源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 夕霧の物語 継母垣間見の物語

2 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語

3 夕霧の物語 幼恋の物語

出典
校訂

1 夕霧の物語 継母垣間見の物語

2 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語

3 夕霧の物語 幼恋の物語

1 Tale of Yugiri Yugiri peeps Murasaki, his stepmother in a typhoon

2 Tale of Hikaru-Genji Genji calls on one after another women in Rokujo-in

3 Tale of Yugiri A childish love between Yugiri and his girlfriend

 中宮の御前に、秋の花を植ゑさせたまへること、常の年よりも見所多く、色種を尽くして、よしある黒木赤木の籬を結ひまぜつつ、同じき花の枝ざし、姿、朝夕露の光も世の常ならず、玉かとかかやきて1203作りわたせる野辺の色を見るに、はた、春の山も忘られて、涼しうおもしろく、心もあくがるるやうなり。
春秋の争ひに、昔より秋に心寄する人は数まさり1204けるを、名立たる春の御前の花園に心寄せし人々、また引きかへし移ろふけしき1205、世のありさまに似たり。
これを御覧じつきて、里居したまふほど、御遊びなどもあらまほしけれど、八月は故前坊の御忌月なれば、心もとなく思しつつ明け暮るるに、この花の色まさるけしきどもを御覧ずるに、野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変りて吹き出づ。
花どものしをるるを、いとさしも思ひしまぬ人だに、あなわりなと思ひ騒がるるを、まして、草むらの露の玉の緒乱るるままに、御心惑ひもしぬべく思したり。おほふばかりの袖1206は、秋の空にしもこそ欲しげなりけれ。暮れゆくままに、ものも見えず吹きまよはして、いとむくつけければ、御格子など参りぬるに、うしろめたくいみじと、花の上を思し嘆く。

 1 夕霧の物語 継母垣間見の物語 [1-1 8月野分の襲来]
中宮のお庭先に、秋の花をお植えあそばしていらっしゃることは、例年よりも見る価値が多くあって、ありとあらゆる種類の花を植えて、風情のある皮のある木と皮をはいだ木との籬垣を結い混ぜて、同じ花の枝ぶりや、姿は、朝夕の露の光も世間のと違って、玉かと輝いて、お造りになった野辺の色彩を見ると、一方では、春の山もつい忘れられて、さわやかで気分が晴々するようで、心も浮き立つほどである。
春秋の優劣に、昔から秋に心を寄せる人は数多くいたが、名高い春のお庭先の花園に心を寄せた人々が、再び掌を返すように秋に心変わりする様子は、時勢におもねる世情と似ていた。
この庭をお気に召して、里住みなさっていらっしゃる間に、管弦のお遊びなども催したいところであるが、八月は故前坊の御忌月にあたるので、気になさりながら毎日過ごしていらっしゃったが、この花の色がいよいよ美しくなっていく様子を御覧になっていると、野分が、いつもの年よりも激しく、空も変わって風が吹き出す。
いろいろの花が萎れるのを、それほどにも思わない人でさえも、まあ、困ったことと心を痛めるのに、まして、草むらの露の玉が乱れるにつれて、お気もどうにかなってしまいそうにご心配あそばしていらっしゃった。大空を覆うほどの袖は、秋の空にこそ欲しい感じがした。日が暮れて行くにつれて、何も見えないほど吹き荒れて、たいそう気味が悪いなので、御格子などをお下ろしになったが、不安でたまらないと花の身をご心配あそばす。

 1 Tale of Yugiri Yugiri peeps Murasaki, his stepmother in a typhoon [1-1 A typhoon hits Kyoto area in August]
 Tiuguu no o-mahe ni, aki no hana wo uwe sase tamahe ru koto, tune no tosi yori mo mi-dokoro ohoku, iro-kusa wo tukusi te, yosi aru kuroki akaki no mase wo yuhi maze tutu, onaziki hana no eda-zasi, sugata, asa-yuhu tuyu no hikari mo yo no tune nara zu, tama ka to kakayaki te tukuri watase ru nobe no iro wo miru ni, hata, haru no yama mo wasura re te, suzusiu omosiroku, kokoro mo akugaruru yau nari.
 Haru-aki no arasohi ni, mukasi yori aki ni kokoro yosuru hito ha kazu masari keru wo, na-data ru haru no o-mahe no hana-zono ni kokoro-yose si hito-bito, mata hiki-kahesi uturohu kesiki, yo no arisama ni ni tari.
 Kore wo go-ran-zi tuki te, sato-wi si tamahu hodo, ohom-asobi nado mo aramahosikere do, Hati-gwati ha, ko-Zen-Bau no go-ki-duki nare ba, kokoro-motonaku obosi-tutu ake-kururu ni, kono hana no iro masaru kesiki-domo wo go-ran-zuru ni, nowaki, rei no tosi yori mo odoro-odorosiku, sora no iro kahari te huki-idu.
 Hana-domo no siworuru wo, ito sa si mo omohi-sima nu hito dani, ana wari na to omohi sawaga ruru wo, masite, kusa-mura no tuyu no tama no wo midaruru mama ni, mi-kokoro madohi mo si nu beku obosi tari. Ohohu bakari no sode ha, aki no sora ni si mo koso hosige nari kere. Kure-yuku mama ni, mono mo miye zu huki-mayohasi te, ito mukutukekere ba, mi-kausi nado mawiri nuru ni, usirometaku imizi to, hana no uhe wo obosi nageku.

 南の御殿にも、前栽つくろはせたまひける折にしも、かく吹き出でて、もとあらの小萩1207、はしたなく待ちえたる風のけしきなり。折れ返り、露もとまるまじく吹き散らすを、すこし端近くて見たまふ。
大臣は、姫君の御方におはしますほどに、中将の君参りたまひて、東の渡殿の小障子の上より、妻戸の開きたる隙を、何心もなく見入れたまへるに、女房のあまた見ゆれば、立ちとまりて、音もせで見る。
御屏風も、風のいたく吹きければ、押し畳み寄せたるに、見通しあらはなる廂の御座にゐたまへる人、ものに紛るべくもあらず、気高くきよらに、さとにほふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。あぢきなく、見たてまつるわが顔にも移り来るやうに、愛敬はにほひ散りて、またなくめづらしき人の御さまなり。
御簾の吹き上げらるるを、人々押へて、いかにしたるにかあらむ、うち笑ひたまへる、いといみじく見ゆ。花どもを心苦しがりて、え見捨てて入りたまはず。御前なる人々も、さまざまにものきよげなる姿どもは見わたさるれど、目移るべくもあらず。
「大臣のいと気遠くはるかにもてなしたまへるは、かく見る人ただにはえ思ふまじき御ありさまを、いたり深き御心にて、もし、かかることもやと思すなりけり」
と思ふに、けはひ恐ろしうて、立ち去るにぞ、西の御方より、内の御障子引き開けて渡りたまふ。
「いとうたて、あわたたしき風なめり。御格子下ろしてよ。男どもあるらむを、あらはにもこそあれ」
と聞こえたまふを、また寄りて見れば、もの聞こえて、大臣もほほ笑みて見たてまつりたまふ。親ともおぼえず、若くきよげになまめきて、いみじき御容貌の盛りなり。
女もねびととのひ、飽かぬことなき御さまどもなるを、身にしむばかりおぼゆれど、この渡殿の格子も吹き放ちて、立てる所のあらはになれば、恐ろしうて立ち退きぬ。今参れるやうにうち声づくりて、簀子の方に歩み出でたまへれば、
「さればよ。あらはなりつらむ」
とて、「かの妻戸の開きたりけるよ」と、今ぞ見咎めたまふ。
「年ごろかかることのつゆなかりつるを。風こそ、げに巌も吹き上げつべきものなりけれ。さばかりの御心どもを騒がして。めづらしくうれしき目を見つるかな」とおぼゆ。

 [1-2 夕霧、紫の上を垣間見る]
南の御殿でも、お庭先の植え込みを手入れさせていらっしゃったちょうどそのころ、このように野分が吹き出して、株もまばらな小萩が、待っていた風にしては激し過ぎる吹き具合である。枝も折れ曲がって、露も結ばないほど吹き散らすのを、少し端近くに出て御覧になる。
大臣は、姫君のお側にいらっしゃった時に、中将の君が参上なさって、東の渡殿の小障子の上から、妻戸の開いている隙間を、何気なく覗き込みなさると、女房たちが大勢見えるので、立ち止まって、音を立てないで見る。
御屏風も、風がひどく吹いたので、押したたんで隅に寄せてあるので、すっかり見通せる廂の御座所に座っていらっしゃる方、他の人と間違えようもない、気高く清らかで、ぱっと輝く感じがして、春の曙の霞の間から、美しい樺桜が咲き乱れているのを見る感じがする。どうにもならぬほど、拝見している自分の顔にもふりかかってくるように、魅力的な美しさが一面に広がって、二人といないご立派な方のお姿である。
御簾の吹き上げられるのを、女房たちが押さえて、どうしたのであろうか、にっこりとなさっているのが、何とも美しく見える。いろいろな花を心配なさって、見捨てて中にお入りになることができない。お側に仕える女房たちも、それぞれにこざっぱりとした姿に見えるが、目が止まるはずもない。
「大臣がたいそう遠ざけていらっしゃるのは、このように見る人が心を動かさずにはいられないお美しさなので、用心深いご性質から、万一、このようなことがあってはいけないと、ご懸念になっていたのだ」
と思うと、何となく恐ろしい気がして、立ち去ろうとする、その時、西のお部屋から、内の御障子を引き開けてお越しになる。
「とてもひどい、気ぜわしい風ですね。御格子を下ろしなさいよ。男たちがいるだろうに、丸見えになっては大変だ」
と申し上げなさるのを、再び近寄って見ると、何か申し上げて、大臣もにっこりしてお顔を拝していらっしゃる。親とも思われず、若々しく美しく優雅で、素晴らしい盛りのお姿である。
女もすっかり成人なさって、何一つ不足のないお二方のご様子であるのを、身にしみて美しく感じられるが、この渡殿の格子も風が吹き放って、立っている所が丸見えになったので、恐ろしくなって立ち退いた。今ちょうど参上したように咳払いして、簀子の方に歩き出しなさると、
「そらごらん。見えたかもしれない」
とおっしゃって、「あの妻戸が開いていたことよ」と、今見てお気づきになる。
「長年このようなことはちっともなかったものを。風は、ほんとうに巌も吹き上げてしまうものなのだなあ。あれほどご用心の深い方々のお心を騒がせて。珍しく嬉しい目を見たものだ」と思わずにはいられない。

