむ見えはべりし。まいて君達の御ため、はかばかしくしたたか55なる御後見は、何にかせさせたまはむ。はかなし、口惜し、とかつ見つつも、ただわが心につき、宿世の引く方はべるめれば、男しもなむ、仔細なきものははべめる」
と申せば、残りを言はせむとて、「さてさてをかしかりける女かな」とすかいたまふを、心は得ながら、鼻のわたりをこづきて語りなす。
「さて、いと久しくまからざりしに、もののたよりに立ち寄りてはべれば、常のうちとけゐたる方にははべらで、心やましき物越しにてなむ逢ひてはべる。ふすぶるにやと、をこがましくも、また、よきふしなりとも思ひたまふるに、このさかし人はた、軽々しきもの怨じすべきにもあらず、世の道理を思ひとりて恨みざりけり。
声もはやりかにて言ふやう、
『月ごろ、風病重きに堪へかねて、極熱の草薬を服して、いと臭きによりなむ、え対面賜はらぬ。目のあたりならずとも、さるべからむ雑事らは承らむ』
と、いとあはれにむべむべしく言ひはべり。答へに何とかは。ただ、『うけたまはりぬ』とて、立ち出ではべるに、さうざうしくやおぼえけむ、
『この香失せなむ時に立ち寄りたまへ』と高やかに言ふを、聞き過ぐさむもいとほし、しばしやすらふべきに、はたはべらねば、げにそのにほひさへ、はなやかにたち添へるも術なくて、逃げ目をつかひて、
『ささがにのふるまひしるき夕ぐれに
ひるま過ぐせといふがあやなさ
いかなることつけぞや』
と、言ひも果てず走り出ではべりぬるに、追ひて、
『逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならば
ひる間も何かまばゆからまし』
さすがに口疾くなどははべりき」
と、しづしづと56申せば、君達あさましと思ひて、「嘘言」とて笑ひたまふ。
「いづこのさる女かあるべき。おいらかに鬼とこそ向かひゐたらめ。むくつけきこと」
と爪弾きをして、「言はむ方なし」と、式部をあはめ憎みて、
「すこしよろしからむことを申せ」と責めたまへど、
「これよりめづらしきことはさぶらひなむや」とて、をり。
「すべて男も女も悪ろ者は、わづかに知れる方のことを残りなく見せ尽くさむと思へるこそ、いとほしけれ。
三史五経、道々しき方を、明らかに悟り明かさむこそ、愛敬なからめ、57などかは、女といはむからに、世にあることの公私につけて、むげに知らずいたらずしもあらむ。わざと習ひまねばねど、すこしもかどあらむ人の、耳にも目にもとまること、自然に多かるべし。
さるままには、真名を走り書きて、さるまじきどちの女文に、なかば過ぎて書きすすめたる、あなうたて、この人のたをやかならましかばと見えたり。心地にはさしも思はざらめど、おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ、ことさらびたり。上臈の中にも、多かることぞかし。
歌詠むと思へる人の、やがて歌にまつはれ、をかしき古言をも初めより取り込みつつ、すさまじき折々、詠みかけたるこそ、ものしきことなれ。返しせねば情けなし、えせざらむ人ははしたなからむ。
さるべき節会など、五月の節に急ぎ参る朝、何のあやめも思ひしづめられぬに、えならぬ根を引きかけ、九日の宴に、まづ難き詩の心を思ひめぐらして暇なき折に、菊の露をかこち寄せなどやうの、つきなき営みにあはせ、さならでもおのづから、げに後に思へばをかしくもあはれにもあべかりけることの、その折につきなく、目にとまらぬなどを、推し量らず詠み出でたる、なかなか心後れて見ゆ。
よろづのことに、などかは、さても、とおぼゆる折から、時々、思ひわかぬばかりの心にては、よしばみ情け立たざらむなむ目やすかるべき。
すべて、心に知れらむことをも、知らず顔にもてなし、言はまほしからむことをも、一つ二つのふしは過ぐすべくなむあべかりける」
と言ふにも、君は、人一人の御ありさまを、心の中に思ひつづけたまふ。これに58足らずまたさし過ぎたることなくものしたまひけるかなと、ありがたきにも、いとど胸ふたがる。
いづ方により果つともなく、果て果てはあやしきことどもになりて、明かしたまひつ。

 「若いころ、まだ下級役人でございました時、愛しいと思う女性がおりました。申し上げましたように、容貌などもたいして優れておりませんでしたので、若いうちの浮気心から、この女性を生涯の伴侶とも思い決めませんで、通い所とは思いながら、物足りなくて、何かとかかずらっておりましたところ、大変に嫉妬をいたしましたので、おもしろくなく、本当にこうでなくて、おっとりとしていたらと思う一方、あまりにひどく厳しく疑いましたのも煩わしくて、このようなつまらない男に愛想もつかさず、どうしてこう愛しているのだろうと、気の毒に思う時々もございまして、自然と浮気心も収められるというふうでもございました。
この女の性格は、もともと自分にはできないことでも、何とかして夫のためにはと、無理算段をし、不得手な方面をも、やはりつまらない女だと見られまいと努力しては、何かにつけて、熱心に世話をし、少しでも意に添わないことのないようにと思っていたうちに、気の勝った女だと思いましたが、何かと言うことをきくようになって柔らかくなってゆき、美しくない容貌についても、このわたしに嫌われやしまいかと、無理に化粧し、親しくない人に会ったならば、夫の面目が潰れやしまいかと、遠慮し恥じて、身嗜みに気をつけて生活しているうちに、性格も悪いというのではありませんでしたが、ただ、この憎らしい性質一つだけは、収まりませんでした。
その当時、思いましたことには、このようにむやみに慕い嫌われることを恐れている女のようだ、何とか懲りるほどの思いをさせて、脅かして、この方面も少しはまあまあになり、手に負えないことも止めさせようと思って、まことに辛いように思って別れてしまいそうな様子ならば、それほどわたしに連れ添う気持ちがあるならば懲りるだろうと存じまして、わざと薄情に冷淡を装って、いつものように怒って恨み言をいう折に、
『こんなに我が強いなら、どんなに夫婦の宿縁が深くとも、もう二度と逢うまい。最後と思うならば、このようなめちゃくちゃな邪推をするがよい。将来も長く連れ添おうと思うならば、辛いことがあっても、我慢してたいしたことのないように適当に思って。このような嫉妬心さえ消えたならば、愛しい女と思おう。人並みに出世もし、もう少し一人前になったら、他に並ぶ人がなくなるであろう』
などと、うまく教えたものよと存じまして、調子に乗って度を過ごして言いますと、少し微笑んで、
『万事に見栄えがしなく、一人前でないうちは我慢して、いつか一人前になろうかと待つ間は、まことに久しく思われても、嫌とは思いません。辛いお心を我慢して、心を入れ換えるのを見つけようとする、年月を重ねる当てにならない期待は、まことに辛くもありましょうから、お互いに別れるによい時期です』
と憎らしげに言うので、腹立たしくなって、憎々しげな言葉を興奮して言いますと、女も黙っていられない性格で、指一本を引っ張って噛みつきましたので、大げさに文句つけて、
『このような傷まで付いてしまったので、いよいよ役人生活もできるものでない。軽蔑なさるような官職で、ますますどのようにして出世して行けようか。出家しかない身のようだ』などと言い脅して、『それでは、今日という今日がお別れのようだ』と、この指を折り曲げて退出しました。
『あなたとの結婚生活を指折り数えてみますと
この一つだけがあなたの嫌な点なものか
恨むことはできますまい』
などと言いますと、そうは言うものの涙ぐんで、
『あなたの辛い仕打ちを胸の内に堪えてきましたが
今は別れる時なのでしょうか』
などと、言い争いましたが、本当は別れようとは存じませんままに、何日も過ぎるまで便りもやらず、浮かれ歩いていたところ、臨時の祭の調楽で、夜が更けてひどく霙が降る夜、めいめい退出して分かれる所で、思いめぐらすと、やはり自分の家と思える家は他にはなかったのでしたなあ。
内裏での宿直は気乗りがしないし、気取った女の家は何となく寒くないだろうか、と存じられましたので、どう思っているだろうかと、様子見がてら、雪をうち払いながら、何となく体裁が悪くきまりも悪く思われるが、いくらなんでも今夜はここのところの恨みも解けるだろう、と存じましたが、灯火を薄暗く壁の方に向け、柔らかな衣服の厚いのを、大きな伏籠にうち掛けて、引き上げておくはずの几帳の帷子などを引き上げてあって、今夜あたりはと、待っていた様子です。やはりそうであったよと、得意になりましたが、本人はいません。しかるべき女房連中だけが残っていて、『親御様の家に、今晩は行きましたが』と答えます。
気持ちをそそるような和歌も詠まず、思わせぶりな手紙も書き残さず、もっぱらそっけなく無愛想であったので、拍子抜けした気がして、口やかましく許さなかったのも、自分を嫌になってくれ、と思う気持ちがあったからだろうかと、そのようには存じられなかったのですが、おもしろくないままそう思ったのですが、着るべき物が、いつもより念を入れた色合いや、仕立て方がとても素晴らしくて、やはり離別した後までも、気を配って世話してくれていたのでした。
そうは言っても、すっかり愛想をつかすようなことはあるまいと存じまして、いろいろと言ってみましたが、別れるでもなくと、探し出させようと行方を晦ますのでもなく、きまり悪くないように返事をしいし、ただ『以前のような心のままでは、とても我慢できません。改心して落ち着くならば、また一緒に暮らしましょう』などと言いましたが、そうは言っても思い切れまいと存じましたので、少し懲らしめようという気持ちから、『そのように改めよう』とも言わず、ひどく強情を張って見せていたところ、とてもひどく思い嘆いて、亡くなってしまいましたので、冗談も言えないように存じられました。
一途に生涯頼みとするような女性としては、あの程度で確かに良いと思い出さずにはいられません。ちょっとした風流事でも実生活上の大事でも、相談してもしがいがなくはなく、龍田姫と言っても不似合いでなく、織姫の腕前にも劣らないその方面の技術をもっていて、行き届いていたのでした」
と言って、とてもしみじみと思い出している。中将が、
「その織姫の技量はひとまずおいても、永い夫婦の契りだけにはあやかりたいものだったね。なるほど、その龍田姫の錦の染色の腕前には、誰も及ぶ者はいないだろうね。ちょっとした、花や紅葉といっても、季節の色合いが相応しくなく、はっきりとしていないのは、何の見映えもなく、台なしになってしまうものだ。そうだからこそ、難しいものだと決定しかねるのですな」
と、話をはずまされる。
 「ところで、一方同じころ、通っていました女は、人品も優れ気の働かせ方もまことに嗜みがあると思われるように、素早く歌を詠み、すらすらと書き、掻いつま弾く琴の音、その手つき口つきがみな確かであると、見聞きしておりました。見た目にも無難でしたので、先程の嫉妬深い女を気の置けない通い所にして、時々隠れて逢っていました間は、格段に気に入っておりました。今の女が亡くなって後は、どうしましょう、かわいそうだとは思いながらも死んでしまったものは仕方がないので、頻繁に通うようになってみますと、少し派手で婀娜っぽく風流めかしていることは、気に入らないところがあったので、頼りにできる女とは思わずに、途絶えがちにばかり通っていましたら、こっそり心を通じている男がいたらしいのです。
神無月の時節ごろ、月の美しかった夜に、内裏から退出いたしますに、ある殿上人が来合わせて、わたしの車に同乗していましたので、大納言殿の家へ行って泊まろうとすると、この人が言うことには、『今宵は、わたしを待っているだろう女が、妙に気にかかるよ』と言って、先程の女の家は、ちょうど通り道に当たっていたので、荒れた築地塀の崩れから池の水に月の光が映っていて、月でさえ泊まるこの宿をこのまま通り過ぎてしまうのも惜しくて、下りたのです。
以前から心を交わしていたのでしょうか、この男はとてもそわそわして、門近くの廊の簀子のような所に腰を掛けて、暫く月を見ています。菊は一面にとても色美しく変色しており、風に勢いづいた紅葉が散り乱れているのなど、美しいものだなあと実に思われました。
懐にあった横笛を取り出して吹き鳴らし、「蔭もよし」などと合い間合い間に謡うと、よい音のする和琴を、調子が調えてあるので、きちんと合奏していたところは、悪くはありませんでした。律の調子は、女性がもの柔らかく掻き鳴らして、簾の内側から聞こえて来るのも、今はやりの楽の音なので、清く澄んでいる月に似合わないでもない。男はひどく感心して、御簾の側に歩み寄って、
『庭の紅葉を、踏み分けた跡がないですね』などと嫌がらせを言います。菊を手折って、
『琴の音色も月も素晴らしいお宅ですが
薄情な方を引き止めることができなかったようですね
悪いことを言ったかしら』などと言って、『もう一曲、喜んで聞きたいという人がいる時、弾き惜しみなさいますな』などと、ひどく色っぽく言いかけますと、女は、声をとても気取って出して、
『冷たい木枯らしに合うようなあなたの笛の音を
引きとどめる術をわたしは持ち合わせていません』
と色っぽく振る舞い合います。憎らしくなってきたのも知らずに、今度は、筝の琴を盤渉調に調えて、今はやりに掻き鳴らす爪音は、才能が無いではないが、目を覆いたい気持ちが致しました。ただ時々に言葉を交わす宮仕え人などで、どこまでも色っぽく風流なのは、そうであっても付き合うには興味もありましょう。時々であっても、通い妻として生涯の伴侶と致しますには、頼りなく派手すぎると嫌気がさして、その夜のことに口実をつくって、通うのをやめてしまいました。
この二つの例を考え合わすに、若い時の考えでさえも、やはりそのように派手な女の例は、とても不安で頼りなく思われました。今から以後は、いっそうそのようにばかり思われることでしょう。お心のままに、手折るとこぼれ落ちてしまいそうな萩の露や、拾ったと思うと消えてしまう玉笹の上の霰などのような、しゃれていてか弱く風流なのばかりが、興味深くお思いでしょうが、今はそうであっても、七年のうちにお分かりになるでしょう。わたくしめごとき、卑賎の者の忠告ですが、色っぽくなよなよとした女性にはお気をつけなさいませ。間違いを起こして、相手の男の愚かな評判までも立ててしまうものです」
と、忠告する。中将は例によってうなずく。君は少し微笑んで、そういうものだろうとお思いのようである。
「どちらの話にしても、体裁の悪くみっともないご体験談だね」
と言って、皆でどっと笑い興じられる。
 中将は、
「わたしは、馬鹿な体験談をお話しましょう」と言って、「ごくこっそりと通い始めた女で、そうした関係を長く続けてもよさそうな様子だったので、長続きのすることとは存じられませんでしたが、馴れ親しんで行くにつれて、愛しいと思われましたので、途絶えがちながらも忘れられない女と存じておりましたが、それほどの仲になると、頼りにしている様子にも見えました。頼りにするとなると、恨めしく思っていることもあるだろうと、我ながら思われる折々もありましたが、見知らぬふうをして、久しく通って行かないのを、こういうたまにしか来ない男とも思っていないで、ただ朝夕にいつも心に掛けているという態度に見えて、いじらしく思えたので、ずっと頼りにしているようにと言ったこともあったのでした。
親もなく、とても心細い様子で、それならわたしこそをと、何かにつけて頼りにしている様子もいじらしげでした。このようにおっとりしていることに安心して、長い間通って行かないでいたころ、わたしの妻の辺りから、思慮のない辛いことを、ある手づるがあってそれとなく言わせたことを、後になって聞いたのでした。
そのような辛いことがあったとも知らず、心中では忘れていないとはいうものの、便りなども出さずに長い間おりましたところ、すっかり悲観して不安だったので、幼い子供もいたので思い悩んで、撫子の花を折って、送って寄こしました」と言って涙ぐんでいる。
「それで、その手紙には」とお尋ねになると、
「いや、格別なことはありませんでしたよ。
『たとえ山家の垣根は荒れていても
時々はかわいがってやってください撫子の花を』
思い出したままに行きましたところ、いつものように無心なようでいながら、ひどく物思い顔で、荒れた家の露のしっとり濡れているのを眺めて、虫の鳴く音と競うかの様子は、昔物語めいて、感じられました。
『庭に咲く花はいずれも皆美しいが
やはり常夏の花が一番美しく思われます』
大和撫子のことはさておいて、まず『塵をだに』などと、親の機嫌を取ります。
『露に濡れている常夏に
さらに激しい風の吹きつける秋までが来ました』
とさりげなく言いつくろって、本気で恨んでいるようにも見えません。涙をもらし落としても、とても恥ずかしく気兼ねして取り繕い隠して、薄情を恨めしく思っているということを知られるのが、とてもたまらないらしいことのように思っていたので、気楽に構えて、再び通わずにいましたうちに、跡形なく姿を晦まして、いなくなってしまいました。
まだ生きていれば、みじめな生活をしていることでしょう。愛しいと思っていましたころに、うるさいくらいにまとわり付くような様子に見えたならば、こういうふうには行方不明にはさせなかったものを。こんなにも途絶えはせずに、通い妻の一人として末永く関係を保つこともあったでしょうに。あの、撫子がかわいらしうございましたので、何とか捜し出したいものだと思っておりますが、今でも行方が知れません。
これがおっしゃられた頼りない女の例でしょう。平気をよそおって辛いと思っているのも知らないで、愛し続けていたのも、無益な片思いでした。今はだんだん忘れかけて行くころになって、あの女は女で忘れられず、時折自分のせいで胸を焦がす夕べもあるであろうと思われます。この女は、永続きしそうにない頼りない例でしたなあ。
それだから、あの嫉妬深い女も、思い出される女としては忘れ難いけれども、実際に結婚生活を続けて行くのにはうるさいし、悪くすると、嫌になることもありましょうよ。琴が素晴らしい才能だったという女も、浮気な欠点は重大でしょう。この頼りない女も、疑いが出て来ましょうから、どちらが良いとも結局は決定しがたいのだ。男女の仲は、ただこのように、それぞれに優劣をつけるのは難しいでしょう。このそれぞれの良いところばかりを身に備えて、非難される点を持たない女は、どこにいましょうか。吉祥天女に思いをかけようとすれば、抹香臭く、人間離れして、また、おもしろくないでしょう」と言って、皆笑った。
 「式部のところには、変わった話があろう。少しずつ、話して聞かせよ」と催促される。
「下の下のわたくしめごとき者には、何の、お聞きあそばす話がありましょう」
と言うが、頭の君が、真面目に「早く早く」とご催促されるので、何をお話し申そうかと思案したが、
「まだ文章生でございました時、賢い女性の例を拝見しました。先程、左馬頭が申されましたように、公事をも相談し、私生活の面での心がけも考え廻らすこと深く、漢学の才能はなまじっかの博士が恥ずかしくなる程で、万事口出すことは何もございませんでした。
それは、ある博士のもとで学問などを致そうと思って、通っておりましたころに、主人の娘が多くいるとお聞き致しまして、ちょっとした折に言い寄りましたところ、父親が聞きつけて、盃を持って来て、『我が両つの途歌ふを聴け』と謡いかけてきましたが、少しも結婚してもよいと思って通っていませんでしたので、あの父親の気持ちに気兼ねして、そうは言うもののかかずらっていましたところ、とても情け深く世話をし、閨房の語らいにも、身に学問がつき、朝廷に仕えるのに役立つ学問的なことを教えて、とても見事に手紙文にも仮名文字というものをを書き交ぜず、本格的に表現しますので、ついつい別れることができずに、その女を先生として、下手な漢詩文を作ることなどを習いましたので、今でもその恩は忘れませんが、慕わしい妻として頼りにするには、無学のわたしは、どことなく劣った振る舞いなど見られましょうから、恥ずかしく思われました。まして、あなた様方の御ためには、しっかりして手ぬかりのない奥方様は、何の必要がおありあそばしましょうか。つまらない、残念だ、と一方では思いながらも、自分の気に入り、宿縁もあるようなので、男という者は、他愛のないもののようでございます」
と申し上げるので、後を言わせようと、「それにしてもまあ、何と興味ある女だろうか」と、おだてなさるのを、そうとは知りながらも、鼻のあたりをおかしなかっこうさせて語り続ける。
「そうして、ずいぶん長く行きませんでしたころ、何かのついでに立ち寄りましたところ、いつものくつろいだ所にはおりませんで、不愉快な物を隔てて逢います。嫉妬しているのかと、ばかばかしくもあり、また、ちょうど良い機会と存じましたが、この賢い女という者は、軽々しい嫉妬をするはずもなく、男女の仲を心得て恨み言を言いませんでした。
声もせかせかと言うことには、
『数月来、風邪が重いのに堪え兼ねて、極熱の薬草を服して、大変に臭いので、面会は御遠慮申し上げます。直接にでなくても、しかるべき雑用などは承りましょう』
と、いかにも殊勝にもっともらしく言います。返事には何と言えようか。ただ、『承知しました』とだけ言って、立ち去ります時に、物足りなく思ったのでしょうか、
『この臭いが消えた時に、お立ち寄り下さい』と声高に言うのを、聞き捨てるのも気の毒ですが、しばしの間でもためらっている場合でもありませんので、ほんとに、その臭いまでが、ぷんぷんと漂って来るのも堪りませんので、逃げ腰になって、
『蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に
昼間が過ぎるまでまで待てと言うのがわかりません
どのような口実ですか』
と、言い終わらず逃げ出しましたところ、追いかけて、
『逢うことが一夜も置かずに逢っている夫婦仲ならば
昼間逢ったからとてどうして恥ずかしいことがありましょうか』
さすがに返歌は素早うございました」
と、ゆっくりと申し上げるので、公達は興醒めに思って、「嘘だ」と言ってお笑いになる。
「どこにそのような女がいようか。のんびりと鬼と向かい合っていたほうがましだ。気持ちが悪い話」
と爪弾きして、「何とも評しようがない」と、式部を軽蔑し非難して、
「もう少しましな話を申せ」とお責めになるが、
「これ以上珍しい話がございましょうか」と言って、澄ましている。
「すべて男も女も未熟者は、少し知っている方面のことをすっかり見せようと思っているのが、困ったものです。三史五経といった学問的な方面を、本格的に理解するというのは、好感の持てないことですが、どうして女だからといって、世の中の公私の事々につけて、まったく知りませんできませんと言っていられましょうか。本格的に勉強しなくても、少しでも才能のあるような人は、耳から目から入って来ることが、自然に多いはずです。
そのようなことから、漢字を走り書きし、お互いに書かないはずの女どうしの手紙文に、半分以上書き交ぜているのは、ああ何と厭味な、この人が女らしかったらなあと思われます。気持ちの上ではそんなにも思わないでしょうが、自然とごつごつした声に読まれ読まれして、わざとらしく感じられます。上流の中にも多く見られることです。
和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、趣のある古歌を初句から取り込み取り込みして、相応しからぬ折々に、それを詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。返歌しないと人情がないし、出来ない人は体裁が悪いでしょう。
しかるべき節会などで、五月の節会に急いで参内する朝に、落ち着いて分別などしていられない時に、素晴らしい根にかこつけてきたり、重陽の節会の宴会のために、難しい漢詩の趣向を思いめぐらしていて暇のない折に、菊の露にかこつけたような、相応しからぬことに付き合わせ、そういう場合ではなくとも自然となるほどと、後から考えればおもしろくもしみじみともあるはずのものが、その場合には相応しくなく、目にも止まらないのを、察しもせずに詠んで寄こすのは、かえって気がきかないように思われます。
万事につけて、どうしてそうするのか、そうしなくとも、と思われる折々に、時々、分別できない心では、気取ったり風流めかしたりしないほうが無難でしょう。
総じて、心の中では知っていることでも、知らない顔をして、言いたいことも、一つ二つは言わないでおくのが良いというものでしょう」
と言うにつけても、君は、お一方の御様子を、胸の中に思い続けていらっしゃる。この結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃるなあと、比類ないことにつけても、ますます胸がいっぱいになる。
どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。

