源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語

2 近江君の物語 娘の処遇に苦慮する内大臣の物語

出典
校訂

1 Tale of Tamakazura A love of taboo Genji and Tamakazura

2 Tale of Ohomi-no-Kimi Naidaijin's agony how to treat his daughter

 いと暑き日、東の釣殿に出でたまひて涼みたまふ。中将の君もさぶらひたまふ。親しき殿上人あまたさぶらひて、西川よりたてまつれる鮎、近き川のいしぶしやうのもの、御前にて調じて参らす。例の大殿の君達、中将の御あたり尋ねて参りたまへり。
「さうざうしくねぶたかりつる、折よくものしたまへるかな」
とて、大御酒参り、氷水召して、水飯など、とりどりにさうどきつつ食ふ。
風はいとよく吹けども、日のどかに曇りなき空の、西日になるほど、蝉の声などもいと苦しげに1163聞こゆれば、
「水の上無徳なる今日の暑かはしさかな。無礼の罪は許されなむや」
とて、寄り臥したまへり。
「いとかかるころは、遊びなどもすさまじく、さすがに、暮らしがたきこそ苦しけれ。宮仕へする若き人々堪へがたからむな。帯も解かぬほどよ。ここにてだにうち乱れ、このころ世にあらむことの、すこし珍しく、ねぶたさ覚めぬべからむ、語りて聞かせたまへ。何となく翁びたる心地して、世間のこともおぼつかなしや」
などのたまへど、珍しきこととて、うち出で聞こえむ物語もおぼえねば、かしこまりたるやうにて、皆いと涼しき高欄に、背中押しつつさぶらひたまふ。

 1 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語 [1-1 六条院釣殿の納涼]
たいそう暑い日、東の釣殿にお出になって涼みなさる。中将の君も伺候していらっしゃる。親しい殿上人も大勢伺候して、西川から献上した鮎、近い川のいしぶしのような魚、御前で調理して差し上げる。いつもの大殿の公達、中将のおいでになる所を尋ねて参上なさった。
「退屈で眠たかったところだが、ちょうどよい時にいらっしゃったな」
とおっしゃって、御酒を召し上がり、氷水をお取り寄せになって、水飯などを、それぞれにぎやかに召し上がる。
風はたいそう気持ちよく吹くが、日は長くて曇りない空が、西日になるころ、蝉の声などもたいそう苦しそうに聞こえるので、
「水のほとりも役に立たない今日の暑さだね。失礼は許していただけようか」
とおっしゃって、物に寄りかかって横におなりになった。
「とてもこんな暑い時は、管弦の遊びなどもおもしろくなく、とはいえ、何もしないのもつらいことだ。宮仕えしている若い人々にはつらいことだろうよ。帯も解かないではね。せめてここではくつろいで、最近世間に起こったことで、少し珍しく、眠気の覚めるようなことを、話してお聞かせください。何となく年寄じみた心地がして、世間のことも疎くなったのでね」
などとおっしゃるが、珍しい事と言って、ちょっと申し上げるような話も思いつかないので、恐縮しているようで、皆たいそう涼しい高欄に、背中を寄り掛けながら座っていらっしゃる。

 1 Tale of Tamakazura A love of taboo Genji and Tamakazura [1-1 Enjoying the cool of the evening in summer at Rokujoin]
 Ito atuki hi, himgasi no Turi-dono ni ide tamahi te suzumi tamahu. Tiuzyau-no-Kimi mo saburahi tamahu. Sitasiki Tenzyau-bito amata saburahi te, Nisi-kaha yori tatemature ru ayu, tikaki kaha no isibusi yau no mono, o-mahe ni te teu-zi te mawira su. Rei no Oho-Tono no kim-dati, Tiuzyau no ohom-atari tadune te mawiri tamahe ri.
 "Sau-zausiku nebutakari turu, wori yoku monosi tamahe ru kana!"
 tote, oho-mi-ki mawiri, hi midu mesi te, sui-han nado, tori-dori ni saudoki tutu kuhu.
 Kaze ha ito yoku huke do mo, hi nodoka ni kumori naki sora no, nisi-bi ni naru hodo, semi no kowe nado mo ito kurusige ni kikoyure ba,
 "Midu no uhe mu-toku naru kehu no atukahasisa kana! Murai no tumi ha yurusa re na m ya?"
 tote, yori-husi tamahe ri.
 "Ito kakaru koro ha, asobi nado mo susamaziku, sasuga ni, kurasi gataki koso kurusikere! Miya-dukahe suru hito-bito tahe gatakara m na! Obi mo hodoka nu hodo yo! Koko ni te dani uti-midare, kono koro yo ni ara m koto no, sukosi medurasiku, nebutasa same nu bekara m, katari te kika se tamahe. Nani to naku okina-bi taru kokoti si te, seken no koto mo obotukanasi ya!
 nado notamahe do, medurasiki koto tote, uti-ide kikoye m monogatari mo oboye ne ba, kasikomari taru yau ni te, mina ito suzusiki kau-ran ni, senaka osi tutu saburahi tamahu.

 「いかで聞きしことぞや、大臣のほか腹の娘尋ね出でて1164、かしづきたまふなるとまねぶ人ありしかば、まことにや」
と、弁少将に問ひたまへば、
「ことことしく、さまで言ひなすべきことにもはべらざりけるを。この春のころほひ、夢語りしたまひけるを、ほの聞き伝へはべりける女の、『われなむかこつべきことある』と、名のり出ではべりけるを、中将の朝臣なむ聞きつけて、『まことにさやうに触ればひぬべきしるしやある』と、尋ねとぶらひはべりける。詳しきさまは、え知りはべらず。げに、このころ珍しき世語りになむ、人々もしはべるなる。かやうのことにぞ、人のため、おのづから家損なるわざにはべりけれ」
と聞こゆ。「まことなりけり」と思して、
「いと多かめる列に、離れたらむ後るる雁を、強ひて尋ねたまふが、ふくつけきぞ。いとともしきに、さやうならむもののくさはひ、見出で1165まほしけれど、名のりももの憂き際とや思ふらむ、さらにこそ聞こえね。さても、もて離れたることにはあらじ。らうがはしくとかく紛れたまふめりしほどに、底きよく澄まぬ水にやどる月は、曇りなきやうのいかでかあらむ」
と、ほほ笑みてのたまふ。中将の君も、詳しく聞きたまふことなれば、えしもまめだたず。少将と藤侍従とは、いとからしと思ひたり。
「朝臣や、さやうの落葉をだに拾へ。人悪ろき名の後の世に残らむよりは、同じかざしにて1166慰めむに、なでふことかあらむ」
と、弄じたまふやうなり。かやうのことにてぞ、うはべはいとよき御仲の、昔よりさすがに隙ありける。まいて、中将をいたくはしたなめて、わびさせたまふつらさを思しあまりて、「なまねたしとも、漏り聞きたまへかし」と思すなりけり。
かく聞きたまふにつけても、
「対の姫君を見せたらむ時、またあなづらはしからぬ方にもてなされなむはや。いとものきらきらしく、かひあるところつきたまへる人にて、善し悪しきけぢめも、けざやかにもてはやし、またもて消ち軽むることも、人に異なる大臣なれば、いかにものしと思ふらむ。おぼえぬさまにて、この君をさし出でたらむに、え軽くは思さじ。いときびしくもてなしてむ」など思す。

 [1-2 近江君の噂]
「どうして聞いたことか、大臣が外腹の娘を捜し出して、大切になさっていると話してくれた人がいたので、本当ですか」
と、弁少将にお尋ねになると、
「仰々しく、そんなに言うほどのことではございませんでしたが。今年の春のころ、夢をお話をなさったところ、ちらっと人伝てに聞いた女が、『自分には聞いてもらうべき子細がある』と、名乗り出ましたのを、中将の朝臣が耳にして、『本当にそのように言ってよい証拠があるのか』と、尋ねてやりました。詳しい事情は、知ることができません。おっしゃるように、最近珍しい噂話に、世間の人々もしているようでございます。このようなことは、父にとって、自然と家の不面目となることでございます」
と申し上げる。「やはり本当だったのだ」とお思いになって、
「たいそう大勢の子たちなのに、列から離れたような後れた雁を、無理にお捜しになるのが、欲張りなのだ。とても子どもが少ないのに、そのようなかしずき種を、見つけ出したいが、名乗り出るのも嫌な所と思っているのでしょう、まったく聞きません。それにしても、無関係の娘ではあるまい。やたらあちらこちらと忍び歩きをなさっていたらしいうちに、底が清く澄んでいない水に宿る月は、曇らないようなことがどうしてあろうか」
と、ほほ笑んでおっしゃる。中将君も、詳しくお聞きになっていることなので、とても真面目な顔はできない。少将と藤侍従とは、とてもつらいと思っていた。
「朝臣よ。せめてそのような落し胤でももらったらどうだね。体裁の悪い評判を残すよりは、同じ姉妹と結婚して我慢するが、何の悪いことがあろうか」
と、おからかいになるようである。このようなこととなると、表面はたいそう仲の良いお二方が、やはり昔からそれでもしっくりしないところがあるのであった。その上、中将をひどく恥ずかしい目にあわせて、嘆かせていらっしゃるつらさを腹に据えかねて、「悔しいとでも、人伝てに聞きなさったらよい」と、お思いになるのだった。
このようにお聞きになるにつけても、
「対の姫君を見せたような時、また軽々しく扱われるようなことはあるまい。たいそうはっきりとしていて、けじめをつけるところがある人で、善悪の区別も、はっきりと誉めたり、また貶しめ軽んじたりすることも、人一倍の大臣なので、どんなに腹立たしく思うであろう。予想もしない形で、この対の姫君を見せたらば、軽く扱うことはできまい。まこと油断なくお世話しよう」などとお思いになる。

 [1-2 A rumor about Naidaijin's daughter, Ohomi-no-Kimi]
 "Ikade kiki si koto zo ya, Otodo no hoka-bara no musume tadune-ide te, kasiduki tamahu naru to manebu hito ari sika ba, makoto ni ya?"
 to, Ben-no-Seusyau ni tohi tamahe ba,
 "Koto-kotosiku, sa made ihi-nasu beki koto ni mo habera zari keru wo. Kono haru no korohohi, yume-gatari si tamahi keru wo, hono-kiki-tutahe haberi keru Womna no, "Ware nam kakotu beki koto aru." to, nanori ide haberi keru wo, Tiuzyau-no-Asom nam kiki-tuke te, "Makoto ni sayau ni hure-bahi nu beki sirusi ya aru?" to, tadune toburahi haberi keru. Kuhasiki sama ha, e siri habera zu. Geni, kono-koro medurasiki yo-gatari ni nam, hito-bito mo si haberu naru. Kayau no koto ni zo, hito no tame, onodukara keson naru waza ni haberi kere."
 to kikoyu. "Makoto nari keri." to obosi te,
 "Ito ohoka'meru tura ni, hanare tara m okururu kari wo, sihite tadune tamahu ga, hukutukeki zo. Ito tomosiki ni, sayau nara m mono no kusahahi, mi-ide mahosikere do, nanori mo mono-uki kiha to ya omohu ram, sarani koso kikoye ne. Sate mo, mote hanare taru koto ni ha ara zi. Raugahasiku tokaku magire tamahu meri si hodo ni, soko kiyoku suma nu midu ni yadoru tuki ha, kumori naki yau no ikade ka ara m?"
 to, hohowemi te notamahu. Tiuzyau-no-Kimi mo, kuhasiku kiki tamahu koto nare ba, e si mo mame-data zu. Seusyau to Tou-Zizyu to ha, ito karasi to omohi tari.
 "Asom ya, sayau no otiba wo dani hirohe. Hito-waroki na no noti no yo ni nokora m yori ha, onazi kazasi ni te nagusame m ni, nadehu koto ka ara m?"
 to, rau-zi tamahu yau nari. Kayau no koto ni te zo, uhabe ha ito yoki ohom-naka no, mukasi yori sasuga ni hima ari keru. Maite, Tiuzyau wo itaku hasitaname te, wabi sase tamahu turasa wo obosi amari te, "Nama netasi to mo, mori-kiki tamahe kasi." to obosu nari keri.
 Kaku kiki tamahu ni tuke te mo,
 "Tai-no-Himegimi wo mise tara m toki, mata anadurahasikara nu kata ni mote nasare na m ha ya! Ito mono kira-kirasiku, kahi aru tokoro tuki tamahe ru hito ni te, yosi asiki kedime mo, kezayaka ni mote-hayasi, mata mote keti karomuru koto mo, hito ni koto naru Otodo nare ba, ika ni monosi to omohu ram. Oboye nu sama ni te, kono Kimi wo sasi-ide tara m ni, e karoku ha obosa zi. Ito kibisiku motenasi te m." nado obosu.

