源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち

2 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語

3 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院

4 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語

5 薫君の物語 人々の昇進後の物語

出典
校訂

1 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち

2 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語

3 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院

4 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語

5 薫君の物語 人々の昇進後の物語

1 Tale of Higekuro's family Tamakazura and her daughters

2 Tale of Tamakazura Tale of ume and cherry blossoms seasons

3 Tale of Tamakazura's eldest daughter Eldest daughter gets married Reizei-in

4 Tale of Tamakazura Tale of Tamakazura's daughters

5 Tale of Kaoru Kaoru and the others' promotion

 1 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち [1-1 鬚黒没後の玉鬘と子女たち]
これは、源氏の御族にも離れたまへりし、後の大殿わたりにありける悪御達の、落ちとまり残れるが、問はず語りしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれど2000、かの女どもの言ひけるは、「源氏の御末々に、ひがことどもの混じりて聞こゆるは、我よりも年の数積もり、ほけたりける人のひがことにや」などあやしがりける。いづれかはまことならむ。
尚侍の御腹に、故殿の御子は、男三人、女二人なむおはしけるを、さまざまにかしづきたてむことを思しおきてて、年月の過ぐるも心もとながりたまひしほどに、あへなく亡せたまひにしかば、夢のやうにて、いつしかといそぎ思しし御宮仕へもおこたりぬ。
人の心、時にのみよるわざなりければ、さばかり勢ひいかめしくおはせし大臣の御名残、うちうちの御宝物、領じたまふ所々のなど、その方の衰へはなけれど、おほかたのありさま引き変へたるやうに、殿のうちしめやかになりゆく。
尚侍の君の御近きゆかり、そこらこそは世に広ごりたまへど、なかなかやむごとなき御仲らひの、もとよりも親しからざりしに、故殿、情けすこしおくれ、むらむらしさ過ぎたまへりける御本性にて、心おかれたまふこともありけるゆかりにや、誰にもえなつかしく聞こえ通ひたまはず。
六条院には、すべて、なほ昔に変らず数まへきこえたまひて、亡せたまひなむ後のことども書きおきたまへる御処分の文どもにも、中宮の御次に加へたてまつりたまへれば、右の大殿などは、なかなかその心ありて、さるべき折々訪れきこえたまふ。

 1 鬚黒一族の物語 玉鬘と姫君たち [1-1 鬚黒没後の玉鬘と子女たち]
これは、源氏のご一族からも離れていらっしゃった、後の大殿あたりにいたおしゃべりな女房たちで、死なずに生き残った者が、問わず語りに話しておいたのは、紫の物語にも似ないようであるが、あの女どもが言ったことは、「源氏のご子孫について、間違った事柄が交じって伝えられているのは、自分よりも年輩で、耄碌した人のでたらめかしら」などと不審がったが、どちらが本当であろうか。
尚侍のお生みになった、故殿のご子息女は、男三人、女二人がいらっしゃったが、それぞれに大切にお育てすることをお考えおきになっていて、年月がたつのも待ち遠しく思っていらっしゃったうちに、あっけなくお亡くなりになってしまったので、夢のようで、早く早くと急いで思っていらした宮仕えもたち消えになってしまった。
人の心は、時の権勢にばかりおもねるものだから、あれほど威勢よくいらした大臣の亡くなった後は、内々のお宝物、所領なさっている所々など、その方面の衰退はなかったが、大方の有様はうって変わったように、お邸の中はひっそりとなってゆく。
尚侍の君のご身辺の縁者は、大勢世の中に広がっていらっしゃったが、かえって高貴な方々のお間柄で、もともと親しくはなかったので、故殿の、人情味が少し欠け、好き嫌いがはげしくいらっしゃるご性質なので、けむたがられることもあったせいであろうか、誰とも親しく交際申し上げられないでいらっしゃる。
六条院におかれては、総じて、やはり昔と変わらず娘分としてお扱い申されて、お亡くなりになった後のことも、お書き残しなさったご相続の文書などにも、中宮のお次にお加え申されていたので、右の大殿などは、かえってその気持ちがあって、しかるべき折々にはご訪問申される。

 1 Tale of Higekuro's family Tamakazura and her daughters [1-1 Tamakazura and her daughters after Higekuro's death]
 Kore ha, Gwenzi no ohom-zou ni mo hanare tamahe ri si, Noti-no-Ohotono watari ni ari keru waru-go-tati no, oti tomari nokore ru ga, toha-zu-gatari si oki taru ha, Murasaki-no-yukari ni mo ni za'mere do, kano womna-domo no ihi keru ha, "Gwenzi no ohom-suwe-zuwe ni, higa-koto-domo no maziri te kikoyuru ha, ware yori mo tosi no kazu tumori, hoke tari keru hito no higa-koto ni ya?" nado ayasigari keru. Idure ka ha makoto nara m.
 Naisi-no-Kami no ohom-hara ni, ko-Tono no miko ha, wotoko sam-nin, womna hutari nam ohasi keru wo, sama-zama ni kasiduki tate m koto wo obosi okite te, tosi-tuki no suguru mo kokoro-motonagari tamahi si hodo ni, ahenaku use tamahi ni sika ba, yume no yau ni te, itusika to isogi obosi si ohom-Miya-dukahe mo okotari nu.
 Hito no kokoro, toki ni nomi yoru waza nari kere ba, sa bakari ikihohi ikamesiku ohase si Otodo no ohom-nagori, uti-uti no ohom-takara-mono, rau-zi tamahu tokoro-dokoro no nado, sono kata no otorohe ha nakere do, ohokata no arisama hiki-kahe taru yau ni, tono no uti simeyaka ni nari yuku.
 Kam-no-Kimi no ohom-tikaki yukari, sokora koso ha yo ni hirogori tamahe do, naka-naka yamgotonaki ohom-nakarahi no, motoyori mo sitasikara zari si ni, ko-Tono, nasake sukosi okure, mura-murasisa sugi tamahe ri keru go-honzyau ni te, kokoro-oka re tamahu koto mo ari keru yukari ni ya, tare ni mo e natukasiku kikoye kayohi tamaha zu.
 Rokudeu-no-Win ni ha, subete, naho mukasi ni kahara zu kazumahe kikoye tamahi te, use tamahi na m noti no koto-domo kaki-oki tamahe ru go-saubun no humi-domo ni mo, Tiuguu no ohom-tugi ni kuhahe tatematuri tamahe re ba, Migi-no-Ohotono nado ha, naka-naka sono kokoro ari te, saru beki wori-wori otodure kikoye tamahu.

 [1-2 玉鬘の姫君たちへの縁談]
男君たちは、御元服などして、おのおのおとなびたまひにしかば、殿のおはせでのち、心もとなくあはれなることもあれど、おのづからなり出でたまひぬべかめり。「姫君たちをいかにもてなしたてまつらむ」と、思し乱る。
内裏にも、かならず宮仕への本意深きよしを、大臣の奏しおきたまひければ、おとなびたまひぬらむ年月を推し量らせたまひて、仰せ言絶えずあれど、中宮の、いよいよ並びなくのみなりまさりたまふ御けはひにおされて、皆人無徳にものしたまふめる末に参りて、遥かに目を側められ2001たてまつらむもわづらはしく、また人に劣り、数ならぬさまにて見む、はた、心尽くしなるべきを思ほしたゆたふ。
冷泉院よりは、いとねむごろに思しのたまはせて、尚侍の君の、昔、本意なくて過ぐしたまうし辛さをさへ、とり返し恨みきこえたまうて、
「今は、まいてさだすぎ、すさまじきありさまに思ひ捨てたまふとも、うしろやすき親になずらへて、譲りたまへ」
と、いとまめやかに聞こえたまひければ、「いかがはあるべきことならむ。みづからのいと口惜しき宿世にて、思ひの外に心づきなしと思されにしが、恥づかしうかたじけなきを、この世の末にや御覧じ直されまし」など定めかねたまふ。

 [1-2 玉鬘の姫君たちへの縁談]
男君たちは、ご元服などして、それぞれ成人なさったので、殿がお亡くなりになって後、不安で気の毒なこともあるが、自然と出世なさって行くようである。「姫君たちをどのようにお世話申し上げよう」と、お心を悩ましなさる。
帝におかれても、是非とも宮仕えの願いが深い旨を、大臣が奏上なさっていたので、成人なさったであろう年月を御推察あそばして、入内の仰せ言がしきりにあるが、中宮が、ますます並ぶ人のいないようになって行かれる御様子に圧倒されて、誰も彼も無用の人のようでいらっしゃる末席に入内して、遠くから睨まれ申すのも厄介で、また人より劣って、数にも入らない様子なのを世話するのも、はたまた、気苦労であろうことを思案なさっている。
冷泉院から、たいそう御懇切に御所望あそばして、尚侍の君が、昔、念願叶わずに今までお過ごしになって来た辛さまでを、思い出してお恨み申し上げられて、
「今はもう、いっそう年も取って、つまらない様子だとお思い捨てていらっしゃるとも、安心な親と思いなぞらえて、お譲りください」
と、たいそう真面目に申し上げなさったので、「どうしたらよいことだろう。自分自身のまことに残念な運命で、思いの外に気にくわないとお思いあそばされたのが、恥ずかしく恐れ多いことだが、この晩年に御機嫌を直していただけようか」などと決心しかねていらっしゃる。

 [1-2 The offers of marriage to Tamakazura's daughters]
 Wotoko-Gimi-tati ha, go-genpuku nado si te, ono-ono otonabi tamahi ni sika ba, Tono no ohase de noti, kokoro-motonaku ahare naru koto mo are do, onodukara nari ide tamahi nu beka'meri. "Hime-Gimi-tati wo ika ni motenasi tatematura m?" to, obosi midaru.
 Uti ni mo, kanarazu Miya-dukahe no ho'i hukaki yosi wo, Otodo no sou-si oki tamahi kere ba, otonabi tamahi nu ram tosi-tuki wo osihakara se tamahi te, ohose-goto taye zu are do, Tiuguu no, iyo-iyo narabi naku nomi nari masari tamahu ohom-kehahi ni osa re te, mina-hito mutoku ni monosi tamahu meru suwe ni mawiri te, haruka ni me wo sobame rare tatematura m mo wadurahasiku, mata hito ni otori, kazu nara nu sama ni te mi m, hata, kokoro-dukusi naru beki wo omohosi tayutahu.
 Reizei-Win yori ha, ito nemgoro ni obosi notamaha se te, Kam-no-Kimi no, mukasi, ho'i naku te sugusi tamau si turasa wo sase, tori-kahesi urami kikoye tamau te,
 "Ima ha, maite sada sugi, susamaziki arisama ni omohi sute tamahu to mo, usiro-yasuki oya ni nazurahe te, yuduri tamahe."
 to, ito mameyaka ni kikoye tamahi kere ba, "Ikaga ha aru beki koto nara m. Midukara no ito kutiwosiki sukuse ni te, omohi no hoka ni kokoro-dukinasi to obosa re si ga, hadukasiu katazikenaki wo, konoyo no suwe ni ya go-ran-zi nahosa re masi." nado sadame-kane tamahu.

 [1-3 夕霧の息子蔵人少将の求婚]
容貌いとようおはする聞こえありて、心かけ申したまふ人多かり。右の大殿の蔵人少将とかいひしは、三条殿の御腹にて、兄君たちよりも引き越し、いみじうかしづきたまひ、人柄もいとをかしかりし君、いとねむごろに申したまふ。
いづ方につけても、もて離れたまはぬ御仲らひなれば、この君たちの睦び参りたまひなどするは、気遠くもてなしたまはず。女房にも気近く馴れ寄りつつ、思ふことを語らふにも便りありて、夜昼、あたりさらぬ耳かしかましさを、うるさきものの、心苦しきに、尚侍の殿も思したり。
母北の方の御文も、しばしばたてまつりたまひて、「いと軽びたるほどにはべるめれど、思し許す方もや」となむ、大臣も聞こえたまひける。
姫君をば、さらにただのさまにも思しおきてたまはず、中の君をなむ、今すこし世の聞こえ軽々しからぬほどになずらひならば、さもや、と思しける。許したまはずは、盗みも取りつべく、むくつけきまで思へり。こよなきこととは思さねど、女方の心許したまはぬことの紛れあるは、音聞きもあはつけきわざなれば、聞こえつぐ人をも、「あな、かしこ。過ち引き出づな」などのたまふに、朽たされてなむ、わづらはしがりける。

 [1-3 夕霧の息子蔵人少将の求婚]
器量がたいそう優れていらっしゃるという評判があって、思いをお寄せ申し上げる人びとが多かった。右の大殿の蔵人少将とか言った人は、三条殿がお生みになった方は、兄弟たちを越えて、たいそう大事になさり、人柄もとても素晴らしかった方なので、とても熱心に求婚なさる。
どちらの関係からしても、血縁の繋がっているお間柄なので、この君たちが慕ってお伺いなどなさる時は、よそよそしくお扱いなさらない。女房にも親しくなじんでは、意中を伝えるにも手立てがあって、昼夜、お側近くお耳に入れる騒がしさを、煩わしいながらも、お気の毒なので、尚侍の殿もお思いになっていた。
母北の方からのお手紙も、しばしば差し上げなさって、「とても軽い身分でございますが、お許しいただける点もございましょうか」と、大臣も申し上げなさるのだった。
姫君を、まったく臣下に縁づけようとはなさらず、中の君を、もう少し世間の評判が軽くなくなったら、そうとも考えようか、とお思いでいらっしゃるのだった。お許しにならなかったら、盗み取ってしまおうと、気持ち悪いまで思っていた。不釣合な縁談だとはお思いにならないが、女のほうで承知しない間違いが起こるのは、世間に聞こえても軽率なことなので、取り次ぐ女房に対しても、「ゆめゆめ、間違いを起こすな」などとおっしゃるので、気がひけて、億劫がるのであった。

 [1-3 An offer of marriage to Tamakazura's daughter by Yugiri's son]
 Katati ito you ohasuru kikoye ari te, kokoro-kake mousi tamahu hito ohokari. Migi-no-Ohotono no Kuraudo-no-Seusyau to ka ihi si ha, Samdeu-dono no ohom-hara ni te, Seuto-Gimi-tati yori mo, hikikosi, imiziu kasiduki tamahi, hitogara mo ito wokasikari si Kimi, ito nemgoro ni mousi tamahu.
 Idu-kara ni tuke te mo, mote hanare tamaha nu ohom-nakarahi nare ba, kono Kimi-tati no mutubi mawiri tamahi nado suru ha, kedohoku motenasi tamaha zu. Nyoubau ni mo ke-dikaku nare yori tutu, omohu koto wo katarahu ni mo tayori ari te, yoru hiru, atari sara nu mimi kasikamasisa wo, urusaki mono no, kokoro-gurusiki ni, Kam-no-Tono mo obosi tari.
 Haha-Kitanokata no ohom-humi mo, siba-siba tatematuri tamahi te, "Ito karobi taru hodo ni haberu mere do, obosi yurusu kata mo ya." to nam, Otodo mo kikoye tamahi keru.
 Hime-Gimi wo ba, sarani tada no sama ni mo obosi okite tamaha zu, Naka-no-Kimi wo nam, ima sukosi yo no kikoye karo-garosikara nu hodo ni nazurahi nara ba, samo ya, to obosi keru. Yurusi tamaha zu ha, nusumi mo tori tu beku, mukutukeki made omohe ri. Koyonaki koto to ha obosa ne do, womna-gata no kokoro-yurusi tamaha nu koto no magire aru ha, oto-giki mo ahatukeki waza nare ba, kikoye tugu hito wo mo, "Ana kasiko! Ayamati hiki-idu na." nado notamahu ni, kutasa re te nam, wadurahasi-gari keru.

 [1-4 薫君、玉鬘邸に出入りす]
六条院の御末に、朱雀院の宮の御腹に生まれたまへりし君、冷泉院に、御子のやうに思しかしづく四位侍従、そのころ十四、五ばかりにて、いときびはに幼かるべきほどよりは、心おきておとなおとなしく、めやすく、人にまさりたる生ひ先しるくものしたまふを、尚侍の君は、婿にても見まほしく思したり。
この殿は、かの三条の宮といと近きほどなれば、さるべき折々の遊び所には、君達に引かれて見えたまふ時々あり。心にくき女のおはする所なれば、若き2002男の心づかひせぬなう、見えしらひさまよふ中に、容貌のよさは、この立ち去らぬ蔵人少将、なつかしく心恥づかしげに、なまめいたる方は、この四位侍従の御ありさまに、似る人ぞなかりける。
六条院の御けはひ近うと思ひなすが、心ことなるにやあらむ、世の中におのづからもてかしづかれたまへる人、若き人びと、心ことにめであへり。尚侍の殿も、「げにこそ、めやすけれ」などのたまひて、なつかしうもの聞こえたまひなどす。
「院の御心ばへを思ひ出できこえて、慰む世なう、いみじうのみ思ほゆるを、その御形見にも、誰をかは見たてまつらむ。右の大臣は、ことことしき御ほどにて、ついでなき対面もかたきを」
などのたまひて、兄弟のつらに思ひきこえたまへれば、かの君も、さるべき所に思ひて参りたまふ。世の常のすきずきしさも見えず、いといたうしづまりたるをぞ、ここかしこの若き人ども、口惜しうさうざうしきことに思ひて、言ひなやましける。

 [1-4 薫君、玉鬘邸に出入りす]
六条院のご晩年に、朱雀院の姫宮からお生まれになった君、冷泉院におかれて、お子様のように大切にされている四位の侍従は、そのころ十四、五歳ほどになって、とても幼い子供の年の割合には、心構えも大人のようで、好ましく、人より優れた将来性がはっきりお見えになるので、尚侍の君は、婿として世話したくお思いになっていた。
この邸は、あの三条宮とたいそう近い距離なので、しかるべき折々の遊び所としては、公達に連れられてお見えになる時々がある。奥ゆかしい女君のいらっしゃる邸なので、若い男で気取らない者はなく、これ見よがしに振る舞っている中で、器量のよい人は、この立ち去らない蔵人少将、親しみやすく気恥ずかしくて、優美な点では、この四位侍従のご様子に、似る者はいなかった。
六条院の感じを引く方と思うのが、格別なのであろうか、世間から自然と大切にされていらっしゃる方、若い女房たちは、特に誉め合っていた。尚侍の殿も、「ほんとうに、感じのよい人だわ」などとおっしゃって、親しくお話し申し上げたりなさる。
「院のご性質をお思い出し申し上げて、慰められる時もなく、ひどく悲しくばかり思われるので、そのお形見として、どなたをお思い申し上げたらよいのでしょう。右の大臣は、重々しい方で、機会のない対面は難しいし」
などおっしゃって、姉弟のようにお思い申し上げていらっしゃるので、あの侍従君も、そのような所と思って参上なさる。世間によくある好色がましいところも見えず、とてもひどく落ち着いていらっしゃるので、あちらこちらの邸の若い女房たちは、残念に物足りなく思って、言葉をかけて困らせまるのであった。

 [1-4 Kaoru visits frequentry to Tamakazura's residence]
 Rokudeu-no-Win no ohom-suwe ni, Suzaku-Win no Miya no ohom-hara ni umare tamahe ri si Kimi, Reizei-Win ni, mi-ko no yau ni obosi kasiduku Siwi-no-Ziziu, sono-koro zihu-si, go bakari ni te, ito kibiha ni wosanakaru beki hodo yori ha, kokoro-okite otona-otonasiku, meyasuku, hito ni masari taru ohisaki siruku monosi tamahu wo, Kam-no-Kimi ha, muko ni te mo mi mahosiku obosi tari.
 Kono Tono ha, kano Samdeu-no-Miya to ito tikaki hodo nare ba, saru beki wori-wori no asobi-dokoro ni ha, Kim-dati ni hika re te miye tamahu toki-doki ari. Kokoro-nikuki womna no ohasuru tokoro nare ba, wakaki wotoko no kokoro-dukahi se nu nau, miye sirahi samayohu naka ni, katati no yosa ha, kono tati-sara nu Kuraudo-no-Seusyau, natukasiku kokoro-hadukasige ni, namameitaru kata ha, kono Siwi-no-Ziziu no mi-arisama ni niru hito zo nakari keru.
 Rokudeu-no-Win no ohom-kehahi tikau to omohi nasu ga, kokoro koto naru ni ya ara m, yononaka ni onodukara mote kasiduka re tamahe ru hito, wakaki hito-bito, kokoro koto ni mede ahe ri. Kam-no-Tono mo, "Geni koso, meyasukere." nado notamahi te, natukasiu mono kikoye tamahi nado su.
 "Win no mi-kokoro-bahe wo omohi-ide kikoye te, nagusamu yo nau, imiziu nomi omohoyuru wo, sono ohom-katami ni mo, tare ka ha mi tatematura m. Migi-no-Otodo ha, koto-kotosiki ohom-hodo ni te, tuide naki taimen mo kataki wo."
 nado notamahi te, harakara no tura ni omohi kikoye tamahe re ba, kano Kimi mo, saru beki tokoro ni omohi te mawiri tamahu. Yo no tune no suki-zukisisa mo miye zu, ito itau sidumari taru wo zo, koko kasiko no wakaki hito-domo, kutiwosiu sau-zausiki koto ni omohi te, ihi nayamasi keru.

