源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ

2 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる

3 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚

4 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る

5 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り

6 大君の物語 大君の病気と薫の看護

7 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆

出典
校訂

1 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ

2 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる

3 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚

4 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る

5 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り

6 大君の物語 大君の病気と薫の看護

7 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆

1 Tale of Ohoi-kimi A parting at dawn without sexual relation between Kaoru and Ohoi-kimi

2 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi slips out of the room leaving her sister

3 Tale of Nakanokimi Nakanokimi gets married to Nionomiya

4 Tale of Nakanokiki Nionomiya and Nakanokimi look at Uji River in dawn

5 Tale of Ohoi-kimi Nionomiya and the others go to sightseeing of red leaves in Uji

6 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi falls ill and Kaoru nurses her

7 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi's death and Kaoru's grief

 1 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ [1-1 秋、八の宮の一周忌の準備]
あまた年耳馴れたまひにし川風も、この秋はいとはしたなくもの悲しくて、御果ての事いそがせたまふ。おほかたのあるべかしきことどもは、中納言殿、阿闍梨などぞ仕うまつりたまひける。ここには法服の事、経の飾り、こまかなる御扱ひを、人の聞こゆるに従ひて営みたまふも、いとものはかなくあはれに、「かかるよその御後見なからましかば」と見えたり。
みづからも参うでたまひて、今はと脱ぎ捨てたまふほどの御訪らひ、浅からず聞こえたまふ。阿闍梨もここに参れり。名香の糸ひき乱りて、「かくても経ぬる2136」など、うち語らひたまふほどなりけり。結び上げたるたたりの、簾のつまより、几帳のほころびに透きて見えければ、そのことと心得て、「わが涙をば玉にぬかなむ2137」とうち誦じたまへる、伊勢の御もかくこそありけめと、をかしく聞こゆるも、内の人は、聞き知り顔にさしいらへたまはむもつつましくて、「ものとはなしに2138」とか、「貫之がこの世ながらの別れをだに、心細き筋にひきかけけむも」など、げに古言ぞ、人の心をのぶるたよりなりけるを思ひ出でたまふ。

 1 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ [1-1 秋、八の宮の一周忌の準備]
何年も耳馴れなさった川風も、今年の秋はとても身の置き所もなく悲しくて、一周忌の法要をご準備なさる。一通りの必要なことどもは、中納言殿と、阿闍梨などがご奉仕なさったのであった。こちらでは法服のこと、経の飾りや、こまごまとしたお仕事を、女房が申し上げるのに従ってご準備なさるのも、まことに頼りなさそうにお気の毒で、「このような他人のお世話がなかったら」と見えた。
ご自身でも参上なさって、今日を限りに喪服をお脱ぎになるときのお見舞いを、丁重に申し上げなさる。阿闍梨もここちらに参上していた。名香の糸を引き散らして、「こうして過ごして来たことよ」などと、お話しなさっている時であった。結び上げた糸繰り台が、御簾の端から、几帳の隙間を通して見えたので、そのことだと察して、「わたしの涙を玉にして糸に通して下さい」と口ずさんでいらっしゃるのは、伊勢の御もこうであったろうと、興深くお思い申し上げるにつけても、内側の人は、知ったかぶりにお返事申し上げなさるようなのも遠慮されて、「糸ではないのに」とか、「貫之が生きていての別れでさえ、心細いものとして詠んだというのも」などと、なるほど古歌は、人の心を晴らすよすがであったのをお思い出しなさる。

 1 Tale of Ohoi-kimi A parting at dawn without sexual relation between Kaoru and Ohoi-kimi [1-1 In fall, Sisters prepare for the first anniversary of their father's death]
 Amata tosi mimi-nare tamahi ni si kaha-kaze mo, ko no aki ha ito hasitanaku mono-kanasiku te, ohom-hate no koto isoga se tamahu. Ohokata no aru bekasiki koto domo ha, Tiunagon-dono, Azari nado zo tukau-maturi tamahi keru. Koko ni ha hohubuku no koto, kyau no kazari, komaka naru ohom-atukahi wo, hito no kikoyuru ni sitagahi te itonami tamahu mo, ito mono-hakanaku ahare ni, "Kakaru yoso no ohom-usiromi nakara masika ba." to miye tari.
 Midukara mo maude tamahi te, ima ha to nugi sute tamahu hodo no ohom-toburahi, asakara zu kikoye tamahu. Azari mo koko ni mawire ri. Myaugau no ito hiki-midari te, "Kaku te mo he nuru." nado, uti-katarahi tamahu hodo nari keri. Musubi-age taru tatari no, sudare no tuma yori, kityau no hokorobi ni suki te miye kere ba, so no koto to kokoro-e te, "Wa ga namida wo ba tama ni nuka nam." to uti-zu-zi tamahe ru, Ise-no-go mo kaku koso ari keme to, wokasiku kikoyuru mo, uti no hito ha, kiki-siri-gaho ni sasi-irahe tamaha m mo tutumasiku te, "Mono to ha nasi ni." to ka, "Turayuki ga ko-no-yo nagara no wakare wo dani, kokoro-bosoki sudi ni hiki-kake kem mo." nado, geni huru-koto zo, hito no kokoro wo noburu tayori nari keru wo omohi ide tamahu.

 [1-2 薫、大君に恋心を訴える]
御願文作り、経仏供養ぜらるべき心ばへなど書き出でたまへる硯のついでに、客人、
「あげまきに2139長き契りを結びこめ
同じ所に縒りも会はなむ」
と書きて、見せたてまつりたまへれば、例の、とうるさけれど、
「ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に
長き契りをいかが結ばむ」
とあれば、「あはずは何を2140」と、恨めしげに眺めたまふ。
みづからの御上は、かくそこはかとなくもて消ちて恥づかしげなるに、すがすがともえのたまひよらで、宮の御ことをぞまめやかに聞こえたまふ。
「さしも御心に入るまじきことを、かやうの方にすこしすすみたまへる御本性に、聞こえそめたまひけむ負けじ魂にやと、とざまかうざまに、いとよくなむ御けしき見たてまつる。まことにうしろめたくはあるまじげなるを、などかくあながちにしも、もて離れたまふらむ。
世のありさまなど、思し分くまじくは見たてまつらぬを、うたて、遠々しくのみもてなさせたまへば、かばかりうらなく頼みきこゆる心に違ひて、恨めしくなむ。ともかくも思し分くらむさまなどを、さはやかに承りにしがな」
と、いとまめだちて聞こえたまへば、
「違へじの心にてこそは、かうまであやしき世の例なるありさまにて、隔てなくもてなしはべれ。それを思し分かざりけるこそは、浅きことも混ざりたる心地すれ。げに、かかる住まひなどに、心あらむ人は、思ひ残す事、あるまじきを、何事にも後れそめにけるうちに、こののたまふめる筋は、いにしへも、さらにかけて、とあらばかからばなど、行く末のあらましごとに取りまぜて、のたまひ置くこともなかりしかば、なほ、かかるさまにて、世づきたる方を思ひ絶ゆべく思しおきてける、となむ思ひ合はせはべれば、ともかくも聞こえむ方なくて。さるは、すこし世籠もりたるほどにて、深山隠れに2141は心苦しく見えたまふ人の御上を、いとかく朽木にはなし果てずもがなと、人知れず扱はしくおぼえはべれど、いかなるべき世にかあらむ」
と、うち嘆きてもの思ひ乱れたまひけるほどのけはひ、いとあはれげなり。

 [1-2 薫、大君に恋心を訴える]
御願文を作り、経や仏の供養なさる心づもりなどをお書き出しなさる筆のついでに、客人が、
「総角に末長い契りを結びこめて
一緒になって会いたいものです」
と書いて、お見せ申し上げなさると、いつもの、と煩わしいが、
「貫き止めることもできないもろい涙の玉の緒に
末長い契りをどうして結ぶことができましょう」
とあるので、「一緒になれなかったら生きている甲斐もありません」と、恨めしそうに物思いにお耽りになる。
ご自身のお身の上については、このように何とはなしに話をそらせて相手をなさらないので、すらすらと意中を申し上げることもできず、宮のご執心を真面目に申し上げなさる。
「それ程までご執心でないことを、このようなことに少し積極的でいらっしゃるご性格で、一度申し出されては後に引かない意地からかと、あれやこれやと、十分にお気持ちをお探り申し上げております。ほんとうに不安なようではありませんので、どうしてこのようにむやみに、お避けになるのでしょう。
男女の仲の様子などを、ご存知でないようには拝見しませんのに、いやに、よそよそしくばかりおあしらいなさるので、これほど心から信頼申し上げている気持ちと違って、恨めしい気がします。どのようにお考えになっているのかなどを、はっきりとお聞き致したいものですね」
と、たいそう真面目になって申し上げなさるので、
「お気持ちに背くまいとの気持ちなればこそ、こうしてまでおかしな世間の例にもなる状態で、隔てなくお相手しているのでございます。それをお分かりにならなかったことこそ、浅い気持ちがあるような気がします。おっしゃるように、このような住まいなどに、情けの深い人は、ありたけの物思いをし尽くすでしょうが、何事にも後れて育ちましたので、このおっしゃるような方面は、故人も、一向に何一つ、こういう場合にはああいう場合にはなどと、将来のことを予想して、おっしゃっておくこともなかったので、やはり、このような状態で、世間並みの生活を諦めるようお考え置きであった、と思い合わされますので、何ともお答え申し上げようがなくて。一方では、少し生い先長い年頃で、山奥暮らしはお気の毒にお見えになるお身の上を、まことにこのように枯木にはさせたくないものだと、人知れず面倒見ずにはいられなく思っているのですが、どのようになる縁なのでしょうか」
と、嘆息して途方に暮れていらっしゃったときの様子、たいそうおいたわしく感じられる。

 [1-2 Kaoru appeals to Ohoi-kimi on his love]
 Go-gwanmon tukuri, kyau Hotoke kuyau-ze raru beki kokoro-bahe nado kaki-ide tamahe ru suzuri no tuide ni, mara-uto,
 "Agemaki ni nagaki tigiri wo musubi-kome
 onazi tokoro ni yori mo aha nam
"
 to kaki te, mise tatematuri tamahe re ba, rei no, to urusakere do,
 "Nuki mo ahe zu moroki namida no tama no wo ni
 nagaki tigiri wo ikaga musuba m
"
 to are ba, "Aha zu ha nani wo?" to, uramesige ni nagame tamahu.
 Midukara no ohom-uhe ha, kaku sokohakatonaku mote-keti te hadukasige naru ni, suga-suga to mo e notamahi-yora de, Miya no ohom-koto wo zo mameyaka ni kikoye tamahu.
 "Sa si mo mi-kokoro ni iru maziki wo, kayau no kata ni sukosi susumi tamahe ru ohom-honzyau ni, kikoye some tamahi kem make zi damasihi ni ya to, to-zama kau-zama ni, ito yoku nam mi-kesiki mi tatematuru. Makoto ni usirometaku ha aru mazige naru wo, nado kaku anagati ni si mo, mote-hanare tamahu ram?
 Yo no arisama nado, obosi-waku maziku ha mi tatematura nu wo, utate, toho-dohosiku nomi motenasa se tamahe ba, kabakari ura-naku tanomi kikoyuru kokoro ni tagahi te, uramesiku nam. To-mo kaku-mo obosi-waku ram sama nado wo, sahayaka ni uketamahari ni si gana."
 to, ito mamedati te kikoye tamahe ba,
 "Tagahe zi no kokoro ni te koso ha, kau made ayasiki yo no tamesi naru arisama ni te, hedate naku motenasi habere. Sore wo obosi-waka zari keru koso ha, asaki koto mo mazari taru kokoti sure. Geni, kakaru sumahi nado ni, kokoro ara m hito ha, omohi nokosu koto, aru maziki wo, nani-goto ni mo okure some ni keru uti ni, ko no notamahu meru sudi ha, inisihe mo, sara ni kake te, to-ara-ba kakara-ba nado, yuku-suwe no aramasi-goto ni tori-maze te, notamahi-oku koto mo nakari sika ba, naho, kakaru sama ni te, yo-duki taru kata wo omohi tayu beku obosi-oki te keru, to nam omohi-ahase habere ba, to-mo kaku-mo kikoye m kata naku te. Saru ha, sukosi yo-gomori taru hodo ni te, miyama-gakure ni ha kokoro-gurusiku miye tamahu hito no ohom-uhe wo, ito kaku kutiki ni ha nasi-hate zu mo gana to, hito-sire-zu atukahasiku oboye habere do, ika naru beki yo ni ka ara m?"
 to, uti-nageki te mono-omohi midare tamahi keru hodo no kehahi, ito aharege nari.

 [1-3 薫、弁を呼び出して語る]
けざやかにおとなびても、いかでかは賢しがりたまはむと、ことわりにて、例の、古人召し出でてぞ語らひたまふ。
「年ごろは、ただ後の世ざまの心ばへにて進み参りそめしを、もの心細げに思しなるめりし御末のころほひ、この御事どもを、心にまかせてもてなしきこゆべくなむのたまひ契りてしを、思しおきてたてまつりたまひし御ありさまどもには違ひて、御心ばへどもの、いといとあやにくにもの強げなるは、いかに、思しおきつる方の異なるにやと、疑はしきことさへなむ。
おのづから聞き伝へたまふやうもあらむ。いとあやしき本性にて、世の中に心をしむる方なかりつるを、さるべきにてや、かうまでも聞こえ馴れにけむ。世人もやうやう言ひなすやうあべかめるに、同じくは昔の御ことも違へきこえず、我も人も世の常に心とけて聞こえはべらばや、と思ひよるは、つきなかるべきことにても、さやうなる例なくやはある」
などのたまひ続けて、
「宮の御ことをも、かく聞こゆるに、うしろめたくはあらじと、うちとけたまふさまならぬは、うちうちに、さりとも思ほし向けたることのさまあらむ。なほ、いかに、いかに」
とうち眺めつつのたまへば、例の、悪ろびたる女ばらなどは、かかることには、憎きさかしらも言ひまぜて、言よがりなどもすめるを、いとさはあらず、心のうちには、「あらまほしかるべき御ことどもを」と思へど、

 [1-3 薫、弁を呼び出して語る]
てきぱきと一人前に振る舞っても、どうして賢くことをお決めになれようかと、もっともに思われて、いつものように、老女を召し出して相談なさる。
「今までは、ただ来世の事を願う気持ちで参っておりましたが、何となく心細そうにお思いであったようなご晩年に、この姫君たちのことを、考え通りにお世話申し上げるようにおっしゃり約束したのですが、お考え置き申されたご様子とは違って、お二人の気持ちが、とてもとても困ったことに強情なのは、どのようにお考え置きになっていた人が別であったのかと、疑わしくまで思われます。
自然とお聞き及びになっていることもありましょう。とても妙な性質で、世の中に執着することはなかったが、前世からの因縁でしょうか、こんなにまでお親しみ申したのでしょう。世間の人もだんだんと噂するらしくもあるから、同じことなら故人のご遺言にお背き申さず、わたしも姫君も、世間の普通の男女のように心をお交わし申したい、と思い寄りましたのは、不似合いなことであっても、そのような例もないわけではありません」
などとおっしゃり続けて、
「宮のお身の上を、このように申し上げるのに、不安でないと、気をお許しにならないご様子なのは、内々で、やはり他にお考えの人がいるのでしょうか。さあ、どうなのですか、どうなのですか」
と嘆きながらおっしゃるので、いつもの、良くない女房連中などは、このようなことには、憎らしいおせっかいを言って、調子を合わせたりなどするようであるが、まったくそうではなく、心の中では、「理想的なお二人方の縁談だわ」と思うが、

 [1-3 Kaoru calls and talks with Ben]
 Kezayaka ni otonabi te mo, ikade ka ha sakasigari tamaha m to, kotowari ni te, rei no, huru-hito mesi-ide te zo katarahi tamahu.
 "Tosi-goro ha, tada noti no yo-zama no kokoro-bahe ni te susumi mawiri some si wo, mono-kokoro-bosoge ni obosi naru meri si ohom-suwe no korohohi, ko no ohom-koto-domo wo, kokoro ni makase te motenasi kikoyu beku nam notamahi tigiri te si wo, obosi-oki te tatematuri tamahi si ohom-arisama-domo ni ha tagahi te, mi-kokorobahe-domo no, ito ito ayaniku ni mono-tuyoge naru ha, ika ni, obosi-oki turu kata no koto naru ni ya to, utagahasiki koto sahe nam.
 Onodukara kiki-tutahe tamahu yau mo ara m. Ito ayasiki honzyau ni te, yononaka ni kokoro wo simuru kata nakari turu wo, saru beki ni te ya, kau made mo kikoye nare ni kem. Yo-hito mo yau-yau ihi-nasu yau a'beka meru ni, onaziku ha mukasi no ohom-koto mo tagahe kikoye zu, ware mo hito mo yo no tune ni kokoro toke te kikoye habera baya, to omohi-yoru ha, tuki nakaru beki koto ni te mo, sayau naru tamesi naku ya ha aru."
 nado notamahi tuduke te,
 "Miya no ohom-koto wo mo, kaku kikoyuru ni, usirometaku ha ara zi to, uti-toke tamahu sama nara nu ha, uti-uti ni, sari to mo omohosi muke taru koto no sama ara m. Naho, ika ni, ika ni?"
 to uti-nagame tutu notamahe ba, rei no, warobi taru womna-bara nado ha, kakaru koto ni ha, nikuki sakasira mo ihi-maze te, koto-yogari nado mo su meru wo, ito sa ha ara zu, kokoro no uti ni ha, "Aramahosikaru beki ohom-koto-domo wo." to omohe do,

 [1-4 薫、弁を呼び出して語る(続き)]
「もとより、かく人に違ひたまへる御癖どもにはべればにや、いかにもいかにも、世の常に何やかやなど、思ひよりたまへる御けしきになむはべらぬ。
かくて、さぶらふこれかれも、年ごろだに、何の頼もしげある木の本2142の隠ろへもはべらざりき。身を捨てがたく思ふ限りは、ほどほどにつけてまかで散り、昔の古き筋なる人も、多く見たてまつり捨てたるあたりに、まして今は、しばしも立ちとまりがたげにわびはべりて、おはしましし世にこそ、限りありて、かたほならむ御ありさまは、いとほしくもなど、古代なる御うるはしさに、思しもとどこほりつれ。
今は、かう、また頼みなき御身どもにて、いかにもいかにも、世になびきたまへらむを、あながちにそしりきこえむ人は、かへりてものの心をも知らず、言ふかひなきことにてこそはあらめ。いかなる人か、いとかくて世をば過ぐし果てたまふべき。
松の葉をすきて勤むる山伏だに、生ける身の捨てがたさによりてこそ、仏の御教へをも、道々別れては行ひなすなれ、などやうの、よからぬことを聞こえ知らせ、若き御心ども乱れたまひぬべきこと多くはべるめれど、たわむべくもものしたまはず、中の宮をなむ、いかで人めかしくも扱ひなしたてまつらむ、と思ひきこえたまふべかめる。
かく山深く尋ねきこえさせたまふめる御心ざしの、年経て見たてまつり馴れたまへるけはひも、疎からず思ひきこえさせたまひ、今はとざまかうざまに、こまかなる筋聞こえ通ひたまふめるに、かの御方を、さやうにおもむけて聞こえたまはば、となむ思すべかめる。
宮の御文などはべるめるは、さらにまめまめしき御ことならじ、とはべるめる」
と聞こゆれば、
「あはれなる御一言を聞きおき、露の世にかかづらはむ限りは、聞こえ通はむの心あれば、いづ方にも見えたてまつらむ、同じことなるべきを、さまではた、思しよるなる、いとうれしきことなれど、心の引く方なむ、かばかり思ひ捨つる世に、なほとまりぬべきものなりければ、改めてさはえ思ひなほすまじくなむ。世の常になよびかなる筋にもあらずや。
ただかやうにもの隔てて、こと残いたるさまならず、さし向ひて、とにかくに定めなき世の物語を、隔てなく聞こえて、つつみたまふ御心の隈残らずもてなしたまはむなむ、兄弟などのさやうに睦ましきほどなるもなくて、いとさうざうしくなむ、世の中の思ふことの、あはれにも、をかしくも、愁はしくも、時につけたるありさまを、心に籠めてのみ過ぐる身なれば、さすがにたつきなくおぼゆるに、疎かるまじく頼みきこゆる。
后の宮は、なれなれしく、さやうにそこはかとなき思ひのままなるくだくだしさを、聞こえ触るべきにもあらず。三条の宮は、親と思ひきこゆべきにもあらぬ御若々しさなれど、限りあれば、たやすく馴れきこえさせずかし。その他の女は、すべていと疎くつつましく、恐ろしくおぼえて、心からよるべなく心細きなり。
なほざりのすさびにても、懸想だちたることは、いとまばゆくありつかず、はしたなきこちごちしさにて、まいて2143心にしめたる方のことは、うち出づることは2144難くて、怨めしくもいぶせくも思ひきこゆるけしきをだに見えたてまつらぬこそ、我ながら限りなくかたくなしきわざなれ。宮の御ことをも、さりとも悪しざまには聞こえじと、まかせてやは見たまはぬ」
など言ひゐたまへり。老い人、はた、かばかり心細きに、あらまほしげなる御ありさまを、いと切に、さもあらせたてまつらばやと思へど、いづ方も恥づかしげなる御ありさまどもなれば、思ひのままにはえ聞こえず。

 [1-4 薫、弁を呼び出して語る(続き)]
「もともと、このように人と違っていらっしゃるお二方のご性格のせいでしょうか、どうしてもどうしても、世間の普通の人のように、何やかやと世間並みの結婚を、お考えになっていらっしゃるご様子でございません。
こうして、仕えております誰彼も、今まででさえ、何の頼りになる庇護もございませんでした。身を捨てがたく思う者たちだけは、身分身分に応じて暇をもらって離れ去り、昔からの古い縁故の人も、多くはお見限り申した邸に、まして今では、立ち止まりがたそうに困り合っておりまして、ご在世中にこそ、格式もあって、不釣合なご結婚は、お気の毒だわなどと、昔気質の律儀さから、おためらいになっていました。
今では、このように、他に頼りのいないお身の上の方たちで、どのようにもどのようにも、成り行き次第に身を任せなさるのを、むやみに悪口を申し上げるような人は、かえって物の道理を知らず、言いようもないことでしょう。どのような人が、まことにこうして一生をお送りなさることができましょうか。
松の葉を食べて修業する山伏でさえ、生きている身の捨て難いことによって、仏のお教えも、それぞれの流派をつくって行っている、などというような、よくないことをご忠告申し上げ、若いお二方のお気持ちがお迷いになることが多くございますようですが、志操を曲げようともなさらず、中の宮を、何とか一人前にして差し上げたい、とお思い申し上げていらっしゃるようでございます。
このように山奥にお訪ね申し上げなさるようなお志の、幾年もお世話していただくご行為に対しても、親しくお思い申し上げなさって、今ではあれやこれやと、こまごまとした方面のこともご相談申し上げていらっしゃるようで、あの御方を、おっしゃるようお望み申してくださるならば、とお思いのようです。
宮のお手紙などがございますようなのは、全然真剣な気持ちからではあるまい、とお考えのようです」
と申し上げると、
「おいたわしいご遺言を聞きおき、露の世に生きている限りは、お付き合いを願いたいとの気持ちなので、どちらの方とご一緒になっても、同じことになるでしょうが、そのようにまで、お考えになっているというのは、まことに嬉しいことですが、心の惹かれる方は、これほど捨て切った世なのですが、やはり執着してしまうものなので、今さらそのようには考え改められません。世間並みのあだっぽい恋ではないのですよ。
ただこのような物を隔てて、言い残した状態でなく、差し向かいで、とにもかくにも無常の世の話を、隔て心なく申し上げて、お隠しになるお心の中をすっかり打ち明けてお相手してくださるなら、兄弟などのように親しい人もなくて、とても淋しいので、世の中の思うことの、しみじみとしたこと、おもしろいこと、悲しいことも、その時々の思いを、胸一つに収めて過ごしてきた身の上なので、何と言っても頼りなく思われるので、親しくお頼み申し上げるのです。
后の宮は、親しく、そのように何ということなく思いのままのこまごまとしたことを、申し上げられる方ではありません。三条の宮は、母親と申し上げるほどでもないお若々しさですが、分限がありますので、気安くお親しみ申し上げることはできません。その他の女性は、すべてたいそう疎々しく、気が引けて恐ろしく思われて、自ら求めて結婚相手もなく心細いのです。
いい加減な好き心からも、懸想めいたことは、とても気恥ずかしくて性に合わず、体裁悪い不器用さで、まして心に思い詰めている方のことは、口に出すのも難しくて、恨めしくも鬱陶しくもお思い申し上げる様子をさえ見ていただけないのは、自分ながらこの上なく愚かしいことだ。宮のお事をも、悪くお計らい申し上げまいと、お任せ下さいませんか」
などとおっしゃっていた。老女は、老女で、これほど心細いので、理想的なご様子を、とても切に、そうして差し上げたいと思うが、どちらも気恥ずかしいご様子の方々なので、思いのままには申し上げられない。

 [1-4 Kaoru calls and talks with Ben (2)]
 "Motoyori, kaku hito ni tagahi tamahe ru ohom-kuse-domo ni habere ba ni ya, ika ni mo ika ni mo, yo no tune ni nani-ya ka-ya nado, omohi-yori tamahe ru mi-kesiki ni nam habera nu.
 Kaku te, saburahu kore kare mo, tosi-goro dani, nani no tanomosige aru ko no moto no kakurohe mo habera zari ki. Mi wo sute gataku omohu kagiri ha, hodo-hodo ni tuke te makade tiri, mukasi no huruki sudi naru hito mo, ohoku mi tatematuri sute taru atari ni, masite ima ha, sibasi mo tati-tomari gatage ni wabi haberi te, ohasimasi si yo ni koso, kagiri ari te, kataho nara m ohom-arisama ha, itohosiku mo nado, kotai naru ohom-uruhasisa ni, obosi mo todokohori ture.
 Ima ha, kau, mata tanomi naki ohom-mi-domo ni te, ika ni mo ika ni mo, yo ni nabiki tamahe ra m wo, anagati ni sosiri kikoye m hito ha, kaheri te mono no kokoro wo mo sira zu, ihu-kahi naki koto ni te koso ha ara me. Ika naru hito ka, ito kaku te yo wo ba sugusi hate tamahu beki.
 Matu no ha wo suki te tutomuru yamabusi dani, ike ru mi no sute gatasa ni yori te koso, Hotoke no ohom-wosihe wo mo, miti-miti wakare te ha okonahi nasu nare, nado yau no, yokara nu koto wo kikoye sirase, wakaki mi-kokoro-domo midare tamahi nu beki koto ohoku haberu mere do, tawamu beku mo monosi tamaha zu, Naka-no-Miya wo nam, ikade hito-mekasiku mo atukahi nasi tatematura m, to omohi kikoye tamahu beka'meru.
 Kaku yama hukaku tadune kikoye sase tamahu meru mi-kokorozasi no, tosi he te mi tatematuri nare tamahe ru kehahi mo, utokara zu omohi kikoye sase tamahi, ima ha to-zama kau-zama ni, komaka naru sudi kikoye kayohi tamahu meru ni, ka no Ohom-kata wo, sayau ni omomuke te kikoye tamaha ba, to nam obosu beka'meru.
 Miya no ohom-humi nado haberu meru ha, sarani mame-mamesiki ohom-koto nara zi, to haberu meru."
 to kikoyure ba,
 "Ahare naru ohom-hito-koto wo kiki-oki, tuyu no yo ni kakaduraha m kagiri ha, kikoye kayoha m no kokoro are ba, idu-kata ni mo miye tatematura m, onazi koto naru beki wo, sa made hata, obosi-yoru naru, ito uresiki koto nare do, kokoro no hiku kata nam, kabakari omohi suturu yo ni, naho tomari nu beki mono nari kere ba, aratame te sa ha e omohi nahosu maziku nam. Yo no tune ni nayobika naru sudi ni mo ara zu ya.
 Tada kayau ni mono hedate te, koto nokoi taru sama nara zu, sasi-mukahi te, to-ni kaku-ni sadame naki yo no monogatari wo, hedate naku kikoye te, tutumi tamahu mi-kokoro no kuma nokora zu motenasi tamaha m nam, harakara nado no sayau ni mutumasiki hodo naru mo naku te, ito sau-zausiku nam, yononaka no omohu koto no, ahare ni mo, wokasiku mo, urehasiku mo, toki ni tuke taru arisama wo, kokoro ni kome te nomi suguru mi nare ba, sasuga ni tatuki naku oboyuru ni, utokaru maziku tanomi kikoyuru.
 Kisai-no-Miya ha, nare-naresiku, sayau ni sokohakatonaki omohi no mama naru kuda-kudasisa wo, kikoye huru beki ni mo ara zu. Samdeu-no-Miya ha, oya to omohi kikoyu beki ni mo ara nu waka-wakasisa nare do, kagiri are ba, tayasuku nare kikoye sase zu kasi. Sono hoka no womna ha, subete ito utomasiku tutumasiku, osorosiku oboye te, kokoro kara yorube naku kokoro-bosoki nari.
 Nahozari no susabi ni te mo, kesau-dati taru koto ha, ito mabayuku ari tuka zu, hasitanaki koti-gotisisa ni te, maite kokoro ni sime taru kata no koto ha, uti-iduru koto ha kataku te, uramesiku mo ibuseku mo omohi kikoyuru kesiki wo dani miye tatematura nu koso, ware nagara kagiri naku katakunasiki waza nare. Miya no ohom-koto wo mo, saritomo asi-zama ni ha kikoye zi to, makase te ya ha mi tamaha nu."
 nado ihi wi tamahe ri. Oyi-bito, hata, kabakari kokoro-bosoki ni, aramahosige naru ohom-arisama wo, ito seti ni, sa mo ara se tatematura baya to omohe do, idu-kata mo hadukasige naru ohom-arisama-domo nare ba, omohi no mama ni ha e kikoye zu.

 [1-5 薫、大君の寝所に迫る]
今宵は泊りたまひて、物語などのどやかに聞こえまほしくて、やすらひ暮らしたまひつ。あざやかならず、もの怨みがちなる御けしき、やうやうわりなくなりゆけば、わづらはしくて、うちとけて聞こえたまはむことも、いよいよ苦しけれど、おほかたにてはありがたくあはれなる人の御心なれば、こよなくももてなしがたくて、対面したまふ。
仏のおはする中の戸を開けて、御燈明の火けざやかにかかげさせて、簾に屏風を添へてぞおはする。外にも大殿油参らすれど、「悩ましうて無礼なるを。あらはに」など諌めて、かたはら臥したまへり。御くだものなど、わざとはなくしなして参らせたまへり。
御供の人びとにも2145、ゆゑゆゑしき肴などして出ださせたまへり。廊めいたる方に集まりて、この御前は人げ遠くもてなして、しめじめと物語聞こえたまふ。うちとくべくもあらぬものから、なつかしげに愛敬づきて、もののたまへるさまの、なのめならず心に入りて、思ひ焦らるるもはかなし。
かくほどもなきものの隔てばかりを障り所にて、おぼつかなく思ひつつ過ぐす心おそさの、「あまりをこがましくもあるかな」と思ひ続けらるれど、つれなくて、おほかたの世の中のことども、あはれにもをかしくも、さまざま聞き所多く語らひきこえたまふ。
内には、「人びと、近く」などのたまひおきつれど、「さしも、もて離れたまはざらなむ」と思ふべかめれば、いとしも護りきこえず、さし退つつ、みな寄り臥して、仏の御燈火もかかぐる人もなし。ものむつかしくて、忍びて人召せど、おどろかず。
「心地のかき乱り、悩ましくはべるを、ためらひて、暁方にもまた聞こえむ」
とて、入りたまひなむとするけしきなり。
「山路分けはべりつる人は、ましていと苦しけれど、かく聞こえ承る2146に慰めてこそはべれ。うち捨てて入らせたまひなば、いと心細からむ」
とて、屏風をやをら押し開けて入りたまひぬ。いとむくつけくて、半らばかり入りたまへるに、引きとどめられて、いみじくねたく心憂ければ、
「隔てなきとは、かかるをや言ふらむ。めづらかなるわざ2147かな」
と、あはめたまへるさまの、いよいよをかしければ、
「隔てぬ心をさらに思し分かねば、聞こえ知らせむとぞかし。めづらかなりとも、いかなる方に、思しよるにかはあらむ。仏の御前にて誓言も立てはべらむ。うたて、な懼ぢたまひそ。御心破らじと思ひそめてはべれば。人はかくしも推し量り思ふまじかめれど、世に違へる痴者にて過ぐしはべるぞや」
とて、心にくきほどなる火影に、御髪のこぼれかかりたるを、かきやりつつ見たまへば、人の御けはひ、思ふやうに香りをかしげなり。

 [1-5 薫、大君の寝所に迫る]
今夜はお泊まりになって、お話などをのんびりと申し上げたくて、ぐずぐずして日をお暮らしになった。はっきりとではないが、何か恨みがましいご様子、だんだんと無性に昂じて行くので、厄介になって、気を許してお話し申し上げることも、ますますつらいけれど、全体的にはめったにいない親切なご性格の方なので、ひどくすげないお扱いもできなくて、面会なさる。
仏のいらっしゃる間の中の戸を開けて、御燈明の光を明るく照らさせて、簾に屏風を添えておいでになる。外の間にも大殿油を差し上げるが、「疲れて無作法なので。丸見えでは」などと制止して、横に臥せっていらっしゃった。果物などを、特別なふうにではなく整えて差し上げさせなさった。
お供の人びとにも、風流なお肴などをお出させなさった。廊のような所に集まって、こちらの御前は人の気配を遠ざけて、しみじみとお話申し上げなさる。気をお許しになるはずもないものの、優しそうに愛嬌がおありで、物をおっしゃる様子が、一方ならず心に染みいって、胸が切なくなるのもたわいない。
このように何でもない隔て物だけを障害にして、もどかしく思っては過ごしてきた不器用さが、「あまりにも馬鹿らしいな」と思い続けられるが、さりげなく平静を装って、世間一般の事柄を、しみじみと興味を惹くように、いろいろとおもしろくたくさんお話し申し上げなさる。
内側では、「女房たち、近くに」などとおっしゃっておいたが、「そんなにも、よそよそしくなさらないで欲しい」と思っているようなので、たいしてお守り申さず、尻ごみ尻ごみしながら、皆寄り臥して、仏の御燈明を明るくする人もいない。何となく気づまりで、こっそりと人をお呼びになるが、目を覚まさない。
「気分が悪く、苦しうございますので、少し休んで、明け方に再びお話し申し上げましょう」
と言って、お入りになろうとする様子である。
「山路を分け入って来ましたわたしは、あなた以上にとても苦しいのですが、このようにお話し申し上げたりお聞きしたりすることによって慰められております。わたしを捨ててお入りになったら、たいそう心細いでしょう」
と言って、屏風を静かに押し開けてお入りになった。たいそう気味悪くて、半分程お入りになったところ、引き止められて、ひどく悔しく気にくわないので、
「隔てなくとは、このようなことを言うのでしょうか。変なことですね」
と、非難なさる様子が、ますます魅力的なので、
「隔てない心を全然お分かりでないので、お教え申し上げましょうとね。変なことだとも、どのようなことに、お考えなのでしょうか。仏の御前で誓言も立てましょう。嫌な、お恐がりなさるな。お気持ちを損ねまいと初めから思っておりますので。他人はこのようにも推量して思うまいでしょうが、世間の人と違った馬鹿正直者で通しておりますからね」
と言って、奥ゆかしいほどの火影で、御髪がこぼれかかっているのを、掻きやりながら御覧になると、姫君のご様子は、申し分なくつやつやと美しい。

 [1-5 Kaoru slips into Ohoi-kimi's bedroom]
 Koyohi ha tomari tamahi te, monogatari nado nodoyaka ni kikoye mahosiku te, yasurahi kurasi tamahi tu. Azayaka nara zu, mono-urami-gati naru mi-kesiki, yau-yau wari naku nari yuke ba, wadurahasiku te, utitoke te kikoye tamaha m koto mo, iyo-iyo kurusikere do, ohokata ni te ha arigataku ahare naru hito no mi-kokoro nare ba, koyonaku mo motenasi gataku te, taimen si tamahu.
 Hotoke no ohasuru naka no to wo ake te, mi-akasi no hi kezayaka ni kakage sase te, sudare ni byaubu wo sohe te zo ohasuru. To ni mo oho-tonabura mawira sure do, "Nayamasiu te murai naru wo. Ahare ni." nado isame te, katahara husi tamahe ri. Ohom-kudamono nado, wazato ha naku si nasi te mawira se tamahe ri.
 Ohom-tomo no hito-bito ni mo, yuwe-yuwesiki sakana nado si te idasa se tamahe ri. Rau mei taru kata ni atumari te, kono o-mahe ha hito-ge tohoku motenasi te, sime-zime to monogatari kikoye tamahu. Utitoku beku mo ara nu mono kara, natukasige ni aigyau-duki te, mono notamahe ru sama no, nanome nara zu kokoro ni iri te, omohi-ira ruru mo hakanasi.
 Kaku hodo mo naki mono no hedate bakari wo sahari-dokoro ni te, obotukanaku omohi tutu sugusu kokoro ososa no, "Amari wokogamasiku mo aru kana!" to omohi-tuduke rarure do, turenaku te, ohokata no yononaka no koto-domo, ahare ni mo wokasiku mo, sama-zama kiki-dokoro ohoku katarahi kikoye tamahu.
 Uti ni ha, "Hito-bito, tikaku." nado notamahi-oki ture do, "Sa si mo, mote-hanare tamaha zara nam." to omohu beka'mere ba, ito si mo mamori kikoye zu, sasi-sizoki tutu, mina yori-husi te, Hotoke no ohom-tomosi-bi mo kakaguru hito mo nasi. Mono-mutukasiku te, sinobi te hito mese do, odoroka zu.
 "Kokoti no kaki-midari, nayamasiku haberu wo, tamerahi te, akatuki-gata ni mo mata kikoye m."
 tote, iri tamahi na m to suru kesiki nari.
 "Yamadi wake haberi turu hito ha, masite ito kurusikere do, kaku kikoye uketamaharu ni nagusame te koso habere. Uti-sute te ira se tamahi na ba, ito kokoro-bosokara m."
 tote, byaubu wo yawora osi-ake te iri tamahi nu. Ito mukutukeku te, nakara bakari iri tamahe ru ni, hiki-todome rare te, imiziku netaku kokoro-ukere ba,
 "Hedate naki to ha, kakaru wo ya ihu ram. Meduraka naru waza kana!"
 to, ahame tamahe ru sama no, iyo-iyo wokasikere ba,
 "Hedate nu kokoro wo sara ni obosi-waka ne ba, kikoye sirase m to zo kasi. Meduraka nari to mo, ika naru kata ni, obosi-yoru ni ka ha ara m? Hotoke no o-mahe ni te tika-koto mo tate habera m. Utate, na wodi tamahi so. Mi-kokoro yabura zi to omohi some te habere ba. Hito ha kaku si mo osihakari omohu mazika'mere do, yo ni tagahe ru sire-mono ni te sugusi haberu zo ya!"
 tote, kokoro-nikuki hodo naru ho-kage ni, mi-gusi no kobore kakari taru wo, kaki-yari tutu mi tamahe ba, hito no ohom-kehahi, omohu yau ni kawori wokasige nari.

 [1-6 薫、大君をかき口説く]
かく心細くあさましき御住み処に、好いたらむ人は障り所あるまじげなるを、「我ならで尋ね来る人もあらましかば、さてや止みなまし。いかに口惜しきわざならまし」と、来し方の心のやすらひさへ、あやふくおぼえたまへど、言ふかひなく憂しと思ひて泣きたまふ御けしきの、いといとほしければ、「かくはあらで、おのづから心ゆるびしたまふ折もありなむ」と思ひわたる。
わりなきやうなるも心苦しくて、さまよくこしらへきこえたまふ。
「かかる御心のほどを思ひよらで、あやしきまで聞こえ馴れにたるを、ゆゆしき袖の色など、見あらはしたまふ心浅さに、みづからの言ふかひなさも思ひ知らるるに、さまざま慰む方なく」
と恨みて、何心もなくやつれたまへる墨染の火影を、いとはしたなくわびしと思ひ惑ひたまへり。
「いとかくしも思さるるやうこそはと、恥づかしきに、聞こえむ方なし。袖の色をひきかけさせたまふはしも、ことわりなれど、ここら御覧じなれぬる心ざしのしるしには、さばかりの忌おくべく、今始めたることめきてやは思さるべき。なかなかなる御わきまへ心になむ」
とて、かの物の音聞きし有明の月影よりはじめて、折々の思ふ心の忍びがたくなりゆくさまを、いと多く聞こえたまふに、「恥づかしくもありけるかな」と疎ましく、「かかる心ばへながらつれなくまめだちたまひけるかな」と、聞きたまふこと多かり。
御かたはらなる短き几帳を、仏の御方にさし隔てて、かりそめに添ひ臥したまへり。名香のいと香ばしく匂ひて、樒のいとはなやかに薫れるけはひも、人よりはけに仏をも思ひきこえたまへる御心にて、わづらはしく、墨染の今さらに、折ふし心焦られしたるやうに、あはあはしく、思ひそめしに違ふべければ、かかる忌なからむほどに、この御心にも、「さりともすこしたわみたまひなむ」など、せめてのどかに思ひなしたまふ。
秋の夜のけはひは、かからぬ所だに、おのづからあはれ多かるを、まして峰の嵐も籬の虫も、心細げにのみ聞きわたさる。常なき世の御物語に、時々さしいらへたまへるさま、いと見所多くめやすし。いぎたなかりつる人びとは、「かうなりけり」と、けしきとりてみな入りぬ。
宮ののたまひしさまなど思し出づるに、「げに、ながらへば、心の外にかくあるまじきことも見るべきわざにこそは」と、もののみ悲しくて、水の音に流れ添ふ心地2148したまふ。

 [1-6 薫、大君をかき口説く]
このように心細くひどいお住まいで、好色の男は邪魔者もないのだが、「自分以外に訪ねて来る人もあったら、そのままにしておくだろうか。どんなに残念なことだろうに」と、将来はもちろんのこと今までの優柔不断さまで、不安に思われなさるが、言いようもなくつらいと思ってお泣きになるご様子が、たいそうおいたわしいので、「このようにではなく、自然と心がとけてこられる時もきっとあるだろう」と思い続ける。
無理やり迫るのも気の毒なので、体裁よくおなだめ申し上げなさる。
「このようなお気持ちとは思いよらず、不思議なほど親しくさせて頂いたことを、不吉な喪服の色など、見ておしまいになられる思いやりの浅さに、また自分自身の言いようのなさも思い知らされるので、あれこれと気の慰めようもありません」
と恨んで、何の用意もなく質素な喪服でいらっしゃる墨染の火影を、とても体裁悪くつらいと困惑していらっしゃった。
「まことにこのようにまでお嫌いになるわけもあるのかと、恥ずかしくて、申し上げようもありません。喪服の色を理由になさるのも、もっともなことですが、長年お親しみなさったお気持ちの表れとしては、そのような憚らねばならないような、今始まったような事のようにお思いなさってよいものでしょうか。かえってなさらなくてもよいご分別です」
と言って、あの琴の音を聴いた有明の月の光をはじめとして、季節折々の思う心の堪えがたくなってゆく有様を、たいそうたくさん申し上げなさると、「気恥ずかしいことだわ」と疎ましく思って、「このような気持ちでありながら何喰わぬ顔で真面目顔していらっしゃっのだわ」と、お聞きになることが多かった。
お側にある低い几帳を、仏の方に立てて隔てとして、形ばかり添い臥しなさった。名香がたいそう香ばしく匂って、樒がとても強く薫っている様子につけても、人よりは格別に仏を信仰申し上げていらっしゃるお心なので、気が咎めて、服喪中の今、折もあろうに堪え性もないようで、軽率にも、当初の気持ちと違ってしまいそうなので、このような喪中が明けたころに、姫君のお気持ちも、「そうはいっても少しはお緩みになるだろう」などと、つとめて気長に思いなしなさる。
秋の夜の様子は、このような場所でなくてさえ、自然としみじみとしたことが多いのに、まして峰の嵐も籬の虫の音も、心細そうにばかり聞きわたされる。無常の世のお話に、時々お返事なさる様子、実に見ごたえのある点が多く無難である。眠たそうにしていた女房たちは、「こうなったのだわ」と、様子を察して皆下がってしまった。
父宮がご遺言なさったことなどをお思い出しなさると、「なるほど、生き永らえると、意外なこのようなとんでもない目に遭うものだわ」と、何もかも悲しくて、水の音に流れ添う心地がなさる。

 [1-6 Kaoru tries to win Ohoi-kimi's affection]
 Kaku kokoro-bosoku asamasiki ohom-sumika ni, sui tara m hito ha sahari-dokoro aru mazi-ge naru wo, "Ware nara de tadune kuru hito mo ara masika ba, sate ya yami na masi. Ika ni kutiwosiki waza nara masi." to, kisi-kata no kokoro-yasurahi sahe, ayahuku oboye tamahe do, ihu-kahi naku usi to omohi te naki tamahu mi-kesiki no, ito itohosikere ba, "Kaku ha ara de, onodukara kokoro-yurubi si tamahu wori mo ari na m." to omohi wataru.
 Wari naki yau naru mo kokoro-gurusiku te, sama yoku kosirahe kikoye tamahu.
 "Kakaru mi-kokoro no hodo wo omohi-yora de, ayasiki made kikoye nare ni taru wo, yuyusiki sode no iro nado, mi arahasi tamahu kokoro asasa ni, midukara no ihu-kahi nasa mo omohi sira ruru ni, sama-zama nagusamu kata naku."
 to urami te, nani-gokoro mo naku yature tamahe ru sumi-zome no hokage wo, ito hasitanaku wabisi to omohi madohi tamahe ri.
 "Ito kaku si mo obosa ruru yau koso ha to, hadukasiki ni, kikoye m kata nasi. Sode no iro wo hiki-kake sase tamahu ha si mo, kotowari nare do, kokora go-ran-zi nare nuru kokorozasi no sirusi ni ha sa-bakari no imi oku beku, ima hazime taru koto meki te ya ha obosa ru beki. Naka-naka naru ohom-wakimahe-gokoro ni nam."
 tote, ka no mono no ne kiki si ari-ake no tuki-kage yori hazime te, wori-wori no omohu kokoro no sinobi gataku nari-yuku sama wo, ito ohoku kikoye tamahu ni, "Hadukasiku mo ari keru kana!" to utomasiku, "Kakaru kokorobahe nagara turenaku mamedati tamahi keru kana!" to, kiki tamahu koto ohokari.
 Ohom-katahara naru midikaki kityau wo, Hotoke no ohom-kata ni sasi-hedate te, karisome ni sohi-husi tamahe ri. Myaugau no ito kaubasiku nihohi te, sikimi no ito hanayaka ni kawore ru kehahi mo, hito yori ha keni Hotoke wo mo omohi kikoye tamahe ru mi-kokoro ni te, wadurahasiku, sumi-zome no imasara ni, wori-husi kokoro-ira re si taru yau ni, aha-ahasiku, omohi some si ni tagahu bekere ba, kakaru imi nakara m hodo ni, kono mi-kokoro ni mo, "Sari to mo sukosi tawami tamahi na m." nado, semete nodoka ni omohi-nasi tamahu.
 Aki no yo no kehahi ha, kakara nu tokoro dani, onodukara ahare ohokaru wo, masite mine no arasi mo magaki no musi mo, kokoro-bosoge ni nomi kiki-watasa ru. Tune naki yo no ohom-monogatari ni, toki-doki sasi-irahe tamahe ru sama, ito mi-dokoro ohoku meyasusi. Igitanakari turu hito-bito ha, "Kau nari keri." to, kesiki tori te mina iri nu.
 Miya no notamahi si sama nado obosi-iduru ni, "Geni, nagarahe ba, kokoro no hoka ni kaku aru maziki koto mo miru beki waza ni koso ha." to, mono nomi kanasiku te, midu no oto ni nagare sohu kokoti si tamahu.

