源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 光る源氏の物語 薫成長の物語

2 夕霧の物語 柏木遺愛の笛

3 夕霧の物語 匂宮と薫

1 Tale of Genji Kaoru's babyhood

2 Tale of Yugiri A flute of the late Kashiwagi loved

3 The tale of Yugiri Children Nio-no-Miya and Kaoru in Rokujo-in

 1 光る源氏の物語 薫の成長 [1-1 柏木一周忌の法要]
故権大納言のはかなく亡せたまひにし悲しさを、飽かず口惜しきものに、恋ひしのびたまふ人多かり。六条の院にも、おほかたにつけてだに、世にめやすき人の亡くなるをば、惜しみたまふ御心に、まして、これは、朝夕に親しく参り馴れつつ、人よりも御心とどめ思したりしかば、いかにぞやと1829、思し出づることはありながら、おはれは多く、折々に1830つけてしのびたまふ。
御果てにも、誦経など、取り分きせさせたまふ。よろづも知らず顔にいはけなき御ありさまを見たまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、御心のうちに、また心ざしたまうて、黄金百両をなむ別にせさせたまひける。大臣は、心も知らでぞかしこまり喜びきこえさせたまふ。
大将の君も、ことども多くしたまひ、とりもちてねむごろに営みたまふ。かの一条の宮をも、このほどの御心ざし深く訪らひきこえたまふ。兄弟の君たちよりもまさりたる御心のほどを、いとかくは思ひきこえざりきと、大臣、上も、喜びきこえたまふ。亡き後にも、世のおぼえ重くものしたまひけるほどの見ゆるに、いみじうあたらしうのみ、思し焦がるること、尽きせず。

 1 光る源氏の物語 薫の成長 [1-1 柏木一周忌の法要]
故権大納言があっけなくお亡くなりになった悲しさを、いつまでも残念なことに、恋い偲びなさる方々が多かった。六条院におかれても、特別の関係がなくてさえ、世間に人望のある人が亡くなるのは、惜しみなさるご性分なので、なおさらのこと、この人は、朝夕に親しくいつも参上しいしい、誰よりもお心を掛けていらしたので、どうにもけしからぬと、お思い出しなさることはありながら、哀悼の気持ちは強く、何かにつけてお思い出しになる。
ご一周忌にも、誦経などを、特別おさせになる。何事も知らない顔の幼い子のご様子を御覧になるにつけても、何といってもやはり不憫でならないので、内中密かに、また志立てられて、黄金百両を別にお布施あそばすのであった。父大臣は、事情も知らないで恐縮してお礼を申し上げさせなさる。
大将の君も、供養をたくさんなさり、ご自身も熱心に法要のお世話をなさる。あの一条宮に対しても、一周忌に当たってのお心遣いも深くお見舞い申し上げなさる。兄弟の君たちよりも優れたお気持ちのほどを、とてもこんなにまでとはお思い申さなかったと、大臣、母上もお喜び申し上げなさる。亡くなった後にも、世間の評判の高くていらっしゃったことが分かるので、ひどく残念がり、いつまでも恋い焦がれること、限りがない。

 1 Tale of Genji Kaoru's babyhood [1-1 A Buddhist service for the late Kashiwagi]
 Ko-Dainagon no hakanaku use tamahi ni si kanasisa wo, aka zu kutiwosiki mono ni, kohi sinobi tamahu hito ohokari. Rokudeu-no-Win ni mo, ohokata ni tuke te dani, yo ni meyasuki hito no nakunaru wo ba, wosimi tamahu mi-kokoro ni, masite, kore ha, asa-yuhu ni sitasiku mawiri nare tutu, hito yori mo mi-kokoro todome obosi tari sika ba, ikani zo ya to, obosi-iduru koto ha ari nagara, ahare ohoku, wori-wori ni tuke te sinobi tamahu.
 Ohom-hate ni mo, zukyau nado, toriwaki se sase tamahu. Yorodu mo sira zu gaho ni ihakenaki mi-arisama wo mi tamahu ni mo, sasuga ni imiziku ahare nare ba, mi-kokoro no uti ni, mata kokorozasi tamau te, kogane hyaku-ryau wo nam beti ni se sase tamahi keru. Otodo ha, kokoro mo sira de zo kasikomari yorokobi kikoye sase tamahu.
 Daisyau-no-Kimi mo, koto-domo ohoku si tamahi, torimoti te nemgoro ni itonami tamahu. Kano Itideu-no-Miya wo mo, kono hodo no mi-kokorozasi hukaku toburahi kikoye tamahu. Harakara no Kimi-tati yori mo masari taru mi-kokoro no hodo wo, ito kaku ha omohi kikoye zari ki to, Otodo, Uhe mo, yorokobi kikoye tamahu. Naki ato ni mo, yo no oboye omoku monosi tamahi keru hodo no miyuru ni, imiziu atarasiu nomi, obosi-kogaruru koto, tuki se zu.

 [1-2 朱雀院、女三の宮へ山菜を贈る]
山の帝は、二の宮も、かく人笑はれなるやうにて眺めたまふなり、入道の宮も、この世の人めかしきかたは、かけ離れたまひぬれば、さまざまに飽かず思さるれど、すべてこの世を思し悩まじ、と忍びたまふ。御行なひのほどにも、「同じ道をこそは勤めたまふらめ」など思しやりて、かかるさまになりたまて後は、はかなきことにつけても、絶えず聞こえたまふ。
御寺のかたはら近き林に抜き出でたる筍、そのわたりの山に掘れる野老などの、山里につけてはあはれなれば、たてまつれたまふとて、御文こまやかなる端に、
「春の野山、霞もたどたどしけれど、心ざし深く堀り出でさせてはべるしるしばかりになむ。
世を別れ入りなむ道はおくるとも
同じところを君も尋ねよ
いと難きわざになむある」
と聞こえたまへるを、涙ぐみて見たまふほどに、大殿の君渡りたまへり。例ならず、御前近き櫑子どもを、「なぞ、あやし」と御覧ずるに、院の御文なりけり。見たまへば、いとあはれなり。
「今日か、明日かの心地するを、対面の心にかなはぬこと」
など、こまやかに書かせたまへり。この「同じところ」の御ともなひを、ことにをかしき節もなき。聖言葉なれど、「げに、さぞ思すらむかし。我さへおろかなるさまに見えたてまつりて、いとどうしろめたき御思ひの添ふべかめるを、いといとほし」と思す。
御返りつつましげに書きたまひて、御使には、青鈍の綾一襲1831賜ふ。書き変へたまへりける紙の、御几帳の側よりほの見ゆるを、取りて見たまへば、御手はいとはかなげにて、
「憂き世にはあらぬところのゆかしくて
背く山路に思ひこそ入れ」
「うしろめたげなる御けしきなるに、このあらぬ所求めたまへる、いとうたて、心憂し」
と聞こえたまふ。
今は、まほにも見えたてまつりたまはず、いとうつくしうらうたげなる御額髪、面つきのをかしさ、ただ稚児のやうに見えたまひて、いみじうらうたきを見たてまつりたまふにつけては、「など、かうはなりにしことぞ」と、罪得ぬべく思さるれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこよなう気遠く、疎々しうはあらぬほどに、もてなしきこえてぞおはしける。

 [1-2 朱雀院、女三の宮へ山菜を贈る]
山の帝は、二の宮も、このように人に笑われるような境遇になって物思いに沈んでいらっしゃるといい、入道の宮も、現世の普通の人らしい幸せは、一切捨てておしまいになったので、どちらも物足りなくお思いなさるが、総じてこの世の事を悩むまい、と我慢なさる。御勤行をなさる時にも、「同じ道をお勤めになっているのだろう」などとお思いやりになって、このように尼になられてから後は、ちょっとしたことにつけても、絶えずお便りを差し上げなさる。
お寺近くの林に生え出した筍、その近辺の山で掘った山芋などが、山里の生活では風情があるものなので、差し上げようとなさって、お手紙を情愛こまやかにお書きになった端に、
「春の野山は、霞がかかってはっきりしませんが、深い心をこめて掘り出させたものでございます。
この世を捨ててお入りになった道はわたしより遅くとも
同じ極楽浄土をあなたも求めて来て下さい
とても難しい事ですよ」
とお便り申し上げなさったのを、涙ぐんで御覧になっているところに、大殿の君がお越しになった。いつもと違って、御前近くに櫑子がいくつもあるので、「何だろう、おかしいな」と御覧になると、院からのお手紙なのであった。御覧になると、とても胸の詰まる思いがする。
「わが命も今日か、明日かの心地がするのに、思うままにお会いすることができないのが辛いことです」
などと、情愛こまやかにお書きあそばしていらっしゃった。この「同じ極楽浄土」へ御一緒にとのお歌を、特別に趣があるものではない、僧侶らしい言葉遣いであるが、「いかにも、そのようにお思いのことだろう。自分までが疎略にお世話しているというふうをお目に入れ申して、ますます御心配あそばされることになろうことを、おいたわしい」とお思いになる。
お返事は恥ずかしげにお書きになって、お使いの者には、青鈍の綾を一襲をお与えなさる。書き変えなさった紙が、御几帳の端からちらっと見えるのを、取って御覧になると、ご筆跡はとても頼りない感じで、
「こんな辛い世の中とは違う所に住みたくて
わたしも父上と同じ山寺に入りとうございます」
「ご心配なさっているご様子なのに、ここと違う住み処を求めていらっしゃる、まことに嫌な、辛いことです」
と申し上げなさる。
今では、まともにお顔をお合わせ申されず、とても美しくかわいらしいお額髪、お顔の美しさ、まるで子供のようにお見えになって、たいそういじらしいのを拝見なさるにつけては、「どうして、このようになってしまったことか」と、罪悪感をお感じになるので、御几帳だけを隔てて、また一方でたいそう隔たった感じで、他人行儀にならない程度に、お扱い申し上げていらっしゃるのだった。

 [1-2 Suzaku sends a letter and edible wild plants]
 Yama-no-Mikado ha, Ni-no-Miya mo, kaku hito-waraha re naru yau ni te nagame tamahu nari, Nihudau-no-Miya mo, kono yo no hito mekasiki kata ha, kake-hanare tamahi nure ba, sama-zama ni aka zu obosa rure do, subete kono yo wo obosi nayama zi, to sinobi tamahu. Ohom-okonahi no hodo ni mo, "Onazi miti wo koso ha tutome tamahu rame." nado obosi-yari te, kakaru sama ni nari tama te noti ha, hakanaki koto ni tuke te mo, taye zu kikoye tamahu.
 Mi-tera no katahara tikaki hayasi ni nuki-ide taru takauna, sono watari no yama ni hore ru tokoro nado no, yama-zato ni tuke te ha ahare nare ba, tatemature tamahu tote, ohom-humi komayaka naru hasi ni,
 "Haru no no-yama, kasumi mo tado-tadosikere do, kokorozasi hukaku hori-ide sase te haberu sirusi bakari ni nam.
 Yo wo wakare iri na m miti ha okuru to mo
 onazi tokoro wo Kimi mo tadune yo