 2 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語 [2-1 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上]
睦月の朔日ころ、尚侍の君の御兄弟の大納言、「高砂」謡ひしよ、藤中納言、故大殿の太郎、真木柱の一つ腹など参りたまへり。右の大臣も、御子ども六人ながらひき連れておはしたり。御容貌よりはじめて、飽かぬことなく見ゆる人の御ありさまおぼえなり。
君たちも、さまざまいときよげにて、年のほどよりは、官位過ぎつつ、何ごと思ふらむと見えたるべし。世とともに、蔵人の君は、かしづかれたるさま異なれど、うちしめりて思ふことあり顔なり。
大臣は、御几帳隔てて、昔に変らず御物語聞こえたまふ。
「そのこととなくて、しばしばもえうけまはらず。年の数添ふままに、内裏に参るより他のありき、うひうひしうなりにてはべれば、いにしへの御物語も、聞こえまほしき折々多く過ぐしはべるをなむ。
若き男どもは、さるべきことには召しつかはせたまへ。かならずその心ざし御覧ぜられよと、いましめはべり」など聞こえたまふ。
「今は、かく、世に経る数にもあらぬやうになりゆくありさまを、思し数まふるになむ、過ぎにし御ことも、いとど忘れがたく思うたまへられける」
と申したまひけるついでに、院よりのたまはすること、ほのめかし聞こえたまふ。
「はかばかしう後見なき人の交じらひは、なかなか見苦しきをと、思ひたまへなむわづらふ」
と申したまへば、
「内裏に仰せらるることあるやうに承りしを、いづ方に思ほし定むべきことにか。院は、げに、御位を去らせたまへるにこそ、盛り過ぎたる心地すれど、世にありがたき御ありさまは、古りがたくのみおはしますめるを、よろしう生ひ出づる女子はべらましかばと2003、思ひたまへよりながら、恥づかしげなる御中に、交じらふべき物のはべらでなむ、口惜しう思ひたまへらるる。
そもそも、女一の宮の女御は、許しきこえたまふや。さきざきの人、さやうの憚りにより、とどこほることもはべりかし」
と申したまへば、
「女御なむ、つれづれにのどかになりにたるありさまも、同じ心に後見て、慰めまほしきをなど、かの勧めたまふにつけて、いかがなどだに思ひたまへよるになむ」
と聞こえたまふ。
これかれ、ここに集まりたまひて、三条の宮に参りたまふ。朱雀院の古き心ものしたまふ人びと、六条院の方ざまのも、かたがたにつけて、なほかの入道宮をば、えよきず参りたまふなめり。この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、やがて大臣の御供に出でたまひぬ。ひき連れたまへる勢ひことなり。

 2 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語 [2-1 正月、夕霧、玉鬘邸に年賀に参上]
正月朔日ころ、尚侍の君のご兄弟の大納言、「高砂」を謡った方だが、藤中納言、故大殿の太郎君で、真木柱と同じ母親の方などが参賀にいらっしゃった。右大臣も、ご子息たちを六人そのままお連れしていらっしゃった。ご器量をはじめとして、非のうちどころなく見える方のご様子やご評判である。
ご子息たちも、それぞれとても美しくて、年齢の割合には、官位も進んで、きっと何の物思いもなく見えたであろう。いつも、蔵人の君は、大切にされていることは格別であるが、ふさぎ込んで悩み事のある顔をしている。
大臣は、御几帳を隔てて、昔と変わらずお話し申し上げなさる。
「これという用事もなくて、たびたびお話を承ることもできません。年齢が加わるとともに、宮中に参内する以外の外歩きなども、億劫になってしまいましたので、昔のお話も、申し上げたい時々も多くそのままになってしまいました。
若い男の子たちは、何かの時にはお呼びになってお使いください。かならずその気持ちを見て戴くようにと、言い聞かせてあります」など申し上げなさる。
「今では、このように、世間の人数にも入らぬ者のようになって行く有様を、お心に掛けてくださるので、亡くなった方のことも、ますます忘れ難く存じられるます」
と申し上げなさったついでに、院から仰せになったことを、ちらっと申し上げなさる。
「これといった後見のない人の宮仕えは、かえって見苦しいと、あれこれ考えあぐねております」
と申し上げなさるので、
「帝にも仰せられることがあるようにお聞きいたしておりましたが、どちらにお決めなさるべきでしょうか。院は、なるほど、お位を退かれあそばしました点では、盛りの過ぎた感じもしますが、世に二人といない御様子は、いっこうに変わらずにいらっしゃるようですので、人並みに成人した娘がおりましたらと、存じておりますが、立派な方々のお仲間入りできる者がございませんで、残念に存じております。
そもそも、女一宮の母女御は、お許し申し上げなさるでしょうか。これまでの方では、そのような遠慮によって、止めにしたこともございました」
と申し上げなさると、
「女御が、する事もなくのんびりとなった生活も、同じ気持ちでお世話して、気を晴らしたいなどと、その方がお勧めなさったことにかこつけて、せめてどうしたらよいものかと思案しております」
と申し上げなさる。
あの方この方と、こちらにお集まりになって、三条宮に参上なさる。朱雀院の昔から御厚誼のある方々、六条院の側の方々も、それぞれにつけて、やはりあの入道の宮を、素通りできず参上なさるようである。この殿の左近中将、右中弁、侍従の君なども、そのまま大臣のお供してお出になった。引き連れていらっしゃった威勢は格別である。

 2 Tale of Tamakazura Tale of ume and cherry blossoms seasons [2-1 The New Year's Day, Yugiri visits to Tamakazura's residence]
 Mutuki no tuitati-koro, Kam-no-Kimi no ohom-harakara no Dainagon, Takasago utahi si yo, Tou-Tiunagon, ko-Ohoi-dono no Tarau, Makibasira no hitotu-hara nado mawiri tamahe ri. Migi-no-Otodo mo, Miko-domo roku-nin nagara hikiture te ohasi tari. Ohom-katati yori hazime te, aka nu koto naku miyuru hito no mi-arisama oboye nari.
 Kimi-tati mo, sama-zama ito kiyoge ni te, tosi no hodo yori ha, tukasa kurawi sugi tutu, nani-goto omohu ram to miye taru besi. Yo to tomo ni, Kuraudo-no-Kimi ha, kasiduka re taru sama koto nare do, uti-simeri te omohu koto ari gaho nari.
 Otodo ha, mi-kityau hedate te, mukasi ni kahara zu ohom-monogatari kikoye tamahu.
 "Sono koto to naku te, siba-siba mo e uke tamahara zu. Tosi no kazu sohu mama ni, Uti ni mawiru yori hoka no ariki, uhi-uhisiu nari ni te habere ba, inisihe no ohom-monogatari mo, kikoye mahosiki wori-wori ohoku sugusi haberu wo nam.
 Wakaki wonoko-domo ha, saru beki koto ni ha mesi tukaha se tamahe. Kanarazu sono kokorozasi go-ran-ze rare yo to, imasime haberi." nado kikoye tamahu.
 "Ima ha, kaku, yo ni huru kazu ni mo ara nu yau ni nari yuku arisama wo, obosi kazumahuru ni nam, sugi ni si ohom-koto mo, itodo wasure gataku omou tamahe rare keru."
 to mousi tamahi keru tuide ni, Win yori notamahasuru koto, honomekasi kikoye tamahu.
 "Haka-bakasiu usiromi naki hito no mazirahi ha, naka-naka migurusiki wo to, omohi tamahe nam wadurahu."
 to mousi tamahe ba,
 "Uti ni ohose raruru koto aru yau ni uketamahari si wo, idu-kata ni omohosi sadamu beki koto ni ka. Win ha, geni, mi-kurawi wo sara se tamahe ru ni koso, sakari sugi taru kokoti sure do, yo ni arigataki mi-arisama ha, huri gataku nomi ohasimasu meru wo, yorosiu ohi-iduru womna-go habera masika ba to, omohi tamahe yori nagara, hadukasige naru ohom-naka ni, mazirahu beki mono no habera de nam, kutiwosiu omohi tamahe raruru.
 Somo-somo, Womna-Iti-no-Miya no Nyougo ha, yurusi kikoye tamahu ya. Saki-zaki no hito, sayau no habakari ni yori, todokohoru koto mo haberi kasi."
 to mousi tamahe ba,
 "Nyougo nam, ture-dure ni nodoyaka ni nari ni taru arisama mo, onazi kokoro ni usiromi te, nagusame mahosiki wo nado, kano susume tamahu ni tuke te, ikaga nado dani omohi tamahe yoru ni nam."
 to kikoye tamahu.
 Kore kare, koko ni atumari tamahi te, Samdeu-no-miya ni mawiri tamahu. Suzaku-Win no huruki kokoro monosi tamahu hito-bito, Rokudeu-no-Win no kata-zama no mo, kata-gata ni tuke te, naho kano Nihudau-no-Miya wo ba, e yoki zu mawiri tamahu na'meri. Kono Tono no Sakon-no-Tiuzyau, U-tiuben, Ziziu-no-Kimi nado mo, yagate Otodo no ohom-tomo ni ide tamahi nu. Hikiture tamahe ru ikihohi koto nari.

 [2-2 薫君、玉鬘邸に年賀に参上]
夕つけて、四位侍従参りたまへり。そこらおとなしき若君達も、あまたさまざまに、いづれかは悪ろびたりつる。皆めやすかりつる中に、立ち後れてこの君の立ち出でたまへる、いとこよなく目とまる心地して、例の、ものめでする若き人たちは、「なほ、ことなりけり」など言ふ。
「この殿の姫君の御かたはらには、これをこそさし並べて見め」
と、聞きにくく言ふ。げに、いと若うなまめかしきさまして、うちふるまひたまへる匂ひ香2004など、世の常ならず。「姫君と聞こゆれど、心おはせむ人は、げに人よりはまさるなめりと、見知りたまふらむかし」とぞおぼゆる。
尚侍の殿、御念誦堂におはして、「こなたに」とのたまへれば、東の階より昇りて、戸口の御簾の前にゐたまへり。御前近き若木の梅、心もとなくつぼみて、鴬の初声もいとおほどかなるに、いと好かせたてまほしきさまのしたまへれば、人びとはかなきことを言ふに、言少なに心にくきほどなるを、ねたがりて、宰相の君と聞こゆる上臈の詠みかけたまふ。
「折りて見ばいとど匂ひもまさるやと
すこし色めけ梅の初花」
「口はやし」と聞きて、
「よそにてはもぎ木なりとや定むらむ
下に匂へる梅の初花
 さらば袖触れて2005見たまへ」など言ひすさぶに、
「まことは色よりも」
と、口々、引きも動かしつべくさまよふ。
尚侍の君、奥の方よりゐざり出でたまひて、
「うたての御達や。恥づかしげなるまめ人をさへ、よくこそ、面無けれ」
と忍びてのたまふなり。「まめ人とこそ、付けられたりけれ。いと屈じたる名かな」と思ひゐたまへり。主人の侍従、殿上などもまだせねば、所々もありかで、おはしあひたり。浅香の折敷、二つばかりして、くだもの、盃ばかりさし出でたまへり。
「大臣は、ねびまさりたまふままに、故院にいとようこそ、おぼえたてまつりたまへれ。この君は、似たまへるところも見えたまはぬを、けはひのいとしめやかに、なまめいたるもてなししもぞ、かの御若盛り思ひやらるる。かうざまにぞおはしけむかし」
など、思ひ出でられたまひて、うちしほたれたまふ。名残さへとまりたる香うばしさを、人びとはめでくつがへる。

 [2-2 薫君、玉鬘邸に年賀に参上]
夕方になって、四位侍従が参上なさった。大勢の成人した若公達も、みなそれぞれに、どの人が劣っていようか。みな感じのよい方の中で、ひと足後れてこの君がお姿をお見せになったのが、たいそう際立って目に止まった感じがして、例によって、熱中しやすい若い女房たちは、「やはり、格別だわ」などと言う。
「この殿の姫君のお側には、この方をこそ並べて見たい」
と、聞きにくいことを言う。なるほど、実に若く優美な姿態をして、振る舞っていらっしゃる匂い香など、尋常のものでない。「姫君と申し上げても、物ごとのお分りになる方は、本当に人よりは優れているようだと、ご納得なさるに違いない」と思われる。
尚侍の殿は、御念誦堂にいらして、「こちらに」とおっしゃるので、東の階段から昇って、戸口の御簾の前にお座りになった。お庭先の若木の梅が、頼りなさそうに蕾んで、鴬の初音もとてもたどたどしい声で鳴いて、まことに好き心を挑発してみたくなる様子をしていらっしゃるので、女房たちが戯れ言を言うと、言葉少なに奥ゆかしい態度なのを、悔しがって、宰相の君と申し上げる上臈が詠み掛けなさる。
「手折ってみたらますます匂いも勝ろうかと
もう少し色づいてみてはどうですか、梅の初花」
「詠みぶりが早いな」と感心して、
「傍目には枯木だと決めていましょうが
心の中は咲き匂っていつ梅の初花ですよ
そう言うなら手を触れて御覧なさい」などと冗談を言うと、
「本当は色よりも」
と、口々に、袖を引っ張らんばかりに付きまとう。
尚侍の君は、奥の方からいざり出ていらっしゃって、
「困った人達だわ。気恥ずかしそうなお堅い方までを、よくもまあ、厚かましくも」
と小声でおっしゃるようである。「堅物と、あだ名されたようだ。まったく情けない名だな」と思っていらっしゃった。この家の侍従は、殿上などもまだしないので、あちらこちら年賀回りなどせずに、居合わせていらっしゃった。浅香の折敷、二つほどに、果物、盃などを差し出しなさった。
「大臣は、年をお取りになるにつれて、故院にとてもよくお似通い申していらっしゃる。この君は、似ていらっしゃるところもお見えにならないが、感じがとてもしとやかで、優美な態度が、あのお若い盛りの頃が思いやられてならない。このようなふうでいらっしゃったのであろうよ」
となどと、お思い出し申し上げなさって、しんみりとしていらっしゃる。後に残った香の薫りまでを、女房たちは誉めちぎっている。

 [2-2 Kaoru visits to Tamakazura's residence too]
 Yuhu tuke te, Siwi-no-Ziziu mawiri tamahe ri. Sokora otonasiki Waka-Kimdati mo, amata sama-zama ni, idure ka ha warobi tari turu. Mina meyasukari turu naka ni, tati-okure te kono Kimi no ide tamahe ru, ito koyonaku me tomaru kokoti si te, rei no, mono mede suru wakaki hito-tati ha, "Naho koto nari keri." nado ihu.
 "Kono Tono no Hime-Gimi no ohom-katahara ni ha, kore wo koso sasi-narabe te mi me."
 to, kiki nikuku ihu. Geni, ito wakau namamekasiki sama si te, uti-hurumahi tamahe ru nihohi ka nado, yo no tune nara zu. "Hime-Gimi to kikoyure do, kokoro ohase m hito ha, geni hito yori ha masaru na'meri to, mi siri tamahu ram kasi." to zo oboyuru.
 Kam-no-Tono, o-nenzu-dau ni ohasi te, "Konata ni." to notamahe re ba, himgasi no hasi yori nobori te, to-guti no mi-su no mahe ni wi tamahe ri. O-mahe tikaki wakagi no ume, kokoro-motonaku tubomi te, uguhisu no hatu-kowe mo ito ohodoka naru ni, ito suka se tate mahosiki sama no si tamahe re ba, hito-bito hakanaki koto wo ihu ni, koto-sukuna ni kokoro-nikuki hodo naru wo, netagari te, Saisyau-no-Kimi to kikoyuru zyaurau no yomi-kake tamahu.
 "Wori te mi ba itodo nihohi mo masaru ya to
 sukosi iro meke ume no hatu hana
"
 "Kuti hayasi." to kiki te,
 "Yoso ni te ha mogiki nari to ya sadamu ram
 sita ni nihohe ru ume no hatu hana

 Sara ba sode hure te mi tamahe." nado ihi susabu ni,
 "Makoto ha iro yori mo."
 to, kuti-guti, hiki mo ugokasi tu beku samayohu.
 Kam-no-Kimi, oku no kata yori wizari ide tamahi te,
 "Utate no Go-tati ya! Hadukasige naru mame-bito wo sahe, yoku koso, omo-nakere."
 to sinobi te notamahu nari. "Mame-bito to koso, tuke rare tari kere. Ito kun-zi taru na kana!" to omohi wi tamahe ri. Aruzi-no-Ziziu, tenzyau nado mo mada se ne ba, tokoro-dokoro mo arika de, ohasi ahi tari. Senkau no wosiki hutatu bakari si te, kudamono, sakaduki bakari sasi-ide tamahe ri.
 "Otodo ha, nebi masari tamahu mama ni, ko-Win ni ito you koso, oboye tatematuri tamahe re. Kono Kimi ha, ni tamaha ru tokoro mo miye tamaha nu wo, kehahi no ito simeyaka ni, namameitaru motenasi si mo zo, kano ohom-waka-zakari omohi yararuru. Kau zama ni zo ohasi kem kasi."
 nado, omohi-ide rare tamahi te, uti-sihore tamahu. Nagori sahe tomari taru kaubasisa wo, hito-bito ha mede kutugaheru.

 [2-3 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問]
侍従の君、まめ人の名をうれたしと思ひければ、二十余日のころ、梅の花盛りなるに、「匂ひ少なげに取りなされじ。好き者ならはむかし」と思して、藤侍従の御もとにおはしたり。
中門入りたまふほどに、同じ直衣姿なる人立てりけり。隠れなむと思ひけるを、ひきとどめたれば、この常に立ちわづらふ少将なりけり。
「寝殿の西面に、琵琶、箏の琴の声するに、心を惑はして立てるなめり。苦しげや。人の許さぬこと思ひはじめむは、罪深かるべきわざかな」と思ふ。琴の声もやみぬれば、
「いざ、しるべしたまへ。まろは、いとたどたどし」
とて、ひき連れて、西の渡殿の前なる紅梅の木のもとに、「梅が枝2006」をうそぶきて立ち寄るけはひの、花よりもしるく、さとうち匂へれば、妻戸おし開けて、人びと、東琴をいとよく掻き合はせたり。女の琴にて、呂の歌は、かうしも合はせぬを、いたしと思ひて、今一返り、をり返し歌ふを、琵琶も二なく今めかし。
「ゆゑありてもてないたまへるあたりぞかし」と、心とまりぬれば、今宵はすこしうちとけて、はかなしごとなども言ふ。
内より和琴さし出でたり。かたみに譲りて、手触れぬに、侍従の君して、尚侍の殿、
「故致仕の大臣の御爪音になむ、通ひたまへる、と聞きわたるを、まめやかにゆかしうなむ。今宵は、なほ鴬にも誘はれ2007たまへ」
と、のたまひ出だしたれば、「あまえて爪くふべきことにもあらぬを」と思ひて、をさをさ心にも入らず掻きわたしたまへるけしき、いと響き多く聞こゆ。
「常に見たてまつり睦びざりし親なれど、世におはせずなりにきと思ふに、いと心細きに、はかなきことのついでにも思ひ出でたてまつるに、いとなむあはれなる。
おほかた、この君は、あやしう故大納言の御ありさまに、いとようおぼえ、琴の音など、ただそれとこそ、おぼえつれ」
とて泣きたまふも、古めいたまふしるしの、涙もろさにや。

 [2-3 梅の花盛りに、薫君、玉鬘邸を訪問]
侍従の君、堅物の評判を情けないと思ったので、二十日過ぎのころ、梅の花盛りに、「色恋に無縁な男だと言われまい。風流者をまねしてみよう」とお思いになって、藤侍従のお邸にいらっしゃった。
中門をお入りになる時、同じ直衣姿の男が立っているのだった。隠れようと思ったのを、引き止めてみると、あのいつもうろうろしている蔵人少将なのであった。
「寝殿の西面で、琵琶や、箏の琴の音がするので、心をときめかして立っているようである。辛そうだな。親の許さない恋に心を染めることは、罪深いことだな」と思う。琴の音色も止んだので、
「さあ、案内して下さい。わたしは、とても不案内です」
と言って、伴って、西の渡殿の前にある紅梅の木の側で、「梅が枝」を口ずさんで立ち寄った様子が、花の香よりもはっきりと、さっと匂ったので、妻戸を押し開けて、女房たちが、和琴をとてもよく合奏していた。女の琴なので、呂の調子の歌は、こうまでうまく合わせられないものなのに、大したものだと思って、もう一度、繰り返して謡うが、琵琶も又となく華やかである。
「趣味高く暮らしていらっしゃる邸だ」と、心が止まったので、今宵は少し気を許して、冗談などを言う。
内側から和琴を差し出した。お互いに譲り合って、手を触れないので、藤侍従の君を介して、尚侍の殿が、
「故致仕の大臣のお爪音に、似ていらっしゃると、ずっと聞いていましたが、ほんとうに聞いてみたいです。今宵は、やはり鴬にもお誘われなさい」
と、おっしゃたので、「照れて爪をかんでいる場合でもない」と思って、あまり気乗りもせずに掻き鳴らしなさる様子、たいそう響きが多く聞こえる。
「いつもお目にかかって親しんだわけではない親ですが、この世にいらっしゃらなくなったと思うと、とても心細くて、ちょっとしたことの機会にもお思い出し申すと、とてもしみじみ悲しいのでした。
だいたい、この君は、不思議と故大納言のご様子に、とてもよく似て、琴の音色など、まるでその人かと思われます」
と言ってお泣きになるのも、お年のせいの、涙もろさであろうか。

 [2-3 Kaoru visits to Tamakazura's residence at full bloom of ume]
 Ziziu-no-Kimi, mame-bito no na wo uretasi to omohi kere ba, nizihu-yo hi no koro, ume no hana-zakari naru ni, "Nihohi sukunage ni tori nasa re zi. Suki-mono naraha m kasi." to obosi te, Tou-Ziziu no ohom-moto ni ohasi tari.
 Tiu-mon iri tamahu hodo ni, onazi nahosi-sugata naru hito tate ri keri. Kakure na m to omohi keru wo, hiki-todome tare ba, kono tune ni tati-wadurahu Seusyau nari keri.
 "Sin-den no nisi-omote ni, biha, sau-no-koto no kowe suru ni, kokoro wo madohasi te tate ru na'meri. Kurusige ya! Hito no yurusa nu koto omohi hazime m ha, tumi hukakaru beki waza kana!" to omohu. Koto no kowe mo yami nure ba,
 "Iza, sirube si tamahe. Maro ha, ito tado-tadosi."
 tote, hiki-ture te, nisi no wata-dono no mahe naru koubai no ki no moto ni, Umegae wo usobuki te tati-yoru kehahi no, hana yori mo siruku, sato uti-nihohe re ba, tumado osi-ake te, hito-bito, aduma wo ito yoku kaki-ahase tari. Womna no koto ni te, ryo no uta ha, kau si mo ahase nu wo, itasi to omohi te, ima hito-kaheri, wori-kahesi utahu wo, biha mo ni naku imamekasi.
 "Yuwe ari te motenai tamahe ru atari zo kasi." to, kokoro tomari nure ba, koyohi ha sukosi uti-toke te, hakanasi-goto nado mo ihu.
 Uti yori wa-gon sasi-ide tari. Katami ni yuduri te, te hure nu ni, Ziziu-no-Kimi si te, Kam-no-Tono,
 "Ko-Tizi-no-Otodo no ohom-tuma-oto ni nam, kayohi tamahe ru, to kiki wataru wo, mameyaka ni yukasiu nam. Koyohi ha, naho uguhisu ni mo sasoha re tamahe."
 to, notamahi idasi tare ba, "Amaye te tume kuhu beki koto ni mo ara nu wo." to omohi te, wosa-wosa kokoro ni mo ira zu kaki-watasi tamahe ru kesiki, ito hibiki ohoku kikoyu.
 "Tune ni mi tatematuri mutubi zari si oya nare do, yo ni ohase zu nari ni ki to omohu ni, ito kokoro-bosoki ni, hakanaki koto no tuide ni mo omohi-ide tatematuru ni, ito nam ahare naru.
 Ohokata, kono Kimi ha, ayasiu ko-Dainagon no mi-arisama ni, ito you oboye, koto no ne nado, tada sore to koso, oboye ture."
 tote naki tamahu mo, hurumei tamahu sirusi no, namida morosa ni ya?

