源氏物語

Genji monogatari

紫式部 Murasaki Shikibu

1 中の君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活

2 中の君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる

出典
校訂

1 中の君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活

2 中の君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる

1 Tale of Nakanokimi A life of just before marriage with Nionomiya in Uji

2 Tale of Nakanokimi Newly married life of Nakanokimi and Nionomiya begins in Kyoto

 1 中の君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活 [1-1 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く]
 薮し分かねば、春の光2239を見たまふにつけても、「いかでかくながらへにける月日ならむ」と、夢のやうにのみおぼえたまふ。
行き交ふ時々にしたがひ、花鳥の色をも音をも2240、同じ心に起き臥し見つつ、はかなきことをも、本末をとりて言ひ交はし、心細き世の憂さもつらさも、うち語らひ合はせきこえしにこそ、慰む方もありしか、をかしきこと、あはれなるふしをも、聞き知る人もなきままに、よろづかきくらし、心一つをくだきて、宮のおはしまさずなりにし悲しさよりも、ややうちまさりて恋しくわびしきに、いかにせむと、明け暮るるも知らず惑はれたまへど、世にとまるべきほどは、限りあるわざなりければ、死なれぬもあさまし。
阿闍梨のもとより、
「年改まりては、何ごとかおはしますらむ。御祈りは、たゆみなく仕うまつりはべり。今は、一所の御ことをなむ、安からず念じきこえさする」
など聞こえて、蕨、つくづくし、をかしき籠に入れて、「これは、童べの供養じてはべる初穂なり」とて、たてまつれり。手は、いと悪しうて、歌は、わざとがましくひき放ちてぞ書きたる。
「君にとてあまたの春を摘みしかば
常をわすれぬ初蕨なり
御前に詠み申さしめたまへ」
とあり。

 1 中の君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活 [1-1 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く]
薮だからといって分け隔てして日光は差すものでないので、春の光を御覧になるにつけても、「どうしてこう生き永らえてきた月日なのだろう」と、夢のようにばかり思われなさる。
去っては迎える時節時節にしたがって、花や鳥の色をも声をも、同じ気持ちで起き臥し見ては、ちょっとした和歌を詠むことでも、上の句と下の句とをそれぞれ付け交わして、心細いこの世の悲しさも辛さも、語り合ってきたからこそ、慰むこともあったが、おもしろいことや、しみじみとしたことを、聞き知る人がいないままに、すべてまっくら闇で、心一つに思い悩んで、父宮がお亡くなりになった悲しさよりも、もう少しまさって恋しくわびしいので、どうしたらよいかと、明けるのも暮れるのも分からず茫然としていらっしゃるが、世に生きている間は、定めがあることだったので、死ぬことができないのもあきれたことだ。
阿闍梨のもとから、
「新年になってからは、いかがお過ごしでしょうか。ご祈祷は、怠りなくお勤めいたしております。今は、お一方の事を、ご無事にと祈念いたしております」
などと申し上げて、蕨、土筆を、風流な籠に入れて、「これは、童たちが献じましたお初穂です」といって、差し上げた。筆跡は、とても悪筆で、和歌は、わざとらしく放ち書きにしてあった。
「わが君にと思って毎年毎年の春に摘みましたので
今年も例年どおりの初蕨です
御前でお詠み申し上げてください」
とある。

 1 Tale of Nakanokimi A life of just before marriage with Nionomiya in Uji [1-1 Early spring, Ajari sends a letter with wild grass to Nakanokimi]
 Yabu si waka ne ba, haru no hikari wo mi tamahu ni tuke te mo, "Ikade kaku nagarahe ni keru tuki-hi nara m?" to, yume no yau ni nomi oboye tamahu.
 Yuki-kahu toki-doki ni sitagahi, hana tori no iro wo mo ne wo mo, onazi kokoro ni oki-husi mi tutu, hakanaki koto wo mo, moto-suwe wo tori te ihi-kahasi, kokoro-bosoki yo no usa mo turasa mo, uti-katarahi ahase kikoye si ni koso, nagusamu kata mo ari sika, wokasiki koto, ahare naru husi wo mo, kiki siru hito mo naki mama ni, yorodu kaki-kurasi, kokoro hitotu wo kudaki te, Miya no ohasimasa zu nari ni si kanasisa yori mo, yaya uti-masari te kohisiku wabisiki ni, ika ni se m to, ake kururu mo sira zu madoha re tamahe do, yo ni tomaru beki hodo ha, kagiri aru waza nari kere ba, sina re nu mo asamasi.
 Azari no moto yori,
 "Tosi aratamari te ha, nani-goto ka ohasimasu ram? Ohom-inori ha, tayumi naku tukau-maturi haberi. Ima ha, hito-tokoro no ohom-koto wo nam, yasukara zu nen-zi kikoye sasuru."
 nado kikoye te, warabi, tukudukusi, wokasiki ko ni ire te, "Kore ha, warahabe no kuyau-zi te haberu hatuho nari." tote, tatemature ri. Te ha, ito asiu te, uta ha, wazato-gamasiku hiki-hanati te zo kaki taru.
 "Kimi ni tote amata no haru wo tumi sika ba
 tune wo wasure nu hatu-warabi nari

 O-mahe ni yomi mausa sime tamahe."
 to ari.

 [1-2 中の君、阿闍梨に返事を書く]
大事と思ひまはして詠み出だしつらむ、と思せば、歌の心ばへもいとあはれにて、なほざりに、さしも思さぬなめりと見ゆる言の葉を、めでたく好ましげに書き尽くしたまへる人の御文よりは、こよなく目とまりて、涙もこぼるれば、返り事、書かせたまふ。
「この春は誰にか見せむ亡き人の
かたみに摘める峰の早蕨」
使に禄取らせさせたまふ。
いと盛りに匂ひ多くおはする人の、さまざまの御もの思ひに、すこしうち面痩せたまへる、いとあてになまめかしきけしきまさりて、昔人にもおぼえたまへり。並びたまへりし折は、とりどりにて、さらに似たまへりとも見えざりしを、うち忘れては、ふとそれかとおぼゆるまでかよひたまへるを、
「中納言殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかばと、朝夕に恋ひきこえたまふめるに、同じくは、見えたてまつりたまふ御宿世ならざりけむよ」
と、見たてまつる人びとは口惜しがる。
かの御あたりの人の通ひ来るたよりに、御ありさまは絶えず聞き交はしたまひけり。尽きせず思ひほれたまひて、「新しき年ともいはず、いや目になむ、なりたまへる」と聞きたまひても、「げに、うちつけの心浅さにはものしたまはざりけり」と、いとど今ぞあはれも深く、思ひ知らるる。
宮は、おはしますことのいと所狭くありがたければ、「京に渡しきこえむ」と思し立ちにたり。

 [1-2 中の君、阿闍梨に返事を書く]
大事と思って詠み出したのだろう、とお思いになると、歌の気持ちもまことにしみじみとして、いい加減で、そうたいしてお思いでないように見える言葉を、素晴らしく好ましそうにお書き尽くしなさる方のお手紙よりも、この上なく目が止まって、涙も自然とこぼれてくるので、返事を、お書かせになる。
「今年の春は誰にお見せしましょうか
亡きお方の形見として摘んだ峰の早蕨を」
使者に禄を与えさせなさる。
まことに盛りではなやいでいらっしゃる方で、いろいろなお悲しみに、少し面痩せしていらっしゃるのが、とても上品で優美な感じがまさって、故人にも似ていらっしゃった。お揃いでいらっしゃったときは、それぞれ素晴らしく、全然似ていらっしゃるとも見えなかったが、ふと忘れては、その人かと思われるまで似ていらっしゃるのを、
「中納言殿が亡骸だけでも残って拝見できるものであったらと、朝夕にお慕い申し上げていらっしゃるようだが、同じことなら、結ばれなさるご運命でなかったことよ」
と、拝する女房たちは残念がっている。
あの御あたりの人が通って来る便りに、ご様子は常にお互いにお聞きなさっていたのであった。いつまでもぼうっとしていらして、「新年になっても相変わらず、悲しそうな涙顔に、なっていらっしゃる」とお聞きになっても、「なるほど、一時の浮ついたお心ではいらっしゃらなかったのだ」と、ますます今となって愛情も深かったのだと、思い知られる。
宮は、お越しになることがまことに自由に振る舞えず機会がないので、「京にお移し申そう」とご決意なさっていた。

 [1-2 Nakanokimi replys to Ajari's letter]
 Daizi to omohi mahasi te yomi-idasi tura m, to obose ba, uta no kokoro-bahe mo ito ahare ni te, nahozari ni, sa si mo obosa nu na'meri to miyuru kotonoha wo, medetaku konomasige ni kaki-tukusi tamahe ru hito no ohom-humi yori ha, koyonaku me tomari te, namida mo koborure ba, kaheri-goto, kaka se tamahu.
 "Kono haru ha tare ni ka mise m naki hito no
 katami ni tume ru mine no sa-warabi
"
 Tukahi ni roku tora se sase tamahu.
 Ito sakari ni nihohi ohoku ohasuru hito no, sama-zama no ohom-mono-omohi ni, sukosi uti-omoyase tamahe ru, ito ate ni namamekasiki kesiki masari te, mukasi-bito ni mo oboye tamahe ri. Narabi tamahe ri si wori ha, tori-dori ni te, sarani ni tamahe ri to mo miye zari si wo, uti-wasure te ha, huto sore ka to oboyuru made kayohi tamahe ru wo,
 "Tiunagon-dono no, kara wo dani todome te mi tatematuru mono nara masika ba to, asa-yuhu ni kohi kikoye tamahu meru ni, onaziku ha, miye tatematuri tamahu ohom-sukuse nara zari kem yo!"
 to, mi tatematuru hito-bito ha kutiwosi-garu.
 Ka no ohom-atari no hito no kayohi kuru tayori ni, ohom-arisama ha taye zu kiki-kahasi tamahi keri. Tuki se zu omohi hore tamahi te, "Atarasiki tosi to mo iha zu, iya-me ni nam, nari tamahe ru." to kiki tamahi te mo, "Geni, uti-tuke no kokoro-asasa ni ha monosi tamaha zari keri." to, itodo ima zo ahare mo hukaku, omohi sira ruru.
 Miya ha, ohasimasu koto no ito tokoro-seku arigatakere ba, "Kyau ni watasi kikoye m," to obosi-tati ni tari.