 2 Experiences with girl friends [2-1 Sama-no-Kami talks about a jealous girl friend]
 "Hayau, mada ito ge-rahu ni haberi si toki, ahare to omohu hito haberi ki. Kikoye sase turu yau ni, katati nado ito maho ni mo habera zari sika ba, wakaki hodo no suki-gokoro ni ha, kono hito wo tomari ni to mo omohi todome habera zu, yorube to ha omohi nagara, sau-zausiku te, tokaku magire haberi si wo, mono-wen-zi wo itaku si haberi sika ba, kokoro-dukinaku, ito kakara de, ohiraka nara masika ba to omohi tutu, amari ito yurusi naku utagahi haberi si mo urusaku te, kaku kazu nara nu mi wo mi mo hanata de, nado kaku si mo omohu ram to, kokoro-gurusiki wori-wori mo haberi te, zinen ni kokoro wosame raruru yau ni nam haberi si.
 Kono womna no aru yau, motoyori omohi itara zari keru koto ni mo, ikade kono hito no tame ni ha to, naki te wo idasi, okure taru sudi no kokoro wo mo, naho kutiwosiku ha miye zi to omohi hagemi tutu, toni kakuni tuke te, mono mameyaka ni usiromi, tuyu ni te mo kokoro ni tagahu koto ha naku mo gana to omohe ri si hodo ni, susume ru kata to omohi sika do, tokaku ni nabiki te nayobi yuki, minikuki katati wo mo, kono hito ni mi ya utomare m to, warinaku omohi tukurohi, utoki hito ni miye ba, omote-buse ni ya omoha m to, habakari hadi te, misawo ni mote-tuke te mi-naruru mama ni, kokoro mo kesiu ha ara zu haberi sika do, tada kono nikuki kata hito-tu nam, kokoro wosame zu haberi si.
 Sono-kami omohi haberi si yau, kau anagati ni sitagahi odi taru hito na'meri, ikade koru bakari no waza si te, odosi te, kono kata mo sukosi yorosiku nari, saganasa mo yame m to omohi te, makoto ni usi nado mo omohi te taye nu beki kesiki nara ba, kabakari ware ni sitagahu kokoro nara ba omohi kori na m to omou tamahe e te, kotosara ni nasake naku turenaki sama wo mise te, rei no hara-dati wen-zuru ni,
 'Kaku ozomasiku ha, imiziki tigiri hukaku to mo, taye te mata mi zi. Kagiri to omoha ba, kaku warinaki mono utagahi ha se yo. Yuku-saki nagaku miye m to omoha ba, turaki koto ari to mo, nen-zi te nanome ni omohi nari te. Kakaru kokoro dani use na ba, ito ahare to nam omohu beki. Hito-nami-nami ni mo nari, sukosi otonabi m ni sohe te, mata narabu hito naku aru beki.'
 yau nado, kasikoku wosihe taturu kana to omohi tamahe te, ware takeku ihi sosi haberu ni, sukosi uti-warehi te,
 'Yorodu ni mi-date naku, mono-ge naki hodo wo mi sugusi te, hito-kazu naru yo mo ya to matu kata ha, ito nodoka ni omohi nasa re te, kokoro-yamasiku mo ara zu. Turaki kokoro wo sinobi te, omohi nahora m wori wo mituke m to, tosi-tuki wo kasane m aina-danomi ha, ito kurusiku nam aru bekere ba, katami ni somuki nu beki kizami ni nam aru.'
 to neta-ge ni ihu ni, hara-datasiku nari te, niku-ge naru koto domo wo ihi hagemasi haberu ni, womna mo e wosame nu sudi ni te, oyobi hito-tu wo hiki-yose te kuhi te haberi si wo, odoro-odorosiku kakoti te,
 'Kakaru kizu sahe tuki nure ba, iyo-iyo mazirahi wo su beki ni mo ara zu. Hadukasime tamahu meru tukasa kurawi, itodosiku nani ni tuke te ka ha hito-mekasa m, yo wo somuki nu beki mi na'meri.' nado ihi odosi te, 'Sa'ra ba, kehu koso ha kagiri na'mere.' to, kono oyobi wo kagame te makade nu.
 'Te wo wori te ahi mi si koto wo kazohure ba
 kore hito-tu ya ha kimi ga uki husi

 E urami zi.'
 nado ihi habere ba, sasuga ni uti-naki te,
 'Uki husi wo kokoro hito-tu ni kazohe ki te
 ko ya kimi ga te wo wakaru beki wori
'
 nado, ihi sirohi haberi sika do, makoto ni ha kaharu beki koto to mo omohi tamahe zu nagara, higoro heru made seusoko mo tukahasa zu, akugare makari ariku ni, Rinzi-no-maturi no deu-gaku ni, yo huke te imiziu mizore huru yo, kore kare makari akaruru tokoro ni te, omohi megurase ba, naho ihe-di to omoha m kata ha mata nakari keri.
 Uti watari no tabi-ne susamazikaru beku, kesiki-bameru atari ha sozoro samuku ya, to omohi tamahe rare sika ba, ikaga omohe ru to, kesiki mo mi-gatera yuki wo uti-harahi tutu, nama hito-waroku tume kuha rure do, sa'ri to mo koyohi hi-goro no urami ha toke na m, to omou tamahe si ni, hi honoka ni kabe ni somuke, naye taru kinu-domo no atugoye taru, ohoi naru ko ni uti-kake te, hiki agu beki mono no katabira nado uti-age te, koyohi bakari ya to, mati keru sama nari. Sareba yo to, kokoro-ogori suru ni, sauzimi ha nasi. Saru beki nyoubau-domo bakari tomari te, 'Oya no ihe ni, kono yosari nam watari nuru.' to kotahe haberi.
 En naru uta mo yoma zu, kesiki-bame ru seusoko mo se de, ito hitaya-gomori ni nasake nakari sika ba, ahenaki kokoti si te, saga-naku yurusi nakari si mo, ware wo utomi ne to omohu kata no kokoro ya ari kem to, sa si mo mi tamahe zari si koto nare do, kokoro-yamasiki mama ni omohi haberi si ni, kiru beki mono, tune yori mo kokoro todome taru iro-ahi, si-zama ito aramahosiku te, sasuga ni waga mi sute te m noti wo sahe nam, omohi-yari usiromi tari si.
 Sa'ri to mo, taye te omohi hanatu yau ha ara zi to omohu tamahe te, tokaku ihi haberi si wo, somuki mo se zu to, tadune madohasa m to mo kakure sinobi zu, kakayakasikara zu irae tutu, tada, 'Arisi nagara ha, e nam mi-sugusu maziki. Aratame te nodoka ni omohi nara ba nam, ahi-miru beki.' nado ihi si wo, sa'ri to mo e omohi hanare zi to omohi tamahe sika ba, sibasi korasa m no kokoro ni te, 'Sika aratame m' tomo iha zu, itaku tuna hiki te mise si ahida ni, ito itaku omohi nageki te, hakanaku nari haberi ni sika ba, tahabure-nikuku nam oboye haberi si.
 Hitohe ni uti-tanomi tara m kata ha, sabakari ni te ari nu beku nam omohi tamahe ide raruru. Hakanaki ada-goto wo mo makoto no daizi wo mo, ihi ahase taru ni kahi nakara zu, Tatuta-Hime to iha m ni mo tuki nakara zu, Tanabata no te ni mo otoru maziku sono kata gusi te, urusaku nam haberi si."
 tote, ito ahare to omohi ide tari. Tiuzyau,
 "Sono Tanabata no tati nuhu kata wo nodome te, nagaki tigiri ni zo aye masi. Geni, sono Tatuta-Hime no nisiki ni ha, mata siku mono ara zi. Hakanaki hana momidi to ihu mo, wori-husi no iro-ahi tuki-naku, haka-bakasikara nu ha, tuyu no haye naku kiye nuru waza nari. Sa aru ni yori, kataki yo to ha sadame kane taru zo ya."
 to, ihi hayasi tamahu.