 [2-4 得意の薫君と嘆きの蔵人少将]
少将も、声いとおもしろうて、「さき草2008」謡ふ。さかしら心つきて、うち過ぐしたる人もまじらねば、おのづからかたみにもよほされて遊びたまふに、主人の侍従は、故大臣に似たてまつりたまへるにや、かやうの方は後れて、盃をのみすすむれば、「寿詞をだにせむや」と、恥づかしめられて、「竹河2009」を同じ声に出だして、まだ若けれど、をかしう謡ふ。簾のうちより土器さし出づ。
「酔のすすみては、忍ぶることもつつまれず。ひがことするわざとこそ聞きはべれ。いかにもてないたまふぞ」
と、とみにうけひかず。小袿重なりたる細長の、人香なつかしう染みたるを、取りあへたるままに、被けたまふ。「何ぞもぞ」などさうどきて、侍従は、主人の君にうち被けて去ぬ。引きとどめて被くれど、「水駅にて夜更けにけり」とて、逃げにけり。
少将は、「この源侍従の君のかうほのめき寄るめれば、皆人これにこそ心寄せたまふらめ。わが身は、いとど屈じいたく思ひ弱りて」、あぢきなうぞ恨むる。
「人はみな花に心を移すらむ
一人ぞ惑ふ春の夜の闇2010」
うち嘆きて立てば、内の人の返し、
「をりからやあはれも知らむ梅の花
ただ香ばかりに移りしもせじ」
朝に、四位侍従のもとより、主人の侍従のもとに、
「昨夜は、いと乱りがはしかりしを、人びといかに見たまひけむ」
と、見たまへとおぼしう、仮名がちに書きて、
「竹河の橋うちいでし一節に
深き心の底は知りきや」
と書きたり。寝殿に持て参りて、これかれ見たまふ。
「手なども、いとをかしうもあるかな。いかなる人、今よりかくととのひたらむ。幼くて、院にも後れたてまつり、母宮のしどけなう生ほし立てたまへれど、なほ人にはまさるべきにこそあめれ」
とて、尚侍の君は、この君たちの、手など悪しきことを恥づかしめたまふ。返りこと、げに、いと若く、
「昨夜は、水駅をなむ、とがめきこゆめりし。
竹河に夜を更かさじといそぎしも
いかなる節を思ひおかまし」
げに、この節をはじめにて、この君の御曹司におはして、けしきばみ2011寄る。少将の推し量りしもしるく、皆人心寄せたり。侍従の君も、若き心地に、近きゆかりにて、明け暮れ睦びまほしう思ひけり。

 [2-4 得意の薫君と嘆きの蔵人少将]
少将も、声がとても美しくて、「さき草」を謡う。おせっかいな分別者で、出過ぎた女房もいないので、自然とお互いに気がはずんで合奏なさるが、この家の侍従は、故大臣にお似通い申しているのであろうか、このような方面は苦手で、盃ばかり傾けているので、「せめて祝い歌ぐらい謡えよ」と、文句を言われて、「竹河」を一緒に声を出して、まだ若いけれど美しく謡う。御簾の内側から盃を差し出す。
「酔いが回っては、心に秘めていることも隠しておくことができません。詰まらないことを口にすると聞いております。どうなさるおつもりですか」
と、すぐには手にしない。小袿の重なった細長で、人の香がやさしく染みているのを、あり合わせのままに、お与えになる。「これはどういうおつもりですか」などとはしゃいで、侍従は、お邸の君に与えて出て行った。ひき止めて与えたが、「水駅で夜が更けてしまいました」と言って、逃げて行ってしまった。
少将は、「この源侍従の君がこのように出入りしているようなので、こちらの方々は皆あの君に好意を寄せていらっしゃるだろう。わが身はますます塞ぎ込み元気をなくして」、つまらなく恨むのだった。
「人はみな花に心を寄せているのでしょうが
わたし一人は迷っております、春の夜の闇の中で」
ため息をついて座を立つと、内側にいる女房の返し、
「時と場合によって心を寄せるものです
ただ梅の花の香りだけにこうも引かれるものではありませんよ」
朝に、四位侍従のもとから、邸の侍従のもとに、
「昨夜は、とても酔っぱらったようだが、皆様はどのように御覧になったであろうか」
と、御覧下さいとのおつもりで、仮名がちに書いて、
「竹河の歌を謡ったあの文句の一端から
わたしの深い心のうちを知っていただけましたか」
と書いてある。寝殿に持って上がって、方々が御覧になる。
「筆跡なども、とても美しく書いてありますね。どのような人が、今からこのように整っているのでしょう。幼いころ、院に先立たれ申し、母宮がしまりもなくお育て申されたが、やはり人より優れているのでしょう」
と言って、尚侍の君は、自分の子供たちの、字などが下手なことをお叱りになる。返事は、なるほど、たいそう未熟な字で、
「昨夜は、水駅とおっしゃってお帰りになったことを、いかがなものかと申しておりました。
竹河を謡って夜を更かすまいと急いでいらっしゃったのも
どのようなことを心に止めておけばよいのでしょう」
なるほど、この事件をきっかけとして、この君のお部屋にいらっしゃって、気のある態度で振る舞う。少将が予想していた通り、誰もが好意を寄せていた。侍従の君も、子供心に、近い縁者として、明け暮れ親しくしたいと思うのであった。

 [2-4 Fortunate Kaoru and unfortunate Kurodo-shosho]
 Seusyau mo, kowe ito omosirou te, Sakikusa utahu. Sakasira-gokoro tuki te, uti-sugusi taru hito mo mazira ne ba, onodukara katami ni moyohosa re te asobi tamahu ni, Aruzi-no-Ziziu ha, ko-Otodo ni ni tatematuri tamahe ru ni ya, kayau no kata ha okure te, sakaduki wo nomi susumure ba "Kotobuki wo dani se m ya!" to, hadukasime rare te, Takekaha wo onazi kowe ni idasi te, mada wakakere do, wokasiu utahu. Su no uti yori kaharake sasi-idu.
 "Wehi no susumi te ha, sinoburu koto mo tutuma re zu. Higa-koto suru waza to koso kiki habere. Ika ni motenai tamahu zo."
 to, tomi ni uke-hika zu. Ko-utiki kasanari taru hoso-naga no, hito-ka natukasiu simi taru wo, tori-ahe taru mama ni, kaduke tamahu. "Nani zo mo zo?" nado saudoki te, Ziziu ha, Aruzi-no-Kimi ni uti-kaduke te inu. Hiki-todome te kadukure do, "Midu-umaya ni te yo huke ni keri." tote, nige ni keri.
 Seusyau ha, "Kono Gwen-Ziziu-no-Kimi no kau honomeki yoru mere ba, mina-hito kore ni koso kokoro-yose tamahu rame. Waga mi ha, itodo kun-zi itaku omohi yowari te", adikinau zo uramuru.
 "Hito ha mina hana ni kokoro wo utusu ram
 hitori zo madohu haru no yo no yami
"
 Uti-nageki te tate ba, uti no hito no kahesi,
 "Wori kara ya ahare mo sira m ume no hana
 tada ka bakari ni uturi si mo se zi
"
 Asita ni, Siwi-no-Ziziu no moto yori, Aruzi-no-Ziziu no moto ni,
 "Yobe ha, ito midari-gahasikari si wo, hito-bito ika ni mi tamahi kem?"
 to, mi tamahe to obosiu, kana-gati ni kaki te,
 "Takekaha no hasi uti-ide si hito-husi ni
 hukaki kokoro no soko ha siri ki ya
"
 to kaki tari. Sin-den ni mote mawiri te, kore kare mi tamahu.
 "Te nado mo, ito wokasiu mo aru kana! Ika naru hito, ima yori kaku totonohi tara m? Wosanaku te, Win ni mo okure tatematuri, Haha-Miya no sidokenau ohosi-tate tamahe re do, naho hito ni ha masaru beki ni koso a'mere."
 tote, Kam-no-Kimi ha, kono Kimi-tati no, te nado asiki koto wo hadukasime tamahu. Kaheri-koto, geni, ito wakaku,
 "Yobe ha, midu-umaya wo nam, togame kikoyu meri si."
 Takekaha ni yoru wo akasa zi to isogi si mo
 ika naru husi wo omohi oka masi
"
 Geni, kono husi wo hazime ni te, kono Kimi no mi-zausi ni ohasi te, kesikibami yoru. Seusyau no osihakari si mo siruku, mina-hito kokoro yose tari. Ziziu-no-Kimi mo, wakaki kokoti ni, tikaki yukari ni te, ake-kure mutubi mahosiu omohi keri.

 [2-5 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち]
弥生になりて、咲く桜あれば2012、散りかひくもり2013、おほかたの盛りなるころ、のどやかにおはする所は、紛るることなく、端近なる罪もあるまじかめり。
そのころ、十八、九のほどやおはしけむ、御容貌も心ばへも、とりどりにぞをかしき。姫君は、いとあざやかに気高う、今めかしきさましたまひて、げに、ただ人にて見たてまつらむは、似げなうぞ見えたまふ。
桜の細長、山吹などの、折にあひたる色あひの、なつかしきほどに重なりたる裾まで、愛敬のこぼれ落ちたるやうに見ゆる、御もてなしなども、らうらうじく、心恥づかしき気さへ添ひたまへり。
今一所は、薄紅梅に、桜色にて、柳の糸のやうに、たをたをとたゆみ、いとそびやかになまめかしう、澄みたるさまして、重りかに心深きけはひは、まさりたまへれど、匂ひやかなるけはひは、こよなしとぞ人思へる。
碁打ちたまふとて、さし向ひたまへる髪ざし、御髪のかかりたるさまども、いと見所2014あり。侍従の君、見証したまふとて、近うさぶらひたまふに、兄君たちさしのぞきたまひて、
「侍従のおぼえ、こよなうなりにけり。御碁の見証2015許されにけるをや」
とて、おとなおとなしきさましてついゐたまへば、御前なる人びと、とかうゐなほる。中将、
「宮仕へのいそがしうなりはべるほどに、人に劣りにたるは、いと本意なきわざかな」
と愁へたまへば、
「弁官は、まいて、私の宮仕へおこたりぬべきままに、さのみやは思し捨てむ」
など申したまふ。碁打ちさして、恥ぢらひておはさうずる、いとをかしげなり。
「内裏わたりなどまかりありきても、故殿おはしまさましかば、と思ひたまへらるること多くこそ」
など、涙ぐみて見たてまつりたまふ。二十七、八のほどにものしたまへば、いとよくととのひて、この御ありさまどもを、「いかで、いにしへ思しおきてしに、違へずもがな」と思ひゐたまへり。
御前の花の木どもの中にも、匂ひまさりてをかしき桜を折らせて、「他のには似ずこそ」など、もてあそびたまふを、
「幼くおはしましし2016時、この花は、わがぞ、わがぞと、争ひたまひしを、故殿は、姫君の御花ぞと定めたまふ。上は、若君の御木と定めたまひしを、いとさは泣きののしらねど、やすからず思ひたまへられしはや」とて、「この桜の老木になりにけるにつけても、過ぎにける齢を思ひたまへ出づれば、あまたの人に後れはべりにける、身の愁へも、止めがたうこそ」
など、泣きみ笑ひみ聞こえたまひて、例よりはのどやかにおはす。人の婿になりて、心静かにも今は見えたまはぬを、花に心とどめてものしたまふ。

 [2-5 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち]
三月になって、咲く桜がある一方で、空も覆うほど散り乱れ、ほぼ桜の盛りのころ、のんびりとしていらっしゃるところは、さしたる用事もなく、端近に出ていても非難されないようである。
その当時、十八、九歳くらいでいらっしゃったろうか、ご器量も気立ても、それぞれに素晴らしい。姫君は、とても際立って気品があり、はなやかでいらして、なるほど、臣下の人に縁づけ申すのは、ふさわしくなくお見えである。
桜の細長に、山吹襲などで、季節にあった色合いがやさしい感じに重なっている裾まで、愛嬌があふれ出ているように見える、そのお振る舞いなども、洗練されて、気圧されるような感じまでが加わっていらっしゃった。
もうお一方は、薄紅梅に、桜色で、柳の枝のように、しなやかに、たいそうすらっとして優美に、落ち着いた物腰で、重々しく奥ゆかしい感じは、勝っていらっしゃるが、はなやかな感じは、この上ないと女房は思っていた。
碁をお打ちなさろうとして、向かい合っていらっしゃる髪の生え際、髪の垂れかかっている具合など、たいそう見所がある。侍従の君が、審判をなさろうとして、近くに伺候なさると、兄君たちがお覗きになって、
「侍従の寵愛は、大したものになったね。碁の審判を許されたとはね」
と言って、大人ぶった態度でお座りになったので、御前の女房たちは、あれこれ居ずまいを正す。中将が、
「宮仕えが忙しくなりましたので、弟に出し抜かれたのは、まことに残念なことだなあ」
と愚痴をおこぼしになると、
「弁官は、それ以上に、家でのご奉公はお留守になってしまうからと、そうお見捨てではありますまい」
などと申し上げなさる。碁を打つのを止めて、恥ずかしがっていらっしゃる、たいそう美しい感じである。
「宮中辺りなどに出歩きましても、亡き殿がいらっしゃったら、と存じられますことが多くて」
などと、涙ぐんで拝し上げなさる。二十七、八歳くらいでいらっしゃったので、とても恰幅よくて、姫君たちのご様子を、「何とかして、昔父君がお考えになっていた通りに、したいものだ」と思っていらっしゃった。
お庭先の花の木々の中でも、色合いの優れて美しい桜を折らせて、「他の桜とは違っている」などと、もて遊んでいらっしゃるのを、
「お小さくいらした時、この花は、わたしのよ、わたしのよと、お争いになったが、故殿は、姫君のお花だとお決めになる。母上は、若君のお花だとお決めになったが、それをひどくそんなには泣き叫んだりしませんでしたが、おもしろくなく存じられましたよ」と言って、「この桜が老木になったにつけても、過ぎ去った歳月を思い出されますので、大勢の人に先立たれてしまった身の悲しみも、きりがございません」
などと、泣いたり笑ったりしながら申し上げなさって、いつもよりはのんびりとしていらっしゃる。他の家の婿となって、ゆっくりとは今ではお見えにならないが、花に心を惹かれておいでである。

 [2-5 Daughters of Tamakazura's residence at full bloom of cherry blossoms]
 Yayohi ni nari te, saku sakura are ba, tiri kahi kumori, ohokata no sakari naru koro, nodoyaka ni ohasuru tokoro ha, magiruru koto naku, hasi-dika naru tumi mo aru mazika' meri.
 Sono-koro, zihu-hati, ku no hodo ya ohasi kem, ohom-katati mo, tori-dori ni zo wokasiki. Hime-Gimi ha, ito azayaka ni kedakau, imamekasiki sama si tamahi te, geni, tada-udo ni te mi tatematura m ha, nigenau zo miye tamahu.
 Sakura no hoso-naga, yamabuki naddo no, wori ni ahi taru iro-ahi no, natukasiki hodo ni kasanari taru suso made, aigyau no kobore oti taru yau ni miyuru, ohom-motenasi nado mo, rau-rauziku, kokoro-hadukasiki ke sahe sohi tamahe ri.
 Ima hito-tokoro ha, usu-koubai ni, sakura-iro ni te, yanagi no ito no yau ni, tawo-tawo to tayumi, ito sobiyaka ni namamekasiu, sumi taru sama si te, omorika ni kokoro-hukaki kehahi ha, masari tamahe re do, nihohiyaka naru kehahi ha, koyonasi to zo hito omohe ru.
 Go uti tamahu tote, sasi-mukahi tamahe ru kam-zasi, mi-gusi no kakari taru sama-domo, ito mi-dokoro ari. Ziziu-no-Kimi, kenzo si tamahu tote, tikau saburahi tamahu ni, Ani-Gimi-tati sasi-nozoki tamahi te,
 "Ziziu no oboye, koyonau nari ni keri. Ohom-go no kenzo yurusa re ni keru wo ya!"
 tote, otona-otonasiki sama si te tui-wi tamahe ba, o-mahe naru hito-bito, tokau wi nahoru. Tiuzyau,
 "Miya-dukahe no isogasiu nari haberu hodo ni, hito ni otori ni taru ha, ito ho'i naki waza kana!"
 to urehe tamahe ba,
 "Benkwan ha, maite, watakusi no miya-dukahe okotari nu beki mama ni, sa nomi ya ha obosi sute m."
 nado mousi tamahu. Go uti sasi te, hadirahi te ohasauzuru, ito wokasige nari.
 "Uti watari nado makari ariki te mo, ko-Tono ohasimasa masika ba, to omohi tamahe raruru koto ohoku koso."
 nado, namida-gumi te mi tatematuri tamahu. Ni-zihu siti, hati no hodo ni monosi tamahe ba, ito yoku totonohi te, kono mi-arisama-domo wo, "Ikade, inisihe obosi oki te si ni, tagahe zu mo gana!" to omohi wi tamahe ri.
 O-mahe no hana no ki-domo no naka ni mo, nihohi masari te wokasiki sakura wo wora se te, "Hoka no ni ha ni zu koso." nado, mote-asobi tamahu wo,
 "Wosanaku ohasimasi si toki, kono hana ha, waga zo, waga zo to, arasohi tamahi si wo, ko-Tono ha, Hime-Gimi no ohom-hana zo to sadame tamahu. Uhe ha, Waka-Gimi no ohom-ki to sadame tamahi si wo, ito sa ha naki nonosira ne do, yasukara zu omohi tamahe rare si haya!" tote, "Kono sakura no oyi-gi ni nari ni keru ni tuke te mo, sugi ni keru yohahi wo omohi tamahe idure ba, amata no hito ni okure haberi ni keru, mi no urehe mo, tome gatau koso."
 nado, naki-mi warahi-mi kikoye tamahi te, rei yori ha nodoyaka ni ohasu. Hito no muko ni nari te, kokoro siduka ni mo ima ha miye tamaha nu wo, hana ni kokoro todome te monosi tamahu.

 [2-6 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話]
尚侍の君、かくおとなしき人の親になりたまふ御年のほど思ふよりは、いと若うきよげに、なほ盛りの御容貌と見えたまへり。冷泉院の帝は、多くは、この御ありさまのなほゆかしう、昔恋しう思し出でられければ、何につけてかはと、思しめぐらして、姫君の御ことを、あながちに聞こえたまふにぞありける。院へ参りたまはむことは、この君たちぞ、
「なほ、ものの栄なき心地こそすべけれ。よろづのこと、時につけたるをこそ、世人も許すめれ。げに、いと見たてまつらまほしき御ありさまは、この世にたぐひなくおはしますめれど、盛りならぬ心地ぞするや。琴笛の調べ、花鳥の色をも音をも2017、時に従ひてこそ、人の耳もとまるものなれ。春宮は、いかが」
など申したまへば、
「いさや、はじめよりやむごとなき人の、かたはらもなきやうにてのみ、ものしたまふめればこそ。なかなかにて交じらはむは、胸いたく人笑へなることもやあらむと、つつましければ。殿おはせましかば、行く末の御宿世宿世は知らず、ただ今は、かひあるさまにもてなしたまひてましを」
などのたまひ出でて、皆ものあはれなり。

 [2-6 玉鬘の大君、冷泉院に参院の話]
尚侍の君は、このように成人した子の親におなりのお年の割には、たいそう若く美しく、依然として盛りのご容貌にお見えになった。冷泉院の帝は、主として、この方のご様子が依然として心に掛かって、昔が恋しく思い出されなさったので、何にかこつけたらよいかと、思案なさって、姫君のご入内の事を、無理やりに申し込みなさるのであった。院に入内なさることは、この君たちが、
「やはり、栄えない気がしましょう。万事が、時流に乗ってこそ、世間の人も認めましょう。なるほど、まことに拝したいお姿は、この世に類なくいらっしゃるようですが、盛りを過ぎた感じがしますね。琴や笛の調子、花や鳥の色や音色も、時期にかなってこそ、人の耳にも止まるものです。春宮は、どうでしょうか」
などと申し上げなさると、
「さあ、どんなものかしら、最初から重々しい方が、並ぶ者がいないような勢いで、いらっしゃるようですからね。なまじっかの宮仕えは、胸を痛め物笑いになることもあろうかと、気が引けますので。殿が生きていらっしゃったならば、将来のご運は判らないが、この今は、張り合いのある状態になさっていたでしょうに」
などとおっしゃって、皆しみじみと悲しい思いがする。

 [2-6 A rumor about Tamakazura's eldest daughter that she will be marry with Reizei-in]
 Kam-no-Kimi, kaku otonasiki hito no oya ni nari tamahu ohom-tosi no hodo yori ha, it owakau kiyoge ni, naho sakari no ohom-katati to miye tamahe ri. Reizei-Win no Mikado ha, ohoku ha, kono mi-arisama no naho yukasiu, mukasi kohisiu obosi-ide rare kere ba, nani ni tuke te ka ha to, obosi megurasi te, Hime-Gimi no ohom-koto wo, anagati ni kikoye tamahu ni zo ari keru. Win he mawiri tamaha m koto ha, kono Kimi-tati zo,
 "Naho, mono no haye naki kokoti koso su bekere. Yorodu no koto, toki ni tuke taru wo koso, yo-hito mo yurusu mere. Geni, ito mi tatematura mahosiki mi-arisama ha, konoyo ni taguhi naku ohasimasu mere do, sakari nara nu kokoti zo suru ya! Koto hue no sirabe, hana tori no iro wo mo ne wo mo, toki ni sitagahi te koso, hito no mimi mo tomaru mono nare. Touguu ha, ikaga?"
 nado mousi tamahe ba,
 "Isa ya, hazime yori yamgotonaki hito no, katahara mo naki yau ni nomi, monosi tamahu mere ba koso. Naka-naka ni te maziraha m ha, mune itaku hito-warahe naru koto mo ya ara m to, tutumasikere ba. Tono ohase masika ba, yuku-suwe no ohom-sukuse sukuse ha sira zu, tada-ima ha, kahi aru sama ni motenasi tamahi te masi wo."
 nado notamahi ide te, mina mono ahare nari.

