源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 夕顔の物語 夏の物語

2 空蝉の物語

3 六条の貴婦人の物語 初秋の物語

4 夕顔の物語(2) 仲秋の物語

5 空蝉の物語(2)

6 夕顔の物語(3)

7 空蝉の物語(3)

出典
校訂

1 夕顔の物語 夏の物語

2 空蝉の物語

3 六条の貴婦人の物語 初秋の物語

4 夕顔の物語(2) 仲秋の物語

5 空蝉の物語(2)

6 夕顔の物語(3)

7 空蝉の物語(3)

1 Tale of Yugao in the summer

2 Tale of Utsusemi

3 Tale of the Lady who lives in Roku-jo in the early fall

4 Tale of Yugao Yugao's death in the mid-fall

5 Tale of Utsusemi

6 Tale of Yugao

7 Tale of Utsusemi Parting from Utsusemi on the first day in the winter

 六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家尋ねておはしたり。
御車入るべき門は鎖したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、桧垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影、あまた見えて覗く。立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに丈高き心地ぞする。いかなる者の集へるならむと、やうかはりて思さる。
御車もいたくやつしたまへり、前駆も追はせたまはず、誰とか知らむとうちとけたまひて、すこしさし覗きたまへれば、門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、「何処かさして」95と思ほしなせば、玉の台も同じこと96なり。
切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。
 「遠方人にもの申す」97
 と独りごちたまふを、御隋身ついゐて、
「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける」
と申す。げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、98あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒の妻戸に這ひまつはれたるを、
「口惜しの花の契りや。一房折りて参れ」
とのたまへば、この押し上げたる門に入りて折る。
さすがに、されたる遣戸口に、黄なる生絹の単袴、長く着なしたる童の、をかしげなる出で来て、うち招く。白き扇のいたうこがしたるを、
「これに置きて参らせよ。枝も情けなげなめる花を」
とて取らせたれば、門開けて惟光朝臣出で来たるして、奉らす。
「鍵を置きまどはしはべりて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき99大路に立ちおはしまして」とかしこまり申す。
引き入れて、下りたまふ。惟光が兄の阿闍梨、婿の三河守、むすめなど、渡り集ひたるほどに、かくおはしましたる喜びを、またなきことにかしこまる。
尼君も起き上がりて、
「惜しげなき身なれど、捨てがたく思うたまへつることは、ただ、かく御前にさぶらひ、御覧ぜらるることの変りはべりなむことを口惜しく思ひたまへ、たゆたひしかど、忌むことのしるしによみがへりてなむ、かく渡りおはしますを、見たまへはべりぬれば、今なむ阿弥陀仏の御光も、心清く待たれはべるべき」
など聞こえて、弱げに泣く。
「日ごろ、おこたりがたくものせらるるを、安からず嘆きわたりつるに、かく、世を離るるさまにものしたまへば、いとあはれに口惜しうなむ。命長くて、なほ位高くなど見なしたまへ。さてこそ、九品の上にも、障りなく生まれたまはめ。この世にすこし恨み残るは、悪ろきわざとなかたほなるをだに、乳母やうの思ふべき人は、あさましうまほに見なすものを、まして、いと面立たしう、なづさひ仕うまつりけむ身も、いたはしうかたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。
子どもは、いと見苦しと思ひて、「背きぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふ」と、つきしろひ目くはす。
君は、いとあはれと思ほして、
「いはけなかりけるほどに、思ふべき人々のうち捨ててものしたまひにけるなごり、育む人あまたあるやうなりしかど、親しく思ひ睦ぶる筋は、またなくなむ思ほえし。人となりて後は、限りあれば、朝夕にしもえ見たてまつらず、心のままに訪らひ参づることはなけれど、なほ久しう対面せぬ時は、心細くおぼゆるを、『さらぬ別れはなくもがな』100」
 となむ、こまやかに語らひたまひて、おし拭ひたまへる袖のにほひも、いと所狭き101まで薫り満ちたるに、げに、よに思へば、おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと、尼君をもどかしと見つる子ども、皆うちしほたれけり。
修法など、またまた始むべきことなど掟てのたまはせて、出でたまふとて、惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて馴らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり。
「心あてにそれかとぞ見る白露の
光そへたる夕顔の花」
そこはかとなく書き紛らはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえたまふ。惟光に、
「この西なる家は何人の住むぞ。問ひ聞きたりや」
とのたまへば、例のうるさき御心とは思へども、さは申さで、
「この五、六日ここにはべれど、病者のことを思うたまへ扱ひはべるほどに、隣のことはえ聞きはべらず」
など、はしたなやかに聞こゆれば、
「憎しとこそ思ひたれな。されど、この扇の、尋ぬべきゆゑありて見ゆるを。なほ、このわたりの心知れらむ者を召して問へ」
とのたまへば、入りて、この宿守なる男を呼びて問ひ聞く。
「揚名介なる人の家になむはべりける。男は田舎にまかりて102、妻なむ若く事好みて、はらからなど宮仕人にて来通ふ、と申す。詳しきことは、下人のえ知りはべらぬにやあらむ」と聞こゆ。
「さらば、その宮仕人ななり。したり顔にもの馴れて言へるかな」と、「めざましかるべき際にやあらむ」と思せど、さして聞こえかかれる心の、憎からず過ぐしがたきぞ、例の、この方には重からぬ御心なめるかし。御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて、
「寄りてこそそれかとも見めたそかれに
ほのぼの見つる花の夕顔」
ありつる御随身して遣はす。
まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられたまへる御側目を見過ぐさで、さしおどろかしけるを、答へたまはでほど経ければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまえて、「いかに聞こえむ」など言ひしろふべかめれど、めざましと思ひて、随身は参りぬ。
御前駆の松明ほのかにて、いと忍びて出でたまふ。半蔀は下ろしてけり。隙々より見ゆる灯の光、螢よりけにほのかにあはれなり。

 御心ざしの所には、木立前栽など、なべての所に似ず、いとのどかに心にくく住みなしたまへり。うちとけぬ御ありさまなどの、気色ことなるに、ありつる垣根思ほし出でらるべくもあらずかし。
翌朝、すこし寝過ぐしたまひて、日さし出づるほどに出でたまふ。朝明の姿は、げに人のめできこえむも、ことわりなる御さまなりけり。
今日もこの蔀の前渡りしたまふ。来し方も過ぎたまひけむわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、「いかなる人の住み処ならむ」とは、往き来に御目とまりたまひけり。

 六条辺りのお忍び通いのころ、内裏からご退出なさる休息所に、大弍の乳母がひどく病んで尼になっていたのを、見舞おうとして、五条にある家を尋ねていらっしゃった。
お車が入るべき正門は鎖してあったので、供人に惟光を呼ばせて、お待ちあそばす間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この家の隣に、桧垣という物を新しく作って、上は半蔀を四、五間ほどずっと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額際の透き影が、たくさん見えて覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背丈の高い気がする。どのような者が住んでいるのだろうと、一風変わった様子にお思いになる。
お車もひどく地味になさり、先払いもおさせにならず、誰と分かろうと気をお許しなさって、少し顔を出して御覧になっていると、門は蔀のようなのを押し上げてあるが、覗き込む程もなく、ささやかな住まいを、しみじみと、「どの家を終生の宿とできようか」とお考えになってみると、玉の台も同じことである。
切懸めいた物に、とても青々とした蔓草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、白い花が、自分ひとり微笑んで咲いている。
「遠方の人にお尋ねする」
と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、
「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人並のようで、このような賎しい垣根に咲くのでございます」
と申し上げる。なるほど、とても小さい家が多くて、むさ苦しそうな界隈の、ここもかしこも、見苦しくちょっと傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這いまつわっているのを、
「気の毒な花の運命よ。一房手折ってまいれ」
とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折る。
そうは言うものの、しゃれた遣戸口に、黄色い生絹の単重袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと招く。白い扇でたいそう香を薫きしめたのを、
「これに載せて差し上げなさいね。枝も風情なさそうな花ですもの」
と言って与えたので、門を開けて惟光朝臣が出て来たのを取り次がせて、差し上げさせる。
「鍵を置き忘れまして、大変にご迷惑をお掛けいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした大路にお立ちあそばして」とお詫び申し上げる。
引き入れて、お下りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘などが、寄り集まっているところに、このようにお越しあそばされたお礼を、この上ないことと恐縮申し上げる。
尼君も起き上がって、
「惜しくもない身ですが、出家しがたく存じておりましたことは、ただ、このようにお目にかかり、御覧に入れる姿が変わってしまったことを残念に存じて、ためらっていましたが、受戒の効果があって生き返って、このようにお越しあそばしますのを、お目にかかれましたので、今は、阿彌陀のご来迎も、心残りなく待つことができましょう」
などと申し上げて、弱々しく泣く。
「いく日も、思わしくなくいらっしゃるのを、案じて心痛めていましたが、このように、出家された姿でいらっしゃると、まことに悲しく残念で。長生きをして、さらに位が高くなるのなども御覧下さい。そうしてから、九品の最上位にも、差し障りなくお生まれ変わり下さい。この世に少しでも執着が残るのは、悪いことと聞いています」など、涙ぐんでおっしゃる。
不出来な子でさえも、乳母のようなかわいがるはずの人は、あきれるくらいに完全無欠に思い込むものを、まして、まことに光栄にも、親しくお世話申し上げたわが身も、大切にもったいなく思われるようなので、わけもなく涙に濡れるのである。
子供たちは、とてもみっともないと思って、「捨てたこの世に未練あるように、ご自身から泣き顔をお目にかけていなさる」と言って、突き合い目配せし合う。
君は、とてもしみじみと感じられて、
「幼かったころに、かわいがってくれるはずの方々が亡くなってしまわれた後は、養育してくれる人々はたくさんいるようであったが、親しく甘えられる人は、他にいなく思われました。成人して後は、きまりがあるので、朝夕にもお目にかかれず、思い通りにお訪ね申すことはなかったが、やはり久しくお会いしない時は、心細く思われましたが、『避けられない別れなどはあってほしくないものだ』と思われます」
などと、じっくりとお話なさって、お拭いになる袖の匂いも、とても辺り狭しと薫り満ちているので、なるほど、考えてみれば、並々の人でないご運命であったと、尼君を非難がましく見ていた子供たちも、皆涙ぐんだ。
修法など、重ねて始めるべき事などをお命じあそばして、お立ちになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、先程の扇を御覧になると、使い慣らした移り香が、とても深く染み込んで慕わしくて美しく書き流してある。
「当て推量に貴方さまでしょうと思います
白露の光を加えて美しい夕顔の花は」
誰とも分からないように書き紛らわしているのも、上品に教養が見えるので、とても意外に、興味を惹かれなさる。惟光に、
「この西にある家は、何者が住むのか。尋ね聞いているか」
とお尋ねになると、いつもの厄介なお癖とは思うが、そうは申さず、
「この五、六日ここにおりますが、病人のことを心配して看護しております時なので、隣のことは聞けません」
などと、無愛想に申し上げるので、
「憎らしいと思っているな。けれど、この扇の、尋ねねばならない理由がありそうに思われるのを。やはり、この界隈の事情を知っている者を呼んで尋ねよ」
とおっしゃると、入って行って、この家守である男を呼んで尋ね聞く。
「揚名介である人の家だそうでございました。男は田舎に下向して、妻は若く派手好きで、姉妹などが宮仕え人として行き来している、と申します。詳しいことは、下人にはよく分からないのでございましょう」と申し上げる。
「では、その宮仕人というようだ。得意顔に物慣れて詠みかけてきたものよ」と、「きっと興覚めしそうな身分ではなかろうか」とお思いになるが、名指して詠みかけてきた気持ちが、憎からず過ごしがたいのが、例によって、こういった方面には、重々しくないご性分なのであろう。御畳紙にすっかり別筆にお書きになって、
「もっと近寄って誰ともはっきり見たらどうでしょう
黄昏時にぼんやりと見えた花の夕顔を」
先程の御随身をお遣わしになる。
まだ見たことのないお姿であったが、まことにはっきりと推察されなさるおん横顔を見過ごさないで、さっそく詠みかけたのに、返歌をなさらないで時間が過ぎたので、何となく体裁悪く思っていたところに、このようにわざわざ来たというふうだったので、いい気になって、「何と申し上げよう」などと言い合っているようだが、生意気なと思って、随身は帰参した。
御前駆の松明が弱く照らして、とてもひっそりとお出になる。半蔀は下ろしてあった。隙間隙間から見える灯火の明りは、螢よりもさらに微かで哀れである。

 お目当ての所では、木立や前栽などが、世間一般の所と違い、とてもゆったりと奥ゆかしく住んでいらっしゃる。気の置けるご様子などが、他の人とは格別なので、先程の垣根はお思い出されるはずもない。
翌朝、少しお寝過ごしなさって、日が差し出るころにお帰りになる。朝帰りの姿は、なるほど、人がお褒め申し上げるようなのも、もっともであるご様子なのであった。
今日もこの半蔀の前をお通り過ぎになる。今までにも通り過ぎなさった辺りであるが、わずかちょっとしたことでお気持ちを惹かれて、「どのような人の住んでいる家なのだろう」と思っては、行き帰りにお目が止まるのであった。

 1 Tale of Yugao in the summer [1-1 Genji calls on his foster-mother who lives in Go-jo]
 Roku-deu watari no ohom-sinobi ariki no koro, Uti yori makade tamahu naka-yadori ni, Daini-no-Menoto no itaku wadurahi te ama ni nari ni keru, toburaha m to te, Go-deu naru ihe tadune te ohasi tari.
 Mi-kuruma iru beki kado ha sasi tari kere ba, hito si te Koremitu mesa se te, mata se tamahi keru hodo, mutukasi-ge naru oho-di no sama wo mi-watasi tamahe ru ni, kono ihe no katahara ni, higaki to ihu mono atarasiu si te, kami ha hazitomi si, go- kem bakari age-watasi te, sudare nado mo ito sirou suzusi-ge naru ni, wokasiki hitahi-tuki no suki-kage, amata miye te nozo ku. Tati-samayohu ram simo-tu-kata omoi-yaru ni, anagati ni take takaki kokoti zo suru. Ika naru mono no tudohe ru nara m to, yau kahari te obosa ru.
Mi-kuruma mo itaku yatusi tamahe ri, saki mo oha se tamaha zu, tare to ka sira m to uti-toke tamahi te, sukosi sasi-nozoki tamahe re ba, kado ha sitomi no yau naru, osi-age taru, mi-ire no hodo naku, mono hakanaki sumahi wo, ahare ni, "Iduko ka sasi te" to omohosi-nase ba, tama no utena mo onazi koto nari.
 Kirikake-datu mono ni, ito awo-yaka naru kadura no kokoti-yoge ni hahi-kakare ru ni, siroki hana zo, onore hitori wemi no mayu hirake taru.
 "Oti-kata-bito ni mono mausu."
 to hitori-goti tamahu wo, mi-zuizin tui-wi te,
 "Kano siroku sake ru wo nam, yuhu-gaho to mausi haberu. Hana no na ha hito-meki te, kau ayasiki kakine ni nam saki haberi keru."
 to mausu. Geni ito ko-ihe-gati ni, mutukasi-ge naru watari no, kono-mo kano-mo, ayasiku uti-yorobohi te, mune-munesikara nu noki no tuma nado ni hahi-matuhare taru wo,
 "Kutiwosi no hana no tigiri ya! Hito-husa wori te mawire!"
 to notamahe ba, kono osi-age taru kado ni iri te woru.
 Sasuga ni, sare taru yarido-guti ni, ki naru suzusi no hitohe-bakama, nagaku ki-nasi taru waraha no, wokasi-ge naru ide-ki te, uti-maneku. Siroki ahugi no itau kogasi taru wo,
 "Kore ni oki te mawira se yo! Eda mo nasake-nage na'meru hana wo."
 tote tora se tare ba, kado ake te Koremitu-no-Asom ide-ki taru si te, tatematura su.
 "Kagi wo oki madohasi te, ito hu-bin naru waza nari ya! Mono no ayame mi tamahe waku beki hito mo habera nu watari nare do, raugahasiki oho-di ni tati ohasi masi te." to kasikomari mausu.
 Hiki-ire te, ori tamahu. Koremitu ga ani no Azari, muko no Mikaha-no-Kami, musume nado, watari tudohi taru hodo ni, kaku ohasimasi taru yorokobi wo, mata naki koto ni kasikomaru.
 Ama-Gimi mo oki-agari te,
 "Wosi-ge naki mi nare do, sute-gataku omou tamahe turu koto ha, tada, kaku o-mahe ni saburahi, go-ran-ze raruru koto no kahari haberi na m koto wo kuti-wosiku omohi tamahe, tayutahi sika do, imu koto no sirusi ni yomigaheri te nam, kaku watari ohasimasu wo, mi tamahe haberi nure ba, ima nam Amida-Hotoke no ohom-hikari mo kokoro kiyoku mata re haberu beki."
 nado kikoye te, yowa-ge ni naku.
 "Hi-goro, okotari-gataku monose raruru wo, yasukara zu nageki watari turu ni, kaku, yo wo hanaruru sama ni monosi tamae ba, ito ahare ni kuti-wosiu nam. Inoti nagaku te, naho kurawi takaku nado mi-nasi tamahe! Sate koso, koko-no-sina no kami ni mo, sahari naku umare tamaha me! Konoyo ni sukosi urami nokoru ha, waroki waza to nam kiku."
 nado, namida-gumi te notamahu.
 Kataho naru dani, menoto yau no omohu beki hito ha, asamasiu maho ni mi-nasu mono wo, masite ito omo-datasiu, nadusahi tukau-maturi kem mi mo, itahasiu katazikenaku omohoyu beka'mere ba, suzuro-ni namida-gati nari.
 Kodomo ha, ito migurusi to omohi te, "Somuki nuru yo no sari-gataki yau ni, midukara hisomi go-ran-ze rare tamahu" to, tuki-sirohi me-kuhasu.
 Kimi ha, ito ahare to omohosi te,
 "Ihakenakari keru hodo ni, omohu beki hito-bito no uti-sute te monosi tamahi ni keru nagori, hagukumu hito amata aru yau nari sika do, sitasiku omohi mutuburu sudi ha, mata naku nam omohoye si. Hito to nari te noti ha, kagiri are ba, asa-yuhu ni si mo e mi tatematura zu, kokoro no mama ni toburahi mauduru koto ha nakere do, naho hisasiu taimen se nu toki ha, kokoro-bosoku oboyuru wo, 'Sara nu wakare ha naku mo gana.'"
  to nam, komayaka ni katarahi tamahi te, osi-nogohi tamahe ru sode no nihohi mo, ito tokoro-seki made kawori-miti taru ni, geni, yo ni omohe ba, osinabe tara nu hito no mi-sukuse zo kasi to, Ama-Gimi wo modokasi to mi turu kodomo, mina uti-sihotare keri.
 Zuhohu nado, mata mata hazimu beki koto nado okite notamahase te, ide tamahu tote, Koremitu ni sisoku mesi te, ari turu ahugi go-ran-zure ba, mote-narasi taru uturi-ga, ito simi hukau natukasiku te, wokasiu susami kaki tari.
 "Kokoro-ate ni sore ka to zo miru sira-tuyu no
 hikari sohe taru yuhu-gaho no hana
"
 Sokohakatonaku kaki magirahasi taru mo, atehaka ni yuwe-duki tare ba, ito omohi no hoka ni, wokasiu oboye tamahu. Koremitu ni,
 "Kono nisi naru ihe ha nani-bito no sumu zo? Tohi-kiki tari ya?"
 to notamahe ba, rei no urusaki mi-kokoro to ha omohe do mo, sa ha mausa de,
 "Kono go, roku-niti koko ni habere do, bauza no koto wo omou tamahe atukahi haberu hodo ni, tonari no koto ha e kiki habera zu."
 nado, hasitanayaka ni kikoyure ba,
 "Nikusi to koso omohi tare na. Saredo, kono ahugi no, tadunu beki yuwe ari te miyuru wo. Naho, kono watari no kokoro sire ram mono wo mesi te tohe."
 to notamahe ba, iri te, kono yado-mori naru wonoko wo yobi te, tohi-kiku.
 "Yaumei-no-Suke naru hito no ihe ni nam haberi keru. Wotoko ha winaka ni makari te, me nam wakaku koto konomi te, harakara nado miya-dukahe-bito ni te ki- kayohu,to mausu. Kuhasiki koto ha, simo-bito no e siri habera nu ni ya a'ram." to kikoyu.
 "Saraba, sono miya-dukahe-bito na'nari. Sitari-gaho ni mono nare te ihe ru kana" to, "Mezamasikaru beki kiha ni ya a'ram" to obose do, sasite kikoye kakare ru kokoro no, nikukara zu sugusi-gataki zo, rei no, kono kata ni ha omokara nu mi-kokoro na'meru kasi. Ohom-tataugami ni itau ara nu sama ni kaki-kahe tamahi te,
 "Yori te koso sore ka to mo mi me tasokare ni
 hono-bono mi turu hana no yuhu-gaho
"
 Arituru mi-zuizin site tukahasu.
 Mada mi nu ohom-sama nari kere do, ito siruku omohi aterare tamahe ru ohom-sobame wo mi-sugusa de sasi-odorokasi keru wo, irahe tamaha de hodo he kere ba, nama-hasitanaki ni, kaku wazato-mekasi kere ba, amaye te, "Ika ni kikoye m?" nado ihi-sirohu beka'mere do, mezamasi to omohi te, zuizin ha mawiri nu.
 Ohom-saki no matu honoka ni te, ito sinobi te ide tamahu. Hazitomi ha orosi te keri. Hima-hima yori miyuru hi no hikari, hotaru yori keni honoka ni ahare nari.

 Mi-kokorozasi no tokoro ni ha, kodati sensai nado, nabete no tokoro ni ni zu, ito nodoka ni kokoro-nikuku sumi-nasi tamahe ri. Uti-toke nu ohom-arisama nado no, kesiki koto naru ni, arituru kakine omohosi ide raru beku mo ara zu kasi.
 Tutomete, sukosi ne-sugusi tamahi te, hi sasi-iduru hodo ni ide tamahu. Asake no sugata ha, geni hito no mede kikoye m mo kotowari naru ohom-sama nari keri.
 Kehu mo kono sitomi no mahe-watari si tamahu. Kisi-kata mo sugi tamahi kem watari nare do, tada hakanaki hito-husi ni mi-kokoro tomari te, "Ika naru hito no sumika nara m?" to ha, yuki-ki ni ohom-me tomari tamahi keri.