 [1-2 Yugiri peeps Murasaki, his stepmother in a typhoon]
 Minami no otodo ni mo, sensai tukuroha se tamahi keru wori ni si mo, kaku huki-ide te, moto-ara no ko-hagi, hasitanaku mati-e taru kaze no kesiki nari. Wore-kahe ri, tuyu mo tomaru maziku huki-tirasu wo, sukosi hasi tikaku te mi tsmshu.
 Otodo ha, Hime-Gimi no ohom-kata ni ohasimasu hodo ni, Tiuzyau-no-Kimi mawiri tamahi te, Himgasi no watadono no ko-sauzi no kami yori, tuma-do no aki taru hima wo, nani-gokoro mo naku mi-ire tamahe ru ni, nyoubau no amata miyure ba, tati-tomari te, oto mo se de miru.
 Mi-byaubu mo, kaze no itaku huki kere ba, osi-tatami yose taru ni, mi-tohosi araha naru hisasi no o-masi ni wi tamahe ru hito, mono ni magiru beku mo ara zu, ke-dakaku kiyora ni, sa to nihohu kokoti si te, haru no akebono no kasumi no ma yori, omosiroki kaba-zakura no saki-midare taru wo miru kokoti su. Adikinaku, mi tatematuru waga kaho ni mo uturi kuru yau ni, aigyau ha nihohi-tiri te, mata naku medurasiki hito no ohom-sama nari.
 Mi-su no huki-age raruru wo, hito-bito osahe te, ika ni si taru ni ka ara m, uti warahi tamahe ru, ito imiziku miyu. Hana-domo wo kokoro-gurusigari te, e mi-sute te iri tamaha zu. O-mahe naru hito-bito mo, sama-zama ni mono-kiyoge naru sugata-domo ha mi-watasa rure do, me uturu beku mo ara zu.
 "Otodo no ito ke-dohoku haruka ni motenasi tamahe ru ha, kaku miru hito tada ni ha e omohu maziki mi-arisama wo, itari hukaki mi-kokoro ni te, mosi, kakaru koto mo ya to obosu nari keri."
 to omohu ni, kehahi osorosiu te, tati-saru ni zo, nisi no ohom-kata yori, uti no mi-sauzi hiki-ake te watari tamahu.
 "Ito utate, awatatasiki kaze na'meri. Mi-kausi orosi te yo! Wonoko-domo aru ram wo, araha ni mo koso are."
 to kikoye tamahu wo, mata yori te mire ba, mono kikoye te, Otodo mo hohowemi te mi tatematuri tamahu. Oya to mo oboye zu, wakaku kiyoge ni namameki te, imiziki ohom-katati no sakari nari.
 Womna mo nebi totonohi, aka nu koto naki ohom-sama-domo naru wo, mi ni simu bakari oboyure do, kono wata-dono no kausi mo huki-hanti te, tate ru tokoro no araha ni nare ba, osorosiu te tati-noki nu. Ima mawire ru yau ni uti-kowa-dukuri te, sunoko no kata ni ayumi-ide tamahe re ba,
 "Sare ba yo! Araha nari tu ram."
 tote, "Kano tumado no aki tari keru yo!" to, ima zo mi togame tamahu.
 "Tosi-goro kakaru koto no tuyu nakari turu wo! Kaze koso, geni ihaho mo huki-age tu beki mono nari kere! Sabakari no mi-kokoro-domo wo sawagasi te. Medurasiku uresiki me wo mi turu kana!" to oboyu.

 人々参りて、
「いといかめしう吹きぬべき風にはべり。艮の方より吹きはべれば、この御前はのどけきなり。馬場の御殿、南の釣殿などは、危ふげになむ」
とて、とかくこと行なひののしる。
「中将は、いづこよりものしつるぞ」
「三条の宮にはべりつるを、『風いたく吹きぬべし』と、人々の申しつれば、おぼつかなさに参りはべりつる。かしこには、まして心細く、風の音をも、今はかへりて、若き子のやうに懼ぢたまふめれば。心苦しさに、まかではべりなむ」
と申したまへば、
「げに、はや、まうでたまひね。老いもていきて、また若うなること、世にあるまじきことなれど、げに、さのみこそあれ」
など、あはれがりきこえたまひて、
「かく騒がしげにはべめるを、この朝臣さぶらへばと、思ひたまへ譲りてなむ」
と、御消息聞こえたまふ。
道すがらいりもみする風なれど、うるはしくものしたまふ君にて、三条宮と六条院とに参りて、御覧ぜられたまはぬ日なし。内裏の御物忌などに、えさらず籠もりたまふべき日より外は、いそがしき公事、節会などの、暇いるべく、ことしげきにあはせても、まづこの院に参り、宮よりぞ出でたまひければ、まして今日、かかる空のけしきにより、風のさきにあくがれありきたまふもあはれに見ゆ。
宮、いとうれしう、頼もしと待ち受けたまひて、
「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」
と、ただわななきにわななきたまふ。
大きなる木の枝などの折るる音も、いとうたてあり。御殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、
「かくてものしたまへること」
と、かつはのたまふ。そこら所狭かりし御勢のしづまりて、この君を頼もし人に思したる、常なき世なり。今もおほかたのおぼえの薄らぎたまふことはなけれど、内の大殿の御けはひは、なかなかすこし疎くぞありける。
中将、夜もすがら荒き風の音にも、すずろにものあはれなり。心にかけて恋しと思ふ人の御ことは、さしおかれて、ありつる御面影の忘られぬを、
「こは、いかにおぼゆる心ぞ。あるまじき思ひもこそ添へ。いと恐ろしきこと」
と、みづから思ひ紛らはし、異事に思ひ移れど、なほ、ふとおぼえつつ、
「来し方行く末、ありがたくもものしたまひけるかな。かかる御仲らひに、いかで東の御方、さるものの数にて立ち並びたまひつらむ。たとしへなかりけりや。あな、いとほし」
とおぼゆ。大臣の御心ばへを、ありがたしと思ひ知りたまふ。
人柄のいとまめやかなれば、似げなさを思ひ寄らねど、「さやうならむ人をこそ、同じくは、見て明かし暮らさめ。限りあらむ命のほども、今すこしはかならず延びなむかし」と思ひ続けらる。

 [1-3 夕霧、三条宮邸へ赴く]
家司たちが参上して、
「たいそうひどい勢いになりそうでございます。丑寅の方角から吹いて来ますので、こちらのお庭先は静かなのです。馬場殿や南の釣殿などは危なそうです」
と申して、あれこれと作業に大わらわとなる。
「中将は、どこから参ったのか」
「三条宮におりましたが、『風が激しくなるだろう』と、人々が申しましたので、気がかりで参上いたしました。あちらでは、ここ以上に心細く、風の音も、今ではかえって幼い子供のように恐がっていらっしゃるようなので。おいたわしいので、失礼いたします」
とご挨拶申し上げなさると、
「なるほど、早く、行って上げなさい。年をとるにつれて、再び子供のようになることは、まったく考えられないことだが、なるほど、老人はそうしたものだ」
などと、ご同情申し上げなさって、
「このように風が騒がしそうでございますが、この朝臣がお側におりましたらばと、存じまして代わらせました」
と、お手紙をお託しになる。
道中、激しく吹き荒れる風だが、几帳面でいらっしゃる君なので、三条宮と六条院とに参上して、お目通りなさらない日はない。内裏の御物忌みなどで、どうしてもやむを得ず宿直しなければならない日以外は、忙しい公事や、節会などの、時間がかかり、用事が多い時に重なっても、真っ先にこの院に参上して、三条宮からご出仕なさったので、まして今日は、このような空模様によって、風より先に立ってあちこち動き回るのは、孝心深そうに見える。
大宮は、たいそう嬉しく頼もしくお待ち受けになって、
「この年になるまで、いまだこのように激しい野分には遭わなかった」
と、ただ震えに震えてばかりいらっしゃる。
大きな木の枝などが折れる音も、たいそう気味が悪い。御殿の瓦まで残らず吹き飛ばすので、
「よくぞおいで下さいましたこと」
と、脅えながらも挨拶なさる。あれほど盛んだったご威勢も今はひっそりとして、この君一人を頼りに思っていらっしゃるのは、無常な世の中である。今でも世間一般のご声望が衰えていらっしゃることはないけれども、内の大殿のご態度は、親子であるのにかえって疎遠のようであったのだ。
中将は、一晩中激しい風の音の中でも、何となくせつなく悲しい気持ちがする。心にかけて恋しいと思っていた人のことは、ついさしおかれて、先程の御面影が忘れられないのを、
「これは、どうしたことだろう。だいそれた料簡を持ったら大変だ。とても恐ろしいことだ」
と、自分自身で気を紛らわして、他の事に考えを移したが、やはり、思わず御面影がちらついては、
「過去にも将来にも、めったにいない素晴らしい方でいらっしゃったなあ。このような素晴らしいご夫婦仲に、どうして東の御方が、夫人の一人として肩を並べなさったのだろうか。比べようもないことだな。ああ、お気の毒な」
とつい思わずにはいられない。大臣のお気持ちをご立派だとお分かりになる。
人柄がたいそう誠実なので、不相応なことを考えはしないが、「あのような美しい方とこそ、同じ結婚をするなら、妻にして暮らしたいものだ。限りのある寿命も、きっともう少しは延びるだろう」と、自然と思い続けられる。

