源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る

2 光る源氏の物語 明石の姫君の入内

3 光る源氏の物語 准太上天皇となる

出典
校訂

1 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る

2 光る源氏の物語 明石の姫君の入内

3 光る源氏の物語 准太上天皇となる

1 Tale of Yugiri Yugiri and Kumoi-no-kari get married after long in love

2 Tale of Hikaru-Genji Akashi-hime gets married to Prince

3 Tale of Hikaru-Genji Genji is given a equal status of abdicated from Mikado

 御いそぎのほどにも、宰相中将は眺めがちにて、ほれぼれしき心地するを、「かつはあやしく、わが心ながら執念きぞかし。あながちにかう思ふことならば、関守の、うちも寝ぬべき1353けしきに思ひ弱りたまふなるを聞きながら、同じくは、人悪からぬさまに見果てむ」と念ずるも、苦しう思ひ乱れたまふ。
女君も、大臣のかすめたまひしことの筋を、「もし、さもあらば、何の名残かは」と嘆かしうて、あやしく背き背きに、さすがなる御もろ恋1354なり。
大臣も、さこそ心強がりたまひしかど、たけからぬに思しわづらひて、「かの宮にも、さやうに思ひ立ち果てたまひなば、またとかく改め思ひかかづらはむほど、人のためも苦しう、わが御方ざまにも人笑はれに、おのづから軽々しきことやまじらむ。忍ぶとすれど、うちうちのことあやまりも、世に漏りにたるべし。とかく紛らはして、なほ負けぬべきなめり」と、思しなりぬ。
上はつれなくて、恨み解けぬ御仲なれば、「ゆくりなく言ひ寄らむもいかが」と、思し憚りて、「ことことしくもてなさむも、人の思はむところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」など思すに、三月二十日、大殿の大宮の御忌日にて、極楽寺に詣でたまへり。

 1 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る [1-1 夕霧と雲居雁の相思相愛の恋]
御入内の準備の最中にも、宰相中将は物思いに沈みがちで、ぼんやりした感じがするが、「一方では、不思議な感じで、自分ながら執念深いことだ。むやみにこんなに恋しいことならば、関守が、目をつぶって許そうというほどに気弱におなりだという噂を聞きながら、同じことなら、体裁の悪くないよう最後まで通そう」と我慢するにつけても、苦しく思い悩んでいらっしゃる。
女君も、大臣がちらっとおっしゃった縁談のお話を、「もしも、そうなったら、わたしのことをすっかり忘れてしまうだろう」と嘆かわしくて、不思議と背を向けあった関係ながら、そうはいっても相思相愛の仲である。
内大臣も、あれほど強情をお張りになったが、意地の張りがいのないのにご思案にあまって、「あの宮におかれても、そのようにお決めになってしまったら、再びあれこれと改めて別の相手を探す間、その相手にも悪いし、ご自分の方にも物笑いとなって、自然と軽率だという噂の種にされよう。隠そうとしても、内輪の失敗も、世間に漏れているだろう。何とか世間体をつくろって、やはり折れた方が良いようだ」と、お考えになった。
表面上は何気ないが、恨みの解けないご関係なので、「きっかけもなく言い出すのはどんなものか」と、ご躊躇なさって、「改まって申し出るのも、世間の人が思うところも馬鹿馬鹿しい。どのような機会にそれとなく切り出したらよかろう」などと、お考えだったところ、三月二十日が、大殿の大宮の御忌日なので、極楽寺に参詣なさった。

 1 Tale of Yugiri Yugiri and Kumoi-no-kari get married after long in love [1-1 Yugiri and Kumoi-no-kari are deeply in love with each other]
 Ohom-isogi no hodo ni mo, Saisyau-no-Tiuzyau ha, nagame-gati ni te, hore-boresiki kokoti suru wo, "Katu ha ayasiku, waga kokoro nagara sihuneki zo kasi. Anagati ni kau omohu koto nara ba, sekimori no, uti mo ne nu beki kesiki ni omohi yowari tamahu naru wo kiki nagara, onaziku ha, hito-warukara nu sama ni mi-hate m." to nen-zuru mo, kurusiu omohi midare tamahu.
 Womna-Gimi mo, Otodo no kasume tamahi si koto no sudi wo, "Mosi, sa mo ara ba, nani no nagori ka ha!" to nagekasiu te, ayasiku somuki somuki ni, sasuga naru ohom-moro-gohi nari.
 Otodo mo, sa koso kokoro-duyogari tamahi sika do, takekara nu ni obosi wadurahi te, "Kano Miya ni mo, sayau ni omohi-tati hate tamahi na ba, mata tokaku aratame omohi kakaduraha m hodo, hito no tame mo kurusiu, waga ohom-kata-zama ni mo hito-warahare ni, onodukara karo-garosiki koto ya mazira m. Sinobu to sure do, uti-uti no koto ayamari mo, yo ni mori ni taru besi. Tokaku magirahasi te, naho make nu beki na'meri." to, obosi nari nu.
 Uhe ha turenaku te, urami toke nu ohom-naka nare ba, "Yukuri naku ihi-yora m mo ika ga?" to, obosi-habakari te, "Koto-kotosiku motenasa m mo, hito no omoha m tokoro woko nari. Ika naru tuide si te ka ha honomekasu beki?" nado obosu ni, Yayohi hatuka, Oho-Tono no Oho-Miya no ohom-ki-niti ni te, Gokuraku-zi ni maude tamahe ri.

 君達皆ひき連れ、勢ひあらまほしく、上達部などもあまた参り集ひたまへるに、宰相中将、をさをさけはひ劣らず、よそほしくて、容貌など、ただ今のいみじき盛りにねびゆきて、取り集めめでたき人の御ありさまなり。
この大臣をば、つらしと思ひきこえたまひしより、見えたてまつるも、心づかひせられて、いといたう用意し、もてしづめてものしたまふを、大臣も、常よりは目とどめたまふ。御誦経など、六条院よりもせさせたまへり。宰相君は、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみ仕うまつりたまふ。
夕かけて、皆帰りたまふほど、花は皆散り乱れ、霞たどたどしきに、大臣、昔を思し出でて、なまめかしううそぶき眺めたまふ。宰相も、あはれなる夕べのけしきに、いとどうちしめりて、「雨気あり」と、人々の騒ぐに、なほ眺め入りてゐたまへり。心ときめきに見たまふことやありけむ、袖を引き寄せて、
「などか、いとこよなくは勘じたまへる。今日の御法の縁をも尋ね思さば、罪許したまひてよや。残り少なくなりゆく末の世に、思ひ捨てたまへるも、恨みきこゆべくなむ」
とのたまへば、うちかしこまりて、
「過ぎにし御おもむけも、頼みきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、許しなき御けしきに、憚りつつなむ」
と聞こえたまふ。
心あわたたしき雨風に、皆ちりぢりに競ひ帰りたまひぬ。君、「いかに思ひて、例ならずけしきばみたまひつらむ」など、世とともに心をかけたる御あたりなれば、はかなきことなれど、耳とまりて、とやかうやと思ひ明かしたまふ。

 [1-2 3月20日、極楽寺に詣でる]
ご子息たちを皆引き連れて、ご威勢この上なく、上達部なども大勢参集なさっていたが、宰相中将、少しも引けを取らず、堂々とした様子で、容貌など、ちょうど今が盛りに美しく成人されて、何もかもすべて結構なご様子である。
この大臣を、ひどいとお思い申し上げなさってから、お目にかかるのも、つい気が張って、とてもひどく気をつかって、取り澄ましていらっしゃるのを、大臣も、いつもよりは注目なさっている。御誦経など、六条院からもおさせになった。宰相の君は、誰にもまして、万端のことを引き受けて、真心をこめて奉仕していらっしゃる。
夕方になって、皆がお帰りになるころ、花はみな散り乱れ、霞の朧ろな中に、内大臣、昔をお思い出して、優雅に口ずさんで物思いに耽っていらっしゃる。宰相も、しみじみとした夕方の景色に、ますます物思いに沈んだ面持ちで、「雨が降りそうです」と、人々が騒いでいるのに、依然として物思いに耽りきっていらっしゃった。心をときめかせて御覧になることがあるのであろうか、袖を引き寄せて、
「どうして、そんなにひどく怒っておいでなのか。今日の御法要の縁故をお考えになれば、不行届きはお許し下さいよ。余命少なくなってゆく老いの身に、お見限りなさるのも、お恨み申し上げたい」
とおっしゃるので、ちょっと恐縮して、
「故人のご意向も、お頼り申し上げるようにと、承っておりましたが、お許しのないご様子に、遠慮致しておりました」
とお答え申し上げになる。
気ぜわしい雨風に、皆ばらばらに急いでお帰りになった。宰相の君は、「どのようにお考えになって、いつもとは違って、あのようなことをおっしゃったのだろうか」などと、絶えず気にかけていらっしゃる内大臣家のことなので、ちょっとしたことであるが、耳が止まって、ああかこうかと、考えながら夜をお明かしになる。

 [1-2 Naidaijin's famiry visit to Gokuraku-temple at March 20]
 Kimi-tati mina hiki-ture, ikihohi aramahosiku, Kamdatime nado mo amata mawiri tudohi tamahe ru ni, Saisyau-no-Tiuzyau, wosa-wosa kehahi otora zu, yosohosiku te, katati nado, tada ima no imiziki sakari ni nebi-yuki te, tori-atume medetaki hito no ohom-arisama nari.
 Kono Otodo wo ba, turasi to omohi kikoye tamahi si yori, miye tatematuru mo, kokoro-dukahi se rare te, ito itau youi si, mote-sidume te monosi tamahu wo, Otodo mo, tune yori ha me todome tamahu. Mi-zukyau nado, Rokudeu-no-Win yori mo se sase tamahe ri. Saisyau-no-Kimi ha, masite, yorodu wo torimoti te, ahare ni itonami tukau-maturi tamahu.
 Yuhu kake te, mina kaheri tamahu hodo, hana ha mina tiri midare, kasumi tado-tadosiki ni, Otodo, mukasi wo obosi-ide te, namamekasiu usobuki nagame tamahu. Saisyau mo, ahare naru yuhube no kesiki ni, itodo uti-simeri te, "Ama-ke ari." to, hito-bito no sawagu ni, naho nagame iri te wi tamahe ri. Kokoro-tokimeki ni mi tamahu koto ya ari kem, sode wo hiki-yose te,
 "Nado ka, ito koyonaku ha kan-zi tamahe ru. Kehu no mi-nori no eni wo mo tadune obosa ba, tumi yurusi tamahi te yo ya! Nokori sukunaku nari-yuku suwe no yo ni, omohi-sute tamahe ru mo, urami kikoyu beku nam."
 to notamhe ba, uti-kasikomari te,
 "Sugi ni si ohom-omomuke mo, tanomi kikoye sasu beki sama ni, uketamahari oku koto haberi sika do, yurusi naki mi-kesiki ni, habakari tutu nam."
 to kikoye tamahu.
 Kokoro awatatasiki ama-kaze ni, mina tiri-diri ni kihohi kaheri tamahi nu. Kimi, "Ika ni omohi te, rei nara zu kesiki-bami tamahi tura m?" nado, yo to tomo ni kokoro wo kake taru ohom-atari nare ba, hakanaki koto nare do, mimi tomari te, toya-kauya to omohi-akasi tamahu.