 夕つけゆく風、いと涼しくて、帰り憂く若き人々は思ひたり。
「心やすくうち休み涼まむや。やうやうかやうの中に、厭はれぬべき齢にも1167なりにけりや」
とて、西の対に渡りたまへば、君達、皆御送りに参りたまふ。
たそかれ時のおぼおぼしきに、同じ直衣ども1168なれば、何ともわきまへられぬに、大臣、姫君を、
「すこし外出でたまへ」
とて、忍びて、
「少将、侍従など率てまうで来たり。いと翔けり来まほしげに思へるを、中将の、いと実法の人にて率て来ぬ、無心なめりかし。
この人々は、皆思ふ心なきならじ。なほなほしき際をだに、窓の内なるほど1169は、ほどに従ひて、ゆかしく思ふべかめるわざなれば、この家のおぼえ、うちうちのくだくだしきほどよりは、いと世に過ぎて、ことことしくなむ言ひ思ひなすべかめる。かたがたものすめれど、さすがに人の好きごと言ひ寄らむにつきなしかし。
かくてものしたまふは、いかでさやうならむ人のけしきの、深さ浅さをも見むなど、さうざうしきままに願ひ思ひしを、本意なむ叶ふ心地しける」
など、ささめきつつ聞こえたまふ。
御前に、乱れがはしき前栽なども植ゑさせたまはず、撫子の色をととのへたる、唐の、大和の、籬いとなつかしく結ひなして、咲き乱れたる夕ばえ、いみじく見ゆ。皆、立ち寄りて、心のままにも折り取らぬを、飽かず思ひつつやすらふ。
「有職どもなりな。心もちゐなども、とりどりにつけてこそめやすけれ。右の中将は、ましてすこし静まりて、心恥づかしき気まさりたり。いかにぞや1170、おとづれ聞こゆや。はしたなくも、なさし放ちたまひそ」
などのたまふ。
中将の君は、かくよきなかに、すぐれてをかしげになまめきたまへり。
「中将を厭ひたまふこそ、大臣は本意なけれ。交じりものなく、きらきらしかめるなかに、大君だつ筋にて、かたくななりとにや」
とのたまへば、
「来まさば1171、といふ人もはべりけるを」
と聞こえたまふ。
「いで、その御肴もてはやされむさまは願はしからず。ただ、幼きどちの結びおきけむ心も解けず、年月、隔てたまふ心むけのつらきなり。まだ下臈なり、世の聞き耳軽しと思はれば、知らず顔にて、ここに任せたまへらむに、うしろめたくはありなましや」
など、うめきたまふ。「さは、かかる御心の隔てある御仲なりけり」と聞きたまふにも、親に知られたてまつらむことのいつとなきは、あはれにいぶせく思す。

 [1-3 源氏、玉鬘を訪う]
夕方らしくなって吹く風、たいそう涼しくて、帰るのももの憂く若い人々は思っていた。
「気楽にくつろいで涼んではどうか。だんだんこのような若い人々の中で、嫌われる年になってしまったなあ」
と言って、西の対にお渡りになるので、公達、皆お送りにお供なさる。
黄昏時の薄暗い時に、同じ直衣姿なので、誰とも区別がつかないので、大臣は姫君に、
「もう少し外へお出になりなさい」
と言って、こっそりと、
「少将や、侍従などを連れて参りました。ひどく飛んで来たいほどに思っていたのを、中将が、まこと真面目一方の人なので、連れて来なかったのは、思いやりがないようでした。
この人々は、皆気がないでもない。つまらない身分の女でさえ、深窓に養われている間は、身分相応に気を引かれるものらしいから、わが家の評判は内幕のくだくだしい割には、たいそう実際以上に、大げさに言ったり思ったりしているようです。他にも女性方々がいらっしゃるのですが、やはり男性が恋をしかけるには相応しくない。
こうしていらっしゃるのは、何とかそのような男性の気持ちの、深さ浅さを見たいなどと、退屈のあまり願っていたのだが、望みの叶う気がしました」
などと、ひそひそと申し上げなさる。
お庭先には、雑多な前栽などは植えさせなさらず、撫子の花を美しく整えた、唐撫子、大和撫子の、垣をたいそうやさしい感じに造って、その咲き乱れている夕映え、たいそう美しく見える。皆、立ち寄って、思いのままに手折ることができないのを、残念に思って佇んでいる。
「教養のある人たちだな。心づかいなども、それぞれに立派なものだ。右の中将は、さらにもう少し落ち着いていて、こちらが恥ずかしくなる感じがします。どうですか、お便り申して来ますか。体裁悪く、突き放しなさいますな」
などとおっしゃる。
中将君は、この優れた人たちの中でも、際立って優美でいらっしゃった。
「中将をお嫌いなさるとは、内大臣は困ったものだ。ご一族ばかりで繁栄している中で、皇孫の血筋を引くので、見にくいとでもいうのか」
とおっしゃると、
「来てくだされば、という人もございましたものを」
と申し上げなさる。
「いや、そんな大事に持てなされることは望んでいません。ただ、幼い者同士が契り合った胸の思いが晴れないまま、長い年月、仲を裂いていらっしゃった大臣のやりかたがひどいのです。まだ身分が低い、外聞が悪いとお思いならば、知らない顔で、こちらに任せて下されたとしても、何の心配がありましょうか」
などと、不平をおっしゃる。「では、このようなお心のしっくりいってないお間柄だったのだわ」とお聞きになるにつけても、親に知っていただけるのがいつか分からないのは、しみじみと悲しく胸の塞がる思いがなさる。

 [1-3 Genji visits to Tamakazura]
 Yuhu tuke yuku kaze, ito suzusiku te, kaheri uku wakaki hito-bito ha omohi tari.
 "Kokoro yasuku uti-yasumi suzuma m ya? Yau-yau kayau no naka ni, itoha re nu beki yohahi ni mo nari ni keri ya!"
 tote, Nisi-no-tai ni watari tamahe ba, Kimdati, mina ohom-okuri ni mawiri tamahu.
 Tasokare-doki no obo-obosiki ni, onazi nahosi-domo nare ba, nani to mo wakimahe rare nu ni, Otodo, Hime-Gimi wo,
 "Sukosi to ide tamahe."
 tote, sinobi te,
 "Seusyau, Zizyu nado wi te maude ki tari. Ito kakeri ko mahosige ni omohe ru wo, Tiuzyau no, ito zihohu no hito ni te wi te ko nu, mu-sin na'meri kasi.
 Kono hito-bito ha, mina omohu kokoro naki nara zi. Naho-nahosiki kiha wo dani, mado no uti naru hodo ha, hodo ni sitagahi te, yukasiku omohu beka'meru waza nare ba, kono ihe no oboye, uti-uti no kuda-kudasiki hodo yori ha, ito yo ni sugi te, koto-kotosiku nam ihi omohi-nasu bekameru. Kata-gata monosu mere do, sasuga ni hito no suki-goto ihi-yora m ni tuki nasi kasi.
 Kakute monosi tamahu ha, ikade sayau nara m hito no kesiki no, hukasa asasa wo mo mi m nado, sau-zausiki mama ni negahi omohi si wo, hoi nam kanahu kokoti si keru."
 nado, sasameki tutu kikoye tamahu.
 O-mahe ni, midare-gahasiki sensai nado mo uwe sase tamaha zu, nadesiko no iro wo totonohe taru, kara no, yamato no, mase ito natukasiku yuhi-nasi te, saki-midare taru yuhu-bahe, imiziku miyu. Mina, tati-yori te, kokoro no mama ni mo wori-tora nu wo, aka zu omohi tutu yasurahu.
 "Iusoku-domo nari na. Kokoro-motiwi nado mo, tori-dori ni tuke te koso meyasukere. Migi-no-Tiuzyau ha, masite sukosi sidumari te, kokoro-hadukasiki ke masari tari. Ika ni zo ya, otodure kikoyu ya? Hasitanaku mo, na sasi-hanati tamahi so."
 nado notamahu.
 Tiuzyau-no-Kimi ha, kaku yoki nak ni, sugurete wokasige ni namameki tamahe ri.
 "Tiuzyau wo itohi tamahu koso, Otodo ha hoi nakere. Maziri mono naku, kira-kirasika'meru naka ni, oho-kimi-datu sudi ni te, katakuna nari to ni ya?"
 to notamahe ba,
 "Ki masa ba, to ihu hito mo haberi keru wo."
 to kikoye tamahu.
 "Ide, sono mi-sakana mote-hayasa re m sama ha negahasikara zu. Tada, wosanaki-doti no musubi-oki kem kokoro mo toke zu, tosi-tuki, hedate tamahu kokoro-muke no turaki nari. Mada ge-rau nari, yo no kiki-mimi karosi to omoha re ba, sira-zu-gaho ni te, koko ni makase tamahe ra m ni, usirometaku ha ari na masi ya?"
 nado, umeki tamahu. "Sa ha, kakaru mi-kokoro no hedate aru ohom-naka nari keri!" to kiki tamahu ni mo, oya ni sira re tatematura m koto no itu to naki ha, ahare ni ibuseku obosu.

 月もなきころなれば、燈籠に御殿油参れり。
「なほ、気近くて暑かはしや。篝火こそよけれ」
とて、人召して、
「篝火の台一つ、こなたに」
と召す。をかしげなる和琴のある、引き寄せたまひて、掻き鳴らしたまへば、律にいとよく調べられたり。音もいとよく鳴れば、すこし弾きたまひて、
「かやうのことは御心に入らぬ筋にやと、月ごろ思ひおとしきこえけるかな。秋の夜の月影涼しきほど、いと奥深くはあらで、虫の声に掻き鳴らし合はせたるほど、気近く今めかしきものの音なり。ことことしき調べ、もてなししどけなしや。
このものよ、さながら多くの遊び物の音、拍子を調へとりたるなむいとかしこき。大和琴とはかなく見せて、際もなくしおきたることなり。広く異国のことを知らぬ女のためとなむおぼゆる。
同じくは、心とどめて物などに掻き合はせて習ひたまへ。深き心とて、何ばかりもあらずながら、またまことに弾き得ることはかたきにやあらむ、ただ今は、この内大臣になずらふ人なしかし。
ただはかなき同じ菅掻きの音に、よろづのものの音、籠もり通ひて、いふかたもなくこそ、響きのぼれ」
と語りたまへば、ほのぼの心得て、いかでと思すことなれば、いとどいぶかしくて、
「このわたりにて、さりぬべき御遊びの折など、聞きはべりなむや。あやしき山賤などのなかにも、まねぶものあまたはべるなることなれば、おしなべて心やすくやとこそ思ひたまへつれ。さは、すぐれたるは、さまことにやはべらむ」
と、ゆかしげに、切に心に入れて思ひたまへれば、
「さかし。あづまとぞ名も立ち下りたるやうなれど、御前の御遊びにも、まづ書司を召すは、人の国は知らず、ここにはこれをものの親としたるにこそあめれ。
そのなかにも、親としつべき御手より弾き取りたまへらむは、心ことなりなむかし。ここになども、さるべからむ折にはものしたまひなむを、この琴に、手惜しまずなど、あきらかに掻き鳴らしたまはむことやかたからむ。ものの上手は、いづれの道も心やすからずのみぞあめる。
さりとも、つひには聞きたまひてむかし」
とて、調べすこし弾きたまふ。ことつひいと二なく1172、今めかしくをかし。「これにもまされる音や出づらむ」と、親の御ゆかしさたち添ひて、このことにてさへ、「いかならむ世に、さてうちとけ弾きたまはむを聞かむ」など、思ひゐたまへり。
「貫河の瀬々のやはらた1173」と、いとなつかしく謡ひたまふ。「親避くるつま」は、すこしうち笑ひつつ、わざともなく掻きなしたまひたる菅掻きのほど、いひ知らずおもしろく聞こゆ。
「いで、弾きたまへ。才は人になむ恥ぢぬ。「想夫恋」ばかりこそ、心のうちに思ひて、紛らはす人もありけめ、おもなくて、かれこれに合はせつるなむよき」
と、切に聞こえたまへど、さる田舎の隈にて、ほのかに京人と名のりける、古王君女教へきこえければ、ひがことにもやとつつましくて、手触れたまはず。
「しばしも弾きたまはなむ。聞き取ることもや」と心もとなきに、この御琴によりぞ、近くゐざり寄りて、
「いかなる風の吹き添ひて、かくは響きはべるぞとよ」
とて、うち傾きたまへるさま、火影にいとうつくしげなり。笑ひたまひて、
「耳固からぬ人のためには、身にしむ風も吹き添ふかし」
とて、押しやりたまふ。いと心やまし。

