源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び

2 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾

3 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家

4 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける

5 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う

6 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁

7 朧月夜の物語 こりずまの恋

8 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感

9 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う

10 明石の物語 男御子誕生

11 明石の物語 入道の手紙

12 明石の物語 一族の宿世

13 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る

14 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴

出典
校訂

1 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び

2 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾

3 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家

4 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける

5 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う

6 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁

7 朧月夜の物語 こりずまの恋

8 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感

9 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う

10 明石の物語 男御子誕生

11 明石の物語 入道の手紙

12 明石の物語 一族の宿世

13 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る

14 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴

1 Tale of Suzaku Selection of Naishinno's bridegroom

2 Tale of Suzaku Genji consents to get married to Sam-no-Miya

3 Tale of Suzaku There are ceremoneies on Sam-no-Miya growing up to be a women and Suzaku becoming a priest

4 Tale of Genji Genji tells Murasaki that he will get married to Sam-no-Miya

5 Tale of Genji Tamakazura presents wakana to Genji in celebration of his 40 years old

6 Tale of Genji Sam-no-Miya moves into Rokujo-in

7 Tale of Oborozukiyo The love of never knowing his failure to fall in it

8 Tale of Murasaki Murasaki's solitary and unhappy life

9 Tale of Genji Murasaki and Akikonomu celebtate Genji's 40 years old

10 Tale of Akashi A baby boy is born between Togu anad Akashi-Hime

11 Tale of Akashi A letter from Akashi's father

12 Tale of Akashi The fate of Akashi's

13 Tale of Sam-no-Miya Kashiwagi looks Sam-no-Miya by chance

14 Tale of Sam-no-Miya A banquet of after the kemari

 1 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び [1-1 朱雀院、女三の宮の将来を案じる]
朱雀院の帝、ありし御幸ののち、そのころほひより、例ならず悩みわたらせたまふ。もとよりあつしくおはしますうちに、このたびはもの心細く思し召されて、
「年ごろ行なひの本意深きを、后の宮おはしましつるほどは、よろづ憚りきこえさせたまひて、今まで思しとどこほりつるを、なほその方にもよほすにやあらむ、世に久しかるまじき心地なむする」
などのたまはせて、さるべき御心まうけどもせさせたまふ。
御子たちは、春宮をおきたてまつりて1400、女宮たちなむ四所おはしましける。その中に、藤壷と聞こえしは、先帝の源氏にぞおはしましける。
まだ坊と聞こえさせし時参りたまひて、高き位にも定まりたまべかりし人の、取り立てたる御後見もおはせず、母方もその筋となく、ものはかなき更衣腹にてものしたまひければ、御交じらひのほども心細げにて、大后の、尚侍を参らせたてまつりたまひて、かたはらに並ぶ人なくもてなしきこえたまひなどせしほどに、気圧されて、帝も御心のうちに、いとほしきものには思ひきこえさせたまひながら、下りさせたまひにしかば、かひなく口惜しくて、世の中を恨みたるやうにて亡せたまひにし。
その御腹の女三の宮を、あまたの御中に、すぐれてかなしきものに思ひかしづききこえたまふ。
そのほど、御年、十三、四ばかりおはす。
「今はと背き捨て、山籠もりしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼む蔭にて1401ものしたまはむとすらむ」
と、ただこの御ことをうしろめたく思し嘆く。
西山なる御寺造り果てて、移ろはせたまはむほどの御いそぎをせさせたまふに添へて、またこの宮の御裳着のことを思しいそがせたまふ。
院のうちにやむごとなく思す御宝物、御調度どもをばさらにもいはず、はかなき御遊びものまで、すこしゆゑある限りをば、ただこの御方に取りわたしたてまつらせたまひて、その次々をなむ、異御子たちには、御処分どもありける。

 1 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び [1-1 朱雀院、女三の宮の将来を案じる]
朱雀院の帝、先日の行幸の後、そのころから、御不例でずっと御病気でおいであそばす。もともと御病気がちでいらせられるが、今回は何となく心細くお思いあさばされて、
「長年出家の願望は強いが、后の宮がご存命であった間は、いろいろと御遠慮申し上げなさって、今まで決意しないでいたが、やはりその方面に心が向くのだろうか、長くは生きていられないような気がする」
などと仰せられて、しかるべきお心づもりをいろいろ御準備あそばす。
御子たちは、東宮を別に申して、女宮たちがお四方いらっしゃった。その中でも、藤壷と申し上げた方は、先帝の源氏でいらっしゃった。
まだ東宮と申し上げた時代に入内なさって、高い地位にもおつきになるはずであった方が、これと言ったご後見役もいらっしゃらず、母方も名門の家柄でなく、微力の更衣腹でいらっしゃったので、ご交際ぶりも頼りなさそうで、大后が尚侍の君をお入れ申し上げなさって、側に競争相手がいないほど重くお扱い申し上げなさったりしたので、圧倒されて、帝も御心中に、お気の毒にはお思い申し上げあそばしながら、御譲位あそばしたので、入内した甲斐もなく残念で、世の中を恨むような有様でお亡くなりになった。
その腹の女三の宮を、大勢の御子たちの中で、特別にかわいがって大事になさっておいでになる。
その当時、お年、十三、四歳ほどでいらっしゃる。
「今を限りと世を捨てて、山籠もりした後に残って、誰を頼りとして行かれるのだろうか」
と、ただこの御方のことだけが気がかりにお嘆きになる。
西山にある御寺を完成させて、お移りあそばすための御準備をあそばすにつけても、またこの宮の御裳着の儀式を御準備あそばす。
院の中に秘蔵していらっしゃる御宝物、御調度類は言うまでもなく、ちょっとしたお遊び道具類まで、少しでも由緒ある物は全て、ただこの御方にお譲り申し上げなさって、それに次ぐ品々を、他の御子たちには、御分配なさったのであった。

 1 Tale of Suzaku Selection of Naishinno's bridegroom [1-1 Suzaku is in anxiety about his daughter, Sam-no-Miya's future]
 Suzakuwin-no-Mikado, ari si mi-yuki no noti, sono korohohi yori, rei nara zu nayami watara se tamahu. Moto yori atusiku ohasimasu uti ni, kono tabi ha mono kokoro-bosoku obosimesa re te,
 "Tosi-goro okonahi no hoi hukaki wo, Kisai-no-Miya ohasimasi turu hodo ha, yorodu habakari kikoye sase tamahi te, ima made obosi todokohori turu wo, naho sono kata ni moyohosu ni ya ara m, yo ni hisasikaru maziki kokoti nam suru."
 nado notamahase te, saru beki mi-kokoro mauke-domo se sase tamahu.
 Miko-tati ha, Touguu wo oki tatematuri te, Womna-Miya-tati nam yo-tokoro ohasimasi keru. Sono naka ni, Huditubo tokikoye si ha, Sendai no Genzi ni zo ohasimasi keru.
 Mada Bau to kikoye sase si toki mawiri tamahi te, takaki kurawi ni mo sadamari tama' bekari si hito no, tori-tate taru ohom-usiromi mo ohase zu, haha-kata mo sono sudi to naku, mono-hakanaki Kaui-bara ni te monosi tamahi kere ba, ohom-mazirahi no hodo mo kokoro-bosoge ni te, Oho-Kisakino, Naisi-no-Kami wo mawira se tatematuri tamahi te, katahara ni narabu hito naku motenasi kikoye tamahi nado se si hodo ni, ke-osa re te, Mikado mo mi-kokoro no uti ni, itohosiki mono ni ha omohi kikoye sase tamahi nagara, ori sase tamahi ni sika ba, kahi naku kutiwosiku te, yononaka wo urami taru yau ni te use tamahi ni si.
 Sono ohom-hara no Womna-Sam-no-Miya wo, amata no ohom-naka ni, sugure te kanasiki mono ni omohi kasiduki kikoye tamahu.
 Sono hodo, ohom-tosi, zihu-sam, si bakari ohasu.
 "Ima ha to somuki-sute, yama-gomori si na m noti no yo ni tati-tomari te, tare wo tanomu kage ni te monosi tamaha m to sura m?"
 to, tada kono ohom-koto wo usirometaku obosi nageku.
 Nisi-yama naru mi-tera tukuri hate te, uturoha se tamaha m hodo no ohom-isogi wo se sase tamahu ni sohe te, mata kono Miya no ohom-mogi no koto wo obosi isoga se tamahu.
 Win no uti ni yamgotonaku obosu ohom-takara-nono, mi-teudo-domo wo ba sara ni mo iha zu, hakanaki ohom-asobi mono made, sukosi yuwe aru kagiri wo ba, tada kono ohom-Kata ni tori watasi tatematura se tamahi te, sono tugi-tugi wo nam, koto-Miko-tati ni ha, ohom-saubun-domo ari keru.

 [1-2 東宮、父朱雀院を見舞う]
春宮は、「かかる御悩みに添へて、世を背かせたまふべき御心づかひになむ」と聞かせたまひて、渡らせたまへり。母女御、添ひきこえさせたまひて参りたまへり。すぐれたる御おぼえにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御宿世の、限りなくめでたければ、年ごろの御物語、こまやかに聞こえさせたまひけり。
宮にも、よろづのこと、世をたもちたまはむ御心づかひなど、聞こえ知らせたまふ。御年のほどよりはいとよく大人びさせたまひて1402、御後見どもも、こなたかなた、軽々しからぬ仲らひにものしたまへば、いとうしろやすく思ひきこえさせたまふ。
「この世に恨み残ることもはべらず。女宮たち1403のあまた残りとどまる行く先を思ひやるなむ、さらぬ別れ1404にもほだしなりぬ1405べかりける。さきざき、人の上に見聞きしにも、女は心よりほかに、あはあはしく、人におとしめらるる宿世あるなむ、いと口惜しく1406悲しき。
いづれをも、思ふやうならむ御世には、さまざまにつけて、御心とどめて思し尋ねよ。その中に、後見などあるは、さる方にも思ひ譲りはべり。
三の宮なむ、いはけなき齢にて、ただ一人を頼もしきものとならひて、うち捨ててむ後の世に、ただよひさすらへむこと、いといとうしろめたく悲しくはべる」
と、御目おし拭ひ1407つつ、聞こえ知らせさせたまふ。
女御にも、うつくしき1408さまに聞こえつけさせたまふ。されど、女御の、人よりはまさりて時めきたまひしに、皆挑み交はしたまひしほど、御仲らひども、えうるはしからざりしかば、その名残にて、「げに1409、今はわざと憎しなどはなくとも、まことに心とどめて思ひ後見むとまでは思さずもや」とぞ推し量らるるかし。
朝夕に、この御ことを思し嘆く。年暮れゆくままに、御悩みまことに重くなりまさらせたまひて、御簾の外にも出でさせたまはず。御もののけにて、時々悩ませたまふ1410こともありつれど、いとかくうちはへをやみなきさまにはおはしまさざりつるを、「このたびは、なほ、限りなり」と思し召したり。
御位を去らせたまひつれど、なほその世に頼みそめたてまつり1411たまへる人々は、今もなつかしくめでたき御ありさまを、心やりどころに参り仕うまつりたまふ限りは、心を尽くして惜しみきこえたまふ。

 [1-2 東宮、父朱雀院を見舞う]
東宮は、「このような御病気に加えて、御出家あそばすお心づもりだ」とお聞きあそばして、お越しあそばした。母女御、ご一緒申されておいでになった。格別のご寵愛というほどでもなかったが、東宮がこうしていらっしゃるご運勢が、この上なく素晴らしいので、久しぶりのお話、親しくお話し合いになったのであった。
東宮にも、いろいろなこと、国をお治めになる時の御注意など、お教え申し上げなさる。お年のわりにはとてもよくご成人あそばされていて、ご後見役たちも、あちらこちらと、重々しい立派なお間柄でいらっしゃるので、たいそう安心だとお思い申し上げていらっしゃる。
「この世に不満の残ることはございません。女宮たちが大勢後に残るその行く末を思いやると、それがいざ別れとなる時にきっと障りとなることでしょう。これまで、他人事として見たり聞いたりしてきたことが、女は思いがけず、軽々しく、世間から批判される運命であるのが、たいそう残念で悲しいことだ。
どなたをも、御即位なさった御代には、何かにつけて、お心にかけてお世話なさって下さい。その中で、後見人のいる方は、そちらに任せてよいと思います。
三の宮は、幼いお年頃で、ただわたし一人をずっと頼りとしてきたので、出家した後の世に、寄るべもなく心細い生活をするだろうことを、とてもまことに気がかりで悲しく思っております」
と、お目を拭いながら、お聞かせ申し上げあそばす。
女御にも、やさしくして下さるようお頼み申し上げあそばす。けれども、母女御が、他の人よりは優れて御寵愛が厚かったために、皆が競争なさい合ったころ、お妃方の御仲も、あまりよろしくできなかったので、その影響で、「なるほど、今では特に憎いなどとは思わなくても、本当に心にかけてお世話しようとまではお思いでなかろう」と推量されるのである。
朝な夕なに、この方の御事を御心配なさる。年が暮れてゆくにつれて、御病気がほんとうに重くおなりあそばして、御簾の外にもお出ましにならない。御物の怪で、時々お悩みになったことはあったが、とてもこのようにいつまでもお悪いことはあり続けなかったが、「今度は、やはり、最期だ」とお思いでいらっしゃった。
お位をお退きあそばしたが、やはりその当時にお頼り申し上げていらした方々は、今でもおやさしくご立派なお人柄を、心の慰め所にして参上しお仕えなさっている方々は、みな心の底からお悲しみ申し上げなさる。

 [1-2 Togu visits his father in Suzaku-in]
 Touguu ha, "Kakaru ohom-nayami ni sohe te, yo wo somuka se tamahu beki mi-kokoro-dukahi ni nam." to kikase tamahi te, watara se tamahe ri. Haha-Nyougo, sohi kikoye sase tamahi te mawiri tamahe ri. Sugure taru ohom-oboye ni si mo ara zari sika do, Miya no kaku te ohasimasu ohom-sukuse no, kagiri naku medetakere ba, tosi-goro no ohom-monogatari, komayaka ni kikoye sase tamahi keri.
 Miya ni mo, yorodu no koto, yo wo tamoti tamaha m mi-kokoro-dukahi nado, kikoye sira se tamahu. Ohom-tosi no hodo yori ha ito yoku otonabi sase tamahi kere ba, ohom-usiromi-domo mo, konata kanata, karo-garosikara nu nakarahi ni monosi tamahe ba, ito usiroyasuku omohi kikoye sase tamahu.
 "Kono yo ni urami nokoru koto mo habera zu. Womna-Miya tati no amata nokori todomaru yukusaki wo omohi-yaru nam, sara nu wakare ni mo hodasi nari nu bekari keru. Saki-zaki, hito no uhe ni mi-kiki si ni mo, womna ha kokoro yori hoka ni, aha-ahasiku, hito ni otosime raruru sukuse aru nam, ito kutiwosiku kanasiki.
 Idure wo mo, omohu yau nara m mi-yo ni ha, sama-zama ni tuke te, mi-kokoro todome te obosi-tadune yo. Sono naka ni, usiromi nado aru ha, saru kata ni mo omohi yuduri haberi.
 Sam-no-Miya nam, ihakenaki yohahi ni te, tada hitori wo tanomosiki mono to narahi te, uti-sute te m noti no yo ni, tadayohi sasurahe m koto, ito ito usirometaku kanasiku haberu."
 to, ohom-me osi-nogohi tutu, kikoye sira se sase tamahu.
 Nyougo ni mo, utukusiki sama ni kikoye tuke sase tamahu. Saredo, Nyougo no, hito yori ha masari te toki-meki tamahi si ni, mina idomi-kahasi tamahi si hodo, ohom-nakarahi-domo, e uruhasikara zari sika ba, sono nagori ni te, "Geni, ima ha wazato nikusi nado ha naku to mo, makoto ni kokoro todome te omohi usiromu to made ha omoha zu mo ya?" to zo osihakara ruru kasi.
 Asa-yuhu ni, kono ohom-koto wo obosi nageku. Tosi kure-yuku mama ni, ohom-nayami makoto ni omoku nari masara se tamahi te, mi-su no to ni mo ide sase tamaha zu. Ohom-mononoke ni te, toki-doki nayama se tamahu koto mo ari ture do, ito kaku uti-hahe wo-yami naki sama ni ha ohasimasa zari turu wo, "Kono tabi ha, naho, kagiri nari." to obosimesi tari.
 Mi-kurawi wo sara se tamahi ture do, naho sono yo ni tanomi some tatematuri tamahe ru hito-bito ha, ima mo natukasiku medetaki ohom-arisama wo, kokoro-yari dokoro ni mawiri tukau-maturi tamahu kagiri ha, kokoro wo tukusi te wosimi kikoye tamahu.

 [1-3 源氏の使者夕霧、朱雀院を見舞う]
六条院よりも、御訪らひしばしばあり。みづからも参りたまふべきよし、聞こし召して、院はいといたく喜びきこえさせたまふ。
中納言の君参りたまへるを、御簾の内に召し入れて、御物語こまやかなり。
「故院の上の、今はのきざみに、あまたの御遺言ありし中に、この院の御こと、今の内裏の御ことなむ、取り分きてのたまひ置きしを、公けとなりて、こと限りありければ、うちうちの御心寄せ1412は、変らずながら、はかなきことのあやまりに、心おかれたてまつることもありけむと思ふを、年ごろことに触れて、その恨み残したまへるけしきをなむ漏らしたまはぬ。
賢しき人といへど、身の上になりぬれば、こと違ひて、心動き、かならずその報い見え、ゆがめることなむ、いにしへだに多かりける。
いかならむ折にか、その御心ばへほころぶべからむと、世の人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過ぐしたまひて、春宮などにも心を寄せきこえたまふ。今はた、またなく親しかるべき仲となり、睦び交はしたまへるも、限りなく心には思ひながら、本性の愚かなるに添へて、子の道の闇1413にたち交じり、かたくななるさまにやとて、なかなかよそのことに聞こえ放ちたるさまにてはべる。
内裏の御ことは、かの御遺言違へず仕うまつりおきてしかば、かく末の世の1414明らけき君として、来しかたの御面をも起こしたまふ。本意のごと、いとうれしくなむ。
この秋の行幸1415の後、いにしへのこととり添へて、ゆかしくおぼつかなくなむおぼえたまふ。対面に聞こゆべきことどもはべり。かならずみづから訪らひものしたまふべきよし、もよほし申したまへ」
など、うちしほたれつつのたまはす。

 [1-3 源氏の使者夕霧、朱雀院を見舞う]
六条院からも、お見舞いが頻繁にある。ご自身も参上なさる由、お聞きあそばして、院はとてもたいそうお喜び申し上げあそばす。
中納言の君が参上なさったのを、御簾の中に招き入れて、お話を親密になさる。
「故院の帝が、御臨終の際に、多くの御遺言があった中で、この院の御事と今上の帝の御事を、特別に仰せになったが、皇位に即くと、何かと自由にならないもので、心の中の好意は、変わらないものの、ちょっとした事の行き違いから、お恨まれ申されることもあっただろうと思うが、長年何かにつけて、その時の恨みが残っていらっしゃるご様子をお見せにならない。
賢人と言っても、自分自身の事となると、話は違って、心が動揺し、必ずその報復をし、道を踏みはずす例は、昔でさえ多くあったのだ。
どのような時にか、お恨みの心が漏れ出ることだろうかと、世間の人々もその気で疑っていたが、とうとう辛抱なさって、東宮などにもご好意をお寄せ申されていらっしゃる。今では、またとなく親しい姻戚関係になって交際していらっしゃるのも、この上なく有り難く心の中では思いながら、生来の愚かさに加えて、子を思う親心で目がくらみ、見苦しいことではないかと思って、かえってよそ事のようにお任せ申している有様でございます。
帝の御事は、あの御遺言通りに致しましたので、このような末世の名君として、これまでの不面目を挽回して下さる。願い通りで、まことに嬉しく思います。
この秋の行幸の後は、昔のことがあれこれと思い出されて、懐かしくお会いしたく存じます。お目にかかって申し上げたいことどもがございます。必ずご自身お訪ね下さるよう、お勧め申し上げて下さい」
などと、涙ぐみながら仰せになる。

 [1-3 Yugiri visits Suzaku as Genji's messenger]
 Rokudeu-no-Win yori mo, ohom-toburahi siba-siba ari. Midukara mo mawiri tamahu beki yosi, kikosi-mesi te, Win ha ito itaku yorokobi kikoye sase tamahu.
 Tiunagon-no-Kimi mawiri tamahe ru wo, mi-su no uti ni mesi ire te, ohom-monoagatri komayaka nari.
 "Ko-Win-no-Uhe no, ima ha no kizami ni, amata no go-yuigon ari si naka ni, kono Win no ohom-koto, Ima-no-Uti no ohom-koto nam, tori-waki te notamahi oki si wo, Ohoyake to nari te, koto kagiri ari kere ba, uti-uti no mi-kokoro-yose ha, kahara zu nagara, hakanaki koto no ayamari ni, kokoro-oka re tatematuru koto mo ari kem to omohu wo, tosi-goro koto ni hure te, sono urami nokosi tamahe ru kesiki wo nam morasi tamaha nu.
 Sakasiki hito to ihe do, mi no uhe ni nari nure ba, koto tagahi te, kokoro ugoki, kanarazu sono mukuyi miye, yugame ru koto nam, inisihe dani ohokari keru.
 Ika nara m wori ni ka, sono mi-kokorobahe hokorobu bekara m to, yo no hito mo omomuke utagahi keru wo, tuhi ni sinobi sugusi tamahi te, Touguu nado ni mo kokoro wo yose kikoye tamahu. Ima hata, mata naku sitasikaru beki naka to nari, mutubi-kahasi tamahe ru mo, kagiri naku kokoro ni ha omohi nagara, honzyau no oroka naru ni sohe te, ko no miti no yami ni tati-maziri, kataku naru sama ni ya tote, naka-naka yoso no koto ni kikoye hanati taru sama ni te haberu.
 Uti no ohom-koto ha, kano go-yuigon tagahe zu tukau-maturi oki te sika ba, kaku suwe no yo no akirakeki Kimi to si te, ki-si-kata no ohom-omote wo mo okosi tamahu. Hoi no goto, ito uresiku nam.
 Kono aki no Gyaugau no noti, inisihe no koto tori sohe te, yukasiku obotukanaku nam oboye tamahu. Taimen ni kikoyu beki koto-domo haberi. Kanara zu midukara toburahi monosi tamahu beki yosi, moyohosi mausi tamahe."
 nado, uti-sihotare tutu notamaha su.

 [1-4 夕霧、源氏の言葉を言上す]
中納言の君、
「過ぎはべりにけむ方は、ともかくも思うたまへ分きがたくはべり。年まかり入りはべりて、朝廷にも仕うまつりはべるあひだ、世の中のことを見たまへまかりありくほどには、大小のことにつけても、うちうちのさるべき物語などのついでにも1416、『いにしへのうれはしきことありてなむ』など、うちかすめ申さるる折ははべらず1417なむ。
『かく朝廷の御後見を仕うまつりさして1418、静かなる思ひをかなへむと、ひとへに籠もりゐし後は、何ごとをも、知らぬやうにて、故院の御遺言のごともえ仕うまつらず、御位におはしましし世には、齢のほども、身のうつはものも及ばず、かしこき上の人々多くて、その心ざしを遂げて御覧ぜらるることもなかりき。今、かく政事を去りて、静かにおはしますころほひ、心のうちをも隔てなく、参りうけたまはらまほしきを、さすがに何となく所狭き身のよそほひにて、おのづから月日を過ぐすこと』
となむ、折々嘆き申したまふ」
など、奏したまふ。
二十にもまだわづかなるほどなれど1419、いとよくととのひ過ぐして、容貌も盛りに匂ひて、いみじくきよらなる1420を、御目にとどめてうちまもらせたまひつつ、このもてわづらはせたまふ姫宮の御後見に、これをやなど、人知れず思し寄りけり。
「太政大臣のわたりに、今は住みつかれにたりとな。年ごろ心得ぬさまに聞きしが、いとほしかりしを、耳やすきものから、さすがにねたく思ふことこそあれ」
とのたまはする御けしきを、「いかにのたまはするにか」と1421、あやしく思ひめぐらすに、「この姫宮をかく思し扱ひて、さるべき人あらば、預けて、心やすく世をも思ひ離ればや、となむ思しのたまはする」と、おのづから漏り聞きたまふ便りありければ、「さやうの筋にや」とは思ひぬれど、ふと心得顔にも、何かはいらへきこえさせむ。ただ、
「はかばかしくもはべらぬ身には、寄るべもさぶらひがたくのみなむ」
とばかり奏して止みぬ。

 [1-4 夕霧、源氏の言葉を言上す]
中納言の君は、
「過ぎ去りました昔の事は、何とも分りかねがたく存じます。成人いたしまして、朝廷にもお仕え致す間に、世間の事をあれこれと経験してまいりますうちに、大小の公事につけても、私的な打ち解けた話し合いの中でも、『昔の辛い思いをしたことがあって』などと、ほのめかされることはございませんでした。
『このように朝廷の御後見を中途でご辞退申して、静かな暮らしをしようと、すっかり籠居して後は、どのような事をも、関係ないようにして、故院の御遺言通りにもお仕え申すことができず、御在位時代には、年齢も器量も不十分で、すぐれた上位の方々が多くて、わたしの思いを十分に尽くして御覧いただくこともありませんでした。今は、このように御退位なさって、静かにお暮らしになっていらっしゃるこの折に、思いのまま心おきなく、参上してお話を承りたいが、そうは言っても何やら大層な身分のために、ついつい月日を過ごしたていること』
と、時々お嘆き申していらっしゃいます」
などと、奏上なさる。
二十歳にもまだわずか足りない年齢であるが、まことに立派に年齢以上に成人して、器量も今を盛りに輝くばかりで、たいそう美しいので、お目に止めてじっと御覧あそばしながら、この御心中を悩ましていらっしゃる姫宮の御後見に、この人はどうかしらなどと、人知れずお考えよりになるのであった。
「太政大臣の邸に、今は落ちつかれたそうですね。長年わけの分からない話のように聞いたのは、気の毒に思ったが、ほっとしたものの、やはり残念に思うことがあります」
と仰せになる御様子を、「何を仰せになろうとするのかしら」と、不思議に思って考えてみると、「こちらの姫宮をこのように御心配なさって、適当な人がいたら、頼んで、気楽に俗世を離れたい、とお思いになって仰せになるのだろう」と、自然と漏れ聞きなさる伝もあったので、「そのようなことではないか」とは思ったが、すぐさま分かったような顔をして、どうしてお答え申し上げられよう。ただ、
「頼りにもならないわたしには、妻もなかなか得がたくございます」
とだけお答え申し上げるにとどまった。

 [1-4 Yugiri leaves Genji's message for Suzaku]
 Tiunagon-no-Kimi,
 "Sugi haberi ni kem kata ha, tomo-kaku mo omou tamahe waki gataku haberi. Tosi makari iri haberi te, Ohoyake ni mo tukau-maturi haberu ahida, yononaka no koto wo mi tamahe makari ariku hodo ni ha, dai-seu no koto ni tuke te mo uti-uti no saru beki monogatari nado no tuide ni mo, "Inisihe no urehasiki koto ari te nam." nado, uti-kasume mausa ruru wori ha habera zu nam.
 "Kaku Ohoyake no ohom-usiromi wo tukau-maturi sasi te, siduka naru omohi wo kanahe m to, hitohe ni komori wi si noti ha, nani-goto wo mo, sira nu yau ni te, ko-Win no go-yuigon no goto mo e tukau matura zu, mi-Kurawi ni ohasi masi si yo ni ha, yohahi no hodo mo, mi no utuha-mono mo oyoba zu, kasikoki kami no hito-bito ohoku te, sono kokorozasi wo toge te go-ran-ze raruru koto mo nakari ki. Ima, kaku maturigoto wo sari te, siduka ni ohasimasu korohohi, kokoro no uti wo mo hedate naku, mawiri uketamahara mahosiki wo, sasuga ni nani to naku tokoro-seki mi no yosohohi ni te, onodukara tuki-hi wo sugusu koto."
 to nam, wori-wori nageki mausi tamahu."
 nado, sou-si tamahu.
 Ni-zihu ni mo mada waduka naru hodo nare do, ito yoku totonohi sugusi te, katati mo sakari ni nihohi te, imiziku kiyora naru wo, ohom-me ni todome te uti mamora se tamahi tutu, kono mote-waduraha se tamahu Hime-Miya no ohom-usiromi ni, kore wo ya nado, hito sire zu obosi-yori keri.
 "Ohoki-Otodo no watari ni, ima ha sumi-tuka re ni tari to na. Tosi-goro kokoro-e nu sama ni kiki si ga, itohosikari si wo, mimi yasuki mono kara, sasuga ni netaku omohu koto koso are."
 to notamaha suru mi-kesiki wo, "Ika ni notamaha suru ni ka?" to, ayasiku omohi megurasu ni, "Kono Hime-Miya wo kaku obosi atukahi te, saru beki hito ara ba, aduke te, kokoro-yasuku yo wo mo omohi hanare baya, to nam obosi notamahasuru." to, onodukara mori kiki tamahu tayori ari kere ba, "Sayau no sudi ni ya?" to ha omohi nure do, huto kokoro-e-gaho ni mo, nani ka ha irahe kikoye sase m? Tada,
 "Haka-bakasiku mo habera nu mi ni ha, yorube mo saburahi gataku nomi nam."
 to bakari sou-si te yami nu.

 [1-5 朱雀院の夕霧評]
女房などは、覗きて見きこえて、
「いとありがたくも見えたまふ容貌、用意かな」
「あな、めでた」
など、集りて聞こゆるを、老いしらへるは、
「いで、さりとも、かの院のかばかりにおはせし御ありさまには、えなずらひきこえたまはざめり。いと目もあやにこそきらよにものしたまひしか」
など、言ひしろふを聞こしめして、
「まことに、かれはいとさま異なりし人ぞかし。今はまた、その世にもねびまさりて、光るとはこれを言ふべきにやと見ゆる匂ひなむ、いとど加はりにたる。うるはしだちて、はかばかしき方に見れば、いつくしくあざやかに、目も及ばぬ1422心地するを、また、うちとけて、戯れごとをも言ひ乱れ遊べば、その方につけては、似るものなく愛敬づき、なつかしくうつきしきことの、並び1423なきこそ、世にありがたけれ。何ごとにも前の世推し量られて、めづらかなる人のありさまなり。
宮の内に生ひ出でて、帝王の限りなくかなしきものにしたまひ、さばかり撫でかしづき1424、身に変へて思したりしかど、心のままにも驕らず、卑下して、二十がうちには、納言にもならずなりにきかし。一つ余りてや、宰相にて大将かけたまへりけむ。
それに、これはいとこよなく進みにためるは、次々の子の世のおぼえのまさるなめりかし。まことに賢き方の才、心もちゐなどは、これもをさをさ劣るまじく、あやまりても、およすけまさりたるおぼえ、いと異なめり1425」
など、めでさせたまふ。

 [1-5 朱雀院の夕霧評]
女房などは、覗き見申して、
「本当に立派にお見えになる容貌や、態度ですこと」
「ああ、素晴らしい」
などと、集まってお噂申し上げているのを、年輩の女房は、
「さあ、どうかしら、そうは言っても、あの院がこれぐらいお年でいらっしゃった時のご様子には、とてもお比べ申し上げることはおできになれません。実に眩しいほどお美しくいらっしゃいました」
などと、言い合うのをお耳にあそばして、
「本当に、あの方は特別の人であった。今はまた、あの当時以上に立派になって、光り輝くとはこれを言うべきなのかと見える輝きが、一段と加わっている。威儀を正して、公事に携わっているところを見ると、堂々として鮮やかで、目も眩ゆい気がするが、また一方に、うちくつろいで、冗談を言ってふざけるところは、その方面では、またとないほど愛嬌があって、親しみやすく愛らしいこと、この上ないのは、めったにいない人だ。何事につけても前世の果報が思いやられて、類稀な人柄だ。
宮中で成長して、帝王がこの上なくおかわいがりなさり、あれほど大事にし、わが身以上に大切になさったが、いい気になって増長することもなく、謙虚にして、二十歳までは、中納言にもならずじまいだった。一つ越してか、宰相で大将を兼官なさったろう。
それに比べて、こちらはこの上なく昇進しているのは、親から子へと次第に声望が高まっていくのであろう。本当に公事に関する才能、心構えなどは、こちらも決して父親に劣らず、たとい間違っても、年々老成してきたという評判は、たいそう格別なようだ」
などと、お誉めあそばす。

 [1-5 Suzaku criticizes Yugiri's personal character]
 Nyoubau nado ha, nozoki te mi kikoye te,
 "Ito arigataku mo miye tamahu katati, youi kana!"
 "Ana, medeta!"
 nado, atumari te kikoyuru wo, oyi sirahe ru ha,
 "Ide, sari to mo, kano Win no kabakari ni ohase si ohom-arisama ni ha, e nazurahi kikoye tamaha za'meri. Ito me mo aya ni koso kiyora ni monosi tamahi sika."
 nado, ihi-sirohu wo kikosimesi te,
 "Makoto ni, kare ha ito sama kotonari si hito zo kasi. Ima ha mata, sono yo ni mo nebi masari te, hikaru to ha kore wo ihu beki ni ya to miyuru nihohi nam, itodo kuhahari ni taru. Uruhasi-dati te, haka-bakasiki kata ni mire ba, itukusiku azayaka ni, me mo oyoba nu kokoti suru wo, mata, utitoke te, tahabure goto wo mo ihi midare asobe ba, sono kata ni tuke te ha, niru mono naku aigyau-duki natukasiku utukusiki koto no, narabi naki koso, yo ni arigatakere. Nani goto ni mo saki-no-yo osihakara re te, meduraka naru hito no arisama nari.
 Miya no uti ni ohi-ide te, Teiwau no kagiri naku kanasiki mono ni si tamahi, sa-bakari nade kasiduki, mi ni kahe te obosi tari sika do, kokoro no mama ni mo ogora zu, hige si te, hatati ga uti ni ha, Nahugon ni mo nara zu nari ni ki kasi. Hito-tu amari te ya, Saisyau ni te Daisyau kake tamahe ri kem.
 Sore ni, kore ha ito koyonaku susumi ni ta'meru ha, tugi-tugi no ko no yo no oboye no masaru na'meri kasi. Makoto ni kasikoki kata no zae, kokoro-motiwi nado ha, kore mo wosa-wosa otoru maziku, ayamari te mo, oyosuke masari taru oboye, ito koto na'meri."
 nado, mede sase tamahu.

 [1-6 女三の宮の乳母、源氏を推薦]
姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき御ありさまなるを見たてまつりたまふにも、
「見はやしたてまつり、かつは、まだ片生ひならむことをば、見隠し教へきこえつべからむ人の、うしろやすからむに預けきこえばや」
など聞こえたまふ。
おとなしき御乳母ども召し出でて、御裳着のほどのことなどのたまはするついでに、
「六条の大殿の、式部卿親王の女生ほし立てけむやうに、この宮を預かりて育まむ人もがな。ただ人の中にはありがたし。内裏には中宮さぶらひたまふ。次々の女御たちとても、いとやむごとなき限りものせらるるに、はかばかしき後見なくて、さやうの交じらひ、いとなかなかならむ。
この権中納言の朝臣の独りありつるほどに、うちかすめてこそ試みるべかりけれ。若けれど、いと警策に、生ひ先頼もしげなる1426人にこそあめるを」
とのたまはす。
「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年ごろも、かのわたりに心をかけて、ほかざまに思ひ移ろふべくもはべらざりけるに、その思ひ叶ひては、いとど揺るぐ方はべらじ。
かの院こそ、なかなか、なほいかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は、絶えずものせさせたまふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも、今に忘れがたくこそ、聞こえたまふなれ」
と申す。
「いで、その旧りせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」
とはのたまはすれど、
「げに、あまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲りおききこえまし」
なども、思し召すべし。
「まことに、少しも世づきてあらせむと思はむ女子持たらば、同じくは、かの人のあたりにこそ、触ればはせまほしけれ。いくばくならぬこの世のあひだは、さばかり心ゆくありさまにてこそ、過ぐさまほしけれ。
われ女ならば、同じはらからなりとも、かならず睦び寄りなまし。若かりし時など、さなむおぼえし。まして、女の欺かれむは、いと、ことわりぞや」
とのたまはせて、御心のうちに、尚侍の君の御ことも、思し出でらるべし。

 [1-6 女三の宮の乳母、源氏を推薦]
姫宮がとてもかわいらしげで、幼く無邪気なご様子であるのを拝見なさるにつけても、
「はなやかにお世話して上げ、また一方では、至らないところは、見知らない体でそっと教えて上げるような人で、安心な方にお預け申したいものだ」
などとお申し上げになる。
年かさの御乳母たちを御前に召し出して、御裳着の時の事などを仰せになる折に、
「六条の大殿が、式部卿の親王の娘を育て上げたというように、この姫宮を引き取って育ててくれる人がいないものか。臣下の中ではいそうにない。主上には中宮がいらっしゃる。それに次ぐ女御たちにしても、たいそう高貴な家柄の方ばかりが揃っていられるから、しっかりした御後見役がいなくて、そのような宮廷生活は、かえってしないほうがましだろう。
この権中納言の朝臣が独身でいた時に、こっそり打診してみるべきであった。若いけれど、たいそう有能で、将来有望な人と思えるから」
と仰せになる。
「中納言は、もともとたいそう生真面目な方で、長年、あの方に心を懸けて、他の女性には心を移そうともしなかったのでございますから、その願いが叶ってからは、ますますお心の動くはずがございますまい。
あの院こそは、かえって、依然としてどのようなことにつけても、女性にご関心の心は、引き続きお持ちのようでいらっしゃると聞いております。その中でも、高貴な女性を得たいとのお望みが深くて、前斎院などをも、今でも忘れることができずに、お便りを差し上げていらっしゃると聞いております」
と申し上げる。
「いや、その変わらない好色心が、たいそう心配だ」
とは仰せになるが、
「なるほど、大勢の婦人方の中に混じって、不愉快な思いをすることがあったとしても、やはり親代わりと決めたことにして、そのようにお譲り申そうか」
などとも、お考えになるのだろう。
「ほんとうに、少しでも結婚させようと思うような女の子を持っていたら、同じことなら、あの院の側に、添わせたいものだ。長くもない人生では、あのように満ち足りた気持ちで、過ごしたいものだ。
わたしが女だったら、同じ姉弟ではあっても、きっと睦まじい仲になっていただろう。若かった時など、そのように思った。ましてや、女がだまされたりするようなのは、まことに、もっともなことだ」
と仰せになって、御心中に、尚侍の君の御事も、自然とお思い出しになっているのであろう。

 [1-6 Sam-no-Miya's wet nurse recommends Genji for her bridegroom]
 Hime-Miya no ito utukusige ni te, wakaku nani-gokoro naki ohom-arisama naru wo mi tatematuri tamahu ni mo,
 "Mi-hayasi tatematuri, katu ha, mada kata-ohi nara m koto wo ba, mi kakusi wosihe kikoye tu bekara m hito no, usiroyasukara m ni aduke kikoye baya!"
 nado kikoye tamahu.
 Otonasiki ohom-menoto-domo mesi-ide te, ohom-mogi no hodo no koto nado notamaha suru tuide ni,
 "Rokudeu-no-Otodo no, Sikibukyau-no-Miko no musume ohosi-tate kem yau ni, kono Miya wo adukari te hagukuma m hito mo gana. Tada-udo no naka ni ha ari gatasi. Uti ni ha Tiuguu saburahi tamahu. Tugi-tugi no Nyougo-tati tote mo, ito yamgotonaki kagiri monose raruru ni, haka-bakasiki usiromi naku te, sayau no mazirahi, ito naka-naka nara m.
 Kono Gon-no-Tiunagon no Asom no hitori ari turu hodo ni, uti-kasume te koso kokoromiru bekari kere. Wakakere do, ito kyauzaku ni, ohisaki tanomosige naru hito ni koso a'meru wo."
 to notamahasu.
 "Tiunagon ha, motoyori ito mame-bito ni te, tosi-goro mo, kano watari ni kokoro wo kake te, hoka-zama ni omohi uturohu beku mo habera zari keru ni, sono omohi kanahi te ha, itodo yurugu kata habera zi.
 Kano Win koso, naka-naka, naho ika naru ni tuke te mo, hito wo yukasiku obosi taru kokoro ha, taye zu monose sase tamahu nare. Sono naka ni mo, yamgotonaki ohom-negahi hukaku te, saki-no-Saiwin nado wo mo, ima ni wasure gataku koso, kikoye tamahu nare."
 to mausu.
 "Ide, sono huri se nu adake koso ha, ito usirometakere."
 to ha notamahasure do,
 "Geni, amata no naka ni kakadurahi te, mezamasikaru beki omohi ha ari to mo, naho yagate oya-zama ni sadame taru ni te, sa mo ya yuduri-oki kikoye masi."
 nado mo, obosimesu besi.
 "Makoto ni, sukosi mo yo duki te ara se m to omoha m womna-go mo' tara ba, onaziku ha, kano hito no atari ni koso, hurebaha se mahosikere. Ikubaku nara nu konoyo no ahida ha, sabakari kokoro-yuku arisama ni te koso, sugusa mahosikere.
 Ware womna nara ba, onazi harakara nari to mo, kanarazu mutubi-yori na masi. Wakakari si toki nado, sa nam oboye si. Masite, Womna no azamuka re m ha, ito, kotowari zo ya!"
 to notamahase te, mi-kokoro no uti ni, Kam-no-Kimi no ohom-koto mo, obosi-ide raru besi.

 2 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾 [2-1 乳母と兄左中弁との相談]
この御後見どもの中に、重々しき御乳母の兄、左中弁なる、かの院の親しき人にて、年ごろ仕うまつるありけり。この宮にも心寄せことにてさぶらへば、参りたるにあひて、物語するついでに、
「上なむ、しかしか御けしきありて聞こえたまひしを、かの院に、折あらば漏らしきこえさせたまへ。皇女たちは、独りおはしますこそは例のことなれど、さまざまにつけて心寄せたてまつり、何ごとにつけても、御後見したまふ人あるは頼もしげなり。
上をおきたてまつりて、また真心に思ひきこえたまふべき人もなければ、おのらは、仕うまつるとても、何ばかりの宮仕へ1427にかあらむ。わが心一つにしもあらで、おのづから思ひの他のこともおはしまし、軽々しき聞こえもあらむ時には、いかさまにかは、わづらはしからむ。御覧ずる世に、ともかくも、この御こと定まりたらば、仕うまつりよくなむあるべき。
かしこき筋と聞こゆれど、女は、いと宿世定めがたくおはしますものなれば、よろづに嘆かしく、かくあまたの御中に、取り分ききこえさせたまふにつけても、人の嫉みあべかめるを、いかで塵も据ゑ1428たてまつらじ」
と語らふに、弁、
「いかなるべき御ことにかあらむ。院は、あやしきまで御心長く、仮にても見そめたまへる人は、御心とまりたるをも、またさしも深からざりけるをも1429、かたがたにつけて尋ね取りたまひつつ、あまた集へきこえたまへれど、やむごとなく思したるは、限りありて、一方なめれば、それにことよりて、かひなげなる住まひしたまふ方々こそは多かめるを、御宿世ありて、もし、さやうにおはしますやうもあらば、いみじき人と聞こゆとも、立ち並びておしたちたまふことは、えあらじとこそは推し量らるれど、なほ、いかがと憚らるることありてなむおぼゆる。
さるは、『この世の栄え、末の世に過ぎて、身に心もとなきことはなきを、女の筋にてなむ、人のもどきをも負ひ1430、わが心にも飽かぬこともある』となむ、常にうちうちのすさびごとにも思しのたまはすなる。
げに、おのれらが1431見たてまつるにも、さなむおはします。かたがたにつけて、御蔭に隠したまへる人、皆その人ならず立ち下れる際にはものしたまはねど、限りあるただ人どもにて、院の御ありさまに並ぶべきおぼえ具したるやはおはすめる。
それに、同じくは、げにさもおはしまさば、いかにたぐひたる御あはひならむ」
と語らふを、

 2 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾 [2-1 乳母と兄左中弁との相談]
姫宮のご後見たちの中で、重々しい御乳母の兄、左中弁でいる者で、あちらの院の近臣として、長年仕えている者がいたのであった。こちらの宮にも特別の気持ちを持って仕えているので、参上した折に会って、話をした機会に、
「院の上が、これこれしかじかの御意向があってお洩らしになったが、あちらの院に、機会があったらそれとなくお耳にお入れ申し上げてください。内親王たちは、独身でいらっしゃるのが通例ですが、いろいろなことにつけてご好意をお寄せ申し、どのような事柄につけても、ご後見なさる方がいることは頼もしいことです。
院の上をお置き申しては、また心底からご心配申し上げなさる方もいないので、自分たちは、お仕え申しているが、どれほどのお役に立てましょうか。わたしの一存のままにもならず、自然と思いの他の事もおありになり、浮いた噂が立つような時には、どんなにか厄介なことでしょう。御存命中には、どのような形にせよ、姫宮のお身の上が決まったならば、お仕えしやすいことでしょう。
高貴なご身分と申しても、女は、本当に運命が不安定でいらっしゃいますから、いろいろと心配な上に、このような多くの皇女たちの中で、特別大切にお扱い申されるにつけても、人の妬みもあるでしょうし、何とか少しの瑕もおつけ申すまい」
と相談をもちかけると、弁は、
「どのような御事なのでしょうか。院は、不思議なまでお心の変わらない方で、いったんご寵愛なさった女性は、お気に入った方も、またさほど深くなかった方をも、それぞれにつけてお引き取りになっては、大勢お集め申していらっしゃるが、大切にお思いなさる方は、限りがあって、お一方のようなので、そちらに片寄って、寂しい暮らしをしていらっしゃる方々が多いようですが、御宿縁があって、もし、そのようにあそばされるようなことがありましたら、どんなに大切な方と申しても、張り合って押して来られるようなことは、とてもできますまいと想像されますが、やはり、どのようなものかと案じられることがあるように存じられます。
とはいえ、『この世での栄誉は、末世には過ぎて、身の上に不足はないが、女性関係では、人の非難を受け、自分自身の意に満たないところもある』と、いつも内々の閑談にお気持ちを漏らされるそうです。
なるほど、わたくしどもが拝見致しても、そのようでいらっしゃいます。それぞれの御縁で、お世話なさっている方は、みな素姓の分からぬような卑しい身分ではいらっしゃいませんが、たかだか知れた臣下の身分ばかりで、院のご様子に並び得る声望のある方はいらっしゃるだろうか。
それに、同じ事なら、御意向通りに御降嫁あそばしたら、どんなにお似合いのご夫婦となることでしょう」
と内情を話したのを、

 2 Tale of Suzaku Genji consents to get married to Sam-no-Miya [2-1 The wet nurse talks with her brother Sachuben]
 Kono ohom-usiromi-domo no naka ni, omo-omosiki ohom-menoto no seuto, Sa-tiu-ben naru, kano Win no sitasiki hito ni te, tosi-goro tukau-maturu ari keri. Kono miya ni mo kokoro-yose koto ni te saburahe ba, mawiri taru ni ahi te, monogatari suru tuide ni,
 "Uhe nam, sika-sika mi-kesiki ari te kikoye tamahi si wo, kano Win ni, wori ara ba morasi kikoye sase tamahe. Mi-ko tati ha, hitori ohasimasu koso ha rei no koto nare do, sama-zama ni tuke te kokoro-yose tatematuri, nani-goto ni tuke te mo, ohom-usiromi si tamahu hito aru ha tanomosige nari.
 Uhe wo oki tatematuri te, mata ma-gokoro ni omohi kikoye tamahu beki hito mo nakere ba, onora ha, tukau-maturu tote mo, nani bakari no miya-dukahe ni ka ara m? Waga kokoro hitotu ni si mo ara de, onodukara omohi no hoka no koto mo ohasimasi, karu-garusiki kikoye mo ara m toki ni ha, ika sama ni ka ha, wadurahasi kara m. Go-ran-zuru yo ni, tomo-kaku mo, kono ohom-koto sadamari tara ba, tukau-maturi yoku nam aru beki.
 Kasikoki sudi to kikoyure do, womna ha, ito sukuse sadame gataku ohasimasu mono nare ba, yorodu ni nagekasiku, kaku amata no ohom-naka ni, toriwaki kikoye sase tamahu ni tuke te mo, hito no sonemi a'beka'meru wo, ikade tiri mo suwe tatematura zi."
 to katarahu ni, Ben,
 "Ika naru beki ohom-koto ni ka ara m? Win ha, ayasiki made mi-kokoro nagaku, kari ni te mo mi-some tamahe ru hito ha, mi-kokoro tomari taru wo mo, mata sa si mo hukakara zari keru wo mo, kata-gata ni tuke te tadune tori tamahi tutu, amata tudohe kikoye tamahe re do, yamgotonaku obosi taru ha, kagiri ari te, hito-kata na'mere ba, sore ni koto yori te, kahi nage naru sumahi si tamahu kata-gata koso ha ohoka'meru wo, ohom-sukuse ari te, mosi, sayau ni ohasimasu yau mo ara ba, imiziki hito to kikoyu to mo, tati-narabi te osi-tati tamahu koto ha, e ara zi to koso ha osi-hakara rure do, naho, ikaga to habakara ruru koto ari te nam oboyuru.
 Saru ha, "Kono yo no sakaye, suwe no yo ni sugi te, mi ni kokoro-motonaki koto ha naki wo, womna no sudi ni te nam, hito no modoki wo mo ohi, waga kokoro ni mo aka nu koto mo aru." to nam, tune ni uti-uti no susabi goto ni mo obosi notamahasu naru.
 Geni, onorera ga mi tatematuru ni mo, sa nam ohasimasu. Kata-gata ni tuke te, mi-kage ni kakusi tamahe ru hito, mina sono hito nara zu tati-kudare ru kiha ni ha monosi tamaha ne do, kagiri aru tada-udo-domo ni te, Win no ohom-arisama ni narabu beki oboye gu-si taru ya ha ohasu meru.
 Sore ni, onaziku ha, geni sa mo ohasimasa ba, ika ni taguhi taru ohom-ahahi nara m?"
 to katarahu wo,

 [2-2 乳母、左中弁の意見を朱雀院に言上]
乳母、またことのついでに、
「しかしかなむ、なにがしの朝臣にほのめかしはべしかば、『かの院には、かならずうけひき1432申させたまひてむ。年ごろの御本意かなひて思しぬべきことなるを、こなたの御許しまことにありぬべくは、伝へきこえむ』となむ申しはべりしを、いかなるべきことにかははべらむ。
ほどほどにつけて、人の際々思しわきまへつつ、ありがたき御心ざまにものしたまふなれど、ただ人だに、またかかづらひ思ふ人立ち並びたることは、人の飽かぬことにしはべめるを、めざましきこともやはべらむ。御後見望みたまふ人々は、あまたものしたまふめり。
よく思し定めてこそよくはべらめ。限りなき人と聞こゆれど、今の世のやうとては、皆ほがらかに、あるべかしくて、世の中を御心と過ぐしたまひつべきもおはしますべかめるを、姫宮は、あさましくおぼつかなく、心もとなくのみ見えさせたまふに、さぶらふ人々は、仕うまつる限りこそはべらめ。
おほかたの御心おきてに従ひきこえて、賢しき下人もなびき1433さぶらふこそ、頼りあることにはべらめ1434。取り立てたる御後見ものしたまはざらむは、なほ心細きわざになむはべるべき」
と聞こゆ。

 [2-2 乳母、左中弁の意見を朱雀院に言上]
乳母が、また別の機会に、
「これこれしかじかの事を、某朝臣にそれとなく話しましたところ、『あちらの院では、きっとご承諾申し上げなさるでしょう。長年のご宿願が叶うとお思いになるはずのことですし、こちらの院の御許可が本当にあるのでしたらお伝え申し上げましょう』と申しておりましたが、どのように致しましょうか。
身分身分に応じて、夫人それぞれの待遇をお考えになっては、めったにないお心づかいでいらっしゃるようですが、臣下の者でも、自分以外に寵愛を受ける女が横にいることは、誰でも不満に思うことでございますから、心外なことでございましょうかしら。ご後見を希望なさる方は、大勢いらっしゃるようです。
よくお考えあそばしてお決めになるのがようございましょう。この上ない身分の人と申しても、今の世の中では、みなわだかまりなく、立派に処理して、夫婦仲を考え通りにお過ごしになられる方もいらっしゃるようですが、姫宮は、驚くほど気がかりで、頼りなくお見えでいらっしゃるし、伺候している女房たちは、お仕え申すにも限界がございましょう。
大抵ご主人のご意向にお従い申して、賢明な下々の者もそのお考え通りに従うのが、心丈夫なことでしょう。特別のご後見がいらっしゃらないのは、やはり心細いことでございましょう」
と申し上げる。

 [2-2 The wet nurse leaves Sachuben's view on Genji's mind]
 Menoto, mata koto no tuide ni,
 "Sika-sika nam, Nanigasi-no-asom ni honomekasi habe'sika ba, "Kano Win ni ha, kanarazu ukehiki mausa se tamahi te m. Tosi-goro no ohom-hoi kanahi te obosi nu beki koto naru wo, konata no ohom-yurusi makoto ni ari nu beku ha, tutahe kikoye m." to nam nausi haberi si wo, ika naru beki koto ni ka ha habera m.
 Hodo-hodo ni tuke te, hito no kiha-giha obosi wakimahe tutu, arigataki mi-kokoro zama ni monosi tamahu mere do, tada-udo dani, mata kakadurahi omohu hito tati-narabi taru koto ha, hito no aka nu koto ni si habe'meru wo, mezamasiki koto mo ya habera m. Ohom-usiromi nozomi tamahu hito-bito ha, amata monosi tamahu meri.
 Yoku obosi sadame te koso yoku habera me. Kagiri naki hito to kikoyure do, ima no yo no yau tote ha, mina hogaraka ni, aru bekasiku te, yononaka wo mi-kokoro to sugusi tamahi tu beki mo ohasimasu beka'meru wo, Hime-Miya ha, asamasiku obotukanaku, kokoro-motonaku nomi miye sase tamahu ni, saburahu hito-bito ha, tukau-maturu kagiri koso habera me.
 Ohokata no mi-kokoro-okite ni sitagahi kikoye te, sakasiki simo-bito mo nabiki saburahu koso, tayori aru koto ni habera me. Toritate taru ohom-usiromi monosi tamaha zara m ha, naho kokoro-bosoki waza ni nam haberu beki."
 to kikoyu.