 [2-2 Sama-no-Kami talks about a wanton girl friend]
 "Sate, mata onazi koro, makari kayohi si tokoro ha, hito mo tati masari kokoro-base makoto ni yuwe ari to miye nu beku, uti-yomi, hasiri- kaki, kai-hiku tuma-oto, te-tuki kuti-tuki, mina tado-tadosikara zu, mi kiki watari haberi ki. Miru me mo koto mo naku haberi sika ba, Kono sagana mono wo, uti-toke taru kata ni te, toki-doki kakurohe mi haberi si hodo ha, koyonaku kokoro tomari haberi ki. Kono hito use te noti, ikaga ha se m, ahare nagara mo sugi nuru ha kahi naku te, siba-siba makari naruru ni ha, sukosi mabayuku en ni konomasiki koto ha, me ni tuka nu tokoro aru ni, uti-tanomu beku ha miye zu, kare-gare ni nomi mise haberu hodo ni, sinobi te kokoro kahase ru hito zo ari ke'rasi.
 Kamnaduki no koro-hohi, tuki omosirokari si yo, Uti yori makade haberu ni, aru Uhe-bito ki-ahi te, kono kuruma ni ahi-nori te habere ba, Dainagon no ihe ni makari tomara m to suru ni, kono hito ihu yau, 'Koyohi hito matu ram yado nam, ayasiku kokoro-gurusiki' tote, kono womna no ihe hata, yoki nu miti nari kere ba, are taru kudure yori ike no midu kage miye te, tuki dani yadoru sumika wo sugi m mo sasuga ni te, ori haberi nu kasi.
 Motoyori saru kokoro wo kahase ru ni ya ari kem, kono wotoko itaku suzuroki te, kado tikaki Rau no sunoko-datu mono ni siri kake te, tobakari tuki wo miru. Kiku ito omosiroku uturohi watari, kaze ni kihohe ru momidi no midare nado, ahare to, geni miye tari.
 Hutokoro nari keru hue tori-ide te huki narasi, 'Kage mo yosi' nado tudusiri utahu hodo ni, yoku naru wagon wo, sirabe totonohe tari keru, uruhasiku kaki ahase tari si hodo, kesiu ha ara zu kasi. Riti no sirabe ha, womna no mono-yaharaka ni kaki narasi te, su no uti yori kikoye taru mo, imameki taru mono no kowe nare ba, kiyoku sume ru tuki ni wori tukinakara zu. Wotoko itaku mede te, su no moto ni ayumi ki te,
 'Niha no momidi koso, humi-wake taru ato mo nakere' nado netama su. Kiku wo wori te,
 'Koto no ne mo tuki mo e nara nu yado nagara
 turenaki hito wo hiki ya tome keru

 waroka meri' nado ihi te, 'Ima hito kowe, kiki hayasu beki hito no aru toki, te na nokoi tamahi so.' nado, itaku azare kakare ba, womna itau kowe tukurohi te,
 'Kogarasi ni huki ahasu meru hue no ne wo
 hiki todomu beki koto-no-ha zo naki
'
 to namameki kahasu ni, nikuku naru wo mo sira de, mata, Sau-no-koto wo bansiki-deu ni sirabe te, imamekasiku kai-hiki taru tuma-oto, kado naki ni ha ara ne do, mabayuki kokoti nam si haberi si. Tada toki-doki uti-katarahu miyadukahe-bito nado no, akumade sare-bami suki taru ha, sate mo miru kagiri ha wokasiku mo ari nu besi. Toki-doki ni te mo, saru tokoro ni te wasure nu yosuga to omohi tamahe m ni ha, tanomosige naku sasi-sugui tari to kokoro oka re te, sono yo no koto ni koto-tuke te koso, makari taye ni sika.
 Kono huta-tu no koto wo omou tamahe ahasuru ni, wakaki toki no kokoro ni dani, naho sayau ni mote ide taru koto ha, ito ayasiku tanomosige naku oboye haberi ki. Ima yori noti ha, masite sa nomi nam omohi tamahe raru beki. Mi-kokoro no mama ni, wora ba oti nu beki hagi no tuyu, hiroha ba kiye na m to miru tama-zasa no uhe no arare nado no, en ni ayeka naru suki-zukisisa nomi koso, wokasiku obosa ru rame, ima sa'ri to mo, nana-tose amari ga hodo ni obosi siri haberi na m. Nanigasi ga iyasiki isame ni te, suki tawame ram womna ni kokoro oka se tamahe. Ayamati si te, mi m hito no katakuna naru na wo mo tate tu beki mono nari."
 to imasimu. Tiuzyau, rei no unaduku. Kimi sukosi kata-wemi te, saru koto to ha obosu beka meri.
 "Idukata ni tuke te mo, hito waroku hasitanakari keru mi-monogatari kana!" tote, uti-warahi ohasauzu.

 [2-3 Tou-no-Chujo talks about a shy girl friend]
 Tiuzyau,
 "Nanigasi ha, sire-mono no monogatari se m" tote, "Ito sinobi te mi-some tari si hito no, sate mo mi tu bekari si kehahi nari sika ba, nagarahu beki mono to si mo omohi tamahe zari sika do, nare yuku mama ni, ahare to oboye sika ba, taye-daye wasure nu mono ni omohi tamahe si wo, sabakari ni nare ba, uti-tanome ru kesiki mo miye ki. Tanomu ni tuke te ha, uramesi to omohu koto mo ara m to, kokoro nagara oboyuru wori-wori mo haberi si wo, mi sira nu yau ni te, hisasiki todaye wo mo, kau tamasaka naru hito to mo omohi tara zu, tada asa-yuhu ni mote tuke tara m arisama ni miye te, kokoro-gurusigari sika ba, tanome wataru koto nado mo ari ki kasi.
 Oya mo naku, ito kokoro-bosoge ni te, saraba kono hito koso ha to, koto ni hure te omohe ru sama mo rauta-ge nari ki. Kau nodokeki ni odasiku te, hisasiku makara zari si koro, kono mi tamahuru watari yori, nasake naku utate aru koto wo nam, saru tayori ari te kasume iha se tari keru, noti ni koso kiki haberi sika.
 Saru uki koto ya ara m to mo sira zu, kokoro ni ha wasure zu nagara, seusoko nado mo se de hisasiku haberi si ni, muge ni omohi siwore te kokoro-bosokari kere ba, wosanaki mono nado ari si ni omohi wadurahi te, nadesiko no hana wo wori te okose tari si." tote namida-gumi tari.
 "Sate, sono humi no kotoba ha?" to tohi tamahe ba,
 "Isaya, koto naru koto mo nakari ki ya.
 'Yamagatu no kakiho aru to mo wori-wori ni
 ahare ha kake yo nadesiko no tuyu
'
 Omohi-ide si mama ni makari tari sika ba, rei no ura mo naki mono-kara, ito mono-omohi-gaho ni te, are taru ihe no tuyu sigeki wo nagame te, musi no ne ni kihohe ru kesiki, mukasi-monogatari meki te oboye haberi si.
 'Saki maziru iro ha idure to waka ne do mo
 naho tokonatu ni siku mono zo naki
'
 Yamatonadesiko wo ba sasi-oki te, madu 'tiri wo dani' nado, oya no kokoro wo toru.
 'Uti-harahu sode mo tuyu-keki tokonatu ni
 arasi huki sohu aki mo ki ni keri
'
 to hakana-ge ni ihi-nasi te, mame-mamesiku urami taru sama mo miye zu. Namida wo morasi otosi te mo, ito hadukasiku tutumasi-ge ni magirahasi kakusi te, turaki wo mo omohi siri keri to miye m ha, warinaku kurusiki mono to omohi tari sika ba, kokoro-yasuku te, mata todaye oki haberi si hodo ni, ato mo naku koso kaki keti te use ni sika.
 Mada yo ni ara ba, hakanaki yo ni zo sasurahu ram. Ahare to omohi si hodo ni, wadurahasi-ge ni omohi matohasu kesiki miye masika ba, kaku mo akugara zara masi. Koyonaki todaye oka zu, saru mono ni si nasi te nagaku miru yau mo haberi na masi. Kano nadesiko no rautaku haberi sika ba, ikade tadune m to omohi tamahuru wo, ima mo e koso kiki tuke habera ne.
 Kore koso notamahe ru hakanaki tamesi na'mere. Turenaku te turasi to omohi keru mo sira de, ahare taye zari si mo, yaku naki kata-omohi nari keri. Ima yau-yau wasure yuku kiha ni, kare hata e si mo omohi hanare zu, wori-wori hito-yari nara-nu mune kogaruru yuhube mo ara m to oboye haberi. Kore nam, e tamotu maziku tanomosi-ge naki kata nari keru.
 Sareba, kano sagana mono mo, omohi ide aru kata ni wasure gatakere do, sasi-atari te mi m ni ha wadurahasiku, yoku se zu ha, akitaki koto mo ari na m ya! Koto no ne susume kem kado-kadosisa mo, suki taru tumi omokaru besi. Kono kokoro-motonaki mo, utagahi sohu bekere ba, idure to tuhi ni omohi sadame zu nari nuru koso. Yononaka ya, tada kaku koso, tori-dori ni kurabe kurusikaru beki. Kono sama-zama no yoki kagiri wo tori gu-si, nan-zu beki kusahahi maze nu hito ha, iduko ni ka ha ara m. Kitizyau-tennyo wo omohi kake m to sure ba, hohuke-duki, kususikara m koso, mata, wabisikari nu bekere." tote, mina warahi nu.

 [2-4 Tou-Shikibu-no-Jo talks about a clever girl friend]
 "Sikibu ga tokoro ni zo, kesiki aru koto ha ara m. Sukosi-dutu katari mause." to seme raru.
 "Simo ga simo no naka ni ha, nadehu koto ka, kikosimesi dokoro habera m."
 to ihe do, Tou-no-Kimi, mame-yaka ni "Ososi" to seme tamahe ba, nanigoto wo tori mausa m to omohi megurasu ni,
 "Mada Monzyau-no-Syau ni haberi si toki, kasikoki womna no tamesi wo nam mi tamahe si. Kano, Mma-no-Kami no mausi tamahe ru yau ni, ohoyake-goto wo mo ihi ahase, watakusi-zama no yo ni sumahu beki kokoro-okite wo omohi megurasa m kata mo itari hukaku, zae no kiha nama-nama no hakase hadukasiku, subete kuti akasu beku nam habera zari si.
 Sore ha, aru hakase no moto ni gakumon nado si haberu tote, makari kayohi si hodo ni, aruzi no musume-domo ohokari to kiki tamahe te, hakanaki tuide ni ihi-yori te haberi si wo, oya kiki-tuke te, sakaduki mote ide te, 'Waga huta-tu no miti utahu wo kike.' to nam, kikoye-goti haberi sika do, wosa-wosa uti-toke te mo makara zu, kano oya no kokoro wo habakari te, sasugani kakadurahi haberi si hodo ni, ito ahare ni omohi usiromi, nezame no katarahi ni mo, mi no zae tuki, ohoyake ni tukau-maturu beki miti-mitisiki koto wo wosihe te, ito kiyo-ge ni seusoko-bumi ni mo kanna to ihu mono kaki maze zu, mube-mubesiku ihi-mahasi haberu ni, onodukara e makari taye de, sono mono wo si to si te nam, waduka naru kosiwore-bumi tukuru koto nado narahi haberi sika ba, ima ni sono on ha wasure habera ne do, natukasiki saisi to uti-tanoma m ni ha, muzai no hito, nama-waro nara m hurumahi nado miye m ni, hadukasiku nam miye haberi si. Maite kim-dati no ohom-tame, haka-bakasiku sitataka naru ohom-usiromi ha, nani ni ka se sase tamaha m. Hakanasi, kutiwosi, to katu mi tutu mo, tada waga kokoro ni tuki, sukuse no hiku kata haberu mere ba, wonoko si mo nam, sisai naki mono ha habe'meru."
 to mause ba, nokori wo iha se m tote, "Sate sate wokasikari keru womna kana" to sukai tamahu wo, kokoro ha e nagara, hana no watari oko-duki te katari nasu.
 "Sate, ito hisasiku makara zari si ni, mono no tayori ni tati-yori te habere ba, tune no uti-toke wi taru kata ni ha habera de, kokoro-yamasiki mono-gosi ni te nam ahi te haberu. Husuburu ni ya to, wokogamasiku mo, mata, yoki husi nari to mo omohi tamahuru ni, kono sakasi-bito hata, karo-garosiki mono-wen-zi su beki ni mo ara zu, yo no dauri wo omohi tori te urami zari keri.
 Kowe mo hayarika ni te ihu yau,
 'Tuki-goro, hubyau omoki ni tahe kane te, gokuneti no sauyaku wo buku-si te, ito kusaki ni yori nam, e taimen tamahara nu. Manoatari nara zu to mo, saru bekara m zauzi-ra ha uketamahara m.'
 to, ito ahare ni mube-mubesiku ihi haberi. Irahe ni nani to ka ha. Tada, 'Uketamahari nu' tote, tati-ide haberu ni, sau-zausiku ya oboye kem,
 'Kono ka use na m toki ni tati-yori tamahe!' to taka-yaka ni ihu wo, kiki-sugusa m mo itohosi, sibasi yasurahu beki ni, hata habera ne ba, geni sono nihohi sahe, hanayaka ni tati sohe ru mo sube naku te, nige-me wo tukahi te,
 'Sasagani no hurumahi siruki yuhu-gure ni
 hiruma suguse to ihu ga aya nasa