 [1-4 源氏、玉鬘と和琴について語る]
月もないころなので、燈籠に明りを入れた。
「やはり、近すぎて暑苦しいな。篝火がよいなあ」
とおっしゃって、人を呼んで、
「篝火の台を一つ、こちらに」
とお取り寄せになる。美しい和琴があるのを、引き寄せなさって、掻き鳴らしなさると、律の調子にたいそうよく整えられていた。音色もとてもよく出るので、少しお弾きになって、
「このようなことはお好きでない方面かと、今まで大したことはないとお思い申していました。秋の夜の、月の光が涼しいころ、奥深い所ではなくて、虫の声に合わせて弾いたりするのには、親しみのあるはなやかな感じのする楽器です。改まった演奏は、役割がしっかりと決まりませんね。
この楽器は、そのままで多くの楽器の音色や、調子を備えているところが優れた点です。大和琴と言って一見大したことのないように見えながら、極めて精巧に作られているものです。広く外国の学芸を習わない女性のための楽器と思われます。
同じ習うなら、気をつけて他の楽器に合わせてお習いなさい。難しい手と言っても、特にあるわけではありませんが、また本当に弾きこなすことは難しいのでしょうか、現在では、あの内大臣に並ぶ人はいません。
ただちょっとした同じ菅掻き一つの音色に、あらゆる楽器の音色が、含まれていて、何とも形容のしようがないほど、響き渡るのです」
とご説明なさると、多少会得していて、ぜひともさらに上手になりたいとお思いのことなので、もっと聞きたくて、
「こちらで、適当な管弦のお遊びがあります折などに、聞くことができましょうか。賤しい田舎者の中でも、習う者が大勢おりますと言うことですから、総じて気楽に弾けるものかと存じておりました。では、お上手な方は、まるで違っているのでしょうか」
と、さも聞きたそうに、熱心に気を入れていらっしゃるので、
「そうです。東琴と言って名前は低そうに聞こえますが、御前での管弦の御遊にも、まず第一に書司をお召しになるのは、異国はいざ知らず、わが国では和琴を楽器の第一としたのでしょう。
そうした中でも、その第一人者である父親から直接習い取ったら、格別でしょう。こちらにも、何かの機会にはおいでになるだろうが、和琴に、秘手を惜しまず、隠さず演奏するようなことはめったにないでしょう。物の名人は、どの道の人でも気安くは手の内を見せないもののようです。
とは言っても、いずれはお聞きになれることでしょう」
とおっしゃって、楽曲を少しお弾きになる。和琴を弾く姿はとても素晴らしく、はなやかで趣がある。「これよりも優れた音色が出るのだろうか」と、親にお会いしたい気持ちが加わって、和琴のことにつけてまでも、「いつになったら、こんなふうにくつろいでお弾きになるところを聞くことができるのだろうか」などと、思っていらっしゃった。
「貫河の瀬々の柔らかな手枕」と、たいそう優しくお謡いになる。「親が遠ざける夫」というところは、少しお笑いになりながら、ことさらにでもなくお弾きになる菅掻きの音、何とも言いようがなく美しく聞こえる。
「さあ、お弾きなさい。芸事は人前を恥ずかしがっていてはいけません。「想夫恋」だけは、心中に秘めて、弾かない人があったようだが、遠慮なく、誰彼となく合奏したほうがよいのです」
と、しきりにお勧めになるが、あの辺鄙な田舎で、何やら京人と名乗った皇孫筋の老女がお教え申したので、誤りもあろうかと遠慮して、手をお触れにならない。
「少しの間でもお弾きになってほしい。覚えることができるかも知れない」と聞きたくてたまらず、この和琴の事のために、お側近くにいざり寄って、
「どのような風が吹き加わって、このような素晴らしい響きが出るのかしら」
と言って、耳を傾けていらっしゃる様子、燈の光に映えてたいそうかわいらしげである。お笑いになって、
「耳聰いあなたのためには、身にしむ風も吹き加わるのでしょう」
と言って、和琴を押しやりなさる。何とも迷惑なことである。

 [1-4 Genji talks about koto in front of Tamakazura]
 Tuki mo naki koro nare ba, touro ni ohotono-abura mawire ri.
 "Naho, ke-dikaku te atukahasi ya! Kagari-bi koso yokere."
 tote, hito mesi te,
 "Kagari-bi no dai hitotu, konata ni."
 to mesu. Wokasige naru wagon no aru, hiki-yose tamahi te, kaki-narasi tamahe ba, riti ni ito yoku sirabe rare tari. Ne mo ito yoku nare ba, sukosi hiki tamahi te,
 "Kayau no koto ha mi-kokoro ni ira nu sudi ni ya to, tuki-goro omohi-otosi kikoye keru kana! Aki no yo no tuki-kage suzusiki hodo, ito oku-bukaku ha ara de, musi no kowe ni kaki-narasi ahase taru hodo, ke-dikaku imamekasiki mono no ne nari. Koto-kotosiki sirabe, motenasi sidokenasi ya!
 Kono mono yo, sanagara ohoku no asobi mono no ne, hausi wo totonohe tori taru nam ito kasikoki. Yamato-goto to hakanaku mise te, kiha mo naku si-oki taru koto nari. Hiroku koto-kuni no koto wo sira nu womna no tame to nam oboyuru.
 Onaziku ha, kokoro todome te mono nado ni kaki-ahase te narahi tamahe. Hukaki kokoro tote, nani bakari mo ara zu nagara, mata makoto ni hiki uru koto ha kataki ni ya ara m, tada ima ha, kono Uti-no-Otodo ni nazurahu hito nasi.
 Tada hakanaki onazi suga-gaki no ne ni, yorodu no mono no ne, komori kayohi te, ihukata mo naku koso, hibiki nobore."
 to katari tamahe ba, hono-bono kokoro-e te, ikade to obosu koto nare ba, itodo ibukasiku te,
 "Kono watari ni te, sa'ri nu beki ohom-asobi no wori nado, kiki haberi na m ya? Ayasiki yamagatu nado no naka ni mo, manebu mono amata haberu naru koto nare ba, osinabete kokoro-yasuku ya to koso omohi tamahe ture. Saha, sugure taru ha, sama koto ni ya habera m?"
 to, yukasige ni, seti ni kokoro ni ire te omohi tamahe re ba,
 "Sakasi. Aduma to zo na mo tati kudari taru yau nare do, go-zen no ohom-asobi ni mo, madu Humi-no-Tukasa wo mesu ha, hito n okuni ha sira zu, koko ni ha kore wo mono no oya to si taru ni koso a'mere.
 Sono naka ni mo, oya to si tu beki mi-te yori hiki-tori tamahe ra m ha, kokoro koto nari na m kasi. Koko ni nado mo, saru bekara m wori ni ha monosi tamahi na m wo, kono koto ni, te wosima zu nado, akiraka ni kaki-narasi tamaha m koto ya katakara m. Mono no zyauzu ha, idure no miti mo kokoro-yasukara zu nomi zo a'meru.
 Sari to mo, tuhi ni ha kiki tamahi te m kasi."
 tote, sirabe sukosi hiki tamahu. Kototuhi ito ni-naku, imamekasiku wokasi. "Kore ni mo masaru ne ya idura m." to, oya no ohom-yukasisa tati-sohi te, kono koto ni te sahe, "Ika nara m yo ni, sate uti-toke hiki tamaha m wo kika m." nado, omohi wi tamahe ri.
 Nukikaha no se-ze no yaharata to, ito natukasiku utahi tamahu. Oya sakuru tumaha, sukosi uti-warahi tutu, waza to mo naku kaki-nasi tamahi taru suga-gaki no hodo, ihi-sira-zu omosiroku kikoyu.
 "Ide, hiki tamahe. Zae ha hito ni nam hadi nu. Sauhuren bakari koso, kokoro no uti ni omohi te, magirahasu hito mo ari keme, omonaku te, kare kore ni ahase turu nam yoki."
 to, seti ni kikoye tamahe do, saru winaka no kuma ni te, honoka ni kyau-hito to nanori keru, huru-oho-gimi womna wosihe kikoye kere ba, higa-koto ni mo ya to tutumasiku te, te hure tamaha zu.
 "Sibasi mo hiki tamaha nam. Kiki-toru koto mo ya?" to kokoro-motonaki ni, kono ohom-koto ni yori zo, tikaku wizari-yori te,
 "Ika naru kaze no huki-sohi te, kaku ha hibiki haberu zo to yo.
 tote, uti-katabuki tamahe ru sama, ho-kage ni ito utukusige nari. Warahi tamahi te,
 "Mimi katakara nu hito no tame ni ha, mi ni simu kaze mo huki-sohu kasi."
 tote, osi-yari tamahu. Ito kokoro-yamasi.

 人々近くさぶらへば、例の戯れごともえ聞こえたまはで、
「撫子を飽かでも、この人々の立ち去りぬるかな。いかで、大臣にも、この花園見せたてまつらむ。世もいと常なきをと思ふに、いにしへも、もののついでに語り出でたまへりしも、ただ今のこととぞおぼゆる」
とて、すこしのたまひ出でたるにも、いとあはれなり。
「撫子のとこなつかしき色を見ば
もとの垣根を人や尋ねむ
このことのわづらはしさにこそ、繭ごもりも心苦しう1174思ひきこゆれ」
とのたまふ。君、うち泣きて、
「山賤の垣ほに生ひし撫子の
もとの根ざしを誰れか尋ねむ」
はかなげに聞こえないたまへるさま、げにいとなつかしく若やかなり。
「来ざらましかば」
とうち誦じたまひて、いとどしき御心は、苦しきまで、なほえ忍び果つまじく思さる。

 [1-5 源氏、玉鬘と和歌を唱和]
女房たちが近くに伺候しているので、いつもの冗談も申し上げなさらずに、
「撫子を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。何とかして、内大臣にも、この花園をお見せ申したいものだ。人の命はいつまでも続くものでないと思うと、昔も、何かの時にお話しになったことが、まるで昨日今日のことのように思われます」
とおっしゃって、少しお口になさったのにつけても、たいそう感慨無量である。
「撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると
母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな
このことが厄介に思われるので、引き籠められているのをお気の毒に思い申しています」
とおっしゃる。姫君は、ちょっと涙を流して、
「山家の賤しい垣根に生えた撫子のような
わたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか」
と人数にも入らないように謙遜してお答え申し上げなさった様子は、なるほどたいそう優しく若々しい感じである。
「もし来なかったならば」
とお口ずさみになって、ひとしお募るお心は、苦しいまでに、やはり我慢しきれなくお思いになる。

 [1-5 Genji and Tamakazura compose and exchange waka]
 Hito-bito tikaku saburahe ba, rei no tahabure-goto mo e kikoye tamaha de,
 "Nadesiko wo aka de mo, kono hito-bito no tati-sari nuru kana! Ika de, Otodo ni mo, kono hana-zono mise tatematura m. Yo mo ito tune naki wo to omohu ni, inisihe mo, mono no tuide ni katari-ide tamahe ri si mo, tada ima no koto to zo oboyuru."
 tote, sukosi notamahi ide taru ni mo, ito ahare nari.
 "Nadesiko no toko natukasiki iro wo mi ba
 moto no kakine wo hito ya tadune m

 Kono koto no wadurahasisa ni koso, mayu-gomori mo kokoro-gurusiu omohi kikoyure."
 to notamahu. Kimi, uti-naki te,
 "Yama-gatu no kakiho ni ohi si nadesiko no
 moto no nezasi wo tare ka tadune m
"
 Hakanage ni kikoye-nai tamahe ru sama, geni ito natukasiku wakayaka nari.
 "Ko zara masika ba"
 to uti-zu-zi tamahi te, itodosiki mi-kokoro ha, kurusiki made, naho e sinobi-hatu maziku obosa ru.