 Ito kataki waza ni nam aru."
 to kikoye tamahe ru wo, namida-gumi te mi tamahu hodo ni, Otodo-no-Kimi watari tamahe ri. Rei nara zu, o-mahe tikaki raisi-domo wo, "Nazo, ayasi?" to go-ran-zuru ni, Win no ohom-humi nari keri. Mi tamahe ba, ito ahare nari.
 "Kehu ka, asu ka no kokoti suru wo, taimen no kokoro ni kanaha nu koto."
 nado, komayaka ni kaka se tamahe ri. Kono "Onazi tokoro" no ohom-tomonahi wo, koto ni wokasiki husi mo naki. Hiziri-kotoba nare do, "Geni, sa zo obosu ram kasi. Ware sahe oroka naru sama ni miye tatematuri te, itodo usirometaki ohom-omohi no sohu beka'meru wo, ito itohosi." to obosu.
 Ohon-kaheri tutumasige ni kaki tamahi te, ohom-tukahi ni ha, awo-nibi no aya hito-kasane tamahu. Kaki-kahe tamahe ri keru kami no, mi-kityau no soba yori hono miyuru wo, tori te mi tamahe ba, ohom-te ha ito hakanage ni te,
 "Uki yo ni ha ara nu tokoro no yukasiku te
 somuku yamadi ni omohi koso ire
"
 "Usirometage naru mi-kesiki naru ni, kono ara nu tokoro motome tamahe ru, ito utate, kokoro-usi."
 to kikoye tamahu.
 Ima ha, maho ni mo miye tatematuri tamaha zu, ito utukusiu rautage naru ohom-hitahi-gami, turatuki no wokasisa, tada tigo no yau ni miye tamahi te, imiziu rautaki wo mi tatematuri tamahu ni tuke te ha, "Nado, kau ha nari ni si koto zo?" to, tumi e nu beku obosa rure ba, mi-kityau bakari hedate te, mata ito koyonau ke-dohoku, uto-utosiu ha ara nu hodo ni, motenasi kikoye te zo ohasi keru.

 [1-3 若君、竹の子を噛る]
若君は、乳母のもとに寝たまへりける、起きて這ひ出でたまひて、御袖を引きまつはれたてまつりたまふさま、いとうつくし。
白き羅に、唐の小紋の紅梅の御衣の裾、いと長くしどけなげに引きやられて、御身はいとあらはにて、うしろの限りに着なしたまへるさまは、例のことなれど、いとらうたげに白くそびやかに、柳を削りて作りたらむやうなり。
頭は露草してことさらに色どりたらむ心地して、口つきうつくしうにほひ、まみのびらかに、恥づかしう薫りたるなどは、なほいとよく思ひ出でらるれど、
「かれは、いとかやうに際離れたるきよらはなかりしものを、いかでかからむ。宮にも似たてまつらず、今より気高くものものしう、さま異に見えたまへるけしきなどは、わが御鏡の影にも似げながら」見なされたまふ。
わづかに歩みなどしたまふほどなり。この筍の櫑子に、何とも知らず立ち寄りて、いとあわたたしう取り散らして、食ひかなぐりなどしたまへば、
「あな、らうがはしや。いと不便1832なり。かれ取り隠せ。食ひ物に目とどめたまふと、もの言ひさがなき女房もこそ言ひなせ」
とて、笑ひたまふ。かき抱きたまひて、
「この君のまみのいとけしきあるかな。小さきほどの稚児を、あまた見ねばにやあらむ、かばかりのほどは、ただいはけなきものとのみ見しを、今よりいとけはひ異なるこそ、わづらはしけれ。女宮ものしたまふめるあたりに、かかる人生ひ出でて、心苦しきこと、誰が1833ためにもありなむかし。
あはれ、そのおのおのの生ひゆく末までは、見果てむとすらむやは。花の盛りは、ありなめど1834」
 と1835、うちまもりきこえたまふ。
「うたて、ゆゆしき御ことにも」
と、人々は聞こゆ。
御歯の生ひ出づるに食ひ当てむとて、筍をつと握り待ちて、雫もよよと食ひ濡らしたまへば、
「いとねぢけたる色好みかな」とて、
「憂き節も忘れず1836ながら呉竹の
こは捨て難きものにぞありける」
と、率て放ちて、のたまひかくれど、うち笑ひて、何とも思ひたらず、いとそそかしう、這ひ下り騷ぎたまふ。
月日に添へて、この君のうつくしうゆゆしきまで生ひまさりたまふに、まことに、この憂き節、皆思し忘れぬべし。
「この人の出でものしたまふべき契りにて、さる思ひの外の事もあるにこそはありけめ。逃れ難かなるわざぞかし」
と、すこしは思し直さる。みづからの御宿世も、なほ飽かぬこと多かり。
「あまた集へたまへる中にも、この宮こそは、かたほなる思ひまじらず、人の御ありさまも、思ふに飽かぬところなくてものしたまふべきを、かく思はざりしさまにて見たてまつること」
と思すにつけてなむ、過ぎにし罪許し難く、なほ口惜しかりける。

 [1-3 若君、竹の子を噛る]
若君は、乳母のもとでお寝みになっていたが、起きて這い出しなさって、お袖を引っ張りまとわりついていらっしゃる様子、とてもかわいらしい。
白い羅に、唐の小紋の紅梅のお召し物の裾、とても長くだらしなく引きずられて、お身体がすっかりあらわに見えて、後ろの方だけが着ていらっしゃる恰好は、幼児の常であるが、とてもかわいらしく色白ですんなりとして、柳の木を削って作ったようである。
頭は露草で特別に染めたような感じがして、口もとはかわいらしく艶々として、目もとがおっとりと、気がひけるほど美しいのなどは、やはりとてもよく思い出さずにはいられないが、
「あの人は、とてもこのようにきわだった美しさはなかったが、どうしてこんなに美しいのだろう。母宮にもお似申さず、今から気品があり立派で、格別にお見えになる様子などは、自分が鏡に映った姿にも似てはいないこともないな」というお気持ちになる。
やっとよちよち歩きをなさる程である。この筍が櫑子に、何であるのか分からず近寄って来て、やたらにとり散らかして、食いかじったりなどなさるので、
「まあ、お行儀の悪い。いけません。あれを片づけなさい。食べ物に目がなくていらっしゃると、口の悪い女房が言うといけない」
と言って、お笑いになる。お抱き寄せになって、
「若君の目もとは普通と違うな。小さい時の子を、多く見ていないからだろうか、これくらいの時は、ただあどけないものとばかり思っていたが、今からとても格別すぐれているのが、厄介なことだ。女宮がいらっしゃるようなところに、このような人が生まれて来て、厄介なことが、どちらにとっても起こるだろうな。
ああ、この人たちが育って行く先までは、見届けることができようか。花の盛りにめぐり逢うことは、寿命あってのことだ」
と言って、じっとお見つめ申していらっしゃる。
「何とまあ、縁起でもないお言葉を」
と、女房たちは申し上げる。
歯の生えかけたところに噛み当てようとして、筍をしっかりと握り持って、よだれをたらたらと垂らしてお齧りになっているので、
「変わった色好みだな」とおっしゃって、
「いやなことは忘れられないがこの子は
かわいくて捨て難く思われることだ」
と、引き離して連れて来て、お話しかけになるが、にこにことしていて、何とも分からず、とてもそそくさと、這い下りて動き回っていらっしゃる。
月日が経つにつれて、この君がかわいらしく不吉なまでに美しく成長なさっていくので、本当に、あの嫌なことが、すべて忘れられてしまいそうである。
「この人がお生まれになるためのご縁で、あの思いがけない事件も起こったのだろう。逃れられない宿命だったのだ」
と、少しはお考えが改まる。ご自身の運命にもやはり不満のところが多かった。
「大勢集っていらっしゃるご夫人方の中でも、この宮だけは、不足に思うところもなく、宮ご自身のご様子も、物足りないと思うところもなくていらっしゃるはずなのに、このように思いもかけない尼姿で拝見するとは」
とお思いになるにつけて、過去の二人の過ちを許し難く、今も無念に思われるのであった。