 [1-3 1月下旬、薫、匂宮を訪問]
内宴など、もの騒がしきころ過ぐして、中納言の君、「心にあまることをも、また誰にかは語らはむ」と思しわびて、兵部卿宮の御方に参りたまへり。
しめやかなる夕暮なれば、宮うち眺めたまひて、端近くぞおはしましける。箏の御琴かき鳴らしつつ、例の、御心寄せなる梅の香をめでおはする、下枝を押し折りて参りたまへる、匂ひのいと艶にめでたきを、折をかしう思して、
「折る人の心にかよふ花なれや
色には出でず下に匂へる」
とのたまへば、
「見る人にかこと寄せける花の枝を
心してこそ折るべかりけれ
わづらはしく」
と、戯れ交はしたまへる、いとよき御あはひなり。
こまやかなる御物語どもになりては、かの山里の御ことをぞ、まづはいかにと、宮は聞こえたまふ。中納言も、過ぎにし方の飽かず悲しきこと、そのかみより今日まで思ひの絶えぬよし、折々につけて、あはれにもをかしくも、泣きみ笑ひみとかいふらむやうに、聞こえ出でたまふに、ましてさばかり色めかしく、涙もろなる御癖は、人の御上にてさへ2241、袖もしぼるばかりになりて、かひがひしくぞあひしらひきこえたまふめる。

 [1-3 1月下旬、薫、匂宮を訪問]
内宴など、何かと忙しい時期を過ごして、中納言の君が、「心におさめかねていることを、また他に誰に話せようか」とお思い余って、兵部卿宮の御方に参上なさった。
しんみりとした夕暮なので、宮は物思いに耽っておいでになって、端近くにいらっしゃった。箏のお琴を掻き鳴らしながら、いつものように、お気に入りの梅の香を賞美しておいでになる、その下枝を手折って参上なさったが、匂いがたいそう優雅で素晴らしいのを、折柄興あることにお思いになって、
「折る人の心に通っている花なのだろうか
表には現さないで内に匂いを含んでいる」
とおっしゃるので、
「見る人に言いがかりをつけられる花の枝は
注意して折るべきでした
迷惑なことです」
と冗談を言い交わしなさっているが、実にも仲好いお二方である。
こまごまとしたお話になってからは、あの山里の御事を、まずはどうしているかと、宮はお尋ね申し上げなさる。中納言も、亡くなった方のことが諦めようもなく悲しいことを、その当時から今日までの思いの断ち切れないことを、四季折々につけて、悲しいことや風流なことを、悲喜こもごもとか言うように、申し上げなさると、それ以上にあれほど色っぽく涙もろいご性癖は、人のお身の上のことでさえ、袖をしぼるほどになって、話しがいがあるようにお答えなさっているようである。

 [1-3 At late in January, Kaoru visits to Nionomiya]
 Naien nado, mono-sawagasiki koro sugusi te, Tiunagon-no-Kimi, "Kokoro ni amaru koto wo mo, mata tare ni ka ha kataraha m? to obosi-wabi te, Hyaubukyau-no-Miya no ohom-kata ni mawiri tamahe ri.
 Simeyaka naru yuhugure nare ba, Miya uti-nagame tamahi te, hasi-tikaku zo ohasimasi keru. Sau no ohom-koto kaki-narasi tutu, rei no, mi-kokoro-yose naru ume no ka wo mede ohasuru, sidu-e wo osi-wori te mawiri tamamahe ru, nihohi no ito en ni medetaki wo, wori wokasiu obosi te,
 "Woru hito no kokoro ni kayohu hana nare ya
 iro ni ha ide zu sita ni nihohe ru
"
 to notamahe ba,
 "Miru hito ni kakoto yose keru hana no e wo
 kokoro-si te koso woru bekari kere

 Wadurahasiku."
 to, tahabure-kahasi tamahe ru, ito yoki ohom-ahahi nari.
 Komayaka naru ohom-monogatari-domo ni nari te ha, ka no yama-zato no ohom-koto wo zo, madu ha ika ni to, Miya ha kikoye tamahu. Tiunagon mo, sugi ni si kata no aka zu kanasiki koto, sono-kami yori kehu made omohi no taye nu yosi, wori-wori ni tuke te, ahare ni mo wokasiku mo, naki-mi warahi-mi to ka ihu ram yau ni, kikoye ide tamahu ni, masite sabakari iro-mekasiku, namida-moro naru ohom-kuse ha, hito no ohom-uhe ni te sahe, sode mo siboru bakari ni nari te, kahi-gahisiku zo ahi-sirahi kikoye tamahu meru.

 [1-4 匂宮、薫に中の君を京に迎えることを言う]
空のけしきもまた、げにぞあはれ知り顔に霞みわたれる。夜になりて、烈しう吹き出づる風のけしき、まだ冬めきていと寒げに、大殿油も消えつつ、闇はあやなき2242たどたどしさなれど、かたみに聞きさしたまふべくもあらず、尽きせぬ御物語をえはるけやりたまはで、夜もいたう更けぬ。
世にためしありがたかりける仲の睦びを、「いで、さりとも、いとさのみはあざりけむ」と、残りありげに問ひなしたまふぞ、わりなき御心ならひなめるかし。さりながらも、ものに心えたまひて、嘆かしき心のうちもあきらむばかり、かつは慰め、またあはれをもさまし、さまざまに語らひたまふ、御さまのをかしきにすかされたてまつりて、げに、心にあまるまで思ひ結ぼほるることども、すこしづつ語りきこえたまふぞ、こよなく胸のひまあく心地したまふ。
宮も、かの人近く渡しきこえてむとするほどのことども、語らひきこえたまふを、
「いとうれしきことにもはべるかな。あいなく、みづからの過ちとなむ思うたまへらるる飽かぬ昔の名残を、また尋ぬべき方もはべらねば、おほかたには、何ごとにつけても、心寄せきこゆべき人となむ思うたまふるを、もし便なくや思し召さるべき」
とて、かの、「異人とな思ひわきそ」と、譲りたまひし心おきてをも、すこしは語りきこえたまへど、岩瀬の森の呼子鳥2243めいたりし夜のことは、残したりけり2244。心のうちには、「かく慰めがたき形見にも、げに、さてこそ、かやうにも扱ひきこゆべかりけれ」と、悔しきことやうやうまさりゆけど、今はかひなきものゆゑ、「常にかうのみ思はば、あるまじき心もこそ出で来れ。誰がためにもあぢきなく、をこがましからむ」と思ひ離る。「さても、おはしまさむにつけても、まことに思ひ後見きこえむ方は、また誰かは」と思せば、御渡りのことどもも心まうけせさせ2245たまふ。

 [1-4 匂宮、薫に中の君を京に迎えることを言う]
空の様子もまた、なるほど心を知っているかのように霞わたっていた。夜になって烈しく吹き出した風の様子、まだ冬らしくてまこと寒そうで、大殿油も消え消えし、闇は梅の香を隠せず匂っているが、互いにそのままお話をやめることもなさらず、尽きないお話を心ゆくまでお話しきれないで、夜もたいそう更けてしまった。
世にも稀な二人の仲のよさを、「さあ、そうはいっても、とてもそんなばかりではなかったでしょう」と、隠しているものがあるようにお尋ねになるのは、理不尽なご性癖のせいである。そうは言っても、物事をよくお分かりになって、悲しい心の中を晴れるように、一方では慰めもし、また悲しみを忘れさせ、いろいろとお語らいになる、そのご様子の魅力にお引かれ申して、なるほど、心に余るほどに鬱積していたことがらを、少しずつお話し申し上げなさるのは、この上なく心が晴れ晴れする気がなさる。
宮も、あの方を近々お移し申そうとすることについて、ご相談申し上げなさるのを、
「まことに嬉しいことでございますね。不本意ながら、わたしの過失と存じておりました諦め切れない故人の縁者を、また他に訪ねるべき人もございませんので、後見一般としては、どのようなことでも、お世話申し上げるべき人と存じておりますが、もし不都合なこととお思いになりましょうか」
と言って、あの、「他人とお思いくださるな」と、お譲りになったお心向けをも、少しお話し申し上げなさるが、岩瀬の森の呼子鳥めいた夜のことは、話さずにいたのであった。心の中では、「このように慰めがたい形見にも、なるほど、おっしゃったように、このようにお世話申し上げるべきであった」と、悔しさがだんだんと高じてゆくが、今では甲斐のないゆえに、「常にこのようにばかり思っていたら、とんでもない料簡が出て来るかもしれない。誰にとってもつまらなく、馬鹿らしいことだろう」と思い諦める。「それにしても、お移りになるにしても、ほんとうにご後見申し上げる人は、わたし以外に誰がいようか」とお思いになるので、お引越しの準備を用意おさせになる。