 [1-3 Yugiri visits to Sanjo-palace]
 Hito-bito mawiri te,
 "Ito ikamesiu huki nu beki kaze ni haberi. Usi-tora no kata yori huki habere ba, kono o-mahe ha nodokeki nari. Umaba-no-otodo, minami no turi-dono nado ha, ayahuge ni nam."
 tote, tokaku koto okonahi nonosiru.
 "Tiuzyau ha, iduko yori monosi turu zo?"
 "Samdeu-no-Miya ni haberi turu wo, "Kaze itaku huki nu besi." to, hito-bito no mausi ture ba, obotukanasa ni mawiri haberi turu. Kasiko ni ha, masite kokoro-bosoku, kaze no oto wo mo, ima ha kaheri te, wakaki ko no yau ni odi tamahu mere ba. Kokoro-gurusisa ni, makade haberi na m."
 to mausi tamahe ba,
 "Geni, haya, maude tamahi ne. Oyi mote iki te, mata wakau naru koto, yo ni aru maziki koto nare do, geni, sa nomi koso are."
 nado, ahare-gari kikoye tamahi te,
 "Kaku sawagasige ni habe'meru wo, kono Asom saburahe ba to, omohi tamahe yuduri te nam."
 to, ohom-seusoko kikoye tamahu.
 Miti-sugara irimomi suru kaze nare do, uruhasiku monosi tamahu Kimi ni te, Samdeu-no-Miya to Rokudeu-no-Win to ni mawiri te, go-ran-ze rare tamaha nu hi nasi. Uti no ohom-mono-imi nado ni, e sara-zu komori tamahu beki hi yori hoka ha, isogasiki ohoyake-goto, setiwe nado no, itoma iru beku, koto sigeki ni ahase te mo, madu kono Win ni mawiri, Miya yori ide tamahi kere ba, masite kehu, kakaru sora no kesiki ni yori, kaze no saki ni akugare ariki tamahu mo ahare ni miyu.
 Miya, ito uresiu, tanomosi to mati-uke tamahi te,
 "Kokora no yohahi ni, mada kaku sawagasiki nowaki ni koso aha zari ture."
 to, tada wananaki ni wananaki tamahu.
 Ohoki naru ki no eda nado no woruru oto mo, ito utate ari. O-todo no kahara sahe nokoru maziku huki-tirasu ni,
 "Kakute monosi tamahe ru koto."
 to, katu ha notamahu. Sokora tokoro-sekari si ohom-ikihohi no sidumari te, kono Kimi wo tanomosi-bito ni obosi taru, tune naki yo nari. Ima mo ohokata no oboye no usuragi tamahu koto ha nakere do, Uti-no-Ohotono no ohom-kehahi ha, naka-naka sukosi utoku zo ari keru.
 Tiuzyau, yomosugara araki kaze no oto ni mo, suzuro ni mon-oahare nari. Kokoro ni kake te kohisi to omohu hito no ohom-koto ha, sasi-oka re te, ari turu ohom-omokage no wasurare nu wo,
 "Ko ha, ika ni oboyuru kokoro zo? Aru maziki omohi mo koso sohe. Ito osorosiki koto."
 to, midukara omohi-magirahasi, koto-koto ni omohi uture do, naho, huto oboye tutu,
 "Ki-si-kata yuku-suwe, ari-gataku monosi tamahi keru kana! Kakaru ohom-nakarahi ni, ikade Himgasi-no-Ohomkata, saru mono no kazu ni te tati-narabi tamahi tu ram? Tatosihe nakari keri ya. Ana, itohosi."
 to oboyu. Otodo no mi-kokorobahe wo, ari-gatasi to omohi-siri tamahu.
 Hito-gara no ito mameyaka nare ba, nigenasa wo omohi-yora ne do, "Sayau nara m hito wo koso, onaziku ha, mi te akasi-kurasa me. Kagiri ara m inoti no hodo mo, ima sukosi ha kanarazu nobi na m kasi." to omohi-tuduke raru.

 暁方に風すこししめりて、村雨のやうに降り出づ。
「六条院には、離れたる屋ども倒れたり」
など人々申す。
「風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人々、おはします御殿のあたりにこそしげけれ、東の町などは、人少なに思されつらむ」
とおどろきたまひて、まだほのぼのとするに参りたまふ。
道のほど、横さま雨いと冷やかに吹き入る。空のけしきもすごきに、あやしくあくがれたる心地して、
「何ごとぞや。またわが心に思ひ加はれるよ」と思ひ出づれば、「いと似げなきことなりけり。あな、もの狂ほし」
と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に、まづ参うでたまへれば、懼ぢ極じておはしけるに、とかく聞こえ慰めて、人召して、所々つくろはすべきよしなど言ひおきて、南の御殿に参りたまへれば、まだ御格子も参らず。
おはしますに当れる高欄に押しかかりて、見わたせば、山の木どもも吹きなびかして、枝ども多く折れ伏したり。草むらはさらにもいはず、桧皮、瓦、所々の立蔀、透垣などやうのもの乱りがはし。
日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧りわたれるに、そこはかとなく涙の落つるを、おし拭ひ隠して、うちしはぶきたまへれば、
「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」
とて、起きたまふなり。何ごとにかあらむ、聞こえたまふ声はせで、大臣うち笑ひたまひて、
「いにしへだに知らせたてまつらずなりにし、暁の別れよ。今ならひたまはむに、心苦しからむ」
とて、とばかり語らひきこえたまふけはひども、いとをかし。女の御いらへは聞こえねど、ほのぼの、かやうに聞こえ戯れたまふ言の葉の趣きに、「ゆるびなき御仲らひかな」と、聞きゐたまへり。

 [1-4 夕霧、暁方に六条院へ戻る]
明け方に風が少し湿りを含んで、雨が村雨のように降り出す。
「六条院では、離れている建物が幾棟か倒れた」
などと人々が申す。
「風が吹き巻いているうちは、広々とはなはだ高い感じのする六条院には、家司たちは、殿のいらっしゃる御殿あたりには大勢詰めていようが、東の町などは、人少なで心細く思っていらっしゃることだろう」
とお気づきになって、まだ夜がほんのりとする時分に参上なさる。
道中、横なぐりの雨がとても冷たく吹き込んでくる。空模様も恐ろしいうえに、妙に魂も抜け出たような感じがして、
「どうしたことか。更に自分の心に物思いが加わったことよ」と思い出すと、「まことに似つかわしくないことでであるよ。ああ、気違いじみている」
と、あれやこれやと思いながら、東の御方にまず参上なさると、脅えきっていらっしゃったところなるので、いろいろとお慰め申して、人を呼んで、あちこち修繕すべきことを命じ置いて、南の御殿に参上なさると、まだ御格子も上げていない。
いらっしゃる近くの高欄に寄り掛かって、見渡すと、築山の多数の木を吹き倒して、枝がたくさん折れて落ちていた。草むらは言うまでもなく、桧皮、瓦、あちこちの立蔀、透垣などのような物までが散乱していた。
日がわずかに差したところ、悲しい顔をしていた庭の露がきらきらと光って、空はたいそう冷え冷えと霧がかかっているので、何とはなしに涙が落ちるのを、拭い隠して、咳払いをなさると、
「中将が挨拶しているようだ。夜はまだ深いことだろうな」
とおっしゃって、お起きになる様子である。何事であろうか、お話し申し上げなさる声はしないで、大臣がお笑いになって、
「昔でさえ味わわせることのなかった、暁の別れですよ。今になって経験なさるのは、つらいことでしょう」
とおっしゃって、しばらくの間仲睦まじくお語らいになっていらっしゃるお二方のご様子は、たいそう優雅である。女のお返事は聞こえないが、かすかながら、このように冗談を申し上げなさる言葉の様子から、「水も漏らさないご夫婦仲だな」と、聞いていらっしゃった。

 [1-4 Yugiri comes back to Rokujo-in at dawn]
 Akatuki-gata ni kaze sukosi simeri te, mura-same no yau ni huri-idu.
 "Rokudeu-no-win ni ha, hanare taru ya-domo tahure tari."
 nado hito-bito mausu.
 "Kaze no huki-mahu hodo, hiroku sokora takaki kokoti suru Win ni, hito-bito, oahasimasu Otodo no atari ni koso sigekere, Himgasi-no-mati nado ha, hito-zukuna ni obosa re tura m."
 to odoroki tamahi te, mada hono-bono to suru ni mawiri tamahu.
 Miti no hodo, yoko-sama ame ito hiyayaka ni huki-iru. Sora no kesiki mo sugoki ni, ayasiku akugare taru kokoti si te,
 "Nani-goto zo ya? Mata waga kokoro ni omohi kuhahare ru yo!" to omohi-idure ba, "Ito nigenaki koto nari keri. Ana, mono-guruhosi!"
 to, to-zama kau-zama ni omohi tutu, Himgasi-no-Ohomkata ni, madu maude tamahe re ba, odi-gou-zi te ohasi keru ni, tokaku kikoye nagusame te, hito mesi te, tokoro-dokoro tukuroha su beki yosi nado ihi-oki te, Minami-no-otodo ni mawiri tamahe re ba, mada mi-kausi mo mawira zu.
 Ohasimasu ni atare ru kauran ni osi-kakari te, mi-watase ba, yama no ki-domo mo huki nabikasi te, eda-domo ohoku wore-husi tari. Kusa-mura ha sara ni mo iha zu, hi-hada, kahara, tokoro-dokoro no tate-zitomi, suigai nado yau no mono midarigahasi.
 Hi no waduka ni sasi-ide taru ni, urehe-gaho naru niha no tuyu kira-kira tosi te, sora ha ito sugoku kiri-watare ru ni, sokohakatonaku namida no oturu wo, osi-nogohi kakusi te, uti-sihabuki tamahe re ba,
 "Tiuzyau no kowa-dukuru ni zo a'naru. Yo ha mada hukakara m ha."
 tote, oki tamahu nari. Nani-goto ni ka ara m, kikoye tamahu kowe ha se de, Otodo uti-warahi tamahi te,
 "Inisihe dani sira se tatematura zu nari ni si, akatuki no wakare yo! Ima narahi tamaha m ni, kokoro-gurusikara m."
 tote, tobakari katarahi kikoye tamahu kehahi-domo, ito wokasi. Womna no ohom-irahe ha kikoye ne do, hono-bono, kayau ni kikoye tahabure tamahu kotonoha no omomuki ni, "Yurubi naki ohom-nakarahi kana!" to, kiki-wi tamahe ri.

