源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち

2 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語

3 光る源氏の物語 男踏歌

出典
校訂

1 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち

2 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語

3 光る源氏の物語 男踏歌

1 Tale of Hikaru-Genji Women's lives in Rokujo-in

2 Tale of Hikaru-Genji Women's lives in Nijo-Higasi-no-in

3 Tale of Hikaru-Genji Otoko-Touka comes to Rokujo-in after the Court and Suzaku-in

 年立ちかへる1065朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根1066のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとど玉を敷ける御前の、庭よりはじめ見所多く、磨きましたまへる御方々のありさま1067、まねびたてむも言の葉足るまじくなむ。
春の御殿の御前、とりわきて、梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひ、生ける仏の御国とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなしたまへり。さぶらふ人々も、若やかにすぐれたるは、姫君の御方にと選りたまひて、すこし大人びたる限り、なかなかよしよししく、装束ありさまよりはじめて、めやすく1068もてつけて、ここかしこに群れゐつつ、歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り混ぜて、千年の蔭1069にしるき年のうちの祝ひ事どもして、そぼれあへるに、大臣の君さしのぞきたまへれば、懐手ひきなほしつつ、「いとはしたなきわざかな」と、わびあへり。
「いとしたたかなるみづからの祝ひ事どもかな1070。皆おのおの思ふことの道々あらむかし。すこし聞かせよや。われことぶきせむ」
とうち笑ひたまへる御ありさまを1071、年のはじめの栄えに見たてまつる。われはと思ひあがれる中将の君ぞ、
「『かねてぞ見ゆる1072』などこそ、鏡の影にも語らひはんべりつれ。私の祈りは、何ばかりのことをか」
など聞こゆ。
朝のほどは人々参り混みて、もの騒がしかりけるを、夕つ方、御方々の参座したまはむとて、心ことにひきつくろひ、化粧じたまふ御影こそ、げに見るかひあめれ。
「今朝、この人々の戯れ交はしつる、いとうらやましく見えつるを、上にはわれ見せたてまつらむ」
とて、乱れたる事どもすこしうち混ぜつつ、祝ひきこえたまふ。
「薄氷解けぬる池の鏡には
世に曇りなき影ぞ並べる」
げに、めでたき御あはひどもなり。
「曇りなき池の鏡によろづ代を
すむべき影ぞしるく見えける」
何事につけても、末遠き御契りを、あらまほしく聞こえ交はしたまふ。今日は子の日なりけり。げに、千年の春をかけて1073祝はむに、ことわりなる日なり。

 1 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち [1-1 春の御殿の紫の上の周辺]
年が改まった元日の朝の空の様子、一点の曇りもないうららかさには、つまらない者の家でさえ、雪の間の草が若々しく色づき初め、早くも立ちそめた霞の中に、木の芽も萌え出し、自然と人の気持ちものびのびと見えるものである。まして、いっそう玉を敷いた御殿の、庭をはじめとして見所が多く、一段と美しく着飾ったご夫人方の様子は、語り伝えるにも言葉が足りそうにない。
春の御殿のお庭は、特別で、梅の香りも御簾の中の薫物の匂いと吹き混じり合って、この世の極楽浄土と思われる。何といってもゆったりと、落ち着いてお住まいになっていらっしゃる。お仕えしている女房たちも、若くて勝れている者は、姫君の御方にとお選びになって、少し年輩の女房ばかりで、かえって風情があって、装束や様子などをはじめとして、見苦しくなく取り繕って、あちらこちらに寄り合っては、歯固めの祝いをして、鏡餅まで取り加えて、千歳の栄えも明らかな新年の祝い言を唱えて、戯れ合っているところに、大臣の君がお顔出しになったので、懐手を直し直しして、「まあ、恥ずかしいこと」と、きまり悪がっていた。
「とても手抜かりのない自分たちのための祝い言ですね。みなそれぞれ願い事の筋がきっといろいろとあるだろう。少し聞かせてくれよ。わたしが祝って上げよう」
とちょっと笑っていらっしゃるご様子を、年の初めのめでたさとして拝する。自分こそはと自身たっぷりの中将の君は、
「『今からもう見える』などと、鏡餅の姿にもお祝い申し上げておりました。自分の願い事は、何ほどのこともございません」
などと申し上げる。
午前中は人々で混み合って、何となく騒がしかったが、夕方に、御方々への年賀の挨拶をなさろうとして、念入りに身づくろいなさり、お化粧なさったお姿は、まことに目を見張るようである。
「今朝、こちらの女房たちが戯れ合っていたのが、たいそう羨ましく見えたから、紫の上にはわたしがお見せ申し上げよう」
とおっしゃって、ご冗談なども少し交えては、お祝い申し上げなさる。
「薄い氷も解けた池の鏡のような面には
世にまたとない二人の影が並んで映っています」
なるほど、素晴らしいお二人のご夫婦仲である。
「一点の曇りのない池の鏡に幾久しくここに
住んで行くわたしたちの影がはっきりと映っています」
何事につけても、幾久しいご夫婦の縁を、申し分なく詠み交わしなさる。今日は子の日なのであった。なるほど、千歳の春を子の日にかけて祝うには、ふさわしい日である。

 1 Tale of Hikaru-Genji Women's lives in Rokujo-in [1-1 Murasaki's life in the new year]
 Tosi tati-kaheru asita no sora no kesiki, nagori naku kumora nu urarakagesa ni ha, kazu nara nu kakine no uti dani, yuki-ma no kusa wakayaka ni iro-duki hazime, itusika to kesiki-datu kasumi ni, konome mo uti-keburi, onodukara hito no kokoro mo nobiraka ni zo miyuru kasi. Masite, itodo tama wo sike ru o-mahe no, niha yori hazime mi-dokoro ohoku, migaki masi tamahe ru ohom-kata-gata no arisama, manebi tate m mo koto-no-ha taru maziku nam.
 Haru-no-Otodo no o-mahe, toriwaki te, ume no ka mo mi-su no uti no nihohi ni huki magahi, ike ru Hotoke no mi-kuni to oboyu. Sasuga ni utitoke te, yasuraka ni sumi-nasi tamahe ri. Sabura hu hito-bito mo, wakayaka ni sugure taru ha, Hime-Gimi no ohom-kata ni to eri tamahi te, sukosi otonabi taru kagiri, naka-naka yosi-yosisiku, sauzuku arisama yori hazime te, meyasuku mote-tuke te, koko kasiko ni mure-wi tutu, hagatame no ihahi si te, motihi-kagami wo sahe tori-maze te, titose no kage ni siruki tosi no uti no ihahi-goto-domo si te, sobore ahe ru ni, Otodo-no-Kimi sasi-nozoki tamahe re ba, hutokoro-de hiki-nahosi tutu, "Ito hasitanaki waza kana!" to, wabi-ahe ri.
 "Ito sitataka naru midukara no ihahi-goto-domo kana! Mina ono-ono omohu koto no miti-miti aram kasi. Sukosi kika se yo ya. Ware kotobuki se m."
 to uti warahi tamahe ru ohom-arisama wo, tosi no hazime no sakaye ni mi tatematuru. Ware ha to omohi-agare ru Tiuzyau-no-Kimi zo,
 "Kanete zo miyuru nado koso, kagami no kage ni mo katarahi hanberi ture. Watakusino inori ha, nani bakari no koto wo ka."
 nado kikoyu.
 Asita no hodo ha hito-bito mawiri komi te, mono-sawagasikari keru wo, yuhu-tu-kata, ohom-kata-gata no samza si tamaha m tote, kokoro koto ni hiki-tukurohi, kesau-zi tamahu mi-kage koso, geni miru kahi a'mere.
 "Kesa, kono hito-bito no tahabure-kahasi turu, ito urayamasiku miye turu wo, Uhe ni ha ware mise tatematura m."
 tote, midare taru koto-domo sukosi uti-maze tutu, ihahi kikoye tamahu.
 "Usu-gohori toke nuru ike no kagami ni ha
 yo ni kumori naki kage zo narabe ru
"
 Geni, medetaki ohom-ahahi-domo nari.
 "Kumori naki ike no kagami ni yorodu yo wo
 sumu beki kage zo siruku miye keru
"
 Nani-goto ni tuke te mo, suwe-tohoki ohom-tigiri wo, aramahosiku kikoye-kahasi tamahu. Kehu ha ne-no-hi nari keri. Geni, ti-tose no haru wo kake te ihaha m ni, kotowari naru hi nari.

 姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人々の心地ども、おきどころなく見ゆ。北の御殿より、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破籠などたてまつれたまへり。えならぬ五葉の枝に移る鴬も、思ふ心あらむかし。
「年月を松にひかれて1074経る人に
今日鴬の初音聞かせよ
『音せぬ里の1075』」
と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。
「この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」
とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「罪得がましう、心苦し」と思す。
「ひき別れ年は経れども鴬の
巣立ちし松の根を忘れめや」
幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。

 [1-2 明石姫君、実母と和歌を贈答]
姫君の御方にお越しになると、童女や、下仕えの女房たちなどが、お庭先の築山の小松を引いて遊んでいる。若い女房たちの気持ちも、じっとしていられないように見える。北の御殿から、特別に用意した幾つもの鬚籠や、破籠などをお差し上げになっていた。素晴らしい五葉の松の枝に移り飛ぶ鴬も、思う子細があるのであろう。
「長い年月を子どもの成長を待ち続けていました
わたしに今日はその初音を聞かせてください
『音を聞かせない里に』」
とお申し上げになったのを、「なるほど、ほんとうに」とお感じになる。縁起でもない涙をも堪えきれない様子である。
「このお返事は、ご自身がお書き申し上げなさい。初便りを惜しむべき方でもありません」
とおっしゃって、御硯を用意なさって、お書かせ申し上げなさる。たいそうかわいらしくて、朝な夕なに拝見する人でさえ、いつまでも見飽きないとお思い申すお姿を、今まで会わせないで年月が過ぎてしまったのも、「罪作りで、気の毒なことであった」とお思いになる。
「別れて何年も経ちましたがわたしは
生みの母君を忘れましょうか」
子供心に思ったとおりに、くどくどと書いてある。

 [1-2 Akashi and her daughter send Waka each other]
 Hime-Gimi no ohom-kata ni watari tamahe re ba, waraha, simo-dukahe nado, o-mahe no yama no komatu hiki-asobu. Wakaki hito-bito no kokoti-domo, oki-dokoro naku miyu. Kita-no-Otodo yori, wazato-gamasiku si atume taru higeko-domo, warigo nado tatemature tamahe ri. E nara nu goehu no eda ni uturu uguhisu mo, omohu kokoro ara m kasi.
 "Tosi-tuki wo matu ni hika re te huru hito ni
 kehu uguhisu no hatune kika se yo

 Oto se nu sato no"
 to kikoye tamahe ru wo, "Geni, ahare!" to obosi siru. Koto-imi mo e si-ahe tamaha nu kesiki nari.
 "Kono ohom-kaheri ha, midukara kikoye tamahe. Hatune wosimi tamahu beki kata ni mo ara zu kasi."
 tote, ohom-suzuri tori makanahi, kaka se tatematuri tamahu. Ito utukusige ni te, ake-kure mi tatematuru hito dani, aka zu omohi kikoyuru ohom-arisama wo, ima made obotukanaki tosi-tuki no hedatari ni keru mo, "Tumi e gamasiu, kokoro-gurusi." to obosu.
 "Hiki-wakare tosi ha hure do mo uguhisu no
 sudati si matu no ne wo wasure me ya
"
 Wosanaki mi-kokoro ni makase te, kuda-kudasiku zo a'meru.

 夏の御住まひを見たまへば、時ならぬけにや、いと静かに見えて、わざと好ましきこともなくて、あてやかに住みたるけはひ見えわたる。
年月に添へて、御心の隔てもなく、あはれなる御仲なり。今は、あながちに近やかなる御ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いと睦ましくありがたからむ妹背の契りばかり、聞こえ1076交はしたまふ。御几帳隔てたれど、すこし押しやりたまへば、またさておはす。
「縹は、げに、にほひ多からぬあはひにて、御髪などもいたく盛り過ぎにけり。やさしき方にあらぬと、葡萄鬘してぞつくろひたまふべき。我ならざらむ人は、見醒めしぬべき御ありさまを、かくて見るこそうれしく本意あれ。心軽き人の列にて、われに背きたまひなましかば」など、御対面の折々は、まづ、「わが心の長きも、人の御心の重きをも、うれしく、思ふやうなり」
と思しけり。こまやかに、ふる年の御物語など、なつかしう聞こえたまひて、西の対へ渡りたまひぬ。

 [1-3 夏の御殿の花散里を訪問]
夏のお住まいを御覧になると、その時節ではないせいか、とても静かに見えて、特別に風流なこともなく、品よくお暮らしになっている様子がここかしこに窺える。
年月とともに、ご愛情の隔てもなく、しみじみとしたご夫婦仲である。今では、しいて共寝をするご様子にも、お扱い申し上げなさらないのであった。たいそう仲睦まじく世にまたとないような夫婦の約束程度に、互いに交わし合っていらっしゃる。御几帳を隔てているが、少しお動かしになっても、そのままにしていらっしゃる。
「縹色のお召物は、なるほど、はなやかでない色合いで、お髪などもたいそう盛りを過ぎてしまった。優美でないと、かもじを使ってお手入れをなさっているのだろう。わたし以外の人だったら、愛想づかしをするに違いないご様子を、こうしてお世話することは嬉しく本望なことだ。考えの浅い女と同じように、わたしから離れておしまいになったら」などと、お会いなさる時々には、まずは、「わたしの変わらない愛情も、相手の重々しいご性格をも、嬉しく、理想的だ」
とお考えになった。こまごまと、旧年中のお話などを、親密に申し上げなさって、西の対へお越しになる。