 惟光、日頃ありて参れり。
「わづらひはべる人、なほ弱げにはべれば、とかく見たまへ103あつかひてなむ」
など、聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。
「仰せられしのちなむ、隣のこと知りてはべる者、呼びて問はせはべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。『いと忍びて、五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど、その人とは、さらに家の内の人にだに知らせず』となむ申す。時々、中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの透影見えはべり。褶だつもの、かごと104ばかり引きかけて、かしづく人はべるなめり。昨日、夕日のなごりなくさし入りてはべりしに、文書くとてゐてはべりし人の、顔こそいとよくはべりしか。もの思へるけはひして、ある人々も忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見えはべる」
と聞こゆ。君うち笑みたまひて、「知らばや」と思ほしたり。
おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御よはひのほど、人のなびきめできこえたるさまなど思ふには、好きたまはざらむも、情けなくさうざうしかるべしかし、人のうけひかぬほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、このましうおぼゆるものを、と思ひをり。
「もし、見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、消息など遣はしたりき。書き馴れたる手して、口とく返り事などしはべりき。いと口惜しうはあらぬ若人どもなむはべるめる」
と聞こゆれば、
「なほ言ひ寄れ。尋ね寄らでは、さうざうしかりなむ」とのたまふ。
かの、下が下と、人の思ひ捨てし住まひなれど、その中にも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。

 惟光、数日して参上した。
「患っております者が、依然として弱そうでございましたので、いろいろと看病いたしておりまして」
などと挨拶申し上げて、近くに上って申し上げる。
「お尋ねになられました後に、隣のことを知っております者を、呼んで尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。『ごく内密に、五月のころからおいでの方があるようですが、誰それとは、全然その家の内の人にさえ知らせません』と申します。時々、中垣から覗き見しますと、なるほど、若い女たちの透き影が見えます。褶めいた物を、申しわけ程度にひっかけて、仕える主人がいるようでございます。昨日、夕日がいっぱいに射し込んでいました時に、手紙を書こうとして座っていました人の顔が、とてもようございました。憂えに沈んでいるような感じがして、側にいる女房たちも涙を隠して泣いている様子などが、はっきりと見えました」
と申し上げる。君はにっこりなさって、「知りたいものだ」とお思いになった。
声望こそ重々しいはずのご身分であるが、ご年齢のほど、人が追従しお褒め申し上げている様子などを考えると、興味をお感じにならないのも、風情がなくきっと物足りない気がするだろうが、人が承知しない身分でさえ、やはり、相当な人のことには、興味をそそられるものだから、と思っている。
「もしや、拝見いたすこともありましょうかと、ちょっとした機会を作って、恋文などを出してみました。書きなれている筆跡で、素早く返事など寄こしました。たいして悪くはない若い女房たちがいるようでございます」
と申し上げると、
「さらに近づけ。突き止めないでは、物足りない気がする」とおっしゃる。
あの、下層の最下層だと、人が見下した住まいであるが、その中にも、意外に結構なのを見つけたらばと、珍しくお思いになるのであった。

 [1-2 After several days]
 Koremitu, hi-goro ari te mawire ri.
 "Wazurahi haberu hito, naho yowa-ge ni habere ba, tokaku mi tamahe atukahi te nam."
 nado, kikoye te, tikaku mawiri yori te kikoyu.
 "Ohose rare si noti nam, tonari no koto siri te haberu mono yobi te, toha se haberi sika do, haka-bakasiku mo mausi habera zu. 'Ito sinobi te Sa-tuki no korohohi yori monosi tamahu hito nam aru bekere do, sono hito to ha, sarani ihe no uti no hito ni dani sira se zu' to nam mausu. Toki-doki naka-gaki no kaimami si haberu ni, geni wakaki womna-domo no suki-kage miye haberi. Sibira-datu mono, kagoto bakari hiki-kake te, kasiduku hito haberu na'meri. Kinohu, yuhu-hi no nagori naku sasi-iri te haberi si ni, humi kaku to te wi te haberi si hito no, kaho koso ito yoku haberi sika. Mono-omohe ru kehahi si te, aru hito-bito mo sinobi te uti-naku sama nado nam, siruku miye haberu."
 to kikoyu. Kimi uti-wemi tamahi te, "Sira baya!" to omohosi tari.
 Oboye koso omokaru beki ohom-mi no hodo nare do, ohom-yohahi no hodo, hito no nabiki mede kikoye taru sama nado omohu ni ha, suki tamaha zara m mo, nasake naku sau-zausikaru besi kasi, hito no uke-hika nu hodo ni te dani, naho, sa'ri nu beki atari no koto ha, konomasiu oboyuru mono wo, to omohi wori.
 "Mosi, mi tamahe uru koto mo ya haberu to, hakanaki tuide tukuri-ide te, seusoko nado tukahasi tari ki. Kaki-nare taru te si te, kuti-toku kaheri-goto nado si haberi ki. Ito kuti-wosiu ha ara nu waka-udo-domo nam haberu meru"
 to kikoyure ba,
 "Naho, ihi-yore! tadune-yora de ha, sau-zausikari na m" to notamahu.
 Kano, simo ga simo to, hito no omohi sute si sumahi nare do, sono naka ni mo, omohi no hoka ni kuti-wosikara nu wo mituke tara ba to, medurasiku omohosu nari keri.

 さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人には違ひて思すに、おいらかならましかば、心苦しき過ちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬ折なし。かやうの並々までは思ほしかからざりつるを、ありし「雨夜の品定め」の後、いぶかしく思ほしなる品々あるに、いとど隈なくなりぬる御心なめりかし。
うらもなく待ちきこえ顔なる片つ方人を、あはれと思さぬにしもあらねど、つれなくて聞きゐたらむことの恥づかしければ、「まづ、こなたの心見果てて」と思すほどに、伊予介上りぬ。
まづ急ぎ参れり。舟路のしわざとて、すこし黒みやつれたる旅姿、いとふつつかに心づきなし。されど、人もいやしからぬ筋に、容貌などねびたれど、きよげにて、ただならず、気色よしづきてなどぞありける。
国の物語など申すに、「湯桁はいくつ」と、問はまほしく思せど、あいなくまばゆくて、御心のうちに思し出づることもさまざまなり。
「ものまめやかなる大人を、かく思ふも、げにをこがましく、うしろめたきわざなりや。げに、これぞ、なのめならぬ片はなべかり105ける」と、馬頭の諌め思し出でて、いとほしきに、「つれなき心はねたけれど、人のためは、あはれ」と思しなさる。
「娘をばさるべき人に預けて、北の方をば率て下りぬべし」と、聞きたまふに、ひとかたならず心あわたたしくて、「今一度はえあるまじきことにや」と、小君を語らひたまへど、人の心を合せたらむことにてだに、軽らかにえしも紛れたまふまじきを、まして、似げなきことに思ひて、今さらに見苦しかるべし、と思ひ離れたり。
さすがに、絶えて思ほし忘れなむことも、いと言ふかひなく、憂かるべきことに思ひて、さるべき折々の御答へなど、なつかしく聞こえつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに、目とまるべきふし加へなどして、あはれと思しぬべき人のけはひなれば、つれなくねたきものの、忘れがたきに思す。
いま一方は、主強くなるとも、変らずうちとけぬべく見えしさまなるを頼みて、とかく聞きたまへど、御心も動かずぞありける。

 ところで、あの空蝉のあきれるほど冷淡だったのを、世間一般の女性とは違ってお思いになると、素直であったならば、気の毒な過ちをしたと思ってやめられようが、まことに悔しく、振られて終わってしまいそうなのが、気にならない時がない。このような並々の女性までは、お思いにならなかったのだが、先日の「雨夜の品定め」の後は、興味をお持ちになった階層階層があることによって、ますます残る隈なくご関心をお持ちになった方のようであるよ。
疑いもせずにお待ち申しているらしいもう一人の女を、いじらしいとお思いにならないわけではないが、何くわぬ顔で聞いていたろうことが恥ずかしいので、「まずは、この女の気持ちを見定めてから」とお思いになっているうちに、伊予介が上京した。
まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とても野暮くさくて気に入らない。けれど、人品も相当な血筋で、容貌などは年はとっているが、小綺麗で、人並優れて品格や趣向などがそなわっているのであった。
任国の話などを申す時に、「湯桁はいくつ」と、お尋ねしたくお思いになるが、わけもなく正視できなくて、お心の中に思い出されることもさまざまである。
「実直な年配者を、このように思うのも、いかにも馬鹿らしく後ろ暗いことであるよ。いかにも、これが、尋常ならざる不埒なことだった」と、左馬頭の忠告をお思い出しになって、気の毒なので、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」とお考え直しになる。
「娘を適当な人に縁づけて、北の方を連れて下るつもりだ」と、お聞きになると、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、「もう一度逢えないものか」と、小君に相談なさるが、相手が同意したようなことでさえ、軽々とお忍びになるのは難しいのに、まして、不釣り合いな関係と思って、今さら見苦しかろうと、思い絶っている。
そうは言っても、すっかりお忘れになられることも、まことにつまらなく、嫌にちがいないことと思って、適当な折々のお返事など、親しく度々差し上げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌は、不思議とかわいらしげに、お目に止まるようなことを書き加えなどして、恋しく思わずにはいられない人の様子なので、冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人とお思いになっている。
もう一人は、夫がしっかりできても、変わらず心を許しそうに見えたのを当てにして、いろいろとお聞きになるが、お心も動かさないのであった。

 2 Tale of Utsusemi [2-1 Utsusemi's husband comes up to Kyoto from Iyo]
 Sate, kano Utusemi no asamasiku turenaki wo, konoyo no hito ni ha tagahi te obosu ni, oyiraka nara masika ba, kokoro-gurusiki ayamati ni te mo yami nu beki wo, ito netaku, make te yami na m wo, kokoro ni kakara nu wori nasi. Kayau no nami-nami made ha omohosi kakara zari turu wo, arisi "Ama-yo no sina-sadame" no noti, ibukasiku omohosi naru sina-zina aru ni, itodo kuma-naku nari nuru mi-kokoro na'meri kasi.
 Ura mo naku mati kikoye gaho naru katatu kata-bito wo, ahare to obosa nu ni si mo ara ne do, turenaku te kiki wi tara m koto no hadukasikere ba, "Madu, konata no kokoro mi-hate te" to obosu hodo ni, Iyo-no-Suke nobori nu.
 Madu isogi mawire ri. Huna-miti no siwaza tote, sukosi kuromi yature taru tabi sugata, ito hututuka ni kokorodukinasi. Saredo, hito mo iyasikara nu sudi ni, katati nado nebitare do, kiyo-ge ni te, tada nara zu, kesiki yosi-duki te nado zo ari keru.
 Kuni no monogatari nado mausu ni, "Yugeta ha iku-tu?" to, toha mahosiku obose do, ahinaku mabayuku te, mi-kokoro no uti ni obosi iduru koto mo sama-zama nari.
 "Mono mame-yaka naru otona wo, kaku omohu mo, geni wokogamasiku, usiro metaki waza nari ya. Geni, kore zo, nanome nara nu kata ha na'bekari keru." to, Uma-no-Kami no isame obosi-ide te, itohosiki ni, "Turenaki kokoro ha netakere do, hito no tame ha, ahare" to obosi nasa ru.
 "Musume wo ba saru beki hito ni aduke te, Kita-no-Kata wo ba wi te kudari nu besi" to, kiki tamahu ni, hitokata nara zu kokoro awatatasiku te, "Ima hito-tabi ha e aru maziki koto ni ya?" to, Ko-Gimi wo katarahi tamahe do, hito no kokoro wo ahase tara m koto ni te dani, karoraka ni e si mo magire tamahu maziki wo, masite, nigenaki koto ni omohi te, imasara ni migurusikaru besi, to omohi hanare tari.
 Sasuga ni, taye te omohosi wasure na m koto mo, ito ihu-kahi naku, ukaru beki koto ni omohi te, saru beki wori-wori no ohom-irahe nado, natukasiku kikoye tutu, nage no hude-dukahi ni tuke taru koto-no-ha, ayasiku rauta-ge ni, me tomaru beki husi kuhahe nado si te, ahare to obosi nu beki hito no kehahi nare ba, turenaku netaki mono no, wasure gataki ni obosu.
 Ima hito-kata ha, nusi tuyoku naru to mo, kahara zu uti-toke nu beku miye si sama naru wo tanomi te, tokaku kiki tamahe do, mi-kokoro mo ugoka zu zo ari keru.

 秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしに思し乱るることどもありて、大殿には、絶え間置きつつ、恨めしくのみ思ひ聞こえたまへり。
六条わたりにも、とけがたかりし御気色をおもむけ聞こえたまひて後、ひき返し、なのめならむはいとほしかし。されど、よそなりし御心惑ひのやうに、あながちなる事はなきも、いかなることにかと見えたり。
女は、いとものをあまりなるまで、思ししめたる御心ざまにて、齢のほども似げなく、人の漏り聞かむに、いとどかくつらき御夜がれの寝覚め寝覚め、思ししをるること、いとさまざまなり。
霧のいと深き朝、いたくそそのかされたまひて、ねぶたげなる気色に、うち嘆きつつ出でたまふを、中将のおもと、御格子一間上げて、見たてまつり送りたまへ、と思しく、御几帳引きやりたれば、御頭もたげて見出だしたまへり。
前栽の色々乱れたるを、過ぎがてにやすらひたまへるさま、げにたぐひなし。廊の方へおはするに、中将の君、御供に参る。紫苑色の折にあひたる、羅の裳、鮮やかに引き結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり。
見返りたまひて、隅の間の高欄に、しばし、ひき据ゑたまへり。うちとけたらぬもてなし、髪の下がりば、めざましくも、と見たまふ。
「咲く花に移るてふ名はつつめども
折らで過ぎ憂き今朝の朝顔
いかがすべき」
とて、手をとらへたまへれば、いと馴れてとく、
「朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて
花に心を止めぬとぞ見る」
と、おほやけごとにぞ聞こえなす。
をかしげなる侍童の、姿このましう、ことさらめきたる、指貫の106裾、露けげに、花の中に混りて、朝顔折りて参るほどなど、絵に描かまほしげなり。
大方に、うち見たてまつる人だに、心とめたてまつらぬはなし。物の情け知らぬ山がつも、花の蔭には、なほやすらはまほしきにや、この御光を見たてまつるあたりは、ほどほどにつけて、我がかなしと思ふ女を、仕うまつらせばやと願ひ、もしは、口惜しからずと思ふ妹など持たる人は、卑しきにても、なほ、この御あたりにさぶはせむと、思ひ寄らぬはなかりけり。
まして、さりぬべきついでの御言の葉も、なつかしき御気色を見たてまつる人の、すこし物の心思ひ知るは、いかがはおろかに思ひきこえむ。明け暮れうちとけてしもおはせぬを、心もとなきことに思ふべかめり。

 秋にもなった。誰のせいからでもなく、自ら求めて物思いに心を尽くされることどもがあって、大殿には、と絶えがちなので、恨めしくばかりお思い申し上げていらっしゃった。
六条辺りの御方にも、気の置けたころのご様子をお靡かせ申し上げてから後は、うって変わって、通り一遍な扱いのようなのは、お気の毒である。けれど、他人でいたころのご執心のように、無理無体なことがないのも、どうしたことかと思われた。
女は、たいそう何事も度を越すほど、お思い詰めなさるご性格なので、年齢も釣り合わず、人が漏れ聞いたら、ますますこのような辛い訪れない夜な夜なの寝覚めを、お悩み悲しまれることが、とてもあれこれと多いのである。
霧の大層深い朝、ひどく急かされなさって、眠そうな様子で、溜息をつきながらお出になるのを、中将のおもとが、御格子を一間上げて、お見送りなさいませ、という心遣いらしく、御几帳を引き開けたので、御頭をもち上げて御覧になった。
前栽が色とりどりに咲き乱れているのを、行き過ぎにくそうにためらっていらっしゃる姿が、なるほど二人といない。廊の方へいらっしゃる時に、中将の君が、お供申し上げる。紫苑色で、季節に適った羅の裳、くっきりと結んだ腰つきは、物柔らかで優美である。
見返りなさって、隅の間の高欄に、少しの間、お座らせなさった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事な、と御覧になる。
「咲いている花に心を移したという風評は憚られますが
やはり手折らずには行き過ごしがたい今朝の朝顔の花です
どうしよう」
と言って、手を捉えなさると、まことに馴れたふうに素早く、
「朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので
朝顔の花に心を止めていないものと思われます」
と、主人のことにしてお返事申し上げる。
かわいらしい童女で、姿が目安く、格別の格好をしている、指貫の裾を、露っぽく濡らし、花の中に入り混じって、朝顔を手折って差し上げるところなど、絵に描きたいほどである。
通り一遍に、ちょっと拝見する人でさえ、心を止め申さない者はない。物の情趣を解さない山賎も、花の下では、やはり休息したいものなのであろうか、このお美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はいなかった。
まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。一日中くつろいだご様子でおいでにならないのを、物足りないことと思うようである。

 3 Tale of the Lady who lives in Roku-jo in the early fall [3-1 Return from Roku-jo in the thick morning fog]
 Aki ni mo nari nu. Hito-yari nara-zu, kokoro-dukusi ni obosi midaruru koto-domo ari te, Oho-tono ni ha, taye-ma oki tutu, uramesiku nomi omohi kikoye tamahe ri.
 Roku-deu watari ni mo, toke gatakari si mi-kesiki wo omomuke kikoye tamahi te noti, hiki kahesi, nanome nara m ha itohosi kasi. Saredo, yoso nari si mi-kokoro madohi no yau ni, anagati naru koto ha naki mo, ikanaru koto ni ka to miye tari.
 Womna ha, ito mono wo amari naru made, obosi sime taru mi-kokoro-zama ni te, yohahi no hodo mo nigenaku, hito no mori-kika m ni, itodo kaku turaki ohom-yogare no ne-zame ne-zame, obosi siworuru koto, ito sama-zama nari.
 Kiri no ito hukaki asita, itaku sosonokasa re tamahi te, nebuta-ge naru kesiki ni, uti-nageki tutu ide tamahu wo, Tiuzyau-no-Omoto, mi-kausi hito-ma age te, mi tatematuri okuri tamahe, to obosiku, mi-kityau hiki-yari tare ba, mi-gusi motage te mi-idasi tamahe ri.
 Sensai no iro-iro midare taru wo, sugi-gate ni yasurahi tamahe ru sama, geni taguhi nasi. Rau no kata he ohasuru ni, Tiuzyau-no-Kimi, ohom-tomo ni mawiru. Siwon-iro no wori ni ahi taru, usu-mono no mo, azayaka ni hiki-yuhi taru kosi-tuki, tawoyaka ni, namameki tari.
 Mi-kaheri tamahi te, sumi no ma no kauran ni, sibasi, hiki-suwe tamahe ri. Uti-toke tara nu motenasi, kami no sagariba, mezamasiku mo, to mi tamahu.
 "Saku hana ni uturu-tehu na ha tutume do mo
 wora de sugi uki kesa no asa-gaho

 Ikaga su beki?"
 tote, te wo torahe tamahe re ba, ito nare te toku,
 "Asa-giri no hare-ma mo mata nu kesiki ni te
 hana ni kokoro wo tome nu to zo miru
"
 to, ohoyake-goto ni zo kikoye-nasu.
 Wokasi-ge naru saburahi-waraha no, sugata konomasiu, kotosarameki taru, sasinuki no suso, tuyu-ke-ge ni, hana no naka ni maziri te, asa-gaho wori te mawiru hodo nado, we ni kaka mahosi-ge nari.
 Ohokata ni, uti-mi tatematuru hito dani, kokoro tome tatematura nu ha nasi. Mono no nasake sira nu yamagatu mo, hana no kage ni ha, naho yasuraha mahosiki ni ya, kono ohom-hikari wo mi tatematuru atari ha, hodo-hodo ni tuke te, waga kanasi to omohu musume wo, tukau-matura se baya to negahi, mosiha, kuti-wosikara zu to omohu imouto nado mo'taru hito ha, iyasiki ni te mo, naho, kono ohom-atari ni saburahase m to, omohi yora nu ha nakari keri.
 Masite, sa'ri nu beki tuide no ohom-kotonoha mo, natukasiki mi-kesiki wo mi tatematuru hito no, sukosi mono no kokoro omohi siru ha, ikaga ha oroka ni omohi kikoye m. Ake-kure uti-toke te si mo ohase nu wo, kokoro-motonaki koto ni omohu beka'meri.

 まことや、かの惟光が預かりのかいま見は、いとよく案内見とりて申す。
「その人とは、さらにえ思ひえはべらず107。人にいみじく隠れ忍ぶる気色になむ見えはべるを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋にわたり来つつ、車の音すれば、若き者どもの覗きなどすべかめるに、この主とおぼしきも、はひわたる時はべかめる。容貌なむ、ほのかなれど、いとらうたげにはべる。
一日、前駆追ひて渡る車のはべりしを、覗きて、童女の急ぎて、『右近の君こそ、まづ物見たまへ。中将殿こそ、これより渡りたまひぬれ』と言へば、また、よろしき大人出で来て、『あなかま』と、手かくものから、『いかでさは知るぞ、いで、見む』とて、はひ渡る。打橋だつものを道にてなむ通ひはべる。急ぎ来る者は、衣の裾を物に引きかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、『いで、この葛城の神こそ、さかしうしおきたれ』と、むつかりて、物覗きの心も冷めぬめりき。『君は、御直衣姿にて、御随身どももありし。なにがし、くれがし』と数へしは、頭中将の随身、その小舎人童をなむ、しるしに言ひはべりし」など聞こゆれば、
「たしかにその車をぞ見まし」
とのたまひて、「もし、かのあはれに忘れざりし人にや」と、思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て、
「私の懸想もいとよくしおきて、案内も残るところなく見たまへおきながら、ただ、我どちと知らせて、物など言ふ若きおもとのはべるを、そらおぼれしてなむ、隠れまかり108歩く。いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどのはべるが、言誤りしつべきも言ひ紛らはして、また人なきさまを強ひてつくりはべる」など、語りて笑ふ。
「尼君の訪ひにものせむついでに、かいま見せさせよ」とのたまひけり。
かりにても、宿れる住ひのほどを思ふに、「これこそ、かの人の定め、あなづりし下の品ならめ。その中に、思ひの外にをかしきこともあらば」など、思すなりけり。
惟光、いささかのことも御心に違はじと思ふに、おのれも隈なき好き心にて、いみじくたばかりまどひ歩きつつ、しひておはしまさせ初めてけり。このほどのこと、くだくだしければ、例のもらしつ。
女、さしてその人と尋ね出でたまはねば、我も名のりをしたまはで、いとわりなくやつれたまひつつ、例ならず下り立ちありきたまふは、おろかに思されぬなるべし、と見れば、我が馬をばたてまつりて、御供に走りありく。
「懸想人のいとものげなき足もとを、見つけられてはべらむ時、からくもあるべきかな109」とわぶれど、人に知らせたまはぬままに、かの夕顔のしるべせし随身ばかり、さては、顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ、率ておはしける。「もし思ひよる気色もや」とて、隣に中宿をだにしたまはず。
女も、いとあやしく心得ぬ心地のみして、御使に人を添へ、暁の道をうかがはせ、御在処見せむと尋ぬれど、そこはことなくまどはしつつ、さすがに、あはれに見ではえあるまじく、この人の御心にかかりたれば、便なく軽々しきことと、思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。
かかる筋は、まめ人の乱るる折もあるを、いとめやすくしづめたまひて、人のとがめきこゆべきふるまひはしたまはざりつるを、あやしきまで、今朝のほど、昼間の隔ても、おぼつかなくなど、思ひわづらはれたまへば、かつは、いともの狂ほしく、さまで心とどむべきことのさまにもあらず、いみじく思ひさましたまふに、人のけはひ、いとあさましくやはらかにおほどきて、もの深く重き方はおくれて、ひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらず。いとやむごとなきにはあるまじ、いづくにいとかうしもとまる心ぞ、と返す返す思す。
いとことさらめきて、御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり110、さまを変へ、顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、人をしづめて出で入りなどしたまへば、昔ありけむものの変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ111、はた、手さぐりもしるべきわざなりければ、「誰ばかりにかはあらむ。なほこの好き者のし出でつるわざなめり」と、大夫を疑ひながら、せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひよらぬさまに、たゆまず112あざれありけば、いかなることにかと心得がたく、女方もあやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける。