 [1-4 Nionomiya tells Kaoru that he will call Nakanokimi to Kyoto]
 Sora no kesiki mo mata, geni zo ahare siri-gaho ni kasumi watare ru. Yoru ni nari te, hagesiu huki-iduru kaze no kesiki, mada huyu-meki te ito samuge ni, oho-tonabura mo kiye tutu, yami ha ayanaki tado-tadosisa nare do, katami ni kiki-sasi tamahu beku mo ara zu, tukise nu ohom-monogatari wo e haruke-yari tamaha de, yoru mo itau huke nu.
 Yo ni tamesi arigatakari keru naka no mutubi wo, "Ide, sari to mo, ito sa nomi ha ara zari kem." to, nokori arige ni tohi nasi tamahu zo, wari naki mi-kokoro-narahi na'meru kasi. Sari nagara mo, mono ni kokoro-e tamahi te, nagekasiki kokoro no uti mo akiramu bakari, katu ha nagusame, mata ahare wo mo samasi, sama-zama ni katarahi tamahu, ohom-sama no wokasiki ni sukasa re tatematuri te, geni, kokoro ni amaru made omohi musubohoruru koto-domo, sukosi dutu katari kikoye tamahu zo, koyonaku mune no hima aku kokoti si tamahu.
 Miya mo, ka no hito tikaku watasi kikoye te m to suru hodo no koto-domo, katarahi kikoye tamahu wo,
 "Ito uresiki koto ni mo haberu kana! Ainaku, midukara no ayamati to nam omou tamahe raruru aka nu mukasi no nagori wo, mata tadunubeki kata mo habera ne ba, ohokata ni ha, nani-goto ni tuke te mo, kokoro-yose kikoyu beki hito to nam omou tamahuru wo, mosi bin-naku ya obosi-mesa ru beki."
 tote, ka no, "Koto-bito to na omohi-waki so." to, yuduri tamahi si kokoro-okite wo mo, sukosi ha katari kikoye tamahe do, Ihase no mori no yobukodori mei tari si yo no koto ha, nokosi tari keri. Kokoro no uti ni ha, "Kaku nagusame gataki katami ni mo, geni, sate koso, kayau ni mo atukahi kikoyu bekari kere." to, kuyasiki koto yau-yau masari yuke do, ima ha kahi naki mono yuwe, "Tune ni kau nomi omoha ba, aru maziki kokoro mo koso ide-kure. Ta ga tame ni mo adikinaku, wokogamasikara m." to omohi hanaru. "Sate mo, ohasimasa m ni tuke te mo, makoto ni omohi usiromi kikoye m kata ha, mata tare ka ha." to obose ba, ohom-watari no koto-domo kokoro-mauke se sase tamahu.

 [1-5 中の君、姉大君の服喪が明ける]
かしこにも、よき若人童など求めて、人びとは心ゆき顔にいそぎ思ひたれど、今はとてこの伏見を荒らし2246果てむも、いみじく心細ければ、嘆かれたまふこと尽きせぬを、さりとても、またせめて心ごはく、絶え籠もりてもたけかるまじく、「浅からぬ仲の契りも、絶え果てぬべき御住まひを、いかに思しえたるぞ」とのみ、怨みきこえたまふも、すこしはことわりなれば、いかがすべからむ、と思ひ乱れたまへり。
如月の朔日ごろとあれば、ほど近くなるままに、花の木どものけしきばむも残りゆかしく、「峰の霞の立つを見捨て2247むことも、おのが常世にてだにあらぬ旅寝にて、いかにはしたなく人笑はれなることもこそ」など、よろづにつつましく、心一つに思ひ明かし暮らしたまふ。
御服も、限りあることなれば、脱ぎ捨てたまふに、禊も浅き心地ぞする。親一所は、見たてまつらざりしかば、恋しきことは思ほえず。その御代はりにも、この度の衣を深く染めむと、心には思しのたまへど、さすがに、さるべきゆゑもなきわざなれば、飽かず悲しきこと限りなし。
中納言殿より、御車、御前の人びと、博士などたてまつれたまへり。
「はかなしや霞の衣裁ちしまに
花のひもとく折も来にけり」
げに、色々いときよらにてたてまつれたまへり。御渡りのほどの被け物どもなど、ことことしからぬものから、品々にこまやかに思しやりつつ、いと多かり。
「折につけては、忘れぬさまなる御心寄せのありがたく、はらからなども、えいとかうまではおはせぬわざぞ」
など、人びとは聞こえ知らす。あざやかならぬ古人どもの心には、かかる方を心にしめて聞こゆ。若き人は、時々も見たてまつりならひて、今はと異ざまになりたまはむを、さうざうしく、「いかに恋しくおぼえさせたまはむ」と聞こえあへり。

 [1-5 中の君、姉大君の服喪が明ける]
あちらでも、器量の良い若い女房や童女などを雇って、女房たちは満足げに準備しているが、今を最後とこの伏見ならぬ宇治を荒らしてしまうのも、たいそう心細いので、お嘆きになること尽きないが、だからといって、また気負い立って強情を張って、閉じ籠もっていてもどうしようもなく、「浅くない縁が、絶え果ててしまいそうなお住まいなのに、どういうおつもりですか」とばかり、お恨み申し上げなさるのも、少しは道理なので、どうしたらよいだろう、と思案なさっていた。
二月の上旬頃にというので、間近になるにつれて、花の木の蕾みがふくらんでくるのもその後が気になって、「峰に霞が立つのを見捨てて行くことも、自分の常住の住まいでさえない旅寝のようで、どんなに体裁悪く物笑いになっては」などと、万事に気がひけて、一人思案に暮れて過ごしていらっしゃる。
御服喪も、期限があることなので、脱ぎ捨てなさるのに、禊も浅い気がする。母親は、お顔を存じ上げていないので、恋しいとも思われない。そのお代わりにも、今回の喪服の色を濃く染めようと、心にお思いになりおっしゃりもしたが、はやり、そのような理由もないことなので、物足りなく悲しいことは限りがない。
中納言殿から、お車や、御前の供人や、博士などを差し向けなさった。
「早いものですね、霞の衣を作ったばかりなのに
もう花が綻ぶ季節となりました」
なるほど、色とりどりにたいそう美しくして差し上げなさった。お引越しの時のお心づけなど、仰々しくない物で、それぞれの身分に応じていろいろと考えて、とても多かった。
「何かにつけて、忘れず気のつくご好意をありがたく、兄弟などでさえ、とてもこうまではいらっしゃらないことだ」
などと、女房たちはお教え申し上げる。ぱっとしない老女房連中の考えとしては、このような点を身にしみて申し上げる。若い女房は、時々拝見し馴れているので、今を限りに縁遠くおなりになるのを、物足りなく、「どんなに恋しくお思いなされるでしょう」とお噂し合っていた。

 [1-5 Nakanokimi comes out of the late Ohoi-kimi's mourning]
 Kasiko ni mo, yoki waka-udo waraha nado motome te, hito-bito ha kokoro-yuki gaho ni isogi omohi tare do, ima ha tote ko no Husimi wo arasi hate m mo, imiziku kokoro-bosokere ba, nageka re tamahu koto tuki se nu wo, sari tote mo, mata semete kokoro-gohaku, taye-komori te mo takekaru maziku, "Asakara nu naka no tigiri mo, taye hate nu beki ohom-sumahi wo, ika ni obosi e taru zo." to nomi, urami kikoye tamahu mo, sukosi ha kotowari nare ba, ikaga su bekara m, to omohi midare tamahe ri.
 Kisaragi no tuitati-goro to are ba, hodo tikaku naru mama ni, hana no ki-domo no kesiki-bamu mo nokori yukasiku, "Mine no kasumi no tatu wo mi-sute te m koto mo, onoga tokoyo ni te dani ara nu tabi-ne ni te, ika ni hasitanaku hito-waraha re naru koto mo koso." nado, yorodu ni tutumasiku, kokoro-hitotu ni omohi akasi kurasi tamahu.
 Ohom-buku mo, kagiri aru koto nare ba, nugi-sute tamahu ni, misogi mo asaki kokoti zo suru. Oya hito-tokoro ha, mi tatematura zari sika ba, kohisiki koto ha omohoye zu. Sono ohom-kahari ni mo, ko no tabi no koromo wo hukaku some m to, kokoro ni ha obosi notamahe do, sasuga ni, saru beki yuwe mo naki waza nare ba, aka zu kanasiki koto kagiri nasi.
 Tiunagon-dono yori, mi-kuruma, o-mahe no hito-bito, hakase nado tatemature tamahe ri.
 "Hakanasi ya kasumi no koromo tati si ma ni
 hana no himo toku wori mo ki ni keri
"
 Geni, iro-iro ito kiyora ni te tatemature tamahe ri. Ohom-watari no hodo no kaduke-mono-domo nado, koto-kotosikara nu mono kara, sina-zina ni komayaka ni obosi-yari tutu, ito ohokari.
 "Wori ni tuke te ha, wasure nu sama naru mi-kokoro-yose no arigataku, harakara nado mo, e ito kau made ha ohase nu waza zo."
 nado, hito-bito ha kikoye sirasu. Azayaka nara nu huru-bito-domo no kokoro ni ha, kakaru kata wo kokoro ni sime te kikoyu. Wakaki hito ha, toki-doki mo mi tatematuri narahi te, ima ha to koto-zama ni nari tamaha m wo, sau-zausiku, "Ika ni kohisiku oboye sase tamaha m." to kikoye ahe ri.

 [1-6 薫、中の君が宇治を出立する前日に訪問]
みづからは、渡りたまはむこと明日とての、まだつとめておはしたり。例の、客人居の方におはするにつけても、今はやうやうもの馴れて、「我こそ、人より先に、かうやうにも思ひそめしか」など、ありしさま、のたまひし心ばへを思ひ出でつつ、「さすがに、かけ離れ、ことの外になどは、はしたなめたまはざりしを、わが心もて、あやしうも隔たりにしかな」と、胸いたく思ひ続けられたまふ。
 垣間見2248せし障子の穴も思ひ出でらるれば、寄りて見たまへど、この中をば下ろし籠めたれば、いとかひなし。
内にも、人びと思ひ出できこえつつうちひそみあへり。中の宮は、まして、もよほさるる御涙の川に、明日の渡りもおぼえたまはず、ほれぼれしげにてながめ臥したまへるに、
「月ごろの積もりも、そこはかとなけれど、いぶせく思うたまへらるるを、片端もあきらめきこえさせて、慰めはべらばや。例の、はしたなくなさし放たせたまひそ。いとどあらぬ世の心地しはべり」
と聞こえたまへれば、
「はしたなしと思はれたてまつらむとしも思はねど、いさや、心地も例のやうにもおぼえず、かき乱りつつ、いとどはかばかしからぬひがこともやと、つつましうて」
など、苦しげにおぼいたれど、「いとほし」など、これかれ聞こえて、中の障子の口にて対面したまへり。
いと心恥づかしげになまめきて、また「このたびは、ねびまさりたまひにけり」と、目も驚くまで匂ひ多く、「人にも似ぬ用意など、あな、めでたの人や」とのみ見えたまへるを、姫宮は、面影さらぬ人の御ことをさへ思ひ出できこえたまふに、いとあはれと見たてまつりたまふ。
「尽きせぬ御物語なども、今日は言忌すべくや」
など言ひさしつつ、
「渡らせたまふべき所近く、このころ過ぐして移ろひはべるべければ、夜中暁と、つきづきしき人の言ひはべるめる、何事の折にも、疎からず思しのたまはせば、世にはべらむ限りは、聞こえさせ承りて過ぐさまほしくなむはべるを、いかがは思し召すらむ。人の心さまざまにはべる世なれば、あいなくやなど、一方にもえこそ思ひはべらね」
と聞こえたまへば、
「宿をばかれじ2249と思ふ心深くはべるを、近く、などのたまはするにつけても、よろづに乱れはべりて、聞こえさせやるべき方もなく」
など、所々言ひ消ちて、いみじくものあはれと思ひたまへるけはひなど、いとようおぼえたまへるを、「心からよそのものに見なしつる」と、いと悔しく思ひゐたまへれど、かひなければ、その夜のことかけても言はず、忘れにけるにやと見ゆるまで、けざやかにもてなしたまへり。