 [1-3 Kaoru bites a bamboo shoot]
 Waka-Gimi ha, Menoto no moto ni ne tamahe ri keru, oki te hahi-ide tamahi te, ohom-sode wo hiki-matuha re tatematuri tamahu sama, ito utukusi.
 Siroki usumono ni, Kara no ko-mon no koubai no ohom-zo no suso, ito nagaku sidokenage ni hiki-yara re te, ohom-mi ha ito araha ni te, usiro no kagiri ni ki-nasi tamahe ru sama ha, rei no koto nare do, ito rautage ni siroku sobiyaka ni, yanagi wo keduri te tukuri tara m yau nari.
 Kasira ha tuyu-kusa si te kotosara ni irodori tara m kokoti si te, kutituki utukusiu nihohi, mami nobiraka ni, hadukasiu kawori taru nado ha, naho ito yoku omohi-ide rarure do,
 "Kare ha, ito kayau ni kiha hanare taru kiyora ha nakari si mono wo, ikade kakara m? Miya ni mo ni tatematura zu, ima yori ke-dakaku mono-monosiu, sama koto ni miye tamahe ru kesiki nado ha, waga ohom-kagami no kage ni mo ni-ge nagara." mi-nasa re tamahu.
 Waduka ni ayumi nado si tamahu hodo nari. Kono takauna no raisi ni, nani to mo sira zu tatiyori te, ito awatatasiu tori-tirasi te, kuhi kanaguri nado si tamahe ba,
 "Ana, raugahasi ya! Ito hu-bin nari. Kare tori-kakuse. Kuhi-mono ni me todome tamahu to, mono ihi saganaki nyoubau mo koso ihi-nase."
 tote, warahi tamahu. Kaki-idaki tamahi te,
 "Kono Kimi no mami no ito kesiki aru kana! Tihisaki hodo no tigo wo, amata mi ne ba ni ya ara m, kabakari no hodo ha, tada ihakenaki mono to nomi mi si wo, ima yori ito kehahi koto naru koso, wadurahasikere. Womna-Miya monosi tamahu meru atari ni, kakaru hito ohi-ide te, kokoro-gurusiki koto, taga tame ni mo ari na m kasi.
 Ahare, sono ono-ono no ohi-yuku suwe made ha, mi-hate m to sura m ya ha! Hana no sakari ha, ari na me do."
 to, uti-mamori kikoye tamahu.
 "Utate, yuyusiki ohom-koto ni mo."
 to, hito-bito ha kikoyu.
 Ohom-ha no ohi-iduru ni kuhi ate m tote, takauna wo tuto nigiri moti te, siduku mo yoyo to kuhi nurasi tamahe ba,
 "Ito nedike taru iro-gonomi kana!" tote,
 "Uki husi mo wasure zu nagara kure-take no
 ko ha sute gataki mono ni zo ari keru
"
 to, wi te hanati te, notamahi-kakure do, uti warahi te, nani to mo omohi tara zu, ito sosokasiu, hahi-ori sawagi tamahu.
 Tuki-hi ni sohe te, kono Kimi no utukusiu yuyusiki made ohi masari tamahu ni, makoto ni, kono uki husi, mina obosi wasure nu besi.
 "Kono Hito no ide monosi tamahu beki tigiri ni te, saru omohi no hoka no koto mo aru ni koso ha ari keme. Nogare gataka'naru waza zo kasi."
 to, sukosi ha obosi-nahosa ru. Midukara no ohom-sukuse mo, naho aka nu koto ohokari.
 "Amata tudohe tamahe ru naka ni mo, kono Miya koso ha, kataho naru omohi mazira zu, hito no mi-arisama mo, omohu ni aka nu tokoro naku te monosi tamahu beki wo, kaku omoha zari si sama ni te mi tatematuru koto."
 to obosu ni tuke te nam, sugi ni si tumi yurusi gataku, naho kutiwosikari keru.

 2 夕霧の物語 柏木遺愛の笛 [2-1 夕霧、一条宮邸を訪問]
大将の君は、かの今はのとぢめにとどめし一言を、心ひとつに思ひ出でつつ、「いかなりしことぞ」とは、いと聞こえまほしう、御けしきもゆかしきを、ほの心得て思ひ寄らるることもあれば、なかなかうち出でて聞こえむもかたはらいたくて、「いかならむついでに、この事の1837詳しきありさまも明きらめ、また、かの人の思ひ入りたりしさまをも聞こしめさむ」と、思ひわたりたまふ。
秋の夕べのものあはれなるに、一条の宮を思ひやりきこえたまひて、渡りたまへり。うちとけ、しめやかに、御琴どもなど弾きたまふほどなるべし。深くもえ取りやらで、やがてその南の廂に入れたてまつりたまへり。端つ方なりける人の、ゐざり入りつるけはひどもしるく、衣の音なひも、おほかたの匂ひ香うばしく、心にくきほどなり。
例の、御息所、対面したまひて、昔の物語ども聞こえ交はしたまふ。わが御殿の、明け暮れ人しげくて、もの騒がしく、幼き君たちなど、すだきあわてたまふにならひたまひて、いと静かにものあはれなり。うち荒れたる心地すれど、あてに気高く住みなしたまひて、前栽の花ども、虫の音しげき野辺1838と乱れたる夕映えを、見わたしたまふ。

 2 夕霧の物語 柏木遺愛の笛 [2-1 夕霧、一条宮邸を訪問]
大将の君は、あの臨終の際に言い遺した一言を、心ひそかに思い出し思い出ししては、「どういうことであったのか」と、とてもお尋ね申し上げたく、お顔色も伺いたいのだが、うすうす思い当たられる節もあるので、かえって口に出して申し上げるのも具合が悪くて、「どのような機会に、この事の詳しい事情をはっきりさせ、また、あの人の思いつめていた様子をお耳に入れようか」と、思い続けていらっしゃる。
秋の夕方の心寂しいころに、一条の宮をどうしていられるかとご心配申し上げなさって、お越しになった。くつろいで、ひっそりとお琴などを弾いていらっしゃったところなのであろう。奥へ片づけることもできず、そのままその南の廂間にお入れ申し上げなさった。端の方にいた人たちが、いざって入って行く様子がはっきり分かって、衣ずれの音や、あたりに漂う香の匂いも薫り高く、奥ゆかしい感じである。
いつものように、御息所がお相手なさって、昔話をあれこれと交わし合いなさる。ご自分の御殿は、明け暮れ人が大勢出入りして、もの騒がしく、幼い子供たちが、大勢寄って騒々しくしていらっしゃるのにお馴れになっているので、とても静かで心寂しい感じがする。ちょっと手入れも行き届いてない感じがするが、上品に気高くお暮らしになって、前栽の花々、虫の音のたくさん聞こえる野原のように咲き乱れている夕映えを、見渡しなさる。

 2 Tale of Yugiri A flute of the late Kashiwagi loved [2-1 Yugiri visits Ichijo-miya residence]
 Daisyau-no-Kimi ha, kano ima ha no todime ni todome si hito-koto wo, kokoro hitotu ni omohi ide tutu, "Ika nari si koto zo?" to ha, ito kikoye mahosiu, mi-kesiki mo yukasiki wo, hono-kokoroe te omohi-yora ruru koto mo are ba, naka-naka uti-ide te kikoye m mo katahara-iataku te, "Ika nara m tuide ni, kono koto no kuhasiki arisama mo akirame, mata, kano hito no omohi-iri tari si sama wo mo kikosi-mesa m?" to, omohi-watari tamahu.
 Aki no yuhube no mono-ahare naru ni, Itideu-no-Miya wo omohi-yari kikoye tamahi te, watari tamahe ri. Utitoke, simeyaka ni, ohom-koto-domo nado hiki tamahu hodo naru besi. Hukaku mo e tori-yara de, yagate sono minami no hisasi ni ire tatematuri tamahe ri. Hasi tu kata nari keru hito no, wizari iri turu kehahi-domo siruku, kinu no otonahi mo, ohokata no nihohi kaubasiku, kokoro-nikuki hodo nari.
 Rei no, Miyasumdokoro, taimen si tamahi te, mukasi no monogatari-domo kikoye-kahasi tamahu. Waga ohom-tono no, ake-kure hito sigeku te, mono-sawagasiku, wosanaki Kimi-tati nado, sudaki awate tamahu ni narahi tamahi te, ito siduka ni mono ahare nari. Uti-are taru kokoti sure do, ate ni kedakaku sumi-nasi tamahi te, sensai no hana-domo, musi no ne sigeki nobe to midare taru yuhubaye wo, mi watasi tamahu.

 [2-2 柏木遺愛の琴を弾く]
和琴を引き寄せたまへれば、律に調べられて、いとよく弾きならしたる、人香にしみて、なつかしうおぼゆ。
「かやうなるあたりに、思ひのままなる好き心ある人は、静むることなくて、さま悪しきけはひをもあらはし、さるまじき名をも立つるぞかし」
など、思ひ続けつつ、掻き鳴らしたまふ。
故君の常に弾きたまひし琴なりけり。をかしき手一つなど、すこし弾きたまひて、
「あはれ、いとめづらかなる音に掻き鳴らしたまひしはや。この御琴にも籠もりてはべらむかし。承りあらはしてしがな」
とのたまへば、
「琴の緒絶えにし後1839より、昔の御童遊びの名残をだに、思ひ出でたまはずなむなりにてはべめる。院の御前にて、女宮たちのとりどりの御琴ども、試みきこえたまひしにも、かやうの方は、おぼめかしからずものしたまふとなむ、定めきこえたまふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、眺め過ぐしたまふめれば、世の憂きつま1840にといふやうになむ見たまふる」
と聞こえたまへば、
「いとことわりの御思ひなりや。限りだにある1841」
と、うち眺めて、琴は押しやりたまへれば、
「かれ、なほさらば、声に伝はることもやと、聞きわくばかり鳴らさせたまへ。ものむつかしう思うたまへ沈める耳をだに、明きらめ1842はべらむ」
と聞こえたまふを、
「しか伝はる中の緒は、異にこそははべらめ。それをこそ承らむとは聞こえつれ」
とて、御簾のもと近く押し寄せたまへど、とみにしも受けひきたまふまじきことなれば、しひても聞こえたまはず。

 [2-2 柏木遺愛の琴を弾く]
和琴をお引き寄せになると、律の調子に調えられていて、とてもよく弾きこんであるのが、人の移り香がしみこんでいて、心惹かれる感じがする。
「このようなところに、慎みのない好き心のある人は、心を抑えることができなくて、見苦しい振る舞いにでも出て、あってはならない評判を立てるものだ」
などと、思い続けながら、お弾きになる。
故君がいつもお弾きになっていた琴であった。風情のある曲目を一つ二つ、少しお弾きになって、
「ああ、まことにめったにない素晴らしい音色をお弾きになったものだがな。このお琴にも故人の名残が籠もっておりましょう。お聞かせ願いたいものだ」
とおっしゃると、
「主人が亡くなりまして後より、昔の子供遊びの時の記憶さえ、思い出しなさらなくなってしまったようです。院の御前で、女宮たちがそれぞれ得意なお琴を、お試し申されました時にも、このような方面は、しっかりしていらっしゃると、ご判定申されなさったようでしたが、今は別人のようにぼんやりなさって、物思いに沈んでいらっしゃるようなので、悲しい思いを催す種というように拝見しております」
とお答え申し上げなさると、
「まことにごもっともなお気持ちです。せめて終わりがあれば」
と、物思いに沈んで、琴は押しやりなさったので、
「あの琴を、やはりそういうことなら、音色の中に伝わることもあろうかと、聞いて分かるように弾いて下さい。何やら気も晴れずに物思いに沈み込んでいる耳だけでも、せめてさっぱりさせましょう」
と申し上げなさるので、
「ご夫婦の仲に伝わる琴の音色は、特別でございましょう。それを伺いたいと申し上げているのです」
とおっしゃって、御簾の側近くに和琴を押し寄せなさるが、すぐにはお引き受けなさるはずもないことなので、無理にお願いなさらない。