 それはそうと、あの惟光の管理人の偵察は、とても詳しく事情を探ってご報告する。
「誰であるかは、まったく分かりません。世間にひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようですが、この主人と思われる女も、来る時があるようでございまして。容貌は、ぼんやりとではありますが、とてもかわいらしげでございます。
先日、先払いをして通る牛車がございましたのを、覗き見て、女童が急いで、『右近の君さま、早く御覧なさい。中将殿が、ここをお通り過ぎになってしまいます』と言うと、他に、見苦しくない女房が出て来て、『静かに』と手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか。どれ、見てみよう』と言って、渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来た者は、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、橋から落ちてしまいそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危なっかしく拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでした。『君は、直衣姿で、御随身どももいました。あの人は誰、この人は誰』と数えたのは、頭中将の随身や、その小舎人童を、証拠に言っておりました」などと申し上げると、
「確かにその車を見たのならよかったのに」
とおっしゃって、「もしや、あの愛しく忘れ難かった女であろうか」と、思いつかれるにつけても、とても知りたげなご様子を見て、
「わたしの懸想も首尾よく致して、様子もすっかり存じておりながら、ただ、同じ同輩どうしと思わせて、話しかけてくる若い近習がございますので、空とぼけたふりして、隠れて通っています。とてもうまく隠していると思って、小さい子供などのございますのが、言い間違いそうになるのも、ごまかして、別に主人のいない様子を無理に装っています」などと、話して笑う。
「尼君のお見舞いに伺った折に、垣間見させよ」とおっしゃるのであった。
一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、貶んだ下の品であろう。その中に予想外におもしろい事があったら」などと、お思いになるのであった。
惟光は、どんな些細なことでもお心に違うまいと思うが、自分も抜けめない好色人なので、大変に策を労しあちこち段取りをつけ、しゃにむにお通わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと煩わしくなるので、例によって省略した。
女を、はっきり誰とお確かめになれないので、ご自分も名乗りをなさらず、ひどくむやみに粗末な身なりをなさっては、いつもと違って直接に身を入れてお通いになるのは、並々ならぬご執心なのであろう、と考えると、自分の馬を差し上げて、お供して走りまわる。
「懸想人のひどく人げない徒ち歩き姿を、見つけられましては、辛いものですね」とこぼすが、他人に知らせなさらないこととして、あの夕顔の案内をした随身だけ、その他には、顔をまったく知られてないはずの童一人だけを、連れていらっしゃるのであった。「万一思い当たる気配もあろうか」と慮って、隣に中休みをさえなさらない。
女も、とても不審に合点がゆかない気ばかりして、お文使いに人を付けたり、払暁の道を尾行させ、お住まいを現すだろうと追跡するが、どこと分からなく晦まし晦ましして、そうは言っても、かわいく逢わないではいられず、この女がお心に掛かっているので、不都合で軽々しい行為だと、反省しては困り困り、とても頻繁にお通いになる。
このような方面では、実直な人の乱れる時もあるが、とても見苦しくなく自重なさって、人が非難申し上げるような振る舞いはなさらなかったが、不思議なまでに、今朝の間、昼間の逢わないでいる間も、逢いたくなど、お思い悩みになるので、他方では、ひどく気違いじみており、それほど熱中するに相応しいことではない、と、つとめて熱をお冷ましになるが、女の感じは、とても驚くほど従順でおっとりとして、物事に思慮深く慎重な方面は劣って、一途に子供っぽいようでいながら、男女の仲を知らないでもない。たいして高い身分ではあるまい、どこにひどくこうまで心惹かれるのだろう、と繰り返しお思いになる。
とてもわざとらしくして、ご装束も粗末な狩衣をお召しになり、姿を変え、顔も少しもお見せにならず、深夜ごろに、人の寝静まるのを待ってお出入りなどなさるので、昔あったという変化のものじみて、気味悪く嘆息されるが、男性のご様子、そうは言うものの、手触りでも分かることができたので、「いったい、どなたであろうか。やはりこの好色人が手引きして始まったことらしい」と、大夫を疑ってみるが、つとめて何くわぬ顔を装って、まったく知らない様子に、せっせと色恋に励んでいるので、どのようなことかとわけが分からず、女の方も不思議な変わった物思いをするのであった。

 4 Tale of Yugao Yugao's death in the mid-fall [4-1 Genji goes to Yugao's house]
 Makoto ya, kano Koremitu ga adukari no kaima-mi ha, ito yoku a'nai mi-tori te mausu.
 "Sono hito to ha, sarani e omohi e habera zu. Hito ni imiziku kakure sinoburu kesiki ni nam miye haberu wo, ture-dure naru mama ni, minami no hazitomi aru nagaya ni watari ki tutu, kuruma no oto sure ba, wakaki mono-domo no nozoki nado su beka'meru ni, kono syuu to obosiki mo, hahi-wataru toki ha'bekameru. Katati nam, honoka nare do, ito rautage ni haberu.
 Hito-hi, saki-ohi te wataru kuruma no haberi si wo, nozoki te, warahabe no isogi te, 'Ukon-no-Kimi koso, madu mono mi tamahe! Tiuzyau-dono koso, kore yori watari tamahi nure' to ihe ba, mata, yorosiki otona ide-ki te, 'Ana-kama!' to, te kaku mono kara, 'Ikade sa ha siru zo? Ide, mi m.' tote, hahi-wataru. Utihasi-datu mono wo miti ni te nam kayohi haberu. Isogi kuru mono ha, kinu no suso wo mono ni hiki-kake te, yorobohi tahure te, hasi yori mo oti nu bekere ba, 'Ide, kono Kaduraki-no-Kami koso, sakasiu si oki tare!' to, mutukari te, mono-nozoki no kokoro mo same nu meri ki. 'Kimi ha, ohom-nahosi sugata ni te, mi-zuizin-domo mo ari si. Nanigasi, kuregasi' to kazuhe si ha, Tou-no-Tiuzyau no zuizin, sono kodoneri-waraha wo nam, sirusi ni ihi haberi si." nado kikoyure ba,
 "Tasika ni sono kuruma wo zo mi masi."
 to notamahi te, "Mosi, kano ahare ni wasure zari si hito ni ya?" to, omohosi yoru mo, ito sira mahosige naru mi-kesiki wo mi te,
 "Watakusi no kesau mo ito yoku si oki te, a'nai mo nokoru tokoro naku mi tamahe oki nagara, tada, ware-doti to sirase te, mono nado ihu wakaki omoto no haberu wo, sora-obore si te nam, kakure makari ariku. Ito yoku kakusi tari to omohi te, tihisaki kodomo nado no haberu ga, koto-ayamari si tu beki mo ihi magirahasi te, mata hito naki sama wo, sihite tukuri haberu." nado, katari te warahu.
 "Ama-Gimi no toburahi ni monose m tuide ni, kaima-mi se sase yo." to notamahi keri.
 Kari ni te mo, yadore ru sumahi no hodo wo omohu ni, "Kore koso, kano hito no sadame, anaduri si simo no sina nara me. Sono naka ni, omohi no hoka ni wokasiki koto mo ara ba" nado, obosu nari keri.
 Koremitu, isasaka no koto mo mi-kokoro ni tagaha zi to omohu ni, onore mo kuma naki suki-gokoro ni te, imiziku tabakari madohi ariki tutu, sihite ohasimasa se some te keri. Kono hodo no koto, kuda-kudasikere ba, rei no morasi tu.
 Womna, sasite sono hito to tadune ide tamaha ne ba, ware mo nanori si tamaha de, ito warinaku yature tamahi tutu, rei nara zu ori-tati ariki tamahu ha, oroka ni obosa re nu naru besi, to mire ba, waga mma wo ba tatematuri te, ohom-tomo ni hasiri ariku.
 "Kesau-bito no ito monogenaki asi-moto wo, mituke rare te habera m toki, karaku mo aru beki kana!" to wabure do, hito ni sirase tamaha nu mama ni, kano yuhu-gaho no sirube se si zuizin bakari, sate ha, kaho muge ni siru maziki waraha, hitori bakari zo, wi te ohasi keru. "Mosi omohi yoru kesiki mo ya" tote, tonari ni naka-yadori wo dani si tamaha zu.
 Womna mo, ito ayasiku kokoro e nu kokoti nomi si te, ohom-tukahi ni hito wo sohe, akatuki no miti wo ukagaha se, ohom-arika mise m to tadunure do, sokohakatonaku madohasi tutu, sasuga ni, ahare ni mi de ha e aru maziku, kono hito no mi-kokoro ni kakari tare ba, bin naku karo-garosiki koto to, omohosi kahesi wabi tutu, ito siba-siba ohasimasu.
 Kakaru sudi ha, mame-bito no midaruru wori mo aru wo, ito meyasuku sidume tamahi te, hito no togame kikoyu beki hurumahi ha si tamaha zari turu wo, ayasiki made, kesa no hodo, hiruma no hedate mo, obotukanaku nado, omohi waduraha re tamahe ba, katu ha, ito mono-guruhosiku, sa made kokoro todomu beki koto no sama ni mo ara zu, imiziku omohi samasi tamahu ni, hito no kehahi, ito asamasiku yaharaka ni ohodoki te, mono hukaku omoki kata ha okure te, hitaburu ni wakabi taru mono kara, yo wo mada sira nu ni mo ara zu. Ito yamgotonaki ni ha aru mazi, iduku ni ito kau si mo tomaru kokoro zo, to kahesu-gahesu obosu.
 Ito kotosara meki te, ohom-sauzoku wo mo yature taru kari no ohom-zo wo tatematuri, sama wo kahe, kaho wo mo hono mise tamaha zu, yo-bukaki hodo ni, hito wo sidume te ide iri nado si tamahe ba, mukasi ari kem mono-no-henge meki te, utate omohi nageka rure do, hito no ohom-kehahi, hata, tesaguri mo siru beki waza nari kere ba, "Tare bakari ni ka ha ara m? Naho kono suki-mono no si-ide turu waza na'meri." to, Taihu wo utagahi nagara, semete turenaku sirazu-gaho ni te, kakete omohi yora nu sama ni, tayuma zu azare arike ba, ikanaru koto ni ka to kokoroe gataku, womna-gata mo ayasiu tagahi taru mono omohi wo nam si keru.

 君も、「かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、いづこをはかりとか、我も尋ねむ。かりそめの隠れ処と、はた見ゆめれば、いづ方にもいづ方にも、移ろひゆかむ日を、いつとも知らじ」と思すに、追ひまどはして、なのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを、さらにさて過ぐしてむ、と思されず113。人目を思して、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、いと忍びがたく、苦しきまでおぼえたまへば、「なほ誰となくて二条院に迎へてむ。もし聞こえありて便なかるべきことなりとも、さるべきにこそは。我が心ながら、いとかく人にしむことはなきを、いかなる契りにかはありけむ」など思ほしよる。
「いざ、いと心安き所にて、のどかに聞こえむ」
など、語らひたまへば、
「なほ、あやしう。かくのたまへど、世づかぬ御もてなしなれば、もの恐ろしくこそあれ」
と、いと若びて言へば、「げに」と、ほほ笑まれたまひて、
「げに、いづれか狐なるらむな。ただはかられたまへかし」
と、なつかしげにのたまへば、女もいみじくなびきて、さもありぬべく思ひたり。「世になく、かたはなることなりとも、ひたぶるに従ふ心は、いとあはれげなる人」と見たまふに、なほ、かの頭中将の「常夏」疑はしく、語りし心ざま、まづ思ひ出でられたまへど、「忍ぶるやうこそは」と、あながちにも問ひ出でたまはず。
気色ばみて、ふと背き隠る114べき心ざまなどはなければ、「かれがれにとだえ置かむ折こそは、さやうに思ひ変ることもあらめ、心ながらも、すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ」とさへ、思しけり。

 八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋、残りなく漏りて来て、見慣らひたまはぬ住ひのさまも珍しきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賎の男の声々、目覚まして、
「あはれ、いと寒しや」
「今年こそ、なりはひにも頼むところすくなく、田舎の通ひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿こそ、聞きたまふや」
など、言ひ交はすも聞こゆ。
いとあはれなるおのがじしの営みに起き出でて、そそめき騒ぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。
艶だち気色ばまむ人は、消えも入りぬべき住ひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、我がもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、罪許されてぞ見えける。
ごほごほと、鳴る神よりも、おどろおどろしく踏み轟かす唐臼の音も、枕上とおぼゆる。「あな耳かしかまし」と、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしう、めざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。
白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁の声、取り集めて、忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣戸を引き開けて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹115、前栽の露は、なほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、壁のなかの蟋蟀だに116間遠に聞き慣らひたまへる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへて思さるるも、御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪許さるるなめりかし。
白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、「あな、心苦し」と、ただいとらうたく見ゆ。心ばみたる方をすこし添へたらば、と見たまひながら、なほうちとけて見まほしく思さるれば、
「いざ、ただこのわたり近き所に、心安くて明かさむ。かくてのみはいと苦しかりけり」とのたまへば、
「いかでか117。にはかならむ」
と、いとおいらかに言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやうかはりて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむ所もえ憚りたまはで、右近を召し出でて、随身を召させたまひて、御車引き入れさせたまふ。このある人々も、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら、頼みかけきこえたり。
明け方も近うなりにけり。鶏の声などは聞こえで、御嶽精進にやあらむ、ただ翁びたる声にぬかづくぞ聞こゆる。起ち居のけはひ、堪へがたげに行ふ。いとあはれに、「朝の露に異ならぬ世を、何を貧る身の祈りにか」118と、聞きたまふ。「南無当来導師」とぞ拝むなる。
「かれ、聞きたまへ。この世とのみは思はざりけり」と、あはれがりたまひて、
「優婆塞が行ふ道をしるべにて
来む世も深き契り違ふな」
 長生殿の古き例は119ゆゆしくて、翼を交さむとは120引きかへて、弥勒の世をかねたまふ。行く先の御頼め、いとこちたし。
「前の世の契り知らるる身の憂さに
行く末かねて頼みがたさよ」
かやうの筋なども、さるは、心もとなかめり。

 君も、「このように無心に油断させて隠れてしまったなら、どこを目当てにしてか、わたしも尋ねられよう。仮の宿と、また一方では思われるので、どこともどことも、移って行くような日を、いつとも分からないだろう」とお思いになると、後を追い見失って、どうでもよく諦めがつくものなら、ただこのような遊び事で終わっても済まされようが、まったくそうして過そう、とはお思いになれない。人目をお憚りになって、お途絶えになる夜な夜ななどは、とても我慢ができず、苦しいまでにお思いになるので、「やはり、誰と知らせずに二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって不都合なことであっても、そうなるはずの運命なのだ。我ながら、ひどくこう女に惹かれることはなかったのに、どのような宿縁であったのだろうか」などお思いよりになる。
「さあ、とても気楽な所で、のんびりとお話しよう」
などと、お誘いになると、
「やはり、変ですわ。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお持てなしなので、何となく空恐ろしい気がしますわ」
と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、思わずにっこりなさって、
「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、化かされなさいな」
と、優しそうにおっしゃると、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。「世間に例のない、おかしなことであっても、一途に従順な心は、実にかわいい女だ」と、お思いになると、やはり、あの頭中将の「常夏」かと疑われて、話した性質を、まっさきにお思い出されなさったが、「隠すような事情が」と、むやみにお聞き出しなさらない。
表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないので、「離れ離れに、絶え間を置いたような折には、そのように気を変えることもあろうが、女のほうから、少し浮気することがあったほうが愛情も増さるであろう」とまで、お思いになった。

 八月十五日夜、満月の光が、隙間の多い板葺きの家に、すっかり射し込んで来て、ご経験のない住居の様子も珍しいうちに、払暁近くなったのであろう、隣の家々からの、賎しい下男の声々が、目を覚まして、
「ああ、ひどく寒いなあ」
「今年は、商売も当てになる所も少なく、田舎への行き来も望めないから、ひどく心細いなあ。北隣さん、お聞きなさるか」
などと言い交わしているのも聞こえる。
まことにほそぼそとした各自の生計のために起き出して、ざわめいているのも間近なのを、女はとても恥ずかしく思っている。
優美に風流めかすような人は、消え入りたいほどの住居の様子のようである。けれでも、のんびりと、辛いことも嫌なことも気恥ずかしいことも、気にかける様子でなく、自身の態度や様子は、とても上品でおっとりして、またとないくらい下品な隣のぶしつけさを、どのようなこととも知っている様子でないので、かえって恥ずかしがり赤くなるよりは罪がないように思われるのであった。
ごろごろと、鳴る雷よりも騒がしく、踏み轟かす唐臼の音も、枕上かと聞こえる。「ああ、やかましい」と、これには閉口されなさる。何の轟音ともお分りにならず、とても不思議で、耳障りな音だとばかりお聞きになる。ごたごたしたことばかり多かった。
白妙の衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来、空飛ぶ雁の声も、一緒になって、堪えきれない情趣が多い。端近いご座所だったので、遣戸を引き開けて、一緒に外を御覧になる。広くもない庭に、しゃれた呉竹や、前栽の露は、やはりこのような所も同じように光っていた。虫の声々が入り乱れ、壁の内側のこおろぎでさえ、時たまお聞きになっているお耳に、じかに押し付けたように鳴き乱れているのを、かえって違った感じにお思いなさるのも、お気持ちの深さゆえに、すべての欠点が許されるのであろうよ。
白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしげに心惹かれる感じがして、どこそこと取り立てて優れた所はないが、か細くしなやかな感じがして、何かちょっと言った感じは、「ああ、いじらしい」と、ただもうかわいく思われる。気取ったところをもう少し加えたらと、御覧になりながら、なおもくつろいで逢いたく思われなさるので、
「さあ、ちょっとこの辺の近い所で、気楽に過ごそう。こうしてばかりいては、とても辛いなあ」とおっしゃると、
「とてもそんな。急でしょう」
と、とてもおっとりと言って座っている。この世だけでない約束などまで信頼なさっているので、気を許す心根などが、不思議に普通と違って、世慣れた女とも思われないので、人の思惑も慮ることもおできになれず、右近を召し出して、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。この家の女房たちも、このようなお気持ちが並大抵でないのが分かるので、不安に思いながらもお頼り申し上げていた。
明け方も近くなったのであった。鶏の声などは聞こえないで、御嶽精進であろうか、ただ老人めいた声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったりの様子、難儀そうに勤行する。たいそうしみじみと、「朝の露と違わないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」と、お聞きになる。「南無当来導師」と言って、拝んでいるようだ。
「あれを、お聞きなさい。この世だけとは思っていないのだね」と、哀れがりなさって、
「優婆塞が勤行しているのを道しるべにして
来世にも深い約束に背かないで下さい」
長生殿の昔の例は縁起が悪いので、翼を交そうとは言わずに、弥勒の世を約束なさる。来世までのお約束は、まことに大げさである。
「前世の宿縁の拙さが身につまされるので
来世まではとても頼りかねます」
このような返歌のし方なども、そうは言うものの、心細いようである。

 [4-2 The night of Aug. 15, they have harmonious life]
 Kimi mo, "Kaku uranaku tayume te hahi-kakure na ba, iduko wo hakari to ka, ware mo tadune m. Karisome no kakurega to, hata miyu mere ba, idukata ni mo idukata ni mo, uturohi yuka m hi wo, itu to mo sira zi." to obosu ni, ohi-madohasi te, nanome ni omohi nasi tu beku ha, tada kabakari no susabi ni te mo sugi nu beki koto wo, sarani sate sugusi te m, to obosa re zu. Hito-me wo obosi te, hedate oki tamahu yona-yona nado ha, ito sinobi gataku, kurusiki made oboye tamahe ba, "Naho tare to naku te Nideu-no-Win ni mukahe te m. Mosi kikoye ari te bin-nakaru beki koto nari to mo, saru beki ni koso ha. Waga kokoro nagara, ito kaku hito ni simu koto ha naki wo, ika naru tigiri ni ka ha ari kem." nado omohosi yoru.
 "Iza, ito kokoro-yasuki tokoro ni te, nodoka ni kikoye m."
 nado, katarahi tamahe ba,
 "Naho, ayasiu. Kaku notamahe do, yo-duka nu ohom-motenasi nare ba, mono-osorosiku koso are."
 to, ito wakabi te ihe ba, "Geni" to, hoho-wema re tamahi te,
 "Geni, idure ka kitune naru ram na. Tada hakara re tamahe kasi."
 to, natukasige ni notamahe ba, womna mo imiziku nabiki te, sa mo ari nu beku omohi tari. "Yo ni naku, kataha naru koto nari to mo, hitaburu ni sitagahu kokoro ha, ito aharege naru hito" to mi tamahu ni, naho, kano Tou-no-Tiuzyau no "Tokonatu" utagahasiku, katari si kokoro-zama, madu omohi-ide rare tamahe do, "Sinoburu yau koso ha" to, anagati ni mo tohi-ide tamaha zu.
 Kesiki-bami te huto somuki kakuru beki kokoro-zama nado ha nakere ba, "Kare-gare ni todahe oka m wori koso ha, sayau ni omohi kaharu koto mo ara me, kokoro nagara mo, sukosi uturohu koto ara m koso ahare naru bekere" to sahe, obosi keri.

 Hati-gwati zihu-go-ya, kuma naki tuki-kage, hima ohokaru ita-ya, nokori naku mori ki te, mi-narahi tamaha nu sumahi no sama mo medurasiki ni, akatuki tikaku nari ni keru naru besi, tonari no ihe-ihe, ayasiki sidu-no-wo no kowe-gowe, me samasi te,
 "Ahare, ito samusi ya!"
 "Kotosi koso, narihahi ni mo tanomu tokoro sukunaku, inaka no kayohi mo omohi kake ne ba, ito kokoro-bosokere. Kita-dono koso, kiki tamahu ya?"
 nado, ihi-kahasu mo kikoyu.
 Ito ahare naru onoga-zisi no itonami ni oki-ide te, sosomeki sawagu mo hodo naki wo, womna ito hadukasiku omohi tari.
 En-dati kesiki-bama m hito ha, kiye mo iri nu beki sumahi no sama na'meri kasi. Saredo, nodoka ni, turaki mo uki mo kataharaitaki koto mo, omohi-ire taru sama nara de, waga motenasi arisama ha, ito atehakani komekasiku te, mata-naku raugahasiki tonari no youi nasa wo, ika naru koto to mo kiki siri taru sama nara ne ba, naka-naka, hadi kakayakasa m yori ha, tumi yurusa re te zo miye keru.
 Goho goho to, Naru-Kami yori mo, odoro-odorosiku humi todorokasu kara-usu no oto mo, makura-gami to oboyuru. "Ana mimi kasikamasi!" to, kore ni zo, obosa ruru. Nani no hibiki to mo kiki-ire tamaha zu, ito ayasiu, mezamasiki otonahi to nomi kiki tamahu. Kuda-kudasiki koto nomi ohokari.
 Sirotahe no koromo utu kinuta no oto mo, kasukani konata kanata kiki-watasa re, sora tobu kari no kowe, tori atume te, sinobi gataki koto ohokari. Hasi tikaki o-masi dokoro nari kere ba, yarido wo hiki-ake te, morotomo ni mi-idasi tamahe ri. Hodo naki niha ni, sare taru kure-take, sensai no tuyu ha, naho kakaru tokoro mo onazi goto kirameki tari. Musi no kowe-gowe midari-gahasiku, kabe no naka no kirigirisu dani ma-doho ni kiki narahi tamahe ru ohom-mimi ni, sasi-ate taru yau ni naki midaruru wo, naka-naka sama kahe te obosaruru mo, mi-kokorozasi hito-tu no asakara nu ni, yorodu no tumi yurusa ruru na'meri kasi.
 Siroki ahase, usu-iro no nayoyoka naru wo kasane te, hanayaka nara nu sugata, ito rauta-ge ni ayeka naru kokoti si te, soko to tori tate te sugure taru koto mo nakere do, hosoyaka ni tawo-tawo to si te, mono uti-ihi taru kehahi, "Ana, kokoro-gurusi!" to, tada ito rautaku miyu. Kokoro-bami taru kata wo sukosi sohe tara ba, to mi tamahi nagara, naho uti-toke te mi mahosiku obosa rure ba,
 "Iza, tada kono watari tikaki tokoro ni, kokoro yasuku te akasa m. Kakute nomi ha ito kurusikari keri." to notamahe ba,
 "Ikade ka. Nihaka nara m."
 to, ito oyiraka ni ihi te wi tari. Konoyo nomi nara nu tigiri nado made tanome tamahu ni, uti-tokuru kokoro-bahe nado, ayasiku yau kahari te, yo nare taru hito to mo oboye ne ba, hito no omoha m tokoro mo e habakari tamaha de, Ukon wo mesi-ide te, zuizin wo mesa se tamahi te, mi-kuruma hiki-ire sase tamahu. Kono aru hito-bito mo, kakaru mi-kokorozasi no oroka nara nu wo mi sire ba, obomekasi nagara, tanomi kake kikoye tari.
 Akegata mo tikau nari ni keri. Tori no kowe nado ha kikoye de, mitake-sauzi ni ya ara m, tada okina-bi taru kowe ni nukaduku zo kikoyuru. Tati-wi no kehahi, tahe gata-ge ni okonahu. Ito ahare ni, "Asita no tuyu ni kotonara nu yo wo, nani wo musaboru mi no inori ni ka" to, kiki tamahu. "Nam tau rai dou si" to zo ogamu naru.
 "Kare, kiki tamahe. Konoyo to nomi ha omoha zari keri." to, ahare-gari tamahi te,
 "Ubasoku ga okonahu miti wo sirube ni te
 ko m yo mo hukaki tigiri tagahu na
"
 Tyausei-den no huruki tamesi ha yuyusiku te, hane wo kahasa m to ha hiki-kahe te, Miroku no yo wo kane tamahu. Yuku-saki no ohom-tanome, ito kotitasi.
 "Saki no yo no tigiri sira ruru mi no usa ni
 yuku-suwe kane te tanomi gatasa yo
"
 kayau no sudi nado mo, saru ha, kokoro-motonaka'meri.