 [1-6 薫、中の君が宇治を出立する前日に訪問]
ご自身は、お移りになることが明日という日の、まだ早朝においでになった。いつものように、客人席にお通りになるにつけても、今は、だんだん何にも馴れて、「自分こそ、誰よりも先に、このように思っていたのだ」などと、生前のご様子や、おっしゃったお気持ちをお思い出しになって、「それでも、よそよそしく、思いの外になどとは、おあしらいなさらなかったが、自分のほうから、妙に他人で終わることになってしまったな」と、胸痛くお思い続けなさる。
垣間見した襖障子の穴も思い出されるので、近寄って御覧になるが、部屋の中が閉めきってあるので、何にもならない。
部屋の中でも、女房たちはお思い出し申し上げながら涙ぐんでいた。中の宮は、女房たち以上に、催される涙の川で、明日の引っ越しもお考えになれず、茫然として物思いに沈んで臥せっておいでになるので、
「幾月ものご無沙汰の間に積もりましたお話も、何ということございませんが、鬱々としておりましたので、少しでもお晴らし申し上げて、気を紛らわせたく存じます。いつものように、きまり悪く他人行儀なさらないでください。ますます知らない世界に来た気が致します」
と申し上げなさると、
「体裁が悪いとお思い申されようとは思いませんが、それでも、気分もいつものようでなく、心も乱れ乱れて、ますますはきはきしない失礼を申し上げてはと、気がひけまして」
などと、つらそうにお思いになっているが、「お気の毒です」などと、あれこれ女房が申し上げるので、中の襖障子口でお会いなさった。
たいそうこちらが気恥ずかしくなるほど優美で、また「今度は、一段と立派におなりになった」と、目も驚くほどはなやかに美しく、「誰にも似ない心ばせなど、何とも、素晴らしい方だ」とばかりお見えになるのを、姫宮は、面影の離れない方の御事までお思い出し申し上げなさると、まことにしみじみとお会い申し上げなさる。
「つきないお話なども、今日は言忌みしましょうね」
などと言いさして、
「お移りになるはずの所の近くに、もう幾日かして移ることになっていますので、夜中も早朝もと、親しい間柄の人が言いますように、どのような機会にも、親しくお考えくださりおっしゃっていただければ、この世に生きております限りは、申し上げもし承りもして過ごしとうございますが、どのようにお考えでしょうか。人の考えはいろいろでございます世の中なので、かえって迷惑かなどと、独り決めもしかねるのです」
と申し上げなさると、
「邸を離れまいと思う考えは強うございますが、近くに、などとおっしゃって下さるにつけても、いろいろと思い乱れまして、お返事の申し上げようもなくて」
などと、言葉とぎれとぎれに言って、ひどく心に感じ入っていらっしゃる様子など、ひどくよく似ていらっしゃるのを、「自分から他人の妻にしてしまった」と思うと、とても悔しく思っていらっしゃるが、言っても効ないので、あの夜のことは何も言わず、忘れてしまったのかと見えるまで、きれいさっぱりと振る舞っていらっしゃった。

 [1-6 Kaoru visits to Nakanokimi at the day before leaving Uji for Kyoto]
 Midukara ha, watari tamaha m koto asu tote no, mada tutomete ohasi tari. Rei no, mara-uto-wi no kata ni ohasuru ni tuke te mo, ima ha yau-yau mono nare te, "Ware koso, hito yori saki ni, kau yau ni mo omohi-some sika." nado, ari si sama, notamahi si kokoro-bahe wo omohi ide tutu, "Sasuga ni, kake-hanare, koto no hoka ni nado ha, hasitaname tamaha zari si wo, waga kokoro mote, ayasiu mo hedatari ni si kana!" to, mune itaku omohi-tuduke rare tamahu.
 Kaimami se si sauzi no ana mo omohi-ide rarure ba, yori te mi tamahe do, ko no naka wo ba orosi kome tare ba, ito kahi nasi.
 Uti ni mo, hito-bito omohi-ide kikoye tutu uti-hisomi-ahe ri. Naka-no-Miya ha, masite, moyohosa ruru ohom-namida no kaha ni, asu no watari mo oboye tamaha zu, hore-boresige ni te nagame husi tamahe ru ni,
 "Tuki-goro no tumori mo, sokohakatonakere do, ibuseku omou tamahe raruru wo, katahasi mo akirame kikoye sase te, nagusame habera baya! Rei no, hasitanaku na sasi-hanata se tamahi so. Itodo ara nu yo no kokoti si haberi."
 to kikoye tamahe re ba,
 "Hasitanasi to omoha re tatematura m to si mo omoha ne do, isaya, kokoti mo rei no yau ni mo oboye zu, kaki-midari tutu, itodo haka-bakasikara nu higao-koto mo ya to, tutumasiu te."
 nado, kurusige ni oboyi tare do, "Itohosi" nado, kore kare kikoye te, naka no sauzi no kuti ni te taimen si tamahe ri.
 Ito kokoro-hadukasige ni namameki te, mata "Ko no tabi ha, nebi masari tamahi ni keri." to, me mo odoroku made nihohi ohoku, "Hito ni mo ni nu youi nado, ana, medeta no hito ya!" to nomi miye tamahe ru wo, Hime-Miya ha, omokage sara nu hito no ohom-koto wo sahe omohi-ide kikoye tamahu ni, ito ahare to mi tatematuri tamahu.
 "Tukise nu ohom-monogatari nado mo, kehu ha kotoimi su beku ya."
 nado ihi-sasi tutu,
 "Watara se tamahu beki tokoro tikaku, kono-koro sugusi te uturohi haberu bekere ba, yonaka akatuki to, tuki-dukisiki hito no ihi haberu meru, nani-goto no wori ni mo, utokara zu obosi notamahase ba, yo ni habera m kagiri ha, kikoye sase uketamahari te sugusa mahosiku nam haberu wo, ikaga ha obosimesu ram. Hito no kokoro sama-zama ni haberu yo nare ba, ainaku ya nado, hitokata ni mo e koso omohi habera ne."
 to kikoye tamahe ba,
 "Yado wo ba kare zi to omohu kokoro-hukaku haberu wo, tikaku, nado notamahasuru ni tuke te mo, yorodu ni midare haberi te, kikoye sase yaru beki kata mo naku."
 nado, tokoro-dokoro ihi-keti te, imiziku mono ahare to omohi tamahe ru kehahi nado, ito you oboye tamahe ru wo, "Kokoro kara yoso no mono ni mi-nasi turu." to, ito kuyasiku omohi wi tamahe re do, kahi nakere ba, so no yo no koto kake te mo iha zu, wasure ni keru ni ya to miyuru made, kezayaka ni motenasi tamahe ri.

 [1-7 中の君と薫、紅梅を見ながら和歌を詠み交す]
御前近き紅梅の、色も香もなつかしきに、鴬だに見過ぐしがたげにうち鳴きて渡るめれば、まして「春や昔の2250」と心を惑はしたまふどちの御物語に、折あはれなりかし。風のさと吹き入るるに、花の香も客人の御匂ひも、橘ならねど、昔思ひ出でらるる2251つまなり。「つれづれの紛らはしにも、世の憂き慰めにも、心とどめてもてあそびたまひしものを」など、心にあまりたまへば、
「見る人もあらしにまよふ2252山里に
昔おぼゆる花の香ぞする」
言ふともなくほのかにて、たえだえ聞こえたるを、なつかしげにうち誦じなして、
「袖ふれし梅は変はらぬ匂ひにて
根ごめ移ろふ宿やことなる」
堪へぬ涙をさまよくのごひ隠して、言多くもあらず、
「またもなほ、かやうにてなむ、何ごとも聞こえさせよかるべき」
など、聞こえおきて立ちたまひぬ。
御渡りにあるべきことども、人びとにのたまひおく。この宿守に、かの鬚がちの宿直人などはさぶらふべければ、このわたりの近き御荘どもなどに、そのことどもものたまひ預けなど、こまやかなることどもをさへ定めおきたまふ。

 [1-7 中の君と薫、紅梅を見ながら和歌を詠み交す]
お庭前近い紅梅が、花も香もなつかしいので、鴬でさえ見過ごしがたそうに鳴いて飛び移るようなので、まして、「春や昔の」と心を惑わしなさるどうしのお話に、折からしみじみと心を打つのである。風がさっと吹いて入ってくると、花の香も客人のお匂いも、橘ではないが、昔が思い出されるよすがである。「所在ない気の紛らわしにも、世の嫌な慰めにも、心をとめて賞美なさったものを」などと、胸に堪えかねるので、
「花を見る人もいなくなってしまいましょうに、嵐に吹き乱れる山里に
昔を思い出させる花の香が匂って来ます」
言うともなくかすかに、とぎれとぎれに聞こえるのを、やさしそうにちょっと口ずさんで、
「昔賞美された梅は今も変わらぬ匂いですが
根ごと移ってしまう邸は他人の所なのでしょうか」
止まらない涙を体裁よく拭い隠して、言葉数多くもなく、
「またやはり、このように、何事もお話し申し上げたいものです」
などと、申し上げおいてお立ちになった。
お引越しに必要な支度を、人びとにお指図おきなさる。この邸の留守番役として、あの鬚がちの宿直人などが仕えることになっているので、この近辺の御荘園の者どもなどに、そのことをお命じになるなど、生活面の事まで定めおきなさる。