 御格子を御手づから引き上げたまへば、気近きかたはらいたさに、立ち退きてさぶらひたまふ。
「いかにぞ。昨夜、宮は待ちよろこびたまひきや」
「しか。はかなきことにつけても、涙もろにものしたまへば、いと不便にこそはべれ」
と申したまへば、笑ひたまひて、
「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見えたてまつれ。内大臣は、こまかにしもあるまじうこそ、愁へたまひしか。人柄あやしうはなやかに、男々しき方によりて、親などの御孝をも、いかめしきさまをば立てて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深きところはなき人になむ、ものせられける。さるは、心の隈多く、いとかしこき人の、末の世にあまるまで、才類ひなく、うるさながら。人として、かく難なきことはかたかりける」
などのたまふ。
「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮に、はかばかしき宮司などさぶらひつらむや」
とて、この君して、御消息聞こえたまふ。
「夜の風の音は、いかが聞こし召しつらむ。吹き乱りはべりしに、おこりあひはべりて、いと堪へがたき、ためらひはべるほどになむ」
と聞こえたまふ。

 [1-5 源氏、夕霧と語る]
御格子をご自身でお上げになるので、あまりに近くにいたのが具合悪く、退いて控えていらっしゃる。
「どうであった。昨夜は、大宮はお待ちかねでお喜びになったか」
「はい。ちょっとしたことにつけても、涙もろくいらっしゃいますので、たいそう困ったことでございます」
と申し上げなさると、お笑いになって、
「もう先も長くはいらっしゃるまい。ねんごろにお世話して上げるがよい。内大臣は、こまかい情愛がないと、愚痴をこぼしていらっしゃった。人柄は妙に派手で、男性的過ぎて、親に対する孝養なども、見ための立派さばかりを重んじて、世間の人の目を驚かそうというところがあって、心底のしみじみとした深い情愛はない方でいらっしゃった。それはそれとして、物事に思慮深く、たいそう賢明な方で、この末世では過ぎたほど学問も並ぶ者がなく、閉口するほどだが。人間として、このように欠点のないことは難しいことだなあ」
などとおっしゃる。
「たいそうひどい風だったが、中宮の御方には、しっかりした宮司などは控えていただろうか」
とおっしゃって、この中将の君を使者として、お見舞を差し上げなさる。
「昨夜の風の音は、どのようにお聞きあそばしましたでしょうか。吹き荒れていましたが、あいにく風邪をひきまして、とてもつらいので、休んでいたところでございました」
とご伝言申し上げなさる。

 [1-5 Genji talks with Yugiri about his grandmother]
 Mi-kausi wo ohom-tedukara hiki-age tamahe ba, ke-dikaki katahara itasa ni, tati-noki te saburahi tamahu.
 "Ika ni zo? Yobe, Miya ha mati yorokobi tamahi ki ya?"
 "Sika. Hakanaki koto ni tuke te mo, namida-moro ni monosi tamahe ba, ito hubin ni koso habere."
 to mausi tamahe ba, warahi tamahi te,
 "Ima ikubaku mo ohase zi. Mameyaka ni tukau-maturi miye tatemature. Uti-no-Otodo ha, komaka ni si mo aru maziu koso, urehe tamahi sika. Hito-gara ayasiu hanayaka ni, wowosiki kata ni yori te, oya nado no ohom-keu wo mo, ikamesiki sama wo ba tate te, hito ni mo mi odorokasa m no kokoro ari, makoto ni simi te hukaki tokoro ha naki hito ni nam, monose rare keru. Saru ha, kokoro no kuma ohoku, ito kasikoki hito no, suwe no yo ni amaru made, zae taguhi naku, urusa-nagara. Hito to si te, kaku nan naki koto ha katakari keru."
 nado notamahu.
 "Ito odoro-odorosikari turu kaze ni, Tiuguu ni, haka-bakasiki Miya-dukasa nado saburahi tu ram ya?"
 tote, kono Kimi si te, ohom-seusoko kikoye tamahu.
 "Yoru no kaze no oto ha, ikaga kikosimesi tu ram? Huki-midari haberi si ni, okori-ahi haberi te, ito tahe gataki, tamerahi haberu hodo ni nam."
 to kikoye tamahu.

 中将下りて、中の廊の戸より通りて、参りたまふ。朝ぼらけの容貌、いとめでたくをかしげなり。東の対の南の側に立ちて、御前の方を見やりたまへば、御格子、まだ二間ばかり上げて、ほのかなる朝ぼらけのほどに、御簾巻き上げて人々ゐたり。
高欄に押しかかりつつ、若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぼののほど、色々なる姿は、いづれともなくをかし。
童女下ろさせたまひて、虫の籠どもに露飼はせたまふなりけり。紫苑、撫子、濃き薄き衵どもに、女郎花の汗衫などやうの、時にあひたるさまにて、四、五人連れて、ここかしこの草むらに寄りて、色々の籠どもを持てさまよひ、撫子などの、いとあはれげなる枝ども取り持て参る、霧のまよひは、いと艶にぞ見えける。
吹き来る追風は、紫苑ことごとに匂ふ空も、香のかをりも、触ればひたまへる御けはひにやと、いと思ひやりめでたく、心懸想せられて、立ち出でにくけれど、忍びやかにうちおとなひて、歩み出でたまへるに、人々、けざやかにおどろき顔にはあらねど、皆すべり入りぬ。
御参りのほどなど、童なりしに、入り立ち馴れたまへる、女房なども、いとけうとくはあらず。御消息啓せさせたまひて、宰相の君、内侍など、けはひすれば、私事も忍びやかに語らひたまふ。これはた、さいへど、気高く住みたるけはひありさまを見るにも、さまざまにもの思ひ出でらる。

 [1-6 夕霧、中宮を見舞う]
中将は御前を辞して、中の廊の戸を通って、参上なさる。朝日をうけたお姿は、とても立派で素晴らしい。東の対の南の側に立って、寝殿の方を遥かに御覧になると、御格子は、まだ二間ほど上げたばかりで、かすかな朝日の中に、御簾を巻き上げて、女房たちが座っていた。
高欄にいく人も寄り掛かっている、若々しい女房ばかりが大勢見える。気を許している姿はどんなものであろうか、はっきり見えない早朝では、色とりどりの衣装を着た姿は、どれもこれも美しく見えるものでる。
童女を庭にお下ろしになって、いくつもの虫籠に露をおやりになっていらっしゃるのであった。紫苑、撫子、濃い薄い色の袙の上に、女郎花の汗衫などのような、季節にふさわしい衣装で、四、五人連れ立って、あちらこちらの草むらに近づいて、色とりどりの虫籠をいくつも持ち歩いて、撫子などの、たいそう可憐な枝をいく本も取って参上する、その霧の中に見え隠れする姿は、たいそう優艷に見えるのであった。
あとから吹いて来る追風は、紫苑の花すべてが匂う空も、薫物の香も、お触れになった御移り香のせいかと、想像されるのもまことにみごとなので、つい緊張されて、御前に進みにくいけれども、小声で咳払いして、お歩き出しになると、女房たちははっきりと驚いた顔ではないが、皆奥に入ってしまった。
御入内されたころなどは、子供だったので、御簾の中によくお入りなにっていたので、女房なども、たいしてよそよそしくはない。お見舞いを言上させなさって、宰相の君や、内侍などのいる様子がするので、私事も小声でお話しになる。こちらはこちらで、何といっても、気品高く暮らしていらっしゃる様子を見るにつけ、さまざまなことが思い出される。

 [1-6 Yugiri calls on Chugu's room in West-residence]
 Tiuzyau ori te, naka no rau no to yori tohori te, mawiri tamahu. Asaborake no katati, ito medetaku wokasige nari. Himgasi-no-tai no minami no soba ni tati te, o-mahe no kata wo mi-yari tamahe ba, mi-kausi, mada huta-ma bakari age te, honoka naru asaborake no hodo ni, mi-su maki-age te hito-bito wi tari.
 Kauran ni osi-kakari tutu, wakayaka naru kagiri amata miyu. Utitoke taru ha ikaga ara m, sayaka nara nu akebono no hodo, iro-iro naru sugata ha, idure to mo naku wokasi.
 Warahabe orosa se tamahi te, musi no ko-domo ni tuyu kaha se tamahu nari keri. Sion, nadesiko, koki usuki akome-domo ni, ominahesi no kazami nado yau no, toki ni ahi taru sama ni te, yo-tari, itu-tari ture te, koko kasiko no kusa-mura ni yori te, iro-iro no ko-domo wo mote samayohi, nadesiko nado no, ito aharege naru eda-domo tori-mote mawiru, kiri no mayohi ha, ito en ni zo miye keru.
 Huki-kuru ohi-kaze ha, sioni koto-goto ni nihohu sora mo, kau no kawori mo, hurebahi tamahe ru ohom-kehahi ni ya to, ito omohi-yari medetaku, kokoro-gesau se rare te, tati-ide nikukere do, sinobiyaka ni uti-otonahi te, ayumi-ide tamahe ru ni, hito-bito, kezayaka ni odoroki-gaho ni ha arane do, mina suberi-iri nu.
 Ohom-mawiri no hodo nado, waraha nari si ni, iri-tati nare tamahe ru, nyoubau nado mo, ito keutoku ha ara zu. Ohom-seusoko kei-se sase tamahi te, Saisyau-no-kimi, Naisi nado, kehahi sure ba, watakusi-goto mo sinobiyaka ni katarahi tamahu. Kore hata, sa ihe do, ke-dakaku sumi taru kehahi arisama wo miru ni mo, sama-zama ni mono omohi-ide raru.