 [1-3 Genji visits to Hanachirusato in Summer-Residence]
 Natu no ohom-sumahi wo mi tamahe ba, toki nara nu ke ni ya, ito siduka ni miye te, wazato konomasiki koto mo naku te, ateyaka ni sumi taru kehahi miye wataru.
 Tosi-tuki ni sohe te, mi-kokoro no hedate mo naku, ahare naru ohom-naka nari. Ima ha, anagati ni tikayaka naru ohom-arisama ni, motenasi kikoye tamaha zari keri. Ito mutumasiku arigatakara m imose-no-tigiri bakari, kikoye kahasi tamahu. Mi-kityau hedate tare do, sukosi osi-yari tamahe ba, mata sate ohasu.
 "Hanada ha, geni, nihohi ohokara nu ahahi ni te, mi-gusi nado mo itaku sakari sugi ni keri. Yasasiki kata ni ara nu to, ebi-kadura si te zo tukurohi tamahu beki. Ware nara zara m hito ha, mi-zame si nu beki ohom-arisama wo, kaku te miru koso uresiku ho'i are. Kokoro karoki hito no tura ni te, ware ni somuki tamahi na masika ba." nado, ohom-taimen no wori-wori ha, madu, "Waga kokoro no nagaki mo, hito no mi-kokoro no omoki wo mo, uresiku, omohu yau nari."
 to obosi keri. Komayaka ni, huru-tosi no ohom-monogatari nado, natukasiu kikoye tamahi te, Nisi-no-tai he watari tamahi nu.

 まだいたくも住み馴れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童女の姿なまめかしく、人影あまたして、御しつらひ、あるべき限りなれど、こまやかなる御調度は、いとしも調へたまはぬを、さる方にものきよげに住みなしたまへり。
正身も、あなをかしげと、ふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌など、いとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪の裾すこし細りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、「かくて見ざらましかば」と思すにつけても、えしも見過ぐしたまふまじ。
かくいと隔てなく見たてまつりなれたまへど、なほ思ふに、隔たり多くあやしきが、うつつの心地もしたまはねば、まほならずもてなしたまへるも、いとをかし。
「年ごろになりぬる心地して、見たてまつるにも心やすく、本意かなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも渡りたまへかし。いはけなき初琴習ふ人もあめるを、もろともに聞きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心持たる人なき所なり」
と聞こえたまへば、
「のたまはせむままにこそは」
と聞こえたまふ。さもあることぞかし。

 [1-4 続いて玉鬘を訪問]
まだたいして住み馴れていらっしゃらないわりには、あたりの様子も趣味よくして、かわいらしい童女の姿が優美で、女房の数が多く見えて、お部屋の設備も、必要な物ばかりであるが、こまごまとしたお道具類は、十分には揃えていらっしゃらないが、それなりにこざっぱりとお住みになっていらっしゃった。
ご本人も、何と美しいと、見た途端に思われて、山吹襲に一段と引き立っていらっしゃるご器量など、たいそうはなやかで、ここが暗いと思われるところがなく、どこからどこまで輝くように美しく、いつまでも見ていたいほどでいらっしゃる。つらい思いの生活をしていらっしゃった間のあったせいか、髪の裾が少し細くなって、はらりとかかっているのが、いかにもこざっぱりとして、あちらこちらがくっきりとした様子をしていらっしゃるのを、「こうして引き取らなかったら」とお思いになるにつけても、とてもこのままお見過ごしできないであろう。
このように何の隔てもなくお目にかかっていらっしゃるが、やはり考えて見ると、どこか打ち解けにくいところが多く妙な感じなのが、現実のような感じがなさらないので、すっかり打ち解けた態度ではいらっしゃらないのも、たいそう興を惹かれる。
「何年にもなるような気がして、お目にかかるのも気が張らず、長年の希望が叶いましたので、ご遠慮なさらず振る舞って、あちらにもお越しください。幼い初めて琴を習う人もいますので、ご一緒にお稽古なさい。気の許せない、軽はずみな考えを持った人はいない所です」
とお申し上げなさると、
「仰せのとおりにいたしましょう」
とお答えになる。まことに適当なお返事である。

 [1-4 Genji visits to Tamakazura too]
 Mada itaku mo sumi-nare tamaha nu hodo yori ha, kehahi wokasiku si-nasi te, wokasige naru warahabe no sugata namamekasiku, hito-kage amata si te, ohom-siturahi, aru beki kagiri nare do, komayaka naru mi-teudo ha, ito si mo totonohe tamaha nu wo, saru kata ni mono-kiyoge ni sumi-nasi tamaeh ri.
 Sauzimi mo, ana wokasige to, huto miye te, yamabuki ni mote-hayasi tamahe ru ohom-katati nado, ito hanayaka ni, koko zo kumore ru to miyuru tokoro naku, kuma naku nihohi kira-kirasiku, mi mahosiki sama zo si tamahe ru. Mono-omohi ni sidumi tamahe ru hodo no siwaza ni ya, kami no suso sukosi hosori te, saharaka ni kakare ru si mo, ito mono-kiyoge ni, koko kasiko ito kezayaka naru sama si tamahe ru wo, "Kaku te mi zara masika ba." to obosu ni tuke te mo, e si mo mi sugusi tamahu mazi.
 Kaku ito hedate naku mi tatematuri nare tamahe do, naho omohu ni, hedatari ohoku ayasiki ga, ututu no kokoti mo si tamaha ne ba, mahonara zu motenasi tamahe ru mo, ito wokasi.
 "Tosi-goro ni nari nuru kokoti si te, mi tatematuru ni mo kokoro-yasuku, ho'i kanahi nuru wo, tutumi naku motenasi tamahi te, anata nado ni mo watari tamahe kasi. Ihakenaki uhi-goto narahu hito mo a'meru wo, morotomo ni kiki narasi tamahe. Usirometaku, ahatukeki kokoro mo'taru hito naki tokoro nari."
 to kikoye tamahe ba,
 "Notamaha se m mama ni koso ha."
 to kikoye tamahu. Sa mo aru koto zo kasi.

 暮れ方になるほどに、明石の御方に渡りたまふ。近き渡殿の戸押し開くるより、御簾のうちの追風1077、なまめかしく吹き匂はして、ものよりことに気高く思さる。正身は見えず。いづらと見まはしたまふに、硯のあたりにぎははしく、草子どもなど取り散らしたるなど取りつつ見たまふ。唐の東京錦のことことしき端さしたる茵に、をかしげなる琴うち置き、わざとめきよしある火桶に、侍従を1078くゆらかして、物ごとにしめたるに、衣被香の香のまがへる、いと艶なり。手習どもの乱れうちとけたるも、筋変はり、ゆゑある書きざまなり。ことことしう草がちなどに1079もされ1080書かず、めやすく書きすましたり。
小松の御返りを、めづらしと見けるままに、あはれなる1081古事ども書きまぜて、
「めづらしや花のねぐらに木づたひて
谷の古巣を訪へる1082鴬
声待ち出で1083たる」
なども、
「咲ける岡辺に家しあれば1084」
など、ひき返し慰めたる筋など書きまぜつつあるを、取りて見たまひつつほほ笑みたまへる、恥づかしげなり。
筆さし濡らして書きすさみたまふほどに、ゐざり出でて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすき用意なるを、「なほ、人よりはことなり」と思す。白きに、けざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひて、なつかしければ、「新しき年の御騒がれもや」と、つつましけれど、こなたに泊りたまひぬ。「なほ、おぼえことなりかし」と、方々に心おきて思す。
南の御殿には、ましてめざましがる人々あり。まだ曙のほどに渡りたまひぬ。かうしもあるまじき夜深さぞかしと思ふに、名残もただならず、あはれに思ふ。
待ちとりたまへるはた、なま1085けやけしと思すべかめる心のうち、量られたまひて、
「あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで」
と、御けしきとりたまふもをかしく見ゆ。ことなる御いらへもなければ、わづらはしくて、そら寝をしつつ、日高く大殿籠もり起きたり。