 [1-7 実事なく朝を迎える]
はかなく明け方になりにけり。御供の人びと起きて声づくり、馬どものいばゆる音2149も、旅の宿りのあるやうなど人の語るを、思しやられて、をかしく思さる。光見えつる方の障子を押し開けたまひて、空のあはれなるをもろともに見たまふ。女もすこしゐざり出でたまへるに、ほどもなき軒の近さなれば、しのぶの露もやうやう光見えもてゆく。かたみにいと艶なるさま、容貌どもを、
「何とはなくて、ただかやうに月をも花をも、同じ心にもてあそび、はかなき世のありさまを聞こえ合はせてなむ、過ぐさまほしき」
と、いとなつかしきさまして語らひきこえたまへば、やうやう恐ろしさも慰みて、
「かういとはしたなからで、もの隔ててなど聞こえば、真に心の隔てはさらにあるまじくなむ」
といらへたまふ。
明くなりゆき、むら鳥の立ちさまよふ羽風2150近く聞こゆ。夜深き朝の鐘の音かすかに響く。「今は、いと見苦しきを」と、いとわりなく恥づかしげに思したり。
「ことあり顔に朝露もえ分けはべるまじ。また、人はいかが推し量りきこゆべき。例の2151やうになだらかにもてなさせたまひて、ただ世に違ひたることにて、今より後も、ただかやうにしなさせたまひてよ。よにうしろめたき心はあらじと思せ。かばかりあながちなる心のほども、あはれと思し知らぬこそかひなけれ」
とて、出でたまはむのけしきもなし。あさましく、かたはならむとて、
「今より後は、さればこそ、もてなしたまはむままにあらむ。今朝は、また聞こゆるに従ひたまへかし」
とて、いとすべなしと思したれば、
「あな、苦しや。暁の別れや。まだ知らぬことにて、げに、惑ひぬべきを」
と嘆きがちなり。鶏も、いづ方にかあらむ、ほのかにおとなふに、京思ひ出でらる。
「山里のあはれ知らるる声々に
とりあつめたる朝ぼらけかな」
女君、
「鳥の音も聞こえぬ山2152と思ひしを
世の憂きことは訪ね来にけり」
障子口まで送りたてまつりたまひて、昨夜入りし戸口より出でて、臥したまへれど、まどろまれず。名残恋しくて2153、「いとかく思はましかば、月ごろも今まで心のどかならましや」など、帰らむことももの憂くおぼえたまふ。

 [1-7 実事なく朝を迎える]
いつのまにか夜明け方になってしまった。お供の人びとが起きて合図をし、馬どもが嘶く声も、旅の宿の様子など供人が話していたのを、ご想像されて、おもしろくお思いになる。光が見えた方面の障子を押し開けなさって、空のしみじみとした様子を一緒に御覧になる。女も少しいざり出でなさったが、奥行きのない軒の近さなので、忍草の露もだんだんと光が見えて行く。お互いに実に優美な姿態、容貌を、
「何というのではなくて、ただこのように月や花を、同じような気持ちで愛で、無常の世の有様を話し合って、過ごしたいものですね」
と、たいそう親しい感じでお語らい申されると、だんだんと恐ろしさも慰められて、
「このように面と向かっての体裁の悪い恰好でなく、何か物を隔ててなどしてお答え申し上げるならば、ほんとうに心の隔てはまったくないのですが」
とお答えなさる。
明るくなってゆき、群鳥が飛び立ち交う羽風が近くに聞こえる。まだ暗いうちの朝の鐘の音がかすかに響く。「今は、とても見苦しいですから」と、とても無性に恥ずかしそうにお思いになっていた。
「事あり顔に朝露を分けて帰ることはできません。また、人はどのように推量申し上げましょうか。いつものように穏便にお振る舞いになって、ただ世間一般と違った問題として、今から後も、ただこのようにしてくださいませ。まったく不安なことはないとお思いください。これほど一途に思い詰める心のうちを、いじらしいとお分かりくださらないのは効ないことです」
と言って、お帰りなるような様子もない。あきれて、見苦しいことと思って、
「今から後は、そのようなことなので、仰せの通りにいたしましょう。今朝は、またお願い申し上げていることを聞いてくださいませ」
と言って、ほんとうに困ったとお思いなので、
「ああ、つらい。暁の別れだ。まだ経験のないことなので、なるほど、迷ってしまいそうだ」
と嘆きがちである。鶏も、どこのであろうか、かすかに鳴き声がするので、京が自然と思い出される。
「山里の情趣が思い知られます鳥の声々に
あれこれと思いがいっぱいになる朝け方ですね」
女君、
「鳥の声も聞こえない山里と思っていましたが
人の世の辛さは後を追って来るものですね」
障子口までお送り申し上げなさって、昨夜入った戸口から出て、お臥せりになったが、眠ることはできない。名残惜しくて、「ほんとにこのようにせつなく思うのだったら、幾月も今までのんびりと構えていられなかったろうに」などと、帰ることを億劫に思われなさる。

 [1-7 It becomes morning without sexual relation between Kaoru and Ohoi-kimi]
 Hakanaku ake-gata ni nari ni keri. Ohom-tomo no hito-bito oki te kowa dukuri, uma-domo no ibayuru oto mo, tabi no yadori no aru yau nado hito no kataru wo, obosi-yara re te, wokasiku obosa ru. Hikari miye turu kata no sauzi wo osi-ake tamahi te, sora no ahare naru wo morotomo ni mi tamahu. Womna mo sukosi wizari ide tamahe ru ni, hodo mo naki noki no tikasa nare ba, sinobu no tuyu mo yau-yau hikari miye mote yuku. Katami ni ito en naru sama, katati-domo wo,
 "Nani to ha naku te, tada kayau ni tuki wo mo hana wo mo, onazi kokoro ni mote-asobi, hakanaki yo no arisama wo kikoye ahase te nam, sugusa mahosiki."
 to, ito natukasiki sama si te katarahi kikoye tamahe ba, yau-yau osorosisa mo nagusami te,
 "Kau ito hasitanakara de, mono hedate te nado kikoye ba, makoto ni kokoro no hedate ha sarani aru maziku nam."
 to irahe tamahu.
 Akaku nari-yuki, mura-tori no tati samayohu ha-kaze tikaku kikoyu. Yo-bukaki asita no kane no oto kasuka ni hibiku. "Ima ha, ito mi-gurusiki wo." to, ito wari naku hadukasige ni obosi tari.
 "Koto-ari-gaho ni asa-tuyu mo e wake haberu mazi. Mata, hito ha ikaga osihakari kikoyu beki. Rei no yau ni nadaraka ni motenasa se tamahi te, tada yo ni tagahi taru koto ni te, ima yori noti mo, tada kayau ni si nasa se tamahi te yo. Yo ni usirometaki kokoro ha ara zi to obose. Kabakari anagati naru kokoro no hodo mo, ahare to obosi sira nu koso kahi nakere."
 tote, ide tamaha m no kesiki mo nasi. Asamasiku, kataho nara m tote,
 "Ima yori noti ha, sare ba koso, motenasi tamaha m mama ni ara m. Kesa ha, mata kikoyuru ni sitagahi tamahe kasi."
 tote, ito sube nasi to obosi tare ba,
 "Ana, kurusi ya! Akatuki no wakare ya! Mada sira nu koto ni te, geni, madohi nu beki wo."
 to nageki-gati nari. Nihatori mo, idu-kata ni ka ara m, honoka ni otonahu ni, Kyau omohi-ide raru.
 "Yama-zato no ahare sira ruru kowe-gowe ni
 tori-atume taru asaborake kana
"
 Womna-Gimi,
 "Tori no ne mo kikoye nu yama to omohi si wo
 yo no uki koto ha tadune ki ni keri
"
 Sauzi-guti made okuri tatematuri tamahi te, yobe iri si to-guti yori ide te, husi tamahe re do, madoroma re zu. Nagori kohisiku te, "Ito kaku omoha masika ba, tuki-goro mo ima made kokoro nodoka nara masi ya!" nado, kahera m koto mo mono-uku oboye tamahu.

 [1-8 大君、妹の中の君を薫にと思う]
姫宮は、人の思ふらむことのつつましきに、とみにもうち臥されたまはで、頼もしき人なくて世を過ぐす身の心憂きを、ある人どもも、よからぬこと何やかやと、次々に従ひつつ言ひ出づめるに、「心よりほかのことありぬべき世なめり」と思しめぐらすには、
「この人の御けはひありさまの、疎ましくはあるまじく、故宮も、さやうなる心ばへあらばと、折々のたまひ思すめりしかど、みづからは、なほかくて過ぐしてむ。我よりはさま容貌も盛りにあたらしげなる中の宮を、人なみなみに見なしたらむこそうれしからめ。人の上になしては、心のいたらむ限り思ひ後見てむ。みづからの上のもてなしは、また誰かは見扱はむ。
この人の御さまの、なのめにうち紛れたるほどならば、かく見馴れぬる年ごろのしるしに、うちゆるぶ心もありぬべきを、恥づかしげに見えにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わが世はかくて過ぐし果ててむ」
と思ひ続けて、音泣きがちに明かしたまへるに、名残いと悩ましければ、中の宮の臥したまへる奥の方に添ひ臥したまふ。
例ならず、人のささめきしけしきもあやしと、この宮は思しつつ寝たまへるに、かくておはしたれば、うれしくて、御衣ひき着せたてまつりたまふに、御移り香の紛るべくもあらず、くゆりかかる心地すれば、宿直人がもて扱ひけむ思ひあはせられて、「まことなるべし」と、いとほしくて、寝ぬるやうにてものものたまはず。
客人は、弁のおもと呼び出でたまひて、こまかに語らひおき、御消息すくすくしく聞こえおきて出でたまひぬ。総角を戯れに2154とりなししも、心もて、「尋ばかりの隔て2155も対面しつるとや、この君も思すらむ」と、いみじく恥づかしければ、心地悪しとて、悩み暮らしたまひつ。人びと、
「日は残りなくなりはべりぬ。はかばかしく、はかなきことをだに、また仕うまつる人もなきに、折悪しき御悩みかな」
と聞こゆ。中の宮、組などし果てたまひて、
「心葉など、えこそ思ひよりはべらね」
と、せめて聞こえたまへば、暗くなりぬる紛れに起きたまひて、もろともに結びなどしたまふ。中納言殿より御文あれど、
「今朝よりいと悩ましくなむ」
とて、人伝てにぞ聞こえたまふ。
「さも、見苦しく、若々しくおはす」
と、人びとつぶやききこゆ。

 [1-8 大君、妹の中の君を薫にと思う]
姫宮は、女房がどう思っているだろうかと気が引けるので、すぐには横におなりになれず、頼みにする親もなくて世の中を生きてゆく身の上のつらさを、仕えている女房連中も、つまらない縁談の事を何やかやと、次々に従って言い出すようだから、「望みもしない結婚になってしまいそうだ」と思案なさる一方で、
「この人のご様子や態度が、疎ましくはなさそうだし、故宮も、そのような気持ちがあったらと、時々おっしゃりお考えのようだったが、自分自身は、やはりこのように独身で過ごそう。自分よりは容姿も容貌も盛りで惜しい感じの中の宮を、人並みに結婚させたほうが嬉しいだろう。妹の身の上のことなら、心の及ぶ限り後見しよう。自分の身の世話は、他に誰が見てくれようか。
この人のお振舞が、いい加減ででたらめならば、このように親しんできた年月のせいで、気を緩める気持ちもありそうなのだが、立派すぎて近づきがたい感じなのも、かえってひどく気後れするので、自分の人生はこうして独身で終えよう」
と思い続けて、つい声を立てて泣き泣き夜を明かしなさったが、そのため気分がとても悪いので、中の宮が臥していらっしゃった奥の方に添ってお臥せりになる。
いつもと違って、女房がささやいている様子が変だと、この宮はお思いになりながら寝ていらっしゃったが、こうしていらっしゃったので、嬉しくて、御衣を引き掛けて差し上げなさると、御移り香が隠れようもなく、薫ってくる感じがするので、宿直人がもてあましていたことが思い合わされて、「ほんとうなのだろう」と、お気の毒に思って、眠ってしまったようにして何もおっしゃらない。
客人は、弁のおもとを呼び出しなさって、こまごまと頼みこんで、ご挨拶をしかつめらしく申し上げおいてお出になった。総角の歌を戯れの冗談にとりなしても、自分から、「一尋ほどの隔てはあったにしてもお会いしたものと、この君もお思いだろう」と、ひどく恥ずかしいので、気分が悪いといって、一日中横になっていらっしゃった。女房たちは、
「法事までの日数が少なくなりました。しっかりと、ちょっとしたことでさえも、他にお世話いたす人もいないので、あいにくのご病気ですこと」
と申し上げる。中の宮は、組紐など作り終えなさって、
「心葉などを、どうしてよいか分かりません」
と、無理におせがみ申し上げなさるので、暗くなったのに紛れてお起きになって、一緒に結んだりなどなさる。中納言殿からお手紙があるが、
「今朝からとても気分が悪くて」
と言って、人を介してお返事申し上げなさる。
「いかにも、見苦しく、子供っぽくいらっしゃいます」
と、女房たちはぶつぶつ申し上げる。

 [1-8 Ohoi-kimi desires her sister getting married to Kaoru]
 Hime-Gimi ha, hito no omohu ram koto no tutumasiki ni, tomi ni mo uti-husa re ytamaha de, tanomosiki hito naku te yo wo sugusu mi no kokoro-uki wo, aru hito-domo mo, yokara nu koto nani-ya ka-ya to, tugi-tugi ni sitagahi tutu ihi-idu meru ni, "Kokoro yori hoka no koto ari nu beki yo na'meri." to obosi-megurasu ni ha,
 "Ko no hito no ohom-kehahi arisama no, utomasiku ha arumaziku, ko-Miya mo, sayau naru kokoro-bahe ara ba to, wori-wori notamahi obosu meri sika do, midukara ha, naho kakute sugusi te m. Ware yori ha sama katati mo sakari ni atarasige naru Naka-no-Miya wo, hito nami-nami ni mi-nasi tara m koso uresikara me. Hito no uhe ni nasi te ha, kokoro no itara m kagiri omohi usiromi te m. Midukara no uhe no motenasi ha, mata tare ka ha mi-atukaha m.
 Ko no hito no ohom-sama no, nanome ni uti-magire taru hodo nara ba, kaku mi-nare nuru tosi-goro no sirusi ni, uti-yurubu kokoro mo ari nu beki wo, hadukasige ni miye nikuki kesiki mo, naka-naka imiziku tutumasiki ni, waga yo ha kaku te sugusi hate te m."
 to omohi tuduke te, ne naki-gati ni akasi tamahe ru ni, nagori ito nayamasikere ba, Naka-no-Miya no husi tamahe ru oku no kata ni sohi-husi tamahu.
 Rei nara zu, hito no sasameki si kesiki mo ayasi to, ko no Miya ha, obosi tutu ne tamahe ru ni, kakute ohasi tare ba, uresiku te, ohom-zo hiki-kise tatematuri tamahu ni, ohom-uturi-ga no magiru beku mo ara zu, kuyuri kakaru kokoti sure ba, tonowi-bito ga mote-atukahi kem omohi ahase rare te, "Makoto naru besi." to, itohosiku te, ne nuru yau ni te mono mo notamaha zu.
 Mara-uto ha, Ben-no-Omoto yobi-ide tamahi te, komaka ni katarahi oki, ohom-seusoko suku-sukusiku kikoye oki te ide tamahi nu. Agemaki wo tahabure ni torinasi si mo, kokoro-mote, "Hiro bakari no hedate mo taimen si turu to ya, ko no Kimi mo obosu ram." to, imiziku hadukasikere ba, kokoti asi tote, nayami kurasi tamahi tu. Hito-bito,
 "Hi ha nokori naku nari haberi nu. Haka-bakasiku, hakanaki koto wo dani, mata tukau-maturu hito mo naki ni, wori asiki ohom-nayami kana!"
 to kikoyu. Naka-no-Miya, kumi nado si hate tamahi te,
 "Kokoro-ba nado, e koso omohi-yori habera ne."
 to, semete kikoye tamahe ba, kuraku nari nuru magire ni oki tamahi te, morotomo ni musubi nado si tamahu. Tiunagon-dono yori ohom-humi are do,
 "Kesa yori ito nayamasiku nam."
 tote, hito-dute ni zo kikoye tamahu.
 "Sa mo, mi-gurusiku, waka-wakasiku ohasu."
 to, hito-bito tubuyaki kikoyu.

 2 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる [2-1 一周忌終り、薫、宇治を訪問]
御服など果てて、脱ぎ捨てたまへるにつけても、かた時も後れたてまつらむものと思はざりしを、はかなく過ぎにける月日のほどを思すに、いみじく思ひのほかなる身の憂さと、泣き沈みたまへる御さまども、いと心苦しげなり。
月ごろ黒く馴らはしたまへる御姿、薄鈍2156にて、いとなまめかしくて、中の宮は、げにいと盛りにて、うつくしげなる匂ひまさりたまへり。御髪など澄ましつくろはせて見たてまつりたまふに、世の物思ひ忘るる心地してめでたければ、人知れず、「近劣りしては思はずやあらむ」と、頼もしくうれしくて、今はまた見譲る人もなくて、親心にかしづきたてて見きこえたまふ。
かの人は、つつみきこえたまひし藤の衣も改めたまへらむ長月も、静心なくて、またおはしたり。「例のやうに聞こえむ」と、また御消息あるに、心あやまりして、わづらはしくおぼゆれば、とかく聞こえすまひて対面したまはず。
「思ひの外に心憂き御心かな。人もいかに思ひはべらむ」
と、御文にて聞こえたまへり。
「今はとて脱ぎはべりしほどの心惑ひに、なかなか沈みはべりてなむ、え聞こえぬ」
とあり。
怨みわびて、例の人召して、よろづにのたまふ。世に知らぬ心細さの慰めには、この君をのみ頼みきこえたる人びとなれば、思ひにかなひたまひて、世の常の住み処に移ろひなどしたまはむを、いとめでたかるべきことに言ひ合はせて、「ただ入れたてまつらむ」と、皆語らひ合はせけり。

 2 大君の物語 大君、中の君を残して逃れる [2-1 一周忌終り、薫、宇治を訪問]
御服喪などが終わって、お脱ぎ捨てになったのにつけても、片時の間も生き永らえようとは思わなかったが、あっけなく過ぎてしまった月日の間をお思いなると、ひどく思ってもいなかった身のつらさと、泣き沈んでいらっしゃるお二方のご様子が、まことにお気の毒である。
幾月も黒い喪服を着馴れていらしたお姿が、薄鈍色になって、たいそう優美なので、中の宮は、なるほど女盛りで、可憐な感じが勝っていらっしゃった。御髪などを洗い清めさせて整わせて拝見なさると、この世の憂いが忘れる気がして素晴らしいので、心中密かに、「近づいて見劣りがすることはないだろう」と、頼もしく嬉しくて、今は他に見譲る人もいなくて、親代わりになって大切にお世話申し上げなさる。
あの方は、ご遠慮申し上げなさった服喪期間中もお改まりになっていような九月も、待ちきれず、再びおいでになった。「いつものようにお会い申したい」と、またご挨拶があるので、気分が悪くなって、厄介に思われるので、何かと言い訳申し上げてお会いなさらない。
「意外に冷たいお心ですね。女房たちもどのように思うでしょう」
と、お手紙で申し上げなさった。
「今を限りと脱ぎ捨てました時の悲しみに、かえって前より塞ぎこんでおりまして、お返事申し上げられません」
とある。
恨みのやりばがなくて、いつもの女房を召して、いろいろとおっしゃる。世にまたとない心細さの慰めとしては、この君だけをお頼み申し上げていた女房たちなので、思い通りに結婚なさって、世間並の住まいにお移りなどなさるのを、とてもおめでたいことと話し合って、「ただお入れ申そう」と、皆しめし合わせているのであった。

 2 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi slips out of the room leaving her sister [2-1 After the first anniversary of Hachinomiya's death, Kaoru visits to Uji]
 Ohom-buku nado hate te, nugi-sute tamahe ru ni tuke te mo, kata-toki mo okure tatematura m mono to omoha zari si wo, hakanaku sugi ni keru tuki-hi no hodo wo obosu ni, imiziku omohi no hoka naru mi no usa to, naki sidumi tamahe ru ohom-sama-domo, ito kokoro-gurusige nari.
 Tuki-goro kuroku narahasi taru ohom-sugata, usu-nibi ni te, ito namamekasiku te, Naka-no-Miya ha, geni ito sakari ni te, utukusige naru nihohi masari tamahe ri. Mi-gusi nado sumasi tukurohase te mi tatematuri tamahu ni, yo no mono-omohi wasururu kokoti si te medetakere ba, hito sire zu, "Tika-otori si te ha omoha zu ya ara m?" to, tanomosiku uresiku te, ima ha mata mi-yuduru hito mo naku te, oya-gokoro ni kasiduki tate te mi kikoye tamahu.
 Ka no hito ha, tutumi kikoye tamahi si hudi no koromo mo aratame tamahe ra m Nagatuki mo, sidu-kokoro naku te, mata ohasi tari. "Rei no yau ni kikoye m." to, mata ohom-seusoko aru ni, kokoro-ayamari si te, wadurahasiku oboyure ba, tokaku kikoye sumahi te taimen si tamaha zu.
 "Omohi no hoka ni kokoro-uki mi-kokoro kana! Hito mo ika ni omohi habera m."
 to, ohom-humi ni te kikoye tamahe ri.
 "Ima ha tote nugi haberi si hodo no kokoro-madohi ni, naka-naka sidumi haberi te nam, e kikoye nu."
 to ari.
 Urami-wabi te, rei no hito mesi te, yorodu ni notamahu. Yo ni sira nu kokoro-bososa no nagusame ni ha, ko no Kimi wo nomi tanomi kikoye taru Hito-bito nare ba, omohi ni kanahi tamahi te, yo no tune no sumika ni uturohi nado si tamaha m wo, ito medetakaru beki koto ni ihi-ahase te, "Tada ire tatematura m." to, mina katarahi ahase keri.

 [2-2 大君、妹の中の君に薫を勧める]
姫宮、そのけしきをば深く見知りたまはねど、「かく取り分きて人めかしなつけたまふめるに、うちとけて、うしろめたき心もやあらむ。昔物語にも、心もてやは、とあることもかかることもあめる。うちとくまじき人の心にこそあめれ」と思ひよりたまひて、
「せめて怨み深くは、この君をおし出でむ。劣りざまならむにてだに、さても見そめては、あさはかにはもてなすまじき心なめるを、まして、ほのかにも見そめては、慰みなむ。言に出でては、いかでかは、ふとさることを待ち取る人のあらむ。本意になむあらぬと、うけひくけしきのなかなるは、かたへは人の思はむことを、あいなう浅き方にやなど、つつみたまふならむ」
と思し構ふるを、「けしきだに知らせたまはずは、罪もや得む」と、身をつみていとほしければ、よろづにうち語らひて、
「昔の御おもむけも、世の中をかく心細くて過ぐし果つ2157とも、なかなか人笑へに、かろがろしき心つかふな、などのたまひおきしを、おはせし世の御ほだしにて、行ひの御心を乱りし罪だにいみじかりけむを、今はとて、さばかりのたまひし一言をだに違へじ、と思ひはべれば、心細くなどもことに思はぬを、この人びとの、あやしく心ごはきものに憎むめるこそ、いとわりなけれ。
げに、さのみやうのものと過ぐしたまはむも、明け暮るる月日に添へても、御ことをのみこそ、あたらしく心苦しくかなしきものに思ひきこゆるを、君だに世の常にもてなしたまひて、かかる身のありさまもおもだたしく、慰むばかり見たてまつりなさばや」
と聞こえたまはば、いかに思すにかと、心憂くて、
「一所をのみやは、さて世に果てたまへとは、聞こえたまひけむ。はかばかしくもあらぬ身のうしろめたさは、数添ひたるやうにこそ、思されためりしか。心細き御慰めには、かく朝夕に見たてまつるより、いかなるかたにか」
と、なま恨めしく思ひたまひつれば、げにと、いとほしくて、
「なほ、これかれ、うたてひがひがしきものに言ひ思ふべかめるにつけて、思ひ乱れはべるぞや」
と、言ひさしたまひつ。

 [2-2 大君、妹の中の君に薫を勧める]
姫宮、その様子を深くご存知ないが、「このように特別に一人前に親しくしているらしいので、気を許して、気がかりな考えがあるかもしれない。昔物語にも、自分から、とかく事件が起こることはあろうか。気を許してはならない女房の心であるようだ」と思い至りなさって、
「せめて恨みが深いなら、この妹君を押し出そう。たとえ見劣りする相手でも、そのように見初めては、いい加減には扱わないお心のようだから、わたし以上に、少しでも見初めたらきっと慰むことであろう。言葉に表しては、どうして、急に乗り換える人があろうか。希望通りでないと、承知する様子のないらしいのは、一つには、こちらの思うことを、筋違いに浅い思慮ではないかなどと、遠慮なさるだろう」
とご計画なさるが、「そのそぶりさえお知らせなさらなかったら、恨みを受けよう」と、我が身につまされてお気の毒なので、いろいろとお話になって、
「故人のご意向も、世の中をこのように心細く終えようとも、かえって物笑いに、軽々しい考えをするな、などと遺言なさったが、在世中の御足手まといで、勤行のお心を乱した罪でさえ大変であったのに、今はの際に、せめてそのようにおっしゃった一言だけでも違えまい、と思いますので、心細いなどとも格別思わないが、この女房たちが、妙に強情者のように憎んでいるらしいのは、ほんとに訳が分かりません。
女房の言うように、私と同じように独身でお過しになるのも、明け暮れの月日がたつにつけても、あなたのお身の上ばかりが、惜しくおいたわしく悲しい身の上とお思い申し上げていますが、せめてあなただけでも世間並みに結婚なさって、このようなわが身の有様も面目が立って、慰められるようお世話申し上げたい」
と申し上げなさると、どのようにお考えなのかと、情けなくなって、
「お一人だけが、そのように独身で終えなさいとは、申されたでしょうか。頼りないわが身の不安さは、よけいあるように、お思いのようでした。心細さの慰めには、このように朝夕にお目にかかるより他に、どのような手段がありましょうか」
と、何やら恨めしそうに思っていらっしゃるので、なるほどと、お気の毒になって、
「やはり、誰も彼もが困った強情者のように言い思っているらしいのにつけても、途方に暮れておりますよ」
と、言いかけてお止めになった。

 [2-2 Ohoi-kimi recommends her sister getting married to Kaoru]
 Hime-Miya, so no kesiki wo ba hukaku mi-siri tamaha ne do, "Kaku tori-waki te hito-mekasi natuke tamahu meru ni, utitoke te, usirometaki kokoro mo ya ara m? Mukasi-monogatari ni mo, kokoro mote ya ha, to-aru mo kakaru koto mo a'meru. Uti-toku maziki hito no kokoro ni koso a'mere." to omohi-yori tamahi te,
 "Semete urami hukaku ha, ko no Kimi wo osi-ide m. Otori-zama nara m ni te dani, sa te mo mi-some te ha, asahaka ni ha motenasu maziki kokoro na'meru wo, masite, honoka ni mo mi-some te ha, nagusami na m. Koto ni ide te ha, ikade ka ha, huto saru koto wo mati-toru hito no ara m. Hoi ni nam ara nu to, ukehiku kesiki no naka naru ha, katahe ha hito no omoha m koto wo, ainau asaki kata ni ya nado, tutumi tamahu nara m."
 to obosi kamahuru wo, "Kesiki dani sira se tamaha zu ha, tumi mo ya e m." to, mi wo tumi te itohosikere ba, yorodu ni uti-katarahi te,
 "Mukasi no ohom-omomuke mo, yononaka wo kaku kokoro-bosoku te sugusi-hatu to mo, naka-naka hito-warahe ni, karo-garosiki kokoro tukahu na, nado notamahi-oki si wo, ohase si yo no ohom-hodasi ni te, okonahi no mi-kokoro wo midari si tumi dani imizikari kem wo, ima ha tote, sabakari notamahi si hito-koto wo dani tagahe zi, to omohi habere ba, kokoro-bosoku nado mo koto ni omoha nu wo, ko no hito-bito no, ayasiku kokoro-gohaki mono ni nikumu meru koso, ito wari nakere.
 Geni, sa nomi yau no mono to sugusi tamaha m mo, ake-kururu tuki-hi ni sohe te mo, ohom-koto wo nomi koso, atarasiku kokoro-gurusiku kanasiki mono ni omohi kikoyuru wo, Kimi dani yo no tune ni motenasi tamahi te, kakaru mi no arisama mo omodatasiku, nagusamu bakari mi tatematuri nasa baya."
 to kikoye tamaha ba, ika ni obosu ni ka to, kokoro-uku te,
 "Hito-tokoro wo nomi ya ha, sate yo ni hate tamahe to ha, kikoye tamahi kem. Haka-bakasiku mo ara nu mi no usirometasa ha, kazu sohi taru yau ni koso, obosa re ta'meri sika. Kokoro-bosoki ohom-nagusame ni ha, kaku asa-yuhu ni mi tatematuru yori, ika naru kata ni ka."
 to, nama-uramesiku omohi tamahi ture ba, geni to, itohosiku te,
 "Naho, kore kare, utate higa-higasiki mono ni ihi omohu beka'meru ni tuke te, omohi midare haberu zo ya!"
 to, ihi-sasi tamahi tu.

 [2-3 薫は帰らず、大君、苦悩す]
暮れゆくに、客人は帰りたまはず。姫宮、いとむつかしと思す。弁参りて、御消息ども聞こえ伝へて、怨みたまふをことわりなるよしを、つぶつぶと聞こゆれば、いらへもしたまはず、うち嘆きて、
「いかにもてなすべき身にかは。一所おはせましかば、ともかくも、さるべき人に扱はれたてまつりて、宿世といふなる方につけて、身を心ともせぬ世2158なれば、皆例のことにてこそは、人笑へなる咎をも隠すなれ。ある限りの人は年積もり、さかしげにおのがじしは思ひつつ、心をやりて、似つかはしげなることを聞こえ知らすれど、こは、はかばかしきことかは。人めかしからぬ心どもにて、ただ一方に言ふにこそは」
と見たまへば、引き動かしつばかり聞こえあへるも、いと心憂く疎ましくて、動ぜられたまはず。同じ心に何ごとも語らひきこえたまふ中の宮は、かかる筋には、今すこし心も得ずおほどかにて、何とも聞き入れたまはねば、「あやしくもありける身かな」と、ただ奥ざまに向きておはすれば、
「例の色の御衣どもたてまつり替へよ」
など、そそのかしきこえつつ、皆、さる心すべかめるけしきを、あさましく、「げに、何の障り所かはあらむ。ほどもなくて、かかる御住まひのかひなき、山梨の花2159ぞ」、逃れむ方なかりける。
客人は、かく顕証に、これかれにも口入れさせず、「忍びやかに、いつありけむことともなくもてなしてこそ」と思ひそめたまひけることなれば、
「御心許したまはずは、いつもいつも、かくて過ぐさむ」
と思しのたまふを、この老い人の、おのがじし語らひて、顕証にささめき、さは言へど、深からぬけに、老いひがめるにや、いとほしくぞ見ゆる。

 [2-3 薫は帰らず、大君、苦悩す]
日が暮れて行くのに、客人はお帰りにならない。姫宮は、とても困ったことだとお思いになる。弁が参って、ご挨拶などをもお伝え申し上げて、お恨みになるのもごもっともなことを、こまごまと申し上げると、お返事もなさらず、お嘆きになって、
「どのように振る舞ったらよいものか。どちらかの親が生きていらっしゃったら、どうなるにせよ、親からお世話され申して、運命というものにつけても、思い通りにならない世の中なので、すべてよくあることとして、物笑いの非難も隠れるというもの。仕えている女房は皆年をとり、賢そうに自分自身では思いながら、いい気になって、お似合いのご縁だと言い聞かせるが、これが、しっかりしたことだろうか。一人前でもない考えで、ただ勝手に言っているばかりだ」
とお考えになると、引き動かさんばかりにお勧め申し上げ合うのも、まことにつらく嫌な感じがして、従う気になれない。同じ気持ちで何事もご相談申し上げなさる中の宮は、このような結婚に関する話題には、もう少しご存知なくおっとりして、何ともお分かりでないので、「変わった身の上だわ」と、ただ奥の方に向いていらっしゃるので、
「いつもの服装にお召し替えなさいませ」
などと、お勧め申し上げながら、皆、お目にかからせようという考えのようなので、あきれて、「なるほど、何の支障があるだろうか。手狭な所で、このようなご生活の仕方ない、山梨の花」、逃げることもできないのであった。
客人は、こうあからさまに、誰それにも口を出させず、「こっそりと、いつから始まったともなく運びたい」と初めからお考えになっていたことなので、
「お許しくださらないならば、いつもいつも、このようにして過ごそう」
とお考えになりおっしゃるが、この老女が、それぞれと相談しあって、あからさまにささやき、そうは言っても、浅はかで老いのひがみからか、お気の毒に見える。

 [2-3 Kaoru will not to leave the room, Ohoi-kimi has an anguished time]
 Kure-yuku ni, Mara-uto ha kaheri tamaha zu. Hime-Miya, ito mutukasi to obosu. Ben mawiri te, ohom-seusoko-domo kikoye tutahe te, urami tamahu wo kotowari naru yosi wo, tubu-tubu to kikoyure ba, irahe mo si tamaha zu, uti-nageki te,
 "Ika ni motenasu beki mi ni ka ha. Hito-tokoro ni ohase masika ba, to-mo kaku-mo, saru beki hito ni atukaha re tatematuri te, sukuse to ihu naru kata ni tuke te, mi wo kokoro to mo se nu yo nare ba, mina rei no koto ni te koso ha, hito warahe naru toga wo mo kakusu nare. Aru kagiri no hito ha tosi tumori, sakasige ni onogazisi ha omohi tutu, kokoro wo yari te, nitukahasige naru koto wo kikoye sirasure do, ko ha, haka-bakasiki koto ka ha! Hito-mekasikara nu kokoro-domo ni te, tada hito-kata ni ihu ni koso ha."
 to mi tamahe ba, hiki-ugokasitu bakari kikoye ahe ru mo, ito kokoro-uku utomasiku te, dou-ze rare tamaha zu. Onazi kokoro ni nani-goto mo katarahi kikoye tamahu Naka-no-Miya ha, kakaru sudi ni ha, ima sukosi kokoro mo e zu ohodoka ni te, nani to mo kiki-ire tamaha ne ba, "Ayasiku mo ari keru mi kana!" to, tada oku-zama ni muki te ohasure ba,
 "Rei no iro no ohom-zo-domo tatematuri kahe yo."
 nado, sosonokasi kikoye tutu, mina, saru kokoro su beka'meru kesiki wo, asamasiku, "Geni, nani no sahari-dokoro ka ha ara m. Hodo mo naku te, kakaru ohom-sumahi no kahi naki, yamanasi no hana zo", nogare m kata nakari keru.
 Mara-uto ha, kaku keseu ni, kore kare ni mo kuti ire sase zu, "Sinobiyaka ni, itu ari kem koto to mo naku motenasi te koso." to omohi some tamahi keru koto nare ba,
 "Mi-kokoro yurusi tamaha zu ha, itu-mo itu-mo, kaku te sugusa m."
 to obosi notamahu wo, ko no Oyi-bito no, onogazisi katarahi te, keseu ni sasameki, sa ha ihe do, hukakara nu ke ni, oyi higame ru ni ya, itohosiku zo miyuru.

 [2-4 大君、弁と相談する]
姫宮、思しわづらひて、弁が参れるにのたまふ。
「年ごろも、人に似ぬ御心寄せとのみのたまひわたりしを聞きおき、今となりては、よろづに残りなく頼みきこえて、あやしきまでうちとけにたるを、思ひしに違ふさまなる御心ばへの混じりて、恨みたまふめるこそわりなけれ。世に人めきてあらまほしき身ならば、かかる御ことをも、何かはもて離れても思はまし。
されど、昔より思ひ離れそめたる心にて、いと苦しきを。この君の盛り過ぎたまはむも口惜し。げに、かかる住まひも、ただこの御ゆかりに所狭くのみおぼゆるを、まことに昔を思ひきこえたまふ心ざしならば、同じことに思ひなしたまへかし。身を分けたる心のうちは皆ゆづりて、見たてまつらむ心地なむすべき。なほ、かうやうによろしげに聞こえなされよ」
と、恥ぢらひたるものから、あるべきさまをのたまひ続くれば、いとあはれと見たてまつる。
「さのみこそは、さきざきも御けしきを見たまふれば、いとよく聞こえさすれど、さはえ思ひ改むまじ、兵部卿宮の御恨み、深さまさるめれば、またそなたざまに、いとよく後見きこえむ、となむ聞こえたまふ。それも思ふやうなる御ことどもなり。二所ながらおはしまして、ことさらに、いみじき御心尽くしてかしづききこえさせたまはむに、えしも、かく世にありがたき御ことども、さし集ひたまはざらまし。
かしこけれど、かくいとたつきなげなる御ありさまを見たてまつるに、いかになり果てさせたまはむと、うしろめたく悲しくのみ見たてまつるを、後の御心は知りがたけれど、うつくしくめでたき御宿世どもにこそおはしましけれとなむ、かつがつ思ひきこゆる。
故宮の御遺言違へじと思し召すかたはことわりなれど、それは、さるべき人のおはせず、品ほどならぬことやおはしまさむと思して、戒めきこえさせたまふめりしにこそ。
この殿の、さやうなる心ばへものしたまはましかば、一所をうしろやすく見おきたてまつりて、いかにうれしからましと、折々のたまはせしものを。ほどほどにつけて、思ふ人に後れたまひぬる人は、高きも下れるも、心の外に、あるまじきさまにさすらふたぐひだにこそ多くはべるめれ。
それ皆例のことなめれば、もどき言ふ人もはべらず。まして、かくばかり、ことさらにも作り出でまほしげなる人の御ありさまに、心ざし深くありがたげに聞こえたまふを、あながちにもて離れさせたまうて、思しおきつるやうに、行ひの本意を遂げたまふとも、さりとて雲霞をやは2160」
など、すべてこと多く申し続くれば、いと憎く心づきなしと思して、ひれ臥したまへり。

 [2-4 大君、弁と相談する]
姫宮、お困りになって、弁が参ったのでおっしゃる。
「長年、世間の人と違ったご好意とばかりおっしゃっていたのを聞いており、今となっては、何でもすっかりお頼み申して、不思議なほど親しくしていたのですが、思っていたのと違ったお気持ちがおありで、お恨みになるらしいのは困ったことです。世間の人のように夫を持ちたい身の上ならば、このような縁談も、どうしてお断りなどしましょう。
けれども、昔から思い捨てていた考えなので、とてもつらいことです。この妹君が盛りをお過ぎになるのも残念です。なるほど、このような住まいも、ただこの君のためにも不都合にばかり思われますが、ほんとうに亡き宮をお思い出し申し上げるお気持ちならば、同じようにお考えになってください。身を分けた妹に心の中はすべて譲って、お世話申し上げたい気がするのです。やはり、このようによろしく申し上げてくださいね」
と、恥ずかしがっているが、望んでいることをおっしゃり続けたので、まことにおいたわしいと拝する。
「そのようにばかりは、以前にもご様子を拝見しておりますので、とてもよく申し上げましたが、そのようにはお考え改めることはできず、兵部卿宮のお恨みの、深さが増すようなので、またそれはそれで、とても十分にご後見申し上げたい、と申されています。それも願ってもないことです。ご両親がお揃いで、特別に、たいそうお心をこめてお育て申し上げなさるにしましても、とても、このようにめったにないご縁談ばかりも、続いて来ないでしょう。
恐れ多いことですが、このようにとても頼りなさそうなご様子を拝見すると、果てはどのようにおなりあそばすのだろうかと、不安で悲しくばかり拝見していますが、将来のお心は分かりませんけれど、お二方ともご立派で素晴らしいご運勢でいらっしゃったのだと、何はともあれお思い申し上げます。
故宮のご遺言に背くまいとお考えあそばすのはごもっともなことですが、それは、婿にふさわしい方がいらっしゃらず、身分の不釣合なことがおありだろうとお考えになって、ご忠告申し上げなさったようなのではございませんか。
この殿の、そのようなお気持ちがおありでしたら、お一方を安心してお残し申せて、どんなに嬉しいことだろうと、時々おっしゃっていました。身分相応に、愛する人に先立たれなさった人は、身分の高い人も低い人も、思いの他に、とんでもない姿でさすらう例さえ多くあるようです。
それはみな憂き世の常のようですので、非難する人もございません。まして、これほどに、特別に誂えたような方のご様子で、ご愛情も深くめったにないように求婚申し上げなさるのを、むやみに振り切りなさって、お考えおいていたように、出家の本願をお遂げなさったとしても、そうかといって雲や霞を食べて生きらえましょうか」
などと、総じて言葉数多く申し上げ続けると、とても憎く気にくわないとお思いになって、うつ伏しておしまいになった。

 [2-4 Ohoi-kimi talks with Ben]
 Hime-Miya, obosi wadurahi te, Ben ga mawire ru ni notamahu.
 "Tosi-goro mo, hito ni ni nu mi-kokoro-yose to nomi notamahi watari si wo kiki-oki, ima to nari te ha, yorodu ni nokori naku tanomi kikoye te, ayasiki made utitoke ni taru wo omohi si ni tagahu sama naru mi-kokoro-bahe no maziri te, urami tamahu meru koso wari nakere. Yo ni hito-meki te ara-mahosiki mi nara ba, kakaru ohom-koto wo mo, nani ka ha mote-hanre te mo omoha masi.
 Saredo, mukasi yori omohi hanare some taru kokoro ni te, ito kurusiki wo! Ko no Kimi no sakari sugi tamaha m mo kutiwosi. Geni, kakaru sumahi mo, tada ko no ohom-yukari ni tokoro-seku nomi oboyuru wo, makoto ni mukasi wo omohi kikoye tamahu kokorozasi nara ba, onazi koto ni omohi-nasi tamahe kasi. Mi wo wake taru kokoro no uti ha mina yuduri te, mi tatematura m kokoti nam su beki. Naho, kau yau ni yorosige ni kikoye nasa re yo."
 to, hadirahi taru mono kara, aru beki sama wo notamahi tudukure ba, ito ahare to mi tatematuru.
 "Sa nomi koso ha, saki-zaki mo mi-kesiki wo mi tamahure ba, ito yoku kikoye-sasure do, sa ha e omohi aratamu mazi, Hyaubukyau-no-Miya no ohom-urami, hukasa masaru mere ba, mata sonata zama ni, ito yoku usiro-mi kikoye m, to nam kikoye tamahu. Sore mo omohu yau naru ohom-koto-domo nari. Huta-tokoro nagara ohasimasi te, kotosara ni, imiziki mi-kokoro tukusi te kasiduki kikoye sase tamaha m ni, e si mo, kaku yo ni arigataki ohom-koto-domo, sasi-tudohi tamaha zara masi.
 Kasikokere do, kaku ito tatuki nage naru ohom-arisama wo mi tatematuru ni, ika ni nari hate sase tamaha m to, usirometaku kanasiku nomi mi tatematuru wo, noti no mi-kokoro ha siri gatakere do, utukusiku medetaki ohom-sukuse-domo ni koso ohasimasi kere to nam, katu-gatu omohi kikoyuru.
 Ko-Miya no ohom-yuigon tagahe zi to obosi-mesu kata ha kotowari nare do, sore ha, saru beki hito no ohase zu, sina hodo nara nu koto ya ohasimasa m to obosi te, imasime kikoye sase tamahu meri si ni koso.
 Ko no Tono no, sayau naru kokorobahe monosi tamaha masika ba, hito-tokoro wo usiro-yasuku mi-oki tatematuri te, ika ni uresikara masi to, wori-wori notamaha se si mono wo. Hodo ni tuke te, omohu hito ni okure tamahi nuru hito ha, takaki mo kudare ru mo, kokoro no hoka ni, aru maziki sama ni sasurahu taguhi dani koso ohoku haberu mere.
 Sore mina rei no koto na'mere ba, modoki ihu hito mo habera zu. Masite, kaku bakari, kotosara ni mo tukuri-ide mahosige naru hito no ohom-arisama ni, kokorozasi hukaku arigatage ni kikoye tamahu wo, anagati ni mote-hanare sase tamau te, obosi-oki turu yau ni, okonahi no hoi wo toge tamahu to mo, sari tote kumo kasumi wo ya ha."
 nado, subete koto ohoku mausi tudukure ba, ito nikuku kokoro-duki-nasi to obosi te, hire-husi tamahe ri.

 [2-5 大君、中の君を残して逃れる]
中の宮も、あいなくいとほしき御けしきかなと、見たてまつりたまひて、もろともに例のやうに大殿籠もりぬ。うしろめたく、いかにもてなさむ、とおぼえたまへど、ことさらめきて、さし籠もり隠ろへたまふべきものの隈だになき御住まひなれば、なよよかにをかしき御衣、上にひき着せたてまつりたまひて、まだけはひ暑きほどなれば、すこしまろび退きて臥したまへり。
弁は、のたまひつるさまを客人に聞こゆ。「いかなれば、いとかくしも世を思ひ離れたまふらむ。聖だちたまへりしあたりにて、常なきものに思ひ知りたまへるにや」と思すに、いとどわが心通ひておぼゆれば、さかしだち憎くもおぼえず。
「さらば、物越などにも、今はあるまじきことに思しなるにこそはあなれ。今宵ばかり、大殿籠もるらむあたりにも、忍びてたばかれ」
とのたまへば、心して、人疾く静めなど、心知れるどちは思ひ構ふ。
宵すこし過ぐるほどに、風の音荒らかにうち吹くに、「はかなきさまなる蔀などは、ひしひしと紛るる音に、人の忍びたまへる振る舞ひは、え聞きつけたまはじ」と思ひて、やをら導き入る。
同じ所に大殿籠もれるを、うしろめたしと思へど、常のことなれば、「ほかほかにともいかが聞こえむ。御けはひをも、たどたどしからず見たてまつり知りたまへらむ」と思ひけるに、うちもまどろみたまはねば、ふと聞きつけたまて、やをら起き出でたまひぬ。いと疾くはひ隠れたまひぬ。
何心もなく寝入りたまへるを、いといとほしく、いかにするわざぞと、胸つぶれて、もろともに隠れなばやと思へど、さもえ立ち返らで、わななくわななく見たまへば、火のほのかなるに、袿姿にて、いと馴れ顔に、几帳の帷を引き上げて入りぬるを、いみじくいとほしく、「いかにおぼえたまはむ」と思ひながら、あやしき壁の面に、屏風を立てたるうしろの、むつかしげなるにゐたまひぬ。
「あらましごとにてだに、つらしと思ひたまへりつるを、まいて、いかにめづらかに思し疎まむ」と、いと心苦しきにも、すべてはかばかしき後見なくて、落ちとまる身どもの悲しきを思ひ続けたまふに、今はとて山に登りたまひし夕べの御さまなど、ただ今の心地して、いみじく恋しく悲しくおぼえたまふ。

 [2-5 大君、中の君を残して逃れる]
中の宮も、ひとごとながらおいたわしいご様子だわと、拝見なさって、一緒にいつものようにお寝みになった。気がかりで、どのように対処しようか、と思われなさるが、わざとらしく引き籠もって身をお隠しになる物蔭さえないお住まいなので、柔らかく美しい御衣を、上にお掛け申し上げなさって、まだ暑いころなので、少し寝返りして臥せっていらっしゃった。
弁は、おっしゃったことを客人に申し上げる。「どうして、ほんとにこのように結婚を思い断っていらっしゃるのだろう。聖めいていらした方の側にいて、無常をお悟りになったのか」とお思いになると、ますます自分の心と似通っていると思われるので、利口ぶった憎い女とも思われない。
「それでは、物越しに会うのでも、今はとんでもないこととお考えなのですね。今夜だけは、お寝みになっている所に、こっそりと手引きせよ」
とおっしゃるので、気をつけて、他の女房を早く寝静めたりして、事情を知っている者同志は手筈をととのえる。
宵を少し過ぎたころに、風の音が荒々しく吹くと、「頼りない邸の蔀などは、きしきしと鳴る紛らわしい音に、人がこっそり入っていらっしゃる音は、お聞きつけになるまい」と思って、静かに手引きして入れる。
同じ所にお寝みなっているのを、不安だと思うが、いつものことなので、「別々にとはどうして申し上げられよう。ご様子も、はっきりとお見知り申していらっしゃるだろう」と思ったが、少しもお眠りになることもできないので、ふと足音を聞きつけなさって、そっと起き出しておしまいになった。とても素早く這ってお隠れになった。
無心に寝ていらっしゃるのを、とてもお気の毒に、どのようにするのかと、胸がどきりとして、一緒に隠れたいと思うが、そのように立ち戻ることもできず、震えながら御覧になると、灯火がほのかに明るい中に、袿姿で、いかにも馴れ馴れしく、几帳の帷子を引き上げて中に入ったのを、ひどくおいたわしくて、「どのようにお思いになっているだろう」と思いながら、粗末な壁の面に、屏風を立てた背後の、むさ苦しい所にお座りになった。
「将来の心積もりとして話しただけでも、つらいと思っていらっしゃったのを、まして、どんなに心外にお疎みになるだろう」と、とてもおいたわしく思うにつけても、すべてしっかりした後見もいなくて、落ちぶれている二人の身の上の悲しさを思い続けなさると、今を限りと山寺にお入りになった父宮の夕方のお姿などが、まるで今のような心地がして、ひどく恋しく悲しく思われなさる。

 [2-5 Ohoi-kimi slips out of the room leaving her sister Nakanokimi]
 Naka-no-Miya mo, ainaku itohosiki mi-kesiki kana to, mi tatematuri tamahi te, morotomo ni rei no yau ni ohotono-gomori nu. Usirometaku, ika ni motenasa m, to oboye tamahe do, kotosara meki te, sasi-komori kakurohe tamahu beki mono no kuma dani naki ohom-sumahi nare ba, nayoyoka ni wokasiki ohom-zo, uhe ni hiki-kise tatematuri tamahi te, mada kehahi atuki hodo nare ba, sukosi marobi noki te husi tamahe ri.
 Ben ha, notamahi turu sama wo Mara-uto ni kikoyu. "Ika nare ba, ito kaku si mo yo wo omohi hanare tamahu ram. Hiziri-dati tamahe ri si atari ni te, tune naki mono ni omohi-siri tamahe ru ni ya?" to obosu ni, itodo waga kokoro kayohi te oboyure ba, sakasi-dati nikuku mo oboye zu.
 "Sara ba, mono-gosi nado ni mo, ima ha aru maziki koto ni obosi naru ni koso ha a'nare. Koyohi bakari, ohotono-gomoru ram atari ni mo, sinobi te tabakare."
 to notamahe ba, kokoro-si te, hito toku sidume nado, kokoro sire ru doti ha omohi kamahu.
 Yohi sukosi suguru hodo ni, kaze no oto araraka ni uti-huku ni, "Hakanaki sama naru sitomi nado ha, hisi-hisi to magiruru oto ni, hito no sinobi tamahe ru hurumahi ha, e kiki-tuke tamaha zi." to omohi te, yawora mitibiki iru.
 Onazi tokoro ni ohotono-gomore ru wo, usirometasi to omohe do, tune no koto nare ba, "Hoka-hoka ni to mo ikaga kikoye m? Ohom-kehahi wo mo, tadotadosikara zu mi tatematuri siri tamahe ra m." to omohi keru ni, uti mo madoromi tamaha ne ba, huto kiki-tuke tama te, yawora oki ide tamahi nu. Ito toku hahi-kakure tamahi nu.
 Nani-gokoro mo naku ne-iri tamahe ru wo, ito itohosiku, ika ni suru waza zo to, mune tubure te, morotomo ni kakure na baya to omohe do, sa mo e tati-kahera de, wananaku wananaku mi tamahe ba, hi no honoka naru ni, utiki-sugata ni te, ito nare-gaho ni, kityau no katabira wo hiki-age te iri nuru wo, imiziku itohosiku, "Ika ni oboye tamaha m?" to omohi nagara, ayasiki kabe no tura ni, byaubu wo tate taru usiro no, mutukasige naru ni wi tamahi nu.
 "Aramasi-goto ni te dani, turasi to omohi tamahe ri turu wo, maite, ika ni meduraka ni obosi utoma m." to, ito kokoro-gurusiki ni mo, subete haka-bakasiki usiromi naku te, oti-tomaru mi-domo no kanasiki wo omohi tuduke tamahu ni, ima ha tote yama ni nobori tamahi si yuhube no ohom-sama nado, tada ima no kokoti si te, imiziku kohisiku kanasiku oboye tamahu.