 いさよふ月に、ゆくりなくあくがれむことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほど、にはかに雲隠れて、明け行く空いとをかし。はしたなきほどにならぬ先にと、例の急ぎ出でたまひて、軽らかにうち乗せたまへれば、右近ぞ乗りぬる。
そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、預り召し出づるほど、荒れたる門の忍ぶ草茂りて見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く、露けきに、簾をさへ上げたまへれば、御袖もいたく濡れにけり。
「まだかやうなることを慣らはざりつるを、心尽くしなることにもありけるかな。
いにしへもかくやは人の惑ひけむ
我まだ知らぬしののめの道
慣らひたまへりや」
とのたまふ。女、恥らひて、
「山の端の心も知らで行く月は
うはの空にて影や絶えなむ
心細く」
とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、「かのさし集ひたる住ひの慣らひならむ」と、をかしく思す。
御車入れさせて、西の対に御座などよそふほど、高欄に御車ひきかけて立ちたまへり。右近、艶なる121心地して、来し方のことなども、人知れず思ひ出でけり。預りいみじく経営しありく気色に、この御ありさま知りはてぬ。
ほのぼのと物見ゆるほどに、下りたまひぬめり。かりそめなれど、清げにしつらひたり。
「御供に人もさぶらはざりけり。不便なるわざかな」とて、むつましき下家司にて、殿にも仕うまつる者なりければ、参りよりて、「さるべき人召すべきにや」など、申さすれど、
「ことさらに人来まじき隠れ家求めたるなり122。さらに心よりほかに漏らすな」と口がためさせたまふ。
御粥など急ぎ参らせたれど、取り次ぐ御まかなひうち合はず。まだ知らぬことなる御旅寝に、「息長川」123と契りたまふことよりほかのことなし。
日たくるほどに起きたまひて、格子手づから上げたまふ。いといたく荒れて、人目もなくはるばると見渡されて、木立いとうとましくものふりたり。け近き草木などは、ことに見所なく、みな秋の野ら124にて、池も水草に埋もれたれば、いとけうとげ125になりにける所かな。別納の方にぞ、曹司などして、人住むべかめれど、こなたは離れたり。
「けうとく126もなりにける所かな。さりとも、鬼なども我をば見許してむ」とのたまふ。
顔はなほ隠したまへれど、女のいとつらしと思へれば、「げに、かばかりにて隔てあらむも、ことのさまに違ひたり」と思して、
「夕露に紐とく花は玉鉾の
たよりに見えし縁にこそありけれ
露の光やいかに」
とのたまへば、後目に見おこせて、
「光ありと見し夕顔のうは露は
たそかれどきのそら目なりけり」
とほのかに言ふ。をかしと思しなす。げに、うちとけたまへるさま、世になく、所から、まいてゆゆしきまで見えたまふ。
「尽きせず隔てたまへるつらさに、あらはさじと思ひつるものを。今だに名のりしたまへ。いとむくつけし」
とのたまへど、「海人の子なれば」127とて、さすがにうちとけぬさま、いとあいだれたり。
「よし、これも我からなめり128」と、怨みかつは語らひ、暮らしたまふ。
惟光、尋ねきこえて、御くだものなど参らす。右近が言はむこと、さすがにいとほしければ、近くもえさぶらひ寄らず。「かくまでたどり歩きたまふ、をかしう、さもありぬべきありさまにこそは」と推し量るにも、「我がいとよく思ひ寄りぬべかりしことを、譲りきこえて、心ひろさよ」など、めざましう思ひをる。
たとしへなく静かなる夕べの空を眺めたまひて、奥の方は暗うものむつかしと、女は思ひたれば、端の簾を上げて、添ひ臥したまへり。夕映えを見交はして、女も、かかるありさまを、思ひのほかにあやしき心地はしながら、よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆく気色、いとらうたし。つと御かたはらに129添ひ暮らして、物をいと恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子とく下ろしたまひて、大殿油参らせて、「名残りなくなりにたる御ありさまにて、なほ心のうちの隔て残したまへるなむつらき」と、恨みたまふ。
「内裏に、いかに求めさせたまふらむを。いづこに尋ぬらむ」と、思しやりて、かつは、「あやしの心や。六条わたりにも、いかに思ひ乱れたまふらむ。恨みられむに、苦しう、ことわりなり」と、いとほしき筋は、まづ思ひきこえたまふ。何心もなきさしむかひを、あはれと思すままに、「あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばや」と、思ひ比べられたまひける。

 ためらっている月のように、出し抜けに行く先も分からず出かけることを、女は躊躇し、いろいろと説得なさるうちに、急に雲に隠れて、明け行く空は実に美しい。体裁の悪くなる前にと、いつものように急いでお出になって、軽々とお乗せになったので、右近が乗った。
その辺りに近い某院にお着きあそばして、管理人をお呼び出しになる間、荒れた門の忍草が生い茂っていて見上げられるが、譬えようなく木暗い。霧も深く、露っぽいところに、簾までを上げていらっしゃるので、お袖もひどく濡れてしまった。
「まだこのようなことを経験しなかったが、いろいろと気をもむことであるなあ。
昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか
わたしには経験したことのない明け方の道だ
ご経験ありますか」
とおっしゃる。女は、恥らって、
「山の端をどこと知らないで随って行く月は
途中で光が消えてしまうのではないでしょうか
心細くて」
と言って、何となく怖がって気味悪そうに思っているので、「あの建て込んでがいる小家に慣れているからだろう」と、おもしろくお思いになる。
お車を入れさせて、西の対にご座所など準備する間、高欄にお車を掛けて立てていらっしゃる。右近は、優美な心地がして、過去のことなども、一人思い出すのであった。管理人が一生懸命奔走している様子から、このご様子をすっかり知った。
ほのかに物が見えるころに、お下りになったようである。仮設えだが、こざっぱりと設けてある。
「お供に誰もおりませんなあ。ご不便なことよ」と言って、親しい下家司で、殿にも仕えている者だったので、参り寄って、「適当な人を、お呼びいたすべきではありませんか」などと、申し上げさせるが、
「特に人の来ないような隠れ家を求めたのだ。絶対に他には言うな」と口封じさせなさる。
お粥などを準備して差し上げるが、取り次ぐお給仕が揃わない。まだ経験のないご外泊に、「息長川」とお約束なさるより以外何もない。
日が高くなったころにお起きになって、格子を自らお上げになる。とてもひどく荒れて、人影もなく、はるばると見渡されて、木立がとても気味悪く鬱蒼と古びている。近くの草木などは、格別見所もなく、すっかり秋の野原となって、池も水草に埋もれているので、まことに恐ろしくなってしまった所であるよ。別納の方に、部屋などを設えて、人が住んでいるようだが、こちらは離れている。
「恐ろしい所になってしまった所だね。いくら何でも、鬼などもわたしを見逃すだろう」とおっしゃる。
お顔は依然として隠していらっしゃるが、女がとても辛いと思っているので、「なるほど、これ程深い仲になって隠しているようなのも、不自然なことだ」とお思いになって、
「夕露に花開いて顔をお見せするのは
道で会った縁からでしょうか
露の光はどうですか」
とおっしゃると、流し目に見やって、
「光輝いていると見ました夕顔の上露は
たそがれ時の見間違いでした」
とかすかに言う。おもしろいとお思いになる。なるほど、うちとけていらっしゃるご様子は、またとなく、場所が場所ゆえ、いっそう不吉なまでにお美しくお見えになる。
「いつまでも隠していらっしゃる辛さに、顕すまいと思っていたが、せめて今からでもお名乗り下さい。とても気味が悪い」
とおっしゃるが、「海人の子なので」と言って、依然としてうちとけない態度は、とても甘え過ぎている。
「それでは、これも『われから』のようだ」と、怨みまた一方では語り合いながら、一日お過ごしになる。
惟光が、お探し申して、お菓子などを差し上げさせる。右近が文句言うことは、やはり気の毒なので、お側に伺候させることもできない。「こんなにまでご執心でいられるのは、魅力的で、きっとそうに違いない様子なのだろう」と推量するにつけても、「自分がうまく言い寄ろうと思えばできたのを、お譲り申して、寛大なことよ」などと、失敬なことを考えている。
譬えようもなく静かな夕方の空をお眺めになって、奥の方は暗く何となく気味が悪いと、女は思っているので、端の簾を上げて、添い臥していらっしゃる。夕映えのお顔を互いに見交わして、女も、このような出来事を、意外に不思議な気持ちがする一方で、すべての嘆きを忘れて、少しずつ打ち解けていく様子は、実にかわいい。ぴったりとお側に一日中添ったままで、何かをとても怖がっている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早くお下ろしになって、大殿油を点灯させて、「すっかり深い仲となったご様子でいて、依然として心の中に隠し事をなさっているのが辛い」と、お恨みになる。
「主上には、どんなにかお探しあそばしていらっしゃろうか。どこを探していようか」と、思いをおはせになって、また一方では、「不思議な心だ。六条辺りでも、どんなにお思い悩んでいらっしゃることだろう。怨まれることも、辛いことだし、もっともなことだ」と、困ったことだと思われる人としては、まっさきにお思い出し申し上げなさる。無心に向かい合って座っているのを、かわいいとお思いになるにつれて、「あまり思慮深く、対座する者までが息が詰るようなご様子を、少し取り除きたいものだ」と、ついご比較されるのであった。

 [4-3 They remove to Nanigasi-no-in]
 Isayohu tuki ni, yukurinaku akugare m koto wo, Womna ha omohi yasurahi, tokaku notamahu hodo, nihaka ni kumo-gakure te, akeyuku sora ito wokasi. Hasitanaki hodo ni nara nu saki ni to, rei no isogi-ide tamahi te, karoraka ni uti nose tamahe re ba, Ukon zo nori nuru.
 Sono watari tikaki Nanigasi-no-Win ni ohasimasi tuki te, adukari mesi-iduru hodo, are taru kado no sinobu-gusa sigeri te mi-age rare taru, tatosihe-naku ko-gurasi. Kiri mo hukaku, Tuyu-keki ni, sudare wo sahe age tamahe re ba, ohom-sode mo itaku nure ni keri.
 "Mada kayau naru koto wo naraha zari turu wo, kokoro-dukusi naru koto ni mo ari keru kana!
 Inisihe mo kaku ya ha hito no madohi kem
 waga mada sira nu sinonome no miti

 Narahi tamahe ri ya?"
 to notamahu. Womna, hadirahi te,
 "Yama no ha no kokoro mo sira de yuku tuki ha
 uhanosora ni te kage ya taye na m

 Kokoro-bosoku."
 tote, mono-osorosiu sugo-ge ni omohi tare ba, "Kano sasi-tudohi taru sumahi no narahi nara m" to, wokasiku obosu.
 Mi-kuruma ire sase te, Nisi-no-Tai ni o-masi nado yosohu hodo, kauran ni mi-kuruma hiki-kake te tati tamahe ri. Ukon, en naru kokoti si te, kisi-kata no koto nado mo, hito sire zu omohi-ide keri. Adukari imiziku keimei-si ariku kesiki ni, kono ohom-arisama siri-hate nu.
 Hono-bono to mono miyuru hodo ni, ori tamahi nu meri. Karisome nare do, kiyo-ge ni siturahi tari.
 "Ohom-tomo ni hito mo saburaha zari keri. Hu-bin naru waza kana!" tote, mutumasiki Simo-Geisi ni te, Tono ni mo tukau-maturu mono nari kere ba, mawiri yori te, "Sa'ru beki hito mesu beki ni ya?" nado, mausa sure do,
 "Kotosara ni hito ku maziki kakurega motome taru nari. Sara ni kokoro yori hoka ni morasu na!" to kuti-gatame sase tamahu.
 Ohom-kayu nado isogi mawira se tare do, tori-tugu ohom-makanahi uti-aha zu. Mada sira nu koto naru ohom-tabi-ne ni, "Okinaga-kaha" to tigiri tamahu koto yori hoka no koto nasi.
 Hi takuru hodo ni oki tamahi te, kausi te-dukara age tamahu. Ito itaku are te, hito-me mo naku haru-baru to mi-watasa re te, kodati ito utomasiku mono-huri tari. Ke-dikaki kusaki nado ha, koto ni mi-dokoro naku, mina Aki no nora ni te, ike mo mikusa ni udumore tare ba, ito ke-uto-ge ni nari ni keru tokoro kana! Betinahu no kata ni zo, zausi nado si te, hito sumu beka'mere do, konata ha hanare tari.
 "Ke-utoku mo nari ni keru tokoro kana! Sa'ri to mo, Oni nado mo ware wo ba mi-yurusi te m." to notamahu.
 Kaho ha naho kakusi tamahe re do, Womna no ito turasi to omohe re ba, "Geni, kabakari ni te hedate ara m mo, koto no sama ni tagahi tari" to obosi te,
 "Yuhu-tuyu ni himo toku hana ha tamaboko no
 tayori ni miye si e' ni koso ari kere

 Tuyu no hikari ya ika ni?"
 to notamahe ba, siri-me ni mi-okose te,
 "Hikari ari to mi si yuhu-gaho no uha-tuyu ha
 tasokare doki no sora-me nari keri
"
 to honoka ni ihu. Wokasi to obosi-nasu. Geni, uti-toke tamahe ru sama, yo ni naku, tokoro-kara, maite yuyusiki made miye tamahu.
 "Tuki se zu hedate tamahe ru turasa ni, arahasa zi to omohi turu mono wo. Ima dani nanori si tamahe! Ito mukutukesi."
 to notamahe do, "Ama no ko nare ba" tote, sasuga ni uti-toke nu sama, ito aidare tari.
 "Yosi, kore mo ware-kara na'meri." to, urami katu ha katarahi, kurasi tamahu.
 Koremitu, tadune kikoye te, ohom-kudamono nado mawira su. Ukon ga iha m koto, sasugani itohosikere ba, tikaku mo e saburahi yora zu. "Kaku made tadori ariki tamahu, wokasiu, sa mo ari nu beki arisama ni koso ha" to osi-hakaru ni mo, "Waga ito yoku omohi-yori nu bekari si koto wo, yuduri kikoye te, kokoro hirosa yo" nado, mezamasiu omohi woru.
 Tatosie-naku siduka naru yuhube no sora wo nagame tamahi te, oku no kata ha, kurau mono-mutukasi to, Womna ha omohi tare ba, hasi no sudare wo age te, sohi-husi tamahe ri. Yuhu-bahe wo mi-kahasi te, Womna mo, kakaru arisama wo, omohi no hoka ni ayasiki kokoti ha si nagara, yorodu no nageki wasure te, sukosi uti-toke yuku kesiki, ito rautasi. Tuto ohom-katahara ni sohi-kurasi te, mono wo ito osorosi to omohi taru sama, wakau kokoro-gurusi. Kausi toku orosi tamahi te, ohoton'abura mawira se te, "Nagori naku nari ni taru ohom-arisama ni te, naho kokoro no uti no hedate nokosi tamahe ru nam turaki." to, urami tamahu.
 "Uti ni, ika ni motome sase tamahu ram wo. Iduko ni tadunu ram" to, obosi yari te, katu ha, "Ayasi no kokoro ya. Rokudeu watari ni mo, ika ni omohi midare tamahu ram. Urami rare m ni, kurusiu, kotowari nari" to, itohosiki sudi ha, madu omohi kikoye tamahu. Nani gokoro mo naki sasi-mukahi wo, ahare to obosu mama ni, "Amari kokoro hukaku, miru hito mo kurusiki ohom-arisama wo, sukosi tori sute baya" to, omohi kurabe rare tamahi keru.

 宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに、御枕上に、いとをかしげなる女ゐて、
「己がいとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かく、ことなることなき人を率ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」
とて、この御かたはらの人をかき起こさむとす、と見たまふ。
物に襲はるる心地して、おどろきたまへれば、火も消えにけり。うたて思さるれば、太刀を引き抜きて、うち置きたまひて、右近を起こしたまふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて、参り寄れり。
「渡殿なる宿直人起こして、『紙燭さして参れ』と言へ」とのたまへば、
「いかでかまからむ。暗うて」と言へば、
「あな、若々し」と、うち笑ひたまひて、手をたたきたまへば、山彦の答ふる声、いとうとまし。人え聞き130つけで参らぬに、この女君、いみじくわななきまどひて、いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて、我かの気色なり。
「物怖ぢをなむわりなくせさせたまふ本性にて、いかに思さるるにか」と、右近も聞こゆ。「いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほし」と思して、
「我、人を起こさむ。手たたけば、山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」
とて、右近を引き寄せたまひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開けたまへれば、渡殿の火も消えにけり。
風すこしうち吹きたるに、人はすくなくて、さぶらふ限りみな寝たり。この院の預りの子、むつましく使ひたまふ若き男、また上童一人、例の随身ばかりぞありける。召せば、御答へして起きたれば、
「紙燭さして参れ。『随身も、弦打して、絶えず声づくれ』と仰せよ。人離れたる所に、心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の来たりつらむは」と、問はせたまへば、
「さぶらひつれど、仰せ言もなし。暁に御迎へに参るべきよし申してなむ、まかではべりぬる」と聞こゆ。この、かう申す者は、滝口なりければ、弓弦いとつきづきしくうち鳴らして、「火あやふし」と言ふ言ふ、預りが曹司131の方に去ぬなり。内裏を思しやりて、「名対面は過ぎぬらむ、滝口の宿直奏し、今こそ」と、推し量りたまふは、まだ、いたう更けぬにこそは。
帰り入りて、探りたまへば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。
「こはなぞ。あな、もの狂ほしの物怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの、人を脅やかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものには脅されじ」とて、引き起こしたまふ。
「いとうたて、乱り心地の悪しうはべれば、うつぶし臥してはべるや。御前にこそわりなく思さるらめ」と言へば、
「そよ。などかうは」とて、かい探りたまふに、息もせず。引き動かしたまへど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、「いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめり」と、せむかたなき心地したまふ。
紙燭持て参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳を引き寄せて、
「なほ持て参れ」
とのたまふ。例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬ、つつましさに、長押にもえ上らず。
「なほ持て来や、所に従ひてこそ」
とて、召し寄せて見たまへば、ただこの枕上に、夢に見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え132失せぬ。
「昔の物語などにこそ、かかることは聞け」と、いとめづらかにむくつけけれど、まづ、「この人いかになりぬるぞ」と思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず、添ひ臥して、「やや」と、おどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。頼もしく、いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには思すべけれど。さこそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見たまふに、やるかたなくて、つと抱きて、
「あが君、生き出でたまへ。いといみじき目な見せたまひそ」
とのたまへど、冷え入りにたれば、けはひものうとくなりゆく。
右近は、ただ「あな、むつかし」と思ひける心地みな冷めて、泣き惑ふさまいといみじ。
南殿の鬼の、なにがしの大臣脅やかしけるたとひを思し出でて、心強く、
「さりとも、いたづらになり果てたまはじ。夜の声はおどろおどろし。あなかま」
と諌めたまひて、いとあわたたしきに、あきれたる心地したまふ。
この男を召して、
「ここに、いとあやしう、物に襲はれたる人のなやましげなるを、ただ今、惟光朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし言へ、と仰せよ。なにがし阿闍梨、そこにものするほどならば、ここに来べきよし、忍びて言へ。かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな。かかる歩き許さぬ人なり」
など、物のたまふやうなれど、胸塞がりて、この人を空しくしなしてむことのいみじく思さるるに添へて、大方のむくむくしさ、たとへむ方なし。
夜中も過ぎにけむかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして、松の響き、木深く聞こえて、気色ある鳥のから声に鳴きたるも、「梟」はこれにや133とおぼゆ。うち思ひめぐらすに、こなたかなた、けどほく疎ましきに、人声はせず。「などて、かくはかなき宿りは取りつるぞ」と、悔しさもやらむ方なし。
右近は、物もおぼえず、君につと添ひたてまつりて、わななき死ぬべし。「また、これもいかならむ」と、心そらにて捉へたまへり。我一人さかしき人にて、思しやる方ぞなきや。
火はほのかにまたたきて、母屋の際に立てたる屏風の上、ここかしこの隈々しくおぼえたまふに、物の足音、ひしひしと踏み鳴らしつつ、後ろより寄り来る心地す。「惟光、とく参らなむ」と思す。ありか定めぬ者にて、ここかしこ尋ねけるほどに、夜の明くるほどの久しさは、千夜を過ぐさむ心地134したまふ。
 からうして135、鶏の声はるかに聞こゆるに、「命をかけて、何の契りに、かかる目を見るらむ。我が心ながら、かかる筋に、おほけなくあるまじき心の報いに、かく、来し方行く先の例となりぬべきことはあるなめり。忍ぶとも、世にあること隠れなくて、内裏に聞こし召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬ童べの口ずさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな」と、思しめぐらす。

