源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 柏木の物語 女三の宮、薫を出産

2 女三の宮の物語 女三の宮の出家

3 柏木の物語 夕霧の見舞いと死去

4 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い

5 夕霧の物語 柏木哀惜

出典
校訂

1 柏木の物語 女三の宮、薫を出産

2 女三の宮の物語 女三の宮の出家

3 柏木の物語 夕霧の見舞いと死去

4 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い

5 夕霧の物語 柏木哀惜

1 Tale of Kashiwagi Omna-Sam-no-Miya gives birth to a baby boy

2 Tale of Omna-Sam-no-Miya Omna-Sam-no-Miya becmes a nun

3 Tale of Kashiwagi Yugiri's visit and Kashiwagi's death

4 Tale of Genji A celebration of 50 days after the birth

5 Tale of Yugiri Kashiwagi was mourned over

 1 柏木の物語 女三の宮、薫を出産 [1-1 柏木、病気のまま新年となる]
衛門督の君、かくのみ悩みわたりたまふこと、なほおこたらで、年も返りぬ。大臣、北の方、思し嘆くさまを見たてまつるに、
「しひてかけ離れなむ命、かひなく、罪重かるべきことを思ふ、心は心として、また、あながちにこの世に離れがたく、惜しみ留めまほしき身かは。いはけなかりしほどより、思ふ心異にて、何ごとをも、人に今一際まさらむと、公私のことに触れて、なのめならず思ひ上りしかど、その心叶ひがたかりけり」
と、一つ二つの節ごとに、身を思ひ落としてしこなた、なべての世の中1764すさまじう思ひなりて、後の世の行なひに本意深く進みにしを、親たちの御恨みを思ひて、野山にもあくがれむ道の重きほだしなるべくおぼえしかば、とざまかうざまに紛らはしつつ過ぐしつるを、つひに、
「なほ、世に立ちまふべくもおぼえぬもの思ひの、一方ならず身に添ひにたるは、我より他に誰かはつらき、心づからもてそこなひつるにこそあめれ」
と思ふに、恨むべき人もなし。
「神、仏をもかこたむ方なきは、これ皆さるべきにこそはあらめ。誰も千年の松ならぬ1765世は、つひに止まるべきにもあらぬを、かく、人にも、すこしうちしのばれぬべきほどにて、なげのあはれをもかけたまふ人あらむをこそは、一つ思ひに1766燃えぬるしるしにはせめ。
せめてながらへば、おのづからあるまじき名をも立ち、我も人も、やすからぬ乱れ出で来るやうもあらむよりは、なめしと、心置いたまふらむあたりにも、さりとも思し許いてむかし。よろづのこと、今はのとぢめには、皆消えぬべきわざなり。また、異ざまの過ちしなければ、年ごろものの折ふしごとには、まつはしならひたまひにし方のあはれも出で来なむ」
など、つれづれに思ひ続くるも、うち返し、いとあぢきなし。

 1 柏木の物語 女三の宮、薫を出産 [1-1 柏木、病気のまま新年となる]
衛門督の君、このようにばかりお病み続けになること、依然として回復せぬまま、年も改まった。大臣、北の方、お嘆きになる様子を拝見すると、
「無理して死のうと思う命、その甲斐もなく、罪障のきっと重いだろうことを思う、その考えは考えとして、また一方で、むやみに、この世から出離しがたく、惜しんで留めて置きたい身の上であろうか。幼かったときから、思う考えは格別で、どのようなことでも、人にはいま一段抜きんでたいと、公事私事につけて、並々ならず気位高く持していたが、その望みも叶いがたかった」
と、一つ二つのつまずき事に、わが身に自信をなくして以来、大方の世の中がおもしろくなく思うようになって、来世の修業に心深く惹かれたのだが、両親のご悲嘆を思うと、山野にもさまよい込む道の強い障害ともなるにちがいなく思われたので、あれやこれやと紛らわし紛らわし過ごしてきたのだが、とうとう、
「やはり、世の中には生きていけそうにも思われない悩みが、並々ならず身に付き纏っているのは、自分より外に誰を恨めようか、自分の料簡違いから破滅を招いたのだろう」
と思うと、恨むべき相手もいない。
「神、仏にも不平の訴えようがないのは、これは皆前世からの因縁なのであろう。誰も千年を生きる松ではない一生は、結局いつまでも生きていられるものではないから、このように、あの人からも、少しは思い出してもらえるようなところで、かりそめの憐れみなりともかけて下さる方があろうということを、一筋の思いに燃え尽きたしるしとはしよう。
無理に生き永られていれば、自然ととんでもない噂もたち、自分にも相手にも、容易ならぬ面倒なことが出て来るようになるよりは、不届き者よと、ご不快に思われた方にも、いくら何でもお許しになろう。何もかものこと、臨終の折には、一切帳消しになるものである。また、これ以外の過失はほんとないので、長年何かの催しの機会には、いつも親しくお召し下さったことからの憐れみも生じて来よう」
などと、所在なく思い続けるが、いくら考えてみても、実にどうしようもない。

 1 Tale of Kashiwagi Omna-Sam-no-Miya gives birth to a baby boy [1-1 It becomes a new year, Kashiwagi is as sick as ever]
 Wemon-no-Kam-no-Kimi, kaku nomi nayami watari tamahu koto, naho okotara de, tosi mo kaheri nu. Otodo, Kitanokata, obosi nageku sama wo mi tatematuru ni,
 "Sihite kake-hanare na m inoti, kahi naku, tumi omokaru beki koto wo omohu, kokoro ha kokoro to si te, mata anagati ni kono yo ni hanare gataku, wosimi todome mahosiki mi ka ha! Ihakenakari si hodo yori, omohu kokoro koto ni te, nani-goto wo mo, hito ni ima hitokiha masara m to, ohoyake watakusi no koto ni hure te, nanome nara zu omohi nobori sika do, sono kokoro kanahi gatakari keri."
 to, hitotu hutatu no husi goto ni, mi wo omohi otosi te si konata, nabete no yononaka susamaziu omohi nari te, noti no yo no okonahi ni ho'i hukaku susumi ni si wo, oya tati no ohom-urami wo omohi te, no-yama ni no akugare m miti no omoki hodasi naru beku oboye sika ba, to-zama kau-zama ni magirahasi tutu sugusi turu wo, tuhi ni,
 "Naho, yo ni tati-mahu beku mo oboye nu mono-omohi no, hitokata nara zu mi ni sohi ni taru ha, ware yori hoka ni tare ka ha turaki, kokoro-dukara mote-sokonahi turu ni koso a'mere."
 to omohu ni, uramu beki hito mo nasi.
 "Kami, Hotoke wo mo kakota m kata naki ha, kore mina saru beki ni koso ha ara me. Tare mo ti-tose no matu nara nu yo ha, tuhi ni tomaru beki ni mo ara nu wo, kaku, hito ni mo, sukosi uti-sinoba re nu beki hodo ni te, nage no ahare wo mo kake tamahu hito ara m wo koso ha, hitotu omohi ni moye nuru sirusi ni ha se me.
 Semete nagarahe ba, onodukara aru maziki na wo mo tati, ware mo hito mo, yasukara nu midare ide kuru yau mo ara m yori ha, namesi to, kokoro-oi tamahu ram atari ni mo, saritomo obosi yurui te m kasi. Yorodu no koto, ima ha no todime ni ha, mina kiye nu beki waza nari. Mata, koto-zama no ayamati si nakere ba, tosi-goro mono no wori husi goto ni ha, matuhasi narahi tamahi ni si kata no ahare mo ide-ki na m."
 nado, ture-dure ni omohi tudukuru mo, uti-kahesi, ito adikinasi.

 [1-2 柏木、女三の宮へ手紙]
「などかく、ほどもなくしなしつる身ならむ」と、かきくらし思ひ乱れて、枕も浮きぬばかり1767、人やりならず流し添へつつ、いささか隙ありとて、人々立ち去りたまへるほどに、かしこに御文たてまつれたまふ。
「今は限りになりにてはべるありさまは、おのづから聞こしめすやうもはべらむを、いかがなりぬるとだに、御耳とどめさせたまはぬも、ことわりなれど、いと憂くもはべるかな」
など聞こゆるに、いみじうわななけば、思ふことも皆書きさして、
「今はとて燃えむ煙もむすぼほれ
絶えぬ思ひのなほや残らむ
あはれとだにのたまはせよ。心のどめて、人やりならぬ闇に惑はむ道の光にもしはべらむ」
と聞こえたまふ。
侍従にも、こりずまに、あはれなることどもを言ひおこせたまへり。
「みづからも、今一度言ふべきことなむ」
とのたまへれば、この人も、童より、さるたよりに参り通ひつつ、見たてまつり馴れたる人なれば、おほけなき心こそうたておぼえたまひつれ、今はと聞くは、いと悲しうて、泣く泣く、
「なほ、この御返り。まことにこれをとぢめにもこそはべれ」
と聞こゆれば、
「われも、今日か明日かの心地して、もの心細ければ、おほかたのあはればかりは思ひ知らるれど、いと心憂きことと思ひ懲りにしかば、いみじうなむつつましき」
とて、さらに書いたまはず。
御心本性の、強くづしやかなるにはあらねど、恥づかしげなる人の御けしきの、折々にまほならぬが、いと恐ろしうわびしきなるべし。されど、御硯などまかなひて責めきこゆれば、しぶしぶに書いたまふ。取りて、忍びて宵の紛れに、かしこに参りぬ。

 [1-2 柏木、女三の宮へ手紙]
「どうしてこのように、生きる瀬もなくしてしまった身の上なのだろう」と、心がまっくらになる思いがして、枕も浮いてしまうほどに、誰のせいでもなく涙を流しては、少しは具合が好いとあって、ご両親たちがお側を離れなさっていた時に、あちらにお手紙を差し上げなさる。
「今はもう最期となってしまいました様子は、自然とお耳に入っていらっしゃいましょうが、せめていかがですかとだけでも、お耳に止めて下さらないのも、無理もないことですが、とても情けなく存じられますよ」
などと申し上げるにつけても、ひどく手が震えるので、思っていることも皆書き残して、
「もうこれが最期と燃えるわたしの荼毘の煙もくすぶって
空に上らずあなたへの諦め切れない思いがなおもこの世に残ることでしょう
せめて不憫なとだけでもおっしゃって下さい。気持ちを静めて、自分から求めての無明の闇を迷い行く道の光と致しましょう」
と申し上げなさる。
侍従にも、性懲りもなく、つらい思いの数々を書いてお寄こしになった。
「直接お会いして、もう一度申し上げたい事がある」
とおっしゃるので、この人も、子供の時から、あるご縁で行き来して、親しく存じ上げている人なので、大それた恋心は疎ましく思われなさるが、最期と聞くと、とても悲しくて、泣き泣き、
「やはり、このお返事。本当にこれが最後でございましょう」
と申し上げると、
「わたしも、今日か明日かの心地がして、何となく心細いので、人の死は悲しいものと思いますが、まことに嫌な事であったと懲り懲りしてしまったので、とてもその気になれません」
とおっしゃって、どうしてもお書きにならない。
ご性質が、しっかりしていて重々しいというのではないが、気の置ける方のご機嫌が時々良くないのが、とても恐く辛く思われるのであろう。けれども、御硯などを用意して是非にとお促し申し上げるので、しぶしぶとお書きになる。受け取って、こっそりと宵闇に紛れて、あちらに持って上がった。

 [1-2 Kashiwagi wrights a letter to Omna-Sam-no-Miya]
 "Nado kaku, hodo mo naku si-nasi turu mi nara m?" to, kaki-kurasi omohi midare te, makura mo uki nu bakari, hito-yari nara zu nagasi sohe tutu, isasaka hima ari tote, hito-bito tati-sari tamahe ru hodo ni, kasiko ni ohom-humi tatemature tamahu.
 "Ima ha kagiri ni nari ni te haberu arisama ha, onodukara kikosimesu yau mo habera m wo, ikaga nari nuru to dani, ohom-mimi todome sase tamaha nu mo, kotowari nare do, ito uku mo haberu kana!"
 nado kikoyuru ni, imiziu wananake ba, omohu koto mo mina kiki-sasi te,
 "Ima ha tote moye m keburi mo musubohore
 taye nu omohi no naho ya nokora m

 Ahare to dani notamahase yo. Kokoro nodome te, hito-yari nara nu yami ni madoha m miti no hikari ni mo si habera m."
 to kikoye tamahu.
 Ziziu ni mo, korizuma ni, ahare naru koto-domo wo ihi-okose tamahe ri.
 "Midukara mo, ima hitotabi ihu beki koto nam."
 to notamahe re ba, kono hito mo, waraha yori, saru tayori ni mawiri kayohi tutu, mi tatematuri nare taru hito nare ba, ohokenaki kokoro koso utate oboye tamahi ture, ima ha to kiku ha, ito kanasiu te, naku naku,
 "Naho, kono ohom-kaheri. Makoto ni kore wo todime ni mo koso habere."
 to kikoyure ba,
 "Ware mo, kehu ka asu ka no kokoti si te, mono-kokoro-bosokere ba, ohokata no ahare bakari ha omohi sira rure do, ito kokoro-uki koto to omohi-kori ni sika ba, imiziu nam tutumasiki."
 tote, sara ni kai tamaha zu.
 Mi-kokoro honzyau no, tuyoku dusiyaka naru ni ha ara ne do, hadukasige naru hito no mi-kesiki no, wori-wori ni maho nara nu ga, ito osorosiu wabisiki naru besi. Saredo, ohom-suzuri nado makanahi te seme kikoyure ba, sibu-sibu ni kai tamahu. Tori te, sinobi te yohi no magire ni, kasiko ni mawiri nu.

 [1-3 柏木、侍従を招いて語る]
大臣、かしこき行なひ人、葛城山より請じ出でたる、待ち受けたまひて、加持参らせむとしたまふ。御修法、読経なども、いとおどろおどろしう騷ぎたり。人の申すままに、さまざま聖だつ験者などの、をさをさ世にも聞こえず、深き山に籠もりたるなどをも、弟の君たちを遣はしつつ、尋ね召すに、けにくく心づきなき山伏どもなども、いと多く参る。患ひたまふさまの、そこはかとなくものを心細く思ひて、音をのみ、時々泣きたまふ。
陰陽師なども、多くは女の霊とのみ占ひ申しければ、さることもやと思せど、さらにもののけの現はれ出で来るもなきに、思ほしわづらひて、かかる隈々をも尋ねたまふなりけり。
この聖も、丈高やかに、まぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしく陀羅尼読むを、
「いで、あな憎や。罪の深き身にやあらむ、陀羅尼の声高きは、いと気恐ろしくて、いよいよ死ぬべくこそおぼゆれ」
とて、やをらすべり出でて、この侍従と語らひたまふ。
大臣は、さも知りたまはず、うち休みたると、人々して申させたまへば、さ思して、忍びやかにこの聖と物語したまふ。おとなびたまへれど、なほはなやぎたるところつきて、もの笑ひしたまふ大臣の、かかる者どもと向ひゐて、この患ひそめたまひしありさま、何ともなくうちたゆみつつ、重りたまへること、
「まことに、このもののけ、現はるべう念じたまへ」
など、こまやかに語らひたまふも、いとあはれなり。
「かれ聞きたまへ。何の罪とも思し寄らぬに、占ひよりけむ女の霊こそ、まことにさる御執の身に添ひたるならば、厭はしき身をひきかへ、やむごとなくこそなりぬべけれ。
さてもおほけなき心ありて、さるまじき過ちを引き出でて、人の御名をも立て、身をも顧みぬたぐひ、昔の世にもなくやはありける、と思ひ直すに、なほけはひわづらはしう、かの御心に、かかる咎を知られたてまつりて、世にながらへむことも、いとまばゆくおぼゆるは、げに異なる御光なるべし。
深き過ちもなきに、見合はせたてまつりし夕べのほどより、やがてかき乱り、惑ひそめにし魂の、身にも返らず1768なりにしを、かの院のうちにあくがれありかば、結びとどめたまへよ」
など、いと弱げに、殻のやうなるさまして、泣きみ笑ひみ語らひたまふ。

 [1-3 柏木、侍従を招いて語る]
大臣は、優れた行者で、葛城山から招き迎えたのを、お待ち受けになって、加持をして上げようとなさる。御修法、読経なども、まことに大声で行なっていた。誰彼のお勧め申すがままに、いろいろと聖めいた験者などで、ほとんど世間では知られず、深い山中に籠もっている者などをも、弟の公達をお遣わしお遣わしになって、探し出して召し出しになるので、無愛想で気にくわない山伏連中なども、たいそう大勢参上する。お病みになっているご様子が、ただ何となく物心細く思って、声を上げて時々お泣きになる。
陰陽師なども、多くは女の霊だとばかり占い申したので、そういう事かも知れないとお考えになるが、まったく物の怪が現れ出て来るものがないので、お困り果てになって、こうした辺鄙な山々にまでお探しになったのであった。
この聖も、背丈が高く、眼光が鋭くて、荒々しい大声で陀羅尼を読むのを、
「ええ、嫌なことだ。罪障の深い身だからであろうか、陀羅尼の大声が聞こえて来るのは、まことに恐ろしくて、ますます死んでしまいそうな気がする」
と言って、そっと病床を抜け出して、この侍従とお話し合いになる。
大臣は、そうともご存知でなく、お休みになっていると、女房たちに申し上げさせなさったので、そうお思いになって、小声でこの聖とお話なさっている。お年は召していらっしゃるが、相変わらず陽気なところがおありで、よくお笑いになる大臣が、このような山伏どもと対座して、この病気におなりになった当初からの様子、どうということもなくはっきりしないままに、重くおなりになったこと、
「本当に、この物の怪の正体が、現れるよう祈祷して下さい」
などと、心からお頼みなさるのも、まことにいたいたしい。
「あれをお聞きなさい。何の罪咎ともご存じならないのに。占い当てたという女の霊、本当にそのようなあの方のご執念がわたしの身に取りついているならば、愛想の尽きたこの身もうって変わって、大切なものとなるだろう。
それにしても身分不相応な望みを抱いて、とんでもない過ちをしでかして、相手のお方の浮名をも立て、身の破滅を顧みないといった例は、昔の世にもないではなかった、と考え直してみるが、どうしても様子が何となく恐ろしくて、かのお心に、このような過失をお知られ申したからには、この世に生き永らえることも、まことに顔向けができなく思われるのは、なるほど特別なご威光なのだろう。
大きな過失でもないのに、目をお合わせした夕方から、そのまま気分がおかしくなって、抜け出した魂が、戻って来なくなってしまったのですが、あの院の中で彷徨っていたら、魂結びをして下さいよ」
などと、とても弱々しく、脱殻のような様子で、泣いたり笑ったりしてお話しになる。

 [1-3 Kashiwagi invites and talks Ko-Ziju]
 Otodo, kasikoki okonahi-bito, Kaduraki-yama yori sau-zi ide taru, mati-uke tamahi te, kadi mawira se m to sitamahu. Mi-zuhohu, dokyau nado mo, ito odoro-odorosiu sawagi tari. Hito no mausu mama ni, sama-zama hiziri-datu genza nado no, wosa-wosa yo ni mo kikoye zu, hukaki yama ni komori taru nado wo mo, otouto no Kimi-tati wo tukahasi tutu, tadune mesu ni, kenikuku kokoro-duki-naki yamabusi-domo nado mo, ito ohoku mawiru. Wadurahi tamahu sama no, sokohakatonaku mono wo kokoro-bosoku omohi te, ne wo nomi, toki-doki naki tamahu.
 Omyauzi nado mo, ohoku ha womna no ryau to nomi uranahi mausi kere ba, saru koto mo ya to obose do, sara ni mononoke no arahare ide kuru mo naki ni, omohosi wadurahi te, kakaru kuma-guma wo mo tadune tamahu nari keri.
 Kono hiziri mo, take takayaka ni, mabusi tubetamasiku te, araraka ni odoro-odorosiku Darani yomu wo,
 "Ide, ana niku ya! Tumi no hukaki mi ni ya ara m, Darani no kowe takaki ha, ito ke-osorosiku te, iyo-iyo sinu beku koso oboyure."
 tote, yawora suberi ide te, kono Ziziu to katarahi tamahu.
 Otodo ha, sa mo siri tamaha zu, uti-yasumi taru to, hito-bito site mausa se tamahe ba, sa obosi te, sinobiyaka ni kono Hiziri to monogatari si tamahu. Otonabi tamahe re do, naho hanayagi taru tokoro tuki te, mono-warahi si tamahu Otodo no, kakaru mono-domo to mukahi wi te, kono wadurahi some tamahi si arisama, nani to mo naku uti-tayumi tutu, omori tamahe ru koto,
 "Makoto ni, kono mononoke, araharu beu nen-zi tamahe."
 nado, komayaka ni katarahi tamahu mo, ito ahare nari.
 "Kare kiki tamahe. Nani no tumi to mo obosi yora nu ni, uranahi yori kem womna no ryau koso, makoto ni saru ohom-sihu no mi ni sohi taru nara ba, itohasiki mi wo hiki-kahe, yamgotonaku koso nari nu bekere.
 Sate mo ohokenaki kokoro ari te, saru maziki ayamati wo hiki-ide te, hito no ohom-na wo mo tate, mi wo mo kaherimi nu taguhi, mukasi no yo ni mo naku ya ha ari keru, to omohi-nahosu ni, naho kehahi wadurahasiu, kano mi-kokoro ni, kakaru toga wo sira re taematuri te, yo ni nagarahe m koto mo, ito mabayuku oboyuru ha, geni koto naru ohom-hikari naru besi.
 Hukaki ayamati mo naki ni, mi-ahase tatematuri si yuhube no hodo yori, yagate kaki-midari, madohi-some ni si tamasihi no, mi ni mo kahera zu nari ni si wo, kano Win no uti ni akugare arika ba, musubi todome tamahe yo."
 nado, ito yowage ni, kara no yau naru sama si te, naki-mi warahi-mi katarahi tamahu.