 ここらの年ごろの思ひのしるしにや、かの大臣も、名残なく思し弱りて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからむを思すに、四月の朔日ごろ、御前の藤の花、いとおもしろう咲き乱れて、世の常の色ならず、ただに見過ぐさむこと惜しき盛りなるに、遊びなどしたまひて、暮れ行くほどの、いとど色まされるに、頭中将して、御消息あり。
「一日の花の影の対面の、飽かずおぼえはべりしを、御暇あらば、立ち寄りたまひなむや」
とあり。御文には、
「わが宿の藤の色濃きたそかれに1355
尋ねやは来ぬ春の名残を」
げに、いとおもしろき枝につけたまへり。待ちつけたまへるも、心ときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。
「なかなかに折りやまどはむ藤の花
たそかれ時のたどたどしくは」
と聞こえて、
「口惜しくこそ臆しにけれ。取り直したまへよ」
と聞こえたまふ。
「御供にこそ」
とのたまへば、
「わづらはしき随身は、否」
とて、返しつ。
大臣の御前に、かくなむ、とて、御覧ぜさせたまふ。
「思ふやうありてものしたまへるにやあらむ。さも進みものしたまはばこそは、過ぎにし方の孝なかりし恨みも解けめ」
とのたまふ。御心おごり、こよなうねたげなり。
「さしもはべらじ。対の前の藤、常よりもおもしろう咲きてはべるなるを、静かなるころほひなれば、遊びせむなどにやはべらむ」
と申したまふ。
「わざと使ひさされたりけるを、早うものしたまへ」
と許したまふ。いかならむと、下には苦しう、ただならず。
「直衣こそあまり濃くて、軽びためれ。非参議のほど、何となき若人こそ、二藍はよけれ、ひき繕はむや」
とて、わが御料の心ことなるに、えならぬ御衣ども具して、御供に持たせてたてまつれたまふ。

 [1-3 内大臣、夕霧を自邸に招待]
長い年月思い続けてきた甲斐あってか、あの内大臣も、すっかり気弱になって、ちょっとした機会で、特別にというのでなく、そうはいっても相応しい時期をお考えになって、四月の初旬ころ、お庭先の藤の花、たいそうみごとに咲き乱れて、世間にある藤の花の色とは違って、何もしないのも惜しく思われる花盛りなので、管弦の遊びなどをなさって、日が暮れてゆくころの、ますます色美しくなってゆく時分に、頭中将を使いとして、お手紙がある。
「先日の花の下でお目にかかったことが、堪らなく思われたので、お暇があったら、お立ち寄りなさいませんか」
とある。お手紙には、
「わたしの家の藤の花の色が濃い夕方に
訪ねていらっしゃいませんか、逝く春の名残を惜しみに」
おっしゃる通り、たいそう美しい枝に付けていらっしゃった。心待ちしていらっしゃったのにつけても、心がどきどきして、恐縮してお返事を差し上げなさる。
「かえって藤の花を折るのにまごつくのではないでしょうか
夕方時のはっきりしないころでは」
と申し上げて、
「残念なほど、気後れしてしまった。適当に取り繕って下さい」
と申し上げなさる。
「お供しましょう」
とおっしゃったが、
「面倒なお供はいりません」
と言って、お帰しになった。
大臣の御前に、これこれしかじかです、と言って、御覧にお入れになる。
「考えがあっておっしゃっているのであろうか。そのように先方から折れて来られたのならば、故人への不孝の恨みも解けることだろう」
とおっしゃる。そのご高慢は、この上なく憎らしいほどである。
「そうではございますまい。対の屋の前の藤が、例年よりも美しく咲いているというので、暇なころなので、管弦の遊びをしようなどというのでございましょう」
と申し上げなさる。
「わざわざ使者をさし向けられたのだから、早くお出掛けなさい」
とお許しになる。どんなだろうと、内心は不安で、落ち着かない。
「直衣はあまりに色が濃過ぎて、身分が軽く見えよう。非参議のうちとか、何でもない若い人は、二藍はよいだろうが、お召し替えになるかね」
とおっしゃって、ご自分のお召し物の格別見事なのに、何ともいえないほど素晴らしい御下着類を揃えて、お供に持たせて差し上げなさる。

 [1-3 Naidaijin invites Yugiri to his home]
 Kokora no tosi-goro no omohi no sirusi ni ya, kano Otodo mo, nagori naku obosi yowari te, hakanaki tuide no, wazato ha naku, sasuga ni tuki-dukisikara m wo obosu ni, U-duki no tuitati-goro, o-mahe no hudi no hana, ito omosirou saki-midare te, yo no tune nara zu, tada ni mi-sugusa m koto wosiki sakari naru ni, asobi nado si tamahi te, kure-yuku hodo no, itodo iro masare ru ni, Tou-no-Tiuzyau si te, ohom-seusoko ari.
 "Hito-hi no hana no kage no taimen no, aka-zu oboye haberi si wo, ohom-itoma ara ba, tati-yori tamahi na m ya?"
 to ari. Ohom-humi ni ha,
 "Waga yado no hudi no iro koki tasokare ni
 tadune ya ha ko nu haru no nagori wo
"
 Geni, ito omosiroki eda ni tuke tamahe ri. Mati-tuke tamahe ru mo, kokoro-tokimeki se rare te, kasikomari kikoye tamahu.
 "Naka-naka ni wori ya madoha m hudi no hana
 tasokare-doki no tado-tadosiku ha
"
 to kikoye te,
 "Kutiwosiku koso okusi ni kere. Tori nahosi tamahe yo."
 to kikoye tamahu.
 "Ohom-tomo ni koso."
 to notamahe ba,
 "Wadurahasiki zuizin ha, ina."
 tote, kahesi tu.
 Otodo no o-mahe ni, kaku nam, tote, go-ran-ze sase tamahu.
 "Omohu yau ari te monosi tamahe ru ni ya ara m? Sa mo susumi monosi tamaha ba koso ha, sugi ni si kata no keu nakari si urami mo toke me."
 to notamahu. Mi-kokoro-ogori, koyonau netage nari.
 "Sa si mo habera zi. Tai no mahe no hudi, tune yori mo omosirou saki te haberu naru wo, siduka naru korohohi nare ba, asobi se m nado ni ya habera m?"
 to mausi tamahu.
 "Wazato tukahi sasa re tari keru wo, hayau monosi tamahe."
 to yurusi tamahu. Ika nara m to, sita ni ha kurusiu, tada nara zu.
 "Nahosi koso amari koku te, karobi ta'mere. Hi-Samgi no hodo, nani to naki waka-udo koso, huta-awi ha yokere, hiki-tukuroha m ya?"
 tote, waga go-reu no kokoro koto naru ni, e nara nu ohom-zo-domo gu-si te, ohom-tomo ni mota se te tatemature tamahu.

 わが御方にて、心づかひいみじう化粧じて、たそかれも過ぎ、心やましきほどに参うでたまへり。主人の君達、中将をはじめて、七、八人うち連れて迎ヘ入れたてまつる。いづれとなくをかしき容貌どもなれど、なほ、人にすぐれて、あざやかにきよらなるもなから、なつかしう、よしづき、恥づかしげなり。
大臣、御座ひきつくろはせなどしたまふ御用意、おろかならず。御冠などしたまひて、出でたまふとて、北の方、若き女房などに、
「覗きて見たまへ。いと警策にねびまさる人なり。用意などいと静かに、ものものしや。あざやかに、抜け出でおよすけたる方は、父大臣にもまさりざまにこそあめれ。
かれは、ただいと切になまめかしう愛敬づきて、見るに笑ましく、世の中忘るる心地ぞしたまふ。公ざまは、すこしたはれて、あざれたる方なりし、ことわりぞかし。
これは、才の際もまさり、心もちゐ男々しく、すくよかに足らひたりと、世におぼえためり」
などのたまひてぞ、対面したまふ。ものまめやかに、むべむべしき御物語は、すこしばかりにて、花の興に移りたまひぬ。
「春の花、いづれとなく、皆開け出づる色ごとに、目おどろかぬはなきを、心短くうち捨てて散りぬるが、恨めしうおぼゆるころほひ、この花のひとり立ち後れて、夏に咲きかかる1356ほどなむ、あやしう心にくくあはれにおぼえはべる。色もはた、なつかしきゆかりにしつべし」
とて、うちほほ笑みたまへる、けしきありて、匂ひきよげなり。

 [1-4 夕霧、内大臣邸を訪問]
ご自分のお部屋で、念入りにおめかしなさって、黄昏時も過ぎ、じれったく思うころに参上なさった。主人のご子息たち、中将をはじめとして、七、八人うち揃ってお出迎えなさる。どの方となくいずれも美しい器量の方々だが、やはり、その人々以上に、水際立って美しい一方、優しく、優雅で、犯しがたい気品がある。
内大臣、お座席を整え直させたりなさるご配慮、並大抵でない。御冠などお付けになって、お出になろうとして、北の方や、若い女房などに、
「覗いて御覧なさい。たいそう立派になって行かれる方だ。態度などもとても沈着で、堂々としたものだ。はっきりと、抜きん出て成人された点では、父の大臣よりも勝っているようだ。
あの方は、ただ非常に優美で愛嬌があって、見るとついほほ笑みたくなり、世の中の憂さを忘れるような気持ちにおさせになる。政治の面では、多少柔らかさ過ぎて、謹厳さに欠けるところがあったのは、もっともなことだ。
この方は、学問の才能も優れ、心構えも男らしく、しっかりしていて申し分ないと、世間の評判のようだ」
などとおっしゃって、対面なさる。儀礼的で、固苦しいご挨拶は、少しだけにして、花の美しさに興味はお移りになった。
「春の花、どれもこれも皆咲き出す色ごとに、目を驚かさない物はないが、気ぜわしく人の気も構わず散ってしまうのが、恨めしく思われるころに、この藤の花だけがひとり遅れて、夏に咲きかかるのが、妙に奥ゆかしくしみじみと思われます。色も色で、懐しい由縁の物といえましょう」
と言って、ちょっとほほ笑んでいらっしゃる、風格があって、つややかでお美しい。

 [1-4 Yugiri visits to Naidaijin's residence]
 Waga ohom-kata ni te, kokoro-dukahi imiziu kesau-zi te, tasokare mo sugi, kokoro-yamasiki hodo ni maude tamahe ri. Aruzi no kim-dati, Tiuzyau wo hazime te, siti, hati-nin uti-ture te mukahe-ire tatematuru. Idure to naku wokasiki katati-domo nare do, naho, hito ni sugure te, azayaka ni kiyora naru mono kara, natukasiu, yosiduki, hadukasige nari.
 Otodo, o-masi hiki-tukuroha se nado si tamahu ohom-youi, oroka nara zu. Ohom-kauburi nado si tamahi te, ide tamahu tote, Kitanokata, wakaki nyoubau nado ni,
 "Nozoki te mi tamahe. Ito kyauzaku ni nebi masaru hito nari. Youi nado ito siduka ni, mono-monosi ya! Azayaka ni, nuke-ide oyosuke taru kata ha, titi-Otodo ni mo masari-zama ni koso a'mere.
 Kare ha, tada ito seti ni namamekasiu aigyau-duki te, miru ni wemasiku, yononaka wasururu kokoti zo si tamahu. Ohoyake-zama ha, sukosi tahare te, azare taru kata nari si, kotowari zo kasi.
 Kore ha, zae no kiha mo masari, kokoro-motiwi wowosiku, sukuyoka ni tarahi tari to, yo ni oboye ta'meri."
 nado notamahi te zo, taimen si tamahu. Mono-mameyaka ni, mube-mubesiki ohom-monogatari ha, sukosi bakari ni te, hana no kyou ni uturi tamahi nu.
 "Haru no hana, idure to naku, mina hirake-iduru iro-goto ni, me odoroka nu ha naki wo, kokoro mizikaku uti-sute te tiri nuru ga, uramesiu oboyuru korohohi, kono hana no hitori tati-okure te, natu ni saki-kakaru hodo nam, ayasiu kokoro-nikuku ahare ni oboye haberu. Iro mo hata, natukasiki yukari ni si tu besi."
 tote, uti-hohowemi tamahe ru, kesiki ari te, nihohi kiyoge nari.

 月はさし出でぬれど、花の色さだかにも見えぬほどなるを、もてあそぶに心を寄せて、大酒参り、御遊びなどしたまふ。大臣、ほどなく空酔ひをしたまひて、乱りがはしく強ひ酔はしたまふを、さる心して、いたうすまひ悩めり。
「君は、末の世にはあまるまで、天の下の有職にものしたまふめるを、齢古りぬる人、思ひ捨てたまふなむつらかりける。文籍にも、家礼といふこと1357あるべくや。なにがしの教へも、よく思し知るらむと思ひたまふるを、いたう心悩ましたまふと、恨みきこゆべくなむ」
などのたまひて、酔ひ泣きにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。
「いかでか。昔を思うたまへ出づる御変はりどもには、身を捨つるさまにもとこそ、思うたまへ知りはべるを、いかに御覧じなすことにかはべらむ。もとより、おろかなる心のおこたりにこそ」
と、かしこまりきこえたまふ。御時よく、さうどきて、
「藤の裏葉の1358」
とうち誦じたまへる、御けしきを賜はりて、頭中将、花の色濃く、ことに房長きを折りて1359、客人の御盃に加ふ。取りて、もて悩むに、大臣、
「紫にかことはかけむ藤の花
まつより過ぎてうれたけれども」
宰相、盃を持ちながら、けしきばかり拝したてまつりたまへるさま、いとよしあり。
「いく返り露けき春を1360過ぐし来て
花の紐解く折にあふらむ」
頭中将に賜へば、
「たをやめの袖にまがへる藤の花
見る人からや色もまさらむ」
次々順流るめれど、酔ひの紛れにはかばかしからで、これよりまさらず。