 [1-5 冬の御殿の明石御方に泊まる]
暮方になるころに、明石の御方にお越しになる。近くの渡殿の戸を押し開けた途端に、御簾の中から流れてくる風が、優美に吹き漂って、他に比較して格段に気高く感じられる。本人は見えない。どこかしらと御覧になると、硯のまわりが散らかっていて、冊子類などが取り散らかしてあるのを手に取り手に取り御覧になる。唐の東京錦のたいそう立派な縁を縫い付けた敷物に、風雅な琴をちょっと置いて、趣向を凝らした風流な火桶に、侍従香を燻らせて、それぞれの物にたきしめてあるのに、衣被香の香が混じっているのは、たいそう優美である。手習いの反故が無造作に取り散らかしてあるのも、尋常ではなく、教養のある書きぶりである。大仰に草仮名を多く使ってしゃれて書かず、無難にしっとりと書いてある。
姫君のお返事を、珍しいことと感じたあまりに、しみじみとした古歌を書きつけて、
「何と珍しいことか、花の御殿に住んでいる鴬が
谷の古巣を訪ねてくれたとは
その初便りを待っていましたこと」
などとも、
「咲いている岡辺に家があるので」
などと、思い返して心慰めている文句などが書き混ぜてあるのを、手に取って御覧になりながら微笑んでいらっしゃるのは、気がひけるほど立派である。
筆をちょっと濡らして書き戯れていらっしゃるところに、いざり出て来て、そうはいっても自分自身の振る舞いは、慎み深くて、程よい心がけなのを、「やはり、他の女性とは違うな」とお思いになる。白い小袿に、くっきりと映える髪のかかり具合が、少しはらりとする程度に薄くなっていたのも、いっそう優美さが加わって慕わしいので、「新年早々に騒がれることになろうか」と、気にかかるが、こちらにお泊まりになった。「やはり、ご寵愛は格別なのだ」と、他の方々は面白からずお思いになる。
南の御殿では、それ以上にけしからぬと思う女房たちがいる。まだ暁のうちにお帰りになった。そんなに急ぐこともないまだ暗いうちなのに、と思うと、送り出した後も気持ちが落ち着かず、寂しい気がする。
お待ちになっていた方でもまた、何やら面白くないようなお思いでいるにちがいない心の中が、推量されずにはいらっしゃれないので、
「いつになくうたた寝をして、年がいもなく寝込んでしまいましたのを、起こしても下さらないで」
と、ご機嫌をおとりになるのも面白く見える。特にお返事もないので、厄介なことだと、狸寝入りをしながら、日が高くなってからお起きになった。

 [1-5 Genji has a night with Akashi]
 Kure-kata ni naru hodo ni, Akasi-no-Ohomkata ni watari tamahu. Tikaki wata-dono no to osi-akuru yori, mi-su no uti no ohi-kaze, namamekasiku huki nihohasi te, mono yori koto ni ke-dakaku obosa ru. Sauzimi ha miye zu. Idura to mi-mahasi tamahu ni, suzuri no atari nigihahasiku, sausi-domo nado tori-tirasi taru nado tori tutu mi tamahu. Kara no toukyau-ki no koto-kotosiki hasi sasi taru sitone ni, wokasige naru kin uti-oki, wazato meki yosi aru hioke ni, ziziu wo kuyurakasi te, mono goto ni sime taru ni ebi-kau no ka no magahe ru, ito en nari. Tenarahi-domo no midare utitoke taru mo, sudi kahari, yuwe aru kaki-zama nari. Koto-kotosiu sau-gati nado ni mo sare kaka zu, meyasuku kaki sumasi tari.
 Komatu no ohom-kaheri wo, medurasi to mi keru mama ni, ahare naru huru-koto-domo kaki maze te,
 "Medurasi ya hana no negura ni kodutahi te
 tani no hurusu wo tohe ru uguhisu

 Kowe mati-ide taru."
 nado mo,
 "Sake ru wokabe ni ihe si are ba"
 nado, hiki-kahesi nagusame taru sudi nado kaki-maze tutu aru wo, tori te mi tamahi tutu hoho-wemi tamahe ru, hadukasi ge nari.
 Hude sasi-nurasi te kaki susami tamahu hodo ni, wizari-ide te, sasuga ni midukara no motenasi ha, kasikomari oki te, meyasuki youi naru wo, "Naho, hito yori ha koto nari." to obosu. Siroki ni, kezayaka naru kami no kakari no, sukosi saharaka naru hodo ni usuragi ni keru mo, itodo namamekasisa sohi te, natukasikere ba, "Atarasiki tosi no ohom-sahaga re mo ya?" to, tutumasikere do, konata ni tomari tamahi nu. "Naho, oboye koto nari kasi." to, kata-gata ni kokoro oki te obosu.
 Minami no o-todo niha, masite mezamasigaru hito-bito ari. Mada akebono no hodo ni watari tamahi nu. Kau si mo aru maziki yo-bukasa zo kasi to omohu ni, nagori mo tada nara zu, ahare ni omohu.
 Mati-tori tamahe ru hata, nama-keyakesi to obosu beka'meru kokoro no uti, hakara re tamahi te,
 "Ayasiki utatane wo si te, waka-wakasikari keru igitanasa wo, sa si mo odorokasi tamaha de."
 to, mi-kesiki tori tamahu mo wokasiku miyu. Koto naru ohom-irahe mo nakere ba, wadurahasiku te, sora-ne wo si tutu, hi takaku ohotono-gomori oki tari.

 今日は、臨時客1086のことに紛らはしてぞ、面隠したまふ。上達部、親王たちなど、例の、残りなく参りたまへり。御遊びありて、引出物、禄など、二なし。そこら集ひたまへるが、我も劣らじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにも見えたまはぬものかな。とり放ちては、いと有職多くものしたまふころなれど、御前にては気圧されたまふも、悪るしかし。何の数ならぬ下部どもなどだに、この院に参る日は、心づかひことなりけり。まして若やかなる上達部などは、思ふ心など1087ものしたまひて、すずろに心懸想したまひつつ、常の年よりもことなり。
 花の香誘ふ夕風1088、のどやかにうち吹きたるに、御前の梅やうやうひもときて、あれは誰時なるに、物の調べどもおもしろく、「この殿1089」うち出でたる拍子、いとはなやかなり。大臣も時々声うち添へたまへる「さき草」の末つ方、いとなつかしくめでたく聞こゆ。何ごとも、さしいらへしたまふ御光にはやされて、色をも音をも増すけぢめ、ことになむ分かれける。