 南の御殿には、御格子参りわたして、昨夜、見捨てがたかりし花どもの、行方も知らぬやうにてしをれ伏したるを見たまひけり。中将、御階にゐたまひて、御返り聞こえたまふ。
「荒き風をも防がせたまふべくやと、若々しく心細くおぼえはべるを、今なむ慰みはべりぬる」
と聞こえたまへれば、
「あやしくあえかにおはする宮なり。女どちは、もの恐ろしく思しぬべかりつる夜のさまなれば、げに、おろかなりとも思い1208つらむ」
とて、やがて参りたまふ。御直衣などたてまつるとて、御簾引き上げて入りたまふに、「短き御几帳引き寄せて、はつかに見ゆる御袖口は、さにこそはあらめ」と思ふに、胸つぶつぶと鳴る心地するも、うたてあれば、他ざまに見やりつ。
殿、御鏡など見たまひて、忍びて、
「中将の朝けの姿は、きよげなりな。ただ今は、きびはなるべきほどを、かたくなしからず見ゆるも、心の闇1209にや」
とて、わが御顔は、古りがたくよしと見たまふべかめり。いといたう心懸想したまひて、
「宮に見えたてまつるは、恥づかしうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも、見えたまはぬ人の、奥ゆかしく心づかひせられたまふぞかし。いとおほどかに女しきものから、けしきづきてぞおはするや」
とて、出でたまふに、中将ながめ入りて、とみにもおどろくまじきけしきにてゐたまへるを、心疾き人の御目にはいかが見たまひけむ、立ちかへり、女君に、
「昨日、風の紛れに、中将は見たてまつりやしてけむ。かの戸の開きたりしによ」
とのたまへば、面うち赤みて、
「いかでか、さはあらむ。渡殿の方には、人の音もせざりしものを」
と聞こえたまふ。
「なほ、あやし」とひとりごちて、渡りたまひぬ。
御簾の内に入りたまひぬれば、中将、渡殿の戸口に人々のけはひするに寄りて、ものなど言ひ戯るれど、思ふことの筋々嘆かしくて、例よりもしめりてゐたまへり。

 2 光源氏の物語 六条院の女方を見舞う物語 [2-1 源氏、中宮を見舞う]
南の御殿では、御格子をすっかり上げて、昨夜、見捨てることのできなかった花々が、見るかげもなく萎れて倒れているのを御覧になった。中将が、御階にお座りになって、お返事を申し上げなさる。
「激しい風を防いでくださいましょうかと、子供のように心細がっておりましたが、今はもう安心しました」
と申し上げなさると、
「妙に気が弱くいらっしゃる宮だ。女ばかりでは、空恐ろしくお思いであったに違いない昨夜の様子だったから、おっしゃる通り、不親切だとお思いになったことであろう」
とおっしゃって、すぐに参上なさる。御直衣などをお召しになろうとして、御簾を引き上げてお入りになる時、「低い御几帳を引き寄せて、わずかに見えたお袖口は、きっとあの方であろう」と思うと、胸がどきどきと高鳴る気がするのも、いやな感じので、他の方へ視線をそらした。
殿が御鏡などを御覧になって、小声で、
「中将の朝の姿は、美しいな。今はまだ、子供のはずなのに、不体裁でなく見えるのも、親心の迷いからであろうか」
と言って、ご自分のお顔は、年を取らず美しいと御覧のようです。とてもたいそう気をおつかいになって、
「中宮にお目にかかるのは、気後れする感じがします。特に人目につく趣味ありげなところも、お見えでない方だが、奥の深い感じがして何かと気をつかわされるお人柄も方です。とてもおっとりして女らしい感じですが、なにかおもちのようでいらっしゃいますよ」
とおっしゃって、外にお出になると、中将は物思いに耽って、すぐにはお気づきにならない様子で座っていらっしゃったので、察しのよい人のお目にはどのようにお映りになったことか、引き返してきて、女君に、
「昨日、風の騷ぎに、中将はお隙見したのではないでしょうか。あの妻戸が開いていたからね」
とおっしゃると、お顔を赤らめて、
「どうして、そのようなことがございましょう。渡殿の方には、人の物音もしませんでしたもの」
とお答え申し上げなさる。
「やはり、変だ」と独り言をおっしゃって、お渡りになりった。
御簾の中にお入りになってしまったので、中将は、渡殿の戸口に女房たちのいる様子がしたので近寄って、冗談を言ったりするが、悩むことのあれこれが嘆かわしくて、いつもよりもしんみりとしていらっしゃった。

 2 Tale of Hikaru-Genji Genji calls on one after another women in Rokujo-in [2-1 Genji calls on Chugu at Shinden in West-residence]
 Minami-no-Otodo ni ha, mi-kausi mawiri-watasi te, yobe, mi-sute gatakari si hana-domo no, yukuhe mo sira nu yau ni te siwore husi taru wo mi tamahi keri. Tiuzyau, mi-hasi ni wi tamahi te, ohom-kaheri kikoye tamahu.
 "Araki kaze wo mo husega se tamahu beku ya to, waka-wakasiku kokoro-bosoku oboye haberu wo, ima nam nagusami haberi nuru."
 to kikoye tamahe re ba,
 "Ayasiku ayeka ni ohasuru Miya nari. Womna-doti ha, mono-osorosiku obosi nu bekari turu yo no sama nare ba, geni, oaroka nari to mo oboi tura m."
 tote, yagate mawiri tamahu. Ohom-nahosi nado tatematuru tote, mi-su hiki-age te iri tamahu ni, "Mizikaki mi-kityau hiki-yose te, hatuka ni miyuru ohom-sode-guti ha, sa ni koso ha ara me." to omohu ni, mune tubu-tubu to naru kokoti suru mo, utate are ba, hoka-zama ni mi-yari tu.
 Tono, mi-kagami nado mi tamahi te, sinobi te,
 "Tiuzyau no asake no sugata ha, kiyoge nari na! Tada ima ha, kibiha naru beki hodo wo, katakunasikara zu miyuru mo, kokoro-no-yami ni ya?"
 tote, waga ohom-kaho ha, huri-gataku yosi to mi tamahu beka'meri. Ito itau kokoro-gesau si tamahi te,
 "Miya ni miye tatematuru ha, hadukasiu koso are. Nani bakari araha naru yuwe-yuwesisa mo, miye tamaha nu hito no, okuyukasiku kokoro-dukahi se rare tamahu zo kasi. Ito ohodoka ni womnasiki monokara, kesikiduki te zo ohasuru ya!"
 tote, ide tamahu ni, Tiuzyau nagame-iri te, tomi ni mo odoroku maziki kesiki ni te wi tamahe ru wo, kokoro-toki hito no ohom-me ni ha ikaga mi tamahi kem, tati-kaheri, Womna-Gimi ni,
 "Kinohu, kaze no magire ni, Tiuzyau ha mi tatematuri ya si te kem? Kano to no aki tari si ni yo."
 to notamahe ba, omote uti-akami te,
 "Ikade ka, sa ha ara m. Wata-dono no kata ni ha, hito no oto mo se zari si mono wo."
 to kikoye tamahu.
 "Naho, ayasi." to hitori-goti te, watari tamahi nu.
 Mi-su no uti ni iri tamahi nure ba, Tiuzyau, Wata-dono no to-guti ni hito-bito no kehahi suru ni yori te, mono nado ihi tahaburure do, omohu koto no sudi-sudi nagekasiku te, rei yori mo simeri te wi tamahe ri.

 こなたより、やがて北に通りて、明石の御方を見やりたまへば、はかばかしき家司だつ人なども見えず、馴れたる下仕ひどもぞ、草の中にまじりて歩く。童女など、をかしき衵姿うちとけて、心とどめ取り分き植ゑたまふ龍胆、朝顔のはひまじれる籬も、みな散り乱れたるを、とかく引き出で尋ぬるなるべし。
もののあはれにおぼえけるままに、箏の琴を掻きまさぐりつつ、端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、いといたし。端の方についゐたまひて、風の騷ぎばかりをとぶらひたまひて、つれなく立ち帰りたまふ、心やましげなり。
「おほかたに荻の葉過ぐる風の音も
憂き身ひとつにしむ心地して」
とひとりごちけり。

 [2-2 源氏、明石御方を見舞う]
こちらから、そのまま北の町に抜けて、明石の御方をお見舞いになると、これといった家司らしい人なども見えず、もの馴れた下女どもが、草の中を分け歩いている。童女などは、美しい衵姿にくつろいで、心をこめて特別にお植えになった龍胆や、朝顔の蔓が這いまつわっている籬垣も、みな散り乱れているのを、あれこれと引き出して、元の姿を求めているのであろう。何となくもの悲しい気分で、箏の琴をもてあそびながら、端近くに座っていらっしゃるところに、御前駆の声がしたので、くつろいだ糊気のない不断着姿の上に、小袿を衣桁から引き下ろしてはおって、きちんとして見せたのは、たいそう立派なものである。端の方にちょっとお座りになって、風のお見舞いだけをおっしゃって、そっけなくお帰りになるのが、恨めしげである。
「ただ普通に荻の葉の上を通り過ぎて行く風の音も
つらいわが身だけにはしみいるような気がして」
とつい独り言をいうのであった。

 [2-2 Genji calls on Akashi at North-residence]
 Konata yori, yagate kita ni tohori te, Akasi-no-Ohomkata wo mi-yari tamahe ba, haka-bakasiki keisi-datu hito nado mo miye zu, nare taru simo-dukahi-domo zo, kusa no naka ni maziri te ariku. Warahabe nado, wokasiki akome-sugata utitoke te, kokoro todome tori-waki uwe tamahu rindau, asagaho no hahi-mazire ru mase mo, mina tiri midare taru wo, tokaku hiki-ide tadunuru naru besi.
 Mono no ahare ni oboye keru mama ni, sau-no-koto wo kaki masaguri tutu, hasi tikau wi tamahe ru ni, ohom-saki ohu kowe no si kere ba, utitoke nayebame ru sugata ni, ko-utiki hiki-otosi te, kedime mise taru, ito itasi. Hasi no kata ni tui-wi tamahi te, kaze no sawagi bakari wo toburahi tamahi te, turenaku tati-kaheri tamahu, kokoro-yamasige nari.
 "Ohokata ni ogi no ha suguru kaze no oto mo
 uki mi hitotu ni simu kokoti si te
"
 to hitori-goti keri.