 渡りたまふことも、あまりうちしきり、人の見たてまつり咎むべきほどは、心の鬼に思しとどめて、さるべきことをし出でて、御文の通はぬ折なし。ただこの御ことのみ、明け暮れ御心にはかかりたり。
「なぞ、かくあいなきわざをして、やすからぬもの思ひをすらむ。さ思はじとて、心のままにもあらば、世の人のそしり言はむことの軽々しさ、わがためをばさるものにて、この人の御ためいとほしかるべし。限りなき心ざしといふとも、春の上の御おぼえに並ぶばかりは、わが心ながらえあるまじく」思し知りたり。「さて、その劣りの列にては、何ばかりかはあらむ。わが身ひとつこそ、人よりは異なれ、見む人のあまたが中に、かかづらはむ末にては、何のおぼえかはたけからむ。異なることなき納言の際の、二心なくて思はむには、劣りぬべきことぞ」
と、みづから思し知るに、いといとほしくて、「宮、大将などにや許してまし。さてもて離れ、いざなひ取りては、思ひも絶えなむや。いひかひなきにて、さもしてむ」と思す折もあり。
されど、渡りたまひて、御容貌を見たまひ、今は御琴教へたてまつりたまふにさへことづけて、近やかに馴れ寄りたまふ。
姫君も、初めこそむくつけく、うたてとも思ひたまひしか、「かくても、なだらかに、うしろめたき御心はあらざりけり」と、やうやう目馴れて、いとしも疎みきこえたまはず、さるべき御いらへも、馴れ馴れしからぬほどに聞こえかはしなどして、見るままにいと愛敬づき、薫りまさりたまへれば、なほさてもえ過ぐしやるまじく思し返す。
「さはまた、さて、ここながらかしづき据ゑて、さるべき折々に、はかなくうち忍び、ものをも聞こえて慰みなむや。かくまだ世馴れぬほどの、わづらはしさにこそ、心苦しくはありけれ、おのづから関守強くとも1175、ものの心知りそめ、いとほしき思ひなくて、わが心も思ひ入りなば1176、しげくとも障はらじかし」と思し寄る、いとけしからぬことなりや。
いよいよ心やすからず、思ひわたらむ苦しからむ。なのめに思ひ過ぐさむことの、とざまかくざまにもかたきぞ、世づかずむつかしき御語らひなりける。

 [1-6 源氏、玉鬘への恋慕に苦悩]
お渡りになることも、あまり度重なって、女房が不審にお思い申しそうな時は、気が咎め自制なさって、しかるべきご用を作り出して、お手紙の通わない時はない。ただこのお事だけがいつもお心に掛かっていた。
「どうして、このような不相応な恋をして、心の休まらない物思いをするのだろう。そんな苦しい物思いはするまいとして、心の赴くままにしたら、世間の人の非難を受ける軽々しさを、自分への悪評はそれはそれとして、この姫君のためにもお気の毒なことだろう。際限もなく愛しているからと言っても、春の上のご寵愛に並ぶほどには、わが心ながらありえまい」と思っていらっしゃった。「さて、そうしたわけで、それ以下の待遇では、どれほどのことがあろうか。自分だけは、誰よりも立派だが、世話する女君が大勢いる中で、あくせくするような末席にいたのでは、何の大したことがあろう。格別大したこともない大納言くらいの身分で、ただ姫君一人を妻とするのには、きっと及ばないことだろう」
と、ご自身お分りなので、たいそうお気の毒で、「いっそ、兵部卿宮か、大将などに許してしまおうか。そうして自分も離れ、姫君も連れて行かれたら、諦めもつくだろうか。言っても始まらないことだが、そうもしてみようか」とお思いになる時もある。
しかし、お渡りになって、ご器量を御覧になり、今ではお琴をお教え申し上げなさることまで口実にして、近くに常に寄り添っていらっしゃる。
姫君も、初めのうちこそ気味悪く嫌だとお思いであったが、「このようになさっても、穏やかなので、心配なお気持ちはないのだ」と、だんだん馴れてきて、そうひどくお嫌い申されず、何かの折のお返事も、親し過ぎない程度に取り交わし申し上げなどして、御覧になるにしたがってとても可愛らしさが増し、はなやかな美しさがお加わりになるので、やはり結婚させてすませられないとお思い返しなさる。
「それならばまた、結婚させて、ここに置いたまま大切にお世話して、適当な折々に、こっそりと会い、お話申して心を慰めることにしようか。このようにまだ結婚していないうちに、口説くことは面倒で、お気の毒であるが、自然と夫が手強くとも、男女の情が分るようになり、こちらがかわいそうだと思う気持ちがなくて、熱心に口説いたならば、いくら人目が多くても差し障りはあるまい」とお考えになる、実にけしからぬ考えである。
ますます気が気でなくなり、なお恋し続けるというのもつらいことであろう。ほどほどに思い諦めることが、何かにつけてできそうにないのが、世にも珍しく厄介なお二人の仲なのであった。

 [1-6 Genji is in agonies of love to Tamakazura]
 Watari tamahu koto mo, amari uti-sikiri, hito no mi tatematuri togamu beki hodo ha, kokoro-no-oni ni obosi todome te, saru beki koto wo si ide te, ohom-humi no kayoha nu wori nasi. Tada kono ohom-koto nomi, ake-kure mi-kokoro ni ha kakari tari.
 "Nazo, kaku ainaki waza wo si te, yasukara nu mono omohi wo sura m. Sa omoha zi tote, kokoro no mama ni mo ara ba, yo no hito no sosiri iha m koto no karu-garusisa, waga tame wo ba saru mono ni te, kono hito no ohom-tame itohosikaru besi. Kagiri naki kokorozasi to ihu to mo, Haru-no-Uhe no ohom-oboye ni narabu bakari ha, waga kokoro nagara e aru maziku." obosi siri tari. "Sate, sono otori no tura ni te ha, nani bakari ka ha ara m waga mi hitotu koso, hito yori ha koto nare, mi m hito no amata ga naka ni, kakaduraha m suwe ni te ha, nani no oboye ka ha takekara m. Koto naru koto naki Nahugon no kiha no, huta-gokoro naku te omoha m ni ha, otori nu beki koto zo."
 to, midukara obosi siru ni, ito itohosiku te, "Miya, Daisyau nado ni ya yurusi te masi. Sate mote hanare, izanahi tori te ha, omohi mo taye nam ya? Ihu-kahi-naki ni te, sa mo si te m." to obosu wori mo ari.
 Saredo, watari tamahi te, ohom-katati wo mi tamahi, ima ha ohom-koto wosihe tatematuri tamahu ni sahe kotoduke te, tikayaka ni nare-yori tamahu.
 Hime-Gimi mo, hazime koso mukutukeku, utate to mo omohi tamahi sika, "Kakute mo, nadaraka ni, usirometaki mi-kokoro ha arazari keri." to, yau-yau me nare te, ito si mo utomi kikoye tamaha zu, saru beki ohom-irahe mo, nare-naresikara nu hodo ni kikoye-kahasi nado si te, miru mama ni ito aigyau-duki, kawori masari tamahe re ba, naho sa te mo e sugusi yaru maziku obosi-kahesu.
 "Sa ha mata, sa te, koko nagara kasiduki suwe te, saru beki wori-wori ni, hakanaku uti-sinobi, mono wo mo kikoye te nagusami na m ya? Kaku mada yo nare nu hodo no, wadurahasisa ni koso, kokoro-gurusiku ha ari kere, onodukara seki-mori tuyoku to mo, mono no kokoro siri-some, itohosiki omohi naku te, waga kokoro mo omohi-iri na ba, sigeku to mo sahara zi kasi." to obosi-yoru, ito kesikara nu koto nari ya!
 Iyo-iyo kokoro-yasukara zu, omohi-watara m kurusikara m. Nanome ni omohi-sugusa m koto no to-zama kaku-zama ni mo kataki zo, yo-duka zu mutukasiki ohom-katarahi nari keru.

 内の大殿は、この今の御女のことを、「殿の人も許さず、軽み言ひ、世にもほきたることと誹りきこゆ」と、聞きたまふに、少将の、ことのついでに、太政大臣の「さることや」と1177とぶらひたまひしこと、語りきこゆれば、
「さかし。そこに1178こそは、年ごろ、音にも聞こえぬ山賤の子迎へ取りて、ものめかしたつれ。をさをさ人の上もどきたまはぬ大臣の、このわたりのことは、耳とどめてぞおとしめたまふや。これぞ、おぼえある心地しける」
とのたまふ。少将の、
「かの西の対に据ゑたまへる人は、いとこともなきけはひ見ゆるわたりになむはべるなる。兵部卿宮など、いたう心とどめてのたまひわづらふとか。おぼろけにはあらじとなむ、人々推し量りはべめる」
と申したまへば、
「いで、それは、かの大臣の御女と思ふばかりのおぼえのいといみじきぞ。人の心、皆さこそある世なめれ。かならずさしもすぐれじ。人々しきほどならば、年ごろ聞こえなまし。
あたら、大臣の、塵もつかず、この世には過ぎたまへる御身のおぼえありさまに、おもただしき腹に、女かしづきて、げに疵なからむと、思ひやりめでたきがものしたまはぬは。
おほかたの子の少なくて、心もとなきなめりかし。劣り腹なれど、明石の御許の産み出でたるはしも、さる世になき宿世にて、あるやうあらむとおぼゆかし。
その今姫君は、ようせずは、実の御子にもあらじかし。さすがにいとけしきあるところつきたまへる人にて、もてないたまふならむ」
と、言ひおとしたまふ。
「さて、いかが定めらるなる。親王こそまつはし得たまはむ。もとより取り分きて御仲よし、人柄も警策なる御あはひどもならむかし」
などのたまひては、なほ、姫君の御こと、飽かず口惜し。「かやうに、心にくくもてなして、いかにしなさむなど、やすからずいぶかしがらせましものを」とねたければ、位さばかりと見ざらむ限りは、許しがたく思すなりけり。
大臣なども、ねむごろに口入れかへさひたまはむにこそは、負くるやうにてもなびかめと思すに、男方は、さらに焦られきこえたまはず、心やましくなむ。

 [1-7 玉鬘の噂]
内の大殿は、この新しい姫君のことを、「お邸の人々も姫として認めず、軽んじた批評をし、世間でも馬鹿げたことと非難申している」と、お聞きになると、少将が、何かの機会に、太政大臣が「本当のことか」とお尋ねになったことを、お話し申し上げると、
「いかにも。あちらでこそ、長年、噂にも立たなかった賤しい娘を迎え取って、大切にしているのだ。めったに人の悪口をおっしゃらない大臣が、わたしの家のことは、聞き耳を立てて悪口をおっしゃるよ。それで、面目を施して晴れがましい気がする」
とおっしゃる。少将が、
「あの西の対にお置きになっていらっしゃる姫君は、たいそう申し分ない方だそうでございます。兵部卿宮などが、たいそうご熱心に苦心して求婚なさっていらっしゃるとか。けっして並大抵の姫君ではあるまいと、世間の人々が推量しているようでございます」
と、お申し上げになると、
「さあ、それは、あの大臣の御姫君と思う程度の評判の高さだ。人の心は、皆そういうもののようだ。必ずしもそんなに優れてはいないだろう。人並みの身分であったら、今までに評判になっていよう。
惜しいことに、大臣が、何一つ欠点もなく、この世では過ぎた方でいらっしゃるご信望やご様子でありながら、れっきとした奥方の腹に、姫君を大切にお世話して、なるほど申し分あるまいと察せられる素晴らしい方がいらっしゃらないとは。
だいたい子供の数が少なくて、きっと心細いことだろうよ。妾腹であるが、明石の御許が生んだ娘は、あの通りまたとない運命に恵まれて、将来にきっと頼もしかろうと思われる。
あの新しい姫君は、ひょっとしたら、実の姫君ではあるまいよ。何といっても一癖も二癖もある方だから、大事にしていらっしゃるのだろう」
と、悪口をおっしゃる。
「ところで、どのようにお決めになったのか。親王がうまく靡かせて自分のものになさるだろう。もともと格別にお仲がよいし、人物もご立派で婿君に相応しい間柄であろうよ」
などとおっしゃっては、やはり、姫君のことが、残念でたまらない。「あのように、勿体らしく扱って、どういうふうになさる気かなどと、やきもきさせてやりたかったものを」と癪なので、位が相当になったと見えない限りは、結婚を許せないようにお思いになるのであった。
大臣などが、丁重に口添えして覆しなさるなら、それに負けたようにして承認しようと思うが、男君の方は、一向に焦りもなさらないので、おもしろからぬことであった。

