源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる

2 光る源氏の物語 夏の町の物語

3 光る源氏の物語 光る源氏の物語論

出典
校訂

1 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる

2 光る源氏の物語 夏の町の物語

3 光る源氏の物語 光る源氏の物語論

1 Tale of Tamakazura She is shown her figure by Hyoubukyou-no-Miya through a light of fireflies

2 Tale of Gikaru-Genji Events of May 5 on Rokujoin

3 Tale of Hikaru-Genji On monogatari by Hikaru-Genji

 今はかく重々しきほどに、よろづのどやかに思ししづめたる御ありさまなれば、頼みきこえさせたまへる人々、さまざまにつけて、皆思ふさまに定まり、ただよはしからで、あらまほしくて過ぐしたまふ。
対の姫君こそ、いとほしく、思ひのほかなる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。かの監が憂かりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかる筋に、かてけも人の思ひ寄りきこゆべきことならねば、心ひとつに思しつつ、「様ことに疎まし」と思ひきこえたまふ。
何ごとをも思し知りにたる御齢なれば、とざまかうざまに思し集めつつ、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しくおぼゆ。
大臣も、うち出でそめたまひては、なかなか苦しく思せど、人目を憚りたまひつつ、はかなきことをもえ聞こえたまはず、苦しくも思さるるままに、しげく渡りたまひつつ、御前の人遠く、のどやかなる折は、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゆべきにはあらねば、ただ見知らぬさまにもてなしきこえたまふ。
人ざまのわららかに、気近くものしたまへば、いたくまめだち、心したまへど、なほをかしく愛敬づきたるけはひのみ見えたまへり。

 1 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる [1-1 玉鬘、養父の恋に悩む]
今はこのように重々しい身分ゆえに、何事にももの静かに落ち着いていらっしゃるご様子なので、ご信頼申し上げていらっしゃる方々は、それぞれ身分に応じて、皆思いどおりに落ち着いて、不安もなく、理想的にお過ごしになっている。
対の姫君だけは、気の毒に、思いもしなかった悩みが加わって、どうしようかしらと困っていらしゃるようである。あの監が嫌だった様子とは比べものにならないが、このようなことで、夢にも回りの人々がお気づき申すはずのないことなので、自分の胸一つをお痛めになりながら、「変なことで嫌らしい」とお思い申し上げなさる。
どのようなことでもご分別のついているお年頃なので、あれやこれやとお考え合わせになっては、母君がお亡くなりになった無念さを、改めて惜しく悲しく思い出される。
大臣も、お口にいったんお出しになってからは、かえって苦しくお思いになるが、人目を遠慮なさっては、ちょっとした言葉もお話しかけになれず、苦しくお思いになるので、頻繁にお越しになっては、お側に女房などもいなくて、のんびりとした時には、穏やかならぬ言い寄りをなさるたびごとに、胸を痛め痛めしては、はっきりとお拒み申し上げることができないので、ただ素知らぬふりをしてお相手申し上げていらっしゃる。
人柄が明朗で、人なつこくいらっしゃるので、とてもまじめぶって、用心していらっしゃるが、やはりかわいらしく魅力的な感じばかりが目立っていらっしゃる。

 1 Tale of Tamakazura She is shown her figure by Hyoubukyou-no-Miya through a light of fireflies [1-1 Tamakazura is troubuled with her stepfather's love]
 Ima ha kaku omo-omosiki hodo ni, yorodu nodoyaka ni obosi-idume taru mi-arisama nare ba, tanomi kikoye sase tamahe ru hito-bito, sama-zama ni tuke te, mina omohu sama ni sadamari, tadayohasi kara de, aramahoisiku te sugusi tamahu.
 Tai no Hime-Gimi koso, itohosiku, omohi no hoka naru omohi sohi te, ikani se m to obosi midaru mere. Kano Gen ga ukari si sama ni ha, nazurahu beki kehahi nara ne do, kakaru sudi ni, kakete mo hito no omohi-yori kikoyu beki koto nara ne ba, kokoro hitotu ni obosi tutu, "Sama koto ni utomasi" to omohi kikoye tamahu.
 Nani-goto wo mo obosi siri ni taru ohom-yohahi nare ba, tozama kauzama ni obosi atume tutu, Haha-Gimi no ohase zu nari nari ni keru kutiwosisa mo, mata tori-kahesi wosiku kanasiku oboyu.
 Otodo mo, uti-ide some tamahi te ha, naka-naka kurusiku obose do, hitome wo habakari tamahi tutu, hakanaki koto wo mo e kikoye tamaha zu, kurusiku mo obosa ruru mama ni, sigeku watari tamahi tutu, o-mahe no hito tohoku, nodoyaka naru wori ha, tada nara zu kesiki-bami kikoye tamahu goto ni, mune tubure tutu, kezayaka ni hasitanaku kikoyu beki ni ha ara ne ba, tada mi-sira nu sama ni motenasi kikoye tamahu.
 Hito-zama no wararaka ni, ke-dikaku monosi tamahe ba, itaku mamedati, kokoro si tamahe do, naho wokasiku aigyau-duki taru kehahi nomi miye tamahe ri.

 兵部卿宮などは、まめやかにせめきこえたまふ。御労のほどはいくばくならぬに、五月雨になりぬる愁へ1144をしたまひて、
「すこし気近きほどをだに許したまはば、思ふことをも、片端はるけてしがな」
と、聞こえたまへるを、殿御覧じて、
「なにかは。この君達の好きたまはむは、見所ありなむかし。もて離れてな聞こえたまひそ。御返り、時々聞こえたまへ」
とて、教へて書かせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「乱り心地悪し」とて、聞こえたまはず。
人々も、ことにやむごとなく寄せ重きなども、をさをさなし。ただ、母君の御叔父なりける、宰相ばかりの人の娘にて、心ばせなど口惜しからぬが、世に衰へ残りたるを、尋ねとりたまへる、宰相の君とて、手などもよろしく書き、おほかたも大人びたる人なれば、さるべき折々の御返りなど書かせたまへば、召し出でて、言葉などのたまひて書かせたまふ。
ものなどのたまふさまを、ゆかしと思すなるべし。
正身は、かくうたてあるもの嘆かしさの後は、この宮などは、あはれげに聞こえたまふ時は、すこし見入れたまふ時もありけり。何かと思ふには1145あらず、「かく心憂き御けしき見ぬわざもがな」と、さすがにされたるところつきて思しけり。
殿は、あいなくおのれ心懸想して、宮を待ちきこえたまふも知りたまはで、よろしき御返りのあるをめづらしがりて、いと忍びやかにおはしましたり。
妻戸の間に御茵参らせて、御几帳ばかりを隔てにて、近きほどなり。
いといたう心して、空薫物心にくきほどに匂はして、つくろひおはするさま、親にはあらで、むつかしきさかしら人の、さすがにあはれに見えたまふ。宰相の君なども、人の御いらへ聞こえむこともおぼえず、恥づかしくてゐたるを、「埋れたり」と、ひきつみたまへば、いとわりなし。

 [1-2 兵部卿宮、六条院に来訪]
兵部卿宮などは、真剣になってお申し込みなさる。お骨折りの日数はそれほどたってないのに、五月雨になってしまった苦情を訴えなさって、
「もう少しお側近くに上がることだけでもお許し下さるならば、思っていることも、少しは晴らしたいものですね」
と、申し上げになさるのを、殿が御覧になって、
「何のかまうことがあろうか。この公達が言い寄られるのは、きっと風情があろう。そっけないお扱いをなさるな。お返事は、時々差し上げなさい」
とおっしゃって、教えてお書かせ申し上げなさるが、ますます不愉快なことに思われなさるので、「気分が悪い」と言って、お書きにならない。
女房たちも、特に家柄がよく声望の高い者などもほとんどいない。ただ一人、母君の叔父君であった、宰相程度の人の娘で、嗜みなどさほど悪くはなく、世に落ちぶれていたのを、探し出されたのが、宰相の君と言って、筆跡などもまあまあに書いて、だいたいがしっかりした人なので、しかるべき折々のお返事などをお書かせになっていたのを、召し出して、文言などをおっしゃって、お書かせになる。
お口説きになる様子を御覧になりたいのであろう。
ご本人は、こうした心配事が起こってから後は、この宮などには、しみじみと情のこもったお手紙を差し上げなさる時は、少し心をとめて御覧になる時もあるのだった。特に関心があるというのではないが、「このようなつらい殿のお振る舞いを見ないですむ方法がないものか」と、さすがに女らしい風情がまじる思いにもなるのだった。
殿は、勝手に心ときめかしなさって、宮をお待ち申し上げていらっしゃるのもご存知なくて、まあまあのお返事があるのを珍しく思って、たいそうこっそりといらっしゃった。
妻戸の間にお敷物を差し上げて、御几帳だけを間に隔てとした近い場所である。
とてもたいそう気を配って、空薫物を奥ゆかしく匂わして、世話をやいていらっしゃる様子、親心ではなくて、手に負えないおせっかい者の、それでも親身なお扱いとお見えになる。宰相の君なども、お返事をお取り次ぎ申し上げることなども分からず、恥ずかしがっているのを、「引っ込み思案だ」と、おつねりになるので、まこと困りきっている。