 西の対には、恐ろしと思ひ明かしたまひける、名残に、寝過ぐして、今ぞ鏡なども見たまひける。
「ことことしく前駆、な追ひそ」
とのたまへば、ことに音せで入りたまふ。屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、日のはなやかにさし出でたるほど、けざけざと1210、ものきよげなるさましてゐたまへり。近くゐたまひて、例の、風につけても同じ筋に、むつかしう聞こえ戯れたまへば、堪へずうたてと思ひて、
「かう心憂ければこそ、今宵の風にもあくがれなまほしくはべりつれ」
と、むつかりたまへば、いとよくうち笑ひたまひて、
「風につきてあくがれたまはむや、軽々しからむ。さりとも、止まる方ありなむかし。やうやうかかる御心むけこそ添ひにけれ。ことわりや」
とのたまへば、
「げに、うち思ひのままに聞こえてけるかな」
と思して、みづからもうち笑みたまへる、いとをかしき色あひ、つらつきなり。酸漿などいふめるやうにふくらかにて、髪のかかれる隙々うつくしうおぼゆ。まみのあまりわららかなるぞ、いとしも品高く見えざりける。その他は、つゆ難つくべうもあらず。

 [2-3 源氏、玉鬘を見舞う]
西の対では、恐ろしく思って夜をお明かしになった、その影響で、寝過ごして、今やっと鏡などを御覧になるのであった。
「仰々しく先払い、するな」
とおっしゃるので、特に音も立てないでお入りになる。屏風などもみな畳んで隅に寄せ、乱雑にしてあったところに、日がぱあっと照らし出した時、くっきりとした美しい様子をして座っていらっしゃった。その近くにお座りになって、いつものように、風の見舞いにかこつけても同じように、厄介な冗談を申し上げなさるので、たまらなく嫌だわと思って、
「このように情けないなので、昨夜の風と一緒に飛んで行ってしまいとうございましたわ」
と、御機嫌を悪くなさると、たいそうおもしろそうにお笑いになって、
「風と一緒に飛んで行かれるとは、軽々しいことでしょう。そうはいっても、落ち着くところがきっとあることでしょう。だんだんこのようなお気持ちが出てきたのですね。もっともなことです」
とおっしゃるので、
「なるほど、ふと思ったままに申し上げてしまったわ」
とお思いになって、自分自身でもほほ笑んでいらっしゃるのが、とても美しい顔色であり、表情である。酸漿などというもののようにふっくらとして、髪のかかった隙間から見える頬の色艶が美しく見える。目もとのほがらか過ぎる感じが、特に上品とは見えなかったのであった。その他は、少しも欠点のつけようがなかった。

 [2-3 Genji calls on Tamakazura at East-residence]
 Nisi-no-tai ni ha, osorosi to omohi akasi tamahi keru, nagori ni, ne-sugusi te, ima zo kagami nado mo mi tamahi keru.
 "Koto-kotosiku saki, na ohiso."
 to notamahe ba, koto ni oto se de iri tamahu. Byaubu nado mo mina tatami-yose, mono sidokenaku si-nasi taru ni, hi no hanayaka ni sasi-ide taru hodo, keza-keza to, mono-kiyoge naru sama si te wi tamahe ri. Tikaku wi tamahi te, rei no, kaze ni tuke te mo onazi sudi ni, mutukasiu kikoye tahabure tamahe ba, tahe zu utate to omohi te,
 "Kau kokoro-ukere ba koso, koyohi no kaze ni mo akugare na mahosiku haberi ture."
 to, mutukari tamahe ba, ito yoku uti-warahi tamahi te,
 "Kaze ni tuki te akugare tamaha m ya, karu-garusikara m. Sari to mo, tomaru kata ari na m kasi. Yau-yau kakaru mi-kokoro-muke koso sohi ni kere. Kotowari ya!"
 to notamahe ba,
 "Geni, uti omohi no mama ni kikoye te keru kana!"
 to obosi te, midukara mo uti-wemi tamahe ru, ito wokasiki iro-ahi, turatuki nari. Hohoduki nado ihu meru yau ni hukuraka ni te, kami no kakare ru hima-hima utukusiu oboyu. Mami no amari wararaka naru zo, ito si mo sina takaku miye zari keru. Sono hoka ha, tuyu nan tuku beu mo ara zu.

 中将、いとこまやかに聞こえたまふを、「いかでこの御容貌見てしがな」と思ひわたる心にて、隅の間の御簾の、几帳は添ひながらしどけなきを、やをら引き上げて1211見るに、紛るるものどもも取りやりたれば、いとよく見ゆ。かく戯れたまふけしきのしるきを、
「あやしのわざや。親子と聞こえながら、かく懐離れず、もの近かべきほどかは」
と目とまりぬ。「見やつけたまはむ」と恐ろしけれど、あやしきに、心もおどろきて、なほ見れば、柱隠れにすこしそばみたまへりつるを、引き寄せたまへるに、御髪の並み寄りて、はらはらとこぼれかかりたるほど、女も、いとむつかしく苦しと思うたまへるけしきながら、さすがにいとなごやかなるさまして、寄りかかりたまへるは、
「ことと馴れ馴れしきにこそあめれ。いで、あなうたて。いかなることにかあらむ。思ひ寄らぬ隈なくおはしける御心にて、もとより見馴れ生ほしたてたまはぬは、かかる御思ひ添ひたまへるなめり。むべなりけりや。あな、疎まし」
と思ふ心も恥づかし。「女の御さま1212、げに、はらからといふとも、すこし立ち退きて、異腹ぞかし」など思はむは、「などか、心あやまりもせざらむ」とおぼゆ。
昨日見し御けはひには、け劣りたれど、見るに笑まるるさまは、立ちも並びぬべく見ゆる。八重山吹の咲き乱れたる盛りに、露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひ出でらるる。折にあはぬよそへどもなれど、なほ、うちおぼゆるやうよ。花は限りこそあれ、そそけたるしべなどもまじるかし、人の御容貌のよきは、たとへむ方なきものなりけり。
御前に人も出で来ず、いとこまやかにうちささめき語らひ聞こえたまふに、いかがあらむ、まめだちてぞ立ちたまふ。女君、
「吹き乱る風のけしきに女郎花
しをれしぬべき心地こそすれ」
詳しくも聞こえぬに、うち誦じたまふをほの聞くに、憎きもののをかしければ、なほ見果てまほしけれど、「近かりけりと見えたてまつらじ」と思ひて、立ち去りぬ。
御返り、
「下露になびかましかば女郎花
荒き風にはしをれざらまし
なよ竹を見たまへかし」
など、ひが耳にやありけむ、聞きよくもあらずぞ。

 [2-4 夕霧、源氏と玉鬘を垣間見る]
中将は、たいそう親しげにお話し申し上げていらっしゃるのを、「何とかこの姫君のご器量を見たいものだ」と思い続けていたので、隅の間の御簾を、その奥に几帳は立ててあったがきちんとしていなかったので、静かに引き上げて中を見ると、じゃま物が片づけてあったので、たいそうよく見える。このようにふざけていらっしゃる様子がはっきりわかるので、
「妙なことだ。親子とは申せ、このように懐に抱かれるほど、馴れ馴れしくしてよいものだろうか」
と目がとまった。「見つけられはしまいか」と恐ろしいけれども、変なので、びっくりして、なおも見ていると、柱の陰に少し隠れていらっしゃったのを、引き寄せなさると、御髪が横になびいて、はらはらとこぼれかかったところ、女も、とても嫌でつらいと思っていらっしゃる様子ながら、それでも穏やかな態度で、寄り掛かっていらっしゃるのは、
「すっかり親密な仲になっているらしい。いやはや、ああひどい。どうしたことであろうか。抜け目なくいらっしゃるご性分だから、最初からお育てにならなかった娘には、このようなお思いも加わるのだろう。もっともなことだが。ああ、嫌だ」
と思う自分自身までが気恥ずかしい。「女のご様子は、なるほど、姉弟といっても、少し縁遠くて、異母姉弟なのだ」などと思うと、「どうして、心得違いを起こさないだろうか」と思われる。
昨日拝見した方のご様子には、どこか劣って見えるが、一目見ればにっこりしてしまうところは、肩も並べられそうに見える。八重山吹の花が咲き乱れた盛りに、露の置いた夕映えのようだと、ふと思い浮かべずにはいられない。季節に合わないたとえだが、やはり、そのように思われるのであるよ。花は美しいといっても限りがあり、ばらばらになった蘂などが混じっていることもあるが、姫君のお姿の美しさは、たとえようもないものなのであった。
御前には女房も出て来ず、たいそう親密に小声で話し合っていらっしゃったが、どうしたのであろうか、真面目な顔つきでお立ち上がりになる。女君は、
「吹き乱す風のせいで女郎花は
萎れてしまいそうな気持ちがいたします」
はっきりとは聞こえないが、お口ずさみになるのをかすかに聞くと、憎らしい気がする一方で興味がわくので、やはり最後まで見届たいが、「近くにいたなと悟られ申すまい」と思って、立ち去った。
お返歌は、
「下葉の露になびいたならば
女郎花は荒い風には萎れないでしょうに
なよ竹を御覧なさい」
などと、聞き間違いであろうか、あまり聞きよい歌ではない。