 [2-3 朱雀院、内親王の結婚を苦慮]
「しか思ひたどるによりなむ。皇女たちの世づきたるありさまは、うたてあはあはしきやうにもあり、また高き際といへども、女は男に見ゆるにつけてこそ、悔しげなることも、めざましき思ひも、おのづからうちまじるわざなめれと、かつは心苦しく思ひ乱るるを、また、さるべき人に立ちおくれて、頼む蔭どもに別れぬる後、心を立てて世の中に過ぐさむことも、昔は、人の心たひらかにて、世に許さるまじきほどのことをば、思ひ及ばぬものとならひたりけむ、今の世には、好き好きしく乱りがはしきことも、類に触れて聞こゆめりかし。
昨日まで高き親の家にあがめられかしづかれし人の女の、今日は直々しく下れる際の好き者どもに名を立ち欺かれて、亡き親の面を伏せ、影を恥づかしむるたぐひ多く聞こゆる。言ひもてゆけば皆同じ1435ことなり。
ほどほどにつけて、宿世1436などいふなることは、知りがたきわざなれば、よろづにうしろめたくなむ。すべて、悪しくも善くも、さるべき人の心に許しおきたるままにて世の中を過ぐすは、宿世宿世にて、後の世に衰へある時も、みづからの過ちにはならず。
あり経て、こよなき幸ひあり、めやすきことになる折は、かくても悪しからざりけりと見ゆれど、なほ、たちまちふとうち聞きつけたるほどは、親に知られず、さるべき人も許さぬに、心づからの忍びわざし出でたるなむ、女の身にはますことなき疵とおぼゆるわざなる。
なほなほしきただ人の仲らひにてだに、あはつけく心づきなきことなり。みづからの心より離れてあるべきにもあらぬを、思ふ心よりほかに人にも見えず、宿世のほど定められむなむ、いと軽々しく、身のもてなし、ありさま1437推し量らるることなるを。
あやしくものはかなき心ざまにやと見ゆめる1438御さまなるを、これかれの心にまかせ、もてなしきこゆなる1439、さやうなることの世に漏り出でむこと、いと憂きことなり」
など、見捨てたてまつりたまはむ後の世を、うしろめたげに思ひきこえさせたまへれば、いよいよわづらはしく思ひあへり。

 [2-3 朱雀院、内親王の結婚を苦慮]
「そのように考えるからなのだ。皇女たちが結婚している様子は、見苦しく軽薄なようでもあり、また高貴な身分といっても、女は男との結婚によって、悔やまれることも、しゃくに障る思いも、自然と生じるもののようだと、一方では不憫に思い悩むが、また一方で、頼りとする人に先立たれて、頼る人々に別れた後、自分の意志通りに世の中を生きて行くことも、昔は、人の心も穏やかで、世間から許されない身分違いのことは、考えもしないことであったろうが、今の世では、好色で淫らなことも、縁者を頼って聞こえてくるようだ。
昨日まで高貴な親の家で大切にされて育てられていた姫が、今日は平凡な身分の低い好色者たちに浮名を立てられだまされて、亡き親の面目をつぶし、死後の名を辱めるような例が多く聞こえる。詮じつめれば、どちらも同じ事である。
身分身分に応じて、宿世などということは、知りがたいことなので、万事が不安である。総じて、良くも悪くも、しかるべき人が指図しておいたようにして世の中を過ごして行くのは、それぞれの宿世であって、晩年に衰えることがあっても、自分自身の間違いにはならない。
後になって、この上ない幸福がきて、見苦しからぬことになった時には、それでもかまわなかったと見えるが、やはり、その当座いきなり耳にした時には、親にも内緒だし、しかるべき保護者も許さないのに、自分勝手の秘事をしでかしたのは、女の身の上にはこれ以上ない欠点だと思われることだ。
平凡な臣下の者同士でさえ、軽薄で良くないことである。本人の意志と無関係に事が運ばれて良いはずのものでもないが、自分の意に反しては結婚せず、運命の程が決めらるのは、たいそう軽率で、日常の態度、様子が想像されることよ。
妙に頼りない性質ではないかと見えるようなご様子だから、お前たちの考えのままに、お取り計らい申し上げるというのは、そのようなことが世間に漏れ出るようなことは、まことに情けないことだ」
などと、お残し申されて御出家あそばされる後のことを、不安にお思い申し上げていらっしゃるので、ますます厄介なことと思い合っていた。

 [2-3 Suzaku is in anxiety about Sam-no-Miya's marriage]
 "Sika omohi tadoru ni yori nam. Mi-ko tati no yo-duki taru arisama ha, utate aha-ahasiki yau mo ari, mata takaki kiha to ihe do mo, womna ha wotoko ni miyuru ni tuke te koso, kuyasige naru koto mo, mezamasiki omohi mo, onodukara uti-maziru waza na'mere to, katu ha kokoro-gurusiku omohi midaruru wo, mata, saru beki hito ni tati-okure te, tanomu kage-domo ni wakare nuru noti, kokoro wo tate te yononaka ni sugusa m koto mo, mukasi ha, hito no kokoro tahiraka ni te, yo ni yurusa ru maziki hodo no koto wo ba, omohi oyoba nu mono to narahi tari kem, ima no yo ni ha, suki-zukisiku midari-gahasiki koto mo, rui ni hure te kikoyu meri kasi.
 Kinohu made takaki oya no ihe ni agame rare kasiduka re si hito no musume no, kehu ha naho-nahosiku kudare ru kiha no suki-mono-domo ni na wo tati-azamuka re te, naki oya no omote wo huse, kage wo hadukasimuru taguhi ohoku kikoyuru. Ihi mote yuke ba mina onazi koto nari.
 Hodo-hodo ni tuke te, sukuse nado ihu naru koto ha, siri gataki waza nare ba, yorodu ni usirometaku nam. Subete, asiku mo yoku mo, saru beki hito no kokoro ni yurusi oki taru mama ni te yononaka wo sugusu ha, sukuse sukuse ni te, noti no yo ni otorohe aru toki mo, midukara no ayamati ni ha nara zu.
 Ari he te, koyonaki saihahi ari, meyasuki koto ni naru wori ha, kaku te mo asikara zari keri to miyure do, naho, tatimati huto uti-kiki-tuke taru hodo ha, oya ni sira re zu, saru beki hito mo yurusa nu ni, kokorodukara no sinobi-waza si-ide taru nam, womna no mi ni ha masu koto naki kizu to oboyuru waza naru.
 Naho-nahosiki tada-udo no nakarahi ni te dani, ahatukeku kokorodukinaki koto nari. Midukara no kokoro yori hanare te aru beki ni mo ara nu wo, omohu kokoro yori hoka ni hito ni mo miye zu, sukuse no hodo sadame rare m nam, ito karo-garosiku, mi no motenasi, arisama osihakara ruru koto naru wo.
 Ayasiku mono hakanaki kokorozama ni ya to miyu meru ohom-sama naru wo, kore kare no kokoro ni makase, motenasi kikoyu naru, sayau naru koto no yo ni mori-ide m koto, ito uki koto nari."
 nado, mi-sute tatematuri tamaha m noti no yo wo, usirometage ni omohi kikoye sase tamahe re ba, iyo-iyo wadurahasiku omohi ahe ri.

 [2-4 朱雀院、婿候補者を批評]
「今すこしものをも思ひ知りたまふほどまで見過ぐさむとこそは、年ごろ念じつるを、深き本意も遂げずなりぬべき心地のするに思ひもよほされてなむ。
かの六条の大殿は、げに、さりともものの心得て、うしろやすき方はこよなかりなむを、方々にあまたものせらるべき人々を知るべきにもあらずかし。とてもかくても、人の心からなり。のどかにおちゐて、おほかたの世のためしとも、うしろやすき方は並びなくものせらるる人なり。さらで良ろしかるべき人、誰ばかりかはあらむ。
兵部卿宮、人柄はめやすしかし。同じき筋にて、異人とわきまへおとしむべきにはあらねど、あまりいたくなよびよしめくほどに、重き方おくれて、すこし軽びたるおぼえや進みにたらむ。なほ、さる人はいと頼もしげなくなむある。
また、大納言の朝臣の家司望むなる、さる方に、ものまめやかなるべきことにはあなれど、さすがにいかにぞや。さやうにおしなべたる際は、なほめざましくなむあるべき。
昔も、かうやうなる選びには、何事も人に異なるおぼえあるに、ことよりてこそありけれ。ただひとへに、またなく待ちゐむ方ばかりを、かしこきことに思ひ定めむは、いと飽かず口惜しかるべきわざになむ。
右衛門督の下にわぶなるよし、尚侍のものせられし、その人ばかりなむ、位など今すこしものめかしきほどになりなば、などかは、とも思ひ寄りぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。
高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひ上がれるけしき、人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこのためにと思ひ果てむには、限りぞあるや」
と、よろづに思しわづらひたり。
かうやうにも思し寄らぬ姉宮たちをば、かけても聞こえ悩ましたまふ人もなし。あやしく、うちうちにのたまはする1440御ささめき言どもの1441、おのづからひろごりて、心を尽くす人々多かりけり。

 [2-4 朱雀院、婿候補者を批評]
「もう少し分別がおできになるまで世話してあげようとは、長年辛抱してきたが、深い出家の本懐も遂げずになってしまいそうな気がするので、つい気が急かされるものだ。
あの六条の大殿は、なるほど、そうはいっても万事心得ていて、安心な点ではこの上ないが、あちこちに大勢いらっしゃるご夫人たちを考慮する必要もあるまい。何といっても、当人の心次第である。ゆったりと落ち着いていて、広く世の模範であり、信頼できる点では並ぶ者がなくおいでになる方である。この人以外で適当な人は誰がいようか。
兵部卿宮、性質は好ましい。同じ皇族で、他人扱いして軽んじるべきではないが、あまりにひどく弱々しく風流めいていて、重々しいところが足りなくて、少し軽薄な感じが過ぎていよう。やはり、そのような人はたいそう頼りなさそうな気がする。
また、大納言の朝臣が家司を望んでいるというのは、そうした点では、忠実に勤めるにちがいないだろうが、それでもどんなものか。その程度の世間一般の身分の者では、やはりとんでもない不釣合であろう。
昔も、このような婿選びでは、万事につけ人より格別優れた評判のある者に、落ち着いたものだ。ただ一途に、他の女には目もくれず大事にしてくれる点だけを、立派なことだと考えるのは、実に物足りなく残念なことだ。
右衛門督が内々希望していると、尚侍が話していたが、その人だけは、位などがもう少し一人前になったら、何の不釣合なことがあろう、と思いつくところだが、まだ年齢が若くて、あまりに軽い地位である。
高貴な女性をという願いが強くて、独身で過ごしながら、たいそう沈着に理想を高く持している態度が、誰よりも抜群で、漢学なども難なく備わり、最後は世の重鎮となるはずの人なので、将来を期待できるが、やはり婿にと決めてしまうには、不十分ではないか」
と、いろいろとお考え悩んでいらっしゃった。
これほどにはお考えでない姉宮たちには、一向にお心をお悩ませ申し上げる人もいない。不思議と、内々に仰せになる内証事が、自然と広がって、気を揉む人々が多いのであった。

 [2-4 Suzaku criticizes on candidates for his daughter's bridegroom]
 "Ima sukosi mono wo omohi siri tamahu hodo made mi-sugusa m to koso ha, tosi-goro nen-zi turu wo, hukaki ho'i mo toge zu nari nu beki kokoti no suru ni omohi moyohosa re te nam.
 Kano Rokudeu-no-Otodo ha, geni, sari to mo mono no kokoro-e te, usiroyasuki kata ha koyonakari na m wo, kata-gata ni amata monose raru beki hito-bito wo siru beki ni mo ara zu kasi. Tote mo kaku te mo, hito no kokoro kara nari. Nodoka ni oti-wi te, ohokata no yo no tamesi to mo, usiroyasuki kata ha narabi naku monose raruru hito nari. Sara de yorosikaru beki hito, tare bakari ka ha ara m?
 Hyaubukyau-no-Miya, hitogara ha meyasusi kasi. Onaziki sudi ni te, koto-bito to wakimahe otosimu beki ni ha ara ne do, amari itaku nayobi yosi meku hodo ni, omoki kata okure te, sukosi karobi taru oboye ya susumi ni tara m. Naho, saru hito ha ito tanomosige naku nam aru.
 Mata, Dainagon-no-Asom no ihe-dukasa nozomu naru, saru kata ni, mono mameyaka naru beki koto ni ha a'nare do, sasuga ni ika ni zo ya? Sayau ni osinabe taru kiha ha, naho mezamasiku nam aru beki.
 Mukasi mo, kau yau naru erabi ni ha, nani-goto mo hito ni koto naru oboye aru ni, koto yori te koso ari kere. Tada hitohe ni, mata naku moti-wi m kata bakari wo, kasikoki koto ni omohi sadame m ha, ito aka zu kutiwosikaru beki waza ni nam.
 Wemon-no-Kami no sita ni wabu naru yosi, Naisi-no-Kami no monose rare si, sono hito bakari nam, kurawi nado ima sukosi mono-mekasiki hodo ni nari na ba, nado ka ha, to mo omohi-yori nu beki wo, mada tosi ito wakaku te, muge ni karobi taru hodo nari.
 Takaki kokorozasi hukaku te, yamome ni te sugusi tutu, itaku sidumari omohi agare ru kesiki, hito ni ha nuke te, zae nado mo koto mo naku, tuhi ni ha yo no katame to naru beki hito nare ba, yukusuwe mo tanomosikere do, naho mata kono tame ni to omohi-hate m ni ha, kagiri zo aru ya!"
 to, yorodu ni obosi wadurahi tari.
 Kayau ni mo obosi-yora nu Ane-Miya-tati wo ba, kake te mo kikoye nayamasi tamahu hito mo nasi. Ayasiku, uti-uti ni notamaha suru ohom-sasameki-goto-domo no, onodukara hirogori te, kokoro wo tukusu hito-bito ohokari keri.

 [2-5 婿候補者たちの動静]
太政大臣も、
「この衛門督の、今までひとりのみありて、皇女たちならずは得じと思へるを、かかる御定めども出で来たなる折に、さやうにもおもむけたてまつりて、召し寄せられたらむ時、いかばかりわがためにも面目ありてうれしからむ」
と、思しのたまひて、尚侍の君には、かの姉北の方して、伝へ申したまふなりけり。よろづ限りなき言の葉を尽くして奏せさせ、御けしき賜はらせたまふ。
兵部卿宮は、左大将の北の方を聞こえ外したまひて、聞きたまふらむところもあり、かたほならむことはと、選り過ぐしたまふに、いかがは御心の動かざらむ1442。限りなく1443思し焦られたり。
藤大納言は、年ごろ院の別当にて、親しく1444仕うまつりてさぶらひ馴れにたるを、御山籠もりしたまひなむ後、寄り所なく心細かるべきに、この宮の御後見にことよせて、顧みさせたまふべく、御けしき切に賜はりたまふなるべし。

 [2-5 婿候補者たちの動静]
太政大臣も、
「この右衛門督が、今まで独身でいて、内親王でなければ妻としないと思っているのを、このような御詮議が問題になっているという機会に、そのようにお願い申し上げて、召し寄せられたならば、どんなにか自分にとっても名誉なことで、嬉しいだろう」
と、お思いになりおっしゃりもなさって、尚侍の君には、その姉の北の方を通じて、お伝え申し上げるのであった。あらん限りの言葉を尽くして奏上させて、御内意をお伺いになる。
兵部卿宮は、左大将の北の方を貰い受け損ねなさって、お聞きになっているだろうところもあって、欠点があってはと、選り好みしていらっしゃったが、どうしてお心が動かないことがあろうか。この上なくやきもきしていらっしゃった。
藤大納言は、長年院の別当として、親しくお仕え続けてきたが、御入山あそばして後、頼る所もなくきっと心細いだろうから、この宮の御後見を口実にして、お心にかけていただくよう、御内意を熱心に伺っていらっしゃるのであろう。

 [2-5 Candidates for Naishinno's bridegroom are anxious to get married to her]
 Ohoki-Otodo mo,
 "Kono Wemon-no-Kami no, ima made hitori nomi ari te, Miko-tati nara zu ha e zi to omohe ru wo, kakaru ohom-sadame-domo ide-ki ta'naru wori ni, sayau ni mo omomuke tatematuri te, mesi-yose rare tara m toki, ika bakari waga tame ni mo menboku ari te uresikara m."
 to, obosi notamahi te, Naisi no Kam-no-Kimi ni ha, ka no ane Kita-no-kata si te, tutahe mausi tamahu nari keri. Yorodu kagiri naki kotonoha wo tukusi te sou-se sase, mi-kesiki tamahara se tamahu.
 Hyaubukyau-no-Miya ha, Sa-Daisyau no Kita-no-kata wo kikoye hadusi tamahi te, kiki tamahu ram tokoro mo ari, kataho nara m koto ha to, eri sugusi tamahu ni, ikaga ha mi-kokoro no ugoka zara m. Kagiri naku obosi ira re tari.
 Tou-Dainagon ha,tosi-goro Win no Be'tau ni te, sitasiku tukau-maturi te saburahi nare ni taru wo, mi-yama-gomori si tamahi nam noti, yori-dokoro naku kokoro-bosokaru beki ni, kono Miya no ohom-usiromi ni kotoyose te, kaherimi sase tamahu beku, mi-kesiki seti ni tamahari tamahu naru besi.

 [2-6 夕霧の心中]
権中納言も、かかることどもを聞きたまふに、
「人伝にもあらず、さばかりおもむけさせたまへりし御けしきを見たてまつりてしかば、おのづから便りにつけて、漏らし、聞こし召さることもあらば、よももて離れてはあらじかし」
と、心ときめきもしつべけれど、
「女君の今はとうちとけて頼みたまへるを、年ごろ、つらきにもことつけつべかりしほどだに、他ざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今さらに立ち返り、にはかに物をや思はせきこえむ。なのめならずやむごとなき方にかかづらひなば、何ごとも思ふままならで、左右に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめ」
など、もとより好き好きしからぬ心なれば、思ひしづめつつうち出でねど、さすがに他ざまに定まり果てたまはむも、いかにぞやおぼえて、耳はとまりけり。

 [2-6 夕霧の心中]
権中納言も、このような事柄をお聞きになって、
「人伝でもなく直接に、あれほど意中をお漏らしあそばした御様子を拝見したのだから、自然と何かの機会を待って、自分の意向をほのめかし、お耳にあそばすことがあったら、けっして外れることはあるまい」
と、心をときめかしたにちがいなかろうが、
「女君が、今はもう大丈夫と心から頼りにしていらっしゃるのを、長年、辛い仕打ちを口実に浮気しようと思えば出来た時でさえ、他の女への心変わりもなく過ごしてきたのに、無分別にも、今になって昔に戻って、急に心配をおかけできようか。並々ならぬ高貴なお方に関係したならば、どのようなことも思うようにならず、左右に気を使っては、自分も苦しいことだろう」
などと、本来好色でない性格なので、心を抑えながら外には出さないが、やはり他人に決定してしまうのも、どんなことかと思わずにはいられず、聞き耳を立てるのであった。

 [2-6 Yugiri hesitates over which to be candedate or not to be one]
 Gon-no-Tiunagon mo, kakaru koto-domo wo kiki tamahu ni,
 "Hito-dute ni mo ara zu, sa bakari omomuke sase tamahe ri si mi-kesiki wo mi tatematuri te sika ba, onodukara tayori ni tuke te, morasi, kikosimesa ru koto mo ara ba, yo mo mote hanare te ha arazi kasi."
 to, kokoro tokimeki mo si tu bekere do,
 "Womna-Gimi no ima ha to utitoke te tanomi tamahe ru wo, tosi-goro, turaki ni mo kototuke tu bekari si hodo dani, hoka-zama no kokoro mo naku te sugusi te si wo, ayaniku ni, imasara ni tati-kaheri, nihaka ni mono wo ya omoha se kikoye m? Nanome nara zu yamgotonaki kata ni kakadurahi na ba, nani-goto mo omohu mam nara de, hidari migi ni yasukara zu ha, waga mi mo kurusiku koso ha ara me."
 nado, motoyori suki-zukisikara nu kokoro nare ba, omohi sidume tutu uti-ide ne do, sasuga ni hoka-zama ni sadamari hate tamaha m mo, ika ni zo ya oboye te, mimi ha tomari keri.

 [2-7 朱雀院、使者を源氏のもとに遣わす]
春宮にも、かかることども1445聞こし召して、
「さし当たりたるただ今のことよりも、後の世の例ともなるべきことなるを、よく思し召しめぐらすべきことなり1446。人柄よろしとても、ただ人は限りあるを、なほ、しか思し立つことならば、かの六条院にこそ、親ざまに譲りきこえさせたまはめ」
となむ、わざとの御消息とはあらねど、御けしきありけるを、待ち聞かせたまひても、
「げに、さることなり。いとよく思しのたまはせたり」
と、いよいよ御心立たせまひて、まづ、かの弁してぞ、かつがつ案内伝へきこえさせたまひける。

 [2-7 朱雀院、使者を源氏のもとに遣わす]
東宮におかれても、このような事をお耳にあそばして、
「差し当たっての現在のことよりも、後の世の例となるべきのことですから、よくよくお考えあそばさなければならないことです。人柄がまあまあ良いといっても、臣下では限界があるので、やはり、そのようにお考えになられるならば、あの六条院にこそ、親代わりとしてお譲り申し上げあそばしませ」
と、特別のお手紙というのではないが、御内意があったのを、お待ち受けお聞きあそばしても、
「なるほど、おっしゃる通りだ。たいそうよく考えておっしゃったことだ」
と、ますます御決心をお固めあそばして、まずは、あの弁を使者として、とりあえず事情をお伝え申し上げさせあそばすのであった。

 [2-7 Suzaku sends a messenger to Genji]
 Touguu ni mo, kakaru koto-domo kikosimesi te,
 "Sasiatari taru tadaima no koto yori mo, noti no yo no tamesi to mo naru beski koto naru wo, yoku obosimesi megurasu beki koto nari. Hito-gara yorosi tote mo, tada-udo ha kagiri aru wo, naho, sika obosi-tatu koto nara ba, kano Rokudeu-no-Win ni koso, oya-zama ni yuduri kikoye sase tamaha me."
 to nam, wazato no ohom-seusoko to ha ara ne do, mi-kesiki ari keru wo, mati kika se tamahi te mo,
 "Geni, saru koto nari. Ito yoku obosi notamaha se tari."
 to, iyo-iyo mi-kokoro tata se tamahi te, madu, kano Ben si te zo, katu-gatu a'nai tutahe kikoye sase tamahi keru.
 [2-8 Genji shows an attiude to consent to get married with Sam-no-Miya]
 Kono Miya no ohom-koto, kaku obosi wadurahu sama ha, saki-zaki mo mina kiki-oki tamahe re ba,
 "Kokoro-gurusiki koto ni mo a'naru kana! Sa ha ari to mo, Win no mi-yo nokori sukunasi tote, koko ni ha mata, ikubaku tati-okure tatematuru besi tote ka, sono ohom-usiromi no koto wo ba uketori kikoye m. Geni, sidai wo ayamata nu ni te, ima sibasi no hodo mo nokori tomaru kagiri ara ba, ohokata ni tuke te ha, idure no Miko-tati wo mo, yoso ni kiki-hanati tatematuru beki ni mo ara ne do, mata kaku toriwaki te kiki-oki tatematuri te m wo ba, koto ni koso ha usiromi kikoye me to omohu wo, sore dani ito hudeu naru yo no sadame nasa nari ya!"
 to notamahi te,
 "Masite, hitotu ni tanoma re tatematuru beki sudi ni, mutubi nare kikoye m koto ha, ito naka-naka ni, uti-tuduki yo wo sara m kizami kokoro-gurusiku, midukara no tame ni mo asakara nu hodasi ni nam aru beki.
 Tiunagon nado ha, tosi wakaku karu-garusiki yau nare do, yukusaki tohoku te, hitogara mo, tuhi ni ohoyake no ohom-usiromi to mo nari nu beki ohisaki namere ba, sa mo obosi-yora m ni, nado ka koyonakara m?
 Saredo, ito itaku mamedati te, omohu hito sadamari te zo amere ba, sore ni habakara se tamahu ni ya ara m?"
 nado notamahi te, midukara ha obosi hanare taru sama naru wo, Ben ha, oboroke no ohom-sadame ni mo ara nu wo, kaku notamahe ba, itohosiku, kutiwosiku mo omohi te, uti-uti ni obosi-tati ni taru sama nado, kuhasiku kikoyure ba, sasuga ni, uti-wemi tutu,
 "Ito kanasiku si tatematuri tamahu Miko na'mere ba, anagati ni kaku kisikata yukusaki no tadori mo hukaki na'meri kasi na! Tada, Uti ni koso tatematuri tamaha me. Yamgotonaki madu no hito-bito ohasu to ihu koto ha, yosi naki koto nari. Sore ni saharu beki koto ni mo ara zu. Kanara zu sari tote, Suwe no hito oroka naru yau mo nasi.
 Ko-Win no ohom-toki ni, Oho-Kisaki no, Bau no hazime no Nyougo ni te, ikimaki tamahi sika do, muge no suwe ni mawiri tamahe ri si Nihudau-no-Miya ni, sibasi ha osa re tamahi ni ki kasi.
 Kono Miko no ohom-haha-Nyougo koso ha, kano Miya no ohom-harakara ni monosi tamahi keme. Katati mo, sasitugi ni ha, ito yosi to iha re tamahi si hito nari sika ba, idu-kata ni tuke te mo, kono Hime-Miya osinabete no kiha ni ha yo mo ohase zi wo."
 nado, ibukasiku ha omohi kikoye tamahu besi.

 [2-8 源氏、承諾の意向を示す]
この宮の御こと、かく思しわづらふさまは、さきざきも皆聞きおきたまへれば、
「心苦しきことにもあなるかな。さはありとも、院の御世残りすくなしとて、ここにはまた、いくばく立ちおくれたてまつるべしとてか、その御後見1447の事をば受けとりきこえむ。げに、次第を過たぬにて、今しばしのほども残りとまる限りあらば、おほかたにつけては、いづれの皇女たちをも、よそに1448聞き放ちたてまつる1449べきにもあらねど1450、またかく取り分きて聞きおきたてまつり1451てむをば、ことにこそは後見きこえめと思ふを、それだにいと不定なる世の定めなさなりや」
とのたまひて、
「まして、ひとつに頼まれたてまつるべき筋に、むつび馴れきこえむことは、いとなかなかに、うち続き世を去らむきざみ心苦しく、みづからのためにも浅からぬほだしになむあるべき。
中納言などは、年若く軽々しきやうなれど、行く先遠くて、人柄も、つひに朝廷の御後見ともなりぬべき生ひ先なめれば、さも思し寄らむに、などかこよなからむ。
されど、いといたくまめだちて、思ふ人定まりにてぞあめれば1452、それに憚らせたまふにやあらむ」
などのたまひて、みづからは思し離れたるさまなるを、弁は、おぼろけの御定めにもあらぬを、かくのたまへば、いとほしく、口惜しくも思ひて、うちうちに思し立ちにたるさまなど、詳しく聞こゆれば、さすがに、うち笑みつつ、
「いとかなしくしたてまつりたまふ皇女なめれば、あながちにかく来し方行く先のたどりも深きなめりかしな。ただ、内裏にこそたてまつりたまはめ。やむごとなきまづの人々おはすといふことは、よしなきことなり。それにさはるべきことにもあらず。かならずさりとて、末の人疎かなるやうもなし。
故院の御時に、大后の、坊の初めの女御にて、いきまきたまひしかど、むげの末に参りたまへりし入道宮に、しばしは圧されたまひにきかし。
この皇女の御母女御こそは、かの宮の御はらからにものしたまひけめ。容貌も、さしつぎには、いとよしと言はれたまひし人なりしかば、いづ方につけても、この姫宮おしなべての際にはよもおはせじを」
など、いぶかしくは思ひきこえたまふべし。

 [2-8 源氏、承諾の意向を示す]
この姫宮の御事、このようにお悩みの様子は、以前からもみなお聞きになっていらっしゃったので、
「お気の毒なことですね。そうはいっても、院の御寿命が短いといっても、わたしとてまた、どれほど生き残り申せると思ってか、姫の御後見のことをお引き受け申すことができようか。なるほど、年の順を間違わずに、もう暫くの間長生きできたら、大体の関係からいって、どの内親王たちをも、他人扱い申すはずもないが、またこのように特別に御心配の旨をお伺いしてしまったような方を、特別に御後見致そうと思うが、それさえも無常な世の中の定めなさということだ」
とおっしゃって
「それにもまして、一途に頼みにして戴くような者として、お親しみ申すことは、とてもかえって、引き続いて世を去るような時がおいたわしくて、自分自身にとっても容易ならぬ障りとなるにちがいなかろう。
中納言などは、年も若く身分も軽々しいようだが、将来性があって、人柄も、最後は朝廷のご後見をするにちがいない見込みのようなので、そちらにお考えなさって、どうして申し分ないことがあろう。
しかし、とてもたいそう生真面目で、思う人を妻にしたようなので、それに御遠慮あそばすのだろうか」
などとおっしゃって、ご自身は思ってもいないというふうなので、弁は、並々な御決定でないことを、このようにおっしゃるので、お気の毒にも、残念にも思って、内々に御決意になった様子など、詳しく申し上げると、断ったとはいえ、やはりにっこりなさりながら、
「とても大切にかわいがっていらっしゃる内親王のようなので、ひとえに過去や将来のことを深く考えたのだろうな。ただ、帝に差し上げなさるがよいであろう。れっきとした前からの人々がいらっしゃるということは、理由のないことである。そのことに支障の生じることではない。必ず、後から入内するからといって、後の人が疎略にされるものでない。
故院の御時に、弘徽殿大后が、東宮の最初の女御として、威勢をふるっていらっしゃったが、はるか後に入内なさった入道宮に、暫くの間は圧倒されなさったのだ。
この内親王の御母女御は、あの宮の御姉妹でいらっしゃったはず。器量も、その次には、おきれいな方だと言われなさった方であったから、どちらから見ても、この姫宮は並大抵の方ではいらっしゃるまいが」
などと、興味深くお思い申し上げていらっしゃるのであろう。

 3 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家 [3-1 歳末、女三の宮の裳着催す]
年も暮れぬ。朱雀院には、御心地なほおこたるさまにもおはしまさねば、よろづあわたたしく思し立ちて、御裳着1453のことは、思しいそぐさま、来し方行く先ありがたげなるまで、いつくしくののしる。
御しつらひは、柏殿の西面に、御帳、御几帳よりはじめて、ここの綾錦混ぜさせたまはず、唐土の后の飾りを思しやりて、うるはしくことことしく、かかやくばかり調へさせたまへり。
御腰結には、太政大臣をかねてより聞こえさせたまへりければ、ことことしくおはする人にて、参りにくく思しけれど、院の御言を昔より背き申したまはねば、参りたまふ。
今二所の大臣たち、その残り上達部などは、わりなき障りあるも、あながちにためらひ助けつつ参りたまふ。親王たち八人、殿上人はたさらにもいはず、内裏、春宮の残らず参り集ひて、いかめしき御いそぎの響きなり。
院の御こと、このたび1454こそとぢめなれと、帝、春宮をはじめたてまつりて、心苦しく聞こし召しつつ、蔵人所、納殿の唐物1455ども、多く奉らせたまへり。
六条院よりも、御とぶらひいとこちたし。贈り物ども1456、人々の禄、尊者の大臣の御引出物など、かの院よりぞ奉らせたまひける。

 3 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家 [3-1 歳末、女三の宮の裳着催す]
年も暮れた。朱雀院におかれては、御気分もやはり快方に向かう御様子もないので、何かと気忙しく御決心なさって、御裳着の儀式は、その御準備なさる様子、過去にも将来にも例のないと思われるほど、盛大に大騷ぎである。
お部屋の飾り付けは、柏殿の西表に、御帳台、御几帳をはじめとして、この国の綾や錦はお加えあそばさず、唐国の皇后の装飾を想像して、端麗で豪華に、光眩しいほどに御準備あそばした。
御腰結の役には、太政大臣を前もってお願い申し上げていらっしゃったので、物事を大げさになさる方なので、参上しにくくお思いであったが、院のお言葉に昔から背きなさらないので、参上なさる。
もう二方の大臣たち、その他の上達部などは、やむをえない支障がある者も、無理に何とかし都合をつけて参上なさる。親王たち八人、殿上人は言うまでもなく、内裏、東宮の人々も残らず参集して、盛大な御儀式の騷ぎである。
院の御催事も、今回が最後であろうと、帝、東宮をおはじめ申して、お気の毒にお思いあそばされて、蔵人所、納殿の舶来品を、数多く献上させなさった。
六条院からも、御祝儀がたいそう盛大にある。数々の贈り物や、人々の禄、尊者の大臣の御引出者など、あちらの院からご献上あそばしたものであった。

 3 Tale of Suzaku There are ceremoneies on Sam-no-Miya growing up to be a women and Suzaku becoming a priest [3-1 There is a ceremony Sam-no-Miya growing up a woman at the end of the year]
 Tosi mo kure nu. Suzaku-Win ni ha, mi-kokoti naho okotaru sama ni mo ohasimasa ne ba, yorodu awatatasiku obosi-tati te, ohom-mogi no koto ha, obosi isogu sama, kisikata yukusaki arigatage naru made, itukusiku nonosiru.
 Ohom-siturahi ha, Kahe-dono no nisi-omote ni, mi-tyau, mi-kityau yori hazime te, koko no aya niski maze sase tamaha zu, Morokosi no Kisaki no kazari wo obosi-yari te, uruhasiku koto-kotosiku, kakayaku bakari totonohe sase tamahe ri.
 Ohom-kosiyuhi ni ha, Ohoki-Otodo wo kanete yori kikoye sase tamahe ri kere ba, koto-kotosiku ohasuru hito ni te, mawiri nikuku obosi kere do, Win no ohom-koto wo mukasi yori somuki mausi tamaha ne ba, mawiri tamahu.
 Ima huta-tokoro no Otodo-tati, sono nokori Kamdatime nado ha, warinaki sahari aru mo, anagati ni tamerahi tasuke tutu mawiri tamahu. Miko-tati hati-nin, Tenzyau-bito hata sara ni mo iha zu, Uti, Touguu no nokora zu mawiri tudohi te, ikamesiki ohom-isogi no hibiki nari.
 Win no ohom-koto, kono tabi koso todime nare to, Mikado, Touguu wo hazime tatematuri te, kokoro-gurusiku kikosimesi tutu, Kuraudo-dokoro, Wosame-dono no Kara-mono-domo, ohoku tatematura se tamahe ri.
 Rokudeu-no-Win yori mo, ohom-toburahi ito kotitasi. Okurimono-domo, hito-bito no roku, sonzya no Otodo no ohom-hiki-idemono nado, kano Win yori zo tatematura se tamahi keru.

 [3-2 秋好中宮、櫛を贈る]
中宮よりも、御装束、櫛の筥、心ことに調ぜさせたまひて、かの昔の御髪上の具、ゆゑあるさまに改め加へて、さすがに元の心ばへも失はず、それと見せて、その日の夕つ方、奉れさせたまふ。宮の権の亮、院の殿上にもさぶらふを御使にて、姫宮の御方に参らすべくのたまはせつれど、かかる言ぞ、中にありける。
「さしながら昔を今に伝ふれば
玉の小櫛ぞ神さびにける」
院、御覧じつけて、あはれに思し出でらるることもありけり。あえ物けしうはあらじと譲りきこえたまへるほど、げに、おもだたしき簪なれば、御返りも、昔のあはれをばさしおきて、
「さしつぎに見るものにもが万世を
黄楊の小櫛の神さぶるまで」
とぞ祝ひきこえたまへる。

 [3-2 秋好中宮、櫛を贈る]
中宮からも、御装束、櫛の箱を、特別にお作らせになって、あの昔の御髪上の道具、趣のあるように手を加えて、それでいて元の感じも失わず、それと分かるようにして、その日の夕方、献上させなさった。中宮の権亮で、院の殿上にも伺候している人を御使者として、姫宮の御方に献上させるべく仰せになったが、このような歌が中にあったのである。
「挿したまま昔から今に至りましたので
玉の小櫛は古くなってしまいました」
院が、御覧になって、しみじみとお思い出されることがあるのであった。あやかり物として悪くはないとお譲り申し上げなさるだが、なるほど、名誉な櫛なので、お返事も、昔の感情はさておいて、
「あなたに引き続いて姫宮の幸福を見たいものです
千秋万歳を告げる黄楊の小櫛が古くなるまで」
とお祝い申し上げなさった。

 [3-2 Akikonomu, empress of Reizei presents a comb to Sam-no-Miya]
 Tiuguu yori mo, ohom-sauzoku, kusi no hako, kokoro koto ni teu-ze sase tamahi te, kano mukasi no mi-gusi-age no gu, yuwe aru sama ni aratame kuhahe te, sasuga ni moto no kokorobahe mo usinaha zu, sore to mise te, sono hi no yuhu-tu-kata, tatemature sase tamahu. Miya no Gon-no-Suke, Win no Tenzyau ni mo saburahu wo ohom-tukahi ni te, Hime-Miya no ohom-kata ni mawirasu beku notamaha se ture do, kakaru koto zo, naka ni ari keru.
 "Sasi nagara mukasi wo ima ni tutahure ba
 tama no wo-gusi zo Kami-sabi ni keru
"
 Win, go-ran-zi tuke te, ahare ni obosi-ide raruru koto mo ari keri. Aye-mono kesiu ha ara zi to yuduri kikoye tamahe ru hodo, geni, omodatasiki kamzasi nare ba, ohom-kaheri mo, mukasi no ahare wo ba sasi-oki te,
 "Sasi-tugi ni miru mono ni mo ga yorodu-yo wo
 tuge no wo-gusi no Kami-saburu made
"
 to zo ihahi kikoye tamahe ru.

 [3-3 朱雀院、出家す]
御心地いと苦しきを念じつつ、思し起こして、この御いそぎ果てぬれば、三日過ぐして、つひに御髪下ろしたまふ。よろしきほどの人の上にてだに、今はとてさま変はるは悲しげなるわざなれば、まして、いとあはれげに御方々も思し惑ふ。
尚侍の君は、つとさぶらひたまひて、いみじく思し入りたるを、こしらへかねたまひて、
「子を思ふ道は限りありけり。かく思ひしみたまへる別れの堪へがたくもあるかな」
とて、御心乱れぬべけれど、あながちに御脇息にかかりたまひて、山の座主よりはじめて、御忌むことの阿闍梨三人さぶらひて、法服などたてまつるほど、この世を別れたまふ御作法、いみじく1457悲し。
今日は、世を思ひ澄ましたる僧たちなどだに、涙もえとどめねば、まして女宮たち、女御、更衣、ここらの男女、上下ゆすり満ちて泣きとよむに、いと心あわたたしう、かからで、静やかなる所に、やがて籠もるべく思しまうけける本意違ひて思し召さるるも、「ただ、この幼き宮にひかされて」と思しのたまはす。
内裏よりはじめたてまつりて、御とぶらひのしげさ、いとさらなり。

 [3-3 朱雀院、出家す]
御気分のたいそう苦しいのを我慢なさりながら、元気をお出しになって、この御儀式がすっかり終わったので、三日過ぎて、とうとう御髪をお下ろしになる。普通の身分の者でさえ、今は最後と姿が変わるのは悲しいことなので、まして、お気の毒な御様子に、御妃方もお悲しみに暮れる。
尚侍の君は、ぴったりとお側を離れずにいらして、ひどく思いつめていらっしゃるのを、慰めかねなさって、
「子を思う道には限度があるなあ。このように悲しんでいらっしゃる別れが堪え難いことよ」
といって、御決心が鈍ってしまいそうだが、無理に御脇息に寄りかかりなさって、山の座主をはじめとして、御授戒の阿闍梨三人が伺候して、法服などをお召しになるとき、この世をお別れなさる御儀式、堪らなく悲しい。
今日は、人の世を悟りきった僧たちなどでさえ、涙を堪えかねるのだから、まして女宮たち、女御、更衣、おおぜいの男女たち、身分の上下の者たち、皆どよめいて泣き悲しむので、何とも心が落ち着かず、こうしたふうにでなく、静かな所に、そのまま籠もろうとお心づもりなさっていた本意と違って思われなさるのも、「ただもう、この幼い姫宮に引かれて」と仰せられる。
帝をおはじめ申して、お見舞いの多いこと、いまさら言うまでもない。

 [3-3 Suzaku becomes a priest after the ceremony of Sam-no-Miya]
 Mi-kokoti ito kurusiki wo nen-zi tutu, obosi-okosi te, kono ohom-isogi hate nure ba, mi-ka sugusi te, tuhi ni mi-gusi orosi tamahu. Yorosiki hodo no hito no uhe ni te dani, ima ha tote sama kaharu ha kanasige naru waza nare ba, masite, ito aharege ni ohom-kata-gata mo obosi madohu.
 Naisi no Kam-no-Kimi ha, tuto saburahi tamahi te, imiziku obosi iri taru wo, kosirahe-kane tamahi te,
 "Ko wo omohu miti ha kagiri ari keri. Kaku omohi simi tamahe ru wakare no tahe gataku mo aru kana!"
 tote, mi-kokoro midare nu bekere do, anagati ni ohom-kehusoku ni kakari tamahi te, Yama-no-Zasu yori hazime te, ohom-imu koto no Azari mi-tari saburahi te, hohubuku nado tatematuru hodo, kono yo wo wakare tamahu ohom-sahohu, imiziku kanasi.
 Kehu ha, yo wo omohi-sumasi taru sou tati nado dani, namida mo e todome ne ba, masite Womna-Miya-tati, Nyougo, Kaui, kokora no wotoko womna, kami simo yusuri miti te naki toyomu ni, ito kokoro awatatasiu, kakara de, siduyaka naru tokoro ni, yagate komoru beku obosi mauke keru ho'i tagahi te obosi-mesa ruru mo, "Tada, kono wosanaki Miya ni hika sare te." to obosi notamaha su.
 Uti yori hazime tatematuri te, ohom-toburahi no sigesa, ito sara nari.

 [3-4 源氏、朱雀院を見舞う]
六条院も、すこし御心地よろしくと聞きたてまつらせたまひて、参りたまふ。御賜ばりの御封などこそ、皆同じごと、下りゐの帝と等しく定まりたまへれど、まことの太上天皇の儀式にはうけばりたまはず。世のもてなし思ひきこえたるさまなどは、心ことなれど、ことさらに削ぎたまひて、例の、ことことしからぬ御車にたてまつりて、上達部など、さるべき限り、車にてぞ仕うまつりたまへる。
院には、いみじく待ちよろこびきこえさせたまひて、苦しき御心地を思し強りて、御対面あり。うるはしきさまならず、ただおはします方に、御座よそひ加へて、入れたてまつりたまふ。
 変はりたま1458へる御ありさま見たてまつりたまふに、来し方行く先暮れて、悲しくとめがたく思さるれば、とみにもえためらひたまはず。
「故院におくれたてまつりしころほひより、世の常なく思うたまへられしかば、この方の本意深く進みはべりにしを、心弱く思うたまへたゆたふことのみはべりつつ、つひにかく見たてまつりなしはべるまで、おくれたてまつり1459はべりぬる心のぬるさを、恥づかしく思うたまへらるるかな。
身にとりては、ことにもあるまじく思うたまへたちはべる折々あるを、さらにいと忍びがたきこと多かりぬべきわざにこそはべりけれ」
と、慰めがたく思したり。

 [3-4 源氏、朱雀院を見舞う]
六条院も、少し御気分がよろしいとお耳に入れあそばして、参上なさる。御下賜の御封など、みな同じように、退位された帝と同じく決まっていらっしゃったが、ほんとうの太上天皇の儀式には威勢をお張りにならない。世間の人々のお扱いや尊敬申し上げる様子などは、格別であるが、わざと簡略になさって、例によって、仰々しくないお車にお乗りになって、上達部などのしかるべき方だけが、お車でお供なさっていた。
院におかれては、たいそうお待ちかねしてお喜び申し上げあそばして、苦しい御気分をしいて我慢なさって御対面なさる。格式ばらずに、ただ常の御座所に新たにお席を設けて、お入れ申し上げなさる。
お変わりになった御様子を拝見なさると、過去も未来も真暗になって、悲しく涙を止めがたく思わずにはいらっしゃれないので、すぐには気持ちをお静めになれない。
「故院に先立たれ申したころから、世の中が無常に存じられずにはいられませんでしたので、この方面への決心も深くなっていましたが、心弱くてぐずぐずしてばかりいまして、とうとうこのように拝見致すまで、遅れ申してしまいました心の怠慢を、恥ずかしく存ぜずにはいられませんなあ。
わたくし自身のこととしては、たいしたことでもあるまいと決心致しました時々もありましたが、どうしても堪えられないことが多くございましたよ」
と、心を静められないお思いでいらっしゃった。

 [3-4 Genji visits to Suzaku himself]
 Rokudeu-no-Win mo, sukosi mi-kokoti yorosiku to kiki tatematura se tamahi te, mawiri tamahu. Ohom-taubari no mi-bu nado koso, mina onazi goto, ori-wi no Mikado to hitosiku sadamari tamahe re do, makoto no Daizyau-Tenwau no gisiki ni ha ukebari tamaha zu. Yo no motenasi omohi kikoye taru sama nado ha, kokoro koto nare do, kotosara ni sogi tamahi te, rei no, koto-kotosikara nu mi-kuruma ni tatematuri te, Kamdatime nado, saru beki kagiri, kuruma ni te zo tukau-maturi tamahe ru.
 Win ni ha, imiziku mati-yorokobi kikoye sase tamahi te, kurusiki mi-kokoti wo obosi tuyori te, ohom-taimen ari. Uruhasiki sama nara zu, tada ohasimasu kata ni, o-masi yosohi kuhahe te, ire tatematuri tamahu.
 Kahari tamahe ru ohom-arisama mi tatematuri tamahu ni, kisikata yukusaki kure te, kanasiku tome gataku obosa rure ba, tomi ni mo e tamerahi tamaha zu.
 "Ko-Win ni okure tatematuri si korohohi yori, yo no tune naku omou tamahe rare sika ba, kono kata no ho'i hukaku susumi haberi ni si wo, kokoro-yowaku omou tamahe tayutahu koto nomi haberi tutu, tuhi ni kaku mi tatematuri nasi haberu made, okure tatematuri haberi nuru kokoro no nurusa wo, hadukasiku omou tamahe raruru kana!
 Mi ni tori te ha, koto ni mo aru maziku omou tamahe tati haberu wori-wori aru wo, sara ni ito sinobi gataki koto ohokari nu beki waza ni koso haberi haberi kere."
 to, nagusame gataku obosi tari.

 [3-5 朱雀院と源氏、親しく語り合う]
院も、もの心細く思さるるに、え心強からず、うちしほれたまひつつ1460、いにしへ、今の御物語、いと弱げに聞こえさせたまひて、
「今日か明日かと1461おぼえはべりつつ、さすがにほど経ぬるを、うちたゆみて、深き本意の端にても遂げずなりなむこと、と思ひ起こして1462なむ。
かくても残りの齢なくは、行なひの心ざしも叶ふまじけれど、まづ仮にても、のどめおきて、念仏をだにと思ひはべる。はかばかしからぬ身にても、世にながらふること、ただこの心ざしにひきとどめられたると、思うたまへ知られぬにしもあらぬを、今まで勤めなき怠りをだに、安からずなむ」
とて、思しおきてたるさまなど、詳しくのたまはするついでに、
「女御子たちを、あまたうち捨てはべるなむ心苦しき。中にも、また思ひ譲る人なきをば、取り分きうしろめたく、見わづらひはべる」
とて、まほにはあらぬ御けしき、心苦しく見たてまつりたまふ。

 [3-5 朱雀院と源氏、親しく語り合う]
院も、何となく心細くお思いになられて、我慢おできになれず、涙をお流しになりながら、昔、今のお話、たいそう弱々そうにお話しあそばされて、
「今日か明日かと思われながら、それでも年月を経てしまったが、つい油断して、心からの念願の一端も遂げずに終わってしまいそうなことだ、と思い立ったのです。
こう出家しても余生がなければ、勤行の意志も果たせそうにありませんが、まずは一時なりとも、命を延ばしておいて、せめて念仏だけでもと思っています。何もできない身の上ですが、今まで生きながらえているのは、ただこの意志に引き留められていたと、存じられないわけではありませんが、今まで仏道に励まなかった怠慢だけでも、気にかかってなりません」
とおっしゃって、考えていたことなどを、詳しく仰せになる機会に、
「内親王たちを、大勢残して行きますのが気の毒です。その中でも、他に頼んでおく人のない姫を、格別に気がかりで、どうしたものかと苦にしております」
とおっしゃって、はっきりとは仰せにならない御様子を、お気の毒と拝し上げなさる。

 [3-5 Suzaku and Genji talk closely after a long time]
 Win mo, mono-kokoro-bosoku obosa ruru ni, e kokoro-duyokara zu, uti-sihore tamahi tutu, inisihe, ima no ohom-monogatari, ito yowage ni kikoye sase tamahi te,
 "Kehu ka asu ka to oboye haberi tutu, sasuga ni hodo he nuru wo, uti-tayumi te, hukaki ho'i no hasi ni te mo toge zu nari nam koto, to omohi-okosi te nam.
 Kaku te mo nokori no yohahi naku ha, okonahi no kokorozasi mo kanahu mazikere do, madu kari ni te mo, nodome oki te, nenbutu wo dani to omohi haberu. Haka-bakasikara nu mi ni te mo, yo ni nagarahuru koto, tada kono kokorozasi ni hiki-todome rare taru to, omou tamahe sira re nu ni si mo ara nu wo, ima made tutome naki okotari wo dani, yasukara zu nam."
 tote, obosi-oki te taru sama nado, kuhasiku notamaha suru tuide ni,
 "Womna-Miko-tati wo, amata uti-sute haberu nam kokoro-gurusiki. Naka ni mo, mata omohi-yuduru hito naki wo ba, tori-waki usirometaku, mi wadurahi haberu."
 tote, maho ni ha ara nu mi-kesiki, kokoro-gurusiku mi tatematuri tamahu.

 [3-6 内親王の結婚の必要性を説く]
御心のうちにも、さすがにゆかしき御ありさまなれば、思し過ぐしがたくて、
「げに、ただ人よりも、かかる筋には、私ざまの御後見なきは、口惜しげなるわざになむはべりける。春宮かくておはしませば、いとかしこき末の世の儲けの君と、天の下の頼みどころに仰ぎきこえさするを。
まして、このことと聞こえ置かせたまはむことは、一事として疎かに1463軽め申したまふべきにはべらねば、さらに行く先のこと思し悩むべきにもはべらねど、げに、こと限りあれば、公けとなりたまひ、世の政事御心にかなふべしとは言ひながら、女の御ために、何ばかりのけざやかなる御心寄せあるべきにもはべらざりけり。
すべて、女の御ためには、さまざま真の御後見とすべきものは、なほさるべき筋に契りを交はし、えさらぬことに、育みきこゆる御護りめ1464はべるなむ、うしろやすかるべきことにはべるを、なほ、しひて後の世の御疑ひ残るべくは、よろしきに思し選びて、忍びて、さるべき御預かりを定めおかせたまふべきになむはべなる」
と、奏したまふ。

 [3-6 内親王の結婚の必要性を説く]
お心の中でも、何と言っても関心のある御事なので、お聞き過ごし難く思って、
「仰せのとおり、尋常の臣下の者以上に、こういうご身分の方には、内々のご後見役がいないのは、いかにも残念なことでございますね。東宮がこうしてご立派にいらっしゃいますので、まことに末世には過ぎた畏れ多い儲けの君として、天下の頼り所として仰ぎ見申し上げておりますよ。
まして、これこれのことは是非にと仰せおきなさることは、一事としていい加減に軽んじ申し上げなさるはずのことはございませんので、全然将来のことをお悩みになることはございませんが、なるほど、物事には限りがあるので、即位なさり、世の中の政治もお心のままにお執りなるとは言っても、姫宮の御ためには、どれほどのはっきりとしたお力添えができるものでもございません。
総じて、内親王の御ためには、いろいろとほんとうのご後見に当たる者は、やはりしかるべき夫婦の契りを交わし、当然の役目として、お世話申し上げる御保護者のいますのが、安心なことでございましょうが、やはり、どうしても将来にご不安が残りそうでしたら、適当な人物をお選びになって、内々に、しかるべきお引き受け手をお決めおきあそばすのがよいことでしょう」
と、奏上なさる。

 [3-6 Genji talks a necessary to get married for Naishinno]
 Mi-kokoro no uti ni mo, sasuga ni yukasiki mi-arisama nare ba, obosi sugusi gataku te,
 "Geni, tada-udo yori mo, kakaru sudi ni ha, watakusi-zama no ohom-usiromi naki ha, kutiwosige naru waza ni nam haberi keru. Touguu kaku te ohasimase ba, ito kasikoki suwe no yo no Mauke-no-Kimi to, ame-no-sita no tanomi-dokoro ni ahugi kikoye sasuru wo!"
 Masite, kono koto to kikoye oka se tamaha m koto ha, hito-koto to si te orosoka ni karome mausi tamahu beki ni habera ne ba, sarani yukusaki no koto obosi-nayamu beki ni mo habera ne do, geni, koto kagiri are ba, Ohoyake to nari tamahi, yo no maturi-goto mi-kokoro ni kanahu besi to ha ihi nagara, womna no ohom-tame ni, nani bakari no kezayaka naru mi-kokoro-yose aru beki ni mo habera zari keri.
 Subete, womna no ohom-tame ni ha, sama-zama makoto no ohom-usiromi to su beki mono ha, naho saru beki sudi ni tigiri wo kahasi, e sara nu koto ni, hagukumi kikoyuru ohom-mamori-me haberu nam, usiroyasukaru beki koto ni haberu wo, naho, sihite noti no yo no ohom-utagahi nokoru beku ha, yorosiki ni obosi erabi te, sinobi te, saru beki ohom-adukari wo sadame oka se tamahu beki ni nam habe'naru."
 to, sou-si tamahu.

 [3-7 源氏、結婚を承諾]
「さやうに思ひ寄る事はべれど、それも難きことになむありける。いにしへの例を聞きはべるにも、世をたもつ盛りの皇女にだに、人を選びて、さるさまのことをしたまへるたぐひ多かりけり。
ましてかく、今はとこの世を離るる際にて、ことことしく思ふべきにもあらねど、また、しか捨つる中にも、捨てがたきことありて、さまざまに思ひわづらひはべるほどに、病は重りゆく。また取り返すべきにもあらぬ月日の過ぎゆけば、心あわたたしくなむ。
かたはらいたき譲りなれど、このいはけなき内親王、一人、分きて育み生ほして、さるべきよすがをも、御心に思し定めて預けたまへ、と聞こえまほしきを。
権中納言などの独りものしつるほどに、進み寄るべくこそありけれ。太政大臣君に先ぜられて、ねたくおぼえはべる」
と聞こえたまふ。
「中納言の朝臣、まめやかなる方は、いとよく仕うまつりぬべくはべるを、何ごともまだ浅くて、たどり少なくこそはべらめ。
かたじけなくとも、深き心にて後見きこえさせはべらむに、おはします御蔭に変りては思されじを、ただ行く先短くて、仕うまつりさすことやはべらむと、疑はしき方のみなむ、心苦しくはべるべき」
と、受け引き申したまひつ。

 [3-7 源氏、結婚を承諾]
「そのように考えたこともありますが、それも難しいことなのです。昔の例を聞きましても、在位中の帝の内親王でさえ、人を選んで、そのような婿選びをなさった例は多かったのです。
ましてこのように、これが最後とこの世を離れる時になって、仰々しく思い悩むこともないのですが、また一方、世を捨てた中にも、捨て去り難いことがあって、いろいろと思い悩んでいましたうちに、病気は重くなってゆく。再び取り戻すことのできない月日も過ぎて行くので、気が急いてなりません。
恐縮なお譲りごとなのですが、この幼い内親王、一人、特別にお目にかけ育てくださって、適当な婿をも、あなたのお考え通りにお決めくださって、その人にお預けくださいと申し上げたいところですが。
権中納言などが独身でいた時に、こちらから申し出るべきであった。太政大臣に先を越されて、残念に思っています」
と申し上げなさる。
「中納言の朝臣は、誠実という点では、たいそうよくお仕え致しましょうが、何事もまだ経験が浅くて、分別が足りのうございましょう。
恐れ多いことですが、真心をこめてご後見させていただきましたら、御在俗中と違ってはお思いなされないでしょうが、ただ老い先が短くて、途中でお仕えできなくなることがございはしまいかと、懸念される点だけが、お気の毒でございます」
と言って、お引き受け申し上げなさった。

 [3-7 Genji consents to get married to Sam-no-Miya]
 "Sayau ni omohi-yoru koto habere do, sore mo kataki koto ni nam ari keru. Inisihe no tamesi wo kiki haberu ni mo, yo wo tamotu sakari no Miko ni dani, hito wo erabi te, saru sama no koto wo si tamahe ru taguhi ohokari keri.
 Masite kaku, ima-ha to kono yo wo hanaruru kiha ni te, koto-kotosiku omohu beki ni mo ara ne do, mata, sika suturu naka ni mo, sute gataki koto ari te, sama-zama ni omohi wadurahi haberu hodo ni, yamahi ha omori yuku. Mata tori-kahesu beki ni mo ara nu tuki-hi no sugi-yuke ba, kokoro awatatasiku nam.
 Kataharaitaki yuduri nare do, kono ihakenaki Naisinwau, hitori, waki te hagukumi ohosi te, saru beki yosuga wo mo, mi-kokoro ni obosi sadame te aduke tamahe, to kikoye mahosiki wo.
 Gon-no-Tiunagon nado no hitori monosi turu hodo ni, susumi-yoru beku koso ari kere. Ohoimauti-Gimi ni sen-ze rare te, netaku oboye haberu."
 to kikoye tamahu.
 "Tiunagon-no-Asom, mameyaka naru kata ha, ito yoku tukau-maturi nu beku haberu wo, nani-goto mo mada asaku te, tadori sukunaku koso habera me.
 Katazikenaku to mo, hukaki kokoro ni te usiromi kikoye sase habera m ni, ohasimasu ohom-kage ni kahari te ha, obosa re zi wo, tada yukusaki mizikaku te, tukau-maturi sasu koto ya habera m to, utagahasiki kata nomi nam, kokoro-gurusiku haberu beki."
 to, ukehiki mausi tamahi tu.