 [1-6 六条院の正月二日の臨時客]
今日は、臨時の客にかこつけて、顔を合わせないようにしていらっしゃる。上達部や、親王たちなどが、例によって、残らず参上なさった。管弦のお遊びがあって、引出物や、禄など、またとなく素晴らしい。大勢お集りの方々が、どなたも人に負けまいと振る舞っていらっしゃる中でも、少しも肩を並べられる方もお見えにならないことよ。一人一人を見れば、才学のある人が多くいらっしゃるころなのだが、御前に出ると圧倒されておしまいになる、困ったことである。ものの数にも入らぬ下人たちでさえ、この院に参上するには、気の配りようが格別なのであった。ましてや若々しい上達部などは、心中に思うところがおありになって、むやみに緊張なさっては、例年よりは格別である。
花の香りを乗せて夕風が、のどやかに吹いて来ると、お庭先の梅が次第にほころび出して、黄昏時なので、楽の音色なども美しく、「この殿」を謡い出した拍子は、たいそうはなやかな感じである。大臣も時々お声を添えなさる「さき草」の末の方は、とても優美で素晴らしく聞こえる。何もかも、お声を添えられる素晴らしさに引き立てられて、花の色も楽の音も格段に映える点が、はっきりと感じられるのであった。

 [1-6 Guests come to greet to Rokujo-in on the day of January 2]
 Kehu ha, rinzi-kaku no koto ni magirahasi te zo, omo kakusi tamahu. Kamdatime, Miko-tati nado, rei no, nokori naku mawiri tamahe ri. Ohom-asobi ari te, hikide-mono, roku nado, ni nasi. Sokora tudohi tamahe ru ga, ware mo otora zi to motenasi tamahe ru naka ni mo, sukosi nazurahi naru dani mo miye tamaha nu mono kana! Tori-hanati te ha, ito iusoku ohoku monosi tamahu koro nare do, o-mahe ni te ha ke-osa re tamahu mo, warusi kasi. Nani no kazu nara nu simobe-domo nado dani, kono Win ni mawiru hi ha, kokoro-dukahi koto nari keri. Masite wakayaka naru Kamdatime nado ha, omohu kokoro nado monosi tamahi te, suzuro ni kokoro-gesau si tamahi tutu, tune no tosi yori mo koto nari.
 Hana no ka sasohu yuhu-kaze, nodoyaka ni uti huki taru ni, o-mahe no ume yau-yau himo-toki te, are-ha-tare-doki naru ni, mono no sirabe-domo omosiroku, Kono tono uti-ide taru hyausi, ito hanayaka nari. Otodo mo toki-doki kowe uti-sohe tamahe ru Saki kusa no suwe tu kata, ito natukasiku medetaku kikoyu. Nani-goto mo, sasi-irahe si tamahu ohom-hikari ni hayasa re te, iro wo mo ne wo mo masu kedime, koto ni nam waka re keru.

 かうののしる馬車の音を、もの隔てて1090聞きたまふ御方々は、蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「世の憂きめ見えぬ山路1091」に思ひなずらへて、つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、行なひの方の人は、その紛れなく勤め、仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき日ごろ1092過ぐして渡りたまへり。
常陸宮の御方は、人のほどあれば、心苦しく思して、人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、滝の淀み恥づかしげ1093なる御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。
柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。襲の衣1094などは、いかにしなしたるにかあらむ。
 御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじう1095はなやかなるに、御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり。
かかる方にも、おしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、
「御衣どもの事1096など、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」
と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、
「醍醐の阿闍梨の君の御あつかひしはべるとて、衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣をさへ取られにし後、寒くはべる」
と聞こえたまふは、いと鼻赤き御兄なりけり。心うつくしといひながら、あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめにきすくの人にておはす。
「皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣に譲りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか重ね1097たまはざらむ。さるべき1098折々は、うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆき心のおこたりに。まして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ」
とのたまひて、向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。
荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、
「ふるさとの春の梢に訪ね来て
世の常ならぬ花を見るかな」
と独りごちたまへど、聞き知りたまはざりけむかし。

 2 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語 [2-1 二条東院の末摘花を訪問]
このように雑踏する馬や車の音をも、遠く離れてお聞きになる御方々は、極楽浄土の蓮の中の世界で、まだ開かないで待っている心地もこのようなものかと、心穏やかではない様子である。それ以上に、二条東の院に離れていらっしゃる御方々は、年月とともに、所在ない思いばかりが募るが、「世の嫌な思いがない山路」に思いなぞらえて、薄情な方のお心を、何と言ってお咎め申せよう。その他の不安で寂しいことは何もないので、仏道修行の方面の人は、それ以外のことに気を散らさず励み、仮名文字のさまざまの書物の学問に、ご熱心な方は、またその願いどおりになさり、生活面でもしっかりとした基盤があって、まったく希望どおりの生活である。忙しい数日を過ごしてからお越しになった。
常陸宮の御方は、ご身分があるので、気の毒にお思いになって、人目に立派に見えるように、たいそう行き届いたお扱いをなさる。若いころ、盛りに見えた御若髪も、年とともに衰えて行き、それ以上に、滝の淀みに引けをとらない白髪の御横顔などを、気の毒とお思いになると、面と向かって対座なさらない。
柳襲は、なるほど不似合いだと見えるのも、お召しになっている方のせいであろう。光沢のない黒い掻練の、さわさわ音がするほど張った一襲の上に、その織物の袿を着ていらっしゃる、とても寒そうでいたわしい感じである。襲の衣などは、どのようにしたのであろうか。
お鼻の色だけは、霞にも隠れることなく目立っているので、お心にもなくつい嘆息されなさって、わざわざ御几帳を引き直して隔てなさる。かえって、女はそのようにはお思いにならず、今は、このようにやさしく変わらない愛情のほどを、安心に思い気を許してご信頼申していらっしゃるご様子は、いじらしく感じられる。
このような面でも、普通の身分の人とは違って、気の毒で悲しいお身の上の方、とお思いになると、かわいそうで、せめてわたしだけでもと、お心にかけていらっしゃるのも、めったにないことである。お声なども、たいそう寒そうに、ふるえながらお話し申し上げなさる。見かねなさって、
「衣装のことなどを、お世話申し上げる人はございますか。このように気楽なお住まいでは、ひたすらとてもくつろいだ様子で、ふっくらして柔らかくなっているのがよいのです。表面だけを取り繕ったお身なりは、感心しません」
と申し上げなさると、ぎごちなくそれでもお笑いになって、
「醍醐の阿闍梨の君のお世話を致そうと思っても、召し物などを縫うことができずにおります。皮衣まで取られてしまった後は、寒うございます」
と申し上げなさるのは、まったく鼻の赤い兄君だったのである。素直だとはいっても、あまりに構わなさすぎるとお思いになるが、この世では、とても実直で無骨な人になっていらっしゃる。
「皮衣はそれでよい。山伏の蓑代衣にお譲りになってよいでしょう。そうして、この大切にする必要もない白妙の衣は、七枚襲にでも、どうして重ね着なさらないのですか。必要な物がある時々には、忘れていることでもおっしゃってください。もともと愚か者で気がききません性分ですから。まして方々への忙しさに紛れて、ついうっかりしまして」
とおっしゃって、向かいの院の御倉を開けさせなさって、絹や、綾などを差し上げさせなさる。
荒れた所もないが、お住まいにならない所の様子はひっそりとして、お庭先の木立だけがたいそう美しく、紅梅の咲き出した匂いなど、鑑賞する人がいないのをお眺めになって、
「昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら
世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ」
独り言をおっしゃったが、お聞き知りにはならなかったであろう。