 宵を過ぎるころ、少し寝入りなさった時に、おん枕上に、とても美しそうな女が座って、
「わたしがとても素晴らしい方とお慕い申し上げている人は、お訪ねもなさらず、このような、特に優れたところもない女を連れていらっしゃって、おかわいがりになさるのは、まことに癪にさわり辛い」
と言って、お側にいる人を掻き起こそうとする、と御覧になる。
魔物に襲われる気持ちがして、目をお覚ましになると、火も消えていたのであった。気持ち悪くお思いになるので、太刀を引き抜いて、そっとお置きになって、右近をお起こしになる。この人も怖がっている様子で、参り寄った。
「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」とおっしゃると、
「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、
「ああ、子供みたいな」と、ちょっとお笑いになって、手をお叩きになると、こだまが応える音、まことに気味が悪い。誰も聞こえないで参上しない間に、この女君は、ひどくふるえ脅えて、どうしてよいか分からなく思っている。汗もびっしょりになって、正気を失った様子である。
「むやみにお怖がりあそばすご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょうか」と、右近も申し上げる。「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見ていたものだが、気の毒に」とお思いになって、
「わたしが、誰か起こそう。手を叩くと、こだまが応える。まことにうるさい。ここに、もっと近く」
と言って、右近を引き寄せなさって、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火も消えていたのであった。
風が少し吹いているうえに、人気も少なくて、仕えている者は皆寝ていた。この院の管理人の子供で、親しくお使いになる若い男、それから殿上童一人と、いつもの随身だけがいるのであった。お呼び寄せになると、お返事して起きたので、
「紙燭を点けて参れ。『随身も、弦打ちをして、絶えず音を立てていよ』と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来ていたようなのは」と、お尋ねあそばすと、
「控えていましたが、ご命令もない。早暁にお迎えに参上すべき旨申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申す者は滝口の武士であったので、弓弦をまことに手馴れた様子に打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、管理人の部屋の方角へ行ったようだ。内裏をお思いやりになって、「名対面は過ぎたろう、滝口の宿直奏しは、ちょうど今ごろか」とご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのでは。
戻って入って、お確かめになると、女君はそのままに臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。
「これはどうした。何と、気違いじみた怖がりようだ。荒れた所には、狐などのようなものが、人を脅かそうとして、何となく怖がらせるのだろう。わたしがいれば、そのようなものからは脅されない」と言って、引き起こしなさる。
「とても気味悪くて、取り乱している気分も悪うございますので、うつ伏しているのでございますよ。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるでしょう」と言うので、
「そうだ。どうしてこんなに」と言って、探って御覧になると、息もしていない。揺すって御覧になるが、なよなよとして正体もない様子なので、「ほんとうにひどく子供じみた人なので、魔性のものに魅入られてしまったらしい」と、なすべき方法もない気がなさる。
紙燭を持って参った。右近も動ける状態でないので、近くの御几帳を引き寄せて、
「もっと近くに持って参れ」
とおっしゃる。いつもと違ったことなので、御前近くに参上できず、ためらっていて、長押にも上がれない。
「もっと近く持って来なさい。場所によるぞ」
と言って、召し寄せて御覧になると、ちょうどこの枕上に、夢に現れた姿をした女が、幻影のように現れて、ふっと消え失せた。
「昔物語などに、このようなことは聞くけれど」と、まことに珍しく気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」とお思いになる不安に、わが身の上の危険もお顧みにならず、添い臥して、「もし、もし」と、お起こしになるが、すっかりもう冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまっていたのであった。どうすることもできない。頼りになる、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人とはお思いになるが。それほどお強がりになるが、お若い考えで、空しく死んでしまったのを御覧になると、どうしようもなくて、ひしと抱いて、
「おまえさま、生き返っておくれ。とても悲しい目に遭わさないでおくれ」
とおっしゃるが、冷たくなっていたので、感じも気味悪くなって行く。
右近は、ただ「ああ、気味悪い」と思っていた気持ちもすっかり冷めて、泣いて取り乱す様子はまことに大変である。
南殿の鬼が、某大臣を脅かした例をお思い出しになって、気強く、
「いくら何でも、死にはなさるまい。夜の声は大げさだ。静かに」
とお諌めになって、まったく突然の事なので、茫然とした気持ちでいらっしゃる。
管理人の子供を呼んで、
「ここに、まことに不思議に、魔性のものに魅入られた人が苦しそうなので、今すぐに、惟光朝臣の泊まっている家に行って、急いで参上するように言え、と命じなさい。某阿闍梨が、そこに居合わせていたら、ここに来るよう、こっそりと言いなさい。あの尼君などが聞こうから、大げさに言うな。このような忍び歩きは許さない人だ」
などと、用件をおっしゃるようだが、胸が一杯で、この人を死なせてしまったらどうしようかと、たまらなくお思いになるのに加えて、辺りの不気味さは、譬えようもない。
夜中も過ぎたのだろうよ、風がやや荒々しく吹いているのは。まして、松風の響きが、木深く聞こえて、異様な鳥がしわがれ声で鳴いているのも、「梟」と言う鳥はこのことかと思われる。あれこれと考え廻らすに、あちらこちらと、何となく遠く気味悪いうえに、人声はしない。「どうして、このような心細い外泊をしたのだろう」と、後悔してもしようがない。
右近は、何も考えられず、君にぴったりと寄り添い申して、震え死にそうである。「また、この人もどうなるだろう」と、気も上の空で掴まえていらっしゃる。自分一人しっかりした人で、途方に暮れていらっしゃるのであったよ。
灯火は微かにちらちらとして、母屋の境に立ててある屏風の上が、あちらこちらと陰って見えなさるうえに、魔性の物の足音が、ひしひしと踏み鳴らしながら、後方から近寄って来る気がする。「惟光よ、早く来て欲しい」とお思いになる。居場所が定まらぬ者なので、あちこち探したうちに、夜の明けるまでの待ち遠しさは、千夜を過すような気がなさる。
ようやくのことで、鶏の声が遠くで聞こえるにつけ、「危険を冒して、何の因縁で、このような辛い目に遭うのだあろう。我ながら、このようなことで、大それたあってはならない恋心の報復として、このような、後にも先にも語り草となってしまいそうなことが起こったのだろう。隠していても、実際に起こった事は隠しきれず、主上のお耳に入るだろうことを始めとして、世人が推量し噂するだろうことは、良くない京童べの噂になりそうだ。あげくのはて、馬鹿者の評判を立てられるにちがいない」と、思案される。

 [4-4 A female ghost appears at midnight]
 Yohi suguru hodo, sukosi ne-iri tamahe ru ni, ohom-makura-gami ni, ito wokasi-ge naru Womna wi te,
 "Ono'ga ito medetasi to mi tatematuru wo ba, tadune omohosa de, kaku, kotonaru koto naki hito wo wi te ohasi te, tokimekasi tamahu koso, ito mezamasiku turakere."
 tote, kono ohom-katahara no hito wo kaki okosa m to su, to mi tamahu.
 Mono ni osoha ruru kokoti si te, odoroki tamahe re ba, hi mo kiye ni keri. Utate obosa rure ba, tati wo hiki-nuki te, uti-oki tamahi te, Ukon wo okosi tamahu. Kore mo osorosi to omohi taru sama ni te, mawiri yore ri.
 "Wata-dono naru tonowi-bito okosi te, 'Sisoku sasi te mawire' to ihe" to notamahe ba,
 "Ikade ka makara m. Kurau te" to ihe ba,
 "Ana, waka-wakasi!" to, uti-warahi tamahi te, te wo tataki tamahe ba, yamabiko no kotahuru kowe, ito utomasi. Hito e kiki-tuke de mawira nu ni, kono Womna-Gimi, imiziku wananaki madohi te, ika-sama ni se m to omohe ri. Ase mo sitodo ni nari te, ware-ka no kesiki nari.
 "Mono-odi wo nam warinaku se sase tamahu honzyau ni te, ika ni obosa ruru ni ka" to, Ukon mo kikoyu. "Ito ka-yowaku te, hiru mo sora wo nomi mi turu mono wo, itohosi" to obosi te,
 "Ware, hito wo okosa m. Te tatake ba, yamabiko no kotahuru, ito urusasi. Koko ni, sibasi, tikaku"
 tote, Ukon wo hiki-yose tamahi te, nisi no tumado ni ide te, to wo osi-ake tamahe re ba, Wata-dono no hi mo kiye ni keri.
 Kaze sukosi uti-huki taru ni, hito ha sukunaku te, saburahu kagiri mina ne tari. Kono Win no adukari no ko, mutumasiku tukahi tamahu wakaki wonoko, mata uhe-waraha hitori, rei no zuizin bakari zo ari keru. Mese ba, ohom-kotahe si te oki tare ba,
 "Sisoku sasi te mawire. 'Zuizin mo, turu-uti si te, taye zu kowa-dukure' to ohose yo. Hito hanare taru tokoro ni, kokoro-toke te inuru mono ka! Koremitu- no-Asom no ki tari tura m ha?" to, toha se tamahe ba,
 "Saburahi ture do, ohose-goto mo nasi. Akatuki ni ohom-mukahe ni mawiru beki yosi mausi te nam, makade haberi nuru" to kikoyu. Kono, kau mausu mono ha, Takiguti nari kere ba, yu-duru ito tuki-dukisiku uti narasi te, "Hi ayahusi" to ihu ihu, adukari ga zausi no kata ni inuru nari. Uti wo obosi yari te, "Nadaimen ha sugi nu ram, Takiguti no tonowi-mausi, ima koso" to, osi-hakari tamahu ha, mada, itau huke nu ni koso ha.
 Kaheri-iri te, saguri tamahe ba, Womna-Gimi ha sanagara husi te, Ukon ha katahara ni utubusi husi tari.
 "Koha nazo? Ana, mono-guruhosi no mono-odi ya! Are taru tokoro ha, kitune nado yau no mono no, hito wo obiyakasa m tote, ke-osorosiu omoha suru nara m. Maro are ba, sayau no mono ni ha, odosa re zi." tote, hiki-okosi tamahu.
 "Ito utate, midari-gokoti no asiu habere ba, utubusi husi te haberu ya! O-mahe ni koso warinaku obosa ru rame." to ihe ba,
 "Soyo. Nado kau ha" tote, kai-saguri tamahu ni, iki mo se zu. Hiki-ugokasi tamahe do, nayo-nayo to si te, ware ni mo ara nu sama nare ba, "Ito itaku wakabi taru hito ni te, mono ni kedora re nuru na'meri." to, semkata naki kokoti si tamahu.
 Sisoku mote mawire ri. Ukon mo ugoku beki sama ni mo ara ne ba, tikaki mi-kityau wo hiki-yose te,
 "Naho mote mawire!"
 to notamahu. Rei nara nu koto ni te, o-mahe tikaku mo e mawira nu, tutumasisa ni, nagesi ni mo e nobora zu.
 "Naho mote ko ya! Tokoro ni sitagahi te koso."
 tote, mesi-yose te mi tamahe ba, tada kono makura-gami ni, yume ni miye turu katati si taru Womna, omokage ni miye te, huto kiye use nu.
 "Mukasi no monogatari nado ni koso, kakaru koto ha kike" to, ito meduraka ni mukutukekere do, madu, "Kono hito ika ni nari nuru zo" to omohosu kokoro-sawagi ni, mi no uhe mo sira re tamaha zu, sohi-husi te, "Ya! ya!" to, odorokasi tamahe do, tada hiye ni hiye iri te, iki ha toku taye-hate ni keri. Iha m kata nasi. Tanomosiku, ika ni to ihi hure tamahu beki hito mo nasi. Hohusi nado wo koso, kakaru kata no tanomosiki mono ni ha obosu bekere do. Sa koso tuyo-gari tamahe do, wakaki mi-kokoro ni te, ihu-kahi naku nari nuru wo mi tamahu ni, yaru-kata naku te, tuto idaki te,
 "Aga Kimi, iki-ide tamahe! Ito imiziki me na mise tamahi so."
 to notamahe do, hiye-iri ni tare ba, kehahi mono utoku nari-yuku.
 Ukon ha, tada "Ana, mutukasi" to omohi keru kokoti mina same te, naki madohu sama ito imizi.
 Na'den no Oni no, Nanigasi-no-Otodo obiyakasi keru tatohi wo obosi-ide te, kokoro-duyoku,
 "Sa'ri to mo, itadura ni nari hate tamaha zi. Yoru no kowe ha odoro-odorosi. Ana-kama!"
 to isame tamahi te, ito awatatasiki ni, akire taru kokoti si tamahu.
 Kono Wotoko wo mesi te,
 "Koko ni, ito ayasiu, mono ni osoha re taru hito no nayamasi-ge naru wo, tada ima, Koremitu-no-Asom no yadoru tokoro ni makari te, isogi mawiru beki yosi ihe, to ohose yo! Nanigasi-Azari, soko ni monosuru hodo nara ba, koko ni ku beki yosi, sinobi te, ihe! Kano Ama-Gimi nado no kika m ni, odoro-odorosiku ihu na! Kakaru ariki yurusa nu hito nari."
 nado, mono notamahu yau nare do, mune hutagari te, kono hito munasiku si-nasi te m koto no imiziku obosa ruru ni sohe te, oho-kata no muku-mukusisa, tatohe m kata nasi.
 Yonaka mo sugi ni kem kasi, kaze no yaya ara-arasiu huki taru ha. Masite, matu no hibiki, kobukaku kikoye te, kesiki aru tori no kara-kowe ni naki taru mo, "Hukurohu" ha kore ni ya to oboyu. Uti-omohi-megurasu ni, konata kanata, kedohoku utomasiki ni, hito-gowe ha se zu. "Nado te, kaku hakanaki yadori ha tori turu zo" to, kuyasisa mo yara m kata nasi.
 Ukon ha, mono mo oboye zu, Kimi ni tuto-sohi tatematuri te, wananaki sinu besi. "Mata, kore mo ika nara m?" to, kokoro sora ni te torahe tamahe ri. Ware hitori sakasiki hito ni te, obosi-yaru kata zo naki ya!.
 Hi ha honoka ni matataki te, moya no kiha ni tate taru byaubu no kami, koko kasiko no kuma-gumasiku oboye tamahu ni, mono no asi-oto, hisi-hisi to humi-narasi tutu, usiro yori yori-kuru kokoti su. "Koremitu, toku mawira nam" to obosu. Arika sadame nu mono ni te, koko kasiko tadune keru hodo ni, yo no akuru hodo no hisasisa ha, ti-yo wo sugusa m kokoti si tamahu.
 Karausite, tori no kowe haruka ni kikoyuru ni, "Inoti wo kake te, nani no tigiri ni, kakaru me wo miru ram. Waga kokoro nagara, kakaru sudi ni, ohokenaku aru maziki kokoro no mukuyi ni, kaku, kisi-kata yuku-saki no tamesi to nari nu beki koto ha aru na'meri. Sinobu tomo, yo ni aru koto kakure naku te, Uti ni kikosimesa m wo hazime te, hito no omohi iha m koto, yokara nu warahabe no kuti-zusabi ni naru beki na'meri. Ari ari te, okogamasiki na wo ya toru beki kana!" to, obosi megurasu.

 からうして、惟光朝臣参れり。夜中、暁といはず、御心に従へるものの、今宵しもさぶらはで、召しにさへおこたりつるを、憎しと思すものから、召し入れて、のたまひ出でむことのあへなきに、ふとも物言はれたまはず。右近、大夫のけはひ聞くに、初めよりのこと、うち思ひ出でられて泣くを、君もえ堪へたまはで、我一人さかしがり抱き持たまへりけるに、この人に息をのべたまひてぞ、悲しきことも思されける、とばかり、いといたく、えもとどめず泣きたまふ。
ややためらひて、「ここに、いとあやしきことのあるを、あさましと言ふにもあまりてなむある136。かかるとみの事には、誦経などをこそはすなれとて、その事どももせさせむ。願なども立てさせむとて、阿闍梨137ものせよ、と言ひつるは」とのたまふに、
「昨日、山へまかり上りにけり。まづ、いとめづらかなることにもはべるかな。かねて、例ならず御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ」
「さることもなかりつ」とて、泣きたまふさま、いとをかしげにらうたく、見たてまつる人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。
さいへど、年うちねび、世の中のとあることと、しほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむ方もなけれど、
「この院守などに聞かせむことは、いと便なかるべし。この人一人こそ睦しくもあらめ、おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ。まづ、この院を出でおはしましね」と言ふ。
「さて、これより人少ななる所はいかでかあらむ」とのたまふ。
「げに、さぞはべらむ。かの故里は、女房などの、悲しびに堪へず、泣き惑ひはべらむに、隣しげく、とがむる里人多くはべらむに、おのづから聞こえはべらむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、物紛るることはべらめ」と、思ひまはして、「昔、見たまへし女房の、尼にてはべる東山の辺に、移したてまつらむ。惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の、みづはぐみて住みはべるなり。辺りは、人しげきやうにはべれど、いとかごかにはべり」
と聞こえて、明けはなるるほどの紛れに、御車寄す。
この人をえ抱きたまふまじければ、上蓆におしくくみて、惟光乗せたてまつる。いとささやかにて、疎ましげもなく、らうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれ出でたるも、目くれ惑ひて、あさましう悲し、と思せば、なり果てむさまを見むと思せど、
「はや、御馬にて、二条院へおはしまさむ。人騒がしくなりはべらぬほどに」
とて、右近を添へて乗すれば、徒歩より、君に馬はたてまつりて、くくり引き上げなどして、かつは、いとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見たてまつれば、身を捨てて行くに、君は物もおぼえたまはず、我かのさまにて、おはし着きたり。
人々、「いづこより、おはしますにか。なやましげに見えさせたまふ」など言へば、御帳の内に入りたまひて、胸をおさへて思ふに、いといみじければ、「などて、乗り添ひて行かざりつらむ。生き返りたらむ時、いかなる心地せむ。見捨てて行きあかれにけりと、つらくや思はむ」と、心惑ひのなかにも、思ほすに、御胸せきあぐる心地したまふ。御頭も痛く、身も熱き心地して、いと苦しく、惑はれたまへば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と思す。
日高くなれど、起き上がりたまはねば、人々あやしがりて、御粥などそそのかしきこゆれど、苦しくて、いと心細く思さるるに、内裏より御使あり。昨日、え尋ね出でたてまつらざりしより、おぼつかながらせたまふ。大殿の君達参りたまへど、頭中将ばかりを、「立ちながら、こなたに入りたまへ」とのたまひて、御簾の内ながらのたまふ。
「乳母にてはべる者の、この五月のころほひより、重くわづらひはべりしが、頭剃り忌むこと受けなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このころ、またおこりて、弱くなむなりにたる、「今一度、とぶらひ見よ」と申したりしかば。いときなきよりなづさひし者の、今はのきざみに、つらしとや思はむ、と思うたまへてまかれりしに、その家なりける下人の、病しけるが、にはかに出であへで亡くなりにけるを、怖ぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出ではべりけるを、聞きつけはべりしかば、神事なるころ、いと不便なること、と思うたまへかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶき病みにやはべらむ、頭いと痛くて苦しくはべれば、いと無礼にて聞こゆること」
などのたまふ。中将、
「さらば、さるよしをこそ奏しはべらめ。昨夜も、御遊びに、かしこく求めたてまつらせたまひて。御気色悪しくはべりき」と聞こえたまひて、立ち返り、「いかなる行き触れにかからせたまふぞや。述べやらせたまふことこそ、まことと思うたまへられね」
と言ふに、胸つぶれたまひて、
「かく、こまかにはあらで、ただ、おぼえぬ穢らひに触れたるよしを、奏したまへ。いとこそたいだいしくはべれ」
と、つれなくのたまへど、心のうちには、言ふかひなく悲しきことを思すに、御心地も悩ましければ、人に目も見合せたまはず。蔵人弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ。大殿などにも、かかることありて、え参らぬ御消息など聞こえたまふ。

 ようやくのことで、惟光朝臣が参上した。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、お呼び出しにまで遅れて参ったのを、憎らしいとお思いになるものの、呼び入れて、おっしゃろうとする内容が情けないので、すぐには何もおっしゃれない。右近は、大夫の様子を聞くと、初めからのことが、つい思い出されて泣くが、君も我慢なされず、自分一人気丈夫に抱いていらっしゃったが、この人を見てほっとなさって、悲しい気持ちにおなりになるのであったが、しばらくは、まことに大変にとめどもなくお泣きになる。
やっと気持ちを落ち着けて、「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言っても言いようのないほどだ。このような危急のことには、誦経などをすると言うので、その手配をさせよう。願文なども立てさせようと思って、阿闍梨に来るようにと、言ってやったのは」
とおっしゃると、
「昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございましたのでしょうか」
「そのようなこともなかった」と言って、お泣きになる様子、とても優美でいたわしく、拝見する人もほんとうに悲しくて、自分も声を上げて泣いた。
何と言っても、年もとり、世の中のあれやこれやと、経験を積んだ人は、非常の時には頼もしいのであるが、どちらもどちらも若者同士で、どうしようもないが、
「この院の管理人などに聞かせることは、まことに不都合でしょう。この管理人一人は親密であっても、自然と口をすべらしてしまう身内も中にはいることでしょう。まずは、この院をお出なさいましね」と言う。
「ところで、ここより人少なな所がどうしてあろうか」とおっしゃる。
「なるほど、そうでございましょう。あの元の家は、女房などが、悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くございましょうから、自然と噂が立ちましょうが、山寺は、何と言ってもこのようなことも、自然ありがちで、目立たないことでございましょう」と、思案して、「昔、存じておりました女房が、尼になって住んでおります東山の辺に、お移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」
と申し上げて、夜が明けて騒がしくなるころの騒がしさに紛れて、お車を寄せる。
この女をお抱きになることができそうにないので、上筵に包んで、惟光がお乗せ申す。とても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。しっかりとも包んでないので、髪はこぼれ出ているのも、目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、とお思いになると、最後の様子を見届けたい、とお思いになるが、
「早く、お馬で、二条院へお帰りあそばしますよう。人騒がしくなりませぬうちに」
と言って、右近を添えて乗せると、徒歩で、君に馬はお譲り申して、裾を括り上げなどをして、かつ一方では、とても変で、奇妙な野辺送りだが、お悲しみの深いことを拝見すると、自分のことは考えずに行くが、君は何もお考えになれず、茫然自失の態で、お帰りになった。
女房たちは、「どこから、お帰りあそばしましたか。気分が悪そうにお見えあそばします」などと言うが、御帳の内側にお入りになって、胸を押さえて思うと、まことに悲しいので、「どうして、一緒に乗って行かなかったのだろう。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってしまったと、辛く思うであろうか」と、気が動転しているうちにも、お思いやると、お胸のせき上げてくる気がなさる。お頭も痛く、身体も熱っぽい感じがして、とても苦しく、どうしてよいやら分からない気がなさるので、「こう元気がなくて、自分も死んでしまうのかも知れない」とお思いになる。
日は高くなるが、起き上がりなさらないので、女房たちは不思議に思って、お粥などをお勧め申し上げるが、気分が悪くて、とても気弱くお思いになっているところに、内裏からお使者が来る。昨日、お探し申し上げられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。大殿の公達が参上なさるが、頭中将だけを、「立ったままで、ここにお入り下さい」とおっしゃって、御簾の内側のままでお話しなさる。
「乳母でございます者が、この五月のころから、重く患っておりました者が、髪を切り、受戒などをして、その甲斐があってか、生き返っていましたが、最近、再発して、弱くなっていますのが、「今一度、見舞ってくれ」と申していたので。幼いころから馴染んだ人が、今はの際に、辛いと思うだろうと、存じて参っていたところ、その家にいた下人で、病気していたのが、急に暇をとる間もなく亡くなってしまったのを、恐れ慎んで、日が暮れてから運び出したのを、聞きつけたので。神事のあるころで、まことに不都合なこと、と存じ謹慎して、参内できないのです。この早朝から、風邪でしょうか、頭がとても痛くて苦しうございますので、大変失礼したまま申し上げます次第」
などとおっしゃる。中将は、
「それでは、そのような旨を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、畏れ多くもお探し申しあそばされて。御機嫌悪うございました」と申し上げなさって、また引き返して、「どのような穢れに遭遇あそばしたのですか。ご説明あそばされたことは、本当とは存じられません」
と言うので、胸がどきりとなさって、
「このように、詳しくではなく、ただ、意外な穢れに触れた由を、奏上なさって下さい。まったく不都合なことでございます」
と、さりげなくおっしゃるが、心中は、どうしようもなく悲しい事とお思いになるにつけ、ご気分もすぐれないので、誰ともお顔を合わせなさらない。蔵人の弁を呼び寄せて、きまじめにその旨を奏上させなさる。大殿などにも、これこれの事情があって、参上できないお手紙などを差し上げなさる。