 [3-8 朱雀院の饗宴]
夜に入りぬれば、主人の院方も、客人の上達部たちも、皆御前にて、御饗のこと、精進物にて、うるはしからず、なまめかしくせさせたまへり。院の御前に、浅香の懸盤に御鉢など、昔に変はりて参るを、人々、涙おし拭ひたまふ。あはれなる筋のことどもあれど、うるさければ書かず。
夜更けて帰りたまふ。禄ども、次々に賜ふ。別当大納言も御送りに参りたまふ。主人の院は、今日の雪にいとど御邪加はりて、かき乱り悩ましく思さるれど、この宮の御事、聞こえ定めつるを、心やすく思しけり。

 [3-8 朱雀院の饗宴]
夜に入ったので、主人の院方も、お客の上達部たちも、皆御前において、御饗応の事があり、精進料理で、格式ばらずに、風情ある感じにおさせになっていた。院の御前に、浅香の懸盤に御鉢など、在俗の時とは違って差し上げるのを、人々は、涙をお拭いになる。しみじみとした和歌が詠まれたが、煩わしいので書かない。
夜が更けてお帰りになる。禄の品々を、次々と御下賜される。別当の大納言もお送りに供奉申し上げなさる。主の院は、今日の雪にますますお風邪まで召されて、御気分が悪く苦しくいらっしゃるが、この姫宮の御身の上を、御依頼し決定なさったので、御安心なさったのであった。

 [3-8 There is a banquet by Suzaku]
 Yo ni iri nure ba, aruzi no Win-kata mo, mara-uto no Kamdatime-tati mo, mina o-mahe ni te, ohom-aruzi no koto, sauzi-mono ni te, uruhasikara zu, namamekasiku se sase tamahe ri. Win no o-mahe ni, senkau no kakeban ni mi-hati nado, mukasi ni kahari te mawiru wo, hito-bito, namida osinogohi tamahu. Ahare naru sudi no koto-domo are do, urusakere ba kaka zu.
 Yo huke te kaheri tamahu. Roku-domo, tugi-tugi ni tamahu. Betau-Dainagon mo ohom-okuri ni mawiri tamahu. Aruzi no Win ha, kehu no yuki ni itodo ohom-kaze kuhahari te, kaki-midari nayamasiku obosa rure do, kono Miya no ohom-koto, kikoye sadame turu wo, kokoro-yasuku obosi keri.

 4 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける
 [4-1 源氏、結婚承諾を煩悶す]
六条院は、なま心苦しう、さまざま思し乱る。
紫の上も、かかる御定めなむと、かねてもほの聞きたまひけれど、
「さしもあらじ。前斎院をも、ねむごろに聞こえたまふやうなりしかど1465、わざとしも思し遂げずなりにしを」
など思して、「さることもやある」とも問ひきこえたまはず、何心もなくておはするに、いとほしく、
「この事をいかに思さむ。わが心はつゆも変はるまじく、さることあらむにつけては、なかなかいとど深さこそまさらめ、見定めたまはざらむほど、いかに思ひ疑ひたまはむ」
など安からず思さる。
今の年ごろとなりては、ましてかたみに隔てきこえたまふことなく、あはれなる御仲なれば、しばし心に隔て残したることあらむもいぶせきを、その夜はうち休みて明かしたまひつ。

 4 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける
 [4-1 源氏、結婚承諾を煩悶す]
六条院は、何となく気が重くて、あれこれと思い悩みなさる。
紫の上も、このようなご決定があったと、以前からちらっとお聞きになっていたが、
「決してそのようなことはあるまい。前斎院を熱心に言い寄っていらっしゃるようだったが、ことさら思いを遂げようとはなさらなかったのだから」
などとお思いになって、「そのようなことがあったのですか」ともお尋ね申し上げなさらず、平気な顔でいらっしゃるので、おいたわしくて、
「このことをどのようにお思いだろう。自分の心は少しも変わるはずもなく、そのことがあった場合には、かえってますます愛情が深くなることだろうが、それがお分りいただけない間は、どんなにお思い疑いなさるだろう」
などと、気がかりにお思いになる。
長の年月を経たこのごろでは、ましてお互いに心を隔て置き申し上げることもなく、しっくりしたご夫婦仲なので、一時でも心に隔てを残しているようなことがあるのも気が重いのだが、その晩はそのまま寝んで、夜を明かしなさった。

 4 Tale of Genji Genji tells Murasaki that he will get married to Sam-no-Miya
 [4-1 Genji worries about a consent to the marriage]
 Rokudeu-no-Win ha, nama-kokoro-gurusiu, sama-zama obosi midaru.
 Murasaki-no-Uhe mo, kakaru ohom-sadame nam to, kanete mo hono-kiki tamahi kere do,
 "Sa si mo ara zi. Saki-no-Saiwin wo mo, nemgoro ni kikoye tamahu yau nari sika do, wazato si mo obosi toge zu nari ni si wo."
 nado obosi te, "Saru koto mo ya aru?" to mo tohi kikoye tamaha zu, nani-gokoro mo naku te ohasuru ni, itohosiku,
 "Kono koto wo ika ni obosa m? Waga kokoro ha tuyu mo kaharu maziku, saru koto ara m ni tuke te ha, naka-naka itodo hukasa koso masara me, mi-sadame tamaha zara m hodo, ika ni omohi utagaha m?"
 nado yasukara zu obosa ru.
 Ima no tosi-goro to nari te ha, masite katamini hedate kikoye tamahu koto naku, ahare naru ohom-naka nare ba, sibasi kokoro ni hedate nokosi taru koto ara m mo ibuseki wo, sono yo ha uti-yasumi te akasi tamahi tu.

 [4-2 源氏、紫の上に打ち明ける]
またの日、雪うち降り、空のけしきもものあはれに、過ぎにし方行く先の御物語聞こえ交はしたまふ。
「院の頼もしげなくなりたまひにたる、御とぶらひに参りて、あはれなることどものありつるかな。女三の宮の御ことを、いと捨てがたげに思して、しかしかなむのたまはせつけしかば、心苦しくて、え聞こえ否びずなりにしを、ことことしくぞ人は言ひなさむかし。
今は、さやうのことも初ひ初ひしく、すさまじく思ひなりにたれば、人伝てにけしきばませたまひしには、とかく逃れきこえしを、対面のついでに、心深きさまなることどもを、のたまひ続けしには1466、えすくすくしくも返さひ申さでなむ。
深き御山住みに移ろひたまはむほどにこそは、渡したてまつらめ。あぢきなくや思さるべき。いみじきことありとも、御ため、あるより変はることはさらにあるまじきを、心なおきたまひそよ。
かの御ためこそ、心苦しからめ。それもかたはならずもてなしてむ。誰も誰も、のどかにて過ぐしたまはば」
など聞こえたまふ。
はかなき御すさびごとをだに、めざましきものに1467思して、心やすからぬ御心ざまなれば、「いかが思さむ」と思すに、いとつれなくて、
「あはれなる御譲りにこそはあなれ。ここには、いかなる心をおきたてまつるべきにか。めざましく、かくてなど、咎めらるまじくは、心やすくてもはべなむを、かの母女御の御方ざまにても、疎からず思し数まへてむや」
と、卑下したまふを、
「あまり、かう、うちとけたまふ御ゆるしも、いかなればと、うしろめたくこそあれ。まことは、さだに思しゆるいて、われも人も心得て、なだらかにもてなし過ぐしたまはば、いよいよあはれになむ。
ひがこと聞こえなどせむ人の言、聞き入れたまふな。すべて、世の人の口といふものなむ、誰が言ひ出づる1468ことともなく、おのづから人の仲らひなど、うちほほゆがみ1469、思はず1470なること出で来るものなるを、心ひとつにしづめて、ありさまに従ふなむよき。まだきに騒ぎて、あいなきもの怨みしたまふな」
と、いとよく教へきこえたまふ。

 [4-2 源氏、紫の上に打ち明ける]
翌日、雪がちょっと降って、空模様も物思いを催し、過去のこと将来のことをお話し合いなさる。
「院がお弱りになりなさったが、お見舞いに参上して、ひどく胸を打たれることがありました。女三の宮の御身の上の事を、実に放っておきがたく思し召されて、これこれしかじかのことを仰せになったので、お気の毒で、お断り申し上げることができなくなってしまったのを、大げさに人は言いなすだろう。
今は、そのようなことも気恥ずかしく、関心も持てなくなってきたので、人を通してそれとなく仰せになった時には、何とか逃げ申したが、対面した時に、あわれ深い親心をおっしゃり続けたのには、すげなくご辞退申し上げることができませんでした。
深い山住み生活にお移りになるころには、こちらにお迎え申し上げることになろう。おもしろくなくお思いでしょうか。たとえどんなことがあっても、あなたにとって、今までと変わることは決してありませんから、気にかけないでくださいよ。
あちらの方にとってこそ、お気の毒でしょう。その方も見苦しからずお世話しよう。皆が皆、穏やかにお過ごしくださったなら」
などと申し上げなさる。
ちょっとしたお浮気でさえ、目障りなとお思いなさって、心穏やかでないご性分なので、「どうお思いかしら」とお思いになると、まったく平静で、
「ほんとうにお気の毒なご依頼ですこと。わたしには、どのような快からぬ心をお抱き申しましょうか。目障りな、こうしていてなどと、咎められないようでしたら、安心してここにいさせていただきましょうが、あちらの御母女御の御縁からいっても、仲好くしていただけるでしょうから」
と、謙遜なさるのを、
「あまり、こんなに、快くお許しくださるのも、どうしてかと、不安に思われます。ほんとうは、せめてそのように大目に見てくださって、自分もあちらの方も事情を分かりあって、穏やかに暮らしてくださるなら、一層ありがたいことです。
根も葉もない噂などをする人の話は、信じなさるな。総じて、世間の人の口というものは、誰が言い出したということもなく、自然と他人の夫婦仲などを、事実とは違えて、意外な話が出て来るもののようですが、自分一人の心におさめて、成り行きに従うのが良い。早まって騷ぎ出して、つまらない嫉妬をなさるな」
と、たいそう良くお教え申し上げなさる。

 [4-2 Genji tells Murasaki that he will get married to Sam-no-Miya]
 Mata no hi, yuki uti-huri, sora no kesiki mo mono-ahare ni, sugi ni si kata yukusaki no ohom-monogatari kikoye-kahasi tamahu.
 "Win no tanomosige naku nari tamahi ni taru, ohom-toburahi ni mawiri te, ahare naru koto-domo no ari turu kana! Womna-Sam-no-Miya no ohom-koto wo, ito sute gatage ni obosi te, sika-sika nam notamaha se tuke sika ba, kokoro-gurusiku te, e kikoye inabi zu nari ni si wo, koto-kotosiku zo hito ha ihi-nasa m kasi.
 Ima ha, sayau no koto mo uhi-uhisiku, susamaziku omohi-nari ni tare ba, hitodute ni kesiki-bama se tamahi si ni ha, tokaku nogare kikoye si wo, taimen no tuide ni, kokoro-hukaki sama naru koto-domo wo, notamahi tuduke si ni ha, e suku-sukusiku mo kahesahi mausa de nam.
 Hukaki mi-yama-zumi ni uturohi tamaha m hodo ni koso ha, watasi tatematura me. Adikinaku ya obosa ru beki? Imiziki koto ari to mo, ohom-tame, aru yori kaharu koto ha sarani aru maziki wo, kokoro na oki tamahi so yo.
 Kano ohom-tame koso, kokoro-gurusikara me. Sore mo kataha nara zu motenasi te m. Tare mo tare mo, nodoka ni te sugusi tamaha ba."
 nado kikoye tamahu.
 Hakanaki ohom-susabi-goto wo dani, mezamasiki mono ni obosi te, kokoro-yasukara nu mi-kokorozama nare ba, "Ikaga obosa m?" to obosu ni, ito turenaku te,
 "Ahare naru ohom-yuduri ni koso ha a'nare. Koko ni ha, ika naru kokoro wo oki tatematuru beki ni ka? Mezamasiku, kakute nado, togame raru maziku ha, kokoro-yasuku te mo habe' na m wo, kano haha-Nyougo no ohom-kata-zama ni te mo, utokara zu obosi kazumahe te m ya?"
 to, hige si tamahu wo,
 "Amari, kau, utitoke tamahu ohom-yurusi mo, ika nare ba to, usirometaku koso are. Makoto ha, sa dani obosi yurui te, ware mo hito mo kokoro-e te, nadaraka ni motenasi sugusi tamaha ba, iyo-iyo ahare ni nam.
 Higa-koto kikoye nado se m hito no koto, kiki-ire tamahu na. Subete, yo no hito no kuti to ihu mono nam, taga ihi iduru koto to mo naku, onodukara hito no nakarahi nado, uti-hohoyugami, omoha zu naru koto ide kuru mono naru wo, kokoro hitotu ni sidume te, arisama ni sitagahu nam yoki. Madaki ni sawagi te, ainaki mono urami si tamahu na."
 to, ito yoku wosihe kikoye tamahu.

 [4-3 紫の上の心中]
心のうちにも、
「かく空より出で来にたるやうなることにて、逃れたまひがたきを、憎げにも聞こえなさじ1471。わが心に憚りたまひ、いさむることに従ひたまふべき、おのがどちの心より起これる懸想にもあらず。せかるべき方なきものから、をこがましく思ひむすぼほるるさま、世人に漏り聞こえじ。
式部卿宮の大北の方、常にうけはしげなることどもをのたまひ出でつつ、あぢきなき大将の御ことにてさへ、あやしく恨み嫉みたまふなるを、かやうに聞きて、いかにいちじるく思ひ合はせたまはむ」
など、おいらかなる人の御心といへど、いかでかはかばかりの隈はなからむ。今はさりともとのみ、わが身を思ひ上がり、うらなくて過ぐしける世の、人笑へならむことを、下には思ひ続けたまへど、いとおいらかにのみもてなしたまへり。

 [4-3 紫の上の心中]
心の中でも、
「このように空から降って来たようなことなので、ご辞退できなかったのだから、恨み言は申し上げまい。ご自身気が咎めなさり、他人の諌めに従いなさるような、当人同士の心から出た恋でない。せき止めるすべもないものだから、馬鹿らしくうち沈んでいる様子、世間の人に漏れ見せまい。
式部卿宮の大北の方が、常に呪わしそうな言葉をおっしゃっては、どうにもならない大将の御身の上の事についてまで、変に恨んだり妬んだりなさるというが、このように聞いて、どんなにかそれ見たことかと思うことだろう」
などと、おっとりしたご性分とはいえ、どうしてこの程度の邪推をなさらないことがあろうか。今はもう大丈夫とばかり、わが身の上を気位を高く持って、気兼ねなく過ごして来た夫婦仲が、物笑いになろうことを、心の中では思い続けなさるが、表面はとても穏やかにばかり振る舞っていらっしゃった。

 [4-3 Murasaki worries herself for her future]
 Kokoro no uti ni mo,
 "Kaku sora yori ide-ki ni taru yau naru koto ni te, nogare tamahi gataki wo, nikuge ni mo kikoye-nasa zi. Waga kokoro ni habakari tamahi, isamuru koto ni sitagahi tamahu beki, onoga-doti no kokoro yori okore ru kesau ni mo ara zu. Seka ru beki kata naki mono kara, wokogamasiku omohi musubohoruru sama, yo-hito ni mori kikoye zi.
 Sikibukyau-no-Miya no Oho-Kitanokata, tune ni ukehasige naru koto domo wo notamahi ide tutu, adikinaki Daisyau no ohom-koto ni te sahe, ayasiku urami sonemi tamahu naru wo, kayau ni kiki te, ika ni itiziruku omohi-ahase tamaha m."
 nado, oyiraka naru hito no mi-kokoro to ihe do, ikade ka ha kabakari no kuma ha nakara m. Ima ha sari to mo to nomi, waga mi wo omohi-agari, ura naku te sugusi keru yo no, hito-warahe nara m koto wo, sita ni ha omohi-tuduke tamahe do, ito oyiraka ni nomi motenasi tamahe ri.

 5 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う
 [5-1 玉鬘、源氏に若菜を献ず]
年も返りぬ。朱雀院には、姫宮、六条院に移ろひたまはむ御いそぎをしたまふ。聞こえたまへる人々、いと口惜しく思し嘆く。内裏にも御心ばへありて、聞こえたまひけるほどに、かかる御定めを聞こし召して、思し止まりにけり。
さるは、今年ぞ四十になりたまひければ、御賀のこと、朝廷にも聞こし召し過ぐさず、世の中の営みにて、かねてより響くを、ことのわづらひ多くいかめしきことは、昔より好みたまはぬ御心にて、皆かへさひ申したまふ。
正月二十三日、子の日なるに、左大将殿の北の方、若菜参りたまふ。かねてけしきも漏らしたまはで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、にはかにて、えいさめ返しきこえたまはず。忍びたれど1472、さばかりの御勢ひなれば、渡りたまふ御儀式1473など、いと響きことなり。
南の御殿の西の放出に御座よそふ。屏風、壁代よりはじめ、新しく払ひしつらはれたり1474。うるはしく倚子などは立てず、御地敷四十枚、御茵、脇息など、すべてその御具1475ども、いときよらにせさせたまへり。
螺鈿の御厨子二具に、御衣筥四つ1476据ゑて、夏冬の御装束。香壷、薬の筥、御硯、ゆする坏、掻上の筥などやうのもの、うちうちきよらを尽くしたまへり。御插頭の台には、沈、紫檀を作り、めづらしきあやめを尽くし、同じき金をも、色使ひなしたる、心ばへあり、今めかしく。
 尚侍の君1477、もののみやび深く、かどめきたまへる人にて、目馴れぬさまにしなしたまへる、おほかたのことをば、ことさらにことことしからぬほどなり。

 5 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う
 [5-1 玉鬘、源氏に若菜を献ず]
年も改まった。朱雀院におかれては、姫宮が、六条院にお移りになる御準備をなさる。ご求婚申し上げなさっていた方々は、たいそう残念にお嘆きになる。帝におかせられてもお気持ちがあって、お申し入れしていらっしゃるうちに、このような御決定をお耳にあそばして、お諦めになったのであった。
それはそれとして実は、今年四十歳におなりになったので、その御賀のこと、朝廷でもお聞き流しなさらず、世を挙げての行事として、早くから評判であったが、いろいろと煩わしいことが多い厳めしい儀式は、昔からお嫌いなご性分であるから、皆ご辞退申し上げなさる。
正月二十三日は、子の日なので、左大将殿の北の方が、若菜を献上なさる。前もってその様子も外に現しなさらず、とてもたいそう密かにご準備なさっていたので、急な事で、ご意見してご辞退申し上げることもできない。内々にではあるが、あれほどのご威勢なので、ご訪問の作法など、たいそう騷ぎが格別である。
南の御殿の西の放出に御座席を設ける。屏風、壁代をはじめ、新しくすっかり取り替えられている。儀式ばって椅子などは立てず、御地敷四十枚、御褥、脇息など、総じてその道具類は、たいそう美しく整えさせていらっしゃった。
螺鈿の御厨子二具に、御衣箱四つを置いて、夏冬の御装束。香壷、薬の箱、御硯、ゆする坏、掻上の箱などのような物を、目立たない所に善美を尽くしていらっしゃった。御插頭の台としては、沈や、紫檀で作り、珍しい紋様を凝らし、同じ金属製品でも、色を使いこなしているのは、趣があり、現代風で。
尚侍の君は、風雅の心が深く、才気のある方なので、目新しい形に整えなさっていたが、儀式全般のこととしては、格別に仰々しくないようにしてある。

 5 Tale of Genji Tamakazura presents wakana to Genji in celebration of his 40 years old
 [5-1 Tamakazura presents wakana to Genji in celebration of his 40 years old]
 Tosi mo kaheri nu. Suzaku-Win ni ha, Hime-Miya, Rokudeu-no-Win ni uturohi tamaha m ohom-isogi wo sitamahu. Kikoye tamahe ru hito-bito ito kutiwosiku obosi nageku. Uti ni mo mi-kokorobahe ari te, kikoye tamahi keru hodo ni, kakaru ohom-sadame wo kikosimesi te, obosi tomari ni keri.
 Saru ha, kotosi zo yosodi ni nari tamahi kere ba, ohom-ga no koto, ohoyake ni mo kikosimesi sugusa zu, yononaka no itonami ni te, kanete yori hibiku wo, koto no wadurahi ohoku ikamesiki koto ha, mukasi yori konomi tamaha nu mi-kokoro ni te, mina kahesahi mausi tamahu.
 Syaugwati nizihu-sam-niti, ne no hi naru ni, Sa-Daisyau-dono no Kitanokata, wakana mawiri tamahu. Kanete kesiki mo morasi tamaha de, ito itaku sinobi te obosi mauke tari kere ba, nihaka ni te, e isame kahesi kikoye tamaha zu. Sinobi tare do, sabakari no ohom-ikihohi nare ba, watari tamahu ohom-gisiki nado, ito hibiki koto nari.
 Minami no o-todo no nisi no hanati-ide ni o-masi yosohu. Byaubu, kabesiro yori hazime, atarasiku harahi situraha re tari. Uruhasiku isi nado ha tate zu, ohom-disiki sizihu-mai, ohom-sitone, kehusoku nado, subete sono ohom-gu-domo, ito kiyora ni se sase tamahe ri.
 Raden no mi-dusi huta-yorohi ni, ohom-koromo-bako yotu suwe te, natu huyu no ohom-sauzoku. Kaugo, kusuri no hako, ohom-suzuri, yusurutuki, kakage no hako nado yau no mono, uti-uti kiyora wo tukusi tamahe ri. Ohom-kazasi no dai ni ha, din, sitan wo tukuri, medurasiki ayame wo tukusi, onaziki kane wo mo, iro tukahi-nasi taru, kokorobahe ari, imamekasiku.
 Kam-no-Kimi, mono no miyabi hukaku, kadomeki tamahe ru hito ni te, me-nare nu sama ni si-nasi tamahe ru, ohokata no koto wo ba, kotosara ni koto-kotosikara nu hodo nari.

 [5-2 源氏、玉鬘と対面]
人々参りなどしたまひて、御座に出でたまふとて、尚侍の君に御対面あり。御心のうちには、いにしへ思し出づることもさまざまなりけむかし。
いと若くきよらにて、かく御賀などいふことは、ひが数へにやと、おぼゆるさまの、なまめかしく、人の親げなくおはしますを、めづらしくて年月隔てて見たてまつりたまふは、いと恥づかしけれど、なほけざやかなる隔てもなくて、御物語聞こえ交はしたまふ。
幼き君も、いとうつくしくて1478ものしたまふ。尚侍の君は、うち続きても御覧ぜられじとのたまひけるを、大将、かかるついでにだに御覧ぜさせむとて、二人同じやうに、振分髪の何心なき直衣姿どもにておはす。
「過ぐる齢も、みづからの心にはことに思ひとがめられず、ただ昔ながらの若々しきありさまにて、改むることもなきを、かかる末々のもよほしになむ、なまはしたなきまで思ひ知らるる折もはべりける。
中納言のいつしかとまうけたなるを、ことことしく思ひ隔てて、まだ見せずかし。人よりことに、数へ取りたまひける今日の子の日こそ、なほうれたけれ。しばしは老を忘れてもはべるべきを」
と聞こえたまふ。

 [5-2 源氏、玉鬘と対面]
人々が参上などなさって、お座席にお出になるに当たり、尚侍の君とご対面がある。お心の中では、昔を思い出しなさることがさまざまとあったことであろう。
実に若々しく美しくて、このように御四十の賀などということは、数え違いではないかと、つい思われる様子で、優美で子を持つ親らしくなくいらっしゃるのを、珍しくて、歳月を経て拝見なさるのは、とても恥ずかしい思いがするが、やはり際立った隔てもなく、お話を交わしなさる。
幼い君も、とてもかわいらしくいらっしゃる。尚侍の君は、続いて二人もお目にかけたくないとおっしゃったが、大将が、せめてこのような機会に御覧に入れようと言って、二人同じように、振り分け髪で、無邪気な童直衣姿でいらっしゃる。
「年を取ると、自分自身では特に気にもならず、ただ昔のままの若々しい様子で、変わることもないのだが、このような孫たちができたことで、きまりの悪いまでに年を取ったことを思い知られる時もあるのですね。
中納言が早々と子をなしたというのに、仰々しく分け隔てして、まだ見せませんよ。誰より先に、私の年を数えて祝ってくださった今日の子の日は、やはりつらく思われます。しばらくは老いを忘れてもいられたでしょうに」
と申し上げなさる。

 [5-2 Genji meets Tamakazura after a long time]
 Hito-bito mawiri nado si tamahi te, o-masi ni ide tamahu tote, Kam-no-Kimi ni ohom-taimen ari. Mi-kokoro no uti ni ha, inisihe obosi-iduru koto mo sama-zama nari kem kasi.
 Ito wakaku kiyora ni te, kaku ohom-ga nado ihu koto ha, higa kazohe ni ya to, oboyuru sama no, namamekasiku, hito no oyage naku ohasimasu wo, medurasiku te tosi-tuki hedate te mi tatematuri tamahu ha, ito hadukasikere do, naho kezayaka naru hedate mo naku te, ohom-monogatari kikoye kahasi tamahu.
 Wosanaki Kimi mo, ito utukusiku te monosi tamahu. Kam-no-Kimi ha, uti-tuduki te mo go-ran-ze rare zi to notamahi keru wo, Daisyau, kakaru tuide ni dani go-ran-ze sase m tote, hutari onazi yau ni, huriwake-gami no nani-gokoro naki nahosi-sugata-domo ni te ohasu.
 "Suguru yohahi mo, midukara no kokoro ni ha koto ni omohi togame rare zu, tada mukasi nagara no waka-wakasiki arisama ni te, aratamuru koto mo naki wo, kakaru suwe-zuwe no moyohosi ni nam, nama-hasitanaki made omohi-sira ruru wori mo haberi keru.
 Tiunagon no itusika to mauke ta'naru wo, koto-kotosiku omohi hedate te, mada mi se zu kasi. Hito yori koto ni, kazohe tori tamahi keru kehu no Ne-no-hi koso, naho uretakere. Sibasi ha oyi wo wasure te mo haberu beki wo."
 to kikoye tamahu.

 [5-3 源氏、玉鬘と和歌を唱和]
尚侍の君も、いとよくねびまさり、ものものしきけさへ添ひて、見るかひあるさましたまへり。
「若葉さす野辺の小松を引き連れて
もとの岩根を祈る今日かな」
と、せめておとなび聞こえたまふ。沈の折敷四つして、御若菜さまばかり参れり1479。御土器取りたまひて、
「小松原末の齢に引かれてや
野辺の若菜も年を摘むべき」
など聞こえ交はしたまひて、上達部あまた南の廂に着きたまふ。
式部卿宮は、参りにくく思しけれど、御消息ありけるに、かく親しき御仲らひにて、心あるやうならむも便なくて、日たけてぞ渡りたまへる。
大将のしたり顔にて、かかる御仲らひに、うけばりてものしたまふも、げに心やましげなるわざなめれど、御孫の君たちは、いづ方につけても、おり立ちて雑役したまふ。籠物四十枝、折櫃物四十。中納言をはじめたてまつりて、さるべき限り取り続きたまへり。御土器くだり、若菜の御羹参る。御前には、沈の懸盤四つ、御坏どもなつかしく、今めきたるほどにせられたり。

 [5-3 源氏、玉鬘と和歌を唱和]
尚侍の君も、すっかり立派に成熟して、貫祿まで加わって、素晴らしいご様子でいらっしゃった。
「若葉が芽ぐむ野辺の小松を引き連れて
育てて下さった元の岩根を祝う今日の子の日ですこと」
と、強いて母親らしく申し上げなさる。沈の折敷を四つ用意して、御若菜を御祝儀ばかりに献上なさった。御杯をお取りになって、
「小松原の将来のある齢にあやかって
野辺の若菜も長生きするでしょう」
などと詠み交わしなさっているうちに、上達部が大勢南の廂の間にお着きになる。
式部卿宮は、参上しにくくお思いであったが、ご招待があったのに、このように親しい間柄で、わけがあるみたいに取られるのも具合が悪いので、日が高くなってからお渡りになった。
大将が得意顔で、このようなお間柄ゆえ、すべて取り仕切っていらっしゃるのも、いかにも癪に障ることのようであるが、御孫の君たちは、どちらからも縁続きゆえに、骨身を惜しまず、雑用をなさっている。籠物四十枝、折櫃物四十。中納言をおはじめ申して、相当な方々ばかりが、次々に受け取って献上なさっていた。お杯が下されて、若菜の御羹をお召し上がりになる。御前には、沈の懸盤四つ、御坏類も好ましく現代風に作られていた。

 [5-3 Genji and Tamakazura exchange waka each other]
 Kam-no-Kimi mo, ito yoku nebi masari, mono-monosiki ke sahe sohi te, miru kahi aru sama si tamahe ri.
 "Wakaba sasu nobe no komatu wo hiki ture te
 moto no ihane wo inoru kehu kana
"
 to, semete otonabi kikoye tamahu. Din no wosiki yotu si te, ohom-wakana sama bakari mawire ri. Ohom-kaharake tori tamahi te,
 "Komatu-bara suwe no yohahi ni hika re te ya
 nobe no wakana mo tosi wo tumu beki
"
 nado kikoye-kahasi tamahi te, Kamdatime amata minami no hisasi ni tuki tamahu.
 Sikibukyau-no-Miya ha, mawiri nikuku obosi kere do, ohom-seusoko ari keru ni, kaku sitasiki ohom-nakarahi ni te, kokoro aru yau nara m mo bin naku te, hi take te zo watari tamahe ru.
 Daisyau no sitari-gaho ni te, kakaru ohom-nakarahi ni, ukebari te monosi tamahu mo, geni kokoroyamasige naru waza na'mere do, ohom-mago no Kimi-tati ha, idu-kata ni tuke te mo, oritati te zahuyaku si tamahu. Komono yoso-eda, woribitu mono yosodi. Tiunagon wo hazime tatematuri te, saru beki kagiri torituduki tamahe ri. Ohom-kaharake kudari, wakana no ohom-atumono mawiru. O-mahe ni ha, din no kakeban yotu, ohom-tuki-domo natukasiku, imameki taru hodo ni se rare tari.

 [5-4 管弦の遊び催す]
朱雀院の御薬のこと、なほたひらぎ果てたまはぬにより、楽人などは召さず。御笛など、太政大臣の、その1480方は整へたまひて、
「世の中に、この御賀よりまためづらしくきよら尽くすべきことあらじ」
とのたまひて、すぐれたる音の限りを、かねてより思しまうけたりければ、忍びやかに御遊びあり。
とりどりにたてまつる中に、和琴は、かの大臣の第一に秘したまひける御琴なり。さるものの上手の、心をとどめて弾き馴らしたまへる音、いと並びなきを、異人は掻きたてにくくしたまへば、衛門督の固く否ぶるを責めたまへば1481、げにいとおもしろく、をさをさ劣るまじく弾く。
「何ごとも、上手の嗣といひながら、かくしもえ継がぬ1482わざぞかし」と、心にくくあはれに人々思す。調べに従ひて、跡ある手ども、定まれる唐土の伝へ1483どもは、なかなか尋ね知るべき方あらはなるを、心にまかせて、ただ掻き合はせたるすが掻きに、よろづの物の音調へられたるは、妙におもしろく、あやしきまで響く。
父大臣は、琴の緒もいと緩に張りて、いたう下して調べ、響き多く合はせてぞ掻き鳴らしたまふ。これは、いとわららかに昇る音の、なつかしく愛敬づきたるを、「いとかうしもは聞こえざりしを」と、親王たちも驚きたまふ。
琴は、兵部卿宮弾きたまふ。この御琴は、宜陽殿の御物にて、代々に第一の名ありし御琴を、故院の末つ方、一品宮の好みたまふことにて、賜はりたまへりけるを、この折のきよらを尽くしたまはむとするため、大臣の申し賜はり1484たまへる御伝へ伝へを思すに、いとあはれに、昔のことも恋しく思し出でらる。
親王も、酔ひ泣きえとどめたまはず。御けしきとりたまひて、琴は御前に譲りきこえさせたまふ。もののあはれにえ過ぐしたまはで、めづらしきもの一つばかり弾きたまふに、ことことしからねど、限りなくおもしろき夜の御遊び1485なり。
唱歌の人々御階に召して、すぐれたる声の限り出だして、返り声になる。夜の更け行くままに、物の調べども、なつかしく変はりて、「青柳1486」遊びたまふほど、げに、ねぐらの鴬おどろきぬべく、いみじくおもしろし。私事のさまにしなしたまひて、禄など、いと警策にまうけられたりけり。

 [5-4 管弦の遊び催す]
朱雀院の御病気が、まだすっかり良くならないことによって、楽人などはお召しにならない。管楽器などは、太政大臣が、そちらの方面はお整えになって、
「世の中に、この御賀より他に立派で善美を尽くすような催しはまたとあるまい」
とおっしゃって、優れた楽器ばかりを、以前からご準備なさっていたので、内輪の方々で音楽のお遊びが催される。
それぞれ演奏する楽器の中で、和琴は、あの太政大臣が第一にご秘蔵なさっていた御琴である。このような名人が、日頃入念に弾き馴らしていらっしゃる音色、またとないほどなので、他の人は弾きにくくなさるので、衛門督が固く辞退しているのを催促なさると、なるほど実に見事に、少しも父親に負けないほどに弾く。
「どのようなことも、名人の後嗣と言っても、これほどにはとても継ぐことはできないものだ」と、奥ゆかしく感心なことに人々はお思いになる。それぞれの調子に従って、楽譜の整っている弾き方や、決まった型のある中国伝来の曲目は、かえって習い方もはっきりしているが、気分にまかせて、ただ掻き合わせるすが掻きに、すべての楽器の音色が一つになっていくのは、見事に素晴らしく、不思議なまでに響き合う。
父大臣は、琴の緒をとても緩く張って、たいそう低い調子で調べ、余韻を多く響かせて掻き鳴らしなさる。こちらは、たいそう明るく高い調子で、親しみのある朗らかなので、「とてもこんなにまでとは知らなかった」と、親王たちはびっくりなさる。
琴は、兵部卿宮がお弾きになる。この御琴は、宜陽殿の御物で、代々に第一の評判のあった御琴を、故院の晩年に、一品宮がお嗜みがおありであったので、御下賜なさったのを、この御賀の善美を尽しなさろうとして、大臣が願い出て賜ったという次々の伝来をお思いになると、実にしみじみと、昔のことが恋しくお思い出さずにはいらっしゃれない。
親王も、酔い泣きを抑えることがおできになれない。ご心中をお察しになって、琴は御前にお譲り申し上げあそばす。感興にじっとしていらっしゃれずに、珍しい曲目を一曲だけお弾きなさると、儀式ばった仰々しさはないけれども、この上なく素晴らしい夜のお遊びである。
唱歌の人々を御階に召して、美しい声ばかりで歌わせて、返り声に転じて行く。夜が更けて行くにつれて、楽器の調子など、親しみやすく変わって、「青柳」を演奏なさるころに、なるほど、ねぐらの鴬が目を覚ますに違いないほど、大変に素晴らしい。私的な催しの形式になさって、禄など、たいそう見事な物を用意なさっていた。

 [5-4 Genji holds a concert]
 Suzaku-Win no ohom-kusuri no koto, naho tahiragi-hate tamaha nu ni yori, gaku-nin nado ha mesa zu. Ohom-hue nado, Ohoki-Otodo no, sono kata ha totonohe tamahi te,
 "Yononaka ni, kono ohom-ga yori mata medurasiku kiyora tukusu beki koto ara zi."
 to notamahi te, sugure taru ne no kagiri wo, kanete yori obosi mauke tari kere ba, sinobiyaka ni ohom-asobi ari.
 Tori-dori ni tatematuru naka ni, wa-gon ha, kano Otodo no dai-iti ni hi-si tamahi keru ohom-koto nari. Saru mono no zyauzu no, kokoro wo todome te hiki narasi tamahe ru ne, ito narabi naki wo, koto-bito ha kaki tate nikuku si tamahe ba, Wemon-no-Kami no kataku inaburu wo seme tamahe ba, geni ito omosiroku wosa-wosa otoru maziku hiku.
 "Nani-goto mo, zyauzu no tugi to ihi nagara, kaku si mo e tuga nu waza zo kasi." to, kokoro-nikuku ahare ni hito-bito obosu. Sirabe ni sitagahi te, ato aru te-domo, sadamare ru Morokosi no tutahe domo ha, naka-naka tadune siru beki kata araha naru wo, kokoro ni makase te, tada kaki-ahase taru suga-gaki ni, yorodu no mono no ne totonohe rare taru ha, tahe ni omosiroku, ayasiki made hibiku.
 Titi-Otodo ha, koto no wo mo ito yuru ni hari te, itau kudasi te sirabe, hibiki ohoku ahase te zo kaki-narasi tamahu. Kore ha, ito wararaka ni noboru ne no, natukasiku aigyau-duki taru wo, "Ito kau si mo ha kikoye zari si wo!" to, Miko-tati mo odoroki tamahu.
 Kin ha, Hyaubukyau-no-Miya hiki tamahu. Kono ohom-koto ha, Giyau-den no ohom-mono ni te, dai-dai ni dai-iti no na ari si ohom-koto wo, Ko-Win no suwe tu kata, Itipon-no-Miya no konomi tamahu koto ni te, tamahari tamahe ri keru wo, kono wori no kiyora wo tukusi tamaha m to suru tame, Otodo no mausi tamahari tamahe ru ohom-tutahe tutahe wo obosu ni, ito ahare ni, mukasi no koto mo kohisiku obosi-ide raru.
 Miko mo, wehi-naki e todome tamaha zu. Mi-kesiki tori tamahi te, kin ha o-mahe ni yuduri kikoye sase tamahu. Mono ahare ni e sugusi tamaha de, medurasiki mono hitotu bakari hiki tamahu ni, koto-kotosikara ne do, kagiri naku omosiroki yo no ohom-asobi nari.
 Sauga no hito-bito mi-hasi ni mesi te, sugure taru kowe no kagiri idasi te, kaheri-gowe ni naru. Yo no huke-yuku mama ni, mono no sirabe-domo, natukasiku kahari te, Awoyagi asobi tamahu hodo, geni, negura no uguhisu odoroki nu beku, imiziku omosirosi. Watakusi-goto no sama ni si-nasi tamahi te, roku nado, ito keuzaku ni mauke rare tari keri.

 [5-5 暁に玉鬘帰る]
暁に、尚侍君帰りたまふ。御贈り物などありけり。
「かう世を捨つるやうにて明かし暮らすほどに、年月の行方も知らず顔なるを、かう数へ知らせたまへるにつけては、心細くなむ。
時々は、老いやまさると見たまひ比べよかし。かく古めかしき身の所狭さに、思ふに従ひて対面なきも、いと口惜しくなむ」
など聞こえたまひて、あはれにもをかしくも、思ひ出できこえたまふことなきにしもあらねば、なかなかほのかにて、かく急ぎ渡りたまふを、いと飽かず口惜しくぞ思されける。
尚侍の君も、まことの親をばさるべき契りばかりに思ひきこえたまひて、ありがたくこまかなりし御心ばへを、年月に添へて、かく世に住み果てたまふにつけても、おろかならず思ひきこえたまひけり。

 [5-5 暁に玉鬘帰る]
明け方に、尚侍の君はお帰りになる。御贈り物などがあるのだった。
「このように世を捨てたようにして毎日を送っていると、年月のたつのも気づかぬありさまだが、このように齢を数えて祝ってくださるにつけて、心細い気がする。
時々は、前より年とったかどうか見比べにいらっしゃって下さいよ。このように老人の身の窮屈さから、思うままにお会いできないのも、まことに残念だ」
などと申し上げなさって、しんみりとまた情趣深く、思い出しなさることがないでもないから、かえってちらっと顔を見せただけで、このように急いでお帰りになるのを、たいそう堪らなく残念に思わずにはいらっしゃれなかった。
尚侍の君も、実の親は親子の宿縁とお思い申し上げなさるだけで、世にも珍しく親切であったお気持ちの程を、年月とともに、このようにお身の上が落ち着きなさったにつけても、並々ならずありがたく感謝申し上げなさるのであった。

 [5-5 Tamakazura leaves Rokujo-in at dawn]
 Akatuki ni, Kam-no-Kimi kaheri tamahu. Ohom-okurimono nado ari keri.
 "Kau yo wo suturu yau ni te akasi kurasu hodo ni, tosi-tuki no yukuhe mo sira-zu-gaho naru wo, kau kazohe sira se tamahe ru ni tuke te ha, kokoro-bosoku nam.
 Toki-doki ha, oyi ya masaru to mi tamahi kurabe yo kasi. Kaku hurumekasiki mi no tokoro-sesa ni, omohu ni sitagahi te taimen naki mo, ito kutiwosiku nam."
 nado kikoye tamahi te, ahare ni mo wokasiku mo, omohi-ide kikoye tamahu koto naki ni si mo ara ne ba, naka-naka honoka ni te, kaku isogi watari tamahu wo, ito aka zu kutiwosiku zo obosa re keru.
 Kam-no-Kimi mo, makoto no oya wo ba saru beki tigiri bakari ni omohi kikoye tamahi te, arigataku komaka nari si mi-kokorobahe wo, tosi-tuki ni sohe te, kaku yo ni sumi-hate tamahu ni tuke te mo, oroka nara zu omohi kikoye tamahi keri.

 6 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
 [6-1 女三の宮、六条院に降嫁]
かくて、如月の十余日に、朱雀院の姫宮、六条院へ渡りたまふ。この院にも、御心1487まうけ世の常ならず。若菜参りし西の放出に御帳1488立てて、そなたの一、二の対、渡殿かけて、女房の局々まで、こまかにしつらひ磨かせたまへり。内裏に参りたまふ人の作法をまねびて、かの院1489よりも御調度など運ばる。渡りたまふ儀式、言へばさらなり。
御送りに、上達部などあまた参りたまふ。かの家司望みたまひし大納言も、やすからず思ひながらさぶらひたまふ。御車寄せたる所に、院渡りたまひて、下ろしたてまつりたまふなども、例には違ひたることどもなり。
ただ人におはすれば、よろづのこと限りありて、内裏参りにも似ず、婿の大君1490といはむにもこと違ひて、めづらしき御仲のあはひどもになむ。

 6 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
 [6-1 女三の宮、六条院に降嫁]
こうして、二月の十日過ぎに、朱雀院の姫宮、六条院へお輿入れになる。こちらの院におかれても、ご準備は並々でない。若菜を召し上がった西の放出に御帳台を設けて、そちらの西の第一、第二の対、渡殿にかけて、女房の局々に至るまで、念入りに整え飾らせなさっていた。宮中に入内なさる姫君の儀式に似せて、あちらの院からも御調度類が運ばれて来る。お移りになる儀式の盛大さは、今さら言うまでもない。
御供奉に、上達部などが大勢お供なさる。あの家司をお望みになった大納言も、面白らかず思いながらも供奉なさっている。お車を寄せた所に、院がお出になって、お下ろし申し上げなさるなども、例には無いことである。
臣下でいらっしゃるので、何もかも制限があって、入内の儀式とも違うし、婿の大君と言うのとも事情が違って、珍しいご夫婦の関係である。

 6 Tale of Genji Sam-no-Miya moves into Rokujo-in
 [6-1 Sam-no-Miya moves into Rokujo-in]
 Kakute, Kisaragi no towo-yo-ka ni, Suzaku-Win no Hime-Miya, Rokudeu-Win he watari tamahu. Kono Win ni mo, mi-kokoro mauke yo no tune nara zu. Wakana mawiri si nisi no hanati-ide ni mi-tyau tate te, sonata no iti, ni no tai wata-dono kake te, nyoubau no tubone tubone made, komaka ni siturahi migaka se tamahe ri. Uti ni mawiri tamahu hito no sahohu wo manebi te, kano Win yori mo mi-teudo nado hakoba ru. Watari tamahu gisiki, ihe ba sara nari.
 Ohom-okuri ni, Kamdatime nado amata mawiri tamahu. Kano keisi nozomi tamahi si Dainagon mo, yasukara zu omohi nagara saburahi tamahu. Mi-kuruma yose taru tokoro ni, Win watari tamahi te, orosi tatematuri tamahu nado mo, rei ni ha tagahi taru koto-domo nari.
 Tada-udo ni ohasure ba, yorodu no koto kagiri ari te, Uti-mawiri ni mo ni zu, muko no oho-kimi to iha m ni mo koto tagahi te, medurasiki ohom-naka no ahahi-domo ni nam.

 [6-2 結婚の儀盛大に催さる]
三日がほど、かの院よりも、主人の院方よりも1491、いかめしくめづらしきみやびを尽くしたまふ。
対の上も、ことに触れてただにも思されぬ世のありさまなり。げに、かかるにつけて、こよなく人に劣り消たるることもあるまじけれど、また並ぶ人なくならひたまひて、はなやかに生ひ先遠く、あなづりにくきけはひにて移ろひたまへるに、なまはしたなく思さるれど、つれなくのみもてなして、御渡りのほども、もろ心にはかなきこともし出でたまひて、いとらうたげなる御ありさまを、いとどありがたしと思ひきこえたまふ。
姫宮は、げに、まだいと小さく、片なりにおはするうちにも、いといはけなきけしきして、ひたみちに若びたまへり。
かの紫のゆかり尋ね取りたまへりし折思し出づるに、
「かれは1492されていふかひありしを1493、これは、いといはけなくのみ見えたまへば、よかめり。憎げにおしたちたることなどはあるまじかめり」
と思すものから、「いとあまりものの栄なき御さまかな」と見たてまつりたまふ。

 [6-2 結婚の儀盛大に催さる]
三日の間は、あちらの院からも、主人である院からも、盛大でまたとないほどの優雅な催しをお尽くしになる。
対の上も何かにつけて、平静ではいらっしゃれないお身の回りである。なるほど、このようなことになったからと言って、すっかりあちらに負けて影が薄くなってしまうこともあるまいけれど、また一方でこれまで揺ぎない地位にいらしたのに、華やかでお年も若く、侮りがたい勢いでお輿入れになったので、何となく居心地が悪くお思いになるが、何気ないふうにばかり装って、お輿入れの時も、ご一緒に細々とした事までお世話なさって、まことにかいがいしいご様子を、ますます得がたい人だとお思い申し上げなさる。
姫宮は、なるほど、まだとても小さく、大人になっていらっしゃらないうえ、まことにあどけない様子で、まるきり子供でいらっしゃった。
あの紫のゆかりを探し出しなさった時をお思い出しなさると、
「あちらは気が利いていて手ごたえがあったが、こちらはまことに幼くだけお見えでいらっしゃるので、まあ、よかろう。憎らしく強気に出ることなどもあるまい」
とお思いになる一方で、「あまり張り合いのないご様子だ」と拝見なさる。

 [6-2 The wedding celebrations are held splendidly]
 Mi-ka ga hodo, kano Win yori mo, aruzi no Win-kata yori mo, ikamesiku medurasiki miyabi wo tukusi tamahu.
 Tai-no-Uhe mo, koto ni hure te tada ni mo obosa re nu yo no arisama nari. Geni, kakaru ni tuke te, koyonaku hito ni otori keta ruru koto mo aru mazikere do, mata narabu hito naku narahi tamahi te, hanayaka ni ohisaki tohoku, anaduri nikuki kehahi ni te uturohi tamahe ru ni, nama-hasitanaku obosa rure do, turenaku nomi motenasi te, ohom-watari no hodo mo, moro-kokoro ni hakanaki koto mo si ide tamahi te, ito rautage naru ohom-arisama wo, itodo arigatasi to omohi kikoye tamahu.
 Hime-Miya ha, geni, mada ito tihisaku, kata-nari ni ohasuru uti ni mo, ito ihakenaki kesiki si te, hitamiti ni wakabi tamahe ri.
 Kano Murasaki no yukari tadune tori tamahe ri si wori obosi-iduru ni,
 "Kare ha sare te ihukahi ari si wo, kore ha, ito ihakenaku nomi miye tamahe ba, yoka meri. Nikuge ni ositati taru koto nado ha aru mazika'meri."
 to obosu mono kara, "Ito amari mono no haye naki ohom-sama kana!" to mi tatematuri tamahu.

 [6-3 源氏、結婚を後悔]
三日がほどは、夜離れなく渡りたまふを、年ごろさもならひたまはぬ心地に、忍ぶれど、なほものあはれなり。御衣どもなど、いよいよ薫きしめさせたまふものから、うち眺めてものしたまふけしき、いみじくらうたげにをかし。
「などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ。あだあだしく、心弱くなりおきにけるわがおこたりに、かかることも出で来るぞかし。若けれど、中納言をばえ思しかけずなりぬめりしを」
と、われながらつらく思し続くるに、涙ぐまれて、
「今宵ばかりは、ことわりと許したまひてむな。これより後のとだえあらむこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。また1494、さりとて、かの院に聞こし召さむことよ」
と、思ひ乱れたまへる御心のうち、苦しげなり。すこしほほ笑みて、
「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」
と、いふかひなげにとりなしたまへば、恥づかしうさへおぼえたまひて、つらづゑをつきたまひて、寄り臥したまへれば、硯を引き寄せたまひて、
「目に近く1495移れば変はる世の中を
行く末遠く頼みけるかな」
古言など書き交ぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げにと、ことわりにて、
「命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき
世の常ならぬ仲の契りを」
とみにもえ渡りたまはぬを、
「いとかたはらいたきわざかな」
と、そそのかしきこえたまへば、なよよかにをかしきほどに、えならず匂ひて渡りたまふを、見出だしたまふも、いとただにはあらずかし。

 [6-3 源氏、結婚を後悔]
三日間は、毎晩お通いになるのを、今までにこのようなことは経験がおありでないので、堪えはするが、やはり胸が痛む。お召し物などを、いっそう念入りに香を薫きしめさせなさりながら、物思いに沈んでいらっしゃる様子は、たいそういじらしく美しい。
「どうして、どんな事情があるにもせよ、他に妻を迎える必要があったのだろうか。浮気っぽく、気弱になっていた自分の失態から、このような事も出てきたのだ。若いけれど、中納言をお考えに入れずじまいだったようなのに」
と、自分ながら情けなくお思い続けられて、つい涙ぐんで、
「今夜だけは、無理もないこととお許しくださいな。これから後に来ない夜があったら、我ながら愛想が尽きるだろう。だが、とは言っても、あちらの院には何とお聞きになろうやら」
と言って、思い悩んでいらっしゃるご心中、苦しそうである。少しほほ笑んで、
「ご自身のお考えでさえ、お決めになれないようですのに、ましてわたしは無理からぬことやら何やら、どちらに決められましょう」
と、取りつく島もないように話を逸らされるので、恥ずかしいまでに思われなさって、頬杖をおつきになって、寄り臥していらっしゃると、硯を引き寄せて、
「眼のあたりに変われば変わる二人の仲でしたのに
行く末長くとあてにしていましたとは」
古歌などを書き交えていらっしゃるのを、取って御覧になって、何でもない歌であるが、いかにもと、道理に思って、
「命は尽きることがあってもしかたのないことだが
無常なこの世とは違う変わらない二人の仲なのだ」
すぐにはお出かけになれないのを、
「まこと不都合なことです」
と、お促し申し上げなさると、柔らかで優美なお召し物に、たいそうよい匂いをさせてお出かけになるのを、お見送りなさるのも、まことに平気ではいられないだろう。

 [6-3 Genji regrets having consented the marriage]
 Mi-ka ga hodo ha, yo-gare naku watari tamahu wo, tosi-goro sa mo narahi tamaha nu kokoti ni, sinobure do, naho mono ahare nari. Mi-zo-domo nado, iyo-iyo taki-sime sase tamahu mono kara, uti-nagame te monosi tamahu kesiki, imiziku rautage ni wokasi.
 "Nado te, yorodu no koto ari to mo, mata hito wo ba narabe te miru beki zo. Ada-adasiku, kokoro-yowaku nari oki ni keru waga okotari ni, kakaru koto mo ide-kuru zo kasi. Wakakere do, Tiunagon wo ba e obosi-kake zu nari nu meri si wo."
 to, ware nagara turaku obosi tudukuru ni, namida-guma re te,
 "Koyohi bakari ha, kotowari to yurusi tamahi te m na. Kore yori noti no todaye ara m koso, mi nagara mo kokoro-dukinakaru bekere. Mata, sari tote, kano Win ni kikosimesa m koto yo!"
 to, omohi midare tamahe ru mi-kokoro no uti, kurusige nari. Sukosi hohowemi te,
 "Midukara no mi-kokoro nagara dani, e sadame tamahu mazika'naru wo, masite kotowari mo nani mo, iduko ni tomaru beki ni ka?"
 to, ihukahi nage ni tori-nasi tamahe ba, hadukasiu sahe oboye tamahi te, tura-duwe wo tuki tamahi te, yori-husi tamahe re ba, suzuri wo hiki-yose tamahi te,
 "Me ni tikaku uture ba kaharu yononaka wo
 yukusuwe tohoku tanomi keru kana
"
 Hurukoto nado kaki maze tamahu wo, tori te mi tamahi te, hakanaki koto nare do, geni to, kotowari ni te,
 "Inoti koso tayu to mo taye me sadame naki
 yo no tune nara nu naka no tigiri wo
"
 Tomi ni mo e watari tamaha nu wo,
 "Ito katahara-itaki waza kana!"
 to, sosonokasi kikoye tamahe ba, nayoyoka ni wokasiki hodo ni, e nara zu nihohi te watari tamahu wo, mi-idasi tamahu mo, ito tada ni ha ara zu kasi.

 [6-4 紫の上、眠れぬ夜を過ごす]
年ごろ、さもやあらむと思ひしことどもも、今はとのみもて離れたまひつつ、さらばかくにこそはとうちとけゆく末に、ありありて、かく世の聞き耳もなのめならぬことの出で来ぬるよ。思ひ定むべき世のありさまにもあらざりければ、今より後もうしろめたく1496ぞ思しなりぬる。
さこそつれなく紛らはしたまへど、さぶらふ人々も、
「思はずなる世なりや。あまたものしたまふやうなれど、いづ方も、皆こなたの御けはひにはかたさり憚るさまにて過ぐしたまへばこそ、ことなくなだらかにもあれ、おしたちてかばかりなるありさまに、消たれてもえ過ぐしたまふまじ」
「また、さりとて、はかなきことにつけても、安からぬことのあらむ折々、かならずわづらはしきことども出で来なむかし」
など、おのがじしうち語らひ嘆かしげなるを、つゆも見知らぬやうに、いとけはひをかしく物語などしたまひつつ、夜更くるまでおはす1497。

 [6-4 紫の上、眠れぬ夜を過ごす]
長い間には、もしかしたらと思っていたいろいろな事も、今は終わりとすっかりお絶ちになって、ではこれで大丈夫と、安心なさるようになった今頃になって、とどのつまり、このような世間に外聞の悪い事が出て来るとは。安心できる二人の仲ではなかったのだから、これから先も不安にお思いになるのであった。
あのようにさりげなく装ってはいらっしゃるが、伺候している女房たちも、
「思いがけない事になりましたわね。大勢いらっしゃるようですが、どの方も、皆こちらのご威勢には一歩譲って遠慮なさって来たからこそ、何事もなく平穏でしたのに、誰憚らないこのようなやり方に、負けておしまいになったままではお過ごしになれまい」
「でも、それはそれとして、ちょっとした事でも、穏やかならぬことがいろいろと起こったら、きっと面倒な事が持ち上がって来ましょうよ」
などと、朋輩同士話し合って嘆いているふうなのを、少しも知らないふうに、まことに感じも優雅にお話などをなさりながら、夜が更けるまで起きていらっしゃる。

 [6-4 Murasaki doesn't sleep all night]
 Tosi-goro, sa mo ya ara m to omohi si koto-domo mo, ima ha to nomi mote hanare tamahi tutu, sara ba kaku ni koso ha to utitoke yuku suwe ni, ari ari te, kaku yo no kiki-mimi mo nanome nara nu koto no ide-ki nuru yo. Omohi sadamu beki yo no arisama ni mo ara zari kere ba, ima yori noti mo usirometaku zo obosi nari nuru.
 Sa koso turenaku magirahasi tamahe do, saburahu hito-bito mo,
 "Omoha zu naru yo nari ya! Amata monosi tamahu yau nare do, idu-kata mo, mina konata no ohom-kehahi ni ha kata-sari habakaru sama ni te sugusi tamahe ba koso, koto naku nadaraka ni mo are, ositati te kabakari naru arisama ni, keta re te mo e sugusi tamahu mazi."
 "Mata, sari tote, hakanaki koto ni tuke te mo, yasukara nu koto no ara m wori-wori, kanarazu wadurahasiki koto-domo ide-ki nam kasi."
 nado, onogazisi uti-katarahi nagekasige naru wo, tuyu mo mi-sira nu yau ni, ito kehahi wokasiku monogatari nado si tamahi tutu, yo hukuru made ohasu.