 [2-7 蔵人少将、姫君たちを垣間見る]
中将など立ちたまひてのち、君たちは、打ちさしたまへる碁打ちたまふ。昔より争ひたまふ桜を賭物にて、
「三番に、数一つ勝ちたまはむ方には、なほ花を寄せてむ」
と、戯れ交はし聞こえたまふ。暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人びと皆挑み念じきこゆ。折しも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸の開きたるに、やをら寄りてのぞきけり。
かう、うれしき折を見つけたるは、仏などの現れたまへらむに参りあひたらむ心地するも、はかなき心になむ。夕暮の霞の紛れは、さやかならねど、つくづくと見れば、桜色のあやめも、それと見分きつ。げに、散りなむのちの形見2018にも見まほしく、匂ひ多く見えたまふを、いとど異ざまになりたまひなむこと、わびしく思ひまさらる。若き人びとのうちとけたる姿ども、夕映えをかしう見ゆ。右勝たせたまひぬ。「高麗の乱声、おそしや」など、はやりかに言ふもあり。
「右に心を寄せたてまつりて、西の御前に寄りてはべる木を、左になして、年ごろの御争ひの、かかれば、ありつるぞかし」
と、右方は心地よげにはげましきこゆ。何ごとと知らねど、をかしと聞きて、さしいらへもせまほしけれど、「うちとけたまへる折、心地なくやは」と思ひて、出でて去ぬ。「また、かかる紛れもや」と、蔭に添ひてぞ、うかがひありきける。

 [2-7 蔵人少将、姫君たちを垣間見る]
中将などがお立ちになった後、姫君たちは、途中で打ち止めていらした碁を打ちになる。昔からお争いになる桜を賭物として、
「三番勝負で、一つ勝ち越しになった方に、やはり花を譲りましょう」
と、ふざけて申し合いなさる。暗くなったので、端近くで打ち終えなさる。御簾を巻き上げて、女房たちが皆競い合ってお祈り申し上げる。ちょうどその時、いつもの蔵人少将が、藤侍従の君のお部屋に来ていたのだが、兄弟連れ立ってお出になったので、だいたいが人の少ない上に、廊の戸が開いていたので、静かに近寄って覗き込んだ。
このように、嬉しい機会を見つけたのは、仏などが姿を現しなさった時に出会ったような気がするのも、あわれな恋心というものである。夕暮の霞に隠れて、はっきりとはしないが、よくよく見ると、桜色の色目も、はっきりそれと分かった。なるほど、花の散った後の形見として見たく、美しさがいっぱいお見えなのを、ますますよそに嫁ぎなさることを、侘しく思いがまさる。若い女房たちのうちとけている姿、姿が、夕日に映えて美しく見える。右方がお勝ちあそばした。「高麗の乱声が、遅い」などと、はしゃいで言う女房もいる。
「右方にお味方申し上げて、西のお庭先の近くにあります木を、左方のものだとし、長年のお争いが、そのようなわけで、続いたのでございますよ」
と、右方は気持ちよさそうに応援申し上げる。どのような事情でと知りらないが、おもしろいと聞いて、返事もしたいが、「寛いでいらっしゃる時に、心ない態度では」と思って、邸をお出になった。「再び、このような機会はないか」と、物蔭に隠れて、窺い歩くのであった。

 [2-7 Kurodo-shosho peeps Tamakazura's daughters]
 Tiuzyau nado tati tamahi te noti, Kimi tati ha, uti-sasi tamahe ru go uti tamahu. Mukasi yori arasohi tamahu sakura wo kake-mono ni te,
 "Sam-ban ni, kazu hitotu kati tamaha m kata ni ha, naho hana wo yose te m."
 to, tahabure kahasi kikoye tamahu. Kurau nare ba, hasi tikau te uti hate tamahu. Mi-su maki-age te, Hito-bito mina idomi nen-zi kikoyu. Wori si mo rei no Seusyau-no-Kimi no mi-zausi ni ki tari keru wo, uti-ture te ide tamahi ni kere ba, ohokata hito-sukuna naru ni, rau no to no aki taru ni, yawora yori te nozoki keri.
 Kau, uresiki wori wo mituke taru ha, Hotoke nado no arahare tamahe ra m mawiri ahi tara m kokoti suru mo, hakanaki kokoro ni nam. Yuhugure no kasumi no magire ha, sayaka nara ne do, tuku-duku to mire ba, sakura-iro no ayame mo, sore to mi-waki tu. Geni, tiri na m noti no katami ni mo mi mahosiku, nihohi ohoku miye tamahu wo, itodo koto-zama ni nari tamahi na m koto, wabisiku omohi masara ru. Wakaki hito-bito no uti-toke taru sugata-domo, yuhubaye wokasiu miyu. Migi kata se tamahi nu. "Koma no ranzau, ososi ya!" nado, hayarika ni ihu mo ari.
 "Migi ni kokoro wo yose tatematuri te, nisi no o-mahe ni yori te haberu ki wo, hidari ni nasi te, tosi-goro no ohom-arasohi no, kakare ba, ari turu zo kasi."
 to, migi-kata ha kokoti yoge ni hagemasi kikoyu. Nani-goto to sira ne do, wokasi to kiki te, sasi-irahe mo se mahosikere do, "Utitoke tamahe ru wori, kokoti naku ya ha." to omohi te, ide te inu. "Mata, kakaru magire mo ya?" to, kage ni sohi te zo, ukagahi ariki keru.

 [2-8 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む]
君達は、花の争ひをしつつ明かし暮らしたまふに、風荒らかに吹きたる夕つ方、乱れ落つるがいと口惜しうあたらしければ、負け方の姫君、
「桜ゆゑ風に心の騒ぐかな
思ひぐまなき花と見る見る」
御方の宰相の君、
「咲くと見てかつは散りぬる花なれば
負くるを深き恨みともせず」
と聞こえ助くれば、右の姫君、
「風に散ることは世の常枝ながら
移ろふ花をただにしも見じ」
この御方の大輔の君、
「心ありて池のみぎはに落つる花
あわ
2019となりてもわが方に寄れ」
勝ち方の童女おりて、花の下にありきて、散りたるをいと多く拾ひて、持て参れり。
「大空の風に散れども桜花
おのがものとぞかきつめて見る」
左のなれき、
「桜花匂ひあまたに散らさじと
 おほふばかりの袖2020はありやは
心せばげにこそ見ゆめれ」など言ひ落とす。

 [2-8 姫君たち、桜花を惜しむ和歌を詠む]
姫君たちは、花の争いをしながら日を送っていらっしゃると、風が激しく吹いている夕暮に、乱れ散るのがまことに残念で惜しいので、負け方の姫君は、
「桜のせいで吹く風ごとに気が揉めます
わたしを思ってくれない花だと思いながらも」
御方の宰相の君が、
「咲いたかと見ると一方では散ってしまう花なので
負けて木を取られたことを深く恨みません」
とお助け申し上げると、右方の姫君は、
「風に散ることは世の常のことですが、枝ごとそっくり
こちらの木になった花を平気で見ていられないでしょう」
こちらの御方の大輔の君が、
「こちらに味方して池の汀に散る花よ
水の泡となってもこちらに流れ寄っておくれ」
勝ち方の女の童が下りて、花の下を歩いて、散った花びらをたいそうたくさん拾って、持って参った。
「大空の風に散った桜の花を
わたしのものと思って掻き集めて見ました」
左方のなれきが、
「桜の花のはなやかな美しさを方々に散らすまいとしても
大空を覆うほど大きな袖がございましょうか
心が狭く思われます」などと悪口を言う。

 [2-8 Tamakazura's daughters compose waka regretting cherry blossoms fall]
 Kimi-tati ha, hana no arasohi wo si tutu akasi kurasi tamahu ni, kaze araraka ni huki taru yuhu tu kata, midare oturu ga ito kutiwosiu atarasikere ba, make-kata no Hime-Gimi,
 "Sakura yuwe kaze ni kokoro no sawagu kana
 omohi guma naki hana to miru miru
"
 Ohom-kata no Saisyau-no-Kimi,
 "Saku to mi te katu ha tiri nuru hana nare ba
 makuru wo hukaki urami to mo se zu
"
 to kikoye tasukure ba, migi no Hime-Gimi,
 "Kaze ni tiru koto ha yo no tune eda nagara
 uturohu hana wo tada ni si mo mi zi
"
 Kono ohom-kata no Taihu-no-Kimi,
 "Kokoro ari te ike no migiha ni oturu hana
 awa to nari te mo waga kata ni yore
"
 Kati-kata no Warahabe ori te, hana no sita ni ariki te, tiri taru wo ito ohoku hirohi te, mote mawire ri.
 "Oho-zora no kaze ni tire do mo sakura-bana
 onoga mono to zo kaki-tume te miru
"
 Hidari no Nareki,
 "Sakura-bana nihohi amata ni tirasa zi to
 ohohu bakari no sode ha ari ya ha

 Kokoro sebage ni koso miyu mere." nado ihi otosu.

 3 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院 [3-1 大君、冷泉院に参院決定]
かくいふに、月日はかなく過ぐすも、行く末のうしろめたきを、尚侍の殿はよろづに思す。院よりは、御消息日々にあり。女御、
「うとうとしう思し隔つるにや。上は、ここに聞こえ疎むるなめりと、いと憎げに思しのたまへば、戯れにも苦しうなむ。同じくは、このころのほどに思し立ちね」
など、いとまめやかに聞こえたまふ。「さるべきにこそはおはすらめ。いとかうあやにくにのたまふもかたじけなし」など思したり。
御調度などは、そこらし置かせたまへれば、人びとの装束、何くれのはかなきことをぞいそぎたまふ。これを聞くに、蔵人少将は、死ぬばかり思ひて、母北の方をせめたてまつれば、聞きわづらひたまひて、
「いとかたはらいたきことにつけて、ほのめかし聞こゆるも、世にかたくなしき闇の惑ひ2021になむ。思し知る方もあらば、推し量りて、なほ慰めさせたまへ」
など、いとほしげに聞こえたまふを、「苦しうもあるかな」と、うち嘆きたまひて、
「いかなることと、思うたまへ定むべきやうもなきを、院よりわりなくのたまはするに、思うたまへ乱れてなむ。まめやかなる御心ならば、このほどを思ししづめて、慰めきこえむさまをも見たまひてなむ、世の聞こえもなだらかならむ」
など申したまふも、この御参り過ぐして、中の君をと思すなるべし。「さし合はせては、うたてしたり顔ならむ。まだ、位などもあさへたるほどを」など思すに、男は、さらにしか思ひ移るべくもあらず、ほのかに見たてまつりてのちは、面影に恋しう、いかならむ折にとのみおぼゆるに、かう頼みかからずなりぬるを、思ひ嘆きたまふこと限りなし。

 3 玉鬘の大君の物語 冷泉院に参院 [3-1 大君、冷泉院に参院決定]
こうしているうちに、月日をいたづらに送るのも、将来が不安なので、尚侍の殿はいろいろとお考えになる。院からは、お手紙が毎日ある。女御は、
「よそよそしく他人行儀にお考えなのでしょうか。お上は、わたしがあなたに邪魔をしているらしいと、とても憎らしそうにおっしゃるので、冗談でも辛いことです。同じことなら、今のうちにご決心なさいませ」
などと、たいそう懇切に申し上げなさる。「前世からの因縁でいらっしゃるのだろう。とてもこのように反対する立場の方がお勧め申すのも恐れ多い」などとお思いになった。
御調度類は、たくさん準備なさっていたので、女房たちの衣装や、何やかやのこまごましたことをご準備なさる。これを聞くと、蔵人少将は、悶え死ぬほど思いつめて、母北の方をお責め申したので、聞くのもお困りになって、
「とても恥ずかしいことですが、お耳に入れますのも、まことに愚かな親心でございます。ご同情下さるならば、ご推察いただき、やはり安心させてやって下さい」
などと、不憫でならないように申し上げなさるが、「困ったことだわ」と、お嘆きになって、
「どのようなことやらと、決心も致しかねますが、院から無理やりにおっしゃるので、迷っております。ご本心からならば、ここ暫くの間は我慢なさって、お心のゆくようお計らい申すのを御覧になって、世間の評判も穏やかでしょう」
などと申し上げなさるのも、この院に参るのを過ごして、中の君をとお思いなのであろう。「時期を一緒にしては、あまりに得意顔に見えよう。まだ、位なども低いほどだから」などとお思いになると、男は、まったく気持ちを移せそうもなく、ちらっと拝見した後は、面影に立って恋しく、どのような機会にとばかり思っていたが、このように頼みの綱も切れてしまったのを、お嘆きになることはこの上もない。

 3 Tale of Tamakazura's eldest daughter Eldest daughter gets married Reizei-in [3-1 It is decided that the eldest daughter gets married Reizei-in]
 Kaku ihu ni, tuki-hi hakanaku sugusu mo, yukusuwe no usirometaki wo, Kam-no-Tono ha yorodu ni obosu. Win yori ha, ohom-seusoko hi-bi ni ari. Nyougo,
 "Uto-utosiu obosi turu ni ya? Uhe ha, koko ni kikoye utomuru na'meri to, ito nikuge ni obosi notamahe ba, tahabure ni mo kurusiu nam. Onaziku ha, kono-koro no hodo ni obosi tati ne."
 nado, ito mameyaka ni kikoye tamahu. "Saru beki ni koso ha ohasu rame. Ito kau ayaniku ni notamahu mo katazikenasi." nado obosi tari.
 Ohom-teudo nado ha, sokora si oka se tamahe re ba, hito-bito no sauzoku, nani-kure no hakanaki koto wo zo isogi tamahu. Kore wo kiku ni, Kuraudo-no-Seusyau ha, sinu bakari omohi te, haha-Kitanokata wo seme tatemature ba, kiki wadurahi tamahi te,
 "Ito katahara-itaki koto ni tuke te, honomekasi kikoyuru mo, yo ni katakunasiki yami no madohi ni nam. Obosi-siru kata mo ara ba, osihakari te, naho nagusame sase tamahe."
 nado, itohosige ni kikoye tamahu wo, "Kurusiu mo aru kana!" to, uti-nageki tamahi te,
 "Ika naru koto to, omou tamahe sadamu beki yau mo naki wo, Win yori warinaku notamaha suru ni, omou tamahe midare te nam. Mameyaka naru mi-kokoro nara ba, kono hodo wo obosi sidume te, nagusame kikoye m sama wo mo mi tamahi te nam, yo no kikoye mo nadaraka nara m."
 nado mousi tamahu mo, kono ohom-mawiri sugusi te, Naka-no-Kimi wo to obosu naru besi. "Sasi-ahase te ha, utate sitari-gaho nara m. Mada, kurawi nado mo asahe taru hodo wo." nado obosu ni, Wotoko ha, sarani sika omohi uturu beku mo ara zu, honoka ni mi tate maturi te noti ha, omokage ni kohisiu, ika nara m wori ni to nomi oboyuru ni, kau tanomi kakara zu nari nuru wo, omohi nageki tamahu koto kagiri nasi.

 [3-2 蔵人少将、藤侍従を訪問]
かひなきことも言はむとて、例の、侍従の曹司に来たれば、源侍従の文をぞ見ゐたまへりける。ひき隠すを、さなめりと見て、奪ひ取りつ。「ことあり顔にや」と思ひて、いたうも隠さず。そこはかとなく2022、ただ世を恨めしげにかすめたり。
「つれなくて過ぐる月日をかぞへつつ
もの恨めしき暮の春かな」
「人はかうこそ、のどやかにさまよくねたげなめれ、わがいと人笑はれなる心焦られを、かたへは目馴れて、あなづりそめられにたる」など思ふも、胸痛ければ、ことにものも言はれで、例、語らふ中将の御許の曹司の方に行くも、例の、かひあらじかしと、嘆きがちなり。
侍従の君は、「この返りことせむ」とて、上に参りたまふを見るに、いと腹立たしうやすからず、若き心地には、ひとへにものぞおぼえける。
あさましきまで恨み嘆けば、この前申しも、あまり戯れにくく、いとほしと思ひて、いらへもをさをさせず。かの御碁の見証せし夕暮のことも言ひ出でて、
「さばかりの夢をだに、また見てしがな。あはれ、何を頼みにて生きたらむ。かう聞こゆることも、残り少なうおぼゆれば、つらきもあはれ2023、といふことこそ、まことなりけれ」
と、いとまめだちて言ふ。「あはれとて、言ひやるべき方なきことなり。かの慰めたまふらむ御さま、つゆばかりうれしと思ふべきけしきもなければ、げに、かの夕暮の顕証なりけむに、いとどかうあやにくなる心は添ひたるならむ」と、ことわりに思ひて、
「聞こしめさせたらば、いとどいかにけしからぬ御心なりけりと、疎みきこえたまはむ。心苦しと思ひきこえつる心も失せぬ。いとうしろめたき御心なりけり」
と、向ひ火つくれば、
「いでや、さはれや。今は限りの身なれば、もの恐ろしくもあらずなりにたり。さても負けたまひしこそ、いといとほしかりしか。おいらかに召し入れてやは。目くはせたてまつらましかば、こよなからましものを」など言ひて、
「いでやなぞ数ならぬ身にかなはぬは
人に負けじの心なりけり」
中将、うち笑ひて、
「わりなしや強きによらむ勝ち負けを2024
心一つにいかがまかする」
といらふるさへぞ、つらかりける2025。
「あはれとて手を許せかし生き死にを
君にまかするわが身とならば」
泣きみ笑ひみ、語らひ明かす。

 [3-2 蔵人少将、藤侍従を訪問]
愚痴でもこぼそうと思って、いつものように、藤侍従のお部屋に来たところ、源侍従の手紙を見ていらっしゃるのであった。さっと隠すので、さてはと思って、奪い取った。「意味有りげな顔にとられては」と思って、強く隠さない。どことなく、ただ男女関係のつれなさを恨めしそうに書いてあった。
「わたしの気持ちを分かっていただけずに過ぎてゆく年月を数えていますと
恨めしくも春の暮になりました」
「他人はこのように、悠長に体裁よく恨んでいるようだが、自分のまことに物笑いになる焦りかたを、一つには馴れっこになって、軽んじられることになってしまったのだ」と思うのも、胸が痛むので、特に何も言うことができず、いつも、親しくしている中将のおもとのお部屋の方に行くが、例によって、効のないことだと、溜息をつきがちである。
侍従の君は、「この返事をしよう」と思って、母上のもとに参上なさるのを見ると、実に腹立たしくおもしろくなく、若いだけに、一途に思いつめているのであった。
見苦しいまでに恨み嘆くので、この取次役も、たいして冗談にもできず、お気の毒と思って、返事もなかなかしない。あの碁に立ち会った夕暮のことも言い出して、
「あれくらいの夢でも、再び見たいものだなあ。ああ、何を頼みにして生きていよう。このように申し上げることも、寿命少なく思われますので、つれない仕打ちも懐かしい、ということは、本当ですね」
と、実に真顔になって言う。「お気の毒だと言って、も慰めようもないことである。あのお慰め下さるというお話は、少しも嬉しいと思うような様子もないので、なるほど、あの夕暮のはっきりと見えたことに、ますますこのように無闇な思いが募ったのだろう」と、無理もないことに思って、
「お耳にあそばしたら、ますますなんとけしからぬお心の人なのだと、お恨み申されましょう。お気の毒だとお思い申していました気持ちもなくなってしまいました。とても油断のできないお方だったのですね」
と、反対に文句を言うと、
「ええい、どうともなれ。もうおしまいの身だから、何も恐くはなくなってしまった。それにしてもお負けになったことが、実にお気の毒であった。あっさりと招き入れてくれたら。目配せ申したら、絶対に勝ったろうものを」などと言って、
「いったい何ということか、物の数でもない身なのに
かなえることができないのは負けじ魂だとは」
中将は、吹き出して、
「無理なこと、強い方が勝つ勝負事を
あなたのお心一つでどうなりましょう」
と答えるのさえ、辛いことであった。
「かわいそうだと思って、姫君をわたしに許してください
この先の生死はあなた次第のわが身と思われるならば」
泣いたり笑ったりしながら、一晩中語らい明かす。

 [3-2 Kurodo-shosho visits to To-jiju]
 Kahi naki koto mo iha m tote, rei no, Ziziu no zausi ni ki tare ba, Gwen-Ziziu no humi wo zo mi wi tamahe ri keru. Hiki-kakusu wo, sa na'meri to mi te, ubahi tori tu. "Koto-ari-gaho ni ya?" to omohi te, itau mo kakusa zu. Sokohaka to naku, tada yo wo uramesige ni kasume tari.
 "Turenaku te suguru tuki-hi wo kazohe tutu
 mono uramesiki kure no haru kana
"
 "Hito ha kau koso, nodoyaka ni sama yoku netage na'mere, waga ito hito-waraha re naru kokoro-irare wo, katahe ha me nare te, anaduri some rare ni taru." nado omohu mo, mune itakere ba, koto ni mono mo iha re de, rei, katarahu Tiuzyau-no-Omoto no zausi no kata ni yuku mo, rei no, kahi ara zi kasi to, nageki-gati nari.
 Ziziu-no-Kimi ha, "Kono kaheri-koto se m." tote, uhe ni mawiri tamahu wo miru ni, ito hara-datasiu yasukara zu, wakaki kokoti ni ha, hitohe ni mono zo oboye keru.
 Asamasiki made urami nageke ba, kono mahe mousi mo, amari tahabure nikuku, itohosi to omohi te, irahe mo wosa-wosa se zu. Kano ohom-go no kenzo se si yuhugure no koto mo ihi ide te,
 "Sabakari no yume wo dani, mata mi te si gana! Ahare, nani wo tanomi ni te iki tara m. Kau kikoyuru koto mo, nokori sukunau oboyure ba, turaki mo ahare, to ihu koto koso, makoto nari kere."
 to, ito mamedati te ihu. "Ahare tote, ihi yaru beki kata naki koto nari. Kano nagusame tamahu ram ohom-sama, tuyu bakari uresi to omohu beki kesiki mo nakere ba, geni, kano yuhugure no kenzo nari kem ni, itodo kau ayaniku naru kokoro ha sohi taru nara m." to, kotowari ni omohi te,
 "Kikosimesa se tara ba, itodo ika ni kesikara nu mi-kokoro nari keri to, utomi kikoye tamaha m. Kokoro-gurusi to omohi kikoye turu kokoro mo use nu. Ito usirometaki mi-kokoro nari keri."
 to, mukahi-bi tukure ba,
 "Ide ya, sahare ya! Ima ha kagiri no mi nare ba, mono osorosiku mo ara zu nari ni tari. Sate mo make tamahi si koso, ito itohosikari sika. Oiraka ni mesi-ire te ya ha! Me-kuhase tatematura masika ba, koyonakara masi mono wo." nado ihi te,
 "Ide ya nazo kazu nara nu mi ni kanaha nu ha
 hito ni make zi no kokoro nari keri
"
 Tiuzyau, uti-watahi te,
 "Wari nasi ya tuyoki ni yora m kati-make wo
 kokoro hitotu ni ikaga makasuru
"
 to irahuru sahe zo, turakari keru.
 "Ahare tote te wo yuruse kasi iki-sini wo
 kimi ni makasuru waga mi to nara ba
"
 Naki-mi warahi-mi, katarahi akasu.