 [1-7 Nakanokimi and Kaoru compose and exchange waka viewing ume blossoms]
 O-mahe tikaki koubai no, iro mo ka mo natukasiki ni, uguhisu dani misugusi gatage ni uti-naki te wataru mere ba, masite "Haru ya mukasi no" to kokoro wo madohasi tamahu-doti no ohom-monogatari ni, wori ahare nari kasi. Kaze no sato huki iruru ni, hana no ka mo mara-uto no ohom-nihohi mo, tatibana nara ne do, mukasi omohi-ide raruru tuma nari. "Ture-dure no magirahasi ni mo, yo no uki nagusame ni mo, kokoro todome te mote-asobi tamahi si mono wo." nado, kokoro ni amari tamahe ba,
 "Miru hito mo arasi ni mayohu yama-zato ni
 mukasi oboyuru hana no ka zo suru
"
 Ihu to mo naku honoka ni te, taye-daye kikoye taru wo, natukasige ni uti-zu-zi nasi te,
 "Sode hure si ume ha kahara nu nihohi ni te
 negome uturohu yado ya koto naru
"
 Tahe nu namida wo sama yoku nogohi kakusi te, koto ohoku mo ara zu,
 "Mata mo naho, kayau ni te nam, nani-goto mo kikoye sase yokaru beki."
 nado, kikoye-oki te tati tamahi nu.
 Ohom-watari ni aru beki koto-domo, hito-bito ni notamahi-oku. Kono yadomori ni, ka no hige-gati no tonowi-bito nado ha saburahu bekere ba, ko no watari no tikaki mi-sau-domo nado ni, so no koto-domo mo notamahi aduke nado, komayaka naru koto-domo wo sahe sadame-oki tamahu.

 [1-8 薫、弁の尼と対面]
弁ぞ、
「かやうの御供にも、思ひかけず長き命いとつらくおぼえはべるを、人もゆゆしく見思ふべければ、今は世にあるものとも人に知られはべらじ」
とて、容貌も変へてけるを、しひて召し出でて、いとあはれと見たまふ。例の、昔物語などせさせたまひて、
「ここには、なほ、時々は参り来べき、いとたつきなく心細かるべきに、かくてものしたまはむは、いとあはれにうれしかるべきことになむ」
など、えも言ひやらず泣きたまふ。
「厭ふにはえて2253延びはべる命のつらく、またいかにせよとて、うち捨てさせたまひけむ、と恨めしく、なべての世を思ひたまへ沈む2254に、罪もいかに深くはべらむ」
と、思ひけることどもを愁へかけきこゆるも、かたくなしげなれど、いとよく言ひ慰めたまふ。
いたくねびにたれど、昔、きよげなりける名残を削ぎ捨てたれば、額のほど、様変はれるに、すこし若くなりて、さる方に雅びかなり。
「思ひわびては、などかかる様にもなしたてまつらざりけむ。それに延ぶるやうもやあらまし。さても、いかに心深く語らひきこえてあらまし」
など、一方ならずおぼえたまふに、この人さへうらやましければ、隠ろへたる几帳をすこし引きやりて、こまかにぞ語らひたまふ。げに、むげに思ひほけたるさまながら、ものうち言ひたるけしき、用意、口惜しからず、ゆゑありける人の名残と見えたり。
「さきに立つ涙の川に身を投げば
人におくれぬ命ならまし」
と、うちひそみ聞こゆ。
「それもいと罪深かなる2255ことにこそ。かの岸に到ること、などか。さしもあるまじきことにてさへ、深き底に沈み過ぐさむもあいなし。すべて、なべてむなしく思ひとるべき世になむ」
などのたまふ。
「身を投げむ涙の川に沈み2256ても
恋しき瀬々に忘れしもせじ
いかならむ世に、すこしも思ひ慰むることありなむ」
と、果てもなき心地2257したまふ。
帰らむ方もなく眺められて、日も暮れにけれど、すずろに旅寝せむも2258、人のとがむることやと、あいなければ、帰りたまひぬ。

 [1-8 薫、弁の尼と対面]
弁は、
「このようなお供にも、思いもかけず長生きがつらく思われますが、人も不吉に見たり思ったりするにちがいないでしょうから、今は世に生きている者とも人に知られますまい」
と言って、出家をしていたのを、しいて召し出して、まことにしみじみと御覧になる。いつものように、昔の思い出話などをおさせになって、
「ここには、やはり、時々参りましょうが、まことに頼りなく心細いので、こうしてお残りになるのは、まことにしみじみとありがたく嬉しいことです」
などと、最後まで言い終わらずにお泣きになる。
「厭わしく思えば思うほど長生きをする寿命がつらく、またどう生きよといって、先に逝っておしまいになったのか、と恨めしく、この世のすべてを情けなく思っておりますので、罪もどんなにか深い事でございましょう」
と、思っていたことをお訴え申し上げるのも、愚痴っぽいが、とてもよく言い慰めなさる。
たいそう年をとっているが、昔、美しかった名残の黒髪を削ぎ落としたので、額の具合、変わった感じに少し若くなって、その方面の身としては優美である。
「思いあぐねた果てに、どうしてこのような尼姿にして差し上げなかったのだろう。それによって寿命が延びるようなこともあったろうに。そうして、どんなに親密に語らい申し上げられたろうに」
などと、一方ならず思われなさると、この人までが羨ましいので、隠れている几帳を少し引いて、こまやかに語らいなさる。なるほど、すっかり悲しみに暮れている様子だが、何か言う態度、心づかいは、並々でなく、嗜みのあった女房の面影が残っていると見えた。
「先に立つ涙の川に身を投げたら
死に後れしなかったでしょうに」
と、泣き顔になって申し上げる。
「それもとても罪深いことです。彼岸に辿り着くことは、どうしてできようか。それ以外のことであってさえも、深い悲しみの底に沈んで生きてゆくのもつまらない。すべて、皆無常だと悟るべき世の中なのです」
などとおっしゃる。
「身を投げるという涙の川に沈んでも
恋しい折々を忘れることはできまい
いつになったら、少しは思いが慰むことがあろうか」
と、終わりのない気がなさる。
帰る気にもなれず物思いに沈んで、日も暮れてしまったが、わけもなく外泊するのも、人が咎めることであろうかと、仕方ないので、お帰りになった。

 [1-8 Kaoru meets Ben-no-ama]
 Ben zo,
 "Kayau no ohom-tomo ni mo, omohi-kake zu nagaki inoti ito turaku oboye haberu wo, hito mo yuyusiku mi omohu bekere ba, ima ha yo ni aru mono to mo hito ni sira re habera zi."
 tote, katati mo kahe te keru wo, sihite mesi-ide te, ito ahare to mi tamahu. Rei no, mukasi-monogatari nado se sase tamahi te,
 "Koko ni ha, naho, toki-doki ha mawiri-ku beki, ito tatuki naku kokoro-bosokaru beki ni, kaku te monosi tamaha m ha, ito ahare ni uresikaru beki koto ni nam."
 nado, e mo ihi-yara zu naki tamahu.
 "Itohu ni haye te nobi haberu inoti no turaku, mata ika ni se yo tote, uti-sute sase tamahi kem, to uramesiku, nabete no yo wo omohi tamahe sidumu ni, tumi mo ika ni hukaku habera m."
 to, omohi keru koto-domo wo urehe kake kikoyuru mo, katakunasikere do, ito yoku ihi nagusame tamahu.
 Itaku nebi ni tare do, mukasi, kiyoge nari keru nagori wo sogi sute tare ba, hitahi no hodo, sama kahare ru ni, sukosi wakaku nari te, saru kata ni miyabika nari.
 "Omohi-wabi te ha, nado kakaru sama ni mo nasi tatematura zari kem. Sore ni noburu yau mo ya ara masi. Sate mo, ika ni kokoro-hukaku katarahi kikoye te ara masi."
 nado, hitokata nara zu oboye tamahu ni, ko no hito sahe urayamasikere ba, kakurohe taru kityau wo sukosi hiki-yari te, komaka ni zo katarahi tamahu. Geni, muge ni omohi-hoke taru sama nagara mono uti-ihi taru kesiki, youi, kutiwosikara zu, yuwe ari keru hito no nagori to miye tari.
 "Saki ni tatu namida no kaha ni mi wo nage ba
 hito ni okure nu inoti nara masi
"
 to, uti hisomi kikoyu.
 "Sore mo ito tumi hukaka' naru koto ni koso. Ka no kisi ni itaru koto, nado ka? Sa si mo aru maziki koto ni te sahe, hukaki soko ni sidumi sugusa m mo ainasi. Subete, nabete munasiku omohi-toru beki yo ni nam."
 nado notamahu.
 "Mi wo nage m namida no kaha ni sidumi te mo
 kohisiki se-ze ni wasure si mo se zi

 Ika nara m yo ni, sukosi mo omohi nagusamuru koto ari na m."
 to, hate mo naki kokoti si tamahu.
 Kahera m kata mo naku nagame rare te, hi mo kure ni kere do, suzuro ni tabine se m mo, hito no togamuru koto ya to, ainakere ba, kaheri tamahi nu.