 [4-5 Genji comes back to his home]
 Karausite, Koremitu-no-Asom mawire ri. Yonaka, akatuki to iha zu, mi-kokoro ni sitagahe ru mono-no, koyohi si mo saburaha de, mesi ni sahe okotari turu wo, nikusi to obosu mono-kara, mesi-ire te, notamahi ide m koto no ahenaki ni, huto mo mono iha re tamaha zu. Ukon, Taihu no kehahi kiku ni, hazime yori no koto, uti-omohi-ide rare te naku wo, Kimi mo e tahe tamaha de, ware hitori sakasi-gari idaki mo'tamahe ri keru ni, kono hito ni iki wo nobe tamahi te zo, kanasiki koto mo obosa re keru, to bakari, ito itaku, e mo todome zu naki tamahu.
 Yaya tamerahi te, "Koko ni, ito ayasiki koto no aru wo, asamasi to ihu ni mo amari te nam aru. Kakaru tomi no koto ni ha, zukyau nado wo koso ha su nare tote, sono koto-domo mo se sase m. Gwan nado mo tate sase m tote, Azari monose yo, to ihi turu ha" to notamahu ni,
 "Kinohu, yama he makari nobori ni keri. Madu, ito meduraka naru koto ni mo haberu kana! Kanete, rei nara zu mi-kokoti monose sase tamahu koto ya haberi tura m?"
 "Saru koto mo nakari tu." tote, naki tamahu sama, ito wokasi-ge ni rautaku, mi tatematuru hito mo ito kanasiku te, onore mo yoyo to naki nu.
 Sa ihe do, tosi uti-nebi, yononaka no to aru koto to, sihozimi nuru hito koso, mono no worihusi ha tanomosikari kere, idure-mo idure-mo wakaki-doti ni te, iha m kata nakere do,
 "Kono Win-mori nado ni kikase m koto ha, ito bin-nakaru besi. Kono hito hitori koso mutumasiku mo ara me, onodukara mono ihi-morasi tu beki kwenzoku mo tati maziri tara m. Madu, kono Win wo ide ohasimasi ne." to ihu.
 "Sate, kore yori hito-zukuna naru tokoro ha ikade ka ara m." to notamahu.
 "Geni, sa zo habera m. Kano hurusato ha, nyoubau nado no, kanasibi ni tahe zu, naki madohi habera m ni, tonari sigeku, togamuru sato-bito ohoku habera m ni, onodukara kikoye habera m wo, yama-dera koso, naho kayau no koto, onodukara yuki maziri, mono magiruru koto habera me." to, omohi mahasi te, "Mukasi, mi tamahe si nyoubau no, ama ni te haberu Himgasi-yama no atari ni, utusi tatematura m. Koremitu ga titi no Asom no menoto ni haberi si mono no, miduhagumi te sumi haberu nari. Atari ha, hito sigeki yau ni habere do, ito kagoka ni haberi."
 to kikoye te, ake hanaruru hodo no magire ni, mi-kuruma yosu.
 Kono hito wo e idaki tamahu mazikere ba, uha-musiro ni osi-kukumi te, Koremitu nose tatematuru. Ito sasayaka ni te, utomasi-ge mo naku, rauta-ge nari. Sitataka ni si mo e se ne ba, kami ha kobore ide taru mo, me kure madohi te, asamasiu kanasi, to obose ba, nari-hate m sama wo mi m to obose do,
 "Haya, ohom-mma ni te, Nideu-no-Win he ohasimasa m. Hito sawagasiku nari habera nu hodo ni."
 tote, Ukon wo sohe te nosure ba, kati yori, Kimi ni mma ha tetematuri te, kukuri hiki-age nado si te, katu ha, ito ayasiku, oboye nu okuri nare do, mi-kesiki no imiziki wo mi tatemature ba, mi wo sute te yuku ni, Kimi ha mono mo oboye tamaha zu, ware-ka no sama ni te, ohasi tuki tari.
 Hito-bito, "Iduko yori, ohasimasu ni ka? Nayamasi-ge ni miye sase tamahu." nado ihe ba, mi-tyau no uti ni iri tamahi te, mune wo osahe te, omohu ni, ito imizikere ba, "Nado te, nori sohi te ika zari tura m. Iki-kaheri tara m toki, ika naru kokoti se m. Mi-sute te yuki akare ni keri to, turaku ya omoha m." to, kokoro-madohi no naka ni mo, omohosu ni, ohom-mune seki aguru kokoti si tamahu. Mi-gusi mo itaku, mi mo atuki kokoti si te, ito kurusiku, madoha re tamahe ba, "Kaku hakanaku te, ware mo itadura ni nari nuru na'meri." to obosu.
 Hi takaku nare do, oki-agari tamaha ne ba, hito-bito ayasi-gari te, ohom-kayu nado sosonokasi kikoyure do, kurusiku te, ito kokoro-bosoku obosa ruru ni, Uti yori ohom-tukahi ari. Kinohu, e tadune ide tatematura zari si yori, obotukanagara se tamahu. Ohoi-dono no Kin-dati mawiri tamahe do, Tou-no-Tiuzyau bakari wo, "Tati nagara, konata ni iri tamahe." to notamahi te, mi-su no uti nagara notamahu.
 "Menoto ni te haberu mono no, kono Go-gwati no korohohi yori, omoku wadurahi haberi si ga, kasira sori imu koto uke nado si te, sono sirusi ni ya, yomigaheri tari si wo, kono-koro, mata okori te, yowaku nam nari ni taru, 'Ima hito-tabi, toburahi mi yo.' to mausi tari sika ba. Itokinaki yori nadusahi si mono no, ima ha no kizami ni, turasi to ya omoha m, to omou tamahe te makare ri si ni, sono ihe nari keru simo-bito no, yamahi si keru ga, nihaka ni ide-ahe de nakunari ni keru wo, odi-habakari te, hi wo kurasi te nam tori-ide haberi keru wo, kiki-tuke haberi sika ba, kamu-waza naru koro, ito hu-bin naru koto, to omou tamahe kasikomari te, e mawira nu nari. Kono akatuki yori, sihabuki yami ni ya habera m, kasira ito itaku te kurusiku habere ba, ito mu-rai ni te kikoyuru koto."
 nado notamahu. Tiuzyau,
 "Sa'ra ba, saru yosi wo koso sousi habera me. Yobe mo, ohom-asobi ni, kasikoku motome tatematura se tamahi te. Mi-kesiki asiku haberi ki." to kikoye tamahi te, tati kaheri, "Ikanaru yukibure ni kakara se tamahu zo ya? Nobe-yara se tamahu koto koso, makoto to omou tamahe rare ne."
 to ihu ni, mune tubure tamahi te,
 "Kaku, komaka ni ha ara de, tada, oboye nu kegarahi ni hure taru yosi wo, sou-si tamahe. Ito koso tai-daisiku habere."
 to, turenaku notamahe do, kokoro no uti ni ha, ihu-kahi naku kanasiki koto wo obosu ni, mi-kokoti mo nayamasikere ba, hito ni me mo mi-ahase tamaha zu. Kuraudo-no-Ben wo mesi-yose te, mame-yaka ni kakaru yosi wo sou-se sase tamahu. Ohoi-dono nado ni mo, kakaru koto ari te, e mawira nu ohom-seusoko nado kikoye tamahu.

 日暮れて、惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人々も、皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、
「いかにぞ。今はと見果てつや」
とのたまふままに、袖を御顔に押しあてて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、
「今は限りにこそはものしたまふめれ。長々と籠りはべらむも便なきを。明日なむ、日よろしくはべれば138、とかくの事、いと尊き老僧の、あひ知りてはべるに、言ひ語らひつけはべりぬる」と聞こゆ。
「添ひたりつる女はいかに」とのたまへば、
「それなむ、また、え生くまじくはべるめる。我も後れじと惑ひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなむ見たまへつる。『かの故里人に告げやらむ』と申せど、『しばし、思ひしづめよ、と。ことのさま思ひめぐらして』となむ、こしらへおきはべりつる」
と、語りきこゆるままに、いといみじと思して、
「我も、いと心地悩ましく、いかなるべきにかとなむおぼゆる」とのたまふ。
「何か、さらに思ほしものせさせたまふ。さるべきにこそ、よろづのこと、はべらめ。人にも漏らさじと思うたまふれば、惟光おり立ちて、よろづはものしはべる」など申す。
「さかし。さ皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。少将の命婦などにも聞かすな。尼君ましてかやうのことなど、諌めらるるを、心恥づかしくなむおぼゆべき」と、口かためたまふ。
「さらぬ法師ばらなどにも、皆、言ひなすさま異にはべる」
と聞こゆるにぞ、かかりたまへる。
ほの聞く女房など、「あやしく、何ごとならむ、穢らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、また、かくささめき嘆きたまふ」と、ほのぼのあやしがる。
「さらに事なくしなせ」と、そのほどの作法のたまへど、
「何か、ことことしくすべきにもはべらず」
とて立つが、いと悲しく思さるれば、
「便なしと思ふべけれど、今一度、かの亡骸を見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬139にてものせむ」
とのたまふを、いとたいだいしきこととは思へど、
「さ思されむは、いかがせむ。はや、おはしまして、夜更けぬ先に帰らせおはしませ」
と申せば、このころの御やつれにまうけたまへる、狩の御装束着替へなどして出でたまふ。
御心地かきくらし、いみじく堪へがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危かりし物懲りに、いかにせむと思しわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、「ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見む」と、思し念じて、例の大夫、随身を具して出でたまふ。
道遠くおぼゆ。十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、鳥辺野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも、何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。
辺りさへすごきに、板屋のかたはらに堂建てて行へる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明の影、ほのかに透きて見ゆ。その屋には、女一人泣く声のみして、外の方に、法師ばら二、三人物語しつつ、わざとの声立てぬ念仏ぞする。寺々の初夜も、みな行ひ果てて、いとしめやかなり。清水の方ぞ、光多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳の声尊くて、経うち誦みたるに、涙の残りなく思さる。
入りたまへれば、火取り背けて、右近は屏風隔てて臥したり。いかにわびしからむと、見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらへて、
「我に、今一度、声をだに聞かせたまへ。いかなる昔の契りにかありけむ、しばしのほどに、心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち捨てて、惑はしたまふが、いみじきこと」
と、声も惜しまず、泣きたまふこと、限りなし。
大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひて、皆、涙落としけり。
右近を、「いざ、二条へ」とのたまへど、
「年ごろ、幼くはべりしより、片時たち離れたてまつらず、馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、いづこにか帰りはべらむ。いかになりたまひにきとか、人にも言ひはべらむ。悲しきことをばさるものにて、人に言ひ騒がれはべらむが、いみじきこと」と言ひて、泣き惑ひて、「煙にたぐひて、慕ひ参りなむ」と言ふ。
「道理なれど、さなむ世の中はある。別れと言ふもの、悲しからぬはなし。とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひ慰めて、我を頼め」と、のたまひこしらへて、「かく言ふ我が身こそは、生きとまるまじき心地すれ」
とのたまふも、頼もしげなしや。
惟光、「夜は、明け方になりはべりぬらむ。はや帰らせたまひなむ」
と聞こゆれば、返りみのみせられて、胸もつと塞がりて出でたまふ。
道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなく惑ふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、うち交はしたまへりしが、我が御紅の御衣の着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと道すがら思さる。御馬にも、はかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また、惟光添ひ助けておはしまさするに、堤のほどにて、御馬よりすべり下りて、いみじく御心地惑ひければ、
「かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらに、え行き着くまじき心地なむする」
とのたまふに、惟光心地惑ひて、「我がはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率て出でたてまつるべきかは」と思ふに、いと心あわたたしければ、川140の水に手を洗ひて、清水の観音を念じたてまつりても、すべなく思ひ惑ふ。
君も、しひて御心を起こして、心のうちに仏を念じたまひて、また、とかく助けられたまひてなむ、二条院へ帰りたまひける。
あやしう夜深き御歩きを、人々、「見苦しきわざかな。このころ、例よりも静心なき御忍び歩きの、しきるなかにも、昨日の御気色の、いと悩ましう思したりしに。いかでかく、たどり歩きたまふらむ」と、嘆きあへり。
まことに、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、二、三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも、聞こしめし、嘆くこと限りなし。御祈り、方々に隙なくののしる。祭、祓、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騷ぎなり。
苦しき御心地にも、かの右近を召し寄せて、局など近くたまひて、さぶらはせたまふ。惟光、心地も騒ぎ惑へど、思ひのどめて、この人のたづきなしと思ひたるを、もてなし助けつつさぶらはす。
君は、いささか隙ありて思さるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交じらひつきたり。服、いと黒くして、容貌などよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。
「あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえあるまじきなめり141。年ごろの頼み失ひて、心細く思ふらむ慰めにも、もしながらへば、よろづに育まむとこそ思ひしか、ほどなくまたたち添ひぬべきが、口惜しくもあるべきかな」
と、忍びやかにのたまひて、弱げに泣きたまへば、言ふかひなきことをばおきて、「いみじく惜し」と思ひきこゆ。
殿のうちの人、足を空にて思ひ惑ふ。内裏より、御使、雨の脚よりもけにしげし。思し嘆きおはしますを聞きたまふに、いとかたじけなくて、せめて強く思しなる。大殿も経営したまひて、大臣、日々に渡りたまひつつ、さまざまのことをせさせたまふ、しるしにや、二十余日、いと重くわづらひたまひつれど、ことなる名残のこらず、おこたるさまに見えたまふ。
穢らひ忌みたまひしも、一つに142満ちぬる夜なれば、おぼつかながらせたまふ御心、わりなくて、内裏の御宿直所に参りたまひなどす。大殿、我が御車にて迎へたてまつりたまひて、御物忌なにやと、むつかしう慎ませたてまつりたまふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえたまふ。

 日が暮れて、惟光が参上した。これこれの穢れがあるとおっしゃって、お見舞いの人々も、皆立ったままで帰るので、人目は多くない。呼び寄せて、
「どうであったか。臨終と見届けたか」
とおっしゃると同時に、袖をお顔に押し当ててお泣きになる。惟光も泣きながら、
「もはやご最期のようでいらっしゃいます。長々と一緒に籠っておりますのも不都合なので。明日、日柄がよろしうございますので、あれこれのこと、大変に尊い老僧で、知っております者に、連絡をつけました」と申し上げる。
「付き添っていた女はどうしたか」とおっしゃると、
「その者も、同様に、生きられそうにございませんようです。自分も死にたいと取り乱しまして、今朝は谷に飛び込みそうになったのを拝見しました。『あの前に住んでいた家の人に知らせよう』と申しますが、『今しばらく、落ち着きなさい、と。事情をよく考えてからに』と、宥めておきました」
とご報告申すにつれて、とても悲しくお思いになって、
「わたしも、とても気分が悪くて、どうなってしまうのであろうかと思われる」とおっしゃる。
「何を、この上くよくよお考えあそばしますか。そうなる運命で、万事があったので、ございましょう。誰にも聞かせまいと存じますので、惟光めが身を入れて、万事始末いたします」などと申す。
「そうだ。そのように何事も思ってはみるが、いい加減な遊び心から、人を死なせてしまった非難を受けねばならないのが、まことに辛いのだ。少将命婦などにも聞かせるな。尼君はましてこのようなことなど、お叱りになるから、恥ずかしい気がしよう」と、口封じなさる。
「その他の法師たちなどにも、すべて、説明は別々にしてございます」
と申し上げるので、頼りになさっている。
かすかに事情を聞く女房など、「変だ、何事だろうか、穢れに触れた旨をおっしゃって、宮中へも参内なさらず、また、このようにひそひそと話して嘆いていらっしゃる」と、ぼんやり不思議がる。
「重ねて無難に取り計らえ」と、葬式の作法をおっしゃるが、
「いやいや、大げさにする必要もございません」
と言って立つが、とても悲しく思わずにはいらっしゃれないので、
「きっと不都合なことと思うだろうが、今一度、あの死骸を見ないのが、とても心残りだから、馬で行ってみたい」
とおっしゃるのを、とても厄介な事だとは思うが、
「そのようにお思いになるならば、仕方ございません。早く、お出かけあそばして、夜が更けない前にお帰りあそばしませ」
と申し上げるので、最近のお忍び用にお作りになった、狩衣のご衣装に着替えなどしてお出かけになる。
お心はまっ暗闇で、大変に堪らないので、このような変な道に出て来たものの、危なかった懲り事で、どうしようかとお悩みになるが、やはり悲しみの晴らしようがなく、「現在の亡骸を見ないでは、再び来世で生前の姿を見られようか」と、悲しみを堪えなさって、いつものように惟光大夫、随身とを連れてお出掛けになる。
道中、遠く感じられる。十七日の月がさし出て、河原の辺り、御前駆の松明も仄かであるし、鳥辺野の方角などを見やった時など、何となく気味悪いのも、何ともお感じにならず、心乱れなさって、お着きになった。
周囲一帯までがぞっとする所なのに、板屋の隣に堂を建ててお勤めしている尼の家は、まことにもの寂しい。御燈明の光が、微かに隙間から見える。その家には、女一人の泣く声ばかりして、外の方に、法師たち二、三人が話をしいしい、特に声を立てない念仏を唱えている。寺々の初夜も、皆、お勤めが終わって、とても静かである。清水寺の方角は、光が多く見え、人の気配がたくさんあるのであった。この尼君の子である大徳が尊い声で、経を読んでいるので、涙も涸れんばかりに思わずにはいらっしゃれない。
お入りになると、燈火を背けて、右近は屏風を隔てて臥していた。どんなに侘しく思っているだろう、と御覧になる。気味悪さも感じられず、とてもかわいらしい様子をして、まだ少しも変わった所がない。手を握って、
「わたしに、もう一度、声だけでもお聞かせ下さい。どのような前世からの因縁があったのだろうか、少しの間に、心の限りを尽くして愛しいと思ったのに、残して逝って、途方に暮れさせなさるのが、あまりのこと」
と、声も惜しまず、お泣きになること、際限がない。
大徳たちも、誰とは知らないが、子細があると思って、皆、涙を落とした。
右近に、「さあ、二条へ」とおっしゃるが、
「長年、幼うございました時から、片時もお離れ申さず、馴れ親しみ申し上げてきた人に、急にお別れ申して、どこに帰ったらよいのでございましょう。どのようにおなりになったと、皆に申せましょう。悲しいことはさておいて、皆にとやかく言われましょうことが、辛いことで」と言って、泣き崩れて、「煙と一緒になって、後をお慕い申し上げましょう」と言う。
「ごもっともだが、世の中はそのようなものである。別れというもので、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、同じく寿命で定まったものである。気を取り直して、わたしを頼れ」と、お慰めになりながらも、「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」
とおっしゃるのも、頼りない話である。
惟光、「夜は、明け方になってしまいましょう。早くお帰りあそばしませ」
と申し上げるので、振り返り振り返りばかりされて、胸も一杯のままお出になる。
道中とても露っぽいところに、更に大変な朝霧で、どこだか分からないような気がなさる。昨夜の姿のままに横たわっていた様子、互いにお掛け合いになって寝たが、その自分の紅のご衣装が着せ掛けてあったことなど、どのような前世の因縁であったのかと、道すがらお思いになる。お馬にも、しっかりとお乗りになることができそうにないご様子なので、再び、惟光が介添えしてお帰りあそばさせるが、堤の辺りで、馬からすべり下りて、ひどくご惑乱なさったので、
「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」
とおっしゃるので、惟光も困惑して、「自分がしっかりしていたら、あのようにおっしゃっても、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかった」と反省すると、とても気が急くので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。
君も、無理に気を取り直して、心中に仏を拝みなさって、再び、あれこれ助けられなさって、二条院へお帰りになるのであった。
奇妙な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「みっともないこと。最近、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、うち続く中でも、昨日のご様子が、とても苦しそうでしたが。どうしてこのように、ふらふらお出歩きなさるのでしょう」と、嘆き合っていた。
ほんとうに、お臥せりになったままに、とてもひどくお苦しみになって、二、三日にもなったので、すっかり衰弱のようでいらっしゃる。帝におかせられても、お耳にあそばされ、嘆かれることはこの上ない。御祈祷を、方々の寺々にひっきりなしに大騒ぎする。祭り、祓い、修法など、数え上げたらきりがない。この世にまたとなく美しいご様子なので、長生きあそばされないのではないかと、国中の人々の騷ぎである。
苦しいご気分ながらも、あの右近を呼び寄せて、部屋などを近くにお与えになって、お仕えさせなさる。惟光は、気も転倒し慌てているが、気を落ち着けて、この右近が主人を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら仕えさせる。
君は、少し気分のよろしく思われる時は、呼び寄せて使ったりなどなさるので、まもなく馴染んだ。喪服は、とても黒いのを着て、器量など良くはないが、どこといって欠点のない若い女である。
「不思議に短かったご宿縁に引かれて、わたしも生きていられないような気がする。長年の主人を亡って、心細く思っていましょう慰めにも、もし生きながらえたら、いろいろと面倒を見たいと思ったが、まもなく自分も後を追ってしまいそうなのが、残念なことだ」
と、ひっそりとおっしゃって、弱々しくお泣きになるので、今さら言ってもしかたないことはさて措いても、「はなはだもったいないことだ」とお思い申し上げる。
お邸の人々は、足も地に着かないほど慌てる。内裏から、御勅使が、雨脚よりも格段に頻繁にある。お嘆きあそばされていらっしゃるのをお聞きになると、まことに恐れ多くて、無理に気を強くお持ちになる。大殿邸でも一生懸命に世話をなさって、大臣が、毎日お越しになっては、さまざまな加持祈祷をおさせなさる、その効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていらしゃったが、格別の余病もなく、回復された様子にお見えになる。
穢れを忌んでいらした期間と重なって明けた夜なので、御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、宮中のご宿直所に参内などなさる。大殿は、ご自分のお車でお迎え申し上げなさって、御物忌みや何やかやと、うるさくお慎みさせ申し上げなさる。ぼんやりとして、別世界にでも生き返ったように、暫くの間はお感じになる。