 [3-3 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る]
またの日は、卯月になりにければ、兄弟の君たちの、内裏に参りさまよふに、いたう屈じ入りて眺めゐたまへれば、母北の方は、涙ぐみておはす。大臣も、
「院の聞こしめすところもあるべし。何にかは、おほなおほな聞き入れむ、と思ひて、くやしう、対面のついでにも、うち出で聞こえずなりにし。みづからあながちに申さましかば、さりともえ違へたまはざらまし」
などのたふ。さて、例の、
「花を見て春は暮らしつ今日よりや
しげき嘆きの下に惑はむ」
と聞こえたまへり。
御前にて、これかれ上臈だつ人びと、この御懸想人の、さまざまにいとほしげなるを聞こえ知らするなかに、中将の御許、
「生き死にをと言ひしさまの、言にのみはあらず、心苦しげなりし」
など聞こゆれば、尚侍の君も、いとほしと聞きたまふ。大臣、北の方の思すところにより、せめて人の御恨み深くはと、取り替へありて思すこの御参りを、さまたげやうに思ふらむはしも、めざましきこと、限りなきにても、ただ人には、かけてあるまじきものに、故殿の思しおきてたりしものを、院に参りたまはむだに、行く末のはえばえしからぬを思したる、折しも、この御文取り入れてあはれがる。御返事、
「今日ぞ知る空を眺むるけしきにて
花に心を移しけりとも」
「あな、いとほし。戯れにのみも取りなすかな」
など言へど、うるさがりて書き変へず。

 [3-3 四月一日、蔵人少将、玉鬘へ和歌を贈る]
翌日は、四月になったので、兄弟の君たちが、宮中に参内するために慌ただしくしているのに、ひどく萎れて物思いに沈んでいらっしゃるので、母北の方は、涙ぐんでいらっしゃる。大臣も、
「院がお耳にあそばすこともあろう。どうして、真剣に聞き入れてくれることがあろう、と思って、悔しいことに、お会いした時に申し上げずじまいだった。自分が無理を押して申し上げたら、いくらなんでもお断りになならなかっただろうに」
などとおっしゃる。そのようなことがあって、いつものように、
「花を見て春は過ごしました。今日からは
茂った木の下で途方に暮れることでしょう」
と申し上げなさった。
御前において、あれこれ上臈めいた女房たち、この懸想人が、いろいろと気の毒なことをお話し申し上げる中で、中将のおもとが、
「生き死にをと言った様子が、言葉だけではなく、お気の毒でした」
などと申し上げると、尚侍の君も、不憫だとお聞きになる。大臣や、北の方のお考えにより、どうしても少将の恨みが深いのならばと、中の君を少将にと代わりをお考えになった上でのこのお参りを、邪魔しているように思っているのはけしからぬこと、この上ない身分の方でも、臣下であっては、絶対に許さないと、故殿がご遺言なさっていたものを、院に参りなさることでさえ、将来見栄えがしないものをとお思いになっていた、ちょうどその時に、このお手紙を受け取って気の毒がる。お返事は、
「今日こそ分かりました、空を眺めているようなふりをして
花に心を奪われていらしたのだと」
「まあ、お気の毒な。冗談事にしてしまうのですね」
などと言うが、面倒がって書き変えない。

 [3-3 Kurodo-shosho sends waka to Tamakazura at April 1]
 Mata no hi ha, U-duki ni nari ni kere ba, harakara no Kimi-tati no, Uti ni mawiri samayohu ni, itau kun-zi iri te nagame wi tamahe re ba, haha-Kitanokata ha, namida-gumi te ohasu. Otodo mo,
 "Win no kikosimesu tokoro mo aru besi. Nani ni ka ha, ohona-ohona kiki-ire m, to omohi te, kuyasiu, taimen no tuide ni mo, uti-ide kikoye zu nari ni si. Midukara anagati ni mousa masika ba, sari to mo e tagahe tamaha zara masi."
 nado notamahu. Sate, rei no,
 "Hana wo mi te haru ha kurasi tu kehu yori ha
 sigeki nageki no sita ni madoha m
"
 to kikoye tamahe ri.
 O-mahe ni te, kore kare zyaurahu-datu hito-bito, kono ohom-kesau-bito no, sama-zama ni itohosige naru wo kikoye sira suru naka ni, Tiuzyau-no-Omoto,
 "Iki sini wo to ihi si sama no, koto ni nomi ha ara zu, kokoro-kurusige nari si."
 nado kikoyure ba, Kam-no-Kimi mo, itohosi to kiki tamahu. Otodo, Kitanokata no obosu tokoro ni yori, semete hito no ohom-urami hukaku ha to, torikahe ari te obosu kono ohom-mawiri wo, samatage yau ni omohu ram ha si mo, mezamasiki koto, kagiri naki ni te mo, tada-udo ni ha, kakete aru maziki mono ni, ko-Tono no obosi okite tari si mono wo, Win ni mawiri tamaha m dani, yuku-suwe no haye-bayesikara nu wo obosi taru, wori si mo, kono ohom-humi tori-ire te ahare-garu. Ohom-kaheri-koto,
 "Kehu zo siru sora wo nagamuru kesiki ni te
 hana ni kokoro wo utusi keri to mo
"
 "Ana, itohosi! Tahabure ni nomi mo torinasu kaan!"
 nado ihe do, urusagari te kaki-kahe zu.

 [3-4 四月九日、大君、冷泉院に参院]
九日にぞ、参りたまふ。右の大殿、御車、御前の人びとあまたたてまつりたまへり。北の方も、恨めしと思ひきこえたまへど、年ごろさもあらざりしに、この御ことゆゑ、しげう聞こえ通ひたまへるを、またかき絶えむ2026もうたてあれば、被け物ども、よき女の装束ども、あまたたてまつれたまへり。
「あやしう、うつし心もなきやうなる人のありさまを、見たまへ扱ふほどに、承りとどむることもなかりけるを、おどろかさせたまはぬも、うとうとしくなむ」
とぞありける。おいらかなるやうにてほのめかしたまへるを、いとほしと見たまふ。大臣も御文あり。
「みづからも参るべきに、思うたまへつるに、慎む事のはべりてなむ。男ども、雑役にとて参らす。疎からず召し使はせたまへ」
とて、源少将、兵衛佐など、たてまつれたまへり。「情けはおはすかし」と、喜びきこえたまふ。大納言殿よりも、人びとの御車たてまつれたまふ。北の方は、故大臣の御女、真木柱の姫君なれば、いづかたにつけても、睦ましう聞こえ通ひたまふべけれど、さしもあらず。
藤中納言はしも、みづからおはして、中将、弁の君たち、もろともに事行ひたまふ。殿のおはせましかばと、よろづにつけてあはれなり。

 [3-4 四月九日、大君、冷泉院に参院]
九日に、院に参上なさる。右の大殿は、お車、御前駆の人びとを大勢差し上げなさった。北の方も、恨めしくお思い申し上げなさったが、長年それほどでもなかったっが、このご一件で、しきりに手紙のやりとりなさったのに、再び途絶えてしまうこともおかしいので、禄や、立派な女の装束などを、たくさん差し上げなさった。
「不思議と、気の抜けたような息子の様子を、お世話していますうちに、はっきりと承ることもなかったので、お知らせ下さらなかったことを、他人行儀なと思っております」
とあったのだった。穏やかなようでいてそれとなく恨み言をこめなさったのを、困ったことと御覧になる。大臣からもお手紙がある。
「わたし自身参上しなければ、と存じましたが、物忌みがございまして。子息たちを、雑用にと思って伺わせます。ご遠慮なさらずお使い下さい」
と言って、源少将、兵衛佐など、を差し上げなさった。「ご厚意ありがとうございます」と、お礼申し上げなさる。大納言殿からも、女房たちのお車を差し上げなさる。北の方は、故大臣の娘で、真木柱の姫君なので、どちらの関係から見ても、親しくご交際なさり合うはずでいらっしゃるが、そんなにでもない。
藤中納言は、ご自身でいっしゃって、中将や、弁の君たちと、一緒に準備をなさる。殿が生きていらっしゃったならばと、何事につけても悲しい思いがする。

 [3-4 The eldest daughter gets married Reizei-in at April 9]
 Kokonuka ni zo, mawiri tamahu. Migi-no-Ohotono, mi-kuruma, go-zen no hito-bito amata tatematuri tamahe ri. Kitanokata mo, uramesi to omohi kikoye tamahe do, tosi-goro sa mo ara zari si ni, kono ohom-koto yuwe, sigeu kikoye kayohi tamahe ru wo, mata kaki taye m mo utate are ba, kaduke-domo, yoki womna no sauzoku-domo, amata tatemature tamahe ri.
 "Ayasiu, utusi-gokoro mo naki yau naru hito no arisama wo, mi tamahe atukahu hodo ni, uketamahari todomuru koto mo nakari keru wo, odoroka sase tamaha nu mo, uto-utosiku nam."
 to zo ari keru. Oiraka naru yau ni te honomekasi tamahe ru wo, itohosi to mi tamahu. Otodo mo ohom-humi ari.
 "Midukara mo mawiru beki ni, omou tamahe turu ni, tutusimu koto no haberi te nam. Wonoko-domo, zahuyaku ni tote mawira su. Utokara zu mesi-tukaha se tamahe."
 tote, Gwen-Seusyau, Hyauwe-no-Suke nado, tatemature tamahe ri. "Nasake ha ohasu kasi." to, yorokobi kikoye tamahu. Dainagon-dono yori mo, hito-bito no mi-kuruma tatemature tamahu. Kitanokata ha, ko-Otodo no ohom-musume, Makibasira-no-Himegimi nare ba, idu-kata ni tuke te mo, mutumasiu kikoye kayohi tamahu bekere do, sa si mo ara zu.
 Tou-Tiunagon ha si mo, midukara ohasi te, Tiuzyau, Ben-no-Kimi-tati, morotomo ni koto okonahi tamahu. Tono no ohase masika ba to, yorodu ni tuke te ahare nari.

 [3-5 蔵人少将、大君と和歌を贈答]
蔵人の君、例の人にいみじき言葉を尽くして、
「今は限りと思ひはべる命の、さすがに悲しきを。あはれと思ふ、とばかりだに、一言のたまはせば、それにかけとどめられて、しばしもながらへやせむ」
などあるを、持て参りて見れば、姫君二所うち語らひて、いといたう屈じたまへり。夜昼もろともに慣らひたまひて、中の戸ばかり隔てたる西東をだに、いといぶせきものにしたまひて、かたみにわたり通ひおはするを、よそよそにならむことを思すなりけり。
心ことにしたて、ひきつくろひたてまつりたまへる御さま、いとをかし。殿の思しのたまひしさまなどを思し出でて、ものあはれなる折からにや、取りて見たまふ。「大臣、北の方の、さばかり立ち並びて、頼もしげなる御なかに、などかうすずろごとを思ひ言ふらむ」とあやしきにも、「限り」とあるを、「まことや」と思して、やがてこの御文の端に、
「あはれてふ常ならぬ世の一言も
いかなる人にかくるものぞは
ゆゆしき方にてなむ、ほのかに思ひ知りたる」
と書きたまひて、「かう言ひやれかし」とのたまふを、やがてたてまつれたるを、限りなう珍しきにも、折思しとむるさへ、いとど涙もとどまらず。
立ちかへり、「誰が名は立たじ2027」など、かことがましく2028て、
「生ける世の死には心にまかせねば
聞かでややまむ君が一言
 塚の上にも掛け2029たまふべき御心のほど、思ひたまへましかば、ひたみちにも急がれはべらましを」
などあるに、「うたてもいらへをしてけるかな。書き変へでやりつらむよ」と苦しげに思して、ものものたまはずなりぬ。

 [3-5 蔵人少将、大君と和歌を贈答]
蔵人の君は、いつもの女房に大げさな言葉の限りを尽くして、
「もうお終いだと思っております命も、そうはいっても悲しいよ。せめてお気の毒ぐらいに思う、とだけでも、一言おっしゃって下さったら、その言葉に引かれて、もう暫く生きていられましょうか」
などと書いてあるのを、持参して見ると、姫君たちお二方がお話して、とてもひどく沈み込んでいらっしゃった。昼夜一緒に居馴れて、中の戸だけを隔てた西と東の間でさえ、邪魔にお思いになって、お互いに行き来なさっていたが、離れ離れになろうことをお考えなのであった。
特別に注意して準備して、お着付け申したご様子は、とても立派である。殿がご遺言なさった様子などをお思い出しになって、悲しい時だったせいか、手に取って御覧になる。「大臣や、北の方が、あれほど揃って、頼もしそうなご家庭で、どうしてこのようなわけの分からないことを思ったり言ったりするのだろう」と不思議なのにつけても、「お終いだ」とあるので、「本当だろうか」とお思いになって、そのままこのお手紙の端に、
「あわれという一言も、この無常の世に
いったいどなたに言い掛けたらよいのでしょう
縁起でもない方面のこととしては、少しは存じております」
とお書きになって、「このように言いなさい」とおっしゃるのを、そのまま差し上げたところ、この上なく有り難いと思うにつけても、最後の機会をお考えになっていたのまでが嬉しくて、ますます涙が止まらない。
折り返し、「誰の浮名が立たないで済みましょう」などと、恨みがましく書いて、
「生きているこの世の生死は思う通りにならないので
聞かずに諦めきれましょうか、あなたのあわれという一言を
墓の上でもあわれという一言をおかけになるようなお心の中と、存じられましたら、一途に死ぬことも急がれましょうに」
などとあるので、「まずいこと返事をしてしまったな。書き変えないでやってしまったことよ」と辛そうにお思いになって、何もおっしゃらなくなった。

 [3-5 Kurodo-shosho and the eldest daughter compose and exchange waka]
 Kuraudo-no-Kimi, rei no hito ni imiziki kotoba wo tukusi te,
 "Ima ha kagiri to omohi haberu inoti no, sasuga ni kanasiki wo. Ahare to omohu, to bakari dani, hito-koto notamaha se ba, sore ni kake todome rare te, sibasi mo nagarahe ya se m."
 nado aru wo, mote mawiri te mire ba, Hime-Gimi huta-tokoro uti-katarahi te, ito itau kun-zi tamahe ri. Yoru hiru morotomo ni narahi tamahi te, naka no to bakari hedate taru nisi himgasi wo dani, ito ibuseki mono ni sitamahi te, katami ni watari kayohi ohasuru wo, yoso-yoso ni nara m koto wo obosu nari keri.
 Kokoro koto ni si tate, hiki-tukurohi tatematuri tamahe ru ohom-sama, ito wokasi. Tono no obosi notamahi si sama nado wo obosi-ide te, mono ahare naru wori kara ni ya, tori te mi tamahu. "Otodo, Kitanokata no, sabakari tati-narabi te, tanomosige naru ohom-naka ni, nado kau suzuro-goto wo omohi ihu ram?" to ayasiki ni mo, "Kagiri" to aru wo, "Makoto ya?" to obosi te, yagate kono ohom-humi no hasi ni,
 "Ahare tehu tune nara nu yo no hito-koto mo
 ika naru hito ni kakuru mono zo ha

 Yuyusiki kata ni te nam, honoka ni omohi siri taru."
 to kaki tamahi te, "Kau ihi yare kasi." to notamahu wo, yagate tatemature taru wo, kagiri nau medurasiki ni mo, wori obosi tomuru sahe, itodo namida mo todomara zu.
 Tati-kaheri, "Ta ga na ha tata zi." nado, kakoto-gamasiku te,
 "Ikeru yo no si ni ha kokoro ni makase ne ba
 kika de ya yama m kimi ga hito-koto

 Tuka no uhe ni mo kake tamahu beki mi-kokoro no hodo, omohi tamahe masika ba, hitamiti ni mo isoga re habera masi wo."
 nado aru ni, "Utate mo irahe wo si te keru kana! Kaki-kahe de yari tura m yo." to kurusige ni obosi te, mono mo notamaha zu nari nu.

 [3-6 冷泉院における大君と薫君]
大人、童、めやすき限りをととのへられたり。おほかたの儀式などは、内裏に参りたまはましに、変はることなし。まづ、女御の御方に渡りたまひて、尚侍の君は、御物語など聞こえたまふ。夜更けてなむ、上にまう上りたまひける。
后、女御など、みな年ごろ経てねびたまへるに、いとうつくしげにて、盛りに見所2030あるさまを見たてまつりたまふは、などてかはおろかならむ。はなやかに時めきたまふ。ただ人だちて、心やすくもてなしたまへるさましもぞ、げに、あらまほしうめでたかりける。
尚侍の君を、しばしさぶらひたまひなむと、御心とどめて思しけるに、いと疾く、やをら出でたまひにければ、口惜しう心憂しと思したり。
源侍従の君をば、明け暮れ御前に召しまつはしつつ、げに、ただ昔の光源氏の生ひ出でたまひしに劣らぬ人の御おぼえなり。院のうちには、いづれの御方にも疎からず、馴れ交じらひありきたまふ。この御方にも、心寄せあり顔にもてなして、下には、いかに見たまふらむの心さへ添ひたまへり。
夕暮のしめやかなるに、藤侍従と連れてありくに、かの御方の御前近く見やらるる五葉に、藤のいとおもしろく咲きかかりたるを、水のほとりの石に、苔を席にて眺めゐたまへり。まほにはあらねど、世の中恨めしげにかすめつつ語らふ。
「手にかくるものにしあらば藤の花
松よりまさる色を見ましや」
とて、花を見上げたるけしきなど、あやしくあはれに心苦しく思ほゆれば、わが心にあらぬ世のありさまにほのめかす。
「紫の色はかよへど藤の花
心にえこそかからざりけれ」
まめなる君にて、いとほしと思へり。いと心惑ふばかりは思ひ焦られざりしかど、口惜しうはおぼえけり。

 [3-6 冷泉院における大君と薫君]
女房や、女童、無難な者だけを揃えられた。大方の儀式などは、帝に入内なさる時と、違った所がない。まず、女御の御方に参上なさって、尚侍の君は、ご挨拶など申し上げなさる。夜が更けてから院の御座所にお上がりになった。
后や、女御など、皆、長年、院にあって年配になっていらっしゃるので、とてもかわいらしく、女盛りで見所のある様子をお見せ申し上げなさっては、どうしていいかげんに思われよう。はなやかに御寵愛を受けられなさる。臣下のように、気安くお暮らしになっていらっしゃる様子が、なるほど、申し分なく立派なのであった。
尚侍の君を、暫くの間伺候なさるようにと、お心にかけていらっしゃったが、とても早く、静かに退出なさってしまったので、残念に情けなくお思いなさった。
源侍従の君を、明け暮れ御前にお召しになって離さずにいられるので、なるほど、まるで昔の光る源氏がご成人なさった時に劣らない御寵愛ぶりである。院の内では、どの御方とも別け隔てなく、親しくお出入りしていらっしゃる。こちらの御方にも、好意を寄せているように振る舞って、内心では、どのように思っていらっしゃるのだろうという考えまでがおありであった。
夕暮のひっそりとした時に、藤侍従と連れ立って歩いていると、あちらの御前の近くに眺められる五葉の松に、藤がとても美しく咲きかかっているのを、遣水のほとりの石の上に、苔を敷物として腰掛けて眺めていらっしゃった。はっきりとではないが、姫君のことを恨めしそうにほのめかしながら話している。
「手に取ることができるものなら、藤の花の
松の緑より勝れた色を空しく眺めていましょうか」
と言って、花を見上げている様子など、妙に気の毒に思われるので、自分の本心からでないことにほのめかす。
「紫の色は同じだが、あの藤の花は
わたしの思う通りにできなかったのです」
まじめな君なので、気の毒にと思っていた。さほど理性を失うほど思い込んだのではなかったが、残念に思っていたのであった。

 [3-6 The eldest daughter and Kaoru on Reizei-in's palace]
 Otona, waraha, meyasuki kagiri wo totonohe rare tari. Ohokata no gisiki nado ha, Uti ni mawiri tamaha masi ni, kaharu koto nasi. Madu, Nyougo no ohom-kata ni watari tamahi te, Kam-no-Kimi ha, ohom-monogatari nado kikoye tamahu. Yo huke te nam, uhe ni mau-nobori tamahi keru.
 Kisaki, Nyougo nado, mina tosi-goro he te nebi tamahe ru ni, ito utukusige ni te, sakari ni mi-dokoro aru sama wo mi tatematuri tamahu ha, nadote ka ha oroka nara m. Hanayaka ni tokimeki tamahu. Tada-udo-dati te, kokoro-yasuku motenasi tamahe ru sama si mo zo, geni, aramahosiu medetakari keru.
 Kam-no-Kimi wo, sibasi saburahi tamahi na m to, mi-kokoro todome te obosi keru ni, ito toku, yawora ide tamahi ni kere ba, kutiwosiu kokoro-usi to obosi tari.
 Gwen-Ziziu-no-Kimi wo ba, ake-kure o-mahe ni mesi-matuhasi tutu, geni, tada mukasi no Hikaru-Gwenzi no ohi-ide tamahi si ni otora nu hito no ohom-oboye nari. Win no uti ni ha, idure no ohom-kata ni mo utokara zu, nare mazirahi ariki tamahu. Kono ohom-kata ni mo, kokoro-yose ari-gaho ni motenasi te, sita ni ha, ika ni mi tamahu ram no kokoro sahe sohi tamahe ri.
 Yuhugure no simeyaka naru ni, Tou-Ziziu to ture te ariku ni, kano ohom-kata no o-mahe tikaku miyara ruru goehu ni, hudi no ito omosiroku saki-kakari taru wo, midu no hotori no isi ni, koke wo musiro ni te nagame wi tamahe ri. Maho ni ha ara ne do, yononaka uramesige ni kasume tutu katarahu.
 "Te ni kakuru mono ni si ara ba hudi no hana
 matu yori masaru iro wo mi masi ya
"
 tote, han wo mi-age taru kesiki nado, ayasiku ahare ni kokoro-gurusiku omohoyure ba, waga kokoro ni ara nu yo no arisama ni honomekasu.
 "Murasaki no iro ha kayohe do hudi no hana
 kokoro ni e koso kakara zari kere
"
 Mame naru Kimi ni te, itohosi to omohe ri. Ito kokoro madohu bakari ha omohi ira re zari sika do, kutiwosiu ha oboye keri.