 [2-4 Yugiri peeps Genji and Tamakazura being harmonious]
 Tiuzyau, ito komayaka ni kikoye tamahu wo, "Ikade kono ohom-katati mi te si gana." to omohi wataru kokoro ni te, sumi no ma no, kityau ha sohi nagara sidokenaki wo, yawora hiki-age te miru ni, magiruru mono-domo mo tori-yari tare ba, ito yoku miyu. Kaku tahabure tamahu kesiki no siruki wo,
 "Ayasi no waza ya! Oya-ko to kikoye nagara, kaku hutokoro hanare zu, mono tikaka'beki hodo kaha."
 to me tomari nu. "Mi ya tuke tamaha m?" to osorosikere do, ayasiki ni, kokoro mo odoroki te, naho mire ba, hasira gakure ni sukosi sobami tamahe ri turu wo, hiki-yose tamahe ru ni, mi-gusi no nami-yori te, hara-hara to kobore kakari taru hodo, womna mo, ito mutukasiku kurusi to omou tamahe ru kesiki nagara, sasuga ni ito nagoyaka naru sama si te, yori-kakari tamahe ru ha,
 "Koto to nare-naresiki ni koso a'mere. Ide, ana utate! Ika naru koto ni ka ara m? Omohi-yora nu kuma naku ohasi keru mi-kokoro ni te, motoyori mi-nare ohosi-tate tamaha nu ha, kakaru ohom-omohi sohi tamahe ru na'meri. Mube nari keri ya! Ana, utomasi."
 to omohu kokoro mo hadukasi. "Womna no ohom-sama, geni, harakara to ihu to mo, sukosi tati-noki te, koto-hara zo kasi." nado, omoha m ha, "Nado ka, kokoro-ayamari mo se zara m?" to oboyu.
 Kinohu mi si ohom-kehahi ni ha, ke otori tare do, miru ni wema ruru sama ha, tati mo narabi nu beku miyuru. Yahe-yamabuki no saki midare taru sakari ni, tuyu no kakare ru yuhu-baye zo, huto omohi-ide raruru. Wori ni aha nu yosohe-domo nare do, naho, uti oboyuru yau yo! Hana ha kagiri koso are, sosoke taru sibe nado mo maziru kasi, hito no ohom-katati no yoki ha, tatohe m kata naki mono nari keri.
 O-mahe ni hito mo ide ko zu, ito komayaka ni uti sasameki katarahi kikoye tamahu ni, ikaga ara m, mame-dati te zo, tati tamahu. Womana-Gimi,
 "Huki-midaru kaze no kesiki ni wominahesi
 siwore si nu beki kokoti koso sure
"
 Kuhasiku mo kikoye nu ni, uti zun-zi tamahu wo hono-kiku ni, nikuki mono no wokasikere ba, naho mi-hate mahosikere do, "Tikakari keri to miye tatematura zi." to omohi te, tati-sari nu.
 Ohom-kaheri,
 "Sita-tuyu ni nabika masika ba wominahesi
 araki kaze ni ha siwore zara masi

 Nayo-take wo mi tamahe kasi."
 nado, higa-mimi ni ya ari kem, kiki yoku mo ara zu zo.

 東の御方へ、これよりぞ渡りたまふ。今朝の朝寒なるうちとけわざにや、もの裁ちなどするねび御達、御前にあまたして、細櫃めくものに、綿引きかけてまさぐる若人どもあり。いときよらなる朽葉の羅、今様色の二なく擣ちたるなど、引き散らしたまへり。
「中将の下襲か。御前の壷前栽の宴も止まりぬらむかし。かく吹き散らしてむには、何事かせられむ。すさまじかるべき秋なめり」
などのたまひて、何にかあらむ、さまざまなるものの色どもの、いときよらなれば、「かやうなる方は、南の上にも劣らずかし」と思す。御直衣、花文綾を、このころ摘み出だしたる花して、はかなく染め出でたまへる、いとあらまほしき色したり。
「中将にこそ、かやうにては着せたまはめ。若き人のにてめやすかめり」
などやうのことを聞こえたまひて、渡りたまひぬ。

 [2-5 源氏、花散里を見舞う]
東の御方へ、ここからお渡りになる。今朝の寒さのせいで内輪の仕事であろうか、裁縫などをする老女房たちが御前に大勢いて、細櫃らしい物に、真綿をひっかけて延ばしている若い女房たちもいる。とても美しい朽葉色の羅や、流行色でみごとに艶出ししたのなどを、ひき散らかしていらっしゃった。
「中将の下襲か。御前での壷前栽の宴もきっと中止になるだろう。このように吹き散らしたのでは、何の催し事ができようか。興ざめな秋になりそうだ」
などとおっしゃって、何の着物であろうか、さまざまな衣装の色が、とても美しいので、「このような技術は南の上にも負けない」とお思いになる。御直衣、花文綾を、近頃摘んできた花で、薄く染め出しなさったのは、たいそう申し分ない色をしていた。
「中将にこそ、このようなのをお着せなさるがよい。若い人の直衣として無難でしょう」
などというようなことを申し上げなさって、お渡りになった。

 [2-5 Genji calls on Hanachirusato at another room in East-residence]
 Himgasi-no-Ohomkata he, kore yori zo watari tamahu. Kesa no asa-zamu naru utitoke-waza ni ya, mono tati nado suru nebi-gotati, o-mahe ni amata si te, hoso-bitu meku mono ni, wata hiki kake te masaguru waka-udo-domo ari. Ito kiyora naru kutiba no usu-mono, imayau-iro no ni-naku uti taru nado, hiki-tirasi tamahe ri.
 "Tiuzyau no sita-gasane ka? O-mahe no tubo-sensai no en mo tomari nu ram kasi. Kaku huki-tirasi te m ni ha, nani-goto ka se rare m. Susamazikaru beki aki na'meri."
 nado notamahi te, nani ni ka ara m, sama-zama naru mono no iro-domo no, ito kiyora nare ba, "Kayau naru kata ha, Minami-no-Uhe ni mo otora zu kasi." to obosu. Ohom-nahosi, kemonreu wo, kono-koro tumi-idasi taru hana si te, hakanaku some ide tamahe ru, ito aramahosiki iro si tari.
 "Tiuzyau ni koso, kayau ni te ha ki se tamaha me. Wakaki hito no ni te meyasuka'meri."
 nado yau no koto wo kikoye tamahi te, watari tamahi nu.

 むつかしき方々めぐりたまふ御供に歩きて、中将は、なま心やましう、書かまほしき文など、日たけぬるを思ひつつ、姫君の御方に参りたまへり。
「まだあなたになむおはします。風に懼ぢさせたまひて、今朝はえ起き上がりたまはざりつる」
と、御乳母ぞ聞こゆる。
「もの騒がしげなりしかば、宿直も仕うまつらむと思ひたまへしを、宮の、いとも心苦しう思いたりしかばなむ。雛の殿は、いかがおはすらむ」
と問ひたまへば、人々笑ひて、
「扇の風だに参れば、いみじきことに思いたるを、ほとほとしくこそ吹き乱りはべりしか。この御殿あつかひに、わびにてはべり」など語る。
「ことことしからぬ紙やはべる。御局の硯」
と乞ひたまへば、御厨子に寄りて、紙一巻、御硯の蓋に取りおろしてたてまつれば、
「いな、これはかたはらいたし」
とのたまへど、北の御殿のおぼえを思ふに、すこしなのめなる心地して、文書きたまふ。
紫の薄様なりけり。墨、心とめておしすり、筆の先うち見つつ、こまやかに書きやすらひたまへる、いとよし。されど、あやしく定まりて、憎き口つきこそものしたまへ。
「風騒ぎむら雲まがふ夕べにも
忘るる間なく忘られぬ君」
吹き乱れたる苅萱1213につけたまへれば、人々、
「交野の少将は、紙の色にこそととのへはべりけれ」と聞こゆ。
「さばかりの色も思ひ分かざりけりや。いづこの野辺のほとりの花」
など、かやうの人々にも、言少なに見えて、心解くべくももてなさず、いとすくすくしう気高し。
またも書いたまうて、馬の助に賜へれば、をかしき童、またいと馴れたる御随身などに、うちささめきて取らするを、若き人々、ただならずゆかしがる。

 3 夕霧の物語 幼恋の物語 [3-1 夕霧、雲井雁に手紙を書く]
気疲れのする方々をお回りになるお供をして歩いて、中将は、何となく気持ちが晴れず、書きたい手紙など、日が高くなってしまうのを心配しながら、姫君のお部屋に参上なさった。
「まだあちらにおいであそばします。風をお恐がりあそばして、今朝はお起きになれませんでしたこと」
と、御乳母が申し上げる。
「ひどい荒れようでしたから、宿直しようと存じましたが、宮が、たいそう恐がっていらっしゃったものですから。お雛様の御殿は、いかがでいらっしゃいましたか」
とお尋ねになると、女房たちは笑って、
「扇の風でさえ吹けば、たいへんなことにお思いになっているのを、危うく吹き壊されるところでございました。この御殿のお世話に、困りっております」などと話す。
「大げさでない紙はありませんか。お局の硯を」
とお求めになると、御厨子に近寄って、紙一巻を、御硯箱の蓋に載せて差し上げたので、
「いや、これは恐れ多い」
とおっしゃるが、北の御殿の世評を考えれば、そう気をつかうほどでもない気がして、手紙をお書きになる。
紫の薄様の紙であった。墨は、ていねいにすって、筆先を見い見いして、念を入れて書きながら筆を休めていらっしゃるのが、とても素晴らしい。けれども、妙に型にはまって、感心しない詠みぶりでいらっしゃった。
「風が騒いでむら雲が乱れる夕べにも
片時の間もなく忘れることのできないあなたです」
風に吹き乱れた刈萱にお付けになったので、女房たちは、
「交野の少将は、紙の色と同じ色の物に揃えましたよ」と申し上げる。
「それくらいの色も考えつかなかったな。どこの野の花を付けようか」
などと、このような女房たちにも、言葉少なに応対して、気を許すふうもなく、とてもきまじめで気品がある。
もう一通お書きになって、右馬助にお渡しになったので、美しい童や、またたいそう心得ている御随身などに、ひそひそとささやいて渡すのを、若い女房たちは、ひどく知りたがっている。