 [1-4 女三の宮の返歌を見る]
宮もものをのみ恥づかしうつつましと思したるさまを語る。さてうちしめり、面痩せたまへらむ御さまの、面影に見たてまつる心地して、思ひやられたまへば、げにあくがるらむ魂や、行き通ふらむなど、いとどしき心地も乱るれば、
「今さらに、この御ことよ、かけても聞こえじ。この世はかうはかなくて過ぎぬるを、長き世のほだしにもこそと思ふなむ、いとほしき。心苦しき御ことを、平らかにとだにいかで聞き置いたてまつらむ。見し夢を心一つに思ひ合はせて、また語る人もなきが、いみじういぶせくもあるかな」
など、取り集め思ひしみたまへるさまの深きを、かつはいとうたて恐ろしう思へど、あはれはた、え忍ばず、この人もいみじう泣く。
紙燭召して、御返り見たまへば、御手もなほいとはかなげに、をかしきほどに書いたまひて、
「心苦しう聞きながら、いかでかは。ただ推し量り。『残らむ』とあるは、
立ち添ひて消えやしなまし憂きことを
思ひ乱るる煙比べに
後るべうやは」
とばかりあるを、あはれにかたじけなしと思ふ。
「いでや、この煙ばかりこそは、この世の思ひ出でならめ。はかなくもありけるかな」
と、いとど泣きまさりたまひて、御返り、臥しながら、うち休みつつ書いたまふ。言の葉の続きもなう、あやしき鳥の跡のやうにて、
「行く方なき空の煙となりぬとも
思ふあたりを立ちは離れじ
夕はわきて眺めさせたまへ。咎めきこえさせたまはむ人目をも、今は心やすく思しなりて、かひなきあはれをだにも、絶えずかけさせたまへ」
など書き乱りて、心地の苦しさまさりければ、
「よし。いたう更けぬさきに、帰り参りたまひて、かく限りのさまになむとも聞こえたまへ。今さらに、人あやしと思ひ合はせむを、わが世の後さへ思ふこそ口惜しけれ。いかなる昔の契りにて、いとかかることしも心にしみけむ」
と、泣く泣くゐざり入りたまひぬれば、例は無期に迎へ据ゑて、すずろ言をさへ言はせまほしうしたまふを、言少なにても、と思ふがあはれなるに、えも出でやらず。御ありさまを乳母も語りて、いみじく泣き惑ふ。大臣などの思したるけしきぞいみじきや。
「昨日今日、すこしよろしかりつるを、などかいと弱げには見えたまふ」
と騷ぎたまふ。
「何か、なほとまりはべるまじきなめり」
と聞こえたまひて、みづからも泣いたまふ。

 [1-4 女三の宮の返歌を見る]
宮も何かと恥ずかしく顔向けできない思いでいられる様子を話す。そのようにうち沈んで、痩せていらっしゃるだろうご様子が、目の前にありありと拝見できるような気がして、ご想像されるので、なるほど抜け出した霊魂は、あちらに行き通うのだろうかなどと、ますます気分もひどくなるので、
「今となっては、もう宮の御事は、いっさい申し上げますまい。この世はこうしてはかなく過ぎてしまったが、未来永劫の成仏する障りになるかもしれないと思うと、お気の毒だ。気にかかるお産の事を、せめてご無事に済んだとお聞き申しておきたい。見た夢を独り合点して、また他に語る相手もいないのが、たいそう堪らないことであるなあ」
 などと、あれこれと思い詰めていらっしゃる執着の深いことを、一方では嫌で恐ろしく思うが、おいたわしい気持ちは、抑え難く、この人もひどく泣く。
紙燭を取り寄せて、お返事を御覧になると、ご筆跡もたいそう弱々しいが、きれいにお書きになって、
「お気の毒に聞いていますが、どうしてお伺いできましょう。ただお察しするばかりです。お歌に『残ろう』とありますが、
わたしも一緒に煙となって消えてしまいたいほどです
辛いことを思い嘆く悩みの競いに
後れをとれましょうか」
とだけあるのを、しみじみともったいないと思う。
「いやもう、この煙だけが、この世の思い出であろう。はかないことであったな」
と、ますますお泣きになって、お返事、横に臥せりながら、筆を置き置きしてお書きになる。文句の続きもおぼつかなく、筆跡も妙な鳥の脚跡のようになって、
「行く方もない空の煙となったとしても
思うお方のあたりは離れまいと思う
夕方は特にお眺め下さい。咎め立て申されるお方の目も、今はもうお気になさらずに、せめて何にもならないことですが、憐みだけは絶えず懸けて下さいませ」
などと乱れ書きして、気分の悪さがつのって来たので、
「もうよい。あまり夜が更けないうちに、お帰りになって、このように最期の様子であったと申し上げて下さい。今となって、人が変だと感づくのを、自分の死んだ後まで想像するのは情けないことだ。どのような前世からの因縁で、このような事が心に取り憑いたのだろうか」
と、泣き泣きいざってお入りになったので、いつもはいつまでも前に座らせて、とりとめもない話までをおさせになりたくなさっていたのに、お言葉の数も少ない、と思うと悲しくてならないので、帰ることも出来ない。ご様子を乳母も話して、ひどく泣きうろたえる。大臣などがご心配された有様は大変なことであるよ。
「昨日今日と、少し好かったのだが、どうしてたいそう弱々しくお見えなのだろう」
とお騷ぎになる。
「いいえもう、生きていられそうにないようです」
と申し上げなさって、ご自身もお泣きになる。

 [1-4 Kashiwagi reads a reply from Omna-Sam-no-Miya]
 Miya mo mono wo nomi hadukasiu tutumasi to obosi taru sama wo kataru. Sate uti-simeri, omo-yase tamahe ra m ohom-sama no, omokage ni mi tatematuru kokoti si te, omohi-yara re tamahe ba, geni akugaru ram tama ya, yuki-kayohu ram nado, itodosiki kokoti mo midarure ba,
 "Ima-sara ni, kono ohom-koto yo, kakete mo kikoye zi. Kono yo ha kau hakanaku te sugi nuru wo, nagaki yo no hodasi ni mo koso to omohu nam, itohosiki. Kokoro-gurusiki ohom-koto wo, tahiraka ni to dani ikade kiki-oi tatematura m. Mi si yume wo kokoro hitotu ni omohi-ahase te, mata kataru hito mo naki ga, imiziu ibuseku mo aru kana!"
 nado, tori-atume omohi simi tamahe ru sama no hukaki wo, katu ha ito utate osorosiu omohe do, ahare hata, e sinoba zu, kono hito mo imiziu naku.
 Sisoku mesi te, ohom-kaheri mi tamahe ba, ohom-te mo naho ito hakanage ni, wokasiki hodo ni kai tamahi te,
 "Kokoro-gurusiu kiki nagara, ikade ka ha. Tada osihakari. "Nokora m" to aru ha,
 Tati-sohi te kiye ya si na masi uki koto wo
 omohi midaruru keburi kurabe ni

 Okuru beu ya ha!"
 to bakari aru wo, ahare ni katazikenasi to omohu.
 "Ide ya, kono keburi bakari koso ha, kono yo no omohi-ide nara me. Hakanaku mo ari keru kana!"
 to, itodo naki masari tamahi te, ohom-kaheri, husi nagara, uti-yasumi tutu kai tamahu. Kotonoha no tuduki mo nau, ayasiki tori no ato no yau ni te,
 "Yukuhe naki sora no keburi to nari nu to mo
 omohu atari wo tati ha hanare zi

 Yuhube ha waki te nagame sase tamahe. Togame kikoye sase tamaha m hitome wo mo, ima ha kokoro-yasuku obosi nari te, kahi naki ahare wo dani mo, taye zu kake sase tamahe."
 nado kaki midari te, kokoti no kurusisa masari kere ba,
 "Yosi. Itau huke nu saki ni, kaheri mawiri tamahi te, kaku kagiri no sama ni nam to mo kikoye tamahe. Imasara ni, hito ayasi to omohi ahase m wo, waga yo no noti sahe omohu koso kutiwosikere. Ika naru mukasi no tigiri ni te, ito kakaru koto si mo kokoro ni simi kem?"
 to, naku-naku wizari iri tamahi nure ba, rei ha mugo ni mukahe suwe te, suzuro-goto wo sahe iha se mahosiu si tamahu wo, koto-zukuna ni te mo, to omohu ga ahare naru ni, e mo ide-yara zu. Mi-arisama wo Menoto mo katari te, imiziku naki madohu. Otodo nado no obosi taru kesiki zo imiziki ya!
 "Kinohu kehu, sukosi yorosikari turu wo, nado ka ito yowage ni ha miye tamahu."
 to sawagi tamahu.
 "Nani ka, naho tomari haberu maziki na'meri."
 to kikoye tamahi te, midukara mo nai tamahu.

 [1-5 女三の宮、男子を出産]
宮は、この暮れつ方より悩ましうしたまひけるを、その御けしきと、見たてまつり知りたる人々、騷ぎみちて、大殿にも聞こえたりければ、驚きて渡りたまへり。御心のうちは、
「あな、口惜しや。思ひまずる方なくて見たてまつらましかば、めづらしくうれしからまし」
と思せど、人にはけしき漏らさじと思せば、験者など召し、御修法はいつとなく不断にせらるれば、僧どもの中に験ある限り皆参りて、加持参り騒ぐ。
夜一夜悩み明かさせたまひて、日さし上がるほどに生まれたまひぬ。男君と聞きたまふに、
「かく忍びたることの、あやにくに、いちじるき顔つきにてさし出でたまへらむこそ苦しかるべけれ。女こそ、何となく紛れ、あまたの人の見るものならねばやすけれ」
と思すに、また、
「かく、心苦しき疑ひ混じりたるにては、心やすき方にものしたまふもいとよしかし。さても、あやしや。わが世とともに恐ろしと思ひしことの報いなめり。この世にて、かく思ひかけぬことにむかはりぬれば、後の世の罪も、すこし軽みなむや」
と思す。
人はた知らぬことなれば、かく心ことなる御腹にて、末に出でおはしたる御おぼえいみじかりなむと、思ひいとなみ仕うまつる。
御産屋の儀式、いかめしうおどろおどろし。御方々、さまざまにし出でたまふ御産養1769、世の常の折敷、衝重、高坏などの心ばへも、ことさらに心々に挑ましさ見えつつなむ。
五日の夜、中宮の御方より、子持ちの御前の物、女房の中にも、品々に思ひ当てたる際々、公事にいかめしうせさせたまへり。御粥1770、屯食五十具、所々の饗、院の下部、庁の召次所、何かの隈まで、いかめしくせさせたまへり。宮司、大夫よりはじめて、院の殿上人、皆参れり。
七夜は、内裏より、それも公ざまなり。致仕の大臣など、心ことに仕うまつりたまふべきに、このころは、何ごとも思されで、おほぞうの御訪らひのみぞありける。
宮たち、上達部など、あまた参りたまふ。おほかたのけしきも、世になきまでかしづききこえたまへど、大殿の御心のうちに、心苦しと思すことありて、いたうももてはやしきこえたまはず、御遊びなどはなかりけり。

 [1-5 女三の宮、男子を出産]
宮は、この日の夕方から苦しそうになさったが、産気づかれた様子だと、お気づき申した女房たち、一同に騷ぎ立って、大殿にも申し上げたので、驚いてお越しになった。ご心中では、
「ああ、残念なことよ。疑わしい点もなくてお世話申すのであったら、おめでたく喜ばしい事であろうに」
とお思いになるが、他人には気づかれまいとお考えになるので、験者などを召し、御修法はいつとなく休みなく続けてしていられるので、僧侶たちの中で効験あらたかな僧は皆参上して、加持を大騷ぎして差し上げる。
一晩中お苦しみあそばして、日がさし昇るころにお生まれになった。男君とお聞きになると、
「このように内証事が、あいにくなことに、父親に大変よく似た顔つきでお生まれになることは困ったことだ。女なら、何かと人目につかず、大勢の人が見ることはないので心配ないのだが」
とお思いになるが、また一方では、
「このように、つらい疑いがつきまとっていては、世話のいらない男子でいらしたのも良かったことだ。それにしても、不思議なことだなあ。自分が一生涯恐ろしいと思っていた事の報いのようだ。この世で、このような思いもかけなかった応報を受けたのだから、来世での罪も、少しは軽くなったろうか」
とお思いになる。
周囲の人は他に誰も知らない事なので、このように特別なお方のご出産で、晩年にお生まれになったご寵愛はきっと大変なものだろうと、思って大事にお世話申し上げる。
御産屋の儀式は、盛大で仰々しい。ご夫人方が、さまざまにお祝いなさる御産養、世間一般の折敷、衝重、高坏などの趣向も、特別に競い合っている様子が見えるのであった。
五日の夜、中宮の御方から、御産婦のお召し上がり物、女房の中にも、身分相応の饗応の物を、公式のお祝いとして盛大に調えさせなさった。御粥、屯食を五十具、あちらこちらの饗応は、六条院の下部、院庁の召次所の下々の者たちまで、堂々としたなさり方であった。中宮の宮司、大夫をはじめとして、冷泉院の殿上人が、皆参上した。
お七夜は、帝から、それも公事に行われた。致仕の大臣などは、格別念を入れてご奉仕なさるはずのところだが、最近は、何を考えるお気持ちのゆとりもなく、一通りのお祝いだけがあった。
親王方、上達部などが、大勢お祝いに参上する。表向きのお祝いの様子にも、世にまたとないほど立派にお世話して差し上げなさるが、大殿のご心中に、辛くお思いになることがあって、そう大して賑やかなお祝いもしてお上げにならず、管弦のお遊びなどはなかったのであった。

 [1-5 Omna-Sam-no-Miya gives birth to a baby boy]
 Miya ha, kono kure tu kata yori nayamasiu si tamahi keru wo, sono mi-kesiki to, mi tatematuri siri taru hito-bito, sawagi-miti te, Otodo ni mo kikoye tari kere ba, odoroki te watari tamahe ri. Mi-kokoro no uti ha,
 "Ana, kutiwosi ya! Omohi-mazuru kata naku te mi tatematura masika ba, medurasiku uresikara masi."
 to obose do, hito ni ha kesiki morasa zi to obose ba, genza nado mesi, mi-zuhohu ha itu to naku hudan ni se rarure ba, Sou-domo no naka ni gen aru kagiri mina mawiri te, kadi mawiri sawagu.
 Yo hito-yo nayami akasa se tamahi te, hi sasi-agaru hodo ni umare tamahi nu. Wotoko-Gimi to kiki tamahu ni,
 "Kaku sinobi taru koto no, ayaniku ni, itiziruki kaho-tuki ni te sasi-ide tamahe ra m koso kurusikaru bekere. Womna koso, nani to naku magire, amata no hito no miru mono nara ne ba yasukere."
 to obosu ni, mata,
 "Kaku, kokoro-gurusiki uatagahi maziri taru ni te ha, kokoro-yasuki kata ni monosi tamahu mo ito yosi kasi. Sate mo, ayasi ya! Waga yo to tomoni osorosi to omohi si koto no mukuyi na'meri. Kono yo ni te, kaku omohi-kake nu koto ni mukahari nure ba, noti no yo no tumi mo, sukosi karomi na m ya?"
 to obosu.
 Hito hata sira nu koto nare ba, kaku kokoro koto naru ohom-hara ni te, suwe ni ide ohasi taru ohom-oboye imizikari na m to, omohi itonami tukau-maturu.
 Ohom-ubuyasinahi no gisiki, ikamesiu odoro-odorosi. Ohom-kata-gata, sama-zama ni si-ide tamahu ohom-ubuyasinahi, yo no tune no wosiki, tuigasane, takatuki nado no kokorobahe mo, kotosara ni kokoro-gokoro ni idomasisa miye tutu nam.
 Itu-ka no yoru, Tiuguu no ohom-kata yori, Ko-moti no o-mahe no mono, nyoubau no naka ni mo, sina-zina ni omohi ate taru kiha-giha, ohoyake-goto ni ikamesiu se sase tamahe ri. Ohom-kayu, tonziki go-zihu-gu, tokoro-dokoro no kyau, Win no simobe, Tyau no mesitugi-dokoro, nani ka no kuma made, ikamesiku se sase tamahe ri. Miya-dukasa, Daibu yori hazime te, Win no Tenzyau-bito, mina mawire ri.
 Siti-ya ha, Uti yori, sore mo ohoyake-zama nari. Tizi-no-Otodo nado, kokoro koto ni tukau-maturi tamahu beki ni, kono koro ha, nani-goto mo obosa re de, ohozou no ohom-toburahi nomi zo ari keru.
 Miya-tati, Kamdatime nado, amata mawiri tamahu. Ohokata no kesiki mo, yo ni naki made kasiduki kikoye tamahe do, Otodo no mi-kokoro no uti ni, kokoro-gurusi to obosu koto ari te, itau mo mote-hayasi kikoye tamaha zu, ohom-asobi nado ha nakari keri.

 [1-6 女三の宮、出家を決意]
宮は、さばかりひはづなる御さまにて、いとむくつけう、ならはぬことの恐ろしう思されけるに、御湯などもきこしめさず、身の心憂きことを、かかるにつけても思し入れば、
「さはれ、このついでにも死なばや」
と思す。大殿は、いとよう人目を飾り思せど、まだむつかしげにおはするなどを、取り分きても見たてまつりたまはずなどあれば、老いしらへる人などは、
「いでや、おろそかにもおはしますかな。めづらしうさし出でたまへる御ありさまの、かばかりゆゆしきまでにおはしますを」
と、うつくしみきこゆれば、片耳に聞きたまひて、
「さのみこそは、思し隔つることもまさらめ」
と恨めしう、わが身つらくて、尼にもなりなばや、の御心尽きぬ。
夜なども、こなたには大殿籠もらず、昼つ方などぞさしのぞき1771たまふ。
「世の中のはかなきを見るままに、行く末短う、もの心細くて、行なひがちになりにて1772はべれば、かかるほどのらうがはしき心地するにより、え参り来ぬを、いかが、御心地はさはやかに思しなりにたりや。心苦しうこそ」
とて、御几帳の側よりさしのぞきたまへり。御頭もたげたまひて、
「なほ、え生きたるまじき心地なむしはべるを、かかる人は罪も重かなり。尼になりて、もしそれにや生きとまると試み、また亡くなるとも、罪を失ふこともやとなむ思ひはべる」
と、常の御けはひよりは、いとおとなびて聞こえたまふを、
「いとうたて、ゆゆしき御ことなり。などてか、さまでは思す。かかることは、さのみこそ恐ろしかなれど、さてながらへぬわざならばこそあらめ」
と聞こえたまふ。御心のうちには、
「まことにさも思し寄りてのたまはば、さやうにて見たてまつらむは、あはれなりなむかし。かつ見つつも、ことに触れて心置かれたまはむが心苦しう、我ながらも、え思ひ直すまじう、憂きことうち混じりぬべきを、おのづからおろかに人の見咎むることもあらむが、いといとほしう、院などの聞こし召さむことも、わがおこたりにのみこそはならめ。御悩みにことづけて、さもやなしたてまつりてまし」
 など1773思し寄れど、また、いとあたらしう、あはれに、かばかり遠き御髪の生ひ先を、しかやつさむことも心苦しければ、
「なほ、強く思しなれ。けしうはおはせじ。限りと見ゆる人も、たひらなる例近ければ、さすがに頼みある世になむ」
など聞こえたまひて、御湯参りたまふ。いといたう青み痩せて、あさましうはかなげにてうち臥したまへる御さま、おほどき、うつくしげなれば、
「いみじき過ちありとも、心弱く許しつべき御さまかな」
と見たてまつりたまふ。

 [1-6 女三の宮、出家を決意]
宮は、あれほどか弱いご様子で、とても気味の悪い、初めてのご出産で、恐く思われなさったので、御薬湯などもお召し上がりにならず、わが身の辛い運命を、こうしたことにつけても心底お悲しみになって、
「いっそのこと、この機会に死んでしまいたい」
とお思いになる。大殿は、まことにうまく表面を飾って見せていらっしゃるが、まだ生まれたばかりの扱いにくい状態でいらっしゃるのを、特別にはお世話申されるというでもないので、年老いた女房などは、
「何とまあ、お冷たくていらっしゃること。おめでたくお生まれになったお子様が、こんなにこわいほどお美しくていらっしゃるのに」
と、おいとしみ申し上げるので、小耳におはさみなさって、
「そんなにもよそよそしいことは、これから先もっと増えて行くことになるのだろう」
と恨めしく、わが身も辛くて、尼にもなってしまいたい、というお気持ちになられた。
夜なども、こちらにはお寝みにならず、昼間などにちょっとお顔をお見せになる。
「世の中の無常な有様を見ていると、この先も短く、何となく頼りなくて、勤行に励むことが多くなっておりますので、このようなご出産の後は騒がしい気がするので、参りませんが、いかがですか、ご気分はさわやかになりましたか。おいたわしいことです」
と言って、御几帳の側からお覗き込みになった。御髪をお上げになって、
「やはり、生きていられない気が致しますが、こうしたわたしは罪障も重いことです。尼になって、もしやそのために生き残れるかどうか試してみて、また死んだとしても、罪障をなくすことができるかと存じます」
と、いつものご様子よりは、とても大人らしく申し上げなさるので、
「まことに嫌な、縁起でもないお言葉です。どうして、そんなにまでお考えになるのですか。このようなことは、そのように恐ろしい事でしょうが、それだからと言って命が永らえないというなら別ですが」
とお申し上げなさる。ご心中では、
「本当にそのようにお考えになっておっしゃるのならば、出家をさせてお世話申し上げるのも、思いやりのあることだろう。このように連れ添っていても、何かにつけて疎ましく思われなさるのがおいたわしいし、自分自身でも、気持ちも改められそうになく、辛い仕打ちが折々まじるだろうから、自然と冷淡な態度だと人目に立つこともあろうことが、まことに困ったことで、院などがお耳になさることも、すべて自分の至らなさからとなるであろう。ご病気にかこつけて、そのようにして差し上げようかしら」
などとお考えになるが、また一方では、大変惜しくていたわしく、これほど若く生い先長いお髪を、尼姿に削ぎ捨てるのはお気の毒なので、
「やはり、気をしっかりお持ちなさい。心配なさることはありますまい。最期かと思われた人も、平癒した例が身近にあるので、やはり頼みになる世の中です」
などと申し上げなさって、御薬湯を差し上げなさる。とてもひどく青く痩せて、何とも言いようもなく頼りなげな状態で臥せっていらっしゃるご様子、おっとりして、いじらしいので、
「大層な過失があったにしても、心弱く許してしまいそうなご様子だな」
と拝見なさる。