 Ika naru koto-tuke zo ya?'
 to, ihi mo hate zu hasiri ide haberi nuru ni, ohi te,
 'Ahu koto no yo wo si hedate nu naka nara ba
 hiruma mo nani ka mabayukara masi
'
 Sasuga ni kuti-toku nado ha haberi ki."
 to, sidu-sidu to mause ba, kimi-tati asamasi to omohi te, "Sora-goto" tote warahi tamahu.
 "Iduko no saru womna ka aru beki. Oyiraka ni oni to koso mukahi wi tara me. Mukutukeki koto!"
 to tuma-haziki wo si te, "Iha m kata nasi" to, Sikibu wo ahame nikumi te,
 "Sukosi yorosikara m koto wo mause!" to seme tamahe do,
 "Kore yori medurasiki koto ha saburahi na m ya." tote, wori.
 "Subete wotoko mo womna mo waro-mono ha, waduka ni sire ru kata no koto wo nokori naku mise tukusa m to omohe ru koso, itohosikere.
 Sam-si go-kyau, miti-mitisiki kata wo, akirakani satori akasa m koso, aigyau nakara me, nado ka ha, womna to iha m kara ni, yo ni aru koto no ohoyake watakusi ni tuke te, muge ni sira zu itara zu si mo ara m. Wazato narahi maneba ne do, sukosi mo kado ara m hito no, mimi ni mo me ni mo tomaru koto, zinen ni ohokaru besi.
 Saru mama ni ha, manna wo hasiri-kaki te, saru maziki-doti no womna-bumi ni, nakaba sugi te kaki susume taru, ana utate, kono hito no tawoyaka nara masika ba to miye tari. Kokoti ni ha sa si mo omoha zara me do, onodukara koha-gohasiki kowe ni yomi nasa re nado si tutu, kotosarabi tari. Zyau-rahu no naka ni mo, ohokaru koto zo kasi.
 Uta yomu to omohe ru hito no, yagate uta ni matuha re, wokasiki huru-koto wo mo hazime yori tori-komi tutu, susamaziki wori-wori, yomi kake taru koso, mono-monosiki koto nare. Kahesi se ne ba nasake nasi, e se zara m hito ha hasitanakara m.
 Sa'ru beki setiwe nado, Satuki-no-Seti ni isogi mawiru asita, nani no ayame mo omohi sidume rare nu ni, e nara nu ne wo hiki-kake, Kokonuka-no-En ni, madu kataki si no kokoro wo omohi megurasi te itoma naki wori ni, kiku no tuyu wo kakoti yose nado yau no, tuki-naki itonami ni ahase, sa nara de mo onodukara, geni noti ni omohe ba wokasiku mo ahare ni mo a'bekari keru koto no, sono wori ni tuki-naku, me ni tomara nu nado wo, osi-hakara zu yomi-ide taru, naka-naka kokoro okure te miyu.
 Yorodu no koto ni, nado ka ha, sate mo, to oboyuru wori-kara, toki-doki, omohi waka nu bakari no kokoro ni te ha, yosi-bami nasake-data zara m nam meyasukaru beki.
 Subete, kokoro ni sire ram koto wo mo, sira-zu-gaho ni motenasi, iha mahosikara m koto wo mo, hito-tu huta-tu no husi ha sugusu beku nam a'bekari keru."
 to ihu ni mo, Kimi ha, hito hitori no ohom-arisama wo, kokoro no uti ni omohi tuduke tamahu. Kore ni tara zu mata sasi-sugi taru koto naku monosi tamahi keru kana to, arigataki ni mo, itodo mune hutaga ru.
 Idu-kata ni yori-hatu to mo naku, hate-hate ha ayasiki koto-domo ni nari te, akasi tamahi tu.

 からうして今日は日のけしきも直れり。かくのみ籠りさぶらひたまふも、大殿の御心いとほしければ、まかでたまへり。
おほかたの気色、人のけはひも、けざやかにけ高く、乱れたるところまじらず、なほ、これこそは、かの、人々の捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ、と思すものから、あまりうるはしき御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるをさうざうしくて、中納言の君、中務などやうの、おしなべたらぬ若人どもに、戯れ言などのたまひつつ、暑さに59乱れたまへる御ありさまを、見るかひありと思ひきこえたり。
大臣も渡りたまひて、うちとけたまへれば、御几帳隔てておはしまして、御物語聞こえたまふを、「暑きに」とにがみたまへば、人々笑ふ。「あなかま」とて、脇息に寄りおはす。いとやすらかなる御ふるまひなりや。
暗くなるほどに、
「今宵、中神、内裏よりは塞がりてはべりけり」と聞こゆ。
「さかし、例は忌みたまふ方なりけり」
「二条の院にも同じ筋にて、いづくにか違へむ、いとなやましきに」
とて大殿籠れり。「いと悪しきことなり」と、これかれ聞こゆ。
「紀伊守にて親しく仕うまつる人の、中川のわたりなる60家なむ、このころ水せき入れて、涼しき蔭にはべる」と聞こゆ。
「いとよかなり。なやましきに、牛ながら引き入れつべからむ61所を」
とのたまふ。忍び忍びの御方違へ所は、あまたありぬべけれど、久しくほど経て渡りたまへるに、方塞げて、ひき違へ他ざまへと思さむは、いとほしきなるべし。紀伊守に仰せ言賜へば、承りながら、退きて、
「伊予守の朝臣の家に慎むことはべりて、女房なむまかり移れるころにて、狭き所にはべれば、なめげなることやはべらむ」
と、下に嘆くを聞きたまひて、
「その人近からむなむ、うれしかるべき。女遠き旅寝は、もの恐ろしき心地すべきを。ただその几帳のうしろに」とのたまへば、
「げに、よろしき御座所にも」とて、人走らせやる。いと忍びて、ことさらにことごとしからぬ所をと、急ぎ出でたまへば、大臣にも聞こえたまはず、御供にも睦ましき限りしておはしましぬ。
 「にはかに」とわぶれど、人も聞き入れず。寝殿の東面払ひあけさせて、かりそめの御しつらひしたり。水の心ばへなど、さる方にをかしくしなしたり。田舎家だつ柴垣して、前栽など心とめて植ゑたり。風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、螢しげく飛びまがひてをかしきほどなり。
人々、渡殿より出でたる泉にのぞきゐて、酒呑む。主人も肴求むと、こゆるぎのいそぎ62ありくほど、君はのどやかに眺めたまひて、かの、中の品に取り出でて63言ひし、この並ならむかしと思し出づ。
思ひあがれる気色に聞きおきたまへるむすめなれば、ゆかしくて耳とどめたまへるに、この西面にぞ人のけはひする。衣の音なひはらはらとして、若き声どもにくからず。さすがに忍びて、笑ひなどするけはひ、64ことさらびたり。格子を上げたりけれど、守、「心なし」とむつかりて下しつれば、灯ともしたる透影、障子の上より漏りたるに、やをら寄りたまひて、「見ゆや」と思せど、隙もなければ、しばし聞きたまふに、この近き母屋に集ひゐたるなるべし、うちささめき言ふことどもを聞きたまへば、わが御上なるべし。
「いといたうまめだちて。まだきに、やむごとなきよすが定まりたまへるこそ、さうざうしかめれ」
「されど、さるべき隈には、よくこそ、隠れ歩きたまふなれ」
など言ふにも、思すことのみ心にかかりたまへば、まづ胸つぶれて、「かやうのついでにも、人の言ひ漏らさむを、聞きつけたらむ時」などおぼえたまふ。
ことなることなければ、聞きさしたまひつ。式部卿宮の姫君に朝顔奉りたまひし歌などを、すこしほほゆがめて語るも聞こゆ。「くつろぎがましく、歌誦じがちにもあるかな、なほ見劣りはしなむかし」と思す。
守出で来て、燈籠掛け添へ、灯明くかかげなどして、御くだものばかり参れり。
 「とばり帳も、65いかにぞは。さる方の心もとなくては、めざましき饗応ならむ」とのたまへば、
「何よけむとも、えうけたまはらず」と、かしこまりてさぶらふ。端つ方の御座に、仮なるやうにて大殿籠れば、人々も静まりぬ。
主人の子ども、をかしげにてあり。童なる、殿上のほどに御覧じ馴れたるもあり。伊予介の子もあり。あまたある中に、いとけはひあてはかにて、十二、三ばかりなるもあり。
「いづれかいづれ」など問ひたまふに、
「これは、故衛門督の末の子にて、いとかなしくしはべりけるを、幼きほどに後れはべりて、姉なる人のよすがに、かくてはべるなり。才などもつきはべりぬべく、けしうははべらぬを、殿上なども思ひたまへかけながら、すがすがしうはえまじらひはべらざめる」と申す。
「あはれのことや。この姉君や、まうとの後の親」
「さなむはべる」と申すに、
「似げなき親をも、まうけたりけるかな。上にも聞こし召しおきて、『宮仕へに出だし立てむと漏らし奏せし、いかになりにけむ』と、いつぞやのたまはせし。世こそ定めなきものなれ」と、いとおよすけのたまふ。
「不意に、かくてものしはべるなり。世の中といふもの、さのみこそ。今も昔も、定まりたることはべらね。中についても、女の宿世は浮かびたるなむ、あはれにはべる」など聞こえさす。
「伊予介は、かしづくや。君と思ふらむな」
「いかがは。私の主とこそは思ひてはべるめるを、好き好きしきことと、なにがしよりはじめて、うけひきはべらずなむ」と申す。
「さりとも、まうとたちのつきづきしく今めきたらむ66に、おろしたてむやは。かの介は、いとよしありて気色ばめるをや」など、物語したまひて、
「いづかたにぞ」
「皆、下屋におろしはべりぬるを、えやまかり下りあへざらむ」と聞こゆ。
酔ひすすみて、皆人々簀子に臥しつつ、静まりぬ。
 君は、とけても寝られたまはず、いたづら臥しと思さるるに御目覚めて、この北の障子のあなたに人のけはひするを、「こなたや、かくいふ人の隠れたる方ならむ、あはれや」と御心とどめて、やをら起きて立ち聞きたまへば、ありつる子の声にて、
「ものけたまはる。いづくにおはしますぞ」
と、かれたる声のをかしきにて言へば、
「ここにぞ臥したる。客人は寝たまひぬるか。いかに近からむと思ひつるを、されど、け遠かりけり」
と言ふ。寝たりける声のしどけなき、いとよく似通ひたれば、いもうとと聞きたまひつ。
「廂にぞ大殿籠りぬる。音に聞きつる御ありさまを見たてまつりつる、げにこそめでたかりけれ」と、みそかに言ふ。
「昼ならましかば、覗きて見たてまつりてまし」
とねぶたげに言ひて、顔ひき入れつる声す。「ねたう、心とどめても問ひ聞けかし」とあぢきなく思す。
「まろは端に寝はべらむ。あなくるし」
とて、灯かかげなどすべし。女君は、ただこの障子口筋交ひたるほどにぞ臥したるべき。
「中将の君はいづくにぞ。人げ遠き心地して、もの恐ろし」
と言ふなれば、長押の下に、人々臥して答へすなり。
「下に湯におりて。『ただ今参らむ』とはべる」と言ふ。
皆静まりたるけはひなれば、掛金を試みに引きあけたまへれば、あなたよりは鎖さざりけり。几帳を障子口には立てて、灯はほの暗きに、見たまへば唐櫃だつ物どもを置きたれば、乱りがはしき中を、分け入りたまへれば、ただ一人いとささやかにて臥したり。なまわづらはしけれど、上なる衣押しやるまで、求めつる人と思へり。
「中将召しつればなむ。人知れぬ思ひの、しるしある心地して」
とのたまふを、ともかくも思ひ分かれず、物に襲はるる心地して、「や」とおびゆれど、顔に衣のさはりて、音にも立てず。
「うちつけに、深からぬ心のほどと見たまふらむ、ことわりなれど、年ごろ思ひわたる心のうちも、聞こえ知らせむとてなむ。かかるをりを待ち出でたるも、さらに浅くはあらじと、思ひなしたまへ」
 と、67いとやはらかにのたまひて、鬼神も荒だつまじきけはひなれば、はしたなく、「ここに、人」とも、えののしらず。心地はた、わびしく、68あるまじきことと思へば、あさましく、
「人違へにこそはべるめれ」と言ふも息の下なり。
消えまどへる気色、いと心苦しくらうたげなれば、をかしと見たまひて、
「違ふべくもあらぬ心のしるべを、思はずにもおぼめいたまふかな。好きがましきさまには、よに見えたてまつらじ。思ふことすこし聞こゆべきぞ」
とて、いと小さやかなれば、かき抱きて障子のもと出でたまふにぞ、求めつる中将だつ人来あひたる。
「やや」とのたまふに、あやしくて探り寄りたるにぞ、いみじく匂ひみちて、顔にもくゆりかかる心地するに、思ひ寄りぬ。あさましう、こはいかなることぞと思ひまどはるれど、聞こえむ方なし。並々の人ならばこそ、荒らかにも引きかなぐらめ、それだに人のあまた知らむは、いかがあらむ。心も騷ぎて、慕ひ来たれど、動もなくて、奥なる御座に入りたまひぬ。
障子をひきたてて、「暁に御迎へにものせよ」とのたまへば、女は、この人の思ふらむことさへ、死ぬばかりわりなきに、流るるまで汗になりて、いと悩ましげなる、いとほしけれど、例の、いづこより取う出たまふ言の葉にかあらむ、あはれ知らるばかり、情け情けしくのたまひ尽くすべかめれど、なほいとあさましきに、
「現ともおぼえずこそ。数ならぬ身ながらも、思しくたしける御心ばへのほども、いかが浅くは思うたまへざらむ。いとかやうなる際は、際とこそはべなれ」
とて、かくおし立ちたまへるを、深く情けなく憂しと思ひ入りたるさまも、げにいとほしく、心恥づかしきけはひなれば、
「その際々を、まだ知らぬ、初事ぞや。なかなか、おしなべたる列に思ひなしたまへるなむうたてありける。おのづから聞きたまふやうもあらむ。あながちなる好き心は、さらにならはぬを。さるべきにや、げに、かくあはめられたてまつるも、ことわりなる心まどひを、みづからもあやしきまでなむ」
など、まめだちてよろづにのたまへど、いとたぐひなき御ありさまの、いよいようちとけきこえむことわびしければ、すくよかに心づきなしとは見えたてまつるとも、さる方の言ふかひなきにて過ぐしてむと思ひて、つれなくのみもてなしたり。人柄のたをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の心地して、さすがに折るべくもあらず。
まことに心やましくて、あながちなる御心ばへを、言ふ方なしと思ひて、69泣くさまなど、いとあはれなり。心苦しくはあれど、見ざらましかば口惜しからまし、と思す。慰めがたく憂し、と思へれば、
「など、かく疎ましきものにしも思すべき。おぼえなきさまなるしもこそ、契りあるとは思ひたまはめ。むげに世を思ひ知らぬやうに、おぼほれたまふなむ、いとつらき」と恨みられて、
「いとかく憂き身のほどの定まらぬ、ありしながらの身にて、70かかる御心ばへを見ましかば、あるまじき我頼みにて、見直したまふ後瀬をも71思ひたまへ慰めましを、いとかう仮なる浮き寝のほどを思ひはべるに、たぐひなく思うたまへ惑はるるなり。よし、今は見きとなかけそ」
72 とて、思へるさま、げにいとことわりなり。おろかならず契り慰めたまふこと多かるべし。
鶏も鳴きぬ。人々起き出でて、
「いといぎたなかりける夜かな」
「御車ひき出でよ」
など言ふなり。守も出で来て、
「女などの御方違へこそ。夜深く急がせたまふべきかは」
など言ふもあり。
君は、またかやうのついであらむこともいとかたく、さしはへてはいかでか、御文なども通はむことのいとわりなきを思すに、いと胸いたし。奥の中将も出でて、いと苦しがれば、許したまひても、また引きとどめたまひつつ、
「いかでか、聞こゆべき。世に知らぬ御心のつらさも、あはれも、浅からぬ世の思ひ出では、さまざまめづらかなるべき例かな」
とて、うち泣きたまふ気色、いとなまめきたり。
鶏もしばしば鳴くに、心あわたたしくて、
「つれなきを恨みも果てぬしののめに
とりあへぬまでおどろかすらむ」
女、身のありさまを思ふに、いとつきなくまばゆき心地して、めでたき御もてなしも、何ともおぼえず、常はいとすくすくしく心づきなしと思ひあなづる伊予の方の思ひやられて、夢にや見ゆらむと、そら恐ろしくつつまし。
「身の憂さを嘆くにあかで明くる夜は
とり重ねてぞ音もなかれける」
ことと明くなれば、障子口まで送りたまふ。内も外も人騒がしければ、引き立てて、別れたまふほど、心細く、「隔つる関」73と見えたり。
御直衣など着たまひて、南の高欄にしばしうち眺めたまふ。西面の格子そそき上げて、人々覗くべかめる。簀子の中のほどに立てたる小障子の上より仄かに見えたまへる御ありさまを、身にしむばかり思へる好き心どもあめり。
月は有明にて、光をさまれるものから、かげ74けざやかに見えて、なかなかをかしき曙なり。何心なき空のけしきも、ただ見る人から、艶にもすごくも見ゆるなりけり。人知れぬ御心には、いと胸いたく、言伝てやらむよすがだになきをと、かへりみがちにて出でたまひぬ。
殿に帰りたまひても、とみにもまどろまれたまはず。またあひ見るべき方なきを、まして、かの人の思ふらむ心の中、いかならむと、心苦しく思ひやりたまふ。「すぐれたることはなけれど、めやすくもてつけてもありつる中の品かな。隈なく見集めたる人の言ひしことは、げに」と思しあはせられけり。
このほどは大殿にのみおはします。なほ、いとかき絶えて、思ふらむことのいとほしく御心にかかりて、苦しく思しわびて、紀伊守を召したり。
「かの、ありし中納言の子は、得させてむや。らうたげに見えしを。身近く使ふ人にせむ。上にも我奉らむ」とのたまへば、
「いとかしこき仰せ言にはべるなり。姉なる人にのたまひみむ」
と申すも、胸つぶれて思せど、
「その姉君は、朝臣の弟や持たる」
「さもはべらず。この二年ばかりぞ、かくてものしはべれど、親のおきてに違へりと思ひ嘆きて、心ゆかぬやうになむ、聞きたまふる」
「あはれのことや。よろしく聞こえし人ぞかし。まことによしや」とのたまへば、
「けしうははべらざるべし。もて離れてうとうとしくはべれば、世のたとひにて、睦びはべらず」と申す。
 さて、五六日ありて、この子率て参れり。こまやかにをかしとはなけれど、なまめきたるさまして、あて人と見えたり。召し入れて、いとなつかしく語らひたまふ。童心地に、いとめでたくうれしと思ふ。いもうとの君のことも詳しく問ひたまふ。さるべきことは答へ聞こえなどして、恥づかしげにしづまりたれば、うち出でにくし。されど、いとよく言ひ知らせたまふ。
かかることこそはと、ほの心得るも、思ひの外なれど、幼な心地に深くしもたどらず。御文を持て来たれば、女、あさましきに涙も出で来ぬ。この子の思ふらむこともはしたなくて、さすがに、御文を面隠しに広げたり。いと多くて、
「見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに
目さへあはでぞころも経にける
 寝る夜なければ」
75 など、目も及ばぬ御書きざまも、霧り塞がりて、心得ぬ宿世うち添へりける身を76思ひ続けて臥したまへり77。
またの日、小君召したれば、参るとて御返り乞ふ。
「かかる御文見るべき人もなし、と聞こえよ」
とのたまへば、うち笑みて、
「違ふべくものたまはざりしものを。いかが、さは申さむ」
と言ふに、心やましく、残りなくのたまはせ、知らせてけると思ふに、つらきこと限りなし。
「いで、およすけたることは言はぬぞよき。さは、な参りたまひそ」とむつかられ78て、
「召すには、いかでか」とて、参りぬ。
紀伊守、好き心にこの継母のありさまをあたらしきものに思ひて、追従しありけば、この子をもてかしづきて、率てありく。
君、召し寄せて、
「昨日待ち暮らししを。なほあひ思ふまじきなめり」
と怨じたまへば、顔うち赤めてゐたり。
「いづら」とのたまふに、しかしかと申すに、
「言ふかひなのことや。あさまし」とて、またも賜へり。
「あこは知らじな。その伊予の翁よりは、先に見し人ぞ。されど、頼もしげなく頚細しとて、ふつつかなる後見まうけて、かく侮りたまふなめり。さりとも、あこはわが子にてをあれよ。この頼もし人は、行く先短かりなむ」
とのたまへば、「さもやありけむ、いみじかりけることかな」と思へる、「をかし」と思す。
この子をまつはしたまひて、内裏にも率て参りなどしたまふ。わが御匣殿にのたまひて、装束などもせさせ、まことに親めきてあつかひたまふ。
御文は常にあり。されど、この子もいと幼し、心よりほかに散りもせば、軽々しき名さへとり添へむ、身のおぼえをいとつきなかるべく思へば、めでたきこともわが身からこそと思ひて、うちとけたる御答へも聞こえず。ほのかなりし御けはひありさまは、「げに、なべてにやは」と、思ひ出できこえぬにはあらねど、「をかしきさまを見えたてまつりても、何にかはなるべき」など、思ひ返すなりけり。
君は思しおこたる時の間もなく、心苦しくも恋しくも思し出づ。思へりし気色などのいとほしさも、晴るけむ方なく思しわたる。軽々しく這ひ紛れ立ち寄りたまはむも、人目しげからむ所に、便なきふるまひやあらはれ79むと、人のためもいとほしく、と思しわづらふ。
例の、内裏に日数経たまふころ、さるべき方の忌み待ち出でたまふ。にはかにまかでたまふまねして、道のほどよりおはしましたり。
紀伊守おどろきて、遣水の面目とかしこまり喜ぶ。小君には、昼より、「かくなむ思ひよれる」とのたまひ契れり。明け暮れまつはし馴らしたまひければ、今宵もまづ召し出でたり。
女も、さる御消息ありけるに、思したばかりつらむほどは、浅くしも思ひなされねど、さりとて、うちとけ、人げなきありさまを見えたてまつりても、あぢきなく、夢のやうにて過ぎにし嘆きを、またや加へむ、と思ひ乱れて、なほさて待ちつけきこえさせ80むことのまばゆければ、小君が出でて去ぬるほどに、
「いとけ近ければ、かたはらいたし。なやましければ、忍びてうち叩かせなどせむに、ほど離れてを」
とて、渡殿に、中将といひしが局したる隠れに、移ろひぬ。
さる心して、人とく静めて、御消息あれど、小君は尋ねあはず。よろづの所求め歩きて、渡殿に分け入りて、からうしてたどり来たり。いとあさましくつらし、と思ひて、
「いかにかひなしと思さむ」と、泣きぬばかり言へば、
「かく、けしからぬ心ばへ81は、つかふものか。幼き人のかかること言ひ伝ふるは、いみじく忌むなるものを」と言ひおどして、「『心地なやましければ、人々避けずおさへさせてなむ』と聞こえさせよ。あやしと誰も誰も見るらむ」
と言ひ放ちて、心の中には、「いと、かく品定まりぬる身のおぼえならで、過ぎにし親の御けはひとまれるふるさとながら、たまさかにも待ちつけたてまつらば、をかしうもやあらまし。しひて思ひ知らぬ顔に見消つも、いかにほど知らぬやうに思すらむ」と、心ながらも、胸いたく、さすがに思ひ乱る。「とてもかくても、今は言ふかひなき宿世なりければ、無人に心づきなくて止みなむ」と思ひ果てたり。
君は、いかにたばかりなさむと、まだ幼きをうしろめたく待ち臥したまへるに、不用なるよしを聞こゆれば、あさましくめづらかなりける心のほどを、「身もいと恥づかしくこそなりぬれ」と、いといとほしき御気色なり。とばかりものものたまはず、いたくうめきて、憂しと思したり。
「帚木の心を知らで園原の
道にあやなく惑ひぬるかな
聞こえむ方こそなけれ」
とのたまへり。女も、さすがに、まどろまざりければ、
「数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さに
あるにもあらず消ゆる帚木」
と聞こえたり。
小君、いといとほしさに眠たくもあらでまどひ歩くを、人あやしと見るらむ、とわびたまふ。
例の、人々はいぎたなきに、一所すずろにすさまじく思し続けらるれど、人に似ぬ心ざまの、なほ消えず立ち上れりける、とねたく、かかるにつけてこそ心もとまれと、かつは思しながら、めざましくつらければ、さばれと思せども、さも思し果つまじく、
「隠れたらむ所に、なほ率て行け」とのたまへど、
「いとむつかしげにさし籠められて、人あまたはべるめれば、かしこげに」
と聞こゆ。いとほしと思へり。
「よし、あこだに、な捨てそ」
とのたまひて、御かたはらに臥せたまへり。若くなつかしき御ありさまを、うれしくめでたしと思ひたれば、つれなき人よりは、なかなかあはれに思さるとぞ。