 [2-6 薫、相手を中の君と知る]
中納言は、独り臥したまへるを、心しけるにやとうれしくて、心ときめきしたまふに、やうやうあらざりけりと見る。「今すこしうつくしくらうたげなるけしきはまさりてや」とおぼゆ。
あさましげにあきれ惑ひたまへるを、「げに、心も知らざりける」と見ゆれば、いといとほしくもあり、またおし返して、隠れたまへらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ、これをもよそのものとはえ思ひ放つまじけれど、なほ本意の違はむ、口惜しくて、
「うちつけに浅かりけりともおぼえたてまつらじ。この一ふしは、なほ過ぐして、つひに、宿世逃れずは、こなたざまにならむも、何かは異人のやうにやは」
と思ひ覚まして、例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かしたまひつ。
老い人どもは、しそしつと思ひて、
「中の宮、いづこにかおはしますらむ。あやしきわざかな」
と、たどりあへり。
「さりとも、あるやうあらむ」
など言ふ。
「おほかた例の、見たてまつるに皺のぶる心地して、めでたくあはれに見まほしき御容貌ありさまを、などて、いともて離れては聞こえたまふらむ。何か、これは世の人の言ふめる、恐ろしき神ぞ、憑きたてまつりたらむ」
と、歯はうちすきて、愛敬なげに言ひなす女あり。また、
「あな、まがまがし。なぞのものか憑かせたまはむ。ただ、人に遠くて、生ひ出でさせたまふめれば、かかることにも、つきづきしげにもてなしきこえたまふ人もなくおはしますに、はしたなく思さるるにこそ。今おのづから見たてまつり馴れたまひなば、思ひきこえたまひてむ」
など語らひて、
「とくうちとけて、思ふやうにておはしまさなむ」
と言ふ言ふ寝入りて、いびきなど、かたはらいたくするもあり。
 逢ふ人からにもあらぬ秋の夜2161なれど、ほどもなく明けぬる心地して、いづれと分くべくもあらずなまめかしき御けはひを、人やりならず飽かぬ心地して、
「あひ思せよ。いと心憂くつらき人の御さま、見習ひたまふなよ」
など、後瀬を契りて2162出でたまふ。我ながらあやしく夢のやうにおぼゆれど、なほつれなき人の御けしき、今一たび見果てむの心に、思ひのどめつつ、例の、出でて臥したまへり。

 [2-6 薫、相手を中の君と知る]
中納言は、独り臥していらっしゃるのを、そのつもりでいたのかと嬉しくなって、心をときめかしなさると、だんだんと違った人であったと分かる。「もう少し美しくかわいらしい感じが勝っていようか」と思われる。
驚いてあきれていらっしゃるのを、「なるほど、事情を知らなかったのだ」と見えるので、とてもお気の毒でもあり、また思い返しては、隠れていらっしゃる方の冷淡さが、ほんとうに情けなく悔しいので、この人をも他人のものにはしたくないが、やはりもともとの気持ちと違ったのが、残念で、
「一時の浅い気持ちだったとは思われ申すまい。この場は、やはりこのまま過ごして、結局、運命から逃れられなかったら、こちらの宮と結ばれるのも、どうしてまったくの他人でもないし」
と気を静めて、例によって、風情ある優しい感じでお話して夜をお明かしになった。
老女連中は、十分にうまくいったと思って、
「中の宮は、どこにいらっしゃるのだろう。不思議なことだわ」
と、探し合っていた。
「いくら何でも、どこかにいらっしゃるだろう」
などと言う。
「総じていつも、拝見すると皺の延びる気がして、素晴らしく立派でいつまでも拝見していたいご器量や態度を、どうして、とてもよそよそしくお相手申し上げていらっしゃるのだろう。何ですか、これは世間の人が言うような、恐ろしい神様が、お憑き申しているのでしょうか」
と、歯は抜けて、憎たらしく言う女房がいる。また、
「まあ、縁起でもない。どんな魔物がお憑きになっているものですか。ただ、世間離れして、お育ちになったようですから、このようなことでも、ふさわしくとりなして差し上げなさる人もなくていらっしゃるので、体裁悪く思わずにはいらっしゃれないのでしょう。そのうち自然と拝しお馴れなさったら、きっとお慕い申し上げなさるでしょう」
などと話して、
「すぐにうちとけて、理想的な生活におなりになってほしい」
と言いながら寝入って、いびきなどを、きまり悪いくらいにする者もいる。
逢いたい人と過ごしたのではない秋の夜であるが、間もなく明けてしまう気がして、どちらとも区別することもできない優美なご様子を、自分自身でも物足りない気がして、
「あなたも愛してください。とても情けなくつらいお方のご様子を、真似なさいますな」
などと、後の逢瀬を約束してお出になる。自分ながら妙に夢のように思われるが、やはり冷たい方のお気持ちを、もう一度見極めたいとの気で、気持ちを落ち着けながら、いつものように、出て来てお臥せりになった。

 [2-6 Kaoru sees that the woman is not Ohoi-kimi but Nakanokimi]
 Tiunagon ha, hitori husi tamahe ru wo, kokoro si keru ni ya to uresiku te, kokoro-tokimeki si tamahu ni, yau-yau ara zari keri to miru. "Ima sukosi utukusiku rautage naru kesiki ha masari te ya?" to oboyu.
 Asamasige ni akire madohi tamahe ru wo, "Geni, kokoro mo sira zari keru." to miyure ba, ito itohosiku mo ari, mata osi-kahesi te, kakure tamahe ra m turasa no, mameyaka ni kokoro-uku netakere ba, kore wo mo yoso no mono to ha e omohi hanatu mazikere do, naho hoi no tagaha m, kutiwosiku te,
 "Utituke ni asakari keri to mo oboye tatematura zi. Ko no hito-husi ha, naho sugusi te, tuhi ni, sukuse nogare zu ha, konata zama ni nara m mo, nani ka ha koto-bito no yau ni ya ha."
 to omohi-samasi te, rei no, wokasiku natukasiki sama ni katarahi te akasi tamahi tu.
 Oyi-bito-domo ha, sisosi tu to omohi te,
 "Naka-no-Miya, iduko ni ka ohasimasu ram? Ayasiki waza kana!"
 to, tadori ahe ri.
 "Sari to mo, aru yau ara m."
 nado ihu.
 "Ohokata rei no, mi tatematuru ni siwa noburu kokoti si te, medetaku ahare ni m imahosiki ohom-katati arisama wo, nado te, ito mote-hanare te ha kikoye tamahu ram. Nani ka, kore ha yo no hito no ihu meru, osorosiki kami zo, tuki tatematuri tara m."
 to, ha ha uti-suki te, aigyau nage ni ihi-nasu womna ari. Mata,
 "Ana, maga-magasi. Nazo no mono ka tuka se tamaha m. Tada, hito ni tohoku te, ohi-ide sase tamahu mere ba, kakaru koto ni mo, tuki-dukisige ni motenasi kikoye tamahu hito mo naku ohasimasu ni, hasitanaku obosa ruru ni koso. Ima onodukara mi tatematuri nare tamahi na ba, omohi kikoye tamahi te m."
 nado katarahi te,
 "Toku utitoke te, omohu yau ni te ohasimasa nam."
 to ihu ihu ne-iri te, ibiki nado, kataharaitaku suru mo ari.
 Ahu hito kara ni mo ara nu aki no yo nare do, hodo mo naku ake nuru kokoti si te, idure to waku beku mo ara zu namamekasiki ohom-kehahi wo, hito-yari nara zu aka nu kokoti si te,
 "Ahi obose yo. Ito kokoro-uku turaki hito no ohom-sama, mi-narahi tamahu na yo."
 nado, notise wo tigiri te ide tamahu. Ware nagara ayasiku yume no yau ni oboyure do, naho turenaki hito no mi-kesiki, ima hito-tabi mi-hate m no kokoro ni, omohi nodome tutu, rei no, ide te husi tamahe ri.

 [2-7 翌朝、それぞれの思い]
弁参りて、
「いとあやしく、中の宮は、いづくにかおはしますらむ」
と言ふを、いと恥づかしく思ひかけぬ御心地に、「いかなりけむことにか」と思ひ臥したまへり。昨日のたまひしことを思し出でて、姫宮をつらしと思ひきこえたまふ。
明けにける光につきてぞ、壁の中のきりぎりす2163這ひ出で2164たまへる。思すらむことのいといとほしければ、かたみにものも言はれたまはず。
「ゆかしげなく、心憂くもあるかな。今より後も、心ゆるび2165すべくもあらぬ世にこそ」
と思ひ乱れたまへり。
弁はあなたに参りて、あさましかりける御心強さを聞きあらはして、「いとあまり深く、人憎かりけること」と、いとほしく思ひほれゐたり。
「来し方のつらさは、なほ残りある心地して、よろづに思ひ慰めつるを、今宵なむ、まことに恥づかしく、身も投げつべき心地2166する。捨てがたく落としおきたてまつりたまへりけむ心苦しさを思ひきこゆる方こそ、また、ひたぶるに、身をもえ思ひ捨つまじけれ。かけかけしき筋は、いづ方にも思ひきこえじ。憂きもつらきも、かたがたに忘られたまふまじくなむ。
宮などの、恥づかしげなく聞こえたまふめるを、同じくは心高く、と思ふ方ぞ異にものしたまふらむ、と心得果てつれば、いとことわりに恥づかしくて。また参りて、人びとに見えたてまつらむこともねたくなむ。よし、かくをこがましき身の上、また人にだに漏らしたまふな」
と、怨じおきて、例よりも急ぎ出でたまひぬ。「誰が御ためもいとほしく」と、ささめきあへり。

 [2-7 翌朝、それぞれの思い]
弁が参って、
「ほんとうに不思議に、中の宮は、どこにいらっしゃるのだろう」
と言うのを、とても恥ずかしく思いがけないお気持ちで、「どうしたことであったのか」と思いながら横になっていらっしゃった。昨日おっしゃったことをお思い出しになって、姫宮をひどい方だとお思い申し上げなさる。
すっかり明けた光を頼りにして、壁の中のこおろぎすが這い出しなさった。恨んでいらっしゃるだろうことがとてもお気の毒なので、お互いに何もおっしゃれない。
「奥ゆかしげもなく、情けないことだわ。今から後は、油断できないものだわ」
と思い乱れていらっしゃった。
弁はあちらに参って、あきれはてたお気の強さをすっかり聞いて、「まことにあまりにも思慮が深く、かわいげがないこと」と、気の毒に思い呆然としていた。
「今までのつらさは、まだ望みの持てる気がして、いろいろと慰めていたが、昨夜は、ほんとうに恥ずかしく、身を投げてしまいたい気がする。お見捨てがたい気持ちで遺していかれたおいたわしさをお察し申し上げるのは、また、一途に、わが身を捨てることもできません。好色がましい気持ちは、どちらにもお思い申していません。悲しさも苦しさも、それぞれお忘れになられたくなく思います。
宮などが、立派にお手紙を差し上げなさるようですが、同じことなら気位高く、という考えが別におありなのだろう、と納得がいきましたので、まことにごもっともで恥ずかしくて。再び参上して、あなた方にお目にかかることもしゃくでね。よし、このように馬鹿らしい身の上を、また他人にお漏らしなさいますな」
と、恨み言をいって、いつもより急いでお出になった。「どなたにとってもお気の毒で」と、ささやき合っていた。

 [2-7 Next morning, sisters and Kaoru think about their mind]
 Ben mawiri te,
 "Ito ayasiku, Naka-no-Miya ha, iduku ni ka ohasimasu ram?"
 to ihu wo, ito hadukasiku omohi-kake nu mi-kokoti ni, "Ika nari kem koto ni ka?" to omohi husi tamahe ri. Kinohu notamahi si koto wo obosi-ide te, Hime-Miya wo turasi to omohi kikoye tamahu.
 Ake ni keru hikari ni tuki te zo, kabe no naka no kirigirisu hahi-ide tamahe ru. Obosu ram koto no ito itohosikere ba, katami ni mono mo iha re tamaha zu.
 "Yukasige naku, kokoro-uku mo aru kana! Ima yori noti mo, kokoro-yurubi su beku mo ara nu yo ni koso."
 to omohi midare tamahe ri.
 Ben ha anata ni mawiri te, asmasikari keru mi-kokoro-duyosa wo kiki arahasi te, "Ito amari hukaku, hito nikukari keru koto!" to, itohosiku omohi-hore wi tari.
 "Kisi-kata no turasa ha, naho nokori aru kokoti si te, yorodu ni omohi nagusame turu wo, koyohi nam, makoto ni hadukasiku, mi mo nage tu beki kokoti suru. Sute gataku otosi oki tatematuri kem kokoro-gurusisa wo omohi kikoyuru kata koso, mata, hitaburu ni, mi wo mo e omohi sutu mazikere. Kake-kakesiki sudi ha, idu-kata ni mo omohi kikoye zi. Uki mo turaki mo, kata-gata ni wasura re tamahu maziku nam.
 Miya nado no, hadukasige naku kikoye tamahu meru wo, onaziku ha kokoro-takaku, to omohu kata zo koto ni monosi tamahu ram, to kokoro-e hate ture ba, ito kotowari ni hadukasiku te. Mata mawiri te, hito-bito ni miye tatematura m koto mo netaku nam. Yosi, kaku wokogamasiki mi-no-uhe, mata hito ni dani morasi tamahu na."
 to, en-zi oki te, rei yori mo isogi ide tamahi nu. "Taga ohom-tame mo itohosiku." to, sasameki ahe ri.

 [2-8 薫と大君、和歌を詠み交す]
姫君も、「いかにしつることぞ、もしおろかなる心2167ものしたまはば」と、胸つぶれて心苦しければ、すべて、うちあはぬ人びとのさかしら、憎しと思す。さまざま思ひたまふに、御文あり。例よりはうれしとおぼえたまふも、かつはあやし。秋のけしきも知らず顔に、青き枝の、片枝いと濃く紅葉ぢたるを、
「おなじ枝を分きて染めける山姫に
いづれか深き色と問はばや」
さばかり怨みつるけしきも、言少なにことそぎて、おし包みたまへるを、「そこはかとなくもてなしてやみなむとなめり」と見たまふも、心騷ぎて見る。
かしかましく、「御返り」と言へば、「聞こえたまへ」と譲らむも、うたておぼえて、さすがに書きにくく思ひ乱れたまふ。
「山姫の染むる心はわかねども
移ろふ方や深きなるらむ」
ことなしびに書きたまへるが、をかしく見えければ、なほえ怨じ果つまじくおぼゆ。
「身を分けてなど、譲りたまふけしきは、たびたび見えしかど、うけひかぬにわびて構へたまへるなめり。そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、情けなきものに思ひおかれて、いよいよはじめの思ひかなひがたくやあらむ。
とかく言ひ伝へなどすめる老い人の思はむところも軽々しく、とにかくに心を染めけむだに悔しく、かばかりの世の中を思ひ捨てむの心に、みづからもかなはざりけり」
と、人悪ろく思ひ知らるるを、まして、
「おしなべたる好き者のまねに、同じあたり返すがへす漕ぎめぐらむ、いと人笑へ2168なる棚無し小舟2169めきたるべし」
など、夜もすがら思ひ明かしたまひて、まだ有明の空もをかしきほどに、兵部卿宮の御方に参りたまふ。

 [2-8 薫と大君、和歌を詠み交す]
姫君も、「どうしたことだ、もしいい加減な気持ちがおありだったら」と、胸が締めつけられるように苦しいので、何もかも、考えの違う女房のおせっかいを、憎らしいとお思いになる。いろいろとお考えになっているところに、お手紙がある。いつもより嬉しく思われなさるのも、一方ではおかしなことである。秋の様子も知らないふりして、青い枝で、片一方はたいそう色濃く紅葉したのを、
「同じ枝を分けて染めた山姫を
どちらが深い色と尋ねましょうか」
あれほど恨んでいた様子も、言葉少なく簡略にして、包んでいらっしゃるが、「何ともなしにうやむやにして済ますようだ」と御覧になるのも、心騷ぎして見る。
やかましく、「お返事を」と言うので、「差し上げなさい」と譲るのも、嫌な気がして、そうは言え書きにくく思い乱れなさる。
「山姫が染め分ける心はわかりませんが
色変わりしたほうに深い思いを寄せているのでしょう」
さりげなくお書きになっていたが、おもしろく見えたので、やはり恨みきれず思われる。
「身を分けてなどと、お譲りになる様子は、度々見えたが、承知しないのに困って企てなさったようだ。その効もなく、このように何の変化ないのもお気の毒で、情けない人と思われて、ますます当初からの思いがかないがたいだろう。
あれこれと仲立ちなどするような老女が思うところも軽々しく、結局のところ思慕したことさえ後悔され、このような世の中を思い捨てようとの考えに、自分自身もかなわなかったことよ」
と、体裁悪く思い知られるのに、それ以上に、
「世間にありふれた好色者の真似して、同じ人を繰り返し付きまとわるのも、まことに物笑いな棚無し小舟みたいだろう」
などと、一晩中思いながら夜を明かしなさって、まだ有明の空も風情あるころに、兵部卿宮のお邸に参上なさる。

 [2-8 Kaoru and Ohoi-kimi compose and exchange waka]
 Hime-Gimi mo, "Ika ni si turu koto zo, mosi oroka naru kokoro monosi tamaha ba." to, mune tubure te kokoro-kurusikere ba, subete, uti-aha nu hito-bito no sakasira, nikusi to obosu. Sama-zama omohi tamahu ni, ohom-humi ari. Rei yori ha uresi to oboye tamahu mo, katu ha ayasi. Aki no kesiki mo sira-zu-gaho ni, awoki eda no, kata-e ito koku momidi taru wo,
 "Onazi e wo waki te some keru yama-hime ni
 idure ka hukaki iro to toha baya
"
 Sabakari urami turu kesiki mo, koto sukuna ni kotosogi te, osi-tutumi tamahe ru wo, "Sokohakatonaku motenasi te yami na m to na'meri." to mi tamahu mo, kokoro-sawagi te miru.
 Kasikamasiku, "Ohom-kaheri." to ihe ba, "Kikoye tamahe." to yudura m mo, utate oboye te, sasuga ni kaki nikuku omohi midare tamahu.
 "Yama-hime no somuru kokoro ha waka ne domo
 uturohu kata ya hukaki naru ram
"
 Kotonasibi ni kaki tamahe ru ga, wokasiku miye kere ba, naho e wen-zi hatu maziku oboyu.
 "Mi wo wake te nado, yuduri tamahu kesiki ha, tabi-tabi miye sika do, ukehika nu ni wabi te kamahe tamahe ru na'meri. So no kahi naku, kaku turenakara m mo itohosiku, nasake-naki mono ni omohi-oka re te, iyo-iyo hazime no omohi kanahi gataku ya ara m.
 Tokaku ihi tutahe nado su meru Oyi-bito no omoha m tokoro mo karo-garosiku, to-ni kaku-ni kokoro wo some kem dani kuyasiku, kabakari no yononaka wo omohi-sute m no kokoro ni, midukara mo kanaha zari keri."
 to, hito-waroku omohi sira ruru wo, masite,
 "Osinabe taru suki-mono no mane ni, onazi atari kahesu-gahesu kogi-megura m, ito hito-warahe naru tana-nasi wo-bune meki taru besi."
 nado, yomosugara omohi-akasi tamahi te, mada ariake no sora mo wokasiki hodo ni, Hyaubukyau-no-Miya no ohom-kata ni mawiri tamahu.

 3 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚 [3-1 薫、匂宮を訪問]
三条宮焼けにし後は、六条院にぞ移ろひたまへれば、近くては常に参りたまふ。宮も、思すやうなる御心地したまひけり。紛るることなくあらまほしき御住まひに、御前の前栽、他のには似ず、同じ花の姿も、木草のなびきざまも、ことに見なされて、遣水に澄める月の影さへ、絵に描きたるやうなるに、思ひつるもしるく起きおはしましけり。
風につきて吹き来る匂ひの、いとしるくうち薫るに、ふとそれとうち驚かれて、御直衣たてまつり、乱れぬさまに引きつくろひて出でたまふ。
階を昇りも果てず、ついゐたまへれば、「なほ、上に」などものたまはで、高欄によりゐたまひて、世の中の御物語聞こえ交はしたまふ。かのわたりのことをも、もののついでには2170思し出でて、「よろづに恨みたまふも、わりなしや。みづからの心にだにかなひがたきを」と思ふ思ふ、「さもおはせなむ」と思ひなるやうのあれば、例よりはまめやかに、あるべきさまなど申したまふ。
明けぐれのほど、あやにくに霧りわたりて、空のけはひ冷やかなるに、月は霧に隔てられて、木の下も暗くなまめきたり。山里のあはれなるありさま2171思ひ出でたまふにや、
「このころのほどは、かならず後らかしたまふな」
と語らひたまふを、なほ、わづらはしがれば、
「女郎花咲ける大野をふせぎつつ
心せばくやしめを結ふらむ」
と戯れたまふ。
「霧深き朝の原の女郎花2172
心を寄せて見る人ぞ見る
なべてやは」
など、ねたましきこゆれば、
「あな、かしかまし2173」
と、果て果ては腹立ちたまひぬ。
年ごろかくのたまへど、人の御ありさまをうしろめたく思ひしに、「容貌なども見おとしたまふまじく推し量らるる、心ばせの近劣りするやうもや」などぞ、あやふく思ひわたりしを、「何ごとも口惜しくはものしたまふまじかめり」と思へば、かの、いとほしく、うちうちに思ひたばかりたまふありさまも違ふやうならむも、情けなきやうなるを、さりとて、さはたえ思ひ改むまじくおぼゆれば、譲りきこえて、「いづ方の恨みをも負はじ」など、下に思ひ構ふる心をも知りたまはで、心せばくとりなしたまふもをかしけれど、
「例の、軽らかなる御心ざまに、もの思はせむこそ、心苦しかるべけれ」
など、親方になりて聞こえたまふ。
「よし、見たまへ。かばかり心にとまることなむ、まだなかりつる」
など、いとまめやかにのたまへば、
「かの心どもには、さもやとうちなびきぬべきけしきは見えずなむはべる。仕うまつりにくき宮仕えにこそはべるや」
とて、おはしますべきやうなど、こまかに聞こえ知らせたまふ。

 3 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚 [3-1 薫、匂宮を訪問]
三条宮邸が焼けた後は、六条院に移っていらっしゃったので、近くていつも参上なさる。宮も、お望みどおりの思いでいらっしゃるのであった。雑事にかまけることもなく理想的なお住まいなので、お庭先の前栽が、他の所のとは違って、同じ花の恰好も、木や草の枝ぶりも、格別に思われて、遣水に澄んで映る月の光までが、絵に描いたようなところに、予想どおりに起きておいでになった。
風に乗って吹いてくる匂いが、たいそうはっきりと薫っているので、ふとその人と気がついて、お直衣をお召しになり、きちんとした姿に整えてお出ましになる。
階を昇り終えず、かしこまりなさっていると、「どうぞ、上に」などともおっしゃらず、高欄に寄りかかりなさって、世間話をし合いなさる。あの辺りのことも、何かの機会にはお思い出しになって、「いろいろとお恨みになるのも無理な話である。自分自身の思いさえかないがたいのに」と思いながら、「そうなってくれればいい」と思うようなことがあるので、いつもよりは真面目に、打つべき手などを申し上げなさる。
明け方の薄暗いころ、折悪く霧がたちこめて、空の感じも冷え冷えと感じられ、月は霧に隔てられて、木の下も暗く優美な感じである。山里のしみじみとした様子をお思い出しになったのであろうか、
「近々のうちに、必ず置いておきなさるな」
とお頼みなさるのを、相変わらず、うるさがりそうにするので、
「女郎花が咲いている大野に人を入れまいと
どうして心狭く縄を張り廻らしなさるのか」
と冗談をおっしゃる。
「霧の深い朝の原の女郎花は
深い心を寄せて知る人だけが見るのです
並の人には」
などと、悔しがらせなさると、
「ああ、うるさいことだ」
と、ついにはご立腹なさった。
長年このようにおっしゃるが、どのような方か気がかりに思っていたが、「器量などもがっかりなさることもないと推量されるが、気立てが思ったほどでないかも知れない」などと、ずっと心配に思っていたが、「何事も失望させるようなところはおありでないようだ」と思うと、あの、おいたわしくも、胸の中にお計らいになった様子と違うようなのも、思いやりがないようだが、そうかといって、そのようにまた考えを改めがたく思われるので、お譲り申し上げて、「どちらの恨みも負うまい」などと、心の底に思っている考えをご存知なくて、心狭いとおとりになるのも面白いけれど、
「いつもの、軽々しいご気性で、物思いをさせるのは、気の毒なことでしょう」
などと、親代わりになって申し上げなさる。
「よし、御覧ください。これほど心にとまったことは、まだなかった」
などと、実に真面目におっしゃるので、
「あのお二方の心には、それならと承知したような様子には見えませんでした。お仕えしにくい宮仕えでございます」
と言って、お出ましになる時の注意などを、こまごまと申し上げなさる。

 3 Tale of Nakanokimi Nakanokimi gets married to Nionomiya [3-1 Kaoru visits to Nionomiya's residence]
 Samdeu-no-miya yake ni si noti ha, Rokudeu-no-win ni zo uturohi tamahe re ba, tikaku te ha tune ni mawiri tamahu. Miya mo, obosu yau naru mi-kokoti si tamahi keri. Magiruru koto naku aramahosiki ohom-sumahi ni, o-mahe no sensai, hoka no ni ha ni zu, onazi hana no sugata mo, ki kusa no nabiki zama mo, koto ni mi-nasa re te, yarimidu ni sume ru tuki no kage sahe, we ni kaki taru yau naru ni, omohi turu mo siruku oki ohasimasi keri.
 Kaze ni tuki te huki kuru nihohi no, ito siruku uti kaworu ni, huto sore to uti-odoroka re te, ohom-nahosi tatematuri, midare nu sama ni hiki-tukurohi te ide tamahu.
 Hasi wo nobori mo hate zu, tui wi tamahe re ba, "Naho, uhe ni." nado mo notamaha de, kauran ni yori wi tamahi te, yononaka no ohom-monogatari kikoye kahasi tamahu. Kano watari no koto wo mo, mono no tuide ni ha obosi-ide te, "Yorodu ni urami tamahu mo, wari nasi ya! Midukara no kokoro ni dani kanahi gataki wo." to omohu omohu, "Sa mo ohase nam." to omohi naru yau no are ba, rei yori ha mameyaka ni, aru beki sama nado mausi tamahu.
 Ake-gure no hodo, ayaniku ni kiri watari te, sora no kehahi hiyayaka naru ni, tuki ha kiri ni hedate rare te, ko no sita mo kuraku namameki tari. Yama-zato no ahare naru arisama omohi-ide tamahu ni ya,
 "Ko no koro no hodo ha, kanara-zu okurakasi tamahu na."
 to katarahi tamahu wo, naho, wadurahasigare ba,
 "Wominahesi sake ru oho-no wo husegi tutu
 kokoro-sebaku ya sime wo yuhu ram
"
 to tahabure tamahu.
 "Kiri hukaki asita no hara no wominahesi
 kokoro wo yose te miru hito zo miru

 Nabete ya ha."
 nado, netamasi kikoyure ba,
 "Ana, kasikamasi!"
 to, hate hate ha hara-dati tamahi nu.
 Tosi-goro kaku notamahe do, hito no ohom-arisama wo usirometaku omohi si ni, "Katati nado mo mi otosi tamahu maziku osihakara ruru, kokoro-base no tika-otori suru yau mo ya?" nado zo, ayahuku omohi watari si wo, "Nani-goto mo kutiwosiku ha monosi tamahu mazika meri." to omohe ba, ka no, itohosiku, uti-uti ni omohi tabakari tamahu arisama mo tagahu yau nara m mo, nasake naki yau naru wo, sari tote, sa hata e omohi aratamu maziku oboyure ba, yuduri kikoye te, "Idu-kata no urami wo mo oha zi." nado, sita ni omohi kamahuru kokoro wo mo siri tamaha de, kokoro-sebaku torinasi tamahu mo wokasikere do,
 "Rei no, karoraka naru mi-kokoro-zama ni, mono omoha se m koso, kokoro-gurusikaru bekere."
 nado, oya-gata ni nari te kikoye tamahu.
 "Yosi, mi tamahe. Kabakari kokoro ni tomaru koto nam, mada nakari turu."
 nado, ito mameyaka ni notamahe ba,
 "Ka no kokoro-domo ni ha, sa mo ya to uti-nabiki nu beki kesiki ha miye zu nam haberu. Tukau-maturi nikuki miya-dukahe ni koso haberu ya!"
 tote, ohasimasu beki yau nado, komaka ni kikoye sira setamahu.

 [3-2 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う]
二十八日の、彼岸の果てにて、吉き日なりければ、人知れず心づかひして、いみじく忍びて率てたてまつる。后の宮など聞こし召し出でては、かかる御ありきいみじく制しきこえたまへば、いとわづらはしきを、切に思したることなれば、さりげなくともて扱ふも、わりなくなむ。
舟渡りなども所狭ければ、ことことしき御宿りなども、借りたまはず、そのわたりいと近き御庄の人の家に、いと忍びて、宮をば下ろしたてまつりたまひて、おはしぬ。見とがめたてまつるべき人もなけれど、宿直人はわづかに出でてありくにも、けしき知らせじとなるべし。
「例の、中納言殿おはします」とて経営しあへり。君たちなまわづらはしく聞きたまへど、「移ろふ方異に匂はしおきてしかば」と、姫宮思す。中の宮は、「思ふ方異なめりしかば、さりとも」と思ひながら、心憂かりしのちは、ありしやうに姉宮をも思ひきこえたまはず、心おかれてものしたまふ。
何やかやと御消息のみ聞こえ通ひて、いかなるべきことにかと、人びとも心苦しがる。
宮をば、御馬にて、暗き紛れにおはしまさせたまひて、弁召し出でて、
「ここもとに、ただ一言聞こえさすべきことなむはべるを、思し放つさま見たてまつりてしに、いと恥づかしけれど、ひたや籠もりにては、えやむまじきを、今しばし更かしてを、ありしさまには導きたまひてむや」
など、うらもなく語らひたまへば、「いづ方にも同じことにこそは」など思ひて参りぬ。

 [3-2 彼岸の果ての日、薫、匂宮を宇治に伴う]
二十八日が、彼岸の終わりの日で、吉日だったので、こっそりと準備して、ひどく忍んでお連れ申し上げる。后宮などがお聞きあそばしては、このようなお忍び歩きを厳しくお禁じ申し上げなさっているので、まことに厄介であるが、たってのお望みのことなので、気づかれないようにとお世話するのも、大変なことである。
舟で渡ったりするのも大げさなので、仰々しいお邸なども、お借りなさらず、その辺りの特に近い御庄の人の家に、たいそうこっそりと、宮をお下ろし申し上げなさって、いらっしゃた。お気づき申すような人もいないが、宿直人は形ばかり外に出て来るにつけても、様子を知らせまいというのであろう。
「いつもの、中納言殿がおいでです」と準備に回る。姫君たちは何となくわずらわしくお聞きになるが、「心を変えていただくように言っておいたから」と、姫宮はお思いになる。中の宮は、「思う相手はわたしではないようだから、いくら何でも」と思いながら、嫌な事があってから後は、今までのように姉宮をお信じ申し上げなさらず、用心していらっしゃる。
何やかやとご挨拶ばかりを差し上げなさって、どのようになることかと、女房たちも気の毒がっている。
宮には、お馬で、闇に紛れてお出ましいただいて、弁を召し出して、
「こちらに、ただ一言申し上げねばならないことがございますが、お嫌いなさった様子を拝見してしまったので、まことに恥ずかしいが、いつまでも引き籠もっていられそうにないので、もう暫く夜が更けてから、以前のように手引きしてくださいませんか」
などと、率直にお頼みになると、「どちらであっても同じことだから」などと思って参上した。

 [3-2 At the last day of the equinoctiial week, Kaoru visits to Uji with Nionomiya]
 Nizihu-hati niti no, higan no hate ni te, yoki hi nari kere ba, hito sire zu kokoro-dukahi si te, imiziku sinobi te wi te tatematuru. Kisai-no-Miya nado kikosimesi ide te ha, kakaru ohom-ariki imiziku sei-si kikoye tamahe ba, ito wadurahasiki wo, seti ni obosi taru koto nare ba, sarige naku to mote-atukahu mo, wari naku nam.
 Huna-watari nado mo tokoro-sekere ba, koto-kotosiki ohom-yadori nado mo, kari tamaha zu, sono watari ito tikaki mi-sau no hito no ihe ni, ito sinobi te, Miya wo ba orosi tatematuri tamahi te, ohasi nu. Mi togame tatematuru beki hito mo nakere do, tonowi-bito ha waduka ni ide te ariku ni mo, kesiki sira se zi to naru besi.
 "Rei no, Tiunagon-dono ohasimasu." tote keimei-si ahe ri. Kimi-tati nama-wadurahasiku kiki tamahe do, "Uturohu kata koto ni nihohasi oki te sika ba." to, Hime-Miya obosu. Naka-no-Miya ha, "Omohu kata koto na'meri sika ba, sari to mo." to omohi nagara, kokoro-ukari si noti ha, ari si yau ni Ane-Miya wo mo omohi kikoye tamaha zu, kokoro-oka re te monosi tamahu.
 Nani-ya ka-ya to ohom-seusoko nomi kikoye kayohi te, ika naru beki koto ni ka to, hito-bito mo kokoro-gurusigaru.
 Miya wo ba, ohom-uma ni te, kuraki magire ni ohasimasa se tamahi te, Ben mesi-ide te,
 "Koko-moto ni, tada hito-koto kikoye-sasu beki koto nam haberu wo, obosi-hanatu sama mi tatematuri te si ni, ito hadukasikere do, hitaya-gomori ni te ha, e yamu maziki wo, ima sibasi hukasi te wo, ari si sama ni ha mitibiki tamahi te m ya?"
 nado, ura mo naku katarahi tamahe ba, "Idu-kata ni mo onazi koto ni koso ha." nado omohi te mawiri nu.

 [3-3 薫、中の君を匂宮にと企む]
「さなむ」と聞こゆれば、「さればよ、思ひ移りにけり」と、うれしくて心落ちゐて、かの入りたまふべき道にはあらぬ廂の障子を、いとよくさして、対面したまへり。
「一言聞こえさすべきが、また人聞くばかりののしらむはあやなきを、いささか開けさせたまへ。いといぶせし」
と聞こえさせたまへど、
「いとよく聞こえぬべし」
とて、開けたまはず。「今はと移ろひなむを、ただならじとて言ふべきにや。何かは、例ならぬ対面にもあらず、人憎くいらへで、夜も更かさじ」など思ひて、かばかりも出でたまへるに、障子の中より御袖を捉へて引き寄せて、いみじく怨むれば、「いとうたてもあるわざかな。何に聞き入れつらむ」と、悔しくむつかしけれど2174、「こしらへて出だしてむ」と思して、異人と思ひわきたまふまじきさまに、かすめつつ語らひたまへる心ばへなど、いとあはれなり。
宮は、教へきこえつるままに、一夜の戸口に寄りて、扇を鳴らしたまへば、弁も参りて導ききこゆ。さきざきも馴れにける道のしるべ、をかしと思しつつ入りたまひぬるをも、姫宮は知りたまはで、「こしらへ入れてむ」と思したり。
をかしくもいとほしくもおぼえて、うちうちに心も知らざりける恨みおかれむも、罪さりどころなき心地すべければ、
「宮の慕ひたまひつれば、え聞こえいなびで、ここにおはしつる。音もせでこそ、紛れたまひぬれ。このさかしだつめる人や、語らはれたてまつりぬらむ。中空に人笑へにもなりはべりぬべきかな」
とのたまふに、今すこし思ひよらぬことの、目もあやに心づきなくなりて、
「かく、よろづにめづらかなりける御心のほども知らで、言ふかひなき心幼さも見えたてまつりにけるおこたりに、思しあなづるにこそは」
と、言はむ方なく思ひたまへり。

 [3-3 薫、中の君を匂宮にと企む]
「これこれです」と申し上げると、「そうであったか、思いが変わったのだわ」と、嬉しくなって心が落ち着き、あのお入りになる道ではない廂の障子を、しっかりと施錠して、お会いなさった。
「一言申し上げねばならないが、また女房に聞こえるような大声を出すのは具合が悪いから、少しお開けくださいませ。まことにうっとうしい」
と申し上げなさるが、
「とてもよく聞こえましょう」
と言って、お開けにならない。「今はもう心が変わったのを、挨拶なしではと思って言うのであろうか。何の、今初めてお会いするのでもないし、不愛想に黙っていないで、夜を更かすまい」などと思って、そのもとまでお出になったが、障子の間からお袖を捉えて引き寄せて、ひどく恨むので、「ほんとに嫌なことだわ。どうして言うことを聞いたのだろう」と、悔やまれ厄介だが、「なだめすかして向こうへ行かせよう」とお考えになって、自分同様にお思いくださるように、それとなくお話なさる心配りなど、まことにいじらしい。
宮は、教え申し上げたとおり、先夜の戸口に近寄って、扇を鳴らしなさると、弁が参ってお導き申し上げる。先々も物馴れした道案内を、面白いとお思いになりながらお入りになったのを、姫宮はご存知なく、「言いなだめて入れよう」とお思いになっていた。
おかしくもお気の毒にも思われて、内々にまったく知らなかったことを恨まれるのも、弁解の余地のない気がするにちがいないので、
「宮が後をついていらしたので、お断りするのもできず、ここにいらっしゃいました。音も立てずに、紛れ込みなさった。この利口ぶった女房は、頼み込まれ申したのだろう。中途半端で物笑いにもなってしまいそうだな」
とおっしゃるので、今一段と意外な話で、目も眩むばかり嫌な気になって、
「このように、万事変なことを企みなさるお方とも知らず、何ともいいようのない思慮の浅さをお見せ申してしまった至らなさから、馬鹿にしていらっしゃるのですね」
と、何とも言いようもなく後悔していらっしゃった。

 [3-3 Kaoru plans that Nionomiya gets married to Nakanomiya]
 "Sa nam." to kikoyure ba, "Sare ba yo, omohi uturi ni keri." to, uresiku te kokoro oti wi te, ka no iri tamahu beki miti ni ha ara nu hisasi no sauzi wo, ito yoku sasi te, taimen si tamahe ri.
 "Hito-koto kikoye-sasu beki ga, mata hito kiku bakari nonosira m ha ayanaki wo, isasaka ake sase tamahe. Ito ibusesi."
 to kikoye sase tamahe do,
 "Ito yoku kikoye nu besi."
 tote, ake tamaha zu. "Ima ha to uturohi na m wo, tada nara zi tote ihu beki ni ya? Nani ka ha, rei nara nu taimen ni mo ara zu, hito nikuku irahe de, yo mo hukasa zi." nado omohi te, kabakari mo ide tamahe ru ni, sauzi no naka yori ohom-sode wo torahe te hiki-yose te, imiziku uramure ba, "Ito utate mo aru waza kana! Nani ni kiki-ire tu ram?" to, kuyasiku mutukasikere do, "Kosirahe te idasi te m." to obosi te, koto-bito to omohi-waki tamahu maziki sama ni, kasume tutu katarahi tamahe ru kokoro-bahe nado, ito ahare nari.
 Miya ha, wosihe kikoye turu mama ni, hito-yo no to-guti ni yori te, ahugi wo narasi tamahe ba, Ben mo mawiri te mitibiki kikoyu. Saki-zaki mo nare ni keru miti no sirube, wokasi to obosi tutu iri tamahi nuru wo mo, Hime-Miya ha siri tamaha de, "Kosirahe ire te m." to obosi tari.
 Wokasiku mo itohosiku mo oboye te, uti-uti ni kokoro mo sira zari keru urami-oka re m mo, tumi sari dokoro naki kokoti su bekere ba,
 "Miya no sitahi tamahi ture ba, e kikoye inabi de, koko ni ohasi turu. Oto mo se de koso, magire tamahi nure. Ko no sakasi-datu meru hito ya, kataraha re tatematuri nu ram. Naka-zora ni hito-warahe ni mo nari haberi nu beki kana!"
 to notamahu ni, ima sukosi omohi-yora nu koto no, me mo aya ni kokoro-duki-naku nari te,
 "Kaku, yorodu ni meduraka nari keru mi-kokoro no hodo mo sira de, ihu-kahi naki kokoro-wosanasa mo miye tatematuri ni keru okotari ni, obosi anaduru ni koso ha."
 to, iha m kata naku omohi tamahe ri.

 [3-4 薫、大君の寝所に迫る]
「今は言ふかひなし。ことわりは、返すがへす聞こえさせてもあまりあらば、抓みもひねらせたまへ。やむごとなき方に思しよるめるを、宿世などいふめるもの、さらに心にかなはぬものにはべるめれば、かの御心ざしは異にはべりけるを、いとほしく思ひたまふるに、かなはぬ身こそ、置き所なく心憂くはべりけれ。
なほ、いかがはせむに思し弱りね。この御障子の固めばかり、いと強きも、まことにもの清く推し量りきこゆる人もはべらじ。しるべと誘ひたまへる人の御心にも、まさにかく2175胸ふたがりて、明かすらむとは、思しなむや2176」
とて、障子をも引き破りつべきけしきなれば、言はむ方なく心づきなけれど、こしらへむと思ひしづめて、
「こののたまふ筋、宿世といふらむ方は、目にも見えぬことにて、いかにもいかにも思ひたどられず。知らぬ涙のみ霧りふたがる心地2177してなむ。こはいかにもてなしたまふぞと、夢のやうにあさましきに、後の世の例に言ひ出づる人もあらば、昔物語2178などに、をこめきて作り出でたるもののたとひにこそは、なりぬべかめれ。かく思し構ふる心のほどをも、いかなりけるとかは推し量りたまはむ。
なほ、いとかく、おどろおどろしく心憂く、な取り集め2179惑はしたまひそ。心より外にながらへば、すこし思ひのどまりて聞こえむ。心地もさらにかきくらすやうにて、いと悩ましきを、ここにうち休まむ。許したまへ」
と、いみじくわびたまへば、さすがにことわりをいとよくのたまふが、心恥づかしくらうたくおぼえて、
「あが君、御心に従ふことのたぐひなければこそ、かくまでかたくなしくなりはべれ。言ひ知らず憎く疎ましきものに思しなすめれば、聞こえむ方なし。いとど世に跡とむべくなむおぼえぬ」とて、「さらば、隔てながらも、聞こえさせむ。ひたぶるに、なうち捨てさせたまひそ」
とて、許したてまつりたまへれば、這ひ入りて、さすがに、入りも果てたまはぬを、いとあはれと思ひて、
「かばかりの御けはひを慰めにて、明かしはべらむ。ゆめ、ゆめ」
と聞こえて、うちもまどろまず、いとどしき水の音に目も覚めて、夜半のあらしに、山鳥の心地2180して、明かしかねたまふ。

 [3-4 薫、大君の寝所に迫る]
「今はもう言ってもしかたありません。お詫びの言い訳は、何度申し上げても足りなければ、抓ねるでも捻るでもなさってください。高貴な方をお思いのようですが、運命などというようなものは、まったく思うようにいかないものでございますので、あの方のご執心は別のお方にございましたのを、お気の毒に存じられますが、思いのかなわないわが身こそ、置き場もなく情けのうございます。
やはり、どうにもならぬこととお諦めください。この障子の錠ぐらいが、どんなに強くとも、ほんとうに潔癖であったと推察いたす人もございますまい。案内人としてお誘いになった方のご心中にも、ほんとうにこのように胸を詰まらせて、夜を明かしていようとは、お思いになるでしょうか」
と言って、障子を引き破ってしまいそうな様子なので、何ともいいようもなく不愉快だが、なだめすかそうと落ち着いて、
「そのおっしゃる方面のこと、運命というものは、目にも見えないものなので、どのようにもこのようにも分かりません。行く先の知れない涙ばかり曇る心地がします。これはどのようになさるおつもりかと、夢のように驚いていますが、後世に話の種として言い出す人があったら、昔物語などに、馬鹿な話として作り出した話の例に、なってしまいそうです。このようにお企みになったお心のほどを、どうしてだったのかとご推察なさるでしょう。
やはり、とてもこのように、恐ろしいほどの辛い思いを、たくさんさせてお迷わしなさいますな。思いの外に生き永らえたたら、少し気が落ち着いてからお相手申し上げましょう。気分も真暗な気になって、とても苦しいが、ここで少し休みます。お放しください」
と、ひどく困っていらっしゃるので、それでも道理を尽くしておっしゃるのが、気恥ずかしくいたわしく思われて、
「あなた様、お気持ちに添うことを類なく思っているので、こんなにまで馬鹿者のようになっております。何とも言えないくらい憎み疎んじていらっしゃるようなので、申し上げようもありません。ますますこの世に跡を残すことも思われません」と言って、「それでは、物を隔てたままですが、申し上げさせていただきましょう。一途に、お捨てあそばしなさいますな」
と言って、お放し申されたので、奥に這い入って、とはいっても、すっかりお入りになってしまうこともできないのを、まことにいたわしく思って、
「これだけのおもてなしを慰めとして、夜を明かしましょう。決して、決して」
と申し上げて、少しもまどろまず、激しい水の音に目も覚めて、夜半の嵐に、山鳥のような気がして、夜を明かしかねなさる。

 [3-4 Kaoru slips into Ohoi-kimi's bedroom again]
 "Ima ha ihu-kahi nasi. Kotowari ha, kahesu-gahesu kikoye sase te mo amari ara ba, tumi mo hinera se tamahe. Yamgotonaki kata ni obosi-yoru meru wo, sukuse nado ihu meru mono, sarani kokoro ni kanaha nu mono ni haberu mere ba, kano mi-kokorozasi ha koto ni haberi keru wo, itohosiku omohi tamahuru ni, kanaha nu mi koso, oki-dokoro naku kokoro-uku haberi kere.
 Naho, ikaga ha se m ni obosi yowari ne. Ko no mi-sauzi no katame bakari, ito tuyoki mo, makoto ni mono-giyoku osihakari kikoyuru hito mo habera zi. Sirube to izanahi tamahe ru hito no mi-kokoro ni mo, masa ni kaku mune hutagari te, akasu ram to ha, obosi na m ya!"
 tote, sauzi wo mo hiki-yaburi tu beki kesiki nare ba, iha m kata naku kokoro-duki-nakere do, kosirahe m to omohi sidume te,
 "Ko no notamahu sudi, sukuse to ihu ram kata ha, me ni mo miye nu koto ni te, ika ni mo ika ni mo omohi tadora re zu. Sira nu namida nomi kiri hutagaru kokoti si te nam. Ko ha ika ni motenasi tamahu zo to, yume no yau ni asamasiki ni, noti no yo no tamesi ni ihi-iduru hito mo ara ba, mukasi-monogatari nado ni, wokomeki te tukuri-ide taru mono no tatohi ni koso ha, nari nu beka'mere. Kaku obosi kamahuru kokoro no hodo wo mo, ika nari keru to ka ha osihakari tamaha m.
 Naho, ito kaku, odoro-odorosiku kokoro-uku, na tori-atume madohasi tamahi so. Kokoro yori hoka ni nagarahe ba, sukosi omohi nodomari te kikoye m. Kokoti mo sarani kaki-kurasu yau ni te, ito nayamasiki wo, koko ni uti-yasuma m. Yurusi tamahe."
 to, imiziku wabi tamahe ba, sasuga ni kotowari wo ito yoku notamahu ga, kokoro-hadukasiku rautaku oboye te,
 "A ga-Kimi, mi-kokoro ni sitagahu koto no taguhi nakere ba koso, kaku made katakunasiku nari habere. Ihi-sira zu nikuku utomasiki mono ni obosi-nasu mere ba, kikoye m kata nasi. Itodo yo ni ato tomu beku nam oboye nu." tote, "Sara ba, hedate nagara mo, kikoye sase m. Hitaburu ni, na uti-sute sase tamahi so."
 tote, yurusi tatematuri tamahe re ba, hahi-iri te, sasuga ni, iri mo hate tamaha nu wo, ito ahare to omohi te,
 "Kabakari no ohom-kehahi wo nagusame ni te, akasi habera m. Yume, yume."
 to kikoye te, uti mo madoroma zu, itodosiki midu no oto ni me mo same te, yoha no arasi ni, yama-dori no kokoti si te, akasi-kane tamahu.