 [1-2 Hyoubukyou-no-Miya visit to Rokujoin]
 Hyaubukyau-no-Miya nado ha, mameyaka ni seme kikoye tamahu. Go-rau no hodo ha ikubaku nara nu ni, samidare ni nari nuru urehe wo si tamahi te,
 "Sukosi ke-dikaki hodo wo dani yurusi tamaha ba, omohu koto wo mo, katahasi haruke te si gana!"
 to, kikoye tamahe ru wo, Tono go-ran-zi te,
 "Nani ka ha? Kono Kim-dati no suki tamaha m ha, mi-dokoro ari na m kasi. Mote hanare te na kikoye tamahi so. Ohom-kaheri, toki-doki kikoye tamahe."
 tote, wosihe te kaka se tatematuri tamahe do, itodo utate oboye tamahe ba, "Midari-gokoti asi." tote, kikoye tamaha zu.
 Hito-bito mo, koto ni yamgotonaku yose omoki nado mo, wosa-wosa nasi. Tada, Haha-Gimi no ohom-wodi nari keru, Saisyau bakari no hito no musume ni te, kokorobase nado kutiwosikara nu ga, yo ni otorohe nokori taru wo, tadune tori tamahe ru, Saisyau-no-Kimi tote, te nado mo yorosiku kaki, ohokata mo otonabi taru hito nare ba, saru beki wori-wori no ohom-kaheri nado kaka se tamahe ba, mesi-ide te, kotoba nado notamahi te kaka se tamahu.
 Mono nado notamahu sama wo, yukasi to obosu naru besi.
 Syauzimi ha, kaku utate aru mono-nagekasisa no noti ha, kono Miya nado ha, aharege ni kikoye tamahu toki ha, sukosi mi-ire tamahu toki mo ari keri. Nani ka to omohu ni ha ara zu, "Kaku kokoro-uki mi-kesiki mi nu waza mo gana!" to, sasuga ni sare taru tokoro tuki te obosi keri.
 Tono ha, ainaku onore kokoro-gesau si te, Miya wo mati kikoye tamahu mo siri tamaha de, yorosiki ohom-kaheri no aru wo medurasi-gari te, ito sinobiyaka ni ohasimasi tari.
 Tumado no ma ni ohom-sitone mawira se te, mi-kityau bakari wo hedate ni te, tikaki hodo nari.
 Ito itau kokoro si te, sora-dakimono kokoro-nikuki hodo ni nihohasi te, tukurohi ohasuru sama, oya ni ha ara de, mutukasiki sakasira-bito no, sasuga ni ahare ni miye tamahu. Saisyau-no-Kimi nado mo, hito no ohom-irahe kikoye m koto mo oboye zu, hadukasiku te wi taru wo, "Umore tari." to, hiki-tumi tamahe ba, ito wari-nasi.

 夕闇過ぎて、おぼつかなき空のけしきの曇らはしきに、うちしめりたる宮の御けはひも、いと艶なり。うちよりほのめく追風も、いとどしき御匂ひのたち添ひたれば、いと深く薫り満ちて、かねて思しし1146よりもをかしき御けはひを、心とどめたまひけり。
うち出でて、思ふ心のほどをのたまひ続けたる言の葉、おとなおとなしく、ひたぶるに好き好きしくはあらで、いとけはひことなり。大臣、いとをかしと、ほの聞きおはす。
姫君は、東面に引き入りて大殿籠もりにけるを、宰相の君の御消息伝へに、ゐざり入りたるにつけて、
「いとあまり暑かはしき御もてなしなり。よろづのこと、さまに従ひてこそめやすけれ。ひたぶるに若びたまふべきさまにもあらず。この宮たちをさへ、さし放ちたる人伝てに聞こえたまふまじきことなりかし。御声こそ惜しみたまふとも、すこし気近くだにこそ」
など、諌めきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひ入りたまひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべり出でて、母屋の際なる御几帳のもとに、かたはら臥したまへる。

 [1-3 玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る]
夕闇のころが過ぎて、はっきりしない空模様も曇りがちで、物思わしげな宮のご様子も、とても優美である。内側からほのかに吹いてくる追い風も、さらに優れた殿のお香の匂いが添わっているので、とても深く薫り満ちて、予想なさっていた以上に素晴らしいご様子に、お心を惹かれなさるのだった。
お口に出して、思っている心の中をおっしゃり続けるお言葉は、落ち着いていて、一途な好き心からではなく、とても態度が格別である。大臣は、とても素晴らしいと、ほのかに聞いていらっしゃる。
姫君は、東面の部屋に引っ込んでお寝みになっていらしたのを、宰相の君が宮のお言葉を伝えに、いざり入って行く後についていって、
「とてもあまりに暑苦しいご応対ぶりです。何事も、その場に応じて振る舞うのがよろしいのです。むやみに子供っぽくなさってよいお年頃でもありません。この宮たちまでを、よそよそしい取り次ぎでお話し申し上げなさってはいけません。お返事をしぶりなさるとも、せめてもう少しお近くで」
などと、ご忠告申し上げなさるが、とても困って、注意するのにかこつけて中に入っておいでになりかねないお方なので、どちらにしても身の置き所もないので、そっとにじり出て、母屋との境にある御几帳の側に横になっていらっしゃった。

 [1-3 Tamakazura moves near front of moya in the dusk]
 Yuhu-yami sugi te, obotukanaki sora no kesiki no kumorahasiki ni, uti-simeri taru Miya no ohom-kehahi mo, ito en-nari. Uti yori honomeku ohi-kaze mo, itodosiki ohom-nihohi no tati-sohi tare ba, ito hukaku kawori miti te, kanete obosi si yori mo wokasiki ohom-kehahi wo, kokoro todome tamahi keri.
 Uti-ide te, omohu kokoro no hodo wo notamahi tuduke taru koto-no-ha, otona-otonasiku, hitaburu ni suki-zukisiku ha ara de, ito kehahi koto nari. Otodo, ito wokasi to, hono-kiki ohasu.
 Hime-Gimi ha, himgasi-omote ni hiki-iri te ohotono-gomori ni keru wo, Saisyau-no-Kimi no ohom-seusoko tutahe ni, wizari-iri taru ni tuke te,
 "Ito amari atukahasiki ohom-motenasi nari. Yorodu no koto, sama ni sitagahi te koso meyasukere. Hitaburu ni wakabi tamahu beki sama ni mo ara zu. Kono Miya-tati wo sahe, sasi-hanati taru hito-dute ni kikoye tamahu maziki koto nari kasi. Ohom-kowe koso wosimi tamahu to mo, sukosi ke-dikaku dani koso."
 nado, isame kikoye tamahe do, ito wari-naku te, kotoduke te mo hahi-iri tamahi nu beki mi-kokorobahe nare ba, tozama kauzama ni wabisikere ba, suberi-ide te, moya no kiha naru mi-kityau no moto ni, katahara husi tamahe ru.

 何くれと言長き御いらへ聞こえたまふこともなく、思しやすらふに、寄りたまひて、御几帳の帷子を一重うちかけたまふにあはせて、さと光るもの。紙燭をさし出でたるかとあきれたり。
螢を薄きかたに、この夕つ方いと多く包みおきて、光をつつみ隠したまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。
にはかにかく掲焉に光れるに、あさましくて、扇をさし隠したまへるかたはら目、いとをかしげなり。
「おどろかしき光見えば、宮も覗きたまひなむ。わが女と思すばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。人ざま容貌など、いとかくしも具したらむとは、え推し量りたまはじ。いとよく好きたまひぬべき心、惑はさむ」
と、かまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君をば、かくしも、もて騷ぎたまはじ、うたてある御心なりけり。
こと方より、やをらすべり出でて、渡りたまひぬ。

 [1-4 源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる]
何やかやと長口舌にお返事を申し上げなさることもなく、ためらっていらっしゃるところに、お近づきになって、御几帳の帷子を一枚お上げになるのに併せて、ぱっと光るものが。紙燭を差し出したのかと驚いた。
螢を薄い物に、この夕方たいそうたくさん包んでおいて、光を隠していらっしゃったのを、何気なく、何かと身辺のお世話をするようにして。
急にこのように明るく光ったので、驚きあきれて、扇をかざした横顔、とても美しい様子である。
「驚くほどの光がさしたら、宮もきっとお覗きになるだろう。自分の娘だとお考えになるだけのことで、こうまで熱心にご求婚なさるようだ。人柄や器量など、ほんとうにこんなにまで整っているとは、さぞお思いでなかろう。夢中になってしまうに違いないお心を、悩ましてやろう」
と、企んであれこれなさるのだった。ほんとうの自分の娘ならば、このようなことをして、大騷ぎをなさるまいに、困ったお心であるよ。
別の戸口から、そっと抜け出て、行っておしまいになった。

 [1-4 Genji makes Tamakazura's figure shown by Hyoubukyou-no-Miya]
 Nani-kure to koto nagaki ohom-irahe kikoye tamahu koto mo naku, obosi yasurahu ni, yori tamahi te, mi-kityau no katabira wo hito-e uti-kake tamahu ni ahase te, sa to hikaru mono. Sisoku wo sasi-ide taru ka to akire tari.
 Hotaru wo usuki kata ni, kono yuhu-tu-kata ito ohoku tutumi oki te, hikari wo tutumi kakusi tamahe ri keru wo, sarige-naku, tokaku hiki-tukurohu yau ni te.
 Nihaka ni kaku ketien ni hiakre ru ni, asamasiku te, ahugi sasi-kakusi tamahe ru katahara -me, ito wokasige nari.
 "Odorokasiki hikari miye ba, Miya mo nozoki tamahi na m. Waga musume to obosu bakari no oboye ni, kaku made notamahu na'meri. Hito zama katati nado, ito kaku si mo gu-si tara m to ha, e osihakari tamaha zi. Ito yoku suki tamahi nu beki kokoro, madoha sa m."
 to, kamahe ariki tamahu nari keri. Makoto no waga Hime-Gimi wo ba, kaku si mo, mote sawagi tamaha zi, utate aru mi-kokoro nari keri.
 Koto-kata yori, yawora suberi-ide te, watari tamahi nu.