 [1-5 藤花の宴 結婚を許される]
月は昇ったが、花の色がはっきりと見えない時分なのだが、花を愛でる心に寄せて、御酒を召して、管弦のお遊びなどをなさる。大臣、程もなく空酔いをなさって、遠慮もせずに無理に酔わせなさるが、用心して、とても断るのに困っているようである。
「あなたは、この末世にできすぎるほどの、天下の有識者でいらっしゃるようだが、年を取った者を、お忘れになっていらっしゃるのが辛いことだ。古典にも、家礼ということがあるではありませんか。誰それの教えにも、よくご存知でいらっしゃろうと存じますが、ひどく辛い思いをおさせになると、お恨み申し上げたいのです」
などとおっしゃって、酔い泣きというのか、ほどよく抑えて意中を仄めかしなさる。
「どうしてそのような。今は亡き方々を思い出しますお身変わりとして、わが身を捨ててまでもと、存じておりますのに、どのように御覧になってのことでございましょうか。もともと、わたしのうかつな心の至らなさのためです」
と、恐縮して申し上げなさる。頃合いを見計らって、はやし立てて、
「藤の裏葉の」
とお謡いになった、そのお心をお受けになって、頭中将、藤の花の色濃く、特に花房の長いのを折って、客人のお杯に添えになる。受け取って、もてあましていると、内大臣、
「紫色のせいにしましょう、藤の花の
待ち過ぎてしまって恨めしいことだが」
宰相中将、杯を持ちながら、ほんの形ばかり拝舞なさる様子、実に優雅である。
「幾度も湿っぽい春を過ごして来ましたが
今日初めて花の開くお許しを得ることができました」
頭中将にお廻しになると、
「うら若い女性の袖に見違える藤の花は
見る人の立派なためかいっそう美しさを増すことでしょう」
次々と杯が回り歌を詠み添えて行ったようであるが、酔いの乱れに大したこともなく、これより優れていない。

 [1-5 There is a banquet of admiring wisteria blossom and permission of marriage]
 Tuki ha sasi-ide nure do, hana no iro sadaka ni mo miye nu hodo naru wo, mote-asobu ni kokoro wo yose te, oho-miki mawiri, ohom-asobi nado si tamahu. Otodo, hodo naku sora-wehi wo si tamahi te, midari-gahasiku sihi wehasi tamahu wo, saru kokoro si te, itau sumahi nayame ri.
 "Kimi ha, suwe no yo ni ha amaru made, ame no sita no iusoku ni monosi tamahu meru wo, yohahi huri nuru hito, omohi-sute tamahu nam turakari keru. Bunseki ni mo karei to ihu koto aru beku ya! Nanigasi no wosihe mo, yoku obosi-siru ram to omohi tamahuru wo, itau kokoro-nayamasi tamahu to, urami kikoyu beku nam."
 nado notamahi te, wehi-naki ni ya, wokasiki hodo ni kesikibami tamahu.
 "Ikade ka? Mukasi wo omou tamahe iduru ohom-kahari-domo ni ha, mi wo suturu sama ni mo to koso, omou tamahe siri haberu wo, ika ni go-ran-zi nasu koto ni ka habera m? Moto yori, oroka naru kokoro no okotari ni koso."
 to, kasikomari kikoye tamahu. Ohom-toki yoku, saudoki te,
 "Hudi no ura-ha no"
 to uti zu-zi tamahe ru, mi-kesiki wo tamahari te, Tou-no-Tiuzyau, hana no iro koku, koto ni husa nagaki wo wori te, mara-uto no ohom-sakaduki ni kuhahu. Tori te, mote nayamu ni, Otodo,
 "Murasaki ni kakoto ha kake m hudi no hana
 matu yori sugi te uretakere do mo
"
 Saisyau, sakaduki wo moti nagara, kesiki bakari hai-si tatematuri tamahe ru sama, ito yosi ari.
 "Iku kaheri tuyu-keki haru wo sugusi ki te
 hana no himo toku wori ni ahu ram
"
 Tou-no-Tiuzyau ni tamahe ba,
 "Tawoyame no sode ni magahe ru hudi no hana
 miru hito kara ya iro mo masara m
"
 Tugi-tugi zun-nagaru mere do, wehi no magire ni haka-bakasikara de, kore yori masara zu.

 七日の夕月夜、影ほのかなるに、池の鏡のどかに澄みわたれり。げに、まだほのかなる梢どもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみ横たはれる松の、木高きほどにはあらぬに、かかれる花のさま、世の常ならずおもしろし。
例の、弁少将、声いとなつかしくて、「葦垣1361」を謡ふ。大臣、
「いとけやけうも仕うまつるかな」
と、うち乱れたまひて、
「年経にけるこの家の」
と、うち加へたまへる御声、いとおもしろし。をかしきほどに乱りがはしき御遊びにて、もの思ひ残らずなりぬめり。
やうやう夜更け行くほどに、いたうそら悩みして、
「乱り心地いと堪へがたうて、まかでむ空もほとほとしうこそはべりぬべけれ。宿直所譲りたまひてむや」
と、中将に愁へたまふ。大臣、
「朝臣や、御休み所求めよ。翁いたう酔ひ進みて無礼なれば、まかり入りぬ」
と言ひ捨てて、入りたまひぬ。
中将、
「花の蔭の旅寝よ。いかにぞや、苦しきしるべにぞはべるや」
と言へば、
「松に契れるは、あだなる花かは。ゆゆしや」
と責めたまふ。中将は、心のうちに、「ねたのわざや」と思ふところあれど、人ざまの思ふさまにめでたきに、「かうもあり果てなむ」と、心寄せわたることなれば、うしろやすく導きつ。
男君は、夢かとおぼえたまふにも、わが身いとどいつかしうぞおぼえたまひけむかし。女は、いと恥づかしと1362思ひしみてものしたまふも、ねびまされる御ありさま、いとど飽かぬところなくめやすし。
「世の例にもなりぬべかり1363つる身を、心もてこそ、かうまでも思し許さるめれ。あはれを知りたまはぬも、さま異なるわざかな」
と、怨みきこえたまふ。
「少将1364の進み出だしつる『葦垣』の趣きは、耳とどめたまひつや。いたき主かなな。『河口の1365』とこそ、さしいらへまほしかりつれ」
とのたまへば、女、いと聞き苦し、と思して、
「浅き名を言ひ流しける河口は
いかが漏らしし関の荒垣
あさまし」
とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうち笑ひて、
「漏りにける岫田の関を河口の
浅きにのみはおほせざらなむ
年月の積もりも、いとわりなくて悩ましきに、ものおぼえず」
と、酔ひにかこちて、苦しげにもてなして、明くるも知らず顔1366なり。人々、聞こえわづらふを、大臣、
「したり顔1367なる朝寝かな」
と、とがめたまふ。されど、明かし果てでぞ出でたまふ。ねくたれの御朝顔1368、見るかひありかし。

 [1-6 夕霧、雲居雁の部屋を訪う]
七日の夕月夜、月の光は微かであるのに、池の水が鏡のように静かに澄み渡っている。なるほど、まだ茂らない梢が、物足りないころなので、たいそう気取って横たわっている松の、木高くないのに、咲き掛かっている藤の花の様子、世になく美しい。
例によって、弁少将が、声をたいそう優しく「葦垣」を謡う。大臣、
「実に妙な歌を謡うものだな」
と、冗談をおっしゃって、
「年を経たこの家の」
と、お添えになるお声、誠に素晴らしい。興趣ある中に冗談も混じった管弦のお遊びで、気持ちのこだわりもすっかり解けてしまったようである。
だんだんと夜が更けて行くにつれて、ひどく苦しげな様子をして見せて、
「酔いが回ってひどく辛いので、帰り道も危なそうです。泊まる部屋を貸していただけませんか」
と、頭中将に訴えなさる。大臣が、
「朝臣よ、お休み所になる部屋を用意しなさい。老人はひどく酔いが回って失礼だから、引っ込むよ」
と言い捨てて、お入りになってしまった。
頭中将が、
「花の下の旅寝ですね。どういうものだろう、辛い案内役ですね」
と言うと、
「松と約束したのは、浮気な花なものですか。縁起でもありません」
と反発なさる。中将は、心中に、「憎らしいな」と思うところがあるが、人柄が理想通り立派なので、「最後はこのようになって欲しい」と、願って来たことなので、心許して案内した。
男君は、夢かと思われなさるにつけても、自分の身がますます立派に思われなさったことであろう。女は、とても恥ずかしいと思い込んでいらっしゃるが、大人になったご様子は、ますます不足なところもなく素晴らしい。
「世間の話の種となってしまいそうな身の上を、その誠実さをもって、このようにお許しになったのでしょう。わたしの気持ちをお分りになって下さらないとは、変なことですね」
と、お恨み申し上げなさる。
「少将が進んで謡い出した『葦垣』の心は、お分りでしたか。ひどい人ですね。『河口の』と、言い返したかったなあ」
とおっしゃると、女は、とても聞き苦しい、とお思いになって、
「軽々しい浮名を流したあなたの口は
どうしてお漏らしになったのですか
あきれました」
とおっしゃる様子は、実におっとりしている。少し微笑んで、
「浮名が漏れたのはあなたの父大臣のせいでもありますのに
わたしのせいばかりになさらないで下さい
長い歳月の思いも、本当に切なくて苦しいので、何も分りません」
と、酔いのせいにして、苦しそうに振る舞って、夜の明けて行くのも知らないふうである。女房たちが、起こしかねているのを、大臣が、
「得意顔した朝寝だな」
と、文句をおっしゃる。けれども、すっかり夜が明け果てないうちにお帰りになる。その寝乱れ髪の朝のお顔は、見がいのあったことだ。

 [1-6 Yugiri goes into Kumoi-no-kari's room and gets married to her]
 Nanu-ka no yuhuduku-yo, kage honoka naru ni, ike no kagami nodoka ni sumi watare ri. Geni, mada honoka naru kozuwe-domo no, sauzausiki koro naru ni, itau kesiki-bami yokotahare ru matu no, ko-dakaki hodo ni ha ara nu ni, kakare ru hana no sama, yo no tune nara zu omosirosi.
 Rei no, Ben-no-Seusyau, kowe ito natukasiku te, Asigaki wo utahu. Otodo,
 "Ito keyakeu mo tukau-maturu kana!"
 to, uti-midare tamahi te,
 "Tosi he ni keru kono ihe no"
 to, uti-kuhahe tamahe ru ohom-kowe, ito omosirosi. Wokasiki hodo ni midari-gahasiki ohom-asobi ni te, mono-omohi nokora zu nari nu meri.
 Yau-yau yo huke-yuku hodo ni, itau sora-nayami si te,
 "Midari-gokoti ito tahe gatau te, makade m sora mo hoto-hotosiu koso haberi nu bekere. Tonowi-dokoro yuduri tamahi tem ya?"
 to, Tiuzyau ni urehe tamahu. Otodo,
 "Asom ya, ohom-yasumi-dokoro motome yo. Okina itau wehi susumi te murai nare ba, makari-iri nu."
 to ihi-sute te, iri tamahi nu.
 Tiuzyau,
 "Hana no kage no tabine yo! Ika ni zo ya, kurusiki sirube ni zo haberu ya!"
 to ihe ba,
 "Matu ni tigire ru ha, ada naru hana ka ha? Yuyusi ya!"
 to seme tamahu. Tiuzyau ha, kokoro no uti ni, "Neta no waza ya!" to omohu tokoro are do, hito-zama no omohu sama ni medetaki ni, "Kau mo ari-hate na m." to, kokoro-yose wataru koto nare ba, usiro-yasuku mitibiki tu.
 Wotoko-Gimi ha, yume ka to oboye tamahu ni mo, waga mi itodo itukasiu zo oboye tamahi kem kasi. Womna ha, ito hadukasi to omohi simi te monosi tamahu mo, nebi masare ru mi-arisama, itodo aka nu tokoro naku meyasusi.
 "Yo no tamesi ni mo nari nu bekari turu mi wo, kokoro mote koso, kau made mo obosi yurusa ru mere. Ahare wo siri tamaha nu mo, sama koto naru waza kana!"
 to, urami kikoye tamahu.
 "Seusyau no susumi-idasi turu Asigaki no omomuki ha, mimi todome tamahi tu ya? Itaki nusi kana! "Kahakuti no" to koso, sasi-irahe mahosikari ture!"
 to notamahe ba, Womna, ito kiki-gurusi, to obosi te,
 "Asaki na wo ihi-nagasi keru kahaguti ha
 ikaga morasi si seki no aragaki

 Asamasi."
 to notamahu sama, ito komeki tari. Sukosi uti-warahi te,
 "Mori ni keru Kukita-no-seki wo kahakuti no
 asaki ni nomi ha ohose zara nam

 Tosi-tuki no tumori mo, ito warinaku te nayamasiki ni, mono oboye zu."
 to, wehi ni kakoti te, kurusige ni motenasi te, akuru mo sira-zu-gaho nari. Hito-bito, kikoye wadurahu wo, Otodo,
 "Sitari-gaho naru asai kana!"
 to, togame tamahu. Saredo, akasi-hate de zo ide tamahu. Nekutare no ohom-asagaho, miru kahi ari kasi.