 [1-7 A rumor about Tamakazura]
 Uti-no-Ohotono ha, kono ima no ohom-musume no koto wo, "Tono no hito mo yurusa zu, karomi ihi, yo ni mo hoki taru koto to sosiri kikoyu." to, kiki tamahu ni, Seusyau no, koto no tuide ni, Ohoki-Otodo no "Saru koto ya?" to toburahi tamahi si koto, katari kikoyure ba,
 "Sakasi. Soko ni koso ha, tosi-goro, oto ni mo kikoye nu yama-gatu no ko mukahe-tori te, monomekasi tature. Wosa-wosa, hito no uhe modoki tamaha nu Otodo no, kono watari no koto ha, mimi todome te zo otosime tamahu ya! Kore zo, oboye aru kokoti si keru."
 to notamahu. Seusyau no,
 "Kano Nisi-no-tai ni suwe tamahe ru hito ha, ito koto mo naki kehahi miyuru watari ni nam haberu naru. Hyaubukyau-no-Miya nado, itau kokoro todome te notamahi wadurahu to ka. oboroke ni ha ara zi to nam, hito-bito osihakari habe'meru."
 to mausi tamahe ba,
 "Ide, sore ha, kano Otodo no ohom-musume to omohu bakari no oboye no ito imiziki zo. Hito no kokoro, mina sa koso aru yo na'mere. Kanarazu sa si mo sugure zi. Hito-bitosiki hodo nara ba, tosi-goro kikoye na masi.
 Atara, Otodo no, tiri mo tuka zu, kono yo ni ha sugi tamahe ru ohom-mi no oboye arisama ni, omodatasiki hara ni, musume kasiduki te, geni kizu nakara m to, omohi-yari medetaki ga monosi tamaha nu ha!
 Ohokata no ko no sukunaku te, kokoro-motonaki na'meri kasi. Otori-bara nare do, Akasi-no-Omoto no umi-ide taru ha si mo, saru yo ni naki sukuse ni te, aru yau ara m to oboyu kasi.
 Sono ima-Hime-Gimi ha, you se zu ha, ziti no mi-ko ni mo ara zi kasi. Sasuga ni ito kesiki aru tokoro tuki tamahe ru hito ni te, motenai tamahu nara m."
 to, ihi-otosi tamahu.
 "Sate, ikaga sadame raru naru. Miko koso matuhasi e tamaha m. Moto yori tori-waki te ohom-naka yosi, hito-gara mo kyauzaku naru ohom-ahahi-domo nara m kasi."
 nado notamahi te ha, naho, Hime-Gimi no ohom-koto, aka-zu kuti-wosi. "Kayau ni, kokoro-nikuku motenasi te, ika ni si nasa m nado, yasukara zu ibukasigara se masi mono wo." to netakere ba, kurawi sabakari to mi zara m kagiri ha, yurusi gataku obosu nari keri.
 Otodo nado mo, nemgoro ni kuti-ire kahesahi tamaha m ni koso ha, makuru yau ni te mo nabika me to obosu ni, Wotoko-gata ha, sarani ira re kikoye tamaha zu, kokoro-yamasiku nam.

 とかく思しめぐらすままに、ゆくりもなく軽らかにはひ渡りたまへり。少将も御供に参りたまふ。
姫君は、昼寝したまへるほどなり。羅の単衣を着たまひて臥したまへるさま、暑かはしくは見えず、いとらうたげにささやかなり。透きたまへる肌つきなど、いとうつくしげなる手つきして、扇を持たまへりけるながら、かひなを枕にて、うちやられたる御髪のほど、いと長くこちたくはあらねど、いとをかしき末つきなり。
人々ものの後に寄り臥しつつうち休みたれば、ふともおどろいたまはず。扇を鳴らしたまへるに、何心もなく見上げたまへるまみ、らうたげにて、つらつき赤めるも、親の御目にはうつくしくのみ見ゆ。
「うたた寝はいさめ1179きこゆるものを。などか、いとものはかなきさまにては大殿籠もりける。人々も近くさぶらはで、あやしや。
女は、身を常に心づかひして守りたらむなむよかるべき。心やすくうち捨てざまにもてなしたる、品なきことなり。
さりとて、いとさかしく身かためて、不動の陀羅尼誦みて、印つくりてゐたらむも憎し。うつつの人にもあまり気遠く、もの隔てがましきなど、気高きやうとても、人にくく、心うつくしくはあらぬわざなり。
太政大臣の、后がねの姫君ならはしたまふなる教へは、よろづのことに通はしなだらめて、かどかどしきゆゑもつけじ、たどたどしくおぼめくこともあらじと、ぬるらかにこそ掟てたまふなれ。
げに、さもあることなれど、人として、心にもするわざにも、立ててなびく方は方とあるものなれば、生ひ出でたまふさまあらむかし。この君の人となり、宮仕へに出だし立てたまはむ世のけしきこそ、いとゆかしけれ」
などのたまひて、
「思ふやうに見たてまつらむと思ひし筋は、難うなりにたる御身なれど、いかで人笑はれならずしなしたてまつらむとなむ、人の上のさまざまなるを聞くごとに、思ひ乱れはべる。
心みごとにねむごろがらむ人のねぎごとに、なしばしなびきたまひそ。思ふさまはべり」
など、いとらうたしと思ひつつ聞こえたまふ。
「昔は、何ごとも深くも思ひ知らで、なかなか、さしあたりていとほしかりしことの騒ぎにも、おもなくて見えたてまつりけるよ」と、今ぞ思ひ出づるに、胸ふたがりて、いみじく恥づかしき。
大宮よりも、常におぼつかなきことを恨みきこえたまへど、かくのたまふるがつつましくて、え渡り見たてまつりたまはず。

 [1-8 内大臣、雲井雁を訪う]
あれこれとご思案なさりながら、前ぶれもなく気軽にお渡りになった。少将もお供しておいでになる。
姫君は、お昼寝をなさっているところである。羅の一重をお召しになって臥せっていらっしゃる様子、暑苦しくは見えず、とてもかわいらしく小柄な身体つきである。透けて見える肌つきなどは、とてもかわいらしい手つきして、扇をお持ちになったまま、腕を枕にして、投げ出されたお髪の具合、そう大して長く多いというのではないが、たいそう美しい裾の様子である。
女房たちは物蔭で横になって休んでいたので、すぐにはお目覚めにならない。扇をお鳴らしになると、何気なく見上げなさった目つき、かわいらしげで、顔が赤くなっているのも、親の目にはかわいく見えるばかりである。
「うたた寝はいけないと注意申していたのに。どうして、ひどく無用心な恰好で寝ていらっしゃったのか。女房たちも近く伺候させないで、どうしたことか。
女性は、身を常に注意して守っているのがよいのです。気を許して無造作なふうにしているのは、品のないことです。
そうかといって、ひどく利口そうに身を堅くして、不動尊の陀羅尼を読んで、印を結んでいるようなのも憎らしい。日頃接する人にあまりよそよそしく、遠慮がすぎるのなども、上品なようなこととはいっても、小憎らしくて、かわいらしげのないことです。
太政大臣が、お后候補の姫君にしつけていらっしゃる教育は、何事でも一通りは心得ていて偏らず、特別目立つ特技もつけず、また不案内でうろうろすることもないようにと、余裕あるふうにとお考え置いていらっしゃるという。
なるほど、もっともなことですが、人というものは、考えにも行動にも、特に好き好む方面はどうしてもあるものだから、ご成長なさった後に特徴も現れるでしょう。あの姫君が一人前になって、入内させなさる時の様子が、とても見たいものだ」
などとおっしゃって、
「思い通りにお世話申そうと思っていた方面は、難しくなってしまったお身の上だが、何とか世間の物笑いにならないようにして差し上げようと、他人の身の上をあれこれと聞くたびに、心配しております。
試しにとばかり熱心なふりをする男の言葉を、ここしばらくはお聞き入れになってはいけません。考えていることがございます」
などと、たいそうかわいく思いながら申し上げなさる。
「昔は、どのようなことも深くも考えないで、かえって、あの当座のつらい思いをした騒動にも、平気な顔をして父君にお会い申していたことよ」と、今になって思い出すと、胸が塞がってひどく、恥ずかしい。
大宮からも、いつも会えないことをお恨み申されるが、このようにおっしゃるのに遠慮されて、お出かけになってお目に掛かることがおできになれない。

 [1-8 Naidaijin visits to his daughter, Kumoi-no-kari]
 Tokaku obosi megurasu mama ni, yukuri mo naku karuraka ni hahi-watari tamahe ri. Seusyau mo ohom-tomo ni mawiri tamahu.
 Hime-Gimi ha, hirune si tamahe ru hodo nari. Usumono no hitohe wo ki tamahi te husi tamahe ru sama, atukahasiku ha miye zu, ito rautage ni sasayaka nari. Suki tamahe ru hada-tuki nado, ito utukusige naru te-tuki si te, ahugi wo mo' tamaheri keru nagara, kahina wo makura ni te, uti-yara re taru mi-gusi no hodo, ito nagaku kotitaku ha ara ne do, ito wokasiki suwe tuki nari.
 Hito-bito mono no usiro ni yori-husi tutu uti-yasumi tare ba, huto mo odoroi tamah zu. Ahugi wo narasi tamahe ru ni, nani-gokoro mo naku mi-age tamahe ru mami, rautage ni te, turatuki aka-me ru mo, oya no ohom-me ni ha utukusiku nomi miyu.
 "Utata-ne ha isame kikoyuru mono wo! Nado ka, ito mono-hakanaki sama ni te ha ohotono-gomori keru? Hito-bito mo tikaku ha saburaha de, ayasi ya!
 Womna ha, mi wo tune ni kokoro-dukahi si te mamori tara m nam yokaru beki. Kokoro-yasuku uti-sute zama ni motenasi taru, sina naki koto nari.
 Sari tote, ito sakasiku mi katame te, Hudou no Darani yomi te, In tukuri te wi tara m mo nikusi. Ututu no hito ni mo amari ke-dohoku, mono hedate gamasiki nado, ke-dakaki yau tote mo, hito nikuku kokoro-utukusiku ha ara nu waza nari.
 Ohoki-Otodo no, Kisaki-gane no Hime-Gimi narahasi tamahu naru wosihe ha, yorodu no koto ni kayohasi nadarame te, kado-kadosiki yuwe mo tuke zi, tado-tadosiku obomeku koto mo ara zi to, nururaka ni koso okite tamahu nare.
 Geni, sa mo aru koto nare do, hito to si te, kokoro ni mo suru waza ni mo, tate te nabiku kata ha kata to aru mono nare ba, ohi-ide tamahu sama ara m kasi. Kono Kimi no hito to nari, miya-dukahe ni idasi tate tamaha m yo no kesiki koso, ito yukasi kere."
 nado notamahi te,
 "Omohu yau ni mi tatematura m to omohi si sudi ha, katau nari ni taru ohom-mi nare do, ikade hito-waraha re nara zu si-nasi tatematura m to nam, hito no uhe no sama-zama naru wo kiku tabi goto ni, omohi midare haberu.
 Kokoro mi goto ni nemgoro-gara m hito no negi-goto ni, na sibasi nabiki tamahi so. Omohu sama haberi."
 nado, ito rautasi to omohi tutu kikoye tamahu.
 "Mukasi ha, nani-goto mo hukaku mo omohi sira de, naka-naka, sasiatari te itohosikari si koto no sawagi ni mo, omonaku te miye tatematuri keru yo!" to, ima zo, omohi iduru ni, mune hutagari te, imiziku hadukasiki ni.
 Oho-Miya yori mo, tune ni obotukanaki koto wo urami kikoye tamahe do, kaku notamahuru ga tutumasiku te, e watari mi tatematuri tamaha zu.