 [1-9 弁の尼、中の君と語る]
思ほしのたまへるさまを語りて、弁は、いとど慰めがたくくれ惑ひたり。皆人は心ゆきたるけしきにて、もの縫ひいとなみつつ、老いゆがめる容貌も知らず、つくろひさまよふに、いよいよやつして、
「人はみないそぎたつめる袖の浦に
一人藻塩を垂るる海人かな」
と愁へきこゆれば、
「塩垂るる海人の衣に異なれや
 浮きたる波に濡るる2259わが袖
世に住みつかむことも、いとありがたかるべきわざとおぼゆれば、さまに従ひて、ここをば荒れ果てじとなむ思ふを、さらば対面もありぬべけれど、しばしのほども、心細くて立ちとまりたまふを見おくに、いとど心もゆかずなむ。かかる容貌なる人も、かならずひたぶるにしも絶え籠もらぬわざなめるを、なほ世の常に思ひなして、時々も見えたまへ」
など、いとなつかしく語らひたまふ。昔の人のもてつかひたまひしさるべき御調度どもなどは、皆この人にとどめおきたまひて、
「かく、人より深く思ひ沈みたまへるを見れば、前の世も、取り分きたる契りもや、ものしたまひけむと思ふさへ、睦ましくあはれになむ」
とのたまふに、いよいよ童べの恋ひて泣くやうに、心をさめむ方なくおぼほれゐたり。

 [1-9 弁の尼、中の君と語る]
お悲しみなっておっしゃっていたご様子を話して、弁は、ますます慰めがたく悲しみに暮れていた。女房たちは満足そうな様子で、衣類を縫い用意しながら、年老いた容貌も気にせず、身づくろいにうろうろしている中で、ますます質素にして、
「人びとは皆準備に忙しく繕い物をしているようですが
一人藻塩を垂れて涙に暮れている尼の私です」
と訴え申し上げると、
「藻塩を垂れて涙に暮れるあなたと同じです
浮いた波に涙を流しているわたしは
結婚生活に入ることも、とてもできそうにないことと思われるので、事情によっては、ここを荒れはてさせまいと思うが、そうしたらお会いすることもありましょうが、暫くの間も、心細くお残りになるのを見ていると、ますます気が進みません。このような尼姿の人も、必ずしも引き籠もってばかりいないもののようですので、やはり世間一般の人のように考えて、時々会いに来てください」
などと、とてもやさしくお話しになる。亡き姉君がお使いになったしかるべきご調度類などは、みなこの尼にお残しになって、
「このように、誰よりも深く悲しんでおいでなのを見ると、前世からも、特別の約束がおありだっただろうかと思うのまでが、慕わしくしみじみ思われます」
とおっしゃると、ますます子供が親を慕って泣くように、気持ちを抑えることができず涙に沈んでいた。

 [1-9 Ben-no-ama talks with Nakanokimi]
 Omohosi notamahe ru sama wo katari te, Ben ha, itodo nagusame gataku kure madohi tari. Mina-hito ha kokoro yuki taru kesiki ni te, mono nuhi itonami tutu, oyi yugame ru katati mo sira zu, tukurohi samayohu ni, iyo-iyo yatusi te,
 "Hito ha mina isogi-tatu meru Sode-no-ura ni
 hitori mosiho wo taruru ama kana
"
 to urehe kikoyure ba,
 "Siho taruru ama no koromo ni koto nare ya
 uki taru nami ni nururu waga sode

 Yo ni sumi-tuka m koto mo, ito arigatakaru beki waza to oboyure ba, sama ni sitagahi te, koko wo ba are hate zi to nam omohu wo, sara ba taimen mo ari nu bekere do, sibasi no hodo mo, kokoro-bosoku te tati-tomari tamahu wo mi-oku ni, itodo kokoro mo yuka zu nam. Kakaru katati naru hito mo, kanarazu hitaburu ni si mo taye komora nu waza na'meru wo, naho yo no tune ni omohi-nasi te, toki-doki mo miye tamahe."
 nado, ito natukasiku katarahi tamahu. Mukasi no hito no mote-tukahi tamahi si saru beki mi-teudo-domo nado ha, mina ko no hito ni todome-oki tamahi te,
 "Kaku, hito yori hukaku omohi sidumi tamahe ru wo mire ba, saki no yo mo, tori-waki taru tigiri mo ya, monosi tamahi kem to omohu sahe, mutumasiku ahare ni nam."
 to notamahu ni, iyo-iyo warahabe no kohi te naku yau ni, kokoro wosame m kata naku obohore wi tari.

 2 中の君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる [2-1 中の君、京へ向けて宇治を出発]
皆かき払ひ、よろづとりしたためて、御車ども寄せて、御前の人びと、四位五位いと多かり。御みづからも、いみじうおはしまさまほしけれど、ことことしくなりて、なかなか悪しかるべければ、ただ忍びたるさまにもてなして、心もとなく思さる。
中納言殿よりも、御前の人、数多くたてまつれたまへり。おほかたのことをこそ、宮よりは思しおきつめれ、こまやかなるうちうちの御扱ひは、ただこの殿より、思ひ寄らぬことなく訪らひきこえたまふ。
日暮れぬべしと、内にも外にも、もよほしきこゆるに、心あわたたしく、いづちならむと思ふにも、いとはかなく悲しとのみ思ほえたまふに、御車に乗る大輔の君といふ人の言ふ、
「ありふればうれしき瀬にも逢ひけるを
 身を宇治川に2260投げてましかば」
うち笑みたるを、「弁の尼の心ばへに、こよなうもあるかな」と、心づきなうも見たまふ。いま一人、
「過ぎにしが恋しきことも忘れねど
今日はたまづもゆく心かな」
いづれも年経たる人びとにて、皆かの御方をば、心寄せまほしく2261きこえためりしを、今はかく思ひ改めて言忌するも、「心憂の世や」とおぼえたまへば、ものも言はれたまはず。
道のほどの、遥けくはげしき山路のありさまを見たまふにぞ2262、つらきにのみ思ひなされし人の御中の通ひを、「ことわりの絶え間なりけり」と、すこし思し知られける。七日の月のさやかにさし出でたる影、をかしく霞みたるを見たまひつつ、いと遠きに、ならはず苦しければ、うち眺められて、
「眺むれば山より出でて行く月2263も
世に住みわびて山にそ入れ」
様変はりて、つひにいかならむとのみ、あやふく、行く末うしろめたきに、年ごろ何ごとをか思ひけむとぞ、取り返さまほしきや。

 2 中の君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる [2-1 中の君、京へ向けて宇治を出発]
すっかり掃除し、何もかも始末して、お車を何台も寄せて、ご前駆の供人は、四位五位がたいそう多かった。ご自身でも、ひどくおいでになりたかったが、仰々しくなって、かえって不都合なことになるので、ただ内密に計らって、気がかりにお思いになる。
中納言殿からも、ご前駆の供人を、数多く差し上げなさっていた。だいたいのことは、宮からの指示があったようだが、こまごまとした内々のお世話は、ただこの殿から、気のつかないことのなくお計らい申し上げなさる。
日が暮れてしまいそうだと、内からも外からも、お促し申し上げるので、気ぜわしく、京はどちらの方角だろうと思うにも、まことに頼りなく悲しいとばかり思われなさる時に、お車に同乗する大輔の君という女房が言うには、
「生きていたので嬉しい事に出合いました
身を厭いて宇治川に投げてしまいましたら」
ほほ笑んでいるのを、「弁の尼の気持ちと比べて、何という違いだろうか」と、気にくわなく御覧になる。もう一人の女房が、
「亡くなった方を恋しく思う気持ちは忘れませんが
今日は何をさしおいてもまず嬉しく存じられます」
どちらも年老いた女房たちで、みな亡くなった方に、好意をお寄せ申し上げていたようなのに、今はこのように気持ちが変わって言忌するのも、「世の中は薄情な」と思われなさると、何もおっしゃる気になれない。
道中は、遠く険しい山道の様子を御覧になると、つらくばかり恨まれた方のお通いを、「しかたのない途絶えであった」と、少しは理解されなさった。七日の月が明るく照り出した光が、美しく霞んでいるのを御覧になりながら、たいそう遠いので、馴れないことでつらいので、つい物思いなさって、
「考えると山から出て昇って行く月も
この世が住みにくくて山に帰って行くのだろう」
生活が変わって、結局はどのようになるのだろうかとばかり、不安で、将来が気になるにつけても、今までの物思いは何を思っていたのだろうと、昔を取り返したい思いであるよ。

 2 Tale of Nakanokimi Newly married life of Nakanokimi and Nionomiya begins in Kyoto [2-1 Nakanokimi leaves Uji for Kyoto]
 Mina kaki-harahi, yorodu tori sitatame te, mi-kuruma-domo yose te, o-mahe no hito-bito, si-wi go-wi ito ohokari. Ohom-midukara mo, imiziu ohasimasa mahosikere do, koto-kotosiku nari te, naka-naka asikaru bekere ba, tada sinobi taru sama ni motenasi te, kokoro-motonaku obosa ru.
 Tiunagon-dono yori mo, o-mahe no hito, kazu ohoku tatemature tamahe ri. Ohokata no koto wo koso, Miya yori ha obosi-oki tu mere, komayaka naru uti-uti no ohom-atukahi ha, tada ko no Tono yori, omohi-yora nu koto naku toburahi kikoye tamahu.
 Hi kure nu besi to, uti ni mo to ni mo, moyohosi kikoyuru ni, kokoro awatatasiku, iduti nara m to omohu ni mo, ito hakanaku kanasi to nomi omohoye tamahu ni, mi-kuruma ni noru Taihu-no-Kimi to ihu hito no ihu,
 "Ari hure ba uresiki se ni mo ahi keru wo
 mi wo Udi-gaha ni nage te masika ba
"
 Uti-wemi taru wo, "Ben-no-Ama no kokoro-bahe ni, koyonau mo aru kana!" to, kokoro-dukinau mo mi tamahu. Ima hitori,
 "Sugi ni si ga kohisiki koto mo wasure ne do
 kehu hata madu mo yuku kokoro kana
"
 Idure mo tosi he taru hito-bito ni te, mina ka no ohom-kata wo ba, kokoro-yose mahosiku kikoye ta'meri si wo, ima ha kaku omohi aratame te koto-imi suru mo, "Kokoro-u no yo ya!" to oboye tamahe ba, mono mo iha re tamaha zu.
 Miti no hodo no, harukeku hagesiki yama-miti no arisama wo mi tamahu ni zo, turaki ni nomi omohi-nasa re si hito no ohom-naka no kayohi wo, "Kotowari no tayema nari keri." to, sukosi obosi sira re keru. Nanu-ka no tuki no sayaka ni sasi-ide taru kage, wokasiku kasumi taru wo mi tamahi tutu, ito tohoki ni, naraha zu kurusikere ba, uti-nagame rare te,
 "Nagamure ba yama yori ide te yuku tuki mo
 yo ni sumi wabi te yama ni koso ire
"
 Sama kahari te, tuhi ni ika nara m to nomi, ayahuku, yukusuwe usirometaki ni, tosi-goro nani-goto wo ka omohi kem to zo, torikahesa mahosiki ya!