 やっと今日は天気も好くなった。こうしてばかり籠っていらっしゃるのも、大殿のお気持ちが気の毒なので、退出なさった。
邸内の有様や、姫君の様子も、端麗で気高く、くずれたところがなく、やはり、この女君は、あの、人々が捨て置き難く取り上げた実直な妻として信頼できるだろう、とお思いになる一方では、度を過ぎて端麗なご様子で、打ち解けにくく気づまりな感じにとり澄ましていらっしゃるのが物足りなくて、中納言の君や中務といった、人並み優れている若い女房たちに、冗談などをおっしゃりおっしゃりして、暑さにお召し物もくつろげていらっしゃるお姿を、素晴らしく美しい、と思い申し上げている。
大臣もお渡りになって、くつろいでいらっしゃるので、御几帳を間に立ててお座りになって、お話を申し上げなさるのを、「暑いのに」と苦い顔をなさるので、女房たちは笑う。「お静かに」と制して、脇息に寄り掛かっていらっしゃる。いかにも大君らしい鷹揚なお振る舞いであるよ。
暗くなるころに、
「今宵は、天一神が、内裏からこちらの方角へは方塞がりになっております」と申し上げる。
「そうですわ。普通は、お避けになる方角ですわ」
「二条院も同じ方角であるし、どこに方違えをしようか。とても気分が悪いのに」
と言って横になっていらっしゃる。「大変に具合悪いことである」と誰彼となく申し上げる。
「紀伊守で、親しくお仕えいたしております者が、中川の辺りにある家に、最近水を引き入れて、涼しい木蔭がございます」と申し上げる。
「とても良い考えである。気分が悪いから、牛車のままで入って行かれる所を」
とおっしゃる。内密の方違えのお邸は、たくさんあるに違いないのであるが、長いご無沙汰の後にいらっしゃったのに、方角が悪いからといって、期待を裏切って他へ行ったとお思いになるのは、気の毒だと思われたのであろう。紀伊守に御用を言い付けると、お引き受けは致したものの、引き下がって、
「伊予守の朝臣の家に、慎み事がございまして、女房たちが来ている時なので、狭い家でございますので、失礼に当たる事がありはしないか」
と、心中に困惑しているのをお聞きになって、
「そうした人が近くにいるのが嬉しいのだ。女気のない旅寝は、何となく不気味な心地がするから。すぐ、その几帳の後ろに」とおっしゃるので、
「なるほど、適当なご座所で」と言って、使いの者を走らせる。とてもこっそりと、格別に大げさでない所をと、急いでお出になるので、大臣にもご挨拶なさらず、お供にも親しい者ばかり連れておいでになった。
 「あまりに急なことで」と迷惑がるが、誰も聞き入れない。寝殿の東面をきれいに片づけさせて、急拵えのご座所を設けた。遣水の趣向などは、それなりに趣深く作ってある。田舎家風の柴垣を廻らして、前栽など気を配って植えてある。風が涼しくて、どこからともない微かな虫の声々が聞こえ、螢がたくさん飛び交って、趣のある有様である。
人々は渡殿から湧き出ている泉に臨んで座って、酒を飲む。主人もご馳走の準備に走り回っている間、君はゆったりとお眺めになって、あの、中の品の例に挙げていたのは、きっとこういう家の女性なのだろう、とお思い出しになる。
高い望みをもっていたようにお耳になさっていた娘なので、関心を持って耳を澄ましていらっしゃると、この西面に人のいる様子がする。衣ずれの音がさらさらとして、若い女の声々が愛らしい。そうは言っても小声で、笑ったりなどする様子は、わざとらしい。格子を上げてあるが、守が、「不用意な」と小言を言って下ろしてしまったので、火を燈している明りが、襖障子の上から漏れているので、そっとお近寄りになって、「見えるだろうか」とお思いになるが、隙間もないので、少しの間お聞きになっていると、この近い母屋の方に集っているのであろう、ひそひそ話している内容をお聞きになると、ご自分の噂話のようである。
「とてもたいそう真面目ぶって。まだお若いのに、高貴な北の方が定まっていらっしゃるとは、なんとつまらないのでしょう」
「でも、人の知らない所では、ずいぶんよく、隠れて通っていらっしゃるということですよ」
などと噂しているのにつけ、胸の内にあることばかりが気にかかっていらっしゃるので、まっさきにどきりとして、「このような噂話の折にも、人が言い洩らすようなことを、聞きつけるような事が起こったら」などとご心配なさる。
別段のこともないので、途中まで聞いてお止めになった。式部卿宮の姫君に、朝顔の花を差し上げなさった時の和歌などを、少し文句を違えて語るのが聞こえる。「ゆったりと和歌を口にすることよ、やはり見劣りすることだろう」とお思いになる。
守が出て来て、燈籠を掛け添え、灯火を明るく掻き立てたりして、お菓子程度を差し上げた。
「帷帳の準備も、いかがなっておるか。そうした方面の趣向もなくては、興醒めなもてなしであろう」とおっしゃると、
「はて、何がお気に召しますやら、わかりませんので」と、恐縮して控えている。端の方のご座所に、うたた寝といったふうに横におなりになると、人々も静かになった。
主人の子供たちが、かわいらしい様子でいる。その子供で、童殿上している間に見慣れていらっしゃっるのもいる。伊予介の子もいる。大勢いる中で、とても感じが上品で、十二、三歳くらいになるのもいる。
「どの子が誰の子か」などと、お尋ねになると、
「この子は、故衛門督の末の子で、大変にかわいがっておりましたが、まだ幼いうちに先立たれまして、姉につながる縁で、こうしてここにいるわけでございます。学問などもできそうで、悪くはありませんが、童殿上なども考えておりますが、すらすらとはできませんようです」と申し上げると、
「気の毒なことだ。この子の姉君が、そなたの継母か」
「さようでございます」と申し上げると、
「年に似合わない継母を、持ったことだなあ。主上におかれてもお耳にお忘れにならず、『宮仕えに差し上げると、ちらと奏上したことは、その後どうなったのか』と、いつであったか仰せられた。人の世とは無常なものだ」と、とても大人びておっしゃる。
「思いがけず、こうしているのでございます。男女の仲と言うものは、所詮、そのようなものばかりで。今も昔も、どうなるか分からないものでございます。中でも、女の運命は定めないのが、哀れでございます」などと、申し上げるのを途中で止める。
「伊予介は、大事にしているか。主君と思っているだろうな」
「どう致しまして。内々の主君として世話しておりますようで。好色がましいことだと、わたくしめをはじめとして、納得できないほどでございます」などと申し上げる。
「そうは言っても、そなたたちのような相応しく当世風の人に、譲るであろうか。あの介は、なかなか風流心があって、気取っているからな」などと、お話なさって、
「で、どこに」
「皆、下屋に下がらせましたが。まだ下がりきらないでいるかも知れません」と申し上げる。
酔いが回って、供人は皆、簀子に臥せって静かになった。
 君は、気を落ち着けてお寝みになれず、空しい一人寝だと思われるとお目も覚めて、この北の襖障子の向こう側に人のいる様子がするので、「ここが、話に出た女が隠れている所であろうか、どんなであろうか」とご関心をもって、静かに起き上がって立ち聞きなさると、先程の子供の声で、
「もしもし。どこにいらっしゃいますか」
と、かすれた声で、かわいらしく言うと、
「ここに寝ています。お客様はお寝みになりましたか。どんなにお近かろうかと心配していましたが、でも、遠そうだわね」
と言う。寝ていた声で取り繕わないのが、とてもよく似ていたので、姉だなとお聞きになった。
「廂の間にお寝みになりました。噂に聞いていたお姿を拝見いたしましたが、噂通りにご立派でした」と、ひそひそ声で言う。
「昼間であったら、覗いて拝見できたのにね」
と眠そうに言って、顔を引き入れた声がする。「惜しいな、気を入れてもっと聞いてくれたら」と残念にお思いになる。
「わたしは、端に寝ましょう。ああ、疲れた」
と言って、灯心を引き出したりしているのであろう。女君は、ちょうどこの襖障子口の斜め向こう側に臥しているのであろう。
「中将の君はどこですか。誰もいないようで、何となく恐い」
と言うらしい、すると、長押の下の方で、女房たちは臥したまま答えているようである。
「下屋に、お湯を使いに下りていますが。『すぐに参ります』とのことでございます」と言う。
皆寝静まった様子なので、掛金を試しに開けて御覧になると、向こう側からは鎖してないのであった。几帳を襖障子口に立てて、灯火はほの暗いが、御覧になると唐櫃のような物どもを置いてあるので、ごたごたした中を、掻き分けて入ってお行きになると、ただ一人だけでとても小柄な感じで臥せっていた。何となく煩わしく感じるが、上に掛けてある衣を押しのけるまで、呼んでいた女房だと思っていた。
「中将をお呼びでしたので。人知れずお慕いしておりました、その甲斐があった気がしまして」
とおっしゃるのを、すぐには誰とも分からず、魔物にでも襲われたような気がして、「きゃっ」と脅えたが、顔に衣が触れて、声にもならない。
「突然のことで、一時の戯れ心とお思いになるのも、ごもっともですが、長年、恋い慕っていました気持ちを、聞いていただきたいと思って。このような機会を待ち受けていたのも、決していい加減な気持ちからではないと、お思いになって下さい」
と、とても優しくおっしゃって、鬼神も手荒なことはできないような態度なので、ぶしつけに「ここに、変な人が」とも、大声が出せない。気分は辛く、あってはならない事だと思うと、情けなくなって、
「お人違いでございましょう」と言うのもやっとである。
消え入らんばかりにとり乱した様子は、まことにいたいたしく可憐なので、いい女だと御覧になって、
「間違えるはずもない真心を、理解しても下さらずはぐらかしなさいますね。好色めいた振る舞いは、決して致しません。気持ちを少し申し上げたいのです」
と言って、とても小柄なので、抱き上げて襖障子からお出になる時、探していた中将らしい女房が来合わせた。
「これ、これ」とおっしゃると、不思議に思って手探りして行くと、大変に薫物の香があたり一面に匂っていて、顔にまで匂いかかって来るような感じがするので、気がついた。意外なことで、これはどうしたことかと、おろおろしないではいられないが、何とも申し上げようもない。普通の男ならば、手荒に引き放すこともできようが、それでさえ大勢の人が知ったらどうであろうか。胸がどきどきして、後からついて来たが、平然として、奥のご座所にお入りになった。
襖障子を引き閉てて、「明朝、お迎えに参られよ」とおっしゃると、女は、この女房がどう思うかまでが、死ぬほど耐えられないので、汗びっしょりになって、とても悩ましい様子でいる、気の毒であるが、例によって、どこから出てくる言葉であろうか、愛情がわかるほどに、優しく優しく、言葉を尽くしておっしゃるようだが、依然として、まことに情けないので、
「真実のこととは思われません。しがない身の上ですが、お貶みなさったお気持ちのほどを、どうして浅い気持ちと存じ上げずにいられましょうか。まことに、このような身分の女には、それなりの生き方がございます」
と言って、このように無体なことをなさっているのを、深く思いやりがなく嫌なことだと思い込んでいる様子も、なるほど気の毒で、気後れがするほど立派な態度なので、
「おっしゃる身分身分の違いを、まだ知りません、初めての事です。かえって、普通の人と同じように思っていらっしゃるのが残念です。自然とお聞きになっているようなこともありましょう。むやみな好色心は、まったく持ち合わせておりませんものを。前世からの因縁でしょうか、本当に、このように軽蔑され申すのも、当然な惑乱を、自分でも不思議なほどで」
などと、真面目になっていろいろとおっしゃるが、まことに類ないご立派さで、ますます打ち解け申し上げることが辛く思われるので、無愛想な気にくわない女だとお見受け申されようとも、そうしたつまらない女として押し通そうと思って、ただそっけなく身を処していた。人柄がおとなしい性質なうえに、無理に気強く張りつめているので、しなやかな竹のような感じがして、さすがに手折れそうにもない。
本当に辛く嫌なので、無理無体なお気持ちを、何とも言いようがないと思って、泣いている様子など、まことに哀れである。気の毒ではあるが、逢わなかったら心残りであろう、とお思いになる。気持ちの晴らしようもなく、情けないと思っているので、
「どうして、こうお嫌いになるのですか。思いがけない逢瀬こそ、前世からの因縁だとお思いなさい。むやみに男女の仲を知らない者のように、泣いていらっしゃるのが、とても辛い」と、恨み言をいわれて、
「とてもこのような情けない身の運命が定まらない、昔のままのわが身で、このようなお気持ちを頂戴したのならば、とんでもない身勝手な希望ですが、愛していただける時もあろううかと存じて慰めることもできましょうに。とてもこのような、一時の仮寝のことを思いますと、どうしようもなく心惑いされてならないのです。たとえ、こうとなりましても、逢ったと言わないで下さいまし」
と言って、悲しんでいる様子は、まことに道理である。並々ならず行く末を約束し慰めなさる言葉は、きっと多いことであろう。
鶏も鳴いた。人々が起き出して、
「ひどく、寝過ごしてしまった」
「お車を引き出せ」
などと言っているようだ。守も起き出して来て、
「女性などの方違えならばともかく。暗いうちからお急きあそばさずとも」
などと言っているのも聞こえる。
君は、再びこのような機会があろうこともとても難しいし、わざわざとは、どうしてできようか、お手紙などもを通わすことはとても無理なことをお思いになると、ひどく胸が痛む。奥の中将の君も出て来て、とても困っているので、お放しになっても、再びお引き留めになっては、
「どのようにして、お便りを差し上げられようか。何とも言いようのない、お気持ちの冷たさといい、慕わしさといい、深く刻みこまれた思い出は、いろいろと珍しいことであったね」
と言って、お泣きになる様子は、とても優美である。鶏もしきりに鳴くので、気もせかされて、
「あなたの冷たい態度に恨み言を十分に言わないうちに夜もしらみかけ
鶏までがあわただしく鳴いてわたしを起こそうとするのでしょうか」
女は、わが身の上を思うと、まことに不似合いで眩しい気持ちがして、素晴らしいお持てなしも、何とも感じぜず、平生はとても生真面目過ぎて嫌な男だと侮っている伊予国の方角が思いやられて、夢に現われやしないかと思うと、何となく恐ろしくて気がひける。
「わが身の辛さを嘆いても嘆き足りないうちに明ける夜は
鶏の鳴く音に併せて、わたしも泣かれてなりません」
ずんずんと明るくなるので、襖障子口までお送りになる。邸の内も外も騒がしいので、引き閉てて、お別れになる時、心細い気がして、「隔てる関」のように思われた。
御直衣などをお召しになって、南面の高欄で少しの間眺めていらっしゃる。西面の格子を忙しく上げて、女房たちが覗き見しているようである。簀子の中央に立ててある小障子の上から、わずかにお見えになるお姿を、身に感じ入っている好色な女もいるようである。
月は有明で、光を押さえた明るさだが、輪郭ははっきりと見えて、かえって趣のある曙の空である。無心なはずの空の様子も、ただ、見る人によって美しくもぞっとするようにも見えるのであった。人に言われぬお心には、とても胸痛く、文を通わす手立てさえないのをと、後髪引かれる思いでお出になった。
お邸にお帰りになっても、すぐにもお寝みになれない。再び逢える手立てのないのが、自分以上に、あの、女が悩んでいるであろう心の中は、どんなであろうかと、気の毒にご想像なさる。「特に優れた所はないが、見苦しくなく身嗜みもとりつくろっていた中の品であったな。何でもよく知っている人の言ったことは、なるほどであった」とうなずかれるのであった。
最近は、大殿邸にばかりいらっしゃる。やはり、すっかりあれきりなので、思い悩んでいるであろうことが、気の毒にお心にかかって、心苦しく思い悩みなさって、紀伊守をお召しになる。
「あの、先日の故中納言の子は、下さらないか。かわいらしげに見えたが。身近に使う者としたい。主上にも、わたしが差し上げたい」とおっしゃると、
「とても恐れ多いお言葉でございます。姉に当たる人に仰せ言を伝えてみましょう」
と、申し上げるにつけても、どきりとなさるが、
「その姉君は、そなたの弟をお持ちか」
「いえ、おりません。この二年ほどは、こうして暮らしておりますが、父親の意向と違ったと嘆いて、気も進まないでいるように、聞いております」
「気の毒なことよ。まあまあの評判の人だった。本当に、器量が良いか」
「悪くはございませんでしょう。離れて疎遠に致しておりますので、世間の言い草のとおり、親しくしておりません」と申し上げる。
 そうして、五六日が過ぎて、この子を連れて参った。きめこまやかに美しいというのではないが、優美な姿をしていて、貴人と見えた。招き寄せて、とても親しくお話をなさる。子供心に、とても素晴らしく嬉しく思う。姉君のことも詳しくお尋ねになる。答えられることはお答え申し上げなどして、こちらが恥ずかしくなるほどきちんとかしこまっているので、ちょっと言い出しにくい。けれど、とても上手にお話なさる。
このようなことであったかと、ぼんやりと分かるのも、意外なことではあるが、子供心に深くも考えない。お手紙を持って来たので、女は、あまりのことに涙が出てしまった。弟がどう思っていることだろうかと気恥ずかしくて、そうは言っても、お手紙で顔を隠すように広げた。とてもたくさん書き連ねてあって、
「夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに
目までが合わさらないで眠れない夜を幾日も送っています
寝れる夜がないので」
などと、見たこともないほどの、素晴らしいご筆跡も、目も涙に曇って、不本意な運命がさらにつきまとう身の上を思い続けて臥せってしまわれた。
翌日、小君をお召しになっていたので、参上しますと言って、お返事を催促する。
「このようなお手紙を見るような人はいません、と申し上げなさい」
とおっしゃると、にこっと微笑んで、
「間違うはずなくおっしゃったのに。どうして、そのように申し上げられましょうか」
と言うので、小癪に思い、すっかりおっしゃられ、知らせてしまったのだ、と思うと、辛く思われること、この上ない。
「いいえ、ませた口をきくものではありませんよ。それなら、もう参上してはいけません」と不機嫌になられたが、
「お召しになるのに、どうして」と言って、参上した。
紀伊守は、好色心をもってこの継母の様子をもったいない人と思って、何かとおもねっていたので、この子をも大切にして、連れて歩く。
君は、お召しになって、
「昨日一日中待っていたのに。やはり、わたしほどには思ってくれないようだね」
とお恨みになると、顔を赤らめて畏まっている。
「どこに」とおっしゃると、「これこれしかじかです」と申し上げるので、
「だめだね。呆れた」と言って、またもお与えになった。
「おまえは知らないのだね。あの伊予の老人よりは、先に関係していたのだよ。けれど、頼りなく弱々しいといって、不恰好な夫をもって、このように馬鹿になさるらしい。そうであっても、おまえはわたしの子でいてくれよ。あの頼りにしている人は、老い先短いですからね」
とおっしゃると、「そうであったのかも知れない。大変なことだな」と思っている。「かわいいい」とお思いになる。
この子を連れて歩きなさって、内裏にも連れて参上などなさる。ご自分の御匣殿にお命じになって、装束なども調達させ、本当の親のように面倒見なさる。
お手紙はいつもある。けれど、この子もとても幼く、うっかり落としでもしたら、軽々しい浮名まで背負い込み、風評も相応しくなく思うと、幸せも自分の身に合ってこそと思って、心を許したお返事も申し上げない。ほのかに拝見したご様子や態度は、「本当に、並々の人ではなく素晴らしかった」と、お思い出し申さずにはいられないが、「お気持ちにお応え申しても、今さら何になることだろうか」などと、思い返すのであった。
君は、お忘れになる時の間もなく、心苦しくも恋しくもお思い出しになる。悩んでいた様子などのいじらしさも、払い除けようもなく思い続けていらっしゃる。軽々しくひそかに隠れてお立ち寄りなさるのも、人目の多い所で、不都合な振る舞いを見せはしまいかと、相手にも気の毒である、とお困りになる。
例によって、内裏に何日もいらっしゃるころ、都合のよい方違えの日をお待ちになる。急に退出なさるふりをして、途中からお越しになった。
紀伊守は驚いて、先日の遣水を光栄に思い、恐縮しお礼申し上げる。小君に、昼から、「こうしようと思っている」とお約束なさっていた。朝に夕に連れ従えていらっしゃったので、今宵も、まっさきにお召しになっている。
女も、そのようなお手紙があったので、人目をごまかしなさるお気持ちのほどは、浅いものとは思われないが、そうだからといって、気を許して、みっともない様をお見せ申すのも、つまらなく、夢のようにして過ぎてしまった嘆きを、さらにまた味わおうとするのかと、思い乱れて、やはりこうしてお待ち受け申し上げることが気恥ずかしいので、小君が出て行った後で、
「とても近いので、気が引けます。気分が悪いので、こっそりと肩腰を叩かせたりしたいので、少し離れた所で」
と言って、渡殿に、中将といったのが部屋を持っている隠れ処に、移って行った。
そのつもりで、供人たちを早く寝かせて、お便りなさるが、小君は尋ね当てられない。すべての場所を探し歩いて、渡殿に入りこんで、やっとのことで探し当てた。ほんとうにあんまりなひどい、と思って、
「どんなにか、役立たずな者と、お思いでしょう」と、泣きそうに言うと、
「このような、不埒な考えは、持っていいものですか。子供がこのような事を取り次ぐのは、ひどく悪いことと言うのに」ときつく言って、「『気分がすぐれないので、女房たちを側に置いて揉ませております』とお伝え申し上げなさい。変だと皆が思うでしょう」
とつっぱねたが、心中では、「ほんとうに、このように身分の定まってしまった身の上でなく、亡くなった親の御面影のある邸にいたままで、たまさかにでもお待ち申し上げるならば、喜んでそうしたいところであるが。無理にお気持ちを分からないふうを装って無視したのも、どんなにか身の程知らぬ者のようにお思いになるだろう」と、心に決めたものの、胸が痛くて、やはり心が乱れる。「どっちみち、今はどうにもならない運命なのだから、非常識な気にくわない女で、押しとおそう」と思い諦めた。
君は、どのように手筈を調えるかと、まだ小さいので不安に思いながら横になって待っていらっしゃると、だめである旨を申し上げるので、意外にも珍しく強情なために、「わが身までがまことに恥ずかしくなってしまった」と、とても気の毒なご様子である。しばらくは何もおっしゃらず、ひどく嘆息なさって、辛いとお思いになった。
「近づけば消えるという帚木のような、あなたの心も知らないで
園原への道に、空しく迷ったことです
申し上げるすべもありません」
と詠んで贈られた。女も、やはり、まどろむこともできなかったので、
「しがない境遇に生きるわたしですから
帚木のようにあなたの前から姿を消すのです」
とお答え申し上げた。
小君が、とてもお気の毒に思って眠けを忘れてうろうろと行き来するのを、女房たちが不思議に思うだろう、と心配なさる。
例によって、供人たちは眠りこけているが、お一方はぼうっと白けた感じで思い続けていらっしゃるが、他の女と違った気の強さが、やはり消えるどころかはっきり現れている、と悔しく、こういう女であったから心惹かれたのだと、一方ではお思いになるものの、癪にさわり情けないので、ええいどうともなれとお思いになるが、そうともお諦めきれず、
「隠れている所に、それでも連れて行け」とおっしゃるが、
「とてもむさ苦しい所に籠もっていて、女房が大勢いますようなので。恐れ多くて」
と申し上げる。気の毒にと思っていた。
「それでは、おまえだけは、わたしを裏切るでないぞ」
とおっしゃって、お側に寝かせなさった。お若く優しいご様子を、嬉しく素晴らしいと思っているので、あの薄情な女よりも、かえってかわいく思われなさったというそうである。