 [3-7 失意の蔵人少将と大君のその後]
かの少将の君はしも、まめやかに、いかにせましと、過ちもしつべく、しづめがたくなむおぼえける。聞こえたまひし人びと、中の君をと、移ろふもあり。少将の君をば、母北の方の御恨みにより、さもやと思ほして、ほのめかし聞こえたまひしを、絶えて訪れずなりにたり。
院には、かの君たちも、親しくもとよりさぶらひたまへど、この参りたまひてのち、をさをさ参らず、まれまれ殿上の方にさしのぞきても、あぢきなう、逃げてなむまかでける。
内裏には、故大臣の心ざしおきたまへるさまことなりしを、かく引き違へたる御宮仕へを、いかなるにか、と思して、中将を召してなむのたまはせける。
「御けしきよろしからず。さればこそ、世人の心のうちも、傾きぬべきことなりと、かねて申しし事を、思しとるかた異にて、かう思し立ちにしかば、ともかくも聞こえがたくてはべるに、かかる仰せ言のはべれば、なにがしらが身のためも、あぢきなくなむはべる」
と、いとものしと思ひて、尚侍の君を申したまふ。
「いさや。ただ今、かう、にはかにしも思ひ立さざりしを。あながちに、いとほしうのたまはせしかば、後見なき交じらひの内裏わたりは、はしたなげなめるを、今は心やすき御ありさまなめるに、まかせきこえて、と思ひ寄りしなり。誰も誰も、便なからむ事は、ありのままにも諌めたまはで、今ひき返し、右の大臣も、ひがひがしきやうに、おもむけてのたまふなれば、苦しうなむ。これもさるべきにこそは」
と、なだらかにのたまひて、心も騒がいたまはず。
「その昔の御宿世は、目に見えぬものなれば、かう思しのたまはするを、これは契り異なるとも、いかがは奏し直すべきことならむ。中宮を憚りきこえたまふとて、院の女御をば、いかがしたてまつりたまはむとする。後見や何やと、かねて思し交はすとも、さしもえはべらじ。
よし、見聞きはべらむ。よう思へば、内裏は、中宮おはしますとて、異人は交じらひたまはずや。君に仕うまつることは、それが心やすきこそ、昔より興あることにはしけれ。女御は、いささかなることの違ひ目ありて、よろしからず思ひきこえたまはむに、ひがみたるやうになむ、世の聞き耳もはべらむ」
など、二所して申したまへば、尚侍の君、いと苦しと思して、さるは、限りなき御思ひのみ、月日に添へてまさる。
七月よりはらみたまひにけり。「うち悩みたまへるさま、げに、人のさまざまに聞こえわづらはすも、ことわりぞかし。いかでかはかからむ人を、なのめに見聞き過ぐしてはやまむ」とぞおぼゆる。明け暮れ、御遊びをせさせたまひつつ、侍従も気近う召し入るれば、御琴の音などは聞きたまふ。かの「梅が枝」に合はせたりし中将の御許の和琴も、常に召し出でて弾かせたまへば、聞き合はするにも、ただにはおぼえざり2031けり。

 [3-7 失意の蔵人少将と大君のその後]
あの少将の君は、真剣に、どのようにしようかと、間違い事もしでかしそうに、抑え難く思っているのであった。求婚申された方々で、中の君にと、鞍替えする人もいる。少将の君を、母北の方のお恨み言があるので、中の君を許そうかとお思いになって、それとなく申し上げなさったが、すっかり音沙汰がなくなってしまった。
冷泉院には、あの君たちも、親しくもともと伺候なさっていたが、この姫君が参上なさってから後は、ほとんど参上せず、まれに殿上の方に顔を見せても、つまらなく、逃げて退出するのであった。
帝におかせられては、故大臣のご意向に格別なものがあったので、このように遺志に反したお宮仕えを、どうしたことにか、とお思いあそばして、中将を呼んで仰せになった。
「ご機嫌ななめです。それだからこそ、世間の人の思惑も、不審に思うに違いないと、かねて申し上げていたことを、ご判断を間違えて、このように御決心なさったので、何とも申し上げにくうございますが、このような仰せ言がございましたので、わたしどもの身のためにも、困ったことでございます」
と、とても不愉快に思って、尚侍の君をお責め申し上げなさる。
「さあね。たった今、このように、急に思いついたのではなかったのに。無理やりに、お気の毒なほど仰せになったので、後見のない宮仕えの宮中生活は、頼りないようですが、今では気楽な御生活のようなので、お預け申して、と思ったからです。誰も彼もが、不都合なことは、率直に注意なさらずに、今頃むし返して、右大臣殿も、間違っていたような、おっしゃりようをなさるので、辛いことです。これも前世からの因縁でしょうよ」
と、穏やかにおっしゃって、動揺なさらない。
「その前世からのご宿縁は、目には見えないものなので、このように思し召し仰せになるのを、これは御縁がございませんと、どうして弁解申し上げることができましょう。中宮に御遠慮申されるとして、院の女御を、どのようにお扱い申されるおつもりですか。後見や何やかやと、以前よりお互いに親しくなさっていても、そうもまいりませんでしょう。
まあよい、拝見致しましょう。よく考えれば、宮中は、中宮がいらっしゃるとて、他のお方は宮仕えなさらないでしょうか。帝にお仕え申すことは、それが気楽にできるところを、昔から興趣あることとしたものです。女御は、ちょっとした行き違いでもあって、不愉快にお思い申し上げなさったら、間違った宮仕えのように、世間も取り沙汰しましょう」
などと、二人して申し上げなさるので、尚侍の君、とても辛くお思いになって、その一方では、この上ない御寵愛が、月日とともに深まって行く。
七月からご懐妊なさったのであった。「苦しそうにしていらっしゃる様子は、なるほど、男性たちがいろいろと求婚申して困らせたのも、もっともである。どうしてこのような方を、軽く見聞きしてそのまま放っていられようか」と思われる。毎日のように、管弦の御遊をなさっては、侍従もお側近くにお召しになるので、お琴の音などをお聞きになる。あの「梅が枝」に合奏した中将のおもとの和琴も、いつも召し出して弾かせなさるので、それと聞くにつけても、平静ではいられなかった。

 [3-7 Unfortunate Kurodo-shosho and the eldest daughter in after days]
 Kano Seusyau-no-Kimi ha si mo, mameyaka ni, ika ni se masi to, ayamati mo si tu beku, sidume gataku nam oboye keru. Kikoye tamahi si hito-bito, Naka-no-Kimi wo to, uturohu mo ari. Seusyau-no-Kimi wo ba, haha-Kitanokata no ohom-urami ni yori, sa mo ya to omohosi te, honomekasi kikoye tamahi si wo, taye te otodure zu nari ni tari.
 Win ni ha, kano Kimi-tati mo, sitasiku motoyori saburahi tamahe do, kono mawiri tamahi te noti, wosa-wosa mawira zu, mare-mare tenzyau no kata ni sasi-nozoki te mo, adikinau, nige te nam makade keru.
 Uti ni ha, ko-Otodo no kokoro-zasi oki tamahe ru sama koto nari si wo, kaku hiki-tagahe taru ohom-Miya-dukahe wo, ika naru ni ka to, obosi te, Tiuzyau wo mesi te nam notamaha se keru.
 "Mi-kesiki yorosikara zu. Sare ba koso, yo-hito no kokoro no uti ni mo, katabuki nu beki koto nari to, kanete mousi si koto wo, obosi toru kata koto ni te, kau obosi tati ni sika ba, to mo kaku mo kikoye gataku te haberu ni, kakaru ohose-goto no habere ba, Nanigasi-ra ga mi no tame mo, adikinaku nam haberu."
 to, ito monosi to omohi te, Kam-no-Kimi wo mousi tamahu.
 "Isa ya! Tada ima, kau, nihaka ni si mo omohi-tata zari si wo. Anagati ni, itohosiu notamahase sika ba, usiromi naki mazirahi no Uti watari ha, hasitanage na'meru wo, ima ha kokoro-yasuki mi-arisama na'meru ni, makase kikoye te, to omohi-yori si nari. Tare mo tare mo, bin nakara m koto ha, ari no mama ni mo isame tamaha de, ima hiki-kahesi, Migi-no-Otodo mo, higa-higasiki yau ni, omomuke te notamahu nare ba, kurusiu nam. Kore mo saru beki ni koso ha."
 to, nadaraka ni notamahi te, kokoro mo sawagai tamaha zu.
 "Sono mukasi no ohom-sukuse ha, me ni miye nu mono nare ba, kau obosi notamaha suru wo, kore ha tigiri koto naru to mo, ikaga ha sou-si nahosu beki koto nara m. Tiuguu wo habakari kikoye tamahu tote, Win no Nyougo wo ba, ikaga si tatematuri tamaha m to suru? Usiromi ya nani ya to, kanete obosi kahasu to mo, sa si mo habera zi.
 Yosi, mi kiki habera m. You omohe ba, Uti ha, Tiuguu ohasimasu tote, koto-bito ha mazirahi tamaha zu ya! Kimi ni tukau-maturu koto ha, sore ga kokoro-yasuki koso, mukasi yori kyou aru koto ni ha si kere. Nyougo ha, isasaka naru koto no tagahi me ari te, yorosikara zu omohi kikoye tamaha m ni, higami taru yau ni nam, yo no kiki-mimi mo habera m."
 nado, huta-tokoro si te mousi tamahe ba, Kam-no-Kimi, ito kurusi to obosi te, saru ha, kagiri naki ohom-omohi nomi, tuki-hi ni sohe te masaru.
 Siti-gwati yori harami tamahi ni keri. "Uti-nayami tamahe ru sama, geni, hito no sama-zama ni kikoye wadurahasu mo, kotowari zo kasi. Ikade ka ha kakara m hito wo, nanome ni mi-kiki sugusi te ha yama m." to zo oboyuru. Ake-kure, ohom-asobi wo se sase tamahi tutu, Ziziu mo kedikau mesi irure ba, ohom-koto no ne nado ha kiki tamahu. Kano Umegahe ni ahase tari si Tiuzyau-no-Omoto no wa-gon mo, tune ni mesi-ide te hika se tamahe ba, kiki-ahasuru ni mo, tada ni ha oboye zari keri.

 4 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語 [4-1 正月、男踏歌、冷泉院に回る]
その年かへりて、男踏歌せられけり。殿上の若人どもの中に、物の上手多かるころほひなり。その中にも、すぐれたるを選らせたまひて、この四位の侍従、右の歌頭なり。かの蔵人少将、楽人の数のうちにありけり。
十四日の月のはなやかに曇りなきに、御前より出でて、冷泉院に参る。女御も、この御息所も、上に御局して見たまふ。上達部、親王たち、ひき連れて参りたまふ。
「右の大殿、致仕の大殿の族を離れて、きらきらしうきよげなる人はなき世なり」と見ゆ。内裏の御前よりも、この院をばいと恥づかしう、ことに思ひきこえて、「皆人用意を加ふる中にも、蔵人少将は、見たまふらむかし」と思ひやりて、静心なし。
匂ひもなく見苦しき綿花も、かざす人がらに見分かれて、様も声も、いとをかしくぞありける。「竹河」謡ひて、御階のもとに踏みよるほど、過ぎにし夜のはかなかりし遊びも思ひ出でられければ、ひがこともしつべくて涙ぐみけり。
后の宮の御方に参れば、上もそなたに渡らせたまひて御覧ず。月は、夜深くなるままに、昼よりもはしたなう澄み上りて、いかに見たまふらむとのみおぼゆれば、踏む空もなうただよひありきて、盃も、さして一人をのみとがめらるるは、面目なくなむ。

 4 玉鬘の物語 玉鬘の姫君たちの物語 [4-1 正月、男踏歌、冷泉院に回る]
その年が改まって、男踏歌が行われた。殿上の若人たちの中に、芸達者な者が多いころである。その中でも、優れた人をお選びあそばして、この四位侍従は、右の歌頭である。あの蔵人少将は、楽人の数の中にいた。
十四日の月が明るく雲がないので、御前を出発して、冷泉院に参る。女御も、この御息所も、院の御殿に上局を設けて御覧になる。上達部、親王たちが、連れ立って参上なさる。
「右の大殿と、致仕の大殿の一族とを除くと、端正で美しい人はいない世の中だ」と思われる。帝の御前よりも、この院をたいそう気の置ける、格別の所とお思い申し上げて、「すべての人が気をつかう中でも、蔵人少将は、御覧になっていらっしゃるだろう」と想像して、落ち着いていられない。
匂いもなく見苦しい綿花も、插頭す人によって見分けられて、態度も声も、実に美しかった。「竹河」を謡って、御階のもとに踏み寄る時、過ぎ去った夜のちょっとした遊びも思い出されたので、調子を間違いそうになって涙ぐむのであった。
后の宮の御方に参ると、上もそちらにおいであそばして御覧になる。月は、夜が更けて行くにつれて、昼よりきまりが悪いくらい澄み昇って、どのように御覧になっているだろうとばかり思われるので、踏む所も分からずふらふら歩いて、盃も、名指しで一人だけ責められるのは、面目ないことである。

 4 Tale of Tamakazura Tale of Tamakazura's daughters [4-1 Otokotoka comes around to Reizei-in at January 14]
 Sono tosi kaheri te, Wotoko-tahuka se rare keri. Tenzyau no Waka-udo-domo no naka ni, mono no zyauzu ohokaru korohohi nari. Sono naka ni mo, sugure taru wo era se tamahi te, kono Siwi-no-Ziziu, migi no katou nari. Kano Kuraudo-no-Seusyau, gaku-zin no kazu no uti ni ari keri.
 Zihu-si-niti no tuki no hanayaka ni kumori naki ni, o-mahe yori ide te, Reizei-win ni mawiru. Nyougo mo, kono Miyasumdokoro mo, uhe ni mi-tubohe si te mi tamahu. Kamdatime, Miko-tati, hiki-ture te mawiri tamahu.
 "Migi-no-Ohotono, Tizi-no-Ohotono no zou wo hanare te, kira-kirasiu kiyoge naru hito ha naki yo nari." to miyu. Uti no o-mahe yori mo, kono Win wo ba ito hadukasiu, koto ni omohi kikoye te, "Mina-hito youi wo kuhahuru naka ni mo, Kurabito-no-Seusyau ha, mi tamahu ram kasi." to omohi-yari te, sidu-kokoro nasi.
 Nihohi mo naku mi-gurusiki wata-bana mo, kazasu hito-gara ni mi-waka re te, sama mo kowe mo, ito wokasiku zo ari keru. Takekaha utahi te, mi-hasi no moto ni humi yoru hodo, sugi ni si yo no hakanakari si asobi mo omohi-ide rare kere ba, higa-koto mo si tu beku te namida-gumi keri.
 Kisai-no-Miya no ohom-kata ni mawire ba, Uhe mo sonata ni watara se tamahi te go-ran-zu. Tuki ha, yo-bukaku naru mama ni, hiru yori mo hasitanau sumi nobori te, ika ni mi tamahu ram to nomi oboyure ba, humu sora mo nau tadayohi ariki te, sakaduki mo, sa si te hitori wo nomi togame raruru ha, meiboku naku nam.

 [4-2 翌日、冷泉院、薫を召す]
夜一夜、所々かきありきて、いと悩ましう苦しくて臥したるに、源侍従を、院より召したれば、「あな、苦し。しばし休むべきに」とむつかりながら参りたまへり。御前のことどもなど問はせたまふ。
「歌頭は、うち過ぐしたる人のさきざきするわざを、選ばれたるほど、心にくかりけり」
とて、うつくしと思しためり。「万春楽」を御口ずさみにしたまひつつ、御息所の御方に渡らせたまへば、御供に参りたまふ。物見に参りたる里人多くて、例よりははなやかに、けはひ今めかし。
渡殿の戸口にしばしゐて、声聞き知りたる人に、ものなどのたまふ。
「一夜の月影は、はしたなかりしわざかな。蔵人少将の、月の光にかかやきたりしけしきも、桂の影に恥づるにはあらずやありけむ。雲の上近くては、さしも見えざりき」
など語りたまへば、人びとあはれと、聞くもあり。
「闇はあやなき2032を、月映えは2033、今すこし心異なり、と定めきこえし」などすかして、内より、
「竹河のその夜のことは思ひ出づや
しのぶばかりの節はなけれど」
と言ふ。はかなきことなれど、涙ぐまるるも、「げに、いと浅くはおぼえぬことなりけり」と、みづから思ひ知らる。
「流れての頼めむなしき竹河に
世は憂きものと思ひ知りにき」
ものあはれなるけしきを、人びとをかしがる。さるは、おり立ちて人のやうにもわびたまはざりしかど、人ざまのさすがに心苦しう見ゆるなり。
「うち出で過ぐすこともこそはべれ。あな、かしこ」
とて、立つほどに、「こなたに」と召し出づれば、はしたなき心地すれど、参りたまふ。
「故六条院の、踏歌の朝に、女楽にて遊びせられける、いとおもしろかりきと、右の大臣の語られし。何ごとも、かのわたりのさしつぎなるべき人、難くなりにける世なりや。いと物の上手なる女さへ多く集まりて、いかにはかなきことも、をかしかりけむ」
など思しやりて、御琴ども調べさせたまひて、箏は御息所、琵琶は侍従に賜ふ。和琴を弾かせたまひて、「この殿」など遊びたまふ。御息所の御琴の音、まだ片なりなるところありしを、いとよう教へないたてまつりたまひてけり。今めかしう爪音よくて、歌、曲のものなど、上手にいとよく弾きたまふ。何ごとも、心もとなく、後れたることはものしたまはぬ人なめり。
容貌、はた、いとをかしかべしと、なほ心とまる2034。かやうなる折多かれど、おのづから気遠からず、乱れたまふ方なく、なれなれしうなどは怨みかけねど、折々につけて、思ふ心の違へる嘆かしさをかすむるも、いかが思しけむ、知らずかし。

 [4-2 翌日、冷泉院、薫を召す]
一晩中、方々を歩いて、とても気分が苦しくて臥せっているところに、源侍従を、院から召されたので、「ああ、苦しい。もう暫く休みたいのに」と文句を言いながら参上なさった。宮中でのことなどをお尋ねあそばす。
「歌頭は、年配者がこれまでは勤めた役なのに、選ばれたことは、大したものだね」
とおっしゃって、かわいいとお思いになっているようである。「万春楽」をお口ずさみなさりながら、御息所の御方にお渡りあそばすので、お供して参上なさる。見物に参った里方の人が多くて、いつもより華やかで、雰囲気が賑やかである。
渡殿の戸口に暫く座って、声を聞き知っている女房に、お話などなさる。
「昨夜の月の光は、体裁の悪かったことだなあ。蔵人少将が、月の光に面映ゆく思っていた様子も、桂の影に恥ずかしがっていたのではなかろうか。雲の上近くでは、そんなには見えませんでした」
などとお話なさると、女房たちはお気の毒にと、聞く者もいる。
「闇でははっきりしませんが、月に照らされたお姿は、あなたのほうが素晴らしかった、とお噂しました」などとおだてて、内側から、
「竹河を謡ったあの夜のことは覚えていらっしゃいますか
思い出すほどの出来事はございませんが」
と言う。ちょっとしたことだが、涙ぐまれるのも、「なるほど、浅いご思慕ではなかったのだ」と、自分ながら分かって来る。
「今までの期待も空しいとことと分かって
世の中は嫌なものだとつくづく思い知りました」
しんみりした様子を、女房たちは面白がる。とはいえ、態度に現して少将のようには泣き言はおっしゃらなかったが、人柄がそうは言ってもお気の毒に見えるのである。
「おしゃべりし過ぎましては。では、失礼」
と言って、立つところに、「こちらへ」とお召しがあったので、きまりの悪い思いがしたが、参上なさる。
「故六条院が、踏歌の翌朝に、女方で管弦の遊びをなさったのは、とても素晴らしかったと、右大臣が話されました。どのようなことにつけても、あのような方の後継者が、いなくなってしまった時代だね。とても音楽の上手な女性までが大勢集まって、どんなにちょっとしたことでも、面白かったことであろう」
などとご想像なさって、お琴類を調子を合わせあそばして、箏は御息所、琵琶は侍従にお与えになる。和琴をお弾きあそばして、「この殿」などを演奏なさる。御息所のお琴の音色は、まだ未熟なところがあったが、とてもよくお教え申し上げなさったのであった。華やかで爪音がよくて、歌謡の伴奏と、楽曲などを上手にたいそうよくお弾きになる。どのようなことも、心配で、至らないところはおありでない方のようである。
器量は、もちろんまた、実に素晴らしいのだろうと、やはり心が惹かれる。このような機会は多いが、自然とうとうとしくなく、程度を越すことはなく、馴れ馴れしく恨み言を言わないが、折々にふれて、望みが叶わなかった残念さをほのめかすのも、どのようにお思いになったであろうか、よく分からない。

 [4-2 The next day, Reizei-in invites Kaoru to his palace]
 Yo-hito-yo, tokoro-dokoro kaki ariki te, ito nayamasiu kurusiku te husi taru ni, Gwen-Ziziu wo, Win yori mesi tare ba, "Ana, kurusi! Sibasi yasumu beki ni." to mutukari nagara mawiri tamahe ri. O-mahe no koto-domo nado toha se tamahu.
 "Katou ha, uti-sugusi taru hito no saki-zaki suru waza wo, eraba re taru hodo, kokoro-nikukari keri."
 tote, utukusi to obosi ta'meri. Manzu-raku wo kuti-zusami ni si tamahi tutu, Miyasumdokoro no ohom-kata ni watara se tamahe ba, ohom-tomo ni mawiri tamahu. Mono-mi ni mawiri taru sato-bito ohoku te, rei yori ha hanayaka ni, kehahi ima-mekasi.
 Wata-dono no toguti ni sibasi wi te, kowe kiki-siri taru hito ni, mono nado notamahu.
 "Iti-ya no tuki-kage ha, hasitanakari si waza kana! Kuraudo-no-Seusyau no, tuki no hikari ni kakayaki tari si kesiki mo, katura no kage ni haduru ni ha ara zu ya ari kem. Kumo no uhe tikaku te ha, sa si mo miye zari ki."
 nado katari tamahe ba, hito-bito ahare to, kiku mo ari.
 "Yami ha ayanaki wo, tuki-baye ha, ima sukosi kokoro koto nari, to sadame kikoye si." nado sukasi te, uti yori,
 "Takekaha no sono yo no koto ha omohi-idu ya
 sinobu bakari no husi ha nakere do
"
 to ihu. Hakanaki koto nare do, namida-guma ruru mo, "Geni, ito asaku ha oboye nu koto nari keri." to, midukara omohi siraru.
 "Nagare te no tanome munasiki takekaha ni
 yo ha uki mono to omohi siri ni ki
"
 Mono-ahare naru kesiki wo, hito-bito wokasigaru. Saru ha, ori-tati te hito no yau ni mo wabi tamaha zari sika do, hito-zama no sasuga ni kokoro-gurusiu miyuru nari.
 "Uti-ide sugusu koto mo koso habere. Ana, kasiko."
 tote, tatu hodo ni, "Konata ni." to mesi-idure ba, hasitanaki kokoti sure do, mawiri tamahu.
 "Ko-Rokudeu-no-Win no, tahuka no asita ni, womna-gaku ni te asobi se rare keru, ito omosirokari ki to, Migi-no-Otodo no katara re si. Nani-goto mo, kano watari no sasi-tugi naru beki hito, kataku nari ni keru yo nari ya! Ito mono no zyauzu naru womna sahe ohoku atumari te, ika ni hakanaki koto mo, wokasikari kem."
 nado obosi-yari te, ohom-koto-domo sirabe sase tamahi te, sau ha Miyasumdokoro, biha ha Ziziu ni tamahu. Wagon wo hika se tamahi te, Kono-tono nado asobi tamahu. Miyasumdokoro no ohom-koto no ne, mada katanari naru tokoro ari si wo, ito you wosihe-nai tatematuri tamahi te keri. Imamekasiu tuma-oto yoku te, uta, goku no mono nado, zyauzu ni ito yoku hiki tamahu. Nani-goto mo, kokoro-motonaku, okure taru koto ha monosi tamaha nu hito na'meri.
 Katati, hata, ito wokasika' besi to, naho kokoro tomaru. Kayau naru wori ohokare do, onodukara kedohokara zu, midare tamahu kata naku, nare-naresiu nado ha urami kake ne do, wori-wori ni tuke te, omohu kokoro no tagahe ru nagekasisa wo kasumuru mo, ikaga obosi kem, sira zu kasi.