 [3-5 薫、再び実事なく夜を明かす]
例の、明け行くけはひに、鐘の声など聞こゆ。「いぎたなくて出でたまふべきけしきもなきよ」と、心やましく、声づくりたまふも、げにあやしきわざなり。
「しるべせし我やかへりて惑ふべき
心もゆかぬ明けぐれの道2181
かかる例、世にありけむや」
とのたまへば、
「かたがたにくらす心を思ひやれ
人やりならぬ道に惑はば」
と、ほのかにのたまふを、いと飽かぬ心地すれば、
「いかに、こよなく隔たりてはべるめれば、いとわりなうこそ」
など、よろづに怨みつつ、ほのぼのと明けゆくほどに、昨夜の方より出でたまふなり。いとやはらかに振る舞ひなしたまへる匂ひなど、艶なる御心げさうには、言ひ知らずしめたまへり。ねび人どもは、いとあやしく心得がたく思ひ惑はれけれど、「さりとも悪しざまなる御心あらむやは」と慰めたり。
暗きほどにと、急ぎ帰りたまふ。道のほども、帰るさはいとはるけく思されて、心安くもえ行き通はざらむことの、かねていと苦しきを、「夜をや隔てむ2182」と思ひ悩みたまふなめり。まだ人騒がしからぬ朝のほどにおはし着きぬ。廊に御車寄せて下りたまふ。異やうなる女車のさまして隠ろへ入りたまふに、皆笑ひたまひて、
「おろかならぬ宮仕への御心ざしとなむ思ひたまふる」
と申したまふ。しるべのをこがましさも、いと妬くて、愁へもきこえたまはず。

 [3-5 薫、再び実事なく夜を明かす]
いつもの、明けゆく様子に、鐘の音などが聞こえる。「眠っていてお出になるような様子もないな」と、妬ましくて、咳払いなさるのも、なるほど妙なことである。
「道案内をしたわたしがかえって迷ってしまいそうです
満ち足りない気持ちで帰る明け方の暗い道を
このような例は、世間にあったでしょうか」
とおっしゃると、
「それぞれに思い悩むわたしの気持ちを思ってみてください
自分勝手に道にお迷いならば」
と、かすかにおっしゃるのを、まことに物足りない気がするので、
「何とも、すっかり隔てられているようなので、まことに堪らない気持ちです」
などと、いろいろと恨みながら、ほのぼのと明けてゆくころに、昨夜の方角からお出になる様子である。たいそう柔らかく振る舞っていらっしゃる所作など、色めかしいお心用意から、何ともいえないくらい香をたきこめていらっしゃった。老女連中は、まことに妙に合点がゆかず戸惑っていたが、「そうはいっても悪いようにはなさるまい」と慰めていた。
暗いうちにと、急いでお帰りになる。道中も、帰途はたいそう遥か遠く思われなさって、気軽に行き来できそうにないことが、今からとてもつらいので、「夜を隔てられようか」と思い悩んでいらっしゃるようである。まだ人が騒々しくならない朝のうちにお着きになった。廊にお車を寄せてお下りになる。異様な女車の恰好をしてこっそりとお入りになるにつけても、皆お笑いになって、
「いい加減でない宮仕えのお気持ちと存じます」
と申し上げなさる。道案内の馬鹿らしさを、まことに悔しいので、愚痴を申し上げるお気にもならない。

 [3-5 It becomes morning without sexual relation between Kaoru and Ohoi-kimi again]
 Rei no, ake-yuku kehahi ni, kane no kowe nado kikoyu. "Igitanaku te ide tamahu beki kesiki mo naki yo." to, kokoro-yamasiku, kowa-dukuri tamahu mo, geni ayasiki waza nari.
 "Sirube se si ware ya kaheri te madohu beki
 kokoro-yuka nu ake-gure no miti

 Kakaru tamesi, yo ni ari kem ya?"
 to notamahe ba,
 "Kata-gata ni kurasu kokoro wo omohi-yare
 hito-yari nara nu miti ni madoha ba
"
 to, honoka ni notamahu wo, ito aka nu kokoti sure ba,
 "Ika ni, koyonaku hedatari te haberu mere ba, ito wari nau koso."
 nado, yorodu ni urami tutu, hono-bono to ake-yuku hodo ni, yobe no kata yori ide tamahu nari. Ito yaharaka ni hurumahi nasi tamahe ru nihohi nado, en naru ohom-kokoro-gesau ni ha, ihi-sira zu sime tamahe ri. Nebi-bito-domo ha, ito ayasiku kokoro-e gataku omohi madoha re kere do, "Sari to mo asi-zama naru mi-kokoro ara m ya ha." to nagusame tari.
 Kuraki hodo ni to, isogi kaheri tamahu. Miti no hodo mo, kaheru-sa ha ito harukeku obosa re te, kokoro-yasuku mo e yuki-kayoha zara m koto no, kane te ito kurusiki wo, "Yo wo ya hedate m" to omohi nayami tamahu na'meri. Mada hito sawagasikara nu asita no hodo ni ohasi tuki nu. Rau ni mi-kuruma yose te ori tamahu. Koto yau naru womna-guruma no sama si te kakurohe iri tamahu ni, mina warahi tamahi te,
 "Oroka nara nu miya-dukahe no mi-kokorozasi to nam omohi tamahuru."
 to mausi tamahu. Sirube no wokogamasisa mo, ito netaku te, urehe mo kikoye tamaha zu.

 [3-6 匂宮、中の君へ後朝の文を書く]
宮は、いつしかと御文たてまつりたまふ。山里には、誰も誰もうつつの心地したまはず、思ひ乱れたまへり。さまざまに思し構へけるを、「色にも出だしたまはざりけるよ」と、疎ましくつらく、姉宮をば思ひきこえたまひて、目も見合はせたてまつりたまはず。知らざりしさまをも、さはさはとは、えあきらめたまはで、ことわりに心苦しく思ひきこえたまふ。
人びとも、「いかにはべりしことにか」など、御けしき見たてまつれど、思しほれたるやうにて、頼もし人のおはすれば、「あやしきわざかな」と思ひあへり。御文もひき解きて見せたてまつりたまへど、さらに起き上がりたまはねば、「いと久しくなりぬ」と御使わびけり。
「世の常に思ひやすらむ露深き
道の笹原分けて来つるも」
書き馴れたまへる墨つきなどの、ことさらに艶なるも、おほかたにつけて見たまひしは、をかしくおぼえしを、うしろめたくもの思はしくて、我さかし人にて聞こえむも、いとつつましければ、まめやかに、あるべきやうを、いみじくせめて書かせたてまつりたまふ。
紫苑色の細長一襲に、三重襲の袴具して賜ふ。御使苦しげに思ひたれば、包ませて、供なる人になむ贈らせたまふ。ことことしき御使にもあらず、例たてまつれたまふ上童なり。ことさらに、人にけしき漏らさじと思しければ、「昨夜のさかしがりし老い人のしわざなりけり」と、ものしくなむ、聞こしめしける。

 [3-6 匂宮、中の君へ後朝の文を書く]
宮は、早々と後朝のお手紙を差し上げなさる。山里では、大君も中の君も現実のような気がなさらず、思い乱れていらっしゃった。いろいろと企んでいらしたのを、「顔にも出さなかったことよ」と、疎ましくつらく、姉宮をお恨み申し上げなさって、お目も合わせ申し上げなさらない。ご存知なかった事情を、さっぱりと弁明おできになれず、もっともなこととお気の毒にお思い申し上げなさる。
女房たちも、「どういうことでございましたか」などと、ご機嫌を伺うが、呆然とした状態で、頼りとする姫宮がいらっしゃるので、「不思議なことだわ」と思い合っていた。お手紙を紐解いてお見せ申し上げなさるが、全然起き上がりなさらないので、「たいへん時間がたちます」とお使いの者は困っていた。
「世にありふれたことと思っていらっしゃるのでしょうか
露の深い道の笹原を分けて来たのですが」
書き馴れていらっしゃる墨つきなどが、格別に優美なのも、一般のお付き合いとして御覧になっていた時は、素晴らしく思われたが、気がかりで心配事が多くて、自分が出しゃばってお返事申し上げるのも、とても気が引けるので、一生懸命に、書くべきことを、じっくりと言い聞かせてお書かせ申し上げなさる。
紫苑色の細長一襲に、三重襲の袴を添えてお与えになる。お使いが迷惑そうにしているので、包ませて、お供の者に贈らせなさる。大げさなお使いでもなく、いつもお差し上げなさる殿上童なのである。特別に、人に気づかれまいとお思いになっていたので、「昨夜の利口ぶっていた老女のしわざであったよ」と、嫌な気がなさったのであった。

 [3-6 Nionomiya wrights a letter to Nakanokimi the next morning]
 Miya ha, itusika to ohom-humi tatematuri tamahu. Yama-zato ni ha, tare mo tare mo ututu no kokoti si tamaha zu, omohi-midare tamahe ri. Sama-zama ni obosi-kamahe keru wo, "Iro ni mo idasi tamaha zari keru yo." to, utomasiku turaku, Ane-Miya wo ba omohi kikoye tamahi te, me mo mi-aha se tatematuri tamaha zu. Sira zari si sama wo mo, saha-saha to ha, e akirame tamaha de, kotowari ni kokoro-gurusiku omohi kikoye tamahu.
 Hito-bito mo, "Ika ni haberi si koto ni ka?" nado, mi-kesiki mi tatemature do, obosi-hore taru yau ni te, tanomosi-bito no ohasure ba, "Ayasiki waza kana!" to omohi-ahe ri. Ohom-humi mo hiki-toki te mise tatematuri tamahe do, sarani okiagari tamaha ne ba, "Ito hisasiku nari nu." to ohom-tukahi wabi keri.
 "Yo no tune ni omohi yasura m tuyu hukaki
 miti no sasa-hara wake te ki turu mo
"
 Kaki-nare tamahe ru sumi-tuki nado no, kotosara ni en naru mo, ohokata ni tuke te mi tamahi si ha, wokasiku oboye si wo, usirometaku mono-omohasiku te, ware sakasi-bito ni te kikoye m mo, ito tutumasikere ba, mameyaka ni, aru beki yau wo, imiziku seme te kaka se tatematuri tamahu.
 Siwon-iro no hoso-naga hito-kasane ni, mihe-gasane no hakama gu-si te tamahu. Ohom-tukahi kurusige ni omohi tare ba, tutumase te, tomo naru hito ni nam okura se tamahu. Koto-kotosiki ohom-tukahi ni mo ara zu, rei tatemature tamahu uhe-waraha nari. Kotosara ni, hito ni kesiki morasa zi to obosi kere ba, "Yobe no sakasigari si Oyi-bito no siwaza nari keri." to, monosiku nam, kikosimesi keru.

 [3-7 匂宮と中の君、結婚第二夜]
その夜も、かのしるべ誘ひたまへど、「冷泉院にかならずさぶらふべきことはべれば」とて、とまりたまひぬ。「例の、ことに触れて、すさまじげに世をもてなす」と、憎く思す。
「いかがはせむ。本意ならざしりこととて、おろかにやは」と思ひ弱りたまひて、御しつらひなどうちあはぬ住み処なれど、さる方にをかしくしなして待ち聞こえたまひけり。はるかなる御中道を、急ぎおはしましたりけるも、うれしきわざなるぞ、かつはあやしき。
正身は、我にもあらぬさまにて、つくろはれたてまつりたまふままに、濃き御衣のいたく濡るれば、さかし人もうち泣きたまひつつ、
「世の中に久しくもとおぼえはべらねば、明け暮れのながめにも、ただ御ことをのみなむ、心苦しく思ひきこゆるに、この人びとも、よかるべきさまのことと、聞きにくきまで言ひ知らすめれば、年経たる心どもには、さりとも、世のことわりをも知りたらむ。
はかばかしくもあらぬ心一つを立てて、かくてのみやは、見たてまつらむ、と思ひなるやうもありしかど、ただ今かく、思ひもあへず、恥づかしきことどもに乱れ思ふべくは、さらに思ひかけはべらざりしに、これや、げに、人の言ふめる逃れがたき御契りなりけむ。いとこそ、苦しけれ。すこし思し慰みなむに、知らざりしさまをも聞こえむ。憎しと、な思し入りそ。罪もぞ得たまふ」
と、御髪をなでつくろひつつ聞こえたまへば、いらへもしたまはねど、さすがに、かく思しのたまふが、げに、うしろめたく悪しかれとも思しおきてじを、人笑へに見苦しきこと添ひて、見扱はれたてまつらむがいみじさを、よろづに思ひゐたまへり。
さる心もなく、あきれたまへりしけはひだに、なべてならずをかしかりし2183を、まいてすこし世の常になよびたまへるは、御心ざしもまさるに、たはやすく通ひたまはざらむ山道のはるけさも、胸痛きまで思して、心深げに語らひ頼めたまへど、あはれともいかにとも思ひ分きたまはず。
言ひ知らずかしづくものの姫君も、すこし世の常の人げ近く、親せうとなどいひつつ、人のたたずまひをも見馴れたまへるは、ものの恥づかしさも、恐ろしさもなのめにやあらむ。家にあがめきこゆる人こそなけれ、かく山深き御あたりなれば、人に遠く、もの深くてならひたまへる心地に、思ひかけぬありさまの、つつましく恥づかしく、何ごとも世の人に似ず、あやしく田舎びたらむかし。はかなき御いらへにても言ひ出でむ方なくつつみたまへり。さるは、この君しもぞ、らうらうじくかどある方の匂ひはまさりたまへる。

 [3-7 匂宮と中の君、結婚第二夜]
その夜も、あの道案内をお誘いになったが、「冷泉院にぜひとも伺候しなければならないことがございますので」と言って、お断りになった。「例によって、何かにつけ、この世に関心のないように振る舞う」と、憎くお恨みになる。
「仕方がない。願わなかった結婚だからといって、いい加減にできようか」とお思い弱りになって、お部屋飾りなど揃わない住居だが、それはそれとして風流に整えてお待ち申し上げなさるのであった。はるばるとご遠路を急いでいらっしゃったのも、嬉しいことであるが、また一方では不思議なこと。
ご本人は、正気もない様子で、身づくろいして差し上げられなさるままに、濃いお召し物がひどく濡れるので、しっかりした方もふとお泣きになりながら、
「この世にいつまでも生きていられるとも思われませんので、明け暮れの考え事にも、ただあなたのお身の上だけがおいたわしくお思い申し上げていますが、この女房たちも、結構な縁組だと聞きにくいまで言っているようなので、年をとった女房の考えには、そうはいっても、世間の道理をも知っているだろう。
はかばかしくもない私一人の我を張って、こうしてばかりして、お置き申してよいものか、と思うようなこともありましたが、今はすぐにも、このように思いもかけず、恥ずかしい思いで思い乱れようとは、全然思ってもおりませんでしたが、これは、なるほど、世間の人が言うように逃れ難いお約束事だったのでしょう。まことに、つらいことです。少しお気持ちがお慰みになったら、何も知らなかった事情も申し上げましょう。憎いと、お恨みなさいますな。罪をお作りになっては大変ですよ」
と、御髪を撫でつくろいながら申し上げなさると、お返事もなさらないが、そうはいっても、このようにおっしゃることが、なるほど、心配で悪かれとはお考えであるまいから、物笑いに見苦しいことが加わって、お世話をおかけ申してはたいへんなことを、いろいろと考えていらっしゃった。
そのような考えもなく、びっくりしていらっしゃった態度でさえ、並々ならず美しかったのだが、まして少し世間並になよなよとしていらっしゃるのは、お気持ちも深まって、簡単にお通いになることができない山道の遠さを、胸が痛いほどお思いになって、心をこめて将来をお約束になるが、嬉しいとも何ともお分かりにならない。
言いようもなく大事にされている良家の姫君も、もう少し世間並に接し、親や兄弟などといっては、異性のすることを見慣れていらっしゃる方は、何かの恥ずかしさや、恐ろしさもほどほどのことであろう。邸内に大切にお世話申し上げる人はいないが、このような山深いご身辺なので、世間から離れて、引っ込んでお育ちになった方とて、思いもかけなかった出来事が、きまり悪く恥ずかしくて、何事も世間の人に似ず、妙に田舎人めいているだろう。ちょっとしたお返事も口のききようがなくて遠慮していらっしゃった。とはいえ、この君は利発で才気あふれる美しさは優っていらっしゃった。

 [3-7 The second night of Nionomiya and Nakanokimi' married life]
 So no yoru mo, ka no sirube sasohi tamahe do, "Reizei-win ni kanarazu saburahu beki koto habere ba." tote, tomari tamahi nu. "Rei no, koto ni hure te, susamazige ni yo wo motenasu." to, nikuku obosu.
 "Ikaga ha se m? Hoi nara zari si koto tote, oroka ni ya ha." to omohi yowari tamahi te, ohom-siturahi nado uti-aha nu sumika nare do, saru kata ni wokasiku si nasi te mati kikoye tamahi keri. Haruka naru ohom-naka-miti wo, isogi ohasimasi tari keru mo, uresiki waza naru zo, katu ha ayasiki.
 Sauzimi ha, ware ni mo ara nu sama ni te, tukuroha re tatematuri tamahu mama ni, koki ohom-zo no itaku nurure ba, sakasi-bito mo uti-naki tamahi tutu,
 "Yononaka ni hisasiku mo to oboye habera ne ba, ake-kure no nagame ni mo, tada ohom-koto wo nomi nam, kokoro-gurusiku omohi kikoyuru ni, ko no hito-bito mo, yokaru beki sama no koto to, kiki nikuki made ihi-sirasu mere ba, tosi he taru kokoro-domo ni ha, sari to mo, yo no kotowari wo mo siri tara m.
 Haka-bakasiku mo ara nu kokoro hitotu wo tate te, kakute nomi ya ha, mi tatematura m, to omohi naru yau mo ari sika do, tada ima kaku, omohi mo ahe zu, hadukasiki koto-domo ni midare omohu beku ha, sarani omohi-kake habera zari si ni, kore ya, geni, hito no ihu meru nogare gataki ohom-tigiri nari kem. Ito koso, kurusikere. Sukosi obosi nagusami na m ni, sira zari si sama wo mo kikoye m. Nikusi to, na obosi iri so. Tumi mo zo e tamahu."
 to, mi-gusi wo nade tukurohi tutu kikoye tamahe ba, irahe mo si tamaha ne do, sasuga ni, kaku obosi notamahu ga, geni, usirometaku asikare to mo obosi-oki te zi wo, hito-warahe ni mi-gurusiki koto ni sohi te, mi atukaha re tatematura m ga imizisa wo, yorodu ni omohi wi tamahe ri.
 Saru kokoro mo naku, akire tamahe ri si kehahi dani, nabete nara zu wokasikari si wo, maite sukosi yo no tune ni nayobi tamahe ru ha, mi-kokorozasi mo masaru ni, tahayasuku kayohi tamaha zara m yama-miti no harukesa mo, mune itaki made obosi te, kokoro-hukage ni katarahi tanome tamahe do, ahare to mo ika ni to mo omohi-waki tamaha zu.
 Ihi-sira zu kasiduku mono no hime-gimi mo, sukosi yo no tune no hitoge tikaku, oya seuto nado ihi tutu, hito no tatazumahi wo mo mi-nare tamahe ru ha, mono no hadukasisa mo, osorosisa mo nanome ni ya ara m. Ihe ni agame kikoyuru hito koso nakere, kaku yama hukaki ohom-atari nare ba, hito ni tohoku, mono-hukaku te narahi tamahe ru kokoti ni, omohi-kake nu arisama no, tutumasiku hadukasiku, nani-goto mo yo no hito ni ni zu, ayasiku winaka-bi tara m kasi. Hakanaki ohom-irahe ni te mo ihi-ide m kata naku tutumi tamahe ri. Saru ha, ko no Kimi si mo zo, rau-rauziku kado aru kata no nihohi ha masari tamahe ru.

 [3-8 匂宮と中の君、結婚第三夜]
「三日にあたる夜、餅なむ参る」と人びとの聞こゆれば、「ことさらにさるべき祝ひのことにこそは」と思して、御前にてせさせたまふも、たどたどしく、かつは大人になりておきてたまふも、人の見るらむこと憚られて、面うち赤めておはするさま、いとをかしげなり。このかみ心にや、のどかに気高きものから、人のためあはれに情け情けしくぞおはしける。
中納言殿より、
「昨夜、参らむと思たまへしかど、宮仕への労も、しるしなげなる世に、思たまへ恨みてなむ。
今宵は雑役もやと思うたまふれど2184、宿直所のはしたなげにはべりし乱り心地、いとど安からで、やすらはれはべり」
と、陸奥紙におひつぎ書きたまひて、まうけのものども、こまやかに、縫ひなどもせざりける、いろいろおし巻きなどしつつ、御衣櫃あまた懸籠入れて、老い人のもとに、「人びとの料に」とて賜へり。宮の御方にさぶらひけるに従ひて、いと多くもえ取り集めたまはざりけるにやあらむ、ただなる絹綾など、下には入れ隠しつつ、御料とおぼしき二領。いときよらにしたるを、単衣の御衣の袖に、古代のことなれど、
「小夜衣着て馴れきとは言はずとも
かことばかりはかけずしもあらじ」
と、脅しきこえたまへり。
こなたかなた、ゆかしげなき御ことを、恥づかしくいとど見たまひて、御返りにもいかがは聞こえむと、思しわづらふほど、御使かたへは、逃げ隠れにけり。あやしき下人をひかへてぞ、御返り賜ふ。
「隔てなき心ばかりは通ふとも
馴れし袖とはかけじとぞ思ふ」
心あわたたしく思ひ乱れたまへる名残に、いとどなほなほしきを、思しけるままと、待ち見たまふ人は、ただあはれにぞ思ひなされたまふ。

 [3-8 匂宮と中の君、結婚第三夜]
「三日に当たる夜は、餅を召し上がるものです」と女房たちが申し上げるので、「特別にしなければならない祝いなのだ」とお思いになって、御前でお作らせなさるのも、分からないことばかりで、一方では親代わりになってお命じになるのも、女房がどう思うかとつい気が引けて、顔を赤らめていらっしゃる様子、まこと美しい感じである。姉のせいでか、おっとりと気高いが、妹君のためにしみじみとした情愛がおありであった。
中納言殿から、
「昨夜、参ろうと思っておりましたが、せっかくご奉公に励んでも、何の効もなさそうなあなた様なので、恨めしく存じます。
今夜は雑役でもと存じますが、宿直所が体裁悪くございました気分が、ますますよろしくなく、ぐずぐずいたしております」
と、陸奥紙にきちんとお書きになって、準備の品々を、こまごまと、縫いなどしてない布地に、色とりどりに巻いたりして、御衣櫃をたくさん懸籠に入れて、老女のもとに、「女房たちの用に」といってお与えになった。宮の御方のもとにあった有り合わせの品々で、たいして多くはお集めになれなかったのであろうか、加工してない絹や綾などを、下に隠し入れて、お召し物とおぼしき二領。たいそう美しく加工してあるのを、単重の御衣の袖に古風な趣向であるが、
「小夜衣を着て親しくなったとは言いませんが
いいがかりくらいはつけないでもありません」
と、脅し申し上げなさった。
この方あの方とも、奥ゆかしさをなくした御身を、ますます恥ずかしくお思いになって、お返事をどのように申し上げようかと、お困りになっている時、お使いのうち何人かは、逃げ隠れてしまったのであった。卑しい下人を呼びとめて、お返事をお与えになる。
「隔てない心だけは通い合いましょうとも
馴れ親しんだ仲などとはおっしゃらないでください」
気ぜわしくいろいろと思い悩んでいらっしゃった後のために、ますますいかにも平凡なのを、お心のままと、待って御覧になる方は、ただしみじみとお思いになられる。

 [3-8 The third night of Nionomiya and Nakanokimi's married life]
 "Mi-ka ni ataru yo, motihi nam mawiru." to hito-bito no kikoyure ba, "Koto sara ni saru beki ihahi no koto ni koso ha." to obosi te, o-mahe ni te se sase tamahu mo, tado-tadosiku, katu ha otona ni nari te okite tamahu mo, hito no miru ram koto habakara re te, omote uti-akame te ohasuru sama, ito wokasige nari. Konokami-gokoro ni ya, nodoka ni ke-dakaki mono-kara, hito no tame ahare ni nasake-nasakesiku zo ohasi keru.
 Tiunagon-dono yori,
 "Yobe, mawira m to omo tamahe sika do, miya-dukahe no rau mo, sirusi nage naru yo ni, omo tamahe urami te nam.
 Koyohi ha zahuyaku mo ya to omou tamahure do, tonowi-dokoro no hasitanage ni haberi si midari-gokoti, itodo yasukara de, yasuraha re haberi."
 to, mitinokuni-gami ni ohi-tugi kaki tamahi te, mauke no mono-domo, komayaka ni, nuhi nado mo se zari keru, iro-iro osi-maki nado si tutu, mi-zo-bitu amata kakego ire te, Oyi-bito no moto ni, "Hito-bito no reu ni." tote tamahe ri. Miya-no-Ohomkata ni saburahi keru ni sitagahi te, ito ohoku mo e tori-atume tamaha zari keru ni ya ara m, tada naru kinu aya nado, sita ni ha ire kakusi tutu, go-reu to obosiki huta-kudari. Ito kiyora ni si taru wo, hito-he no ohom-zo no sode ni, kotai no koto nare do,
 "Sayo-koromo ki te nare ki to ha iha zu to mo
 kakoto bakari ha kake zu si mo ara zi
"
 to, odosi kikoye tamahe ri.
 Konata kanata, yukasige naki ohom-koto wo, hadukasiku itodo mi tamahi te, ohom-kaheri ni mo ikaga ha kikoye m to, obosi wadurahu hodo, ohom-tukahi katahe ha, nige kakure ni keri. Ayasiki simo-bito wo hikahe te zo, ohom-kaheri tamahu.
 "Hedate naki kokoro bakari ha kayohu to mo
 nare si sode to ha kake zi to zo omohu
"
 Kokoro awatatasiku omohi-midare tamahe ru nagori ni, itodo naho-nahosiki wo, obosi keru mama to, mati mi tamahu hito ha, tada ahare ni zo omohi-nasa re tamahu.

 4 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る [4-1 明石中宮、匂宮の外出を諌める]
宮は、その夜、内裏に参りたまひて、えまかでたまふまじげなるを、人知れず御心も空にて思し嘆きたるに、中宮、
「なほ、かく独りおはしまして、世の中に、好いたまへる御名のやうやう聞こゆる、なほ、いと悪しきことなり。何事も2185もの好ましく、立てたる御心なつかひたまひそ。上もうしろめたげに思しのたまふ」
と、里住みがちにおはしますを諌めきこえたまへば、いと苦しと思して、御宿直所に出でたまひて、御文書きてたてまつれたまへる名残も、いたくうち眺めておはしますに、中納言の君参りたまへり。
そなたの心寄せと思せば、例よりもうれしくて、
「いかがすべき。いとかく暗くなりぬめるを、心も乱れてなむ」
と、嘆かしげに思したり。「よく御けしきを見たてまつらむ」と思して、
「日ごろ経て、かく参りたまへるを、今宵さぶらはせたまはで、急ぎまかでたまひなむ、いとどよろしからぬことにや思しきこえさせたまはむ。台盤所の方にて承りつれば、人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに、あいなき勘当にやはべらむと、顔の色違ひはべりつる」
と申したまへば、
「いと聞きにくくぞ思しのたまふや。多くは人のとりなすことなるべし。世に咎めあるばかりの心は、何事にかは、つかふらむ。所狭き身のほどこそ、なかなかなるわざなりけれ」
とて、まことに厭はしくさへ思したり。
いとほしく見たてまつりたまひて、
「同じ御騒がれにこそはおはすなれ。今宵の罪には代はりきこえさせて、身をもいたづらになしはべりなむかし。木幡の山に馬は2186いかがはべるべき。いとどものの聞こえや障り所なからむ」
と聞こえたまへば、ただ暮れに暮れて更けにける夜なれば、思しわびて、御馬にて出でたまひぬ。
「御供には、なかなか仕うまつらじ。御後見を」
とて、この君は内裏にさぶらひたまふ。

 4 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る [4-1 明石中宮、匂宮の外出を諌める]
宮は、その夜、内裏に参りなさって、退出しがたそうなのを、ひそかにお心も上の空でお嘆きになっていたが、中宮が、
「依然として、このように独身でいらして、世間に、好色でいらっしゃるご評判がだんだんと聞こえてくるのは、やはり、とてもよくないことです。何事にも風流が過ぎて、評判を立てるようなことをなさいますな。主上も不安にお思いおっしゃっています」
と、里住みがちでいらっしゃるのをお諌め申し上げなさると、まことに辛いとお思いになって、御宿直所にお出になって、お手紙を書いて差し上げなさったその後も、ひどく物思いに耽っていらっしゃるところに、中納言の君が参上なさった。
あの姫君のお味方とお思いになると、いつもより嬉しくて、
「どうしよう。とてもこのように暗くなってしまったようだが、気がいらいらして」
と、嘆かしくお思いになっていた。「よくご本心をお確かめ申したい」とお思いになって、
「久しぶりに、こうして参内なさったのに、今夜伺候あそばさないで、急いで退出なさるのは、ますますけしからぬこととお思いあそばしましょう。台盤所の方で伺ったところ、ひそかに、厄介なご用をお勤め申したために、受けなくてもよいお叱りもございましょうかと、顔が青くなりました」
と申し上げなさると、
「まことに聞き憎いことをおっしゃいますね。多くは誰かが中傷するのでしょう。世間から非難を受けるような料簡は、どうして、起こそうか。窮屈なご身分など、かえってないほうがましだ」
とおっしゃって、ほんとうに厭わしくさえお思いであった。
お気の毒に拝しなさって、
「同じご不興でいらっしゃいましょう。今夜のお咎めは代わり申し上げて、我が身をも滅ぼしましょう。木幡の山に馬はいかがでございましょう。ますます世間の噂が避けようもないでしょう」
と申し上げなさるので、ただもうすっかり暮れて更けてしまった夜なので、お困りになって、お馬でお出かけになった。
「お供は、かえっていたしますまい。後始末をしよう」
と言って、この君は内裏にお残りになる。

 4 Tale of Nakanokiki Nionomiya and Nakanokimi look at Uji River in dawn [4-1 Akashi-chugu advice Nionomiya not to go out]
 Miya ha, so no yo, uti ni mawiri tamahi te, e makade tamahu mazige naru wo, hito sire zu mi-kokoro mo sora ni te obosi nageki taru ni, Tiuguu,
 "Naho, kaku hitori ohasimasi te, yononaka ni, sui tamahe ru ohom-na no yau-yau kikoyuru, naho, ito asiki koto nari. Nani-goto mo mono konomasiku, tate taru mi-kokoro na tukahi tamahi so. Uhe mo usirometage ni obosi notamahu."
 to, sato-zumi-gati ni ohasimasu wo isame kikoye tamahe ba, ito kurusi to obosi te, ohom-tonowi-dokoro ni ide tamahi te, ohom-humi kaki te tatemature tamahe ru nagori mo, itaku uti-nagame te ohasimasu ni, Tiunagon-no-Kimi mawiri tamahe ri.
 Sonata no kokoro-yose to obose ba, rei yori mo uresiku te,
 "Ikaga su beki. Ito kaku kuraku nari nu meru wo, kokoro mo midare te nam."
 to, nagekasige ni obosi tari. "Yoku mi-kesiki wo mi tatematura m." to obosi te,
 "Hi-goro he te, kaku mawiri tamahe ru wo, koyohi saburaha se tamaha de, isogi makade tamahi na m, itodo yorosikara nu koto ni ya obosi kikoye sase tamaha m. Daiban-dokoro no kata ni te uketamahari ture ba, hito sire zu, wadurahasiki miya-dukahe no sirusi ni, ainaki kandau ni ya habera m to, kaho no iro tagahi haberi turu."
 to mausi tamahe ba,
 "Ito kiki nikuku zo obosi notamahu ya! Ohoku ha hito no tori-nasu koto naru besi. Yo ni togame aru bakari no kokoro ha, nani-goto ni ka ha, tukahu ram. Tokoro-seki mi no hodo koso, naka-naka naru waza nari kere."
 tote, makoto ni itohasiku sahe obosi tari.
 Itohosiku mi tatematuri tamahi te,
 "Onazi ohom-sahagare ni koso ha ohasu nare. Koyohi no tumi ni ha kahari kikoye sase te, mi wo mo itadura ni nasi haberi na m kasi. Kohata-no-yama ni uma ha ikaga haberu beki. Itodo mono no kikoye ya sahari-dokoro nakara m."
 to kikoye tamahe ba, tada kure ni kure te huke ni keru yo nare ba, obosi wabi te, ohom-uma ni te ide tamahi nu.
 "Ohom-tomo ni ha, naka-naka tukau-matura zi. Ohom-usiromi wo."
 tote, ko no Kimi ha uti ni saburahi tamahu.

 [4-2 薫、明石中宮に対面]
中宮の御方に参りたまひつれば、
「宮は出でたまひぬなり。あさましくいとほしき御さまかな。いかに人見たてまつるらむ。上聞こし召しては、諌めきこえぬが言ふかひなき、と思しのたまふこそわりなけれ」
とのたまふ。あまた宮たちの、かくおとなび整ひたまへど、大宮は、いよいよ若くをかしきけはひなむ、まさりたまひける。
「女一の宮も、かくぞおはしますべかめる。いかならむ折に、かばかりにてももの近く、御声をだに聞きたてまつらむ」と、あはれとおぼゆ。「好いたる人の、おぼゆまじき心つかふらむも、かうやう2187なる御仲らひの、さすがに気遠からず入り立ちて、心にかなはぬ折のことならむかし。
わが心のやうに、ひがひがしき心のたぐひやは、また世にあんべかめる。それに、なほ動きそめぬるあたりは、えこそ思ひ絶えね」
など思ひゐたまへる。さぶらふ限りの女房の容貌心ざま、いづれとなく悪ろびたるなく、めやすくとりどりにをかしきなかに、あてにすぐれて目にとまるあれど、さらにさらに乱れそめじの心にて、いときすくにもてなしたまへり。ことさらに見えしらがふ人もあり。
おほかた恥づかしげに、もてしづめたまへるあたりなれば、上べこそ心ばかりもてしづめたれ、心々なる世の中2188なりければ、色めかしげにすすみたる下の心漏りて見ゆるもあるを、「さまざまにをかしくも、あはれにもあるかな」と、立ちてもゐても、ただ常なきありさまを思ひありきたまふ。

 [4-2 薫、明石中宮に対面]
中宮の御方に参上なさると、
「宮はお出かけになったそうな。あきれて困ったお方ですこと。どのように世間の人はお思い申すことでしょう。主上がお耳にあそばしたら、ご注意申し上げないのがいけないのだ、とお考えになり仰せになるのが耐えられません」
と仰せになる。大勢の宮たちが、このようにご成人なさったが、大宮は、ますます若く美しい感じが、優っていらっしゃるのであった。
「女一の宮も、このように美しくいらっしゃるようである。どのような機会に、この程度にお側近く、お声だけでもお聞きいたしたい」と、しみじみと思われる。「好色な男が、けしからぬ料簡を起こすのも、このようなお間柄で、そうはいっても他人行儀でなく出入りして、思いどおりにできないときのことなのだろう。
自分のように、偏屈な性分は、他に世にいるだろうか。なのに、やはり心動かされた女は、思い切ることができないのだ」
などと思っていらっしゃった。お仕えしているすべての女房の器量や気立ては、どの人となく悪い者はなく、無難でそれぞれに美しい中に、上品で優れて目にとまるのもいるが、全然乱れまいとの気持ちで、まことに生真面目に振る舞っていらっしゃった。わざと気を引いてみる女房もいる。
だいたいが気後れするような、沈着に振る舞っていらっしゃる所なので、表面はしとやかにしているが、人の心はさまざまなので、色っぽい性分の本心をちらちらと見せるのもいるが、「人それぞれにおもしろくもあり、いとおしくもあるなあ」と、立っても座っても、ただ世の無常を思い続けていらっしゃる。

 [4-2 Kaoru meets Akashi-chugu at the Court of Mikado]
 Tiuguu-no-Ohomkata ni mawiri tamahi ture ba,
 "Miya ha ide tamahi nu nari. Asamasiku itohosiki ohom-sama kana! Ika ni hito mi tatematuru ram? Uhe kikosimesi te ha, isame kikoye nu ga ihukahi naki, to obosi notamahu koso wari nakere."
 to notamahu. Amata Miya-tati no, kaku otonabi totonohi tamahe do, Oho-Miya ha, iyo-iyo wakaku wokasiki kehahi nam, masari tamahi keru.
 "Womna-Iti-no-Miya mo, kaku zo ohasimasu beka'meru. Ika nara m wori ni, kabakari ni te mo mono-tikaku, ohom-kowe wo dani kiki tatematura m." to, ahare to oboyu. "Sui taru hito no, oboyu maziki kokoro tukahu ram mo, kau yau naru ohom-nakarahi no, sasuga ni ke-dohokara zu iri-tati te, kokoro ni kanaha nu wori no koto nara m kasi.
 Wa ga kokoro no yau ni, higa-higasiki kokoro no taguhi ya ha, mata yo ni an beka'meru. Sore ni, naho ugoki some nuru atari ha, e koso omohi taye ne."
 nado omohi wi tamahe ru. Saburahu kagiri no nyoubau no katati kokoro-zama, idure to naku warobi taru naku, meyasuku tori-dori ni wokasiki naka ni, ate ni sugure te me ni tomaru are do, sarani sarani midare some zi no kokoro ni te, ito kisuku ni motenasi tamahe ri. Kotosara ni miye siragahu hito mo ari.
 Ohokata hadukasige ni, mote-sidume tamahe ru atari nare ba, uhabe koso kokoro bakari mote-sidume tare, kokoro-gokoro naru yononaka nari kere ba, iro-mekasige ni susumi taru sita no kokoro mori te miyuru mo aru wo, "Sama-zama ni wokasiku mo, ahare ni mo aru kana!" to, tati te mo wi te mo, tada tune naki arisama wo omohi ariki tamahu.

 [4-3 女房たちと大君の思い]
かしこには、中納言殿のことことしげに言ひなしたまへりつるを、夜更くるまでおはしまさで、御文のあるを、「さればよ」と胸つぶれておはするに、夜中近くなりて、荒ましき風のきほひに、いともなまめかしくきよらにて匂ひおはしたるも、いかがおろかにおぼえたまはむ。
正身も、いささかうちなびきて2189、思ひ知りたまふことあるべし。いみじくをかしげに盛りと見えて、引きつくろひたまへるさまは、「ましてたぐひあらじはや」とおぼゆ。
さばかりよき人を多く見たまふ御目にだに、けしうはあらずと、容貌よりはじめて、多く近まさりしたりと思さるれば、山里の老い人どもは、まして口つき憎げにうち笑みつつ、
「かくあたらしき御ありさまを、なのめなる際の人の見たてまつりたまはましかば、いかに口惜しからまし。思ふやうなる御宿世」
と聞こえつつ、姫宮の御心を、あやしくひがひがしくもてなしたまふを、もどき口ひそみきこゆ。
盛り過ぎたるさまどもに、あざやかなる花の色々、似つかはしからぬをさし縫ひつつ、ありつかずとりつくろひたる姿どもの、罪許されたるもなきを見わたされたまひて、姫宮、
「我もやうやう盛り過ぎぬる身ぞかし。鏡を見れば、痩せ痩せになりもてゆく。おのがじしは、この人どもも、我悪しとやは思へる。うしろでは知らず顔に、額髪をひきかけつつ、色どりたる顔づくりをよくしてうち振る舞ふめり。わが身にては、まだいとあれがほどにはあらず。目も鼻も直しとおぼゆるは、心のなしにやあらむ」
とうしろめたくて、見出だして臥したまへり。「恥づかしげならむ人に見えむことは、いよいよかたはらいたく、今一二年あらば、衰へまさりなむ。はかなげなる身のありさまを」と、御手つきの細やかにか弱く、あはれなるをさし出でても、世の中を思ひ続けたまふ。

 [4-3 女房たちと大君の思い]
あちらでは、中納言殿が仰々しくおっしゃったのを、夜の更けるまでいらっしゃらず、お手紙のあるのを、「やはりそうであったか」と胸をつぶしておいでになると、夜半近くなって、荒々しい風に競うようにして、たいそう優雅で美しく匂っていらっしゃったのも、どうしていい加減に思われなさろう。
ご本人も、わずかにうちとけて、お分かりになることがきっとあるにちがいない。たいそう美しく女盛りと見えて、ひきつくろっていらっしゃる様子は、「この方以上の方があろうか」と思われる。
あれほど美しい人を数多く御覧になっているお目にさえ、悪くはないと、器量をはじめとして、多く近勝りして思われなさるので、山里の老女連中は、まして慎みなく相好を崩して微笑しながら、
「このように惜しいご様子を、並の身分の男性がお世話申し上げなさるようになったら、どんなに口惜しいことでしょう。思いどおりのご運勢を」
と申し上げながら、姫宮のご性格を、妙な偏屈者のようにお振る舞いなさるのを、悪しざまに口をとがらせてご非難申し上げる。
盛りを過ぎた身なのに、派手な花の色とりどりや、似つかわしくないのを縫いながら、身にもつかずめかしこんでいる女房連中の姿が、見られた者もいないのを見渡しなさって、姫宮は、
「わたしもだんだん盛りを過ぎた身だわ。鏡を見ると、痩せ痩せになってゆく。めいめいは、この女房連中も、自分自身を醜いと思っていようか。後ろ姿は知らない顔で、額髪をかき上げながら、化粧した顔づくろいをよくして振る舞っているようだ。自分の身としては、まだあの女房ほどは醜くはない。目鼻だちも尋常だと思われるのは、うぬぼれであろうか」
と不安で、外を眺めながら臥せっていらっしゃった。「気後れするような方と結婚することは、ますますみっともなく、もう一、二年したらいっそう衰えよう。頼りない身の上を」と、お腕が細っそりとして弱々しく、痛々しいのをさし出してみても、世の中を思い続けなさる。

 [4-3 The thinking of Ohoi-kimi and her maids]
 Kasiko ni ha, Tiunagon-dono no koto-kotosige ni ihi-nasi tamahe ri turu wo, yo hukuru made ohasimasa de, ohom-humi no aru wo, "Sare ba yo!" to mune tubure te ohasuru ni, yonaka tikaku nari te, aramasiki kaze no kihohi ni, ito mo namamekasiku kiyora ni te nihohi ohasi taru mo, ikaga oroka ni oboye tamaha m.
 Sauzimi mo, isasaka uti-nabiki te, omohi siri tamahu koto aru besi. Imiziku wokasige ni sakari to miye te, hiki-tukurohi tamahe ru sama ha, "Masite taguhi ara zi ha ya." to oboyu.
 Sabakari yoki hito wo ohoku mi tamahu ohom-me ni dani, kesiu ha ara zu to, katati yori hazime te, ohoku tika-masari si tari to obosa rure ba, yama-zato no Oyi-bito-domo ha, masite kuti-tuki nikuge ni uti-wemi tutu,
 "Kaku atarasiki ohom-arisama wo, nanome naru kiha no hito no mi tatematuri tamaha masika ba, ika ni kutiwosikara masi. Omohu yau naru ohom-sukuse."
 to kikoye tutu, Hime-Miya no mi-kokoro wo, ayasiku higa-higasiku motenasi tamahu wo, modoki kuti hisomi kikoyu.
 Sakari sugi taru sama-domo ni, azayaka naru hana no iro-iro, nitukahasikara nu wo sasi-nuhi tutu, arituka zu toritukurohi taru sugata-domo no, tumi yurusa re taru mo naki wo mi-watasa re tamahi te, Hime-Miya,
 "Ware mo yau-yau sakari sugi nuru mi zo kasi. Kagami wo mire ba, yase-yase ni nari mote yuku. Onogazisi ha, ko no Hito-domo mo, ware asi to ya ha omohe ru? Usirode ha sira-zu-gaho ni, hitahi-gami wo hiki-kake tutu, iro-dori taru kaho dukuri wo yoku si te uti-hurumahu meri. Wa ga mi ni te ha, mada ito are ga hodo ni ha ara zu. Me mo hana mo nahosi to oboyuru ha, kokoro no nasi ni ya ara m."
 to usirometaku te, mi-idasi te husi tamahe ri. "Hadukasige nara m hito ni miye m koto ha, iyo-iyo katahara-itaku, ima hito-tose huta-tose ara ba, otorohe masari na m. Hakanage naru mi no arisama wo." to, ohom-te-tuki no komayaka ni kayowaku, ahare naru wo sasi-ide te mo, yononaka wo omohi tuduke tamahu.