 宮は、人のおはするほど、さばかりと推し量りたまふが、すこし気近きけはひするに、御心ときめきせられたまひて、えならぬ羅の帷子の隙より見入れたまへるに、一間ばかり隔てたる見わたしに、かくおぼえなき光のうちほのめくを、をかしと見たまふ。
ほどもなく紛らはして隠しつ。されどほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥したまへりつる様体のをかしかりつるを、飽かず思して、げに、このこと御心にしみにけり。
「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに
人の消つには消ゆるものかは
思ひ知りたまひぬや」
と聞こえたまふ。かやうの御返しを、思ひまはさむもねぢけ1147たれば、疾きばかりをぞ。
「声はせで身をのみこがす螢こそ
言ふよりまさる思ひなるらめ」
など、はかなく聞こえなして、御みづからは引き入りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ愁はしさを、いみじく怨みきこえたまふ。
好き好きしきやうなれば、ゐたまひも明かさで、軒の雫も苦しさに1148、濡れ濡れ夜深く出でたまひぬ。時鳥などかならずうち鳴き1149けむかし。うるさければこそ聞きも止めね。
「御けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣の君に似たてまつりたまへり」と、人々もめできこえけり。昨夜、いと女親だちてつくろひたまひし御けはひを、うちうちは知らで、「あはれにかたじけなし」と皆言ふ。

 [1-5 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す]
宮は、姫のいらっしゃる所を、あの辺だと推量なさるが、割に近い感じがするので、つい胸がどきどきなさって、なんとも言えないほど素晴らしい羅の帷子の隙間からお覗きになると、柱一間ほど隔てた見通しの所に、このように思いがけない光がちらつくのを、美しいと御覧になる。
間もなく見えないように取り隠した。けれどもほのかな光は、風流な恋のきっかけにもなりそうに見える。かすかであるが、すらりとした身を横にしていらっしゃる姿が美しかったのを、心残りにお思いになって、なるほど、この趣向はお心に深くとまったのであった。
「鳴く声も聞こえない螢の火でさえ
人が消そうとして消えるものでしょうか
ご存知いただけたでしょうか」
と申し上げなさる。このような場合のお返事を、思案し過ぎるのも素直でないので、早いだけを取柄に。
「声には出さずひたすら身を焦がしている螢の方が
口に出すよりもっと深い思いでいるでしょう」
などと、さりげなくお答え申して、ご自身はお入りになってしまったので、とても疎々しくおあしらいなさるつらさを、ひどくお恨み申し上げなさる。
好色がましいようなので、そのまま夜をお明かしにならず、軒の雫も苦しいので、濡れながらまだ暗いうちにお出になった。ほととぎすなどもきっと鳴いたことであろう。わずらわしいので耳も留めなかった。
「ご様子などの優美さは、とてもよく大臣の君にお似申していらっしゃる」と、女房たちもお褒め申し上げるのであった。昨夜、すっかり母親のようにお世話やきなさったご様子を、内情は知らないで、「しみじみとありがたい」と女房一同は言う。

 [1-5 Hyoubukyou-no-Miya loves more and more to Tamakazura]
 Miya ha, hito no ohasuru hodo, sabakari to osihakari tamahu ga, sukosi ke-dikaki kehahi suru ni, mi-kokoro tokimeki se rare tamahi te, e nara nu usumono no katabira no hima yori mi-ire tamahe ru ni, hito-ma bakari hedate taru mi-watasi ni, kaku oboye naki hikari no uti-honomeku wo, wokasi to mi tamahu.
 Hodo mo naku magirahasi te kakusi tu. Saredo honoka naru hikari, en-naru koto no tuma ni mo si tu beku miyu. Honoka nare do, sobiyaka ni husi tamahe ri turu yaudai no wokasikari turu wo, aka zu obosi te, geni, kono koto mi-kokoro ni simi ni keri.
 "Naku kowe mo kikoye nu musi no omohi dani
 hito no ketu ni ha kiyuru mono kaha

 Omohi siri tamahi nu ya?"
 to kikoye tamahu. Kayau no ohom-kahesi wo, omohi mahasa m mo nedike tare ba, toki bakari wo zo.
 "Kowe ha se de mi wo nomi kogasu hotaru koso
 ihu yori masaru omohi naru rame
"
 nado, hakanaku kikoye nasi te, ohom-midukara ha hiki-iri tamahi ni kere ba, ito haruka ni motenasi tamahu urehasisa wo, imiziku urami kikoye tmahu.
 Suki-zukisiki yau nare ba, wi tamahi mo akasa de, noki no siduku mo kurusisa ni, nure-nure yo-bukaku ide tamahi nu. Hototogisu nado kanarazu uti-naki kem kasi. Urusakere ba koso kiki mo tome ne.
 "Ohom-kehahi nado no namamekasisa ha, ito yoku Otodo-no-Kimi ni ni tatematuri tamahe ri." to, hito-bito mo mede kikoye keri. Yobe, ito me-oya-dati te tukurohi tamahi si ohom-kehahi wo, uti-uti ha sira de, "Ahare ni katazikenasi." to mina ihu.

 姫君は、かくさすがなる御けしきを、
「わがみづからの憂さぞかし。親などに知られたてまつり、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げなくもあらまし。人に似ぬありさまこそ、つひに世語りにやならむ」
と、起き臥し思しなやむ。さるは、「まことにゆかしげなきさまにはもてなし果てじ」と、大臣は思しけり。なほ、さる御心癖なれば、中宮なども、いとうるはしくや思ひきこえたまへる、ことに触れつつ、ただならず聞こえ1150動かしなどしたまへど、やむごとなき方の、およびなくわづらはしさに、おり立ちあらはし聞こえ寄りたまはぬを、この君は、人の御さまも、気近く今めきたるに、おのづから思ひ忍びがたきに、折々、人見たてまつりつけば疑ひ負ひぬべき御もてなしなどは、うち交じるわざなれど、ありがたく思し返しつつ、さすがなる御仲なりけり。

 [1-6 源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す]
姫君は、このようなうわべは親のようにつくろうご様子を、
「自分自身の不運なのだ。親などに娘と知っていただき、人並みに大切にされた状態で、このようなご寵愛をいただくのなら、どうしてひどく不似合いということがあろうか。普通ではない境遇は、しまいには世の語り草となるのではないかしら」
と、寝ても起きてもお悩みになる。一方では、「ほんとに世間にありふれたような悪い扱いにしてしまうまい」と、大臣はお思いになるのだった。が、やはり、そのような困ったご性癖があるので、中宮などにも、とてもきれいにお思い申し上げていられようか、何かにつけては、穏やかならぬ申しようで気を引いてみたりなどなさるが、高貴なご身分で、及びもつかない事面倒なので、身を入れてお口説き申すことはなさらないが、この姫君は、お人柄も、親しみやすく現代的なので、つい気持ちが抑えがたくて、時々、人が拝見したらきっと疑いを持たれるにちがいないお振る舞いなどは、あることはあるが、他人が真似のできないくらいよく思い返し思い返しては、危なっかしい仲なのであった。

 [1-6 Genji controls his mind to love Tamakazura]
 Hime-Gimi ha, kaku sasuga naru mi-kesiki wo,
 "Waga midukara no usa zo kasi. Oya nado ni sira re tatematuri, yo no hito meki taru sama ni te, kayau naru mi-kokorobahe nara masika ba, nado ka ha ito nigenaku mo ara masi. Hito ni ni nu arisama koso, tuhi ni yo-gatari ni ya nara m?"
 to, oki-husi obosi nayamu. Saru ha, "Makoto ni yukasige naki sama ni ha motenasi hate zi." to, Otodo ha obosi keri. Naho, saru mi-kokoro-guse nare ba, Tiuguu nado mo, ito uruhasiku ya omohi kikoye tamahe ru, koto ni hure tutu, tada-nara-zu kikoye ugokasi nado si tamahe do, yamgotonaki kata no, oyobi naku wadurahasisa ni, ori-tati arahasi kikoye yori tamaha nu wo, kono Kimi ha, hito no ohom-sama mo, ke-dikaku imameki taru ni, onodukara omohi sinobi gataki ni, wori-wori, hito mi tatematuri tuke ba utagahi ohi nu beki ohom-motenasi nado ha, uti-maziru waza nare do, arigataku obosi kahesi tutu, sasuga naru ohom-naka nari keri.

 五日には、馬場の御殿に出でたまひけるついでに、渡りたまへり。
「いかにぞや。宮は夜や更かしたまひし。いたくも馴らしきこえじ。わづらはしき気添ひたまへる人ぞや。人の心破り、ものの過ちすまじき人は、かたくこそありけれ」
など、活けみ殺しみ戒めおはする御さま、尽きせず若くきよげに見えたまふ。艶も色もこぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれるあはひも、いづこに加はれるきよらにかあらむ、この世の人の染め出だしたると見えず、常の色も変へぬ文目も、今日はめづらかに、をかしくおぼゆる薫りなども、「思ふことなくは、をかしかりぬべき御ありさまかな」と姫君思す。
宮より御文あり。白き薄様にて、御手はいとよしありて書きなしたまへり。見るほどこそをかしかりけれ、まねび出づれば、ことなることなしや。
「今日さへや引く人もなき水隠れに
生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ」
 例にも引き出で1151つべき根に1152結びつけたまへれば、「今日の御返り」などそそのかしおきて、出でたまひぬ。これかれも、「なほ」と聞こゆれば、御心にもいかが思しけむ、
「あらはれていとど浅くも見ゆるかな
菖蒲もわかず泣かれける根の
若々しく」
とばかり、ほのかにぞあめる。「手を今すこしゆゑづけたらば」と、宮は好ましき御心に、いささか飽かぬことと見たまひけむかし。
楽玉など、えならぬさまにて、所々より多かり。思し沈みつる年ごろの名残なき御ありさまにて、心ゆるびたまふことも多かるに、「同じくは、人の疵つくばかりのことなくてもやみにしがな」と、いかが思さざらむ。

 2 光る源氏の物語 夏の町の物語 [2-1 5月5日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問]
五日には、馬場殿にお出ましになった機会に、お越しになった。
「どうでしたか。宮は夜更けまでいらっしゃいましたか。あまりお近づけ申さないように。やっかいなお癖がおありの方ですよ。女の心を傷つけたり、何かの間違いをしないような男は、めったにいないものですよ」
などと、誉めたりけなしたりしながら注意していらっしゃるご様子は、どこまでも若々しく美しくお見えになる。光沢も色彩もこぼれるほどの御衣に、お直衣が無造作に重ね着されている色合いも、どこに普通と違う美しさがあるのであろうか、この世の人が染め出したものとも見えず、普通の直衣の色模様も、今日は特に珍しく見事に見え、素晴らしく思われる薫りなども、「物思いがなければ、どんなに素晴らしく思われるにちがいないお姿だろう」と姫君はお思いになる。
宮からお手紙がある。白い薄様で、ご筆跡はとても優雅にお書きになっていらっしゃる。見ていた時には素晴らしかったが、こう口にすると、たいしたことはないものだ。
「今日までも引く人もない水の中に隠れて生えている菖蒲の根のように
相手にされないわたしはただ声を上げて泣くだけなのでしょうか」
話題にもなりそうな長い菖蒲の根に文を結んでいらっしゃったので、「今日のお返事を」などとお勧めしておいて、お出になった。誰彼も「やはり、ご返事を」と申し上げるので、ご自身どう思われたであろうか、
「きれいに見せていただきましてますます浅く見えました
わけもなく泣かれるとおっしゃるあなたのお気持ちは
お年に似合わないこと」
とだけ、薄墨で書いてあるようである。「筆跡がもう少し立派だったら」と、宮は風流好みのお心から、少しもの足りないことと御覧になったことであろうよ。
薬玉などを、実に趣向を凝らして、あちこちから多くあった。おつらい思いをして来た長年の苦労もすっかりなくなったお暮らしぶりで、お気持ちにゆとりのおできになることも多かったので、「同じことなら、あちらが傷つくようなことのないようにして終わりにしたいものだ」と、どうしてお思いにならないことがあろうか。