 2 Tale of Hikaru-Genji Women's lives in Nijo-Higasi-no-in [2-1 Genji visits to Suetsumu in Nijo-Higasi-no-in]
 Kau nonosiru uma kuruma no oto wo, mono-hedate te kiki tamahu ohom-kata-gata ha, hatisu no naka no sekai ni, mada hirake zara m kokoti mo kaku ya to, kokoro-yamasige nari. Masite, Himgasi-no-Win ni hanare tamahe ru ohom-kata-gata ha, tosi-tuki ni sohe te, ture-dure no kazu nomi masare do, Yo no ukime miye nu yamadini omohi nazurahe te, turenaki hito no mi-kokoro wo ba, nani to ka ha mi tatematuri togame m, sono hoka no kokoro-motonaku sabisiki koto hata nakere ba, okonahi no kata no hito ha, sono magire naku tutome, kana no yorodu no sausi no gakumon, kokoro ni ire tamaha m hito ha, mata negahi ni sitagahi, mono-mameyaka ni haka-bakasiki okite ni mo, tada kokoro no negahi ni sitagahi taru sumahi nari. Sawagasiki hi-goro sugusi te watari tamahe ri.
 Hitati-no-Miya-no-Ohomkata ha, hito no hodo are ba, kokoro-gurusiku obosi te, hitome no kazari bakari ha, ito yoku motenasi kikoye tamahu. Inisihe, sakari to miye si ohom-waka-gami mo, tosi-goro ni otorohi yuki, masite, taki no yodomi hadukasige naru ohom-katahara-me nado wo, itohosi to obose ba, maho ni mo mukahi tamaha zu.
 Yanagi ha, geni koso susamazikari kere to miyuru mo, ki-nasi tamahe ru hito kara naru besi. Hikari mo naku kuroki kaineri no, sawi-sawisiku hari taru hito-kasane, saru orimono no utiki ki tamahe ru, ito samuge ni kokoro-gurusi. Kasane no kinu nado ha, ika ni si-nasi taru ni ka ara m?
 Mi-hana no iro bakari, kasumi ni mo magiru maziu hanayaka naru ni, mi-kokoro ni mo ara zu uti-nageka re tamahi te, kotosara ni mi-kityau hiki-tukurohi hedate tamahu. Naka-naka, womna ha sa si mo obosi tara zu, ima ha, kaku ahare ni nagaki mi-kokoro no hodo wo, odasiki mono ni utitoke tanomi kikoye tamahe ru ohom-sama, ahare nari.
 Kakaru kata ni mo, osinabete no hito nara zu, itohosiku kanasiki hito no ohom-sama ni obose ba, ahare ni, ware dani koso ha to, mi-kokoro todome tamahe ru mo, arigataki zo kasi. Ohom-kowe nado mo, ito samuge ni, uti-wananaki tutu katarahi kikoye tamahu. Mi wadurahi tamahi te,
 "Mi-zo-domo no koto nado, usiromi kikoyuru hito ha haberi ya? Kaku kokoro-yasuki ohom-sumahi ha, tada ito utitoke taru sama ni, hukumi naye taru koso yokere. Uhabe bakari tukurohi taru oyom-yosohi ha, ainaku nam."
 to kikoye tamahe ba, koti-gotisiku sasuga ni warahi tamahi te,
 "Daigo no Azari-no-Kimi no mi-atukahi si haberu tote, kinu-domo mo e nuhi habera de nam. Kaha-ginu wo sahe tora re ni si noti, samuku haberu."
 to kikoye tamahu ha, ito hana akaki ohom-seuto nari keri. Kokoro utukusi to ihi nagara, amari utitoke sugi tari to obose do, koko ni te ha, ito mame ni kisuku no hito ni te ohasu.
 "Kaha-ginu ha ito yosi. Yamabusi no minosiro-goromo ni yuduri tamahi te ahe nam. Sate, kono itahari naki sirotahe no kinu ha, nanahe ni mo, nado ka kasane tamaha zara m? Saru beki wori-wori ha, uti-wasure tara m koto mo odorokasi tamahe kasi. Motoyori ore-oresiku, tayuki kokoro no okotari ni. Masite kata-gata no magirahasiki kihohi ni mo, onodukara nam."
 to notamahi te, mukahi no Win no mi-kura ake sase tamahi te, kinu, aya nado tatematura se tamahu.
 Are taru tokoro mo nakere do, sumi tamaha nu tokoro no kehahi ha siduka ni te, o-mahe no kodati bakari zo ito omosiroku, koubai no saki-ide taru nihohi nado, mi-hayasu hito mo naki wo mi-watasi tamahi te,
 "Hurusato no haru no kozuwe ni tadune ki te
 yo no tune nara nu hana wo miru kana
"
 to hitori-goti tamahe do, kiki-siri tamaha zari kem kasi.

 空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかに局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、経1099、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽の具なども、をかしげになまめかしう、なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり。
青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、
「『松が浦島1100』をはるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。さすがにかばかりの御睦び1101は、絶ゆまじかりけるよ」
などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、
「かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られはべり1102ける」
と聞こゆ。
「つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはとなむ思ふ」
と
1103のたまふ。「かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、
「かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、いづくにかはべらむ」
とて、まことにうち泣きぬ。いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、かくもて離れたること、と思すしも、見放ちがたく思さるれど、はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「かばかりの言ふかひだにあれかし」と、あなたを見やりたまふ。
かやうにても、御蔭に隠れたる人々多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、
「おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ限りある道の別れ1104のみこそうしろめたけれ。『命を知らぬ1105』」
など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざまあまねく1106なつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人々年を経ける。