 [4-4 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る]
宮は、ありがたかりつる御暇のほどを思しめぐらすに、「なほ、心やすかるまじきことにこそは」と、胸ふたがりておぼえたまひけり。大宮の聞こえたまひしさまなど語りきこえたまひて、
「思ひながらとだえあらむを、いかなるにか、と思すな。夢にてもおろかならむに、かくまでも参り来まじきを。心のほどやいかがと疑ひて、思ひ乱れたまはむが心苦しさに、身を捨ててなむ。常にかくはえ惑ひありかじ。さるべきさまにて、近く渡したてまつらむ」
と、いと深く聞こえたまへど、「絶え間あるべく思さるらむは、音に聞きし御心のほどしるべきにや」と心おかれて、わが御ありさまから、さまざまもの嘆かしくてなむありける。
明け行くほどの空に、妻戸押し開けたまひて、もろともに誘ひ出でて見たまへば、霧りわたれるさま、所からのあはれ多く添ひて、例の、柴積む舟のかすかに行き交ふ跡の白波2190、「目馴れずもある住まひのさまかな」と、色なる御心には、をかしく思しなさる。
山の端の光やうやう見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、「限りなくいつき据ゑたらむ姫宮も、かばかりこそはおはすべかめれ。思ひなしの、わが方ざまのいといつくしきぞかし。こまやかなる匂ひなど、うちとけて見まほしく」、なかなかなる心地す。
水の音なひなつかしからず、宇治橋のいともの古りて2191見えわたさるるなど、霧晴れゆけば、いとど荒ましき岸のわたりを、「かかる所に、いかで年を経たまふらむ」など、うち涙ぐまれたまへるを、いと恥づかしと聞きたまふ。
男の御さまの、限りなくなまめかしくきよらにて、この世のみならず契り頼めきこえたまへば、「思ひ寄らざりしこととは思ひながら、なかなか、かの目馴れたりし中納言の恥づかしさよりは」とおぼえたまふ。
「かれは思ふ方異にて、いといたく澄みたるけしきの、見えにくく恥づかしげなりしに、よそに思ひきこえしは、ましてこよなくはるかに、一行書き出でたまふ御返り事だに、つつましくおぼえしを、久しく途絶えたまはむは、心細からむ」
と思ひならるるも、我ながらうたて、と思ひ知りたまふ。

 [4-4 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る]
匂宮は、めったにないお暇のほどをお考えになると、「やはり、気軽にできそうにないことだ」と、胸が塞がって思われなさるのであった。大宮がご注意申し上げなさったことなどをお話し申し上げなさって、
「愛していながら途絶えがあろうが、どうしたことなのか、とお案じなさるな。かりそめにも疎かに思ったら、このようには参りません。心の中をどうかしらと疑って、お悩みになるのがお気の毒で、身を捨てて参ったのです。いつもこのようには抜け出すことはできないでしょう。しかるべき用意をして、近くにお移し申しましょう」
と、とても心をこめて申し上げなさるが、「絶え間がきっとあるように思われなさるのは、噂に聞いたお心のほどが現れたのかしら」と疑われて、ご自身の頼りない様子を思うと、いろいろと悲しいのであった。
明けてゆく空に、妻戸を押し開けなさって、一緒に誘って出て御覧になると、霧の立ちこめた様子、場所柄の情趣が多く加わって、例の、柴積み舟がかすかに行き来する跡の白波、「見慣れない住まいの様子だなあ」と、物事に感じやすいお心には、おもしろく思われなさる。
山の端の光がだんだんと見えるころに、女君のご器量が整っていてかわいらしくて、「この上なく大切に育てられた姫君も、これほどでいらっしゃろうか。気のせいで、こちらの身内の方がとても立派に思われる。きめ濃やかな美しさなどは、気を許して見ていたく」、かえって堪えがたい気がする。
水の音が騒がしく、宇治橋がたいそう古びて見渡されるなど、霧が晴れてゆくと、ますます荒々しい岸の辺りを、「このような所に、どのようにして年月を過ごしてこられたのだろう」などと、涙ぐんでおっしゃるのを、まことに恥ずかしいとお聞きになる。
男君のご様子が、この上なく優雅で美しくて、この世だけでなく来世まで夫婦のお約束申し上げなさるので、「思い寄らなかったこととは思いながらも、かえって、あの目馴れた中納言の恥ずかしさよりは」と思われなさる。
「あの方は愛する方が別にいて、とてもたいそう澄ましていた様子が、会うのも気づまりであったが、お噂だけでお思い申し上げていた時は、いっそうこの上なく遠くに、一行お書きになるお返事でさえ。気後れしたが、久しく途絶えなさることは、心細いだろう」
と思われるのも、我ながら嫌なと、思い知りなさる。

 [4-4 Nionomiya and Nakanokimi look at Uji River in dawn]
 Miya ha, arigatakari turu ohom-itoma no hodo wo obosi megurasu ni, "Naho, kokoro-yasukaru maziki koto ni koso ha." to, mune hutagari te oboye tamahi keri. Oho-Miya no kikoye tamahi si sama nado katari kikoye tamahi te,
 "Omohi nagara todaye ara m wo, ika naru ni ka, to obosu na. Yume ni te mo oroka nara m ni, kaku made mo mawiri ku maziki wo. Kokoro no hodo ya ikaga to utagahi te, omohi midare tamaha m ga kokoro-gurusisa ni, mi wo sute te nam. Tune ni kaku ha e madohi arika zi. Saru beki sama ni te, tikaku watasi tatematura m."
 to, ito hukaku kikoye tamahe do, "Take-ma aru beku obosaru ram ha, oto ni kiki si mi-kokoro no hodo siru beki ni ya?" to kokoro-oka re te, wa ga ohom-arisama kara, sama-zama mono-nagekasiku te nam ari keru.
 Ake-yuku hodo no sora ni, tumado osi-ake tamahi te, morotomo ni izanahi ide te mi tamahe ba, kiri watare ru sama, tokoro-gara no ahare ohoku sohi te, rei no, siba tumu hune no kasuka ni yuki-kahu ato no sira-nami, "Me-nare zu mo aru sumahi no sama kana!" to, iro naru mi-kokoro ni ha, wokasiku obosi nasa ru.
 Yama-no-ha no hikari yau-yau miyuru ni, Womna-Gimi no ohom-katati no maho ni utukusige ni te, "Kagiri naku ituki suwe tara m Hime-Miya mo, kabakari koso ha ohasu beka'mere. Omohi-nasi no, waga kata zama no ito itukusiki zo kasi. Komayaka naru nihohi nado, utitoke te mi mahosiku", naka-naka naru kokoti su.
 Midu no otonahi natukasikara zu, Udi-basi no ito mono-huri te miye watasa ruru nado, kiri hare yuke ba, itodo aramasiki kisi no watari wo, "Kakaru tokoro ni, ikade tosi wo he tamahu ram." nado, uti-namida-gumi tamahe ru wo, ito hadukasi to kiki tamahu.
 Wotoko no ohom-sama no, kagiri naku namamekasiku kiyora ni te, konoyo nomi nara zu tigiri tanome kikoye tamahe ba, "Omohi-yora zari si koto to ha omohi nagara, naka-naka, ka no me-nare tari si Tiunagon no hadukasisa yori ha." to oboye tamahu.
 "Kare ha omohu kata koto ni te, ito itaku sumi taru kesiki no, miye nikuku hadukasige nari si ni, yoso ni omohi kikoye si ha, masite koyonaku haruka ni, hito-kudari kaki-ide tamahu ohom-kaheri-goto dani, tutumasiku oboye si wo, hisasiku todaye tamaha m ha, kokoro-bosokara m."
 to omohi nara ruru mo, ware nagara utate, to omohi-siri tamahu.

 [4-5 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる]
人びといたく声づくり催しきこゆれば、京におはしまさむほど、はしたなからぬほどにと、いと心あわたたしげにて、心より外ならむ夜がれを、返す返すのたまふ。
「中絶えむものならなくに橋姫の
片敷く袖
2192や夜半に濡らさむ」
出でがてに、立ち返りつつやすらひたまふ。
「絶えせじのわが頼みにや宇治橋の
遥けきなかを待ちわたるべき」
言には出でねど、もの嘆かしき御けはひは、限りなく思されけり。
若き人の御心にしみぬべく、たぐひすくなげなる朝明の姿を見送りて、名残とまれる御移り香なども、人知れずものあはれなるは、されたる御心かな。今朝ぞ、もののあやめ見ゆるほどにて、人びと2193覗きて見たてまつる。
「中納言殿は、なつかしく恥づかしげなるさまぞ、添ひたまへりける。思ひなしの、今ひと際にや、この御さまは、いとことに」
など、めできこゆ。
道すがら、心苦しかりつる御けしきを思し出でつつ、立ちも返りなまほしく、さま悪しきまで思せど、世の聞こえを忍びて帰らせたまふほどに、えたはやすくも紛れさせたまはず。
御文は明くる日ごとに、あまた返りづつたてまつらせたまふ。「おろかにはあらぬにや」と思ひながら、おぼつかなき日数の積もるを、「いと心尽くしに見じと思ひしものを、身にまさりて心苦しくもあるかな」と、姫宮は思し嘆かるれど、いとどこの君の思ひ沈みたまはむにより、つれなくもてなして、「みづからだに、なほかかること思ひ加へじ」と、いよいよ深く思す。
中納言の君も、「待ち遠にぞ思すらむかし」と思ひやりて、我があやまちにいとほしくて、宮を聞こえおどろかしつつ、絶えず2194御けしきを見たまふに、いといたく思ほし入れたるさまなれば、さりともと、うしろやすかりけり。

 [4-5 匂宮と中の君和歌を詠み交して別れる]
お供の者たちがひどく咳払いをしてお促し申し上げるので、京にお着きになる時刻が、みっともなくないころにと、たいそう気ぜわしそうに、心にもなく来られない夜もあろうことを、繰り返し繰り返しおっしゃる。
「中が切れようとするのでないのに
あなたは独り敷く袖は夜半に濡らすことだろう」
帰りにくく、引き返しては躊躇していらっしゃる。
「切れないようにとわたしは信じては
宇治橋の遥かな仲をずっとお待ち申しましょう」
口には出さないが、何となく悲しいご様子は、この上なくお思いなさるのであった。
若い女性のお心にしみるにちがいない、世にも稀な朝帰りの姿を見送って、後に残っている御移り香なども、人知れずなにやらせつない気がするのは、機微の分かるお心だこと。今朝は、物の見分けもつく時分なので、女房たちが覗いて拝する。
「中納言殿は、優しく恥ずかしい感じが、加わった方であった。気のせいか、もう一段尊い身分なので、この方のお姿は、まことに格別で」
などと、お誉め申し上げる。
道すがら、お気の毒であったご様子をお思い出しになりながら、引き返したく、体裁悪くまでお思いになるが、世間の評判を我慢してお帰りあそばすことなので、たやすくお出かけになることはおできになれない。
お手紙は毎日毎日に、たくさん書いて差し上げなさる。「いい加減なお気持ちではないのでは」と思いながら、訪れのない日数が続くのを、「まことに心配の限りを尽くすことはしまいと思っていたが、自分のこと以上においたわしいことだわ」と、姫宮はお悲しみになるが、ますますこの妹君がお悲しみに沈んでいらっしゃろうことから、平静を装って、「自分自身でさえ、やはりこのような心配を増やすまい」と、ますます強くお思いになる。
中納言の君も、「待ち遠しくお思いだろう」と想像して、自分の責任からおいたわしくて、宮をお促し申し上げながら、絶えずご様子を御覧になると、たいそうひどく打ち込んでいらっしゃる様子なので、そうはいってもと、安心であった。

 [4-5 Nionomiya and Nakanokimi compose and exchange waka , and part]
 Hito-bito itaku kowa-dukuri moyohosi kikoyure ba, Kyau ni ohasimasa m hodo, hasitanakara nu hodo ni to, ito kokoro-awatatasige ni te, kokoro yori hoka nara m yo-gare wo, kahesu-gahesu notamahu.
 "Naka taye m mono nara naku ni Hasi-Hime no
 kata-siku sode ya yoha ni nurasa m
"
 Ide-gate ni, tati-kaheri tutu yasurahi tamahu.
 "Taye se zi no wa ga tanomi ni ya Udi-basi no
 harukeki naka wo mati-wataru beki
"
 Koto ni ha ide ne do, mono-nagekasiki ohom-kehahi ha, kagiri naku obosa re keri.
 Wakaki hito no mi-kokoro ni simi nu beku, taguhi sukunage naru asake no sugata wo mi-okuri te, nagori tomare ru ohom-uturi-ga nado mo, hito-sire-zu mono-ahare naru ha, sare taru mi-kokoro kana! Kesa zo, mono no ayame miyuru hodo ni te, hito-bito nozoki te mi tatematuru.
 "Tiunagon-dono ha, natukasiku hadukasige naru sama zo, sohi tamahe ri keru. Omohi-nasi no, ima hito-kiha ni ya, ko no ohom-sama ha, ito koto ni."
 nado, mede kikoyu.
 Miti sugara, kokoro-gurusikari turu mi-kesiki wo obosi-ide tutu, tati mo kaheri na mahosiku, sama asiki made obose do, yo no kikoye wo sinobi te kahera se tamahu hodo ni, e tahayasuku mo magire sase tamaha zu.
 Ohom-humi ha akuru hi-goto ni, amata kaheri dutu tatematura se tamahu. "Oroka ni ha ara nu ni ya?" to omohi nagara, obotukanaki hi-kazu no tumoru wo, "Ito kokoro-dukusi ni mi zi to omohi si mono wo, mi ni masari te kokoro-gurusiku mo aru kana!" to, Hime-Miya ha obosi nageka rure do, itodo ko no Kimi no omohi sidumi tamaha m ni yori, turenaku motenasi te, "Midukara dani, naho kakaru koto omohi kuhahe zi." to, iyo-iyo hukaku obosu.
 Tiunagon-no-Kimi mo, "Mati-doho ni zo obosu ram kasi." to omohi-yari te, wa ga ayamati ni itohosiku te, Miya wo kikoye odorokasi tutu, taye zu mi-kesiki wo mi tamahu ni, ito itaku omohosi ire taru sama nare ba, sari to mo to, usiroyasukari keri.

 [4-6 9月10日、薫と匂宮、宇治へ行く]
九月十日のほどなれば、野山のけしきも思ひやらるるに、時雨めきてかきくらし、空のむら雲恐ろしげなる夕暮、宮いとど静心なく眺めたまひて、いかにせむと、御心一つを出で立ちかね2195たまふ。折推し量りて、参りたまへり。「ふるの山里いかならむ2196」と、おどろかしきこえたまふ。いとうれしと思して、もろともに誘ひたまへば、例の、一つ御車にておはす。
分け入りたまふままにぞ、まいて眺めたまふらむ心のうち、いとど推し量られたまふ。道のほども、ただこのことの心苦しきを語らひきこえたまふ。
たそかれ時のいみじく心細げなるに、雨は冷やかにうちそそきて、秋果つるけしきのすごきに、うちしめり濡れたまへる匂ひどもは、世のものに似ず艶にて、うち連れたまへるを、山賤どもは、いかが心惑ひもせざらむ。
女ばら、日ごろうちつぶやきつる、名残なく笑みさかえつつ、御座ひきつくろひなどす。京に、さるべき所々に行き散りたる娘ども、姪だつ人、二、三人尋ね寄せて参らせたり。年ごろあなづりきこえける心浅き人びと、めづらかなる客人と思ひ驚きたり。
姫宮も、折うれしく思ひきこえたまふに、さかしら人の添ひたまへるぞ、恥づかしくもありぬべく、なまわづらはしく思へど、心ばへののどかに2197もの深くものしたまふを、「げに、人はかくはおはせざりけり」と見あはせたまふに、ありがたしと思ひ知らる。

 [4-6 9月10日、薫と匂宮、宇治へ行く]
九月十日のころなので、野山の様子も自然と想像されて、時雨めいて暗くなり、空のむら雲が恐ろしそうな夕暮に、宮はますます落ち着きなく物思いに耽りなさって、どうしようかと、ご自身では決心をしかねていらっしゃる。そのところを推量して、参上なさった。「ふるの山里はどうでしょうか」と、お誘い申し上げなさる。まことに嬉しいとお思いになって、一緒にお出かけになるので、例によって、一車に相乗りしてお出かけになる。
分け入りなさるにつれて、まして物思いしているだろう心中を、ますますご想像される。道中も、ただこのことのお気の毒さをお話し合いなさる。
黄昏時のひどく心細いうえに、雨が冷たく降り注いで、秋の終わる気色がぞっとする感じなので、しっとりと濡れていらっしゃるお二方の芳気は、この世のものに似ず優艷で、連れ立っていらっしゃるのを、山賤連中は、どうしてうろたえぬことがあろうか。
女房らは、日頃ぶつぶつ言っていたが、そのあとかたもなくにこにことして、ご座所を整えたりなどする。京に、しかるべき家々に散り散りになっていた娘連中や、姪のような人を、二、三人呼び寄せて仕えさせていた。長年軽蔑申し上げてきた思慮の浅い人びとは、珍しい客人と思って驚いていた。
姫宮も、ちょうどよい折柄と嬉しくお思い申し上げなさるが、利口ぶった方が一緒にいらっしゃるのが、気恥ずかしくもあり、何となく厄介にも思うが、人柄がゆったりと慎重でいらっしゃるので、「なるほど、宮はこのようではおいででない」とお見比べなさると、めったにない方だと思い知られる。

 [4-6 Septmber 10, Kaoru and Nionomiya visit to Uji]
 Ku-gwati towo-ka no hodo nare ba, no-yama no kesiki mo omohi-yara ruru ni, sigure-meki te kaki-kurasi, sora no mura-kumo osorosige naru yuhu-gure, Miya itodo sidu-kokoro naku nagame tamahi te, ika ni se m to, mi-kokoro hitotu wo ide-tati kane tamahu. Wori osihakari te, mawiri tamahe ri. "Huru no yama-zato ika nara m?" to, odorokasi kikoye tamahu. Ito uresi to obosi te, morotomo ni izanahi tamahe ba, rei no, hitotu mi-kuruma ni te ohasu.
 Wake-iri tamahu mama ni zo, maite nagame tamahu ram kokoro no uti, itodo osihakara re tamahu. Miti no hodo mo, tada ko no koto no kokoro-gurusiki wo katarahi kikoye tamahu.
 Tasokare-doki no imiziku kokoro-bosoge naru ni, ame ha hiyayaka ni uti-sosoki te, aki haturu kesiki no sugoki ni, uti-simeri nure tamahe ru nihohi-domo ha, yo no mono ni ni zu en ni te, uti-ture tamahe ru wo, yamagatu-domo ha, ikaga kokoro-madohi mo se zara m.
 Womna-bara, hi-goro uti-tubuyaki turu, nagori naku wemi sakaye tutu, o-masi hiki-tukurohi nado su. Kyau ni, saru beki tokoro-dokoro ni yuki-tiri taru musume-domo, mei-datu hito, hutari, mitari tadune yose te mawira se tari. Tosi-goro anaduri kikoye keru kokoro-asaki hito-bito, meduraka naru mara-uto to omohi odoroki tari.
 Hime-Miya mo, wori uresiku omohi kikoye tamahu ni, sakasira-bito no sohi tamahe ru zo, hadukasiku mo ari nu beku, nama-wadurahasiku omohe do, kokorobahe no nodoka ni mono-hukaku monosi tamahu wo, "Geni, hito ha kaku ha ohase zari keri." to mi ahase tamahu ni, arigatasi to omohi sira ru.

 [4-7 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える]
宮を、所につけては、いとことにかしづき入れたてまつりて、この君は、主人方に心やすくもてなしたまふものから、まだ客人居のかりそめなる方に出だし放ちたまへれば2198、いとからしと思ひたまへり。怨みたまふもさすがにいとほしくて、物越に対面したまふ。
「戯れにくくもあるかな2199。かくてのみや」と、いみじく怨みきこえたまふ。やうやうことわり知りたまひにたれど、人の御上にても、ものをいみじく思ひ沈みたまひて、いとどかかる方を憂きものに思ひ果てて、
「なほ、ひたぶるに、いかでかくうちとけじ。あはれと思ふ人の御心も、かならずつらしと思ひぬべきわざにこそあめれ。我も人も見おとさず、心違はでやみにしがな」
と思ふ心づかひ深くしたまへり。
宮の御ありさまなども問ひきこえたまへば、かすめつつ、「さればよ」とおぼしくのたまへば、いとほしくて、思したる御さま、けしきを見ありくやうなど、語りきこえたまふ。
例よりは心うつくしく語らひて、
「なほ、かくもの思ひ加ふるほど、すこし心地も静まりて聞こえむ」
とのたまふ。人憎く気遠くは、もて離れぬものから、「障子の固めもいと強し。しひて破らむをば、つらくいみじからむ」と思したれば、「思さるるやうこそはあらめ。軽々しく異ざまになびきたまふこと、はた、世にあらじ」と、心のどかなる人は、さいへど、いとよく思ひ静めたまふ。
「ただ、いとおぼつかなく、もの隔てたるなむ、胸あかぬ心地するを。ありしやうにて聞こえむ」
とせめたまへど、
「常よりもわが面影に恥づる2200ころなれば、疎ましと見たまひてむも、さすがに苦しきは、いかなるにか」
と、ほのかにうち笑ひたまへるけはひなど、あやしくなつかしくおぼゆ。
「かかる御心にたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべき身にか」
と嘆きがちにて、例の、遠山鳥にて2201明けぬ。
宮は、まだ旅寝なるらむとも思さで、
「中納言の、主人方に心のどかなるけしきこそうらやましけれ」
とのたまへば、女君、あやしと聞きたまふ。

 [4-7 薫、大君に対面、実事なく朝を迎える]
宮を、場所柄によって、とても特別に丁重にお迎え入れ申し上げて、この君は、主人方に気安く振る舞っていらっしゃるが、まだ客人席の臨時の間に遠ざけていらっしゃるので、まことにつらいと思っていらっしゃった。お恨みなさるのも、そうはいってもお気の毒で、物越しにお会いなさる。
「冗談ではありませんね。こうしてばかりいられましょうか」と、ひどくお恨み申し上げなさる。だんだんと道理をお分かりになってきたが、妹のお身の上についても、物事をひどく悲観なさって、ますますこのような結婚生活を嫌なものとすっかり思いきって、
「やはり、一途に、何とかこのようにはうちとけまい。うれしいと思う方のお気持ちも、きっとつらいと思うにちがいないことがあるだろう。自分も相手も幻滅したりせずに、もとの気持ちを失わずに、最後までいたいものだわ」
と思う考えが深くおなりになっていた。
宮のご様子などをお尋ね申し上げなさると、ちらっとほのめかしつつ、「そうであったのか」とお思いになるようにおっしゃるので、お気の毒になって、ご執心のご様子や、態度を窺っていることなどを、お話し申し上げなさる。
いつもよりは素直にお話しになって、
「やはり、このように物思いの多いころを、もう少し気持ちが落ち着いてからお話し申し上げましょう」
とおっしゃる。小憎らしくよそよそしくは、あしらわないものの、「襖障子の戸締りもとても固い。無理に突破するのは、辛く酷いこと」とお思いになっているので、「お考えがおありなのだろう。軽々しく他人になびきなさるようなことは、また決してあるまい」と、心のおっとりした方は、そうはいっても、じつによく気を落ち着かせなさる。
「ただ、とても頼りなく、物を隔てているのが、満足のゆかない気がしますよ。以前のようにお話し申し上げたい」
と責めなさると、
「いつもよりも自分の容貌が恥ずかしいころなので、疎ましいと御覧になるのも、やはりつらく思われますのは、どうしたことでしょうか」
と、かすかにほほ笑みなさった様子などは、不思議と慕わしく思われる。
「このようなお心にだまされ申して、終いにはどのようになる身の上だろうか」
と嘆きがちに、いつものように、遠山鳥で別々のまま明けてしまった。
宮は、まだ独り寝だろうとはお思いならず、
「中納言が、主人方でゆったりとしている様子が羨ましい」
とおっしゃると、女君は、おかしなこととお聞きになる。

 [4-7 Kaoru meets Ohoi-kimi and they see a morning without sexual relation]
 Miya wo, tokoro ni tuke te ha, ito koto ni kasiduki ire tatematuri te, ko no Kimi ha, aruzi-gata ni kokoro-yasuku motenasi tamahu mono-kara, mada mara-uto-wi no karisome naru kata ni idasi-hanati tamahe re ba, ito karasi to omohi tamahe ri. Urami tamahu mo sasuga ni itohosiku te, mono-gosi ni taimen si tamahu.
 "Tahabure nikuku mo aru kana! Kaku te nomi ya?" to, imiziku urami kikoye tamahu. Yau-yau kotowari siri tamahi ni tare do, hito no ohom-uhe ni te mo, mono wo imiziku omohi sidumi tamahi te, itodo kakaru kata wo uki mono ni omohi-hate te,
 "Naho, hitaburu ni, ikade kaku utitoke zi. Ahare to omohu hito no mi-kokoro mo, kanarazu turasi to omohi wabi nu beki waza ni koso a'mere. Ware mo hito mo mi-otosa zu, kokoro tagaha de yami ni si gana!"
 to omohu kokoro-dukahi hukaku si tamahe ri.
 Miya no ohom-arisama nado mo tohi kikoye tamahe ba, kasume tutu, "Sare ba yo." to obosiku notamahe ba, itohosiku te, obosi taru sama, kesiki wo mi ariku yau nado, katari kikoye tamahu.
 Rei yori ha kokoro-utukusiku katarahi te,
 "Naho, kaku mono-omohi kuhahuru hodo, sukosi kokoti mo sidumari te kikoye m."
 to notamahu. Hito nikuku ke-dohoku ha, mote-hanare nu mono kara, "Sauzi no katame mo ito tuyosi. Sihite yabura m wo ba, turaku imizikara m." to obosi tare ba, "Obosa ruru yau koso ha ara me. Karu-garusiku koto-zama ni nabiki tamahu koto, hata, yo ni ara zi." to, kokoro nodoka naru hito ha, sa ihe do, ito yoku omohi sidume tamahu.
 "Tada, ito obotukanaku, mono hedate taru nam, mune aka nu kokoti suru wo. Ari si yau ni te kikoye m."
 to seme tamahe do,
 "Tune yori mo wa ga omokage ni haduru koro nare ba, utomasi to mi tamahi te m mo, sasuga ni kurusiki ha, ika naru ni ka?"
 to, honoka ni uti-warahi tamahe ru kehahi nado, ayasiku natukasiku oboyu.
 "Kakaru mi-kokoro ni tayume rare tatematuri te, tuhi ni ika ni naru beki mi ni ka?"
 to nageki-gati ni te, rei no, tohoyama-dori ni te ake nu.
 Miya ha, mada tabi-ne naru ram to mo obosa de,
 "Tiunagon no, aruzi-gata ni kokoro nodoka naru kesiki koso urayamasikere."
 to notamahe ba, Womna-Gimi, ayasi to kiki tamahu.

 [4-8 匂宮、中の君を重んじる]
わりなくておはしまして、ほどなく帰りたまふが2202、飽かず苦しきに、宮ものをいみじく思したり。御心のうちを知りたまはねば、女方には、「またいかならむ。人笑へにや」と思ひ嘆きたまへば、「げに、心尽くしに苦しげなるわざかな」と見ゆ。
京にも、隠ろへて渡りたまふべき所もさすがになし。六条の院には、左の大殿、片つ方には住みたまひて、さばかりいかでと思したる六の君の御ことを思しよらぬに、なま恨めしと思ひきこえたまふべかめり。好き好きしき御さまと、許しなくそしりきこえたまひて、内裏わたりにも愁へきこえたまふべかめれば、いよいよ、おぼえなくて出だし据ゑたまはむも、憚ることいと多かり。
なべてに思す人の際は、宮仕への筋にて、なかなか心やすげなり。さやうの並々には思されず、「もし世の中移りて、帝后の思しおきつるままにもおはしまさば、人より高きさまにこそなさめ」など、ただ今は、いとはなやかに、心にかかりたまへるままに、もてなさむ方なく苦しかりけり。
中納言は、三条の宮造り果てて、「さるべきさまにて渡したてまつらむ」と思す。
げに、ただ人は心やすかりけり。かくいと心苦しき御けしきながら、やすからず忍びたまふからに、かたみに思ひ悩みたまふべかめるも、心苦しくて、忍びてかく通ひたまふよしを、中宮などにも漏らし聞こし召させて、
「しばしの御騒がれはいとほしくとも、女方の御ためは、咎もあらじ。いとかく夜をだに明かしたまはぬ苦しげさよ。いみじくもてなしてあらせたてまつらばや」
など思ひて、あながちにも隠ろへず。
「更衣など、はかばかしく誰かは扱ふらむ」など思して、御帳の帷、壁代など、三条の宮造り果てて、渡りたまはむ心まうけに、しおかせたまへるを、「まづ、さるべき用なむ」など、いと忍びて聞こえたまひて、たてまつれたまふ。さまざまなる女房の装束、御乳母などにものたまひつつ、わざともせさせたまひけり。

 [4-8 匂宮、中の君を重んじる]
無理を押してお越しになって、長くもいずにお帰りになるのが、物足りなくつらいので、宮はひどくお悩みになっていた。お心の中をご存知ないので、女方には、「またどうなるのだろうか。物笑いになりはせぬか」と思ってお嘆きなると、「なるほど、心底からおつらそうな」と見える。
京にも、こっそりとお移しになる家もさすがに見当たらない。六条院には、左の大殿が、一画にお住みになって、あれほど何とかしたいとお考えの六の君の御事をお考えにならないので、何やら恨めしいとお思い申し上げていらっしゃるようである。好色がましいお振舞いだと、容赦なくご非難申し上げなさって、宮中あたりでもご愁訴申し上げていらっしゃるようなので、ますます、世間に知られない人をお囲いなさるのも、憚りがとても多かった。
普通にお思いの身分の女は、宮仕えの方面で、かえって気安そうである。そのような並の女にはお思いなされず、「もし御世が替わって、帝や后がお考えおいたままにでもおなりになったら、誰よりも高い地位に立てよう」などと、ただ今のところは、たいそうはなやかに、心に懸けていらっしゃるにつれて、して差し上げようともその方法がなくつらいのであった。
中納言は、三条宮を造り終えて、「しかるべき形をもってお迎え申そう」とお考えになる。
なるほど、臣下は気楽なのであった。このようにたいそうお気の毒なご様子でありながら、気をつかってお忍びになるために、お互いに思い悩んでいらっしゃるようなのも、おいたわしくて、人目を忍んでこのようにお通いになっている事情を、中宮などにもこっそりとお耳に入れあそばして、
「暫くの間のお騒がれは気の毒だが、女方のためには、非難されることもない。たいそうこのように夜をさえお明かしにならないつらさよ。うまさく計らって差し上げたいものよ」
などと思って、無理して隠さない。
「衣更など、てきぱきと誰がお世話するだろうか」などと心配なさって、御帳の帷子や、壁代などを、三条宮を造り終えて、お移りになる準備をなさっていたのを、「差し当たって、入用がございまして」などと、たいそうこっそりと申し上げなさって、差し上げなさる。いろいろな女房の装束、御乳母などにもご相談なさっては、特別にお作らせになったのであった。

 [4-8 Nionomiya has great respect for Nakanokimi as his wife]
 Wari-naku te ohasimasi te, hodo naku kaheri tamahu ga, aka zu kurusiki ni, Miya mono wo imiziku obosi tari. Mi-kokoro no uti wo siri tamaha ne ba, womna-gata ni ha, "Mata ika nara m? Hito-warahe ni ya." to omohi nageki tamahe ba, "Geni, kokoro-dukusi ni kurusige naru waza kana!" to miyu.
 Kyau ni mo, kakurohe te watari tamahu beki tokoro mo sasuga ni nasi. Rokudeu-no-win ni ha, Hidari-no-Ohoi-tono, kata-tu-kata ni ha sumi tamahi te, sa bakari ikade to obosi taru Roku-no-Kimi no ohom-koto wo obosi-yora nu ni, nama-uramesi to omohi kikoye tamahu beka'meri. Suki-zukisiki ohom-sama to, yurusi naku sosiri kikoye tamahi te, Uti watari ni mo urehe kikoye tamahu beka'mere ba, iyo-iyo, oboye naku te idasi suwe tamaha m mo, habakaru koto ito ohokari.
 Nabete ni obosu hito no kiha ha, miya-dukahe no sudi ni te, naka-naka kokoro-yasuge nari. Sayau no nami-nami ni ha obosa re zu, "Mosi yononaka uturi te, Mikado Kisaki no obosi-oki turu mama ni mo ohasimasa ba, hito yori takaki sama ni koso nasa me." nado, tada-ima ha, ito hanayaka ni, kokoro ni kakari tamahe ru mama ni, motenasa m kata naku kurusikari keri.
 Tiunagon ha, Samdeu-no-miya tukuri hate te, "Saru beki sama ni te watasi tatematura m." to obosu.
 Geni, tada-udo ha kokoro-yasukari keri. Kaku ito kokoro-gurusiki mi-kesiki nagara, yasukara zu sinobi tamahu kara ni, katami ni omohi nayami tamahu beka'meru mo, kokoro-gurusiku te, sinobi te kaku kayohi tamahu yosi wo, Tiuguu nado ni mo morasi kikosimesa se te,
 "Sibasi no ohom-sawagare ha itohosiku to mo, womna-gata no ohom-tame ni ha, toga mo ara zi. Ito kaku yo wo dani akasi tamaha nu kurusige sa yo. Imiziku motenasi te arase tatematura ba ya!"
 nado omohi te, anagati ni mo kakurohe zu.
 "Koromo-gahe nado, haka-bakasiku tare ka ha atukahu ram?" nado obosi te, mi-tyau no katabira, kabesiro nado, Samdeu-no-miya tukuri hate te, watari tamaha m kokoro-mauke ni, si-oka se tamahe ru wo, "Madu, saru beki you nam." nado, ito sinobi te kikoye tamahi te, tatemature tamahu. Sama-zama naru nyoubau no sauzoku, ohom-menoto nado ni mo notamahi tutu, wazato mo se sase tamahi keri.

 5 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り [5-1 10月1日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り]
十月朔日ころ、網代もをかしきほどならむと、そそのかしきこえたまひて、紅葉御覧ずべく2203申したまふ。親しき宮人ども、殿上人の睦ましく思す限り、「いと忍びて」と思せど、所狭き御勢なれば、おのづからこと広ごりて、左の大殿の宰相の中将参りたまふ。さては、この中納言殿ばかりぞ、上達部は仕うまつりたまふ。ただ人は多かり。
かしこには、「論なく、中宿りしたまはむを、さるべきさまに思せ。さきの春も、花見に尋ね参り来しこれかれ、かかるたよりにことよせて、時雨の紛れに見たてまつり表すやうもぞはべる」など、こまやかに聞こえたまへり。
御簾掛け替へ、ここかしこかき払ひ、岩隠れに積もれる紅葉の朽葉すこしはるけ、遣水の水草払はせなどぞしたまふ。よしあるくだもの、肴など、さるべき人などもたてまつれたまへり。かつはゆかしげなけれど、「いかがはせむ。これもさるべきにこそは」と思ひ許して、心まうけしたまへり。
舟にて上り下り、おもしろく遊びたまふも聞こゆ。ほのぼのありさま見ゆるを、そなたに立ち出でて、若き人びと見たてまつる。正身の御ありさまは、それと見わかねども、紅葉を葺きたる舟の飾りの、錦と見ゆるに、声々吹き出づる物の音ども、風につけておどろおどろしきまでおぼゆ。
世人のなびきかしづきたてまつるさま、かく忍びたまへる道にも、いとことにいつくしきを見たまふにも、「げに、七夕ばかりにても、かかる彦星の光をこそ待ち出でめ」とおぼえたり。
文作らせたまふべき心まうけに、博士などもさぶらひけり。たそかれ時に、御舟さし寄せて遊びつつ文作りたまふ。紅葉を薄く濃くかざして、「海仙楽」といふものを吹きて、おのおの心ゆきたるけしきなるに、宮は、近江の海の心地2204して、遠方人の恨み2205いかにとのみ、御心そらなり。時につけたる題出だして、うそぶき誦じあへり。
人の迷ひすこししづめておはせむと、中納言も思して、さるべきやうに聞こえたまふほどに、内裏より、中宮の仰せ言にて、宰相の御兄の衛門督、ことことしき随身ひき連れて、うるはしきさまして参りたまへり。かうやうの御ありきは、忍びたまふとすれど、おのづからこと広ごりて、後の例にもなるわざなるを、重々しき人数あまたもなくて、にはかにおはしましにけるを、聞こしめしおどろきて、殿上人あまた具して参りたるに、はしたなくなりぬ。宮も中納言も、苦しと思して、物の興もなくなりぬ。御心のうちをば知らず、酔ひ乱れ遊び明かしつ。

 5 大君の物語 匂宮たちの紅葉狩り [5-1 10月1日頃、匂宮、宇治に紅葉狩り]
十月上旬ごろ、網代もおもしろい時期だろうと、お誘い申し上げなさって、紅葉を御覧になるよう申し上げなさる。側近の宮家の人びとや、殿上人で親しくなさっている人だけで、「たいそうこっそりと」とお思いになるが、たいへんなご威勢なので、自然と計画が広まって、左の大殿の宰相中将も参加なさる。それ以外では、この中納言殿だけが、上達部としてお供なさる。臣下の者は多かった。
あちらには、「無論、休憩をなさるでしょうから、そのようにお考えください。昨年の春にも、花見に尋ねて参った誰彼が、このような機会にことよせて、時雨の紛れに拝見するようなこともございましょう」などと、こまごまとご注意申し上げなさった。
御簾を掛け替え、あちらこちら掃除をし、岩蔭に積もっている紅葉の朽葉を少し取り除き、遣水の水草を払わせなどなさる。風流な果物や、肴など、手伝いに必要な者たちを差し上げなさった。一方では奥ゆかしさもないが、「どうすることもできない。これも前世からの宿縁なのか」と諦めて、お心積もりしていらっしゃった。
舟で上ったり下ったりして、おもしろく合奏なさっているのも聞こえる。ちらほらとその様子が見えるのを、そちらに立って出て、若い女房たちは拝見する。ご本人のお姿は、その人と見分けることはできないが、紅葉を葺いた舟の飾りが、錦に見えるところへ、声々に吹き立てる笛の音が、風に乗って仰々しいまでに聞こえる。
世人が追従してお世話申し上げる様子が、このようにお忍びの旅先でも、たいそう格別に盛んなのを御覧になるにつけても、「なるほど、七夕程度であっても、このような彦星の光をお迎えしたいもの」と思われた。
漢詩文をお作らせになるつもりで、博士なども伺候しているのであった。黄昏時に、お舟をさし寄せて音楽を奏しながら漢詩をお作りになる。紅葉を薄く濃くかざして、「海仙楽」という曲を吹いて、それぞれ満足した様子であるが、宮は、近江の湖の気がして、対岸の方の恨みはどんなにかとばかり、上の空である。時節にふさわしい題を出して、朗誦し合っていた。
人びとの騷ぎが少し静まってからおいでになろうと、中納言もお思いになって、そのようにお話申し上げていらっしゃったところに、内裏から、中宮の仰せ言として、宰相の御兄君の衛門督が、仰々しい随身を引き連れて、正装をして参上なさった。このようなご外出は、こっそりなさろうとしても、自然と広まって、後の例にもなることなので、重々しい身分の人も大していなくて、急にお出かけになったのを、お耳にあそばしびっくりして、殿上人を大勢連れて参ったので、具合悪くなってしまった。宮も中納言も、困ったとお思いになって、遊楽の興も冷めてしまった。ご心中を知らないで、酔い乱れて遊び明かした。

 5 Tale of Ohoi-kimi Nionomiya and the others go to sightseeing of red leaves in Uji [5-1 About October 1, Nionomiya and the others go to sightseeing of red leaves in Uji]
 Zihu-gwati tuitati-koro, aziro mo wokasiki hodo nara m to, sosonokasi kikoye tamahi te, momidi go-ran-zu beku mausi tamahu. Sitasiki miya-bito-domo, tenzyau-bito no mutumasiku obosu kagiri, "Ito sinobi te." to obose do, tokoro-seki ohom-ikihohi nare ba, onodukara koto hirogori te, Hidari-no-Ohoi-tono no Saisyau-no-Tiuzyau mawiri tamahu. Sate ha, ko no Tiunagon-dono bakari zo, Kamdatime ha tukau-maturi tamahu. Tada-udo ha ohokari.
 Kasiko ni ha, "Ron naku, naka-yadori si tamaha m wo, saru beki sama ni obose. Saki no haru mo, hana-mi ni tadune mawiri ko si kore kare, kakaru tayori ni koto yose te, sigure no magire ni mi tatematuri arahasu yau mo zo haberu." nado, komayaka ni kikoye tamahe ri.
 Mi-su kake-kahe, koko kasiko kaki-harahi, iha-gakure ni tumore ru momidi no kutiba sukosi haruke, yarimidu no mi-kusa haraha se nado zo si tamahu. Yosi aru kudamono, sakana nado, saru beki hito nado mo tatemature tamahe ri. Katu ha yukasige nakere do, "Ika ga ha se m? Kore mo saru beki ni koso ha." to omohi yurusi te, kokoro mauke si tamahe ri.
 Hune ni te nobori kudari, omosiroku asobi tamahu mo kikoyu. Hono-bono arisama miyuru wo, sonata ni tati-ide te, wakaki hito-bito mi tatematuru. Sauzimi no ohom-arisama ha, sore to mi-waka ne do mo, momidi wo huki taru hune no kazari no, nisiki to miyuru ni, kowe-gowe huki-iduru mono no ne-domo, kaze ni tuke te odoro-odorosiki made oboyu.
 Yo-hito no nabiki kasiduki tatematuru sama, kaku sinobi tamahe ru miti ni mo, ito koto ni itukusiki wo mi tamahu ni mo, "Geni, tanabata bakari ni te mo, kakaru hiko-bosi no hikari wo koso mati-ide me." to oboye tari.
 Humi tukura se tamahu beki kokoro-mauke ni, hakase nado mo saburahi keri. Tasokare-doki ni, ohom-hune sasi-yose te asobi tutu humi tukuri tamahu. Momidi wo usuku koku kazasi te, Kaisen-raku to ihu mono wo huki te, ono-ono kokoro-yuki taru kesiki naru ni, Miya ha, Ahumi-no-umi no kokoti si te, wotikata-bito no urami ika ni to nomi, mi-kokoro sora nari. Toki ni tuke taru dai idasi te, usobuki zu-zi ahe ri.
 Hito no mayohi sukosi sidume te ohase m to, Tiunagon mo obosi te, saru beki yau ni kikoye tamahu hodo ni, Uti yori, Tiuguu no ohose-goto ni te, Saisyau no ohom-ani no Wemon-no-Kami, koto-kotosiki zuizin hiki-ture te, uruhasiki sama si te mawiri tamahe ri. Kau yau no ohom-ariki ha, sinobi tamahu to sure do, onodukara koto hirogori te, noti no tamesi ni mo naru waza naru wo, omo-omosiki hito-kazu amata mo naku te, nihaka ni ohasimasi ni keru wo, kikosimesi odoroki te, Tenzyau-bito amata gu-si mawiri taru ni, hasitanaku nari nu. Miya mo Tiunagon mo, kurusi to obosi te, mono no kyou mo naku nari nu. Mi-kokoro no uti wo ba sira zu, wehi midare asobi akasi tu.

 [5-2 一行、和歌を唱和する]
今日は、かくてと思すに、また、宮の大夫、さらぬ殿上人など、あまたたてまつりたまへり。心あわたたしく口惜しくて、帰りたまはむそらなし。かしこには御文をぞたてまつれたまふ。をかしやかなることもなく、いとまめだちて、思しけることどもを、こまごまと書き続け2206たまへれど、「人目しげく騒がしからむに」とて、御返りなし。
「数ならぬありさまにては、めでたき御あたりに交じらはむ、かひなきわざかな」と、いとど思し知りたまふ。よそにて隔たる月日は、おぼつかなさもことわりに、さりともなど慰めたまふを、近きほどにののしりおはして、つれなく過ぎたまひなむ、つらくも口惜しくも思ひ乱れたまふ。
宮は、まして、いぶせくわりなしと思すこと、限りなし。網代の氷魚2207も心寄せたてまつりて、いろいろの木の葉にかきまぜもてあそぶを、下人などはいとをかしきことに思へれば、人に従ひつつ、心ゆく御ありきに、みづからの御心地は、胸のみつとふたがりて、空をのみ眺め2208たまふに、この古宮の梢は、いとことにおもしろく、常磐木にはひ混じれる蔦の色なども、もの深げに見えて、遠目さへすごげなるを、中納言の君も、「なかなか頼めきこえけるを、憂はしきわざかな」とおぼゆ。
去年の春、御供なりし君たちは、花の色を思ひ出でて、後れてここに眺めたまふらむ心細さを言ふ。かく忍び忍びに通ひたまふと、ほの聞きたるもあるべし。心知らぬも混じりて、おほかたにとやかくやと、人の御上は、かかる山隠れなれど、おのづから聞こゆるものなれば、
「いとをかしげにこそものしたまふなれ」
「箏の琴上手にて、故宮の明け暮れ遊びならはしたまひければ」
など、口々言ふ。
宰相の中将、
「いつぞやも花の盛りに一目見し
 木のもとさへや秋は寂しき2209」
主人方と思ひて言へば、中納言、
「桜こそ思ひ知らすれ咲き匂ふ
花も紅葉も常ならぬ世を」
衛門督、
「いづこより秋は行きけむ山里の
紅葉の蔭は過ぎ憂きものを」
宮の大夫、
「見し人もなき山里2210の岩垣に
心長くも這へる葛かな」
中に老いしらひて、うち泣きたまふ。親王の若くおはしける世のことなど、思ひ出づるなめり。
宮、
「秋はてて寂しさまさる木のもとを
吹きな過ぐしそ峰の松風」
とて、いといたく涙ぐみたまへるを、ほのかに知る人は、
「げに、深く思すなりけり。今日のたよりを過ぐしたまふ心苦しさ」
と見たてまつる人あれど、ことことしく引き続きて、えおはしまし寄らず。作りける文のおもしろき所々うち誦じ、大和歌もことにつけて多かれど、かうやうの酔ひの紛れに、ましてはかばかしきことあらむやは。片端書きとどめてだに見苦しくなむ。

 [5-2 一行、和歌を唱和する]
今日は、このままとお思いになるが、また、宮の大夫、その他の殿上人などを、大勢差し上げなさっていた。気ぜわしく残念で、お帰りになる気もしない。あちらにはお手紙を差し上げなさる。風流なこともなく、たいそう真面目に、お思いになっていたことを、こまごまと書き綴りなさっていたが、「人目が多く騒がしいだろう」とて、お返事はない。
「人数にも入らない身の上では、ご立派な方とお付き合いするのは、詮ないことであったのだ」と、ますますお思い知りなさる。逢わずに過す月日は、心配も道理であるが、いくら何でも後にはなどと慰めなさるが、近くで大騒ぎしていらして、何もなくて去っておしまいになるのが、つらく残念にも思い乱れなさる。
宮は、それ以上に、憂鬱でやるせないとお思いになること、この上ない。網代の氷魚も心寄せ申して、色とりどりの木の葉にのせて賞味なさるを、下人などはまことに美しいことと思っているので、人それぞれに従って、満足しているようなご外出に、ご自身のお気持ちは、胸ばかりがいっぱいになって、空ばかりを眺めていらっしゃるが、この故宮邸の梢は、たいそう格別に美しく、常磐木に這いかかっている蔦の色なども、何となく深味があって、遠目にさえ物淋しそうなのを、中納言の君も、「なまじご依頼申し上げなさっていたのが、かえってつらいことになったな」と思われる。
去年の春、お供した公達は、花の美しさを思い出して、先立たれてここで悲しんでいらっしゃるだろう心細さを噂する。このように忍び忍びにお通いになると、ちらっと聞いている者もいるのであろう。事情を知らない者も混じって、だいたいが何やかやと、人のお噂は、このような山里であるが、自然と聞こえるものなので、
「とても素晴らしくいらっしゃるそうな」
「箏の琴が上手で、故宮が明け暮れお弾きになるようしつけていらしたので」
などと、口々に言う。
宰相中将が、
「いつだったか花の盛りに一目見た木のもとまでが
秋はお寂しいことでしょう」
主人方と思って詠みかけてくるので、中納言は、
「桜は知っているでしょう
咲き匂う花も紅葉も常ならぬこの世を」
衛門督、
「どこから秋は去って行くのでしょう
山里の紅葉の蔭は立ち去りにくいのに」
宮の大夫、
「お目にかかったことのある方も亡くなった
山里の岩垣に気の長く這いかかっている蔦よ」
その中で年老いていて、お泣きになる。親王が若くいらっしゃった当時のことなどを、思い出したようである。
宮、
「秋が終わって寂しさがまさる木のもとを
あまり烈しく吹きなさるな、峰の松風よ」
と詠んで、とてもひどく涙ぐんでいらっしゃるのを、うすうす事情を知っている人は、
「なるほど、深いご執心なのだ。今日の機会をお逃しになるおいたわしさ」
と拝し上げる人もいるが、仰々しく行列をつくっては、お立ち寄りになることはできない。作った漢詩文の素晴らしい所々を朗誦し、和歌も何やかやと多かったが、このような酔いの紛れには、それ以上に良い作があろうはずがない。一部分を書き留めてさえ見苦しいものである。

 [5-2 Nionomiya and the others compose waka together]
 Kehu ha, kaku te to obosu ni, mata, Miya-no-Daibu, sara nu Tenzyau-bito nado, amata tatematuri tamahe ri. Kokoro-awatatasiku kutiwosiku te, kaheri tamaha m sora nasi. Kasiko ni ha ohom-humi wo zo tatemature tamahu. Wokasiyaka naru koto mo naku, ito mame-dati te, obosi keru koto-domo wo, koma-goma to kaki tuduke tamahe re do, "Hito-me sigeku sawagasikara m ni." tote, ohom-kaheri nasi.
 "Kazu nara nu arisama ni te ha, medetaki ohom-atari ni maziraha m, kahi naki waza kana!" to, itodo obosi siri tamahu. Yoso ni te hedataru tuki-hi ha, obotukanasa mo kotowari ni, sari to mo nado nagusame tamahu wo, tikaki hodo ni nonosiri ohasi te, turenaku sugi tamahi na m, turaku mo kutiwosiku mo omohi midare tamahu.
 Miya ha, masite, ibuseku wari nasi to obosu koto, kagiri nasi. Aziro no hiwo mo kokoro-yose tatematuri te, iro-iro no ko-no-ha ni kaki-maze mote-asobu wo, simo-bito nado ha ito wokasiki koto ni omohe re ba, hito ni sitagahi tutu, kokoro-yuku ohom-ariki ni, midukara no mi-kokoti ha, mune nomi tuto hutagari te, sora wo nomi nagame tamahu ni, ko no huru-Miya no kozuwe ha, ito koto ni omosiroku, tokihagi ni hahi mazire ru tuta no iro nado mo, mono-hukage ni miye te, towo-me sahe sugoge naru wo, Tiunagon-no-Kimi mo, "Naka-naka tanome kikoye keru wo, urehasiki waza kana!" to oboyu.
 Kozo no haru, ohom-tomo nari si Kimi-tati ha, hana no iro wo omohi-ide te, okure te koko ni nagame tamahu ram kokoro-bososa wo ihu. Kaku sinobi sinobi ni kayohi tamahu to, hono-kiki taru mo aru besi. Kokoro sira nu mo maziri te, ohokata ni to-ya kaku-ya to, hito no ohom-uhe ha, kakaru yama-gakure nare do, onodukara kikoyuru mono nare ba,
 "Ito wokasige ni koso monosi tamahu nare."
 "Sau-no-koto zyauzu ni te, ko-Miya no ake-kure asobi narahasi tamahi kere ba."
 nado, kuti-guti ihu.
 Saisyau-no-Tiuzyau,
 "Ituzo ya mo hana no sakari ni hito-me mi si
 ko no moto sahe ya aki ha sabisiki
"
 Aruzi-gata to omohi te ihe ba, Tiunagon,
 "Sakura koso omohi sira sure saki nihohu
 hana mo momidi mo tune nara nu yo wo
"
 Wemon-no-Kami,
 "Iduko yori aki ha yuki kem yama-zato no
 momidi no kage ha sugi-uki mono wo
"
 Miya-no-Daibu,
 "Mi si hito mo naki yama-zato no iha-kaki ni
 kokoro-nagaku mo hahe ru kuzu kana
"
 Naka ni oyi-sirahi te, uti-naki tamahu. Miko no wakaku ohasi keru yo no koto nado, omohi-iduru na'meri.
 Miya,
 "Aki hate te sabisisa masaru ko no moto wo
 huki na sugusi so mine no matu-kaze
"
 tote, ito itaku namida-gumi tamahe ru wo, honoka ni siru hito ha,
 "Geni, hukaku obosu nari keri. Kehu no tayori wo sugusi tamahu kokoro-gurusisa."
 to mi tatematuru hito are do, koto-kotosiku hiki-tuduke te, e ohasimasi yora zu. Tukuri keru humi no omosiroki tokoro-dokoro uti-zu-zi, Yamato-uta mo koto ni tuke te ohokare do, kau yau no wehi no magire ni, masite haka-bakasiki koto ara m ya ha. Kata-hasi kaki-todome te dani mi-gurusiku nam.