 [4-3 四月、大君に女宮誕生]
卯月に、女宮生まれたまひぬ。ことにけざやかなるものの、栄もなきやうなれど、院の御けしきに従ひて、右の大殿よりはじめて、御産養したまふ所々多かり。尚侍の君、つと抱き持ちてうつくしみたまふに、疾う参りたまふべきよしのみあれば、五十日のほどに参りたまひぬ。
女一の宮、一所おはしますに、いとめづらしくうつくしうておはすれば、いといみじう思したり。いとどただこなたにのみおはします。女御方の人びと、「いとかからでありぬべき世かな」と、ただならず言ひ思へり。
正身の御心どもは、ことに軽々しく背きたまふにはあらねど、さぶらふ人びとの中に、くせぐせしきことも出で来などしつつ、かの中将の君の、さいへど人のこのかみにて、のたまひしことかなひて、尚侍の君も、「むげにかく言ひ言ひの果て2035いかならむ。人笑へに、はしたなうもやもてなされむ。上の御心ばへは浅からねど、年経てさぶらひたまふ御方々、よろしからず思ひ放ちたまはば、苦しくもあるべきかな」と思ほすに、内裏には、まことにものしと思しつつ、たびたび御けしきありと、人の告げ聞こゆれば、わづらはしくて、中の姫君を、公ざまにて交じらはせたてまつらむことを思して、尚侍を譲りたまふ。
朝廷、いと難うしたまふことなりければ、年ごろ、かう思しおきてしかど、え辞したまはざりしを、故大臣の御心を思して、久しうなりにける昔の例など引き出でて、そのことかなひたまひぬ。この君の御宿世にて、年ごろ申したまひしは難きなりけり、と見えたり。

 [4-3 四月、大君に女宮誕生]
四月に、女宮がお生まれになった。特別に目立ったことはないようであるが、院のお気持ちによって、右の大殿をはじめとして、御産養をなさる所々が多かった。尚侍の君が、ぴったりと抱いておかわいがりなさるので、早く参院なさるようにとばかりあるので、五十日のころに参院なさった。
女一宮が、お一方いらっしゃったが、実にひさしぶりでかわいらしくいらっしゃるので、たいそう嬉しくお思いであった。ますますただこちらにばかりおいであそばす。女御方の女房たちは、「ほんとにこんなでなくあってほしいことですわ」と、不満そうに言ったり思ったりしている。
ご本人どうしのお気持ちは、特に軽々しくお背きになることはないが、伺候する女房の中に、意地悪な事も出て来たりして、あの中将の君が、そうは言っても兄で、おっしゃったことが実現して、尚侍の君も、「むやみにこのように言い言いして最後はどうなるのだろう。物笑いに、体裁の悪い扱いを受けるのではないだろうか。お上の御愛情は浅くはないが、長年仕えていらっしゃる御方々が、面白からずお見限りになったら、辛いことになるだろう」とお思いになると、帝におかせられては、ほんとうにけしからぬとお思いになり、再々御不満をお洩らしになると、人がお知らせ申すので、厄介に思って、中の君を、女官として宮仕えに差し上げることをお考えになって、尚侍をお譲りなさる。
朝廷は、尚侍の交替をそう簡単にお認めなさらないことなので、長年、このようにお考えになっていたが、辞任することができなかったのを、故大臣のご遺志をお思いになって、遠くなってしまった昔の例などを引き合いに出して、そのことが実現なさった。この君のご運命で、長年申し上げなさっていたことは難しいことだったのだ、と思えた。

 [4-3 A baby girl is born to the eldest daughter in April]
 U-duki ni, Womna-Miya umare tamahi nu. Koto ni kezayaka naru mono no, haye mo naki yau nare do, Win no mi-kesiki ni sitagahi te, Migi-no-Ohotono yori hazime te, ohom-ubuyasinahi si tamahu tokoro-dokoro ohokari. Kam-no-Kimi, tuto idaki moti te utukusimi tamahu ni, tou mawiri tamahu beki yosi nomi are ba, ika no hodo ni mawiri tamahi nu.
 Womna-Iti-no-Miya, hito-tokoro ohasimasu ni, ito medurasiku utukusiu te ohasure ba, ito imiziu obosi tari. Itodo tada konata ni nomi ohasimasu. Nyougo-gata no hito-bito, "Ito kakara de ari nu beki yo kana!" to, tada nara zu ihi omohe ri.
 Sauzimi no mi-kokoro-domo ha, koto ni karu-garusiku somuki tamahu ni ha ara ne do, saburahu hito-bito no naka ni, kuse-gusesiki koto mo ide ki nado si tutu, kano Tiuzyau-no-Kimi no, sa ihe do hito no konokami ni te, notamahi si koto kanahi te, Kam-no-Kimi mo, "Muge ni kaku ihi ihi no hate ika nara m. Hito-warahe ni, hasitanau mo ya motenasa re m. Uhe no mi-kokorobahe ha asakara ne do, tosi he te saburahi tamahu ohom-kata-gata, yorosikara zu omohi hanati tamaha ba, kurusiku mo aru beki kana!" to omohosu ni, Uti ni ha, makoto ni monosi to obosi tutu, tabi-tabi mi-kesiki ari to, hito no tuge kikoyure ba, wadurahasiku te, Naka-no-Himegimi wo, ohoyake-zama ni te maziraha se tatematura m koto wo obosi te, Naisi-no-Kami wo yuduri tamahu.
 Ohoyake, ito katau si tamahu koto nari kere ba, tosi-goro, kau obosi oki te sika do, e zi-si tamaha zari si wo, ko-Otodo no mi-kokoro wo obosi te, hisasiu nari ni keru mukasi no rei nado hiki-ide te, sono koto kanahi tamahi nu. Kono Kimi no ohom-sukuse ni te, tosi-goro mousi tamahi si ha kataki nari keri, to miye tari.

 [4-4 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る]
「かくて、心やすくて内裏住みもしたまへかし」と、思すにも、「いとほしう、少将のことを、母北の方のわざとのたまひしものを。頼めきこえしやうにほのめかし聞こえしも、いかに思ひたまふらむ」と思し扱ふ。
弁の君して、心うつくしきやうに、大臣に聞こえたまふ。
「内裏より、かかる仰せ言のあれば、さまざまに、あながちなる交じらひの好みと、世の聞き耳もいかがと思ひたまへてなむ、わづらひぬる」
と聞こえたまへば、
「内裏の御けしきは、思しとがむるも、ことわりになむ承る。公事につけても、宮仕へしたまはぬは、さるまじきわざになむ。はや、思し立つべきになむ」
と申したまへり。
また、このたびは、中宮の御けしき取りてぞ参りたまふ。「大臣おはせましかば、おし消ちたまはざらまし」など、あはれなることどもをなむ。姉君は、容貌など名高う、をかしげなりと、聞こしめしおきたりけるを、引き変へたまへるを、なま心ゆかぬやうなれど、これもいとらうらうじく、心にくくもてなしてさぶらひたまふ。

 [4-4 玉鬘、夕霧へ手紙を贈る]
「こうして、気楽に宮中生活をなさってください」と、お思いになるが、「お気の毒に、少将のことを、母北の方がわざわざおっしゃったものを。お頼み申したようにほのめかしてくださったが、どのように思っていらっしゃるだろう」と気になさる。
弁の君を介して、他意のないように、大臣に申し上げなさる。
「帝から、あのような仰せ言があるので、あれこれと、無理な宮仕えの好みだと、世間の人聞きもどのようなものかと存じられまして、困っております」
と申し上げなさると、
「帝の御不興は、お咎めがあるのも、ごもっともなことと拝します。公事に関しても、宮仕えなさらないのは、よくないことです。早く、ご決心なさい」
と申し上げなさった。
また、今度は、中宮の御機嫌伺いして参内する。「大臣が生きていらっしゃったならば、どなたもないがしろになさりはしないだろうに」などと、しみじみと悲しい思いをする。姉君は、器量なども評判高く、美しいとお聞きあそばしていらしたが、代わりなさったので、ご不満のようであるが、こちらもとても気が利いていて、奥ゆかしく振る舞って伺候なさっている。

 [4-4 Tamakazura sends a letter to Yugiri]
 "Kaku te, kokoro-yasuku te Uti-zumi mo si tamahe kasi." to, obosu ni mo, "Itohosiu, Seusyau no koto wo, haha-Kitanokata no wazato notamahi si mono wo. Tanome kikoye si yau ni honomekasi kikoye si mo, ika ni omohi tamahu ram." to obosi atukahu.
 Ben-no-Kimi si te, kokoro-utukusiki yau ni, Otodo ni kikoye tamahu.
 "Uti yori, kakaru ohose-goto no are ba, sama-zama ni, anagti naru mazirahi no konomi to, yo no kiki-mimi mo ikaga to omohi tamahe te nam, wadurahi nuru."
 to kikoye tamahe ba,
 "Uti no mi-kesiki ha, obosi togamuru mo, kotowari ni nam uketamaharu. Ohoyake-goto ni tuke te mo, Miya-dukahe si tamaha nu ha, saru maziki waza ni nam. Haya, obosi-tatu beki ni nam."
 to mousi tamahe ri.
 Mata, kono-tabi ha, Tiuguu no mi-kesiki tori te zo mawiri tamahu. "Otodo ohase masika ba, osi-keti tamaha zara masi." nado, ahare naru koto-domo wo nam. Ane-Gimi ha, katati nado na-dakau, wokasige nari to, kikosimesi oki tari keru wo, hiki-kahe tamahe ru wo, nama kokoro yuka nu yau nare do, kore mo ito rau-rauziku, kokoro-nikuku motenasi te saburahi tamahu.

 [4-5 玉鬘、出家を断念]
前の尚侍の君、容貌を変へてむと思し立つを、
「かたがたに扱ひきこえたまふほどに、行なひも心あわたたしうこそ思されめ。今すこし、いづ方も心のどかに見たてまつりなしたまひて、もどかしきところなく、ひたみちに勤めたまへ」
と、君たちの申したまへば、思しとどこほりて、内裏には、時々忍びて参りたまふ折もあり。院には、わづらはしき御心ばへのなほ絶えねば、さるべき折も、さらに参りたまはず。いにしへを思ひ出でしが、さすがに、かたじけなうおぼえしかしこまりに、人の皆許さぬことに思へりしをも、知らず顔に思ひて参らせたてまつりて、「みづからさへ、戯れにても、若々しきことの世に聞こえたらむこそ、いとまばゆく見苦しかるべけれ」と思せど、さる罪によりと、はた、御息所にも明かしきこえたまはねば、「われを、昔より、故大臣は取り分きて思しかしづき、尚侍の君は、若君を、桜の争ひ、はかなき折にも、心寄せたまひし名残に、思し落としけるよ」と、恨めしう思ひきこえたまひけり。院の上、はた、ましていみじうつらしとぞ思しのたまはせける。
「古めかしきあたりにさし放ちて。思ひ落とさるるも、ことわりなり」
と、うち語らひたまひて、あはれにのみ思しまさる。

 [4-5 玉鬘、出家を断念]
前尚侍の君は、出家しようと決意なさったが、
「それぞれにお世話申し上げなさっている時に、勤行も気忙しく思われなさることでしょう。もう少し、どちらの方も安心できる状態を拝見なさってから、誰にも非難されるところなく、一途に勤行なさい」
と、君たちが申し上げなさるので、思いお留まりなさって、宮中へは、時々こっそりと参内なさる時もある。院へは、厄介なお気持ちがなおも続いているので、参上なさるべき時にも、まったく参上なさらない。昔の事を思い出したが、そうは言っても、恐れ多く思われたお詫びに、誰も不賛成に思っていたことを、知らず顔に院に差し上げて、「自分自身までが、冗談にせよ、年がいもない浮名が世間に流れ出したら、とても目も当てられず恥ずかしいことだろう」とお思いになるが、そのような憚りがあるからとは、はたまた、御息所にも打ち明けて申し上げなさらないので、「わたしを、昔から、故大臣は特別にかわいがり、尚侍の君は、若君を、桜の木の争いや、ちょっとした時にも、味方なさった続きで、わたしをあまり思ってくださらないのだ」と、恨めしくお思い申し上げていらっしゃるのであった。院の上は、院の上でまた、それ以上に辛いとお思いになりお口にお出しあそばすのであった。
「年老いたわたしのところは放っておいて。軽くお思いなさるのも、無理のないことだ」
と、お語らいになって、いとしく思われる気持ちはますます深まる。

 [4-5 Tamakazura gives up to be a nun]
 Saki-no-Kam-no-Kimi, katati kahe te m to obosi-tatu wo,
 "Kata-gata ni atukahi kikoye tamahu hodo ni, okonahi mo kokoro-awatatasiu koso obosa re me. Ima sukosi, idu-kata mo kokoro-nodoka ni mi tatematuri nasi tamahi te, modokasiki tokoro naku, hitamiti ni tutome tamahe."
 to, Kimi-tati no mousi tamahe ba, obosi todokohori te, Uti ni ha, toki-doki sinobi te mawiri tamahu wori mo ari. Win ni ha, wadurahasiki mi-kokorobahe no naho taye ne ba, saru beki wori mo, sarani mawiri tamaha zu. Inisihe wo omohi-ide si ga, sasuga ni, katazikenau oboye si kasikomari ni, hito no mina yurusa nu koto ni omohe ri si wo mo, sira zu gaho ni omohi te mawira se tatematuri te, "Midukara sahe, tahabure ni te mo, waka-wakasiki koto no yo ni kikoye tara m koso, ito mabayuku mi-gurusikaru bekere." to obose do, saru tumi ni yori to, hata, Miyasumdokoro ni mo akasi kikoye tamaha ne ba, "Ware wo, mukasi yori, ko-Otodo ha tori-waki te obosi kasiduki, Kam-no-Kimi ha, Waka-Gimi wo, sakura no arasohi, hakanaki wori ni mo, kokoro-yose tamahi si nagori ni, obosi otosi keru yo!" to, uramesiu omohi kikoye tamahi keri. Win-no-Uhe, hata, masite imiziu turasi to zo obosi notamaha se keru.
 "Huru-mekasiki atari ni sasi-hanati te. Omohi-otosa ruru mo, kotowari nari."
 to, uti-katarahi tamahi te, ahare ni nomi obosi masaru.

 [4-6 大君、男御子を出産]
年ごろありて、また男御子産みたまひつ。そこらさぶらひたまふ御方々に、かかることなくて年ごろになりにけるを、おろかならざりける御宿世など、世人おどろく。帝は、まして限りなくめづらしと、この今宮をば思ひきこえたまへり。「おりゐたまはぬ世ならましかば、いかにかひあらまし。今は何ごとも栄なき世を、いと口惜し」となむ思しける。
女一の宮を、限りなきものに思ひきこえたまひしを、かくさまざまにうつくしくて、数添ひたまへれば、めづらかなる方にて、いとことにおぼいたるをなむ、女御も、「あまりかうてはものしからむ」と、御心動きける。
ことにふれて、やすからずくねくねしきこと出で来などして、おのづから御仲も隔たるべかめり。世のこととして、数ならぬ人の仲らひにも、もとよりことわりえたる方にこそ、あいなきおほよその人も、心を寄するわざなめれば、院のうちの上下の人びと、いとやむごとなくて、久しくなりたまへる2036御方にのみことわりて、はかないこと2037にも、この方ざまを良からず取りなしなどするを、御兄の君たちも、
「さればよ。悪しうやは聞こえおきける」
と、いとど申したまふ。心やすからず、聞き苦しきままに、
「かからで、のどやかにめやすくて世を過ぐす人も多かめりかし。限りなき幸ひなくて、宮仕への筋は、思ひ寄るまじきわざなりけり」
と、大上は嘆きたまふ。

 [4-6 大君、男御子を出産]
数年たって、また男御子をお産みになった。大勢いらっしゃる御方々に、このようなことはなくて長年になったが、並々でなかったご宿世などを、世人は驚く。帝は、それ以上にこの上なくめでたいと、この今宮をお思い申し上げなさった。「退位なさらない時であったら、どんなにか意義のあることであったろうに。今では何事も見栄えがしない時なのを、まことに残念だ」とお思いになるのであった。
女一の宮を、この上なく大切にお思い申し上げていらっしゃったが、このようにそれぞれにかわいらしく、お子様がお加わりになったので、珍しく思われて、たいそう格別に寵愛なさるのを、女御も、「あまりにこういう有様では不愉快だろう」と、お心が穏やかでないのであった。
何か事ある毎に、面白くない面倒な事態が出て来たりなどして、自然とお二方の仲も隔たったようである。世間の常として、身分の低い人の間でも、もともと本妻の地位にある方は、関係のない一般の人も、味方するもののようなので、院の内の身分の上下の女房たち、まことにれっきとした身分で、長年連れ添っていらっしゃる御方にばかり道理があるように言って、ちょっとしたことでも、この御方側を良くないように噂したりなどするのを、御兄君たちも、
「それ見たことよ。間違ったことを申し上げたでしょうか」
と、ますますお責めになる。心穏やかならず、聞き苦しいままに、
「このようにでなく、のんびりと無難に結婚生活を送る人も多いだろうに。この上ない幸運に恵まれないでは、宮仕えの事は、考えるべきことではなかったのだ」
と、大上はお嘆きになる。

 [4-6 A baby boy is born to the eldest daughter in after years]
 Tosi-goro ari te, mata Wotoko-Miko umi tamahi tu. Sokora saburahi tamahu ohom-kata-gata ni, kakaru koto naku te tosi-goro ni nari ni keru wo, oroka nara zari keru ohom-sukuse nado, yo-hito odoroku. Mikado ha, masite kagiri naku medurasi to, kono Ima-Miya wo ba omohi kikoye tamahe ri. "Ori wi tamaha nu yo nara masika ba, ika ni kahi ara masi. Ima ha nani-goto mo haye naki yo wo, ito kutiwosi." to nam obosi keru.
 Womna-Iti-no-Miya wo, kagiri naki mono ni omohi kikoye tamahi si wo, kaku sama-zama ni utukusiku te, kazu sohi tamahe re ba, meduraka naru kata ni te, ito koto ni oboi taru wo nam, Nyougo mo, "Amari kau te ha monosikara m." to, mi-kokoro ugoki keru.
 Koto ni hure te, yasukara zu kune-kunesiki koto ide ki nado si te, onodukara ohom-naka mo hedataru beka'meri. Yo no koto to si te, kazu nara nu hito no nakarahi ni mo, motoyori kotowari e taru kata ni koso, ainaki ohoyoso no hito mo, kokoro wo yosuru waza na'mere ba, Win no uti no kami simo no hito-bito, ito yamgotonaku te, hisasiku nari tamahe ru ohom-kata ni nomi kotowari te, hakanai koto ni mo, kono kata-zama wo yokara zu torinasi nado suru wo, ohom-Seuto-no-Kimi-tati mo,
 "Sare ba yo! Asiu ya ha kikoye oki keru."
 to, itodo mousi tamahu. Kokoro-yasukara zu, kiki-gurusiki mama ni,
 "Kakara de, nodoyaka ni meyasuku te yo wo sugusu hito mo ohoka'meri kasi. Kagiri naki saihahi naku te, miya-dukahe no sudi ha, omohi yoru maziki waza nari keri."
 to, Oho-Uhe ha nageki tamahu.