 [1-6 Omna-Sam-no-Miya decides to become a nun]
 Miya ha, sabakari hihadu naru ohom-sama ni te, ito mukutukeu, naraha nu koto no osorosiu obosa re keru ni, ohom-yu nado mo kikosimesa zu, mi no kokoro-uki koto wo, kakaru ni tuke te mo obosi-ire ba,
 "Sahare, kono tuide ni mo sina baya!"
 to obosu. Otodo ha, ito you hitome wo kazari obose do, mada mutukasige ni ohasuru nado wo, toriwaki te mo mi tatematuri tamaha zu nado are ba, oyi sirahe ru hito nado ha,
 "Ide ya, orosoka ni mo ohasimasu kana! Medurasiu sasi-ide tamahe ru mi-arisama no, kabakari yuyusiki made ni ohasimasu wo."
 to, utukusimi kikoyure ba, kata-mimi ni kiki tamahi te,
 "Sa nomi koso ha, obosi hedaturu koto mo masara me."
 to uramesiu, waga mi turaku te, ama ni mo nari na baya, no mi-kokoro tuki nu.
 Yoru nado mo, konata ni ha ohotono-gomora zu, hiru tu kata nado zo sasi-nozoki tamahu.
 "Yononaka no hakanaki wo miru mama ni, yukusuwe midikau, mono-kokoro-bosoku te, okonahi-gati ni nari ni te habere ba, kakaru hodo no raugahasiki kokoti suru ni yori, e mawiri ko nu wo, ikaga, mi-kokoti ha sahayaka ni obosi nari ni tari ya? Kokoro-gurusiu koso."
 tote, mi-kityau no soba yori sasi-nozoki tamahe ri. Mi-gusi motage tamahi te,
 "Naho, e iki taru maziki kokoti nam si haberu wo, kakaru hito ha tumi omoka nari. Ama ni nari te, mosi sore ni ya iki-tomaru to kokoromi, mata nakunaru to mo, tumi wo usinahu koto mo ya to nam omohi haberu."
 to, tune no ohom-kehahi yori ha, ito otonabi te kikoye tamahu wo,
 "Ito utate, yuyusiki ohom-koto nari. Nado te ka, sa made ha obosu. Kakaru koto ha, sa nomi koso osorosika'nare do, sate nagarahe nu waza nara ba koso ara me."
 to kikoye tamahu. Mi-kokoro no uti ni ha,
 "Makoto ni sa mo obosi yori te notamaha ba, sayau ni te mi tatematura m ha, ahare nari na m kasi. Katu mi tutu mo, koto ni hure te kokoro oka re tamaha m ga kokoro-gurusiu, ware nagara mo, e omohi nahosu maziu, uki koto uti-maziri nu beki wo, onodukara oroka ni hito no mi-togamuru koto mo ara m ga, ito itohosiu, Win nado no kikosimesa m koto mo, waga okotari ni nomi koso ha nara me. Ohom-nayami ni kotoduke te, sa mo ya nasi tatematuri te masi."
 nado obosi-yore do, mata, ito atarasiu, ahare ni, kabakari tohoki mi-gusi no ohisaki wo, sika yatusa m koto mo kokoro-gurusikere ba,
 "Naho, tuyoku obosi nare. Kesiu ha ohase zi. Kagiri to miyuru hito mo, tahira naru tamesi tikakere ba, sasuga ni tanomi aru yo ni nam."
 nado kikoye tamahi te, ohom-yu mawiri tamahu. Ito itau awomi yase te, asamasiu hakanage ni te uti-husi tamahe ru ohom-sama, ohodoki, utukusige nare ba,
 "Imiziki ayamati ari to mo, kokoro-yowaku yurusi tu beki ohom-sama kana!"
 to mi tatematuri tamahu.

 2 女三の宮の物語 女三の宮の出家 [2-1 朱雀院、夜闇に六条院へ参上]
山の帝は、めづらしき御こと平かなりと聞こし召して、あはれにゆかしう思ほすに、
「かく悩みたまふよしのみあれば、いかにものしたまふべきにか」
と、御行なひも乱れて思しけり。
さばかり弱りたまへる人の、ものを聞こし召さで、日ごろ経たまへば、いと頼もしげなくなりたまひて、年ごろ見たてまつらざりしほどよりも、院のいと恋しくおぼえたまふを、
「またも見たてまつらずなりぬるにや」
と、いたう泣いたまふ。かく聞こえたまふさま、さるべき人して伝へ奏せさせたまひければ、いと堪へがたう悲しと思して、あるまじきこととは思し召しながら、夜に隠れて出でさせたまへり。
かねてさる御消息もなくて、にはかにかく渡りおはしまいたれば、主人の院、おどろきかしこまりきこえたまふ。
「世の中を顧みすまじう1774思ひはべりしかど、なほ惑ひ覚めがたきものは、子の道の闇1775になむはべりければ、行なひも懈怠して、もし後れ先立つ道の道理のままならで別れなば、やがてこの恨みもやかたみに残らむと、あぢきなさに、この世のそしりをば知らで、かくものしはべる」
と聞こえたまふ。御容貌、異にても、なまめかしうなつかしきさまに、うち忍びやつれたまひて、うるはしき御法服ならず、墨染の御姿、あらまほしうきよらなるも、うらやましく見たてまつりたまふ。例の、まづ涙落としたまふ。
「患ひたまふ御さま、ことなる御悩みにもはべらず。ただ月ごろ弱りたまへる御ありさまに、はかばかしう物なども参らぬ積もりにや、かくものしたまふにこそ」
など聞こえたまふ。

 2 女三の宮の物語 女三の宮の出家 [2-1 朱雀院、夜闇に六条院へ参上]
山の帝は、初めてのご出産が無事であったとお聞きあそばして、しみじみとお会いになりたくお思いになるが、
「このようにご病気でいらっしゃるという知らせばかりなので、どうおなりになることか」
と、御勤行も乱れて御心配あそばすのであった。
あれほどお弱りになった方が、何もお召し上がりにならないで、何日もお過ごしになったので、まことに頼りなくおなりになって、幾年月もお目にかからなかった時よりも、院を大変恋しく思われなさるので、
「再びお目にかかれないで終わってしまうのだろうか」
と、ひどくお泣きになる。このように申し上げなさるご様子、しかるべき人からお伝え申し上げさせなさったので、とても我慢できず悲しくお思いになって、あってはならないこととはお思いになりながら、夜の闇に隠れてお出ましになった。
前もってそのようなお手紙もなくて、急にこのようにお越しになったので、主人の院、驚いて恐縮申し上げなさる。
「世俗の事を顧みすまいと思っておりましたが、やはり煩悩を捨て切れないのは、子を思う親心の闇でございましたが、勤行も懈怠して、もしも親子の順が逆になって先立たれるようなことになったら、そのまま会わずに終わった怨みがお互いに残りはせぬかと、情けなく思われたので、世間の非難を顧みず、こうして参ったのです」
とお申し上げになる。御姿、僧形であるが、優雅で親しみやすいお姿で、目立たないように質素な身なりをなさって、正式な法服ではなく、墨染の御法服姿で、申し分なく素晴らしいのにつけても、羨ましく拝見なさる。例によって、まっさきに涙がこぼれなさる。
「患っていらっしゃるご様子、特別どうというご病気ではありません。ただここ数月お弱りになったご様子で、きちんとお食事なども召し上がらない日が続いたせいか、このようなことでいらっしゃるのです」
などと申し上げなさる。

 2 Tale of Omna-Sam-no-Miya Omna-Sam-no-Miya becmes a nun [2-1 Suzaku visits to Rokujo-in in the night]
 Yama-no-Mikado ha, medurasiki ohom-koto tahiraka nari to kikosimesi te, ahare ni yukasiu omohosu ni,
 "Kaku nayami tamahu yosi nomi are ba, ika ni monosi tamahu beki ni ka?"
 to, ohom-okonahi mo midare te obosi keri.
 Sabakari yowari tamahe ru hito no, mono wo kikosimesa de, hi-goro he tamahe ba, ito tanomosige naku nari tamahi te, tosi-goro mi tatematura zari si hodo yori mo, Win no ito kohisiku oboye tamahu wo,
 "Mata mo mi tatematura zu nari nuru ni ya?"
 to, itau nai tamahu. Kaku kikoye tamahu sama, saru beki hito si te tutahe souse sase tamahi kere ba, ito tahe gatau kanasi to obosi te, aru maziki koto to ha obosimesi nagara, yo ni kakure te ide sase tamahe ri.
 Kanete saru ohom-seusoko mo naku te, nihaka ni kaku watari ohasimai tare ba, Aruzi-no-Win, odoroki kasikomari kikoye tamahu.
 "Yononaka wo kaherimi su maziu omohi haberi sika do, naho madohi same gataki mono ha, ko no miti ni nam haberi kere ba, okonahi mo ketai si te, mosi okure saki-datu miti no dauri no mama nara de wakare na ba, yagate kono urami mo ya katami ni nokora m to, adikinasa ni, kono yo no sosiri wo ba sira de, kaku monosi haberu."
 to kikoye tamahu. Ohom-katati, koto ni te mo, namamekasiu natukasiki sama ni, uti-sinobi yature tamahi te, uruhasiki ohom-hohubuku nara zu, sumi-zome no ohom-sugata, aramahosiu kiyora naru mo, urayamasiku mi tatematuri tamahu. Rei no, madu namida otosi tamahu.
 "Wadurahi tamahu ohom-sama, koto naru ohom-nayami ni mo habera zu. Tada tuki-goro yowari tamahe ru mi-arisama ni, haka-bakasiu mono nado mo mawira nu tumori ni ya, kaku monosi tamahu ni koso."
 nado kikoye tamahu.

 [2-2 朱雀院、女三の宮の希望を入れる]
「かたはらいたき御座なれども」
とて、御帳の前に、御茵参りて入れたてまつりたまふ。宮をも、とかう人々繕ひきこえて、床のしもに下ろしたてまつる。御几帳すこし押しやらせたまひて、
「夜居加持僧などの心地すれど1776、まだ験つくばかりの行なひにもあらねば、かたはらいたけれど、ただおぼつかなくおぼえたまふらむさまを、さながら見たまふべきなり」
とて、御目おし拭はせたまふ。宮も、いと弱げに泣いたまひて、
「生くべうもおぼえはべらぬを、かくおはしまいたるついでに、尼になさせたまひてよ」
と聞こえたまふ。
「さる御本意あらば、いと尊きことなるを、さすがに、限らぬ命のほどにて、行く末遠き人は、かへりてことの乱れあり、世の人に誹らるるやうありぬべき」
などのたまはせて、大殿の君に、
「かくなむ進みのたまふを、今は限りのさまならば、片時のほどにても、その助けあるべきさまにてとなむ、思ひたまふる」
とのたまへば、
「日ごろもかくなむのたまへど、邪気などの、人の心たぶろかして、かかる方にて進むるやうもはべなるをとて、聞きも入れはべらぬなり」
と聞こえたまふ。
「もののけの教へにても、それに負けぬとて、悪しかるべきことならばこそ憚らめ、弱りにたる人の、限りとてものしたまはむ1777ことを、聞き過ぐさむは1778、後の悔い心苦しうや」
とのたまふ。

 [2-2 朱雀院、女三の宮の希望を入れる]
「はなはだ恐縮な御座所ではありますが」
と言って、御帳台の前に、御褥を差し上げてお入れ申し上げなさる。宮を、あれこれと女房たちが身なりをお整い申して、浜床の下方にお下ろし申し上げる。御几帳を少し押し除けさせなさって、
「夜居の加持僧などのような気がするが、まだ効験が現れるほどの修業もしていないので、恥ずかしいけれど、ただお会いしたく思っていらっしゃるわたしの姿を、そのままとくと御覧になるがよい」
とおっしゃって、お目をお拭いあそばす。宮も、とても弱々しくお泣きになって、
「生き永らえそうにも思われませんので、このようにお越しになった機会に、尼になさって下さいませ」
と申し上げなさる。
「そのようなご希望があるならば、まことに尊いことであるが、そうはいえ、人の寿命は分からないものゆえ、生き先長い人は、かえって後で間違いを起こして、世間の非難を受けるようなことになりかねないだろう」
などと仰せられて、大殿の君に、
「このように自分から進んでおっしゃるので、もうこれが最期の様子ならば、ちょっとの間でも、その功徳があるようにして上げたい、と存じます」
と仰せになるので、
「この日頃もそのようにおっしゃいますが、物の怪などが、宮のお心を惑わして、このような方面に勧めるようなこともございますこととて、お聞き入れ致さないのです」
とお申し上げになる。
「物の怪の教えであっても、それに負けたからといって、悪いことになるのならば控えねばならないが、衰弱した人が、最期と思って願っていらっしゃるのを、聞き過ごすのは、後々になって悔やまれ辛い思いをするのではないか」
と仰せになる。

 [2-2 Suzaku accepts Omna-Sam-no-miya's desire for a nun]
 "Kataharaitaki o-masi nare do mo."
 tote, mi-tyau no mahe ni, mi-sitone mawiri te ire tatematuri tamahu. Miya wo mo, tokau hito-bito tukurohi kikoye te, yuka no simo ni orosi tatematuru. Mi-kityau sukosi osi-yara se tamahi te,
 "Yo-wi kadi-sou nado no kokoti sure do, mada gen tuku bakari no okonahi ni mo ara ne ba, kataharaitakere do, tada obotukanaku oboye tamahu ram sama wo, sanagara mi tamahu beki nari."
 tote, ohom-me osi-nogoha se tamahu. Miya mo, ito yowage ni nai tamahi te,
 "Iku beu mo oboye habera nu wo, kaku ohasimai taru tuide ni, ama ni nasa se tamahi te yo."
 to kikoye tamahu.
 "Saru ohom-ho'i ara ba, ito tahutoki koto naru wo, sasuga ni, kagira nu inoti no hodo ni te, yuku-suwe tohoki hito ha, kaheri te koto no midare ari, yo no hito ni sosira ruru yau ari nu beki."
 nado notamaha se te, Otodo-no-Kimi ni,
 "Kaku nam susumi notamahu wo, ima ha kagiri no sama nara ba, kata-toki no hodo ni te mo, sono tasuke aru beki sama ni te to nam, omohi tamahuru."
 to notamahe ba,
 "Hi-goro mo kaku nam notamahe do, zake nado no, hito no kokoro taburokasi te, kakaru kata ni te susumuru yau mo habe'naru wo tote, kiki mo ire habera nu nari."
 to kikoye tamahu.
 "Mononoke no wosihe ni te mo, sore ni make nu tote, asikaru beki koto nara ba koso habakara me, yowari ni taru hito no, kagiri tote monosi tamaha m koto wo, kiki sugusa m ha, noti no kuyi kokoro-gurusiu ya!"
 to notamahu.

 [2-3 源氏、女三の宮の出家に狼狽]
御心の内、限りなううしろやすく譲りおきし御ことを、受けとりたまひて、さしも心ざし深からず、わが思ふやうにはあらぬ御けしきを、ことに触れつつ、年ごろ聞こし召し思しつめけること、色に出でて恨みきこえたまふべきにもあらねば、世の人の思ひ言ふらむところも口惜しう思しわたるに、
「かかる折に、もて離れなむも、何かは、人笑へに、世を恨みたるけしきならで、さもあらざらむ。おほかたの後見には、なほ頼まれぬべき御おきてなるを、ただ預けおきたてまつりししるしには思ひなして、憎げに背くさまにはあらずとも、御処分に広くおもしろき宮賜はりたまへるを、繕ひて住ませたてまつらむ。
わがおはします世に、さる方にても、うしろめたからず聞きおき、またかの大殿も、さいふとも、いとおろかにはよも思ひ放ちたまはじ、その心ばへをも1779見果てむ」
と思ほし取りて、
「さらば、かくものしたるついでに、忌むこと受けたまはむ1780をだに、結縁にせむかし」
とのたまはす。
大殿の君、憂しと思す方も忘れて、こはいかなるべきことぞと、悲しく口惜しければ、え堪へたまはず、内に入りて1781、
「などか、いくばくもはべるまじき身をふり捨てて、かうは思しなりにける。なほ、しばし心を静めたまひて、御湯参り、物などをも1782聞こし召せ。尊きことなりとも、御身弱うては、行なひもしたまひてむや。かつは、つくろひたまひてこそ」
と聞こえたまへど、頭ふりて、いとつらうのたまふと思したり。つれなくて、恨めしと思すこともありけるにやと見たてまつりたまふに、いとほしうあはれなり。とかく聞こえ返さひ1783、思しやすらふほどに、夜明け方になりぬ。

 [2-3 源氏、女三の宮の出家に狼狽]
御心中、この上なく安心に思ってお任せ申した姫宮の御ことを、お引き受けなさったが、それほど愛情も深くなく、自分の思っていたのとは違ったご様子を、何かにつけて、ここ幾年もお聞きあそばして積もりに積もったご不満、顔色に現してお恨み申し上げなさるべきことでもないので、世間の人が想像したり噂したりすることも残念にお思い続けていられたので、
「このような機会に、出家するのが、どうしてか、物笑いになるような、夫婦仲を恨んでのことのようでなく、それで不都合があろうか。一通りのお世話は、やはり頼りになれそうなお気持ちであるから、ただそれだけをお預け申し上げた甲斐と思うことにして、面当てつけがましく出家した恰好ではなくとも、ご遺産に広くて美しい宮邸をご伝領なさっていたのを、修繕してお住ませ申そう。
自分の生きている間に、そのようにしてでも、不安がないようにしておき、またあの大殿も、そうは言っても、冷淡には決してお見捨てなさるまい。その気持ちも見届けよう」
とお考え決めなさって、
「それでは、このように参った機会に、せめて出家の戒をお受けになることだけでもして、仏縁を結ぶことにしよう」
と仰せになる。
大殿の君、厭わしいとお思いになる事も忘れて、これはどうなることかと、悲しく残念でもあったので、堪えることがおできになれず、御几帳の中に入って、
「どうしてか、そう長くはないわたしを捨てて、そのようにお考えになったのですか。やはり、もう暫く心を落ち着けなさって、御薬湯を上がり、食べ物を召し上がりなさい。尊い事ではあるが、お身体が弱くては、勤行もおできになれようか。ともかくも、養生なさってから」
と申し上げなさるが、頭を振って、とても辛いことをおっしゃると思っておいでである。表面ではさりげなく振る舞っているが、心中恨めしいとお思いになっていらしたことがあったのかと拝見なさると、不憫でおいたわしい。あれやこれやと反対を申して、ためらっていらっしゃるうちに、夜明け近くなってしまいまった。

 [2-3 Genji flusters himself by Omna-Sam-no-Miya's expression to be a nun]
 Mi-kokoro no uti, kagiri nau usiroyasuku yuduri-oki si ohom-koto wo, uke-tori tamahi te, sa si mo kokorozasi hukakara zu, waga omohu yau ni ha ara nu mi-kesiki wo, koto ni hure tutu, tosi-goro kikosimesi obosi tume keru koto, iro ni ide te urami kikoye tamahu beki ni mo ara ne ba, yo no hito no omohi ihu ram tokoro mo kutiwosiu obosi wataru ni,
 "Kakaru wori ni, mote-hanare na m mo, nani ka ha, hito-warahe ni, yo wo urami taru kesiki nara de, sa mo ara zara m? Ohokata no usiromi ni ha, naho tanoma re nu beki ohom-okite naru wo, tada aduke-oki tatematuri si sirusi ni ha omohi-nasi te, nikuge ni somuku sama ni ha ara zu to mo, go-seubun ni hiroku omosiroki miya tamahari tamahe ru wo, tukurohi te suma se tatematura m.
 Waga ohasimasu yo ni, saru kata ni te mo, usirometakara zu kiki-oki, mata kano Otodo mo, sa ihu to mo, ito oroka ni ha yo mo omohi hanati tamaha zi, sono kokorobahe wo mo mi-hate m."
 to omohosi tori te,
 "Sara ba, kaku monosi taru tuide ni, imu koto uke tamaha m wo dani, ketien ni se m kasi."
 to notamaha su.
 Otodo-no-Kimi, usi to obosu kata mo wasure te, ko ha ika naru beki koto zo to, kanasiku kutiwosi kere ba, e tahe tamaha zu, uti ni iri te,
 "Nado ka, ikubaku mo haberu maziki mi wo huri-sute te, kau ha obosi-nari ni keru? Naho, sibasi kokoro wo sidume tamahi te, ohom-yu mawiri, mono nado wo mo kikosimese. Tahutoki koto nari to mo, ohom-mi yowau te ha, okonahi mo si tamahi te m ya? Katu ha, tukurohi tamahi te koso."
 to kikoye tamahe do, kasira huri te, ito turau notamahu to obosi tari. Turenaku te, uramesi to obosu koto mo ari keru ni ya to mi tatematuri tamahu ni, itohosiu ahare nari. Tokaku kikoye kahesahi, obosi yasurahu hodo ni, yoake-gata ni nari nu.