 [5-3 大君と中の君の思い]
かしこには、過ぎたまひぬるけはひを、遠くなるまで聞こゆる前駆の声々、ただならずおぼえたまふ。心まうけしつる人びとも、いと口惜しと思へり。姫宮は、まして、
「なほ、音に聞く月草の色なる御心2211なりけり。ほのかに人の言ふを聞けば、男といふものは、虚言をこそいとよくすなれ。思はぬ人を思ふ顔にとりなす言の葉多かるものと、この人数ならぬ女ばらの、昔物語に言ふを、さるなほなほしきなかにこそは、けしからぬ心あるもまじるらめ。
何ごとも筋ことなる際になりぬれば、人の聞き思ふことつつましく、所狭かるべきものと思ひしは、さしもあるまじきわざなりけり。あだめきたまへるやうに、故宮も聞き伝へたまひて、かやうに気近きほどまでは、思し寄らざりしものを。あやしきまで心深げにのたまひわたり、思ひの外に見たてまつるにつけてさへ、身の憂さを思ひ添ふるが、あぢきなくもあるかな。
かく見劣りする御心を、かつはかの中納言も、いかに思ひたまふらむ。ここにもことに恥づかしげなる人はうち混じらねど、おのおの思ふらむが、人笑へにをこがましきこと」
と思ひ乱れたまふに、心地も違ひて、いと悩ましくおぼえたまふ。
正身は、たまさかに対面したまふ時、限りなく深きことを頼め契りたまひつれば、「さりとも、こよなうは思し変らじ」と、おぼつかなきも、「わりなき障りこそは、ものしたまふらめ」と、心のうちに思ひ慰めたまふかたあり。
ほど経にけるが思ひ焦られたまはぬにしもあらぬに、なかなかにてうち過ぎたまひぬるを、つらくも口惜しくも思ほゆるに、いとどものあはれなり。忍びがたき御けしきなるを、
「人なみなみにもてなして、例の人めきたる住まひならば、かうやうに、もてなしたまふまじきを」
など、姉宮は、いとどしくあはれと見たてまつりたまふ。

 [5-3 大君と中の君の思い]
あちらでは、お素通りになってしまった様子を、遠くなるまで聞こえる前駆の声々を、ただならずお聞きになる。心積もりしていた女房も、まことに残念に思っていた。姫宮は、それ以上に、
「やはり、噂に聞く月草のような移り気なお方なのだわ。ちらちら人の言うのを聞くと、男というものは、嘘をよくつくという。愛していない人を愛している顔でだます言葉が多いものだと、この人数にも入らない女房連中が、昔話として言うのを、そのような身分の低い階層には、よくないこともあるのだろう。
何事も高貴な身分になれば、人が聞いて思うことも遠慮されて、自由勝手には振る舞えないはずのものと思っていたのは、そうとも限らなかったのだわ。浮気でいらっしゃるように、故宮も伝え聞いていらっしゃって、このように身近な関係にまでは、お考えでなかったのに。不思議なほど熱心にずっと求婚なさり続け、意外にも婿君として拝するにつけてさえ、身のつらさが思い加わるのが、つまらないことであるよ。
このように期待はずれの宮のお心を、一方ではあの中納言も、どのように思っていらっしゃるのだろう。ここには特に立派そうな女房はいないが、それぞれ何と思うか、物笑いになって馬鹿らしいこと」
とお心を悩ましなさると、気分も悪くなって、ほんとうに苦しく思われなさる。
ご本人は、たまにお会いなさる時、この上なく深い愛情をお約束なさっていたので、「そうはいっても、すっかりご変心なさるまい」と、訪れがないのも、「やむをえない支障が、おありなのだろう」と、心中に思い慰めなさることがある。
久しく日がたったのを気になさらないこともないが、なまじ近くまで来ながら素通りしてお帰りになったことを、つらく口惜しく思われるので、ますます胸がいっぱいになる。堪えがたいご様子なのを、
「世間並みの姫君にして上げて、ひとかどの貴族らしい暮らしならば、このようには、お扱いなさるまいものを」
などと、姉宮は、ますますお気の毒にと拝し上げなさる。

 [5-3 The thinking of Ohoi-kimi and Nakanokimi]
 Kasiko ni ha, sugi tamahi nuru kehahi wo, tohoku naru made kikoyuru saki no kowe-gowe, tada nara zu oboye tamahu. Kokoro-mauke si turu hito-bito mo, ito kutiwosi to omohe ri. Hime-Miya ha, masite,
 "Naho, oto ni kiku tuki-kusa no iro naru mi-kokoro nari keri. Honoka ni hito no ihu wo kike ba, wotoko to ihu mono ha, sora-goto wo koso ito yoku su nare. Omoha nu hito wo omohu-gaho ni torinasu koto-no-ha ohokaru mono to, ko no hito-kazu nara nu womna-bara no, mukasi-monogatari ni ihu wo, saru naho-nahosiki naka ni koso ha, kesikara nu kokoro aru mo maziru rame.
 Nani-goto mo sudi koto naru kiha ni nari nure ba, hito no kiki omohu koto tutumasiku, tokoro-sekaru beki mono to omohi si ha, sa si mo aru maziki waza nari keri. Adameki tamahe ru yau ni, ko-Miya mo kiki-tutahe tamahi te, kayau ni ke-dikaki hodo made ha, obosi-yora zari si mono wo. Ayasiki made kokoro-bukage ni notamahi watari, omohi no hoka ni mi tatematuru ni tuke te sahe, mi no usa wo omohi sohuru ga, adikinaku mo aru kana!
 Kaku mi-otori suru mi-kokoro wo, katu ha ka no Tiunagon mo, ika ni omohi tamahu ram. Koko ni mo koto ni hadukasige naru hito ha uti-mazira ne do, ono-ono omohu ram ga, hito-warahe ni wokogamasiki koto."
 to omohi midare tamahu ni, kokoti mo tagahi te, ito nayamasiku oboye tamahu.
 Sauzimi ha, tamasaka ni taimen si tamahu toki, kagiri naku hukaki koto wo tanome tigiri tamahi ture ba, "Sari to mo, koyonau obosi kahara zi." to, obotukanaki mo, "Wari naki sahari koso ha, monosi tamahu rame." to, kokoro no uti ni omohi nagusame tamahu kata ari.
 Hodo he ni keru ga omohi-ira re tamaha nu ni si mo ara nu ni, naka-naka ni te uti-sugi tamahi nuru wo, turaku mo kutiwosiku mo omohoyuru ni, itodo mono ahare nari. Sinobi gataki mi-kesiki naru wo,
 "Hito-nami-nami ni motenasi te, rei no hito-meki taru sumahi nara ba, kau yau ni, motenasi tamahu maziki wo."
 nado, Ane-Miya ha, itodosiku ahare to mi tatematuri tamahu.

 [5-4 大君の思い]
「我も世にながらへば、かうやうなること見つべきにこそはあめれ。中納言の、とざまかうざまに言ひありきたまふも、人の心を見むとなりけり。心一つにもて離れて思ふとも、こしらへやる限りこそあれ。ある人のこりずまに2212、かかる筋のことをのみ、いかでと思ひためれば、心より外に、つひにもてなされぬべかめり。これこそは、返す返す、さる心して世を過ぐせ、とのたまひおきしは、かかることもやあらむの諌めなりけり。
さもこそは、憂き身どもにて、さるべき人にも後れたてまつらめ。やうのものと人笑へなることを添ふるありさまにて、亡き御影をさへ悩ましたてまつらむがいみじさなるを、我だに、さるもの思ひに沈まず、罪などいと深からぬさきに、いかで亡くなりなむ」
と思し沈むに、心地もまことに苦しければ、物もつゆばかり参らず、ただ、亡からむ後のあらましごとを、明け暮れ思ひ続けたまふにも、心細くて、この君を見たてまつりたまふも、いと心苦しく、
「我にさへ後れたまひて、いかにいみじく慰む方なからむ。あたらしくをかしきさまを、明け暮れの見物にて、いかで人びとしくも見なしたてまつらむ、と思ひ扱ふをこそ、人知れぬ行く先の頼みにも思ひつれ、限りなき人にものしたまふとも、かばかり人笑へなる目を見てむ人の、世の中に立ちまじり、例の人ざまにて経たまはむは、たぐひすくなく心憂からむ」
など思し続くるに、「いふかひもなく、この世にはいささか思ひ慰む方なくて、過ぎぬべき身どもなりけり」と心細く思す。

 [5-4 大君の思い]
「わたしも生き永らえたら、このようなことをきっと経験することだろう。中納言が、あれやこれやと言い寄りなさるのも、わたしの気を引いてみようとのつもりだったのだわ。自分一人が相手になるまいと思っても、言い逃れるには限度がある。ここに仕える女房が性懲りもなく、この結婚をばかりを、何とか成就させたいと思っているようなので、心外にも、結局は結婚させられてしまうかもしれない。この事だけは、繰り返し繰り返し、用心して過ごしなさいと、ご遺言なさったのは、このようなことがあろう時の忠告だったのだわ。
このような、不幸な運命の二人なので、しかるべき親にもお先立たれ申したのだ。姉妹とも同様に物笑いになることを重ねた様子で、亡き両親までをお苦しめ申すのが情けないのを、わたしだけでも、そのような物思いに沈まず、罪などたいして深くならない前に、何とか亡くなりたい」
と思い沈むと、気分もほんとうに苦しいので、食べ物を少しも召し上がらず、ただ、亡くなった後のあれこれを、明け暮れ思い続けていらっしゃると、心細くなって、この君をお世話申し上げなさるのも、とてもおいたわしく、
「わたしにまで先立たれなさって、どんなにひどく慰めようがないことだろう。惜しくかわいい様子を、明け暮れの慰みとして、何とかして一人前にして差し上げたいと思って世話するのを、誰にも言わず将来の生きがいと思ってきたが、この上ない方でいらっしゃっても、これほど物笑いになった目に遭ったような人が、世間に出てお付き合いをし、普通の人のようにお過ごしになるのは、例も少なくつらいことだろう」
などとお考え続けると、「何とも言いようなく、この世には少しも慰めることができなくて、終わってしまいそうな二人らしい」と、心細くお思いになる。

 [5-4 The thinking of Ohoi-kimi]
 "Ware mo yo ni nagarahe ba, kau yau naru koto mi tu beki ni koso ha a'mere. Tiunagon no, to-zama kau-zama ni ihi-ariki tamahu mo, hito no kokoro wo mi m to nari keri. Kokoro hitotu ni mote hanare te omohu to mo, kosirahe yaru kagiri koso are. Aru hito no korizuma ni, kakaru sudi no koto wo nomi, ikade to omohi ta'mere ba, kokoro yori hoka ni, tuhi ni motenasa re nu bekameri. Kore koso ha, kahesu-gahesu, saru kokoro si te yo wo suguse, to notamahi-oki si ha, kakaru koto mo ya ara m no isame nari keri.
 Sa mo koso ha, uki-mi-domo ni te, saru beki hito ni mo okure tatematura me. Yau no mono to hito-warahe naru koto wo sohuru arisama ni te, naki mi-kage wo sahe nayamasi tatematura m ga imizisa naru wo, ware dani, saru mono-omohi ni siduma zu, tumi nado ito hukakara nu saki ni, ikade nakunari na m."
 to obosi sidumu ni, kokoti mo makoto ni kurusikere ba, mono mo tuyu bakari mawira zu, tada, nakara m noti no aramasi-goto wo, ake-kure omohi-tuduke tamahu ni mo, kokoro-bosoku te, ko no Kimi wo mi tatematuri tamahu mo, ito kokoro-gurusiku,
 "Ware sahe okure tamahi te, ika ni imiziku nagusamu kata nakara m. Atarasiku wokasiki sama wo, ake-kure no mi-mono ni te, ikade hito-bitosiku mo mi-nasi tatematura m, to omohi atukahu wo koso, hito sire nu yuku-saki no tanomi ni mo omohi ture, kagiri naki hito ni monosi tamahu to mo, kabakari hito-warahe naru me wo mi te m hito no, yononaka ni tati-maziri, rei no hito-zama ni te he tamaha m ha, taguhi sukunaku kokoro-ukara m."
 nado obosi tudukuru ni, "Ihu kahi naku, ko-no-yo ni ha isasaka omohi nagusamu kata naku te, sugi nu beki mi-domo nari keri." to kokoro-bosoku obosu.

 [5-5 匂宮の禁足、薫の後悔]
宮は、立ち返り、例のやうに忍びてと出で立ちたまひけるを、内裏に、
「かかる御忍びごとにより、山里の御ありきも、ゆくりかに思し立つなりけり。軽々しき御ありさまと、世人も下にそしり申すなり」
と、衛門督の漏らし申したまひければ、中宮も聞こし召し嘆き、主上もいとど許さぬ御けしきにて、
「おほかた心にまかせたまへる御里住みの悪しきなり」
と、厳しきことども出で来て、内裏につとさぶらはせたてまつりたまふ。左の大臣殿の六の君を、うけひかず思したることなれど、おしたちて参らせたまふべく、皆定めらる。
中納言殿聞きたまひて、あいなくものを思ひありきたまふ。
「わがあまり異様なるぞや。さるべき契りやありけむ。親王のうしろめたしと思したりしさまも、あはれに忘れがたく、この君たちの御ありさまけはひも、ことなることなくて世に衰へたまはむことの、惜しくもおぼゆるあまりに、人びとしくもてなさばやと、あやしきまでもて扱はるるに、宮もあやにくにとりもちて責めたまひしかば、わが思ふ方は異なるに、譲らるるありさまもあいなくて、かくもてなしてしを。
思へば、悔しくもありけるかな。いづれもわがものにて見たてまつらむに、咎むべき人もなしかし」
と、取り返すものならねど2213、をこがましく、心一つに思ひ乱れたまふ。
宮は、まして、御心にかからぬ折なく、恋しくうしろめたしと思す。
「御心につきて思す人あらば、ここに参らせて、例ざまにのどやかにもてなしたまへ。筋ことに思ひきこえたまへるに、軽びたるやうに人の聞こゆべかめるも、いとなむ口惜しき」
と、大宮は明け暮れ聞こえたまふ。

 [5-5 匂宮の禁足、薫の後悔]
宮は、すぐその後、いつものように人目に隠れてとご出立なさったが、内裏で、
「このようなお忍び事によって、山里へのご外出も、簡単にお考えになるのです。軽々しいお振舞いだと、世間の人も蔭で非難申しているそうです」
と、衛門督がそっとお耳に入れ申し上げなさったので、中宮もお聞きになって困り、主上もますますお許しにならない御様子で、
「だいたいが気まま放題の里住みが悪いのである」
と、厳しいことが出てきて、内裏にぴったりとご伺候させ申し上げなさる。左の大殿の六の君を、ご承知せず思っていらっしゃることだが、無理にも差し上げなさるよう、すべて取り決められる。
中納言殿がお聞きになって、他人事ながらどうにもならないと思案なさる。
「自分があまりに変わっていたのだ。そのようになるはずの運命であったのだろうか。親王が不安であるとご心配になっていた様子も、しみじみと忘れがたく、この姫君たちのご様子や人柄も、格別なことはなくて世に朽ちてゆきなさることが、惜しくも思われるあまりに、人並みにして差し上げたいと、不思議なまでお世話せずにはいられなかったところ、宮もあいにくに身を入れてお責めになったので、自分の思いを寄せている人は別なのだが、お譲りなさるのもおもしろくないので、このように取り計らってきたのに。
考えてみれば、悔しいことだ。どちらも自分のものとしてお世話するのを、非難するような人はいないのだ」
と、元に戻ることはできないが、馬鹿らしく、自分一人で思い悩んでいらっしゃる。
宮は、薫以上に、お心にかからない折はなく、恋しく気がかりだとお思いになる。
「お心に気に入ってお思いの人がいるならば、ここに参らせて、普通通りに穏やかになさりなさい。格別なことをお考え申し上げておいであそばすのに、軽々しいように人がお噂申すようなのも、まことに残念です」
と、大宮は明け暮れご注意申し上げなさる。

 [5-5 Nionomiya is forbiden to go out, and Kaoru regrets that he did]
 Miya ha, tati-kaheri, rei no yau ni sinobi te to ide-tati tamahi keru wo, Uti ni,
 "Kakaru ohom-sinobi goto ni yori, yama-zato no ohom-ariki mo, yukurika ni obosi-tatu nari keri. Karo-garosiki ohom-arisama to, yo-hito mo sita ni sosiri mausu nari."
 to, Wemon-no-Kami no morasi mausi tamahi kere ba, Tiuguu mo kikosimesi nageki, Uhe mo itodo yurusa nu mi-kesiki ni te,
 "Ohokata kokoro ni makase tamahe ru ohom-sato-zumi no asiki nari."
 to, kibisiki koto-domo ide-ki te, Uti ni tuto saburaha se tatematuri tamahu. Hidari-no-Ohoidono no Roku-no-Kimi wo, ukehika zu obosi taru koto nare do, ositati te mawira se tamahu beku, mina sadame raru.
 Tiunagon-dono kiki tamahi te, ainaku mono wo omohi ariki tamahu.
 "Wa ga amari koto-yau naru zo ya. Saru beki tigiri ya ari kem. Miko no usirometasi to obosi tari si sama mo, ahare ni wasure gataku, ko no Kimi-tati no ohom-arisama kehahi mo, koto naru koto naku te yo ni otorohe tamaha m koto no, wosiku mo oboyuru amari ni, hito-bitosiku motenasa ba ya to, ayasiki made mote-atukaha ruru ni, Miya mo ayaniku ni torimoti te seme tamahi sika ba, wa ga omohu kata ha koto naru ni, yudura ruru arisama mo ainaku te, kaku motenasi te si wo.
 Omohe ba, kuyasiku mo ari keru kana! Idure mo waga mono ni te mi tatematura m ni, togamu beki hito mo nasi kasi."
 to, torikahesu mono nara ne do, wokogamasiku, kokoro hitotu ni omohi-midare tamahu.
 Miya ha, masite, mi-kokoro ni kakara nu wori naku, kohisiku usirometasi to obosu.
 "Mi-kokoro ni tuki te obosu hito ara ba, koko ni mawira se te, rei-zama ni nodoyaka ni motenasi tamahe. Sudi koto ni omohi kikoye tamahe ru ni, karobi taru yau ni hito no kikoyu beka'meru mo, ito nam kutiwosiki."
 to, Oho-Miya ha ake-kure kikoye tamahu.

 [5-6 時雨降る日、匂宮宇治の中の君を思う]
時雨いたくしてのどやかなる日、女一の宮の御方に参りたまひつれば、御前に人多くもさぶらはず、しめやかに、御絵など2214御覧ずるほどなり。
御几帳ばかり隔てて、御物語聞こえたまふ。限りもなくあてに気高きものから、なよびかにをかしき御けはひを、年ごろ二つなきものに思ひきこえたまひて、
「また、この御ありさまになずらふ人世にありなむや。冷泉院の姫宮ばかりこそ、御おぼえのほど、うちうちの御けはひも心にくく聞こゆれど、うち出でむ方もなく思しわたるに、かの山里人は、らうたげにあてなる方の、劣りきこゆまじきぞかし」
など、まづ思ひ出づるに、いとど恋しくて、慰めに、御絵どものあまた散りたるを見たまへば、をかしげなる女絵どもの、恋する男の住まひなど描きまぜ、山里のをかしき家居など、心々に世のありさま描きたるを、よそへらるること多くて、御目とまりたまへば、すこし聞こえたまひて、「かしこへたてまつらむ」と思す。
在五が物語を描きて、妹に琴教へたる所の、「人の結ばむ2215」と言ひたるを見て、いかが思すらむ、すこし近く参り寄りたまひて、
「いにしへの人も、さるべきほどは、隔てなくこそならはしてはべりけれ。いと疎々しくのみもてなさせたまふこそ」
と、忍びて聞こえたまへば、「いかなる絵にか」と思すに、おし巻き寄せて、御前にさし入れたまへるを、うつぶして御覧ずる御髪のうちなびきて、こぼれ出でたるかたそばばかり、ほのかに見たてまつりたまふが、飽かずめでたく、「すこしももの隔てたる人と思ひきこえましかば」と思すに、忍びがたくて、
「若草のね見むものとは2216思はねど
むずぼほれたる心地こそすれ」
御前なる人びとは、この宮をばことに恥ぢきこえて、もののうしろに隠れたり。「ことしもこそあれ、うたてあやし」と思せば、ものものたまはず。ことわりにて、「うらなくものを2217」と言ひたる姫君も、されて憎く思さる。
紫の上の、取り分きてこの二所をばならはしきこえたまひしかば、あまたの御中に、隔てなく思ひ交はしきこえたまへり。世になくかしづききこえたまひて、さぶらふ人びとも、かたほにすこし飽かぬところあるは、はしたなげなり。やむごとなき人の御女などもいと多かり。
御心の移ろひやすきは、めづらしき人びとに、はかなく語らひつきなどしたまひつつ、かのわたりを思し忘るる折なきものから、訪れたまはで日ごろ経ぬ。

 [5-6 時雨降る日、匂宮宇治の中の宮を思う]
時雨がひどく降ってのんびりとした日、女一の宮の御方に参上なさったところ、御前に女房も多く伺候していず、ひっそりとして、御絵などを御覧になっている時である。
御几帳だけを隔てて、お話を申し上げなさる。この上もなく上品で気高い一方で、たおやかでかわいらしいご様子を、長年二人といないものとお思い申し上げなさって、
「他に、このご様子に似た人がこの世にいようか。冷泉院の姫宮だけが、ご寵愛の深さや内々のご様子も奥ゆかしく聞こえるけれど、口に出すすべもなくお思い続けていたが、あの山里の人は、かわいらしく上品なところはお劣り申さない」
などと、まっさきにお思い出しになると、ますます恋しくて、気紛らわしに、御絵類がたくさん散らかっているのを御覧になると、おもしろい女絵の類で、恋する男の住まいなどが描いてあって、山里の風流な家などや、さまざまな恋する男女の姿を描いてあるのが、わが身につまされることが多くて、お目が止まりなさるので、少しお願い申し上げなさって、「あちらへ差し上げたい」とお思いになる。
在五中将の物語を絵に描いて、妹に琴を教えているところの、「人の結ばむ」と詠みかけているのを見て、どのようにお思いになったのであろうか、少し近くにお寄りなさって、
「昔の人も、こういう間柄では、隔てなくしているものでございます。たいそうよそよそしくばかりおあしらいになるのがたまりません」
と、こっそりと申し上げなさると、「どのような絵であろうか」とお思いになると、巻き寄せて、御前に差し入れなさったのを、うつ伏して御覧になる御髪がうねうねと流れて、几帳の端からこぼれ出ている一部分を、わずかに拝見なさるのが、どこまでも素晴らしく、「少しでも血の遠い人とお思い申せるのであったら」とお思いになると、堪えがたくて、
「若草のように美しいあなたと共寝をしてみようとは思いませんが
悩ましく晴れ晴れしない気がします」
御前に伺候している女房たちは、この宮を特に恥ずかしくお思い申し上げて、物の背後に隠れていた。「こともあろうに嫌な変なことを」とお思いになって、何ともお返事なさらない。もっともなことで、「考えもなく口を」と言った姫君もふざけて憎らしく思われなさる。
紫の上が、特にこのお二方を仲よくお育て申されたので、大勢のご姉弟の中で、隔て心なく親しくお思い申し上げていらっしゃった。又とないほど大切にお育て申し上げなさって、伺候する女房たちも、どこか少しでも欠点がある人は、恥ずかしそうである。高貴な人の娘などもとても多かった。
お心の移りやすい方は、新参の女房に、ちょっと物を言いかけなどなさっては、あの山里辺りをお忘れになる時もない一方で、お訪ねなさることもなく数日がたった。

 [5-6 In early winter rainy days, Nionomiya sympathizes with Nakanokimi in Uji]
 Sigure itaku si te nodoyaka naru hi, Womna-Iti-no-Miya no ohom-kata ni mawiri tamahi ture ba, o-mahe ni hito ohoku mo saburaha zu, simeyaka ni, ohom-we nado go-ran-zuru hodo nari.
 Mi-kityau bakari hedate te, ohom-monogatari kikoye tamahu. Kagiri mo naku ate ni ke-dakaki mono kara, nayobi ka ni wokasiki ohom-kehahi wo, tosi-goro hutatu naki mono ni omohi kikoye tamahi te,
 "Mata, ko no ohom-arisama ni nazurahu hito yo ni ari na m ya. Reizei-Win no Hime-Miya bakari koso, ohom-oboye no hodo, uti-uti no ohom-kehahi mo kokoro-nikuku kikoyure do, uti-ide m kata mo naku obosi wataru ni, ka no Yamazato-bito ha, rautage ni ate naru kata no, otori kikoyu maziki zo kasi."
 nado, madu omohi-iduru ni, itodo kohisiku te, nagusame ni, ohom-we-domo no amata tiri taru wo mi tamahe ba, wokasige naru womna-we-domo no, kohi suru wotoko no sumahi nado kaki-maze, yama-zato no wokasiki ihe-wi nado, kokoro-gokoro ni yo no arisama kaki taru wo, yosohe raruru koto ohoku te, ohom-me tomari tamahe ba, sukosi kikoye tamahi te, "Kasiko he tatematura m." to obosu.
 Zaigo-ga-monogatari wo kaki te, imouto ni kin wosihe taru tokoro no, "Hito no musuba m." to ihi taru wo mi te, ika ga obosu ram, sukosi tikaku mawiri yori tamahi te,
 "Inisihe no hito mo, saru beki hodo ha, hedate naku koso narahasi te haberi kere. Ito uto-utosiku nomi motenasa se tamahu koso."
 to, sinobi te kikoye tamahe ba, "Ika naru we ni ka." to obosu ni, osi-maki yose te, o-mahe ni sasi-ire tamahe ru wo, utubusi te go-ran-zuru mi-gusi no uti-nabiki te, kobore ide taru katasoba bakari, honoka ni mi tatematuri tamahu ga, aka-zu medetaku, "Sukosi mo mono hedate taru hito to kikoye masika ba." to obosu ni, sinobi gataku te,
 "Waka-kusa no ne mi m mono to ha omoha ne do
 musubohore taru kokoti koso sure
"
 O-mahe naru hito-bito ha, ko no Miya wo ba koto ni hadi kikoye te, mono no usiro ni kakure tari. "Koto si mo koso are, utate ayasi." to obose ba, mono mo notamaha zu. Kotowari ni te, "Uranaku mono wo." to ihi taru Hime-Gimi mo, sare te nikuku obosa ru.
 Murasaki-no-Uhe no, toriwaki te ko no huta-tokoro wo ba narahasi kikoye tamahi sika ba, amata no ohom-naka ni, hedate naku omohi-kahasi kikoye tamahe ri. Yo ni naku kasiduki kikoye tamahi te, saburahu hito-bito mo, kataho ni sukosi aka nu tokoro aru ha, hasitanage nari. Yamgotonaki hito no ohom-musume nado mo ito ohokari.
 Mi-kokoro no uturohi yasuki ha, medurasiki hito-bito ni, hakanaku katarahi-tuki nado si tamahi tutu, ka no watari wo obosi wasururu wori naki mono kara, otodure tamaha de hi-goro he nu.

 6 大君の物語 大君の病気と薫の看護 [6-1 薫、大君の病気を知る]
待ちきこえたまふ所は、絶え間遠き心地して、「なほ、かくなめり」と、心細く眺めたまふに、中納言おはしたり。悩ましげにしたまふと聞きて、御とぶらひなりけり。いと心地惑ふばかりの御悩みにもあらねど、ことつけて、対面したまはず。
「おどろきながら、はるけきほどを参り来つるを。なほ、かの悩みたまふらむ御あたり近く」
と、切におぼつかながりきこえたまへば、うちとけて住まひたまへる方の御簾の前に入れたれまつる。「いとかたはらいたきわざ」と苦しがりたまへど、けにくくはあらで、御髪もたげ、御いらへなど聞こえたまふ。
宮の、御心もゆかでおはし過ぎにしありさまなど、語りきこえたまひて、
「のどかに思せ。心焦られして、な恨みきこえたまひそ」
など教へきこえたまへば、
「ここには、ともかくも聞こえたまはざめり。亡き人の御諌めはかかることにこそ、と見はべるばかりなむ、いとほしかりける」
とて、泣きたまふけしきなり。いと心苦しく、我さへ恥づかしき心地して、
「世の中は、とてもかくても2218一つさまにて過ぐすこと難くなむはべるを。いかなることをも御覧じ知らぬ御心どもには、ひとへに恨めしなど思すこともあらむを、しひて思しのどめよ。うしろめたくはよにあらじとなむ思ひはべる」
など、人の御上をさへ扱ふも、かつはあやしくおぼゆ。
夜々は、ましていと苦しげにしたまひければ、疎き人の御けはひの近きも、中の宮の苦しげに思したれば、
「なほ、例の、あなたに」
と人びと聞こゆれど、
「まして、かくわづらひたまふほどのおぼつかなさを。思ひのままに参り来て、出だし放ちたまへれば、いとわりなくなむ。かかる折の御扱ひも、誰かははかばかしく仕うまつる」
など、弁のおもとに語らひたまひて、御修法ども始むべきことのたまふ。いと見苦しく、「ことさらにも厭はしき身を」と聞きたまへど、思ひ隈なくのたまはむもうたてあれば、さすがに、ながらへよと思ひたまへる心ばへもあはれなり。

 6 大君の物語 大君の病気と薫の看護 [6-1 薫、大君の病気を知る]
お待ち申し上げていらっしゃる所では、長く訪れのない気がして、「やはり、こうなのだ」と、心細く物思いに沈んでいらっしゃるところに、中納言がおいでになった。ご病気でいらっしゃると聞いての、お見舞いなのであった。ひどく気分が悪いというご病気ではないが、病気にかこつけてお会いなさらない。
「びっくりして、遠くから参ったのに。やはり、あちらのご病人のお側近くに」
と、しきりにご心配申し上げなさるので、くつろいで休んでいらっしゃるお部屋の御簾の前にお入れ申し上げる。「まことに見苦しいこと」と迷惑がりなさるが、そっけなくはなく、お頭を上げて、お返事など申し上げなさる。
宮が、不本意ながらお素通りになった様子などを、お話し申し上げなさって、
「安心してください。いらいらなさって、お恨み申し上げなさいますな」
などとお諭し申し上げなさると、
「妹には、格別何とも申し上げなさらないようです。亡き親のご遺言はこのようなことだったのだ、と思われて、おかわいそうなのです」
と言って、お泣きになる様子である。まことにおいたわしくて、自分までが恥ずかしい気がして、
「夫婦仲というものは、いずれにしても一筋縄でゆくことは難しいものです。いろいろなことをご存知ないお二方には、ひたすら恨めしいと思いになることもあるでしょうが、じっと気長に考えなさい。不安はまったくないと存じます」
などと、他人のお身の上まで世話をやくのも、一方では妙なと思われなさる。
夜毎に、さらにとても苦しそうになさったので、他人がお側近くにいる感じも、中の宮が辛そうにお思いになっていたので、
「やはり、いつものように、あちらに」
と女房たちが申し上げるが、
「いつもより、このようにご病気でいらっしゃる時が気がかりなので。心配のあまりに参上して、外に放っておかれては、とてもたまりません。このような時のご看病の指図も、誰がてきぱきとお仕えできましょうか」
などと、弁のおもとにご相談なさって、御修法をいくつも始めるようにおっしゃる。たいそう見苦しく、「わざわざ捨ててしまいたいわが身なのに」と聞いていらっしゃるが、相手の気持ちを顧みないかのように断るのもいやなので、やはり、生き永らえよと思ってくださるお気持ちもありがたく思われる。

 6 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi falls ill and Kaoru nurses her [6-1 Kaoru hears that Ohoi-kimi fell ill]
 Mati kikoye tamahu tokoro ha, tayema tohoki kokoti si te, "Naho, kaku na'meri." to, kokoro-bosoku nagame tamahu ni, Tiunagon ohasi tari. Nayamasige ni si tamahu to kiki te, ohom-toburahi nari keri. Ito kokoti madohu bakari no ohom-nayami ni mo ara ne do, kototuke te, taimen si tamaha zu.
 "Odoroki nagara, harukeki hodo wo mawiri ki turu wo. Naho, ka no nayami tamahu ram ohom-atari tikaku."
 to, seti ni obotukanagari kikoye tamahe ba, utitoke te sumahi tamahe ru kata no mi-su no mahe ni ire tatematuru. "Ito kataharaitaki waza." to kurusigari tamahe do, kenikuku ha ara de, mi-gusi motage, ohom-irahe nado kikoye tamahu.
 Miya no, mi-kokoro mo yuka de ohasi sugi ni si arisama nado, katari kikoye tamahi te,
 "Nodoka ni obose. Kokoro-ira re si te, na urami kikoye tamahi so."
 nado wosihe kikoye tamahe ba,
 "Koko ni ha, to-mo kaku-mo kikoye tamaha za'meri. Naki-hito no ohom-isame ha kakaru koto ni koso, to mi haberu bakari nam, itohosikari keru."
 tote, naki tamahu kesiki nari. Ito kokoro-gurusiku, ware sahe hadukasiki kokoti si te,
 "Yononaka ha, tote-mo kakute-mo hitotu sama ni te sugusu koto naku nam haberu wo. Ika naru koto wo mo go-ran-zi sira nu mi-kokoro-domo ni ha, hitohe ni uramesi nado obosu koto mo ara m wo, sihite obosi nodome yo. Usirometaku ha yo ni ara zi to nam omohi haberu."
 nado, hito no ohom-uhe wo sahe atukahu mo, katu ha ayasiku oboyu.
 Yoru-yoru ha, masite itokurusige ni si tamahi kere ba, utoki hito no ohom-kehahi no tikaki mo, Naka-no-Miya no kurusige ni obosi tare ba,
 "Naho, rei no, anata ni."
 to hito-bito kikoyure do,
 "Masite, kaku wadurahi tamahu hodo no obotukanasa wo. Omohi no mama ni mawiri ki te, idasi hanati tamahe re ba, ito wari naku nam. Kakaru wori no ohom-atukahi mo, tare ka ha haka-bakasiku tukau-maturu."
 nado, Ben-no-Omoto ni katarahi tamahi te, mi-suhohu-domo hazimu beki koto notamahu. Ito mi-gurusiku, "Koto sara ni mo itohasiki mi wo." to kiki tamahe do, omohi kumanaku notamaha m mo utate are ba, sasuga ni, nagarahe yo to omohi tamahe ru kokoro-bahe mo ahare nari.

 [6-2 大君、匂宮と六の君の婚約を知る]
またの朝に、「すこしもよろしく思さるや。昨日ばかりにてだに聞こえさせむ」とあれば、
「日ごろ経ればにや、今日はいと苦しくなむ。さらば、こなたに」
と言ひ出だしたまへり。いとあはれに、いかにものしたまふべきにかあらむ、ありしよりはなつかしき御けしきなるも、胸つぶれておぼゆれば、近く寄りて、よろづのことを聞こえたまひて、
「苦しくてえ聞こえず。すこしためらはむほどに」
とて、いとかすかにあはれなるけはひを、限りなく心苦しくて嘆きゐたまへり。さすがに、つれづれとかくておはしがたければ、いとうしろめたけれど、帰りたまふ。
「かかる御住まひは、なほ苦しかりけり。所さりたまふにことよせて、さるべき所に移ろはしたてまつらむ」
など聞こえおきて、阿闍梨にも、御祈り心に入るべくのたまひ知らせて、出でたまひぬ。
この君の御供なる人の、いつしかと、ここなる若き人を語らひ寄りたるなりけり。おのがじしの物語に、
「かの宮の、御忍びありき制せられたまひて、内裏にのみ籠もりおはします。左の大殿の君を、あはせたてまつりたまへるなる。女方は、年ごろの御本意なれば、思しとどこほることなくて、年のうちにありぬべかなり。
宮はしぶしぶに思して、内裏わたりにも、ただ好きがましきことに御心を入れて、帝后の御戒めに静まりたまふべくもあらざめり。
わが殿こそ、なほあやしく人に似たまはず、あまりまめにおはしまして、人にはもて悩まれたまへ。ここにかく渡りたまふのみなむ、目もあやに、おぼろけならぬこと、と人申す」
など語りけるを、「さこそ言ひつれ」など、人びとの中にて語るを聞きたまふに、いとど胸ふたがりて、
「今は限りにこそあなれ。やむごとなき方に定まりたまはぬ、なほざりの御すさびに、かくまで思しけむを、さすがに中納言などの思はむところを思して、言の葉の限り深きなりけり」
と思ひなしたまふに、ともかくも人の御つらさは思ひ知らず、いとど身の置き所のなき心地して、しをれ臥したまへり。
弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおぼえず。恥づかしげなる人びとにはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬやうにて寝たまへるを、中の君、もの思ふ時のわざと聞きし、うたた寝2219の御さまのいとらうたげにて、腕を枕にて寝たまへるに、御髪のたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげなるを見やりつつ、親の諌めし言の葉も、かへすがへす思ひ出でられたまひて悲しければ、
「罪深かなる底には、よも沈みたまはじ。いづこにもいづこにも、おはすらむ方に迎へたまひてよ。かくいみじくもの思ふ身どもをうち捨てたまひて、夢にだに見えたまはぬよ」
と思ひ続けたまふ。

 [6-2 大君、匂宮と六の君の婚約を知る]
翌朝、「少しはよくなりましたか。せめて昨日ぐらいにお話し申し上げたい」というので、
「数日続いたせいか、今日はとても苦しくて。それでは、こちらに」
とお伝えになった。たいそうおいたわしく、どのような具合でいらっしゃるのか。以前よりは優しいご様子なのも、胸騷ぎして思われるので、近くに寄って、いろいろのことを申し上げなさって、
「苦しくてお返事できません。少しおさまりましてから」
と言って、まことにか細い声で弱々しい様子を、この上なくおいたわしくて嘆いていらっしゃった。そうはいっても、所在なくこうしておいでになることもできないので、まことに不安だが、お帰りになる。
「このようなお住まいは、やはりお気の毒です。場所を変えて療養なさるのにかこつけて、しかるべき所にお移し申そう」
などと申し上げおいて、阿闍梨にも、御祈祷を熱心にするようお命じになって、お出になった。
この君のお供の人で、早くも、ここにいる若い女房と恋仲になっているのであった。それぞれの話で、
「あの宮が、ご外出を禁じられなさって、内裏にばかり籠もっていらっしゃいます。左の大殿の姫君を、娶せ申しなさるらしい。女方は、長年のご本意なので、おためらいになることもなくて、年内にあると聞いている。
宮はしぶしぶとお思いで、内裏辺りでも、ただ好色がましいことにご熱心で、帝や后の御意見にもお静まりそうもないようだ。
わたしの殿は、やはり人にお似にならず、あまりに誠実でいらして、人からは敬遠されておいでだ。ここにこうしてお越しになるだけが、目もくらむほどで、並々でないことだ、と人が申している」
などと話したのを、「そのように言っていた」などと、女房たちの中で話しているのをお聞きになると、ますます胸がふさがって、
「もうお終いだわ。高貴な方と縁組がお決まりになるまでの、ほんの一時の慰みに、こうまでお思いになったが、そうはいっても中納言などが思うところをお考えになって、言葉だけは深いのだった」
とお思いになると、とやかく宮のおつらさは考えることもできず、ますます身の置き場所もない気がして、落胆して臥せっていらっしゃった。
弱ったご気分では、ますます世に生き永らえることも思われない。気のおける女房たちではないが、何と思うかつらいので、聞かないふりをして寝ていらしたが、中の宮、物思う時のことと聞いていたうたた寝のご様子がたいそうかわいらしくて、腕を枕にして寝ていらっしゃるところに、お髪がたまっているところなど、めったになく美しそうなのを見やりながら、親のご遺言も繰り返し繰り返し思い出されなさって悲しいので、
「罪深いという地獄には、よもや落ちていらっしゃるまい。どこでもかしこでも、おいでになるところにお迎えください。このようにひどく物思いに沈むわたしたちをお捨てになって、夢にさえお見えにならないこと」
とお思い続けなさる。

 [6-2 Ohoi-kimi hears that Nionomiya and Rokunokimi got married]
 Mata no asita ni, "Sukosi mo yorosiku obosa ru ya! Kinohu bakari ni te dani kikoye sase m." to are ba,
 "Hi-goro hure ba ni ya, kehu ha ito kurusiku nam. Sara ba, konata ni."
 to ihi-iadasi tamahe ri. Ito ahare ni, ika ni monosi tamahu beki ni ka ara m, ari si yori ha natukasiki mi-kesiki naru mo, mune tubure te oboyure ba, tikaku yori te, yorodu no koto wo kikoye tamahi te,
 "Kurusiku te e kikoye zu. Sukosi tameraha m hodo ni."
 tote, ito kasuka ni ahare naru kehahi wo, kagiri naku kokoro-gurusiku te nageki wi tamahe ri. Sasuga ni, ture-dure to kaku te ohasi gatakere ba, ito usirometakere do, kaheri tamahu.
 "Kakaru ohom-sumahi ha, naho kurusikari keri. Tokoro sari tamahu ni koto yose te, saru beki tokoro ni uturohasi tatematura m.
 nado, kikoye-oki te, Azari ni mo, ohom-inori kokoro ni iru beku notamahi sirase te, ide tamahi nu.
 Ko no Kimi no ohom-tomo naru hito no, itusika to, koko naru wakaki hito wo katarahi yori taru nari keri. Onogazisi no monogatari ni,
 "Ka no Miya no, ohom-sinobi ariki sei-se rare tamahi te, Uti ni nomi komori ohasimasu. Hidari-no-Ohoidono no Kimi wo, ahase tatematuri tamahe ru naru. Womna-gata ha, tosi-goro no ohom-hoi nare ba, obosi todokohoru koto naku te, tosi no uti ni ari nu beka'nari.
 Miya ha sibu-sibu ni obosi te, Uti watari ni mo, tada suki-gamasiki koto ni mi-kokoro wo ire te, Mikado Kisaki no ohom-imasime ni sidumari tamahu beku mo ara za'meri.
 Wa ga Tono koso, naho ayasiku hito ni ni tamaha zu, amari mame ni ohasimasi te, hito ni ha mote nayama re tamahe. Koko ni kaku watari tamahu nomi nam, me mo aya ni, oboroke no koto, to hito mausu."
 nado katari keru wo, "Sa koso ihi ture." nado, hito-bito no naka ni te kataru wo kiki tamahu ni, itodo mune hutagari te,
 "Ima ha kagiri ni koso a'nare. Yamgotonaki kata ni sadamari tamaha nu, nahozari no ohom-susabi ni, kaku made obosi kem wo, sasuga ni Tiunagon nado no omoha m tokoro wo obosi te, koto-no-ha no kagiri hukaki nari keri."
 to omohi nasi tamahu ni, to-mo kaku-mo hito no ohom-turasa ha omohi sira zu, itodo mi no oki-dokoro no naki kokoti si te, siwore husi tamahe ri.
 Yowaki mi-kokoti ha, itodo yo ni tati-tomaru beku mo oboye zu. Hadukasige naru hito-bito ni ha ara ne do, omohu ram tokoro no kurusikere ba, kika nu yau ni te ne tamahe ru wo, Naka-no-Kimi, mono omohu toki no waza to kiki si, utatane no ohom-sama no ito rautage ni te, ude wo makura ni te ne tamahe ru ni, mi-gusi no tamari taru hodo nado, arigataku utukusige naru wo miyari tutu, oya no isame si koto-no-ha mo, kahesu-gahesu omohi-ide rare tamahi te kanasikere ba,
 "Tumi hukaka naru soko ni ha, yo mo sidumi tamaha zi. Iduko ni mo iduko ni mo, ohasu ram kata ni mukahe tamahi te yo. Kaku imiziku mono omohu mi-domo wo uti-sute tamahi te, yume ni dani miye tamaha nu yo."
 to omohi tuduke tamahu.