 [2-2 Yugiri plays koto that is the late Kashiwagi loved]
 Wagon wo hiki-yose tamahe re ba, riti ni sirabe rare te, ito yoku hiki-narasi taru, hito-ga ni simi te, natukasiu oboyu.
 "Kayau naru atari ni, omohi no mama naru suki-gokoro aru hito ha, sidumuru koto naku te, sama asiki kehahi wo mo arahasi, saru maziki na wo mo taturu zo kasi."
 nado, omohi-tuduke tutu, kaki-narasi tamahu.
 Ko-Kimi no tune ni hiki tamahi si koto nari keri. Wokasiki te hitotu nado, sukosi hiki tamahi te,
 "Ahare, ito meduraka naru ne ni kaki-narasi tamahi si ha ya! Kono ohom-koto ni mo komori te habera m kasi. Uketamahari arahasi te si gana!"
 to notamahe ba,
 "Koto no wo taye ni si noti yori, mukasi no ohom-waraha asobi no nagori wo dani, omohi-ide tamaha zu nam nari ni te habe'meru. Win no o-mahe ni te, Womna-Miya-tati no tori-dori no ohom-koto-domo, kokoromi kikoye tamahi si ni mo, kayau no kata ha, obomekasikara zu monosi tamahu to nam, sadame kikoye tamahu meri si wo, ara nu sama ni hore-boresiu nari te, nagame sugusi tamahu mere ba, yo no uki tuma ni to ihu yau ni nam mi tamahuru."
 to kikoye tamahe ba,
 "Ito kotowari no ohom-omohi nari ya! Kagiri dani aru."
 to, uti nagame te, koto ha osi-yari tamahe re ba,
 "Kare, naho sara ba, kowe ni tutaharu koto mo ya to, kiki-waku bakari nara sase tamahe. Mono mutukasiu omou tamahe sidume ru mimi wo dani, akirame habera m."
 to kikoye tamahu wo,
 "Sika tutaharu naka no wo ha, koto ni koso ha habera me. Sore wo koso uketamahara m to ha kikoye ture."
 tote, mi-su no moto tikaku osi-yose tamahe do, tomi ni si mo uke-hiki tamahu maziki koto nare ba, sihite mo kikoye tamaha zu.

 [2-3 夕霧、想夫恋を弾く]
月さし出でて曇りなき空に、羽うち交はす雁がね1843も、列を離れぬ、うらやましく聞きたまふらむかし。風肌寒く、ものあはれなるに誘はれて、箏の琴をいとほのかに掻き鳴らしたまへるも、奥深き声なるに、いとど心とまり果てて、なかなかに思ほゆれば、琵琶を取り寄せて、いとなつかしき音に、「想夫恋」を弾きたまふ。
「思ひ及び顔なるは、かたはらいたけれど、これは、こと問はせたまふべくや」
とて、切に簾の内をそそのかしきこえたまへど、まして、つつましきさしいらへなれば、宮はただものをのみあはれと思し続けたるに、
「ことに出でて言はぬも言ふにまさる1844とは
人に恥ぢたるけしきをぞ見る」
と聞こえたまふに、ただ末つ方をいささか弾きたまふ。
「深き夜のあはればかりは聞きわけど
ことより顔にえやは言ひける」
飽かずをかしきほどに、さるおほどかなるものの音がらに、古き人の心しめて弾き伝へける、同じ調べのものといへど、あはれに心すごきものの、片端を掻き鳴らして止みたまひぬれば、恨めしきまでおぼゆれど、
「好き好きしさを、さまざまにひき出でても御覧ぜられぬるかな。秋の夜更かしはべらむも、昔の咎めやと憚りてなむ、まかではべりぬべかめる。またことさらに心してなむさぶらふべきを、この御琴どもの調べ変へず待たせたまはむや。弾き違ふることもはべりぬべき世なれば、うしろめたくこそ」
など、まほにはあらねど、うち匂はしおきて出でたまふ。

 [2-3 夕霧、想夫恋を弾く]
月が出て雲もない空に、羽をうち交わして飛ぶ雁も、列を離れないのを、羨ましくお聞きになっているのであろう。風が肌寒く感じられ、何となく寂しさに心動かされて、箏の琴をたいそうかすかにお弾きになっているのも、深みのある音色なので、ますます心を引きつけられてしまって、かえって物足りない思いがするので、琵琶を取り寄せて、とても優しい音色に「想夫恋」をお弾きになる。
「お気持ちを察してのようなのは、恐縮ですが、この曲目なら、何かおっしゃって下さるかと思いまして」
とおっしゃって、しきりに御簾の中に向かって催促申し上げなさるが、和琴を所望された以上に、気が引けるお相手なので、宮はただ悲しいとばかりお思い続けていらっしゃるので、
「言葉に出しておっしゃらないのも、おっしゃる以上に
深いお気持ちなのだと、慎み深い態度からよく分かります」
と申し上げなさると、わずかに終わりの方を少しお弾きになる。
「趣深い秋の夜の情趣は分かりますが、琴を弾くより他に
言葉で何を申し上げることができたでしょうか」
もっと聞いていたいほどであるが、そのおっとりした音色によって、昔の人が心をこめて弾き伝えてきた、同じ調子の曲目といっても、しみじみとまたぞっとする感じで、ほんの少し弾いてお止めになったので、恨めしいほどに思われるが、
「物好きな心を、いろいろな琴を弾いてお目に掛けてしまいました。秋の夜に遅くまでおりますのも、故人の咎めがあろうかとご遠慮致して、退出致さねばなりません。また改めて失礼のないよう気をつけてお伺い致そうと思いますが、このお琴の調子を変えずにお待ち下さいませんか。とかく思いもよらぬことが起こる世の中ですから、気掛かりでなりません」
などと、あらわにではないが、心の内をほのめかしてお帰りになる。

 [2-3 Yugiri plays koto that is the late Kashiwagi loved]
 Tuki sasi-ide te kumori naki sora ni, hane uti-kahasu kari-ga-ne mo, tura wo hanare nu, urayamasiku kiki tamahu ram kasi. Kaze hada samuku, mono-ahare naru ni sasoha re te, sau-no-koto wo ito honoka ni kaki-narasi tamahe ru mo, oku hukaki kowe naru ni, itodo kokoro tomari hate te, naka-naka ni omohoyure ba, biha wo tori-yose te, ito natukasiki ne ni, Sau-hu-ren wo hiki tamahu.
 "Omohi oyobi gaho naru ha, katahara-itakere do, kore ha, koto toha se tamahu beku ya?"
 tote, seti ni su no uti wo sosonokasi kikoye tamahe do, masite, tutumasiki sasi-irahe nare ba, Miya ha tada mono wo nomi ahare to obosi tuduke taru ni,
 "Koto ni ide te iha nu mo ihu ni masaru to ha
 hito ni hadi taru kesiki wo zo miru
"
 to kikoye tamahu ni, tada suwe tu kata wo isasaka hiki tamahu.
 "Hukaki yo no ahare bakari ha kiki wake do
 koto yori gaho ni e ya ha ihi keru
"
 Aka zu wokasiki hodo ni, saru ohodoka naru mono no ne gara ni, huruki hito no kokoro sime te hiki-tutahe keru, onazi sirabe no mono to ihe do, ahare ni kokoro-sugoki mono no, kata-hasi wo kaki-narasi te yami tamahi nure ba, uramesiki made oboyure do,
 "Suki-zukisisa wo, sama-zama ni hiki-ide te mo go-ran-ze rare nuru kana! Aki no yo hukasi habera m mo, mukasi no togame ya to habakari te nam, makade haberi nu beka'meru. Mata kotosara ni kokoro si te nam saburahu beki wo, kono ohom-koto-domo no sirabe kahe zu mata se tamaha m ya? Hiki tagahuru koto mo haberi nu beki yo nare ba, usirometaku koso."
 nado, maho ni ha ara ne do, uti-nihohasi oki te ide tamahu.

 [2-4 御息所、夕霧に横笛を贈る]
「今宵の御好きには、人許しきこえつべくなむありける。そこはかとなきいにしへ語り1845にのみ紛らはさせたまひて、玉の緒にせむ1846心地もしはべらぬ、残り多くなむ」
とて、御贈り物に笛を添へてたてまつりたまふ。
「これになむ、まことに古きことも伝はるべく聞きおきはべりしを、かかる蓬生に埋もるるもあはれに見たまふるを、御前駆に競はむ声なむ、よそながらもいぶかしうはべる」
と聞こえたまへば、
「似つかはしからぬ随身にこそははべるべけれ」
とて、見たまふに、これもげに世とともに身に添へてもてあそびつつ、
「みづからも、さらにこれが音の限りは、え吹きとほさず。思はむ人にいかで伝へてしがな」
と、をりをり聞こえごちたまひしを思ひ出でたまふに、今すこしあはれ多く添ひて、試みに吹き鳴らす。盤渉調の半らばかり吹きさして、
「昔を偲ぶ独り言は、さても罪許されはべりけり。これはまばゆくなむ」
とて、出でたまふに、
「露しげきむぐらの宿にいにしへの
秋に変はらぬ虫の声かな」
と、聞こえ出だしたまへり。
「横笛の調べはことに変はらぬを
むなしくなりし音こそ尽きせね」
出でがてにやすらひたまふに、夜もいたく更けにけり。

 [2-4 御息所、夕霧に横笛を贈る]
「今夜の風流なお振る舞いについては、誰もがお許し申すはずのことでございます。これということもない昔話にばかり紛らわせなさって、寿命が延びるまでお聞かせ下さらなかったのが、とても残念です」
と言って、御贈り物に笛を添えて差し上げなさる。
「この笛には、実に古い由緒もあるように聞いておりましたが、このような蓬生の宿に埋もれているのは残念に存じまして、御前駆の負けないほどにお吹き下さる音色を、ここからでもお伺いしたく存じます」
と申し上げなさると、
「似つかわしくない随身でございましょう」
とおっしゃって、御覧になると、この笛もなるほど肌身離さず愛玩しては、
「自分でも、まったくこの笛の音のあらん限りは、吹きこなせない。大事にしてくれる人に何とか伝えたいものだ」
と、柏木が時々愚痴をこぼしていらっしゃったのをお思い出しなさると、さらに悲しみが胸に迫って、試みに吹いてみる。盤渉調の半分ばかりでお止めになって、
「故人を偲んで和琴を独り弾きましたのは、下手でも何とか聞いて戴けました。この笛はとても分不相応です」
と言って、お出になるので、
「涙にくれていますこの荒れた家に昔の
秋と変わらない笛の音を聞かせて戴きました」
と、内側から申し上げなさった。
「横笛の音色は特別昔と変わりませんが
亡くなった人を悼む泣き声は尽きません」
出て行きかねていらっしゃると、夜もたいそう更けてしまった。