 [6-5 六条院の女たち、紫の上に同情]
かう人のただならず言ひ思ひたるも、聞きにくしと思して、
「かく、これかれあまたものしたまふめれど、御心にかなひて、今めかしくすぐれたる際にもあらずと、目馴れてさうざうしく思したりつるに、この宮のかく渡りたまへるこそ、めやすけれ。
なほ、童心の失せぬにやあらむ、われも睦びきこえてあらまほしきを、あいなく隔てあるさまに人々やとりなさむとすらむ。ひとしきほど、劣りざまなど思ふ人にこそ、ただならず耳たつことも、おのづから出で来るわざなれ、かたじけなく、心苦しき御ことなめれば、いかで心おかれたてまつらじとなむ思ふ」
などのたまへば、中務、中将の君などやうの人々、目をくはせつつ、
「あまりなる御思ひやりかな」
など言ふべし。昔は、ただならぬさまに使ひならしたまひし人どもなれば、年ごろはこの御方にさぶらひて、皆心寄せ1498きこえたるなめり。
異御方々よりも、
「いかに思すらむ。もとより思ひ離れたる人々は、なかなか心安きを」
など、おもむけつつ、とぶらひきこえたまふもあるを、
「かくおしはかる人こそ、なかなか苦しけれ。世の中もいと常なきものを、などてかさのみは思ひ悩まむ」
など思す。
あまり久しき宵居1499も、例ならず人やとがめむと、心の鬼に思して、入りたまひぬれば、御衾参りぬれど、げにかたはらさびしき夜な夜な経にけるも、なほ、ただならぬ心地すれど、かの須磨の御別れの折などを思し出づれば、
「今はと、かけ離れたまひても、ただ同じ世のうちに聞きたてまつらましかばと、わが身までのことはうち置き、あたらしく悲しかりしありさまぞかし。さて、その紛れに、われも人も命堪へずなりなましかば、いふかひあらまし世かは」
と思し直す。
風うち吹きたる夜のけはひ冷ひかにて、ふとも寝入られたまふぬを、近くさぶらふ人々、あやしとや聞かむと、うちも身じろきたまはぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声の聞こえたるも、ものあはれなり。

 [6-5 六条院の女たち、紫の上に同情]
このように女房たちが容易ならぬことを言ったり思ったりしているのも、聞きにくいことだとお思いになって、
「このように、だれかれと大勢いらっしゃるようですが、お気持ちにかなった、華やかな高い身分ではないと、目馴れて物足りなくお思いになっていたところに、この宮がこのようにお輿入れなさったことは、本当に結構なことです。
まだ、子供心が抜けないのでしょうか、わたしもお親しくさせていただきたいのですが、困ったことにこちらに隔て心があるかのように皆が考えようとするのかしら。同じ程度の人とか、劣っていると思う人に対しては、黙って聞き流すわけに行かないことも、ついつい起こるものですが、恐れ多く、お気の毒な御事情がおありらしいので、何とか親しくさせていただきたいと思っています」
などとおっしゃると、中務、中将の君などといった女房たちは、目くばせしながら、
「あまりなお心づかいですこと」
などと、きっと言っているであろう。昔は、普通の女房よりは親しく使っていらした女房たちであるが、ここ何年かはこちらの御方にお仕えして、皆お味方申しているようである。
他の御方々からも、
「どのようなお気持ちでしょう。初めから諦めているわたしたちには、かえって平気ですが」
などと、こちらの気を引きながら、お慰め申される方もあるが、
「このように推量する人こそ、かえって厄介なこと。世の中もまことに無常なものなのに、どうしてそんなにばかり思い悩んでいよう」
などとお思いになる。
あまり遅くまで起きているのも、いつにないことと、皆が変に思うだろうと気が咎めて、お入りになったので、御衾をお掛けしたが、なるほど独り寝の寂しい夜々を過ごしてきたのも、やはり、穏やかならぬ気持ちがするが、あの須磨のお別れの時などをお思い出しになると、
「もう最後だと、お離れになっても、ただ同じこの世に無事でいらっしゃるとお聞き申すのであったらと、自分の身の上までのことはさておいて、惜しみ悲しく思ったことだわ。あのまま、あの騷ぎの中に、自分も殿も死んでしまったならば、お話にもならない二人の仲であったろうに」
とお思い直される。
風が吹いている夜の様子が冷やかに感じられて、急には寝つかれなされないのを、近くに伺候している女房たち、変に思いはせぬかと、身動き一つなさらないのも、やはりまことにつらそうである。夜深いころの鶏の声が聞こえるのも、しみじみと哀れを感じさせる。

 [6-5 Women in Rokujo-in sympathize with Murasaki]
 Kau hito no tadanarazu ihi omohi taru mo, kiki-nikusi to obosi te,
 "Kaku, kore kare amata monosi tamahu mere do, mi-kokoro ni kanahi te, imamekasiku sugure taru kiha ni mo ara zu to, me-nare te sau-zausiku obosi tari turu ni, kono Miya no kaku watari tamahe ru koso, meyasukere!
 Naho, waraha-gokoro use nu ni ya ara m, ware mo mutubi kikoye te aramashosiki wo, ainaku hedate aru sama ni hito-bito ya torinasa m to su ram. Hitosiki hodo, otori-zama nado omohu hito ni koso, tada nara zu mimi tatu koto mo, onodukara ide-kuru waza nare, katazikenaku, kokoro-gurusiki ohom-koto na'mere ba, ikade kokoro-oka re tatematura zi to nam omohu."
 nado notamahe ba, Nakatukasa, Tiuzyau-no-Kimi nado yau no hito-bito, me wo kuhase tutu,
 "Amari naru ohom-omohi-yari kana!"
 nado ihu besi. Mukasi ha, tada nara nu sama ni tukahi narasi tamahi si hito-domo nare ba, tosi-goro ha kono ohom-Kata ni saburahi te, mina kokoro yose kikoye taru na'meri.
 Koto ohom-kata-gata yori mo,
 "Ika ni obosu ram? Moto yori omohi hanare taru hito-bito ha, naka-naka kokoro-yasuki wo."
 nado, omomuke tutu, toburahi kikoye tamhu mo aru wo,
 "Kaku osihakaru hito koso, naka-naka kurusikere. Yononaka mo ito tune naki mono wo, nadote ka sa nomi ha omohi nayama m?"
 nado obosu.
 Amari hisasiki yohiwi mo, rei nara zu hito ya togame m to, kokoro-no-oni ni obosi te, iri tamahi nure ba, ohom-husuma mawiri nure do, geni katahara sabisiki yona-yona he ni keru mo, naho, tada nara nu kokoti sure do, kano Suma no ohom-wakare no wori nado wo obosi idere ba,
 "Ima ha to, kake-hanare tamahi te mo, tada onazi yo no uti ni kiki atematura masika ba to, waga mi made no koto ha uti-oki, atarasiku kanasikari si arisama zo kasi. Sate, sono magire ni, ware mo hito mo inoti tahe zu nari na masika ba, ihu kahi ara masi yo kaha."
 to obosi nahosu.
 Kaze uti-huki taru yo no kehahi hiyayaka ni te, huto mo ne-ira re tamaha nu wo, tikaku saburahu hito-bito, ayasi to ya kika m to, uti mo mi-ziroki tamaha nu mo, naho ito kurusige nari. Yo-bukaki tori no kowe no kikoye taru mo, mono ahare nari.

 [6-6 源氏、夢に紫の上を見る]
わざとつらし1500とにはあらねど、かやうに思ひ乱れたまふけにや、かの御夢に見えたまひければ、うちおどろきたまひて、いかにと心騒がしたまふに、鶏の音待ち出でたまへれば、夜深きも知らず顔に、急ぎ出でたまふ。いといはけなき御ありさまなれば、乳母たち近くさぶらひけり。
妻戸押し開けて出でたまふを、見たてまつり送る。明けぐれの空1501に、雪の光見えておぼつかなし。名残までとまれる御匂ひ、
「闇はあやなし1502」
と独りごたる1503。
雪は所々消え残りたるが、いと白き庭の、ふとけぢめ見えわかれぬほどなるに、
「なほ残れる雪1504」
 と忍びやかに口ずさびたまひつつ、御格子うち叩きたまふも、久しくかかることなかりつるならひに、人々も空寝をしつつ、やや待たせたてまつりて、引き上げたり。
「こよなく久しかりつるに、身も冷えにけるは。懼ぢきこゆる心のおろかならぬにこそあめれ。さるは、罪もなしや」
とて、御衣ひきやりなどしたまふに、すこし濡れたる御単衣の袖をひき隠して、うらもなくなつかしきものから、うちとけてはたあらぬ御用意など、いと恥づかしげにをかし。
「限りなき人と聞こゆれど、難かめる世を」
と、思し比べらる。
よろづいにしへのことを思し出でつつ、とけがたき御けしきを怨みきこえたまひて、その日は暮らしたまひつれば、え渡りたまはで、寝殿には御消息を聞こえたまふ。
「今朝の雪に心地あやまりて、いと悩ましくはべれば、心安き方にためらひはべる」
とあり。御乳母、
「さ聞こえさせはべりぬ」
とばかり、言葉に聞こえたり。
「異なることなの御返りや」と思す。「院に聞こし召さむこともいとほし。このころばかりつくろはむ」と思せど、えさもあらぬを、「さは思ひしことぞかし。あな苦し」と、みづから思ひ続けたまふ。
女君も、「思ひやりなき御心かな」と、苦しがりたまふ。

 [6-6 源氏、夢に紫の上を見る]
特別に恨めしいというのではないが、このように思い乱れなさったためであろうか、あちらの御夢に現れなさったので、ふと目をお覚ましになって、どうしたのかと胸騷ぎがなさるので、鶏の声をお待ちになっていたので、まだ夜の深いのも気づかないふりをして、急いでお帰りになる。とても子供子供したご様子なので、乳母たちが近くに伺候していた。
妻戸を押し開けてお出になるのを、お見送り申し上げる。明け方の暗い空に、雪の光が見えてぼんやりとしている。後に残っている御匂いに、
「闇はあやなし」
とつい独り言が出る。
雪は所々に消え残っているのが、真白な庭と、すぐには見分けがつかぬほどなので、
「今も残っている雪」
とひっそりとお口ずさみなさりながら、御格子をお叩きなさるのも、長い間こうしたことがなかったのが常となって、女房たちも空寝をしては、ややお待たせ申してから、引き上げた。
「ずいぶん長かったので、身もすっかり冷えてしまったよ。お恐がり申す気持ちが並々でないからでしょう。とは言っても、別に私には罪はないのだがね」
と言って、御衾を引きのけなどなさると、少し涙に濡れた御単衣の袖を引き隠して、素直でやさしいものの、仲直りしようとはなさらないお気持ちなど、とてもこちらが恥ずかしくなるくらい立派である。
「この上ない身分の人と申しても、これほどの人はいまい」
と、ついお比べにならずにはいられない。
いろいろと昔のことをお思い出しになりながら、なかなか機嫌を直してくださらないのをお恨み申し上げなさって、その日はお過ごしになったので、お渡りになれず、寝殿にはお手紙を差し上げなさる。
「今朝の雪で気分を悪くして、とても苦しゅうございますので、気楽な所で休んでおります」
とある。御乳母は、
「さように申し上げました」
とだけ、口上で申し上げた。「そっけないお返事だ」とお思いになる。「院がお耳にあそばすこともおいたわしい、しばらくの間は人前を取り繕う」とお思いになるが、そうもできないので、「それは思ったとおりだった。ああ困ったことだ」と、ご自身お思い続けなさる。
女君も、「お察しのないお方だ」と、迷惑がりなさる。

 [6-6 Genji sees Murasaki in his dream]
 Wazato turasi to ni ha ara ne do, kayau ni omohi midare tamahu ke ni ya, kano ohom-yume ni miye tamahi kere ba, uti-odoroki tamahi te, ika ni to kokoro sawagasi tamahu ni, tori no ne mati-ide tamahe re ba, yo-bukaki mo sira-zu-gaho ni, isogi ide tamahu. Ito ihakenaki ohom-arisama nare ba, menoto-tati tikaku saburahi keri.
 Tuma-do osi-ake te ide tamahu wo, mi tatematuri okuru. Ake-gure no sora ni, yuki no hikari miye te obotukanasi. Nagori made tomare ru ohom-nihohi,
 "Yami ha ayanasi"
 to hitori-gota ru.
 Yuki ha tokoro-dokoro kiye nokori taru ga, ito siroki niha no, huto kedime miye wakare nu hodo naru ni,
 "Naho nokore ru yuki"
 to sinobiyaka ni kuti-zusabi tamahi tutu, mi-kausi uti-tataki tamahu mo, hisasiku kakaru koto nakari turu narahi ni, hito-bito mo sora-ne wo si tutu, yaya mata se tatematuri te, hiki-age tari.
 "Koyonaku hisasikari turu ni, mi mo hiye ni keru ha. Odi kikoyuru kokoro no oroka nara nu ni koso a'mere. Saru ha, tumi mo nasi ya!"
 tote, ohom-zo hiki-yari nado si tamahu ni, sukosi nure taru ohom-hitohe no sode wo hiki-kakusi te, ura mo naku natukasiki mono kara, uti-toke te hata ara nu ohom-youi nado, ito hadukasige ni wokasi.
 "Kagiri naki hito to kikoyure do, kataka'meru yo wo."
 to, obosi kurabe raru.
 Yorodu inisihe no koto wo obosi-ide tutu, toke gataki mi-kesiki wo urami kikoye tamahi te, sono hi ha kurasi tamahi ture ba, e watari tamaha de, sin-den ni ha ohom-seusoko wo kikoye tamahu.
 "Kesa no yuki ni kokoti ayamari te, ito nayamasiku habere ba, kokoro-yasuki kata ni tamerahi haberu."
 to ari. Ohom-menoto,
 "Sa kikoye sase haberi nu."
 to bakari, kotoba ni kikoye tari.
 "Koto naru koto na no ohom-kaheri ya!" to obosu. "Win ni kikosimesa m koto mo itohosi. Kono-koro bakari tukuroha m." to obose do, e sa mo ara nu wo, "Sa ha omohi si koto zo kasi. Ana kurusi!" to, midukara omohi-tuduke tamahu.
 Womna-Gimi mo, "Omohi-yari naki mi-kokoro kana!" to, kurusigari tamahu.

 [6-7 源氏、女三の宮と和歌を贈答]
今朝は、例のやうに大殿籠もり起きさせたまひて、宮の御方に御文たてまつれたまふ。ことに恥づかしげもなき御さまなれど、御筆などひきつくろひて、白き紙に、
「中道を隔つるほどはなけれども
心乱るる今朝のあは雪1505」
梅に付けたまへり。人召して、
「西の渡殿よりたてまつらせよ」
とのたまふ。やがて見出だして、端近くおはします。白き御衣どもを着たまひて、花をまさぐりたまひつつ、「友待つ雪1506」のほのかに残れる上に、うち散り添ふ空を眺めたまへり。鴬の若やかに、近き紅梅の末にうち鳴きなるを、
「袖こそ匂へ1507」
と花をひき隠して、御簾押し上げて眺めたまへるさま、夢にも、かかる人の親にて、重き位と見えたまはず、若うなまめかしき御さまなり。
御返り、すこしほど経る心地すれば、入りたまひて、女君に花見せたてまつりたまふ。
「花といはば、かくこそ匂はまほしけれな。桜に移して1508は、また塵ばかりも心分くる方なくやあらまし」
などのたまふ。
「これも、あまた移ろはぬほど、目とめるにやあらむ。花の盛りに並べて見ばや」
などのたまふに、御返りあり。紅の薄様に、あざやかにおし包まれたるを、胸つぶれて、御手のいと若きを、
「しばし見せたてまつらであらばや。隔つとはなけれど、あはあはしきやうならむは、人のほどかたじけなし」
と思すに、ひき隠したまはむも心おきたまふべければ、かたそば広げたまへるを、後目見に見おこせて添ひ臥したまへり。
「はかなくてうはの空にぞ消えぬべき
風にただよふ春のあは雪」
御手、げにいと若く幼げなり。「さばかりのほどになりぬる人は、いとかくはおはせぬものを」と、目とまれど、見ぬやうに紛らはして、止みたまひぬ。
異人の上ならば、「さこそあれ」などは、忍びて聞こえたまふべけれど、いとほしくて、ただ、
「心安くを、思ひなしたまへ」
とのみ聞こえたまふ。

 [6-7 源氏、女三の宮と和歌を贈答]
今朝は、いつものようにこちらでお目覚めになって、宮の御方にお手紙を差し上げなさる。特別に気の張らないご様子であるが、お筆などを選んで、白い紙に、
「わたしたちの仲を邪魔するほどではありませんが
降り乱れる今朝の淡雪にわたしの心も乱れています」
梅の枝にお付けなさった。人を呼び寄せて、
「西の渡殿から差し上げなさい」
とおっしゃる。そのまま外を見出して、端近くにいらっしゃる。白い御衣類を何枚もお召しになって、花を玩びなさりながら、「友待つ雪」がほのかに残っている上に、雪の降りかかる空をながめていらっしゃった。鴬が初々しい声で、軒近い紅梅の梢で鳴いているのを、
「袖が匂う」
と花を手で隠して、御簾を押し上げて眺めていらっしゃる様子は、少しも、このような人の親で重い地位のお方とはお見えでなく、若々しく優美なご様子である。
お返事が、少し暇どる感じなので、お入りになって、女君に花をお見せ申し上げなさる。
「花と言ったら、このように匂いがあってよいものだな。桜に移したら、少しも他の花を見る気はしないだろうね」
などとおっしゃる。
「この花も、多くの花に目移りしないうちに咲くから、人目を引くのであろうか。桜の花の盛りに比べてみたいものだ」
などとおっしゃっているところに、お返事がある。紅の薄様に、はっきりと包まれているので、どきりとして、ご筆跡のまことに幼稚なのを、
「しばらくの間はお見せしないでおきたいものだ。隠すというのではないが、軽々しく人に見せたら、身分柄恐れ多いことだ」
とお思いになると、お隠しになるというのもきっと気を悪くするだろうから、片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら、物に寄り臥していらっしゃった。
「頼りなくて中空に消えてしまいそうです
風に漂う春の淡雪のように」
ご筆跡は、なるほどまことに未熟で幼稚である。「これほどの年になった人は、とてもこんなではいらっしゃらないものを」と、目につくが、見ないふりをなさって、お止めになった。
他人のことならば、「こんなに下手な」などとは、こっそり申し上げなさるにちがいないのだが、気の毒で、ただ、
「ご安心して、お思いなさい」
とだけ申し上げなさる。

 [6-7 Genji and Sam-no-Miya exchange waka in the morning]
 Kesa ha, rei no yau ni ohotono-gomori oki sase tamahi te, Miya no ohom-kata ni ohom-humi tatemature tamahu. Koto ni hadukasige mo naki ohom-sama nare do, ohom-hude nado hiki-tukurohi te, siroki kami ni,
 "Naka-miti wo hedaturu hodo ha nakere domo
 kokoro midaruru kesa no aha-yuki
"
 Ume ni tuke tamahe ri. Hito mesi te,
 "Nisi no wata-dono yori tatematura se yo."
 to notamahu. Yagate mi-idasi te, hasi tikaku ohasimasu. Siroki ohom-zo-domo wo ki tamahi te, hana wo masaguri tamahi tutu, tomo matu yuki no honoka ni nokore ru uhe ni, uti-tiri sohu sora wo nagame tamahe ri. Uguhisu no wakayaka ni, tikaki koubai no suwe ni uti-naki taru wo,
 "Sode koso nihohe"
 to hana wo hiki-kakusi te, mi-su osi-age te nagame tamahe ru sama, yume ni mo, kakaru hito no oya ni te, omoki kurawi to miye tamah zu, wakau namamekasiki ohom-sama nari.
 Ohom-kaheri, sukosi hodo huru kokoti sure ba, iri tamahi te, Womna-Gimi ni hana mise tatematuri tamahu.
 "Hana to iha ba, kaku koso nihoha mahosikere na! Sakura ni utusi te ha, mata tiri bakari mo kokoro wakuru kata naku ya ara masi."
 nado notamahu.
 "Kore mo, amata uturoha nu hodo, me tomaru ni ya ara m. Hana no sakari ni narabe te mi baya!"
 nado notamahu ni, ohom-kaheri ari. Kurenawi no usuyau ni, azayaka ni osi-tutuma re taru wo, mune tubure te, ohom-te no ito wakaki wo,
 "Sibasi mise tatematura de ara ba ya! Hedatu to ha nakere do, aha-ahasiki yau nara m ha, hito no hodo katazikenasi."
 to obosu ni, hiki-kakusi tamaha m mo kokoro oki tamahu bekere ba, katasoba hiroge tamahe ru wo, siri-me ni mi-okose te sohi-husi tamahe ri.
 "Hakanaku te uha-no-sora ni zo kiye nu beki
 kaze ni tadayohu haru no aha-yuki

 Ohom-te, geni ito wakaku wosanage nari. "Sabakari no hodo ni nari nuru hito ha, ito kaku ha ohase nu mono wo!" to, me tomare do, mi nu yau ni magirahasi te, yami tamahi nu.
 Koto-hito no uhe nara ba, "Sa koso are." nado ha, sinobi te kikoye tamahu bekere do, itohosiku te, tada,
 "Kokoro-yasuku wo, omohi-nasi tamahe."
 to nomi kikoye tamahu.

 [6-8 源氏、昼に宮の方に出向く]
今日は、宮の御方に昼渡りたまふ。心ことにうち化粧じたまへる御ありさま、今見たてまつる女房などは、まして見るかひありと思ひきこゆらむかし。御乳母などやうの老いしらへる人々ぞ、
「いでや。この御ありさま一所こそめでたけれ、めざましきことはありなむかし」
と、うち混ぜて思ふもありける。
女宮は、いとらうたげに幼きさまにて、御しつらひなどのことことしく1509、よだけくうるはしきに、みづからは何心もなく、ものはかなき御ほどにて、いと御衣がちに、身もなく、あえかなり。ことに恥ぢなどもしたまはず、ただ稚児の面嫌ひせぬ心地して、心安くうつくしきさましたまへり。
「院の帝は、ををしくすくよかなる方の御才などこそ、心もとなくおはしますと、世人思ひためれ、をかしき筋、なまめきゆゑゆゑしき方は、人にまさりたまへるを、などて、かくおいらかに生ほしたてたまひけむ。さるは、いと御心とどめたまへる皇女と聞きしを」
と思ふも、なま口惜しけれど、憎からず見たてまつりたまふ。
ただ聞こえたまふままに、なよなよとなびきたまひて、御いらへなどをも、おぼえたまひけることは、いはけなくうちのたまひ1510出でて、え見放たず見えたまふ。
昔の心ならましかば、うたて心劣りせましを、今は、世の中を皆さまざまに思ひなだらめて、
「とあるもかかるも、際離るることは難きものなりけり。とりどりにこそ多うは1511ありけれ、よその思ひは、いとあらまほしきほどなりかし」
と思すに、差し並び目離れず見たてまつりたまへる年ごろよりも、対の上の御ありさまぞなほありがたく、「われながらも生ほしたてけり」と思す。一夜のほど、朝の間も、恋しくおぼつかなく、いとどしき御心ざしのまさるを、「などかくおぼゆらむ」と、ゆゆしきまでなむ。

 [6-8 源氏、昼に宮の方に出向く]
今日は、宮の御方に昼お渡りになる。特別念入りにお化粧なさっているご様子、今初めて拝見する女房などは、宮以上に素晴らしいとお思い申し上げることであろう。御乳母などの年とった女房たちは、
「さあ、どうでしょう。このお一方はご立派ですが、癪にさわるようなことがきっと起こることでしょう」
と、嬉しいなかにも心配する者もいるのだった。
女宮は、たいそうかわいらしげに子供っぽい様子で、お部屋飾りなどが仰々しく。堂々と整然としているが、ご自身は無心に、頼りないご様子で、まったくお召し物に埋まって、身体もないかのように、か弱くいらっしゃる。特に恥ずかしがりもなさらず、まるで子供が人見知りしないような感じがして、気の張らないかわいい感じでいらっしゃった。
「院の帝は、男らしく理屈っぽい方面のご学問などは、しっかりしていらっしゃらないと、世間の人は思っていたようだが、趣味の方面では、優美で風雅なことでは、人一倍勝れていらっしゃったのに、どうして、このようにおっとりとお育てになったのだろう。とはいえ、たいそうお心にとめていらっしゃった内親王と聞いたのだが」
と思うと、何やら残念な気がするが、それもかわいいと拝見なさる。
ただ申し上げるままに、柔らかくお従いになって、お返事なども、お心に浮かんだことは、何の考えもなくお口に出されて、とても見捨てられないご様子にお見えになる。
若いころの考えであったなら、嫌になってがっかりしたろうが、今では、世の中を人それぞれだと穏やかに考えて、
「あれやこれやといろいろな女がいるが、飛び抜けて立派な女はいないものだなあ。それぞれいろいろな特色があるものだが、はたから見れば、まったく申し分のない方なのだ」
とお思いになると、二人一緒にいつも離れずお暮らし申して来られた年月からも、対の上のご様子がやはり立派で、「自分ながらもよく教育したものだ」とお思いになる。一晩の間、朝の間も、恋しく気にかかって、いっそうのご愛情が増すので、「どうしてこんなに思われるのだろう」と、不吉な予感までなさる。

 [6-8 Genji goes to Sam-no-Miya in the daytime]
 Kehu ha, Miya no ohom-kata ni hiru watari tamahu. Kokoro koto ni uti-kesau-zi tamahe ru ohom-arisama, ima mi tatematuru nyoubau nado ha, masite miru kahi ari to omohi kikoyu ram kasi. Ohom-Menoto nado yau no oyi sirahe ru hito-bito zo,
 "Ide ya! Kono ohom-arisama hito-tokoro koso medetakere, mezamasiki koto ha ari na m kasi."
 to, uti-maze te omohu mo ari keru.
 Womna-Miya ha, ito rautage ni wosanaki sama ni te, ohom-siturahi nado no koto-kotosiku, yodakeku uruhasiki ni, midukara ha nani-gokoro mo naku, mono-hakanaki ohom-hodo ni te, ito mi-zo-gati ni, mi mo naku, ayeka nari. Koto ni hadi nado mo si tamaha zu, tada tigo no omo-girahi se nu kokoti si te, kokoro-yasuku utukusiki sama si tamahe ri.
 "Win-no-Mikado ha, wowosiku sukuyoka naru kata no ohom-zae nado koso, kokoro-motonaku ohasimasu to, yo-hito omohi ta'mere wokasiki sudi, namameki yuwe-yuwesiki kata ha, hito ni masari tamahe ru wo, nado te, kaku oyiraka ni ohosi-tate tamahi kem. Saru ha, ito mi-kokoro todome tamahe ru mi-ko to kiki si wo."
 to omohu mo, nama kutiwosikere do, nikukara zu mi tatematuri tamahu.
 Tada kikoye tamahu mama ni, nayo-nayo to nabiki tamahi te, ohom-irahe nado wo mo, oboye tamahi keru koto ha, ihakenaku uti notamahi ide te, e mi-hanata zu miye tamahu.
 Mukasi no kokoro nara masika ba, utate kokoro-otori se masi wo, ima ha, yononaka wo mina sama-zama ni omohi nadarame te,
 "Toaru mo kakaru mo, kiha hanaruru koto ha kataki mono nari keri. Tori-dori ni koso ohou ha ari kere, yoso no omohi ha, ito aramahosiki hodo nari kasi."
 to obosu ni,sasi-narabi me kare zu mi tatematuri tamahe ru tosi-goro yori mo, Tai-no-Uhe no ohom-arisama zo naho arigataku, "Ware nagara mo ohosi-tate keri!" to obosu. Hito-yo no hodo, asita no ma mo, kohisiku obotukanaku, itodosiki mi-kokorozasi no masaru wo, "Nado kaku oboyu ram?" to, yuyusiki made nam.

 [6-9 朱雀院、紫の上に手紙を贈る]
院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ。この院に、あはれなる御消息ども聞こえたまふ。姫宮の御ことはさらなり。
 わづらはしく、いかに聞くところやなど、憚り1512たまふことなくて、ともかくも、ただ御心にかけてもてなしたまふべくぞ、たびたび聞こえたまひける。されど、あはれにうしろめたく、幼くおはするを思ひきこえたまひけり。
紫の上にも、御消息ことにあり。
「幼き人の、心地なきさまにて移ろひものすらむを、罪なく思しゆるして、後見たまへ。尋ねたまふべきゆゑもやあらむとぞ。
背きにしこの世に残る心こそ
 入る山路のほだし1513なりけれ
 闇をえはるけで1514聞こゆるも、をこがましくや」
とあり。大殿も見たまひて、
「あはれなる御消息を。かしこまり聞こえたまへ」
とて、御使にも、女房して、土器さし出でさせたまひて、しひさせたまふ。「御返りはいかが」など、聞こえにくく1515思したれど、ことことしくおもしろかるべき折のことならねば、ただ心をのべて、
「背く世のうしろめたくは1516さりがたき
ほだしをしひてかけな離れそ」
などやうにぞあめりし。
 女の装束1517に、細長添へてかづけたまふ。御手などのいとめでたきを、院御覧じて、何ごともいと恥づかしげなめるあたりに、いはけなくて見えたまふらむこと、いと心苦しう思したり。

 [6-9 朱雀院、紫の上に手紙を贈る]
院の帝は、その月のうちにお寺にお移りになった。こちらの院に、情のこもったお手紙を何度も差し上げなさる。姫宮の御事は言うまでもない。
気を遣って、どのように思うかなどと、遠慮なさることもなく、どうなりと、ただお心次第にお世話くださいますように、度々お申し上げなさるのであった。けれども、身にしみて後ろ髪引かれる思いで、幼くていらっしゃるのを御心配申し上げなさるのでもあった。
紫の上にも、お手紙が特別にあった。
「幼い人が、何のわきまえもない有様でそちらへ参っておりますが、罪もないものと大目に見ていただき、お世話ください。お心にかけてくださるはずの縁もあろうかと存じます。
捨て去ったこの世に残る子を思う心が
山に入るわたしの妨げなのです
親心の闇を晴らすことができずに申し上げるのも、愚かなことですが」
とある。殿も御覧になって、
「お気の毒なお手紙よ。謹んでお承りした旨を差し上げなさい」
とおっしゃって、お使いにも、女房を通じて、杯をさし出させなさって、何杯もお勧めになる。「お返事はどのように」などと、申し上げにくくお思いになったが、仰々しく風流めかすべき時のことでないので、ただ心のままを書いて、
「お捨て去りになったこの世が御心配ならば
離れがたいお方を無理に離れたりなさいますな」
などというようにあったらしい。
女の装束に、細長を添えてお与えになる。ご筆跡などがとても立派なのを、院が御覧になって、万事気後れするほど立派なような所で、幼稚にお見えになるだろうこと、まことにお気の毒に、お思いになっていた。

 [6-9 Suzaku send a letter to Murasaki]
 Win-no-Mikado ha, tuki no uti ni mi-tera ni uturohi tamahi nu. Kono Win ni, ahare naru ohom-seusoko-domo kikoye tamahu. Hime-Miya no ohom-koto ha sara nari.
 Wadurahasiku, ika ni kiku tokoro ya nado, habakari tamahu koto naku te, tomo-kaku mo, tada mi-kokoro ni kake te motenasi tamahu beku zo, tabi-tabi kikoye tamahi keru. Saredo, ahare ni usirometaku, wosanaku ohasuru wo omohi kikoye tamahi keri.
 Murasaki-no-Uhe ni mo, ohom-seusoko koto ni ari.
 "Wosanaki hito no, kokoti naki sama ni te uturohi monosu ram wo, tumi naku obosi yurusi te, usiromi tamahe. Tadune tamahu beki yuwe mo ya ara m to zo.
 Somuki ni si kono yo ni nokoru kokoro koso
 iru yama-miti no hodasi nari kere

 Yami wo e haruke de kikoyuru mo, wokogamasiku ya!"
 to ari. Otodo mo mi tamahi te,
 "Ahare naru ohom-seusoko wo! Kasikomari kikoye tamahe."
 tote, ohom-tukahi ni mo, nyoubau si te, kaharake sasi-ide sase tamahi te, sihi sase tamahu. "Ohom-kaheri ha ikaga?" nado, kikoye nikuku obosi tare do, koto-kotosiku omosirokaru beki wori no koto nara ne ba, tada kokoro wo nobe te,
 "Somuku yo no usirometaku ha sari gataki
 hodasi wo sihite kake na hanare so
"
 nado yau ni zo a'meri si.
 Womna no sauzoku ni, hosonaga sohe te kaduke tamahu. Ohom-te nado no ito medetaki wo, Win go-ran-zi te, nani-goto mo ito hadukasige na'meru atari ni, ihakenaku te miye tamahu ram koto, ito kokoro-gurusiu obosi tari.

 7 朧月夜の物語 こりずまの恋
 [7-1 源氏、朧月夜に今なお執心]
今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れたまふも、あはれなることなむ多かりける。
尚侍の君は、故后の宮のおはしましし二条の宮にぞ住みたまふ。姫宮の御ことをおきては、この御ことをなむかへりみがちに、帝も思したりける。尼になりなむと思したれど、
「かかるきほひには、慕ふやうに心あわたたしく」
と諌めたまひて、やうやう仏の御ことなどいそがせたまふ。
六条の大殿は、あはれに飽かずのみ思してやみにし御あたりなれば、年ごろも忘れがたく、
「いかならむ折に対面あらむ。今一たびあひ見て、その世のことも聞こえまほしく」
のみ思しわたるを、かたみに世の聞き耳も憚りたまふべき身のほどに、いとほしげなりし世の騷ぎなども思し出でらるれば、よろづにつつみ過ぐしたまひけるを、かうのどやかになりたまひて、世の中を思ひしづまりたまふらむころほひの御ありさま、いよいよゆかしく、心もとなければ、あるまじきこととは思しながら、おほかたの御とぶらひにことつけて、あはれなるさまに常に聞こえたまふ。
若々しかるべき御あはひならねば、御返りも時々につけて聞こえ交はしたまふ。昔よりもこよなくうち具し、ととのひ果て1518にたる御けはひを見たまふにも、なほ忍びがたくて、昔の中納言の君のもとにも、心深きことどもを常にのたまふ。

 7 朧月夜の物語 こりずまの恋
 [7-1 源氏、朧月夜に今なお執心]
いよいよこれまでと、女御、更衣たちなど、それぞれお別れなさるのも、しみじみと悲しいことが多かった。
尚侍の君は、故后の宮がいらっしゃった二条宮にお住まいになる。姫宮の御事をおいては、この方の御事を気がかりに、院の帝もお思いになっていたのであった。尼になってしまおうとお思いであったが、
「そのように競って出家したのでは、後を追うようで気ぜわしいから」
と、お止めになって、だんだんと仏道の御事などをご準備おさせになる。
六条の大殿は、いとしく飽かぬ思いのままに別れてしまったお方の事なので、長年忘れがたく、
「どのような時に会えるだろう。もう一度お会いして、その当時の事もお話申し上げたい」
と、ばかりお思い続けていらっしゃったが、お互いに世間の噂も遠慮なさらねばならないご身分であるし、お気の毒に思った当時の騷動なども、お思い出さずにはいらっしゃれないので、何事も心に秘めてお過ごしになったが、このようにのんびりとしたお身になられて、世の中を静かに御覧になっていらっしゃるこのごろのご様子を、ますますお会いしたく、気になってならないので、あってはならないこととはお思いになりながら、通例のお見舞いにかこつけて、心をこめた書きぶりで始終お便りを差し上げなさる。
若い者どうしの色恋めいた間柄でもないので、お返事も時に応じてやりとりなさっていらっしゃる。若いころよりも格段に何もかもそなわって、すっかり円熟していらっしゃるご様子を御覧になるにつけても、やはり堪えがたくて、昔の中納言の君の許にも、切ない気持ちをいつもおっしゃる。

 7 Tale of Oborozukiyo The love of never knowing his failure to fall in it
 [7-1 Genji loves Tamakazura as eager as ever]
 Ima ha tote, Nyougo, Kaui-tati nado, onogazisi wakare tamahu mo, ahare naru koto nam ohokari keru.
 Naisi no Kam-no-Kimi ha, ko-Kisai-no-Miya no ohasimasi si Nideu-no-miya ni zo sumi tamahu. Hime-Miya no ohom-koto wo oki te ha, kono ohom-koto wo nam kaheri-mi-gati ni, Mikado mo obosi tari keru. Ama ni nari na m to obosi tare do,
 "Kakaru kihohi ni ha, sitahu yau ni kokoro-awatatasiku."
 to isame tamahi te, yau-yau Hotoke no ohom-koto nado isogase tamahu.
 Rokudeu-no-Otodo ha, ahare ni aka-zu nomi obosi te yami ni si ohom-atari nare ba, tosi-goro mo wasure gataku,
 "Ika nara m wori ni taimen ara m? Ima hito-tabi ahi mi te, sono yo no koto mo kikoye mahosiku."
 nomi obosi wataru wo, katami ni yo no kiki-mimi mo habakari tamahu beki mi no hodo ni, itohosige nari si yo no sawagi nado mo obosi-ide rarure ba, yorodu ni tutumi sugusi tamahi keru wo, kau nodoyaka ni nari tamahi te, yononaka wo omohi sidumari tamahu ram korohohi no ohom-arisama, iyo-iyo yukasiku, kokoro-motonakere ba, arumaziki koto to ha obosi nagara, ohokata no ohom-toburahi ni kototuke te, ahare naru sama ni tune ni kikoye tamahu.
 Waka-wakasikaru beki ohom-ahahi nara ne ba, ohom-kaheri mo toki-doki ni tuke te kikoye-kahasi tamahu. Mukasi yori mo koyonaku uti-gusi, totonohi hate ni taru ohom-kehahi wo mi tamahu ni mo, naho sinobi gataku te, mukasi no Tiunagon-no-Kimi no moto ni mo, kokoro-hukaki koto-domo wo tune ni notamahu.

 [7-2 和泉前司に手引きを依頼]
かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて、若々しく、いにしへに返りて語らひたまふ。
「人伝てならで1519、物越しに聞こえ知らすべきことなむある。さりぬべく聞こえなびかして、いみじく忍びて参らむ。
今は、さやうのありきも所狭き身のほどに、おぼろけならず忍ぶれば、そこにもまた人には漏らしたまはじと思ふに、かたみにうしろやすくなむ」
とのたまふ。尚侍の君、
「いでや。世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心を、ここら思ひつめつる年ごろの果てに、あはれに悲しき御ことをさし置きて、いかなる昔語りをか聞こえむ。
げに、人は漏り聞かぬやうありとも、心の問はむ1520こそいと恥づかしかるべけれ」
とうち嘆きたまひつつ、なほ、さらにあるまじきよしをのみ聞こゆ。

 [7-2 和泉前司に手引きを依頼]
その人の兄に当たる和泉前司を招き寄せて、若々しく、昔に返って相談なさる。
「人を介してではなく、直接物越しに申し上げねばならないことがある。しかるべく申し上げご承知いただいた上で、たいそうこっそりと参上したい。
今は、そのような忍び歩きも、窮屈な身分で、並々ならず秘密のことなので、そなたも他の人にはお漏らしなさるまいと思うゆえ、お互いに安心だ」
とおっしゃる。尚侍の君は、
「さてどうしたものだろう。世間の事が分かって来たにつけても、昔から薄情なお心を、幾度も味わわされて来た長の年月の果てに、しみじみと悲しい御事をさしおいて、どのような昔話をお話し申し上げられようか。
なるほど、他人は漏れ聞かないようにしたところで、良心に聞かれたら恥ずかしい気がするに違いない」
と嘆息をなさりながら、やはり、会うことはできない旨だけを申し上げる。

 [7-2 Genji asks Izumi-no-Kami to lead to Oborozukiyo]
 Kano hito no seuto naru Idumi no saki no Kami wo mesi-yose te, waka-wakasiku, inisihe ni kaheri te katarahi tamahu.
 "Hito-dute nara de, mono-gosi ni kikoye sirasu beki koto nam aru. Sa'ri nu beku kikoye nabikasi te, imiziku sinobi te mawira m.
 Ima ha, sayau no ariki mo tokoro-seki mi no hodo ni, oboroke nara zu sinobure ba, soko ni mo mata hito ni ha morasi tamaha zi to omohu ni, katami ni usiro-yasuku nam."
 to notamahu. Kam-no-Kimi,
 "Ide ya! Yononaka wo omohi-siru ni tuke te mo, mukasi yori turaki mi-kokoro wo, kokora omohi-tume turu tosi-goro no hate ni, ahare ni kanasiki ohom-koto wo sasi-oki te, ika naru mukasi-gatari wo ka kikoye m?
 Geni, hito ha mori kika nu yau ari to mo, kokoro no toha m koso ito hadukasikaru bekere."
 to uti-nageki tamahi tutu, naho, sarani aru maziki yosi wo nomi kikoyu.

 [7-3 紫の上に虚偽を言って出かける]
「いにしへ、わりなかりし世にだに、心交はしたまはぬことにもあらざりしを。げに、背きたまひぬる御ためうしろめたきやうにはあれど、あらざりしことにもあらねば、今しもけざやかにきよまはりて、立ちにしわが名1521、今さらに取り返したまふべきにや」
と思し起こして、この信太の森1522を道のしるべにて参うでたまふ。女君には、
「東の院にものする常陸の君の、日ごろわづらひて久しくなりにけるを、もの騒がしき紛れに訪らはねば、いとほしくてなむ。昼など、けざやかに渡らむも便なきを、夜の間に忍びてとなむ、思ひはべる。人にもかくとも知らせじ」
と聞こえたまひて、いといたく心懸想したまふを、例はさしも見えたまはぬあたりを、あやし、と見たまひて、思ひ合はせたまふこともあれど1523、姫宮の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす。

 [7-3 紫の上に虚偽を言って出かける]
「昔、逢瀬も難しかった時でさえ、お心をお通わしなさらないでもなかったものを。なるほど、ご出家なさったお方に対しては後ろ暗い気はするが、昔なかった事でもないのだから、今になって綺麗に潔白ぶっても、立ってしまった自分の浮名は、今さらお取り消しになることができるものでもあるまい」
と、お思い起こして、この信太の森の和泉前司を道案内にしてお出かけになる。女君には、
「東の院にいらっしゃる常陸の君が、このところ久しく患っていましたのに、何かと忙しさに取り紛れて、お見舞いもしなかったので、お気の毒に思っております。昼間など、人目に立って出かけるのも不都合なので、夜の間にこっそりと、思っております。誰にもそうとは知らせまい」
と申し上げなさって、とてもたいそう改まった気持ちでいらっしゃるのを、いつもはそれほどまでにはお思いでない方を、妙だ、と御覧になって、お思い当たりなさることもあるが、姫宮の御事の後は、どのような事も、まったく昔のようにではなく、少し隔て心がついて、見知らないようにしていらっしゃる。

 [7-3 Genji lies to Murasaki and goes out his house]
 "Inisihe, wari nakari si yo ni dani, kokoro kahasi tamaha nu koto ni mo ara zari si wo. Geni, somuki tamahi nuru ohom-tame usirometaki yau ni ha are do, ara zari si koto ni mo ara ne ba, ima si mo kezayaka ni kiyomahari te, tati ni si waga-na, imasara ni tori-kahesi tamahu beki ni ya?"
 to obosi-okosi te, kono Sinoda-no-mori wo miti no sirube ni te maude tamahu. Womna-Gimi ni ha,
 "Himgasi-no-win ni monosuru Hitati-no-Kimi no, hi-goro wadurahi te hisasiku nari ni keru wo, mono sawagasiki magire ni toburaha ne ba, itohosiku te nam. Hiru nado, kezayaka ni watara m mo bin naki wo, yo no ma ni sinobi te to nam, omohi haberu. Hito ni mo kaku to mo sira se zi."
 to kikoye tamahi te, ito itaku kokoro-gesau si tamahu wo, rei ha sa si mo miye tamaha nu atari wo, ayasi, to mi tamahi te, omohi-ahase tamahu koto mo are do, Hime-Miya no ohom-koto no noti ha, nani-goto mo, ito sugi nuru kata no yau ni ha ara zu, sukosi hedaturu kokoro sohi te, mi sira nu yau ni te ohasu.

 [7-4 源氏、朧月夜を訪問]
その日は、寝殿へも渡りたまはで、御文書き交はしたまふ。薫き物などに心を入れて暮らしたまふ。
宵過ぐして、睦ましき人の限り、四、五人ばかり、網代車の、昔おぼえてやつれたるにて出でたまふ。和泉守して、御消息聞こえたまふ。かく渡りおはしましたるよし、ささめき聞こゆれば、驚きたまひて、
「あやしく。いかやうに聞こえたるにか」
とむつかりたまへど、
「をかしやかにて帰したてまつらむに、いと便なうはべらむ」
とて、あながちに思ひめぐらして、入れたてまつる。御とぶらひなど1524聞こえたまひて、
「ただここもとに、物越しにても。さらに昔のあるまじき心などは、残らずなりにけるを」
と、わりなく聞こえたまへば、いたく嘆く嘆くゐざり出でたまへり。
「さればよ。なほ、気近さは」
と、かつ思さる。かたみに、おぼろけならぬ御みじろきなれば、あはれも少なからず。東の対なりけり。辰巳の方の廂に据ゑたてまつりて、御障子のしりばかり1525は固めたれば、
「いと若やかなる心地もするかな。年月の積もりをも、紛れなく数へらるる心ならひに、かくおぼめかしき1526は、いみじうつらくこそ」
と怨みきこえたまふ。

 [7-4 源氏、朧月夜を訪問]
その日は、寝殿へもお渡りにならず、お手紙だけを書き交わしなさる。薫物などを念入りになさって一日中お過ごしになる。
宵が過ぎるのを待って、親しい者ばかり、四、五人ほどで、網代車の、昔を思い出させる粗末なふうで、お出かけになる。和泉守を遣わして、ご挨拶を申し上げなさる。このようにいらっしゃった旨、小声で申し上げると、驚きなさって、
「変だこと。どのようにお返事申し上げたのだろうか」
とご機嫌が悪いが、
「気を持たせるようにしてお帰し申すのは、たいそう不都合でございましょう」
と言って、無理に工夫をめぐらして、お入れ申し上げる。お見舞いの言葉などを申し上げなさって、
「ただここまでお出ください、几帳越しにでも。まったく昔のけしからぬ心などは、無くなったのですから」
と、切々と訴え申し上げなさるので、ひどく溜息をつきながらいざり出ていらっしゃった。
「案の定だ。やはり、すぐに靡くところは」
と、一方ではお思いになる。お互いに、知らないではない相手の身動きなので、感慨も浅からぬものがある。東の対だったのだ。辰巳の方の廂の間にお座りいただいて、御障子の端だけは固くとめてあるので、
「とても若い者のような心地がしますね。あれからの年月の数をも、間違いなく数えられるほど思い続けているのに、このように知らないふりをなさるのは、たいそう辛いことです」
とお恨み申し上げなさる。

 [7-4 Genji visits to Oborozukiyo]
 Sono hi ha, sin-den he mo watari tamaha de, ohom-humi kaki-kahasi tamahu. Taki-mono nado ni kokoro wo ire te kurasi tamahu.
 Yohi sugusi te, mutumasiki hito no kagiri, si, go-nin bakari, aziro-guruma no, mukasi oboye te yature taru ni te ide tamahu. Idumi-no-Kami si te, ohom-seusoko kikoye tamahu. Kaku watari ohasimasi taru yosi, sasameki kikoyure ba, odoroki tamahi te,
 "Ayasiku. Ika yau ni kikoye taru ni ka?"
 to mutukari tamahe do,
 "Wokasiyaka ni te kahesi tatematura m ni, ito bin nau habera m."
 tote, anagati ni omohi-megurasi te, ire tatematuru. Ohom-toburahi nado kikoye tamahi te,
 "Tada kokomoto ni, mono-gosi ni te mo. Sarani mukasi no aru maziki kokoro nado ha, nokora zu nari ni keru wo!"
 to, warinaku kikoye tamahe ba, itaku nageku nageku wizari ide tamahe ri.
 "Sareba yo! Naho, ke-dikasa ha."
 to, katu obosa ru. Katami ni, oboroke nara nu ohom-miziroki nare ba, ahare mo sukunakara zu. Himgasi-no-tai nari keri. Tatumi no kata no hisasi ni suwe tatematuri te, mi-sauzi no siri bakari ha katame tare ba,
 "Ito wakayaka naru kokoti mo suru kana! Tosi-tuki no tumori wo mo, magire naku kazohe raruru kokoro-narahi ni, kaku obomekasiki ha, imiziu turaku koso."
 to urami kikoye tamahu.

 [7-5 朧月夜と一夜を過ごす]
夜いたく更けゆく。玉藻に遊ぶ鴛鴦1527の声々など、あはれに聞こえて、しめじめと人目少なき宮の内のありさまも、「さも移りゆく世かな」と思し続くるに、平中がまねならねど、まことに涙もろになむ。昔に変はりて、おとなおとなしくは聞こえたまふものから、「これをかくてや」と、引き動かしたまふ。
「年月をなかに隔てて逢坂の
さも塞きがたく1528落つる涙か」
女、
「涙のみ塞きとめがたきに清水にて
ゆき逢ふ道ははやく絶えにき」
などかけ離れきこえたまへど、いにしへを思し出づるも、
「誰により、多うはさるいみじきこともありし世の騷ぎぞは」と思ひ出でたまふに、「げに、今一たび1529の対面はありもすべかりけり」
と、思し弱るも、もとよりづしやかなるところはおはせざりし人の、年ごろは、さまざまに世の中を思ひ知り、来し方を悔しく、公私のことに触れつつ、数もなく思し集めて、いといたく過ぐしたまひにたれど、昔おぼえたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して、え心強くも1530もてなしたまはず。
なほ、らうらうじく、若うなつかしくて、一方ならぬ世のつつましさをもあはれをも、思ひ乱れて、嘆きがちにてものしたまふけしきなど、今始めたらむよりもめづらしくあはれにて、明けゆくもいと口惜しくて、出でたまはむ空もなし。

 [7-5 朧月夜と一夜を過ごす]
夜はたいそう更けて行く。玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々などが、しみじみと聞こえて、ひっそりと人の少ない宮邸の中の様子を、「こうも変わってしまう世の中だな」とお思い続けると、平中の真似ではないが、ほんとうに涙が出てしまう。昔に変わって、落ち着いて申し上げなさる一方で、「この隔てをこのままでいられようか」と、引き動かしなさる。
「長の年月を隔ててやっとお逢いできたのに
このような関があっては堰き止めがたく涙が落ちます」
女、
「涙だけは関の清水のように堰き止めがたくあふれても
お逢いする道はとっくに絶え果てました」
などとまったくお受け付けにならないが、昔をお思い出しなさると、
「誰のせいで、あのような大変なことが起こり世の騷ぎもあったのか、この自分のせいではなかったか」とお思い出しなさると、「なるほど、もう一度会ってもいい事だ」
と、気弱におなりになるのも、もともと重々しい所がおありでなかった方で、この何年かは、あれこれと愛情の問題も分かるようになり、過去を悔やまれて、公事につけ私事につけ、数えきれないほど物思いが重なって、とてもたいそう自重してお過ごしなさって来たのだが、昔が思い出されるご対面に、その当時の事もそう遠くない心地がして、いつまでも気強い態度をおとりになれない。
昔に変わらず、洗練されて、若々しく魅力的で、並々でない世間への遠慮も思慕も、思い乱れて、溜息がちでいらっしゃるご様子など、今初めて逢った以上に新鮮で心が動いて、夜が明けて行くのもまことに残念に思われて、お帰りになる気もしない。

 [7-5 Genji spends a time in all night with Oborozukiyo]
 Yo itaku huke yuku. Tama-mo ni asobu wosi no kowe-gowe nado, ahare ni kikoye te, sime-zime to hitome sukunaki miya no uti no arisama mo, "Sa mo uturi-yuku yo kana!" to obosi tudukuru ni, Heitiu ga mane nara ne do, makoto ni namida-moro ni nam. Mukasi ni kahari te, otona-otonasiku ha kikoye tamahu mono kara, "Kore wo kaku te ya." to, hiki-ugokasi tamahu.
 "Tosi-tuki wo naka ni hedate te Ahu-saka no
 sa mo seki gataku oturu namida ka
"
 Womna,
 "Namida nomi seki tome gataki simidu ni te
 yuki-ahu miti ha hayaku taye ni ki
"
 nado kake-hanare kikoye tamahe do, inisihe wo obosi-iduru mo,
 "Tare ni yori, ohou ha saru imiziki koto mo ari si yo no sawagi zo ha." to omohi-ide tamahu ni, "Geni, ima hito-tabi no taimen ha ari mo su bekari keri."
 to, obosi yowaru mo, motoyori dusiyaka naru tokoro ha ohase zari si hito no, tosi-goro ha, sama-zama ni yononaka wo omohi-siri, kisi-kata wo kuyasiku, ohoyake watakusi no koto ni hure tutu, kazu mo naku obosi atume te, ito itaku sugusi tamahi ni tare do, mukasi oboye taru ohom-taimen ni, sono yo no koto mo tohokara nu kokoti si te, e kokoro-duyoku mo motenasi tamaha zu.
 Naho, rau-rauziku, wakau natukasiku te, hito-kata nara nu yo no tutumasisa wo mo ahare wo mo, omohi midare te, nageki-gati ni te monosi tamahu kesiki nado, ima hazime tara m yori mo medurasiku ahare ni te, ake-yuku mo ito kutiwosiku te, ide tamaha m sora mo nasi.

 [7-6 源氏、和歌を詠み交して出る]
朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声もいとうららかなり。花は皆散り過ぎて、名残かすめる梢1531の浅緑なる木立、「昔、藤の宴したまひし、このころのことなりけりかし」と思し出づる、年月の積もりにけるほども、その折のこと、かき続けあはれに思さる。
中納言の君、見たてまつり送るとて、妻戸押し開けたるに、立ち返りたまひて、
「この藤よ。いかに染めけむ色にか。なほ、えならぬ心添ふ匂ひにこそ。いかでか、この蔭をば立ち離る1532べき」
と、わりなく出でがてに思しやすらひたり。
山際よりさし出づる日のはなやかなるにさしあひ、目もかかやく心地する御さまの、こよなくねび加はりたまへる御けはひなどを、めづらしくほど経ても見たてまつるは、まして世の常ならずおぼゆれば、
「さる方にても、などか見たてまつり過ぐしたまはざらむ。御宮仕へにも限りありて、際ことに離れたまふこともなかりしを。故宮の、よろづに心を尽くしたまひ、よからぬ世の騷ぎに、軽々しき御名さへ響きてやみにしよ」
など思ひ出でらる。名残多く残りぬらむ御物語のとぢめには1533、げに残りあらせまほしきわざなめる1534を、御身、心にえまかせたまふまじく、ここらの人目もいと恐ろしくつつましければ、やうやうさし上がり行くに、心あわたたしくて、廊の戸に御車さし寄せたる人々も、忍びて声づくりきこゆ。
人召して、かの咲きかかりたる花、一枝折らせたまへり。
「沈みしも忘れぬものをこりずまに1535
身も投げつべき宿の藤波」
いといたく思しわづらひて、寄りゐたまへるを、心苦しう見たてまつる。女君も、今さらにいとつつましく、さまざまに思ひ乱れたまへるに、花の蔭は、なほなつかして、
「身を投げむ淵もまことの淵ならで
かけじやさらにこりずまの波」
いと若やかなる御振る舞ひを、心ながらもゆるさぬことに思しながら、関守1536の固からぬたゆみにや、いとよく語らひおきて出でたまふ。
そのかみも、人よりこよなく心とどめて思うたまへりし御心ざしながら、はつかにてやみにし御仲らひには、いかでかはあはれも少なからむ。

 [7-6 源氏、和歌を詠み交して出る]
朝ぼらけの美しい空に、百千鳥の声がとてもうららかに囀っている。花はみな散り終わって、その後に霞のかかった梢が浅緑の木立に、「昔、藤の宴をなさったのは、今頃の季節であったな」とお思い出される、あれからずいぶん歳月の過ぎ去った事も、その当時の事も、次から次へとしみじみと思い出される。
中納言の君、お見送り申し上げるために、妻戸を押し開けたが、立ち戻りなさって、
「この藤の花よ。どうしてこのように美しく染め出して咲いているのか。やはり、何とも言えない風情のある色あいだな。どうして、この花蔭を離れることができようか」
と、どうしても帰りにくそうにためらっていらっしゃった。
築山の端からさし昇ってくる朝日の明るい光に映えて、目も眩むように美しいお姿が、年とともにこの上なくご立派におなりになったご様子などを、久し振りに拝見するのは、いよいよ世の常の人とは思われない気がするので、
「ご一緒になって、どうしてお暮らしにならなかったのだろうか。御宮仕えにも限度があって、特別のご身分になられることもなかったのに。故宮が、万事にお心を尽くしなさって、けしからぬ世の騷ぎが起こって、軽々しいお噂まで立って、それきりになってしまったことだわ」
などと思い出される。尽きない思いが多く残っているだろうお話の終わりは、なるほど後を続けたいものであろうが、御身を、お心のままにおできになれず、大勢の人目に触れることもたいそう恐ろしく遠慮もされるので、だんだん日が上って行くので、気がせかれて、廊の戸に御車をつけ寄せた供人たちも、そっと催促申し上げる。
人を呼んで、あの咲きかかっている藤の花、一枝折らさせなさった。
「須磨に沈んで暮らしていたことを忘れないが
また懲りもせずにこの家の藤の花に、淵に身を投げてしまいたい」
とてもひどく思い悩んでいらっしゃって、物に寄り掛かっていらっしゃるのを、お気の毒に拝し上げる。女君も、今さらにとても遠慮されて、いろいろと思い乱れていらっしゃるが、藤の花は、やはり慕わしくて、
「身を投げようとおっしゃる淵も本当の淵ではないのですから
性懲りもなくそんな偽りの波に誘われたりしません」
とても若々しいお振る舞いを、ご自分ながらも良くないこととお思いになりながら、関守が固くないのに気を許してか、たいそうよく後の逢瀬を約束してお帰りになる。
その昔も、誰にも勝ってご執心でいらっしゃったご愛情であるが、わずかの契りで終わってしまったお二人の仲なので、どうして愛情の浅いことがあろうか。

 [7-6 Genji goes out after exchanging waka with Oborozukiyo]
 Asaborake no tada-nara-nu sora ni, momotidiri no kowe mo ito uraraka nari. Hana ha mina tiri sugi te, nagori kasume ru kozuwe no asa-midori naru kodati, "Mukasi, hudi-no-en si tamahi si, kono koro no koto nari keri kasi." to obosi-iduru, tosi-tuki no tumori ni keru hodo mo, sono wori no koto, kaki-tuduke ahare ni obosa ru.
 Tiunagon-no-Kimi, mi tatematuri okuru tote, tuma-do osi-ake taru ni, tati-kaheri tamahi te,
 "Kono hudi yo! Ika ni some kem iro ni ka? Naho, e nara nu kokoro sohu nihohi ni koso. Ikade ka, kono kage wo ba tati-hanaru beki."
 to, warinaku ide-gate ni obosi yasurahi tari.
 Yama-giha yori sasi-iduru hi no hanayaka naru ni sasi-ahi, me mo kakayaku kokoti suru ohom-sama no, koyonaku nebi kuhahari tamahe ru ohom-kehahi nado wo, medurasiku hodo he te mo mi tatematuru ha, masite yo no tune nara zu oboyure ba,
 "Saru kata ni te mo, nado ka mi tatematuri sugusi tamaha zara m? Ohom-miya-dukahe ni mo kagiri ari te, kiha koto ni hanare tamahu koto mo nakari si wo! Ko-Miya no, yorodu ni kokoro wo tukusi tamahi, yokara nu yo no sawagi ni, karo-garosiki ohom-na sahe hibiki te yami ni si yo!"
 nado omohi-ide raru. Nagori ohoku nokori nu ram ohom-monogatari no todime ni ha, geni nokori ara se mahosiki waza na'meru wo, ohom-mi, kokoro ni e makase tamahu maziku, kokora no hito-me mo ito osorosiku tutumasikere ba, yau-yau sasi-agari yuku ni, kokoro-awatatasiku te, rau no to ni mi-kuruma sasi-yose taru hito-bito mo, sinobi te kowa-dukuri kikoyu.
 Hito mesi te, kano saki-kakari taru hana, hito-eda wora se tamahe ri.
 "Sidumi si mo wasure nu mono wo korizuma ni
 mi mo nage tu beki yado no hudi-nami
"
 Ito itaku obosi wadurahi te, yori-wi tamahe ru wo, kokoro-gurusiu mi tatematuru. Womna-Gimi mo, imasara ni ito tutumasiku, sama-zama ni omohi midare tamahe ru ni, hana no kage ha, naho natukasiku te,
 "Mi wo nage m huti mo makoto no huti nara de
 kake zi ya sara ni korizuma no nami
"
 Ito wakayaka naru ohom-hurumahi wo, kokoro nagara mo yurusa nu koto ni obosi nagara, seki-mori no katakara nu tayumi ni ya, ito yoku katarahi oki te ide tamahu.
 Sono-kami mo, hito yori koyonaku kokoro todome te omou tamahe ri si mi-kokoro-zasi nagara, hatuka ni te yami ni si ohom-nakarahi ni ha, ikade ka ha ahare mo sukunakara m.