 [6-3 中の君、昼寝の夢から覚める]
夕暮の空のけしきいとすごくしぐれて、木の下吹き払ふ風の音などに、たとへむ方なく、来し方行く先思ひ続けられて、添ひ臥したまへるさま、あてに限りなく見えたまふ。
白き御衣に、髪は削ることもしたまはでほど経ぬれど、まよふ筋なくうちやられて、日ごろにすこし青みたまへるしも、なまめかしさまさりて、眺め出だしたまへるまみ、額つきのほども、見知らむ人に見せまほし。
昼寝の君、風のいと荒きに驚かされて起き上がりたまへり。山吹、薄色などはなやかなる色あひに、御顔はことさらに染め匂はしたらむやうに、いとをかしくはなばなとして、いささかもの思ふべきさまもしたまへらず。
「故宮の夢に見えたまへる、いともの思したるけしきにて、このわたりにこそ、ほのめきたまひつれ」
と語りたまへば、いとどしく悲しさ添ひて、
「亡せたまひて後、いかで夢にも見たてまつらむと思ふを、さらにこそ、見たてまつらね」
とて、二所ながらいみじく泣きたまふ。
「このころ明け暮れ思ひ出でたてまつれば、ほのめきもやおはすらむ。いかで、おはすらむ所に尋ね参らむ。罪深げなる身どもにて」
と、後の世をさへ思ひやりたまふ。人の国にありけむ香の煙2220ぞ、いと得まほしく思さるる。

 [6-3 中の君、昼寝の夢から覚める]
夕暮の空の様子がひどくぞっとするほど時雨がして、木の下を吹き払う風の音などに、たとえようもなく、過去未来が思い続けられて、添い臥していらっしゃる様子、上品でこの上なくお見えになる。
白い御衣に、髪は梳くこともなさらず幾日もたってしまっているが、まつわりつくことなく流れて、幾日も少し青くやつれていらっしゃるのが、優美さがまさって、外を眺めていらっしゃる目もと、額つきの様子も、分かる人に見せたいほどである。
昼寝の君は、風がたいそう荒々しいのに目を覚まされて起き上がりなさった。山吹襲に、薄紫色の袿などがはなやかな色合いで、お顔は特別に染めて匂わしたように、とても美しくあでやかで、少しも物思いをする様子もなさっていない。
「故宮が夢に現れなさったが、とてもご心配そうな様子で、このあたりに、ちらちら現れなさった」
とお話しになると、ますます悲しさがつのって、
「お亡くなりになって後、何とか夢にも拝したいと思うが、全然、拝見していません」
と言って、お二方ともひどくお泣きになる。
「最近、明け暮れお思い出し申しているので、お姿をお見せになるかしら。何とか、おいでになるところへ尋ねて参りたい。罪障の深い二人だから」
と、来世のことまでお考えになる。唐国にあったという香の煙を、本当に手に入れたくお思いになる。

 [6-3 Nakanokimi wakes up from dream in daytime]
 Yuhugure no sora no kesiki ito sugoku sigure te, ko no sita harahu kaze no oto nado ni, tatohe m kata naku, kisi-kata yuku-saki omohi tuduke rare te, sohi-husi tamahe ru sama, ate ni kagiri naku miye tamahu.
 Siroki ohom-zo ni, kami ha keduru koto mo si tamaha de hodo he nure do, mayohu sudi naku uti-yarare te, hi-goro ni sukosi awomi tamahe ru si mo, namamekasisa masari te, nagame idasi tamahe ru mami, hitahi-tuki no hodo mo, mi sira m hito ni mise mahosi.
 Hirune-no-Kimi, kaze no ito araki ni odoroka sare te oki-agari tamahe ri. Yamabuki, usu-iro nado hanayaka naru iro-ahi ni, ohom-kaho ha kotosara ni some nihohasi tara m yau ni, ito wokasiku hana-bana to si te, isasaka mono omohu beki sama mo si tamahe ra zu.
 "Ko-Miya no yume ni miye tamahe ru, ito mono obosi taru kesiki ni te, ko no watari ni koso, honomeki tamahi ture."
 to katari tamahe ba, itodosiku kanasisa sohi te,
 "Use tamahi te noti, ikade yume ni mo mi tatematura m to omohu wo, sarani koso, mi tatematura ne."
 tote, huta-tokoro nagara imiziku naki tamahu.
 "Ko no koro ake-kure omohi-ide tatemature ba, honomeki mo ya ohasu ram. Ikade, ohasu ram tokoro ni tadune mawira m. Tumi hukage naru mi-domo ni te."
 to, noti no yo wo sahe omohi-yari tamahu. Hito no kuni ni ari kem kau no keburi zo, ito e mahosiku obosa ruru.

 [6-4 10月の晦、匂宮から手紙が届く]
いと暗くなるほどに、宮より御使あり。折は、すこしもの思ひ慰みぬべし。御方はとみにも見たまはず。
「なほ、心うつくしくおいらかなるさまに聞こえたまへ。かくてはかなくもなりはべりなば、これより名残なき方にもてなしきこゆる人もや出で来む、とうしろめたきを。まれにも、この人の思ひ出できこえたまはむに、さやうなるあるまじき心つかふ人は、えあらじと思へば、つらきながらなむ頼まれはべる」
と聞こえたまへば、
「後らさむと思しけるこそ、いみじくはべれ」
と、いよいよ顔を引き入れたまふ。
「限りあれば、片時もとまらじと思ひしかど、ながらふるわざなりけり、と思ひはべるぞや。明日知らぬ世2221の、さすがに嘆かしきも、誰がため惜しき命2222にかは」
とて、大殿油参らせて見たまふ。
例の、こまやかに書きたまひて、
「眺むるは同じ雲居をいかなれば
おぼつかなさを添ふる時雨ぞ」
「かく袖ひつる2223」などいふこともやありけむ、耳馴れにたるを、なほあらじことと見るにつけても、恨めしさまさりたまふ。さばかり世にありがたき御ありさま容貌を、いとど、いかで人にめでられむと、好ましく艶にもてなしたまへれば、若き人の心寄せたてまつりたまはむ、ことわりなり。
ほど経るにつけても恋しく、「さばかり所狭きまで契りおきたまひしを、さりとも、いとかくてはやまじ」と思ひ直す心ぞ、常に添ひける。御返り、「今宵参りなむ」と聞こゆれば、これかれそそのかしきこゆれば、ただ一言なむ、
「あられふる深山の里2224は朝夕に
眺むる空もかきくらしつつ」
かく言ふは、神無月の晦日なりけり。「月も隔たりぬるよ」と、宮は静心なく思されて、「今宵、今宵」と思しつつ、障り多みなるほどに2225、五節などとく出で来たる年にて、内裏わたり今めかしく紛れがちにて、わざともなけれど過ぐいたまふほどに、あさましく待ち遠なり。はかなく人を見たまふにつけても、さるは御心に離るる折なし。左の大殿のわたりのこと、大宮も、
「なほ、さるのどやかなる御後見をまうけたまひて、そのほかに尋ねまほしく思さるる人あらば、参らせて、重々しくもてなしたまへ」
と聞こえたまへど、
「しばし。さ思うたまふるやうなむ」
聞こえいなびたまひて、「まことにつらき目はいかでか見せむ」など思す御心を知りたまはねば、月日に添へてものをのみ思す。

 [6-4 10月の晦、匂宮から手紙が届く]
たいそう暗くなったころに、宮からお使いが来る。悲観の折とて、少し物思いもきっと慰んだことであろう。御方はすぐには御覧にならない。
「やはり、素直におおらかにお返事申し上げなさい。こうして亡くなってしまったら、この方よりもさらにひどい目にお遭わせ申す人が現れ出て来ようか、と心配です。時たまでも、この方がお思い出し申し上げなさるのに、そのようなとんでもない料簡を使う人は、いますまいと思うので、つらいけれども頼りにしています」
と申し上げなさると、
「置き去りにしていこうとお思いなのは、ひどいことです」
と、ますます顔を襟元にお入れになる。
「寿命があるので、片時も生き残っていまいと思っていたが、よくぞ生き永らえてきたものだった、と思っていますのよ。明日を知らない世が、そうはいっても悲しいのも、誰のために惜しい命かお分かりでしょう」
と言って、大殿油をお召しになって御覧になる。
例によって、こまやかにお書きになって、
「眺めているのは同じ空なのに
どうしてこうも会いたい気持ちをつのらせる時雨なのか」
「このように袖を濡らした」などということも書いてあったのであろうか、耳慣れた文句なのを、やはりお義理だけの手紙と見るにつけても、恨めしさがおつのりになる。あれほど類まれなご様子やご器量を、ますます、何とかして女たちに誉められようと、色っぽくしゃれて振る舞っていらっしゃるので、若い女の方が心をお寄せ申し上げなさるのも、もっともなことである。
時が過ぎるにつけても恋しく、「あれほどたいそうなお約束なさっていたのだから、いくら何でも、とてもこのまま終わりになることはない」と考え直す気に、いつもなるのであった。お返事は、「今宵帰参したい」と申し上げるので、皆が皆お促し申し上げるので、ただ一言、
「霰が降る深山の里は朝夕に
眺める空もかき曇っております」
こうお返事したのは、神無月の晦日だった。「一月もご無沙汰してしまったことよ」と、宮は気が気でなくお思いで、「今宵こそは、今宵こそは」と、お考えになりながら、邪魔が多く入ったりしているうちに、五節などが早くある年で、内裏辺りも浮き立った気分に取り紛れて、特にそのためではないが過ごしていらっしゃるうちに、あきれるほど待ち遠しくいらした。かりそめに女とお会いになっても、一方ではお心から離れることはない。左の大殿の縁談のことを、大宮も、
「やはり、そのような落ち着いた正妻をお迎えになって、その他にいとしくお思いになる女がいたら、参上させて、重々しくお扱いなさい」
と申し上げなさるが、
「もう暫くお待ちください。ある考えている子細があります」
お断り申し上げなさって、「ほんとうにつらい目をどうしてさせられようか」などとお考えになるお心をご存知ないので、月日とともに物思いばかりなさっている。

 [6-4 >Last day of October, Nakanokimi receives a letter from Nionomiya]
 Ito kuraku naru hodo ni, Miya yori ohom-tukahi ari. Wori ha, sukosi mono-omohi nagusami nu besi. Ohom-kata ha tomi ni mo mi tamaha zu.
 "Naho, kokoro-utukusiku oiraka naru sama ni kikoye tamahe. Kaku te hakanaku mo nari haberi na ba, kore yori nagori naki kata ni motenasi kikoyuru hito mo ya ide ko m, to usirometaki wo. Mare ni mo, ko no hito no omohi-ide kikoye tamaha m ni, sayau naru aru maziki kokoro tukahu hito ha, e ara zi to omohe ba, turaki nagara nam tanoma re haberu."
 to kikoye tamahe ba,
 "Okurasa m to obosi keru koso, imiziku habere."
 to, iyo-iyo kaho wo hiki-ire tamahu.
 "Kagiri are ba, kata-toki mo tomara zi to omohi sika do, nagarahuru waza nari keri, to omohi haberu zo ya. Asu sira nu yo no, sasuga ni nagekasiki mo, ta ga tame wosiki inoti ka ha."
 tote, oho-tonabura mawira se te mi tamahu.
 Rei no, komayaka ni kaki tamahi te,
 "Nagamuru ha onazi kumowi wo ika nare ba
 obotukanasa wo sohuru sigure zo
"
 "Kaku sode hituru." nado ihu koto mo ya ari kem, mimi nare ni taru wo, naho ara zi koto to miru ni tuke te mo, uramesisa masari tamahu. Sabakari yo ni arigataki ohom-arisama katati wo, itodo, ikade hito ni mede rare m to, konomasiku en ni motenasi tamahe re ba, wakaki hito no kokoro-yose tatematuri tamaha m, kotowari nari.
 Hodo huru ni tuke te mo kohisiku, "Sabakari tokoro-seki made tigiri-oki tamahi si wo, sari to mo, ito kaku te ha yama zi." to omohi-nahosu kokoro zo, tune ni sohi keru. Ohom-kaheri, "Koyohi mawiri na m." to kikoyure ba, kore kare sosonokasi kikoyure ba, tada hito-koto nam,
 "Arare huru miyama no sato ha asa-yuhu ni
 nagamuru sora mo kaki-kurasi tutu
"
 Kaku ihu ha, Kamna-duki no tugomori nari keri. "Tuki mo hedatari nuru yo!" to, Miya ha sidu-kokoro naku obosa re te, "Koyohi, koyohi." to obosi tutu, sahari ohomi naru hodo ni, Goseti nado toku ide-ki taru tosi ni te, Uti watari imamekasiku magire-gati ni te, waza to mo nakere do sugui tamahu hodo ni, asamasiku mati-doho nari. Hakanaku hito wo mi tamahu ni tuke te mo, saru ha mi-kokoro ni hanaruru wori nasi. Hidari-no-Ohoidono no watari no koto, Oho-Miya mo,
 "Naho, saru nodoyaka naru ohom-usiromi wo mauke tamahi te, so no hoka ni tadune mahosiku obosa ruru hito ara ba, mawira se te, omo-omosiku motenasi tamahe."
 to kikoye tamahe do,
 "Sibasi. Sa omou tamahuru yau nam."
 Kikoye inabi tamahi te, "Makoto ni turaki me ha ikade ka mise m." nado obosu mi-kokoro wo siri tamaha ne ba, tuki-hi ni sohe te mono wo nomi obosu.

 [6-5 薫、大君を見舞う]
中納言も、「見しほどよりは軽びたる御心かな。さりとも」と思ひきこえけるも、いとほしく、心からおぼえつつ、をさをさ参りたまはず。
山里には、「いかに、いかに」と、訪らひきこえたまふ。「この月となりては、すこしよろしくおはす」と聞きたまひけるに、公私もの騒がしきころにて、五、六日、人もたてまつれたまはぬに、「いかならむ」と、うちおどろかれたまひて、わりなきことのしげさをうち捨てて参でたまふ。
「修法はおこたり果てたまふまで」とのたまひおきけるを、よろしくなりにけりとて、阿闍梨をも帰したまひければ、いと人ずくなにて、例の、老い人出で来て、御ありさま聞こゆ。
「そこはかと痛きところもなく、おどろおどろしからぬ御悩みに、ものをなむさらに聞こしめさぬ。もとより、人に似たまはず、あえかにおはしますうちに、この宮の御こと出で来にしのち、いとどもの思したるさまにて、はかなき御くだものをだに御覧じ入れざりし積もりにや、あさましく弱くなりたまひて、さらに頼むべくも見えたまはず。よに心憂くはべりける身の命の長さにて、かかることを見たてまつれば、まづいかで先立ちきこえむと思ひたまへ入りはべり」
と、言ひもやらず泣くさま、ことわりなり。
「心憂く、などか、かくとも告げたまはざりける。院にも内裏にも、あさましく事しげきころにて、日ごろもえ聞こえざりつるおぼつかなさ」
とて、ありし方に入りたまふ。御枕上近くてもの聞こえたまへど、御声もなきやうにて、えいらへたまはず。
「かく重くなりたまふまで、誰も誰も告げたまはざりけるが、つらくも。思ふにかひなきこと」
と恨みて、例の阿闍梨、おほかた世に験ありと聞こゆる人の限り、あまた請じたまふ。御修法、読経、明くる日より始めさせたまはむとて、殿人あまた参り集ひ、上下の人立ち騷ぎたれば、心細さの名残なく頼もしげなり。

 [6-5 薫、大君を見舞う]
中納言も、「思ったよりは軽いお心だな。いくら何でも」とお思い申し上げていたのも、お気の毒に、心から思われて、めったに参上なさらない。
山里には、「お加減はいかがですか。いかがですか」と、お見舞い申し上げなさる。「今月になってからは、少し具合がよくいらっしゃる」とお聞きになったが、公私に何かと騒がしいころなので、五、六日人も差し上げられなかったので、「どうしていらっしゃるだろう」と、急に気になりなさって、余儀ないご用で忙しいのを放り出して参上なさる。
「修法は、病気がすっかりお治りになるまで」とおっしゃっておいたが、良くなったといって、阿闍梨をもお帰しになったので、たいそう人少なで、例によって、老女が出てきて、ご容態を申し上げる。
「どこそこと痛いところもなく、たいしたお苦しみでないご病気なのに、食事を全然お召し上がりになりません。もともと、人と違っておいでで、か弱くいらっしゃるうえに、こちらの宮のご結婚話があって後は、ますますご心配なさっている様子で、ちょっとした果物さえお見向きもなさらなかったことが続いたためか、あきれるほどお弱りになって、まったく見込みなさそうにお見えです。まことに情けない長生きをして、このようなことを拝見すると、まずは何とか先に死なせていただきたいと存じております」
と、言い終わらずに泣く様子、もっともなことである。
「情けない。どうして、こうとお知らせくださらなかったのか。院でも内裏でも、あきれるほど忙しいころなので、幾日もお見舞い申し上げなかった気がかりさよ」
と言って、以前の部屋にお入りになる。御枕もと近くでお話し申し上げるが、お声もないようで、お返事できない。
「こんなに重くおなりになるまで、誰も誰もお知らせくださらなかったのが、つらいよ。心配しても効ないことだ」
と恨んで、いつもの阿闍梨、世間一般に効験があると言われている人をすべて、大勢お召しになる。御修法や、読経を翌日から始めさせようとなさって、殿邸の人が大勢参集して、上下の人たちが騒いでいるので、心細さがすっかりなくなって頼もしそうである。

 [6-5 Kaoru visits Ohoi-kimi who falls ill]
 Tiunagon mo, "Mi si hodo yori ha karobi taru mi-kokoro kana! Sari to mo." to omohi kikoye keru mo, itohosiku, kokoro kara oboye tutu, wosa-wosa mawiri tamaha zu.
 Yama-zato ni ha, "Ika ni, ika ni?" to, toburahi kikoye tamahu. "Ko no tuki to nari te ha, sukosi yorosiku ohasu." to kiki tamahi keru ni, ohoyake watakusi mono-sawagasiki koro ni te, go, roku-niti, hito mo tatemature tamaha nu ni, "Ika nara m?" to, uti-odoroka re tamahi te, wari naki koto no sigesa wo uti-sute te made tamahu.
 "Suhohu ha okotari hate tamahu made." to notamahi oki keru wo, yorosiku nari ni keri tote, Azari wo mo kahesi tamahi kere ba, ito hito-zukuna ni te, rei no, oyi-bito ide-ki te, ohom-arisama kikoyu.
 "Sokohaka to itaki tokoro mo naku, odoro-odorosikara nu ohom-nayami ni, mono wo nam sarani kikosimesa nu. Moto yori, hito ni ni tamaha zu, aeka ni ohasimasu uti ni, ko no Miya no ohom-koto ide-ki ni si noti, itodo mono obosi taru sama ni te, hakanaki ohom-kudamono wo dani go-ran-zi ire zari si tumori ni ya, asamasiku yowaku nari tamahi te, sarani tanomu beku mo miye tamaha zu. Yo ni kokoro-uku haberi keru mi no inoti no nagasa ni te, kakaru koto wo mi tatemature ba, madu ikade saki-dati kikoye m to omohi tamahe iri haberi."
 to, ihi mo yara zu naku sama, kotowari nari.
 "Kokoro-uku, nadoka, kaku to mo tuge tamaha zari keru. Win ni mo Uti ni mo, asamasiku koto sigeki koro ni te, hi-goro mo e kikoye zari turu obotukanasa."
 tote, ari si kata ni iri tamahu. Ohom-makura-gami tikaku te mono kikoye tamahe do, ohom-kowe mo naki yau ni te, e irahe tamaha zu.
 "Kaku omoku nari tamahu made, tare mo tare mo tuge tamaha zari keru ga, turaku mo. Omohu ni kahi naki koto."
 to urami te, rei no Azari, ohokata yo ni sirusi ari to kikoyuru hito no kagiri, amata sau-zi tamahu. Mi-suhohu, dokyau, akuru hi yori hazime sase tamaha m tote, tono-bito amata mawiri tudohi, kami simo no hito tati-sawagi tare ba, kokoro-bososa no nagori naku tanomosige nari.

 [6-6 薫、大君を看護する]
暮れぬれば、「例の、あなたに」と聞こえて、御湯漬けなど参らむとすれど、「近くてだに見たてまつらむ」とて、南の廂は僧の座なれば、東面の今すこし気近き方に、屏風など立てさせて入りゐたまふ。
中の宮、苦しと思したれど、この御仲を、「なほ、もてはなれたまはぬなりけり」と皆思ひて、疎くもえもてなし隔てず。初夜よりはじめて、法華経を不断に読ませたまふ。声尊き限り十二人して、いと尊し。
燈はこなたの南の間にともして、内は暗きに、几帳をひき上げて、すこしすべり入りて見たてまつりたまへば、老人ども二、三人ぞさぶらふ。中の宮は、ふと隠れたまひぬれば、いと人少なに、心細くて臥したまへるを、
「などか、御声をだに聞かせたまはぬ」
とて、御手を捉へておどろかしきこえたまへば、
「心地には思ひながら、もの言ふがいと苦しくてなむ。日ごろおとづれたまはざりつれば、おぼつかなくて過ぎはべりぬべきにやと、口惜しくこそはべりつれ」
と、息の下にのたまふ。
「かく待たれたてまつるほどまで参り来ざりけること」
とて、さくりもよよと泣きたまふ。御ぐしなど、すこし熱くぞおはしける。
「何の罪なる御心地にか2226。人に嘆き負ふこそ、かくあむなれ」
と、御耳にさし当てて、ものを多く聞こえたまへば、うるさうも恥づかしうもおぼえて、顔をふたぎたまへるを、むなしく見なしていかなる心地せむ、と胸もひしげておぼゆ。
「日ごろ見たてまつりたまひつらむ御心地も、やすからず思されつらむ。今宵だに、心やすくうち休ませたまへ。宿直人さぶらふべし」
と聞こえたまへば、うしろめたけれど、「さるやうこそは」と思して、すこししぞきたまへり。
直面にはあらねど、はひ寄りつつ見たてまつりたまへば、いと苦しく恥づかしけれど、「かかるべき契りこそはありけめ」と思して、こよなうのどかにうしろやすき御心を、かの片つ方の人に見比べたてまつりたまへば、あはれとも思ひ知られにたり。
むなしくなりなむ後の思ひ出でにも、「心ごはく、思ひ隈なからじ」とつつみたまひて、はしたなくもえおし放ちたまはず。夜もすがら、人をそそのかして、御湯など参らせたてまつりたまへど、つゆばかり参るけしきもなし。「いみじのわざや。いかにしてかは、かけとどむべき」と、言はむかたなく思ひゐたまへり。

 [6-6 薫、大君を看護する]
暮れたので、「いつもの、あちらの部屋に」と申し上げて、御湯漬などを差し上げようとするが、「せめて近くで看病をしよう」と言って、南の廂間は僧の座席なので、東面のもう少し近い所に、屏風などを立てさせて入ってお座りになる。
中の宮は、困ったこととお思いになったが、お二人の仲を、「やはり、何でもなくはないのだ」と皆が思って、よそよそしくは隔てたりはしない。初夜から始めて、法華経を不断に読ませなさる。声の尊い僧すべて十二人で、実に尊い。
灯火はこちらの南の間に燈して、内側は暗いので、几帳を引き上げて、少し入って拝見なさると、老女連中が二、三人伺候している。中の宮は、さっとお隠れになったので、たいそう人少なで、心細く臥せっていらっしゃるのを、
「どうして、お声だけでも聞かせてくださらないのか」
と言って、お手を取ってお声をかけて差し上げると、
「気持ちはそのつもりでいても、物を言うのがとても苦しくて。幾日も訪れてくださらなかったので、お目にかかれないままにこと切れてしまうのではないかと、残念に思っておりました」
と、やっとの声でおっしゃる。
「こんなにお待ちくださるまで参らなかったことよ」
と言って、しゃくりあげてお泣きになる。お額など、少し熱がおありであった。
「何の罪によるご病気か。人を嘆かせると、こうなるのですよ」
と、お耳に口を当てて、いろいろ多く申し上げなさるので、うるさくも恥ずかしくも思われて、顔を被いなさっているのを、死なせてしまったらどんな気がするだろう、と胸も張り裂ける思いでいられる。
「何日もご看病なさってお疲れも、大変なことでしょう。せめて今夜だけでも、安心してお休みなさい。宿直人が伺候しましょう」
と申し上げなさると、気がかりであるが、「何かわけがあるのだろう」とお思いになって、少し退きなさった。
面と向かってというのではないが、這い寄りながら拝見なさると、とても苦しく恥ずかしいが、「このような宿縁であったのだろう」とお思いになって、この上なく穏やかで安心なお心を、あのもうお一方にお比べ申し上げなさると、しみじみとありがたく思い知られなさった。
亡くなった後の思い出にも、「強情な、思いやりのない女だと思われまい」とお慎みなさって、そっけなくおあしらいになったりなさらない。一晩中、女房に指図して、お薬湯などを差し上げなさるが、少しもお飲みになる様子もない。「大変なことだ。どのようにして、お命を取り止めることができようか」と、何とも言いようがなく沈みこんでいらっしゃった。

 [6-6 Kaoru nurses Ohoi-kimi]
 Kure nure ba, "Rei no, anata ni." to kikoye te, ohom-yu-duke nado mawira m to sure do, "Tikaku te dani mi tatematura m." tote, minami no hisasi ha sou no za nare ba, himgasi-omote no ima sukosi ke-dikaki kata ni, byaubu nado tate sase te iri wi tamahu.
 Naka-no-Miya, kurusi to obosi tare do, ko no ohom-naka wo, "Naho, mote-hanare tamaha nu nari keri." to mina omohi te, utoku mo e motenasi hedate zu. So-ya yori hazime te, Hokekyau wo hudan ni yoma se tamahu. Kowe tahutoki kagiri zihuni-nin si te, ito tahutosi.
 Hi ha konata no minami no hisasi no ma ni tomosi te, uti ha kuraki ni, kityau wo hiki-age te, sukosi suberi iri te mi tatematuri tamahe ba, oyi-bito-domo ni, sam-nin zo saburahu. Naka-no-Miya ha, huto kakure tamahi nure ba, ito hito-zukuna ni, kokoro-bosoku te husi tamahe ru wo,
 "Nado ka, ohom-kowe wo dani kika se tamaha nu."
 tote, mi-te wo torahe te odorokasi kikoye tamahe ba,
 "Kokoti ni ha omohi nagara, mono ihu ga ito kurusiku te nam. Hi-goro otodure tamaha zari ture ba, obotukanaku te sugi haberi nu beki ni ya to, kutiwosiku koso haberi ture."
 to, iki no sita ni notamahu.
 "Kaku mata re tatematuru hodo made mawiri ko zari keru koto."
 tote, sakuri mo yoyo to naki tamahu. Mi-gusi nado, sukosi atuku zo ohasi keru.
 "Nani no tumi naru mi-kokoti ni ka. Hito ni nageki ohu koso, kaku am'nare."
 to, ohom-mimi ni sasi-ate te, mono wo ohoku kikoye tamahe ba, urusau mo hadukasiu mo oboye te, kaho wo hutagi tamahe ru wo, munasiku mi-nasi te ika naru kokoti se m, to mune mo hisige te oboyu.
 "Hi-goro mi tatematuri tamahi tura m mi-kokoti mo, yasukara zu obosa re tu ram. Koyohi dani, kokoro-yasuku uti-yasuma se tamahe. Tonowi-bito saburahu besi."
 to kikoye tamahe ba, usirometakere do, "Saru yau koso ha." to obosi te, sukosi sizoki tamahe ri.
 Hita-omote ni ha ara ne do, hahi-yori tutu mi tatematuri tamahe ba, ito kurusiku hadukasikere do, "Kakaru beki tigiri koso ha ari keme." to obosi te, koyonau nodoyaka ni usiroyasuki mi-kokoro wo, ka no kata tu kata no hito ni mi-kurabe tatematuri tamahe ba, ahare to mo omohi sira re ni tari.
 Munasiku nari na m noti no omohi-ide ni mo, "Kokoro-gohaku, omohi kuma nakara zi." to tutumi tamahi te, hasitanaku mo e osi-hanati tamaha zu. Yomosugara, hito wo sosonokasi te, ohom-yu nado mawira se tatematuri tamahe do, tuyu bakari mawiru kesiki mo nasi. "Imizi no waza ya! Ika ni si te ka ha, kake-todomu beki." to, iha m kata naku omohi-wi tamahe ri.

 [6-7 阿闍梨、八の宮の夢を語る]
不断経の、暁方のゐ替はりたる声のいと尊きに、阿闍梨も夜居にさぶらひて眠りたる、うちおどろきて陀羅尼読む。老いかれにたれど、いと功づきて頼もしう聞こゆ。
「いかが今宵はおはしましつらむ」
など聞こゆるついでに、故宮の御ことなど申し出でて、鼻しばしばうちかみて、
「いかなる所におはしますらむ。さりとも、涼しき2227方にぞ、と思ひやりたてまつるを、先つころの夢になむ見えおはしましし。
俗の御かたちにて、『世の中を深う厭ひ離れしかば、心とまることなかりしを、いささかうち思ひしことに乱れてなむ、ただしばし願ひの所を隔たれるを思ふなむ、いと悔しき。すすむるわざせよ』と、いとさだかに仰せられしを、たちまちに仕うまつるべきことのおぼえはべらねば、堪へたるにしたがひて、行ひしはべる法師ばら五、六人して、なにがしの念仏なむ仕うまつらせはべる。
さては、思ひたまへ得たることはべりて、常不軽をなむつかせはべる」
など申すに、君もいみじう泣きたまふ。かの世にさへ妨げきこゆらむ罪のほどを、苦しき御心地にも、いとど消え入りぬばかりおぼえたまふ。
「いかで、かのまだ定まりたまはざらむさきに参でて、同じ所にも」
と、聞き臥したまへり。
阿闍梨は言少なにて立ちぬ。この常不軽、そのわたりの里々、京までありきけるを、暁の嵐にわびて、阿闍梨のさぶらふあたりを尋ねて、中門のもとにゐて、いと尊くつく。回向の末つ方の心ばへいとあはれなり。客人もこなたにすすみたる御心にて、あはれ忍ばれたまはず。
中の宮、切におぼつかなくて、奥の方なる几帳のうしろに寄りたまへるけはひを聞きたまひて、あざやかにゐなほりたまひて、
「不軽の声はいかが聞かせたまひつらむ。重々しき道には行はぬことなれど、尊くこそはべりけれ」とて、
「霜さゆる汀の千鳥うちわびて
鳴く音悲しき朝ぼらけかな」
言葉のやうに聞こえたまふ。つれなき人の御けはひにも通ひて、思ひよそへらるれど、いらへにくくて、弁してぞ聞こえたまふ。
「暁の霜うち払ひ鳴く千鳥
もの思ふ人の心をや知る」
似つかはしからぬ御代りなれど、ゆゑなからず聞こえなす。かやうのはかなしごとも、つつましげなるものから、なつかしうかひあるさまにとりなしたまふものを、「今はとて別れなば、いかなる心地せむ」と惑ひたまふ。

 [6-7 阿闍梨、八の宮の夢を語る]
不断の読経の、明け方に交替する声がたいそう尊いので、阿闍梨も徹夜で勤めていて居眠りをしていたのが、ふと目を覚まして陀羅尼を読む。老いしわがれた声だが、実にありがたそうで頼もしく聞こえる。
「どのように今夜はおいででしたか」
などとお尋ね申し上げる機会に、故宮のお事などを申し上げて、鼻をしばしばかんで、
「どのような世界にいらっしゃるのでしょう。そうはいっても、涼しい極楽に、と想像いたしておりましたが、先頃の夢にお見えになりました。
俗人のお姿で、『世の中を深く厭い離れていたので、執着するところはなかったが、わずかに思っていたことに乱れが生じて、今しばらく願っていた極楽浄土から離れているのを思うと、とても悔しい。追善供養をせよ』と、まことにはっきりと仰せになったが、すぐにご供養申し上げる方法が思い浮かびませんので、できる範囲内で、修業している法師たち五、六人で、何々の称名念仏を称えさせております。
その他は、考えるところがございまして、常不軽を行わせております」
などと申すので、君もひどくお泣きになる。あの世までお邪魔申した罪障を、苦しい気持ちに、ますます息も絶えそうに思われなさる。
「何とか、あのまだ行く所がお定まりにならない前に参って、同じ所にも」
と、聞きながら臥せっていらっしゃった。
阿闍梨は言葉少なに立った。この常不軽は、その近辺の里々、京まで歩き回ったが、明け方の嵐に難渋して、阿闍梨のお勤めしている所を尋ねて、中門のもとに座って、たいそう尊く拝する。回向の偈の終わりのほうの文句が実にありがたい。客人もこの方面に関心のあるお方で、しみじみと感動に堪えられない。
中の宮が、まことに気がかりで、奥のほうにある几帳の背後にお寄りになっているご気配をお聞きになって、さっと居ずまいを正しなさって、
「不軽の声はどのようにお聞きあそばしましたでしょうか。重々しい祈祷としては行わないのですが、尊くございました」と言って、
「霜が冷たく凍る汀の千鳥が堪えかねて
寂しく鳴く声が悲しい、明け方ですね」
話すように申し上げなさる。冷淡な方のご様子にも似ていて、思い比べられるが、返事しにくくて、弁を介して申し上げなさる。
「明け方の霜を払って鳴く千鳥も
悲しんでいる人の心が分かるのでしょうか」
不似合いな代役だが、気品を失わず申し上げる。このようなちょっとしたことも、遠慮されるものの、やさしく上手におとりなしなさるものを、「今を最後と別れてしまったら、どんなに悲しい気がするだろう」と、目の前がまっくらにおなりになる。

 [6-7 Ajari talks about tahat he dreamed Hachinomiya to sisters]
 Hudan-kyau no, akatuki-gata no wi-kahari taru kowe no ito tahutoki ni, Azari mo yo-wi ni saburahi te neburi taru, uti-odoroki te Darani yomu. Oyi kare ni tare do, ito kuu-duki te tanomosiu kikoyu.
 "Ikaga koyohi ha ohasi tu ram?"
 nado kikoyuru tuide ni, ko-Miya no ohom-koto nado mausi-ide te, hana siba-siba uti-kami te,
 "Ika naru tokoro ni ohasimasu ram? Sari to mo, suzusiki kata ni zo, to omohi-yari tatematuru wo, sai-tu-koro no yume ni nam miye ohasimasi si.
 Zoku no ohom-katati ni te, 'Yononaka wo hukau itohi hanare sika ba, kokoro tomaru koto nakari si wo, isasaka uti-omohi si koto ni midare te nam, tada sibasi negahi no tokoro wo hedata re ru wo omohu nam, ito kuyasiki. Susumuru waza se yo.' to, ito sadaka ni ohose rare si wo, tatimati ni tukau-maturu beki koto no oboye habera ne ba, tahe taru ni sitagahi te, okonahi si haberu hohusi-bara go, roku-nin si te, nanigasi no Nenbutu nam tukau-matura se haberu.
 Sate ha, omohi tamahe e taru koto haberi te, Zyauhukyau wo nam tuka se haberu."
 nado mausu ni, Kimi mo imiziu naki tamahu. Ka no yo ni sahe samatage kikoyu ram tumi no hodo wo, kurusiki mi-kokoti ni mo, itodo kiye-iri nu bakari oboye tamahu.
 "Ikade, ka no mada sadamari tamaha zara m saki ni made te, onazi tokoro ni mo."
 to, kiki husi tamahe ri.
 Azari ha koto-sukuna ni te tati nu. Kono Zyauhukyau, so no watari no sato-zato, Kyau made ariki keru wo, akatuki no arasi ni wabi te, Azari no saburahu atari wo tadune te, tiu-mon no moto ni wi te, ito tahutoku tuku. Wekau no suwe tu kata no kokoro bahe ito ahare nari. Mara-uto mo konata ni susumi taru mi-kokoro ni te, ahare sinoba re tamaha zu.
 Naka-no-Miya, seti ni obotukanaku te, oku no kata naru kityau no usiro ni yori tamahe ru kehahi wo kiki tamahi te, azayaka ni wi-nahori tamahi te,
 "Hukyau no kowe ha ikaga kika se tamahi tura m. Omo-omosiki miti ni ha okonaha nu koto nare do, tahutoku koso haberi kere." tote,
 "Simo sayuru migiha no tidori uti-wabi te
 naku ne kanasiki asaborake kana
"
 Kotoba no yau ni kikoye tamahu. Turenaki hito no ohom-kehahi ni mo kayohi te, omohi yosohe rarure do, irahe nikuku te, Ben si te zo kikoye tamahu.
 "Akatuki no simo uti-harahi naku tidori
 mono omohu hito no kokoro wo ya siru
"
 Nitukahasikara nu ohom-kahari nare do, yuwe nakara zu kikoye nasu. Kayau no hakanasi-goto mo, tutumasige naru mono kara, natukasiu kahi aru sama ni tori-nasi tamahu mono wo, "Ima ha tote wakare na ba, ika naru kokoti se m." to madohi tamahu.

 [6-8 豊明の夜、薫と大君、京を思う]
宮の夢に見えたまひけむさま思しあはするに、「かう心苦しき御ありさまどもを、天翔りてもいかに見たまふらむ」と推し量られて、おはしましし御寺にも、御誦経せさせたまふ。所々の祈りの使出だしたてさせたまひ、公にも私にも、御暇のよし申したまひて、祭祓、よろづにいたらぬことなくしたまへど、ものの罪めきたる御病にもあらざりければ、何の験も見えず。
みづからも、平らかにあらむとも、仏をも念じたまはばこそあらめ、
「なほ、かかるついでにいかで亡せなむ。この君のかく添ひて、残りなくなりぬるを、今はもて離れむかたなし。さりとて、かうおろかならず見ゆめる心ばへの、見劣りして、我も人も見えむが、心やすからず憂かるべきこと。もし命しひてとまらば、病にことつけて、形をも変へてむ。さてのみこそ、長き心をもかたみに見果つべきわざなれ」
と思ひしみたまひて、
「とあるにても、かかるにても、いかでこの思ふことしてむ」と思すを、さまでさかしきことはえうち出でたまはで、中の宮に、
「心地のいよいよ頼もしげなくおぼゆるを、忌むことなむ、いとしるしありて命延ぶることと聞きしを、さやうに阿闍梨にのたまへ」
と聞こえたまへば、皆泣き騷ぎて、
「いとあるまじき御ことなり。かくばかり思し惑ふめる中納言殿も、いかがあへなきやうに思ひきこえたまはむ」
と、似ぎなきことに思ひて、頼もし人にも申しつがねば、口惜しう思す。
かく籠もりゐたまひつれば、聞きつぎつつ、御訪らひにふりはへものしたまふ人もあり。おろかに思されぬこと、と見たまへば、殿人、親しき家司などは、おのおのよろづの御祈りをせさせ、嘆ききこゆ。
豊明は今日ぞかしと、京思ひやりたまふ。風いたう吹きて、雪の降るさまあわたたしう荒れまどふ。「都にはいとかうしもあらじかし」と、人やりならず心細うて、「疎くて2228やみぬべきにや」と思ふ契りはつらけれど、恨むべうもあらず。なつかしうらうたげなる御もてなしを、ただしばしにても例になして、「思ひつることどもも語らはばや」と思ひ続けて眺めたまふ。光もなくて暮れ果てぬ。
「かき曇り日かげも見えぬ奥山に
心をくらすころにもあるかな」

 [6-8 豊明の夜、薫と大君、京を思う]
宮が夢に現れなさった様子をお考えになると、「このようにおいたわしいお二方のご境遇を、宙空をさ迷いながらどのように御覧になっていられるだろう」と推察されて、お籠もりになったお寺にも、御誦経をおさせになる。所々にご祈祷の使者をお出しになって、朝廷にも私邸のほうにも、お休暇の旨を申されて、祀りや祓い、いろいろと思い至らないことのないほどなさるが、何かの罪によるお病気でもなかったので、何の効目も見えない。
ご自身でも、治りたいと思って、仏をお祈りなさればだが、
「はやり、このような機会に何とかして死にたい。この君がこうして付き添って、余命残りなくなったが、今はもう他人で過すすべもない。そうかといって、このように並々ならず見える愛情だが、思ったほどでないと、自分も相手もそう思われるのは、つらく情けないことであろう。もし寿命が無理に延びたら、病気にかこつけて、姿を変えてしまおう。そうしてだけ、末長い心を互いに見届けることができるのだ」
と思い決めなさって、
「生きるにせよ、死ぬにせよ、何とかこの出家を遂げたい」とお思いになるのを、そこまで賢ぶったことはおっしゃらずに、中の宮に、
「気分がますます頼りなく思われるので、戒を受けると、とても効目があって寿命が延びることだと聞いていたが、そのように阿闍梨におっしゃってください」
と申し上げなさると、みな泣き騒いで、
「とんでもない御ことです。こんなにまでお心を痛めていらっしゃるような中納言殿も、どんなにがっかり申されることでしょう」
と、ふさわしくないことと思って、頼りにしている方にも申し上げないので、残念にお思いになる。
このように籠もっていらっしゃったので、次々と聞き伝えて、お見舞いにわざわざやって来る人もいる。いい加減にはお思いでない方だ、と拝見するので、殿上人や、親しい家司などは、それぞれいろいろなご祈祷をさせ、ご心配申し上げる。
豊明の節会は今日であると、京をお思いやりになる。風がひどく吹いて、雪が降る様子があわただしく荒れ狂う。「都ではとてもこうではあるまい」と、自ら招いてのこととはいえ心細くて、「他人関係のまま終わってしまうのだろうか」と思う宿縁はつらいけれど、恨むこともできない。やさしくかわいらしいおもてなしを、ただ少しの間でも元どおりにして、「思っていたことを話したい」と、思い続けながら眺めていらっしゃる。光もささず暮れてしまった。
「かき曇って日の光も見えない奥山で
心を暗くする今日このごろだ」

 [6-8 In a night of Toyono-akari, Kaoru and Ohoi-kimi expect Kyoto]
 Miya no yume ni miye tamahi kem sama obosi ahasuru ni, "Kau kokoro-gurusiki ohom-arisama-domo wo, ama-kakeri te mo ika ni mi tamahu ram?" to osihakara re te, ohasimasi si mi-tera ni mo, mi-zukyau se sase tamahu. Tokoro-dokoro no inori no tukahi idasi tate sase tamahi, ohoyake ni mo watakusi ni mo, ohom-itoma no yosi mausi tamahi te, maturi harahe, yorodu ni itara nu koto naku si tamahe do, mono no tumi meki taru ohom-yamahi ni mo ara zari kere ba, nani no sirusi mo miye zu.
 Midukara mo, tahiraka ni ara m to mo, Hotoke wo mo nen-zi tamaha ba koso ara me,
 "Naho, kakaru tuide ni ikade use na m. Ko no Kimi no kaku sohi te, nokori naku nari nuru wo, ima ha mote-hanare m kata nasi. Sari tote, kau oroka nara zu miyu meru kokorobahe no, mi-otori si te, ware mo hito mo miye m ga, kokoro-yasukara zu ukaru beki koto. Mosi inoti sihite tomara ba, yamahi ni kototuke te, katati wo mo kahe te m. Sate nomi koso, nagaki kokoro wo mo katami ni mi-hatu beki waza nare."
 to omohi-simi tamahi te,
 "To-aru ni te mo, kakaru ni te mo, ikade ko no omohu koto si te m." to obosu wo, sa made sakasiki koto ha e uti-ide tamaha de, Naka-no-Miya ni,
 "Kokoti no iyo-iyo tanomosige naku oboyuru wo, imu koto nam, ito sirusi ari te inoti noburu koto to kiki si wo, sayau ni Azari ni notamahe."
 to kikoye tamahe ba, mina naki sawagi te,
 "Ito aru maziki ohom-koto nari. Kaku bakari obosi madohu meru Tiunagon-dono mo, ikaga ahe naki yau ni omohi kikoye tamaha m."
 to, nigenaki koto ni omohi te, tanomosi-bito ni mo mausi tuga ne ba, kutiwosiu obosu.
 Kaku komori wi tamahi ture ba, kiki tugi tutu, ohom-toburahi ni hurihahe monosi tamahu hito mo ari. Oroka ni obosa re nu koto, to mi tamahe ba, tono-bito, sitasiki keisi nado ha, ono-ono yorodu no ohom-inori wo se sase, nageki kikoyu.
 Toyo-no-akari ha kehu zo kasi to, Kyau omohi yari tamahu. Kaze itau huki te, yuki no huru sama awatatasiu are madohu. "Miyako ni ha ito kau si mo ara zi kasi." to, hito-yari-nara-zu kokoro-bosou te, "Utoku te yami nu beki ni ya?" to omohu tigiri ha turakere do, uramu beu mo ara zu. Natukasiu rautage naru ohom-motenasi wo, tada sibasi ni te mo rei ni nasi te, "Omohi turu koto-domo mo katara baya." to omohi tuduke te nagame tamahu. Hikari mo naku te kure hate nu.
 "Kaki-kumori hi-kage mo miye nu oku-yama ni
 kokoro wo kurasu koro ni mo aru kana
"

 [6-9 薫、大君に寄り添う]
ただ、かくておはするを頼みに、皆思ひきこえたり。例の、近き方にゐたまへるに、御几帳などを、風のあらはに吹きなせば、中の宮、奥に入りたまふ。見苦しげなる人びとも、かかやき隠れぬるほどに、いと近う寄りて、
「いかが思さるる。心地に思ひ残すことなく、念じきこゆるかひなく、御声をだに聞かずなりにたれば、いとこそわびしけれ。後らかしたまはば、いみじうつらからむ」
と、泣く泣く聞こえたまふ。ものおぼえずなりにたるさまなれど、顔はいとよく隠したまへり。
「よろしき隙あらば、聞こえまほしきこともはべれど、ただ消え入るやうにのみなりゆくは、口惜しきわざにこそ」
と、いとあはれと思ひたまへるけしきなるに、いよいよせきとどめがたくて、ゆゆしう、かく心細げに思ふとは見えじと、つつみたまへど、声も惜しまれず。
「いかなる契りにて、限りなく思ひきこえながら、つらきこと多くて別れたてまつるべきにか。少し憂きさまをだに見せたまはばなむ、思ひ冷ますふしにもせむ」
とまもれど、いよいよあはれげにあたらしく、をかしき御ありさまのみ見ゆ。
腕などもいと細うなりて、影のやうに弱げなるものから、色あひも変らず、白ううつくしげになよなよとして、白き御衣どものなよびかなるに、衾を押しやりて、中に身もなき雛を臥せたらむ心地して、御髪はいとこちたうもあらぬほどにうちやられたる、枕より落ちたる際の、つやつやとめでたうをかしげなるも、「いかになりたまひなむとするぞ」と、あるべきものにもあらざめりと見るが、惜しきことたぐひなし。
ここら久しく悩みて、ひきもつくろはぬけはひの、心とけず恥づかしげに、限りなうもてなしさまよふ人にも多うまさりて、こまかに見るままに、魂も静まらむ方なし。

 [6-9 薫、大君に寄り添う]
ただ、こうしておいでになるのを頼みに、皆がお思い申し上げていた。いつもの、近いお側に座っていらっしゃるが、御几帳などを、風が烈しく吹くので、中の宮、奥のほうにお入りになる。見苦しそうな人びとも、恥ずかしがって隠れているところで、たいそう近くに寄って、
「どのようなお具合ですか。心のありたけを尽くして、ご祈祷申し上げる効もなく、お声をさえ聞かなくなってしまったので、まことに情けない。後に遺して逝かれなさったら、ひどくつらいことでしょう」
と、泣く泣く申し上げなさる。意識もはっきりしなくなった様子だが、顔はまことによく隠していらっしゃった。
「気分の良い時があったら、申し上げたいこともございますが、ただもう息も絶えそうにばかりなってゆくのは、心残りなことです」
と、本当に悲しいと思っていらっしゃる様子なので、ますます感情を抑えがたくなって、不吉に、このように心細そうに思っているとは見られまいと、お隠しになるが、泣き声まで上げられてしまう。
「どのような宿縁で、この上なくお慕い申し上げながら、つらいことが多くてお別れ申すのだろうか。少し嫌な様子でもお見せになったら、思いを冷ますきっかけにしよう」
と見守っているが、ますますいとしく惜しく、美しいご様子ばかりが見える。
腕などもたいそう細くなって、影のように弱々しいが、肌の色艶も変わらず、白く美しそうになよなよとして、白い御衣類の柔らかなうえに、衾を押しやって、中に身のない雛人形を臥せたような気がして、お髪はたいして多くもなくうちやられている、それが、枕からこぼれている側が、つやつやと素晴らしく美しいのも、「どのようにおなりになろうとするのか」と、生きていかれそうにもなく見えるのが、惜しいことは類がない。
幾月も長く患って、身づくろいもしてない様子が、気を許そうともせず恥ずかしそうで、この上なく飾りたてる人よりも多くまさって、こまかに見ていると、魂も抜け出してしまいそうである。

 [6-9 Kaoru nurses Ohoi-kimi closely]
 Tada, kaku te ohasuru wo tanomi ni, mina omohi kikoye tari. Rei no, tikaki kata ni wi tamahe ru ni, mi-kityau nado wo, kaze no araha ni huki nase ba, Naka-no-Miya, oku ni iri tamahu. Mi-gurusige naru hito-bito mo, kakayaki kakure nuru hodo ni, ito tikau yori te,
 "Ikaga obosa ruru. Kokoti ni omohi nokosu koto naku, nen-zi kikoyuru kahi naku, ohom-kowe wo dani kika zu nari ni tare ba, ito koso wabisikere. Okurakasi tamaha ba, imiziu turakara m."
 to, naku-naku kikoye tamahu. Mono oboye zu nari ni taru sama nare do, kaho ha ito yoku kakusi tamahe ri.
 "Yorosiki hima ara ba, kikoye mahosiki koto mo habere do, tada kiye-iru yau ni nomi nari-yuku ha, kutiwosiki waza ni koso."
 to, ito ahare to omohi tamahe ru kesiki naru ni, iyo-iyo seki-todome gataku te, yuyusiu, kaku kokoro-bosoge ni omohu to ha miye zi to, tutumi tamahe do, kowe mo wosima re zu.
 "Ika naru tigiri ni te, kagiri naku omohi kikoye nagara, turaki koto ohoku te wakare tatematuru beki ni ka. Sukosi uki sama wo dani mise tamaha ba nam, omohi samasu husi ni mo se m."
 to mamore do, iyo-iyo aharege ni atarasiku, wokasiki ohom-arisama nomi miyu.
 Kahina nado mo ito hosou nari te, kage no yau ni yowage naru mono kara, iro-ahi mo kahara zu, sirou utukusige ni nayo-nayo to si te, siroki ohom-zo-domo no nayobika naru ni, husuma wo osi-yari te, naka ni mi mo naki hihina wo huse tara m kokoti si te, mi-gusi ha ito kotitau mo ara nu hodo ni uti-yara re taru, makura yori oti taru kiha no, tuya-tuya to medetau wokasige naru mo, "Ika ni nari tamahi na m to suru zo." to, aru beki mono ni mo ara za'meri to miru ga, wosiki koto taguhi nasi.
 Kokora hisasiku nayami te, hiki mo tukuroha nu kehahi no, kokoro-toke zu hadukasige ni, kagiri nau motenasi samayohu hito ni mo ohou masari te, komaka ni miru mama ni, tamasihi mo sidumara m kata nasi.