 [2-4 朱雀院、夜明け方に山へ帰る]
帰り入らむに、道も昼ははしたなかるべしと急がせたまひて、御祈りにさぶらふ中に、やむごとなう尊き限り召し入れて、御髪下ろさせたまふ。いと盛りにきよらなる御髪を削ぎ捨てて、忌むこと受けたまふ作法、悲しう口惜しければ、大殿はえ忍びあへたまはず、いみじう泣いたまふ。
院はた、もとより取り分きてやむごとなう、人よりもすぐれて見たてまつらむと思ししを、この世には甲斐なきやうにないたてまつるも、飽かず悲しければ、うちしほたれたまふ。
「かくても、平かにて、同じうは念誦をも勤めたまへ」
と聞こえ置きたまひて、明け果てぬるに、急ぎて出でさせたまひぬ。
宮は、なほ弱う消え入るやうにしたまひて、はかばかしうもえ見たてまつらず、ものなども聞こえたまはず。大殿も、
「夢のやうに思ひたまへ乱るる心惑ひに、かう昔おぼえたる御幸のかしこまりをも、え御覧ぜられぬらうがはしさは、ことさらに参りはべりてなむ」
と聞こえたまふ。御送りに人々参らせたまふ。
「世の中の、今日か明日かにおぼえはべりしほどに、また知る人もなくて、漂はむことの、あはれに避りがたうおぼえはべしかば、御本意にはあらざりけめど、かく聞こえつけて、年ごろは心やすく思ひたまへつるを、もしも生きとまりはべらば、さま異に変りて、人しげき住まひはつきなかるべきを、さるべき山里などにかけ離れたらむありさまも、またさすがに心細かるべくや。さまに従ひて、なほ、思し放つまじく」
など聞こえたまへば、
「さらにかくまで仰せらるるなむ、かへりて恥づかしう思ひたまへらるる。乱り心地、とかく乱れはべりて、何事もえわきまへはべらず」
とて、げに、いと堪へがたげに思したり。
後夜の御加持に、御もののけ出で来て、
「かうぞあるよ。いとかしこう取り返しつと、一人をば思したりしが、いとねたかりしかば、このわたりに、さりげなくてなむ、日ごろさぶらひつる。今は帰りなむ」
とて、うち笑ふ。いとあさましう、
「さは、このもののけのここにも、離れざりけるにやあらむ」
と思すに、いとほしう悔しう思さる。宮、すこし生き出でたまふやうなれど、なほ頼みがたげに見えたまふ。さぶらふ人々も、いといふかひなうおぼゆれど、「かうても、平かにだにおはしまさば」と、念じつつ、御修法また延べて、たゆみなく行なはせなど、よろづにせさせたまふ。

 [2-4 朱雀院、夜明け方に山へ帰る]
山に帰って行くのに、道中が昼間では不体裁であろうとお急がせあそばして、御祈祷に伺候している中で、位が高く有徳の僧だけを召し入れて、お髪を下ろさせなさる。まことに女盛りで美しいお髪を削ぎ落として、戒をお受けになる儀式、悲しく残念なので、大殿は堪えることがおできになれず、ひどくお泣きになる。
院は院で、もとから特別大切に、誰よりも幸福にしてさし上げたいとお思いになっていたのだが、この世ではその甲斐もないようにおさせ申し上げるのも、どんなに考えても悲しいので、涙ぐみなさる。
「こうした姿にしたが、健康になって、同じことなら念仏誦経をもお勤めなさい」
と申し上げなさって、夜が明けてしまうので、急いでお帰りになった。
宮は、今も弱々しく息も絶えそうでいらっしゃって、はっきりともお顔も拝見なさらず、ご挨拶も申し上げなさらない。大殿も、
「夢のように存じられて心が乱れておりますので、このように昔を思い出させます御幸のお礼を、御覧に入れられない御無礼は、後日改めて参上致しまして」
と申し上げなさる。お帰りのお供に家臣を差し上げなさる。
「わたしの寿命も、今日か明日かと思われました時に、また他に面倒を見る人もなくて、寄るべもなく暮らすことが、気の毒で放っておけないように思われましたので、あなたの本意ではなかったでしょうが、このようにお願い申して、今まではずっと安心しておりましたが、もしも宮が命を取り留めましたら、普通とは変わった尼姿で、人の大勢いる中で生活するのは不都合でしょうが、適当な山里などに離れ住む様子も、またそうはいっても心細いことでしょう。尼の身の上相応に、やはり、今まで通りお見捨てなさらずに」
などとお頼み申し上げなさると、
「改めてこのようにまで仰せ下さいましたことが、かえってこちらが恥ずかしく存じられます。乱れ心地に、何やかやと思い乱れまして、何事も判断がつきかねております」
と答えて、なるほど、とても辛そうに思っていらっしゃった。
後夜の御加持に、御物の怪が現れ出て、
「それごらん。みごとに取り返したと、一人はそうお思いになったのが、まことに悔しかったので、この辺に、気づかれないようにして、ずっと控えていたのだ。今はもう帰ろう」
と言って、ちょっと笑う。まことに驚きあきれて、
「それでは、この物の怪がここにも、離れずにいたのか」
とお思いになると、お気の毒に悔しく思わずにはいらっしゃれない。宮は、少し生き返ったようだが、やはり頼りなさそうにお見えになる。伺候する女房たちも、まことに何とも言いようもなく思われるが、「こうしてでも、せめてご無事でいらっしゃったならば」と、祈りながら、御修法をさらに延長して、休みなく行わせたりなど、いろいろとおさせになる。

 [2-4 Suzaku comes back to temple at dawn]
 Kaheri ira m ni, miti mo hiru ha hasitanakaru besi to isoga se tamahi te, ohom-inori ni saburahu naka ni, yamgotonau tahutoki kagiri mesi-ire te, mi-gusi orosa se tamahu. Ito sakari ni kiyora naru mi-gusi wo sogi sute te, imu koto uke tamahu sahohu, kanasiu kutiwosikere ba, Otodo ha e sinobi-ahe tamaha zu, imiziu nai tamahu.
 Win hata, motoyori toriwaki te yamgotonau, hito yori mo sugure te mi tatematura m to obosi si wo, kono yo ni ha kahi naki yau ni nai tatematuru mo, aka zu kanasikere ba, uti-sihotare tamahu.
 "Kakute mo, tahiraka ni te, onaziu ha nenzu wo mo tutome tamahe."
 to kikoye-oki tamahi te, ake-hate nuru ni, isogi te ide sase tamahi nu.
 Miya ha, naho yowau kiye-iru yau ni si tamahi te, haka-bakasiu mo e mi tatematura zu, mono nado mo kikoye tamaha zu. Otodo mo,
 "Yume no yau ni omohi tamahe midaruru kokoro-madohi ni, kau mukasi oboye taru mi-yuki no kasikomari wo mo, e go-ran-ze rare nu raugahasisa ha, kotosara ni mawiri haberi te nam."
 to kikoye tamahu. Ohom-okuri ni hito-bito mawira se tamahu.
 "Yononaka no, kehu ka asu ka ni oboye haberi si hodo ni, mata siru hito mo naku te, tadayoha m koto no, ahare ni sari gatau oboye haberi sika ba, ohom-ho'i ni ha ara zari keme do, kaku kikoye-tuke te, tosi-goro ha kokoro-yasuku omohi tamahe turu wo, mosi mo iki tomari habera ba, sama koto ni kahari te, hito sigeki sumahi ha tuki nakaru beki wo, saru beki yama-zato nado ni kake-hanare tara m arisama mo, mata sasuga ni kokoro-bosokaru beku ya! Sama ni sitagahi te, naho, obosi-hanatu maziku."
 nado kikoye tamahe ba,
 "Sara ni kaku made ohose raruru nam, kaheri te hadukasiu omohi tamahe raruru. Midari-gokoti, tokaku midare haberi te, nani-goto mo e wakimahe habera zu."
 tote, geni, ito tahe gatage ni obosi tari.
 Goya no go-kadi ni, ohom-mononoke ide-ki te,
 "Kau zo aru yo. Ito kasikou tori-kahesi tu to, hitori wo ba obosi tari si ga, ito netakari sika ba, kono watari ni, sarigenaku te nam, hi-goro saburahi turu. Ima ha kaheri na m."
 tote, uti-warahu. Ito asamasiu,
 "Sa ha, kono mononoke no koko ni mo, hanare zari keru ni ya ara m?"
 to obosu ni, itohosiu kuyasiu obosa ru. Miya, sukosi iki-ide tamahu yau nare do, naho tanomi-gatage ni miye tamahu. Saburahu hito-bito mo, ito ihu kahi nau oboyure do, "Kau te mo, tahiraka ni dani ohasimasa ba." to, nen-zi tutu, mi-zuhohu mata nobe te, tayumi naku okonaha se nado, yorodu ni se sase tamahu.

 3 柏木の物語 夕霧の見舞いと死去 [3-1 柏木、権大納言となる]
かの衛門督は、かかる御事を聞きたまふに、いとど消え入るやうにしたまひて、むげに頼む方少なうなりたまひにたり。女宮のあはれにおぼえたまへば、ここに渡りたまはむことは、今さらに軽々しきやうにもあらむを、上も大臣も、かくつと添ひおはすれば、おのづからとりはづして見たてまつりたまふやうもあらむに、あぢきなしと思して、
「かの宮に、とかくして今一度参うでむ」
とのたまふを、さらに許しきこえたまはず。誰にも、この宮の御ことを聞こえつけたまふ。はじめより母御息所は、をさをさ心ゆきたまはざりしを、この大臣の居立ちねむごろに聞こえたまひて、心ざし深かりしに負けたまひて、院にも、いかがはせむと思し許しけるを、二品の宮の御こと思ほし乱れけるついでに、
「なかなか、この宮は行く先うしろやすく、まめやかなる後見まうけたまへり」
と、のたまはすと聞きたまひしを、かたじけなう思ひ出づ。
「かくて、見捨てたてまつりぬるなめりと思ふにつけては、さまざまにいとほしけれど、心よりほかなる命なれば、堪へぬ契り恨めしうて、思し嘆かれむが、心苦しきこと。御心ざしありて訪らひものせさせたまへ」
と、母上にも聞こえたまふ。
「いで、あなゆゆし。後れたてまつりては、いくばく世に経べき身とて、かうまで行く先のことをばのたまふ」
とて、泣きにのみ泣きたまへば、え聞こえやりたまはず。右大弁の君にぞ、大方の事どもは詳しう聞こえたまふ。
心ばへののどかによくおはしつる君なれば、弟の君たちも、まだ末々の若きは、親とのみ頼みきこえたまへるに、かう心細うのたまふを、悲しと思はぬ人なく、殿のうちの人も嘆く。
公も、惜しみ口惜しがらせたまふ。かく限りと聞こし召して、にはかに権大納言になさせたまへり。よろこびに思ひ起こして、今一度も参りたまふやうもやあると、思しのたまはせけれど、さらにえためらひやりたまはで、苦しきなかにも、かしこまり申したまふ。大臣も、かく重き御おぼえを見たまふにつけても、いよいよ悲しうあたらしと思し惑ふ。

 3 柏木の物語 夕霧の見舞いと死去 [3-1 柏木、権大納言となる]
あの衛門督は、このような御事をお聞きになって、ますます死んでしまいそうな気がなさって、まるきり回復の見込みもなさそうになってしまわれた。女宮がしみじみと思われなさるので、こちらにお越しになることは、今さら軽々しいようにも思われますが、母上も大臣もこのようにぴったり付き添っていらっしゃるので、何かの折にうっかりお顔を拝見なさるようなことがあっては、困るとお思いになって、
「あちらの宮邸に、何とかしてもう一度参りたい」
とおっしゃるが、まったくお許し申し上げなさらない。
皆にも、この宮の御事をお頼みなさる。最初から母御息所は、あまりお気が進みでなかったのだが、この大臣自身が奔走して熱心に懇請申し上げなさって、そのお気持ちの深いことにお折れになって、院におかれても、しかたないとお許しになったのだが、二品の宮の御事にお心をお痛めになっていた折に、
「かえって、この宮は将来安心で、実直な夫をお持ちになったことだ」
と、仰せられたとお聞きになったのを、恐れ多いことだと思い出す。
「こうして、後にお残し申し上げてしまうようだと思うにつけても、いろいろとお気の毒だが、思う通りには行かない命なので、添い遂げられない夫婦の仲が恨めしくて、お嘆きになるだろうことがお気の毒なこと。どうか気をつけてお世話してさし上げて下さい」
と、母上にもお頼み申し上げなさる。
「まあ、何と縁起でもないことを。あなたに先立たれては、どれほど生きていられるわたしだと思って、こうまで先々の事をおっしゃるの」
と言って、ただもうお泣きになるばかりなので、十分にお頼み申し上げになることができない。右大弁の君に、一通りの事は詳しくお頼み申し上げなさる。
気性が穏やかでよくできたお方なので、弟の君たちも、まだ下の方の幼い君たちは、まるで親のようにお頼り申していらっしゃったのに、このように心細くおっしゃるのを、悲しいと思わない人はなく、お邸中の人達も嘆いている。
帝も、惜しがり残念がりあそばす。このように最期とお聞きあそばして、急に権大納言にお任じあそばした。喜びに気を取り戻して、もう一度参内なさるようなこともあろうかと、お考えになって仰せになったが、一向に病気が好くおなりにならず、苦しい中ながら、丁重にお礼申し上げなさる。大臣も、このようにご信任の厚いのを御覧になるにつけても、ますます悲しく惜しいとお思い乱れなさる。

 3 Tale of Kashiwagi Yugiri's visit and Kashiwagi's death [3-1 Kashiwagi was promoted to Gon-Dainagon]
 Kano Wemon-no-Kami ha, kakaru ohom-koto wo kiki tamahu ni, itodo kiye iru yau ni si tamahi te, muge ni tanomu kata sukunau nari tamahi ni tari. Womna-Miya no ahare ni oboye tamahe ba, koko ni watari tamaha m koto ha, ima sara ni karu-garu siki yau ni mo ara m wo, Uhe mo Otodo mo, kaku tuto sohi ohasure ba, onodukara tori-hadusi te mi tatematuri tamahu yau mo ara m ni, adiki nasi to obosi te,
 "Kano Miya ni, tokaku si te ima hito-tabi maude m."
 to notamahu wo, sarani yurusi kikoye tamaha zu. Tare ni mo, kono Miya no ohom-koto wo kikoye tuke tamahu. Hazime yori haha-Miyasumdokoro ha, wosa-wosa kokoro-yuki tamaha zari si wo, kono Otodo no wi-tati nemgoro ni kikoye tamahi te, kokorozasi hukakari si ni make tamahi te, Win ni mo, ikaga ha se m to obosi yurusi keru wo, Nihon-no-Miya no ohom-koto omohosi midare keru tuide ni,
 "Naka-naka, kono Miya ha yukusaki usiroyasuku, mameyaka naru usiromi mauke tamahe ri."
 to, notamahasu to kiki tamahi si wo, katazikenau omohi-idu.
 "Kaku te, mi-sute tatematuri nuru na'meri to omohu ni tuke te ha, sama-zama ni itohosikere do, kokoro yori hoka naru inoti nare ba, tahe nu tigiri uramesiu te, obosi nageka re m ga, kokoro-gurusiki koto. Mi-kokorozasi ari te toburahi monose sase tamahe."
 to, Haha-Uhe ni mo kikoye tamahu.
 "Ide, ana yuyusi. Okure tatematuri te ha, ikubaku yo ni hu beki mi tote, kau made yukusaki no koto wo ba notamahu."
 tote, naki ni nomi naki tamahe ba, e kikoye yaritamaha zu. U-Daiben-no-Kimi ni zo, ohokata no koto-domo ha kuhasiu kikoye tamahu.
 Kokorobahe no nodoka ni yoku ohasi turu Kimi nare ba, otouto no Kimi-tati mo, mada suwe-zuwe no wakaki ha, oya to nomi tanomi kikoye tmahe ru ni, kau kokoro-bosou notamahu wo, kanasi to omoha nu hito naku, tono no uti no hito mo nageku.
 Ohoyake mo, wosimi kutiwosigara se tamahu. Kaku kagiri to kikosimesi te, nihaka ni Gon-Dainagon ni nasa se tamahe ri. Yorokobi ni omohi okosi te, ima hito-tabi mo mawiri tamahu yau mo ya aru to, obosi notamaha se kere do, sarani e tamerahi-yari tamaha de, kurusiki naka ni mo, kasikomari mausi tamahu. Otodo mo, kaku omoki ohom-oboye wo mi tamahu ni tuke te mo, iyo-iyo kanasiu atarasi to obosi madohu.

 [3-2 夕霧、柏木を見舞う]
大将の君、常にいと深う思ひ嘆き、訪らひきこえたまふ。御喜びにもまづ参うでたまへり。このおはする対のほとり、こなたの御門は、馬、車たち込み、人騒がしう騷ぎ満ちたり。今年となりては、起き上がることもをさをさしたまはねば、重々しき御さまに、乱れながらは、え対面したまはで、思ひつつ弱りぬること、と思ふに口惜しければ、
「なほ、こなたに入らせたまへ。いとらうがはしきさまにはべる罪は、おのづから思し許されなむ」
とて、臥したまへる枕上の方に、僧などしばし出だしたまひて、入れたてまつりたまふ。
早うより、いささか隔てたまふことなう、睦び交はしたまふ御仲なれば、別れむことの悲しう恋しかるべき嘆き、親兄弟の御思ひにも劣らず。今日は喜びとて、心地よげならましをと思ふに、いと口惜しう、かひなし。
「などかく頼もしげなくはなりたまひにける。今日は、かかる御喜びに、いささかすくよかにもやとこそ思ひはべりつれ」
とて、几帳のつま引き上げたまへれば、
「いと口惜しう、その人にもあらずなりにてはべりや」
とて、烏帽子ばかりおし入れて、すこし起き上がらむとしたまへど、いと苦しげなり。白き衣どもの、なつかしうなよよかなるをあまた重ねて、衾ひきかけて臥したまへり。御座のあたりものきよげに、けはひ香うばしう、心にくくぞ住みなしたまへる。
うちとけながら、用意ありと見ゆ。重く患ひたる人は、おのづから髪髭も乱れ、ものむつかしきけはひも添ふわざなるを、痩せさらぼひたるしも、いよいよ白うあてなるさまして、枕をそばたてて、ものなど聞こえたまふけはひ、いと弱げに、息も絶えつつ、あはれげなり。

 [3-2 夕霧、柏木を見舞う]
大将の君、いつも大変に心配して、お見舞い申し上げなさる。ご昇進のお祝いにも早速参上なさった。このいらっしゃる対の屋の辺り、こちらの御門は、馬や、車がいっぱいで、人々が騒がしいほど混雑しあっていた。今年になってからは、起き上がることもほとんどなさらないので、重々しいご様子に、取り乱した恰好では、お会いすることがおできになれないで、そう思いながら会えずに衰弱してしまったこと、と思うと残念なので、
「どうぞ、こちらへお入り下さい。まことに失礼な恰好でおりますご無礼は、何とぞお許し下さい」
と言って、臥せっていらっしゃる枕元に、僧たちを暫く外にお出しになって、お入れ申し上げなさる。
幼少のころから、少しも分け隔てなさることなく、仲好くしていらっしゃったお二方なので、別れることの悲しく恋しいに違いない嘆きは、親兄弟の思いにも負けない。今日はお祝いということで、元気になっていたらどんなによかろうと思うが、まことに残念に、その甲斐もない。
「どうしてこんなにお弱りになってしまわれたのですか。今日は、このようなお祝いに、少しでも元気になったろうかと思っておりましたのに」
と言って、几帳の端を引き上げなさったところ、
「まことに残念なことに、本来の自分ではなくなってしまいましたよ」
と言って、烏帽子だけを押し入れるように被って、少し起き上がろうとなさるが、とても苦しそうである。白い着物で、柔らかそうなのをたくさん重ね着して、衾を引き掛けて臥していらっしゃる。御座所の辺りをこぎれいにしていて、あたりに香が薫っていて、奥ゆかしい感じにお過ごしになっていた。
くつろいだままながら、嗜みがあると見える。重病人というものは、自然と髪や髭も乱れ、むさくるしい様子がするものだが、痩せてはいるが、かえって、ますます白く上品な感じがして、枕を立ててお話を申し上げなさる様子、とても弱々しそうで、息も絶え絶えで、見ていて気の毒そうである。

 [3-2 Yugiri visits Kashiwagi in bed]
 Daisyau-no-Kimi, tune ni ito hukau omohi nageki, toburahi kikoye tamahu. Ohom-yorokobi ni mo maude tamahe ri. Kono ohasuru tai no hotori, konata no mi-kado ha, uma, kuruma tati-komi, hito sawagasiu sawagi miti tari. Kotosi to nari te ha, oki-agaru koto mo wosa-wosa si tamaha ne ba, omo-omosiki ohom-sama ni, midare nagara ha, e taimen si tamaha de, omohi tutu yowari nuru koto, to omohu ni kutiwosikere ba,
 "Naho, konata ni ira se tamahe. Ito raugahasiki sama ni haberu tumi ha, onodukara obosi yurusa re na m."
 tote, husi tamahe ru makura-gami no kata ni, sou nado sibasi idasi tamahi te, ire tatematuri tamahu.
 Hayau yori, isasaka hedate tamahu koto nau, mutubi-kahasi tamahu ohom-naka nare ba, wakare m koto no kanasiu kohisikaru beki nageki, oya harakara no ohom-omohi ni mo otora zu. Kehu ha yorokobi tote, kokoti-yoge nara masi wo to omohu ni, ito kutiwosiu, kahi nasi.
 "Nado kaku tanomosige naku ha nari tamahi ni keru. Kehu ha, kakaru ohom-yorokobi ni, isasaka sukuyoka ni mo ya to koso omohi haberi ture."
 tote, kityau no tuma hiki-age tamahe re ba,
 "Ito kutiwosiu, sono hito ni mo ara zu nari ni te haberi ya!"
 tote, ebousi bakari osi-ire te, sukosi oki-agara m to si tamahe do, ito kurusige nari. Siroki kinu-domo no, natukasiu nayoyoka naru wo amata kasane te, husuma hiki-kake te husi tamahe ri. O-masi no atari mono kiyoge ni, kehahi kaubasiu, kokoro-nikuku zo sumi-nasi tamahe ru.
 Uti-toke nagara, youi ari to miyu. Omoku wadurahi taru hito ha, onodukara kami hige mo midare, mono-mutukasiki kehahi mo sohu waza naru wo, yase sarabohi taru si mo, iyo-iyo sirou ate naru sama si te, makura wo soba-tate te, mono nado kikoye tamahu kehahi, ito yowage ni, iki mo taye tutu, aharege nari.