 大臣、この北の対の今姫君を、
「いかにせむ。さかしらに迎へ率て来て。人かく誹るとて、返し送らむも、いと軽々しく、もの狂ほしきやうなり。かくて籠めおきたれば、まことにかしづくべき心あるかと、人の言ひなすなるもねたし。女御の御方などに交じらはせて、さるをこのものにしないてむ。人のいとかたはなるものに言ひおとすなる容貌はた、いとさ言ふばかりにやはある」
など思して、女御の君に、
「かの人参らせむ。見苦しからむことなどは、老いしらへる女房などして、つつまず言ひ教へさせたまひて御覧ぜよ。若き人々の言種には、な笑はせさせたまひそ1180。うたてあはつけきやうなり」
と、笑ひつつ聞こえたまふ。
「などか、いとさことのほかにははべらむ。中将などの、いと二なく思ひはべりけむかね言に足らずといふばかりにこそははべらめ。かくのたまひ騒ぐを、はしたなう思はるるにも、かたへはかかやかしきにや」
と、いと恥づかしげにて聞こえさせたまふ。この御ありさまは、こまかにをかしげさはなくて、いとあてに澄みたるものの、なつかしきさま添ひて、おもしろき梅の花の開け1181さしたる朝ぼらけおぼえて、残り多かりげにほほ笑みたまへるぞ、人に異なりける、と見たてまつりたまふ。
「中将の、いとさ言へど、心若きたどり少なさに」
など申したまふも、いとほしげなる人の御おぼえかな。

 2 近江君の物語 娘の処遇に苦慮する内大臣の物語 [2-1 内大臣、近江君の処遇に苦慮]
大臣は、この北の対の今姫君を、
「どうしたものか。よけいなことをして迎え取って。世間の人がこのように悪口を言うからといって、送り返したりするのも、まことに軽率で、気違いじみたことのようだ。こうして置いているので、本当に大切にお世話する気があるのかと、他人が噂するのも癪だ。女御の御方などに宮仕えさせて、そうした笑い者にしてしまおう。女房たちがたいそう不細工だとけなしているらしい容貌も、そんなに言われるほどのものではない」
などとお思いになって、女御の君に、
「あの人を出仕させましょう。見ていられないようなことなどは、老いぼれた女房などをして、遠慮なく教えさせなさってお使いなさい。若い女房たちの噂の種になるような、笑い者にはなさらないでください。それではあまりに軽率のようだ」
と、笑いながら申し上げなさる。
「どうして、そんなひどいことがございましょう。中将などが、たいそうまたとなく素晴らしいと吹聴したらしい前触れに及ばないというだけございましょう。このようにお騒ぎになるので、きまり悪くお思いになるにつけ、一つには気後れしているのでございましょう」
と、たいそうこちらが気恥ずかしくなるような面持ちで申し上げなさる。この女御のご様子は、何もかも整っていて美しいというのではなくて、たいそう上品で澄ましていらっしゃるが、やさしさがあって、美しい梅の花が咲き初めた朝のような感じがして、おっしゃりたいことも差し控えて微笑んでいらっしゃるのが、人とは違う、と拝見なさる。
「中将が、何といっても、思慮が足りなく調査が不十分だったので」
などと申し上げなさるが、お気の毒なお扱いであることよ。

 2 Tale of Ohomi-no-Kimi Naidaijin's agony how to treat his daughter [2-1 Naidaijin is in agonies how to treat his daughter]
 Otodo, kono Kita-no-tai no Ima-Himegimi wo,
 "Ika ni se m. Sakasira ni mukahe wi te ki te. Hito kaku sosiru tote, kahesi-okura m mo, ito karu-garusiku, mono-guruhosiki yau nari. Kaku te kome-oki tare ba, makoto ni kasiduku beki kokoro aru ka to, hito no ihi-nasu naru mo netasi. Nyougo no ohom-kata nado ni maziraha se te, saru woko no mono ni si-nai te m. Hito no ito kataha naru mono ni ihi-otosu naru katati hata, ito sa ihu bakari ni ya ha aru."
 nado obosi te, Nyougo-no-Kimi ni,
 "Kano hito mawira se m. Migurusikara m koto nado ha, oyi-sirahe ru nyoubau nado si te, tutuma zu, ihi-wosihe sase tamahi te go-ran ze yo. Wakaki hito-bito no kotogusa ni ha, na waraha se tamahi so. Utate ahatukeki yau nari."
 to, warahi tutu kikoye tamahu.
 "Nadoka, ito sa koto no hoka ni ha habera m. Tiuzyau nado no, ito ni naku omohi haberi kem kane-goto ni tara zu to ihu bakari ni koso ha habera me. Kaku notamahi sawagu wo, hasitanau omoha ruru ni mo, katahe ha kakayakasiki ni ya?"
 to, ito hadukasige ni te kikoye sase tamahu. Kono ohom-arisama ha, komaka ni wokasige-sa ha naku te, ito ate ni sumi taru mono no, natukasiki sama sohi te, omosiroki ume no hana no hirake sasi taru asa-borake oboye te, nokori ohokari ge ni hohowemi tamahe ru zo, hito ni kotonari keru, to mi tatematuri tamahu.
 "Tiuzyau no, ito sa ihe do, kokoro-wakaki tadori sukunasa ni."
 nado mausi tamahu mo, itohosige naru hito no mi-oboye kana!

 やがて、この御方のたよりに、たたずみおはして、のぞきたまへば、簾高くおし張りて、五節の君とて、されたる若人のあると、双六をぞ打ちたまふ。手をいと切におしもみて、
「せうさい、せうさい」
とこふ声ぞ、いと舌疾きや。「あな、うたて」と思して、御供の人の前駆追ふをも1182、手かき制したまうて、なほ、妻戸の細目なるより、障子の開きあひたるを見入れたまふ。
この従姉妹も、はた、けしきはやれる、
「御返しや、御返しや」
と、筒をひねりて、とみに打ち出でず。中に思ひは1183ありやすらむ、いとあさへたるさまどもしたり。
容貌はひぢぢかに、愛敬づきたるさまして、髪うるはしく、罪軽げなるを、額のいと近やかなると、声のあはつけさとにそこなはれたるなめり。取りたててよしとはなけれど、異人とあらがふべくもあらず、鏡に思ひあはせられたまふに、いと宿世心づきなし。
「かくてものしたまふは、つきなくうひうひしくなどやある。ことしげくのみありて、訪らひまうでずや」
とのたまへば、例の、いと舌疾にて、
「かくてさぶらふは、何のもの思ひかはべらむ。年ごろ、おぼつかなく、ゆかしく思ひきこえさせし御顔、常にえ見たてまつらぬばかりこそ、手打たぬ心地しはべれ」
と聞こえたまふ。
「げに、身に近く使ふ人もをさをさなきに、さやうにても見ならしたてまつらむと、かねては思ひしかど、えさしもあるまじきわざなりけり。なべての仕うまつり人こそ、とあるもかかるも、おのづから立ち交らひて、人の耳をも目をも、かならずしもとどめぬものなれば、心やすかべかめれ。それだに、その人の女、かの人の子と知らるる際になれば、親兄弟の面伏せなる類ひ多かめり。まして」
とのたまひさしつる、御けしきの恥づかしきも知らず、
「何か、そは、ことことしく思ひたまひて交らひはべらばこそ、所狭からめ。大御大壷取りにも、仕うまつりなむ」
と聞こえたまへば、え念じたまはで、うち笑ひたまひて、
「似つかはしからぬ役ななり。かくたまさかに会へる親の孝せむの心あらば、このもののたまふ声を、すこしのどめて聞かせたまへ。さらば、命も延びなむかし」
と、をこめいたまへる大臣にて、ほほ笑みてのたまふ1184。

 [2-2 内大臣、近江君を訪う]
そのまま、この女御の御方を訪ねたついでに、ぶらぶらお歩きになって、お覗きになると、簾を高く押し出して、五節の君といって、気の利いた若い女房がいるのと、双六を打っていらっしゃる。手をしきりに揉んで、
「小賽、小賽」
と祈る声は、とても早口であるよ。「ああ、情ない」とお思いになって、お供の人が先払いするのをも、手で制しなさって、やはり、妻戸の細い隙間から、襖の開いているところをお覗き込みなさる。
この従姉妹も、同じく、興奮していて、
「お返しよ、お返しよ」
と、筒をひねり回して、なかなか振り出さない。心中に思っていることはあるのかも知れないが、たいそう軽薄な振舞をしている。
器量は親しみやすく、かわいらしい様子をしていて、髪は立派で、欠点はあまりなさそうだが、額がひどく狭いのと、声の上っ調子なのとで台なしになっているようである。取り立てて良いというのではないが、他人だと抗弁することもできず、鏡に映る顔が似ていらっしゃるので、まったく運命が恨めしく思われる。
「こうしていらっしゃるのは、落ち着かず馴染めないのではありませんか。大変に忙しいばかりで、お訪ねできませんが」
とおっしゃると、例によって、とても早口で、
「こうして伺候しておりますのは、何の心配がございましょうか。長年、どんなお方かとお会いしたいとお思い申し上げておりましたお顔を、常に拝見できないのだけが、よい手を打たぬ時のようなじれったい気が致します」
とお申し上げになさる。
「なるほど、身近に使う人もあまりいないので、側に置いていつも拝見していようと、以前は思っていましたが、そうもできかねることでした。普通の宮仕人であれば、どうあろうとも、自然と立ち混じって、誰の目にも耳にも、必ずしもつかないものですから、安心していられましょう。それであってさえ、誰それの娘、何がしの子と知られる身分となると、親兄弟の面目を潰す例が多いようだ。ましてや」
と言いかけてお止めになった、そのご立派さも分からず、
「いえいえ、それは、大層に思いなさって宮仕え致しましたら、窮屈でしょう。大御大壷の係なりともお仕え致しましょう」
とお答え申し上げるので、お堪えになることができず、ついお笑いになって、
「似つかわしくない役のようだ。このようにたまに会える親に孝行する気持ちがあるならば、その物をおっしゃる声を、少しゆっくりにしてお聞かせ下さい。そうすれば、寿命もきっと延びましょう」
と、おどけたところのある大臣なので、苦笑しながらおっしゃる。

 [2-2 Naidaijin visits to Ohomi-no-Kimi]
 Yagate, kono Ohom-kata no tayori ni, tatazumi ohasi te, nozoki tamahe ba, sudare takaku osi-hari te, Goseti-no-Kimi tote, sare taru waka-udo no aru to, suguroku wo zo uti tamahu. Te wo ito seti ni osi-momi te,
 "Seu-sai, seu-sai!"
 to kohu kowe zo, ito sita-doki ya! "Ana, utate!" to obosi te, ohom-tomo no hito no saki ohu wo mo te-kaki seisi tamau te, naho tuma-do no hosome naru yori, sauzi no aki-ahi taru wo mi-ire tamahu.
 Kono itoko mo, hata, kesiki hayare ru,
 "Ohom-kahesi ya, ohom-kahesi ya!"
 to tou wo hineri te, tomi ni uti-ide zu. Naka ni omohi ha ari ya sura m, ito asahe taru sama-domo si tari.
 Katati ha hididika ni, aigyau-duki taru sama si te, kami uruhasiku, tumi karo-ge naru wo, hitahi no ito tikayaka naru to, kowe no ahatukesa to ni sokonaha re taru nameri. Tori-tate te yosi to ha nakere do, koto-bito to aragahu beku mo arazu, kagami ni omohi-ahase rare tamahu ni, ito sukuse kokoro-dukinasi.
 "Kakute monosi tamahu ha, tukinaku uhi-uhisiku nado ya aru? Koto sigeku nomi ari te, toburahi maude zu ya!"
 to notamahe ba, rei no, ito sita-do ni te,
 "Kakute saburahu ha, nani no mono-omohi ka habera m? Tosi-goro, obotukanaku, yukasiku omohi kikoye sase si ohom-kaho, tune ni e mi tatematura nu bakari koso, te uta nu kokoti si habere."
 to kikoye tamahu.
 "Geni, mi ni tikaku tukahu hito mo wosa-wosa naki ni, sayau ni te mo mi narasi tatematura m to, kanete ha omohi sika do, e sa si mo aru maziki waza nari keri. Nabete no tukau-maturi-bito koso, to-aru mo kakaru mo, onodukara tati-mazirahi te, hito no mimi wo mo me wo mo, kanarazu si mo todome nu mono nare ba, kokoro-yasuka'beka mere. Sore dani, sono hito no musume, kano hito no ko to sira ruru kiha ni nare ba, oya harakara no omote-buse naru taguhi ohoka'meri. Masite."
 to notamahi-sasi turu, mi-kesiki no hadukasiki mo sira zu,
 "Nani ka, so ha, koto-kotosiku omohi tamahi te mazirahi habera ba koso, tokoro-sekara me. Ohomi-oho-tubo-tori ni mo, tukau-maturi na m."
 to kikoye tamahe ba, e nen-zi tamaha de, uti-warahi tamahi te,
 "Nitukahasikara nu yaku na'nari. Kaku tamasaka ni ahe ru oya no keu-se m no kokoro ara ba, kono mono notamahu kowe wo, sukosi nodome te kika se tamahe. Saraba, inoti mo nobi na m kasi."
 to, woko mei tamahe ru Otodo ni te, hohowemi te notamahu.