 御文は、なほ忍びたりつるさまの心づかひにて1369あるを、なかなか今日はえ聞こえたまはぬを、もの言ひさがなき御達つきじろふに、大臣渡りて見たまふぞ、いとわりなきや。
「尽きせざりつる御けしきに、いとど思ひ知らるる身のほどを。堪へぬ1370心にまた消えぬ1371べきも、
とがむなよ忍びにしぼる手もたゆみ
今日あらはるる袖のしづくを」
など、いと馴れ顔なり。うち笑みて、
「手を1372いみじうも書きなられに1373けるかな」
などのたまふも、昔の名残なし。
御返り、いと出で来がたげなれば、「見苦しや」とて、さも思し憚りぬべきことなれば、渡りたまひぬ。
御使の禄、なべてならぬさまにて賜へり。中将、をかしきさまにもてなしたまふ。常にひき隠しつつ隠ろへありきし御使、今日は、面もちなど、人々しく振る舞ふめり。右近将監なる人の、むつましう思し使ひたまふなりけり。
六条の大臣も、かくと聞こし召してけり。宰相、常よりも光添ひて参りたまへれば、うちまもりたまひて、
「今朝はいかに。文などものしつや。賢しき人も、女の筋には乱るる例あるを、人悪ろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、すこし人に抜けたりける御心とおぼえける。
大臣の御おきての、あまりすくみて、名残なくくづほれたまひぬるを、世人も言ひ出づることあらむや。さりとても、わが方たけう思ひ顔に、心おごりして、好き好きしき心ばへなど漏らし1374たまふな。
さこそおいらかに、大きなる心おきてと見ゆれど、下の心ばへ男々しからず1375癖ありて、人見えにくきところつきたまへる人なり」
など、例の教へきこえたまふ。ことうちあひ、めやすき御あはひ、と思さる。
御子とも見えず、すこしがこのかみばかりと見えたまふ。ほかほかにては、同じ顔を写し取りたると見ゆるを、御前にては、さまざま、あなめでたと見えたまへり。
大臣は、薄き御直衣、白き御衣の唐めきたるが、紋けざやかにつやつやと透きたるをたてまつりて、なほ尽きせずあてになまめかしうおはします。
 宰相殿は1376、すこし色深き御直衣に、丁子染めの焦がるるまでしめる、白き綾のなつかしきを着たまへる、ことさらめきて艶に見ゆ。

 [1-7 後朝の文を贈る]
お手紙は、やはり人目を忍んだ配慮で届けられたのを、かえって今日はお返事をお書き申し上げになれないのを、口の悪い女房たちが目引き袖引きしているところに、内大臣がお越しになって御覧になるのは、本当に困ったことよ。
「打ち解けて下さらなかったご様子に、ますます思い知られるわが身の程よ。耐えがたいつらさに、またも死んでしまいそうだが、
お咎め下さいますな、人目を忍んで絞る手も力なく
今日は人目にもつきそうな袖の涙のしずくを」
などと、たいそう馴れ馴れしい詠みぶりである。微笑んで、
「筆跡もたいそう上手になられたものだなあ」
などとおっしゃるのも、昔の恨みはない。
お返事が、直ぐに出来かねているので、「みっともないぞ」とおっしゃって、ご躊躇なっているのももっともなことなので、あちらへお行きになった。
お使いの者への褒禄は、並大抵でなくお与えになった。頭中将が、風情のある様にお持てなしなさる。いつも人目を忍んでは持ち運んでいたお使い、今日は顔の表情など、人かどに振る舞っているようである。右近将監である人で、親しくお使いになっている者であった。
六条の大臣も、これこれとお聞き知りになったのであった。宰相中将、いつもより美しさが増して、参上なさったので、じっと御覧になって、
「今朝はどうした。手紙など差し上げたか。賢明な人でも、女のことでは失敗する話もあるが、見苦しいほど思いつめたり、じれたりせずに過ごされたのは、少し人より優れたお人柄だと思ったことだ。
内大臣のご方針が、あまりにもかたくなで、すっかり折れてしまわれたのが、世間の人も噂するだろうよ。だからといって、自分の方が偉い顔をして、いい気になって、浮気心などをお出しなさるな。
あのようにおおらかで、寛大な性格と見えるが、内心は男らしくなくねじけていて、付き合いにくいところがおありの方である」
などと、例によってご教訓申し上げなさる。釣り合いもよく、恰好のご夫婦だ、とお思いになる。
ご子息とも見えず、少しばかり年長程度にお見えである。別々に見ると、同じ顔を写し取ったように似て見えるが、御前では、それぞれに、ああ素晴らしいとお見えでいらっしゃった。
大臣は、薄縹色の御直衣に、白い御袿の唐風の織りが、紋様のくっきりと浮き出て艶やかに透けて見えるのをお召しになって、今もこの上なく上品で優美でいらっしゃる。
宰相殿は、少し色の濃い縹色の御直衣に、丁子染めで焦げ茶色になるまで染めた袿と、白い綾の柔らかいのを着ていらっしゃるのは、格別に優雅にお見えになる。

 [1-7 Yugiri writes a letter next a new married morning]
 Ohom-humi ha, naho sinobi tari turu sama no kokoro-dukahi ni te aru wo, naka-naka kehu ha e kikoye tamaha nu wo, mono-ihi saganaki go-tati tuki-zirohu ni, Otodo watari te mi tamahu zo, ito wari naki ya!
 "Tuki se zari turu mi-kesiki ni, itodo omohi sira ruru mi no hodo wo. Tahe nu kokoro ni mata kiye nu beki mo,
 Togamu na yo sinobi ni siboru te mo tayumi
 kehu araha ruru sode no siduku wo
"
 nado, ito nare-gaho nari. Uti-wemi te,
 "Te wo imiziu mo kaki nara re ni keru kana!"
 nado notamahu mo, mukasi no nagori nasi.
 Ohom-kaheri, ito ide-ki gatage nare ba, "Mi-gurusi ya!" tote, sa mo obosi habakari nu beki koto nare ba, watari tamahi nu.
 Ohom-tukahi no roku, nabete nara nu sama ni te tamahe ri. Tiuzyau, wokasiki sama ni motenasi tamahu. Tune ni hiki-kakusi tutu kakurohe ariki si ohom-tukahi, kehu ha, omomoti nado, hito-bitosiku hurumahu meri. Ukon-no-zou naru hito no, mutumasiu obosi tukahi tamahu nari keri.
 Rokudeu-no-Otodo mo, kaku to kikosimesi te keri. Saisyau, tune yori mo hikari sohi te mawiri tamahe re ba, uti-mamori tamahi te,
 "Kesa ha ika ni. Humi nado monosi tu ya? Sakasiki hito mo, womna no sudi ni ha midaruru tamesi aru wo, hito-waroku kakadurahi, kokoro-ira re se de sugusa re taru nam, sukosi hito ni nuke tari keru mi-kokoro to oboye keru.
 Otodo no mi-okite no, amari sukumi te, nagori naku kuduhore tamahi nuru wo, yo-hito mo ihi-iduru koto ara m ya? Sari tote mo, waga kata takeu omohi-gaho ni, kokoro-ogori si te, suki-zukisiki kokoro-bahe nado morasi tamahu na.
 Sa koso oiraka ni, ohoki naru kokoro-okite to miyure do, sita no kokorobahe wowosikara zu kuse ari te, hito miye nikuki tokoro tuki tamahe ru hito nari."
 nado, rei no wosihe kikoye tamahu. Koto uti-ahi, meyasuki ohom-ahahi, to obosa ru.
 Mi-ko to mo miye zu, sukosi ga konokami bakari to miye tamahu. Hoka-hoka ni te ha, onazi kaho wo utusi-tori taru to miyuru wo, o-mahe ni te ha, sama-zama, ana medeta to miye tamahe ri.
 Otodo ha, usuki ohom-nahosi, siroki mi-zo no karameki taru ga, mon kezayaka ni tuya-tuya to suki taru wo tatematuri te, naho tuki se zu ate ni namamekasiu ohasimasu.
 Saisyau-dono ha, sukosi iro hukaki ohom-nahosi ni, tyauzi-zome no kogaruru made sime ru, siroki aya no natukasiki wo ki tamahe ru, kotosara meki te en ni miyu.

 灌仏率てたてまつりて、御導師遅く参りければ、日暮れて、御方々より童女出だし、布施など、公ざまに変はらず、心々にしたまへり。御前の作法を移して、君達なども参り集ひて、なかなか、うるはしき御前よりも、あやしう心づかひせられて臆しがちなり。
宰相は、静心なく、いよいよ化粧じ、ひきつくろひて出でたまふを、わざとならねど、情けだちたまふ若人は、恨めしと思ふもありけり。年ごろの積もり取り添へて、思ふやうなる御仲らひなめれば、水も漏らむやは1377。
主人の大臣、いとどしき近まさりを、うつくしきものに思して、いみじうもてかしづききこえたまふ。負けぬる方の口惜しさは、なほ思せど、罪も残るまじうぞ、まめやかなる御心ざまなどの、年ごろ異心なくて過ぐしたまへるなどを、ありがたく思し許す。
女御の御ありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、北の方、さぶらふ人々などは、心よからず思ひ言ふもあれど、何の苦しきことかはあらむ。按察使の北の方なども、かかる方にて、うれしと思ひきこえたまひけり。

 [1-8 夕霧と雲居雁の固い夫婦仲]
灌仏会の誕生仏をお連れ申して来て、御導師が遅く参上したので、日が暮れてから、六条院の御方々から女童たちを使者に立てて、お布施など、宮中の儀式と違わず、思い思いになさった。御前での作法を真似て、公達なども参集して、かえって、格式ばった御前での儀式よりも、妙に気がつかわれて気後れするのである。
宰相は、心落ち着かず、ますますおめかしし、衣服を整えてお出かけになるのを、特別にではないが、多少お情けをおかけの若い女房などは、恨めしいと思っている人もいるのであった。長年の思いが加わって、理想的なご夫婦仲のようなので、水も漏れまい。
主人の内大臣、ますます側に近づくほど美しいのを、かわいらしくお思いになって、たいそう大切にお世話申し上げなさる。負けたことの悔しさは、やはりお持ちだが、こだわりもなく、誠実なご性格などで、長年の間浮気沙汰などもなくてお過ごしになったのを、めったにないことだとお認めになる。
弘徽殿女御のご様子などよりも、派手で立派で理想的だったので、北の方や、仕えている女房などは、おもしろからず思ったり言ったりする者もいるが、何の構うことがあろうか。按察使大納言の北の方なども、このように結婚が決まって、嬉しくお思い申し上げていらっしゃるのであった。

 [1-8 Yugiri and his wife are in deeoly new married life]
 Kwanbutu wi te tatematuri te, ohom-dausi osoku mawiri kere ba, hi kure te, ohom-kata-gata yori warahabe idasi, huse nado, ohoyake-zama ni kahara zu, kokoro-gokoro ni si tamahe ri. O-mahe no sahohu wo utusi te, kimi-tati nado mo mawiri tudohi te, naka-naka, uruhasiki o-mahe yori mo, ayasiu kokoro-dukahi se rare te okusi-gati nari.
 Saisyau ha, sidu kokoro naku, iyo-iyo kesau-zi, hiki-tukurohi te ide tamahu wo, wazato nara ne do, nasake-dati tamahu waka-udo ha, uramesi to omohu mo ari keri. Tosi-goro no tumori tori-sohe te, omohu yau naru ohom-nakarahi na'mere ba, midu mo mora m ya ha!
 Aruzi no Otodo, itodosiki tika-masari wo, utukusiki mono ni obosi te, imiziu motekasiduki kikoye tamahu. Make nuru kata no kutiwosisa ha, naho obose do, tumi mo nokoru maziu zo, mameyaka naru mi-kokoro-zama nado no, tosi-goro koto-gokoro naku te sugusi tamahe ru nado wo, arigataku obosi yurusu.
 Nyougo no ohom-arisama nado yori mo, hanayaka ni medetaku aramahosikere ba, Kitanokata, saburahu hito-bito nado ha, kokoro-yokara zu omohi ihu mo are do, nani no kurusiki koto kaha ara m. Azeti no Kitanokata nado mo, kakaru kata ni te, uresi to omohi kikoye tamahi keri.