 2 Tale of Gikaru-Genji Events of May 5 on Rokujoin [2-1 Genji visits Tamakazura at May 5]
 Ituka ni ha, Umaba-no-otodo ni ide tamahi keru tuide ni, watari tamahe ri.
 "Ika ni zo ya? Miya ha yo ya hukasi tamahi si? Itaku mo narasi kikoye zi. Wadurahasiki ke sohi tamahe ru hito zo ya! Hito no kokoro yaburi, mono no ayamati su maziki hito ha, kataku koso ari kere!"
 nado, ike-mi korosi-mi ohasuru ohom-sama, tuki se zu wakaku kiyoge ni miye tamahu. Tuya mo iro mo koboru bakari naru mi-zo ni, nahosi haknaku kasanare ru ahahi mo, iduko ni kuhaha re ru kiyora ni ka ara m, kono yo no hito no some-idasi taru to miye zu, tune no iro mo kahe nu ayame mo, kehu ha meduraka ni, wokasiku oboyuru kawori nado mo, "Omohu koto naku ha, wokasikari nu beki mi-arisama kana!" to Hime-Gimi obosu.
 Miya yori ohom-humi ari. Siroki usuyau ni te, ohom-te ha ito yosi ari te kaki-nasi tamahe ri. Miru hodo koso wokasikere, manebi idure ba, koto naru koto nasi ya!
 "Kehu sahe ya hiku hito mo naki mi-gakure ni
 ohuru ayame no ne nomi naka re m
"
 Tamesi ni mo hiki-ide tu beki ne ni musubi tuke tamahe re ba, "Kehu no ohom-kaheri." nado sosonokasi oki te, ide tamahi nu. Kore kare mo, "Naho." to kikoyure ba, mi-kokoro ni mo ikaga obosi kem?
 "Arahare te itodo asaku mo miyuru kana
 ayame mo waka zu naka re keru ne no

 Waka-wakasiku."
 to bakari, honoka ni zo a'meru. "Te wo ima sukosi yuwe duke tara ba." to, Miya ha konomasiki mi-kokoro ni, isasaka aka nu koto mi tamahi kem kasi.
 Kusu-dama nado, e nara nu sama ni te, tokoro-dokoro yori ohokari. Obosi sidumi turu tosi-goro no nagori naki mi-arisama ni te, kokoro-yurubi tamahu koto mo ohokaru ni, "Onaziku ha, hito no kizu tuku bakari no koto naku te mo yami ni si gana!" to, ikaga obosa zara m?

 殿は、東の御方にもさしのぞきたまひて、
「中将の、今日の司の手結ひのついでに、男ども引き連れてものすべきさまに言ひしを、さる心したまへ。まだ明きほどに来なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず忍ぶることをも、この親王たちの聞きつけて、訪らひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意したまへ」
など聞こえたまふ。
馬場の御殿は、こなたの廊より見通すほど遠からず。
「若き人々、渡殿の戸開けて物見よや。左の司に、いとよしある官人多かるころなり。せうせうの殿上人に劣るまじ」
とのたまへば、物見むことをいとをかしと思へり。
対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童、下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。
好ましく馴れたる限り四人、下仕へは、楝の裾濃の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり。
 こなたのは1153、濃き一襲に、撫子襲の汗衫などおほどかにて、おのおの挑み顔なるもてなし、見所あり。
若やかなる殿上人などは、目をたててけしきばむ。未の時に、馬場の御殿に出でたまひて、げに親王たちおはし集ひたり。手結ひの公事にはさま変りて、次将たちかき連れ参りて、さまことに今めかしく遊び暮らしたまふ。
女は、何のあやめも知らぬことなれど、舎人どもさへ艶なる装束を尽くして、身を投げたる手まどはしなどを見るぞ、をかしかりける。
南の町も通して、はるばるとあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。「打毬楽」「落蹲」など遊びて、勝ち負けの乱声どもののしるも、夜に入り果てて、何事も見えずなりぬ果てぬ。舎人どもの禄、品々賜はる。いたく更けて、人々皆あかれたまひぬ。

 [2-2 六条院馬場殿の騎射]
殿は、東の御方にもお立ち寄りになって、
「中将が、今日の左近衛府の競射の折に、男たちを引き連れて来るようなことを言っていたが、そのおつもりでいて下さい。まだ明るいうちにきっと来るでしょうよ。不思議と、こちらでは目立たないようにする内輪の催しも、この親王たちが聞きつけて、見物にいらっしゃるので、自然と大げさになりますから、お心づもりなさい」
などと申し上げなさる。
馬場の御殿は、こちらの渡廊から見渡す距離もさほど遠くない。
「若い女房たち、渡殿の戸を開けて見物をしなさいよ。左近衛府に、たいそう素晴らしい官人が多い時だ。なまじっかの殿上人には負けまい」
とおっしゃるので、見物することをとても興味深く思っていた。
対の御方からも、童女など、見物にやって来て、渡廊の戸口に御簾を青々と懸け渡して、当世風の裾濃の御几帳をいくつも立て並べ、童女や下仕などがあちこちしている。菖蒲襲の袙、二藍の羅の汗衫を着ている童女は、西の対のであろう。
感じのいい物馴れた者ばかり四人、下仕え人は、楝の裾濃の裳、撫子の若葉色をした唐衣で、いずれも端午の日の装いである。
こちらの童女は、濃い単衣襲に、撫子襲の汗衫などをおっとりと着て、それぞれが競い合っている振る舞い、見ていておもしろい。
若い殿上人などは、目をつけては流し目を送る。未の刻に、馬場殿にお出になると、なるほど親王たちがお集まりになっていた。競技も公式のそれとは趣が異なって、中将少将たちが連れ立って参加して、風変りに派手な趣向を凝らして、一日中お遊びになる。
女性には、何も分からないことであるが、舎人連中までが優美な装束を着飾って、懸命に競技をしている姿などを見るのはおもしろいことであった。
南の町まで通して、ずっと続いているので、あちらでもこのような若い女房たちは見ていた。「打毬楽」「落蹲」などを奏でて、勝ち負けに大騒ぎをするのも、夜になってしまって、何も見えなくなってしまった。舎人連中が禄を、位階に応じてに頂戴する。たいそう夜が更けてから、人々は皆お帰りになった。

 [2-2 A event of Shooting arrows in Rokujoin]
 Tono ha, Homgasi-no-Ohomkata ni mo sasi-nozoki tamahi te,
 "Tiuzyau no, kehu no Tukasa no tetugahi no tuide ni, wonoko-domo hiki-ture te monosu beki sama ni ihi si wo, saru kokoro si tamahe. Mada akaki hodo ni ki na m mono zo. Ayasiku, koko ni ha, wazato nara zu sinoburu koto wo mo, kono Miko-tati no kiki-tuke te, toburahi monosi tamahe ba, onodukara koto-kotosiku nam aru wo, youi si tamahe."
 nado kikoye tamahe.
 Umaba no o-todo ha, konata no rau yori mi-tohosu hodo tohokara zu.
 "Wakaki hito-bito, wata-dono no to ake te mono mi yo ya! Hidari-no-Tukasa ni, ito yosi aru kwan-zin ohokaru koro nari. Seu-seu no Tenzyau-bito ni otoru mazi."
 to notamahe ba, mono mi m koto wo ito wokasi to omohe ri.
 Tai-no-Ohomkata yori mo, warahabe nado, mono-mi ni watari ki te, rau no to-guti ni mi-su awoyaka ni kake-watasi te, imameki taru suso-go no mi-kityau-domo tate watasi, waraha, simo-dukahe nado samayohu. Saubu-gasane no akome, huta-ahi no usumono no kazami ki taru warahabe zo, nisi no tai no na'meru.
 Konomasiku nare taru kagiri yo-tari, simo-dukahe ha, ahuti no susogo no mo, nadesiko no wakaba no iro si taru kara-ginu, kehu no yosohi-domo nari.
 Konata no ha, koki hito-gasane ni, nadesiko-gasane no kazami nado ohodoka ni te, ono-ono idomi-gaho naru motenasi, mi-dokoro ari.
 Wakayaka naru Tenzyau-bito nado ha, me wo tate te kesiki-bamu. Hituzi no toki ni, umaba-no-otodo ni ide tamahi te, geni Miko-tati ohasi tudohi tari. Tetugahi no ohoyake-goto ni ha sama kahari te, Suke-tati kaki-ture mawiri te, sama koto ni imamekasiku asobi-kurasi tamahu.
 Womna ha, nani no ayame mo sira nu koto nare do, toneri-domo sahe en-naru sauzoku wo tukusi te, mi wo nage taru te-madohasi nado wo miru zo, wokasikari keru.
 Minami-no-mati mo tohosi te, haru-baru to are ba, anata ni mo kayau no wakaki hito-domo ha mi keri. Dakyu-raku Rakuson nado asobi te, kati-make no ranzyau-domo nonosiru mo, yo ni iri-hate te, nani-goto mo miye zu nari hate nu. Toneri-domo no roku, sina-zina tamaha ru. Itaku huke te, hito-bito mina akare tamahi nu.