 [3-3 柏木、夕霧に遺言]
「久しう患ひたまへるほどよりは、ことにいたうもそこなはれたまはざりけり。常の御容貌よりも、なかなかまさりてなむ見えたまふ」
とのたまふものから、涙おし拭ひて、
「後れ先立つ1784隔てなくとこそ契りきこえしか。いみじうもあるかな。この御心地のさまを、何事にて重りたまふとだに、え聞き分きはべらず。かく親しきほどながら、おぼつかなくのみ」
などのたまふに、
「心には、重くなるけぢめもおぼえはべらず。そこどころと苦しきこともなければ、たちまちにかうも思ひたまへざりしほどに、月日も経で弱りはべりにければ、今はうつし心も失せたるやうになむ。
惜しげなき身を、さまざまにひき留めらるる祈り、願などの力にや、さすがにかかづらふも、なかなか苦しうはべれば、心もてなむ、急ぎ立つ心地1785しはべる。
 さるは1786、この世の別れ、避りがたきことは、いと多うなむ。親にも仕うまつりさし1787て、今さらに御心どもを悩まし、君に仕うまつることも半ばのほどにて、身を顧みる1788方、はた、ましてはかばかしからぬ恨みを留めつる大方の嘆きをば、さるものにて。
また心の内に思ひたまへ乱るることのはべるを、かかる今はのきざみにて、何かは漏らすべきと思ひはべれど、なほ忍びがたきことを、誰にかは愁へはべらむ。これかれあまたものすれど、さまざまなることにて、さらにかすめはべらむも、あいなしかし。
六条の院にいささかなる事の違ひ目ありて、月ごろ、心の内にかしこまり申すことなむはべりしを、いと本意なう、世の中心細う思ひなりて、病づきぬとおぼえはべしに、召しありて、院の御賀の楽所の試みの日参りて、御けしきを賜はりしに、なほ許されぬ御心ばへあるさまに、御目尻を見たてまつりはべりて、いとど世にながらへむことも憚り多うおぼえなりはべりて、あぢきなう思ひたまへしに、心の騷ぎそめて、かく静まらずなりぬるになむ。
人数には思し入れざりけめど、いはけなう1789はべし時より、深く頼み申す心のはべりしを、いかなる讒言などのありけるにかと、これなむ、この世の愁へにて残りはべるべければ、論なうかの後の世の妨げにもやと思ひたまふるを、ことのついではべらば、御耳留めて、よろしう明らめ申させたまへ。
亡からむ後ろにも、この勘事許されたらむなむ、御徳にはべるべき」
などのたまふままに、いと苦しげにのみ見えまされば、じみじうて、心の内に思ひ合はすることどもあれど、さして確かには、えしも推し量らず。
「いかなる御心の鬼にかは。さらに、さやうなる御けしきもなく、かく重りたまへる由をも聞きおどろき嘆きたまふこと、限りなうこそ口惜しがり申したまふめりしか。など、かく思すことあるにては、今まで残い1790たまひつらむ。こなたかなた1791明らめ申すべかりけるものを。今はいふかひなしや」
とて、取り返さまほしう悲しく思さる。
「げに、いささかも隙ありつる折、聞こえうけたまはるべうこそはべりけれ。されど、いとかう今日明日としもやはと、みづからながら知らぬ命のほどを、思ひのどめはべりけるもはかなくなむ。このことは、さらに御心より漏らしたまふまじ。さるべきついではべらむ折には、御用意加へたまへとて、聞こえおくになむ。
一条にものしたまふ宮、ことに触れて訪らひきこえたまへ。心苦しきさまにて、院などにも聞こし召されたまはむを、つくろひたまへ」
などのたまふ。言はまほしきことは多かるべけれど、心地せむかたなくなりにければ、
「出でさせたまひね」
と、手かききこえたまふ。加持参る僧ども近う参り、上、大臣などおはし集りて、人々も立ち騒げば、泣く泣く出でたまひぬ。

 [3-3 柏木、夕霧に遺言]
「長らくご病気でいらっしゃったわりには、ことにひどくもやつれていらっしゃらないね。いつものご容貌よりも、かえって素晴らしくお見えになります」
とおっしゃるものの、涙を拭って
「後れたり先立ったりすることなく死ぬ時は一緒にとお約束申していたのに。ひどいことだな。このご病気の様子を、何が原因でこうもご重態になられたのかと、それさえ伺うことができないでおります。こんなに親しい間柄ながら、もどかしく思うばかりです」
などとおっしゃると、
「わたし自身には、いつから重くなったのか分かりません。どこといって苦しいこともありませんで、急にこのようになろうとは思ってもおりませんでしたうちに、月日を経ずに衰弱してしまいましたので、今では正気も失せたような有様で。
惜しくもない身を、いろいろとこの世に引き止められる祈祷や、願などの力でしょうか、そうはいっても生き永らえるのも、かえって苦しいものですから、自分から進んで、早く死出の道へ旅立ちたく思っております。
そうは言うものの、この世の別れに、捨て難いことが数多くあります。親にも孝行を十分せずに、今になって両親にご心配をおかけし、主君にお仕えすることも中途半端な有様で、わが身の立身出世を顧みると、また、なおさら大したこともない恨みを残すような世間一般の嘆きは、それはそれとして。
また、心中に思い悩んでおりますことがございますが、このような臨終の時になって、どうして口に出そうかと思っておりましたが、やはり堪えきれないことを、あなたの他に誰に訴えられましょう。誰彼と兄弟は多くいますが、いろいろと事情があって、まったく仄めかしたところで、何にもなりません。
六条院にちょっとした不都合なことがありまして、ここ幾月、心中密かに恐縮申していることがございましたが、まことに不本意なことで、世の中に生きて行くのも心細くなって、病気になったと思われたのですが、お招きがあって、朱雀院の御賀の楽所の試楽の日に参上して、ご機嫌を伺いましたところ、やはりお許しなさらないお気持ちの様子に、御目差しを拝見致しまして、ますますこの世に生き永らえることも憚り多く思われまして、どうにもならなく存じられましたが、魂がうろうろ離れ出しまして、このように鎮まらなくなってしまいました。
一人前とはお考え下さいませんでしたでしょうが、幼うございました時から、深くお頼り申す気持ちがございましたが、どのような中傷などがあったのかと、このことが、この世の恨みとして残りましょうから、きっと来世への往生の妨げになろうかと存じますので、何かの機会がございましたら、お耳に止めて下さって、よろしく申し開きなさって下さい。
死んだ後にも、このお咎めが許されたらば、あなたのお蔭でございましょう」
などとおっしゃるうちに、たいそう苦しそうになって行くばかりなので、おいたわしくて、心中に思い当たることもいくつかあるが、どうしたことなのか、はっきりとは推量できない。
「どのような良心の呵責なのでしょうか。全然、そのようなご様子もなく、このように重態になられた由を聞いて驚きお嘆きになっていること、この上もなく残念がり申されていたようでした。どうして、このようにお悩みになることがあって、今まで打ち明けて下さらなかったのでしょうか。こちらとあちらとの間に立って弁解して差し上げられたでしょうに。今となってはどうしようもありません」
と言って、昔を今に取り戻したくお思いになる。
「おっしゃる通り、少しでも具合の良い時に、申し上げてご意見を承るべきでございました。けれども、ほんとうに今日か明日かの命になろうとは、自分ながら分からない寿命のことを、悠長に考えておりましたのも、はかないことでした。このことは、決してあなた以外にお漏らしなさらないで下さい。適当な機会がございました折には、ご配慮戴きたいと申し上げて置くのです。
一条の邸にいらっしゃる宮を、何かの折にはお見舞い申し上げて下さい。お気の毒な様子で、父院などにおかれても御心配あそばされるでしょうが、よろしく計らって上げて下さい」
などとおっしゃる。言いたいことは多くあるに違いないようだが、気分がどうにもならなくなってきたので、
「お出になって下さい」
と、手真似で申し上げなさる。加持を致す僧たちが近くに参って、母上、大臣などがお集まりになって、女房たちも立ち騒ぐので、泣く泣くお立ちになった。

 [3-3 Kashiwagi leaves his will to Yugiri]
 "Hisasiu wadurahi tamahe ru hodo yori ha, koto ni itau mo sokonaha re tamaha zari keri. Tune no ohom-katati yori mo, naka-naka masari te nam miye tamahu."
 to notamahu mono kara, namida osi-nogohi te,
 "Okure saki-datu hedate naku to koso tigiri kikoye tamahi sika. Imiziu mo aru kana! Kono mi-kokoti no sama wo, nani-goto ni te omori tamahu to dani, e kiki-waki habera zu. Kaku sitasiki hodo nagara, obotukanaku nomi."
 nado notamahu ni,
 "Kokoro ni ha, omoku naru kedime mo oboye habera zu. Soko dokoro to kurusiki koto mo nakere ba, tatimati ni kau mo omohi tamahe zari si hodo ni, tuki-hi mo he de yowari haberi ni kere ba, ima ha utusi-gokoro mo use taru yau ni nam.
 Wosige naki mi wo, sama-zama ni hiki-todome raruru inori, gwan nado no tikara ni ya, sasuga ni kakadurahu mo, naka-naka kurusiu habere ba, kokoro mote nam, isogi tatu kokoti si haberu.
 Saru ha, kono yo no wakare, sari gataki koto ha, ito ohou nam. Oya ni mo tukau-maturi-sasi te, imasara ni mi-kokoro-domo wo nayamasi, Kimi ni tukau-maturu koto mo nakaba no hodo ni te, mi wo kaherimiru kata, hata, masite haka-bakasikara nu urami wo todome turu ohokata no nageki wo ba, saru mono ni te.
 Mata kokoro no uti ni omohi tamahe midaruru koto no haberu wo, kakaru ima ha no kizami ni te, nani ka ha morasu beki to omohi habere do, naho sinobi gataki koto wo, tare ni ka ha urehe habera m. Kore kare amata monosure do, sama-zama naru koto ni te, sara ni kasume habera m mo, ainasi kasi.
 Rokudeu-no-Win ni isasaka naru koto no tagahime ari te, tuki-goro, kokoro no uti ni kasikomari mausu koto nam haberi si wo, ito ho'i nau, yononaka kokoro-bosou omohi nari te, yamahi-duki nu to oboye habe si ni, mesi ari te, Win no ohom-ga no gakuso no kokoromi no hi mawiri te, mi-kesiki tamahari si ni, naho yurusa re nu mi-kokorobahe aru sama ni, ohom-maziri wo mi tatematuri haberi te, itodo yo ni nagarahe m koto mo habakari ohou oboye nari haberi te, adikinau omohi tamahe si ni, kokoro no sawagi some te, kaku sidumara zu nari nuru ni nam.
 Hito-kazu ni ha obosi-ire zari keme do, ihakenau habe si toki yori, hukaku tanomi mausu kokoro no haberi si wo, ika naru zaugen nado no ari keru ni ka to, kore nam, konoyo no urehe ni te nokori haberu bekere ba, ron nau kano noti no yo no samatage ni mo ya to omohi tamahuru wo, koto no tuide habera ba, ohom-mimi todome te, yorosiu akirame mausa se tamahe.
 Nakara m usiro ni mo, kono kauzi yurusa re tara m nam, ohom-toku ni haberu beki."
 nado notamahu mama ni, ito kurusige ni nomi miye masare ba, imiziu te, kokoro no uti ni omohi ahasuru koto-domo are do, sasite tasika ni ha, e si mo osihakara zu.
 "Ika naru mi-kokoro no oni ni ka ha. Sarani, sayau naru mi-kesiki mo naku, kaku omori tamahe ru yosi wo mo kiki odoroki nageki tamahu koto, kagiri nau koso kutiwosigari mausi tamahu meri sika. Nado, kaku obosu koto aru ni te ha, ima made nokoi tamahi tura m? Konata kanata akirame mausu bekari keru mono wo. Ima ha ihukahi nasi ya!"
 tote, torikahesa mahosiu kanasiku obosa ru.
 "Geni, isasaka mo hima ari turu wori, kikoye uketamaharu beu koso haberi kere. Saredo, ito kau kehu asu to si mo ya ha to, midukara sira nu inoti no hodo wo, omohi nodome haberi keru mo hakanaku nam. Kono koto ha, sarani mi-kokoro yori morasi tamahu mazi. Saru beki tuide habera m wori ni ha, ohom-youi kuhahe tamahe tote, kikoye-oku ni nam.
 Itideu ni monosi tamahu Miya, koto ni hure te toburahi kikoye tamahe. Kokoro-gurusiki sama ni te, Win nado ni mo kikosimesa re tamaha m wo, tukurohi tamahe."
 nado notamahu. Iha mahosiki koto ha ohokaru bekere do, kokoti se m kata naku nari ni kere ba,
 "Ide sase tamahi ne."
 to, te-kaki kikoye tamahu. Kadi mawiru sou-domo tikau mawiri, Uhe, Otodo nado ohasi atumari te, hito-bito mo tati-sawage ba, naku-naku ide tamahi nu.

 [3-4 柏木、泡の消えるように死去]
女御をばさらにも聞こえず、この大将の御方などもいみじう嘆きたまふ。心おきての、あまねく人のこのかみ心にものしたまひければ、右の大殿の北の方も、この君をのみぞ、睦ましきものに思ひきこえたまひければ、よろづに思ひ嘆きたまひて、御祈りなど取り分きてせさせたまひけれど、やむ薬ならねば1792、かひなきわざになむありける。女宮にも、つひにえ対面しきこえたまはで、泡の消え入るやうに1793て亡せたまひぬ。
年ごろ、下の心こそねむごろに深くもなかりしか、大方には、いとあらまほしくもてなしかしづききこえて、気なつかしう、心ばへをかしう、うちとけぬさまにて過ぐいたまひければ、つらき節もことになし。ただ、
「かく短かりける御身にて、あやしくなべての世すさまじう思ひたまへけるなりけり」
と思ひ出でたまふに、いみじうて、思し入りたるさま、いと心苦し。
御息所も、「いみじう人笑へに口惜し」と、見たてまつり嘆きたまふこと、限りなし。
大臣、北の方などは、ましていはむかたなく、
「我こそ先立ため。世のことわりなうつらいこと」
と焦がれたまへど、何のかひなし。
尼宮は、おほけなき心もうたてのみ思されて、世に長かれとしも思さざりしを、かくなむと聞きたまふは、さすがに1794いとあはれなりかし。
「若君の御ことを、さぞと思ひたりしも、げに、かかるべき契りにてや、思ひのほかに心憂きこともありけむ」と思し寄るに、さまざまもの心細うて、うち泣かれたまひぬ。

 [3-4 柏木、泡の消えるように死去]
女御は申し上げるまでもなく、この大将の御方などもひどくお嘆きになる。思ひやりが、誰に対しても兄としての面倒見がよくていらっしゃったので、右の大殿の北の方も、この君だけを親しい人とお思い申し上げていらしたので、万事にお嘆きになって、ご祈祷などを特別におさせになったが、薬では治らない病気なので、何の役にも立たないことであった。女宮にも、とうとうお目にかかることがおできになれないで、泡が消えるようにしてお亡くなりになった。
長年の間、心底から真心こめて愛していたのではなかったが、表面的には、まことに申し分なく大事にお世話申し上げて、素振りもお優しく、気立てもよく、礼節をわきまえてお過ごしになられたので、辛いと思った事も特にない。ただ、
「このように短命なお方だったので、不思議なことに普通の生活を面白くなくお思いであったのだわ」
とお思い出されると、悲しくて、沈み込んでいらっしゃる様子、ほんとうにおいたわしい。
母御息所も、「大変に外聞が悪く残念だ」と、拝見しお嘆きになること、この上もない。
大臣や、北の方などは、それ以上に何とも言いようがなく、
「自分こそ先に死にたいものだ。世間の道理もあったものでなく辛いことよ」
と恋い焦がれなさったが、何にもならない。
尼宮は、大それた恋心も不愉快なこととばかりお思いなされて、長生きして欲しいともお思いではなかったが、このように亡くなったとお聞きになると、さすがにかわいそうな気がした。
「若君のご誕生を、自分の子だと思っていたのも、なるほど、こうなるはずの運命であってか、思いがけない辛い事もあったのだろう」とお考えいたると、あれこれと心細い気がして、お泣きになった。

 [3-4 Kashiwagi died just like a bubble disappered]
 Nyougo wo ba sarani mo kikoye zu, kono Daisyau no ohom-Kata nado mo imiziu nageki tamahu. Kokoro-okite no, amaneku hito no konokami-gokoro ni monosi tamahi kere ba, Migi-no-Ohotono no Kitanokata mo, kono Kimi wo nomi zo, mutumasiki mono ni omohi kikoye tamahi kere ba, yorodu ni omohi nageki tamahi te, ohom-inori nado toriwaki te se sase tamahi kere do, yamu kusuri nara ne ba, kahi naki waza ni nam ari keru. Womna-Miya ni mo, tuhi ni e taimen si kikoye tamaha de, awa no kiye iru yau ni te use tamahi nu.
 Tosi-goro, sita no kokoro koso nemgoro ni hukaku mo nakari sika, ohokata ni ha, ito aramahosiku motenasi kasiduki kikoye te, ke-natukasiu, kokorobahe wokasiu, utitoke nu sama ni te sugui tamahi kere ba, turaki husi mo koto ni nasi. Tada,
 "Kaku mizikakari keru ohom-mi ni te, ayasiku nabete no yo no susamaziu omohi tamahe keru nari keri."
 to omohi-ide tamahu ni, imiziu te, obosi-iri taru sama, ito kokoro-gurusi.
 Miyasumdokoro mo, "Imiziu hito-warahe ni kutiwosi." to, mi tatematuri nageki tamahu koto, kagiri nasi.
 Otodo, Kitanokata nado ha, masite iha m kata naku,
 "Ware koso saki-data me. Yo no kotowari nau turai koto."
 to koga re tamahe do, nani no kahi nasi.
 Ama-Miya ha, ohokenaki kokoro mo utate nomi obosa re te, yo ni nagakare to si mo obosa zari si wo, kaku nam to kiki tamahu ha, sasuga ni ito ahare nari kasi.
 "Waka-Gimi no ohom-koto wo, sa zo to omohi tari si mo, geni, kakaru beki tigiri ni te ya, omohi no hoka ni kokoro-uki koto mo ari kem." to obosi-yoru ni, sama-zama mono-kokoro-bosou te, uti naka re tamahi nu.

 4 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い [4-1 3月、若君の五十日の祝い]
弥生になれば、空のけしきもものうららかにて、この君、五十日のほどになりたまひて、いと白ううつくしう、ほどよりはおよすけて、物語などしたまふ。大殿渡りたまひて、
「御心地は、さはやかになりたまひにたりや。いでや、いとかひなくもはべるかな。例の御ありさまにて、かく見なしたてまつらましかば、いかにうれしうはべらまし。心憂く、思し捨てけること」
と、涙ぐみて怨みきこえたまふ。日々に渡りたまひて、今しも、やむごとなく限りなきさまにもてなしきこえたまふ。
御五十日に餅参らせたまはむとて、容貌異なる御さまを、人々、「いかに」など聞こえやすらへど、院渡らせたまひて、
「何か。女に1795ものしたまはばこそ、同じ筋にて、いまいましくもあらめ」
とて、南面に小さき御座などよそひて、参らせたまふ。御乳母、いとはなやかに装束きて、御前のもの、いろいろを尽くしたる籠物、桧破籠の心ばへどもを、内にも外にも、もとの心を知らぬことなれば、取り散らし、何心もなきを、「いと心苦しうまばゆきわざなりや」と思す。

 4 光る源氏の物語 若君の五十日の祝い [4-1 3月、若君の五十日の祝い]
三月になると、空の様子もどことなく麗かな感じがして、この若君、五十日のほどにおなりになって、とても色白くかわいらしくて、日数の割に大きくなって、おしゃべりなどなさる。大殿がお越しになって、
「ご気分は、さっぱりなさいましたか。いやもう、何とも張り合いのないことだな。普通のお姿で、このようにお祝い申し上げるのであるならば、どんなにか嬉しいことであろうに。残念なことに、ご出家なさったことよ」
と、涙ぐんでお恨み申し上げなさる。毎日お越しになって、今になって、この上なく大切にお世話申し上げなさる。
五十日の御祝いに餅を差し上げなさろうとして、尼姿でいられるご様子を、女房たちは、「どうしたものか」とお思い申して躊躇するが、院がお越しあそばして、
「何のかまうことはない。女の子でいらっしゃったら、同じ事で、縁起でもなかろうが」
と言って、南面に小さい御座所などを設定して、差し上げなさる。御乳母は、とても派手に衣装を着飾って、御前の物、色々な色彩を尽くした籠物、桧破子の趣向の数々を、御簾の中でも外でも、本当の事は知らないことなので、とり散らかして、無心にお祝いしているのを、「まことに辛く目を背けたい」とお思いになる。

 4 Tale of Genji A celebration of 50 days after the birth [4-1 A celebration of 50 days after the birth in March]
 Yayohi ni nare ba, sora no kesiki mo mono-uraraka ni te, kono Kimi, ika no hodo ni nari tamahi te, ito sirou utukusiu, hodo yori ha oyosuke te, monogatari nado si tamahu. Otodo watari tamahi te,
 "Mi-kokoti ha, sahayaka ni nari tamahi ni tari ya? Ide ya, ito kahi naku mo haberu kana! Rei no mi-arisama ni te, kaku mi-nasi tatematura masika ba, ika ni uresiu habera masi. Kokoro-uku, obosi sute keru koto."
 to, namida-gumi te uarami kikoye tamahu. Hi-bi ni watari tamahi te, ima si mo, yamgotonaku kagiri naki sama ni motenasikikoye tamahu.
 Ohom-ika ni motiwi mawira se tamaha m tote, katati koto naru ohom-sama wo, hito-bito, "Ika ni?" nado kikoye yasurahe do, Win watara se tamahi te,
 "Nani ka! Womna ni monosi tamaha ba koso, onazi sudi ni te, ima-imasiku mo ara me."
 tote, minami-omote ni tihisaki o-masi nado yosohi te, mawira se tamahu. Ohom-menoto, ito hanayaka ni sauzoki te, o-mahe no mono, iro-iro wo tukusi taru komono, hiwarigo no kokorobahe-domo wo, uti ni mo to ni mo, moto no kokoro wo sira nu koto nare ba, tori-tirasi, nani-gokoro mo naki wo, "Ito kokoro-gurusiu mabayuki waza nari ya!" to obosu.