 [7-7 源氏、自邸に帰る]
いみじく忍び入りたまへる御寝くたれのさまを待ち受けて、女君、さばかりならむと心得たまへれど、おぼめかしくもてなしておはす。なかなかうちふすべなどしたまへらむよりも、心苦しく、「など、かくしも見放ちたまへらむ」と思さるれば、ありしよりけに1537深き契りをのみ、長き世をかけて聞こえたまふ。
尚侍の君の御ことも、また漏らすべきならねど、いにしへのことも知りたまへれば、まほにはあらねど、
「物越しに、はつかなりつる対面なむ、残りある心地する。いかで人目咎めあるまじくもて隠しては、今一たびも」
と、語らひきこえたまふ。うち笑ひて、
「今めかしくもなり返る御ありさまかな。昔を今に1538改め加へ1539たまふほど、中空なる身のため苦しく」
とて、さすがに涙ぐみたまへるまみの、いとらうたげに見ゆるに、
「かう心安からぬ御けしきこそ苦しけれ。ただおいらかに引き抓みなどして、教へたまへ。隔てあるべくも、ならはしきこえぬを、思はずにこそなりにける御心なれ」
とて、よろづに御心とりたまふほどに、何ごともえ残したまはずなりぬめり。
宮の御方にも、とみにえ渡りたまはず、こしらへきこえつつおはします。姫宮は、何とも思したらぬを、御後見どもぞ安からず聞こえける。わづらはしうなど見えたまふけしきならば、そなたもまして心苦しかるべきを、おいらかにうつくしきもて遊びぐさに思ひきこえたまへり。

 [7-7 源氏、自邸に帰る]
たいそう人目を忍んで入って来られたその寝乱れ髪の様子を待ち受けて、女君、そんなことだろうと、お悟りになっていたが、気づかないふりをしていらっしゃる。なまじやきもちを焼いたりなどなさるよりも、お気の毒で、「どうして、このように見放していられるのだろうか」と思わずにはいらっしゃれないので、以前よりもいっそう強い愛情を、永遠に変わらないことをお誓い申し上げなさる。
尚侍の君の御事も、他に漏らしてよいことではないが、昔のこともご存知でいらっしゃるので、ありのままではないが、
「物越しに、ほんのちょっとお会いしましたので、物足りない気が致しています。何とか人に見咎められないように秘密にして、もう一度だけでも」
と、打ち明けて申し上げなさる。軽く笑って、
「ずいぶん若返ったご様子ですこと。昔の恋を今さらむし返しなさるので、どっちつかずのよるべのないわたしには辛くて」
とおっしゃって、そうはいうものの涙ぐんでいらっしゃる目もとが、とてもおいたわしく見えるので、
「このようにご機嫌の悪いご様子が辛いことです。いっそ素直に抓るなりなさって、叱ってください。他人行儀に思うこともおっしゃらないふうには、今までお仕向けしてこなかったのに、心外なお気持ちになってしまわれたお心ですね」
とおっしゃって、いろいろとご機嫌をお取りになるうちに、何もかも残らず白状なさってしまったようである。
宮の御方にも、すぐにはお行きになることができずに、あれこれとおなだめ申してお過ごしになる。姫宮は、何ともお思いにならないが、ご後見人たちはご不満申し上げてるのであった。うるさいお方と思われなさるようなことであったら、あちらもこちら以上にお気の毒なはずだが、おっとりとしてかわいらしいお相手のようにお思い申し上げていらっしゃった。

 [7-7 Genji comes back to his home]
 Imiziku sinobi-iri tamahe ru ohom-nekutare no sama wo mati-uke te, Womna-Gimi, sabakari nara m to kokoro-e tamahe re do, obomekasiku motenasi te ohasu. Naka-naka uti-husube nado si tamahe ra m yori mo, kokoro-gurusiku, "Nado, kaku si mo mi-hanati tamahe ra m?" to obosa rure ba, ari si yori keni hukaki tigiri wo nomi, nagaki yo wo kake te kikoye tamahu.
 Kam-no-Kimi no ohom-koto mo, mata morasu beki nara ne do, inisihe no koto mo siri tamahe re ba, maho ni ha ara ne do,
 "Mono-gosi ni, hatuka nari turu taimen nam, nokori aru kokoti suru. Ikade hito-me togame aru maziku mote-kakusi te ha, ima hito-tabi mo."
 to, katarahi kikoye tamahu. Uti-warahi te,
 "Imamekasiku mo nari kaheru ohom-arisama kana! Mukasi wo ima ni aratame kuhahe tamahu hodo, naka-zora naru mi no tame kurusiku."
 tote, sasuga ni namidagumi tamahe ru mami no, ito rautage ni miyuru ni,
 "Kau kokoro-yasukara nu mi-kesiki koso kurusikere. Tada oyiraka ni hiki-tumi nado si te, wosihe tamahe. Hedate aru beku mo, narahasi kikoye nu wo, omoha zu ni koso nari ni keru mi-kokoro nare."
 tote, yorodu ni mi-kokoro tori tamahu hodo ni, nani-goto mo e nokosi tamaha zu nari nu meri.
 Miya-no-Ohomkata ni mo, tomi ni e watari tamaha zu, kosirahe kikoye tutu ohasimasu. Hime-Miya ha, nani to mo obosi tara nu wo, ohom-usiromi-domo zo yasukara zu kikoye keru. Wadurahasiu nado miye tamahu kesiki nara ba, sonata mo masite kokoro-gurusikaru beki wo, oyiraka ni utukusiki mote-asobi-gusa ni omohi kikoye tamahe ri.

 8 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感
 [8-1 明石姫君、懐妊して退出]
桐壷の御方は、うちはへえまかでたまはず。御暇のありがたければ、心安くならひたまへる若き御心に、いと苦しくのみ思したり。
夏ごろ、悩ましくしたまふを、とみにも許しきこえたまはねば、いとわりなしと思す。めづらしきさまの御心地にぞありける。まだいとあえかなる御ほどに、いとゆゆしくぞ、誰も誰も思すらむかし。からうしてまかでたまへり。
姫宮のおはします御殿の東面に、御方はしつらひたり。明石の御方、今は御身に添ひて、出で入りたまふも、あらまほしき御宿世なりかし。

 8 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感
 [8-1 明石姫君、懐妊して退出]
桐壷の御方は、ずっと長いこと退出なさっていない。御暇が出そうにもないので、今までお気楽に過ごして来られたお若い年頃の方ゆえ、とても辛くばかり思っていらっしゃった。
夏のころ、ご気分がすぐれなくいらっしゃったのを、すぐにもお許し申し上げなさらないので、とても困ったこことお思いになる。ご懐妊のご様子だったのである。まだとても若すぎるご様子なので、たいそう恐ろしいことと、どなたもどなたもお思いのようである。やっとのことでご退出なさった。
姫宮がいらっしゃる寝殿の東側に、お部屋は設営してある。明石の御方、今は女御の御方に付き添って、参内し退出なさるのも、申し分ないご運勢である。

 8 Tale of Murasaki Murasaki's solitary and unhappy life
 [8-1 Akasi-Hime comes back to her parental home because of pregnancy]
 Kiritubo-no-Ohomkata ha, uti-hahe e makade tamaha zu. Ohom-itoma no arigatakere ba, kokoro-yasuku narahi tamahe ru wakaki mi-kokoro ni, ito kurusiku nomi obosi tari.
 Natu-goro, nayamasiku si tamahu wo, tomi ni mo yurusi kikoye tamaha ne ba, ito warinasi to obosu. Medurasiki sama no mi-kokoti ni zo ari keru. Mada ito ayeka naru ohom-hodo ni, ito yuyusiku zo, tare mo tare mo obosu ram kasi. Karausite makade tamahe ri.
 Hime-Miya no ohasimasu otodo no himgasi-omote ni, ohom-kata ha siturahi tari. Akasi-no-Ohomkata, ima ha ohom-mi ni sohi te, ide-iri tamahu mo, aramahosiki ohom-sukuse nari kasi.

 [8-2 紫の上、女三の宮に挨拶を申し出る]
 対の上1540、こなたに渡りて対面したまふついでに、
「姫宮にも、中の戸開けて聞こえむ。かねてよりもさやうに思ひしかど、ついでなきにはつつましきを、かかる折に聞こえ馴れ1541なば、心安くなむあるべき」
と、大殿に聞こえたまへば、うち笑みて、
「思ふやうなるべき御語らひにこそはあなれ。いと幼げにものしたまふめるを、うしろやすく教へなしたまへかし」
と、許しきこえたまふ。宮よりも、明石の君の恥づかしげにて交じらむを思せば、御髪すましひきつくろひておはする、たぐひあらじと見えたまへり。
大殿は、宮の御方に渡りたまひて、
「夕方、かの対にはべる人の、淑景舎に対面せむとて出で立つ。そのついでに、近づききこえさせまほしげにものすめるを、許して語らひたまへ。心などはいとよき人なり。まだ若々しくて、御遊びがたきにもつきなからずなむ」
など、聞こえたまふ。
「恥づかしうこそはあらめ。何ごとをか聞こえむ」
と、おいらかにのたまふ。
「人のいらへは、ことにしたがひてこそは思し出でめ。隔て置きてなもてなしたまひそ」
と、こまかに教へきこえたまふ。「御仲うるはしくて過ぐしたまへ」と思す。
あまりに何心もなき御ありさまを見あらはされむも、恥づかしくあぢきなけれど、さのたまはむを、「心隔てむもあいなし」と、思すなりけり。

 [8-2 紫の上、女三の宮に挨拶を申し出る]
対の上が、こちらにおいでになって、お会いなさるついでに、
「姫宮にも、中の戸を開けてご挨拶申し上げましょう。前々からそのように思っていましたが、機会がなくては遠慮されますが、このような機会にご挨拶申し上げ、お近づきになれましたら、気が楽になるでしょう」
と、大殿に申し上げると、ほほ笑んで、
「それは望みどおりのお付き合いというものだ。とても子供子供していらっしゃるようだから、心配のないようにお教え上げてください」
と、お許し申し上げなさる。姫宮よりも、明石の君が気の張る様子で控えているだろうことをお思いになると、御髪を洗い身づくろいしていらっしゃる、世にまたとあるまいとお見えになった。
大殿は、宮の御方においでになって、
「夕方、あちらの対にいます人が、淑景舎の御方にお目にかかろう出て参ります。その機会に、お近づき申し上げたいように申しておりますようなので、お許しになって会ってください。気立てなどはとてもよい方です。まだ若々しくて、お遊び相手として不似合いでなく思われます」
などと、申し上げなさる。
「さぞきまりの悪いことでしょうね。何をお話し申し上げたらよいのでしょう」
と、おっとりとおっしゃる。
「お返事は、あちらの言うことに応じて考えつかれるのがよいでしょう。他人行儀なおあしらいはなさいますな」
と、こまごまとお教え申し上げなさる。「二人が仲好くきちんとお暮らしになって欲しい」とお思いになる。
あまりに無邪気なご様子を見られてしまっても、きまり悪く面白くないが、あのようにおっしゃるお気持ちを、「止めだてするのも感心しない」と、お思いになるのであった。

 [8-2 Murasaki tells Genji that she wants to greet Sam-no-Miya]
 Tai-no-Uhe, konata ni watari te taimen si tamahu tuide ni,
 "Hime-Miya ni mo, naka no to ake te kikoye m. Kanete yori mo sayau ni omohi sika do, tuide naki ni ha tutumasiki wo, kakaru wori ni kikoye nare na ba, kokoro-yasuku nam aru beki."
 to, Otodo ni kikoye tamahe ba, uti-wemi te,
 "Omohu yau naru beki ohom-katarahi ni koso ha a'nare. Ito wosanage ni monosi tamahu meru wo, usiroyasuku wosihe nasi tamahe kasi."
 to, yurusi kikoye tamahu. Miya yori mo, Akasi-no-Kimi no hadukasige ni te mazira m wo obose ba, mi-gusi sumasi hiki-tukurohi te ohasuru, taguhi ara zi to miye tamahe ri.
 Otodo ha, Miya no ohom-kata ni watari tamahi te,
 "Yuhukata, kano tai ni haberu hito no, Sigeisa ni taimen se m tote ide-tatu. Sono tuide ni, tikaduki kikoye sase mahosige ni monosu meru wo, yurusi te katarahi tamahe. Kokoro nado ha ito yoki hito nari. Mada waka-wakasiku te, ohom-asobi-gataki ni mo tuki nakara zu na m."
 nado, kikoye tamahu.
 "Hadukasiu koso ha ara me. Nani-goto wo ka kikoye m?"
 to, oyiraka ni notamahu.
 "Hito no irahe ha, koto ni sitagahi te koso ha obosi-ide me. Hedate oki te na motenasi tamahi so."
 to, komaka ni wosihe kikoye tamahu. "Ohom-naka uruhasiku te sugusi tamahe." to obosu.
 Amari ni nani-gokoro mo naki ohom-arisama wo mi arahasa re m mo, hadukasiku adikinakere do, sa notamaha m wo, "Kokoro hedate m mo ainasi." to, obosu nari keri.

 [8-3 紫の上の手習い歌]
対には、かく出で立ちなどしたまふものから、
「我より上の人やはあるべき。身のほどなるものはかなきさまを、見えおきたてまつりたるばかり1542こそあらめ」
など、思ひ続けられて、うち眺めたまふ。手習などするにも、おのづから古言も、もの思はしき筋にのみ書かるるを、「さらば、わが身には思ふことありけり」と、身ながらぞ思し知らるる。
院、渡りたまひて、宮、女御の君などの御さま1543どもを、「うつくしうもおはするかな」と、さまざま見たてまつりたまへる御目うつしには、年ごろ目馴れたまへる人の、おぼろけならむが、いとかくおどろかる1544べきにもあらぬを、「なほ、たぐひなくこそは」と見たまふ。ありがたきことなりかし。
あるべき限り、気高う恥づかしげにととのひたるに添ひて、はなやかに今めかしく、にほひなまめきたるさまざまの香り1545も、取りあつめ、めでたき盛りに見えたまふ。去年より今年はまさり、昨日より今日はめづらしく、常に目馴れぬさまのしたまへるを、「いかでかくしもありけむ」と思す。
うちとけたりつる御手習を、硯の下にさし入れたまへれど、見つけたまひて、引き返し見たまふ。手などの、いとわざとも上手と見えで、らうらうじくうつくしげに書きたまへり。
「身に近く秋や来ぬらむ見るままに
 青葉の山も移ろひ1546にけり」
とある所に、目とどめたまひて、
「水鳥の青羽は色も変はらぬを
 萩の下こそ1547けしきことなれ」
など書き添へつつすさびたまふ。ことに触れて、心苦しき御けしきの、下にはおのづから漏りつつ見ゆるを、ことなく消ちたまへるも、ありがたくあはれに思さる。
今宵は、いづ方にも御暇ありぬべければ、かの忍び所に、いとわりなくて、出でたまひにけり。「いとあるまじきこと」と、いみじく思し返すにも、かなはざりけり。

 [8-3 紫の上の手習い歌]
対の上におかれては、このようにご挨拶にお出向きなさるものの、
「自分より上の人があるだろうか。わが身の頼りない身の上を、見出され申しただけのことなのだわ」
などと、つい思い続けずにはいらっしゃれなくて、物思いに沈んでいらっしゃる。手習いなどをするにも、自然と古歌も、物思いの歌だけが筆先に出てくるので、「それでは、わたしには思い悩むことがあったのだわ」と、自分ながら気づかされる。
院、お渡りになって、宮、女御の君などのご様子などを、「かわいらしくていらっしゃるものだ」と、それぞれを拝見なさったそのお目で御覧になると、長年連れ添っていらした人が、世間並の器量であったなら、とてもこうも驚くはずもないのに、「やはり、二人といない方だ」と御覧になる。世間にありそうもないお美しさである。
どこからどこまでも、気品高く立派に整っていらっしゃる上に、はなやかに現代風で、照り映えるような美しさと優雅さとを、何もかも兼ね備え、素晴らしい女盛りにお見えになる。去年より今年が素晴らしく、昨日よりは今日が目新しく、いつも新鮮なご様子でいらっしゃるのを、「どうしてこんなにも美しく生まれつかれたのか」とお思いになる。
気を許してお書きになった御手習いを、硯の下にさし隠しなさっていたが、見つけなさって、繰り返して御覧になる。筆跡などの、特別に上手とも見えないが、行き届いてかわいらしい感じにお書きになっていた。
「身近に秋が来たのかしら、見ているうちに
青葉の山のあなたも心の色が変わってきたことです」
とある所に、目をお止めになって、
「水鳥の青い羽のわたしの心の色は変わらないのに
萩の下葉のあなたの様子は変わっています」
などと書き加えながら手習いに心をやりなさる。何かにつけて、おいたわしいご様子が、自然に漏れて見えるのを、何でもないふうに隠していらっしゃるのも、またと得がたい殊勝な方だと思わずにはいらっしゃれない。
今夜は、どちらの方にも行かなくてよさそうなので、あの忍び所に、実にどうしようもなくて、お出かけになるのであった。「とんでもないけしからぬ事」と、ひどく自制なさるのだが、どうすることもできないのであった。

 [8-3 The written waka by Murasaki in her heart]
 Tai ni ha, kaku ide-tati nado si tamahu mono kara,
 "Ware yori kami no hito ya ha aru beki? Mi no hodo naru mono-hakanaki sama wo, miye-oki tatematuri taru bakari koso ara me."
 nado, omohi-tuduke rare te, uti-nagame tamahu. Te-narahi nado suru ni mo, onodukara hurukoto mo, mono omohasiki sudi ni nomi kaka ruru wo, "Saraba, waga mi ni ha omohu koto ari keri." to, mi nagara zo obosi sira ruru.
 Win, watari tamahi te, Miya, Nyougo-no-Kimi nado no ohom-sama-domo wo, "Utukusiu mo ohasuru kana!" to, sama-zama mi tatematuri tamahe ru ohom-me-utusi ni ha, tosi-goro me-nare tamahe ru hito no, oboroke nara m ga, ito kaku odoroka ru beki ni mo ara nu wo, "Naho, taguhi naku koso ha!" to mi tamahu. Arigataki koto nari kasi.
 Aru beki kagiri, ke-dakau hadukasige ni totonohi taru ni sohi te, hanayaka ni imamekasiku, nihohi namameki taru sama-zama no kawori mo, tori-atume, medetaki sakari ni miye tamahu. Kozo yori kotosi ha masari, kinohu yori kehu ha medurasiku, tune ni me-nare nu sama no si tamahe ru wo, "Ikade kaku si mo ari kem?" to obosu.
 Utitoke tari turu ohom-te-narahi wo, suzuri no sita ni sasi-ire tamahe re do, mituke tamahi te, hiki-kahesi mi tamahu. Te nado no, ito wazato mo zyauzu to miye de, rau-rauziku utukusige ni kaki tamahe ri.
 "Mi ni tikaku aki ya ki nu ram miru mama ni
 awo-ba no yama mo uturohi ni keri"
 to aru tokoro ni, me todome tamah ite,
 "Midu-tori no awo-ba ha iro mo kahara nu wo
 hagi no sita koso kesiki koto nare
"
 nado kaki-sohe tutu susabi tamahu. Koto ni hure te, kokoro-gurusiki mi-kesiki no, sita ni ha onodukara mori tutu miyuru wo, koto naku keti tamahe ru mo, ari gataku ahare ni obosa ru.
 Koyohi ha, idu-kata ni mo ohom-itoma ari nu bekere ba, kano sinobi dokoro ni, ito warinaku te, ide tamahi ni keri. "Ito aru maziki koto." to, imiziku obosi-kahesu ni mo, kanaha zari keri.

 [8-4 紫の上、女三の宮と対面]
春宮の御方は、実の母君よりも、この御方をば睦ましきものに頼みきこえたまへり。いとうつくしげにおとなびまさりたまへるを、思ひ隔てず、かなしと見たてまつりたまふ。
御物語など、いとなつかしく聞こえ交はしたまひて、中の戸開けて、宮にも対面したまへり。
いと幼げにのみ見えたまへば、心安くて、おとなおとなしく親めきたるさまに、昔の御筋をも尋ねきこえたまふ。中納言の乳母といふ召し出でて、
「同じかざし1548を尋ねきこゆれば、かたじけなけれど、分かぬさまに聞こえさすれど1549、ついでなくてはべりつるを、今よりは疎からず、あなたなどにもものしたまひて、おこたらむことは、おどろかしなどもものしたまはむなむ、うれしかるべき」
などのたまへば、
「頼もしき御蔭どもに、さまざまに後れきこえたまひて、心細げにおはしますめるを、かかる御ゆるしのはべめれば、ますことなくなむ思うたまへられける。背きたまひにし上の御心向けも、ただかくなむ御心隔てきこえたまはず、まだいはけなき御ありさまをも、はぐくみたてまつらせたまふべくぞはべめりし。うちうちにも、さなむ頼みきこえさせたまひし」
など聞こゆ。
「いとかたじけなかりし御消息の後は、いかでとのみ思ひはべれど、何ごとにつけても、数ならぬ身1550なむ口惜しかりける」
と、安らかにおとなびたるけはひにて、宮にも、御心につきたまふべく、絵などのこと、雛の捨てがたきさま、若やかに聞こえたまへば、「げに、いと若く心よげなる人かな」と、幼き御心地にはうちとけたまへり。

 [8-4 紫の上、女三の宮と対面]
東宮の御方は、実の母君よりも、この御方を親しいお方と思ってお頼り申し上げていらっしゃった。たいそうかわいらしげに一段と大人らしくおなりになったのを、実の子のように、いとしいとお思い申し上げなさる。
お話などを、とてもうちとけてお互いに話し合われてから、中の戸を開けて、宮にもお会いになった。
ただもう子供っぽくばかりお見えになるので、気安く感じられて、年輩者らしく母親のような態度で、親たちのお血筋をお話し申し上げなさる。中納言の乳母という人を召し出して、
「同じ血筋の繋がりをお尋ね申し上げてゆくと、恐れ多いことですが、切っても切れない御縁とは拝し上げながら、その機会もなく失礼致しておりましたが、今からはお心おきなく、あちらの方にもおいでくださって、行き届かない点がありましたら、ご注意くださるなどしていただけましたら、嬉しゅうございましょう」
などとおっしゃると、
「頼みとなさっていた方々に、それぞれお別れ申されて、心細そうでいらっしゃいますので、このようなお言葉を戴きますと、この上なくありがたく存じられます。御出家あそばされた院の上の御意向も、ただこのように他人扱いなさらずに、まだ子供っぽいご様子を、お育て申し上げて戴きたくございましたようでした。内々の話にも、そのようにお頼み申していらっしゃいました」
などと申し上げる。
「まことに恐れ多いお手紙を頂戴してから後は、是非にお力になりたいとばかり存じておりましたが、何事につけても、人数に入らない我が身が残念に思われます」
と、穏やかに大人びた様子で、宮にも、お気に入りなさるように、絵などのこと、お人形遊びの楽しいことを、若々しく申し上げなさるので、「なるほど、ほんとうに若々しく気立てのよい方だわ」と、子供心にうちとけなさった。

 [8-4 Murasaki meets to Sam-no-Miya]
 Touguu-no-Ohomkata ha, ziti no haha-gimi yori mo, kono Ohom-kata wo ba mutumasiki mono ni tanomi kikoye tamahe ri. Ito utukusige ni otonabi masari tamahe ru wo, omohi hedate zu, kanasi to mi tatematuri tamahu.
 Ohom-monogatari nado, ito natukasiku kikoye kahasi tamahi te, naka-no-to ake te, Miya ni mo taimen si tamahe ri.
 Ito wosanage ni nomi miye tamahe ba, kokoro-yasuku te, otona-otonasiku oya-meki taru sama ni, mukasi no ohom-sudi wo mo tadune kikoye tamahu. Tiunagon-no-Menoto to ihu mesi-ide te,
 "Onazi kazasi wo tadune kikoyure ba, katazikenakere do, waka nu sama ni kikoye sasure do, tuide naku te haberi turu wo, ima yori ha utokara zu, anata nado ni mo monosi tamahi te, okotara m koto ha, odorokasi nado mo monosi tamaha m nam, uresikaru beki."
 nado notamahe ba,
 "Tanomosiki mi-kage-domo ni, sama-zama ni okure kikoye tamahi te, kokoro-bosoge ni ohasimasu meru wo, kakaru ohom-yurusi no habe'mere ba, masu koto naku nam omou tamahe rare keru. Somuki tamahi ni si Uhe no mi-kokoro-muke mo, tada kaku nam mi-kokoro hedate kikoye tamaha zu, mada ihakenaki ohom-arisama wo mo, hagukumi tatematura se tamahu beku zo habe'meri si. Uti-uti ni mo, sa nam tanomi kikoye sase tamahi si."
 nado kikoyu.
 "Ito katazikenakari si ohom-seusoko no noti ha, ikade to nomi omohi habere do, nani-goto ni tuke te mo, kazu nara nu mi nam kutiwosikari keru."
 to, yasuraka ni otonabi taru kehahi ni te, Miya ni mo, mi-kokoro ni tuki tamahu beku, we nado no koto, hihina no sute gataki sama, wakayaka ni kikoye tamahe ba, "Geni, ito wakaku kokoro-yoge naru hito kana!" to, wosanaki mi-kokoti ni ha utitoke tamahe ri.

 [8-5 世間の噂、静まる]
さて後は、常に御文通ひなどして、をかしき遊びわざなどにつけても、疎からず聞こえ交はしたまふ。世の中の人も、あいなう、かばかりになりぬるあたりのことは、言ひあつかふものなれば、初めつ方は、
「対の上、いかに思すらむ。御おぼえ、いとこの年ごろのやうにはおはせじ。すこしは劣りなむ」
など言ひけるを、今すこし深き御心ざし、かくてしも勝るさまなるを、それにつけても、また安からず言ふ1551人々あるに、かく憎げなくさへ聞こえ交はしたまへば、こと直りて、目安くなむありける。

 [8-5 世間の噂、静まる]
それから後は、いつもお手紙のやりとりなどをなさって、おもしろい遊び事がある折につけても、別け隔てせずお便りをやりとりなさる。世の中の人も、おせっかいなことに、これほどの地位になった方々のことは、とかく噂したがるものなので、初めのうちは、
「対の上は、どのようにお思いだろう。ご寵愛は、とても今までのようにはおありであるまい。少しは落ちるだろう」
などと言っていたが、以前よりも深い愛情、こうなってから一段と勝った様子なので、それにつけても、また事ありげに言う人々もいたが、このように仲睦まじいまでに交際なさっているので、噂も変わって、無難におさまっていたのである。

 [8-5 The rumors for Rokujo-in go down in the world]
 Sate noti ha, tune ni ohom-humi nado si te, wokasiki asobi-waza nado ni tuke te mo, utokara zu kikoye-kahasi tamahu. Yononaka no hito mo, ainau, kabakari ni nari nuru atari no koto ha, ihi-atukahu mono nare ba, hazime tu kata ha,
 "Tai-no-Uhe, ika ni obosu ram? Ohom-oboye, ito kono tosi-goro no yau ni ha ohase zi. Sukosi ha otori na m."
 nado ihi keru wo, ima sukosi hukaki mi-kokorozasi, kaku te si mo masaru sama naru wo, sore ni tuke te mo, mata yasukara zu ihu hito-bito aru ni, kaku nikuge naku sahe kikoye kahasi tamahe ba, koto nahori te, me-yasuku nam ari keru.

 9 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う
 [9-1 紫の上、薬師仏供養]
神無月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて、薬師仏供養じたてまつりたまふ。いかめしきことは、切にいさめ申したまへば、忍びやかにと思しおきてたり。
仏、経箱、帙簀のととのへ、まことの極楽思ひやらる。最勝王経、金剛般若、寿命経など、いとゆたけき御祈りなり。上達部いと多く参りたまへり。
御堂のさま、おもしろくいはむかたなく、紅葉の蔭分けゆく野辺のほどよりはじめて、見物なるに、かたへは、きほひ集りたまふなるべし。
霜枯れわたれる野原のままに、馬車の行きちがふ音しげく響きたり。御誦経われもわれもと、御方々いかめしくせさせたまふ。

 9 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う
 [9-1 紫の上、薬師仏供養]
神無月に、対の上は、院の四十の御賀のために、嵯峨野の御堂で、薬師仏をご供養申し上げなさる。盛大になることは、切にご禁じ申されていたので、目立たないようにとお考えになっていた。
仏像、経箱、帙簀の整っていること、真の極楽のように思われる。最勝王経、金剛般若経、寿命経など、たいそう盛大なお祈りである。上達部がたいへん大勢参上なさった。
御堂の様子、素晴らしく何とも言いようがなく、紅葉の蔭を分けて行く野辺の辺りから始まって、見頃の景色なので、半ばはそれで競ってお集まりになったのであろう。
一面に霜枯れしている野原のまにまに、馬や牛車が行き違う音がしきりに響いていた。御誦経を、我も我もと御方々がご立派におさせになる。

 9 Tale of Genji Murasaki and Akikonomu celebtate Genji's 40 years old
 [9-1 A Buddhist celebrate ceremony is held for Genji by Murasaki at the temple in Sagano]
 Kamina-duki ni, Tai-no-Uhe, Win no ohom-ga ni, Sagano no mi-dau ni te, Yakusi-Botoke kuyau-zi tatematuri tamahu. Ikamesiki koto ha, seti ni isame mausi tamahe ba, sinobiyaka ni to obosi oki te tari.
 Hotoke, kyau-bako, disu no totonohe, makoto no Gokuraku omohi-yara ru. Saisyauwau-gyau, Kongau-Hannya, Zumyau-kyau nado, ito yutakeki ohom-inori nari. Kamdatime ito ohoku mawiri tamahe ri.
 Mi-dau no sama, omosiroku iha m kata naku, momidi no kage wake-yuku nobe no hodo yori hazime te, mi-mono naru ni, katahe ha, kihohi atumari tamahu naru besi.
 Simo-gare watare ru no-hara no mama ni, uma kuruma no yuki-tigahu oto sigeku hibiki tari. Mi-zukyau ware mo ware mo to, ohom-kata-gata ikamesiku se sase tamahu.

 [9-2 精進落としの宴]
二十三日を御としみの日にて、この院は、かく隙間なく集ひたまへるうちに、わが御私の殿と思す二条の院にて、その御まうけせさせたまふ。御装束をはじめ、おほかたのことどもも、皆こなたにのみしたまふ。御方々も、さるべきことども分けつつ望み仕うまつりたまふ。
対どもは、人の局々にしたるを払ひて、殿上人、諸大夫、院司、下人までのまうけ、いかめしくせさせたまへり。
寝殿の放出を、例のしつらひにて、螺鈿の倚子立てたり。
御殿の西の間に、御衣の机十二立てて、夏1552冬の御よそひ、御衾など、例のごとく、紫の綾の覆どもうるはしく見えわたりて、うちの心はあらはならず。
御前に置物の机二つ、唐の地1553の裾濃の覆したり。插頭の台は、沈の花足、黄金の鳥、銀の枝にゐたる心ばへなど、淑景舎の御あづかりにて、明石の御方のせさせたまへる、ゆゑ深く心ことなり。
うしろの御屏風四帖は、式部卿宮なむせさせたまひける。いみじく尽くして、例の四季の絵なれど、めづらしき泉水、潭など、目1554馴れずおもしろし。北の壁に添へて、置物の御厨子、二具立てて、御調度ども例のことなり。
南の廂に、上達部、左右の大臣、式部卿宮をはじめたてまつりて、次々はまして参りたまはぬ人なし。舞台の左右に、楽人の平張打ちて、西東に屯食八十具、禄の唐櫃四十づつ続けて立てたり。

 [9-2 精進落としの宴]
二十三日を御精進落しの日として、こちらの院は、このように隙間もなく大勢集っていらっしゃるので、ご自分の私的邸宅とお思いの二条院で、そのご用意をおさせになる。ご装束をはじめとして、一般の事柄もすべてこちらでばかりなさる。他の御方々も適当な事を分担しいしい、進んでお仕えなさる。
東西の対は、女房たちの局にしていたのを片付けて、殿上人、諸大夫、院司、下人までの饗応の席を、盛大に設けさせなさっている。
寝殿の放出を例のように飾って、螺鈿の椅子を立ててある。
御殿の西の間に、ご衣装の机を十二立てて、夏冬のご衣装、御夜具など、しきたりによって、紫の綾の覆いの数々が整然と掛けられていて、中の様子ははっきりしない。
御前に置物の机を二脚、唐の地の裾濃の覆いをしてある。挿頭の台は沈の花足、黄金の鳥が、銀の枝に止まっている工夫など、淑景舎のご担当で、明石の御方がお作らせになったものだが、趣味深くて格別である。
背後の御屏風の四帖は、式部卿宮がお作らせになったものであった。たいそう善美を尽くして、おきまりの四季の絵であるが、目新しい山水、潭など、見なれず興味深い。北の壁に沿って、置物の御厨子、二具立てて、御調度類はしきたりどおりである。
南の廂の間に、上達部、左右の大臣、式部卿宮をおはじめ申して、ましてそれ以下の人々で参上なさらない人はいない。舞台の左右に、楽人の平張りを作り、東西に屯食を八十具、禄の唐櫃を四十ずつ続けて立ててある。

 [9-2 A banquet is held after the Buddhist ceremoney by Murasaki]
 Nizihu-sam-niti wo ohom-tosimi no hi ni te, kono Win ha, kaku sukima naku tudohi tamahe ru uti ni, waga ohom-watakusi no tono to obosu Nideu-no-win ni te, sono ohom-mauke se sase tamahu. Ohom-sauzoku wo hazime, ohokata no koto-domo mo, mina konata ni nomi si tamahu. Ohom-kata-gata mo, saru beki koto-domo wake tutu nozomi tukau-maturi tamahu.
 Tai-domo ha, hito no tubone-tubone ni si taru wo harahi te, Tenzyau-bito, syo-Daibu, Winzi, simo-bito made no mauke, ikamesiku se sase tamahe ri.
 Son-den no hanati-ide wo, rei no siturahi ni te, raden no isi tate tari.
 Otodo no nisi no ma ni, ohom-zo no tukue zihu-ni tate te, natu huyu no ohom-yosohi, ohom-husuma nado, rei no gotoku, murasaki no aya no ohohi-domo uruhasiku miye watari te, uti no kokoro ha araha nara zu.
 O-mahe ni okimono no tukue hutatu, kara no di no susogo no ohohi si tari. Kazasi no dai ha, din no kesoku, kogane no tori, sirogane no eda ni wi taru kokorobahe nado, Sigeisa no ohom-adukari ni te, Akasi-no-Ohomkata no se sase tamahe ru, yuwe hukaku kokoro koto nari.
 Usiro no mi-byaubu si-dehu ha, Sikibukyau-no-Miya nam se sase tamahi keru. Imiziku tukusi te, rei no siki no we nare do, medurasiki sensui, tan nado, me nare zu omosirosi. Kita no kabe ni sohe te, okimono no mi-dusi, huta-yorohi tate te, mi-teudo-domo rei no koto nari.
 Minami no hisasi ni, Kamdatime, Hidari Migi no Otodo, Sikibukyau-no-Miya wo hazime tatematuri te, tugi-tugi ha masite mawiri tamaha nu hito nasi. Butai no hidari migi ni, gaku-nin no hirabari uti te, nisi himgasi ni tonziki hatizihu-gu, roku no kara-bitu si-zihu dutu tuduke te tate tari.

 [9-3 舞楽を演奏す]
未の時ばかりに楽人参る。「万歳楽」、「皇じやう」など舞ひて、日暮れかかるほどに、高麗の乱声して、「落蹲」舞ひ出でたるほど、なほ常の目馴れぬ舞のさまなれば、舞ひ果つるほどに、権中納言、衛門督下りて、「入綾」をほのかに舞ひて、紅葉の蔭に入りぬる名残、飽かず興ありと人々思したり。
いにしへの朱雀院の行幸に、「青海波」のいみじかりし夕べ、思ひ出でたまふ人々は、権中納言、衛門督、また劣らず立ち続きたまひにける、世々のおぼえありさま、容貌、用意1555などもをさをさ劣らず、官位はやや進みてさへこそなど、齢のほどをも数へて、「なほ、さるべきにて、昔よりかく立ち続きたる御仲らひなりけり」と、めでたく思ふ。
主人の院も、あはれに涙ぐましく、思し出でらるることども多かり。

 [9-3 舞楽を演奏す]
未の刻ごろに楽人が参る。「万歳楽」、「皇じょう」などを舞って、日が暮れるころ、高麗楽の乱声をして、「落蹲」が舞い出たところは、やはり常には見ない舞の様子なので、舞い終わるころに、権中納言や、衛門督が庭に下りて、「入綾」を少し舞って、紅葉の蔭に入ったその後の気持ちは、いつまでも面白いとご一同お思いである。
昔の朱雀院の行幸に、「青海波」が見事であった夕べ、お思い出しになる方々は、権中納言と、衛門督とが、また負けず跡をお継ぎになっていらっしゃるのが、代々の世評や様子、器量、態度なども少しも負けず、官位は少し昇進さえしていらっしゃるなどと、年齢まで数えて、「やはり、前世の因縁で、昔からこのように代々並び合うご両家の間柄なのだ」と、素晴らしく思う。
主人の院も、しみじみと涙ぐんで、自然と思い出される事柄が多かった。

 [9-3 >Concert dances and music are held after the Buddhist ceremoney]
 Hituzi no toki bakari ni gaku-nin mawiru. Manzai-raku, Wauzyau nado mahi te, hi kure kakaru hodo ni, Koma no ranzyau si te, Rakuson mahi-ide taru hodo, naho tune no me nare nu mahi no sama nare ba, mahi haturu hodo ni, Gon-no-Tiunagon, Wemon-no-Kami ori te, Iri-aya wo honoka ni mahi te, momidi no kage ni iri nuru nagori, aka zu kyou ari to hito-bito obosi tari.
 Inisihe no Suzaku-win no miyuki ni, Seigaiha no imizikari si yuhube, omohi-ide tamahu hito-bito ha, Gon-no-Tiunagon, Wemon-no-Kami, mata otora zu tati-tuduki tamahi ni keru, yo-yo no oboye arisama, katati, youi nado mo wosa-wosa otora zu, tukasa kurawi ha yaya susumi te sahe koso nado, yohahi no hodo wo mo kazohe te, "Naho, saru beki ni te, mukasi yori kaku tati-tuduki taru ohom-nakarahi nari keri." to, medetaku omohu.
 Aruzi no Win mo, ahare ni namida-gumasiku, obosi-ide raruru koto-domo ohokari.

 [9-4 宴の後の寂寥]
夜に入りて、楽人どもまかり出づ。北の政所の別当ども、人々率ゐて、禄の唐櫃に寄りて、一つづつ取りて、次々賜ふ。白きものどもを品々かづきて、山際より池の堤過ぐるほどのよそ目は、千歳をかねて遊ぶ鶴1556の毛衣に思ひまがへらる。
御遊び
1557始まりて、またいとおもしろし。御琴どもは、春宮よりぞ調へさせたまひける。朱雀院よりわたり参れる琵琶、琴。内裏より賜はりたまへる箏の御琴など、皆昔おぼえたるものの音どもにて、めづらしく掻き合はせたまへるに、何の折にも、過ぎにし方の御ありさま、内裏わたりなど思し出でらる。
「故入道の宮おはせましかば、かかる御賀など、われこそ進み仕うまつらましか1558。何ごとにつけてかは心ざしも見えたてまつりけむ」
と、飽かず口惜しくのみ思ひ出できこえたまふ。
内裏にも、故宮のおはしまさぬことを、何ごとにも栄なくさうざうしく思さるるに、この院の御ことをだに、例の跡をあるさまのかしこまりを尽くしてもえ見せたてまつらぬを、世とともに飽かぬ心地したまふも、今年はこの御賀にことつけて、行幸などもあるべく思しおきてけれど、
「世の中のわづらひならむこと、さらにせさせたまふまじくなむ」
と否び申したまふこと、たびたびになりぬれば、口惜しく思しとまりぬ。

 [9-4 宴の後の寂寥]
夜に入って、楽人たちが退出する。北の対の政所の別当連中は、下男どもを引き連れて、禄の唐櫃の側に立って、一つずつ取り出して、順々に与えなさる。白い衣類をそれぞれが肩に懸けて、築山の側から池の堤を通り過ぎて行くのを横から眺めると、千歳の寿をもって遊ぶ鶴の白い毛衣に見間違えるほどである。
管弦の御遊びが始まって、これもまた素晴らしい。御琴類は、東宮から御準備あそばしたものであった。朱雀院からお譲りのあった琵琶、琴。帝から頂戴なさった箏の御琴など、すべて昔を思い出させる音色で、久しぶりに合奏なさると、どの演奏の時にも、昔のご様子や、宮中あたりのことなどが自然とお思い出される。
「亡き入道の宮が生きていらっしゃったら、このような御賀など、自分が進んでお仕え申したであろうに。何をすることによって、わたしの気持ちを分かって戴けただろうか」
と、ただただ恨めしく残念にばかりお思い申し上げなさる。
帝におかせられても、亡き母宮のおいであそばさないことを、何事につけても張り合いがなく物足りなくお思いなされるので、せめてこの院の御賀の事だけでも、きまったとおりの礼儀を十分に尽くしてさし上げることができないのを、何かにつけ常に物足りないお気持ちでいらっしゃるので、今年はこの四十の御賀にかこつけて、行幸などもあるようにお考えでいらっしゃったが、
「世の中の迷惑になるようなことは、絶対になさらぬように」
とご辞退申し上げなさること、再々になったので、残念ながらお思い止まりなさった。

 [9-4 Genji feels loneliness after the banquet]
 Yo ni iri te, gakunin-domo makari idu. Kita-no-mandokoro no Betau-domo, hito-bito hikiwi te, roku no kara-bitu ni yori te, hitotu-dutu tori te, tugi-tugi tamahu. Siroki mono-domo wo sina-zina kaduki te, yamagiha yori ike no tutumi suguru hodo no yosome ha, titose wo kane te asobu turu no kegoromo ni omohi magahe raru.
 Ohom-asobi hazimari te, mata ito omosirosi. Ohom-koto-domo ha, Touguu yori zo totonohe sase tamahi keru. Suzaku-win yori watari mawire ru biha, kin. Uti yori tamahari tamahe ru sau-no-ohom-koto nado, mina mukasi oboye taru mono no ne-domo ni te, medurasiku kaki-ahase tamahe ru ni, nani no wori ni mo, sugi ni si kata no ohom-arisama, Uti watari nado obosi-ide raru.
 "Ko-Niudau-bo-Miya ohase masika ba, kakaru ohom-ga nado, ware koso susumi tukau-matura masi ka. Nani-goto ni tuke te ka ha kokorozasi mo miye tatematuri kem?"
 to, aka zu kutiwosiku nomi omohi-ide kikoye tamahu.
 Uti ni mo, ko-Miya no ohasimasa nu koto wo, nani-goto ni mo haye naku sau-zausiku obosa ruru ni, kono Win no ohom-koto wo dani, rei no ato wo aru sama no kasikomari wo tukusi te mo e mise tatematura nu wo, yo to tomo ni aka nu kokoti si tamahu mo, kotosi ha kono ohom-ga ni kototuke te, miyuki nado mo aru beku obosi-oki te kere do,
 "Yononaka no wadurahi nara m koto, sarani se sase tamahu maziku nam."
 to inabi mausi tamahu koto, tabi-tabi ni nari nure ba, kutiwosiku obosi tomari nu.

 [9-5 秋好中宮の奈良・京の御寺に祈祷]
師走の二十日余りのほどに、中宮まかでさせたまひて、今年の残りの御祈りに、奈良の京の七大寺に、御誦経、布四千反、この近き都の四十寺に、絹四百疋を分かちてせさせたまふ。
ありがたき御はぐくみを思し知りながら、何ごとにつけてか1559、深き御心ざしをもあらはし御覧ぜさせたまはむとて、父宮、母御息所のおはせまし御ための心ざしをも取り添へ思すに、かくあながちに、朝廷にも聞こえ返させたまへば、ことども多くとどめさせたまひつ。
「四十の賀といふことは、さきざきを聞きはべるにも、残りの齢久しき例なむ少なかりけるを、このたびは、なほ、世の響きとどめさせたまひて、まことに後に足らむことを数へさせ1560たまへ」
とありけれど、公ざまにて、なほいといかめしくなむありける。

 [9-5 秋好中宮の奈良・京の御寺に祈祷]
十二月の二十日過ぎのころに、中宮が御退出あそばして、今年の残りの御祈祷に、奈良の京の七大寺に、御誦経のため、布を四千反、この平安京の四十寺に、絹を四百疋分けてお納めあそばす。
ありがたいお世話をご存知でありながら、どのような機会にか、深い感謝の気持ちを表して御覧に入れようとお思いなさって、父宮と、母御息所とがご存命ならばきっとして差し上げただろう感謝の気持ちも添えてお思いになったのだが、このように無理に、帝に対してもご辞退申し上げていらっしゃっるので、ご計画の多くを中止なさった。
「四十の賀ということは、先例を聞きましても、残りの寿命が長い例が少なかったが、今回は、やはり、世間の騷ぎになることをお止めあそばして、ほんとうに後に寿命を保った時に祝ってください」
とあったが、公的催しとなって、やはりたいそう盛大になったのであった。

 [9-5 A Buddhist celebrate ceremony is held for Genji by Akikonomu at the temples in Nara and Kyoto]
 Sihasu no hatuka amari no hodo ni, Tiuguu makade sase tamahi te, kotosi no nokori no ohom-inori ni, Nara no kyau no siti-dai-zi ni, mi-zukyau, nuno yon-sen-tan, kono tikaki miyako no si-zihu-zi ni, kinu yon-hyaku hiki wo wakati te se sase tamahu.
 Arigataki ohom-hagukumi wo obosi-siri nagara, nani-goto ni tuke te ka, hukaki mi-kokorozasi wo mo arahasi go-ran-ze sase tamaha m tote, Titi-Miya, Haha-Miyasumdokoro no ohase masi ohom-tame no kokorozasi wo mo tori-sohe obosu ni, kaku anagati ni, ohoyake ni mo kikoye kahesa se tamahe ba, koto-domo ohoku todome sase tamahi tu.
 "Si-zihu no ga to ihu koto ha, saki-zaki wo kiki haberu ni mo, nokori no yohahi hisasiki tamesi nam sukunakari keru wo, kono tabi ha, naho, yo no hibiki todome sase tamahi te, makoto ni noti ni tara m koto wo kazohe sase tamahe."
 to ari kere do, ohoyake-zama ni te, naho ito ikamesiku nam ari keru.

 [9-6 中宮主催の饗宴]
宮のおはします町の寝殿に、御しつらひなどして、さきざきにこと変はらず、上達部の禄など、大饗になずらへて、親王たちにはことに女の装束、非参議の四位、まうち君達など1561、ただの殿上人には、白き細長一襲、腰差などまで、次々に賜ふ1562。
装束限りなくきよらを尽くして、名高き帯、御佩刀など、故前坊の御方ざまにて伝はり参りたるも、またあはれになむ。古き世の一の物と名ある限りは、皆集ひ参る御賀になむあめる。昔物語にも、もの得させたるを、かしこきことには数へ続けためれど、いとうるさくて、こちたき1563御仲らひのことどもは1564、えぞ数へあへはべらぬや1565。

 [9-6 中宮主催の饗宴]
宮のいらっしゃる町の寝殿に、御準備などをして、前のと特に変わらず、上達部の禄など、大饗に準じて、親王たちには特に女装束、非参議の四位、廷臣たちなどの、普通の殿上人には、白い細長を一襲と、腰差などまで、次々とお与えになる。
装束はこの上なく善美を尽くして、有名な帯や、御佩刀など、故前坊のお形見として御相続なさっているのも、また感慨に堪えないことである。古来第一の宝物として有名な物は、すべて集まって参るような御賀のようである。昔物語にも、引出物を与えることを、たいしたこととして一つ一つ数え上げているようであるが、これはとても煩わしいので、ご立派な方々のご贈答の数々は、とても数え上げることができない。

 [9-6 A banquet is held after the Buddhist ceremoney by Akikonomu]
 Miya no ohasimasu mati no sin-den ni, ohom-siturahi nado si te, saki-zaki ni koto kahara zu, Kamdatime no roku nado, daikyau ni nazurahe te, Miko-tati ni ha koto ni womna no sauzoku, hi-Samgi no si-wi, Mauti-kimdati nado, tada no Tenzyau-bito ni ha, siroki hosonaga hito-kasane, kosi-zasi nado made, tugi-tugi ni tamahu.
 Sauzoku kagiri naku kiyora wo tukusi si te, na-dakaki obi, mi-hakasi nado, ko-Zenbau no ohom-kata-zama ni te tutahari mawiri taru mo, mata ahare ni nam. Huruki yo no iti-no-mono to na aru kagiri ha, mina tudohi mawiru ohom-ga ni nam a'meru. Mukasi-monogatari ni mo, mono e sase taru wo, kasikoki koto ni ha kazohe tuduke ta'mere do, ito urusaku te, kotitaki ohom-nakarahi no koto-domo ha, e zo kazohe-ahe habera nu ya?

 [9-7 勅命による夕霧の饗宴]
内裏には、思し初めてしことどもを、むげにやはとて、中納言にぞつけさせたまひてける。そのころの右大将、病して辞したまひけるを、この中納言に、御賀のほどよろこび加へむと思し召して、にはかになさせたまひつ。
院もよろこび聞こえさせたまふものから、
「いと、かく、にはかに余る喜びをなむ、いちはやき心地しはべる」
と卑下し申したまふ。
丑寅の町に、御しつらひまうけたまひて、隠ろへたるやうにしなしたまへれど、今日は、なほかたことに儀式まさりて、所々の饗なども、内蔵寮、穀倉院より、仕うまつらせたまへり。
屯食など、公けざまにて、頭中将宣旨うけたまはりて、親王たち五人、左右の大臣、大納言二人、中納言三人、宰相五人、殿上人は、例の、内裏、春宮、院、残る少なし。
御座、御調度どもなどは、太政大臣詳しくうけたまはりて、仕うまつらせたまへり。今日は、仰せ言ありて渡り参り1566たまへり。院も、いとかしこくおどろき申したまひて、御座に着きたまひぬ。
母屋の御座に向へて、大臣の御座あり。いときよらにものものしく太りて、この大臣ぞ、今盛りの宿徳とは見えたまへる。
主人の院は、なほいと若き源氏の君に見えたまふ。御屏風四帖に、内裏の御手書かせたまへる、唐の綾の薄毯に、下絵のさまなどおろかならむやは。おもしろき春秋の作り絵などよりも、この御屏風の墨つきのかかやくさまは、目も及ばず、思ひなしさへめでたくなむありける。
置物の御厨子、弾き物、吹き物など、蔵人所より賜はりたまへり。大将の御勢ひ、いといかめしくなりたまひにたれば、うち添へて、今日の作法いとことなり。御馬四十疋、左右の馬寮、六衛府の官人、上より次々に牽きととのふるほど、日暮れ果てぬ。

 [9-7 勅命による夕霧の饗宴]
帝におかせられては、お思い立ちあそばした事柄を、やすやすとは中止できまいとお思いになって、中納言に御依頼あそばした。そのころの右大将が、病気になって職をお退きになったので、この中納言に、御賀に際して喜びを加えてやろうとお思いあそばして、急に右大将におさせあそばした。
院もお礼申し上げなさるものの、
「とても、このような、急に身に余る昇進は、早すぎる気が致します」
とご謙遜申し上げなさる。
丑寅の町に、ご準備を整えなさって、目立たないようになさったが、今日は、やはり儀式の様子も格別で、あちらこちらでの饗応なども、内蔵寮や、穀倉院から、ご奉仕させなさっていた。
屯食などは、公式的な作り方で、頭中将が宣旨を承って、親王たち五人、左右の大臣、大納言が二人、中納言が三人、参議が五人で、殿上人は、例によって、内裏のも、東宮のも、院のも、残る人は少ない。
お座席、ご調度類などは、太政大臣が詳細に勅旨を承って、ご準備なさっていた。今日は、勅命があって、いらっしゃっていた。院も、たいそう恐縮申されて、お座席にご着席になった。
母屋のお座席に向かい合って、大臣のお座席がある。たいそう美々しく堂々と太って、この大臣は、今が盛りの威厳があるようにお見えである。
主人の院は、今もなお若々しい源氏の君とお見えである。御屏風四帖に、帝が御自身でお書きあそばした唐の綾の薄毯の地に、下絵の様子など、尋常一様であるはずがない。美しい春秋の作り絵などよりも、この御屏風のお筆の跡の輝く様子は、目も眩む思いがし、御宸筆と思うせいでいっそう素晴らしかったのであった。
置物の御厨子、絃楽器、管楽器など、蔵人所から頂戴なさった。右大将のご威勢も、たいそう堂々たる者におなりになったので、それも加わって、今日の儀式はまことに格別である。御馬四十疋、左右の馬寮、六衛府の官人が、上の者から順々に馬を引き並べるうちに、日がすっかり暮れた。

 [9-7 A banquet is held for Genji by Yugiri obeying Mikado's orders]
 Uti ni ha, obosi-some te si koto-domo wo, muge ni ya ha tote, Tiunagon ni zo tuke sase tamahi te keru. Sono-koro no U-Daisyau, yamahi si te, zi-si tamahi keru wo, kono Tiunagon ni, ohom-ga no hodo yorokobi kuhahe m to obosi-mesi te, nihaka ni nasa se tamahi tu.
 Win mo yorokobi kikoye sase tamahu mono kara,
 "Ito, kaku, nihaka ni amaru yorokobi wo nam, itihayaki kokoti si haberu."
 to hige si mausi tamahu.
 Usitora-no-mati ni, ohom-siturahi mauke tamahi te, kakurohe taru yau ni si nasi tamahe re do, kehu ha, naho kata koto ni gisiki masari te, tokoro-dokoro no kyau nado mo, Kura-dukasa, Kokusau-win yori, tukau-matura se tamahe ri.
 Tonziki nado, ohoyak-zama ni te, Tou-no-Tiuzyau senzi uketamahari te, Miko-tati go-nin, Hidari Migi no Otodo, Dainagon hutari, Tiunagon sam-nin, Saisyau go-nin, Tenzyau-bito ha, rei no, Uti, Touguu, Win, nokoru sukunasi.
 O-masi, ohom-teudo-domo nado ha, Ohoki-Otodo kuhasiku uketamahari te, tukau-matura se tamahe ri. Kehu ha, ohose-goto ari te watari mawiri tamahe ri. Win mo, ito kasikoku odoroki mausi tamahi te, ohom-za ni tuki tamahi nu.
 Moya no ohom-za ni mukahe te, Otodo no ohom-za ari. Ito kiyora ni mono-monosiku hutori te, kono Otodo zo, ima sakari no siutoku to ha miye tamahe ru.
 Aruzi no Win ha, naho ito wakaki Gwenzi-no-Kimi ni miye tamahu. Mi-byaubu si-dehu ni, Uti no ohom-te kaka se tamahe ru, kara no aya no usu-tan ni, sitawe no sama nado odoroka nara m ya ha? Omosiroki synzihu no tukuri-we nado yori mo, kono mi-byaubu no sumi-tuki no kakayaku sama ha, me mo oyoba zu, omohi-nasi sahe medetaku nam ari keru.
 Oki-mono no mi-dusi, hiki-mono, huki-mono nado, Kuraudo-dokoro yori tamahari tamahe ri. Daisyau no ohom-ikihohi, ito ikamekasiku nari tamahi ni tare ba, uti-sohe te, kehu no sahohu ito koto nari. Ohom-uma si-zihu-hiki, Hidari Migi no Uma-Dukasa, Roku-Wehu no kwanzin, kami yori tugi-tugi ni hiki totonohuru hodo, hi kure hate nu.