 3 Tale of Utsusemi [3-1 One fine day]
 Karausite kehu ha hi no kesiki mo nahore ri. Kaku nomi komori saburahi tamahu mo, Ohoi-dono no mi-kokoro itohosikere ba, makade tamahe ri.
 Ohokata no kesiki, hito no kehahi mo, kezayaka ni kedakaku, midare taru tokoro mazira zu, naho, kore koso ha, kano, hito-bito no sute gataku tori ide si mame-bito ni ha tanoma re nu bekere, to obosu mono-kara, amari uruhasiki ohom-arisama no, toke gataku hadukasi-ge ni omohi sidumari tamahe ru wo sau-zausiku te, Tiunagon-no-Kimi, Nakatukasa nado yau no, osinabe tara nu waka-udo-domo ni, tahabure-goto nado notamahi tutu, atusa ni midare tamahe ru ohom-arisama wo, miru kahi ari to omohi kikoye tari.
 Otodo mo watari tamahi te, uti-toke tamahe re ba, mi-kityau hedate te ohasimasi te, ohom-monogatari kikoye tamahu wo, "Atuki ni" to nigami tamahe ba, hito-bito warahu. "Ana-kama!" tote, kehusoku ni yori ohasu. Ito yasuraka naru ohom-hurumahi nari ya!
 Kuraku naru hodo ni,
 "Koyohi, Naka-Gami, Uti yori ha hutagari te haberi keri." to kikoyu.
 "Sakasi, rei ha imi tamahu kata nari keri."
 "Nideu-no-Win ni mo onazi onazi sudi ni te, iduku ni ka tagahe m, ito nayamasiki ni."
 tote ohotono-gomore ri. "Ito asiki koto nari." to, kore kare kikoyu.
 "Kii-no-Kami ni te sitasiku tukau-maturu hito no, Naka-gaha no watari naru ihe nam, kono-koro midu seki ire te, suzusiki kage ni haberu." to kikoyu.
 "Ito yoka nari. Nayamasiki ni, usi nagara hiki-ire tu bekara m tokoro wo."
 to notamahu. Sinobi sinobi no ohom-kata-tagahe dokoro ha, amata ari nu bekere do, hisasiku hodo he te watari tamahe ru ni, kata hutage te, hiki-tagahe hoka-zama he to obosa m ha, itohosiki naru besi. Kii-no-Kami ni ohose-goto tamahe ba, uketamahari nagara, sirizoki te,
 "Iyo-no-Kami no Asom no ihe ni tutusimu koto haberi te, nyoubau nam makari uture ru koro ni te, sebaki tokoro ni habere ba, name-ge naru koto ya habera m."
 to, sita ni nageku wo kiki tamahi te,
 "Sono hito tikakara m nam, uresikaru beki. Womna tohoki tabi-ne ha, mono-osorosiki kokoti su beki wo! Tada sono kityau no usiro ni." to notamahe ba,
 "Geni, yorosiki o-masi-dokoro ni mo" tote, hito hasirase yaru. Ito sinobi te, kotosara ni koto-gotosikara nu tokoro wo to, isogi ide tamahe ba, Otodo ni mo kikoye tamaha zu, ohom-tomo ni mo mutumasiki kagiri si te ohasimasi nu.