 [4-2 源氏と女三の宮の夫婦の会話]
宮も起きゐたまひて、御髪の末の所狭う広ごりたるを、いと苦しと思して、額など撫でつけておはするに、几帳を引きやりてゐたまへば、いと恥づかしうて背きたまへるを、いとど小さう細りたまひて、御髪は惜しみきこえて、長う削ぎたりければ、後ろは異にけぢめも見えたまはぬほどなり。
すぎすぎ見ゆる鈍色ども、黄がちなる今様色など着たまひて、まだありつかぬ御かたはらめ、かくてしもうつくしき子どもの心地して、なまめかしうをかしげなり。
「いで、あな心憂。墨染こそ、なほ、いとうたて目もくるる色なりけれ。かやうにても、見たてまつることは、絶ゆまじきぞかしと、思ひ慰めはべれど、古りがたうわりなき心地する涙の人悪ろさを、いとかう思ひ捨てられたてまつる身の咎に思ひなすも、さまざまに胸いたう口惜しくなむ。取り返すものにもがなや1796」
と、うち嘆きたまひて、
「今はとて思し離れば、まことに御心と厭ひ捨てたまひけると、恥づかしう心憂くなむおぼゆべき。なほ、あはれと思せ」
と聞こえたまへば、
「かかるさまの人は、もののあはれも知らぬものと聞きしを、ましてもとより知らぬことにて、いかがは聞こゆべからむ」
とのたまへば、
「かひなのことや。思し知る方もあらむものを」
とばかりのたまひさして、若君を見たてまつりたまふ。

 [4-2 源氏と女三の宮の夫婦の会話]
宮もお起きなさって、御髪の裾がいっぱいに広がっているのを、とてもうるさくお思いになって、額髪などを撫でつけていらっしゃる時に、御几帳を引き動かしてお座りになると、とても恥ずかしい思いで顔を背けていらっしゃるが、ますます小さく痩せ細りなさって、御髪は惜しみ申されて、長くお削ぎになってあるので、後姿は格別普通の人と違ってお見えにならない程である。
次々と重なって見える鈍色の袿に、黄色みのある今流行の紅色などをお召しになって、まだ尼姿が身につかない御横顔は、こうなっても可憐な少女のような気がして、優雅で美しそうである。
「まあ、何と情けない。墨染の衣は、やはり、まことに目の前が暗くなる色だな。このようになられても、お目にかかることは変わるまいと、心を慰めておりますが、相変わらず抑え難い心地がする涙もろい体裁の悪さを、実にこのように見捨てられ申したわたしの悪い点として思ってみますにつけても、いろいろと胸が痛く残念です。昔を今に取り返すことができたらな」
とお嘆きになって、
「もうこれっきりとお見限りなさるならば、本当に本心からお捨てになったのだと、顔向けもできず情けなく思われることです。やはり、いとしい者と思って下さい」
と申し上げなさると、
「このような出家の身には、もののあわれもわきまえないものと聞いておりましたが、ましてもともと知らないことなので、どのようにお答え申し上げたらよいでしょうか」
とおっしゃるので、
「情けないことだ。お分りになることがおありでしょうに」
とだけ途中までおっしゃって、若君を拝見なさる。

 [4-2 A dialogue between Genji and Omna-Sam-no-Miya]
 Miya mo oki-wi tamahi te, mi-gusi no suwe no tokoro-seu hirogori taru wo, ito kurusi to obosi te, hitahi nado nade-tuke te ohasuru ni, kityau wo hiki-yari te wi tamahe ba, ito hadukasiu te somuki tamahe ru wo, itodo tihisau hosori tamahi te, mi-gusi ha wosimi kikoye te, nagau sogi tari kere ba, usiro ha koto ni kedime mo miye tamaha nu hodo nari.
 Sugi-sugi miyuru nibi-iro-domo, ki-gati naru imayau iro nado ki tamahi te, mada ari-tuka nu ohom-kataharame, kaku te si mo utukusiki kodomo no kokoti si te, namamekasiu wokasige nari.
 "Ide, ana kokoro-u! Sumi-zome koso, naho, ito utate me mo kururu iro nari kere! Kayau ni te mo, mi tatematuru koto ha, tayu maziki zo kasi to, omohi-nagusame habere do, huri-gatau wari naki kokoti suru namida no hito-warosa wo, ito kau omohi sute rare tatematuru mi no toga ni omohi-nasu mo, sama-zama ni mune itau kutiwosiku nam. Tori-kahesu mono ni mo gana ya!"
 to, uti-nageki tamahi te,
 "Ima ha tote obosi hanare ba, makoto ni mi-kokoro to itohi sute tamahi keru to, hadukasiu kokoro-uku nam oboyu beki. Naho, ahare to obose."
 to kikoye tamahe ba,
 "Kakaru sama no hito ha, mono no ahare mo sira nu mono to kiki si wo, masite motoyori sira nu koto ni te, ikaga ha kikoyu bekara m."
 to notamahe ba,
 "Kahi-na no koto ya! Obosi siru kata mo ara m mono wo."
 to bakari notamahi-sasi te, Waka-Gimi wo mi tatematuri tamahu.

 [4-3 源氏、老後の感懐]
御乳母たちは、やむごとなく、めやすき限りあまたさぶらふ。召し出でて、仕うまつるべき心おきてなどのたまふ。
「あはれ、残り少なき世に、生ひ出づべき人にこそ」
とて、抱き取りたまへば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし。大将などの稚児生ひ、ほのかに思し出づるには似たまはず。女御の御宮たち、はた、父帝の御方ざまに、王気づきて気高うこそおはしませ、ことにすぐれてめでたうしもおはせず。
この君、いとあてなるに添へて、愛敬づき、まみの薫りて、笑がちなるなどを、いとあはれと見たまふ。思ひなしにや、なほ、いとようおぼえたりかし。ただ今ながら、眼居ののどかに1797恥づかしきさまも、やう離れて、薫りをかしき顔ざまなり。
宮はさしも思し分かず。人はた、さらに知らぬることなれば、ただ一所の御心の内にのみぞ、
「あはれ、はかなかりける人の契りかな」
と見たまふに、大方の世の定めなさも思し続けられて、涙のほろほろとこぼれぬるを、今日は言忌みすべき日をと、おし拭ひ隠したまふ。
「静かに思ひて嗟くに堪へたり1798」
と、うち誦うじたまふ。五十八1799を十取り捨てたる御齢なれど、末になりたる心地したまひて、いとものあはれに思さる。「汝が爺に1800」とも、諌めまほしう思しけむかし。

 [4-3 源氏、老後の感懐]
御乳母たちは、家柄が高く、見た目にも無難な人たちばかりが大勢伺候している。お呼び出しになって、お世話申すべき心得などをおっしゃる。
「ああかわいそうに、残り少ない晩年に、ご成人して行くのだな」
と言って、お抱きになると、とても人見知りせずに笑って、まるまると太っていて色白でかわいらしい。大将などが幼い時の様子、かすかにお思い出しなさるのには似ていらっしゃらない。明石女御の宮たちは、それはそれで、父帝のお血筋を引いて、皇族らしく高貴ではいらっしゃるが、特別優れて美しいというわけでもいらっしゃらない。
この若君、とても上品な上に加えて、かわいらしく、目もとがほんのりとして、笑顔がちでいるのなどを、とてもかわいらしいと御覧になる。気のせいか、やはり、とてもよく似ていた。もう今から、まなざしが穏やかで人に優れた感じも、普通の人とは違って、匂い立つような美しいお顔である。
宮はそんなにもお分りにならず、女房たちもまた、全然知らないことなので、ただお一方のご心中だけが、
「ああ、はかない運命の人であったな」
とお思いになると、世間一般の無常の世も思い続けられなさって、涙がほろほろとこぼれたのを、今日の祝いの日には禁物だと、拭ってお隠しになる。
「静かに思って嘆くことに堪へた」
と、朗誦なさる。五十八から十とったお年齢だが、晩年になった心地がなさって、まことにしみじみとお感じになる。「おまえの父親に似るな」とでも、お諌めなさりたかったのであろうよ。

 [4-3 Genji's sorrow of old age]
 Ohom-Menoto-tati ha, yamgotonaku, me-yasuki kagiri amata saburahu. Mesi-ide te, tukau-maturu beki kokoro-okite nado notamahu.
 "Ahare, nokori sukunaki yo ni, ohi-idu beki hito ni koso."
 tote, idaki tori tamahe ba, ito kokoro-yasuku uti-wemi te, tubu-tubu to koye te sirou utukusi. Daisyau nado no tigo-ohi, honoka ni obosi-iduru ni ha ni tamaha zu. Nyougo no ohom-Miya-tati, hata, titi-Mikado no ohom-kata-zama ni, wauke-duki te kedakau koso ohasimase, koto ni sugure te medetau si mo ohase zu.
 Kono Kimi, ito ate naru ni sohe te, aigyau-duki, mami no kawori te, we-gati naru nado wo, ito ahare to mi tamahu. Omohi-nasi ni ya, naho, ito you oboye tari kasi. Tada ima nagara, manako-wi no nodoka ni hadukasiki sama mo, yau hanare te, kawori wokasiki kaho zama nari.
 Miya ha sa si mo obosi-waka zu. Hito hata, sarani sira nu koto nare ba, tada hito-tokoro no mi-kokoro no uti ni nomi zo,
 "Ahare, hakanakari keru hito no tigiri kana!"
 to mi tamahu ni, ohokata no yo no sadame nasa mo obosi-tuduke rare te, namida no horo-horo to kobore nuru wo, kehu ha koto-imi su beki hi wo to, osi-nogohi kakusi tamahu.
 "Siduka ni omohi te nageku ni tahe tari"
 to, uti-zuu-zi tamahu. Go-zihu-hati wo towo tori taru ohom-yohahi nare do, suwe ni nari taru kokoti si tamahi te, ito mono ahare ni obosa ru. "Nandi ga titi ni" to mo, isame mahosiu obosi kem kasi.

 [4-4 源氏、女三の宮に嫌味を言う]
「このことの心知れる人、女房の中にもあらむかし。知らぬこそ、ねたけれ。烏滸なりと見るらむ」、と安からず思せど、「わが御咎あることはあへなむ1801。二つ言はむには、女の御ためこそ、いとほしけれ」
など思して、色にも出だしたまはず。いと何心なう物語して笑ひたまへるまみ、口つきのうつくしきも、「心知らざらむ人はいかがあらむ。なほ、いとよく似通ひたりけり」、と見たまふに、「親たちの、子だにあれかしと、泣いたまふらむにも、え見せず、人知れずはかなき形見ばかりをとどめ置きて、さばかり思ひ上がり、およすけたりし身を、心もて失ひつるよ」
と、あはれに惜しければ、めざましと思ふ心もひき返し、うち泣かれたまひぬ。
人々すべり隠れたるほどに、宮の御もとに寄りたまひて、
「この人をば、いかが見たまふや。かかる人を捨てて、背き果てたまひぬべき世にやありける。あな、心憂」
と、おどろかしきこえたまへば、顔うち赤めておはす。
「誰が世にか種は蒔き1802しと人問はば
いかが岩根の松は答へむ
あはれなり」
など、忍びて聞こえたまふに、御いらへもなうて、ひれふしたまへり。ことわりと思せば、しひても聞こえたまはず。
「いかに思すらむ。もの深うなどはおはせねど、いかでかはただには」
と、推し量りきこえたまふも、いと心苦しうなむ。

 [4-4 源氏、女三の宮に嫌味を言う]
「この事情を知って人、女房の中にもきっといることだろう。知らないのは、悔しい。馬鹿だと思っているだろう」、と穏やかならずお思いになるが、「自分の落度になることは堪えよう。二つを問題にすれば、女宮のお立場が、気の毒だ」
などとお思いになって、顔色にもお出しにならない。とても無邪気にしゃべって笑っていらっしゃる目もとや、口もとのかわいらしさも、「事情を知らない人はどう思うだろう。やはり、父親にとてもよく似ている」、と御覧になると、「ご両親が、せめて子供だけでも残してくれていたらと、お泣きになっていようにも、見せることもできず、誰にも知られずはかない形見だけを残して、あれほど高い望みをもって、優れていた身を、自分から滅ぼしてしまったことよ」
と、しみじみと惜しまれるので、けしからぬと思う気持ちも思い直されて、つい涙がおこぼれになった。
女房たちがそっと席をはずした間に、宮のお側に近寄りなさって、
「この子を、どのようにお思いになりますか。このような子を見捨てて、出家なさらねばならなかったものでしょうか。何とも、情けない」
と、ご注意をお引き申し上げなさると、顔を赤くしていらっしゃる。
「いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら
誰と答えてよいのでしょう、岩根の松は
不憫なことだ」
などと、そっと申し上げなさると、お返事もなくて、うつ臥しておしまいになった。もっともなことだとお思いになるので、無理に催促申し上げなさらない。
「どうお思いでいるのだろう。思慮深い方ではいらっしゃらないが、どうして平静でいられようか」
と、ご推察申し上げなさるのも、とてもおいたわしい思いである。

 [4-4 Genji says disagreeable to Omna-Sam-no-Miya]
 "Kono koto no kokoro sire ru hito, nyoubau no naka ni mo ara m kasi. Sira nu koso, netakere. Woko nari to miru ram." to yasukara zu obose do, "Waga ohom-toga aru koto ha ahe na m. Hutatu iha m ni ha, Womna no ohom-tame koso, itohosikere."
 nado obosi te, iro ni mo idasi tamaha zu. Ito nani-gokoro nau monogatari si te warahi tamahe ru mami, kuti-tuki no utukusiki mo, "Kokoro sira zara m hito ha ikaga ara m? Naho, ito yoku ni-kayohi tari keri." to mi tamahu ni, "Oya-tati no, ko dani are kasi to, nai tamahu ram ni mo, e mise zu, hito sire zu hakanaki katami bakari wo todome oki te, sabakari omohi-agari, oyosuke tari si mi wo, kokoro mote usinahi turu yo."
 to, ahare ni wosikere ba, mezamasi to omohu kokoro mo hiki-kahesi, uti-naka re tamahi nu.
 Hito-bito suberi kakure taru hodo ni, Miya no ohom-moto ni yori tamahi te,
 "Kono hito wo ba, ikaga mi tamahu ya? Kakaru hito wo sute te, somuki-hate tamahi nu beki yo ni ya ari keru. Ana, kokoro-u!"
 to, odorokasi kikoye tamahe ba, kaho uti-akame te ohasu.
 "Taga yo ni ka tane ha maki si to hito toha ba
 ika ga iha-ne no matu ha kotahe m

 Ahare nari."
 nado, sinobi te kikoye tamahu ni, ohom-irahe mo nau te, hire-husi tamahe ri. Kotowari to obose ba, sihite mo kikoye tamaha zu.
 "Ika ni obosu ram? Mono hukau nado ha ohase ne do, ikade ka ha tada ni ha."
 to, osihakari kikoye tamahu mo, ito kurusiu nam.

 [4-5 夕霧、事の真相に関心]
大将の君は、かの心に余りて、ほのめかし出でたりしを、
「いかなることにかありけむ。すこしものおぼえたるさまならましかば、さばかりうち出でそめたりしに、いとようけしきは見てましを。いふかひなきとぢめにて、折悪しういぶせくて、あはれにもありしかな」
と、面影忘れがたうて、兄弟の君たちよりも、しひて悲しとおぼえたまひけり。
「女宮のかく世を背きたまへるありさま、おどろおどろしき御悩みにもあらで、すがやかに思し立ちけるほどよ。また、さりとも、許しきこえたまふべきことかは。
二条の上の、さばかり限りにて、泣く泣く申したまふと聞きしをば、いみじきことに思して、つひにかくかけとどめたてまつりたまへるものを」
など、取り集めて思ひくだくに、
「なほ、昔より絶えず見ゆる心ばへ、え忍ばぬ折々ありきかし。いとようもて静めたるうはべは、人よりけに用意あり、のどかに、何ごとをこの人の心のうちに思ふらむと、見る1803人も苦しきまでありしかど、すこし弱きところつきて、なよび過ぎたりしけぞかし。
いみじうとも、さるまじきことに心を乱りて、かくしも身に代ふべきことにやはありける。人のためにもいとほしう、わが身はいたづらにやなすべき。さるべき昔の契りといひながら、いと軽々しう、あぢきなきことなりかし」
など、心一つに思へど、女君にだに聞こえ出でたまはず。さるべきついでなくて、院にもまだえ申したまはざりけり。さるは、かかることをなむかすめし、と申し出でて、御けしきも見まほしかりけり。
父大臣、母北の方は、涙のいとまなく思し沈みて、はかなく過ぐる日数をも知りたまはず、御わざの法服、御装束、何くれのいそぎをも、君たち、御方々、とりどりになむ、せさせたまひける。
経仏のおきてなども、右大弁の君せさせたまふ。七日七日の御誦経などを、人の聞こえおどろかすにも、
「我にな聞かせそ。かくいみじと思ひ惑ふに、なかなか道妨げにもこそ」
とて、亡きやうに思し惚れたり。

 [4-5 夕霧、事の真相に関心]
大将の君は、あの思い余って、ちらっと言い出した事を、
「どのような事であったのだろうか。もう少し意識がはっきりしている状態であったならば、あれほど言い出した事なのだから、十分に事情が察せられたろうに。何とも言いようのない最期であったので、折も悪くはっきりしないままで、残念なことであったな」
と、その面影が忘れることができなくて、兄弟の君たちよりも、特に悲しく思っていらっしゃった。
「女宮がこのように出家なさった様子、大したご病気でもなくて、きれいさっぱりとご決心なさったものよ。また、そうだからといって、お許し申し上げなさってよいことだろうか。
二条の上が、あれほど最期に見えて、泣く泣くお願い申し上げなさったと聞いたのは、とんでもないことだとお考えになって、とうとうあのようにお引き留め申し上げなさったものを」
などと、あれこれと思案をこらしてみると、
「やはり、昔からずっと抱き続けていた気持ちが、抑え切れない時々があったのだ。とてもよく静かに落ち着いた表面は、誰よりもほんとうに嗜みがあり、穏やかで、どのようなことをこの人は考えているのだろうかと、周囲の人も気づまりなほどであったが、少し感情に溺れやすいところがあって、もの柔らか過ぎたためだ。
どんなにせつなく思い込んだとしても、あってはならないことに心を乱して、このように命を引き換えにしてよいことだろうか。相手のためにもお気の毒であるし、わが身は滅ぼすことではないか。そのようになるはずの前世からの因縁と言っても、まことに軽率で、つまらないことであるぞ」
などと、自分独りで思うが、女君にさえ申し上げなさらない。適当な機会がなくて、院にもまだ申し上げることができなかった。とはいえ、このようなことを小耳にはさみました、と申し出て、ご様子も窺って見てみたい気持ちでもあった。
父大臣と、母北の方は、涙の乾かぬ間なく悲しみにお沈みになって、いつの間にか過ぎて行く日数をもお分かりにならず、ご法要の法服、ご衣装、何やかやの準備も、弟の君たち、姉妹の方々が、それぞれ準備なさるのであった。
経や仏像の指図なども、右大弁の君がおさせになる。七日七日ごとの御誦経などを、周囲の人が注意を促すにつけても、
「わたしに何も聞かせるな。このようにひどく悲しい思いに暮れているのに、かえって往生の妨げとなってはいけない」
と言って、死んだ人のようにぼんやりしていらっしゃる。

 [4-5 Yugiri is interested in the affair]
 Daisyau-no-Kimi ha, kano kokoro ni amari te, honomekasi ide tari si wo,
 "Ika naru koto ni ka ari kem? Sukosi mono oboye taru sama nara masika ba, sabakari uti-ide some tari si ni, ito you kesiki ha mi te masi wo. Ihu kahi naki todime ni te, wori asiu ibuseku te, ahare ni mo ari si kana!"
 to, omokage wasure gatau te, Harakara-no-Kimi-tati yori mo, sihite kanasi to oboye tamahi keri.
 "Womna-Miya no kaku yo wo somuki tamahe ru arisama, odoro-odorosiki ohom-nayami ni mo ara de, sugayaka ni obosi-tati keru hodo yo. Mata, sari to mo, yurusi kikoye tamahu beki koto ka ha.
 Nideu-no-Uhe no, sabakari kagiri ni te, naku-naku mausi tamahu to kiki si wo ba, imiziki koto ni obosi te, tuhi ni kaku kake todome tatematuri tamahe ru mono wo."
 nado, tori-atume te omohi kudaku ni,
 "Naho, mukasi yori taye zu miyuru kokorobahe, e sinoba nu wori-wori ari ki kasi. Ito you mote-sidume taru uhabe ha, hito yori keni youi ari, nodoka ni, nani-goto wo kono hito no kokoro no uti ni omohu ram to, miru hito mo kurusiki made ari sika do, sukosi yowaki tokoro tuki te, nayobi sugi tari si ke zo kasi.
 Imiziu to mo, saru maziki koto ni kokoro wo midari te, kaku si mo mi ni kahu beki koto ni ya ha ari keru. Hito no tame ni mo itohosiu, waga mi ha itadura ni ya nasu beki. Saru beki mukasi no tigiri to ihi nagara, ito karu-garusiu, adiki naki koto nari kasi."
 nado, kokoro hitotu ni omohe do, Womna-Gimi ni dani kikoye-ide tamaha zu. Saru beki tuide naku te, Win ni mo mada e mausi tamaha zari keri. Saru ha, kakaru koto wo nam kasume si, to mausi-ide te, mi-kesiki mo mi mahosikari keri.
 Titi-Otodo, haha-Kitanokata ha, namida no itoma naku obosi sidumi te, hakanaku suguru hi kazu wo mo siri tamaha zu, ohom-waza no hohubuku, ohom-sauzoku, nani-kure no isogi wo mo, Kimi-tati, ohom-kata-gata, tori-dori ni nam, se sase tamahi keru.
 Kyau Hotoke no okite nado mo, U-Daiben-no-Kimi se sase tamahu. Nanuka-nanuka no mi-zukyau nado wo, hito no kikoye odorokasu ni mo,
 "Ware ni na kika se so. Kaku imizi to omohi madohu ni, naka-naka miti samatage ni mo koso."
 tote, naki yau ni obosi-hore tari.