 [4-6 Yugao's funeral on the night of 17]
 Hi kure te, Koremitu mawire ri. Kakaru kegarahi ari to notamahi te, mawiru hito-bito mo, mina tati-nagara makadure ba, hito sigekara zu. Mesi- yose te,
 "Ikani zo? Ima-ha to mi-hate tu ya?"
 to notamahu mama ni, sode wo ohom-kaho ni osi-ate te naki tamahu. Koremitu mo naku naku,
 "Ima ha kagiri ni koso ha monosi tamahu mere. Naga-naga to komori habera m mo bin-naki wo. Asu nam, hi yorosiku habere ba, tokaku no koto, ito tahutoki rau-sou no, ahi-siri te haberu ni, ihi katarahi tuke haberi nuru."
 to kikoyu.
 "Sohi tari turu Womna ha ika ni?" to notamahe ba,
 "Sore nam, mata, e iku maziku haberu meru. Ware mo okure zi to madohi haberi te, kesa ha tani ni oti-iri nu to nam mi tamahe turu. 'Kano hurusato-bito ni tuge yara m.' to mause do, 'Sibasi, omohi-sidume yo,to. Koto no sama omohi-megurasi te.' to nam, kosirahe-oki haberi turu."
 to, katari kikoyuru mama ni, ito imizi to obosi te,
 "Ware mo, ito kokoti nayamasiku, ika naru beki ni ka to nam oboyuru." to notamahu.
 "Nani ka, sara ni omohosi monose sase tamahu. Saru beki ni koso, yorodu no koto, habera me. Hito ni mo morasa zi to omou tamahure ba, Koremitu ori-tati te, yorodu ha monosi habru." nado mausu.
 "Sakasi. Sa mina omohi nase do, ukabi taru kokoro no susabi ni, hito wo itadura ni nasi turu kagoto ohi nu beki ga, ito karaki nari. Seusyau-no-Myaubu nado ni mo kikasu na! Ama-Gimi masite kayau no koto nado, isame raruru wo, kokoro- hadukasiku nam oboyu beki." to, kuti-katame tamahu.
 "Sa'ra nu hohusi-bara nado ni mo, mina, ihi-nasu sama koto ni haberu."
 to kikoyuru ni zo, kakari tamahe ru.
 Hono-kiku nyoubau nado, "Ayasiku, nani goto nara m, kegarahi no yosi notamahi te, Uti ni mo mawiri tamaha zu, mata, kaku sasameki nageki tamahu" to, hono-bono ayasi-garu.
 "Sara ni koto naku si nasa se." to, sono hodo no sahohu notamahe do,
 "Nani ka, koto-kotosiku su beki ni mo habera zu."
 tote tatu ga, ito kanasiku obosa rure ba,
 "Bin nasi to omohu bekere do, ima hito-tabi, kano nakigara wo mi zara m ga, ito ibusekaru beki wo, mma nite monose m."
 to notamahu wo, ito tai-daisiki koto to ha omohe do,
 "Sa obosa re m ha, ikaga se m. Haya, ohasimasi te, yo huke nu saki ni kahera se ohasimase."
 to mause ba, kono koro no ohom-yature ni mauke tamahe ru, kari no ohom-sauzoku ki-kahe nado si te ide tamahu.
 Mi-kokoti kaki-kurasi, imiziku tahe gatakere ba, kaku ayasiki miti ni ide-tati te mo, ayahukari si mono-gori ni, ika ni se m to obosi wadurahe do, naho kanasisa no yaru kata naku, "Tada ima no kara wo mi de ha, mata itu no yo ni ka ari si katati wo mo mi m." to, obosi nen-zi te, rei no Taihu, zuizin wo gu-si te ide tamahu.
 Miti tohoku oboyu. Zihu-siti-niti no tuki sasi-ide te, kahara no hodo, ohom-saki no hi mo honoka naru ni, Toribe-no no kata nado mi yari taru hodo nado, mono-mutukasiki mo, nani to mo oboye tamaha zu, kaki-midaru kokoti si tamahi te, ohasi tuki nu.
 Atari sahe sugoki ni, ita-ya no katahara ni dau tate te okonahe ru ama no sumahi, ito ahare nari. Mi-akasi no kage, honoka ni suki te miyu. Sono ya ni ha, Womna hitori naku kowe nomi si te, to no kata ni, hohusi-bara ni, sam-nin monogatari si tutu, wazato no kowe tate nu nenbutu zo suru. Tera-dera no soya mo, mina okonahi hate te, ito sime-yaka nari. Kiyomizu no kata zo, hikari ohoku miye, hito no kehahi mo sigekari keru. Kono Ama-Gimi no ko naru Daitoko no kowe tahutoku te, kyau uti-yomi taru ni, namida nokori naku obosa ru.
 Iri tamahe re ba, hi tori somuke te, Ukon ha byaubu hedate te husi tari. Ika ni wabisikara m to, mi tamahu. Osorosiki ke mo oboye zu, ito rauta-ge naru sama si te, mada isasaka kahari taru tokoro nasi. Te wo torahe te,
 "Ware ni, ima hito-tabi kowe wo dani kika se tamahe. Ika naru mukasi no tigiri ni ka ari kem, sibasi no hodo ni, kokoro wo tukusi te ahare ni omohoye si wo, uti-sute te, madohasi tamahu ga, imiziki koto."
 to, kowe mo wosima zu, naki tamahu koto, kagiri nasi.
 Daitoko-tati mo, tare to ha sira nu ni, ayasi to omohi te, mina, namida otosi keri.
 Ukon wo, "Iza, Nideu he." to notamahe do,
 "Tosi-goro, wosanaku haberi si yori, kata-toki tati-hanare tatematura zu, nare kikoye turu hito ni, nihaka ni wakare tatematuri te, iduko ni ka kaheri habera m. Ika ni nari tamahi ni ki to ka, hito ni ihi habera m. Kanasiki koto wo ba saru mono ni te, hito ni ihi sawaga re habera m ga, imiziki koto." to ihi te, naki madohi te, "Keburi ni taguhi te, sitahi mawiri nam." to ihu.
 "Kotowari nare do, sa nam yononaka ha aru. Wakare to ihu mono, kanasikara nu ha nasi. To aru mo kakaru mo, onazi inoti no kagiri aru mono ni nam aru. Omohi nagusame te, ware wo tanome." to, notamahi kosirahe te, "Kaku ihu waga-mi koso ha, iki tomaru maziki kokoti sure."
 to notamahu mo, tanomosi-ge nasi ya!
 Koremitu, "Yo ha, akegata ni nari haberi nu ram. Haya kahera se tamahi nam."
 to kikoyure ba, kaheri-mi nomi se rare te, mune mo tuto hutagari te ide tamahu.
 Miti ito tuyu-keki ni, itodosiki asa-giri ni, iduko to mo naku madohu kokoti si tamahu. Ari-si-nagara uti-husi tari turu sama, uti-kahasi tamahe ri si ga, waga ohom-kurenawi no ohom-zo no ki rare tari turu nado, ika nari kem tigiri ni ka to miti sugara obosa ru. Ohom-mma ni mo, haka-bakasiku nori tamahu maziki ohom-sama nare ba, mata, Koremitu sohi-tasuke te ohasimasa suru ni, tutumi no hodo ni te, ohom-mma yori suberi ori te, imiziku mi-kokoti madohi kere ba,
 "Kakaru miti no sora ni te, hahure nu beki ni ya ara m? Sara ni, e iki-tuku maziki kokoti nam suru."
 to notamahu ni, Koremitu kokoti madohi te, "Waga haka-bakasiku ha, sa notamahu to mo, kakaru miti ni wi te ide tatematuru beki ka ha." to omohu ni, ito kokoro awatatasikere ba, kaha no midu ni te wo arahi te, Kiyomidu-no-Kwan'on wo nen-zi tatematuri te mo, sube naku omohi madohu.
 Kimi mo, sihite mi-kokoro wo okosi te, kokoro no uti ni Hotoke wo nen-zi tamahi te, mata, tokaku tasuke rare tamahi te nam, Nideu-no-Win he kaheri tamahi keru.
 Ayasiu yo-bukaki ohom-ariki wo, hito-bito, "Migurusiki waza kana! Kono koro, rei yori mo sidu-kokoro naki ohom-sinobi ariki no, sikiru naka ni mo, kinohu no mi-kesiki no, ito nayamasiu obosi tari si ni. Ikade kaku, tadori ariki tamahu ram." to, nageki-ahe ri.
 Makoto ni, husi tamahi nuru mama ni, ito itaku kurusi-gari tamahi te, ni,sam-niti ni nari nuru ni, muge ni yowaru yau ni si tamahu. Uti ni mo, kikosimesi, nageku koto kagiri nasi. Ohom-inori, kata-gata ni hima naku nonosiru. Maturi, harahe, zuhohu nado, ihi tukusu beku mo ara zu. Yo ni taguhi naku yuyusiki Ohom-arisama nare ba, yo ni nagaku ohasimasu maziki ni ya to, ame no sita no hito no sawagi nari.
 Kurusiki mi-kokoti ni mo, kano Ukon wo mesi-yose te, tubone nado tikaku tamahi te, saburaha se tamahu. Koremitu, kokoti mo sawagi madohe do, omohi nodome te, kono hito no taduki nasi to omohi taru wo, motenasi tasuke tutu saburaha su.
 Kimi ha, isasaka hima ari te obosa ruru toki ha, mesi ide te tukahi nado sure ba, hodo naku mazirahi tuki tari. Buku ito kuroku si te, katati nado yokara ne do, kataha ni mi-gurusikara nu waka-udo nari.
 "Ayasiu mizikakari keru ohom-tigiri ni hika sare te, ware mo yo ni e aru maziki na'meri. Tosi-goro no tanomi usinahi te, kokoro-bosoku omohu ram nagusame ni mo, mosi nagarahe ba, yorodu ni hagukuma m to koso omohi sika, hodo naku mata tati-sohi nu beki ga, kutiwosiku mo aru beki kana!"
 to, sinobi-yaka ni notamahi te, yowa-ge ni naki tamahe ba, ihu-kahi naki koto wo ba oki te, "Imiziku wosi" to omohi kikoyu.
 Tono no uti no hito, asi wo sora ni te omohi madohu. Uti yori, ohom-tukahi, ame no asi yori mo keni sigesi. Obosi nageki ohasimasu wo kiki tamahu ni, ito katazikenaku te, semete tuyoku obosi naru. Ohoi-dono mo keimei-si tamahi te, Otodo, hi-bi ni watari tamahi tutu, sama-zama no koto wo se sase tamahu, sirusi ni ya, ni-zihu yo-niti, ito omoku wadurahi tamahi ture do, koto naru nagori nokora zu, okotaru sama ni miye tamahu.
 Kegarahi imi tamahi si mo, hito-tu ni miti nuru yo nare ba, obotukanagara se tamahu mi-kokoro, wari-naku te, Uti no ohom-tonowi dokoro ni mawiri tamahi nado su. Ohoi-dono, waga mi-kuruma ni te mukahe tatematuri tamahi te, ohom-monoimi nani ya to, mutukasiu tutusima se tatematuri tamahu. Ware ni mo ara zu, ara nu yo ni yomi-gaheri taru yau ni, sibasi ha oboye tamahu.

 九月二十日のほどにぞ、おこたり果てたまひて、いといたく面痩せたまへれど、なかなか、いみじく143なまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣きたまふ。見たてまつりとがむる人もありて、「御物の怪なめり」など言ふもあり。
右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に、物語などしたまひて、
「なほ、いとなむあやしき。などてその人と知られじとは、隠いたまへりしぞ。まことに海人の子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔てたまひしかばなむ、つらかりし」とのたまへば、
「などてか、深く隠しきこえたまふことははべらむ。いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを聞こえたまはむ。初めより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、『現ともおぼえずなむある』とのたまひて、『御名隠しも、さばかりにこそは』と聞こえたまひながら、『なほざりにこそ紛らはしたまふらめ』となむ、憂きことに思したり」と聞こゆれば、
「あいなかりける心比べどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただ、かやうに人に許されぬ振る舞ひをなむ、まだ慣らはぬことなる。内裏に諌めのたまはするをはじめ、つつむこと多かる身144にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所狭う、取りなしうるさき身のありさまになむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見たてまつりしも、かかるべき契りこそはものしたまひけめと思ふも、あはれになむ。またうち返し145、つらうおぼゆる。かう長かるまじきにては、など、さしも心に染みて、あはれとおぼえたまひけむ。なほ詳しく語れ。今は、何ごとを隠すべきぞ。七日七日に仏描かせても、誰が為とか、心のうちにも思はむ」とのたまへば、
「何か、隔てきこえさせはべらむ。自ら、忍び過ぐしたまひしことを、亡き御うしろに、口さがなくやは、と思うたまふばかりになむ。
親たちは、はや亡せたまひにき。三位中将となむ聞こえし。いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど、我が身のほどの心もとなさを思すめりしに、命さへ堪へたまはずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭中将なむ、まだ少将にものしたまひし時、見初めたてまつらせたまひて、三年ばかりは、志あるさまに通ひたまひしを、去年の秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしきことの聞こえ参で来しに、物怖ぢをわりなくしたまひし御心に、せむかたなく思し怖ぢて、西の京に、御乳母住みはべる所になむ、はひ隠れたまへりし。それもいと見苦しきに、住みわびたまひて、山里にうつろひなむと思したりしを、今年よりは塞がりける方にはべりければ、違ふとて、あやしき所にものしたまひしを、見あらはされたてまつりぬることと、思し嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみをしたまひて人に物思ふ気色を見えむを、恥づかしきものにしたまひて、つれなくのみもてなして、御覧ぜられたてまつりたまふめりしか」
と、語り出づるに、「さればよ」と、思しあはせて、いよいよあはれまさりぬ。
「幼き人惑はしたりと、中将の愁へしは、さる人や」と問ひたまふ。
「しか。一昨年の春ぞ、ものしたまへりし。女にて、いとらうたげになむ」と語る。
「さて、いづこにぞ。人にさとは知らせで、我に得させよ。あとはかなく、いみじと思ふ御形見に、いとうれしかるべくなむ」とのたまふ。「かの中将にも伝ふべけれど、言ふかひなきかこと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、育まむに咎あるまじきを。そのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひたまふ。
「さらば、いとうれしくなむはべるべき。かの西の京にて生ひ出でたまはむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこに」など聞こゆ。
夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵に描きたるやうにおもしろきを見わたして、心よりほかにをかしき交じらひかなと、かの夕顔の宿りを思ひ出づるも恥づかし。竹の中に家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞きたまひて、かのありし院にこの鳥の鳴きしを、いと恐ろしと思ひたりしさまの、面影にらうたく思し出でらるれば、
「年はいくつにかものしたまひし。あやしく世の人に似ず、あえかに見えたまひしも、かく長かるまじくてなりけり」とのたまふ。
「十九にやなりたまひけむ。右近は、亡くなりにける御乳母の捨て置きてはべりければ、三位の君のらうたがりたまひて、かの御あたり去らず、生ほしたてたまひしを思ひたまへ出づれば、いかでか世にはべらむとすらむ。いとしも人にと、146悔しくなむ。ものはかなげにものしたまひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろならひはべりけること」と聞こゆ。
「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。自らはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして人に欺かれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、あはれにて、我が心のままにとり直して見むに、なつかしくおぼゆべき」などのたまへば、
「この方の御好みには、もて離れたまはざりけり、と思ひたまふるにも、口惜しくはべるわざかな」とて泣く。
空のうち曇りて、風冷やかなるに、いといたく眺めたまひて、
「見し人の煙を雲と眺むれば
夕べの空もむつましきかな」
 と147独りごちたまへど、えさし答へも聞こえず。かやうにて、おはせましかば、と思ふにも、胸塞がりておぼゆ。耳かしかましかりし砧の音を、思し出づるさへ恋しくて、「まさに長き夜」148とうち誦じて、臥したまへり。

 九月二十日のころに、病状がすっかりご回復なさって、とてもひどく面やつれしていらっしゃるが、かえって、たいそう優美で、物思いに沈みがちに、声を立ててお泣きばかりなさる。拝見して怪しむ女房もいて、「お物の怪がお憑きのようだわ」などと言う者もいる。
右近を呼び出して、のどかな夕暮に、お話などなさって、
「やはり、とても不思議だ。どうして誰とも知られまいと、お隠しになっていたのか。本当に賎しい人であっても、あれほど愛しているのを知らず、隠していらっしゃったので、辛かった」とおっしゃると、
「どうして、深くお隠し申し上げなさる必要がございましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げなさることができましょう。初めから、不思議な思いもかけなかったご関係なので、『現実とは思えない』とおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でしょう』と存じ上げておられながら、『いい加減な遊び事として、お名前を隠していらっしゃるのだろう』と辛いことに、お思いになっていました」と申し上げるので、
「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験ないことなのだ。主上が御注意あそばすことを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言うのも、窮屈なで、大げさに取りなし厄介な身であるが、ふとした夕方の事から、妙に心に掛かって、無理算段してお通い申したのも、このような運命がおありだったのだろうと思うと、気の毒で。また反対に、恨めしく思われる。こう長くはない宿縁であったれば、どうして、あれほど心底から愛しく思われなさったのだろう。もう少し詳しく話せ。今はもう、何を隠す必要があろう。七日毎に仏画を描かせても、誰のためと、心中にも祈ろうか」とおっしゃると、
「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしては、と存じおりますばかりです。
ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもおかわいがり申し上げられていましたが、ご自分の出世の思うにまかせぬのをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こしたので、ものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなくお怖がりになって、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住みになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの方角でございましたので、違う方角へと思って、賎しい家においでになっていたところを、お見つけ申されてしまった事と、お嘆きのようでした。世間の人と違って、引っ込み思案をなさって、他人に物思いしている様子を見せるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、さりげないふうを装って、お目にかかっていらっしゃるようでございました」
と、話し出すと、「そうであったのか」と、お思い合わせになって、ますます不憫さが増した。
「幼い子を行く方知れずにしたと、中将が残念がっていたのは、その子か」とお尋ねになる。
「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」と申し上げる。
「ところで、どこに。誰にもそうとは知らせず、わたしに下さい。あっけなくて、悲しいと思っている人のお形見として、まことに嬉しいことだろう」とおっしゃる。「あの中将にも伝えるべきだが、言っても始まらない恨み言を言われるだろう。あれこれにつけて、お育てするに不都合はあるまいから。その一緒にいる乳母などにも違ったふうに言い繕って、連れて来てくれ」などとお話なさる。
「それならば、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、あちらに」などと申し上げる。
夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づいて行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのをお聞きになって、あの院でこの鳥が鳴いたのを、とても怖いと思っていた様子が、まぶたにかわいらしくお思い出されるので、
「年はいくつにおなりだったか。不思議に世間の人と違って、か弱くお見えであったのも、このように長生きできないからだったのだね」とおっしゃる。
「十九におなりだったでしょうか。右近めは、亡くなった乳母があとに残して逝きましたので、三位の君様がおかわいがり下さって、お側離れずにお育て下さいましたのを、思い出しますと、どうして生きておられましょう。どうしてこう深く親しんだのだろうと、悔やまれて。気弱そうでいらっしゃいました方のお気持ちを、頼むお方として、長年仕えてまいりましたこと」と申し上げる。
「頼りなげな人こそ、女はかわいらしいのだ。利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。自分自身がてきぱきとしっかりしていない性情から、女はただ素直で、うっかりすると男に欺かれてしまいそうなのが、そのくせ引っ込み思案で、男の心にはついていくのが、愛しくて、自分の思いのままに育てて一緒に暮らしたら、慕わしく思われることだろう」などと、おっしゃると、
「こちらのお好みには、きっとお似合いだったでしょうと、存じられますにつけても、残念なことでございますわ」と言って泣く。
空が少し曇って、風も冷たいので、とても感慨深く物思いに沈んで、
「恋しかった人が煙となり雲となってしまったと思って見ると
この夕方の空も親しく思われるよ」
と独り詠じられたが、ご返歌も申し上げられない。このように、生きていらしたならば、と思うにつけても、胸が一杯になる。耳障りであった砧の音を、お思い出しになるのまでが、恋しくて、「正に長き夜」と口ずさんで、お臥せりになった。

 [4-7 Genji gets well and remembers Yugao]
 Ku-gwati hatu-ka no hodo ni zo, okotari hate tamahi te, ito itaku omo-yase tamahe re do, naka-naka, imiziku namamekasiku te, nagame-gati ni, ne wo nomi naki tamahu. Mi tatematuri togamuru hito mo ari te, "Ohom-mono-no-ke na'meri" nado ihu mo ari.
 Ukon wo mesi-ide te, nodo-yaka naru yuhu-gure ni, monogatari nado si tamahi te,
 "Naho, ito nam ayasiki. Nadote sono hito to sira re zi to ha, kakui tamahe ri si zo? Makoto ni ama no ko nari to mo, sabakari ni omohu wo sira de, hedate tamahi sika ba nam, turakari si." to notamahe ba,
 "Nadote ka, hukaku kakusi kikoye tamahu koto ha habera m. Itu no hodo ni te ka ha, nani nara nu ohom-nanori wo kikoye tamaha m. Hazime yori, ayasiu oboye nu sama nari si ohom-koto nare ba, 'Ututu to mo oboye zu nam aru' to notamahi te, 'Ohom-na-gakusi mo, sabakari ni koso ha' to kikoye tamahi nagara, 'Nahozari ni koso magirahasi tamahu rame.' to nam, uki koto ni obosi tari." to kikoyure ba,
 "Ainakari keru kokoro kurabe-domo kana! Ware ha, sika hedaturu kokoro mo nakari ki. Tada, kayau ni hito ni yurusa re nu hurumahi wo nam, mada naraha nu koto naru. Uti ni isame notamahasuru wo hazime, tutumu koto ohokaru mi ni te, hakanaku hito ni tahabure goto wo ihu mo, tokoro-seu, torinasi urusaki mi no arisama ni nam aru wo, hakanakari si yuhube yori, ayasiu kokoro ni kakari te, anagati ni mi tatematuri si mo, kakaru beki tigiri koso ha monosi tamahi keme to omohu mo, ahare ni nam. Mata uti-kahesi, turau oboyuru. Kau nagakaru maziki ni te ha, nado, sa si mo kokoro ni simi te, ahare to oboye tamahi kem. Naho kuhasiku katare. Ima ha, nani goto wo kakusu beki zo! Nanu-ka nanu-ka ni Hotoke kaka se te mo, taga tame to ka, kokro no uti ni mo omoha m." to notamahe ba,
 "Nani ka, hedate kikoye sase habera m. Midukara, sinobi sugusi tamahi si koto wo, naki ohom-usiro ni, kuti-saganaku ya ha, to omou tamahu bakari ni nam.
 Oya-tati ha, haya use tamahi ni ki. Samwi-no-Tiuzyau to nam kikoye si. Ito rautaki mono ni omohi kikoye tamahe ri sika do, waga mi no hodo no kokoro-motonasa wo obosu meri si ni, inoti sahe tahe tamaha zu nari ni si noti, hakanaki mono no tayori ni te, Tou-no-Tiuzyau nam, mada Seusyau ni monosi tamahi si toki, misome tatematura se tamahi te, mi-tose bakari ha, kokorozasi aru sama ni kayohi tamahi si wo, kozo no aki-goro, kano Migi-no-Ohoi-dono yori, ito osorosiki koto no kikoye ma'de ko si ni, mono-wodi wo warinaku si tamahi si mi-kokoro ni, sem-kata naku obosi wodi te, Nisi-no-Kyau ni, ohom-menoto sumi haberu tokoro ni nam, hahi-kakure tamahe ri si. Sore mo ito mi-gurusiki ni, sumi-wabi tamahi te, yama-zato ni uturohi na m to obosi tari si wo, kotosi yori ha hutagari keru kata ni haberi kere ba, tagahu tote, ayasiki tokoro ni monosi tamahi si wo, mi-arahasa re tatematuri nuru koto to, obosi nageku meri si. Yo no hito ni ni zu, mono-dutumi wo si tamahi te hito ni mono omohu kesiki wo miye m wo, hadukasiki mono ni si tamahi te, turenaku nomi motenasi te, go-ran-ze rare tatematuri tamahu meri sika."
 to, katari-iduru ni, "Sareba yo" to, obosi ahase te, iyo-iyo ahare masari nu.
 "Wosanaki hito madohasi tari to, Tiuzyau no urehe si ha, saru hito ya?" to tohi tamahu.
 "Sika. Wototosi no haru zo, monosi tamahe ri si. Womna ni te, ito rautage ni nam." to kataru.
 "Sate, iduko ni zo? Hito ni sa to ha sira se de, ware ni e sase yo! Atohakanaku, imizi to omohu ohom-katami ni, ito uresikaru beku nam." to notamahu. "Kano Tiuzyau ni mo tutahu bekere do, ihu kahi naki kakoto ohi na m. To-zama kau- zama ni tuke te, hagukuma m ni toga aru maziki wo. Sono ara m menoto nado ni mo, koto-zama ni ihi-nasi te, monose yo kasi!" nado katarahi tamahu.
 "Saraba, ito uresiku nam haberu beki. Kano Nisi-no-Kyau ni te ohi-ide tamaha m ha, kokoro-gurusiku nam. Haka-bakasiku atukahu hito nasi to te, kasiko ni." nado kikoyu.
 Yuhu-gure no siduka naru ni, sora no kesiki ito ahare ni, o-mahe no sensai kare- gare ni, musi no ne mo naki kare te, momidi no yau-yau iro-duku hodo, we ni kaki taru yau ni omosiroki wo mi-watasi te, kokoro yori hoka ni wokasiki mazirahi kana to, kano yuhu-gaho no yadori wo omohi-iduru mo hadukasi. Take no naka ni ihe-bato to ihu tori no, hututuka ni naku wo kiki tamahi te, kano ari si Win ni kono tori no naki si wo, ito osorosi to omohi tari si sama no, omokage ni rautaku obosi-ide rarure ba,
 "Tosi ha ikutu ni ka monosi tamahi si? Ayasiku yo no hito ni ni zu, ayeka ni miye tamahi si mo, kaku nagakaru maziku te nari keri!" to notamahu.
 "Zihu-ku ni ya nari tamahi kem. Ukon ha, nakunari ni keru ohom-menoto no sute-oki te haberi kere ba, Samwi-no-Kimi no rautagari tamahi te, kano ohom-atari sara zu, ohosi-tate tamahi si wo omohi tamahe idure ba, iakade ka yo ni habera m to sura m. Ito si mo hito ni to, kuyasiku nam. Mono hakana-ge ni monosi tamahi si hito no mi-kokoro wo, tanomosiki hito ni te, tosi-goro narahi haberi keru koto." to kikoyu.
 "Hakanabi taru koso ha, rautakere. Kasikoku hito ni nabika nu, ito kokoro-duki naki waza nari. Midukara haka-bakasiku sukuyoka nara nu kokoro-narahi ni, womna ha tada yaharaka ni, torihadusi te hito ni azamuka re nu beki ga, sasuga ni mono-dutumi si, mi m hito no kokoro ni sitagaha m nam, ahare ni te, waga kokoro no mama ni tori-nahosi te mi m ni, natukasiku oboyu beki." nado notamahe ba,
 "Kono kata no ohom-konomi ni ha, mote hanare tamaha zari keri, to omohi tamahuru ni mo, kutiwosiku haberu waza kana!" tote naku.
 Sora uti-kumori te, kaze hiya-yaka naru ni, ito itaku nagame tamahi te,
 "Misi hito no keburi wo kumo to nagamure ba
 yuhube no sora mo mutumasiki kana!
"
 to hitori-goti tamahe do, e sasi-irahe mo kikoye zu. Kayau ni te, ohase masika ba, to omohu ni mo, mune hutagari te oboyu. Mimi kasikamasikari si kinuta no oto wo obosi iduru sahe kohisiku te, "Masa ni nagaki yo" to uti-zun-zi te, husi tamahe ri.