 大臣は、こなたに大殿籠もりぬ。物語など聞こえたまひて、
「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。容貌などはすぐれねど、用意けしきなど、よしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」
とのたまふ。
「御弟にこそものしたまへど、ねびまさりてぞ見えたまひける。年ごろ、かく折過ぐさず渡り、睦びきこえたまふと聞きはべれど、昔の内裏わたりにてほの見たてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌などねびまさりたまひにけれ。帥の親王よくものしたまふめれど、けはひ劣りて、大君けしきにぞものしたまひける」
とのたまへば、「ふと見知りたまひにけり」と思せど、ほほ笑みて、なほあるを、良しとも悪しともかけたまはず。
人の上を難つけ、落としめざまのこと言ふ人をば、いとほしきものにしたまへば、
「右大将などをだに、心にくき人にすめるを、何ばかりかはある。近きよすがにて見むは、飽かぬことにやあらむ」
と、見たまへど、言に表はしてものたまはず。
今はただおほかたの御睦びにて、御座なども異々にて大殿籠もる。「などてかく離れそめしぞ」と、殿は苦しがりたまふ。おほかた、何やかやともそばみきこえたまはで、年ごろかく折ふしにつけたる御遊びどもを、人伝てに見聞きたまひけるに、今日めづらしかりつることばかりをぞ、この町のおぼえきらきらしと思したる。
「その駒もすさめぬ草1154と名に立てる
汀の菖蒲今日や引きつる」
とおほどかに聞こえたまふ。何ばかりのことにもあらねど、あはれと思したり。
「鳰鳥に影をならぶる若駒1155は
いつか菖蒲に引き別るべき」
あいだちなき御ことどもなりや。
「朝夕の隔てあるやうなれど、かくて見たてまつるは、心やすくこそあれ」
戯れごとなれど、のどやかにおはする人ざまなれば、静まりて聞こえなしたまふ。
床をば譲りきこえたまひて、御几帳引き隔てて大殿籠もる。気近くなどあらむ筋をば、いと似げなかるべき筋に、思ひ離れ果てきこえたまへれば、あながちにも聞こえたまはず。

 [2-3 源氏、花散里のもとに泊まる]
大臣は、こちらでお寝みになった。お話などを申し上げなさって、
「兵部卿宮が、誰よりも格別に優れていらっしゃいますね。容貌などはそれほどでもないが、心配りや態度などが優雅で、魅力的なお方です。こっそりと御覧になりましたか。立派だと言うが、まだ物足りないところがあるね」
とおっしゃる。
「弟君ではいらっしゃいますが、大人びてお見えになりました。ここ何年か、このように機会あるごとにおいでになっては、お親しみ申し上げなさっていらっしゃるとうかがっておりますが、昔の宮中あたりでちらっと拝見してから後、よくわかりません。たいそうご立派に、ご容貌など成長なさいました。帥の親王が素晴らしくいらっしゃるようですが、感じが劣って、王族程度でいらっしゃいました」
とおっしゃるので、「一目でお見抜きだ」とお思いになるが、にっこりして、その他の人々については、良いとも悪いとも批評なさらない。
人のことに欠点を見つけ、非難するような人を、困った者だと思っていらっしゃるので、
「右大将などをさえ、立派な人だと言っているようだが、何のたいしたことがあろうか。婿として見たら、きっと物足りないことであろう」
と、お思いだが、口に出してはおっしゃらない。
今はただ一通りのご夫婦仲で、お寝床なども別々にお寝みになる。「どうしてこのよう疎々しい仲になってしまったのだろう」と、殿は苦痛にお思いになる。だいたい、何のかのと嫉妬申し上げなさらず、長年このような折節につけた遊び事を、人づてにお聞きになっていらっしゃったのだが、今日は珍しくこちらであったことだけで、自分の町の晴れがましい名誉とお思いでいらっしゃった。
「馬も食べない草として有名な水際の菖蒲のようなわたしを
今日は節句なので、引き立てて下さったのでしょうか」
とおっとりと申し上げなさる。たいしたことではないが、しみじみとお感じになった。
「鳰鳥のようにいつも一緒にいる若駒のわたしは
いつ菖蒲のあなたに別れたりしましょうか」
遠慮のないお二人の歌であること。
「いつも離れているようですが、こうしてお目にかかりますのは、心が休まります」
と、冗談を言うが、のんびりとしていらっしゃるお人柄なので、しんみりとした口ぶりで申し上げなさる。
御帳台はお譲り申し上げなさって、御几帳を隔ててお寝みになる。共寝をするというようなことを、たいそう似つかわしくないことと、すっかりお諦め申していらっしゃるので、無理にお誘い申し上げなさらない。

 [2-3 Genji visits and stays with Hanachirusato]
 Otodo ha, konata ni ohotono-gomori nu. Monogatari nado kikoye tamahi te,
 "Hyaubukyau-no-Miya no, hito yori ha koyonaku monosi tamahu kana! Katati nado ha sugure ne do, youi kesiki nado, yosi ari, aigyau-duki taru Kimi nari. Sinobi te mi tamahi tu ya? Yosi to ihe do, naho koso are."
 to notamahu.
 "Ohom-otouto ni koso monosi tamahe do, nebi masari te zo miye tamahi keru. Tosi-goro, kaku wori sugusa zu watari, mutubi kikoye tamahu to kiki habere do, mukasi no Uti watari ni te hono mi tatematuri si noti, obotukanasi kasi. Ito yoku koso, katati nado nebi masari tamahi ni kere. Soti-no-Miko yoku monosi tamahu mere do, kehahi otori te, oho-kimi-kesiki ni zo monosi tamahi keru."
 to notamahe ba, "Huto mi siri tamahi ni keri." to obose do, hohowemi te, naho aru wo, yosi to mo asi to mo kake tamaha zu.
 Hito no uhe wo nan tuke, otosime-zama no koto ihu hito wo ba, itohosiki mono ni si tamahe ba,
 "U-Daisyau nado wo dani, kokoro-nikuki hito ni sume ru wo, nani bakari ka ha aru? Tikaki yosuga ni te mi m ha, aka nu koto ni ya ara m."
 to, mi tamahe do, koto ni arahasi te mo notamaha zu.
 Ima ha tada ohokata no ohom-mutubi ni te, o-masi nado mo koto-goto ni te ohotono-gomoru. "Nado te kaku hanare somesi zo?" to, Tono ha kurusigari tamahu. Ohokata, nani-ya ka-ya to mo sobami kikoye tamaha de, tosi-goro kaku wori-husi ni tuke taru ohom-asobi-domo wo, hito-dute ni mi kiki tamahi keru ni, kehu medurasikari turu koto bakari wo zo, kono mati no oboye kira-kirasi to obosi taru.
 "Sono koma mo susame nu kusa to na ni tate ru
 migiha no ayame kehu ya hiki turu
"
 to ohodoka ni kikoye tamahu. Nani bakari no koto ni mo ara ne do, ahare to obosi tari.
 "Niho-dori ni kage wo naraburu waka-koma ha
 itu ka ayame ni hiki-wakaru beki
"
 Ai-dati naki ohom-koto-domo nari ya!  "Asa-yuhu no hedate aru yau nare do, kakute mi tatematuru ha, kokoro-yasuku koso are."
 Tahabure-goto nare do, nodoyaka ni ohasuru hito-zama nare ba, sidumari te kikoye-nasi tamahu.
 Yuka wo ba yuduri kikoye tamahi te, mi-kityau hiki-hedate te ohotono-gomoru. Ke-dikaku nado ara m sudi wo ba, ito nigenakaru beki sudi ni, omohi-hanare-hate kikoye tamahe re ba, anagati ni mo kikoye tamaha zu.

 長雨例の年よりもいたくして、晴るる方なくつれづれなれば、御方々、絵物語などのすさびにて、明かし暮らしたまふ。明石の御方は、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君の御方にたてまつりたまふ。
西の対には、ましてめづらしくおぼえたまふことの筋なれば、明け暮れ書き読みいとなみおはす。つきなからぬ若人あまたあり。さまざまにめづらかなる人の上などを、真にや偽りにや、言ひ集めたるなかにも、「わがありさまのやうなるはなかりけり」と見たまふ。
『住吉』の姫君の、さしあたりけむ折はさるものにて、今の世のおぼえもなほ心ことなめるに、主計頭が、ほとほとしかりけむなどぞ、かの監がゆゆしさを思しなずらへたまふ。
殿も、こなたかなたにかかるものどもの散りつつ、御目に離れねば、
「あな、むつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに、真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて、暑かはしき五月雨の、髪の乱るる1156も知らで、書きたまふよ」
とて、笑ひたまふものから、また、
「かかる世の古言ならでは、げに、何をか紛るることなきつれづれを慰めまし。さても、この偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はた、はかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、かた心つくかし。
また、いとあるあじきことかなと見る見る、おどろおどろしくとりなしけるが目おどろきて、静かにまた聞くたびぞ、憎けれど、ふとをかしき節、あらはなるなどもあるべし。
このころ、幼き人の女房などに時々読まするを立ち聞けば、ものよく言ふものの世にあるべきかな。虚言をよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」
とのたまへば、
「げに、偽り馴れたる人や、さまざまにさも汲みはべらむ。ただいと1157真のこととこそ思うたまへられけれ」
とて、硯をおしやりたまへば、
「こちなくも聞こえ落としてけるかな。神代より世にあることを、記しおきけるななり。『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」
とて、笑ひたまふ。