 [9-8 舞楽を演奏す]
例の、「万歳楽」、「賀王恩」などいふ舞、けしきばかり舞ひて、大臣の渡りたまへるに、めづらしくもてはやしたまへる御遊びに、皆人、心を入れたまへり。琵琶は、例の兵部卿宮、何ごとにも世に難きものの上手におはして、いと二なし。御前に琴の御琴。大臣、和琴弾きたまふ。
年ごろ添ひたまひにける御耳の聞きなしにや、いと優にあはれに思さるれば、琴も御手をさをさ隠したまはず、いみじき音ども出づ。
昔の御物語どもなど出で来て、今はた、かかる御仲らひに、いづ方につけても、聞こえかよひたまふべき御睦びなど、心よく聞こえたまひて、御酒あまたたび参りて、もののおもしろさもとどこほりなく、御酔ひ泣きどもえとどめたまはず。
御贈り物に、すぐれたる和琴一つ、好みたまふ高麗笛添へて。紫檀の箱一具に、唐の本ども、ここの草の本など入れて。御車に追ひてたてまつれたまふ。御馬ども迎へ取りて、右馬寮ども、高麗の楽して、ののしる。六衛府の官人の禄ども、大将賜ふ1567。
御心と削ぎたまひて、いかめしきことどもは、このたび停めたまへれど、内裏、春宮、一院、后の宮、次々の御ゆかりいつくしきほど、いひ知らず見えにたることなれば、なほかかる折には、めでたくなむおぼえける。

 [9-8 舞楽を演奏す]
例によって、「万歳楽」「賀皇恩」などという舞、形ばかり舞って、太政大臣がおいでになっているので、珍しく湧き立った管弦の御遊に、参会者一同、熱中して演奏していらっしゃった。琵琶は、例によって兵部卿宮、どのような事でも世にも稀な名人でいらっしゃって、二人といない出来である。院の御前に琴の御琴。太政大臣、和琴をお弾きになる。
長年幾度となくお聞きになってきたお耳のせいか、まことに優美にしみじみと感慨深くお感じになって、ご自身の琴の秘術も少しもお隠しにならず、素晴らしい音色を奏でる。
昔のお話なども出てきて、今は今で、このような親しいお間柄で、どちらからいっても、仲よくお付き合いなさるはずの親しいご交際などを、気持ちよくお話し申されて、お杯を幾度もお傾けになって、音楽の感興も増す一方で、酔いの余りの感涙を抑えかねていらっしゃる。
御贈り物として見事な和琴を一つ、お好きでいらっしゃる高麗笛を加えて。紫檀の箱一具に、唐の手本とわが国の草仮名の手本などを入れて。お車まで追いかけて差し上げなさる。御馬を受け取って、右馬寮の官人たちが、高麗の楽を演奏して、大声を上げる。六衛府の官人の禄など、大将がお与えになる。
ご意向から簡素になさって、仰々しいことは、今回はご中止なさったが、帝、東宮、一の院、后の宮、次から次へと御縁者の堂々たることは、筆舌に尽くしがたいことなので、やはりこのような晴れの賀宴の折には、素晴らしく思われるのであった。

 [9-8 Concert dances and music are held after the Buddhist ceremoney]
 Rei no, Manzai-raku, Gawauon nado ihu mahi, kesiki bakari mahi te, Otodo no watari tamahe ru ni, medurasiku mote hayasi tamahe ru ohom-asobi ni, mina-hito, kokoro wo ire tamahe ri. Biha ha, rei no Hyaubukyau-no-Miya, nani-goto ni mo yo ni kataki mono no zyauzu ni ohasi te, ito ni nasi. O-mahe ni kin-no-ohom-koto. Otodo, wagon hiki tamahu.
 Tosi-goro sohi tamahi ni keru ohom-mimi no kiki-nasi ni ya, ito iu ni ahare ni obosa rure ba, kin mo ohom-te wosa-wosa kakusi tamaha zu, imiziki ne-domo idu.
 Mukasi no ohom-monogatari-domo nado ide-ki te, ima hata, kakaru ohom-nakarahi ni, idu-kata ni tuke te mo, kikoye kayohi tamahu beki ohom-mutubi nado, kokoro-yoku kikoye tamahi te, ohom-miki amata tabi mawiri te, mono no omosirosa mo todokohori naku, ohom-wehi-naki-domo e todome tamaha zu.
 Ohom-okurimono ni, sugure taru wa-gon hitotu, konomi tamahu Koma-bue sohe te. Sitan no hako hito-yorohi ni, kara no hon-domo, koko no sau no hon nado ire te. Mi-kuruma ni ohi te tatemature tamahu. Ohom-uma-domo mukahe-tori te, Migi-no-Tukasa-domo, Koma no gaku si te, nonosiru. Roku-wehu no kwanzin no roku-domo, Daisyau tamahu.
 Mi-kokoro to sogi tamahi te, ikamesiki koto-domo ha, kono tabi todome tamahe re do, Uti, Touguu, Iti-no-Win, Kisai-no-Miya, tugi-tugi no ohom-yukari itukusiki hodo, ihi sira zu miye ni taru koto nare ba, naho kakaru wori ni ha, medetaku nam oboye keru.

 [9-9 饗宴の後の感懐]
大将の、ただ一所おはするを、さうざうしく栄なき心地せしかど、あまたの人にすぐれ、おぼえことに、人柄もかたはらなきやうにものしたまふにも、かの母北の方の、伊勢の御息所との恨み深く、挑みかはしたまひけむほどの御宿世どもの行く末見えたるなむ、さまざまなりける。
その日の御装束どもなど、こなたの上なむしたまひける。禄どもおほかたのことをぞ、三条の北の方はいそぎたまふめりし。折節につけたる御いとなみ、うちうちのもののきよらをも、こなたにはただよそのことにのみ聞きわたりたまふを、何事につけてかは、かかるものものしき数にもまじらひたまはましと、おぼえたるを、大将の君の御ゆかりに、いとよく数まへられたまへり。

 [9-9 饗宴の後の感懐]
大将が、ただ一人りいらっしゃるのを、物足りなく張り合いのない感じがしたが、大勢の人々に抜きん出て、評判も格別で、人柄も並ぶ者がないように優れていらっしゃるにつけても、あの母北の方が、伊勢の御息所との確執が深く、互いに争いなさったご運命の結果が現れたのが、それぞれの違いだったのである。
その当日のご装束類は、こちらの御方がご用意なさったのであった。禄などの一通りのことは、三条の北の方がご準備なさったようであった。何かの折節につけたお催し事、内輪の善美事をも、こちらはただ他所事とばかり聞き過していらっしゃるので、どのような事をして、このような堂々たる方々のお仲間入りなされようかと、お思いであったのだが、大将の君のご縁で、まことに立派に重んじられていらっしゃった。

 [9-9 Genji thinks his wives' future after the banquet]
 Daisyau no, tada hito-tokoro ohasuru wo, sau-zausiku haye naki kokoti se sika do, amata no hito ni sugure, oboye koto ni, hito-gara mo katahara naki yau ni monosi tamahu ni mo, kano haha-Kitanokata no, Ise-no-Miyasumdokoro to no urami hukaku, idomi kahasi tamahi kem hodo no ohom-sukuse-domo no yukusuwe miye taru nam, sama-zama nari keru.
 Sono hi no ohom-sauzoku-domo nado, konata no uhe nam si tamahi keru. Roku-domo ohokata no koto wo zo, Samdeu no Kitanokata ha isogi tamahu meri si. Worihusi ni tuke taru ohom-itonami, uti-uti no mono no kiyora wo mo, konata ni ha tada yoso no koto ni nomi kiki-watari tamahu wo, nani-goto ni tuke te ka ha, kakaru mono-monosiki kazu ni mo mazirahi tamaha masi to, oboye taru wo, Daisyau-no-Kimi no ohom-yukari ni, ito yoku kazumahe rare tamahe ri.

 10 明石の物語 男御子誕生
 [10-1 明石女御、産期近づく]
年返りぬ。桐壷の御方近づきたまひぬるにより、正月朔日より、御修法不断にせさせたまふ。寺々、社々の御祈り、はた数も知らず。大殿の君、ゆゆしきことを見たまへてしかば、かかるほどのこと、いと恐ろしきものに思ししみたるを、対の上などのさることしたまはぬは、口惜しくさうざうしきものから、うれしく思さるるに、まだいとあえかなる御ほどに、いかにおはせむと、かねて思し騒ぐに、二月ばかりより、あやしく御けしき変はりて悩みたまふに、御心ども騒ぐべし。
陰陽師どもも、所を変へてつつしみたまふべく申しければ、他のさし離れたらむはおぼつかなしとて、かの明石の御町の中の対に渡したてまつりたまふ。こなたは、ただおほきなる対二つ、廊どもなむめぐりてありけるに、御修法の壇隙なく塗りて、いみじき験者ども集ひて、ののしる。
母君、この時にわが御宿世も見ゆべきわざなめれば、いみじき心を尽くしたまふ。

 10 明石の物語 男御子誕生
 [10-1 明石女御、産期近づく]
年が改まった。桐壷の御方の御出産が近づきなさったことによって、正月上旬から、御修法を不断におさせになる。多くの寺々、神社神社の御祈祷は、これまた数えきれないほどである。大殿の君は、不吉なことをご経験なさったことがあるので、このような時のことは、たいそう恐ろしいものと心底から思っていらっしゃるので、対の上などがそのようなことがおありでなかったのは、残念に物足りなく思うものの、一方では嬉しく思わずにはいらっしゃれないので、まだとてもお小さいお年頃なので、どんなことにおなりかと、前々からご心配であったが、二月ごろから、妙にご容態が変わってお苦しみなさるので、どなたもご心痛のようである。
陰陽師たちも、お住まいを変えてお大事になさるのがよいと申したので、他のかけ離れた所は気がかりであると思って、あの明石の御町の中の対にお移し申し上げなさる。こちらは、ただ大きい対の屋が二棟だけあって、幾つもの渡廊などが周囲を廻っていたが、御修法の壇を隙間なく塗り固めて、たいそう霊験ある修験者たちが集まって、大声を上げて祈願する。
母君は、この時に自分の御運もはっきりするだろうことなので、たいそう気が気でない思いでいらっしゃる。

 10 Tale of Akashi A baby boy is born between Togu anad Akashi-Hime
 [10-1 It is near to be born a baby to Akashi-Hime]
 Tosi kaheri nu. Kiritubo-no-Ohomkata tikaduki tamahi nuru ni yori, Syaugwati tuitati yori, mi-zuhohu hudan ni se sase tamahu. Tera-dera, yasiro-yasiro no ohom-inori, hata kazu mo sira zu. Otodo-no-Kimi, yuyusiki koto wo mi tamahe te sika ba, kaakru hodo no koto, ito osorosiki mono ni obosi simi taru wo, Tai-no-Uhe nado no saru koto si tamaha nu wo, kutiwosiku sau-zausiki mono kara, uresiku obosa ruru ni, mada ito ayeka naru ohom-hodo ni, ika ni ohase m to, kanete obosi sawagu ni, Kisaragi bakari yori, ayasiku mi-kesiki kahari te nayami tamahu ni, mi-kokoro-domo sawagu besi.
 Omyauzi-domo mo, tokoro wo kahe te tutusimi tamahu beku mausi kere ba, hoka no sasi-hanare tara m ha obotukanasi tote, kano Akasi no ohom-mati no naka-no-tai ni watasi tatematuri tamahu. Konata ha, tada ohoki naru tai hutatu, rau-domo nam meguri te ari keru ni, mi-zuhohu no dan hima naku nuri te, imiziki genza-domo tudohi te, nonosiru.
 Haha-Gimi, kono toki ni waga ohom-sukuse mo miyu beki waza na'mere ba, imiziki kokoro wo tukusi tamahu.

 [10-2 大尼君、孫の女御に昔を語る]
かの大尼君も、今はこよなきほけ人にてぞありけむかし。この御ありさまを見たてまつるは、夢の心地して、いつしかと参り、近づき馴れたてまつる。
年ごろ、母君はかう添ひさぶらひたまへど、昔のことなど、まほにしも聞こえ知らせたまはざりけるを、この尼君、喜びにえ堪へで、参りては、いと涙がちに、古めかしきことどもを、わななき出でつつ語りきこゆ。
初めつ方は、あやしくむつかしき人かなと、うちまもりたまひしかど、かかる人ありとばかりは、ほの聞きおきたまへれば、なつかしくもてなしたまへり。
生まれたまひしほどのこと、大殿の君の1568かの浦におはしましたりしありさま、
「今はとて京へ1569上りたまひしに、誰も誰も、心を惑はして、今は限り、かばかりの契りにこそはありけれと嘆きしを、若君のかく引き助けたまへる御宿世の、いみじくかなしきこと」
と、ほろほろと泣けば1570、
「げに、あはれなりける昔のことを、かく聞かせざらましかば、おぼつかなくても過ぎぬべかりけり」
と思して、うち泣き1571たまふ。心のうちには、
「わが身は、げにうけばりていみじかるべき際にはあらざりけるを、対の上の御もてなしに磨かれて、人の思へるさまなども、かたほにはあらぬなりけり。人々1572をばまたなきものに。思ひ消ち1573、こよなき心おごりをばしつれ。世人は、下に言ひ出づるやうもありつらむかし」
など思し知り果てぬ。
母君をば、もとよりかくすこしおぼえ下れる筋と知りながら、生まれたまひけむほどなどをば、さる世離れたる境にてなども知りたまはざりけり。いとあまりおほどきたまへるけにこそは。あやしくおぼおぼしかりけることなりや。
かの入道の、今は仙人の、世にも住まぬやうにてゐたなるを聞きたまふも、心苦しくなど、かたがたに思ひ乱れたまひぬ。

 [10-2 大尼君、孫の女御に昔を語る]
あの大尼君も、今ではすっかりもうろくした人になったのであろう。このご様子を拝見するのは、夢のような心地がして、早速お側に上がり、親しくお付き添い申す。
今まで、この母君はこのようにお付き添いなさっていたが、昔のことなどは、まともにお聞かせ申し上げなかったが、この尼君、喜びを抑えることができず、参上しては、たいそう涙っぽく、大昔のことどもを震え声を出しては度々お話し申し上げる。
初めのころは、妙にうるさい人だと、じっと顔を見つめていらっしゃったが、このような人がいるという程度には、うすうす聞いていらっしゃったので、やさしくお相手なさっていた。
お生まれになったころのこと、大殿の君があの浦にいらっしゃった様子、
「もうお別れとばかり都へ上京なさった時、皆が皆、気が動転して、これが最後と、これだけの御縁であったのだと嘆いていましたが、若君がお生まれになってお助けくださった御運が、ほんとうに身にしみて感じられますこと」
とぼろぼろと涙をこぼして泣くので、
「なるほど、大変であった当時のことを、このように聞かせてくださらなかったら、知らずに過ごしてしまったにちがいないことだわ」
とお思いになって、涙をお漏らしになる。心の中では、
「わが身は、なるほど大きな顔をして栄華をきわめるような身分ではなかったのに、対の上のご養育のお蔭で立派になって、世間の人の思惑なども、悪くはなかったのだわ。傍輩の女御更衣たちをまったく問題にもせず、すっかり思い上がっていたものだわ。世間の人は、蔭で噂することもあったであろうよ」
などと、すっかりお分りになった。
母君を、もともとこのように少し身分が低い家柄とは知っていたが、お生まれになったときの状況などを、あのような都から遠く離れた田舎だなどとはご存知なかったのである。実にあまりにおっとりし過ぎていらっしゃるせいであろう。変に頼りないお話であったこと。
あの入道が、今では仙人のように、とてもこの世ではないような暮らしぶりでいるとの話をお聞きになるにつけても、お気の毒ななどと、あれやこれやとお心をお痛めになった。

 [10-2 Grandmother talks about old days to Akashi-Hime]
 Kano Oho-Ama-Gimi mo, ima ha koyonaki hoke bito ni te zo ari kem kasi. Kono ohom-arisama wo mi tatematuru ha, yume no kokoti si te, itusika to mawiri, tikaduki nare tatematuru.
 Tosi-goro, Haha-Gimi ha kau sohi saburahi tamahe do, mukasi no koto nado, maho ni si mo kikoye sira se tamaha zari keru wo, kono Ama-Gimi, yorokobi ni e tahe de, mawiri te ha, ito namida-gati ni, hurumekasiki koto-domo wo, wananaki ide tutu katari kikoyu.
 Hazime-tu-kata ha, ayasiku mutukasiki hito kana to, uti-mamori tamahi sika do, kakaru hito ari to bakari ha, hono-kiki-oki tamahere ba, natukasiku motenasi tamahe ri.
 Umare tamahi si hodo no koto, Otodo-no-Kimi no kano ura ni ohasimasi tari si arisama,
 "Ima ha tote kyau he nobori tamahi si ni, tare mo tare mo, kokoro wo madohasi te, ima ha kagiri, kabakari no tigiri ni koso ha ari kere to nageki si wo, Waka-Gimi no kaku hiki-tasuke tamahe ru ohom-sukuse no, imiziku kanasiki koto."
 to, horo-horo to nake ba,
 "Geni, ahare nari keru mukasi no koto wo, kaku kika se zara masika ba, obotukanaku te mo sugi nu bekari keri."
 to obosi te, uti-naki tamahu. Kokoro no uti ni ha,
 "Waga mi ha, geni ukebari te imizikaru beki kiha ni ha ara zari keru wo, Tai-no-Uhe no ohom-motenasi ni migaka re te, hito no omohe ru sama nado mo, kataho ni ha ara nu nari keri. Hito-bito wo ba mata naki mono ni omohi-keti, koyonaki kokoro-ogori wo ba si ture. Yo-hito ha, sita ni ihi-iduru yau mo ari tura m kasi."
 nado obosi-siri hate nu.
 Haha-Gimi wo ba, moto yori kaku sukosi oboye kudare ru sudi to siri nagara, umare tamahi kem hodo nado wo ba, saru yo-banare taru sakahi ni te nado mo siri tamaha zari keri. Ito amari ohodoki tamahe ru ke ni koso ha! Ayasiku obo-obosikari keru koto nari ya!
 Kano Nihudau no, ima ha sennin no, yo ni mo suma nu yau ni te wi ta'naru wo kiki tamahu mo, kokoro-gurusiku nado, kata-gata ni omohi midare tamahi nu.

 [10-3 明石御方、母尼君をたしなめる]
いとものあはれに眺めておはするに、御方参りたまひて、日中の御加持に、こなたかなたより参り集ひ、もの騒がしくののしるに、御前にこと人もさぶらはず、尼君、所得ていと近くさぶらひたまふ。
「あな、見苦しや。短き御几帳引き寄せてこそ、さぶらひたまはめ。風など騒がしくて、おのづからほころびの隙もあらむに。医師などやうのさまして。いと盛り過ぎたまへりや」
など、なまかたはらいたく思ひたまへり。よしめきそして振る舞ふと1574、おぼゆめれども、もうもうに耳もおぼおぼしかりければ、「ああ」と、傾きてゐたり。
さるは、いとさ言ふばかりにもあらずかし。六十五、六のほどなり。尼姿、いとかはらかに、あてなるさまして、目艶やかに1575泣き腫れたるけしきの、あやしく昔思ひ出でたるさまなれば、胸うちつぶれて、
「古代のひが言どもや、はべりつらむ。よく、この世のほかなるやうなるひがおぼえどもにとり混ぜつつ、あやしき昔のことどもも出でまうで来つらむはや。夢の心地こそしはべれ」
と、うちほほ笑みて見たてまつりたまへば、いとなまめかしくきよらにて、例よりもいたくしづまり、もの思したるさまに見えたまふ。わが子ともおぼえたまはず、かたじけなきに、
「いとほしきことどもを聞こえたまひて、思し乱るるにや。今はかばかりと御位を極めたまはむ世に、聞こえも知らせむとこそ思へ、口惜しく思し捨つべきにはあらねど、いといとほしく心劣りしたまふらむ」
とおぼゆ。

 [10-3 明石御方、母尼君をたしなめる]
たいそう物思いに沈んでいらっしゃるところに、御方がお上がりになって、日中の御加持に、あちらこちらから参まって来て、大声を立てて祈祷していたが、御前に特に女房たちも伺候していず、尼君、得意顔にたいそう身近にお付きしていらっしゃる。
「まあ、見苦しいこと。短い御几帳をお側に置いてこそ、お付きなさいませ。風などが強くて、自然と隙間もできましょうに。医師のようにして。ほんとうに盛りを過ぎていらっしゃること」
などと、はらはらしていらっしゃった。十分気を付けて振る舞っていると、思っているらしいけれども、老いぼれて耳もよく聞こえなかったので、「ああ」と、首をかしげていた。
実際、そう言うほどの年齢でもない。六十五、六歳ぐらいである。尼姿、たいそうこざっぱりと、気品がある様子で、目がきらきらと涙で泣きはらした様子が、妙に昔を思い出しているようなので、胸がどきりとして、
「古めかしいわけのわからないお話でも、ございましたのでしょう。よく、この世にはありそうもない記憶違いのことを交えては、妙な昔話もあれこれとお話し申し上げたことでしょうよ。夢のような心地がします」
と、ちょっと苦笑して拝見なさると、たいそう優雅でお美しくて、いつもよりひどく落ち着いていらして、物思いに沈んでいるようにお見えになる。自分が生んだ子ともお見えにならないほど、恐れ多い方なので、
「お気の毒なことを申し上げなさったので、お悩みになっていらっしゃるのだろうか。もうこれ以上ない最高のお地位におつきになった時に、お話し申し上げようと思っていたのに、残念にも自信をおなくしになる程のことではないが、さぞやお気の毒にがっかりしていられることだろう」
とご心配なさる。

 [10-3 Akashi reproves her mother for talking old times]
 Ito mono-ahare ni nagame te ohasuru ni, Ohom-kata mawiri tamahi te, nittiu no ohom-kadi ni, konata kanata yori mawiri tudohi, mono-sawagasiku nonosiru ni, o-mahe ni koto-bito mo saburaha zu, Ama-Gimi, tokoro e te ito tikaku saburahi tamahu.
 "Ana mi-gurusi ya! Mizikaki mi-kityau hiki-yose te koso, saburahi tamaha me. Kaze nado sawagasiku te, onodukara hokorobi no hima mo ara m ni. Kususi nado yau no sama si te. Ito sakari sugi tamahe ri ya!"
 nado, nama-kataharaitaku omohi tamahe ri. Yosimeki sosi te hurumahu to, oboyu mere do mo, mou-mou ni mimi mo obo-obosikari kere ba, "A a!" to, katabuki te wi tari.
 Saru ha, ito sa ihu bakari ni mo ara zu kasi. Roku-zihu go, roku no hodo nari. Ama-sugata, ito kaharaka ni, ate naru sama si te, me tuyayaka ni naki hare taru kesiki no, ayasiku mukasi omohi-ide taru sama nare ba, mune uti-tubure te,
 "Kodai no higa-koto-domo ya, haberi tura m. Yoku, kono yo no hoka naru yau naru higa oboye-domo ni tori-maze tutu, ayasiki mukasi no koto-domo mo ide maude ki tura m ha ya! Yume no kokoti koso si habere."
 to, uti-hohowemi te mi tatematuri tamahe ba, ito namamekasiku kiyora ni te, rei yori mo itaku sidumari, mono obosi taru sama ni miye tamahu. Waga ko to mo oboye tamaha zu, katazikenaki ni,
 "Itohosiki koto-domo wo kikoye tamahi te, obosi midaruru ni ya? Ima ha kabakari to mi-kurawi wo kihame tamaha m yo ni, kikoye mo sira se m to koso omohe, kutiwosiku obosi sutu beki ni ha ara ne do, ito itohosiku kokoro-otori si tamahu ram."
 to oboyu.

 [10-4 明石女三代の和歌唱和]
御加持果ててまかでぬるに、御くだものなど近くまかなひなし、「こればかりをだに」と、いと心苦しげに思ひて1576聞こえたまふ。
尼君は、いとめでたううつくしう見たてまつるままにも、涙はえとどめず。顔は笑みて、口つきなどは見苦しくひろごりたれど、まみのわたりうちしぐれて、ひそみゐたり1577。
「あな、かたはらいた」
と、目くはすれど、聞きも入れず。
「老の波かひある浦に立ち出でて
しほたるるあまを誰かとがめむ
昔の世にも、かやうなる古人は、罪許されてなむはべりける」
と聞こゆ。御硯なる紙に、
「しほたるる海人を波路のしるべにて
尋ねも見ばや浜の苫屋を」
御方もえ忍びたまはで、うち泣きたまひぬ。
「世を捨てて明石の浦に住む人も
 心の闇1578ははるけしもせじ」
など聞こえ、紛らはしたまふ。別れけむ暁のことも、夢の中に思し出でられぬを、「口惜しくもありけるかな」と思す。

 [10-4 明石女三代の和歌唱和]
御加持が終わって退出したので、果物など近くにさし上げ、「せめてこれだけでもお召し上がりください」と、たいそうおいたわしく思い申し上げなさる。
尼君は、とても立派でかわいらしいと拝見するにつけても、涙を止めることができない。顔は笑って、口もとなどはみっともなく広がっているが、目のあたりは涙に濡れて、泣き顔していた。
「まあ、みっともない」
と、目くばせするが、かまいつけない。
「長生きした甲斐があると嬉し涙に泣いているからと言って
誰が出家した老人のわたしを咎めたりしましょうか
昔の時代にも、このような老人は、大目に見てもらえるものでございます」
と申し上げる。御硯箱にある紙に、
「泣いていらっしゃる尼君に道案内しいただいて
訪ねてみたいものです、生まれ故郷の浜辺を」
御方も我慢なされずに、つい泣いておしまいになった。
「出家して明石の浦に住んでいる父入道も
子を思う心の闇は晴れることもないでしょう」
などと申し上げて、涙をお隠しになる。別れたという暁のことを、少しも覚えていらっしゃらないのを、「残念なことだった」とお思いになる。

 [10-4 Akashis, her mother and her daughter and herself, compose waka]
 Ohom-kadi hate te makade nuru ni, ohom-kudamono nado tikaku makanahi nasi, "Kore bakari wo dani." to, ito kokoro-gurusige ni omohi te kikoye tamahu.
 Ama-Gimi ha, ito medetau utukusiu mi tatematuru mama ni mo, namida ha e todome zu. Kaho ha wemi te, kuti-tuki nado ha mi-gurusiku hirogori tare do, mami no watari uti-sigure te, hisomi wi tari.
 "Ana! Kataharaita."
 to, me kuhasure do, kiki mo ire zu.
 "Oyi no nami kahi aru ura ni tati-ide te
 siho taruru ama wo tare ka togame m

 Mukasi no yo ni mo, kayau naru huru-bito ha, tumi yurusa re te nam haberi keru."
 to kikoyu. Ohom suzuri naru kami ni,
 "Siho taruru ama wo namidi no sirube ni te
 tadune mo mi baya hama no tomaya wo
"
 Ohom-kata mo e sinobi tamah de, uti-naki tamahi nu.
 "Yo wo sute te Akasi no ura ni sumu hito mo
 kokoro no yami ha haruke si mo se zi
"
 nado kikoye, magirahasi tamahu. Wakare kem akatuki no koto mo, yume no naka ni obosi-ide rare nu wo, "Kutiwosiku mo ari keru kana!" to obosu.

 [10-5 3月10日過ぎに男御子誕生]
弥生の十余日のほどに、平らかに生まれたまひぬ。かねてはおどろおどろしく思し騷ぎしかど、いたく悩みたまふことなくて、男御子にさへおはすれば、限りなく思すさまにて、大殿も御心落ちゐたまひぬ。
こなたは隠れの方にて、ただ気近きほどなるに、いかめしき御産養などのうちしきり、響きよそほしきありさま、げに「かひある浦」と、尼君のためには見えたれど、儀式なきやうなれば、渡りたまひなむとす。
対の上も渡りたまへり。白き御装束したまひて、人の親めきて、若宮をつと抱きてゐたまへるさま、いとをかし。みづからかかること知りたまはず、人の上にても見ならひたまはねば、いとめづらかにうつくしと思ひきこえたまへり。むつかしげにおはするほどを、絶えず抱きとりたまへば、まことの祖母君は、ただ任せたてまつりて、御湯殿の扱ひなどを仕うまつりたまふ。
春宮の宣旨なる典侍ぞ仕うまつる。御迎湯に1579、おりたちたまへるもいとあはれに、うちうちの1580こともほの知りたるに、
「すこしかたほならば、いとほしからましを、あさましく気高く、げに、かかる契りことにものしたまひける人かな」
と見きこゆ。このほどの儀式なども、まねびたてむに、いとさらなりや。

 [10-5 3月10日過ぎに男御子誕生]
三月の十何日のころに、無事にお生まれになった。前々は仰々しく大騒ぎしていたのだが、ひどくお苦しみになることもなくて、男の御子でさえいらっしゃったので、際限もなく望みどおりだったので、大殿もご安心なさった。
こちらは裏側に当たっていて、端近な所であるが、盛大な御産養などがひき続き、騷ぎの仰々しい様子は、なるほど「価値ある浦」と、尼君のためには見えたが、威儀も整わないようなので、お移りになることになる。
対の上もいらっしゃった。白い御装束をお着けになって、まるで親のようにして、若宮をしっかりと抱いていらっしゃる様子、たいそう素晴らしい。ご自身ではこのようなことはご経験もないし、他人のことでも御覧になったことがないので、とても珍しくかわいいとお思い申し上げていらっしゃった。まだお扱いにくそうでいらっしゃる時なのを、しじゅうお抱きになっていらっしゃるので、実の祖母君は、ただお任せ申して、お湯殿のお世話などをなさる。
東宮の宣旨である典侍がお湯殿に奉仕する。御迎湯の役を、ご自身がなさるのも大変に胸をうつことで、内々の事情も少しは知っているので、「少しでも欠点があれば、お気の毒であったろうに、驚くほど気品があり、なるほど、このような前世からの約束事があったお方なのだわ」
と拝見する。この時の儀式の様子などを、そっくりそのまま語り伝えるのも、まったく今さららしく思われるよ。

 [10-5 A baby boy is born at March 10 past]
 Yayohi no towo-yo-ka no hodo ni, tahiraka ni umare tamahi nu. Kanete ha odoro-odorosiku obosi sawagi sika do, itaku nayami tamahu koto naku te, wotoko-miko ni sahe ohasure ba, kagiri naku obosu sama ni te, Otodo mo mi-kokoro oti wi tamahi nu.
 Konata ha kakure no kata ni te, tada kedikaki hodo naru ni, ikamesiki ohom-ubuyasinahi nado no uti-sikiri, hibiki yosohosiki arisama, geni "kahi aru ura" to, Ama-Gimi no tame ni ha miye tare do, gisiki naki yau nare ba, watari tamahi na m to su.
 Tai-no-Uhe mo watari tamahe ri. Siroki ohom-sauzoku si tamahi te, hito no oya-meki te, Waka-Miya wo tuto idaki te wi tamahe ru sama, ito wokasi. Midukara kakaru koto siri tamaha zu, hito no uhe ni te mo mi narahi tamaha ne ba, ito meduraka ni utukusi to omohi kikoye tamahe ri. Mutukasige ni ohasuru hodo wo, taye zu idaki tori tamahe ba, makoto no Oba-Gimi ha, tada makase tatematuri te, ohom-yudono no atukahi nado wo tukau maturi tamahu.
 Touguu no senzi naru Naisi-no-Suke zo tukau-maturu. Ohom-mukahe-yu ni, oritati tamahe ru mo ito ahare ni, uti-uti no koto mo hono-siri taru ni,
 "Sukosi kataho nara ba, itohosikara masi wo, asamasiku kedakaku, geni, kakaru tigiri koto ni monosi tamahi keru hito kana!"
 to mi kikoyu. Kono hodo no gisiki nado mo, manebi tate m ni, ito sara nari ya!

 [10-6 帝の七夜の産養]
六日といふに、例の御殿に渡りたまひぬ。七日の夜、内裏よりも御産養のことあり。
朱雀院の、かく世を捨ておはします御代はりにや、蔵人所より、頭弁、宣旨うけたまはりて、めづらかなるさまに仕うまつれり。禄の衣など、また中宮の御方よりも、公事にはたちまさり、いかめしくせさせたまふ。次々の親王たち、大臣の家々、そのころのいとなみにて、われもわれもと、きよらを尽くして仕うまつりたまふ。
大殿の君も、このほどのことどもは、例のやうにもこと削がせたまはで、世になく響きこちたきほどに、うちうちのなまめかしくこまかなるみやびに、まねび伝ふべき節は、目も止まらずなりにけり。大殿の君も、若宮をほどなく抱きたてまつりたまひて、
「大将のあまたまうけたなるを、今まで見せぬがうらめしきに、かくらうたき人をぞ得たてまつりたる」
と、うつくしみきこえたまふは、ことわりなりや。
日々に、ものを引き伸ぶるやうにおよすけたまふ。御乳母など、心知らぬはとみに召さで、さぶらふ中に、品、心すぐれたる限りを選りて、仕うまつらせたまふ。

 [10-6 帝の七夜の産養]
六日目という日に、いつもの御殿にお移りになった。七日の夜に、内裏からも御産養がある。
朱雀院が、このように御出家あそばされいるお代わりであろうか、蔵人所から、頭弁が、宣旨を承って、例のないほど立派にご奉仕した。禄の衣装など、また中宮の御方からも、公事のきまり以上に、盛大におさせあそばす。次々の親王方、大臣の家々、その当時のもっぱらの仕事にして、われもわれもと、善美を尽くしてご奉仕なさる。
大殿の君も、この時の儀式はいつものように簡略になさらずに、世に例のないほど大仰な騷ぎで、内輪の優美で繊細な優雅さの、そのままお伝えしなければならない点は、目も止まらずに終わってしまったのであった。大殿の君も、若宮をすぐにお抱き申し上げなさって、
「大将が大勢子供を儲けているそうだが、今まで見せないのが恨めしいが、このようにかわいらしい子をお授かり申したことよ」
と、おかわいがり申し上げなさるのは、無理もないことであるよ。
日に日に、物を引き伸ばすようご成長なさっていく。御乳母など、気心の知れないのは急いでお召しにならず、伺候している者の中から、家柄、嗜みのある人ばかりを選んで、お仕えさせなさる。

 [10-6 The birth ceremony is celebrated splendidy]
 Mui-ka to ihu ni, rei no otodo ni watari tamahi nu. Nanu-ka no yo, Uti yori mo ohom-ubuyasinahi no koto ari.
 Suzaku-Win no, kaku yo wo sute ohasimasu ohom-kahari ni ya, Kuraudo-dokoro yori, Tou-no-Ben, senzi uketamahari te, meduraka naru sama ni tukau-mature ri. Roku no koromo nado, mata Tiuguu no ohom-kata yori mo, ohoyake-goto ni ha tati masari, ikamesiku se sase tamahu. Tugi-tugi no Miko-tati, Otodo no ihe-ihe, sono koro no itonami ni te, ware mo ware mo to, kiyora wo tukusi te tukau-maturi tamahu.
 Otodo-no-Kimi mo, kono hodo no koto-domo ha, rei no yau ni mo koto soga se tamaha de, yo ni naku hibiki koti taki hodo ni, uti-uti no namamekasiku komaka naru miyabi ni, manebi tutahu beki husi ha, me mo tomara zu nari ni keri. Otodo-no-Kimi mo, Waka-Miya wo hodo naku idaki tatematuri tamahi te,
 "Daisyau no amata mauke ta naru wo, ima made mise nu ga uramesiki ni, kaku rautaki hito wo zo e tatematuri taru."
 to, utukusimi kikoye tamahu ha, kotowari nari ya!
 Hi-bi ni, mono wo hiki noburu yau ni oyosuke tamahu. Ohom-menoto nado, kokoro sira nu ha tomi ni mesa de, saburahu naka ni, sina kokoro sugure taru kagiri wo eri te, tukau-matura se tamahu.

 [10-7 紫の上と明石御方の仲]
御方の御心おきての、らうらうじく気高く、おほどかなるものの、さるべき方には卑下して、憎らかにもうけばらぬなどを、褒めぬ人なし。
対の上は、まほならねど、見え交はしたまひて、さばかり許しなく思したりしかど、今は、宮の御徳に、いと睦ましく、やむごとなく思しなりにたり。稚児うつくしみたまふ御心にて、天児など、御手づから作りそそくりおはするも、いと若々し。明け暮れこの御かしづきにて過ぐしたまふ。
かの古代の尼君は、若宮をえ心のどかに見たてまつらぬなむ、飽かずおぼえける。なかなか見たてまつり初めて、恋ひきこゆるにぞ、命もえ堪ふまじかめる。

 [10-7 紫の上と明石御方の仲]
御方のお心構えが、気が利いていて気品があって、おっとりしているものの、しかるべき時には謙遜して、小憎らしくわがもの顔に振る舞ったりしないことなどを、誉めない人はいない。
対の上は、改まった形というのではないが、時々お会いなさって、あれほど許せないと思っていらっしゃったが、今では、若宮のお蔭で、たいそう仲好く、大切な方と思うようにおなりになっていた。子供をおかわいがりになるご性格で、天児などを、ご自身でお作りになり忙しそうにしていらっしゃるのも、たいそう若々しい。毎日このお世話で日を暮していらっしゃる。
あの年寄の尼君は、若君をゆっくりと拝見できないことを、残念に思っているのであった。なまじ拝見したために、またお目にかかりたく思って、死ぬほど切ない思いをしているようである。

 [10-7 Murasaki and Akashi are friendly]
 Ohom-kata no mi-kokoro-okite no, rau-rauziku kedakaku, ohodoka naru mono no, saru beki kata ni ha hige si te, nikuraka ni mo ukebara nu nado wo, home nu hito nasi.
 Tai-no-Uhe ha, maho nara ne do, miye kahasi tamahi te, sabakari yurusi naku obosi tari sika do, ima ha, Miya no ohom-toku ni, ito mutumasiku, yamgotonaku obosi nari ni tari. Tigo utukusimi tamahu mi-kokoro ni te, amagatu nado, ohom-tedukara tukuri sosokuri ohasuru mo, ito waka-wakasi. Akekure kono ohom-kasiduki ni te sugusi tamahu.
 Kano kodai no Ama-Gimi ha, Waka-Miya wo e kokoro nodoka ni mi tatematura nu nam, aka zu oboye keru. Naka-naka mi tatematuri some te, kohi kikoyuru ni zo, inoti mo e tahu mazika'meru.

 11 明石の物語 入道の手紙
 [11-1 明石入道、手紙を贈る]
かの明石にも、かかる御こと伝へ聞きて、さる1581聖心地にも、いとうれしくおぼえければ、
「今なむ、この世の境を心やすく行く離るべき」
と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうのものは、皆その寺のことにしおきて、この国の奥の郡に、人も通ひがたく深き山あるを、年ごろも占めおきながら、あしこに籠もりなむ後、また人には見え知らるべきにもあらずと思ひて、ただすこしのおぼつかなきこと残りければ、今までながらへけるを、今はさりともと、仏神を頼み申してなむ移ろひける。
この近き年ごろとなりては、京に異なることならで、人も通はしたてまつらざりつ。これより下したまふ人ばかりにつけてなむ、一行にても、尼君さるべき折節のことも通ひける。思ひ離るる世のとぢめに、文書きて、御方にたてまつれたまへり。

 11 明石の物語 入道の手紙
 [11-1 明石入道、手紙を贈る]
あの明石でも、このようなお話を伝え聞いて、そうした出家心にも、たいそう嬉しく思われたので、
「今は、この世から心安らかな気持ちで離れて行くことができよう」
と弟子たちに言って、この家を寺にして、周辺の田などといったものは、みなその寺の所領にすることにして、この国の奥の郡で、人も行かないような深い山があるのを、かねてより所有していたのを、あそこに籠もった後は、再び人に見られることもあるまいと考えて、ほんの少し気がかりなことが残っていたので、今までとどまっていたが、今はもう大丈夫と、仏神をお頼み申して移ったのであった。
最近の数年間は、都に特別の事でなくては、使いを差し上げることもしなかった。都からお下しになる使者ぐらいには言づけて、ほんの一行の便りなりと、尼君はしかるべき折のお返事をするのであった。俗世を離れる最後に、手紙を書いて、御方に差し上げなさった。

 11 Tale of Akashi A letter from Akashi's father
 [11-1 Akashi's father, priest sends a long letter to her]
 Kano Akasi ni mo, kakaru ohom-koto tutahe kiki te, saru hiziri gokoti ni mo, ito uresiku oboye kere ba,
 "Ima nam, kono yo no sakahi wo kokoro-yasuku yuki hanaru beki."
 to Desi-domo ni ihi te, kono ihe wo ba tera ni nasi, atari no ta nado yau no mono ha, mina sono tera no koto ni si oki te, kono kuni no oku no kohori ni, hito mo kayohi gataku hukaki yama aru wo, tosi-goro mo sime-oki nagara, asiko ni komori nam noti, mata hito ni ha miye siraru beki ni mo ara zu to omohi te, tada sukosi no obotukanaki koto nokori kere ba, ima made nagarahe keru wo, ima ha sari to mo to, Hotoke Kami wo tanomi mausi te nam uturohi keru.
 Kono tikaki tosi-goro to nari te ha, kyau ni kotonaru koto nara de, hito mo kayohasi tatematura zari tu. Kore yori kudasi tamahu hito bakari ni tuke te nam, hito-kudari ni te mo, Ama-Gimi saru beki wori-husi no koto mo kayohi keru. Omohi hanaruru yo no todime ni, humi kaki te, Ohom-Kata tatemature tamahe ri.

 [11-2 入道の手紙]
「この年ごろは、同じ世の中のうちにめぐらひはべりつれど、何かは、かくながら身を変へたるやうに思うたまへなしつつ、させることなき限りは、聞こえうけたまはらず。
仮名文見たまふるは、目の暇いりて、念仏も懈台するやうに、益なうてなむ、御消息もたてまつらぬを、伝てにうけたまはれば、若君は春宮に参りたまひて、男宮生まれたまへるよしをなむ、深く喜び申しはべる。
そのゆゑは、みづからかくつたなき1582山伏の身に、今さらにこの世の栄えを思ふにもはべらず。過ぎにし方の年ごろ、心ぎたなく、六時の勤めにも、ただ御ことを心にかけて、蓮の上の露の願ひをばさし置きてなむ念じたてまつりし。
わがおもと生まれたまはむとせし、その年の二月のその夜の夢に見しやう、
『みづから須弥の山を、右の手に捧げたり。山の左右より、月日の光さやかにさし出でて世を照らす。みづからは山の下の蔭に隠れて、その光にあたらず。山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて、西の方をさして漕ぎゆく』
となむ見はべし。
夢覚めて、朝より数ならぬ身に頼むところ出で来ながら、何ごとにつけてか、さるいかめしきことをば待ち出でむと、心のうちに思ひはべしを、そのころより孕まれたまひにしこなた、俗1583の方の文を見はべしにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべき1584こと多くはべしかば、賤しき懐のうちにも、かたじけなく思ひいたづきたてまつりしかど、力及ばぬ身に思うたまへ1585かねてなむ、かかる道に赴きはべりにし。
また、この国のことに沈みはべりて、老の波にさらに立ち返らじと思ひとぢめて、この浦に年ごろはべしほども、わが君を頼むことに思ひきこえはべしかばなむ、心一つに多くの願を立てはべし。その返り申し、平らかに思ひのごと時にあひたまふ。
若君、国の母となりたまひて、願ひ満ちたまはむ世に、住吉の御社をはじめ、果たし1586申したまへ。さらに何ごとをかは疑ひはべらむ。
この一つの思ひ、近き世にかなひはべりぬれば、はるかに西の方、十万億の国隔て1587たる、九品の上の望み疑ひなくなりはべりぬれば、今はただ迎ふる蓮を待ちはべるほど、その夕べまで、水草清き山の末にて勤めはべらむとてなむ、まかり入りぬる。
光出でむ暁近くなりにけり
今ぞ見し世の夢語りする」
とて、月日書きたり。

 [11-2 入道の手紙]
「ここ数年というものは、同じこの世に生きておりましたが、何のかのと、生きながら別世界に生まれ変わったように考えることに致しまして、格別変わった事がない限りは、お手紙を差し上げたり戴いたりしないでおります。
仮名の手紙を拝見するのは、時間がかかって、念仏も怠けるようで、無益と考えて、お手紙を差し上げませんでしたが、人伝てに承りますと、若君は東宮に御入内なさって、男宮がご誕生なさったとのこと、心からお喜び申し上げております。
そのわけは、わたし自身このような取るに足りない山伏の身で、今さらこの世での栄達を願うのではございません。過ぎ去った昔の何年かの間、未練がましく、六時の勤めにも、ただあなたの御事を心にかけ続けて、自分の極楽往生の願いはさしおいて願ってきました。
あなたがお生まれになろうとした、その年の二月の某日の夜の夢に見たことは、
『自分は須弥山を右手に捧げ持っていた。その山の左右から、月の光と日の光とが明るくさし出して世の中を照らす。自分自身は山の下の蔭に隠れて、その光に当たらない。山を広い海の上に浮かべ置いて、小さい舟に乗って、西の方角を指して漕いで行く』
と見ました。
夢から覚めて、その朝から物の数でもないわが身にも期待する所が出て来ましたが、どのようなことにつけてか、そのような大変な幸運を待ち受けることができようかと、心中に思っておりましたが、そのころからあなたが孕まれなさって以来今まで、仏典以外の書物を見ましても、また仏典の真意を求めました中にも、夢を信じるべきことが多くございましたので、賎しい身ながらも、恐れ多く大切にお育て申し上げましたが、力の及ばない身に思案にあまって、このような田舎に下ったでした。
するとまた、この国で沈淪しまして、老の身で都に二度と帰るまいと諦めをつけて、この浦に何年もおりましたその間も、あなたに期待をおかけ申していましたので、自分一人で数多くの願を立てました。そのお礼参りが、無事にできるような願いどおりの運勢に巡り合われたのです。
若君が、国母とおなりになって、願いが叶いなさったあかつきには、住吉の御社をはじめとして、お礼参りをなさい。まったく何を疑うことがありましょうか。
この一つの願いが、近い将来に叶うことになったので、遥か西方の、十万億土を隔てた極楽の九品の蓮台の上の往生の願いも確実になりましたので、今はただ阿彌陀の来迎を待っておりますだけで、その夕べまで、水も草も清らかな山の奥で勤行しましょうと思って、入山致しました。
日の出近い暁となったことよ
今初めて昔見た夢の話をするのです」
とあって、月日が書いてある。

 [11-2 The letter from Akashi's father]
 "Kono tosi-goro ha, onazi yononaka no uti ni megurahi haberi ture do, nani ka ha, kaku nagara mi wo kahe taru yau ni omou tamahe nasi tutu, saseru koto naki kagiri ha, kikoye uke tamahara zu.
 Kana-bimi mi tamahuru ha, me no itoma iri te, nenbutu mo ketai suru yau ni, yaku nau te nam, ohom-seusoko mo tatematura nu wo, tute ni uketamahare ba, Waka-Gimi ha Touguu ni mawiri tamahi te, Wotoko-Miya umare tamahe ru yosi wo nam, hukaku yorokobi mausi haberu.
 Sono yuwe ha, midukara kaku tutanaki yamabusi no mi ni, ima sara ni kono yo no sakaye wo omohu ni mo habera zu. Sugi ni si kata no tosi-goro, kokoro-gitanaku, roku-zi no tutome ni mo, tada ohom-koto wo kokoro ni kake te, hatisu no uhe no tuyu no negahi wo ba sasi-oki te nam nen-zi tatematuri si.
 Waga Omoto umare tamaha m to se si, sono tosi no Ni-gwati no sono yo no yume ni misi yau,
 "Midukara Sumi-no-yama wo, migi no te ni sasage tari. Yama no sa-iu yori, tukihi no hikari sayaka ni sasi-ide te yo wo terasu. Midukara ha yama no simo no kage ni kakure te, sono hikari ni atara zu. Yama wo ba hiroki umi ni ukabe-oki te, tihisaki hune ni nori te, nisi no kata wo sasi te kogi yuku."
 to nam mi habe'si.
 Yume same te, asita yori kazu nara nu mi ni tanomu tokoro ide-ki nagara, nani-goto ni tuke te ka, saru ikamesiki koto wo ba mati-ide m to, kokoro no uti ni omohi habe'si wo, sono-koro yori harama re tamahi ni si konata, zoku no kata no humi wo mi habe'si ni mo, mata naikeu no kokoro wo tadunuru naka ni mo, yume wo sin-zu beki koto ohoku habe'sika ba, iyasiki hutokoro no uti ni mo, katazikenaku omohi itaduki tatematuri sika do, tikara oyoba nu mi ni omou tamahe kane te nam, kakaru miti ni omomuki haberi ni si.
 Mata, kono kuni no koto ni sidumi haberi te, oyi no nami ni sarani tati-kahera zi to omohi-todime te, kono ura ni tosi-goro habe'si hodo mo, waga Kimi wo tanomu koto ni omohi kikoye habe'sika ba nam, kokoro hitotu ni ohoku no gwan wo tate habe'si. Sono kaheri mausi, tahiraka ni omohi no goto toki ni ahi tamahu.
 Waka-Gimi, kuni no haha to nari tamahi te, negahi miti tamaha m yo ni, Sumiyosi no mi-yasiro wo hazime, hatasi mausi tamahe. Sara ni nani-goto wo ka ha utagahi habera m?
 Kono hitotu no omohi, tikaki yo ni kanahi haberi nure ba, haruka ni nisi no kata, zihu-man-oku no kuni hedate taru, ku-hon no uhe no nozomi utagahi naku nari haberi nure ba, ima ha tada mukahuru hatisu wo mati haberu hodo, sono yuhube made, midu kusa kiyoki yama no suwe ni te tutome habera m tote nam, makari iri nuru.
 Hikari ide m akatuki tikakiu nari ni keri
 ima zo mi si yo no yume gatari suru
"
 tote, tukihi kaki tari.

 [11-3 手紙の追伸]
「命終らむ月日も、さらにな知ろしめしそ。いにしへより人の染めおきける藤衣にも、何かやつれたまふ。ただわが身は変化のものと思しなして、老法師のためには功徳をつくりたまへ。この世の楽しみに添へても、後の世を忘れたまふな。
願ひはべる所にだに至りはべりなば、かならずまた対面ははべりなむ。娑婆1588の他の岸に至りて、疾くあひ見むとを思せ」
さて、かの社に立て集めたる願文どもを、大きなる沈の1589文箱に、封じ籠めてたてまつりたまへり。
尼君には、ことごとにも書かず、ただ、
「この月の十四日になむ、草の庵まかり離れて、深き山に入りはべりぬる。かひなき身をば、熊狼にも施し1590はべりなむ。そこには、なほ思ひしやうなる御世を待ち出でたまへ。明らかなる所にて、また対面はありなむ」
とのみあり。

 [11-3 手紙の追伸]
「寿命の尽きる月日を、決してお心にかけてなさいますな。昔から皆が染めておいた喪服なども、お召しなさるな。ただ自分は神仏の権化とお思いになって、この老僧のためには冥福をお祈り下さい。現世の楽しみを味わうにつけても、来世をお忘れなさるな。
願っております極楽にさえ行きつけましたら、きっと再びお会いすることがございましょう。この世以外の世界に行き着いて、早く会おうとお考え下さい」
そして、あの社に立てた多くの願文類を、大きな沈の文箱に、しっかり封をして差し上げなさっていた。
尼君には、別に改めて書いてなく、ただ、
「今月の十四日に、草の庵を出て、深い山に入ります。役にも立たない身は、熊や狼に施しましょう。あなたは、やはり望みどおりの御代になるのをお見届け下さい。極楽浄土で、再びお会いすることがありましょう」
とだけある。

 [11-3 A postscript in the letter]
 "Inoti ohara m tuki-hi mo, sara ni na sirosimesi so. Inisihe yori hito no some-oki keru hudi-goromo ni mo, nani ka yature tamahu. Tada waga mi ha henge no mono to obosi nasi te, oyi-hohusi no tame ni ha kudoku wo tukuri tamahe. Kono yo no tanosimi ni sohe te mo, noti no yo wo wasure tamahu na.
 Negahi haberu tokoro ni dani itari haberi na ba, kanarazu mata taimen ha haberi nam. Syaba no hoka no kisi ni itari te, toku ahi-mi m to wo obose."
 Sate, kano yasiro ni tate atume taru gwan-bumi-domo wo, ohoki naru din no hubako ni, hun-zi-kome te tatematuri tamahe ri.
 Ama-Gimi ni ha, koto-goto ni mo kaka zu, tada,
 "Kono tuki no zihu-yo-niti ni nam, kusa no ihori makari hanare te, hukaki yama ni iri haberi nuru. Kahi naki mi wo ba, kuma ohokami ni mo se-si haberi na m. Soko ni ha, naho omohi si yau naru mi-yo wo mati-ide tamahe. Akiraka naru tokoro ni te, mata taimen ha ari na m."
 to nomi ari.