 かくて、六条院の御いそぎは、二十余日のほどなりけり。対の上、御阿礼に詣うでたまふとて、例の御方々いざなひきこえたまへど、なかなか、さしも引き続きて心やましきを思して、誰も誰もとまり1378たまひて、ことことしきほどにもあらず、御車二十ばかりして、御前なども、くだくだしき人数多くもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。
祭の日の暁に詣うで1379たまひて、かへさには、物御覧ずべき御桟敷におはします。御方々の女房、おのおの車引き続きて、御前、所占めたるほど、いかめしう、「かれはそれ」と、遠目よりおどろおどろしき御勢ひなり。
大臣は、中宮の御母御息所の、車押し避けられたまへりし折のこと思し出でて、
「時により心おごりして、さやうなることなむ、情けなきことなりける。こよなく思ひ消ちたりし人も、嘆き負ふやうにて亡くなりにき」
と、そのほどはのたまひ消ちて、
「残りとまれる人の、中将は、かくただ人にて、わづかになりのぼるめり。宮は並びなき筋にておはするも、思へば、いとこそあはれなれ。すべていと定めなき世なればこそ、何ごとも思ふままにて、生ける限りの世を過ぐさまほしけれと、残りたまはむ末の世などの、たとしへなき衰へなどをさへ、思ひ憚らるれば」
と、うち語らひたまひて、上達部なども御桟敷に参り集ひたまへれば、そなたに出でたまひぬ。

 2 光る源氏の物語 明石の姫君の入内 [2-1 紫の上、賀茂の御阿礼に参詣]
こうして、六条院の御入内の儀は、四月二十日のころであった。対の上、賀茂の御阿礼に参詣なさろうとして、例によって御方々をお誘い申し上げなさったが、なまじ、そのように後に付いて行くのもおもしろくないのをお思いになって、どなたもどなたもお残りになって、仰々しいほどでなく、お車二十台ほどで、御前駆なども、ごたごたするほどの人数でなく、簡略になさったのが、かえって素晴らしい。
祭の日の早朝に参詣なさって、帰りには、御見物なさる予定のお桟敷席におつきになる。御方々の女房たち、それぞれの車を後から連ねて、御前に車を止めているのは、堂々として、「あれは誰それだ」と、遠くから見ても仰々しいご威勢である。
大臣は、中宮の御母御息所が、お車の榻を押し折られなさった時のことをお思い出しになって、
「権勢をたのんで心奢りなさって、あのようなことを起こすのは、心ないことであった。全然無視していた方も、その恨みを受けた形で亡くなってしまった」
と、そこのあたりは言葉をお濁しになって、
「後に残った人で、中将は、このような臣下として、やっと立身した程度だ。宮は並ぶ者のいない地位にいらっしゃるのも、考えてみれば、実にしみじみと感慨深い。何もかもひどく定めない世の中なので、どのようなことも思い通りに、生きている間の世を過ごしたく思うが、後にお残りになる晩年などが、言いようもない衰えなどまでが、心配されるものですから」
と、親しくお話しなさって、上達部などもお桟敷に参集なさったので、そちらにお出ましになった。

 2 Tale of Hikaru-Genji Akashi-hime gets married to Prince [2-1 Murasaki visits to Kamo-shrin]
 Kakute, Rokudeu-win no ohom-isogi ha, ni-zihu yo-niti no hodo nari keri. Tai-no-Uhe, Mi-are ni maude tamahu tote, rei no ohom-kata-gata izanahi kikoye tamahe do, naka-naka, sa si mo hiki-tuduki te kokoro-yamasiki wo obosi te, tare mo tare mo tomari tamahi te, koto-kotosiki hodo ni mo ara zu, mi-kuruma ni-zihu bakari si te, go-zen nado mo, kuda-kudasiki hito-kazu ohoku mo ara zu, kotosogi taru si mo, kehahi koto nari.
 Maturi no hi no akatuki ni maude tamahi te, kahesa ni ha, mono go-ran-zu beki ohom-saziki ni oahasimasu. Ohom-kata-gata no nyoubau, ono-ono kuruma hiki-tuduki te, o-mahe tokoro sime taru hodo, ikamesiu, "Kare ha sore." to, tohome yori odoro-odorosiki ohom-ikihohi nari.
 Otodo ha, Tiuguu no ohom-haha Miyasumdokoro no, kuruma osi-sake rare tamahe ri si wori no koto obosi-ide te,
 "Toki ni yori kokoro-ogori si te, sayau naru koto nam, nasake naki koto nari keru. Koyonaku omohi-keti tari si hito mo, nageki ohu yau ni te nakunari ni ki."
 to, sono hodo ha notamahi keti te,
 "Nokori tomare ru hito no, Tiuzyau ha, kaku tada-udo ni te, waduka ni nari noboru meri. Miya ha narabi naki sudi ni te ohasuru mo, omohe ba, ito koso ahare nare. Subete ito sadame naki yo nare ba koso, nani-goto mo omohu mama ni te, ike ru kagiri no yo wo sugusa mahosikere to, nokori tamaha m suwe no yo nado no, tatosihe naki otorohe nado wo sahe, omohi habakara rure ba."
 to, uti-katarahi tamahi te, Kamdatime nado mo ohom-saziki ni tudohi mawiri tamahe re ba, sonata ni ide tamahi nu.

 近衛司の使は、頭中将なりけり。かの大殿にて、出で立つ所よりぞ1380人々は参りたまうける。藤典侍も使なりけり。おぼえことにて、内裏、春宮よりはじめたてまつりて、六条院などよりも、御訪らひども所狭きまで、御心寄せいとめでたし。
宰相中将、出で立ちの所にさへ訪らひたまへり。うちとけずあはれを交はしたまふ御仲なれば、かくやむごとなき方に定まりたまひぬるを、ただならずうち思ひけり。
「何とかや今日のかざしよかつ見つつ
おぼめくまでもなりにけるかな
あさまし」
とあるを、折過ぐしたまはぬばかりを、いかが思ひけむ、いともの騒がしく1381、車に乗るほどなれど、
「かざしてもかつたどらるる草の名は
 桂を折りし人1382や知るらむ
博士ならでは」
と聞こえたり。はかなけれど、ねたきいらへと思す。なほ、この内侍にぞ、思ひ離れず、はひまぎれたまふべき。

 [2-2 柏木や夕霧たちの雄姿]
近衛府の使者は、頭中将であった。あの大殿邸を、出立する所から人々は参上なさったのであった。藤典侍も使者であった。格別に評判がよくて、帝、春宮をお初めとして、六条院などからも、御祝儀の数々が置き所もないほど、ご贔屓ぶりは実に素晴らしい。
宰相中将、出立の所にまでお手紙をお遣わしになった。人目を忍んで恋し合うお間柄なので、このようにれっきとしたお方と結婚がお決まりになったのを、心穏やかならず思っているのであった。
「何と言ったのか、今日のこの插頭は、目の前に見ていながら
思い出せなくなるまでになってしまったことよ
あきれたことだ」
とあるのを、機会をお見逃しにならなかったことだけは、どう思ったことやら、たいそう忙しく、車に乗る時であるが、
「頭に插頭してもなおはっきりと思い出せない草の名は
桂を折られたあなたはご存知でしょう
博士でなくては」
と申し上げた。つまらない歌であるが、悔しい返歌だとお思いになる。やはり、この典侍を、忘れられず、こっそりお会いなさるのであろう。

 [2-2 Kashiwagi and Yugiri are active in a festival of Kamo-shrin]
 Konowe-Dukasa no tukahi ha, Tou-no-Tiuzyau nari keri. Kano Oho-tono ni te, ide-tatu tokoro yori zo hito-bito ha mawiri tamau keru. Tou-Naisinosuke mo tukahi nari keri. Oboye koto ni te, Uti, Touguu yori hazime tatematuri te, Rokudeu-win nado yori mo ohom-toburahi-domo tokoro-seki made, mi-kokoro-yose ito medetasi.
 Saisyau-no-Tiuzyau, ide-tati no tokoro ni sahe toburahi tamahe ri. Utitoke zu ahare wo kahasi tamahu ohom-naka nare ba, kaku yamgotonaki kata ni sadamari tamahi nuru wo, tada-nara-zu uti-omohi keri.
 "Nani to ka ya kehu no kazasi yo katu mi tutu
 obomeku made mo nari ni keru kana

 asamasi."
 to aru wo, wori sugusi tamaha nu bakari wo, ikaga omohi kem, ito mono-sawagasiku, kuruma ni noru hodo nare do,
 "Kazasi te mo katu tadora ruru kusa no na ha
 katura wo wori si hito ya siru ram

 Hakase nara de ha."
 to kikoye tari. Hakanakere do, netaki irahe to obosu. Naho, kono Naisi ni zo, omohi hanare zu, hahi-magire tamahu beki.

 かくて、御参りは北の方添ひたまふべきを、「常に長々しうえ添ひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かの御後見をや添へまし」と思す。
上も、「つひにあるべきことの、かく隔たりて過ぐしたまふを、かの人も、ものしと思ひ嘆かるらむ。この御心にも、今はやうやうおぼつかなく、あはれに思し知るらむ。かたがた心おかれたてまつらむも、あいなし」と思ひなりたまひて、
「この折に添へたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふ人とても、若々しきのみこそ多かれ。御乳母たちなども、見及ぶことの心いたる限りあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらむほど、うしろやすかるべく」
と聞こえたまへば、「いとよく思し寄るかな」と思して、「さなむ」と、あなたにも語らひのたまひければ、いみじくうれしく、思ふこと叶ひはべる心地して、人の装束、何かのことも、やむごとなき御ありさまに劣るまじくいそぎたつ。
尼君なむ、なほこの御生ひ先見たてまつらむの心深かりける。「今一度見たてまつる世もや」と、命をさへ執念くなして念じけるを、「いかにしてかは」と、思ふも悲し。
その夜は、上添ひて参りたまふに、さて1383、車にも立ちくだりうち歩みなど、人悪るかるべきを、わがためは思ひ憚らず、ただ、かく磨きたてたてまつりたまふ玉の疵にて、わがかくながらふるを、かつはいみじう心苦しう思ふ。
 御参り1384の儀式、「人の目おどろくぼかりのことはせじ」と思しつつめど、おのづから世の常のさまにぞあらぬや。限りもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、上は、「まことにあはれにうつくし」と思ひきこえたまふにつけても、人に譲るまじう、「まことにかかることもあらましかば」と思す。大臣も、宰相の君も、ただこのことひとつをなむ、「飽かぬことかな」と、思しける。

 [2-3 4月20日過ぎ、明石姫君、東宮に入内]
こうして、御入内には北の方がお付き添いになるものだが、「いつまでも長々とお付き添い申していらっしゃることはできまい。このような機会に、あの実の親をご後見役に付けようか」とお考えになる。
対の上も、「結局は一緒になるはずなのに、このように離れて年月を過ごして来られたのを、あの方も、ひどいと思い嘆いていることだろう。姫君のお胸の中でも、今ではだんだんと恋しくお感じになっていらっしゃろう。お二方からおもしろくなく思われ申すのも、つまらないことだ」とお思いになって、
「この機会にお付き添わせ申しなさいませ。まだとてもか弱くいらっしゃるのも不安なので、伺候する女房たちとしても、若々しい人ばかり多いです。御乳母たちなども、気をつけるといっても行き届かない所がありますから、わたし自身は、ずっとお付きできません時、安心なように」
と申し上げなさると、「よくお気が付いたなあ」とお思いになって、「これこれで」と、あちらにもご相談になったので、まことに嬉しく願っていたことが、すっかり叶った心地がして、女房の着る装束、その他のことまで、高貴な方のご様子に劣らないほどに準備し出す。
尼君、やはりこの姫君のご将来を拝見したいお気持ちが深いのであった。「もう一度拝見する時があろうか」と、生きることに執念を燃やして祈っているのであったが、「どうしたらお目にかかれるだろうか」と、思うにつけても悲しい。
その夜は、対の上が付き添って参内なさるが、その際、輦車にも一段下がって歩いて行くなど、体裁の悪いことだが、自分は構わないが、ただ、このように大事に磨き申し上げなさった姫君の玉の瑕となって、自分がこのように長生きをしているのを、一方ではひどく心苦しく思う。
御入内の儀式、「世間の人を驚かすようなことはすまい」とご遠慮なさるが、自然と普通の入内とは違ったものとならざるをえない。この上もなく大事にお世話申し上げていらっしゃって、対の上は、本当にしみじみとかわいいとお思い申し上げなさるにつけても、他人に譲りたくなく、「本当にこのような子があったらいいのに」とお思いになる。大臣も宰相の君も、ただこのこと一点だけを、「物足りないことよ」と、お思いであった。

 [2-3 Akashi-hime gets married to Prince at about April 20]
 Kakute, ohom-mawiri ha Kitanokata sohi tamahu beki wo, "Tune ni naga-nagasiu e sohi saburahi tamaha zi. Kakaru tuide ni, kano ohom-usiromi wo ya sohe masi." to obosu.
 Uhe mo, "Tuhi ni aru beki koto no, kaku hedatari te sugusi tamahu wo, kano hito mo, monosi to omohi nageka ru ram. Kono mi-kokoro ni mo, ima ha yau-yau obotukanaku, ahare ni obosi siru ram. Kata-gata kokoro-oka re tatematura m mo, ainasi." to omohi nari tamahi te,
 "Kono wori ni sohe tatematuri tamahe. Mada ito aeka naru hodo mo usirometaki ni, saburahu hito tote mo, waka-wakasiki nomi koso ohokare. Ohom-menoto tati nado mo, mi-oyobu koto no kokoroitaru kagiri aru wo, midukara ha, e tuto si mo saburaha zara m hodo, usiroyasukaru beku."
 to kikoye tamahe ba, "Ito yoku obosi-yoru kana!" to obosi te, "Sa nam." to, anata ni mo katarahi notamahi kere ba, imiziku uresiku, omohu koto kanahi haberu kokoti si te, hito no sauzoku, nani ka no koto mo, yamgotonaki ohom-arisama ni otoru maziku isogi tatu.
 Ama-Gimi nam, naho kono ohom-ohisaki mi tatematura m no kokoro-hukakari keru. "Ima hito-tabi mi tatematuru yo mo ya?" to, inoti wo sahe sihuneku nasi te nen-zi keru wo, "Ika ni si te ka ha?" to, omohu mo kanasi.
 Sono yo ha, Uhe sohi te mawiri tamahu ni, sate, kuruma ni mo tati-kudari uti ayumi nado, hito-warukaru beki wo, waga tame ha omohi habakara zu, tada, kaku migaki tatematuri tamahu tama-no-kizu ni te, waga kaku nagarahuru wo, katu ha imiziu kokoro-gurusiu omohu.
 Ohom-mawiri no gisiki, "Hito no me odoroku bakari no koto ha se zi." to obosi tutume do, onodukara yo no tune no sama ni zo ara nu ya? Kagiri mo naku kasiduki suwe tatematuri tamahi te, Uhe ha, "Makoto ni ahare ni utukusi." to omohi kikoye tamahu ni tuke te mo, hito ni yuduru maziu, "Makoto ni kakaru koto mo ara masika ba." to obosu. Otodo mo, Saisyau-no-Kimi mo, tada kono koto hitotu wo nam, "Aka nu koto kana!" to, obosi keru.