 [2-4 Miyasudokoro presents a flute that is the late Kashiwagi loved]
 "Koyohi no ohom-suki ni ha, hito yurusi kikoye tu beku nam ari keru. Sokohaka to naki inisihe-gatari ni nomi magiraha sase tamahi te, tama no wo ni se m kokoti mo si habera nu, nokori ohoku nam."
 tote, ohom-okurimono ni hue wo sohe te tatematuri tamahu.
 "Kore ni nam, makoto ni huruki koto mo tutaharu beku kiki-oki haberi si wo, kakaru yomogihu ni udumoruru mo ahare ni mi tamahuru wo, ohom-saki ni kihoha m kowe nam, yoso nagara mo ibukasiu haberu."
 to kikoye tamahe ba,
 "Nitukahasikara nu zuizin ni koso ha haberu bekere."
 tote, mi tamahu ni, kore mo geni yo to tomoni mi ni sohe te mote asobi tutu,
 "Midukara mo, sara ni kore ga ne no kagiri ha, e huki tohosa zu. Omoha m hito ni ikade tutahe te si gana."
 to, wori-wori kikoye-goti tamahi si wo omohi-ide tamahu ni, ima sukosi ahare ohoku sohi te, kokoromi ni huki narasu. Bansikideu no nakara bakari huki sasi te,
 "Mukasi wo sinobu hitori-goto ha, sate mo tumi yurusa re haberi keri. Kore ha mabayuku nam."
 tote, ide tamahu ni,
 "Tuyu sigeki mugura no yado ni inisihe no
 Aki ni kahara nu musi no kowe kana
"
 to, kikoye idasi tamahe ri.
 "Yoko-bue no sirabe ha koto ni kahara nu wo
 munasiku nari si ne koso tuki se ne
"
 Ide-gate ni yasurahi tamahu ni, yoru mo itaku huke ni keri.

 [2-5 帰宅して、故人を想う]
殿に帰りたまへれば、格子など下ろさせて、皆寝たまひにけり。
「この宮に心かけきこえたまひて、かくねむごろがり聞こえたまふぞ」
など、人の聞こえ知らせければ、かやうに夜更かしたまふもなま憎くて、入りたまふをも聞く聞く、寝たるやうにてものしたまふなるべし。
「妹と我といるさの山の1847」
 と、声はいとをかしうて、独りごち歌ひて、
「こは、など、かく鎖し固めたる。あな、埋れや。今宵の月を見ぬ里もありけり」
と、うめきたまふ。格子上げさせたまひて、御簾巻き上げなどしたまひて、端近く臥したまへり。
「かかる夜の月に、心やすく夢見る1848人は、あるものか。すこし出でたまへ。あな心憂」
など聞こえたまへど、心やましううち思ひて、聞き忍びたまふ。
君たちの、いはけなく寝おびれたるけはひなど、ここかしこにうちして、女房もさし混みて臥したる、人気にぎははしきに、ありつる所のありさま、思ひ合はするに、多く変はりたり。この笛をうち吹きたまひつつ、
「いかに、名残も、眺めたまふらむ。御琴どもは、調べ変はらず遊びたまふらむかし。御息所も、和琴の上手ぞかし」
など、思ひやりて臥したまへり。
「いかなれば、故君、ただおほかたの心ばへは、やむごとなくもてなしきこえながら、いと深きけしきなかりけむ」
と、それにつけても、いといぶかしうおぼゆ。
「見劣りせむことこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたの世につけても、限りなく聞くことは、かならずさぞあるかし1849」
など思ふに、わが御仲の、うちけしきばみたる思ひやりもなくて、睦びそめたる年月のほどを数ふるに、あはれに、いとかう押したちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり。

 [2-5 帰宅して、故人を想う]
殿にお帰りになると、格子などを下ろさせて、皆お寝みになっていた。
「この宮にご執心申されて、あのようにご熱心でいらっしゃるのだ」
などと、誰かがご報告したので、このように夜更けまで外出なさるのも憎らしくて、お入りになったのも知っていながら、眠ったふりをしていらっしゃるのであろう。
「いい人とわたしと一緒に入るあの山の」
と、声はとても美しく独り歌って、
「これは、またどうして、こう固く鍵を閉めているのだ。何とまあ、うっとうしいことよ。今夜の月を見ない所もあるのだなあ」
と、不満げにおっしゃる。格子を上げさせなさって、御簾を巻き上げなどなさって、端近くに横におなりになった。
「このように素晴らしい月なのに、気楽に夢を見ている人が、あるものですか。少しお出になりなさい。何と嫌な」
などと申し上げなさるが、面白くない気がして、知らぬ顔をなさっている。
若君たちが、あどけなく寝惚けている様子などが、あちらこちらにして、女房も混み合って寝ている、とてもにぎやかな感じがするので、さきほどの所の様子が、思い比べられて、多く違っている。この笛をちょっとお吹きになりながら、
「どのように、わたしが立ち去った後でも、物思いに耽っていらっしゃることだろう。お琴の合奏は、調子を変えずなさっていらっしゃるのだろう。御息所も、和琴の名手であった」
などと、思いをはせて臥せっていらっしゃった。
「どうして、故君は、ただ表向きの気配りは、大切にお扱い申し上げていながら、大して深い愛情はなかったのだろう」
と、考えるにつけても、大変いぶかしく思わずにはいらっしゃれない。
「実際会って見て器量がよくないとなると、たいそうお気の毒なことだな。世間一般の話でも、最高に素晴らしいという評判の人は、きっとそんなこともあるものだ」
などと思うにつけ、ご自分の夫婦仲が、その気持ちを顔に出して相手を疑うこともなくて、仲睦まじくなった歳月のほどを数えると、しみじみと感慨深く、とてもこう我が強くなって勝手に振る舞うようにおなりになったのも、無理もないことと思われなさった。

 [2-5 Yugiri recollects the late Kashiwagi after comming his home]
 Tono ni kaheri tamahe re ba, kausi nado orosa se te, mina ne tamahi ni keri.
 "Kono Miya ni kokoro-kake kikoye tamahi te, kaku nemgoro-gari kikoye tamahu zo."
 nado, hito no kikoye sirase kere ba, kayau ni yo-hukasi tamahu mo nama nikuku te, iri tamahu wo mo kiku kiku, ne taru yau ni te monosi tamahu naru besi.
 "Imo to ware to Irusa-no-yama no"
 to, kowe ha ito wokasiu te, hitorigoti utahi te,
 "Ko ha, nado, kaku sasi-katame taru. Ana, umore ya! Koyohi no tuki wo mi nu sato mo ari keri."
 to, umeki tamahu. Kausi age sase tamahi te, mi-su maki-age nado si tamahi te, hasi tikaku husi tamahe ri.
 "Kakaru yo no tuki ni, kokoro-yasuku yume miru hito ha, aru mono ka! Sukosi ide tamahe. Ana kokoro-u!"
 nado kikoye tamahe do, kokoro-yamasiu uti-omohi te, kiki-sinobi tamahu.
 Kimi-tati no, ihakenaku ne-obire taru kehahi nado, koko kasiko ni uti si te, nyoubau mo sasi-komi te husi taru, hitoke nigihahasiki ni, ari turu tokoro no arisama, omohi ahasuru ni, ohoku kahari tari. Kono hue wo uti-huki tamahi tutu,
 "Ika ni, nagori mo, nagame tamahu ram? Ohom-koto-domo ha, sirabe kahara zu asobi tamahu ram kasi. Miyasumdokoro mo, wagon no zyauzu zo kasi."
 nado, omohi-yari te husi tamahe ri.
 "Ika nare ba, ko-Kimi, tada ohokata no kokorobahe ha, yamgotonaku motenasi kikoye nagara, ito hukaki kesiki nakari kem?"
 to, sore ni tuke te mo, ito ibukasiu oboyu.
 "Mi-otori se m koto koso, ito itohosikaru bekere. Ohokata no yo ni tuke te mo, kagiri naku kiku koto ha, kanarazu sa zo aru kasi."
 nado omohu ni, waga ohom-naka no, uti- kesiki-bami taru omohi-yari mo naku te, mutubi some taru tosi-tuki no hodo wo kazohuru ni, ahare ni, ito kau osi-tati te ogori narahi tamahe ru mo, kotowari ni oboye tamahi keri.

 [2-6 夢に柏木現れ出る]
すこし寝入りたまへる夢に、かの衛門督、ただありしさまの袿姿にて、かたはらにゐて、この笛を取りて見る。夢のうちにも、亡き人の、わづらはしう、この声を尋ねて来たる1850、と思ふに、
「笛竹に吹き寄る風のことならば
末の世長きねに伝へなむ
思ふ方異にはべりき」
と言ふを、問はむと思ふほどに、若君の寝おびれて泣きたまふ御声に、覚めたまひぬ。
この君いたく泣きたまひて、つだみなどしたまへば、乳母も起き騷ぎ、上も大殿油近く取り寄せさせたまて、耳挟みして、そそくりつくろひて、抱きてゐたまへり。いとよく肥えて、つぶつぶとをかしげなる胸を開けて、乳などくくめたまふ。稚児もいとうつくしうおはする君なれば、白くをかしげなるに、御乳はいとかはらかなるを、心をやりて慰めたまふ。
男君も寄りおはして、「いかなるぞ」などのたまふ。うちまきし散らしなどして、乱りがはしきに、夢のあはれも紛れぬべし。
「悩ましげにこそ見ゆれ。今めかしき御ありさまのほどにあくがれたまうて、夜深き御月愛でに、格子も上げられたれば、例のもののけの入り来たるなめり」
など、いと若くをかしき顔して、かこちたまへば、うち笑ひて、
「あやしの、もののけのしるべや。まろ格子上げずは、道なくて、げにえ入り来ざらまし。あまたの人の親になりたまふままに、思ひいたり深くものをこそのたまひなりにたれ」
とて、うち見やりたまへるまみの、いと恥づかしげなれば、さすがに物ものたまはで、
「出でたまひね。見苦し」
とて、明らかなる火影を、さすがに恥ぢたまへるさまも憎からず。まことに、この君なづみて、泣きむつかり明かしたまひつ。