 7 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆 [7-1 大君、もの隠れゆくように死す]
「つひにうち捨てたまひなば、世にしばしもとまるべきにもあらず。命もし限りありてとまるべうとも、深き山にさすらへなむとす。ただ、いと心苦しうて、とまりたまはむ御ことをなむ思ひきこゆる」
と、いらへさせたてまつらむとて、かの御ことをかけたまへば、顔隠したまへる御袖を少しひき直して、
「かく、はかなかりけるものを、思ひ隈なきやうに思されたりつるもかひなければ、このとまりたまはむ人を、同じこと思ひきこえたまへと、ほのめかしきこえしに、違へたまはざらましかば、うしろやすからましと、これのみなむ恨めしきふしにて、とまりぬべうおぼえはべる」
とのたまへば、
「かくいみじう、もの思ふべき身にやありけむ。いかにも、いかにも、異ざまにこの世を思ひかかづらふ方のはべらざりつれば、御おもむけに従ひきこえずなりにし。今なむ、悔しく心苦しうもおぼゆる。されども、うしろめたくな思ひきこえたまひそ」
などこしらへて、いと苦しげにしたまへば、修法の阿闍梨ども召し入れさせ、さまざまに験ある限りして、加持参らせさせたまふ。我も仏を念ぜさせたまふこと、限りなし。
「世の中をことさらに厭ひ離れね、と勧めたまふ仏などの、いとかくいみじきものは思はせたまふにやあらむ。見るままにもの隠れゆくやうにて消え果てたまひぬるは、いみじきわざかな」
引きとどむべき方なく、足摺りもしつべく、人のかたくなしと見むこともおぼえず。限りと見たてまつりたまひて、中の宮の、後れじと思ひ惑ひたまふさまもことわりなり。あるにもあらず見えたまふを、例の、さかしき女ばら、「今は、いとゆゆしきこと」と、引き避けたてまつる。

 7 大君の物語 大君の死と薫の悲嘆 [7-1 大君、もの隠れゆくように死す]
「とうとう捨てて逝っておしまいになったら、この世に少しも生きている気がしない。寿命がもし決まっていて生き永らえたとしても、深い山に分け入るつもりです。ただ、とてもお気の毒に、お残りになる方の御事を心配いたします」
と、答えさせていただこうと思って、あの方の御事におふれになると、顔を隠していらっしゃったお袖を少し離して、
「このように、はかなかったものを、思いやりがないようにお思いなさったのも効がないので、このお残りになる人を、同じようにお思い申し上げてくださいと、それとなく申し上げましたが、その通りにしてくださったら、どんなに安心して死ねたろうにと、この点だけが恨めしいことで、執着が残りそうに思われます」
とおっしゃるので、
「このようにひどく、物思いをする身の上なのでしょうか。何としても、かんとしても、他の人には執着することがございませんでしたので、ご意向にお従い申し上げずになってしまいました。今になって、悔しくいたわしく思われます。けれども、ご心配申し上げなさいますな」
などと慰めて、たいそう苦しそうでいらっしゃるので、修法の阿闍梨たちを召し入れさせて、いろいろな効験のある僧全員して、加持して差し上げさせなさる。ご自分でも仏にお祈りあそばすこと、この上ない。
「世の中を特に厭い離れなさい、とお勧めになる仏などが、とてもこのようにひどい目にお遭わせになるのだろうか。見ている前で物が隠れてゆくようにして、お亡くなりになったのは、何と悲しいことであろうか」
引き止める方法もなく、足摺りもしそうに、人が馬鹿だと見ることも気にしない。ご臨終と拝しなさって、中の宮が、後れまいと嘆き悲しみなさる様子ももっともなことである。正気を失ったようにお見えになるのを、いつもの、利口ぶった女房連中が、「今は、まことに不吉なこと」と、お引き離し申し上げる。

 7 Tale of Ohoi-kimi Ohoi-kimi's death and Kaoru's grief [7-1 Ohoi-kimi dies as if she disapears her figure]
 "Tuhi ni uti-sute tamahi na ba, yo ni sibasi mo tomaru beki ni mo ara zu. Inoti mosi kagiri ari te tomaru beu to mo, hukaki yama ni sasurahe na m to su. Tada, ito kokoro-gurusiu te, tomari tamaha m ohom-koto wo nam omohi kikoyuru."
 to, irahe sase tatematura m tote, ka no ohom-koto wo kake tamahe ba, kaho kakusi tamahe ru ohom-sode wo sukosi hiki-nahosi te,
 "Kaku, hakanakari keru mono wo, omohi kuma naki yau ni obosa re tari turu mo kahi nakere ba, ko no tomari tamaha m hito wo, onazi koto omohi kikoye tamahe to, honomekasi kikoye ni si, tagahe tamaha zara masika ba, usiroyasukara masi to, kore nomi nam uramesiki husi ni te, tomari nu beu oboye haberu."
 to notamahe ba,
 "Kaku imiziu, mono omohu beki mi ni ya ari kem. Ika ni mo, ika ni mo, koto-zama ni konoyo wo omohi kakadurahu kata no habera zari ture ba, ohom-omomuke ni sitagahi kikoye zu nari ni si. Ima nam, kuyasiku kokoro-gurusiu mo oboyuru. Saredo mo, usirometaku na omohi kikoye tamahi so."
 nado kosirahe te, ito kurusige ni si tamahe ba, suhohu no Azari-domo mesi-ire sase, sama-zama ni gen aru kagiri si te, kadi mawirase sase tamahu. Ware mo Hotoke wo nen-ze sase tamahu koto, kagiri nasi.
 "Yononaka wo kotosara ni itohi hanare ne, to susume tamahu Hotoke nado no, ito kaku imiziki mono ha omoha se tamahu ni ya ara m. Miru mama ni mono kakure yuku yau ni te kiye-hate tamahi nuru ha, imiziki waza kana!"
 Hiki-todomu beki kata naku, asi-zuri mo si tu beku, hito no katakunasi to mi m koto mo oboye zu. Kagiri to mi tatematuri tamahi te, Naka-no-Miya no, okure zi to omohi madohi tamahu sama mo kotowari nari. Aru ni mo ara zu miye tamahu wo, rei no, sakasiki womna-bara, "Ima ha, ito yuyusiki koto." to, hiki-sake tatematuru.

 [7-2 大君の火葬と薫の忌籠もり]
中納言の君は、さりとも、いとかかることあらじ、夢か、と思して、大殿油を近うかかげて見たてまつりたまふに、隠したまふ顔も、ただ寝たまへるやうにて、変はりたまへるところもなく、うつくしげにてうち臥したまへるを、「かくながら、虫の骸のやうにても見る2229わざならましかば」と、思ひ惑はる。
今はの事どもするに、御髪をかきやるに、さとうち匂ひたる、ただありしながらの匂ひに、なつかしう香ばしきも、ありがたう、
「何ごとにてこの人を、すこしもなのめなりしと思ひさまさむ。まことに世の中を思ひ捨て果つるしるべならば、恐ろしげに憂きことの、悲しさも冷めぬべきふしをだに見つけさせたまへ」
と仏を念じたまへど、いとど思ひのどめむ方なくのみあれば、言ふかひなくて、「ひたぶるに煙にだになし果ててむ」と思ほして、とかく例の作法どもするぞ、あさましかりける。
空を歩むやうにただよひつつ、限りのありさまさへはかなげにて、煙も多くむすぼほれたまはずなりぬるもあへなしと、あきれて帰りたまひぬ。
御忌に籠もれる人数多くて、心細さはすこし紛れぬべけれど、中の宮は、人の見思はむことも恥づかしき身の心憂さを思ひ沈みたまひて、また亡き人に見えたまふ。
宮よりも御弔らひいとしげくたてまつれたまふ。思はずにつくづくと思ひきこえたまへりしけしきも、思し直らでやみぬるを思すに、いと憂き人の御ゆかりなり。
中納言、かく世のいと心憂くおぼゆるついでに、本意遂げむと思さるれど、三条の宮の思されむことに憚り、この君の御ことの心苦しさとに思ひ乱れて、
「かののたまひしやうにて、形見にも見るべかりけるものを。下の心は、身を分けたまへりとも、移ろふべくもおぼえざりしを、かうもの思はせたてまつるよりは、ただうち語らひて、尽きせぬ慰めにも見たてまつり通はましものを」
など思す。
かりそめに京にも出でたまはず、かき絶え、慰む方なくて籠もりおはするを、世人も、おろかならず思ひたまへること、と見聞きて、内裏よりはじめたてまつりて、御弔ひ多かり。

 [7-2 大君の火葬と薫の忌籠もり]
中納言の君は、そうはいっても、まさかこんなことにはなるまい、夢か、とお思いになって、大殿油を近くに芯をかき立てて拝見なさると、お隠しになっている顔も、まるで寝ていらっしゃるように、変わっておいでになるところもなく、かわいらしげに臥せっていらっしゃるのを、「このままで、虫の脱殻のようにずっと見続けることができるものならば」と、悲しみにくれる。
ご臨終の作法をする時に、お髪をかきやると、さっと匂うのが、まるで生きていた時の匂いそのままで、懐かしく香ばしいのも、世に比類なく、
「どうしてこの人を、少しでも普通の女性であったと思い諦められようか。ほんとうに世の中を思い捨て去る道しるべならば、恐ろしそうな醜いことで、悲しさも冷めてしまいそうなところだけでも見つけさせてください」
と仏にお祈りになるが、ますます悲しみを慰めようもなくなるばかりなので、どうしようもなくて、「ひと思いにせめて火葬にしてしまおう」とお思いになって、あれこれ例の葬式をするのが、何ともいいようのないことであった。
宙を歩くようにふらふらとして、最後に空に上る様子さえ頼りなさそうで、煙も多くはお立ちにならなかったのもあっけなかったことと、茫然としてお帰りになった。
御忌中に籠もっている人の数が多くて、心細さは少し紛れそうだが、中の宮は、人の目や思惑も恥ずかしい身の情けなさを悲観なさって、同じく死んだ人のようにお見えになる。
宮からもご弔問をたいそう頻繁に差し上げなさる。意外でつくづくとお思い申し上げていらっしゃったお気持ちも、お直りにならずに亡くなってしまったことをお思いになると、まことにつらいご縁の方である。
中納言は、このようにこの世がまことにつらく思われる機会に、出家の本願を遂げようとお思いになるが、三条宮がお悲しみになることに気がねし、この姫君の御事のおいたわしさに思い乱れて、
「あの方がおっしゃったようにして、形見としてでも結婚すべきであったよ。心の底では、身を分けた姉妹でいらしても、気を移せるようには思えなかったが、このようにお悲しみ申し上げさせるよりは、いっそ深い仲になって、尽きない慰めとしてずっとお世話申し上げてゆくべきであったのに」
などとお思いになる。
ちょっとも京にお出にならず、ふっつりと、慰めようもなく籠もっておいでになるのを、世の人も、並々ならず悲しんでいらっしゃる、と見聞きして、帝をはじめ申して、ご弔問が多かった。

 [7-2 Kaoru goes into mourning after a cremation of Ohoi-kimi]
 Tiunagon-no-Kimi ha, sari to mo, ito kakaru koto ara zi, yume ka, to obosi te, oho-tonabura wo tikau kakage te mi tatematuri tamahu ni, kakusi tamahu kaho mo, tada ne tamahe ru yau ni te, kahari tamahe ru tokoro naku, utukusige ni te uti-husi tamahe ru wo, "Kaku nagara, musi no kara no yau ni te mo miru waza nara masika ba." to, omohi madoha ru.
 Ima ha no koto-domo suru ni, mi-gusi wo kaki-yaru ni, sato uti-nihohi taru, tada ari si nagara no nihohi ni, natukasiu kaubasiki mo, arigatau,
 "Nani-goto ni te ko no hito wo, sukosi mo nanome nari si to omohi sama sa m. Makoto ni yononaka wo omohi sute-haturu sirube nara ba, osorosige ni uki koto no, kanasisa mo same nu beki husi wo dani mituke sase tamahe."
 to Hotoke wo nen-zi tamahe do, itodo omohi nodome m kata naku nomi are ba, ihu-kahi naku te, "Hitaburu ni keburi ni dani nasi hate te m." to omohosi te, tokaku rei no sahohu-domo suru zo, asamasikari keru.
 Sora wo ayumu yau ni tadayohi tutu, kagiri no arisama sahe hakange ni te, keburi mo ohoku musubohore tamaha zu nari nuru mo ahe nasi to, akire te kaheri tamahi nu.
 Ohom-imi ni komore ru hito-kazu ohoku te, kokoro-bososa ha sukosi magire nu bekere do, Naka-no-Miya ha, hito no mi omoha m koto mo hadukasiki mi no kokoro-usa wo omohi sidumi tamahi te, mata naki hito ni miye tamahu.
 Miya yori mo ohom-toburahi ito sigeku tatemature tamahu. Omoha zu ni tuku-duku to omohi kikoye tamahe ri si kesiki mo, obosi nahora de yami nuru wo obosu ni, ito uki hito no ohom-yukari nari.
 Tiunagon, kaku yo no ito kokoro-uku oboyuru tuide ni, hoi toge m to obosa rure do, Samdeu-no-Miya no obosa re m koto ni habakari, ko no Kimi no ohom-koto no kokoro-gurusisa to ni omohi-midare te,
 "Ka no notamahi si yau ni te, katami ni mo miru bekari keru mono wo. Sita no kokoro ha, mi wo wake tamahe ri to mo, uturohu beku mo oboye zari si wo, kau mono omoha se tatematuru yori ha, tada uti-katarahi te, tuki se nu nagusame ni mo mi tatematuri kayoha masi mono wo."
 nado obosu.
 Karisome ni Kyau ni mo ide tamaha zu, kaki taye, nagusamu kata naku te komori ohasuru wo, yo-hito mo, oroka nara zu omohi tamahe ru koto, to mi kiki te, Uti yori hazime tatematuri te, ohom-toburahi ohokari.

 [7-3 七日毎の法事と薫の悲嘆]
はかなくて日ごろは過ぎゆく。七日七日の事ども、いと尊くせさせたまひつつ、おろかならず孝じたまへど、限りあれば、御衣の色の変らぬを、かの御方の心寄せわきたりし人びとの、いと黒く着替へたるを、ほの見たまふも、
「くれなゐに落つる涙もかひなきは
形見の色を染めぬなりけり」
聴し色の氷解けぬかと見ゆるを、いとど濡らし添へつつ眺めたまふさま、いとなまめかしくきよげなり。人びと覗きつつ見たてまつりて、
「言ふかひなき御ことをばさるものにて、この殿のかくならひたてまつりて、今はとよそに思ひきこえむこそ、あたらしく口惜しけれ」
「思ひの外なる御宿世にもおはしかるかな。かく深き御心のほどを、かたがたに背かせたまへるよ」
と泣きあへり。
この御方には、
「昔の御形見に、今は何ごとも聞こえ、承らむとなむ思ひたまふる。疎々しく思し隔つな」
と聞こえたまへど、「よろづのこと憂き身なりけり」と、もののみつつましくて、まだ対面してものなど聞こえたまはず。
「この君は、けざやかなるかたに、いますこし子めき、気高くおはするものから、なつかしく匂ひある心ざまぞ、劣りたまへりける」
と、事に触れておぼゆ。

 [7-3 七日毎の法事と薫の悲嘆]
とりとめもなく幾日も過ぎてゆく。七日毎の法事も、たいそう尊くおさせになっては、心をこめて供養なさるが、規則があるので、お召し物の色の変わらないのを、あの御方を特に慕っていた女房たちが、たいそう黒く着替えているのを、ちらっと御覧になるにつけても、
「紅色に落ちる涙が何にもならないのは
形見の喪服の色を染めないことだ」
許し色の氷が解けないかと見えるのを、ますます濡らし加えながら物思いに沈んでいらっしゃるお姿は、たいそう艶っぽく美しい。女房たちが覗きながら拝見して、
「亡くなってしまったお方のことはしかたないとして、この殿がこのようにお親しみ申されて、これからは他人とお思い申し上げるのは、惜しく残念なことだわ」
「意外なご運勢でいらっしゃったわ。こんなに深いお志を、どちらもお添いになれなかったとは」
と言って、泣きあっている。
この御方には、
「亡くなった方のお形見として、今は何でも申し上げ、承りたいと存じております。よそよそしくお思いなさいませんように」
と申し上げなさるが、「万事が嫌な身の上だ」と、何もかも気後れして、まだお会いしてお話など申し上げなさらない。
「この姫君は、はきはきとした方で、もう少し子供っぽく、気高くいらっしゃる一方で、親しみがありうるおいのある人柄という点では劣っていらっしゃる」
と、何かにつけて思われる。

 [7-3 Kaoru grieves evry seven days of Buddhist service for the dead]
 Hakanaku te hi-goro ha sugi-yuku. Nanuka nanuka no koto-domo, ito tahutoku se sase tamahi tutu, oroka nara zu keu-zi tamahe do, kagiri are ba, ohom-zo no iro no kahara nu wo, ka no ohom-kata no kokoro-yose waki tari si hito-bito no, ito kuroku ki-kahe taru wo, hono-mi tamahu mo,
 "Kurenawi ni oturu namida mo kahi naki ha
 katami no iro wo some nu nari keri
"
 Yurusi-iro no kohori toke nu ka to miyuru wo, itodo nurasi sohe tutu nagame tamahu sama, ito namamekasiku kiyoge nari. Hito-bito nozoki tutu mi tatematuri te,
 "Ihu-kahi naki ohom-koto wo ba saru mono ni te, ko no Tono no kaku narahi tatematuri te, ima ha to yoso ni omohi kikoye m koso, atarasiku kutiwosikere."
 "Omohi no hoka naru ohom-sukuse ni mo ohasi keru kana! Kaku hukaki mi-kokoro no hodo wo, kata-gata ni somuka se tamahe ru yo!"
 to naki ahe ri.
 Ko no Ohom-kata ni ha,
 "Mukasi no ohom-katami ni, ima ha nani-goto mo kikoye, uketamahara m to nam omohi tamahuru. Uto-utosiku obosi hedatu na."
 to kikoye tamahe do, "Yorodu no koto uki mi nari keri." to, mono nomi tutumasiku te, mada taimen si te mono nado kikoye tamaha zu.
 "Ko no Kimi ha, kezayaka naru kata ni, ima sukosi ko-meki, ke-dakaku ohasuru mono kara, natukasiku nihohi aru kokoro-zama zo, otori tamahe ri keru."
 to, koto ni hure te oboyu.

 [7-4 雪の降る日、薫、大君を思う]
雪のかきくらし降る日、終日にながめ暮らして、世の人のすさまじきことに言ふなる師走の月夜の、曇りなくさし出でたるを、簾巻き上げて見2230たまへば、向かひの寺の鐘の声、枕をそばたてて、今日も暮れぬ2231と、かすかなる響を聞きて、
「おくれじと空ゆく月を慕ふかな
つひに住むべきこの世ならねば」
風のいと烈しければ、蔀下ろさせたまふに、四方の山の鏡と見ゆる汀の氷、月影にいとおもしろし。「京の家の限りなくと磨くも、えかうはあらぬはや」と2232おぼゆ。「わづかに生き出でてものしたまはましかば、もろともに聞こえまし」と思ひつづくるぞ、胸よりあまる心地する。
「恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに
雪の山にや跡を消なまし」
「半ばなる偈教へむ鬼もがな、ことつけて身も投げむ」と思すぞ、心ぎたなき聖心なりける。
人びと近く呼び出でたまひて、物語などせさせ2233たまふけはひなどの、いとあらまほしくのどやかに心深きを、見たてまつる人びと、若きは、心にしめてめでたしと思ひたてまつる。老いたるは、ただ口惜しくいみじきことを、いとど思ふ。
「御心地の重くならせたまひしことも、ただこの宮の御ことを、思はずに見たてまつりたまひて、人笑へにいみじと思すめりしを、さすがにかの御方には、かく思ふと知られたてまつらじと、ただ御心一つに世を恨みたまふめりしほどに、はかなき御くだものをも聞こしめし触れず、ただ弱りになむ弱らせたまふめりし。
上べには、何ばかりことことしくもの深げにももてなさせたまはで、下の御心の限りなく、何事も思すめりしに、故宮の御戒めにさへ違ひぬることと、あいなう人の御上を思し悩みそめしなり」
と聞こえて、折々のたまひしことなど語り出でつつ、誰も誰も泣き惑ふこと尽きせず。

 [7-4 雪の降る日、薫、大君を思う]
雪が烈しく降る日、一日中物思いに沈んで、世間の人が殺風景な物という十二月の月夜の、曇りなく照りだしているのを、簾を巻き上げて御覧になると、向かい側の寺の鐘の音を、枕をそばだてて、今日も暮れたと、かすかな音を聞いて、
「後れまいと空を行く月が慕われる
いつまでも住んでいられないこの世なので」
風がたいそう烈しいので、蔀を下ろさせなさると、四方の山の鏡に見える汀の氷が、月の光に実に美しい。「京の邸をこの上なく磨いても、こんなにまではできまい」と思われる。「かろうじて少しでも生き返りなさったら、一緒に語りあえたものを」と思い続けると、胸がいっぱいになる。
「恋いわびて死ぬ薬が欲しいゆえに
雪の山に分け入って跡を晦ましてしまいたい」
「半偈を教えたという鬼でもいてくれたら、かこつけて身を投げたい」とお考えになるのは、未練がましい道心であるよ。
女房たちを近くに呼び出しなさって、話などをおさせになる様子などが、まことに理想的でゆったりとして情愛深いのを、拝する女房たち、若い者は、心にしみて立派だとお思い申し上げる。年とった者は、ただ口惜しく残念なことを、ますます思う。
「ご病気が重態におなりあそばしたことも、ただあの宮の御事を思いもかけずお迎えなさって、物笑いで辛いとお思いのようであったが、何といってもあの御方には、こう心配していると知られ申すまいと、ただお胸の内で二人の仲を嘆いていらっしゃるうちに、ちょっとした果物もお口におふれにならず、すっかりお弱りあそばしたようでした。
表面では何ほども大げさに心配しているようにはお振る舞いあそばさず、お心の底ではこの上なく、何事もご心配のようでして、故宮のご遺戒にまで背いてしまったことと、ひとごとながら妹君のお身の上をお悩み続けたのでした」
と申し上げて、時々おっしゃったことなどを話し出しては、誰も彼もいつまでも泣きくれている。

 [7-4 In a snow day, Kaoru recollects the late Ohoi-kimi]
 Yuki no kaki-kurasi huru hi, hinemosu ni nagame kurasi te, yo no hito no susamaziki koto ni ihu naru sihasu no tuki-yo no, kumori naku sasi-ide taru wo, sudare maki-age te mi tamahe ba, mukahi no tera no kane no kowe, makura wo soba-tate te, kehu mo kure nu to, kasuka naru hibiki wo kiki te,
 "Okure zi to sora yuku tuki wo sitahu kana
 tuhi ni sumu beki konoyo nara ne ba
"
 Kaze no ito hagesikere ba, sitomi orosa se tamahu ni, yomo no yama no kagami to miyuru migiha no kohori, tuki-kage ni ito omosirosi. "Kyau no ihe no kagiri naku to migaku mo, e kau ha ara nu ha ya!" to oboyu. "Waduka ni iki ide te monosi tamaha masika ba, morotomo ni kikoye masi." to omohi tudukuru zo, mune yori amaru kokoti suru.
 "Kohi wabi te sinuru kusuri no yukasiki ni
 yuki no yama ni ya ato wo kena masi
"
 "Nakaba naru ge wosihe m oni mo gana, kototuke te mi mo nage m." to obosu zo, kokoro-gitanaki hiziri-gokoro nari keru.
 Hito-bito tikaku yobi-ide tamahi te, monogatari nado se sase tamahu kehahi nado no, ito aramahosiku nodoyaka ni kokoro-hukaki wo, mi tatematuru hito-bito, wakaki ha, kokoro ni sime te medetasi to omohi tatematuru. Oyi taru ha, tada kutiwosiku imiziki koto wo, itodo omohu.
 "Mi-kokoti no omoku nara se tamahi si koto mo, tada ko no Miya no ohom-koto wo, omoha zu ni mi tatematuri tamahi te, hito warahe ni imizi to obosu meri si wo, sasuga ni ka no ohom-kata ni ha, kaku omohu to sira re tatematura zi to, tada mi-kokoro hitotu ni yo wo urami tamahu meri si hodo ni, hakanaki ohom-kudamono wo mo kikosimesi hure zu, tada yowari ni nam yowara se tamahu meri si.
 Uhabe ni ha, nani bakari koto-kotosiku mono-hukage ni mo motenasa se tamaha de, sita no mi-kokoro no kagiri naku, nani-goto mo obosu meri si ni, ko-Miya no ohom-imasime ni sahe tagahi nuru koto to, ainau hito no ohom-uhe wo obosi nayami some si nari."
 to kikoye te, wori-wori notamahi si koto nado katari ide tutu, tare mo tare mo naki madohu koto tuki se zu.

 [7-5 匂宮、雪の中、宇治へ弔問]
「わが心から、あぢきなきことを思はせたてまつりけむこと」と取り返さまほしく2234、なべての世もつらきに、念誦をいとどあはれにしたまひて、まどろむほどなく明かしたまふに、まだ夜深きほどの雪のけはひ、いと寒げなるに、人びと声あまたして、馬の音聞こゆ。
「何人かは、かかるさ夜中に雪を分くべき」
と、大徳たちも驚き思へはべるに、宮、狩の御衣にいたうやつれて、濡れ濡れ入りたまへるなりけり。うちたたきたまふさま、さななり、と聞きたまひて、中納言は、隠ろへたる方に入りたまひて、忍びておはす。御忌は日数残りたりけれど、心もとなく思しわびて、夜一夜、雪に惑はされてぞおはしましける。
日ごろのつらさも紛れぬべきほどなれど、対面したまふべき心地もせず、思し嘆きたるさまの恥づかしかりしを、やがて見直されたまはずなりにしも、今より後の御心改まらむは、かひなかるべく思ひしみてものしたまへば、誰も誰もいみじうことわりを聞こえ知らせつつ、物越にてぞ、日ごろのおこたり尽きせずのたまふを、つくづくと聞きゐたまへる。
これもいとあるかなきかにて、「後れたまふまじきにや」と聞こゆる御けはひの心苦しさを、「うしろめたういみじ」と、宮も思したり。
今日は、御身を捨てて、泊りたまひぬ。「物越ならで」といたくわびたまへど、
「今すこしものおぼゆるほどまではべらば」
とのみ聞こえたまひて、つれなきを、中納言もけしき聞きたまひて、さるべき人召し出でて、
「御ありさまに違ひて、心浅きやうなる御もてなしの、昔も今も心憂かりける月ごろの罪は、さも思ひきこえたまひぬべきことなれど、憎からぬさまにこそ、勘へたてまつりたまはめ。かやうなること、まだ見知らぬ御心にて、苦しう思すらむ」
など、忍びて賢しがりたまへば、いよいよこの君の御心も恥づかしくて、え聞こえ2235たまはず。
「あさましく心憂くおはしけり。聞こえしさまをも、むげに忘れたまひけること」
と、おろかならず嘆き暮らしたまへり。

 [7-5 匂宮、雪の中、宇治へ弔問]
「自分のせいで、つまらない心配をおかけ申したこと」と元に戻したく、すべての世の中がつらいので、念誦をますますしみじみとなさって、うとうととする間もなく夜を明かしなさると、まだ夜明け前の雪の様子が、たいそう寒そうな中を、人びとの声がたくさんして、馬の声が聞こえる。
「誰がいったいこのような夜中に雪の中を来きたのだろうか」
と、大徳たちも目を覚まして思っていると、宮が、狩のお召物でひどく身をやつして、濡れながらお入りなって来るのであった。戸を叩きなさる様子が、そうである、とお聞きになって、中納言は、奥のほうにお入りになって、隠れていらっしゃる。御忌中の日数は残っていたが、ご心配でたまらなくなって、一晩中雪に難儀されながらおいでになったのであった。
今までのつらさも紛れてしまいそうなことだけれど、お会いなさる気もせず、お嘆きになっていた様子が恥ずかしかったが、そのまま見直していただけなかったことを、今から以後にお心が改まったところで、何の効もないようにすっかり思い込んでいらっしゃるので、誰も彼もが、強く道理を説いて申し上げ申し上げしては、物越しに、これまでのご無沙汰の詫びを言葉を尽くしておっしゃるのを、つくづくと聞いていらっしゃった。
この君もまことに生きているのかいないのかの様子で、「後をお追いなさるのではないか」と感じられるご様子のおいたわしさを、「心配でたまらない」と、宮もお思いになっていた。
今日は、わが身がどうなろうともと、お泊まりになった。「物を隔ててでなく」としきりにおせがみになるが、
「もう少し気持ちがすっきりしましてから」
とばかり申し上げなさって、冷たいのを、中納言もその様子をお聞きになって、しかるべき女房を召し出して、
「お気持ちに反して、薄情なようなお振る舞いで、以前も今も情けなかった一月余りのご無沙汰の罪は、きっとそうもお思い申し上げなさるのも当然なことですが、憎らしくない程度に、お懲らしめ申し上げなさいませ。このようなことは、まだご経験のないことなので、困っておいででしょう」
などと、こっそりとおせっかいなさるので、ますますこの君のお気持ちが恥ずかしくて、お答え申し上げることがおできになれない。
「あきれるくらい情けなくいらっしゃるよ。お約束申し上げたことを、すっかりお忘れになったようだ」
と、並々ならず嘆いて日をお送りになった。

 [7-5 Nionomiya visits to make a call to express his condolence in a snow day]
 "Wa ga kokoro kara, adikinaki koto wo omoha se tatematuri kem koto." to torikahesa mahosiku, nabete no yo mo turaki ni, nenzu wo itodo ahare ni si tamah ite, madoromu hodo naku akasi tamahu ni, mada yo-bukaki hodo no yuki no kehahi, ito samuge naru ni, hito-bito kowe amata si te, uma no oto kikoyu.
 "Nani-bito ka ha, kakaru sa-yonaka ni yuki wo waku beki."
 to, Daitoko-tati mo odoroki omohe haberu ni, Miya, kari no ohom-zo ni itau yature te, nure-nure iri tamahe ru nari keri. Uti-tataki tamahu sama, sa na'nari, to kiki tamahi te, Tiunagon ha, kakurohe taru kata ni iri tamahi te, sinobi te ohasu. Ohom-imi ha hi-kazu nokori tari kere do, kokoro-motonaku obosi-wabi te, yo hito-yo, yuki ni madohasa re te zo ohasimasi keru.
 Hi-goro no turasa mo magire nu beki hodo nare do, taimen si tamahu beki kokoti mo se zu, obosi nageki taru sama no hadukasikari si wo, yagate mi-nahosa re tamaha zu nari ni si mo, ima yori noti no mi-kokoro aratamara m ha, kahi nakaru beku omohi simi te monosi tamahe ba, tare mo tare mo imiziu kotowari wo kikoye sirase tutu, mono-gosi ni te zo, hi-goro no okotari tuki se zu notamahu wo, tuku-duku to kiki-wi tamahe ru.
 Kore mo ito aru-ka naki-ka ni te, "Okure tamahu maziki ni ya?" to kikoyuru ohom-kehahi no kokoro-gurusisa wo, "Usirometau imizi." to, Miya mo obosi tari.
 Kehu ha, ohom-mi wo sute te, tomari tamahi nu. "Mono-gosi nara de." to itaku wabi tamahe do,
 "Ima sukosi mono oboyuru hodo made habera ba."
 to nomi kikoye tamahi te, turenaki wo, Tiunagon mo kesiki kiki tamahi te, saru beki hito mesi-ide te,
 "Ohom-arisama ni tagahi te, kokoro-asaki yau naru ohom-motenasi no, mukasi mo ima mo kokoro-ukari keru tuki-goro no tumi ha, sa mo omohi kikoye tamahi nu beki koto nare do, nikukara nu sama ni koso, kamgahe tatematuri tamaha me. Kayau naru koto, mada mi sira nu mi-kokoro ni te, kurusiu obosu ram."
 nado, sinobi te sakasigari tamahe ba, iyo-iyo ko no Kimi no mi-kokoro mo hadukasiku te, e kikoye tamaha zu.
 "Asamasiku kokoro-uku ohasi keri. Kikoye si sama wo mo, muge ni wasure tamahi keru koto."
 to, oroka nara zu nageki kurasi tamahe ri.

 [7-6 匂宮と中の君、和歌を詠み交す]
夜のけしき、いとど険しき風の音に、人やりならず嘆き臥したまへるも、さすがにて、例の、もの隔てて聞こえたまふ2236。千々の社をひきかけて、行く先長きことを契りきこえたまふも、「いかでかく口馴れたまひけむ」と、心憂けれど、よそにてつれなきほどの疎ましさよりはあはれに、人の心もたをやぎぬべき御さまを、一方にもえ疎み果つまじかりけり。ただ、つくづくと聞きて、
「来し方を思ひ出づるもはかなきを
行く末かけてなに頼むらむ」
と、ほのかにのたまふ。なかなかいぶせう、心もとなし。
「行く末を短きものと思ひなば
目の前にだに背かざらなむ
何事もいとかう見るほどなき世を、罪深くな思しないそ」
と、よろづにこしらへたまへど、
「心地も悩ましくなむ」
とて入りたまひにけり。人の見るらむもいと人悪ろくて、嘆き明かしたまふ。恨みむもことわりなるほどなれど、あまりに人憎くもと、つらき涙の落つれば、「ましていかに思ひつらむ」と、さまざまあはれに思し知らる。
中納言の、主人方に住み馴れて、人びとやすらかに呼び使ひ、人もあまたしてもの参らせなどしたまふを、あはれにもをかしうも御覧ず。いといたう痩せ青みて、ほれぼれしきまでものを思ひたれば、心苦しと見たまひて、まめやかに訪らひたまふ。
「ありしさまなど、かひなきことなれど、この宮にこそは聞こえめ」と思へど、うち出でむにつけても、いと心弱く、かたくなしく見えたてまつらむに憚りて、言少ななり。音をのみ泣きて、日数経にければ、顔変はりのしたるも、見苦しくはあらで、いよいよものきよげになまめいたるを、「女ならば、かならず心移りなむ」と、おのがけしからぬ御心ならひに思しよるも、なまうしろめたかりければ、「いかで人のそしりも恨みをもはぶきて、京に移ろはしてむ」と思す。
かくつれなきものから、内裏わたりにも聞こし召して、いと悪しかるべきに思しわびて、今日は帰らせたまひぬ。おろかならず言の葉を尽くしたまへど、つれなきは苦しきものを2237と、一節を思し知らせまほしくて、心とけずなりぬ。

 [7-6 匂宮と中の君、和歌を詠み交す]
夜の様子は、ますます烈しい風の音に、自分のせいで嘆き臥していらっしゃるのも、さすがに気の毒で、例によって、物を隔てて申し上げなさる。数々の神の名をあげて、将来長くお約束申し上げなさるのも、「どうしてこんなに口馴れていらっしゃるのだろう」と、嫌な気がするが、離れていて薄情な時のつらさよりは胸にしみて、女君の気持ちも柔らかくなってしまいそうなご様子を、一方的にも嫌ってばかりいられない。ただ、じっと耳を傾けていて、
「過ぎ去ったことを思い出しても頼りないのに
将来までどうして当てになりましょう」
と、かすかにおっしゃる。かえって気がふさぎ、気が気でない。
「将来が短いものと思ったら
せめてわたしの前だけでも背かないでほしい
何事もまことにこのように瞬く間に変わる世の中を、罪深くお思いなさるな」
と、いろいろと宥めなさるが、
「気分が悪くて」
と言ってお入りになってしまった。女房が見ているのもとても体裁が悪くて、嘆きながら夜を明かしなさる。恨むのも無理もない際であるが、あまりにも無愛想なのではと、つらい涙が落ちるので、「まして私以上にどんなにおつらいであろう」と、いろいろとお気の毒に思わずにはいらっしゃれない。
中納言が、主人方に住みついて、人びとをやすやすと召し使い、人も大勢して食事を差し上げなどさせたりなさるのを、感慨深くもおもしろくも御覧になる。たいそうひどく痩せ青ざめて、茫然と物思いしているので、気の毒にと御覧になって、心をこめてお見舞い申し上げなさる。
「生前のことなど、言っても始まらないことだが、この宮だけには申し上げよう」と思うが、口に出すにつけても、まことに意気地がなく、愚かしく見られ申すのに気が引けて、言葉少なである。声を上げて泣きながら、日数が過ぎたので、顔が変わったのも、見苦しくはなく、ますます美しく艶やかなのを、「女であったら、きっと心移りがしよう」と、自分の良くない性癖をお思いつきになると、何となく不安になったので、「何とか世間の非難や恨みを取り除いて、京に引越させよう」とお考えになる。
このように打ち解けないけれども、帝にもお耳にあそばして、まことに具合の悪いことになるにちがいないとお困りになって、今日はお帰りあそばした。並々ならずお言葉を尽くしなさるが、相手にされないとはつらいものだと、それだけを知っていただきたくて、ついに気をお許しにらなかった。

 [7-6 Nionomiya and Nakanokimi compose and exchangewaka]
 Yoru no kesiki, itodo kehasiki kaze no oto ni, hito-yari-nara-zu nageki husi tamahe ru mo, sasuga ni te, rei no, mono hedate te kikoye tamahu. Ti-di no yasiro wo hiki-kake te, yuku-saki nagaki koto wo tigiri kikoye tamahu mo, "Ikade kaku kuti-nare tamahi kem." to, kokoro-ukere do, yoso ni te turenaki hodo no utomasisa yori ha ahare ni, hito no kokoro mo tawoyagi nu beki ohom-sama wo, hito-kata ni mo e utomi hatu mazikari keri. Tada, tuku-duku to kiki te,
 "Kisi-kata wo omohi-iduru mo hakanaki wo
 yuku-suwe kake te nani tanomu ram
"
 to, honoka ni notamahu. Naka-naka ibuseu, kokoro-motonasi.
 "Yuku-suwe wo mizikaki mono to omohi na ba
 me no mahe ni dani somuka zara nam

 Nani-goto mo ito kau miru hodo naki yo wo, tumi hukaku na obosi nai so."
 to, yorodu ni kosirahe tamahe do,
 "Kokoti mo nayamasiku nam."
 tote iri tamahi ni keri. Hito no miru ram mo ito hito-waroku te, nageki akasi tamahu. Urami m mo kotowari naru hodo nare do, amari ni hito nikuku mo to, turaki namida no oture ba, "Masite ika ni omohi tu ram?" to, sama-zama ahare ni obosi sira ru.
 Tiunagon no, aruzi-gata ni sumi nare te, hito-bito yasuraka ni yobi tukahi, hito mo amata si te mono mawirase nado si tamahu wo, ahare ni mo wokasiu mo go-ran-zu. Ito itau yase awomi te, hore-boresiki made mono wo omohi tare ba, kokoro-gurusi to mi tamahi te, mameyaka ni toburahi tamahu.
 "Ari-si-sama nado, kahi naki koto nare do, ko no Miya ni koso ha kikoye me." to omohe do, uti-ide m ni tuke te mo, ito kokoro-yowaku, katakunasiku miye tatematura m ni habakari te, koto-zukuna nari. Ne wo nomi naki te, hi-kazu he ni kere ba, kaho kahari no si taru mo, mi-gurusiku ha ara de, iyo-iyo mono-kiyoge ni namamei taru wo, "Womna nara ba, kanarazu kokoro uturi na m." to, ono ga kesikara nu mi-kokoro narahi ni obosi-yoru mo, nama usirometakari kere ba, "Ikade hito no sosiri mo urami wo mo habuki te, Kyau ni uturohasi te m." to obosu.
 Kaku turenaki mono kara, Uti watari ni mo kikosimesi te, ito asikaru beki ni obosi wabi te, kehu ha kahera se tamahi nu. Oroka nara zu koto-no-ha wo tukusi tamahe do, turenaki ha kurusiki mono wo to, hito-husi wo obosi sira se mahosiku te, kokoro-toke zu nari nu.

 [7-7 歳暮に薫、宇治から帰京]
年暮れ方には、かからぬ所だに、空のけしき例には似ぬを、荒れぬ日なく降り積む雪に、うち眺めつつ明かし暮らしたまふ心地、尽きせず夢のやうなり。
宮よりも、御誦経など、こちたきまで訪らひきこえたまふ。「かくてのみやは、新しき年さへ嘆き過ぐさむ。ここかしこにも、おぼつかなくて閉ぢ籠もりたまへることを聞こえたまへば、今はとて帰りたまはむ心地も、たとへむ方なし。
かくおはしならひて、人しげかりつる名残なくならむを、思ひわぶる人びと、いみじかりし折のさしあたりて悲しかりし騷ぎよりも、うち静まりていみじくおぼゆ。
「時々、折ふし、をかしやかなるほどに聞こえ交はしたまひし年ごろよりも、かくのどやかにて過ぐしたまへる日ごろの御ありさまけはひの、なつかしく情け深う、はかなきことにもまめなる方にも、思ひやり多かる御心ばへを、今は限りに見たてまつりさしつること」
と、おぼほれあへり。
かの宮よりは、
「なほ、かう参り来ることもいと難きを思ひわびて、近う渡いたてまつるべきことをなむ、たばかり出でたる」
と聞こえたまへり。后の宮、聞こし召しつけて、
「中納言もかくおろかならず思ひほれてゐたなるは、げに、おしなべて思ひがたうこそは、誰も思さるらめ2238」と、心苦しがりたまひて、「二条院の西の対に渡いたまて、時々も通ひたまふべく、忍びて聞こえたまひけるは、女一の宮の御方にことよせて思しなるにや」
と思しながら、おぼつかなかるまじきはうれしくて、のたまふなりけり。
「さななり」と、中納言も聞きたまひて、
「三条宮も作り果てて、渡いたてまつらむことを思ひしものを。かの御代りになずらへて見るべかりけるを」
など、ひき返し心細し。宮の思し寄るめりし筋は、いと似げなきことに思ひ離れて、「おほかたの御後見は、我ならでは、また誰かは」と、思すとや。

 [7-7 歳暮に薫、宇治から帰京]
年の暮方では、こんな山里でなくても、空の模様がいつもとちがうのに、荒れない日はなく降り積む雪に、物思いに沈みながら日をお送りになる気持ちは、尽きせず夢のようである。
宮からも、御誦経などをうるさいまでにお見舞い申し上げなさる。「こうしてばかりいては、新年まで嘆き過すことになろう。あちらこちらと、音沙汰なく籠もっていらっしゃることを申し上げられるので、今はもうお帰りになる気持ちも、何にもたとえようがない。
このようにお住みつきなさって、人が多かったのがすっかりいなくなるのを、悲しむ女房たちは、大変であった時の当面の悲しかった騷ぎよりも、ひっそりとしてひどく悲しく思われる。
「時々、折節に、風流な感じにお話し交わしなさった年月よりも、こうしてのんびりと過ごしていらした今までの、ご様子がやさしく情け深くて、風流事にも実際面にも、よく行き届いたお人柄を、今を限りに拝見できなくなったこと」
と、一同涙に暮れていた。
あの宮からは、
「やはり、このように参ることがとても難しいのに困って、近くにお引越し申し上げることを、考え出した」
と申し上げなさった。后の宮がお耳にあそばして、
「中納言もこのように並々ならず悲しみに茫然としていたのは、なるほど、普通の扱いはできない方と、どなたもお思いなのではあろう」と、お気の毒になって、「二条院の西の対に迎えなさって、時々お通いになるよう、内々に申し上げなさったのは、女一の宮の御方の女房にとお考えになっているのではないか」
とお疑いになりながらも、会えないことがないのは嬉しくて、おっしゃって来られたのであった。
「そういうことになったらしい」と、中納言もお聞きになって、
「三条宮邸も完成して、お迎え申し上げることを考えていたが。あのお方の代わりとしてお世話すべきであった」
などと、昔のことを思って心細い。宮がお疑いになっていたらしい方面は、まことに似つかわしくないことと思い離れていて、「一般的なご後見は、自分以外に、誰ができようか」と、お思いになっていたとか。

 [7-7 Kaoru come back to Kyoto from Uji at the end of the year]
 Tosi kure-kata ni ha, kakara nu tokoro dani, sora no kesiki rei ni ha ni nu wo, are nu hi naku huri tumu yuki ni, uti nagame tutu akasi-kurasi tamahu kokoti, tuki se zu yume no yau nari.
 Miya yori mo, mi-zukyau nado, kotitaki made toburahi kikoye tamahu. "Kaku te nomi ya ha, atarasiki tosi sahe nageki sugusa m. Koko kasiko ni mo, obotukanaku te todi-komori tamahe ru koto wo kikoye tamahe ba, ima ha tote kaheri tamaha m kokoti mo, tatohe m kata nasi.
 Kaku ohasi-narahi te, hito sigekari turu nagori naku nara m wo, omohi waburu hito-bito, imizikari si wori no sasiatari te kanasikari si sawagi yori mo, uti-sidumari te imiziku oboyu.
 "Toki-doki, wori-husi, wokasiyaka naru hodo ni kikoye kahasi tamahi si tosi-goro yori mo, kaku nodoyaka ni te sugusi tamahe ru hi-goro no ohom-arisama kehahi no, natukasiku nasake hukau, hakanaki koto ni mo mame naru kata ni mo, omohi-yari ohokaru mi-kokoro-bahe wo, ima ha kagiri ni mi tatematuri sasi turu koto."
 to, obohore ahe ri.
 Ka no Miya yori ha,
 "Naho, kau mawiri kuru koto mo ito kataki wo omohi wabi te, tikau watai tatematuru beki koto wo nam, tabakari ide taru."
 to kikoye tamahe ri. Kisai-no-Miya, kikosimesi tuke te,
 "Tiunagon mo kaku orokanara zu omohi hore te wi ta'naru ha, geni, osinabete omohi gatau koso ha, tare mo obosa ru rame." to, kokoro-kurusigari tamahi te, "Nideu-no-win no nisi-no-tai ni watai tama te, toki-doki mo kayohi tamahu beku, sinobi te kikoye tamahi keru ha, Womna-Iti-no-Miya no ohom-kata ni koto-yose te obosi naru ni ya?"
 to obosi nagara, obotukanakaru maziki ha uresiku te, notamahu nari keri.
 "Sa na'nari." to, Tiunagon mo kiki tamahi te,
 "Samdeu-no-miya mo tukuri hate te, watai tatematura m koto wo omohi si mono wo. Ka no ohom-kahari ni nazurahe te miru bekari keru wo."
 nado, hiki-kahesi kokoro-bososi. Miya no obosi-yoru meri si sudi ha, ito nigenaki koto ni omohi hanare te, "Ohokata no ohom-usiromi ha, ware nara de he, mata tare ka ha." to, obosu to ya.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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