 [2-2 続いて空蝉を訪問]
空蝉の尼君にも、お立ち寄りになった。ご大層な様子ではなく、ひっそりと部屋住みのような体にして、仏ばかりに広く場所を差し上げて、勤行している様子がしみじみと感じられて、経や、仏のお飾り、ちょっとしたお水入れの道具なども、風情があり優美で、やはり嗜みがあると見える人柄である。
青鈍の几帳、意匠も面白いのに、すっかり身を隠して、袖口だけが格別なのも心惹かれる感じなので、涙ぐみなさって、
「『松が浦島』は遥か遠くに思って諦めるべきだったのですね。昔からつらいご縁でしたなあ。そうはいってもやはりこの程度の付き合いは、絶えないのでしたね」
などとおっしゃる。尼君も、しみじみとした様子で、
「このようなことでご信頼申し上げていますのも、ご縁は浅くないのだと存じられます」
と申し上げる。
「薄情な仕打ちを何度もなさって、心を惑わしなさった罪の報いなどを、仏に懺悔申し上げるとはお気の毒なことです。ご存じですか。このように素直な者はいないのだと、お気づきになることもありはしないかと思います」
とおっしゃる。「あのあきれた昔のことをお聞きになっていたのだ」と、恥ずかしく、
「このような姿をすっかり御覧になられてしまったことより他に、どのような報いがございましょうか」
と言って、心の底から泣いてしまった。昔よりもいっそうどことなく思慮深く気が引けるようなところがまさって、このような出家の身を守っているのだ、とお思いになると、見放しがたく思わずにはいらっしゃれないが、ちょっとした色めいた冗談も話しかけるべきではないので、普通の昔や今の話をなさって、「せめてこの程度の話相手であってほしいものよ」と、あちらの方を御覧になる。
このようなことで、ご庇護になっている婦人方は多かった。皆一通りお立ち寄りになって、
「お目にかかれない日が続くこともありますが、心の中では忘れていません。ただいつかは死出の別れが来るのが気がかりです。『誰も寿命は分からないものです』」
などと、やさしくおっしゃる。どの人をも、身分相応につけて愛情を持っていらっしゃった。自分こそはと気位高く構えてもよさそうなご身分の方であるが、そのように尊大にはお振る舞いにはならず、場所柄につけ、また相手の身分につけては、どなたにもやさしくいらっしゃるので、ただこのようなお心配りをよりどころとして、多くの婦人方が年月を送っているのであった。

 [2-2 Genji visits to Utsusemi too]
 Utusemi no Ama-goromo ni mo, sasi-nozoki tamahe ri. Ukebari taru sama ni ha ara zu, kagoyaka ni tubone-zumi ni si-nasi te, Hotoke bakari ni tokoro e sase tatematuri te, okonahi tutome keru sama ahare ni miye te, kyau, Hotoke no ohom-kazari, hakanaku si taru aka no gu nado mo, wokasige ni namamekasiu, naho kokorobase ari to miyuru hito no kehahi nari.
 Awo-nibi no kityou, kokorobahe wokasiki ni, itaku wi-kakure te, sode-guti bakari zo iro koto naru si mo natukasikere ba, namidagumi tamahi te,
 "Matu-ga-urasima wo haruka ni omohi te zo yami nu bekari keru. Mukasi yori kokoro-ukari keru ohom-tigiri kana! Sasuga ni kabakari no ohom-mutubi ha, tayu mazikari keru yo!"
 nado notamahu. Ama-Gimi mo, mono-ahare naru kehahi ni te,
 "Kakaru kata ni tanomi kikoye sasuru si mo nam, asaku ha ara zu omohi tamahe sira re haberi keru."
 to kikoyu.
 "Turaki wori-wori kasane te, kokoro-madohasi tamahi si yo no mukuyi nado wo, Hotoke ni kasikomari kikoyuru koso kurusikere. Obosi siru ya? Kaku ito sunaho ni mo ara nu mono wo to, omohi-ahase tamahu koto mo ara zi ya ha to nam omohu."
 to notamahu. "Kano asamasikari si yo no huru-koto wo kiki-oki tamahe ru na'meri." to, hadukasiku,
 "Kakaru arisama wo go-ran-zi-hate raruru yori hoka no mukuyi ha, iduku ni ka habera m?"
 tote, makoto ni uti-naki nu. Inisihe yori mo mono-hukaku hadukasigesa masari te, kaku mote hanare taru koto, to obosu si mo, mi-hanati gataku obosa rure do, hakanaki koto wo notamahi kaku beku mo ara zu, ohokata no mukasi ima no monogatari wo si tamahi te, "Kabakari no ihu-kahi dani are kasi." to, anata wo mi-yari tamahu.
 Kayau ni te mo, mi-kage ni kakure taru hito-bito ohokari. Mina sasi-nozoki watasi tamahi te,
 "Obotukanaki hi-kazu tumoru wori-wori are do, kokoro no uti ha okotara zu nam. Tada kagiri aru miti no wakare nomi koso usirometakere. Inoti wo sira nu."
 nado, natukasiku notamahu. Idure wo mo, hodo-hodo ni tuke te ahare to obosi tari. Ware ha to obosi-agari nu beki ohom-mi no hodo nare do, sa si mo koto-kotosiku motenasi tamaha zu, tokoro ni tuke, hito no hodo ni tuke tutu, sama-zama amaneku natukasiku ohasimase ba, tada kabakari no mi-kokoro ni kakari te nam, ohoku no hito-bito tosi wo he keru.

 今年は男踏歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々物見に渡りたまふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはす。
西の対の姫君は、寝殿の南の御方に渡りたまひて、こなたの姫君に御対面ありけり。上も一所におはしませば、御几帳ばかり隔てて聞こえたまふ。
朱雀院の后の御方などめぐりけるほどに、夜もやうやう明けゆけば、水駅にてこと削がせたまふべきを、例あることより、ほかにさまことに加へて、いみじくもてはやさせたまふ。
影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降りつむ。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。
插頭の綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。
殿の中将の君、内の大殿の君達ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。
ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河1107」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも1108描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。
御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦1109たち出でにける霞のうち1110かと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。
さるは、高巾子1111の世離れ1112たるさま、寿詞の乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も1113聞こえぬものを。例の、綿かづきわたりてまかでぬ。

 3 光る源氏の物語 男踏歌 [3-1 男踏歌、六条院に回り来る]
今年は男踏歌がある。内裏から朱雀院に参上して、次にこの六条院に参上する。道中が遠かったりなどして、明け方になってしまった。月が曇りなく澄みきって、薄雪が少し降った庭が何ともいえないほど素晴らしいところに、殿上人なども、音楽の名人が多いころなので、笛の音もたいそう美しく吹き鳴らして、殿の御前では特に気を配っていた。御婦人方が御覧に来られるように、前もってお便りがあったので、左右の対の屋、渡殿などに、それぞれお部屋を設けていらっしゃる。
西の対の姫君は、寝殿の南の御方にお越しになって、こちらの姫君とご対面があった。紫の上もご一緒にいらっしゃったので、御几帳だけを隔て置いてご挨拶申し上げなさる。
朱雀院の后宮の御方などを回っていったころに、夜もだんだんと明けていったので、水駅として簡略になさるはずのところを、例年の時よりも、特別に追加して、たいそう派手に饗応させなさる。
白々とした明け方の月夜に、雪はだんだんと降り積もってゆく。松風が木高く吹き下ろして、興ざめしてしまいそうなころに、麹塵の袍が柔らかくなって、白襲の色合いは、何の飾り気も見えない。
插頭の綿は、何の色艶もないものだが、場所柄のせいか風流で、満足に感じられ、寿命も延びるような気がする。
殿の中将の君や、内の大殿の公達は、大勢の中でも一段と勝れて立派に目立っている。
ほのぼのと明けて行くころ、雪が少し散らついて、何となく寒く感じられるころに、「竹河」を謡って寄り添い舞う姿、思いをそそる声々が、絵に描き止められないのが残念である。
御夫人方は、どなたもどなたも負けない袖口が、こぼれ出ている仰々しさ、お召し物の色合いなども、曙の空に、春の錦が姿を現した霞の中かと見渡される。不思議に満足のゆく催し物であった。
一方では、高巾子の憂世離れした様子、寿詞の騒々しい、滑稽なことも、大仰に取り扱って、かえって何ほどの面白いはずの曲節も聞こえなかったのだが。例によって、綿を一同頂戴して退出した。