 [2-6 夢に柏木現れ出る]
少し寝入りなさった夢に、あの衛門督が、まるで生前の袿姿で、側に座って、この笛を取って見ている。夢の中にも、故人が、厄介にも、この笛の音を求めて来たのだ、と思っていると、
「この笛の音に吹き寄る風は同じことなら
わたしの子孫に伝えて欲しいものだ
その伝えたい人は違うのだった」
と言うので、尋ねようと思った時に、若君が寝おびえて泣きなさるお声に、目が覚めておしまいになった。
この若君がひどく泣きなさって、乳を吐いたりなさるので、乳母も起き騷ぎ、母上も御殿油を近くに取り寄せさせなさって、額髪を耳に挟んで、せわしげに世話して、抱いていらっしゃった。とてもよく太って、ふっくらとした美しい胸を開けて、乳などをお含ませになる。子供もとてもかわいらしくいらっしゃる若君なので、色白で美しく見えるが、お乳はまったく出ないのを、気休めにあやしていらっしゃる。
男君も側にお寄りになって、「どうしたのだ」などとおっしゃる。魔除の撤米をし米を散らかしなどして、とり騒いでいるので、夢の情趣もどこかへ行ってしまうことであろう。
「苦しそうに見えますわ。若い人のような恰好でうろつきなさって、夜更けのお月見に、格子なども上げなさったので、例の物の怪が入って来たのでしょう」
などと、とても若く美しい顔をして、恨み言をおっしゃるので、にっこりして、
「妙な、物の怪の案内とは。わたしが格子を上げなかったら、道がなくて、おっしゃる通り入って来られなかったでしょう。大勢の子持ちの母親におなりになるにつれて、思慮深く立派なことをおっしゃるようにおなりになった」
と言って、ちらりと御覧になる目つきが、たいそう気後れするほど立派なので、それ以上は何ともおっしゃらず、
「さあ、もうお止めなさいまし。みっともない恰好ですから」
と言って、明るい灯火を、さすがに恥ずかしがっていらっしゃる様子も憎くない。ほんとうに、この若君は苦しがって、一晩中泣きむずかって夜をお明かしになった。

 [2-6 The ghost of the late Kashiwagi appears in Yugiri's dream]
 Sukosi ne-iri tamahe ru yume ni, kano Wemon-no-Kami, tada ari si sama no utuki-sugata ni te, katahara ni wi te, kono hue wo tori te miru. Yume no uti ni mo, naki hito no, wadurahasiu, kono kowe wo tadune te ki taru, to omohu ni,
 "Hue-take ni huki-yoru kaze no koto nara ba
 suwe no yo nagaki ne ni tutahe nam

 Omohu kata koto ni haberi ki."
 to ihu wo, toha m to omohu hodo ni, Waka-Gimi no ne-obire te naki tamahu ohom-kowe ni, same tamahi nu.
 Kono Kimi itaku naki tamahi te, tudami nado si tamahe ba, Menoto mo oki sawagi, Uhe mo oho-tonabura tikaku tori-yose sase tama te, mimi-hasami si te, sosokuri tukurohi te, idaki te wi tamahe ri. Ito yoku koye te, tubu-tubu to wokasige naru mune wo ake te, ti nado kukume tamahu. Tigo mo ito utukusiu ohasuru Kimi nare ba, siroku wokasige naru ni, ohom-ti ha ito kaharaka naru wo, kokoro wo yari te nagusame tamahu.
 Wotoko-Gimi mo yori ohasi te, "Ika naru zo?" nado notamahu. Uti-maki si tirasi nado si te, midari-gahasiki ni, yume no ahare mo magire nu besi.
 "Nayamasige ni koso miyure. Imamekasiki mi-arisama no hodo ni akugare tamau te, yo-bukaki ohom-tuki mede ni, kausi mo age rare tare ba, rei no mononoke no iri ki taru na'meri."
 nado, ito wakaku wokasiki kaho si te, kakoti tamahe ba, uti-warahi te,
 "Ayasi no, mononoke no sirube ya! Maro kausi age zu ha, miti naku te, geni e iri ko zara masi. Amata no hito no oya ni nari tamahu mama ni, omohi itari hukaku mono wo koso notamahi nari ni tare."
 tote, uti-mi-yari tamahe ru mami no, ito hadukasige nare ba, sasuga ni mono mo notamaha de,
 "Ide tamahi ne. Mi-gurusi."
 tote, akiraka naru ho-kage wo, sasuga ni hadi tamahe ru sama mo nikukara zu. Makoto ni, kono Kimi nadumi te, naki mutukari akasi tamahi tu.

 3 夕霧の物語 匂宮と薫 [3-1 夕霧、六条院を訪問]
大将の君も、夢思し出づるに、
「この笛のわづらはしくもあるかな。人の心とどめて思へりしものの、行くべき方にもあらず。女の御伝へはかひなきをや。いかが思ひつらむ。この世にて、数に思ひ入れぬことも、かの今はのとぢめに、一念の恨めしきも、もしはあはれとも思ふにまつはれてこそは、長き夜の闇にも惑ふわざななれ。かかればこそは、何ごとにも執はとどめじと思ふ世なれ」
など、思し続けて、愛宕に誦経せさせたまふ。また、かの心寄せの寺にもせさせたまひて、
「この笛をば、わざと人のさるゆゑ深きものにて、引き出でたまへりしを、たちまちに仏の道におもむけむも、尊きこととはいひながら、あへなかるべし」
と思ひて、六条の院に参りたまひぬ。
女御の御方におはしますほどなりけり。三の宮、三つばかりにて、中にうつくしくおはするを、こなたにぞまた取り分きておはしまさせたまひける。走り出でたまひて、
「大将こそ、宮抱きたてまつりて、あなたへ率ておはせ」
と、みづからかしこまりて、いとしどけなげにのたまへば、うち笑ひて、
「おはしませ。いかでか御簾の前をば渡りはべらむ。いと軽々ならむ」
とて、抱きたてまつりてゐたまへれば、
「人も見ず。まろ、顔は隠さむ。なほなほ」
とて、御袖してさし隠したまへば、いとうつくしうて、率てたてまつりたまふ。

 3 夕霧の物語 匂宮と薫 [3-1 夕霧、六条院を訪問]
大将の君も、夢を思い出しなさると、
「この笛は厄介なものだな。故人が執着していた笛の、行くべき所ではなかったのだ。女方から伝わっても意味のなことだ。どのように思ったことだろう。この世に、物の数にも入らない些事も、あの臨終の際に、一心に恨めしく思ったり、または愛情を持ったりしては、無明長夜の闇に迷うということだ。そうだからこそ、どのようなことにも執着は持つまいと思うのだ」
などと、お考え続けなさって、愛宕で誦経をおさせになる。また、故人が帰依していた寺にもおさせになって、
「この笛を、わざわざ御息所が特別の遺品として、譲り下さったのを、すぐにお寺に納めるのも、供養になるとは言うものの、あまりにあっけなさぎよう」
と思って、六条院に参上なさった。
女御の御方にいらっしゃる時なのであった。三の宮は、三歳ほどで、親王の中でもかわいらしくいらっしゃるのを、こちらではまた特別に引き取ってお住ませなさっているのであった。走っておいでになって、
「大将よ、宮をお抱き申して、あちらへ連れていらっしゃい」
と、自分に敬語をつけて、とても甘えておっしゃるので、ほほ笑んで、
「いらっしゃい。どうして御簾の前を行けましょうか。たいそう無作法でしょう」
と言って、お抱き申してお座りになると、
「誰も見ていません。わたしが、顔を隠そう。さあさあ」
と言って、お袖で顔をお隠しになるので、とてもかわいらしいので、お連れ申し上げなさる。

 3 The tale of Yugiri Children Nio-no-Miya and Kaoru in Rokujo-in [3-1 Yugiri visits Rokujo-in to meet Genji]
 Daisyau-no-Kimi mo, yume obosi-iduru ni,
 "Kono hue no wadurahasiku mo aru kana! Hito no kokoro todome te omohe ri si mono no, yuku beki kata ni mo ara zu. Womna no ohom-tutahe ha kahi naki wo ya! Ikaga omohi tura m? Kono yo ni te, kazu ni omohi-ire nu koto mo, kano ima ha no todime ni, iti-nen no uramesiki mo, mosi ha ahare to mo omohu ni matuhare te koso ha, nagaki yo no yami ni mo madohu waza na'nare. Kakare ba koso ha, nani-goto ni mo sihu ha todome zi to omohu yo nare."
 nado, obosi-tuduke te, Otagi ni zukyau se sase tamahu. Mata, kano kokoro-yose no tera ni mo se sase tamahi te,
 "Kono hue wo ba, wazato hito no saru yuwe hukaki mono ni te, hiki-ide tamahe ri si wo, tatimati ni Hotoke no miti ni omomuke m mo, tahutoki koto to ha ihi nagara, ahenakaru besi."
 to omohi te, Rokudeu-no-Win ni mawiri tamahi nu.
 Nyougo no ohom-kata ni ohasimasu hodo nari keri. Sam-no-Miya, mi-tu bakari ni te, naka ni utukusiku ohasuru wo, konata ni zo mata tori waki te ohasimasa se tamahi keru. Hasiri-ide tamahi te,
 "Daisyau koso, Miya idaki tatematuri te, anata he wi te ohase."
 to, midukara kasikomari te, ito sidokenage ni notamahe ba, uti-warahi te,
 "Ohasimase. Ikade ka mi-su no mahe wo ba watari habera m. Ito kyau-kyau nara m."
 tote, idaki tatematuri te wi tamahe re ba,
 "Hito mo mi zu. Maro, kaho ha kakusa m. Naho-naho."
 tote, ohom-sode si te sasi-kakusi tamahe ba, ito utukusiu te, wi te tatematuri tamhu.