 3 光る源氏の物語 光る源氏の物語論 [3-1 玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中]
長雨が例年よりもひどく降って、晴れる間もなく所在ないので、御方々は、絵や物語などを遊び事にして、毎日お暮らしになっていらっしゃる。明石の御方は、そのようなことも優雅な趣向を凝らして仕立てなさって、姫君の御方に差し上げなさる。
西の対では、まして珍しく思われなさることの遊び事なので、毎日写したり読んだりしていらっしゃる。そのうってつけの若い女房たちが大勢いる。いろいろと珍しい人の身の上などを、本当のことか嘘のことかと、たくさんある物語の中でも、「自分の身の上と同じようなのはなかった」と御覧になる。
『住吉物語』の姫君が、物語中での評判もさることながら、現実での評判もやはり格別のようだが、主計頭が、もう少しで奪うところであったことなどを、あの監の恐しさと思い比べて御覧になる。
殿も、あちらこちらでこのような絵物語が散らかっていて、お目につくので、
「ああ、困ったものだ。女性というものは、面倒がりもせず、人にだまされようとして生まれついたものですね。たくさんの中にも真実は少ないだろうに、そうとは知りながら、このようなつまらない話にうつつをぬかし、だまされなさって、蒸し暑い五月雨の、髪の乱れるのも気にしないで、お写しになることよ」
と言って、お笑いになる一方で、また、
「このような古物語でなくては、なるほど、どうして気の紛らしようのない退屈さを慰めることができようか。それにしても、この虚構の物語の中に、なるほどそうもあろうかと人情を見せ、もっともらしく書き綴ったのは、それはそれで、たわいもないこととは知りながらも、無性に興をそそられて、かわいらしい姫君が物思いに沈んでいるのを見ると、何程か心引かれるものです。
また、けっしてありそうにないことだと思いながらも、大げさに誇張して書いてあるところに目を見張る思いがして、落ち着いて再び聞く時には、憎らしく思うが、とっさには面白いところなどがきっとあるのでしょう。
最近、幼い姫が女房などに時々読ませているのを立ち聞きすると、何と口のうまい者がいるものですね。根も葉もない嘘をつき馴れた者の口から言い出すのだろうと思われますが、そうではないありませんか」
とおっしゃると、
「おっしゃるとおり、嘘をつくことに馴れた人は、いろいろとそのようにご想像なさるでしょう。ただどうしても真実のことと思われるのです」
と言って、硯を押しやりなさるので、
「失礼にもけなしてしまいましたね。神代から世の中にあることを、書き記したものだそうだ。『日本紀』などは、ほんの一面にしか過ぎません。物語にこそ道理にかなった詳細な事柄は書いてあるのでしょう」
と言って、お笑いになる。

 3 Tale of Hikaru-Genji On monogatari by Hikaru-Genji [3-1 Tamakazura and the other women in Rokujoin are crazy about reading monogatari]
 Naga-ame rei no tosi yori mo itaku si te, haruru kata naku ture-dure nare ba, ohom-kata-gata, we monogatari nado no susabi ni te, akasi kurasi tamahu. Akasi-no-Ohomkata ha, sayau no koto wo mo yosi ari te si nasi tamahi te, Hime-Gimi no Ohom-kata ni tatematuri tamahu.
 Nisi-no-tai ni ha, masite medurasiku oboye tamahu koto no sudi nare ba, ake-kure kaki yomi itonami ohasu. Tukinakara nu waka-udo amata ari. Sama-zama ni meduraka naru hito no uhe nado wo, makoto ni ya ituhari ni ya, ihi-atume taru naka ni mo, "Waga arisama no yau naru ha nakari keri!" to mi tamahu.
 Sumiyosino Hime-Gimi no, sasi-atari kem wori ha saru mono ni te, ima no yo no oboye mo naho kokoro koto na'meru ni, Kazohe-no-Kami ga, hoto-hotosikari kem nado zo, kano Gen ga yuyusisa wo obosi-nazurahe tamahu.
 Tono mo, konata kanata ni kakaru mono-domo no tiri tutu, ohom-me ni hanare ne ba,
 "Ana, mutukasi! Womna koso, mono urusagara zu, hito ni azamuka re m to uma re taru mono nare. Kokora no naka ni, makoto ha ito sukunakara m wo, katu siru-siru, kakaru suzuro-goto ni kokoro wo utusi, hakara re tamahi te, atukahasiki samidare no, kami no midaruru mo sira de, kaki tamahu yo."
 tote, warahi tamahu mono kara, mata,
 "Kakaru yo no huru-koto nara de ha, geni, nani wo ka magiruru koto naki ture-dure wo nagusame masi. Sate mo, kono ituhari-domo no naka ni, geni sa mo ara m to ahare wo mise, tuki-dukisiku tuduke taru, hata, hakanasi-goto to siri nagara, itadura ni kokoro ugoki, rautage naru Hime-Gimi no mono omohe ru miru ni, kata-kokoro tuku kasi.
 Mata, ito aru maziki koto kana to miru miru, odoro-odorosiku torinasi keru ga me odoroki te, siduka ni mata kiku tabi zo, nikukere do, huto wokasiki husi, araha naru nado mo aru besi.
 Kono-koro, wosanaki hito no nyoubau nado ni toki-doki yoma suru wo tati-kike ba, mono yoku ihu mono no yo ni aru beki kana! Sora-goto wo yoku si nare taru kuti-tuki yori zo, ihi-idasu ram to oboyure do, sa si mo ara zi ya?"
 to notamahe ba,
 "Geni, ituhari nare taru hito ya, sama-zama ni sa mo kumi habera m. Tada ito makoto no koto to koso omou tamahe rare kere!"
 tote, suduri wo osi-yari tamahe ba,
 "Kotinaku mo kikoye otosi te keru kana! Kami-yo yori yo ni aru koto wo, sirusi-oki keru na'nari. Nihon-ginado ha, tada katasoba zo kasi. Kore-ra ni koso miti-mitisiku kuhasiki koto ha ara me."
 tote, warahi tamahu.

 「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき初めたるなり。善きさまに言ふとては、善きことの限り選り出でて、人に従はむとては、また悪しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたる、この世の他のことならずかし。
人の朝廷の才、作りやう変はる、同じ大和の国のことなれば、昔今のに変はるべし、深きこと浅きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。
仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。『方等経』の中に多かれど、言ひもてゆけば、ひとつ旨にありて、菩提と煩悩との隔たりなむ、この、人の善き悪しきばかりのことは変はりける。
よく言へば、すべて何ごとも空しからずなりぬや」
と、物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。
「さて、かかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴者の物語はありや。いみじく気遠きものの姫君も、御心のやうにつれなく、そらおぼめき1158したるは世にあらじな。いざ、たぐひなき物語にして、世に伝へさせむ」
と、さし寄りて聞こえたまへば、顔を引き入れて、
「さらずとも、かく珍かなることは、世語りにこそはなりはべりぬべかめれ」
とのたまへば、
「珍かにやおぼえたまふ。げにこそ、またなき心地すれ」
とて、寄りゐたまへるさま、いとあざれたり。
「思ひあまり昔の跡を訪ぬれど
親に背ける子ぞたぐひなき
不孝なるは、仏の道にもいみじくこそ言ひたれ」
とのたまへど、顔ももたげたまはねば、御髪をかきやりつつ、いみじく怨みたまへば、からうして、
「古き跡を訪ぬれどげになかりけり
この世にかかる親の心は」
と聞こえたまふも、心恥づかしければ、いといたくも乱れたまはず。
かくして、いかなるべき御ありさまならむ。

 [3-2 源氏、玉鬘に物語について論じる]
「誰それの話といって、事実どおりに物語ることはありません。善いことも悪いことも、この世に生きている人のことで、見飽きず、聞き流せないことを、後世に語り伝えたい事柄を、心の中に籠めておくことができず、語り伝え初めたものです。善いように言おうとするあまりには、善いことばかりを選び出して、読者におもねろうとしては、また悪いことでありそうにもないことを書き連ねているのは、皆それぞれのことで、この世の他のことではないのですよ。
異朝の作品は、記述のしかたが変わっているが、同じ日本の国のことなので、昔と今との相違がありましょうし、深いものと浅いものとの違いがありましょうが、一途に作り話だと言い切ってしまうのも、実情にそぐわないことです。
仏教で、まことに立派なお心で説きおかれた御法文も、方便ということがあって、分からない者は、あちこちで矛盾するという疑問を持つに違いありません。『方等経』の中に多いが、詮じつめていくと、同一の主旨に落ち着いて、菩提と煩悩との相違とは、物語の、善人と悪人との相違程度に過ぎません。
よく解釈すれば、全て何事も無駄でないことはなくなってしまうものですね」
と、物語を実にことさらに大したもののようにおっしゃった。
「ところで、このような昔物語の中に、わたしのような律儀な愚か者の物語はありませんか。ひどく親しみにくい物語の姫君も、あなたのお心のように冷淡で、そらとぼけている人はまたとありますまいな。さあ、二人の仲を世にも珍しい物語にして、世間に語り伝えさせましょう」
と、近づいて申し上げなさるので、顔を引き入れて、
「そうでなくても、このように珍しいことは、世間の噂になってしまいそうなことでございます」
とおっしゃるので、
「珍しくお思いですか。なるほど、またとない気持ちがします」
と言って、寄り添っていらっしゃる態度は、たいそうふざけている。
「思いあまって昔の本を捜してみましたが
親に背いた子供の例はありませんでしたよ
親不孝なのは、仏の道でも厳しく戒めています」
とおっしゃるが、顔もお上げにならないので、お髪を撫でながら、ひどくお恨みなさるので、やっとのことで、
「昔の本を捜して読んでみましたが、おっしゃるとおり
ありませんでした。この世にこのような親心の人は」
とお申し上げなさるにつけても、気恥ずかしいので、そうひどくもお戯れにならない。
こうして、どうなって行くお二方の仲なのであろう。

 [3-2 Genji estimates the value of monogatari to Tamakazura]
 "Sono hito no uhe tote, ari no mama ni ihi-iduru koto koso nakere, yoki mo asiki mo, yo ni huru hito no arisama no, miru ni mo aka zu, kiku ni mo amaru koto wo, noti no yo ni mo ihi-tutahe sase mahosiki husi-busi wo, kokoro ni kome gataku te, ihi-oki hazime taru nari. Yoki sama ni ihu tote ha, yoki koto no kagiri eri-ide te, hito ni sitagaha m tote ha, mata asiki sama no medurasiki koto wo tori-atume taru, mina kata-gata ni tuke taru, kono yo no koto nara zu kasi.
 Hito no mikado no zae, tukuri yau kaharu, onazi Yamato-no-kuni no koto nare ba, mukasi ima no ni kaharu besi, hukaki koto asaki koto no kedime koso ara me, hitaburu ni sora-goto to ihi-hate m mo, koto no kokoro tagahi te nam ari keru.
 Hotoke no, ito uruhasiki kokoro ni te toki oki tamahe ru mi-nori mo, hauben to ihu koto ari te, satori naki mono ha, koko-kasiko tagahu utagahi wo oki tu beku nam. Haudou-kyau no naka ni ohokare do, ihi mote yuke ba, hitotu mune ni ari te, bodai to bonnau to no hedatari nam, kono, hito no yoki asiki bakari no koto ha kahari keru.
 Yoku ihe ba, subete nani-goto mo munasikara zu nari nu ya?"
 to, monogatari wo ito wazato no koto ni notamahi-nasi tu.
 "Sate, kakaru huru-koto no naka ni, maro ga yau ni zihohu naru sire-mono no monogatari ha ari ya? Imiziku ke-dohoki mono-no-himegimi mo, mi-kokoro no yau ni turenaku, sora-obomeki si taru ha yo ni ara zi na! Iza, taguhi naki monogatari si te, yo ni tutahe sase m."
 to, sasi-yori te kikoye tamahe ba, kaho wo hiki-ire te,
 "Sa'ra zu to mo, kaku meduraka naru koto ha, yo-gatari ni koso ha nari haberi nu beka'mere."
 to notamahe ba,
 "Meduraka ni ya oboye tamahu. Geni koso, mata naki kokoti sure."
 tote, yori-wi tamahe ru sama, ito azare tari.
 "Omohi amari mukasi no ato wo tadunure do
 oya ni somuke ru ko zo taguhi naki

 Hukeu naru ha, Hotoke no miti ni mo imiziku koso ihi tare."
 to notamahe do, kaho mo motage tamaha ne ba, mi-gusi kaki-yari tutu, imiziku urami tamahe ba, karausite,
 "Huruki ato wo tadunure do geni nakari keri
 kono yo ni kakaru oya no kokoro ha
"
 to kikoye tamahu mo, kokoro-hadukasiker ba, ito itaku mo midare tamaha zu.
 Kaku si te, ika naru beki mi-arisama nara m?