 [3-2 Genji goes to Kii-no-Kami's villa]
 "Nihaka ni" to wabure do, hito mo kiki-ire zu. Sin-den no himgasi omote harahi ake sase te, kari-some no ohom-siturahi si tari. Midu no kokoro-bahe nado, saru kata ni wokasiku si-nasi tari. Winaka-ihe-datu siba-gaki si te, sensai nado kokoro tome te uwe tari. Kaze suzusiku te, sokohaka to naki musi no kowe-gowe kikoye, hotaru sigeku tobi magahi te wokasiki hodo nari.
 Hito-bito, wata-dono yori ide taru idumi ni nozoki wi te, sake nomu. Aruzi mo sakana motomu to, koyurugi no isogi ariku hodo, Kimi ha nodoyaka ni nagame tamahi te, kano, naka-no-sina ni tori ide te ihi si, kono nami nara m kasi to obosi idu.
 Omohi agare ru kesiki ni kiki oki tamahe ru musume nare ba, yukasiku te mimi todome tamahe ru ni, kono nisi omote ni zo hito no kehahi suru. Kinu no otonahi hara-hara to si te, wakaki kowe-domo nikukara zu. Sasuga ni sinobi te, warahi nado suru kehahi, kotosarabi tari. Kausi wo age tari kere do, Kami, "Kokoro-nasi" to mutukari te orosi ture ba, hi tomosi taru suki-kage, sauzi no kami yori mori taru ni, yawora yori tamahi te, "Miyu ya?" to obose do, hima mo nakere ba, sibasi kiki tamahu ni, kono tikaki moya ni tudohi wi taru naru besi, uti-sasameki ihu koto-domo wo kiki tamahe ba, waga ohom-uhe naru besi.
 "Ito itau mame-dati te. Madaki ni, yamgotonaki yosuga sadamari tamahe ru koso, sau-zausika'mere!"
 "Saredo, sa'ru beki kuma ni ha, yoku koso, kakure ariki tamahu nare."
 nado ihu ni mo, obosu koto nomi kokoro ni kakari tamahe ba, madu, mune tubure te, "Kayau no tuide ni mo, hito no ihi-morasa m wo, kiki tuke tara m toki" nado oboye tamahu.
 Kotonaru koto nakere ba, kiki-sasi tamahi tu. Sikibukyau-no-Miya no Hime-Gimi ni asagaho tatematuri tamahi si uta nado wo, sukosi hoho yugame te kataru mo kikoyu. "Kuturogi-gamasiku, uta zun-zi-gati ni mo aru kana! Naho mi-otori ha si na m kasi" to obosu.
 Kami ide ki te, tourou kake sohe, hi akaku kakage nado si te, ohom-kudamono bakari mawire ri.
 "Tobari tyau mo, ika ni zo ha? Sa'ru kata no kokoro-motonaku te ha, mezamasiki aruzi nara m." to notamahe ba,
 "Nani yoke m to mo, e uketamahara zu." to, kasikomari te saburahu. Hasi-tu-kata no o-masi ni, kari naru yau ni te, ohotono-gomore ba, hito-bito mo sidumari nu.
 Aruzi no kodomo, wokasi-ge ni te ari. Waraha naru, Tenzyau no hodo ni go-ran-zi nare taru mo ari. Iyo-no-Suke no ko mo ari. Amata aru naka ni, ito kehahi atehaka ni te, zihu-ni, sam bakari naru mo ari.
 "Idure ka idure" nado tohi tamahu ni,
 "Kore ha, ko-Emon-no-Kami no suwe no ko ni te, ito kanasiku si haberi keru wo, wosanaki hodo ni okure haberi te, ane naru hito no yosuga ni, kakute haberu nari. Zae nado mo tuki haberi nu beku, kesiu ha habera nu wo, Tenzyau nado mo omohi tamahe kake nagara, suga-sugasiu ha e mazirahi habera za'meru." to mausu.
 "Ahare no koto ya! Kono Ane-Gimi ya, mauto no noti no oya?"
 "Sa nam haberu." to mausu ni,
 "Nigenaki oya wo mo, mauke tari keru kana! Uhe ni mo kikosimesi oki te, 'Miya-dukahe ni idasi-tate m to morasi sause si, ika ni nari ni kem?' to, ituzoya notamahase si. Yo koso sadame naki mono nare!" to, ito oyosuke notamahu.
 "Hui ni, kaku te monosi haberu nari. Yononaka to ihu mono, sa nomi koso. Ima mo mukasi mo, sadamari taru koto habera ne. Naka ni tui te mo, womna no sukuse ha ukabi taru nam, ahare ni haberu." nado kikoye sasu.
 "Iyo-no-Suke ha, kasiduku ya? Kimi to omohu ram na."
 "Ikaga ha. Watakusi no syuu to koso ha omohi te haberu meru wo, suki-zukisiki koto to, nanigasi yori hazime te, uke hiki habera zu nam." to mausu.
 "Sa'ri to mo, mauto-tati no tuki-dukisiku imameki tara m ni, orosi tate m ya ha? Kano Suke ha, ito yosi ari te kesiki-bame ru wo ya!" nado, monogatari si tamahi te,
 "Idu-kata ni zo?"
 "Mina, simo-ya ni orosi haberi nuru wo, e ya makari ori ahe zara m." to kikoyu.
 Wehi susumi te, mina hito-bito sunoko ni husi tutu, sidumari nu.