 5 夕霧の物語 柏木哀惜 [5-1 夕霧、一条宮邸を訪問]
一条の宮には、まして、おぼつかなうて別れたまひにし恨みさへ添ひて、日ごろ経るままに、広き宮の内、人気少なう心細げにて、親しく使ひ慣らしたまひし人は、なほ参り訪らひきこゆ。
好みたまひし1804鷹、馬など、その方の預りどもも、皆つくところなう思ひ倦じて、かすかに出で入るを見たまふも、ことに触れてあはれは尽きぬものになむありける1805。もて使ひたまひし御調度ども、常に弾きたまひし琵琶、和琴などの1806緒も取り放ちやつされて、音を立てぬも、いと埋れいたきわざなりや。
御前の木立いたう煙りて、花は時を忘れぬけしきなるを眺めつつ、もの悲しく、さぶらふ人々も、鈍色にやつれつつ、寂しうつれづれなる昼つ方、前駆はなやかに追ふ音して、ここに止まりぬる人あり。
「あはれ、故殿の御けはひとこそ、うち忘れては思ひつれ」
とて、泣くもあり。大将殿のおはしたるなりけり。御消息聞こえ入れたまへり。例の弁の君、宰相などのおはしたると思しつるを、いと恥づかしげにきよらなるもてなしにて入りたまへり。
母屋の廂に御座よそひて入れたてまつる。おしなべたるやうに、人々のあへしらひきこえむは、かたじけなきさまのしたまへれば1807、御息所ぞ対面したまへる。
「いみじきことを思ひたまへ嘆く心は、さるべき人々にも越えてはべれど、限りあれば、聞こえさせやる方なうて、世の常になりはべりにけり。今はのほどにも、のたまひ置くことはべりしかば、おろかならずなむ。
誰ものどめがたき世なれど、後れ先立つほどのけぢめには、思ひたまへ及ばむに従ひて、深き心のほどをも御覧ぜられにしがなとなむ。神事などのしげきころほひ、私の心ざしにまかせて、つくづくと籠もりゐはべらむも、例ならぬことなりければ、立ちながらはた、なかなかに飽かず思ひたまへらるべうてなむ、日ごろを過ぐしはべりにける。
大臣などの心を乱りたまふさま、見聞きはべるにつけても、親子の道の闇をばさるものにて、かかる御仲らひの、深く思ひとどめたまひけむほどを、推し量りきこえさするに、いと尽きせずなむ」
とて、しばしばおし拭ひ、鼻うちかみたまふ。あざやかに気高きものから、なつかしうなまめいたり。

 5 夕霧の物語 柏木哀惜 [5-1 夕霧、一条宮邸を訪問]
一条宮におかれては、それ以上に、お目にかかれぬままご逝去なさった心残りまでが加わって、日数が過ぎるにつれて、広い宮の邸内も、人数少なく心細げになって、親しく使い馴らしていらした人は、やはりお見舞いに参上する。
お好きであった鷹、馬など、その係の者たちも、皆主人を失ってしょんぼりとして、ひっそりと出入りしているのを御覧になるにつけても、何かにつけてしみじみと悲しみの尽きないものであった。お使いになっていらしたご調度類で、いつもお弾きになった琵琶、和琴などの絃も取り外されて、音を立てないのも、あまりにも引き籠もり過ぎていることであるよ。
御前の木立がすっかり芽をふいて、花は季節を忘れない様子なのを眺めながら、何となく悲しく、伺候する女房たちも、鈍色の喪服に身をやつしながら、寂しく所在ない昼間に、先払いを派手にする声がして、この邸の前に止まる人がいる。
「ああ、亡くなられた殿のおいでかと、ついうっかり思ってしまいました」
と言って、泣く者もいる。大将殿がいらっしゃったのであった。ご案内を申し入れなさった。いつものように弁の君や、宰相などがいらっしゃったものかとお思いになったが、たいそう気おくれのするほど立派な美しい物腰でお入りになった。
母屋の廂間に御座所を設けてお入れ申し上げなさる。普通の客人と同様に、女房たちがご応対申し上げるのでは、恐れ多い感じのなさる方でいらっしゃるので、御息所がご対面なさった。
「悲しい気持ちでおりますことは、身内の方々以上のものがございますが、世のしきたりもありますから、お見舞いの申し上げようもなくて、世間並になってしまいました。臨終の折にも、ご遺言なさったことがございましたので、いいかげんな気持ちでいたわけではありません。
誰でも安心してはいられない人生ですが、生き死にの境目までは、自分の考えが及ぶ限りは、浅からぬ気持ちを御覧いただきたいものだと思っております。神事などの忙しいころは、私的な感情にまかせて、家に籠もっておりますことも、例のないことでしたので、立ったままではこれまた、かえって物足りなく存じられましょうと思いまして、日頃ご無沙汰してしまったのです。
大臣などが悲嘆に暮れていらっしゃるご様子、見たり聞いたり致すにつけても、親子の恩愛の情は当然のことですが、ご夫婦の仲では、深いご無念がおありだったでしょうことを、推量致しますと、まことにご同情に堪えません」
と言って、しばしば涙を拭って、鼻をおかみになる。きわだって気高い一方で、親しみが感じられ優雅な物腰である。

 5 Tale of Yugiri Kashiwagi was mourned over [5-1 Yugiri visits Ochiba-no-Miya in Ichijo-palace]
 Itideu-no-Miya ni ha, masite, obotukanau te wakare tamahi ni si urami sahe sohi te, hi-goro huru mama ni, hiroki miya no uti, hitoke sukunau kokoro-bosoge ni te, sitasiku tukahi-narasi tamahi si hito ha, naho mawiri toburahi kikoyu.
 Konomi tamahi si taka, uma nado, sono kata no adukari-domo mo, mina tuku tokoro nau omohi u-zi te, kasuka ni ide-iru wo mi tamahu mo, koto ni hure te ahare ha tuki nu mono ni nam ari keru. Mote tukahi tamahi si ohom-teudo-domo, tune ni hiki tamahi si biha wagon nado no wo mo tori-hanati yatusa re te, ne wo tate nu mo, ito umore iataki waza nari ya.
 O-mahe no kodati itau keburi te, hana ha toki wo wasure nu kesiki naru wo nagame tutu, mono-ganasiku, saburahu hito-bito mo, nibi-iro ni yature tutu, sabisiu ture-dure naru hiru tu kata, saki hanayaka ni ohu oto si te, koko ni tomari nuru hito ari.
 "Ahare, ko-Tono no ohom-kehahi to koso, uti-wasure te ha omohi ture."
 tote, naku mo ari. Daisyau-dono no ohasi taru nari keri. Ohom-seusoko kikoye ire tamahe ri. Rei no Ben-no-Kimi, Saisyau nado no ohasi taru to obosi turu wo, ito hadukasige ni kiyora naru motenasi ni te iri tamahe ri.
 Moya no hisasi ni o-masi yosohi te ire tatematuru. Osinabe taru yau ni, hito-bito no ahe-sirahi kikoye m ha, katazikenaki sama no si tamahe re ba, Miyasumdokoro zo taimen si tamahe ru.
 "Imiziki koto wo omohi tamahe nageku kokoro ha, saru beki hito-bito ni mo koye te habere do, kagiri are ba, kikoye sase yaru kata nau te, yo no tune ni nari haberi ni keri. Ima ha no hodo ni mo, notamahi oku koto haberi sika ba, oroka nara zu nam.
 Tare mo nodome gataki yo nare do, okure saki-datu hodo no kedime ni ha, omohi tamahe oyoba m ni sitagahi te, hukaki kokoro no hodo wo mo go-ran-ze rare ni si gana to nam. Kami-waza nado no sigeki korohohi, watakusi no kokorozasi ni makase te, tuku-duku to komori wi habera m mo, rei nara nu koto nari kere ba, tati nagara hata, naka-naka ni aka zu omohi tamahe raru beu te nam, hi-goro wo sugusi haberi ni keru.
 Otodo nado no kokoro wo midari tamahu sama, mi kiki haberu ni tuke te mo, oya-ko no miti no yami wo ba saru mono ni te, kakaru ohom-nakarahi no, hukaku omohi todome tamahi kem hodo wo, osihakari kikoye sasuru ni, ito tuki se zu nam."
 tote, siba-siba osi-nogohi, hana uti-kami tamahu. Azayaka ni ke-dakaki mono kara, natukasiu namamei tari.

 [5-2 母御息所の嘆き]
御息所も鼻声になりたまひて、
「あはれなることは、その常なき世のさがにこそは。いみじとても、またたぐひなきことにやはと、年積もりぬる人は、しひて心強うさましはべるを、さらに思し入りたるさまの、いとゆゆしきまで、しばしも立ち後れたまふまじきやうに見えはべれば、すべていと心憂かりける身の、今までながらへはべりて、かくかたがたにはかなき世の末のありさまを見たまへ過ぐすべきにやと、いと静心なくなむ。
おのづから近き御仲らひにて、聞き及ばせたまふやうもはべりけむ。初めつ方より、をさをさうけひききこえざりし御ことを、大臣の御心むけも心苦しう、院にもよろしきやうに思し許いたる御けしきなどのはべしかば、さらばみづからの心おきての及ばぬなりけりと、思ひたまへなしてなむ、見たてまつりつるを、かく夢のやうなることを見たまふるに、思ひたまへ合はすれば、みづからの心のほどなむ、同じうは強うもあらがひきこえましを、と思ひはべるに、なほいと悔しう。それは、かやうにしも思ひ寄りはべらざりきかし。
皇女たちは、おぼろけのことならで、悪しくも善くも、かやうに世づきたまふことは、え心にくからぬことなりと、古めき心には思ひはべしを、いづかたにもよらず、中空に憂き御宿世1808なりければ、何かは、かかるついでに煙にも紛れたまひなむは、この御身のための人聞きなどは、ことに口惜しかるまじけれど、さりとても、しかすくよかに、え思ひ静むまじう、悲しう見たてまつりはべるに、いとうれしう、浅からぬ御訪らひのたびたびになりはべめるを、有り難うもと1809聞こえはべるも、さらば、かの御契りありけるにこそはと、思ふやうにしも見えざりし御心ばへなれど、今はとて、これかれにつけおきたまひける御遺言の、あはれなるになむ、憂きにもうれしき瀬はまじり1810はべりける」
とて、いといたう泣いたまふけはひなり。

 [5-2 母御息所の嘆き]
御息所も鼻声におなりになって、
「死別の悲しみは、この無常の世の習いでございましょう。どんなに悲しいといっても、世間に例のないことではないと、この年寄りは、無理に気強く冷静に致しておりますが、すっかり悲しみに暮れたご様子が、とても不吉なまでに、今にも後を追いなさるように見えますので、すべてまことに辛い身の上であったわたしが、今まで生き永らえまして、このようにそれぞれに無常な世の末の様子を拝見致して行くのかと、まことに落ち着かない気持ちでございます。
自然と親しいお間柄ゆえで、お聞き及んでいらっしゃるようなこともございましたでしょう。最初のころから、なかなかご承知申し上げなかったご縁組でしたが、大臣のご意向もおいたわしく、院におかれても結構な縁組のようにお考えであった御様子などがございましたので、それではわたしの考えが至らなかったのだと、自ら思い込ませまして、お迎え申し上げたのですが、このように夢のような出来事を目に致しまして、考え会わせてみますと、自分の考えを、同じことなら強く押し通し反対申せばよかったものを、と思いますと、やはりとても残念で。それは、こんなに早くとは思いも寄りませんでした。
内親王たちは、並大抵のことでは、よかれあしかれ、このように結婚なさることは、感心しないことだと、老人の考えでは思っていましたが、結婚するしないにかかわらず、中途半端な中空にさまよった辛い運命のお方であったので、いっそのこと、このような時にでも後をお慕い申したところで、このお方にとって外聞などは、特に気にしないでよろしいでしょうが、そうかといっても、そのようにあっさりとも、諦め切れず、悲しく拝し上げておりますが、まことに嬉しいことに、懇ろなお見舞いを重ね重ね頂戴しましたようで、有り難いこととお礼申し上げますが、それでは、あのお方とのお約束があったゆえと、願っていたようには見えなかったお気持ちでしたが、今はの際に、誰彼にお頼みなさったご遺言が、身にしみまして、辛い中にも嬉しいことはあるものでございました」
と言って、とてもひどくお泣きになる様子である。

 [5-2 A grief of Ochiba-no-Miya's mother]
 Miyasumdokoro mo hana-gowe ni nari tamahi te,
 "Ahare naru koto ha, sono tune naki yo no saga ni koso ha. Imizi tote mo, mata taguhi naki koto ni ya ha to, tosi tumori nuru hito ha, sihite kokoro-duyou samasi haberu wo, sarani obosi-iri taru sama no, ito yuyusiki made, sibasi mo tati-okure tamahu maziki yau ni miye habere ba, subete ito kokoro-ukari keru mi no, ima made nagarahe haberi te, kaku kata-gata ni hakanaki yo no suwe no arisama wo mi tamahe sugusu beki ni ya to, ito sidu-kokoro naku nam.
 Onodukara tikaki ohom-nakarahi ni te, kiki oyoba se tamahu yau mo haberi kem. Hazime tu kata yori, wosa-wosa uke-hiki kikoye zari si ohom-koto wo, Otodo no mi-kokoro-muke mo kokoro-gurusiu, Win ni mo yorosiki yau ni obosi yurui taru mi-kesiki nado no habe'sika ba, sara ba midukara no kokoro-okite no oyoba nu nari keri to, omohi tamahe nasi te nam, mi tatematuri turu wo, kaku yume no yau naru koto wo mi tamahuru ni, omohi tamahe ahasure ba, midukara no kokoro no hodo nam, onaziu ha tuyou mo aragahi kikoye masi wo, to omohi haberu ni, naho ito kuyasiu. Sore ha, kayau ni si mo omohi-yori habera zari ki kasi.
 Miko-tati ha, oboroke no koto nara de, asiku mo yoku mo, kayau ni yo-duki tamahu koto ha, e kokoro-nikukara nu koto nari to, hurumeki gokoro ni ha omohi habe'si wo, idu-kata ni mo yora zu, naka-zora ni uki ohom-sukuse nari kere ba, nani ka ha, kakaru tuide ni keburi ni mo magire tamahi na m ha, kono ohom-mi no tame no hito-giki nado ha, koto ni kutiwosikaru mazikere do, sari tote mo, sika sukuyoka ni, e omohi sidumu maziu, kanasiu mi tatematuri haberu ni, ito uresiu, asakara nu ohom-toburahi no tabi-tabi ni nari habe'meru wo, arigatau mo to kikoye haberu mo, sara ba, kano ohom-tigiri ari keru ni koso ha to, omohu yau ni si mo miye zari si mi-kokorobahe nare do, ima ha tote, kore-kare ni tuke-oki tamahi keru ohom-yuigon no, ahare naru ni nam, uki ni mo uresiki se ha maziri haberi keru."
 tote, ito itau nai tamahu kehahi nari.

 [5-3 夕霧、御息所と和歌を詠み交わす]
大将も、とみにえためらひたまはず。
「あやしう、いとこよなくおよすけたまへりし人の、かかるべうてや、この二、三年のこなたなむ、いたうしめりて、もの心細げに見えたまひしかば、あまり世のことわりを思ひ知り、もの深うなりぬる人の、澄み過ぎて、かかる例、心うつくしからず、かへりては、あざやかなる方のおぼえ1811薄らぐものなりとなむ、常にはかばかしからぬ心に諌めきこえしかば、心浅しと思ひたまへりし。よろづよりも、人にまさりて、げに、かの思し嘆くらむ御心の内の、かたじけなけれど、いと心苦しうもはべるかな」
など、なつかしうこまやかに聞こえたまひて、ややほど経てぞ出でたまふ。
かの君は、五、六年のほどのこのかみなりしかど、なほ、いと若やかに、なまめき、あいだれてものしたまひし。これは、いとすくよかに重々しく、男々しきけはひして、顔のみぞいと若うきよらなること、人にすぐれたまへる。若き人々は、もの悲しさもすこし紛れて見出だしたてまつる。
御前近き桜のいとおもしろきを、「今年ばかりは1812」と、うちおぼゆるも、いまいましき筋なりければ、
「あひ見むことは1813」
と口ずさびて、
「時しあれば変はらぬ色に匂ひけり
片枝枯れにし宿の桜も」
わざとならず誦じなして立ちたまふに、いととう、
「この春は柳の芽にぞ玉はぬく1814
咲き散る花のゆくへ知らねば」
と聞こえたまふ。いと深きよしにはあらねど、今めかしう、かどありとは言はれたまひし更衣なりけり。「げに、めやすきほどの用意なめり」と見たまふ。

 [5-3 夕霧、御息所と和歌を詠み交わす]
大将も、すぐには涙をお止めになれない。
「どうしたわけか、実に申し分なく老成していらっしゃった方が、このようになる運命だったからでしょうか、ここ二、三年の間、ひどく沈み込んで、どことなく心細げにお見えになったので、あまりに世の無常を知り、考え深くなった人が、悟りすまし過ぎて、このような例で、心が素直でなくなり、かえって逆に、てきぱきしたところがないように人に思われるものだと、いつも至らない自分ながらお諌め申していたので、思慮が浅いとお思いのようでした。何事にもまして、人に優れて、おっしゃる通り、宮のお悲しみのご心中、恐れ多いことですが、まことにおいたわしゅうございます」
などと、優しく情愛こまやかに申し上げなさって、やや長居してお帰りになる。
あの方は、五、六歳くらい年上であったが、それでも、とても若々しく、優雅で、人なつっこいところがおありであった。この方は、実にきまじめで重々しく、男性的な感じがして、お顔だけがとても若々しく美しいことは、誰にも勝っていらっしゃった。若い女房たちは、もの悲しい気持ちも少し紛れてお見送り申し上げる。
御前に近い桜がたいそう美しく咲いているのを、「今年ばかりは」と、ふと思われるのも、縁起でもないことなので、
「再びお目にかかれるのは」
と口ずさみなさって、
「季節が廻って来たので変わらない色に咲きました
片方の枝は枯れてしまったこの桜の木にも」
さりげないふうに口ずさんでお立ちになると、とても素早く、
「今年の春は柳の芽に露の玉が貫いているように泣いております
咲いて散る桜の花の行く方も知りませんので」
と申し上げなさる。格別深い情趣があるわけではないが、当世風で、才能があると言われていらした更衣だったのである。「なるほど、無難なお心づかいのようだ」と御覧になる。

 [5-3 Yugiri and Ochiba-no-Miya's mother compose and change waka each other]
 Daisyau mo, tomi ni e tamerahi tamaha zu.
 "Ayasiu, ito koyonaku oyosuke tamahe ri si hito no, kakaru beu te ya, kono ni, sam-nen no konata nam, itau simeri te, mono-kokoro-bosoge ni miye tamahi sika ba, amari yo no kotowari wo omohi siri, mono-hukau nari nuru hito no, sumi-sugi te, kakaru tamesi, kokoro utukusikara zu, kaheri te ha, azayaka naru kata no oboye usuragu mono nari to nam, tune ni haka-bakasikara nu kokoro ni isame kikoye sika ba, kokoro-asasi to omohi tamahe ri si. Yorodu yori mo, hito ni masari te, geni, kano obosi nageku ram mi-kokoro no uti no, katazikenakere do, ito kokoro-gurusiu mo haberu kana!"
 nado, natukasiu komayaka ni kikoye tamahi te, yaya hodo he te zo ide tamahu.
 Kano-Kimi ha, go, roku-nen no hodo no konokami nari sika do, naho, ito wakayaka ni, namameki, aidare te monosi tamahi si. Kore ha, ito sukuyoka ni omo-omosiku, wowosiki kehahi si te, kaho nomi zo ito wakau kiyora naru koto, hito ni sugure tamahe ru. Wakaki hito-bito ha, mono-ganasisa mo sukosi magire te mi-idasi tatematuru.
 O-mahe tikaki sakura no ito omosiroki wo, "Kotosi bakari ha" to, uti-oboyuru mo, ima-iamasiki sudi nari kere ba,
 "Ahi mi m koto ha"
 to kuti-zusabi te,
 "Toki si are ba kahara nu iro ni nihohi keri
 Kata-e kare ni si yado no sakura mo
"
 Wazato nara zu zu-zi nasi te tati tamahu ni, ito tou,
 "Kono haru ha yanagi no me ni zo tama ha nuku
 saki tiru hana no yukuhe sira ne ba
"
 to kikoye tamahu. Ito hukaki yosi ni ha ara ne do, imamekasiu, kado ari to ha iha re tamahi si Kaui nari keri. "Geni, meyasuki hodo no youi na'meri" to mi tamahu.