 [2-2 中の君、京の二条院に到着]
宵うち過ぎてぞおはし着きたる。見も知らぬさまに、目もかかやくやうなる殿造りの、三つば四つば2264なる中にひき入れて、宮、いつしかと待ちおはしましければ、御車のもとに、みづから寄らせたまひて下ろしたてまつりたまふ。
御しつらひなど、あるべき限りして、女房の局々まで、御心とどめさせたまひけるほどしるく見えて、いとあらまほしげなり。いかばかりのことにかと見えたまへる御ありさまの、にはかにかく定まりたまへば、「おぼろけならず思さるることなめり」と、世人も心にくく思ひおどろきけり。
中納言は、三条の宮に、この二十余日のほどに渡りたまはむとて、このころは日々におはしつつ見たまふに、この院近きほどなれば、けはひも聞かむとて、夜更くるまでおはしけるに、たてまつれたまへる御前の人びと帰り参りて、ありさまなど語りきこゆ。
いみじう御心に入りてもてなしたまふなるを聞きたまふにも、かつはうれしきものから、さすがに、わが心ながらをこがましく、胸うちつぶれて、「ものにもがなや2265」と、返す返す独りごたれて、
「しなてるや鳰の海に漕ぐ舟2266の
まほならねどもあひ見しものを」
とぞ言ひくたさまほしき。

 [2-2 中の君、京の二条院に到着]
宵が少し過ぎてお着きになった。見たこともない様子で、光り輝くような殿造りで、三棟四棟と建ち並んだ邸内にお車を引き入れて、宮は、早く早くとお待ちになっていたので、お車の側に、ご自身お寄りあそばしてお下ろし申し上げなさる。
お部屋飾りなども、善美を尽くして、女房の部屋部屋まで、お心配りなさっていらしたことがはっきりと窺えて、まことに理想的である。どの程度の待遇を受けるのかとお考えになっていたご様子が、急にこのようにお定まりになったので、「並々ならないご愛情なのだろう」と、世間の人びともどのような人かと驚いているのであった。
中納言は、三条宮邸に、今月の二十日過ぎにお移りになろうとして、最近は毎日いらっしゃっては御覧になっているが、この院が近い距離なので、様子も聞こうとして、夜の更けるまでいらっしゃったが、差し向けなさっていた御前の人々が帰参して、有様などをお話し申し上げる。
ひどくお気に召して大切にしていらっしゃるというのをお聞きになるにつけても、一方では嬉しく思われるが、やはり、自分の考えながら馬鹿らしく、胸がどきどきして、「取り返したいものだ」と、繰り返し独り言が出てきて、
「しなてる琵琶湖の湖に漕ぐ舟のように
まともではないが一夜会ったこともあったのに」
とけちをつけたくもなる。

 [2-2 Nakanokimi arrives at Nijo-in in Kyoto]
 Yohi uti-sugi te zo ohasi tuki taru. Mi mo sira nu sama ni, me mo kakayaku yau naru tono-dukuri no, mituba yotuba naru naka ni hiki-ire te, Miya, itusika to mati ohasimasi kere ba, mi-kuruma no moto ni, midukara yora se tamahi te orosi tatematuri tamahu.
 Ohom-siturahi nado, aru beki kagiri si te, nyoubau no tubone tubone made, mi-kokoro todome sase tamahi keru hodo siruku miye te, ito aramahosige nari. Ika bakari no koto ni ka to miye tamahe ru ohom-arisama no, nihaka ni kaku sadamari tamahe ba, "Oboroke nara zu obosa ruru koto na'meri." to, yo-hito mo kokoro-nikuku omohi odoroki keri.
 Tiunagon ha, Samdeu-no-miya ni, ko no ni-zihu yo-niti no hodo ni watari tamaha m tote, kono-koro ha hi-bi ni ohasi tutu mi tamahu ni, ko no win tikaki hodo nare ba, kehahi mo kika m tote, yo hukuru made ohasi keru ni, tatemature tamahe ru o-mahe no hito-bito kaheri mawiri te, arisama nado katari kikoyu.
 Imiziu mi-kokoro ni iri te motenasi tamahu naru wo kiki tamahu ni mo, katu ha uresiki mono kara, sasuga ni, waga kokoro nagara wokogamasiku, mune uti-tubure te, "Mono ni mo gana ya!" to, kahesu gahesu hitori-gota re te,
 "Sinateru ya niho no midumi ni kogu hune no
 maho nara ne do mo ahi mi si mono wo
"
 to zo ihi-kutasa mahosiki.

 [2-3 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す]
右の大殿は、六の君を宮にたてまつりたまはむこと、この月にと思し定めたりけるに、かく思ひの外の人を、このほどより先にと思し顔にかしづき据ゑたまひて、離れおはすれば、「いとものしげに思したり」と聞きたまふも、いとほしければ、御文は時々たてまつりたまふ。
御裳着のこと、世に響きていそぎたまへるを、延べたまはむも人笑へなるべければ、二十日あまりに着せたてまつりたまふ。
同じゆかりにめづらしげなくとも、この中納言をよそ人に譲らむが口惜しきに、
「さもやなしてまし。年ごろ人知れぬものに思ひけむ人をも亡くなして、もの心細くながめゐたまふなるを」
など思し寄りて、さるべき人してけしきとらせたまひけれど、
「世のはかなさを目に近く見しに、いと心憂く、身もゆゆしうおぼゆれば、いかにもいかにも、さやうのありさまはもの憂くなむ」
と、すさまじげなるよし聞きたまひて、
「いかでか、この君さへ、おほなおほな言出づることを、もの憂くはもてなすべきぞ」
と恨みたまひけれど、親しき御仲らひながらも、人ざまのいと心恥づかしげにものしたまへば、えしひてしも聞こえ動かしたまはざりけり。

 [2-3 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す]
右の大殿は、六の君を宮に差し上げなさることを、今月にとお決めになっていたのに、このように意外な人を、婚儀より先にと言わんばかりに大事にお迎えになって、寄りつかずにいらっしゃるので、「たいそうご不快でおいでだ」とお聞きになるのも、お気の毒なので、お手紙は時々差し上げなさる。
御裳着の儀式を、世間の評判になるほど盛大に準備なさっているのを、延期なさるのも物笑いになるにちがいないので、二十日過ぎにお着せ申し上げなさる。
同じ一族で変わりばえがしないが、この中納言を他人に譲るのが残念なので、
「婿君としようか。長年人知れず恋い慕っていた人を亡くして、何となく心細く物思いに沈んでいらっしゃるというから」
などとお考えつきになって、しかるべき人を介して様子を窺わせなさったが、
「世の無常を目の前に見たので、まことに気が塞いで、身も不吉に思われますので、何としても何としても、そのようなことは気が進みません」
と、その気のない旨をお聞きになって、
「どうして、この君までが、真剣になって申し出る言葉を、気乗りしなくあしらってよいものか」
と恨みなさったが、親しいお間柄ながらも、人柄がたいそう気のおける方なので、無理にお勧め申し上げなさることができなかった。

 [2-3 Yugiri holds his daughter's coming-of-age ceremony and considers her marriage]
 Migi-no-Ohotono ha, Roku-no-Kimi wo Miya ni tatematuri tamaha m koto, ko no tuki ni to obosi sadame tari keru ni, kaku omohi no hoka no hito wo, ko no hodo yori saki ni to obosi-gaho ni kasiduki suwe tamahi te, hanare ohasure ba, "Ito monosige ni obosi tari." to kiki tamahu mo, itohosikere ba, ohom-humi ha toki-doki tatematuri tamahu.
 Ohom-mogi no koto, yo ni hibiki te isogi tamahe ru wo, nobe tamaha m mo hito-warahe naru bekere ba, hatuka amari ni kise tatematuri tamahu.
 Onazi yukari ni medurasige naku to mo, ko no Tiunagon wo yoso-bito ni yudura m ga kutiwosiki ni,
 "Sa mo ya nasi te masi. Tosi-goro hito sire nu mono ni omohi kem hito wo mo naku nasi te, mono-kokoro-bosoku nagame wi tamahu naru wo."
 nado obosi-yori te, saru beki hito si te kesiki tora se tamahi kere do,
 "Yo no hakanasa wo me ni tikaku mi si ni, ito kokoro-uku, mi mo yuyusiu oboyure ba, ika ni mo ika ni mo, sayau no arisama ha mono-uku nam."
 to, susamazige naru yosi kiki tamahi te,
 "Ikade ka, ko no Kimi sahe, ohona-ohona koto iduru koto wo, mono-uku ha motenasu beki zo."
 to urami tamahi kere do, sitasiki ohom-nakarahi nagara mo, hito-zama no ito kokoro-hadukasige ni monosi tamahe ba, e sihite si mo kikoye ugokasi tamaha zari keri.