 3 Tale of Yugiri A childish love between Yugiri and his girlfriend [3-1 Yugiri wrights a love letter to Kumoi-no-kari]
 Mutukasiki kata-gata meguri tamahu ohom-tomo ni ariki te, Tiuzyau ha, nama-kokoro-yamasiu, kaka mahosiki humi nado, hi take nuru wo omohi tutu, Hime-Gimi no ohom-kata ni mawiri tamahe ri.
 "Mada anata ni nam ohasimasu. Kaze ni odi sase tamahi te, kesa ha e oki-agari tamaha zari turu."
 to, ohom-Menoto zo kikoyuru.
 "Mono sawagasi-ge nari sika ba, tonowi mo tukau-matura m to omohi tamahe si wo, Miya no, ito mo kokoro-gurusiu oboi tari sika ba nam. Hihina no tono ha, ikaga ohasu ram?"
 to tohi tamahe ba, hito-bito warahi tamahi te,
 "Ahugi no kaze dani mawire ba, imiziki koto ni oboi taru wo, hoto-hotosiku koso huki-midari haberi sika. Kono ohom-tono atukahi ni, wabi ni te haberu." nado kataru.
 "Koto-kotosikara nu kami ya haberu? Mi-tubone no suzuri."
 to kohi tamahe ba, mi-dusi ni yori te, kami hito-maki, ohom-suzuri no huta ni tori-orosi te tatemature ba,
 "Ina, kore ha kataharaitasi."
 to notamahe do, Kita-no-Otodo no oboye wo omohu ni, sukosi nanome naru kokoti si te, humi kaki tamahu.
 Murasaki no usu-yau nari keri. Sumi, kokoro tome te osi-suri, hude no saki uti-mi tutu, komayaka ni kaki yasurahi tamahe ru, ito yosi. Sare do, ayasiku sadamari te, nikuki kuti-tuki koso monosi tamahe.
 "Kaze sawagi mura-kumo magahu yuhube ni mo
 wasururu ma naku wasura re nu kimi
"
 Huki-midare taru karukaya ni tuke tamahe re ba, hito-bito,
 "Katano-no-Seusyau ha, kam ino iro ni koso totonohe haberi kere." to kikoyu.
 "Sabakari no iro mo omohi waka zari keri ya! Iduko no nobe no hotori no hana?"
 nado, kayau no hito-bito ni mo, koto-zukuna ni miye te, kokoro-toku beku mo motenasa zu, ito suku-sukusiu ke dakasi.
 Mata mo kai tamau te, Uma-no-Suke ni tamahe re ba, wokasiki waraha, mata ito nare taru mi-zuizin nado ni, uti-sasameki te tora suru wo, wakaki hito-bito, tada-nara-zu yukasi-garu.

 渡らせたまふとて、人々うちそよめき、几帳引き直しなどす。見つる花の顔どもも、思ひ比べまほしうて、例はものゆかしからぬ心地に、あながちに、妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびより見れば1214、もののそばより、ただはひ渡りたまふほどぞ、ふとうち見えたる。
人のしげくまがへば、何のあやめも見えぬほどに、いと心もとなし。薄色の御衣に、髪のまだ丈にははづれたる末の、引き広げたるやうにて、いと細く小さき1215様体、らうたげに心苦し。
「一昨年ばかりは、たまさかにもほの見たてまつりしに、またこよなく生ひまさりたまふなめりかし。まして盛りいかならむ」と思ふ。「かの見つる先々の、桜、山吹といはば、これは藤の花とやいふべからむ。木高き木より咲きかかりて、風になびきたるにほひは、かくぞあるかし」と思ひよそへらる。「かかる人々を、心にまかせて明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべきほどながら、隔て隔てのけざやかなるこそつらけれ」など思ふに、まめ心も、なまあくがるる心地す。

 [3-2 夕霧、明石姫君を垣間見る]
お戻りあそばすというので、女房たちがざわめき、几帳を元に直したりする。先ほど見た花の顔たちと、比べて見たくて、いつもは覗き見など関心もない人なのに、無理に、妻戸の御簾に身体を入れて、几帳の隙間を見ると、物蔭から、ちょうどいざっていらっしゃるところが、ふと目に入った。
女房が大勢行ったり来たりするので、はっきりわからないほどなので、たいそうじれったい。薄紫色のお召物に、髪がまだ背丈には届いていない末の広がったような感じで、たいそう細く小さい身体つきが可憐でいじらしい。
「一昨年ぐらいまでは、偶然にもちらっとお姿を拝見したが、またすっかり成長なさったようだ。まして盛りになったらどんなに美しいだろう」と思う。「あの前に見た方々を、桜や山吹と言ったら、この方は藤の花と言うべきであろうか。木高い木から咲きかかって、風になびいている美しさは、ちょうどこのような感じだ」と思い比べられる。「このような方々を、思いのままに毎日拝見していたいものだ。そうあってもよい身内の間柄なのに、事ごとに隔てを置いて厳しいのが恨めしいことだ」などと思うと、誠実な心も、何やら落ち着かない気がする。

 [3-2 Yugiri peeps his sister, Akasi-hime in South-residence]
 Watara se tamahu tote, hito-bito uti-soyomeki, kityau hiki-nahosi nado su. Mi turu hana no kaho-domo mo, omohi kurabe mahosiu te, rei ha mono yukasikara nu kokoti ni, anagati ni, tumado no mi-su wo hiki ki te, kityau no hokorobi yori mire ba, mono no soba yori, tada hahi-watari tamahu hodo zo, huto uti miye taru.
 Hito no sigeku magahe ba, nani no ayame mo miye nu hodo ni, ito kokoro-motonasi. Usu-iro no ohom-zo ni, kami no mada take ni ha hadure taru suwe no, hiki-hiroge taru yau ni te, ito hosoku tihisaki yautai, rautage ni kokoro-gurusi.
 "Ototosi bakari ha, tamasaka ni mo hono mi tatematuri si ni, mata koyonaku ohi-masari tamahu na'meri kasi. Masite sakari ika nara m?" to omohu. "Kano mi turu saki-zaki no, sakura, yamabuki to iha ba, kore ha hudi no hana to ya ihu bekara m. Ko-dakaki ki yori saki kakari te, kaze ni nabiki taru nihohi ha, kaku zo aru kasi." to omohi-yosohe raru. "Kakaru hito-bito wo, kokoro ni makase te ake-kure mi tatematura baya! Sa mo ari nu beki hodo nagara, hedate hedate no kezayaka naru koso turakere." nado omohu ni, mame-gokoro mo, nama akugaruru kokoti su.

 祖母宮の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行なひしたまふ。よろしき若人など、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ、装束どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌よき尼君たちの、墨染にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さるかたにてあはれなりける。
内の大臣も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ。
「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」
とて、ただ泣きに泣きにたまふ。
「今このころのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しう衰へにてなむはべめる。女こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」
など、なほ心解けず思ひおきたるけしきしてのたまへば、心憂くて、切にも聞こえたまはず。そのついでにも、
「いと不調なる女まうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」
と、愁へきこえたまひて、笑ひたまふ。宮、
「いで、あやし。女といふ名はして、さがなかるやうやある」
とのたまへば、
「それなむ見苦しきことになむはべる。いかで、御覧ぜさせむ」
と、聞こえたまふとや。

 [3-3 内大臣、大宮を訪う]
祖母宮のお側に参上なさると、静かにお勤めをなさっている。まずまずの若い女房などは、こちらにも伺候しているが、物腰や様子、衣装なども、栄華を極めている所とは比較にもならない。器量のよい尼君たちが、墨染の衣装で質素にしているのが、かえってこのような所では、それなりにしみじみとした感じがするのであった。
内大臣も参上なさったので、御殿油などを灯して、のんびりとお話など申し上げになさる。
「姫君に久しくお目にかからないのが情けないこと」
とおっしゃって、ただひたすらお泣きになる。
「もうすぐこちらに参上させましょう。自分からふさぎ込んでいまして、惜しいことに痩せてしまっているようです。女の子は、はっきり申せば、持つべきではございませんでした。何かにつけて、心配ばかりさせられました」
などと、依然として不快にこだわっている様子でおっしゃるので、情けなくて、ぜひにともお申し上げなさらない。その話の折に、
「たいそう不出来な娘を持ちまして、手を焼いてしまいました」
と、愚痴をおこぼしになって、にが笑いなさる。宮、
「まあ、変ですこと。あなたの娘という以上、出来の悪いことがありましょうか」
とおっしゃると、
「それが体裁の悪いことなのでございます。ぜひ、御覧に入れたいものです」
と申し上げなさったとか。

 [3-3 Naidaijin visits to Sanjo-palace]
 Oba-Miya no ohom-moto ni mo mawiri tamahe re ba, nodoyaka ni te ohom-okonahi si tamahu. Yorosiki waka-udo nado, koko ni mo saburahe do, motenasi kehahi, sauzoku-domo mo, sakari naru atari ni ha niru beku mo ara zu. Katati yoki ama-gimi tati no, sumi-zome ni yature taru zo, naka-naka kakaru tokoro ni tuke te ha, saru kata ni te ahare nari keru.
 Uti-no-Otodo mo mawiri tamahe ru ni, ohotonabura nado mawiri te, nodoyaka ni ohom-monogatari nado kikoye tamahu.
 "Hime-Gimi wo hisasiku mi tatematura nu ga asamasiki koto."
 tote, tada naki ni naki tamahu.
 "Ima kono-goro no hodo ni mawira se m. Kokoro-dukara mono omohasige ni te, kutiwosiu otorohe ni te nam habe'meru. Womna koso yoku iha ba, moti haberu maziki mono nari kere. To-aru ni tuke te mo, kokoro nomi nam tukusa re haberi keru."
 nado, naho kokoro toke zu omohi-oki taru kesiki si te notamahe ba, kokoro-uku te, seti ni mo kikoye tamaha zu. Sono tuide ni mo,
 "Ito hudeu naru musume mauke haberi te, mote-wadurahi haberi nu."
 to, urehe kikoye tamahi te, warahi tamahu. Miya,
 "Ide, ayasi! Musume to ihu na ha si te, saga nakaru yau ya aru."
 to notamahe ba,
 "Sore nam mi-gurusiki koto ni nam haberu. Ikade, go-ran-ze sase m."
 to, kikoye tamahu to ya.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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