 [3-3 Genji creeps into Utsusemi's bedroom]
 Kimi ha, toke te mo nera re tamaha zu, itadura-busi to obosa ruru ni ohom-me same te, kono kita no sauzi no anata ni hito no kehahi suru wo, "konata ya, kaku ihu hito no kakure taru kata nara m, ahare ya!" to mi-kokoro todome te, yawora oki te tati-kiki tamahe ba, arituru ko no kowe ni te,
 "Mono'ke tamaharu. Iduku ni ohasimasu zo?"
 to, kare taru kowe no wokasiki ni te ihe ba,
 "Koko ni zo husi taru. Mara-uto ha ne tamahi nuru ka? Ika ni tikakara m to omohi turu wo, saredo ke-dohokari keri."
 to ihu. Ne tari keru kowe no sidokenaki, ito yoku ni-kayohi tare ba, imouto to kiki tamahi tu.
 "Hisasi ni zo ohotono-gomori nuru. Oto ni kiki turu ohom-arisama wo mi tatematuri turu, geni koso medetakari kere!" to, misoka ni ihu.
 "Hiru nara masika ba, nozoki te mi tatematuri te masi."
 to nebuta-ge ni ihi te, kaho hiki ire turu kowe su. "Netau, kokoro todome te mo tohi kike kasi." to adikinaku obosu.
 "Maro ha hasi ni ne habera m. Ana kurusi!"
 tote, hi kakage nado su besi. Womna-Gimi ha, tada kono sauzi-guti sudikahi taru hodo ni zo husi taru beki.
 "Tiuzyau-no-Kimi ha, iduku ni zo? Hito-ge tohoki kokoti si te, mono-osorosi."
 to ihu nare ba, nagesi no simo ni, hito-bito husi te irahe su nari.
 "Simo ni yu ni ori te. 'Tada-ima mawira m' to haberu." to ihu.
 Mina sidumari taru kehahi nare ba, kake-gane wo kokoromi ni hiki-ake tamahe re ba, anata yori ha sasa zari keri. Kityau wo sauzi-guti ni ha tate te, hi ha hono-kuraki ni, mi tamaye ba, karabitu-datu mono-domo wo oki tare ba, midari-gahasiki naka wo, wake-iri tamahe re ba, tada hitori ito sasayaka ni te husi tari. Nama-wadurahasi kere do, uhe naru kinu osi-yaru made, motome turu hito to omohe ri.
 "Tiuzyau mesi ture ba nam. Hito sire nu omohi no, sirusi aru kokoti si te."
 to notamahu wo, to-mo kaku-mo omohi waka re zu, mono ni osoha ruru kokoti si te, "Ya!" to obiyure do, kaho ni kinu no sahari te, oto ni mo tate zu.
 "Utituke ni, hukakara nu kokoro no hodo to mi tamahu ram, kotowari nare do, tosigoro omohi wataru kokoro no uti mo, kikoye sira se m to te nam. Kakaru wori wo mati-ide taru mo, sara ni asaku ha ara zi to, omohi-nasi tamahe!"
 to, ito yaharaka ni notamahi te, Oni-Gami mo ara-datu maziki kehahi nare ba, hasitanaku, "Koko ni, hito!" to mo, e nonosira zu. Kokoti hata , wabisiku, arumaziki koto to omohe ba, asamasiku,
 "Hito-tagahe ni koso haberu mere." to ihu mo iki no sita nari.
 Kiye madohe ru kesiki, ito kokoro-gurusiku rauta-ge nare ba, wokasi to mi tamahi te,
 "Tagahu beku mo ara nu kokoro no sirube wo, omoha zu ni mo obomei tamahu kana! Suki-gamasiki sama ni ha, yo ni miye tatematura zi. Omohu koto sukosi kikoyu beki zo."
 tote, ito tihisa-yaka nare ba, kaki-idaki te sauzi no moto ide tamahu ni zo, motome turu Tiuzyau-datu-hito ki-ahi taru.
 "Ya ya!" to notamahu ni, ayasiku te saguri yori taru ni zo, imiziku nihohi miti te, kaho ni mo kuyuri kakaru kokoti suru ni, omohi yori nu. Asamasiu, ko ha ika naru koto zo to omohi madoha rure do, kikoye m kata nasi. Nami-nami no hito nara ba koso, araraka ni mo hiki-kanagura me, sore dani hito no amata sira m ha, ikaga ara m. Kokoro mo sawagi te, sitahi ki tare do, dou mo naku te, oku naru o-masi ni iri tamahi nu.
 Sauzi wo hiki-tate te, "Akatuki ni ohom-mukahe ni monose yo!" to notamahe ba, womna ha, kono hito no omohu ram koto sahe, sinu bakari wari-naki ni, nagaruru made ase ni nari te, ito nayamasi-ge naru, ito itohosikere do, rei no, iduko yori tou-ide tamahu koto-no-ha ni ka ara m, ahare sira ru bakari, nasake-nasakesiku notamahi tukusu bekamere do, naho ito asamasiki ni,
 "Ututu to mo oboye zu koso. Kazu nara nu mi nagara mo, obosi kutasi keru mi-kokoro-bahe no hodo mo, ikaga asaku ha omou tamahe zara m. Ito kayau naru kiha ha, kiha to koso habe'nare."
 tote, kaku osi-tati tamahe ru wo, hukaku nasake naku usi to omohi-iri taru sama mo, geni itohosiku, kokoro-hadukasiki kehahi nare ba,
 "Sono kiha-giha wo, mada sira nu, uhi-goto zo ya! Naka-naka, osinabe taru tura ni omohi-nasi tamahe ru nam utate ari keru. Onodukara kiki tamahu yau mo ara m. Anagati naru suki-gokoro ha, sarani naraha nu wo! Sa'ru beki ni ya, geni, kaku ahame rare tatematuru mo, kotowari naru kokoro-madohi wo, midukara mo ayasiki made nam."
 nado, mame-dati te yorodu ni notamahe do, ito taguhi naki ohom-arisama no, iyo-iyo uti-toke kikoye m koto wabisikere ba, sukuyoka ni kokoro-dukinasi to ha miye tatematuru to mo, saru kata no ihu-kahi naki ni te sugusi te m to omohi te, turenaku nomi motenasi tari. Hito-gara no tawoyagi taru ni, tuyoki kokoro wo sihite kuhahe tare ba, nayo-take no kokoti si te, sasuga ni woru beku mo ara zu.
 Makoto ni kokoro-yamasiku te, anagati naru mi-kokoro-bahe wo, ihu kata nasi to omohi te, naku sama nado, ito ahare nari. Kokoro-gurusiku ha are do, mi zara masika ba kutiwosikara masi, to obosu. Nagusame gataku usi, to omohe re ba,
 "Nado, kaku utomasiki mono ni si mo obosu beki. Oboye naki sama naru si mo koso, tigiri aru to ha omohi tamaha me. Muge ni yo wo omohi sira nu yau ni, obohore tamahu nam, ito turaki." to urami rare te,
 "Ito kaku uki mi no hodo no sadamara nu, arisi nagara no mi ni te, kakaru mi-kokoro-bahe wo mi masika ba, aru maziki waga tanomi ni te, minahosi tamahu noti-se wo mo omohi tamahe nagusame masi wo, ito kau kari naru ukine no hodo wo omohi haberu ni, taguhi naku omou tamahe madoha ruru nari. Yosi, ima ha mi ki to na kake so!"
 tote, omohe ru sama, geni ito kotowari nari. Oroka nara zu tigiri nagusame tamahu koto ohokaru besi.
 Tori mo naki nu. Hito-bito oki-ide te,
 "Ito igitanakari keru yo kana!"
 "Mi-kuruma hiki-ide yo!"
 nado ihu nari. Kami mo ide-ki te,
 "Womna nado no ohom-kata-tagahe koso. Yo-bukaku isoga se tamahu beki kaha!"
 nado ihu mo ari.
 Kimi ha, mata kayau no tuide ara m koto mo ito kataku, sasihae te ha ikade ka, ohom-humi nado mo kayoha m koto no ito warinaki wo obosu ni, ito mune itasi. Oku no Tiuzyauo mo ide te, ito kurusigare ba, yurusi tamahi te mo, mata hiki-todome tamahi tutu,
 "Ikade ka, kikoyu beki. Yo ni sira nu mi-kokoro no turasa mo, ahare mo, asakara nu yo no omohi-ide ha, sama-zama meduraka naru beki tamesi kana!"
 tote, uti-naki tamahu kesiki, ito namameki tari.
 Tori mo siba-siba naku ni, kokoro ahatatasiku te,
 "Turenaki wo urami mo hate nu sinonome ni
 tori ahe nu made odorokasu ram
"
 Womna, mi no arisama wo omohu ni, ito tukinaku mabayuki kokoti si te, medetaki ohom-motenasi mo, nani to mo oboye zu, tune ha ito suku-sukusiku kokoro-duki-nasi to omohi anaduru Iyo no kata no omohi yara re te, yume ni ya miyu ram to, sora-osorosiku tutumasi.
 "Mi no usa wo nageku ni aka de akuru yo ha
 tori kasane te zo ne mo naka re keru
"
 Koto to akaku nare ba, sauzi-guti made okuri tamahu. Uti mo to mo hito sawagasikere ba, hiki-tate te, wakare tamahu hodo, kokoro-bosoku, "Hedaturu seki" to miye tari.
 Ohom-nahosi nado ki tamahi te, minami no kauran ni sibasi uti-nagame tamahu. Nisi omote no kausi sosoki age te, hito-bito nozoku beka'meru. Sunoko no naka no hodo ni tate taru ko-sauzi no kami yori honoka ni miye tamahe ru ohom-arisama wo, mi ni simu bakari omohe ru suki-gokoro domo a'meri.
 Tuki ha ariake ni te, hikari wosamare ru mono kara, kage kezayaka ni miye te, naka-naka wokasiki akebono nari. Nani-gokokoro naki sora no kesiki mo, tada miru hito kara, en ni mo sugoku mo miyuru nari keri. Hito sire nu mi-kokoro ni ha, ito mune itaku, kotodute yara m yosuga dani naki wo to, kaheri-mi-gati ni te ide tamahi nu.
 Tono ni kaheri tamahi te mo, tomi ni mo madoroma re tamaha zu. Mata ahi miru beki kata naki wo, masite, kano hito no omohu ram kokoro no uti, ikanara m to, kokoro-gurusiku omohi yari tamahu. "Sugure taru koto ha nakere do, meyasuku mote-tuke te mo ari turu naka-no-sina kana! Kuma naku mi atume taru hito no ihi si koto ha, geni." to obosi ahase rare keri.
 Kono hodo ha, Ohoi-dono ni nomi ohasimasu. Naho, ito kaki-taye te, omohu ram koto no itohosiku mi-kokoro ni kakari te, kurusiku obosi wabi te, Kii-no-Kami wo mesi tari.
 "Kano, arisi Tiunagon no ko ha, e sase te m ya? Rauta-ge ni miye si wo. Mi-dikaku tukahu hito ni se m. Uhe ni mo ware tatematura m." to notamahe ba,
 "Ito kasikoki ohose-goto ni haberu nari. Ane naru hito ni notamahi mi m."
 to mausu mo, mune tubure te obose do,
 "Sono ane-gimi ha, asom no otouto ya mo'taru?"
 "Sa mo habera zu. Kono huta-tose bakari zo, kaku te monosi habere do, oya no okite ni tagahe ri to omohi nageki te, kokoro-yuka nu yau ni nam, kiki tamahuru."
 "Ahare no koto ya! Yorosiku kikoye si hito zo kasi. Makoto ni yosi ya!" to notamahe ba,
 "Kesiu ha habera zaru besi. Mote-hanare te uto-utosiku habere ba, yo no tatohi ni te, mutubi habera zu." to mausu.

 [3-4 Several days later]
 Sate, itu-ka mui-ka ari te, kono ko wi te mawire ri. Komayaka ni wokasi to ha nakere do, namameki taru sama si te, ate-bito to miye tari. Mesi ire te, ito natukasiku katarahi tamahu. Waraha-gokoti ni, ito medetaku uresi to omohu. Imouto-no-Kimi no koto mo kuhasiku tohi tamahu. Sa'ru beki koto ha irahe kikoye nado si te, hadukasi-ge ni sidumari tare ba, uti-ide nikusi. Saredo, ito yoku ihi sira se tamahu.
 Kakaru koto koso ha to, hono-kokoro-uru mo, omohi no hoka nare do, wosana-gokoti ni hukaku si mo tadora zu. Ohom-humi wo mote ki tare ba, Womna, asamasiki ni namida mo ide-ki nu. Kono ko no omohu ram koto mo hasitanaku te, sasuga ni, ohom-humi wo omo-gakusi ni hiroge tari. Ito ohoku te,
 "Mi si yume wo ahu yo ari ya to nageku ma ni
 me sahe aha de zo koro mo he ni keru

 Nuru yo nakere ba"
 nado, me mo oyoba nu ohom-kaki-zama mo, kiri hutagari te, kokoro-e nu sukuse uti-sohe ri keru mi wo omohi tuduke te husi tamahe ri.
 Mata no hi, Ko-Gimi mesi tare ba, mawiru tote ohom-kaheri kohu.
 "Kakaru ohom-humi miru beki hito mo nasi, to kikoye yo."
 to notamahe ba, uti-wemi te,
 "Tagahu beku mo notamaha zari si mono wo. Ikaga, sa ha mausa m?"
 to ihu ni, kokoro-yamasiku, nokori naku notamahase, sira se te keru to omohu ni, turaki koto kagiri nasi.
 "Ide, oyosuke taru koto ha iha nu zo yoki. Sa ha, na mawiri tamahi so." to mutukara re te,
 "Mesu ni ha, ikade ka." tote, mawiri nu.
 Kii-no-Kami, suki-gokoro ni kono mama-haha no arisama wo atarasiki mono ni omohi te, tuisyou si arike ba, kono ko wo mote-kasiduki te, wi te ariku.
 Kimi, mesi-yose te,
 "Kinohu mati kurasi si wo. Naho ahi omohu maziki na'meri."
 to wen-zi tamahe ba, kaho uti-akame te wi tari.
 "Idura?" to notamahu ni, sika-sika to mausu ni,
 "Ihu-kahi na no koto ya! Asamasi." tote, mata mo tamahe ri.
 "Ako ha sira zi na. Sono Iyo no okina yori ha, saki ni mi si hito zo. Saredo, tanomosi-ge naku kubi hososi tote, hututuka naru usiromi mauke te, kaku anaduri tamahu na'meri. Sa'ri to mo, Ako ha waga ko ni te wo are yo! Kono tanomosi-bito ha, yukusaki mizikakari nam."
 to notamahe ba, "Samo ya ari kem, imizikari keru koto kana!" to omohe ru, "Wokasi" to obosu.
 Kono ko wo matuhasi tamahi te, Uti ni mo wi te mawiri nado si tamahu. Waga ohom-Mikusige-dono ni notamahi te, sauzoku nado mo se sase, makoto ni oya-meki te atukahi tamahu.
 Ohom-humi ha tune ni ari. Saredo, kono ko mo ito wosanasi, kokoro yori hoka ni tiri mo se ba, karo-garosiki na sahe tori sohe m, mi no oboye wo ito tukinakaru beku omohe ba, medetaki koto mo waga mi kara koso to omohi te, uti-toke taru ohom-irahe mo kikoye zu. Honoka nari si ohom-kehahi arisama ha, "Geni, nabete ni ya ha!" to, omohi ide kikoye nu ni ha arane do, "Wokasiki sama wo miye tatematuri te mo, nani ni ka ha naru beki." nado, omohi kahesu nari keri.
 Kimi ha obosi okotaru toki no ma mo naku, kokoro-gurusiku mo kohisiku mo obosi- idu. Omohe ri si kesiki nado no itohosisa mo, haruke m kata naku obosi wataru. Karo-garosiku hahi-magire tati-yori tamaha m mo, hito-me sigekara m tokoro ni, bin-naki hurumahi ya arahare m to, hito no tame mo itohosiku, to obosi wadurahu.
 Rei no, Uti ni hi-kazu he tamahu koro, sa'ru beki kata no imi mati-ide tamahu. Nihaka ni makade tamahu mane si te, miti no hodo yori ohasimasi tari.
 Kii-no-Kami odoroki te, yari-midu no meiboku to kasikomari yorokobu. Ko-Gimi ni ha, hiru yori, "Kaku nam omohi yore ru." to notamahi tigire ri. Ake-kure matuhasi narasi tamahi kere ba, koyohi mo madu mesi ide tari.
 Womna mo, saru ohom-seusoko ari keru ni, obosi tabakari tu ram hodo ha, asaku si mo omohi nasa re ne do, sa'ri tote, uti-toke, hitoge-naki arisama wo miye tatematuri te mo, adikinaku, yume no yau ni te sugi ni si nageki wo, mata ya kuhahe m, to omohi midare te, naho sate mati-tuke kikoyesase m koto no mabayukere ba, Ko-Gimi ga ide te inuru hodo ni,
 "Ito ke-dikakere ba, kataharaitasi. Nayamasikere ba, sinobi te uti tataka se nado se m ni, hodo hanare te wo."
 tote, Wata-dono ni, Tiuzyau to ihi si ga tubone si taru kakure ni, uturohi nu.
 Saru kokoro si te, hito toku sidume te, ohom-seusoko are do, Ko-Gimi ha tadune aha zu. Yorodu no tokoro motome ariki te, Wata-dono ni wake iri te, karausite, tadori ki tari. Ito asamasiku turasi, to omohi te,
 "Ika ni kahi nasi to obosa m." to, naki nu bakari ihe ba,
 "Kaku, kesikara nu kokoro-bahe ha, tukahu mono ka! Wosanaki hito no kakaru koto ihi tutahuru ha, imiziku imu naru mono wo!" to ihi-odosi te, "'Kokoti nayamasikere ba, hito-bito sake zu osahe sase te nam' to kikoye sase yo. Ayasi to tare-mo tare-mo miru ram."
 to ihi hanati te, kokoro no uti ni ha, "Ito, kaku sina sadamari nuru mi no oboye nara de, sugi ni si oya no ohom-kehahi tomare ru huru-sato nagara, tamasaka ni mo mati-tuke tatematura ba, wokasiu mo ya ara masi. Sihite omohi sira nu kaho ni mi-ketu mo, ika ni hodo sira nu yau ni obosu ram." to, kokoro nagara mo, mune itaku, sasuga ni omohi midaru. "Tote-mo kakute-mo, ima ha ihu-kahi naki sukuse nari kere ba, mu-zin ni kokoro-duki-naku te yami na m." to omohi hate tari.
 Kimi ha, ika ni tabakari nasa m to, mada wosanaki wo usirometaku mati-husi tamahe ru ni, hu-you naru yosi wo kikoyure ba, asamasiku meduraka nari keru kokoro no hodo wo, "Mi mo ito hadukasiku koso nari nure." to, ito itohosiki mi-kesiki nari. Tobakari mono mo notamaha zu, itaku umeki te, usi to obosi tari.
 "Hahakigi no kokoro wo sira de Sono-hara no
 miti ni ayanaku madohi nuru kana

 Kikoye m kata koso nakere."
 to notamahe ri. Womna mo, sasuga ni, madoroma zari kere ba,
 "Kazu nara nu Huse-ya ni ohuru na no usa ni
 aru ni mo ara zu kiyuru Hahakigi
"
 to kikoye tari.
 Ko-Gimi, ito itohosisa ni nebutaku mo ara de madohi ariku wo, hito ayasi to miru ram, to wabi tamahu.
 Rei no, hito-bito ha igitanaki ni, hito-tokoro suzuro ni susamaziku obosi tuduke rarure do, hito ni ni nu kokoro-zama no, naho kiye zu tati nobore ri keru, to netaku, kakaru ni tuke te koso kokoro mo tomare to, katu ha obosi nagara, mezamasiku turakere ba, sabare to obose do mo, sa mo obosi hatu maziku,
 "Kakure tara m tokoro ni, naho wi te ike!" to notamahe do,
 "Ito mutukasi-ge ni sasi kome rare te, hito amata haberu mere ba, kasiko-ge ni."
 to kikoyu. Itohosi to omohe ri.
 "Yosi, Ako dani, na sute so."
 to notamahi te, ohom-katahara ni huse tamahe ri. Wakaku natukasiki ohom-arisama wo, uresiku medetasi to omohi tare ba, turenaki hito yori ha, naka-naka ahare ni obosa ru to zo.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文--* 朱筆--<朱>

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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