 [2-4 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中の君と語る]
花盛りのほど、二条の院の桜を見やりたまふに、主なき宿2267のまづ思ひやられたまへば、「心やすくや」など、独りごちあまりて、宮の御もとに参りたまへり。
ここがちにおはしましつきて、いとよう住み馴れたまひにたれば、「めやすのわざや」と見たてまつるものから、例の、いかにぞやおぼゆる心の添ひたるぞ、あやしきや。されど、実の御心ばへは、いとあはれにうしろやすくぞ思ひきこえたまひける。
何くれと御物語聞こえ交はしたまひて、夕つ方、宮は内裏へ参りたまはむとて、御車の装束して、人びと多く参り集まりなどすれば、立ち出でたまひて、対の御方へ参りたまへり。
山里のけはひ、ひきかへて、御簾のうち心にくく住みなして、をかしげなる童の、透影ほの見ゆるして、御消息聞こえたまへれば、御茵さし出でて、昔の心知れる人なるべし、出で来て御返り聞こゆ。
「朝夕の隔てもあるまじう思うたまへらるるほどながら、そのこととなくて聞こえさせむも、なかなかなれなれしきとがめやと、つつみはべるほどに、世の中変はりにたる心地のみぞしはべるや。御前の梢も霞隔てて見えはべるに、あはれなること多くもはべるかな」
と聞こえて、うち眺めてものしたまふけしき、心苦しげなるを、
「げに、おはせましかば、おぼつかなからず行き返り、かたみに花の色、鳥の声をも、折につけつつ、すこし心ゆきて過ぐしつべかりける世を」
など、思し出づるにつけては、ひたぶるに絶え籠もりたまへりし住まひの心細さよりも、飽かず悲しう、口惜しきことぞ、いとどまさりける。

 [2-4 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中の君と語る]
花盛りのころ、二条院の桜を御覧になると、主人のいない山荘がさっそく思いやられなさるので、「気兼ねもなく散るのではないか」などと、独り口ずさみ思い余って、宮のお側に参上なさった。
こちらにばかりおいでになって、たいそうよく住みなれていらっしゃるので、「安心ことだ」と拝見するものの、例によって、どうかと思われる心が混じるのは、妙なことであるよ。けれども、本当のお気持ちは、とてもうれしく安心なことだとお思い申し上げなさるのであった。
何やかやとお話を申し上げなさって、夕方、宮は宮中へ参内なさろうして、お車の設えをさせて、お供の人びとが大勢集まって来たりなどしたので、お出になって、対の御方へ参上なさった。
山里の様子とは、うって変わって、御簾の中で奥ゆかしく暮らして、かわいらしい童女の、透影がちらっと見えた子を介して、ご挨拶申し上げなさると、お褥を差し出して、昔の事情を知っている人なのであろう、出て来てお返事を申し上げる。
「朝夕の区別もなくお訪ねできそうに存じられます近さですが、特に用事もなくてお邪魔いたすのも、かえってなれなれしいという非難を受けようかと、遠慮しておりましたところ、世の中が変わってしまった気ばかりがしますよ。お庭先の梢も霞を隔てて見えますので、胸の一杯になることが多いですね」
と申し上げて、物思いに耽っていらっしゃる様子、お気の毒なのを、
「おっしゃるとおり、生きていらしたら、何の気兼ねもなく行き来して、お互いに花の色や、鳥の声を、季節折々につけては、少し心をやって過すことができたのに」
などと、お思い出しなさるにつけて、一途に引き籠もって生活していらした心細さよりも、ひたすら悲しく、残念なことが、いっそうつのるのであった。

 [2-4 Kaoru visits and talks with Nakanokimi viewing cherry blossoms]
 Hana-zakari no hodo, Nideu-no-win no sakura wo mi-yari tamahu ni, nusi naki yado no madu omohi-yara re tamahe ba, "Kokoro-yasuku ya!" nado, hitori-goti amari te, Miya no ohom-moto ni mawiri tamahe ri.
 Koko-gati ni ohasi-tuki te, ito you sumi-nare tamahi ni tare ba, "Me-yasu no waza ya!" to mi tatematuru mono kara, rei no, ika ni zo ya oboyuru kokoro no sohi taru zo, ayasiki ya! Saredo, ziti no mi-kokoro-bahe ha, ito ahare ni usiroyasuku zo omohi kikoye tamahi keru.
 Nani-kure to ohom-monogatari kikoye-kahasi tamahi te, yuhu-tu-kata, Miya ha Uti he mawiri tamaha m tote, mi-kuruma no sauzoku si te, hito-bito ohoku mawiri atumari nado sure ba, tati-ide tamahi te, Tai-no-ohomkata he mawiri tamahe ri.
 Yama-zato no kehahi, hiki-kahe te, mi-su no uti kokoro-nikuku sumi-nasi te, wokasige naru waraha no, sukikage hono-miyuru si te, ohom-seusoko kikoye tamahe re ba, ohom-sitone sasi-ide te, mukasi no kokoro sire ru hito naru besi, ide-ki te ohom-kaheri kikoyu.
 "Asa-yuhu no hedate mo aru maziu omou tamahe raruru hodo nagara, so no koto to naku te kikoye sase m mo, naka-naka nare-naresiki togame ya to, tutumi haberu hodo, yononaka kahari ni taru kokoti nomi zo si haberu ya! O-mahe no kozuwe mo kasumi hedate te miye haberu ni, ahare naru koto ohoku mo haberu kana!"
 to kikoye te, uti-nagame te monosi tamahu kesiki, kokoro-gurusige naru wo,
 "Geni, ohase masika ba, obotukanakara zu yuki-kaheri, katamini hana no iro, tori no kowe wo mo, wori ni tuke tutu, sukosi kokoro-yuki te sugusi tu bekari keru yo wo."
 nado, obosi-iduru ni tuke te ha, hitaburu ni taye komori tamahe ri si sumahi no kokoro-bososa yori mo, aka-zu kanasiu, kutiwosiki koto zo, itodo masari keru.

 [2-5 匂宮、中の君と薫に疑心を抱く]
人びとも、
「世の常に、ことことしくなもてなしきこえさせたまひそ。限りなき御心のほどをば、今しもこそ、見たてまつり知らせたまふさまをも、見えたてまつらせたまふべけれ」
など聞こゆれど、人伝てならず、ふとさし出で聞こえむことの、なほつつましきを、やすらひたまふほどに、宮、出でたまはむとて、御まかり申しに渡りたまへり。いときよらにひきつくろひ化粧じたまひて、見るかひある御さまなり。
中納言はこなたになりけり、と見たまひて、
「などか、むげにさし放ちては、出だし据ゑたまへる。御あたりには、あまりあやしと思ふまで、うしろやすかりし心寄せを。わがためはをこがましきこともや、とおぼゆれど、さすがにむげに隔て多からむは、罪もこそ得れ。近やかにて、昔物語もうち語らひたまへかし」
など、聞こえたまふものから、
「さはありとも、あまり心ゆるびせむも、またいかにぞや。疑はしき下の心にぞあるや」
と、うち返しのたまへば、一方ならずわづらはしけれど、わが御心にも、あはれ深く思ひ知られにし人の御心を、今しもおろかなるべきならねば、「かの人も思ひのたまふめるやうに、いにしへの御代はりとなずらへきこえて、かう思ひ知りけりと、見えたてまつるふしもあらばや」とは思せど、さすがに、とかくやと、かたがたにやすからず聞こえなしたまへば、苦しう思されけり。

 [2-5 匂宮、中の君と薫に疑心を抱く]
女房たちも、
「世間一般の人のように、仰々しくお扱い申し上げなさいますな。この上ないご好意を、今こそ、拝見しご存知あそばしている様子を、お見せ申し上げる時です」
などと申し上げるが、人を介してではなく、直にお話し申し上げることは、やはり気が引けるので、ためらっていらっしゃるところに、宮が、お出かけになろうとして、お暇乞いの挨拶にお渡りになった。たいそう美しく身づくろいし化粧なさって、見栄えのするお姿である。
中納言はこちらに来ているのであった、と御覧になって、
「どうして、無愛想に遠ざけて、外にお座らせになっているのか。あなたには、あまりにどうかと思われるまでに、行き届いたお世話ぶりでしたのに。自分には愚かしいこともあろうか、と心配されますが、そうはいってもまったく他人行儀なのも、罰が当たろう。近い所で、昔話を語り合いなさい」
などと、申し上げなさるものの、
「そうはいっても、あまり気を許すのも、またどんなものかしら。疑わしい下心があるかもしれない」
と、言い直しなさるので、どちらの方に対しても厄介だけれども、自分の気持ちも、しみじみありがたく思われた方のお心を、今さらよそよそしくすべきことでもないので、「あの方が思いもしおっしゃりもするように、故姉君の身代わりとお思い申して、このように分かりましたと、お表し申し上げる機会があったら」とはお思いになるが、やはり、何やかやと、さまざまに心安からぬことを申し上げなさるので、つらく思われなさるのだった。

 [2-5 Nionomiya has doubts about a relationship between Nakanokimi and Kaoru]
 Hito-bito mo,
 "Yo no tune ni, koto-kotosiku na motenasi kikoye sase tamahi so. Kagiri naki mi-kokoro no hodo wo ba, ima si mo koso, mi tatematuri sirase tamahu sama wo mo, miye tatematura se tamahu bekere."
 nado kikoyure do, hito-dute nara zu, huto sasi-ide kikoye m koto no, naho tutumasiki wo, yasurahi tamahu hodo ni, Miya, ide tamaha m tote, ohom-makari mausi ni watari tamahe ri. Ito kiyora ni hiki-tukurohi kesau-zi tamahi te, miru kahi aru ohom-sama nari.
 Tiunagon ha konata nari keri, to mi tamahi te,
 "Nado ka, muge ni sasi-hanati te ha, idasi suwe tamahe ru? Ohom-atari ni ha, amari ayasi to omohu made, usiro-yasukari si kokoro-yose wo. Waga tame ha wokogamasiki koto mo ya, to oboyure do, sasuga ni muge ni hedate ohokara m ha, tumi mo koso ure. Tikayaka ni te, mukasi-monogatari mo uti-katarahi tamahe kasi."
 nado, kikoye tamahu mono kara,
 "Sa ha ari to mo, amari kokoro-yurubi se m mo, mata ika ni zo ya? Utagahasiki sita no kokoro ni zo aru ya!"
 to, uti-kahesi notamahe ba, hitokata-nara-zu, wadurahasikere do, waga mi-kokoro ni mo, ahare hukaku omohi sira re ni si hito no mi-kokoro wo, ima si mo oroka naru beki nara ne ba, "Ka no hito mo omohi notamahu meru yau ni, inisihe no ohom-kahari to nazurahe kikoye te, kau omohi siri keri to, miye tatematuru husi mo ara baya!" to ha obose do, sasuga ni, tokaku ya to, kata-gata ni yasukara zu kikoye-nasi tamahe ba, kurusiu obosa re keri.

 出典

 校訂
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△

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Last Modified: Tuesday, August 31, 2004
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