 [4-7 求婚者たちのその後]
聞こえし人びとの、めやすくなり上りつつ、さてもおはせましに、かたはならぬぞあまたあるや。その中に、源侍従とて、いと若う、ひはづなりと見しは、宰相の中将にて、「匂ふや、薫や」と、聞きにくくめで騒がるなる、げに、いと人柄重りかに心にくきを、やむごとなき親王たち、大臣の、御女を、心ざしありてのたまふなるなども、聞き入れずなどあるにつけて、「そのかみは、若う心もとなきやうなりしかど、めやすくねびまさりぬべかめり」など、言ひおはさうず。
少将なりしも、三位中将とか言ひて、おぼえあり。
「容貌さへ、あらまほしかりきや」
など、なま心悪ろき仕うまつり人は、うち忍びつつ、
「うるさげなる御ありさまよりは」
など言ふもありて、いとほしうぞ見えし。この中将は、なほ思ひそめし心絶えず、憂くもつらくも思ひつつ、左大臣の御女を得たれど、をさをさ心もとめず、「道の果てなる常陸帯の2038」と、手習にも言種にもするは、いかに思ふやうのあるにかありけむ。
御息所、やすげなき世のむつかしさに、里がちになりたまひにけり。尚侍の君、思ひしやうにはあらぬ御ありさまを、口惜しと思す。内裏の君は、なかなか今めかしう心やすげにもてなして、世にもゆゑあり、心にくきおぼえにて、さぶらひたまふ。

 [4-7 求婚者たちのその後]
求婚申し上げた人びとで、それぞれ立派に昇進して、結婚なさったしても、不似合いでない方は大勢いることよ。その中で、源侍従と言って、たいそう若く、ひ弱に見えた方は宰相中将になって、「匂うよ、薫よ」と、聞き苦しいほどもてはやされるが、なるほど、人柄も落ち着いて奥ゆかしいので、高貴な親王方、大臣が、娘を結婚させようとおっしゃるのなどにも、聞き入れないなどと聞くにつけても、「あの頃は、若く頼りないようであったが、立派に成人なさったようだ」などと、言っていらっしゃる。
少将であった方も、三位中将とか言って、評判が良い。
「器量まで、が立派だった」
などと、意地悪な女房たちは、こっそりと、
「厄介な御様子の所に参るよりは」
などと言う者もいて、お気の毒に見えた。この中将は、依然として思い染めた気持ちがさめず、嫌で辛くも思いながら、左大臣の姫君を得たが、全然愛情を感じず、「道の果てなる常陸帯の」と、手習いにも口ぐせにもしているのは、どのように思ってのことであろうか。
御息所は、気苦労の多い宮仕えの煩わしさに、里にいることが多くおなりになってしまった。尚侍の君は、思っていたようにならなかったご様子を、残念にお思いになる。内裏の君は、かえって派手に気楽に振る舞って、大変風雅に、奥ゆかしいとの評判を得て、宮仕えなさっている。

 [4-7 Proposals to Tamakazura's daughters in after days]
 Kikoye si hito-bito no, meyasuku nari nobori tutu, sate mo ohase si ni, kataha nara nu zo amata aru ya! Sono naka ni, Gwen-Ziziu tote, ito wakau, hihadu nari to mi si ha, Saisyau-no-Tiuzyau ni te, "Nihohu ya, kaworu ya!" to, kiki-nikuku mede sawaga ru naru, geni, ito hito-gara omorika ni kokoro-nikuki wo, yamgotonaki Miko-tati Otodo no, ohom-Musume wo, kokorozasi ari te notamahu naru nado mo, kiki ire zu nado aru ni tuke te, "Sono-kami ha, wakau kokoro-motonaki yau nari sika do, meyasuku nebi masari nu beka'meri." nado, ihi ohasauzu.
 Seusyau nari si mo, Sammi-no-Tiuzyau to ka ihi te, oboye ari.
 "Katati sahe, aramahosikari ki ya!"
 nado, nama-kokoro-waroki tukau-maturi bito ha, uti-sinobi tutu,
 "Urusage naru mi-arisama yori ha."
 nado ihu mo ari te, itohosiu zo miye si. Kono Tiuzyau ha, naho omohi some si kokoro taye zu, uku mo turaku mo omohi tutu, Sa-Daizin no ohom-Musume wo e tare do, wosa-wosa kokoro mo tome zu, "Miti no hate naru Hitati obi no." to, tenarahi ni mo koto-gusa ni mo suru ha, ika ni omohu yau no aru ni ka ari kem.
 Miyasumdokoro, yasuge naki yo no mutukasisa ni, sato-gati ni nari tamahi ni keri. Kam-no-Kimi, omohi si yau ni ha ara nu mi-arisama wo, kutiwosi to obosu. Uti-no-Kimi ha, naka-naka ima-mekasiu kokoro-yasuge ni motenasi te, yo ni mo yuwe ari, kokoro-nikuki oboye ni te, saburahi tamahu.

 5 薫君の物語 人々の昇進後の物語 [5-1 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上]
左大臣亡せたまひて、右は左に、藤大納言、左大将かけたまへる右大臣になりたまふ。次々の人びとなり上がりて、この薫中将は、中納言に、三位の君は、宰相になりて、喜びしたまへる人びと、この御族より他に人なきころほひになむありける。
中納言の御喜びに、前の尚侍の君2039に参りたまへり。御前の庭にて拝したてまつりたまふ。尚侍の君対面したまひて、
「かく、いと草深くなりゆく葎の門を、よきたまはぬ御心ばへにも、まづ昔の御こと思ひ出でられてなむ」
など聞こえたまふ、御声、あてに愛敬づき、聞かまほしう今めきたり。「古りがたくもおはするかな。かかれば、院の上は、怨みたまふ御心絶えぬぞかし。今つひに、ことひき出でたまひてむ」と思ふ。
「喜びなどは、心にはいとしも思うたまへねども、まづ御覧ぜられにこそ参りはべれ。よきぬなどのたまはするは、おろかなる罪にうちかへさせたまふにや」と申したまふ。
「今日は、さだすぎにたる身の愁へなど、聞こゆべきついでにもあらずと、つつみはべれど、わざと立ち寄りたまはむことは難きを、対面なくて、はた、さすがにくだくだしきことになむ。
院にさぶらはるるが、いといたう世の中を思ひ乱れ、中空なるやうにただよふを、女御を頼みきこえ、また后の宮の御方にも、さりとも思し許されなむと、思ひたまへ過ぐすに、いづ方にも、なめげに心ゆかぬものに思されたなれば、いとかたはらいたくて、宮たちは、さてさぶらひたまふ。この、いと交じらひにくげなるみづからは、かくて心やすくだにながめ過ぐいたまへとて、まかでさせたるを、それにつけても、聞きにくくなむ。
上にもよろしからず思しのたまはすなる。ついであらば、ほのめかし奏したまへ。とざまかうざまに、頼もしく思ひたまへて、出だし立てはべりしほどは、いづ方をも心やすく、うちとけ頼みきこえしかど、今は、かかること誤りに、幼うおほけなかりけるみづからの心を、もどかしくなむ」
と、うち泣いたまふけしきなり。

 5 薫君の物語 人々の昇進後の物語 [5-1 薫、玉鬘邸に昇進の挨拶に参上]
左大臣がお亡くなりになって、右は左に、藤大納言は、左大将を兼官なさった右大臣におなりになる。順々下の人びとが昇進して、この薫中将は、中納言に、三位の君は宰相になって、ご昇進なさった方々は、これら一族以外に人もいないといった時勢であった。
中納言の昇進のお礼参りに、前尚侍の君の所に参上なさった。御前の庭先で拝舞申し上げなさる。尚侍の君がお目にかかりなさって、
「このように、とても草深くなって行く葎の門を、お避けにならないお心使いに対して、まず昔の六条院の御事が思い出されまして」
などと申し上げなさる、お声は、上品で愛嬌があって、耳に快く響く。「いつまでもお若くいらっしゃるな。これだから、院のお上はお恨みになるお心が褪せないのだ。そのうちきっと、事件をお起こしになるだろう」と思う。
「喜びなどは、わたしはさほど嬉しく存じませんが、まず知って戴こうと参上したのでございます。避けないなどとおっしゃるのは、御無沙汰の罪を皮肉って言われたのでしょうか」とご挨拶申し上げなさる。
「今日は、老人の繰り言などを、申し上げるべき時ではないと、気がとがめますが、わざわざお立ち寄りになることは難しいので、お会いしなくては、また、いくらなんでもごたごたした話ですから。
院に伺候しておられるのが、とてもひどく宮仕えのことを思い悩んで、宙に浮いたような恰好でうろうろしていますが、女御をご信頼申して、また后の宮の御方にも、そうは言ってもお許し戴けるだろうと、存じておりましたのに、どちらにも礼儀知らずで堪忍できない者とお思いなされたそうなので、とても具合が悪くて、宮たちは、そのまま残しておいでになる。この、とても生活しにくそうな本人は、こうしてせめて気楽にぼんやりとお過ごしなさいと思って、退出させたのですが、それに対しても聞きにくい噂です。
上様にもけしからぬとお思いになりお口になさるそうです。機会がありましたら、ちらっとよろしく申し上げてください。あちら様こちら様と、頼もしく存じて、出仕させました当座は、どちら様も安心して、信頼申し上げたが、今では、このような間違いに、子供っぽく大それた自分自身の考えを、恨んでおります」
と、涙ぐみなさる様子である。

 5 Tale of Kaoru Kaoru and the others' promotion [5-1 Kaoru visits to Tamakazura's residence to greet on his promotion]
 Sa-Daizin use tamahi te, Migi ha Hidari ni, Tou-Dainagon, Sa-Daisyau kake tamahe ru U-Daizin ni nari tamahu. Tugi-tugi no hito-bito nari-agari te, kono Kaworu Tiuzyau ha, Tiunagon ni, Sammi-no-Kimi ha, Saisyau ni nari te, yorokobi si tamahe ru hito-bito, kono ohom-zou yori hoka ni hito naki korohohi ni nam ari keru.
 Tiunagon no ohom-yorokobi ni, saki no Naisi-no-Kam-no-Kimi ni mawiri tamahe ri. O-mahe no niha ni te hai-si tatematuri tamahu. Kam-no-Kimi taimen si tamahi te,
 "Kaku, ito kusa hukaku nari yuku mugura no kado wo, yoki tamaha nu mi-kokorobahe ni mo, madu mukasi no ohom-koto omohi-ide rare te nam."
 nado kikoye tamahu, ohom-kowe, ate ni aigyau-duki, kika mahosiu ima-meki tari. "Huri-gataku mo ohasuru kana! Kakare ba, Win-no-Uhe ha, urami tamahu mi-kokoro taye nu zo kasi. Ima tuhi ni, koto hiki-ide tamahi te m." to omohu.
 "Yorokobi nado ha, kokoro ni ha ito si mo omou tamahe ne do mo, madu go-ran-ze rare ni koso mawiri habere. Yoki nu nado notamaha suru ha, oroka naru tumi ni uti-kahe sase tamahu ni ya." to mousi tamahu.
 "Kehu ha, sada sugi ni taru mi no urehe nado, kikoyu beki tuide ni mo ara zu to, tutumi habere do, waza to tati-yori tamaha m koto ha kataki wo, taimen naku te, hata, sasuga ni kuda-kudasiki koto ni nam.
 Win ni saburaha ruru ga, ito itau yononaka wo omohi midare, naka-zora naru yau ni tadayohu wo, Nyougo wo tanomi kikoye, mata Kisai-no-Miya no ohom-kata ni mo, sari to mo obosi yurusa re na m to, omohi tamahe sugusu ni, idu-kata ni mo, namege ni kokoro-yuka nu mono ni obosa re ta'nare ba, ito katahara-iataku te, Miya-tati ha, sate saburahi tamahu. Kono, ito mazirahi nikuge naru midukara ha, kakute kokoro-yasuku dani nagame sugui tamahe tote, makade sase taru wo, sore ni tuke te mo, kiki-nikuku nam.
 Uhe ni mo yorosikara zu obosi notamaha su naru. Tuide ara ba, honomekasi sou-si tamahe. To-zama kau-zama ni, tanomosiku omohi tamahe te, idasi tate haberi si hodo ha, idu-kata wo mo kokoro-yasuku, utitoke tanomi kikoye sika do, ima ha, kakaru koto ayamari ni, wosanau ohoyake nakari keru midukara no kokoro wo, modokasiku nam."
 to, uti-nai tamahu kesiki nari.

 [5-2 薫、玉鬘と対面しての感想]
「さらにかうまで思すまじきことになむ。かかる御交じらひのやすからぬことは、昔より、さることとなりはべりにけるを、位を去りて、静かにおはしまし、何ごともけざやかならぬ御ありさまとなりにたるに、誰もうちとけたまへるやうなれど、おのおのうちうちは、いかがいどましくも思すこともなからむ。
人は何の咎と見ぬことも、わが御身にとりては恨めしくなむ、あいなきことに心動かいたまふこと、女御、后の常の御癖なるべし。さばかりの紛れもあらじものとてやは、思し立ちけむ。ただなだらかにもてなして、御覧じ過ぐすべきことにはべるなり。男の方にて、奏すべきことにもはべらぬことになむ」
と、いとすくすくしう申したまへば、
「対面のついでに愁へきこえむと、待ちつけたてまつりたるかひなく、あはの御ことわりや」
と、うち笑ひておはする、人の親にて、はかばかしがりたまへるほどよりは、いと若やかにおほどいたる心地す。「御息所も、かやうにぞおはすべかめる。宇治の姫君の心とまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」と思ひゐたまへり。
尚侍も、このころまかでたまへり。こなたかなた住みたまへるけはひをかしう、おほかたのどやかに、紛るることなき御ありさまどもの、簾の内、心恥づかしうおぼゆれば、心づかひせられて、いとどもてしづめめやすきを、大上は、「近うも見ましかば」と、うち思しけり。

 [5-2 薫、玉鬘と対面しての感想]
「まったくそんなにまでお考えなることはありません。このような宮仕えの楽でないことは、昔から、そのようなことと決まっておりますが、位を去って、静かにお暮らしでいらっしゃり、どのようなことでも華やかでないご生活となってしまったので、皆が気を許し合っていらっしゃるようですが、それぞれ内心では、どんなに競争心をお持ちになることもないでしょうか。
他人は何の過失と思わないことでも、ご自身にとっては恨めしいものでして、つまらないことに心を動かしなさることは、女御や、后のいつものお癖でしょう。それくらいのいざこざもない起こらないものと思って、ご決心なさったのですか。ただ穏やかに振る舞って、お見過ごしなさることでございます。男の者が、申し上げるべきことではございません」
と、たいそうそっけなく申し上げなさるので、
「お会いした時に愚痴をこぼそうと、お待ち申していた効もなく、あっさりしたご判断ですこと」
と、笑っていらっしゃる、人の親として、てきぱきと事を処理していらっしゃる割には、とても若くおっとりとした感じがする。「御息所も、このようなふうでいらっしゃるのだろう。宇治の姫君が心にとまって思われるのも、このような様子に興味惹かれるからだ」と思って座っていらっしゃった。
尚侍の君も、この頃退出なさっていた。こちらとあちらとに住んでいらっしゃる様子は素晴らしく、全体がのんびりと忙しさに、紛れることないご様子で、御簾の内側が、気恥ずかしく感じられるので、自然と気づかいがされて、ますます静かで感じが良いのを、大上は、「近くでお世話するのだったなら」と、お思いになるのであった。

 [5-2 Kaoru meets to Tamakazura]
 "Satani kau made obosu maziki koto ni nam. Kakaru ohom-mazirahi no yasukara nu koto ha, mukasi yori, saru koto to nari haberi ni keru wo, kurawi wo sari te, siduka ni ohasimasi, nani-goto mo kezayaka nara nu mi-arisama to nari ni taru ni, tare mo utitoke tamahe ru yau nare do, ono-ono uti-uti ha, ikaga idomasiku mo obosu koto mo nakara m.
 Hito ha nani no toga to mi nu koto mo, waga ohom-mi ni tori te ha uramesiku nam, ainaki koto ni kokoro ugokai tamahu koto, Nyougo, Kisaki no tune no ohom-kuse naru besi. Sabakari no magire mo ara zi mono tote ya ha, obosi-tati kem. Tada nadaraka ni motenasi te, go-ran-zi sugusu beki koto ni haberu nari. Wotoko no kata ni te, sou-su beki koto ni mo habera nu koto ni nam."
 to, ito suku-sukusiu mousi tamahe ba,
 "Taimen no tuide ni urehe kikoye m to, mati tuke tatematuri taru kahi naku, aha no ohom-kotowari ya!"
 to, uti-warahi te ohasuru, hito no oya ni te, haka-bakasi-gari tamahe ru hodo yori ha, ito wakayaka ni ohodoi taru kokoti su. "Miyasumdokoro mo, kayau ni zo ohasu beka'meru. Udi no Hime-Gimi no kokoro tomari te oboyuru mo, kau-zama naru kehahi no wokasiki zo kasi." to omohi wi tamahe ri.
 Naisi-no-Kami mo, kono-koro makade tamahe ri. Konata kanata sumi tamahe ru kehahi wokasiu, ohokata nodoyaka ni, magiruru koto naki mi-arisama-domo no, su no uti, kokoro-hadukasiu oboyure ba, kokoro-dukahi se rare te, itodo mote-sidume meyasuki wo, Oho-Uhe ha, "Tikau mo mi masika ba." to, uti-obosi keri.

 [5-3 右大臣家の大饗]
大臣殿は、ただこの殿の東なりけり。大饗の垣下の君達など、あまた集ひたまふ。兵部卿宮、左の大殿の賭弓の還立、相撲の饗応などには、おはしまししを思ひて、今日の光と請じたてまつりたまひけれど、おはしまさず。
心にくくもてかしづきたまふ姫君たちを、さるは、心ざしことに、いかで、と思ひきこえたまふべかめれど、宮ぞ、いかなるにかあらむ、御心もとめたまはざりける。源中納言の、いとどあらまほしうねびととのひ、何ごとも後れたる方なくものしたまふを、大臣も北の方も、目とどめたまひけり。
隣のかくののしりて、行き違ふ車の音、先駆追ふ声々も、昔のこと思ひ出でられて、この殿には、ものあはれにながめたまふ。
「故宮亡せたまひて、ほどもなく、この大臣の通ひたまひしほどを、いとあはつけいやう2040に、世人はもどくなりしかど、かくてものしたまふも、さすがなる方にめやすかりけり。定めなの世や。いづれにか寄るべき」などのたまふ。

 [5-3 右大臣家の大饗]
大臣殿は、ちょうどこちらの殿の東であった。大饗の垣下の公達などが、大勢参上なさる。兵部卿宮や、左の大臣殿の賭弓の還立や、相撲の饗応などには、いらっしゃったことを思って、今日の光を添えて戴きたいとご招待申し上げなさったが、いらっしゃらなかった。
奥ゆかしく大切にお世話なさっている姫君たちを、一方では、特に気を配って、何とか婿君に、と思い申し上げなさっているようであるが、宮は、どうしたことであろうか、お心を止めにならなかった。源中納言が、ますます理想的に成長して、どのような事にも劣ったことがなくいらっしゃるのを、大臣も北の方も、お目を止めていらっしゃった。
隣でこのように大騒ぎして、行き交う車の音、前駆の声々も、昔の事が自然と思い出されて、こちらの殿では、しみじみと物思いなさっている。
「故宮がお亡くなりになって、間もなく、この大臣がお通いになったことを、まことに軽薄なように世間の人は非難したというが、愛情も薄れずにこのように暮らしておいでなのも、やはり無難なことであった。無常の世の中よ。どちらが良いものでしょうか」などとおっしゃる。

 [5-3 There is a banquet on Udaijin's residence]
 Otodo no tono ha, tada kono Tono no himgasi nari keri. Daikyau no wega no Kim-dati nado, amata tudohi tamahu. Hyaubukyau-no-Miya, Hidari-no-Otodo-dono no nori-yumi no kaheri-dati, sumahi no aruzi nado ni ha, ohasimasi si wo omohi te, kehu no hikari to sau-zi tatematuri tamahi kere do, ohasimasa zu.
 Kokoro-nikuku mote-kasiduki tamahu Hime-Gimi-tati wo, saru ha, kokorozasi koto ni, ika de, to omohi kikoye tamahu beka'mere do, Miya zo, ika naru ni ka ara m, mi-kokoro mo tome tamaha zari keru. Gwen-Tiunagon no, itodo aramahosiu nebi totonohi, nani-goto mo okure taru kata naku monosi tamahu wo, Otodo mo Kitanokata mo, me todome tamahi keri.
 Tonari no kaku nonosiri te, yuki-tigahu kuruma no oto, saki ohu kowe-gowe mo, mukasi no koto omohi-ide rare te, kono Tono ni ha, mono ahare ni nagame tamahu.
 "Ko-Miya use tamahi te, hodo mo naku, kono Otodo no kayohi tamahi si hodo wo, ito ahatukei yau ni, yo-hito ha modoku nari sika do, kakute monosi tamahu mo, sasuga naru kata ni meyasukari keri. Sadame na no yo ya! Idure ni ka yoru beki?" nado notamahu.

 [5-4 宰相中将、玉鬘邸を訪問]
左の大殿の宰相中将、大饗のまたの日、夕つけてここに参りたまへり。御息所、里におはすと思ふに、いとど心げさう添ひて、
「朝廷のかずまへたまふ喜びなどは、何ともおぼえはべらず。私の思ふことかなはぬ嘆きのみ、年月に添へて、思うたまへはるけむ方なきこと」
と、涙おしのごふも、ことさらめいたり。二十七、八のほどの、いと盛りに匂ひ、はなやかなる容貌したまへり。
「見苦しの君たちの、世の中を心のままにおごりて、官位をば2041何とも思はず、過ぐしいますがらふや。故殿のおはせましかば、ここなる人びとも、かかるすさびごとにぞ、心は乱らまし」
とうち泣きたまふ。右兵衛督、右大弁にて、皆非参議なるを、うれはしと思へり。侍従と聞こゆめりしぞ、このころ、頭中将と聞こゆめる。年齢のほどは、かたはならねど、人に後ると嘆きたまへり。宰相は、とかくつきづきしく。

 [5-4 宰相中将、玉鬘邸を訪問]
左の大殿の宰相中将は、大饗の翌日、夕方にこちらに参上なさった。御息所が、里にいらっしゃると思うと、ますます緊張して、
「朝廷が忘れずに加えてくださった昇進の喜びなどは、特に何とも思いません。私事で思い通りにならない嘆きばかりが、年月とともに積もり重なって、晴らしようもございません」
と、涙を拭うのも、わざとらしい。二十七、八歳のほどで、とても男盛りで、華やかな容貌をしていらっしゃった。
「困った息子たちの、世の中を思いのままになると思って、官位を何とも思わず、過ごしていらっしゃる。故殿が生きていらっしゃったら、自分の家の子供たちも、このようなのんきな遊び事に、心を奪われたでしょうに」
とお泣きになる。右兵衛督や、右大弁になったが、皆非参議でいるのを嘆かわしいことと思っていた。侍従と言われていたらしい人は、この頃、頭中将と呼ばれているようである。年齢から言えば、不十分ではないが、人に後れたと嘆いていらっしゃった。宰相は、何やかやとうまいことを言って来て。

 [5-4 Saisho-chujo visits to Tamakazura's residence]
 Hidari-no-Ohotono no Saisyau-no-Tiuzyau, daikyau no mata no hi, yuhu tuke te koko ni mawiri tamahe ri. Miyasumdokoro, sato ni ohasu to omohu ni, itodo kokoro-gesau sohi te,
 "Ohoyake no kazumahe tamahu yorokobi nado ha, nani to mo oboye habera zu. Watakusi no omohu koto kanaha nu nageki nomi, tosi-tuki ni sohe te, omou tamahe haruke m kata naki koto."
 to, namida osi-nogohu mo, kotosara-mei tari. Ni-zihu siti, hati no hodo no, ito sakari ni nihohi, hanayaka naru katati si tamahe ri.
 "Mi-gurusi no Kimi-tati no, yononaka wo kokoro no mama ni ogori te, tukasa kurawi wo ba nani to mo omoha zu, sugusi imasugarahu ya! Ko-Tono no ohase masika ba, koko naru hito-bito mo, kakaru susabi goto ni zo, kokoro ha midara masi."
 to uti-naki tamahu. U-Hyauwe-no-Kmi, U-Daiben ni te, mina Hi-Samgi naru wo, urehasi to omohe ri. Ziziu to kikoyu meri si zo, kono-koro, Tou-no-Tiuzyau to kikoyu meru. Tosi yohahi no hodo ha, kataha nara ne do, hito ni okuru to nageki tamahe ri. Saisyau ha, tokaku tuki-dukisiku.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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