 [3-2 源氏の孫君たち、夕霧を奪い合う]
こなたにも、二の宮の、若君とひとつに混じりて遊びたまふ、うつくしみておはしますなりけり。隅の間のほどに下ろしたてまつりたまふを、二の宮見つけたまひて、
「まろも大将に抱かれむ」
とのたまふを、三の宮、
「あが大将をや」
とて、控へたまへり。院も御覧じて、
「いと乱りがはしき御ありさまどもかな。公の御近き守りを、私の随身に領ぜむと争ひたまふよ。三の宮こそ、いとさがなくおはすれ。常に兄に競ひ申したまふ」
と、諌めきこえ扱ひたまふ。大将も笑ひて、
「二の宮は、こよなく兄心にところさりきこえたまふ御心深くなむおはしますめる。御年のほどよりは、恐ろしきまで見えさせたまふ」
など聞こえたまふ。うち笑みて、いづれもいとうつくしと思ひきこえさせたまへり。
「見苦しく軽々しき公卿の御座なり。あなたにこそ」
とて、渡りたまはむとするに、宮たちまつはれて、さらに離れたまはず。宮の若君は、宮たちの御列にはあるまじきぞかしと、御心のうちに思せど、なかなかその御心1851ばへを、母宮の、御心の鬼にや思ひ寄せたまふらむと、これも心の癖に、いとほしう思さるれば、いとらうたきものに思ひかしづききこえたまふ。

 [3-2 源氏の孫君たち、夕霧を奪い合う]
こちら方にも、二の宮が、若君とご一緒になって遊んでいらっしゃるのを、かわいがっておいであそばすのであった。隅の間の所にお下ろし申し上げなさるのを、二の宮が見つけなさって、
「わたしも大将に抱かれたい」
とおっしゃるのを、三の宮は、
「わたしの大将なのだから」
と言って、お放しにならない。院も御覧になって、
「まことにお行儀の悪いお二方ですね。朝廷のお身近の警護の人を、自分の随身にしようと争いなさるとは。三の宮が、特にいじわるでいらっしゃいます。いつも兄宮に負けまいとなさる」
と、おたしなめ申して仲裁なさる。大将も笑って、
「二の宮は、すっかりお兄様らしく弟君に譲って上げるお気持ちが十分におありのようです。お年のわりには、こわいほどご立派にお見えになります」
などと申し上げなさる。ほほ笑んで、どちらもとてもかわいらしいとお思い申し上げあそばしていらっしゃった。
「見苦しく失礼なお席だ。あちらへ」
とおっしゃって、お渡りになろうとすると、宮たちがまとわりついて、まったくお離れにならない。宮の若君は、宮たちとご同列に扱うべきではないと、ご心中にはお考えになるが、かえってそのお気持ちを、母宮が、心にとがめて気を回されることだろうと、これもまたご性分で、お気の毒に思われなさるので、とても大切にお扱い申し上げなさる。

 [3-2 Grandsons of Genji scramble for Yugiri]
 Konata ni mo, Ni-no-Miya no, Waka-Gimi to hitotu ni maziri te asobi tamahu, utukusimi te ohasimasu nari keri. Sumi no ma no hodo ni orosi tatematuri tamahu wo, Ni-no-Miya mituke tamahi te,
 "Maro mo Daisyau ni idaka re m."
 to notamahu wo, Sam-no-miya,
 "Aga Daisyau wo ya!"
 tote, hikahe tamahe ri. Win mo go-ran-zi te,
 "Ito midari-gahasiki mi-arisama-domo kana! Ohoyake no ohom-tikaki mamori wo, watakusi no zuizin ni ryau-ze m to arasohi tamahu yo! Sam-no-Miya koso, ito saganaku ohasure. Tune ni konokami ni kihohi mausi tamahu."
 to, isame kikoye atukahi tamahu. Daisyau mo warahi te,
 "Ni-no-Miya ha, koyonaku konokami-gokoro ni tokoro-sari kikoye tamahu mi-kokoro hukaku nam ohasimasu meru. Ohom-tosi no hodo yori ha, osorosiki made miye sase tamahu."
 nado kikoye tamahu. Uti-wemi te, idure mo ito utukusi to omohi kikoye sase tamahe ri.
 "Mi-gurusiku karu-garusiki kugyau no mi-za nari. Anata ni koso."
 tote, watari tamaha m to suru ni, Miya-tati matuhare te, sara ni hanare tamaha zu. Miya no Waka-Gimi ha, Miya-tati no ohom-tura ni ha aru maziki zo kasi to, mi-kokoro no uti ni obose do, naka-naka sono mi-kokorobahe wo, Haha-Miya no, mi-kokoro no oni ni ya omohi-yose tamahu ram to, kore mo kokoro no kuse ni, itohosiu obosa rure ba, ito rautaki mono ni omohi kasiduki kikoye tamahu.

 [3-3 夕霧、薫をしみじみと見る]
大将は、この君を「まだえよくも見ぬかな」と思して、御簾の隙よりさし出でたまへるに、花の枝の枯れて落ちたるを取りて、見せたてまつりて、招きたまへば、走りおはしたり。
二藍の直衣の限りを着て、いみじう白う光りうつくしきこと、皇子たちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶときよらなり。なま目とまる心1852も添ひて見ればにや、眼居など、これは今すこし強うかどあるさままさりたれど、まじりのとぢめをかしうかをれるけしきなど、いとよくおぼえたまへり。
口つきの、ことさらにはなやかなるさまして、うち笑みたるなど、「わが目のうちつけなるにやあらむ、大殿はかならず思し寄すらむ」と、いよいよ御けしきゆかし。
宮たちは、思ひなしこそ気高けれ、世の常のうつくしき稚児どもと見えたまふに、この君は、いとあてなるものから、さま異にをかしげなるを、見比べたてまつりつつ、
「いで、あはれ。もし疑ふゆゑもまことならば、父大臣の、さばかり世にいみじく思ひほれたまて、
『子と名のり出でくる人だになきこと。形見に見るばかりの名残をだにとどめよかし』
と、泣き焦がれたまふに、聞かせたてまつらざらむ罪得がましさ」など思ふも、「いで、いかでさはあるべきことぞ」
と、なほ心得ず、思ひ寄る方なし。心ばへさへなつかしうあはれにて、睦れ遊びたまへば、いとらうたくおぼゆ。

 [3-3 夕霧、薫をしみじみと見る]
大将は、この若君を「まだよく見ていないな」とお思いになって、御簾の間からお顔をお出しになったところを、花の枝が枯れて落ちているのを取って、お見せ申して、お呼びなさると、走っていらっしゃった。
二藍の直衣だけを着て、たいそう色白で光輝いてつやつやとかわいらしいこと、親王たちよりもいっそうきめこまかに整っていらっしゃって、まるまると太りおきれいである。何となくそう思って見るせいか、目つきなど、この子は少しきつく才走った様子は衛門督以上だが、目尻の切れが美しく輝いている様子など、とてもよく似ていらっしゃった。
口もとが、特別にはなやかな感じがして、ほほ笑んでいるところなどは、「自分がふとそう思ったせいなのか、大殿はきっとお気づきであろう」と、ますますご心中が知りたい。
宮たちは、親王だと思うせいから気高くもみえるものの、世間普通のかわいらしい子供とお見えになるのだが、この君は、とても上品な一方で、特別に美しい様子なので、ご比較申し上げながら、
「何と、かわいそうな。もし自分の疑いが本当なら、父大臣が、あれほどすっかり気落ちしていらして、
『子供だと名乗って出て来る人さえいないことよ。形見と思って世話する者でもせめて遺してくれ』
と、泣き焦がれていらしたのに、お知らせ申し上げないのも罪なことではないか」などと思うが、「いや、どうしてそんなことがありえよう」
と、やはり納得がゆかず、推測のしようもない。気立てまでが優しくおとなしくて、じゃれていらっしゃるので、とてもかわいらしく思われる。

 [3-3 Yugiri stares Kaoru in the face]
 Daisyau ha, kono Kimi wo "Mada e yoku mo mi nu kana!" to obosi te, mi-su no hima yori sasi-ide tamahe ru ni, hana no eda no kare te oti taru wo tori te, mise tatematuri te, maneki tamahe ba, hasiri ohasi tari.
 Huta-awi no nahosi no kagiri wo ki te, imiziu sirou hikari utukusiki koto, Miko-tati yori mo komaka ni wokasige ni te, tubu-tubu to kiyora nari. Nama-me tomaru kokoro mo sohi te mire ba ni ya, manako-wi nado, kore ha ima sukosi tuyou kado aru sama masari tare do, maziri no todime wokasiu kawore ru kesiki nado, ito yoku oboye tamahe ri.
 Kuti-tuki no, koto-sara ni hanayaka naru sama si te, uti-wemi taru nado, "Waga me no utituke naru ni ya ara m, Otodo ha kanara zu obosi-yosu ram." to, iyo-iyo mi-kesiki yukasi.
 Miya-tati ha, omohi-nasi koso kedakakere, yo no tune no utukusiki tigo-domo to miye tamahu ni, kono Kimi ha, ito ate naru mono kara, sama koto ni wokasige naru wo, mi-kurabe tatematuri tutu,
 "Ide, ahare! Mosi utagahu yuwe mo makoto nara ba, titi-Otodo no, sabakari yo ni imiziku omohi hore tama te,
 "Ko to nanori ide kuru hito dani naki koto. Katami ni miru bakari no nagori wo dani todome yo kasi."
 to, naki-kogare tamahu ni, kika se tatematura zara m tumi e gamasisa." nado omohu mo, "Ide, ikade sa ha aru beki koto zo."
 to, naho kokoro e zu, omohi-yoru kata nasi. Kokorobahe sahe natukasiu ahare ni te, muture asobi tamahe ba, ito rautaku oboyu.

 [3-4 夕霧、源氏と対話す]
対へ渡りたまひぬれば、のどやかに御物語など聞こえておはするほどに、日暮れかかりぬ。昨夜、かの一条の宮に参うでたりしに、おはせしありさまなど聞こえ出でたまへるを、ほほ笑みて聞きおはす。あはれなる昔のこと、かかりたる節々は、あへしらひなどしたまふに、
「かの想夫恋の心ばへは、げに、いにしへの例にも引き出でつべかりけるをりながら、女は、なほ、人の心移るばかりのゆゑよしをも、おぼろけにては漏らすまじうこそありけれと、思ひ知らるることどもこそ多かれ。
過ぎにし方の心ざしを忘れず、かく長き用意を、人に知られぬとならば、同じうは、心きよくて、とかくかかづらひ、ゆかしげなき乱れなからむや、誰がためも心にくく、めやすかるべきことならむとなむ思ふ」
とのたまへば、「さかし。人の上の御教へばかりは心強げにて、かかる好きはいでや」と、見たてまつりたまふ。
「何の乱れかはべらむ。なほ、常ならぬ世のあはれをかけそめはべりにしあたりに、心短くはべらむこそ、なかなか世の常の嫌疑あり顔にはべらめとてこそ。
想夫恋は、心とさし過ぎてこと出でたまはむや、憎きことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなむはべりし。
何ごとも、人により、ことに従ふわざにこそはべるべかめれ。齢なども、やうやういたう若びたまふべきほどにもものしたまはず、また、あざれがましう、好き好きしきけしきなどに、もの馴れなども1853しはべらぬに、うちとけたまふにや。おほかたなつかしうめやすき人の御ありさまになむものしたまひける」
など聞こえたまふに、いとよきついで作り出でて、すこし近く参り寄りたまひて、かの夢語りを聞こえたまへば、とみにものものたまはで、聞こしめして、思し合はすることもあり。