 紫の上も、姫君の御あつらへにことつけて、物語は捨てがたく思したり。『くまのの物語』の絵にてあるを、
「いとよく描きたる絵かな」
とて御覧ず。小さき女君の、何心もなくて昼寝したまへるところを、昔のありさま思し出でて、女君は見たまふ。
「かかる童どちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほ例にしつべく、心のどけさは人に似ざりけれ」
と聞こえ出でたまへり。げに、たぐひ多からぬことどもは、好み集めたまへりけりかし。
「姫君の御前にて、この世馴れたる物語など、な読み聞かせたまひそ。みそか心つきたるものの娘などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけりと、見馴れたまはむぞ、ゆゆしきや」
とのたまふも、こよなしと、対の御方聞きたまはば、心置きたまひつべくなむ。
上、
「心浅げなる人まねどもは、見るにもかたはらいたくこそ。『宇津保』の藤原君の女こそ、いと重りかにはかばかしき人にて、過ちなかめれど、すくよかに言ひ出でたることも1159しわざも、女しきところなかめるぞ、一様なめる」
とのたまへば、
「うつつの人も、さぞあるべかめる。人々しく立てたる趣きことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬ親の、心とどめて生ほしたてたる人の、子めかしきを生けるしるしにて、後れたること多かるは、何わざしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるるこそ、いとほしけれ。
げに、さいへど、その人のけはひよと見えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉の限りまばゆくほめおきたるに、し出でたるわざ、言ひ出でたることのなかに、げにと見え聞こゆることなき、いと見劣りするわざなり。
すべて、善からぬ人に、いかで人ほめさせじ」
など、ただ「この姫君の、点つかれたまふまじく」と、よろづに思しのたまふ。
継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、このころ1160、「心見えに心づきなし」と思せば、いみじく選りつつなむ、書きととのへさせ、絵などにも描かせたまひける。

 [3-3 源氏、紫の上に物語について述べる]
紫の上も、姫君のご注文にかこつけて、物語は捨てがたく思っていらっしゃった。『くまのの物語』の絵の箇所を、
「とてもよく描いた絵だわ」
と御覧になる。小さい女君が、あどけなく昼寝をしていらっしゃる所を、昔の様子をご回想なさって、女君は御覧になる。
「このような子供どうしでさえ、なんとませたことなのでしょう。わたしなど、やはり語り草になるほど、気の長さは誰にも負けませんね」
と申し上げなさる。なるほど、世間に例の多くない恋愛を、数々なさってこられたことよ。
「姫君の御前で、この色恋沙汰の物語など、読み聞かせなさいますな。秘め事をする物語の娘などは、おもしろいと思わぬまでも、このようなことが世間にはあるのものだと、当たり前のように思われるのが、困ったことなのですよ」
とおっしゃるにつけても、格段に違うと、対の御方がお聞きになったら、きっとひがまれよう。
紫の上は、
「軽率な物語の人の物真似の類は、見ていてもたまりません。『宇津保物語』の藤原の君の娘は、とても思慮深くしっかりした人で、間違いはないようですが、そっけない返事もそぶりも、女性らしいところがないようなのが、同じようですね」
と、おっしゃると、
「実際の人も、そういうもののようです。一人前にそれぞれ主義主張を異にして、加減というものを知りません。悪くはない親が、気をつかって育てた娘が、無邪気さだけがただ一つのとりえで、劣ったところが多いのは、いったいどんなふうにして育ててきたのかと、親の育て方までが想像されるのは、気の毒です。
なるほど、そうは言っても、身分にふさわしい感じがすると思えるのは、育てがいもあり、名誉なことです。口をきわめて気恥ずかしいほど誉めていたのに、しでかしたことや、口に出した言葉の中に、なるほどと見えたり聞こえたりすることがないのは、まことに見劣りがするものです。
だいたい、つまらない人には、どうか娘を誉めさせたくないものです」
などと、ひたすら「この姫君が非難されないように」と、あれやこれやといろいろ考えておっしゃる。
継母の意地悪な昔物語も多いが、最近は、「心が見透かされ底意地悪い」と思われなさるので、厳しく選んでは選んでは、清書させたり、絵などにもお描かせなさるのだった。

 [3-3 Genji advises to Murasaki on readingmonogatari]
 Murasaki-no-Uhe mo, Hime-Gimi no ohom-aturahe ni koto-tuke te, monogatari ha sute gataku obosi tari. Kumano-no-monogatari no we ni te aru wo,
 "Ito yoku kaki taru we kana!"
 tote go-ran-zu. Tihisaki womna-gimi no, nani-gokoro mo naku te hiru-ne si tamahe ru tokoro wo, mukasi no arisama obosi-ide te, Womna-Gimi ha mi tamahu.
 "Kakaru waraha-doti dani, ika ni sare tari keri. Maro koso, naho tamesi ni si tu beku, kokoro-nodokesa ha hito ni ni zari kere!"
 to kikoye ide tamahe ri. Geni, taguhi ohokara nu koto-domo ha, konomi atume tamahe ri keri kasi.
 "Hime-Gimi no o-mahe ni te, kono yo nare taru monogatari nado, na yomi kika se tamahi so. Misoka-gokoro tuki taru mono no musume nado ha, wokasi to ni ha ara ne do, kakaru koto yo ni ha ari keri to, mi-nare tamaha m zo, yuyusiki ya!"
 to notamahu mo, koyonasi to, Tai-no-Ohomkata kiki tamaha ba, kokoro-oki tamahi tu beku nam.
 Uhe,
 "Kokoro-asage naru hito-mane domo ha, miru ni mo katahara-itaku koso. Utuhono Hudihara-Gimi no musume koso, ito omorika ni haka-bakasiki hito ni te, ayamati naka'mere do, sukuyoka ni ihi-ide taru koto mo siwaza mo, womna-siki tokoro naka'meru zo, hitoyau na'meru."
 to notamahe ba,
 "Ututu no hito mo, sa zo aru beka'meru. Hito-bitosiku tate taru omomuki koto ni te, yoki hodo ni kamahe nu ya! Yosi nakara nu oya no, kokoro-todome te ohosi-tate taru hito no, ko-mekasiki wo ikeru sirusi ni te, okure taru koto ohokaru ha, nani-wazasi te kasiduki si zo to, oya no si waza sahe omohi-yara ruru koso, itohosikere.
 Geni, sa ihe do, sono hito no kehahi yo to miye taru ha, kahi ari, omodatasi kasi. Kotoba no kagiri mabayuku home-oki taru ni, si-ide taru waza, ihi-ide taru koto no naka ni, geni to miye kikoyuru koto naki, ito mi-otori suru waza nari.
 Subete, yokara nu hito ni, ikade hito home sase zi."
 nado, tada "Kono Hime-Gimi no, ten-tuka re tamahu maziku." to, yorodu ni obosi notamahu.
 Mama-haha no hara-gitanaki mukasi-monogatari mo ohokaru wo, kono-koro, "Kokoro-miye ni kokoro-duki-nasi." to obose ba, imiziku eri tutu nam, kaki-totonohe sase, we nado ni mo kaka se tamahi keru.

 中将の君を、こなたには気遠くもてなしきこえたまへれど、姫君の御方には、さしもさし放ちきこえたまはずならはしたまふ。
「わが世のほどは、とてもかくても同じことなれど、なからむ世を思ひやるに、なほ見つき、思ひしみぬることどもこそ、取り分きてはおぼゆべけれ」
とて、南面の御簾の内は許したまへり。台盤所、女房のなかは許したまはず。あまたおはせぬ御仲らひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。
おほかたの心もちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふ君なれば、うしろやすく思し譲れり。まだいはけたる御雛遊びなどのけはひの見ゆれば、かの人の、もろともに遊びて過ぐしし年月の、まづ思ひ出でらるれば、雛の殿の宮仕へ、いとよくしたまひて、折々にうちしほたれたまひけり。
さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひ触るるはあまたあれど、頼みかくべくもしなさず。さる方になどかは見ざらむと、心とまりぬべきをも、強ひてなほざりごとにしなして、なほ「かの、緑の袖を見え直してしがな」と思ふ心のみぞ、やむごとなき節にはとまりける。
あながちになどかかづらひまどはば、倒ふるる方に許したまひもしつべかめれど、「つらしと思ひし折々、いかで人にもことわらせたてまつらむ」と思ひおきし、忘れがたくて、正身ばかりには、おろかならぬあはれを尽くし見せて、おほかたには焦られ思へらず。
兄の君達なども、なまねたしなどのみ思ふこと多かり。対の姫君の御ありさまを、右中将は、いと深く思ひしみて、言ひ寄るたよりもいとはかなければ、この君をぞかこち寄りけれど、
「人の上にては、もどかしきわざなりけり」
と、つれなくいらへてぞものしたまひける。昔の父大臣たちの御仲らひに似たり。