 三日過ごしてぞ、上はまかでさせたまふ。たち変はりて参りたまふ夜、御対面あり。
「かくおとなびたまふけぢめになむ、年月のほども知られはべれば、疎々しき隔ては、残るまじくや」
と、なつかしうのたまひて、物語などしたまふ。これもうちとけぬる初めなめり。ものなどうち言ひたるけはひなど、むべこそはと、めざましう見たまふ。
また、いと気高う盛りなる御けしきを、かたみにめでたしと見て、「そこらの御中にもすぐれたる御心ざしにて、並びなきさまに定まりたまひけるも、いとことわり」と思ひ知らるるに、「かうまで、立ち並びきこゆる契り、おろかなりやは」と思ふものから、出でたまふ儀式の、いとことによそほしく、御輦車など聴されたまひて、女御の御ありさまに異ならぬを、思ひ比ぶるに、さすがなる身のほどなり。
 いと1385うつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見たてまつるにも、涙のみとどまらぬは、一つものとぞ見え1386ざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知らる。
思ふさまにかしづききこえて、心およばぬことはた、をさをさなき人のらうらうじさなれば、おほかたの寄せ、おぼえよりはじめ、なべてならぬ御ありさま容貌なるに、宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひきこえたまへり。
挑みたまへる御方々の人などは、この母君の、かくてさぶらひたまふを、疵に言ひなしなどすれど、それに消たるべくもあらず。いまめかしう、並びなきことをば、さらにもいはず、心にくくよしある御けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人なども、めづらしき挑み所にて、とりどりにさぶらふ人々も、心をかけたる女房の、用意ありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。
上も、さるべき折節には参りたまふ。御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの馴れず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき人のありさま、心ばへなり。

 [2-4 紫の上、明石御方と対面する]
三日間を過ごして、対の上はご退出あそばす。入れ替わって参内なさる夜に、ご対面がある。
「このようにご成人なさった節目に、長い歳月のほどが存じられますが、よそよそしい心の隔ては、ないでしょうね」
と、やさしくおっしゃって、お話などなさる。このことも仲好くなった初めのようである。お話などなさる態度に、なるほどもっともだと、目を見張る思いで御覧になる。
また、実に気品高く女盛りでいらっしゃるご様子を、お互いに素晴らしいと認めて、「大勢の御方々の中でも優れたご寵愛で、並ぶ方がいない地位を占めていらっしゃったのを、まことにもっともなことだ」と理解されると、「こんなにまで出世し、肩をお並べ申すことができた前世の約束、いいかげんなものでない」と思う一方で、ご退出になる儀式が実に格別に盛大で、御輦車などを許されなさって、女御のご様子と異ならないのを、思い比べると、やはり身分の相違というものを感じずにはいられないのである。
とてもかわいげに、お人形のようなご様子を、夢のような心地で拝見するにつけても、涙ばかりが止まらないのは、同じ涙とは思われないのであった。長年何かにつけ悲しみに沈んで、何もかも辛い運命だと悲観していた寿命も更に延ばしたく、気も晴れやかになったにつけても、本当に住吉の神も霊験あらたかだと思わずにいられない。
思う通りにお世話申し上げて、行き届かないこと、それは、まったくない方の利発さなので、世人一般の人気、声望をはじめとして、並々ならぬご容姿ご器量なので、東宮も、お若い心で、たいそう格別にお思い申し上げていらっしゃった。
競争なさっている御方々の女房などは、この母君がこうして伺候していらっしゃるのを、欠点に言ったりなどするが、それに負けるはずがない。当世風で、並ぶ者がないことは、言うまでもなく、奥ゆかしく上品なご様子を、ちょっとしたことにつけても、理想的に引き立ててお上げになるので、殿上人なども、珍しい風流の才を競う所として、それぞれに伺候する女房たちも、心寄せている女房の、心構え態度までが、実に立派なのを揃えていらっしゃった。
対の上も、しかるべき機会には参内なさる。お二方の仲は理想的に睦まじくなって行くが、そうかといって出過ぎたり馴れ馴れしくならず、軽く見られるような態度、言うまでもなく、まったくなく、不思議なほど理想的な方の態度、心構えである。

 [2-4 Murasaki and Akasi, Akashi-hime's mothers, meet each other at the Imperial Palace]
 Mi-ka sugosi te zo, Uhe ha makade sase tamahu. Tati-kahari te mawiri tamahu yo, ohom-taimen ari.
 "Kaku otonabi tamahu kedime ni nam, tosi-tuki no hodo mo sira re habere ba, uto-utosiki hedate ha, nokoru maziku ya?"
 to, natukasiu notamahi te, monogatari nado si tamahu. Kore mo utitoke nuru hazime na'meri. Mono nado uti-ihi taru kehahi nado, mube koso ha to, mezamasiu mi tamahu.
 Mata, ito ke-dakau sakari naru mi-kesiki wo, katami ni medetasi to mi te, "Sokora no ohom-naka ni mo sugure taru mi-kokorozasi ni te, narabi naki sama ni sadamari tamahi keru mo, ito kotowari." to omohi-sira ruru ni, "Kau made, tati-narabi kikoyuru tigiri, oroka nari ya ha?" to omohu mono kara, ide tamahu gisiki no, ito koto ni yosohosiku, mi-teguruma nado yurusa re tamahi te, Nyougo no ohom-arisama ni kotonara nu wo, omohi kuraburu ni, sasuga naru mi no hodo nari.
 Ito utukusige ni, hihina no yau naru mi-arisama wo, yume no kokoti si te mi tatematuru ni mo, namida nomi todomara nu ha, hitotu-mono to zo miye zari keru. Tosi-goro yorodu ni nageki sidumi, sama-zama uki mi to omohi ku-si turu inoti mo nobe mahosiu, hare-baresiki ni tuke te, makoto ni Sumiyosi-no-Kami mo oroka nara zu omohi sira ru.
 Omohu sama ni kasiduki kikoye te, kokoro oyoba nu koto hata, wosa-wosa naki hito no rau-rauzisa nare ba, ohokata no yose, oboye yori hazime, nabete nara nu mi-arisama katati naru ni, Miya mo, wakaki mi-kokoti ni, ito kokoro koto ni omohi kikoye tamahe ri.
 Idomi tamahe ru ohom-kata-gata no hito-bito nado ha, kono Haha-Gimi no, kaku te saburahi tamahu wo, kizu ni ihi-nasi nado sure do, sore ni keta ru beku mo ara zu. Imamekasiu, narabi naki koto wo ba, sarani mo iha zu, kokoro-nikuku yosi aru ohom-kehahi wo, hakanaki koto ni tuke te mo, aramahosiu motenasi kikoye tamahe re ba, Tenzyau-bito nado mo, medurasiki idomi dokoro ni te, tori-dori ni saburahu hito-bito mo, kokoro wo kake taru nyoubau no, youi arisama sahe, imiziku totonohe-nasi tamahe ri.
 Uhe mo, saru beki wori-husi ni ha mawiri tamahu. Ohom-nakarahi aramahosiu utitoke yuku ni, sari to te sasi-sugi mono-nare zu, anadurahasikaru beki motenasi, hata, tuyu naku, ayasiku aramahosiki hito no arisama, kokorobahe nari.

 大臣も、「長からずのみ思さるる御世のこなたに」と、思しつる御参りの、かひあるさまに見たてまつりなしたまひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて、見苦しかりつる宰相の君も、思ひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、御心おちゐ果てたまひて、「今は本意も遂げなむ」と、思しなる。
対の上の御ありさまの、見捨てがたきにも、「中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひきこえたまふべければ、さりとも」と、思し譲りけり。
夏の御方の、時に花やぎたまふまじきも、「宰相のものしたまへば」と、皆とりどりにうしろめたからず思しなりゆく。
明けむ年、四十になりたまふ、御賀のことを、朝廷よりはじめたてまつりて、大きなる世のいそぎなり。
その秋、太上天皇に准らふ御位得たまうて、御封加はり、年官年爵など、皆添ひたまふ。かからでも、世の御心に叶はぬことなけれど、なほめづらしかりける昔の例を改めで、院司どもなどなり、さまことにいつくしうなり添ひたまへば、内裏に参りたまふべきこと、難かるべきをぞ、かつは思しける。
かくても、なほ飽かず帝は思して、世の中を憚りて、位をえ譲りきこえぬことをなむ、朝夕の御嘆きぐさなりける。
 内大臣1387上がりたまひて、宰相中将、中納言になりたまひぬ。御よろこびに出でたまふ。光いとどまさりたまへるさま、容貌よりはじめて、飽かぬことなきを、主人の大臣も、「なかなか人に圧されまし宮仕へよりは」と、思し直る。
女君の大輔乳母、「六位宿世」と、つぶやきし宵のこと、ものの折々に思し出でければ、菊のいとおもしろくて1388、移ろひたるを賜はせて、
「浅緑若葉の菊を露にても
濃き紫の色とかけきや
からかりし折の一言葉こそ忘られね」
と、いと匂ひやかにほほ笑みて賜へり。恥づかしう、いとほしきものから、うつくしう見たてまつる。
「双葉より名立たる園の菊なれば
浅き色わく露もなかりき
いかに心おかせたまへりけるにか」
と、いと馴れて苦しがる。

 3 光る源氏の物語 准太上天皇となる [3-1 源氏、秋に准太上天皇の待遇を得る]
大臣も、「いつまでも生きていられないと思わずにはいられない存命中に」と、お思いであったご入内を、立派な地位にお付け申し上げなさって、本人が求めてのことであるが、身の上が落ち着かず、体裁の悪かった宰相の君も、心配もなく安心した結婚生活に落ち着きなさったので、すっかりご安心なさって、「今は出家の本意を遂げよう」と、お思いになる。
対の上のご様子の、見捨て難いのにつけても、「中宮がいらっしゃるので、並々ならぬお味方である。この姫君におかれても、表向きの親としては、真っ先にきっとお思い申し上げなさるだろうから、いくら何でも大丈夫」と、お任せになるのであった。
夏の御方が、何かにつけて華やかになりそうもないのも、「宰相がいらっしゃるので」と、皆それぞれに心配はなくお考えになって行く。
明年、四十歳におなりになる、御賀のことを、朝廷をお初め申して、大変な世を挙げてのご準備である。
その年の秋、太上天皇に準じる御待遇をお受けになって、御封が増加し、年官や年爵など、全部お加わりになる。そうでなくても、世の中でご希望通りにならないことはないのが、やはりめったになかった昔の例を踏襲して、院司たちが任命され、格段に威儀厳めしくおなりになったので、宮中に参内なさることが、難しいだろうことを、一方では残念にお思いであった。
それでも、なおも物足りなく帝はお思いあそばして、世間に遠慮して、皇位をお譲り申し上げられないことが、朝夕のお嘆きの種であった。
内大臣は太政大臣にご昇進になって、宰相中将は、中納言におなりになった。そのお礼言上にお出になる。輝きがますますお加わりになった姿、容貌をはじめとして、足りないところのないのを、主人の大臣も、「なまじ人に圧倒されるような宮仕えよりはましであった」と、お考え直しになる。
女君の大輔の乳母が、「六位の人との結婚」と、ぶつぶつ言った夜のことが、何かの機会ごとにお思い出しになったので、菊のたいそう美しくて、色の変化しているのをお与えになって、
「浅緑色をした若葉の菊を
濃い紫の花が咲こうとは夢にも思わなかっただろう
辛かったあの時の一言が忘れられない」
と、たいそう美しくほほ笑んでお与えになった。恥ずかしく、お気の毒なことをしたと思う一方で、いとしくも、お思い申し上げる。
「二葉の時から名門の園に育つ菊ですから
浅い色をしていると差別する者など誰もございませんでした
どのようにお気を悪くお思いになったことでしょうか」
と、いかにも物馴れた様子に言い訳をする。