 [3-4 夕霧、源氏と対話す]
対へお渡りになったので、のんびりとお話など申し上げていらっしゃるうちに、日も暮れかかって来た。昨夜、あの一条宮邸に参った時に、おいでになっていたご様子などを申し上げなさったところ、ほほ笑んで聞いていらっしゃる。気の毒な故人の話、関係のある話の節々には、あいずちなどを打ちなさって、
「あの想夫恋を弾いた気持ちは、なるほど、昔の風流の例として引き合いに出してもよさそうなところであるが、女は、やはり、男が心を動かす程度の風流があっても、いい加減なことでは表わすべきではないことだと、考えさせられることが多いな。
故人への情誼を忘れず、このように末長い好意を、先方も知られたとならば、同じことなら、きれいな気持ちで、あれこれとかかわり合って、面白くない間違いを起こさないのが、どちらにとっても奥ゆかしく、世間体も穏やかなことであろうと思う」
とおっしゃるので、「そのとおりだ。他人へのお説教だけはしっかりしたものだが、このような好色の道はどうかな」と、拝見なさる。
「何の間違いがございましょう。やはり、無常の世の同情から世話をするようになりました方々に、当座だけのいたわりで終わったら、かえって世間にありふれた疑いを受けましょうと思ってです。
想夫恋は、ご自分の方から弾き出しなさったのなら、非難されることにもなりましょうが、ことのついでに、ちょっとお弾きになったのは、あの時にふさわしい感じがして、興趣がございました。
何事も、人次第、事柄次第の事でございましょう。年齢なども、だんだんと、若々しいお振る舞いが相応しいお年頃ではいらっしゃいませんし、また、冗談を言って、好色がましい態度を見せることに、馴れておりませんので、お気を許されるでしょうか。大体が優しく無難なお方のご様子でいらっしゃいました」
などと申し上げなさっているうちに、ちょうどよい機会を作り出して、少し近くに寄りなさって、あの夢のお話を申し上げなさると、すぐにはお返事をなさらずに、お聞きあそばして、お気づきあそばすことがある。

 [3-4 Yugiri talks with Genji]
 Tai he watari tamahi nure ba, nodoyaka ni ohom-monogatari nado kikoye te ohasuru hodo ni, hi kure kakari nu. Yobe, kano Itideu-no-Miya ni maude tari si ni, ohase si arisama nado kikoye ide tamahe ru wo, hohowemi te kiki ohasu. Ahare naru mukasi no koto, kakari taru husi-busi ha, ahe sirahi nado si tamahu ni,
 "Kano Sauhuren no kokorobahe ha, geni, inisihe no tamesi ni mo hiki-ide tu bekari keru wori nagara, womna ha, naho, hito no kokoro-uturu bakari no yuwe yosi wo mo, oboroke ni te ha morasu maziu koso ari kere to, omohi sira ruru koto-domo koso ohokare.
 Sugi ni si kata no kokorozasi wo wasure zu, kaku nagaki youi wo, hito ni sira re nu to nara ba, onaziu ha, kokoro kiyoku te, tokaku kakadurahi, yukasigenaki midare nakara m ya, ta ga tame mo kokoro-nikuku, meyasukaru beki koto nara m to nam omohu."
 to notamahe ba, "Sakasi. Hito no uhe no ohom-wosihe bakari ha kokoro tuyoge ni te, kakaru suki ha ide ya?" to, mi tatematuri tamahu.
 "Nani no midare ka habera m? Naho, tune nara nu yo no ahare wo kake-some haberi ni si atari ni, kokoro-mizikaku habera m koso, naka-naka yo no tune no kengi ari gaho ni habera me tote koso.
 Sauhuren ha, kokoro to sasi-sugi te koto ide tamaha m ya, nikuki koto ni habera masi, mono no tuide ni honoka nari si ha, wori kara no yosiduki te, wokasiu nam haberi si.
 Nani-goto mo, hito ni yori, koto ni sitagahu waza ni koso haberu beka'mere. Yohahi nado mo, yau-yau itau wakabi tamahu beki hodo ni mo monosi tamaha zu, mata, azare gamasiu, suki-zukisiki kesiki nado ni, mono-nare nado mo si habera nu ni, uti-toke tamahu ni ya? Ohokata natukasiu meyasuki hito no ohom-arisama ni nam monosi tamahi keru."
 nado kikoye tamahu ni, ito yoki tuide tukuri ide te, sukosi tikaku mawiri yori tamahi te, kano yume gatari wo kikoye tamahe ba, tomi ni mono mo notamaha de, kikosimesi te, obosi ahasuru koto mo ari.

 [3-5 笛を源氏に預ける]
「その笛は、ここに見るべきゆゑあるものなり。かれは陽成院の御笛なり。それを故式部卿宮の、いみじきものにしたまひけるを、かの衛門督は、童よりいと異なる音を吹き出でしに感じて、かの宮の萩の宴せられける日、贈り物に取らせたまへるなり。女の心は深くもたどり知らず、しかものしたるななり」
などのたまひて、
「末の世の伝へ、またいづ方にとかは思ひまがへむ。さやうに思ふなりけむかし」など思して、「この君もいといたり深き人なれば、思ひ寄ることあらむかし」と思す。
その御けしきを見るに、いとど憚りて、とみにもうち出で聞こえたまはねど、せめて聞かせたてまつらむの心あれば、今しもことのついでに思ひ出でたるやうに、おぼめかしうもてなして1854、
「今はとせしほどにも、とぶらひにまかりてはべりしに、亡からむ後のことども言ひ置きはべりし中に、しかしかなむ深くかしこまり申すよしを、返す返すものしはべりしかば、いかなることにかはべりけむ、今にそのゆゑをなむえ思ひたまへ寄りはべらねば、おぼつかなくはべる」
と、いとたどたどしげに聞こえたまふに、
「さればよ」
と思せど、何かは、そのほどの事あらはしのたまふべきならねば、しばしおぼめかしくて、
「しか、人の恨みとまるばかりのけしきは、何のついでにかは漏り出でけむと、みづからもえ思ひ出でずなむ。さて、今静かに、かの夢は思ひ合はせてなむ聞こゆべき。夜語らずとか1855、女房の伝へに言ふなり」
とのたまひて、をさをさ御いらへもなければ、うち出で聞こえてけるを、いかに思すにかと、つつましく思しけり、とぞ。

 [3-5 笛を源氏に預ける]
「その笛は、わたしが預からねばならない理由がある物だ。それは陽成院の御笛だ。それを故式部卿宮が大事になさっていたが、あの衛門督は、子供の時から大変上手に笛を吹いたのに感心して、故式部卿宮が萩の宴を催された日、贈り物にお与えになったものだ。女の考えで深い由緒もよく知らず、そのように与えたのだろう」
などとおっしゃって、
「子孫に伝えたいということは、また他に誰と間違えようか。そのように考えたのだろう」などとお考えになって、「この君も思慮深い人なので、気づくこともあろうな」とお思いになる。
そのご表情を見ていると、ますます遠慮されて、すぐにはお話し申し上げなされないが、せめてお聞かせ申そうとの思いがあるので、ちょうど今この機会に思い出したように、はっきり分からないふりをして、
「臨終となった折にも、お見舞いに参上いたしましたところ、亡くなった後の事を遺言されました中に、これこれしかじかと、深く恐縮申している旨を、繰り返し言いましたので、どのようなことでしょうか、今に至までその理由が分かりませんので、気に掛かっているのでございます」
と、いかにも腑に落ちないように申し上げなさるので、
「やはり知っているのだな」
とお思いになるが、どうして、そのような事柄をお口にすべきではないので、暫くは分からないふりをして、
「そのような、人に恨まれるような事は、いつしただろうかと、自分自身でも思い出す事ができないな。それはそれとして、そのうちゆっくり、あの夢の事は考えがついてからお話し申そう。夜には夢の話はしないものだとか、女房たちが言い伝えているようだ」
とおっしゃって、ろくにお返事もないので、お耳に入れてしまったことを、どのように考えていらっしゃるのかと、きまり悪くお思いであった、とか。

 [3-5 Yugiri transfer the flute to Genji]
 "Sono hue ha, koko ni miru beki yuwe aru mono nari. Kare ha Yauzei-Win no ohom-hue nari. Sore wo ko-Sikibukyau-no-Miya no, imiziki mono ni si tamahi keru wo, kano Wemon-no-Kami ha, waraha yori ito koto naru ne wo huki-ide si ni kan-zi te, kano Miya no hagi no en se rare keru hi, okurimono ni tora se tamahe ru nari. Womna no kokoro ha hukaku mo tadori sira zu, sika monosi taru na'nari."
 nado notamahi te,
 "Suwe no yo no tutahe, mata idu-kata ni to ka ha omohi magahe m. Sayau ni omohu nari kem kasi." nado obosi te, "Kono Kimi mo ito hukaki hito nare ba, omohi-yoru koto ara m kasi." to obosu.
 Sono mi-kesiki wo miru ni, itodo habakari te, tomi ni mo uti-ide kikoye tamaha ne do, semete kika se tatematura m no kokoro are ba, ima si mo koto no tuide ni omohi-ide taru yau ni, obomekasiu motenasi te,
 "Ima ha to se si hodo ni mo, toburahi ni makari te haberi si ni, nakara m noti no koto-domo ihi-oki haberi si naka ni, sika-sika nam hukaku kasikomari mausu yosi wo, kahesu gahesu monosi haberi sika ba, ika naru koto ni ka haberi kem, ima ni sono yuwe wo nam e omohi tamahe yori habera ne ba, obotukanaku haberu."
 to, ito tado-tadosige ni kikoye tamahu ni,
 "Sare ba yo!"
 to obose do, nani ka ha, sono hodo no koto arahasi notamahu beki nara ne ba, sibasi obomekasiku te,
 "Sika, hito no urami tomaru bakari no kesiki ha, nani no tuide ni ka ha mori-ide kem to, midukara mo e omohi-ide zu nam. Sate, ima siduka ni, kano yume ha omohi ahase te nam kikoyu beki. Yoru katara zu to ka, nyoubau no tutahe ni ihu nari."
 to notamahi te, wosa-wosa ohom-irahe mo nakere ba, uti-ide kikoye te keru wo, ika ni obosu ni ka to, tutumasiku obosi keri, to zo.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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