 [5-4 夕霧、太政大臣邸を訪問]
致仕の大殿に、やがて参りたまへれば1815、君たちあまたものしたまひけり。
「こなたに入らせたまへ」
とあれば、大臣の御出居の方に入りたまへり。ためらひて対面したまへり。古りがたうきよげなる御容貌、いたう痩せ衰へて、御髭などもとりつくろひたまはねば、しげりて、親の孝よりも、けにやつれたまへり。見たてまつりたまふより、いと忍びがたければ、「あまりにをさまらず乱れ落つる涙こそ、はしたなけれ」と思へば、せめてぞもて隠したまふ。
大臣も、「取り分きて御仲よくものしたまひしを」と見たまふに、ただ降りに降り落ちて、えとどめたまはず、尽きせぬ御事どもを聞こえ交はしたまふ。
一条の宮に参でたりつるありさまなど聞こえたまふ。いとどしう、春雨かと見ゆるまで、軒の雫に異ならず、濡らし添へたまふ。畳紙に、かの「柳の芽にぞ」とありつるを、書いたまへる1816をたてまつりたまへば、「目も見えずや」と、おし絞りつつ見たまふ。
うちひそみつつぞ見たまふ御さま、例は心強うあざやかに、誇りかなる御けしき名残なく、人悪ろし。さるは、異なることなかめれど、この「玉はぬく」とある節の、げにと思さるるに、心乱れて、久しうえためらひたまはず。
「君の御母君の隠れたまへりし秋なむ、世に悲しきことの際にはおぼえはべりしを、女は限りありて、見る人少なう、とあることもかかることもあらはならねば、悲しびも隠ろへてなむありける。
はかばかしからねど、朝廷も捨てたまはず、やうやう人となり、官位につけて、あひ頼む人々、おのづから次々に多うなりなどして、おどろき口惜しがるも、類に触れてあるべし。
かう深き思ひは、その大方の世のおぼえも、官1817位も思ほえず。ただことなることなかりしみづからのありさまのみこそ、堪へがたく恋しかりけれ。何ばかりのことにてか、思ひさますべからむ」
と、空を仰ぎて眺めたまふ。
夕暮の雲のけしき、鈍色に霞みて、花の散りたる梢どもをも、今日ぞ目とどめたまふ。この御畳紙に、
「木の下の雫に濡れてさかさまに
霞の衣着たる春かな」
大将の君、
「亡き人も思はざりけむうち捨てて
夕べの霞君着たれとは」
弁の君、
「恨めしや霞の衣誰着よと
春よりさきに花の散りけむ」
御わざなど、世の常ならず、いかめしうなむありける。大将殿の北の方をばさるものにて、殿は心ことに、誦経なども、あはれに深き心ばへを加へたまふ。

 [5-4 夕霧、太政大臣邸を訪問]
致仕の大殿に、そのまま参上なさったところ、弟君たちが大勢いらっしゃっていた。
「こちらにお入りあそばせ」
と言うので、大臣の御客間の方にお入りになった。悲しみを抑えてご対面なさった。いつまでも若く美しいご容貌、ひどく痩せ衰えて、お髭などもお手入れなさらないので、いっぱい生えて、親の喪に服するよりも憔悴していらっしゃった。お会いなさるや、とても堪え切れないので、「あまりだらしなくこぼす涙は体裁が悪い」と思うので、無理にお隠しになる。
大臣も、「特別仲好くいらしたのに」とお思いになると、ただ涙がこぼれこぼれて、お止めになることができず、語り尽きせぬ悲しみを互いにお話しなさる。
一条宮邸に参上した様子などを申し上げなさる。ますます、春雨かと思われるまで、軒の雫と違わないほど、いっそう涙をお流しになる。畳紙に、あの「柳の芽に」とあったのを、お書き留めになっていたのを差し上げなさると、「目も見えませんよ」と、涙を絞りながら御覧になる。
泣き顔をして御覧になるご様子、いつもは気丈できっぱりして、自信たっぷりのご様子もすっかり消えて、体裁が悪い。実のところ、特別良い歌ではないようだが、この「玉が貫く」とあるところが、なるほどと思わずにはいらっしゃれないので、心が乱れて、暫くの間、涙を堪えることができない。
「あなたの母上がお亡くなりになった秋は、本当に悲しみの極みに思われましたが、女性というものはきまりがって、知る人も少なく、あれこれと目立つこともないので、悲しみも表立つことはないのであった。
ふつつかな者でしたが、帝もお見捨てにならず、だんだんと一人前になって、官位も昇るにつれて、頼りとする人々が、自然と次々に多くなってきたりして、驚いたり残念に思う者も、いろいろな関係でいることでしょう。
このように深い嘆きは、その世間一般の評判も、官位のことは考えていません。ただ格別人と変わったところもなかった本人の有様だけが、堪え難く恋しいのです。いったいどのようにして、この悲しみが忘れられるのでしょう」
と言って、空を仰いで物思いに耽っていらっしゃる。
夕暮の雲の様子、鈍色に霞んで、花の散った梢々を、今日初めて目をお止めになる。さきほどの御畳紙に、
「木の下の雫に濡れて逆様に
親が子の喪に服している春です」
大将の君、
「亡くなった人も思わなかったことでしょう
親に先立って父君に喪服を着て戴こうとは」
弁の君、
「恨めしいことよ、墨染の衣を誰が着ようと思って
春より先に花は散ってしまったのでしょう」
ご法要などは、世間並でなく、立派に催されたのであった。大将殿の北の方はもちろんのこと、殿は特別に、誦経なども手厚くご趣向をお加えなさる。

 [5-4 Yugiri visits the residence of Kashiwagi's father]
  Tizi-no-Ohotono ni, yagate mawiri tamahe re ba, Kimi-tati amata monosi tamahi keri.
 "Konata ni ira se tamahe."
 to are ba, Otodo no ohom-idewi no kata ni iri tamahe ri. Tamerahi te taimen si tamahe ri. Huri-gatau kiyoge naru ohom-katati, itau yase otorohe te, ohom-hige nado mo tori-tukurohi tamaha ne ba, sigeri te, oya no keu yori mo, keni yature tamahe ri. Mi tatematuri tamahu yori, ito sinobi gatakere ba, "Amari ni wosamara zu midare oturu namida koso, hasitanakere." to omohe ba, semete zo mote-kakusi tamahu.
 Otodo mo, "Tori-waki te ohom-naka yoku monosi tamahi si wo." to mi tamahu ni, tada huri ni huri oti te, e todome tamaha zu, tuki se nu ohom-koto-domo wo kikoye-kahasi tamahu.
 Itideu-no-Miya ni ma'de tari turu arisama nado kikoye tamahu. Itodosiu, haru-same ka to miyuru made, noki no siduku ni kotonara zu, nurasi sohe tamahu. Tatam-gami ni, kano "Yanagi no me ni zo" to ari turu wo, kai tamahe ru wo tatematuri tamahe ba, "Me mo miye zu ya" to, osi-sibori tutu mi tamahu.
 Uti-hisomi tutu zo mi tamahu ohom-sama, rei ha kokoro-duyou azayaka ni, hokorika naru mi-kesiki nagori naku, hito warosi. Saru ha, koto naru koto naka'mere do, kono "Tama ha nuku" to aru husi no, geni to obosa ruru ni, kokoro midare te, hisasiu e tamerahi tamaha zu.
 "Kimi no ohom-Haha-Gimi no kakure tamahe ri si aki nam, yo ni kanasiki koto no kiha ni ha oboye haberi si wo, womna ha kagiri ari te, miru hito sukunau, to aru koto mo kakaru koto mo ara ha nara ne ba, kanasibi mo kakurohe te nam ari keru.
 Haka-bakasikara ne do, Ohoyake mo sute tamaha zu, yau-yau hito to nari, tukasa kurawi ni tuke te, ahi-tanomu hito-bito, onodukara tugi-tugi ni ohou nari nado si te, odoroki kutiwosigaru mo, rui ni hure te aru besi.
 Kau hukaki omohi ha, sono ohokata no yo no oboye mo, tukasa kurawi mo omohoye zu. Tada koto naru koto nakari si midukara no arisama nomi koso, tahe gataku kohisikari kere. Nani bakari no koto ni te ka, omohi samasu bekara m."
 to, sora wo ahugi te nagame tamahu.
 Yuhu-gure no kumo no kesiki, nibi-iro ni kasumi te, hana no tiri taru kozuwe-domo wo mo, kehu zo me todome tamahu. Kono ohom-tatam-gami ni,
 "Ko no sita no siduku ni nure te sakasama ni
 kasumi no koromo ki taru haru kana
"
 Daisyau-no-Kimi,
 "Naki hito mo omoha zari kem uti-sute te
 yuhube no kasumi Kimi ki tare to ha
"
 Ben-no-Kimi,
 "Uramesi ya kasumi no koromo tare ki yo to
 haru yori saki ni hana no tiri kem
"
 Ohom-waza nado, yo no tune nara zu, ikamesiu nam ari keru. Daisyau-dono no Kitanokata wo ba saru mono ni te, Tono ha kokoro koto ni, zukyau nado mo, ahare ni hukaki kokorobahe wo kuhahe tamahu.

 [5-5 4月、夕霧の一条宮邸を訪問]
かの一条の宮にも、常に訪らひきこえたまふ。卯月ばかりの卯の花は、そこはかとなう心地よげに、一つ色なる四方の梢もをかしう見えわたるを、もの思ふ宿は、よろづのことにつけて静かに心細う、暮らしかねたまふに、例の渡りたまへり。
庭もやうやう青み出づる若草見えわたり、ここかしこの砂子薄きものの隠れの方に、蓬も所得顔なり。前栽に心入れてつくろひたまひしも、心にまかせて茂りあひ、一村薄1818も頼もしげに広ごりて、虫の音添へむ秋思ひやらるる1819より、いとものあはれに露けくて、分け入りたまふ。
伊予簾かけ渡して、鈍色1820の几帳の衣更へしたる透影、涼しげに見えて、よき童女の、こまやかに鈍ばめる汗衫のつま、頭つきなどほの見えたる、をかしけれど、なほ目おどろかるる色なりかし。
今日は簀子にゐたまへば、茵さし出でたり。「いと軽らかなる御座なり」とて、例の、御息所おどろかしきこゆれど、このごろ、悩ましとて寄り臥したまへり。とかく聞こえ紛らはすほど、御前1821の木立ども、思ふことなげなるけしきを見たまふも、いとものあはれなり。
柏木と楓との、ものよりけに若やかなる色して、枝さし交はしたるを、
「いかなる契りにか、末逢へる頼もしさよ」
などのたまひて、忍びやかにさし寄りて、
「ことならば馴らしの枝にならさなむ
 葉守の神1822の許しありきと
御簾の外の隔てあるほどこそ、恨めしけれ」
とて、長押に寄りゐたまへり。
「なよび姿はた、いといたうたをやぎける1823をや」
と、これかれつきしろふ。この御あへしらひきこゆる少将の君といふ人して、
「柏木に葉守の神はまさずとも
人ならすべき宿の梢か
うちつけなる御言の葉になむ、浅う思ひたまへなりぬる」
と聞こゆれば、げにと思すに、すこしほほ笑みたまひぬ。

 [5-5 4月、夕霧の一条宮邸を訪問]
あの一条宮邸にも、常にお見舞い申し上げなさる。四月ごろの卯の花は、どこそことなく心地よく、一面新緑に覆われた四方の木々の梢が美しく見わたされるが、物思いに沈んでいる家は、何につけてもひっそりと心細く、暮らしかねていらっしゃるところに、いつものように、お越しになった。
庭もだんだんと青い芽を出した若草が一面に見えて、あちらこちらの白砂の薄くなった物蔭の所に、雑草がわが物顔に茂っている。前栽を熱心に手入れなさっていたのも、かって放題に茂りあって、一むらの薄も思う存分に延び広がって、虫の音が加わる秋が想像されると、もうとても悲しく涙ぐまれて、草を分けてお入りになる。
伊予簾を一面に掛けて、鈍色の几帳を衣更えした透き影が、涼しそうに見えて、けっこうな童女の、濃い鈍色の汗衫の端、頭の恰好などがちらっと見えているのも、趣があるが、やはりはっとさせられる色である。
今日は簀子にお座りになったので、褥をさし出した。「まことに軽々しいお座席です」と言って、いつものように、御息所に応対をお促し申し上げるが、最近、気分が悪いといって物に寄り臥していらっしゃった。あれこれと座をお取り持ちする間、御前の木立が、何の悩みもなさそうに茂っている様子を御覧になるにつけても、とてもしみじみとした思いがする。
柏木と楓とが、他の木々よりも一段と若々しい色をして、枝をさし交わしているのを、
「どのような前世の縁でか、枝先が繋がっている頼もしさだ」
などとおっしゃって、目立たないように近寄って、
「同じことならばこの連理の枝のように親しくして下さい
葉守の神の亡き方のお許があったのですからと
御簾の外に隔てられているのは、恨めしい気がします」
と言って、長押に寄りかかっていらっしゃった。
「くだけたお姿もまた、とてもたいそうしなやかでいらっしゃること」
と、お互いにつつき合っている。お相手を申し上げる少将の君という人を使って、
「柏木に葉守の神はいらっしゃらなくても
みだりに人を近づけてよい梢でしょうか
唐突なお言葉で、いい加減なお方と思えるようになりました」
と申し上げたので、なるほどとお思いになると、少し苦笑なさった。

 [5-5 Yugiri visits Ichijo-palace in April]
 Kano Itideu-no-Miya ni mo, tune ni toburahi kikoye tamahu. Uduki bakari no u-no-hana ha, sokohaka to nau kokoti yoge ni, hitotu iro naru yomo no kozuwe mo wokasiu miye wataru wo, mono omohu yado ha, yorodu no koto ni tuke te siduka ni kokoro-bosou, kurasi-kane tamahu ni, rei no watari tamahe ri.
 Niha mo yau-yau awomi iduru waka-kusa miye watari, koko kasiko no sunago usuki mono no kakure no kata ni, yomogi mo tokoro-e-gaho nari. Sensai ni kokoro ire te tukurohi tamahi si mo, kokoro ni makase te sigeri-ahi, hito-mura-susuki mo tanomosige ni hirogori te, musi no ne sohe m aki omohi-yara ruru yori, ito mono ahare ni tuyu-keku te, wake-iri tamahu.
 Iyo-su kake-watasi te, nibi-iro no kityau no koromo-gahe si taru suki-kage, suzusige ni miye te, yoki woraha no, komayaka ni ni-bame ru kazami no tuma, kasira-tuki nado hono-miye taru, wokasikere do, naho me odoroka ruru iro nari kasi.
 Kehu ha sunoko ni wi tamahe ba, sitone sasi-ide tari. "Ito karuraka naru o-masi nari." tote, rei no, Miyasumdokoro odorokasi kikoyure do, kono-goro, nayamasi tote yori husi tamahe ri. Tokaku kikoye magirahasu hodo, o-mahe no kodati-domo, omohu koto nage naru kesiki wo mi tamahu mo, ito mono-ahare nari.
 Kasihagi to kahede to no, mono yori keni wakayaka naru iro si te, eda sasi-kahasi taru wo,
 "Ika naru tigiri ni ka, suwe ahe ru tanomosisa yo!"
 nado notamahi te, sinobiyaka ni sasi-yori te,
 "Koto nara ba narasi no eda ni narasa nam
 Hamori-no-Kami no yurusi ari ki to

 Mi-su no to no hedate aru hodo koso, uramesikere."
 tote, nagesi ni yori-wi tamahe ri.
 "Nayobi-sugata hata, ito itau tawoyagi keru wo ya!"
 to, kore kare tukisirohu. Kono ohom-ahesirahi kikoyuru Seusyau-no-Kimi to ihu hito si te,
 "Kasihagi ni Hamori-no-Kami ha masa zu to mo
 hito narasu beki yado no kozuwe ka

 Utituke naru ohom-kotonoha ni nam, asau omohi tamahe nari nuru."
 to kikoyure ba, geni to obosu ni, sukosi hohowemi tamahi nu.

 [5-6 夕霧、御息所と対話]
御息所ゐざり出でたまふけはひすれば、やをらゐ直りたまひぬ。
「憂き世の中を、思ひたまへ沈む月日の積もるけぢめにや、乱り心地も、あやしうほれぼれしうて過ぐしはべるを、かくたびたび重ねさせたまふ御訪らひの、いとかたじけなきに、思ひたまへ起こしてなむ」
とて、げに悩ましげなる御けはひなり。
「思ほし嘆くは、世のことわりなれど、またいとさのみはいかが。よろづのこと、さるべきにこそはべめれ。さすがに限りある世になむ」
と、慰めきこえたまふ。
「この宮こそ、聞きしよりは心の奥見えたまへ、あはれ、げに、いかに人笑はれなることを取り添へて思すらむ」
と思ふもただならねば、いたう心とどめて、御ありさまも問ひきこえたまひけり。
「容貌ぞいとまほにはえものしたまふまじけれど、いと見苦しうかたはらいたきほどにだにあらずは、などて、見る目により人をも思ひ飽き1824、また、さるまじきに心をも惑はすべきぞ。さま悪しや。ただ、心ばせのみこそ、言ひもてゆかむには、やむごとなかるべけれ」と思ほす。
「今はなほ昔に思ほしなずらへて、疎からずもてなさせたまへ」
など、わざと懸想びてはあらねど、ねむごろにけしきばみて聞こえたまふ。直衣姿いとあざやかにて、丈だちものものしう、そぞろか1825にぞ見えたまひける。
「かの大殿は、よろづのことなつかしうなまめき、あてに愛敬づきたまへることの並びなきなり」
「これは、男々しうはなやかに、あなきよらと、ふと見えたまふにほひぞ、人に似ぬや」
と、うちささめき1826て、
「同じうは、かやうにても出で入りたまはましかば」
など、人々言ふめり。
「右将軍が墓に草初めて青し1827」
と、うち口ずさびて、それもいと近き世のことなれば、さまざまに近う遠う、心乱るやうなりし世の中に、高きも下れるも、惜しみあたらしがらぬはなきも、むべむべしき方をばさるものにて、あやしう情けを立てたる人にぞものしたまひければ、さしもあるまじき公人、女房などの年古めきたるども1828さへ、恋ひ悲しびきこゆる。まして、上には、御遊びなどの折ごとにも、まづ思し出でてなむ、しのばせたまひける。
「あはれ、衛門督」
といふ言種、何ごとにつけても言はぬ人なし。六条の院には、ましてあはれと思し出づること、月日に添へて多かり。
この若君を、御心一つには形見と見なしたまへど、人の思ひ寄らぬことなれば、いとかひなし。秋つ方になれば、この君は、ゐざりなど。

 [5-6 夕霧、御息所と対話]
御息所のいざり出でなさるご様子がするので、静かに居ずまいを正しなさった。
「嫌な世の中を、悲しみに沈んで月日を重ねてきたせいでしょうか、気分の悪いのも、妙にぼうっとして過ごしておりますが、このように度々重ねてお見舞い下さるのが、まことにもったいので、元気を奮い起こしまして」
と言って、本当に苦しそうなご様子である。
「お嘆きになるのは、世間の道理ですが、またそんなに悲しんでばかりいられるのもいかがなものかと。何事も、前世からの約束事でございましょう。何といっても限りのある世の中です」
と、お慰め申し上げなさる。
「この宮は、聞いていたよりも奥ゆかしいところがお見えになるが、お気の毒に、なるほど、どんなにか外聞の悪い事を加えてお嘆きになっていられることだろう」
と思うと心が動くので、たいそう心をこめて、ご様子をもお尋ね申し上げなさった。
「器量などはとても十人並でいらっしゃるまいけれども、ひどくみっともなくて見ていられない程でなければ、どうして、見た目が悪いといって相手を嫌いになったり、また、大それたことに心を迷わすことがあってよいものか。みっともないことだ。ただ、気立てだけが、結局は、大切なのだ」とお考えになる。
「今はやはり故人と同様にお考え下さって、親しくお付き合い下さいませ」
などと、特に色めいたおっしゃりようではないが、心を込めて気のある申し上げ方をなさる。直衣姿がとても鮮やかで、背丈も堂々と、すらりと高くお見えであった。
「お亡くなりになった殿は、何事にもお優しく美しく、上品で魅力的なところがおありだったことは無類でした」
「こちらは、男性的で派手で、何と美しいのだろうと、直ぐにお見えになる美しさは、ずば抜けています」
と、ささやいて、
「同じことなら、このようにしてお出入りして下さったならば」
などと、女房たちは言っているようである。
「右将軍の墓に草初めて青し」
と口ずさんで、それも最近の事だったので、あれこれと近頃も昔も、人の心を悲しませるような世の中の出来事に、身分の高い人も低い人も、惜しみ残念がらない者がないのも、もっともらしく格式ばった事柄はそれとして、不思議と人情の厚い方でいらっしゃったので、大したこともない役人、女房などの年取った者たちまでが、恋い悲しみ申し上げた。それ以上に、主上におかせられては、管弦の御遊などの折毎に、まっさきにお思い出しになって、お偲びあそばされた。
「ああ、衛門督よ」
と言う口癖を、何事につけても言わない人はいない。六条院におかれては、まして気の毒にとお思い出しになること、月日の経つにつれて多くなっていく。
この若君を、お心の中では形見と御覧になるが、誰も知らないことなので、まことに何の張り合いもない。秋頃になると、この若君は、這い這いをし出したりなどして。

 [5-6 A dialogue between Yugiri and Ochiba-no-Miya's mother]
 Miyasumdokoro wizari ide tamahu kehahi sure ba, yawora wi nahori tamahi nu.
 "Uki yononaka wo, omohi tamahe sidumu tukihi no tumoru kedime ni ya, midari-gokoti mo, ayasiu hore-boresiu te sugusi haberu wo, kaku tabi-tabi kasane sase tamahu ohom-toburahi no, ito katazikenaki ni, omohi tamahe okosi te nam."
 tote, geni nayamasige naru ohom-kehahi nari.
 "Omohosi nageku ha, yo no kotowari nare do, mata ito sa nomi ha ikaga? Yorodu no koto, saru beki ni koso habe'mere. Sasuga ni kagiri aru yo ni nam."
 to, nagusame kikoye tamahu.
 "Kono Miya koso, kiki si yori ha kokoro no oku miye tamahe, ahare, geni, ika ni hito-waraha re naru koto wo tori-sohe te obosu ram."
 to omohu mo tadanara ne ba, itau kokoro todome te, mi-arisama mo tohi kikoye tamahi keri.
 "Katati zo ito maho ni ha e monosi tamahu mazikere do, ito mi-gurusiu katahara itaki hodo ni dani ara zu ha, nado te, miru me ni yori hito wo mo omohi aki, mata, saru maziki ni kokoro wo mo madohasu beki zo. Sama asi ya! Tada, kokorobase nomi koso, ihi mote yuka m ni ha, yamgotonakaru bekere." to omohosu.
 "Ima ha naho mukasi ni omohosi nazurahe te, utokara zu motenasa se tamahe."
 nado, wazato kesau-bi te ha ara ne do, nemgoro ni kesikibami te kikoye tamahu. Nahosi-sugata ito azayaka ni te, take-dati mono-monosiu, sozoroka ni zo miye tamahi keru.
 "Kano Otodo ha, yorodu no koto natukasiu namameki, ate ni aigyauduki tamahe ru koto no narabi naki nari.
 "Kore ha, wowosiu hanayaka ni, ana kiyora to, huto miye tamahu nihohi zo, hito ni ni nu ya!"
 to, uti sasameki te,
 "Onaziu ha, kayau ni te mo ide-iri tamaha masika ba."
 nado, hito-bito ihu meri.
 "Iu-Syaugun ga tuka ni kusa hazime te awosi"
 to, uti-kutizusabi te, sore mo ito tikaki yo no koto nare ba, sama-zama ni tikau tohou, kokoro midaru yau nari si yononaka ni, takaki mo kudare ru mo, wosimi atarasigara nu ha naki mo, mube-mubesiki kata wo ba saru mono ni te, ayasiu nasake wo tate taru hito ni zo monosi tamahi kere ba, sa si mo aru maziki ohoyake-bito, nyoubau nado no tosi hurumeki taru domo sahe, kohi-kanasibi kikoyuru. Masite, Uhe ni ha, ohom-asobi nado no wori-goto ni mo, madu obosi-ide te nam, sinoba se tamahi keru.
 "Ahare, Wemon-no-Kami!"
 to ihu koto-gusa, nani-goto ni tuke te mo iha nu hito nasi. Rokudeu-no-Win ni ha, masite ahare to obosi-iduru koto, tuki-hi ni sohe te ohokari.
 Kono Waka-Gimi wo, mi-kokoro hitotu ni ha katami to mi-nasi tamahe do, hito no omohi-yora nu koto nare ba, ito kahi nasi. Aki tu kata ni nare ba, kono Kimi ha, wizari nado.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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