 [11-4 使者の話]
尼君、この文を見て、かの使ひの大徳に問へば、
「この御文書きたまひて、三日といふになむ、かの絶えたる峰に移ろひたまひにし。なにがしらも、かの御送りに、麓まではさぶらひしかど、皆返したまひて、僧一人、童二人なむ、御供にさぶらはせたまふ。今はと世を背きたまひし折を、悲しきとぢめと思うたまへしかど、残りはべりけり。
年ごろ行なひの隙々に、寄り臥しながら掻き鳴らしたまひし琴の御琴、琵琶とり寄せたまひて、掻い調べたまひつつ、仏にまかり申したまひてなむ、御堂に施入したまひし。さらぬものどもも、多くはたてまつりたまひて、その残りをなむ、御弟子ども六十余人なむ、親しき限りさぶらひける、ほどにつけて皆処分したまひて、なほし残りをなむ、京の御料とて送りたてまつりたてまつりたまへる。
今はとてかき籠もり、さるはるけき1591山の雲霞に混じりたまひにし、むなしき御跡にとまりて、悲しび思ふ人々なむ多くはべる」
など、この大徳も、童にて京より下りし1592人の、老法師になりてとまれる、いとあはれに心細しと思へり1593。仏の御弟子のさかしき聖だに1594、鷲の峰をばたどたどしからず頼みきこえながら、なほ薪尽きける1595夜の惑ひは深かりけるを、まして尼君の悲しと思ひたまへること限りなし。

 [11-4 使者の話]
尼君、この手紙を見て、その使いの大徳に尋ねると、
「このお手紙をお書きになって、三日目という日に、あの人跡絶えた山奥にお移りになりました。拙僧らも、そのお見送りに、麓までは参りましたが、皆お帰しになって、僧一人と、童二人をお供にお連れなさいました。今は最後とご出家なさった時に、悲しみの極みと存じましたが、さらに悲しいことが残っておりました。
長年勤行の合間合間に寄りかかりながら、掻き鳴らしていらした琴の御琴、琵琶を取り寄せなさって、少しお弾きなさっては、仏にお別れ申されて、御堂に施入なさいました。その他の物も、大抵は寄進なさって、その残りを、御弟子たち六十何人の、親しい者たちだけのお仕えしてきた者に、身分に応じて全て処分なさって、その上で残っているのを、都の方々の分としてお送り申し上げたのです。
今は最後と引き籠もり、あの遥かな山の雲霞の中にお入りになってしまわれたので、空っぽのお跡に残されて悲しく思う人々は多くございます」
などと、この大徳も、子供の時に都から下った人で、老僧となって残っているのだが、まことにしみじみと心細く思っていた。仏の御弟子の偉い聖僧でさえ、霊鷲山を十分に信じていながら、それでもやはり釈迦入滅の時の悲しみは深いものであったが、まして尼君の悲しいと思っていらっしゃることは際限がない。

 [11-4 The messenger's talk]
 Ama-Gimi, kono humi wo mi te, kano tukahi no Daitoko ni tohe ba,
 "Kono ohom-humi kaki tamahi te, mi-ka to ihu ni nam, kano taye taru mine ni uturohi tamahi ni si. Nanigasi-ra mo, kano ohom-okuri ni, humoto made ha saburahi sika do, mina kahesi tamahi te, sou hitori, waraha hutari nam, ohom-tomo ni saburaha se tamahu. Ima ha to yo wo somuki tamahi si wori wo, kanasiki todime to omou tamahe sika do, nokori haberi keri.
 Tosi-goro okonahi no hima-hima ni, yori-husi nagara kaki-narasi tamahi si kin-no-ohom-koto, biwa tori-yose tamahi te, kai-sirabe tamahi tutu, Hotoke ni makari mausi tamahi te nam, mi-dau ni senihu si tamahi si. Sara nu mono-domo mo, ohoku ha tatematuri tamahi te, sono nokori wo nam, mi-desi-domo roku-zihu yo-nin nam, sitasiki kagiri saburahi keru, hodo ni tuke te mina soubun si tamahi te, naho si nokori wo nam, kyau no go-ryau tote okuri tatematuri tamahe ru.
 Ima ha tote kaki-komori, saru harukeki yama no kumo kasumi ni maziri tamahi ni si, munasiki ohom-ato ni tomari te, kanasibi omohu hito-bito ohoku nam haberu."
 nado, kono Daitoko mo, waraha ni te kyau yori kudari si hito no, oyi-hohusi ni nari te, tomare ru, ito ahare ni kokoro-bososi to omohe ri. Hotoke no mi-desi no sakasiki hiziri dani, Wasi-no-mine wo ba tado-tadosikara zu tanomi kikoye nagara, naho takigi tuki keru yo no madohi ha hukakari keru wo, masite Ama-Gimi no kanasi to omohi tamahe ru koto kagiri nasi.

 [11-5 明石御方、手紙を見る]
 御方は1596、南の御殿におはするを、「かかる御消息なむある」とありければ、忍びて渡りたまへり。重々しく身をもてなして、おぼろけならでは、通ひあひたまふこともかたきを、「あはれなることなむ」と聞きて、おぼつかなければ、うち忍びてものしたまへるに、いといみじく悲しげなるけしきにてゐたまへり。
火近く取り寄せて、この文を見たまふに、げにせきとめむかたぞなかりける。よその人1597は、何とも目とどむまじきことの、まづ、昔来し方のこと思ひ出で、恋しと思ひわたりたまふ心には、「あひ見で過ぎ果てぬるにこそは」と、見たまふに、いみじくいふかひなし。
涙をえせきとめず、この夢語りを、かつは行く先頼もしく、
「さらば、ひが心にて、わが身をさしもあるまじきさまにあくがらしたまふと、中ごろ思ひただよはれしことは、かくはかなき夢に頼みをかけて、心高くものしたまふなりけり」
と、かつがつ思ひ合はせたまふ。

 [11-5 明石御方、手紙を見る]
明石御方は、南の御殿にいらっしゃったが、「このようなお手紙がありました」と、伝えて来たので、人目に立たないようにしてお越しになった。重々しく振る舞って、さしたる用件がなければ、行き来しあいなさることは難しいのだが、「悲しいことがある」と聞いて、気がかりなので、こっそりといらっしゃったところ、とてもたいそう悲しそうな様子で座っていらっしゃった。
灯火を近くに引き寄せて、この手紙を御覧になると、なるほど涙を堰き止めることができなかった。他人ならば、何とも感じないことが、まず、昔から今までのことを思い出して、恋しいとお思い続けていなさるお心には、「二度と会えずに終わってしまうのだ」と、思って御覧になると、ひどく何とも言いようがない。
涙をお止めになることもできない。この夢物語を一方では将来頼もしく思われ、
「それでは、偏屈な考えで、わたしをあんなにもとんでもない身にして不安にさまよわせなさると、一時は気持ちが迷ったこともあるが、それは、このような当てにならない夢に望みをかけて、高い理想を持っていらしたのだ」
と、やっとお分りになる。

 [11-5 Akashi reads the letter]
 Ohom-kata ha, minami no otodo ni ohasuru wo, "Kakaru ohom-seusoko nam aru." to ari kere ba, sinobi te watari tamahe ri. Omo-omosiku mi wo motenasi te, oboroke nara de ha, kayohi ahi tamahu koto mo kataki wo, "Ahare naru koto nam." to kiki te, obotukanakere ba, uti-sinobi te monosi tamahe ru ni, ito imiziku kanasige naru kesiki ni te wi tamahe ri.
 Hi tikaku tori-yose te, kono humi wo mi tamahu ni, geni, seki-tome m kata zo nakari keru. Yoso no hito ha, nani to mo me todomu maziki koto no, madu, mukasi kisikata no koto omohi-ide, kohi si to omohi watari tamahu kokoro ni ha, "Ahi mi de sugi-hate nuru ni koso ha." to, mi tamahu ni, imiziku ihukahi nasi.
 Namida wo e seki tome zu, kono yume gatari wo, katu ha yuku saki tanomosiku,
 "Sara ba, higa kokoro ni te, waga mi wo sa si mo aru maziki sama ni akugarasi tamahu to, naka-goro omohi tadayoha re si koto ha, kaku hakanaki yume ni tanomi wo kake te, kokoro takaku monosi tamahu nari keri."
 to, katu-gatu omohi ahase tamahu.

 [11-6 尼君と御方の感懐]
尼君、久しくためらひて、
「君の御徳には、うれしくおもただしきことをも、身にあまりて並びなく思ひはべり。あはれにいぶせき思ひもすぐれてこそはべりけれ。
数ならぬ方にても、ながらへし都を捨てて、かしこに沈みゐしをだに、世人に違ひたる宿世にもあるかな、と思ひはべしかど、生ける世にゆき離れ、隔たるべき仲の契りとは思ひかけず、同じ蓮に住むべき後の世の頼みをさへかけて年月を過ぐし来て、にはかにかくおぼえぬ御こと出で来て、背きにし世に立ち返りてはべる、かひある御ことを見たてまつりよろこぶものから、片つかたには、おぼつかなく悲しきことのうち添ひて絶えぬを、つひにかくあひ見ず隔てながらこの世を別れぬるなむ、口惜しくおぼえはべる。
世に経し時だに、人に似ぬ1598心ばへにより、世をもてひがむるやうなりしを、若きどち頼みならひて、おのおのはまたなく契りおきてければ、かたみにいと深くこそ頼みはべしか。いかなれば、かく耳に近きほどながら、かくて1599別れぬらむ」
と言ひ続けて、いとあはれにうちひそみたまふ。御方もいみじく泣きて、
「人にすぐれむ行く先のことも、おぼえずや。数ならぬ身には、何ごとも、けざやかにかひあるべきにもあらぬものから、あはれなるありさまに、おぼつかなくてやみなむのみこそ口惜しけれ。
よろづのこと、さるべき人の御ためとこそおぼえはべれ、さて絶え籠もりたまひなば、世の中も定めなきに、やがて消えたまひなば、かひなくなむ」
とて、夜もすがら、あはれなることどもを言ひつつ明かしたまふ。

 [11-6 尼君と御方の感懐]
尼君は、長い間涙を抑えて、
「あなたのお蔭で、嬉しく光栄なことも、身に余るほどに又とない運勢だと思っております。でも、悲しく胸の晴れない思いも、人一倍多くございました。
物の数にも入らない身分ながらも、住み馴れた都を捨てて、あの国に沈淪していたのでさえ、普通の人と違った運命であると思っておりましたが、生きている間に別れ別れになり、離れて住まなければならない夫婦の縁とは思っておりませんで、同じ蓮の花の上に住むことができることに望みを託して歳月を送って来て、急にあのような思いもかけない御事が出てきて、捨てた都に帰って来ましたが、その甲斐あった御事を拝見して喜ぶものの、もう一方には、気がかりで悲しいことが付きまとって離れないのを、とうとうこのように再び会うことなく離れたまま、一生の別れとなってしまったのが残念に思われます。
在俗の時でさえ、普通の人と違った性質のため、世をすねているようでしたが、まだ若かった私たちは頼りにし合って、それぞれまたとなく深く約束し合っていたので、お互いに本当に心から頼りにしていましたのに。どのようなわけで、このような便りの通じる近い所でありながら、こうして別れてしまったのでしょう」
と言い続けて、たいそう悲しげに泣き顔をしていらっしゃる。御方もひどく泣いて、
「人より優れた将来のことなど、嬉しくありません。物の数にも入らない身には、どのようなことにつけても、晴れがましく生きがいのあるはずもないとはいうものの、悲しい行き別れの恰好で、生死の様子も分からずに終わってしまったことだけが残念です。
すべてのこと、そうした因縁がおありだった方のためと思われますが、そうして山奥に入ってしまわれたなら、人の命ははかないものですから、そのままお亡くなりになったら、何にもなりません」
と言って、一晩中、しみじみとしたお話をし合って夜を明かしなさる。

 [11-6 Akashi and her mother think their fate]
 Ama-Gimi, hisasiku tamerahi te,
 "Kimi no ohom-toku ni ha, uresiku omodatasiki koto wo mo, mi ni amari te narabi naku omohi haberi. Ahare ni ibuseki omohi mo sugure te koso haberi kere.
 Kazu nara nu kata ni te mo, nagarahe si miyako wo sute te, kasiko ni sidumi wi si wo dani, yo-hito ni tagahi taru sukuse ni mo aru kana, to omohi habe'sika do, ikeru yo ni yuki-hanare, hedate taru beki naka no tigiri to ha omohi kake zu, onazi hatisu ni sumu beki noti-no-yo no tanomi wo sahe kake te tosi-tuki wo sugusi ki te, nihaka ni kaku oboye nu ohom-koto ide-ki te, somuki ni si yo ni tati-kaheri te haberu, kahi aru ohom-koto wo mi tatematuri yorokobu mono kara, kata tu kata ni ha, obotukanaku kanasiki koto no uti-sohi te taye nu wo, tuhi ni kaku ahi mi zu hedate nagara kono yo wo wakare nuru nam, kutiwosiku oboye haberu.
 Yo ni he si toki dani, hito ni ni nu kokoro-bahe ni yori, yo wo mote-higamuru yau nari si wo, wakaki-doti tanami narahi te, ono-ono ha mata naku tigiri-oki te kere ba, katami ni ito hukaku koso tanomi habe'sika. Ika nare ba, kaku mimi ni tikaki hodo nagara, kaku te wakare nu ram."
 to ihi-tuduke te, ito ahare ni uti-hisomi tamahu. Ohom-kata mo imiziku naki te,
 "Hito ni sugure m yukusaki no koto mo, oboye zu ya. Kazu nara nu mi ni ha, nani-goto mo, kezayaka ni kahi aru beki ni mo ara nu mono kara, ahare naru arisama ni, obotukanaku te yami na m nomi koso kutiwosikere.
 Yorodu no koto, saru beki hito no ohom-tame to koso oboyu habere, sate taye komori tamahi na ba, yononaka mo sadame naki ni, yagate kiye tamahi na ba, kahi naku nam."
 tote, yomosugara, ahare naru koto-domo wo ihi tutu akasi tamahu.

 [11-7 御方、部屋に戻る]
「昨日も、大殿の君の、あなたにありと見置きたまひてしを、にはかにはひ隠れたらむも、軽々しきやうなるべし。身ひとつは、何ばかりも思ひ憚りはべらず。かく添ひたまふ御ためなどのいとほしきになむ、心にまかせて身をももてなしにくかるべき」
とて、暁に帰り渡りたまひぬ。
「若宮はいかがおはします。いかでか見たてまつるべき」
とても泣きぬ。
「今見たてまつりたまひてむ。女御の君も、いとあはれになむ思し出でつつ、聞こえさせたまふめる。院も、ことのついでに1600、もし世の中思ふやうならば、ゆゆしきかね言なれど1601、尼君そのほどまでながらへたまはなむ、とのたまふめりき。いかに思すことにかあらむ」
とのたまへば、またうち笑みて、
「いでや、さればこそ、さまざま例なき宿世にこそはべれ」
とて喜ぶ。この文箱は持たせて参う上りたまひぬ。

 [11-7 御方、部屋に戻る]
「昨日も、大殿の君が、あちらにいると御覧になっていらっしゃったが、急に人目を避けて隠れたようなのも、軽率に見えましょう。わが身一つは、何も遠慮することはないのです。このように若宮にお付きなさっている姫君のためにお気の毒で、思いのままに身を振る舞いにくいのです」
と言って、暗いうちにお帰りになった。
「若宮はどうしていらっしゃいますか。何とかしてお目にかかれないのでしょうか」
と言ってまたも泣いた。
「すぐにお目にかかれましょう。女御の君も、とても懐かしくお思い出しになっては、お口にあそばすようです。院も、話のついでに、もし世の中が思うとおりに行ったならば、縁起でもないことを言うようだが、尼君がその時まで生き永らえていらして欲しいと、おっしゃっているようでした。どのようにお考えになってのことなのでしょうか」
とおっしゃると、再び笑い顔になって、
「さあ、それだからこそ、喜びも悲しみもまたと例のない運命なのです」
と言って喜ぶ。この文箱を持たせて女御の方の許に参上なさった。

 [11-7 Akashi comes back to her room]
 "Kinohu mo, Otodo-no-Kimi no, anata ni ari to mi-oki tamahi te si wo, nihakani hahi-kakure tara m mo, karu-garusiki yau naru besi. Mi hitotu ha, nani bakari mo omohi habera zu. Kaku sohi tamahu ohom-tame nado no itohosiki ni nam, kokoro ni makase te mi wo mo motenasi nikukaru beki."
 tote, akatuki ni kaheri watari tamahi nu.
 "Waka-Miya ha ikaga ohasimasu? Ikade ka mi tatematuru beki?"
 tote mo naki nu.
 "Ima mi tatematuri tamahi te m. Nyougo-no-Kimi mo, ito ahare ni nam obosi-ide tutu, kikoye sase tamahu meru. Win mo, koto no tuide ni, mosi yononaka omohu yau nara ba, yuyusiki kane-goto nare do, Ama-Gimi sono hodo made nagarahe tamaha nam, to notamahu meri ki. Ika ni obosu koto ni ka ara m?"
 to notamahe ba, mata uti-wemi te,
 "Ide ya, sareba koso, sama-zama tamesi naki sukuse ni koso habere."
 tote yorokobu. Kono hubako ha mota se te mau-nobori tamahi nu.

 12 明石の物語 一族の宿世
 [12-1 東宮からのお召しの催促]
宮より、とく参りたまふべきよしのみあれば、
「かく思したる、ことわりなり。めづらしきことさへ添ひて、いかに心もとなく思さるらむ」
と、紫の上ものたまひて、若宮忍びて参らせたてまつらむ御心づかひ1602したまふ。
御息所は、御暇の心やすからぬに懲りたまひて、かかるついでに、しばしあらまほしく思したり。ほどなき御身に、さる恐ろしきことをしたまへれば、すこし面痩せ細りて、いみじくなまめかしき御さましたまへり。
「かく、ためらひがたくおはするほど、つくろひたまひてこそは」
など、御方などは心苦しがり1603きこえたまふを、大殿は、
「かやうに面痩せて見えたてまつりたまはむも、なかなかあはれなるべきわざなり」
などのたまふ。

 12 明石の物語 一族の宿世
 [12-1 東宮からのお召しの催促]
東宮から、早く参内なさるようにとのお召しが始終あるので、
「そのようにお思いあそばすのも、無理のないことです。おめでたいことまで加わって、どんなにか待ち遠しがっていらっしゃることでしょう」
と、紫の上もおっしゃって、若宮をこっそりと参上させようとご準備なさる。
御息所は、なかなかお暇が出ないのにお懲りになって、このような機会に、暫くお里にいたいと思っていらっしゃった。年端も行かないお身体で、あのような恐ろしいご出産をなさったので、少しお顔がお痩せになって、たいそう優美なご様子をしていらっしゃった。
「このような、まだおやつれになっていらっしゃるのですから、もう少し静養なさってからでは」
などと、御方などはお気の毒にお思い申し上げなさるが、大殿は、
「このように面痩せしてお目通りなさるのも、かえって魅力が増すものですよ」
などとおっしゃる。

 12 Tale of Akashi The fate of Akashi's
 [12-1 Togu remaind Akashi-Hime to come back to the Togu Palace]
 Miya yori, toku mawiri tamahu beki yosi nomi are ba,
 "Kaku obosi taru, kotowari nari. Medurasiki koto sahe sohi te, ika ni kokoro-motonaku obosa ru ram?"
 to, Murasaki-no-Uhe mo notamahi te, Waka-Miya sinobi te mawira se tatematura m mi-kokoro-dukahi si tamahu.
 Miyasudokoro ha, ohom-itoma no kokoro-yasukara nu ni kori tamahi te, kakaru tuide ni, sibasi aramahosiku obosi tari. Hodo naki ohom-mi ni, saru osorosiki koto wo si tamahe re ba, sukosi omoyase hosori te, imiziku namamekasiki ohom-sama si tamahe ri.
 "Kaku, tamerahi gataku ohasuruhodo, tukurohi tamahi te koso ha."
 nado, ohom-kata nado ha kokoro-kurusigari kikoye tamahu wo, Otodo ha,
 "Kayau ni omoyase te miye tatematuri tamaha m mo, naka-naka ahare naru beki waza nari."
 nado notamahu.

 [12-2 明石女御、手紙を見る]
対の上などの渡りたまひぬる夕つ方、しめやかなるに、御方、御前に参りたまひて、この文箱聞こえ知らせたまふ。
「思ふさまにかなひ果てさせたまふまでは、取り隠して置きてはべるべけれど、世の中定めがたければ、うしろめたさになむ。何ごとをも御心と思し数まへざらむこなた、ともかくも、はかなくなりはべりなば、かならずしも今はのとぢめを、御覧ぜらるべき身にもはべらねば、なほ、うつし心失せずはべる世になむ、はかなきことをも、聞こえさせ置くべくはべりける、と思ひはべりて。
むつかしくあやしき跡なれど、これも御覧ぜよ。この願文は、近き御厨子などに置かせたまひて、かならずさるべからむ折に御覧じて、このうちのことどもはせさせたまへ1604。
疎き人には、な漏らさせ1605たまひそ。かばかりと見たてまつりおきつれば、みづからも世を背きはべなむと思うたまへなりゆけば、よろづ心のどかにもおぼえはべらず。
対の上の御心、おろかに思ひきこえさせたまふな。いとありがたくものしたまふ、深き御けしきを見はべれば、身にはこよなくまさりて、長き御世にもあらなむとぞ思ひはべる。もとより、御身に添ひきこえさせむにつけても、つつましき身のほどにはべれば、譲りきこえそめはべりにしを、いとかうしも、ものしたまはじとなむ、年ごろは、なほ世の常に思うたまへわたりはべりつる。
今は、来し方行く先、うしろやすく思ひなりにてはべり」
など、いと多く聞こえたまふ。涙ぐみて聞きおはす。かくむつましかるべき御前にも、常にうちとけぬさましたまひて、わりなくものづつみし1606たるさまなり。この文の言葉、いとうたてこはく、憎げなるさまを、陸奥国紙にて、年経にければ、黄ばみ厚肥えたる五、六枚、さすがに香にいと深くしみたるに書きたまへり。
いとあはれと思して、御額髪のやうやう濡れゆく、御側目、あてになまめかし。

 [12-2 明石女御、手紙を見る]
対の上などがお帰りになった夕方、ひっそりした時に、御方は、御前に参上なさって、あの文箱のことをお聞かせ申し上げなさる。
「望み通りにおなりあそばすまでは、隠して置くべきことでございますが、この世は無常ですので、気がかりに思いまして。何事もご自分のお考えで一つ一つご判断のおできになります前に、何にせよ、わたしが亡くなるようなことがございましたら、必ずしも臨終の際に、お見取りいただける身分ではございませんので、やはり、しっかりしているうちに、ちょっとした事柄でも、お耳に入れて置いたほうがよい、と存じまして。
分りにくい変な筆跡ですが、これも御覧くださいませ。この御願文は、身近な御厨子などにお置きあそばして、きっとしかるべき機会に御覧になって、この中の事柄をお果たしください。
気心の知れない人には、お話しあそばしてはなりません。将来も確かだと拝察致しましたので、自分自身も出家しましょうと思うようになってまいりましたので、何かにつけゆっくり構えるわけにも行きません。
対の上のお心、いい加減にはお思い申されますな。実にめったにないほどでいらっしゃる、深いご親切のほどを拝見しますと、わたしよりはこの上なく、長生きして戴きたいと存じております。もともと、お側にお付き申し上げるのも、遠慮される身分でございますので、最初からお譲り申し上げていたのでしたが、とてもこうまでも、してくださるまいと、長い間、やはり世間並に考えていたのでございました。
が今では、過去も将来も、安心できる気持ちになりました」
などと、とても数多く申し上げなさる。涙ぐんで聞いていらっしゃる。このように親しくしてもよい御前でも、いつも礼儀正しい態度をなさって、無闇に遠慮している様子である。この手紙の文句、たいそう固苦しく無愛想な感じであるが、陸奥国紙で年数が経っているので、黄ばんで厚くなった五、六枚に、そうは言っても香をたいそう深く染み込ませたのにお書きになっていた。
たいそう感動なさって、御額髪がだんだん涙に濡れて行く、御横顔、上品で優美である。

 [12-2 Akashi-Hime reads the letter]
 Tai-no-Uhe nado no watari tamahi nuru yuhutukata, simeyaka naru ni, Ohom-kata, o-mahe ni mawiri tamahi te, kono hubako kikoye sira se tamahu.
 "Omohu sama ni kanahi hate sase tamahu made ha, tori-kakusi te oki te haberu bekere do, yononaka sadame gatakere ba, usirometasa ni nam. Nani-goto wo mo mi-kokoro to obosi kazumahe zara m konata, tomokaku mo, hakanaku nari haberi na ba, kanarazu si mo ima ha no todime wo, go-ran-ze raru beki mi ni mo habera ne ba, naho, utusi-gokoro use zu haberu yo ni nam, hakanaki koto wo mo, kikoye sase oku beku haberi keru, to omohi haberi te.
 Mutukasiku ayasiki ato nare do, kore mo go-ran-ze yo. Kono gwan-bumi ha, tikaki mi-dusi nado ni oka se tamahi te, kanarazu saru bekara m wori ni go-ran-zi te, kono uti no koto-domo ha se sase tamahe.
 Utoki hito ni ha, na mora sase tamahi so. Kabakari to mi tatematuri oki ture ba, midukara mo yo wo somuki habe'na m to omou tamahe nari-yuke ba, yorodu kokoro-nodoka ni mo oboye habera zu.
 Tai-no-Uhe no mi-kokoro, oroka ni omohi-kikoye sase tamahu na. Ito arigataku monosi tamahu, hukaki mi-kesiki wo mi habere ba, mi ni ha koyonaku masari te, nagaki mi-yo ni mo ara nam to zo omohi haberu. Motoyori, ohom-mi ni sohi kikoye sase m ni tuke te mo, tutumasiki mi no hodo ni habere ba, yuduri kikoye some haberi si wo, ito kau si mo, monosi tamaha zi to nam, tosi-goro ha, naho yo no tune ni omou tamahe watari haberi turu.
 Ima ha, kisikata yukusaki, usiroyasuku omohi nari ni te haberi."
 nado, ito ohoku kikoye tamahu. Namida-gumi te kiki ohasu. Kaku mutumasikaru beki o-mahe ni mo, tune ni uti-toke nu sama si tamahi te, warinaku mono-dutumi si taru sama nari. Kono humi no kotoba, ito utate kohaku, nikuge naru sama wo, Mitinokuni-gami ni te, tosi he ni kere ba, ki-bami atugoye taru go, roku-mai, sasuga ni kau ni ito hukaku simi taru ni kaki tamahe ri.
 Ito ahare to obosi te, ohom-hitahi-gami no yau-yau nure yuku, ohom-sobame, ate ni namamekasi.

 [12-3 源氏、女御の部屋に来る]
院は、姫宮の御方におはしけるを、中の御障子よりふと渡りたまへれば、えしも引き隠さで、御几帳をすこし引き寄せて、みづからははた隠れたまへり。
「若宮は、おどろきたまへりや。時の間も恋しきわざなりけり」
と聞こえたまへば、御息所はいらへも聞こえたまはねば、御方、
「対に渡しきこえたまひつ」
と聞こえたまふ。
「いとあやしや。あなたにこの宮を領じたてまつりて、懐をさらに放たずもて扱ひつつ、人やりならず衣も皆濡らして、脱ぎかへがちなめる。軽々しく、などかく渡したてまつりたまふ。こなたに渡りてこそ見たてまつりたま1607はめ」
とのたまへば、
「いと、うたて。思ひぐまなき御ことかな。女におはしまさむにだに、あなたにて見たてまつりたまはむこそよくはべらめ。まして男は、限りなしと聞こえさすれど、心やすくおぼえたまふを。戯れにても、かやうに隔てがましきこと、なさかしがり1608聞こえさせたまひそ」
と聞こえたまふ。うち笑ひて、
「御仲どもにまかせて、見放ちきこゆべきななりな。隔てて、今は、誰も誰もさし放ち、さかしらなどのたまふこそ幼けれ。まづは、かやうにはひ隠れて、つれなく言ひ落としたまふめりかし1609」
とて、御几帳を引きやりたまへれば、母屋の柱に寄りかかりて、いときよげに、心恥づかしげなるさましてものしたまふ。

 [12-3 源氏、女御の部屋に来る]
院は、姫宮の御方にいらっしゃったが、中の御障子から不意にお越しになったので、手紙を引き隠すことができず、御几帳を少し引き寄せて、ご自身はやはり隠れなさった。
「若宮は、お目覚めでいらっしゃいますか。ちょっとの間も恋しいものですよ」
と申し上げなさると、御息所はお答えも申し上げなさらないので、御方が、
「対の上にお渡し申し上げなさいました」
と申し上げなさる。
「実に不都合な。あちらではこの宮を独り占め申されて、懐から少しも放さずお世話なさっては、好き好んで着物もすっかり濡らして、しきりに脱ぎ替えているようです。かるがると、どうしてお渡し申しなさるのか。こちらに来てお世話申し上げなさればよいものを」
とおっしゃると、
「まあ、いやな。思いやりのないお言葉ですこと。女宮でいらっしゃっても、あちらでお育て申し上げなさるのがよいことでございましょう。まして男宮は、どれほど尊いご身分と申し上げても、ご自由と存じ上げておりますのに。ご冗談にも、そのような分け隔てをするようなことを、変に知ったふうに申されなさいますな」
とお答え申し上げなさる。ほほ笑んで、
「お二人にお任せして、お構い申さないのがよいというのですね。分け隔てをして、このごろは、誰も彼もが除け者にして、でしゃばりだなどとおっしゃるのは、考えが足りないことです。第一、そのようにこそこそ隠れて、冷たくこき下ろしなさるようだ」
と言って、御几帳を引きのけなさると、母屋の柱に寄り掛かって、たいそう綺麗に、気が引けるほど立派な様子をしていらっしゃる。

 [12-3 Genji comes in Akashi's room]
 Win ha, Hime-Miya no ohom-kata ni ohasi keru wo, naka no mi-sauzi yori huto watari tamahe re ba, e si mo kakusa de, mi-kityau wo sukosi hiki-yose te, midukara ha hata kakure tamahe ri.
 "Waka-Miya ha, odoroki tamahe ri ya! Toki no ma mo kohisiki waza nari keri!"
 to kikoye tamahe ba, Miyasumdokoro ha irahe mo kikoye tamaha ne ba, ohom-kata,
 "Tai ni watasi kikoye tamahi tu."
 to kikoye tamahu.
 "Ito ayasi ya! Anata ni kono Miya wo ryau-zi tatematuri te, hutokoro wo sarani hanata zu mote-atukahi tutu, hito yari nara zu kinu mo mina nurasi te, nugi-kahe-gati na'meru. Karo-garosiku, nado kaku watasi tatematuri tamahu. Konata ni watari te koso mi tatematuri tamaha me."
 to notamahe ba,
 "Ito, utate. Omohi-guma naki ohom-koto kana! Womna ni ohasimasa m ni dani, anata ni te mi tatematuri tamaha m koso yoku habera me. Masite wotoko ha, kagiri nasi to kikoyesasu re do, kokoro-yasuku oboye tamahu wo! Tahabure ni te mo, kayau ni hedate-gamasiki koto, na sakasigari kikoye sase tamahi so."
 to kikoye tamahu. Uti warahi te,
 "Ohom-naka-domo ni makase te, mi-hanati kikoyu beki na'nari na. Hedate te, ima ha, tare mo tare mo sasi-hanati, sakasira nado notamahu koso wosanakere. Madu ha, kayau ni hahi kakure te, turenaku ihi-otosi tamahu meri kasi."
 tote, mi-kityau wo hiki-yari tamahe re ba, mo-ya no hasira ni kakari te, ito kiyoge ni, kokoro-hadukasige naru sama si te monosi tamahu.

 [12-4 源氏、手紙を見る]
ありつる箱も、惑ひ隠さむもさま悪しければ、さておはするを、
「なぞの箱。深き心あらむ。懸想人の長歌詠みて封じこめたる心地こそすれ」
とのたまへば、
「あな、うたてや。今めかしくなり返らせたまふめる御心ならひに、聞き知らぬやうなる御すさび言どもこそ、時々出で来れ」
とて、ほほ笑みたまへれど、ものあはれなりける御けしきどもしるければ、あやしとうち傾きたまへるさまなれば、わづらはしくて、
「かの明石の岩屋より、忍びてはべし御祈りの巻数、また、まだしき願などのはべりけるを、御心にも知らせたてまつるべき折あらば、御覧じおくべくやとてはべるを、ただ今は、ついでなくて、何かは開けさせたまはむ」
と聞こえたまふに、「げに、あはれなるべきありさまぞかし」と思して、
「いかに行なひまして住みたまひにたらむ。命長くて、ここらの年ごろ勤むる罪も、こよなからむかし。世の中に、よしあり、賢しき方々の、人とて見るにも、この世に染みたるほどの濁り深きにやあらむ、賢き方こそあれ、いと限りありつつ及ばざりけりや。
さもいたり深く、さすがに、けしきありし人のありさまかな。聖だち、この世離れ顔にもあらぬものから、下の心は、皆あらぬ世に通ひ住みにたるとこそ、見えしか。
まして、今は心苦しきほだしもなく、思ひ離れにたらむをや。かやすき身ならば、忍びて、いと会はまほしくこそ」
とのたまふ。
「今は、かのはべりし所をも捨てて1610、鳥の音聞こえぬ山1611にとなむ聞きはべる」
と聞こゆれば、
「さらば、その遺言ななりな1612。消息は通はしたまふや。尼君、いかに思ひたまふらむ。親子の仲よりも、またさるさまの契りは、ことにこそ添ふべけれ」
とて、うち涙ぐみたまへり。

 [12-4 源氏、手紙を見る]
さきほどの文箱も、慌てて隠すのも体裁が悪いので、そのままにしておかれたのを、
「何の箱ですか。深い子細があるのでしょう。懸想人が長歌を詠んで大事に封じ込めてあるような気がしますね」
とおっしゃるので、
「まあ、いやですわ。今風に若返りなさったようなお癖で、合点のゆかないようなご冗談が、時々出て来ますこと」
と言って、ほほ笑んでいらっしゃるが、しみじみとしたご様子がはっきりと感じられるので、妙だと首を傾けていらっしゃる様子なので、厄介に思って、
「あの明石の岩屋から、内々で致しましたご祈祷の巻数、また、まだ願解きをしていないのがございましたのを、殿にもお知らせ申し上げるべき適当な機会があったら、御覧になって戴いたほうがよいのではないかと送って来たのでございますが、只今は、その時でもございませんので、何のお開けあそばすこともございますまい」
と申し上げなさると、「なるほど、泣くのも無理はない」とお思いになって、
「どんなに修業を積んでお暮らしになったことだろう。長生きをして、長年の勤行の功徳の積み重ねによって消滅した罪障も、数知れぬことだろう。世の中で、教養があり、賢明であるという方々を、それと見ても、現世の名利に執着した煩悩が深いのだろうか、学問は優れていても、実に限度があって及ばないな。
実に悟りは深く、それでいて、風情のあった人だな。聖僧のように、現世から離れている顔つきでもないのに、本心は、すっかり極楽浄土に行き来しているように、見えました。
まして、今では気にかかる係累もなく、解脱しきっているだろう。気楽に動ける身ならば、こっそりと行って、ぜひにも会いたいものだが」
とおっしゃる。
「今は、あの住んでいた所も捨てて、鳥の音も聞こえない奥山にと聞いております」
と申し上げると、
「それでは、その遺言なのですね。お手紙はやりとりなさっていますか。尼君、どんなにお思いだろうか。親子の仲よりも、また夫婦の仲は、格別に悲しみも深かろう」
とおっしゃって、涙ぐみなさっていた。

 [12-4 Genji reads the letter]
 Ari turu hako mo, madohi kakusa m mo sama asikere ba, sate ohasuru wo,
 "Nazo no kako? Hukaki kokoro ara m. Kesau-bito no naga-uta yomi te hun-zi kome taru kokoti koso sure."
 to notmahe ba,
 "Ana, utate ya! Imamekasiku nari kahera se tamahu meru mi-kokoro narahi ni, kiki sira nu yau naru ohom-susabi-goto-domo koso, toki-doki ide-kure."
 tote, hohowemi tamahe re do, mono ahare nari keru mi-kesiki-domo sirukere ba, ayasi to uti katabuki tamahe ru sama nare ba, wadurahasiku te,
 "Kano Akasi no ihaya yori, sinobi te habe'si ohom-inori no kwanzu, mata, madasiki gwan nado no haberi keru wo, mi-kokoro ni mo sira se tatematuru beki wori ara ba, go-ran-zi oku beku ya tote haberu wo, tada ima ha, tuide naku te, nani ka ha ake sase tamaha m?"
 to kikoye tamahu ni, "Geni, ahare naru beki arisama zo kasi." to obosi te,
 "Ika ni okonahi-masi te sumi tamahi ni tara m. Inoti nagaku te, kokora no tosi-goro tutomuru tumi mo, koyonakara m kasi. Yononaka ni, yosi ari, sakasiki kata-gata no, hito tote miru ni mo, kono yo ni somi taru hodo no nigori hukaki ni ya ara m, kasikoki kata koso are, ito kagiri ari tutu oyoba zari keri ya.
 Samo itari hukaku, sasuga ni, kesiki ari si hito no arisama kana! Hiziri-dati, kono yo-banare gaho ni mo ara nu mono kara, sita no kokoro ha, mina ara nu yo ni kayohi sumi ni taru to koso, miye sika.
 Masite, ima ha kokoro-gurusiki hodasi mo naku, omohi hanare ni tara m wo ya! Kayasuki mi nara ba, sinobi te, ito aha mahosiku koso."
 to notamahu.
 "Ima ha, kano haberi si tokoro wo mo sute te, tori no ne kikoye nu yama ni to nam kiki haberu."
 to kikoyure ba,
 "Sara ba, sono yuigon na'nari na. Seusoko ha kayohasi tamahu ya. Ama-Gimi, ika ni omohi tamahu ram. Oyako no naka yori mo, mata saru sama no tigiri ha, koto ni koso sohu bekere."
 tote, uti-namidagumi tamahe ri.

 [12-5 源氏の感想]
「年の積もりに、世の中のありさまを、とかく思ひ知りゆくままに、あやしく恋しく思ひ出でらるる人の御ありさまなれば、深き契りの仲らひは、いかにあはれならむ」
などのたまふついでに、「この夢語りも思し合はすることもや」と思ひて1613、
「いとあやしき梵字とかいふやうなる跡にはべめれど、御覧じとどむべき節もや混じりはべるとてなむ。今はとて別れはべりにしかど、なほこそ、あはれは残りはべるものなりけれ」
とて、さまよくうち泣きたまふ。寄りたまひて1614、
「いとかしこく、なほほれぼれしからずこそあるべけれ。手なども、すべて何ごとも、わざと有職にしつべかりける人の、ただこの世経る方の心おきてこそ少なかりけれ。
かの先祖の大臣は1615、いとかしこくありがたき心ざしを尽くして、朝廷に仕うまつりたまひける1616ほどに、ものの違ひめありて、その報いにかく末はなきなりなど、人言ふめりしを、女子の方につけたれど、かくていと嗣なしといふべきには1617あらぬも、そこらの行なひのしるしにこそはあらめ」
など、涙おし拭ひたまひつつ、この夢のわたりに1618目とどめたまふ。
「あやしくひがひがしく、すずろに高き心ざしありと人も咎め、また我ながら1619も、さるまじき振る舞ひを、仮にてもするかな、と思ひしことは、この君の生まれたまひし時に、契り深く思ひ知りにしかど、目の前に見えぬあなたのことは、おぼつかなくこそ思ひわたりつれ、さらば、かかる頼みありて、あながちには望みしなりけり。
横さまに、いみじき目を見、ただよひしも、この人一人のためにこそありけれ。いかなる願をか心に起こしけむ」
とゆかしければ、心のうちに拝みて取りたまひつ。

 [12-5 源氏の感想]
「年を取って、世の中の様子を、あれこれと分かってくるにつれて、妙に恋しく思い出されるご様子の方なので、深い契りの夫婦では、どんなにか感慨も深いことであろう」
などとおっしゃっている機会に、「あの夢物語もお思い当たりなさることがあるかも知れない」と思って、
「たいそう変な梵字とか言うような筆跡ではございますが、お目に止まるようなこともございましょうかと存じまして。これが最後と思って別れたのでしたが、やはり、愛着は残るものでございました」
と言って、見苦しからぬ体でお泣きになる。側に寄りなさって、
「実にしっかりしていて、まだまだ耄碌していませんな。筆跡なども、総じて何につけても、ことさら有職と言ってもよい方で、ただ世渡りの心得だけが上手でなかったな。
あの先祖の大臣は、たいそう賢明で世にも稀な忠誠を尽くして、朝廷にお仕え申していらっしゃった間に、何かの行き違いがあって、その報いでそのような子孫が絶えたのだと、人々が噂したようだが、女子の系統であるが、このように決して子孫がいないというわけでないのも、長年の勤行の甲斐があってなのだろう」
などと、涙をお拭いになりながら、あの夢物語のあたりにお目を止めなさる。
「変に偏屈者で、無闇に大それた望みを持っていると人も非難し、また自分ながらも、よろしからぬ結婚をかりそめにもしたことよ、と思ったのは、この姫君がお生まれになった時に、前世からの宿縁だと深く理解したが、目の前に見えない遠い先のことは、どういうものかよく分からぬとずっと思い続けていたのだが、それでは、このような期待があって、無理やり婿に望んだのだったな。
無実の罪によって、酷い目に遭い、流浪したのも、この人一人の祈願成就のためであったのだな。どのような祈願を思い立ったのだろうか」
と知りたいので、心の中で拝んでお取りになった。

 [12-5 Genji thinks far Akashi's father]
 "Tosi no tumori ni, yononaka no arisama wo, tokaku omohi siri yuku mama ni, ayasiku kohisiku omohi-ide raruru hito no mi-arisama nare ba, hukaki tigiri no nakarahi ha, ika ni ahare nara m."
 nado notamahu tuide ni, "Kono yume-gatari mo obosi-ahasuru koto mo ya?" to omohi te,
 "Ito ayasiki bonzi to ka ihu yau naru ato ni habe'mere do, go-ran-zi todomu beki husi mo ya maziri haberu tote nam. Ima ha tote wakare haberi ni sika do, naho koso, ahare ha nokori haberu mono nari kere."
 tote, sama yoku uti-naki tamahu. Yori tamahi te,
 "Ito kasikoku, naho hore-boresikara zu koso aru bekere. Te nado mo, subete nani-goto mo, wazato iusoku ni si tu bekari keru hito no, tada kono yo huru kata no kokoro-okite koso sukunakari kere.
 Kano senzo no Otodo ha, ito kasikoku ari gataki kokorozasi wo tukusi te, Ohoyake ni tukau-maturi tamahi keru hodo ni, mono no tagahime ari te, sono mukuyi ni kaku suwe ha naki nari nado, hito ihu meri si wo, womna-go no kata ni tuke tare do, kaku te ito tugi nasi to ihu beki ni ha ara nu mo, sokora no okonahi no sirusi ni koso ha ara me."
 nado, namida osi-nogohi tamahi tutu, kono yume no watari ni me todome tamahu.
 "Ayasiku higa-higasiku, suzuro ni takaki kokorozasi ari to hito mo togame, mata ware nagara mo, saru maziki hurumahi wo, kari ni te mo suru kana, to omohi si koto ha, kono Kimi no umare tamahi si toki ni, tigiri hukaku omohi siri ni sika do, me no mahe ni miye nu anata no koto ha, obotukanaku koso omohi watari ture, sara ba, kakaru tanomi ari te, anagati ni ha nozomi si nari keri.
 Yoko-sama ni, imiziki me wo mi, tadayohi si mo, kono hito hitori no tame ni koso ari kere! Ika naru gwan wo ka kokoro ni okosi kem?"
 to yukasikere ba, kokoro no uti ni ogami te tori tamahi tu.

 [12-6 源氏、紫の上の恩を説く]
「これは、また具してたてまつるべきものはべり。今また聞こえ知らせ1620はべらむ」
と、女御には聞こえたまふ。そのついでに、
「今は、かく、いにしへのことをもたどり知りたまひぬれど、あなたの御心ばへを、おろかに思しなすな。もとよりさるべき仲、えさらぬ睦びよりも、横さまの人のなげのあはれをもかけ、一言1621の心寄せあるは、おぼろけのことにもあらず。
まして、ここになどさぶらひ馴れたまふを見る見るも、初めの心ざし変はらず、深くねむごろに1622思ひきこえたるを。
いにしへの世のたとへにも、さこそはうはべには育みけれと1623、らうらうじきたどりあらむも、賢きやうなれど、なほあやまりても、わがため下の心ゆがみたらむ人を、さも思ひ寄らず、うらなからむためは、引き返しあはれに、いかでかかるにはと、罪得がましきにも、思ひ直ることもあるべし。
おぼろけの昔の世のあだならぬ人は、違ふ節々あれど、ひとりひとり罪なき時には、おのづからもてなす例どもあるべかめり。さしもあるまじきことに、かどかどしく1624癖をつけ、愛敬なく、人をもて離るる心あるは、いとうちとけがたく、思ひぐまなきわざになむあるべき。
多くはあらねど、人の心の、とあるさまかかるおもむきを見るに、ゆゑよしといひ、さまざまに口惜しからぬ際の心ばせあるべかめり。皆おのおの得たる方ありて、取るところなくもあらねど、また、取り立てて、わが後見に思ひ、まめまめしく選び思はむには1625、ありがたきわざになむ。
ただまことに心の癖なくよきことは、この対をのみなむ、これをぞおいらかなる人といふべかりける、となむ思ひはべる。よしとて、またあまりひたたけて頼もしげなきも、いと口惜しや」
とばかりのたまふに、かたへの人は思ひやられぬかし。

 [12-6 源氏、紫の上の恩を説く]
「この願文には、また一緒に差し上げねばならない物があります。そのうちお話しましょう」
と、女御には申し上げなさる。その折に、
「今は、このように、昔のことをだいぶお分りになったのだが、あちらのご好意を、いい加減にはお思いなさいますな。もともと親しいはずの夫婦仲や、切っても切れない親兄弟の親しみよりも、血の繋がらない他人がかりそめの情けをかけ、一言の好意でも寄せてくれるのは、並大抵のことではありません。
まして、ここに始終お付きしていらっしゃるのを見ながら、最初の気持ちも変わらず、深くご好意をお寄せ申しているのですから。
昔の世の例にも、いかにも表面だけはかわいがっているようだがと、賢そうに推量するのも、利口なようだが、やはり間違っても、自分にとって内心悪意を抱いているような継母を、そうとは思わず、素直に慕っていったならば、思い返してかわいがり、どうしてこんなかわいい子にはと、罰が当たることだと、改心することもきっとあるでしょう。
並々ならぬ昔からの仇敵でない人は、いろいろ行き違いがあっても、お互いに欠点のない場合には、自然と仲好くなる例はたくさんあるようです。それほどでもないことに、とげとげしく難癖をつけ、かわいげなく、人を疎んじる心のある人は、とてもうちとけにくく、考えの至らない者と言うべきでしょう。
多くはありませんが、人の心の、あれこれとある様子を見ると、嗜み教養といい、それぞれにしっかりした程度の心得は持っているようです。皆それぞれ長所があって、取柄がないでもないが、かと言って、特別に、わが妻にと思って、真剣に選ぼうとすれば、なかなか見当たらないものです。
ただ本当に素直で良い人は、この対の上だけで、この人を穏やかな人と言うべきだ、と思います。身分の高い人と言っても、またあまりに締まりがなくて頼りなさそうなのも、まことに残念なことですよ」
とだけおっしゃったが、もうお一方のことがきっと想像されたことだろう。

 [12-6 Genji explains the favor of Murasaki to Akashi-Hime]
 "Kore ha, mata gusi te tatematuru beki mono haberi. Ima mata kikoye sira se habera m."
 to, Nyougo ni ha kikoye tamahu. Sono tuide ni,
 "Ima ha, kaku, inisihe no koto wo mo tadori siri tamahi nure do, anata no mi-kokorobahe wo, oroka ni obosi nasu na. Motoyori saru beki naka, e sara nu mutubi yori mo, yoko-sama no hito no nage no ahare wo mo kake, hito-koto no kokoro-yose aru ha, oboroke no koto ni mo ara zu.
 Masite, koko ni nado saburahi nare tamahu wo miru miru mo, hazime no kokorozasi kahara zu, hukaku nemgoro ni omohi kikoye taru wo.
 Inisihe no yo no tatohe ni mo, sa koso ha uhabe ni ha hagukumi kere to, rau-rauziki tadori ara m mo, kasikoki yau nare do, naho ayamari ni te mo, waga tame sita no kokoro no yugami tara m hito wo, sa mo omohi yora zu, ura-nakara m tame ha, hiki-kahesi ahare ni, ikade kakaru ni ha to, tumi e-gamasiki ni mo, omohi nahoru koto mo aru besi.
 Oboroke no mukasi no yo no ada nara nu hito ha, tagahu husi-busi are do, hitori hitori tumi naki toki ni ha, onodukara motenasu tamesi-domo aru beka'meri. Sa si mo aru maziki koto ni, kado-kadosiku kuse wo tuke, aigyau naku, hito wo mote hanaruru kokoro aru ha, ito utitoke gataku, omohi guma naki waza ni nam aru beki.
 Ohoku ha ara ne do, hito no kokoro no, to aru sama kakaru omomuki wo miru ni, yuwe yosi to ihi, sama-zama ni kutiwosi kara nu kiha no kokorobase aru beka'meri. Mina ono-ono e taru kata ari te, toru tokoro naku mo ara ne do, mata, toritate te, waga usiromi ni omohi, mame-mamesiku erabi omoha m ni ha, ari gataki waza ni nam.
 Tada makoto ni kokoro no kuse naku yoki koto ha, kono Tai wo nomi nam, kore wo zo oyiraka naru hito to ihu bekari keru, to nam omohi haberu. Yosi tote, mata amari hitatake te tanomosige naki mo, ito kutiwosi ya!"
 to bakari notamahu ni, katahe no hito ha omohi-yara re nu kasi.

 [12-7 明石御方、卑下す]
「そこにこそ、すこしものの心得てものしたまふめるを、いとよし、睦び交はして、この御後見をも、同じ心にてものしたまへ」
など、忍びやかに1626のたまふ。
「のたまはせねど、いとありがたき御けしきを見たてまつるままに、明け暮れの言種に聞こえはべる。めざましきものになど思しゆるさざらむに、かうまで御覧じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまで数まへのたまはすれば、かへりてはまばゆくさへなむ。
数ならぬ身の、さすがに消えぬは、世の聞き耳も、いと苦しく、つつましく思うたまへらるるを、罪なきさまに、もて隠されたてまつりつつのみこそ」
と聞こえたまへば、
「その御ためには、何の心ざしかはあらむ。ただ、この御ありさまを、うち添ひてもえ見たてまつらぬおぼつかなさに、譲りきこえらるるなめり。それもまた、とりもちて、掲焉になどあらぬ御もてなしどもに、よろづのことなのめに目やすくなれば、いとなむ思ひなくうれしき。
はかなきことにて、ものの心得ずひがひがしき人は、立ち交じらふにつけて、人のためさへからきことありかし。さ直しどころなく、誰もものしたまふめれば、心やすくなむ」
とのたまふにつけても、
「さりや、よくこそ卑下しにけれ」
など、思ひ続けたまふ。対へ渡りたまひぬ。

 [12-7 明石御方、卑下す]
「あなたこそは、少し物の道理が分かっていらっしゃるようだから、ほんとうに結構なことで、仲好くし合って、この姫君のご後見を、心を合わせてなさって下さい」
などと、声をひそめておっしゃる。
「仰せはなくとも、まことに有り難いご好意を拝見しておりまして、朝夕の口癖に感謝申し上げております。目障りな者だとお許しがなかったら、こんなにまでお見知りおき下さるはずもございませんのに、身の置き所もない程に人並みにお言葉をかけて下さるので、かえって面映ゆいくらいです。
人数にも入らないわたしが、それでも生き永らえていますのは、世間の評判もいかがと、まことに苦しく、遠慮される思いが致しますが、お咎めもない様子に、いつもお庇いいただいているのでございます」
と申し上げなさると、
「あなたのためには、特にご好意があるのではないでしょう。ただ、この姫君のご様子を始終付き添ってお世話申し上げられないのが心配で、お任せ申されるのでしょう。それもまた、一人で取り仕切って、特に目立つようにお振る舞いにならないので、何事も穏やかで体裁よく運ぶので、まことに嬉しく思っています。
ちょとしたことにつけても、物の道理の分からずひねくれた者は、人と交際するにつけて、相手まで迷惑を被ることがあるものです。そのような直さなければならない所が、どちらにもなくいらっしゃるようなので、安心です」
とおっしゃるにつけても、
「やっぱりだわ。よくここまで謙遜して来たこと」
などと思い続けなさる。対の屋へお渡りになった。

 [12-7 Akashi fumbles herself]
 "Soko ni koso, sukosi mono no kokoro e te monosi tamahu meru wo, ito yosi, mutubi-kahasi te, kono ohom-usiromi wo mo, onazi kokoro ni te monosi tamahe."
 nado, sinobiyaka ni notamahu.
 "Notamahase ne do, ito arigataki mi-kesiki wo mi tatematuru mama ni, akekure no kotogusa ni kikoye haberu. Mezamasiki mono ni nado obosi yurusa zara m ni, kau made go-ran-zi siru beki ni mo ara nu wo, katahara itaki made kazumahe notamaha sure ba, kaheri te ha mabayuku sahe nam.
 Kazu nara nu mi no, sasuga ni kiye nu ha, yo no kiki-mimi mo, ito kurusiku, tutumasiku omou tamahe raruru wo, tumi naki sama ni, mote kakusa re tatematuri tutu nomi koso."
 to kikoye tamahe ba,
 "Sono ohom-tame ni ha, nani no kokorozasi ka ha ara m? Tada, kono ohom-arisama wo, uti-sohi te mo e mi tatematura nu obotukanasa ni, yuduri kikoye raruru na'meri. Sore mo mata, tori moti te, ketien ni nado ara nu ohom-motenasi-domo ni, yorodu no koto nanome ni me-yasuku nare ba, ito nam omohi naku uresiku.
 Hakanaki koto ni te, mono no kokoro e zu higa-higasiki hito ha, tati-mazirahu ni tuke te, hito no tame sahe karaki koto ari kasi. Sa nahosi dokoro naku, tare mo monosi tamahe mere ba, kokoro-yasuku nam."
 to notamahu ni tuke te mo,
 "Sari ya, yoku koso hige si ni kere!"
 nado, omohi-tuduke tamahu. Tai he watari tamahi nu.

 [12-8 明石御方、宿世を思う]
「さも、いとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな。げにはた、人よりことに、かくしも具したまへるありさまの、ことわりと見えたまへるこそめでたけれ。
宮の御方、うはべの御かしづきのみめでたくて、渡りたまふことも、えなのめならざめるは、かたじけなきわざなめりかし。同じ筋にはおはすれど、今一際は心苦しく」
としりうごちきこえたまふにつけても、わが宿世は、いとたけくぞ、おぼえたまひける。
「やむごとなきだに、思すさまにもあらざめる世に、まして立ちまじるべきおぼえにしあらねば、すべて今は、恨めしき節もなし。ただ、かの絶え籠もりにたる山住みを思ひやるのみぞ、あはれにおぼつかなき」
尼君も、ただ、「福地の園に種まきて1627」とやうなりし一言をうち頼みて、後の世を思ひやりつつ眺めゐたまへり。

 [12-8 明石御方、宿世を思う]
「ああして、たいそう大事になさるお気持ちが深まるばかりのようだこと。なるほどほんとに、人並み勝れて、こんなに何もかも揃っていらっしゃる様子で、無理もないとお見えになるのが立派ですわ。
宮の御方は、表向きのお扱いだけはご立派で、お渡りになるのも、そう十分でないらしいのは、恐れ多いことのようですわ。同じお血筋でいらっしゃるが、もう一段御身分が高いことだけにお気の毒で」
と陰口を申し上げなさるにつけても、自分の運命は、まことに大したものだと、思われなさるのであった。
「高貴な方でさえ、思い通りにならないらしいご夫婦仲なのに、ましてお仲間入りできるような身分でもないのだから、何もかも今は、恨めしく思うことはない。ただ、あの世を捨てて籠もった深山生活を思いやるだけが悲しく心配だわ」
尼君も、ただ、「福地の園に種を蒔いて」といったような一言を頼みにして、後世の事を考え考え物思いに耽っていらっしゃった。

 [12-8 Akashi thinks the fate of Akashi's]
 "Sa mo, ito yamgotonaki mi-kokorozasi nomi masaru meru kana! Geni hata, hito yori koto ni, kaku si mo gu-si tamahe ru arisama no, kotowari to miye tamahe ru koso medetakere.
 Miya-no-Ohomkata, uhabe no ohom-kasiduki nomi medetaku te, watari tamahu koto mo, e nanome nara za'meru ha, katazikenaki waza na'meri kasi. Onazi sudi ni ha ohasure do, ima hito-kiha ha kokoro-gurusiku."
 to siriugoti kikoye tamahu ni tuke te mo, waga sukuse ha, ito takeku zo, oboye tamahi keru.
 "Yamgotonaki dani, obosu sama ni mo ara za'meru yo ni, masite tati-maziru beki oboye ni si ara ne ba, subete ima ha, uramesiki husi mo nasi. Tada, kano taye komori ni taru yama-zumi wo omohi-yaru nomi zo, ahare ni obotukanaki."
 Ama-Gimi mo, tada, "Hukuti no sono ni tane maki te." to yau nari si hito-koto wo uti tanomi te, noti no yo wo omohi yari tutu nagame wi tamahe ri.