 「舌の本性にこそははべらめ。幼くはべりし時だに、故母の常に苦しがり教へはべりし。妙法寺の別当大徳の、産屋にはべりける、あえものとなむ嘆きはべりたうびし。いかでこの舌疾さやめはべらむ」
と思ひ騒ぎたるも、いと孝養の心深く、あはれなりと見たまふ。
「その、気近く入り立ちたりけむ大徳こそは、あぢきなかりけれ。ただその罪の報いななり。唖、言吃とぞ、大乗誹りたる罪にも、数へたるかし」
とのたまひて、「子ながら恥づかしくおはする御さまに、見えたてまつらむこそ恥づかしけれ。いかに定めて、かくあやしきけはひも尋ねず迎へ寄せけむ」と思し、「人々もあまた見つぎ、言ひ散らさむこと」と、思ひ返したまふものから、
「女御里にものしたまふ時々、渡り参りて、人のありさまなども見ならひたまへかし。ことなることなき人も、おのづから人に交じらひ、さる方になれば、さてもありぬかし。さる心して、見えたてまつりたまひなむや」
とのたまへば、
「いとうれしきことにこそはべるなれ。ただ、いかでもいかでも、御方々に数まへしろしめされむことをなむ、寝ても覚めても、年ごろ何ごとを思ひたまへつるにもあらず。御許しだにはべらば、水を汲みいただきても、仕うまつりなむ」
と、いとよげに、今すこしさへづれば、いふかひなしと思して、
「いとしか、おりたちて薪拾ひたまはずとも1185、参りたまひなむ。ただかのあえものにしけむ法の師だに遠くは」
と、をこごとにのたまひなすをも知らず、同じき大臣と聞こゆるなかにも、いときよげにものものしく、はなやかなるさまして、おぼろけの人見えにくき御けしきをも見知らず、
「さて、いつか女御殿には参りはべらむずる」
と聞こゆれば、
「よろしき日などやいふべからむ。よし、ことことしくは何かは。さ思はれば、今日にても」
とのたまひ捨てて渡りたまひぬ。

 [2-3 近江君の性情]
「舌の生まれつきなのでございましょう。子供でした時でさえ、亡くなった母君がいつも嫌がって注意しておりました。妙法寺の別当の大徳が、産屋に詰めておりましたので、それにあやかってしまったと嘆いていらっしゃいました。何とかしてこの早口は直しましょう」
と大変だと思っているのも、たいそう孝行心が深く、けなげだとお思いになる。
「その、側近くまで入り込んだ大徳こそ、困ったものです。ただその人の前世で犯した罪の報いなのでしょう。唖とどもりは、法華経を悪く言った罪の中にも、数えているよ」
とおっしゃって、「わが子ながらも気の引けるほどの御方に、お目に掛けるのは気が引ける。どのよう考えて、こんな変な人を調べもせずに迎え取ったのだろう」とお思いになって、「女房たちが次々と見ては言い触らすだろう」と、考え直しなさるが、
「女御が里下りしていらっしゃる時々には、お伺いして、女房たちの行儀作法を見習いなさい。特に優れたところのない人でも、自然と大勢の中に混じって、その立場に立つと、いつか恰好もつくものです。そのような心積もりをして、お目通りなさってはいかがですか」
とおっしゃると、
「とても嬉しいことでございますわ。ただただ、何としてでも、皆様方にお認めいただくことばかりを、寝ても覚めても、長年この願い以外のことは思ってもいませんでした。お許しさえあれば、水を汲んで頭上に乗せて運びましても、お仕え致しましょう」
と、たいそういい気になって、一段と早口にしゃべるので、どうしようもないとお思いになって、
「そんなにまで、自分自身で薪をお拾いにならなくても、参上なさればよいでしょう。ただあのあやかったという法師さえ離れたならばね」
と、冗談事に紛らわしておしまいになるのも気づかずに、同じ大臣と申し上げる中でも、たいそう美しく堂々として、きらびやかな感じがして、並々の人では顔を合わせにくい程立派な方とも分からずに、
「それでは、いつ女御殿の許に参上するといたしましょう」
とお尋ね申すので、
「吉日などと言うのが良いでしょう。いや何、大げさにすることはない。そのようにお思いならば、今日にでも」
と、お言い捨てになって、お渡りになった。

 [2-3 Ohomi-no-Kimi's character]
 "Sita no honzyau ni koso ha habera me. Wosanaku haberi si toki dani, ko-Haha no tune ni kurusigari wosihe haberi si. Myauhohu-zi no Bettau-Daitoko no ubu-ya ni haberi keru, aye-mono to nam nageki haberi taubi si. Ikade kono sitadosa yame habera m."
 to omohi sawagi taru mo, ito keuyau no kokoro hukaku, ahare nari to m itamahu.
 "Sono, ke-dikaku iri-tati tari kem Daitoko koso ha, adikinakari kere! Tada sono tumi no mukuyi na'nari. Osi, koto-domori to zo, Daizyou sosiri taru tumi ni mo, kazuhe taru kasi."
 to notamahi te, "Ko nagara hadukasiku ohasuru ohom-sama ni, miye tatematura m koso hadukasi kere. Ika ni sadame te, kaku ayasiki kehahi mo tadune zu mukahe yose kem?" to obosi, "Hito-bito mo amata mitugi, ihi-tirasa m koto." to, omohi-kahesi tamahu monokara,
 "Nyougo sato ni monosi tamahu toki-doki, watari mawiri te, hito no arisama nado mo mi-narahi tamahe kasi. Koto naru koto naki hito mo, onodukara hito ni mazirahi, saru kata ni nare ba, sate mo ari nu kasi. Saru kokoro si te, miye tatematuri tamahi nam ya!
 to notamahe ba,
 "Ito uresiki koto ni koso haberu nare. Tada, ikade mo ikade mo, ohom-kata-gata ni kazumahe sirosi mesa re m koto wo nam, ne te mo same te mo, tosi-goro nani-goto wo omohi tamahe turu ni mo ara zu. Ohom-yurusi dani habera ba, midu wo kumi itadaki te mo, tukau-maturi na m."
 to, ito yoge ni, ima sukosi sahedure ba, ihu-kahi nasi to obosi te,
 "Ito sika, oritati te, takigi hirohi tamaha zu to mo, mawiri tamahi na m. Tada kano ayemono ni si kem nori no si dani tohoku ha."
 to, woko-goto ni notamahi-nasu wo mo sira zu, onaziki Otodo to kikoyuru naka ni mo, ito kiyoge ni mono-monosiku, hanayaka naru sama si te, oboroke no hito miye nikuki mi-kesiki wo mo mi-sira zu,
 "Sate, itu ka Nyougo-dono ni ha mawiri habera m zuru."
 to kikoyure ba,
 "Yorosiki hi nado ya ihu bekara m. Yosi, koto-kotosiku ha nani kaha. Sa omoha re ba, kehu ni te mo."
 to notamahi-sute te watari tamahi nu.

 よき四位五位たちの、いつききこえて、うち身じろきたまふにも、いといかめしき御勢ひなるを見送りきこえて、
「いで、あな、めでたのわが親や。かかりける胤ながら、あやしき小家に生ひ出でけること」
とのたまふ。五節、
「あまりことことしく、恥づかしげにぞおはする。よろしき親の、思ひかしづかむにぞ、尋ね出でられたまはまし」
と言ふも、わりなし。
「例の1186、君の、人の言ふこと破りたまひて、めざまし。今は、ひとつ口に言葉な交ぜられそ。あるやうあるべき身にこそあめれ」
と、腹立ちたまふ顔やう、気近く、愛敬づきて、うちそぼれたるは、さる方にをかしく罪許されたり。
ただ、いと鄙び、あやしき下人の中に生ひ1187出でたまへれば、もの言ふさまも知らず。ことなるゆゑなき言葉をも、声のどやかに押ししづめて言ひ出だしたるは、打ち聞き1188、耳異におぼえ、をかしからぬ歌語りをするも、声づかひつきづきしくて、残り思はせ、本末惜しみたるさまにてうち誦じたるは、深き筋思ひ得ぬほどの打ち聞きには、をかしかなりと、耳もとまるかし。
いと心深くよしあることを言ひゐたりとも、よろしき心地あらむと聞こゆべくもあらず、あはつけき声ざまにのたまひ出づる言葉こはごはしく、言葉たみて1189、わがままに誇りならひたる乳母の懐にならひたるさまに、もてなしいとあやしきに、やつるるなりけり。
いといふかひなくはあらず、三十文字あまり、本末あはぬ歌、口疾くうち続けなどしたまふ。

 [2-4 近江君、血筋を誇りに思う]
立派な四位五位たちが、うやうやしくお供申し上げて、ちょっとどこかへお出ましになるにも、たいそう堂々とした御威勢なのを、お見送り申し上げて、
「何と、まあ、ご立派なお父様ですわ。このような方の子供でありながら、賤しい小さい家で育ったこととは」
とおっしゃる。五節は、
「あまり立派過ぎて、こちらが恥ずかしくなる方でいらっしゃいますわ。相応な親で、大切にしてくれる方に、捜し出しされなさったならよかったのに」
と言うのも、無理な話である。
「いつもの、あなたが、わたしの言うことをぶちこわしなさって、心外だわ。今は、友達みたいな口をきかないでよ。将来のある身の上なのようですから」
と、腹をお立てになる顔つきが、親しみがあり、かわいらしくて、ふざけたところは、それなりに美しく大目に見られた。
ただひどい田舎で、賤しい下人の中でお育ちになっていたので、物の言い方も知らない。大したことのない話でも、声をゆっくりと静かな調子で言い出したのは、ふと聞く耳でも、格別に思われ、おもしろくない歌語りをするのも、声の調子がしっくりしていて、先が聞きたくなり、歌の初めと終わりとをはっきり聞こえないように口ずさむのは、深い内容までは理解しないまでもの、ちょっと聞いたところでは、おもしろそうだと、聞き耳を立てるものである。
たとえまことに深い内容の趣向ある話をしたとしても、相当な嗜みがあるとも聞こえるはずもない、うわずった声づかいをしておっしゃる言葉はごつごつして、訛があって、気ままに威張りちらした乳母に今も馴れきっているふうに、態度がたいそう不作法なので、悪く聞こえるのであった。
まったくお話にならないというのではないが、三十一文字の、上句と下句との意味が通じない歌を、早口で続けざまに作ったりなさる。

 [2-4 Ohomi-no-Kimi is proud of to be descended from Naidaijin]
 Yoki Si-wi Go-wi tati no, ituki kikoye te, uti-mi-ziroki tamahu ni mo, ito ikamesiki ohom-ikihohi naru wo mi-okuri kikoye te,
 "Ide, ana, medeta no waga oya ya! Kakari keru tane nagara, ayasiki ko-ihe ni ohi-ide keru koto."
 to notamahu. Goseti,
 "Amari koto-kotosiku, hadukasige ni zo ohasuru. Yorosiki oya no, omohi kasiduka m ni zo, tadune-ide rare tamaha masi."
 to ihu mo, wari nasi.
 "Rei no, Kimi no, hito no ihu koto yaburi tamahi te, mezamasi. Ima ha, hitotu-kuti ni kotoba na maze rare so. Aru yau aru beki mi ni koso a'mere."
 to, hara-dati tamahu kaho yau, ke-dikaku, aigyau-duki te, uti-sobore taru ha, saru kata ni wokasiku tumi yurusa re tari.
 Tada, ito inaka bi, ayasiki simo-bito no naka ni ohi-ide tamahe re ba, mono-ihu sama mo sira zu. Koto naru yuwe naki kotoba wo mo, kowe nodoyaka ni osi-sidume te ihi-idasi taru ha, uti-giki, mimi koto ni oboye, wokasikara nu uta-gatari wo suru mo, kowe-dukahi tuki-dukisiku te, nokori omohase, moto suwe wosimi taru sama ni te uti-zu-zi taru ha, hukaki sudi omohi e nu hodo no uti-giki ni ha, wokasika'nari to, mimi mo tomaru kasi.
 Ito kokoro hukaku yosi aru koto wo ihi-wi tari to mo, yorosiki kokoti ara m to kikoyu beku mo ara zu, ahatukeki kowa-zama ni notamahi iduru kotoba koha-gohasiku, kotoba tami te, wagamama ni hokori narahi taru menoto no hutokoro ni narahi taru sama ni, motenasi ito ayasiki ni, yatururu nari keri.
 Ito ihu-kahi naku ha ara zu, miso-mozi-amari, moto suwe aha nu uta, kuti-toku uti-tuduke nado si tamahu.