 3 Tale of Hikaru-Genji Otoko-Touka comes to Rokujo-in after the Court and Suzaku-in [3-1 Otoko-Touka comes to Rokujo-in]
 Kotosi ha Wotoko-tahuka ari. Uti yori Suzaku-win ni mawiri te, tugi ni kono Win ni mawiru. Miti no hodo tohoku nado si te, yoake-gata ni nari ni keri. Tuki no kumori naku sumi masari te, usu-yuki sukosi hure ru niha no e nara nu ni, Tenzyau-bito nado mo, mono no zyauzu ohokaru korohohi ni te, hue no ne mo ito omosirou huki-tate te, o-mahe ha koto ni kokoro-dukahi si tari. Ohom-kata-gata mono mi ni watari tamahu beku, kane te ohom-seusoku-domo ari kere ba, hidari migi no tai, wata-dono nado ni, mi-tubone si tutu ohasa su.
 Nisi-no-tai no Hime-Gimi ha, sin-den no minami no ohom-kata ni watari tamahi te, konata no Hime-Gimi ni ohom-taimen ari keri. Uhe mo hito-tokoro ni ohasimase ba, mi-kityau bakari hedate te kikoye tamahu.
 Suzaku-Win no kisaki no ohom-kata nado meguri keru hodo ni, yoru mo yau-yau ake-yuke ba, midu-umaya ni te koto soga se tamahu beki wo, rei aru koto yori, hoka ni sama koto ni kuhahe te, imiziku mote hayasa se tamahu.
 Kage susamaziki akatuki-dukuyo ni, yuki ha yau-yau huri tumu. Matu-kaze ko-dakaku huki-orosi, mono-susamaziku mo ari nu beki hodo ni, awo-iro no naye-bame ru ni, sira-gasane no iro-ahi, nani no kazari ka ha miyuru.
 Kazasi no wata ha, nani no nihohi mo naki mono nare do, tokoro kara ni ya omosiroku, kokoro-yuki, inoti noburu hodo nari.
 Tono no Tiuzyau-no-Kimi, Uti-no-Ohotono no kimdati zo, koto ni sugure te meyasuku hanayaka naru.
 Hono-bono to ake-yuku ni, yuki yaya tiri te, sozoro samuki ni, Takekaha utahi te, kayore ru sugata, natukasiki kowe-gowe no, we ni mo kaki todome gatakara m koso kutiwosikere.
 Ohom-kata-gata, idure mo idire mo otora nu sode-guti-domo, kobore-ide taru kotitasa, mono no iro-ahi nado mo, akebono no sora ni, haru no nisiki tati-ide ni keru kasumi no uti ka to miye watasa ru. Ayasiku kokoro no uti yuku mi-mono ni zo ari keru.
 Saru ha, kaukozi no yo-banare taru sama, kotobuki no midari-gahasiki, wokomeki taru koto wo, koto-kotosiku torinasi taru, naka-naka nani bakari no omosirokaru beki hyausi mo kikoye nu mono wo. Rei no, wata kaduki watari te makade nu.

 夜明け果てぬれば、御方々帰りわたりたまひぬ1114。大臣の君、すこし大殿籠もりて、日高く起きたまへり。
「中将の声は、弁少将にをさをさ劣らざめるは。あやしう有職ども生ひ出づるころほひにこそあれ。いにしへの人は、まことにかしこき方やすぐれたることも多かりけむ、情けだちたる筋は、このころの人にえしもまさらざりけむかし。中将などをば、すくすくしき朝廷人にしなしてむとなむ思ひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もて離れよと思ひしかども、なほ下にはほの好きたる筋の心をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさか1115めり」
など、いとうつくしと思したり。「万春楽」と、御口ずさみにのたまひて、
「人々のこなたに集ひたまへるついでに、いかで物の音こころみてしがな。私の後宴すべし」
とのたまひて、御琴どもの、うるはしき袋どもして秘めおかせたまへる、皆引き出でて、おし拭ひ、ゆるべる緒、調へさせたまひなどす。御方々、心づかひいたくしつつ、心懸想1116を尽くしたまふらむかし。

 [3-2 源氏、踏歌の後宴を計画す]
夜がすっかり明けてしまったので、ご夫人方は御殿にお帰りになった。大臣の君、少しお寝みになって、日が高くなってお起きになった。
「中将の君は、弁少将に比べて少しも劣っていないようだったな。不思議と諸道に優れた者たちが出現する時代だ。昔の人は、本格的な学問では優れた人も多かったが、風雅の方面では、最近の人に勝っているわけでもないようだ。中将などは、生真面目な官僚に育てようと思っていて、自分のようなとても風流に偏った融通のなさを真似させまいと思っていたが、やはり心の中は多少の風流心も持っていなければならない。沈着で、真面目な表向きだけでは、けむたいことだろう」
などと言って、たいそうかわいいとお思いになっていた。「万春楽」と、お口ずさみになって、
「ご婦人方がこちらにお集まりになった機会に、どうかして管弦の遊びを催したいものだ。私的な後宴をしよう」
とおっしゃって、弦楽器などが、いくつもの美しい袋に入れて秘蔵なさっていたのを、皆取り出して埃を払って、緩んでいる絃を、調律させたりなどなさる。御婦人方は、たいそう気をつかったりして、緊張をしつくされていることであろう。

 [3-2 Genji holds a his private banquet after Otoko-Touka]
 Yo ake-hate nure ba, ohom-kata-gata kaheri watari tamahi nu. Otodo-no-Kimi, sukosi ohotono-gomori te, hi takaku oki tamahe ri.
 "Tiuzyau no kowe ha, Ben-no-Seusyau ni wosa-wosa otora za'meru ha! Ayasiu iusoku-domo ohi-iduru korohohi ni koso are. Inisihe no hito ha, makoto ni kasikoki kata ya sugure taru koto mo ohokari kem, nasake-dati taru sudi ha, kono-koro no hito ni e si mo masara zari kem kasi. Tiuzyau nado wo ba, suku-sukusiki ohoyake-bito ni si-nasi te m to nam omohi-oki te si, midukara no ito azare-bami taru katakunasisa wo, mote hanare yo to omohi sika do mo, naho sita ni ha hono-suki taru sudi no kokoro wo koso todomu beka'mere. Mote-sidume, sukuyoka naru uhabe bakari ha, urusaka'meri."
 nado, ito utukusi to obosi tari. Bansu-raku, to ohom-kuti-zusami ni notamahi te,
 "Hito-bito no konata ni tudohi tamahe ru tuide ni, ikade mono no ne kokoromi te si gana. Watakusi no go-en su besi."
 to notamahi te, ohom-koto-domo no, uruhasiki hukuro-domo si te hime-oka se tamahe ru, mina hiki-ide te, osi-nogohi, yurube ru wo, totonohe sase tamahi nado su. Ohom-kata-gata, kokoro-dukahi itaku si tutu, kokoro-gesau wo tukusi tamahu ram kasi.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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