 かの、伊予の家の小君、参る折あれど、ことにありしやうなる言伝てもしたまはねば、憂しと思し果てにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひたまふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなどするを、さすがに心細ければ、思し忘れぬるかと、試みに、
「承り149、悩むを、言に出でては、えこそ、
問はぬをもなどかと問はでほどふるに
いかばかりかは思ひ乱るる
 『益田』はまことに150なむ」
と聞こえたり。めづらしきに、これもあはれ忘れたまはず。
「生けるかひなきや、誰が言はましことにか。
空蝉の世は憂きものと知りにしを
 また151言の葉にかかる命よ
はかなしや」
と、御手もうちわななかるるに、乱れ書きたまへる、いとどうつくしげなり。なほ、かのもぬけを忘れたまはぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。
かやうに憎からずは、聞こえ交はせど、け近くとは思ひよらず、さすがに、言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなむ、と思ふなりけり。
かの片つ方は、蔵人少将をなむ通はす、と聞きたまふ。「あやしや。いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して、「死に返り思ふ心は、知りたまへりや」と言ひ遣はす。
「ほのかにも軒端の荻を結ばずは
露のかことを何にかけまし」
高やかなる荻に付けて、「忍びて」とのたまへれど152、「取り過ちて、少将も見つけて、我なりけりと思ひあはせば。さりとも、罪ゆるしてむ」と思ふ、御心おごりぞ、あいなかりける。
少将のなき折153に見すれば、心憂しと思へど、かく思し出でたるも、さすがにて、御返り、口ときばかりをかことにて取らす。
「ほのめかす風につけても下荻の
半ばは霜にむすぼほれつつ」
手は悪しげなるを、紛らはしさればみて書いたるさま、品なし。火影に見し顔、思し出でらる。「うちとけで向ひゐたる人は、え疎み果つまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ」と思し出づるに、憎からず。なほ「こりずまに、またもあだ名立ちぬべき」154御心のすさびなめり。

 あの、伊予介の家の小君は、参上する折はあるが、特別に以前のような伝言もなさらないので、嫌なとお見限りになられたのを、つらいと思っていたところに、このようにご病気でいらっしゃるのを聞いて、やはり悲しい気がするのであった。遠く下るのなどが、何といっても心細い気がするので、お忘れになってしまったかと、試しに、
「承りまして、案じておりますが、口に出しては、とても、
お尋ねできませんことをなぜかとお尋ね下さらずに月日が経ましたが
どんなにか思い悩んでいらっしゃいますことやら
 『益田』とは本当のことで」
と申し上げた。珍しいので、この女へも愛情はお忘れにならない。
「生きてる甲斐がないとは、誰の言うことでしょうか。
空蝉の世は嫌なものと知ってしまったのに
またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います
頼りないことよ」
と、お手も震えなさるので、乱れ書きなさっているのは、ますます美しそうである。今だに、あの脱ぎ衣をお忘れにならないのを、気の毒にもおもしろくも思うのであった。
このように愛情がなくはなく、やりとりなさるが、身近にとは思ってもいないが、とはいえ、薄情な女だと思われてしまいたくない、と思うのであった。
あのもう一方は、蔵人少将を通わせていると、お聞きになる。「おかしなことだ。どう思っているだろう」と、少将の気持ちも同情し、また、その女の様子も興味があるので、小君を使いにして、「死ぬほど思っている気持ちは、お分かりでしょうか」と言っておやりになる。
「一夜の逢瀬なりとも『軒端荻』を契らなかったら
わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか」
丈高い荻に付けて、「こっそりと」とおっしゃったが、「間違って、少将が見つけて、わたしだったのだと、分かってしまったら。それでも、許してくれよう」と思う、高慢なお気持ちは、困ったものである。
少将のいない時に見せると、嫌なことと思うが、このようにお思い出しになったのも、やはり嬉しくて、お返事を、素早いのを取り柄として渡す。
「ほのめかされるお手紙を見るにつけても下荻のような
身分の賎しいわたしは、嬉しいながらも半ばは思い萎れています」
筆跡は下手なのを、分からないようにしゃれて書いている様子、品がない。燈火で見た顔を、お思い出しになる。「気を許さず対座していたあの人は、今でも思い捨てることのできない様子をしていたな。何の嗜みもありそうでなく、はしゃいで得意でいたことよ」とお思い出しになると、憎めなくなる。相変わらず、「こりずまに、またまた浮名が立ちそうな」好色心のようである。

 5 Tale of Utsusemi [5-1 Genji composes and exchanges waka with Ki-no-Kami's stepmother and sister]
 Kano, Iyo no ihe no Ko-Gimi, mawiru wori are do, koto ni ari si yau naru koto-dute mo si tamaha ne ba, usi to obosi-hate ni keru wo, itohosi to omohu ni, kaku wadurahi tamahu wo kiki te, sasuga ni uti-nageki keri. Tohoku kudari nado suru wo, sasuga ni kokoro-bosokere ba, obosi wasure nuru ka to, kokoromi ni,
 "Uketamahari, nayamu wo, koto ni ide te ha, e koso,
 Toha nu wo mo nado ka to toha de hodo huru ni
 ikabakari ka ha omohi midaruru

 'Masuda' ha makoto ni nam."
 to kikoye tari. Medurasiki ni, kore mo ahare wasure tamaha zu.
 "Ikeru kahi naki ya, taga iha masi koto ni ka.
 Utusemi no yo ha uki mono to siri ni si wo
 mata koto-no-ha ni kakru inoti yo

 Hakanasi ya!"
 to, ohom-te mo uti-wananaka ruru ni, midare kaki tamahe ru, itodo utukusi-ge nari. Naho, kano monuke wo wasure tamaha nu wo, itohosiku mo wokasiu mo omohi keri.
 Kayau ni nikukara zu ha, kikoye kahase do, ke-dikaku to ha omohi yora zu, sasuga ni, ihu-kahi nakara zu ha miye tatematuri te yami na m, to omohu nari keri.
 Kano katatu-kata ha, Kuraudo-no-Seusyau wo nam kayohasu, to kiki tamahu. "Ayasi ya! Ika ni omohu ram" to, Seusyau no kokoro no uti itohosiku, mata, kano hito no kesiki mo yukasikere ba, Ko-Gimi si te, "Si ni kaheri omohu kokoro ha,siri tamahe ri ya?" to ihi kaha su.
 "Honoka ni mo noki-ba no wogi wo musuba zu ha
 tuyu no kakoto wo nani ni kake masi
"
 Takayaka naru wogi ni tuke te, "Sinobi te" to notamahe do, "Tori ayamati te, Seusyau mo mi tuke te, ware nari keri to omohi ahase ba. Sa'ri to mo, tumi yurusi te m" to omohu, mi-kokoro ogori zo, ainakari keru.
 Seusyau no naki wori ni misure ba, kokoro-usi to omohe do, kaku obosi ide taru mo, sasuga ni te, ohom-kaheri, kuti-toki bakari wo kakoto ni te tora su.
 "Honomekasu kaze ni tuke te mo sita wogi no
 nakaba ha simo ni musubohore tutu
"
 Te ha asi-ge naru wo, magirahasi sare-bami te kai taru sama, sina nasi. Hokage ni mi si kaho, obosi-ide raru. "Uti-toke de mukahi wi taru hito ha, e utomi-hatu maziki sama mo si tari si kana! Nani no kokoro-base ari-ge mo naku, saudoki hokori tari si yo!" to obosi iduru ni, nikukara zu. Naho "Korizuma ni, mata mo ada-na tati nu beki" mi-kokoro no susabi na'meri.

 かの人の四十九日、忍びて比叡の法華堂にて、事そがず、装束よりはじめて、さるべきものども、こまかに、誦経などせさせたまひぬ。経、仏の飾りまでおろかならず、惟光が兄の阿闍梨、いと尊き人にて、二なうしけり。
御書の師にて、睦しく思す文章博士召して、願文作らせたまふ。その人となくて、あはれと思ひし人のはかなきさまになりにたるを、阿弥陀仏に譲りきこゆるよし、あはれげに書き出でたまへれば、
「ただかくながら、加ふべきことはべらざめり」と申す。
忍びたまへど、御涙もこぼれて、いみじく思したれば、
「何人ならむ。その人と聞こえもなくて、かう思し嘆かすばかりなりけむ宿世の高さ」
と言ひけり。忍びて調ぜさせたまへりける装束の袴を取り寄せさせたまひて、
「泣く泣くも今日は我が結ふ下紐を
いづれの世にかとけて見るべき」
「このほどまでは漂ふなるを、いづれの道に定まりて赴く155らむ」と思ほしやりつつ、念誦をいとあはれにしたまふ。頭中将を見たまふにも、あいなく胸騒ぎて、かの撫子の生ひ立つありさま、聞かせまほしけれど、かことに怖ぢて、うち出でたまはず。
 かの156夕顔の宿りには、いづ方にと思ひ惑へど、そのままにえ尋ねきこえず。右近だに訪れねば、あやしと思ひ嘆きあへり。確かならねど、けはひをさばかりにやと、ささめきしかば、惟光をかこちけれど、いとかけ離れ、気色なく言ひなして、なほ同じごと好き歩きければ、いとど夢の心地して、「もし、受預の子どもの好き好きしきが、頭の君に怖ぢきこえて、やがて、率て下りにけるにや」とぞ、思ひ寄りける。
この家主人ぞ、西の京の乳母の女なりける。三人その子はありて、右近は他人なりければ、「思ひ隔てて、御ありさまを聞かせぬなりけり」と、泣き恋ひけり。右近はた157、かしかましく言ひ騒がむを思ひて、君も今さらに漏らさじと忍びたまへば、若君の上をだにえ聞かず、あさましく行方なくて過ぎゆく158。
君は、「夢をだに見ばや」と、思しわたるに、この法事したまひて、またの夜、ほのかに、かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じやうにて見えければ、「荒れたりし所に住みけむ物の、我に見入れけむたよりに、かくなりぬること」と、思し出づるにもゆゆしくなむ。

 あの人の四十九日忌を、人目を忍んで比叡山の法華堂において、略さずに、衣裳をはじめとして、必要な物どもを、心をこめて、誦経などおさせになった。経巻や、仏像の装飾まで簡略にせず、惟光の兄の阿闍梨が、大変に立派な人なので、見事に催すのであった。
ご学問の師で、親しくしていられる文章博士を呼んで、願文を作らせなさる。誰それと言わないで、愛しいと思っていた人が亡くなってしまったのを、阿彌陀にお譲り申す旨を、しみじみとお書き表しになると、
「まったくこのまま、書き加えることはございませんようです。」と申し上げる。
堪えていらっしゃったが、お涙もこぼれて、ひどくお悲しみでいるので、
「どのような方なのでしょう。誰それと噂にも上らないで、これほどにお嘆かせになるほどだった、宿運の高いこと」
と言うのであった。内々にお作らせになった装束の袴をお取り寄させなさって、
「泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐だが
いつの世のかまた再会してその時は共に結び合うことができようか」
「この日までは中有に彷徨っているというが、どの道に定まって行くことのだろうか」とお思いやりになりながら、念仏誦経をとても心こめてなさる。頭中将とお会いになる時にも、むやみに胸がどきどきして、あの撫子が成長している有様を、聞かせてやりたいが、非難されるのを警戒して、お口にはお出しにならない。
あの夕顔の宿では、どこに行ってしまったのかと心配するが、そのまま尋ね当て申すことができない。右近までもが音信ないので、不思議だと困り合っていた。はっきりしないが、様子からそうではあるまいかと、ささめき合っていたので、惟光のせいにしたが、まるで問題にもせず、関係なく言い張って、相変わらず同じように通って来たので、ますます夢のような気がして、「もしや、受領の子息で好色な者が、頭の君に恐れ申して、そのまま、連れて下ってしまったのだろうか」と、想像するのだった。
この家の主人は、西の京の乳母の娘なのであった。三人乳母子がいたが、右近は腹違いだったので、「分け隔てして、ご様子を知らせないのだわ」と、泣き慕うのであった。右近は右近で、口やかましく非難するだろうことを思って、君も今になって洩らすまいと、お隠しになっているので、若君の身の上すら聞けず、まるきり消息不明のまま過ぎて行く。
君は、「せめて夢にでも逢いたい」と、お思い続けていると、この法事をなさって、次の夜に、ほのかに、あの某院そのまま、枕上に現れた女の様子も同じようにして見えたので、「荒れ果てた邸に住んでいた魔物が、わたしに魅入ったきっかけで、こんなになってしまったのだ」と、お思い出しになるにつけても、気味の悪いことである。

 6 Tale of Yugao [6-1 Genji holds a Buddhist service for Yugao]
 Kano hito no si-zihu-ku-niti, sinobi te Hie no Hoke-dau ni te, koto soga zu, sauzoku yori hazime te, sa'ru beki mono-domo, komaka ni, zukyau nado se sase tamahi nu. Kyau, Hotoke no kazari made oroka nara zu, Koremitu ga ani no Azari, ito tahutoki hito ni te, ni-nau si keri.
 Ohom-humi no si ni te, mutumasiku obosu Monzyau-Hakase mesi te, gwan-mon tukura se tamahu. Sono hito to naku te, ahare to omohi si hito no hakanaki sama ni nari taru wo, Amida-Butu ni yuduri kikoyuru yosi, ahare-ge ni kaki ide tamahe re ba,
 "Tada, kaku nagara, kuhahu beki koto habera za'meri." to mausu.
 Sinobi tamahe do, ohom-namida mo kobore te, imiziku obosi tare ba,
 "Nani bito nara m? Sono hito to kikoye mo naku te, kau obosi nageka su bakari nari kem sukuse no takasa."
 to ihi keri. Sinobi te teu-ze sase tamahe ri keru sauzoku no hakama wo tori-yose sase tamahi te,
 "Naku naku mo kehu ha waga yuhu sita himo wo
 idure no yo ni ka toke te miru beki
"
 "Kono hodo made ha tadayohu naru wo, idure no miti ni sadamari te omomuku ram." to omohosi yari tutu, nen-zu wo ito ahare ni si tamahu. Tou-no-Tiuzyau wo mi tamahu ni mo, ainaku mune sawagi te, kano Nadesiko no ohi-tatu arisama, kikase mahosikere do, kakoto ni odi te, uti-ide tamaha zu.
 Kano Yuhu-gaho no yadori ni ha, idu-kata ni to omohi madohe do, sono mama ni e kikoye zu. Ukon dani otodure ne ba, ayasi to omohi nageki-ahe ri. Tasika nara ne do kehahi wo sabakari ni ya to, sasameki sika ba, Koremitu wo kakoti kere do, ito kake-hanare, kesiki naku ihi-nasi te, naho onzi goto suki ariki kere ba, itodo yume no kokoti si te, "Mosi, Zuryau no kodomo no suki-zukisiki ga, Tou-no-Kimi ni odi kikoye te, yagate, wi te kudari ni keru ni ya?" to zo, omohi-yori keru.
 Kono ihe aruzi zo, Nisi-no-Kyau no menoto no musume nari keru. Sam-nin sono ko ha ari te, Ukon ha koto-bito nari kere ba, "Omohi hedate te, ohom-arisama wo kika se nu nari keri." to, naki kohi keri. Ukon hata, kasikamasiku ihi sawaga m wo omohi te, Kimi mo ima sara ni morasa zi to sinobi tamahe ba, Waka-Gimi no uhe wo dani e kika zu, asamasiku yukuhe naku te sugi yuku.
 Kimi ha, "Yume wo dani mi baya!" to, obosi wataru ni, kono hohuzi si tamahi te, mata no yo, honoka ni, kano arisi Win nagara, sohi tari si Womna no sama mo onazi yau ni te miye kere ba, "Are tari si tokoro ni sumi kem mono no, ware ni mi-ire kem tayori ni, kaku nari nuru koto." to, obosi iduru ni mo yuyusiku nam.

 伊予介、神無月の朔日ごろに下る。女房の下らむにとて、たむけ心ことにせさせたまふ。また、内々にもわざとしたまひて、こまやかにをかしきさまなる櫛、扇多くして、幣などわざとがましくて、かの小袿も遣はす。
「逢ふまでの形見ばかりと見しほどに
ひたすら袖の朽ちにけるかな」
こまかなることどもあれど、うるさければ書かず。
御使、帰りにけれど、小君して、小袿の御返りばかりは聞こえさせたり。
「蝉の羽もたちかへてける夏衣
かへすを見てもねは泣かれけり」
「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」と思ひ続けたまふ。今日ぞ冬立つ日なりけるも、しるく、うちしぐれて、空の気色いとあはれなり。眺め暮したまひて、
「過ぎにしも今日別るるも二道に
行く方知らぬ秋の暮かな」
なほ、かく人知れぬことは苦しかりけりと、思し知りぬらむかし。かやうのくだくだしきことは、あながちに隠ろへ忍びたまひしもいとほしくて、みな漏らしとどめたるを、「など、帝の御子ならむからに、見む人さへ、かたほならずものほめがちなる」と、作りごとめきてとりなす人ものしたまひければなむ。あまり159もの言ひさがなき罪、さりどころなく。

 伊予介は、神無月の朔日ころに下る。女方が下って行くというので、餞別を格別に気を配っておさせになる。別に、内々にも特別になさって、きめ細かな美しい格好の櫛や、扇を、たくさんにして、幣帛などを特別に大げさにして、あの小袿もお返しになる。
「再び逢う時までの形見の品と思って持っていましたが
すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました」
こまごまとした事柄があるが、煩雑になるので書かない。
お使いは、帰ったけれど、小君を使いにして、小袿のお礼だけは申し上げさせた。
「蝉の羽の衣替えの終わった後の夏衣は
返してもらっても泣かれるばかりです」
「考えても、不思議に人並みはずれた意志の強さで、振り切って行ってしまったなあ」と思い続けていらっしゃる。今日はちょうど立冬の日であったが、いかにもそれと、さっと時雨れて、空の様子もまことに物寂しい。一日中物思いに過されて、
「亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に
どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ」
やはり、このような秘密の恋は辛いものだと、お知りになったであろう。このような煩わしいことは、努めてお隠しになっていらしたのもお気の毒なので、みな書かないでおいたのに、「どうして、帝の御子であるからと、見知っている人までが、欠点がなく何かと褒めてばかりいる」と、作り話のように受け取る方がいらっしゃったので。あまりにも慎みのないおしゃべりの罪は、免れがたいが。

 7 Tale of Utsusemi Parting from Utsusemi on the first day in the winter [7-1 Utsusemi goes away for Iyo with her husband]
 Iyo-no-Suke, Kamna-duki no tuitati-goro ni kudaru. Nyoubau no kudara m ni tote, tamuke kokoro koto ni se sase tamahu. Mata, uti-uti ni mo wazato si tamahi te, komayaka ni wokasiki sama naru kusi, ahugi ohoku si te, nusa nado wazato-gamasiku te, kano ko-utiki mo tukahasu.
 "Ahu made no katami bakari to mi si hodo ni
 hitasura sode no kuti ni keru kana
"
 Komaka naru koto-domo are do, urusakere ba kaka zu.
 Ohom-tukahi, kaheri ni kere do, Ko-Gimi si te, ko-utiki no ohom-kaheri bakari ha kikoye sase tari.
 "Semi no ha mo tati kahe te keru natu-goromo
 kahesu wo mi te mo ne ha naka re keri
"
 "Omohe do, ayasiu hito ni ni nu kokoro-duyosa ni te mo, huri-hanare nuru kana!" to omohi tuduke tamahu. Kehu zo huyu tatu hi nari keru mo, siruku, uti-sigure te, sora no kesiki ito ahare nari. Nagame kurasi tamahi te,
 "Sugi ni si mo kehu wakaruru mo huta-miti ni
 yuku kata sira nu aki no kure kana
"
 Naho, kaku hito sire nu koto ha kurusikari keri to, obosi siri nu ram kasi. Kayau no kuda-kudasiki koto ha, anagati ni kakurohe sinobi tamahi si mo itohosiku te, mina morasi todome taru wo, "Nado Mikado no mi-ko nara m kara ni, mi m hito sahe, kataho nara zu mono home-gati naru." to, tukuri-goto meki te tori nasu hito monosi tamahi kere ba nam. Amari mono ihi saga-naki tumi, sari dokoro naku.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱>

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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