 3 Tale of Hikaru-Genji Genji is given a equal status of abdicated from Mikado [3-1 Genji is given a equal status of abdicated from Mikado in the fall]
 Otodo mo, "Nagakara zu nomi obosa ruru mi-yo no konata ni." to, obosi turu ohom-mawiri no, kahi aru sama ni mi tatematuri nasi tamahi te, kokoro-kara nare do, yo ni uki taru yau ni te, mi-gurusikari turu Saisyau-no-Kimi mo, omohi naku meyasuki sama ni sidumari tamahi nure ba, mi-kokoro oti wi hate tamahi te, "Ima ha hoi mo toge na m." to, obosi naru.
 Tai-no-Uhe no mi-arisama no, mi-sute gataki ni mo, "Tiuguu ohasimase ba, oroka nara nu mi-kokoro-yose nari. Kono Ohom-kata ni mo, yo ni sira re taru oya zama ni ha, madu omohi kikoye tamahu bekere ba, sari to mo." to, obosi yuduri keri.
 Natu-no-Ohomkata no, toki ni hanayagi tamahu maziki mo, "Saisyau no monosi tamahe ba." to, mina tori-dori ni usirometakara zu obosi nari yuku.
 Ake m tosi, yoso-di ni nari tamahu, ohom-ga no koto wo, Ohoyake yori hazime tatematuri te, ohoki naru yo no isogi nari.
 Sono Aki, Daizyau-Tenwau ni nazurahu mi-kurwi etamau te, mi-bu kuhahari, tukasa kauburi nado, mina sohi tamahu. Kakara de mo, yo no mi-kokoro ni kanaha nu koto nakere do, naho medurasikari keru mukasi no rei wo aratame de, Winzi-domo nado nari, sama koto ni itukusiu nari sohi tamahe ba, Uti ni mawiri tamahu beki koto, katakaru beki wo zo, katu ha obosi keru.
 Kaku te mo, naho aka zu Mikado ha obosi te, yononaka wo habakari te, kurawi wo e yuduri kikoye nu koto wo nam, asa-yuhu no ohom-nageki-gusa nari keru.
 Nai-daizin agari tamahi te, Saisyau-no-Tiuzyau, Tiunagon ni nari tamahi nu. Ohom-yorokobi ni ide tamahu. Hikari itodo masari tamahe ru sama, katati yori hazime te, aka nu koto naki wo, Aruzi-no-Otodo mo, "Naka-naka hito ni osa re masi Miya-dukahe yori ha." to, obosi nahoru.
 Womna-Gimi no Taihu-no-Menoto, "Roku-wi sukuse" to, tubuyaki si yohi no koto, mono no wori-wori ni obosi ide kere ba, kiku no ito omosiroku te, uturohi taru wo tamaha se te,
 "Asa-midori wakaba no kiku wo tuyu ni te mo
 koki murasaki no iro to kake ki ya

 Karakari si wori no hito-kotoba koso wasura re ne."
 to, ito nihohiyaka ni hohowemi te tamahe ri. Hadukasiu, itohosiki mono kara, utukusiu mi tatematuru.
 "Hutaba yori na-data-ru sono no kiku nare ba
 asaki iro waku tuyu mo nakari ki

 Ika ni kokoro-oka se tamahe ru ni ka?"
 to, ito nare te kurusigaru.

 御勢ひまさりて、かかる御住まひも所狭ければ、三条殿に渡りたまひぬ。すこし荒れにたるを、いとめでたく修理しなして、宮のおはしましし方を改めしつらひて住みたまふ。昔おぼえて、あはれに思ふさまなる御住まひなり。
前栽どもなど、小さき木どもなりしも、いとしげき蔭となり、一村薄1389も心にまかせて乱れたりける、つくろはせたまふ。遣水の水草もかき改めて、いと心ゆきたるけしきなり。
をかしき夕暮のほどを、二所眺めたまひて、あさましかりし世の、御幼さの物語などしたまふに、恋しきことも多く、人の思ひけむことも恥づかしう、女君は思し出づ。古人どもの、まかで散らず、曹司曹司に1390さぶらひけるなど、参う上り集りて、いとうれしと思ひあへり。
男君、
「なれこそは岩守るあるじ見し人の
行方は知るや宿の真清水」
女君、
「亡き人の影1391だに見えずつれなくて
心をやれるいさらゐの水」
などのたまふほどに、大臣、内裏よりまかでたまひけるを、紅葉の色に驚かされて渡りたまへり。

 [3-2 夕霧夫妻、三条殿に移る]
ご威勢が増して、このようなお住まいでは手狭なので、三条殿にお移りになった。少し荒れていたのをたいそう立派に修理して、大宮がいらっしゃったお部屋を修繕してお住まいになる。昔が思い出されて、懐しく心にかなったお部屋である。
前栽どもなど、小さい木であったのが、たいそう大きな木蔭を作り、一叢薄ものび放題になっていたのを、手入れさせなさる。遣水の水草も取り払って、とても気持ちよさそうに流れている。
美しい夕暮れ時を、お二人で眺めなさって、情けなかった昔の、子供時代のお話などをなさると、恋しいことも多く、女房たちが何と思っていたかも恥ずかしく、女君はお思い出しになる。古い女房たちで、退出せず、それぞれの曹司に伺候していた人たちなど、参集して、実に嬉しく互いに思い合っていた。
男君、
「おまえこそはこの家を守っている主人だ、お世話になった人の
行方は知っているか、邸の真清水よ」
女君、
「亡き人の姿さえ映さず知らない顔で
心地よげに流れている浅い清水ね」
などとおっしゃっているところに、太政大臣、宮中からご退出なさった途中、紅葉のみごとな色に驚かされてお越しになった。

 [3-2 Yugiri and his wife move to Samjo-residence]
 Ohom-ikihohi masari te, kakaru ohom-sumahi mo tokoro-sekere ba, Samdeu-dono ni watari tamahi nu. Sukosi are ni taru wo, ito medetaku suri si-nasi te, Miya no ohasimasi si kata wo aratame siturahi te sumi tamahu. Mukasi oboye te, ahare ni omohu sama naru ohom-sumahi nari.
 Sensai-domo nado, tihisaki ki-domo nari si mo, ito sigeki kage to nari, hitomura-susuki mo kokoro ni makase te midare tari keru, tukuroha se tamahu. Yarimidu no mikusa mo kaki aratame te, ito kokoro-yuki taru kesiki nari.
 Wokasiki yuhugure no hodo wo, huta-tokoro nagame tamahi te, asamasikari si yo no, ohom-wosanasa no monogatari nado si tamahu ni, kohisiki koto mo ohoku, hito no omohi kem koto mo hadukasiu, Womna-Gimi ha obosi idu. Hurubito-domo no, makade tira zu, zausi zausi ni saburahi keru nado, mau-nobori arumari te, ito uresi to omohi-ahe ri.
 Wotoko-Gimi,
 "Nare koso ha iha-moru aruzi mi si hito no
 yukuhe ha siru ya yado no ma-simidu
"
 Womna-Gimi
 "Naki hito no kage dani miye zu turenaku te
 kokoro wo yare ru isarawi no midu
"
 nado notamahu hodo ni, Otodo, Uti yori makade tamahi keru wo, momidi no iro ni odoroka sare te watari tamahe ri.

 昔おはさひし御ありさまにも、をさをさ変はることなく、あたりあたりおとなしく住まひたまへるさま、はなやかなるを見たまふにつけても、いとものあはれに思さる。中納言も、けしきことに、顔すこし赤みて、いとどしづまりてものしたまふ。
あらまほしくうつくしげなる御あはひなれど、女は、またかかる容貌のたぐひも、などかなからむと見えたまへり。男は、際もなくきよらにおはす。古人ども御前に所得て、神さびたることども聞こえ出づ。ありつる御手習どもの、散りたるを御覧じつけて、うちしほたれたまふ。
「この水の心尋ねまほしけれど、翁は言忌して1392」
とのたまふ。
「そのかみの老木はむべも朽ちぬらむ1393
植ゑし小松も苔生ひにけり」
男君の御宰相の乳母、つらかりし御心も忘れねば、したり顔に、
「いづれをも蔭とぞ頼む双葉より
根ざし交はせる松の末々」
老人どもも、かやうの筋に聞こえ集めたるを、中納言は、をかしと思す。女君は、あいなく面赤み、苦しと聞きたまふ。

 [3-3 内大臣、三条殿を訪問]
昔大宮がお住まいだったご様子に、たいして変わるところなく、あちらこちらも落ち着いてお住まいになっている様子、若々しく明るいのを御覧になるにつけても、ひどくしみじみと感慨が込み上げてくる。中納言も、改まった表情で、顔が少し赤くなって、いつも以上にしんみりとしていらっしゃる。
理想的で初々しいご夫婦仲であるが、女は、他にこのような器量の人もいないこともなかろうと、お見えになる。男は、この上なく美しくいらっしゃる。古女房たちが御前で得意気になって、昔のことなどを申し上げる。さきほどのお二人の歌が、散らかっているのをお見つけになって、ふと涙ぐみなさる。
「この清水の気持ちを尋ねてみたいが、老人は遠慮して」
とおっしゃる。
「その昔の老木はなるほど朽ちてしまうのも当然だろう
植えた小松にも苔が生えたほどだから」
男君の宰相の御乳母、冷たかったお仕打ちを忘れなかったので、得意顔に、
「どちら様をも蔭と頼みにしております、二葉の時から
互いに仲好く大きくおなりになった二本の松でいらっしゃいますから」
老女房たちも、このような話題ばかりを歌に詠むのを、中納言は、おもしろいとお思いになる。女君は、わけもなく顔が赤くなって、聞き苦しく思っていらっしゃる。

 [3-3 Naidaijin visits to Samjo-residence]
 Mukasi ohasahi si ohom-arisama ni mo, wosa-wosa kaharu koto naku, atari atari otonasiku sumahi tamahe ru sama, hanayaka naru wo mi tamahu ni tuke te mo, ito mono ahare ni obosa ru. Tiuguu mo, kesiki koto ni, kaho sukosi akami te, itodo sidumari te monosi tamahu.
 Aramahosiku utukusige naru ohom-ahahi nare do, Womna ha, mata kakaru katati no taguhi mo, nado ka nakara m to miye tamahe ri. Wotoko ha, kiha mo naku kiyora ni ohasu. Hurubito-domo o-mahe ni tokoro-e te, kami-sabi taru koto-domo kikoye idu. Ari turu ohom-tenarahi-domo no, tiri taru wo go-ran-zi tuke te, uti-sihotare tamahu.
 "Kono midu no kokoro tadune mahosikere do, okina ha koto-imi si te."
 to notamahu.
 "Sonokami no oyi-ki ha mube mo kuti nu ram
 uwe si komatu mo koke ohi ni keri
"
 Wotoko-Gimi no ohom-Saisyau-no-Menoto, turakari si mi-kokoro mo wasure ne ba, sitari-gaho ni,
 "Idure wo mo kage to zo tanomu hutaba yori
 nezasi kahase ru matu no suwe-zuwe
"
 Oyibito-domo mo, kayau no sudi ni kikoye atume taru wo, Tiunagon ha, wokasi to obosu. Womna-Gimi ha, ainaku omote akami, kurusi to kiki tamahu.