 [3-4 源氏、子息夕霧を思う]
中将の君を、こちらにはお近づけ申さないようにしていらっしゃったが、姫君の御方には、そんなにも遠ざけ申しなさらず、親しくさせていらっしゃる。
「自分が生きている間は、どちらにせよ同じことだが、死んだ後を想像すると、やはり平生から、馴染んでおいた方が、格別親しく思内側われるに違いない」
と考えて、南面の御簾の内側に入ることはお許しになっていた。台盤所、女房の中はお許しにならない。何人もいらっしゃらないお子たちの間柄なので、とても大切にお世話申し上げていらっしゃった。
だいたいの性格なども、たいそう慎重で、真面目でいらっしゃる君なので、安心してお任せになっていらっしゃった。まだ幼いお人形遊びなどの様子が見えるので、あの人が、一緒に遊んで過ごした昔の月日が、真先に思い出されるので、人形の殿の宮仕を、とても熱心になさりながら、時々は涙ぐんでいらっしゃるのであった。
そうしてもよさそうなあたりには、軽い気持ちで言い寄ったりなさる女は大勢いるが、望みを懸けてくるようには仕向けない。愛人にしてもよさそうだと、思い寄られそうな女も、無理に一時の浮気沙汰にして、やはり「あの、緑の袖よと馬鹿にされたのを見返してやりたいものだ」と思う気持ちだけが、重大事として忘れられないのであった。
無理にでも何とかつきまとったならば、根負けしてお許しになるかも知れないが、「つらいと思った折々のことを、何とか内大臣にもお分りになっていただこう」と考えていたこと、忘れられないので、ご本人に対してだけは、並々ならぬ愛情の限りを表して、表面では恋い焦がれているようには見せない。
ご兄弟の公達なども、小憎らしいなどとばかり思う事が多かった。対の姫君のご様子を、右中将は、たいそう深く思いつめて、言い寄る手引きもたいそう頼りなかったので、この中将の君に泣きついて来たが、
「他人事となると、感心できないことですね」
と素っ気なく答えていらっしゃるのだった。その昔の父大臣たちの御仲に似ていた。

 [3-4 Genji considers his education policy for his son]
 Tiuzyau-no-Kimi wo, konata ni ha ke-dohoku motenasi kikoye tamahe re do, Hime-Gimi no ohom-kata ni ha, sa si mo sasi-hanati kikoye tamaha zu narahasi tamahu.
 "Waga yo no hodo ha, tote mo kaku te mo onazi koto nare do, nakara m yo wo omohi-yaru ni, naho mi-tuki, omohi-simi nuru koto-domo koso, tori-waki te ha oboyu bekere."
 tote, minami-omote no mi-su no uti ha yurusi tamahe ri. Daiban-dokoro, nyoubau no na ka ha yurusi tamaha zu. Amata ohase nu ohom-nakarahi ni te, ito yamgotonaku kasiduki kikoye tamahe ri.
 Ohokata no kokoro-motiwi nado mo, ito mono-monosiku, mameyaka ni monosi tamahu Kimi nare ba, usiro-yasuku obosi yudure ri. Mada ihaketaru ohom-hihina-asobi nado no kehahi no miyure ba, kano hito no, morotomo ni asobi te sugusi si tosi-tuki no, madu omohi-ide rarure ba, hihina no tono no miya-dukahe, ito yoku si tamahi te, wori-wori ni uti-sihore tamahi keri.
 Samo ari nu beki atari ni ha, hakanasi-goto mo notamahi hururu ha amata are do, tanomi kaku beku mo si nasa zu. Saru kata ni nado ka ha mi zara m to, kokoro-tomari nu beki wo mo, sihite nahozari-goto ni si-nasi te, naho "Kano, midori no sode wo miye-nahosi te si gana!" to omohu kokoro nomi zo, yamgotonaki husi ni ha tomari keru.
 Anagati ni nado kakadurahi madoha ba, tahururu kata ni yurusi tamahi mo si tu beka'mere do, "Turasi to omohi si wori-wori, ikade hito ni mo kotowara se tatematura m." to omohi-oki si, wasure gataku te, sauzimi bakari ni ha, oroka nara nu ahare wo tukusi mise te, ohokata ni ha ira re omohe ra zu.
 Seuto no kim-dati nado mo, nama netasi nado nomi omohu koto ohokari. Tai-no-Himegimi no mi-arisama wo, Migi-no-Tiuzyau ha, ito hukaku omohi-simi te, ihi-yoru tayori mo ito hakanakere ba, kono Kimi wo zo kakoti yori kere do,
 "Hito no uhe ni te ha, modokasiki waza nari keri."
 to, turenaku irahe te zo monosi tamahi keru. Mukasi no titi-Otodo-tati no ohom-nakarahi ni ni tari.

 内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに、その生ひ出でたるおぼえ、人柄に従ひつつ、心にまかせたるやうなるおぼえ、御勢1161にて、皆なし立てたまふ。女はあまたもおはせぬを、女御も、かく思ししことのとどこほりたまひ、姫君も、かくこと違ふさまにてものしたまへば、いと口惜しと思す。
かの撫子を忘れたまはず、ものの折にも語り出でたまひしことなれば、
「いかになりにけむ。ものはかなかりける親の心に引かれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりに1162たること。すべて女子といはむものなむ、いかにもいかにも目放つまじかりける。さかしらにわが子と言ひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても、聞こえ出で来ば」
と、あはれに思しわたる。君達にも、
「もし、さやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。心のすさびにまかせて、さるまじきことも多かりしなかに、これは、いとしか、おしなべての際にも思はざりし人の、はかなきもの倦むじをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを、失ひたることの口惜しきこと」
と、常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、うち忘れたまひけるを、人の、さまざまにつけて、女子かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、いと心憂く、本意なく思すなりけり。
夢見たまひて、いとよく合はする者召して、合はせたまひけるに、
「もし、年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、聞こしめし出づることや」
と聞こえたりければ、
「女子の人の子になることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらむ」
など、このころぞ、思しのたまふべかめる。

 [3-5 内大臣、娘たちを思う]
内大臣は、お子様方が夫人たちに大勢いたが、その母方の血筋の良さや、子供の性質に応じて、思いどおりのような世間の声望や、御権勢に任せて、皆一人前に引き立てなさる。女の子はたくさんはいないが、女御も、あのようにご期待していたこともうまくゆかず、姫君も、またあのように思惑と違うようなことでいらっしゃるので、とても残念だとお思いになる。
あの撫子のことがお忘れになれず、何かのついでにもお口になさったことなので、
「どうなったのだろう。頼りない親の心のままに、かわいらしかった子を、行く方不明にしてしまったことよ。だいたい女の子というものは、どんなことがあっても目を放してはならないものであった。勝手に自分の子供と名乗って、みじめな境遇でさまよっているのだろうか。どのような恰好でいるにせよ、噂が聞こえて来たならば」
と、しみじみとずっと思い続けていらっしゃる。ご子息たちにも、
「もし、そのように名乗り出る人があったら、聞き逃すな。気紛れから、感心できない女性関係も多かった中で、あの人は、とても並々の愛人程度とは思われなかった人で、ちょっとした愛想づかしをして、このように少なかった娘一人を、行方不明にしてしまったことの残念なことよ」
と、いつもお口に出される。ひところなどは、そんなにでもなく、ついお忘れになっていたが、他人が、さまざまに娘を大切になさっている例が多いので、ご自分のお思いどおりにならないのが、とても情けなく、残念にお思いになるのであった。
夢を御覧になって、たいそうよく占う者を召して、夢の意味をお解かせになったところ、
「もしや、長年あなた様に知られずにいらっしゃるお子様を、他人の子として、お耳にあそばすことはございませんか」
と申し上げたので、
「女の子が他人の養女となることは、めったにないことだ。どのようなことだろうか」
などと、このころになって、お考えになったりおっしゃっているようである。

 [3-5 Naidaiji considers his education policy for his daughters]
 Uti-no-Otodo ha, mi-ko-domo hara-bara ito ohokaru ni, sono ohi-ide taru oboye, hito-gara ni sitagahi tutu, kokoro ni makase taru yau naru oboye, ohom-ikihohi ni te, mina nasi tate tamahu. Womna ha amata mo ohase nu wo, Nyougo mo, kaku obosi si koto no todokohori tamahi, Hime-Gimi mo, kaku koto tagahu sama ni te monosi tamahe ba, ito kutiwosi to obosu.
 Kano nadesiko wo wasure tamaha zu, mono no wori ni mo katari ide tamahi si koto nare ba,
 "Ika ni nari ni kem? Mono hakanakari keru oya no kokoro ni hika re te, rautage nari si hito wo, yukuhe sira zu nari ni taru koto. Subete womna-go to iha m mono nam, ika ni mo ika ni mo me hanatu mazikari keru. Sakasira ni waga ko to ihi te, ayasiki sama ni te hahure ya su ram? Tote mo kaku te mo, kikoye ide ba."
 to, ahare ni obosi wataru. Kimi-tati ni mo,
 "Mosi, sayau naru nanori suru hito ara ba, mimi todome yo. Kokoro no susabi ni makase te, sa'ru maziki koto mo ohokari si naka ni, kore ha, ito sika, osinabete no kiha ni mo omoha zari si hito no, hakanaki mono-um-zi wo si te, kaku sukunakari keru mono no kusahahi hitotu wo, usinahi taru koto no kutiwosiki koto."
 to, tune ni notamahi idu. Naka-goro nado ha sa si mo ara zu, uti-wasure tamahi keru wo, hito no, sama-zama ni tuke te, womna-go kasiduki tamahe ru taguhi-domo ni, waga omohosu ni si mo kanaha nu ga, ito kokoro-uku, hoi-naku obosu nari keri.
 Yume mi-tamahi te, ito yoku ahasuru mono mesi te, ahase tamahi keru ni,
 "Mosi, tosi-goro mi-kokoro ni sira re tamah nu mi-ko wo, hito no mono ni nasi te, kikosimesi-iduru koto ya?"
 to kikoye tari kere ba,
 "Womna-go no hito no ko ni naru koto ha, wosa-wosa nasi kasi. Ika naru koto ni ka ara m?"
 nado, kono-koro zo, obosi notamahu beka'meru.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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