 13 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る
 [13-1 夕霧の女三の宮への思い]
大将の君は、この姫宮の御ことを、思ひ及ばぬにしもあらざりしかば、目に近くおはしますを、いとただにもおぼえず、おほかたの御かしづきにつけて、こなたにはさりぬべき折々に参り馴れ、おのづから御けはひ、ありさまも見聞きたまふに、いと若くおほどきたまへる一筋にて、上の儀式1628はいかめしく、世の例にしつばかりもてかしづきたてまつりたまへれど、をさをさけざやかにもの深くは見えず。
女房なども、おとなおとなしきは少なく、若やかなる容貌人の、ひたぶるにうちはなやぎ、さればめる1629はいと多く、数知らぬまで集ひさぶらひつつ、もの思ひなげなる御あたりとはいひながら、何ごとものどやかに心しづめたるは、心のうちのあらはにしも見えぬわざなれば、身に人知れぬ思ひ添ひたらむも、またまことに心地ゆきげに、とどこほりなかるべきにしうち混じれば、かたへの人にひかれつつ、同じけはひもてなしになだらかなるを、ただ明け暮れは、いはけたる遊び戯れに心入れたる童女のありさまなど、院は、いと目につかず1630見たまふことどもあれど、一つさまに世の中を思しのたまはぬ御本性なれば、かかる方をもまかせて、さこそはあらまほしからめ、と御覧じゆるしつつ、戒めととのへさせたまはず。
正身の御ありさまばかりをば、いとよく教へきこえたまふに、すこしもてつけたまへり。

 13 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る
 [13-1 夕霧の女三の宮への思い]
大将の君は、この姫宮の御事を、考えなかったわけでもないので、身近においであそばしますのを、とても平気ではいられず、普通のお世話にかこつけて、こちらには何か御用がある時にはいつも参上して、自然と雰囲気や、様子を見聞きなさると、とても若くおっとりしていらっしゃるばかりで、表向きの格式だけは堂々として、世の前例にもなりそうなくらい大事に申し上げなさっているが、実際はそう大して際立って奥ゆかしくは思われない。
女房なども、しっかりした年輩の者たちは少なく、若くて美人で、ただもう華やかに振る舞って、気取っている者がとても多く、数えきれないほど多く集まり集まって、何の苦労もないお住まいとはいえ、どのような事でも騒がず落ち着いている女房は、心の中がはっきりと見えないものであるから、わが身に人知れない悩みを持っていても、また真実楽しげに、万事思い通りに行っているらしい人たちの中にいると、はたの人に引かれて、同じ気分や態度に調子を合わせるものであるから、ただ一日中、子供じみた遊びや戯れ事に熱中している童女の様子など、院は、まことに感心しないと御覧になることもあるが、一律に世間の事を断じたりなさらないご性格なので、このような事も勝手にさせて、そのようなこともしたいのだろうと、大目に御覧になって、叱って改めさせることはなさらない。
ご本人のお振る舞いだけは、十分よくお教え申し上げなさるので、少しは取り繕っていらっしゃった。

 13 Tale of Sam-no-Miya Kashiwagi looks Sam-no-Miya by chance
 [13-1 The thought of Yugiri to Sam-no-miya]
 Daisyau-no-Kimi ha, kono Hime-Miya no ohom-koto wo, omohi oyoba nu ni si mo ara zari sika ba, me ni tikaku ohasimasu wo, ito tada ni mo oboye zu, ohokata no ohom-kasiduki ni tuke te, konata ni ha sari nu beki wori-wori ni mawiri nare, onodukara ohom-kehahi, arisama mo mi kiki tamahu ni, ito wakaku ohodoki tamahe ru hito-sudi ni te, uhe no gisiki ha ikamesiku, yo no tamesi ni si tu bakari mote kasiduki tatematuri tamahe re do, wosa-wosa kezayaka ni mono hukaku ha miye zu.
 Nyoubau nado mo, otona-otonasiki ha sukunaku, wakayaka naru katati-bito no, hitaburu ni uti hanayagi, sare-bameru ha ito ohoku, kazu sira nu made tudohi saburahi tutu, mono-omohi nage naru ohom-atari to ha ihi nagara, nani-goto mo nodoyaka ni kokoro-sidume taru ha, kokoro no uti no arahasi ni si mo miye nu waza nare ba, mi ni hito sire nu omohi sohi tara m mo, mata makoto ni kokoti-yuki-ge ni, todokohori nakaru beki ni si uti mazire ba, katahe no hito ni hika re tutu, onazi kehahi motenasi ni nadaraka naru wo, tada akekure ha, ihake taru asobi tahabure ni kokoro ire taru warahabe no arisama nado, Win ha, ito me ni tuka zu mi tamahu koto-domo are do, hitotu sama ni yononaka wo obosi notamaha nu go-honzyau nare ba, kakaru kata wo mo makase te, sa koso ha aramahosikara me, to go-ran-zi yurusi tutu, imasime totonohe sase tamaha zu.
 Sauzimi no mi-arisama bakari wo ba, ito yoku wosihe kikoye tamahu ni, sukosi mote tuke tamahe ri.

 [13-2 夕霧、女三の宮を他の女性と比較]
かやうのことを、大将の君も、
「げにこそ、ありがたき世なりけれ。紫の御用意、けしきの、ここらの年経ぬれど、ともかくも漏り出で見え聞こえたるところなく、しづやかなるをもととして、さすがに、心うつくしう、人をも消たず、身をもやむごとなく、心にくくもてなし添へたまへること」
と、見し面影も忘れがたくのみなむ思ひ出でられける。
「わが御北の方も、あはれと思す方こそ深けれ、いふかひあり、すぐれたるらうらうじさなど、ものしたまはぬ人なり。おだしきものに、今はと目馴るるに、心ゆるびて、なほかくさまざまに、集ひたまへるありさまどもの、とりどりにをかしきを、心ひとつに思ひ離れがたきを、ましてこの宮は、人の御ほどを思ふにも、限りなく心ことなる御ほどに、取り分きたる御けしきしもあらず、人目の飾りばかりにこそ」
と見たてまつり知る。わざとおほけなき心にしもあらねど、「見たてまつる折ありなむや」と、ゆかしく思ひきこえたまひけり。

 [13-2 夕霧、女三の宮を他の女性と比較]
このようなことを、大将の君も、
「なるほど、立派な方はなかなかいないものだな。紫の上のお心がけ、態度は、長年たったけれども、何かと噂に出て見えたり聞こえたりするところはなく、もの静かな点を第一として、何と言っても、心やさしく、人をないがしろにせず、自分自身も気品高く、奥ゆかしくしていらっしゃることよ」
と、垣間見した面影を忘れ難くばかり思い出されるのであった。
「自分の北の方も、かわいいとお思いになることは強いのであるが、取り上げるほどの、人に勝れた才覚などは、お持ちでない方だ。安心していられる人と、もう今は安心だと見慣れているために、気が緩んで、やはりこのように、いろいろな方がお集まりになっていらっしゃる様子が、それぞれにご立派でいらっしゃるのを、内心密かに関心を捨て切れないでいるところに、ましてこの宮は、ご身分を考えるにつけても、この上なく格別のお生まれなのに、特別のご寵愛でもなく、世間体を飾っているだけのことだ」
とお見受けする。特に大それた考えではないが、「拝見する機会があるだろうか」と、関心をお寄せになっていらっしゃった。
衛門督の君も、朱雀院に常に参上し、常日頃親しく伺候していらっしゃった方なので、この宮を父帝が大切になさっていらっしゃったご意向など、詳細に拝見していて、いろいろなご縁談があったころから申し出で、院におかせられても、「出過ぎた者とはお思いでなく、おっしゃりもしなかった」と聞いていたが、このようにご降嫁になったのは、大変に残念で、胸の痛む心地がするので、やはり諦めることができない。
そのころから親しくなっていた女房の口から、ご様子なども伝え聞きくのを慰めにしているのは、はかないことであった。
「対の上のご寵愛には、やはり圧倒されていらっしゃる」と、世間の人が噂しているのを聞いては、
「恐れ多いことだが、そのような辛い思いはおさせ申さなかったろうに。いかにも、そのような高いご身分の相手には、相応しくないだろうが」
と、いつもこの小侍従という御乳母子を責めたてて、
「世の中は無常なものだから、大殿の君が、もともと抱いていらしたご出家をお遂げなさったら」
と、怠りなく思い続けていらっしゃるのであった。

 [13-2 Yugiri compares Sam-no-miya to the other women]
 Kayau no koto wo, Daisyau-no-Kimi mo,
 "Geni koso, arigataki yo nari kere. Murasaki no ohom-youi, kesiki no kokora no tosi he nure do, tomo kakumo mori-ide miye kikoye taru tokoro naku, siduyaka naru wo moto to si te, sasuga ni, kokoro-utukusiu, hito wo mo keta zu, mi wo mo yamgotonaku, kokoro-nikuku motenasi sohe tamahe ru koto."
 to, mi si omokage mo wasure gataku nomi nam omohi-ide rare keru.
 "Waga ohom-Kitanokata mo, ahare to obosu kata koso hukakere, ihu-kahi ari, sugure taru rau-rauzisa nado, monosi tamaha nu hito nari. Odasiki mono ni, ima ha to me-naruru ni, kokoro yurubi te, naho kaku sama-zama ni, tudohi tamahe ru arisama-domo no, tori-dori ni wokasiki wo, kokoro hitotu ni omohi hanare gataki wo, masite kono Miya ha, hito no ohom-hodo wo omohu ni mo, kagiri naku kokoro koto naru ohom-hodo ni, toriwaki taru mi-kesiki si mo ara zu, hito-me no kazari bakari ni koso."
 to mi tatematuri siru. Wazato ohokenaki kokoro ni si mo ara ne do, "Mi tatematuru wori ari na m ya?" to, yukasiku omohi kikoye tamahi keri.

 [13-3 柏木、女三の宮に執心]
衛門督の君も、院に1631常に参り、親しくさぶらひ馴れたまひし人なれば、この宮を父帝のかしづきあがめたてまつりたまひし御心おきてなど、詳しく見たてまつりおきて、さまざまの御定めありしころほひより聞こえ寄り、院にも、「めざましとは思し、のたまはせず」と聞きしを、かくことざまになりたまへるは、いと口惜しく、胸いたき心地すれば、なほえ思ひ離れず。
その折より語らひつきにける女房のたよりに、御ありさまなども聞き伝ふるを慰めに思ふぞ、はかなかりける。
「対の上の御けはひには1632、なほ圧されたまひてなむ」と、世人もまねび伝ふるを聞きては、
「かたじけなくとも、さるものは思はせたてまつらざらまし。げに、たぐひなき御身にこそ、あたらざらめ」
と、常にこの小侍従といふ御乳主をも言ひはげまして、
「世の中定めなきを、大殿の君1633、もとより本意ありて思しおきてたる方に赴きたまはば」
と、たゆみなく思ひありきけり。

 [13-3 Kashiwagi can't forget Sam-no-Miya as eager as ever]
 Wemon-no-Kami-no-Kimi mo, Win ni tune ni mawiri, sitasiku saburahi nare tamahi si hito nare ba, kono Miya wo titi-Mikado no kasiduki agame tatematuri tamahi si mi-kokoro-okite nado, kuhasiku mi tatematuri oki te, sama-zama no ohom-sadame ari si korohohi yori kikoye yori, Win ni mo, "Mezamasi to ha obosi, notamaha se zu." to kiki si wo, kaku koto zama ni nari tamahe ru ha, ito kutiwosiku, mune itaki kokoti sure ba, naho e omohi hanare zu.
 Sono wori yori katarahi tuki ni keru nyoubau no tayori ni, ohom-arisama nado mo kiki tutahuru wo nagusame ni omohu zo, hakanakari keru.
 "Tai-no-Uhe no ohom-kehahi ni ha, naho osa re tamahi te nam." to, yo-hito mo manebi tutahuru wo kiki te ha,
 "Katazikenaku to mo, saru mono ha omoha se tatematura zara masi. Geni, taguhi naki ohom-mi ni koso, atara zara me."
 to, tune ni kono Ko-Zizyuu to ihu ohom-tinusi wo mo ihi hagemasi te,
 "Yononaka sadame naki wo, Oho-tono-no-Kimi, moto yori ho'i ari te obosi-oki te taru kata ni omomuki tamaha ba."
 to, tayumi naku omohi ariki keri.

 [13-4 柏木ら東町に集い遊ぶ]
弥生ばかりの空うららかなる日、六条の院に、兵部卿宮、衛門督など参りたまへり。大殿出でたまひて、御物語などしたまふ。
「静かなる住まひは、このころこそいとつれづれに1634紛るることなかりけれ。公私にことなしや。何わざしてかは暮らすべき」
などのたまひて、
「今朝、大将のものしつるは、いづ方にぞ。いとさうざうしきを、例の、小弓1635射させて見るべかりけり1636。好むめる若人どもも見えつるを、ねたう出でやしぬる」
と、問はせたまふ。
「大将の君は、丑寅の町に1637、人々あまたして、鞠1638もて遊ばして見たまふ」
と聞こしめして、
「乱りがはしきことの、さすがに目覚めてかどかどしきぞかし。いづら、こなたに」
とて、御消息あれば、参りたまへり。若君達めく人々多かりけり。
「鞠持たせたまへりや。誰々かものしつる」
とのたまふ。
「これかれはべりつ」
「こなたへまかでむや」
とのたまひて、寝殿の東面、桐壷は若宮具したてまつりて、参りたまひにしころなれば、こなた隠ろへたりけり。遣水などのゆきあひはれて、よしあるかかりのほどを尋ねて立ち出づ。太政大臣殿の君達、頭弁、兵衛佐、大夫の君など、過ぐしたるも、まだ片なりなるも、さまざまに、人よりまさりてのみものしたまふ。

 [13-4 柏木ら東町に集い遊ぶ]
三月ころの空がうららかに晴れた日、六条の院に、兵部卿宮、衛門督などが参上なさった。大殿がお出ましになって、お話などなさる。
「静かな生活は、このごろ大変に退屈で気の紛れることがないね。公私とも平穏無事だ。何をして今日一日を暮らせばよかろう」
などとおっしゃって、
「今朝、大将が来ていたが、どこに行ったか。何とももの寂しいから、いつものように、小弓を射させて見物すればよかった。愛好者らしい若い人たちが見えていたが、惜しいことに帰ってしまったかな」
と、お尋ねさせなさる。
「大将の君は、丑寅の町で、人々と大勢して、蹴鞠をさせて御覧になっていらっしゃる」
とお聞きになって、
「無作法な遊びだが、それでも派手で気の利いた遊びだ。どれ、こちらで」
といって、お手紙があったので、参上なさった。若い公達らしい人々が多くいたのであった。
「鞠をお持たせになったか。誰々が来たか」
とお尋ねになる。
「誰それがおります」
「こちらへ来ませんか」
とおっしゃって、寝殿の東面は、桐壷の女御は若宮をお連れ申し上げていらっしゃっている折なので、こちらはひっそりしていた。遣水などの合流する所が広々としていて、趣のある場所を探しに出て行く。太政大臣の公達の、頭弁、兵衛佐、大夫の君などの、年輩者も、また若い者も、それぞれに、他の人より立派な方ばかりでいらっしゃる。
 [13-5 南町で蹴鞠を催す]
だんだん日が暮れかかって行き、「風が吹かず、絶好の日だ」と興じて、弁君も我慢できずに仲間に入ったので、大殿が、
「弁官までが落ち着いていられないようだから、上達部であっても、若い近衛府司たちは、どうして飛び出して行かないのか。それくらいの年では、不思議にも見ているのは、残念に思われたことだ。とはいえ、とても騒々しいな。この遊びの有様はな」
などとおっしゃると、大将も督君も、みなお下りになって、何ともいえない美しい桜の花の蔭で、あちこち動きなさる夕映えの姿、たいそう美しい。決して体裁よくなく、騒々しく落ち着きのない遊びのようだが、場所柄により人柄によるものであった。
趣のある庭の木立がたいそう霞に包まれたところに、何本もの色とりどりに蕾の開いて行く花の木が、わずかに芽のふいた木の蔭で、このようにつまらない遊びだが、上手下手の違いがあるのを競い合っては、自分も負けまいと思っている顔つきの中で、衛門督がほんのお付き合いの顔で参加なさった蹴り方に、並ぶ人がいなかった。
器量もたいそう美しく優雅な物腰の人が、心づかいを十分して、それでいて活発なのは見事である。
御階の柱間に面した桜の木蔭に移って、人々が、花のことも忘れて熱中しているのを、大殿も兵部卿宮も隅の高欄に出て御覧になる。

 [13-4 Kashiwagi and others play kemariat the East residence court]
 Yayohi bakari no sora uraraka naru hi, Rokudeu-no-win ni, Hyaubukyau-no-Miya, Wemon-no-Kami nado mawiri tamahe ri. Otodo ide tamahi te, ohom-monogatari nado si tamahu.
 "Siduka naru sumahi ha, kono koro koso ito ture-dure ni magiruru koto nakari kere. Ohoyake watakusi ni koto nasi ya! Nani waza si te ka ha kurasu beki."
 nado notamahi te,
 "Kesa, Daisyau no monosi turu ha, idu kata ni zo? Ito sau-zausiki wo, rei no, ko-yumi yi sase te miru bekari keri. Konomu meru Waka-udo-domo mo miye turu wo, netau ide ya si nuru."
 to, toha se tamahu.
 "Daisyau-no-Kimi ha, Usitora-no-mati ni, hito-bito amata si te, mari mote asobasi te mi tamahu."
 to kikosimesi te,
 "Midari-gahasiki koto no, sasuga ni me same te kado-kadosiki zo kasi. Idura? Konata ni."
 tote, ohom-seusoko are ba, mawiri tamahe ri. Wakakimdati-meku hito-bito ohokari keri.
 "Mari mota se tamahe ri ya? Tare-tare ka monosi turu?"
 to notamahu.
 "Kore kare haberi tu."
 "Konata he makade m ya?"
 to notamahi te, sinden no himgasi-omote, Kiritubo ha Waka-Miya gu-si tatematuri te, mawiri tamahi ni si koro nare ba, konata kakurohe tari keri. Yarimidu nado no yuki-ahi hare te, yosi aru kakari no hodo wo tadune te tati-idu. Ohoki-ohoi-dono no Kimdati, Tou-no-Ben, Hyauwe-no-Suke, Daibu-no-Kimi nado, sugusi taru mo, mada katanari naru mo, sama-zama ni, hito yori masari te, nomi monosi tamahu.

 [13-5 南町で蹴鞠を催す]
やうやう暮れかかるに、「風吹かず、かしこき日なり」と興じて、弁君もえしづめず立ちまじれば、大殿、
「弁官もえをさめあへざめるを、上達部なりとも、若き衛府司たちは、などか乱れたまはざらむ。かばかりの齢にては、あやしく見過ぐす、口惜しくおぼえしわざなり。さるは、いと軽々なりや。このことのさまよ」
などのたまふに、大将も督君も、皆下りたまひて、えならぬ花の蔭にさまよひたまふ1639夕ばえ、いときよげなり。をさをささまよく静かならぬ、乱れごとなめれど、所から1640人からなりけり。
ゆゑある庭の木立のいたく霞みこめたるに、色々紐ときわたる花の木ども、わづかなる萌黄の蔭に、かくはかなきことなれど、善き悪しきけぢめあるを挑みつつ、われも劣らじと思ひ顔なる中に、衛門督のかりそめに立ち混じりたまへる足もとに、並ぶ人なかりけり。
容貌いときよげに、なまめきたるさましたる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。
御階の間にあたれる桜の蔭に寄りて、人々、花の1641上も忘れて心に入れたるを、大殿も宮も、隅の高欄に出でて御覧ず。

 [13-5 Kashiwagi and others move from Wast to South residence court and play kemariat there]
 Yau-yau kure kakaru ni, "Kaze huka zu, kasikoki hi nari." to kyou-zi te, Ben-no-Kimi mo e sidume zu tati-mazire ba, Otodo,
 "Ben-kwan mo e wosame-ahe za'meru wo, Kamdatime nari to mo, wakaki Wehu-dukasa-tati ha, nado ka midare tamaha zara m? Kabakari no yohahi ni te ha, ayasiku mi-sugusu, kutiwosiku oboye si waza nari. Saru ha, ito kyau-kyau nari ya! Kono koto no sama yo!"
 nado notamahu ni, Daisyau mo Kam-no-Kimi mo, mina ori tamahi te, e nara nu hana no kage ni, samayohi tamahu yuhu-baye, ito kiyoge nari. Wosa-wosa sama yoku siduka nara nu, midare goto na'mere do, tokoro kara hito kara nari keri.
 Yuwe aru niha no kodati no ito itaku kasumi-kome taru ni, iro-iro himo toki wataru hana no ki-domo, waduka naru moyegi no kage ni, kaku hakanaki koto nare do, yoki asiki kedime aru wo idomi tutu, ware mo otora zi to omohi-gaho naru naka ni, Wemon-no-Kami no karisome ni tati-maziri tamahe ru asi-moto ni, narabu hito nakari keri.
 Katati ito kiyoge ni, namameki taru sama si taru hito no, youi itaku si te, sasuga ni midari-gahasiki, wokasiku miyu.
 Mi-hasi no ma ni atare ru sakura no kage ni yori te, hito-bito, hana no uhe mo wasure te kokoro ni ire taru wo, Otodo mo Miya mo, sumi no kauran ni ide te go-ran-zu.

 [13-6 女三の宮たちも見物す]
いと労ある心ばへども見えて、数多くなりゆくに、上臈も乱れて、冠の額すこしくつろぎたり。大将の君も、御位のほど思ふこそ、例ならぬ乱りがはしさかなとおぼゆれ、見る目は、人よりけに若くをかしげにて、桜の直衣のやや萎えたるに、指貫の裾つ方、すこしふくみて、けしきばかり引き上げたまへり。
軽々しうも見えず、ものきよげなるうちとけ姿に、花1642の雪の1643やうに降りかかれば、うち見上げて、しをれたる1644枝すこし押し折りて、御階の中のしなのほどにゐたまひぬ。督の君続きて、
「花、乱りがはしく散るめりや。桜は避きて1645こそ」
などのたまひつつ、宮の御前の方を後目に見れば、例の、ことにをさまらぬけはひどもして、色々こぼれ出でたる御簾のつま、透影など、春の手向けの幣袋にやとおぼゆ。

 [13-6 女三の宮たちも見物す]
たいそう稽古を積んだ技の数々が見えて、回が進んで行くにつれて、身分の高い人も無礼講となって、冠の額際が少し弛んで来た。大将の君も、ご身分の高さを考えれば、いつにない羽目の外しようだと思われるが、見た目には、人よりことに若く美しくて、桜の直衣の少し柔らかくなっているのを召して、指貫の裾の方が、少し膨らんで、心もち引き上げていらっしゃった。
軽率には見えず、さっぱりとした寛いだ姿に、花びらが雪のように降りかかるので、ちょっと見上げて、撓んだ枝を少し折って、御階の中段辺りにお座りになった。督の君も続いて、
「花びらが、しきりに散るようですね。桜は避けて吹いてくれればよいに」
などとおっしゃりながら、宮の御前の方角を横目に見やると、いつものように、格別慎みのない女房たちがいる様子で、色とりどりの袖口がこぼれ出ている御簾の端々から、透影などが、春に供える幣袋かと思われて見える。

 [13-6 Sam-no-miya and others watch the play of kemari]
 Ito rau aru kokorobahe-domo miye te, kazu ohoku nari yuku ni, zyaurahu mo midare te, kauburi no hitahi sukosi kuturogi tari. Daisyau-no-Kimi mo, mi-kurawi no hodo omohu koso, rei nara nu midari-gahasisa kana to oboyure, miru me ha, hito yori keni wakaku wokasige ni te, sakura no nahosi no yaya naye taru ni, sasinuki no suso tu kata, sukosi hukumi te, kesiki bakari hiki-age tamahe ri.
 Karu-garusiu mo miye zu, mono-kiyoge naru uti-toke sugata ni, hana no yuki no yau ni huri-kakare ba, uti-mi-age te, siwore taru eda sukosi osi-wori te, mi-hasi no naka no sina no hodo ni wi tamahi nu. Kam-no-Kimi tuduki te,
 "Hana, midari-gahasiku tiru meri ya! Sakura ha yoki te koso."
 nado notamahi tutu, Miya no o-mahe no kata wo sirime ni mire ba, rei no, koto ni wosamara nu kehahi-domo si te, iro-iro kobore-ide taru mi-su no tuma, suki-kage nado, haru no tamuke no nusa-bukuro ni ya to oboyu.

 [13-7 唐猫、御簾を引き開ける]
御几帳どもしどけなく引きやりつつ、人気近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひ続きて1646、にはかに御簾のつまより走り出づるに、人々おびえ騒ぎて、そよそよと身じろきさまよふけはひども、衣の音なひ、耳かしかましき心地す。
猫は、まだよく人にもなつかぬにや、綱いと長く付きたりけるを、物にひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこしろふほどに、御簾の側いとあらはに引き開けられたるを、とみにひき直す人もなし。この柱のもとにありつる人々も、心あわたたしげにて、もの懼ぢしたるけはひどもなり。

 [13-7 唐猫、御簾を引き開ける]
御几帳類をだらしなく方寄せ方寄せして、女房がすぐ側にいて世間ずれしているように思われるところに、唐猫でとても小さくてかわいらしいのを、ちょっと大きめの猫が追いかけて、急に御簾の端から走り出すと、女房たちは恐がって騷ぎ立て、ざわざわと身じろぎし、動き回る様子や、衣ずれの音がやかましいほどに思われる。
猫は、まだよく人に馴れていないのであろうか、綱がたいそう長く付けてあったが、物に引っかけまつわりついてしまったので、逃げようとして引っぱるうちに、御簾の端がたいそうはっきりと中が見えるほど引き開けられたのを、すぐに直す女房もいない。この柱の側にいた人々も慌てているらしい様子で、誰も手が出ないでいるのである。

 [13-7 A cat rushes and pulls the misu off]
 Mi-kityau-domo sidoke naku hiki-yari tutu, hito-ke tikaku yo-duki te zo miyuru ni, kara-neko no ito tihisaku wokasige naru wo, sukosi ohoki naru neko ohi tuduki te, nihaka ni mi-su no tuma yori hasiri-iduru ni, hito-bito obiye sawagi te, soyo-soyo to miziroki samayohu kehahi-domo, kinu no otonahi, mimi kasikamasiki kokoti su.
 Neko ha, mada yoku hito ni mo natuka nu ni ya, tuna ito nagaku tuki tari keru wo, mono ni hiki-kake matuha re ni keru wo, nige m to hikosirohu hodo ni, mi-su no soba ito araha ni hiki-ake rare taru wo, tomi ni hiki-nahosu hito mo nasi. Kono hasira no moto ni ari turu hito-bito mo, kokoro-awatatasige ni te, mono-odi si taru kehahi-domo nari.

 [13-8 柏木、女三の宮を垣間見る]
几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿にて立ちたまへる人あり。階より西の二の間の東の側なれば、まぎれどころもなくあらはに見入れらる。
紅梅にやあらむ、濃き薄き1647、すぎすぎに、あまた重なりたるけぢめ、はなやかに、草子のつまのやうに見えて、桜の織物の細長なるべし。御髪のすそまでけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、裾のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七、八寸ばかりぞ余りたまへる。御衣の裾がちに、いと細くささやか1648にて、姿つき、髪のかかりたまへる側目、言ひ知らずあてにらうたげなり。夕影なれば、さやかならず、奥暗き心地するも、いと飽かず口惜し。
鞠に身を投ぐる若君達の、花の散るを惜しみもあへぬけしきどもを見るとて、人々、あらはをふともえ見つけぬなるべし。猫のいたく鳴けば、見返りたまへる面もち、もてなしなど、いとおいらかにて、若くうつくしの人やと、ふと見えたり。

 [13-8 柏木、女三の宮を垣間見る]
几帳の側から少し奥まった所に、袿姿で立っていらっしゃる方がいる。階から西の二間の東の端なので、隠れようもなくすっかり見通すことができる。
紅梅襲であろうか、濃い色薄い色を、次々と、何枚も重ねた色の変化、派手で、草子の小口のように見えて、桜襲の織物の細長なのであろう。お髪が裾までくっきりと見えるところは、糸を縒りかけたように靡いて、裾がふさふさと切り揃えられているのは、とてもかわいい感じで、七、八寸ほど身丈に余っていらっしゃる。お召し物の裾が長く余って、とても細く小柄で、姿つき、髪のふりかかっていらっしゃる横顔は、何とも言いようがないほど気高くかわいらしげである。夕日の光なので、はっきり見えず、奥暗い感じがするのも、とても物足りなく残念である。
蹴鞠に夢中になっている若公達の、花の散るのを惜しんでもいられないといった様子を見ようとして、女房たちは、まる見えとなっているのを直ぐには気がつかないのであろう。猫がひどく鳴くので、振り返りなさった顔つき、態度などは、とてもおっとりとして、若くかわいい方だと、直観された。

 [13-8 Sam-no-Miya is looked by Kashiwagi]
 Kityau no kiha sukosi iri taru hodo ni, utiki-sugata ni te tati tamahe ru hito ari. Hasi yori nisi no ni-no-ma no himgasi no soba nare ba, magire dokoro mo naku araha ni mi-ire raru.
 Koubai ni ya ara m? Koki usuki, sugi-sugi ni, amata kasanari taru kedime, hanayaka ni, sousi no tuma no yau ni miye te, sakura no orimono no hosonaga naru besi. Mi-gusi no suso made kezayaka ni miyuru ha, ito wo yori-kake taru yau ni nabiki te, suso no husayaka ni soga re taru, ito utukusige ni te, siti, hati-sun bakari zo amari tamahe ru. Ohom-zo no suso-gati ni, ito hosoku sasayaka ni te, sugata-tuki, kami no kakari tamahe ru soba-me, ihi sira zu ate ni rautage nari. Yuhu-kage nare ba, sayaka nara zu, oku kuraki kokoti suru mo, ito aka zu kutiwosi.
 Mari ni mi wo naguru Waka-kimdati no, hana no tiru wo wosimi mo ahe nu kesiki-domo wo miru tote, hito-bito, araha wo huto mo e mi-tuke nu naru besi. Neko no itaku nake ba, mi-kaheri tamahe ru omomoti, motenasi nado, ito oyiraka ni te, wakaku utukusi no hito ya to huto miye tari.

 [13-9 夕霧、事態を憂慮す]
大将、いとかたはらいたけれど、はひ寄らむもなかなかいと軽々しければ、ただ心を得させて、うちしはぶきたまへるにぞ、やをらひき入りたまふ。さるは、わが心地にも、いと飽かぬ心地したまへど、猫の綱ゆるしつれば、心にもあらずうち嘆かる。
まして、さばかり心をしめたる衛門督は、胸ふとふたがりて、誰ばかりにかはあらむ、ここらの中にしるき袿姿よりも、人に紛るべくもあらざりつる御けはひなど、心にかかりておぼゆ。
さらぬ顔にもてなしたれど、「まさに目とどめじや」と、大将はいとほしく思さる。わりなき心地の慰めに、猫を招き寄せてかき抱きたれば、いと香ばしくて、らうたげにうち鳴くも、なつかしく思ひよそへらるるぞ、好き好きしきや。

 [13-9 夕霧、事態を憂慮す]
大将は、たいそうはらはらしていたが、近寄るのもかえって身分に相応しくないので、ただ気づかせようと、咳ばらいなさったので、すっとお入りになる。実の所、自分ながらも、とても残念な気持ちがなさったが、猫の綱を放したので、溜息をもらさずにはいられない。
それ以上に、あれほど夢中になっていた衛門督は、胸がいっぱいになって、他の誰でもない、大勢の中ではっきりと目立つ袿姿からも、他人と間違いようもなかったご様子など、心に忘れられなく思われる。
何気ない顔を装っていたが、「当然見ていたにちがいない」と、大将は困った事になったと思わずにはいられない。たまらない気持ちの慰めに、猫を招き寄せて抱き上げてみると、とてもよい匂いがして、かわいらしく鳴くのが、慕わしい方に思いなぞらえられるとは、好色がましいことであるよ。

 [13-9 Yugiri thinks the happening seriously]
 Daisyau, ito kataharaitakere do, hahi-yora m mo naka-naka ito karu-garusikere ba, tada kokoro wo e sase te, uti-sihabuki tamahe ru ni zo, yawora hiki-iri tamahu. Saru ha, waga kokoti ni mo, ito aka nu kokoti si tamahe do, neko no tuna yurusi ture ba, kokoro ni mo ara zu uti-nageka ru.
 Masite, sabakari kokoro wo sime taru Wemon-no-Kami ha, mune huto hutagari te, tare bakari ni ka ha ara m, kokora no naka ni siruki utiki sugata yori mo, hito ni magiru beku mo ara zari turu ohom-kehahi nado, kokoro ni kakari te oboyu.
 Sara nu kaho ni motenasi tare do, "Masa ni me todome zi ya?" to, Daisyau ha itohosiku obosa ru. Warinaki kokoti no nagusame ni, neko wo maneki yose te kaki idaki tare ba, ito kaubasiku te, rautage ni uti-naku mo, natukasiku omohi yosohe raruru zo, suki-zukisiki ya!

 14 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴
 [14-1 蹴鞠の後の酒宴]
大殿御覧じおこせて、
「上達部の座、いと軽々しや。こなたにこそ」
とて、対の南面に入りたまへれば、みなそなたに参りたまひぬ。宮もゐ直りたまひて、御物語したまふ。
次々の殿上人は、簀子に円座召して、わざとなく、椿餅、梨、柑子やうのものども、さまざまに箱の蓋どもにとり混ぜつつあるを、若き人々そぼれ取り食ふ。さるべき乾物ばかりして、御土器参る。
衛門督は、いといたく思ひしめりて、ややもすれば、花の木に目をつけて眺めやる。大将は、心知りに、「あやしかりつる御簾の透影思ひ出づることや1649あらむ」と思ひたまふ。
「いと端近なりつるありさまを、かつは軽々しと思ふらむかし。いでや。こなたの御ありさまの、さはあるまじかめるものを」と思ふに、「かかればこそ、世のおぼえのほどよりは、うちうちの御心ざしぬるきやうにはありけれ」
と思ひ合はせて、
「なほ、内外の用意多からず、いはけなきは、らうたきやうなれど、うしろめたきやうなりや」
と、思ひ落とさる。
宰相の君は、よろづの罪をもをさをさたどられず、おぼえぬものの隙より、ほのかにもそれと見たてまつりつるにも、「わが昔よりの心ざしのしるしあるべきにや」と、契りうれしき心地して、飽かずのみおぼゆ。

 14 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴
 [14-1 蹴鞠の後の酒宴]
大殿がこちらを御覧になって、
「上達部の座席には、あまりに軽々しいな。こちらに」
とおっしゃって、東の対の南面の間にお入りになったので、皆そちらの方にお上りになった。兵部卿宮も席をお改めになって、お話をなさる。
それ以下の殿上人は、簀子に円座を召して、気楽に、椿餅、梨、柑子のような物が、いろいろないくつもの箱の蓋の上に盛り合わせてあるのを、若い人々ははしゃぎながら取って食べる。適当な干物ばかりを肴にして、酒宴の席となる。
衛門督は、たいそうひどく沈みこんで、ややもすれば、花の木に目をやってぼんやりと物思いに耽っている。大将は、事情を知っているので、「妙なことから垣間見た御簾の透影を思い出しているのだろう」とお考えになる。
「とても端近にいた様子を、一方では軽率だと思っているだろう。いやはや。こちらのご様子は、あのようなことは決してありますまいものを」と思うと、「こんなふうだから、世間の評判が高い割には、内々のご愛情は薄いようなのだった」
と合点されて、
「やはり、他人に対しても自分に対しても、不用心で、幼いのは、かわいらしいようだが不安なものだ」
と、軽んじられる。
宰相の君は、いろんな欠点をもなかなか気づかず、思いがけない御簾の隙間から、ちらっとその方と拝見したのも、「自分の以前からの気持ちが報いられるのではないか」と、前世からの約束も嬉しく思われて、どこまでもお慕い続けている。

 14 Tale of Sam-no-Miya A banquet of after the kemari
 [14-1 A banquet of after the kemari]
 Otodo go-ran-zi okose te,
 "Kamdatime no za, ito karo-garosi ya! Konata ni koso."
 tote, tai no minami-omote ni iri tamahe re ba, mina sonata ni mawiri tamahi nu. Miya mo wi-nahori tamahi te, ohom-monogatari sitamahu.
 Tugi-tugi no Tenzyau-bito ha, sunoko ni warahuda mesi te, wazato naku, tubai-motihi, nasi, kauzi yau no mono-domo, sama-zama ni hako no huta-domo ni tori-maze tutu aru wo, wakaki hito-bito sobore tori kuhu. Saru beki kara-mono bakari si te, ohom-kaharake mawiru.
 Wemon-no-Kami ha, ito itaku omohi simeri te, yaya mo sure ba, hana no ki ni me wo tuke te nagame yaru. Daisyau ha, kokoro-siri ni, "Ayasikari turu mi-su no sukikage omohi-iduru koto ya ara m." to omohi tamahu.
 "Ito hasi-dika nari turu arisama wo, katu ha karo-garosi to omohu ram kasi. Ide ya! Konata no mi-arisama no, sa ha aru mazika'meru mono wo." to omohu ni, "Kakare ba koso, yo no oboye no hodo yori ha, uti-uti no mi-kokorozasi nuruki yau ni ha ari kere."
 to omohi-ahase te,
 "Naho, uti-to no youi ohokara zu, ihakenaki ha, rautaki yau nare do, usirometaki yau nari ya!"
 to, omohi-otosa ru.
 Saisyau-no-Kimi ha, yorodu no tumi wo mo wosa-wosa tadorare zu, oboye nu mono no hima yori, honoka ni mo sore to mi tatematuri turu ni mo, "Waga mukasi yori no kokorozasi no sirusi aru beki ni ya?" to, tigiri uresiki kokoti si te, aka zu nomi oboyu.

 [14-2 源氏の昔語り]
院は、昔1650物語し出でたまひて、
「太政大臣の、よろづのことにたち並びて、勝ち負けの定めしたまひし中に、鞠なむえ及ばずなりにし。はかなきことは、伝へあるまじけれど、ものの筋はなほこよなかりけり。いと目も及ばず、かしこうこそ見えつれ」
とのたまへば、うちほほ笑みて、
「はかばかしき方にはぬるくはべる家の風1651の、さしも吹き伝へはべらむに、後の世のため、異なることなくこそはべりぬべけれ」
と申したまへば、
「いかでか。何ごとも人に異なるけぢめをば、記し伝ふべきなり。家の伝へなどに書き留め入れたらむこそ、興はあらめ」
など、戯れたまふ御さまの、匂ひやかにきよらなるを見たてまつるにも、
「かかる人にならひて、いかばかりのことにか心を移す人はものしたまはむ。何ごとにつけてか、あはれと見ゆるしたまふばかりは、なびかしきこゆべき」
と、思ひめぐらすに、いとどこよなく、御あたりはるかなるべき身のほども思ひ知らるれば、胸のみふたがりてまかで1652たまひぬ。

 [14-2 源氏の昔語り]
院は、昔話を始めなさって、
「太政大臣が、どのような事でも、わたしを相手にして勝負の争いをなさった中で、蹴鞠だけはとても敵わなかった。ちょっとした遊び事には、別に伝授があるはずもないが、名人の血統はやはり特別であったよ。たいそう目も及ばぬほど、上手に見えた」
とおっしゃると、ちょっと苦笑して、
「公の政務にかけては劣っております家風が、そのような方面では伝わりましても、子孫にとっては、大したことはございませんでしょう」
とお答え申されると、
「どうしてそんなことが。何事でも他人より勝れている点を、書き留めて伝えるべきなのだ。家伝などの中に書き込んでおいたら、面白いだろう」
などと、おからかいになるご様子が、つやつやとして美しいのを拝見するにつけても、
「このような方と一緒にいては、どれほどのことに心を移す人がいらっしゃるだろうか。いったい、どうしたら、かわいそうにとお認め下さるほどにでも、気持ちをお動かし申し上げることができようか」
と、あれこれ思案すると、ますますこの上なく、お側には近づきがたい身分の程が自然と思い知らされるので、ただもう胸の塞がる思いで退出なさった。

 [14-2 Genji talks about old days to Kashiwagi and others]
 Win ha, mukasi-monogatari si ide tamahi te,
 "Ohoki-Otodo no, yorodu no koto ni tati-narabi te, kati-make no sadame si tamahi si naka ni, mari nam e oyoba zu nari ni si. Hakanaki koto ha, tutahe aru mazikere do, mono no sudi ha naho koyonakari keri. Ito me mo oyoba zu, kasikou koso miye ture."
 to notamahe ba, uti-hohowemi te,
 "Haka-bakasiki kata ni ha nuruku haberu ihe no kaze no, sa si mo huki-tutahe habera m ni, noti no yo no tame, koto-naru koto naku koso haberi nu bekere."
 to mausi tamahe ba,
 "Ikade ka? Nani-goto mo hito ni koto-naru kedime wo ba, sirusi tutahu beki nari. Ihe no tutahe nado ni kaki-todome ire tara m koso, kyou ha ara me."
 nado, tahabure tamahu ohom-sama no, nihohiyaka ni kiyora naru wo mi tatematuru ni mo,
 "Kakaru hito ni narahi te, ikabakari no koto ni ka kokro wo utusu hito ha monosi tamaha m? Nani-goto ni tuke te ka, ahare to mi yurusi tamahu bakari ha, nabikasi kikoyu beki."
 to, omohi-megurasu ni, itodo koyonaku, ohom-atari haruka naru beki mi no hodo mo omohi sira rure ba, mune nomi hutagari te makade tamahi nu.

 [14-3 柏木と夕霧、同車して帰る]
大将の君一つ車にて、道のほど物語したまふ。
「なほ、このころのつれづれには、この院に参りて、紛らはすべきなりけり」
「今日のやうならむ暇の隙待ちつけて、花の折過ぐさず参れ、とのたまひつるを、春惜しみがてら、月のうちに、小弓持たせて参りたまへ」
と語らひ契る。おのおの別るる道のほど物語したまうて、宮の御事のなほ言はまほし1653ければ、
「院には、なほこの対にのみものせさせたまふなめりな。かの御おぼえの異なるなめりかし。この宮いかに思すらむ。帝の並びなくならはしたてまつりたまへるに、さしもあらで、屈したまひにたらむこそ、心苦しけれ」
と、あいなく言へば、
「たいだいしきこと。いかでかさはあらむ。こなたは、さま変はりて生ほしたてたまへる睦びのけぢめばかりにこそあべかめれ。宮をば、かたがたにつけて、いとやむごとなく思ひきこえたまへるものを」
と語りたまへば、
「いで、あなかま。たまへ。皆聞きてはべり。いといとほしげなる折々あなるをや。さるは、世におしなべたらぬ人の御おぼえを。ありがたきわざなりや」
と、いとほしがる。
「いかなれば花に木づたふ鴬の
桜をわきてねぐらとはせぬ
春の鳥の、桜一つにとまらぬ心よ。あやしとおぼゆることぞかし」
と、口ずさびに言へば、
「いで、あなあぢきなのもの扱ひや、さればよ」と思ふ。
「深山木にねぐら1654定むるはこ鳥も
いかでか花の色に飽くべき
わりなきこと。ひたおもむきにのみやは」
 といらへて1655、わづらはしければ、ことに言はせずなりぬ。異事に言ひ紛らはして、おのおの別れぬ。

 [14-3 柏木と夕霧、同車して帰る]
大将の君と同車して、途中お話なさる。
「やはり、今ごろの退屈な時には、こちらの院に参上して、気晴らしすべきだ」
「今日のような暇な日を見つけて、花の季節を逃さず参上せよと、おっしゃったが、行く春を惜しみがてらに、この月中に、小弓をお持ちになって参上ください」
と約束し合う。お互いに別れる道までお話なさって、宮のお噂がやはりしたかったので、
「院におかれては、やはり東の対の御方にばかりいらっしゃるようですね。あちらの方へのご愛情が格別勝るからでしょう。こちらの宮はどのようにお思いでしょうか。院の帝が並ぶ者のないお扱いをずっとしてお上げになっていらっしゃったのに、それほどでもないので、沈み込んでいらっしゃるようなのは、お気の毒なことです」
と、よけいな事を言うので、
「とんでもないことです。どうしてそんなことがありましょう。こちらの御方は、普通の方とは違った事情でお育てなさったお親しさの違いがおありなのでしょう。宮を何かにつけて、たいそう大事にお思い申し上げていらっしゃいますものを」
とお話しになると、
「いや、黙って下さい。すっかり聞いております。とてもお気の毒な時がよくあるというではありませんか。実のところ、並々ならぬ御寵愛の宮ですのに。考えられないお扱いではないですか」
と、お気の毒がる。
「どうして、花から花へと飛び移る鴬は
桜を別扱いしてねぐらとしないのでしょう
春の鳥が、桜だけにはとまらないことよ。不思議に思われることですよ」
と、口ずさみに言うので、
「何と、つまらないおせっかいだ。やっぱり思った通りだな」と思う。
「深山の木にねぐらを決めているはこ鳥も
どうして美しい花の色を嫌がりましょうか
理屈に合わない話です。そう一方的におっしゃってよいものですか」
と答えて、面倒なので、それ以上物を言わせないようにした。他に話をそらせて、それぞれ別れた。

 [14-3 Kashiwagi and Yugiri go back together from Rokujo-in]
 Daisyau-no-Kimi hitotu kuruma ni te, miti no hodo monogatari si tamahu.
 "Naho, kono-koro no ture-dure ni ha, kono Win ni mawiri te, magirahasu beki nari keri."
 "Kehu no yau nara m itoma no hima mati-tuke te, hana no wori sugusa zu mawire, to notamahi turu wo, haru wosimi-gatera, tuki no uti ni, ko-yumi mota se te mawiri tamahe."
 to katarahi tigiru. Ono-ono wakaruru miti no hodo monogatari si tamau te, Miya no ohom-koto no naho iha mahosikere ba,
 "Win ni ha, naho kono Tai ni nomi monose sase tamahu na'meri na! Kano ohom-oboye no koto-naru na'meri kasi. Kono Miya ika ni obosu ram? Mikado no narabi naku narahasi tatematuri tamahe ru ni, sa si mo ara de, kut-si tamahi ni tara m koso, kokoro-gurusikere."
 to, ainaku ihe ba,
 "Tai-daisiki koto. Ikade ka sa ha ara m. Konata ha, sama kahari te ohosi-tate tamahe ru mutubi no kedime bakari ni koso a'beka'mere. Miya wo ba, kata-gata ni tuke te, ito yamgotonaku omohi kikoye tamahe ru mono wo."
 to katari tamahe ba,
 "Ide, ana kama! Tamahe. Mina kiki te haberi. Ito itohosige naru wori-wori a'naru wo ya! Saru ha, yo ni osinabe tara nu hito no ohom-oboye wo. Arigataki waza nari ya!"
 to, itohosi-garu.
 "Ika nare ba hana ni ko-dutahu uguhisu no
 sakura wo waki te negura to ha se nu

 Haru no tori no, sakura hitotu ni tomara nu kokoro yo. Ayasi to oboyuru koto zo kasi."
 to, kuti-zusabi ni ihe ba,
 "Ide, ana adikina no mono atukahi ya, sare ba yo." to omohu.
 "Miyama-gi ni negura sadamuru hako tori mo
 ikade ka hana no iro ni aku beki

 Wari naki koto. Hitaomomuki ni nomi ya ha."
 to irahe te, wadurahasikere ba, koto ni iha se zu nari nu. Koto-goto ni ihi-magirahasi te, ono-ono wakare nu.

 [14-4 柏木、小侍従に手紙を送る]
督の君は、なほ大殿の東の対に、独り住みにてぞものしたまひける。思ふ心ありて、年ごろかかる住まひをするに、人やりならず1656さうざうしく心細き折々あれど1657、
「わが身かばかりにて、などか思ふことかなはざらむ」
とのみ、心おごりをするに、この夕べより屈しいたく、もの思はしくて、
「いかならむ折に、またさばかりにても、ほのかなる御ありさまをだに見む。ともかくもかき紛れたる際の人こそ、かりそめにもたはやすき物忌、方違への移ろひも軽々しきに1658、おのづからともかく1659ものの隙をうかがひつくるやうもあれ」
など思ひやる方なく、
「深き窓のうち1660に、何ばかりのことにつけてか、かく深き心ありけりとだに知らせたてまつるべき」
と胸痛くいぶせければ、小侍従がり、例の、文やりたまふ。
「一日、風に誘はれて、御垣の原1661をわけ入りてはべしに、いとどいかに見落としたまひけむ。その夕べより、乱り心地1662かきくらし、あやなく今日は眺め暮らしはべる」
など書きて、
「よそに見て折らぬ嘆きはしげれども
なごり恋しき花の夕かげ」
とあれど、侍従は一日1663の心も知らねば1664、ただ世の常の眺めにこそはと思ふ。

 [14-4 柏木、小侍従に手紙を送る]
督の君は、やはり太政大臣邸の東の対に、独身で暮らしていらっしゃっるのであった。考えるところがあって、長年このような独身生活をしてきが、誰のせいでもなく自分からもの寂しく心細い時々もあるが、
「自分はこれほどの身分で、どうして思うことが叶わないことがあろうか」
と、ばかり自負しているが、この夕方からひどく気持ちが塞ぎ、物思いに沈み込んで、
「どのような機会に、再びあれぐらいでもよい、せめてちらっとでもお姿を見たいものだ。何をしても人目につかない身分の者なら、ちょっとでも手軽な物忌や、方違えの外出も身軽にできるから、自然と何かと機会を見つけることもできようが」
などと、思いを晴らすすべもなく、
「深窓の内に住む方に、どのような手段で、このような深くお慕い申しているということだけでも、お知らせ申し上げられようか」
と胸が苦しく晴れないので、小侍従のもとに、いつものように、手紙をおやりになる。
「先日、誘われて、お邸に参上致しましたが、ますますどんなにかわたしをお蔑すみなさったことでしょうか。その夕方から、気分が悪くなって、わけもなく今日は物思いに沈んで暮らしております」
などと書いて、
「よそながら見るばかりで手折ることのできない悲しみは深いけれども
あの夕方見た花の美しさはいつまでも恋しく思われます」
とあるが、小侍従は先日の事情を知らないので、ただ普通の恋煩いだろうと思う。

 [14-4 Kashiwagi send a letter to Ko-ziju]
 Kam-no-Kimi ha, naho Ohoi-dono no himgasi-no-tai ni, hitori-zumi ni te zo monosi tamahi keru. Omohu kokoro ari te, tosi-goro kakaru sumahi wo suru ni, hito yari nara zu sau-zausiku kokoro-bosoki wori-wori are do,
 "Waga-mi kabakari ni te, nadoka omohu koto kanaha zara m?"
 to nomi, kokoro-ogori wo suru ni, kono yuhube yori ku-si itaku, mono omohasiku te,
 "Ika nara m wori ni, mata sabakari ni te mo, honoka naru ohom-arisama wo dani mi m. To-mo kaku-mo kaki-magire taru kiha no hito koso, karisome ni mo tahayasuki mono-imi, kata-tagahe no uturohi mo karu-garusiki ni, onodukara tomokaku mo mono no hima wo ukagahi tukuru yau mo are.
 nado omohi-yaru kata naku,
 "Hukaki mado no uti ni, nani-bakari no koto ni tuke te ka, kaku hukaki kokoro ari keri to dani sirase tatematuru beki."
 to mune itaku ibusekere ba, Ko-Zizyuu gari, rei no, humi yari tamahu.
 "Hitohi, kaze ni sasohare te, mi-kaki-no-hara wo wake-iri te habe'si ni, itodo ika ni mi-otosi tamahi kem? Sono yuhube yori, midari-gokoti kaki-kurasi, ayanaku kehu ha nagame kurasi haberu."
 nado kaki te,
 "Yoso ni mi te wora nu nageki ha sigere do mo
 nagori kohisiki hana no yuhu kage
"
 to are do, Ziziu ha hitohi no kokoro mo sira ne ba, tada yo no tune no nagame ni koso ha to omohu.

 [14-5 女三の宮、柏木の手紙を見る]
御前に人しげからぬほどなれば、かの文を持て参りて、
「この人の、かくのみ、忘れぬものに、言問ひものしたまふこそわづらはしくはべれ。心苦しげなるありさまも見たまへあまる心もや添ひはべらむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」
と、うち笑ひて聞こゆれば、
「いとうたてあることをも言ふかな」
と、何心もなげに1665のたまひて、文広げたるを御覧ず。
「見もせぬ」と言ひたるところを、あさましかりし御簾のつまを思し合はせらるるに、御面赤みて、大殿の、さばかりことの1666ついでごとに、
「大将に見えたまふな。いはけなき御ありさまなんめれば、おのづからとりはづして、見たてまつるやうもありなむ」
と、戒めきこえたまふを思し出づるに、
「大将の、さることのありしと語りきこえたらむ時、いかにあはめたまはむ」
と、人の見たてまつりけむことをば思さで、まづ、憚りきこえたまふ心のうちぞ幼かりける。
常よりも御さしらへなければ、すさまじく、しひて聞こゆべきことにもあらねば、ひき忍びて、例の書く。
「一日は、つれなし顔をなむ。めざましう1667と許しきこえざりしを、『見ずもあらぬ』やいかに。あな、かけかけし」
と、はやりかに走り書きて、
「いまさらに色にな出でそ山桜
およばぬ枝に心かけきと
かひなきことを」
とあり。

 [14-5 女三の宮、柏木の手紙を見る]
御前には女房たちがあまりいない時なので、この手紙を持って上がって、
「あの方が、このようにばかり、忘れられないといって、手紙を寄こしなさるのが面倒なことでございます。お気の毒そうな様子を見るに見かねる気持ちが起こりはせぬかと、自分の心ながら分らなくなります」
と、にっこりして申し上げると、
「とても嫌なことを言うのね」
と、無邪気におっしゃって、手紙を広げたのを御覧になる。
「見ていない」という歌を引いたところを、不注意だった御簾の端の事を自然とお思いつかれたので、お顔が赤くなって、大殿が、あれほど何かあるごとに、
「大将に見られたりなさらないように。子供っぽいところがおありのようだから、自然とついうっかりしていて、お見かけ申すようなことがあるかも知れない」
と、ご注意申し上げなさっていたのをお思い出しになると、
「大将が、こんなことがあったとお話し申し上げるようなことがあったら、どんなにお叱りになるだろう」
と、人が拝見なさったことをお考えにならないで、まずは、叱られることを恐がり申されるお考えとは、なんと幼稚な方よ。
いつもよりもお言葉がないので、はりあいがなく、特に無理して催促申し上げるべき事でもないから、こっそりと、いつものように書く。
「先日は、知らない顔をなさっていましたね。失礼なことだとお許し申し上げませんでしたのに、『見ないでもなかった』とは何ですか。まあ、嫌らしい」
と、さらさらと走り書きして、
「今さらお顔の色にお出しなさいますな
手の届きそうもない桜の枝に思いを掛けたなどと
無駄なことですよ」
とある。

 [14-5 Sam-no-Miya reads the letter of Kashiwagi]
 O-mahe ni hito sigekara nu hodo nare ba, kano humi wo mo'te mawiri te,
 "Kono hito no, kaku nomi, wasure nu mono ni, koto-tohi monosi tamahu koso wadurahasiku habere. Kokoro-gurusige naru arisama mo mi tamahe amaru kokoro mo ya sohi habera m to, midukara no kokoro nagara siri gataku nam."
 to, uti-warahi te kikoyure ba,
 "Ito utate aru koto wo mo ihu kana!"
 to, nani-gokoro mo nage ni notamahi te, humi hiroge taru wo go-ran-zu.
 "Mi mo se nu" to ihi taru tokoro wo, asamasikari si mi-su no tuma wo obosi-ahase raruru ni, ohom-omote akami te, Oho-Tono no, sabakari koto no tuide goto ni,
 "Daisyau ni miye tamahu na. Ihakenaki mi-arisama nan mere ba, onodukara tori-hadusi te, mi tatematuru yau mo ari na m."
 to, imasime kikoye tamahu wo obosi iduru ni,
 "Daisyau no, saru koto no ari si to katari kikoye tara m toki, ika ni ahame tamaha m."
 to, hito no mi tatematuri kem koto wo ba obosa de, madu, habakari kikoye tamahu kokoro no uti zo wosanakari keru.
 Tune yori mo ohom-irahe nakere ba, susamaziku, sihite kikoyu beki koto ni mo ara ne ba, hiki-sinobi te, rei no kaku.
 "Hitohi ha, turenasi-gaho wo nam. Mezamasiu to yurusi kikoye zari si wo, Mi zu mo ara nu ya ika ni? Ana, kake-kakesi."
 to, hayarika ni hasiri-kaki te,
 "Imasara ni iro ni na ide so yama-zakura
 oyoba nu eda ni kokoro kake ki to

 Kahi naki koto wo."
 to ari.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--?

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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