 神無月の二十日あまりのほどに、六条院に行幸あり。紅葉の盛りにて、興あるべきたびの行幸なるに、朱雀院にも御消息ありて、院さへ渡りおはしますべければ、世にめづらしくありがたきことにて、世人も心をおどろかす。主人の院方も、御心を尽くし、目もあやなる御心まうけをせさせたまふ。
巳の時に行幸ありて、まづ、馬場殿に左右の寮の御馬牽き並べて、左右近衛立ち添ひたる作法、五月の節にあやめわかれず通ひたり。未くだるほどに、南の寝殿に移りおはします。道のほどの反橋、渡殿には錦を敷き、あらはなるべき所には軟障を引き、いつくしうしなさせたまへり。
東の池に舟ども浮けて、御厨子所の鵜飼の長、院の鵜飼を召し並べて、鵜をおろさせたまへり。小さき鮒ども食ひたり。わざとの御覧とはなけれども、過ぎさせたまふ道の興ばかりになむ。
山の紅葉、いづ方も劣らねど、西の御前は心ことなるを、中の廊の壁を崩し、中門を開きて、霧の隔てなくて御覧ぜさせたまふ。
御座、二つよそひて、主人の御座は下れるを、宣旨ありて直させ1394たまふほど、めでたく見えたれど、帝は、なほ限りあるゐやゐやしさを尽くして見せたてまつりたまはぬことをなむ、思しける。
池の魚を、左少将取り、蔵人所の鷹飼の、北野に狩仕まつれる鳥一番を、右少将捧げて、寝殿の東より御前に出でて、御階の左右に膝をつきて奏す。太政大臣、仰せ言賜ひて、調じて御膳に参る。親王たち、上達部などの御まうけも、めづらしきさまに、常の事どもを変へて仕うまつらせたまへり。

 [3-4 10月20日過ぎ、六条院行幸]
神無月の二十日過ぎ頃に、六条院に行幸がある。紅葉の盛りで、きっと興趣あるにちがいない今回の行幸なので、朱雀院にも御手紙があって、院までがお越しあそばすので、実に珍しくめったにない盛儀なので、世間の人も心をときめかす。主人の六条院方でも、お心を尽くして、目映いばかりのご準備をあそばす。
巳の時に行幸があって、まず、馬場殿に左右の馬寮の御馬を牽き並べて、左右近衛府の官人が立ち並んだ儀式、五月の節句に違わずよく似ていた。未の刻を過ぎたころ、南の寝殿にお移りあそばす。途中の反橋、渡殿には錦を敷き、よそから見えるにちがいない所には軟障を引き、厳めしくおしつらわせなさった。
東の池に舟を幾隻か浮かべて、御厨子所の鵜飼の長が、院の鵜飼を召し並べて、鵜を下ろさせなさった。小さい鮒を幾匹もくわえた。特別に御覧に入れるのではないが、お通りすがりになる一興ほどにである。
築山の紅葉、どの町のも負けない程であるが、西の御庭のは格別に素晴らしいので、中の廊の壁を崩し、中門を開いて、霧がさえぎることなく御覧にお入れあそばす。
御座、二つ準備して、主人の御座は下にあるのを、宣旨があってお改めさせなさるのも、素晴らしくお見えになったが、帝は、やはり規定以上の礼をお現し申し上げられないのを、残念にお思いあそばすのであった。
池の魚を、左少将が手に取り、蔵人所の鷹飼が、北野で狩をして参った鳥の一番を、右少将が捧げて、寝殿の東から御前に出て、御階の左右に膝まづいて奏上する。太政大臣が、お言葉を賜り伝えて、料理して御膳に差し上げる。親王方、上達部たちの御馳走も、珍しい様子に、いつものと目先を変えて差し上げさせなさった。

 [3-4 Mikado visits to Rokujo-in at about October 20]
 Kamna-duki no hatuka amari no hodo ni, Rokudeu-no-win ni gyaugau ari. Momidi no sakari ni te, kyou aru beki tabi no gyaugau naru ni, Suzaku-win ni mo ohom-seusoku ari te, Win sahe watari ohasimasu bekere ba, yo ni medurasiku arigataki koto ni te, yo-hito mo kokoro wo odorokasu. Aruzi no Win-gata mo, mi-kokoro wo tukusi, me mo ayanaru mi-kokoro mauke wo se sase tamahu.
 Mi no toki ni gyaugau ari te, madu, Umaba-dono ni hidari migi no tukasa no ohom-uma hiki-narabe te, hidari migi no Konowe tati-sohi taru sahohu, Satuki-no-seti ni ayame wakare zu kayohi tari. Hituzi kudaru hodo ni, minami no sin-den ni uturi ohasimasu. Miti no hodo no sori-hasi, wata-dono ni ha nisiki wo siki, araha naru beki tokoro ni ha zenzyau wo hiki, itukusiu si-nasa se tamahe ri.
 Himgasi no ike ni hune-domo uke te, mi-Dusi-dokoro no ukahi no wosa, Win no ukahi wo mesi narabe te, u wo orosa se tamahe ri. Tihisaki huna-domo kuhi tari. Wazato no go-ran to ha nakere do mo, sugi sase tamahu miti no kyou bakari ni nam.
 Yama no momidi, idu-kata mo otora ne do, nisi no o-mahe ha kokoro koto naru wo, naka no rau no kabe wo kudusi, Tiu-mon wo hiraki te, kiri no hedate nakute go-ran-ze sase tamahu.
 Go-za, hutatu yosohi te, aruzi no go-za ha kudare ru wo, senzi ari te nahosa se tamahu hodo, medetaku miye tare do, Mikado ha, naho kagiri aru wiya-wiyasisa wo tukusi te mise tatematuri tamaha nu koto wo nam, obosi keru.
 |ke no iwo wo, Hidari-no-Seusyau tori, Kura-udo-dokoro no Takagahi no, Kitano ni kari tuka-mature ru tori hito-tugahi wo, Migi-no-Suke sasage te, Sin-den no himgasi yori o-mahe ni ide te, mi-hasi no hidari migi ni hiza wo tuki te sou-su. Ohoki-Otodo, ohose-goto tamahi te, teu-zi te o-mono ni mawiru. Miko-tati, Kamdatime nado no ohom-mauke mo, medurasiki sama ni, tune no koto-domo wo kahe te tukau-matura se tamahe ri.

 皆御酔ひになりて、暮れかかるほどに、楽所の人召す。わざとの大楽にはあらず、なまめかしきほどに、殿上の童べ、舞仕うまつる。朱雀院の紅葉の賀、例の古事思し出でらる。「賀王恩」といふものを奏するほどに、太政大臣の御弟子の十ばかりなる、切におもしろう舞ふ。内裏の帝、御衣ぬぎて賜ふ。太政大臣下りて舞踏したまふ。
主人の院、菊を折らせたまひて、「青海波」の折を思し出づ。
「色まさる籬の菊も折々に
袖うちかけし秋を恋ふらし」
大臣、その折は、同じ舞に立ち並びきこえたまひしを、我も人にはすぐれたまへる身ながら、なほこの際はこよなかりけるほど、思し知らる。時雨、折知り顔なり。
「紫の雲にまがへる菊の花1395
濁りなき世の星かとぞ見る
 時こそありけれ1396」
と聞こえたまふ。

 [3-5 六条院行幸の饗宴]
皆お酔いになって、日が暮れかかるころに、楽所の人をお召しになる。特別の大がかりの舞楽ではなく、優雅に奏して、殿上の童が、舞を御覧に入れる。朱雀院の紅葉の御賀、例によって昔の事が自然と思い出されなさる。「賀皇恩」という楽を奏する時に、太政大臣の御末子の十歳ほどになる子が、実に上手に舞う。今上の帝、御召物を脱いで御下賜なさる。太政大臣、下りて拝舞なさる。
主人の院、菊を折らせなさって、「青海波」を舞った時のことをお思い出しになる。
「色濃くなった籬の菊も折にふれて
袖をうち掛けて昔の秋を思い出すことだろう」
太政大臣、あの時は、同じ舞をご一緒申してお舞いなさったのだが、自分も人には勝った身ではあるが、やはりこの院のご身分はこの上ないものであったと、思わずにはいらっしゃれない。時雨が、時知り顔に降る。
「紫の雲と似ている菊の花は
濁りのない世の中の星かと思います
一段とお栄えの時を」
と申し上げなさる。

 [3-5 There is a banquet in visiting to Rokujo-in]
 Mina ohom-wehi ni nari te, kure kakaru hodo ni, gakuso no hito mesu. Wazato no oho-gaku ni ha ara zu, namamekasiki hodo ni, Tenzyau no waraha-be, mahi tukau-maturu. Suzaku-win no Momidi-no-ga, rei no huru-koto obosi ide raru. Ga-wau-on to ihu mono wo sou-suru hodo ni, Ohoki-Otodo no ohom-woto-go no towo bakari naru, seti ni omosirou mahu. Uti-no-Mikado, ohom-zo nugi te tamahu. Ohoki-Otodo ori te butau si tamahu.
 Aruzi no Win, kiku wo wora se tamahi te, Seigaiha no wori wo obosi-idu.
 "Iro masaru magaki no kiku mo wori-wori ni
 sode uti-kake si aki wo kohu rasi
"
 Otodo, sono wori ha, onazi mahi ni tati-narabi kikoye tamahi si wo, ware mo hito ni ha sugure tamahe ru mi nagara, naho kono kiha ha koyonakari keru hodo, obosi-sira ru. Sigure, wori-siri gaho nari.
 "Murasaki no kumo ni magahe ru kiku no hana
 nigori naki yo no hosi ka to zo miru
 toki koso ari kere!"
 to kikoye tamahu.

 夕風の吹き敷く紅葉の色々、濃き薄き、錦を敷きたる渡殿の上、見えまがふ庭の面に、容貌をかしき童べの、やむごとなき家の子どもなどにて、青き赤き白橡、蘇芳、葡萄染めなど、常のごと、例のみづらに、額ばかりのけしきを見せて、短きものどもをほのかに舞ひつつ、紅葉の蔭に返り入るほど、日の暮るるもいと惜しげ1397なり。
 楽所1398などおどろおどろしくはせず。上の御遊び始まりて、書司の御琴ども召す。ものの興切なるほどに、御前に皆御琴ども参れり。宇多法師の変はらぬ声も、朱雀院は、いとめづらしくあはれに聞こし召す。
「秋をへて時雨ふりぬる里人も
かかる紅葉の折をこそ見ね」
うらめしげにぞ思したるや。帝、
「世の常の紅葉とや見るいにしへの
ためしにひける庭の錦を」
と、聞こえ知らせたまふ。御容貌いよいよねびととのほりたまひて、ただ一つものと見えさせたまふを、中納言さぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、思ひなしに劣りまさらむ1399、あざやかに匂はしきところは、添ひてさへ見ゆ。
笛仕うまつりたまふ、いとおもしろし。唱歌の殿上人、御階にさぶらふ中に、弁少将の声すぐれたり。なほさるべきにこそと見えたる御仲らひなめり。

 [3-6 朱雀院と冷泉帝の和歌]
夕風が吹き散らした紅葉の色とりどりの、濃いの薄いの、錦を敷いた渡殿の上、見違えるほどの庭の面に、容貌のかわいい童べの、高貴な家の子供などで、青と赤の白橡に、蘇芳と葡萄染めの下襲など、いつものように、例のみずらを結って、額に天冠をつけただけの飾りを見せて、短い曲目類を少しずつ舞っては、紅葉の葉蔭に帰って行くところ、日が暮れるのも惜しいほどである。
楽所など仰々しくはしない。堂上での管弦の御遊が始まって、書司の御琴類をお召しになる。一座の興が盛り上がったころに、お三方の御前にみな御琴が届いた。宇多の法師の変わらぬ音色も、朱雀院は、実に珍しくしみじみとお聞きあそばす。
「幾たびの秋を経て、時雨と共に年老いた里人でも
このように美しい紅葉の時節を見たことがない」
恨めしくお思いになったのであろうよ。帝は、
「世の常の紅葉と思って御覧になるのでしょうか
昔の先例に倣った今日の宴の紅葉の錦ですのに」
と、おとりなし申し上げあそばす。御器量は一段と御立派におなりになって、まるでそっくりにお見えあそばすのを、中納言が控えていらっしゃるが、また別々のお顔と見えないのには、目を見張らされる。気品があって素晴らしい感じは、思いなしか優劣がつけられようか、目の覚めるような美しい点は、加わっているように見える。
笛を承ってお吹きになる、たいそう素晴らしい。唱歌の殿上人、御階に控えて歌っている中で、弁少将の声が優れていた。やはり前世からの宿縁によって優れた方々がお揃いなのだと思われるご両家のようである。

 [3-6 Suzaku-in, abdicated from Mikado, and Reizei, present Mikado, change wakaeach other]
 Yuhukaze no huki siku momidi no iro-iro, koki usuki, nisiki wo siki taru wata-dono no uhe, miye magahu niha no omo ni, katati wokasiki warahabe no, yamgotonaki ihe no kodomo nado ni te, awoki akaki sira-turubami, suhau, ebi-zome nado, tune no goto, rei no midura ni, hitai bakari no kesiki wo mise te, midikaki mono-domo wo honoka ni mahi tutu, momidi no kage ni kaheri-iru hodo, hi no kururu mo ito wosige nari.
 Gakuso nado odoro-odorosiku ha se zu. Uhe no ohom-asobi hazimari te, Humi-no-Tukasa no ohom-koto-domo mesu. Mono no kyou seti naru hodo ni, go-zen ni mina ohom-koto-domo mawire ri. Uda-no-Hohusi no kahara nu kowe mo, Suzaku-win ha, ito medurasiku ahare ni kikosi mesu.
 "Aki wo he te sigure huri nuru sato-bito mo
 kakaru momidi no wori wo koso mi ne
"
 Uramesige ni zo obosi taru ya! Mikado,
 "Yo no tune no momidi to ya miru inisihe no
 tamesi ni kike ru niha no nisiki wo
"
 to, kikoye sira se tamahu. Ohom-katati iyo-iyo nebi totonohori tamahi te, tada hitotu mono to miye sase tamahu wo, Tiunagon saburahi tamahu ga, koto-koto nara nu koso, mezamasika'mere. Ate ni medetaki kehahi ya, omohi-nasi ni otori masara m, azayaka ni nihohasiki tokoro ha, sohi te sahe miyu.
 Hue tukau-maturi tamahu, ito omosirosi. Sauga no Tenzyau-bito, mi-hasi ni saburahu naka ni, Ben-no-Seusyau no kowe sugure tari. Naho saru beki ni koso to miye taru ohom-nakarahi na'meri.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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