 「さて、女御殿に参れとのたまひつるを、しぶしぶなるさまならば、ものしくもこそ思せ。夜さりまうでむ。大臣の君、天下に思すとも、この御方々のすげなくしたまはむには、殿のうちには立てりなむはや」
とのたまふ。御おぼえのほど、いと軽らかなりや。
まづ御文たてまつりたまふ。
「葦垣のま近き1190ほどにはさぶらひながら、今まで影踏むばかり1191のしるしもはべらぬは、勿来の関をや据ゑ1192させたまへらむとなむ。知らねども、武蔵野といへば1193かしこけれども。あなかしこや、あなかしこや」
と、点がちにて、裏には、
「まことや、暮にも参り来むと思うたまへ立つは、厭ふにはゆる1194にや。いでや、いでや、あやしきは水無川1195にを」
とて、また端に、かくぞ、
「草若み常陸の浦のいかが崎
いかであひ見む田子の浦波
 大川水の1196」
と、青き色紙一重ねに、いと草がちに、いかれる手の、その筋とも見えず、ただよひたる書きざまも下長1197に、わりなくゆゑばめり。行のほど、端ざまに筋交ひて、倒れぬべく見ゆるを、うち笑みつつ見て、さすがにいと細く小さく巻き結びて、撫子の花につけたり。

 [2-5 近江君の手紙]
「ところで、女御様に参上せよとおっしゃったのを、しぶるように見えたら、不快にお思いになるでしょう。夜になったら参上しましょう。大臣の君が、世界一大切に思ってくださっても、ご姉妹の方々が冷たくなさったら、お邸の中には居られましょうか」
とおっしゃる。ご声望のほどは、たいそう軽いことであるよ。
さっそくお手紙を差し上げなさる。
「お側近くにおりながら、今までお伺いする幸せを得ませんのは、来るなと関所をお設けになったのでしょうか。お目にかかってはいませんのに、お血続きの者ですと申し上げるのは、恐れ多いことですが。まことに失礼ながら、失礼ながら」
と、点ばかり多い書き方で、その裏には、
「実は、今晩にも参上しようと存じますのは、お厭いになるとかえって思いが募るのでしょうか。いいえ、いいえ、見苦しい字は大目に見ていただきたく」
とあって、また端の方に、このように、
「未熟者ですが、いかがでしょうかと
何とかしてお目にかかりとうございます
並一通りの思いではございません」
と、青い色紙一重ねに、たいそう草仮名がちの、角張った筆跡で、誰の書風を継ぐとも分からない、ふらふらした書き方も下長で、むやみに気取っているようである。行の具合は、端に行くほど曲がって来て、倒れそうに見えるのを、にっこりしながら見て、それでもたいそう細く小さく巻き結んで、撫子の花に付けてあった。

 [2-5 Ohomi-no-Kimi wrights a letter to Nyougo]
 "Sate, Nyougo-dono ni mawire to notamahi turu wo, sibu-sibu naru sama nara ba, monosiku mo koso obose. Yosari maude m. Otodo-no-Kimi, tenga ni obosu to mo, kono ohom-kata-gata no sugenaku si tamaha m ni ha, tono no uti ni ha tate ri na m ha ya?"
 to notamahu. Ohom-oboye no hodo, ito karoraka nari ya.
 Madu ohom-humi tatematuri tamahu.
 "Asigaki no ma-dikaki hodo ni ha saburahi nagara, ima made kage humu bakari no sirusi mo habera nu ha, Nakoso-no-seki wo ya suwe sase tamahe ra m to nam. Sira ne do mo, Musasino to ihe ba kasikokere domo. Ana kasiko ya, ana kasiko ya!"
 to, ten-gati ni te, ura ni ha,
 "Makoto ya, kure ni mo mawiri ko m to omou tamahe tatu ha, itohu ni hayuru ni ya? Ide ya, ide ya, ayasiki ha Minase-gaha ni wo."
 tote, mata hasi ni, kaku zo,
 "Kusa wakami Hitati-no-ura no Ikaga-saki
 ikade ahi-mi m Tago-no-uranami

 Ohokaha-midu no."
 to, awoki sikisi hito-kasane ni, ito sau-gati ni, ikare ru te no, sono sudi to mo miye zu, tadayohi taru kaki-zama mo simo-naga ni, wari-naku yuwe-bame ri. Kudari no hodo, hasi-zama ni sudi-kahi te, tahure nu beku miyuru wo, uti-wemi tutu mi te, sasuga ni ito hosoku tihisaku maki musubi te, nadesiko-no-hana ni tuke tari.

 樋洗童しも、いと馴れてきよげなる、今参りなりけり。女御の御方の台盤所に寄りて、
「これ、参らせたまへ」
と言ふ。下仕へ見知りて、
「北の対にさぶらふ童なりけり」
とて、御文取り入る。大輔の君といふ、持て参りて、引き解きて御覧ぜさす。
女御、ほほ笑みてうち置かせたまへるを、中納言の君といふ、近くゐて、そばそば見けり。
「いと今めかしき御文のけしきにもはべめるかな」
と、ゆかしげに思ひたれば、
「草の文字は、え見知らねばにやあらむ、本末なくも見ゆるかな」
とて、賜へり。
「返りこと、かくゆゑゆゑしく書かずは、悪ろしとや思ひおとされむ。やがて書きたまへ」
と、譲りたまふ。もて出でてこそあらね、若き人は、ものをかしくて、皆うち笑ひぬ。御返り乞へば、
「をかしきことの筋にのみまつはれてはべめれば、聞こえさせにくくこそ。宣旨書きめきては、いとほしからむ」
とて、ただ、御文めきて書く。
「近きしるしなき、おぼつかなさは、恨めしく、
常陸なる駿河の海の須磨の浦に
波立ち出でよ筥崎の松」
と書きて、読みきこゆれば、
「あな、うたて。まことにみづからのにもこそ言ひなせ」
と、かたはらいたげに思したれど、
「それは聞かむ人わきまへはべりなむ」
とて、おし包みて出だしつ。
御方見て、
「をかしの御口つきや。待つとのたまへるを」
とて、いとあまえたる薫物の香を、返す返す薫きしめゐたまへり。紅といふもの、いと赤らかにかいつけて、髪けづりつくろひたまへる、さる方ににぎははしく、愛敬づきたり。御対面のほど、さし過ぐしたることもあらむかし。

 [2-6 女御の返事]
樋洗童は、たいそうもの馴れた態度できれいな子で、新参者なのであった。女御の御方の台盤所に寄って、
「これを差し上げてください」
と言う。下仕えが顔を知っていて、
「北の対に仕えている童だわ」
と言って、お手紙を受け取る。大輔の君というのが、持参して、開いて御覧に入れる。
女御が、苦笑してお置きあそばしたのを、中納言の君という者が、お近くにいて、横目でちらちらと見た。
「たいそうしゃれたお手紙のようでございますね」
と、見たそうにしているので、
「草仮名の文字は、読めないからかしら、歌の意味が続かないように見えます」
とおっしゃって、お下しになった。
「お返事は、このように由緒ありげに書かなかったら、なっていないと軽蔑されましょう。そのままお書きなさい」
と、お任せになる。そう露骨に現しはしないが、若い女房たちは、何ともおかしくて、皆笑ってしまった。お返事を催促するので、
「風流な引歌ばかり使ってございますので、お返事が難しゅうございます。代筆めいては、お気の毒でしょう」
と言って、まるで、女御のご筆跡のように書く。
「お近くにいらっしゃるのにその甲斐なく、お目にかかれないのは、恨めしく存じられまして、
常陸にある駿河の海の須磨の浦に
お出かけくだい、箱崎の松が待っています」
と書いて、読んでお聞かせす申すと、
「まあ、困りますわ。ほんとうにわたしが書いたのだと言ったらどうしましょう」
と、迷惑そうに思っていらっしゃったが、
「それは聞く人がお分かりでございましょう」
と言って、紙に包んで使いにやった。
御方が見て、
「しゃれたお歌ですこと。待っているとおっしゃっているわ」
と言って、たいそう甘ったるい薫物の香を、何度も何度も着物にた焚きしめていらっしゃった。紅というものを、たいそう赤く付けて、髪を梳いて化粧なさったのは、それなりに派手で愛嬌があった。ご対面の時、さぞ出過ぎたこともあったであろう。

 [2-6 Nyougo replyies a letter to Ohomi-no-Kimi]
 Hisumasi-waraha si mo, ito nare te kiyoge naru, ima-mawiri nari keri. Nyougo no ohom-kata no Daiban-dokoro ni yori te,
 "Kore, mawira se tamahe."
 to ihu. Simo-dukahe mi-siri te,
 "Kita-no-tai ni saburahu waraha nari keri."
 tote, ohom-humi tori-iru. Taihu-no-Kimi to ihu, mote-mawiri te, hiki-toki te go-ran-ze sasu.
 Nyougo, hohowemi te uti-oka se tamahe ru wo, Tiunagon-no-Kimi to ihu, tikaku wi te, soba-soba mi keri.
 "Ito imamekasiki ohom-humi no kesiki ni mo habe'meru kana!"
 to, yukasige ni omohi tare ba,
 "Sau no mozi ha, e mi-sira ne ba ni ya ara m, moto suwe naku mo miyuru kana!"
 tote, tamahe ri.
 "Kaheri-koto, kaku yuwe-yuwesiku kaka zu ha, warosi to ya omohi otosa re m. Yagate kaki tamahe."
 to, yuduri tamahu. Mote ide te koso ara ne, wakaki hito ha, mono-wokasiku te, mina uti-warahi nu. Ohom-kaheri kohe ba,
 "Wokasiki koto no sudi ni nomi matuha re te habe'mere ba, kikoye sase nikuku koso. Senzi-gaki meki te ha, itohosikara m."
 tote, tada, ohom-humi meki te kaku.
 "Tikaki sirusi naki, obotukanasa ha, uramesiku,
 Hitati naru Suruga-no-umi no Suma-no-ura ni
 nami tati-ide yo Hakozaki no matu
"
 to kaki te, yomi kikoyure ba,
 "Ana, uatate! Makoto ni midukara no ni mo koso ihi-nase."
 to, kataharaiatage ni obosi tare do,
 "Sore ha kika m hito wakimahe haberi na m."
 tote, osi-tutumi te idasi tu.
 Ohom-kata mi te,
 "Wokasi no ohom-kuti-tuki ya! Matu to notamahe ru wo!"
 tote, ito amaye taru taki-mono no ka wo, kahesu-gahesu taki-sime wi tamahe ri. Beni to ihu mono, ito akaraka ni kai-tuke te, kami keduri tukurohi tamahe ru, saru kata ni nigihahasiku, aigyau-duki tari. Ohom-taimen no hodo, sasi-sugusi taru koto mo ara m kasi.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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